砂塵の嵐、朱の華(252)

※仮想戦記物です

暑さ寒さも彼岸まで―

そんな言葉はまるで過去の物であるかのように、秋分を過ぎて尚、うだる様な暑さの街を彼は歩いていた。

就職活動が本格化し、既に複数の企業の面接を受けているものの、未だに一次通過した企業すら数えるほどしかない。

ふと見上げた雑居ビルの看板も、ほとんどが白くなったままだ。

「・・・景気回復ねぇ」

誰に言うでもなく呟いてその場を後にする。彼はその時気が付かなかった。

テナントが入っていないはずの階に、明かりがついていたことを。

【Ep1 Lycoris】

『目的地に到着、降下を開始』

『A1降下完了』

『J2降下完了』

『B1、ワイヤーにて降下開始・・・』

広大な演習場の一角に市街地を模して作られた建屋の周囲に、バラクラバで顔を覆い、濃グレーの迷彩服を着た自衛官がヘリから降りてくる。

『GOGOGOGO!!』

降下と同時に彼らは周囲の制圧のため動き出す。中にはHK416やHK45といった自衛隊としては公にされていない装備を手にしている者もいる。

冷戦の終結に伴う世界情勢の変化により、近年増加しているテロリストやゲリラといった脅威は、自衛隊に新たな能力を求めた。

これまでソ連などによる大規模な侵略行為に対する対処に重点を置いてきた自衛隊だったが、ここにきて対ゲリラ・特殊部隊(いわゆるゲリコマ)や、対テロ対策に特化した能力の獲得は必須かつ急務となっている。

かかる事態により防衛庁は2000年代中頃に特殊作戦群、通称「S」と呼ばれる日本初の特殊部隊を創設。今回の訓練も、彼らによるゲリコマ訓練の一環であったのだが・・・

「やはり、現時点ではこれが限界か・・・」

演習を終え、指揮官らしき男性が声を漏らす。

彼らは通常の部隊では考えられないような危険な訓練をこなすだけでなく、自主的に国外の民間軍事会社へ赴き戦場を経験しているような選りすぐりの精鋭たちである。

だが彼らもまた日本の保有する軍隊ならざる軍隊、自衛隊の一員である限りその組織としての活動には大きな制約が課せられる。

設立から数年が経過したものの、未だ彼らには部隊としての実戦経験はない。

こうした事態を打開すべく、政府は極秘裏にある計画を進めていた。

・・・

首都圏のとある都市。冒頭の雑居ビルはそこに存在する。

あまり綺麗とは言えない外観。多くの階はテナントが入らず空き室となったままだ。

そんな中、3階のフロアには看板こそ掲げていないものの、実はとある企業の本社事務所が存在していた。

その企業の名はリコリス社。総合物流・警備・情報コンサルティングサービスを中心とした業務を行う多国籍企業だ。

登記上の中枢事業所である本社は日本国内に存在するが、営業のハブとなるオフィス(本店)はリヒテンシュタインに存在する。

企業サイトなどは存在せず、採用情報なども公開されていない。あるのはただ、古ぼけたビルの中にある段ボールの積まれたオフィスだけだ。

「これ、本店に送っといて」

くたびれた事務所机の上に、男が大きな段ボール箱を置く。

事務員「赤霧島・・・?また芋焼酎ですか、柏木さん」

柏木と呼ばれた男が肩をすくめて苦笑いする。

柏木「アーニーの奴に頼まれちゃってね。今度は赤が飲んでみたいってさ」

事務員「それで宮崎まで?もう!そういうの経費で落とすの止めてくださいよ!」

柏木「必要経費だって。現地オペレータへの労いってのは大事だろ?」

事務員「他にも運ぶものがあるんですから・・・」

柏木「いいじゃねーの。どうせ社用機なんだし一緒一緒」

事務員「ていうか、柏木さんも明日発つんでしょ?直接持っていけばいいじゃないですか」

柏木「無理だっての。途中下車で現地直行だし。瓶割れちゃうって」

事務員「もう・・・あ、そういえば立川さんから連絡入ってましたよ。遊んでる暇があったら早く来い、って」

柏木「うへ・・・マジかよ」

2日後。

サウジアラビア北東部、アル・バーチン近郊。

ここには、1970年代にアメリカとサウジ政府の間で作られた要塞、キング・ハリド軍事都市が存在する。

最大6万5千人が居住可能なこの都市は、アメリカ軍とサウジ軍の複数の旅団の将兵の駐留のために設計され、中には各種訓練施設や病院、軍施設の他、ショッピングモールなどの娯楽施設まで存在する。

上空からは砂漠の中に区切られた八角形の都市構造が伺える。それまるで未来図に描かれる惑星探査基地のようにも見える。

柏木「よぉー、今着いたぞ」

カーキ色のジャンプスーツの砂埃を払いながら、柏木は補給施設内にいた男性に話しかける。

「・・・遅かったな。本社には一昨日連絡を入れたはずだが」

広い倉庫で検品の為のチェックリストに目を通していた男性が静かに呟く。

柏木「お前みたいに休暇を返上してまで仕事をするほどワーカホリックじゃないんでね。俺は」

外の熱気でじっとりと汗ばんだ皮膚を、エアコンから吹き出す冷気が撫でていく。

柏木「ふー、こりゃいいや・・・こっちにはいつから入ってるんだ?立川」

立川「4日前からだ」

柏木「そりゃまた随分と仕事熱心なことで・・・」

肩越しに担いでいたハーネスを床に投げおくと、柏木は倉庫の一角にあったコンテナに腰かける。

柏木「・・・あれ?ああー、やっちまった。なぁ立川、煙草。持ってるか?」

その問いかけに視線を向けることなく、彼は胸ポケットから取り出した煙草を投げてよこす。

柏木「おう、サンキュな」

立川「日本の様子は、どうだった?」

柏木「どうって・・・別段変わりはないさ」

立川「そうか・・・」

柏木の言葉にそう答えつつ、立川は黙々と検品作業を続けている。

柏木「そんなに気になるなら、お前もたまには帰ってみたらどうだよ」

立川「ああ・・・そのうちな」

広い倉庫内には黙々と検収作業を続ける立川と柏木の2人しかいない。会話の止まった静寂を嫌う様に柏木は話し続ける。

柏木「やれやれ。ちょっとそこまで行けば立派なランウェイがあるってのに、降りるのは飛行機じゃなくて人間だけかよ」

立川「上は涼しかっただろう?」

柏木「こんな冷房の効いた部屋にいた奴に言われてもねえ。相変わらず皮肉がお好きなようで」

紫煙を燻らせる柏木の横で、立川が静かに口を開く。

立川「明日22:00、アーメド・アルジャベルから海上自衛官40名を乗せた輸送機が到着する」

柏木「わざわざクウェートを経由せんでも、直にこっちまで来りゃいいのに」

立川「米海軍相乗りだ。そうもいかないんだろう。それから本社付けの物資と・・・」

「ようレイ!精が出るな・・・なんだジャック!いつ着いたんだ?」

淡々と語る彼らの声をかき消すように、陽気な声が辺りに響いた。

柏木「おう、アーニー!たった今降りてきたところさ」

白人男性「そうか!それよりも例の物、ちゃんと手配してくれただろうな?」

柏木「まーかせとけよ!」

白人男性「はっはっは!結構結構!!」

柏木の肩をバンバンと叩きながら話すこの男性の名前はエルンスト・ミュラー。仲間内ではアーニーと呼ばれているドイツ系アメリカ人だ。

同じように、社内では柏木はジャック、立川はレイと呼ばれている。

アーニー「で、ブツは?」

柏木「本社のヤツがサボってなきゃ、明日の22:00に届くってよ」

アーニー「そうか、待ちきれねえな!」

立川「・・・またリスト外の私物を積み込んだのか?」

柏木「ちゃんと経費で落としてるぜ?」

立川「猶のこと悪質だ」

アーニー「まあそう固いこというなって、レイ」

柏木「そうだぞ。あんまり細かいことばっか気にしてるとハゲるぞ。お前」

立川「・・・そんなことより、2人とも余計なことを喋ってる暇があったら隣の倉庫の検品を手伝ってくれ」

アーニー「残念ながら俺はこれからディナーでね。よかったら一緒にどうだ?ジャック」

柏木「お、いいね!じゃな、立川。残りは飯食ってシャワーでも浴びてからやろうや」

立川「・・・」

翌22:00。

都市の南部9kmの地点にある米軍滑走路に2機の輸送機が降りたつ。エプロンに駐機した機内から、濃紺のデジタル迷彩を身に着けた自衛官が降りてくる。

アーニー「あれか。ジャパニーズ・ネイビーの新迷彩は・・・ステーツ(米海軍)のと似てるな」

柏木「こんなクソ暑い中真面目だねぇ・・・日本人てのは」

アーニー「まったくだぜ。お前を除いてな」

柏木「俺はほら、多分ラテンの血が流れてるから?」

立川「すぐに引継ぎ業務を行う。2人は届いた積荷のチェックを頼む」

ハンガー内の一角にあるミーティングスペースで、彼らは基地内の説明と事前に搬入された物資の検収を行う。

自衛官たちがサウジ入りするより先に、彼らに必要な物資はここキング・ハリド軍事都市に運び込まれていた。

実は、彼らの在籍するこのリコリス社こそ、日本が自衛隊の海外派遣を行うために極秘裏に設立させた企業である。

表向きは前述のとおり物流・警備・情報コンサルティングサービスを行う総合商社だが、その実態は日本初の民間軍事企業と言っていい。

自衛隊の海外出兵にあたり隊員の一部をリコリス社に出向させ、民間スタッフとして現地に展開させるわけだ。

立川が先に現地入りしていたのも、これらスタッフの受け入れ準備と引継ぎ業務のためであった。

アーニー「・・・おい、ジャック。例のブツはどこだ?」

柏木「待て待て、そう焦るな。多分このコンテナに・・・ゲッ、何本か割れてやがる」

アーニー「ガッデム!!」

立川「・・・何をしているんだ、二人とも」

コンテナを漁る二人の背後から立川が声をかける。

FAST書いた人かな

柏木「おぉ見ろよ立川!本社の仕事が杜撰なせいで、積荷の瓶が割れちまってる!!」

立川「その社内コンテナの中身は私物だろう。特段業務に支障はないはずだ」

アーニー「いかんな。万一商品に傷でもつけたら、クライアントの評価がガタ落ちだぜ」

柏木「あとで本社には文句言っとかないとな」

立川「はぁ・・・」

溜め息をつきながら立川はその場を後にする。

>>22
先に言っておくと多分あっちのほうが面白いよ(小声)

