提督「戦争は変わった」 (28)

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前書きで言い訳するSSはクソ。みんな知ってるね。



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飛鷹「えっ、何か言った?」

秘書艦として割り当てられた雑務を終えて少し気を抜いていた私の耳に提督の呟く声が拾われる。

提督「ん?なんでもないよ。」

提督は記帳を終えたらしく、椅子に座ったまま大仰に一つ伸びをする。その顔には少し疲れが滲んでいる。

飛鷹「あれ、まだあったの?言ってくれればいいのに。」

提督の執務中に秘書艦が暇をしていては本末転倒もいいところだ。気を使わせるために一緒に居るわけではないのに。

提督「そういじけないでくれ。今のは書類仕事じゃなくてただの日誌だよ。」

そう言って彼は自分の顔の前で白い表紙のノートを揺らがせてみせる。

飛鷹「別に、いじけてなんかないわよ。もう…。」

提督「第一、今日はもう終わりだから自由にしてくれと言ったじゃないか。」

飛鷹「それは…だって、」

提督「ははは、ごめんごめん。さ、夕飯にしよう。」

提督が微笑みながら私の右手を取る。「金属アレルギーなんだ。」そう語っていた彼の木製指輪が私の指を小突く。

飛鷹「うん、そうし」 大淀「御在室でしょうか、大淀です。」コンコン

提督「入ってくれ。」

大淀「失礼します…ってあら、お邪魔でしたか?」

部屋に入るなり私たちの手が重なり合っているのを認め彼女がからかう。

飛鷹「別にそんな事ありませんよ!」
提督「別にそんな事言うために来たわけじゃないだろう?」

周章して不自然に大声になった私の声に提督の沈着な言葉が重なる。その顔に先程の笑みは無く、一度撓んだ指揮官の糸を張り直した面持ちで居る。

大淀「はっ、失礼いたしました!」

彼女もまた生暖かい視線を止め、居住まいを正す。上下関係特有の緊張感が支配している訳でもないが、彼等なりのけじめだった。見れば、妖精さんと呼ばれる機器運用の小人、大淀の直属となる電信技士もそれに倣っていた。

提督「それで、本部はなんと?」

無理も無い。通常、この鎮守府に所属する艦娘は秘書艦就任時を除き、事務仕事の類に携わることは無い。しかし、鎮守府発足当初から此処で軍本部とのやり取りを担っていた彼女だけは、毎日マルゴーマルマルに受領する伝令とそれに対する打電を任されている。
詰まる所、彼女が執務時間外に尋ねるという事はそのまま緊急受電を意味する。

