魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」 (832)


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魔王城 謁見の間


朝から玉座に座らされ、やたらと幅の広い肘掛に頬杖をついて ただ時間を費やしている
3段低い場所でかしずいている者を眺め見ると、慌てたそぶりで視線を地に落とした

魔王(俺は今、どんな顔をしているのだろうか)

数人ずつ、次々と謁見希望者が前に並べられ それぞれ口早に好きなことを好きなように述べあげていく


「魔王様、わが国で今年16を迎えたばかりの器量のよい娘が・・・」
「竜王の眼とよばれる奇跡の能力をもった我が姪こそ・・・」
「隣王国より親書をもって参りました、貴族の娘たちを集めた舞踏会への是非とも御招待を…」

魔王「……」



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1421211480


新王として、魔王の玉座に座するようになって2年
ほぼ毎日のように、謁見を求めるものはこのようなものばかり

成人の儀を終えたばかりの魔王に対し、政治的な交渉手段として捧げられる多くの娘たち
そのどれかを選べば、政治の流れも同時に選ばれる


臣下A「魔王様、そろそろどれか選んでみてはいかがです。よき伴侶、美しき娘を側に置いて子を作るのも この国の安泰のためには必要な……」

臣下B「いえいえ、なにもすぐに后を選べとはいいません。魔王様はまだ若いのですから。ですが国交易が捗らない事には、この国の行く末も……」

顔色を伺うように、どうにか俺の首を縦にふらせようとする臣下たちのやり取りも聞き飽きた

この世界にも、この国の行く末にも 興味などない
先の先王は賢く、強大な力を持ってこの国を支配してきた
その先王の急死により残された莫大な遺産はどう扱おうと手に余るものだった
鍛え上げ、練りこまれたその“力”ですらも 成人の儀…“継承の儀”によって引き継いでしまった


そう
俺は最初から 全てを与えられて王になった

望めば、望むものが手にはいる
できないことなどない
従わないものがいるとしても、それを屈服させることすら容易だった

だから 興味などない
いまさらとりたてて 欲しいと手を伸ばす必要もなかった
全てを手に入れてしまったあとは 何を欲しがればいいのかすらわからない

だから決まって 返事はひとつ


魔王「要らぬ」


誰もが隠した溜息は、折り重なって 謁見室に重く沈んだ空気をつくりだした


亜寒帯地方に絶対的な支配力を持つ 強大な独裁政治王国、『魔国』
その王位正当継承者…… 『魔王』

そいつは世界にも 権力にも 金にも女にも 何に対しても興味を持てなかった


「やはり、『無欲の魔王』には何を差し出しても無駄なのか…」

誰かの小さな呟きに顔を上げる
数人、慌てて顔を逸らしていた
きっとあの呟きに同意をした者が、悟られまいとしているのだろう

だが無意味だ。そう呼ばれてもなんの感慨すら浮かばないのだから


そう。俺は『無欲の魔王』と呼ばれるほどに
この世界の何もかも「関心の持てない面倒事にすぎない」と、思っていた


・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

まったり更新していきます 
一回毎の投下量が少なくなると思いますが勘弁してください

途中で一部に、多少の残虐な描写がはいる可能性があります
ご了承ください

期待

乙です
激しく期待


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謁見の間で、例の呟きが聞こえた後
重苦しい雰囲気が張り詰めていた

興味など何ひとつ持たなかったが きっと俺はひどい顔をしていたのだろう
その翌日である今朝 ひきつったような笑顔で臣下から助言があった

臣下B「魔王様。連日の謁見で少々お疲れでしょう…。 今日は謁見希望者も少ない見込みですので、どうぞ休息などお取りください」

「要らぬ」という言葉を掛けられるとでも思ったのか、臣下はそういうやいなや礼をして部屋を出ていった

休息。何をしていいものやらわからないまま、俺は身支度が終わると城を出て敷地内のとある森に足を伸ばした

そこを選んだのに、特別な理由などない
あるとすれば、自然に人気の少なそうな場所を選んでいたというだけ


森を歩いていると、少女の姿をみつけた

魔王(この森に、人間… それも少女が?)

少女は手付かずで自然のままに咲き誇る花々を摘み集めているようだった
俺がいることにも気づかず、油断しきった背を向けてせわしなく花を探しては摘んでいる


魔王「……何者だ。誰の許可を得てこの森に立ち入っている」

少女「!」ビクッ

魔王「話せ」

少女「えっと…あの。花を、あつめていました」

魔王「集めて、どうする」

少女「その… 売るんです」

魔王「……」


花売りか。身なりからして貧しい子供…
確かにこの森の中でならば多くの花を摘むことも出来るし、他の花売りと場所を競い合うこともないだろう

だが

魔王「この森は俺の森だ。花とはいえ、勝手に持ち出すのを見逃すことも出来ぬ」

少女「……あ… ごめん、なさい」

魔王「……」

少女「……」

少女は目を閉じて、手を両脇に垂らしたままぎゅっと握って棒立ちになった

魔王「どうした」

少女「……え。 あの… 叩かないの…?」

魔王「なんと?」

少女「あの、その。花を盗ったから…」


少女は緊張した様子で、身体を強張らせていた
口調が時々崩れそうになるのを なるべく丁寧に言い換えようとしている様子も見て取れる

こういった様子は見慣れているのでよくわかる
つまりこの少女は 怯えながらも、俺の機嫌を損ねぬように気を張っているのだろう
誰も彼も、よくもまあそんなつまらぬことを気にするものだ


魔王「…持ち帰ったわけではないし、知らなかったのだろう。知っていて、なお持ち帰りたいならば それなりの事を覚悟する必要はあるかも知れぬが」

少女「……持ち帰りたい、です」

魔王「そうか。ならばその覚悟も頷ける」

少女「でも私は、まだ15で…」

魔王「……?」

少女「あと1年たたねば、身体も売れぬ年齢なのだと聞いています」

魔王「………」


少女「叩くだけでは足りないなら あと1年まって欲しいです」

魔王「1年待つと、どうなる」

少女「身体で代価をお支払いできるようになります」

魔王「馬鹿な」

少女「え?」

魔王「支払う金がないのはわかる。だが幼いうちは叩かれて許しを乞い、育てば身体で支払うと? 親にそう言われているのか」

少女「私に親はいないの。えっと… 孤児、っていうんです」

魔王「そうであったか。では、誰にそのような生き方を習った」

少女「……町にいる、駐在軍の人に 教えてもらいました」

魔王「なんだと?」

少女「そうして日銭を稼ぐのです」


魔王「……その金、たいした額にはならないだろう。何を買う」

少女「はい。駐在軍の方からパンをいただくかわりに、その日に稼いだ銭を渡すのです」

魔王「な。 ……お前は、配給品を買っているのか?」

少女「ハイキューヒン…? パンのこと…ですか?」

魔王「………」


首をかしげて魔王の言葉を待つ少女

魔王は国のことに興味はないとは言え 仮にも王の座にある
ともすれば周辺諸国の話も 嫌でも聞かされている
あいまいな記憶をたどり 町の情報を思いだす

人間の町は確かにすぐそばにひとつある
魔国の領地に一番近く、常に警戒の張られている… 貧しく物々しい町だったはずだ
おそらくこの少女、そこの町から来ているのだろう


魔王(軍の配給品は、王国が農耕をろくに行えない辺境の地に無償で届けていたはず。物は届くが、目は届いていないということか)

自分自身、自国の内情になど目を向けていないのだからそれを責める気にはならない
荒れ果てた土地で、どうにか私腹を肥やしストレスを吐きたい軍の人間の心理も理解できる

だから魔王は、そんな“悲惨な状況を危惧する”ことはしなかった
ただ、目の前の少女にはどこか気をとられる気がした


魔王(生きたくとも、賢く生きる方法をしらない少女…か)


生きることの価値を見出せない魔王にとって
それは同類するものなのか、相反するものなのか

そんな疑問がうっすらと浮かび上がるころには
魔王は既に『自分の役割として自分の敷地内を守る意義』など、どうでもよくなっていた

もとより最初から興味があったわけではない
そうするべきだと言われて、していたことにすぎない… この少女と、同じように




少女「あ、あの…?」

魔王「ああ、よい。花にも、お前を罰することにも、特に興味はないからな」

少女「え?」

魔王「見逃しておこう」

少女「あ」


俺はそういって、そのまま少女の横を素通りして歩き出した
背後に視線を感じたが、気にもとめずにそのまま立ち去る

その日は、ただなんとなく森を歩き続けてから城に帰った
1日かけて うすぼんやりと心に浮かんだままの自分の疑問を洗い出そうとしてみたが、結局なんの収穫もないまま夜になり、寝所へはいった

魔王(……ふむ。何にも興味はないと思っていたが、まだ自分自身の感情くらいは気になっているものなのかもな)

そんな結論が出たことで、魔王は久しぶりにほんの少しの満足感を得て眠りについた
夢は、見なかった


・・・・・・・
・・・・・
・・・

良SSの予感

中断します
マイペースにやらせてもらいますね

>>6->>12 thx!



続き待ってる

乙です

レスの範囲指定は>>6-12やで


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翌日

朝、少し早く目が覚めた
昨夜味わったほんのすこしの満足感。その余韻が残っていたのだろうか
何気なく、朝食をとる前に軽く敷地内を歩いてみる気になった

魔王(とはいえ、やはり人のいる場所は億劫だ)

何気なく城の裏手へ回る
すると小さな石造りの倉庫前で、2人の警備兵が話しこんでいるのが見えた。早朝訓練の後片付けだろう

魔王(…見つかると大仰な挨拶の後、下手すると食堂まで警護されるな。戻るか)

クルリ、と踵を返したときだった


新人警備兵「魔王様って、やっぱ怖いっすね」


ガタガタと槍を束ねながら、警備兵の一人がそう話すのが聞こえた
だれにどう思われようと興味はない。そのまま2歩ほど足を進めてから、ふと立ち止まった


魔王(……そうだ。自分自身には興味があるのかもしれないと、昨日気づいたばかりではないか)

興味があるのかもしれない
それならば、それを確かめてみるのは悪くない。うまくいけば昨夜のように満足感を得られるかもしれない

そのまま気づかれぬように耳を澄ませてみた


新人警備兵「謁見室で魔王様が焦点を合わせて人を見る所、初めて見たんすよ」

警備兵「俺だって、あの魔王様が誰かを探して睨むようなのは初めてだけどな」

新人警備兵「あの態度で、無言・無表情のまま ゆっくりと視線をあげて…うぅ、思い出しただけでブルっとするっす」


警備兵「まぁ、何を考えてるかわからない御方だしな。それだけに威圧感があるよな」

新人警備兵「それっすよ! なんかあの魔王様は、視線をあげるのも 客を殺すのも 同じ態度でいきなりヤりそうな末恐ろしさがあるっす!」

警備兵「はは、んなことはいくら魔王様でも……………っ」

新人警備兵「………先輩、今 あっさり想像できちゃったでしょ」

警備兵「し、仕方ねぇだろ! 先王様と同じ能力を持っていて、しかも本当に何考えてるかわかんねぇんだ。怒ってても行動されるまでわかんねぇよ、絶対…」

新人警備兵「そうっすよねー。まあ、自分のところの王様なんで頼もしいっすけどね」アハハ

警備兵「まぁ、来客に対して親しみやすい『魔王様』なんてハクもつかねぇしな」ハハ


魔王(…………で?)


