神娘「やめんかチュウ助! やめい!」(89)


神娘「だからやめんかって! やーめーてーって!」

神娘「雪! 冷たい! 耳に押し込むな! こらぁ!」

神娘「ふぅーっ、ふぅーっ……」

神娘「……はぁ」

神娘「捕まえたぞチュウ助。これでもう悪さはできまい」

神娘「まぁったく、神が気持ちよく寝ておるところにちょっかいかけおって。一体何のつもりじゃネズミのくせに」

神娘「いや何にせよこれは罰を与えねばならん。とんでもなく重い罰じゃ。なにせとんでもなく重い罪じゃしな」

神娘「うむ、わしも心が痛い。たった一人のわしのしもべを罰しなければならんのじゃ。これがつらくなくて何であろうぐふふ」

神娘「おっと。笑ってなぞおらんよ。嬉しくなんか全然ない。つらいつらい」

神娘「と、いうわけでチュウ助、地獄で悔やむがうわっぷ!?」


 ドシャシャシャシャシャシャ!


神娘「――――ぷはっ」

神娘「……っ」ブルル!

神娘「……チュウ助よ。なぜ天井から雪が降ってくるのじゃ?」

神娘「いや降るっていうか注ぐっていうか雪崩れてきたっていうか」

神娘「これは珍しいこともあるもんだ? 確かに珍しいが違うじゃろ。悪意じゃろ。本格的にわしと戦争じゃろ」

神娘「そんなつもりはない? 信じてくれ? んなもんどうやって信じろと」

神娘「嘘をついてない証拠に自分の尻尾が尾形光琳の紅白梅図屏風絵を床に一筆書きするから見てろ?」

神娘「そんなことできるわけ…………すげー!」


神娘「よし信じるとしよう」

神娘「なんだか騙された気はするがいいもの見れたしとにかく良しとしよう」

神娘「で、要件はなんじゃ?」

神娘「とぼけるな。わしを起こしたのはただおちょくるがためではなかろう」

神娘「さすが? おだてるな。持ち上げても何も出んぞ。嬉しくもないえへへ」

神娘「……こほん」

神娘「どうせ仕事のことじゃろ。さっくり話せ。すぐに終わらせてまた眠る」

神娘「その前に? まだ天井に残ってる? 何が……うわっぷぁッ!」

つづく


朝 アパートの一室

女「ふわあ……」

女「……」

女「だるい」

女「だるいだるいだるいかったるい起きる気力もない」

女「だから二度寝も仕方ない。会社休むのも仕方ない。おやすみ……」モゾ


 ピンポーン!


女「……」

女「なにぶんわたしはだるいから」

女「居留守を使うのも仕方ない」


 ピンポンピンポーン!


女「だらしなくてごめんなさぁい……」モゾ……


 ピンポンピンポンピンポン……


女「……」


 ピンポンピンポンピンポン……


 ピンポンポーン!


女「うるさい!」ガバ!

女「誰よ朝っぱらからこんな嫌がらせ!」


 ガチャ!


