ハルヒ「みて、キョン!ここ家賃が1万円だって!!」キョン「……!」 (105)

キョン(土曜日。俺の気分は下り坂ながら、本日は文句なしの晴天だ)

キョン(そもそも、不思議探索をする日が雨だった記憶があまりないのだが)

キョン(これもハルヒの為せる技なのかね。そういえば長門も天候を操れるんだっけか)

長門「……」

キョン(土下座すれば呆れながらもやってくれそうだが、生憎と数百万年後の生態系を崩す理由は今のところない)

キョン(などとくだらない考え事をしている余裕がある、というのが既に異常の始まりを告げている)

朝比奈「遅いですね……」

古泉「ええ。何かあったのでしょうか」

キョン(二人が不安になるのも分かる。かくいう俺だって流石に心配のひとつぐらいはする)

キョン(いつもの待ち合わせ時間から10分が経過しているのにも関わらず、ハルヒの姿がなかった)

キョン(谷口や国木田が10分ぐらい遅刻したところで何とも思わないが、ハルヒだけは別だ)

朝比奈「電話、してみましょうか?」

キョン(朝比奈さんの提案に頷こうとした瞬間、俺は安堵と共に恐怖を抱いた。何故なら――)

ハルヒ「みんなー!!! 不思議をみつけてきたわよー!!!」

キョン(年中不発弾だった奴が、とうとう導火線に火をつけながら満面の笑みで走ってきやがったからだ。今日は何が起こるのか。想像などできるわけもない)

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古泉「不思議、ですか?」

キョン(古泉の顔が引きつっている。無理もない。ハルヒが見つけたという不思議は、物理法則を軽く無視してくれるからな)

ハルヒ「そうなのよ!! で、ちょっと遅刻しちゃったの。ごめんね。あと、おはよー!!」

キョン(いかん。今までに見たことのないぐらい上機嫌だ。閉鎖空間は完全に出現しないだろうな)

古泉「それはそれで困ったものです」

キョン「仕事が減ってよかっただろ」

古泉「慣れている仕事のほうがまだ楽という場合もありますが」

朝比奈「あの、えっとぉ、す、涼宮さん……ど、どんなふしぎをみつけてきちゃったんですかぁ……」

キョン(その言い回しだと「なに余計なことしているんだ」という風にしか聞こえません、朝比奈さん)

ハルヒ「ふっふーん。今日はクジなんかしなくてもいいわ。みんな、あたしについてきて」

キョン(ハルヒは鼻息を荒くさせ、歩いていく。朝比奈さんの言葉の裏には気づいていないようだ)

キョン「どこに行くつもりだ」

ハルヒ「いいから、ついてくる」

キョン「やれやれ……」

キョン(しかしまぁ、背中にも表情というのはあるんだな。あいつの背中はとても楽しそうである)

ハルヒ「じゃじゃーん!! ここよ!!」

キョン「は?」

キョン(俺はてっきり空間にぽっかりと穴が開いていたり、落書きのような暗号が書かれている看板などを想像していたが、全く予想とは違っていた)

キョン(ハルヒが嬉しそうに指を差している場所は、駅前になら必ず一店舗は存在する不動産屋である)

キョン「ここにどんな不思議があるっていうんだ?」

ハルヒ「なんでも人に聞くんじゃないわよ。まずは自分で考えなさい」

キョン(そう言われてもな。店の中では若い男性がパソコンとにらめっこしているだけで、変わった様子はない。店も至って普遍的だ。場にそぐわないアンティークがあるわけでもない)

キョン「全く分からん」

ハルヒ「はぁーあ。キョンはあれよね。すぐにネットで検索して答えを調べちゃう派だから、思考力が身につかないのよ」

キョン(自分で調べるだけマシだろうが。と心の中で反論する)

古泉「まさか……」

キョン「何か気が付いたのか」

古泉「物件広告をみてください」

キョン(古泉の視線の先にあるのは、貼り出されている物件の間取りを記したものだった。一人暮らし用から分譲マンション、戸建てまで多種多様。長門や朝倉もこういったものを見て住む場所を決めたのだろうか)

キョン「別に不思議なことはないだろ。不動産屋にとっての商品だし、無い方が不思議だぞ」

ハルヒ「物わかりの悪い鈍感なキョンのために答えてあげるわ」

キョン(本当は言いたくて仕方ない癖に)

ハルヒ「みて、キョン! ここ家賃が一万円だって!!」

キョン「……!」

ハルヒ「ワンルームのアパートだけど、ここの相場からいって1万円は安すぎると思わない!?」

キョン(みなさん。事故物件という言葉を聞いたことはあるだろうか。幾度となくテレビなどでも特集されているから耳にした人は多いだろう)

古泉「……」

長門「……」

キョン(古泉は恐らく、9割以上は察しているはずだ。長門は最初から全てを知っていたと考えたほうがいい)

朝比奈「わー、とっても安いですねぇ。すごーい」

キョン(朝比奈さんは可愛らしい瞳をキラキラさせて広告を眺めている。この人は本当に愛らしい)

ハルヒ「でっしょー?」

朝比奈「確かに不思議ですね。あとのお家は安くても5万円ぐらいからなのに」

ハルヒ「ふっふーん。そうなのよ、みくるちゃん。これはまさに不思議でしょ」

キョン(今、世界では幽霊なるものが量産されているのだろうか)

ハルヒ「と、いうわけで、今日はこのアパートを見に行くわよ!!」

朝比奈「はぁーい」

キョン(朝比奈さんの中では、家を見に行くだけなら安全ですねぇ、ということで片付いてしまっているようだ)

キョン「まて、ハルヒ」

ハルヒ「何よ」

キョン「築年数によっても家賃ってのは変わってくるはずだ。そこのところはどうなんだ。築40年以上で今にも崩れそうなボロアポートなら1万円でも納得できるだろうが」

ハルヒ「ちゃんと見たわ。築10年よ」

キョン(まだ新しいほうなのか?)

