【咲-saki-】男たちの麻雀 (87)


※女の子達の出番無し、地の文有り、設定先行。



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5月末日夕方、晴れ

長野県某所・宮永家

普段は父一人娘一人の空間に、今はおっさんが二人。
一人はスーツの上を椅子にかけて、もう一人は冷蔵庫を覗いている。


「ビールで良いか?」

「いや、酒は遠慮しておく」

「あいかわらず堅いな、久々なんだから一杯くらい付き合えよ」


呆れたような顔で、冷蔵庫を覗いていた一人がビールの缶をもう一人の前に置いた。
つまみを机に広げて、どさっと椅子に座る。
プルタブを引き上げると缶はぷしっと音を立ててガスを吐き出す。


「何年ぶりだ? お前が司法試験に受かってからだから……」

「その後に結婚式で会っているだろう」

「こうしてゆっくり飲むのが、だ。しかし、帰って来てたんなら連絡の一つもくれりゃーいいの

に」



「なあ、原村」



家主である宮永の父の方──宮永界が乾杯と言うように缶を差し出すと、


「……お前は変わらないな、宮永」


嘆息しながら、原村和の父親──原村恵が缶を手に取りプルタブを引き上げる。

かつっと、乾いたような鈍いような音が静かに響いた。


「いつ頃こっち戻ってたんだ?」

「2年前だ」

「なんだ、結構前じゃねーか。仕事か?」

「妻の異動だ」

「ああ、検事だっけ。この歳でそんなに異動があるもんなのか?」

「立場的な理由がある。長野にも長く居るつもりはなかった」

「こっちにはどれくらい居るんだ?」

「妻は先に東京に行っている。娘の高校進学と同時に離れるつもりだったが、東京の学校を蹴ってまで娘がこっちに残りたがってな」

「あー、確か咲と同じ歳だったか」

「しかも麻雀なんてものに入れ込んでな。今日も麻雀部の合宿とやらに行っている」


「麻雀部で今日合宿って……娘さん、まさか清澄か?」

「そうだが……」

「おいおい、なんつー偶然だ。……しかし、相変わらず麻雀嫌いは直ってねーんだな」

「嫌いかどうかの問題ではない、バカバカしいだけだ」

「くくっ、その様子だと娘さんにも話してないだろ。どんな反応するんだろうな」



「こんな自分の父親がかつて麻雀のインターハイ個人戦、長野県代表の一人だったってことを知ったらよ」


界の皮肉げな笑みにも、恵は黙ったまま缶を煽る。


恵の様子を気にした素振りも見せず、懐かしげに界は続ける。


「懐かしいな、覚えてるか? 南浦先生の麻雀教室」

「昔の話だ、とうに忘れている」

「お前が覚えてないわけねーだろ。当時教室の中でも強い奴は多かったが、俺達はその中でもいつも上の方に居た。大体俺が1位、お前が2位で」

「あのようなほぼ運で決まる不毛なゲームに"努力"していたなど恥ずべき過去だ」

「覚えてんじゃねーか」


そう笑いながら、冷蔵庫から二本の缶を取り出す。


「……まだ、終わったままなんだな。お前の麻雀は、あのインターハイから」

「……」


缶からガスの抜ける音が響く。


「まあ、いーか。それより、良くそんなお前が合宿参加なんて許したな。嘘ついて男の家にでも泊まってるかも知れねーぞ?」

「あれはそういう器用なことが出来るタイプではない」

「信用してんだな」


そこからは界が大体を話し、恵がぽつぽつと口をはさむといった光景が続く。

缶が4つほど空き、話がまた娘のことに及んで、界が思いついたように口を開く。


「なあ、娘が学校生活をどう送ってるか、気にならねーか?」

「?」

「ちょうどいいやつが居るぞ」

「なぜ娘の学校生活を知るのにちょうどいい人物をお前が知っている」

「なぜってそりゃ」



「うちの娘も清澄の麻雀部だし」





おっさんの飲み場に侵入者一人。