大淀「読み上げます。『深海勢力ニヨル急襲ヲ受ケ、鎮守府ノ機能ヲ著シク損ナウ事例ハ増加傾向ニアリ。各府ハ近海ノ警備ヲ一層強メラレタシ。』以上です。」

提督「返信は『日に三度の哨戒を行う』だ。」

大淀「かしこまりました。至急、打電します。」

彼女は一度敬礼したのち、退出の旨を述べすぐさま執務室を出ていく。

提督「成程、ここ最近頻繁に近寄ってきている潜水艦隊はそういうわけか。」

飛鷹「そうね…。」

提督「すまないが、夕餉の後はまた一仕事する。飛鷹は」
飛鷹「構わないわ。」

「休んで」と言いかけた提督の口に左手を添え言葉を遮る。銀色の指輪が照明灯の光を受け照り返る。

飛鷹「あまり根を詰めて仕事してはダメ。」

提督「…あぁ、そうだな。頼むよ。」

そう言って快活に笑った提督が自分の口に添えられた私の手を再び取り、握る。

提督「じゃあ今度こそ食べに行こう。少し休んだ方が上手くいく、だろ?」

飛鷹「…えぇ、ほんとうよ!」

翌日、全艦娘に昨日の電報の内容と、それに伴う哨戒任務の増加が通達された。提督の目の下には隈が浮かび、疲労の色は濃かった。

提督「というわけだ。今朝の哨戒には君達四隻で出撃してもらう。」

飛鷹「了解です!」
電「なのです!」
舞風「了解!」
日向「まぁ、そうなるな。」

提督「哨戒と銘打ってはいるが十中八九、敵潜水艦との会敵は免れない事となるだろう。」

電「なのです。」
日向「まぁ、そうなるな。」

提督「よって、飛鷹は艦載機によって偵察を行い敵潜水艦の補足、電と舞風がこれを撃沈する。」

飛鷹「任せて。」
日向「まぁ、そうなるな。」

提督「日向は直掩機を飛ばし飛鷹の補佐、及び万が一敵水上艦を発見した際の砲撃戦の要となってもらう。」

日向「瑞雲の時代が来たか…。」
日向「まぁ、そうなるな。」

提督「くれぐれも雷撃には気を付けてくれ。」

舞風「まっかせて!盆踊り(回避)には自信があるの!」

提督「では…哨戒部隊、出撃!」

飛鷹「さぁ、飛鷹型航空母艦、全力出撃です! 航空隊の練度もバッチリよ!」
電「電の本気を見るのです!」
舞風「舞風行っきまーす。」
日向「瑞雲戦艦日向、推参!」
壮麗な敬礼を決め、四隻は出ていく。