・・・

柏木「そういや、先に入ってるアーミー(陸自)の様子はどうだ?」

アーニー「あぁ、あの特殊部隊の連中か。ことのほか優秀だよ、ちょっとスマート過ぎるきらいがあるがな」

現在このキング・ハリド軍事都市には先ほど到着した海上自衛隊の部隊の他に、前述の陸上自衛隊特殊作戦群の人員が極秘裏に駐留していた。

これは、都市内にある訓練施設を使った実弾演習、並びに国外での『実戦経験』のために展開しているものである。

アーニー「何だそりゃ?タ・・・チ・・・カ、ワ・・・おい、こりゃレイ宛ての手紙じゃないのか?」

柏木「そうみたいだな・・・あーあ、ずぶ濡れになってら」

アーニー「一応、レイのところに持っていってやれよ」

柏木「この状態でか?・・・うーん」

一寸の間思案したものの、柏木はその封筒を立川の元へ届けることにした。

・・・

柏木「立川、いるか?」

立川「どうした」

柏木「社内コンテナにお前宛ての封書が入ってた・・・濡れちまってるけど」

差し出された封筒を立川は一瞥する。

立川「あぁ・・・いい。そのまま破棄してくれ」

柏木「いいのかよ?私信じゃないのか?」

立川「いや。大したものじゃない」

柏木「・・・そうか。濡らしちまって悪いと思ってたが、それならいいや」

そう言って柏木は濡れた封筒をそのまま廃棄ボックスの中へ放り込む。

立川「ところで、ちょうどいいところに来たな」

柏木「げっ・・・また仕事の話か?」

立川「そうだ」

柏木「マジかよ・・・あーあ、やっぱり来るんじゃなかった」

忌々しそうに呟くと、柏木は脇に置いてあったコンテナに腰かけ煙草に火をつける。

柏木「で、次は何を?」

立川「先日国境を越えてシリアでの作戦中に行方不明となっていた特殊作戦群の隊員1名が、イラク国内で発見された」

柏木「ありゃま。仏さんか?」

立川「そうだ。現在、遺体をイラク国外から持ち出すべく、2課のコンボイがイラク西部の街ラトバを抜け同国内を南下中だ」

柏木「なるほど。で、俺達はそのお出迎えって訳か」

立川「ああ。我々は明朝、北部国境州アラーへ向かう。そこで遺体を引き継いだのち、当拠点へ収容。日本への輸送手続きを行う」

柏木「やれやれ。死んだ人間の為に生きた人間が命を懸けなきゃいけないなんてね」

立川「そういうところで俺達の食い扶持が生まれる」

柏木「因果なもんだ」

立川「明朝0530に出発だ。メンバーは俺と柏木、アーニーの3人。さらに米軍兵士2名が随伴する。携行する装備は一任する」

柏木「後始末は民間企業と米軍任せ、か・・・自分とこの仲間の死体も受け取りに行けないってのは難儀だねぇ」

翌日。

一行はキング・ハリド軍事基地から北西に550kmほどのところにある北部国境州の州都、アラーへと向かう。

街の南西部には空港があり、ヘリコプターであればおよそ2時間ほどの距離である。もっとも、彼らの乗る米軍のハンヴィーの場合、どんなに飛ばしても半日はかかるのだが。

柏木「ホント、どこまで行っても砂漠だらけだぜ。この国はよ!」

アーニー「石油が出なけりゃクソの価値ほどもない土地さ!」

柏木「なぁ。だが、それが出ちまったおかげで、皆血眼になって国取りゲームしてやがる!」

アーニー「俺もこの国の王族に生まれてればよぉ。もっと悠々自適に暮らせたのになぁ!」

柏木「金持ち喧嘩せずとはよく言ったもんだ。周辺諸国で上手く立ち回った国だけが石油マネーに物言わせて繁栄を謳歌してやがる。いつか痛い目みるぞ!」

一行の乗った車は猛烈な砂埃を巻き上げながら、ルート85を州都アラーに向け走り続ける。

アラーへ着いてから数時間後、遺体を乗せたリコリス社のコンボイが国境に到着した。

2課職員「まったくひどい目にあったぜ」

アーニー「よっ、お疲れさん。・・・なんだ、このコンテナ1つか?」

2課職員「そりゃ、もう何日も経ってんだ。元々五体満足で見つかったわけでもないしな」

アーニー「なるほどね・・・ま、こうしてお国に帰れるだけマシか。おいレイ!これで全部だ」

立川「よし。柏木、遺体のコンテナーを受け取ったらこのまま空港に向かうぞ」

柏木「おっ、帰りはヘリか?」

立川「帰りの輸送は同乗してきたワイアット軍曹らに引き継ぐ。ヘリに遺体を収容後、我々はこのまま陸路で戻る」

柏木「・・・そいつはいいや」

アラー空港から飛び立った米軍のヘリを見送り給油を終えると、彼らは今朝来たばかりの道を引き返す。

柏木「乗り捨てできないレンタカーってのは面倒くせえなぁ、もう!」

アーニー「ガスはしこたま積んである。お目付け役もいないことだし、エアコンをガンガンに効かせてやれ!」

柏木「これで全開だよクソッタレ!!」

往路とは逆に、次第に暗くなっていく砂漠の中を車が走り抜けていく。

周辺国に比べサウジは治安が安定しているとはいえ、世界的には政情不安定な地域であることには変わりがない。

ハンドルを握っていた柏木が、何の気なしに呟く。

柏木「もし今俺らがさぁ・・・IEDなんかで吹き飛ばされたら、死体ってどうなるんだろうな?」

アーニー「おいおいジャック。縁起でもないこと言うなよ!」

柏木「まぁ爆弾踏んじまったら肉も残らないだろうけどさ。あの自衛官みたいに、ちゃんとどっかに運び出してくれるんかねぇ?」

立川「俺達は彼らのように誰かに忠誠を誓ってるわけじゃない。生きるも死ぬも自己責任だ」

柏木「そのまま鳥のエサか。昔あったよなぁ。地雷を踏んだらサヨウナラとかいう映画が・・・」

彼らがキング・ハリド軍事都市に戻ったのはちょうど日付が変わった頃だった。

翌日。

彼らの運んだ遺体は棺に納め直され、先日海自の隊員を運んできた米軍輸送機に積み込まれた。

柏木「部隊葬もなし、か」

遺体を積んだ機が離陸するのを見ながら柏木が呟く。

柏木「今回の仏さんも、結局は国内での事故死って扱いになるんだろ?」

立川「自衛官に『戦死』はあり得ないからな」

柏木「・・・変なの」

見上げた青空に、2機の白い飛行機が飛んでいく。

柏木「お、あれか。海自の例の練習機ってのは」

立川「ああ。彼に対するせめてもの餞ってところか」

柏木「餞、ね・・・」

海自機の翼端から曳かれた白い雲が、乾ききった砂漠の空に溶けていく。

立川「・・・さあ、次の仕事だ」

柏木「ああ」

-続く-

★補足説明


【特殊作戦群】
千葉県習志野駐屯地に駐屯する陸上自衛隊中央即応集団の隷下部隊。陸自初かつ唯一の公式な特殊部隊とされている。
米軍におけるグリーンベレー、デルタフォースなどのような世界水準の特殊部隊を目指しているとされている。
Wikipediaで調べられるだけでもかなりヤバそうな雰囲気モリモリの部隊。


【HK416】
https://ja.wikipedia.org/wiki/H%26K_HK416#/media/File:HK416.jpg
ドイツH&K社で開発されたアサルトライフル。米軍での使用を始め数々の実績をもつ米コルト社のM4カービンの発展型ともいえる。
パッと見は元型となったM4カービンから大きく変更はないように見えるが、耐塵性や耐久性が格段に向上しており、まさに質実剛健といったカンジになっている。
自衛隊においては5.56㎜弾使用のHK416が海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊(SBU)に、7.62mm弾使用の兄弟モデルHK417が陸上自衛隊の特殊作戦群に納入されている模様。


【HK45】
https://ja.wikipedia.org/wiki/H%26K_HK45#/media/File:HK45C_Threaded_Barrel.jpg
ドイツH&K社で開発された45口径の自動拳銃。9mmパラベラム弾に比べマンストッピングパワーに優れる.45ACP弾を使用。
もともとは米軍の特殊戦統合軍(SOCOM)のベレッタM92の後継のために開発がすすめられたが、後に計画は白紙に。
正式に採用された実績はないが、アメリカ海軍特殊部隊のNavy SEALsの隊員が装備している写真が確認されている。

【ゲリコマ】
ゲリラ・コマンド(特殊部隊)の略。少数で適地に潜入し破壊活動を行うなどの戦術をとる集団を総称する言葉。
冷戦崩壊に伴う大国同士の軍事バランスの均衡が崩れ不正規戦争と呼ばれる形態の戦争が増えた昨今、各国の軍隊においてゲリコマへの対応能力は必要不可欠とされている。


【赤霧島】
作者がトラウマになるくらい酔いつぶれた芋焼酎。ムラサキマサリというヨウ素デンプン反応の実験した後みたいな色のサツマイモを使って作られる。
当初はムラサキマサリの希少性から地元鹿児島でしか入手できないほどだったらしいが、最近はうちの近くのスーパーでもケース単位で売っている。


【キング・ハリド軍事都市】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/11/Satellite_photo_King_Khalid_Military_City_June_2002.jpgサウジアラビア北東のアル・バーチン均衡に位置する大型複合軍事施設。
1970年代から1980年代にかけて、米軍、サウジ軍の部隊駐留のために開設されたが、近年ではアメリカの中東戦略の表玄関がクウェートやカタールになってしまったため影が薄い。
作中では陸海自衛隊がこっそりここで訓練をしていた。

【海上自衛隊の戦闘服】
http://i.imgur.com/qocKBWP.jpg
陸上戦闘服2型として平成24年度より米海軍のNWU様のデジタルドットパターンのものが導入された。カッコいいぜ。
サバゲに着ていくとめっちゃ目立って微笑ましい。ただし薄暮時のアスファルト上だと意外と有効。


【ハンヴィー(HMMWV)】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/74/2015_MCAS_Beaufort_Air_Show_041215-M-CG676-161.jpg
米軍を象徴する戦場のワークホース。正式名称はM998四輪駆動軽汎用車。
民生品はハマー(HUMMER)という名前でGMから出ている。こちらはハンヴィーの面影を色濃く残したH1型の燃費がリッター4km程度と、アメリカの豪快さを身をもって体感することができる。財布は死ぬ。


【IED】
即席爆発装置(そくせきばくはつそうち、IED、Improvised Explosive Device)の略。
ありあわせの爆薬と信管を組み合わせた急造の爆弾だが、戦車砲や地雷、迫撃砲弾などを数多く使用したIEDの破壊力は最新世代の主力戦車を行動不能にするだけの威力を持っている。
戦後のイラクなどではIEDによる米兵の死亡事故が後を絶たないことが問題になり、MRAPと呼ばれる防爆車両が採用されている。


【地雷を踏んだらサヨウナラ】
1999年公開の邦画。浅野忠信主演。戦場カメラマン一ノ瀬泰造の半生を描く。
ベトナム戦争に端を発したカンボジア内戦まっただ中の1973年、カンボジアへ入国した一ノ瀬は単独アンコールワットを目指したが、クメール・ルージュ政権に捕えられ処刑される。
映画のタイトルは一ノ瀬がアンコールワットに旅立つ前に友人宛てに残した手紙の一部分である。

【Ep2 Self-Defence】

サウジアラビアでの陸自隊員の遺体回収業務から数日後。彼らは次の業務のためこの地を後にすることとなった。

キング・ハリド軍事都市南部にある空軍基地に、立川らの姿があった。

彼らの視線の先には、日の丸が描かれた純白の真新しい機体が駐機している。

アーニー「・・・ピラタスPC-21。スイスの最新鋭ターボプロップ練習機だ」

柏木「最高速度700km/hちょいか。これなら空自のT-4にもそれほど引けは取らねぇかな」

今回、海上自衛隊の人員はこの最新鋭の機体の受領と運用訓練のため、ここサウジアラビアを訪れていたのだった。

柏木「コックピットがタンデムだといかにも軍用機でござい、って感じだな」

アーニー「確かに。それにしたって、なんで今頃になってネイビー(海自)はこんな機体を導入したんだ?」

柏木「どっかのお偉いさんが日本にドンパチやらせたくてうずうずしてるんじゃない?」

アーニー「中国、コリア相手にか?」

柏木「おお、そりゃまずいな。休暇がなくなっちまう」

立川「・・・どちらかと言えば、今回の件はアジアよりは中東地域での活動を前提としたものだ」

二人の会話に立川が口を挟む。

アーニー「こんな砂漠のど真ん中で?いよいよ日本もアメリカとタッグを組んで中東の石油争奪戦に名乗りを上げるって訳か」

立川「いや、そうじゃない。飽くまでも中東から日本への石油輸送におけるシーレーンの防衛が目的ということらしい」

アーニー「海上輸送路、か」

立川「ああ。そのために今回政府は新しい法案まで作って準備を進めている」

柏木「『シーレーン防衛における局所的国外駐留に関する法案』・・・だったか」

立川「そうだ」

柏木「海外からの輸入依存度の高い日本にとって重要度の高いシーレーンを、その途中のチョークポイントにちかい友好国に自衛隊の部隊を駐留させることで防衛する・・・なるほど、自由と繁栄の弧とはよく言ったもんだ。価値観外交の賜物だな」

アーニー「だが、日本には優秀な空軍がいるじゃないか。空の仕事は、彼らにやらせればいい」

立川「ああ。当初は政府も海自艦艇による艦船の護衛と併せて、近傍各国の軍事拠点には航空自衛隊の機材を配備させる方針だった。だが、日々増大する国内での領空侵犯のリスクや国際支援活動における輸送任務の需要が高まる昨今、既に空自にはこのために割けるリソースは存在しなかったというわけだ」

アーニー「どこも人手不足って訳か」

柏木「ついでにいうと、海上での船舶護衛は基本的に海自艦艇の任務だからな。さっきの問題と併せて、これらとの連携を密にすることで柔軟な運用を行うことを目的に、政府は海自にこのための専門航空部隊を設立することを決定。まぁ実際は土壇場で海自が無理矢理自らの管轄に捻じ込んだ、ってとこが真相だろうけどな」

アーニー「三軍の管轄争いはどこの国も同じだな」

立川「これに伴い、海自にもアメリカ海軍で使用されているF/A-18スーパーホーネットが沿岸哨戒機の名目で配備されることになった。このピラタスは、その布石といったところだな」

柏木「ま、元々海自は米海軍に次ぐ航空海軍でもあるからな。昔からこの手のジェット機を持つのは悲願だったんだろう」

アーニー「だが、当の米海軍が採用してるのはT-6テキサンIIだ。導入するってんなら普通はピラタスじゃなくて、そっちを選びそうなもんだけどな」

立川「確かに今回の選定に関してはちょっとあったようだ。このPC-21の他に候補に挙がったのは空自で使用されているT-7やT-4、アメリカのT-6だったが、防衛省は以前空自の練習機選定の際にピラタス社を当て馬に使って告訴されかけた経緯があるからな」

柏木「コンペの結果不採用となった理由をちゃんと説明してねーってな。相手が行間を読むことを期待した、日本のお役所らしい仕事だよ」

立川「今回のPC-21採用は、そのわだかまりを解消する一環でもあったんだろう」

アーニー「・・・ま、T-6も元をたどればコイツと同じピラタス製だしな」

立川「どちらにせよ搭載するアビオニクスは全て米国製だ。見た目はPC-21だが、中身は米海軍のT-6とほぼ同じ仕様と聞いている」

柏木「ま、この辺りは米国に対する配慮ってとこかね。いや横やりか?」

アーニー「しかし、なんだって導入の段階でわざわざサウジまで展開してくるんだよ?」

立川「もともと開発国であるスイスはPC-21の高性能を謳って各国へセールスをかけたが、その結果サウジアラビアやシンガポールなどがこれに着目し導入を決定した。どれも先の海外展開における駐留先の候補となっている国だ。その運用ノウハウは十分なうえ、実運用を考えれば現地での訓練実施は効率的といえる」

柏木「まあ、なんたって新法の施行まで4年しかないわけだ。・・・『正攻法』で準備してたんじゃ、到底間に合うわけもないわな」

そういって柏木が目配せする先に、将来海自も装備することになるであろう米海軍のスーパーホーネットの複座型機、F/A-18Fがエンジンの唸りを上げている。

柏木「日本国内で自衛隊がこんなもん飛ばしてた日にゃ大騒ぎだ。『実機訓練』するってんなら、目につかないこっちの方がいい」

立川「そういうことだ。PC-21での訓練を終えたからと言って、いきなりパイロットを実機に単独で乗せるのは不可能だからな」

アーニー「なるほどね・・・ま、ウチが絡んでる時点で、何か表沙汰にできない事情があるのは分かってたけどよ」

柏木「まーでも、海自らしいやり口だよな。裏で既成事実を作っておいて、強かに軍備増強を図る・・・唯我独尊の海軍らしい手腕だ」

立川「彼らには日本の安全保障の最前線を担っているという自負があるからな」

柏木「俺には玩具をねだってるお坊ちゃんに見えなくもないがな」

ぼんやりと眺める視線の先に、1機の小型輸送機がアプローチしてくるのが見える。

アーニー「来たぞ、俺達のハイヤーだ」

柏木「やれやれ。これでやっと砂まみれの生活ともおさらばだ」

降り立った輸送機から、一人の女性が降りてくる。

「ジャック!久しぶりね」

柏木「ソフィー!珍しいな、こんなとこまで来るなんて!」

ソフィー「たまにはね。いい気分転換になるでしょう?」

柏木「いいねぇ。野郎ばっかの現場に女がくると華がある」

アーニー「だが本当にどうしたんだ?わざわざ社用機に乗ってくるなんて。何か急用でも?」

ソフィー「ええ、ちょっとね。・・・レイはいる?」

柏木「アイツなら、ついさっきそこのオフィスへ入って行ったぞ」

ソフィー「そう。ありがとう」

そういって彼女は薄暗いハンガーのオフィスへ入って行った。

アーニー「・・・プロポーズってわけでもなさそうだな」

柏木「確かに」

数時間後。

到着した輸送機への物資搭載を終え、キングハリドでの最後の食事をとっていた彼らの元へソフィーがやってきた。

ソフィー「ご一緒してもいいかしら?」

柏木「ああ。もちろん」

アーニー「レイへの用事は済んだのか?」

ソフィー「ええ・・・彼にはさっき別便で、日本に帰国してもらったわ」

柏木「なんだ?またえらく急だな・・・」

アーニー「日本か。それなら例のアカキリシマ、もう一回頼めねぇかな」

ソフィー「ダメよ。悪いけど、今回は彼にそんな時間は無いわ」

アーニー「チェッ。そいつは残念だな」

そう言いながら彼は分厚いステーキの中心にフォークを突き刺した。

ナイフに切り裂かれた肉の断面から薄桃色の肉汁が溢れ出てくる。

ソフィー「あら、美味しそうね」

アーニー「ああ。ここのステーキは悪くない」

柏木「こんな砂漠のど真ん中だってのに、シーフードも食い放題だ。さすがはアメリカさんだな」

アーニー「アメリカは世界中どこでも自分たちがいるところはアメリカナイズしちまうからな」

柏木「アルコールに豚肉もある。確かにここは、『アラブ』じゃないわな・・・」

その夜。

リコリス社の輸送機がエプロンで離陸前のチェックを行っている。

ハンガー内で砂に磨かれてところどころ金属色が剥き出しになっているコンテナを、柏木は無言で見つめていた。

アーニー「どうした。もうお眠か?」

柏木「あぁ、いやなに。ちょいと昔の事を思い出してたのさ」

アーニー「昔ねぇ・・・」

・・・

2005年、イラク南部ムサンナー県の都市、サマワ。

陸上自衛隊第5期イラク派遣部隊の一員としてこの地に派遣されていた柏木はこの日、物資輸送のため宿営地から10km程離れた地区を軽装甲機動車(LAV)に揺られていた。