女「どちら様ッ?」

神娘「おいっす。神じゃ」

女「……?」

神娘「寒い。入るぞ」

女「ちょ、ちょっと!」


神娘「これ神をつまみあげるとは不敬な」

女「あんたが勝手に人の家に上がり込もうとするからじゃない」

神娘「扱い方というものがあろう。つまみあげてよいのはネズミだけじゃ」

女「いやよあんな汚い生き物」

神娘「それは同感じゃがしかしわしの神社の神主はネズミのチュウ助での」

女「チュウ助?」

神娘「すこぶる性格は悪いが仕事はできる厄介な奴じゃ。ほれこいつ」

女「でっか! でもかわいい!」


神娘「おぬしの目は大丈夫か?」

女「少なくとも汚くはないじゃない。げっ歯類は嫌いじゃないわ。ハムスター飼ってたし」

神娘「むう。最近のもんの考えることはわからん」

女「何よチンチクリンのくせして。っていうか」

神娘「?」

女「あんたほんとなんなのよ」

神娘「神じゃが。さっき言ったろうが。頭も大丈夫か」

女「あんたこそ」

神娘「むう」


女「自分を神とかいう変な言葉づかいの奴なんて、女の子でなけりゃ通報してるわよ」

神娘「そういうもんかのう」

女「さ、わかったら帰って帰って」

神娘「大丈夫じゃ。前回の経験からこういう時の対処法は分かっておるぞ」

女「?」

神娘「後ろを見るがよい」

女「……。あ!?」


 ガラーン……


神娘「邪魔なものがなくなってすっきりしたのう」


女「え、あれ……家具は?」

神娘「うむ」

女「なんでこんなに何にもなくなってるの……」

神娘「うむうむ」

女「いや、だってさっきまでは間違いなく!」

神娘「うむうむうむ」

女「あんたのせい!? あんたのせいなのね!?」

神娘「うぐぅ……」


女「返しなさい! 全部元に戻して!」

神娘「首を、絞めるな……っ」

女「いいから早く!」

神娘「むぐ……もう戻した……」

女「あ……」

神娘「ぷはぁっ……」

女「……。あんた、なんなの」

神娘「神じゃ。三度目じゃな」

女「神……」

神娘「正確にはなくし物、遺失物の神じゃ。厄介になる。よろしく」

女「え?」

>>10
>前回の経験
神娘「わしの眠りを妨げるのは誰じゃ……っていたたたっ!」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/internet/14562/storage/1384429489.html)


……

神娘「こぶ茶うまい」

女「つまり……あんたは本当に神様なのね」

神娘「うむ」

女「なくし物の神、だっけ? なんでわたしのところに……」

神娘「呼ばれたからじゃ」

女「……呼んでないけど」

神娘「ん? だが呼ばれたから来たんじゃし」

女「だから呼んでないってば」

神娘「んー?」


神娘「しかし神社には来たんじゃろ?」

女「どうだったかなぁ。あ、いや、そーいえば……」

     ・
     ・
     ・


数日前 夜

女「うえ……飲みすぎ、た……」フラフラ

女「ううん、ここどこぉ……?」

女「……神社? なんでこんなところに入っちゃってんだろ」

女「なんか怖いし早く出よ……」


 ツルっ!


女「いったぁ!」


女「なによう……何に滑ったのよう……」

女「っつぅ……。あ」

女「財布が、ない?」

女「ちょっと信じらんないどういうことぉ」

女「暗いし探しづらいってのに……」

女「…………。最悪」

女「財布が飛んでったっぽい方向に賽銭箱があるとか」

女「いい加減にしてよホント……」


     ・
     ・
     ・

女「で、やっぱり賽銭箱にインしちゃってたみたいだから、仕方なく柏手打って帰ってきたのよ」

神娘「なるほどのう」

女「まあカードとかは別だったし大金入ってたわけでもないけど、ねえ……」

神娘「まあそんなことはいいとして」

女「あ、そんなことってなによ」

神娘「そんなことはいいとして、わしはわしの仕事をせねばならんし」

女「仕事?」

神娘「そうじゃ。おぬしの望みを叶える義務がある」

女「じゃあ財布返して」

神娘「無理じゃ」


女「な、ん、で、よ!」ギリギリ……

神娘「ふぐぅ! 無理なもんは無理じゃ……!」

女「返さないとこのまま締め落とすわよ」

神娘「だから無理なんじゃって! チュウ助が管理しておるがゆえに! チュウ助はきっちりしておるがゆえに!」

女「チュウ助くん?」

神娘「もう神社の修繕に使ってしまったそうじゃ」

女「ちくしょー!」ギュゥゥッ!

神娘「締めすぎぎぎぎっ!」


 ピンポーン!


女「またお客?」

神娘「ぁ……ぁ……」ピクピク

女「ちょっと待ってなさい。戻ったら続きね」

神娘(助かった……一時的に)


 ピンポンピンポーン!