彼女達を見送った彼は机にもたれ、白いノートを開き筆を執る。

提督「…やっぱり、そうなのか。」

筆を走らせる彼の目は、軽快な筆先に反比例した重さと万年筆のインクに比肩する深い黒色を宿していた。

提督「それにしても日向は「まぁそうなるな。」しか言わなかったな…。いや、瑞雲とも言ったか…、いつもの事だな。」

扶桑「|壁|・ω・`)」

提督「うわっ!?扶桑か…どうした?」

扶桑「|壁|;ω;`)ブワッ」

提督「!?」

|壁|;ω;`)「伊勢、日向には負けたくないの…。」

提督「いや…扶桑は昼の哨戒に出てもらうが…。」

|壁|・ω・)パァ…

|壁|・ω・)「伊勢、日向には負けたくないの!」

提督「そういう所も!?」

扶桑はスキップで去っていった…。

提督「あれは大和型建造よりレアだな…。」

隼鷹「おっ、お義兄ちゃん~。調子はどう?」

提督「また酔ってるのか…。今水を持ってくるから待ってなさい。」

隼鷹「あぁ~お願い…。ちょっと飲みすぎちゃってさ~。」

提督「お、お前が飲みすぎを自覚するなんて…!大丈夫か、明石の所行くか?」

隼鷹「今すれ違った扶桑がスキップしているように見えたんだよ~、流石にヤバいかなーって…。」

提督「…あぁ、そうだな。」

隼鷹「ぷはぁ、いや~生き返る!」

提督「これに懲りたら飲むな…とは言わないが、酔いつぶれて飛鷹に艦載機の整備を任せるのは止めなさい。」

隼鷹「あっはっは…いや~面目ない。」

隼鷹「これでもあたしは提督には感謝してるんだよ、ホント。」

隼鷹「おかげで飛鷹が元気になった…。前はやれ、艦載機の整備は大変だ。やれ、装甲が薄い。って、何かと不満もらしてさ…。」

隼鷹「飛鷹は何だかんだ真面目だからさ、渋々でも真剣に取り組むから余計に辛そうで。」

隼鷹「あたしなんかは艦載機飛ばしてれば結構テンション上がるんだけどねー。」

提督「…。」

隼鷹「提督のおかげで飛鷹もなんてぇの?こう、活力みたいなもんが湧いてきてるんよ。愚痴るぐらいしか艦隊任務を乗り越える方法が無かったのにさ。」

隼鷹「だから、ホント…ありがとね。」

提督「受け取っておくよ。」

隼鷹「ん…。」Zzz

提督「真面目だから、か。」

所変わり、鎮守府近海。

飛鷹「はぁ…。」

艦載機を発艦し終えて、我知らず溜息が漏れる。

電「飛鷹さん、どうしたのです?」

近くに居た彼女に聞こえてしまったようだ。

飛鷹「え、なんでも…無くは無いわね…。こんなでかい溜息出しといて。」

飛鷹「ちょっと…、いつまで続くのかなぁって、ね。」

舞風「…。」

少なくとも、自分が就航した当初には深海勢力による鎮守府急襲など聞かなかった話だ。
その脅威に備えた哨戒任務に当たることが、先の見通しが良い訳など無い。

電「なるべくなら、戦いたくは無いですね。」

電もまた同意してくれる。困惑したような、悲しそうな、表情を浮かべて。

飛鷹「ごめんなさい。別にそういうつもりじゃ…」

舞風「…なーに暗い顔してるんですか!踊りましょう、そういう時は!」

舞風が重くなった空気を振り払うべく努めて陽気にふるまう。
彼女がおどけてみせる、というより踊ってみせるのはむしろこんな空気の時で、殊更明るく振舞って見せている。とは提督の弁だったか。

電「なのです!」

日向「その通りだ。結局、我々が与えられた任務をこなしていけば、何れは好転する。それだけの事さ。」

電「」舞風「」飛鷹「」

日向「ん、どうした?」

電「はわわわ、びっくりしたのです。」

日向「…まぁ、そうなるな。」

舞風「ここはひとつ、飛鷹さんに責任取ってもらって、ハッピーな生活をかたってもらいましょー!」

飛鷹「ちょ、ちょっと!」

ともすれば問題になりかねない発言に、ただ励ましてくれる事が嬉しかった。

哨戒任務をつつがなく終えて、その日の夜。
今日は疲れた。まさか任務中のみならず、帰投の後も提督とのことについて問い詰められることになるとは。それが入渠ドッグだったのも頂けない。入渠ドッグで働く艦娘整備の技師。その妖精さんもなんだか生暖かい視線を皆送ってきた。

その場に金剛姉妹や高翌雄姉妹が居合わせたことなど最早笑うしかない。発端となった不用意な行動も含めて、笑うしかない。
この後、彼女達にじゃれつかれて困ったように笑う提督が思い浮かぶ

飛鷹「だって、仕方ないじゃないの。」

左手に輝く指輪を見ればいつでも思い起こせる、軍役への不満を漏らさなくなった日の事を。

「飛鷹…君が退役したら――出雲丸に戻ったその時には、この指輪は戦意高翌揚の効果も失せ、ただの装飾品に戻る。カッコカリとは法的な効力を持たないと言うに等しい。いや、故にカリでしか無いと言うべきかも知れない。」
「そんな…。」
「だからその時には…もう一度言いたい言葉が有るんだ。約束してくれるかな、飛鷹が軍を去っても、また会ってくれるって。」
「…っ!えぇ、当然よ…!ずっと待っているわ…貴方の、側で…。」

サンフランシスコの航路。望みながらどこか諦めていた夢を、客船出雲丸に憧れを抱くだけの哀れな軽空母飛鷹を、認めてくれた人。望むだけで現実からも実現にも目を背ける日々を終わらせるだけの希望をくれた人。私が飛鷹になった意味、出雲丸になりたい理由。

飛鷹「与えられた任務をこなせば…。」

きっと叶うはずだから。伸ばしていた左手をそっと胸に抱くと、そのまま眠りに落ちてしまった。

某日、夜。

大淀「あら、提督。お疲れさまです。」

室内灯も灯さぬ資料室に残り、資料を渉猟する提督をようやく見つける。

提督「ん?あぁ、大淀か。どうしたんだ?」

声で判別したか、こちらに一瞥もくれず返す提督の顔は少しやつれ、高めの鼻がまるで西洋の魔女のように強調されている。

大淀「また無理をなさっているのでしょうと思い、探していました。今は飛鷹さんが出撃していますから。」

提督「あぁ、そうか。」

手近な机の電気スタンドの光に照らされた提督の顔がこちらを見上げる。
眼窩を縁取る隈は色濃く、暗澹とした部屋に灯る僅かな照明は、彼の隈が部屋の闇よりもはるかに杳として知れぬ事を浮かび上がらせていた。