「何が自衛隊の居るところは戦闘地域じゃないだ!どっからどうみても戦場だぜ、ここは!」

柏木がこの地に着任して3ヵ月のうち、すでに宿営地内には3発の迫撃砲弾が撃ち込まれ、宿営地外では多国籍軍の一員である自衛隊の駐留を快く思わず、走行している自衛隊車両を狙った銃撃事件も度々起きていた。

係る事態に、日本政府は自衛隊の輸送中の護衛を商社経由で民間軍事会社に委託するという、本末転倒ともいえるなんともお粗末な対応をとっている始末だった。

「これでは我々の銃も飾りではありませんか」

その若い隊員の言葉に、同じ車に同乗していた小林陸曹長が宥めるように言った。

小林「我々はここに戦闘をしに来ているのではない・・・あくまでも、イラクの復興支援が我々の目的だ」

そんな中、同乗していた柏木は前方を走るトラックの荷台を見つめていた。そのトラックには、前述の民間軍事会社のオペレーターが乗車している。

彼らは皆、AKやUZIなどといった、国籍に囚われない武器を所持し、それをすぐさま発射できる態勢をとっている。

反面、柏木らは実弾こそ携行しているものの、車内に搭載されている武器からはすべてマガジンが外されている。

軽装甲機動車の車体上面ハッチには全周旋回可能なターレットと防楯付き銃架が取リつけられており、ここにMINIMIなどの機関銃を据え付けることもできるが、今回はそれも取り付けられていなかった。

何となれば、我々は人道支援を目的にやってきた部隊・・・現地の住民に向けて銃を向ける必要はない、ということらしい。おまけにただでさえ砂漠地域では目立つオリーブドラブに全面塗装されたボディには、まるで射撃の的のように大きな日の丸が描かれている。

PKOで使用される軍用車両が白く塗装されているように、現地の人々に自衛隊が戦闘目的でやってきたのではないことをアピールするのが目的なのだ。

だが、いくらそのようなアピールをしたところで、誰がどう見てもそれは「日本の軍隊」に他ならない。戦わない軍隊・・・そのようなものがあることは、凡そ世界の人々には理解し難い・・・いや、到底理解できぬことであろう。

この大きな矛盾に日本は長年目を背け続けてきた。そしてそれは、隊員である彼らもまた例外ではない。常に命令に従い、目の前の任務だけを考えるように訓練された彼らでさえ、自らの本質が否定され続けている現実を無視することはできない。

突如、彼らの前を走っていたトラックが減速した。

「何かあったみたいだ・・・」

ハンドルを握っていた隊員がそう呟いたとき、突如として目の前のトラックが吹き飛んだ。

「RPGだ!」

その様子を見て軽装甲機動車は急加速を始めた。護衛がやられUターンもできない以上、ここは一刻も早くこの場を走り抜ける他ない。

フロントガラスには爆散したトラックの破片によってできたヒビが走り、そこには黒い油と肉片のようなものが貼りついている。

柏木らの車は破壊されたトラックを追い抜こうと未舗装の道を脇にそれる。しかしその途端、タイヤが路肩の岩に阻まれその場にスタックしてしまった。

しかも悪いことに、前方には旧ソビエト製の古いトラックと、カラシニコフやRPGを携えた民兵の姿が複数見える。

カカカンと、全部装甲に小銃弾の当たる音が車内に響く。

「くそっ、撃ってきた!」

小林「慌てるな。車外には出るな!」

その名の通り、軽装甲機動車には防弾ガラスを初めとした装甲が施されている、特にこの海外派遣用に改修された車両は7.62mm弾の直撃にも耐える仕様となっている。

「どうしますか!?」

小林「落ち着け。まだ銃をとるな。まずは口頭による警告を行う」

この時、イラクに派遣された自衛官たちの部隊行動基準・・・他国で言うところの交戦規定(ROE)は、次の順番で行うこととなっていた。

1.口頭による警告、2.銃口を向けての威嚇、3.警告射撃、4.危害射撃。以上の段階を踏まぬ限り、自衛官は相手を撃つことを許されない。

小林「1士、ハッチを開けろ」

小林に言われ、柏木は車体上面のハッチを開けた。

小林「・・・よし」

ハッチが開け放たれると、まず小林はそこから前方に向けて手を上げる。武器を持っていないことをアピールするためだ。

小林「もし俺が撃たれた場合は、各自武器を持って降車。身の安全を確保しつつ後方車両の援護を待て」

そういう彼の顔を一筋の汗が伝っている。その汗を一舐めすると、小林は笑顔を浮かべた。

小林「俺達の力は人を殺すために使うんじゃない。人を守るために使うんだ」

そして彼は、ついに上体をハッチから乗り出した。

その様子をみて、一旦民兵の射撃が止まる。だが、銃口はこちらに構えられたままだ。

小林は着任にあたり事前に習得していたアラビア語による警告を始める。

小林「こちらは日本国・・・」

彼がそこまで口にした時、一発の銃声が響いた。

直後、車内に鮮血が飛び散る。

どさり、と彼の身体が車内に崩れ落ちる。

その喉元にあいた穴からはゴボゴボと赤黒い泡が噴き出し、その手足はビクビクと痙攣をおこしている。

「総員、降車!!」

柏木は無我夢中で自身の小銃を手に取り、車から飛び降りた。

転がり込むように燃え盛るトラックと岩陰の間に身を隠すと、カン、カン、カンとAKの甲高い発射音が聞こえてくる。

同じように飛び出した隊員が、脚の辺りを撃たれてLAVの脇に倒れ込むのが見えた。

「1士!援護射撃用意!!」

負傷した隊員をドアの裏に引きずりながら陸曹が叫ぶ。

震える脚で立ち上がり小銃を構えようとした柏木は、自身の銃にマガジンが装着されていないことに気付いた。

マガジンポーチから予備のマガジンを取り出し、トラックの影から銃を構える。

「撃つなよ!撃つな!!警告してからだ!!」

柏木「今撃たなければ撃たれます!!」

「警告してからだ!!」

軽装甲機動車の下にはすでに血だまりが出来ている。

装甲板にしても、多数の小銃弾で既にあちこちが傷つき、敵が重機関銃やロケット弾を撃ちこんでくればもはや一溜りもあるまい。

前方にいる民兵のうち一人がRPGの発射筒を担ぎ上げたのを見て、柏木の指はついに引き鉄を引いてしまった。

銃床を通じて肩に感じる衝撃と同時に、彼の視線の先にいた民兵が倒れる。遠目からもその腹部に大量の血が滲んでいるのがはっきりと見えた。

その様子をみた陸曹も、ついに前方の民兵らに向けて発砲を始めた。しかし多勢に無勢。瞬く間に弾を撃ちつくし、軽装甲機動車は銃弾の嵐に晒される。

上面ハッチの防楯から身を乗り出していた彼もまた、敵の銃弾に倒れたらしい。

ついにその場で生き残っているのは柏木一人になってしまった。手にしていた89式小銃にも、もはや弾は残されていない。

トラックの影に身を潜めていると、アラビア語を話す民兵と思しき声が近づいてくる。

必死で辺りを見渡すと、先に撃破されたトラックの脇に千切れた腕がまとわりついたPK(機関銃)が見えた。

柏木はそれを手に取った。トリガーにぶら下がったままの腕を投げ捨て、マガジンが装着されていることを確認する。その機関部は既に血と泥にまみれている。

そもそもこの銃の執銃法すら彼は知らない。だが、窮地に立たされた彼にとって唯一手にできる武器はそれしかなかった。

――死にたくない。

その一心で彼は銃を構える。その瞬間、世界から音が消え、視界に入る全てのものがゆっくりと動き始めた。

トラックの影から姿を現した民兵たちに向け、柏木は引き金を引いた。銃口から7.62mmの銃弾が発射され、たちまちのうちに民兵の身体を貫いてゆく。

今度は何の躊躇もなかった。

柏木の存在に気付いた民兵が態勢を整えなおそうとしていたその時、後方から一輌の装輪装甲車が向かってきた。

その上面ハッチから放たれる40mm擲弾に、民兵たちはバタバタと倒れていく。

やがて辺りが静かになり、半ば放心状態となっている柏木の元に数人の男が近寄ってきた。

「・・・1名、生き残ったようだ」

そう言って男達は柏木を装甲車に乗せると、そのまま何処とも知れぬ場所へ向け走り出した。

揺れる車中で、柏木はぼんやりと考えていた。

柏木(・・・武器は誰かを守るものじゃない。人を殺して、自分を守るためものだ・・・)

結局、彼らの死は原因不明の事故として処理された。

公にはあまり知られていないが、イラク特措法により派遣された自衛官のうち陸自だけでも14名の死者を出している。

さらにその中の6名の死因は、事故又は原因不明となっている。

先述の戦闘で死亡した隊員たちも、この中に含まれているわけだ。

ただし、一名を除いては・・・。

・・・

チェックを終えた輸送機のターボプロップエンジンが唸りを上げ始める。

アーニー「よーし、そいじゃ、ぼちぼち行くとするか」

柏木「ああ」

機体後方のローディングランプから機内へと乗り込む。構造材が剥き出しの無骨な機内に、エンジン音がけたたましく鳴り響いている。

アーニー「ほらよ。機内食だ」

キング・ハリドの基地内で作られたサンドイッチとスナックの入った紙箱を、アーニーが投げてよこす。

輸送機の小さな窓からは、闇夜の砂漠にくっきりと浮かび上がったオクタゴンの軍事都市が見える。

かつて、自分が身を置いた日本の軍隊が、今はそこに駐留している。

他人の為に銃をとることをやめた彼は、今は自らの為だけにそれを手にしている。

エンジン音がけたたましく響き渡る機内で、柏木は水の入ったペットボトルに口をつけた。

唇に纏わりついていた砂が、ザリザリと喉の奥へ流れていった。

-続く-

★補足説明


【PC-21】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a4/Swiss_Air_Force_PC-21_A-102_parked.jpg
スイスのピラタス社で開発されたターボプロップ高等練習機。
開発国であるスイス以外にもシンガポール、サウジアラビア、カタールなどでも採用されはじめている。
ディスプレイやスイッチの機能は、スイス空軍の主力戦闘機であるF/A-18と同一にされており、F/A-18への直接的な移行を容易にしている。

【T-4】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a1/T4RedDolphin.jpg
日本の川崎重工にて開発されたジェット中東練習機。
航空自衛隊には200機あまりが配備されており、曲技飛行チームであるブルーインパルスの期待としても有名。
大体国内のどの基地の航空祭にいっても見学できる。愛称はドルフィン。


【F/A-18E/F】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c8/F-18F_refueling_F-18E.jpg
アメリカのマクドネル・ダグラス社が開発したF/A-18A-D ホーネットの発展型戦闘攻撃機。
現在の米空母に搭載される戦闘用の航空機はほとんどコイツになってしまった。
旧型のF/A-18A-D(通称、レガシーホーネット)とは機体のサイズが異なるが、一番わかりやすい違いはエアインテークの形あたりか。愛称はスーパーホーネット、もしくはライノ。厚木や岩国にいくとたくさんいる。

【T-7】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/57/T-7.JPEG
日本の富士重工にて開発されたターボプロップ初等練習機。
基本的には前任のT-3を踏襲しエンジンをレシプロからターボプロップ機に変更しているが、T-6など同世代の各国の練習機に比べると旧態然とした風貌である。
なお、本機に先立ち海上自衛隊には並列座席配置のT-5が採用されており、こちらは海自のアクロバットチーム「ブランエール」でも使用されている。


【T-6】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d8/T-6A_Texan_II.jpg
アメリカのレイセオン・ビーチ社で製造されたターボプロップ初等練習機。
元となったのは前述のピラタスPC-21の前身にあたるPC-9である。愛称はテキサンⅡであり、初代のノースアメリカン社製T-6テキサン(本機とは別の機体)は発足後間もない自衛隊にも供与された。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/7/77/Tokorozawa-aviation-memol_t-6.jpg(初代)


【軽装甲機動車(LAV)】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4e/JGSDF_Light_Armored_vehicle_20120429-01.JPG
建設重機で名高い小松製作所が製造した自衛隊の軽装甲車。陸上自衛隊と航空自衛隊に配備されており、高速道路や自衛隊基地の近くで見ることができる。
これのトミカを踏むとめっちゃ痛くて一瞬天竺見える。

【AK-74】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7f/Ak74assault.jpg
言わずと知れたカラシニコフ小銃。先代のAK-47の象徴ともいえる堅牢性と信頼性は健在。
現在はロシアのイズマッシュ社で後継ともいえるAK-102,AK-104/5シリーズが製造されている。


【UZI】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/86/Uzi_1.jpg
イスラエルのIMI社(現 IWI社)で開発された短機関銃。戦後第一世代を代表するサブマシンガンである。
同社は高威力で知られる拳銃デザートイーグルなどで知られているが、全体的に中東の砂塵の中でも問題なく運用できる性能を持った銃火器の開発に長けている。


【RPG-7】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8d/Rpg-7.jpg
こちらも言わずとしれた携帯対戦車擲弾発射器。AKとRPGは紛争地域ではごくありふれた存在である。
バズーカなどと同じロケットランチャーであると誤解されがちだが、実際にはロケットではなく先端の擲弾(グレネード)を発射する擲弾発射器という種類の武器である。
この手の兵器の着想は意外と古く、その源流は第二次世界大戦でナチス・ドイツの開発したパンツァーファウストまで遡る。

【89式小銃】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/d/d8/JGSDF_Type_89_Assault_Rifle_20100418-01.JPG
日本の豊和工業で開発された自衛隊の正式小銃である。
ただし、重量は3.5kgと重く全長も90cmを越えるなど、諸外国の主力小銃に比べると取り回しがいいとは言えない。
元型となったのはかつて豊和工業がライセンス生産を行っていた米アーマライト製のAR-18と言われている。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/22/AR-18.jpg(AR-18)


【PK】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f1/PKM_DD-ST-85-01257.JPEG
こちらも前述のAKと同じくカラシニコフ設計の汎用機関銃。
その堅実な設計は言うまでもなく、諸外国の同等の機関銃の重量が10kgを越える中、最軽量のPKMではわずか7.5kg程度ほどと携行性が高いことも評価されている。

【Ep3 Chinise Dragon】

リヒテンシュタイン南西部の都市、バルザース。

ライン通り沿いの一角に、白い倉庫のような建屋が存在する。

そこが彼らリコリス社の活動の中心となるリヒテンシュタインの本店であった。

隣国スイス・ジュネーブ空港に降り立った柏木らは、数時間後にはオフィスで次の業務指示を受け取っていた。

柏木「内偵だぁ?」

指示書を読んでいた柏木が咥えていた煙草の火を揉み消しながらつぶやいた。

ソフィー「そうよ。件のイスラム武装組織、ウンマ・イスラミーア旅団のね」

アーニー「ウンマ・イスラミーア旅団といったら、最近中東で勢力を広げているイスラム過激派を構成している組織の一つだな」

柏木「自分たちの事をラスール(使徒)だって言い張ってる中東のチンピラ集団だろ?俺はそういう胡散臭い連中がどうも苦手なんだよなぁ」

ソフィー「近年、彼らがトルコ国内から中東に向けて極秘ルートで武器を横流ししているという情報が入っているの」

アーニー「俺達がサウジで遺体を引き取りに行った例の自衛官も、どうやらそいつらの裏取引に絡んで殺されたようだな」

柏木「そいつはまあ・・・ご愁傷様。だが、そういうのはアメリカと連携してちゃっちゃと処理すりゃいいじゃねーか」

ソフィー「それがそうもいかないのよ。米国防省やCIAも、中東における軍事的な重要情報としてこの辺りの事情を外部に漏らすことに対しては非常に敏感になっているわ」

アーニー「情報防衛体制について日本はザルだからな。米国としては、機密情報を渡すのにも消極的になるわけさ」

柏木「今の民主党政権が日本を信用してないってだけだろう?」

ソフィー「とにかく、2人はこれからトルコ国内へ潜入。現地勤務の2課職員と合流して、裏取引の実態を掴むのが今回の業務指示よ」

柏木「だが、俺たちみたいなペアがトルコ国内の取引に首を突っ込むっていったら、却って目立つんじゃないのか?それこそ現地人で構成された2課の連中のほうが適任だと思うんだが」