興味を持てるかもしれないと思ったが、勘違いだったようだ
結局、謁見室で過ごした後と同じように溜息をひとつ残し、そのまま立ち去る


朝食を終え、謁見室の玉座につくと 周囲には普段以上に緊張した空気が漂っていた
あの警備兵と同じく、周囲は一昨日の空気をまだ引きずっているようだった


魔王(なかば無理やりに俺に1日の休息を取らせておいて、自分たちが気分転換できていないとは)

魔王(…仕方ないか。あの警備兵達が言っていた通りなのだとしたら、気づかぬ内に威圧的なことをしたようだしな)


これまでは謁見の間、魔王は大抵 頬杖をついて何もない空間をぼんやりと見つめていた
飽きると足を組み、意味もなく靴先を眺めたりする程度しか反応しない

横柄な態度であることは自覚していたが
自分がどう見られるかにすら興味が持てない魔王にとってはどうでもよかったのだ
普段は、謁見者が通され挨拶の口上を述べあげても その格好のまま無言で小さく頷く程度だったのだが…


魔王(何もしないがゆえ、些細なことをするだけで注目されてしまう、か。……困るほどのこともないが、愉快でもないな)

魔王(なにより、いちいち このように過剰反応されるようだと後々が面倒そうな…)


自分は今、関心や興味を払っているのだろうか。それともその“振り”をしているのだろうか
その疑問が脳裏をよぎった時、昨日と同じ感覚を思い出した


魔王(つまり、俺自身が自分をどう思うのかには興味があるようだ)


せっかく立ち止まってまで聞いた話だ。少しは役立ててみるのもいいかもしれない
これから少し反応を返してみよう。それで余計な面倒事が減れば僥倖、変わらぬなら止めればいいだけの話…

そんな結論を出すためだけに、随分と時間を消費していたらしい


「……というのも、身内ながら聡明な娘でして。今日は是非とも魔王様のお知恵に触れさせていただきたいとつれてまいりました…。どうぞ娘にも、謁見のご許可を」

気がつけば既に、臣下は今日の1組目の謁見希望者を入室させていた
その男は挨拶の口上を終え、謁見理由を既に述べていたようだ。今は要望を出し、控えて魔王の反応を待っている


臣下たちはいつも通り、僅かな魔王の反応を見逃すまいと 沈黙して両隣に立つのみ
魔王はさっそく自分の出した結論に従って見ることにした

といっても、突然に言葉など出てくる訳もなく…


魔王「ああ」


なるべく穏やかな表情で視線を投げかけ、そう一言呟くだけで終わった
だが謁見室にいる全員の心をざわめかせるには充分だったようだ


臣下B(魔王様が、返答なさるとは。これはもしや ついに興味を持たれたか…)

臣下A(初めての好反応! ええいこの者、期待に沿うだけの娘とやらを連れてこいよ…!!)

男「は…ははっ!! え、謁見の許可を頂き……畏れ多くも、魔王様のお目に触れることができ、娘も光栄と存じまする…!!」


男が立ち上がり、興奮してうわずった声で 従者に娘を連れてはいるよう指示をする
それと同時に他の謁見希望者などからざわめきが立ち上り、一瞬で室内は期待と動揺に包まれた


臣下B「鎮まれ! 魔王様の御前なるぞ!」

声を荒げて鎮静を図る臣下Bこそ、興奮の色を隠せていない

「お待たせしました!」という誇らしげな男の一声
そのすぐ後に連れられてきた娘に誰もが注視したその瞬間、ようやく場の雰囲気が収まり、皆が一斉に息を飲んだ


魔王(なるほど、美しい)


魔王の前まで優雅に歩み寄り、ゆったりと辞儀をする令嬢
長くしなやかに、腰まで伸びた金糸のような頭髪がスルリと落ちる

次いで、控えめだが充分に練られたと思われる感謝の言葉を述べあげる
落ち着いた、清涼な川の流れをおもわせるような声

実際、ある者は水をかぶったかのように興奮を収めていたし、また別のある者はすっかり心溺れて魅了されていたようだった


謁見室内の雰囲気に気をよくしたのか、娘を連れてきた男は上機嫌で語りだす


男「この娘、記憶力にとても優れておりまして…」

魔王(ほう)

男「一度読んだ話などを、ずっと覚えていられるのです。それも大量に」

魔王「それは見事だ。では何か話してみるがよい」


控えて頭を下げたままの令嬢に声をかけたつもりだったが
横にいた男に口を挟まれるほうが早かった


男「いえいえ、魔王さま」

魔王「?」

男「せっかくならば、この娘の記憶力をしっかりとご覧頂きたいと存じます」

魔王「……ほう。つまりどうしたいのだ」

男「どうぞ、夜 お眠りになる際などにお呼びいただければ。眠る前に子守唄のように話をさせていただきましょう。この娘、朝まででも続けていられまするゆえ…」

魔王「…………」


しまりの悪い笑顔と、わざとらしく歯切れを悪くした言い回し
要するに、この聡明な才能を建前に 彼女を女として俺にあてがうつもりなのだろう


魔王「この娘、どこのものだ」

男「はい、私の4番目の娘でございます。身分ははっきりとしております。たとえ御寝所にいれたとしても不審な思いをなさることもございませぬ」

男「いかがでしょう、魔王様。是非一度、お試しください。もちろん気に入らなければそれまででよいのです」

キッパリとした、自信に満ちた口ぶりが気に入らなかった。実の娘を、政治工作に使うために女として取り扱うこの狸親父
その横で、凛とした美しさを保ちつつも どこか物憂げな視線で床の一点を見つめているだけの令嬢


魔王(娘も、哀れなものだな)


いかに美しく、どれほど聡明であろうと 令嬢そのものに興味はもてなかった
だが、この父親の元では宝の持ち腐れ。その有り余る稀有な才能は埋もれるだけであろうと考えると、同情をしてやってもいい気もする

だからといって興味の持てない俺の元に来ても、捨て置いてしまうのは明白
哀れんでこの令嬢を迎え入れたところで、結局はお飾り。喜ぶのはこの狸だけだ

令嬢には悪いが、結果 どうなろうとこの娘は報われぬのだ 
それならば、やはり……


魔王「要らぬ」


令嬢はそれまでとはうってかわって、青ざめ強張った表情をした
そんな娘を、今にも舌打ちをしそうな表情で睨みつけ 瞬時に顔を取り繕う男


男「そ、そうですか。これは大変差し出がましいことを致しまして……」

令嬢「………」



俺が反応したことで もしかしたら、という期待をさせてしまったらしい
その期待度が大きかった分 落胆も一層のようで、男は足をよろつかせながら退室していった

おそらくあの娘 帰ったら帰ったで『役に立たぬ、恥をかかせた』などとムチのひとつも打たれ不満をぶつけられるのであろう
そんな恐怖の見える、青ざめ方だった


魔王(俺の試みにつきあわせ、余計な負担を負わせてしまったか)


生まれた先を間違った、己を恨め
そしてその才能、埋もすことなく賢い生き道を探してほしい

せめてもの償いにと、立ち去る令嬢の後姿に そう心中で声をかけた
口に出してしまえば、また期待をさせてしまうだけ…欲しがるフリはできても、実際に欲しいとは思えないのだから


多くのものが与えられる
だが、そのどれをも選ぶ事が出来ない
下手に選ぶ真似をすれば、こうして無為に傷つけてしまうから

やはり、今の俺にできることはただひとつ。ただ一言呟くのが最善なのだ

『要らぬ』、と

断り続けることでしか 今、俺がこの王国を守ることは出来ない
様々なものを手に入れるのは 様々なものを管理することになる

全てを持つ事など、こんな俺に出来る訳がない… 『大事に守る』など出来ない
全てを譲り受けてなお、俺は先王とは違うのだ

それとも

俺にはまだ、何か足りない大切なものがあるのだろうか


中断。うまくいけば夜にもう一度投下します、細切れですみません

>>21 & >>23-26 thx!

>>24 
なんでまとめアンカー効かないんだろうなー、と思ってたら……orz
助かりました、ありがとう


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魔王は今 一人で森の中を歩いている

その後の謁見室の空気はひどいものだった
申請書を出してから随分長い期間を待ったであろう希望者が その謁見を取りやめて帰りたがるなど混乱もあり
その日はまた休息を取らされることになる程だったのだ


魔王(誰が泣こうと騒ごうと構わぬが…… 騒々しいのが落ち着かないのは確かだ)


一度は部屋に戻ったが、次々とご機嫌伺いに現れる臣下や侍従に いちいち要らぬといっているのは気が滅入ってきそうだった

だからしかたなく、魔王はまた森を歩いていたのだ


しばらく歩くうちに、森の中にある豊かな泉のほとりに行き着く
休息を取ろうと思った矢先、先日会った少女が対岸にいるのを見つけた


魔王(あの少女… また森の中に来ているのか)


何気なく足がそちらに向かう
向かいながら、何故 少女のほうに歩いているのか違和感を覚えた。確か、休息を取ろうとしていたはずなのに


魔王(とはいえ、ここは俺の敷地内。侵入者を確認し、追い払うのはもっともな行為だな)


当然過ぎる理由があったので、それ以上気にしなかった
湖畔に沿って歩くにつれ、はっきりと少女の姿を確認する事が出来た
少女は泉の傍で、水をくんでいた

魔王「……おい」

少女「!」ビクッ


少女「え、あ…。 えっと、このあいだの…」

魔王「やはり先日、花摘みをしていた子供か」

少女「はい」

魔王「今日は、何をしている」

少女「えっと… その。水を汲ませてもらってます」

魔王「言ったであろう。この森は魔王の森。水とはいえ、勝手に持ち出すのを見逃すことも出来ぬ」

少女「……では」

魔王「なんだ。また叩かれるとか1年待てとか言うつもりか」

少女「そうじゃなくて… 持ち出さないので、今ここで 少しだけ貰うことは出来ませんか」

魔王「……ならぬ」

少女「どうしてですか?」

魔王「この森にあるものは、全て魔王のものだからだ」


少女「……じゃあ」

頭を垂れて、無防備な姿をさらす少女
また瞳を閉じ、手を硬く握り締めている


魔王「なんのつもりだ。前にも言ったとおり、実行したわけではない以上 処罰に興味など…」

少女「でも、私はもうこの森にある空気を吸って生きているから」

魔王「何?」

少女「この森にあるものが全て、あなたのものなら 私はもうそれを勝手に使っています」

少女「なので、他に支払えるものもないので叩いてください。それで、空気をください」

魔王「……」


魔王「それは、とんちのつもりか」

少女「と… とんち??」


魔王「……水は、もういいのか」

少女「水は…欲しいです。でも、空気を吸う方が大事だし。空気の分を叩かれたら、痛いので…」

少女「その上、水を貰う分まで叩かれてしまったら、痛くて帰れなくなるかもしれないので。諦めます」

魔王「諦める……? 空気の分を叩け、というのは 水を譲らせるための口上ではないのか?」

少女「え? えっと… ごめんなさい。言葉が難しくて…どういう意味ですか?」

魔王「おまえは、賢いのか愚かなのか……」


少女「あの… 本当にお金はないんです。なので、代わりに…

魔王「叩きはせぬ」

言葉を遮ってまで返答をしたのは、あまりにくだらない問答の繰り返しを嫌ったからなのか
それとも『許しを得るために叩かれて当然』という少女の行動を嫌ったからなのか
そんな疑問が浮かび 言葉を閉ざした魔王と、支払い方法に悩む少女の間で しばしの沈黙が生まれた