大淀「っ提督!少し休憩してください!!」

殆ど反射的に、無意識に怒気を孕んで、彼をとがめていた。

提督「別にそこまで無理はしていないよ。」

少し驚いた様子で彼が弁明する。光源を真上から横に、顔を正対させた彼の顔は僅かに隈を覗かせるも、頬がこけている事も無く、健康に支障はなさそうだった。

大淀「え、あ、ごめんなさい。」

狐につままれた気持ちで謝罪する。

大淀「それでは何をなさっていたんですか?」

提督「歴史の勉強だよ。」

彼の座る机には所せましと資料が並べられている。その中には近世近代の他に、明らかに深海勢力とは無縁であろう時代の資料も散見した。

大淀「いったい何を?」

改めて問うより他なかった。何せ意図が全く見えない。

提督「戦争について。」

大淀「戦争について?」

提督「あぁ、その通りだ。」

提督は机に開いたノートに肘を乗せ顎に手を当て、電気スタンドの光を嫌う様に反対側を見上げ暫し逡巡したのち、こちらを見据えて口を開く。

提督「戦争は変わった。弓箭鉄砲でやあやあ名乗りを上げて干戈を交える時代から、戦車軍艦で撃ち合う時代から、変わった。」

提督の漆黒の目がこちらを射ぬく。その迫力に息を呑む。その眼はただ一心にこちらを見詰めてくる。

提督「先祖返りした、と言った方が正しいかもしれない。だから昔の戦術を調べていただけだよ。」

そう言って彼は力無く笑い、資料を仕舞い始める。確かにちょっと疲れたかも。そう零しながら。

大淀「飛鷹さんが居なくなるとすぐに無理をするんですから。」

提督が引っ張り出してきた資料を片付けながら愚痴を零す。最近はしっかり休んでいると思ったのに。あぁ、済まない。と提督の声が本を仕舞う音と共に聞こえる。

提督「心配かけると怒られるからな。」

最後に彼は机に開いていたノートを閉じる。白い表紙が暗い部屋にほの白く浮かび上がる。

大淀「…お熱い事ですね。」

自分でも驚くほど平坦な声音だった。

最悪の日は突然にやってきた。
予てより危惧されていた深海勢力による鎮守府への強襲、それである。
入念に行われていた潜水艦隊による陽動は、敵主力艦隊の防衛ライン突破までの時間を稼ぐに十分であった。

大淀「敵艦隊、二時の方角より危険海域に突入!我が鎮守府に向かい進撃しています!」

飛鷹と提督は互いに目を交わし、取るべき行動を確認する。
秘書艦飛鷹は速やかにドッグに向かい部隊編成に取り掛かり、それを指揮するべし。提督は電信室より鎮守府の総員に向けて指示を出すべし。

提督「軍本部へ打電。『我が鎮守府は敵艦隊の空襲に瀕している、至急応援を乞う。』」

大淀「打電完了しました!」

警鐘を鳴らした後、提督がマイクを持ち鎮守府全域に向けて放送する。

提督「全艦隊に告ぐ。我が鎮守府に向けて敵勢力の侵攻が確認された。」

提督「ここに非常事態を宣言し、直ちに防衛隊を編成する。これは訓練ではない。」

繰り返す。提督の言葉が響き渡る。これは訓練ではない。
11時の方角に向けて小規模部隊が発艦する。敵潜水艦隊と交戦中の哨戒部隊の支援が主である。

提督「非常事態要綱に従い、高速材を使用。各作業員はこれを完遂。全戦闘員の装備を速やかに整えよ。」

恐らくは明石のそれだろうか。工廠を担当する妖精さんたちが大慌てで高速修復材を使用している。
鎮守府港湾部から離れた内地の防空壕に向けて非戦闘員が走り出す。工作艦明石が陣頭指揮を執り迅速な退避を促す。