女「はいはーい」


 ガチャ


?「ちっす。神だよー。お邪魔しに来てやったっち。よろしく!」

女「…………」

女「は?」

つづく

よし、つづけ


少女?「ではではお部屋探検隊ー!」

女「ちょぉっと待ったぁ!」

少女?「あれれー身体が宙にていくおふー」

女「何よあんた」

少女?「え? 言ったし。ついさっき言ったし。めっちゃ言ったし」

女「神?」

少女?「当たりし」


女「神、ねえ……」

少女?「お? のっとびりーびん?」

女「いや信じる信じないじゃなくて。もしかして今日はそういう日なのかなって」

少女?「そゆ日?」

女「神様大集合的な」

少女?「んんー?」

女「もしくは変人大集合的な」

少女?「んんんー?」


少女?「ま、とにかく下ろしてよーお邪魔させやがれよー」

女「そんなこと言ったって」

神娘「こぶ茶おかわりくれーってああああああーッ!?」

女「えっ?」

少女?「うにゅぴらああああーッ!?」

女「ええっ?」

神娘「おぬし、痴呆小娘!」

少女?「ばっちゃんわらしじゃん!」

女(…………知り合い?)


……

部屋


女「お待たせ」

神娘「……何をしておったんじゃ?」

女「会社に休みの連絡をね。なんか本格的に……なんというかこんな状況だし」

神娘「ふむ」

女「それより決着ついた?」

神娘「まだじゃ……っ」

少女?「にゅぅぅ……っ」

女「天井の染み数え勝負ってそれどうなったら勝ちなのよ」

神娘「決めてない」

女「あ、そう……」


神娘「勝った」

少女?「負け、た……」

女(かなりわけ分かんない……)

少女?「んみ、でもまだまだ! 三回勝負だし!」

神娘「ぬ!? いつの間に!?」

少女?「今決めた!」

神娘「なら仕方ない!」

女「えぇ……。ってそうじゃなくて。ちょっと聞いてよ二人とも」

神娘「なんじゃ?」

少女?「なにー?」


女「いろいろ聞きたいことはあるけどまず。これ、何?」

少女?「ものっそい指さしコレ呼ばわりー」

神娘「忘却神じゃ」

女「忘却神?」

忘却神「そだようん」

神娘「忘却に関するあれこれを司る神じゃ。またの名を痴呆小娘」

忘却神「ババアうっさいよー」

神娘「なんじゃと!」

忘却神「やらいでか!」

女「はいそこまで」


女「その忘却神がなんでわたしのところに来たのよ」

忘却神「呼ばれたから」

女「……またそれ?」

忘却神「それ以外じゃ出てこないよー出てきたくなかたよー」

女「ええと、ってことはつまり……」

     ・
     ・
     ・


数日前 夜


女「この神社通ると近道なのよね」

女「うーさむさむ。早く帰って寝よ」

女「……そういえばここってなにか由来があるのかしら」

女「なんか書いてあるけど読めないなあ……」

女「まあいいやよく眠れますように、と」

女「さてじゃあかーえろ」


     ・
     ・
     ・

神娘「さてはおぬし神社好きか。まにあという奴か」

女「違うわ偶然よ」

忘却神「何やらめちゃくちゃ意味なく呼び出されたヨカンー」

女「そう思うなら帰ってよ」

忘却神「無理。仕事しないと帰らんない」

女「えー……」


神娘「仕事ならわしが先じゃぞ。だってわしが先じゃったし」

忘却神「わらわの方が偉いからわらわが先だよー」

女「わらわ……?」

神娘「同格じゃろうが! 勝手に昇進するでない! ずるいぞ!」

忘却神「ずるくないとやってけないもーん。やむなしだもーん。もんもんもーん」

神娘「くうぅ! この不適切! 神でなし! ずるべた腐りみかん!」

忘却神「みかんはおいしいよ! 食べたい!」

神娘「わしもじゃ!」

忘却神「ちょーだい」・神娘「よこせ」

女「え? ないわよ」

神娘「終わりじゃー! この世の日暮れじゃー!」

忘却神「ちくしょーらぐなろくかみん! あるまげどんかみん!」

女「黙れ」


 ゴン!


