ハルヒ「IBN5100を探しに行くわよ!」 (987)

ミーンミンミンミーン……

キョン「あいび……。すまん、なんだって?」

古泉「IBN5100。幻のレトロPCとも称される旧式のコンピュータのことですね。
   しかし、それが発売されたのは確か今から……」

長門「35年前の1975年」

古泉「だそうです。これを探すとなると相当困難かと」

キョン「ところでハルヒよ、またどうしてそんなものに興味を持ったんだ」

ハルヒ「これを見なさい!」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1438088111

ハルヒとシュタゲクロス

キョン「パソコンの画面? なになに……」


【都市伝説】幻のレトロPCが出現したらしいwwwww【9スレ目】


キョン「これ、某大手掲示板じゃないか。こんなところの情報を鵜呑みにする気なのか?」

ハルヒ「ところがどっこい! “疾風迅雷のナイトハルト”まで出張ってきて本格的に捜索されているらしいわ!」

ハルヒ「どこのどいつかは知らないけれど、それをあたしたちSOS団が先回りゲットして鼻を明かしてやりましょう!」

キョン「なんだその厨二病全開のネーミングセンスは」

長門「『疾風迅雷のナイトハルト』。MMORPG”エンパイア・スウィーパー・オンライン(通称エンスー)”において多くのプレイヤーから英雄視されている神プレイヤーのアカウント名”ナイトハルト(クラス:パラディン)”の通称」

キョン「……長門よ、ネトゲもやってるのか?」

長門「わりと」

ハルヒ「この祭りの覇者としてSOS団が君臨すれば全世界にSOS団の名が知れ渡るって寸法よ!」

みくる「なんだかすごいですぅ」

キョン「ハルヒ、そんな旧式のパソコンなぞあっても要らんだろう。もう既にお前の目の前にはコンピ研から略奪してきたブラウン管モニターと共に立派なPCがあるじゃないか」

長門「正確にはIBN5100はパソコン、パーソナルコンピュータではない」

ハルヒ「わかってないわねぇ、キョン。こんなレトロPCがネット環境に対応してるわけないでしょ?」

キョン「じゃぁ何に使うんだ」

ハルヒ「売ればプレミアつくだろうから、コレクターに高値で売ってもいいけど……。数十年大切に保管しておいて、また噂を流して全国一斉宝探し大会を開催するってのもいいわね!」

古泉「SOS団運営の見事な利用方法かと」

ハルヒ「そうなのよ! 不思議探索の成果を元手に次の不思議探索が始まる……。これぞ資本主義の基本ね!」

キョン「資本なら今年の3月に長門が部費をたんまり生徒会からもらってきただろ。そもそもそのレトロPCとやらはこの日本のどこにあるって言うんだ?」

ハルヒ「アキバらしいわ」

キョン「あ、アキバって、まさかお前」

ハルヒ「今年の夏は、アキバへ行くわよーっ!」

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◇Chapter.1 涼宮ハルヒのモラトリアム◇
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D 1.130426% β世界線
2010.07.16 (Fri) 16:11
文芸部部室

キョン「ま、待て待て! ホントにこんなあるかないかもわからんものを探すために東京くんだりまで行くつもりか!?」

ハルヒ「ハァ。まったく、呆れて物も言えないわ。アンタ、この1年と3ヶ月でSOS団の何を学んできたの?」

古泉「不思議探索こそ、SOS団の本分かと」

ハルヒ「副団長はわかってるわねー。ほら、平団員は見習いなさい?」

古泉「お褒めに預かり光栄です」

キョン「そりゃいつも通り駅前をウロウロする程度なら構わんが、見知らぬ遠方の大都市となると何に出くわすかわかったもんじゃないぞ」

ハルヒ「それがおもしろいんじゃない! ついでに東京観光もできて一石二鳥よ!」

キョン「できればメインディッシュを逆にして頂きたい! だが一日二日で見つかるような代物とも思えん」

古泉「宿泊は、東京の湯島にある僕の親戚の家に間借りという形で良ければ宿泊費は抑えられます」

古泉「来月から家族で長期間海外旅行に行くそうで、もし良ければ家番を兼ねて泊まってくれないかと頼まれていたのですよ」

ハルヒ「さっすが古泉くん! それじゃ、SOS団大不思議探索@東京遠征を計画するわよ! おーっ!」

みくる「お、おーっ!」

キョン「……やれやれ」

2010.07.16 (Fri) 18:10
通学路 下校中


ハルヒ「ついに私たちSOS団が萌えの本場アキバに行くわよ、みくるちゃーん!」

みくる「は、はぁーい! 今から楽しみですぅ!」

ハルヒ「浮かれちゃダメよ、みくるちゃん! 最大の目的は都市伝説級の逸品を探し当てることなんだからね!」

みくる「えぇー」

長門「…………」


キョン「それで、その親戚ん家ってのは」

古泉「もちろん、機関の手配になります。ご安心下さい、今年は殺人事件など起こりませんので」

キョン「寸劇と言ってくれ。警官の耳にでも入ったら職質される」

古泉「それに日程は8月以降と釘を刺しておきましたので、SOS団としても機関としても色々準備できるでしょう」

キョン「心配しているのはそこじゃないんだがな。今年の夏休みも息つく暇が無さそうでありがたいこった」

2010.07.19 (Mon) 10:12
終業式 HR


担任「あー、いよいよ明日から夏休みだ。高校2年の夏は、確かに来年が辛いからと言って遊びたくなるのはわかる」

担任「だがな、だからと言って遊んでばかりいると来年がつらくなるのはお前たちだからな。宿題も去年より多く出ているんだから……」クドクド

キョン(いつもに増して話が長いな、岡部の野郎)

キョン(そういえば朝比奈さんは大学受験をどうするつもりなんだろうか。まぁ、未来人が進路を心配するというのも変な話だが)

ハルヒ「…………」ハァ

キョン(背後に聞こえた溜息は朝比奈さんの身の上を案じたものだろうか、それとも岡部の長講一席による退屈から生じたものだろうか)

担任「……であるからして、しっかりと自覚を持って有意義な時間を過ごすように。最後に、先生からお前らにビッグニュースがある!」

キョン(……ん?)

担任「この度、先生は結婚することになりました!! だっはー!!」

キョン「んなッ!?」

ハルヒ「なんですってッ!?」

2010.07.19 (Mon) 14:23
文芸部部室


ハルヒ「SOS団の総力を挙げて岡部の結婚披露宴を盛り上げるわよ!」

みくる「お、おーっ」

ハルヒ「来週の27日にやるらしいから、みんなで準備するわよ! アキバ探索計画の立案は一旦後回しね」

古泉「んっふ。担任教諭の結婚をお祝いするなんて、素敵なことじゃないですか」

キョン「岡部の野郎も生徒が余興をすることに満更でもないらしい」

キョン「それでハルヒよ、今度はなにをやらかすつもりなんだ?」

ハルヒ「あたしたちにできることと言ったらバンドとかかしら」

キョン「あぁ、去年の文化祭の時のアレか。それならENOZの先輩方に手伝ってもらうか?」

古泉「一応僕はベースが弾けますよ」

みくる「た、タンバリンならなんとか……」

ハルヒ「じゃぁキョン。ドラム練習しておきなさい。あたしは軽音部に言って楽器借りられないか頼んでくるから!」

キョン「はいよ、ドラムねドラム、ってできるか! あ、おい、話を聞け! ……行っちまいやがった」

長門「大丈夫。演奏についてはわたしがなんとかする。あなたはスティックを握ってさえいればいい」

キョン「涙が出るほど助かるぜ、長門」

ハルヒ「軽音部に話したら楽器貸してくれるって!」

キョン「まさか野球部の時みたいに脅したんじゃないだろうな」

ハルヒ「そんなことしなくても向こうから貸してくれたわよ。去年の文化祭からあたし、結構軽音部に勧誘されてたのよねぇ……。毎回断ったけど」

キョン(そういやうちの軽音部はハルヒに純粋に恩があるんだったか)

ハルヒ「そんなわけだから、キョン。今すぐココに軽音部から楽器を運んで来なさい!」

キョン「このクソ暑い中ドラムセットを旧部室棟へ移動させるなんて、よくそんな拷問が思いつくもんだ」

古泉「僕も手伝いますよ」

キョン「疲れた……。両の手がじんじんしやがる」

古泉「衣装はどうしましょう」

ハルヒ「せっかくだからコスプレしましょ! 有希は次回作の映画の宣伝を兼ねて魔女っ子、あたしは新歓の時のチャイナにするわ!」

ハルヒ「古泉くんとキョンはスーツスタイルでバッチリ決めてきなさい! みくるちゃんは……」

みくる「ふぇぇ……」

ハルヒ「やっぱりいつものメイド服よね!」

それから一週間、SOS団はさながら軽音楽部の体を成していた。とは言ってもホンモノの軽音部が聞いたら失笑もののクオリティだ。

文芸部室はここ数年の静謐を破り、ひたすらに騒音を奏でるパンドラの箱と化していた。

コンピ研やら他の部活動から文句の一つも来なかったのはどういう理屈なんだろうな。もしかしたら宇宙的パワーが働いていたのかもしれない。

急に俺のドラム技術が上達したらハルヒが怪しむだろうからと、長門の能力によって俺の演奏は日ごとにド下手、かなり下手、下手、ちょっと下手、我慢できる、普通といった具合で押し上げられていった。器用なもんだ。

古泉が微妙にうまいのが癪に障る。まぁ、長門とハルヒの超絶技巧があればそれなりに聞けるものになるんじゃないか。朝比奈さんは主に演出面と精神衛生面担当だ。

2010.07.27 (Tue) 16:46
祝川 旅館 結婚披露宴会場


司会「続いては、新郎の職場であります、北高の生徒さんたちによる出し物です! どうぞー!」

担任(す、涼宮が居るのか……。不安だ……)

パチパチパチ……

キョン「マジで大丈夫なのか……」

長門「信じて」

古泉「僕も長門さんに頼りたくなってきました……」

長門「がんばって」

みくる「ふみゅぅ……緊張します」

ハルヒ「大丈夫よみくるちゃん! それじゃ、行くわよ!」

私ついていくよ どんなつらい

世界の闇の中でさえ

きっとあなたは輝いて

超える未来の果て 弱さゆえに

魂壊されぬように

my way 重なるよ今

2人に God bless…

パチパチパチ……

担任「おぉー!! お前らありがとうなぁー!! 俺は今、モーレツに感動しているー!!」

キョン「ふぅー、なんとか成功したみたいだな」

古泉「あなたはスティックを握っていただけの自動演奏でしたけどね」

キョン「うるさいぞ古泉」

ハルヒ「さぁ、早く着替えて、あとはおいしいものをお腹いっぱい食べましょう! 元取るわよ元!」

みくる「はぁーい」

長門「…………」コクッ

みくる「あたしちょっとお手洗いに行ってきます」

ハルヒ「あ、じゃぁあたしも行くわ。有希は?」

長門「いい」モグモグ

ハルヒ「そう。じゃぁみくるちゃん、二人で行きましょ」

みくる「はぁい」


キョン「なんとなくハルヒがなにかやらかすかと思っていたが、平穏無事に終わりそうでよかったよ」

古泉「それはフラグというやつですよ」

長門「…………」モグモグ

古泉「ところで、IBN5100と言えば、タイムトラベラー“ジョン・タイター”のことはご存知ですか?」

キョン「ジョン・タイター?……あぁ、部室の本棚にそんなタイトルの本があったっけか。だが、そのジョン太郎とIBN5100とにどんな関係があるんだ」

長門「IBN5100には公表されなかったコンピュータ言語の翻訳機能があることが2036年にわかったとタイターは言っている」

長門「彼の使命は2年後に迫っている2038年問題に対応するためのものであり、過去から受け継いだコンピュータプログラムをデバッグするためにIBN5100が必要。そのために1975年へタイムトラベルをしている」

キョン「レトロPCにそんな機能が本当にあるのか?」

長門「実際にIBN5100は内部でSystem/370のエミュレーションをおこなっており、メインフレーム上のプログラムのデバッグに使用できる機能がある」

キョン(相変わらず長門の口から出てくる長台詞はよくわからん)

古泉「未来人を擁するSOS団が未来を救うためのキーアイテムを捜索する……。なかなかどうして、面白そうではありませんか」

※書籍『未来人ジョン・タイターの大予言』(短縮URL)
http://u111u.info/moks

キョン「ジョン・タイターか……どうにも胡散臭いな」

キョン「俺たちは4年前にハルヒの作った時空断層があることを知ってるから、1975年にタイムトラベルできるわけないことを知っている。なんとも世界はハルヒを中心に回っているようだ」

古泉「おや、その時空断層はたしか朝比奈さんのタイムマシン、TPDDでは時間遡行ができないという代物だったと記憶していますが」

キョン「それがどうした」

古泉「理論と仕組みが異なれば時空断層など関係なく過去へ行けるかも知れませんよ。歩いては渡れない川に、橋を架ければ越えられるように」

キョン「お前は世界五分前仮説信者じゃなかったか?」

古泉「バートランド・ラッセルは思考実験として提唱したのであって、信者を集めるためのものではありませんが」

古泉「ですが敢えて理屈を述べるならば、五分前に過去世界も創造されていれば問題なく過去へ行けます。どうでしょう?」

キョン「70点だ」

古泉「残りの30点は?」

キョン「俺の心労が増えたための減点だ」ハァ

キョン「肝心な話なんだが、ハルヒはその未来人について知っているのか?」

古泉「えぇ、それはもちろんそうでしょう。“未来人”、“ジョン”、“予言書”……あの涼宮さんをしてこれらの単語を看過させることが不可能であることはあなたがよくご存じのはずだ」

キョン「となるとだ。ハルヒはIBN5100をレトロPCとか都市伝説とかネット上の宝探し祭りとして捉えてるだけでなく、その上未来的な超秘密アイテムとして認識してるわけだ」

キョン「なるほど今回の東京探索の理由に合点がいった。納得はいかないが」

キョン「だがどうしてそれを俺や朝比奈さんに言おうとしない? お前ら二人はまぁ、元から知ってたわけだが」

古泉「もしかしたら、心のどこかであなたをジョン・スミス、そして朝比奈さんを未来人だと思う節があり、それが涼宮さんにブレーキをかけさせたのかもしれません」

キョン「後者は俺が暴露しても全く信じなかったわけだが、あいつも心境が変わったのかね。ないと言い切れないのが今年に入ってからハルヒのたまに見せるアンニュイな部分なんだよな」

古泉「去年もそのような場面はあったのですよ、あなたは気付いていなかったかもしれませんが」

キョン「核融合しか能のない永久恒星ではないのは、あいつが人間である証明なんだと前向きに考えよう」

ロビー


ハルヒ「なにこの旅館! トイレまで遠すぎよ! 間に合わなかったらどうするつもりなのかしら、まったく!」

みくる「涼宮さん、落ち着いてくださいー」


??「あれー? ここどこー?」


みくる「あ、あのー、もしかして披露宴会場の場所をお探しですかぁ?」

??「うん、トイレに行ったら迷子になっちゃったのです……」

ハルヒ「あたしたちもこれから戻るところだから一緒に行きましょ」

??「わぁ、ありがとうなのです! えっと……」

ハルヒ「あたしは涼宮ハルヒ! SOS団団長よ! で、こっちはウチのマスコット兼メイドのみくるちゃんね!」

みくる「あ、朝比奈みくるですぅ」

まゆり「トゥットゥルー☆ まゆしぃです!」

ハルヒ(不思議ちゃん……! なんてキャラの立ち方なのかしら……!)

??「ここに居たのかまゆり。なかなか戻ってこないから心配したぞ」

まゆり「あ、オカリンだー! まゆしぃは優しい女の子たちに道案内してもらってたのです」

オカリン「そうだったのか。連れが迷惑かけてすまないな」

まゆり(オカリンって、こういう時はすっごくまともな対応ができるんだよねぇ……)

ハルヒ「いえいえ、どういたしまして」

みくる(涼宮さんって、社交的になろうと思えばなれるんですよねぇ……)

オカリン「ん? もしかしてさっきバンド演奏してた、叔父さんのとこの生徒か?」

ハルヒ「はい、そうです。岡部先生が叔父さんってことは、オカリンさんは親戚の方ですか?」

岡部「そうだ。あと名前はオカリンではなく岡部倫太郎だ」

みくる「それでオカリンさんなんですねぇ」

まゆり「そうなんだよー。オカリン、コッチがハルにゃんで、コッチがミクルンだよー」

ハルヒ「は、ハルにゃん!?」

みくる「ミクルン……」

岡部「こいつは椎名まゆり。変なあだ名をつけるのが趣味なのだ」

まゆり「えぇー、かわいいよー。ミクルンのメイドさんコスも可愛かったねぇ♪ 実はまゆしぃもメイドさんとして働いてるんだよーえへへー」

みくる「えっ、まゆりちゃんってメイドさんなんですか?」

岡部「いや、こいつはメイド喫茶でバイトしているだけだ」

ハルヒ「メ、メイド喫茶……!」

まゆり「アキバにある、メイクイーン+ニャン2っていうお店なのです。もし東京に来ることがあったら遊びに来てにゃんにゃん♪」

ハルヒ「ぐっ、これが本場の萌えなのね……。いかに自分の世界が狭かったかを思い知らされたわ……」ガクッ

みくる「ふぇぇ、すごいですぅ」

ハルヒ「8月になったらあたしたち、東京の秋葉原にふしぎ、じゃなかった、観光に行く予定なんです。もし良かったらまゆりちゃんのお店に遊びに行っていいかしら?」

まゆり「ホント、ハルにゃん! うれしいよーぜひ来てねー」

ハルヒ「必ず行くわ!」

岡部「さぁ、そろそろ行くぞまゆり。お袋たちまで心配し始めるかも知れん」

まゆり「またねー、ハルにゃん、ミクルン♪」

みくる「ばいばーい」

ハルヒ「……ということがあったのよ!」

古泉「東京の方との交流ですか。アキバでの予定が一つ出来ましたね。メイド喫茶、非常に興味をそそられます」

キョン「あのハンドボール馬鹿がこんな形でSOS団に貢献してくれることになるとはな。それにしても、メイド喫茶ねぇ……」

ハルヒ「エロキョン! なに鼻の下伸ばしてるのよ!」

キョン「なぁっ、俺は断じて鼻の下など伸ばしていない!」

ハルヒ「ふぅん、どうだか……。みくるちゃん、本場のメイド喫茶で修行して、メイド秘奥義を極めるわよ!」

みくる「は、はいっ! って、え、えぇっ!? あたし、修行するんですかぁ!? ふぇぇ」

D 0.571024% α世界線
2010.07.28 (Wed) 12:40 
キョン自宅


キョン「昨日は普段使わない筋肉を無理やり動かしたもんだから疲れちまったんだが、久しぶりに昼ごろまで寝ていたら頭が痛い……」

キョン妹「夏休みだからってダラけちゃいけないんだよー?」

キョン「カウチポテトに洒落込んでいるお前に言われたくない。チャンネル変えるぞ」ポチッ

キョン妹「あぁー! ひっどーい!」

プルルルルル……

キョン妹「キョンくんでんわー」

キョン「言われんでもわかってる。ん、ハルヒからか。あー、もしm」

ハルヒ『今すぐテレビをつけなさい!』

キョン「……今まさにテレビの視聴をお前に邪魔されたところなんだが」

ハルヒ『チャンネルを変えて、ニュース番組を見るの! 早く!』

キョン(去年のデジャヴを感じる……。まぁ、さすがにエンドレスループは始まってないだろう)

キョン「あーもう、わかったわかった。えっと、ニュース番組、ニュース番組……」ピッピッ



速報! 秋葉原に人工衛星落下  LIVE

リポーター『……混乱が続く秋葉原の空から中継です。現在は通行規制が敷かれているためラジ館周辺には人が居ません。ご覧ください、こちらが墜落したと思われる人工衛星です! ビルの壁面から飛び出るような形で……』

キャスター『……ラジオ情報館に墜落した人工衛星は依然正体不明です。各国いずれもこれは自国のものではないと表明しており、衛星は身元が分かるまで保管されることとなるようです……』


キョン「な、なんだこの映像は……!?」

ハルヒ『わかんないけど、なんだかすごいことになってるわ!! 秋葉原ッ!!』

2010.07.28 (Wed) 13:30
北口駅前


ハルヒ「遅い! 罰金!」

キョン「こっちには妹を振り切るというハンデがあるんだから大目に見てくれてもいいじゃないか……くそっ……」キーコキーコ

みくる「キョンくん、だいじょうぶですかぁ」

長門「息が上がっている」

ハルヒ「予測できる困難に対して何も対策を立てていないのは合理人のすることじゃないわ。早く自転車停めてきなさい!」

ハルヒ「改めてみんな、緊急招集に応じてくれて感謝するわ!」

古泉「僕もみなさんとちょうどお話ししたいと思っていたところです。例の人工衛星について」

喫茶店 珈琲屋夢<ドリーム>店内


ハルヒ「あれは人工衛星じゃないわ」

キョン「お前ちゃんとテレビ見てたのか? 人工衛星だって言ってたじゃないか」

ハルヒ「はぁ? マスコミの言う事なんて、事実を隠蔽するための情報工作に決まってるじゃない」

キョン「なっ……!」

ハルヒ「きっとあれは宇宙船、UFOよ! 中に宇宙人が乗っていたんだけど、今は黄色人種に変形して、日本の文化をラーニングして、一般人に紛れて生活しているはずだわ!」

キョン「久しぶりに電波な方向でぶっ飛び始めたな、ハルヒよ」

ハルヒ「それかタイムマシンね! 未来からタイムトラベルしてきたんだけど、空間座標維持装置が壊れてしまっていて、本来出現するはずだった場所から座標がズレてしまったためにビルにめり込んだのよ!」

キョン「搭乗者の未来人はどうして過去にそうなることを予測できなかったんだ」

ハルヒ「あるいは超能力者の仕業かもしれないわ! ある日突然自分に備わったPKを世界中に見せつけたくて、宇宙空間に漂うスペースデブリをテレポートさせたら自分の力をコントロールできずに人工衛星を出現させてしまったの!」

キョン「さっき人工衛星じゃないって言ってたのはどこへ行ったんだ。だれかなんとかしてくれー」

古泉「僕は未来人説を推したいですね。あれがタイムマシンなら一度乗ってみたくあります」

ハルヒ「みくるちゃんはどれだと思う?」

みくる「ふぇっ!? え、えーっと、あたしは、宇宙人さんと仲良くなりたいなぁって思います」

ハルヒ「有希はッ!?」

長門「人智を越えた能力による自律進化の可能性を有する人間……ユニーク」

ハルヒ「みんな満点な回答ね!」

キョン「……まぁ、俺に聞かれても困るけどな」

2010.07.28 (Wed) 19:20
公園


長門「不可視遮音フィールド展開」シュイン

キョン「また集まってもらってすまない」

古泉「いえ、あなたの心配はごもっともです」

みくる「あれ、なんなんでしょうねぇ」

キョン「まず一番の懸念事項は、あれがハルヒの能力によって引き起こされた事件なんじゃないかということだ。タイミングが出来すぎている」

古泉「人工衛星が仮に地球に墜落したとして、大気圏を突破した物体があんなに綺麗な形を保てるとは思えません。ラジオ情報館というテナントビルも原型を留めているのが不思議です」

古泉「仮にあれが人工衛星だとするならば、宇宙空間からダイレクトで秋葉原へテレポートしてきたと考えるべきでしょう」

キョン「テレポートねぇ。またとんでもない話だな」

古泉「そして国籍不明の人工衛星というのもかなりおもしろい話です。普通なら現物を調べれば国籍程度わかりそうなものです」

古泉「しかし過去にこんな例がありました。冷戦時代の話ですが、極軌道上に国籍不明の2体の人工衛星が出現したことがありましてね、“ニューズ・ウィーク”はこれを『太陽系外に起源を持つ知的種族群が送り込んだ訪問者』として発表したのですよ」

キョン「今度は宇宙人の仕業と来たか。こりゃもう、ハルヒが望むすべての属性を合わせ持ったキメラの所業なのかもしれん」

キョン「長門はどう思う?」

長門「現物を確認するまでは、なんとも」

キョン「秋葉原についてから、ってところか」

キョン「古泉の言うテレポート説ならハルヒの能力の可能性が高いな。あいつは一体全体何を望んでいるんだ?」

古泉「秋葉原に降り注ぐ宇宙的規模の奇跡、と言ったところでしょうか。折り重なる“偶然”の力でどこまでも我々を楽しませたいようです」

キョン「どっかの人工衛星には犠牲になってもらったがな」

みくる「一応未来に通信してみたんですけど、特にあの物体の正体については報告がありませんでした」

キョン「ありがとうございます、朝比奈さん。そうなるととりあえずは安心していいのか……?」

古泉「未来からの報告が無いとなると、涼宮さんの能力ではない線も大いにあり得そうです」

キョン「どこかの組織の陰謀、ということか?」

古泉「陰謀論を口にするのは趣味ではありませんが、可能性は否定できません」

キョン「お前自身が陰謀論の塊みたいな存在だろうが」

古泉「手厳しいですね。ですが、涼宮さんを狙うにしてはいささか遠回り過ぎる……」

キョン「そういえばハルヒを狙う勢力って今どうなってるんだ?」

古泉「あまり部室以外でこの話はしたくありませんが、長門さんの遮音フィールドもあることですし……、いいでしょう。お話します」

古泉「以前あなたにお話した時よりは僕の所属する組織、“機関”が優勢になっています」

古泉「自己崩壊していった組織もいくつかあります。とは言っても、新規参入する巨大な組織が登場するとも限りませんので警戒を疎かにしているわけではありませんよ」

キョン「不安は拭えない、か。できればこの間の“偽SOS団”に次ぐ新しい団体様の御登場は勘弁していただきたい」

古泉「IBN5100の探索とあの人工衛星にもし何か関連があるとすれば……。SOS団は大いなる権謀術数に巻き込まれることになるでしょう」

キョン「お前はいつから予知能力者になったんだ。そういや前に予知能力の超能力者がいるとかいないとか言ってたっけな」

古泉「みちるさん事件の時のアレは冗談ですよ。未だに機関は予知能力者を手中に収めていません。未来関係は朝比奈さんに一任していただきたいところです」

みくる「え、ええっ!? あたしですかぁ……。がんばりますぅ」

それからというもの、ハルヒはほぼ毎日のように俺たちを駅前の喫茶店に招集し、東京観光、もとい不思議探索イン秋葉原の作戦計画を立てていった。15泊16日、およそ月の半分を東京で過ごす条約が全会一致で採択され、議長国のハルヒによって締結された。

だが突然の岡部の結婚披露宴のせいでハルヒも今年の夏休みの宿題にはまだ手をつけてなかったらしく、なるはやで終わらせる運びとなった。もちろん俺の分の集団的安全保障も織り込み済みだ。

去年よりも量が多く一日二日で終わるものではなかった。まぁ、これでループ回避フラグが立ったと思えば安いものだが、いささか自分の動機が不純な気もしなくもない。

なにより今までにない長征、大東遷だ。その資金は個々人で稼がねばならなかった。俺の場合罰金分も用意しないといけないしな。だが、風船配りバイトだけはお断りだった。

それよりも頭を使ったのは例のレトロPC、IBN5100の在り処についてだ。コレクターズPCがありそうな場所、と言ったら普通は場所が絞れそうなもんだが……。

どうも東京という街は信じられないほど狭いエリアに多くの店舗がある。数だけじゃなく種類も豊富だ。一ヶ月の時間があったとしても秋葉原の全てを回ることなど到底不可能に思えた。

それに店舗にIBN5100があるとも限らない、らしい。ハルヒは、忘れ物センターや、希少品としての展示、質入れ、どこかの倉庫、あるいは呪われた装備としての教会における捧げ物化もあり得るなどと言い出した。こりゃ魔法使いの古泉がシャナクを習得する必要があるな。

ゆえにありとあらゆるところを探さなくてはならない。もちろんそれにはメイド喫茶や同人ショップ、ガンバムカフェやゲームセンターも含まれる、のだそうだ。

……まぁ、俺も秋葉原が楽しみでないと言えば、嘘になるんだけどさ。結局、軽音部へのお礼やら宿題やら下準備やら資金調達やら親への根回しやら機関の人員配備やらで10日近くもかかってしまったが、ハルヒ大明神が慊焉とせぬ面持ちで二学期を迎えられる大遠征作戦になるならば徒労ではないはずだ。

今日はここまで

D 0.456903%
2010.08.07 (Sat) 08:21 
東海道新幹線車内


ハルヒ「うーん、遅くまで調べ物をするんじゃなかったわ。みくるちゃん、膝枕ぁー」

みくる「はーい♪ ゆっくり休んで下さい」

ハルヒ「……ぐぅ」zzz

みくる「ふふっ、涼宮さん猫みたい♪」ナデナデ

キョン(じ、実にうらやまけしからん光景が前列の三列シートで展開されている……!)

古泉「可愛らしいですね。まるで遠足を楽しみにしていた子どものよう」

古泉「夏休みに友達と一緒に東京旅行をする。なんと健全な高校生の青春ではありませんか」

キョン(通常なら犯罪係数の高い発言だろうが、このさわやかハンサム野郎が言うとどこ吹く風である)

キョン「……古泉。今回の東京旅行で何も起こらないと思うか?」

古泉「再確認しておきますが、去年と比べれば涼宮さんの願望実現能力は間違いなく縮小傾向にあります」

古泉「勿論、だからと言って今回、“涼宮さんが望んだからIBN5100が我々の手に入る”という可能性もゼロではありません」

キョン「レトロPCは確かに都市伝説だろうが、いわゆる超常的なオカルトや完全なるオーパーツというわけでも無いからな」

キョン「ハルヒのやつ、心のどこかでアキバにあるはずだと信じているかもしれん」

古泉「そうだとしたら我らSOS団の手元にコレクター垂涎の品が手に入る。しかも価値のわからない人にとってはただのガラクタです。SOS団的に万々歳じゃないですか」

キョン「どうもお前は楽観的だな」

古泉「んっふ。せっかくの東京観光です。機関のメンバーも有事に備え東京に潜伏していますし、僕らは僕らで楽しみましょう」

キョン「頼り甲斐のあるこって。お前、もしかして今度こそは自分がタイムトラベルできるかもしれないからって浮かれてないか。IBN5100で未来を救うつもりか?」

古泉「確かにあの人工衛星のことも気になりますが、IBN5100とタイムトラベルに何の関係が?」

キョン「白々しいにもほどがあるだろ」

古泉「察しの悪いようなので一応言いますけど、涼宮さんのIBN5100探しはこの夏休みをSOS団みんなで楽しむための口実に過ぎないのですよ」

キョン「俺がどれだけハルヒと付き合いがあると思ってるんだ。それくらいわかっている」

古泉「でしたら何も最初から心配し過ぎることはありません。結局僕たちは、何かがあってからしか動けないのですから」

キョン「悔しいが、な」

キョン「長門、東京は初めてだったか?」

長門「初めて」

キョン「そうか。楽しみだったりする、のか?」

長門「秋葉原の近く、神保町という地域には日本一の古書店街があるらしい」

キョン「……クジ引きで同じ班になったら行ってみるか」

長門「それから、秋葉原はカレーが有名らしい」

キョン「長門が秋葉原を心底楽しみにしていることがよーく伝わってきたぞ」

2010.08.07 (Sat) 10:30 
秋葉原駅 電気街口


ハルヒ「アー! キー! ハー! バー! ッラーーーーッ!」

キョン「やめんか恥ずかしい!」

古泉「残念ながらラジ館は無残な姿になっているようですね。報道陣や野次馬、警察もかなりの数いるようです」

ハルヒ「残念なんかじゃないわ古泉くん! 謎が謎を呼ぶ完璧な姿じゃない! 警官が少ない時間帯を調べて内部に潜入するわよ!」

キョン「こんな警官だらけのところで犯罪計画を立てるんじゃありません!」

ハルヒ「あーッ! あっちにホンモノのメイドさんがいるッ! みくるちゃん、ちょっとこっちに来なさい!……って、みくるちゃん?」

キョン(あれ、さっきまで隣に居たのに朝比奈さんどこへ……、って、早速キャッチに捕まってるーッ!?)

みくる「え、えぇー、お買い得ですねぇ」キラキラ

絵売り「もうあなただけに特別な料金で……きっと運気が回ってきますよ……」

古泉「朝比奈さん、向こうで涼宮さんが呼んでますよ。すいません、少々急いでるもので」

絵売り「チッ。お手間は取らせませんのでこちらがお会計に」グイッ

長門「…………」ジーッ

絵売り「ヒッ……」タッタッタッ

キョン「な、長門? 何をしたんだ?」

長門「宇宙的パワーで追い払わなければこちらが金銭を支払うまで請求していた」

キョン「エイリアンかなにかだな、そりゃ」

みくる「涼宮さん、ごめんなさいぃ。わぁ、ホンモノのメイドさんですね!」トテトテ

猫耳メイド「メイクイーン+ニャン2をよろしくお願いしますにゃんにゃん♪」

みくる「メイクイーンニャンニャンですかぁ!」

ハルヒ「ぜひお邪魔させてもらうわ。チラシを3枚ちょうだい! みくるちゃん、本場のメイド喫茶でお茶入れメイドのなんたるかをバッチリ学んできなさい!」

みくる「は、はいぃ! あたし、がんばりますっ!」


キョン「ハルヒにとってのホンモノのメイドって森さんみたいなのじゃなかったのか?」

古泉「まぁ、メイド喫茶のメイドさんもある意味ホンモノなのでしょう」

キョン「そう言えば長門、あの人工衛星を直接見て何かわかったか?」

長門「あれはこの世界のものではない」

キョン「……は?」

長門「あの物体はわたしたちの存在する現世界の全ての時空間および全ての亜空間を含めて存在するはずのない波動で構成されている」

キョン「ちょ、ちょっと待て長門……それって、つまり……」

古泉「異世界からの来訪者、ということですね」ンフ

キョン「……1年と4か月越しにフラグ回収とは、うちの団長様には頭があがらんな」ハァ

古泉「長門さん、あの中に生体反応の痕跡はありますか?」

長門「今から10日前、7月28日、あの物体がラジ館に出現した瞬間、搭乗員と思われる人間が一人居た。この世界に到着後すぐに降りた模様」

キョン「おいおい、マジで異世界人さんのお出ましかよ……。こりゃハルヒの能力も現役バリバリだな」

古泉「ちょうど僕ら宇宙人、未来人、超能力者と同様に、涼宮さんに対しては友好的になっていただけると嬉しいのですが」

キョン「だといいんだがな」

ハルヒ「有希ーッ! 古泉くーん! それからあとキョーン! なにやってんのー、早くメイド喫茶に行くわよー!」

キョン「往来のど真ん中で叫ぶやつがあるか! どこまでも恥ずかしい奴だ」ヤレヤレ

古泉「メイド喫茶に行きたいのは山々ですが、先に皆さんの荷物を宿泊先に預けておく方が良いでしょう。僕が荷物を置いてきますので、みなさんはお先に行っておいてください」

キョン「一人で運べる量じゃないぞ」

古泉「ご心配なく。タクシーを使いますから」

キョン(……あぁ、アレか。東京にも進出したのか、新川さん)

ハルヒ「そう? なんだか悪いわね」

古泉「すぐ合流しますので」

2010.08.07 (Sat) 11:00 
メイド喫茶メイクイーン+ニャン2


ハルヒ「おっじゃまするわよー!」バターン!カランコロンカラーン!

キョン「店の扉を壊す気か!」

メイド「ニャニャ!? とっても元気なお嬢様ニャ!」

ハルヒ「うほおぉぁーホンモノのメイドさん達が居るーッ!!! みくるちゃん、よーく見てよーく勉強しておきなさいッ!!!」

みくる「これが……メイド喫茶……ッ!!」グッ

キョン(猫耳ツインテールか……。悪くない)グッ

メイド「お帰りニャさいませお嬢様、ご主人様。何名様ですかニャ?」

ハルヒ「五人よ! 一人は後から来るわ! しっかし、かわいいわねぇーとってもかわいいわー、この猫耳カチューシャもよくできてるわねー」

メイド「そう言って頂けて大変光栄ニャのですが、あんまりジロジロ見られるのは……、あっ、猫耳は触っちゃだめニャ!!」

キョン「こらハルヒ、店員さんに迷惑をかけるんじゃない」

ハルヒ「なによ、キョンだってかわいいって思ってるんでしょ? この変態」

キョン「は、はあッ!? とばっちりもいいところだ!!」

メイド「変態ご主人様~、お席はこちらになりますニャ~ン♪」

キョン「へ、変態じゃない!! 俺は、断じて、変態じゃない!!!」

ハルヒ「すっごく変態っぽいセリフね、それ」

フェイリス「あらためましてこんにちニャンニャン! フェイリスのニャンニャンネームは、フェイリス・ニャンニャンって言いますニャン♪ よろしくニャンニャン♪」

キョン「……激しく頭痛がしてきたのだが」

長門「ニャが多い」

フェイリス「お嬢様達はご来店初めてですかニャ? まず簡単にご説明させていただきますニャン!」

ハルヒ「その必要はないわ!」

フェイリス「ニャニャ! まさか、お嬢様様はフェイリスのお店に道場破りに来たのかニャ!?」

ハルヒ「そのまさかよ! 我らがSOS団のマスコット、みくるちゃんとのメイド対決のためにわざわざ東日本までやってきたのよ!!」

みくる「ふぇぇー!? そうだったんですかー!?」

キョン「なんの話だ」

フェイリス「ニャニャ!? 西のメイドさん代表だったとは、このフェイリスの双眸を持ってしても見抜けなかったニャ。もしや既にメイド秘奥義を習得しているのではっ!?」

キョン(メイド秘奥義って共通語だったのか)

ハルヒ「いいえ、この娘はまだ成長途中……。あなたが気付けなかったのは、そこの有希の宇宙的情報操作能力によるものッ!!!」バーン

長門「…………」

フェイリス「ニャニャ!? コズミックパワーまで味方に付けているのかニャ!?」

ハルヒ「さぁ、雌雄を決しようじゃない! 看板は頂くわ!」

フェイリス「ニャフフ……。仕方ないニャ、メイクイーン+ニャン2の秘密兵器を出さなければならニャい時が来たようニャ……」キラーン

ハルヒ「な、なんですって……」ゴクリ

キョン「注文、まだかなぁ」

フェイリス「召喚<サモン>ニャ! 我がメイクイーン+ニャン2が誇る汎用人型決戦兵器、“マユシィ・ニャンニャン”!!」

まゆり「ごめんねフェリスちゃん、今日は登校日で遅くなったよー。すぐにホール行くねー」カランコロンカラーン

ハルヒ「ま、まゆりーッ!?」

まゆり「あーっ、ハルにゃんにミクルンだぁ! 来てくれたんだねーうれしいよー!」

キョン(ん、まゆりってたしか、岡部の結婚披露宴に居た……。あぁ、姿を確認する前に裏手に回ってしまったか)

フェイリス「ま、まさか既にマユシィ・ニャンニャンが秘密地下組織SOS団の毒牙にかかっていようとは……。フェイリスの負けニャ、看板は持っていって構わない、ニャ……」ガクッ

ハルヒ「いいえフェイリス・ニャンニャン、いい勝負だったわ。そして勝負の後に残るのは友情ッ! これから共に日本の、そして世界の萌え文化を支えていきましょう?」

フェイリス「ハ、ハルにゃん……! わかったニャ、友情の証にこの伝説の猫耳カチューシャをあげるニャ!」

ハルヒ「あっ、そのカチューシャをみくるちゃんにつけて、ここのお店で働かせてもらってもいいかしら?」

キョン「突然素に戻りやがった」

フェイリス「オッケーだニャン♪ ニャンニャンネームは、ミラクル・ニャンニャンでどうかニャ?」

みくる「え、えぇー!? あたしここで働くんですかぁー!?」

古泉「遅くなりました……ほう、これは」カランコロンカラーン

まゆり「お帰りなさいませご主人様、マユシィ・ニャンニャンです! よろしくにゃんにゃん♪」

みくる「お、お帰りなさい、ませ、ご、ご主人様ぁ……。えっと、み、ミラクル・ニャンニャン、ですぅ……うぅっ……」ピョコン

キョン(金髪ポニーテール……だとッ!!!!!!!! 朝比奈さんも当社比マシマシで素晴らしいが、金髪ポニー……、犯罪的だッ!!!!!!)ガタッ

ハルヒ「こらぁみくるちゃん! もっと胸を張って堂々としなさい!」

みくる「ふぇぇ」ピィィ

まゆり「ミクルンとってもかわいいねーえへへー♪」

フェイリス「お店の制服もよく似合ってるニャ!」

キョン「……コーヒーがおいしいな」チラッ チラッ

古泉「そうですね」

キョン「うおっ、お前いつの間に」

長門「…………」モグモグ

キョン「今更で恐縮なんですが、お店のご迷惑になってませんか? 問題があるようでしたらすぐやめさせますので」

フェイリス「大丈夫だニャーン! ここにいるご主人様たちはよく訓練されているので問題ないニャン」

キョン「はぁ、さいで」

みくる「きゃぁっ!」ガシャーン

ご主人様「」バッシャァァァ

みくる「ひぅっ、ご、ごめんなさいぃ……。お水こぼしてしまいましたぁ……ぐすっ……」

ご主人様「……ど……」

キョン「なぁッ!? す、すいませんうちのモノが」

ご主人様「ドジッ娘属性ktkrェェェェェッ!!!! んほおおぉぉぉぉっ!!!!」ビショビショ

キョン「」

キョン「わ、わけがわからん……。これがアキバなのか……」

古泉「意外と俗っぽいところに不思議な世界がありましたね」

長門「ユニーク」モグモグ

まゆり「だいじょうぶミクルン? ちょっと休憩室で休んでる?」

みくる「い、いえ、そういうわけには……」

まゆり「じゃぁ私がお店の裏側を教えてあげるね♪ こっちがキッチンでー」

みくる「あぁっ、待ってまゆ、ま、マユシィ・ニャンニャンさぁん!」

フェイリス「そういえばご主人様たちは観光で来たのかニャン? 萌えの街アキバを心行くまで楽しんでいってほしいニャーン♪」

ハルヒ「いいえ、フェイリス・ニャンニャン。あたしたちSOS団が観光をしているのは奴を欺くためのフェイクよ! 真の目的は他にあるわ!」


キョン「……古泉、『奴』って誰だ?」

古泉「疾風迅雷のナイトハルトでは?」

キョン「そんな名前もあったな。ハルヒの脳内ログに残ってるとは思えんが」

古泉「ネットの情報では既に彼を中心とするメンバーは例のブツの捜索を諦めたそうですが」


フェイリス「ニャニャ! その真の目的とはいったい!?」

ハルヒ「本当はSOS団内部の超極秘機密事項だけど、戦友<とも>となったあなたにも特別に教えてあげるわ。それはッ! 幻のレトロPC、IBN5100を探し出すことなのよッ!!」

フェイリス「あっ、それフェイリスが昔柳林神社に奉納した奴ニャ」

ハルヒ「し、知っているの!? フェイリス・ニャンニャン!」

フェイリス「フェイリスのパパはレトロPCとか古い電化製品の収集家だったんだニャ」

キョン(だった? 今は違うのか)

古泉「まさか東京に着いて早々にヒントを得るとは。幸先グッドですね」

ハルヒ「こうしてはいられないわ! 有希! 古泉くん! 急いでヤナバヤシ神社へ向かうわよッ!」

八ルヒ「キョンはみくるちゃんを連れて後から来なさい! フェイリス、まゆり、また来るわねッ!」カランコロンカラーン

古泉「では、僕らは行きましょう」

長門「…………」スーッ

フェイリス「いってらっしゃいませお嬢様―! ご主人様ー!」

まゆり「いってらっしゃいませお嬢様♪ ご主人様♪」

キョン「あ、おい! ハルヒッ!……って、行っちまいやがった」

キョン(無軌道に楽しんじゃってまぁ。悪い気はしないけどな)

フェイリス「ところでぇ、ハルニャンたちはそんな古いパソコンを見つけてどうする気ニャンニャン?」ジトーッ

キョン(顔が近いッ! じっと見つめられると、さすがに照れるッ!)

キョン「ど、どっかのタイムトラベラーが探しているようですが、そ、それを阻止したいのかも知れません」アセッ

フェイリス「タイムトラベル……」

キョン「そ、それじゃ、俺たちもそろそろおいとまします」

キョン「朝比奈さん、準備できましたか?」

みくる「はぁい、お待たせしましたぁ」

フェイリス「はい、これ柳林神社までの地図ニャ。それから、ミラクル・ニャンニャンことミクルンには、友情の印の猫耳カチューシャだニャ!」シャッ

まゆり「るかちゃんによろしくねー♪」

キョン(るかちゃん?)

みくる「お世話になりました。また色々教えてくださいねぇ」ピョコン

フェイリス「お会計はコチラになりますニャン」

キョン「……慣れとは恐ろしいな。押し付けられてもいない伝票を自然に手に取ってしまうなんて」

キョン「仕方ない、払ってやるか。どれどれ……って、あの、フェイリスさん? これ、一桁間違ってません?」

フェイリス「お会計はコチラになりますニャン♪」

キョン(お、おおおお落ち着け俺……冷静になって考えろ……東京の物価、五人分の昼食費、接待サービス、チャージ料、オプション代……)

みくる「あの、キョンくん。あたしも払うよ?」ネコミミ

キョン「あ、ありがとうございます……」グスッ

2010.08.07 (Sat) 13:20
メイクイーン+ニャン2 従業員用更衣室


フェイリス「お疲れ様ニャーン♪」

まゆり「あーフェリスちゃーん」

フェイリス「これからキョーマのところかニャ?」

まゆり「うん。お昼ご飯を買ってきてって」

フェイリス「ふーん……。ねぇ、マユシィは見たことあるニャ? タイムマシン」

まゆり「タイム……? あぁ! 電話レンジさん?」

フェイリス「電話レンジ?」

まゆり「バチバチーって雷みたいのが、こう、ビリビリーって。ちょっと怖いんだぁ」

フェイリス「すっごいニャ! 映画に出てくるタイムマシンみたいニャ!」

まゆり「うん……でも、マユシィはあんまりあーゆーことしてほしくないんだけどなぁ」

フェイリス「どうしてニャ?」

まゆり「……なんか、オカリンが遠くに行っちゃう気がするのです」

2010.08.07 (Sat) 13:40
柳林神社


キョン「あの猫耳メイドニャンニャンに渡されたメモ用紙に書かれた手書きの地図によれば……ここだな」

キョン「ハルヒのやつ、覚えておけよ……くそぅ……」

みくる「元気出して。あ、涼宮さん!」ピョコン

キョン(この人はどうして律儀に猫耳を付けたままなのか)

ハルヒ「ゼェ……ゼェ……やっと見つけたわ、ヤナバヤシ神社……」

キョン「なんだ、迷子になってたのか」

ハルヒ「違うわよ! 色んな人にヤナバヤシ神社の場所を聞きまくったんだけど、どいつもこいつも知らないだの聞いたことがないだの言って、教えてくれなかったのよ!」

ハルヒ「探すのを手伝おうとすらしないし! まったく、使えないったらありゃしないわ!」

古泉「それで例の人工衛星のところに居た警察官に場所を聞いてココへたどり着いたというわけです」

キョン「この秋葉原を彷徨ってる人間のほとんどが秋葉原に住んでないんだろうな。大都市特有の冷たい風ってやつか。今はヒートアイランドだが」

古泉「ミルグラムの過剰負荷環境、ゴフマンの儀礼的無関心、あるいはバイスタンダー・エフェクトといったところでしょうか」

ハルヒ「ムッキー!! 無駄な時間を過ごしたわ!!」

ハルヒ「へー、柳に林でヤナバヤシって読ませるのね。風流じゃない」

キョン「しかしホントにこんなところにレトロPCがあるのか」

古泉「おや、境内に誰かいますね」

ハルヒ「あぁーッ!!!! み、みくるちゃん!! 野生の巫女さんだわ!! ホンモノの巫女さんだわ!!」

キョン(お前の方が野生獣だろうが)

みくる「神社に……巫女さんッ!!」ゴクッ



巫女「えいっ! やあっ! たあっ!」ブン、ブン

ハルヒ「ねぇあなた! ホンモノの巫女さん!? その模擬刀はなに!? もしかして修行!?」ツンツン

巫女「えっ、えっ!? いや、あの」

ハルヒ「まさか萌えの街アキバにホンモノの巫女さんが居るなんて! いえ、ここが萌えの街になる前から神社はあったんだものね、当然よね」クンクン

巫女「あ、あの、やめっ、ひっ」

ハルヒ「みくるちゃん!! この巫女さんの弟子になって、巫女のなんたるかについて指導してもらいなさい!! 第二回SOS団主催クジ引き大会を盛り上げるためにも!!」

みくる「あ、あの、涼宮さん……」

ハルヒ「なによッ!!!」

巫女「……ぐすっ、えぐっ」

キョン(あっちゃー……)

古泉「突然おしかけて騒ぎ立ててしまい、大変申し訳ありませんでした。どうかお許しください」

巫女「え、い、いや、その、ぼ、僕の方こそ、驚いちゃって、すいません……」

ハルヒ「ボクっ娘だわ!! 美人な上にボクっ娘だわってキョン!! なに突然首根っこ掴んでるのよ!!」

キョン「お前は少しは反省しろ! バカハルヒ!」グイッ

ハルヒ「はぁ!? なんであたしが反省しなきゃいけないのよ!」

キョン「自分が何をしでかしたのかわかってないようだな」

ハルヒ「なによ、そこのかわいい巫女さんが泣き出しちゃったこと? あのくらいで泣き出すなんて、あたしじゃなくて相手に問題があるとしか思えないわ」

キョン「こいつ……!」

巫女「いいんです! 僕が弱いのがいけないんです……」

みくる(すごくシンパシーを感じる……)

古泉「なるほど、それで強くなるために模擬刀で素振りを」

巫女「え、どうしてわかったんですか?」

古泉「エスパーですから」ンフ

ハルヒ「素振りなんかで強くなれたら世話無いわ」

キョン「お前はもう黙ってろ」

ハルヒ「アンタ名前は?」

るか「え、あの……。……漆原、るかです」

キョン(『るかちゃんによろしく』ってのはこのことか)

ハルヒ「神道の娘に福音書の『ルカ』の名前をつけるなんて、きっとご両親は趣向倒錯者ね。宗教的にも性別的にも」

キョン「後生だからその口を閉じてくれ」

るか「……えっと、皆さん、お参りですか?」

ハルヒ「違うわッ!!」

るか「え? えっと、それじゃ……」

ハルヒ「IBN5100がここに奉納されてるって聞いたから、いただきに来たのよ! 宝物庫はどこかしら?」

キョン(最悪だコイツ……)

るか「あ、あいびー……? え、だ、だめです。一般の方に倉庫は解放できません……」

ハルヒ「アンタの事情なんて知らないわよ。場所だけ教えてくれればあとはこっちで勝手に探すから」

キョン「ちょちょちょ、ちょい待てハルヒ! すいませんねホントこいつバカでどうしようもないやつで!」

キョン「おい、こっち来いハルヒ! 古泉、あとは頼んだぞ」グイッ

ハルヒ「なによー! 邪魔すんな離せー! 離しなさいバカキョン!!」ジタバタ

古泉「了解しました。先ほどから誤解を与えるお話ばかりで申し訳ありません。実はですね……」

るか(早く帰ってくれないかな……)

ハルヒ「離しなさいッ! バカキョン!」ガブッ

キョン「バカはお前だ、ってェッ! いててててッ! 噛むなッ! 噛むんじゃないッ!」

ハルヒ「アンタが離さないからいけないのよ!」

キョン「お前はどうして神社に来ると気が大きくなるんだ」

ハルヒ「はぁ? 別に神社とか関係ないじゃない」

キョン「去年神社の境内で神主に向かってエアガンを乱射したバカはどこのどいつだ」

ハルヒ「それは……」

キョン「あれから少しは成長したと思っていたが、どうも俺の思い過ごしだったらしい」

ハルヒ「……」

キョン「おい、聞いてんのかハルヒ」

ハルヒ「殴れば」

キョン「は、はあっ!?」

ハルヒ「気に入らないなら殴ればいいじゃない! あの時みたいに! ほらッ!」

キョン「それじゃ俺がお前を殴ったみたいじゃないか! ギリギリ古泉に止めてもらっただろ!」

ハルヒ「何よー! 何が気に入らないのよー!」

キョン「はぁ……。あのな、お前が“楽しい”のど真ん中にいるってことはよくわかる。俺だってそうさ、なかなかに楽しんでるぞ、秋葉原」

ハルヒ「は、はぁ?」

キョン「あるかないかもわからん都市伝説級の代物を、遠路はるばる探しに来ておいて見つけられるとは限らないと思っていたが、思いの外すぐ尻尾が掴めて心が躍っているんだろう。お前は」

ハルヒ「……なによ、キョンごときがわかった風な口を聞いちゃってさ」

キョン「俺が言いたいことはただ一つだ。あの巫女さんに一言謝ってこい」

ハルヒ「……わかったわよ、うるさいわね。……ちょっとその辺散歩してくるわ」

キョン(少しは成長してるのか)

キョン「先ほどはうちのもんが失礼しました」

るか「あ、いえ。お気になさらず。それより、その、レトロPCなんですが……」

キョン「あ、あるんですか!?」

古泉「いえ、どうやら壊れてしまって、捨ててしまったようです」

るか「去年のお正月、倉庫の掃除をしていた時に手を滑らせてしまって……」

古泉「ポータブルコンピュータとは言っても25kg近くある相当に重たいものですからね。仕方がないですよ、あまり負い目に感じる必要は無いかと」

キョン「そうか、それは残念だったな。せめて壊れたものがそのままここに置いてあればよかったんだが」

るか「えっ? でも……」

キョン「実はコイツ、そういうのを直すのが得意なんですよ。な、長門」

長門「任せて」

るか「そ、そうなんですか!?」

キョン「……? まさか、どこかにあるんですか?」

るか「じ、実は、壊しちゃったIBN5100は、そこの台車を使って、あの、コインロッカーに入れたんです。ご、ごめんなさい!」

古泉「結構大胆なことをしますね、漆原さん」

キョン「ってことは、そのコインロッカーを探し当てれば」

古泉「さすがに去年の1月に入れられたものが今年の8月まで約19か月もの間回収されずに残っているとは思えません」

キョン「ふーむ。 ……長門、トラッキングできるか?」ヒソヒソ

長門「可能」ヒソヒソ

長門「現在の保管場所がわかった。ベータロッカーシステムという会社の自社倉庫」ヒソヒソ

キョン「グッジョブだ、長門」

古泉「管理会社の社員の中にIBN5100について明るい人でも居たのでしょうか。それともただ廃棄を忘れられているだけか……。ともかく、保管されているというのは僥倖ですね」ヒソヒソ

キョン「ハルヒの能力だと言いたいのか? 真偽は今はどうでもいいさ」

キョン「そのIBN5100をここへ、っつっても、ハルヒと漆原さんに見つからないよう俺たちの前に転送することはできるか?」ヒソヒソ

長門「可能。タイミング次第」

古泉「あとは長門さんがIBN5100を新品同様に直せば団長に献上できますね」

キョン「漆原さん、情報提供ありがとうございます。なんとかIBN5100の修理に手が届きそうです」

るか「す、すごいです……。あ、でも、預かり物なので直ってもお譲りすることは、ちょっと……」

キョン「大丈夫ですよ。俺たちはIBN5100がこの世にあることを確かめに来ただけですから。またハルヒのバカがなにか言い出したら俺が背に腹を変えてでもなんとかします」

るか「は、はぁ……。あ、あの、ありがとうございます」

キョン「あ、でも長門の機械に強い特技はハルヒには内緒なんです。元から壊れてなかったってことにしておいてください」

るか「実はその……。一週間くらい前にもこちらにその古いパソコンを求めに来た方がいたんですけど、その時は自分が壊してしまったと言い出せなくて『そのようなものは無いです』と嘘をついてしまったので……すごく、嬉しいです……」

古泉「ほう、僕たちの他にもIBN5100を探している存在が」

キョン(しかし、こうまでして簡単に見つけ出すことができるとはな。ハルヒの能力様様と言ったところか)

キョン「それじゃ、俺たちはこれで――――――――――――――

その時だった。

もう二度と味わいたくないと思っていたソレが、夏の暑さとお宝発見的興奮によって完全に油断しきっていた俺の脳内に直接叩き込まれた。

既視感を感じた。そのこと自体に既視感があった。だがそれで安心できるようなものじゃない。むしろ逆だ。

膨大な情報操作、それに伴う意識の混濁と、めまい、立ちくらみ、頭痛。

眼球の奥がチリチリ焼けるような、三半規管が限界点を突破するような、だが無重力状態でぐるぐる回っているような感覚ではない、そんな激痛と気持ち悪さと格闘すること数秒。

目を開くと……、物語は世界の気付かぬうちに風雲急を告げていたのであった。

今日はここまで
レスありがと

これは完結したらすごい

>>85
一応完結までシナリオは、ありまぁす。

レスありがと 再開します
今更だけどほとんどキョンが主人公 



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◇Chapter.2 涼宮ハルヒのプラグマティズム◇
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D 0.409420%
2010.08.07 (Sat)
柳林神社

キョン(……ッ!!! な、なんだったんだ、今のはいったい……)フラッ

古泉「だ、大丈夫ですか? もしかして熱中症でしょうか、失礼」ピトッ

キョン「ッ、手のひらで俺の額を触るな! 近い近い!」

古泉「……どうやら体温はそこまで高くないようですが。大事をとって病院へ行った方がいいかもしれません」

キョン「いや、悪いがその必要はない。そんなことより、さっそくその、ベータなんとかっていうロッカー会社の倉庫からIBN5100を転送しようぜ」

古泉「はい? えっと、なんの話です」

キョン「なんの話って、長門がここにかつて奉納されていたIBN5100をトラッキングして現在の位置を確かめたんだろ?」

長門「……?」


みくる「え、えーっと、妖刀、五月雨さんは、こうですかぁ? えいっ」ブン

るか「た、たぶん……。僕も自信がないんですけど……」

なにかおかしい。

なんとなくそんな気がした。

俺の質問に対して、古泉が、そして長門がこんな風に純粋な疑問符をそのまま返球してくることなど、今の今まで一度でもあっただろうか。

あったとしたら、それは……。

胸騒ぎがする。

まさか、な。

この感覚には覚えがあった。

まさか、だよな?

バカみたいに暑い真夏の東京にいるにもかかわらず、アイスピックでついたかのような真冬の寒さが脳裏をよぎった。

まさか……、嘘だろ、嘘だよな?

嘘だと言ってくれ……!

古泉「大丈夫ですか? やはり顔色が悪いようですが」

キョン「ッ!!」ダッ

古泉「あっ、ちょっと! どこへ行くのですか!」

キョン(わからん! わからんが、とにかくこの古泉と長門は直接信用できるかまだわからないッ!)

キョン「ハルヒ!! どこだッ!! ハルヒどこにいるッ!!!!」タッタッタッ

キョン(あいつさえいれば……ッ! あいつさえいてくれれば、また切り札が使える……ッ!!)

キョン(だがもしあいつがいなかったら……、クソッ!)

キョン(それにさっきからなんなんだこの違和感は。景色が、どこかおかしい?)ハァハァ

万世橋付近


キョン「どこだッ!! どこだハルヒ!! どこにいるッ!!」

ハルヒ「ちょ、ちょっとキョン! なに恥ずかしいことしてんのよ! やめなさい!」

キョン「は、ハルヒ……! よかった、いてくれたか……」ハァハァ

ハルヒ「なにやってんのアンタ。もしかして、あたしが迷子になったとでも思ったの?……なによその安心しきった顔は。バカにしてるのかしら?」

キョン「い、いや、いいんだ。なんでもない。気にするな」

ハルヒ「はぁ? なによそれ。ともかく、あたしもそろそろ柳林神社に行こうと思っていたところよ。早く行くわよ!」

キョン「あ、あぁ。一緒に行こう」

ハルヒ「……? アンタ、なんだか気持ち悪いわよ」

キョン(気持ち悪くたっていいさ。お前が視界にいるだけでこれほどに安心できるのだからな)

柳林神社


ハルヒ「さっきはゴメンネ!」

るか「い、いえっ! こちらこそ、おどおどしてて、すいません……」

ハルヒ「もし自分を強くしたいならあたしに相談しなさい! るかちゃんをスパルタ教育してあげるわ!」


古泉「ほぅ、これは。さすがあなたですね」

キョン「なにがだ」


古泉「それで、涼宮さん。次はどこへ向かいましょうか?」

ハルヒ「そうねぇ、今度こそこの神社に奉納されてるって思ったんだけど、あたしの勘が外れるとはねぇ」

キョン(まるでIBN5100が過去に一度も奉納されていなかったかのような口ぶりだが……。いったいどんなトンデモ現象が馬脚を露したんだ?)

ハルヒ「取りあえず、まだ行ってない神社に行くわよ! それじゃぁね、るかちゃん!」

みくる「ご指導ありがとうございましたぁ」

るか「は、はい」

キョン(俺はここで『IBN5100には手が届いていたはずなんだ!』とか、『神社に来たのはお前の勘じゃなくてあの猫耳メイドからの情報のおかげだろ!』、あるいは『朝比奈さんの猫耳をどこへ隠した!』などと喚き散らす気は毛頭ない。そんなことをすれば白い眼を向けられるのはなんとなく予想が付く)

古泉「あと行っていない神社となると、ここか、ここでしょうか」

キョン(……なにやら景色がおかしい気がする。俺の記憶しているアキバは、もっとこう目のやり場に困るというか、余計な妄想に駆り立てられる何かが街中に溢れていたと思うのだが)

みくる「ふえぇ……歩き疲れましたぁ……」

キョン(まぁ、ハルヒがいるうちは慌てる必要はない。どうせ超然とするしか身の振りようがないのだ。あとでゆっくり長門と古泉と、あともしかしたら朝比奈さんとも相談させてもらおう)

2010.08.07 (Sat) 18:31 
湯島某所


ハルヒ「ぜんっぜんダメね。今日の収穫はゼロだったわ」ガララッ

古泉「こちらが今回の東京遠征の宿になります」

みくる「うわぁ、結構いいところですねぇ。旅館みたいですぅ」

古泉「個人の住宅となる以前は旅館としても経営していたようです。小さな大浴場もありますよ」

古泉「こちらが女性陣の部屋の鍵、そしてこちらが僕たち男性陣の部屋の鍵です」

キョン「あぁ、見知らぬ土地をさんざ歩き回って疲れた。今日はゆっくり休ませてもらおう」

ハルヒ「アンタは走り回ってたからでしょ。それに東京は夜になってからが楽しいんじゃなーい」チッチッチッ

キョン「さすがに夜の東京をブラブラさせるような、お前の親御さんを心配させることはできない」

古泉「どうやら秋葉原周辺は20時にもなると飲食店やコンビニ以外はほとんど閉まるらしいですね。あまりおもしろいものもないかと」

ハルヒ「じゃぁ汗拭いたらご飯食べに行きましょ! みんな、なに食べたい?」

キョン(ほう、ハルヒが俺たちに意見を徴するとは)

キョン「俺はもんじゃ焼きというものを食ってみたいな」

ハルヒ「邪道。却下」

キョン「この野郎……」

古泉「そうですね。僕は築地の銀だこを」

ハルヒ「それも邪道。っていうか、粉ものは絶対ダメだから。アンタたちそれでも西日本代表の自覚あるの?」

キョン(なんの話だ)

みくる「えっと、その、みんなで食べれるならあたしはなんでも……」

ハルヒ「有希は? なにか食べたいものある?」

長門「……カレー」

2010.08.07 (Sat) 21:40
男子部屋


キョン(夕食をキッチン・ジローとかいう名前のカレー屋で済ませた俺たちは風呂に入って早々にGO TO FUTONすることになった)

キョン(みんな相当に旅疲れを顕わにしていたので夜遅くまでカードゲームに興じるようなことは無かったわけだ。まぁ、明日もIBN5100を探さねばならないしな)

古泉「それで、今日あなたの様子が突然おかしくなった件について、教えていただけますか」

キョン「なんだ、気づいていたのか」

古泉「僕もあまりよくない方向で慣れてきてしまったようです」ンフ

キョン「……先に、お前が記憶している今日一日の俺たちの動きについて説明してくれ」

古泉「かしこまりました、ご説明致します。それが僕の役目ですからね」

古泉「僕たちは北口駅から電車に乗り、新大阪駅で新幹線に乗り換え、10時半頃に秋葉原駅に到着しました」

古泉「その後ラジ館前で例の人工衛星について議論などしていましたが、涼宮さんが突然『IBN5100は巫女さんがいる神社にあるはず! みくるちゃんに巫女としての稽古をつけてもらいましょう!』とおっしゃりまして、神田周辺の神社巡礼を打ち始める運びとなりました」

古泉「湯島天満宮、神田明神、妻恋神社、そのほか名もなき小さな祠にもお参りしましたがなかなか巫女さんとは遭遇できず。ようやくあの柳林神社で剣を振るっていた巫女さん、漆原さんにお会いできたのです」

古泉「レトロPCは奉納されていないか、という質問に対して、そのようなものはない、ということで漆原さんからお返事をいただきまして、涼宮さんはちょっとご機嫌斜めでした」

古泉「漆原さんに八つ当たりする涼宮さんをあなたがなだめて、どうやら涼宮さんは散歩に、そしてあなたは戻ってきました。……あとはあなたも記憶している通りかと」

キョン「なるほど……。どうやらうまいこと辻褄が合わせられているようだな」

キョン「しかし、巫女としての稽古ってのはなんだ」

古泉「阪中さんの飼い犬ルソー氏のごとき嗅覚を身に付け、除霊する能力ではないですか? あの時は般若心経でしたが、実際漆原さんは清心斬魔流奥義、参拾弐式・桜暴の習得に励んでいたようです」

キョン「……えらく話が脱線している気がするんだが」

古泉「次はあなたの知っていることを教えてもらえればと思いますが」

キョン「おそらくあの柳林神社に到着してしばらく話し込んだあたりで世界が一部改変された。そして俺だけが記憶を維持している」

古泉「その根拠は?」

キョン「二つある。一つは俺の周りにいた人間が寸前までの状況を俺と共有していなかったこと」

古泉「長門さんもでしょうか。でしたら、『記憶を所持するすべての生命体』と言い換えるべきかと」

キョン「……揚げ足取りのようで、大事な訂正だな。そうだ、すべての生き物の記憶が変わっていた。俺以外のな」

古泉「そして、もう一つの根拠は?」

キョン「それがな……、どうやらこの世界は“萌え”という概念が無いらしい」

古泉「……どういうことでしょう」

古泉「僕の記憶している中ではちゃんと“萌え”の概念はあります。いえ、それを理解できているかと問われれば、無遠慮に首肯できるものではありませんが。あるいは、概念そのものが書き換わっていると?」

キョン「いや、そうじゃない。多分この世界の住人には信じられないんだろうが、俺の記憶の中には、“メイド”だの“猫耳”だの“萌えアニメ”だのがあってだな、そいつらが“ニャンニャン”などを語尾につけて的確に男のリビドーを刺激するという文化があったんだ」

古泉「……非常に限定的ではありますが、大丈夫です。この世界、いえ、僕の記憶の中にもそのような趣向は存在しています」

キョン「なに、そうなのか? それならなぜアキバからメイド喫茶やらホビーショップやら同人グッズ店やらが消滅していたんだ?」

古泉「なんと、あなたの居た世界ではアキバはサブカルの街だった、ということでしょうか。これは驚きです」

キョン「お前、信じてないだろ」

古泉「バレましたか」

キョン「この世界の秋葉原はどんな街なんだ?」

古泉「まさかそのような質問をされるとは、なんとも不思議な気がします。いいでしょう、ご説明します」

古泉「秋葉原という街は戦後のヤミ市から発展した街で、東京電機大学の御膝元でラジオパーツショップなどが集まり次第に電気街を形成していきました」

古泉「時代の変化に従い、電子ゲームショップやPCショップが充実していくようになります」

古泉「現在では安心安全安価の三拍子揃った世界屈指の電気製品集積地区として世界的に有名になっていますよ。日本の家電産業の中心都市と言えるでしょう」

キョン「……なるほどな。まぁ俺の居た世界でもそうだったわけだが」

キョン「じゃぁ、日本のサブカルチャーの中心といえばどこなんだ?」

古泉「東京では中野、あるいは池袋でしょうか。大阪では日本橋ですね」

キョン「中野に池袋ねぇ。どうにも俺にはピンと来ないな」

キョン「しかし、一体どうしてこんなピンポイントな世界改変が行われたんだ? 誰が犯人なんだ? 目的は? ハルヒとの関係は?」

古泉「ミステリーの基本は、Who、Why、Howの三つの視点を想定し、順序立てて物事を考え、問題を分かりやすいものに落とし込んでいくことですよ」

キョン「そういわれてもな。俺だって冷静なフリをしているだけで、内心それなりに焦っているんだ。もし例の異世界人が犯人だったら? その目的がハルヒだったら? 世界がヤバいぞ」

古泉「ですが、涼宮さんは未だSOS団の中心に鎮座しておられます。ゆっくり、順番に考えてみましょう」

一旦離席

古泉「まず考えられるのは、涼宮さんの願望実現能力によるもの、という線です」

キョン「あんなにIBN5100を探してたハルヒが? いったいなんだってそんなことを」

古泉「可能性としては……、そうですね。例えば、東京に来た初日にIBN5100を見つけてしまうことを恐れたのでは」

キョン「……あー、なるほど。それはわからなくもない理由だ。ハルヒ的には色々探索したり冒険した後に宝物を見つけたいと思っているのかもしれん」

古泉「ですが、この理屈ですと秋葉原の街が改変されたことに説明がつきません」

キョン「萌えが重要な要素だなんだと豪語してたやつが、街からまるごと萌え要素を抜き去るなんてまかり間違っても実行せなんだろうよ」

古泉「次の説は長門さんによる世界改変説ですが……。これこそ、たとえそうだったとしても今の僕たちに理由を知る術はなさそうです」

キョン「あいつは相談もせずいきなりそんなことをするやつじゃない」

古泉「わかっていますよ。あとは、そうですね……。異世界人による侵略説を考えてみましょうか」

キョン「例の人工衛星に乗ってはるばるこの世界に漂流してきたおっちょこちょいのことか。だがな、そいつが俺たちのIBN5100捜索を妨害してなんになる?」

古泉「それはわかりません。ですが、この場合あまりよろしくない事態が発生していることになります」

キョン「なんだ?」

古泉「つまり、その異世界人は僕らの存在を把握している。最低でもあなたの存在は把握していることになります」

キョン「……なんだってッ!?」

古泉「どうしてあなただけが改変前の記憶を維持できているのか」

古泉「さすがに去年の冬、正確には4年前の夏ですが、あなたが長門さんに打ってもらったというプロテクトはもう解除されているでしょうから、あなたの記憶を維持する操作ができるのはそれなりの能力を持っている者。そして何より、あなたという人物を特定できる者だけです」

キョン「なんてこった……。俺は常にどこの馬の骨ともわからん異世界人に監視されていると考えるべきなのか……」

古泉「悪いケースの想定としてはありえなくもないとは思いますが、あまり気負っても仕方がないかも知れません。もしかしたら今までの想定はすべてハズレで、まったく関係ない事件に偶然巻き込まれてしまっただけ、なのかもしれないのですから」

キョン「世界改変なんかに偶然巻き込まれる確率は幾ばくほどなんだろうな」

古泉「まだわからないことばかりですが、IBN5100が一つキーアイテムとなっているという予想は可能性が高いと思います。ゆえに今後ともIBN5100の捜索を続けていくべきかと」

キョン「嫌だと言ってもハルヒのやつはそうするだろうよ。捜索の途中で異世界人の野郎が尻尾を出すとも限らん」

古泉「僕には実感がありませんが、やはり世界が勝手に改変されたとなれば元に戻した方が良いと思います。記憶を引き継いでいるあなたが鍵ですよ」

キョン「また鍵か。今度はどんな扉を開錠せねばならんのだ」

古泉「ゲート状をしているとは限りませんが。存外身近なところに存在しているかも知れませんね」

2010.08.08 (Sun) 9:00 
湯島某所


ハルヒ「クジ引きをするわよ!」

キョン「うってかわって元気だな、ハルヒよ」

ハルヒ「考えてみれば初日で見つかるわけがなかったのよねー。どんな映画や小説だってそうだわ! お宝は後半ラストのココゾってところで登場するに決まってるのよ! そうじゃなきゃぼったくりもいいところだわ」

キョン「その理屈だと今日も全力無駄足ブラブラ大会にならなきゃならんのだが」

ハルヒ「わかってないわねー、キョン。そこに至るまでには血と汗と涙の長編スペクタクルが必要なの! そんなわけで、今日はいつもみたいに二班に分かれて探索をするわ!」

キョン「汗は仕方ないとして、血と涙は勘弁してほしい」

古泉「それでこの班ですか」

長門「…………」

キョン「よろしくな、長門、古泉」


ハルヒ「古泉くん! キョンがサボらないようにしっかり監視しておくのよ!」

古泉「了解しました」

ハルヒ「それじゃみくるちゃん! 二人で歌舞伎町でも行く? それとも鶯谷? 吉原?」

みくる「えっ、あ、秋葉原に行くんじゃないんですかぁ」

キョン「やめなさい」

長門「まだ午前中」

キョン(ハルヒたちの背中を見送ると、俺はすぐさま長門に昨日起こった世界改変について説明した)

キョン「……というわけなんだ」

長門「そう」

古泉「長門さんでも世界改変は検知できませんでしたか」

長門「できなかった。おそらく世界全体が書き換えられたと思われる」

キョン「世界全体が、書き換えだと……?」

古泉「なるほど。情報統合思念体もそっくりそのまま更新されてしまっているのですね」

長門「そう。ただ、もう一つ可能性がある」

キョン「な、なんなんだそれは。教えてくれ、長門」

長門「…………」

キョン(ほんのコンマ数秒だが、長門が発言するのをためらったように思えた)

長門「……あなたの記憶が改ざんされている可能性」

キョン「なっ……」

古泉「……たしかに。その考えが一番今の僕たちには捉えやすくあります」

キョン「つまりなにか古泉。昨日は頭のおかしくなったやつのホラ話に適当に相槌を打っていただけだと言いたいのか。え?」

古泉「いいえ、そうではありません。お気を悪くされないでください。ですが、僕たちから観測したあなたは、やはりそのように映るのです」

キョン「どうだかな! お前、俺にIBN5100を探させる動機を与えるよう誘導尋問したかっただけなんじゃないのか? おい」

古泉「それ以上は不毛です。やめてください」

キョン「なんだよ」

長門「…………」

キョン(うっ、危うく吸い込まれそうになるくらいの透明な瞳が俺をにらみつけている……。長門さん、一ミクロンほど怒気を帯びてらっしゃるようだ……)

キョン「……わかった。ともかくIBN5100を探そう。ついでに異世界人もな」

キョン「と言っても探す当ても無くなっちまったが」

古泉「あなたの元いた世界ではIBN5100は柳林神社にあったのですよね? どういう経緯でそこに」

キョン「あ、あぁ。そういえばフェイリス・ニャンニャンとかいう口に出すのも恥ずかしい名前を持った猫耳メイドの父親がレトロPCの収集家だったらしく、昔神社にIBN5100を奉納したんだとか……そうか、あの猫耳メイドに聞けば!」

古泉「連絡先は」

キョン「……しまった、俺はあいつの本名も所在もなにもかも知らない。それにそいつの職場だったメイド喫茶も昨日見たらラーメン屋に変わっていたし、連絡の取りようが……」

キョン「いや、待てよ。あの女の子だ、金髪ポニーテールの、名前はたしか、えーっと……、椎名まゆり!」

古泉「あなたのクラスの担任の先生の結婚披露宴の時、涼宮さんが出会ったというあの女の子ですね」

キョン「そうだ! そいつも同じメイド喫茶で働いていた……ってことは、ダメか。やっぱり連絡の取りようがない」

古泉「涼宮さんなら、あるいは。連絡先を交換しているかも知れませんよ」

キョン「……そう、だったか? なぁ古泉。メイド喫茶でバイトをしていない椎名さんに対して、ハルヒはどんな興味を持ったんだ?」

古泉「あの結婚披露宴の時ですね。たしか……」

ハルヒ『なんてキャラが立ってる女の子なのかしら! ねぇ、あなたもメイドになってみない?』

まゆり『えぇー、まゆしぃは作るの専門で、あんまりコスは着ないんだよー』

ハルヒ『大丈夫! あたしが立派なメイドに仕立ててあげるわ! 自信持っていいわよ!』

まゆり『そ、そうなのかな。わーい』

ハルヒ『連絡先教えて! 今度東京に行ったとき、一緒にメイドのなんたるかについて語り明かしましょう! ね、みくるちゃん!』

みくる『あ、あたしもですかぁ。ふぇぇ』

古泉「とか、だったような」

キョン「気っ持ち悪い声真似だな」

古泉「いい加減僕も怒りますよ?」

キョン「ともかく、見事に改ざんされているな……。まぁ、この世界でもフェイリス某と椎名さんがつながっているかどうかはわからんが、モノは試しだ。取りあえずハルヒに聞いてみよう」ピ、ポ、パ

プルルルル プルルルル ピッ

キョン「あーハル」

ハルヒ『今いいところなんだから後にして!!』ピッ

キョン「……」

キョン「あの野郎! なにも聞かずに切りやがった!」ピ、ポ、パ

プルルルピッ

キョン「……」

キョン「出ずに切りやがった……くそっ……」

古泉「まぁまぁ。また後でかけ直しましょう」

キョン「仕方ねぇ。神保町にでも行くか」

古泉「専門店街ですか。音楽、スポーツ、そして本の街ですね」

長門「…………」

古泉「おやおや、なるほどそういうことですか。お昼までまだ時間もありますし、行ってみましょう。都営新宿線を使いましょうか、ここからですと最寄り駅は岩本町駅ですね」

キョン「この世界ではお前はナビ役らしいからな。よろしく頼むぞ」

古泉「任されました」

万世橋付近


古泉「橋を渡って、次の交差点を左ですね」

キョン「ん……? 向かいから歩いて来るのは」

古泉「漆原さん、と、もう一人女性ですね。僕らより年下でしょうか」

キョン「一応挨拶はしておくか。……漆原さん、昨日はお騒がせしてすいませんでした」

るか「あ、昨日の、えっと、え、SOX団の人たち、でしたっけ」

キョン「SOS団、です」

キョン(なんつー間違いだ!)

るか「あっ、す、すいません! その、SOS団の皆さん、こんにちは。今日も暑いですね」

女の子「トゥットゥルー☆ こんにちはー」

※ちなみに

古泉、キョン、長門、ハルヒ と まゆり、るか、フェイリス は同学年
(今年度で17歳組。まゆりは遅生まれで今年16歳、来年17歳になる。るかはシュタゲ劇中で誕生日を迎えないので16歳、今年17歳になる。フェイリスは既に誕生日を迎えていて17歳)

みくると紅莉栖も同学年
(今年度で18歳組。紅莉栖はサイエンシー誌に載った時は17だったがシュタゲ劇中では18歳)

その一個上がオカリン、ダル、鈴羽(今年で19歳組。ダルだけ19歳でオカリンと鈴羽は誕生日が遅く18歳)
さらにその一個上が萌郁さん(20歳、誕生日は迎えてる)

キョン(トゥ……? どこかで聞いたような……。流行ってんのか?)

古泉「今日は巫女服ではないのですね。どこかへお出かけですか」

るか「えぇ、今夏休みで、ちょっとラボに……」

古泉「ラボ? というと、研究施設かなにかでしょうか」

女の子「あのねー、ラボはねー、びりびりーってなって、バチバチーってなって、ぐずぐずで、ぶにゅにゅなんだよー。ねー、るかちゃん!」

キョン「まったくわからん」

古泉「楽しそうなところですね」

女の子「ばいばーい」

キョン「じゃぁな」

るか「失礼します」

古泉「いってらっしゃいませ」


キョン「あの漆原っていう巫女さんも俺たちと同じ高校生だったんだな」

古泉「僕たちの身近に居ないだけで、当然巫女というお仕事の方でも高校に通っていると思いますよ」

キョン「そうだな。……あーぁ、椎名さんがどこからかひょっこり現れてくれればいいんだけどな」

古泉「現れたとして、僕たちには顔がわからないのでどうしようもありませんが」

キョン「いんや、俺はバッチリ覚えてるぞ! あの金髪ポニーテールは異様なまでに似合っていた。あんな髪型してるやつが居たら一発で反応できるね、俺は」

古泉「そうですか」

2010.08.08 (Sun) 13:00 
秋葉原 中央通り


キョン(結局神保町の古本屋でシミと格闘しながら時間を潰した俺たち三人は昼頃に秋葉原に戻って来てハルヒたちと合流し、太三郎とかいう名前のラーメン屋で昼食を取った後またくじ引きとなった)

キョン(ちなみに午前中ハルヒが電話に出なかったのはUFOキャッチャーでなにかのアニメのマスコットキャラクターのクッションが取れそうで取れなかったためだとか)

キョン「それで今度はこのメンバーか。何気に初めてだな」

ハルヒ「はぁ? 一度アンタと二人きりで不思議探索したことがあったじゃない。第二回目だったかしら」

キョン「いや、そうじゃなくてな、朝比奈さんも入れて三人が初めてだなと言ってるんだ」

ハルヒ「あっ、そういうこと」

みくる「うふふ」

泉「それじゃ、僕たち二人はあの人工衛星から降り立った異世界人でも探してきましょう」

キョン「おまっ!」

ハルヒ「えっ、なになに!? あの人工衛星って異世界から来たものだったの!? 絶対その異世界人をとっちめてふんじばって簀巻きにして東京湾まで持って来なさい! ドラム缶にコンクリート詰めして持って帰るわよ!」

キョン「お前はどこのヤクザだ!」

ハルヒ「あ、でもちゃんとIBN5100も探すのよ! いいわね!」

長門「わかった」

古泉「了解です!」

2010.08.08 (Sun) 13:07 
秋葉原 


キョン「それで、ハルヒ。IBN5100なんだがな、もしかしたら例の椎名まゆりが鍵を握っているかもしれないとタレこみがあった」

ハルヒ「えっ、それどういうこと?」

キョン「なんでもその椎名さんの友達のお父さんがレトロPCの収集家だったらしく、昔持ってたらしいんだ」

ハルヒ「……へー。アンタにしてはちゃんと不思議探索してたのね。褒めてつかわすわ」

キョン「団長様からお褒めの言葉たぁ、ありがたいこった。明日は雷雨になるかもな」

ハルヒ「それどーゆー意味よ! とにかく、まゆりちゃんに連絡してみればいいのね?」

キョン「番号知ってるのか?」

ハルヒ「えぇ。そうだわ、ついでにメイド談義としゃれ込みましょう! ね、みくるちゃん!」

みくる「は、はいぃ」

まゆり『トゥットゥルー☆ まゆしぃです!』

ハルヒ「まゆりちゃん? あたしよ、ハルヒ! 覚えてる?」

まゆり『あーハルにゃんだー! 久しぶりだねー、東京に来てるのー?』

ハルヒ「そーなのよ! それで今からあなたに会いに行こうと思って!」

まゆり『わー、うれしいなーえへへー』

キョン「ま、待て待て。先にIBN5100について聞いてくれ」

ハルヒ「それで、今どこにいるの?」

まゆり『えっとね、秋葉原っていうところにいるんだけど……。ごめんねハルにゃん。今ちょっと友達が泣いちゃってて、まゆしぃがおうちまでお見送りしてるところなのです』

ハルヒ「え、秋葉原にいるの!?……うん、そうなんだ。じゃぁ、また今度ね」

まゆり『ごめんねー、ハルにゃん。またねーバイバ』ピッ

キョン「……お前のその最後まで人の話を聞かん癖はなんとかならんのか」

ハルヒ「まゆりちゃんの用事が済むまで待ちましょ」

キョン「それに賛成だ。ゆっくり待とう」

ハルヒ「ゆっくりなんてしてられないわ! まずは秋葉原駅の構造分析に向かうわよ!」

キョン「何の意味があるんだそれ」

ハルヒ「わかってないわねー。この大都会でいつ何時爆弾テロが起こるかわかったもんじゃないわ。その時に備えて脱出ルートを確認しておくのがプロの仕事なのよ」

みくる「ば、爆弾テロですかぁ。ふぇぇ」

キョン「プロってなんだプロって。スリや置き引きならともかく思想的な犯罪はさすがに防犯の守備範囲外だ。勘弁してくれ」

2010.08.08 (Sun) 15:58
秋葉原駅 UPX側ロータリー


みくる「迷子になってごめんなさいでしたぁ」

キョン「いやいや、こんな迷宮みたいな構造になってる駅が悪いんですよ。小さな改札出たらデパートの一角だなんて思わないですよ普通」

ハルヒ「だらしないわねー。そんなんじゃ生き残れないわよー!」

キョン「お前は何と闘っているんだ」

ハルヒ「まったく……。ん、あれ? あそこの階段に腰かけてる人、白衣来てるけど、岡部……えっと、倫太郎さん? 変な恰好」

みくる「えっ、あっ、ホントです。岡部さんです。こんなところで会うなんて奇遇ですね。(変な恰好ですぅ)」

キョン「あぁ、あれがあの岡部の甥っ子とかいう、アレか。へー、あの人が……。(変な恰好だな)」

今日はここまで
レスありがとう

アトレ秋葉原は2010年8月だとまだ建設中だった
きっとα世界線のバタフライ効果が(ry

岡部さんが鈴羽との秋葉原サイクリング終わったところから
再開します

ハルヒ「あのー、岡部さん、ですよね?」

岡部「違う。俺の名前は……、って、貴様らは」

みくる「覚えてませんか? あの、岡部先生の結婚披露宴の時の」

岡部「あぁ、まゆりの恩人JK二人であったか。そうか、そう言えば秋葉原へ来るだのと言っていたな」

岡部「ようこそ、始まりにして終わりの地、趣都秋葉原へ。今日着いたのか?」

みくる「あ、いえ。昨日から色々見て回ってるんですよ」

ハルヒ「いいえみくるちゃん、ただ見て回ってるだけじゃないわ! IBN5100を探しているのよ!」

キョン「SOS団の機密じゃなかったのかそれは」

岡部「あい、び……なんだって……」

キョン「あ、えっとですね、IBN5100というのは昔のコンピュータでして……」

岡部「そんなことはわかっているッ!!!!!」ガバッ

キョン「!?」

ハルヒ「!?」

みくる「ふぇ!?」

岡部「どうしてお前たちがIBN5100の存在を知っている……どうして探しているのだッ!!」

キョン「お、落ち着いてください。えっと、ネットの掲示板で、そういう都市伝説が出回っててですね……」

岡部「……あぁ、そうか。そうだったな。なんだ、そんなことか」ガクッ

ハルヒ「なにこの人、まゆりちゃんの彼氏だから良い人かと思ってたけど、ちょっと頭のヤバい人みたい」ヒソヒソ

キョン(お前が言うな、とは言えんな)

キョン「あー、きっと疲れてるんだろ。あんまり言ってやるな」ヒソヒソ

キョン「えーっと、岡部さんもIBN5100を探しているんですか?」

岡部「あぁ……。実は元々手元にあったのだが、気付いたら無くなっていた」

ハルヒ「なんですって!? やっぱり秋葉原にIBN5100があるって噂は本当だったのね!!」

岡部「だが、今はどこにあるのか見当もつかん。どうして無くなったのかも」

ハルヒ「不用心ね。どうせ暑いからって窓全開にした状態でレトロPC持ってます自慢でもしてたんでしょ。そんなの不特定多数に盗んでくださいって差し出しているようなものだわ」

岡部「ぐっ……いや、何も言うまい」

キョン(図星か……)

岡部「多くの人間にとってあれはただのプレミア付きレトロPCだろうが、俺にとっては違う。使い道があるのだ」

キョン「使い道? どんなですか」

岡部「それは企業秘密だ。フフゥン」

キョン(笑い方気持ち悪いな……)

ハルヒ「とにかく、そのIBN5100を盗んだってやつを見つけて、とっちめてやらないとね!」

岡部「……なぁ、頼みがある。もしお前たちがIBN5100を見つけたら、その、俺に譲ってもらえないだろうか」

ハルヒ「……条件次第ね」

岡部「ほう、女子高生の分際で話が通じるではないかぁ」

ハルヒ「やっぱりやめた。見つけたとしても絶対アンタなんかに譲ってやんない」

岡部「は、はぁ!? い、いやいや待て! 冗談だ! 貴様は見るからに才女そうな出で立ちだからな、頭の回転も速いやつだと感心したのだ! ただそれだけだ!」

ハルヒ「……まぁ、いいけど。それと、貴様って言うのやめてもらえるかしら? あたしのことは涼宮ハルヒ、あるいは団長様とお呼びなさい」

岡部「だ、だが断る!! しょんべんくさい娘っ子の言いなりになど誰がなるものか……」

ハルヒ「そのクソみたいな矜持のせいで手に入ったはずの結果を易々とドブ川に流し去るつもりなのね。かわいそうな人」

岡部「ぐっ……。お、お願いします涼宮様ハルヒ様団長様……」

ハルヒ「プッ。無様ね」

キョン「あんまり調子に乗るな。一応年長者だぞ」

ハルヒ「まぁいいわ。ここはSOS団団員その一に免じて許してあげる」

ハルヒ「それで? タダでアンタに協力するのは絶対に嫌なんだけど?」

岡部「実は我が未来ガジェット研究所では偉大な発明品の数々の開発に成功していてな……。その中の一つを、本来ならば高価あるいは一般使用禁止のブツばかりなのだが、特別に使わせてやろう! フフフ、喜びに身もだえるがいい」

ハルヒ「どこからも上から目線なのが心の底から気に入らないけど、未来ガジェット研究所? 大学のサークルかなにかかしら。とってもおもしろそうな響きね」

岡部「一見は百聞に如かず、だ。お前たちを我がラボへと招待してやろう。そして括目せよッ! フフッハハハッ」

キョン(ラボ……? どこかで聞いたような……。そうだ、漆原さんが言ってたんだっけ)

キョン「もしかして、漆原るかさんもそのラボに?」

岡部「ドッキーン! な、なぜそのことをををっ!! まさか、聞いたのかまゆりから……」

キョン「い、いえ。今日の朝挨拶した時に楽しそうにラボに行く話をしていたので」

岡部「……ふぅーびっくりした。でも、楽しそうに、か。ハハ……ルカ子の、ルカ子が、ルカ子だったなんて……」モミモミ

みくる「もしかして熱中症で頭がおかしくなっちゃってるとか……」ヒソヒソ

ハルヒ「おもしろいからもうちょっと観察してみましょ」ヒソヒソ

岡部「話は変わるが。お前たちの中に、何らかの事情でしばらく親と会ってないやつはいるか?」

ハルヒ「突然なんの話よ」

岡部「俺の知り合い……いや、ラボメンの一人がどうも遠い地方から上京してきたらしいんだが、自分の親父をこの秋葉原で探しているのだそうだ。だが、明日会えなかったら帰るのだと言う」

ハルヒ「ラボメン?」

岡部「ラボのメンバー、俺の仲間だ」

キョン「へぇ……それはなかなかにヘビーな話ですね。俺もハルヒも親元で暮らしてます。朝比奈さんは……」

みくる「…………」

ハルヒ「あ、そっか。みくるちゃんって一人暮らしだったわね」

キョン(え、そうだったのか。まぁ、そうなんだろうなとはそこはかとなく思ってはいたが、ハルヒがそのことを知ってたとは)

みくる「は、はいぃ。あたしのお父さんとお母さんは、すごく遠いところにいて、今すぐに会えないくらいで、会いたくても会えないっていうか、仕方ないっていうかぁ……ぐすっ……」

ハルヒ「おー、よしよし」ダキッ

岡部「……やはり、親と会えないというのは、あまりいいことではないよな」

みくる「ひぐっ……だから、岡部さんのお仲間さんは、明日お父さんを見つけられるといいなって思います」

ハルヒ「みくるちゃんはいい子ねー、よしよし」ナデナデ

みくる「す、涼宮さぁん、恥ずかしいですぅ」

2010.08.08 (Sun) 17:17 
秋葉原 大檜山ビル前


おさげの女「うぃーっす、おかえりー岡部倫太郎。あれー、そちらさん、どちらさん?」

岡部「勝手にサイクリングに連れ出して、勝手に俺の事ほっぽり出していきやがって、調子の良いやつだ、まったく。このジャリ餓鬼どもはだな」

ハルヒ「タイキック!」バンッ

岡部「イッター! や、やめんか小娘!!」

ハルヒ「関節とグーパンとどっちにしようかしら」ボコォ!

岡部「ぐはぁッ!! い、言いながら殴るやつがあるか!! わ、わかった! すまなかった! だからやめてくれ、団長様ツ!!!」

ハルヒ「わかればよろしい」

おさげの女「あはは、君っていつもおもしろいことやってるね」

岡部「おもしろくない」ボロッ

岡部「えー、こちらの団長様はですね、涼宮ハルヒ様と、その申し上げましてございまして、関西からわざわざIBN5100を探しに来られたのだとかなんとか」

おさげの女「IBN……」

ハルヒ「SOS団よッ! よろしくね! こいつはキョン! んで、こっちのかわいいのがみくるちゃんよ!」

キョン「あー、どうも」

みくる「よろしくですぅ」

おさげの女「あぁ、うん。よろしく」


岡部「ほら、鈴羽も自己紹介くらいしておけ」

鈴羽「え、あ、そっか。あたし、阿万音鈴羽。えっと、ここでバイトしてる」

岡部「うむ。よし、それでは貴様ら……あー、君たちを我がラボへご案内してしんぜよう」

ハルヒ「わーい! ほら、早く案内しなさい!」ゲシゲシ

岡部「いてて! いちいち蹴るなクソアマ! グボアーッ! ……ずびまぜん」

キョン(そりゃ暴力を振るうハルヒが全面的に悪いが、この人もよく懲りないな……)

鈴羽「あ、あのッ! 君たちッ!」

キョン「はい?」

みくる「?」

鈴羽「もし、もしなんだけど、IBN5100が手に入ったら、その、岡部倫太郎に協力してやってくれないかな……」

ハルヒ「条件次第って話だけど、何? アンタ、アレに惚れてるの?」

鈴羽「惚れ……ッ!? い、いやいやいや!? どうしてそういう話になるのさ!?」

ハルヒ「じゃぁなんでアレの協力を仰ぐようなことを言うのよ」

鈴羽「それは、重要なんだ、IBN5100が……」

ハルヒ「なんのために」

鈴羽「……あたしたちの、未来の、ために」

ハルヒ「……」

キョン「……」

みくる「まぁ……」ポッ

岡部「早く案内しろだなんだと抜かしておいてグダグダトロトロといつまでも階段の下にタムロしおって。貴様ら夏休み入り立ての田舎の高校生か。おっと、図星だったなぁって痛いッ! やめろ蹴るなッ!」

ハルヒ「うっさい! 早く階段上んなさいよ! このスケコマシ!」

キョン「あー、阿万音さん。俺たちはこれで。IBN5100の件は多分なんとかなりますよ」

鈴羽「あはは、引き留めてごめんね。バイならー」

みくる「ば、ばいならー」

キョン「朝比奈さん、それ死語ですよ」

みくる「えぇー」

2010.08.08 (Sun) 17:28 
大檜山ビル2F 未来ガジェット研究所


岡部「フフフ、数々の艱難辛苦を乗り越え、ようやく我が居城へと帰還したぞ……。俺はッ! 帰ってきたッ!」

ハルヒ「邪魔よ。早く中に入りなさい」ゲシッ

岡部「どぅわっと! 全く、だから俺は気の強い女が嫌いなのだ」ブツブツ

ハルヒ「何か言ったかしら?」

岡部「あ、いえ、あの、なんでもございませんですのことですはい」

デブ「んほおおぉぉーーーーッ!!! かわいいオニャノコのダブルビッグバーガーセットktkrーーーーーッ!!!」

白衣の女「ちょ、岡部! アンタ、さっきの今度でなんてことを……。この歳で淫行で逮捕されるなんて……」ウルッ

岡部「うぇいうぇいうぇーいッ! どこをどうみたら俺が淫行をしているように見えるのだ馬鹿者!」

ハルヒ「どっからどうみても夏休みに地方から東京に遊びに来た世間知らずな女子高生を口八丁手八丁で自分の部屋まで連れてきたヤバいオニイサンよね、アンタ」

岡部「自分で言うなマセ餓鬼がって痛い!! 小指を踏んづけるな痛いッ!!」

ダル「オカリン、アンタ今最高に輝いてるぜ……」

紅莉栖「ふーん、なるほど。IBN5100の捜索に協力をねぇ。私は牧瀬紅莉栖、一応脳科学者よ。日本に来てからは物理学者みたいなことやってるけど。よろしくね」

ダル「でもフェイリスたんのお父たまもIBN5100持ってなかったし、協力してくれたらオカリン的には助かるんじゃね? あ、僕はダルシィって呼んでくれていいお。とぅっとぅるー」

ハルヒ「変な名前」

ダル「あぁ……いいよぉ……もっと罵ってくれてOKだよぉ……」ハァハァ

紅莉栖「この変態!」

キョン「な、なんなんだこのカオスな空間は……」

岡部「おぉ少年、貴様なかなかわかっているではないかぁ。カオス状態こそ、この狂気のメァッドサイエンティスト、鳳凰院凶真が理想とするメァッドな研究環境なのだぁ。フゥーハハハ!」

みくる「ひうっ……お、大きい声、怖いですぅ……」

紅莉栖「おい岡部、何度も女の子を泣かせるんじゃない」

ハルヒ「岡部、みくるちゃんを泣かせるんじゃないわよ」

岡部「……ゴメンナサイスミマセン」

ハルヒ「で、これが未来ガジェットっていうやつなの? ガラクタばっかり」

岡部「……俺だぁ。ついに“機関”の奴らが年端もいかない女子を洗脳して我がラボを切り崩しにかかったらしい。この鳳凰院凶真の鋼の精神を毒電波で破壊するつもりだ。あぁ、そうだ。至急救援頼む。エル・プサイ・コングルゥ」ブツブツ

キョン(機関……? なんだ、独り言か?)