警告灯の赤い光が鎮守府を燃え上がるように照らす。警告音が最悪の未来に備えよと叫ぶ。

提督「非戦闘員は着手作業の放棄、速やかに退避せよ。」

元々出撃の予定であった小部隊が先行し、敵艦隊に雷撃を開始する。
敵航空機が制空権争いの間隙を縫い鎮守府に空爆を開始する。本館もまた爆撃にさらされる。何かが崩れる音がする。

提督「未だ司令部は生きている。各艦は予てからの手筈通りに敵戦力を邀撃せよ。」

眉ひとつ動かさずに淡々と放送を続ける提督の声は、少なからず同様する各員を鼓舞する事となるだろう。
窓から差し込む爆炎は幸いにして未だ鎮守府各機関を損傷するに至っていない。

大淀「提督、秘書艦飛鷹より全艦出撃の旨が送られました。」

提督「そうか。」

官邸は揺れ、窓ガラスが砕ける。戦況は知れないが、残存空母を全て投入しているこの状態でなおも爆撃が続いているということは、敵は鎮守府機能の破壊を第一目標と定めているのだろう。恐らく、前時代的な特攻精神で以て。

提督「ここも長くは無いだろう。大淀も参戦、演習通り後方より指揮を執ることに専念してくれ。」

提督「先行していた部隊も反転している頃合いだろう。また、出撃していた長門率いる連合艦隊もこちらに向かっている。それら援軍が来るまで持ちこたえれば、包囲された敵艦隊は自ずと殲滅されるだろう。」

大淀「承知いたしました。」

大淀の背を見送り、提督もまた電信室を後にする。
『委細招致セリ。貴君ラノ武勲ヲ願ウ。』
誰もいない電信室に軍本部からの激励が木霊した。

やるべきことはまだ残っている。少なくとも、艦娘たちの為に執務室のデータを何としても敵の手に渡さない事が、可能ならば撃退に成功した味方が引き継げるような場所への隠ぺいが、何よりも優先される必須事項である。

轟音は絶え間なく衝撃は間断なく。本館もいよいよ以て耐え難き様相を呈す。

提督「何とか間に合ったか。」

当初は書類を全て処分しようとしていたものの、無線から通信過多と言えるほど聞こえる敵艦撃沈の報告を信じ、床下の金庫に全てを隠すことにした。最悪の場合でも、この鎮守府跡を占領され敵の手に機密が渡る恐れはないだろう。
廊下は火の手が上がり外の陽射しと爆雷を遮る物は何もない、ガラスの無くなった窓の桟からはかつて壁であった瓦礫が散乱していた。あまり迷信じみた事は好きではないが、ここまで破壊されつくしたこの鎮守府官邸の執務室がここまで生きていたのは奇跡としか言いようのない物だった。

提督「後は私も…!?」

―――空が落ちてくる。全ての役目を終えた役者が舞台から降りるのを、暗幕が覆い隠すように。

提督「すまない―――」

その言葉は執務室の崩落にかき消された。鎮守府官邸全壊の音は戦争の轟音に飲み込まれた。

『深海棲艦ノ反応消失ヲ確認ス。此度ノ諸君ノ栄誉ヲ称エ―――』
焼け跡に立ち尽くす艦娘達を出迎えたのは大淀に設備された洋上用艦隊司令部施設への軍本部からの電報、一つであった。鎮守府官邸も入渠ドッグも、彼女達を迎える影は無く、遠くの防空壕からまた、焦土に向かう一団があった。その先頭には工作艦明石。

軽空母飛鷹は駆け出した、鎮守府官邸跡地へと。瓦解し、焼失したそれに向かう彼女を、艦娘達は呆然と見守った。
焼け跡からは焼死体が発見された。肌は焼け爛れ、人相の判別は付かぬ。幸か不幸か、がれきに埋もれていたその手に嵌めた装飾品は辛うじて原型を留めていた。煤けた木の輪を指に嵌めた焼死体であった。