古泉「あなたの自宅は貴方の年齢以上のはずです」

キョン「そう考えると、家としてはかなり新しいな」

ハルヒ「こっちのアパートは築15年だけど6万円だし、こっちのマンションは築20年だけど10万よ。やっぱり、このアパートだけおかしいわ」

キョン(おーおー。ハルヒさんが輝いていらっしゃる)

古泉「最寄り駅までの距離、または工場や交通量の多い道路が傍にあると家賃が変わるといいます。騒音等の問題で下げざるを得ないと不動産を経営する友人から聞いたことがあります」

キョン(新川さんのことだろうか)

ハルヒ「住所をネットで調べてみたけど、住宅地っぽいわ。あと、駅まで徒歩15分ってあるし、まぁ、遠いって思う人もいれば、それぐらいならいいかって思う人もいる距離ね。ちなみにあたしは、徒歩20分圏内ならオッケーだから」

キョン「どうでもいい」

ハルヒ「あやしいわ。この物件から、とてつもない不思議を感じるわ」

キョン(ここまできてハルヒを止められた試しがない以上、覚悟を決める必要がある。とはいえ、前情報は持っていたい)

キョン「長門。ハルヒの所為で地球が逆回転しても発生しそうにないことが、この世に現れてないか?」

長門「ない」

キョン「え?」

長門「涼宮ハルヒによる情報改竄、並びに情報改変に類する事象は確認できない」

キョン「そ、そうなんか」

キョン(今までのセオリーとしてはこうなったとき、ハルヒの力で世界の均衡が崩れているのが常だったのが)

キョン「とりあえず、危ないことはないってことか」

長門「ない」

古泉「長門さんがこういうのであれば、心配は必要ないでしょうね」

キョン「そうだな」

キョン(現在まで長門の言うことが外れたことはなかった。異常があるときはいつも忠告してくれるのが長門だ。今回もそれは一緒のはずだ)

ハルヒ「さぁー、いくわよー!!」

キョン(鼻歌を歌いながら進むハルヒ。その隣で物件見学ときいて安心しきっている朝比奈さん。二人の背中を眺める俺と古泉、長門が後に続く)

キョン「しかし、不動産屋を通さずに見学なんてできはしないんじゃないか」

古泉「コンピ研部長氏宅を訪問した際も、鍵などは必要ありませんでした」

キョン「あれは長門のおかげだろ」

長門「……」

キョン(後ろからトコトコとついてくる寡黙な少女がそれを成したわけだ。といってもあの一件は宇宙人勢がハルヒを退屈にさせないために画策したんじゃないかと思っているが)

古泉「あるいはそうかもしれませんね」

キョン「待てよ。だったら、今回も長門や喜緑さんが……」

古泉「なるほど。故に長門さんは涼宮さんによる情報改変は行われていないと回答した」

キョン「そう言えなくもないよな」

古泉「だとしたら、長門さんに質問してみるべきですね。この一件は、長門さんが計画したのですか、と」

キョン(古泉の言うことも尤もだ。ここで長門にズバリ、ドッキリ大成功のプラカードでも持ってきてもらえれば、気が楽になる)

長門「わたしは何もしていない。無関係」

キョン(訊くよりも早く、長門から返答が届いた。古泉も呆気にとられ、言葉を失っている様子だ)

ハルヒ「ここだわ! このアパートね!!」

キョン(ハルヒの声の方向へ視線を向けると、問題の物件が聳えていた)

キョン(白い外観は真新しさの残っている。築10年とは思えないほどだ。リフォームでもしたのだろうか)

古泉「まぁ、造りにもよりますが10年では早々粗は出ないでしょう」

キョン「巨匠が建てたのか」

古泉「分かりかねます」

朝比奈「写真でみるより綺麗ですねぇ。本当に1万円で住めちゃうんですかぁ?」

ハルヒ「広告にはそう書いてあったから、住めるわね」

朝比奈「いいなぁ。ここに引っ越そうかなぁ」

キョン(未来では決められた経費しか落ちないのだろうか?)

ハルヒ「みくるちゃん。家は即決しちゃだめよ。ちゃんと内装も見て、近隣住民も観察して、周囲の環境も自分の目で確かめるのが大事なのよ」

朝比奈「そうなんですかぁ。勉強になります」

キョン(これで部屋も完璧なら本当に引っ越すかもしれん)

古泉「涼宮さん、中に入るのですか」

ハルヒ「当然じゃない。行くわよ」

キョン(これでもし侵入したらただの空き巣集団だな、俺たち)

キョン(アパートの敷地内へ進むと、まず各部屋の銀色のポストが目についた)

キョン(全部で6部屋あるようだが、どこにも名前が書かれていない。住んでいないのか、つけていないだけなのか)

古泉「ベランダは丁度反対側ですから、入居しているのかはわかりませんね」

キョン「ポストはここから見る限り空っぽだな」

ハルヒ「一万円の部屋は201だったわね」

キョン(躊躇いも迷いもなく、ハルヒは階段をのぼっていく。少しは遠慮を持ってほしい)

朝比奈「このお部屋ですか」

キョン(扉を前にすると、不安が押し寄せてきた。長門の言葉を信じていないわけではないが、ハルヒが絡んでいるだけに言いしれない恐怖ってはやっぱりある)

ハルヒ「む。鍵がかかってるじゃない」

キョン「当たりまえだろ」

ハルヒ「仕方ないわね。管理人に頼みましょうか」

キョン「順序が逆だ」

長門「開いてる」

ハルヒ「え? あら、ホントね。気が付かなかったわ。ドアノブの回し方が悪かったのかしら?」

キョン(長門さん。随分と積極的だな。おい)

ハルヒ「おじゃましまーす」

朝比奈「お邪魔します」

キョン(住人のいない部屋に不法侵入する高校生。こりゃ、新聞に実名が載っても文句はいえないぜ)

ハルヒ「ふーん。なるほどねー」

朝比奈「随分と広いんですねぇ。私の部屋よりも広いですぅ」

キョン(家具が一切ないからでは? という言葉をぐっとこらえながら部屋を見渡す)

キョン(なんというか、和室のワンルームを想像して欲しいと言えば10人中、6人くらは一致しそうな部屋だ)

キョン(玄関とキッチンが一体化しており、その先には畳が敷かれている部屋がある。収納スペースはきっちりと締められた襖の奥以外に見当たらない)

キョン(部屋にテレビやタンスやテーブルなどを置けば、すぐに手狭になるだろう)

古泉「お風呂とトイレもありますね。ユニットバスではありますが」

キョン「上等だな」

古泉「ええ。状態の良さと周辺物件の相場からいっても5万円以上はなければおかしいでしょうね」

キョン「それでも安いぐらいじゃないのか」

古泉「はい。ここまで価格を下げる理由というのは、一体なんでしょうか」

キョン(そういう質問には不動産屋ってのはちゃんと答えてくれるもんなのかね。よくわからんが)

長門「……」

キョン(長門は長門で一点を見つめて、置物と化している)

ハルヒ「うーん。普通ね」

朝比奈「あ、こっちから駅がみえますよー」

ハルヒ「二階なのが惜しいわね。これが30階建てとからな方角的にも眺めは最高なのに」

朝比奈「わぁ、それいいですね」

ハルヒ「花火大会とか見れるんじゃないかしら」

朝比奈「素敵ですねぇ」

キョン(新居選びでウキウキしているようにしか見えないな)

古泉「どうやら、杞憂でしたね。長門さんの言葉通り、危険は何もないようです」

キョン(ここでようやく、古泉も肩の力を抜いたようだ。やはり、根っこの部分では長門の言葉に全幅の信頼は置けないんだろうな)