ハルヒ「ま、実用性はともかく、発想はいいわね。おもしろいわ。特にこのモアッドスネークなんか、クレイモア地雷に似せてあるのがグレイトね」

岡部「お、おお?……フフフ、そうであろうそうであろう。それもすべてこの俺、鳳凰院凶真のIQ170を超える灰色の脳細胞のおかげ」

ダル「作ったのはほとんど僕なんですけどね! だるしー大勝利!」

ハルヒ「アガサクリスティーのポアロなの、アイザック・ニュートンなの、どっちかにしなさい。……それとこれ、加湿器って話だけど、煙幕としても使えるかも! 当然、地雷として脅しに使えるでしょうけど!」キラキラ

キョン「お前は秋葉原のど真ん中で戦争でもおっぱじめる気なのか」

岡部「未来ガジェット4号“モアッドスネーク”をお前たちにやるのは忍びないが……致し方ない。IBN5100のため、我がラボの更なるガジェット研究のためだ。さぁ、受け取るがいいッ!!」

ハルヒ「は? 要らないわよこんなゴミ」ポイッ

岡部「」

ハルヒ「IBN5100を何に使うかと思ったら研究に使うのね。ってことはまだガジェットあるんじゃない。出し惜しみするんじゃないわよ」

岡部「ダメだ。“アレ”はラボの最重要機密事項であって、部外者に易々と公開できる代物では、ぬぁい!」

ハルヒ「じゃ協力しない。お邪魔しました」クルッ

岡部「ガシッと!! ま、待て涼宮ハルヒ団長殿ぉ? ほ、ほら、このモアッドスネークにだな、今ならなんと、なななぬぁんと! この未来ガジェット5号、“またつまらぬものを繋げてしまったby五右衛門”をセットで!」

ハルヒ「要らない」

ダル「まー、別に協力してくれるってんならさ、教えてもいんじゃね? 今までだってオカリンの話だと桐生氏に教えちゃったりしてるわけっしょ」

紅莉栖「それに、正直な話をするともう少しサンプルが欲しいわ」

岡部「この実験大好きっ娘め」

紅莉栖「だ、だれが実験大好きっ娘か!!」

紅莉栖「これよこれ。Dメール送信装置。簡単に言うと、過去にメールを送れるわ」

岡部「助手、貴様裏切りおったな!! あと『電話レンジ(仮)』だと何度も言っているだろーが!!」

ハルヒ「過去にメール? またつまらないものじゃないでしょうね」

紅莉栖「まぁ、私も最初はそう思ってんだけど、これが悔しいくらいになかなかな実験結果を叩きだしてくれているようなのよね……。伝聞体になってるのは、全部岡部の言葉を信じれば、という条件付きだという意味よ」

ハルヒ「じゃぁつまらないわね」

岡部「ちょ、まっ、うぇーぃとぅ!! とりあえず俺の話を聞けッ!! いや、聞いてください、お願いします」

ダル「がんがれオカリン」

みくる「過去にメールですかぁ……」

キョン(過去にメール、ねぇ……)

ハルヒ「一応言っとくけど、過去にメールを送れるわけないじゃない」

岡部「ぐぬぬ……」

紅莉栖「私もあなたの意見に大賛成よ。正直言ってまだ理論も穴だらけだし、結果も不安定だし、実用的とは到底言えない」

紅莉栖「何よりタイムトラベルなんてできるわけがない。11の理論全てに問題があるわ」

岡部「まだそんなことを言っているのか貴様」

ダル「理論にも穴はあるんだよなぁ」

ハルヒ「どうやって過去にメールを送るっての?」

紅莉栖「今のところわかっているのは、この携帯電話と繋げた電子レンジを一定時間逆回転させて、ある時間帯に放電現象を発生させて、そのタイミングで『#000』と時間を指定したメールを送るか、あるいはこのペケロッパで時間を打ち込めば、一定期間の過去跳躍メールを送信できる、ということ。それ自体は私も確認したわ、送れる文字数はかなり限られているけど」

キョン(そもそもなんでそんなもん作ったんだ)

ハルヒ「へぇー。それで? 過去が変わったりするわけ? たとえば、宝くじを当てたとか!……って、当たってたらこんな雑居ビルで研究してないわよね。アホくさ」

岡部「ロトくじの実験も行った。実験自体は成功し過去は変わったが、ちょっとした手違いで大金は手に入らなかった。7000円ほど当たったが」

ハルヒ「え……」

ハルヒ「……アンタ今、なんて言った?」

岡部「ちょ、ちょっとした手違いだったんだ! 断じて俺に非があるわけではないし、それに大金があったとしても貴様のようなお子様にはやらん!」

ハルヒ「それじゃなくて、その前よ!」

岡部「……? 過去が変わった、というところか」

ハルヒ「ホントに過去が変わったの? そんなこと、起こるわけない……できるわけないじゃない!」

紅莉栖「それが、どうもそうらしいのよねぇ。私やそこの橋田は過去が変わったせいで記憶も変わってて認識できないんだけど、確かにDメールを送って過去を変えたらしいのよ、そこの岡部は。それなりに辻褄の合うことを言ってるくらいしか証拠はないのだけど」

ハルヒ「は、はぁ!? 過去が変わって記憶が変わるなら、なんでアンタの記憶が変わらないのよ! アンタ、自分が神に選ばれた特別な人間だとでも言うつもり!?」

紅莉栖(私と同じことを女子高生にも言われて、岡部かわいそう)プッ

岡部「落ち着け。冷静になれ、ちびっこ団長よ。ちょっとお子様には刺激が強すぎたようだなぁ痛いッ!! そこはアキレス腱ッ!! わかった、わかったから!! 段階を追って実験を見せてやろう!!」

そのあとの俺たちはというと、バナナがゲル状になったり、ちぎったバナナが元の房に戻ったり、解凍したから揚げが凍ったり、受信したメールの受信日時が5日前になったりするなどといった手品を見させられた。ドシンドシン揺れてたが大丈夫かこのオンボロテナントビル。

ハルヒのほうは終始胡散臭そうな目で研究所チームにいちいち突っかかっていた。今は牧瀬助手とかいう人と物理学のディスカッション形式の問答を繰り広げている。よくついていけるもんだ、改めてハルヒの才女ぶりに感心してしまった。

俺はもはや見慣れた目の前のトンデモ現象よりも、この岡部某という変な大学生が俺と同様に記憶を維持できる点が気にかかっていた。

記憶維持についても“運命探知の魔眼<リーディングシュタイナー>”ガーとか前世の記憶ガーなどとよくわからん厨二的説明を岡部さんから受けたが今いちよくわからなかった。

共通点はやはりIBN5100。これは一体誰の仕業なんだろうな。

そしてもう一つ。昨日の世界改変についてだが、あれがこの研究所のいうところの『過去改変』だったとしたらどうなる? いつの時点で何が改変された? ええい、ややこしいことはすべて古泉に任せてしまえ。

キョン「そう言えば、さっきフェイリスさんのお父さんがIBN5100を持ってなかったとおっしゃってましたね」

岡部「あ、あぁ。そうだ。昨日、俺とそこのダルとまゆりと三人で、フェイリスの父君が持っていたというブツを確認しにいったのだが、なかったのだ。ずいぶん前にフランス人の実業家に売ってしまったのだとか」

ダル「フェイリスたんの家、すっごくいい匂いがしたお。あぁ、思い出しただけでもテント張りそう」

キョン(海外に行っちまったってんなら、これで俺たちのIBN5100探しはふり出しだな。椎名さんに連絡を取る必要もなくなったってわけだ。あぁ、なんてもったいないことをしてくれたんだ、世界よ)

岡部「というか貴様、フェイリスを知っているのか?」

キョン「え? あ、えーっとですね……」

キョン(しまった、この世界では知らないことになってるんだったか……)

ダル「もしかして君、雷ネットやってるん? それだったら知ってるはずだ罠。なんつったって、フェイリスたんのつよかわいさは全国的に有名だから、仕方ないかもわからんね」

岡部「なに、そうなのか」

キョン「まぁ、一応」

キョン(適当に合わせておこう)

キョン「それと、IBN5100を本当は何に使うつもりなんです?」ヒソヒソ

岡部「……電話レンジ(仮)改良のためだと言っただろうが」ヒソヒソ

キョン「そんなわけないことくらいは一介の高校生でもわかります。35年前のPCなんて用途が限られすぎている」

岡部「……君のような勘のいいガキは嫌いだ。仕方ない、特別に教えてやろう」

岡部「貴様、未来から来たジョンを知っているか?」

キョン「……!?」

岡部「未来人のジョン・タイターだ。知らないのか?」

キョン(あぁ、なんだそれか。ややこしい名前だ)

キョン「えぇ、知ってますよ。本をチラッと読んだ程度ですが」

キョン(実際には読んではないが、まぁ受け売りの知識でも大差ないだろう)

岡部「そうか。なら話が早い。実はそのジョン・タイターが言うにはだな」

キョン「たしか2038年問題に対処するのに必要、でしたっけ」

岡部「あぁ、だがそれは西暦2000年にアメリカの掲示板に現れたジョン・タイターの話だ。今ネット掲示板@ちゃんねるをにぎわせているほうのジョン・タイターの話なんだがな、ちなみにさっき教えた世界線変動率やアトラクタフィールドというのもそいつが……」

岡部「……」

岡部「待て」

キョン「?」

岡部「おかしいぞ、貴様」

キョン「はい?」

岡部「なぜ2000年に来たジョン・タイターの話を知っている……どうして2006年に発売された書籍のことを知っているッ!?」ガシッ

キョン「ぐあっ! いってーなこの野郎!」グググ…

岡部「答えろ、今すぐ答えろ!! 貴様、何者だ!? どうして俺と同じ、魔眼<リーディング・シュタイナー>を所有している!? なぜ我がラボに乗り込んできた!?」

キョン「は、はぁッ!? アンタ、一体なにを言ってるんだ」

みくる「や、やめてくださぁい」

ダル「ちょ、オカリンおちけつー」

岡部「とーぼーけーるーなー!! 俺をさんざっぱらバカにしおって、目的はなんだ? IBN5100はここには無いぞ……ハッ!? まさかッ、電話レンジ(仮)を略奪しに来たのか!?」

紅莉栖「おい岡部」

岡部「やらせはせん! やらせはせんぞぉぉぉお!!」

ハルヒ「アンタ」

岡部「……」

紅莉栖「洋書の角と」

ハルヒ「あたしの蹴りと」

紅莉栖&ハルヒ「「選ばせてあげるわ」」

紅莉栖「へぇー、キョンも改変前の記憶が引き継げるのね。岡部だけが特別な人間じゃないって証明できて一安心よ、ありがとね」

紅莉栖「それにますます実験サンプルが取れそうだわ。もしよかったら実験に協力してくれないかしら」

キョン(この人まで俺のことをキョン呼ばわりするのか……)

ハルヒ「いくら牧瀬さんの頼みでも、ダメよ。コイツを貸し出しすることはできないわ」

ハルヒ「ってゆーかキョン! なんでそんなオモシロ能力を持っててあたしに言わなかったのよ!」

キョン「落ち着けハルヒ。俺だって自分の記憶違いかなにかだと思ってスルーしてただけだ。それに能力というほどのものじゃないだろ」

ハルヒ「まったく、どんだけバカなのかしら。過去が変わってるのに気づかないなんて、もったいないわ!!」

キョン「バカで悪かったな」

紅莉栖「うーん、じゃーこういうのはどうかしら。ハルヒが過去にDメールを送信して、過去を変えるの。そしたら多分キョンも記憶の維持、えっと、過去改変の様子が観測できるはずなんだけど」

キョン(過去改変ねぇ……。これってどうなんだ、宇宙的未来的超能力的トンデモ現象じゃないのか? それともこの牧瀬とかいう研究者の言う通り、通常科学の範囲内なのか?)

紅莉栖「どう? ハルヒは変えたい過去、やり直したい過去とかない? できれば現象が観測しやすい、シンプルなものが好ましいんだけど」

ハルヒ(あたしの、変えたい、過去……)

ハルヒ「……却下」

キョン「へぇ……意外だな。ハルヒならこの手の超常現象には率先して挑戦していくものだと思っていたが」

ハルヒ「……帰る。邪魔したわね。行くわよキョン、みくるちゃん」

紅莉栖「あっ……」

キョン「お、おい? 突然どうしたんだ?」

ハルヒ「早く来なさい! あ、何か踏んづけたわ」グニッ

岡部「グェッ」

ダル「我々の業界でも拷問です。本当にありがとうございましたッ!」

紅莉栖「あ、あのッ! なにか気に障ったのなら謝るけど……もしよかったら、また来てね」

ハルヒ「……悪いけど、二度と来ないわ。じゃぁ」バターン

キョン「色々お騒がせしてすいませんでした。こんな別れ際で申し訳ないんですが、すぐ追わないといけないので……って、おいこら早足で歩くな! し、失礼します!」

みくる「お、おじゃましましたぁ」パタン


紅莉栖「真夏の台風のようだったわね……」

ダル「オカリンが息してない件について」

神田明神付近


キョン「おいッ、待てって、ハルヒッ!」

ハルヒ「なによッ! うるさいわねッ! ついてこないで!」

キョン「いーや、こんな東京のど真ん中でお前を一人にさせるわけにはいかん! 嫌と言われてもついていくぞ」

キョン(コイツをほっといたら東京中の人間に迷惑をかけまくること必至だからな)

ハルヒ「……ッ!! バカキョン、勝手にしなさいッ!!」

キョン「あぁ、言われなくてもそうさせていただくね。なぁ、突然どうしたんだ」

みくる「ま、まってくださぁーい。ひぃ、ふぅ、はぁ……」

ハルヒ「……アンタ、変えたい過去って、ある?」

キョン「はぁ?」

ハルヒ「あるかって聞いてんの! 真面目に答えて!」

キョン「そんな突然言われてもな……。あ、一つあったぞ」

ハルヒ「……なに」

キョン「遅刻して罰金を食らった日、もっと朝早く起きてればと何度思ったことか」

ハルヒ「……ふふっ」

キョン「あ、今鼻で笑いやがったな? こんにゃろ。こちとら死活問題なんだ」

ハルヒ「まったく、アンタは底抜けのバカね」

キョン「今日一日で何回バカバカ俺に言えば気が済むんだ」

ハルヒ「あーあ、バカバカしくなっちゃった」

キョン「そうかよ」

ハルヒ「……みくるちゃんは、変えたい過去ってある?」

みくる「あ、あたしですかぁ……。えっと、今朝のうーぱクッション、取りたかったですねぇ」

ハルヒ「ふふっ、そうだったわね」

みくる「涼宮さんは笑ってる顔のほうが素敵ですよぉ」

ハルヒ「そんなカワイイことを言うのはこのほっぺか! このっ! このっ!」グニグニ

みくる「ひゃー!? ひゃめへふははいぃ!!」

キョン「やめなさい」

ハルヒ「えーっ、こんなにやわらかいのよ! こんなによ!」

キョン「やめなさい」

ハルヒ「……なんかね、過去を変えるのって、ズルい気がしたの」

キョン「それはわかる気がするな。たとえ今がどんなにピンチでも、過去が変えられるなら未来の自分が必ず助けに来てくれる」

キョン(去年のクリスマス頃から今年の正月までそんな気分だったな。先延ばしにしたせいでえらい目にあったが)

ハルヒ「発想が貧困ね。そうじゃなくて、時間って、世界って、一つだから尊いと思うし、一つしかないから一生懸命頑張ろうって気になるじゃない? それが、いくらでも過去をやり直せる世界になっちゃったら、なんていうか……、人間ダメになっちゃうと思うのよね」

キョン(およそハルヒらしからぬ文言がその口から飛び出している)

ハルヒ「起きてしまったことは変えられないし、やらなかったことに再挑戦はできない。たとえ失敗したとしても、それも含めて今の自分ができてると思うから」

ハルヒ「だから、過去を変えることは、たとえ物理的に可能だとしてもやるべきじゃないと思う。思ったの」

キョン(古泉よ、こりゃ存外常識人のレベルを超えて聖人君子の域に達しているぞ)

2010.08.08 (Sun) 00:10 
湯島某所


キョン(あの後ハルヒは突然何かに吹っ切れたようになった。梅雨が明け真夏になったと思って力強く咲いたヒマワリが思いがけず台風を食らったが台風一過の日差しに勢いを巻き返したかのような雰囲気をまとっていた)

キョン(宿に帰った俺たちは風呂に入って、カラオケセットがあったので俺と朝比奈さんが歌わさせられて、トランプに興じ、時計の針が天辺を回る前に就寝となった)

キョン「さぁ古泉。今日も講釈を頼むぞ」

古泉「まったく、あなたと相部屋では夜も眠れませんね」

キョン「変な言い方はやめろ。一瞬で眠らせてやろうか」

古泉「おぉ、こわいこわい」

古泉「パラレルワールド。これは今年度頭の入団試験事件の時にお話しましたね」

キョン「あぁ。だが、どうも今回は単純な並行世界への移動というだけでは説明ができない気がするんだ」

古泉「と、おっしゃいますと?」

キョン「その前にだ。古泉、ジョン・タイターって知ってるか?」

古泉「ジョン・タイター、ですか。申し訳ありませんがリサーチ不足です。一体なんなのでしょう」

キョン「なるほどな、やっぱりここも改変が起こっていたのか。いつから知らないんだ? って、聞いてもわかるわけないか」

古泉「そうですね。その質問には、改変後の僕の脳みそでは、“生まれた時から知らない”としか答えようがありません」

キョン「予言書、『未来人ジョン・タイター』。長門がどっからか持ってきた本が部室にあったはずなんだが」

古泉「なんと……。それならば僕が知らないはずはないですね。なるほど、ますますおかしい」

キョン「だが、こっちのジョン・タイターのことをあの岡部某は知っていた」

古泉「『こっちのジョン・タイター』、ということは、それとはまた別のジョン・タイターなるものが存在するのですか」

キョン「どうやらそうらしい。今現在進行形で@ちゃんねる掲示板に出没しているアカウント名に“ジョン・タイター”という名がいるそうだ」

キョン「そいつも未来人を名乗って未来的なことを書き込んでいるらしい。メールアドレスをさらしているらしいから、連絡を取ることもできるとか」

古泉「その方はホンモノの未来人なのですか?」

キョン「多分NOだな。朝比奈さんがなんの反応も示していなかった」

古泉「しかし現在進行形となると涼宮さんが興味を持ちそうですね」

キョン「スレでまさにIBN5100の話題も出しているらしいしな。2036年におけるディストピア回避のための重要アイテムらしい」

古泉「未来人を擁するSOS団が未来を救うためのキーアイテムを捜索する……。なかなかどうして、面白そうではありませんか」

キョン(どこかで聞いたセリフだな)

キョン「まぁ、抑えつけても仕方がないことではあるが、ハルヒがネットカフェでサーフィンしたいとか言い出したら注意が必要かもしれん」

古泉「心得ておきましょう」

キョン「そういえば岡部さんが独り言で“機関”に狙われているだとか言ってたんだが」

古泉「えっ!? 今日のことなのに、なぜ知られて……。あ、いや、おかしいですね。バレた、という報告は入っていないのですが」

キョン「……マジだったのか」

古泉「調査した限りではどこまでも一般人であるとわかっていますが、なかなかどうして鋭い方じゃないですか。警戒レベルを引き上げるよう通達しておきます」

キョン「プライバシー通り越して人権侵害じゃないのかそれ」

古泉「涼宮さんと積極的に交流しようとする人間は逐一素性を洗っていますよ。と言っても岡部氏に対してはまだ盗聴と張り込み程度ですが」

キョン「……通常業務お疲れさん」

古泉「それでは本題に入りましょう。あなたが体験した世界改変の正体について、ですね」

キョン「まず、この世界は最低でも3回は世界改変を体験していることになる」

キョン「一つは昨日の柳林神社にいた時に起こったものだ。主な改変点はIBN5100の奉納事実の消滅と、同時に秋葉原からサブカル系ショップが消滅したこと」

キョン「一つはさっき言った、ジョン・タイター関連の世界改変だ。これはいつ起こったかわからない。改変点は、2000年のアメリカに現れたはずのタイターが2010年の日本に現れている点だ」

キョン「最後の一つは、あの岡部の野郎、過去を変えることができるメールでロトくじを当てようとしたらしい。まったく、一族揃ってろくでもねぇ」

古泉「これはまた広く一般的な願望ですね」

キョン「クジ自体はなんらかの手違いで当選しなかったらしいが、過去改変自体は成功したらしい」

古泉「つまり、未来ガジェット研究所なる組織は、自在に過去を改変する可能性がある」

キョン「しかも現在進行形でその精度を上げようとしているらしい」

古泉「……いろいろ考えがまとまっていませんが、とりあえず一つ言えることがあるので申し上げます」

キョン「なんだ」

古泉「昨晩僕が言った、あなたは異世界人に狙われているかもしれない、という可能性が極端に低くなりました」

キョン「ほう。それはなぜだ」

古泉「柳林神社からIBN5100の奉納事実が無くなったのは、秋葉原の都市計画が変更された事象の副産物に過ぎなかった、と結論づけるべきでしょう」

古泉「そのIBN5100とやらは、元々は猫耳メイドのフェイリスさんの御父上の所有物だったとお伺いしていますが、おそらく街の変化と同時にIBN5100を奉納する動機が無くなってしまったと思われます」

キョン「ん? 理由がよく、わからないが」

古泉「僕もその理由はよくわかりません。しかし、大事なのは具体的な理由ではなく、あの未来ガジェット研究所に過去を改変する可能性がある、という一点のみです」

キョン「……あぁ!」

古泉「フェイリスさんも岡部さんのお知り合いなのですよね? ここまでの人物と環境が揃っていれば、おのずとトリックが見えてくる……。いえ、事件が自然発生してしまうものなのですよ」

キョン「はぁ、そりゃ、そうだよな。そんな簡単に世界改変をできるやつがポンポンといてたまるかってんだ。つまり、今回の事件の全ての犯人は」

古泉「未来ガジェット研究所、と見てよろしいかと」

古泉「あなたもだいぶメタ的な視点に立って推理するようになりましたね」

キョン「だが記憶の引き継ぎについてはどうなんだ? これは異世界人の仕業じゃないのか?」

古泉「未来ガジェット研究所が過去改変の犯人であると先ほど推理したわけですから、同時に異世界人による侵略説が排除された。よって記憶の引き継ぎは異世界人の仕業ではありません」

キョン「それじゃいったい誰の……」

古泉「あえてめぼしい人物を申し上げるなら、涼宮さんを除いて他にいないかと」

キョン「……なんだ、それじゃ結局いつものやつじゃねーか」

キョン(まさかハルヒの手によって俺に不思議属性が付与されることになるとはな)

キョン「タネがバレちまったらもう気張ることはねぇな。今日はぐっすり眠れそうだ」

古泉「寝ているうちに世界が改変されているかもしれませんが」

キョン「……冗談でもやめてくれ。去年の五月のアレは思い出すだけで胃もたれになりそうだ」

古泉「今度は一緒に《神人》と闘ってみますか?」

キョン「……なぁ、古泉」

古泉「はい、なんでしょう」

キョン「俺が体験した世界改変は、すべて過去改変だとして考えていいんだよな?」

古泉「推理上はそのようになっているかと」

キョン「ロトくじは確定的だ。フェイリスさんの過去改変も、アキバと萌えに関わるなにかだったんだろう。だが、ジョン・タイターに関する過去が変化したのは、研究所として、動機も、状況も、方法もよくわからん」

古泉「ふむ。もしかしたらこれは、バタフライ効果かもしれませんね」

キョン「バタフライ効果?」

古泉「おや、ご存じありませんか?」

キョン「あれだろ? 風が吹けばおけ屋が儲かる的な」

古泉「ふふっ、そうですね。ちょっと違いますが」

古泉「よく言われているのは、ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を起こす、というものです。カオス理論の標語的な存在ですね」

古泉「元々は気象学者による数値予報研究の提言ですが、我々はむしろ因果律を操作するようなSF作品で引用することがあります」

キョン「つまりタイムトラベルものだろ?」

古泉「有体に言ってしまえば、そうですね」

キョン「ジョン・タイターに関する改変を引き起こしたDメールも、どう考えたってそうなる原因とは思えないモノだったが、結果的にジョン・タイター改変を引き起こした可能性がある、と」

古泉「そうです。ですが、大事なのはそこではありません」

古泉「我々はジョン・タイターに関する改変が起こってしまった、という結果を認識することはできていますが、ではいざその原因を特定しようとしたところで、バタフライ効果を想定した場合、それはほとんど絶望的です。どうしてテキサスの竜巻の原因をブラジルの一匹の蝶になすり付けることができるでしょう」

キョン「言いたいことはよくわかった。要はあんまり考えずに寝ろ、ってことだな?」

古泉「ご明察」

キョン「回りくどいこって……。せいぜい良い夢見ろよ」

古泉「あなたも。おやすみなさい」

---



ジョン……ねぇ、ジョン


アンタはどうしてあたしの前に現れたの?



「……なんだ? どこからかハルヒの声がする」



あたしを救ってくれたの? この色褪せた世界から


他の子にもそうしてるの? あたしだけ特別?



「声が少し幼いな……」



北高の生徒は全部洗った、けどアンタはいなかった

アンタは、一体だれなの?






「閉鎖空間というわけでもなさそうだが……」



あたしは街を出歩く度にアンタの面影を探してる


あれから宇宙人も、未来人も、超能力者も、異世界人も現れないじゃない



「中学生ハルヒの日記を覗き見してるみたいでバツが悪いな」



アンタに会えたら一言言いたいことがあるのに


確かにあたしは救われた。けどね、いつまで待たせる気なの?



「これは夢か?……つらつら考えてみるに俺はなんてセリフを中学ハルヒにしゃべらせているんだ。フロイト先生も失笑だ」



あたしの青春は、こんなにつまらないまま終わるの?


そんなの、絶対イヤ





だから、なんとかしなさい! キョン!





「……あぁ、なんとかやってみるよ。SOS団全員でな」



---

今日はここまで
いつもレスありがとねホント


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◇Chapter.3 涼宮ハルヒのパラノイア◇
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2010.08.09 (Mon) 9:00
湯島某所

ハルヒ「本日のIBN5100捜索は中止!」

キョン(ホントに寝てる間に世界改変が起きちまったのかと思ったよ……。記憶の齟齬が無いから違うと思うが)

キョン(昨日の夜はどこかの天真爛漫な由緒ある家のお嬢様のようにはしゃぎ回っていたあのハルヒが、不機嫌を特殊メイクで顔にはっ付けたような仏頂面をしてやがる)

キョン(ハルヒにはIBN5100のツテであるところの椎名まゆりの友人の父親の線が消えた、しかも何年も前に海外に売られたらしいということは昨日宿に帰る途中で伝えたが……。そのせいでご立腹なんだろうか?)

ハルヒ「まったく、考えれば考えるほどイライラしてくるわ! みくるちゃん、お茶! 古泉くん、東京の地図!」

みくる「は、はぁい!」

古泉「こちらに」

キョン「おい古泉ちょっと来い。これは一体どうゆうことだ」

古泉「こちらが聞きたいくらいです。あなたが寝ている間、閉鎖空間が発生し《神人》退治で忙しかったのですよ」

キョン「なに? そうだったのか。そいつは、なんだ。お疲れ」

古泉「……失礼しました。まぁ、差し詰め嫌な夢でも見たのではないでしょうか」

キョン「その程度で済めばいいんだけどな」

キョン(昨日俺もなにか変な夢を見たような、見なかったような……)

ハルヒ「キョーン! 古泉くーん! 荷物持って談話室まで来なさい! 今日は全っ力で東京観光するわよ!」

古泉「おや、涼宮さんは溜め込んだストレスを健全な方法で昇華させるようです」

キョン「新陳代謝の激しいやつだ」

アメヤ横丁


ハルヒ「いいわねー、このぐちゃぐちゃ具合!」

キョン「おい、勝手に進むな! おい!」

みくる「あれぇ、みなさんどこですかぁ、ここどこですかぁ」



上野恩賜公園 上野動物園


ハルヒ「みくるちゃーん! 有希―っ! あのゴリラ、キョンにそっくりよー!」

みくる「ま、まってくださぁーい」

長門「デジカメ」パシャ パシャ



浅草寺 仲見世通


ハルヒ「ニンジャー! サムラーイ! ハラキリー!」ブンッ!ブンッ!

みくる「ちょ、ちょんまげはやめてくださいぃふぇぇ」

長門「」パシャ パシャ

キョン「あれが新東京タワーか、でかいな」

古泉「まだ展望台部分より上はほとんど頭角を現してしませんが、あれは内部で建設中のアンテナ部分、ゲイン塔をエレベーター式に押し上げるリフトアップ工法で」クドクド

浅草花やしき お化け屋敷


ハルヒ「こんなんでビビると思ってんの? もっと気合い入れておどろかしなさいよ!」

みくる「ぴ、ぴえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

長門「幽霊……」



隅田川 水上バス


ハルヒ「ジャンプしたら橋げたに飛び移れそうね!」

キョン「バカ、そんなに乗り出したら川に落ちるぞ!」



芝公園 東京タワー


ハルヒ「ひっくい景色ねー! 金返せドロボー!」

キョン「やめろ!」

みくる「ソフトクリームおいしいですぅ」

古泉「東京タワーの高さが333mだということは有名かと思いますが、竣工は昭和33年と『3』に愛された電波塔でして」クドクド



皇居前広場 二重橋前


ハルヒ「一度来てみたかったのよねー、皇居!」

キョン「頼むから余程なことを口走るんじゃねぇぞ……」

ハルヒ「日本中のありとあらゆる時空の謎を集約した場所だと思わない!?」

みくる「なんだか空模様が怪しくなってきましたぁ」

古泉「雨に降られる前に宿に戻るのが良いかと」

2010.08.09 (Mon) 21:09 
湯島某所


キョン「つ、疲れた……。もーだめだ、足が棒のようだ……」

古泉「すいません、僕に、託された分の、お土産まで、持って、いただいて……」

みくる「……ぴぃぃぃ……」

長門「雨が降り出す前に戻れてよかった」

ハルヒ「まったく、みんな体力なさすぎよ? 今後は団員の体幹トレーニングも考えておかなきゃね」

キョン「その一言で疲労度が五倍増しだぜ……」

2010.08.10 (Tue) 00:03
湯島某所


キョン(その日ハルヒの渋っ面から始まった観光と言う名の東京砂漠縦断キャラバンを完遂した俺たちは泥のように眠った、はずだったんだが)

キョン「くそ、寝る前にトイレに行っておくべきだった。おかげで中途半端な時間に起きちまったぜ」

ピカッ!ゴロゴロ…
ザーザーザー

キョン(外は雷雨、雨降りの音が建物の中まで響いて来る)

キョン「ふー、スッキリした。古泉のやつ、俺が部屋を出ても起きないほど爆睡してたな。昨日寝てないのにホントご苦労なこった」

キョン「……ん? 1階の談話室の電気がついてる?」

キョン(誰か居るな……って、なんだハルヒか。熱心にA4サイズのルーズリーフになにかを書き込んでいる。明日の計画書でも作ってんのか?)

キョン(……一旦階段まで戻ってから声を掛けてやろう)


キョン「おーい、誰か居るのか? 電気つけて」

キョン「居ないなら消すぞー、ってハルヒか。何してるんだ」

ハルヒ「アンタ、寝たんじゃなかったの?」

キョン「変に目が覚めちまってな。それで、お前の方こそ何してたんだ?」

ハルヒ「あたしも眠れなかったの。それだけ」

キョン「そうかい」

キョン(見事にルーズリーフは隠されてしまったな)

ハルヒ「あたしが眠くなるまでちょっと話に付き合いなさい」

キョン「へーへー。明日はどんな灼熱強行軍が待ってるんだろうな。新宿か? 渋谷か?」

ハルヒ「まだ観光したりないの?」

キョン「いや、連日はさすがに勘弁してほしい。というかだな、今朝はどうして虫の居所が悪かったんだ?」

ハルヒ「……昨日のこと、時計的に言えばおとといの事だけど、色々と許せなかったのよ」

キョン(どうしたんだ、急に神妙な顔しやがって)

ハルヒ「まずね! あたしの預かり知らないところで『過去を変える実験』とかいうメッチャ面白そうなことやってるんじゃないわよ!!」

キョン(心配して損した)

ハルヒ「世界はあたしを中心に回るべきなの! ありとあらゆる不思議は全てあたしに対して挑戦的であるべきだと思わない!?」

キョン「あーそうだな、思う思う。だがあれは不思議というより科学実験だと思うが」

ハルヒ「それを! 人を上から見下すしか能が無い厨二病こじらせた童貞コミュ障野郎に独占されてるのが……ホント許せないわアイツ……」イライラ

キョン(童貞かどうかは関係ないだろ!)

キョン「だがあの未来ガジェット研究所が秘密主義結社だとはとても思えん。むしろその逆のベクトルだ。誰でも過去メールを使えるみたいな話だったし、独占されてるわけではないだろ」

ハルヒ「違うわよ! 全っ然違う! あたしが! 実験サンプルになるとか! 頭下げて使わせてもらうなんてのはね! もってのほかなの!!」

キョン(文節ごとに語気が強くなっていらっしゃる。このままハルヒをイライラさせてたら古泉がマジで過労死するかも知れないな。ちょっとはご機嫌取りでもやってみるか)

キョン「まぁ、東京に来ていろいろおもしろい話が聞けてよかったじゃないか。お前はお前でやりたいことをやればいいし、あっちはあっちでやってただけだ。いい刺激になったんじゃないか」

ハルヒ「……そりゃ、おもしろそうだったのは事実だけど」

キョン「だったら素直におもしろがっとけ。悔しいなら、もっとおもしろいことを見つければいいのさ」

ハルヒ「……あとね、あの牧瀬紅莉栖って人も許せないの」

キョン「ん? 意外だな、結構仲良くしてたじゃないか」

ハルヒ「それはあの変質者を叩くのに共闘しただけよ。あの人、あたしに過去を改変するように迫ってきたでしょ?」

キョン「あぁ。俺に観測しろだなんだと言ってたな」

ハルヒ「純粋に実験目的なのはわかるけど、『変えたい過去はない?』なんて、ヒトの琴線に触れるような言葉を使ってズカズカと土足で上がりこんできたのよ」

キョン「まー、そうともとれるか。自分の人生の変えたい過去、やり直したい過去が無い人間が仮に居たとしたらそれはもう伝説上の生き物だからな。その質問をする時点でだいぶ利己的だと言えるかもしれない」

ハルヒ「それに! あの口ぶりだときっと自分は自分で自分を実験台にした過去改変をしてないのよ! 理由はたぶん、怖いから、とかでしょうけど……」

ハルヒ「それを平気な顔して他人に勧めてくるなんて、狂気のマッドサイエンティストとかあの岡部は言ってたけどそんなんじゃないわ」

ハルヒ「人の気持ちがわからないのよ。友達が居ないんじゃないかしら、あの人」

キョン(ハルヒにそこまで言わせしめるとは。中学の頃のハルヒに言って聞かせてやりたいよ。ホントお前はSOS団を結成していて良かったな)

ハルヒ「後は、自分が許せない」

キョン「いつになく殊勝な発言だな」

ハルヒ「『変えたい過去が無いか』って聞かれた時に、悔しいけどちょっと心が動いちゃったのは事実よ。アンタも言ったけど、あたしにだってやり直したい過去の一つや二つくらいある」

キョン(ハルヒのやり直したい過去ってなんだろうな)

ハルヒ「だけど……。やっぱり自分の過去はやり直したらいけないと思った。思い直したの」

ハルヒ「あたしの過去は、あたしのもの。他の何物とも取り替えたくない」

ハルヒ「だって、もしやり直しちゃったら、今のあたしたち、SOS団の、みんなとの思い出が、無くなっちゃうような気がして……」

キョン(なにがこいつをそこまで不安にさせてるんだろうね。第六感ってやつか?)

キョン「それは無くなったように見えるだけで、実際は無くなってないんじゃないか?」

ハルヒ「……?」

キョン「いやなに、SF的な話だけどな。仮に過去改変が起きて世界が再構成されたとしても、改変前の世界があったって事実は変わらないだろ?」

ハルヒ「でもそれって『憶えてる』、って言えるの?」

キョン「もしかしたら俺がしっかり憶えてるかも知れないぞ?」

ハルヒ「あー、そうだったわね。だけどそういうことは暗記科目の点数を上げてから言わないと説得力が無いわよ?」

キョン「そっちは約束できん」

ハルヒ「少しは意地張りなさいよ。ま、過去なんて改変できるわけないわ。所詮SFよね、アレの虚言の範疇だし」

キョン「さて、そろそろいい時間だ。今日はお前も疲れてるだろ、早く寝ようぜ」

ハルヒ「……そうね。電気代ももったいないし」

キョン(よかったな古泉、お前の財布は心配されているらしい。お前のはな)

キョン「明日は探すのか? IBN5100」

ハルヒ「まだ考え中。明日の朝発表するわ」

キョン「あいよ。それじゃ、おやすみ」

ハルヒ「ん」

キョン(不愛想な挨拶だけ残して女子部屋へと帰って行く我らが団長様であった)

2010.08.10 (Tue) 9:03 
湯島某所


 みんなへ


今日の午前中は自由行動にするわ。

疲れてるなら寝てていいし、行きたいところがあるならどうぞ。

お昼は一緒に食べましょう。


                 SOS団団長 涼宮ハルヒ



キョン「昨日書いてたルーズリーフはこれか……」

キョン(談話室の入り口となっている襖にペタッとセロハンテープを四隅に貼る形で自由行動の文言が貼りだされていた)

キョン「古泉、ハルヒは?」

古泉「それが、僕が起きた時には既に玄関に靴はありませんでした」

古泉「ですがご心配要りません。機関の者が跡を追っています。いつでも居場所が確認できますし、連絡取れますよ」

キョン「頼もしいんだか人権侵害なんだか。そうだ古泉、もし疲れてるんだったら寝ててもいいんじゃないか? こんなチャンスは滅多になかろうよ」

古泉「いえ、僕は二度寝すると余計疲れてしまうタイプなので、コーヒーでもいただきながらゆっくりした時間を過ごそうと思います」

みくる「少し遅くなりましたけど、朝のコーヒー入りましたよぉ」

キョン「あぁ、朝比奈さん。俺は幸せ者です」

キョン(談話室は入口が廊下より一段高くなった襖の部屋で中には畳が敷いてあるが、その上に低めのレザーソファーと高級感あふれる低い脚のテーブルが置いてある)

キョン(“談話室”という名前が部屋の前に書いてあったので俺たちはそう呼んでいるが、個人宅としては応接間と言ったところだろう。まぁ、機関の提供する設備など考察しても意味がなさそうではあるが)

古泉「涼宮さんが居ない今、もし良ければ例の過去改変について色々話し合ってみましょうか。僕たち4人で」

キョン「一応昨日の深夜、ハルヒにな、『過去改変は所詮SFだ』と釘を刺しておいた」

古泉「おや、僕たちが寝静まった後で逢瀬とは。あなたもなかなか積極的ですね」

みくる「キョンくん……」

キョン「ち、違う! 偶然、偶然だって! 勘違いですよ朝比奈さん!」

古泉「ですが。『押すな』、というのは逆に、『押せ』、という意味であるとどこかの大御所芸人さんがおっしゃっていましたよ」

キョン「こりゃ失敗したか」

長門「過去改変の具体的プロセスについて説明がほしい」

キョン「まだ話してなかったが、こりゃ説明するのは大変だ。俺自身でも、聞くには聞いたが理解できてないことが多すぎる」

長門「いい。あなたの記憶だけ読み取らせてもらえばいい」スッ

キョン「なるほど……って、おい! 長門ッ! 顔が、ちか、ちか、近いッ! ひっ……」ピトッ

みくる「な、長門さん、大胆ですぅ……」

古泉「おでことおでこを合わせておられますね……」

長門「人間の記憶は大脳皮質、とりわけ側頭葉に電気信号の伝わりとして記憶される。人間が記憶にアクセスしようとする時、前頭葉から側頭葉へ信号が行く。このトップダウン記憶検索信号を読み取り、あなたの脳が該当すると判断した記憶だけをわたしの脳にコピー&ペーストしている」

キョン(長門がしゃべる度にクールミントのような吐息が俺の顔面にかかる! こそばゆい!)

キョン(そして俺は声が出せん! 声を出したら俺の泥臭い息がモロに長門の顔にかかってしまう!)

キョン「……あのー、長門さん? あんなことをする必要があったのでしょうか?」

長門「あなたが思い出すことのできない記憶も同時に読み取るにはあの方法が一番」

キョン「……さいですか」

長門「朝比奈みくるに質問がある」

みくる「ひぇっ。あ、あたしですかぁ」

古泉「ふむ、長門さんが朝比奈さんにご質問とは、珍しいですね」

長門「あなたの居た未来では、未来ガジェット研究所という存在や、あるいは電話レンジ(仮)という名前の装置はどのような扱いをされていた」

みくる「え、えっと、あの、おとといあそこに行ってお話を聞いたのが初めてでしたぁ」

キョン「まぁ、リアクションを見てなんとなくそうなんだろうなぁとは思ってましたよ」

キョン「ん? そうか、過去改変なんて事象が未来で語り継がれていないってことは……、どういうことなんだ?」

長門「カー・ブラックホールをあの設備で生成すること、またカー・ブラックホールを利用して過去にメールを送ることは原理的に不可能。よって過去改変は無理」

キョン「カー・ブラックホール? あぁ、牧瀬先生がハルヒとの講義の中で言ってたっけか……」

キョン「そりゃ普通に考えたら無理だよな、ケータイと電子レンジくっつけただけで過去にメールを送れるなんて」

キョン「そういや、確かリフターにあたる存在がなにかわからんのに稼働してるとか言ってたが、そのことか?」

長門「違う。蓋然性を考慮すればブラウン工房のテレビがリフターの役割を果たしている。だがこれを特定できたところで変わらない。電子の配給の調整によるカー・ブラックホール生成可能性も関係ない」

古泉「その“原理的に不可能”、という理由をお聞かせ願えますか」

長門「あの電子レンジ内部にはリング状特異領域が裸の特異点となったものが二つ存在していた。しかし量子効果によって空間的特異点へと変換されるため時間移動に利用することはできない」

みくる「あっ、まったくわからないです……。あたし、タイムトラベラーなのに……」

キョン(安心してください朝比奈さん。俺もわかりません)

古泉「裸の特異点を二つも作り出すことは未来ガジェット研究所では本来技術的に不可能であると。かつ原理的に不可能ということは、彼ら未来ガジェット研究所が過去改変を成し遂げたというのは、嘘だった、ということですか」

長門「岡部倫太郎の発言のうち過去改変に関する物に関しては虚偽の意識がなかった。加えてバナナやから揚げの実験は小規模ではあるが間違いなく過去改変」

古泉「つまり、最低でも自身は真実を述べているつもりであり、過去改変は確実に操作的に発生させていると。そうなると、一体なぜ過去改変が起こったのでしょう」

長門「他の存在が影響を与えていると思われる」

キョン「……まさか、それってのは」

長門「涼宮ハルヒ」

長門「涼宮ハルヒによる世界システムの改変のために、一定期間に限り先述の時間跳躍メカニズムの実用および未来ガジェット研究所における奇跡的な技術的達成が可能となった」

キョン「……なんだってやっこさんは過去を変えたいだなんて願っちまったんだろうねぇ」

古泉「その一定期間というのは?」

長門「1975年から2034年」

キョン(よくわからん数字だが、1975と言えばIBN5100発売の年だったな)

みくる「こ、困ります! 涼宮さんの能力で過去改変されたら、未来人でも対応できなくなってしまいます!」

キョン「朝比奈さん、心配しないでください。どういうわけかハルヒの奴は、自身が直接手を下す方法ではなくなんだか七面倒くさい遠回りなやり方で過去改変しているので、止めるタイミングはいくらでもありますよ」

古泉「ふむ……。涼宮さんはどうして過去改変をしたいと思ったか、ですか」

古泉「…………」

キョン(ん? 古泉のやつ、どうしたんだ?)

古泉「まず長門さんに確認しておきます。1975年から2034年を改変したということは、たとえ最近になって涼宮さんが世界システムを改変したとしても、35年前から既に世界システムは改変されていたことになっているのですね?」

長門「そう」

キョン「お前が前に言ってた、世界五分前仮説の過去世界創世みたいな話か?」

古泉「そんなことを言った記憶は僕にはありませんが……、おそらく合っていると思いますよ」

古泉「ゆえにたとえ涼宮さんがどのタイミングで改変を起こしたとしても、その改変以降に世界システムが改変された、ということではなく、既に世界はそういうことになっていた状態になるのです」

キョン「それはわかったが、だからどうしたんだ?」

古泉「ですが、過去改変を願った時点から涼宮さんの手によって過去改変が実際可能となる時点までに距離を置く意味はありません。つまり、涼宮さんが過去改変を願った時点は最近なのです」

古泉「……未来ガジェット研究所の手による最初の大規模な過去改変はいつ行われたと思いますか? それはあなたの記憶に影響のあるもの、おそらくジョン・タイター改変でしょう」

キョン「それが全く見当がつかないんだが、俺が体感できるほどの大改変は例の柳林神社でのが最初だった」

古泉「……7月28日のお昼頃、つまり例の人工衛星が秋葉原に墜落した頃ですが、その時あなたになにか体調の変化は?」

キョン「さぁ、どうだったかな……。たしか前日の腱鞘炎もどきアンド右ふくらはぎの筋肉痛のせいで昼頃までぐったりしていて、寝過ぎて頭が痛かったような」

古泉「普段からあなたは昼頃まで寝た時は頭痛がするのですか」

キョン「い、いや、そんなことはないと思うぞ、多分。ってことはなにか? あのタイミングで世界改変が起こり、人工衛星が突っ込んできたと? だが、だからどうしたってんだ」

古泉「いえ、大事なのはそこではありません」

古泉「仮に7月28日に過去改変があったとして……、問題は……」

古泉「その前日が、“結婚披露宴”だったということ……ッ!!!!!」

キョン「お、おい? 突然血相を変えてどうした?」

古泉「未来ガジェット研究所へ乗り込んで涼宮さんを止めてください!!! いえ、緊急事態です、今すぐ機関の者に制止させます!!! 僕も一緒に行きます!!!」

キョン「はぁ? お前なにを言って」

古泉「涼宮さんがッ!!!! 今まさに過去を改変しようとしてい――――――――――――――――――

今日はここまで

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2010.08.10 (Tue) 10:05 
????


キョン「―――――――――ッ!!!!! いってぇ!!!!! 頭が、割れるッ!!!!!」

古泉「だ、大丈夫ですか!? 落ち着いて、深呼吸してください」

キョン「はぁ……はぁ……。な、なぁ古泉、さっきは何を言いかけたんだ……」

古泉「ええとですね、『どうして最近の邦画はつまらなくなったのか』という話について、それはミーハー層の感受性が変化したという前提を踏まえて……」

キョン(こいつ、一体、なんの、話を……くそっ、またアレかよ……過去改変による世界改変か……。しかも俺が体感した中で一番どでかいやつだ……)ズキズキ

古泉「……映像やストーリーメイクなどの技術的なものの質自体は上がっている、ということを言おうとしていたのですが、そんなことよりお体大丈夫ですか?」

キョン「長話をしやがってホントに心配してるのかお前……? まぁ、身体のほうは大丈夫だ、心配するな」

古泉「それならよかったです」

キョン(どうも調子が狂うな……)

キョン(しかし参った。心の準備ができてないのはいつものことだが、こうも間断なく世界が改変させられると自分の記憶力が不安になるぜ)

キョン「えっと、ハルヒのやつはどこだっけか」

キョン(とにもかくにもまずはハルヒだ。さりげなく情報を吸い上げてやろう)

古泉「先ほど朝比奈さんとお手洗いに行かれたところですよ」

キョン(よかった、ハルヒは居る)

キョン(だがここは一体どこなんだ?……観察するに映画館の通路か?……もしかして、秋葉原から俺たちの街に帰ってきたのか?)

一旦状況を整理しよう。

改変直前の古泉の話からすると、ハルヒがDメールとやらを過去に送って世界を改変した。

いったいどんな世界に変わったってんだ? そしてそれはどのタイミングで変わった? ハルヒはどうして、なにを変えたかったんだ……?

元の世界に戻る算段は全くないが、この辺りを調べてみるか……。

さて、夏休みの自由研究、4次元間違い探しの始まりだ。

ハルヒ「ジョン~! 待たせてゴメンネ~? さみしかったぁ?」ムニュ

キョン(その胸はやわらかかった……い、いやいや! 現実逃避しとる場合ではないッ! 今こいつなんて言った!? そしてなんだこの、俺の腕に絡みついてきたハルヒと、おっぱいは!)ドキッ

みくる「涼宮さぁん、待ってくださいぃ。ジョンくんは逃げませんよぅ」

ハルヒ「ジョンどうしたの? そんな変な顔しちゃって。まぁアンタはいつも変な顔だけど」ププッ

キョン「な……な……」

キョン(数秒でいい、俺に考える時間をくれ……。どうしてハルヒは上目遣いで執拗に俺との距離を詰めてくるんだ? い、いやそこじゃなくて、どうして俺の事をジョンと)

古泉「先ほど少し体調に異変があったみたいでして、混乱されているのでは」

ハルヒ「えぇぇーーッ!! 大丈夫ジョン!? どこか痛いところはなぁい!? 救急車呼ぶ!?」ピ、ポ、パ

みくる「わわぁー、呼んだら来ちゃいますよぉー!」ガシッ

キョン「あ、あぁ! 救急車はいらん! 簡単に呼ぶな馬鹿野郎! えっと、ほら! 俺は元気だぞー!」アハハ

ハルヒ「そ、ならよかった。なんかいつも以上に挙動がおかしいわよ? フフッ」

キョン(このSOS団は一体なにがどうなってると言うんだ!?)

キョン(そう言えば、このSOS団に長門はいないのか?)キョロキョロ

長門「……」トテトテ

キョン「おぉ長門! 居てくれたか!」

長門「……?」

キョン(やっぱり世界改変は検知できないのか……)

古泉「長門さんがエンドロールをすべて見終えたようですね」

キョン「あぁ、なるほどな。それで」

古泉「なるほどな、とおっしゃいますと?」

キョン「言葉の綾だ。気にすんな」

ハルヒ「有希も揃ったわね! それじゃ、次はどの映画を見ようかしら!」

キョン「……古泉、俺たちって映画館のはしごでもやってんのか?」

古泉「もしや自覚がなかったのですか?」

キョン「はぁ、さすがに2年目ともなると飽きるものかと思っていたが」

古泉「おや、去年も涼宮さんと映画館のはしごをされたのですか? うらやましい限りです」

キョン「…………」

キョン(おかしい。明らかにおかしい。これはそろそろトボけて付き合うのは厳しいか)

キョン「なぁハルヒ、みんな。悪い、俺、ちょっと本当に体調が悪くなっちまったみたいだ。今日は帰るよ」

キョン(一旦家に戻ってハルヒ以外に再集合をかけよう)

ハルヒ「えーっ。ねぇみくるちゃん、ジョンが体調を悪くするのは規定事項だったの?」

みくる「えっと、そのような報告は未来から連絡されてません」

キョン(なッ!? なんだその会話!? さっきから冷静を装い続けている俺だが、そろそろビックリ水位の上昇が堰を切って溢れ出さんとしている……!)

ハルヒ「てことは仮病ね? ジョンのくせに生意気だ―! こうしてやるー! うりうりー!」

キョン「だはぁっ! や、やめんかハルヒ! 抱きつくな! 暴れるな! 顔をこすりつけるな!」

古泉「ほほえましい限りです」ンフ

みくる「ですねぇ」ポッ

長門「…………」

ハルヒ「で、なんで仮病なんか使おうとしたのよ」

キョン(どうする、なんて言い訳をする……。シャミセンが円形脱毛症になった、いやこれは一度使ったな……)

キョン「い、いや、それがだな、その……。家で待つ妹が心配になってだな」

キョン(きっとこの世界のジョン君は妹思いのシスコン野郎だったに違いない!)

ハルヒ「アンタの家族、お母様のご実家に行ってるんでしょ? ほら、初恋の相手だった従姉妹が近くに住んでるとかいう地方に」

キョン(手詰まりだ!)

ハルヒ「ふーん、このあたしに隠し事。別にいいわよ? 不思議の一つや二つ、男なら隠しておくものよね」

キョン「勘弁してくれ……」

ハルヒ「でもね、浮気だけは絶対に許さないから」ニコッ

キョン(笑顔だが顔が笑ってねぇなぁ……。あたかも誘拐犯を恫喝する際の森園生さんを彷彿とさせる表情に背筋が凍った)

キョン(ん? “浮気”、だと?)






キョン「まさか、俺とハルヒは付き合っているのか?」




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2010.08.10 (Tue) 10:05 
????


キョン「―――――――――ッ!!!!! いってぇ!!!!! 頭が、割れるッ!!!!!」

古泉「だ、大丈夫ですか!? 落ち着いて、深呼吸してください」

キョン「はぁ……はぁ……。な、なぁ古泉、さっきは何を言いかけたんだっけか……」

古泉「ええとですね、『なぜ漫画原作の実写映画化が最近増えているのか』という話について、一般的には既存の固定ファン数から動員数を予見できる作品のほうが収益見込みが安定するからとされますが……」

キョン(こいつ、一体、なんの、話を……くそっ、またアレかよ……過去改変による世界改変か……。しかも俺が体感した中で一番どでかいやつだ……)ズキズキ

古泉「……SFX、特殊メイクやアクションなどの技術的な質に対する実験の俎上となっている、ということを言おうとしていたのですが、そんなことよりお体大丈夫ですか?」

キョン「長話をしやがってホントに心配してるのかお前……? まぁ、身体のほうは大丈夫だ、心配するな」

古泉「それならよかったです」

キョン(どうも調子が狂うな……)

キョン(しかし参った。心の準備ができてないのはいつものことだが、こうも間断なく世界が改変させられると自分の記憶力が不安になるぜ)

キョン「えっと、ハルヒのやつはどこだっけか」

キョン(とにもかくにもまずはハルヒだ。さりげなく聞き出してやろう)

古泉「先ほど朝比奈さんとお手洗いに行かれたところですよ」

キョン(よかった、ハルヒは居る)

みくる「お待たせしましたぁ」トテトテ

キョン(だがここは一体どこなんだ? 大きな映画館のロビーのようだが……もしかして、秋葉原から俺たちの街に帰ってきたのか?)

ハルヒ「ジョン~! 待たせてゴメンネ~? さみしかったぁ?」ムニュ

キョン(その胸はやわらかかった……い、いやいや! 現実逃避しとる場合ではないッ! 今こいつなんて言った!? そしてなんだこの、俺の腕に絡みついてきたハルヒと、おっぱいは!)ドキッ

みくる「涼宮さぁん、ジョンくんが照れてますよ」ウフ

キョン「な……な……」

キョン(数秒でいい、俺に考える時間をくれ……。どうしてハルヒは上目遣いで執拗に俺との距離を詰めてくるんだ? い、いやそこじゃなくて、どうしてこの二人は俺の事をジョンと)

ハルヒ「えっと、あなたがその、みくるちゃんでいいのね? トイレのみくるちゃんじゃなくて」

みくる「はい、そうですぅ」

キョン(ヤバい、ついに俺は混乱し過ぎて日本語のリスニング能力に異状をきたし始めたらしい……)

ハルヒ「ジョンどうしたの? そんな変な顔しちゃって。まぁアンタはいつも変な顔だけど」ププッ

古泉「先ほど少し体調に異変があったみたいでして、混乱されているのでは」

ハルヒ「えぇぇーーッ!! ジョン、だいじょうぶ!?」

みくる「だいじょうぶですよ、涼宮さん! 未来からジョンくんの身体には問題ないと連絡が来てますっ!」

キョン(なッ!? なんだその会話!? さっきから冷静を装い続けている俺だが、そろそろビックリ水位の上昇が堰を切って溢れ出さんとしている……)

キョン「……あぁ、大丈夫だ。俺は元気だぞ」

ハルヒ「そ、ならよかった」

キョン(このSOS団はなにがどうなってるっていうんだ!?)

キョン(そう言えば、このSOS団に長門はいないのか……?)キョロキョロ

長門「……」トテトテ

キョン「おぉ長門! 居てくれたか!」

長門「……?」

キョン(やっぱり世界改変は検知できないのか……)

古泉「長門さんがエンドロールをすべて見終えたようですね」

キョン「あぁ、なるほどな。それで」

古泉「なるほどな、とおっしゃいますと?」

キョン「言葉の綾だ。気にすんな」

ハルヒ「有希も揃ったわね! みくるちゃんは……」

みくる「あっ、あの、あっちのあたしのことは気にしないでくださいぃ」

ハルヒ「そう? それじゃ、次はどの映画を見ようかしら!」

キョン「…………」

キョン(おかしい。明らかにおかしい。これはそろそろトボけて付き合うのは厳しいか。一旦家に戻ってハルヒ以外に再集合をかけよう)

キョン(とは言ってもさっき『体調が悪い』という言い訳が朝比奈さんのせいで使えなくなっちまったからな……)

キョン(どうする、なんて言い訳をする……。シャミセンが円形脱毛症になった、いやこれは一度使ったな……)

キョン「あー、すまんが、俺は一旦家に帰らせていただきたい。家で待つ妹が心配になってだな」

キョン(きっとこの世界のジョン君は妹思いのシスコン野郎だったに違いない!)

ハルヒ「アンタの家族、お母様のご実家に行ってるんでしょ? ほら、初恋の相手だった従姉妹が近くに住んでるとかいう地方に」

キョン(……やっちまった!)

ハルヒ「ふふん、このあたしに嘘を吐くなんて、ジョンのくせに生意気だ―! こうしてやるー! うりうりー!」

キョン「だはぁっ! や、やめんかハルヒ! 抱きつくな! 暴れるな! 顔をこすりつけるな!」

古泉「ほほえましい限りです」ンフ

みくる「ですねぇ」ポッ

長門「…………」

ハルヒ「ふーん、このあたしに隠し事。別にいいわよ? 不思議の一つや二つ、男なら隠しておくものよね」

キョン「勘弁してくれ……」

ハルヒ「でもね、浮気だけは絶対に許さないから」ニコッ

キョン(笑顔だが顔が笑ってねぇぜ、おい……)

キョン(ん? “浮気”、だと?)






キョン「まさか、俺とハルヒは付き合っているのか?」




今日はここまで(ゲス顔)

D 0.409418 4920656e767920796f75%
2010.08.10 (Tue) 10:05 
????


キョン「―――――――――ッ!!!!! いってぇ!!!!! 頭が、割れるッ!!!!!」

古泉「おや、突然どうし……だ、大丈夫ですか!? 落ち着いて、深呼吸してください」

キョン「はぁ……はぁ……。な、なぁ古泉、さっきは何を言いかけたんだっけか……」

古泉「さっきですか? ええとですね、『どうして映画版ジャイアンは良いやつなのか』という話について、それはそもそもコミック版やアニメ版などの日常編における敵役だとしても映画版となれば日常組vs非日常組という構図になるのはストーリーメイキング上仕方なく……」

キョン(こいつ、一体、なんの、話を……くそっ、またアレかよ……過去改変による世界改変か……しかも俺が体感した中で一番どでかいやつだ……)ズキズキ

古泉「……決してジャイアンだけが特筆すべき存在ではない、ということを言おうとしていたのですが、そんなことよりお体大丈夫ですか?」

キョン「長話をしやがってホントに心配してるのかお前……? まぁ、身体のほうは大丈夫だ、心配するな」

古泉「本当ですか? 無理しないでくださいね」

キョン(どうも調子が狂うな……)

キョン(しかし参った。心の準備ができてないのはいつものことだが、こうも間断なく世界が改変させられると自分の記憶力が不安になるぜ)

キョン「えっと、ハルヒのやつはどこだっけか」

キョン(とにもかくにもまずはハルヒだ。さりげなく情報を吸い上げてやろう)

古泉「先ほど朝比奈さんとお手洗いに行かれたところですよ」

キョン(よかった、ハルヒは居る)

キョン(だがここは一体どこなんだ?……観察するに映画館の通路か?……もしかして、秋葉原から俺たちの街に帰ってきたのか?)

ガサゴソ

キョン(ん? 自販機の後ろに、誰か居る?……朝比奈さんか? でもどうして隠れてるんだ?)

ハルヒ「ジョン~! 待たせてゴメンネ~? さみしかったぁ?」ムニュ

キョン(その胸はやわらかかった……い、いやいや! 現実逃避しとる場合ではないッ! 今こいつなんて言った!? そしてなんだこの、俺の腕に絡みついてきたハルヒと、おっぱいは!)ドキッ

みくる「涼宮さぁん、待ってくださいぃ。ジョンくんは逃げませんよぅ」

ハルヒ「ジョンどうしたの? そんな変な顔しちゃって。まぁアンタはいつも変な顔だけど」ププッ

キョン「な……な……」

キョン(数秒でいい、俺に考える時間をくれ……。どうしてハルヒは上目遣いで執拗に俺との距離を詰めてくるんだ? かわいいじゃねーか! い、いやそこじゃなくて、どうしてこの二人は俺の事をジョンと)

古泉「先ほど少し体調に異変があったみたいでして、混乱されているのでは」

ハルヒ「えぇぇーーッ!! 大丈夫ジョン!? どこか痛いところはなぁい!? 救急車呼ぶ!?」ピ、ポ、パ

みくる「わわぁー、呼んだら来ちゃいますよぉー!」ガシッ

キョン「あ、あぁ! 救急車はいらん! 簡単に呼ぶな馬鹿野郎! えっと、ほら! 俺は元気だぞー!」アハハ

ハルヒ「そ、ならよかった。なんかいつも以上に挙動がおかしいわよ? フフッ」

キョン(このSOS団はなにがどうなってるっていうんだ!?)

キョン(そう言えば、このSOS団に長門はいないのか……?)キョロキョロ

長門「……」トテトテ

キョン「おぉ長門先生! 居てくれたか!」

長門「……?」

キョン(やっぱり世界改変は検知できないのか……)

古泉「長門さんがエンドロールをすべて見終えたようですね」

キョン「あぁ、なるほどな。それで」

古泉「なるほどな、とおっしゃいますと?」

キョン「言葉の綾だ。気にすんなこの野郎」

ハルヒ「有希も揃ったわね! それじゃ、次はどの映画を見ようかしら!」

キョン「……古泉、俺たちって映画館のはしごでもやってんのか?」

古泉「もしや自覚がなかったのですか?」

キョン「はぁ、さすがに2年目ともなると飽きるものかと思っていたが。そんなに映画好きだったとはな。そりゃ超監督をやるくらいだから、映画好きなのかアイツ」

古泉「おや、去年も涼宮さんと映画館のはしごをされたのですか? んっふ、うらやましい限りです」

キョン「…………」

キョン(おかしい。明らかにおかしい。これはそろそろトボけて付き合うのは厳しいか)

キョン「なぁハルヒ、みんな。悪い、俺、ちょっと本当に体調が悪くなっちまったみたいだ。今日は帰るよ。埋め合わせはまた今度するから」

キョン(一旦家に戻ってハルヒ以外に再集合をかけよう)

ハルヒ「えーっ!? ねぇみくるちゃん、ジョンが体調を悪くするのは規定事項だったの?」

みくる「えっと、そのような報告は未来から連絡されてませぇん」

キョン(なッ!? なんだその会話!? さっきから冷静を装い続けている俺だが、そろそろビックリ水位の上昇が堰を切って溢れ出さんとしている……)

ハルヒ「てことは仮病ね? ジョンのくせに生意気だ―! こうしてやるー! うりうりー!」

キョン「だはぁっ! や、やめんかハルヒ! 抱きつくな! 暴れるな! あぁいい匂い! 顔をこすりつけるな!」

古泉「ほほえましい限りです」フッ

みくる「ですねぇ」ポッ

長門「…………」

ハルヒ「で、なんで仮病なんか使おうとしたのよ。バカジョン」

キョン(どうする、なんて言い訳をする……。シャミセンが円形脱毛症になった、いやこれは一度使ったな……)

キョン「い、いや、それがだな、その……。家で待つ妹が心配になってだな」

キョン(きっとこの世界のジョン君は妹思いのシスコン野郎だったに違いない!)

ハルヒ「アンタの家族、お母様のご実家に行ってるんでしょ? ほら、アンタの“ハツコイ”の相手だった従姉妹が近くに住んでるとかいう田舎に」

キョン(手詰まりだ!)

ハルヒ「ふーん、このあたしに隠し事。別にいいわよ? 不思議の一つや二つ、男なら隠しておくものよね。それでこそ日本男児ってやつだわ」

キョン「勘弁してくれ……」

ガサゴソ

キョン(ん、なんだ? また自販機の裏に……)

ハルヒ「よそ見すんなッ!」グイッ

キョン「グエッ」

ハルヒ「その耳かっぽじってよく聞きなさい。浮気だけは“ゼッタイに”許さないから♪」ニコッ

キョン(だから顔が笑ってねぇってばよ!)

キョン(ん? “浮気”、だと?)






キョン「まさか、俺とハルヒは付き合っているのか?」




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2010.08.10 (Tue) 10:07 
????


キョン「えっと、ハルヒのやつはどこだっけか」

キョン(とにもかくにもまずはハルヒだ。さりげなく聞き出してやろう)

古泉「先ほど朝比奈さんとお手洗いに行かれたところですよ」

キョン(よかった、ハルヒは居る)

みくる「お待たせしましたぁ」トテトテ

キョン(だがここは一体どこなんだ? 大きな映画館のロビーのようだが……もしかして、秋葉原から俺たちの街に帰ってきたのか?)

ハルヒ「ジョン~! 待たせてゴメンネ~? さみしかったぁ?」ムニュ

キョン(その胸はやわらかかった……い、いやいや! 現実逃避しとる場合ではないッ! 今こいつなんて言った!? そしてなんだこの、俺の腕に絡みついてきたハルヒと、おっぱいは!)ドキッ

キョン「な……な……」

キョン(数秒でいい、俺に考える時間をくれ……。どうしてハルヒは上目遣いで執拗に俺との距離を詰めてくるんだ? い、いやそこじゃなくて、どうしてコイツは俺の事をジョンと)

ハルヒ「えっと、あなたがその、みくるちゃんでいいのね? トイレのみくるちゃんじゃなくて」

みくる「はい、そうですぅ……」

キョン(ヤバい、ついに俺は混乱し過ぎて日本語のリスニング能力に異常をきたし始めたらしい……)

ハルヒ「ジョンどうしたの? そんな変な顔しちゃって。まぁアンタはいつも変な顔だけど」ププッ

古泉「先ほど少し体調に異変があったみたいでして、混乱されているのでは」

ハルヒ「えぇぇーーッ!! ジョン、だいじょうぶ!?」

みくる「だいじょうぶですよ、涼宮さん。 未来からジョンくんの身体には問題ないと連絡が来てます」

キョン(なッ!? なんだその会話!? さっきから冷静を装い続けている俺だが、そろそろビックリ水位の上昇が堰を切って溢れ出さんとしている……)

キョン「……あぁ、大丈夫だ。俺は元気だぞ」

ハルヒ「そ、ならよかった」

みくる「…………」

キョン(このSOS団はなにがどうなってるっていうんだ!?)

キョン(そう言えば、このSOS団に長門はいないのか……?)キョロキョロ

長門「……」トテトテ

キョン「おぉ長門! 居てくれたか!」

長門「……?」

キョン(やっぱり世界改変は検知できないのか……)

古泉「長門さんがエンドロールをすべて見終えたようですね」

キョン「あぁ、なるほどな。それで」

古泉「なるほどな、とおっしゃいますと?」

キョン「言葉の綾だ。いちいち気にすんじゃねぇ」

ハルヒ「有希も揃ったわね! えっと……」

みくる「あっ、あの、あっちのあたしのことは気にしないでくださいぃ」

ハルヒ「そう? それじゃ、次はどの映画を見ようかしら!」

キョン「…………」

キョン(おかしい。明らかにおかしい。これはそろそろトボけて付き合うのは厳しいか)

キョン(一旦家に戻ってハルヒ以外に再集合をかけよう)

キョン(とは言ってもさっき『体調が悪い』という言い訳が朝比奈さんのせいで使えなくなっちまったからな……)

キョン(どうする、なんて言い訳をする……。シャミセンが円形脱毛症になった、いやこれは一度使ったな……)

みくる「えっと、ジョンくん!」クイッ

キョン「あ、はい? なんでしょう朝比奈さん」

キョン(そのちっこい先輩は俺の半そでシャツの腹部をついと摘まんで来た。なんと言うことだ、俺は“キョン”という呼称が恋しくなっていた)

みくる「えっと……とりあえず今は涼宮さんと一緒にいることを考えてくださいぃ」

キョン(……まさか、朝比奈さんはついに未来人属性からサイコメトラー属性へとジョブチェンジしてしまったというのか!?)

キョン「朝比奈さんがそう言うなら、わかりました。理由はもし教えてもらえるならいずれ」

みくる「はい! ありがとう、ジョンくん!」

ハルヒ「そこぉ。何をひそひそ話してるのかしら?」

みくる「ひぇっ」

キョン「あ、いや、なんでもないんだ。気にするな」アハハ

ハルヒ「ふーん、このあたしに隠し事。別にいいわよ? 不思議の一つや二つ、男なら隠しておくものよね」

みくる「あっ……」

キョン「勘弁してくれ……」

ハルヒ「でもね、浮気だけは絶対に許さないから」ニコッ

キョン(朝比奈先輩とそういう仲になれるのならばあれかしと祈るばかりだが……)

キョン(ん? “浮気”、だと?)






キョン「まさか、俺とハルヒは付き合っているのか?」




今日はここまで(震え声)
レスありがと 明日は休んで次は明後日かも ちょっと書き溜め作る
次回から話進めるので大目に見て(さすがに8回も繰り返す勇気は無い)

考察されまくっててビビるわぁ!

更新遅くてホントごめん 今日8月6日の夜に続きを投稿したい(希望)
しばらくハルヒサイドの話が続きます。ゴメンネ!

(ループ演出は燻製ニシンの虚偽だったなんて言えない……)

<ヒント>
・時をかける少女(モロバレ)

・16進数%は、ハルヒ的変態パワーで作り出されたなんか変な世界線、程度の意味合い。 文字コード変換用

・下二桁、20→19→18→17→16への段階的な変化はなんかこう未来的な技術(すごい)

――――――――――――――――――――――――――
D 0.409420%
2010.08.10 (Tue) 10:03
未来ガジェット研究所


ハルヒ「……メール、準備できたわ」

岡部「こっちも準備万端だ。して、メールの内容は?」ヌッ

ハルヒ「お、乙女の秘密よ! 見るなバカ!」

岡部「……貴様もか。まぁ、別に構わんが」

岡部「さぁ、放電現象が始まったら送信しろ」

バチバチバチッ

ハルヒ「…………」

ハルヒ「……ジョン」ピッ

――――――――――――――――――――――――――

D 0.409416 4920656e767920796f75%
2010.08.10 (Tue) 10:05 
????


キョン「―――――――――ッ!!!!! いってぇ!!!!! なんだこれ、いってぇぇぇぇ!!!! 頭が、頭が割れるッ!!!!!」

キョン(脳がかゆいッ!! 死ぬほど痒いッ!! 目と耳から指を突っ込んで掻き毟りたいくらいだッ!!)

古泉「おや、突然どうし……だ、大丈夫ですか!? 落ち着いて、深呼吸してください。はい、ひっひっふー」

キョン「はぁ……はぁ……。な、なぁ古泉、さっきは何を言いかけたんだっけか……」

古泉「ええとですね、『なぜ日本映画は比較的海外進出しにくいのか』という話について、そもそも映画業界が斜陽産業と呼ばれていた時代から脱するためにテレビ局や広告代理店が映画を企画し始めたため……」

キョン(こいつ、一体、なんの、話を……くそっ、またアレかよ……過去改変による世界改変か……。しかも俺が体感した中で一番どでかいやつだ……)ズキズキ

古泉「……国内向けビジネスとして特化してしまった、ということを言おうとしていたのですが、そんなことよりお体大丈夫ですか?」

キョン「長話をしやがってホントに心配してるのかお前……? まぁ、身体のほうは大丈夫だ、心配するな」

古泉「本当ですか? 何かあったらすぐ言ってくださいね」

キョン(どうも調子が狂うな……)

キョン(しかし参った。心の準備ができてないのはいつものことだが、こうも間断なく世界が改変させられると自分の記憶力が不安になるぜ)

キョン「えっと、ハルヒのやつはどこだっけか」

キョン(兎にも角にもまずはハルヒだ。さりげなく情報を吸い上げてやろう)

古泉「先ほど朝比奈さんとお手洗いに行かれたところですよ。連れション、というやつでしょうか」ンフ

キョン(よかった、ハルヒは居る。あと古泉は一回殴る)

キョン(だがここは一体どこなんだ?……観察するに映画館の通路か?……もしかして、秋葉原から俺たちの街に帰ってきたのか?)

みくる「はぁ……はぁ……、あ、古泉くん! と、……」トテトテ

キョン「あぁ、朝比奈さん。って、どちらへ行かれるんですか?」

みくる「ちょっと買い物に行ってきまぁす!」トテトテ

キョン(?)

ハルヒ「ジョン~! 待たせてゴメンネ~? さみしかったぁ?」ムニュ

キョン(その胸はやわらかかった……い、いやいや! 現実逃避しとる場合ではないッ! 今こいつなんて言った!? そしてなんだこの、俺の腕に絡みついてきたハルヒと、おっぱいは!)ドキッ

みくる「涼宮さぁん、待ってくださいぃ。ジョンくんは逃げませんよぅ」

ハルヒ「ジョンどうしたの? そんな変な顔しちゃって。まぁアンタはいつも変な顔だけど」ププッ

キョン「な……な……」

キョン(数秒でいい、俺に考える時間をくれ……。どうしてハルヒは上目遣いで執拗に俺との距離を詰めてくるんだ? い、いやそこじゃなくて、どうしてこの二人は俺の事をジョンと呼んでいるんだ!?)

キョン(それだけじゃない。俺はたしかに映画館を出る方向に走っていった朝比奈さんを確認している。それじゃこのトイレから出てきた朝比奈さんは誰なんだ!?)

古泉「先ほど少し体調に異変があったみたいでして、混乱されているのでは」

ハルヒ「えぇぇーーッ!! 大丈夫ジョン!? どこか痛いところはなぁい!? 救急車呼ぶ!?」ピ、ポ、パ

みくる「わわぁー、呼んだら来ちゃいますよぉー!」ガシッ

キョン「あ、あぁ! 救急車はいらん! 簡単に呼ぶな馬鹿野郎! えっと、ほら! 俺は元気だぞー!」アハハ

ハルヒ「そ、ならよかった。なんかいつも以上に挙動がおかしいわよ? フフッ」

キョン(このSOS団はなにがどうなってるっていうんだ!? あ、朝比奈さんが二人!?)

キョン(そう言えば、このSOS団に長門はいないのか……?)キョロキョロ

長門「……」トテトテ

キョン「おぉ長門! 居てくれたか!」

長門「……?」

キョン(やっぱり世界改変は検知できないのか……)

古泉「長門さんがエンドロールをすべて見終えたようですね」

キョン「あぁ、なるほどな。それで」

古泉「なるほどな、とおっしゃいますと?」

キョン「言葉の綾だって何回言ったらわかるんだ」

キョン(ん? なんで“何回言ったら”なんて言ったんだ、俺……)

ハルヒ「有希も揃ったわね! それじゃ、次はどの映画を見ようかしら!」

キョン「……古泉、俺たちって映画館のはしごでもやってんのか?」

古泉「もしや自覚がなかったのですか?」

キョン「はぁ、さすがに2年目ともなると飽きるものかと思っていたが」

古泉「おや、去年も涼宮さんと映画館のはしごをされたのですか? んっふ、うらやましい限りです」

キョン「…………」

キョン(おかしい。明らかにおかしい。これはそろそろトボけて付き合うのは厳しいか)

キョン「なぁハルヒ、みんな。悪い、俺、ちょっと本当に体調が悪くなっちまったみたいだ。今日は帰るよ」

キョン(一旦家に戻ってハルヒ以外に再集合をかけよう、と思ったが、これは失敗する気がするな……)

ハルヒ「えーっ。ねぇみくるちゃん、ジョンが体調を悪くするのは規定事項だったの?」

みくる「えっと、そのような報告は未来から連絡されてませぇん」

キョン(なッ!? なんだその会話!? さっきから冷静を装い続けている俺だが、そろそろビックリ水位の上昇が堰を切って溢れ出さんとしている……)

ハルヒ「てことは仮病ね? ジョンのくせに生意気だ―! こうしてやるー! うりうりー!」

キョン「だはぁっ! や、やめんかバカハルヒ! 抱きつくな! 暴れるな! 顔をこすりつけるな!」

古泉「ほほえましい限りです」ンフ

みくる「ですねぇ」ポッ

長門「…………」

ハルヒ「で、なんで仮病なんか使おうとしたのよ」

キョン(どうする、なんて言い訳をする……。シャミセンが円形脱毛症になった、いやこれは一度使ったな……)

キョン「い、いや、それがだな、その……。家で待つ妹が心配になってだな」

キョン(きっとこの世界のジョン君は妹思いのシスコン野郎だったに違いない!)

ハルヒ「アンタの家族、お母様のご実家に行ってるんでしょ? ほら、アンタの“ハツコイ”の相手だった従姉妹が近くに住んでるとかいう地方に」

キョン(なんとなくそんな気がしていた!)

ハルヒ「ふーん、このあたしに隠し事。別にいいわよ? 不思議の一つや二つ、男なら隠しておくものよね」

キョン「勘弁してくれ……」

ガサゴソ

キョン(ん、なんだ? 自販機の裏に……二人目の朝比奈さんか?)

ハルヒ「よそ見すんなッ!」グイッ

キョン「グエッ」

ハルヒ「その耳かっぽじってよく聞きなさい。浮気だけは“ゼッタイに”許さないから♪」ニコッ

キョン(何度見てもおっかねぇ顔だぜ……)

キョン(ん? “浮気”、だと?)

キョン「まさか、俺とハルヒは付きモガフッ!!!グフッ!!フゴッ!!」

みくる(?)「は、はぁ……はぁ……。しゃ、しゃべらないでくださいぃ!」

キョン「バザビナザン!!ビギガ!!ビギガドバドゥ!!ジヌ!!」ジタバタ

ハルヒ「ちょ、ちょっとみくるちゃん!? さっきまでこっちに居たような、って居る?」

みくる「あ、あれぇー、あたしがもう一人いますぅ」

みくる(未)「えっと、あたしはちょっとだけ未来から来たみくるですぅ」

みくる「あ、どうもー」

みくる(未)「どうもー」

古泉「大変です涼宮さん! 彼が息をしていません!」

キョン「」

みくる(未)「4回目にしてやっと成功しましたぁ」

キョン「頑丈そうな布地の両端を両手で持って背後から頭部をひっかける形で鼻と口を塞ぐとか……。もうちょっとお手柔らかにできなかったんですか……」ゴホッ

ハルヒ「みくるちゃん、よくわからないけどGJよ!」

みくる(未)「わぁい」

古泉「おや、4回も挑戦したということは、4人の朝比奈さんがいないとおかしいのでは?」

みくる(未)「えっと、ちょっとした小技を使ったんです。ほんのちょっとずつ時間平面に開ける穴をずらすように分岐点を探し出してあげれば、【禁則事項】と組み合わせて【禁則事項】になるんです。あっ、これは禁則事項でした……ごめんなさい」

キョン「なんなんだこの世界は……」

みくる(未)「涼宮さん、ちょっとこっちで、こっちのあたしさんと二人きりでお話がしたいんですけど、いいですか?」

ハルヒ「許可する!!」ドヤァ

みくる「ありがとうございますぅ」

みくる(未)「失礼しまぁす」

キョン(このハルヒの満足そうな笑顔よ)

キョン(というか、タイムトラベルまでして俺の口をふさいだってことは、相当にあの発言は禁句だったということか……。仕方ない、ハルヒの彼氏ジョン君を演じよう。これは不可抗力である)

みくる「それで、何が起こったの? あの時のジョンくんの言葉?」

みくる(未)「そう。ジョンくんは、自分と涼宮さんが付き合ってることを疑問に思って、それがきっかけで別れ話に発展します」

みくる「えっ……」

みくる(未)「原因は世界外部からの干渉によってジョンくんの記憶が書き換えられたこと。これは本来あたしたちの時間線のSTCデータには無い事項、特大のイレギュラーでした」

みくる「ひぇぇ……」

みくる(未)「規定事項が次々に破綻し、大量の時空震動が観測されたから未来は大混乱。分岐と収斂を繰り返してあたしという存在自体が消えかかったりしました。時空断層を構築されなかったのが不幸中の幸い」

みくる「はゎゎ……」

みくる(未)「最初の世界線では、別れ話の後いろいろあって、涼宮さんが絶望を感じてしまって、久しぶりに閉鎖空間を展開します。それも地球規模で」

みくる「うん……」

みくる(未)「古泉くんたちの機関は壊滅状態、長門さんたちの攻勢も長くは持たなかった。時間線も存在が曖昧なものになってしまって、そんな中にあってなんとか世界線理論的過去改変の実行許可を取り付けたあたしは近接世界の過去に飛んだの」

みくる「そっかぁ……」

みくる(未)「それで世界を4回やり直して、なんとかこの世界線に来れたの……」グスッ

みくる「……つらかったね」グスッ

みくる(未)「うん……つらかったよぉ、ふぇぇ」ダキッ

みくる(未)「まもなくSTCデータの上書きが完了すると思います」

みくる「うん……」

みくる(未)「次の世界線の変更と同時に、あたしという存在はその世界線に再構成される」

みくる「…………」

みくる(未)「たぶん、その世界線のあなたと合体するようなことになると思うんだけど、あたしの記憶は全部なかったことになる」

みくる「うん……」

みくる(未)「実質、あたしが消えちゃうんだよね……えへへ……」グスッ

みくる「……こうして抱きしめていれば、怖くないです」ダキッ

みくる(未)「……うん、ありがとう、あたし」ギュッ

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2010.08.10 (Tue) 19:07 北口駅前


キョン(結局映画館のはしごに遅くまで付き合わされてしまった。中は冷房施設ではあるが、外気温との寒暖の差のせいか、ちょっとめまいがした)

キョン(ハルヒのやつ、執拗なまでに俺のことを束縛しやがって……まぁ、色々柔らかかったことは脳裏に焼き付けておこう)

ハルヒ「みんなまた明日ねー! 明日は昆虫採集、セミ取り合戦よ!」

キョン(どうも去年のエンドレス夏休みの無制限イニング延長戦に突入しているような気分だ)

みくる「あ、あの、ジョンくん……」

みくる(ジョンくんはどうして記憶が書き換わっちゃったんだろう……)

キョン(この朝比奈さんは未来から来たほうなのか、元々居たほうなのか、どっちなんだろうな。みちるさんの時を考えると未来から来たほうなのかもしれない)

ハルヒ「さ、ジョン。帰るわよ」グイッ

みくる「あっ……」

キョン「おい、引っ張るなハルヒ。朝比奈さん、また明日」

みくる「は、はい……」

キョン「それじゃ、踏切まで一緒に行くか」

ハルヒ「は? 何か用事でもあんの?」

キョン「え?」

ハルヒ「ん?」

キョン「……あ、あぁ。そうだったな。お前の家まで見送ってやろう」

ハルヒ「アンタさっきからなに頓珍漢なこと言ってるの?」

キョン「……これもハズれたか」

ハルヒ「もしかして、あたしの家に居づらくなった……?」ウルッ

キョン(上目遣いはやめろ! くそ、ハルヒが女の武器を意識的に使うようになるとこんなにも攻撃力がアップするとは!! というか、なにか? この世界の俺はこのハルヒと一つ屋根の下で暮らしているとでも言うのか! うらやま、じゃなかった、けしからん!! けしからんぞ!! お父さん許しませんからね!!)

ハルヒ「……?」

キョン「そそそ、そんなことは断じてないぞ! お前の手作り飯が美味いことは俺の胃袋が重々承知しているんだ! あぁ今日はお前のお母様が飯当番なのか!? たとえ味音痴な飯マズ嫁だったとしても一向に構わん! ちょっと今日は、ホントに、家に帰んないとヤバいんだって! 頼む! この通りだ!」

ハルヒ「うぇーんジョンが浮気してるー!! あたしとは遊びだったのねー!!」ビェェ

キョン「往来で変なことを言うな!! なぁ、どうしたら俺を家に帰してくれるんだよ!!」

キョン(ハルヒの家に行ってみろ、絶対に古泉や長門、朝比奈さんたちと相談する隙を得ることはできない!)

ハルヒ「じゃーあたしもジョンの家行くー♪」ダキッ

キョン(本末転倒だーッ!?)

2010.08.10 (Tue) 19:30 
喫茶店 珈琲屋夢<ドリーム>


キョン(とりあえず晩飯をおごるという条件で喫茶店に逗留することに成功した。が、その場しのぎにしかならないことは百も承知だ)

ハルヒ「♪」モグモグ

キョン(どういうわけかわからんがこのハルヒは蜂蜜ヌガーのように俺にべったりとくっついて離れない……)

キョン(それからどうでもいいことだが、『ジョン』と呼ばれ続けた俺の瞼の裏には、光陽園学園の制服を着たハルヒの不遜な顔がちらついていた。あぁ、懐かしいじゃねぇか)

喜緑「ご注文の品はすべてお揃いでしょうか。伝票こちらに置いておきますね」ニコッ

キョン「あ、どうも」

キョン(この人まだここで働いてたのか。こっちの喜緑さんも情報統合思念体の総意の代表なんだろうか)

キョン「……なぁハルヒ。昔話をしないか?」

ハルヒ「んー?」モグモグ

キョン「お前が俺の正体を『ジョン・スミス』だと知ったのは、どういう経緯だったんだっけか」

ハルヒ「タイムトラベルの後遺症かしら、ジョンって時々記憶力に問題があるわよね。でも心配しないで! 今年もしっかりテスト勉強の面倒はあたしが見てあげるから!」ゴックン!プハーッ!

キョン(ム、ムカつくが、耐えろ、耐えろ俺……)

ハルヒ「ハッキリバッチリ確定したのは去年の七夕でしょー、アンタの自己申告で」

ハルヒ「でも4年前の夏ごろには特定してたわけ。それはジョンがよく覚えてるでしょ?」

ハルヒ「中学生のほうのアンタには結局声かけられなかったけど……。未来が変わっちゃうんじゃないかと思ったら不安だったのよ」

ハルヒ「同い年ってのはわかってたし、あたしが北高に入学すれば良いだけだしね。3年間退屈だったけど、ジョンのおかげでそれなりにやってけたわ」

ハルヒ「入学式の日、偶然にもアンタの真後ろになって、ニヤニヤを隠すのが大変だったわねぇ」ニヤニヤ

キョン(コイツ、思い出し笑いしてやがる……)

ハルヒ「まぁ、それからのアンタは『俺はジョンじゃない! 変なあだ名を増やすな!』の一点張りでめんどくさかったけど」

キョン(ということは、4年前の七夕の日に中学生ハルヒがジョンの正体、おそらく俺の生年月日と本名あたりを特定できた、という点が過去改変されてるわけか……)

キョン「なぁハルヒ。4年前の七夕の日、変なメールを受け取ってなかったか? 例えば、未来から来たメールとか」

ハルヒ「んー?…………!!!???」ガタッ

ハルヒ「……」ギロッ

キョン(ん? 突然表情が変わった。これは核心か……?)

ハルヒ「ねぇ、ジョン」

キョン「なんだ」




ハルヒ「アンタ、誰」



キョン「……!? な、なにを突然ななな何を言ってるんだハルヒさん!! 俺は居たって普通のどこにでもいるジョン・スミスじゃないか!」アハハ

ハルヒ「あたしはあの宇宙からのメッセージのことは誰にも話したことがない。たとえタイムトラベラーのジョンやみくるちゃんでもね」

キョン(う、宇宙からのメッセージ?)

ハルヒ「あたしのジョンはどこにいったの!? アンタは誰なの!? 答えなさいッ!!」バンッ!

キョン「そんな不審者を見るような目つきはやめてくれ……胃が痛む……」

ハルヒ「……うーん、でもアンタも確かに人畜無害そうなジョンではあるのよね」ジロジロ

ハルヒ「ねぇ、一体なにが起こってるの? 怒らないから話して御覧なさいよ」

キョン「それは絶対怒るための前口上だろうが。これはもう、正直にゲロっちまった方がいいのか……」

ハルヒ「……ねぇ」

ハルヒ「…………」

ハルヒ「……あたしのジョンは、生きてるの?」ウルッ

キョン(……愛されてんなぁ、どこぞのジョン・スミスさんよぉ)

キョン「大丈夫だ、ジョンは生きてる。俺の中でな」

ハルヒ「……そ。ならいいわ」

キョン(わからんが、そういうことにしておこう)

ハルヒ「いえ、良くないわ! ってことは、突然あたしの彼氏になりかわったどこの馬の骨ともわからないやつを、ぶッ飛ばすこともできないじゃない! カーッ、アンタいったいなんなのよ!」バンッ

キョン「あ、あぁ。俺はだな、その、なんつったらいーか……。あれだ、異世界人だ」

キョン(ええいままよ! 『ジョン・スミス』という切り札が既に切られている状況だ、こういう話をしても大丈夫だろう!)

ハルヒ「異世界人……」ポカン

キョン「お前が生きてきたであろうこの世界に実によく似た世界からやってきた。いや、やってきたというか、あっちのお前が俺をこっちに送り込んだんだけどな……」

ハルヒ「あ、あっちのあたし?」

キョン「そうだ。ある事実を確認するためにな。それはさっき話してた、未来からのメールだ。お前が宇宙からのメッセージだと勘違いしてるやつだ」

ハルヒ「勘違い……。ねぇ、じゃぁあれを書いたのは」

キョン「あっちのハルヒだ」

ハルヒ「あっちのあたし……。そう、そうだったの……」

キョン(普通ならすんなり受け入れられる話ではないが。今回ばかりは長門の無表情並にコイツがなにを考えているのかさっぱりわからん)

ハルヒ「ふざけんじゃないわよ……。それって、まったく……」

キョン(怒ってるのか……?)

ハルヒ「サイッコーに、おもしろいじゃない!!!!!!」

キョン(くくっ、やっぱりハルヒはハルヒだったか……!!)

キョン「ってお前、店内で大声を出すな!」

ハルヒ「ってことはなに!? 異世界のあたしはついに異世界の、しかも過去にメッセージを送る能力を手に入れたってことなのね! なんてすばらしいの!」

ハルヒ「いつもジョンやみくるちゃんがうらやましかったのよねー、お手軽にタイムトラベルできて! どうしてあたしにはできないのかって!」

キョン「朝比奈さんも自由に時間移動できるわけじゃないんだけどな」

ハルヒ「あーっ、もう! うらやましいわーそっちの世界のあたし! なんでこんなにあたしだけ平凡なのかしら!」

ハルヒ「古泉くんは絶対裏でなにかやってるし、有希もなんだか知らないけど超人的な能力を持ってるっぽいのに! あたしだけ! 平凡!!」

キョン(本当はお前が一番ぶっ飛んでるんだとは言えないな……。というかこのハルヒはここまで暴露されていてまだ自分の能力に気づいてないのか。あるいは、本当に持ち合わせてないのか……?)

ハルヒ「あっちのあたしは、アンタと付き合ってないのね?」

キョン「えぶはっ!?……まぁ、そうだが」

ハルヒ「なるほどね、そういうこと……。つまり、異世界のあたしが叶えられなかったことを、あの日、こっちのあたしに託した、ってことなのね」

キョン(こいつの頭の回転が無駄に速いことに救われる日が来るとはな)

キョン「『恋愛感情は一時の気の迷いで精神病の一種』だと御高説をのたまったのはなんだったんだ」

ハルヒ「何の話よ……。あぁ、なるほど。ジョンと付き合ってないあたしならそういうこと言うかも。ふふ、おもしろいわね異世界人!」

キョン(ということはなんだ。元の世界でも、やっぱりハルヒは俺の事を……)

ハルヒ「言っとくけど勘違いしないでよね。あたしはアンタの不思議属性に惹かれてただけなんだから」

ハルヒ「去年の7月まではずーっと苦痛だったわ。こんなつまらない、退屈を絵に描いたような奴がどうしてあたしの白馬の……あたしと関わり合いを持ったのか、ずっとイライラしっぱなしだったんだからね!」

キョン(おそらくこれはツンデレではない。くぅ……)

キョン「よくそんなやつと今の今まで付き合っていられたな。俺が見た限りではラブラブバカップルだったぞ」

ハルヒ「まぁ、色々あったのよ。童貞のアンタに教える義理は無いわ」

キョン「なんでわかった!? あっ……」

ハルヒ「やっぱり。反応が初々しいを通り越してウブ過ぎたのよね」プププ

キョン(くそ、まんまとカマかけに嵌ってしまった)

キョン「……ん? 童貞の“アンタ”? 待てよ、まさか」

ハルヒ「それ以上詮索したら殺す……。精神的に殺す……」ゴゴゴ

キョン(ジョンの野郎、許さない絶対にだ……ッ!!)

ハルヒ「紛らわしいからアンタのことをジョンって呼ぶのをやめるわ。谷口たちがキョンって呼んでたっけ。じゃーキョンで」

キョン(異世界に来てもキョンと呼ばれる運命なんだな、俺は)

キョン「まぁともかくだ。その未来からのメールの内容を教えてくれ。それが俺の知りたい事、というか知るべき事だ」

ハルヒ「……絶対に教えない」

キョン「……は、はぁ!? 俺が元の世界に戻れないかも知れないんだぞ!?」

ハルヒ「それだけは絶対に嫌。死んでも嫌。元の世界に帰りたいなら他の方法を探しなさい」

キョン「なにがそんなに嫌なんだ」

ハルヒ「あれはあたしだけの特別なの! あれを書いた別世界のあたしも、絶対アンタには見られたくないって思ってるはずよ! キョンに見せるくらいなら死んだほうがマシ!」

キョン「おいおいハルヒ様よぉ、それはお前の愛しのジョンが戻ってこないってことなんだとわかって言ってるんだろうなぁ。え?」

ハルヒ「…………」

ハルヒ「…………」グスッ

キョン「あっ」

ハルヒ「バカぁ……死んじゃぇ……この、殺人者ぁ……うぐぅ……」

キョン「あぁ……その、なんだ。……すまん」

ハルヒ「グスッ……すまんで済んだら警察は要らないわよぉ……こっちは恋人人質に取られてんのよぉ……」

キョン「……飯、おごるよ」

ハルヒ「当たり前でしょ……。もう、いいから早くどっか行って……」

キョン「あ、あぁ……。ホントに、済まなかった」

ハルヒ「早く消えて!!! あたしのジョンの顔と声でしゃべるな!!! この、このぉ!!!」ブンッ

キョン「おわ! 灰皿を投げるな!! わ、わかったよ、出てくから……」

ハルヒ「……グスッ……ヒグッ」

キョン「……」カランコロンカラーン

喜緑「……またのご来店をお待ちしております」

2010.08.10 (Tue) 20:21 
キョン自宅周辺


キョン(俺にとって未来からのメッセージと言えばファンシーな手紙が下駄箱の中に伝説のラブレターよろしく意味不明な記号群やなにやら可愛らしくも几帳面な書体の直筆文で届けられるアナログチックなものだったが、それが電子メールに取って代わって無機質な活字を媒体経由でデジタルデータ解析しなければならないとは、時代の波には抗えないようだ)

キョン「こりゃハルヒから聞き出すのは時間がかかりそうだ。しっかし、泣いて笑って怒って喜んで、忙しいやつだな」トボトボ

キョン(……ホント、ヒトの気持ちがわからないやつは最低だな。いや、この世界の記憶を持ってないんだからある程度仕方ないと思うが、それにしてもなぁ……)

キョン「ただいまーっと、うちのもんは誰もいないんだったっけ」ガチャ

??「おかえり、キョンくん」

キョン「あぁ、ただいま……って、誰だ!? スーツの、女性……。あ、朝比奈さん!?」

みくる(大)「なんてね。ビックリした? あ、住居不法侵入で通報しないでね」

キョン「あ、いえ、それはもちろんですが、いったいどうしてこの時代に?」

みくる(大)「色々積もる話もあるんだけど、それはまたいつか。簡潔に説明するね、あまり時間がないから」

キョン「時間が、ない……?」

みくる(大)「あなたは元の世界に戻らなければならない。ですよね」

みくる(大)「正確に言えば、過去改変のキッカケとなった事象を相殺することによって、この世界線を元の世界線変動率<ダイバージェンス>に近似した世界線に変更しなければならない」

キョン「事象を相殺するって、どうやってです? またあの七夕の日に行って大立ち回りを繰り広げればいいんでしょうか」

みくる(大)「そんなところなんだけど、よく聞いてね」

みくる(大)「今回対象となってる事象は時間平面理論における分岐点とはなりえないの。世界線理論で言うところの世界線収束範囲<アトラクタフィールド>の収束のようなもの」

みくる(大)「つまり、これからわたしとタイムトラベルしてあの日へ行っても、この世界の根幹を成り立たせているDメール受信とそれに伴う中学生の涼宮さんの行動から生じる因果律だけは変えることができない」

キョン(時間平面理論ってのはたしか、ハルヒが文芸部会誌に掲載した『世界を大いに盛り上げるためのその一・明日に向かう方程式覚え書き』とかいう落書きと、罪のないカメを真冬の川に投擲する作業の賜物だったと記憶しているが……)

キョン「……つ、つまり?」

みくる(大)「簡単に言うと、実力行使による事象の改変は大幅な世界線変動をもたらさない、ってこと」

キョン「それじゃぁどうやって事象を相殺する、というか世界を変えるんです?」

みくる(大)「あなたもDメールを送るの。涼宮さんの行動を元通りにするような内容のものを」

キョン「ですが、Dメール送信による過去改変はこの世界でも通用するんですか? てっきり秋葉原の、未来ガジェット研究所とかいうところのへんてこマシンは機能しなくなってるものだと」

みくる(大)「あら、それはどうして?」

キョン「たしか長門は、ハルヒの“過去を改変したい”という願望があったからDメールなるものが実用化されたとか言ってたので……。ということは」

みくる(大)「そう。この世界の涼宮さんも過去を変えたいと願っているということ」

キョン「あ、あの恋愛病罹患者のハルヒが!? いったいアイツがどんな過去を変えたいと?」

みくる(大)「あなたと付き合ったことをやり直したいと思ってるみたいよ」

キョン「…………」

キョン(あれ、なんだろう。俺のことじゃないとわかっているのに、涙が……)ツー

みくる(大)「あ、言い方が悪かったわ! ごめんなさい! えっとね、キョンくん。要はその、宝物はストーリーの最後に発見すべきっていう法則というか!」アセッ

キョン「は、はい?」

みくる(大)「なんかね、ラブコメ要素を抜きにしちゃって最初からラブラブしてるのはつまらないって思ってるみたいなのよ」

みくる(大)「付き合う前の、お互い好き合ってるのに気持ちを伝えられないドキドキ、そのせいで発生するすれ違いやハプニング……。そういう学生生活を経験したかったらしいわ」

キョン「……あの野郎、どこまでも自分勝手なことを。振り回されるこっちの身にもなってくれよ、まったく」ヤレヤレ

みくる(大)「キョンくーん? 顔がにやけてるぞ♪」

キョン「そう言えば、どうして時間が無いんですか? 過去改変なら、去年の冬の世界改変の、再改変の時みたいにいつまでも猶予があるんじゃ」

みくる(大)「……涼宮さんの過去改変の力はとても強力で、現在進行形で元の世界線からの収束力が弱くなっていて、現在世界線が現アトラクタフィールドから離脱しようとしているの」

みくる(大)「時間線が収斂を忘れて分岐したままになってしまうとも言える。まるで太い縄の糸がほつれて二度と結びつかなくなるように」

キョン「えっと……?」

みくる(大)「メモ用紙2枚とペンを借りるね……。今キョンくんが居るこの世界線を仮にα´という直線だとして……、キョンくんが今日の朝までいた元の世界線をαとすると……、こう」

キョン「二枚の紙に、それぞれ一本ずつの直線ですね」

みくる(大)「そしてこの1枚の紙で構成されてる二次元平面がアトラクタフィールド。他にもいっぱい世界線はアトラクタフィールド上にあると仮定できるけど、とりあえずこの1本ずつね」

みくる(大)「通常のアトラクタフィールドの世界線がαの紙面上。そして、こっちのα´の世界線が涼宮さんの過去改変によって生み出されたアトラクタフィールド。それが、位相を変える形で交差しているの。こんな風に」エイッ

キョン「片方の紙の平面部に、もう片方の紙の端っこを垂直にあてて、“T”のような状態になりましたね」

みくる(大)「この2本、というか2枚の中身がほとんど一緒だったのは今から4年前の七夕の日。時間平面理論でいうところの超大型時空震が発生した時点ね。ここからα´が分岐発生したと考えてもよくて、そこから現在までは4年の月日が流れてる」

みくる(大)「そして今日、改変が起こってキョン君はα平面からα´平面に移動した。そう考えてるわね?」

キョン「はい。違うんですか?」

みくる(大)「実は世界全体が改変されているの。だから正しく言えば、“世界”という唯一無二の存在が今まで着てたαという服を脱ぎ捨てて、α´という服に着替えてしまった、っていう感じかな」

みくる(大)「この時、時空震は発生しない。もしかしたら発生してるのかもしれないけれど、改変によって無かったことになるから観測できないの」

キョン「パラレルワールド、じゃないってことか……」

みくる(大)「パラレルワールドとも仮定できるけどね。ホント、コペンハーゲン解釈とエヴェレット・ホイーラー・モデルのいいとこどりってズルいわね」

みくる(大)「これとわたしたち側の未来人のタイムトラベルを組み合わせられる、2006年から2034年の間はちょっとした小技が使えちゃうわけだけど、バタフライ効果を考えるとあんまりやりたくないのよね」ハァ

キョン(未来人によってタイムトラベルの仕方が異なるのか。TPDD<タイムプレーンデストロイトデバイス>は結局、パラパラ漫画に鉛筆を突き刺すイメージのタイムトラベルで合っているのか?)