戦後処理が始まった。敵侵攻部隊を背水の陣にて撃滅した栄えある武勲艦隊達は、特例として近隣の鎮守府へと赴き、一時の宿を借りている。艦隊の提督は名誉の負傷により一時戦線を退いている。旗艦大淀からこのような説明を受けた当該鎮守府提督は艦娘の弁に偽りなしとしてこれを了承したのだった。

大淀「どうしたものでしょう…。」

何故素直に提督の戦死を報告しなかったか、問われればわからないとしか返せない。
呑気な軍本部の入電が気に入らなかったのかもしれない。泣き崩れる彼女に遠慮したのかもしれない。自分自身がまだそれを受け入れられていないのかもしれない。

大淀「このままというわけにもいきませんよね…。」

軍部ではなく鎮守府単位での軍籍となる自分達が身を立てるにはやはり鎮守府を再建する他無く、鎮守府の再建のためには、やはり本部への伝達が必須であった。

『我が鎮守府は先の敵空襲によって、施設機能の約半数と司令を喪う。指示を仰ぐ。』

大淀「こうしかないのかしら?」

大淀が逡巡し決めかねていると、一人の艦娘が彼女の前に現れた。

飛鷹「大淀さん…。」

飛鷹であった。彼女は今、秘書艦歴の長かった艦娘として鎮守府跡地の現場を指揮している。

これを見て欲しいのだけれど。白いノートを差し出した彼女の左手には銀色の装飾品が煌めいていた。

時は遡る。飛鷹は鎮守府跡地の指揮をしていた。生きている設備の可能な範囲での修復であったり、利用可能な資材の発見であったりである。その中に生存者の探索は含まれていない。
何故逃げてくれなかったのか、そんなことばかりを思ってしまう。どうして執務室に―――。

飛鷹「…あ。」

その答えに行きあたる。彼が差し迫る命の危機に何をしていたか。それは恐らく鉄匣に収められている

執務室のカーペット…が敷いてあっただろう床があったであろう場所。その地点にある床下収納。今は窪みと呼ぶのが相応しいであろう其処に埋め込まれた金庫を掘り返す。

その金庫の中には艦隊運営の為の多数の資料が乱雑に投げ込まれていた。

飛鷹「もっと大事なものがあったでしょう…?」

余りにも彼らしい行動に、枯れたとばかり思っていた涙がまた溢れる。資材の備蓄の推移、艦隊及び艦娘の現状把握、装備品の在庫数、戦況と戦歴の変遷―。見慣れた資料群が所せましと敷き詰められている。
思い出に浸ってばかりもいられない。彼が託したこの資料は持ち帰らなければ…。

金庫を探っていると、一つ見慣れないものが出土する。
白い表紙のノートであった。

飛鷹「これは、確か…提督の日誌?」

確かに彼が幾度かこれを持っていた場面を見た気がする。業務では無いと言っていたからてっきり個人的な物とばかり思っていたが、公的な物だったのだろうか。というよりはただ単純に選り分ける暇が無く一緒くたにしてしまっただけかもしれない。何故か彼はこれを私室で書く事を嫌っていたから、執務室に置かれていたのだろう。

『戦争は変わった』

最初の文言だった。ノートを開いた私の目に飛び込んできた文字は、想定外の一言だった。

『1度目は火器が初めて有効活用された時、』
『2度目は歩兵が携行する武器から人間が搭乗する兵器に戦場の主役が移った時、』
『その度に軍人としての人命の価値は下がっていった。』
『当然、撃墜王と称される飛行機乗り達の存在は承知している。』
『しかしやはり、名刀を佩いて戦場に赴いた古の猛将と比ぶれば、“兵器の性能を十二分に引き出し有効活用せしむ者”の意味合いが強くなっているだろう。』
『戦争の変遷は即ち、個々人の武勇と頭数が尊重される戦場から物量と性能への変質。』
『人間の排他の歴史と言って過言ではない。』