ソフィー「それが、この裏取引に関して言うとむしろ現地のトルコ人は完全に締め出されているようなのよ。だから却って2課の方が内部からの情報収集が難しい、ってわけ」

柏木「なるほどね・・・」

アーニー「世界総イスラム化ってか。もはや第三世界なんて言って笑い飛ばせるような規模でもなくなってきたわけだ」

柏木「単純に金儲けしたい連中がトルコ国内に入り込んでるってだけじゃねえの・・・」

数日後。トルコ、ディヤルバクル郊外。旧市街を囲む古い城壁の前に、柏木とアーニーの2人が立っていた。

ここはかつてアルメニア王国の首都であったこともある古い都市である。

その後ローマ帝国からアラブ人による統治を経て、現在はトルコ国内に住むクルド人にとっての中心的な都市となっている。

郊外にはトルコ空軍の基地が存在し、街の周りを巨大なスラムが取り巻いている。

かつてはフランス軍による占領や、クルド人による蜂起も起きているトルコ国内でも政情が不安定な場所だ。

アーニー「にしてもトルコ経由とは、連中もまた随分と大胆なルートをとったもんだ」

柏木「歴史的にもこの国はヨーロッパとアラブをつなぐ玄関口だからな。まあイスラム教徒にしてみればオスマン帝国の頃からここは由緒正しいアラブの土地だ、って主張らしいが」

アーニー「今の世の中どっちに付いた方が得か、考えなくても分かりそうなもんだがな」

柏木「ま、欧米諸国にしたってクルド問題やキプロス問題、さらにはイスラムへの嫌悪感からトルコのEU入りを拒んでいるくらいだし?自分たちの都合のいいように使えるうちは、どっちつかずの現状が一番いいんだろう。当のトルコ国民にとってもな」

アーニー「民族のディグニティも、キャピタリズムの前には無力か」

市街地の外れにある一軒の石造アパート。中に入ると、2課の職員が2人を出迎えた。

「ようこそディヤルバクルへ。ここの支配人のセルカンです」

アーニー「ああ。これが本店からの指示書だ」

柏木「ところで、何か飲むもんないか?」

そう言った柏木の手に、セルカンの手からぬるいペプシの缶が手渡される。

軽く溜め息をついて、柏木がプルタブを引くと中から噴水のようにコーラの泡が飛び出した。

セルカン「では早速、こちらが現在までに分かっている情報です」

手渡された資料に目を通しながらアーニーが呟く。

アーニー「・・・なるほど。RPGから装甲車、果ては戦車まで。一体誰が裏で手をまわしてるんだか」

柏木「ウンマ・イスラミーア・・・『イスラム共同体』の旅団か。案外そこらの軍隊より羽振りが良いんじゃないか?」

アーニー「確かに」

一通りの説明を終えたセルカンから、木製のブレスレットのようなリングが手渡される。

これが件の取引における一つの目印となっているらしい。

柏木「勘合貿易ってわけか」

アーニー「リストアップされた情報を見る限り、どうやら相当数の欧州企業も関与してるらしいな」

柏木「青い目のタリバンなんて騒いじゃいるが、組織だって堂々とやってる分こっちの方がよっぽどタチが悪い」

こうしてトルコにおける彼らの業務が幕を開けた。

柏木(やれやれ、内偵ね・・・こういう任務は性に合わねえな)

数日後、市街部を取り囲むスラム街の中を柏木は歩いていた。

ハサンパシャ・ハン(商業館)を中心とした市街部に比べ、その様相は随分と異なっている。

しかしながら、ここはスラム街特有の独特な活気に満ち溢れている。

意外なことにここに住む人々以外の往来も少なくない。なるほど、確かに不埒な連中が集まりそうな場所だ。

スラム街の中には雑多な商店街・・・といっても、ボロ屋台が並んだだけの通りがある。

そこには現地の人々の生活用品や、得体の知れない機械類が並べられている。ともすると、銃火器の類が並んでいてもなんら不思議ではない。

柏木「空軍基地の近くにこんな場所があるとは・・・トルコってのは、案外大らかなお国柄なのかね?」

皮肉っぽく呟いた彼の視線の先に、ヤギの繋がれた野菜売りの露店が目に入った。

その軒先には、新鮮な玉ねぎやニンニクなどがぶら下げられている。

柏木(そういや、セルカンの宿じゃ野菜なんてほとんど出てこねえよなぁ・・・)

何の気なしに玉ねぎを手に取った柏木に、店主が話しかけてきた。

店主「1トルコリラ」

柏木「おいおい。そりゃボッタクリすぎだろう・・・」

呆れ顔で柏木が返す。

店主「じゃあ、20クルシュだ」

柏木「あのなあ・・・別に玉ねぎなんて、買わないっての」

そう答えた柏木の腰にぶら下がる木製の輪に気づいた店主が急に顔をしかめる。

店主「なんだ、エジデルの連中か。『青野菜』ならこないだので仕舞いだよ」

柏木(エジデル・・・組織名か何かか?だが、こいつに見覚えがあるってことは・・・)

柏木「そうかい・・・それよりもこないだの件、どうなった?」

柏木は何食わぬ顔で会話を続ける。こうして店主から情報を聞き出せるかカマをかけるわけだ。

店主「それならアンタらの指示通りにしただろう。基地にいる連中に確認しろよ」

柏木(基地?基地ってのは・・・)

店主「それよりアンタ、こんなとこで油売ってていいのか?さっきから商社の連中が商業館に集まり始めてるぞ」

柏木は考える。これ以上情報を引き出そうと無理に話を引き延ばせばボロが出るかもしれない。

念のため武器は携帯しているが、無用な騒ぎは避けるべきだろう。

柏木「チッ・・・じゃあな」

店主「あ、おい・・・」

スラム街を後にした柏木は、セルカンの宿へと向かう。

セルカン「戻りましたか」

柏木「ああ・・・面倒くせえ仕事だぜ。火ぃあるか?」

ドカッとソファーに座り込む柏木に、セルカンからライターと紅茶が差し出される。紅茶はトルコらしく、角砂糖がたっぷり入った甘いものだ。

柏木はそれに口をつけることなく、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。

柏木(基地ってのは郊外の空軍基地・・・あるいは密輸グループのアジトのことか。だがひとつ確かなのは、あのスラム街の店主がこのリングを見てから明らかに反応が変わったことだ。おそらくこの取引にはスラム街の住人も噛んでるようだな)

柏木「あ、そうだ。おいセルカン」

茶器を乗せていたトレイを手に部屋を立ち去ろうとしていたセルカンに柏木が話しかける。

セルカン「はい、なんでしょう」

柏木「今日、スラム街の店主が俺のことを『エジデル』とかいう連中の一味と言ってたんだが・・・この言葉に聞き覚えはあるか?」

セルカン「Ejder・・・それは、ドラゴン。龍という意味のトルコ語です」

柏木「龍・・・」

セルカン「そうですね、あるいは密輸に絡む組織の固有名称か・・いずれにせよ、我々の知る限りの情報では特に何も」

柏木「・・・そうか」

セルカン「申し訳ありません」

煙草を揉み消し、すっかりぬるくなった紅茶を柏木は飲み干す。

柏木「甘ぇ・・・」

その時、手元の無線機にアーニーからの通信が入る。

『ジャック、一旦セルカンの宿に戻ってくれ。話したいことがある』

柏木「もう戻ってる」

『なんだサボリかよ?分かった、俺もすぐそっちに向かう』

柏木「何か分かったのか?」

『ああ、奴らの武器の仕入れ手口と流通ルートが分かった。詳しくは戻ってから説明する』

・・・

柏木「・・・なるほどね。欧州各国のローカルカンパニーがここディヤルバクルで麻薬と引き換えに行われる中東への武器売買を仲介しているわけか」

アーニー「ああ。一種のロンダリングだな」

柏木「だが買い手はともかくとして、その売り手は?ウンマ・イスラミーア旅団が運用している規模の装備を運び入れるとなると、それこそ正規軍と同程度の輸送能力も必要だと思うんだが」

アーニー「その件だがな・・・どうやらこいつらが噛んでるらしい」

そういってアーニーから、バルザースの空軍基地で撮影された写真が手渡された。

柏木「これは、Su-27・・・いや、殲撃か」

アーニー「そうだ。チャイニーズフランカー、J-11だ」

柏木「人民軍の戦闘機がなぜトルコ国内に?」

アーニー「それがどうやら、八一軍旗をつけてるってわけでもなさそうだぞ」

写真内でアーニーが指差した戦闘機の尾翼をよく見ると、うっすらと剣を咥えた龍のマークが描かれている。

柏木「こいつは・・・」

アーニー「華夏光龍公司。中国の新進気鋭の民間軍事企業だ」

柏木「光龍公司・・・世界各国にオペレーターを展開し、警備だけでなく航空機や主力戦車を使っての大々的な仮想敵業務までやってるとかいうあそこか」

アーニー「ああ。名目上は商売敵ってことになるが、実際のところ中国政府が用意した外貨獲得のための海外派遣部隊ってとこだな」

柏木「なるほどね・・・さっき店主のいってたエジデルってのは光龍の連中のことか」

アーニー「ああ。スラム街の商人を通じて、そこから大量の芥子や麻などといった麻薬の類をやり取りしているらしい」

柏木「青野菜ってのはそういうことか・・・それにしても、ずいぶんとキナ臭いことになってるじゃねえか」

アーニー「おまけに隣国のギリシャじゃ、数年前の国民投票で緊縮財政に反対する国民が過半数を上回り、その後の交渉が難航した結果EUを離脱、これに伴いロシアや中国がギリシャを取り込もうと動きを見せてる」

柏木「それなぁ。下手すりゃこのままスペインやポルトガル、イタリアにまで飛び火しそうな勢いだし、既にイスラム過激派の連中も欧州内にシンパを多数送り込んでる・・・」

アーニー「ムスリムの連中はレコンキスタで奪われた土地を取り戻す絶好の機会と思っているだろうな」

柏木「そこに金の臭いを嗅ぎつけた各国が動き始めたってわけか」

アーニー「直に俺たちも忙しくなるぞ」

柏木「やれやれ・・・本気で転職でも考えますかね」

数日後。

トルコ国内での情報収集を終えた2人はリヒテンシュタインへ戻る。

ソフィー「光龍公司ね・・・」

柏木「中国政府お抱えの商売敵さ。そいつがどうやら、中東に武器を流し込んでいるらしい」

アーニー「それどころか今や中国政府の兵器ビジネスの窓口にまでなっちまってる。アメリカが情報提供を拒んだのも、この辺りに自国の軍産複合体と絡んだ公にできない事情があるのかもな」

柏木「はは、だとしたら下手に首突っ込むとウチが消されかねねえな」

ソフィー「とりあえず、分かったわ。この件に関しては4課のほうに情報を回しておくから」

柏木「そういや、日本に戻った兄ちゃんはどうしたよ?」

ソフィー「レイのこと?彼なら数日後に合流する予定だわ」

アーニー「そういやサウジじゃ奴さん、随分と慌ただしい帰国だったな」

柏木「また本社から面倒事を抱えて来なきゃいいんだがな」

-続く-

★補足説明


【トルコリラ】
トルコ共和国の通貨。補助単位はクルシュで1トルコリラ=100クルシュ。
1トルコリラ≒40円くらい(2015年現在)


【J-11】
http://i.imgur.com/cmlIQf2.jpg
中華人民共和国の航空機メーカーである瀋陽飛機工業集団がロシタのSu-27を元に開発した戦闘機。
殲撃十一型と呼ばれている。


【八一軍旗】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/89/People%27s_Liberation_Army_Flag_of_the_People%27s_Republic_of_China.svg
中国人民解放軍軍旗。
1927年8月1日の南昌起義を建軍記念日とし、その日付である八一という数字が描かれている。
日本人がみると溜息ついてる脱力系の旗にも見える。

>>110
ロシタとか草生えちゃうロシアよ
誤字脱字は脳内変換お願いします

(おっほ>>1生きとったんか!架空戦記は3つ目?
魚あたりからずっと見てて過去作だいたい読み漁ったはずだけど差し障りなければ過去作教えてくれさい!)

>>112
入って、どうぞ
http://caerulein.blog.fc2.com/page-1.html

【Ep4 Eraser】

インド北西部ラージャスターン州ジャイサルメール県上空。

立川らの乗るリコリス社の輸送機が、当地を飛行していた。

この輸送機はスパルタンと呼ばれ、元々はイタリアのアエリタリアで製造されたターボプロップ輸送機G.222を元にした機体である。

アメリカ軍にも軽輸送機として導入され、その改良型はターボプロップ輸送機を代表する名機であるC-130ハーキュリーズの技術を盛り込んだ高性能機、C-27Jスパルタンとして生まれ変わった。

リコリス社では主力輸送機として、凡そ10tの貨物が搭載できるこの機体を15機運用している。

・・・

柏木「邦人救出だぁ?」

立川「ああ」

柏木「やれやれ・・・やーっぱり面倒事を持ってきやがった」

アーニー「今度はどこだ?また中東か?」

立川「いや、インドだ」

アーニー「インドか・・・」

立川「現在、インド北西部ラージャスターン州ジャイサルメール近郊において、文科省と気象庁の研究者が中心となって行っていた人工降雨実験の研究チームのメンバーが監禁状態にある」

柏木「ああ・・・あの厚木基地でUS-2飛ばしてた連中か」

立川「そうだ。通称『操雨研』。今回彼らはインド国内のタール砂漠で大規模な人工降雨実験を行うことになっていた」

柏木「人工降雨ねぇ・・・」

立川「実際のところはこの度インド海軍での採用が決定したUS-2の導入に先立ち、防衛相主導の慣熟訓練に文科省が相乗りしたということらしい。作戦名はオペレーション・パルジャニヤ。パルジャニヤとはインド神話における、雨の神のことだ」

アーニー「研究者チームを監禁しているグループの素性は分かっているのか?」

立川「ああ。例の中国に本拠地を持つPMC、華夏光龍公司の関連グループによる犯行ということが4課の調査で判明している」

柏木「まーた光龍か・・・」

アーニー「キナ臭いところには大体顔を出してやがる・・・しかし、なんでまたそんな連中がインド国内まで入り込んでるんだ?」

柏木「印中といえば隣国同士ただでさえ仲が悪いってのに、最近は水利権を巡って水戦争まで起こしかねない勢いだ。・・・それにしたって、開発途上の降雨技術なんぞ目の色変えて飛びつくものでもないだろうに」