少女「……わかりました。では、1年後に お支払いに来ます」

魔王「身体で、というつもりか」

少女「はい…。 それしか、私にはないので、それで許してもらうしか…」

今にも泣き出しそうなほどに困った様子で、懇願する視線で見上げてくる少女
どうやら本当に、空気を吸うだけでも支払いを済ませねばならぬと思っているらしかった


魔王「……ならば」

ペシ。

少女「ひゃ!?」

魔王「叩いてやった。そうしてやる義理はないが、これで空気を売り渡したことにしてやろう」

少女「…こんなに軽くでいいなんて。ありがとうございます」

魔王「感謝されるのはおかしい気がするな」

少女「いつもはもっと強く叩かれます。痛くないのは、嬉しいです」


あまりに愚かで、騙されていることに気がつかない少女
皮肉を言ったつもりが、心から深々とした礼を返されては居心地の悪いものだと思い知った

なので、皮肉を言った事を誤魔化すように少女の勘違いに付き合って見ることにした
ちょっとした気まぐれだ


魔王「おまえは強く叩かれるのか。 どのくらいだ」

少女「え、えっと… どのくらい…。あ、それは 4度ほどです」

魔王「回数ではなく、力加減を聞いている」


困ったように、少女は手をあごに当てて思案する
きっと強さを表現する事が出来ないのだろう


少女「こう…… 『びしっ!』っと…」


少女は悩み、彼女を打ち付ける者の真似をして見せた
その手首の動きに見覚えがあった。……馬をけしかける時の、ソレだ


魔王「おまえ、身体を見せてみろ」

少女「えっ! あ、あの、その!! まだ、身体でお支払いできる年ではないので、1年まってもらわないとっ…!!」アワワ

魔王「……そういった意図ではない」ハァ

少女「ふぇ!?」


強引に服をめくり上げる
案の定だった

青、赤、紫のおおきな腫れ物と 鞭によるミミズ腫れの線
その中には、そのミミズの中心が裂けて ひどく膿んでいる傷もあった


魔王「……これは。消毒もしていないのか」

少女「その。えっと… 綺麗な水はほとんどないし、町には水自体が少ないので、うまく洗い流せなくて…」

魔王「それでこの泉の水を使わせて欲しかった、と?」

少女「……」コクン


申し訳なさそうな表情のまま 黙ってうつむく少女
叱りつけられる子供の姿、そのままだった


少女「で、でも もう諦めます! 本当にごめんなs

魔王「水を使うことを許そう」

少女「え?」


少女「……えっと、でも。お支払いできるものは…。 あ、でもそっか。さっきの痛くなかったし、それなら今度は水の分をちゃんと…」


慌てたように、でも嬉しそうに頭を働かせる少女
叩かれて許しを乞い、金の代わりに身体で支払うなどと聞いたときはとんでもない育ちの娘だとあきれたが…
律儀に支払いを済まそうとしたり、勝手に盗る真似はしないという点でしっかりとした躾をされているとも言える

この少女からは、打算や野心どころか 一切の悪気も感じられなかった
そういう人間に会うことは 魔王にとって非常に新鮮に感じた


魔王「…今、俺はお前の身体を強引に見た。その代価として、金ではなく水を与えよう」

少女「……!! ありがとうっ!!」ニコ


少女は満面の笑顔でそう言うと、嬉しそうに水辺に駆け寄っていった
衣服をぬぎ、置いてあった粗末な木の器で水を汲み、小さく傷だらけの身体にかけた

傷口に染みるのか、ときどき 顔をしかめつつも 楽しげに水浴びをする少女
その姿を見ているうちに、今度はしっかりと自分の中に満足感があるのを感じた

その満足感を確かめる事に気をとられ、少女に何も言わぬまま立ち去る
立ち去る魔王を見つけた少女が声をかけたことにも、気づかなかった


魔王(……『与えよう』、か。与えられてばかりだったが、悪くないかもしれない)

魔王(こんな気分は心地いい。今度からは、望むものを与えてみるとしよう)


一人で歩く魔王は、自分自身では気づかない
他に誰もいない以上、誰もそれを魔王に教えることはできないが

魔王はその時
確かに、微笑を浮かべていた


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自室のバルコニーに設置されたテーブルセットで昼の満足感の余韻に浸っていると、コンコン、というノック音が響いた
視線だけそちらに向けたものの、立ち上がり招き入れる気にはならない。今はこのまま、この空気に浸っていたい

しばらくすると、ゆっくりと扉が開いた
訪れたのは、愛らしい顔をした年頃の女だった


魔王(明らかに様子伺いの侍女ではないな…)


どこかの王侯が、機嫌取りにと寄越したか。
いまだ窓辺で空を見ていた魔王は 椅子に座ったままぼんやりとそんなことを思うだけだ


女はしとやかにバルコニーへと歩み寄りながら
その着衣をゆるりゆるりとはだけさせていく

月明かりに照らされた、白い肌
腕にも腹にも余計なひっかかりのない、なめらかな曲線だけで描いたような肌だった


女「どうぞ、触れてくださいまし。お情けを頂戴くださいまし」

魔王「ほう。欲しいというのか」

女「はい…」


女は艶やかな紅の塗られた唇を一舐めし、控えたように顎を引いた
そうして僅かに首を傾げたまま、甘えて乞う視線を投げかけてくる


魔王(丁度いい。与えてみたいと、思っていたところだ)


手を伸ばすと、女はその手を受け取った
支えるようにして手を引かれ、室内に招き入れられる

女はもう片方の手でバルコニーの扉を閉めると そのまま自分の胸に俺の手を当て……
満足そうな微笑を浮かべた


触れた女の体は ほんのりとした甘い香と、しっとりとあたたかな感触があった
直前まで温かな花湯にでも浸かっていたのだろうか

触れているその腕を伝うようにして女は自身の腕を絡ませ、身を寄せる
密着してなおまだ足りぬというかのように、腕が伸ばされ吸い付くようにして首元に絡みつく
両腕で俺の頭を捕らえ、熱っぽい視線を注いで…
そのまま、ゆっくりと唇を寄せ…


女「――どうぞ、私を…… 貰ってくださいまし」



なんだ
欲しいんじゃなかったのか。それならば……


魔王「要らぬ」


掛ける言葉は、決まってひとつだ


女はビクリと身を引いたあと 頬を紅潮させてわなないていた
そうして慌しく床におちていた絹をひろいあげると、泣きながら、部屋を飛び出していく


魔王「……別にお前など要らないが、欲しがるならば与えてもいいとは思えたのだがな」


女が怒った理由は明白だ
もちろんそれに気づかないわけではない… 

憎悪、嫉妬、憤怒、恥辱。そういった感情は幼いころより見慣れてきた
頂点に属し生活していれば いろいろなものがよく見える


魔王(頂点、か。一国の王とはいえ、思い上がりかも知れぬ)


バルコニーの窓から見上げれば、手が届かない高さに空がある
亜寒帯の国である魔国においても、その日は格別で 凍るように透き通った星空が広がっていた


魔王(今日は、寒かった。 ゆっくりと湯浴みをするのはいいかもしれない)


先ほどの、あたたかな湯にはいっていた為と思われる女のぬくもり
それ自体は 決して悪くはなかったと思う


その美しい白い肌を思いだした直後、泉にいた傷だらけの少女を対比的に連想した

魔王(暖かい花湯につかる美しい肌の女。それに対し、森の泉で器に掬った水をかける傷だらけの少女……)

魔王(ああ、そうか)


あの少女が水をかぶり、顔をしかめていたのは
傷口に染みるだけではなく きっと、水の冷たさに凍えていたのだろう

水の冷たさに触れる事などない俺は そんなことには気づかなかった


恵まれ、与えられすぎたこの俺は
何もかもをすっかりわかった上で 興味も関心も持てないのだと思っていた
知っていることと一致すれば、それだけでわかった気になっていたんだ

それでは興味など沸くわけもない
関心など持てる訳もない

俺はただ 気づかない事に気づけないほどに 愚鈍だっただけなのだ


この日の夢見は、最悪だった



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翌日、森にいってみると
少女はいなかった


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中断します
内容を考慮して夜に繰り上げ投下をしました 明日の更新は未定です

>>40-46 Thx!

続きが気になるけど流れが遅くてもやもやする


数日の間、俺は足しげく森に通った
時間を置いたり半日中待ったりしてみたが、それでも少女は現れなかった

謁見が終わるとすぐに部屋を出て そのままどこかに居なくなる魔王を臣下たちは訝しんだ
だが、機嫌を損ねないことに必死で問いただされなかったのは幸いだった
実際、少女が現れないことに少々気が立っていたのだ

下手なことを問われれば、その者を『要らぬ』と斬っていたかもしれない
その理由の大半は、なぜこれほどまでに少女を探しているのかわからない苛立ちからくるものだろう

だが2週間ほど経ってから、ようやく森の中で少女が花を摘んでいるところを見つけた


少女はまた一段と痩せこけ、青白い顔をしながら 緩慢な動作で花を集めていた


魔王「……配給のパンを買う銭のために 結局ここを選んだのか」

少女「……っ」

魔王「この森で花を摘んではならない。それを承知で、よくここに来たな」

少女「……ごめん、なさい…」

魔王「……」


少女が来るのを待っていたはずなのに、何故このような物言いになってしまったのか
責めたいわけではない。だが、俺の口から出る言葉は全て威圧的だ

『魔王として 相応しいように』
そう育てられた。 隙を与えてはならない、と…


魔王(……違う。与えようと、決めたではないか)


自分の本心を、ゆっくりと洗い出す


魔王「……責めた訳では、ない」

少女「え……?」

魔王「追い払い、ここには立ち入りにくかっただろうに よく来てくれたと… そう、言いたかった」

少女「……怒らない…の?」

魔王「少なくとも今日は、歓迎しよう。待っていた」

少女「えっと…? あ、丁度いい叩き相手を探していたとか?」

魔王「その思考回路は、叩き直してやりたいものだな」


魔王「……しばらくの間、見なかった。何故 またここに来ようと思った」

少女「あ…しばらく熱がでて、動けなくて… パンも、買えなくて」

魔王「熱?」

少女「今日は少し体調もよかったから…急いでお金にするために、その…」

魔王「泉の冷たい水を浴びて、風邪をひいたんだな」


あの時にすぐ気づいていれば
全身に水をかぶるような無茶を諌めることもできたのかもしれないと思う


少女「ち、ちがうよ! 大丈夫、そりゃ冷たかったし熱は上がっちゃったけど…でもそれは泉の水を浴びたせいじゃないよ!」

魔王「違う?」

少女「…熱は、前から続いてたの」

魔王「それなのに、水浴びを?」

少女「近くに住んでるおじいちゃんが言うには…体調が悪いのは、背中の傷が膿んでいるせいだろうって」

少女「綺麗に洗って、冷やして…そうやってしておかないと もっともっとひどくなるって教えてくれたよ」

魔王「なるほど」

少女「それに、熱があって 喉が渇いていたから… 冷たい水も飲みたくて、我慢できなかったし」

少女「本当に助かったの。もっかいお礼を言おうと思ったら、帰っちゃう所だったから…今日は、会えて嬉しい!」

少女「あの時は、本当にありがとうございました!!」ペコリッ


隙を与えれば、つけこまれると思っていた
それでもいいと思った。つけこまれて、花を持ち帰るくらいなら構わぬと

だがこの少女は あたたかな謝辞で、与えた隙を満たして返してくる
比喩でしか表現できない心地よさがあった


魔王(少女との会話は気分がいい。ならば続けよう)