「咲の親父さん、お久しぶりです」

「おう、久しぶり……あれ、俺よりでかくなってねーか?」

「ここ一年で10ちょい伸びたので」

「最後に会ったのが修学旅行の頃だったから、その間ほぼ丸々会ってないのか。元々低くはなかったけど伸びたなあ」

「いや、というより俺、現状がよく分かってないんすけど。ええと、そちらの方は」

「須賀くんの部活の仲間に、原村って苗字の女の子いない?」

「居ますけど」

「その親父」

「……は?」

「この子は須賀くん、同じ清澄高校の麻雀部で、うちの娘が中学から世話になってる」

「うちの娘が世話になっている」



あっさりとした様子の界から対照的に厳かに会釈する恵へと視線を移し、清澄高校麻雀部唯一の男子部員──

──須賀京太郎は口を問いかけた状態のまま半開きにして固まった。


界が冗談で勧めた酒を恵が真面目に取り合って遮り、結局は咲とっておきの少々値の張るフルーツ飲料(720ml 2808円)が京太郎の手に渡る。
後日これが原因で娘の怒りを買うのだが当の父親は知る由もない。


「置いてかれたんだって?」


ビール缶を持ち上げながら界が聞く。


「俺は朝に合流ですよ」

「あれ、泊りでって聞いてたけど」

「流石に男も一緒に泊まるのはまずいでしょう。学校の敷地内なんでそんな遠くないんですよ」

「へー、咲からは須賀くんは一緒じゃないってのしか聞いてなかったから」


ビールを飲む界に合わせて、京太郎もジュースを一口。

その濃さに驚き、ゆっくりと飲み下す。美味いですねという京太郎の言葉に、界はそれは良かったと笑う。

恵が新しいビールの缶のプルタブを起こす。


「というかええと、どう言った要件で……」

「娘たちの学校での様子を聞かせてもらおうかと思って。恵も聞きたいってよ」

「私は止めただろう」


恵は静かに、しかし半ば諦めたような様子で応答する。
このやりとりだけでも二人の関係性が見えるようで、京太郎は苦笑する。
部外者を呼ぶこと自体に特に反応を示していないところを見ると昔からこのようなことがよくあったのだろう。


「咲はともかくのど……か、さんのことは会って二月も経ってないんで俺もそれほど話せませんよ?」


呼び捨てからさん付けに変えたのは父親の厳格そうな雰囲気を見てのことだろうか。
当の父親は無言で缶を煽っている。


「いいからいいから」


界に促され、京太郎は咲の入学時の様子から時系列に沿って話し始める。


咲が入学式の日もクラスに行くまでで迷っていたこと、その後も移動教室があるたびに迷っていたこと。

クラスにまで聞こえていた美人の同級生の噂、部活勧誘の時期にひょんなことから見に行くことになった麻雀部にその噂の当人がいたこと。


「奥さん美人だったしな……ちなみに胸は」

「か……」


なり、と反射的に言いかけて踏みとどまるが、それで十分伝わったらしい。


「やっぱ遺伝か。咲たちには申し訳ねーが望みはないな」

「あはは……」

「須賀くんが麻雀部入ったのは、和ちゃん?目当てか?」

「ええっ、いやその」

「そうなのか?」


恵は静かに京太郎を見ていた。
ビールを空けることに専念しているようであったが、話はずっと聞いていたらしい。


「いえ、その……そうした気持ちもゼロじゃなかったですけど、きっかけは普通に麻雀部への好奇心ですよ」

「なんだ、つまらないな」

「そうか」


つまらないと言いつつ面白がっているのを隠しもしない界と、内面の見えない顔で再び缶の中身を減らす作業に戻った恵。
京太郎は誤魔化すように、ぐいとフルーツ飲料を飲み干して続きを語る。


麻雀はよく分からなかったが面白そうだと思い入部したこと、和と仲の良い女友達の存在。
先輩たちどころか、和にもその女友達にも勝てなかったこと。咲を誘って、±0、和の苛立ち、咲の入部──