立川「現在操雨研の研究している人工降雨技術は、これまでのものとは異なり浮動性高吸水性高分子、通常F-SAP(Floating superabsorbent polymer)と呼ばれる特殊なポリマーを用いている」

アーニー「光龍の狙いはそのポリマーなのか?」

立川「おそらくな。このF-SAPは、事前に空中で散布することで雨雲の核を作り、そこに大量の水分を散布することで降雨を実現するというものらしい」

柏木「大量の水分って・・・そんなもの散布できるなら、端からポリマーなんぞ使わんでも普通に水を運んだ方が効率的じゃねえか」

立川「このポリマーは大気中の微細な水分を取り込むだけでなく、水分中に含まれるナトリウムなどの陽イオンを吸着し留めておく特質があるらしい。これによって、例えば海上でUS-2を使って汲み上げた海水をこのポリマーと共に上空に散布することで雨雲を発生させ、さらには呼び水的に周囲の空気中の水分をも巻き込んで地上に真水の雨を降らすというコンセプトのもと開発されたそうだ」

アーニー「基本的には大気中の雲も、元々は海上から蒸発した水分が空気中の塵を核に雨粒を形成しているわけだしな。そのプロセスを人工的に行うってわけか」

柏木「しかし分からんな。それなら単純に脱塩施設からパイプを引いた方が効率がよさそうなもんだが。それにポリマーの散布なんてしたら、降雨地域の残留物質も無視できないだろうに」

立川「注目すべきは、このポリマーの持つ別の能力にある。今回彼らが監禁状態におかれているのも、政府から我々に救出命令が出たのもこれが理由だ」

柏木「なんだよ、その理由ってのは」

立川「人工降雨の研究と並行してF-SAPの特性を研究しているうちに、この粒子には放射能除去能力があることが新たに判明したらしい」

柏木「なっ・・・」

アーニー「そいつは・・・よくもまあそんなものを国外に持ち出す気になったもんだ」

立川「当然国防族議員を中心とした保守派の勢力はこれに反対していたわけだが、どうやら文科省と外務省が極秘裏に今回の実験を強行した背景があるようだな」

アーニー「外務省はともかくとして、文科省にそれほどの力が?」

柏木「熱心な研究者連中を炊きつけた誰かがいたってことだろ。科学とは無縁の腹黒い連中がな」

立川「今回の作戦については人員回収用のヴィーゼル2輌、および別働隊として特殊作戦群から1個小隊26名がArgonおよびBoronの2チームに分かれ参加する」

柏木「別働隊ね・・・ま、Sの連中なら心配することはねえか」

立川「ああ。だが現地で潜入任務を行うのは我々3名のみだ」

柏木「は!?」

アーニー「救出作戦をたった3人で?」

立川「・・・そうだ」

柏木「おいおい、いくらなんでもそりゃちょっと無茶ぶりがすぎねえか。監禁されてる人数は?」

立川「4名だ。彼らは操雨研の中心メンバーであり、F-SAP開発における主要スタッフでもある」

柏木「4名・・・思ったより少ないな」

アーニー「わざわざ中心メンバーだけ選んだってわけか」

柏木「裏で誰が糸を引いてたのかなんとなく想像がつくわな」

立川「さらに、今回のオペレーション・パルジャニヤにはF-SAPに関する資料もかなり持ち込まれていたらしい」

柏木「あーあ」

アーニー「それも彼らと一緒に?」

立川「恐らくな。ただし、その多くは彼らの知識なくしては大して意味のあるものでもない」

柏木「それで光龍の連中、スタッフごと強奪ってか。大胆だねえ」

アーニー「確かにこの4人が国外に拉致されるようなことがあれば、この国にとって大きな損失になる。表立って事情が公表できない以上、極秘裏にことを進めるしかないわけだな」

柏木「だが、そうだとしても俺たちだけでやる理由にはならんぞ。例え対象が4名とはいえ、最低でも3チーム10名以上は必要だ」

立川「・・・今回、『救出』というのは飽く迄も政府の立てた名目に過ぎない。この作戦の真の目的は、この技術が国外に流出することを未然に『阻止』することだ」

柏木「・・・」

アーニー「・・・」

柏木「・・・なるほどね」

合点がいったように柏木が俯く。

柏木「係る情報は全て消すってわけか。それなら俺たち3人でいいわな」

アーニー「汚れ仕事を任されるのは今に始まったことじゃないがな」

柏木「さっき言ってた別働隊っていうのは、万一俺達がしくじった時に全ての証拠を消すために後ろでスタンバってるわけか。背筋が寒くなるぜ」

立川「潜入ルートはブリーフィングの通りだ。『霞』で敵を無力化したら、一気に対象が監禁されている部屋まで向かう。作戦の最大所要時間は15分」

立川の言う「霞」とは、防衛相の指示により技術研究本部で極秘裏に開発された無力化ガスのことである。

合成オピオイドの一種であるフェンタニル系の薬物を元につくられたこのガスは、モルヒネの数千倍の効果があり、暴露した者を数秒で数時間のあいだ意識不明状態に陥れることができる。

これは2002年にロシアで発生したモスクワ劇場占拠事件で、スペツナズがチェチェン人武装勢力に対して使用したことで知られるKOLOKOL-1と同様のものであるが、必ずしも一般的な作戦に使用できるような代物ではない。

致死性が他のガスに比べて高すぎるからだ。

霞は専用の噴霧器からエアロゾル化された状態で噴射される。屋外であれば周囲数十m、屋内であれば体育館程度の広さの建物を十分に無力化することができる。

当然立川らは専用のマスクを着用し、霞の影響を受けないように任務にあたることとなるが、建屋内にいる人間は監禁されている研究者グループを含め全員が意識を失うこととなる。

アーニー「乱暴な全身麻酔だ」

柏木「痛みや恐怖を感じないだけマシさ」

アーニ「人形を撃つのとは、わけが違うんだがな・・・」

・・・

立川「そろそろ降下ポイントだ」

柏木「それじゃ、同胞殺しの汚名を貰いにいくとしますか」

立川「よし、出るぞ!」

こうして3人は闇夜の砂漠に降り立って行った。

ジャイサルメール。

インド西部に位置するタール砂漠に存在するこのオアシス都市は、夕暮れになると街全体が金色に輝いて見えるため「ゴールデンシティ」の名で呼ばれる。

街の中心には城壁で囲まれた王宮が聳える台地状の丘があり、その周りには砂岩造りの家が密集している。

そんな砂漠の中の黄金都市は、今や月光に照らされて都市全体が青白く浮かび上がっている。

街の外周に存在する建物・・・元々は城郭都市であるジャイサルメールを守るための塁砦だったもののひとつに、彼らは監禁されているらしかった。

「こちらNickel3、配置についた」

所定の位置についた柏木から通信が入る。今回、建屋への潜入は立川とアーニーのツーマンセル1セットで行う。

柏木は彼らが建物に潜入している間の周辺警戒と、2人が脱出してから回収チームと合流するまでの援護がその任務だ。

これに伴い、潜入する2人は小型で取り回しの良いHK416Cを装備しているが、外から援護を行う柏木はMk14 EBRを装備している。

立川『Nickel1、了解。始めるぞ』

そしてついに、作戦の幕が上がった。

当初想定されていた通り、周囲の警戒はそれほど厳しいものではなかった。

立川らは難なく建物に接近し、くたびれたドアの隙間から霞の噴霧器を滑り込ませる。

『Nickel1,2、突入する』

インカムで立川の声を聞きつつ、柏木はその様子をスコープ越しに見つめていた。

月明かりに照らされた周囲は、暗視装置を通してまるで昼間のようにはっきりとその輪郭を浮かび上がらせている。

建屋に突入した立川らを待っていたのは、意識を失った武装集団と周囲に散らばる無数の空き缶だった。

細心の注意を払い奥へ進んでいく2人。ガスにより敵は無力化されているとはいえ油断はできない。

目的の部屋の前で立川がハンドサインで周囲の脅威がないことを合図すると、アーニーが部屋のドアを蹴破った。

事前に得ていた情報通り、技術者たちは建屋の最奥にあるこの部屋に閉じ込められていた。

やはり彼らも霞の影響で部屋の中に倒れ込み、中には失禁しているものもいる。

立川「Nickel1・・・目標を発見した」

アーニー『Nickel2、了解。俺は向こうの準備を済ませておく』

立川「ああ」

そういって部屋を後にしたアーニーの背後から、4発の銃声が響いた。

『月が綺麗だ。糞みたいな夜だな』

無線越しに銃声を聞いた柏木が静かに呟いた。

アーニー「Nickel2、サッチェルチャージの設置完了」

立川「了解・・・Nickel3、目標を達成した。ヴィーゼル部隊に指示を出せ」

『Nickel3、了解。建物の周囲に異常なし。別働隊の出番はなさそうだな』

立川「Nickel2、先に出ろ。俺は後始末をしてから行く」

アーニー「了解」

・・・

闇夜の砂漠を小型の装軌車両が砂埃を上げて近づいてくる。

柏木「Nickel2!Nickel1はどうした!?」

アーニー「分からん!後始末をしてから出ると!!」

柏木「Nickel1、応答しろ!回収ポイントへ急げ!Nickel1!」

無線機で柏木が立川に呼びかける。

アーニー「まずいぞ、そろそろタイムアップだ」

柏木「Nickel1!建屋から退避しろ!!立川、聞こえてるのか!!」

呼びかけも虚しく、彼らの目の前で目標の建物は大音響とともに吹き飛んでしまった。

アーニー「くそっ・・・こちらNickel2、指揮を引き継ぐ。ArgonおよびBoron両チームはジャイサルメール空港まで撤収せよ」

二人はAPC(装甲兵員輸送車)型のヴィーゼルに乗り込み、ジャイサルメール空港へ向かう。

空港でカーゴドアを開けたままの状態で待機していた輸送機の機内にそのまま乗り込むと、数分後には彼らは再び空へと舞い上がっていた。

数日後。リヒテンシュタインの本店で、柏木とアーニーが今回の作戦のデブリーフィングを行っていた。

アーニー「まさかここにきてレイを失うとは・・・大きな痛手だな」

柏木「奴さん、日本に帰ってる間に勘が鈍っちまったかな」

ソフィー「そのことなんだけど・・・ジャック。レイについて日本へ帰国した後、何か不審な点はなかった?」

柏木「あぁ?」

ソフィー「レイのこれまでの行動を精査していったら、4課でも把握しきれていない行動が過去に何度か見つかったの」

柏木「いや・・・ま、いつも何考えてるかよく分からん奴だったけど、特別普段と変わったことはなかったな」

アーニー「あの日の作戦中も、特に問題のある行動はなかったが・・・」

ソフィー「そう・・・」

アーニー「内部工作の気配あり、ってことか」

柏木「そもそも奴は何だってあのタイミングで日本に呼ばれたんだ?」

ソフィー「・・・実は、彼の妹さんが出産の折に亡くなったのよ」

アーニー「それでわざわざ日本まで?」

柏木「忌引き休暇を勧めるほど、ウチの会社がホワイトだとは思えん」

ソフィー「ちょっと事情があってね・・・妹さん、かなり珍しい血液型だったらしいんだけど。国内に登録されてる人物で適合するのが、彼女の兄であるレイしかいなかったのよ」

柏木「おいおい・・・そういうのは普通、赤十字がきっちり管理しとくもんじゃないのか?」

ソフィー「それが、急な出産で手配が間に合わなかったみたい。赤十字のストックも事前に適合検査ができるような状態じゃなかったらしくて・・・それで唯一、居場所の分かる彼を緊急帰国させたわけ。間に合わなかったけどね・・・」

アーニー「なるほどな・・・」

柏木「ふふん、国益のために人を殺せなんて言う企業らしくない対応だな」

アーニー「いずれにせよ、それが今回の件の発端になった可能性が?」

ソフィー「さぁ、それはどうかしら。もう何年も妹さんには会ってなかったみたいだけど・・・」

柏木「人殺しの血で生き延びるくらいなら、いっそ死んだほうがマシだったんじゃないか?」

ソフィー「ジャック、言い過ぎよ」

アーニー「それで、母子共に亡くなったのか?」

ソフィー「幸い、生まれてきた子は一命を取り留めたそうよ」

柏木「・・・」

・・・

アーニー「ジャック」

柏木「おう、どうした?」

アーニー「一杯付き合えよ」

柏木「ああ」

アーニー「レイの件、堪えてるのか?」

柏木「別に・・・いつも通りさ」

アーニー「そうか・・・なぁ、ジャック。俺は時々思うんだがな、この世は理不尽なことだらけだ」

柏木「あぁ?」

アーニー「命の重さってやつは、人によって違うんだよな」

柏木「なんだ。今まで殺した奴が夢にでも出てくるようになったか?」

アーニー「そうじゃない。何千万もかけて生かされようとする命もあれば、まるで塵芥みたいに掃き捨てられる命もある」

柏木「そういう事に頭を悩ませるくらいなら、どこぞの慈善団体にでも寄付でもするんだな」

そういって柏木はショットグラスの中身を飲み干す。

柏木「・・・俺たちみたいなならず者が、今更クソ汚え過去を消せるかよ」

-続く-

★補足説明


【C-27J】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/38/Alenia_C27J_Spartan_at_ILA_2010_11.jpg
イタリアのアレーニア・アエロナウティカが開発・製造する中型軍用輸送機。
C-130を開発したことで有名なロッキード・マーティンの協力の下開発されたアエリタリア G.222の新世代型で、エンジンとアビオニクスはロッキード・マーティンのC-130J スーパーハーキュリーズのものを使用している。


【C-130】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a1/C-130J_135th_AS_Maryland_ANG_in_flight.jpg
アメリカのロッキード・マーティンが開発した中型の軍用輸送機。愛称はハーキュリーズ(ヘラクレス)
日本でも航空自衛隊と海上自衛隊が本機を装備している。厚木基地に行くと海自のC-130Rが離着陸訓練してるのがよく見える。


【US-2】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4e/ShinMaywa_US-2_at_Atsugi.jpg
日本の新明和工業で開発された救難飛行艇。第二次世界大戦中海軍で活躍した川西航空機の二式大艇のひ孫にあたる。
2014年の防衛装備移転三原則制定により、同機に強い興味を持つインド海軍への売り込みを図っている。

【人工降雨】
人工的に雨を降らせる気象制御のひとつ。
現在では雨雲を発生させるためにドライアイスやヨウ化銀などといった雨粒の核になる粒子航空機やロケットを使ってを散布(クラウドシーディング)する方法が中心。
作中にもある通り、散布物質が環境に与える影響や、人体への悪影響も懸念されている。


【ヴィーゼル空挺戦車】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/81/Wiesel120mm.jpg
ドイツ陸軍が運用している空挺部隊向けの小型装軌車両。ヴィーゼルとはドイツ語で「イタチ」の意。
1984年から量産が開始され、翌1985年からより大型のヴィーゼル2と呼ばれるタイプの車両が発表された。
非正規戦による即応性が求められる軍隊にとってこの手の車両はニーズにマッチしており、優れた展開能力からドイツ軍による治安維持活動に積極的に投入されている。


【KOLOKOL-1】
1970年代にソビエトで開発された合成オピオイド派生の無力化ガス。曝露後1〜~秒以内に効果を発揮し2~6時間意識不明にすると言われている。
一節にはモルヒネの 10,000 倍以上の効果があるとされ、モスクワ劇場占拠事件で死亡した人質は意識消失を伴った呼吸中枢麻痺によって窒息死したと考えられている。