古泉「不快な気分にさせてしまったのなら謝罪します。何分、僕と長門さんはまだまだ味方とまでは言えませんので」

キョン「分かってる。いちいち、弁明しなくてもいい」

古泉「ありがとうございます」

ハルヒ「うーん。変わったところなんて何もないじゃない。全く。つまんないわね」

キョン「部屋に異常がないってことは、近隣住民に問題があるんじゃないか」

古泉「あとは周辺に暴走族のような輩がいるかもしれません」

ハルヒ「周辺に問題があるならこの部屋だけの価格が下がるわけないじゃない。きっと何かあるのよ」

キョン「例えばなんだ」

ハルヒ「壁を剥がすと、釘で打ち付けた扉があって、その先には死体があったり……」

朝比奈「ひぇ……」

キョン(マイエンジェル朝比奈さんが涙目になった。これ以上、ハルヒの暴言を許してたまるか)

キョン「変なこと言うんじゃねえよ、ハルヒ。都市伝説じゃあるまいし」

ハルヒ「そうだわ! この襖を開けると、お札がびっしりと貼ってあるんじゃない!?」

朝比奈「おふだですか?」

ハルヒ「えーいっ!」

キョン(勢いよく開け放たれた襖の奥にはお札を剥がした後すらもなかった。割と奥行があるし、収納スペースとしては優秀だな)

ハルヒ「むぅ……」

キョン「ほら、何もないんだ。これで満足だろ」

キョン(渋々と言った感じにハルヒが襖を閉めるのを見届け、俺たちは部屋を後にしようと玄関へ向かった)

長門「……開いた」

キョン「長門?」

キョン(変わらず一点を見つめ続ける長門がそこにいた。何を見ているんだと長門の視線の先を見てみる)

キョン「ん? おい、ハルヒ」

ハルヒ「んあ?」

キョン「お前、襖を閉めなかったのか?」

ハルヒ「は? あら、開いてるわね。閉めたつもりだったけど」

キョン(ハルヒが再度襖を閉めに行く。だが、俺も確かに襖が閉まるところを見ていたはずだ。なのに、襖は5センチばかり開いていた)

ハルヒ「よいしょっと。ちゃんと侵入した形跡は消しておかないとね」

キョン(罪を犯している意識は一応あるらしい)

ハルヒ「さ、行きましょ。不思議探索の続きよ」

朝比奈「はぁい」

キョン(ハルヒを先頭に俺と古泉と朝比奈さんが外へと出る。しかし、長門がついてこない)

キョン「長門、なにしてるんだ? いくぞ」

長門「……開いた」

キョン「なにを言って――」

キョン(長門の視線の先には、10センチ以上開いている襖があった)

キョン(いくらなんでもここまで開いていれば思い違いということはない。確かにハルヒは襖を閉めた。しかし押入れと部屋を隔てる壁は、何故かスライドしている)

キョン「おい、ハルヒ」

ハルヒ「どうしたのよ」

キョン「お前、襖、閉めたよな」

ハルヒ「はぁ? あんたも見てたじゃない」

キョン「なら、あれはなんだ」

ハルヒ「え? な、なんで、あいてるのよ」

キョン(流石の団長も、目を丸くしていた。超常現象が発生しているのか、これは)

ハルヒ「古泉君。あたし、閉めたわよね」

古泉「はい。間違いなく」

朝比奈「どうしたんですかぁ?」

ハルヒ「みくるちゃんも見たでしょ。あたしが襖を閉めたところ」

朝比奈「へぇ? はい。みましたけどぉ……」

ハルヒ「ま、まぁ、あれよ、閉めたってみんなが思い込んでいたかもしれないもの。もう一度、ちゃーんと閉めましょ」

キョン(そういってハルヒが襖をしっかりと閉め、全員に目配せをした)

ハルヒ「見たわね? みんな、証人よ」

古泉「はい。見ました」

朝比奈「閉まってます」

キョン(俺も確認したという意味で頷いた)

ハルヒ「有希、今、この押入れは?」

長門「視覚的には閉鎖されている」

ハルヒ「よし! 完璧ね。行くわよ!」

キョン(そういってハルヒは足早に部屋を出る。その様子に怖さを抱いたのか、朝比奈さんが慌てて出ていく)

キョン(俺だって気味が悪い。これまでとは違う怪異ってところが余計に薄気味悪い)

古泉「僕たちも参りましょう」

キョン(古泉に同意して退室するも、やはり長門だけが出てこようとしなかった)

キョン「長門、もう行くぞ。ここには用はない」

長門「……開いた」

キョン(長門が俺を見つめてそういう。叫びそうになる自分を抑えながら、和室を見る)

キョン(やはり、襖が開いてる。なんだこりゃ。ハルヒ、お前の仕業なのかよ)

古泉「勝手に開いてしまう襖、ですか」

キョン「随分と落ち着いてるな、古泉。神人よりはマシか」

古泉「いえ。とんでもありません。姿の見えない脅威ほど、恐ろしいものはないでしょう」

キョン(同感だ)

ハルヒ「キョン! 有希! 古泉くん! もう行きましょ!」

朝比奈「ひぃぃ……こわいぃ……」

キョン「あ、ああ。そうだな」

キョン(朝比奈さんが生まれたての小鹿のように震えている。ここにいる理由は完全になくなった)

キョン「長門、早く来い」

長門「……」

キョン「おい、長門」

長門「収納スペースの封鎖が視覚的になされていない。これでは侵入の痕跡を残すことになる。あの扉は閉鎖するべき」

キョン(おいおい。長門。新聞に実名が記載される可能性を考えているのか? お前ならなんとでもなるだろうに)

長門「情報操作は極力避けるべき。意図しないイレギュラーの発生もありえる」

キョン「そ、そうなのか」

長門「そう」

キョン(なんだろうか。今日の長門はいつもと様子が違うように思える。なんというか、目に力があるというか。こんな長門を見たのは、コンピ研との対決以来かもしれん)

キョン「もしかして、調べたいのか」

長門「……」

キョン(すごく見つめられている。多分、調べたいんだろうな。だが、1を聞けば1000まで知ってしまう長門が調べたいってことは……)

キョン「なあ、長門。これは宇宙的なパワーをもってしてもすぐには分からないこと、なのか」

長門「……」

キョン(僅かに小さな頭が上下する)

キョン「確認するぞ。危険はないんだよな」

長門「我々に対して物理的に危害を加える方法は一切ないと判断。だから、安全」

キョン「……」

キョン(そういうことか。実際に怪我はしないから、何も怖くないってことかよ。ああ、長門らしいぜ)