「……」

「そんな睨むなって」


±0のくだり、家族麻雀云々のところから恵が咎めるような目を界に向けていた。


「でも、結構酷くないっスか? 子供のお年玉巻き上げるって。しかも上がったら怒られたとか」

「アレは俺がふざけて提案したら照──咲の姉が乗ってきたのがきっかけだ。娘たちからの分は母親が管理してる」

「上がったら怒ったっていうのは」

「あいつが初めて上がった時、反応が面白くてふざけてからかってたら本気にしてな」


±0を身につけたのには驚いたが、と懐かしげに笑う界に京太郎は呆れたような表情、恵はもう知らん顔で缶を煽っている。


丁度あの雀卓で打ってて、と界が目でカバーのかかっている雀卓を示したところで、思いついたように言う。


「ちょっと打ってみるか。せっかく麻雀部員が集まってるんだ」

「へ? 麻雀部員って」

「須賀くんと俺と原村」

「そうだったんすか!?」

「宮永」


静かに呼ぶ声には、咎めるような諫めるような音が含まれていた。


「いいじゃねーか、ちょっとした気晴らしだ」

「俺かなり弱いっすよ? 三麻もやったことないですし」

「俺らもブランクあるからちょうどいいさ。ルールは基本ニ~八萬と北家抜き、チーが出来ねーってだけ覚えときゃいい」


ガタガタと椅子を引っ張ってくる。
恵は諦めたように嘆息する。


「……計算と抜きドラは?」

「面倒くせーしツモ損ガリ抜きでいいだろ。あ、ツモ損ってのはツモ時に北家分の獲得点が貰えないってことな」

「抜きドラって何すか?」

「北や一九萬を手牌から抜いてドラ扱いにするってルール。抜いた分は嶺上から補充する」

(……咲がそのルールでやると凄いことになりそうだ)




~~~~~~


対局中


~~~~~~







(つ……)



(つええ……)


数度空になった点箱が再び軽くなっていくのを呆然と眺めながら、京太郎は思う。
三麻は回転が早く、経験不足が如実に出るというのもある。
しかし、役が出来やすく回転が早いということは運の巡りも普通の麻雀より激しいということでもあるはずだ。


にも関わらず。


「須賀くん、このままじゃまたヤキトリだぞー」




一度も上がれないのはどういうことなのか。



界は時折不可解な打ち回しをする打撃系。

恵はデジタルではあるが時々それから外れた、結果を見るとまるで『界の不可解な打ち筋を考慮したようなデジタルの打牌』をする。


   ※確率論的・統計学的な戦略を重視=デジタル
     ツキ・勘・流れを重視=アナログ(オカルト)
     打点・相手に与えるダメージ・心理的な押し引きを重視=打撃系


(強い、部長や和よりも強いだろこれ……!?)


普段から打っていてよく知る、自分よりもよほど上級な打ち手と比較しながら、初心者である京太郎がそう思えるほどの強さがこの二人にはあった。


(でも、なんだろう。部長たちと打つよりも、よほど勝てそうに思える感じだ)

(なんというか、そう──)




(──怖くない。不思議なほど、強者のプレッシャーみたいなものが無いんだ)




「おい原村、お前の……あ」

「どうしたんで……あ」


気づけば、恵は腕を組みながら寝息を立てていた。


「相変わらず酒に弱いんだな。こうなったらしばらく起きねーわ」

「全然酔ってるようには見えなかったですけど」

「以前からそーなんだよ、顔にも出ないし量も飲む割にすぐ寝る。酒入ってる間は普段よりよほど穏やかだしな」


と笑う界に、あれで穏やかだったのかと変なところで衝撃を受けつつも謎の感心をする京太郎。
京太郎は時計を見る。あれだけ打ったのにまだ1時間も経っていなかった。





点棒をまとめるのを手伝いながら、京太郎は界に言う。


「でも、知らなかったですよ。咲の親父さんがこんなに強かったなんて」

「須賀くんが初心者だからそう感じるだけじゃないか?」

「いやいや、これ多分俺が初心者とか関係ないすよ。下手すると咲よりも強いんじゃ……」

「どうだろうな。うちは結局誰も咲の±0をまともには崩せなかったし」


咲は負けないというだけで良いなら今のトッププロにも通じるんじゃないか、と界は笑う。
まるで宮永家は並みのプロよりはよほど強いみたいな言い方だ、と京太郎は思うが、今の実力を見る限りその通りの様な気がした。
そんな京太郎の内心を知っているわけでもないだろうが、


「……まあ、今でも最近の男子プロよりは強いかもな」


ぽつりと、界が漏らす。
発言の内容と裏腹の、あまりにもしんみりとしたつぶやきが何かを感じ取らせる。
無言で続きを促すような京太郎の視線に気づき、界は苦笑しつつ席を立ち、冷蔵庫からビールと残りのジュース(500ml 3240円)を取り出す。