キョン(そういや、あの憎々しい顔の藤原とかいう野郎も別の世界線、あるいは時間線から分岐前までやってきた存在だったんだろうか。まぁ、ハルヒがそっちの時間線側に時間断層を作ったらしいから、古泉の言う通り二度と現れることは無いんだろうが)

キョン(ええい、ややこしいな。考察したところで俺の海馬傍回は見事に記憶を長期保存することを拒んでいるようだ)

キョン「そういえば、2034年まで、というのは?」

キョン(長門もそんなこと言ってたっけか)

みくる(大)「涼宮さんの力で新しく発生した時空間関係のシステム……、わたしたちは世界線系タイムトラベルとか、アトラクタフィールド理論、世界線理論、リーディングシュタイナー系タイムトラベルなどと呼んでいるんだけどね」

キョン(リ、リーディングシュタイナーだと! あの岡部某の話は全部が全部ホラじゃなかったのか……)

みくる(大)「こっちのシステムには時限措置が取られていたの。去年の七夕の日、涼宮さんが短冊になんて書いたか覚えてる?」

キョン(突然何の話だ……? 短冊になんの関係が?)

キョン「えーっと、『地球の自転を逆にしてくれ』ってのと『自分中心に世界が回れ』でしたっけ?」

みくる(大)「そう。それはこっちのα´世界線でも一緒。それが16年後と25年後に叶う。彦星のアルタイルまで16光年、織姫のアークライトまで25光年ね」

キョン(アークライトってのはベガの別名だったか)

みくる(大)「後者の願いが2009年から見て25年後の2034年に叶うわ。これによって世界線系のタイムマシンはそれ以降新規開発が不可能になった。開発が不可能になっただけで、既存のマシンは普通に使えたみたい。理屈はよくわからないけど」

キョン(2025年には地球の自転が逆になるのかという野暮な質問はやめておこう)

みくる(大)「ともかく、時間が無いっていうのは、αとα´が互いに干渉不可能なほど独立してしまうまでの時間が無いということ」

みくる(大)「このメモに書いた例でいうと、まずα´平面上にα平面と交わっている線と仮定できる直線を書いて……、これをα´平面上のα世界線とします」

キョン(このα´の紙に新しく書いた直線ってのがさっきの“T”の付け根の部分ってことか)

みくる(大)「αの直線はこのまままっすぐ伸びるとして、今わたしたちが居るα´世界線は……えいっ」ビリビリ

キョン(α直線とα´直線のあいだの部分を平行にメモ紙の半分くらいまで破いた? そしてα´が書かれていたほうを持ち上げて……、ひねった?)

みくる(大)「α´はこんな風に、三次元座標的に独立した、二度とαと干渉しないベクトルとして進んでいくことになる。わたしたちはこの変な世界線を時間平面演算の関係から16進数アトラクタフィールドと呼んでいるわ」

みくる(大)「こうなってしまうと適切な過去改変を実行したところでα´の世界線の性質そのものが変化してしまって、元のαへと世界が改変されることは永遠に不可能になるの」

キョン「あれ? ってことは、今俺の目の前にいる朝比奈さんはα´の未来から来たってことなんですよね?」

みくる(大)「そう。キョンくん自身が今まで接触してきたわたしとは別の世界線、しかも別のアトラクタフィールドの出身ということになるわね」

みくる(大)「だけどやってることも記憶もほとんど同じはずだし、同じ人だと思ってくれて大丈夫よ。それに今日の改変前まではあなたの知ってるわたしと全く同じ存在だったはずだから。αとα´は、ほとんど同じ世界なの。今のキョンくんを除いてね」

キョン「むむむ……」

キョン「……朝比奈さん(大)にとって、元の世界線に戻るメリットってあるんですか」

みくる(大)「このままだと近い将来ディストピアになってしまう。わたしは直接体験することはなかったけれど、涼宮さんたちにとって良い未来とは言えないし、超未来においてディストピア社会とわたしたちの組織との衝突もできれば避けたい。今のところわたしたちは専守防衛に徹しているけど」

キョン「ディストピア……。ジョン・タイターの言ってた通りか。でも、朝比奈さん(大)がディストピアより未来から来たってことは……」

みくる(大)「完ぺきな統制社会とは言っても1世紀も続かなかったわ。首脳陣の利権がこじれたのが原因だとか。その頃には2034年製タイムマシンも経年劣化で使い物にならなくなってたしね」

キョン「でも、α世界線に戻ってもディストピアになる運命は変わらないとジョン・タイターは言っていたらしいんですが」

みくる(大)「αならその運命を変えられる可能性がある。より良い世界が待っている。その鍵を握っているのはあなたであり、未来ガジェット研究所よ」

キョン(いつからこの人はグノーシス主義に傾倒するようになったんだか)

キョン「世界を運命から救う、か。大層な大義名分がふっかかってきたもんだな……」

キョン「それで、タイムリミットはいつなんですか?」

みくる(大)「明日の午前12時まで」

キョン「なッ!? なんだってそんなすぐなんですか!? あ、明日ッ!?」

みくる(大)「涼宮さんの力だとわたしたちは考えているわ。わからないけど、彼女なりの照れ隠しのつもりなのかも」

キョン「はぁ?」

キョン(我ながら素っ頓狂な声を発してしまった)

みくる(大)「うーん、これはわたし個人の推測なんだけどね。多分、涼宮さんは“キョンくんが自分と付き合いたいと思うかどうか”を試しているのかもって思うの」

キョン「……ホントに迷惑千万なやつだ。たとえ無意識だとしても、そりゃないぜ」

みくる(大)「一応確認しておくけど、世界を元に戻す? それとも、この世界で生きていく?」

キョン「いやいやいや! さすがにそれは選択の余地はないですって。それはもう、去年の冬からずっと気づいていることです」

みくる(大)「でもそれって涼宮さんと付き合いたくないってこと?」

キョン「…………」

みくる(大)「ふふっ。いじわるしてごめんね。わかってるわ、SOS団として過ごしてきた日々を改変したくない。そういうことよね」

キョン「時間が無いなら早く行きましょう……」

世界が改変され、SOS団の記憶がすっかり入れ替わっちまっていて、俺はハルヒと付き合っているし、朝比奈さんの正体はハルヒにバレていた。

ちなみに朝比奈さんの正体がバレたのは、自分が未来人ジョンだとハルヒに白状したどこかのアホがどうやって3年前にタイムワープしたのかまでもセットにしてゲロっちまったかららしい。

現状はこのトンデモ度合の三重奏を奏でているというのに、どういうわけだか俺は落ち着いていた。

そういや第一回目の七夕飛行の時もそうだったな。TPDDを失くしたと泣いていた朝比奈さんを尻目に俺はどこまでも冷静だった。

第二回目は、そりゃあの後朝倉による暗殺とかいう事態が待ち構えていたとは言え、朝比奈さん(大)と合流してからはそれなりに落ち着きを取り戻していたのだ。

さて、今ひとたびの七夕飛行へと飛び立とう。帰ったらハルヒが電話レンジを使わせてもらったお礼として未来ガジェット研究所にIBN5100を届けないといけないしな。

こうして安心してタイムトラベルできるのはやはり、SOS団という名前の、能力的にも、仲間としてもとんでもないやつらが居るからである。つくづく俺はSOS団のメンバーで良かったと思うね。

そんなわけで、今の俺にはこんな状況を楽しむ程度の余裕が生まれていたのだった。

今日はここまで


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◇Chapter.4 涼宮ハルヒのレーゾンデートル◇
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D 0.337186 4920656e767920796f75%
2006.07.07 (Mon) 21:00 
光陽園駅前公園

キョン「……うぐっ」

キョン(この嘔吐寸前までいきそうなグルグル目眩には慣れたもんだが、慣れたからと言って不快指数が下がるわけでもなかった)

みくる(大)「近接世界線への到着を確認。これでさっきまでいた時間線の規定事項、あるいは世界線の因果律にある程度拘束されない行動が可能になったわ」

みくる(大)「でもあんまり激しい改変は避けてね、バタフライ効果が怖いから」

キョン(前回の朝比奈さん(大)ツアー{※復活朝倉に刺される前}の轍を踏まないようしっかり靴を履いて飛んできたぞ。前回の朝比奈さん(小)ツアー{※復活朝倉から自分を救う時}の時もしっかり靴は履いていたわけだが)

みくる(大)「やっぱり世界線系タイムトラベルは落ち着かないわね……。STCデータをいちいち再構成しないといけないなんて」

キョン(あれ? でもそれって高校生の朝比奈さんにできたことが、大人になったらできなくなってた、ってことか? うちの未来人の愛らしいおっちょこちょいはいつまで経っても治らないらしい)

みくる(大)「α´世界線における深刻なパラドックスを起こさないようDメールの内容を確認次第、元居た時間平面へ帰還。いいわね」

キョン(このようにロボアニメの司令官ばりのクールなセリフを吐いているが、中身はいつもの朝比奈さんだと思うと憎さ余って可愛さ百倍である)

キョン(まぁ、この世界線では朝比奈さん(小)を木偶のように操っているわけではなさそうだから、憎む理由もないのかな)

キョン(その時俺はしょうもないことを思いついてしまった。聞くだけならロハだろう)

キョン「……朝比奈さん。帰還場所、この場合時間平面というべきところを、2010年の8月10日ではなく、8月9日以前にすることはできないでしょうか」

みくる(大)「できるけど、リスクはなるべく避けたいです」

みくる(大)「どんなことがあって8月9日以前に存在したジョンくんと、今のあなた……キョンくんが接触するかわからないし。この場合もパラドックスが起きちゃうわ」

キョン「一応わかってはいるんですが、どうもそのジョンって野郎がどんなやつか気になりまして……」

みくる(大)「……こちらの世界だけが持ってる記憶はなるべく所持しないほうが身のためよ。改変時の頭痛がひどくなっちゃうわよ?」

キョン「頭痛くらいならなんとか……」

みくる(大)「もうっ! 任務中にやめてください! 好奇心は猫をも殺すとは言うけど、今のキョンくんはそれです」

みくる(大)「考えても見て。涼宮さんと日中から“らぶchu☆chu”してる人間をキョンくんが直視したら、それはもうトラウマものよ!」

キョン(八重桜鑑賞会での一発芸じゃあるまいし、そんなことでトラウマになるほど俺の心臓は固形化したケイ酸塩で構成されているわけ……では……)

キョン「…………」

キョン「……はッ!?」

キョン(なんだこの小学生のお絵かきのために調合された水彩絵の具パレットのような心象は……)

みくる(大)「わかった?」

キョン「……なかったことにしてください」

みくる(大)「それでいいんですよ」ウフフ

みくる(大)「そろそろ時間よ」

キョン(さすがに校庭に侵入しては気づかれてしまうからな、校門の外で待機だ)

キョン(というか、今この時間平面に俺が3人、中坊の俺も入れれば4人の俺が存在してることになるのか。人口密度高いな)


ガシャン!


キョン(お、来たな、世界の始まり様。今も昔も身のこなしは軽やかだ、校門を飛び越える姿も様になってやがる)

ハルヒ(小)「……」キョロキョロ

ハルヒ(小)「……」タッタッタッ

キョン(どうやらまだメールは受信してないみたいだな)

みくる『うぇぇぇぇぇん……』

キョン(あらら、TPDDを失くした朝比奈さんの泣き声まで聞こえてきた)

みくる(大)「……早く跡を追いかけましょう」

キョン(消失)『世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく!』

ハルヒ(小)「!?」キョロキョロ


キョン(ここまでケータイいじらず……か。そろそろか?)


ハルヒ(小)「!!」アルーハレータヒーノコトー♪


キョン(……来やがった!)


ハルヒ(小)「……」ピッ、ピッ

ハルヒ(小)「……!?!?!?!?!?」


キョン(暗がりでもよくわかるほどに目ん玉を白黒させまくって4回転アクセルでも決めるんじゃないかという勢いだ……)

キョン(いったいどんな内容が書かれていたんだ? さて、どうやって盗み見るか……)


ハルヒ(小)「ジョン!! そこを動かないで!!」タッタッ


キョン(な!? 冬から来たほうの俺と朝比奈さん(大)のほうに向かって走り出しやがった!?)


みくる(大)「今よ! キョンくん!」

キョン(……ええい、行ったれ!)


キョン「お、おい! 俺はこっちだ!」

ハルヒ(小)「!?……おっかしーわねー、確かにあっちから声が聞こえたんだけど」

キョン「……宇宙からのメッセージ、受信したか?」

ハルヒ(小)「えっ!? なんでアンタがそれを……」

キョン「なんでって、手伝ってやっただろう。俺にも見せてくれよ」

キョン(どうだ……?)

ハルヒ(小)「だ、ダメに決まってるでしょ! 書いたのはアンタだけど、書かせたのはこのあたしよ!」

キョン「どういう理屈だそりゃ」

キョン(ならば、どうするか……)

ハルヒ(小)「……」チラッチラッ

キョン(ん? ハルヒのやつ、俺のことを観察してるな)

キョン(そうか、俺の正体を知るには身分証なんかを奪取しないとならんのだろう。これはわざと盗まれてやったほうがいいのか?)

キョン「なぁ、さっきから何見てるんだ。俺の正体が知りたいのか?」

ハルヒ(小)「は、はぁ!? 誰がアンタなんか……」

キョン「交換条件だ。そのメールを見せてくれたら教えてやってもいい」

ハルヒ(小)「はぁ!?!?……ちょっと考えさせて」

キョン(これは決まったか?)

ハルヒ(小)「……うん、決めた」

キョン「そうか。ならケータイを……」

ハルヒ(小)「メールは見せない。あたしはアンタの正体をつかむ」

キョン「……どこまでもお前らしいよ、やれやれ」

ハルヒ(小)「うりゃ!!」ビシッ

キョン「だはッ!! い、いきなり蹴りかかるやつがあるか!!」

キョン(ここで俺が片膝をついてしまったのが運の尽きだったらしい)

ハルヒ(小)「もう一発!!」バシッ

キョン「見切ったグワァー!!」バターン!

キョン(見切ったところで避けられるわけもなく! 俺は無様にも小さな体躯から繰り出される閃光魔術<シャイニングウィザード>をモロに受け、後頭部からアスファルトに叩きつけられてしまった!)

ハルヒ(小)「胸ポケット!? 違うッ、ズボン!?」ガサゴソ

キョン「お、お前は追剥か、この野郎……」グエッ

ハルヒ(小)「あったッ!! 生徒手帳!!」シュバッ

キョン(中一女子にやられる高二男子ってどうなんだ……)

キョン(……なんてな、反撃のチャンスを狙っていたのさ!)

キョン「おらッ!!」ガバッ

ハルヒ「きゃぁッ!!」バターン!

キョン(俺から身分証を奪取した瞬間、喜色満面になって隙ができることはわかっていたぜ)

キョン(中坊のハルヒなら押し倒すことくらいできる!)

キョン「さぁケータイを出せ! って、言うこと聞くわけねぇよなぁ。ならばッ、実力行使ッ!!」ハァハァ

ハルヒ(小)「い、いやぁぁぁぁっ!! どこ触ってるのよ変態ぃぃぃぃ!!」ゲシゲシ

キョン(あ、あれ、今俺ってもしかして日本国の法律に則って刑事事件を起こしている……?)

キョン「あ、あった……。メールは、3通!! これか!!」ピッ





ジョンの正体




つかめ!私は 




ここにいる。




キョン(なんとまぁ、キュウリの浅漬けの如くえらくあっさりした内容だったわけだ)

キョン(あいつがこのメールを見せたくない理由はあの宇宙語がバレたくなかったためなのだろうか。俺は長門に教えてもらったわけだが)

ハルヒ(小)「は、はぁ……はぁ……。なんなのよ、アンタ……」

キョン「あ、あぁ。説明が遅れてすまなかった」

キョン「実はこの3通のメールには珪素構造生命体共生型情報生命素子が寄生していてな」

キョン「お前に乗り移って悪さをする可能性があったんで消しに来たんだ。ほらよ、返すぜ」ポイッ

ハルヒ(小)「えっ、消しちゃったの……」

キョン「安心しろ、メール自体は3通ともそのまま残してある。それじゃぁな」スタスタ

ハルヒ(小)「えっ……。よ、よかった……」


キョン(体があちこち痛む……。早く休ませてくれ)

みくる(大)「さぁ、帰りは純粋なTPDDで戻ります。行きますよ」シュン


ハルヒ(小)「……って、生徒手帳返すわよ! 中身覚えたから!……って、あれ? 居ない?」キョロキョロ

同一世界線 D 0.337186 4920656e767920796f75%
2010.08.10 (Tue) 22:14
キョン自宅


キョン「いててッ、もう少しやさしく……」

みくる(大)「甘えん坊さんね、キョンくんは」チョンチョン

キョン(ぜひとも昔のナースコスを着て治療に当たってほしいなどとチラッとでも思ったことは心のクローゼットに閉まっておこう)

みくる(大)「はい、これで手当てはおしまい」

キョン「……これで良かったんでしょうか」

みくる(大)「今のところ順調よ」



ハルヒ「なーにが順調なのかしら」


キョン「なにって、そりゃお前世界を元に戻す作業がだな……って、ハ、ハルヒッ!?」

みくる(大)「涼宮さんッ!?」

ハルヒ「みくるちゃーん。おっきくなったわねー、みくるさんって呼んだ方がいいかしら?」

みくる(大)「……」アセアセ

ハルヒ「アンタたち、こんな夜遅くに二人っきりで何してるの? たのしそうねー」

みくる(大)「……」ダラダラ

ハルヒ「あたしに隠れて。ねぇ?」ニコッ

キョン(何度目かの妖絶な笑みを見て俺はふがいなくも腰が抜けそうになった。同時に脳内には走馬灯が……)

一旦離席
ニコ生でシュタゲ放送見てくるお

ハルヒ「ほら、ジョン。忘れ物よ」ポイッ

キョン「ハッ……! あ、あぁ、生徒手帳か。ありがとよ」

キョン「って、あれ? なんでお前が持ってるんだ?」

ハルヒ「なんでって、アンタ、あたしとの別れ際に置いてっちゃったじゃない」

キョン「それはそうだが……、どういうことだ?」

ハルヒ「相変わらず頭が弱いわねぇ。要はね、4年越しに忘れ物を届けたってことよ」

ハルヒ「あの時のアンタをあたしは4年間覚えていたの。高校2年生のアンタをね」

キョン(そうか! 本来高校1年の時の身分証をパクられていたから、ここだけは世界の因果の流れが変わっちまってるわけか!)

キョン「そうだったか。改めて礼を言う……って、なんだこの生徒手帳!? ボロボロじゃないか!?」

ハルヒ「当たり前でしょ! 4年間もほったらかしてたのよ! あたしが管理してなかったら今頃ゴミっかすになってたわよ。感謝しなさい」

キョン「ん? さっき喫茶店で飯食ってた時、俺の正体にどうして気づかなかったんだ?」

ハルヒ「それは……、もちろん前からずっと高校2年になったらジョンがまたタイムトラベルするんだろうなーって身構えてたけど、まさか中身が入れ替わるなんて思ってなかったのよ」

ハルヒ「4年前のあの時のジョンが、異世界人のアンタのほうだったなんてちょっとショック」

キョン「悪かったな」

ハルヒ「まぁいいわ。特別に許してあげる」

キョン(さっき灰皿を泣きながら投げつけてきたやつとは思えないな……)

キョン「待てよ、ってことは世界が少し変わっている……?」


キョン「これって世界線が変動したってことなんですよね?」ヒソヒソ

みくる(大)「そうとも言えるけど、そういうわけじゃないわ」ヒソヒソ

みくる(大)「そもそもTPDDは基本的に世界線を大きく移動させるようなタイムトラベルはできないの。だから、世界が変わった、というよりも、因果の流れが少し変わった、っていう感じかな」ヒソヒソ

キョン(そういや前に藤原某が『たいした違いにはならない』だなんだとほざいていたが、たしかに出来事の中身が入れ替わっただけで大局的な結果は何も変わってない、のか)


ハルヒ「」イラッ

ハルヒ「それで、みくるさん? こいつはこの後何をしなければならないのかしら?」

みくる(大)「……禁則事項です」

キョン「当たり前だ。お前を巻き込むわけにはいかん」

ハルヒ「あたしがおもしろそうなことに首を突っ込みたいって言ってるの」

ハルヒ「SOS団の団長は誰だったかしら。あなたもSOS団の一員ならわかるわよねぇ、み・く・る・さ・ん?」ニコッ

キョン(こいつなんでさっきから朝比奈さんに対してキレてるんだ……?)

みくる(大)「す、涼宮さんも知ってますよね? き、禁則事項は口が裂けても言えないって」プルプル

ハルヒ「その口裂いてから言ってもらわないと説得力にかけるわね。キョン、ハサミどこ?」

みくる(大)「ぴぃぃぃっ!!」ガクガク

ハルヒ「言っとくけど、アンタたちに拒否権なんか無いのよ。わかってる?」

キョン「というかハルヒよ、俺はこの世界を崩壊させようとしているも同然なのだぞ。そんなのの片棒を担いでいいのか?」

ハルヒ「だっておもしろそうじゃない」

キョン(この涼宮ハルヒという生物はどこの世界で生を受けたとしても“おもしろさ”を価値判断の最高位に位置付けているらしい)

ハルヒ「それにアンタは世界を元の世界に戻そうとしてるんでしょ? あたしも興味あるのよね、あっちの世界のあたしに」

みくる(大)「……わかりました、善処します」

キョン(禁則が折れた!?)

ハルヒ「……あなたのこと“みくるちゃん”って呼ぶから、あたしに敬語使わなくていいわよ?」

みくる(大)「そ、そんな、滅相もないです……」

キョン(んー……。今の管理職っぽい朝比奈さん的には、むしろ昔の状態の時よりハルヒに頭が上がらなくなってるのだろう)

ハルヒ「ねぇ、お願いみくるちゃん。あたしね、一度でいいからあなたとタメ張っ……対等な立場でお話したかったの」

ハルヒ「そのほうがお友達っぽいじゃない? 今のあなたとじゃなきゃできないと思うんだけど……ダメ?」ウルッ

キョン(こいつはどこでこんな女の武器的交渉術を身に付けたんだろうな。育て方を間違ってしまったようだぞ、この世界の因果律様よ)

みくる(大)「!?/////」

キョン(そして効果は抜群のようである。まぁ気持ちはわかりますよ、朝比奈さん)

みくる(大)「ハ、ハルヒちゃん……///」

ハルヒ「…………」

キョン(これは……)ゴクッ

みくる(大)「は、恥ずかしいから何か言ってよ!///」

ハルヒ「大人になってとんでもない爆弾を隠し持ってたわね……。これがギャップ萌えってやつなのね、素晴らしいわ……!」グッ!

キョン「違うんじゃないか。知らんが」

ハルヒ「さて! 腹を割って話せる仲になったところでみくるちゃん!」

みくる(大)「う、うん///」

ハルヒ「二度とあたしに断りなく夜にジョンと二人きりで逢わないこと。イ・イ・ワ・ネ?」ニコッ

キョン(朝比奈さんがあまりの恐怖に失神してしまったところで俺はハルヒに今後の行動の説明をした)

キョン「明日の12時までに秋葉原に行って未来ガジェット研究所とかいう大学生のサークルに赴き、そこにあるはずの電話レンジ(仮)とかいう珍妙な名前の“過去にメールを送れるマシーン”を使わせてもらう」

キョン「そして4年前の、あの未来からのメール、これをDメールと言うらしいが、それを受信した直後のお前にまた俺からDメールを送り、俺の正体を探らせないようにする」

ハルヒ「そんなモノがあたしの知らないところで開発されていたなんて! ムカつくわ……」

キョン(どこかで聞いたセリフだ)

ハルヒ「ジョン! じゃなかったキョン! 大学は東京の大学に進学するわよ!」

キョン「お前は話を聞いていなかったのか。世界を改変するんだから今ここで口約束しても仕方ないだろう」

ハルヒ「アンタは覚えてるんでしょ? だったら向こうのあたしに伝言しなさいよ」

キョン「……それってどうなるんだ?」

ハルヒ「もう! こんな調子じゃ、アンタ一人で東京に行かせるなんて不安ね」

ハルヒ「仕方ないわねー、ここはあたしと一緒に秋葉原に行きましょう♪ もちろん団員全員でね!」ダキッ

キョン「のわっ! 急にひっつくな!!……というか、お前、俺のこと嫌いだったんじゃなかったのか?」

ハルヒ「嫌いよ、大っ嫌い。でも、ジョンがまだウブだった頃のことを思い出しちゃって……ふふっ。アンタが悪いんだからね!」ギュゥ

キョン(あー、これは。これは、いかん。たぶん、ダメなやつだ。あー……)

古泉「おやおや、仲良きことは美しき哉。楽しそうで何よりです」

キョン「……SOS団には夜遅くに俺の家に集まる習性でもあるのか。うちは誘虫ランプか何かか?」

キョン「次回からはたとえタイムトラベルに出かける時でも玄関のカギを掛けることを心掛けよう」

ハルヒ「古泉くん、突然どうしたの?」

古泉「偶然この家の前を通る用事があったのですが、何やらにぎやかな声が聞こえてきましてね」

キョン(嘘が下手すぎるだろこいつ……。大方、俺の家に盗聴器でも仕掛けてるんだろうな)

ハルヒ「古泉くん! 明日秋葉原に行こうと思うのだけど、SOS団みんなで行くことにしたわ!」

ハルヒ「有希も誘いましょう! あと、そこにいるみくるちゃん大人バージョンも!」

古泉「おもしろそうですね。特に朝比奈さんの大人バージョンさんとは久しぶりにお話したいところです」

古泉「すいません涼宮さん。ちょっと彼をお借りしてもよろしいでしょうか。男同士で積もる話がありますので」

キョン「は?」

ハルヒ「いいわよ」

キョン「いいのかよ」

ハルヒ「あたしはみくるちゃんとお風呂入るわ。キョン、お湯もらうわよ」

ハルヒ「ほら、みくるちゃん起きて!」

みくる(大)「ふみゅぅ……」

キョン(どうしてハルヒはうちの風呂場のことを勝手知ったる面してるんだろうということは聞かないでおいたほうが長生きできそうだ)

古泉「さ、僕たちは外へ行きましょう」

キョン(さっきからアルカイックスマイルを浮かべやがって。何か企んでやがるな?)

2010.08.10 (Tue) 22:57 
線路沿


キョン「それで、話ってなんだ。なにか問題でも起きたのか?」

古泉「えぇ。それも宇宙規模の大問題が」

キョン「……マジか。いったいなにが起きたってんだ?」

古泉「何者かがこの素敵な世界を破壊しようとしているのですよ。なんとしても阻止せねばなりません」

キョン「なにッ! いったいどこのどいつが……。って、古泉よ。まさかとは思うが、それは俺のことか?」

古泉「ご明察」

キョン「……無駄話してる時間は無いんだが」

古泉「気付いてるんだか気付いてないんだかわからない人ですね、相変わらずです」

古泉「今回、この件に関して僕はあなたの敵だと言っているのですが」

キョン「そんなことしてお前になんの得があるんだ」

古泉「得しかないのですよ。喫茶店でのお話によれば、改変先の世界では“あなた”と涼宮さんはお付き合いしていらっしゃらないとか」

キョン「あの場にも忍び込んでたのか……。それがどうした」

古泉「そちらの世界における閉鎖空間の発生率は?」

キョン「そうだな……。4月の頭頃に去年の4月頃の頻度に戻ったと言っていたか。最近だとおとといの夜も発生したらしい」

古泉「やはり……」

古泉「あなたにとって驚きの数字を教えて差し上げましょう。去年の7月7日以降、閉鎖空間は何度発生したか」

キョン「……?」

古泉「ただの1回です」

キョン「な、なに……ッ!!」

キョン(1回って、あの佐々木の閉鎖空間と合体した変な閉鎖空間の、アレだけってことか!?)

古泉「推測するまでもなく、涼宮さんはあなたと親密な関係になることで閉鎖空間でのストレス発散をシフトさせたのですよ」

古泉「あなたとのやりとりでストレスを解消することを“おもしろい”と感じていた」

キョン「そうだったのか……。それじゃ、ジョンってのはそれなりにお前ら機関に貢献してたってわけだ」

古泉「えぇ。正直、僕はもう閉鎖空間での能力の使い方を忘れてしまいそうですよ」

古泉「事実、機関のメンバーのほとんどが文字通り能力の使い方を忘れつつあります」

キョン「そりゃ、お前らの能力の特性上仕方なかろうぜ」

古泉「機関は現在このような状態なのです。命を落とす危険が常に付きまとう閉鎖空間が日常的に発生する世界への改変など、誰が賛同するでしょうか」

キョン「古泉、お前にしてはらしくないな。この世界をまるごと改変するって言ってるだろ?」

キョン「お前ら機関も日常的に能力を使ってる世界に改変されるんだから、なにも問題はない。そうだろ?」

古泉「……あなたは、そんなに人間の気持ちがわからない人だったでしょうか」

古泉「むしろそれが問題なのです。機関は現在、死の恐怖に関連するあらゆるリスクから比較的遠いところに居ます」

古泉「しかし、明日から日常的に閉鎖空間が発生する世界になりますと言われて、生理的に受け入れられる人間がいるでしょうか」

キョン「だからな、お前らの記憶だって変わるんだから」

古泉「人間の想像力は偉大です。つまるところ……僕は、死ぬのが怖いんです」

キョン「なっ……」

古泉「たとえこちらの世界線で感じているこの恐怖感を一切忘却するとしても、世界が変わってしまえば明日《神人》に殺されるかもしれない」

古泉「そんなのは、ただの洗脳だ」

キョン「ち、違うッ!!」

古泉「どこが違うのですか。確かに殺される時の恐怖感は、今僕が感じているようなものではないのでしょう」

古泉「しかし、たとえ記憶が改ざんされ、感情や能力が世界線に応じて改変されるとしても……、僕たちは安穏を選ぶのです」

キョン「……それが機関の答えか」

古泉「そして、残念なことに僕個人の意見でもあります」

古泉「明日の12時」

キョン「ッ!!」

古泉「明日の12時まで、あなたの手足を拘束してしまえば僕の勝ちです」

古泉「逆に明日の12時までに秋葉原でメールを送信できたらあなたの勝ち。さぁ、ゲームを始めましょうか」

キョン「……古泉よ。お前さん、俺に一度でもゲームで勝ったことがあったか」

古泉「創作物のキャラクターなら、一度も達成できなかったことをここぞという時に達成するというのはストーリーメイキングの定石ですよ」

キョン「どうもお前のセリフは墓穴を掘るスコップの音に聞こえてならんな……」

キョン「悪いが、今回ばかりはお前に付き合ってる暇はない。なぜなら俺にとって本当の世界はココじゃない」

古泉「そう言うと思っていました」

キョン「そして俺は勝利を確信している」

キョン「なんてったって、あの団長様が俺を明日秋葉原へ連れていくと断言したんだぜ? それを反故にすることなど、モーゼだってできまいよ」

古泉「ならば涼宮さんに能力を使われる前にあなたを確保してしまえば良い。たったそれだけのこと……」

古泉「……皆さん、今ですッ!!」

キョン「そんなハッタリが通用するかよ。周りにゃ人間の気配なんか……ッ!?」バターン

新川「少々荒っぽいですがお許しください」ギューッ

森「対象<ターゲット>確保しました」

キョン(え……えッ!? なんだ!? 俺は、今の一瞬で捕まったのか!?)

キョン(くそっ、縄で腕と胴体が縛られてる……嘘だろ……!?)

古泉「あっという間に決着を見てしまいましたね。まぁ、明日の12時までは気を抜けませんが」

キョン「お、おい。やめろ、やめろよ古泉……。お前はッ! あのSOS団の日々を、忘れちまったってのか!!」

古泉「忘れるもなにも、“あなた”にとってはハナからそんなものは無かったのです。この世界にとって、“あなた”の記憶はただの幻想にすぎない」

キョン「前に、俺に言ったよなぁ!! 機関を裏切ってでも俺に味方するって!!」

キョン「俺と対等なダチになりてぇっつってたよなぁ!? あれは嘘だったのかよ!!」

古泉「……チッ。小癪な手段を使いますね」

古泉「言わせてもらいますが、僕らのSOS団に異世界人は居ません。ゆえに僕の行動はSOS団を守る行動です」

古泉「“あなた”はッ!! SOS団団員ではないッ!!」

キョン「くそっ!! どうすりゃいい、どうすりゃいいんだッ!!」ジタバタ

古泉「さぁ、彼を例の場所へ運んでください」

新川「了解です、古泉」

キョン「待っ―――――――――――

同一世界線 D 0.337186 4920656e767920796f75%
2010.08.10 (Tue) 22:56
キョン自室


―――――――――ってくれ、って、あ、あれ……ん!? な、何がどうなった!?」

キョン「ここは……、俺の部屋!?」

みくる(小)「はぁ……はぁ……。なんとか、間に合いましたぁ……」ペタン

キョン「あ、朝比奈さん! 小さいほうの!」

みくる(小)「え、えっと……未来の涼宮さんに頼まれて、この時間平面のあなたを救助するように言われたんですぅ」

キョン「そうだったんですか!! それで、ハルヒは今どこに!?」

キョン(最低最悪のクソみたいな可能性だが、機関のやつらがハルヒをマインドコントロールして……、この世界を絶対改変させたくないと強く願わせたら……ッ!!)

みくる(小)「ひゃぁ!? たぶんまだこの家の中に……あっ、ジョンくん!」

キョン「どこだハルヒ!! どこにいるッ!!」バタン!

2010.08.10 (Tue) 22:57 
浴室


キョン「ハルヒッ!! ここかッ!? ええい、腕が使えないなら蹴破ってやる!!」バターン!!

ハルヒ(大盛)「な、なに!?」

みくる(特盛)「きゃぁ!?」

キョン「よ、よかった……居てくれたか......」ハァハァ

ハルヒ(大盛)「……変態」

みくる(特盛)「あ、あの……キョンくん……」カァァ

キョン(……と、特盛!)

ハルヒ(大盛)「いつまでもナイスバディなみくるちゃんの裸を見てんじゃないわよ!!!! エロキョン!!!!!」シュバッ!

キョン「どぅぶぁへぇーッ!!!」ドンガラガッシャーン

2010.08.10 (Tue) 23:10
キョン自室


ハルヒ「……状況はわかった。あたしはこれからまだ自分の部屋でゆっくりしてるはずのみくるちゃんに連絡して、その時間に行ってキョンを助けるよう伝えればいいのね?」

みくる(小)「は、はいぃ。それで未来から許可が下りるので問題ないと思います」

ハルヒ「いつもありがと、みくるちゃん。みくるちゃんはこれからどうするの?」

みくる(小)「えっと、今帰るとパラドックスが起きるかもしれないので、ジョンくん、じゃなかった、キョンくん、も、もしよかったら今日はここに泊めていただければ……」

キョン(この人には異世界のハルヒの過去改変による世界改変によって俺の記憶が維持されてしまったということを説明した)

キョン(ついでにコッチのハルヒが自分をキョンと呼ぶよう命令した。今回ばかりはGJと言わざるを得ない)

キョン「えぇ、いいですよ。妹の部屋を使ってください」ボロッ

みくる(小)「ありがとうございますぅ。それと、そちらの方は……?」

キョン(俺は今の今までどんなことがあろうと朝比奈さん(大)の秘密主義には未来的に超重要な理由があるのだと信じて、それに従うように行動してきた)

キョン(だが、あろうことか朝比奈さん(大)は100円均一で販売してそうなレベルの度無しメガネをかけただけの状態で、いとも簡単に過去の自分である朝比奈さん(小)と相対しているのだ)

みくる(メ)「初めまして、みくるちゃん。わたしは来波<くるなみ>アサヒと申します」

キョン(その正体は朝比奈さん(メガネ)である。OLスーツと相まってセクシー教師風味だ)

キョン(渡橋泰水に続いてまたアナグラムか……。“波が来る”とか、“朝日”ってのはなんとなくより良い未来が到来するイメージがあるな。ほらあれだ、月曜日には黄色ってイメージがあるだろ?)

みくる(小)「は、初めまして! えっと、涼宮さんたちとは……」

みくる(メ)「明日SOS団で東京に行くことになりまして、その引率の先生役なんですよ。大丈夫、あなたたちの味方です」ニコッ

みくる(小)「そうなんですかぁ」ホッ

キョン(きっとあのメガネは、体は子ども、頭脳は大人的少年探偵ばりの秘密アイテムなのだと信じよう。そしてこれが朝比奈さん(大)の言ってた“善処”の結果なんだろう)

キョン(そうでなければ俺はわりと真面目に朝比奈さん(大)に対して、あるいは未来人のお偉方に対して本気で怒らねばならん)

みくる(小)「ジョンくん、じゃなかった、キョンくん、お怪我はだいじょうぶですかぁ?」

キョン「大丈夫ですよ。蹴りを食らうのは慣れてますから」

キョン(長門にニーキックをもらったりな)

ハルヒ「自業自得よ」

キョン「そう言えば朝比奈さんはどうやって俺を助けたんです?」

みくる(小)「えっと、ですね……。まず、今回の事象が分岐点でよかったです。時間平面理論なら得意分野ですから」ニコッ

みくる(小)「キョンくんの身体と接触するように時空間座標を合わせてTPDDを起動させて、該当時間平面到着と同時にTPDDを再起動してこの部屋まで飛んだんです。少し時間も巻き戻してますよぉ」

キョン「そんな使い方ができたんですね。まるでテレポートだ」

キョン「それで、そろそろこの縄を解いていただきたいのですが……」モゾモゾ

ハルヒ「折角だから明日の朝まで縛っておきましょう」

ハルヒ「美女三人と一つ屋根の下じゃコイツがどんな行動を取るかわかったもんじゃないわ」

キョン「……くぅ」シクシク

みくる(小)「で、でもまた古泉くんたちに襲われたら!」

みくる(メ)「古泉くん……」

ハルヒ「あたしの目の前でそんなことさせないし、多分できないんじゃないかしら」

ハルヒ「それができるなら今ここに突入されててもおかしくない」

キョン(アイツらはなんだかんだでハルヒのことを神だか神の子だかとして神聖視してるはずだからな)

キョン(鍵である俺と同時に居るところではムチャできないはずだ)

ハルヒ「それに今日はコイツから離れないで寝るから大丈夫よ」

キョン(生殺しだ……)シクシク

みくる(メ)「それじゃ、おやすみなさい」ガチャ

みくる(小)「おやすみなさぁい」バタン

キョン(二人は妹の部屋で寝ることになった。まるで親子のようだな)

ハルヒ「さあキョン。現在時間平面のみくるちゃんにも連絡したし……、明日に備えて寝るわよ」

キョン「ベッドを使って構わないが、せめて枕だけでも俺の分を床に置いてくれないか」

ハルヒ「離れないって言ったじゃない。アンタ、抱き枕になりなさい」

キョン「……は!?」

ハルヒ「ほら、コッチに来いッ!」

キョン「うおおッ!?」バタッ

ハルヒ「そして抱き着く! こうしてればさしもの古泉くんでも手出しできないはずだわ!」ギュッ

キョン(む、胸がッ!! 涼宮ハルヒの平均以上には大きい健やかなる胸がハアァッ!! 俺の顔をうずめているゥゥゥッ!!)スゥー!ハァー!

ハルヒ「ホントウブねアンタ……」

キョン(女子特有の風呂上がりの匂いが俺の鼻腔をくすぐる……! この甘ったるい香りは花丸マークの5月某日――未来方向タイムトラベル時のほう――に嗅いで以来だな……)

キョン(あぁ、中身はあんなやつだがしっかりと女性ホルモンが出ているらしい! 肉体的にも成長してるのか……)ドキドキ

ハルヒ「すぅ……」ギュッ

キョン(……って、もう寝たのか。コイツ、寝ながらにして腕の力を込めてきやがる)

ハルヒ「んん……」

キョン(色っぽい声を出しやがって)

ハルヒ「ジョ……ン……」

キョン(正直、たまりません……)

ハルヒ「だい……好き……」

キョン(性欲を持て余す)ギンギン

2010.08.11 (Wed) 6:09 
北口駅前


キョン(俺の腕を縛っていた縄は起き掛けに解いてもらった。あれじゃ歯も磨けないしトイレにも行けなかったからな)

キョン(だがどういうわけかハルヒはその縄を手に持っている。何に使う気だ?)

ハルヒ「おっはよー! みんな、準備はいい? さぁ、SOS団が世界を変えに行くわよ!」

みくる(小)「お、おー!」

みくる(メ)「うふふ。いいなぁ、この頃のわたし」ボソッ

長門「…………」

ハルヒ「有希も朝早くの招集にしっかり応えてくれて、団長として鼻が高いわ!」

キョン(そう言えばこっちの世界の長門は、古泉みたいなわけわからん状態にはならないのか?)

キョン「なぁ、長門。お前は、宇宙人的に見てこの事態をどう考えている」ヒソヒソ

長門「情報統合思念体の総意として世界改変については好ましく考えられている」

キョン「それはまた、いったいどうして」

長門「この世界では自律進化の可能性を得ることができないことが予見された」

キョン「そう、なのか? まぁ、元の世界でもどうなのかはわからんが」

長門「涼宮ハルヒとあなたが付き合っていない世界なら、あるいは」

キョン「……それって、そんなに大事なことなのか」

長門「すごく」

キョン(まぁ、理由はともあれ長門が仲間だってなら問題はないか。……仲間、というより、単に利害が一致しているだけ、というのがなんとも隔靴掻痒だ)

ハルヒ「キョン、ちょっと手出しなさい」

キョン「ん? こうか」スッ

キョン(その後コイツは何を思ったのか自分の手首と俺の手首を縄で縛ったのだ。片手で器用なもんだ、じゃなくて!)

キョン「お、おい!? なんのつもりだ! この縄を解け! これから電車に乗るんじゃなかったのか!?」

ハルヒ「ダメよ、こうしてないと人ごみの中でアンタが連れていかれちゃうかも知れないじゃない」

キョン「そうは言ってもだな、これはさすがに……」

ハルヒ「恋人繋ぎしてあげるから観念しなさい?」ニコッ

キョン(ただひたすら俺が恥ずかしいだけか……。仕方ない、辛坊しよう)

キョン(なに、世界線漂流の恥はかき捨てなのだ。決してハルヒの和解斡旋案をうべなったわけではない)

キョン(昨晩は古泉に煮え湯を飲まされたり、ハルヒにテストステロンの過剰分泌を強制させられたおかげで一睡もできなかった。移動中に仮眠を取らせてもらおう)

2010.08.11 (Wed) 10:04 
秋葉原駅 電気街口


キョン(新幹線の中で爆睡した俺とハルヒは機関に襲撃されるようなこともなく無事東京へ到着した)

キョン(俺たちの睡眠は未来人と宇宙人の聯合艦隊によって本土防衛されていたらしい)

ハルヒ「アー! キー! ハー! バー! ッラーーーーッ!」

キョン「やめんか恥ずかしい!」

みくる(小)「ここが秋葉原ですかぁ」

みくる(メ)「みくるちゃん、変な人に話しかけられてもついて行っちゃダメよ?」

キョン(冷静に考えると俺は美女4人に囲まれたハーレム状態でありながら縄で縛られ動物のような名前で呼ばれているというパラフィリアもビックリのアブナい辺幅を飾っていた)

ハルヒ「さっそく未来ガジェット研究所へ向かいましょう! キョン、案内して!」

2010.08.11 (Wed) 10:20 
大檜山ビル2F


ハルヒ「ここが未来ガジェット研究所……! いい感じに人の目を盗んで俗世に擬態してるわね」

キョン「好評価すればそうなんだろうが、ボロいテナントビルだとも言えるな」

ハルヒ「有希! 機関の動向は!?」

長門「周囲に多数。現在は手をこまねいている様子」

キョン(このハルヒは長門のことをどういう風に理解しているんだろうな)

ハルヒ「なるほどなるほどー。それじゃぁみくるちゃん、とつげきー!」

みくる(小)「あ、あたしですかぁ!? ひゃぁっ!!」バターン

キョン(人、それを無策と言う!)

岡部「だ、誰だ!?」

紅莉栖「あら、お客さん?」

みくる(小)「あ、あのっ! 突然お邪魔してすいません……」ヒグッ

岡部「ほう、いつぞやの西の高校生探偵団ではないか」

キョン「どうも、三日ぶりですね。岡部さん、牧瀬さん」

紅莉栖「三日ぶり……?」

岡部「あぁ、そうか。助手は覚えていないだろうが、彼ら、というかそこの少女涼宮ハルヒにも、過去を司る女神作戦<オペレーションウルド>に参加してもらったのだ。その様子では成功していたようだな。フフゥン」

ハルヒ「なにコイツ、態度がデカいわね」

みくる(メ)「なんですかその大層な名前の作戦は」

紅莉栖「あんまり気にしないでください……この人変なんです……」

岡部「変ではぬぁい! メァッドと言いたまえ! えー、レディとは初対面ですね」

みくる(メ)「来波アサヒと申します。引率の先生みたいなものだと思ってください」ニコッ

紅莉栖(ところでどうして手首を男女が縄で縛りあっているのかしら……。そういうプレイ?)

キョン「時間が無いので簡潔に言います。今俺たちは機関に狙われています。迅速に元の世界線に戻していただきたい」

岡部「な、何ッ! ついに機関が我がラボの偉大なる研究を危険視し、世界の変革を阻止せんと武力行使に出ただとッ!!」

キョン「……まぁ、間違ってはいません」

岡部(えっ、機関ってなんだ!? 咎人への啓示<アポカリプス・オブ・ガリアン>のことではないよな……。何かの組織か!?……よくわからんが、少年の話に合わせておこう!)

紅莉栖「なに、彼もソッチ系の人なの?」ヒソヒソ

ハルヒ「そうよ、カッコイイでしょ」ヒソヒソ

紅莉栖「は、はぁ!?」

ハルヒ「あげないわよ?」

紅莉栖「い、いらないわよ!」

キョン(俺の隣でひそひそ話をするならせめて聞かれないよう努力していただきたい)

岡部「フ、フフ。我が望みは世界の混沌……、止められるものなら止めて見るがいい! フゥーハハハ!」

キョン「それで、急いで電話レンジを貸してほしいんです」

岡部「電話レンジ“(仮)”だ、カッコカリ! というか、Dメールで元の世界線に戻ろうというのか? 果たしてそんなことが可能か……?」

みくる(メ)「それについてはわたしから。その前に……」スッ

みくる(小)「ふ……ふみゅぅ……」バタッ

みくる(メ)「この子が疲れて眠ってしまったので、そこのソファーを貸してもらってもいいでしょうか」

キョン(また例のアレで眠らせたのか。半年に一回はやってる計算になるな、コレ)

紅莉栖「どうぞ」

みくる(メ)「ありがとうございます」

みくる(メ)「Dメールによって発生した過去改変は、キッカケとなる事象を打ち消す行動を取らせるようなDメールを送れば、ほとんど元の世界線と同定できる世界線変動率<ダイバージェンス>の世界線に移動します」

岡部「貴様はいったい……」

ハルヒ「いいから早くその電子レンジを出しなさいよ」

岡部「電話レンジ(仮)だと言っておろう!! しかし、今は使えないのだ……」

キョン「な!? 一体どうして!?」

岡部「いや、それがだな……」

紅莉栖「申し訳ないけど、今電話レンジは改造中でちょっとバラバラな状態なの。一応元のDメール送信装置に戻すこともすぐできるけど……」

岡部「カ・ッ・コ・カ・リどぅわぁ!!!」

キョン「すぐって、どれくらいですか!?」

紅莉栖「1時間くらいかしら。できれば戻したくないってのが本音よ。あと2日も待ってくれれば改造が完了してDメールも機能するようにできるんだけどね」

ハルヒ「時間が無いって言ってるでしょ! 話聞いてんの!?」

紅莉栖「は、はぁ!? あのねぇ、いきなり押しかけてきといてね、どうして私が知らない高校生のお願いを聞いてあげなきゃいけないの?」

岡部「やめろ二人とも。それで……キョン、とか言ったか。少年よ、本当に世界をあるべき姿に戻したいと言うのだな」

キョン「俺は、SOS団との大切な思い出を取り戻したい。あの日あの時に、そう決意したからな……」

長門「…………」

みくる(メ)(あれー、キョンくんは至って普通の返事をしてるつもりなんだろうけど厨二病くさい……!)

岡部「それが答えか。フッ、貴様も運命探知の魔眼<リーディングシュタイナー>の能力に踊らされた男の一人……」

岡部「いいだろう。貴様がその罪を背負い生きていくというならばッ!!……同じ能力者のよしみだ、慈悲をくれてやろう」

岡部「クリスティーナ! マシンのDメール機能を復活させろ!」

紅莉栖「ティーナをつけるな! んもうッ! 後でなにかおごってよね!」

岡部「それで、Dメールによって世界はどのように変わっていたのだ?」

岡部「俺にとっては目の前から涼宮ハルヒ女史が消滅したようにしか見えなかったが」

キョン「改変後、俺たちは地元に居ました。一番大きく変わってたのは、ハルヒと俺がつ、つ……、男女交際をしている世界になってたんです」

ハルヒ「どうもー」ダキッ

キョン「ハルヒさん、抱き着かれると暑苦しいのですが」

ハルヒ「まぁ、あたしが付き合ってたのは未来人ジョン・スミスだけどね」ダキッ

岡部(ジョン・スミス? たしか俺がジョン・タイターについてググった時、まったくヒットしなかった中にそんな言葉があったような……。なんだっけか、涼宮ハヒ……?)

岡部「ほっほーん、あの時のDメールはそういう内容だったのか、この発情期ティーンエージャーがッ!」

ハルヒ「知ってんの!?」

岡部「いや、メールの中身までは知らん。見せろと言っても聞かなかったからな、あの時の貴様は」

ハルヒ「そ、そう。知らないならいいけど。あと貴様って言うのやめて」

岡部「フッ、世界が変わっても貴様は変わらんな」

ハルヒ「口で言ってわからないの。そう」シュッ

岡部「ギガンドボグデギバダンダ(機関の目的はなんだ)」ボロッ     ←ハルヒに顔面を蹴られた

キョン「俺の世界改変を止めさせること。具体的には、今日の昼の12時までにDメールを送信させないようにすることです」

岡部「12時?」

みくる(メ)「その時間を過ぎてしまうと世界線同士がアトラクタフィールドレベルで不干渉状態に陥ってしまって、Dメールによる改変を受け付けなくなってしまうんです」

岡部「さっきからこの麗人はどうしてそんなに世界線に詳しいのだ? ジョン・タイターのファンか何かか?」

ハルヒ「この人、こう見えても未来人なのよ」ドヤァ

岡部「な……! マジなのか?」

みくる(メ)「うふふ。わたしはとっても遠い未来から来ました。色々聞きたいって顔してるけど、Dメールを送るまでは待ってね」

岡部「あ、あぁ。……ん? だがDメールを送ったらこの麗人は目の前から消えていなくなってしまうのでは……」

キョン「向こうのハルヒが知らないはずの人なので、内密によろしくお願いします。詳しくは帰ってから」

2010.08.11 (Wed) 11:41 
未来ガジェット研究所


カチッ カチッ カチッ カチッ

紅莉栖「…………」カチャカチャ

長門「…………」ペラッ

キョン「……洋書、おもしろいか?」

長門「わりと」

みくる(メ)「…………」

みくる(小)「スゥ……スゥ……」

岡部「ええい、クリスティーナよ! まだできんのか!?」

ハルヒ「一時間でできるって言ったじゃない! もう過ぎてるわよ時間!!」

紅莉栖「うるっさい! ほんっとうにうるっさい! メールの準備でもして待ってたらどうなの!?」

岡部「そうだったなー、うんそうしよううん。少年、メールの文面は考えているのか?」

キョン「えっと、全部で18文字でしたよね。これです」


『ジョンに関わるな世界がつまらなくなる』


岡部「こんなんでいいのか?」

ハルヒ「このあたしが太鼓判を押すわ。あの時のあたしがこのメールを受信したら、多分行動しないから」

ハルヒ「でもそれでいてジョンのことを知りたいとは思い続けると思う。ホントにつまらなくなるのか、調べたらおもしろそうだしね」

キョン(いつも古泉のやつにメンタル診断されてたハルヒだが、こう自分の口で言ってくれると回答に信憑性がある)

岡部「本人が言うと説得力が違うな。しかしどうして未来人はジョンを名乗りたがるのか……」

紅莉栖「はい、完成したわ。送り先の日時はいつ?」

紅莉栖「すぐ放電現象を起こすから、そしたら送信して」

岡部「おぉっ! よくやったぞクリスティーナ!」

紅莉栖「」ギロッ

岡部「ヒッ。に、睨むでない……」

みくる(メ)「2006年7月7日21時59分です」

紅莉栖「オーケー。すぐ計算する。2008年が閏年だから……」

11:57:00


長門「……機関が動き出した」

岡部「何ッ!! 機関め、最後の悪あがきと来たかぁー。ククク……」

キョン「このタイミングで……! 岡部さん、浮ついてる場合じゃない! なんかこう、撃退措置を!!」

古泉「その必要はありませんよ」

ハルヒ「!!」

みくる(メ)「!!」

岡部「む?」

キョン「くっ……、来やがったか」

古泉「このタイミングにすべてを賭けさせていただきました」

古泉「さぁ、チェックですよ。王手飛車取りです」

キョン「ってことはまだ詰んじゃいねぇだろうが……」

ハルヒ「あたしの前でよくもまぁ堂々と……」

古泉「元々あなたたち二人のことを、僕は快く思っていない節がありました。いえ、正直に言いましょう」

古泉「羨ましかったのですよ、涼宮さんとお付き合いされているジョン・スミス氏が」

古泉「思春期特有の病として処理すべきでした。ですが、今回のイレギュラーが発生して、僕はわからなくなった」

みくる(メ)「あなたはカタストロフを望んでいるの……!?」

古泉「いいえ。僕は彼を殺すつもりが無いどころか、二人の仲を裂こうとさえ考えていません」

古泉「この安穏とした世界で平和に暮らしてほしいのですよ。今回の行動について、今すぐには無理でもいずれ涼宮さんも理解してくれると信じています」

キョン「なんだこいつ……イカれてやがる……」

ハルヒ「男の嫉妬ほど醜いものはないわ……」

古泉「後で何が起きても機関が処理をする、ということでようやくコンセンサスが得られたのですよ」

古泉「涼宮さんを手中に納めてしまえば、他組織のみならず宇宙人や未来人とも交渉しやすいですしね」

キョン「こいつ、この場でハルヒを人質に取る気か……ッ!」

岡部「貴様が“機関”のエージェントだと……? どこからどう見ても営業スマイルの高校生にしか見えんが。まさかッ! それは世を忍ぶ仮の姿で……」ブツブツ

古泉「巻き込まれてしまって、あなたもかわいそうな人だ」BANG!!


岡部「は……あ……」ガクッ


紅莉栖「え……お、岡部? 岡部ぇっ!?」

ハルヒ「拳銃!? 嘘でしょ!?」

キョン「この野郎……ッ!!」

11:58:36


古泉「あとは牧瀬さんを1分間行動不能にさせればチェックメイトです」

古泉「サイエンシー誌にも論文が掲載された若き天才に向けて銃口を向けなければならないとは」カチャ

紅莉栖「なんなのよアンタたち、一体なんなのよッ……」スッ

古泉「さすがアメリカ生活が長いだけあって聞き分けが良いみたいですね」

古泉「そのまま両手を挙げて1分間おとなしくしていてくだされば撃ちませんので」ニコッ

紅莉栖「……あなた、この電話レンジについて、どこまで知っているの?」

古泉「そこの異世界人からの情報しか得ていませんが、この場所が必要であること。つまりあなたたち二人の研究員による助力が必要、ということでしょう」

紅莉栖「そうね、間違っていないわ。だけど一手届かなかったわね」

古泉「何を……」

紅莉栖「この電話レンジはそもそも遠隔操作できるように作られているのよッ!!」

バチバチバチバチバチッ!!

古泉「!?」

11:59:51


バチバチバチバチッ

ガタガタガタガタ

紅莉栖「放電現象!! 今よ、キョン!!」

キョン「よしきたッ!!」ピッピッピッ

古泉「くっ!!」BANG!!

ハルヒ「させないッ! きゃぁ!!」パァン!

キョン「ハ、ハル――――――――――――――――――

D 0.337187%
2010.08.11 12:00:00 
湯島某所


―――――――――――ヒッ!!!!! ぐっ……」ズキズキ

古泉「おや、お帰りなさい。どうでした、向こうの世界は」

キョン「はぁ……はぁ……。最高に悪夢だったぜ、ちきしょう……」

古泉「それはそれは。少し落ち着いてから情報交換と行きましょうか?」

キョン「あぁ、それは助かる。だが今すぐ確認したいことがある」

古泉「なんでしょう」

キョン「ハルヒは、生きているか?」

古泉「……えぇ、生きていますよ。ご安心ください」

キョン「そうか……」

古泉「……なるほど、そのような世界改変を経由してきたのですね」

キョン「世界がそっくり再構成されているとして、直前までいたお前と、今目の前にいるお前は同じ存在なんだよな?」

古泉「そうなるみたいですね。あなたの言う通り、パラレルワールドというわけではないなら」

キョン「よし、古泉。歯ぁ食いしばれ」

古泉「えっ」

今日はここまで
レスありがと

あれ?シュタインズゲート理論が本来は成立しない、ハルヒの力によるものって事は……マズくね?β世界線での全てのはじまりのメールも、それによって訪れたα世界線でまゆりが死ぬ運命も、300人委員会によるディストピアで大勢の人が苦しむ世界も、ハルヒのせいって事になるんじゃ……

>>407 お前は知りすぎた    (一応その辺も考えてます)

今更だけどネタバレ注意
再開します

古泉「……さすがに向こうの世界の責任まで取れというのは理不尽だと思うのですが」ボロッ

キョン「うるせぇ。俺の怒りが治まらないんだ」

古泉「あなたも結構な人ですよね」

キョン「どういう意味だこの野郎」

古泉「まぁ、そうでなければ異世界からの単独帰還など成し遂げられるものではないでしょう」

キョン「単独とは言ってもSOS団には助けられっぱなしだ。お前を除いてな」

古泉「手厳しいですね」

キョン「悪いがさすがにちょっと疲れた……。体中にあった傷は消えてるみたいだが、あんまり寝てなくてな」

キョン「精神的な疲労しか無いはずなんだが、少し休ませてくれ」

古泉「どうぞ。僕でよければ冷たいお茶を用意しますが」

キョン「……頼む」

古泉「了解です」ンフ

キョン(ふぅ……。なんとか帰ってこれたか。さっきも古泉に言ったが、本当にSOS団のおかげでなんとかなった)

キョン(だがハルヒが過去改変を諦めようと心から願わない限り、こんな事態が二度三度と起こるかもしれん)

キョン(こりゃ寝てる場合じゃないかも知れないな……)

古泉「はい、どうぞ。市販のものに氷を入れただけですが」

キョン「横になりながらで悪いが、色々聞いていいか?」

古泉「構いませんよ」

キョン「今はどういう状況なんだ?」

古泉「昨日の午後、涼宮さんと椎名さんが非常に仲良くなりましてね、今日はラボにてコスプレづくりを手伝うのだとおっしゃっていました」

キョン「人工衛星への不法侵入を企んでなくてよかったよ」

古泉「ラジ館の鍵が開けられなくて一時的に諦めているのだとか。それで男性陣はIBN5100探しを命じられたわけですが、あなたの提案でこうやって宿待機となっているわけです」

キョン「なるほど、実に俺らしい発想だ」

古泉「それで、向こうの世界はどういう状況だったのですか?」

キョン「その前に古泉、どうして俺が世界改変に巻き込まれたことを知っている? この世界ではハルヒによる昨日午前に実行された世界改変はなかったことになってるはずなんだが」

古泉「まさにそこが気付いたきっかけです」

古泉「あの涼宮さんが過去改変を実行したのに世界は改変されなかった、なんてことあると思いますか?」

キョン「はぁー、なるほど」

古泉「おそらく昨日の改変は実行された。そして再度“改変されなかった”として改変されたのだと推測しました」

古泉「あなたの豹変ぶりからどうやらビンゴだったようです」

キョン「ん? こっちの世界でもハルヒはDメールを送っているんだよな?」

キョン「ってことは中学生ハルヒは俺のも入れて合計3回もDメールを受信したってことか?」

古泉「いえ、そうではありません。ちょっと詳しく考えてみましょうか」

古泉「現在僕らがいる世界線の4年前において、中学生だった涼宮さんは2回Dメールを受信したことになります」

古泉「おそらく、時間的にこの1回目のDメールが今ラボでコスプレ作りをしているはずの涼宮さんが昨日送ったDメールです」

古泉「あなたが世界線漂流を行う前に居た世界線の涼宮さんが送ったDメールとは、内容も送受信時間も全く同一でしょうが、送信地点の世界線が異なるので別物となります」

古泉「1回目のメールを読んで、涼宮さんは不審がりながらも信じたのでしょう」

古泉「そして2回目のDメール受信、つまりあなたが先刻までいた世界線、α´世界線から送ったDメールですが、こちらを見て当時の涼宮さんは行動を思いとどまった」

キョン「待て待て。それじゃ、俺がさっき送ったDメールは、俺がさっきまでいたα´世界線と、俺が今いる世界線との二つの世界線の4年前に届いてた、ってことか?」

古泉「いいえ、そうではありません。まず、Dメール自体は世界線を移動できないので、Dメールはあなたが先ほどまでいたα´世界線の中学生涼宮さんの元に届いたはずです」

古泉「そしてそれによって世界線が改変されたわけですが、Dメールの受信という過去改変の事実だけは改変されてません。それこそ新しい世界線の因果律の起点となったのですから」

キョン「なんだか考えれば考えるほどややこしいな。世界線の移動と因果律の変更が同時に起こったのか」

キョン「ってことは、今俺が居るこの世界線は、ハルヒがしょっぱなのDメールを送るまでに俺が居た世界線とは似て非なる別物なのか?」

古泉「今の世界線での涼宮さんと、あなたがかつていた世界線での涼宮さんの違いは計2回のDメールを受信していたかいなかったか、という一点に限るでしょう」

古泉「ですから、この世界線はあなたがかつていた世界線と結果的には全く同じものと見なしても問題ないレベルだと思われます」

古泉「良かったですね、元の世界に戻ってきましたよ」

キョン「うーん、わかったような、わからんような……」

古泉「あまり考えすぎるとかえって行動力が削がれることもありますから、あなたくらいのほうがよりよい結果が出せるのかもしれません」

キョン「遠まわしにバカにしてないか、それ」

古泉「滅相もない。それでは、そろそろあなたの見てきた世界についてつまびらかに教えていただけませんか」

キョン「そうだな。それじゃいろいろと話しにくい部分はあるが、かいつまんで向こうの世界のこと、どうやってこの世界に戻ってこれたかについて説明してやろう」

古泉「よろしくお願いします」

古泉「……なるほど。非常に興味深いですね。差し詰め、“もしも涼宮ハルヒがジョン・スミスの正体に気付いていたら世界”とでも名付けましょうか。α´世界線では味気ないですからね」

キョン「なんの意味がある」

古泉「ちょっと長かったですかね。では“デレデレ世界線”、略して“D世界線”ということで」

キョン「もう一発殴られたいようだな」

古泉「冗談です。それと、おそらく向こうの古泉一樹は実弾を使用してないと思いますよ」

キョン「なに、そうなのか?」

古泉「機関でそのような事態が発生した場合、麻酔銃を使ったハッタリで押し切るような想定もされているのですよ。まさにそのケースだったと思われます」

キョン「そんなわけわからん事態を想定してることは不問に付してやろう」

キョン「とにかく、それならよかった。俺の背中でハルヒが古泉に撃ち殺されたなんて、本当にシャレにならん。全く笑えない」

古泉「僕には記憶がないので本当に実感がないのですよ。そろそろ勘弁してください」

キョン「俺には体温や息遣いの記憶まで残ってるんだぞ。こっちこそ勘弁してくれ」

キョン「岡部さんには感謝と謝罪をしなければな。お前からも謝ってくれよ」

古泉「重々承知しました」

長門「岡部倫太郎なら現在未来ガジェット研究所にいる」

キョン「のわっ!……って、なんだ長門か」

古泉「涼宮さんたちと一緒にいたはずでは?」

長門「涼宮ハルヒからあなたたち二人がサボタージュしていないか調査してくるよう指示された」

キョン「お見通しってわけか。こりゃ参ったな」

古泉「できれば涼宮さんには内緒にしておいていただきたいのですが」

長門「わかった」

キョン「い、いいのか長門? ハルヒより俺たちを優先して」

長門「あなたたちには3日前神保町へ連れて行ってもらった恩がある」

古泉「なんと。まさに正しく、情けは人の為ならず、と言ったところでしょうか」

キョン「情けというか、友情ってところだろうな」

長門「あなたの世界改変時の記憶を読み取らせて」

キョン「あ、あぁ……。またやるのか、昨日のアレを」

古泉「どうぞごゆっくり」

長門「身構える必要はない」

キョン「いやムチャを言うな長門さん。一思いにやっちゃってくれ」

長門「了解した」ピトッ

キョン「ちょ待っ!! 俺がソファーから起き上がってからにッ!!!!」ジタバタ

キョン(長門の短くも透き通った前髪が俺の顔にかかる! あぁ清涼感のあるいい匂いだ……)

長門「完了した」

キョン「ふぅ……。今日は暑いな」

古泉「冷房ついてますよ」

長門「」ドンッ!!ドンッ!!

キョン「な、長門ッ!?」

古泉「突然どうされたのですか!? 急に壁を殴るなど……」

長門「感情読み取りの副作用。エラーの消去」ドンッ!!ドンッ!!

キョン「や、やめろ! 手の皮がむけちまう!」

古泉「機関の用意した家なので、優しく扱っていただければと思うのですが……」

長門「わたしにはどうすることもできない」ドンッ!!ドンッ!!

キョン「今度は床を殴り始めた!?」

古泉「まるでマグマを噴出させんとする勢いですね……」

長門「……収束した。心配させてすまない」

キョン「お、おう」

古泉「長門さんの無表情壁ドンは、来るものがありますね……」

長門「リーディングシュタイナーと呼ばれる現象は、世界外記憶領域を利用した記憶の忘却およびほぼ完ぺきな形での同時的記憶受信」

キョン「世界外記憶領域? 天蓋領域の親戚か?」

長門「構造は全く異なるが、例えるなら情報統合思念体の人間バージョン」

キョン「……そんなものが存在してんのか」

古泉「つまり、アカシックレコード、ですね。なるほど、リーディングシュタイナーという名称は人智学を提唱したルドルフ・シュタイナーから引用されていると」

長門「正確には異なるが、だいたいそう」

古泉「ユング心理学の集合的無意識、パウリ効果、シンクロニシティ、シェルドレイクの仮説……。本来ならオカルティズムや擬似科学の領域として扱われやすいものですが、まさか実在していたとは」

キョン「お前のペダンチスムには辟易するよ」

長門「これに関しては涼宮ハルヒの力によるものではない」

キョン「それで、一体なんの話だ」

古泉「つまり、リーディングシュタイナー所有者が世界改変だと認識するプロセスは一体どういう仕組みなのか、ということですよね? 長門さん」

長門「そう。Dメール送信という過去改変に伴い、世界は事象間の関係性が再構成される。人間の記憶も因果律に沿う形へと再編成される」

キョン「そこは理解できる」

古泉「ではなぜあなたは再編成に巻き込まれないのでしょう。長門さん、選ばれた人間だけがその世界外記憶領域を利用できるのですか?」

長門「すべての人間が世界外記憶領域にアクセスする能力を潜在的に持っている。しかし、情報のダウンロードは非常に限定的で、多くの人間は幻覚、デジャヴやメジャヴ、あるいは夢として理解する」

古泉「なるほど、別世界線での記憶をダウンロードすることは誰でも可能性があると……。虫のしらせや予知夢といった、現代科学では説明のつかない現象の多くはこのシステムで説明ができそうです」ンフ

古泉「では、どうしてあなたと岡部さんという数少ない人間だけが世界変更を認識できるのでしょう」

キョン「まず、過去改変の事実を認識できる環境におかれている必要があるだろ? それから、岡部さんはわからんが、俺はSOS団として活動してきて脳を弄繰り回されてしまったから、じゃないのか」

古泉「遠因としてはそうでしょう。その上で、現象面としてはどのようなことが起きているのか」

キョン「えっと……、俺の記憶が世界線間を跳躍してるのか?」

長門「そうではない。記憶自体は常に世界外記憶領域にバックアップされている。あなたの脳内にあるものが記憶の全てではない」

キョン「……新興宗教か何かか?」

古泉「つまり、あなたが時間経過とともに蓄積させている記憶は常に外部サーバのような場所に自動保存されているのですよ。それはすべての人類種に関しても同じです」

キョン「全く実感がないんだが」

古泉「そしてリーディングシュタイナーの本領発揮はここからです」

古泉「過去改変によって世界線が変更してしまった。同時にあなたの記憶も再編成されている。さて、次になにが起きるでしょう」

キョン「……?」

古泉「記憶喪失です。それもありとあらゆる記憶の消滅が起きて、脳が空っぽになります」

古泉「あなたの脳は世界線変動をトリガーとする記憶喪失体質になっているのですよ。これがリーディングシュタイナー所有者の能力です。一種の新型脳炎ですね」

キョン「マジか!?」

古泉「記憶が空っぽになってしまった人間は生きていけません。そこで本能的に世界外記憶領域に直前まで更新されていた記憶のバックアップをダウンロードする……」

古泉「おそらくその時に、元々脳に入っていた記憶と、バックアップとの情報齟齬が大きければ大きいほど強烈な頭痛やめまいを感じるのでしょう。ニューロン間の電気信号の伝達が変化するわけですから」

古泉「これによってあなたという人間は記憶も意識も世界線跳躍が可能になっているのですよ」

キョン「大丈夫か俺の脳みそよ。というか、去年のエンドレス夏休みで感じた強烈なデジャブの正体はこれだったのか」

長門「そう」

古泉「しかし、現象面だけ見れば記憶を維持する能力と捉えて然るべきでしょう」

古泉「リーディングシュタイナーという能力があなたに備わってしまっていたとは、機関はあなたに対するプロファイリングを更新しないといけないようです」

キョン「だが、話では誰もが持っている能力で、デジャヴのようなものなんだろ? 俺は平凡な人類としてカテゴライズされたままで居たいのだが」

古泉「去年のお盆までは強烈なデジャヴを感じるような体験はなかったのですよね?」

キョン「そうだ、あのエンドレスサマーの時が記憶している中では初めてだった」

古泉「しかしあの時は世界線を移動したことによってデジャヴを受信したわけではありません」

古泉「涼宮さんは15532もの世界線を創ったのではなく、一本の世界線を円環状に積み上げていたのです」

古泉「そしてあなたのリーディングシュタイナーの一部、すなわち数々のループで許容量限界まで蓄積された世界外記憶領域へのバックアップデータが、強烈なデジャヴとして受信する能力によってあなたの脳内に流入し、『俺の課題は、まだ終わってねぇ!』の一言を引き出すことにより、元の時間流に戻った」

古泉「相当な負荷があなたの脳に襲いかかったことでしょう」

キョン「実際ものすごい立ち眩みだったぞあれは……」

古泉「さらに言えばエンドレスサマーでは世界線が変更されなかったために長門さんは情報統合思念体を経由して記憶をすべて保持できたと言えます」

キョン「だが今回みたいな世界改変、あるいは世界線変動では普通の生物は記憶を維持できない」

キョン「去年の12月18日の世界改変の場合は、世界線変動ではないが、4年前の長門のプログラム注入がなければ、大人朝比奈さんと、一緒にいた俺は、記憶を維持できなかった」

古泉「そうでしたね。もしかしてその時の噛みつきの後遺症が今に現れているのでは?」

キョン「いやな言い方をするな」

キョン「だが確か、お前の叔父のつてとやらがあった市立病院で俺の脳みそを徹底的に調べたんだろう? あの時のお前は俺の頭に異常は何もないと言っていたぞ」

古泉「たしかに現代医学ではあなたの脳に異常はなかったようです」

キョン「うまい言い方だな」

キョン「まぁ、確かに俺の脳みそはこのあいだの世界分裂からの世界融合もあって、ぐちゃぐちゃになってるのかもしれん。未だに思い出すだけで二つの記憶が並列しているのは不思議でならん」

古泉「それは僕も同じですが……。とにかく、あなたがリーディングシュタイナーと呼ばれる力を発動できる人物であることは間違いないようです」

古泉「この直接の原因は涼宮さんの願望実現能力ではなく、むしろ体質だと考えてよろしいのですね?」

長門「そう」

キョン「直接的原因でなくとも、間違いなくアイツが環境要因だろうけどな」

キョン「ということは、だ。俺の脳内にある俺という自我と記憶は別の世界線のものなんだから、お前らにとって俺は異世界人、ということになるのか?」

古泉「さぁ、どうでしょうか。確かに記憶は別の世界線のものでしょうが、自我、すなわち『あなた』という意識、この場合魂や精神と言い換えてもいいかもしれません、コレがどこに従属するものかについては、なんともお答えできません」

キョン「なぜだ?」

古泉「可能性として、世界線漂流に関係無く自我が共通して存在するかも知れないのですよ」

古泉「記憶というのはただのデータの蓄積です。しかし、それをコピー&ペーストしただけで同じ人間をもう一人作り出すことは可能でしょうか」

キョン「別の自我があれば、たとえ同じ記憶を持っていたとしても別人なはずだ、と言いたいのだな」

古泉「その逆も然りです。つまり、別の記憶があったとしても、同一の自我があればそれは同一人物と言えるのではないか、と」

古泉「僕から見ればあなたという人間はこの世界線で順調に17年間生活してきたわけですが、ある日突然異世界の記憶を所持していたように見えるだけであって、別人とまでは言えません」

古泉「例えるなら、同窓会で久しぶりに会った友人」

古泉「どこかにあなたはあなただと思わせるものがありましたからね。だからこそあなたがD世界線へ行った時もSOS団は異世界人のあなたに協力的だったのでは?」

キョン「お前だけは反抗的だったがな」

古泉「んっふ。さて、世界線移動で記憶を維持できることはリーディングシュタイナーで説明するとして、どうして自我までも世界線移動してきたのでしょう?」

古泉「それまで17年間あったはずのあなたの自我はどこへ消えたのでしょうか。あるいは消えたのではなく合体した、もしくは元々同一のものであったか……」

キョン「どの世界線であっても、俺という存在は俺である、という可能性か」

古泉「そうです。あなただけでなく、すべての人類、すべての生命が、あるいは」

古泉「ゆえに僕はあなたを異世界人として認めることはしません。SOS団に居たためにちょっと脳みそがおかしくなってしまった一般人、という認識がより妥当かと」

キョン「どっちもどっちだな。で、長門大先生。答え合わせを願いたいのだが」

長門「以前に言った通り、禁則事項ということで」

キョン「……長門の生誕史上初のジョークのリバイバル上映と来たか」

古泉「以前というのは、あのルソー氏vs情報生命体の時の、精神はどこにあるかという質問ですね」

長門「そう」

古泉「わかりました。これ以上の議論はカント哲学にコペルニクス的転回を与えかねません」

古泉「精神、意識、あるいは魂とは何か。今後の科学の発展に期待しましょう」

一旦離席

キョン「そういや、どうしてハルヒは1975年から2034年までというよくわからん期間の世界システム改変を実行したんだ? 2034年については七夕の短冊効果だったわけだが」

古泉「そう言えばあなたには言いそびれていることになっているのでしたね」

古泉「僕の推測では、涼宮さんが世界システム改変を実行したのは7月27日の夜、あの結婚披露宴が終わった後です」

キョン「あー、そういやそんなこと言ってたっけか」

古泉「改変直前に遭遇した、今後秋葉原で出会うだろう友人椎名まゆりと、担任の甥にあたる岡部倫太郎のカップルに今回の騒動の白羽の矢が当たったのだと僕は考えています」

キョン「ハルヒの近くを歩くだけで危険極まりないな」

古泉「さて、どうして結婚披露宴がトリガーとなったのか」

古泉「これはもう先ほどあなたから聞いたD世界線での話を聞いて確信を得ました」

キョン「…………」

古泉「ズバリ言いましょう。涼宮さんはご自分の結婚について考えてしまったのですよ」

古泉「担任教諭と新婦さんの姿を、同年代の岡部さんと椎名さんカップルの姿に投影し、そしてご自分にも」

キョン「……そうなんだろうなぁ。自分で言うと自意識過剰みたいでアレだが、それが“ジョンと出会っていたら”、という過去改変願望に繋がるわけか」

古泉「それから、あなたの話、というか、D世界線の朝比奈さん(大)の話による、2034年の短冊効果についても僕から推論があるのですが、よろしいでしょうか」

キョン「あ、あぁ。あの人でも理屈はよくわからないとか言ってたからな、これに関してはお前の領分なんだろう」

古泉「『自分を中心に世界が回るように』という願いによって、然る後に世界線理論を利用したタイムマシンは開発されなくなった。同時に新世界システムの期限も2034年に設定された」

古泉「ですが、システムキャンセルは世界システム改変が過去に与えた影響自体をすべて無かったことにすることはできなかった」

古泉「ということは、です。涼宮さんの短冊は“SOS団が有する超常的な能力に類するモノが今後新しく登場することを拒否する願い”としてアルタイルこと彦星様は了したのではないでしょうか」

キョン「なんともまぁネガティブに捉えたもんだな。きっとその彦星様はカササギ橋梁組合がストライキを起こしたせいでノイローゼになってたんだろうよ」

キョン「だが古泉、世界システム改変の影響が2034年に消えたのに、それ以降も世界線系タイムマシンが利用できるのはやっぱり変だぞ」

古泉「そのタイムマシンの内部に世界システムが組み込まれていたとしたら、変な話ではありませんよ」

キョン「もはや屁理屈の領域だと思うが……」

古泉「そして1975年から、という点に関しても実はある推測が立っているのですが……」

古泉「この話はあの人工衛星とも関わってくる話になります。つまり例の異世界人の話ですね」

キョン「さっきまで俺自身が異世界人と呼ばれていたからヘンテコな気分だ」

古泉「話が長くなるのですが、長門さんも一緒に聞きますか?」

長門「いい。それよりも涼宮ハルヒの動向を監視したい」

古泉「それではこれを使ってください。未来ガジェット研究所をリアルタイムで盗聴できますよ」スッ

長門「助かる」カチャ

キョン「さらっとヤバいやり取りが行われているが、俺はなにも見ていないし聞いていない。そうだな、うん」


古泉「さて、既に随分話し込んでいますが、まだまだ僕の推理ショーは続きますよ」ンフ

古泉「機関があの未来ガジェット研究所について徹底的に調査した結果、いくつか不可解な点を発見しました」

キョン「ほう? あの大学生サークルになにかひみつが?」

古泉「平仮名三つで『ひみつ』ですか。あなたも相当涼宮さんに入れ込んでいますね」ンフ

キョン「長門、古泉を記憶喪失にさせてやってくれ」

長門「今忙しい」

古泉「ともかく、あのラボ自体はなんの変哲もない趣味人サロンでした。機関の調べでは、ですが」

古泉「唯一気になった点は、テナントとして大檜山ビル2階にあの研究所が入っているわけですが、そのテナント料は破格の月10000円だとか」

キョン「都内でそれは確かに安いが、まぁ大学生相手にまともに商売するつもりなんてないんだろう」

古泉「そうでしょうね。ですがオーナーの天王寺裕吾がこのご時世にブラウン管のテレビやモニター販売、廃品回収程度でどれだけ儲かっているのか気になりましてね」

古泉「少し天王寺家について探りを入れさせていただきました」

キョン「勝手に身辺調査されるにあたってなんともまぁかわいそうな理由だ」

古泉「結果から言いましょう。天王寺氏は“ラウンダー”という名称の傭兵部隊の一員、それもおそらく中間管理クラスであることが判明しました」

キョン「……マジでか」

古泉「どこの組織に属しているかまでは堅牢無比なまでに情報がプロテクトされていてわかりませんでしたが、彼が裏できな臭いことを遂行しそれを生業としていることは間違いなさそうです」

キョン「なんだってそんなやつがブラウン管販売だのテナント経営だのをやってるんだ」

古泉「考えられるのは隠密行動中か、あるいはそれ自体が命令なのか……」

古泉「僕たち機関も涼宮さんの安全上気になりましてね、天王寺氏の経歴を徹底的に調査しました」

古泉「あまり関係ありませんが、彼は複雑な経歴の持ち主でしたよ。母親は日本人、フランス育ち、フランス帰りの帰国子女であり、来日早々できちゃった結婚をしているなど」

古泉「そして廃品回収と同時にIBN5100の捜索も行っていたようです」

キョン「ここでIBN5100か。まぁ、趣味でやっててもおかしくなさそうではあるが」

古泉「そしてここでもう一つ面白い繋がりを発見してしまったのです」

キョン「お前の本職って探偵だったんだな」

古泉「おっと、ご存じありませんでしたか」

古泉「あの大檜山ビルは天王寺氏以前のオーナーである橋田鈴という人物から贈与形式を以って無償で権利譲渡されたものでした」

古泉「ビルだけでなく御徒町のご自宅も。このことは役所から裏が取れてます」

キョン「無償ねぇ」

古泉「この橋田という人物は自宅が天王寺宅の隣近所だったらしく親交が厚かったらしいです」

古泉「一時期は同居もしていたとか。このことは御徒町に古くから住んでいる方からの情報です」

古泉「橋田鈴は譲渡後の西暦2000年に“自殺”したことになっています。43歳の若さで」

キョン「遺産贈与の直後に自殺か……」

キョン「話が普通に探偵モノの事件に発展してきたな。正直これ以上はヤバいと思うが……」

キョン「しかし、たしかに臭うな。もしかしたら諸々はフェイクで、橋田某が地下組織運営の片棒を担いでいた可能性もあるんじゃないか」

古泉「機関も同じように考えました。そして橋田氏の素性を洗ったわけですが、これがとんでもなく当たりだったんですよ」

キョン「とんでもなく?」

古泉「橋田鈴、彼女の戸籍は1975年に新規作成、舞文曲筆されたものでした」

キョン「なんてこった……」

古泉「彼女の存在をたどれる限界がとある医療施設でして、彼女は昭和50年当時そこで保護されていたようです。そこの施設長から確認した話ですが、どうやら橋田鈴は記憶喪失を装って新しい社会的人格を手に入れたようです」

古泉「なぜ橋田鈴という人間がこの世に書類上誕生する必要があったのか。橋田鈴の正体は何者なのか。非常に興味がありましてね、つまびらかに人間関係を調べ上げさせてもらいましたよ」

キョン「えげつねぇことをしやがる」

古泉「そしてこの一枚の写真を入手しました。ご覧ください」

キョン「ずいぶん懐かしい雰囲気の現像写真だな。集合写真か」

古泉「彼女は1977年、20歳の春、東京電機大学工学部の学籍を手に入れます。のちに大学院へ進学し、同大学の物理学助教授となりました。これは、教授時代の彼女がゼミ生たちと撮った卒業アルバム用の集合写真です」

キョン「そこって岡部さんと橋田さんのいる大学じゃないか」

古泉「おや、ご存知でしたか」

キョン「あぁ、D世界線――ホントにこの名前で呼ぶのか?――のハルヒが東京の大学に進学したがっててな、牧瀬さんがマシンを直してる間に色々話を聞いたんだ」

キョン「それで、この写真の中心にいる白衣の女性が橋田鈴か……」

キョン「この橋田鈴さんと橋田至さんってのは親戚かなにかか?」

古泉「いえ、機関の調べでは同姓であるだけの他人です。“橋田”という苗字は日本に1000世帯近くあります。高知県に多いようですね」

古泉「まぁ、橋田鈴さんの苗字は捏造ですから、本当の苗字は不明です」

キョン「それもそうか」

古泉「ここで注目してほしいのはこの人物とこの人物。名前は、牧瀬章一と秋葉幸高です」

キョン「牧瀬……?」

古泉「彼女に関連する話で一番興味をそそられたのはこれです。1986年、当時まだ学部生だった牧瀬青年と秋葉青年、そして橋田助教の3人からなる“相対性理論超越委員会”を結成したのだとか」

古泉「これは橋田ゼミ出身の方から証言を得ました。なかなか口を割らないので手こずりましたよ」

古泉「そこで一体なにが行われていたと思います?」

キョン「普通ならゼミの課外授業といったところなんだろうが」

古泉「そうでありながら、そうでなかったと推測しています」

古泉「そこではまさに“タイムトラベル”についての研究が行われていたそうなのですよ」

キョン「そろそろその言葉が出るかと思っていたが、ついに出たか。朝比奈さん関係以外の、“タイムトラベル”……」

古泉「卒業後も委員会は続けられたそうですが、1994年10月3日に中止となります」

古泉「資金の出処はおそらく秋葉幸高氏の会社だったのでしょう。経営がバブル崩壊やメキシコ通貨危機などの影響で立ち行かなくなり、資金提供が滞ったことでタイムマシン研究が中止となったものと思われます」

古泉「秋葉氏に関しては多く情報が機関の手に入っていますよ。新川さんの旧いご友人から穏便にお話を伺わせていただきました」

キョン(あの人も人脈が広いな……)

古泉「一方、この牧瀬章一という人物ですが、現在は理論物理学論文を非公式で発表する傍ら“中鉢博士<ドクター中鉢>”という芸名でタレント活動などもなさっているとか」

キョン「なにッ!? テレビでたまに見るあの人だろ!? ……あの中鉢博士の若かりし頃の姿だったとは」

古泉「それだけではありません。娘さんの名前にも心当たりがあるはずですよ」

古泉「現在18歳、ヴィクトル・コンドリア大学脳科学研究所所属の日本人研究員……、牧瀬紅莉栖」

キョン「な……ッ!? あの未来ガジェット研究所にいた、なんだかすごい経歴を持ってる、あの! ……まさか中鉢博士の娘だったとはな」

古泉「続けていきましょう。この秋葉幸高氏の娘さんの名前は秋葉留未穂さんと言いますが、彼女は現在フェイリス・ニャンニャンという名義で最強雷ネッターとして活躍しているとか」

キョン「……IBN5100と未来ガジェット研究所ッ!!!!」

古泉「そう、すべてはそこに繋がるのですよ」ンフ

古泉「しかし、秋葉幸高氏はどういうわけかIBN5100と何の接点もありませんでした。ここで橋田助教からの無償提供でもあれば、完全に黒、と言ったところだったのですが」

キョン「何の接点もない? フランス人の実業家に売り渡したって話はウソだったのか?」

古泉「あなたの話を信じて重点的に調べたわけですが、そのような事実は存在しなかったか、徹頭徹尾抹消されています」

古泉「あるいはこういう可能性も考えられます。あなたの気づかないうちに世界線が変わっていた」

古泉「つまり秋葉幸高氏がIBN5100を入手してフランス人に売る世界線から、そもそも入手しない世界線へと」

キョン「!!」

古泉「そして幸高氏はこの秋葉原の大地主です。街を電気街にするか、萌えの街にするかに関して発言権を持ちうる人間の一人でもあります」

キョン「色々と見えてきたようで情報が文字通り混線しているな、世界線的な意味で。蜃気楼と徒手格闘しているような気分だ」

古泉「幸高氏の話でおもしろいことがもう一つあります。2000年4月3日、娘さんの誘拐未遂事件に遭遇していたのです」

キョン「フェイリス・ニャンニャンが誘拐!?」

古泉「未遂だったようですが。偶然にも誘拐犯からのメールと当時7歳の留未穂さんの家出のタイミングがかぶってしまい、誘拐犯は誘拐を実行できず、幸高氏は誘拐を事実と誤認」

古泉「身代金1億円を用意するために相当苦心したようです。IBN5100が手元にあれば1億くらい簡単に手に入ったでしょう」

古泉「実際は1億円を用意し終わる前に娘さんが家出から戻ってきたため事件は発生せず、金銭的にも問題は起こりませんでした」

古泉「ですが、橋田鈴がキーパーソンであることは揺るがない」

古泉「関係があるかはわかりませんが、橋田助授の教え子の一人、天王寺綴、旧姓今宮綴は天王寺裕吾の妻でした。しかし1999年11月9日に第一子を出産した後、2年と経たず綴さんは“交通事故”で帰らぬ人となってします。2001年10月23日のことです」

古泉「本当に交通事故だったか、若干胡乱な点がありますが」

キョン「なんでそんなに事件発生年が偏ってるんだよ……」

古泉「陰謀の臭いがしますね」フフッ

キョン「橋田鈴の名義偽証年の1975年と言えばIBN5100の発売された年……教え子に秋葉氏、牧瀬氏、天王寺氏の嫁……」

キョン「同居人に天王寺氏……しかも、タイムトラベルの研究と、大檜山ビルのオーナー……」

キョン「未来ガジェット研究所と、IBN5100……なにもかもが繋がっている……」

古泉「僕は宿命論者ではありませんが、これを偶然の一致として一笑に付すことができるでしょうか」

古泉「まるで『セレンディピティ』だ。惹かれあった男女がお互いの連絡先を5ドル札と本に書き、5ドルはレジで払い本は古本として売る。このそれぞれが巡り巡って男女の手元に戻ってくるのはどのくらいの確率なのでしょうね」

古泉「まさか、とは思ったのですが。橋田助教の顔写真から、彼女の1975年頃、すなわち19歳頃の推定写真を作成しました。それがこちらになります」スッ

キョン「……ッ!?!?!? こいつはッ!!!!」

古泉「僕は直接お会いしたことはありませんが、阿万音鈴羽さんと瓜二つらしいですね。ブラウン管工房でバイトをされている。歳は現在18歳」

キョン「ということは、阿万音さんが、タイムトラベラーッ!!!」

古泉「これはもう疑いの余地なしと言ってもいいでしょう。現在時間平面に存在する阿万音鈴羽は年内に1975年へタイムトラベルし、その余生を2000年まで地に足つけて暮らす」

古泉「阿万音さんの身元調査もしました。こちらは手間がかかりませんでしたよ。なにせ阿万音鈴羽なる人物は1872年の壬申戸籍から現在に至るまで、世界中どこを探しても登録されていなかったのですから」

古泉「加えて阿万音鈴羽が秋葉原に姿を現した日ですが、我々の調べによると2010年7月28日のようです。つまり、あの人工衛星が墜落した日……」

古泉「結論です。あの人工衛星は別の世界線の未来から来たタイムマシン。阿万音鈴羽はその搭乗者であり、まだこの世に生を受けていない未来人である」

古泉「そのタイムマシンはおそらく、未来ガジェット研究所が開発する。ゆえに涼宮さんの7月27日の世界システム改変の影響は1975年へと円環状に広がってしまった」

キョン「それが言いたいがための長編推理小説だったのかよ、聞くだけで疲れちまった……」

キョン「ま、待て待て。1975年にタイムトラベルするのはIBN5100を入手するためだとしても、どうしてそこから未来へともう一度タイムトラベルしなかったんだ? 未来で作られただろう人工衛星型タイムマシンを使って」

古泉「例えば、あの人工衛星型タイムマシンが故障してしまった、あるいは元々未来へタイムトラベルできるように作られていなかった」

キョン「……それほどまでに重要なアイテムってことだよな、IBN5100」

古泉「未来人が命を懸けて入手しなければならない存在ですからね」

キョン「もうひとつ質問だ。世界線系のタイムマシンはタイムトラベルをすると世界線移動してしまうと朝比奈さん(大)から聞いた」

キョン「ということは、だ。この世界線上に存在する橋田鈴なる人物と阿万音さんは……」

古泉「互いに異なる世界線出身の人物でしょう。完全な同一人物ではない。ですが、世界線変動率<ダイバージェンス>の近似を考慮すれば同一人物と考えても問題なさそうです」

キョン(あの時の朝比奈さん(大)と同じか……)

キョン「そして阿万音さんは既にラウンダーと繋がっているか、あるいは将来的に、っつっても俺たちからしたら過去だが、ともかく橋田鈴として繋がることになる可能性がある。これは……」

古泉「殺してでも奪い取る。何が何でもIBN5100を自らの手中に、そして最終的にはラボへと届ける。それほどまでの執念が感じられます」

古泉「SOS団所属の未来人の目的は未来の保護でした。仮に阿万音さんもそうだとするならば、その目的はディストピア社会の保護、世界のディストピア化ということになります」

キョン「……なぁ、ハルヒのIBN5100探しは、やめさせたほうがいいんじゃないか? 仮に見つけちまったら岡部さんに渡すことになる」

キョン「俺たちまで巨大な陰謀に与することはねぇ」

古泉「やめろと言ってやめるなら、このような推理は必要なかったのでは?」

2010.08.11 (Wed) 13:28 
湯島某所


長門「さすがに昼食を取るべき」

キョン「おっと、もうこんな時間か。ずいぶん話し込んじまったな」

古泉「内容が内容でしたからね。正直もうお腹いっぱいです」グー

キョン「長門は昼は食ったか?」

長門「まだ」

キョン「よし、それじゃ三人でなにか食いに行こう。ついでに未来ガジェット研究所に寄ってうちの団長様と副々団長様をお迎えに上がろうぜ」

古泉「岡部さんとも色々話がありますしね」

今日はココマデ 明日は休みます
途中書き直してた 更新遅くてスマソ

ENOZの上級生はライブアライブで三年生だったから既に卒業してた
レスありがとう 再開します

2010.08.11 (Wed) 13:35 
牛丼専門 さんぽ


キョン(ラボへ向かう途中に財布と胃袋に優しそうな牛丼屋を見つけたので入ることにした。今時チェーン店じゃない牛丼屋とは珍しいな)

キョン「そういや、どうして阿万音さんは未来から直接IBN5100販売年の1975年へ飛ばなかったんだろうな。はい、古泉くんの答え」

古泉「そうですね……。考えられるのは、2010年に立ち寄る必要性があった。何らかの因果操作工作が既定事項であり、それはこの年に電話レンジが開発されることに関係しているかもしれません。あるいはタイムマシンの性質上中継地点を設けねばならないとか」

古泉「もしくは2010年である必要はなく、たまたま。ディストピアでは過去の情報が規制されていて、それゆえ1975年でのスニーキングミッションを達成させるために誰でも情報にアクセスできる時代で過去の情報を仕入れる必要があったとか」

古泉「この場合、阿万音さんは世界をディストピアから救う正義のヒーローということになりますね」

キョン「朝比奈さん(大)は未来ガジェット研究所がディストピア未来を回避する鍵だと言っていたしな、そうかも知れん」

古泉「パンドラの箱を開ける、という意味での鍵かもしれませんよ」

キョン「お前の想像力はボディービル世界大会4連覇並にたくましいな」

古泉「人間の想像力は最大の武器ですからね」ンフ

長門「…………」モグモグ

キョン「それからもう一つ。これからラボに行くわけだが、そもそもそのラボがディストピアの原因なんじゃないか? 人工衛星型タイムマシンはラボが作ったことになるんだろ?」

古泉「あくまで涼宮さんが7月27日、岡部さんを始めとする未来ガジェット研究所のみに白羽の矢を立てていれば、という仮説です。他にタイムマシンを完成させる研究所があったとして、同様に世界システム改変に飲み込まれていればこの仮説は崩れることになります」

キョン「タイムマシンがそう簡単に作られたら困るけどな、それを聞いて安心したぜ」

キョン「あの人たちの人間性を鑑みるに、正直言って世界を支配するだなんだは想像つかないんだよな」

キョン(岡部さんは、たしかに口から黒歴史待ったなしの妄想ストーリーダダ漏れ状態ではあるが、あれは一種のペルソナであって決してマジモンのサイコパスではなかろうよ)

古泉「完全に信用はできませんよ。と言っても僕は岡部さんに個人的にご迷惑をおかけしているらしいですから、そこは謝罪しようと思います」

キョン「俺も一度助けてもらったからな、その恩は返す」

古泉「それに今後の行動を見極めるためにもう少し情報が欲しいですからね。ラボの方々に接近しておくのも悪くないかと」

キョン「清々しいまでに打算的だな」

長門「……ごちそうさま」

2010.08.11 (Wed) 14:00 
大檜山ビル前


ミーンミンミンミーン……

キョン(長門の『ごちそうさま』を合図に牛丼屋を出た俺たちはもはや通い慣れ始めてしまった未来ガジェット研究所のある雑居ビルへと向かった)

キョン「ここに傭兵部隊が潜伏してるとは信じられないほど平和だな」

鈴羽「何それ、スパイ? どこにいるの!?」

キョン「うわっ!? な、なんですかいきなり」

キョン(って、阿万音さんか。さすがに俺たちに問答無用で危害を加えるようなことはないだろうが……)

鈴羽「……少しでも怪しいと思ったらあたしに知らせて。だってあたしは、一人前の戦士だからね!」

キョン(なに言ってるんだこの異世界人)

古泉「初めまして阿万音さん。SOS団副団長、古泉一樹と申します。戦士というのは、もしかして鈴羽さんは軍隊に所属してたのですか?」

鈴羽「軍隊じゃないッ!! あたしが所属してるのは解放組織ワル……あっ、いや! なんでもないんだ! 気にしないで!」アセアセ

キョン(本当に異世界人はおっちょこちょいだったらしい。うちの未来人もおっちょこちょいではあるが)

キョン「長門、この人が例の人工衛星の搭乗者で間違いないか?」ヒソヒソ

長門「」コクッ

キョン(裏も取れたな。まぁ、これだけ慌てんぼうならそんなに警戒しなくても大丈夫か?)