魔王「普段はどこの水をのんでいる」

少女「地面だよ」

魔王「………どういう意味だ?」

少女「地面に穴を掘っておくとね、雨が降って、そこに水がたまるんだよ!」

魔王「なんと」


貧しいということ
力がないということ
それだけで、そこまでの生活を強いられるのか


少女「綺麗に洗ったおかげでね、膿みが引いたの。おじいちゃんが言うには、次は食べて精をつけて直す番なんだって」

少女「でも、後で払うって言ってもパンを貰うことはできなくて…。それで、つい…ごめんなさい……」

魔王「……」


『配給品のパンを、買わされる』…彼女は それを当然だと思い込まされている
親切な老人もそれを教えてはいないのだろう。教えれば その老人が鞭を打たれるのは明白だ

不条理を抱かされ、疑問は奪われている この少女
聡明な頭を持っていても 判断に至るだけの知識は持たぬこの少女

野に咲く雑草を譲ってくれと
そのために、身を差し出すからと

それを当然のように 『生きる知恵』として身につけた少女……


魔王「……今日は、花を取りにきたのだったな」

少女「っ! その…ごめんなさい。でも、もしも譲ってくれるのなら…

魔王「また、叩かれるからと言うのだな」

少女「…それしか、払えるものがないから…」


少女は、申し訳なさそうに顔をうつむけた


魔王「……では、話し相手になってもらおう」

少女「はなし・・・あいて・・・?」

魔王「ああ。聞きたい事がある、答えてくれるのならば代わりに花を与えよう」

少女「聞きたいこと?」キョトン


魔王「………初めて会った時から、引っかかっていた疑問がようやくわかったのでな」

少女「?」


魔王「そこまでして、何故 お前は生きようとする?」


少女はまっすぐに俺の目を見つめた。だが、顔色を伺っているわけではない
『そんなあたりまえのことを聞くわけがないから』と、続きを話すのを待っているだけのようだった


魔王「……俺が聞きたいのは、それだけだが?」

少女「え」

魔王「答えがあるならば、答えよ。何故、生きようとする」

少女「え? えっと、それは… 生きたいから、かなぁ?」

魔王「生きたいのか」

少女「そりゃ、死にたくないです。生きたいです!」


魔王「何故だ。聞いた所、お前の現状にいいことなんて無いだろう。辛いことばかりだろう」

少女「……?」キョトン

魔王「違うのか」

少女「んっと… よくわかんないけど… 生きていれば、夢を見ることが出来るよ」

魔王「夢……? 夜に見る、あれか」

少女「ううん。起きてても夢を見るの。うーん… お金が無くても、辛くっても…楽しい事を考えていられるって事かなぁ。それは、生きているからだよ」

魔王「楽しい事……?」


少女「楽しい事とか、ないの?」

魔王「思いつかないな」

少女「あ、じゃあ 幸せなことは?」

魔王「ふむ。何を持って幸せと呼ぶかによるが…幸福の定義があるとすれば要件は満たすのではないだろうか」

少女「な、なにそれ??」

魔王「幸せとはなんだ」


少女「あ、知ってる。テツガクっていうんでしょ?」

魔王「つまり、お前も知らないのではないか…」

少女「むぅ。幸せなことも、楽しいこともいっぱい知ってるよ!!」

魔王「いっぱい…? 幸福とは質量の増えるものではなく、個体数として増加する物だったのか」

少女「さ、さっきから 何をいってるかわかんないけど…私はいっぱい思いつくよ?」

魔王「……では、そのいくつかを教えてみろ」

少女「んーっとねぇ…」

少女は思案する
目を閉じ、考え込むその側から微笑みを浮かべ…
想像のなかの幸福を、指折り数え始める


少女「おなかいっぱいなこと。自分のお部屋があること… あ、あと可愛いぬいぐるみ!」

少女「ぴかぴかのカガミに、あったかいお風呂でしょ。ふかふかのお布団に、キレーなお洋服も…」


それから、と 少女は自分の胸に手を当てて、愛おしむ様に言葉を並べ置いた


少女「やさしい、ぬくもり」

少女「あたたかな会話。愛しい想い」

少女「手を伸ばした先にある、人の気配…」


魔王「…………」

少女「えへへ…。溢れそうなほど、いっぱいあるよ! いくらでも、思いつくよ!」

魔王「そう、か」


照れくさそうに、でも誇らしげに笑う少女


魔王「そういうものを 楽しいとか幸せというのか。だが、それならばその殆どは俺も持っている。ぬいぐるみなどはないがな」

少女「あはは。あなたがぬいぐるみもってても、嬉しくなさそうだもんね!」

魔王「? ぬいぐるみは『楽しいもの』ではないのか」

少女「ヒトによって違うよ! 大事なのは、気持ちだもん!」

魔王「気持ち?」


少女「うん! 今私が言ったのは、私の好きなものだよ。持ってないものだらけ。憧れてるものや、欲しいものだよ!」

魔王「は? ……ではお前は、鏡が欲しかったりするのか?」

少女「私が憧れてるのは、ピッカピカのカガミだよ!」

魔王「どう違うのだ」

少女「えっとね。…えへへ。ひび割れて、顔が8つに見えたりしないやつ」

魔王「……ああ」


貧しい境遇では、鏡も贅沢品なのだろう
ピカピカの、という部分に重点を置く理由に 合点がいった


魔王「では、ふかふかの布団、というのも?」

少女「うん。麻布じゃなくて、ちゃんと中に 綿が入っているやつっていいなぁって思うよ!」

魔王「……では、あたたかい風呂というのは?」

少女「入ったコト無いから。きっと気持ちいいんだろうなーって、憧れてるの!」

魔王「…………」


かたや 君主
望んで手に入らぬ物などはない
面倒だからと、手に負えないからと すべてを『要らぬ』と断る『魔王』


かたや 貧民
与えられるべき物ですら奪われ、それを得るために また毟り取られる
憧れだから、幸せだからと 瑣末な物をも欲しがる『少女』


はじめから、理解などできるわけがなかったのだ



魔王「俺には、やはりわからぬものか」

少女「なんでわからないのか、わからないよぉ」

魔王「ではわかるまで、もうすこし話をしてくれないか」

少女「あ…。教えてあげたいけど… でも、お金を稼ぐのにお花を集めに行かなくちゃ…」

魔王「……そうか。そうだったな」


少女「お花…本当に貰っていってもいい? お話が足りないなら、パンを買った後に戻ってきても…」

魔王「まだ本調子ではないのだろう」

少女「え? あ、そう…だけど。でも」

魔王「良い」


少女「……ごめんね。やっぱり、話し相手なんかじゃ…」

魔王「……」

少女「私のこと、叩いていいんだよ。それでだめなら、1年後に身体でだけど…払いにくるよ」

魔王「…………」


どうしても、最後にはこうして後味が悪くなる
俺に何かを与えようとなど、これ以上 持たせようなどとしなくていいのに

どうすれば この少女は
ただ素直に与えさせてくれるのだろう


魔王(そうだ、ならばいっそのこと…)


魔力を練り、掌の上に靄の球体を生み出す
指を鳴らすと、靄はギュルリと凝縮し、その姿を変えた


少女「魔法!」

魔王「…魔術だ。これは胡蝶蘭の花だな。創り出した物だが本物と変わらない生花だ」

少女「綺麗…! すごいよ、こんなのみたことない!」

魔王「生花…というか、生物を創りだすのは俺の専売特許だ。見た事が無いのは当然で…

少女「ううん…魔法もすごいけど、こんなに白くて可愛いたくさんの花がついた枝、見たコト無い…! それに、すごくいい匂い!」

魔王「……」


誰もが俺の術を見れば 褒め称え、感嘆する。時には畏怖の対象にされることもある
成しあげた物を評価するよりも、成し遂げる様ばかり評価されてきた


魔王(それらしいポーズさえ取れれば、結果などどうでもよかった)


だが、この少女はその結果に魅了されている
そこかしこに咲くありふれた花を出さなくて良かったと思った


魔王(そうだ、ならばこんな花はどうだろうか…)


次いで、亜寒帯の国ではまず見ることの無いヒマワリの花を数本創りだす
少女は目をまん丸に見開いて、その大きな花に顔をつき合わせていた


少女「な、なにこのおおきな黄色い花!? 綺麗だけどおっきすぎる! 面白いー!!」

魔王「ヒマワリという。このあたりでは非常に珍しい、あたたかい場所で咲く花だ」

少女「すごい、すごいすごい! こんなにスゴイ事ができるのに、どうして楽しくないの?!」

魔王「さあ… なぜだろうな」

少女「本当に、どっちもすごく綺麗…!」


自分だけしか使えない術は、確かに『すごいもの』なのだろう
だが魔王にしてみれば、職務の一部にすぎない能力。日常の中にある、ありふれたつまらないものだった

目の前で喜ぶ少女を見て、魔王はそこで初めて
その術を使ったことに確かな達成感を覚えることができたのだ


魔王(やはり、純粋に“ただ与える”ということは気持ちのいいものなのだろうか)


魔王「その花を、持っていけ」

少女「え…」

魔王「どうした」

少女「こ、こんなに綺麗で立派な花…、とてもじゃないけど、支払いきれないよ」

魔王「ああ。これに価値をつけるとすれば、お前ではとても支払いきれないだろうな」

少女「う…」


魔王「だが、これは森の花ではない。俺がお前に与えるために創った花だ」

少女「…じゃあ、貰っていいの…? 代価は…?」

魔王「………」


魔王「『要らぬ』」 


少女「!」ガバッ!

魔王「っ」


突然、少女は抱きついてきた
抱きついたまま、ぴょんぴょんとその場で跳ねている


魔王「おい」

少女「~~~~~っ嬉しい!!! ありがとう!!!」ニコッ

魔王「――っ」


喜ばれる 感謝される
心臓が 一瞬、おおきく揺れたのを感じた



要らぬ、といったはずなのに
いつものように、ただ断っただけのはずなのに

強張るでもなく
怒りと辱めに紅潮するでもなく
少女は 大きくひたすらな感謝をしてくれた


大きく手を振り続けながら、花を両手に抱えて森を去る少女を見送った
見送った後で、自分の胸に手を当てて考える


魔王(……これは どういう感情なのか…)

魔王(これが… 『楽しい』。 いや、『幸せ』? ……『嬉しい』? 嬉しいとはなんだ?)


魔王(???)


