男「ロリコンを虐げるこの社会、断固NOだね!」(19)

友「お前ロリコンだっけ?」

男「全然? でもよく考えてみろよ、好きな相手が少女なだけで差別される社会ってクソだろ?」

友「好きな相手が人妻なだけで慰謝料請求されたりもするな」

男「そうそう、この社会は愛に対して狭量すぎるんだよ!」

友「人の皮肉を真に受けるなよ。それ『○○なだけ』って言い方に騙されてるだけだぞ」

男「いいや、違うね! 黒人差別の歴史が物語ってるだろ! 社会全体が時に差別という過ちを正当化すると!」

友「こいつ完全にスイッチ入ってやがるな」

男「だから俺は決めたね! ロリコンの社会的地位向上のために人生を捧げようってね!」

友「好きなだけ捧げてくれ、俺は遠くで応援してるよ」

男「よし、早速ビラ配りから始めようぜ」

友「俺も手伝うって所に疑いの余地はないのか?」

男「ないな」

友「ないなら仕方ねえか」

男「ロリコン差別をなくしましょう!」

男「愛に国境も年齢もありません!」

男「すべての人に結婚の自由を!」


男「ビラを受け取る以前に視線も合わせてくれないなんて!」

友「正常な人間ならそうするだろうな、そりゃ」

男「社会に毒され愛を忘れた人々に俺は憐れみを禁じ得ないッッ!」

友「憐れまれる方も迷惑だと思うがな」

男「……そうか、俺は間違ってたんだ」

友「お?」

男「他人に主義主張を押し付けるんじゃない、自然にあるべき姿に変われるよう手助けするのが俺の使命だったんだ!」

友「お前は本当に、レールから外れた暴走列車みたいな奴だな」

男「まずは共に使命を果たす仲間達を探そうぜ! 数は暴力だぜ!」

友「好きにしてくれよ」

男「『ロリコンよ、立ち上がれ』的なメッセージを複数のSNSにコピペしてみたんだが」

友「当然無視されてるだろうな」

男「ビジョンの共有の難しさよ。お前だけだな、この理想を真に分かち合えるのは」

友「勝手に理解者ポジションを押し付けないでくれ」

男「そうか、それだ!」

友「どれだよ」

男「そう、俺にはビジョンを共有するための努力が足りなかったんだ!」

男「押し付けがましかった数十秒前の俺にはさようならだぜ!」

友「嫌な予感しかしないが、具体的に何をどうするんだ?」

男「宗教法人を設立します」

友「ほらな」

男「法律事務所に電話相談してみたが断られた」

友「活動実態もない意味不明な新興宗教が法人格なんて取得できるわけねえだろ」

男「ああ、地道に活動を続けて同志を集めていくのが先決だな」

男「そう、古代の司法立法の基礎を作り上げたのは宗教だった」

男「この社会に新たな秩序を、ロリコンが差別されない世界を作り上げるために必要なのもまた宗教」

男「俺達の手でこの世界を変えるんだッッ!」

友「ああそう」

男「で、一晩でホームページを作成して具体的な教義をまとめてみた」

友「相変わらずの無駄な行動力だな」

男「基本的には『人類は皆平等であり、誰もに人を愛する権利と義務がある』という人類愛を中心にした教義だ」

友「それだけ聞くと至極立派な教えに聞こえるんだがな」

男「だがしかし、社会は常識という鎖で人々を縛り上げて愛の尊さから目を背けさせているのさ」

友「ああはい」

男「お前もまだ完全に鎖を抜け出し切れてないようだが、それでも俺は頼りにしてるぜ」

友「しなくていいぞ」

男「さあ、この教義を広めるために布教活動を始めよう!」

友「で、これはどこに向かってるんだ?」

男「俺達の教えを必要としている人の所さ」

男「東に救いを求める人あらばそこへ行き、西に救いを求める人あらばそこへ行き」

友「つまり適当に歩いてるだけなんだな」

女「うっ、うぅぅぅぅ……っ」 シクシク

男「おい、道端で女性が泣いているぞ。なんで誰も声を掛けないんだ?」

友「厄介事に巻き込まれたくないんだろ」

男「これだから現代社会は! だが俺は違うね! ……大丈夫ですか、お嬢さん?」

女「うっ、うぅぅぅ……っ!」 シクシク

男「ほら、このハンカチで涙を拭いてください。さあ、こっちへ」

女「ひくっ、ひっく……」 

友「これも大別すれば善行か」

友「しかし目的が社会的不道徳に基づいるのだから、これこそ偽善ってやつだと思うんだがな」

男「さあ、座ってください。何か温かい物でも飲めば落ち着きますよ。……店員さん、ホットココアを」

女「うっ、う……っ」


店員「ホットココアお一つ。以上でよろしいでしょうか?」

男「はい。さ、どうぞ」

女「ん……」 ゴクッ

女「……はあ」

男「落ち着きましたか?」

女「はい。……あの、ごめんなさい」

男「何がです?」

女「赤の他人のあなたに、こんなみっともない所を……」

女「あ、それに、飲み物まで御馳走になって……」

男「構いませんよ。泣いてるあなたを放って通りすぎる人達の方がどうかしてるんですよ」

女「……お優しいんですね」

男「よろしければ、何があったのかお話しいただけませんか?」

女「でも」

男「決して他言はいたしません。それに、あんな道端で泣いてしまうほどにお辛い事があったのでしょう?」