??「こらぁバイトォ! サボってんじゃねぇぞ!」

鈴羽「うわぁ! いっけない、また店長に怒られる! じゃぁね君たち、達者で!」タッタッ

キョン(タッシャ……たっしゃ……達者?)

古泉「あのスキンヘッドで筋骨隆々の方が天王寺裕吾氏です」

キョン「あれが……。なるほど、スイス人顔負けの傭兵部隊って感じだ」

2010.08.11 (Wed) 14:07 
未来ガジェット研究所


キョン「お邪魔します。ハルヒいますか?」ガチャ

古泉「どうも」

長門「…………」

岡部「おぉ、お前たちか。来るんじゃないかと予感はしていたのだ……。フフフ、能力者同士は引かれ合うものだからな。それもまた“運命石の扉<シュタインズゲート>”の選択……!」

紅莉栖「あら、久しぶりねキョン。三日ぶりかしら」ヨッコイショ

キョン(俺にとっては数時間ぶりなんですよね)

キョン「牧瀬さん、お久しぶりです。マシンの改良は順調ですか?」

紅莉栖「えぇ、一応……。って、岡部のやつが漏らしたの?」

岡部「その言い方だと俺の沽券に関わるからやめるのだ! 前も言っただろう、少年は俺と同じく運命探知の魔眼<リーディングシュタイナー>の使い手だとな! 故にッ! 秘境の地、ヴァージン・エクストラ諸島には存在しない知識を有しているのだッ!」

紅莉栖「己はぶっ殺されたいかッ!!!」

キョン「あ、あはは……」

岡部「ってぇ!? き、きき、貴様は機関のエイジェントォッ!! 異世界から我が命を狙いに来たのかッ!?」

古泉「大丈夫です、こちらの世界ではあなたの味方です。全力で暗躍致しますよ」ンフ

岡部「フ……フフフ。フゥーハハハ! ついに機関が我が軍門に下ったぞォ! 終戦の時は近いッ!」

古泉「イエス、ユアハイネス」ンフ

キョン(うまいこと取り入ったな、こいつ)

紅莉栖「もしかして彼もそういう趣味なの?」ヒソヒソ

キョン「いや、あれは悪乗りしてるだけです」ヒソヒソ

古泉「実際涼宮さんがお世話になってますし、前の世界線でのご無礼もあるそうですからね。何らかの形でお礼がしたいと思っているのですよ」

キョン「それに関しては俺も同意見だ。岡部さん、体感で2時間くらい前になりますが、あちらの世界ではありがとうございました」

岡部「お、おう? あーいやいや、なに、気にするほどのことではない。なぜなら俺の望みは世界の混沌、ただ一つだからな……、ククク」

キョン「えっと、ハルヒたちがいないみたいですが……。おい長門、監視してたんじゃないのか?」

長門「わたしが盗聴を終えたタイミングで涼宮ハルヒと朝比奈みくるはこのラボを出ている」

キョン「一言言ってくれよ……」

長門「……あまりに楽しそうだったため、邪魔をしないほうが良いと判断した」

キョン(もしかしてこれは長門なりの気遣いなのか? まぁ、仮にハルヒたちが居なくても用があったからいいんだけどさ)


古泉「それで、涼宮さんはどちらに」

紅莉栖「あぁ、ハルヒならまゆりとみくると三人でフブキっていうまゆりのレイヤー仲間のところに遊びに行ってるわ」

長門「レイヤーとは?」

古泉「レイヤーとは、コスプレイヤー、すなわちコスチュームプレイを行う者、という造語の略称の略称ですね」

キョン「お前の衒学家ぶりはオタク文化でも発揮されるのか」

長門「それもコスプレ?」

岡部「違う、間違っているぞ無表情文学少女よ。この白衣は知的存在にのみ着ることが許された正式なユニフォームなのだッ!」

紅莉栖「私も着てるんだから恥ずかしいんだけど……」

長門「知的存在……」トテトテ

長門「……」ジーッ

紅莉栖「あら、マシンに興味あるの?」

長門「もし良ければ観察させてほしい」

紅莉栖「うふっ。かわいい女の子に興味持ってもらえて、お姉さんうれしいわ。どうぞ、研究室に入って」

岡部「ぬぁにが『オネエサン』だ、同い年ではないかセレブセブンティーンよ」

紅莉栖「だからッ! 私は18歳だってば!!」

岡部「一個上だとしてもお姉さん呼びはちょっと引くのだが……」

紅莉栖「う、うるさいなッ/// 後輩が初めてできて嬉しくて悪いか!」

2010.08.11 14:17 
未来ガジェット研究所 談話室


岡部「心配しているようだが、俺の身体は大丈夫だ。実弾じゃなかったしな。それに少年のDメール送信によって俺への攻撃も無かったことになった」

古泉「僕に襲撃実行の記憶はありませんが、改めて謝罪します。大変申し訳ありませんでした」

古泉「それにしても我々機関の存在を早々に見破っていたとは。岡部さんはなかなか鋭い方ですね」

岡部「本当に“機関”が存在していたとは……」ブツブツ

古泉「なにか?」

岡部「あ、いやいや! なんでもない! フッ、機関のエージェントなどに屈する我がラボではないのだ。フゥーハハハ!」

キョン「IBN5100の捜索にどこまで協力できるかはわかりませんが、もしよかったらハルヒとも仲良くしてやってください。アイツ、見つけるまでは東京から離れそうにないですから」

古泉「なにせ幻のレトロPCですからね、そう易々と手に入るとは思えません。手に入らなかったとしてもお許しくださいませ」

岡部「う、うむ……。実に良い働きだな、うん」

古泉「浮かない顔ですが、なにかあったのですか?」

岡部「それがだな……。どうも俺は誰かに監視されているらしい」

キョン「機関以外に、ですか?」

古泉「ちょっ」

岡部「機関には常に監視されている。無論、易々と機密を漏らす俺ではない。やつらに流れているのはすべてフェイク情報だ」

古泉(どうやら冗談だと思ってくれたようです)

岡部「……このメールに見覚えがあるか?」スチャ

キョン(『お前を見ているぞ』……それとゼリーの画像?)

古泉「……いえ。これは機関のものではないです」

岡部「こっちは?」ピッピッ

キョン(『お前は知りすぎた』……うぇっ、なんだこりゃ。血まみれの人形の首の写真か)

古泉「機関はこのような手段を取ることはないかと」

岡部「そうか……。となると、また別の組織が俺を……」

キョン「それってもしかしてラウンダーか?」ヒソヒソ

古泉「まだ断定はできません。色んな組織が狙っていてもおかしくない。事実、この未来ガジェット研究所がタイムマシンに対して最も関係が深いのですから」ヒソヒソ


キョン「そうだ、岡部さん。阿万音さんについて驚くべきことがわかりましたよ」

岡部「バイト戦士についてだと?」

古泉「阿万音鈴羽さんはある裏組織と繋がっている、かもしれないのですが。なにか心当たりはありませんか?」

岡部「バイト戦士が? そういやアイツが、紅莉栖がSERNと繋がっている、とか言ってたが……」

キョン「セルン?」

古泉「SERN。欧州原子核研究機構ですね、素粒子物理学の研究などをしている……。しかし、それではまるでSERNが裏社会のボスのような言い方ですが」

岡部「…………いや、お前らは知らないほうがいい」

キョン「?」

岡部「そう言えばあのボディコンエロ教師は誰だったのだ? 来波アサヒとかいう、新劇に出てくる駆逐艦みたいな名前の人物は」

キョン「あの人は朝比奈さん、朝比奈みくるさんが大人になった姿です」

岡部「なに? ということは、数年後からやってきた未来人だったのか!?」

古泉「いえ、実は高校生の朝比奈さんも未来人でして、かなり遠い未来からやってきたそうです」

岡部「なんと……。だがしかし、いったいなんの目的で」

キョン「それが、うちのハルヒのせいで2006年より過去へタイムトラベルできなくなってしまったからとか」

古泉「なによりそのタイムトラベルを可能にする理論の中心に涼宮さんがいらっしゃるので保護観察をせざるを得ないのだとか」

岡部「ふーむ、なるほど。タイムマシン研究者のそばには必ず未来人の影がある法則か」

岡部「その未来人の使ってるタイムマシンを使ってIBN5100を回収できないものだろうか。もちろん、販売時期まで遡行することは不可能だろうが……」

古泉「それが、あの人たちが使ってるTPDDというタイムマシンは世界線移動ができないそうです。つまり因果操作にかなり制限がある」

古泉「それゆえにこの世界線で手に入っていないのであれば、それはほぼ手に入らないということ」

キョン「それに朝比奈さんの上司の許可がないと使わせてもらえない仕様になってるので、どこまで協力してくれるか」

岡部「そうか……」



♪♪♪



岡部「すまない。電話だ……」ピッ

キョン(心臓に悪そうな着信音だな……)

2010.08.11 (Wed) 14:21 


岡部「―――――――――――!!!」ヨロッ

キョン「お、岡部さん!?」

古泉「大丈夫ですか!?」

岡部「……。あ、あぁ、そうか、お前たちか。俺は大丈夫だ」

キョン「まさか、また過去改変が……」

岡部「いいか、時間がない。手伝ってくれ……」



岡部「阿万音鈴羽は、未来人ジョン・タイターだ……ッ!!」




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◇Chapter.5 朝日奈みくるのジェノグラム◇
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D 0.337187%
2010.08.11 14:21 未来ガジェット研究所


キョン(阿万音さんがジョン・タイター!? ってことは、@ちゃんのジョン・タイターはモノホンの未来人で、中身は阿万音さんだったってことか!?)

岡部「とにかく時間がない。詳しいことはすべて後で説明する。紅莉栖、マシン開発がひと段落したらラジ館に来いッ!」ダッ

紅莉栖「へ!? ちょ、ちょっと岡部ぇ!?……紅莉栖って言った。アイツ私の事紅莉栖って……」ブツブツ

キョン「あっ!……行っちまった」

古泉「……まるで、あのケータイの通話に出た途端に人が変わったかのようでしたね」

キョン「ありゃなんだ? 新手の世界改変か?」

古泉「ちょっと判断材料が少なすぎますね……。涼宮さんたちが心配です。ひとまず涼宮さんたちと合流しましょう。それが元々の目的でしたし」

キョン「あぁ、そうだな。今電話をかけよう……」ピ、ポ、パ

長門はなにやら牧瀬さんの機械いじりの片付けの手伝いがあるとかで後から集合することとなった。まぁ、長門なら大丈夫だろう。……大丈夫だって。

なぜか椎名さんと別れて池袋に向かっていたハルヒと朝比奈さんは俺からの連絡を受け、渋々秋葉原へ引き返すこととなった。IBN5100についてわかったことがあるとうそぶくことで説得に成功した。

乙女ロードとかいうところへ行くという目的を達成できずにとんぼ返りとなったハルヒは不満たらたらだった。

あとで古泉に聞いたが、この世界の池袋のサブカル事情はとんでもないことになっているらしい……。

あぁ、もしできることなら秋葉原が萌えの街であった世界線にまで戻りたい。そしたら俺はあのメイド喫茶で猫耳メイド金髪ポニーテール少女椎名まゆりとニャンニャンできるはずなのだ……!

2010.08.11 (Wed) 17:32 
秋葉原 マクディナルハンバーガー


ハルヒ「いやーっ! まゆり、かわいかったわー!」

キョン(伝説の金髪ポニーテール少女まゆりッ!)

みくる「あのぅ、長門さんは?」

古泉「長門さんなら今未来ガジェット研究所で牧瀬さんのマシン開発のお手伝いをしているそうです」

ハルヒ「あの子ってプログラム系だけじゃなくて機械系も結構得意よね」

ハルヒ「それで、IBN5100探しはどうなってるの?」

キョン「一日遊んでおいてそれか」

ハルヒ「あたしは団長よ? そしてアンタは団員その一。オーケー?」

キョン「なんでもそれで通用すると思ったら大間違いだぞ」

古泉「IBN5100ですが、実はとある重要な機能を持っているものであることが判明しました」

キョン「おまっ」

キョン(俺はてっきりIBN5100はフランス人の実業家に売られただなんだと言ってハルヒの捜索意欲をそがせるものかと思っていたが)

ハルヒ「やっぱりアレはただのレトロPCなんかじゃなかったのよ! きっとロボットが人類を支配する未来において機械側のマザーコンピュータをクラッキングするために旧式コンピュータのプログラミング言語が必要なんだわ!」

古泉「涼宮さん? 未来ガジェット研究所と約束しましたよね。発見次第、ラボに無償で提供すると」

キョン(古泉は煽り検定一級でも持ってるのか)

ハルヒ「うぐっ……。使えないヘンテコ電子レンジつかまされて、してやられたわ……」

キョン(ワニ目にしてアヒル口のハルヒである。変なところで律儀なのがまたハルヒらしい)

みくる「あくとくしょーほーは許せません!」

キョン「古泉、お前いったい何考えてるんだ」ヒソヒソ

古泉「涼宮さんにIBN5100を入手してもらって、僕たちで管理しておけばいいのですよ。岡部さんには渡したくないと強く思わせて」ヒソヒソ

キョン「そんなにうまくいくか……?」


ハルヒ「ラボに文句言いに行きましょ! あんなの不当よ! クーリングオフよ!」

ハルヒ「そもそも電子レンジで過去を変えるなんて、笑えない冗談だったんだわ。それならまだ異世界に通じるテレビのほうがゴロゴロ転がってるってもんよ!」

キョン「リコール問題がタットワの技法を通じて多世界で勃発するだろうな。まぁ、そう簡単に世界は変えられないってこった」

ハルヒ「ふん、当然でしょ。最近の日本の首相みたいにコロコロ変わったら世界のほうが混乱しちゃうわ」

ハルヒ「それで、重要な機能って?」

古泉「重要な機能があることが判明しただけで、それが何かまでは、すいません、力不足ゆえつかめませんでした」

古泉「どうやら先進各国が熾烈な諜報戦を繰り広げ、水面下で衝突が起きているようです」

ハルヒ「ほうほう……!!」キラキラ

キョン(楽し気だな)


プルルルル プルルルル


キョン「ん、長門から電話だ。ちょっと電話出るぞ?」

ハルヒ「あんた成長したわね。ちゃんとあたしに許可を取るなんて」

キョン(そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな)

キョン「あーもしもし? 長門か?」

長門『ラボに来て』

キョン「ラボにか? どうして」

長門『岡部倫太郎がSOS団に依頼したいことがあるらしい』

キョン(去り際に言ってたアレか……)

2010.08.11 (Wed) 17:55 
未来ガジェット研究所


岡部「色々頼んでしまってすまない」

キョン「いえ、岡部さんの頼みであれば」

古泉「IBN5100を発見するまではご助力致しますよ」

キョン(よくもまあいけしゃあしゃあと)

ハルヒ「いつの間にかSOS団男子があの変態男に懐柔されているッ!? これはミステリーよ、いやSFよ!!」

キョン「落ち着け」

古泉「それで、どのような用件でしょうか」

岡部「このケータイの画像を見てくれ」スッ

キョン「ん……? これは、なにかのメダルか?」

岡部「実はな……」

岡部「なんとかしてこのピンバッジを作ったやつの正体を掴みたいんだ。おそらくそいつが阿万音鈴羽の父親だ」

岡部「他にわかっているのは、父親の二つ名が『バレル・タイター』であることくらいだ」

キョン(バレル・タイター……。ジョン・タイターの親戚か? あ、いや、阿万音さんがジョン・タイターだという岡部さんの言を信じれば実際一親等なのか)

岡部「詳しいことは言えないが、期限は二日以内。明後日には鈴羽は確実にこの街を飛び立ってしまう。手伝ってくれるか?」

ハルヒ「阿万音さんのお父さん……」

みくる「あの話って、阿万音さんのことだったんですね……ぐすっ……」

キョン(しかし、ジョン・タイターこと阿万音さんはおそらくこれから1975年へタイムトラベルし、2000年に43歳の若さで亡くなる……。これは、言わないほうがいいんだろうか)

古泉「善処します。ですが、これでは情報が少ないですね……」

キョン「どうやって探すつもりで?」

岡部「それは、こう、足でだな……」

紅莉栖「随分と地道ね。仮にも未来ガジェット研究所なんだから、もっと未来的な方法はないの?」

岡部「そんな都合のいいものはない」

キョン(未来的な方法ね……)

ハルヒ「わかったわ。阿万音さんのためにもひと肌脱いであげる」

ハルヒ「それに、宝探し第二弾って感じでワクワクするわ! 最初に発見した人には岡部倫太郎から盛大なプレゼントがあります!」

岡部「勝手に作るな! そんなものはないッ!」

紅莉栖「いいえ、脳科学的にも目標達成に対してご褒美を設置するのはドーパミンの分泌量が増えてモチベーション的な意味で良いことだわ」

岡部「お前は『自分へのご褒美~♪』とか言って仕事終わりにコンビニケーキとか買っちゃうスイーツ(笑)OLかッ!」

紅莉栖「う、うるさいな! 糖質はチロシンの吸収効率を上げるのよ、無知乙!」

ハルヒ「SOS団チームの威信にかけて、一番に見つけるわよ! さぁ、あたしたちはクジ引きで手分けして探しましょ!」

キョン「結局また不思議探索になるのか」

古泉「前も言いましたが、これこそ我らSOS団の本分かと」

キョン(たしかに阿万音さんの素性についてはもっと情報が欲しい。肉親について何かわかれば阿万音さんの渡航目的もハッキリするかもしれん)

キョン(俺たちにとって、世界にとって、敵なのか、味方なのか)


ハルヒ「決まりッ! それじゃ、古泉くん、一緒に行きましょ!」

古泉「お任せあれッ!」


キョン「……朝比奈さん、行きましょう。長門、機械いじりはまた後でな」

みくる「はぁい」

長門「わかった」

キョン(このタイミングで両手に華の班員構成になるとは、アレをしろってことだよな……)

2010.08.11 (Wed) 18:04 
芳林公園


キョン「それで長門。例のピンバッジの制作者なんだが」

長門「あのピンバッジはまだこの世界に誕生していない」

キョン(俺はなんとなくそんな気がしていた)

キョン「ということは、この時間平面の秋葉原を探し回っても絶対に見つからないってことだな」

みくる「そんなぁ……。阿万音さんがかわいそうですぅ……」

キョン「というわけでして、朝比奈さん。相談があるのですが、長門と二人で未来へ行って、長門の宇宙的パワーで制作者を探し当てて、ここに帰って来てもらっていいですか」

みくる「え……、えええっ!?」

長門「…………」

キョン(ちょっとズルい気もするが、阿万音さんについては知っておく必要がある気がするのだ。なによりハルヒがピンバッジを見つける気満々だからな。ついでに岡部さんへの恩も返そう)

みくる「えぇぇ!? 未来から許可がおりましたぁ……。なんでぇ……」

キョン(やっぱりか)

長門「……手、繋いで」

みくる「あ、はいぃ……」ドキドキ

キョン「それじゃ、よろしく頼みますよ朝比奈さん」

みくる「えっと、タイムトラベルの瞬間を見ないでくださいね? 禁則事項なので……」

キョン(まぁ、女の子二人で女子トイレの個室に入るのも変だし、俺が目をつぶってればいいだけだな)

キョン「わかってますよ。あっち向いてます」クルッ

みくる「そ、それじゃ長門さん。い、行きますね……」

長門「…………」

キョン(何やら気まずそうな沈黙を交わしていた二人の気配が忽然と消えた)

キョン「……行ったか」

キョン(そういや未来人の家族構成ってのは興味があるな)

キョン(以前朝比奈さんに質問した時は、唇に指を当て、完璧なウインクとともに『特級の禁則事項です♪』なんて言われちまったしな)

キョン「そろそろか」

キョン(62秒後、思った通りさっきの気まずそうな沈黙が俺の背後に現れた)

みくる「た、ただいま戻りましたぁ」

キョン「早かったですね」

みくる「は、早くないです! 大変だったんですよぉ! もう!」

キョン「あはは、すいません」

キョン「それで、長門。どうだった?」

長門「あのピンバッジを制作するのは未来ガジェット研究所。その前に一度制作しようとして中断するのが橋田至、ラボメンNo.003」

キョン「あぁ、あの太った……。って、は? なんだそりゃ、俺たちはタチの悪い自作自演に付き合っているというのか?」

長門「因果の環が時間的に閉じている。ウロボロス的円環」

キョン「……朝比奈さん、どういうことでしょう」

みくる「え、えっと……。わかりません」

キョン(ピンバッジの制作者は阿万音さんの父親なんだろ? それで実際の制作発案者は橋田至……)

キョン(ん? 橋田? 阿万音さんの偽名は橋田鈴……。まさかな。万が一、いや、億が一そうだとしたら突然変異体<ミュータント>として遺伝子研究が叫ばれるだろう)

長門「つまり、既定事項」

みくる「あっ……」

長門「橋田至は本日午後6時45分頃、秋葉原の露天商にピンバッジ制作を依頼する」

キョン「なんだ、じゃぁ俺たちがすることはもう無いんだな」

長門「だが、現在橋田至はその行動を取ろうとしていない。思いつきもしていない」

キョン「んん?」

長門「わたしたちが橋田至にそのような既定事項を実行するよう促す必要がある」

キョン「あー、ってことはあれか。今年の1月に朝比奈さんとやった、ハカセ君をオレンジツインテール超能力者組織から救出した作戦とか、2月にやった釘と空き缶のイタズラみたいなやつか」

長門「そう」

みくる「ひぅっ……」

キョン「それなら簡単だ。俺たちが直接会ってそうするように頼んでくればいい。見ず知らずの人でもないしな」

長門「だが橋田至の人間性として基本的に自分の意志を貫徹する揺るぎない精神を持っている。現在は阿万音鈴羽のタイムマシン修理のみに意識が行っている」

キョン「なっ」

みくる「た、たいむましん?」

長門「加えて価値観の最高位に萌え・美少女・性欲が支配的に存在している」

キョン(なんという漢だ……)

長門「この場合、三人のうち最も適切なネゴシエーターは朝比奈みくる」

みくる「あ、あたしですかぁ……ひぇぇ……」

長門「今からあなたを橋田至が存在する座標に転送する。頑張って」

みくる「えっ、ちょ、ちょっと待ってく」シュン

キョン「き、消えた……。長門よ、マジで朝比奈さんを偵察部隊が未帰還の敵地に放り込んだのか?」

長門「彼女なら大丈夫」

キョン「たしか朝比奈さんは未来から行動を規制されていて、自分では因果をいじるような現象を操作できなかったんじゃ?」

長門「今回の件に関してはその限りではない」

キョン「どうして長門にそれがわかるんだ? もしかして、朝比奈さん(大)から直々にお前に伝令があったのか?」

長門「……禁則事項」

キョン(今のは長門なりにエスプリの効いた冗談なんだろう。その一ミクロンほど小首を傾げた無表情少女の顔はどこか現状を楽しんでいるように見えた)

キョン「……事が落花狼藉に及んだら緊急脱出措置を頼むぞ」

長門「」コクッ

ラジ館8F


みくる「――――――ださいってえええ!!? ここどこですかぁ!? なんであたし飛ばされたんですかぁ!?」ピィィ

ダル「んお? おぉ誰かと思えばミクルン氏。どしたん? もしかして頑張ってる僕のために専属チアリーディングを披露してくれるとか……ハァ……ハァ……」

みくる「えっと、そのぉ、ふみゅぅ……」

ダル「んほーーーっ!! ミクルン氏がそばに居てくれるだけでやる気100倍だお!!! やばいっす、ロリでちょいエロは無敵っす!!! もうタイムマシンなんかちょちょいのちょいって直しちゃうんだからね!!! 勘違いしないでよね!!!」

みくる「ひいっ!!!……えっ、た、タイムマシンなんですか、それ」

ダル「あれ、オカリンたちから聞いてなかったん? 今僕は阿万音氏が乗るためのタイムマシンをフェイリスたんとの一日デートのために一生懸命修理しているところなのだぜ。キリッ」

みくる「えっ、阿万音さんが、タイムマシンに……?」

みくる「そうだったんですかぁ。亡くなったお父さんに会うために2036年の未来から……。それに会えなくてもすぐ1975年に旅立たないといけないなんて……」グスッ

みくる「しかも過去にしかいけないタイムマシンなんて……。あんまりですぅ……」ヒッグ

ダル「ちょっとせつない話だよね。今オカリンたちが例のピンバッジ、もといその制作者の阿万音氏パパを探してるみたいだけど……。見つかってほしい、いや、絶対見つかるはずだお」

みくる(本当はあなたが作ることになるんですよ……。あれ、でも、っていうことはピンバッジの制作者は橋田さんで、制作者は阿万音さんのお父さんで、あれ……?)

ダル「それで、ミクルン氏は何しに来たん? ホントに僕のことを応援に? これってフラグなんじゃ……」ドキドキ

みくる「え、えっと! 橋田さんも一緒にピンバッジ探しましょう!」

ダル「うーん、ホントにそうしたいのは山々だし、僕だって阿万音氏の父さん見つけてあげたいって本気で思ってるんだけど……」

ダル「正直あと2日でこれを直しきる自信はまだ無いっつーか、僕の修理が間に合わなかったら阿万音氏がタイムトラベルできなくて元も子もないわけで、それだったら適材適所っつーか……」

みくる「橋田さんなら大丈夫です! 絶対タイムマシンを直せます!」

ダル「お、おーっ!! ゆるふわ系ロリ巨乳JKに力強く説得されたらなんかそんな気がしてきたお!! 胸アツ展開ktkr!!」

みくる「それで、あたしから提案があるんですが……」

ダル「あぁー、その提案お持ち帰りしたいぃぃぃ。あ、今のは竜宮ラナたんの名台詞だお。これ豆~」

みくる「多分、ピンバッジの制作者、つまり阿万音さんのお父さんは見つからないと思うんです……。東京は広いですから」

ダル「……ミクルン氏、意外にリアリストな件」

みくる「だから、あたしたちでピンバッジを作っちゃって、お父さんの痕跡が確かにこの2010年にあったって思わせてあげたいんです……」

ダル「あー、なるほどその手があったかー。んー、でもミクルン氏、ちょっとそれって卑怯な気が」

みくる「……卑怯なんかじゃありませんッ!!!」

ダル「うほっ」

みくる「お父さんとお母さんと離れ離れになって、会いたいときに会えなくてッ!!」

みくる「大好きだったのに、いつまでも仲良く暮らしていたかったのに……」

みくる「突然時間的過去へ行くミッションを押し付けられてッ! それをやらないと世界が危ないからってッ! どうして自分以外の人じゃなくて、自分なんだろうって!」

みくる「知ってる人が誰もいない世界に来て! 情報も規制されてて! やりたいことも限定されてて!」

みくる「さみしくて、孤独で、不安で、お父さんとお母さんに連絡を取りたくても取れなくて、生きているかも死んでいるかもわからない人の気持ちが……ッ!!」

ダル「ちょ、おちけつミクルン氏」

みくる「……ッ!! す、すみません……」グスッ

ダル「ひえーっ、ミクルン氏突然どしたん?」

ダル「……んー、でも、ミクルン氏の考えも一理ある罠。ホントに見つからなかった時は、それ、やっとくべきと思われ」

みくる「そ、それじゃぁ……!」パァ

ダル「つーかミクルン氏みたいなかわいい女の子に泣いて頼まれて断る男なんていないのだぜ。キリッ!」

2010.08.11 (Wed) 18:50 
芳林公園


みくる「ピィィィィッ!!」ドサッ

キョン「……長門よ、なんの予告も無しに空間転移を行うのは心臓に悪いと思うぞ」

長門「次回から気を付ける」

キョン「……朝比奈さん、お疲れ様でした。どうやら橋田さんのほうも無事うまくいったみたいですよ」

みくる「キョンくぅん……。こわかったですよぉ……うぇぇん……」ヒックヒック

キョン(朝比奈さんには申し訳ないが、なんとも愛くるしいお姿である)

長門「…………」

キョン「さ、俺たちのミッションもこれでコンプリートだ。ハルヒたちと合流しよう」

2010.08.11 (Wed) 23:30 
湯島某所 男子部屋


キョン(ハルヒたちと中央通りで合流したのち岡部さんと偶然鉢合わせ、ピンバッジの件に関して報告があった。つまり、橋田さんがピンバッジを作ろうとしていたので外人露天商にはピンバッジの件を聞いても無駄だ、という話だ)

キョン(この件についてはハルヒいわく)


ハルヒ『なかなか行動力のある人じゃない。嘘には二種類、人を傷つける嘘と、人を幸せにする嘘とがあるってことね。嫌いじゃないわ』


キョン(などと謎の好評価が付与されていた)


キョン「それで、古泉。結局阿万音さんの父親って誰なんだ?」

古泉「さぁ、そればかりは機関の総力を挙げてもわかりようがありません」

古泉「朝比奈さんから聞いたところによると、彼女は2036年から来たとのこと。2036年から来たということは、阿万音さんの誕生年は2017年。その父親なる人物は2010年現在において父親ではないのですから」

キョン「そりゃそうだ。こればっかりはわからんよなぁ……。長門with朝比奈さんのアイドルユニットによる未来へのライブツアーついでに調べてもらえばよかった」

古泉「今日はあの人工衛星が未来ガジェット研究所の制作した、いえ、将来的に制作するであろうタイムマシンであるという推測の裏が取れましたね」

キョン「そうだっけか?」

古泉「橋田さんが直していたのでしょう? ということは、おそらく彼に直せる構造であるということ。推測に推測を被せている状態ですが、例の電話レンジ(仮)とやらと構造が似ているのでは?」

キョン「なるほど。ってことは阿万音さんは未来ガジェット研究所側の人間ってことで決まりか」

古泉「未来のことなので今いち雲を掴むような話になってしまうのですが、もちろん、例の地下組織ラウンダーから送られたスパイだという可能性は0%ではありません」

キョン「あんな大学生サークルに張り付いて一体何の得があるんだと思っていたが、実際将来的にタイムマシン開発にこぎつけるとなると狙う理由もそれなんだろうな」

古泉「それに、朝比奈さんから聞いたように、あの人工衛星は過去にしかいけない。これが橋田鈴が1975年以降未来へ飛ばなかった最大の理由でしょう」

キョン「想像を絶する話だ……」

キョン「それで、例の掲示板を賑わせていたジョン・タイターなる人物があの阿万音さん本人だったわけだ」

古泉「未来人はジョンを名乗るのが好きなようですね。あなたと気が合うかもしれませんよ」

キョン「親父がバレル・タイターだったからという理由でタイターを名乗るのはともかくとして、どうしてそこで“ジョン”をチョイスしたんだか」

古泉「おそらくあなたと同じ理由でしょう。ありふれた名前であるというその一点では」

キョン「なぁ、2000年に来たジョン・タイターも阿万音さんだったんだろうか」

古泉「前も言いましたが、僕はその世界線での記憶が無いのでなんとも言えませんよ」

キョン「掲示板上の阿万音さんはなんて言っていたんだ?」

古泉「朝比奈さんが反応しなかったこと、また虚偽の情報が多くあったので今までまともに取り合っていませんでしたが、こちらがジョン・タイターの発言の一例になります」ペラッ



 タイムマシンはSERNによって独占されています

 一般人も企業も手に入れることはできません

 彼らは自身の利益のためだけに用いて、世界にディストピアをもたらしました

 私は未来を変えるためにやってきました

 SERNによって作られたディストピアを破壊し、ふたたび自由を手にするためです



キョン「SERNねぇ……」

古泉「SERNによってタイムマシンが独占されているということは、ジョン・タイターはSERNの作ったタイムマシンを盗んで過去へ飛んだということでしょうか。タイムマシンを利用して過去改変が可能なディストピア社会がなぜそれを見過ごしたのか」

古泉「その他、世界線の解釈についても多世界解釈の立場を取っていました。このように矛盾点が多かったので信用できなかったのですが、これが阿万音さんの作戦だったとは……」

古泉「ノイズまみれの中にほんの少しの真実を混ぜることにより、特定の人物、今回の場合リーディングシュタイナーを持っていた岡部さんを炙り出す手法だったわけです。まんまとしてやられましたよ、なかなかどうして切れ者じゃないですか」

古泉「SERNという単語、非常に気になる存在となりましたね」

キョン「牧瀬さんがSERNと繋がっている、と阿万音さんが言ってたんだったな」

古泉「SERNと未来ガジェット研究所の共通点と言えば、ブラックホールです。SERNはかつてブラックホールを作る実験をし、失敗している」

キョン「なるほど、それに対してこっちは成功している……。産業スパイ的なアレで知りたい情報ってことか」

古泉「しかし、牧瀬さんがSERNと繋がっているという点について機関として色々調べましたが特に何も発見できませんでした。彼女は物理学者ではなく脳科学者ですからね」

古泉「ちなみに父上である章一氏とも繋がりはありませんでした」

古泉「もしかしたらこれから先の未来に接点を持つ、ということかもしれませんが、その場合は同じくお手上げです。調べようがありません」

キョン「タイムトラベラーの言うことはややこしくていかんな、うん」

古泉「そしてSERNがディストピアを構築するという予言……。正直一研究機関が世界の統治機構へと変貌するなど、全く考えの及ばないことです」

キョン「まぁでもSFの定番なんじゃないか? ターミネーターだってスカイネットっていう便利ツールが世界を支配しちまうわけだし」

古泉「そう。結局、未来は何が起こるかわからないからこそ未来なのであって、今の僕たちにはどれだけ推理を重ねても想像の域を出ないのです。なぜならバタフライ効果ですべてがひっくり返される可能性がある」

キョン「なら現在より過去のことを推測すればいい。今まで名前が挙がった怪しい組織は、ラウンダーとSERNだ」

キョン「ラウンダーってのはSERNが親玉なんじゃないか?」

古泉「……いえ、やはりSERNはどこまでいっても研究機関に過ぎないはずです。可能性があるとしたら、SERNでさえも陰謀の手先に過ぎず、さらにそれを裏で扱うような世界的な組織がいなければ、そのような結果にはならないかと」

キョン「なんだそりゃ、ユダヤの陰謀論か?」

古泉「ホントにそうかもしれませんね。ですが、仮にラウンダーがSERNの産業スパイ軍団だとすると天王寺裕吾氏と橋田鈴氏が4年近く仲良く暮らしていた理由がわからない」

古泉「阿万音さんが未来ガジェット研究所側の反ディストピア組織の一員であった場合、人間関係がかなり複雑なことになってしまいます」

古泉「ラウンダーがSERNの下部組織であるという仮説に発生したこの天王寺橋田問題に関して、一番わかりがいいのは未来ガジェット研究所が将来的にSERNという支配機構の一部となる、ということ。この場合、阿万音さんはラウンダーです」

古泉「あるいは未来ガジェット研究所がディストピアを築くために目の上のたんこぶであるのがSERNであり、これを滅するよう動いていること」

キョン「つまりジョン・タイターの発言はまるっきり反対ってことか」

古泉「これらの仮説のほうが、より可能性があるかと」

キョン「あんまり信じたくないな……」

キョン「最後にアレだ。岡部さんが突然おかしくなった件について。まぁ、あの人は元々おかしいが」

古泉「それについては長門さんから情報を得ています。あのラボの奥で牧瀬さんが一心不乱にいじっていたもの。それはタイムリープマシンらしいのですよ」

キョン「タイムリープマシン? Dメール送信装置の改良版ってことだろうが、何が違うんだ?」

古泉「つまり、自分の脳内にある記憶を過去に転送できる……。物理的タイムトラベルは達成できなくとも、これならば過去に意識を送ることができます」

キョン「記憶を転送するタイムリープね……。まるで昔の長門がやってた記憶の同期みたいだな。また4年前の七夕を思い出すぜ」

古泉「まさに時をかける少女のソレですね」

キョン「それと岡部さんとどういう関係が……って、あの時、未来の岡部さんが転送されてきてたのか?」

古泉「間違いなくそうでしょう。本来持ちえない記憶を未来から持って帰ってきた、とも言えます」

キョン「Dメールに続いて、過去にしか行けないタイムマシン。そして記憶を過去に飛ばすタイムリープマシン……。ハルヒの過去改変願望もついにここまで来てしまったか」

古泉「これでより操作的に過去を改変できるようになりましたね。よかったじゃないですか」

キョン「またトンデモ世界への改変だけはよしてくれよ……」

古泉「正しい明日が来ると信じて。おやすみなさい」


‐‐‐



なあ。ハルヒ


なによ


そう遠くない未来にタイムマシンが開発されたとしてさ、その数年後のお前が今この時代に来れたとして、もし今の自分に会ったりしたら、その未来の自分が何を言うか想像できるか?


はあ?……数年後ってことは大学生になってるかしらね。で、そのあたしが今の自分に来て……か。ふぅん? たぶん、あんたって全然変わんないのねって今のあたしが逆に言ってあげると思うわ。だってあたし、2年や3年や5年で自分の信念が変わったりしない自信があるもの。でも、どうしてそんなこと訊くの?


思いついただけだ。未来の俺はどれだけ成長するだろうかなと気になってな


なら、安心しなさい。あんたはきっとずっとそのままだから。それともあんた、中学生の自分に説教できるほど精神的な成長を遂げたとでも言いたいの?





――4か月前の俺はぐうの音も出ないほど反論できなかったが、今は違う。


「人間ってやつは、時間が経つだけで変化するんだ。記憶も肉体も」


「それにハイデガーも言ってただろ? 人間は根源的に時間的存在であるってな」


「お前が変わってないんだとしたらそれは気付いてないだけだ。一つ間違いなく言えるのは、お前は色気が出てきている」


「それだけじゃない。お前は1年前から大きく様変わりしている」


「あの頃の勢いを残しつつ、だが少しずつ、確実に一歩一歩階段を上っているのは、いくら洞察力がガラパゴスゾウガメの全力疾走より鈍重だと自覚している俺にだって解るぜ」


「時間という存在がある限り、どうしたって変化するんだ。それが成長と呼べるものであるかは責任を持てないが」


「仮にお前が、俺たちの関係についてずっとそのままであってほしいと望んでいるのなら……」


「ずっとそのままを望んでいるのなら? それは、つまり、どうなるんだ……?」



---

今日はここまで

乙乙、でもちょい疑問だけど、父親探しをしてるって事は既にラウンダーの襲撃からまゆり救出の為のタイムリープを繰り返してるわけど…オカリンは古泉の機関の事もキョンが世界線を変えた事で知ってるわけだから、ラウンダー襲撃に備えて利用しようとしたり、リーディングシュタイナーを持つキョンに接触を図るんじゃね?いや、実際に既にやった上で無理だったのかもしれないけど、キョンに相談したらキョンの性格的にまゆりを助ける為にハルヒというジョーカーや万能な長門も引き出せるわけだし、その辺り何もない事にちょっと疑問って言うか違和感を感じた。

>>508
アンタすげーわ 飛び起きた
ソレについて、一つ話の軸に埋め込んである
伏線ってほどじゃないけど、その違和感についてはすべからく何かあるので引き続きよろしくお願いします。

話の大筋には全く関係ないことだろうけど
>>501で橋田鈴とミスターブラウンが仲良く暮らすわけがないと言ってるけど、
>>441には記憶喪失で病院に行ったことを知ってるから、
記憶喪失が偽装であるという古泉の立てた仮定を無くせば、否定はできないはず

解説役のミスはちょっとしたスペクタクルですよ

>>509

「すべからく」は「べし」や「べき」と繋がる
せっかく素晴らしいSS書いてるので、間違えないで欲しい
俺が狭量ですまない
しかも本文関係ないし

>>511
ミステリで“犯人が無意味に記憶喪失だった”は一種のタブー (偶然によって事件を解決してはならない)
→全部の事件がただの偶然でした、という結論は荒唐無稽 と古泉は思うんじゃないかっていう
あと古泉は『仲良く暮らすわけがない』とは言っていない。『人間関係が複雑になる』と指摘
これは例えば、裏切り、詐欺、二重スパイ、心変わり、痴情のもつれ等
正直言うと、ミスリードでキョンの鈴羽に対する興味を爆上げしたかっただけ 反省はしていない

>>512
初めて知った。日本人の38%が間違えてるらしい(慢心) 指摘感謝

レスありがと 再開します




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◇Chapter.6 涼宮ハルヒのアタッチメント◇
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D 0.337187%
2010.08.12 (Thu) 11:45
秋葉原 牛丼専門さんぽ


翌日は逆に晴天の霹靂が起きたのかと思うくらい非日常的現象はその影をひそめた。ひそめただけで俺の隣に這いよる混沌と化していただけだが。

ハルヒは相変わらず阿万音さんの父君を訪ねて三千里に熱を入れており、午前中はいつものクジ引きで2班に別れた。

そんな折、岡部さんのケータイから古泉のケータイに電話が入った。橘京子の時もそうだったが、コイツには知らぬ間に重要人物と連絡先を交換する特技があるらしい。

話によると、なんでもピンバッジ捜索の礼として飯をおごってくれるというのだ。

人に飯をおごってもらうなんて俺にとっては僥倖もいいところだが、それはそれとして岡部さんとはもう少し色々話をしたかったので俺たちは誘いに乗ることにした。

……この店、実は一度来たことあるんですよね、とは言えなかったのであった。

キョン「いやあ、なんだか申し訳ないです」

岡部「何を言う。お前たちをこれ以上タダ働きさせていたらラボメンNo.001としての沽券に関わるからな」

古泉「では、お言葉に甘えて」

キョン(この人はたしかに岡部さんだ。軽口だって俺たちの知ってる岡部さんそのものだ。だが、どこか雰囲気が違う……。なんというか、老け込んだ?)

キョン「父親捜しの件ですが、うちの未来人による未来的身辺調査は上司からNGが出たらしく、やっぱり足で探すしかないみたいです」

キョン(いったいどんな基準で査定してるんだか)

岡部「そうか……。残念だが、未来人にも都合があるのだろう。当たってもらってすまないな」

古泉「それで、僕たちを呼びつけた本当の理由をお教え願えますか」

岡部「……実はな、機関に属する少年と、魔眼の能力<チカラ>を擁するお前たちに、IBN5100のことで相談があるのだ。本当はお前らを巻き込みたくはないが……」

古泉「奇遇ですね。僕たちもそのことで丁度お話がしたかったところです」

キョン「まぁ、乗りかかった舟です。俺たちでよければ」

岡部「その前に説明しなければならないのは……、俺は。……8月13日から昨日11日へと48時間を……!」

岡部「“タイムリープ”してきたッ!!」

キョン「やっぱりそうでしたか」

古泉「推理が当たるとやはり嬉しいものです」

岡部「……やはり簡単に信じるのだな、お前たちは」フッ

岡部「もう数えるのを諦めるほどにタイムリープしている。そこで得た情報を整理すると、IBN5100はエシュロンを通じてSERNのサーバーに捕縛されてしまった俺のDメールの情報を削除するために必要らしい」

キョン(この間俺に言いかけてたIBN5100の使い道か。そんなことにホントに使えるのか?)

岡部「まぁ待て。最後まで話を聞け。SERNはIBN5100でしか解析できないプログラミング言語で機密を暗号化している。ゆえにIBN5100の入手が前提となる」

岡部「SERNにハッキングなどできるのか、だと? 心配するな。俺の友人にはスーパーハカーがいる。我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>こと、ダルだ」

岡部「ではDメールデータを削除して何がどうなるか、というと、どうやら世界線を大きく移動できるらしい。今俺たちが存在しているα世界線のアトラクタフィールドを脱出できるほどの、今まで経験したことが無い大変化だ」

岡部「アトラクタフィールドというのは……なに、もう知っている? それならば話が早い」

岡部「さて、ではなぜα世界線のアトラクタフィールドを脱出しなければならないかという話だが……。理由は二つある」

岡部「一つは、α世界線では将来的にSERNがタイムマシンを完成させてしまい、世界中のあらゆる技術やら情報やら人間の思想やらをその過去改変能力を用いて統制下に置くらしい。いわゆるディストピアだ」

岡部「例のDメールデータの削除によって、SERNがタイムマシンを完成させる未来が回避できるらしい。理屈はよくわからんが、これによって世界線を大きく移動、ディストピアの無いβ世界線へと改変できるというわけだ」

岡部「鈴羽がジョン・タイターだということは昨日伝えたな。アレはどうやら反SERN組織のメンバーで、要は世界平和のために動いているらしい」

岡部「あいつは明日あの人工衛星のような見た目のタイムマシンに乗って、1975年へIBN5100を確保しに行く。そうして俺たちに未来を託そうとしているわけだ」

古泉「大丈夫ですよ、僕らはお話についていけています。そんな不安げな顔をなさらないで」

キョン「まぁ、突然タイムトラベルだなんだと言われて驚いてるのは確かですが、Dメールの過去改変を取り消した俺たちですから」

岡部「なかなかどうして無鉄砲な逞しさじゃないか。俺は少し、臆病になってしまったのかもしれない……」


キョン「これはそのまま信じていいんだろうか。岡部さんが嘘を吐いているという訳じゃなくてな、情報源はおそらく阿万音さんなんじゃないかと思うんだが」ヒソヒソ

古泉「阿万音さんが岡部さんに嘘を吐くメリットも無いと思います。それに、一応話の筋が通っている。取りあえず全面的に信じてみましょう」ヒソヒソ


古泉「それで、二つ目の理由をお聞かせ願えますか」

岡部「……わかった。言おう」

岡部「この世界線から脱出しなければならない理由の二つ目……。それは……」



岡部「まゆりが……ッ! 椎名まゆりが……、死んだ……、いや、これから死ぬからだ……ッ!」



古泉「!」

キョン「……死?……マ、マジでかッ!?」

キョン(確かに俺たちはSOS団として色々な事件や困難を乗り越えてきた)

キョン(俺に至っては朝倉に2度も殺されかけたし、長門も天蓋領域にかなりヤバいところまで追い詰められた。古泉に至っては日常的に命がけだ。朝比奈さんだって病原菌だらけの池に飛び込んだりした)

キョン(何より、暗黒の十字架に磔となったハルヒの姿は、今でさえ思い出すだけで九曜と藤原をぶち殺したくなる)

キョン(だが、こんなにも揺るぎない死の宣告を“過去形で”突き付けられたことは、今の今までなかったんだ……)

キョン(耳を疑う話に俺は色を失った)

岡部「まゆりは、俺の幼馴染だ。かつて俺は、あいつをどこにも行かせないと誓ったんだ……」

古泉「……あなたは、椎名さんの死を目撃するたびにタイムリープを繰り返したのですね」

キョン(岡部さんの雰囲気が昨日の昼頃のソレと変わっていたのはそういうことか……)

岡部「……そうだ。どんなに過去を改変しようとしても、世界が結託してまゆりを殺しにかかってくる……」

キョン(何度試しても、大切な人の命を救えず、死ぬ……。どれほどの無力感か、俺には到底計り知れない……)

岡部「まゆりの死の回避のために、お前たちに相談しこともあったが、ダメだった……結果はすべて悲惨なものとなった……」

キョン「お、俺たちに頼んでダメだった……? えっと、具体的には何が起こって……?」

岡部「……知らないほうがいい」

古泉「まさに『タイムマシン』……。言及すべきはウェルズの原作ではなく、2002年の映画のほうでしょう」

古泉「主人公の物理学者は恋人を強盗に殺されてしまう。タイムマシンを完成させた彼は何度も過去へ行くがそのたびに別の事故に巻き込まれて恋人は死亡する。運命には逆らえない」

古泉「彼女を救えない真理を追究するため未来へタイムトラベルした主人公は野蛮な人類が世界を裏で支配する原始的な世界へと到着します。まさにディストピアが広がっていた」

古泉「そこにあるのは、天壌無窮の絶望」

岡部「だが、鈴羽は言った。世界線変動率<ダイバージェンス>1%の壁を超えることができれば……、β世界線へ到達することができれば、まゆりは助かるかもしれない、と」

キョン(1%……。話の流れからして、きっとそれはとんでもなくデカい数字なんだろう)

岡部「基本的にはSERNの下部組織、ラウンダーがラボに襲撃してくることによってまゆりは殺された。ゆえにSERNのサーバー内にある『牧瀬紅莉栖』の文言が書かれた未来からのメールという、やつらが興味を持つ存在を削除すれば、俺たちのマシン収奪に至る動機がラウンダーに発生しない、らしい」


キョン「……ラウンダーがSERNの犬で決まりか。ってことは、古泉の言う通り、想像だにしない陰謀の影が世を席巻していることになるな」

古泉「正直言って最悪の結果です。涼宮ハルヒを擁する僕たちSOS団が安易に接触してはいけない規模の相手でしょうからね。警戒を厳にするよう機関に通達しておきます」


岡部「だが、まゆりが助かる可能性は確かにそこにある」

古泉「あるいは、助からないかもしれない」

岡部「!?」

キョン「お、おい古泉」

まゆりの死に隠されたもう一つの真実にハルヒ陣営は気付くかな?

古泉「もし現在のα世界線アトラクタフィールドを脱出しても椎名さんが若くして亡くなる収束があったら?」

岡部「ならば、またそのアトラクタフィールドを脱出するだけのことだ」

古泉「現在僕たちが所属しているα世界線のアトラクタフィールドに関する収束事項の捜索は、困難ではありますが可能ではあるでしょう。タイムリープが可能ならば猶更」

古泉「しかし、α以外のアトラクタフィールドがどのような収束条件を持っているかを覗きみようとするには、この世界の束、宇宙の法則の外側に観測点がなければ発見しようがない」

岡部「なら、俺のリーディングシュタイナーがそれになればいい」

古泉「生きながらにしてあなたは無間地獄へと身を落とすというのですか」

岡部「……まゆりは、どうしても、幸せに生きていてもらいたいんだ」グッ

キョン「いい加減にしろ古泉。意地が悪すぎる」

古泉「失礼。岡部さんの決意のほどを、真実の言葉をどうしても聞いておきたかったので」

岡部「……?」

古泉「僕たちSOS団としても、団長のご友人を運命に易々と奪われるようでは立つ瀬がありません。それにやはり、ディストピアになる将来など嫌ですからね」

キョン「まったく古泉という人間はどこまでも面倒くさい男だ。岡部さん、俺だってその、リーディングシュタイナーとやらを患っているんです。世界改変、一緒に付き合いますよ」

キョン(こういうことに対していつまでも憮然としているだけの俺ではないのだ。なんだかんだで俺という人間も変わってきたのかもしれない)

岡部「お、おお……! 未来ガジェット研究所とSOS団との共謀と行こうではないかッ! 我が望みは、世界の混沌ッ!」

古泉「そして我らが望むは世界を大いに盛り上げること。涼宮さんを中心として」ンフ

キョン(まさかこんな安っぽい牛丼屋で世界の真理に対抗するパルチザンが結成されているとは、お釈迦様でも思うまいよ。『斉天大聖』の四字がどこにも書かれていないことを渇仰するばかりだ)

>>522
それなんのことだっけ(恐怖)

岡部「それで、目下の鈴羽父親捜しに関してだが、これは世界線改変には関係ない。ただあいつが父親の正体を知りたいと言うから探しているだけだ」

古泉「それでタイムリープしてきたということは、発見できなかったのですね?」

岡部「そうだ。リープ前の明日8月13日、俺は西洋人露天商からピンバッジ制作を依頼してきたやつの情報を手に入れたが、リープして昨日8月11日に戻ってみるとその実行犯はダルだった。昨日話した通りだ」

キョン(でもそれはどういうわけか必要な因果、既定事項なんだよな……)

岡部「俺は既に機関の組織的能力が高いことを知っている。西の高校生探偵よ、またその力を貸してはくれないだろうか」

古泉「機関の力を頼っても結果は芳しくなかったのでは?」

岡部「そ、それはまゆりの件に関してだ。今回の人捜しなら問題ないかと思ってだな……」

古泉「ディストピア回避や椎名さんの運命を救うことには協力しますが、正直言って人捜しなどに人員を割けるほど機関も暇ではないんですよ」

キョン「お、おい。別に拒否するほどのことでは」

>>525
そんな深い意味はないよww
まゆりの死を回避してやれやれと思ったら今度は・・・って話ww
現時点でハルヒ陣営が知る由もないが

展開早くね?
オカリンがタイムリープする前の初回の失敗例が見てみたかった

古泉「世界的規模の陰謀に涼宮さんが巻き込まれようとしている。それだけで機関が動かない理由としては十分かと」

岡部「……わかった。悪かったな、鈴羽の父親捜しは確かに俺の自己満足だ。無理に手伝ってもらう必要はない」

キョン「……それでも、きっと見つかりますよ」

岡部「……なぜそう言える」

キョン「うちの団長が、それを望んでいるからです」

岡部「……あぁ、確かにあれほどバイタリティーに溢れているソーラーガールであれば、親父殿の首根っこをひっつかんで連行してくるかも知れんな」

古泉「機関として岡部さんに直接協力することはできませんが、涼宮さん主導の捜査に対しての協力ということであれば全力で暗躍いたしましょう」ンフ

キョン「こいつは……。そのお役所的な発想はなんとかならんのか」

>>527
ふーびっくりした(安堵)

>>528
ラボ襲撃のこと? なかったことにしてはいけない(省略)

2010.08.12 (Thu) 14:35
晴海大橋


キョン(午後の班分けの時にハルヒはこう言った)

ハルヒ『あたしたち、そもそも阿万音さんについての情報を知らなさすぎたんだわ! だからお父様も不審がって出てこないのよ! というわけで、これから阿万音さんと全ッ力で仲良くなるわよ!』

キョン(これが例のフラグ回収だったのかどうかはわからない。もしかしたらハルヒが先天的に獲得している人並み外れた嗅覚のおかげか、あるいは人類未踏の周波数を受信するための脳内電波探信儀のおかげか)

キョン(なにはともあれ、うちの団長様はおっちょこちょい異世界人もとい未来人ジョン・タイターとの友好条約締結をお望みなのである)

ハルヒ「ほら、キョン! もっと風を切って漕ぎなさい!」

キョン(全く別件で注意したいことがある。公道での自転車の二人乗りは基本的に道路交通法違反であり、公道でなくてもかなり危ないのであって絶対にやってはいけない。どうして秋葉原のレンタサイクルショップに運悪く人数分台数が無かったんだろうね)

ハルヒ「ただでさえ暑いんだから、こんなスピードじゃサイクリングの爽快感なんて味わえたもんじゃないわ!」

キョン(背後から太陽光線を背負った熱血太陽ガールが俺の全力ケイデンスにケチをつけてきやがる。だれかー、助けてくれー)

※伽夜乃なんて居なかった

鈴羽「ちょっと休もうか。んー、川から吹く風が気持ちいいねー!」

古泉「この辺りの運河や川はよく整備されていますね。リバーサイドロードはたまに階段があるので自転車では移動が大変ですが」

みくる「はひゅぅ……。疲れましたぁ……」

鈴羽「朝比奈みくるはよく頑張ってるよ! ホント、一緒についてきてくれてありがとう」

長門「…………」

鈴羽「長門有希はすごいね……。一切表情を変えずにスピードを維持するなんて。もしかして才能あるんじゃないかな」

キョン(北高校内サイクリング大会でもあろうものなら長門の二位入賞は確実だろうな。一位はハルヒだが)

ハルヒ「遅れてゴメンネ! こいつあんまり運動神経良くないのよ。許してあげてね」

キョン(お前と比べたらほとんどの人間が運動音痴にカテゴライズされてしまう!)

キョン「身体の構造が適応的に進化してなくて悪かったな」

キョン(さすがに疲れたな……。橋の中腹で休憩してるもんだから、地べたに座る以外には車道の縁石に座るしか選択肢がないか) ヨッコイショ

古泉「たまにはいいじゃないですか。健全な高校生男子として運動不足はあまりよろしくないかと」

キョン「いつも遊牧民族の大移動のごとく歩行訓練に勤しんでるんだからそれで充分だろ」



ファーン!


ハルヒ「!! キョン危ないッ!!」グイッ

キョン「のうわっ!!」バターン


ブロロロロロ……


ハルヒ「なんなのよあのトラック! 制限速度50km/hはオーバーしてるわ! 日本の警察はなにを油売ってるのよ! 古泉くん、ナンバープレート覚えた!?」

古泉「営業所も特定しました、早速通報しておきます」プルルルル

みくる「キョンくん、だいじょうぶ……?」

鈴羽「だ、大丈夫!?」

キョン「あ、あぁ。心配かけてすいません、ハルヒのおかげで大丈夫ですよ」

キョン(まさかハルヒのネクタイ引っ張り技がここで活かされるとはね。シャツが少し伸びちまったが、文句は言うまい。朝比奈さん誘拐事件じゃなかっただけ儲けもんだ)

2010.08.12 (Thu) 14:48
東雲運河 ゆりかもめ高架下


キョン(晴海大橋から有明の国際展示場にかけては、ハルヒ、長門、そして阿万音さんの三人によるロードレースが開催されることとなった。さっき通報しといてなんだが、通報されないことを祈る)

キョン(古泉の野郎はタクシーを使って先回りをし、ゴール地点で審判をやることになった。俺は古泉の分だった余った一台に乗って朝比奈さんと二人でのんびりサイクリングをエンジョイさせていただくぜ)

みくる「東京って大きな街なんだねー」

キョン「空地も目立ちますね。この辺の高層ビルは建設中のものも含めてすべてマンションみたいですよ」

みくる「へぇー……。いっぱい人が住んでるんだねー」

キョン(あぁ、このくらいの会話がのほほんと続く朝比奈さんと二人っきりの東京散策なら俺はエンドレスサイクリングに興じても構わないね)

みくる「キョンくん……。阿万音さんのお父さん、絶対見つかるといいね」

キョン「大丈夫ですよ朝比奈さん。ハルヒが見つけようとしてるんですから、見つからないはずがありません」

みくる「そうだといいんだけど……。うん、きっとそうだよね」

キョン(どこかアンニュイな朝比奈さんである。もしかしたら未来人でなければ理解できない感覚なのかもしれない)

みくる「きっと素敵な人なんだろうなぁ、お父さん。快活で、元気いっぱいで、みんなを笑顔にさせるような」

キョン「あの娘にしてこの父あり、と言った感じですかね。逆に全く似てない親子だったりして」

みくる「うふふ。それでもきっと、素敵な親子なんだと思います」

キョン(朝比奈さんが確信を持ってそう言っているのだ。根拠なんか必要ないまでに、きっとそうなのである)

2010.08.12 (Thu) 15:04
有明


鈴羽「お、後続も来た来た! おっつー!」ブンブン!

キョン(栗毛色のおさげ髪が夏の太陽のように眩しい笑顔をその両手と共に振りまいている。変な人だと思っていたが、なかなかどうして愛嬌のある人じゃないか)

ハルヒ「キョーン! 早くこっちに来なさい! すっごいわよ!」ブンブン!

キョン(いつから太陽系の恒星は3つに増えちまったんだろうな。新しいオモチャを発見した犬の尻尾のごとく手を振っているのは我らが団長様だ)

キョン「それで、誰が勝ったんだ?」

ハルヒ「もちろんあたしよ! そんなことより、早くこっちに来て!」グイッ

キョン「お、おい引っ張るな! って、こりゃぁ……」

ハルヒ「東京ビッグサイト! 年に二度のオタクの祭典、コミックギガマーケットが開催される、萌え文化の聖地よ!!」

キョン「これが……。圧倒的存在感だな」

キョン(なんとなく、本当になんとなくだが、今俺が居る時代のこの場所だけはハルヒを中心に世界が回っているような気がした)

鈴羽「ここはね、父さんと母さんが出会った場所らしいんだ。コミマっていうイベントの時に」

みくる「そうだったんですか。なんだか素敵ですねぇ」

古泉「ですがコミマは毎回50万人以上の来場者が全国から集まるビッグイベント。絞り込みは難しいかと」

鈴羽「ううん、いいんだ古泉一樹。それでも、あたしは一度この目で見ておきたかったから。付き合ってくれてありがとう、SOS団!」

キョン「なんだか名前の通りのことをしてるじゃないか、俺たち。コンピ研部長消失事件や阪中の幽霊騒動の一件の時みたいだな」

ハルヒ「SOS団の名前の意味はね、“世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団”、だからね! 未来永劫その頭に刻み込んでおくといいわ!」

鈴羽「あははッ! わかった、絶対忘れないよッ! どんなことがあっても忘れない。あたしは一人前の戦士だからねッ!」

ハルヒ「決めたッ! 今年のコミマにSOS団も参戦するわッ!」

キョン「なんとなくそう言うだろうと思ってたよ。まぁ、いいんじゃないか」

みくる「年に二度の大きなお祭りなんですよねぇ。楽しみですぅ」

キョン(朝比奈さんにとっては自分の世界観を大いに変革する機会となること必至だろうな……。熱を出したりしなければいいが)

ハルヒ「コミマはいつだったかしら?」

長門「第78回コミックギガマーケットは8月15日から3日間開催の予定と椎名まゆりが言っていた」

ハルヒ「そっか、まゆりもフブキも参戦するんだった! ぜひコスプレ鑑賞しないとね!」

古泉「カメラは用意してありますよ」

みくる「……ふぇ!? コミマって、コスプレするんですかぁ!?」

鈴羽「君たち、楽しそうでいいね。ホント、幸せな時代だ」

ハルヒ「……ねぇ、阿万音さん。どうしても明日、東京から出ていかなくちゃならないの?」

鈴羽「うん……。こればっかりは仕方ないんだ」

みくる「……うぅ……」グスッ

鈴羽「朝比奈みくるはやさしいね。ありがと」ナデナデ

鈴羽「さ! 第二回戦の始まりだよっ! あたしがドベなんてラボのみんなに知れたら笑われちゃうからね! ラボまで競争だ!」シャー

ハルヒ「あっ! ズルいわよ! まだ決戦のゴングは鳴っていないじゃない!」シャー

長門「……」

キョン「長門は、行かなくていいのか?」

長門「……わざと負けてあげたほうがいいと判断した」

キョン「なるほど考えたな。だが、ギリギリまで接戦して、ごく自然に負けてあげるほうがいいと思うぞ」

長門「なるほど」シャー

キョン(ちなみに勝負の結果だが、一位ハルヒ、二位阿万音さん、三位長門となり、阿万音さん的には汚名返上できたと満足していたそうだ。レース中、すべての信号が青になり、周囲の自動車は我先に横道に逸れるというネコバスも真っ青の不思議現象が起こっていたんだとかいなかったんだとか)

2010.08.12 (Thu) 20:50
末広町交差点


キョン(チャリンコ大会での汗を流した後、宿でUNOに興じていたSOS団だったが俺は見事にババをつかまされ、あいや、UNOなんだからDRAWを食らったわけなんだが、ともかく罰ゲームとしてコンビニまで菓子と炭酸飲料を買いにいくというパシリ行為を実行する羽目になった)

キョン(コンビニへ向かう途中、人通りの消えた秋葉原の街、末広町の交差点のところで見覚えのあるおさげ髪が揺れた)

キョン「あの、阿万音さん。昼間は世話になりました」

鈴羽「あぁ、えっと、―――ニャーン―――。こんな時間にどうしたの?」

キョン(この阿万音さんは俺が今まで関わってきた人類すべての中で驚愕すべき特徴を持っている。異世界人であり、未来人であり、ハルヒに言わせれば宇宙人でもあり超能力者でもあり……、)

キョン(……そしてなによりも俺の名前を“本名”で、しかもなぜか“フルネーム”で呼ぶのだッ!!!!)

キョン「よかった……。俺は歴とした日本人、いや、人間の名前を持っていたんですよね……」ホロッ

鈴羽「もしかして買い出し? 今日のお礼もあるし、手伝ってあげるよ。体力だけは自信あるからさー」

キョン(今の今まで見逃していたが、この人は世界一かわいい素敵な女性なのかもしれない)

キョン(成り行きで手伝ってもらうことにした。これから一緒にコンビニに行って、途中まで買った物を持ってくれるというありがたい提案であった。あれ、なんだろう目から汗が)

キョン(それに、この人には色々な意味で興味が尽きないからな。決して下心ではないと断言させていただこう)

キョン「岡部さんから聞いたんですが……。あ、いや、この話をする前に自分のことを説明したほうがいいかも知れません」

鈴羽「んー?」

キョン「実は、自分もタイムトラベル経験者、そん時の名前はジョン・スミスです。世界線を改変、というか、元に戻したこともあります」

鈴羽「…………」

キョン(案の定阿万音さんの挙動が静止した。あるいは、心肺も停止しているかもしれない。顔面が蒼白になり、額には夏の夜の暑さのせいではない汗がにじみ出ていた)

キョン「だ、大丈夫です! 今日の昼間わかったと思いますけど、それでも俺は普通の高校生、一般人ですし、あなたの敵じゃない」

鈴羽「そ、そうだよね……。ちょっと、いやかなりビックリしたよ、アハハ……」

キョン(混乱した面持ちで、なんとかしゃべっているという感じだ。いや、そりゃそうだろう。タイムトラベラーが自分の他にぽんぽんいられては困るはずなんだ)

キョン「それにあなたは似たような状況に昨日遭遇したはずだ、未来からきた岡部さんと会話して」

鈴羽「あぁ、うん。そうなんだけど、慣れるものじゃないよ……」

キョン(申し訳ない阿万音さん、一つだけ聞いておきたいことがあるんです)

キョン「岡部さんから、あなたが未来人ジョン・タイターであること、それから反SERN組織のメンバーで世界の平和のために動いていることを聞きました」

鈴羽「そうか、あの岡部倫太郎から。君は信頼できる人間だと判断されたようだね」

キョン(どういうわけかこの人の中での岡部さんの評価はかなり高いらしい)

鈴羽「それで、君は本当に敵じゃないんだね? その、君の経験したタイムトラベルについて詳しく教えて欲しいんだけど」

キョン(まぁ、聞くよな。うまく答えられないが……)

キョン「えっと、ずーっと先の未来からやってきた未来人の方が居まして、その人と一緒に中坊の頃にタイムトラベルして、色々とって感じです。タイムマシンもなんだか目視して確認できないようなヘンテコアイテムでして」

鈴羽「その未来人って人は、SERNとは関係ない……、のかな?」

キョン「100%無いです。どうもあの人たちが使うマシンは世界線理論を使ったものではなく、また別の理論で時間を直線的に移動しているらしいんですよ」

鈴羽「ふーん……。歴史は繰り返す、ってやつなのかな」

キョン「それで……、一つ聞いておきたいことがあります」

鈴羽「なぁに? 答えられる範囲で答えるよ」

キョン(こういう素直な人には回りくどい質問はかえって悪手だ。球種は直球ど真ん中で行こう)

キョン「……あなたは、ラウンダーですか」

鈴羽「ッ!?」

キョン(その時、阿万音さんの右手が上ジャージの腹部のポケットに差し込まれるのを俺は見逃さなかった。どうやらあそこになにかしらの護身用の武器が入っているらしい)

キョン「それとも、未来ガジェット研究所、岡部さんの味方ですか」

鈴羽「は、はぁ!? どうしてそういう質問をするのかな!? あたしは、あたしは……」

キョン(答えに困っている、というより、しりこそばゆそうにしている?)

鈴羽「……ラボメンナンバー008、だからさ」

鈴羽「あたしが未来で所属してたワルキューレっていう名前のレジスタンスの創設者は岡部倫太郎なんだ。つまり、未来ガジェット研究所の後身ってやつさ」

キョン(こうしん……コウシン……後身?)

鈴羽「あたしたちワルキューレの敵はSERN、そしてその実働部隊のラウンダーだったってわけ。正直、ラウンダーと間違われるなんてとんでもない侮辱だよ」

キョン「す、すみません……。いまいち未来のことがわからなくて……」

キョン(俺に人間心理についての心得はないが、この人は多分嘘など吐いていない。というか吐けないタイプの人間だ)

キョン(ということは、今までの古泉のひねくれた推理は放射性廃棄物と一緒に地層処分しておいて、与えられた情報を額面通りに受け取ればいいということだ)

鈴羽「あはは。いいよ、わかってる。とかく未来人ってのはコミュニケーション不全に陥りやすいんだ」

キョン「その、父親のバレル・タイターってのは……」

鈴羽「ワルキューレの初期メンバーであり、あのタイムマシンの開発者。みんなはタイターってだけで神聖視してた」

鈴羽「あたしはね、父さんの本名を知らないんだ。聞かせてもらう前に死んじゃったからってのもあるけど、万が一あたしがSERNに捕まったことを考えて母さんが教えてくれなかった」

キョン「それで2010年に寄って、お父さんに会おうとしたんですね」

鈴羽「……ううん。ホントは違う。死んだ親に会いたいなんて思うほどあたしは殊勝じゃないよ」

鈴羽「ホントは、怖かったんだ。あの人は、本当にこのあたしの父親だったんだろうかって。本当にあたしは、人間なんだろうか、ってね」

キョン「……未来じゃ、人造人間の技術でもあるんですか」

鈴羽「あはは、そんなの無いよ。そんなのがあったらもう、ワルキューレは太刀打ちできない」

鈴羽「ほら、あたしは生まれた時からこうなることが運命づけられていたから。それは母さんに言われたからだけじゃなく、世界線の収束としてそうなっている」

キョン「収束の元に生まれた、ですか……」

鈴羽「だったら、あたしの生きる意味はなんだろうってことになるでしょ? 未来が確定してるのに、どうしてあたしには意思があるのかって。どうしてあたしは時間を感じる必要があるのかって」

鈴羽「でも、この時代のこの場所で、父さんに会って話ができれば、納得できると思ったんだ」

鈴羽「あたしがこういう運命なのは、こういう理由があったんだって。ホントに父さんがこの世界にかつて存在していて、世界の支配構造の変革を企んでいたんだって確認できたら、それだけで生きる勇気が沸いてくるはずなんだ」

鈴羽「まぁ、ワルキューレの英雄、岡部倫太郎と出会えただけでも良かったんだけどね。歴史がつながってるんだって強く実感したよ」

鈴羽「それで8月9日の夜、父さんが居るって判明してたタイムマシンオフ会に潜入したんだけど、結局父さんとは会えなかった」

キョン「どうして会えなかったんです?」

鈴羽「あたしもバカだよねー。せっかく会員になって会費まで払ったのに。なぜかフェイリス・ニャンニャンと橋田至には会えたけどね」

鈴羽「背格好が近い人に手当たり次第話しかけたんだけど、誰もジョン・タイターについて真摯な考えを持ってる人は居なかった。もしかしたらこの時代の父さんもタイムマシンなんて馬鹿げてるって思ってたかも知れないし、そもそもあの会場にホントに来ていたのかもわからない」

キョン「えっと、それは阿万音さんの未来と今が変わってしまった、ということですか」

鈴羽「元々あたしのタイムマシンはタイムトラベルのたびに微妙に世界線を移動しちゃうから、そのせいで過去が変わってたのかも知れないんだよね」

鈴羽「まぁ、賭けみたいなものだったし、気にしてないよ。2010年に来たおかげで2036年では手に入らない1975年の情報も手に入ったしね。ラジ館屋上が改装工事中でビニールシートがかかっていて、かつ雨天作業中止になってる日付とかさ」

鈴羽「ちょっと残念ってだけ……」

キョン(相当気にしてるな……。そりゃそうか)

キョン「えっと……、きっと岡部さんたちがお父さんを見つけてくれますよ」

鈴羽「あはは、そうだね。そう……だよね……」

キョン(話題を変えたほうがいいな、これは)

キョン「……ワルキューレの話を聞かせてもらっても?」

キョン(これは俺の純粋な知的好奇心だった。いつか未来人に未来のことをとっくり教えてもらいたいとこの1年ずっと思っていたのだから仕方ない。それにどうやら2036年程度の科学力では発言に禁則コードを仕込むことはできないらしいしな)

鈴羽「……いいよ。このまま立ち話もなんだし、公園に寄ろうか」

2010.08.12 (Thu) 21:02
芳林公園


鈴羽「タイムマシンは、父さんから18歳の誕生日プレゼントとしてもらった。同時に世界を変える、アトラクタフィールドを脱出する使命も拝受したわけだけど」

キョン(はいじゅ……ハイジュ……拝受か。藤原某然り、未来人というのは二字熟語に特別な思い入れでもあるのかね)

鈴羽「マシン自体は3年以上前に作られてたみたいだけど、父さんはタイミングを見計らってたみたい。収束のおかげであたしは弾丸の雨の中、かすり傷一つ負わなかったよ」

キョン(世界線の収束をそういう風に利用することもできるのか)

キョン「って、18歳の誕生日ってことは、えっと、阿万音さんは西暦何年からココに?」

鈴羽「2036年だよ。あたしが生まれたのは2017年、今からだと7年後だね」

キョン(朝比奈さんの話の裏が取れたな。2036年、ハルヒの改変限界の2年後から飛んできてたわけだ)

鈴羽「牧瀬紅莉栖には気を付けて。アレこそが世界をディストピアに導いた元凶、SERN側のタイムマシン開発者なんだ。“タイムマシンの母”なんて呼ばれてた」

鈴羽「彼女は2年前、2034年に交通事故で死んだ。というか多分捨て駒として処分されたんだろうけど……」

キョン(ディストピアっつーのがいよいよ現実味を帯びてきたな……。しかし、ハルヒの世界システム改変限界の年にタイムマシンの母が死亡するとは、なにか関係があるのか? 考えすぎか)

キョン「ただ、この時代の牧瀬さんがSERNと繋がってるとは思えない」

キョン(古泉調べによると、だけどな)

鈴羽「うーん、あたしも最近はそう思うようになってるんだよねぇー。でもあの顔を見るたびに忌々しい記憶が蘇るんだ」

キョン「それに、仮にSERNでマシンを実際に開発したとしても、もしかしたら家族を人質に取られて強制的に研究させられていたのかも知れないですよ」

鈴羽「なんだか岡部倫太郎の妄想話みたいなことを言うね」

鈴羽「でもね、たとえそうだとしても、世界人類の未来を考えたら牧瀬紅莉栖は牧瀬一家と心中すべきだった。それほどまでにディストピアは最低最悪の世界なんだよ、ジョン・スミス」

キョン「……俺は未来を知らないから、余計なことを言ったかもしれません。すいません」

キョン(ディストピアにおいて、多くはルサンチマン的状況に陥る中にあってこの人は打開的な行動を取ってるんだろう。過激な思想もそのドン・キホーテ的勇気から来るものか。もしかしたらワルキューレってのは岡部さんの意志を引き継いだ騎士道妄想集団なのかもしれない)

鈴羽「ううん、いいんだ。こんな話、ラボメンには絶対できないし、君みたいなちょうどいい立場の話し相手が居てくれてよかった」

キョン「よかったらいろいろ聞かせてください。俺も未来のことを聞くのに興味が尽きません」

鈴羽「ワルキューレの仲間はみんな面白いやつばっかりだったよ」

キョン(未来人にとっての仲間か)

鈴羽「葛城新次郎。いつもあたしのことを小娘呼ばわりして気障っぽい鼻につくやつなんだけど、仲間思いのいいやつでさ……。あたしのこと、好きだったみたい」

キョン(ラボ関係の名前の中でまったく聞いたことがなかったものだけに、信じられないくらいのリアリティが俺を襲った)

鈴羽「御子柴レイ。フードをかぶるのが好きな二丁拳銃の使い手でね……。他にもたくさん仲間が居たんだけど、二度の作戦失敗で壊滅寸前まで殺されちゃった。みんな」

キョン(息を飲んだ。人が殺されて当然の日常に居た人なんだと頭ではわかってるはずなんだが、その現実の言葉が耳に入るたびに俺の心臓のキックペダルビートがいちいち早まるのを感じる)

鈴羽「母さんも殺された。あたしの目の前で死んじゃった。……わざと急所を外されて、なぶり殺された」

キョン「なっ!?」

鈴羽「……でもね。オペレーション・ブリュンヒルデ、1975年に行ってこの時代の未来ガジェット研究所にIBN5100を届ける作戦が成功すれば、未来は変わるはずなんだ」

鈴羽「死んだ仲間も、あたしが殺した人間も、母さんも、父さんも、みんな生き返って、平和で仲良く暮らしてるはずなんだ」

キョン「でも、どうしてIBN5100を届けるなんていう回りくどいことを? それこそ、SERNの幹部が赤子の頃に行って全員殺してしまうとか……」

キョン(自分でしゃべってからとんでもないことを口走っていることに気が付いた)

キョン(今までの会話があまりにトンデモなSF話だったために、つい映画を見ている、あるいはゲームをしているような気分になっていたんだと思う。そういうことにさせてくれ)

鈴羽「見た目によらず凄いことを思いつくね……。もちろん、そんな案もワルキューレで出たけど、でもそれじゃダメなんだ。結局SERNに大きな打撃を与えることはできない」

キョン「……世界線の収束、ですか」

鈴羽「さすがジョン・スミス。そういうこと」

キョン(そう言えば俺のことを本名で呼ばなくなったな。もしかしたらこれも世界線の収束か……?)

キョン「……あのタイムマシンは過去へしか飛ばないと聞きました」

鈴羽「あー、橋田至がしゃべっちゃったのかな。そう、あのマシンは不完全なんだ。それでも、あたしはまだ18、今年で19だけど、自分のミッションには自分の一生をかける価値があると信じてるから」

鈴羽「作戦に失敗したとしても、頑張って長生きすれば2036年の世界をまたこの目で見れるかもしれないしね! なんて……」

キョン「そしたら80歳、傘寿ですね」

鈴羽「あはは、そうだね。でも、少なくとも2010年にIBN5100がラボに届くことが確定するまではたとえ“死んでも”生きてないといけないんだけどね」

キョン(……この人は2000年に自分が死んだことになっていることを知らない。詳細は不明だが、これは伝えるべきか、伝えざるべきか……)

鈴羽「作戦が成功したら、多分53歳のあたしはこの時代のこの世界のどこにもいなくなる。たとえ死んでても、骨だって墓だって残ってない。だって、IBN5100によるクラッキングが実行された瞬間、あたしはβ世界線の未来で再構成されるはずなんだから」

キョン「……そうですね。きっとそうですよ」

鈴羽「……うん、そうなんだよ。そうじゃなきゃいけないんだ」

鈴羽「ありがと、ジョン・スミス。なんかスッキリした。君って話聞くの上手なのかな」アハハ

キョン(この人の屈託のない笑顔を見ていると、どうしてか申し訳ない気持ちになってしまう)

キョン「前にも言いましたけど、IBN5100に関してはきっと大丈夫です。俺たちもできる範囲で協力しますよ」

キョン(ハルヒ大明神に願掛けしとけばたいていのことは大丈夫だろ)

鈴羽「……本当にありがと。君っていいやつだね」


ハルヒ「買い出しサボってるやつのどこがいいやつなのかしら?」


キョン「ゲェーッ!? ハ、ハルヒ!?」

キョン(やばい、ハルヒには阿万音さんが未来人であるところを知られたらそれなりに不味いんだが……ってか、『ジョン・スミス』は聞かれてないよな!?)

鈴羽「やぁ涼宮ハルヒ! 君も買い出しかな?」

ハルヒ「いつまで経っても家に帰ってこないボンクラを連れ戻しにきたのよ! 団長自らがわざわざ出向いてあげたのよ、感謝しなさい!」

キョン(お冠でいらっしゃる!)

キョン「あ、いや、実はまだ買い出しが終わってなくてな……」

鈴羽「あははッ! 夫婦漫才、ってやつだっけ?」

キョン「違いますッ!」

ハルヒ「……処遇は追って伝えるわ。とにかく、コンビニ行くわよ!」グイッ

キョン「悪かったって! だから引っ張るな!」

阿万音「あぁ、あたしも手伝うよ」

ハルヒ「買い出しは二人も居れば十分だし、阿万音さんは早く家に帰ったほうがいいわ。東京の夜は危ないって聞いてるけど」

鈴羽「そう? じゃぁ涼宮ハルヒに任せるよ。あと、今はこのベンチがあたしの家なんだ。だから君たちとはここでバイバイだね」

キョン「……は?」

ハルヒ「……へ?」

キョン(俺もハルヒもあまりの告白に目を剥いた)

ハルヒ「……えっと、まさかとは思うけど、野宿してるの?」

鈴羽「お金が無くってね」アハハ

ハルヒ「キョン! 古泉くんに連絡して、もう一人分の寝室を準備させておきなさい!」

キョン「サー、イエッサー!」

ハルヒ「阿万音さん! あなた晩御飯は!?」

鈴羽「えっと、まだ食べてないけど。そこらへんに生えてる草とか虫とかを……」

ハルヒ「じゃぁキョンのおごりね。コンビニでなんでも好きなものを買っていいわよ!」

キョン「なっ!? 罰と現実的対応をうまいこと利用しやがって……」

鈴羽「えっ、そ、そんな悪いよ」

ハルヒ「あなたは今日うちに来てご飯食べてお風呂に入ってあったかい布団であたしたちと一緒に寝る義務があるの! 一切の異議を認めないわ!」

キョン「今回ばかりはハルヒに同意だ。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」

鈴羽「えっと……。じゃぁ、お言葉に甘えて」エヘヘ

2010.08.12 (Thu) 22:50
湯島某所 談話室


キョン(コンビニ弁当と菓子類一色を買い込んだ後、阿万音さんにはハルヒに俺のことと自身のことを内緒にしておくように言っておいた。未来人がこの世にいるとハルヒに知られては多分マズいからな)

キョン(宿に戻って、阿万音さんはハルヒから小一時間説教を食らうことになった。まぁ、さもありなんと言ったところか、)


ハルヒ『あたしの友達が東京で野宿してるなんて知られたら末代までの恥だわ!』


キョン(とまで言わせた。これでこの異世界人だか未来人だかはSOS団団長にとって友人認定されたわけである)

キョン(ハルヒによって強制的に風呂に入れられた阿万音さんは、その後俺たちとまるで同級生のようにカードゲームに興じた。朝比奈さんの一個上の先輩だと思えば大した歳の差ではないからな。まぁ、朝比奈さんもホントに18歳かは怪しいところなんだが)

キョン(阿万音さんはトランプゲームをまったくと言っていいほど知らなかった。こう考えると朝比奈さんのほうがまだ現代になじんだ未来人なんだなと思ってしまう)

鈴羽「……4!」

ハルヒ「ダウトォ!」

みくる「ひぇっ」

鈴羽「えぇー!? どうしてわかったのさ!?」

ハルヒ「顔に書いてあるのよ。阿万音さんって嘘つくの下手ね」

古泉「それもありますが、全員の手持ち枚数とオープンカードから推測すれば、あなたが4を持っている可能性が低いことがわかります」

鈴羽「ぐう……。それを言われるとぐうの音も出ないよ……」

キョン「出てますよ」

長門「5」

ハルヒ「これが模範解答ね」

キョン(宇宙人のポーカーフェイスを見破るなどポアンカレ予想を解決するより困難だろう)

2010.08.12 (Thu) 23:50
男子部屋


キョン(一応古泉は阿万音さん用の個室を用意したらしいが、結局流れで女子4人は同衾することとなった。いや、もちろん布団は別だと思うが。別だよな?)

キョン「なぁ古泉。阿万音父の捜索方法についてふと思いついたんだが」

古泉「なんでしょう」

キョン「例の天王寺裕吾氏に聞く、ってのはどうだ? “橋田鈴”と繋がりがあったんだろ? もしかしたら1975年からの25年間のうちになんらかの証拠品があったりして、親父を特定してるんじゃないか?」

古泉「おっと……。今僕は同時に二つのことに驚いています」

キョン「一つ目はなんだか想像できるからな、殴られたくなかったら口にするんじゃないぞ」

古泉「わかりました。なるほど、そんな方法があったとは……。しかし正直なところ、深く韜晦しているような人物との接触は避けたいところです」

古泉「何よりラウンダーはラボを将来的に襲撃することになっている。ラボの真下で生活している彼が関わっていないわけがありません」

キョン「だが、それはまだ発生してない事件だ。今なら大丈夫だと思うんだが、明日天王寺さんに会いに行ってみないか?」

古泉「……いいでしょう。阿万音さんのお父上を発見することは、涼宮さんの願いでもありますからね」

古泉「ちなみに橋田鈴さんのお墓は池袋の雑司ヶ谷霊園にあるようですが、そちらも調べてみますか?」

キョン「……いや、いい」

キョン(わかってるはずなんだけどな……。壁一枚隔てた部屋で幸せそうに寝ている人が、目標を達成することなく、未来を変えることができないままに墓地で眠っているということを)

キョン「タイムトラベルってのは、おそろしいものだな」

古泉「そうですね。得てしてタイムトラベル作品は見る者にどん底の恐怖を与えるものです」

古泉「ですが、その分大逆転ハッピーエンドも用意しやすいのですよ」

キョン「あぁ、そうなることを聖母ハルヒに祈ろう」

キョン「それで、阿万音さん、つまり橋田鈴は、未来ガジェット研究所の味方だと考えていいらしい」

キョン「つまりだな、IBN5100確保の目的は俺たちと共有できるものと考えられる」

キョン「古泉予想の天王寺橋田問題も相当にこじれたことになってるとは思うが、それでも天王寺さんがあの阿万音さんと敵対関係だとは思えないんだよな。阿万音さんの人間的に」

古泉「そんなことを言っているといつか足をすくわれますよ。ですが、あなたの勘もなかなかのものですからね」

キョン「いつからハルヒの勘が俺に移ったんだろうな。……まさか、佐々木の時みたいに俺に能力が!?」

古泉「安心してください。あなたは記憶障害があるだけの一般人です」

キョン「…………」

古泉「それに団長直々にご友人として選ばれた存在ですから。それだけで僕は阿万音さんを信じることができます、いえ信じねばなりません」

古泉「明日、ブラウン管工房へ伺ってみましょう」

キョン「ハルヒの友人ねぇ。しかし、過去改変願望をキッカケとして異世界人と友達になるとはな……」

キョン「……なぁ、古泉。もしかしなくても、ハルヒの過去改変願望のせいで、未来ガジェット研究所を悲劇の運命に遭わせてしまっているんだろうか」

古泉「……いずれ指摘されると思っていたので反論を用意させていただいてます」

キョン「準備がいいな。反吐が出る」

古泉「まず、過去を変えたいと願う気持ちはほとんど全ての人間の中に経験的に湧き起こる願望と言って差し支えないでしょう」

古泉「実際D世界線の涼宮さんでさえ過去改変願望を所持していた。その意味で涼宮さんの場合、通常の人間的な思考が、本来あるべきではない特殊な力によって具現化してしまっただけに過ぎないと考えられます」

キョン「つまり、力に翻弄されただけ、ハルヒに罪は無い、ってことか。そんな理屈が通じるかよ」

古泉「アドルフ・アイヒマンの従順的無罪の主張には多くが耳を貸しませんでしたからね、あなたの言うことはごもっともです」

古泉「もう一つ反論です。仮にも椎名まゆりさんは涼宮さんの友人にカテゴライズされているはずです。ならば、どうして朝比奈さん系列の未来人組織が彼女の人命救助に名乗りを上げないのでしょう」

キョン「そんな未来のことなど知るか。ハルヒのために動くと言っても、たとえ大人版朝比奈さんでも世界の安定と友人の命を秤にかけた結果、見捨てているのかもしれない」

古泉「あるいは、そもそもこの現状が朝比奈さん系未来人の言う『未来』に繋がっているから。既定事項だから、かもしれませんね」

キョン「……ハルヒのせいではなく、朝比奈さんたちの世界のためにラボが犠牲になってると?」

古泉「あんまり怖い顔をなさらないでください。可能性に過ぎませんが、涼宮さんが全面的に悪いわけではない。これは確信を持って主張できます」

キョン「それは、わかるけどな、しかし……」

古泉「それではもう一つ。D世界線という、SOS団が秋葉原と本来関係を持たないはずの世界においてさえ未来ガジェット研究所は電話レンジ(仮)を開発していました。おそらくそのうちタイムリープマシン、将来的にはタイムマシンをも開発します」

古泉「一方涼宮さんは不安定ながらもシステム改変を消去するという、狙いすましたような願望を2034年に実現させているようです。つまり、涼宮さんはその神の力を消極的に発動してしまっただけであって、神の力を以って積極的に元に戻している」

キョン「お前、前にハルヒは神そのものではなく神の如き存在から力を与えられた人物だとか言ってたよな」

古泉「以前に申し上げた通り、涼宮さんの願望実現能力それ自体は縮小しています。しかし、彼女は進化していたのです。感情的能力よりも、むしろ意識的能力へとシフトしていたと言える。無自覚ではありますけどね」

古泉「ゆえに“神”なるモノが存在するとすれば、涼宮さんはソレにまんまと嵌められ、その上で自ら後始末をしたと考えられます。人間なら誰もが持つであろう感情を利用された意趣返しとして、それを意識的に処断した」

古泉「この“神”を冒涜したのはむしろ未来ガジェット研究所の知的好奇心と言う名の禁断の果実であり、それはまた因果の輪に閉じ込められた“偶然”の産物に過ぎないと言えるのではないでしょうか」

キョン「……お前、本気で言ってるのか」

古泉「理論的には。それに気持ち的にも。あのラボと涼宮さんと、どちらを感情的に選択するかと問われれば、僕は逡巡することなく涼宮さんを擁護します」

キョン「どうして発想がそう極端になるんだ」

古泉「ともかく、あの方々と付き合うのに贖罪の意識は必要ありませんよ。あなたが思い悩むことは他にあるはずです」

古泉「IBN5100を手に入れること。これは我らが団長の願いであり、未来にとっても鍵となっています」

古泉「それだけです。未来ガジェット研究所はSERNさえも操る巨大な裏社会組織に狙われている。僕たちは不必要な交流は慎むべきです、本来は」

キョン「本来は?」

古泉「今回は世界線変動によって事件をなかったことにできますからね。応用は利くと思います」

古泉「それに昼間にも言いましたが、ディストピア回避は我々SOS団としても目標にして行動すべきですが、それにはどうしてもラボの方々と協力しなければならない」

キョン「お前の話はホンットまどろっこしいな! 要は人道的道徳観にのっとってがむしゃらに行動すればいいってことなんだろ!?」

古泉「だって、そのほうがおもしろそうじゃないですか」ンフ

キョン(古泉の脳内は猛暑の影響で異常気象が発生しているらしい。明らかに思想がハルヒと同調してきている。……まぁ、嫌いじゃないけどさ)

一旦離席

2010.08.13 (Fri) 14:50
大檜山ビル ブラウン管工房


キョン(朝飯まで俺がおごることになった阿万音さんはバイトだからと言って早々に宿を出てブラウン管工房へと向かった。まぁ、誰かさんと違っていちいちおいしそうに食べてくれるんだ、悪い気はしない)

キョン(午前中の捜索は妙に緊張感のあるものだった。そりゃそうだ、今日こそが阿万音父捜索の打ち切り、デッドラインなのだからな)

キョン(にもかかわらず俺たちも未来ガジェット研究所もめぼしい手掛かりを手にしていなかった。あの傲岸不遜なハルヒの顔にも焦りが見えた)

キョン「さて、そんな団長様の期待に応えられるといいんだけどな」

古泉「機関の人員をこの近くに再配備しました。有事の時はすぐ動けますのでご安心を」

キョン「どうやら阿万音さんは居ないようだな」

古泉「ラジ館へ向かったとの情報が入っています」

キョン「よし、それじゃ乗り込む……か……?」

??「お兄ちゃんたちだあれ?」

キョン(お、お兄ちゃん……だと……。あぁ、うちの妹にこの子の爪の垢をペースト状にして飲ませてやりたいね)

古泉「これはこれは失礼しました。ちょっと店長さんとお話がありましてね。中に入ってもよろしいでしょうか」

キョン「こんな小さな子にそんな口調じゃ慇懃無礼だと思うがな」

??「お父さーん。お客さんだよー!」

キョン「ほらみろ。あんまり敬語使うもんだからお得意さんかなんかだと勘違いしちゃったじゃないか」

古泉「うーん、正直ブラウン管テレビは要りませんが、機関の資金で購入してもかまいませんよ。部室に備え付けても面白いかもしれません」

天王寺「おう綯! えらいなぁ、ちゃんとお客様対応ができたのか! どこぞの放浪バイトとはデキが違うなぁ~よしよし!」

綯「お父さんおひげくすぐったいよー」


キョン「どう見ても子煩悩な良きパパにしか見えないんだが」ヒソヒソ

古泉「あるいは、あの子を人質にスパイ活動を強要されているとか」ヒソヒソ


天王寺「なんだぁ、おめぇら。岡部んとこの新顔じゃねぇか。またクソうるせぇ実験でもするのか、あぁん?」

キョン(こ、こえぇーーッ!? さっきの猫なで声はなんだったんだよ!! 怖すぎるだろこのオッサン!!)

古泉「い、いえ。それとは別件でお話をしたいことがありまして」

天王寺「あぁ? なんの話だ」

古泉「橋田鈴さんのご家族について、なのですが」

天王寺「橋田……鈴……。あぁ、そういや、今日がその日だったなぁ」

キョン(その日?)

天王寺「なんだおめぇら。鈴さんの知り合いなのか?」

古泉「いえ、そうではありません。実は橋田鈴さんのご親戚という方から探偵依頼を受けましてね」

天王寺「なっ!? あの鈴さんに、親戚が居たってのか!?」

古泉「クライアントの情報は信頼するのが探偵ですが、個人的な意見を申しますとおそらくその方は親戚ではありません。遺産目当てなのでしょう」

天王寺「は、はぁ。ふてぇ野郎が居たもんだぜ。ってかお前さん、そんなちっこいなりして探偵なのか?」

古泉「僕みたいな高校生でないと調べられない事柄もあるんですよ。どんなところにも需要はあります」

天王寺「ははぁ。ブラウン管工房の前でそのセリフたぁ、兄ちゃんわかってんなぁ」

天王寺「気に入った、鈴さんについて色々教えてやるよ。但し、鈴さんに有利になるように動くんだぞ?」

古泉「もとよりそのつもりですよ。信頼していただけて光栄です」

キョン(こいつはいつから心理系の超能力者に転向したんだか)

2010.08.13 (Fri) 15:10
御徒町 天王寺家居間


古泉「わざわざご自宅にまで案内していただいてありがとうございます」

天王寺「いいんだいいんだ、俺もちょいと用事を思い出したからな」

キョン「なかなか趣のある御宅ですね」

天王寺「わかるかぁ、兄ちゃん。実ぁな、この家も鈴さんから頂いたものなんだよ。頂いたっつーか、成行きでそうなっちまったんだが」

キョン(この辺は機密じゃないのか。さて、どこからどこまでが陰謀なんだろうな)

古泉「ご自宅が橋田さんの遺産でしたか」

天王寺「あと鈴さんからもらった遺産はうちの工房にある42型のブラウン管テレビだな。生前は秋葉とかいう大地主に預からせてたらしいが」

キョン(42型ブラウン管ねぇ……長門が言ってたリフターってやつかも知れんな)

古泉「随分親しいようですね。天王寺さんは、橋田さんとはどのようなご関係で?」

天王寺「まぁ、お隣さんってやつだったんだ。初めて会ったのはよ、俺がこの街に来た時に綴……あ、いや、その、女の子をコソ泥から助けた時にな、俺を犯人だと勘違いした鈴さんが俺のことをぶん投げて……」

キョン(昔話は長くなる鉄則があるらしい)

天王寺「……とにかく、どういうわけか俺のことをえらく気に入ったみたいでなぁ、実の息子のように良くしてもらったんだよ」

古泉「素敵な思い出ですね。それからもう一つ、橋田さんは登記上西暦2000年の6月後半にお亡くなりになっているようですが、どのような状況だったかご存じですか?」

天王寺「いよいよ探偵じみてきやがったな。まぁ、茶でも飲んでくれや」

天王寺「ここで首を吊って死んでたのを俺が見つけたんだ。そんなことになる1年くらい前から精神的に不安定になってな……」

キョン(わかっていても、つらいな)

古泉「精神的に? 例えば、なんらかの組織からの脅迫行為や金銭的なトラブルなど……」

天王寺「そんなことは断じてねぇ! あの人は、あの人だけは潔白なんだ!」

古泉「えぇ、僕もそうであってほしいと願っています。ですので、どのように不安定になったか、わかる範囲で構いませんので教えていただけないでしょうか」

天王寺「……なんだかな、別人みたいに、あいや、根っこのところは鈴さんなんだが、なんというか、記憶が混濁しているようになっちまったんだよ」

キョン(記憶……?)