「あまり、面白い話でもないけどな」


長くなるかもしれないがいいのか、と界が聞いて、面白そうなので、と京太郎は頷く。


「南浦プロって知ってる?」

「名前くらいですけど」




「俺と原村は、元々その南蒲プロのやってた麻雀教室の生徒だった」




「先生は──南浦プロのことを俺らはそう呼んでたんだが──元々長野の人でな。

 男子麻雀も今思えば全盛期に近くて、憧れてる奴は多かった。

 俺らもその内の一人だ」

「幼なじみだったんですか?」

「幼なじみ……とは言わないんじゃねーか。

 原村と俺は小学校から同じだったが、当時は殆ど話したこともないようなもんだったしな。

 あいつは昔からあんな感じだったし、俺は昔からこんなんだったから、まあ順当だろ。

 だが、小5の時だったか。南浦先生の麻雀教室に同時期に通い始めてな。

 生徒は多かったが、俺達はその中でも上達が早かった。中学に進む頃には同年代だと互い以外にはほとんど敵なし状態だ。

 自然、対局することが増えてきて、その度に意見がぶつかってな。

 いつの間にかそうした話を学校でもするようになってて、気がつけば一番話す相手になってた」


「麻雀教室かぁ……麻雀部には入ってなかったんですか?」

「麻雀部に入ったのは高校に入ってからだな。

 そもそも麻雀にそれほど入れ込んじゃいなかったからな、中学くらいの時は。

 当時はプロに憧れはあったもののなろうとは考えてなかったし、教室で打ってれば十分だった。

 だがまあ、中学の終わり頃に色々あって本気でプロを目指し始めた。

 麻雀教室は中学生までだったし、それ以降は高校の部活だな」


あそこの高校だ、と界が名前を挙げたのは清澄とは違う地元の公立だった。
ついでに原村はあの高校、と続けたのは進学校としても麻雀校としても有名な名前。


「二人共頭良かったんスね」

 恵はもとより、界の母校というのも進学校として名前の通った学校だった。

「あいつの場合はもっと上の学校にも行けたんだがな。麻雀が強いってんでその高校を選んだんだよ」

「え、そうなんですか!? もしかして、和の親父さんも」

「ああ、プロを目指してた。しかも俺よりずっと前、教室に入った当初からな」

「なんというか、イメージできないっすね。むしろそういうのを嫌いそうというか」

「実際、今では嫌ってるからなー」

「……何かあったんですか?」

「ああ、それがまあ、この話の本筋でもある。俺にしても、あいつにしても──」





「──高校1年の、夏が全てだった──……」












「……と、ドラマなんかではここで回想が入る良い引きだが、生憎この後も俺の語りが続く」

「酔ってますね」

「少しな」



「まあ、とにかく俺らは別々の高校に進んだ。

 高校入って初めてのインターハイ予選は団体代表があいつの高校、個人戦は俺が1位で原村が2位。

 原村は団体戦でも副将張ってた。当時は結構騒がれてたな」 

「そりゃそうでしょう。咲の親父さんは団体戦出たんですか?」

「出たが、所詮そこらの公立だからな。男子部員は俺含め7人、頑張って3回戦負けだ」


 タバコいいか、と界が煙草の箱を振り京太郎はそれに頷く。
 灰皿を引っ張ってきて、火をつけて一息。


「それでも、俺の応援のために東京まで全員で付いてきてくれてな。

 期待を背負って、自信もあって、優勝を本気で狙ってた」








「……全国というものの片鱗を感じたのは原村の試合だ」






「当時の団体戦の試合形式は今の持ち点制じゃなくて順位に応じたポイント制だった。

 団体戦初戦、副将のあいつが1位を取ればまだ盛り返せる状況。

 俺は正直イケるだろうと思ってた。

 それまでの相手は確かに強かったが、精々手強い程度だ。

 原村の方がよほど強いように思えたし、実際そいつらよりは強かっただろーな。



 だが、始まってみれば──原村に親が回ることは無かった」





「……え?」



「どころかただの一度も親が移動すること無く、原村を含めた3人が同時にトんだ。

 ロンすら無く、全てツモで、誰もなにもできなかった」

「……偶然、とか」

「まぐれだと思うだろ?