長門「どうかした?」

キョン(不思議そうに小首を傾げられた。幽霊的な怖さってのは、長門のボスでも教えられないんだろうなぁ)

長門「許可を」

キョン「ハルヒ、長門はもう少し調べたいらしいぜ」

ハルヒ「有希、正気なの!?」

長門「今のところ、致命的なバグは見つかっていない」

ハルヒ「勝手に開く襖なんて、危ないじゃない! 呪われたらどうするのよ!?」

長門「言語によって肉体が物理的ダメージを負う可能性は皆無」

ハルヒ「そーじゃないの!!」

朝比奈「な、ながとさぁん……かえりましょう……あとでパフェごちそうしますからぁ……」

長門「調査後でも問題ない」

朝比奈「ひぃぃん……」

古泉「ふふっ」

キョン「何笑ってやがる、古泉」

古泉「いえ。微笑ましいと思いまして。あの涼宮さんが、こういったことで狼狽するのは本当に予想外で」

キョン「言われてみりゃ、そうだな。あいつが望んでいた現象に直面してるっていうのに」

古泉「ですが、冷静に考えれば当然なのでしょう」

キョン「なんでだ」

古泉「思い出してください。孤島に行き、殺人事件が発生したときの涼宮さんを」

キョン(酷く混乱していたな。ハルヒの新しい一面を見たときだ)

古泉「何度も言っていることですが、涼宮さんは至って普通の思考をする女子高校生に過ぎません」

古泉「宇宙人、未来人、超能力者、異世界人なるものが存在してほしいと望む一方で、そんな人種は存在しえないとも思っている」

古泉「故に、目の前に空飛ぶ円盤が飛来したり、机の引き出しから未来人が出てきたリ、超能力者を名乗る人物が現れたり、何もない空間から人が出てきた場合、涼宮さんはどうなるか」

キョン「今と同じようなリアクションをとるってことか」

古泉「僕はそう思います。それに、宇宙人、未来人、超能力者、異世界人は願っているのに、心霊なる超常現象を願わないのはおかしな話です」

キョン「もしかして、あいつ……」

古泉「怖い夢をみたときに小規模な閉鎖空間を発生させてしまう理由はここにあったのかもしれませんね」

キョン(うちの妹といい勝負だぜ)

ハルヒ「有希! わがままいわないの!! ほら、バリューセットも奢ってあげるから!! きなさいってば!!」

長門「……」

キョン(必死に長門の腕を引っ張るハルヒだが、微動にしないようだ。宇宙人ってのは人力でどうにかなるほど柔じゃないからなぁ)

長門「許可を」

ハルヒ「却下!!」

長門「何故」

ハルヒ「呪われたり、憑りつかれたりしたらどーするのよ!!」

長門「……」

キョン(長門の視線が突き刺さる。「この人は何を言っているのですか?」と問われているようだ)

朝比奈「こわいぃぃ……かえりたいですぅ……キョンくぅん……」

キョン(朝比奈さんは玄関の扉にしがみつき、部屋の中へは入ろうとしない。だが、そこにいれば、外からは丸見えになるわけで、俺たちが新聞の小さな記事になる確率が徒に上がっていく)

長門「……開いた」

ハルヒ「ひっ!?」

キョン(長門の一言に、皆の視線が襖へと移る。確かにさっきよりも数センチほど開いている)

ハルヒ「有希!! いい加減にしなさい!! あたしたちは不法侵入してるのよ!?」

長門「扇動したのは貴方」

ハルヒ「ぅぐ……そ、そうだけど……でも、ほら、たぶん、壁が薄くって隣の声が丸聞こえなんだろうなってオチだと思ってただけで……」

キョン(あの傍若無人が萎んでやがる。ハルヒの自業自得ではあるが、また珍しい一面を垣間見たな)

朝比奈「うぇぇん……こわいぃぃ……」

長門「理解した」

キョン「何をだ?」

キョン(長門は部屋の奥へと進み、襖の前に立った。何をするつもりなんだ?)

長門「貴方達が畏怖しているのは襖が開いていくためと判断した」

キョン「まぁ、そうなるか」

長門「なら、こうすればいい」

キョン「な……!?」

キョン(いきなり襖を取り外し、壁に立てかけやがった)

長門「これなら、冷静な判断力も回復する」

古泉「なるほど。確かに誰も触っていない襖が動くという現象そのものを失くしてしまえば、恐怖感は薄まる効果があるかもしれない」

キョン「根本的な解決にはなってねえだろ」

古泉「んふっ。そうですね」

ハルヒ「有希、どうしても調べたいのね」

長門「許可を」

キョン(戸そのものがなくなり、見通しがよくなった押入れを見てみるも、やはりおかしなところは何もない)

キョン「なんで、勝手に開くんだろうね」

古泉「ふむ……」

ハルヒ「みくるちゃん、ドアを閉めて、こっちにいらっしゃい」

朝比奈「ひえぇぇ!! い、いやですぅぅ……!!」

長門「視覚的に脅威となるものは排除した」

朝比奈「なかに、なかに、います!」

長門「存在は確認できない」

朝比奈「ひぃぃん……」

ハルヒ「諦めなさい。襖を完全に取り外したことで、もう手遅れよ」

朝比奈「そ、それってぇ……どういうことですかぁ……」

ハルヒ「だから、せめて一緒に居ましょう。離れたら守れるものも守れなくなるわ」

朝比奈「う……うぅぅ……すずみやさぁぁん……こわいですぅ……」

長門「……?」

キョン(三者三様とはまさにこのことだな)

キョン「何か分かりそうか、古泉」

古泉「この家屋そのものが傾いている場合でも、襖は人の力を借りることなく開くことはあるかもしれません」

ハルヒ「それよ!! 流石、副団長ね!! それで間違いないわ!!」

朝比奈「ふぇ? そうなんですか!?」

ハルヒ「幽霊の正体見たり枯れ尾花っていう言葉があるぐらいだもの。世の中の心霊現象なんてのはね、科学の力で証明できるものなのよ」

朝比奈「そうなんでかぁ?」

ハルヒ「そう。たとえば、心霊写真ってあるじゃない? あれってデジカメになった途端、全然撮れなくなったって知ってた?」

朝比奈「しりませぇん。そういう話をきくと、夜お手洗いにいけなくなりそうで……」

キョン(かわいい!!)