女「つまり。なくし物の神様と忘却の神様がここにいるってことは、わたしはなくし物忘れ物のことで困ってるわけね」

神娘・忘却神「はい……」

女「自覚はないけど。でもそれを解決したら帰ってくれると。ていうか解決しないと帰れないと」

神娘「そうじゃ……」

忘却神「そです……」

女「はあ。にわかには信じがたい話だけどね。まあ信じるわ」

神娘「それは感謝する」

女「分かったわよ、付き合ったげる。でも少しだけだからね」

忘却神「ありがとなんしょ!」

女「さっさと解決してちょうだいよ。はい氷水。こぶ冷やしときなさい」

神娘「ひゃっ!」

忘却神「ちべた!」

つづく


女「で。どうするの?」

神娘「まずは順番を決めねばならん」

女「順番?」

忘却神「わらわが先だよ」

神娘「わしじゃたわけが!」

女「またぁ……?」

神娘「ちょっと待っておれ、すぐにこやつを始末してじゃな」

忘却神「お? やっちゃう感じ? 腕力が物をいう感じ? いわせちゃうよ大音声だよ」

女「やめてよ神様のくせにみっともない」

神娘「そうだぞ痴呆」

忘却神「醜いぞオババー」

女「はあ……」


女「じゃあ適当にじゃんけんしてよ」

神娘「神がそのような下品な真似は出来ん」

忘却神「おバカにしてんのかー」

女「変なところだけ誇り高い?のね」

神娘「しかしこのままでは埒があかん」

忘却神「どうするのん?」

神様「じゃんけんじゃ」

女「誇りはどうしたのよ!」


神娘「慌てるな首絞め女」

忘却神「そうだそうだ横暴娘ー」

女「なんか矛先変わってる……」

神娘「わしら自らそのようなことをするわけにはいかんが、代役を立てることはできる」

女「チュウ助くんのこと?」

神娘「そういうことじゃ」

女「忘却ちゃんは?」

忘却神「のーぷろぶれっ! かもんピー太郎!」


     バサバサバサ……


女「……インコ?」

忘却神「せきせいせいいんこのピー太郎だよ! わらわの神社の神主!」

女(動物神主って流行ってるのかしら……)