天王寺「自分を18歳だと勘違いしたり、あのときゃ平成11年だったが、平成22年だと思い込んだり……。まだ42、3で若いのに、最初は認知かなにかかと疑ったが、それでも自分が間違ったことを言ってることもわかってるらしくてな、痴呆じゃぁなかった」

古泉「……なるほど。もしかして、同時交差性多重人格、つまり特殊な解離性同一性障害かもしれませんね。しかもその人格は若かりし頃の自分であり、将来の自分であった」

天王寺「そ、そんな病気があるのか!?」

キョン(嘘八百もいいところだ)

古泉「民事的には十分に責任能力が無いと判断しうる病状です。これで探偵依頼の件はうまいこと煙に巻けそうですよ。ご協力感謝します」

天王寺「いやいや、こちらこそ鈴さんのことを知ってくれている人が居るってわかっただけでよかったよ。あの人は男も作らなかったしな」

キョン(阿万音さんが天涯孤独だったのは朝比奈さんと同じ理由だろうな。朝比奈さんが言うには、タイムトラベラーは滞在先で恋愛をしてはいけない、なんていうふざけたルールがあるらしい)

天王寺「その上、あの人の葬式にゃ、結局親戚らしい人は一人も来なかったんだ」

キョン「そういや、どうして橋田さんのご家族はいらっしゃらないのでしょう」

天王寺「……わからねぇ。昔一度、家族は居ねぇのかって聞いたことがあるんだが、そん時ゃ『居るけどもう会えない』とだけ言ってたな。言った後、自分でも自分の言葉を不思議がってたようだが」

天王寺「余計なことは教えるくせに、自分のこととなるとからきし秘密の多い人だった」

天王寺「実ぁな、一度俺も“探偵”に頼んで鈴さんの経歴を調べてもらったことがあったんだが、1975年以前の経歴は一切不明だって話だった」

キョン(“探偵”ねぇ……。なんとなく、取ってつけた感のある言葉選びだな)

天王寺「……わかんねぇけど、もしかしたら時代の闇が生み出した孤児だったのかもな。鈴さんのそんなところに俺は惹かれてたのかもしれない」

キョン(……?)

古泉「お茶、ごちそうさまでした」

天王寺「ついでに工房の前まで連れて行ってやるよ」

キョン「いえ、そんな申し訳ない」

天王寺「いいんだいいんだ。『巡り巡って、人は誰かに助けられ生きてる』。覚えとけよ、坊主ども」

古泉「素敵な言葉ですね。心に閉まっておきます」

天王寺「いやなに、俺もあの未来なんたら研究所に用があるんだ」

天王寺「実はな……、鈴さんから頼まれてたんだよ。この手紙を、今日この日、あのビルの二階を借りてる野郎に渡してくれ、ってな」

古泉「まるで未来予知です」

天王寺「そうなんだよなぁ。鈴さんの言うことはわけがわからねぇことばっかりだった。突然頭痛みたいのがあったと思うと、変なこと言うんだ。」

キョン(頭痛ね。記憶に頭痛と来たもんだ)

古泉「もしかしたら橋田鈴さんは超能力者だったのかもしれませんね」

天王寺「おい、あの変態白衣野郎の前でそんなこと言うんじゃねぇぞ。またヘンテコな研究でもされたら困るからな」

軽トラ車内


キョン「狭いぞ、俺と接触しないよう空間を作れ」

古泉「無茶言わないでください」

ビー、ビー、ビー

古泉「おっと、岡部さんからメールです。『阿万音鈴羽の父親は橋田至』……なんと」

キョン「あ、あのデブが阿万音さんの親父!?」

古泉「ピンバッジの件もありましたし、バレル・タイターという名前も……、合点の行くことは多いですね。実際“橋田鈴”を名乗るわけですし」

キョン(そうか、宇宙人&未来人による阿万音父捜索に対して未来人上司からNGが出たのは、もう既にそれを俺たちが実行し作戦完了していたからだったわけだ)

キョン「それにしても似ても似つかないだろ、あの体型……」


天王寺「なんだ、バイトの野郎の親父が見つかったのか?」

古泉「えぇ、らしいです。このまま東京を離れるそうですよ」

天王寺「そうか……。それでアイツ今日様子がおかしかったんだな。ったく、辞表ぐらい出せってんだ。まともに働きもしねぇでよぉ」

キョン(俺たちの宿を出たのが最後の出勤だったわけだ。だが、親父を探し出すというミッションが達成されたというのに、この虚無感はなんだろうね)

キョン(ミッションが達成されたということは、タイムマシンで1975年へ飛び立ったということと同義だろう)

キョン(……せっかく親父の正体を知ってタイムトラベルしたのに、いずれ記憶障害を起こすんだよな。後生だ。運命とやら。なんとか親父の名前だけは死ぬまで覚えさせておいてくれよ)

2010.08.13 (Fri) 16:10
大檜山ビル前


天王寺「そいじゃ、渡してくらぁ」カツ、カツ


キョン「……あの手紙の内容はなんだと思う?」

古泉「過去からの手紙、というのは非常にそそられるアイテムではあります。実際、BTTF2ではドクことエメット・ブラウンが生きている西部時代へ進むためのキーアイテムでした。ですが」

古泉「……今までの情報から推測すると、あまり良い内容ではなさそうです」

キョン「……なぁ、古泉」

古泉「僕も同じことを考えてました。急いで宿に戻りましょう」

2010.08.13 (Fri) 16:18
湯島某所


キョン「あんまり気は進まないがな」

古泉「でしたら僕だけが実行犯ということでも構いませんよ」

キョン「ここまで来たら騎虎の勢いだ、俺にも聞かせてくれ」

古泉「それではこちらをどうぞ」スッ

キョン「あぁ……。それじゃ、頼む」カチャ


??『……今は西暦2000年の6月13日です』


キョン「結構ノイズが多いな」

古泉「こんなものですよ。ちょうど岡部さんが手紙の内容を音読してくださっているようです」


岡部『結論だけ書く。失敗した……!?』



『失敗した、失敗した、失敗した、失敗した……あたしは失敗した、失敗した……』

『あたしがあたしだということを思い出したのはほんの1年前だった』

『あたしは24年間、記憶を失っていた』

『タイムトラベルはうまく行かなかった』

『修理が完全じゃなかったんだ。でも父さんは悪くない。あたしが悪いんだ』

『まっすぐ1975年に飛んでいればよかった。2010年に寄り道すべきじゃなかった。わがままを言ってる場合じゃなかった』

『これじゃ、未来は変わらない』

『IBN5100は手に入れられなかった』

『ごめん、ごめんね』

『あたしは、何のためにこの歳まで生きてきたんだろう』

『使命を忘れて、ただのうのうを生きてきた』

『許して、許して許して許して』

『岡部倫太郎、君はあのタイムマシンオフ会のあと、1975年に飛ぼうとしたあたしを引き留めた』

『引き留められたその夜に雷雨があって、タイムマシンが壊れてしまったんだ』

『もしも時間を戻せるなら、あの日のあたしを引き留めないようにしてほしい』

『ごめん、ごめんごめん』




岡部『こんな人生は、無意味だった―――――――』



キョン「……………」


古泉「……長門さんばりの三点リーダですね。いえ、お気持ちはすごくわかりますが」

キョン「状況はある程度理解していたが、実際に本人の言葉を聞いちまうと、ちょっとな……」

古泉「気休めにもなりませんが、この手紙を書いた人物と僕らの知っている阿万音さんは一応別世界の人間です。ほとんど近似した存在ですが」

古泉「これで阿万音さんが1975年に到着してすぐ施設に入っていた理由がわかりましたね。本当に記憶喪失だったとは」

キョン「結局、俺たちの親父さん探しは無駄になっちまったってわけだ」

キョン「そもそもなんで阿万音さんは記憶障害になったんだ? それも1975年に着いた途端に」

古泉「単に頭の打ちどころが悪かった、という可能性もあるでしょうが、ここは折角なので世界線的解釈をしてみたいと思います」

古泉「あの人工衛星型タイムマシンは時間移動の際多少なりとも世界線を移動してしまう代物らしいですね」

古泉「本来世界線の再構成を無視して世界線を移動する際、記憶を継続させるにはリーディングシュタイナーを発動させなければならない。しかし阿万音さんはあなたや岡部さんのような完ぺきな能力者ではなかった」

古泉「1975年にマシンが到着すると同時にこの世界線、現在僕らがいる世界線の因果律に合うよう記憶が再編成されるはずですが、昭和50年代に阿万音鈴羽という人間の脳は本来存在していない」

古泉「ゆえに“本来存在していない”という再構成が実行されるため、リーディングシュタイナーを所持していないにもかかわらず現象的には記憶の消失という状況のみが発生し、すっからかんになった脳に生存本能が働き、必要最低限+αの記憶が世界外記憶領域からダウンロードされたのだと思います」

キョン「それじゃ安全性に難ありもいいところだ」

古泉「対応処置がマシンに搭載されていたのでしょう。人工リーディングシュタイナー、あるいはアンチ記憶再編システムのような機能が」

古泉「だからこそ阿万音さんが2036年から2010年へ飛んだ際は記憶障害は発生しなかった。そして8月9日の雷雨によって破壊されていた機能はまさにここだったのでしょう」

古泉「1975年にラジ館が破壊されていないことから出現座標計算装置は直っていたようですが、人工リーディングシュタイナーはさすがの橋田至さんでも直せなかった」

古泉「また、1975年、ラジ館屋上に巨大な不審物が出現したという情報もありません。これについては、搭乗者が降車次第マシンが宇宙空間に転送されるよう予め設定していたか、あるいは事故でそうなってしまったか」

キョン「……あれ? でもどうして橋田鈴、というか阿万音さんは記憶を失っていたのに、のちの未来ガジェット研究所につながるような行動をとってたんだ?」

古泉「1975年から生活を始めた橋田鈴、阿万音さんは断片的に世界外記憶領域から記憶をダウンロードしていき、そして1999年に多くを受信するのです。24年前に、あるいは11年後に失ったはずの記憶を」

古泉「断片的な記憶というのは、近接した世界線の記憶、すなわち岡部さんが世界線改変をした一つ前の世界線での記憶」

キョン「聞いたのか?」

古泉「メールで教えていただきました。橋田鈴さんの手紙にもあった通り、8月9日、あの雷雨の日へ向けて、岡部さんはDメールを送った。阿万音さんを過去へ行かせるな、と」

古泉「つまり、時間進行的に直前の世界線の記憶は、故障していないタイムマシンで1975年に到着した後、記憶を保ったまま2000年まで生きた世界線の記憶となります」

古泉「これがデジャヴとして受信された。特に本来自分の脳が存在する未来と繋がっている事象を中心として記憶のダウンロードが発生したのでしょう」

古泉「ゆえに無意識的に天王寺裕吾氏に親しくし、物理学者となってタイムマシン研究をし、大檜山ビルを入手していたのだと思われます」

古泉「IBN5100はさすがに無意識的に入手することはなかったようです。あるいは、タイムマシンが消滅していたために換金財が無く金銭的に不可能だったか」

キョン「なんとも不安定なシステムだな、リーディングシュタイナーさんよ」

古泉「まさにエスの領域ですからね。論理武装で太刀打ちできそうにありません」

古泉「さて、この手紙を読んだ岡部さんはどのような行動に出ると思いますか?」

キョン「そりゃ、雷雨の日、つまり8月9日の自分にDメールを送り、阿万音さんが1975年へと飛ぶのを邪魔しないようにするんじゃないか。俺がハルヒの過去改変を打ち消した時のように」

古泉「次に世界線が変わった場合、岡部さんはほぼ間違いなくそのような行動を取ったのだと判断できます」

古泉「ですが、そうなると8月9日から本日8月13日までの、阿万音さんとの思い出がなかったことになる」

キョン「……となると、阿万音さんは親父の正体を突き止められないまま過去へ飛んじまうのか」

キョン「ってことは1975年時の偽名も“橋田”じゃなくなるのか?」

古泉「それはわかりません。そもそもこの世界線の阿万音さんだって記憶障害の中“橋田”を名乗るわけですから、ここだけは世界外記憶領域からのダウンロードかもしれません」

古泉「それならば父親の正体を知らずとも“橋田”を名乗ることになるかもしれませんね」

キョン「SOS団と遊んだこともなかったことになっちまうんだよな」

古泉「宇宙の彼方へバックアップされたままになるかと」

古泉「結局、阿万音さんが命を賭して我が物にせんとしたIBN5100は手に入れられなかった。そのため、あなたが以前の世界線で聞いていた秋葉幸高氏がフランス人の実業家にIBN5100を売った、という因果が消滅してしまっていた」

キョン「……なぁ、俺たちにはもう一つ手段が残ってるはずだ」

古泉「お聞かせください」

キョン「まず、岡部さんのDメール送信を止める。世界線を変えさせない」

古泉「それではIBN5100を阿万音さんが入手することはできません」

キョン「俺たちが手に入れればいい」

古泉「手段がありません。TPDDでは2006年以前にタイムトラベルはできない。IBN5100が販売停止となる1982年には到底届きません」

キョン「この世界に現存してるIBN5100は他にもあるだろ」

古泉「あったとしても故障している可能性が非常に高い。マシンとしては使い物にならず、かつ日本円にして1億以上の資金が必要です。交渉次第では数倍に膨れ上がる可能性も」

古泉「さすがに機関でも、SOS団名誉顧問である鶴屋家次期当主のスポンサー力を借りたとしても用意できません」

キョン「長門の力を借りれば、故障も直せるだろうし、金だって……」

古泉「それには機関の諜報能力とTFEIとの連携が必要となりますが、あまりにもリスクが大きい」

古泉「世の中、金さえあればなんでも解決できるということはなく、信用、人間性、社会的地位や互恵関係も必要です」

キョン「だが、IBN5100を使って1%の壁とやらを超えればすべてなかったことになる。リスクもなにも、全部なかったことになるんだ。だったらそれこそ地球をひっくり返すようなウルトラCをかましても問題ないんじゃないか?」

古泉「本当にそれしか手段がないというのであれば試さないわけにはいきませんが、他にも手段があるならば先にそちらを試すべきだ」

古泉「……老婆心ながら私見を述べさせていただくと、たとえ父親の正体がわからなくとも記憶を維持したまま1975年に飛んだほうが阿万音さんにとって幸せな人生になると思います」

キョン「……そう、だな」

古泉「もう一つ反証があります。岡部さんは度重なるタイムリープにおいて椎名さんの命を救おうとしたが、結果すべて失敗に終わった」

古泉「その世界線の中には先ほどあなたが提案したウルトラCも含まれていたことでしょう」

古泉「すなわち、僕たちが涼宮さんの願望実現能力および長門さんの情報操作を利用して椎名さんを救う、というものです。勿論、SOS団の特殊能力について岡部さんに公表することは無かったと思いますが」

キョン「なっ……!! そうか、俺が今こんな提案をしたくらいなんだから、試したはずだよな。それでも世界線の収束には抗えなかった、だと……」

古泉「それほどまでに世界線の収束は強力だということです。これでウルトラCは万能ではないことが証明されました」

古泉「たしかに世界線を変動させれば涼宮さんの能力を使いまくろうが“なかったことになる”わけですが、それはあくまで越えられればの話。獲らぬ狸の皮算用で世界を危険にさらすことはありません」

キョン「……だけどな、古泉。お前は阿万音さんの最期についてなんとも思わねぇのかよ! なんとかならねぇのか、方法はもう無いってのか? こんなのってあんまり―――――――――――――


D 0.409431%
2010.08.13 (Fri) 16:40
湯島某所


――――――――――――だッ!! ぐあぁッ!!!」ガタッ

古泉「おや、どうされました……。まさか、また世界改変ですか?」

長門「汗がひどい。タオルと水を持ってくる」トテトテ

キョン「はぁ……はぁ……。こっちの世界は長門が宿に居るのか。いつまで経っても慣れないな、これ」

古泉「それで、今度は何があったのです?」

キョン「あぁ、簡単に説明するとだな……」

古泉「阿万音鈴羽という人物が例の人工衛星の乗組員でしたか。人工衛星は8月9日に消滅したと報道されていましたが。それに、椎名さんにはそのような運命が待ち受けているとは……」

キョン「この世界線でも今日の夜亡くなるかもしれない……、その理由は収束なわけだが、正直俺にはよくわからない」

長門「飲んで」

キョン「おぉ、冷たい水か。サンキュー長門。そういや……、またアレをやるのか」

長門「」コクッ

キョン「この世界線でもハルヒの改変は俺が阻止したことになってるんだな」

古泉「そうですよ。例のD世界線……、という名称は通じますか?」

キョン「腹立たしいくらいにな」

長門「こっち向いて」

キョン「あ、あぁ……。よし、どんとこい!」ピトッ

キョン(あぁ、ひんやりしたおでこだこと……)

古泉「しかし、そのリーディングシュタイナーという能力はうらやましいですね。僕もあなたと過ごした前世の記憶を引き継げればいいのですが」

キョン「気持ち悪い言い方をするな」

長門「可能」

キョン「ん? 何が可能なんだ長門」

長門「古泉一樹の世界外記憶領域にバックアップされた世界改変直前の情報と、現在の記憶とを置換すること」

古泉「えぇッ!? 本当ですか長門さん! 是非お願いします!」

キョン「少しは遅疑逡巡したらどうなんだ……」

古泉「―――――――ッ!!! これは、いったい……。僕は、あれ、どうして……?」

キョン「生き返らせてやったぜ、あっちの古泉さんよぉ」

古泉「……つまり、長門さんの能力を用いて僕のリーディングシュタイナーを強制発動させたのですね」

キョン「理解の早さだけは感心するぜ。なんか脳みそがかゆくならないか?」

古泉「えぇ、それよりも大変不思議な気分ですね。あの世界線での出来事を覚えているのが僕とあなたと岡部さんだけだなんて」

キョン「そこか。まぁ、俺なんかは去年の冬からもう慣れっこだけどな」

長門「…………」

古泉「そう言えば提案しそびれていたのですが、TPDDを利用して今から8月9日へ向かって、タイムマシンに乗り込む前の阿万音さんに父親の正体を教える、というのはどうでしょう」

キョン「……!! 古泉にしては冴えてるじゃないか!!」

古泉「恐縮です」ンフ

キョン「長門ッ!! 朝比奈さんは今どこに!?」

長門「UPXにて開催されている雷ネットアクセスバトラーズグランドチャンピオンシップというイベントに涼宮ハルヒと参加中」

キョン「は、はぁ!? この世界線はなんでそんなわけのわからんことになってるんだ……」

キョン(雷ネット翔っつったら、うちの妹がよくテレビで見てたっけ)

長門「わたしも行きたかったが班分けの結果。仕方がない。仕方がない」

古泉「阿万音さんの父親捜しをする因果が消滅したからなのでしょうが、しかし困りましたね……。ラボのタイムリープマシンでは48時間が限度だと言いますし……」

キョン「そもそも今回に関して朝比奈さんの上司がタイムトラベルをOKしてくれるとは限らないか……」

長門「タイムリープマシンなら作れる。牧瀬紅莉栖の作業をラーニングした上で改良を施す」ヒュォォォ

キョン「……おぉ?」

長門「……完成した。二人同時に最大1975年6月XX日まで飛ばせる。受信機は不要。もちろん個人の脳が存在する時間長に適宜限定される」

キョン「……お袋の腹の中までならやり直せるってことか」

古泉「見た目はCDウォークマンにヘッドホンが二つ差さっているような感じですね」

古泉「いかに未来ガジェット研究所が地に足のついた科学的研究だったかを思い知らされます……」

長門「目標時刻は2010年8月9日、わたしたちが皇居前広場に居たタイミングでいい?」

キョン(このタイミングを指定したのはハルヒに言い訳ができるタイミングだからだ。この後ならあとは宿に帰るだけだし、別行動をとってもハルヒがむかっ腹を立てることは無いだろう)

キョン「あぁ。特大ホームランでかっ飛ばしてくれ」

古泉「いよいよ人生初のタイムトラベル……。楽しみですね」

長門「ヘッドセットを装着して」

古泉「ラジャーです!」スチャ

キョン「念願叶ってよかったな。若干気持ち悪いからテンションを下げろ」スチャ

長門「いってらっしゃい」ポチッ

バチバチバチ……

キョン「うぐっ……、う、うあぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

2010.08.09 (Mon) 20:15
皇居前広場 二重橋前


キョン「ふぬぅ!!!!」

古泉「ふんもっふ!!!」

ハルヒ「」ビクッ

ハルヒ「ど、どうしたの二人とも? 突然奇声を上げたりなんかして……。皇宮警察にしょっぴかれるわよ?」

キョン「不当逮捕もいいところだ!」

キョン「ハルヒ、すまんがどうやら東京タワーでソフトクリームを買った時に財布を落としてしまったらしい」

ハルヒ「はぁ? まったく、だらしないわねぇ」

古泉「僕もどうやら同じところに財布を置いてきてしまったようです」

キョン「というわけだ。俺たち二人は一旦東京タワーに戻る。悪いが三人は先に宿へ戻っててくれ」

ハルヒ「古泉くんもなの? 仕方ないわねぇ……」

みくる「なんだか空模様が怪しくなってきました……」

キョン「ほら、雨に打たれる前に宿に戻っとけよ」

ハルヒ「わかったわよ…...」

2010.08.09 (Mon) 20:42
秋葉原


キョン「うまいことハルヒをまけたな。それじゃそのタイムマシンオフ会とやらに行ってみるか」

古泉「場所は判明していますが、どうやら現在岡部さん、椎名さん、橋田さんの3名によって阿万音さんは尾行されているようです」

キョン「なんと、そうだったのか。鉢合わせするのもマズイか……? ってか、そうか! あの時阿万音さんは結局父親に会えていたんじゃないか!」

古泉「運命のいたずらですね。しかし、確かにあの体型の橋田さんを見て、自分の父親だと思うのは難があるかと」

古泉「……おや、阿万音さんがオフ会会場から移動したと情報が入りました。このまま1975年へ飛ぶつもりですかね」

キョン「せっかくタイムリープしてきたのに会えもしないなんて笑えないぜ」

古泉「あのタイムマシンの前で待っていればさすがに会えるでしょう」

キョン「だがどうやってラジ館に侵入する?」

古泉「それはもう、機関のマンパワーを使いますよ。皆さんよろしくお願いします」

新川「はい」

森「かしこまりました」

田丸兄弟「「了解です」」

キョン「うわっ、急に現れると心臓に悪いって」

キョン(圭一氏と裕氏は警備員服、新川さんは相変わらずタクシーの運ちゃんか。ということはどこかにタクシーも待機させてあるのだろう)

キョン(そして森園生さんは印象的なメイド服ではなく、2月に見せたあのOLルックである。夜のとばりの下りた半ば廃墟化したこのビルの中で、サプレッサー付ハンドガンでも構えさせようものならその姿はまごうことなき“機関”の一員っぽいナリである)

古泉「さすがに今回ピストルは所持していません。リスクが高いですからね。それに、そのようなものが無くても我々は充分に立ち回れます」

キョン(慢心でないことを祈ろう)

田丸裕「古泉、開きました」

キョン(制帽の下に覗く好青年顔が開錠の旨を告げる)

古泉「それでは、状況開始と行きましょうか」

2010.08.09 (Mon) 20:55
ラジ館 8F


コツコツ……

キョン(そこは元々多目的ホール、あるいは会議室といった場所だったのだろうが、外壁は見事に破壊され、樽型の人工物によって占拠されていた)

キョン「実物を間近で見るのは初めてだな……。朝比奈さんのとは比べ物にならないほどタイムマシンっぽいタイムマシンだ」

キョン「そういえば、秋葉原に来る前に朝比奈さんは、未来からこの人工衛星についてなにも報告が無かったと言っていたな」

キョン(結局それはいつものやつだったということだろう。つまり、『当時のあたしは知らなかったから教えるわけにはいかなかったんです』というテンプレートだ)

キョン(まぁ、世界線がポンポン変わる今回の騒動じゃ、仮に7月28日の時点でこれがタイムマシンだと判明していたところで何も変わらなかったんだろうけどな)

キョン(だが、変わらないなら教えなくてもいいってのは違うぜ。どうして未来組織は寄ってたかって朝比奈さん(小)をイジメたがるんだろうな……)

古泉「本物の警備員への対応は田丸兄弟に任せましょう。あとは阿万音さんが来るのを待つだけかと」

キョン「あぁ、そろそろくるだ―――」



鈴羽「動くな。動くとコイツを殺す」スッ


キョン「……!?!?」

キョン(あ、足音もなく!? いつの間に背後を取られたんだ!?)

キョン(首を軽く絞められ、目の前には少し錆びついた飛び出しナイフが突きつけられている……。またナイフなのかよ……)

鈴羽「外にいた仲間は気絶させたよ。動かれると厄介だからね」

キョン(あぁ、田丸兄弟よ、フォーエバー……。新川さんはさすがにご健在だよな?)

古泉「ッ! 落ち着いてください、阿万音さん。僕たちはあなたの味方です」

キョン(あっ、健康的なソレが俺の背中に当たっている……)ムニッ

鈴羽「もう誰も信じない。あたしに味方なんていないッ!」

鈴羽「……今すぐラジ館から出ていくんだ。そうしなければコイツは殺す」

古泉「わかりました、従います。……あとは頼みましたよ」ンフ

キョン「無茶言うな……!」

キョン(笑った、ってことは、なにか仕掛けておいてくれてるのか、古泉……)

キョン「あのー、阿万音さん? 俺のこと覚えてますよね?」

鈴羽「もちろん。昨日会った。まさか君がSERNの差し金だったなんてね……」

キョン「現代のSERNがどうやって阿万音さんを追跡するんですか、っていうのは通じませんか」

鈴羽「どうしてSERNという単語に疑問を持たない? それだけで君を敵視するのに十分な理由になる」

キョン(ジョン・タイターが掲示板でディストピアの主犯について言及していた、いやこれを言ったところで余計にこじれることは明白だな……)

キョン「聞いてくれッ! あんたはまだ2010年に寄り道した目的をまだ達成できていないはずだ!」

鈴羽「!? どうしてあたしがタイムトラベラーだと知っている!?……やっぱり君はどうあっても殺さなきゃならないらしい」

キョン(聞く耳ナッシングってか!? や、やばい……!! こうなったら……)ダラダラ

キョン「Help me、森さーーーんッ!!!」

鈴羽「!!?」ガキーン

森「今のをよく対応できましたね。それなりの腕があると御見受けしました」ブンッ

キョン(あっぶねーーーー!! どっから出したんだそのバタフライナイフ!? 俺の首まで飛ぶかと思った!!)

鈴羽「お前……、SERNの戦闘部隊員か!? ラウンダーかッ!?」

森「いいえ、わたしの所属は“機関”です。しがないメイドですよ」

キョン(この前この人『メイドは世を忍ぶ仮の姿』とか言ってなかったか……?)

鈴羽「機関……? まさか、この時代の岡部倫太郎の敵ッ!!!」

森「お手並み拝見といきましょう」シュン

鈴羽「は、早いッ! クッ!」ガキーン

森「あなたは実践経験は豊富なようですが、度胸が足りない……」グググ

鈴羽「あたしは説教が嫌いなんだよ……」グググ

キョン(ナイフvsナイフによる近接戦闘が眼前で展開されている……。で、どうするの俺!?)

森「防御時の構えがまるでなってません」ブンッ

鈴羽「きゃぁッ!!」カーン カラカラカラ……

キョン(阿万音さんのナイフが吹っ飛ばされた!)

森「今です! 離れて!」

キョン「お、おう! ありがとうございますッ!」ダッ

鈴羽「はぁ……はぁ……。絶対に、あたしの邪魔は、させない……」ギロッ

キョン「待ってくれ阿万音さん! 話を聞いてくれ!」

鈴羽「そうだね、聞いてあげようか……。あの世でねッ!」ブンッ

森「スモーク!?」

キョン(ごほっ、げほっ! しまった、このまま過去へ飛ぶつもりだ!)



鈴羽(さよなら。……ありがとう、岡部倫太郎)



キョン「待ってくれ! がほっ! お前の、あんたの父親の名前は、橋田イタ――――――ッ!!!」

森「下がって! くっ……!?」


―――――――――!!!!


キョン(金属的なシュインシュイン音と同時にどこかで放電しているようなバリバリという音が全身を襲い、周囲をブラウン運動していた煙が突然乱気流を発生させ身体を持っていかれそうになる。仄かに漂う刺激臭、なんだこれ、プールの消毒液の臭いか……?)

森「!? 消えた……」

キョン「行っちまったか……」


コツコツ……

古泉「お怪我はありませんか? 外からタイムマシンのフライトを眺めさせてもらいましたが、ちょっとしたスペクタクルでしたよ。あのキラキラしたチャフのようなモノはなんだったのか、なんにしても幻想的でした」

キョン「高みの見物たぁいいご身分だこった。こっちは森さんのお陰でなんとかなった」

古泉「お二人とも、お疲れ様です」

森「後で給金を上乗せで請求しておきますから」ニコッ

キョン「だが、どうやら親父の名前を伝えることはできなかったみたいだ」

古泉「もしかしたらそれもこの世界の収束なのかもしれませんね」

キョン「お前が言うと厨二臭くてかなわんな」

古泉「臭いと言えば、この臭いはオゾンでしょうか」

キョン「オゾン?」

古泉「とにかく、宿に戻りましょう。この時空間の涼宮さんたちが待っていますよ」

キョン「……帰れる場所があるってのは、こんなにも幸せなことだったんだな」

今日はココマデ




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◇Chapter.7 長門有希のファシーシャスネス◇
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※ファシーシャスネス:facetiousness 遊戯症


2010.08.09 (Mon) 22:30
湯島某所 玄関前


キョン「この中に何も知らないハルヒたちが居るのか……。いろんな体験をしてきた俺だが、タイムリープってやつはどうにも不思議だな」

古泉「4日前のこの日、皆さんは疲労困憊で早めにお休みになったと記憶しています。この記憶と目の前の現実が一致するなんて、不思議な現象ですね」

キョン「よかったな、よくないけど」

ガララッ

長門「……タオル」スッ

キョン「おう、長門か。悪いな、助かる」

古泉「ありがとうございます。傘は差していましたが、この雨では濡れないようにするのは大変でした」

キョン「それで長門。疲れてるところ悪いんだが、俺たちを4日後の未来へ戻してくれないか?」

長門「それはできない」

キョン「……へ?」

古泉「それは当然でしょう。タイムリープは“過去に記憶を送る”のです」

キョン「い、いやいや! 未来に送れない道理はなんだ!?」

古泉「未来へのタイムリープは結局、4日後のあなたが4日間の記憶を喪失することと同義です。そして4日後のあなたを成立させるには4日間の記憶が必要。おや、矛盾が生じてしまいましたね」

キョン「……てことはなにか。俺たちはまた8月10日から8月13日をやり直さなくてはならないのか」

古泉「少なくとも8月11日からの3日間は僕たちの記憶とは異なるものとなるはずです。夏休みが4日伸びたと思えばいいじゃないですか」

キョン「このオプティミストめ……」

ハルヒ「有希、どうしたの……って、キョン! 古泉くん!」

ハルヒ「遅い! どこでなにやってたのよ!」

キョン「すまんがハルヒ、怒るなら明日にしてくれ。もう全身くたくたなんだ」

キョン(人工衛星消失事件がまだ全国ネットで話題になってなくて助かったぜ)

古泉「遅くなりまして申し訳ありません、涼宮さん。ですが、この通り財布は見つかりましたので」スッ

ハルヒ「見つかったならよかったけど! 有希はどうしたの?」

古泉「僕たちにタオルを届けてくださいました」

長門「」コクッ

ハルヒ「……まぁいいわ。ほら、早くお風呂入って、明日に備えて寝なさい」

キョン(明日と言っても体感的には3日前なんだよなぁ……)

2010.08.10 (Tue) 00:03
湯島某所


ピカッ!ゴロゴロ…
ザーザーザー

キョン(さて、このイベントは回収しておく必要があるものなのだろうか)

キョン(やらずに後悔するよりやって後悔云々とはかの元殺人鬼こと現長門のバックアップさんの言葉であるが、しかしわからんものはとりあえずやっておくに越したことがないと思うわけで)

キョン(俺も眠いしな、早々に済ませてしまおう。どれ、やっこさんの殊勝なツラでも拝みに行くか)

キョン「おーい、誰か居るのか? 電気つけて」

キョン「居ないなら消すぞー、ってハルヒか。何してるんだ」

ハルヒ「アンタ、寝たんじゃなかったの?」

キョン(それから俺は俺の記憶通りに会話を進めた。まぁ、だいたい同じ発言の応酬になったと思う)

キョン(なんだか去年の12月に朝倉に刺された“俺”に俺が演技した時を思い出すな。もう慣れたもんだ)


ハルヒ「……後は、自分が許せない」

キョン「いつになく殊勝な発言だな」

ハルヒ「『変えたい過去が無いか』って聞かれた時に、悔しいけどちょっと心が動いちゃったのは事実よ。アンタも言ったけど、あたしにだってやり直したい過去の一つや二つくらいある」

キョン(ハルヒのやり直したい過去が、まさかジョンの正体を突き止めておきたかった、だとはな。それで俺とあんなことになっちまうなんて……)

ハルヒ「だけど……。やっぱり自分の過去はやり直したらいけないと思った。思い直したの」

ハルヒ「だって、もしやり直しちゃったら、今のあたしたち、SOS団の、みんなとの思い出が、無くなっちゃうような気がして……」

キョン「……心配するな。もしハルヒが思い出をすっかり忘れちまって、それを思い出したいっていうなら、SOS団みんなで何とかするさ」

ハルヒ「……?」

キョン「それにな、どうせハルヒはどんな世界に居ようが、飽くなき探求心と未知への渇望で頭がいっぱいなんだ。過去を変えたところで永遠に欲望は満たされないだろうよ」

ハルヒ「……ふん、よくわかってるじゃない。満足なんてしちゃったら最高につまらないわ」

ハルヒ「でもね、世界はあたしを中心に回るべきなの! あたしに隠れて出てこない不思議は、岩戸をダイナマイトで爆砕してでも引っ張り出してやるわ!」

キョン(太陽神が太陽神を社会復帰させるようじゃ世も末だな)

キョン「さて、そろそろいい時間だ。今日はお前も疲れてるだろ。早く寝ようぜ」

ハルヒ「……そうね。電気代ももったいないし」

キョン(しかし、これでよかったのかねぇ。涼宮三世如来様を焚き付けた件に関してはご寛恕を乞いたいと切に願うね)

キョン「それじゃ、おやすみ」

ハルヒ「ん」

キョン(意味深長なうなずきを後に残して女子部屋へと帰って行く我らが御本尊であった)

キョン(さて、明日はどうすっかな……)

2010.08.10 (Tue) 09:33
湯島某所


みんなへ

今日の午前中は自由行動にするわ。
疲れてるなら寝てていいし、行きたいところがあるならどうぞ。
お昼は一緒に食べましょう。

SOS団団長 涼宮ハルヒ



キョン(やはり例のルーズリーフが貼りだされたか)

キョン「ハルヒはテレビを見てないよな?」

古泉「おそらくそうでしょうね。見ていたら今頃人工衛星の消失したラジ館へ直行しているはずです」

キョン「古泉、盗聴できるか?」

古泉「そう言うと思って準備万端ですよ」

みくる「遅くなりましたけど、朝のコーヒー入りましたよぉ」

キョン「朝比奈さん、俺は幸せ者です」

みくる「これから何をやるんですかぁ」

キョン「どうやらハルヒが過去を変えるらしいので」

古泉「その様子を盗聴しようと思いましてね」

みくる「……だ、だめですぅ! 涼宮さんが過去を変えたら、いくら未来人でも手が出せなくなってしまいますぅ!」

キョン「朝比奈さん、心配しないでください。この事件は既に解決済みです」

みくる「へぇ? そうなんですか……」

岡部『ん……? きさ、あ、いや、涼宮ハルヒではないか。今日は一人か?』

ハルヒ『えぇ……。はい、これ手土産よ』

岡部『おぉ……!? おぉ、これはッ!! 知的飲料、ドクトルペッパーではないかッ!! まさかお主、ドクトルペッパリアンなのか!? そうなのか!? そうなのだな!?』

ハルヒ『そこの自販機で見たことないの買ったらクソ不味かったからアンタにあげるってだけよ』


古泉「間接キッスですね」

キョン「古泉、この家にガムテープはあるか?」

古泉「あ、いえ、僕が涼宮さんの飲みかけのドクトルペッパーを飲みたいとかそういうわけでは」

キョン「俺はその口を閉じろと言ってるんだが」

古泉「おっと墓穴でしたか」

岡部『それで、来てもらって済まないがまだ助手もまゆりも来ていないのだが……』

ハルヒ『いえ、その、岡部さんに折り入ってお願いがあるの』

岡部『……ほう、このマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真に折り入って頼みだと? ぅいーだろぅ、聞くだけ聞いてやろうではないかッ!!』


キョン(今更だがこの“鳳凰院凶真”というのは、岡部さんの真名らしい。真名がなんなのかと問われれば知らん。俺のあだ名よりかっこいいことは認めよう)

キョン「まだこの時の岡部さんはタイムリープを経験していないんだな……。実に楽しげにしゃべる」

古泉「“この岡部さん”は永遠にタイムリープをすることはありませんよ。岡部さんにとって一回目のタイムリープとなるであろう8月13日の20時頃より前である、8月13日16時40分頃に“僕たちの知っているほうの岡部さん”が世界線移動をしてきますからね」

キョン「……やばい、そろそろついていけないぞ、世界線理論」

ハルヒ『……そこの、過去にメールを送れる機械を使わせて。過去を変えたいの』

岡部『ッ、電話レンジ(仮)だと言っておろうが』

ハルヒ『もちろんタダでとは言わないわ。あたしたちがIBN5100を見つけることができたら、アンタのラボに無償で提供してあげる』

岡部『それは願ってもない申し出だが……。それで、どんな過去を変えたいのだ』

ハルヒ『昔ね、あたしを助けてくれた人が居たの。この世界の闇を照らしてくれたっていうか……、ううん、そんな大層な話じゃないんだけど』

岡部『……それが貴様の世界の始まりだった、というわけだな。なかなかにポエマーではないか』

ハルヒ『……あとでたっぷり蹴り飛ばしてあげるわ。とにかく、その人に一言でいいからお礼を言いたいのよ』

岡部『ほう、なるほど』


古泉「なるほどですね」

キョン「なるほどなぁ」

みくる「なるほどですぅ」

長門「なるほど」

岡部『本来この電話レンジ(仮)はラボメンにしか使用を許可していないのだが』

岡部『ラボメンになるためには、契約者同士による血の盟約が必要となる……。その肉、骨、血を天の杯に捧げることを誓い、盟約と言う名の洗礼を受けることにより……』クドクド

ハルヒ『長いッ!』

岡部『まったく、最後まで人の話を聞けと小学校で習わなかったのか? ともかく、貴様はラボメンに収まる器ではないと見ているが、違うか』

ハルヒ『おととい言ったでしょ、あたしはSOS団団長涼宮ハルヒであって、それ以上でも以下でもないわ』

岡部『わかっている。まぁ、うちの叔父さんも世話になって、あいや、先公なんぞをやっているのだからむしろ貴様を世話しているのか?』

ハルヒ『どうでもいいんだけど。それで、使わせてくれるの? どうなの?』

岡部『あぁ、そのくらいの内容だったらいいんじゃないか。準備してやるから待ってろ』


キョン「なんだかんだ岡部さんは人が良いんだよな」

古泉「自分は気付いていないだけで兄貴肌なところがありますね。少々コミュニケーションに難ありですが」

ハルヒ『……メール、準備できたわ』

岡部『こっちも準備万端だ。して、メールの内容は?』ヌッ

ハルヒ『お、乙女の秘密よ! 見るなバカ!』

岡部『……貴様もか。まぁ、別に構わんが』


キョン(貴様“も”?)


岡部『さぁ、放電現象が始まったら送信しろ』

ハルヒ『…………』


キョン「……なぁ古泉?」

古泉「なんでしょう」

キョン「これって、ハルヒが過去改変を実行しても“なかったこと”になってるんだよな? 俺が打消しDメールを送ったから」

古泉「いえ、この世界線ではまだ打消しDメールは送ってないのでもう一度D世界線へと改変されるかと」

キョン「……俺はまたあの世界に行くのか」

古泉「いいじゃないですか。涼宮さんとのらぶChu☆Chu!を22時間近く堪能できますよ」

みくる「キョンくん……」

長門「…………」

岡部『さぁ、始まった! Dメールを送ってくれ!』バチバチバチ……

ハルヒ『……やっぱり、やめるわ』


キョン「なにっ!?」


岡部『は、はぁ!? 貴様、ここまで準備させといて、やっぱりやめるだとぉ!?』

ハルヒ『…………』


古泉「下唇を噛んでる涼宮さんの様子が容易に想像できますね」

キョン「昨日の夜に俺の話した内容が心境の変化を促したんだろうか」

古泉「変数がそこしかないのでしたら、そうなのでしょうね」

キョン「まぁ、俺としては助かったよ。あんな世界へ二度も身を投じるのはご免こうむりたい」


ハルヒ『やっぱり、やっぱり過去を変えるのはズルい気がしたの』

岡部『貴様もクリスティーナと同じことを言うんだな』

ハルヒ『違うッ! そうじゃなくて……。あたしはまだその人にお礼が言えてないんだけど、お礼を言っちゃったらその人は本当にどこかに行っちゃう気がしたの……。あたしの手の届かない、どこかに』

岡部『…………』

ハルヒ『だから、過去を変えることでお礼を言うんじゃなくて、なんとかして今からそいつを探し出して、この手でふんじばって抑えつけて抵抗できないくらいにぎったんぎったんにして!』

岡部『おいおい、お礼を言いたいんじゃなかったのか?』フッ

ハルヒ『……まぁね。ありがと、倫太郎。岡部って呼んだらあのハンドボール馬鹿とかぶるからね』

岡部『やめろッ! 俺を“りんたろう”などと間抜けた名前で呼ぶなッ! 売れない一発屋芸人みたいではないかッ! 俺の名は、狂気のマッドサイエンティスト、ほーおーいんッ!!!』

紅莉栖『ハロー。……岡部、JKと二人きりでなにやってんの?』ガチャ

岡部『あーっと、えーっと、そのだな……』ダラダラ

ハルヒ『あら、牧瀬さん』

紅莉栖『あっ、ハルヒ……。よかった、また来てくれたんだ。一昨日はその、ごめんね?』

ハルヒ『……こっちこそごめんなさい。あたし、あなたのこと、少し誤解してたみたい』

紅莉栖『えっと……なんのこと?』


古泉「さて、この辺でいいでしょう。なかなか貴重なものを聞くことができましたね」

みくる「涼宮さん、かわいい」ウフフ

キョン「まったく、山の天気のように気まぐれなやつについていくには世界がいくつあっても足りん」

キョン「それで、この後の展開を古泉は知ってるんだろ?」

古泉「たしか、涼宮さんから電話があって、あなたと二人でラジ館の調査に行きます。ですが芳しい成果は得られず、みんなでお昼を食べた後は女性陣はまゆりさんと楽しく遊び、僕たち男性陣はIBN5100探しをします」

キョン「なんと、あのハルヒが俺をじきじきにパシリとして呼び出すのか。こいつは俺も副々々団長へと格上げかな」

古泉「電気ストーブ運搬の時も直々のお使いだったと記憶していますが。まぁ、僕たちはお昼までゆっくりしてますよ。どうぞごゆっくり」

みくる「あ、あの、涼宮さんの気持ちに応えてあげてくださいね?」

キョン「? あぁ、わかってますよ。怒らせないよう気を付けます」

長門「いってらっしゃい」

キョン(たまには速攻で出て鼻を明かしてやろう)

……

プル ピッ

キョン「あーハルヒか。これからラボに迎えに行くから待ってろ」ピッ

キョン(ふっふっふ……。お前の電話のやり口を、その身を以って教えてやったぞ)

キョン(これで今後の電話の仕方を改めてくれるといいんだが、この考え自体がダメダメ少年を更正させるために道具を貸す、未来から来た猫型ロボットの脳内に酷似しているような気もする)

2010.08.10 (Tue) 10:12
大檜山ビル前


ハルヒ「…………」イライラ

キョン(そこには仁王立ちで俺を待ち構えるN2地雷があった。助けてくれ綾波)

ハルヒ「あんたバカァ!? 電話をかけてきた相手の言葉を一切聞かないやつがある!?」

キョン(でかすぎで星雲になっちまったブーメランが5000光年彼方から飛んできやがった)

キョン「たまには鳴らない電話の気分を味わえてよかったじゃないか。あ、いや、しゃべらない電話か」

ハルヒ「あんたの将来が心配だわ……。少年更正プログラムの一環として、警官の目を盗んであの人工衛星を調査する下知状を授けるわ」

キョン(犯罪を助長する罰を課してどうする!)

ハルヒ「その前に、今牧瀬さんからおもしろい話を聞いてるのよ! アンタもあやかっときなさい!」グイッ

キョン「ひ、引っ張るなって! 牧瀬さんからおもしろい話だぁ?」

ハルヒ「そうなのよ! あの人、あの若さでアメリカの大学院で脳科学研究所の研究員をやってるんですって! そこでどんな研究が行われていると思う!?」

キョン「俺のような凡人には及びもつかない人類の英知を結集した研究をしてるんだろうな」

ハルヒ「データ化した記憶に自我を持たせる実験、その名もAmadeusシステム!!」

キョン(久しぶりにハルヒの顔面からタキオン粒子たっぷりのチェレンコフ放射が行われている。不思議現象とは縁もゆかりも無さそうな科学者トークにあのハルヒが食いつくとはね)

キョン(どうでもいいが、アマデウスっつったらモーツァルトのミドルネームだったっけか?)

2010.08.10 (Tue) 10:17
未来ガジェット研究所


紅莉栖「やっほ、キョン」


キョン(アメリカ生活者だからなんだろう、気さくに話しかけてくれる。かと言って馴れ馴れしくなく、どことなく卑屈な響きに聞こえたのは何故だろうか)


キョン「牧瀬さん、お邪魔します。なんだかハルヒが世話になったみたいで」


キョン(かと言って俺はTPO的にベストな解答を出すことができず、日本社会に普遍的である無難オブザ無難な態度を取ってしまう。多分、この人にとっては俺やその他凡庸な大多数的コミュニケーションよりも……)


岡部「年下に慕われるだけでニヤニヤが止まらないとは、助手よ、お前、まさか、後輩がいないのか? そーだろうそうだろう! なんたって飛び級セブンティーンだからな! 存分に日本の伝統、先輩後輩関係を味わうがいぃー。かわいそうな貴様に、この鳳凰院凶真のことを、凶真先輩♪ と呼ぶ権利をやろう」


キョン(まさに岡部さんやハルヒのような、とにかくぶっ込んでいくスタイルの人種に対してツッコミを入れるやりとりのほうがこの人にとってはちょうどいいんだろう)


紅莉栖「いらんわ! あと助手でもセブンティーンでもないし、別に年下に慕われたからって嬉しくなんかないんだからな!!」


キョン(マイナー好かれタイプってやつだ。際立って話しかけやすくはないが、何か言ったら的確に言葉を返すタイプ)


ハルヒ「ちょっと倫太郎! 今おもしろい話をしようとしてるんだから水を差さないで頂戴」ギロッ


キョン(面白い話にゲタゲタ笑うこともなく、つまらない話を無視するわけでもない)


岡部「ヒッ……。あぁ、俺だぁ。何ッ? 例の未知からのメールの結末を固定化しろだと? なるほど、俺が事実を認識することが世界体系の存立に関係しているのだな。わかった、すぐに向かおう。エル・プサイ・コングルゥ」ガチャ バタン


キョン(どこかの誰かさんみたいにな。あれだ、適材適所ってやつなんだ)


紅莉栖「逃げたか……」

キョン「牧瀬さん……ともにがんばりましょうね」

紅莉栖「へ? あ、うん……うん?」

キョン「それで、えっと、ハルヒの大学見学の話でしたっけ?」

ハルヒ「うーん、ヴィクトル・コンドリア大学の理論物理学専攻に進学するのも悪くないと思うのよね。タイムマシンもそうだけど、プラズマ宇宙論とか、反重力子とか、アルクビエレのワープドライブとかおもしろそう! 宇宙物理学でもいいわね」

紅莉栖「私は脳科学専攻だけどね。ハルヒが好きそうなオカルト研究会も大学にあるから色々見て回るといいわ」

ハルヒ「だから! オカルトじゃないって言ってるでしょ!!」

紅莉栖「はいはい、わかってる。科学の世界において、その時代にオカルトと笑われているものがいずれ理論体系の正統派へと変貌する事象は過去に何度も発生してる」

ハルヒ「そういうことでもないったら! もう」

キョン(こいつは不思議なものと遊びたい一心なのである)

ハルヒ「そんなわけだから、キョン。アンタ理系でがんばんなさいよ」

キョン「……まぁ、ハルヒがSOS団メンバーを大学まで一蓮托生にしようとするんじゃないかとは薄々感づいていたし、それはいいんだが、そのミトコンドリア大学ってのはどんぐらいの偏差値なんだ?」

ハルヒ「世界最高峰だけど?」

キョン「ハッハッハ、ハルヒは冗談がうまいなぁ」

紅莉栖「偏差値が日本の大学のソレに換算した場合、どの程度なのかは私も調べたことがないけど、うちの大学は研究意欲に燃える学生ならだれでもウェルカムよ」

キョン(そんな詐欺行為前提のフィッシングみたいな宣伝文句を言われてもな……)

ハルヒ「キョンの研究意欲を掻き立てるかどうかは知らないけど、紅莉栖の研究所の実験の話は聞いて損はないわよ!」

キョン(いつの間にかハルヒは牧瀬さんをファーストネームで呼ぶほど親しくなったらしい。まぁ、アメリカ的にはそれが普通なのかも知れない)

キョン「えーっと、サリエリだったか」

ハルヒ「モーツァルトよ! どうしてそういう無駄知識は豊富なのかしら」

紅莉栖「Amadeusなんだけど……」

紅莉栖「ハルヒが気に入ってくれて私も嬉しいわ。えっと、4月にSCIENCYに載った論文の内容に関係してるものなんだけど、『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』っていうタイトルでね」

キョン「あー、牧瀬さん。ハルヒの友人だからそれなりに頭がいいだろうと思って話されているところ申し訳ないんですが、俺はもう既についていけていないレベルなので、小学6年生のうちの妹でも喜びそうな現象面だけかいつまんで話していただけないでしょうか」

紅莉栖「えっ……。あ、あぁ、ごめんね?」

キョン(謝罪されるのが一番グサッと来たが、悪いのは俺の頭のほうである)

紅莉栖「簡単に言うと、“人間の記憶”っていう非常にアナログなものを“電気信号のパターン組み合わせ”っていうデジタルなものに変換することが理論上可能になったの」

キョン「えっと、デジモン、みたいな?」

ハルヒ「話を進めて!」

紅莉栖「うちの研究チームと精神生理学研究所との共同開発プロジェクトの一つとして、この理論とVR<ヴィジュアル・リビルディング>技術ってのを使って、人間の記憶をデジタルデータに変換したものをベースに動作するAIを作っててね」

キョン「AIってのは、たしか人工知能だっけか。だが、それだと情報をY/Nで引き出すだけの装置にしかならなそうなもんだが……」

紅莉栖「正直その可能性もあった。だけど、実際にやってみてわかったのは、彼女、えっと、私の記憶をベースにしたAIはプログラム外に明確な意思を持っていた。答えたくないことには答えないし、その理由が“恥ずかしいから”なんてことはしょっちゅう。嘘だって吐くわ」

キョン「へぇ、そいつは、すごいですね」

ハルヒ「すごいことなのよ! アンタ、もっと驚きなさい!」

キョン(人間というのはむしろ明確な意思を持つことを許可されない生き物なのかもしれない)

キョン(さて、これはいわゆるトンデモ現象なんだろうが、俺は長門からその正体について既に聞いている)

キョン(あの世界外記憶領域とかに関するものだろう。そのPC内に記憶を取り込んだAIが世界外記憶領域と連結することによって、人間的な自我を獲得したり、通常の脳における記憶のように動いているのだ)

キョン(タイムマシンの次は自我を持ったロボットの反乱か? こりゃシュワちゃん大忙しだな)

ハルヒ「それって理論的な解明は全く進んでないのよね?」

紅莉栖「そう。もう、現象面ばっかりが先走ってて嫌になっちゃうわ。証明できない挙動は、それはおもしろいものだけど、せめて少しでも納得できる理論をベースにしてほしいのよね。魂がどうのこうのとか言い出す変な人が沸くから」

キョン(いわゆる宗教団体とかだろう。ガリレオ的対立というのは現代でも伝統的に行われているらしい)

ハルヒ「言わせとけばいいのよ。理解される必要なんてないわ! とことんおもしろい現象を追究すべきよ!」

キョン「そのAIってのは、牧瀬さんと瓜二つなんですか?」

紅莉栖「まぁ、当然思考パターンは似ているわね。だけどおもしろいのは、“似ている”程度ということ。全く一緒じゃないわ、というか私から言わせれば全くの別人。双子の妹ってところかしら」

紅莉栖「今年の3月に私の脳から走査したデータをベースにしてるんだけど、研究のために何回か起動してるだろうから、今頃は私の知らない記憶も持っているはずだしね。と言っても自我があるかどうかはわからない。今度帰ったら彼女が独り言をつぶやけるかどうかの実験をする予定よ」

キョン(ということは、人間の牧瀬さんの自我とは別のところにAIさんは自我を形成しているのか)

ハルヒ「……なんか、さっきからアンタ、理解してないようで実は誰よりもわかってるって顔をしてるわね」

キョン「へっ? あ、いや、そんなことは」

紅莉栖「言われて見れば確かに。実はキョンってそういうセンスがあるんじゃない?」

キョン「いやいや、無いですって! 俺の脳みそは凡々たる極致ですよ!」

紅莉栖「そういう破滅的なオートサジェスション、自己暗示は精神的にも肉体的にも良くないわ。もっと自分はできる、って信じたほうがいいわよ」

キョン(まさかのスポコン精神論である)

岡部「戻ったぞ。未来の後輩は見つかったか?」ガチャ バタン

ハルヒ「あら、いつの間に居なくなってたの?」

岡部「ふっ……ついに俺は気配を完全にシャットアウトする秘儀、“なんと!?無音拳”<キャプテンカーネル>を習得してしまったらしい……」

紅莉栖「あるあ、ねーよ。それで、岡部はどこ行ってたの?」

岡部「あぁ。なんでもラジ館から人工衛星が消失したとニュースでやっていたからな、野次馬に紛れて世界体系の安定化をしにだな……」

ハルヒ「じ、人工衛星が消失!? それってホントなの倫太郎!?」ガシッ

岡部「ぐわっ、胸倉をつかむな! ええい、そんなに確かめたいなら自分の目を使ったらどうなのだ」

ハルヒ「こうしちゃいられないわ! ラジ館に突入するわよ、キョン!」グイッ

キョン「なるほど、こういうことか……って、胸倉をつかむな! こけるっ!」

紅莉栖「あっ……。ま、またね、ハルヒ!」

ハルヒ「またね! 紅莉栖!」ガチャ バタン

2010.08.10 (Tue) 10:22
ラジ館


ハルヒ「こっちの裏手なら警備が手薄ね」

キョン「扉の鍵が偶然壊れていることを願うんだな」

ハルヒ「……だめね、鍵はすべて施錠されてる」ガチャガチャ

キョン「ならお手上げだ」

ハルヒ「うーん……。あっ、キョン! 上見て! あそこの格子に鉤縄を引っかければ登れるわ!」

キョン「かぎな……、すまん、なんだって」

ハルヒ「ロープの先に鉄鉤がついてる、忍者が使うアレよ! あれがあればあたしが上から中に入って鍵を開けられるのに!」

キョン(……秋葉原には武器屋本舗という店があるぞ、というセリフが喉まで出かかったが、この世界線でも存在してるか自信が無かったことと、もしカギナワとやらが手に入った暁にはハルヒが少年院世界線へと飛ばされるのではないかと心配になったので、俺は出かかったセリフを満を持して飲み込んだ)

2010.08.10 (Tue) 12:10
湯島某所


キョン(1時間も粘ったハルヒだったが、暑さに根を上げたのかようやく梃子が作用した)

キョン(まぁ、肝心な実物が消えちまったんだ。頑張って中に入ったとしても得られるものは少なかろう)

ハルヒ「でもどうやってあんなでっかいものが一夜にして消滅したのかしら」モグモグ

キョン(ちなみに昼飯は肉の万世のカツサンドを土産として宿に持ち帰った。確かに旨いが、財布がヤバい)

古泉「どこのプレスも報道してませんが、ある筋からの話によると、実は在日米軍のヘリが秋葉原上空を雷雲に紛れて飛行していたそうです」

ハルヒ「そうなの!? そっか、暗闇と豪雨に紛れて横田基地へ持ってったんだわ! パーツごとに分解して本国へ送って調査研究するつもりなのね!」


キョン「また適当こいて何か起こっても知らんぞ」ヒソヒソ

古泉「なにかしら着地しておかないとまずいのでは?」ヒソヒソ

その後は古泉の予言通りだった。まぁ、実際俺はさんざ動いたからな。ゆっくり休ませてもらっても罰は当たらんだろ。涼宮大明神以外からは。

翌日8月11日になって、岡部さんがタイムリープしてくることもピンバッジ探しを依頼してくることもなかった。まだ知らないのだ、この“岡部さん”は。

俺たちが知っている岡部さんがこの世界線に来訪してくるのは、タイムリープマシンを使用していないなら8月13日の夕方になるはずだと古泉も言っていた。

8月11日はほとんど俺の記憶にある8月11日と同じものだった。変に演技する必要が無いのは助かる。

具体的に言うと、長門はラボで牧瀬さんの開発手伝いをし、ハルヒと朝日奈さんは椎名さんとフブキさんと萌え談義に興じ、ブクロという名の腐海へ突入する直前に電話で呼び戻した。こればかりは危険だと俺が判断した。

マクディに居た際に長門からハルヒに電話がかかってきたが、内容は、『岡部倫太郎がやっていたボードゲームがおもしろそうなのでSOS団の部費で購入してもいいか』だった。その後俺たちは5人でホビーショップを尋ね歩いたのだった。

2010.08.12 (Thu) 21:32
湯島某所


タイムリープから早くも3日が経過した。

今日はどういうわけか突然ハルヒが、『東京ビッグサイトにIBN5100へのヒントがあるかもしれないわ!』などと世迷いごとを言い出したのでSOS団揃ってサイクリングを決行する仕儀とあいなった。今回はちゃんと自転車の数が足りた。

俺は前回のサイクリング時、『無限サイクリングをする羽目になっても構わないね』などと言ったが、それは二度と繰り返すことがないという前提があって初めて意味を持つのであって、要はあんな苦行は三度とやるもんかと誓った。

全力で東京を駆け抜けたハルヒは気持ち良く疲れたらしく、小学生並の昏倒力によって敷布団の上で幸せな惰眠を貪っていることだろう。その横では朝比奈さんが羊を数えているらしい。

残された面々は談話室で時間を潰していた。俺と古泉は昨日仕入れてきたこの“雷ネットアクセスバトラーズ”とかいうボードゲームに興じていたし、長門は長門で神保町で買った古本を早速読破し始めていた。

キョン「ほら、それウィルスカードだろ。俺の勝ちだ」

古泉「な、なにをおっしゃいますか。それはオープンしてみなければわからないはずですよ。リンクカードであるかどうかの確率は二分の一です」

キョン「お前がシャミセンなんかできるかよ。それにそんな確率論は月にウサギがいる確率と一緒だ。ほい、ほいっと。ほら、やっぱり。俺の勝ちだ」

古泉「……もう一回、もう一回だけ、お願いします」

キョン「なぁ長門。お前自身はリーディングシュタイナーを使えないのか」

古泉「くっ!!!!」ガクッ

長門「使えない」

キョン「どうしてだ? だってお前は古泉の記憶を引っ張ってこれたじゃないか。自分のはできないのか」

長門「できない」

キョン「なぜだ」

長門「わたしが人間じゃないから」

キョン(突然ヘビーな話題を振っちまったみたいだ、と一瞬申し訳なさを感じたが、その数ミクロンの首かしげにはどことなくいたずらっぽさがあった気がする)

キョン「つまり、情報統合思念体と、世界外記憶領域ってのは根本的に別もの、ってことだな」

長門「情報統合思念体はあくまでこの世界の宇宙に広域的に存在しているに限る。一方世界外記憶領域は世界の外、無数にある宇宙の全てをオーバーラップする形で存在している。ゆえにわたし自身のリーディングシュタイナー発動は不可能」

キョン「だが、4月の時間軸分岐に宇宙人三人娘は気付いていたんだろ? あれは世界の外側から観測していたわけではないのか?」

長門「時間軸分裂については喜緑江美里が両方の分岐世界を計測することで判断できた。世界の外側から観測したのではなく、両方の世界を観測した結果」

キョン「なるほどな……。わかった、長門。お前が言い出さないのでちょっと遅くなったが、例のアレをやっちゃってくれ」

長門「例のアレ、とは?」

キョン「えっと……、あの、おでこをぴとってやるやつだよ」

長門「こう?」ピトッ

キョン「!!!! い、いきなりやるんじゃない!!」アセアセ

キョン「それで、記憶はコピペされたのか」

長門「?」

キョン(なんなんだろうな、この未知との遭遇は)

キョン「記憶だよ。俺の記憶を前にもこうやって読み取っただろ?」

キョン(と、自分で発言してようやく気が付いた。この世界線ではハルヒによる世界線改変直前の様子をライブ配信していたのであったのだから、こいつは知らないのだ。俺の記憶では本来その時間に記憶のコピペが行われるはずだった)

長門「……あなたの意図していることがようやく伝達された」

キョン「すまないな、コミュニケーション能力が低くて……」

キョン(と、自分で言って泣きたくなった。まさかあの長門にこの内容で謝罪する日が来ようとは)

キョン「ッ!」

長門「」ピトッ

長門「終わった」

キョン「……ふぅ。あと何回この緊張感を味合わねばならんのだろうね」

長門「この世界線における阿万音鈴羽の1975年以降の状態およびIBN5100の獲得の結果について、すなわち秋葉幸高氏の行動の変化について調査する必要がある」

キョン「あっ」

古泉「はっ」

キョン(完全に忘れていた……。俺としたことが、野郎二人によるIBN5100捜索と称したブラブラ冷房探訪に明け暮れていたために、本来の目的であったIBN5100の行方調査について失念してしまっていた。なんたる本末転倒)

キョン「古泉、まだ機関は動いてないか?」

古泉「……少々タイムトラベルという事象に浮かれてしまっていたようです」

キョン「明日が岡部さんの飛んでくる日だが、明日一日でなんとかなるか?」

古泉「善処します」

キョン「そう言えば、明日は“俺たち”がタイムリープした日だったな。……ということは、明日俺たちもタイムリープしなければならないのか?」

古泉「それもそれで本末転倒ですが、そうはなりませんよ」

キョン「だって世界線は変動してないだろ? 古泉がそうやって記憶を維持しているということは、だ」

古泉「そもそもタイムリープは基本的に世界線を移動できません。Dメール自体も本来世界線を移動するものではないのですが、大きく因果の流れを変えることによって現在が大幅に変更されるので世界線が移動した、ように感じるだけです」

古泉「僕たちみたいに自然な時の流れに身を任せていれば、因果の変化はドミノ倒しの一つ一つなのであって、世界線を大幅に移動することは言うまでもなく不可能なのです。それは結局通常の時間変化となんら変わりは無い」

キョン「だが、明らかに世界は変わっている。俺が知ってる出来事が起こらないし、俺の知らない出来事が起こっている」

古泉「それは因果の流れ、順序が変わっただけであって、大局的なところは変わっていないのですよ。たしかに微細な事象は僕らの記憶していた因果の流れとは異なっていますが、おそらくその微妙な違いは今日、明日、明後日と延々と続く」

古泉「つまり、その世界線を世界線たらしめる根幹となる事象自体は変わっていないのですよ。これが収束、というものなのでしょう」

キョン「そう、なのか……。つまり、俺たちのタイムリープはその収束とやらに含まれていないから、明日4日前に向けてタイムリープする必要はない、ってことだな?」

古泉「そういうことです。仮に収束だった場合、嫌でもタイムリープせざるを得ない状況になるはずですね。それはそれは恐ろしい」

古泉「また、仮に僕たちの行動によって世界線が変動していたとしても、それを頭痛として認識できるのはタイムリープ実行直前の時間平面に存在するリーディングシュタイナー保有者、つまり岡部さんだけです」

古泉「要はDメールと同じですね。そしてDメールの受信履歴がそのまま残るように、タイムリーパーは改変後世界のドミノとなって時間流に身を任せるのです」

キョン「……世界線ってのは何を基準にして変動するかしないかを決めてるんだ?」

古泉「おっと、物事の本質を突くご質問ですね。D世界線はどうかわかりませんが、α世界線におけるダイバージェンスは人間が勝手に決めた相対値でしょうから“何らかの根幹的事象”からの相対的距離を元に数値化されているはずです。さて、それは一体なんでしょうか」

キョン「……ダメだ、さっぱりわからん。俺の脳みそじゃヴィクコンなんて夢のまた夢だっつー話だ」

古泉「ヴィクコンですか。涼宮さんからしたら興味の尽きない場所でしょうね」ンフ

※以下、シュタゲ“アニメ”時系列で

2010.08.13 (Fri) 10:25
湯島某所


キョン(ハルヒたち女性陣は目を覚ますとすぐ雷ネットAB<アクセスバトラーズ>の特訓を開始した。いつから玩具販促アニメと化したんだろうな)

キョン(キリがよくなり次第、UPXへ行って腕試しをしようという計画らしい。俺はまぁ、涼めるならどこでもいいが。とにかく機関からの情報待ちってところだ)

古泉「おや、岡部さんからメールです」ピッ ピッ

キョン「ほう、なんだって?」

古泉「えっとですね……」


岡部『俺は今までに大規模世界改変を引き起こしたと考えられるDメールを打ち消すことを決意した。それによって元々IBN5100を入手していた世界線にまで戻ろうという作戦だ』

岡部『最初はフェイリスのDメール。おそらくアキバの萌に関するものだ。次に漆原るかのDメール。これはハッキリわかっている、母親のポケベルに向けて野菜を食うよう勧める内容のものを送ることでルカ子の性別を男から女に変えたのだ』

岡部『次に桐生萌郁という人物のDメール。内容はケータイの機種変とあって大したことはないが、やつには気を付けろ。ラウンダーとかいうまゆり殺しの組織の一員、というか主犯だ』

岡部『ともかく、世界線復元の度にキョン少年にリーディングシュタイナーが発動すると思うが、耐えてほしい』


古泉「とのことです」

キョン「……いろいろ突っ込みどころがあって処理しきれないんだが、まぁそれは置いておくとして、IBN5100確保のためには確かに堅実な方法だ。俺のほうはいつテレポートしてもいいように気張ってればいいってことだな」

古泉「突っ込みどころに関しては機関が裏を取りに行きましょう」

長門「通常の人間はDメールを送信した記憶を持たない。ゆえに内容不明のDメールに対する打消しメールの内容を考案する作業は非常に困難」

キョン「おぉ、長門。そういやそうか、リーディングシュタイナーを持ってる人間じゃなきゃ、受信はともかく世界改変後の送信の記憶は無くなる。世界改変をする動機そのものが消えるんだからな」

古泉「ということは、その打消しDメールを作成するには高度な推理力が必要になる、ということですね」

キョン「D世界線での場合は朝比奈さん(大)の時間遡行能力に助けてもらったわけだが……、2006年以前に分岐点がある場合は手伝えそうにないな。漆原さんの件なんてまさにそれだ」

長門「対象者に世界改変前の記憶を挿入すればいい」

古泉「なるほど、僕のように強制的にリーディングシュタイナーを発動させ、自分がどんなメールを送ったのかを思い出させるというわけですね」

古泉「まるで映画『デジャヴ』のようです。主人公は何度も、まぁ映画の演出上は一回ですが、ともかく数度タイムトラベルをし、まだ時間移動をする前の過去の自分にほんのわずかなデジャヴを誘発させる。これ自体は事件解決の鍵ではありませんが、主人公の行動を変えるキッカケとなる。まさにこのデジャヴを利用するというわけですね」

キョン「よし長門。デイリークエストに追加しておいてくれ」

長門「わかった」

キョン(その時の長門は俺にしかわからない微粒子レベルのガッツポーズを決めていた、と思う)

2010.08.13 (Fri) 13:25
UPX 雷ネットABGC会場


キョン(この情報は前から聞かされていた。最初に聞いたときはなんのこっちゃと思ったが、なるほど時間的連続体の中に身を投じていれば違和感などと言うものは皆無で、ごくごく自然な成り行きに感じられる)


長門「…………」パチ

相手A「……ま、負けました」ガクッ

観客「うぉぉぉなんだあの少女!? 眉毛一つ動かさず完勝していくーッ!?」ザワザワ

長門「……デュエルアクセス」キリッ


キョン(だが、俺は興味を持ってしまった。一体全体どうしてハルヒと朝日奈さんがここへ来て、そして何をやるのか。なのでなんとかハルヒを説得して、この日は5人で同時に行動することにした)


ハルヒ「いっけーみくるちゃん! がんばれー! 特訓の成果を見せつけるのよー!」

みくる「ふえぇー、わかりませんー」

相手B「い、いやいや、定石さえ覚えてしまえばあとは簡単でござるよwwwせ、拙者が手を取り足を取り教えてあげるでござるwwwデュフフwww」

観客「おいあれ……おっぱい……ロリ巨乳……」ザワザワ

ハルヒ「じろじろ見てんじゃないわよ! 金取るわよ!」


キョン(もちろん一昨日その存在を知ったばかりのど素人がグランドチャンピオンシップなどという大それたタイトルに出場できるわけもなく、俺たちはその脇でこじんまりと開催されていた雷ネットアクセスバトラーズ初心者講座<ビギナーズバトル>とやらに参加していた)

ハルヒ「だぁー! もう、そうじゃないったら! 帰ったら特訓よ!」

みくる「ふぇぇ」

キョン(こいつは朝比奈さんを何に仕立て上げたいんだろうね)

キョン(とまあ、そんな感じで冷房の良い具合に効いた室内で時間を潰していると、本イベントのメインディッシュであるところのグランドチャンピオンが決定したらしい)

司会「……今大会のスーパーエンターテイナーに、皆様もう一度盛大な拍手を!!!!」

??「みんなー!! 応援ありがとニャーン!!」

ウワァァァァァァ!! パチパチパチパチ!! ニャンニャン!!

キョン「って、あれはフェイリス・ニャンニャン!!」

古泉「あの方があなたの言っていた猫耳メイドさんですか。なかなか可愛らしい方ですね」

キョン(そうか、この古泉はアキバが萌えの街だった世界線のことは記憶していないのか)

キョン「なぁ、直接あの猫娘にIBN5100のことを聞いたほうが機関の諜報活動より事が早く済むんじゃないか?」

古泉「二方面作戦でどうでしょうか。まぁ、聞くことができたら、という希望的観測みたいですが」

キョン「はぁ? なに言って……って、あれ? フェイリスさんはどこ行った?」キョロキョロ

古泉「ッ! 居ました、あそこです!」

キョン「へ?……なんで走っているんだ?」

古泉「どうやら危ない連中に追い回されているようですね。これはどうやら、ちょっとやばい事態みたいです」

キョン(な、なにがどうしてこうなってるんだ? えっと、トンデモ現象とは関係なく普通に事件なのか?)

キョン「……ハルヒへの言い訳は俺が考える! 古泉、機関の力を使って全力で暗躍してくれ!」ダッ

古泉「IBN5100のため、ひいては団長のためです。任せてください、人死には出しませんッ!」ダッ

キョン「ハルヒ! ハルヒ、ここにいたか」ハァハァ

ハルヒ「なによ、どうしたの? ちょうどみくるちゃんのゲームが終わったところだけど」

キョン「なぁ、ちょっと考えてみてほしいんだ。例の椎名さんのメイド姿なんだがな」

ハルヒ「……いきなり何の話? 脈絡が無いとアンタちょっとヤバイわよ?」

キョン「いや、やばくてもいいから聞いてくれ。お前ならどんなメイドコスを提案する」

ハルヒ「はぁ?……そうねぇ、あの子フリル着せると金髪が似合いそうなのよね」

キョン「そうだな! 髪型はやっぱりポニーテールだな!」

ハルヒ「……髪型はツインテールね。それで、カチューシャをつけたいわね! 猫耳がいいわ!」

キョン「そうだハルヒ、猫耳だ。椎名さんの猫耳は何があっても守られなければならない、そうだな?」

ハルヒ「はぁ? うーん、そりゃ猫耳は神聖にして不可侵の存在だからね。アンタみたいな俗物の手からは守られなければならないわ」

キョン「よく言った、それでこそ団長様だ。悪いがハルヒ、俺と古泉はちょっと寄り道してから帰る。じゃぁな!」ダッ

キョン(これでハルヒによる言挙げは充分だろう! 慢心はないッ!)

ハルヒ「あ、ちょっと!……なんなの、アレ」

2010.08.13 (Fri) 17:25
UPX 1F 屋外


キョン(さて、この次はどうするか……)タッタッタッ

プルルルル ピッ

古泉『追手側の素性がわかりました。決勝戦でフェイリスさんに敗北したヴァイラルアタッカーズという集団で、かなり悪名高いようです』

キョン「逆恨みってことか。ぞっとしない話だ」

古泉『実行犯は下っ端、背後にはケータイを使って駒を動かしているリーダーがいるようです』

キョン「将を叩かないと永遠にイタチごっこか。古泉はなんとかしてソイツの居場所を突き止めろ。ついでに警察に突き出してやれ」

古泉『了解です。ご武運を』ピッ

キョン「……とは言ったものの、あいつらどこに……、あ、岡部さん!」

キョン「岡部さんとフェイリスさんが手を取って、あの変な服装のやつらから逃げ始めた……」

キョン「どうする、俺が走って追いかけて意味があるか……」

長門「このタイミングでフェイリス・ニャンニャン、本名秋葉留美穂のリーディングシュタイナーを誘発させる」

キョン「うおっ、長門。こ、このタイミングでか?」

長門「古泉一樹に施したような完全記憶置換は今回は推奨しない。現在世界線の記憶が消滅してしまうから」

キョン「お、おう。それはまぁ、わかる」

長門「ゆえに部分的に記憶をダウンロードするように仕込む。短時間に大量のデータを挿入すると脳出血、あるいは脳に関する疾病を引き起こす恐れがあるので、必要最低限の記憶を、その記憶と密接に結びついた言葉や場所、印象などをトリガーとしてダウンロードする」

キョン「……それって危険じゃないのか?」

長門「元々リーディングシュタイナーは人間に潜在的に有する通常の能力。リーディングシュタイナー誘発は身体能力の強化と変わらない」

キョン「そんなもんか……。だが、どうして今なんだ?」

長門「秋葉留未穂の過去改変は秋葉原の街全体に関するもの。岡部倫太郎と街中を走り回っている今ならばトリガーが多いはず」

キョン「はぁー、なるほど。とは言っても、ホントにやばそうになったら長門の力で二人を救出してくれ」

長門「わたしは古泉一樹を信じている」

キョン(長門がそういうセリフを言う日が来るとはね……。よかったな古泉、絶対教えてやらねぇ)

長門「」スッ

キョン(長門が交差点の斜向かい、NRの高架下をやおら指差した。その挙動はまるで蝶の羽ばたきのごとくふわりとしたものだった)

キョン「って、あれは岡部さんとフェイリス・ニャンニャン! ぐるっと一周してきたのか」

長門「今から断片的リーディングシュタイナーを秋葉留未穂に挿入する。許可を」

キョン「……わかった。やってくれ」

キョン(そういうと長門は突き出していた右手の手のひらを上向きにして開き、何かを柔らかく投げ飛ばすような仕草をした)

キョン(そこにはいつの間にかインディゴブルーのオーラをまとった一羽の蝶がひらひらと飛んでいた。しかしそれはまるでこの世のものとは思えない存在感で、少しでも気を抜けば見失うような透明感だ)

キョン(そしてそれは、俺の視線からしてあの猫耳メイドと重なったところで消滅した、ように見えた)

長門「これでこっちは大丈夫」

キョン「次はあの二人をちょうどいいタイミングで助けないとな」

長門「わたしたちが介入するのはあまりお勧めできない」

キョン「なぜだ?」

長門「秋葉留未穂は基本的に人に対して心を開かない。常に上辺を塗り固めている。Dメールの内容を話せる相手はおそらく、岡部倫太郎だけ」

キョン「ほう……というか、ハルヒもそうだが、どうして皆Dメールの内容を隠そうとするのかね」

長門「わたしたちにできるのは……」スッ

キョン(長門は先ほど蝶を出したマジックハンドを、またもふわりとした指差し確認用に突き出した。その指示する先には、)

キョン「って、あそこに居る紳士的な壮年男性は、秋葉幸高氏か!」

キョン(俺の記憶には秋葉幸高氏の学生時代の頃の顔しかないが、たしかに面影がある)

キョン(そうか、実の娘が大会の決勝に優勝したんだ、見に来ていてもおかしくない!)

長門「あの人なら、二人を助けた上で秋葉留未穂の心を開かせる可能性がある」

キョン「さっきからこれしか言ってない気がするが、敢えて言おう。なるほど、わかった、と」


キョン「あ、あの! 秋葉幸高さんですよね!?」タッ

幸高「あ、あぁそうだが。君は?」

キョン「えっと、フェイリスさん、いや、るみほさんの知り合いの者です。るみほさんが俺のことを覚えてるかはわかりませんが……」

幸高「そうか、なぁ君。うちの娘がどこに行ったか知らないか? さっきから探しているんだが、どこにも見当たらなくて、連絡も取れないし、なにかあったんじゃないかと不安で……」

キョン「……それが、なにかあったみたいです。今娘さんは危ない男たちに追われてるみたいで……」

プルルルル ピッ

古泉『下っ端たちは機関が発見次第足止めしていますが、どうにも数が多く、今は岡部さんがフェイリスさんと隠れ隠れ逃げ回っている状況です。ですが追い詰められるのも時間の問題かと』

キョン「……くそっ!」

幸高「いったい何が起こっているんだ。娘はどこにいる!」

キョン「古泉! フェイリスさんは今どこだ!?」

古泉『……今、昭和通り側のx番地xxの裏路地に、しまった! 行き止まりです!』

キョン「……聞こえましたか、秋葉さん」

幸高「あぁ、なにがなんだかわからないが、そこに行けばいいんだな! 黒木、すぐに車を出せ!」

黒木「用意はできております」ガチャ


ブォォン!! キキーッ!! ブロロロロロ……

キョン(なんだか新川さんみたいな執事が運転するロールスロイスが爆速でアキバの街を駆け抜けていった……)

キョン「古泉、今そっちに意外な人物が向かった。多分なんとかしてくれるだろう」

古泉『意外な人物ではありませんよ。そのドライバーは機関のメンバーでこそありませんが、新川さんとは同期の桜です。幸高氏に関する情報提供者でもあります』

キョン「マジでか」

古泉『それから、リーダーのシドの居場所が判明しました。これより本案件は収束に向かうでしょう』

キョン「そいつはよかった。ついでにそのクソ野郎の顔を拝みたいんだが、どこに行けば合流できる?」

古泉『なかなか趣味が悪いですね。いいでしょう、彼は今、先ほど申し上げた裏路地へ移動中のようです』

キョン「わかった、そこをランデブーポイントとしよう。オーバー」

古泉『ディスイズブラボー、ラジャーアウト』ピッ

キョン「長門はどうする?」

長門「わたしは宿に戻って涼宮ハルヒの監視を続ける」

キョン(監視などという言葉を使ったが、おそらくアミダクジ大会と称した朝比奈さんのバレンタインデーチョコ争奪戦の時のように機転を利かせてハルヒにうまいこと言い訳してくれるのだろう。こっちの面でも頼りになるとは鬼に金棒、宇宙人にリーディングエアーだ)

2010.08.13 (Fri) 17:40
裏路地


4℃「俺のヤバすぎるオーラがぁ、そいつを真っ黒に染め上げたいと囁くんだぁ」コツコツ

4℃「シーンの最前線に立つのは常に一人ぃ。その一人とはッ! 黒い羽根を羽ばたかせた孔雀……」コツコツ


キョン「お、おい。あんなやつがヤンキーのリーダーだってのか?」ヒソヒソ

古泉「言動は常軌を逸していますが、チーマー的カリスマ性だけはあるのでしょう」ヒソヒソ


4℃「クレイジーな舞でぇ、テメェをエレガントに沈めてやるぜぇ。漆黒に選ばれるのは、この俺だぁ」コツコツ

4℃「その目に焼き付けるがいい……。冥土の土産になぁ……」コツコツ


キョン「さて、岡部さんとフェイリスさんは幸高氏によってとっくに救出されたわけだが」ヒソヒソ

古泉「残存していたチンピラも既に警察が逮捕しています。今回は田丸兄弟ではなく、ホンモノの国家権力ですけどね」ヒソヒソ

4℃「キャキャキャキャキャキャ! 待たせたなぁ。4℃様参上!」

警官A「君、ちょっと署まで同行してもらえるかな」

4℃「あぁ? なんだぁ貴様らぁ!?」

警官B「警察だ。現行犯で逮捕する」

4℃「ケイ……サツ。え、逮捕する!? WAWAWA……」


古泉「21歳無職、鈴木功一、17時45分緊急逮捕。これにて一件落着です」

キョン「……なんだか俺の友人T君の行く末が心配になってきたんだが」

古泉「彼がファッション誌に興味を持ち始めたら機関に連絡してください」

キョン「それで、岡部さんは」

古泉「黒木さんからの情報によると、殴る蹴るの暴行を受けたため、現在は秋葉家にて傷の手当てを受けているようです」

キョン(長門よ、これでホントによかったのか? まぁ、いざとなればタイムリープすればいいか……)

キョン「そうなるとしばらく連絡は取れそうにないな」

古泉「その間に僕たちは僕たちで調べられることを調べておきましょう」

キョン「そうだな……。俺はこれから柳林神社に行く。もしかしたら元の状態に戻っているかもしれん」

古泉「わかりました。こちらは引き続きこの世界線における橋田鈴さんの遍歴を洗い出しておきます」

2010.08.13 (Fri) 18:16
柳林神社


正直ここに来たのは失敗だった。

柳林神社に到着し、豪気とは正反対の雰囲気で剣を振るっていた巫女さん、漆原さんに例のIBN5100の在り処について尋ねたところ、また来たのか、何度言ったらわかるんだという感じであしらわれてしまった。

いや、俺が要約すると漆原さんの性格がゆがんで伝わってしまう恐れがあるな……。実際のセリフは次のようなものだ。


るか『えっと……以前にも、いらっしゃいました、よね……』

るか『前にもお伝えしました通り……、そのようなものは、うちでは預かっていません……。お力になれず、申し訳ありません』グスッ



俺はIBN5100をこの場で入手するはずだった世界線からそうじゃない世界線に飛ばされたはずだ。元居た世界線に戻っていないのだからこの世界線の8月7日でもハルヒによる神社巡りは行われていたのだ。

どうも世界線移動の後遺症が俺の脳に出ているらしい。元からのデキとは言わせない。

神社に奉納されてすらいないということは、この世界線でも橋田鈴、すなわち阿万音さんによるIBN5100入手作戦は失敗した、ということなのだろうか。

それとも秋葉幸高氏の手に渡りはしたが、奉納できなくなった事情があったのか。かつて俺が聞いた、フランス人の実業家の話だ。

古泉の言うメタ的視点から推理すれば後者なんだろう。この世界線ではあまりにも秋葉家と岡部さんが関わりすぎている。

案外岡部さんが独力でIBN5100を発見して終わり、というシナリオで落ち着くのかもしれないが、その場合はうちの団長様の面目的にはどうなるんだろうな。

言いようのない安心感の上に覆いかぶさる薄皮一枚の不安を持て余した俺は、夏の夕涼みに最適であろう柳林神社を後にして鬼が出るか蛇が出るか状態の暮らし慣れた宿へと帰還することにした。

2010.08.14 (Sat) 00:16
湯島某所


キョン(不思議とハルヒから俺と古泉が何をしていたのかを問いだたされることはなかった。このSOS団三人娘は雷ネットABにドハマリしているらしく、野郎どものことは興味の外に置かれたらしい。これも長門のおかげかも知れない)

古泉「まぁ、涼宮さんのことですから明日には飽きているかもしれません」

キョン(それと岡部さんからメールが入っていた。椎名さんの死亡に関して、その命の期限が24時間伸びているらしい。つまり8月14日の20時頃が文字通りデッドラインとなったわけだ)

古泉「なぜ24時間延びたのか。これは神のみぞ知る、と言ったところでしょうか。世界外に観測点がない限りは理屈を理解することは難しそうです」

キョン「さて、古泉。それじゃ戦果を発表してもらおう」

古泉「了解です。思った通り、世界線の変更によって大幅に事象が改変されていたようです」

古泉「僕のリーディングシュタイナーを強制発動させてもらって、あなたと長門さんには頭が上がりません。こんな貴重な推理をさせてもらえるのですから」

キョン「ミステリーに超能力はタブーだったんじゃないのか」

古泉「超能力どころか世界が変わってしまうという、本来なら底抜けの禁じ手なのですけどね」

古泉「さて、良い知らせと、どちらかと言えば悪い知らせとがあります。どちらからいきましょうか」

キョン「……悪い知らせからで頼む」

古泉「了解しました」

古泉「この世界線でも阿万音さん、橋田鈴さんは2000年5月19日に亡くなっていました」

キョン「そんなッ!! ならどうして世界線が変わったんだ!?」

古泉「変わっていたのです。自殺ではなく、病死という形に」

キョン「病死……」

古泉「一体どのような病状だったのか。彼女が入院していた六井記念病院にガサ入れした結果、原因不明の進行性多臓器不全と診断されていたことがわかりました。カルテにはX線を大量に浴びた可能性についても言及されていましたが、要は現代医学では不明、ということです」

古泉「わかりませんが、もしかしたらブラックホールの特異点を通過した後遺症なのかもしれません。あの電話レンジがカー・ブラックホールを発生させていたのならば、人工衛星型タイムマシンもそのような構造である可能性が高い」

古泉「ブラックホール自体は放射線を放出しませんから外部被ばくによる幹細胞の死滅とは考えにくい。もしくは、リフターの調整がわずかにうまくいかず、特異点を裸にし切れなかったことで肉体的損傷を負ったか、細胞のガン化を促進することとなったか」

古泉「死因はともあれ、これが世界線の収束なのでしょう。世界が結託して命を奪いに来る……。アトラクタフィールドとは、死神のような存在ですね」

古泉「良い知らせのほうですが、橋田鈴さん、阿万音さんのIBN5100入手は成功していました。つまり、記憶障害になることなくミッションコンプリートしたわけです」

キョン「ホントか! そりゃ、よかった……。あぁ、きっとよかったんだ。岡部さんにメールで伝えておこう」

古泉「この世界線では、阿万音さんは当時上野の一帯に蔓延っていた犯罪者集団と交渉して『橋田鈴』の戸籍を偽造されたようです。かつてそこでニンベン師をやっていた方から冥土の土産にと教えていただきました」

古泉「ちなみに今回の事の発端である、2010年6月後半に@ちゃんねるで『秋葉原に幻のレトロPCが現れたらしい』という噂を流したのは、この方が所属していたグループの一人でした」

キョン「そいつがハルヒをアキバへ呼び寄せたのか……」

古泉「1998年3月にそうするよう依頼されていたらしいですよ、橋田鈴という人物に」

キョン「因果の輪がまるで知恵の輪みたいにこんがらがってきたな。こりゃお手上げだ」

古泉「橋田鈴は1975年には、発売直後で世間の話題をさらっていたIBN5100を、どこからか手に入れた資金によって複数台購入していました」

古泉「さて、阿万音さんの病死の後IBN5100はどうなったか。以前の推理通り、秋葉幸高氏の手に移譲されて管理されたようです。おそらく橋田鈴さんは、おいおい柳林神社へ奉納するよう幸高氏にアドバイスをしたのだと考えられます」

キョン「話がようやく繋がってきたな」

古泉「ところが幸高氏は、例の娘さん誘拐未遂事件の身代金を用意するためにフランス人の実業家に売ってしまったようです」

キョン「……フランス人の実業家!!」

古泉「よかったですね、確実にあなたの記憶の中にある、スタート地点の世界線に近づいていっているようです」

キョン「だがまだアキバは萌えを取り戻していない……。フェイリスさんが8月7日に送っただろうDメールを打消すことによって、そこまで戻れるといいんだが」

古泉「きっと大丈夫でしょう、岡部さんなら」

キョン「しかし古泉よ、やたらとフランスという単語が出てくるのはなぜだろうな」

古泉「SERNと天王寺裕吾についてはまだわかるとして、どうして秋葉氏がIBN5100を売った相手までがフランスなのかはわかりません」

古泉「ただの偶然と思うのが普通ですが……。陰謀論が現実味を帯びている現在、そうも言ってられないかもしれない」

キョン「可能性としてはなにがある?」

古泉「例えば、SERNがIBN5100を血眼で回収している。それも人を殺してでも奪い取る状態で」

古泉「そのためにラウンダーを動かしている。IBN5100は、SERNが外部からハッキングされる恐れのある唯一のアイテムですからね」

キョン「橋田鈴さんはむしろその魔の手から逃れるためにIBN5100を確保してたんだな……」

古泉「橋田鈴さんもSERNをハッキングしていたのかもしれませんね」

古泉「もしかしたらIBN5100が幻のレトロPCと呼ばれるほど現存台数が少なくなっているのはラウンダーの仕業かもしれません」

古泉「当然フェイリスさんの誘拐未遂事件もラウンダーによる自作自演。身代金よりも実際はIBN5100を取得したかった」

キョン「ディストピア構築のために?」

古泉「いえ、おそらくディストピア構築は結果であって、この時点での目的ではないと思います。つまり、タイムマシン作成が現在目標かと」

キョン「やっぱり裏でSERNを操ってる黒幕がいるらしいな。話は堂々巡りに入ってきたか」

キョン「ってことは、また明日だな……」

古泉「ここ数日はスラプスティックに巻き込まれてしまってお互い疲れているはずです。ゆっくり体を休めてください。明日何が起こるかわからないのですから」

キョン「あぁ、わかってるよ。しっかし、とんだ夏休みになっちまったもんだ」

古泉「完全な自由時間という意味で言えば、実質高校生活最後の夏休みですからね。涼宮さん的な力を考慮すれば、どんな事件が起きても不思議ではありません」

キョン「なぁ、ハルヒは来年の夏休みもこんな感じで突っ走るんだろうか」

古泉「さすがにある程度は進学のため勉学に励む日々になると思いますが」

キョン「なんだか想像できないな。受験勉強で休みを潰す団長様の姿はさ」

古泉「んふっ。同感です」

今日はここまで

乙、いい感じで繋がってきたな。そういや、長門の力で違う世界線の記憶のダウンロードが可能なら、フェイリスやルカ子の忘れたくない…って気持ちを踏みにじってもまゆりを救う為にDメールを送って世界線を変えたり、タイムリープを繰り返して紅莉栖の名前をちゃんと呼んだ記憶をリセットし続けたオカリンの救いになるな。キョンが居るおかげで孤独の観測者じゃないし、精神的には余裕が出来そう……問題は紅莉栖に頼るよりキョンやSOS団への信頼が強くなりそうな事かなぁ、自分と同じように記憶の保管がされてるキョンを頼るのが筋通ってるし。

というか、こうなると古泉みたいに紅莉栖やダルに記憶のダウンロードをしない方が不自然な気がする。

>>667
それについてはもうちょっと先で

1000余裕で超えそう
レスありがとう 再開します




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◇Chapter.8 涼宮ハルヒのハルシネーション◇
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2010.08.14 (Sat) 8:30
湯島某所


ハルヒ「さぁ、特許記念日の本日もチャキチャキIBN5100を探すわよーッ! おーッ!」

朝日奈「お、おーっ!」

キョン(ヤバい、急性胃潰瘍が発症したらしい……。本当にハルヒがIBN5100を手に入れたらどうなるんだ? ラウンダーの襲撃? 世界線の大改変? 流血沙汰だけはご容赦願いたい)

古泉「張り切っていきましょう」

キョン(古泉のやつはどうしてこんなに能天気になっちまったんだろうな。まさか、強制リーディングシュタイナーの後遺症か?)


・・・・・・


キョン(クジ引きによる班分けはちょっとビックリする結果だった)

ハルヒ「へー、このメンバーになるなんて珍しいわね」

古泉「確率的には起きて然るべきでしょうが、確かに不思議な気分です」

キョン(その結果は、ハルヒ、古泉、俺の三人班と、朝比奈さん、長門の二人班となった)

みくる「……ひぃ」

長門「…………」

キョン(朝比奈さん、ガンバです)

キョン(しかし、これでは岡部さんの元へ相談しに行けないな……)

古泉「それで、団長。本日はどこを捜索しましょうか」

ハルヒ「そうねぇ……。研究機関が臭うわね!」

キョン「警備会社に門前払いを食らうのがいいオチだ」

ハルヒ「だったら中に入れる場所に行けばいいのよ」

キョン「……?」

古泉「なるほど、大学ですが。この時期でしたらどこの大学も僕たちみたいな高校生が見学する程度なら受け入れてくれると思います」

キョン「あー、そういやうちの親にもそんな言い訳を使ったんだった。瓢箪から出た駒だな、こりゃ」

キョン(そんなわけで俺たちは近場にあった東京電機大学へと乗り込んだ。まぁ、この大学ならギリギリ俺でも目指せる程度だしな。理系を受けるつもりはさらさらないが。ハルヒと古泉にとっては成績的には歯牙にもかけない場所だろう)

ハルヒ「わかってないわね、キョン。そんなスノビズムで大学を選ぶなんて無意味だわ! 理工系の大学は偏差値なんかより本人の研究意欲のほうが重要なのよ!」

キョン(普通ならこういう発言は負け犬のシニシズムになるんだろうが、ハルヒが言うと説得力しかない)

ハルヒ「それにこのレトロな雰囲気! いかにも日本のアカデミズムって感じね!」

古泉「初代学長の丹羽保次郎氏は発明家であり、ファックスの生みの親です。まさにこの大学は、『技術は人なり』を体現した場所と言えるでしょう」

キョン「だがあちらこちらに2年後の北千住への移設の件について貼りだされているな」

古泉「時代の流れでしょうか。さみしいものです」

ハルヒ「どうやら『未来科学部』ってのがあるらしいわ! 名前からして怪しいわね……!」

キョン(ここが岡部さんや橋田さんの通ってる大学、牧瀬さんとフェイリスさんの親父さんたちが通った大学、ついでに天王寺さんの嫁さんが通った大学、そして橋田鈴さんが学生としても教授としても暮らした場所か……)

キョン「未来ガジェット研究所はとことんこの大学に縁があるらし―――――――――――

D 0.456914%
2010.08.14 (Sat) 10:16
湯島某所


―――――――ッ!!」ブフォッ!!

みくる「だ、だいじょうぶですかぁ!? コーヒーお口に合いませんでしたぁ!?」ピィィ

キョン(あ、あれ!? 俺はなんでコーヒーなんか飲んでるんだ!?)ゴホッ!カハッ!

ハルヒ「ちょっとキョン!! いくらみくるちゃんの淹れた冷コーが不味くても飲み込むのが男ってもんでしょ!?」

みくる「ふぇぇん」

長門「味に問題はない」

古泉「大丈夫ですか。もしかして体調が悪いのでは」

キョン「あ、あぁ。すまん、ちょっと部屋に戻るわ」

ハルヒ「そんな暇ないわ! 早く準備しなさい! そろそろ倫太郎が動き出すわよ!」

キョン「は、はぁっ!? どうしてそこで岡部さんの話が……」

キョン(って、しまった! 岡部さんが世界線復元に成功したのか!)

ハルヒ「はぁ? アンタ記憶喪失にでもなったの?」

古泉「……昨日岡部さんから、明日女子高生とデートをするので、現役女子高生の涼宮さんたちにどのようなデートにすれば良いかと相談があったのですが、お忘れですか?」

キョン(なんだって世界はそんなことになってるんだ……。あぁ、あれか。女から男へと戻すっていう、人智を越えた性転換のためか。なんのこっちゃ)

キョン「古泉まで俺を健忘症扱いするな。ちょっと白昼夢を見ていただけだ」

ハルヒ「それはそれでヤバいと思うけど……」

2010.08.14 (Sat) 10:31
神田川 新幹線ガード下


キョン(ハルヒに強制連行される形で宿を出たが、アキバの街は久しぶりの姿、体感では12日振りに見る“萌え”だの“アニメ”だの“メイド”だのがゴロゴロしていた。ふぅー、この安心感)

みくる「待ってください涼宮さぁん! はぁ……はぁ……」ピョコピョコ

キョン(そしてこの朝比奈さんはどういうわけか例の猫耳カチューシャを標準装備している。今後、萌えの存在確認の指標は朝比奈さんの猫耳で代用しよう。癒されるしな)

キョン(それはそうと、どういうわけかこの世界線のSOS団は出歯亀根性まる出しでヒトのデートを尾行するというお世辞にも趣味がいいとは言えない行動を取ることになっているらしい)

古泉「涼宮さんたっての希望でしてね。岡部さんの弱みを握り、それによってIBN5100の譲渡をなかったことにしようと持ち掛けるつもりなのですよ」

キョン「ゆすりたかりの類じゃねーか。ロクなことをしねぇな」

キョン(そして古泉に関しては俺がこの世界について記憶喪失状態であることを見抜いてやがる。岡部さんから教えてもらったのか?)

キョン「……そうだ、IBN5100だ! この世界線だったら、壊れたソレが手に入るはずなんだ!」

古泉「でしたら、そう急ぐことはないでしょう。とりあえず涼宮さんに付き合いませんか」

キョン(こいつはIBN5100の重要性について岡部さんから聞いてないのか……?)

ハルヒ「……あそこ! 来たわよ! やっぱりあの巫女さん、かわいいわねぇ! ほら、尾行!」

キョン「急に引っ張るな! あと大声出したらバレるぞ!」

長門「…………」

キョン(しかし、あの漆原さんがバック・トゥー・ザ・マンるってのはいまいち実感が沸かないな……。ゴリゴリマッチョマンに変身したりするのだろうか)


紅莉栖「あれ、アンタたち……」


ハルヒ「あっ……」

みくる「あっ、えっと、研究所の……」

ダル「おほっ! あ、いやいや、僕は三次元なんかに屈しないお! やっぱりかわいいオニャノコには勝てなかったよ……」ガクッ

長門「…………」

古泉「皆さん考えることは同じようです」ンフ

ハルヒ「えっと、紅莉栖も尾行してるの?」

紅莉栖「ハァ!? だ、誰があんな厨二病男のデデデデートなんか尾行するもんですか! 私はただあいつがヘマこくようなことがあったらメールでアドバイスをしてやろうとだな!」

ダル「必至すぎるぜ牧瀬氏ェ……」

ハルヒ「……そう。そうなると、あたしの計画は失敗ね。それにこんな大人数で尾行したら足がつきそうだし」

キョン(人数はこっちのせいだろうが、まぁ確かにラボのメンバーと一緒に尾行したら握れる弱みも握れないからな)

2010.08.14 (Sat) 14:35
ゲームセンター


キョン(牧瀬さんたちと会ったことでハルヒのデートイベントに対する関心は急激に薄れたらしく、昼飯を食べた後適当にその辺のゲーセンで時間を潰すこととなった)

ハルヒ「みくるちゃんッ! 次はレーシングやりましょ! 峠と湾岸どっちがいい?」

みくる「ふぇぇ」


古泉「それで、先ほどのIBN5100の件ですが、おかしいとは思わないのですか?」

キョン「ん? なにがおかしいんだ?」

古泉「もしあなたの言う通りこの世界線がIBN5100を入手できる世界線だとして、どうして現在のSOS団は未だIBN5100を入手していないのでしょう」

キョン「……そうか。あの世界線に戻ってきたって言うなら、8月7日に俺たちはIBN5100を入手しているはずだ。……してないのか?」

古泉「目下捜索中でして」

古泉「ちなみにIBN5100については岡部さんから世界線を復元させることで入手しようと試みていると聞いていますが、それは?」

キョン「聞いた。それなのにどうして岡部さんは漆原さんとデートなんかしてるんだ?」

古泉「漆原さんから交換条件を提示されたそうです。母親のポケベルの番号を教える変わりに恋人になれ、と」

キョン「……大人しい顔して知謀家じゃないか。まさに羊の皮を被った狼だな。ルカじゃなくてマタイ伝だが」

キョン(どういうことだ……。まさか、元の世界線には戻れていない?)