『要らぬ』と言ったのに、妙なものを貰った気がした
その日の夜は 自分の中にある初めての感情を整理しきれず、眠ることも出来なかった



::::::::::::::::::::::::::


翌日、魔王はおとなしく城内に留まっていた
その後も何度か、少しを与えてはその後で『要らぬ』と言うのを繰り返してみた

だがその誰もが 魔王には結局他の何も差し出さぬまま
それぞれが出していた欲望をひっこめるだけ…… 魔王は興ざめしていた

要らぬ、と断る魔王に差し出されるのは
いつだって 相手が無理矢理にでも押し付けたいものばかりだったのだ


魔王(そうだ。どうでもいいものばかりなんだ…)


政治や 権力や 金や 名声
美酒も美女も いまさら欲しいだなどと思わない

そんなものは全て もう、持っている
持っているものばかり渡されても それは要らぬのも道理


魔王(なるほど。つまり、持っていないのか)


おまえらは持っていないのだ 俺の持っていないものを
だからきっと 俺はお前らから なにも欲しがろうと思えないのだろう


その結論が出たとき、俺はどんな顔をしたのだろうか
それまで饒舌に 大振りな仕草で話をしていた謁見希望者が、動きを止めた


「魔王…様……」


嘲笑。おそらくそんな所だろう
俺は周囲の人間と、そして自分自身に対して 嘲笑を浮かべていた


確かに、持っていない


割れて顔が8つに映るような『不思議な鏡』も
“布団”の役割をおしつけられた『道化のような麻布』も
あたたかい湯船を『知らぬ自分』も


魔王の持っていないものを あの少女は持っている
彼女の住む世界で、彼女から見る景色を 魔王は知らない

魔王は 彼女を知らない


魔王(それならば まず俺が望むのは……)


::::::::::::::::::::::::::


夜明けの薄闇にまぎれ、町の近くにまで足を伸ばした
花摘みをするのならば、朝露のある時間に近くの街道にいるはず
そう思い、危険を省みずに少女を探した

朝日がすっかり昇りきり、誰かに見つかる前に帰ろうと思ったその時
少女が困った様子で歩いてくるのを見つけた

その手には、割れたワインの瓶が握られている


魔王「少女」

少女「!」

人差し指を口元に寄せ、人気の少なそうな茂みに誘う
林にしては少し深い場所まで来ると、少女は小さく口を開いた


少女「び、びっくりしたぁ。こんなところで何をしているの?」


魔王「お前こそ、それをどうするつもりなのだ」

少女「あ うん。これに一杯の、綺麗な水をどこかで汲めないかと思って…」

魔王「瓶の先端が割れているな。呑むつもりならば、危ない」

少女「あはは。これは呑むんじゃないよ。お花を活けるのに使おうと思ってるの」

魔王「花を?」

少女「えへへ… こないだ貰ったお花。すごく高く売れたよ。だから一本づつ、売らずにとってあるの」

魔王「そうであったか」

少女「でも、泥水じゃあんなに綺麗なお花が かわいそうだから…綺麗なお水を汲んであげたいなぁって」

魔王「……妙な話だな」

少女「みょう?」


魔王「お前自身は…その泥水の方を飲むのだろう」

少女「うん。飲むよー」

魔王「それなのに、花には綺麗な水を汲むのか」

少女「うん」

魔王「なぜだ。むしろお前こそ、綺麗な水を飲むべきだろう」

少女「え? だ、だって…あのお花はすごく綺麗だから、泥水じゃ可哀相じゃない」

魔王「では、その泥水を飲むおまえも可哀相なのだな」


純粋で無垢なこの少女は、取り上げて硬くなったパンを売り渡され、泥水で喉を潤す
その少女を、可哀相と言わずしてなんと言うのか。それくらいはすぐに分かった
だから少女について知ったことを、確認するように反芻したのに…


少女「んー…。私は 可哀相じゃないよ?」


即座に、否定されてしまった


魔王「……何故?」

少女「えへへ。だって私は、眼を閉じるだけで 尽きることなくたくさん幸せなことが思いつくから!」

魔王「………」

少女「帰ったら、この瓶に花を挿して飾るんだ。頭の傍に置いたら、きっといい匂いがすると思うの!」

魔王「……花の香りがして、どうなるというんだ」

少女「そうしたらきっと いい夢がみられるでしょ? やっぱり、楽しみ!」ニコッ

割れたワインの瓶を抱えて
言い換えれば、あまりにも不憫なその状況におかれても、なお……



この少女は
幸福を、失わずに生きている


魔王「おい、お前」

少女「?」


魔王「『尽きることなく、幸せや楽しいことがある』、といったな」

少女「う、うん」

魔王「ならばその幸せとやら、俺に売ってくれないか」

少女「は、はぁ!?」


魔王は本気だった


少女「え、幸せを売るって……」

魔王「空気を買うために身体を売ろうとしたお前なのだ。おまえの幸せを 他の何かで買うことはできないのか」

少女「う、うんー?」クビカシゲー


魔王「では、花ではどうだ。お前は花が好きなのだろう」

少女「花で? 幸せを、買う?」


言うやいなや、魔王は指を打ち鳴らす
パチン!という音と共に、大気中の魔素が花びらとなって周囲に降りそそいだ


少女「うわぁ…!!」 

魔王「これで、どうだろうか」

少女「~~~~~~っくぅぅっ!」


少女は大喜びで 降り注ぐ花を浴び、積もるそれを散らし、辺りを駆け回った
それだけでは興奮が冷めないらしく、はしゃいで、魔王の手を取って廻りはじめた


魔王「な、おい…」

少女「すごいすごい! まるで、春の妖精になった気分!! 見て、動くたびに花びらが舞うよ!」

魔王「あ、ああ」


しまいには歌などをうたい、魔王の腕をさんざんに振り回しながら踊り始めた
少女はひとしきり花びらの雨を堪能し、降り止むまで止まる事が無かった



::::::::::::::::::::::::::::


少女「はふぅ…」

魔王「興奮しすぎたようだな」


疲れて、積もった花びらでつくりだしたベッドに座る少女
その横で、ぐったりと疲弊した魔王も身体を横にした
すると少女は身体をずらし、自らの膝を枕として提供してくれる

晴天、木立の間をまぶしい光が縫う 心地よい時間
しばらくの間、魔王と少女はそのままで休憩を取っていた


預けた頭の下にはぬくもりがあり
耳には幼く、優しい歌声が届く
そして目を開けると、疲れた魔王を気遣う穏かな笑顔があった


魔王(……これは)


ぼんやりとしていると、鈴を転がしたような可愛いらしい声が聞こえた


少女「でも、これじゃあ 花も幸せも 私が貰ったコトにならないかなー?」


少女が、真剣なまなざしでつぶやくのが見える


少女「うーん…。やっぱり、私ばっかり貰ったことになる気がするー…」

少女「ねえ、私は代わりに 何をあげたらいいかなぁ。ね、聞いてる?」

少女「こんなにたくさんの幸せを貰っちゃったら、命でもあげないとだめかもしれない~…・・・って、ねぇ? あれ?」


やわらかな眠りに誘われながら、魔王は 幸せというものが何か・・・
楽しさ、可笑しさというのが何か わかったような気がした



:::::::::::::::::::::::::


魔王(……む。眠っていたか…)


魔王がうたたねから眼を覚ました時
少女はなんと まだ悩んでいた


少女「うー…。ほんとに、何を返せばいいかなぁ…」

魔王「……」

少女「なにか、返したいんだけどな…。できること、あげられるもの なにがあるかなぁ…?」

魔王「……」

少女「叩いたり、身体でーとかは 嫌みたいだし…」


少女「うぅ、他になにがあるかなぁ…充分に価値のあるもの…? そんなのあったら、とっくに売っちゃってるよお!」

魔王「……」

少女「何かないかなあ… なんか、なんでも… うーん、うーん…!?」



惜しみなく。ただ、幸せだったから それに見合うものを返したいと言う
ただそれだけで 惜しみなく捧げたいという 無邪気でまっすぐな願い



少女「何か、欲しいものないのかなぁ… 私の持ってるものであれば、なんでもあげるのにな…」


そう呟いてうつむいた時、魔王と目が合った


少女「な゛っ。お、起きてたの?」

魔王「……今の言葉は、真実か」

少女「え? あ、うん! なんかあるなら…なんでも言って!」パァッ


魔王「ならば、俺の后となれ」

少女「」


少女を見て、おもわず口から飛び出したのはそんな言葉だった
口をあけたまま固まっている少女が、ようやく「私が…?」と呟いたのを見て可笑しいと思った


でも一番可笑しいのは
自分が何故そんなことをいったのか 自分ではわからないという事だった

中断します。
土日で投下できなかった分なので 少し投下量増やしました

>>64-72 Thx!

>>66 がんばる

少女かわいい


::::::::::::::::::::::::::::


その日のうちに、魔王は少女を城に連れて帰った
城中がざわめきたったが、魔王は素通りして自室へと少女を招き入れる


少女「……あ、あの。私」

魔王「ああ…注目を浴びて不快だったか」

少女「そ、そうじゃなくて。あの、ここって…」

魔王「俺の城だ」

少女「……本当に、ホンモノの魔王様なんだぁ」

魔王「疑っていたのか?」


少女「エライヒトは、エライヒトだから。魔王とか、あんまり気にしてなかった」

魔王「お前にとって…軍属の駐在軍であろうと魔王であろうと、同じくへりくだる相手に過ぎないと?」

少女「むぅ。だって、エライヒトはいっぱいいるから…ヤクショクとか言われても、あんまりわかんないんだもん…」

魔王(……最下層、か。そんなものなのかもしれないな)


例えその“エライヒト”の頂点に立とうとも、この少女には意味がない
有象無象と同じ対応。有象無象の一人に過ぎないと言う訳だ
それを思うと、少し苛ただしい気分になる

少女「あ゛」

魔王「どうした」

少女「あの… ご、ごめんなさい!!」


自分の非礼に気がついたか、と 視線だけで話の先を促す


少女「お花の事とか…あんまり嬉しくて。エライヒトなのに、そんな風にぜんっぜん思えなくなっちゃって…魔王様とかすっかり忘れてお話をしてました!!」

魔王「」


非礼どころか、もはや侮辱のレベル
ここに臣下が居なくて本当によかったと思った

だが『魔王』という立場に強い誇りがあるわけでもない
魔王自身は、魔王として扱われないなんて事はどうでもよかった

むしろ


魔王(こいつは、俺を『魔王』として見ていなかった…。ならば『何』と話をしていたつもりなんだ?)