神娘「ではいざ! じゃーんけーん」

忘却神「ぴょん!」

女「……どっちが勝ったの?」

神娘「チュウ助じゃ」忘却神「ピー太郎だよ」

女「いい加減にしてよ!」


忘却神「また叩いたー!」

神娘「だって! だって畜生どもは何出してるかわからんし!」

女「もういい! わたしが決める! なくしちゃんが先で次が忘れちゃん!」

神娘「おお!」

忘却神「わらわが後!?」

女「何かっ!?」

忘却神「なんでもないであります!」


神娘「では早速」

女「早くね」

神娘「問題ない。なくし物を呼びつけるだけじゃ瞬きする間に終わる」

女「分かった」

神娘「……むん!」

女「……」

神娘「……」

女「……」

神娘「……」

女「……ねえ」

神娘「…………」

女「ねえってば」

神娘「……出てこない」

女「はあ!?」


女「ちょっと待ってよどういうこと!?」

神娘「わ、わからぬ。でも謝るからせめてあんまり痛くない程度に……!」

女「てい」

神娘「あうっ」

女「……まったく」

忘却神「次はわらわだよ! ざまみろばっちゃん!」

女「……早くね」

忘却神「おっけー。ちょいな!」

女「……」

忘却神「駄目だった。あははははは!」


女「……」

忘却神「ははは、は……」

女「……」

忘却神「わらわが悪うごじゃんした」

女「てい」

忘却神「うぐふ」

女「…………。はあ」

つづく



また一筋縄ではいかない感じね


……

神娘「行け、チュウ助」

忘却神「ごー、ピー太郎ごー!」

女「……何したの?」

神娘「チュウ助を調査に行かせた」

忘却神「ピー太郎も同じく!」

女「調査?」

神娘「ぬしのなくし物についてに決まっておろう」

忘却神「忘れ事についてに決まっておろうー」

女「なるほど」


女「じゃあわたしたちはどうするの?」

神娘「うむ、それなんじゃが」

女「うん」

神娘「わからん」

女「え」

神娘「どうしよう」


神娘「いたいいたいひゃめろつねるなつねらないでっ!」

女「期待したわたしが馬鹿だったけど! それでもないわという気持ちを込めて!」

忘却神「あわわ……」

神娘「きゅう……」ドサリ

女「ふー……ふー……っ」

忘却神「に、逃げなきゃ……」

女「忘れちゃん」

忘却神「はひ!」

女「どこいくの?」

忘却神「いえ! 別に!」

女「正直に言ってごらん」

忘却神「……さしあたっては悪鬼のいないところにしよかななんて」

女「そう……」

忘却神「ひいい……!」


女「いやそういうのいいから。もう落ち着いたから。ちょっと相談しましょ」

忘却神「はい……」

女「で、どういうことなの? 結局わたしは困ってないってこと?」

忘却神「それはのーだよ」

女「ノーなの?」

忘却神「なの。だってわらわたち困っている人の前にしか現れないし」

女「?」

忘却神「ていうかそういう人の前にしか現れることはできないし」

女「……そういうもん?」

忘却神「そゆもん」


女「じゃあなんであんたたちに解決できなかったのよ。神様でしょ?」

忘却神「神はできることは絶対にできるけどできないことは絶対できないよー」

女「じゃあどういうこと?」

忘却神「何かしこたまびっぐな理由があるんじゃねとは思うけど」

女「そもそもわたしのなくし物忘れ事って何?」

忘却神「見えない」

女「見えない?」

忘却神「なんで見えないんだろ。いつもはぼんやりとなら見えるのに」

女「そうなの?」

忘却神「ナイチチのくせして胸の内の防御が厚い」

女「てや」

忘却神「あぶ!」


女「失礼な着やせしてるだけだって」

神娘「しかしわしも見通すことはできん。どうなっとるんじゃ?」

女「起きたの?」

神娘「ほっぺがひりひりするがおおむね問題ない。それよりその不可視のせいでどうするべきかも見えにくい」

女「それでわからない、どうしよう、と」

神娘「そうじゃ。せめて手がかりでもあれば別なんじゃが」

女「手がかり」

神娘「おぬしに自覚がないだけでおぬしの困りごとじゃ。思い出そうとすれば心当たりはあるはずなんじゃが」

女「うーん」

神娘「ちょっと思考の海に潜ってきてくれんか。わしらを助けると思って」

女「いいけど助ける助けられるが逆よね」

神娘「頼む」

女「分かったって」

つづく

乙乙

おお、続きか


女(なくし物、忘れ事……)

女(っても本当に心当たりないんだけどなあ)

女(忘れ事は忘れちゃってるから難しい……とすればなくし物の方を攻めるべきかしら)

女「何か失くしたもの。最近から挙げてくと」

女(お土産に上司からもらった妙な文鎮? いやあれはもともと捨てる機会探してたし)

女(事務用のはさみ……はなくなっても代わりがいくらでもあるから困らないし)

女(学生の頃の肌のハリ……はなんか違う上にまだまだいけるし)

女「でもなんだか意外となくしてるわね。メモでも取らないとちょっと面倒くさいわ」

女「……ん?」

神娘「?」

女「あれ? あ、そっか」

神娘「どうした」


女「あ、いや、ボールペンをなくしたのを忘れてたのよ」

神娘「ぼーるぺん?」

女「多機能タイプの高いやつでね、シャーペンボールペン一体型。愛用してたんだけどそういえば最近見当たらないのよね」

神娘「困っておるのか?」

女「微妙。なくても職場では別のペン使ってるしこっちではたまにメモ取るときにしか使わないし」

神娘「ならばそれではない。わしらが出張るのはほとんどの場合本人がそれなり以上に困っておるときじゃ」

女「うーん……」

忘却神「忘れ事はー?」

女「あ、起きたの。そっちはさっぱりよ」

忘却神「うー。ちくしょー感まっくすまっくす」


 ……Prrr!