キョン「なぁ古泉。ちょっと長門とお前と3人になりたいんだが」

古泉「そうですね、10分程度でしたらパッといなくなっても問題ないかと思いますが、その前にアレをどうにかする必要がありそうです」

キョン「アレ?」


長門「…………」パチパチパチパチ

観客A「なんだこりゃ……人間の動きじゃねー!」

観客B「ALL GREATとか、AUTOさんかよ……」

観客C「JKが弐寺ランカープレイとか、胸熱!」

観客D「大萌神降臨!!卡哇伊!!」


キョン(筐体ゲームコーナーの一角にできた人だかりの中には、最低限のエネルギー消費で淡々と鍵盤を弾く長門の姿があった)

古泉「さて、何人かの抵抗に遭うでしょうが無理やりにでも引きずり出しますか」

2010.08.14 (Sat) 14:44
店外


キョン「悪いな、古泉。助かった」

古泉「いえいえ。長門さんもコンボ中にすいませんでした」

長門「いい」

キョン「それで、古泉特攻隊長殿。今のお前にとっては何度目の世界改変になるんだ?」

古泉「確信できる世界改変は今まで一度もありませんでした、あなたからの報告を含めて」

古泉「涼宮さんによる過去改変は未遂に終わりましたしね。よって今回が初めてです」

キョン「なに、そうなのか? ならどうして様子のおかしい俺にフォローを入れた?」

古泉「まさに様子がおかしかったから、という理由ですよ」ンフ

キョン「世話焼き女房みたいなことしやがって」

キョン「今までの経緯をいちいち口で説明するのが面倒くさいからな、お前が本来持ってるべき記憶を呼び覚まさせてやろう」

古泉「ほう、健忘症になったのは世界のほうでしたか。これはなかなか、楽しみですね」

キョン「長門、こいつにリーディングシュタイナーを発動させてやってくれ」

長門「りーでぃんぐしゅーくりーむ?」

キョン(ボケなのかマジで知らないのか一瞬困惑したが、この長門がリーディングシュタイナーの名称を知るわけないんだったな)

キョン(その上でボケてきたのか……。段々と長門のどうでもいい部分の能力が開拓されつつあるらしい)

キョン「ほら長門。おでこを出せ」

長門「?」

キョン「あー、これも説明するのか……」

古泉「―――――――ッ、はい、到着っと。長門さん、いつもありがとうございます」

長門「いい。わたしもちょっと楽しい」

キョン「……!?」

古泉「な、長門さんがそのような言葉を口にするとは……」

長門「今回の世界改変騒動においてわたしはあまり活躍できない。それはわたしが人間ではないから」

長門「あなたから読み取った記憶の範囲でしか世界を認識できない。なので、微力ながら協力できることが少し嬉しい」

キョン「……そうか、長門も少しずつ変わってきているんだな」

古泉「なんというべきでしょうか、ずいぶん人間臭くなってきましたね。もちろん、良い意味で」

長門「褒め言葉として受け取っておく」

キョン「それで長門、今度はどんな世界なんだ?」

長門「アキバに萌えが復活した」

キョン「それは目視して確認した。ってことはだ、例の神社に行けば、じゃなかった、ロッカー会社の倉庫に行けばIBN5100はあるんだな?」

長門「現在時空平面のベータロッカーシステム社の倉庫全てを確認したが、IBN5100はいずれの倉庫にも確定的に存在しない。現在トラッキング中」

キョン「……なんてこった。まるで人参を目の前にぶら下げられて走り続ける馬の気分だぜ」

古泉「ですが、僕たちにはタイムリープマシン(長門さん印)があります。これで8月7日まで戻れば確実にゲットできるのでは?」

キョン「……いや、待て待て。そもそもどうしてこの世界線の俺たちはIBN5100を手に入れられなかったんだ?」

長門「この世界線ではフェイリス・ニャンニャンこと秋葉留未穂が柳林神社へIBN5100を奉納した事実を涼宮ハルヒに報告していなかった。わたしたちが柳林神社に足を踏み入れたのは涼宮ハルヒの勘によるもの。ゆえに涼宮ハルヒは柳林神社にIBN5100が奉納された事実を確信できなかった。よってIBN5100の存在が確定しなかったためトラッキングが実行できなかった」

キョン「なんだか難しい話だが、要はフラグが立たなかったってことか」

キョン「やっぱり俺の元いた世界線に戻ってきたってわけじゃないんだな……」

古泉「完全に同じ世界線に戻ることは不可能です。今回はそのズレが大きかったのでしょう」

古泉「つまり、ほとんど同じ世界線ではあるのですが、長門さんが先に述べたフェイリスさんの行動の一点のみが異なっており、ゆえに因果の流れが変わった世界であると」

キョン「はぁ……。そう考えたら急に疲労感が俺の身体を支配し始めたぜ」

古泉「萌えがアキバに戻って来てよかったじゃないですか」

キョン「……!! そうだ!! これで俺は、あのメイド喫茶に行けば金髪ポニーテールの椎名さんに会えるッ!!!!!!」

古泉「明日のコミケで会えると思いますよ」

古泉「ですが、僕にとっては逆に不思議ですね。秋葉原が萌えの街になっているだなんて……。正直言いまして、現実感がまったくない」

キョン「そうか、古泉の記憶はそこがスタートだったんだな。長門、もっと昔の記憶、要は俺が体感した意味での8月7日以前の世界線の記憶をミックスさせることってできないのか?」

長門「可能。世界線変更直前のタイミングと該当する世界線の記憶の合体を合わせる。今回は新規消去は行わず、バックアップデータの追加のみを行う。これを8月7日分と7月28日分の2回に渡り繰り返す」

キョン「だそうだ。どうする古泉?」

古泉「そうですね……。かなりややこしいことになりそうですが、自分の記憶があって困ることはないでしょう。是非よろしくお願いします」

長門「但し大量の記憶が一瞬にして脳に挿入されるので出血する」

古泉「―――――――――というわけで、数々の世界線の記憶を持つ超人類が誕生しました。リーディングシュタイナー保持者と同じ地平に立つということ……。まさに僕は全宇宙<コスモ>と一つになったのです」タラーッ

キョン「全記憶を消去したほうが良さそうだな。あと鼻血拭け」

長門「ティッシュ」

古泉「じょ、冗談ですよ。長門さん、ありがとうございます……」

キョン「というか、頭痛を起こしたり鼻血を流したりするくらいなら、例のナノマシン注入で改変の影響を受けずに記憶を持ち越すようにできないのか?」

長門「不可能」

キョン「なぜだ?」

長門「ナノマシンの影響を与えられるのは世界線の変更が無い場合に限る」

キョン(あー、そりゃそうか。俺がハルヒに蹴られまくった世界線から戻った時、身体の生傷は消えていたのと同じ理屈だ。ナノマシンを打ち込まれたところで、打ち込まれてない世界線に移動してしまえば記憶の持ち越しは不可能なんだろう)

古泉「とにかく、IBN5100探索をしましょう。岡部さんとの合流はデートが終わってからですね」

キョン「ハルヒにはどこまでインフォームドコンセントしていいんだ?」

ハルヒ「全部に決まってるでしょ!! 三人でなにやってるのよ! 急に居なくなって心配したんだからね!」

キョン「どぅわっ!? す、すまんハルヒ! ちょっとゲーセンの喧騒が息苦しくてな!」

ハルヒ「……そうなの? 体調が悪くなる前に早くいいなさいよね。それじゃ喫茶店でも行ってちょっとゆっくりしましょ」

古泉「喫茶店……なるほど」ピカーン

キョン(古泉が突然したり顔になった。またなにか企んでやがるな)

キョン「それで、ハルヒ。喫茶店でIBN5100について教えろってわけか」

ハルヒ「そゆことっ」

2010.08.14 (Sat) 15:07
メイクイーン+ニャン2


フェイリス「ご注文のアイスコーヒーだニャン♪ ごゆっくりニャンニャン~♪」

キョン(古泉たっての申し出によって俺たちはメイド喫茶へ来ることとなった。あいつにこんな趣味があったとはな)

キョン(現在時間平面において椎名さんは外回りでチラシを配っているらしい……。くそっ、またしてもニアミスか…...)

ハルヒ「それで、アンタたちはどこまでIBN5100について情報を仕入れたの?」ジュゴー

キョン「あぁ、それなんだがな……。えーっと、あの、なんだ。だからその、うーん……」

古泉「僕からご説明致しましょう」


キョン「お、おい。ラウンダーに狙われるかもしれない状況でハルヒに暴露して大丈夫なのか?」ヒソヒソ

古泉「なにかあったらタイムリープマシン(長門さん印)でやり直せばいいだけですよ」ヒソヒソ


キョン「不安だ……」

ハルヒ「なにひそひそ話してるのよ! 早く言いなさい!」

古泉「まず、IBN5100の在り処、というより、あったはずの場所が特定できました」

ハルヒ「ホント!? どこなの!?」

古泉「それはなんと! 柳林神社という小さな神社に、とあるレトロPC収集家が、奉納していたらしいのですよ!」

フェイリス「」ピクン

キョン(なんだ、古泉のやつ。仰々しく芝居がかりやがって)

ハルヒ「やっぱりそこに在ったのね!?……あたしに嘘を吐くなんて、あの巫女さんいい度胸してるじゃない」ゴゴゴ

キョン(へぇ、この世界線ではあの人嘘吐いたのか。そういや他の人にも嘘吐いたって随分前に言ってたが、あれは岡部さんのことだったんだな)

古泉「ところが、そこの巫女さんが去年のお正月にIBN5100を壊してしまいましてね。なにしろあれは重たいですから」

ハルヒ「えぇー!? 壊れちゃってたの!? うーん、壊れたものを手に入れても仕方ないわよねぇ……」

古泉「僕の知り合いにこういう特殊なマシンを修理するのが得意な方がいましてね、その人に頼めば直るかも知れません」

ハルヒ「ホントッ!? それじゃーさっそく柳林神社へ向かいましょう!」

キョン「待てハルヒ。話を最後まで聞け」

古泉「その巫女さんがですね、奉納品を壊したことを怒られると思ってかはわかりませんが、壊れたIBN5100を街のコインロッカーに入れて放置してしまったらしいのです」

フェイリス「ニャッ!?」

ハルヒ「えぇー……。うーん、その行為は人としてちょっと許しがたいけど、まぁいいわ。ということは、ロッカーの管理会社に問い合わせれば!」

古泉「それが、まさに先ほど問い合わせをしてみたのですが、そのようなものは自社倉庫のどこにも見当たらないとのことでした」

ハルヒ「そんなぁ!? もっとちゃんとよく探すように電話しなさい! 早く!」

キョン「待て待て。無いって言ったら仮に在ったとしても無いんだろ。ここまできたら正直お手上げだ」

ハルヒ「そんなことないわ! 痕跡があるんだから在るに決まってるのよ! きっと会社の中にIBN5100に明るい人間がいて、こっそり自分の家に持って帰って暗い部屋で一人孤独にニンマリしてるんだわ!」

キョン「その架空の人間を犯人に仕立て上げる癖、なんとかならんのか」

フェイリス「ごめんニャ、盗み聞きするつもりはニャかったんニャけど……。もし見つけることができて、直せるのなら直してほしいニャ。IBN5100」

キョン「あぁ、いえ。こちらこそ大声で騒ぎ立ててすいません」

キョン(そういや橋田鈴さんが獲得したIBN5100は実質この人の手で奉納されたんだったな。でも普通子どもに任せるか? どうして幸高氏自身で奉納しなかったんだ?)

ハルヒ「なんでフェイリスが心配するのよ。あなたもIBN5100捜索祭りに興味があるの?」

フェイリス「その……。実は神社にそれを奉納したのはフェイリスなのニャ。パパの、パパの遺言だったんだニャ……」

ハルヒ「フェイリスが持ってたの!? って、そうだったの……」

みくる「遺言……そうだったんですかぁ……」グスッ

キョン「ゆ、遺言だと!? どういうことだ、あの秋葉幸高氏は、死んだってのか!? いったいどうして……」

フェイリス「ニャニャ!? パパのこと知ってるニャ!?」

ハルヒ「どうしたのよキョン、突然取り乱して」

キョン「だって、幸高氏とは昨日……」

フェイリス「昨日? パパが死んだのはもう10年も前の話ニャんだけど……。キョン、顔色が良くないニャ! お水持ってくるニャン!」

キョン(なんてこった……。よかれと思って世界線を元に戻ってきたつもりだったが、そのせいで人が一人死んじまった、だと……)

キョン(岡部さんはこのことを知っているのか……? 知った上で世界線を改変したのか……?)

古泉「急な話で納得できないことは多いと思います。ですが、今は運命だったのだと受け入れてください」ヒソヒソ

キョン「……クソッ!!」

ハルヒ「?? なんか様子がおかしいわね……」

キョン「いや、なんでもない。ともかく、亡くなった親父さんのためだ、なんとしてもIBN5100を手に入れようじゃないか……」

ハルヒ「もとよりそのつもりだけど……」

フェイリス「はい、お水ニャン。ゆっくり飲んでニャン。もしかして、キョンはパパの幽霊にでも出会ったニャン?」

キョン「幽霊……たしかに、あれは幽霊みたいなものかもしれない……」

キョン(この世界線の俺にとっては、世界外記憶領域に保存された記憶の断片でしかないんだもんな、UPXで出会ったあの秋葉幸高氏の存在は……)

キョン(なるほど、案外幽霊なんていう存在そのものじゃないか、世界外記憶領域とリーディングシュタイナーというのは。阪中事件の時は柳の下の枯れ尾花だと否定したが、火の無いところに煙は立たぬとはよく言ったもんだ)

フェイリス「その、パパはなにか言ってた、かな?」

ハルヒ「やめなさいフェイリス。コイツに霊感なんて無いわ」

キョン「そうだな……。幸高氏は、ABGC<アクセスバトラーズグランドチャンピオンシップ>でフェイリスさんが優勝するのを見届けてましたよ。それから、ヴァイラルなんとかっていうチーマー集団の物理攻撃からあなたを守っていました」

ハルヒ「ハァ? アンタなに言って……」

フェイリス「……やっぱり、ホントにパパに会ってたんだね。ありがとう、教えてくれて」ウルッ

ハルヒ「……あんまり適当言うのは感心しないけど、今回は許してあげるわ」

ハルヒ「それで!? そのベータロッカーシステムの本社はどこにあるの!?」

古泉「横浜市の金沢にあるそうです」

ハルヒ「わかったわ、それじゃ乗り込むわよ!」

キョン「ま、待てハルヒ! 本社にあるとは限らんだろ!」

ハルヒ「もちろんそうよ! だから二手に分かれるわ! 古泉くん、ここから一番近い事業所は!?」

古泉「三田にあるそうです。山手線で言うと田町駅が最寄りですね」

ハルヒ「じゃー有希とキョンはそっちね! あたしと古泉くんとみくるちゃんは横浜まで行ってくるわ!」

フェイリス「いってらっしゃいませニャー!! フェイリスは、SOS団を全面的に応援するのニャー!!」

2010.08.14 (Sat) 15:37
秋葉原


キョン(ハルヒの采配はなにか基準があったんだろうか、それとも“直観”だったのだろうか。いずれにしても後は長門の宇宙的パワーに頼ればIBN5100が手に入るというものだ)

キョン(これで未来ガジェット研究所がSERNへクラッキングを仕掛ければ、ディストピア化は回避できる上、椎名さんの命を救うことができる。同時にどでかい世界線変動が起こるらしいが、まぁ、俺の頭は慣れてるし大丈夫だろう)

キョン(なによりハルヒの最大の目的が達成される。さすがにIBN5100が手に入らなかったからという理由で夏休みをループさせられるのは勘弁して欲しいからな)

キョン「それで長門。トラッキングは完了したか」

長門「まだ」

キョン「えらく時間がかかるな……」

長門「その前に、漆原るかにリーディングシュタイナーを誘発させたほうが良いと考える」

キョン「あぁ、そうか。フェイリスさんの時と同じか。……ん? だが、メールの内容自体は判明してるんだから必要ないんじゃないか?」

長門「岡部倫太郎に報告しているDメールの内容が虚偽の可能性がある。あるいは、そもそも自分がDメールを送ったこと自体を思い出させなければ抵抗する可能性がある」

キョン「……あのか弱い漆原さんがまさか、とは思うが、今までも25kgもある壊れたレトロPC―――しかもそれは自分が壊したものである―――をロッカー会社の迷惑を考えずロッカーにぶち込んだり、相手の弱みを握って恫喝し男女関係を強要したりしてるから、一概に否定できないか」

長門「漆原るかの現在時間平面における座標は、午前中に視認した時から追跡していたので把握している。あとは誘発させるだけ。許可を」

キョン(そういってこの宇宙人は俺のほうをわざわざ振り返り、銀河のように深遠な瞳で俺を見つめてくる)

キョン「ん、でも長門さん、長門に俺の記憶をコピペする前から漆原さんを追跡してたのか?」

長門「涼宮ハルヒが今日一日尾行する予定だったため」

キョン「そういやそうだった。それじゃ、やっちゃってくれ」

キョン(言うや否や、昨日と同じように長門の右手から一羽の蝶らしき何物かが宙へと羽ばたき、秋葉原のどこかへとふわりふわり飛んでいった)

キョン(それから待つこと3分)

長門「IBN5100のトラッキングが完了した」

キョン「それで、どうなった?」

長門「IBN5100は現在――ニャーン――、コンピ研部長氏の自宅にある」

キョン「……すまん、なんだって」

キョン(わざわざこの言い慣れてたセリフを言う必要は無かったんだが、どうしても聞き返したくなる内容だったもんだから止むを得ない)

長門「情報プロテクトが施されていて、遠隔による物質転送は不可能」

キョン(いろいろ突っ込みたいところはあるが……、今はそんなことをしてる暇はないだろう)

キョン「つまり、去年の夏の試験終わりと同じく、新幹線に乗ってその不思議空間から囚われのIBN5100を救出しに行かねばならないということか」

長門「そう」

2010.08.14 (Sat) 15:52
東海道新幹線車内


キョン(去年の夏、例の魔法円模様の直視による黄土色空間への引きこもり事件に際して、その被害者は部長氏含め8人いた。うち5人はご近所さんでなんとかなったわけだが、残りの3人は新幹線に乗って救出しに行ったことがあった)

キョン「IBN5100を求めて東京に来たのに、結局北高周辺へ舞い戻るというのもなにかの因果かね。まさか俺たちが時速300km近くで西へ移動しているとはあのハルヒでも思いつくまいよ」

長門「…………」

キョン(一応古泉には連絡しといたが……、あいつの小さな企てはこんな感じだった)


古泉『僕たちはフェイリスさんが奉納した事実を知ってましたからね、メイクイーン+ニャン2でIBN5100の話をすればおそらく自分が奉納したと名乗り出る』

古泉『それを聞いた涼宮さんは、やっぱりIBN5100はこの世に存在するんだと強く確信するはずです』

古泉『そうすれば涼宮さんはなんらかの方策を立てるでしょう。それは願望実現能力としても、あるいは』


キョン(そんなパルプンテみたいな仕込みをしなくたっていいじゃないか。まぁ、IBN5100を入手さえしてしまえばハルヒの怒髪天もふわふわウェービー程度に落ち着くだろう)

キョン「それで、長門。どうしてまた部長氏なんだ」

長門「トラッキング中、故障したIBN5100は確率の雲の上に存在していた。それが確定したのは涼宮ハルヒが架空の犯人を仕立て上げた後、秋葉留未穂の奉納の事実を耳にした瞬間だった。その犯人像が部長氏」

キョン「……結局ハルヒの仕業か。あいつの記憶の中で一番レトロPCを持ってそうな人物が部長氏だったというわけだ。あれほどIBN5100はパソコンではないと言ったはずなんだけどな」

キョン「どこから質問すべきか……。えっと、まず、確率の雲の上にIBN5100が存在する、ってのはどういう意味だ?」

長門「IBN5100がシュレーディンガー方程式の解として存在していた。要は波動関数」

キョン「東京に来てから俺の理系の成績は上がったかも知れないな。つまり、確率的に存在はするが、この地球上のどこにあるかは確定していなかった、ということか?」

長門「そう」

キョン「どうしてそんな奇怪なことになった」

長門「世界線の収束が共鳴したためと思われる」

キョン(これ以上世界の仕組みについて質問することに意味はあるんだろうか……)

キョン「えっと、長門? 世界線の収束が共鳴するってのは、どういうことだ」

長門「わたしは現在世界線以外の世界線関数を確認することができないので推測しかできない。なのでもしかしたらわたしの考えは間違っているかもしれない。それでも、いい?」

キョン(長門が古泉役をせねばならんとは、世界線とは厄介なもんだな)

キョン「あぁ、もちろんだ。頼む」

長門「……本来であれば、現在世界線におけるマクロ系は近接世界線からの揺動によって本質的孤立系とは成り得ず、事象の波動関数を収縮させ、その結果コペンハーゲン解釈となる。これがマクロ宇宙、すなわち世界線の単一性の保証となるが、今回はそのバランスが崩壊した」

長門「IBN5100に関連する事象は非常に多世界解釈の因果を背負っている。微小な世界線変動率<ダイバージェンス>変化により事象の因果律は多様化、複雑化した。それが可能となるのは、世界の外にデコヒーレンスを起こさせる観測者が存在するため」

キョン「……そんなWikiを開いて適当に目についた単語を並べたようなセリフを言われてもな」

長門「簡単に言うと、岡部倫太郎を中心とする未来ガジェット研究所がIBN5100捜索と世界線移動を同時に行ったためにIBN5100の存在が曖昧なものになった」

キョン「片手間に超常現象が発生されても困るぜ……。それじゃ、次の質問だが、部長氏の部屋にカマドウマ空間よろしく情報プロテクトがかかっているのはなぜだ」

長門「涼宮ハルヒがIBN5100を確保するために発動した」

キョン「なるほど、こういうのならばシンプルで非常にわかりやすい理由だ。局地的非侵食性融合異時空間だのジャンク情報が混在だの情報生命体が覚醒だのというおはぎとぼたもちの中間的存在みたいなものではなく、純度100%のハルヒ成分によって構成されているならば清々しいほどに安心感があるというものだ」

キョン「ちなみに部長氏は今どこに?」

長門「ホンジュラス」

キョン(……あーっと、確か中米は部長氏のご両親の実家だったか。まぁ、そういうシーズンだし、ここは驚くところじゃないのか)

キョン「なんだかわけのわからんことになったが、去年と似たような手順でカギを開錠し、宝箱の中のお宝を奪取しちまえばいいだけの話なんだよな」

長門「後は任せて」

キョン(この長門さんの頼もしい発言にすべてをゆだねて、俺はこの小さな宇宙人と擬似愛の逃避行へとまさに現実逃避しても構わないだろうか。最近忙しかったし、いいよね?)

キョン「お、富士山が見えたぞ」

長門「そう」

キョン「やっぱり富士は日本一の山だな」

長門「そう」

キョン「……なぁ、長門。その、漆原さんやフェイリスさんに誘発させたリーディングシュタイナーって、本人からしたら混乱するんじゃないか? 本来あるべきはずのない記憶が頭ん中にあるんだから」

長門「通常範囲のリーディングシュタイナーの場合、多くの人間はそれを夢、幻、あるいは記憶違いなどとして認識、処理する」

キョン「そりゃそうか。それで、岡部さんがその夢や幻の内容をピタリと言い当てれば夢じゃなくなるってわけだ」

長門「……人間は夢と現実を対立すべき概念として考える。しかし、夢、幻、デジャヴと言ったものは全て人間の脳内の化学的変化および世界外記憶領域との連結であり、現実に起こっている事象。これを非現実として切り捨てるのは人間が社会的動物だから」

キョン「……んん?」

長門「仮に夢を二人で見ることができれば、それは少なくとも二人にとっては夢ではない」

キョン(去年の5月の、ハルヒによる世界崩壊のことを言ってるのか。そりゃ、そうだな。俺が仮にハルヒに、お前にキスした夢を見たと言ったら、それはハルヒにとって夢幻ではなくなり、俺がタコ殴りにされることは物体が光より速く移動することが不可能なことと同じくらい確定的だ。今俺たちが乗車してるのは“のぞみ”だけどな)

長門「逆に通常なら現実と認識すべき事象でも、その事象へアクセス可能な人間が一人しかいない場合、社会的には妄想や幻想として処分される」

キョン「ってことは、自分の妄想を周りの人間に認識できるような、催眠術誘発装置とかがあれば、それって妄想じゃなくなるのか? メガロマニアもビックリだな」

長門「理論上はそうなる」

キョン(この一連の会話は長門にとってはただの雑談なのだろう。それを楽しいと感じてるかどうかは、そのセリフの長さや言い回しでなんとなくわかる)

長門「…………」パクパク

キョン(次から次へとシュウマイが消滅していく。非常に規則正しいモーションの反復によって、箸で持ち上げられたシュウマイズは長門の口へと放り込まれていく)

キョン(駅で飯を買うのを忘れていた俺たちは車内販売で夕食を済ませることにした)

キョン「シュウマイ弁当、おいしいか?」

長門「」モグモグ

長門「」ゴクン

長門「とても」

キョン(なんともお行儀の良いことだ。クルミ割り人形のような瞳が俺にその美味さについて訴えかけてくる)

キョン「……俺のシュウマイも食うか?」

長門「……いい」

キョン(ほんの一瞬、コンマ1secにも満たない間隙、長門は言いよどんだ、気がした。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね)

キョン「気にするな、食っていいぞ。ほら」

キョン(そう言って俺は自分の弁当に一つ入っていたシュウマイを箸で長門の弁当箱に投げ入れた)

長門「……ありがとう」

2010.08.14 (Sat) 19:52
部長氏自宅


キョン(部長氏の住まいは、可もなく不可もなく、新しいとも旧いとも言えない平凡な、三階建て半地下一階のワンルームマンションだ)

キョン(記憶の通りに存在していて嬉しい気持ちになるなんて、ついに俺は非日常に慣れすぎて日常:非日常関係が逆転してしまったらしい)

長門「…………」ガチャ

キョン(いつぞやのソレと一ミクロンたりとも違わぬ所作で開錠する長門。さて、ここまでは予想の範囲内だが)

キョン「相変わらずな部屋だな。ポスターが変わってるくらいか?」

キョン(良くも悪くもまったくもって不思議な現象は発生していないように思えることに安心する)

キョン(部長氏も俺と同じ、普通の人間、普通人だったのだと思うと、海外旅行をしている時に会う見ず知らずの日本人に親近感を覚えるソレのような感覚に陥った。海外に行ったことないけどさ)

キョン「さぁ、違法侵入であることに変わりはないが、気持ち的に素早く済ませてしまいたい。例のnbtstatの高速詠唱を頼む」

長門「今回は情報プロテクトを解除すればいいだけ。その鍵はここにある。今開錠された」

キョン「なに? 鍵ってどこに……」

キョン(と、俺の質問半ばにして長門は産業用ロボットアームのごとく正確無比に右手の人差し指で床を指し示す。そこには親戚から送られてくる蜜柑箱サイズのダンボール箱があった。こんなもん、さっきまでここに無かったと思うのだが……、あれか。開錠ってのはそういうことか)

キョン(おもむろにダンボールを開けるといわゆるレトロPCが収納されていた。そのボディには『IBN5100 portable computer』と旗幟鮮明に書かれている)

キョン「つまり、SOS団にしか手に入れらないようにハルヒが保護防壁を敷いた、ってことか」

長門「そう」

キョン「さて、俺たちはこれを秋葉原へ持っていかねばならない。まぁ、仮に盗難届が出されたとしたら“無かったものが盗まれる”という弱小オカルト雑誌に掲載される程度の不思議現象という名の空き巣が発生するわけだが、まぁなんだ。大丈夫だろ。部長氏だし」

長門「抜かりはない」

キョン(まったく頼もしい限りだ)

長門「湯島の宿へ転送する。許可を」

キョン(もはや形骸化した許可申請儀式に俺はいちいち安堵の胸をなでおろす)

キョン「あぁ、もちろんだ。やっちゃってく――――――――――――――

今日はここまで
盆明けから再開します

D 0.523307%
2010.08.14 (Sat) 20:01
湯島某所


――――――――――れッ!!!!! ぐあッ!!!」

古泉「だ、大丈夫ですか?」

キョン「は、はぁ……ッ!! くそッ、やっぱり慣れるもんじゃねえなぁ……」ズキズキ

キョン(たしかこの世界線の古泉は世界改変を間接的にも全く経験していないはずだ。ハルヒの改変も未遂に終わっているはずだしな……)

キョン「えっと、俺は突然記憶喪失になった。そして別の世界の記憶を埋め込まれているんだ」

古泉「……あなたの口からトンデモ現象が飛び出すとは、夢にも思いませんでしたよ」

キョン「とにかく、説明が面倒だから信じてくれ」

古泉「その言い方だけであなたがあなたなのだと信頼できます。それに、岡部さんからある程度お話は聞いていますよ」ンフ

キョン「しかし、どうしてIBN5100を手に入れた瞬間世界線が……。もしかして、IBN5100を手に入れたことがキッカケとなって世界線が改変されたのか!?」

古泉「……? いえ、まだ僕たちはIBN5100を入手していません」

キョン「なに? ってことは、またIBN5100がフランス人の実業家の手に渡った世界線に戻っちまったってことか?……ダメだ、考えても混乱するだけだな」

キョン「まったく、蝋で作った翼で太陽に向かってフライトしてる気分だ」

古泉「……どういうことでしょうか」

キョン「俺は、IBN5100を手に入れた。確かに、手に入ったはずだったんだ」

古泉「……ふむ」

キョン「お前に記憶の引き継ぎをする必要がある。だがその前に、この世界の状況について教えてくれ。IBN5100について」

古泉「わかりました。さて、どこから説明しましょうか……」

古泉「7月31日、我々が東京に来る丁度1週間前ですが、この日柳林神社に奉納されていたIBN5100が何者かによって盗難されていたのです」

キョン「漆原さんが男になったことでIBN5100の故障は回避されたのか。だが、なんだってそんなことに……」

キョン「ちなみに、漆原さんは男か?」

古泉「……容姿も仕草も女性にしか見えませんが、機関の調べでは戸籍上も生物学上も男性です」

キョン(……ツッコミどころがありすぎるが、正直構ってる場合じゃない)

古泉「さて盗難の犯人についてですが、それについては判明しています。僕たちSOS団はその窃盗犯と同時に、他にあるかもしれないIBN5100を5日間探していたのですが、今から3日前、8月11日に岡部さんがタイムリープしてきました」

キョン「そうか、岡部さんは世界線復元の後にタイムリープ限界の8月11日まで戻ったのか」

古泉「その岡部さんの話によると、桐生萌郁、20歳女性フリーターがホシだそうです。ですが、それは組織の陰謀の一角でしかなかった」

キョン「どういうことだ?」

古泉「IBN5100は多くの人間の手を経由した後、今はブラウン管工房店長、天王寺裕吾氏の自宅に置かれているそうです」

キョン「……ラウンダー!! ってことは、やっぱりラウンダーの目的はIBN5100の回収だったってことか!!」

古泉「そうなります。桐生萌郁をはじめとするラウンダーは、そのためにSERNに雇われているようです」

キョン(ラウンダーだろうがなんだろが、IBN5100の場所がわかってるんならあとは長門に転送してもらうだけだ)

古泉「その事実を岡部さんに聞いてからというもの、機関は息つく暇もなく緊張状態です。涼宮さんを陰謀の魔の手から死守しなければなりませんでしたからね」フゥ

古泉「8月11日の段階で岡部さんは過去改変打消し用Dメールを送った。元々携帯端末の機種変更という内容は嘘で、柳林神社のIBN5100を盗むよう指示したものだったそうです」

キョン「なるほど、それで7月31日が改変されちまったってわけか。でも打消し用Dメールを送ったならどうしてその事象が相殺されてないんだ?」

古泉「桐生萌郁の人間性によるものです。未来の自分から来た2通目以降のメール、すなわちこれが岡部さんが送った打消しDメールであり、おそらく内容は『神社に侵入するな危険』などだったと推測されますが、彼女はそれを確認するために柳林神社へ侵入した」

キョン「……確かめないと気が済まないわけだ。そりゃそうだ、あると噂されるだけでこんだけ必死に探されるようなアイテムなんだからな」

キョン(ということは、長門の蝶々は今回使っても意味が無いってことか……)

キョン「だが、それならいったいどうすればいい? どうしたら世界線が復元される」

古泉「桐生さんに絶対的な命令を出す人物がいるそうです。ラウンダーの上司、コードネーム『FB』という存在。女性らしいです」

キョン「FB……」

古泉「彼女のケータイからのDメールならば桐生さんは絶対に命令を聞く。これで世界線復元が可能となります」

古泉「そのためにはFBなる存在を剔抉しなければならない。岡部さんは、IBN5100が最終的に到達する人物こそがFBの正体だと踏んで尾行している、というわけです」

古泉「現在、岡部さんと桐生さんの2人はレンタカーを借りて御徒町の天王寺家を張っているそうです。機関の者が涼宮さんの保護任務と並行して差し入れ等で協力していますよ」

キョン(なんで岡部さんはラウンダーの桐生某と一緒に行動してるんだ……? そうか、脅して連行させてるのか、FBかどうかを判別させるために……)

古泉「どうやら他の世界線でラボがラウンダーに襲撃された際に機関と連携を取ったことがあったそうで、今回も頼っていただきました」

古泉「ちなみにその時の連携について、信じられないことに機関は作戦を失敗し、椎名さんの命を救うことはできなかったそうです。精神的な問題からか、具体的になにがあったのかは教えていただけませんでしたが……」

古泉「ともかく、天王寺家からのIBN5100の移動先が判明すればFBへたどり着けるというわけです」

キョン「……この世界線でも椎名さんは収束に殺されるのか?」

古泉「そのようです。8月16日、19時52分がこの世界のデッドラインと伺っています」

キョン「……そうか」


キョン「よくわかった。それじゃ、そろそろあっちの古泉と交代してもらっていいか?」

古泉「はぁ、よくわかりませんが、それが必要ならばお願いします」

キョン「ちょっと待ってろ、長門を呼んでくる」タッ

湯島某所 2階廊下


キョン(そういや女子部屋に入るのは初めてだな)コンコン

キョン「あー、俺だ。長門居るか?」

ハルヒ『“俺”って誰よ! オレオレ詐欺はお断りよ!』

キョン「……いちいち面倒くさいやつだな。俺だって! ―――ニャーン―――だ!」

ハルヒ『誰それ? ちょっと待って、ホントに知らない人があたしたちの部屋の前に……』

ガチャ

キョン(ハルヒが俺のセンシティブなところをシールドマシンのようにゴリゴリ削る冗談を言いかけたところで静かにそのドアが開いた。部屋の中からは思春期特有の甘ったるい香りが漂ってくる)

キョン「おぉ、長門。よかった、お前に用があるんだ。ハルヒ、ちょっと長門を借りるぞ」

ハルヒ「有希になんの用なの? 変なことさせるつもりじゃないでしょうね?」

キョン(しまった、言い訳を考えていなかった……)

長門「……彼と古泉一樹から雷ネットABの稽古をつけてほしいと頼まれていた」

ハルヒ「あー、確かに有希が団員内で一番強くて古泉くんが一番弱いから、特訓は必要かもね。有希、ビシバシ鍛えてやんなさい!」

長門「」コクッ

キョン(やはり長門はこういう時に頼りになるような自律進化をし始めたらしい)

湯島某所 談話室


古泉「―――――ッ、突然世界が変わるというのは、なかなか慣れるものじゃありませんね……」

キョン「それはさっき言った。俺が」

長門「IBN5100は先の世界線で入手に成功していた。主にわたしのおかげで」

キョン「あ、あぁ。そうだったな。ありがとう長門」

長門「別にいい」

・・・

古泉「……ご説明ありがとうございます。なるほど、この世界線でも椎名さんは亡くなってしまう、と。先の世界線と同様に」

キョン「そうだ……ん?」

キョン「ちょ、ちょっと待て。俺がさっきまで居た世界線ではIBN5100は確実に手に入って、未来ガジェット研究所のもとに届けられたはずだ! それなのにどうして椎名さんが死んでしまうんだ!? おかしいじゃないか!?」

古泉「……確かにその世界線は不思議なことになっているようです」

古泉「可能性世界線の話となってしまいますが、その世界線は岡部さんが打消しDメールを送らなかった世界です。その理由はなんだと思いますか?」

キョン「えっと……、漆原さんのお母さんのポケベルにDメールが送れなかった理由?」

古泉「技術的には達成していることが現在こうやって確認できていますので、おそらく心理的な要因かと」

キョン「……たしか、漆原さんが女から男になるって言ってたな。前の世界線では女、今の世界線では男。まさか……」

古泉「色は思案の外、と言います。あの二人がニセコイ状態からそのまま恋仲になり、椎名さん救出を諦めた世界、かもしれませんね。IBN5100によってラボ襲撃が無くなるのであれば、案外漆原さんと岡部さんは結婚して子どもまで作っているのかも」

キョン「そんなバカな! 岡部さんに限ってそんなことをするはずがない!」

古泉「その通りです。だからこそあなたはこの世界にいるのです」

キョン「あっ……、そ、そっか」

古泉「あくまで可能性世界の話。決して現実でもなければ改変世界でさえない、思考実験の上にしか成立しない世界です」

古泉「そこではIBN5100は手に入るが椎名まゆりは死ぬ。椎名さんが亡くなることは岡部さんからメールで聞いていましたね」

キョン「あぁ……。そうだった、あの人は毎回椎名さんの死亡時刻を確認しているんだった」

古泉「その後、ラウンダーは牧瀬紅莉栖を誘拐し、タイムマシン研究を強要させる。それはその可能性世界線でも阿万音さんがディストピア回避のため橋田鈴となっていることから明らか」

キョン「IBN5100が手に入ればすべて解決ってわけじゃないのか……?」

古泉「問題はまさにそれです。IBN5100はエシュロンに傍受されたDメールを削除するために必要だというだけなのです」

古泉「傍受メールを削除しただけで何故ラボが襲撃されなくなるのか。これは簡単な推理で判明します」

古泉「Dメールを傍受したことによって、過去にメールを送る技術、すなわち物理的タイムトラベルをせずに過去改変を実行できる技術の存在に気付いた未来のSERNは当然電話レンジ的な装置を開発する」

古泉「そして未来からDメールを2010年8月中旬に送信し、天王寺裕吾あたりのラウンダーのケータイへ指示を送り、ラボの電話レンジ強奪および制作に関わった人間の拉致を実行するのです。僕だってSERNの立場ならばそうするでしょう」

古泉「ゆえにIBN5100で傍受メールを消せばこの因果が発生しない。未来のSERNは襲撃命令を出さない。ラボ襲撃は回避できるのです」

キョン「なるほど、そういう理屈でラボは襲撃されていたのか……。逆に天王寺さんは命令がないと動かない人だってのがわかったな」

古泉「もしかしたら彼は、橋田鈴や未来ガジェット研究所に対して情を抱いてしまったのかもしれませんね」

古泉「ともかく、IBN5100の入手には椎名まゆりの絶対的な死の回避や牧瀬紅莉栖の拉致は含まれていない」

キョン「……いや、待て待て。牧瀬さんの拉致に関しては、IBN5100の入手で回避できるはずだ。どうしてそれができなかった?」

古泉「簡単な話です。たとえ椎名さんの死を岡部さんが一度諦めた世界だったとして、それは“本当に”諦めたと言えるでしょうか」

キョン「……?」

古泉「つまり、岡部さんは一度諦めたとしても、また同じ過ちを犯す道を歩んでしまうのです。それが世界の収束」

古泉「過去改変が上手く出来なかったらどうするか。答えは簡単です。もう一度やる」

古泉「うまく行くまで何度も過去へ戻り何度も試す。時間を遡る可能性がある限り人は必ずそうする。そうしてしまう」

キョン「……ってことは、なにか。あの人は、また、椎名さんを救うために……」

古泉「いずれタイムリープマシンを再び使用するでしょう。当然、牧瀬さんの協力を得て。そして岡部さんは、椎名まゆりの命を救うまで使い続けるはずです。もちろん、その結果は万代不易の摂理に導かれているわけですが」

キョン「……バカだ。なんてバカな世界線なんだ。バカげてる……」

古泉「具体的にどういう原因で牧瀬さんが拉致するに値する人物であるとSERNが判断することになるかはわかりません。例えば、Dメールを送って再度エシュロンに傍受されるか、天王寺裕吾が攻勢にでる……もっと他の理由も考えられそうです」

長門「あのタイムリープマシンは大檜山ビルに繋がれたSERNへの直通回線を利用してLHC<ラージハドロンコライダー>を使用している。またラボは過去にSERNへハッキングを仕掛けている。時代が変化し、それらが発覚する可能性もある」

キョン「ちょ、直通回線!? なんだってそんなもんが狙いすましたかのように……」

古泉「例えば、2034年以降のSERN関係者が2010年の夏以前にタイムトラベルしてきて回線を引いた。何故なら、ディストピア成立にはあのタイムリープマシンの略奪、そして牧瀬さんの拉致が必要ですからね。自分たちの未来を守るために“既定事項”を作っただけなのかもしれません」

キョン「……その言葉は俺たちの愛くるしい未来人にだけ使ってくれ。虫唾が走る」

キョン(結局、俺たちが秋葉原に来た8月7日の時点の世界線においても、IBN5100は手に入るが椎名さんの死の収束から逃れることはできなかったんだな……)

キョン「もう、やめよう。これ以上思考実験世界のことを考えてもしょうがねぇ。現実を見ようじゃないか」

古泉「そうですね。ですが、思考実験は僕たちに重要な示唆を与えてくれました。つまり、この世界線においてもIBN5100を入手するだけでは椎名さんを救うことはできない。ディストピア回避も不可能です」

キョン「いったいどうすればいいのか古泉には見当がついてるのか? IBN5100が必要なのは大前提だが、あとはなにが必要なんだ?」

古泉「……いえ、正直なところ掻暮見当が付きません。岡部さんの言うところによるとDメールの打消しが必要だということですが、その理由についてはもう少し推理に時間を頂きたいところです」

キョン「もしかしたら世界線の収束条件というのが関係あるのかもしれん。長門が言っていた、共鳴現象のような何かが」

古泉「収束条件……、ですか。なるほど。それを考慮して仮説を立てて見ましょう」

キョン「早ぇなおい」

古泉「一番最初に世界線を改変するモメントとなったDメールは7月28日に送られたジョン・タイター改変メールです。これによって2000年に米国の大手ネット掲示板に現れるはずだったタイターが2010年に日本のネット掲示板に現れた」

古泉「おそらく、我々は2000年タイター世界まで戻る必要があるのでしょう。ここが世界の本来あるべき姿であり、β世界線です」

古泉「まだ確定ではありませんが、β世界線であれば椎名さんは救われている可能性がある。2010年にタイターが来ないということはディストピア化しないということですからね。つまりラボも襲撃されないし、椎名さんが死ぬことによって岡部さんが延々とタイムリープすることも無くなる」

キョン「そうか、俺たちが7月28日の午前中まで居た世界へ戻ることが阿万音さんの言ってた大規模な世界線変動だってことか」

古泉「その阿万音さんの推測、すなわち2036年までにおける科学的研究の成果によれば、2000年タイター世界線が間違いなくβ世界線であることになります。αの阿万音さんが知り得ない情報の世界ですからね」

キョン「βのタイターも阿万音さんっぽい気がするな……。2038年問題のために過去に来たってんなら、まだ世界は平和だ」

古泉「そして7月28日の昼過ぎ、最初の改変によって生じた世界線、仮にこれを2010年タイター世界線と呼びましょう、この世界線では、岡部さんはIBN5100を入手することに成功していた」

古泉「この次の改変はおそらくロトくじですが、これはIBN5100とは直接関係ないでしょう。関係がある次のメールは桐生萌郁の神社強盗メール」

古泉「これによって現在僕たちがいる世界線が誕生し、IBN5100は盗まれることになった」

古泉「つまり世界は、2000年タイター世界、2010年タイター世界、そして桐生萌郁強盗世界と、3つの世界を順番に渡り歩いて来たことになります」

キョン「そして、逆方向に戻ってきたわけだ」

古泉「この3世界線がもし形而上の比ゆではなく、実際に隣り合わせの関係だったとしたら、どうでしょう」

古泉「この仮説を補う話として、椎名さんの運命の日が24時間ずつずれていることがあります。つまり、各世界線は、指標は不明ですが、世界線の収束が24時間ずれる、という一定の間隔を持っていると言える」

キョン「……そうか、いったん2010年タイター世界を経由しないと、2000年タイター世界、β世界線へは行けない。飛び越えることができないのか!」

古泉「そのような推論が導き出されます。ゆえにIBN5100を入手するだけではβ世界線へは行けない、と」

古泉「全Dメールの打消しによる原初α世界線への移動。これがβへ行くための必要条件である、ということになります」

キョン「ともかく、あとはFBとやらのケータイを利用した強盗行為の打消しだけなんだろ?」

古泉「とは言っても、β世界線において椎名さんを本当に救えるのかは行ってみないとわかりません」

キョン「……俺たちは岡部さんによる世界復元を待ったほうがいいのか?」

古泉「最後の切り札としては涼宮さんの力が挙げられますが……」

キョン「それも不確かだな……。なぁ、今から岡部さんに会いに行くことはできないか?」

古泉「張り込み中ですからね、電話のほうがいいかと」

キョン「……はい。ありがとうございました。失礼します」ピッ

古泉「やはり、岡部さんも同じ考えでしたか。IBN5100を入手するだけでは意味が無い。Dメールを打ち消す必要がある、と」

キョン「俺にできることは何がある?」

古泉「……明日のコミマに備えて英気を養うこと、ぐらいでしょうか」

キョン「そうか……」

古泉「現在、岡部さんたちはFBという人物に接触しようとしています。当然ラウンダーのメンバーによる襲撃も考えられる。桐生さんもいつ反旗を翻すかわからない」

古泉「機関はラウンダーから岡部さんを守ることに徹します。FBと接触できるように」

古泉「長門さん、涼宮さんのことよろしくお願いしますよ」

長門「もちろん」




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◇Chapter.9 古泉一樹のコギト◇
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2010.08.15 (Sun) 07:12
湯島某所


ハルヒ「みくるちゃん! 今日はなんの日?」

みくる「ええっと……、なんの日ですかぁ」

ハルヒ「日本人としてあるまじき返答ね! そこは最低でも終戦記念日と答えるところよ!」

みくる「しゅ、しゅう……?」

キョン(この年中行事大好き娘が、『靖国神社に参拝しに行きましょう!』などと言って日本国旗を両手に街宣車のごとくヤバめな歌を爆音で歌いながら大手を振って東京の街へ繰り出さないことを切に願う。死ぬほど面倒くさいことになる。色々な方面で。主に俺が)

キョン(そして朝比奈さんは現代留学歴2年目になっても相変わらず祝日やら記念日やら風習やらに疎いようだ。いつまでもそのままのあなたで居てください)

ハルヒ「で、今日はなんの日!? キョン!」

キョン「だから終戦記念日なんだろ」

ハルヒ「違うわよッ!! 今日はコミマ初日だってば!!」

キョン(小学生が横断歩道を渡る時の左右確認のような政治思想よりも、コミマのほうが宇宙規模で重要案件であることは情報フレアを観測するより明らかなことだった)

キョン「おい、古泉。ホントにこのままコミマに行って大丈夫なのか?」

古泉「ご心配なく。あとは機関に任せておいてください。既に何人か闇に葬っていますし」ンフ

キョン(俺は都合よく発症した突発性難聴のために古泉の発言の一部を聞き取ることができなかった。そういうことにしてくれ)


ハルヒ「えっと、新橋駅ってところからゆりかもめっていうのに乗り換えるみたいね」

ハルヒ「まゆりとフブキとは現地で打ち合う約束してあるから! みくるちゃんはまゆりの手作りコスで参戦するわよ!」

みくる「えっ、それ持って来てたんですかぁ!? ろ、露出が、高いですぅ」

キョン(雷ネット翔のヒロイン、キラリちゃんか……。ミニスカート、生足、……ゴクリ)

ハルヒ「コスプレ登録料は1日800円、更衣室は会議棟1階だって。なかなか良心的ね」

みくる「ひぇぇぇぇ……」

2010.08.15 (Sun) 09:54
コミマ 入場待機列


キョン「あっつ……。なんだってこんなクソ炎天下、こんな大人数がこんな場所でこんなにひしめき合ってるんだ……ロブスターのほうがまだ快適に列を作るぞ……」

古泉「脱水症状には気を付けてくださいね。はい、冷凍スポーツドリンクです」

みくる「なんだか男の人の視線が怖いですぅ……」

キョン(ちなみにこの人は今は猫耳をつけていない。コスプレ会場についてからつけるんだろう)

長門「…………」ペラッ

キョン(汗一滴垂らさず、文字通り涼しい顔で黙々と読書している姿は正に冷厳たる宇宙人である)

ハルヒ「…………」ゴクッ

キョン(そういやコイツは小6の時に親父と野球観戦行ってこういう大人数イベントがトラウマになってたんだっけか)

ハルヒ「いよいよお祭りが始まるって感じね……。この緊張感、たまらないわ!」

キョン(完全に俺の思い過ごしだったらしい)

キョン「祭りを楽しむのはいいが、ギャーギャー騒いで迷惑かけるようなことはするなよ」

ハルヒ「するわけないでしょ! コミマは自主運営の精神で成立してるのよ。参加者全員が“場”を作るの!」

ハルヒ「一人でも和を乱すようなことになれば今後の存続に関わるし、自分勝手な行動は慎むべきね! 肝に銘じておきなさい!」

キョン(なるほど、結局のところ年中行事大好き娘である点は変わらんらしい。コイツが居ればコミマさんも大喜びだろうよ)

古泉「……岡部さんたちがFBと接触したそうです」ヒソヒソ

キョン「あとはケータイを奪取すればいいってわけだ」

古泉「それが、FBの正体はどうも天王寺裕吾氏本人だったようです」

キョン「……女性じゃなかったのか?」

古泉「身分を隠すため、女性の演技をしていたのでしょう」

キョン「あ、あのハゲダルマが、女性の演技……」

2010.08.15 (Sun) 10:15
コミマ 入場待機列


ハルヒ「まだなの!? なんで列が動かないのよ!? もう開場時間はとっくに過ぎてるじゃない!! ちょっと、早く進みなさいよ!!」

キョン(前言撤回! 俺は全力でコミマをハルヒの魔の手から守らなければならないらしい!)

キョン「落ち着けハルヒ! こんだけ人間が居たら簡単に列が動くわけないだろ! 遅く来た俺たちが悪かったんだ、大人しく待ってろ」

ハルヒ「ブー! ブー! ブー!」

キョン「お前は豚か!」

古泉「まぁまぁ、そんなに急がなくてもコミマは逃げませんよ。ゆっくりと歩みを進めて参りましょう」

ハルヒ「わかってるわよ! こんだけ待たせて、不思議なものの一つもありませんでしたってんなら、タダじゃおかないからね!」

キョン「誰に言ってるんだそのセリフは」

ハルヒ「アンタ、自分は含まれてないとでも思ってるわけ? つまらなかったら罰金だから」

キョン「側杖を食うのはもうこりごりだ!」

キョン「そっちはどうなってる?」ヒソヒソ

古泉「逐次連絡が入るようにしていますが……ッ!」

古泉「……桐生さんが、FBに射殺されたようです」

キョン「は、はぁッ!?」

古泉「……そして、FBは自分の眉間を打ち抜き自害」

キョン「な、なんだって、そんな……」

古泉「……岡部さんがFBこと天王寺氏のケータイを奪取。これで事件は一件落着ですね」

キョン「……一件落着なことがあるかよ。たとえやり直せるからって、人が死んでるんだぞ……」

古泉「いえ、一件落着なのです。世界線を移動するというのは、そういうことです」

キョン「……まだ俺も青いんだろうな。そんなもん、くそくらえだと――――――――――――

D 0.571046%
2010.08.15 (Sun) 10:19
湯島某所


――――――――――――ッ!!!! あああぁぁッ!!!」ジタバタ

古泉「ど、どうされたのですか?」

キョン「はぁ……。いや、大丈夫だ。……ただの突発性記憶障害さ」

古泉「とても大丈夫とは思えない病名なのですが」

キョン「……古泉、どうして俺たちはコミマに行っていない? あんなにハルヒが楽しみにしてたじゃねーか」

古泉「涼宮さんたち女性陣はコミマに行きましたよ。僕たちは岡部さんからの話を聞いてここに残ることにしたのですが……」

キョン「それで、この世界では何が起こっている」

古泉「んっふ、あなたの様子からすると、僕はもう何度も同じことを繰り返しているようですね」

古泉「8月13日の午後3時頃、岡部さんが未来からタイムリープしてきました」

キョン(あの人は世界線復元のたびにタイムリープしてるな……)

古泉「そこでとある事実が判明しました、が……。僕の口から説明するよりも、あのラボに行って岡部さんから直接説明を受けたほうがわかりがいいかと思われます」

キョン「お前ホントにあの説明したがりの古泉か? それほどまでにこの世界線はややこしいことになってるのか」

古泉「いえ、そういうわけではありませんが……」

キョン「待て待て。この世界線ではIBN5100はラボにあるはずなんだが、ハルヒのIBN5100捜索はどうなった?」

古泉「8月7日に僕たちが柳林神社を訪れた時には既にIBN5100は何者かに奪われた後でした。これが岡部さんと牧瀬さんだったわけです」

古泉「そして8月8日に涼宮さんがラボを訪れた際、IBN5100を発見して今夏季休暇における不思議探索第一弾は終了となりました」

キョン「そんなあっさりと……」

古泉「その後涼宮さんはラボの皆さんたちと仲良くすることに気持ちをシフトさせたようでした。特に椎名さんとは仲良くなってますよ」

キョン(そう言えば、俺はこの東京旅行で8月7日に数時間椎名さんと過ごしただけで、あとはほとんどニアミスしてるんだったな……)

古泉「ともかく、ラボへ行きましょう。橋田さんと椎名さんはコミマに行っているようですから、今居るのは牧瀬さんと岡部さんでしょうか」

D 0.571046%
2010.08.15 (Sun) 10:32
未来ガジェット研究所


岡部「……お前たちか」

キョン(何があったってんだ……。まるで憔悴しきっているじゃないか……)

古泉「牧瀬さんは今どちらへ?」

岡部「御茶ノ水のホテルで休んでいる……。それで、何のようだ」

古泉「岡部さん、覚えていらっしゃいませんか? ご自分がDメールを送った日時を」

岡部「……あぁ、そうだったな。ということは、キョン少年にリーディングシュタイナーが発動したのか」

岡部「君たちにはいつも世話になっているな。まぁ、俺がタイムリープしたことでそのことはなかったことになってしまったんだが」

キョン「……俺は先ほどこっちの世界線にやってきました。それで、一体なにがあったってんです?」

キョン「この世界線まで戻ってくれば、β世界線へ移動できるはずなんじゃなかったんですか?」

キョン「そこにある、IBN5100で……」

岡部「それが、だな……」

キョン「β世界線へ移動すると、牧瀬さんが、死ぬ!?」

岡部「そうだ。俺は7月28日の昼頃、最初のDメールを送ることになる直前、ラジ館8階の従業員通路奥、倉庫のような部屋で牧瀬紅莉栖が何者かに殺されているのを見た」

古泉「……同じ話を何度もさせてしまい、申し訳ありません」

岡部「いや、いい。それはもう、慣れてる。むしろ飛んできたキョン少年に話せて俺は安堵している」

キョン「ってことは、α世界線で椎名さんが死ぬのを受け入れるか、β世界線で牧瀬さんが死ぬのを受け入れるか、二択ってことかよ……ッ!」

古泉「……いえ、事はそんなに単純な話であるわけがない。ディストピアを回避し、椎名さんを収束から救い、同時にβ世界線の牧瀬さんを救う方法がどこかにあるはずです」

岡部「あぁ、俺もそう思う。そうでなければならない」

岡部「仮に二択だとしたら、こんな二択、俺には選べない……ッ!」

岡部「……この世界線のまゆりの死亡時刻は8月17日の夜7時半過ぎだった。結局この世界線でもまゆりは死ぬ」

岡部「何をやってもまゆりは死ぬ。何かしなくてはまゆりは死ぬ」

キョン(まるで人が死ぬことに実感がこもっていない……。これが、これがタイムトラベルの弊害だっていうのかよ……)

キョン「くそっ、自分の頭の悪さに腹が立つ! おい、古泉、ちょっと来い!」

古泉「は、はい。岡部さん、失礼します」ガチャ バタン

岡部「……何かある、はずなんだ」ブツブツ

2010.08.15 (Sun) 10:40
大檜山ビル屋上


キョン「長門を召喚するぞ! そしてお前の記憶を取り戻す!」

古泉「は、はぁ。ですが長門さんは今コミマで」

キョン「知ったことか!」プルルルル ピッ

キョン「もしもし長門か? 緊急事態だ、今すぐ俺の居る所へ超特急で来てくれ!」

古泉「……涼宮さんに何もなければいいのですが」

長門「何があった」シュタッ

古泉「うわっと。……長門さん、もしかして不可視遮音フィールドを展開しながら空を飛んで、いえ、跳んで来たのですか」

キョン「今すぐ俺の記憶をお前の脳みそで読み取ってくれ! そして古泉のリーディングシュタイナーを発動させろ!」ガシッ

長門「ッ……。いきなり頭を両手で押さえるのは、失礼」

キョン「そんなこと言ってる場合じゃないんだ! 早く記憶を!」

長門「わかった……」ピトッ

古泉「――――――――ッ、どうやら最初の世界改変後の世界に到達したようですね。これであとはIBN5100を使用すれば、β世界線へ戻れる……おや、どうされたのですかお二人とも」

キョン「…………」

長門「…………」


キョン(俺たちは現在世界線で岡部さんが置かれている立場について古泉に説明した)


古泉「……なるほど、事情はわかりました。ですが、二択なんていうことは世界線理論において有り得ない。実際は無限の選択肢が広がっている、だからこそここへ到達するのが困難だったはずです」

キョン「だが、岡部さんだって世界の構成因子の一つだ。その選択が正しいかどうかなんて、やってみなくちゃわからないんじゃないのか……?」

長門「観測者効果に関して、全世界線の束を俯瞰する観測点を考慮すればジョン・ホイーラーの理屈通り全世界線を外乱も含めた量子系として捉えることができる。ゆえに観測者効果は発生しないと考えていい」

古泉「世界の意思という観点からアローの不可能性定理を考えても、それを打ち砕くには岡部さんが独裁者になればいいだけの話。唯一の観測者となり独善的な行動を取れば、選択は可能です」

キョン「なら、どうして岡部さんは俺、というか長門のタイムリープマシンと人工リーディングシュタイナーを頼らない? なりふりかまってる場合じゃないはずだろ」

キョン「48時間の制約が無いマシンならやれることは増えるだろうし、リーディングシュタイナー誘発を使って、例えば橋田さんや牧瀬さんの記憶を今までの分全部思い出させちまえば、より良い選択について議論が深まるんじゃないか?」

古泉「まず、岡部さんの様子から何度も僕たちを頼っていたことがわかります。その上で僕たちの能力の限界をある程度把握しているのでしょう」

古泉「長門さんの宇宙的パワーと涼宮さんの願望実現能力は、仮に僕たちの判断で発動させていたとしても、岡部さんたち未来ガジェット研究所側には公表していないはずです」

古泉「前にも言いましたが、これは絶対遵守です。何故なら、僕たちSOS団は現在時間平面だけでなく、2034年以降のSERNからも狙われる可能性があるのですから。最大級の秘匿性が必要となります」

古泉「そして長門さんの人工リーディングシュタイナーについて一つ仮説があります。あれは直前の世界線の記憶と現在世界線の記憶を置換するのが基本であり、それを応用して今までたどってきた世界線の、変更直前の記憶の追加が可能」

古泉「僕の場合、時間流に沿ってほぼ直線的に移動してきたにもかかわらず、前の世界線の記憶の挿入によって脳出血を起こしました」

キョン「あの鼻血は脳出血だったのか。今更だが大丈夫か?」

古泉「正確に言えば脳出血と同時に鼻血が出ただけですが。大丈夫ですよ、既にこの世界線は僕が脳出血していない世界線ですからね。傷一つありません」

古泉「さて、ところがです。岡部さんが世界線移動やタイムリープを経験した中に本来あるべきラボメンの、その厖大な記憶量を全てリーディングシュタイナーとして想起させた場合、何が起こると思いますか」

キョン「……頭が爆発するのか?」

長門「電気信号の置換と爆発的増加に神経細胞が耐え切れず死滅する。細胞膜が破裂し、浸透圧が変化することで脳全体の器官が損傷、血管が破裂。これらが一瞬のうちに起こるため頭蓋骨内部で脳が液状化する」

キョン「……酸鼻を極める状況だな、そりゃ」

古泉「長門さん、お答えいただきありがとうございます。もちろん、機関的、未来的な部分で協力できることがあれば全力でβ世界線への移動をお手伝いしましょう。それが僕たちの望むべき未来です」

岡部「……なにか策があるとでも言うのか」ガチャ

キョン「お、岡部さん……」

古泉「こう見えても僕は、それなりの推理力、洞察力を有していると自負していますのでね。必ず策が見えてくるはずです」

岡部「貴様、まるで人が変わったようだな……。そうか、そこのキョン少年から色々話を聞いたのか」


長門「あなたのケータイの受信履歴を確認させてほしい。7月28日に送信したというDメールを」

岡部「この娘は……? 長門、とか言ったか」

キョン「あ、あぁ。長門は霊感があって、メールとかの残留思念を読み取れるんですよ」ハハ

岡部「そ、そうなのか?……なら、頼む。受信日は5日前の7月23日だ」

キョン(藁にも縋る思いか……)

長門「わかった」ピッ ピッ ピッ


古泉「それでは、一つ一つ、具体的にひも解いていきましょう」

古泉「我々はこれから、死者を蘇らせる作業を始めるのです」

岡部「…………」

キョン「……」ゴクリ

古泉「まず橋田鈴、すなわち阿万音鈴羽の救出について」

古泉「収束を考えるに、彼女が1975年へ行くことがIBN5100をこのラボへ届ける唯一の方法だったのでしょう」

古泉「我々が現在居るこの世界線を成り立たせている根幹であるため、西暦2000年での橋田鈴、阿万音さんの死亡は回避不可能ということになります。他世界線での死亡を加味すれば、おそらくこれは収束」

岡部「…………」

古泉「……せめて、幸せな最期だったことを祈りましょう」

キョン「だが阿万音さんは言っていた。β世界線へ改変されれば、自分は未来で幸せに暮らしているはずだと」

古泉「そうですね。阿万音さんを救う方法はやはりβ世界線へ行くことでしょう」

古泉「続いて、秋葉幸高氏の救出について」

古泉「岡部さん、結局フェイリスさんのDメールはどんな内容だったのですか?」

岡部「あぁ。フェイリスの過去改変メールの内容……。それは、誘拐犯を装ったメールを送り、幸高氏を飛行機に乗らせないようにしたのだ。これによって幸高氏が飛行機事故で死亡する因果を回避した」

キョン「それでアキバの街から萌えが消えたのか!?」

古泉「バタフライ効果、ということで納得してください。なるほど、誘拐事件は未来のフェイリスさんによるものでしたか」

古泉「本来幸高氏は2000年に飛行機事故で亡くなるはずだった……。それがフェイリスさんのDメールによって過去改変が実行され、なかったことになった。どちらが仮初の世界であったかと言えば、幸高氏が2010年に生きている世界のほうが虚構だったのです」

古泉「それでいて幸高氏の生存はIBN5100の存在に密接に関わっている。やはり、氏が死亡していることが現在世界線を成立させていると言えるでしょう」

岡部「……いや、待て。幸高氏の死は収束ではないはずだ。収束ならば、フェイリスのDメールで過去改変が起こるはずがない」

キョン「ということは、まだ何か方法があるのか?」

古泉「……いいでしょう。考えてみましょう」

キョン「例えば、『IBN5100を絶対に手放すな』という内容のDメールを送るとか」

岡部「Dメールは不安定すぎる。それに、再度Dメールで世界線を改変することはβ世界線から離れる可能性が高く使用できない」

キョン「ならタイムリープだ。タイムリープなら世界線を改変することなく非収束事象を変化させられる」

岡部「だが、タイムリープは8月11日までしか戻れない」

キョン(なら長門印のタイムリープマシンを使えば、あるいは……!)

古泉「仮に2000年までタイムリープできたとしても、見ず知らずの小学生に幸高氏を説得できるとは思えません。次に、説得に成功したとしてどんなバタフライ効果が働くかわかりません」

古泉「それに10年もの人生をやり直すことになります。普通の人間ならば、10年もの間、自分がどのような行動を取ってきたかを完璧には覚えていないでしょうから、この地平に戻ってくる際に多少なりとも誤差が生じる」

みくる(大)「そもそもそれはわたしが許可できません」

キョン「あ、朝比奈さん(大)!!」

古泉「おや、お久しぶりです」

岡部「いつぞやの麗人……」

みくる(大)「あなたは時空断層より過去に行ってはいけない。それが既定事項でもありますし、何よりわたしたち未来人があなたを監視できなくなる」

キョン「……そんなことを言うためにわざわざここまで来たんですか」

岡部(なんの話だ?)

岡部「そ、そうか! ミス朝比奈のタイムマシンを使わせてもらえれば、あるいは!」

みくる(大)「……わたしのタイムマシンは2006年より前へは飛べません。それと、未来でもその秋葉幸高さんを救う方法は考えたけど、結論は……、あまり芳しいものではなかった」

キョン「…………」

岡部「なっ……」

古泉「わかりました、早々に結論を出したほうがよさそうです。僕たちの精神衛生上」

古泉「まず、β世界線への移動は絶対です。ここから話をスタートさせましょう」

キョン「待て! β世界線に行って、誰も彼も救えない収束があったとしたら!」

古泉「待ってください。β世界線はαとは収束が異なるはずです。2000年にタイターが来る、そしてそれは2038年問題のためであって、決して世界はディストピアにはなっていない。すなわち因果を巡って椎名さんの命が救われていることになる」

古泉「現在僕らが推理できる判断材料の中で一番希望のある存在がβ世界線です」

古泉「つまり、そういうことでしょう? 朝比奈さん」

みくる(大)「……わたしに聞かなくても、わかっているのでしょう?」

古泉「いいえ、100%自信があるわけではありませんからね。しかし、今の発言で100%になりました」

古泉「ゆえにβ世界線において、再構成される阿万音さん以外を救出する方法を考えればいい」

キョン「……だが、α世界線上でβ世界線の収束を推測するってのは、不可能に近い」

古泉「岡部さん、前に聞きましたよね。仮にβ世界線に行っても椎名さんが若くして亡くなる世界線だったらどうするか。……このことは彼から教えてもらいました」

岡部「……あぁ、そうだ。俺は、この身を地獄に落としてでもまゆりを救うと」

古泉「その気持ちがあれば、すべてを救うことができる。ひたすらアトラクタフィールドを漂流すれば、いつかたどり着くはずです。違いますか?」

岡部「…………」

キョン「精神衛生がどうのこうのと言ったやつが人を追い詰めるんじゃない」

古泉「これは失礼しました。ですが、とにかく一度β世界線へ移動しないことにはなにも始まらないとだけ、私見を述べさせていただきますよ」

岡部「なぁ、未来人。俺を、ディストピアに連れて行ってはくれないだろうか。本当にこの世界の未来がそうなる運命であると、心から信じたい」

岡部「俺はどこかで疑っているんだ。このまま時間が経てば、案外まゆりは死なず、ラウンダーも襲撃せず、ディストピアなんてちゃんちゃらおかしい未来になってるんじゃないかと」

岡部「……そんな俺のくだらない妄想を徹底的に叩き潰すために、現実を刻み込むために、未来を見せてほしい。この世界の、絶望的な未来を」

キョン(……決意、か。あるいは、儀式なのかもしれないな)

みくる(大)「……いいでしょう。この時間軸がディストピアへと突き進んでいく過程、そして2034年にSERNがタイムマシンを完成させてから2年もしないうちに誕生するディストピアについて、あなたにお見せします」

みくる(大)「ですが、パラドックスを避けるため、あなたの死後である2025年以降を見て回りましょう。長門さん、古泉くんとキョンくんを62秒間時間凍結してもらってもいいですか」

キョン(岡部さんは2025年に死ぬのか……若いな……)

長門「わかった」

キョン(タイムトラベルを見られたくないからってそこまですることはないとは思――――――)

みくる(大)「基準時間平面への帰還を確認。長門さん、ありがとうございました」

長門「いい」

古泉「お早いお戻りで」

キョン「……今の一瞬でディストピアへ行ってきたんですか」

岡部「…………」

岡部「ディストピアは、あった。たしかに、この目で見てきた。網膜に焼き付いて離れない」

岡部「日常的に人が射殺された。命令を拒否することはできない、仮に拒否した場合は死あるのみだ」

岡部「生活範囲は最低限に制限され、基本的に二人以下での生活を強制される。当然のように産児調整が行われている」

岡部「食事は常に一種の精神剤が混入されたモノが配給されていた。人間のやる気や強い情動を削ぐためのものだろう」

岡部「情報は基本的に手に入らない。娯楽も無い。娯楽と称されるものはあったが、あれは見せしめや洗脳でしかなかった」

古泉「……タイムマシンという究極の科学技術によって人類はその豊かな精神を滅ぼしてしまう。SF作品の典型的なカコトピアと言えるでしょう。核戦争が無い分、比肩すべきはジュール・ヴェルヌの『二十世紀のパリ』でしょうか」


キョン(ふいに、タクシーの後部座席で佐々木が俺を挟んで藤原に話した言葉を思い出した)

佐々木『科学技術の発展は僕の喜びとするところだからね。未来には当然未来的な希望を持っていたいんだ。この時代、世界は様々な問題を抱えている。キミの未来でそんな過去の愚行が解消されていることを望みたい。人は学び、学び続けるべき生命体だ。高度に発展した科学が人類の抱える破滅的な思想や技術を、快刀乱麻に解決していると思いたいね』

キョン(……なんとしても俺たちは、β世界線へ移動しなければならないらしい)

岡部「まゆりはいない。紅莉栖も、SERNに強制的に研究させられる日々だ。ルカ子も、フェイリスも、世界中の誰もが不幸のどん底にいた」

キョン(俺たちSOS団も将来的にそうなるんだとは想像もできないな……)

岡部「そんな中ダルは最後まで戦い続けていた、らしい。あいつ、どこに隠れていたのか、朝比奈さんの時間平面移動でも発見できなかった。それだけ厳重に世界の支配構造を破壊するための嚆矢を組み立てていたのだろう」

岡部「鈴羽の友人、いや、仲間と思われる人間が十人、二十人、三十人と死んでいった。あいつは、あんなとんでもないところからやってきていたんだな……」

岡部「やはり、このままじゃ、ダメだ……世界は、変えなければならない……」

岡部「だが、β世界線に行ったとして、俺はアイツを救えるのか……」

キョン「それこそ、朝比奈さん(大)のタイムマシンで……」

古泉「おそらく、β世界線では朝比奈さん(大)のタイムマシンは使わせてもらえないでしょう。未来人にとってメリットがない。岡部さんの利益のためだけに動くとは到底思えない」

みくる(大)「……そうね。たぶん、ディストピアを回避しているなら、わたしたちは岡部くんには協力しないと思う」

キョン(そりゃそうだ。元々俺たちの居た世界線がβ世界線なんだから、そこから移動するってことは、現状維持的な未来人からするとむしろ防ぎたい事項なはずだ)

岡部「いいんだ。あなたが俺に協力できないことはたくさんあった。何度もそのキョン少年から聞かされている」

キョン(別の世界線、あるいはタイムリープでなかったことにした記憶か……)

岡部「……少し、一人で考えさせてくれ」

みくる(大)「あなたはよく頑張りました。どうか感情的にならず、自分の信じる道を見つけてください」

古泉「……僕らは行きましょうか」

長門「ケータイを返す」スッ

キョン「ここは一時撤退か……」ガチャ


ピクッ


キョン「ん……あ、あなたは」

シーッ

キョン「あ、あぁ……。わかりました、それじゃ一旦ラボに」

D 0.571046%
2010.08.15 (Sun) 11:24
未来ガジェット研究所


紅莉栖「それで、なんだか重い話をしてたみたいだけど」


キョン「この人にはまだ話さないほうがいいのか? その、牧瀬さんが……」ヒソヒソ

古泉「まだ岡部さんの口から伝えられていないのであれば、そうでしょう」ヒソヒソ


キョン「どこから聞いていました?」

紅莉栖「死者を蘇らせる作業を始める、ってところから」

紅莉栖「まさかパパの言ってた“橋田教授”ってのが阿万音さんだったなんてね……」

紅莉栖「……また過去を変えようとしていたの? その、β世界線以外へ」

古泉「いえ、僕たちもディストピア回避が目的ですから、β世界線に改変してもらわなければ困ります」

紅莉栖「そう……利害は一致してるってわけね」

みくる(大)「話を聞かれていた、ということはわたしの正体にも気づいていますよね」

紅莉栖「えぇ……正直信じられないけど。おそらくあなたは、未来から来た未来人。それもディストピアよりもっと遠い未来から」

みくる(大)「正解です。わたしは朝比奈みくるです」

紅莉栖「えっ、あ、あなたがみくる!?」

古泉「あの朝比奈さん自身も未来から来た未来人だったのですよ」

紅莉栖「そ、そう……。未来人と聞いてそんなに驚かなくなってる自分が嫌になるわ」ハァ

紅莉栖「それで、あなたの目的はなに?」

みくる(大)「わたしの任務は涼宮さんの保護であり、同時にわたしたちの未来の安定化を図ることです」

紅莉栖「つまり、ハルヒがあなたの時代にとって重要人物なのね。きっとタイムトラベルに関する基礎理論論文でも書くんでしょう。あの娘のトンデモ物理学に対する好奇心はすごかったから」

みくる(大)「そんなところです」

紅莉栖「未来人って考えることが一緒なのね、私は岡部から聞いた阿万音さんの話しか知らないけど」

紅莉栖「これで2000年までタイムリープできるみたいな口ぶりだったことに合点がいった。つまり、その未来でも開発されてるのね? タイムリープマシン」

キョン「い、いや、あれは、ですね……」

長門「これが、それ」シュッ

キョン「お、おい長門」

紅莉栖「へぇー、ずいぶんスリムになって。CDウォークマンみたいね。ヘッドセットが二つ?」

長門「1975年6月まで飛べる」

紅莉栖「……つまり、胎児の頃から強くてニューゲーム、ってことですねわかります」


キョン「こ、古泉。宇宙的パワーをバラして大丈夫なのか?」ヒソヒソ

古泉「幸い牧瀬さんは未来的アイテムだと信じているようですので、差し当たり問題ないかと」ヒソヒソ

紅莉栖(Dメールによる過去改変は非常に不安定。バタフライ効果によって望んだ結果を得られない、あるいは得られたとしても何かを失う可能性がある)

紅莉栖(でもタイムリープマシンなら、使用者の記憶と意識次第で世界はどうとでもなる)

紅莉栖「私なら……。自分の人生の日記を分単位で正確に覚えている私なら、2000年にタイムリープして、フェイリスさんのお父さんを救って、阿万音さんの最期を看取り、IBN5100をこのラボへ届くようにしながら、2010年7月28日からの行動、つまり私がこのラボと出会ってからの行動をそっくりそのまま再現して、今に至ることができる」

キョン「!!」

紅莉栖(本当は家を出ていったパパと仲直りしたらどうなるのかを知りたい、っていう知的好奇心が一番の理由だけど……)

紅莉栖「って言ったけど、やっぱり10年分人生をやり直すのはリスクが高すぎる。私が7月28日からラボに行けなくなる可能性だって大いにあるしね。そもそもこのラボに私が参加してること自体奇跡的な確率だったわけで」

長門「その場合、わたしが代わりに未来ガジェット8号電話レンジ(仮)およびタイムリープマシンを開発すればいい。そうすればあなたが居なくても辻褄が合う」

紅莉栖「は、はぁ!?」

長門「わたしはあなたがタイムリープマシンを工作する姿を見て作り方を理解した。これをリーディングシュタイナー保有者である彼に情報伝達してもらえばいい」

紅莉栖「もしかしてあなたたちって、超が付くほどの天才?」

キョン「い、いやいや。そんなことは無いんですが……」

紅莉栖「でも、それだと8月15日から移動できないから、私が経験した7月29日からの未来ガジェット研究所における過去改変実験が始まらない。そうか、みくるのタイムマシンで彼を過去に連れていけば、7月29日以前の有希にマシンの作り方を伝達できるってわけね」

キョン「ちょっと待ってくれ! それはあくまで思考実験ですよね!? 本気で実行する気ですか!?」

紅莉栖「うっ……。ごめんなさい、良くない癖が出てたわ」

紅莉栖「でも、技術があるおかげで思案できるのはいいことだと思う。もし他になにか思いついたら、その時は力を借りてもいいかしら」

キョン「……たぶん、OKだと思います。ディストピア回避と、椎名さんの命を救うこと。これに関しては俺たちも望むところです」

紅莉栖「じゃぁ早速、ミレニアム懸賞問題や重力子の発見とか、色々聞きたいことがあるんだけど、そういうのってダメ?」

みくる(大)「……禁則事項です」

紅莉栖「まぁ、そりゃそうようね。パラドックスが発生しちゃうから。意地悪な質問してごめんね」

キョン(未来に関しての興味は、わからんでもないけどな)

紅莉栖「ありがとう、みんな。それじゃ、岡部のやつに活を入れてやらなきゃね」

古泉「それはあなたにしかできないことでしょう。何卒よろしくお願いします」

紅莉栖「言われなくてもわかってる」b

キョン(サムズアップか。頼もしい人だが……、どこかフラジルな感じがするな……)

2010.08.15 (Sun) 12:01
湯島某所 談話室


キョン(ハルヒには、長門は気分が悪くなったので先に宿に帰って休んでいる旨を伝えた)

キョン(長門が体調を壊すのは4月の風邪以来、ということになる。今回は仮病なわけだが)

キョン(ハルヒは相当に心配してくれたが、俺は大したことないから遊んでこいとだけ言っておいた)

キョン「それじゃ、朝比奈さん(大)。あなたがここに来た本当の理由を教えてください」

みくる(大)「あなたを過去に連れていく以外でこの時間平面に来るのは久しぶりですね」

キョン「ということは、またグリム童話の話ですか?」

みくる(大)「ふふっ。わたしが言ったのはディズニー映画のほうだったんだけどね。でも、古泉くんが居るこの場所だとヒントでもなんでもなくなっちゃうんだけど」

古泉「……いえ、お気になさらず。彼に理解させてはいけない事項なのであれば、ミスリードする自信はありますよ」

キョン「無駄に高性能だな」

みくる(大)「1978年の映画、とだけ伝えておけば充分でしょう」

古泉「ありがとうございます。なるほど、そういうことですか……たしかにあれは超弩級のSF映画だ」

キョン(嘘だろコイツ、これだけで何がわかったってんだ!?)

キョン「えっと、それ以外で協力してもらうことはどこまで可能ですか」

みくる(大)「まず、TPDDによる時間平面理論では今回の件に関して【禁則事項】も含めて役に立たないということ、そもそも既定事項の制約のために手を出せない箇所がいくつかあること、そして最優先すべきは涼宮さんの安全の確保、すなわちわたしたちの未来の確保であること」

みくる(大)「これらの理由から、わたしはあまりお手伝いすることはできないの……。ごめんね、キョンくん……」

キョン「あ、いえ……。そういうことでしたら、仕方ない、ですよね……」

古泉「ヒントも頂きましたし、久しぶりにお会いできて嬉しかったですよ。ありがとうございます」

みくる(大)「…………」

キョン「長門、岡部さんのケータイをいじってなにかわかったか?」

長門「あのケータイには今までに報告されていないDメールがもう一通受信されていた」

キョン「……なんだって!? ってことは、それも打ち消さないとβ世界線へは行けない……!?」

古泉「いえ、むしろ逆でしょう。そのDメールが受信されていたおかげで我々はβ世界線へ移動できる……違いますか?」

長門「そう」

キョン「ちょ、ちょっと待て。いったいどんな内容のメールだったんだ?」

長門「2010年7月28日12時26分受信、内容は文字化けしていた」

キョン「それって重要なのか?」

長門「一種の指令コード。今から牧瀬紅莉栖に7月28日昼頃に関するリーディングシュタイナーを誘発させる」フッ

キョン(そう言うや否や長門の右手から一羽の蝶が解き放たれた)

古泉「これで牧瀬さんがラジ館周辺を訪ねればかつてのβ世界線での記憶を思い出す、というわけですね」

長門「これはβ世界線への移動後、牧瀬紅莉栖が7月28日に死亡しない世界線、シュタインズゲートへ移動するのに必要」

キョン「シュタインズゲート、って、それは岡部さんの妄言じゃなかったのか?」

キョン「それを指示できるってことは、そのDメールを送ったのは……」

長門「送信者は岡部倫太郎」

キョン(この世界線ではいずれ長門の能力を岡部さんに暴露するってことなのか……?そうか、未来の岡部さんが“シュタインズゲート”と名付けたのか、牧瀬さんを救うことができる世界線を)

長門「朝比奈みくる。わたしを8月13日へ連れて行って」

みくる(大)「……わかりました。そういうことだったんですね」

長門「8月13日に戻って、岡部倫太郎がタイムリープによって無かったことにしてきた記憶に関して、椎名まゆりのリーディングシュタイナーを誘発させる。これがβ世界線へ移動するのに最重要」

古泉「ですが、椎名さんのリーディングシュタイナーを誘発させて、すなわち彼女の死の記憶を蘇らせて何の意味があるのですか? 彼女はDメールを送ったりしていない」

キョン(自分が死ぬ記憶を見せる……か。フロイト先生的には“死”の夢ってのは心の再生、新しいものを生み出すって意味だったと記憶しているが……、そうは言っても胸糞悪いのは間違いない)

長門「岡部倫太郎の意識を変容させる。それがβ世界線へ到達するための鍵」

みくる(大)「それでは長門さん、準備ができました」

キョン(未来人と宇宙人ユニットは62秒間現在時空から消滅した後、再び現れた)

長門「ミッションコンプリート」

キョン(未来人のほうはそのまま未来へ帰ってしまったみたいだ)

キョン(なんというか、俺の気付かないところでうまいこと計画が進んでいるらしい)

古泉「これでフラグが立った、ということでしょうか」

キョン「ってことは、もう俺たちにやれることはないのか?」

長門「最後に世界外記憶領域にて牧瀬紅莉栖および岡部倫太郎の記憶および意識をリンクさせる」

キョン「ど、どういう……」

長門「岡部倫太郎が世界線を変動させた瞬間、すなわちIBN5100を利用したクラッキングを開始した瞬間、世界外記憶領域に一方向流入型情報制御空間を展開する。この作業は朝倉涼子に依頼する」

キョン(一瞬その名前にビビッちまった。一応4月から朝倉涼子は長門の清く正しいバックアップになったという設定なのだが、俺への殺意は依然としてあるらしい。まぁ、あいつは確かに情報制御が得意らしいから適材ではあるのだろうが……)

長門「このタイミングであればα世界線での記憶を有する牧瀬紅莉栖の意識と、β世界線での記憶を有する岡部倫太郎の意識が混在できる。この状況下で彼らが必要と感じた情報を集積させることによってシュタインズゲートへ至る方策を思案してもらう」

キョン「大量の知識の中で無限に研究させる、ってことか……」

長門「そうではない。β世界線からシュタインズゲート世界線へ移動するための因果改変のキーアイテムを世界外記憶領域を利用して探してもらう」

キョン「キーアイテム? あぁ、αからβに行くのに必要だったIBN5100みたいな存在がそっちにもあるってのか」

長門「おそらく」

キョン(この長門でさえ推測しかできないのか……。古泉の推理も、朝比奈さんの未来予報でも、世界線改変は予測できない。どう転ぶかわかってるのはこの世に誰もいないってわけだ)

長門「この時、情報制御空間にノイズが侵入すると思われる。それは、シュタインズゲート世界線への改変を拒む記憶と意識」

キョン「……ついに黒幕の登場ってわけだ。それはSERNか? あるいはその親玉か?」

古泉「とにかく、僕たちの敵であることは明確ですね」

長門「ゆえに朝倉涼子によって展開された情報制御空間をオーバーラップする形でもう一つの情報固定浸透膜を喜緑江美里とわたしが展開し、その内部にあなたと、古泉一樹、朝比奈みくる、涼宮ハルヒの意識を構築する」

キョン「長門が封印した自分の力をあの2年生宇宙人に開放させないといけないレベルの事態なのか……。とにかく、俺たちは力を合わせてラボメンを守ればいいんだな」

キョン「だがハルヒが居て大丈夫なのか? 確かにあいつが居れば頼もしいことこの上ないが」

古泉「そこはある意味夢の世界ですからね。去年の5月の時と同様だと思えばいいのでは?」

長門「わたしの意識はそこに存在できないが、あなたの記憶の中の存在として出現させる」

キョン「そうだな、長門がいると思えるだけで安心感が違う。その時は万難を排して臨んでほしい」

古泉「まぁ、たぶん大丈夫ですよ。涼宮さんがいる限り、世界はつまらなくなるわけがありませんからね」

古泉「あとは岡部さんがβ世界線へ移動することを決心してくだされば問題ありません。それまで僕たちは涼宮さんたちと合流して、コミマを楽しむことにしませんか?」

古泉「α世界線崩壊まで残りわずか。ここで出会える僕たちさえ刹那の夢だと言うのならば、後ろめたくないくらい楽しみを感じても、悪いことにはならないでしょう」

キョン「そんな悠長な……」

2010.08.15 (Sun) 13:51
東京ビッグサイト


その後俺たちは古泉のにやけ面に唆されてホントにコミマまで来てしまった。元気になった長門に会えたハルヒはその愁眉を開き、同時に内燃機関に蓄積された熱エネルギーを運動エネルギーに変換させた。

この日はどういうわけか椎名さんには会えなかった。結局俺は秋葉原に来た初日以来椎名さんと出会うことができずにいる。これが世界線の収束だっていうなら、それはポニーテール萌えへの挑戦状である。いつでもかかってきやがれ、こっちにはハルヒがいるんだぜ。

フブキとかいうレイヤーに椎名さんのことを聞いたところ、忘れ物があるから実家の池袋に帰ったのだという。

古泉『お盆の時期ですからね。もしかしたらお墓参りでもしているのかも知れません』

小遣いの許す限り、ヘンテコな小物、ちょっとヤバそうな本、イロモノCD、その他色々を買い漁ったハルヒの荷物持ちとして連れまわされた俺と古泉は疲労困憊、一昔前の言葉で言うとグロッキー状態となってようやく帰路に着くことができた。

さて、ついに物語の進行は岡部さんの判断に全てが託されたようだ。

後はあの人を信じて待つばかりという状況だ。

だけど俺には一つ引っかかっていることがあった。

確かにIBN5100は発見した。ハルヒもそれを確認している。

だが、これでハルヒは満足なのか?

あんな無造作に置いてあるものをただ見つけただけで、本当にそれで満足なんだろうか。

あいつなら、冒険の果てに宝物と出会うことを望んでいるんじゃないかと思うのだが。




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◇Chapter.10 涼宮ハルヒのスコトーマ◇
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2010.08.16 (Mon) 10:34
有明 東京ビッグサイト


コミマ2日目。相も変わらずハルヒは吸気絞り弁全力全開のフルスロットルだった。

1日経ってそのミクロコスモスやヒエラルヒーに慣れたのか、ハルヒは持ち前の傲岸不遜ぶりを発揮し、サークル出店している店子さんたちにおおなおおな話しかけまくった。

その奇行の理由はなんとなく俺にもわかる。パッと見、そいつらは全員が全員揃いも揃って変人奇人に見えた。

中にはどうしてこんなおとなしそうな顔の青年がドギツいR18-Gを扱っているのかと疑いたくなるような店があったり、あるいは自主制作CDを販売している売り子がまるで仙人のような白髪白髭の御仁であるなど、とにかく平凡の二字から縁遠い小世界が数mおきに並んでいたのだ。俺でさえその中に宇宙人が一人ぐらいいてもおかしくないと思えた。

さて、今日は椎名さんがコミマに来ているらしい。レイヤー仲間とコスプレ広場にいるとの情報を得たハルヒは、昼飯ついでに移動することにした。

椎名さん……。一応この世界線では明日死ぬことが運命づけられている。そんな悲劇の彼女とようやく再会できる。どうしてそんな彼女に限って金髪ポニーテールなのか……。

彼女についに出会った俺は追っ付け意気阻喪することになる。まぁ、その後ちょっとしたビックリが待ってたんだけどさ。

2010.08.16 (Mon) 11:15
コスプレ広場


ハルヒ「まゆりー!! 遊びに来たわよーッ!!」

キョン(ハルヒのメガホンボイスを聞いて、俺はいったいどこに金髪ポニーテールこと椎名まゆりさんがいるのかという疑問が浮かんだ。もしかして俺に視認できない透明人間なのか、とさえ疑ったほどである)

まゆり「ハルにゃーん!! 来てくれてありがとう、うれしいなぁえへへ」

キョン(しかしそんな俺の箆棒な妄想は一瞬で砕け散り、そして俺は見つめるべき現実を超速理解した)

みくる「わぁ! フリルがいっぱいでかわいいですねぇ。魔法少女ですかぁ?」

キョン(俺がかつての世界線で見たあの伝説の金髪ポニーテールは……)

まゆり「そうだよー、ちょっと恥ずかしいけどねー。ミクルンのキラリちゃんも似合ってるよー♪ あとで一緒に写真撮ろー!」

キョン(ウィッグだったのだ……)ガクッ

古泉「おや、どうされました?」

長門「……ドンマイ」

ハルヒ「もう、まゆりはかわいいわねー。うちの高校の部室に持って帰りたいわ!」

キョン(実際椎名さんのコスプレは若干、いやかなり目のやり場に困るものだった。スカート丈は短く、露出も多い。何よりその豊満なバストとキュートなくびれを最大限に見せつけるチューブトップが俺の大脳辺縁系を刺激した)

フブキ「そ、それは困るよハルにゃん! マユシィを家に持って帰ってずっとペロペロするのはあたしの役目だよ!」

まゆり「まゆしぃが困るなぁ」

フブキ「困ってもいいから結婚してくれーっ!」

キョン(この健全なお方が昨日お会いした例のフブキさんだ。この娘も魔法少女のコスプレをしている。椎名さんとは対照的でボーイッシュであり、どこか大人びて見える。なんとなく、古泉を女体化させたらこんな感じだろうなとチラと思ったが気持ち悪いうぇぇゲロゲロ)

まゆり「今度はユキリンもコスしようねー♪」

長門「ユキリン……」

キョン(長門はどうやらあだ名で呼ばれて心から嬉しく思っているらしい。表情筋が1ミクロンほど緩んでいる)

フブキ「マユシィの帽子、くんかくんか」

まゆり「や、やめてよー、フブキちゃん。もー、ウィッグがずれちゃったよ」

キョン(コスの帽子を取り上げるフブキさん。同時にウィッグがずれたらしい椎名さんは、そのピンク色セミロングのウィッグを直すため、一旦ウィッグを頭から外したのだった)

キョン(そこで俺は椎名さんの地毛をウィッグネット越しに初めて確認した。ついでに言えばこの時、初めて彼女のあだ名を知った)

キョン(その瞬間、俺のエピソード記憶の貯蔵庫に納入されて以来ずっと放置されっぱなしでほこりをかぶっていたソレが、アセチルコリン量の増大に伴って峻烈に働き始めたトップダウン信号により引っ張り出された)

キョン(髪の色、マユシィという名前、鼻立ち、話し方、雰囲気、立ち振る舞い……)



キョン「あれ、もしかしてお前、マユシィか?」


ハルヒ「へ……?」

キョン(一番に反応したのは調子っぱずれな声を出したハルヒだった。そりゃそうだろう、どうして俺はこの椎名さん、もといマユシィのことを知ってるのかって話だもんな)

キョン(まぁ一応8月7日にあのメイド喫茶で会っているっちゃ会っているが、俺の反応は旧友に駅前で偶然出会った時のそれである)

まゆり「んー? あーっ!!! キョンくんだ!!! もう何年ぶりかなー。こんなところで会えるなんてねー!」

キョン「おぉ、やっぱりマユシィか。元気してたか? って、現在進行形でしてるよな」ハハ

キョン(いやーしかし、懐かしい顔だ)

フブキ「えっと、感動の再会ってやつ?」

まゆり「あ、でも恥ずかしいなこの恰好……///」

キョン「あれから随分大きくなったなぁ、お前」

キョン(もちろん、身長が、だ)

ハルヒ「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい!! どういうことなの、キョンとまゆりは昔からの知り合いなの!?」

古泉「さすがに椎名さんについては機関も調べが及んでいませんでした、これは失態ですね……」

みくる「ふ、ふぇぇ……」

長門「…………」

まゆり「えっとね、まゆしぃのおばあちゃんちがキョンくんのおばあちゃんちのご近所さんでねー」

キョン「正確には母親の実家の田舎であり、マユシィの祖父母の出身地の近所なんだけどさ」

キョン(ハルヒのやつが周章狼狽しているな。いや、俺だって驚いてるんだ。話に聞いてた椎名まゆりがマユシィのことだったなんて)

古泉「もしよろしければお二人が出会った時のことを教えていただきたいのですが」

まゆり「そうだねぇ、まゆしぃもキョンくんといろいろお話がしたいなー」

キョン「ここじゃ暑いし、立ち話になっちまうからな。どっかレストランでも入ろうぜ。ついでに飯も食おう」

キョン(それにハルヒのやつが鼻を鳴らしているからな、その内頭から湯気が出るやもしれん)

2010.08.16 (Mon) 11:45
東京ビッグサイト レストラン


キョン(本来ならどこもかしこも人で溢れかえっていて、コスプレを着替えるのも、食事処の席を確保するのも死ぬほど大変な状況なはずなのだが、一体全体どういうわけか理論上の最短時間で席に着くことができた。このVIP待遇もどきは誰の仕業だろうね、ハハ)

ハルヒ「それでッ!! まゆりとキョンはどういう関係なのッ!!」ガタッ

キョン(一瞬脳裏にD世界線の嫉妬深いハルヒの姿がよぎった。でもそれはハルヒの誤解だ。誤解だってば)

フブキ「あたしも気になるなー! マユシィまさかの二股! オカリンさんとの関係は一体どうなってしまうのか!」

まゆり「フブキちゃん! だからオカリンはまゆしぃの彼氏じゃないってばー」

みくる「そ、そーゆーのはよくないと思います!」

キョン「いや、なんだその、決してやましいことは何一つとしてないんだ。あの頃はまだ男女の区別もないようなガキの頃だったしな」

古泉「男女の区別がつかない、ほう」

キョン「やめろ。お前は何がしたいんだ」

古泉「ふふっ。強いて挙げるならば、いつぞやの仕返しでしょうか」

まゆり「いっちゃん? キョンくんをいじめちゃだめなんだよー?」

古泉「い、いっちゃん……」

長門「…………」モグモグ

まゆり「えっとねー、あれはおばあちゃんが生きてる頃だったから……」

キョン「なにッ? あの婆さん死んじまったのか? あ、いや、それは、ご愁傷様だったというか、なんと言うか……」

まゆり「ううん、もういいんだー。オカリンのおかげでまゆしぃね、元気出せたから」

キョン「そっか、思い出したぞ。あの時マユシィが話してた男の子ってのは岡部さんのことだったのか。やっぱり岡部さんはいい人だったんだなぁ」

フブキ「毒電波垂れ流しのイッちゃってる人だけどねー」プププ

ハルヒ「は な し を す す め ろ ー ! ! ! ! !」バンッ!! バンッ!!