 そいつは次の試合も、その次の試合も同じことをやってのけた。

 毎回、恐らくは他チーム内でも一番手強い奴を相手に。

 実はそいつは、県予選からずっと同じような展開で勝ってきたらしい。聞いた話だとな」



さすがに異常だった。

話を聞いているだけなのに、京太郎は寒気を感じた。


「"豪運"と言われていたな。大会内で最も強いやつなのだと、俺は納得した。

 ……納得しようとして、しかしそいつは準々決勝であっけなく負けた。

 相手は悪魔みたいな相手だった。そっから先の試合は、そんな奴ばかりが出てきた。

 同じ麻雀をやっているとは思えなかったな。豪運を見た時にも何がなんだか分かんなかったが、それ以上に。

 個人戦はグループごとに上位がトーナメントに進出、という形だったんだが、1グループに2、3人そんな怪物みたいな奴らが居た。

 結果は、まあここまで言えば分かるだろーが、トーナメント予選で敗退だ」


 界の語りに苦悩や悔しさは無い。
 けれど京太郎には、それが逆に当時どれほどの衝撃であったかを物語っているように思えた。


「……今思えば、狂気だったが」


 しみじみと、懐かしむように界がつぶやく。


「そんな状況で、そんな地獄みたいなところで、俺は──俺達は喜んだんだよ。

 ボロボロにされて、何も出来なくて、今までの全てを否定されて。

 俺達だけじゃなく、かなりの奴が妙な熱気に包まれてた。





 ───こんなにも強い奴らがいる。なんてやりがいのある競技なんだ。






 ……なんてこたーない、そう思わねーと自分を保てなかったのさ。

 本気でプロを目指している奴らばかりだった。その十六、七年を見失いたくなくて必死だった。

 そうやって思い込めなかった奴の大半は牌を持つことが出来なくなって辞めていった」


殆どが灰になった巻紙を、灰皿で潰す。


「折れかけた心を必死に支えながら、また立ち上がろうとしていたところに、



 ──その当時の怪物たち全てが、高校麻雀界から消えた。

 トドメの一撃。インハイが終わった直後のことだった」





「……えぇと……え?」

「すげーだろ。トップを突き進んでた奴らが一度に軒並み表舞台から消えた。

 にも関わらず、騒がれたのは直後だけで、あとは何事も無かったかのようにいつも通りだ」

「事件とかじゃないんですか?」

「あくまで噂だが、裏に引っこ抜かれたんじゃないかって言われてた。

 代打ちとか賭場の仕切りにな。

 当時は何度目かの、久々のインフレの始まりで至る所でそういう話が立ってた。

 未だに当時の選手のことを話すのはタブーみたいだし、本当のことだったんじゃねーかな」

「なるほど、どうりで聞いたことがないと……」

「まあ、周りはそんな感じで『なかったこと』にして、無理やり業界のフォローをしようと必死だった。

 業界の最盛期を保ちたかったんだろうな──俺らにはもう、遅かったが」


「完膚なきまでに叩き潰され、プライドをへし折られ、それでも表舞台に轟くだろうその強さに少しでも近づこうとして、その強さすらも目の前から消え去った。

 奈落だったな。

 掛けられた魔法が消えたみたいに、熱気は消え去った。熱意と一緒にな。

 それでも、辞める奴は少なかったよ。今考えると辞めるタイミングすら失ったってのが正しい気もする。

 殆どがもう、惰性とすら言えないような、見えない何かに強制されているかのように打ち続けていた。

 それ以外の、残り少ない奴らは麻雀を辞めた。

 熱が消え去って、努力も技術も否定されて空っぽの現実を直視しちまった奴らは。


 俺が前者で、原村が後者だ」


「俺はまあ、結局それでも、何のためにやってるのかすらもよくわからねーまま続けてた。

 その後2年間も個人で全国は行ったが……特別強い相手に当たることもないまま、最高がベスト32。

 当然、ずっと前年まではプロを目指してた奴ばかりだったから弱いなんてこともねーんだが、なんというかな。

 ……さっき須賀くんは俺のことを強いと言ってたが、正直なところ"勝てない"と思った?」

「えーと……すみません、全く。自分でも不思議なんですけど」

「いや、そういうことなんだよ」

「そういう……こと?」


「俺だけじゃなく、俺らの世代、どころかあの頃プロ雀士を目指してインターハイを見てた男共の殆どから。

 プレッシャー、威圧感、オーラ……呼び方はなんでも良いけど、そういう強さが完全に消え去った。

 強さへの諦めというか、勝ちに対する欲というかそういう根源的なもんが無くなっちまったんだな。

 自分で言うのもなんだが、悲惨だったな。虚無的過ぎて、視聴率も男子麻雀の求心力も瞬く間に地に落ちた。

 この長すぎた空白期間のせいで、今でも男子プロなんて殆ど聞かねーだろ?