そこには一定の筆圧で、折り目正しく淡々と、軍人の―彼自身の価値について記されていた。
その先を見るのは何だか怖い気がした。それが予測出来てしまうから…。

『そして3度目、艦娘が誕生した時。』

そこに書かれていた文字は、予想通りであった。何より自分たち自身がそれを実感している。
…では彼は?それを痛感した彼が果たしてこの文脈から、それをどう捉えているのか?ページを捲る手が震えている。

『兵器が自律するに至って、兵器運用の人員として迂遠ながら価値を保っていた将兵の存在意義は遂に地に堕ちた。』
『妖精さん。艦娘と切り離せぬ存在らしい彼女らの台頭は、兵器が人間から独立する事を意味していた。』
『兵器に自我が与えられ、妖精さんを用いる事によって人手を要さずに自律運用が可能となった。敢えて悪し様な言葉を使えば…此処に彼女達兵器以外の、戦争に於ける人命の…兵士の価値は皆無となった。』

彼は何を思ってこれを書いた?提督は艦娘に何を思っていた?
…私は、本当は…?

『今や、妖精さんと艦娘の他に軍隊は必要無く、僅かな司令系統の為に存在するに過ぎない。』
『だが、そもそも彼女達は何故その少数の人員を必要とするのか。』
『私たち職業軍人と違い、鎮守府に軍籍を置く彼女達が何故軍本部の指令に異を唱えないか。何故艦娘は半ば個々別に独立した鎮守府に所属しながら、自分達より遥かに身体的・戦力的に劣る司令部に従うか。』
『軍艦としての本能、そんな精神論も"我々"らしいと言えばらしいが…、私は一つの事実に気付いた。』

そこには彼女の予想に反して怒りや怨嗟は無かった。彼の中で、自分が邪険にされていなかったことに安堵を覚える。少なくともそこに艦娘に対する、私に対する恨みごとは無かった。
彼の文字には些かの熱を感じられた。それが何かは分からないが、そこにはたしかに感情が宿っていた。

『戦場が様変わりする転換点には、常に旧来戦法を駆逐する新戦術があった。』
『長篠の鉄砲然り、浦賀の黒船然り。威容を知らしめる何かが、そこには必要だった。』
『だが、艦娘の登場の際には、或いは深海棲艦の存在が確認された時にはそのような悲劇は起きなかった。』
『戦争の歴史を紐解いた際に必ず発生する戦場の転換点、新兵器・新戦術による旧態軍の蹂躙―――成否の判然としない未知の有用性を周知させる戦果―――それが彼女らには存在しなかったことは言い換えれば、』

艦娘の、或いは深海棲艦の発生は確かに今まで知られていない事である。気付いた時にはそうであった。少なくとも、歴史の上ではそうなっていた。

『深海棲艦によって既存兵力を打ち崩される「前に」司令部は彼女らの脅威を認識していたという事である。』

それはカリソメとはいえ共に連れ立った故の勘であろうか。或いは、読み進めてきた思考が導き出した推測だろうか。この一文こそが、意図的に、或いは無意識に、このノートを命より優先した理由であると確信できる。

『人間は未知の脅威に事前策など打てはしない。』
『となれば、深海棲艦―未知の敵は、艦娘―次代の新戦力と共に誕生したと言い換える事が出来る。』

それはきっと誰もが、殊に艦娘は直観的に理解しているだろう。私たち艦娘と深海棲艦はほぼ同時期にこの世に生を受けた。再び命を貰ったのだと。それ故に何か切り離せない存在である、と。

『私は一つの仮説に辿り着いた。それ即ち、新戦力の"上澄み"と"沈殿物"。それが我々の保有する戦力と、敵対する勢力では無いのか、と。』
『戦争の変遷は人間の排他だ。兵器が人間を不要としてきた歴史だ。もし、兵器が人心を持ち、それに気付いたとすれば…。或いはもっと単純に蔵に仕舞われた弓箭が復讐を企てるとすれば…。』
『それを防ぐには不都合な部分を始めから切り離せばいい。』
『そうして生まれたのが、善良にして忠勤なる艦娘と、悪しき異形の深海棲艦である、と。』