ハルヒ「フィルムの使うと前に撮ったものが稀に映り込んじゃうこときがあって、それがよく心霊写真って言われていたのよ」

ハルヒ「だから、心霊写真を見て悪霊がーとか怨念がーとか言っている自称霊能力者のことなんて鼻で笑ってたわ」

朝比奈「へぇー」

キョン(何が何でも幽霊だけは否定したいようだな)

キョン「だが、このアパートは襖が滑るほど傾ているのか?」

長門「この家屋の傾斜は0.005度。扉が滑ることはありえない角度」

キョン(長門の計測は正確無比だろうぜ)

古泉「ペンを置いてみましたが、転がるようなことはないですからね」

ハルヒ「だったら、この押入れのところだけ立て付けが悪くて、勝手に動いちゃうんじゃない?」

キョン「残念だがら、それもない」

ハルヒ「どうしてよ」

キョン「俺らがこの部屋に入ったとき、襖はしっかりと閉まっていた。勝手に開くなら、入ったときに開いてなきゃおかしい」

ハルヒ「ぐっ……キョンのくせに……よくみてるじゃない……」

キョン(よく見なくてもそれぐらいの違和感は誰だって感じ取れるだろうぜ)

朝比奈「あのぉ、どういうことですか?」

ハルヒ「見えない6人目が、いるかもしれないわ」

朝比奈「ひぃぃ……」

キョン(この場を即退去したら丸く収まるんだが)

長門「……」

キョン(普段、我を表に出さない長門がこれだからな。ハルヒはその長門を心配して付き添うわけだし、朝比奈さんは一人じゃ逃げ出すこともできそうにない。どうにか長門には納得してもらないとな)

古泉「一つの仮説を立てたのですが、聞いていただけますか?」

キョン「聞いてやる」

古泉「ありがとうございます。超常現象なるものがこの世に存在しない前提で話します」

キョン(よく真顔でそういうことが言えるな。俺なら笑ってしまうかもしれん)

古泉「我々がこの部屋に入った際、襖は閉じられていました。なのに一度涼宮さんが開けた途端、自然に開くようになった」

古泉「となれば、襖の溝部分に欠陥があり、一度開けたことで閉まりづらくなってしまった。というのはどうでしょうか」

ハルヒ「それね!! 絶対にそれよ!!」

キョン「見てみないことにはわからんだろうが」

ハルヒ「だったら、キョン! 見なさい」

キョン「はいはい」

キョン(立てかけていた襖を古泉と持ち、上下の溝を確認する)

古泉「どうでしょうか?」

キョン「特別気になるところはないぞ」

ハルヒ「何かあるでしょ!? 割れてるとか!!」

キョン「ねえよ。あったら、襖が開くどころかとっくに外れて倒れてるぞ」

ハルヒ「くっ……キョンのくせに……」

古泉「違いますか。残念です」

キョン(そもそも、その程度のことであれば、長門がここまで食いつくわけがないんだ)

キョン「長門からは何か考えはあるか?」

長門「ない」

キョン(まだ何も掴めていないってことか)

ハルヒ「そういうキョンはちゃんと考えてるわけ?」

キョン「そうだなぁ……」

キョン(襖が勝手に開いて行く現象を科学的に答えろってのは、物理の授業中に寝息を立てている男には無茶なんだよ、ハルヒさん)

キョン(俺はハルヒの頭から発生した幽霊の仕業ってのに一票と投じたいがな)

古泉「幽霊はまず存在しないと思います」

キョン「何故、言い切れる」

古泉「涼宮さんが完全否定している時点で、この世に心霊は存在しないからです」

キョン「確かに……」

キョン(だったら、どうして長門があんなにも興味を示しているんだ? 科学的に解明できないからじゃないのかよ)

古泉「もう一つの仮説があります。貴方だけに伝えます。これは涼宮さんの耳に触れたらまずいような気もしますので」

キョン(和室の真ん中で身を寄せ合う三人を見ながら、キッチンのほうへと移動した)

古泉「そもそもこの部屋の価格が何故、一万円なのか。ここから推理しなければいけません」

キョン「事故物件って知ってるよな、古泉」

古泉「はい。心理的瑕疵に該当する案件を抱えている物件のことです」

古泉「何らかの原因で前入居者が死亡している場合、事故物件として扱われる場合があります」

キョン「ここの家賃が安いのはそういうことだろ」

古泉「築10年でガタも来ていないアパートが1万円ですよ。事故物件にしても安すぎます」

キョン「なに?」

古泉「借りる者が全く現れない。あるいは入居者がすぐに転居してしまう。それもこの部屋だけ。だから、価格が崩壊し、1万円という破格の家賃になっていると僕は考えますが」

キョン「事故物件じゃないっていうなら、なんだよ」

古泉「超常現象は起こっているのですよ」

キョン「ハルヒの願いでか」

古泉「長門さんは言ってたはずです。涼宮さんによる情報改竄はないと」

キョン(まてよ……それって……)

古泉「三年前からここでは謎の現象が頻発していたということになります」

ちょっと訂正

>>33
古泉「三年前からここでは謎の現象が頻発していたということになります」

古泉「三年以上前からここでは謎の現象が頻発していたということになります」

キョン(ハルヒにトンデモ能力が備わる前から、不思議は転がってたっていうのかよ)

古泉「情報統合思念体は涼宮さんが生み出したものではありませんし、朝比奈さんの組織も涼宮さんによって生まれたわけではありません」

古泉「僕が所属する機関だけが涼宮さんによって誕生したのですから」

キョン「そういえばそうなるよな」

古泉「故に、この部屋が異空間化していても何も不思議ではありません」

キョン「異空間化されている時点で不思議なんだがな」

古泉「申し訳ありません。こうした能力を手に入れた所為で価値観が麻痺しているようです」

キョン「ついていけないぜ」

キョン(しかし、長門でもここまで解明できないことってなると、本当になんだ?)

キョン(ハルヒによって心霊の類が否定されているなら、幽霊ってわけでもない)

キョン(心霊以外に何かあるのか……)

キョン(視線を床に向け、思案しているとトイレから水の流れる音が聞こえてきた)

キョン(異常事態に5秒ほど時間がかかっちまった。和室を見ると、三人がトイレのほうをみている)

キョン(俺の横には古泉がいる)

キョン(なら、誰がトイレを使ったんだ?)

朝比奈「うぅぅ……」

ハルヒ「ちょっと、キョン。トイレ、見てよ」

キョン「わかった」

キョン(内心、かなりビビッているが、震える朝比奈さんを抱きしめるハルヒを見て、俺が怖気づくわけにもいかない)

キョン(扉を開けると風呂と便所が一体化している部屋が視界に入る)

キョン(変わったところはない。今、流したとばかりにトイレの水が僅かに動いているだけだ)

ハルヒ「だれかいたー?」

キョン「居たら怖いだろうが」

ハルヒ「そ、そうよね」

長門「……」

キョン(長門と目が合う。まだ答えを聞けそうにはない)

古泉「この場を離れて一度、情報を収集したほうがいいかもしれませんね」

キョン「長門はどうするつもりだ。あいつ、動きそうもないぞ」

古泉「では、僕だけでも外へ行きます。何か分かればご連絡いたします」

キョン(古泉を止める理由はない。この部屋で何が起こっていたのかも知りたいところだしな)

古泉「それでは」

キョン「頼むな、古泉」

古泉「はい。涼宮さん、僕は一度この部屋のことを外で調べてみます」

ハルヒ「わ、わかったわ。気を付けてね」

朝比奈「あ、あのぉ……私たちもそとに……」

ハルヒ「そうしたいけど、有希が動かないし……」

古泉「おや……」

キョン「どうした?」

古泉「参りました」

キョン「何がだよ」

古泉「扉が開きません」

キョン「何言ってやがる?」

古泉「ドアノブは回るのですが。何者かによって外側から力を加えられているかのように扉が開かないのです」

キョン「な……」

キョン(それってよくある心霊現象じゃねえかよ!! おい!!)