 精々当時が全盛だった、今ではシニアプロに分類される人か、極々稀に出てきた傑物程度なもんだ」

「そういえば……あまりプロに関心がないもんで、気にしてませんでしたけど」

「若い層がそんな感じになってたもんで、プロの新人層は薄くなっていく。

 良い新人がいなくなると話題に上がることも減っていって、人気がなくなり、そうなるとスポンサーも減っていく。

 自然、元々アイドル的な人気があった上にだんだんと強さも増してきていた女子プロへとマスコミも集中。

 現状の麻雀界の出来上がりだな。

 今でも男子麻雀は数だけは多いが、皆遊び半分で本気でプロを目指す奴なんて稀だ。

 雑誌見てんなら知ってるだろうけど、男子インハイチャンプが女子のインカレチャンプレベルってのからも分かるだろ?

 しかも、男子はインハイチャンプですらプロにならない奴が多い。

 なれない、じゃなくてならない。なるつもりがない」


「よく、それでプロが保ってますね」

「最近は学生麻雀界がそんなもんだから、才能ある子をクラブで囲い込んでインハイとかに出さず一気にプロ入りさせる、ってとこも結構出てきてるな。

 そうしたおかげか男子プロ業界自体は以前よりマシになってるけど、近年は女子の方が盛り上がりすぎててそうした印象も薄い。

 ……今更だが、初心者にこんだけネガティブイメージ植え付けるとモチベーションに影響出るかな」

「いえ、こういう話を聞いておいて言いづらいんですけど、俺はプロを目指すとかそこまで本気でやるつもりは……」

「そう? ……あーもしかして、ハンドやめたことと関係ある?」

「いや……ああでも関係あるのかな。

 とりあえずしばらくは、本気で何かをやるってのはないだろうなーって感じです」


「そうか。まあ、まだまだ若けーからな。色々やってみるといいさ」


そう言って笑う界に、少し躊躇うように京太郎が聞く。


「……麻雀に打ち込んでたこと、後悔してるんですか?」

「ん?」

「さっき、和の親父さんが麻雀を嫌いになったって言ってましたけど。

 咲の親父さんは、どう思ってるのかなって」

「俺は……どうだろうな。

 とりあえず後悔はしてねーけど。麻雀やってなければ、嫁とも会うことはなかっただろーし」

「麻雀がきっかけで出会ったんスか」

「そうそう」


麻雀やってなかったら照も咲も居なかったな、と界は笑う。
笑って、ふと、しんみりとした表情になる。


「……原村も、実は嫌いじゃ無いのかもしれないな。

 今日、酒が入ってたからだろうとは思うが、こいつは打っただろ?