男「きっとそれは、心許せる友人や家族でも、いいえ、だからこそ話せないような、あなたを深く傷つけるような事だったのでしょう」

男「それならばいっそ、何の関係もない赤の他人の私達の方が話しやすいのではないですか?」

女「……それは」

男「無理には聞きません。ですが心の内に想いを閉じ込めすぎては、あなたの心が壊れてしまいますよ」 ニコッ

女「……っ」 ウルッ

友「よくできた仮面だことだ」

女「実は私、彼に振られたんです」

女「出会いの瞬間から私は彼に惹かれて、ああ、これが運命なんだって思いました」

女「私、元々男性が苦手で……でも、彼だけは自然にお話しができて……」

女「この人しかいないって、思いました」

女「私の方から彼にアピールし続けて、ようやくお付き合いする事になったんです……」

女「私、彼の事しか見えなくて、彼も私を見ていてくれてるって……ずっと二人の幸せな未来を信じてたんです……」

女「なのに!」

女「なのに彼は、他の男性を愛していたんですッ!」

友「急展開だな」

女「私、言われたんです!」

女「『僕には他に好きな人がいる、これ以上自分を騙せない』って!」

女「彼は、目の前で男の人と、キスをして!」

女「こんなの、あんまりですッ!」

女「ずっと私、騙されてたんです!」

女「……私、そんなに女の魅力ないですか? あんな、あんな汚らしい男の人の方が、魅力的なんですか……?」

女「う、うぅ……っ」

男「一言いいですか?」

女「……はい」

男「あなたは間違っています」

女「え?」

男「もう一度言います。あなたは間違っています」

女「ど、どうして?」

女「わ、私……私の、私の何が間違っているんですか?」

女「あ、あなたなんかに! 赤の他人のあなたに、どうして、そんな事言われなくちゃッ!」

女「そ、そう! あなたも男の人が好きなのねッ!? そこの男の人と、だからそんな事ッ!」

友「私は女ですよ」

女「え?」

友「よく間違われますけど、生物学的には女です」

女「……ごめんなさい」

友「いいえ、お構いなく」

男「気を悪くさせたのなら謝ります。ですが、言葉を翻すつもりはありません」

男「と、自己紹介が済んでいませんでしたね。私は男といいます。あなたのお名前は?」

女「……女、ですけど」

男「女さん、あなたの心の内に踏み込むような真似をした非礼はあらためてお詫びさせてください。申し訳ありません」

女「い、いえ……あの……」

男「あなたの気持ちは分かります。辛い想いをしましたね。ですが、彼は決してあなたを傷付けたかったわけではありません」

女「う、嘘です! あ、あんな事を目の前でして!」

男「女さん、あなたは彼の事を深く愛していた。いいえ、今も愛している。そうですね?」

女「……っ」

男「たしかに彼はあなたの愛を裏切りました」

男「ですが、彼の裏切りもまた人を愛した結果なのです」

男「さきほどあなたは、彼の愛までも否定しようとしました」

男「……女さん、愛から目を背けてはいけません」

男「それはあなた自身の胸の内にある尊い愛まで傷付ける事に他ならないんです」

男「あなたの間違いは、彼の愛を否定する事であなた自身を傷付けようとした事です」

男「……彼は、あなたに次の愛を探して欲しかったのでしょう」

男「彼は彼なりにあなたを大切に想っていました。ですが、それはあなたの望んだ愛ではなかった」

男「女さん、自分を大切にしてください。それがあなた自身の愛に報いる事になるはずです」

男「それに……あなたは自分に魅力がないような事を言いましたが」

男「女さん、あなたはとても魅力的な女性ですよ」 ニコッ

女「あ……」

女「あ……う……うぅ……っ」 ポタポタ

女「今日は、ありがとうございました」

男「少しでもあなたの助けになれたのなら良かったです。ああ、もしまた何かあればこちらに連絡ください」 スッ

女「え? ……宗教の方、ですか?」

男「興味がありますか?」

女「わ、私、お金とかありませんし!」

男「とんでもない! 信者の方からお金を取ろうだなんて事は考えていません!」

女「え、でも」

男「私達は一人でも多くの方を救いたいだけなんです」

男「ですから信者の方に与える事はあっても奪う事は決してありません。それだけは信じてください、女さん」 ギュッ

女「ふぇ!?」 ビクッ

男「あ。す、すいません!」

女「い、いえ……」 カァァァァ

男「それでは、またお悩みのことなどあれば、いつでもご連絡ください。私にはお話を聞くくらいしかできないかもしれませんが……」

女「は、はい!」

友「……で、お前は何がしたかったんだ?」

男「愛を見失いかけている人に愛の尊さを思い出すように訴えてみた」

友「俺にはカルト宗教の勧誘風景にしか見えなかったがな。ロリコンの社会地位向上はどうした?」

男「そのためにも愛に目覚める人々を一人でも多く増やすんだよ」

友「……人の弱味に付け込むカルト宗教ってのは怖いよな」

男「そういう悪い宗教がなくなればより多くの人々が愛に目覚めるだろうにな」

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