話せば話すほど、疑問が募る
あちらこちらへと興味がわく


少女「今度からはちゃんと、魔王様って呼ぶからねー!」ニコー

魔王(心がけは立派だが、肝心なのは呼称より態度にあるのではないだろうか)


言葉にはしない
あれほど話をしたいと思っていたのに、言葉にする気になれない

諌めようとは思えなかった
諌めてしまえば、きっと従うだろう。魔王が服従できない相手などいないのだから


少女「魔王様! ねぇねぇ、コレは何? すごいね! こんなにいっぱいの立派なもの、見たコト無い!」

少女「う、うわぁぁぁぁぁぁ!! すごいーーー! お布団がふかふか! 屋根がある!? 布団のお部屋なの? お部屋の中にお部屋なの!? なんで!?」

少女「! コレ、壁じゃなくて鏡だ!! ピッカピカで、しかもすっごいおっきい鏡だ!? か、顔だけじゃなくて 身体も全部写るよ!?」

魔王「……気に入ったか?」

少女「……こんなおっきい鏡がもしも割れちゃったら、私が8人になっちゃうと思うと…ちょっと怖い」ブルブル

魔王「」


服従するのは簡単だろう
だけれど、放っておいた方がこんなに可笑しい
手に入れたいと思ったはずなのに、手にしてしまうのは勿体無い


欲しいのか、欲しくないのか わからなくなってしまった
もしかしたら 自分の物になどしなくていいのかもしれない


結局、そんなことはどうでもいいんだ

ただ


魔王「8人に増えるのならば、割ってみよう」

少女「えええ!? やだよ! 割っちゃだめぇ!!」


こうして居てくれることが『嬉しい』と知っただけで、満足だった



:::::::::::::::::::::::::


厄介ごとを避けるために、臣下や従者たちへは何も説明をしなかった

后にしようと思った、などと言っては 今度はどんな混乱になるかわからない
ましてや、本当に『手に入れたい』のか 疑問すら持ってしまった身だ

少女を連れ帰りそばに置いたまま沈黙をする魔王を見て
城内には様々な憶測が飛び交った


「ペットのおつもりじゃないかしら」


いつの間にかそんな意見に憶測が集中し、そこで収まった
夕方には数人の侍女が魔王の部屋を訪ねて来て……


メイドA「魔王様のお部屋を汚されては困りますので、身体を洗いましょう」

メイドB「まぁ、ひどい傷。魔王様の側にこのような穢れがあるなんて」

メイドC「麻服? 魔王様の品位と沽券に関わります。いくつか違うものを用意しなければ」


少女「あ、あのっ あの!?」

魔王「……」


少女が困惑しているのに気がついたが
衣服を脱がされ始めたのを見て、魔王は何も言わずに部屋を出た


魔王が時間を置いて部屋に戻った時、既にメイドたちは退室していた
一人部屋に残されていた少女は、真っ赤な顔をしてモジモジと立ち尽くしている
鏡と魔王を交互に見ては、うつむいて口ごもって、最後には座り込んで動かない


魔王(どうしたのだろうか)


少女が着ていたのは 夢にまで見て憧れた、美しい絹の一級品のワンピース
夢見心地でお姫様気分を味わいつつも、あまりの照れくささに披露するのもはばかられる代物


少女(な、なんで 何もいってくれないの~~~! どうしようっっ//)


少女が着ていたのは メイドの一存で即時に数着の用意ができるようなワンピース
落ち着いたならば、『后』として充分に相応しいものを贈るべき魔王にとっては一時的な着替えに過ぎない代物


魔王(ふむ。衣装か…気付かず放置していたが必要なものだな。早いうちにきちんと整えねばならぬ)ハァ

少女(うぅ。こんなに立派なお洋服、やっぱり似合わないのかなぁ)ハァ


こうして始まった魔王城での生活だったが
なんだかんだとうまく物事が進んでくれた

翌日以降
恥ずかしそうに魔王の後ろに隠れてどこまでも付いて回る少女を見た者によって
『少女=魔王様のペット』という図式が 広く城内に認識されていったからだ


魔王の機嫌を損ねないよう、そのペットである少女は誰からも虐げられることはない
魔王の招待客として扱われていたら、過度の接待を受けて気後れすることになっただろう
后として紹介されていたならば… 妬みの的として、どこかの謁見希望者に暗殺されていたかもしれない

ペット、という周囲の待遇
それが今の少女にとっては、快適で居心地がよく素晴らしい生活だったのだ

それが丁度よかったと気がついたのは、もうしばらく後のことだが……


ともかく、こうして少女は
ゆっくりと魔王城に溶け込んでいくことができたのである

短いですが、中断します
…流石に次からは、レスより本文投下の方が多くなるようがんばります

>>106-113 Thx!

いいねぇ



このままだとレスの方が多くなるから次の投下は30レスくらい頼むで(ニッコリ


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謁見の間に少女も同席するようになってから数日
事情を知らない謁見希望者の間には 城内とはまた少し違った噂が流れ始めた


「あれは、どこかの国が秘密裏に魔王様に捧げた娘なのではないか」


少女自身は、いつも魔王の後ろに隠れている
見え隠れする場所で姿を現さない少女に対して、日に日に詮索の視線は強まっていった
好奇、羨望、嫉妬、侮蔑。そういった種で、あからさまに少女に向けられた物もあった


魔王(不愉快だ)


ある日、魔王は謁見を中断し 少女を離席させることに決めた
少女を視線から守るためにマントに隠し、無言のまま退室する

部屋に少女を残し、謁見の間に戻ると… 扉の向こうでは また混乱が起きていた


「魔王様はどうなさったんだ。謁見はどうなる!?」

「あの娘に何かあったのでは? あの様子、寵愛しているようにも見えるではないか」

「俺がこの謁見の機をもらうのに、何ヶ月待ったと思ってる! あんな貧相な小娘…」


臣下B「皆、落ち着いて欲しい。ともかく魔王様のご様子を伺いに行かせる。申し訳ないがしばし待機いただきたい」

「大体、噂に聞いていたがあの小娘はなんなんだ」

「どこの国だ、おまえの所から出してきたのか!?」

「何!? うちならばもっと立派な美女を―― そういうお前の所なんじゃないのか!?」

「あんな金魚の糞のようなガキを、どうして我が国が――」


来訪者同士の、小汚い罵り合い
突然に魔王が居なくなり、緊張のタガが外れたせいもあるのだろう
互いの言い合いがエスカレートしていく内に、その言葉は全て少女をなじる物に代わっていく


臣下A「貴様ら、いい加減にしろ! あの娘はどこの国かより捧げられたものではなく 魔王様のペットで――


魔王「后だ」


「「「!!!?!?」」」


扉を開けると同時、そう一言だけ宣言する
部屋中の者達を見渡すと 一様に皆、凍りついた

冷え切った空気の中を、まっすぐ玉座へ歩く
ドサリと乱暴に椅子に腰かけ、肘掛に頬杖をつく
謁見途中だった組の3人は 蒼白の表情で膝をつき、微動だにしない


魔王「お前たちか。貧相な小娘、金魚の糞…そのように言っていたな」

謁見希望者「「「!!!」」」

魔王「臣下。お前もあいつをペットだなどと言っていたが… 誰がそう言った?」

臣下A「そ、それは……」


魔王は、魔王だ
誰もが彼の才能に畏怖し、視線に硬直し、その言葉に希望を見失う
それは決して 先入観や第六感的なあやふやなものに起因するわけではない

生まれながらに、彼は次代の魔王としての教育を受けてきた
代々その血に受け継がれてきたものは 威圧感あるその風貌だけではない

怒らせれば一人で国を破壊することも可能な魔力――武力
気に障れば、一声で経済貿易を停止させてしまえるほどの、権力

それだけではない
誰かに先手を打たれてしまえば…あっという間に有利に事業を成立されてしまう

人も、土地も、金も 全ては彼の手の内だ
魔物を生み、操るかのごとく統制に置くその支配力は、何よりも恐ろしい
王族も貴族も富豪も商人も、些細な魔王の言動にすら人生を左右されかねない

知れば知るほどに、震え上がる
夢物語ではなく…現実に、王としてそこに存在する“絵に描いたような恐怖”


それが、魔王という存在であった


魔王「あれは、俺の后にと考えている娘だ。俺自身で連れてきた」

謁見希望者A「なっ」

魔王「それを、そのように貶めてくれるとは。俺の目が節穴だと言いたいのか」

謁見希望者B「とんでもございません! 自分はそのような発言をしておりませぬ!」

魔王「では残りの二人…」

謁見希望者A/C「「!!!」」


魔王「………だけでは、ないな。この場にいる全員が等しく似たような思いを持っているのだろう」

「……………」


凍りついた空気は、次第に黒々とした粘性を持って皆を捕らえていくようだった
ドロリと粘りつくその音が聞こえそうなほど、重く沈殿した雰囲気…
箱入りの娘などがいれば、それだけで失神しそうなほどの緊張感が部屋中に纏わりついている



魔王「否定しないか。ならば、この場にいる全員――  要らぬ」



阿鼻叫喚と共に、威圧に押し出されるかのように皆一斉に逃げ出した

ある者は、殺されると思った
ある者は、顔を覚えられては堪らないと思った
ある者は、真っ白な頭でよろめきながら――ただ、ここに居てはならないという危機感だけで逃げ出した

部屋には、頬杖をついたままの魔王と…
その役割から逃げることすら出来なかった忠義者の臣下2人だけが、残されていた


夕刻には、少女の耳にもその話は届いていた


:::::::::::::::::::::::::::


その晩、魔王の自室――
そこだけは魔王城で唯一 可愛らしい笑い声が響き、穏かな空気が流れていた


魔王「……まったく、あれならば蜘蛛の子の方がマシだ。静かに散る」


少女「きっと本当に怖かったんだろうねー。見てみたかったなぁ」

魔王「見たい? お前は魔王が怖くないのか」

少女「? 魔王っていうのは…怖いものなんでしょ?」

魔王「では、やはり怖いのだな」

少女「ううん、今は怖くない。でも、本当は怖いもので、それが魔王様なら、見てみたかったなぁ」

魔王「……怖いもの見たさと言うことか。 怖いほうが良いか?」

少女「怖いの嫌い」

魔王「」


少女「でも…… 怖いのも魔王様なんでしょ? やっぱり見たかったなー」

魔王(…・・・??)


少女は頭を悩ませる魔王を見て、また笑う
その後で「あれ…もしかしてわかんないのって、私の説明が下手なせい??」と 少女のほうが頭を悩ませはじめた


少女「魔王様は、つよいんだね。それに、やっぱりえらいんだ」


しばらく後で、少女はにっこりと笑い そんな言葉を説明に代えた
魔王はこれ以上の理解は難しそうだと、溜息をひとつ吐いて思考を中断する


魔王「まあよい。…しかし、后だと宣言してしまったからな。以降は城内での対応も変わるだろうな」

少女「そうなの?」

魔王「それから……様付けでも構わぬが、もう少し気安く呼ぶとよいだろう。むしろ后として、そう振舞うべきだ」


少女「気安く? どういう風にしたらいいの?」

魔王「呼びたいように、過ごしたいように。王の伴侶として堂々と自由に振舞え」

少女「呼びたいように…?」

魔王「ああ」

少女「じゃぁ……っ!」


少女「 『おにいちゃん』って、呼んでもいい!?」


魔王「ブハッ!」 ゲホッ… ゴホッ、ゴホゴホ!!