---


あれはたしか、今から6年前。西暦で言うと2004年の夏、お盆の時期だった。正確な日付までは毫も覚えてない。俺はまだ小学5年生の鼻垂れ小僧だった。

俺の家は毎年夏になると家族総出で母親の実家がある田舎まで避暑と先祖供養を兼ねて遠出していた。

田舎に帰った俺はいつも従兄弟どもと遊ぶのが、まぁ鬱陶しくもあったが存外これが楽しみだった。

だが、それ以上に俺は田舎の夜空を眺めるのが好きだった。

あのスペクタクルは人里離れた土地でしか観測できない。

ただ、ひたすらに宇宙。

見つめているだけで、自分が宇宙に吸い込まれていくような、あるいは宇宙が自分に溶け込んでくるような、そんな時間と空間、主体と客体が混ざり合う感覚がたまらなく好きだった。

なんと魅力的だったことか。俺は夢見がちな子どもだった。

心の底から、宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいた。宇宙を見つめているとまるで異世界に飛ばされた気分に浸れたのさ。

俺の天文的知識はそのほとんどを年の離れた従姉妹のねーちゃんに教えてもらった。無秩序としか思えない夜空の星々を魔法のように的確にマッピングしていく姿にまだ純朴だった少年は憧れを抱いた。

どうでもいいが、そのねーちゃんはそんな俺の幼少期の甘酸っぱい記憶など綺麗さっぱり脱ぎ捨てて大学デビューとやらを果たした後、ロクでもない男と駆け落ちすることになる。

その日も俺は従兄弟どもを寝付かせて、一人こっそりでっかい楠の木のある裏山に登った。小さな祠の先には見晴らしの良い開けた場所があった。

ここが当時の俺が開拓した中で絶好のスポットだった。お気に入りの場所、秘密基地、隠れ家、そんな感じの場所。

当然、誰もいないはずの場所だ。大人は虫に噛まれたり蛇に遭遇するのを嫌がって来ないし、いや、俺だって蛇は怖かったんだがそれよりも好奇心が勝った。

だが、その日だけは先客がいた。


「…………」


小さい女の子が体育座りをしていた。

第一印象は、なんだか辛気臭いやつがいるな、って思ったんだ。そしてそれ以上に俺だけの場所を断りもなく占有していることにムカついてしまった。


「おい、そこは俺の場所だ。どけよ」


何度でも言い訳させてもらうが、この時俺は腕白な小学5年生である。説教をしたくなったとしたらそれはお門違いってやつだ。

「だれ……」

その女の子は、涙こそ流していなかったが悲壮な感じが伝わってくる風柄だった。月明かりに照らされているという劇場効果のせいかもしれない。

「名前なんてどうでもいいだろ。ここは俺が天体観測をする場所なんだ」

「てんたいかんそく……?」

「星とか、月とかを眺めるんだよ」

「ながめてどうするの……?」

矢継ぎ早に質問されることにもイライラしていたんだが、この質問に対して当時の俺は頭に来た。それは例えるならプレステで遊んでいる時に『ファミコンばっかりいじって何が楽しいの!』と母親に言われる感覚に似ていた。

「全く、わかってないな。天体観測ってのは、宇宙の神秘なんだぜ」

「しんぴ……?」

とにかく盛大なことを言って自分の権威を高めようとする行為、虎の威を借る狐、一種の自己顕示欲であり、光背効果<ハローエフェクト>の利己的利用だ。

「仕方ねぇな、お前にも教えてやるよ」

なんのかんの言って小さい子の世話が好きだったからか、あるいは人から教えてもらったことを人に教える優越感を味わいたかったからか、俺はこの見知らぬ来訪者に対して夜の星空教室を開講することになった。

「あの真上にあるのがベガ、こと座の一等星、いわゆる織姫様だ。それで、天の川を挟んで対岸にいるのがアルタイル、わし座の一等星、彦星様。それで、この二つの星と、川の中州にある星で三角形を作って、これが夏の大三角形」

ちなみにこの辺の知識はねーちゃんが駆け落ちした辺りですっかり頭から消え去った。そういや去年の夏にハルヒから教え直してもらったりしたな。どうも俺は必要が無くなった記憶は片っ端から朝7時の巡回ゴミ収集車へとダストシュートする習性があるらしい。

「あのほしのなまえは?」

「デネブ。はくちょう座の一等星」

「へんななまえだねー」

「そんなこと言うなよ。たしか、鳥のしっぽって意味だったかな。ほら、織姫と彦星を繋ぐのにカササギって鳥が橋をかけるだろ?」

「いいなー、おりひめさまは」

「なんで?」

「だって、カサササギさんがひこぼしさまのところにつれていってくれるんでしょー? まゆしぃもつれていってほしいなーって」

「カササギだって」

「彦星に会いたいのか?」

「ううん。そうじゃなくてね。まゆしぃね、きんじょの男の子がおはなししてくれなくなっちゃって……」

「あー、それはだな。『女なんかと遊んでられるか!』ってやつだ」

「しってるの!?」

そこで初めてマユシィと自称する少女は顔を上げた。答えのない迷路を歩いていて急に光が差し込んだような、暗闇から希望をつかもうとする顔だった。

「俺の周りの友達は結構その病気にかかってるな。俺は小さい妹がいるから、女の子だからって別段どうとも思わないけど、そういうもんらしい」

「びょうき……オカリンびょうきだったんだ……」

顔を上げたと思ったらまたさっきのダウナーモードに戻った。さっきより落ち込んでいる。

「病気って言っても大したもんじゃない。病院に行かなくても治るしな。その男の子と仲良かったのか?」

「うん……いつもいっしょにあそんでたのに、とつぜん男の子たちだけであそぶようになっちゃって……ヒグッ……グスッ……」ウルッ

声がどんどん涙ぐんでいった。セリフの後半はもうほとんど嗚咽で何を言っているかわからなかった。

「な、泣くな! 大丈夫だって、その男の子は絶対マユシィのこと好きだから!」

「ホ、ホント?」ウルッ

「あぁ。その病気っていうのはケッタイな病気でな、心で思ってることと言動が反対になっちまうんだ」

「げんどう、ってなに?」

「えっと、言葉とか、行動とかだよ。つまり、好きなのに嫌いって言ったり、一緒に帰りたいのに一緒に帰らなかったり、あとは……反対言葉じゃなくて強がりの時もあるな。側に居たいだけなのになんだかんだと言い訳したりさ」

「そ、そうなんだ……。よかった、まゆしぃ、オカリンにきらわれちゃったわけじゃなかったんだ……」

「お前みたいな暗いやつは嫌われちまうかも知れないけどな」ハハ

「えーっ、ひどいなぁもう」

このセリフを言う頃にはすっかり笑顔になっていた。どうやら俺の献身的な臨床心理的アプローチによって、彼女は自分の置かれた状況を納得することに成功したらしい。

俺はというと、彼女が笑ったことで少しいい気になっていた。まぁ、こうやって夜空を見上げながらだったから、話すうちに楽しくなっていたのかもしれない。

「おまじないを教えてやろう」

俺はキメ顔でそう言った。

「えーっ、おまじない!? どんな、どんな!」

だいたいこの年頃の女の子ってのは、こっくりさんだったり占いだったり少し不思議なことが大好きなのである。

「もし自分が誰かに助けてほしい時、こうやって空に手を伸ばすんだ」

言いながら夏の大三角形の重心めがけて右手を突き出す。いや、垂心くらいかな?

「うんうん!」

熱心に聞き入っている。なんとなく、秘密組織の秘密会議って感じで俺も話しながらワクワクし始めていた。ひみつってのはいいよな。

「そして心の中で、『答えはいつも私の胸に』って唱える。そうすると、異世界への扉が開いて思いが通じるんだ。それで誰かがピンチを助けてくれるんだよ」

受け売りである。俺が自分で発見したものではなく、近所の知らない女の子から半ば無理やり教えられたものだ。

だがそんな嫌々教えられたものをどうしてこの当時の俺が盲目的に信仰していたか、というとだ。

「実は昔、っつってもそんな昔でもないけど、俺、ドブに落っこちたことがあってさ」

このドブというのは側溝のことではない。いわゆる生活用水路だ。当時の俺の体格からすればそれはちょっとしたクレバスである。

「正直、落ちる瞬間死んだと思った。水もほとんど流れてなかったし、すげー高さだったし。それで、とっさにこのおまじないを思い出してさ、空に向かって唱えたんだ。そしたら奇跡的に3針縫っただけで助かった。たぶん、異世界の誰かが助けてくれたんだと思う」

そんな奇跡が実は起きていた。いや、3針も縫ったのだから相当重症だったわけだが。ちなみにこのまじないのことは半年と経たずして記憶からすっかり抜け落ちてしまった。

「いせかいってなぁに?」

「異世界ってのは、違う世界のことだよ。えーっとだな……、例えば、天国とか地獄とか」

「すごい! じゃぁさ、じゃぁさ、まゆしぃもこうやってると、おもいがとどくかなぁ」

そう言ってマユシィは星空に目いっぱい手を伸ばした。あれはベガ、別名アークライトだな。

「きっと届く。彦星と織姫ってのは、地球から何十光年っていうとんでもない距離離れてるんだ。だけど、それでも7月7日になれば二人は会えてるからな。それと一緒だよ」

「でも、おひるはおほしさまがいないからかなえてくれないんだね……」

俺は別に星空の下でなければいけないなどという限定条件は言ってなかったはずだが、流れ星伝説や織姫彦星話とごっちゃになってしまったらしい。

「そんなことはない。昼間だって、目に見えてないだけで星はあるんだぜ? 知らないのか」

「えーっ、そうなの?」

「太陽がまぶしいから星の光が弱くなって見えにくくなるけど、高い望遠鏡を使えば昼間でも天体観測できるんだって」

これもねーちゃんからの受け売りである。実際は天文台などでなければそれなりに煩雑だ。

「あーっ、もうこんなじかん!」

突然マユシィは少女が持ち歩くには奢侈な懐中時計を取り出して時間を確認した。気付けば結構な時間が過ぎていたようだ。

「家まで連れて行ってやるよ。ほら、手を貸せ」

「う、うん。ありがとう」

とまぁ、こんな感じが俺とマユシィのファーストコンタクトだった。手を繋いだりしてるが深い意味などない。妹にだってしてたからな。

その後、田舎に滞在してる間は毎晩二人で山へ行って夜空を眺めた。俺が星の話をするたびにマユシィは『へー』だの『すごいねー』だのわかってるんだかわかってないんだかわからんような返事をした。

マユシィが懐中時計を取り出して、そのタイミングで天文学講義は次回に持ち越しとなる。その年の夏はそんな感じで過ごしてたんだ。

盆が終わって家族が地元に帰ることになった。

毎晩マユシィの泊まってた家に行ってたから、一言さよならを言おうと思って訪ねたんだが、そしたらそこの婆さんが、

「ごめんねぇ。今あの娘、お父さんたちと川へ遊びに出かけてるのよ。帰ってきたらバイバイって伝えておくからね」

と謝った。だいたいどこの家も帰省という名の家族旅行なのだ、川遊びしたっていいじゃないか。謝る必要はなかろうよ。

そんなわけで俺はマユシィに別れを告げることなく去って行った。その次の年の盆にはもう会えなかったのは、そうかこの婆さんがおっちんじまってたからだったんだろうな。




まゆり「えへへー、実はこの話には続きがあるのです」



まゆり「おばあちゃんただいまー! まゆしぃね、さんしょーおーさんみつけたよ! あとカイちゅ~かしてくれてありがとー♪」

祖母「あぁ、まゆりちゃん。お帰り。そう言えばさっきね、あの子が来てたわよ。毎晩まゆりちゃんを送ってくれた子」

まゆり「え、そうなの?」

祖母「今日で帰るからバイバイだって」

まゆり「え……。おばあちゃん、ばしょわかる?」

祖母「○○さん家の? えっとたしか……」


・・・・・・


まゆり「はぁ……、はぁ……。こ、こんにちわー! だれかいませんかー!」

キョンの叔母「はいはい。あら、たしか、椎名さんとこの分家のお孫さんじゃない。どしたの?」

まゆり「えっと、えっと……」




まゆり「キョンくんいますか!」



キョンの叔母「キョン……? もしかして、姉さんとこの長男坊かい?」

まゆり「まゆしぃにバイバイ言いにきたってきいたんですけど……」

キョンの叔母「あぁ、姉夫婦はもう帰っちまったよ」

まゆり「え……。う、うぅ……」ウルッ

キョンの叔母「あらあらまあまあ。大丈夫よ、また来年来るって。家に着く頃合いに電話しておくからね、マユシィちゃんがバイバイ言いに来てくれたって」

まゆり「うん……。ありがとうございます……」トボトボ

キョンの叔母「それにしても、『キョンくん』ねえ。なかなかいいあだ名を付けてもらったじゃないか」


・・・・・・


キョンの叔母「もしもし? あぁおばちゃんだけどね、お前の兄さんのキョンくんは居るかい?」

妹『キョンくんー? へんななまえ! キョンくんでんわー』


キョン「……幼稚園の年長だった妹が俺を変なあだ名で呼ぶようになったのにはそんな経緯があったのか」

まゆり「キョンくん、あれから背が伸びたねー♪」

キョン「マユシィも、岡部さんと仲直りできてよかったな」

フブキ「人に歴史あり、ってやつだね」

古泉「大変興味深い話を聞けましたよ。まさに創世神話です」ンフ

みくる「えっと、涼宮さん、大丈夫ですかぁ?」

ハルヒ「…………」

キョン(なんて表現したらいいか……。ハルヒはそのアヒル口を阿呆みたいに半分開けて、目を力なく見開いて、まさに唖然と言った感じでボーッとしていた。おーい、帰ってこーい)

古泉「よかったですね、涼宮さん。彼の貴重な過去を知ることができました。それもこれも、椎名さんのおかげです」

キョン(洗脳じみた解説によるフォローが入った)

ハルヒ「そ、そうね。まゆり、ありがとう、こいつにその、えっと……」

キョン(ひどく混乱していらっしゃる)

ハルヒ「……まゆり。倫太郎と仲良くなれたのは、キョンのおかげなの?」

まゆり「うーん、そうとも言えるかなー。色々あったんだー」

ハルヒ「もし良ければ聞かせて、その時のこと」

フブキ「あ、あたしもその話は聞いたことないかも! オカリンさんとの馴れ初めかー」

まゆり「うん、フブキちゃんには教えてあげないけど、ハルにゃんには教えてあげるね」

フブキ「はぅっ! まゆりにイジメられて感じちゃう! ビクンビクン」

キョン(……ノーコメントで)

まゆしぃのうちはね、お父さんもお母さんも働いてて、さっきの夏休みの家族旅行はホントに最初で最後だったんだ。

お父さんもお母さんもいつもお家にいなくて、でもお婆ちゃんがいつも側に居てくれた。オカリンと遊ばなくなっちゃってからはずっとお婆ちゃんと二人っきりだったんだー。

オカリンと遊んでた頃はねー、よくテレビを一緒に見てて、オカリンいつも悪役ばっかり応援してたんだよー。そこにお婆ちゃんがお菓子を持って来てくれたりしたなー。

まゆしぃが11歳の時、たぶん冬の頃だったと思うけど、お婆ちゃんは死んじゃった。

まゆしぃはすっごく悲しくて、でもそれを誰にも言うことができなくて、毎日毎日お婆ちゃんのお墓の前に行って、お星さまになったお婆ちゃんのことを考えてて……。

あれは梅雨の時期だったのかな。雨の日だったんだけど、その時、急にお空がぱーっと眩しくなって、雲と雲の間から光が差し込んできたの。

ふっと思い出して、おまじないをね、してみたんだ。空に手を伸ばしてね、心の中で唱えたの。

誰かにまゆしぃの言葉を聞いてほしいなー、って。まゆしぃの思いを、お婆ちゃんに届けてほしいなーって。

そしたらね、オカリンはまゆしぃを抱き留めてくれて……。

今でも覚えてるよー、あの時のオカリン。『どこにも行かせないぞー、連れてなんていかせないぞー。まゆりは俺の人質だ、ふーははは』って、特撮ヒーローの悪役のセリフでね。恥ずかしそうに言ったんだ。

まゆしぃはとっても嬉しかったのです。とっても、とっても。1年もお話できてなかったオカリンとまた話せるようになって、きっとお婆ちゃんが助けてくれたんだなーって思って。

その時からオカリンの病気を理解してあげられるようになったんだよー。だからまゆしぃはオカリンの人質なんだーえへへー。

……最近またオカリンと話す時間が減っちゃった。なんとなく、オカリンとお話できなかった頃を思い出しちゃうんだ……。

でも、もうまゆしぃも高校2年生だからね、オカリンに甘えてばかりはいられないのはわかってるのです。

もしかしたら、もしかしたらだけど、オカリンはまゆしぃがいるから、最近苦しそうな顔をしてるのかなって思う時があってね。

オカリンには大切な人がいっぱいいるから……。

昨日オカリンにお墓で会って、その時も話したんだけど……。

それだったら、まゆしぃはオカリンの近くにいないほうがいいのかなって……。



ハルヒ「それは違うわ」


ハルヒ「まゆり、大好きな人の側に居れるっていうのは素敵なことよ。幸せなことなの」

ハルヒ「アンタは、誰よりも人を愛せる子。だから、誰からも愛されるべきなの」

ハルヒ「世界から、宇宙から愛されるべきよ」

ハルヒ「それをまゆりから手放すなんて間違ってる。そんなのは不幸の始まりにしかならない」

ハルヒ「大好きな人が遠いとね……泣きたくなるの。さみしくなって、きっとアンタは一緒に見た特撮ドラマでも見るんでしょう」

ハルヒ「いつまでも探してしまうの。大好きな人の幻を」

ハルヒ「アンタは倫太郎に支えられてることを重荷に思ってるのかも知れないけど、それは逆よ。アイツだってまゆりに支えられているはずだもの」

ハルヒ「アイツだって、まゆりに頼られることを幸せに思ってるのよ」

ハルヒ「だから、側にいてあげなさい。甘えてもいいから、ただ、一緒にいてあげなさい」

ハルヒ「明日目が覚めたらほら、希望が生まれるかも知れないわっ」

まゆり「う、うん……。ありがと、ハルにゃん」

キョン(コイツの言葉には有無を言わせない説得力があるんだよな……)

みくる「涼宮さん、素敵ですぅ」

フブキ「ハルにゃんカッケー……。あたしなんか、早くオカリンさんが犯リンさんにならないかなってばっかり考えてたのに」

キョン(最悪だコイツ!)

古泉「なるほど、こういうことでしたか……」

キョン(そして古泉は飽きもせずに意在言外な頷きをしてやがる)

ハルヒ「でもね、まゆりのそんなところも好きよ」

まゆり「……えへへ、ありがと、ハルにゃん」

??「あっ、まゆりちゃん、フブキちゃん。ここに居たんだ、もう探しちゃったよ」

まゆり「あーっ、カエデちゃん! おつかれー」

フブキ「よっすカエデ! じゃー面白い話もたくさん聞けたし、あたしたちはコスプレしに戻るよ! ありがとう、キョン!」

キョン「お、おう」

カエデ「あ、いいの? えっと、フブキちゃんとまゆりちゃんがお世話になったみたいで……。失礼しますね」

ハルヒ「こちらこそ、二人を連れてきちゃってごめんね。また後で会いましょう!」

まゆり「あ、フブキちゃん待ってよー! それじゃ、まゆしぃたちは行くね。ばいばーい」

みくる「ばいばーい」

キョン(あのカエデって人、現役女子大生グラビアアイドルか何かか?)

2010.08.16 (Mon) 22:51
湯島某所 男子部屋


キョン「得てして自分がよく知ってると思ってるやつの知らない話を聞かされるとなんとなく面食らうもんである」

古泉「佐々木さんの時もそうでしたからね。今回は不機嫌にはなられていないようですけど」

キョン「まぁ、マユシィとハルヒがこっち来てから仲良くなってたからだろう。それにマユシィはなんだか子どもっぽいし、岡部さんがいるしな。嫉妬する要素はないだろ」

古泉「あなたもだいぶ隠さずに話されるようになりましたね」ンフ

キョン「なんていうかな、もう俺たちは結構な年月を一緒に過ごしてるんだ。ここでわざと朴念仁のフリしたらそのほうが滑稽だろ。いつまでもハーレムアニメの主人公じゃないってこった」

古泉「割り切られていらっしゃいますね。まぁ、僕もそのほうが対応しやすくて助かります」

キョン「こうやって人間の機微っていうやつが失われていくのかね……」

古泉「成長段階ごとに心にとって重要なものが変わっていくだけですよ。きっとそれは悲しむべきことではないはずです」

古泉「むしろ僕は今のあなたの精神状態のほうが不安です」

キョン「ん? なにがだ」

古泉「……まさかとは思いますが、あなた、子どもの頃に田舎で過ごしたという夏休みの思い出の中の少女と再会できたという奇跡的な体験に感動して、気もそぞろになっていませんか?」

キョン「……すまん、今お前に指摘されてようやく思い出した」

キョン「そうか、あのマユシィが……、椎名まゆりなんだったな……」

古泉「あなたにとってもβ世界線へ移動せねばならない強い動機づけができたようですね」

キョン「なんだろうなこの……、おさまりどころの無い感じは」

古泉「世界線とは斯くも没義道であるものでしょうか」

キョン「明日の19時半過ぎになればマユシィは死ぬ……。その時、俺たちはどうすればいい」

古泉「そんなことは起こりませんよ。おそらく」

キョン「だが、この世界線の未来として確定してるんだ。朝比奈さん(大)だってα世界線の住人だ」

キョン「ハルヒは、この世界線の未来のハルヒは、マユシィの死を受け入れられるのか……」

古泉「……潮時ですかね、これ以上隠すのはあまり意味が無さそうです。ひとくさりネタばらしをしましょう」

キョン「……なんの話だ?」

古泉「この世界線の椎名さんが必ず救われる理由について」

古泉「結論から言います。これは涼宮さんの願望実現能力です。それも2010年8月現在のものではなく、2009年7月の、能力全盛期と言っても過言ではない時代の」

キョン「2009年7月……? またあの短冊の話か?」

古泉「鋭いですね。そうです、2025年に実現される、『地球の自転を反対にしてほしい』という願望」

キョン「話が全く見えん。何をどう間違ったら地球の自転とマユシィの運命に因果関係が結ばれるんだ。デウス・エクス・マキナか?」

古泉「スーパーマン、というキャラクターをご存知ですか」

キョン「……またぞろ斜め上な話を振りやがって」

古泉「失礼、あなたは知っているはずでしたね。この間僕とキャッチボールをした時にあなたの口から出た例え話でした」

古泉「あなたはスーパーマンの能力があったらダークヒーローに身を落とすと言った」

キョン(かつて俺は実にらしくない夢想に浸ったことがあった。SOS団以外のすべてのよくわからんやつらを俺のヒーローパワーで可視範囲内から追い出してやろうと思って、思い直した)

キョン(俺でなくても超絶ヒーローの役割を果たせるやつがいるんじゃないかと。他でもない、ただ一人、あいつが。いや、あいつこそが、と)

キョン「口に出して説明するのも内心忸怩たる思いがあるが、敢えて言ってやろう。スーパーマンってのは、アメコミヒーローの風雲児だ。鳥だ、飛行機だ、いやスーパーマンだ、とかいう」

古泉「そうです。原作は1938年から始まるアメリカン・コミックス初のスーパーヒーローです。主人公は元々異星人でしたが、地球人夫妻に育てられ、仕事とスーパーマンを両立する生活をはじめます」

キョン「この話、まともに取り合ったほうがいいのか?」

古泉「あなたは、スーパーマンの呪い、というものをご存じですか?」

キョン「知らん」

古泉「テレビドラマシリーズや映画において、スーパーマン役を演じた俳優に降りかかった災厄のジンクスのことです。ジョージ・リーヴスは結婚を目前にして射殺、クリウトファー・リーヴは落馬して首を骨折、半身不随となり、後に心臓発作で亡くなる」

古泉「世界をその超人的パワーで救っていくスーパーヒーローが、呪いのように殺されていくのです。まるでなにかに似ていませんか?」

キョン「…………」

古泉「さて、朝比奈さん(大)から頂いたヒントでもありますが、1978年公開の映画『スーパーマン』は映画史にその名を残すほどの映画作品として誕生しました。それは基本的には称賛を浴びるものでした。ラストシーンを除いては」

キョン「ラストシーン?」

古泉「亡くなったヒロインを救うために地球の自転を逆回転させ過去へ行き、そしてヒロインを生還させるのです。ちなみにこれ、公式設定ですよ」

キョン「そりゃ、また、とんでもないな。物理法則も因果関係もあったもんじゃねぇ」

キョン「……一応、話はハドロンレベルでつながったな。つまり、ハルヒの『地球の自転云々』の願いが、ヒロイン生還に繋がるってことか。そりゃ、あれだ。織姫様、どんだけアメコミギークなんだよって話だ」

古泉「もちろん涼宮さんはこの映画を去年の七夕以前に見ています。そしておそらく今日、2010年8月16日、その願いの具体的な内容が決定したのです。救うべきヒロインは椎名まゆりであり、スーパーヒーローは岡部倫太郎であると」

古泉「涼宮さんは無意識のうちに椎名さんの運命を感じ取ったのでしょう。そしてそれを救える人物の心当たりについても」

キョン「お前も焼きが回ったみたいだな。さすかに妄想の域を出ない話だ」

古泉「その結果、2025年から椎名さんを救うためのメッセージが送られてきたのです。覚えてませんか?」

キョン「そんなのあったか……?」

古泉「長門さんが岡部さんのケータイから見つけた、あの文字化けメールですよ」

古泉「あのメールには無意識野に刻まれる指令コードが添付されていました。それは見る者に自然と行動を促すものです。2010年7月28日から2025年に至るまで、岡部さんが意識的に選択した行動が最終的に椎名さんを救う結果となるよう、ある種宿命的な力が働いていたのです」

キョン「ちょ、ちょっと待て。あれは33、4歳の岡部さんが送ったものなんだろ?」

古泉「2025年に岡部さんが文字化けDメールを送るよう導いたのも織姫様の力。そしてそのメールに実質的な効力を仕込んだのも織姫様の力です」

キョン「わかった、わかった。とりあえずハルヒの力だってのはいいが、だがウルトラCでは世界線変更などできないと言ったのはお前じゃないか」

古泉「さっきも言いましたが、この願いは涼宮さん全盛期の能力です。感情的なものほど、その力は強くなる時代の」

古泉「それにこの願いは世界線の変更、世界改変がメインの目的ではありません。椎名さんが運命から救出されるよう岡部さんを導くだけ、です。それ以上でも以下でもありません」

古泉「世界改変それ自体はIBN5100によるクラッキングによって発動するのです。ここには涼宮さんの能力は一切かかわっていません」

キョン「……長門が、岡部さんの意識を変容させる、っつってたのは、そういうことか」

古泉「ここにきて100%椎名さんが運命から解放されることが確定しました。よかったですね」

キョン「意地の悪い野郎だ。俺にわざわざ心配させた上で、この話をしてくるかよ……」

古泉「上げて落とすよりは良心的かと思いますが」ンフ

キョン「このことは岡部さんには」

古泉「言っても言わなくても変わらないと思いますよ。僕たちの口から涼宮さんにそういう力があると言っても信じてもらえませんでしょうし、仮に信じたとしても、椎名さんが運命を脱したという事実をその目で確かめるまで安心できないでしょう」

キョン「そっか、そうだよな……」

古泉「あなたも今日は一日いろいろあってお疲れのはず。明日は情報制御空間での異能バトルが待っていますからね、ゆっくり寝ましょう」

キョン「はぁ、お前のせいでどっと疲れが出たぜ。安心したら気が抜けちまった」

キョン「……ちょっとハルヒと話をしてくる」

古泉「もうお休みになられているかもしれませんが、どうぞいってらっしゃませ」

2010.08.16 (Mon) 23:27
湯島某所 女子部屋


キョン「」コンコン

キョン(無言で二回ノックしてみる)

ガチャ

キョン(しばらくして、どういうわけか扉が開いた)

ハルヒ「……なによ」

キョン(寝間着でも着てるかと思ったら短パンにTシャツ姿であった。全く色気に欠ける)

キョン「あぁ、いや、なに。ちょっと今日のことで話がしたくてな」

ハルヒ「は、はぁ?……ちょっとみくるちゃんの体調が心配だけど、しっかり寝てるし。別にいいけど」

キョン「じゃ、決まりだ。ほら、来い」

2010.08.16 (Mon) 23:34
湯島某所 談話室


キョン「俺の昔話を聞いた気分はどうだ」

ハルヒ「は? なにそれ。別になにも思ってないわよ。ただちょっと思いもつかない人と繋がってたからビックリしちゃっただけ。誰だってそうでしょ。それに、恋人が実は血のつながった妹だったとか、世界一の大怪盗が実は自分の父親だったり、よくある話じゃない。確かに偶然の力には驚かされたわよ、まゆりが、ねぇ。まさかあんたと知り合っていたなんて。でも、こんなのただの偶然よ。ただの偶然に対して宗教的な畏怖を抱くような人間じゃないわ、あたしは。それはただの偶然であって、それ以上でも以下でもないの。スピリチュアルでもオーラでも波長でも守護霊でも共時性でもなんでもないわ! 運命なんてのはね、自分で切り開いていくものなのよ。そうじゃなかったら人間なんのために生まれてきたのかわからないでしょ? それが運命だからって言い訳するのは奴隷根性もいいところだわ! 決定論者も同じよ。今から100年も前にこの宇宙は量子レベルであまねく確率的だってことが指摘されてるんだから。アインシュタインは局所実在論にこだわって変なパラドックスを生み出しちゃったみたいだけど。とにかく、アンタとまゆりが昔知り合いだったってことは確率的には起こって然るべきだし、驚く点なんて無限遠点に至るまでどこにもないの。だいたいあたしが」

キョン「わ、わかったから、落ち着け。いやなに、俺が話したんだから、ハルヒの昔話も聞きたいと思ってな」

ハルヒ「あたしの?」

キョン「お前、佐々木と同じ小学校だったんだろ? その時の話とかないのか?」

ハルヒ「へ?……そうなの?」

キョン「……気づいてないのは知っていたが、キッカケを作ってやっても思い出せないか」

ハルヒ「う、うん……多分、記憶に無いわ。違うクラスだったのかしら?」

キョン「聞いた話だと、佐々木はお前と同じクラスになりたいと思うほどには慕っていたらしいぞ」

ハルヒ「あ、あの時のあたしを!?……佐々木さんって、やっぱりちょっと変わってるわね」

キョン「あー、そう言えば家庭の事情で苗字が変わったとか、長かった髪を切ったとか言ってたな。ちなみにその長かった髪はお前を憧れてのことだそうだ」

ハルヒ「へ、へぇ……。そ、そうなんだ……」

キョン(ハルヒの顔はにやけを無理やり我慢した、ぐにゃぐにゃした表情になっていた)

キョン「ま、そんな感じでだな、知らないところで人間関係というものは様々に交差しているのさ。考えてみればそれは当然のことだ。この世界にはごまんという人間がいて、それぞれがあちらこちらで無数の人間と離合集散してる。そしてその度にドラマが生まれているんだ」

ハルヒ「まるでブラウン運動<ブラウニアンモーション>。“アインシュタインの奇跡”と呼ばれる1905年に彼が理論レベルで証明したやつね。ついでに原子とか分子とか、それまで概念上の設定でしかなかったものが現実に存在することも証明したんだっけ」

キョン「へぇ、アインシュタインってのはすごい人だったんだな」

ハルヒ「やめなさいよ、いい歳して小学5年生みたいな反応」

キョン「まぁ、ミクロの話をマクロで例えるとだな、俺たちの存在証明に必要なのは、色んな人間と接して、色んな歴史を作っていくってことなのさ」

キョン(さて、俺的に綺麗にまとめたところでそろそろ寝るとしよう。明日もコミマに筋トレしに行かねばならないからな。決してこれ以上ハルヒと科学的トークをして論破されるのが怖いからではないとだけ付言しておこう)

今日はここまで




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◇Chapter.11 牧瀬紅莉栖のリインカーネイション◇
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2010.08.17 (Tue) 10:21
湯島某所


キョン(蒸し風呂地獄と言っても過言ではないこの大東京の炎天下にあって、2日連続で局所的人口過密地域と化した芋洗い会場に足を運んだ朝比奈さんは今日の朝から本当に体調をくずしてしまった)

キョン(昨日は突然のスコールめいた豪雨もあった上に、気温は稀覯の35℃超えであった。地球温暖化の影響だろうか、数年後の未来ではゲリラ豪雨や35℃以上をマークする猛暑日が日常的になっているのかもしれないな)

キョン(そんなわけでコミマ最終日である今日はSOS団のコミマ参戦は取りやめとなった。今はハルヒが女子部屋で朝比奈さんの看病をしていることだろう)

キョン「しかし、まだなのか岡部さんは……。大丈夫だとわかってはいるが、それでも落ち着かないぜ……」

古泉「焦る気持ちもわかりますが、こればかりは強要しても仕方のないことです。彼なりに心の整理がつかなければ」

古泉「それに、本日は椎名さんのデッドライン。20時までには決着をつけていただけるでしょう」

キョン「……今、ラボの様子はどんなだ」

古泉「岡部さんが椎名さんと橋田さんをコミマに行かないよう説得し、そして今まで自分が体験してきた世界線漂流のすべて、そしてこれから自分が体験することになるであろうβ世界線について、説明されています」

キョン「そっか……。β世界線はどんな世界なんだろうな」

古泉「現状判明していることは、ジョン・タイターが2010年ではなく2000年のアメリカに現れるということ。それはすなわち、ディストピアにならず、阿万音鈴羽さんが2010年に来ないということ」

キョン「ってことは橋田鈴さんの悲劇はなかったことになるんだよな。IBN5100を入手して2036年に帰ったはずなんだ、あっちのジョン・タイターは」

キョン「ん?」

キョン「あれ、ってことはだ。阿万音さんが1975年から地に足を付けて生活しないってことは、物理学教授橋田鈴が誕生しない……?」

古泉「そうなると相対性理論超越委員会は結成されないか、学生二人で結成されるか、あるいは他の教授が埋め合わせされるか。牧瀬章一も、秋葉幸高も、天王寺裕吾も、今宮綴も、すべてが今まで我々が体験してきた世界線のリーディングシュタイナーを発動させるなら、歴史の修正力のようなものによって未来ガジェット研究所は変わらず例の場所に誕生するのかもしれません。SERNへの直通回路、42型ブラウン管テレビとIBN5100を完備の上で」

キョン「……まさかとは思うが、αからβへ移動することも宿命論的な因果構造になってるのか?」

古泉「それはつまり、因果律を成り立たせるための因果、というメタ的視点、あるいは形而上の構造ですね。さぁ、それは僕たちが未来――この場合、世界線的物理的未来ではなく、人間的感覚的時間についての未来ですが――来るべき状況を観測しなければ、なんとも言えないことです」

キョン「最終的にシュタインズゲート世界線に行くとしても一旦βに寄らなきゃならないってことは、どのみち牧瀬さんは一回死ぬことになるわけだ。今頃どんな気持ちなんだろうな……」

古泉「どうやら牧瀬さんは現在フェイリスさんと二人でNR秋葉原駅のホームにいらっしゃるようです」

キョン「……どうしてわかる」ゾクッ

古泉「いえ、さすがに盗聴器は設置してませんよ。この世界線でも黒木という執事さんが機関に協力してくれることを約束してくださいましてね。電話をお繋ぎしましょう」プルルルル

キョン「あの新川さんの戦友か」

黒木『もしもし、古泉さん。その節はお世話になっております』

古泉「いえ、こちらこそ。それで、牧瀬さんのご様子は」

黒木『お嬢様のプライベートに関わることですので詳しくは申し上げられませんが、お二人は今大切な思い出を語り合っておられるようでございます』

キョン「大切な思い出、ねぇ……」

古泉「ありがとうございました、それでは失礼します。……さて、お二人の大切な思い出とはなんでしょうね」

キョン「そんなところまで詮索するつもりかお前は」

古泉「簡単な話ですよ。牧瀬章一氏と秋葉幸高氏は大学時代からの親友です。それもタイムマシン研究という特大の秘密を共有している」

キョン「そうか、ってことは娘同士顔を合わせることがあってもおかしくない」

古泉「おそらく、牧瀬紅莉栖さんと秋葉留未穂さんは幼少の頃からの友人なのでしょう」

キョン「思い出話に花を咲かせてるってわけだ」

古泉「いいえ、それだけではないはずです。このタイミングで、どうして秋葉留未穂さんが登場するのか」

キョン「……?」

古泉「幸高氏は電化製品の収集家と言っていましたね。おそらくオープンリールやカセットテープ、あるいは8mmフィルムなども持っていたことでしょう」

キョン「……そうか、親父たちの研究時代の生の記録を再生してるのか」

古泉「勝手ながら牧瀬家について機関のほうで調べさせていただきました。奥様は現在マンハッタンで敏腕弁護士として活動されており、ニューヨーク州ウェストチェスターにて紅莉栖さんと同居中。一方の章一氏は青森の実家に戻っており、つまり夫妻は別居状態です」

キョン「別居ねぇ。夫婦仲が悪かったのか?」

古泉「娘さんが誕生するのが1992年7月25日、相対性理論超越委員会によるタイムマシン研究が資金難によりとん挫するのが1994年10月3日です。その後、章一氏は現在に至るまでタイムマシン研究を続けられています」

キョン「さすがにこれは俺でもわかったぞ。つまり、親父は稼ぎのほとんどをマシン研究に費やして、家に金を入れなかったんだな」

古泉「その結果2003年7月25日、当時東京にあった牧瀬家を一人出ていくこととなります。近所の方がよく覚えていましたよ、大声で怒鳴り散らして居を後にする章一氏の半狂乱な姿を」

キョン「家族を捨てて研究を取ったのかよ、とんでもねぇマッドサイエンティストだ。どうしてそんなにのめりこんだんだろうな」

古泉「おそらくこういうことでしょう。彼の生涯を通して大切な人物を、彼は2000年に二人も失っているのです。4月3日に親友の秋葉幸高氏。5月19日に恩師の橋田鈴氏。想像を絶する悲しみが彼を襲ったと同時に一縷の望みに手を伸ばしてしまった。掴まざるを得なかった。それは―――」

古泉「―――タイムマシンで、二人を生き返らせる」

キョン「…………」

キョン(……絶句した。これが、これがタイムマシン研究の本質だってことか。つまりそれは、どうあがいたって希望という名の絶望なんだ……)

キョン「だが、だが仮にも娘は天才だったわけだ。どうして共同研究をしなかったんだ?」

古泉「それは正直わかりませんが、例えば紅莉栖さんの天才性はもっと後年から発揮された、あるいはそもそも人間関係がこじれていた」

古泉「ですが、父親がタイムマシン研究に一心不乱に取り組んでいたという事実は、幼少期の紅莉栖さんにとって重要な意味を持っているのでしょう。知識的な意味でも、感情的な意味でも」

キョン「その経験が今の未来ガジェット研究所でのマシン開発、そして将来的にSERNでのマシン開発につながるんだな。そうか、やっぱり橋田教授の存在はマシン開発にとって不可欠だったのか」

古泉「あるいは宿命的であった。あるいは収束であった。あるいは、因果が円環的に閉じていた」

キョン「……ラーメン屋の厨房の油汚れみたいに頑固な野郎だな、世界線さんとやらは」

古泉「あんまり悪口を言うとアインシュタインに怒られますよ」

キョン「ん、どうしてそこでアルベルトさんが出てくるんだ?」

古泉「そもそも世界線という概念はアインシュタインによって提唱されたものです。ゆえにα世界線とβ世界線のハザマの世界線のことを、アインシュタイン理論の抜け穴、『シュタインズゲート』と呼ぶのですよ。半ば決定論的な世界から脱出する、世界線理論への反逆という意味合いも込められていることでしょう」

キョン「ちょ、ちょっと待て。あれは岡部さんの妄言だったはずで、意味なんかないんじゃないのか」

古泉「意味がないことに意味があるのです。それが、シュタインズゲートの選択」ンフ

キョン「お前の場合、意味深長なことを言っとけばそれっぽいってだけだろうが」

古泉「岡部さんをリスペクトしただけですよ」

古泉「これで一つ、牧瀬さんがDメール実験の被験者として自分を選ばなかった理由がわかりましたね」

キョン「……なんでだ?」

古泉「収束によってそもそも彼女はDメールを送れなったのです。世界がそれを拒否していた」

キョン「……あまりにも荒誕な物語だが、納得できる自分が嫌になるぜ」

古泉「幼少期の彼女にとって両親の別居はトラウマものでしょう。あるいはネグレクトがあったかも知れません。そんな過去はやり直したいと思うものです」

古泉「しかし、やり直すことはできない。仮に牧瀬家が一家団欒を現在まで続けていれば、それは巡り巡って橋田鈴が1975年にタイムトラベルしてくる未来を打ち消すことになるのでしょう。逆説的にやり直しは不可能と言えます」

古泉「牧瀬さんにとって幸福な世界へと改変するために過去事象の変更をするとしたら、暗がりで針の穴に糸を通すレベルの精密さが要求されるはずです。それもたった全角18文字で」

キョン「……運命なんてもんはクソの役にも立たねぇな」



紅莉栖「そんなの、やってみなくちゃわからないわッ!!」





紅莉栖「ハァ……ハァ……」

キョン「ま、牧瀬さん!? ど、どうしてここに……」




紅莉栖「今すぐタイムリープマシンを貸してッ! 私を、2000年に飛ばしてッ!」




---

カチッ ジー……

章一『第……えー……第……何回目だったかな。とにかく、「相対性理論……超越委員会」……』

章一『もう……幸高も橋田教授もいない……』

章一『2人とも……亡くなってしまった……』

章一『あの頃の私たちはあんなにも……タイムマシンを作ろうという夢に溢れていたのにな……』

章一『あの頃に……戻りたいよ……そうしたら今度こそ絶対にタイムマシンを作ってみせる』

章一『娘に論破されないような……完璧なタイムマシンを……』

章一『……なあ……幸高……それでな……私は……』

章一『俺はッ……』

章一『タイムマシンを使ってやりたいことがあるんだ……』

章一『今日娘にひどいことを言ってしまった』

章一『あの瞬間に戻って自分に言ってやるんだ』

章一『娘を、紅莉栖を……傷付けるな、と……』

章一『感情に身を任せて、家族の絆を壊すな……と……』

章一『俺は……あんなことッ……言いたくなかったんだ……ッ!』

……カチャ




紅莉栖「……パパ、届いたよ。パパの言えなかった言葉。伝えられなかった気持ちが……」

紅莉栖「今、私の心に―――――」




紅莉栖「パパの願い、叶えてあげる」



---

長門「リープマシンはここにある」スッ

キョン「お、おい」

古泉「ここの場所は黒木さんに聞いたのですね」

紅莉栖「4月2日、いえ、準備する時間が欲しい……、4月1日なら、エイプリルフールだし、私の挙動に少しおかしいところがあっても……」ブツブツ


キョン「……長門、ホントにやるのか?」

長門「この絵を見て」

キョン「絵……? 長門が描いたのか。なんというか、例の宇宙語みたいな絵だな」

長門「これであなたの脳内に、牧瀬紅莉栖が仮に2010年7月28日に秋葉原にいなくても未来ガジェット研究所がこの世界線の本来の歴史を歩める保険となるデータが挿入された。あとは航時機で7月28日に戻り、わたしに記憶を見せてくれればいい」

キョン「だが、その場合岡部さんは牧瀬さんと出会わなくなる。岡部さんがβ世界線に行った後、牧瀬さんを救う動機がなくなる」

キョン「シュタインズゲートへは、到達できない……」

長門「それが、牧瀬紅莉栖の選択」

キョン「…………」

古泉「もう一度言いますが、僕たちが立てた仮説ではあなたが2000年にタイムリープしたところで事象のほとんどは変更できないはずです」

紅莉栖「それは理論レベルの話。実証するには実験するしかない。私が証明してみせるわ、タイムリープで過去を変えられることを」

長門「装着して」

紅莉栖「うん、ありがとう有希」スチャ


キョン「……ホントにいいんですね」

紅莉栖「言っとくけど、私は岡部に忘れてもらうためでも、岡部を忘れるためにやるでもない」

紅莉栖「岡部を、信じるために。岡部に、見つけてもらうために」

長門「2000年4月1日午前6時丁度へ送る。いい?」

紅莉栖「……いいわ」

キョン「……わかりました。長門、頼む」

長門「わかった」フッ

紅莉栖「ぐっ……っぁぁぁぁああああああッ!!!!」

キョン「……ッ!? な、なんでリーディングシュタイナ――――――――――――――

D 0.592869%
2010.08.17 (Tue) 10:21
湯島某所


――――――――――ッ!!! ど、どうしてリーディングシュタイナーが!?」

紅莉栖「……来たのね、キョン」

古泉「なるほど、これが彼のリーディングシュタイナーですか」

長門「…………」

キョン「ま、牧瀬さん!? 2000年に飛んだんじゃ……、ってことは、10年を生きて、戻ってきたんですね」

紅莉栖「そう。そうよ、私は、ようやく戻って来れた。この地平に……」

紅莉栖「ありがとう、有希。キョン。古泉くん」

紅莉栖「私は、長い長い旅をしてきた。そこで得たものは本当に素敵で、尊くて、美しい……」



紅莉栖「残酷な、夢だった……ッ!!」ポロポロ

キョン「なっ……」

紅莉栖「お願い、有希……グスッ……。私が、私が選択した2000年へのタイムリープの記憶を消して……ヒグッ……。すべて、徹底的に、デジャヴにもならないほどに……」ポロッ

キョン「牧瀬さん、長門の正体を知って……、そうか、どこかでバレちまったのか。でも、記憶を消して本当にいいんですか」

紅莉栖「……私は、満足した。そして、間違ってた……。このまま記憶を消してくれれば、きっと私はラボに向かって走り出す……」

紅莉栖「さぁ早く!!! 私がこの瞬間をどれだけ待ち望んだか……ッ!!! 時間がないのッ!!!!」バンッ!

キョン「ッ……。なぁ、長門。牧瀬さんの言う通り記憶を世界外記憶領域からも消去することは可能か?」

長門「可能」

キョン「……消したように見せかけて、俺に見せてくれないか?」ヒソヒソ

長門「……世界外記憶領域からコピー&ペーストしたものを情報統合思念体に圧縮して一時保存する。これで牧瀬紅莉栖は永久に記憶を取り出せなくなる」

キョン「よし……わかった。やってくれ」

長門「」コクッ

紅莉栖「ありがとう……。ありがとう、ありがとう……」ウルッ

紅莉栖「――――――あれ……、私、なんでここに……」

古泉「……ラボに急がなくてはいけないのでは?」

紅莉栖「そ、そうだった。ラボに行かないと……、岡部に気持ちを伝えないと……ッ!!」ガララッ


キョン「古泉、お前、既に記憶を引き継いでるのか?」

古泉「牧瀬さんからリーディングシュタイナーについて長門さんに説明がありましてね。長門さんには僕の記憶をコピペしていただきました」

キョン「なら話が早い。俺は牧瀬さんの歴史を知りたい」

古泉「僕は遠慮しておきます。推理だけで十分ですし、β世界線に移動するにあたって不要な行為だ」

キョン(そういやコイツ、タイムトラベル以外の不思議現象にはむしろ消極的だったな……)

キョン「……わかった。ここ、閉めるぞ」ピシャ

古泉「……いってらっしゃませ」


キョン「それで、この談話室の外を時間凍結できるか?」

長門「わたしの能力は既に喜緑江美里に制限解除してもらった」

長門「この談話室内を操作的不干渉相対時間領域に設定する。外での1秒がここでの1日になる」スッ

キョン「よし。これで時間は稼げた」

キョン「正直言おう。俺は、牧瀬さんがどんな旅をしてきたのかを知りたい」

キョン「そこでは何が起こって、何が起こらなかったのか」

キョン「興味本位じゃないと言えば嘘になる。だが、誰かが観測しておかないといけない気がするんだ」

キョン「この世界の仕組みを、牧瀬さんの決意を……」

長門「容量が多いので小規模情報制御空間を展開し、重要と思われる断片的データをブロック化、情報移動を最適化するためデフラグメンテーションを行う」

キョン「つまりどうやって牧瀬さんの記憶を見るんだ?」

長門「時間の流れを空間的に表現する。詳しくは、行けばわかる」

キョン「……まぁ、これは俺のわがままだ。お前に任せる」

長門「こっち」スッ

キョン(長門の指差す先を見ると、それまでただの壁だったところに謎の通路が出来ていた。床や壁はクリムゾンレッドを基調としているが、随分先が長いらしく奥は真っ暗闇だ)

キョン「ここに入るのか……」

長門「わたしも行く」

2010.08.17 (Tue) XX:XX
時の回廊


キョン(中に入ると洋館の廊下のようだった。いつか雪山で遭難した際に侵入してしまった天蓋領域による異空間を思い出す)

キョン(1分も歩かないうちに突然目の前に扉が現れた。えっと、これはどうみてもエレベーターの扉だ。しかも内側、箱の中から見た側の扉だ。小奇麗である)

キョン(よく見ると扉の上部の電光掲示板のようなところ、本来なら階数のナンバーが左から昇順で書かれているであろう場所に、“2000年4月2日”と書かれていた)

キョン「なるほどな、視覚的に時間を表現するってのはこういうことか。俺みたいな三次元を絵に描くのが苦手なやつにはわかりやすくて助かるよ」

長門「ここは記憶、過去の世界。ゆえにわたしたちの存在はこの場のすべての事物に影響を及ぼさない。例えるなら、ファントム」

キョン「誰かに話しかけても独り言になるわけだな」

キョン(このエレベータードアの向こうに行くにはどうすればいいのだろう。どういう訳かコントロールパネルには最上階のボタンしか設置されていなかったので、俺はなんとはなしにそれを押した)

キョン(チーンなんていう古臭い音はせず、その扉は静かな機械音を上げながら左右に収納されていった)

-
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留未穂「クリスちゃん! 今日は来てくれてありがとうッ!」ダキッ

紅莉栖「る、留未穂ちゃん、急に、抱き着くの、禁止!」

留未穂「えぇーいいでしょー! クリスちゃんから来てくれたんだからッ! クリスちゃんだーいすきッ!!」

紅莉栖「も、もう……。そういうのはあなたのパパにやりなさいよ」

留未穂「パパは今日も遅いもん。それにいつも約束を破るし……」

紅莉栖「……お仕事で忙しいから仕方ないのよ」

留未穂「わかってるよ……。ね、それよりほら、一緒に飾り付け作ろう! こうやってねー、切った折り紙に、ノリをつけて……」

幸高「ただいま留未穂」ガチャ

留未穂「!! おかえりなさいパパ! 待ってたよっ」タタタッ

幸高「ははは。留未穂の言ってたケーキ買えたよ」

留未穂「ありがとうっ。でも私ッ……。パパが帰ってきてくれたことが一番嬉しいッ……!」ダキッ

幸高「そう言って貰えてパパも嬉しいよ」

幸高「それから、紅莉栖ちゃん。留未穂の誕生日会に来てくれてありがとう」

紅莉栖「いえ、私が来たかっただけですから……」

幸高「おや、見ないうちに随分大人っぽくなったね」

留未穂「んんー? クリスちゃん、天邪鬼! ホントは私のこと好きなくせにー」

紅莉栖「は、はぁ!? 勘違いしないでよね! べ、別にるみほちゃんのことが好きだから……。ううん、るみほちゃんのこと、好きよ」

留未穂「私もだいすきー!」

幸高「紅莉栖ちゃんの分のケーキもあるからね。さ、みんなで夕食にしようか」

キョン(その後は和気藹々とした幸せな食卓が展開された。あれがフェイリスさんのお母さんか、初めて見るな)

キョン(誰も彼も幸せそうだ)

幸高「この飾り、全部留未穂が? すごいな……」

留未穂「うん、紅莉栖ちゃんも、黒木も手伝ってくれたよ!」

紅莉栖「そうね、楽しかったわね」

留未穂「……ねぇパパ。明日は2人でどこに行きたい?」

幸高「留未穂が行きたいところならパパはどこでも嬉しいよ」

留未穂「私もね、パパと一緒ならどこだって楽しいよ!」

留未穂「じゃぁね、お城が見たいな! 私がお姫様でパパが王子様で……」


プルルルルル プルルルル


紅莉栖「…………」


キョン(牧瀬さんはこの幸福の応酬に胃潰瘍でも発症しているのかもしれない。ホント神様ってやつは上げて落とす天才だな)

黒木「はいもしもし。……」

黒木「……旦那様。会社からお電話です」

幸高「今日は無理だ。断ってくれ」

黒木「しかし……」

電話相手『社長! 例の件で問題が起きました! 今すぐ社長を呼べとお怒りでしてッ……!』

幸高「……ッ!? 何ッ……」

電話相手『いらっしゃるのは分かっています、社長!』

幸高「…………」チラッ

留未穂「…………」

キョン(娘の不安そうな顔。なるほどな、こういうことだったのか)

電話相手『お願いです……!!』

幸高「くッ……!!」ガバッ

留未穂(パ……パパ……!?)

紅莉栖「待ってください幸高さん!!!!」グイッ

幸高「……ッ! 今君に構っているヒマは……」

紅莉栖「聞いて!! あなたは後悔することになる!!」

留未穂「ク、クリスちゃん……」

紅莉栖「娘の8歳の誕生日の約束を無視して……、留未穂がどんだけ楽しみにしてたか……!!」

幸高「……仕事なんだ、どうしても責任を取らなければ」

紅莉栖「仕事とッ! アンタの血が入った実の娘とッ! どっちが大事なのよッ!!!」

幸高「ッ!!!」

紅莉栖「アンタ、仮にも社長でしょ! 自分が行かないでなんとかなる方法を考えなさいよ!!」

紅莉栖「それとも、娘の心に一生物のトラウマを植え付けるつもり!?」

幸高「……もしもし。私だ。会社へは行けない。以下の部署に連絡してくれ……」

紅莉栖「まったく、父親ってどうして揃いも揃って……」

留未穂「ク、クリスちゃん……?」

紅莉栖「大きな声出してごめんね、るみほちゃん。あなたのパパは、約束を守る世界一素敵なパパだわ」

留未穂「う、うんッ!!! パパ、大好きッ!!!!」



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ウィーン


キョン(突然背後に例の機械的なエレベータードアが出現し、扉が閉まった。気づくと俺と長門はエレベーターの外側、つまり廊下の途中に立っていた。どうなってるんだこれ?)

長門「この記憶はここまで。次へ」

キョン「お、おう……」

キョン(長門に催促されるままに薄暗い廊下を歩き出した。この廊下の光源はいったいどこから来てるんだろうな)

キョン(途中、絵画が掛けられていた。洋館に良く似合う雰囲気の、それでいて写真のような絵だ)

キョン(額縁には絵のタイトルの代わりに2000年5月12日と書かれている)

キョン「ん……これって……」

キョン(よく見ると絵でも写真ではなく、景色そのものだった。まるで窓だ)

長門「そこから覗くと改変後の世界を断片的に観察できる」

キョン(なるほど、さらに限定的な記憶情報ってことか。どれ……)


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紅莉栖「嘘でしょ……。るみほちゃんのパパの会社が、倒産……!?」

留未穂「うん……。だからね、これから私たち引っ越さないといけないの……。お金が払えないんだって……」

紅莉栖「そ、そんな、ダメよ! 2010年までは秋葉原に住んでないと……。待って、もしかして、自己破産したの……?」

留未穂「じこはさん?」

黒木「はい、そうなります。私も本日付けで解雇されます」

紅莉栖「ま、待って待って! 家を手放したってことは、家財は……」

黒木「旦那様はその一切を手放しました。趣味で集めておられたレトロな電化製品までも」

紅莉栖「そ、それじゃ、IBN5100は……」

黒木「それが最も資産価値の高かったものでございました」

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キョン(……古泉も言ってたじゃねーか。結局、タイムトラベルってのはそういうことなんだって)

キョン(……くそッ! なんなんだこの無力感は……、ふざけんなよ……)

長門「これは過去の映像。感情的になる意味はない。次へ」

キョン「……まだ次があるのか?」

長門「まだたくさんある」

キョン(どういうことだ? 今ので世界線は確定したも同然なんじゃないのか)

キョン(1分ほど歩いたところで俺は驚嘆した。まったく同じ扉が俺たちの前に立ちふさがったのだ……)

キョン「お、おい長門。これって、さっきのエレベーターじゃ……」

長門「違う。牧瀬紅莉栖は10年間人生を過ごし、またわたしのタイムリープマシンで過去へ飛んだ。この扉の先に至るまでに計3回」

キョン「そ、そんな……嘘だろ……。リープのためだけに30年を過ごしたってことか……」

長門「さぁ、ボタンを」

キョン「……わかった。見よう。牧瀬さんの執念を」ポチッ

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幸高「この飾り、全部留未穂が?すごいな……」

留未穂「うん、クリスちゃんも、黒木も手伝ってくれたよ!」

紅莉栖「…………」

留未穂「……ねぇパパ。明日は2人でどこに行きたい?」

幸高「留未穂が行きたいところならパパはどこでも嬉しいよ」

留未穂「私もね、パパと一緒ならどこだって楽しいよ!」

留未穂「じゃぁね、お城が見たいな! 私がお姫様でパパが王子様で……」

紅莉栖「…………」

キョン(あ、あれ? 電話が鳴らない?)

幸高「しかし、まさか章一のやつが私の仕事の問題点を言い当てるとはビックリしたよ。研究しかできない唐変木かと思っていたが、今度飲みにでも連れて行ってやらないとな」

留未穂「クリスちゃんのパパすごーい!」

紅莉栖「じゃ、じゃぁ、例の件について、問題は起きてないのね……!」

幸高「あぁ、そうだよ。これで私も留未穂との時間が約束された」

紅莉栖「……グスッ……ヒグッ……うぇぇぇぇぇん……うわぁぁぁぁん……」ボロボロ

留未穂「ど、どうしたのクリスちゃん!? お腹痛いの?」

幸高「まさか、ケーキに当たって……」

章一「おい幸高ァッ!! 俺がトイレに行ってる間にうちの娘を泣かせるとは、貴様、覚悟はできているんだろうなァッ!!」

幸高「お、落ち着け章一! 紅莉栖ちゃん、ホント、どこか痛いところがあるのかい!?」

紅莉栖「グスッ……フ、フフフ……あは、あはははははッ!!!」

章一「ど、どうした紅莉栖?」

紅莉栖「ううん、なんでもないよ、パパ。留未穂と留未穂のパパが、幸せそうでいいなって、そう思っただけ」ニコ

章一「なんだ人騒がせな娘だな。まったく、誰に似たんだか」

幸高「人騒がせってところは章一以外の誰でもないと思うけどね」

章一「なにをーッ!?」

留未穂「アハハッ! クリスちゃんのパパおかしい!」



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ウィーン


キョン「……この記憶があるってことは、つまり牧瀬さんはタイムリープで幸高氏の生存かつIBN5100の存続を達成したってことか」

キョン「しかし、よく幸高氏の会社の内情まで把握できたな……。もしかしたら古泉あたりからフォローが入ったのかもしれない」

長門「次へ」

キョン(長門が俺のことを急かすのは、おそらく俺の精神衛生面を考慮してなんだろう。そうだ、これは客観的叙事であって、世界の法則についての変なリリシズムが介入する余地は無いんだ)

キョン(またしばらく歩くと例の絵がかけてあった。俺はまじまじとその中身を見つめた)

キョン(そこには舞浜ランドのシンデレラ城で撮ったであろう幸高氏とフェイリスさんの写真を眺める牧瀬さんの姿があった。ここはこれ以上のぞいても仕方ないな)

キョン(ちょっと離れたところにもう一枚絵が飾ってあった。そこにはフェイリスさんと一緒になって幸高氏に萌えの素晴らしさ、将来性、経済性などを説得する牧瀬さんが居た。かつてハルヒと交わした物理学講座の時のような論破力にかかれば幸高氏を説得することに成功してしまうんだろう)

キョン(さて、またしても1分ほど歩いたところで扉に突き当たった。今度は見るからに病室の、スライド式のドアだ)

キョン(入院患者名が記載されているプレートの上に、2000年5月18日と書いてある。そしてその入院患者は、)


ガララッ

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章一「その後、具合はどうですかな教授」

鈴羽「珍しいこともあるもんだ。君がタイムマシンよりもあたしを気遣ってくれるなんてね」

章一「いや、それが娘に頼まれましてな。どうしても私の師である教授とタイムマシンについて話がしてみたいのだとか」

鈴羽「……そうか。君の娘はまだ7歳だろ? もしあたしと渡り合えたら天才じゃないか」

章一「どうせ病室でヒマをしておられるのでしょう? でしたら、我が娘のために特別講義を開くべきですな。チョプティックによる宇宙検閲官仮説の破れあたりからでしたら導入に丁度いいのでは?」

鈴羽「どうしてそうなるんだよ……。それで、君が牧瀬紅莉栖か。初めまして、だね」

紅莉栖「……初めまして、橋田さん」

章一「どうした紅莉栖、もっと喜びなさい! ここに偉大なる物理学者の師がいらっしゃるのだからな!」

鈴羽「家にまともに金も入れないくせに、偉大なる物理学者が聞いてあきれるよ」

章一「ぐぬぅ、その話はなかったことに……」

紅莉栖「パパ、ごめん。えっと、橋田さんと二人きりでお話ししたいことがあるの」

章一「二人きり?」

鈴羽「……?」

紅莉栖「乙女の秘密! ほら、早く出てって。大好きだから」

章一「お、おい。押すな! わかった、わかったから。それでは教授、修行の件、よろしくお願いしますぞ」

鈴羽「授業がどうして修行に変わっちまったんだか。それで、お嬢ちゃん。話したいことってなんだい?」

紅莉栖「……私は、タイムリープしてきた。あなたに会うために。阿万音鈴羽さん」

鈴羽「ッ!?!?」

鈴羽「……ここにきてSERNの手先がやってくるとは。あたしはほっといても死ぬよ。IBN5100の場所も教える気は無い」

紅莉栖「違うの! 聞いて、鈴羽さん! 岡部は、岡部倫太郎は、IBN5100の受け取りに成功したッ!!」

鈴羽「……ほ、本当? って、病人を前にして嘘を吐く意味もないか……」

紅莉栖「正確には、あとはあなたが秋葉幸高さんにIBN5100を柳林神社に奉納するよう指示すること、それから42型ブラウン管を天王寺裕吾に譲るよう伝えること」

紅莉栖「そうすれば橋田が、えっと、あなたのお父さんがSERNをハッキングして、エシュロンに捕えられたDメールを削除すれば、世界線はβへと移動する。ディストピアを回避できる!」

鈴羽「は……はは……。やっぱり橋田至があたしの父さんだったんだね。でもどうして、牧瀬紅莉栖が、あの牧瀬紅莉栖がそれをわざわざ言いに来たんだ……」

紅莉栖「……あなたが、大切なラボメンだからよ。バカ」


キョン(この時牧瀬さんは7歳、阿万音さんは43歳、その歳の差は36歳にもなるが、しかし同じ時間を共有していたラボの仲間である)


紅莉栖「あなたは成功した。あなたのおかげで、ディストピアは回避された」

紅莉栖「あなたの人生に、意味はあったのよ。阿万音鈴羽……」ダキッ

鈴羽「……うわぁぁぁぁぁぁぁッ……うぐぅ、うわぁぁぁぁ……」ポロポロ

章一「何事ですか教授! まさか、病状が進行して……、す、すぐにナースコールを!」

鈴羽「うぅっ……ち、違うんだ、牧瀬章一……。あたしは、ついに……うぅっ……」

鈴羽「……ユリイカッ!!!」

章一「!?」

鈴羽「あたしは、ついに、ついに到達したんだ……」グッ

章一「な、なににです?」

鈴羽「この子が、牧瀬紅莉栖がたった今、あたしが人生をかけて解けなかった時空間理論を、解明してくれたのさ……。この子は、本当に天才だ。あぁ、人類の歴史を左右するほどの大天才なんだ……」

紅莉栖「阿万音さん……」

章一「な、なんですと!? 紅莉栖、後で私にも教えてくれ! 益々タイムマシン開発の助けに……」

鈴羽「牧瀬章一ッ!! 前から言ってるけどね、タイムマシン研究なんてきれいさっぱりやめちまえ! 君が家族をないがしろにするようじゃあたしは死んでも死にきれない。お嬢ちゃんを幸せにできないって言うなら、化けて出てきてやるからね!」

章一「何故ですか教授! それにしても、教授にしては非科学的な意見ですな」

紅莉栖「……私はパパに研究を続けてほしいよ。貧乏でもいいから、一緒にタイムマシンを作りたい」

鈴羽「牧瀬紅莉栖……。君は、それでいいのか……」

章一「ほら教授! 聞きましたかな? やっぱり紅莉栖は私の娘だ! いずれ二人でタイムマシンを完成させ、未来の医療で教授を未知の病魔から救って見せましょう! そしたらあと、50年、いや100年は長生きできるはずだ! ハッハッハ」

鈴羽「君はあたしをフランケンシュタインにしたいのか?」フッ

綴「こんにちは~」

綯「わ~」

鈴羽「ああ……よく来たね。綯~、元気~?」ナデナデ

綯「んぅ」

章一「それでは我々は退散しますかな。ほら、紅莉栖。お別れの挨拶をしなさい」

紅莉栖「……橋田さん、またね。綯も、またね」

鈴羽「……またね、牧瀬紅莉栖。10年後に、また」

綯「だぁ」

綴「あら、ありがとうお嬢ちゃん」

紅莉栖「……ごめんね、天王寺さん」タッ

綴「?」



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キョン(『せめて幸せな最期を』、か。これでよかったんだろうか)

キョン「牧瀬さんは天王寺綴さんを救えなかったんだな。その、過去3回のリープの中で」

長門「彼女および彼女のお腹に宿っていた胎児をSERNによる暗殺から救うことは当時7歳の彼女には不可能だった」

キョン「……次に行こう。いちいち考えてたらキリがねぇ」

キョン(またしても絵画がかかっていた。この世界線での未来、だったな。そこには2000年5月19日と書かれていた。翌日か)

キョン(そこは俺と古泉が以前訪れた御徒町の家だ。だがどことなく厳かな雰囲気、そして仏壇に飾られた数々の花々……)


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章一「まさか昨日の今日でこんなことになるなんてな……」

天王寺「ご香典ありがとうございます」


キョン(天王寺さんに毛が生えてやがる……それもロン毛だ。一体なにがあってあんなハゲ頭に……)

キョン(この時天王寺さんは22歳だったな。ちょっと想像しにくいが、あのオッサンの青年時代ということになる)


章一「あんたは、教授の親族か?」

天王寺「いえ、ただの居候です。ここで一緒に暮らしていたので……」

章一「そうか。教授の家族についてはついぞ話を聞かなかったな……」


留未穂「なえちゃんかわいいな~♪」

綯「んぁぅ」

紅莉栖「あんまりいじったらダメよ、ちゃんとあやすようにしないと……」

綴「よかったね綯、おともだちができて」ウフフ


幸高「あれ、ひょっとしてあんた、天王寺さんかい?」

天王寺「はい、そうですが、それがなにか」

幸高「いやね、私が秋葉、秋葉幸高だ。42型ブラウン管を教授に頼まれて君に譲ることになっていてね。今度送るよ」

天王寺「な、なんですって!? 42型を……ゴクリ。42型は、イイ……実に素晴らしいですよ、最高傑作だ」

幸高「なるほど、教授も適材適所を考えたわけだ。今廃品回収業をやってるんだったかな」

天王寺「はいッ! もしかして秋葉さんもソッチの人間で?」

幸高「君とは話が合いそうだね。ここで会ったのも何かの縁だ。おい、章一! 俺のおごりで飲まないか。弔問客も少ないようだし、3人で橋田教授の思い出でも語り合おうじゃないか」

章一「幸高にしては冴えた提案だな。よかろう、手向けの香華代わりだ。あの人も賑やかなのが好きだったしな。天王寺君、酒を用意したまえ!」

天王寺「お、おう!」


・・・・・・

紅莉栖「パパ、ママに迎えにくるよう連絡しておいたからね」

章一「私はパパではない、ドクター中鉢だ……ムニャムニャ」

天王寺「いやあ、秋葉原に来て本当によかった! あなたみたいな人間がやっぱり居るんですね。今度お宝を見せてもらっても」

幸高「構わないよ。妻に見せてもガラクタとしてあしらわれるだけだからね。私のコレクションも君みたいな人に見てもらえれば幸せだろう」

幸高「コレクションと言えば、昨日教授が変なことを言いだしてね。元々教授からIBN5100を譲ってもらった時点で変なんだが、それを柳林神社に奉納しろってのさ。不思議だろ?」

天王寺「鈴さんは時々不思議なことを言う人だった……。い、今なんて言った、あ、IBN5100、だと……!?」

幸高「お、さすがにわかるか。コンピュータの技術的画期、市場を震撼させた伝説、あの幻のレトロPCだ。あの時代から比べると随分世界が変わってしまったね」

天王寺「いや、それは、そうなんだが……それも幸高さんのコレクションに?」

幸高「昨日の今日だからね、まだ神社へは奉納してないよ。そうだね、君に見てもらってから教授の遺言を実行しようかな」

天王寺「IBN5100……そんなところに……」

---

キョン(古泉の言ってた天王寺橋田問題は、阿万音さんが上手いことかわすことで成り立ってた、らしい)

キョン(そして橋田さんの死後、幸高さんが生存している場合、二人は出会ってしまう。自宅をSERNに監視されてる天王寺さんは、これでIBN5100を強奪しなければならなくなった)

キョン(自分の家族を守るために……)

長門「牧瀬紅莉栖はまた10年を繰り返した。牧瀬章一および秋葉幸高を通夜へ行かせないよう誘導した」

キョン「それによってIBN5100が天王寺さんの手に渡ることを回避したのか」

長門「そう。次へ」

キョン(それからまた1分ほど歩くと扉が現れた。今度はうってかわってアンティーク調の扉だ。書斎かなにかだろう)

キョン(扉には『Sep. 25, 2003』とデザイン風にあしらわれた文字が刻み込まれていた。つまり、この先は2003年7月25日だってことだ)

キョン「親父が家出した日、だったか」

長門「牧瀬紅莉栖の11歳の誕生日」

キョン(長門の視線に促されるようにして、俺はそのドアノブをひねった)

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キョン(ここは牧瀬さんの自室らしい。女の子的雰囲気が無いではないが、まるで図書館の一角のような部屋だった)


牧瀬母「珍しいわね。スカートなんて」

牧瀬母「誕生日だからってめかしこんじゃって……」フフッ

紅莉栖「それだけじゃないわ。パパに見てもらいたいものができたのっ」

牧瀬母「忙しいんだからあんまり邪魔しちゃダメよ?」

紅莉栖「うんっ」


キョン(牧瀬さんが二の句をつごうとした瞬間、場面が変わった。部屋が移動したらしい。どうやら今度は章一氏の書斎だ)


紅莉栖「パパ?」

章一「紅莉栖か? おお、お姫様みたいだな。お前の幼い頃を思い出すよ」


キョン(この時章一氏は36歳か)


紅莉栖「えへへっ。あのね、聞いてっ」

章一「なんだ?」

紅莉栖「この間パパが発表したタイムマシンに関する論文を読んでみたの。すごく面白かったんだけど……」

紅莉栖「私はね、タイムマシンは絶対に作れると思うの」ハイッ

章一「…………」ピクッ

紅莉栖「理由もちゃんとまとめてきたわ! パパの間違いも全部直してきたの。パパの役に立ちたくて!」

章一「…………」ググッ

紅莉栖「……パパ?」

章一「タイムマシンは、可能……か……。論文も、悪くない……」

紅莉栖「……うん、可能。だって、橋田教授から教えてもらったから」

章一「そうか……」ボロッ

紅莉栖「パ、パパ!? 泣いてるの……?」

章一「……泣いてなどいない。泣いてなど……ッ!!!」

章一「ママ!! ママすぐに来てくれ!! 今日の夕食は盛大に祝うぞ!! 開発評議会だ!! 同時に誕生日会もやろう!! ほら、プレゼントも用意してあるぞ!! うちの娘は、俺たちの宝物は、ついに、人類の夢、科学の頂点、タイムマシンの開発にこぎつけたのだッ!!!!」

牧瀬母「私はあなたのママじゃありませんよ。はいはい、いつものやつね」ンフ



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キョン(古泉よ、これでは橋田鈴さんの存在が消えてしまうのではなかったのか?)

長門「次へ」

キョン(さて、次はどんな絵画がぶらさがってるのかねぇ。そこには2003年8月21日と書かれた絵が飾ってあった)


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章一「あぁ、幸高!! なんという僥倖だ!! そうだ、そうだよ、そのために橋田教授はお前にソレを……柳林神社? いや、それはわからんが、しかしタイムマシンが完成するんだぞ! 1億では足りないが、いずれは神岡鉱山のような廃鉱を買い取って、地下にハドロン衝突型の加速器を作ってだな……」

章一「……まずは幸高から提供された資金を元手に小規模なタイムトラベル実験を学会のやつらに認めさせる! 俺を馬鹿にしたことを後悔させてやるのだ! そうすれば潤沢な研究資金が流れ込むこと間違いなしだッ!! 幸高、お前はやはり最高の仲間だ! 状況は追って連絡する!」ガチャン

紅莉栖「パ、パパ? 今幸高さんと……?」

章一「あぁ! あいつが教授から貰っていたというパソコンを売って私たちの研究資金を用意してくれたんだ! 1億円だぞ!! これだけあれば何度でも実験が可能になるッ!!」

紅莉栖「そ、それって、もしかして、IBN……」

章一「ん? あぁ、そんな名前のパソコンだったな。だが今の世の中不思議なものだ、たかだか古いパソコンにそんな大枚をはたく阿呆がいるとは。フランス人の実業家に物好きが居たらしくてな、いやしかし助かった! ハッハッハ!」

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キョン(そろそろ俺はこの世界の理不尽さに慣れてきてしまったようだ。あぁ、やっぱりそうなったか、というレベルの感傷しか抱けなかった)

キョン「ってことは、次の扉もアンティーク調の重厚な扉なんだな」

長門「そう」

キョン(あの人は……、一体何年の時を過ごしたというんだ……)



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紅莉栖「パパ?」

章一「紅莉栖か? おお、お姫様みたいだな。お前の幼い頃を思い出すよ」

紅莉栖「……あのね、聞いて」

章一「なんだ?」

紅莉栖「この間パパが発表したタイムマシンに関する論文を読んでみたの。すごく面白かったんだけど……」

紅莉栖「私には、全然理解できなかった」

章一「…………」ピクッ

紅莉栖「もしかしたら理論物理学の才能は私には無いかも知れない。だからそっちは諦めて今日からは別分野の研究に着手したいの」

章一「……お前は、天才なのだ」

紅莉栖「……パパ?」

章一「橋田教授に認められた、稀代の天才なのだ。時空間理論の、天才なのだ……」ガシッ

紅莉栖「……あっ、い、痛いよ、パパ」

章一「簡単に無理だと決めつけるな……そこに可能性があるなら、挑戦するのが科学者だ……」ボロッ

紅莉栖「で、でも私……」

章一「お前は実験を何万回試した? お前は研究を何十年続けた? まだやれることがあるはずだ……」

牧瀬母「あなた。紅莉栖が別の道を歩みたいって言ってるの。どうして認めてあげられないの?」

章一「それはッ!……どうしても、タイムマシン完成には紅莉栖が、紅莉栖の頭脳が必要だからだッ!」


キョン(この頃の章一氏は自らの才能に限界を感じていたのだろう。同時に天才的な娘の頭脳に希望を抱いていたはずだ)

長門「牧瀬章一は経営主体の研究機関職員というより天才型の研究者。若い頃は才能に身を任せて論文を書き上げ、それが評価されることで彼の人格が形成されていた」

キョン「だが生まれた時代が不幸だったな。なんとか委員会ってのを結成した頃は独善的でよかったんだろうが、それから平成大不況、どこの研究機関もタイムマシン研究なんかに金を出せなくなったんだろう」

キョン「それに2003年頃ってのはITバブルがはじけた景気後退期だ。この頃の章一氏にとっては、すがれるものは我が娘だけだったのかもしれない」


牧瀬母「……娘の人生まで研究のための資源だとでも言うの? もういい加減にしてッ!!」

章一「何も……何も知らんくせに。私がこれまで長い年月と仲間たちの協力の下で……どんな思いを胸に……」

章一「タイムマシンを作ろうとしているのか知りもしないくせにッ!!」

牧瀬母「知りたくもないわ!! 今日は紅莉栖の誕生日なのよ!? あんたなんか、父親失格よ!! 研究と娘と、どっちが大事なの!?」

章一「……何が、誕生日だ。タイムマシン研究もできない娘など、生まれてこなければよかったのだ……」

牧瀬母「!!??」

紅莉栖「…………」



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キョン(二度目の部屋を抜けて、俺はこれが牧瀬さんの最後の解なのだと思い込んでいた)

キョン「嘘だろ……」

キョン(俺は驚いた。先ほどと全く同じ扉が目の前に立ちはだかっていたからだ)

キョン「3回目……」

長門「……ここがこの日における最後の記憶」

キョン(ってことは、最低でも体感で54年は経過してることになるぞ……精神年齢は72歳以上ってことかよ……)

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紅莉栖「パパ?」

章一「紅莉栖か? おお、お姫様みたいだな。お前の幼い頃を思い出すよ」

紅莉栖「……あのね、聞いて」

章一「なんだ?」

紅莉栖「この間パパが発表したタイムマシンに関する論文を読んでみたの。すごく面白かったんだけど……」

紅莉栖「ここと、ここがわからなかったの。だから、ちょっと教えてほしいな」ニコッ

章一「あぁ、我が愛しの娘よ! その歳でカー・ニューマン・ブラックホール解に興味を持つとは! よし、この天才物理学者ドクター中鉢が特別に教鞭を取ってやろう! 感謝するのだ、ハッハッハ」

紅莉栖「うんっ! ありがと、パパ! 大好き!」ダキッ



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キョン(……まぁ、無難な結論ではあるのか。要は本当の自分を殺して道化を演じることに徹したわけだ)

キョン(あの人はたぶん、人の手を借りることが苦手、というか不要だったんだろう。そんな性格まで矯正したってことか)

キョン「それで、今度の絵には何が映ってるんだろうな」

長門「……牧瀬紅莉栖が望んだ、幸せな世界」

キョン(絵画をのぞくと、そこには章一氏に肩車される牧瀬さんが居た。その横では母親が微笑んでいる。なんとも仲睦まじい家族ではないか)

キョン「これが、牧瀬さんが人生を賭けて得たかったもの、なんだよな」

長門「これ以降牧瀬紅莉栖は未来ガジェット研究所のラボメンとなることはなかった。電話レンジおよびタイムリープマシンの開発に携わったのはわたし」

キョン(まぁ、脳科学者にはなれなかったんだろう。親父との関係で。たしか牧瀬さんが秋葉原に来たのはアキハバラ・テクノフォーラムで講演をやって、そこで岡部さんと出会ったのだと聞いている)

キョン「だが、それだと橋田鈴が誕生する因果がおかしなことにならないか? SERNはどうやって牧瀬さんを拉致したんだ?」

長門「たとえ牧瀬紅莉栖がタイムリープマシンを完成させなくとも、家族の支えを得た牧瀬章一は2010年にタイムトラベル理論を完成させる。そこへラウンダーが襲撃し、牧瀬章一は娘を守ろうとして殺害される。そして牧瀬紅莉栖が拉致され、タイムマシンの母となる」

キョン(……ダメだ、いちいち感傷に浸る意味なんて無いんだって、俺)

長門「次へ」

キョン「まだ次があるのか。そろそろ終わりだと思っていたんだが……」

キョン(そこには小さな自動ドア、というかこれはバスの降車口か? だがそのドアの窓には駅のホームのようなものが映っている。あれか、これは路面電車の内側か)

キョン(ホームの柱の、普通は駅名がひらがな表記されているだろうところに、2005年6月30日と縦書きで書いてあった)

キョン(鳥の鳴き声のような電子音がピピピと鳴り、ウィーンと扉が開く。これはどうもチンチンと音が鳴る前に降りたほうがいいらしい)

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岡部「……迷子ですか」

紅莉栖「…………」

岡部「……僕も、小さい頃から知ってる女の子が、ずっとふさぎ込んでて、なんて言ってあげたらいいかわからなくて、自分には、何もできないのかなって」

紅莉栖「……『鳳凰院凶真』。知ってる?」

岡部「......ほうおういん?」

紅莉栖「科学者なの。でも、ただの科学者じゃなく、マッドサイエンティスト。それも飛び切りの」

紅莉栖「彼の言動は滅茶苦茶で、みんなからはいつも馬鹿にされてた」

紅莉栖「誰も彼が言うことも、その研究も、彼が発見したものも、信じなかった」

紅莉栖「でもね、彼が見つけたものは、誰の目にも見えないものだったの。彼だけに見えるもの」

紅莉栖「彼はそれは、人を苦しめ、傷つけ、時に世界を壊してしまうものだと気付いたの」

紅莉栖「だから、一生懸命みんなを守ろうとして、なんとか世界を救おうと戦い続けた」

紅莉栖「でも、そのことを知る人は誰もいないの」

紅莉栖「彼はずっと、マッドサイエンティストのまま。ずっとみんなに馬鹿にされ続けたまま」

岡部「……悲しい、話ですね」

紅莉栖「そう? 私は素敵な話だと思う」スッ

岡部「……!」チュ

紅莉栖「……ほら、行きなさい。あんたを待ってる人がきっといるから」

岡部「…………」ダッ



岡部「まゆりッ!!」ダキッ

まゆり「……オカリン」

岡部「連れてなんていかせない……。まゆりは俺の人質だッ! 人体実験の、生贄なんだ……ッ!」


紅莉栖「…………」



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チンチン プシュー ツギハーオオツカエキマエー


キョン(どこかおかしい、と感じた。だってそうじゃないか。仮にこの記憶が生じる世界線じゃなくても、岡部さんは“鳳凰院”を名乗るんだ)

キョン(この記憶は、どこかがおかしい)

長門「今回の情報セグメントが最終。この後、牧瀬紅莉栖は2010年まで戻り、そこから再度7年間タイムリープし、リープ開始以前の通りに歴史を再現した」

キョン「……牧瀬家の家庭問題を再現したってわけか。でも、幸高氏は生存できたんだな」

長門「IBN5100を確保したまま秋葉幸高氏生存を達成したことによりわずかに世界線が移動した」

キョン(牧瀬さんはそれでも友人の父親を死から救うことに成功していたのか。凄いな……)

キョン「よくわかった。ありがとうな長門、俺のわがままにつきあってくれて」

長門「いい」

キョン(無心に廊下を歩いていた俺たちだが、気付けばそこはいつもの談話室に戻っていた。壁を見やっても変な通路は跡形も無かった)

長門「操作的不干渉相対時間領域を解除、通常の時間流へと状態を回復する」



??「久しぶり、キョンくん」


キョン(その声に寒気がした)

キョン(俺の真後ろから聞こえた声は、凛とした自信に満ち、そこはかとない明るさを持っていた)

朝倉「大丈夫、今はあなたを獲物だなんて思ってもいないことになってるわ。わたしも色々あったのよ……喜緑さんと一緒に暮らしたりして、色々……」

キョン(含みのある言い方は身の毛がよだつのでやめていただきたい色んな意味で)

??「お久しぶりです。キョンさん」

キョン(そのたおやかな微笑はかつて生徒会長の横に立っていた頃と寸分たがわない。さすが現状維持派だ。そういやこの人とはD世界線で一度会ってたな)

喜緑「わたしにできることは多くありませんが、インターフェイスが逸脱行為をしようとするのを止める権限くらいはあります」

キョン(それはつまり、朝倉が凶行に及んだ場合止めてやるよ、と言っているのだろう。緊張感MAXのセーフティネットだ)

朝倉「長門さん、臨時要請を出してくれてありがとう。頼まれたからには全力で頑張るわ。空間の情報制御はわたしの得意だからね」ウフ

長門「ありがとう」

朝倉「……あの長門さんが、わたしに『ありがとう』ねぇ。なんというか、感慨深いわ。わかる? 喜緑さん。自律進化の可能性がどこにあるのかを」

喜緑「あなたをカナダから帰国させることはわたしが許しません」

キョン(宇宙人は3人集まると井戸端会議を始めるという法則でもあるんだろうか。特に喜緑さんと朝倉の視殺戦は見ているだけで恐怖心が湧き上がるのでご遠慮願いたい)

長門「そろそろ時間。岡部倫太郎が作戦実行の詠唱モードに入った」

朝倉「詠唱? 普通の人間が情報操作なんてできるわけないじゃない」

長門「彼は詠唱によって脳内物質の分泌量を調整している」

朝倉「あー、自分に酔ってるってことね」

長門「それでは手筈通りに。作戦の開始と同時に操作的不干渉相対時間領域を再度展開する」

キョン「まさに世界線が改変されるその何兆分の一秒の時間を相当に引き延ばすってことか」

長門「そう」

朝倉「長門さんに頼まれたからには完璧にこなすわ。じゃ、キョンくん。頑張ってね♪」

キョン「語尾に八分音符をつけられても皮肉にしか思えん」

朝倉「もう。相変わらず失礼しちゃうわ」

キョン(しかし、これからホントに異能バトルが始まるというのか? 展開が唐突すぎてついていけないが、諦めるしかないか……)

喜緑「……世界外記憶領域における情報制御の展開まで、さん」

朝倉「にー♪」

長門「いち」



―――――――――――――----------‐‐‐‐‐‐‐・・・・


そこは、白の空間だった。

床はある。だがあとは無限の白が広がっていた。あれだ、マトリックスで見たことあるぞこの景色。

気温は外の世界とあんまり変わっていないようだが、かと言って汗が垂れるほど蒸し暑くはない。そもそもどうしてそんなものを感じることができるんだろうね。

これが世界外記憶領域ってやつなんだろう。俺は直感的に、走馬灯とか三途の川とかっつー臨死体験はここの景色のことなんじゃないかと思った。

古泉「そうと決まったわけではありませんが、非常に興味をそそられる仮説ですね」

キョン「うわ、急に現れやがって。お前が最初の登場か」

キョン(どういうわけかこいつは北高の制服を着ていた。さわやかスマイルに似合う夏服だ)

キョン(と、今気づいたらいつの間にか俺も制服姿になっていた。どういうことだ?)

古泉「きっと僕たちの服装で最も印象深いものが制服だった、ということなのでしょう。ここは記憶の世界ですからね」

古泉「じきに皆さん揃われると思いますよ。やはりこの空間では僕の超能力が使えるようです」

古泉「以前4月の事件の時に僕は夢が叶うラストチャンスと言いましたが、まさかアンコールが待っていようとは」シュ ボゥ

キョン(古泉の右手に浮かんだ火球を無視してふと背後を振り返ってみると、そこには立方体に区切られた空間が浮かんでいた)

キョン(どういうわけかその中身を見たいと思うだけでルーペのように景色が拡大された)

古泉「まるでアリス症候群ですね」

キョン「……もしかして、俺の脳内モノローグはすべて外に漏れているのか?」

古泉「そのようです」ンフ

キョン(ともかく、あの立方体がメイドイン朝倉の情報制御空間とやらなんだろう。内側の情報制御空間内に二人の牧瀬さんが見える)

古泉「おそらく、片方が人間の牧瀬さんで、もう片方がAIの牧瀬さんでしょう。人間のほうは間違いなくα世界線、つまり僕たちがさっきまで接触していたほうの自我だと思いますが、AIのほうはαとβ、果たしてどちらなのでしょうね。もしかしたら両方が合体したものかもしれない」

キョン(なんとなく俺は、写し鏡となった二人が何を話しているか気になった。途端、二人の声が俺の耳に届いた)



紅莉栖(AI)「解釈なしには、すべては成り立たない。逆に言えば、解釈することそのものが世界を認識する手段―――観測のための必須要件ということ。解釈の出来ない者は、観測者たり得ない。……ただ、騙されるだけで目を開くことも出来ずに終わる」

紅莉栖「あら、そういうことなら私は観測者の資格ありということかしら?」



キョン(騙されている可能性、か。俺は大丈夫だよな、長門?)

キョン(まぁ、俺もかつて似たようなことを考えたことがある。基本的に俺が知覚できないものは物語にならないって事だ)

キョン(例えば岡部さんがどんな世界線漂流をしてきたのか、長門が朝比奈さんとタイムトラベルをしてどんな体験をしたのか。その辺は観測しようがない)

キョン(観測しようはないが、一方で俺の身の回りにいろいろと不思議なことが起きるのは俺が存在するからだ。なんか哲学的だな)

キョン(まぁ、仮に俺が死ぬ、なんていうとんでもハップンなことが発生したら、代わりに古泉あたりがストーリーテラーに名乗りをあげるんじゃないか)

キョン(これをメタ発言と捉えるかどうかだって、それは観測者次第で歪みを見せるってもんさ)

紅莉栖(AI)「あなたは知る必要がある、シュタインズ・ゲートのことを」

紅莉栖「シュタインズ・ゲート?」



キョン(少しくその様子を眺めていると、マユシィが牧瀬さんに説教したり、βの阿万音さんがアドバイスをしたり、フェイリスさんがニャンニャン言ったり、そして―――)

キョン(スクリーン上に岡部さんが現れた)

古泉「その風貌からして30代半ば、と言ったところでしょうか」

キョン「ん? 待てよ、たとえβ世界線と連結しているとしても、2010年8月17日より未来の情報があるわけがない。ここは記憶の世界、ありとあらゆる情報が過去の世界なんじゃなかったのか」

古泉「話は簡単です。岡部さんはあの歳になって過去方向へ物理的タイムトラベルをした、ということでしょう。仮にそれが7000万年前の地球であってもいいんです。過去でさえあればこの空間に誕生することは理論上可能なのですから」

キョン「タイムマシンってのは時間の概念そのものを根底から覆すアイテムなんだな」

古泉「今更な気もしますが、その通りかと」

みくる「ひゃぁっ!……ここどこですかぁ、なにがどうなってるんですかぁ」

キョン(そこに愛くるしい我らがマスコット朝比奈みくるさんが現れた。一か月ぶりに見る制服姿だ、これがこの人にとっての基底状態なのだろう)

キョン「朝比奈さん、お疲れ様です。ええっとここは、去年のカマドウマ空間みたいなところです」

みくる「え、えぇぇぇっ!? またあれと闘うんですかぁ……。わかりました、あたし、がんばりますっ!」

キョン(いったい何が彼女をやる気にさせたのだろうか)

長門「…………」

キョン(長門は気配もなく物音も立てず、そこにいるのが当然であったかのように存在していた。そして当然夏仕様の制服姿である。メガネは無い)

キョン「おお、長門も来たか……って、長門は長門であって長門じゃないんだったな」

長門「大丈夫。あなたの記憶の中のわたしは、最強」

キョン(あぁ、こいつはやっぱり長門じゃないな。頼もしいことこの上ないけどさ)

ハルヒ「…………」

キョン(女の子座りをしながら目を白黒させているのが我らが団長様だ。ローファーに黄色いカチューシャ、そして例にもれず夏用制服姿である。今年から2年生扱いとなったソレだ)

キョン「ようハルヒ。ここで会うのは久しぶりだな」

ハルヒ「……夢?」

キョン「正解だ。これは明晰夢、お前の脳内から発生してる信号で出来上がった電波世界だ。だからお前が望む現象はなんでも発生する」

古泉「ですからこのように僕は超能力者となってエネルギー球を飛ばすことができます」スッ

ハルヒ「……じゃぁ、みくるちゃんは、時間操作ができるのね?」

みくる「へ?……は、はい。あれ、なんでだろう、自由に時間平面を移動できるようになってる……」

ハルヒ「それで有希は、ディラックの海を利用してエネルギーの発生と消滅を操れる」

長門「朝飯前」

ハルヒ「……キョンは、特に無しで」

キョン「お心遣い痛み入るぜこの野郎」

キョン(さて、敵さんはまだかね、などと余裕をぶっこいて再度あの立方体のほうを見ると、30代半ばの岡部さんが何やら話していた)



岡部「お前が観測したデータは、俺が電気信号に変え、ムービーメールの形で岡部倫太郎に送る。そのメールを見た岡部倫太郎の脳には、無意識野に“決して変えられない事象”と、“変えることのできる事象”の見極めが刻まれるだろう」

紅莉栖「……けれど、あんまり過信しないでよ? 今までにこんなこと、一回もやったことないんだから」



キョン「なるほど、これが長門の言ってた作戦ってわけだ。だがメールを使って無意識野に行動選択を刻み込むってのは、ハルヒの織姫様への願いを使った現象だったんじゃなかったのか?」

古泉「その世界線の岡部さんは僕たちからそのことについて説明を受けていたのでしょう」

キョン「……待て待て。ってことはなにか? 世界線が変わればハルヒの七夕短冊の願いも変わるってことか?」

古泉「それは当然、そうなるかと。β世界線において、ヒロインを救う願望の対象は椎名さんから牧瀬さんへ。2034年に叶う願いの件についてもポジティブなものに変わっていると思いますよ。例えば、“SOS団に深く関わっている超常現象のみの実体化”など」

キョン「……βのジョン・タイター、おそらく阿万音さんだが、彼女はSOS団と深く関わると?」

古泉「αでも未来ガジェット研究所とSOS団は深く関わりましたし、可能性はあるのでは?」

キョン「それはわかった。だが、あの岡部さんの口ぶりと、2025年メールのことを考えると、仮に必要な情報を見つけたとして、どうやって2025年から無意識野ムービーメールを2010年7月28日に送るってんだ? また岡部さんは15年間以上を生きるのか?」

古泉「記憶というのは過去を思い出すことです。リーディングシュタイナー保有者にとっては理論的に過去の記憶は常に現在と繋がっている。ゆえに、今回この世界外記憶領域における過去改変が発生することで、2025年の岡部さんも情報を受信できるのです」

キョン「……ややこしすぎるな。えっと、タイムマシンとリーディングシュタイナーっていうビックリツールがあるせいで時間の進行が二重三重になってるってことだな?」

古泉「もはや時間という概念が不要なのかもしれませんね」ンフ

長門「……浸透膜の破壊を確認、これより侵入者の実体化が始まる」

キョン(とまあ、古泉とのおしゃべりをもてあそんでいたところに黒幕さんとやらが顔を出しなすった)

ハルヒ「へぇ、この夢って異能バトルものだったのね……。わくわくするじゃない!」

キョン「さあ、どんな野郎かそのツラ拝ませてもらおうじゃねぇか」

みくる「キョンくん、こわいですぅ」

キョン(俺たちの目の前でいかにも悪、と言った感じの黒いもやもやが地面の辺りで渦巻いている)

キョン(それは次第に人の形を成していき、そして人体に悪影響を及ぼしそうなエアロゾルの中から、ソイツが姿を現した)

キョン「……お、お前はッ!?」

古泉「……ッ!!」

みくる「え、え? な、なにがどうなってるんですかぁ」

長門「…………」

ハルヒ「……ナニコレ、どういうこと? 幽体離脱? ドッペルゲンガー?」




キョン(俺たちの良く見知った顔、いや、誰よりも良く知っている顔)

キョン(涼宮ハルヒが、そこにいた)



ハルヒ(黒)「…………」

キョン「おいおい、嘘だろ。お前が黒幕だってことかよ……」

キョン(どことなく目が虚ろな、去年の夏休み、学校の七不思議の時の昇降口の鏡に映ったアイツに似ている。やっぱり制服姿だ)

古泉「ちょっとこれは想定外ですね。仮に本物の涼宮さんと同程度の能力を有しているとしたら僕たちも策を練る必要がある」

ハルヒ「あ、あんたはいったい……」

ハルヒ(黒)「あたしは、涼宮ハルヒだったもの。一応言っておくけど、キョン。ヤスミちゃんとは関係ないわよ」

キョン(こいつ読心術の持ち主かよ……。しまった、今俺はサトラレ状態なんだった)

ハルヒ(黒)「あたしは、あたしが大人になる過程で切り離した自我。ハリネズミだった頃のあたしの残滓」

キョン(そういやハルヒには渡橋泰水のように新しい自我を作り出す能力があったんだったな。自分の自我を切り離すくらいわけないのか)

ハルヒ「は、はぁ? まだあたしは大人になんかなってないわよ」

ハルヒ(黒)「そう思えるのは、このあたしの存在証明になるから、別にいいけど」

古泉「……つまり、涼宮さんは自分の自我の一部を切除、破棄していた、ということですか。僕たちの記憶が正しければそれはおそらく去年の冬頃でしょう。そして独自の進化を遂げてしまったと」

キョン(無性生殖ヒトデみたいに言うな)

キョン「それで、お前は何しに来た。どうしてシュタインズ・ゲートへ移動するのを邪魔するんだ」

ハルヒ(黒)「別に、シュタインズ・ゲートとかはどうでもいい。それはあたしが有希を騙すためのフェイク情報」

キョン「宇宙人三人娘を騙した、だと?」

ハルヒ(黒)「情報統合思念体が干渉できる空間に居るあたしが、どうして彼女たちを逆探知できないと思う?」

古泉「どうやら相当意識的に涼宮さんの力を使えるようですね……。しかも僕たちの記憶が既に筒抜けのようです」

ハルヒ(黒)「あたしの意志は、そこのあんたの意志でもある」

ハルヒ「あ、あたし……?」

ハルヒ(黒)「あんたは心の底から願っている。いつまでもSOS団で楽しく過ごしていたいと」

ハルヒ「は、恥ずかしいこと言わないでよ……。まぁ、そうだけど」

キョン「すればいいじゃないか。何が不満なんだ」

ハルヒ(黒)「あと半年もすればみくるちゃんも、鶴屋さんも居なくなる」

みくる「ひっ……。ご、ごめんなさい、あたしだけ3年生で……」

キョン「会いたい時に会えばいい」

ハルヒ(黒)「来年もSOS団は存続できるのかしらね。そんな不安定な状態で」

キョン「おいペシミストハルヒ。そんなまどろっこしい話し方をしてたら口内炎になるぞ。お前の目的をスッパリ言ったらどうだ」

ハルヒ(黒)「簡単な話。いつまでもSOS団で楽しく過ごす方法、それは―――」

ハルヒ(黒)「命の時間を止めればいい。それは永遠に素敵な思い出になる」

ハルヒ「何言ってるのよあたし……やめてよ……」

古泉「……思ったよりヤバい思想の持主みたいですね。この人は今ここで我々全員を殺害するつもりらしいです」

キョン「時間を止めるってんならできればかつて“一日団員”だった三栖丸嬢改めヘンテコ宇宙人もどきの時空間凍結あたりで手を打ってもらいたいね。だいたいこの記憶の世界で俺たちを殺すなんてことは可能なのか?」

古泉「今僕らは肉体を持たない自我だけの存在ですからね、それを切断する能力の持ち主であれば、消滅と言っていいほどに切り刻むことは可能でしょう」

キョン(コイツは一度世界をぶっ壊そうとしたハルヒの進化した存在ってことか。ハルヒの能力が俺たちに刃を向ける日が来るとはね……)

ハルヒ(黒)「フランク・ティプラーって知ってる?」

キョン「出し抜けに何の話だ」

古泉「……タイムマシンが発明された場合、特異点が形成されることを証明した人物ですね」

ハルヒ(黒)「それだけじゃないわ。人間が加速度的にコンピュータの性能をあげていけば、いずれ全宇宙の知的生命体をシミュレーションできるようになる。彼はこのバーチャルリアリティを死者の復活と呼び、その不死性をオメガ点と名付け、それを神であるとした」

キョン「神を作った人間ってことか。トンデモの傑作だな」

ハルヒ(黒)「あたしが言いたいのは、人間である以上いずれ死ぬんだから、SOS団でいつまでも永遠に楽しく過ごすためにはどうすればいいかってことよ」

ハルヒ「…………」

キョン「おいおい、誰もそこまで極論は言っちゃいねーだろうが」

古泉「つまり、SOS団が自然崩壊する前に僕らの記憶更新を止めてしまえばいい。過去世界に固定化すれば、それは永遠と同義である」

ハルヒ(黒)「さっすが古泉くん。それが不死性ということよ」

キョン「ハルヒの願望実現能力が不死を願うとはな……始皇帝も腰を抜かすだろうよ」

ハルヒ(黒)「それで、辞世の句は読み終わったかしら?」ゴゴゴ……

キョン(黒ハルヒが右手を上げると《神人》が3体現れた。現れた、というか、そこに元々居たかのように認識させられている)

古泉「先手必勝! セカンドレイドッ!!」スッ

ドォォォォン

キョン(爆炎が上がる。そしてその中へと球体になった古泉が果敢にも突っ込んだ。《神人》退治は専門家に任せよう)

ハルヒ(黒)「あんたたち、わかってないようね。あたしが意識的にこの能力を使えるってことに疑問を持たないの?」

キョン「要はお前はハルヒの能力の進化に必要だったモノなんだろ。蛇が脱皮したり、蛹が蝶になる時に残った余りものだ」

ハルヒ(黒)「キョンにしては名推理じゃない。古泉くんと一緒に居たおかげかしら」スッ

ハルヒ(黒)「悪いけど、あんたの記憶、コピーさせてもらったわ。あんただけは事前に手に入れようがなかったからね」

ハルヒ「なっ……勝手に何してくれてんのよ!」

ハルヒ(黒)「それじゃ、適当に闘って頂戴」スッ

キョン(コイツが記憶をハルヒと共有してるってことは、出てくる敵はおのずと限られてくる)

キョン(ホームランバットを構えた野球チーム、よくわからんがビームやミサイルを放つコンピ研の面々、魔女っ娘コスプレの上に三毛猫を乗せた長門、中河、佐々木、ついでに谷口、そして一番厄介そうな男である生徒会長がなんの脈絡も無く横並び一直線に整列している。なんだここは、涼宮ハルヒ博物館かなにかか?)