女「ん?」

神娘「なんじゃ?」

女「んー……」

忘却神「? どしたの」

女「あ、いやちょっとね。全然知らない番号から」

神娘「ふむ?」

女「そういえば一昨日だったかも同じ番号からきてたのよね。なんだか怖いから出る気になれなくて。ちょうどいいから着拒しとこ」

忘却神「あ! わらわもそれやりたい! 指でシュッってやってみたい! シュッて!」

女「はいはい」

神娘「がきんちょじゃのう」

女「……あんたもやる?」

神娘「やる」

女(がきんちょめ)


神娘「お? おおチュウ助、戻ったか」

忘却神「おかーりピー太郎!」

神娘「だがしばし待て。今このげーむあぷりがアツいのじゃ」

忘却神「同じくごめんち!」

神娘「……あだぁっ!」

忘却神「いったぁっ!」

神娘「ぐす……チュウ助よなぜ噛んだ? 今までそんなこと(あんまり)無かったろうが」

忘却神「うううピー太郎……わらわのこと嫌いになったの?」

神娘「泣きまねはいいからさっさと来い? 違うわ! 激痛じゃったし! でも泣いてなぞおらんし!」

忘却神「好きだったことはない? ひどいよピー太郎! わらわだって前からずっと大嫌いだったのに!」

神娘「いた! いたた! わかった行くから! 行くから!」

忘却神「目は! 目はよしてお願いピー太郎!」

女「トイレから戻ったらなんかひどいことになってる……」

……

バスの中


女「で。人をいきなり連れ出してどこ行こうってのよ」

神娘「チュウ助がなくし物のにおいの端を探り当てたらしい。それを追うんじゃ」

忘却神「ピー太郎の方は忘れ事の痕跡を見つけたんだって」

女「ふうん? でもなんでバス?」

神娘「そこは知らんがチュウ助たちが乗れと言うからの」

女「……まあいっか。どうせ暇だったし」

忘却神「あ! あれは何ほわっとー?」

神娘「ふん、つまらぬことに騒ぎおって。あれはでかい亀じゃ」

忘却神「でかー!」

女「サッカー場よ」

神娘「さっかー・じょーという名の亀じゃ」

忘却神「すごー!」

女「違うってば」


忘却神「んじゃあれは?」

神娘「あれはじゃな――」

女(神様っていっても見た目通り無邪気なもんね。ほほえましいくらい)

女(わたしも学生時代はあんなところもあったのかしら)

女(覚えてないけど、きっとそうだったんでしょうね)

女(あんな風にいがみ合う悪友がいたりなんかしてさ)


 『あなたには、負けない』


女「……あれ?」


女「……」

女(今……何か思い出しかけたような?)

女(何だったかしら)