【HK416C】
http://i.imgur.com/d6XDnYA.jpg
HK416シリーズの中でも最もコンパクトなショートカービンモデル。
ハンドガードを9インチ銃身対応の短寸型とし、ストックは同HK社のMP5A1/A3に似たワイヤー伸縮ストックに、フラッシュハイダーはバードケージ型から先割れ型に変更されている。
「C」は“sub-Compact”のCらしい。


【Mk14 EBR】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a6/MK14.png
アメリカのスプリングフィールド造兵廠が開発した自動小銃であるM14を近代化改修したマークスマンライフル。EBRとはEnhanced Battle Rifleの頭文字をとったもの。
ちなみにマークスマンライフルとは、選抜射手用に作られた射程500m程度の精密射撃を可能とする狙撃中の一種であるが、遠距離射撃での精密さが求められる専門の弾薬を使用することの多い狙撃専用ライフルとは異なり、補給に負担をかけない汎用的な弾薬が用いられるほか、近接戦闘を考慮しオートマチック機能を残しているなどの特徴がある。


【サッチェルチャージ】
梱包爆薬のこと。持ち運び易い量の爆薬を包み、信管をつけて爆破する。主に工兵資材として、障害物の破壊などに用いられる。なんか昔ターミネーターにも出てきてた気がする。
全然関係ないがOperation Flash Pointというゲームだとサッチェルチャージにタイマーを設定できるのだが、時間を過ぎても爆発することなくいまいちその存在意義が分からなかった。戦車は死ぬ。

【Ep6 Vector】

柏木「人員整理ねぇ・・・」

リヒテンシュタインの本店で、壁に張り出された辞令を見た柏木がつぶやく。

柏木「ついに政府の埋蔵金が底をつき始めたか?」

ソフィー「というよりも今回の件は、数年先を見据えた大規模な組織改革の一環ということらしいわ」

柏木「体の良い予算縮小だろうが・・・」

現在、リコリス社は5つの部門によって構成されている。

日本国内での警備業務を行う1課、海外業務をフォローする2課、物流部門の3課、コンサルティング部門の4課、法務・総務を統括する5課。

社員のほとんどは元自衛官や政府関係者であり、俗にいう天下り企業としての一面も持っている。しかしそれは同時にリコリス社の抱える「裏の顔」を秘匿しやすいからでもある。

実際のところ国内の警備を行う1課や事務作業が中心の5課を除き、2課は紛争地域での工作活動や各種取引、3課は戦闘地域への兵站活動、4課は諸外国での諜報活動に携わっている。

それでもなお、柏木らの所属している直接的な戦闘行為を行うセクションについては公式には存在しないことになっている。

その存在を知るものは、社内のごく一部の関係者と首相周辺のわずかな政府要人だけだ。

アーニー「先日の安保法案改正に伴い、自衛隊もいよいよ世界デビューってことになりそうだからな」

柏木「PKOを始め数々の海外活動に参加しておいて何を今更、って感じだけどな」

アーニー「まぁな。とはいえ、いきなり戦地で必要な装備を公に導入するわけにもいかんということで、政府内部にはウチの運用部門を切り離して秘密裡に戦略輸送機や爆撃機なんかを導入していく思惑があるらしい」

柏木「人員の次は兵器ロンダリングってわけか。やってることは過激派の連中と同じだな。上が何をやりたいのかは知らんが、何ならこのまま核ミサイルでも買っちまいそうな勢いだな」

アーニー「現状すでに日本は潜在的核保有国といえるがな。むしろ今回の安保改正によって、アメリカは日本に核を持つなというメッセージを明確に伝えてきている」

柏木「ま、役人連中が正気な限りアメリカを敵には回せんだろう・・・そんなことより、ソフィー。その手に持ってるのは俺へのラブレターか?」

ソフィー「そう。私じゃなくて会社からのね」

柏木「ああ、そう・・・」

彼女から渡された手紙の封を切った柏木は顔をしかめる。

アーニー「どうした、ジャック?」

柏木「やれやれ・・・本社からの赤紙だ」

アーニー「はは、仕事にあぶれなくてよかったじゃないか」

ソフィー「あなたにもよ。アーニー」

アーニー「お、おお・・・」

柏木「よかったなあ。仕事にあぶれなくて」

ソフィー「というわけで二人とも。その指示書に目を通したら早速ブリーフィングよ」

二人「へーい・・・」

・・・

ソフィー「さっきの指示書にも書いてあった通り、今回二人にはレバノンに向かってもらうわ」

柏木「レバノンね・・・」

アーニー「どうも最近、中東とは縁があるな」

柏木「アラブの春からこっち、中東諸国の支配体系が崩れたせいでどこもかしこも子悪党がのさばってるからな」

アーニー「なんだかな」

柏木「で?指示書にゃレバノン国内に流入するシリア難民の動向調査とあるが、なんだってウチがわざわざレバノンくんだりまで赴いてそんなことを?」

ソフィー「昨今、内戦状態の続くシリア国内から溢れた難民がヨーロッパ諸国へ押し寄せて問題になっているのを二人も知ってるでしょう?」

アーニー「そういえば、どこかの国のメディア関係者が難民の子供を蹴とばしたとかでニュースになってたな」

ソフィー「その難民たちの出国ルートなんだけど、どうやらシリア南部の避難民については陸路ではなく、隣国レバノンから海路を使って国外へ流出しているようなの」

アーニー「わざわざ隣国跨いでくのか」

ソフィー「ええ。シリア南部の難民にとっては、戦闘地域を通過する必要がある陸路より、海路の方がリスクが少ないということらしいわ」

柏木「だが、難民にそれだけのことをする伝手があるとは思えん」

アーニー「裏に誰かが噛んでるってことか」

ソフィー「そう。どうやらシリア難民たちの国外退避について、それを手助けしている集団がいるらしいの。それが・・・」

柏木「光龍・・・か」

ソフィー「そういうこと」

アーニー「なるほど・・・確かにトルコ国内の武器輸出で欧州カンパニーと繋がりがある光龍ならやりかねんな」

ソフィー「その辺の実情を調べてこいってのが、今回の任務ってわけ」

柏木「実情ねぇ・・・」

ソフィー「それとレバノン国内にいる2課の要請で、同時にヴィーゼルとグロウラーを1両ずつレバノンに持ち込んでもらうわ」

アーニー「入国ルートは?」

ソフィー「さっきの装備も含め、全部ウチの輸送機でレバノンまで運ぶことになっているわ」

柏木「俺たちゃ積荷の隙間で丸まってろってわけだ」

アーニー「にしては3課の連中、随分とのんびりしてるじゃないか。いつもならヴィーゼルをチューリッヒまで運ぶなんていったら、今頃大型トレーラーへの積み込みやらなんやらでてんやわんやだろうに」

ソフィー「それがね・・・おそらく光龍公司の仕業だとは思うけど、誰かが裏で手を回しているらしくて近隣空港の使用許可が下りないのよ」

アーニー「ウチも目をつけられたってわけだ。まさかそんなとこまで手を回してくるとはな」

柏木「で・・・どうすんの?」

ソフィー「今後しばらく、3課の航空機運用はバートラガッツ飛行場を使用することになったわ」

柏木「はぁ!?あんな猫の額ほどもない場所で!?」

アーニー「バートラガッツといやぁ、飛行場とは名ばかりのただの広場じゃねえか」

ソフィー「一応、滑走路長はウチの輸送機を運用できるだけの長さがあるわ・・・ギリギリだけど」

柏木「えぇー、俺やだぁ~!」

ソフィー「悪いけどこれは本社からの命令よ、ジャック」

柏木「この会社辞めていい?」

ソフィー「ダメ」

柏木「・・・」

同日夜、スイス・バートラガッツ郊外。

アーニー「本当にこんなところから飛び立てるのかよ?」

3課職員「ヘラクレス(C-130)だって空母から飛んだんだ。余裕だよ」

柏木「曲技飛行やってんじゃねえんだがなあ、こっちは」

3課職員「まあそう心配するなって。きっちりアンタらをレバノンまで送り届けてやるよ」

こうして彼らの乗った輸送機は、夜の飛行場を後にした。

一行を乗せた輸送機は、一路南を目指す。

機体には5tに及ぶ貨物が搭載されているうえ、短距離で離陸する必要があったため半分程度の燃料しか積まれていない。そのため、レバノンに向かう途中で2回の給油を行うことになっていた。

まずはイタリア南部の都市クロトーネにある空港で1回目の給油を行う。ここはバートラガッツから南におよそ1000kmほどの位置にあたる。

2回目の給油はそこからさらに東へ1500kmほど飛んだ北キプロスのイルケル・カーター飛行場で行う。ここは元々国際空港だったが、現在は閉鎖されトルコ空軍がその管理を行っている。

そこを飛び立てば、目的のレバノン、ルネ・モアワド飛行場までは残り300kmほどだ。

合計2800kmあまり。巡航速度580km/hのC-27Jでは、途中2回の給油を含め片道7~8時間程度。朝にはレバノンにつく計算である。

柏木「にしても、難民か・・・どこもかしこも面倒な話ばかりで嫌になっちまう」

アーニー「ドイツをはじめとしたEU諸国からは、日本は難民受け入れをもっと積極的に行うべきだとの批判も上がっている中、日本政府はその要請を頑として拒んでいるわけだからな」

柏木「そりゃそうさ。難民なんて招き入れた日にゃ、後々までその面倒をみる必要があるばかりか、終いにゃ自国の国民の労働機会まで奪われかねないわけだしな」

アーニー「しかもそのための予算は国民の血税から捻出される、と」

柏木「誰がそんなバカなことするか、って話だよ。国際貢献なんてキレイごとを言っちゃあいるがな、昔からそうしてきたように、金だけ出して後は知らんぷりしとくのがこの国が唯一国際社会で今の地位を守るやり方ってこった」

アーニー「つまり今回の件も、日本政府が難民問題の矛先が自国に向かないうちに先手を打っておきたいって思惑があるってことか」

柏木「多分な・・・まぁそれでも、アメリカに脅された日にゃ被るしかないだろうが」

アーニー「そうだな」

柏木「とはいえアメリカとしても、この手の面倒事はなるべく回避しようと考えてるはずだし?そこに日本が上手く乗っかれるだけの口実が欲しいんだろうな」

アーニー「人種の坩堝と言われた彼の国も、そろそろ保身に走り始めたってわけだ。戦後から70年以上続いたパクス・アメリカーナの時代も、今やその終焉を迎えようとしている・・・」

柏木「そんな大袈裟な話じゃねえよ」

一行が1回目の給油地であるクロトーネ空港を飛び立って2時間が経過した頃、ギリシャ・トルコ国境沖の地中海上を飛行していた彼らの機に2機の所属不明機が接近してくることをレーダーが捉えた。

3課職員「おい!こりゃ戦闘機じゃないのか!?」

柏木「おいおーい。調整はついてたんじゃないのかぁ?」

アーニー「F-16だな・・・ギリシャか?トルコか?」

3課職員「クソッ、こっちのIFFに反応しないぞ!」

柏木「ほーう。こりゃひょっとすると、尾翼に剣をくわえた龍がいるんじゃないか?」

3課職員「くそっ!RWRが鳴りやまない!機体がロックされてる!!」

柏木「ただの嫌がらせだろ。本気で墜とすつもりならとっくに撃ってる」

アーニー「しかし米国製戦闘機まで持ってるとは驚きだ」

柏木「中にマッコイ爺さんみたいな奴がいるのかね?」

アーニー「はは、あの漫画は俺も昔読んだことあるな」

3課職員「アンタら・・・こんな状況の中よく平気でいられるな!」

柏木「いいから前見て操縦してろ。一応、本店に連絡いれとくか」

アーニー「通信電波は傍受されてるんじゃないか?」

柏木「よし、じゃあアイツらに聞こえるように皮肉たっぷりにしとくか。『こちらレバノン派遣隊。現在、腹を減らした中国人が俺達を撃ち落として北京ダックにしようと追跡中・・・』っと」

アーニー「ま、ここまで出張ってきてる時点でこっちの素性は割れてるだろうしな」

3課職員「逆上させるようなこと言うなよ!撃ち落とされたら、アンタらのせいだからな!!」

その後30分に渡り戦闘機からのチェイスは続いたが、キプロス上空に差し掛かる頃には2機はその姿を消した。

北キプロス、イルケル・カーター飛行場に降り立ったリコリス社の輸送機は、給油を終えると早々に最終目的地であるレバノンへと飛び立っていった。

アーニー「・・・あのタイミングで引き返していったところを見ると、どうやらギリシャ国内からお出ましだったってことかな?」

柏木「さーてね・・・よし、それじゃあ俺達もぼちぼち行くとすっか」

この時極秘裏に輸送機を降りていた柏木らは、飛行場を後にすると陸路でキプロス島西にあるガーズィマウサ地区、ヴェロシャへと向かった。

ヴェロシャはかつてビルの立ち並ぶキプロスでも屈指の観光地であったが、1974年8月に行われたトルコ軍の侵攻以来ゴーストタウンと化している。

現在街の人口は凡そ4万人あまりだが、市街地には廃墟と化したビルが立ち並び、閑散とした雰囲気が漂っている。

海沿いの港町であるここは、どうやら件のシリア難民たちの国外脱出を図る際の経由地の一つであるらしかった。

二人はそこで、2課職員から運び屋のレヴィという男を紹介された。

レヴィ「アンタらか。シリア難民の事情を知りたいっていう日本のエージェントは」

柏木「エージェントなんて大層なもんじゃねえ。ただの観光客さ」

レヴィ「物好きな観光客もいたもんだ」

アーニー「この船で商売を?」

レヴィ「ああ」

案内されたマリーナの一角に、一隻の中型クルーザーが停泊している。

柏木「難民船といやあ、もっとオンボロな不審船をみたいなのを想像してたけどよ」

レヴィ「一応俺はウェルシーな連中(富裕層)向けの商売をやってるもんでね」

アーニー「密出入国を企てるボートピープルに、貧富の差なんてないだろう?」

レヴィ「それがそうでもないんだな。戦地真っただ中から着の身着のままで逃げてくる連中はともかくとして、ここに来る難民は保有資産の一切を清算して逃走資金を用意したうえで国を出てくる。相手を選べば十分いい商売になる」

アーニー「悪徳だな」

レヴィ「悪徳?役得さ」

柏木「そうはいっても、シリア・ポンドなんて握りしめてこられたって、大した価値にはならんだろ?」

レヴィ「いや、全部ドル建てだ」

アーニー「難民がどうやってドルを?」

レヴィ「シリア内で難民相手に資産を換金している連中がいるのさ」

柏木「なるほどねぇ・・・」

レヴィ「で、そういう連中を資金別にランク分けして、国外へ流すルートを決めてるってわけだ。金さえ出せば、より安全なルートで難民申請の通りやすい国へ行くことができる・・・俺はそういう金払いのいい連中相手の運び屋ってわけだ」

アーニー「なるほど。話を聞く限り、難民に金を作らせた上で彼らの密出入国をコーディネートしている奴らがいるってことみたいだな」

柏木「やるじゃないか光龍の連中。恐らくこりゃシリア政府どころか米露連中相手にも話をつけてるな。これから紛争地になる場所にある資産をわざわざドルに換金するとは思えん。難民を退去させるついでにその資産を安く買い叩き、後は難民支援を声高に謳うEU諸国に難民達を押し付けその後始末をさせる・・・」