キョン「それで、これはなんの真似だ」

ハルヒ(黒)「あたしがこいつらを操ってる。ちなみにこれ、有希以外はホンモノだから」

キョン「……マジ、なのか?」

キョン(それって、手出しができなくないか……)

ハルヒ「全員ぶっ殺すわよ!!!」

キョン(敵は本陣にあり!)

キョン「ま、待て待てハルヒ! お前がここでそういうことを言うとマジでシャレにならんのだって! 第一回北高チキチキ殺戮スプラッター祭が突如として始まってもおかしくない!」

ハルヒ「だってあいつ、ムカつくじゃない! 偉そうな口聞いて!」

みくる「お、落ち着いてください涼宮さぁん」

キョン「取りあえず長門、前衛だけでもなんとかしてくれ」

長門「既に行動制御しているが、あの涼宮ハルヒの制御力のほうが強い」

キョン「……これは本格的にヤバいかもしれない」

ハルヒ(黒)「じゃぁ、まずはあなたを消すわ」シュン

ハルヒ「えっ……」シュン

キョン(アイツ、テレポートじみた速度で移動できるのかよ。……あれ、こっちのハルヒはどこへ行った?)

ハルヒ(黒)「ちっ、逃がしたみたいね。さすがよ、みくるちゃん」

みくる「はぁ……はぁ……。な、なんなんですかぁ……」

ハルヒ「あ、あれ? なにが、どうなったの?」

キョン(そしてこっちはタイムトラベルの応用のテレポーテーションだ。逃げることはできるらしい。しかし、俺たちに勝機はあるのか……)

ハルヒ(黒)「元々あんたたちに勝ち目なんて無いのよ。そろそろ時間、あたしがこの情報制御空間を支配できないとでも思った?」

キョン(……まさか、現実世界で頑張ってる宇宙人三人娘の力を上回るってのか?)

ハルヒ(黒)「それじゃ、茶番は終わり。全てをなかったことにしましょう?」


スゥ-----------


キョン(黒ハルヒがそう言うと、途端に世界が青みがかり始めた)

キョン「……ハルヒッ!!! なんとかしてくれッ!!!!」

ハルヒ「は、はぁ!? あたしに何ができるっていうのよ……」

ハルヒ(黒)「全てを、綺麗な思い出にするために……」スッ


ゴゴゴゴゴ……


キョン(そこにはまるでブラックホールのような、いや、おそらくマジモンのブラックホールがあった)

キョン(事象の水平線<イベント・ホライズン>に飛ばされでもしたら……それを超えたとしてもそこは時間と空間の役割が入れ替わって、時間だけが永遠と引き延ばされていて……)

ハルヒ「あ、だめ、吸い込まれて……」

キョン(ハルヒの華奢な体が宙に舞う。俺は、無我夢中でその右手を突き出し、ハルヒの手を引っ掴んだ)

キョン「……俺たちは、まだIBN5100を手に入れていねーだろうがッ!!!! ハル――――――――――

今日はここまで

乙です。つまりこの物語はオカリンという観測者とキョンという観測者の二人の観測が交わりつつも肝心な部分は決して重なる事の無い物語、という事か。

ちょっと気になるのはキョン側がオカリン側の手助けを色々出来る反面、オカリン側からキョン側に出来る手助けが少ない点かなぁ…パワーバランス的に仕方ないんだろうけど。

精神年齢は72歳……
どの世界線でもこの数字はついて回るのか

>>870
そろそろシュタゲ側がハルヒ側のピンチを手助けするかも

>>871
くっ

再開します




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◇Chapter.12 涼宮ハルヒのインセプション◇
----------------------------------------------------------



――――――



ハルヒ「はいオッケーッ!」

キョン(高らかにハルヒは叫んで、メガホンを打ち鳴らした)

ハルヒ「お疲れさーん! これで全部の撮影は終了よ! みんなよくがんばってくれたわ! 特にあたしは自分を褒めてやりたいわ! うん、あたしスゴイ。GJ!」

みくる「ふぇぇぇぇぇん」ピィィ

ハルヒ「みくるちゃん、泣くのはまだ早いわよ。その涙はパルムドールかオスカーを授与されるその日まで取っておくの。みんなで幸せになりましょう!」

ハルヒ「これで完壁ね。すごいイイ映画が撮れたわ。ハリウッドに持ち込んだら。バイヤーたちが雪崩を打って飛びつくわね! まず腕利きのエージェントと契約しないといけないわ!」


古泉「やっと終わってくれましたか。しかし終わってみれば一瞬だった気もしますね。楽しい時間は経つのが早いと言いますか、さて、楽しんでいたのは誰なんでしょう」

キョン「さあね」

古泉「後のことはあなたにお任せしてもいいですか? 今や僕はクラスの舞台劇のほうで頭がいっぱいなのですよ。映画と違って、そっちではセリフをトチってやり直しというわけにはいきませんからね」

キョン「やれやれ」

キョン(俺は足元にビデオカメラを置いて座り込んだ。古泉と長門と朝比奈さんにとっては終わりで合っているだろう。だが、俺にとってはこれは終わりの始まりだ。まだやるべきことは残っている)

キョン(俺が記録した膨大なデジタルビデオ映像の数々、このジャンクな駄デジタル情報の集積物を何とか“映画”の体裁を取るまでにしなければならないのだ。それが誰の仕事なのか、さすがに言われなくとも解っていた。)

キョン(正直言って、とうとう最後まで俺にはハルヒが何の映画を撮っているのかピクセル単位で解らなかった。モニタに映っているウェイトレスと死神少女とニヤケ少年の三人は頭がおかしいのか?)

キョン(当然のことだが、ビジュアルエフェクトをかます時間などどこを探しても余っておらず元々そんな技術もない。このまま無加工無添加の素映像をそのまま垂れ流さざるをえまい)

ハルヒ「そんな未完成なのを出展するわけにはいかないわ! なんとかしなさいよ!」

キョン「んなこと言ってもだな、文化祭は明日で、俺はもうイッパイイッパイだ。お前の思いつきストーリーをどうにかこうにか繋がるように編集しただけでもう限界だっての。当分どんな映画も観たくはねえ」

ハルヒ「徹夜ですれば間に合うんじゃないの? ここに泊まり込んでやればいいじゃない」

ハルヒ「あたしも手伝うから」

キョン(結論から言うとハルヒは何の役にも立たなかった。しばらくは俺の背後でうろちょろ口出ししていたが、1時間もしないうちに机に突っ伏し寝息を立て始めやがったんでね)

キョン(ついでに言うと俺もその後まもなく眠ってしまったようだった。目を開けたら朝になってて顔半分にキーボードの跡がついていたからな)

キョン(したがって、泊まり込みの意味はなかった。映画は未完成のままである。どうにかこうにか切り貼りして三十分に収めたが、見るも無惨な駄作の出来上がりだ)




ところで、人が夢を見る仕組みをご存じだろうか。


睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠とがあって周期的に繰り返され、身体は眠っているが脳は軽く活動しているレム睡眠時に我々は夢を見るわけだ。


キョン(朝方、先に目覚めたハルヒが俺を起こした)

ハルヒ「ねえ、どうなった?」

キョン「……見るか?」

キョン(ハルヒが俺の肩越しにモニタを覗き込み、俺はしかたなくマウスを動かした)

ハルヒ「……へえ? つまり、アンタはずっと寝てたのね?」

キョン(お前だってそうだろ、とは俺は言わなかった)

ハルヒ「もーっ! 明日は文化祭なのよ! 時間にしてあと24時間! いったいどうするつもりなのよ」

キョン「時間の許す限りやるしかないだろ」

ハルヒ「……そうだっ! まだ24時間もあるんだから、もう少し撮影したいシーンを撮っちゃいましょう! キョン、SOS団全員に集合をかけといて!」

キョン(あいつらだって各々のクラスの出し物の準備で忙しいだろうに。仕方ない、苦しみを共有させてやろう)

ハルヒ「はいオッケーッ!」

キョン(高らかにハルヒは叫んで、メガホンを打ち鳴らした)

ハルヒ「お疲れさーん! これで全部の撮影は終了よ! みんなよくがんばってくれたわ! 特にあたしは自分を褒めてやりたいわ! うん、あたしスゴイ。GJ!」

みくる「ふぇぇぇぇぇん」ピィィ

ハルヒ「みくるちゃん、泣くのはまだ早いわよ。目指すはハリウッド、ブロックバスター! はい、みくるちゃんも!」

みくる「め、めざすはハリウッド、えっと、ロブスター?」

キョン「やれやれ」


古泉「今日もお二人は部室でお泊りデートですか」

キョン(そのニヤケ顔をやめろ。腹立たしい)

古泉「んっふ。しかし、仲が良いことは望ましいことです。我々としても、僕個人としてもね」

キョン「そうかい」

古泉「それでは、僕はこれで」

キョン「おい古泉。舞台劇のセリフを覚えるくらいなら部室でもできるだろ?」

古泉「僕がお二人の邪魔をしてもよろしいので?」

キョン「むしろコンビニに行ってエネルギー補給用の飲食物を買ってきてくれ。どうも俺はすぐ眠っちまうからな」

古泉「使いパシリですか。まぁ、あなたが良いと言うのであればそれでも構いませんよ」

ハルヒ「あら、古泉くんが行くことはないわよ。あなたは副団長なのよ? 使いっぱなんてキョンにやらせるべきよ」

キョン「お前は話を聞いてなかったのか。映像編集をするのは俺だぞ」

ハルヒ「大丈夫よ、まだ文化祭まで時間があるわ。いい加減早く仕上げちゃいなさいよ」

キョン「いったいいつになったら文化祭が来てくれるんだろうな」

キョン(そんなわけで俺は近くのコンビニまで買い出しに行くこととなった。軽いハイキングである)

キョン(コンビニまで来たところで、そう言えばうちに親戚からもらった時期外れの250mlジュース缶詰め合わせがあったことを思い出した。残暑見舞いの在庫が余ったとかで回ってきたものだ)

キョン(俺の寂しいフトコロ事情を考えれば、たとえ時間がかかろうと家まで帰ってチャリンコの籠に荷物を載せこの山道をゆっくり手押しで歩いたほうがいい)

キョン(古泉には悪いが、ハルヒのなだめ役はお前に任せた。もし余裕があるなら映像編集をしててもいいんだぞ)


キョン「さて、久しぶりの我が家だな。もう何日学校に泊まったんだろうか。もちろん大した日数は経ってないはずだが、時間を感じる能力が麻痺しちまったんだろう。相対性理論ってのは残酷だな」

キョン「ただいまーっと……。あれ、鍵が掛かってる? 出掛けてるのか」

キョン(そう言って俺は自分の鍵で玄関の戸を開ける。そこには、)

キョン「な、なんだこりゃ……。ほこりまみれじゃないか……」

キョン(まるで何十年も留守にした空き家のような、到底人間が生活しているとは思えない光景が目の前に広がっていた)

キョン「近所のガキのいたずらか? それともこれもハルヒの変態パワーなのか? 嫌がらせにもほどがある」

キョン(靴下が汚れるのを諦めて取りあえず家の中に入った俺は、一応目下の目的であるところの缶ジュースが入った段ボール箱を探していた。しかし、戸棚を開けた中にキノコが生えているのを発見し、精神的ダメージを受けた俺は捜索を断念した)

キョン(おかしい。あまりにもおかしい。これは疑問に思うまでも無くなんらかの不思議現象が発生している)

キョン(取り合えず困った時の長門頼みだ。今頃は自宅マンションでゆっくりしてるのだろうか。俺は自然と自転車にまたがった)

キョン(が、俺の愛用の自転車がどこもかしこもサビだらけになっていて使い物にならなかった。仕方ない、親からもらった二本の足で歩こう)


キョン(何度か訪れたことがあり、そして実時間で3年を過ごしたことになっているこの長門のマンションでも不思議現象が起こっていた)

キョン(入口の自動ドアが開きっぱなしのまま壊れていたのでそのまま入った。管理人のスケベじじいは居た。居るには居たが、なんだかボーッと遠くを見つめていて、俺が目の前を横切ってもなんの反応も示さなかった)

キョン(7階の708号室。その部屋の前に長門は居た)

キョン「よっ。どうした? 部屋に入らないのか?」

長門「入れない」

キョン「は?」

長門「本来ここにはわたしの部屋があるはず。だがこの扉を挟んで空間そのものが存在していない」

キョン(なんだってそんなことになったんだ。まさかハルヒの役作りの影響か? 悪い宇宙人の魔法使いなんていう三文芝居設定が長門を通常の生活から文字通り追い出したってことか)

キョン「それじゃ、文化祭準備期間の間、どこで過ごしてたんだ?」

長門「ここ」

キョン(ここってのはつまり、玄関前の共用通路のことだろう。よく他の住人の迷惑にならなかったな、じゃなくて)

キョン「そんなんじゃ体を壊すぞ。せめて部室で寝泊まりしろ、な」

長門「」コクッ

キョン(小さく頷いた宇宙人だか魔法使いだかは、手に持った魔法棒を固く握りしめながらその場を去った)

キョン(もしかしたら朝比奈さんも同じ状況に陥っているのかも知れないと思った俺はケータイに電話を掛けた)

みくる『キョンくぅん……おうちが、おうちがありませぇん……ヒグッ……グスッ……』

キョン(やっぱりか。この分だと古泉の家も地球上から消滅しているかもしれない。今日はSOS団全員で難民キャンプだな)

キョン「朝比奈さん、とりあえず部室に来てください。そこで寝泊まりしましょう」

みくる『……えっと、キョンくんと二人きり?』

キョン(この上なく魅力的な提案だが、それはそれで世界が崩壊してしまう気がしたので俺は小学5年生の妹でもわかるよう丁寧に事情を説明した)

キョン「さて、俺も部室へ戻るか。長門のマンションから学校に行くとなると、以前ハルヒと二人で朝倉探しのために歩いたあの道だな」

キョン(あまり歩きなれているとは言えない道を一人進んでいた時、そもそも俺は宿泊用の買い出しに出ていたことを思い出した)

キョン「えっと、ここからコンビニに行くには、こっちか? あんまりこの辺は詳しくないが、たぶんあってるだろう」

キョン(そんな感じで路地を曲がったんだが……)

キョン「……おいおい、一体なにがどうなってるんだ」

キョン(そこには、ただひたすらに暗黒が広がっていた)

キョン「もしかしてこれが長門の言ってた“空間が無い”ってやつか?」

キョン「空間が無いってことは時間も無いんだろう。迂闊に足を踏み入れることはできないな。かと言って俺以外の誰かが間違って突入でもしたら超次元的大参事だ、取りあえず古泉に連絡して機関に対処させよう」

キョン(そう思ってケータイを取り出したんだが、画面を見た瞬間違和感があった。何かが足りない)

キョン「……日付と時刻の表示がなくなってるじゃねえか。どうして今まで気づかなかったんだ」

キョン(メニューを開き、ツールからカレンダーを探した。しかし、このケータイには、メールの受信履歴にも、着信履歴にも、どこにも日付と時刻が書かれていなかった)

古泉「ようやくお気づきになられましたか」

キョン「!? こ、古泉、お前……」

古泉「僕も今の今まで気づかなかったとは、まんまと嵌められましたよ。おそらく、この世界には時間という概念が無い」

キョン「……そんなわけあるか。太陽は今まさに沈んでいるだろうが」

古泉「それは映画のフィルムのように映写されているだけで、この世界の人々の脳内には人類の英知が生み出した時間という概念が無いのですよ。暦や時計といったものが存在していない」

キョン「そんなんで現代文明が維持できるわけねえだろ」

古泉「必要がないのでしょう。思い出してみてください、僕たちは一体何日間文化祭準備をやっているのです?」

キョン「それは……えっと、昨日は泊まったから最低2日、いや一昨日も泊まったか? あれ……」

古泉「日付に関することを考えようとするだけでストッパーがかかるようになっている。一体誰がこのような世界を望んだのか」

古泉「そのヒントはこの漆黒です。なぜここに空間が無いのか。いえ、ここだけではありません。試しにこのお宅にお邪魔してみましょう」

キョン(そういうと古泉は知らない人の家の敷地にずかずかと侵入した)

キョン「お、おい。何してるんだお前」

古泉「やはり……。来てみてください、おもしろいことになっていますよ」

キョン「何……な、なんだこりゃ……」

キョン(その誰ともわからん家のブロック塀の内側は漆黒で満たされていた。外の道路から見えない場所は全部真っ黒くろすけだったってわけだ)

キョン「まるでハリボテだな」

古泉「これでこの世界の仕組みについてだいたい予想できました」

古泉「おそらくここはある人物の記憶の世界、夢の世界です。時間が無い世界、そして記憶に無いところはハリボテ状態になっている世界。さて、この永遠に美しい夢を見ている人物とは、一体誰なのでしょうね」

キョン「またハルヒの夢の中なのか」

古泉「あの時は、夢だった、ということにしただけで、閉鎖空間もすべて現実のものですけどね」

キョン「ってことはこの世界は竜宮城へ向かうカメの甲羅の上に存在してるとでも言うのか? 時間を忘れて鯛やヒラメの舞踊りを楽しんでろってわけかよ」

古泉「案外そうかもしれませんよ。それを確かめるにはその漆黒に身を投げいれればいい」

キョン「やなこった」

古泉「取りあえず、お姫様を起こしにいきましょう。もしかしたら夢の外側にいる人物がヒントを残してくれているかもしれない」

キョン「俺がさっき会った長門はハルヒの記憶の中の存在だったってことか? いや、そうでなくては俺が困るんだが」

古泉「電話して聞いてみてはいかがですか?」

キョン「一応緊急事態だろうからな」ピッ

プルルルル ピッ

キョン「長門か? 長門、情報統合思念体はこの世界に存在しているか?」

長門『していない。わたしは若干の魔法が使えるだけの存在になっている』

キョン(やっぱり配役効果か)

キョン「変な質問をするが、長門。お前は、ホンモノの長門なんだよな? ハルヒの記憶の中の存在じゃなくて」

長門『図書館の貸し出しカード、朝倉涼子の連結解除、メガネがないほうが似合っている、sleeping beauty』

キョン「オーケー、お前はホンモノの長門だ」

キョン(俺と長門しか知らない記憶を持ってるってことは、そういうことだろう)

キョン(ということはおそらく朝比奈さんは未来と連絡ができなくなっているに違いない)

キョン「それじゃ、俺たちはこれから部室に向かうよ。何か買ってきてほしいものはあるか」

ケータイ『…………』

キョン「ないのか?」

ケータイ『…………』

キョン「長門? もしもし?」

ケータイ『…………』

キョン「なんだ? ついに電波の概念まで消滅しちまったのか? まぁいいか。それじゃ古泉、こんな薄気味悪いところとっとと離れようぜ……」

キョン「あれ、古泉? もう先に行ったのか。全く、どこまでも勝手なやつだ」


ゴゴゴ……


キョン(その時、唐突に地響きが聞こえた。それはまるで、俺が2歳の時の唯一記憶であるあの地響きに似ていた)

キョン「嘘だろ、夢の中でどうして地震が……」


ゴゴゴゴゴゴゴ……


キョン(それはだんだんと俺のほうに近づいてくる。次第に足元も揺れ始めた。窓ガラスはカタカタ鳴り、電線は振り子のようになびいている)

キョン「ただの地震じゃねえな……何がどうなってやがる……」

キョン(ヤバい。直感的に生命の危機を感じた俺は、吹きだす汗を拭うのも忘れて全力で学校までの登山道を駆け上がった)

キョン(とにかくハルヒだ、ハルヒの元へ行けばたいていのことはなんとかなるはずだ)

北高


キョン(校門をくぐると途端に地鳴りは止んだ。ここがいわゆる結界になっているんだろう。見るからに門外の街は微振動している。海側の街の何カ所かでは既に明らかな崩壊が始まっていた)

キョン(校内は平和そのものだ。みんながみんな明日の文化祭準備に励んでいる。今まさに世界が崩壊しようとしているなどと誰もが思うまい)

キョン(もしかしてこれはハルヒが夢から目覚めようとしている兆候なんだろうか、などと考えながら俺はハルヒによっていじめ抜かれた部室のドアをやさしく開けた)

ハルヒ「んぅ……。すぅ……」zzz

キョン(夢の中で寝るとは器用なやつだ。きっと映画撮影の疲れが出ているんだろう。ナルコレプシーでないことを祈る)

キョン(古泉も、長門も、朝比奈さんもまだ部室に来ていなかった。もしかしたら早々にこの夢の世界から退場したんだろうか。そうだとしたら一刻も早くサルベージしていただきたい)

キョン(それはほどなく発見された。本に挟まれたしおりでもなく、PCに映し出されるメッセージでもなく、いわんや七夕の短冊でもなく、世界の外部から挿入されたと思われる不思議なもの)

キョン(掃除用具入れを開けたらソレが入っていた。なんでまたこんなところに、と思いながらホコリを払いのけて机の上に置く。俺の家がホコリの名産地となっていたことと比べれば比較的新しく設置されたものだろう)

キョン(なんだこれ。パンダとクマの中間的生物をあしらったデザインの直径約30cmほどのクッションなのはわかるが、一体これをどうしろと?)

キョン(もしかして、あれか。未来的青狸の道具にあった、えーっと名前は……“うつつ枕”だっけ。最終的に夢なのか現実なのかわからなくなる、アレだ)

キョン(これをハルヒのよだれ溜まりに挿入してやればいいってことか)

キョン「せっかくぐーぐー寝てるんだから、今起きるんじゃないぞ。よっこいしょ」

ハルヒ「んむぅ……」フカッ

キョン(しかし、ハルヒの寝顔を見るのは何度目だろうね。SOS団二度目の夏を迎えて愈々蠱惑的になりつつあることについては発言を自粛させていただきたい)

キョン(あぁ、クラッときた。頑張れ俺の大脳新皮質、めまいが――――――――――――――――

――――――――――――ッ!!!!! な、なんだこれ、リーディングシュタイナーが発動した!?」

ハルヒ「うるさいわね……なによ、もう編集終わったの?」

キョン「い、いや、でもなんでだ、ここの世界の記憶も持ってるぞ? えっと、うちがホコリまみれで、長門と朝比奈さんの家が無くて、団員が居なくなって……」

キョン(いやいや、あの長門は俺の記憶の中の長門のはずだ! ということはこのクッションは外の長門が……?)

キョン(いや、あのブラックホールを通して干渉なんて、宇宙人パワーであれば黒ハルヒが妨害するに決まってる。なら一体誰がブラックホール越しに記憶を転送したってんだ……?)

ハルヒ「何寝言言ってんの……ムニャムニャ」

キョン「お、おいハルヒ! 起きろ! 早くこの夢から覚めてくれ!」

ハルヒ「はぁ? あたし今起きたところなんだけど」

キョン「そうなんだけど、そうじゃないんだよ!! 早く世界外記憶領域に戻ってハルヒを倒さないと……」

ハルヒ「あたしを倒すですって? ふーん、下剋上ってわけ。いいわよ、いつでもかかってきなさい!」

キョン「そうじゃなくてだな!! ああもう、説明役がいないとこんなにも面倒くさいものかよ! 古泉たちはどこへ行っちまったんだ!!」

ハルヒ「……なにこれ、う~ぱクッションじゃない。どうしてこれが部室に―――――――――――――

また夜に再開します レスありがとう

――――――――――――ッ!?!? な、なにこれ!? どうしてあたしたち、去年の文化祭準備なんかやってるの!?」

キョン「ハルヒにも発動したか……。どうやらお前の夢が反旗を翻して、俺たちを現実に帰さないつもりらしい」

ハルヒ「はぁ!? あたしの夢のくせに生意気ね、とっとと起きなさいよ、現実のあたし!!」

キョン(いやしかしこれは、あの黒ハルヒも言ってたが目の前にいるコイツの願望でもあるんだよな……SOS団がいつまでも楽しくっていう、アレだ)

キョン(思えばかつて文芸部の機関誌にコイツが書いたのは他でもない、SOS団を恒久的に存続させるためになにやら考えてみたという内容のモノだった。まさかそれが読んで字の如くの代物だったとはね)

ハルヒ「キョン! ちょっとほっぺつねらせなさい!」

キョン(ということは、だ。コイツの中の二律背反な心理的原因を取り去ってやらないとこの夢からのエスケープは不可能、ということか。いてて、つねるなバカハルヒ!)

キョン「落ち着け! 今脱出の方法を考えてるんだから」

キョン(結局それは去年の5月の時のソレと同じだ。コイツが一つ成長しようとしてもがいている証なんだ)

キョン(どうしてまたこんなにも面倒臭いことになってるかっては、古泉も言ってたが別にハルヒのせいじゃない。ハルヒに変な力を与えた神様とやらが全面的に悪いのであって、ハルヒはただ普通に大人になろうとしているだけなんだ)

キョン(考えてみればそのヒントはこの夏のさなかにそこら中にあった。あの大学生サークルと出会ったことが契機だったんだろう。もはや俺は長門や古泉、朝比奈さんの助けが不要なまでに十分な判断材料を得ているんだ)

ハルヒ「一体どうしたら目を覚ましてくれるってのよ、あたし……。もう何日もこの夢の世界で過ごしてるわ……」

キョン(窓を開けてみる。とっぷりと日の暮れた街のそこかしこから轟音が聞こえてくる)

キョン(多分北高の外側の世界が壊滅しているのだろう。俺が変に冒険しちまったもんだから、もうこの世界は北高だけあればいいとでも考えたらしいな)

キョン「なぁ、ハルヒ。散歩でもしないか」

ハルヒ「はぁ? この緊急事態に悠長なこと言ってんじゃないわよ!」

キョン「どうもこの夢はお前の深層心理が原因らしい。それを探っていこうじゃないか」

ハルヒ「……夢の中で夢分析をやるってことね。フロイトとユング、どっちにする?」

キョン「どっちでもいい。お前の解釈次第だ」



コツコツ…… コツコツ……


キョン(こんな破滅的状況下において俺もハルヒも異常なまでに冷静なのは、やはり似たような経験を過去に共有していたという事実がデカいだろう)

キョン(それにどうやらハルヒのほうはあの世界外記憶領域での出来事を覚えていないらしい。例の黒ハルヒさんが都合の悪い記憶を抹消したのか、あるいは情報統合思念体にバックアップされていたハルヒの記憶が長門の手によって戻されたか)

キョン(校内をしばらく歩くととある異変に気付いた。さっきまで看板に釘を打ち付けていたり、椅子と机を運んでいたり、あるいは装飾の手伝いをサボってふざけあっていたり、そんな北高の生徒たちが一斉に消失してしまっていた)

キョン(この様子じゃ古泉たちも消失してるんだろう。つっても日が昇るころには記憶がいい具合にリセットされて復活するんだろうが)

キョン(たぶん、今この世界に居るのは俺とハルヒだけだ。こんな状況に慣れてしまっている自分が嫌になる)

キョン(チャンスは一度きりだが、まあなんとかなるだろ。ハルヒだしな)

ハルヒ「ねえ、校庭に行きましょ」グイッ

キョン(そういうとハルヒのやつは俺の腕をひっつかみ、俺のことをチラとも見ずに足早に歩きだした。去年の5月の時は自分からは腕にしがみついてくれなかったわけだが、どういう風の吹き回しかねぇ)

校庭


ゴゴゴゴゴ……


ハルヒ「なんだかすごい音がするわね……」ギュッ

キョン「世界が崩壊してるんだろう。お前が目を覚ます一歩手前ってところか」

ハルヒ「ねえ……。あんた、あたしの夢の中のキョンなのよね?」

キョン「ああ、そうだ。お前が夢から覚めた時目の前にいるだろう俺は現実の俺であってこの俺とは別人、どこか似てたとしてもそれは他人の空似だ」

キョン(工業用空気圧コイル釘打銃でガッチリと釘を刺しておかないとな。向こうでどんな仕打ちが待っているかわかったもんじゃない)

ハルヒ「じゃあさ、去年の5月、ここであんたがあたしに何をしでかしたかも覚えてるわよね」

キョン(し、しまった!)

キョン「……あ、当たり前だ。俺はお前の夢の中の記憶なのだからな」

ハルヒ「だったら……言わせてもらうけど、あれは中々良いシチュエーションだったわ」

キョン(やめろ! それ以上口を開くな! 恥ずか死ぬ!!!)

ハルヒ「今思えばあたしの我がままをいさめてくれて、それで世界の崩壊と同時にキス。完璧よ、もしこれが現実のあんただったら平団員から昇格させてあげたのに」

キョン(高評価だった! いや、そりゃまあ結局現実に回帰したんだから高評価なんだろうが……)

ハルヒ「だけど、最後のポニテ萌えってのは余計だったわね。あんなくしびな状況下で俗物超特急なこと言われたら、ミステリアスな気分が冷めちゃうわよ……嬉しかったけど」

キョン(冷めてもらって良かったよ、そうじゃなかったら今頃ノアの箱舟の中だろうからな)

ハルヒ「ねぇ、またキスしない? そしたら今回も目が覚めるかも」

キョン(あれはまだSOS団を設立したばかりの頃の話だ。ハルヒは言っていた。『あたしだってね、たまーにだけどそんな気分になったりするわよ。そりゃ健康な若い女なんだし、身体を持て余したりもするわ』、と!)

キョン「それじゃ何も成長してないじゃないか。ムードはどこに行ったんだ」

ハルヒ「古代人類が開発した超巨人兵器はいないけど、似たような状況じゃない」チラッ

キョン(頼むからブルーフィルム的雰囲気を醸し出すのをやめてくれ! 挑戦的な目をするな顔が近い!)

キョン「そんなにキスしたいなら現実世界の俺にしてやってくれ。今年の夏は色々あって、今ならお前でもコロッと落とせるかもしれないぞ」

ハルヒ「はあ? あたしがどうしてキョンなんかに媚びないといけないのよ」

キョン(今考えるとD世界線のハルヒは相当に正直者だったんだな……)

キョン「俺はお前の記憶の中の存在だからな、嘘を吐く意味なんてないぞ。ハルヒが実は脳内ラブコメ星人であることは百も承知だ」

ハルヒ「…………」

キョン(黙りこくっちまった。心理カウンセラーっていうのは大変なお仕事なんだな)

ハルヒ「……ねぇ、キョン。あんたは、あたしといつまで一緒に居てくれる?」

キョン(いよいよ話のキモに入ったらしい)

キョン「逆にお前はどうしたいんだ」

ハルヒ「質問に質問で返すやつは……って、これはあたしの夢分析だったわね」

ハルヒ「でも、自問自答しても答えが出ないからあんたに聞いてるのよ」

キョン「なら聞くが、お前はいつまでもSOS団の仲間と楽しくやっていきたいんだろ?」

ハルヒ「それはまぁ、できるならそうだけど……」

キョン(そう、ここなんだ。この話の肝心要は。部員内に高校3年生が居る弱小団体なら、この気持ちをわかってもらえるんじゃなかろうか)

キョン「ならハルヒ。その小せえ耳の穴かっぽじって最後までよく聞け」

キョン「お前が何に悩み、立ち止っているか、そしてどうすれば前に進めるのかを教えてやる」

キョン(若干説教臭くなるが、我らが愛しの団長様のためだ。ひと肌脱いでやろうじゃないか)

キョン(さて、以下に展開されるは相変わらずの長台詞だ。これが俺のアイデンティティなんでね、ご了承下さい)


お前は、SOS団が大好きなんだ。

北高の、文芸部室で、5人が揃った空間が大好きなんだ。そこに鶴屋さんや国木田たちを入れてやってもいい。

いつものメンバーでそれぞれが取り留めもないことに興じたり、みんなで揃って年中行事を遂行したり、たまには合宿をやったりして、そんな日常がお前は大好きなんだ。

そこに非日常を求めた昔のお前は居ない。お前は大切な日常を自分の手で勝ち取ったんだ。

だが、それを宝物というならばそれはナマモノだ。光陰矢のごとく足が早い。

考えてみれば当たり前の話だ。あと半年もしないうちにSOS団は1人欠ける。

一応素行が悪かったり出席が足りなかったりすることは無いだろうから、まぁ朝比奈さんはめでたく北高をご卒業になられるわけだ。

更に1年もすればSOS団は自然崩壊する。現役生じゃないOBがいつまでも文芸部室にたむろできないからな。

高校を卒業した後、この街に残らないやつがいるかも知れん。

もちろん、機会さえ設ければ5人集まることはできるだろう。だが、それはお前の中では違うんだろ? 俺もそう思う。

それはSOS団じゃない気がするんだ。もはやそれは生きた日常じゃなくなってるんだ。

何より根本的なのは――――


時間経過とともに俺たちが変わりつつあるということだ。個人としても、二者関係としても、集団関係としても。

長門はなんだか人間味のある面白いやつになりつつある。

最初俺たちが文芸部室であいつに出会った時とは真逆の属性のはずなんだが、今となっては長門の冗談や心遣いを楽しみにしている俺がいる。

古泉の野郎は気持ちが悪いほどその冷徹な仮面を剥いじまったらしい。

近しいかと思えばそれは打算で、どこか距離を置いていたあの頃とは違って、今はなんだがただじゃれてるだけの存在になっちまった。男子高校生としては精神的にも肉体的にも無病息災なんだと思うぜ。ダチってやつさ。

朝比奈さんに至っては困難に自分から立ち向かうことが多くなった。

ハルヒに色々強要されることに対して恐怖や服従を示していた時と比べるとなんだか普通の友達レベルに馴染んできたみたいだ。まぁ、もしかしたらMっ気が開花しただけなのかもしれんが……仮にそうだとしたら全責任はお前が取れよ。

俺だって自分ではよくわからんが、さすがに去年の俺とはどこか変わってると言えるね。人智を超えた現象が起こったっていつまでも受け身でいる俺じゃないんだ。

そして誰よりハルヒ自身が変わりつつある。だからこそ今こうして悩んでいる。

ハルヒは、それが怖かったんだろう。SOS団が次第に変わっていくのが。

長門が軽快にジョークを飛ばし、古泉が無警戒になれなれしくなり、そして一番は、朝比奈さんが自分の意志で、自分の将来を決めて、自らの足で行動すること……。

きっとそれはいいことだし、人間の成長や社会適合を考えれば当然の摂理だ。

それに抗おうとするのは不思議探索でもなんでもないぜ。

日常を壊さず、目標を作らず、そういった世界への消極的な抵抗なんてのは、一番SOS団の理念からみて対極の存在だからな。

この夢の世界は記憶の世界、過去の世界だ。

いつまでも昔の記憶にすがって、あの時はよかっただなんだとオヤジ臭いことを言って幸せに浸るだけの世界。そこに変革は訪れないし、未来もない。

だがお前はそれを選んだ。

理由は……、あの天上天下唯我独尊傲岸不遜独立独歩のハルヒが、とは思うが……。

つまり、変化を拒否したんだ。

俺たちが、俺たちの関係がゆるりゆるりと変わりつつあることにどこかで恐怖していた。違うか?


特にお前は朝比奈さんに対して複雑な感情を抱いていたはずだ。

メイドの修行だの巫女の訓練だの雷ネットの練習だの、必要以上に“何者か”になることを強要していたからな。

同時にお前は朝比奈さんの自主性を重んじたいとも思っていた。朝比奈さん自身の言葉を聞きたいと思っていた。

それを引き出すために色んなことに挑戦させてたってわけだ。

いずれ進路選択が待っている。

おかしいと思ったんだ、この期に及んで俺は朝比奈さんの第一志望を知らないどころか、知りたいとも思わない。というより、頭の中にそんなことが思い浮かばないようになってたんだ。不思議だな。

(今思えばバレンタインの時、チョコを掘り返すまで頭にバの字が浮かばなかったのはコイツのせいなのかも知れない)

普通進路選択ってのは、就職か進学か、文系か理系か、専門か一般か、AOかセンター利用か、国立か私立か、遠方か通いか、あるいは国内か海外かくらいのもんだろうが、こと朝比奈さんに関しては巨大な人生の進路選択が待っている。

(それは、現代か未来か、という取捨選択だ)

(朝比奈さんはかつて言っていた。いつか未来に帰らねばならないと。そのために今いるこの時代で誰かを好きになることはできないのだと)

(それが高校卒業と同時なのか、あるいは社会人になる程度までは居る必要があるのか、それはわからん)

(それは裏を返せば、本音ではいつまでもこの時代に居たいと思う節があるということなんだ。誰かを好きになりたいとさえ望んでいるんだ。考えてみれば当たり前のことだ)

朝比奈さんは朝比奈さんで自分のことは自分で決めたいと強く願っている。ハルヒも気づいてんだろ。

だけどお前の本音は違う。朝比奈さんには自分が行きたい大学に入ってほしい。ともにキャンパスライフを送りたい。

可能なら留年でも浪人でもなんでもさせて、1年でも長く一緒に居たい。SOS団を続けてもらいたい。違うか?

まあ、そんな命令は誰が考えたってワガママ極まれりだ。人の人生を潰してまで自分が幸せになりたいなんて不道徳だ。お前が考えてるのはそんなところだろう。


だけどな、ハルヒ。間違ってるぜ。

こういうのは岡目八目っつってな、悩んでドツボに嵌ったお前よりも俺のほうが物事を冷静に判断できるってもんさ。

一度、朝比奈さんと相談しろ。

なんならSOS団全員でこの話をしてもいい。俺たちの将来について、SOS団の未来について。

不安に思うことなんてないさ。俺たちはいつだってお前の味方だったんだ。もちろん、ムカつくことがあれば怒るけどな。

お前と過ごしたこの1年半は、あっという間のようでとにかく長かった。実時間にして何十年と経過した気がするね。

間違いなく世界中の人間が体感した1年半の中で誰よりも密度の濃いものだったと断言できる。

ハルヒのくせに人に気を使ってんじゃねえ。変なところまで大人になりやがって。頭がいいんだかバカなんだか、ホントに紙一重なやつだな。

お前は俺の口から以下のセリフを聞きたかっただけなんじゃないか。古泉のおかげで俺の推理力が鍛えられただけであって、決してナルシストというわけではないんだ、そこは踏まえてほしい。

……なぁ、ハルヒ。多分、古泉と長門は大丈夫だ。朝比奈さんは、そもそもどうしてSOS団で一人だけ1年ずれているのかと日頃疑問に思っていたんだが、きっとそれは必要なことなんだ。実年齢より若く見えるしな。

(ハルヒは進学するのか否かというクエスションには既に解が出ている。大学生ハルヒを俺はかつてこの目で目撃しているからだ)

ハルヒ。俺に引き続き勉強を教えてくれ。俺だけじゃない、朝比奈さんにもだ。

お前が期待さえしてくれればピグマリオン効果で俺たちの学力はうなぎ上り間違いなしだ。

そして、お前が行きたいと心から願う大学に俺たちを道連れにしてくれ。巻き込んでくれ。そしてその時は――――



――――新生SOS団の旗揚げを、高らかに宣言しようじゃないか。


ハルヒ「……あれ、なんであたしこんなくだらないことで悩んでたんだろ」

キョン「そういうもんだ。他人にとって大したことが無くても、未来の俺たちにとって笑えるほどでも、今のお前にとっては人生を変えるほどに、そして世界を停止させるほどに大問題なのさ」

キョン「こんな無理な楽園を終わらせようぜ。未来はその辺にあるはずだ。憂鬱なお前が望むならば、俺が明日を楽しくさせる扉のカギになってやってもいい」

キョン「ほら、約束だ」スッ

キョン(そういって俺は右手をパーにして前に突き出した)

ハルヒ「……?」

キョン「人間ってのはなんでも儀式が必要な生き物らしい。2年後も3年後も5年後も、俺たちが俺たちであるためには。それには、俺たちが協力する必要があるだろ?」

キョン「さあ、この手を取ってくれ。未来へ進むぞ、ハルヒ」

ハルヒ「……うん」スッ ギュッ


ピキッ

ビキビキッ

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


キョン(これがハルヒにとってのイニシエーションだったのかはわからない。ともかく、俺たちの握手をトリガーとしてこの夢の世界からの脱出が達成されたらしい)

キョン(急激に下に落ちていく感覚、といっても重力じゃない、なんというか、高いところから落ちる夢を見ているかような感覚に襲われた。視界が暗転し、気付くとそこは―――――

今日はここまで 明日は休む
次章終わったら次スレ立てるかも

以下注意
キョンの妹のキャラが若干崩れます。いつもの妹ちゃんしか認めない!という方は注意

再開します レス励みになります




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◇Chapter.13 涼宮ハルヒのアムネジア◇
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2010.08.17 (Tue) 10:41
湯島某所


ハルヒ「やくそく、よ……んぁ? あたし、寝てた……」ゴシゴシ

みくる「あ、涼宮さん。おはようございます」ニコ

ハルヒ「あれ、みくるちゃん……。そっか、あたし、みくるちゃんの看病の途中で二度寝しちゃったのね」

ハルヒ「もう体のほうは大丈夫なの?」

みくる「はい。あたしのせいでコミマに行けなくなっちゃってごめんなさいでしたぁ」

ハルヒ「ううん、いいのよ別に。ほら、ちょっと遅くなったけど一緒に朝ごはん食べましょ」

みくる「はぁい」


・・・

みくる「ごちそうさまでしたぁ」

ハルヒ「みくるちゃん、ホントに大丈夫? 無理しなくていいのよ」

古泉「病み上がりでこの炎天下の東京を歩き回るのは良い考えとは言えません。宿で待機するか、どこか涼しい場所で過ごしませんか?」

ハルヒ「それじゃ、家電量販店の1階に入ってたスタベに行きましょう。キャラメルマキアートでもマンゴーフラペチーノでもなんでも、甘いものをクイッとイケば元気がカァッと出るはずよ!」

みくる「おいしそうな名前ですねぇ。想像しただけで元気が出てきました」エヘヘ

長門「……気になる」

古泉「それではタクシーを手配しておきましょう。大した距離ではないのでお金はお気になさらず」

ハルヒ「そう? じゃ古泉くんに任せたわ!」


ピンポーン

古泉「おや、来客とは珍しいですね。ラボの方でしょうか」ガララッ

岡部「おお、少年エスパー戦隊か。その節は世話になったな」

古泉「その節……とは、この10日間の付き合いのことですか? 水臭いですね」

ハルヒ「そうよ、倫太郎。別に世話してやった覚えはないわ!」

岡部「……そうか、お前たちも記憶が無くなっているんだったな。ああ、いや、なんでもない。こっちの話だ」

みくる「?」

ハルヒ「またアレなの、あんたの妄想話。わざわざそのためにここまで来るなんて、途轍もない暇人ね」

岡部「いや、そういうわけでは……。ところで、キョン少年の姿が見当たらないが、やつはどこにだ? 彼と少し話が出来ればと思うのだが」

ハルヒ「キョン少年? 変な名前」

岡部「そう言えば俺はあいつの本名を聞いていなかったな……。涼宮団長殿、SOS団の平団員は今どこにいるのだ」

ハルヒ「平団員? SOS団には、文芸部部長と、副団長と、副々団長しか居ないわよ。鹿なんて飼ってないわ」

岡部「いやだからそうじゃなくてだな、お前がキョンと呼び続けていたあの少年は今どうしているのだ? そろそろ冗談はいいから真面目に教えてくれ」

古泉「えっと、それはなにかの暗号、なのでしょうか」

みくる「キョン、くん……?」

ハルヒ「あんた頭大丈夫?」

長門「そのような人物は知らない」

岡部「な、何を言って……お前たちの仲間だろう!?」

岡部「俺は世界線を移動してきた! 過去を、未来を変えることによって世界を改変してきた! そしてついにこの世界、β世界線にたどり着いたんだ!」

ハルヒ「はいはい、おもしろい話ね。これから喫茶店に行くから、また後でいいかしら?」

岡部「いや、待て! 聞いてくれ! かつて俺が居た世界、α世界線にはキョンと呼ばれる少年が居たんだ! このSOS団のメンバーとして!」

みくる「ひぅっ……」

古泉「SOS団は結成当初から4人のままです。名誉顧問の方が居たり、臨時部員が居たこともありますし、今年の頭、新入部員が入部しそうになりましたが」

ハルヒ「あんまり適当なこと言うと蹴るわよ? それにみくるちゃんの体長がまだ万全じゃないんだから、変なこと言って混乱させないでよね」

岡部「信じてくれ!! お前たちにはかげがえのない仲間が居たはずなんだ!!!」

長門「……SOS団は4人」

古泉「失礼ですが、“狼と羊飼い”、あるいは“オオカミ少年”というイソップ寓話をご存じでしょうか」

岡部「……、くそッ……。わかった、日を改める……」

ハルヒ「いい歳してTPOくらいわきまえなさいよ。それじゃ、あたしたちは出かけるから」

岡部「あぁ……、すまなかったな……」ガララッ

みくる「変な岡部さんですぅ」

ハルヒ「倫太郎はいつも変でしょ?」

2010.08.17 (Tue) 12:32
秋葉原 ヨドダシカメラ スタベ


古泉「この暑い東京にあってマンゴーフラペチーノとは、まるで甘味の結晶フラクタルと言ったところでしょうか」

みくる「はうぅ……あまいですぅ、おいしいですぅ」ウフフ

ハルヒ「みくるちゃんが元気になってくれてよかったわ! 有希もおいしそうに飲んでるわね」

長門「…………」ゴクゴク

みくる「しあわせですぅ。でもこんなにおいしいものをいただいていいんでしょうか」ウフフ

ハルヒ「いいのよ、どうせおごりなんだから!」

古泉「……えっと、僕のおごりですか?」

ハルヒ「あれ? そうよね、古泉くんのおごりになるのかしら。でも無理しなくていいわよ?」

みくる「涼宮さん、言ってることおかしいですよぉ」ウフフ

ハルヒ「……おかしい、わよね。なんかこう、鯛の鯛が喉に刺さったみたいな、ブラインドを隔てて政府要人の乗った黒塗りの公用車をアサルトライフルでスナイプしてる感じっていうか」

古泉「もしかして、岡部さんの言っていた“キョン”という謎の人物Xのことでしょうか」

ハルヒ「キョン……キョン、そうね。確かにキョンだったらおごらせても罪悪感が無いかも」

みくる「キョンくんってどなたなんですかぁ」

ハルヒ「そんなやつ知らない。でも変にしっくりくる……」

ハルヒ「!!!!」ガタッ

みくる「ひぅっ」

ハルヒ「不思議だわ! 異変だわ! もしかしたら陰謀かも! あるいは超常現象よ!」

ハルヒ「あたしたちの知らない人間が、さも存在したかのように振る舞っている!」

ハルヒ「一体“キョン”とは何者なのか、このあたしを前にして姿を現さないなんて許されないわ! きっと事件の重要参考人に違いないわね! あるいは宇宙人か、超能力者か、未来人か、異世界人か、地底人か! 幽霊や妖怪、怪異やUMAの類でも、透明人間でも改造人間でもミュータントでもアンドロイドでもいいわ! SOS団の総力をあげて徹底的に調査する必要があるわね!」

古泉「なるほど、僕たちの記憶に無いのに、さも居たように振る舞っている人物ですか……まるで幻影だ」

古泉「つまりこれは、単純に人間が消滅するという神隠し的な、あるいは冬山集団催眠事件の際に現れたマリー・セレスト号のような洋館でも、フィラデルフィア・エクスペリメントのようなステルス消滅ものでもなく、もっと根本的な部分」

古泉「僕たちの記憶から消滅してしまったということなのでしょう。しかしその痕跡は存在している」

ハルヒ「ってことは陰謀説が本命グリグリね! 悪の科学者が毒電波を飛ばして脳波コントロールをしているとか! 超常現象が対抗、未来人が連下、超能力者が単穴、異世界人が大穴ってところね」

古泉「本来あった記憶がどの程度改ざんされているのか……。ちょっと調べてみましょう」ンフ

ハルヒ「古泉特別捜査官、諜報活動は頼んだわよ! あたしたちは足で稼ぎましょう! いくわよ、みくるちゃん! 有希! 取りあえずあの倫太郎のホラ話から真実を導き出さないと! どんなおとぎ話や神話だって、その多くは創作だったり想像の塊だけど、いくつかは歴史的事実が紛れ込んでるものなのよ!」

みくる「ま、待ってくださぁい」

長門「…………」ジュゴー

2010.08.17 (Tue) 13:00
秋葉原 UPX前


まゆり「あ、ハルにゃんにミクルンにユキリンだー♪ トゥットゥルー☆」

るか「みなさん、こんにちは」

みくる「こんにちはですぅ」

長門「……こんにちは」

ハルヒ「あら、まゆり。るか。これからどこか行くの?」

まゆり「えっとねー、まゆしぃはさっきまでラボに居たんだけど、オカリンがもうコミマに行っていいよーって言うからるかくんを誘おうと思って」

るか「ぼ、僕は遠慮してるんですけど」

まゆり「えー、大丈夫だよ、るかくんはコスプレしなくていいよー。見に来るだけでいいから、先っぽだけー」

るか「え、ええっ!? ///」

ハルヒ「……どこでそんな言葉覚えたのよ、って言おうと思ったけどまゆりの世界ってそんなんばっかりだったわね」ハァ

るか「それで、涼宮さんたちは何をされてるんですか?」

ハルヒ「そうだ! 二人とも、“キョン”っていう名前に心当たりは無い? 多分人の名前、あるいはコードネーム、もしかしたら暗号かも知れないんだけど」

まゆり「んー? キョン?」

るか「なんだかまゆりちゃんの付けたニックネームみたいですね」

まゆり「そうかなー……あーっ! そうだよ、るかくん! キョンくんだよ! 懐かしいなぁー……あれ、なんで懐かしいんだろう?」

ハルヒ「知ってるのね、まゆり! ってことはラボ関係者ってことかしら」

るか「いえ、ラボにはそのような名前の人は……。でも、何度かうちの神社に来ていただいたと思います」

ハルヒ「ほうほう、ということは少なくともこの秋葉原に潜伏しているってわけね!」

るか「あれ、でもたしか遠方から来られた方だったような……」

ハルヒ「むむむ……情報が錯そうしてるわね……。情報提供感謝するわ! まだまだ捜査は始まったばかりよ!」

2010.08.17 (Tue) 13:31
秋葉原 末広町交差点


古泉「遅れてすいません、裏を取るのに時間がかかってしまいまして……、おや、その腕章は」


   [ 心 霊 探 偵 ]


ハルヒ「妙な主観を交えず、事実だけを話してくれ。でないと真実が見えなくなる」フッ

古泉(僕みたいな声色ですね)フフ

みくる「えっと、さっきドンキホーテでお買い物してきたんですぅ。左目の赤いカラコンも」

古泉「いやしかし、探偵腕章とは懐かしいですね。無人島クローズドサークルがつい先日のことのように思い出されます。そういえば僕はその時の功績を讃えられて副団長に昇格したのでしたね」

ハルヒ「それで、調査結果はどうだったの?」

古泉「キョンという少年について記憶が抜け落ちているのは本当に僕たち4人だけなのか疑問に思いまして、『元々SOS団の団員であった』、という岡部さんの言から北高生に目星をつけ、SOS団の身近に存在した北高生徒及び教師32名にお話をうかがいました」

古泉「問い合わせたところ、やはり“キョン”というあだ名を持った少年は知らないと全員が返答しました。おそらく、僕らの周辺の人間の記憶からキョン少年は消滅している」

ハルヒ「でもまゆりやるかの記憶にはあったわ」

古泉「例えば記憶を消した犯人が居るとして、北高周辺の人物までは手が回ったが東京遠征までは処理できなかった」

ハルヒ「なるほど……、ってことは、あたしたちが東京に来てから関わった人物に話を聞く必要があるわね!」

フェイリス「なーに話してるニャーン?」

ハルヒ「フェイリス! ちょうどいいところに来てくれたわ。これから仕事?」

フェイリス「今日はお仕事を午前中で終わりにして、これから最終日のコミマに行こうと思ってるニャ!」

古泉「噂をすれば、ですね。フェイリスさん、“キョン”という名前の少年に心当たりはありませんか?」

フェイリス「暗黒面に堕ちたかつての“七英雄”の一人の、村人に扮装した時の偽名がそんニャだったような……あーっ! 思い出したニャ!」

フェイリス「キョンは霊媒師ニャ! フェイリスのパパの霊を降臨させて、現世<うつしよ>のフェイリスと会話してくれたんだニャ!」

ハルヒ「……そう。ありがとう、フェイリス」

みくる(あの涼宮さんが一歩引いている!?)

フェイリス「ホ、ホントだニャー! ハルニャン、信じてほしいニャー!」

長門「彼女に嘘を吐いている様子はない」

ハルヒ「そうなの? うーん、でもそうなると犯人像が複雑なことになってきたわね……」

古泉「元SOS団団員であり、秋葉原に潜伏。そのあだ名は椎名さんがつけたものであり、神社へお参りする程度には信心深く、霊媒師である、と」

ハルヒ「心霊現象は確かに興味深いけど、いざ探偵するとなると雲をつかむ話になっちゃうわねー」ブー

古泉「そろそろ調査対象も無くなってきましたし、岡部さんのお話を聞きにいきませんか?」

ハルヒ「アイツの話を真面目に聞かないといけないなんてなんか負けた気がするけど、この際背に腹は代えられないわ。じゃぁね、フェイリス。あたしたちはこれからラボに行くわ」

フェイリス「きっとキョンは見つかるニャ! フェイリスはSOS団の味方ニャー!」



プルルルル プルルルル


ハルヒ「ん? 非通知で電話……。一体誰かしら」

ハルヒ「もしかしたら犯人からの要求電話!? 脅迫メッセージ!? それとも霊界からの直通電話!? 古泉くん、逆探知の用意よ!」


プルルルル プルルルル


古泉「了解しました。失礼ながら、ケータイをお借りします……設置完了です、合図と同時に通話に出てください」

みくる(あるんだ逆探知器……)


プルルルル プルルルル


古泉「さん、に、いち……」スッ


ピッ


ハルヒ「もしもし。どちらさまかしら」

??『涼宮ハルヒだね? これから岡部倫太郎のところへ行こうとしている』

ハルヒ「若い女の声よ、しかもあたしたちの行動が監視されてるわ」ヒソヒソ

みくる「え、ええぇーっ!?」

長門「…………」

??『正直行かなくていいよ、どうせ説明されても受け入れられないだろうし。それより、君たちは北高に戻ったほうがいい』

ハルヒ「北高!? なんでよ!」

??『あたしは今北高の屋上に居る。戦火をかいくぐってココまでヘリで運んでもらうのは大変だったよ……。とにかく、キョンが居たっていう痕跡をたどるんだ』

??『その鍵は君、涼宮ハルヒが握っている』ピッ

ハルヒ「……どういうこと?」

古泉「逆探知成功しました。やはり僕らの街から通話していたようですね」

ハルヒ「倫太郎の話を聞くより、北口駅に戻ったほうがいいってことかしら」

古泉「それが敵の罠かもしれませんが、ここはまんまと乗せられてもいいかも知れません。なにせ、僕たちのホームグラウンドですからね」

ハルヒ「うーん、ちょっと予定がくるっちゃうけど、元SOS団の幽霊を調べるためには確かに戻ったほうがいいかも知れないわ。やっぱり幽霊って言ったら部室に住み着いてるものだしね!」

みくる「幽霊ですかぁ……ちょっと怖いですぅ」

ハルヒ「大丈夫よみくるちゃん。キョンとかいう間抜けた名前の幽霊なんだから、きっと人畜無害だわ。それに名前がある幽霊なんてちゃんちゃらおかしいわ! ね、有希」

長門「……名前がないから、幽霊。昔のわたしのように」

2010.08.17 (Tue) 17:42
北高 屋上


ハルヒ「ここに来るのは久しぶりね、アクションシーン撮影のために侵入して以来かしら」ガチャ

??「早かったね。来てくれてよかった」

古泉「それで、あなたは一体誰なのですか?」

??「君たちの味方だよ。名前は……阿万音鈴羽」

古泉(偽名でしょうね……)

ハルヒ「それで、阿万音さん? そのミリタリールックはどうしたの? ミリオタなの? にしてはどこの国の軍隊の服装とも思えないけど」

鈴羽「ああ、これ? これはね、民間軍事会社SOS団の軍服だよ」

ハルヒ「……は?」

鈴羽「あたしはね、2036年から来た未来人なんだ。この世界線の未来を救うためにね」

みくる「え……えええええっ!?!?」

ハルヒ「み、未来人……。ホ、ホントのホントに未来人だって言うの!? そんなの信じられないわ! それだけで信じる人が居たら日本の詐欺事件被害者数は百万倍に増えるわよ! 証拠を見せなさい、証拠を!!」

鈴羽「一応あたしは2000年にアメリカの掲示板にジョン・タイターって名前で書き込みしたことがあるんだけど、知らないかな?」

ハルヒ「あ、あのジョン・タイターがアンタだっての!? でも、それだと色々おかしいわ!」

鈴羽「あそこに書いたあたしのプロフィールはほとんどが嘘だよ。2038年問題ってのもちょっと嘘」

鈴羽「君たちには、第三次世界大戦を回避する未来を築いてほしいんだ」

ハルヒ「第三次世界大戦ですって……!!」

古泉「ちょっと待ってください。まだあなたはあなたが未来人である証明を行っていない」

鈴羽「おっとそうだった。えっと、古泉一樹は《神人》を倒す超能力者、朝比奈みくるはあたしよりもっと未来から来た未来人、そして長門有希は宇宙人に作られたヒューマノイドインターフェイス。そして涼宮ハルヒは」

古泉「わかりました、それで十分です」

ハルヒ「えっと、それって前に誰かがあたしに話した冗談よね?」

古泉「そうです。冗談です」

鈴羽「それは誰なんだろうね」

みくる(?)

鈴羽「それから、向こうに置いてあるアレがタイムマシンだよ。父さんの傑作さ」

みくる「あれが、タイムマシン……」

ハルヒ「シボレーじゃなかったの? あれじゃ人工衛星か給水塔みたいじゃない」

鈴羽「君たちSOS団の未来を教えるよ」

鈴羽「2025年に岡部倫太郎が死亡することで未来ガジェット研究所は自然解体、その後反政府組織ワルキューレが父さんを中心になって立ち上がるけど、軍事力は無いに等しかった」

鈴羽「それで前から父さんたちと交流のあったSOS団の初期メンバーが軍事会社を立ち上げて傭兵部隊育成とか諜報戦とかやることになった。手を組んだってわけ」

鈴羽「それから数年して日本国政府軍を裏切ったあたしはSOS団で引き続き訓練を受けることになった。と言っても軍属出身のあたしはほとんど後輩育成だったけど」

古泉「日本国政府軍? 自衛隊ではないのですか」

鈴羽「そんな未来なんだよ。ともかく、SOS団の最高責任者が君だったんだ。涼宮ハルヒ。みんなは団長って呼んでた」

ハルヒ「ホントにそれが、あたしの未来だっていうの……!?」

鈴羽「まったく、涼宮ハルヒ団長は社長のくせに鬼軍曹だったよ。限界を迎えてる兵士にさらに追い打ちをかけたり、目標が達成できないと気絶するまで懲罰を加えたり、ホント地獄だった」ケラケラ

古泉(涼宮さんが教官の部隊にだけは配属されたくないですね……)

鈴羽「まあ、そのおかげで各国の軍隊からマシンを守れるくらいには強くなったから、本当に感謝してる。……ご指導ご鞭撻、ありがとうございました、団長殿」ビシッ

ハルヒ「敬礼されても、まだあたしはなにもやってないわよ……」

鈴羽「はは……。それじゃ、長門有希にちょっと見せたいモノがあるんだけど、いいかな?」

長門「…………」

鈴羽「これ」ピラッ

古泉(子どもの落書きのような絵ですね……、非常に形容しがたい)

ハルヒ「なにこれ? 何かの暗号?」

長門「……了解した」

長門「朝比奈みくる、古泉一樹の両名の記憶を世界改変前のものと置換する」スッ

鈴羽「涼宮ハルヒはまだダメなんだ、この改変後の世界線の記憶が必要だからね」

ハルヒ「世界改変!?」

鈴羽「君の気づかないうちに世界は改変されていたのさ。それでこの世界の人間の記憶に齟齬が発生した。一部を除いて」

鈴羽「その一部ってのは岡部倫太郎とプラスアルファ」

鈴羽「長門有希が改変前の世界でプラスアルファに対して記憶をデジャヴとして受信するよう設定したのさ。肉体だけでなく意識のほうにも働きかけてね。その対象者は、椎名まゆり、漆原るか、秋葉留未穂の3名」

ハルヒ「……キョン!!」

鈴羽「そう。そのキョンを救うことが第三次世界大戦を回避するためのカギとなってる。そしてそれを実行できるのは、涼宮ハルヒ。君だけだ」

長門「…………」スッ

古泉「――――――――――ッ、涼宮さんッ!!! おっと、大声を出してしまい失礼しました。ここがβですね」

みくる「――――――――――す、涼宮さぁん!!! あ、あれ? どうしてあたしここに……」

ハルヒ「何よ、そんなに大声で呼んで。うちの団員はみんなしてあたしのことが大好きなのかしら」プッ

古泉「否定はできませんね。それが僕たちがここにいる存在証明なのですから」ンフ

みくる「も、もちろんです! あたし、涼宮さんのこと……大好きですぅ!! ふぇぇぇぇん!!」ヒシッ

ハルヒ「ちょ、ちょっとみくるちゃん!? 一体どうしたってのよ!?」ヨシヨシ

古泉「ちょっとした悪夢を見ていたのですよ。あなたがブラックホールに吸い込まれてしまう夢、と言ったところでしょうか」

長門「朝比奈みくる、古泉一樹。あなたたちの記憶をコピーさせてほしい」

古泉「アレですね、了解です」ピトッ

ハルヒ「ちょ、ちょっと二人とも! キスはあたしの居ないところでコッソリやりなさいよ!……あ、おでこのくっつけ合い」

みくる「えっと、あたしもですか? 長門さん、その、待って、心の準備が、ひぃっ!」ゴツッ

ハルヒ(痛そう)

長門「……状況を理解した」

鈴羽「さすが長門有希。SOS団の魔術師」

古泉「タイムマシンがラジ館ではなく北高にあるなんて、なんだか不思議ですね」

みくる「前見た時より少し綺麗になってますねぇ、タイムマシンさん」

古泉「もう一つ驚きです、まさかβ世界線でも阿万音さんにお会いできるとは。やはりあなたがジョン・タイターでしたか。お久しぶりです」

鈴羽「そっちの世界線の話は知らないよ、興味も無い」

古泉「そう言えば彼はどこへ行かれたのでしょう。このメンバーでここにいて、彼が居ないのは珍しいですね」

ハルヒ「キョンね!! 古泉くん、キョンのことなのね!!」

古泉「え、ええ。そうですよ、それが何か?」

ハルヒ「それが何かじゃないわよ!! キョンって一体誰なのよ、教えなさいッ!!」

みくる「えっ?」

古泉「……なるほど、そういう世界に改変されてしまいましたか。正直言って最悪の事態ですね」

古泉「しかしそれはおかしい。鍵となる彼が居ない状況で僕たちSOS団がここまでうまく回っているはずがない」

鈴羽「そう、この世界線はちょっとおかしいんだ。まるで彼の幻影がそこかしこで動き回っている」

ハルヒ「出たわね、幻影……!」

みくる「ど、どういうことですかぁ。キョンくんが、幻影……?」

古泉「涼宮さん、どうしてあなたは北高に入学しようと思ったのですか?」

ハルヒ「へ?……えっと、家から近かったし、別に進学校に行きたいと思わなかったからよ」

古泉「どうして中学の頃まで長かった髪を高校に入って切ったのです?」

ハルヒ「えっと、なんとなくよ。なんとなく」

古泉「SOS団を設立したのは?」

ハルヒ「もちろんあたしよ! 発案も、準備も、ネーミングも、ぜーんぶあたし!」

古泉「去年の5月、青い巨人の夢を見ましたよね?」

ハルヒ「話したっけ? そうね、見たわ。不思議な夢だったわね」

古泉「ジョン・スミスという名前に憶えは?」

ハルヒ「ジョン……? ジョン・タイターじゃなくて?」

古泉「……これ以上質問してもあまり意味がなさそうですね。それで、阿万音さん。今彼はどこに?」

鈴羽「墓の中さ。2004年2月、彼は小学4年生にして夭逝している」

ハルヒ「やっぱり幽霊だったのね!!」

古泉「なっ……」

みくる「キョ、キョンくんが……!? 嘘……!!」

長門「…………」

鈴羽「転落死。頭の打ちどころが悪かったみたい。まぁ、あたしの口から言っても信じられないだろうから、直接確かめに行くといいよ。彼の自宅にさ」

古泉「それであなたは彼の命を救うために2036年からここへやってきたと」

鈴羽「そう。涼宮ハルヒを連れて2004年へ飛ぶためにね」

ハルヒ「あ、あたしがタイムトラベルするの!?」

鈴羽「君ってそういうの好きだったんだって? 夢が叶ってよかったじゃないか。でも、それに浮かれてミッションを失敗しないでね」

ハルヒ「あ、当たり前じゃない! このあたしが失敗なんてありえないわ!」

鈴羽「ミッションに当たって、この世界線についてのアトラクタフィールド理論的説明はしたほうがいいかな?」

古泉「そうですね……。涼宮さん、この事件の仕組みについて、少し長い話になりそうなのですがよろしいでしょうか」

ハルヒ「なんだか頭の中が糸くずみたいにこんがらがってきたわ。なんとかして解いてほしいのだけれど」

古泉「了解しました。それでは阿万音さん、よろしくお願いします」

鈴羽「そもそもキョンはβ世界線において生きてるか死んでるか50%の存在、シュレーディンガーの猫状態だったんだ」

鈴羽「ある世界線ではエネルギーの励起状態で生存、その隣の世界線では基底状態で死亡、これが交互に重なり合ってアトラクタフィールドを構成していた」

鈴羽「エネルギー準位の関係で、本来死亡してるはずの世界線でも生存していた場合の事象が因果に組み込まれている場合がある。これが幻影の正体」

古泉「僕たちが7月28日以前に居た世界線は励起状態の世界線だった、ということでしょうか」

古泉「そして状態ベクトルの線形結合による干渉効果が発生していた、と。ということは、量子デコヒーレンスによって干渉項を消す必要がある」

鈴羽「猫状態を解消し、キョンの生存を古典状態へと決定しないといけない。世界の分岐点におけるデコヒーレンス観測点となりうるのが、涼宮ハルヒ」

古泉「ですが、たとえこの世界線で彼の命を救ったとしても、重なり合いによって世界線の因果は不安定なままなのでは?」

鈴羽「そう。だから涼宮ハルヒはこの特殊な世界線、β´世界線を生み出した」

ハルヒ「あ、あたしが?」

鈴羽「この世界線はね、すべてのβ世界線の因果に干渉し得るアトラクタフィールド上に存在する」

鈴羽「アトラクタフィールドβを一枚の紙だとすると、アトラクタフィールドβ´はその一枚の紙に綺麗に交差するような平面になっている」

古泉「その断面はアルファベットの“X”のようになっているのですね」

鈴羽「そしてその平面はβと完全に重ならない限りにおいて移動可能性、可動域を持ってるんだ。つまり、一本の直線を以って交差しているアトラクタフィールドβをすべて網羅している。ここはβ´世界線という一本の世界線でありながら、アトラクタフィールドβという一枚の面でもあるんだ」

古泉「つまり、“X”の状態から“T”から“⊥”までに移動するような影響を与えることができると」

鈴羽「だから、ひとつのβ´世界線の事象を変更するだけで全てのβ世界線の事象が変更されるってわけさ」

古泉(ということはこのβ´世界線では、涼宮さんの織姫への願いはおそらく、“涼宮さんというヒーローが過去へ行き彼というヒロインを蘇らせる”、ということになるのでしょう)

古泉(しかし、2004年というのは困りましたね。朝比奈さんはタイムトラベルできず、情報統合思念体は地球に目を付けていない。機関は存在せず、現地の僕はごく普通の小学生だ)

古泉(2004年の現地での行動は阿万音さんに頼るしかありませんね……)

鈴羽「これで理論的な説明は十分かな。あとは具体的にどうやって彼を救うかって話だけど……これはそっちの領分だね」

古泉「……まずは詳しい死の状況について調査しましょう。彼の自宅の場所はしっかり覚えていますよ」

ハルヒ「いよいよ事件の核心に迫るってわけね! さあ、ズバッと参上ズバッと解決しちゃいましょう!」

2010.08.17 (Tue) 18:13
キョン宅


ピンポーン


古泉「ここが彼の自宅になります」

みくる「キョンくん……グスッ……」

ハルヒ「ほら、みくるちゃん。いい加減泣き止みなさい? そんなにいい人だったの?」

長門「…………」


キョン母「はぁい。あら、かわいいお客様ね。どちら様?」

ハルヒ「お夕飯時に失礼します。あたしたち北高の生徒で、SOS団という奉仕団体です。部活動の一環で近所で起きた事件を調査してるんですけど、インタビューさせていただけないでしょうか」

キョン母「事件? 最近この辺で事件なんてあったかしら」

古泉「ご無礼を承知で申し上げますが、ご長男のことについて。彼のような被害者を二度と出さないためにも、ご協力お願いできませんでしょうか」

キョン母「ああ……そういうこと。いいわよ、どうぞあがって。あの子について話ができるなんて、いつぶりかしら」

みくる「お邪魔します」

古泉(おや、靴が一足多いですね。女性モノ、来客でしょうか)

キョン母「あれは寒い冬の日だったわ。うちの娘がね、まだ幼稚園の頃の話だけど、お兄ちゃんと一緒に散歩してたらしいの」

キョン母「そしたらあの娘、買ってあげたばかりの靴をドブ川に落としちゃったみたいでね、それでお兄ちゃんが探そうとして、橋の欄干によじ登って、そのまま滑って下に落ちちゃったらしいわ」

みくる「そうだったんですかぁ……グスッ……」

古泉「そうでしたか……あの彼がそんなことに……」

ハルヒ「不慮の事故だった、ってことですね。その後、妹さんは? もしよければお話したいのですが」

キョン母「娘はそれからふさぎ込んじゃってね……話せるかどうか……」

みくる「えっ?」

??「すいません、お話が聞こえてしまいまして……。大丈夫、話せる?」

キョン妹「……」コクッ

古泉(あれは、彼の妹さん。どうして車椅子に……)

みくる(虚ろな目……)

ミヨキチ「初めまして、わたしは吉村美代子と言います。彼女の、物心つかない時からの友人です」

古泉(この方がかつて彼が恋愛小説に描いたミヨキチさんですか。たしかに小学6年生にしては大人びた風貌だ)

キョン妹「…………」

古泉「……彼女は、ストレス性失声症、でしょうか」

キョン母「医者にはそう言われたわ」

みくる(そんな……)


古泉「長門さん、少しでも彼女にお話してもらうようにできないでしょうか」ヒソヒソ

長門「やってみる。脳神経の緊張を解き、声帯を正常に近づける」スッ


キョン妹「カハッ……が、あだじ……あの時、聞いだの……ゴホッ……」

みくる(しゃがれ声……)

ミヨキチ「だ、大丈夫!? 無理しなくていいよ」

キョン妹「ううん、今日は調子がいいみだい。ありがどう、ミヨギヂ」

ミヨキチ「はぁぁ……ッ! 久しぶりに名前呼んでくれたね、ありがとう……!!」ウルッ

ハルヒ「それで、妹さんは何を見たの?」

キョン妹「あの時、お兄ぢゃんが落ちだのは原因があっだ……」

キョン妹「突然、大きな声がしだの。女の人の声だっだど思う。その声のするほうを振り返っだお兄ちゃんは手を滑らせで……」

キョン妹「ゴホッ……ぐ、ぐどぅじぃだ、だで……ゲホッ……」

キョン妹「…………」パクパク

長門「……これ以上は危険」スッ

ハルヒ「ありがとう、妹さん。伝えてくれて」

古泉「これで僕たちの行動指針が見えてきましたね」

みくる「あの、お線香あげさせてください」

キョン母「ええ、ありがとう。こっちが仏壇よ」


古泉「彼の遺影に位牌、ですか」

長門「…………」チーン

ハルヒ「この子がキョンくんですか。温厚そうなお子さんですね」

キョン母「そうねぇ、誰に対しても優しい子だったわ。でもちょっとませてたかも」ウフフ

ハルヒ「ほら、みんな。お線香あげた? それじゃ手を合わせて黙祷しましょ」

みくる「うぅ……キョンくぅん……」グスッ

古泉「…………」

長門「…………」

ハルヒ「お母様、貴重なお話を本当にありがとうございました」

古泉「子どもが安心安全に暮らせる地域の街づくりを訴えていきたいと思います。そろそろおいとましますね」

キョン母「そうね……きっとあの子も喜ぶわ……」

古泉(しかし妹さんについて、少し不思議ですね。愛する兄の死がPTSDとなったことは間違いないでしょうが、それが6年間も失声症になるほどのものでしょうか)

みくる「お邪魔しました……」

キョン妹「…………」フリフリ

ミヨキチ「うん、バイバイだね。みなさん、もしよかったらまたおしゃべりしに来てくださいね」

長門「わかった」

キョン妹「…………」





キョン妹(……似てる)




2010.08.17 (Tue) 19:12
北高 屋上


鈴羽「それで、過去へ行って彼の命を救う準備はできたかな?」

ハルヒ「ええ、情報も仕入れたし、きっと大丈夫よ。あたしたちSOS団にかかればできないことは何一つないわ!」

鈴羽「申し訳ないけど、このタイムマシンは2人乗りなんだ。だから過去へ行くのは操縦者のあたしを除いて一人だけ。君だけなんだ、涼宮ハルヒ」

ハルヒ「……まあいいわ。みんな、待っててね。過去をサクッと変えてきてあげるから!」

ハルヒ「それに、あたしが長年望んだ超常的イベントなんだもの……失敗なんてするわけない」

みくる「ごめんなさい、涼宮さん……あたしが至らないばっかりに……」グスッ

ハルヒ「どうしてみくるちゃんが泣くのよ? 心配しないで、大丈夫よ」

鈴羽「このマシンは“ココ”と2004年を2往復しかできない。チャンスは2回だけ」

ハルヒ「上等よ。初心の人二つの矢を持つことなかれ、この一矢に定むべしってね。一発で決めてやるわ!」

鈴羽「ケータイは置いていって。2004年に居る小学4年生の涼宮ハルヒがまだケータイを持ってないのは知ってるけど、その番号は別の人が使ってる時代だから」

ハルヒ「なるほどー、いよいよらしくなってきたわね! 古泉くん、預かっといて」ポイッ

古泉「同じ携帯電話番号が同じ時間軸上に2つ存在する場合、どちらが鳴るのか予想がつかない、ですか。『プライマー』でもあった問題ですね」

古泉「涼宮さん、先ほどご自宅に寄られた時に持ってきた冬物の衣服です。僕たちの分は無駄になってしまいましたが、ご武運を」

長門「……きっと大丈夫」

ハルヒ「ありがと、二人とも」

鈴羽「それじゃ、乗って」

ハルヒ「……」ワクワク ドキドキ

タイムマシン内部


ハルヒ「へー、これが、タイムマシン。ほー、ふーん」

鈴羽「計器には触らないでね。それから妄想話も禁止。君は興奮すると収まりがつかなくなるんだろ?」ピッ ピッ

ハルヒ「……わかってるんだったらその上から目線をやめなさいよ」

鈴羽「実際上からの通達だからね。あたしの上官、涼宮ハルヒ団長からのキツい言いつけさ」ピッ ピッ

ハルヒ「あ、あたしからの……」

鈴羽「あたしは君以上に君のことを知ってると思うよ。このミッションの成功のために徹底的に叩き込まれたからね」ピッ ピッ

鈴羽「さあ、準備ができた。シートベルトを締めて、酸素マスクを着用して。急激にGがかかるから、身体でふんばるようにしてね」

ハルヒ「いよいよってわけね……」ゴクリ

鈴羽「それじゃいくよ」ピッ

キラキラキラキラ……

ハルヒ「なにこれ……チャフ? ユキンコ? それともケセランパサラン?」

鈴羽「時のかけらみたいなもの。綺麗でしょ?」

ハルヒ「不思議ね……なんだか、不思議」

ハルヒ「きっとこの不思議体験は、キョンってやつが導いてくれたのね。感謝してやらなくもないわ。SOS団に生還したら二階級特進させてあげましょう!」

鈴羽「はは、縁起でもないね」



――――――――
――――

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2004.02.13 (Fri) 15:32
北高 屋上


シュゥゥゥゥゥン……


鈴羽「着いたよ、涼宮ハルヒ。ほら、起きて。初めてのタイムトラベルのはずなのに、よく2G荷重の中で眠れるね」

ハルヒ「んぁ……もう着いたの? うぅ、さぶっ」

ハルヒ「……ホントにここが過去? 気温以外なにも変わってないじゃない」

鈴羽「うーん、例えばこの真下の旧館が、今はまだ旧じゃない、ってくらいかな」

ハルヒ「へえ。ってことはここに文芸部の大先輩方がいらっしゃるのね。感謝するわ、あなたたちがここで文芸部をやってくれたおかげで有希と出会えたんだもの」

生徒『なんの音だ!? おい、屋上への扉、鍵かかってるぞ! 誰か職員室行って取ってこい!』

鈴羽「さ、そっちにロープを垂らしておいたからそこから脱出して。あたしはこのマシンをブルーシートで隠してから行くよ。貯水タンク工事中って書いてね」

ハルヒ「そんなんで大丈夫なの?」

鈴羽「それから、この時代の君自身との接触は避けて。パラドックスが発生するから」

ハルヒ「わかったわ! ここはあたしに任せなさいっ!」

なんとなく予想がついた
妹が綯っぽくなってそう

2004.02.13 (Fri) 15:51
ドブ川沿い


ハルヒ「全然タイムトラベルしてきたって感じが無いわ……。この街って昔からあんまり変わってないのね」

ハルヒ「せっかくだったらもっと壮大なタイムトラベルをしたかったわ! 恐竜の時代に行って卵を持ち帰るとか、戦国時代で天下を統一するとか、超未来に行って新人類と対話するとか! 邪馬台国畿内説を証明しにいくってのも捨てがたいわね……」

ハルヒ「それに13日の金曜日だなんて縁起が悪いわ。あたしだったら大安吉日の天赦日で一粒万倍日を選ぶのに」

ハルヒ「……それで、この辺よね。そのキョンってやつが死んじゃうのって」

ハルヒ「あたしが助ければそいつがSOS団団員として素知らぬ顔して振る舞ってる……なんか変な話」

ハルヒ「おっとっ。噂をすれば早速……あのちっちゃい妹さんと歩いてるのがキョンくんね」


キョン「それで、どの辺で失くしたんだ?」

キョン妹「グスッ……グスン……うぇぇぇぇん……」

キョン「しょうがないな、ほら。お兄ちゃんが見つけてやるから」

キョン妹「ヒグッ……うん……」

キョン「この辺に無いとなると、なんかの弾みでドブへ落ちたか……。くそ、橋の真下がのぞけないじゃないか。登るか、よっこいしょっと」

>>950
お前は15年後に殺す

ハルヒ「危ないことしちゃって。一言説教してやらないといけなさそうだわ。こら――――――」


ブロロロ……


ハルヒ「ッ! 危ないトラックね……」


ハルヒ(小)「待ちなさい!!!!!!」


ハルヒ「!? あ、あたしの声!?」


キョン「!?」クルッ

キョン「あっ」ズルッ


ハルヒ「えっ」



ヒュー




ドンッ




ハルヒ(小)「あれ? トラックに隠れて消えた!? そっか、トラックに飛び移って逃げたのね! 待ちなさーいそこのトラックー!」タッタッタッ


ハルヒ「……うそ、あそこに居たのって、“あたし”!?」

鈴羽「……ミッションに失敗したようだね。とにかく一度2010年に戻ろう」

ハルヒ「嘘、でしょ……ってことは、キョンくんを殺したのは、あたし……!?」

鈴羽「ほら、団長。立つんだ。この時空にあまり長居はできない」


キョン妹「お兄ちゃん? お兄ちゃんどこぉ……?」

キョン妹「あっ、お兄ちゃん……? お兄ちゃん!? お兄ちゃん!!」

キョン妹「だれか、だれかたすけてぇ!! だれか……おにいぢゃぁぁぁぁぁ……うぇぇぇぇぇぇん……」ポロポロ


ハルヒ「待って!! まだ救急車を呼べば助かるかも知れない!! 今からあたしがあそこに行って身体を拾って!!」

鈴羽「駄目だ、既に因果は完結した。君は失敗したんだよ、涼宮ハルヒ!」ガシッ

ハルヒ「うるさいッ!!! 今すぐその手を放しなさい!!! あんた、あたしの部下なんでしょ!? あたしの命令が聞けないの!?」

鈴羽「あたしの上官はあんたみたいにガキじゃなかった。まだもう一回チャンスは残ってる」

ハルヒ「そんな、嘘よ嘘よ嘘よ!! なんで、なんであたしが、あたしが……ッ!!!」

鈴羽「……ごめんね、団長」シュッ

ハルヒ「ぐはっ!?」バタン

ハルヒ「…………」

鈴羽「よっと。この頃の団長は軽いなぁ。そりゃ、あの時だってスレンダー美人だったけどさ……」



――――――――
――――
――

D 1.128737 492062656C6965766520796F75%
2010.08.17 (Tue) 19:13
北高 屋上


古泉「……気が付かれましたか? 涼宮さん」

ハルヒ「んん……ここは……?」

古泉「ここは2010年です。あなたが過去へ飛んでから1分後の世界ですよ。預かっていたケータイ、お返ししますね」

ハルヒ「過去へ……? あ……」

ハルヒ「……そうだ、あたしが、殺したんだ。子どもの頃の、あたしが……」

古泉「落ち着いてください。深呼吸をして」

ハルヒ「で、でもあんなの事故じゃない!! キョンが欄干なんかに身を乗り出してるのが元々悪いんだし、あたしは、あたしは悪くない!! あは、なんだ、あはは!! あたしは悪くないじゃない!!」

古泉「……時間移動および世界線移動の影響か、少々錯乱しているようです。もう少し時間を置いてからのほうがいいかと」

鈴羽「一応、あと1年くらいは待てる程度の燃料は積んであるけど、この北高の屋上にタイムマシンを隠すことを考えたら夏休みが終わるまでにはなんとかしてほしい」

古泉「わかりました、ご配慮ありがとうございます。涼宮さん、お辛いでしょうが、一旦体を休めましょう」

ハルヒ「あたしが……あたしが……」ガクガク

長門「……手を貸す」

2010.08.17 (Tue) 19:20
文芸部室


古泉「……涼宮さんのご自宅には連絡を入れておきました。学校側にも許可を取らせましたので、今日はここで1泊ですね」

古泉「涼宮さんが落ち着いてから何か手を考えましょう」

みくる「涼宮さん……」

ハルヒ「何よその憐みの目は……あ、あたしは人なんて殺してないわよ!? あたしは人殺しじゃない!! 不慮の事故!! ご愁傷様!! それに、どうしてあたしがあんな子どもを助けなきゃいけないのよ! 古泉くんあたりがやればいいじゃない! どうしてあたしじゃなきゃいけないの!?」

古泉「……あなたが、選ばれた人間だからです」

ハルヒ「誰よそのあたしを選んだのって!? 神様!? ハッ、選民思想なんてくだらないわ。それとも未来のあたし!? 知らないわよ未来のことなんて!! そもそもあんな男の子を生き返らせたところで何がどうなるって言うのよ! そんなに重要人物なの!? ジョン・コナーかなにか!? なんで未来人じゃなくて、あたしがなんとかしないといけないのよ!! あたしだってね、わかってるのよホントは! あたしだって、一人の、ちっぽけな、人間……」

古泉(もしかすると無意識のうちに世界の収束について悟っているのでしょうか。しかし、今回の事象については収束確率は50%……いえ、50%となるのが100%なのでした)

古泉(ということはやはり、涼宮さんの無から有を生み出す能力によって世界線の収束そのものを破壊しなければ彼は救えない……)

ハルヒ「うぅぅぅぅぅ……。なんなの、この気持ちは……。どうして、知らない男の子のことなのに、こんなに胸が痛むの……」ポロポロ


古泉「……長門さん?」

長門「わたしではない。彼女は自律的にソレを発動させようとしている。一つの自律進化」

古泉「確かに、トリガーは嫌と言うほどありましたね。仮に涼宮さんがリーディングシュタイナーを覚醒させたら、現在過去未来すべての記憶を恣意的にダウンロードできるようになるのでしょうね」

長門「わたしの力は必要ない」


みくる「でも、でも! まだもう一回チャンスが……」

ハルヒ「もう一回? もう一回ですって? たった一回の間違いでしょ!? あたしが次失敗したら、永遠にあの子は救えない! ホントのホントに死んじゃうのよ!?」

ハルヒ「なんであたしなのよ、なんであの子を殺したあたしが救わなきゃいけないのよ! 元々あたしさえ居なければあの子の命が助かってたんじゃない!! いや、あたしは殺してない、あたしは……もういや……こんなの……やりたくない、やりたくないよぉ……」ガクガク

ハルヒ「あたしが、生まれてこなければよかったのにぃ……うぅぅぅっ……」ポロポロ

みくる「……ッ!!」





みくる「バカぁっ!!!!!」バシーン!!

ハルヒ「ッ!?!?」バターン





古泉「……朝比奈さんの、涼宮さんへの、ビンタ、ですか。始末書モノでしょうね、グッジョブです」

長門「…………」

みくる「涼宮さんは、あたしの知ってる涼宮さんはそんなことを言う人じゃないですっ!」

ハルヒ「…………」ジンジン

みくる「あなたにしかできないことなんですっ! 涼宮さんならできるんですっ!」

みくる「あたしには過去を変えられなくても、あなたには過去を変える力があるんですっ!」

みくる「涼宮さんは、すごい人なんですっ! 誰が相手だって、神様にだって、過去にだって、幽霊にだって、宇宙にだって、世界にだって勝てちゃう人なんですっ!」

みくる「だってキョンくんは、涼宮さんにとって大切な人だからっ!」

みくる「誰にもできないことをやり遂げてしまう、そんな涼宮さんがぁ、あたしは大好きなんですぅ……うわぁぁぁぁぁん……」ダキッ

ハルヒ「みくるちゃん……」

ハルヒ「……みぐるぢゃぁぁぁん!! うわぁぁぁぁぁぁん!!」ダキッ




古泉「僕たちは退散したほうがよさそうですね」

長門「泣いてスッキリ」

2010.08.17 (Tue) 19:31
北高 屋上


古泉「阿万音さん。いくつかお聞きしたいことがあります」

鈴羽「なんだい?」

古泉「と、その前に。もしかして今日はタイムマシンでご一泊される予定ですか?」

鈴羽「今日は、というか、これから毎日そうなるだろうね」

古泉「それでは色々難儀でしょう。もしよければ長門さんのご自宅に泊まられては」

長門「セキュリティは万全」

鈴羽「でもあたしはこのタイムマシンを隠し通さないと……」

長門「不可視遮音フィールド展開」スッ

鈴羽「……そうだった。長門有希は宇宙人だったね。正直、今でも信じられないけど」

古泉「では場所を移動しましょう。あまり外に漏れても困る話なので」

2010.08.17 (Tue) 20:04
長門の部屋 708号室


鈴羽「結構いいところに住んでるね」

長門「飲んで」コトッ

鈴羽「……それで、話ってなんだい」

古泉「大丈夫です、毒など入っていませんよ。では、本題といきましょう」

古泉「“涼宮ハルヒが一度彼の救出に失敗する”、は既定事項だった……違いますか?」

鈴羽「……鋭いね。さすがSOS団の智将。正直、気持ちのいい話じゃないから気付いてほしくなかったよ」

古泉「つまり、あなたは過去を変えるためにまず未来を変えた……。涼宮さんが、“自分が彼を殺していた”という事実を認識させることで、彼女がその罪悪を約四半世紀背負い込む歴史を作った」

鈴羽「あんまりいじめないでほしいな。必要なことなんだ」

古泉「いいえ、そうやって言い逃れするのは許しません。あなたも共犯なのです、等しくその業を背負うべきだ」

鈴羽「……α世界線のあたしの顔を立ててやってほしいんだけど」

古泉「失礼、僕があまり表情に出ないタイプなので伝わらなかったですかね。僕はあなたに対して怒っているのです」

鈴羽「…………」

古泉「それが必要なことだからと言って、あなたが良心の呵責を感じないはずがない」

古泉「あなただってつらいはずだ。何故一人でダークヒーローぶってるんですか」

古泉「あなたの記憶にある未来の僕たちも同じ僕たちです。同じように信用していただきたいものですね、仲間として」

鈴羽「……はは、こりゃしてやられたかな。ありがとうございます、古泉一樹さん……」

長門「飲んで」

鈴羽「い、いただきます、ユキねえさん……」ゴクン

長門「敬語は不要」

古泉「そうですね、僕はもう癖のような感じですのでこんな話し方ですが、あなたはむしろ楽なほうで構いませんよ」

鈴羽「う、うん……」

古泉「さて、いくつか聞いておきたいことがあります。どうしてあなたが登場した最初の世界線では涼宮さんの2025年の願い、織姫様の力は発動しなかったのか」

鈴羽「してたんだよ。このあたしを2036年から2010に飛ばすために必要なことが2025年に起きた」

古泉「それは岡部さんの死、ですか。それによってSOS団とワルキューレが手を結ぶ必要性が生じた」

鈴羽「それもあるけど、2025年以降のDメールおよびタイムリープ機能の無効化が発動したんだ」

鈴羽「この先の未来ではDメールを送れるのは未来ガジェット研究所だけじゃない。例えば2010年のクリスマスにはロシアが世界線の改変実験に成功している」

鈴羽「2025年以降にこの機能、というか世界のシステムが停止されていることで、自責の念を背負っていない状態の涼宮さんでもワルキューレを守ることができた。一応あたしが2036年からタイムトラベルする、ってのは世界線の収束らしいけど、“飛べる”敵に対して生存収束はあまり意味が無い」

古泉「なるほど、それで“先の世界線”では未来からのメールが届かなかったというわけですか」

古泉「ということは、“この世界線”では2025年からのDメール、すなわち“織姫の願い”が届くのですね?」

鈴羽「……未来の古泉一樹さんの推測によると、そういうことになるみたい。それに添付された無意識野に刻まれる指令コードによって涼宮ハルヒは彼を救うことができるようになる。ミッションコンプリート、ってわけさ」

古泉「その言を聞けてようやく安心できましたよ。これですべてが繋がりました」

鈴羽「この世界線の未来のあたしも2036年から2010年の北高にタイムトラベルしてきて、涼宮ハルヒを過去に連れていく」

古泉「それは先ほど僕がこの目で確認しました。物理的タイムトラベルをしたあなたと涼宮さんはともかく、僕たち3人の記憶は世界線移動していませんからね」

鈴羽「つまり、この世界線の団長、キョンの復活を成し遂げようとする執念を持った団長なら他国軍のDメール系世界改変攻撃から防衛できる。これでDメール系を2025年以降生かしたまま、あたしが2036年からタイムトラベルする因果ができる」

古泉「それによって織姫の願いが有効になる。彼を救うことが達成される」

鈴羽「そうだね」

古泉「彼の生存を古典的に決定したアトラクタフィールドβの作成に成功することで、2025年以降もDメールおよびタイムリープが使える状態でありながら、かつ織姫の願いをフリーにした状態で、2036年にあなたが過去へ飛べる状況を作り出すことができる」

鈴羽「そういうこと。彼が居ることによって涼宮ハルヒは民間軍事会社を設立しないし、また彼女が持つ本来の能力を発揮できる。その能力のほうでワルキューレを守ってもらえばいい」

古泉「その世界線ではおそらく、2025年に岡部さんの手によってDメールが送られ、これによって牧瀬さんの救出が達成されるという織姫の願いが発動する」

鈴羽「そう。牧瀬紅莉栖の死亡が第三次世界大戦の遠因の一つでもあるから。根本的な原因はもう一つあるけど」

古泉「その根本的なほうに関してはα世界線の長門さんたちの手によってなんとかなりそうですよ。キーアイテムが見つかっていれば、ですが」

古泉「そしてようやく世界大戦の勃発しないシュタインズゲートへと到着……ですか。随分とまあ、長い道のりですね」

鈴羽「世界を自分の都合のいいように変えるんだ、そのくらいの手間は必要さ。神様じゃないんだから」

古泉(かつて一晩のうちに世界を自分の都合のいいように変えようとした愛すべきお方が居るのですけどね)ンフ

古泉「ですが牧瀬さんの救出の際も猫状態が発生するのでは?」

鈴羽「今回の改変でβ´は消滅するはずだから、牧瀬紅莉栖救出作戦に同じ手法は使えない。また別の手段を考えないとね」

古泉「その辺は未来の僕らに任せましょうか」

長門「カレー。食べて」コトッ

鈴羽「ああっ、ユキねえさん! お手間をかけさせてすいません! いやあ、あたし、ユキねえさんのカレー好きなんですよ! レーションでしたけど」ジュルリ

長門「これはレトルト」

古泉(そう言えば未来でも長門さんの見た目はほとんど変わっていないのでしょうね。それで敬語でしたか)

鈴羽「でも、いいんですか? 団長たちを置いてきちゃって」

古泉「ご飯は機関の者に運ばせました。それにおそらく長門さんが、」

長門「部外者に侵入されないよう保護フィールドを展開した」

鈴羽「さすがユキねえさん! すごいです! 尊敬します!」

長門「それほどでもない」

古泉「さて、僕は帰ります。長門さん、阿万音さんをよろしくお願いしますよ」

長門「あなたも食べていって」

古泉「……嬉しい限りですね。せっかくなのでご相伴にあずからせていただきましょうか」ンフ

鈴羽「ロシア軍のヘリをまんまと騙して! あの時は痛快だったなー」

古泉「なんだが自分の功績を聞かされるのは気恥ずかしいですね」

・・・

鈴羽「それでストラトフォーによる洗脳作戦がお釈迦になったってわけです」

長門「ユニーク」

・・・

鈴羽「SERNへのスパイ作戦のカギはやっぱり諜報力でしたね」

古泉「機関がそこまで巨大組織になっていようとは……」

・・・

鈴羽「あたしのぉ、母さんがぁ、無人機の機銃掃射で撃ち殺されて……ウグッ……ヒグッ……」

長門「よしよし」

古泉「しかし、そうなると300人委員会はどこで何をしていたのか……。大戦そのものが陰謀の渦中にあったのかも知れませんね……」

・・・

鈴羽「すぅ……すぅ……」

長門「興味深い話が聞けた」

古泉「ですね。それでは僕は帰りますよ」

長門「なぜ」

古泉「……まあ、この世界線では彼も居ませんし、1泊ぐらいしても怒られないでしょうか」

古泉「実はもう一つ気になることがあります。多分これは阿万音さんに聞かせられない次元の話、つまり自我に関わる問題だと思うのですが……、そもそもどうして彼は猫状態になってしまったのか」

長門「世界外記憶領域で擬似ブラックホールに飲み込まれたことによって彼の自我が量子化し、その影響が実世界に表出したものと思われる」

古泉「やはりそうですか……。あそこに吸い込まれたのは涼宮さんと彼の二人。僕と朝比奈さんは気付いた時にはこの世界線に着陸していました」

古泉「この世界線に着陸できた、ということは、結果的に彼の手によってあのブラックホールが消滅させられた、ということなのでしょう。一体どれほどの時間がかかったかはわかりませんが」

長門「本来あれは涼宮ハルヒの記憶の世界の時間を無限遠へと引き延ばすための装置。しかし、そこに部外者である彼が闖入してしまった」

長門「結果、本来なら涼宮ハルヒの記憶情報から構成される彼の情報と、本物の彼の意識とが混在することとなった」

古泉「つまり、2009年4月に初めて彼を認識した涼宮さんの記憶と、生まれてこの方ずっと自分の存在を認識してきた彼の自我が合体した……。それでアトラクタフィールドβの世界線のうちの半分が2009年4月以前に彼が存在しなかったかのように再構成されてしまった」

長門「彼の本物の意識の中で最も自分が死亡することに違和感の無い事象が今回の事件」

古泉「それは裏を返せば僕たちSOS団を信頼して頂いていたということにもなりますが、皮肉なものですね」

古泉「そして何兆分の一秒の間に、この事実に無意識的に気付いた涼宮さんは、彼の生存のためにこのβ´世界線を作り上げた。まさに彼女のパラレルワールド創造能力が活かされたわけです」

古泉「しかし2004年ではSOS団の力が及ばない……。そこで彼女は未来の力を借りることにした」

古泉「未来からの過去改変、すなわち現在改変というのは不思議ですね。例えば10年後にタイムマシンを絶対開発するぞ、と強く心の中で思った瞬間、未来から自分の作ったタイムマシンが飛んでくる」

古泉「しかしそんなことは普通有り得ない。宿題を終わらせようと思っただけでは宿題は終わらないのと同じです」

古泉「ゆえに涼宮さんはもういくつか創造していますね……? これはおそらく、無から有を生み出す能力の新しい応用形態だと思うのですが」

長門「SOS団4人の2034年までの生存収束、および未来ガジェット研究所と関係を持つためのいくつかの収束事項を構築した」

古泉「ついに運命の女神へと進化されましたか……」

ここでキリがいいので次スレ

ハルヒ「IBN5100を探しに行くわよ!」後編
ハルヒ「IBN5100を探しに行くわよ!」後編 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1440167272/)

ちょっと1時間ほど離席します

乙ありでした

画像うpテスト

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http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira086484.jpg

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