神娘「のうのう」

女「ん?」

神娘「あそこの男が飴をやるからついてこいという。行っていい?」

忘却神「行きたいー!」

女「駄目」


神娘「のうのう、なんであの男は連れていかれたんじゃ?」

忘却神「飴ー食べたかったのにー」

女「悪は滅びるもんなのよ、気にしなくていいわ。それよりそろそろ終点だけど?」

神娘「ぬ。チュウ助いわくそこで降りるべしとのこと」

忘却神「ピー太郎も同じだって。ねえ飴ー」

女「後で買ってあげるから」

忘却神「やたー!」

女「分かりやすくがきんちょね」

神娘「余ったらもらってやってもよいぞ」ソワソワ

女「がきんちょ部分はみ出てるわよ」


バス停


女「で? 降りたけど次は?」

忘却神「痕跡はあっちだってピー太郎が」

神娘「チュウ助? あっち? 同じ方向ではないか」

女「海沿い方面のバス? 乗り換えってことかしら」


     ・
     ・
     ・

つづく

ふむふむ


乗り継いで乗り継いで 夕方


女「ねえ、まだ歩くの?」

神娘「うむ」

女「最後のバス降りてからもう一時間ぐらいじゃない?」

神娘「そうじゃな」

女「忘れちゃん、疲れて眠っちゃったわよ。背負ってるわたしももう結構つらいんだけど」

神娘「ふうむ。ん? どうしたチュウ助。もうすぐ到着?」

女「え?」

神娘「ということはあれじゃな」

女「あれって……」


埋立処分地


女「うわあ。なんていうか……すごい」

神娘「ふーむ」

女「ここにあるの?」

神娘「なくし物のことならそのようじゃ。よし、ここから入れるぞ」

女「大丈夫かしら」

神娘「問題ない。神が何をはばかることがあろう」

女「空気的にはばかった方がいいこともあるもんよ」

神娘「早く来い」

女「はいはい」


神娘「こっちじゃな」

女「でもさあ、流れ的に大体想像がつくんだけど」

神娘「何がじゃ?」

女「埋立処分地にあるものってやっぱりゴミじゃない?」

神娘「ふむ?」

女「……わたしのなくし物って、ゴミ?」

神娘「それはわからん。しかし」

女「しかし?」

神娘「ごみにしか見えないものをこよなく愛する女も過去にはいた」

女「そ、そう」

神娘「そういえばおぬしとよく似た目をした女じゃった」

女「どういう意味よ」


神娘「っと、着いたようじゃが」

女「どこにあるの?」

神娘「……これか?」ヒョイ

女「あれ。これって……」

神娘「ぼーるぺんじゃな。ぽっきりいっとるが」


女「えー! ちょっと待ってよ。一日中連れまわされた挙句なくし物はこんなゴミだったってオチ!?」

神娘「ごみというな」

女「どういうことよボールペンは違うって言ってたじゃない」

神娘「困ってないなら、そうだといった」

女「ボールペン一つなくなったぐらいで困る奴なんかいないわよ」

神娘「本当にそうか?」

女「当たり前でしょ!」

神娘「わしらを呼び出すほどの痛みをその胸に抱えておるのにか!?」

女「……え?」


神娘「わしらの存在意義は困っておる人間を助けることじゃ。その意味をもう一度しっかり考えてみるんじゃな」

女「……な、なによ。わけわかんないこと言って。ごまかそうとしてるんでしょ。騙されないわよ」

神娘「……」

女「ったくもう、こんなとこまで付き合わされて。帰りどうすればいいのよ。ってスマホがないじゃない!」

忘却神「ふわぁあ……」

女「どこで落としたんだろ……バスに乗ってる時にはあったから。あーもうー!」

忘却神「ねえねえ」

女「なによ!」

忘却神「暴力娘の意識に潜ってたらいいもの見つけたよ」

女「は?」

忘却神「いいからいいから。とにかく記憶の彼方に行っといで」


 ――ポウ


……

「ちょっといい?」

  「あんたからわたしに用事なんて珍しいじゃない。なに? ついに負けを認める気になった?」

「あなたに負けることなんてありえない。別の用事だよ」

  「別?」

「はい、これ」

  「……何よ?」

「開けてみればわかる。勉強でわたしに劣るあなたへのちょっとした手助けね」

  「敵に塩を送るってやつ?」

「どうせ叩き潰すとはいえいい勝負ができないとあなたがかわいそう」

  「言ってくれるじゃない。大事ーにするわよ」

「壊したら軽蔑するからね」

……


女「……あ」

忘却神「思い出した?」

女「うん……高校の頃、何かと張り合ってる子がいたの」

女「勉強とか、部活とか、料理とか……恋愛とか」

女「大っ嫌いだったけど、不思議と縁が切れることはなかった」

女「いないと物足りないこともあった」

女「このボールペン、その子がくれたの」

女「……なんで忘れてたんだろ」


女「その子とは高三のときに大喧嘩してそれからずっと口利いてないの」

神娘「何かあったのか?」