 『酔っていたから』打ったのは確かだが……酔っていようと『打った』のも確かだ。

 自分の許せない事は、酔っていようと、気を失っていようとやらないような奴にも関わらず」


昔から知っているからこそ言えることなのだろう。
その言葉には、言葉に出来ない説得力があった。



「俺はさ、あのインターハイからずっと、原村は麻雀を嫌いになったんだと思ってた。

 あれだけ努力してたあいつが、『運で決まるゲーム』だと吐き捨てるように言うようになってからずっと。

 でも、あれはもしかしたら、原村の自己防衛だったのかもしれないな。

 麻雀に未練のある自分を、麻雀から引き剥がすための。自分の選択が正しいと、そう思い込むための。


 もしかしたら、原村はあの頃から──




 ──嫌いなんじゃなくて、『嫌いになりたい』のかもしれないな」



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からん、がらがら……



「……」


部屋に響く音で、恵は目を覚ます。
見慣れない部屋を一瞥し、宮永家で酒を飲んでいたことを思い出す。


「お、目が覚めたか」


空き缶を入れた袋を部屋の外に出していた界がそれに気がつく。
もう一人いたはずの、男子高校生の姿は見当たらない。


「首とか痛めそうな寝方してたけど大丈夫か?」


からかうような界の台詞に大丈夫だと答えながら、恵は腕時計を見る。
針が指しているのは長短どちらも10の数字の近く。

どうやら大分寝ていたらしい。



「水いるか」

「ああ」


界が流し台へと向かう。
その背に、恵が問いかける。


「須賀、といったか。あの子は」

「もう帰った。よろしく、だとよ」

「そうか」

「昔の事を話したら、えらく感心してたぞ」

「お前はまた……いや、何を言っても無駄か」

「だな」


諦めた様な呟きに、短く明快な相槌。
水の入ったコップを恵の前に置いて、自分は缶に口をつけ一息。


「気がつけばあれからもう20年以上か、早えーな」


感慨深げに、界が言う。


「……」

「お前はあの後から勉強に打ち込んで、高校を出たらさっさと東京に行っちまったけどよ。

 見送りの時の、会話の細部は忘れたが、原村の台詞は妙に覚えてるわ。

 こんな田舎の人間関係がなんの役に立つ、ってのとか」


界は笑う。
恵は水を飲みつつそれに返す。


「実際、役に立たなかっただろう」

「まーな。役に立とうとも思ったことはねーしな」


聞けば多くの人は怒りそうなことを恵が言う。
それに少々皮肉げに、しかし何ら暗さを含む様子もなく界が返す。


「しかしそんなお前から結婚式の招待状が来た時には驚いたな。呼ばれないもんだと思ってた」

「あれはお前が大学在学中、うちに来るたびそうしたことには呼べと言っていたからだ」


忘れたのか、と言う恵にそうだったか、と笑う界。


「いっつも酔ってた覚えしかねーな」

「毎回毎回ふざけた量の酒を持ってくるからだ。お前はうちを居酒屋か何かと勘違いしていただろう」

「原村のうんざりした顔を見るために行ってたようなもんだからな」

「……何を言っても無駄だったな」

「だな」




「そろそろ御暇しよう」

「泊まってきゃ良いのに。誰も居ないんだろ?」

「明日の準備がある」


上着を羽織り、退席する恵の後ろを界が付いていく。


「見送りはいい」

「コンビニに寄るついでだ」


恵は革靴を履き、界はつっかけを引っ掛ける。
空は晴れていて、十日夜の月が雲に隠れつつ浮かんでいる。


「娘達も見てんのかね」

「……」


空を見上げて、界が言う。返答は無い。


「しかし、よくもまあ頑固なお前が居座ることを許したな。

 麻雀をしたいっていうことにもよ」

「許したわけではない。そもそも、許す許さないではないだろう」

「まーな。だが、『そんなことは無駄だ』くらい言いそうなもんだが」

「既に言ってある」

「だろ?」


したり顔で続きを待つ様子の界に、ちらりと目をやって、恵は無表情のまま続ける。


「娘が、珍しく主張した。友達がいるから離れたくないと。

 私には分からない感情だが、私の言葉に流されなかったのだから確固たる意志だったのだろう」


春から夏に変わる頃の、心地いい夜風が二人を撫でる。


「麻雀はどうなんだ?」


界が空を見ながら聞く。
軽く揶揄するような口調。


「麻雀は運で決まるくだらない競技だ──"生まれながらの才能を持っているか"という、どうしようもない運の、な」


恵は間断なく断言する。
そして何かを思ったのか思い出していたのか、数拍の間。


「……だがあれは、証明すると言った。

 麻雀が、運の競技ではないということを」


それきり、恵は黙る。

果たしてこれが答えになっているのだろうかは分からないが、界にとってはそれで十分だったらしい。


「そうか。

 似てるんだな、父娘ともども」



不器用な所まで、と笑う。

笑って、空を見上げ、歩く。

会話らしい会話はない。

その空気は、どこか穏やかだ。

二人は歩く。

あの頃と風景は少し変わったものの、あの頃と同じ道程を。





二人の視界の先で、空に一筋、星が流れる。



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二人は 覚えていない
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『お、流れ星。願い事でもしてみるか?』


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25年ほど前に
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『そういうタイプでもないだろう』


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違う制服を着た男子高校生が二人
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『まーな』


------------------------------------------
同じように この道を歩いていたことを──
------------------------------------------








「おっ、流れ星。何か願い事でもしてみるか?」


空を見上げながら、界が楽しそうに言う。


「そういうタイプでもないだろう」


恵は無表情のまま、同じように空を見ていた。



「まーな」



界は笑う。








二人の見上げる先でまた、星が流れた。




                                                   了


以上です
見てくれた方、そしてレスくれた方に多大な感謝を

麻雀が運(才能)で決まる競技じゃないとどうやって証明するんだろ?
和が照に勝っても「宮永照を超える才能」と言われるだけのような。

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