朝比奈「え……え……?」

ハルヒ「こ、古泉君……冗談、でしょ……」

古泉「……」

ハルヒ「嘘よね? キョ、キョン!! 古泉君と一緒にドアを破壊して!!」

キョン(不法侵入しておいて器物破損か。相当な不良グループだな。が、そうも言ってられん。壊した後は長門になんとかしてもらうか)

キョン「古泉、蹴破るぞ」

古泉「やってみましょう」

キョン「せーの!」

キョン(タイミングを合わせて渾身の蹴りを安っぽいドアに叩き付けるも傷一つ付きやがらない。どうなってやがる)

古泉「体当たりでどうにかしましょう」

キョン「お、おう」

キョン(何度も男二人の全体重をぶつけてみるが、扉が壊れることはなかった)

長門「……」

キョン(長門、そろそろヒントのひとつぐらいは出してくれないか。俺だってこの状況で冷静でいられるほど強くはないぞ)

朝比奈「わ、たしたち、どうなっちゃうんですか……ここで……うぅ……こわい……」

キョン(朝比奈さんがハルヒに抱きついたまま崩れ落ちる。既に足腰に力が入らないようだ。これ以上、ここに留まればどうなるかわからん)

キョン「古泉! ベランダだ!」

古泉「わかりました」

キョン(動けそうにない2人と静止画のような長門を尻目に、もう一つある外界と繋がる扉へと駆け寄る)

キョン(憎いほどに晴れ渡った空に、ベランダから見える路地を犬と一緒に歩く女性が目に映った。外の日常が恋しくなる)

古泉「幸い、ここは二階です。飛び降りても死にはしないでしょう」

キョン「痛いのは勘弁だが、ここで贅沢は言えないな」

キョン(もはや、まともな思考回路は持ち合わせていなかったに違いない。二階から飛び降りてでも、この状況を打破したかった)

古泉「む……」

キョン「古泉?」

キョン(古泉の表情が曇るのを見逃せなかった。半月形の鍵に触れた直後の変化だ。鈍感な俺でも察した)

キョン「開かないのか」

古泉「ええ……。まるで、接着剤で固められているかのようです」

キョン(不法侵入したことは謝罪する。だから、どうしてこんなことをするのか説明してくれるとありがたいぜ)

古泉「非常に危険な状況に陥りましたね。この様子だと大声を出したところで近隣の方たちの耳には届かないでしょう」

朝比奈「こわい……こわいですぅ……こわい……」

ハルヒ「みくるちゃん、落ち着いて。まだ5人は全員無事でしょ」

キョン(錯乱状態の朝比奈さんにしがみ付かれているからか、ハルヒの奴は落ち着きを取り戻しつつあるようにも思えた)

古泉「携帯電話も通じませんね」

キョン「なんだと?」

キョン(すぐさま、ポケットから携帯電話を取り出し、液晶画面の上部を見る。電波状況は圏外。山奥や田舎ならいざ知らず、周囲にでかいマンションが何棟も並ぶ駅から15分の場所で圏外はないだろう)

古泉「ここは陸の孤島であり、完全なる密室。こういった閉塞された空間に長時間閉じ込められると、どうなるか知っていますか」

キョン「ここでそんなことを聞けるなら、お前には関係なさそうなことが答えなんだろうな」

古泉「あまり買いかぶらないでください。これでも動揺していますし、こういったことで気を紛らわせないと今にも発狂してしまうかもしれません」

キョン「それは悪かったな。俺も余裕がないみたいだ」

古泉「この状況下で平然としていられるのは、御一人だけでしょう」

キョン(古泉とほぼ同時に長門を見た)

長門「……」

キョン(いつもピンチのときに助け舟を出してくれる長門はまだ何も語らず、トイレの方向を凝視している。先ほど勝手に水が流れたのが気になるのか)

長門「……何故」

キョン(虫の声ほどの声量と言えばいいか。長門のつぶやきは傾注していなければ拾えないほど小さかった)

キョン「長門、何が気になるんだ」

長門「何故、流水したのか」

キョン(何故と言われてもな。俺たちはそれが分からないから、混乱しているわけだしな)

長門「この家屋にライフラインは不要のはず」

キョン「もしかして契約者がいないのに、どうして水が流れてるのか気になってるのか?」

長門「他のライフラインを用意する場合、然るべき施設にて申請しなければならなかったはず」

キョン(はずって、自分でしたんじゃないのか? 朝倉か?)

長門「何故?」

キョン「そういえば、水って止められないのか」

古泉「一般的には契約をせずとも水道は使えます。勿論、誰の許可なく使用するのは違法です」

キョン「だ、そうだ」

長門「納得した」

ハルヒ「有希、こんなときにどうしてそんなことが気になるのよ」

長門「気にしなくていい。わたしの知識にないことだっただけ」

朝比奈「すいどうは、住む前でもつかえるんですね……」

長門「そう」

ハルヒ「ホント、有希は頼りになるわよね。いつでもマイペースだし」

長門「そう?」

キョン(はっきり言って、俺は驚いていた。どうなってやがるんだ? ハルヒに関わってから今日までで最も度肝を抜かれている)

古泉「やはり、貴方は目聡いですね」

キョン「いくら余裕がないからって、あれは気が付くぞ」

古泉「涼宮さんと朝比奈さんは全く気が付いていないようですよ」

キョン「今の二人はたとえ目の前の長門が九曜になっても気が付くか怪しい」

古泉「それは言い過ぎでは、とも言えませんか」

キョン(そりゃそうだろう。いくらなんでもアレに感づかなくてどうする)

ハルヒ「まさか、こんなことになっちゃうなんて……あたしが興味を示さなかったら……」

朝比奈「すずみやさん……き、きにしないで……くだ、さいぃ……」

長門「肉体を損傷することはない」

キョン(長門はハルヒと朝比奈さんを和ませようとしたのかもしれないが、見える範囲で自発的にそんな行為に及ぶなんて……)