アーニー「米露は情報を流す見返りとして、自国への難民流入を防ぐ事ができる・・・か。確かに話の筋道は立つな」

柏木「やってることはただの火事場泥棒だけどな」

アーニー「ちなみにここから対岸のレバノンまでどれくらいあるんだ?」

レヴィ「難民を乗せた船が出港するタラーブルスってとこまで大体200km弱ってとこか・・・」

柏木「このクルーザーなら半日くらいってとこか?」

レヴィ「いや、俺はそこまではいかない。海上で難民を受け取るだけだ」

柏木「なるほどね」

レヴィが一通り現状を語り終えた頃、マリーナの脇に数台の白いバンが止まった。

レヴィ「おっと、難民用のリムジンが到着したようだ」

柏木「アルファード・・・?日本車じゃねえか」

レヴィ「ここじゃ高級車さ」

そういってレヴィはクルーザーのキャビンにつけられたドアを開ける。中からはシリア難民と思われる男女30名あまりが現れた。

その表情は悲喜こもごもといった様子だが、それほど憔悴しているようにも見えなかった。

レヴィ「さあ、向こうにある車に乗ってくれ。おっと、お嬢ちゃんたちはこっちだ」

車に向かわされるメンバーとは別に、何人かの少女はレヴィから別の男たちの手に渡された。

アーニー「彼女たちは?」

レヴィ「ああ。親がフネに乗るために売りとばした娘達だ」

アーニー「人身売買、か」

柏木「・・・ま、ある意味で一番手堅い資産ではあるわな」

ヴェロシャを後にした柏木とアーニーら2人は、本店からの指示でレバノンには入国せず、そのままトルコを経由し日本へ向かうこととなった。

柏木「あー・・・ウチの輸送機に比べたら民間機はまるで天国だな」

乗務員「お飲物はいかがいたしましょう?」

柏木「あ、ビール頂戴」

アーニー「仕事中だぞ」

柏木「いいじゃねえか。まだ日本まで10時間以上かかるんだ。ひと眠りすりゃ酒も抜けるって」

アーニー「お前なぁ・・・」

柏木「せっかく暖かいメシも酒もあるんだ。食えるうちに食っとかないと損だぞ」

乗務員「お待たせいたしました」

柏木「おっ、ありがと」

受け取ったビールをグラスに注ぐことなく、柏木はビール缶に直接口をつける。

柏木「・・・あー、仕事上がりのビールは美味い!どうだ?お前も一杯」

アーニー「・・・今報告書まとめてる」

柏木「あら、そいつはお気の毒様。ああ、そういえばイスタンブールで俺にコイントス負けたんだっけ?」

ニヤニヤと笑いながら柏木は早くも客室乗務員に2本目のビールを運ばせている。

アーニー「畜生・・・今に見てろよ」

数十分後。

消灯後の機内で読書灯の灯りを頼りに報告書を書いていたアーニーは、目元を指で抑えながらふとその視線を横に向けた。

僅かに開いたシェードの隙間からは、月明かりに照らされた雲海に浮かぶ星空が見える。

アーニー「なんだジャック、食わないのか・・・って、こいつ寝てやがる」

隣では手つかずの機内食を前に、柏木が寝息を立てていた。

報告書を書き終えたアーニーは灯りを消すと、リクライニングシートに身を沈め静かに目を閉じた。

-続く-

★用語解説


【グロウラーITV】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/24/USMC_Growler.jpg
アメリカで開発された軽汎用車両。M1161の形式で呼ばれる。
これまで米軍内で使用されていたケネディジープなどに比べて小型・軽量であり、展開力に優れることから米海兵隊で導入が進んでいる。重量およそ1t余りで、各種ヘリ等での空輸も可能。
3名の兵員が乗せられるほか、120mm重迫撃砲の牽引車両などとしても用いられる。


【チューリッヒ国際空港】
スイス北部に存在する国際空港。スイスのフラッグキャリアであるスイスインターナショナルエアラインズの本拠地であり、名実ともにスイスの空の表玄関である。
リヒテンシュタインには国内に空港が存在しないため、もっとも近い主要国際空港はここチューリッヒとなる。


【C-130の空母発着艦】
1963年に米海軍の空母「フォレスタル」艦上で行われた実験により、全長30m、全幅40mという大きさのC-130は空母に発着艦することに成功している。
しかもその際はカタパルトやアレスティング・ワイヤーなどの空母発着艦に不可欠な装備を用いることなく発着艦するという、空母運用前提の艦上機でも難しいことをやってのけた。
ただ、このサイズの機体を空母で運用するのはあまりにも危険が危ないので、実験止まりで実際に運用されることはなかった。そらそうよ。。

【F-16】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cd/USAF_F-16FightingFalcon.jpg
アメリカのジェネラル・ダイナミクス社で開発されたジェット戦闘機。愛称はファイティング・ファルコン。
同時期に開発されたF-15が高性能かつ高価であったため、それを補完する形で開発された軽戦闘機。
4,500機以上製造され、世界20ヵ国以上の空軍が採用した実績からベストセラー戦闘機となっている。


【IFF】
敵味方識別装置(Identification Friend or Foe)の略。
電波などを用いて、敵の機材・部隊であるか味方の機材・部隊であるかを識別する装置。


【RWR】
レーダー警報受信機(Radar Warning Receiver)の略。
他の航空機から照射されるレーダー信号を追尾し、警告音やディスプレイ上の表示を行う装置。
よく映画とかで機体がロックされたときにピーピー鳴ってるアレ。


【キプロス問題】
1964年からキプロスで継続している紛争。事実上ギリシャ-トルコ間の代理戦争となっている。
おかげでキプロスは現在キプロス共和国と北キプロス・トルコ共和国に分断されている。
周囲では両軍の小競り合いが絶えず、2006年5月23日には希土両軍のF-16同士による空中衝突が発生している。

【Ep7 Bloody hell】

『お前、誰の金でメシを食わせてもらってると思ってるんだ?』

『施設上がりの孤児が』

『これで少しは国に恩返しができるな』

『後顧の憂いなく・・・というやつだ。イラクで死んでも、誰も線香を上げに来ちゃくれねえぞ』

柏木「・・・っ!!」

土埃にまみれたGIベッドの上で柏木が目を覚ます。その頭の置いてあった場所はキャンバス地がじっとりと汗で滲んでいる。

立川がインドでの作戦で未帰還となってから1年が経った頃、柏木らリコリス社のメンバーはイスラム過激派組織の勢力下にあるシリア国内のとある地域に展開していた。

現在この地では、米欧を中心とした連合国とイスラム過激派組織の戦闘が激しさを増している。

当初の想定では、戦闘は長くても数週間程度で終了するものと見込まれていた。

しかし、過激派組織の保有する戦力は想像をはるかに上回り、開戦から3か月以上が経ってなお連合国に多大な被害を与えていた。

無論、こうした兵器の多くは数年前から光龍公司を通じて中東に流れ込んだものである。

さらに、連合国側の内情も泥沼の様相を呈していた。

柏木らが以前トルコ国内で調査を行った折に発覚したように、非合法な兵器売買で利益を上げていた欧州企業が相当数存在したことが露呈すると、米国はこれらの企業を抱える国々を批判した。

だがこれとほぼ同時に、数年前から問題となっていた中国株の暴落による経済崩壊、およびそれに端を発する中国政府の混乱に乗じて力をつけ始めた光龍公司は、これらの取引について米国は事前にその仔細を把握していたものの、自国の軍産複合体が絡んだ利益を上げることを条件に見過ごしていたことを公表したのだ。

さらにはシリアの難民問題についても、米露が光龍公司と示し合せ自国にその矛先が向かないようにしていた事実が発覚すると、連合諸国は疑心暗鬼に陥り、各国が目先の利益のために巻き起こした戦争の中、兵士たちは何が正義なのかも分からず戦わねばならない状況となっていた。

さらに時を同じくして安保法案を改正した日本も、この件に関してこれまでと同じように無関係を装うわけにはいかなかった。

集団的自衛権の行使に基づき、米軍率いる多国籍軍の側面支援を行うために、自衛隊をこれらの戦闘地域に派遣するよう要請があったのだ。

当然、このような事態が想定されている中で与党が半ば無理やりに通した法案である。

改正後それほど時を置かずして生じた自衛隊の海外派遣を巡る合法性について、日本の国内世論は真っ二つに割れていた。

こうした中、既に数年前からリコリス社を通じて現地活動を行っていた特殊作戦群の人員は、多国籍軍による侵攻が始まると同時にシリア国内に展開していたのだった。

現在、柏木は特殊作戦群1個小隊26名をその指揮下に置いている。

これは数週間後にシリア国内の難民保護を名目にこの地に派遣されてくる陸自本隊の活動に先駆け、展開予定地の斥候を兼ねた情報収集を行うためであった。

これに伴い、柏木には軍属として一等陸尉としての権限が与えられている。

柏木「やれやれ・・・これで俺も自衛官に逆戻りか」

隊員「柏木一尉、本部からの指令です」

柏木「よーし、そいじゃぼちぼち行くとするか。おいお前ら、死ぬんじゃねえぞ。死ぬと俺の仕事が増えるからな」

そう言って隊員たちを率い、柏木は偵察対象地域となっている村落へと向かう。そこは、逃げ遅れた難民たちが身を寄せ合って暮らす自治キャンプとなっているらしかった。

彼らの武装は個人携帯が可能な小火器と、リヒテンシュタインから空輸してきた2両のヴィーゼル空挺戦車、および数両のグロウラーITVが牽引する120mm迫撃砲2門のみである。

難民を監視するだけであれば十分な装備であるが、万一過激派組織の主戦力とかち合った場合は相手にならない。

そういう意味で、今回の任務は命懸けであった。

柏木らが目的の村へ着くと、辺りには老若男女を含んだ多数の人々が群がっていた。

男性「アンタら、連合国の兵士か!?」

隊員「ああ」

男性「よかった!助かったぞ!!早く俺達を保護してくれ!!」

女性「すみません、子供が熱を・・・なにか薬を・・・!」

先に村に入った隊員たちのもとに、多くの難民たちが群がる。

隊員「既にこれほどの数の難民が集まっているとは・・・」

柏木「油断するなよ」

遠巻きにその様子を伺っていた柏木が静かに答える。

柏木「あの中に一人でも爆弾抱えてる奴がいれば、全員吹き飛ばされるぞ」

そう言って柏木は部下に難民たちを集め、武装の有無をチェックしたうえで継続的に監視を行うよう指示を出す。

今回のシリア国内での戦闘にみられる特徴として、これまでアフリカ地域を中心に多く見られた少年兵、つまり子供が戦場に送り込まれていることが挙げられる。

特に幼い少年少女を使った自爆テロは、多国籍軍の将兵たちに大きな精神的ダメージを与えていた。

数年前よりこの地域を支配するイスラム過激派組織は、コーランに従って奴隷制度の復活・運用を国際社会に公表し、そのガイドラインまで設けている。

壮年の女性であれば100ドル前後、10歳から20歳の少女は200ドル、1歳から9歳の女児は250ドル以上と、年齢が若くなるにつれ奴隷の価値も増すようになっていた。

過激派組織はこれらの奴隷を「聖戦を勝利に導く神の子」として戦闘に参加させているらしかった。

隊員「ひどい話だ」

柏木「なーに、うちの国もほんの70年ちょっと前に自国民に対して同じようなことやってる。死んだら軍神だなんて祀り上げてな。却って子供のほうが物心がついてない分、苦悩することもなくて幸せかもしれん」

隊員「・・・」

柏木「それどころか中には口減らしも兼ねて、進んで自分の子を差し出してる親も相当数いるはずだ」

結局のところ、それが彼らにとって戦争を利する方法なのだと柏木はにべもなく言い放った。

村に着いた柏木ら一行は周辺の警戒を続けつつ難民を監視し、キャンプ周辺の治安維持に努めた。

だが、難民を支援するほどの物資は持ち合わせていない。数週間後に陸自の本隊がこの村に展開してくるまで、柏木らが彼らに施してやれることはほとんどない。

その間にも周辺各地から逃れてきた難民はこの地に集まり続け、陸自本隊が到着する頃にはその数は300人余りにまで膨れ上がっていた。

隊員「一尉。難民たちの不満は日増しに強まっています」

柏木「そりゃそうだろうよ。やっと保護されたと思ったら、監視されてるだけで何もしてもらえないわけだからな」

隊員「数日後に陸自の本隊がここに到着次第、本格的な支援が始まることを説明したので、今のところ何とか抑えられていますが・・・」

柏木「まぁ暴動なんて起こした日にゃ、自分たちまで連合国を敵に回すことになるからな。その辺はアイツらも分かってるだろう」

隊員「だと、いいのですが」

数日後、村に展開してきた陸自部隊に難民キャンプを引き継いだ柏木はシリアを後にした。

リヒテンシュタインへ戻った彼には数日間の休暇が与えられ、とあるホテルでソフィーと落ち合った柏木はそのまま彼女と一晩を共にする。

柏木「・・・なぁ、ソフィー」

裸のままシーツに包まった彼女に柏木が話しかける。

ソフィー「なに?」

柏木「前にさ・・・立川とサウジにいた時、アイツ宛てに手紙が届いたことがあるんだ」

ソフィー「レイか・・・懐かしいわね」

僅かに目線を落としてソフィーが呟いた。

柏木「あの時、一緒に積んだ酒がコンテナの中で零れててさ。手紙、びしょ濡れになってたんだけど」

ソフィー「ええ」

柏木「こりゃやべぇ!って、俺とアーニーの2人で急いで中身を乾かそうとしたんだけどさ」

ソフィー「ふふ、怒ると怖かったものね。彼」

柏木「で・・・その時、封筒の中に写真が一枚入ってたんだよ」

ソフィー「写真?」

柏木「ああ。メガネをかけた若い娘の。あれ、多分立川の妹だったんじゃないかと思うんだ」

ソフィー「あの・・・亡くなった?」

柏木「目元の雰囲気とかアイツそっくりだったしな。・・・で、その時立川は俺が持って行った封筒を見もせずに捨てるように言ったんだが」

ソフィー「ええ」

柏木「今考えてみると、中に写真が入ってたことぐらい言ってやればよかったかもな・・・」

ソフィー「・・・気にしてるの?」

柏木「俺には家族って奴がいないから、よく分からんが・・・」

そう呟いた柏木をソフィーは優しく抱きしめる。

胸元で彼女に頭を撫でられながら、柏木はゆっくりと目を瞑った。

柔肌を通じて聞こえてくる微かな鼓動の音に、彼の意識はそのまま夢の中へと
溶けていった。

・・・

数日後、休暇を終えリコリス社に戻った彼を待っていたのは、難民を輸送中の航空自衛隊の輸送機が自爆テロによって墜落したというニュースであった。

柏木「やれやれ・・・まーた面倒くせえなことになってんなあ」

新たな仕事の予感にうんざりした様子で柏木が呟く。ただ、その胸中にはいささかの疑問が生じていた。

柏木(だが何故、出国が叶ったタイミングで難民が自爆テロを?)