少女「……ま、魔王様…? 大丈夫…?」ソー…

魔王「おい……『后』だと、言っただろう?」

少女「なんでもいいって言ったから… 呼びやすい、呼びたい呼び方。駄目だったの?」


魔王「お前は… 俺を“兄”のように思っているのか」

少女「わかんない。魔王様は魔王様… でも」


少女「……なんとなく。友達とかより身近で、頼れる。エライヒトでも、緊張しない。そばにいると、落ち着く気がする。だから…おにいちゃんかなって」

魔王「……」

少女「だめ?」クビカシゲー

魔王「……ああ、まあ。…そうだな」


魔王「さすがにそのような趣味を疑われては困る」

少女「駄目ってこと? 『おにいちゃん』…だめ?」

魔王「……そう、呼びたいのか」

少女「うん」


后―― 妻として迎える存在に、兄として慕われる
理屈と感情のどちらによるものかは分からぬが、モヤモヤとした気分になる
だが、それを望んでいるのならば、それを与えてみたい
そうするためにこそ、彼女を迎えたのだから

魔王は、深い溜息をついてから ひとつの提案をした


魔王「では、公私で使い分けるとよい」

少女「コウシ?」

魔王「ああ。人前に出る時と、俺と二人でいるとき。そこで呼び方や態度を変えるのだ」

少女「む、むずかしそうだね? ……魔王様も、コウシを使うの?」

魔王「言葉が妙だな。 公私とは公事と私事の二つを合わせた意だ。公私は“使い分ける”ものだ」

少女「えっと…じゃあ。魔王様も、公私を使い分けるの?」

魔王「俺は、公私共に魔王だからな。使い分ける必要などない」


少女「ぁぅ。魔王様もしないなら、私もしなくていいよ?」


確かにそのままで構わないとも思う
少し考えてから…そのまま、言葉を続けた


魔王「だがおまえは、公の態度を学ぶことで魔王の后らしい素養を身につける事ができよう。多くの知識、常識と共に お前の為になるはずだ」

少女「后らしい素養?」

魔王「立ち居振る舞いや、言葉遣い。そういったものもあるな。上品さ…一流の姫らしさ。王族らしさ、とでも言おうか」

少女「……え… 私でも、なれるの…?」

魔王「后とした時点でその地位は王族だ。今はその身分に相応しい素養の話を…


少女「私が…お姫さまみたいに、なれるの!?」


目を輝かせて、興奮の色を隠せない少女
魔王は言葉を止め、そんな彼女の様子を見つめた


少女は后というものが何か、よくわかっていなかったのだ

正確に言えばイメージしにくかった
童話などで見聞きする后は、“厳しく意地悪な母”の役割が多い
少女は、自分がそれになるということが理解できずにいた

だが、魔王が口にした『姫』という単語は、その立場のイメージが容易だったらしい
想像の中では、きっと童話などで語り聞いた 洗練された淑女の姿に自分を重ね合わせているのだろう

まさしく憧れた―― 永遠の、夢の姿だ

頬を紅潮させるほどに、うっとりと空想にふける少女
魔王は複雑な思いと同時に、可笑しさも感じた


魔王「ああ。望むのならば、必ずなれるだろう」

少女「えへへ…… じゃあ、がんばる! わぁいっ!!」


無邪気にはしゃぐ少女をみて 魔王は心温まるのを感じる
少女に何かを与えると、幸せを返してくれるのだと、再認識した


魔王(共存関係にあるとでもいうのだろうか。そうか、后とはこういうものか)


知識や、知恵
多くのものを与えよう。望むように、望むものを…
そうして、幸せを売ってもらうのだ

少女は尽きることのない幸せを分ける代わりに 知識や知恵を得る事が出来る
生きるのも容易くなろう。お互いに両得な関係だ


魔王はそんな事を思いながら
目の前で飛び跳ねる少女をいつまでも眺めていた



:::::::::::::::::::::::::::

それから、一月

少女は賢く、教えられた事はすぐに吸収していく
理解も早く、その様子は一月前とは見違えるほどのものになった。だが――


少女「魔王様。本日はまだご公務をお続けになりますか?」

魔王「いや、今日はもうやめだ」

少女「では、ご入浴の準備など確認して参ります、どうぞごゆるりと」

魔王「ああ」

少女「その間、お酒などをお持ちしますか?」

魔王「要らぬ。お前の分は、好きなものを侍女に頼んでおくとよいだろう」

少女「はい、魔王様」


知識、礼儀、マナー、言葉遣いは、問題なく習得できた
だが、侍女や謁見希望者の連れてくる娘達の振る舞いを模倣する少女は決して后らしくはなかった


母である后が、后らしく振舞っていた決め手が何であったかなど覚えていない
興味を持たなかった。だから魔王もアドバイスも出来ぬまま、違和感だけを抱えていた

内心で少女を后に迎えることを快く思わない臣下達もまた
魔王の機嫌を取るために表面上だけは相応に扱ったが…… 本当に必要な忠言はしなかった

そして謁見に来る者や来客たちは――


「ほぅ… これは面白いな」

「あれはあの時の、小娘?」

「しっ。声が大きいぞ…聞かれたらばまた二の舞だ」

「しかし、変われば変わるものだな。コソコソと、金魚の…… っ。いけない、いけない」

「だが、あれではいくら出来がよくとも せいぜい一流の“侍女”だ」

「ははははは! たしかにな。后とは呼べまい。あのような娘、いずれ飽きて放り出されるさ」

「ではそれまでに、次こそは我が領地から 選ばれるべき上等の娘を…」

「いやいや、魔王様にもご興味があることはわかったのだ。こちらも負けてはいられない」

「ははは…!」


少女を値踏みしては嘲笑と侮蔑の的にし、その存在を無視して……
ただ、それぞれの欲望と思惑を魔王に与え続ける


少女にとってかつて経験のない、勉強漬けの日々

言葉の選び方、食事を取る仕草、歩き方… 
生活のほぼ全てを、慎重に努力して 憧れた姫らしくあるように務めあげていた

だが、そんな彼女の周りにあるのは
表面的で心のこもらない臣下たちの態度
ふと見上げた先にある、嘲笑の視線
時折、耳に入ってしまう来客たちの侮蔑の言葉……

それらは、少女の心を 確実に蝕んでいった


魔王の部屋にこもりがちになり、魔王にくっついたまま
言葉少なに、すぐにうつむいてしまう。笑顔も、あまり見なくなった


そしてある晩、少女は魔王の胸に頭を預けて… ただ、泣き続けた
魔王はその涙を止める術を持たず、立ち尽くすしか出来なかった


初めて知った、無力感だった



::::::::::::::::::::::::


魔王「…………」

少女「…………っく。ひっ………う…っ」


少女の涙が枯れるまで、魔王はただその胸を貸し続けた
何も与えることが出来ず、苦しい思いをした

泣き止んだ少女はゆっくりと涙をぬぐうと…ぽつりぽつりと言葉を漏らした


少女「……ね、おにいちゃん…」

魔王「なんだ?」

少女「……私、まだ頑張りが足りないのかな」

魔王「そんなことは…

少女「でも。いっぱい頑張ったけど……やっぱりお姫様なんかになれないよ。もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ」

魔王「……」

少女「少し、疲れちゃった。やっぱり私には無理だったんじゃないかなぁ…」

魔王「…………」グッ


この少女は 知識や知恵、物―― そういったものを充分に身につけてきた

もう そういった“持っているもの”では幸せを売ってもらえないのだろうか
それとも、彼女は俺にたくさんの幸せを与えすぎて… 無くしてしまったのだろうか
魔王はうつむいたままの少女をみながら、そんな考えにしか至れない


本当にわからなかったのだ

魔王は生まれながらに 今の少女のいる環境に置かれていた
人々から向けられる視線の違いなど知らなかったし、そういうものだと思っていた
少女が生まれた環境も、育った環境も知らない魔王にとって…

何が、彼女をそこまで参らせているのか 知る由もなかったのだ



魔王(他に何か、こいつが持っていないものはないだろうか。彼女に必要なもの…)


与える者、与えられる者
魔王にとってこの世界は そういったものに過ぎなかった


魔王「……そうだ」

少女「おにーちゃん…?」


魔王「お前が“公”の態度を身につけるように、俺も“私”の態度を身につけるように努力をしてやろう」

少女「おにいちゃんが…? そうすると、どうなるの?」

魔王「俺がお前にとって、より気安い態度となるかもしれぬ」


魔王「それに……忘れていたが。お前が俺の后ならば、俺はお前の伴侶なのだ」

少女「ハンリョ?」

魔王「仲間のことだ。共に努力をする者、婚姻相手… そういった者を示す」

少女「おにいちゃんが…仲間? 一緒に、頑張ってくれるの?」

魔王「ああ」


少女のもたないもの、それは“仲間”だ
だからそれを与えようと思った

そうしてできることならば、また幸せを譲って欲しい
元のように……今までのように。


魔王(“仲間”を引き換えに、幸せと換えてくれるだろうか)

魔王(魔王に値段をつけるとしたら 相当なものだろう。まあ売れるようなものでもないし、買うようなヤツもいないだろうが)

魔王(これで買えない幸せならば、もはや諦めるしかないのかもしれない)


そう思いながら少女の反応を待つ
口数も減り、表情もうつむいていてわからない少女の様子を見るうちに、魔王は『不安』を感じるようになった


魔王(…ああ、そうか。“魔王”なんていう仲間は、いらないという可能性もあるな)

魔王(持っていなくとも、“欲しくないもの”もあるだろう…。 魔王だなどと、言われてみれば 俺自身でも願い下げのシロモノではないか)


だとしたら、魔王には安い価値しかないのだろうか

魔王の価値とはなんだろう
少女は俺にどれほどの価値をつけるのだろうか
俺は、不要ではないだろうか。 入り用だとしても高価だろうか安価だろうか……


疑問は、湧き出す側から不安へと変わっていく


魔王(……そんなことはどうでもいい。俺は俺、魔王なのだから…)


そう自分に言い聞かせて、馴染みの無い“不安感”を払拭する
それなのに 少女の答えを促すのがためらわれるのは、何故なのだろう


いつの間にか、少女は魔王の顔をじっと見つめていた

随分長く、思案にふけってしまっていたらしい
焦点が合うと、少女はいつか見た真剣なまなざしと同じ目をしているのに気付く


少女「おにいちゃんが… 一緒に がんばってくれる……」

魔王「………まあ、そういうことだが… …それでは駄目だろうか……」


生まれ持った筈の“威圧感”はどこへ消えてしまったのだろう
自分でも、その自信なさげに漏れ出た声に驚くほどだった


少女「私と一緒に、同じように? おにいちゃんは、公私を使い分ける必要はないんでしょ?」

魔王「…ああ。“私”など使う機会もない。だが…そうだな、おまえの前でだけ違う態度を取るというのでは納得できないだろうか…?」

少女「わ、私だけ…? ど、どんな態度になるの?」

魔王「……済まない。具体的になど想像はまだできぬ」

少女「えええ……それじゃわからないよぉ…」


ガックリと肩を落としかけた少女を見て、慌てて言葉をつむぎだす


魔王「が、お前が俺を兄のように慕うのならば。俺をお前を妹のように慕おうと思う」

少女「!!」パァァ


眼を大きく見開いて、期待の表情を浮かべる少女
それを見て、また少し ほころぶ様な温かさを手に入れた

どうやら、“仲間”でも幸せを譲ってもらえるらしい
やはりこの少女は、幸福を失ってなどいなかったのだ。魔王は人知れず安堵した


少女「ね、じゃあ…! お前、じゃなくて。少女って呼んでみて! おにいちゃんみたいに!」

魔王「それくらいならば。……『少女』」


喜ぶならばと、たっぷりと情感をこめて 少女の名を呼んだ


少女「怖い」

魔王「」


含むべき情感を間違えたらしい
言われてみると、“威圧感”以外に言葉に乗せる物など知らなかった

溜息をつき、弁解を試みる


魔王「…これから努力する、と言ったのだ。そう簡単には身につくものではない」

少女「そっか… うん! そうだね! だから一緒に頑張るんだもんね!」

魔王「うむ」ポン

少女「ひゃ!?」

魔王「……」グッ…

少女「お、おにいちゃん? ……何してるの?」

魔王「…………」ナ、ナデ…

少女「おじいちゃんがよくやってる、乾布摩擦…?」

魔王「断じて違う」


少女「……?」

魔王「……ハァ。人の子がするように、撫でようとしている」ナッデー

少女「撫でてくれてたの?  …………ぎこちないね?」

魔王「力加減と速さのバランスを思案していた」

少女「ぷっ」

魔王「何故笑う」

少女「あははは! 撫でるやりかたを知らないなんて、魔王は私よりも公私を覚えるのが大変そうだね!」

魔王「俺にできぬ事など無い」

少女「じゃぁ、ちゃんと撫でてー!」

魔王「…………」グニグニグニ

少女(く、首がもげる…っ)