古泉「現在の状況に対して、あまり関連性のない発言でしたからね。長門さんらしいとは到底言えません」

キョン「まさか、エラーってことはないよな」

古泉「それはないかと思われます。人格にエラーをきたしているのなら、いつかのときのように涼宮さんレベルの改変が行われるはずです」

キョン(あんまり思い出したくないことだな)

古泉「長門さんが和ませようとしたのか、それとも単なる知的好奇心を満たすための発言だったのかは判断が難しいですが、一つ言えることがあります」

キョン(聞くのも恐ろしいが、こいつは勝手に喋る)

古泉「長門さんも怖がっているのではないでしょうか。恐怖を隠すため僕のように関係のない話をつい口にしてしまったのでは?」

キョン(あの長門に怖いものがあるのか? いや、あったにしても幽霊を怖がるなんてことがありえるのかよ)

古泉「寧ろ、長門さんだからこそ、観測できない事象については我々よりも恐怖心を肥大化させているかもしれません」

古泉「何分、長門さんは優秀ですから、観測不能対象が存在することが既に恐怖でしかないとも言えます」

キョン(何でも分かるから、分からないものには俺たちより何十倍と怖がってしまうってわけか。どうなんだ、長門。お前は今、怖がってるのか)

ハルヒ「有希、ほら、もっと傍にいらっしゃい。固まっておけば幽霊も手出しできないはずよ」

長門「わかった」

キョン(そういってハルヒに寄り添う長門を見て、俺は確信する)

キョン(幽霊はいる。長門はそれがわかったから、今まさに怖がってやがるんだ、と。だが、そうなると、ハルヒが完全否定したはずの幽霊の存在を認めなくてはならなくなる。思い切り矛盾してるぞ、おい)

思念体「ふっしぎー、観測よろ」

長門「そんなーこわいよー」 的な?

古泉「思い違いをしていたのかもしれません」

キョン「なんだと?」

古泉「この現象は涼宮さんによる願望実現能力で生み出されたものではなく、三年以上前からこの部屋で起こっていることだとすれば……」

キョン「長門や朝比奈さんのようにハルヒにから生まれたわけじゃなくて、ずっとここにいたってことだろ。さっき聞いた」

キョン「だが、ハルヒが否定したならそいつらは消えちまうんじゃないのかよ。ハトだって一時だけ真っ白になったが、後で元に戻ったぞ。シャミセンだって同じだ」

古泉「否定されて消えてしまうのなら、長門さんも朝比奈さんも僕も、ごく一般的な学生生活を送っています」

キョン(そう言われて、思い出した。俺は一度だけ、ハルヒに全てを語ったことがある。長門が宇宙人で、朝比奈さんが未来人で、古泉が超能力者だと)

キョン(あのとき、ハルヒは全く信じることはなかったな)

古泉「願ってはいても理性はそれを肯定することはありません。涼宮さんは一般的な思考の持ち主です」

キョン「待て、てことは」

古泉「はい。心霊なる現象についても同じことが言えます。涼宮さんは心の底から幽霊の存在は認めようとしていません。それは今までの言動からも分かります」

キョン(心霊写真もテレビとかで聞いた科学的な解釈を妄信しているみたいだったしな)

古泉「しかしながら、涼宮さんはどこかの片隅で信じているのです。この世に心霊は存在すると」

キョン「だから、現象自体が生き残って、こうなってるのか」

古泉「やはり、心霊現象だけ願わないということはなかったわけですね。困った物です」

キョン(涼しい顔を作りながらも強張っているのが分かるぞ、古泉。隠せない焦燥感は助けを呼べないからなんだろ)

古泉「仲間とも連絡が取れませんからね」

キョン(長門の様子を見る限り、喜緑さんとも衛星交信すらできないんだろうな。朝比奈さんはそもそも連絡をとれる手段が限られていたはず)

キョン「一生出られないってことはないよな」

古泉「そのうち、僕らを捜しにきてくれるとは思いますが……」

キョン(そもそも、居場所を掴んでくれるのか? 俺たちだけ別次元に飛ばされているとかないよな)

古泉「あり得ますね」

キョン「怖いこと言うなよ」

ハルヒ「キョン!!」

キョン「なんだ?」

ハルヒ「いつまでそっちにいるのよ。こっちに来なさい」

キョン(怒られるほど距離を取っているわけじゃないんだが)

キョン「数歩分の距離だろ」

ハルヒ「いいから、あたしの手の届くところにいなさい!」

キョン「やれやれ」

ハルヒ「まったく。女の子を放っておいて、それでも男なの」

キョン「キッチンに居ただけだろうが」

ハルヒ「うっさい」

キョン(ハルヒの小言を聞きながら三人の傍へ行く。長門は相変わらず襖の方を注視しており、朝比奈さんはハルヒに抱きついたまま身を震わせている)

キョン「長門。大丈夫か」

長門「……」

キョン(長門がゆっくりとこちらに視線を移す。怯えているといった感じではないが、先ほどまで目に宿していた輝くは失っているようにも見える)

長門「解析不能」

キョン「え?」

長門「わたしでは、解析できない」

キョン(ハルヒが傍にいるからか、何時にも増して説明が簡易的だった。とりあえず、長門では解決できないってことだな)

長門「謝罪する」

キョン「謝る必要はないぞ」

ハルヒ「そーよ。有希、ほら、もっとこっちにいらっしゃい」

キョン(それ以上近づくとなると抱き合うしかないと思うが)

キョン(誰一人、一言も発することなく沈黙だけがこのワンルームを包み込む)

キョン(頼みの長門と古泉も、壁にぶち当たってるようだ)

キョン(朝比奈さんも恐怖が全てを凌駕して、何も考えられなくなっているに違いない)

キョン(ポルターガイストは鳴りをひそめてくてはいるが、いつその牙を向けるはわからん)

キョン(とっととここから脱出しなければいけないが、打つ手はない)

キョン(あるとすれば、ハルヒの力を利用するぐらいだが……)

ハルヒ「……」

キョン(無理だろうな)

古泉「すみません。今、何時でしょうか?」

キョン(唐突に古泉がそんなことを言う)

キョン「腕時計、してるじゃねえか」

古泉「壊れてしまったようなのです」

キョン(違和感を覚えた。確かに腕時計が突然癇癪を起してふて寝するときはあるが、今時の高校生には携帯電話ってものがある。そっちを見てみれば済む話だ)

キョン(だから、恐る恐る訊ねた)

キョン「どう壊れたんだ?」

古泉「……」

キョン(古泉はちらりと腕時計に視線を落とす。そして、重々しく言葉を吐き出す)

古泉「4時44分で止まってしまっています」

朝比奈「ひっ……」

ハルヒ「……」

長門「……」

キョン(女子たちが一様の反応を示した。まぁ、俺も似たようなもんだっただろう)