座礁したかと思うほどの衝撃だった。取りこぼしそうになったノートをとっさに受け止め、その続きに目を這わせる。

『例えば飛鷹が、軍役を倦みながらそれからの逃亡を考えないのは…』
『彼女のそう云った部分を事前に棄却しているからでは無いか?』

自分の性格は分かっていた。口幅ったいことだが真面目なもので、少なくともそれが義務であるならば、真剣に取り組む性根である。
本当に…?疑問が浮かぶ。私は…、

『技術構想、或いは思考的な問題として、人間を雛形にしなければ自律する自我の姿が判らぬ。然りとて、人間を其の儘に模倣すれば心理的な問題が発生する。』
『その答えが、深海棲艦という艦娘によく似た存在なのではないだろうか。』
『深海棲艦とは…軍人として軍部にとって、障害となる艦娘の一部。その廃棄された部分の事なのではないのだろうか。』

一度でも、逃亡という考えを過らせ、それを否定したことがあっただろうか…?

『人間を基にした彼女達は、己を殺し戦場に立つのでは無く、己を[ピーーー]為に戦場に立っているのではないか。』
『もしそうなのだとすれば、私は飛鷹に…いや、彼女達皆に顔向けが出来ない。』
『ケッコンカッコカリも、男性軍人の割合を鑑みた上で、人間女性をモデルにした彼女達の、辻褄を合わせた合理的な戦意高翌揚に過ぎないのかも知れない。』
『彼女らの感情すら、そのシステムに合わせた生理反応に過ぎないのかも知れない。』

思わず笑みが零れる。もうきっと笑えることなんてないと思っていたのに。

『そして、最も困った事には、この他愛無い屁理屈を否定する方便が私の中に一切浮かんでこない事だ。』
『ならば私に出来る事は一つ。戦争が様変わりした事を受け入れるだけだ。』

飛鷹「何を言っているんだか…。」

目には涙が浮かんでいた。口元には笑みが浮かんでいた。

『私の役目は即ち、命令機構の源泉…彼女達に与えられなかった司令系統の一部となる事であり、彼女達に与えられた有機物としての生を充実させる事であり、そして…。』
『地に堕ちた職業軍人の価値を受け入れる事だ。嘗てのように前線に立つ手足では無く、それらを統括する頭こそが、代替の効く代物になったと言う事実を。』
『最早、頭が生きていれば良いなど古い。艦娘達手足と比べれば司令部など随分安い命になったのだ』
『ただそれを以て彼女達に報いよう。』

飛鷹「だから言ってるじゃない…。あまり根を詰めてはダメって…。」

最早涙は止まらない。嗚咽は無い。喉が渇いている。胸の奥が温かい。
彼の形見を閉じて胸に抱いた。左手の薬指の指輪が、彼の思い出に触れる。右手を静かにそこに添えた。

『願わくは、来たる日に補充された新任が私と同じこの妄想に捉われない事を。そして、この妄想通りに御役目を果たす事を望む。』

時は戻り、飛鷹に渡された白いノートを大淀は食い入るように見つめていた。

大淀「そんな…。」

彼女が憮然としたのも束の間、司令施設の妖精さんが彼女の意を汲み大急ぎで軍本部への通信内容を打ち直す。

飛鷹が彼女の黒い髪よりも深い黒を宿した瞳で笑う。

大淀「こうですね…提督?」

「大丈夫ですよ…提督。私達はもう艦長を選ばれる艦船じゃない…。貴方は私達にとってただ一人、掛け替えのない提督なんですから…。」

『我ガ鎮守府ハ深海勢力ノ空襲ヲ受ケルモ、物的損害以外ハ無ク、未ダ艦隊は健在ニシテ士気ハ軒昂ナリ。物資ノ援助ヲ求ム。』



       ―終―

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