女「ある男子を二人して狙ってたんだけど、それがこじれちゃってね」

忘却神「んー?」

女「わたし、その男子に逆に告白されちゃったのね」

女「当然あの子は平静ではいられないしわたしに怒らずにはいられなかった」

女「結局わたしはその男子とはうまくいかなかったんだけど、それでもしこりは残った」

女「……元気かな、あの子」


女「本当、なんで忘れてたんだろう。わたしにはどうでもいいことだったのかな。忘れても構わないことだったのかな……」

神娘「今回不可解なことが一つあった」

女「え?」

神娘「なぜわしがなくし物を呼び出すことができなかったのかということじゃ」

女「どういうこと?」

神娘「わしが呼ばれた以上なくし物はかならずどこかにある。しかし呼び出すことはできない」

神娘「その場合考えられることは多くない」

神娘「なくし物が物としての役目を終えている、つまり壊れている、しかし持ち主は強烈にそれを取り戻したいと思っている」

神娘「と、今回はこうじゃ」


女「……よくわからない」

神娘「簡単に言うとおぬしがそのぼーるぺん、ひいてはその思い出をとても大切にしとったということじゃよ」

女「でも」

忘却神「わらわもひとーつ!」

女「……?」

忘却神「わらわが出てきた以上同じく忘れ事は必ずあるっち。暴力女は全然忘れてないってこと」

忘却神「でも思い出せない。これはなぜかってーとわらわの今までの経験から理由は一つしかない!」

女「それは?」

忘却神「思い出したくないと強烈に暗示がかかってるから」


 『あんたなんか大嫌い! 死んじゃえ!』


神娘「忘れるには、そして捨てるには大事すぎたということじゃな」

忘却神「それでいて向き合う勇気もなかった」

神娘「取り戻した今、何を思う?」

忘却神「何がしたい?」

女「何をって……」

女「……」

女「ボールペンは壊れたわ。あの子とはもうつながりがない。このままゆっくりと風化していくんじゃないかしら」

神娘「はああぁぁぁ……」

忘却神「ふへぇぇぇ……」

女「ムカつくため息ね」


神娘「仕方ないのう。ほれ、なくし物二号じゃ」

女「あ、スマホ」

忘却神「こちからももひとつ忘れ事だよー」ポウ

女「あ……」


 『十年後に連絡とろうと思う。あなたがどう落ちぶれるのか見届ける。ちゃんと電話に出るように』

   『……電話番号変えるなってこと?』


女「……。あの知らない番号……!」


 Prrr...


「もしもし」

女「あ……もしもし。あの、その」

「遅い」

女「……ごめん」

「わたしは五回電話した」

女「ご、ごめん」

「途中から着拒だった。正直泣いた」

女「悪かった! 悪かったから!」

「元気だった?」

女「……うん!」


 それから長い話をした。
 ゴミの散らばる暗がりで、わたしは腿をつねっていた。
 押し寄せる感情に、そうしなければ何かを抑えられそうになかったから。


「それじゃあ」

女「……うん。おやすみ」


 ――プツ


女「……」

女「なくしちゃん忘れちゃん……その、あのね」

女「あれ?」

女「……いない」


……

神娘「ふはぁ今回もなんとか片付いたのう」

忘却神「さすがはわらわのすご敏腕」

神娘「ぬかせ、なくし物の助けがなくば記憶を取り出すことなどできなかったろうが」

忘却神「それ言ったら忘れ事の力がなければ最終的な解決もなかたよー」

神娘「ぬう……まあ今回はどろーといったところかの」

忘却神「次はわらわが総取りするからね! そしたらはいつくばって『忘れちゃんサイコー!』って叫ぶよーに」

神娘「わしに勝つのは無理じゃ。諦めて仕事変えろ。正直なくし物と忘れ事はかぶる部分が大きすぎるんじゃ」

忘却神「そっちが変えろよー」

……


女「はあ、暗いわねえ。道がほとんど見えないわ」

女「なくしちゃんと忘れちゃん、先に帰っちゃうなんて酷すぎじゃない」

女「……お礼もしたかったのに」

女「あー! それに明日も仕事じゃない! 早く帰んないとやっば!」

女「早くタクシー拾わないと……」

女「……お金ほとんどバス代でとんでたー!」


数日後


神娘「んむ……なんじゃチュウ助……また仕事か」

神娘「……」

神娘「あ、いや、なんだか普通に起こされるのは珍しいと思うてな」

神娘「何やらむくむくと嫌な予感が」

神娘「失礼な? おぬし自覚がないのか」

神娘「いいからこっちにこい?」

神娘「一体何が……」

神娘「!」


『なくしちゃんへ。ありがとうございました。飴ちゃん置いておきます』

おわりさんくす

続編うれしい
乙乙


続編きてたのか

よかったよかった
乙!

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