古泉「皆さんはどうでしょうか」

キョン「生憎と腕時計はしていなくてな」

古泉「携帯電話のほうは?」

キョン「お前だって、どうなんだよ」

古泉「申し訳ありません。液晶画面のほうを見る勇気がなくて」

キョン(同じだ。近代機器までも古泉の腕時計と同じ時間を表示していたらどうする。外の景色を見る限り、朝にしろ夕方にしろ今が5時前とは言い難いぜ)

キョン(だが、気になっている自分もいる。古泉の腕時計がこのタイミングで寿命を迎えた可能性もなくはないわけだしな。俺はそっとポケットに手を突っ込み、携帯電話をとり出そうとした)

キョン(その時、手首を誰かに掴まれた。だが、その手には殆ど力が入っておらず、掴まれたというよりは触れられたといったほうが正しいかもしれない)

ハルヒ「……」

キョン(視線を下げると、上目遣いに俺を見つめるやつがいた)

キョン(確かな温もりがあったために霊に掴まれたとは思わなかったが、まさかハルヒだとは)

キョン「どうした?」

ハルヒ「見なくていい」

キョン「は?」

ハルヒ「見なくていいっていってんの」

キョン「なんでだ」

ハルヒ「団長命令だから」

キョン「しかしだな」

ハルヒ「見るなっていってんの!!」

キョン(精一杯張り上げた声と俺の右手首に添えられた手は若干震えていた)

キョン「そうだな。さっき見たときは異常らしいものはなかった」

ハルヒ「そうでしょ」

キョン(ここで携帯電話を見ても、見えない方たちを無駄に盛り上げるだけだ。やめておくか)

キョン「古泉、お前も携帯電話は見るなよ」

古泉「はい。そうします」

キョン「長門もな」

長門「わかった」

キョン(朝比奈さんは言わなくてもまず見ようとしないだろう)

古泉「打開策はないものでしょうか。この部屋でみなさんとずっと一緒というも魅力的ではありますが」

キョン(朝比奈さんと一つ屋根の下で暮らすというのは、世界中の男たちが羨むシチュエーションだが、もっと穏やかな空間を所望する)

古泉「幸い、水も出ますし、お手洗いにも行けます。暫くはここで過ごすことはできますね」

ハルヒ「長居するつもりなんてなかったんだけど……」

朝比奈「はやく……おうちに……かえりたい……」

ハルヒ「すぐに帰れるから。ね? みくるちゃん」

朝比奈「ひっく……うぅ……」

キョン(何を言っても、慰めにはならんだろうな)

長門「……」

キョン(そして、万の言葉を巧みに扱えたとしても長門の胸が空くことはないだろう。ある意味、朝比奈さんよりも重傷かもしれん)

キョン(無為な時間が刻々と過ぎて行く。雑談をする気分になるわけもなく、俺の視線は彷徨い続ける)

キョン(ふと窓を見る。良い天気なのが皮肉に思えてならない)

ハルヒ「みくるちゃん?」

キョン(朝比奈さんの名前が呼ばれ、自然と視界に震えるマイエンジェルが映り込む)

朝比奈「あの……その……」

ハルヒ「どうしたの? どこか痛いの?」

キョン(ハルヒはいつになく慈愛に満ちている。流石に自責の念に駆られているのか)

朝比奈「その……えっとぉ……」

キョン(なにやら様子がおかしい。心霊現象に嗚咽を漏らしていたはずだが、今は落ち着きがなくなっている)

キョン(スカートの裾を強く握っているが、なんのアピールなんだ?)

ハルヒ「みくるちゃん、もしかして……トイレ……?」

キョン(なんだと!?)

朝比奈「うぅぅ……」

キョン(涙目で頷く朝比奈さん。こんなときにですか。いや、ここに入ってから結構経つしな)

朝比奈「ど、ど、どど、どうしたらいいでしょうかぁ……」

ハルヒ「そんなのトイレに行くしないでしょ」

朝比奈「それは……そうなんですけど……」

キョン(俺だって出来ればこの部屋のトイレになど行きたくなどない)

キョン(かといって、我慢できるものでもない。朝比奈さんはかなりの時間我慢していたように思える)

古泉「んふっ」

キョン(紳士でいることを決め込んだのか、古泉は傍観者に成りきっている様子だ。こういったトラブルで長門が口出すことはあり得ない)

キョン(参ったな。ハルヒに任せる他ないぞ)

朝比奈「す、すずみやさん……ついてきてくれませんか……」

ハルヒ「はぁ……。分かったわ」

キョン(立ち上がるハルヒを見て、胸を撫で下ろす。あっさりと解決したようだ)

キョン(と、思った矢先、俺の右手が勝手に持ち上がりやがった。決して俺の意志で動かしたわけじゃない)

キョン(見ればハルヒが腕を掴んでいる)

キョン「おい、ハルヒ。なんのつもりだ」

ハルヒ「女の子だけにさせる気?」

キョン(何を言いだすんだ、こいつ)

キョン「待て、ハルヒ。俺は別に催してはいないぞ」

ハルヒ「そういう意味じゃないの。女の子だけじゃ危ないでしょってことよ」

キョン(つまりなんだ……)

キョン「すぐそこのトイレまでついてこいってことか」

ハルヒ「そうよ。文句あるわけ」

キョン「あのな。男の俺がついていっちゃダメだろうが」

ハルヒ「今は非常時よ。みくるちゃんもいいわね?」

朝比奈「ひえ!? あ……その……耳をふさいでくれたら……」

キョン(ぐはっ。恥じらう姿もまた美しい……。いや、そうじゃない)

キョン「アホか。トイレはすぐそこだ。扉までの距離も3メートルぐらいしかないだろうが」

ハルヒ「たった3メートルなら1メートルでも50センチでも一緒じゃない」

キョン「一緒かもしれんができるだけ距離は取っておきたいと思うのが普通だ」

ハルヒ「この状況で普通もなにもないでしょうが」

キョン(畜生、正論に聞こえてしまうぞ)

ハルヒ「いいから、こい!」

キョン「無理だ!」

ハルヒ「だったら、あたしも行かない!」

朝比奈「それは困りますぅ!」

キョン「お前は行ってやれよ」

ハルヒ「……」

キョン(俺の腕を掴む手に力が注がれていく。離すものかという意志を感じ取れる)

キョン「仕方ない。長門、頼めるか」

長門「分かった」

朝比奈「い、いいんですか、長門さん……」

長門「構わない」

キョン(長門は朝比奈さんの手を握り、共にトイレへと向かう。悪いな、いつも頼ってばかりで)

長門「ここにいる」

朝比奈「うぅ……」

長門「……」

朝比奈「ドア、開けていてもいいですか?」

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