彼らはシリア国内からの退避を求め難民キャンプに集結していた。出国時に自爆テロなど起こせば、連合各国は難民を国外に運び出すことに慎重になり、自らの首を絞めるだけである。そう考えると難民が自爆テロを起こしたといわれてもいまいちピンとこない。

柏木(となると・・・難民の中に過激派組織の連中が紛れ込んでたか・・・?)

墜落した自衛隊輸送機に乗っていたのは、先に柏木らが陸自部隊へ管理を引き継いだ難民キャンプで集められた子供たちだった。

彼らはシリア国内に残る親たちに先立ち、まずは就学ビザを発行することで比較的長期の滞在を認めやすい子供たちから順次日本へ運ぶという日本政府の方針により、キャンプ内から6歳~18歳の年齢を対象に選ばれたのだった。

墜落の原因については残された交信記録から比較的早く自爆であることが判明していたのだが、自爆の動機や犯人がどのように機内に爆発物を持ち込んだのかについては依然として不明のままであった。

柏木(すでに4課じゃある程度の調べはついてるんだろうが・・・)

だが、その後すぐに柏木の疑問は払拭されることになる。

4課職員から知らされたのは、今回の自爆テロ事件に関する全貌であった。

今回、日本政府は表向き難民受け入れを推進しつつも、実際には以前柏木が言及した通り、政府与党内では自国に及ぶ影響を懸念した反対意見がその主流であった。

そこで政府は、難民受け入れによる危険性を国民にこれ以上ない形で示すために、難民による自爆テロを演出する方針を決定。

エージェントを通じて比較的警戒が緩い子供を使い、自衛隊機を墜落させるというプランを決行したのだった。

流石に日本国内でテロを起こすわけにはいかないため、今回は自衛官が国民を代表してその犠牲とされたわけだ。

当然、戦後初となる戦闘地域への自衛隊の派遣でいきなり殉職者が出たという事実は、センセーショナルな事件としてメディアによって連日報道されることになる。

この結果政府の思惑通り、日本国内では難民受入れを拒む世論が急速に高まり、連合各国もまた難民の受け入れに対してより慎重にならざるを得ず、結果的に彼らはシリア国内に封じ込められる形となった。

さらに政府は今回のテロの原因についてイスラム過激派組織と光龍公司との関係性を強調し、このテロ行為は両者の思惑によって仕組まれたものであるという、その責任を彼らになすりつける筋書きまで描いていた。

当然、連合各国の中には日本のこの思惑を看破していた国もあったが、これ以上難民を受け入れたくないという自国の思惑と、今回の戦争における自分たちの大義を明確にした二項対立が実現できるという利益の前にこれを黙認。

いまや事態は日本政府の思い描いた通りに推移し始めていた。

柏木「おーおー・・・思ったよりえげつねぇことやってやがった」

4課職員からの説明を受け、柏木は苦笑いを浮かべる。

柏木「一体いつ頃から手を回してたんだかな」

4課職員「本計画が動きだしたことで、該当のエージェントは可及的速やかにパージする必要がある」

柏木「今回の自爆テロの首謀者に仕立て上げたうえで・・・か」

4課職員「そうだ。対象の人物は今回の件に先立ち、数か月前からシリア国内で活動する光龍公司への諜報活動を内部から行っている」

柏木「なるほど。それなら光龍側の人間として仕立て上げるのも容易って訳だ。体の良い捨て駒だな」

4課職員「これが、その人物の写真だ」

受け取った写真を見て、柏木が鼻で笑う。

柏木「・・・そうきたか」

4課職員「立川怜。昨年インドで行われた作戦における命令違反により、現在この男は表向き光龍公司のエージェントとして活動中だ」

・・・

そして数日後。柏木はかつての同僚を暗殺するため再びシリア入りを果たす。

現在、シリア国内には同国で活動するNGO団体の警備と難民支援を名目に、光龍公司も組織的な入国を果たしていた。

4課によると、立川はその中でも難民支援業務の一環として、シリア国内の戦闘予定地域を巡り難民たちに今回の事件が起きたキャンプへの斡旋行為等を行っていたという。

その際は光龍の人間として難民から斡旋料を徴収したうえで、その実日本政府の計画実現のために子供のいる家庭を中心に標的に絞っていたらしい。

だがテロの発生直後から立川は忽然と姿を消し、その消息は杳として知れなかった。

柏木「流石に奴さん、こっちの手の内は把握済みってわけだ」

4課職員「ああ。だがもうどうにもなるまい。既に米CIAに協力を仰いでいる。じきに居場所が割れるだろう」

柏木「マジかよ。一体いくら積んだんだか・・・」

4課職員「アメリカとしても、この辺で一区切りつけたいところだからな。今回は彼にスケープゴートになってもらう」

柏木「豚にゃ捨てるところはないとはよく言ったもんだ・・・いや、ゴートは山羊か」

そしてその後、立川はシリア東部のとある村に潜伏していることが判明。

既に今回のテロの首謀者に仕立て上げられていた彼を暗殺する計画が実行されると、柏木もこの地に派遣されたのだった。

柏木「俺達の出番はリーパーの後だ。村に入ったら奴の死体を確認するまでは帰れんぞ」

隊員「了解」

今回の任務においても特殊作戦群1個小隊が柏木の指揮下にある。米軍無人機による空爆が終わった後、村に突入し立川の死亡を確認するのがその任務だ。

バックアップには、米海軍特殊部隊であるDEVGRUも控えている。

現地時刻16:00。

米軍による村への空爆が開始される。

無人航空機によるミサイル攻撃を始め、地中海上の米軍艦艇から発射された巡航ミサイルも次々と村へ着弾し始める。

さらには、柏木らの持参した120mm迫撃砲も、突入の際には火力支援を行うことになっている。

柏木「よし、出るぞ!」

空爆が終わったタイミングを見計らい、ヴィーゼルに分乗した柏木らは一気に目標の村まで突入した。

村の中は、地獄のような光景だった。

もともと日干し煉瓦の組積造で作られた粗末な住居のほとんどは空爆の衝撃に耐え切れずに崩れ去り、瓦礫の隙間からは血にまみれた腕などが突き出しているのが見える。

だが、ここシリアでは既にこのような光景は珍しいものではなくなっていた。

生き残った村民が逃げ惑うのをよそに、柏木らは僅かに残された村の建屋を調べ始める。

柏木「こちらLithiumリーダー。2マンセル2セットで付近の建物を洗え。こっちはあのモスクを調べる」

柏木は部下を引き連れ、村の一角にあるモスクへ足を踏み入れた。

対象の建屋は村で唯一2階建ての建物となっており、1階の天井部の半分がルーフバルコニーのような構造となっている。

1階の全ての部屋を調べ終え、対象がいないことを確認すると柏木らは2階のバルコニーへと向かう。

瓦礫に埋もれた階段を上っていくと、その先に夕陽が差し込んでいる。

柏木「・・・」

崩れた壁に身を隠しながらハンドミラーで先の様子を伺うと、前方に一人の男が壁にもたれかかっているのが見えた。

無言でハンドサインを送ると、柏木の後ろに控えていた2名の隊員が銃を構えたまま男の元へ近づいていく。

隊員「まだ生きてる」

近寄ってみると、その男は足元を赤黒い血に衣を濡らしながら肩で息をしていた。

柏木「・・・立川」

その呼びかけに、顔を俯けたまま彼は口を開いた。

立川「柏木か・・・」

柏木「今楽にしてやる」

そう言って柏木が引鉄に指をかけた瞬間、背後にいた隊員が別の方向に銃を向けた。

少女「その人を殺しては駄目!」

瓦礫の影から飛び出してきたのは、一人の少女だった。

隊員「動くな!」

立川「アマル・・・どうして・・・」

息も絶え絶えに立川が少女の名を呟く。

少女「その人は私を助けてくれたの!」

アマルと呼ばれた少女が叫ぶ。どうやら、先ほどの空爆から彼女を守った際に彼は負傷したらしかった。

柏木「なるほど。大切な商品に傷がついたら一大事ってか」

立川「・・・違う」

柏木「子供を唆して自爆させるようなクズが言っても説得力がないぜ」

立川「あれは・・・俺じゃない」

柏木の言葉を立川は否定する。

柏木「そうか。いずれにせよ、お前には上から暗殺命令が出てる。昔のよしみだ、何か言い残すことがあるなら聞いてやる」

そう言われ、瀕死の立川が僅かに口を動かす。

立川「・・・俺の手は何も、すくえな・・・かった、な・・・」

そう呟くと、彼の身体はドサリとその場に崩れ落ちた。柏木は無言でその胸元に銃口を当て引き鉄を引く。

辺りに響き渡る銃声が、瓦礫の壁面に赤い花を咲かせた。

すぐさま遺体を改めると、その手元から一枚の紙きれが落ちてきた。

それは、あの日サウジアラビアのキング・ハリド基地で柏木が破棄したはずの、しわくちゃになったあの写真だった。

柏木「・・・馬鹿が」

小さく呟くと、柏木は立ち上がる。

柏木「こちらLithiumリーダー。対象の死亡を確認。全員村の北東にあるモスクに迎え。遺体を回収する」

一同が立ち上がると、駆け寄ってきた少女が立川の遺体に突っ伏すような形で泣いている。

柏木「遺体を回収次第、撤収する。そっちの子供はこの村に置いて行く。作戦は終了だ」

隊員「銃を置け!!」

柏木「な」

柏木が口にしかけた瞬間、乾いた銃声があたりに響いた。

その背後には、血塗れの両手で拳銃を構える少女の姿があった。

【Epilogue】

リヒテンシュタインのとある公園の一角にある集合墓地。

そこに一人の女性の姿があった。

簡素な墓標の前に佇む彼女に、一人の白人男性が声をかける。

アーニー「久しぶりだな、ソフィー」

ソフィー「・・・そうね」

アーニー「こんなところで会うはめになるとはな」

そう言いながら彼は携えてきた花束を墓前に捧げる。

だが、その墓標には何の文字も彫られていない。

数年前、シリア国内での作戦中に柏木は帰らぬ人となった。

その遺体は作戦の標的であった立川のものと共に、荼毘に付された上で中東の砂漠上に散骨された。

ソフィー「・・・遺品は何一つ戻ってこなかったわ」

アーニー「そうか・・・」

そう呟いた彼女の薬指には、銀色に輝く指輪が填められている。

アーニー「結婚を?」

ソフィー「ああ・・・いいえ、これはただの男避け」

アーニー「・・・」

ソフィー「いつかこうなることは覚悟してたわ。そういう仕事だものね」

視線を落としたその先には、2本の墓標が立っている。

あの作戦で柏木は、リコリス社の別の工作員によって殺害された。

その工作員は難民を装って標的の村に潜伏していた2課職員・・・現地で採用された、一人の少女であった。

シリアで難民問題が顕在化するよりも前に、日本政府は極秘裏にシリアの子供たちを「購入」していた。

無論、その見返りとして家族には破格の金銭が支払われ、その上日本政府の手続きによる国外の移住権まで与えられた。

そうして子供たちを集めることはそれほど難しいことではなかった。

名目上は会社が彼らを保護し、衣食住と教育を提供したうえでボランティア活動をさせるということになっている。

だが実際のところ、リコリス社は子供たちをエージェントとして養成し、2課に配属させていたというわけだ。

しかし、いくら訓練を受けたとはいえ10歳前後の子供に大したことができようはずもない。

そのため、子供たちは自らも知与り知らぬうちに自爆用のリモート爆薬まで携行させられていた。

先の自衛隊機による輸送中に発生した自爆テロも、こうした子供たちによるものだったのだ。

これらのエージェントは、シリア国内で活動していた立川の元にも送り込まれた。

柏木を射殺したアマルという少女も、エージェントの一人であった。

彼女に与えられた任務は立川の監視であったが、実際には証拠隠滅のため立川・柏木両名を抹殺する使命も下されていた。

つまりあの場では、両名に接近したうえで可能であればこれをリモート爆薬によって彼女ごと爆殺するという、過激派が行っていることとなんら変わらない作戦が行われていたのだ。

ただし、彼女が携帯していたはずの爆薬はその後も見つかることはなかった。

アーニー「毒をもって毒を制す・・・外道には外道を、ってわけだ。おそらくレイは、どこかでそのことに気づいていたのかもしれんな」

ソフィー「そうかもね・・・だけどそれを確かめる術は、もうないわ」

件の少女アマルは、その直後に現場にいた特殊作戦群隊員に射殺されてしまった。

だが、あの状況下で銃を取り出した彼女の行動は不可解ともいえる。

あるいは少女と立川の間に何らかの連帯感――絆のようなものが芽生えていたのかもしれないが。

彼らが命を落とす1年ほど前。

立川はインド国内で行われた邦人救出・・・といっても実のところは暗殺作戦だが、その最中に命令に背いて単独で研究者グループの救出を試みていた。

うち1名は搬出が間に合わず建屋の爆発に巻き込まれ死亡、残る2名も作戦の際に使用された霞の影響でその後死亡し、最後の1名も未だ意識が戻らずにいるという。

一歩誤れば彼らが光龍の手に渡りかねなかったという事態を重く見たリコリス社は立川を事実上左遷。

いずれ彼を殺害することを前提に、捨て駒としてより危険度の高い光龍内部の密偵業務を行わせていたのだった。

アーニー「・・・俺達が突然解雇を言い渡された時点で、計画は動き始めてたんだろうな」

ソフィー「彼らは事実上身よりのない日本人。当然よね、最初からそういう人間を選出してたんですもの」

アーニー「天涯孤独、か。レイもジャックも、どこか人を寄せ付けようとしない雰囲気があったからな」

ソフィー「そうかしら・・・少なくとも彼は、心の拠り所を求めていたようだけど」

そう呟いて視線を落とすと、彼女は右手薬指の指輪を見つめた。

墓地の脇に朱色が眩しい花が咲いているのが見える。

アーニー「リコリス・・・」

ソフィー「ええ。東洋では、あまり縁起のいい花ではないそうよ」

アーニー「だろうな・・・」

歩き始めた二人の背後で、赤い彼岸花が風に揺れている。

墓標の前には一枚の写真と、彼女の指に填められているものと同じ指輪が置かれていた。

-END-

★補足説明


【120mm迫撃砲 RT】
http://i.imgur.com/JMJbIoy.jpg
フランスのトムソン・ブラーント社が開発した迫撃砲。
その名の通り口径は120mmで射程10数kmあまり、軽量かつ従来の軽榴弾砲に匹敵する射程を備え、歩兵部隊で運用されることが多い迫撃砲の中でも、砲兵の運用する榴弾砲や多弾頭ロケット弾などを補完することができる。
陸上自衛隊にも採用され、「120モーター」や「120迫」の名前で呼ばれる。


【MQ-9 リーパー】
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/33/MQ-9_Reaper_-_090609-F-0000M-777.JPG
アメリカのジェネラル・アトミックス社で開発された軍用無人航空機。
原型となったMQ-1 プレデターより大型化した機体には多数の武装や偵察装置が搭載されており、アメリカ空軍やNASA等で使用されている。
リーパーとは死神の意。


【DEVGRU】
海軍特殊戦開発グループの略。精鋭で知られる米海軍のNavy SEALsから独立した同軍の対テロリスト特殊部隊。
その発足経緯からチーム6などとも呼ばれる。米軍の中でも最高の装備と戦闘技術を有する超エリート部隊。
その詳細な任務は不明だが、一説には対テロおよび大量破壊兵器の拡散阻止、敵国内における高価値目標の奪還ないし暗殺であると推測されている。

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。

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