忠犬あさしお (19)

少々の独自設定あり

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冬が終わり、春の心地よい空気が漂い始める頃。軍の本部の前に、海軍の司令官と、そんな男とは不均衡な、清純な少女が共に立っている。

「ここで待っていてくれ、すぐに戻ってくる。そして、私が戻ってきたら、一緒に行きたいところがある」

「はい。司令官が待てというなら、私はいつまでも、待っています」

司令官は建物の中へと消えていき、少女はその場に突っ立つ。少女の名前は朝潮といい、先の司令官とは、上司と部下の関係に当たる。そして彼女は、最近まで続いていた戦争の兵隊の一人でもあるのだ。

日が暮れ、気温が下がり始める時になっても、司令官は戻ってこない。すぐに戻ってくる、という彼の言葉を、朝潮は何度反芻しただろうか。そして最近まで軍隊で生活をしていた朝潮の手元に、現金はほとんどない。

「何をやっているの?」

声のした方を向くと、朝潮の先輩にあたる北上がそこにはいた。

「司令官を、待っているんです」

「寒くないの? 鎮守府の皆が、心配していたよ」

「ごめんなさい。でも、司令官との約束ですから」

「……体を壊さないように気を付けてね」

北上は朝潮にビニール袋を無言で渡し、暗闇に消えていった。袋の中には、コンビニのホット飲料とパン。北上が朝潮のことを心配し、なけなしの小遣いで買ってくれたものだった。

「……ありがとうございます」

朝潮は、もう姿の見えなくなった北上に対して、心の中で、そう、呟いた。

朝日の眩しさと共に、朝潮は目を覚ます。そこには、花壇に腰を掛け、横を向いて倒れている自身の姿。軽い頭痛を感じながら体を起こす。午前6時。司令官はまだ、戻ってこない。

深海棲艦との戦争は、最終的に和解に終わった。深海側の提督と今後のことを決め、いくつか条約を結ぶことで、戦争は完結するはずだった。

しかし、深海側の無理な要求により、決定がどんどん先延ばしになっていった。司令官は、朝潮に申し訳ない思いを抱きながら、深海側との話し合いを進めた。

朝潮は疲労した体で呆然と虚空を見つめていた。北上からもらったパンと飲み物には、まだ口を付けていない。

司令官はどうしたのか、なぜ、帰ってこないのか。司令官の身に何かがあったのか。

自分を忘れてしまったという考えもなかったわけではない。しかし、朝潮は即座にそれを否定する。それは、司令官への信頼と共に、司令官への愛情でもあった。

あっという間に日は暮れ、気温は下がる。司令官は、まだ来ない。
2日間入浴することなく、愛する人を待つというのは多感な少女には辛いものであり、そんな自分に、朝潮は涙を流した。

一度感情的になると、腹は減り、喉も乾くものだ。朝潮は北上からもらったパンと飲み物を口にした。量の物足りなさはあったが、高まった気分は落ち着いた。そして再び、司令官に対して思いを寄せる。

そんな朝潮を、北上は陰から見ていた。花壇に腰を掛けて、うつらうつらとした後、横になってしまう。北上はそっと、朝潮に毛布を掛けた。

翌日の正午、深海側との話し合いが終わった。司令官はその後の雑務を全て部下に任せて、鎮守府に戻ることにした。仕方のなかったこととはいえ、朝潮との約束を守れなかったこと。そして、2日も鎮守府を開けたことに対する不安が司令官をそうさせた。

本部を出ると、予想外の光景が目に映る。帰りが遅くなり、すでに鎮守府に戻っていると思っていた朝潮が、花壇に腰かけているのだ。

司令官は朝潮の元へと歩み寄り、肩をたたく。朝潮は一瞬、驚いた表情を浮かべ、堰を切ったように、激しく泣き出した。司令官も、彼女のことを強く抱きしめ、彼女の忠誠心に涙を流した。

二人で銭湯に寄って溜まった汗を流した後、朝潮は司令官に手を引かれ、高級な宝石店へと足を運ぶ。

「どれか、気に入ったものはあるか?」

「司令官の買ってくれるものなら、どれでも嬉しいです」

「一生に一度のものだ。我儘くらい、言ってくれ」

朝潮はしばらく視線を泳がせた後に、黄色のかかった銀色に、小さなダイヤモンドの埋め込まれた、シンプルな指輪を選んだ。ペアで10万円を切る、安価なものだ。

「これで、お願いします」

「良いのか? もっと贅沢を言ってもいいんだぞ」

「いえ、これで、お願いします」

指輪の購入を済ませ、二人は鎮守府に戻る。司令官の会議が長引き、朝潮を2日間も外で待たせていたことは二人だけの秘密とした。二人の交際の出来事を鎮守府の多くの人に尋ねられたが、適当に受け流した。

鎮守府に戻り、朝潮が一番に向かうのは北上の部屋。ノックをすると、返事と共に北上が部屋から出てくる。

「北上さん、毛布、ありがとうございました」

北上は驚いた顔で朝潮を見る。

「あれ、私があげたって、言ったっけ?」

「いえ。でも、こういう親切をしてくれるのは、北上さんだけですから」

北上は照れ臭そうに、丁寧に畳まれた毛布を受け取る。

「北上さん、お世話になりました」

「はいよ」

そう言い残し、北上はドアを閉めた。北上の心には、妙な心地よさが残った。

後日、平和になった海を眺めながら、結婚指輪をはめた新婚が、幸せそうに海辺を歩いていた。一人の若い女はそんな二人を見て、優しい微笑みを浮かべていた。
-FIN

立てるまでもなかったかと思うほど短くなりました
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