魔王「………どうだろうか…?」

少女「……えへへ。ありがとう、おにいちゃん」ニコ


優しく微笑んでくれる少女に、達成感を覚えた
その達成感が確かなものであるか確認したくて、口が勝手に動き出す


魔王「満足したか?」

少女「これから一緒に、がんばろうね!!」

魔王「」

少女「?」


遠まわしに物事を伝えられる事はよくあったが
そうして伝えられる事象の中で、一番ショックだったような気がした


魔王(余計なことを聞かなければよかった)ハァ


少女はそんな気も知らず、頭に載せられた俺の掌に 自ら頭を撫で付けた

うっかり潰してしまわぬように、そのままにしてやらせておくと
おもしろがって俺の腕の下をくぐったり、指を折り曲げたりしはじめる

少しためらったが、腕を曲げて軽く少女の首元に絡むようにしてやった
くすぐったそうに首を縮め、今度こそ少女は満足そうに笑った


間違って首を絞めてしまわぬように気をつけていると
少女がその体重を預けてよりかかってくる

そうしたいのならば、と、されるがままに体重を受け止めた
暖かい。そして心地よい、重みだった


少女「えへへ……あったかい」ニコ

魔王「………ああ」


何かが、心を満たした
衝動的な何かも同時に生まれたが、それが何かはわからない


俺が今手に入れたこの思いはなんだろうか
何を差し出して、これを得ることが出来たのだろうか


魔王(できることならば この感情を いつまでも――)



この日、ようやく二人は足並みを揃える事が出来た
『これから共に頑張っていく』

少女の心にも、魔王の心にも そんな希望の光が灯った夜だった


『魔王』――古来は災厄の根源
諸悪の起源として、忌み嫌われ打倒された存在


そんな彼が、希望を持つ事など 許されないのだろうか


何を間違ったというのだろう
何の罪があるというのだろう


幸福を願ってはならない者が 居るとでもいうのだろうか


中断します。明日の投下は未定です


>>123-136 Thx!
>>129 一応頑張りました キリもいいので、21レスでギブ

いい夫婦おつ

作者さんへのプレッシャーになるかもわかんないけど、
乙!
短くてもいいから、最後まで続けて下さいね

舞ってる


::::::::::::::::::::::::::::


それ以降、少女は魔王の横に物怖じせず立つようになった

辛いと感じた時でも、すぐ隣にいれば こっそりと魔王だけに接する事が出来る
そうすれば『私事』の魔王がこっそりと少女の名を呼んで、甘えさせてくれる
その安心感が、少女を余裕のある振る舞いに変えていたのだ

そして少女の落ち着いた振る舞いは、魔王の『后』であるという事を皆に印象付けた

目に見えたり耳に聞こえたりする嘲笑や侮蔑を押し黙らせる事が出来たのが
二人が重ねた努力のもたらした、一番の結果だろう

もちろん、皆の心の底にある物までは計り知れないが

::::::::::::::::::::::::::::::


少女の振る舞いが変わり、数日――
謁見は相変わらず連日行われているが、次第にその様相は変わっていった


その日の謁見の最中
少女はすっかりお決まりになった姿勢で同席していた

玉座の横に立ち、魔王が頬杖をつく肘掛に軽く両手を沿え、心持ち身を寄せている
そして時折 魔王の様子をみては、微笑みながらそっと耳元で言葉をかけた

そんな少女に対して、同じように魔王も耳打ちで答えた
魔王は少女の言葉を聞きながら、謁見者に視線を飛ばすようになっていた


魔王の顔は、相変わらず無表情
だがそれでも、今までのような 何を考えているかわからない空虚さは消えていた

代わりに宿ったのは 『明確な意思を持った眼差し』

魔王の発言に人生を左右されかねない者達は
その“意思”がどこに向いているのか探ろうと 彼らの様子を必死に盗み見るようになっていた


だが、彼らが何を話しているのか 他の者には決して聞こえない――
いままで侮蔑の言葉や視線をわざとらしく少女に浴びせていた者にとって、それは恐怖だった


(愉快そうに微笑を漏らす少女は、魔王に何を言っているのだろう)

(聞いた魔王が、今 自分をちらりと見やったのはどういう意図なのだろうか――)


横柄な、悠々とした態度で高い場所から見下してくる『意思のある視線』
心に疚しい所がある者にとって、その視線は 断罪の宣告と同じ恐怖をもたらした


少女「(ねぇ、おにいちゃん… すごい事に気がついちゃった)」ヒソ…

魔王「(なんだ?)」コソ


少女「(あの、なんか一生懸命な顔でお話してるオジさん…)」

魔王「(……?)」チラ


謁見希望者「――っ!」ビクッ! ……ガクガク


少女「(……チャック、開いてて お花のパンツが見えてるの。ちょっと可愛いの)」ニコ

魔王(……顔面蒼白のあの中年が、お花のパンツ……だと……)


少女「(でもやっぱり、教えてあげた方がいいよね?)」

魔王「……」チラ


謁見希望者「ヒッ…!」


魔王「(……やめてやれ)」

少女「(そう?)」


魔王(……これほどの『哀れみ』の感情を、俺は一体何と引き換えたのだろうか…)

少女(あとで侍女さんか誰かに伝言して、教えてあげよーっと)


またその一方
二人のその様子に見蕩れる者も居た

一人は旅の敬虔な宗教家で、一人はある王侯が供にした幼い姫
もう一人は田舎の貧しい町長だった

彼らは多少の差異こそあれど、魔王と少女を見て似たような事を思った


『地に堕ち救いを求める者の小さな囁きを、暖かな眼差しで聞き届ける天使』――その絵画のようだ、と 

少女はそれを知ってか知らずか、目が合った時に にこりと微笑んだだけ
そして、魔王は相変わらず「要らぬ」というだけ


魔王が新王に座して以来、謁見を終え退城する者は
暗い顔で溜息をつくか、顔を赤くして苛立つ者ばかりだった

初めてその三人だけが
満足気な表情でゆったりと帰路につく事が出来たのである


少女「(えへへ…今のちっちゃいお姫様、かわいかったね!)」

魔王(少女も、『ちっちゃいお姫様』ではないだろうか…?)


残念ながら、彼らを正しく見つめる事ができた者は皆無だったが
穏かで平和な日々が しばらくの間 ふたりを包んでいたのは確かだった


このまま平和で終わってくれよ…


::::::::::::::::::::::::::::


ある謁見のない休息の日――


少女「ねえねえおにいちゃん! 今日は、お外に行こうよ!」

魔王「……外…?」

少女「うん! 森に行こう!」


少女は朝起きると同時に、そんな提案で眠る魔王を起こした
少し上手くなった撫で方で興奮気味の少女を宥め、身を起こす魔王


魔王「森などへ、何をしにいくのだ?」

少女「森が落ち着くかなって。誰もいないし… えへへ。初めて会った場所だし!」

魔王「落ち着く人気のない場所ならば、自室でもいいだろう」

少女「あのね。お城にいると、やっぱり お兄ちゃんは『魔王ー』って感じがするでしょ?」

魔王「……ふむ。兄らしく振舞えていたのではと、少々自惚れていたようだ」

少女「? おにーちゃんっぽいよ?」

魔王「少女が否定したのではないか…」ハァ


少女「え? あ、違うよぉ。私から見てって話じゃなくて… おにいちゃんから見てってコト!」

魔王「俺が俺を魔王だと感じるのは当然だ。魔王なのだから」

少女「でも、外にいれば 『魔王』だって魔王じゃなく居られるんじゃない??」


魔王(…………わからない。魔王が、魔王じゃなく居られる感覚…?)


わからないが、この少女は俺の持たないものをたくさん持っている
もしかしたら、少女の言ったその感覚は 俺の持たないものなのかもしれない

それならば――


魔王「行ってみよう」

少女「わぁいっ♪ 厨房の人に、お昼のお弁当つくってもらってくるー!!」


二人にとって初めての 『休日らしい休日』

長い1日が、はじまる



・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・


森の中を少女と歩いていく
まだ太陽の登りきらない時間、森の中にはまだ冷たい空気が残っている


少女「んー……」

魔王「? 少女、どうし――」

ギュ

魔王「……」


小さな手が魔王の指を掴む
『手を繋いでいる』とは言いがたい。『手に掴まっている』状態だ


少女「えへへ… こうすると、ちょびっとあったかい」

魔王「……ああ。そうだな」


手を握るという行為を知らなかったわけではない
ただ、その幼く小さな手を握ったならば、潰してしまいそうだと思っただけだ

だから魔王は、4本の指を握り締めるその小さな指に 自分の親指を沿わせるだけにした
それでも二人は充分に温まる気がしていた


他愛もない会話を続けながら森の中を行くと
どこからか突然 『チィチィ、キィキィ』と、動物の鳴き声が聞こえてきた


少女「……? この声、なんだろう」

声のするほうに少女が歩いていく
すぐ近くの枝を掻き分けた先には少し開けた場所があり、一本の木があった
そしてその根元から動物の鳴き声が聞こえている


少女「こ、これ なに?」


魔王より先に木に近づき、正体を確認したはずの少女はそう呟いた
それを後ろから覗きこみ 魔王が答える


魔王「うむ。リスだな」

少女「リスはわかるけど… リスってネズミを食べるの?」

魔王「? リスはネズミの一種だ。まあ仲間を食することもあるかもしれぬが…何故そんなことを聞く」

少女「だ、だって リスがネズミを捕ってるところなんて、初めて見たから…」

魔王「………?」

少女「…うぅ、なんかなぁ…」ハァ


魔王「…少女。もしやこの小さい方のヤツのことを、ネズミと言っているのか」

少女「うん、そうだけど…?」

魔王「これは、リスの赤子だ」

少女「えええ!?」

魔王「生まれて間もないのだろう」


そこにいたのは2匹のリスだった
その内の一匹は、まだ地肌がほとんど見えるほどに幼い


少女「ふさふさで可愛いリスさんも、赤ちゃんって毛がないんだぁ…」

魔王「ふむ。おそらく、何かの間違いで巣からおちたのだろう。この大きいほうは、母リスかもしれぬな」

少女「ええ!? 大変じゃない!」

魔王「何がだ?」

少女「そうだとしたら、このお母さんリスは きっとこの子を助けようとしてるんだよ!」

魔王「ああ、そうだろうな。だが――」

少女「早く助けてあげよう!」


慌てるように決心を決めた少女に対し
魔王は冷静に言葉を返した


魔王「必要ない。それが自然の摂理だろう」

少女「セツリ…?」

魔王「ふむ。摂理とは…」


言葉の意味を説明しようとして、止める。意味などは後で辞書を引けばいい
少女が理解できずに居る事は、あくまで『助ける必要が無い理由』――


魔王(やらずともよい事があると知れば、生きる上で面倒事も減る。その為の知識を、ひとつ与える事が出来るな)


魔王は言葉を改めて、話を続けた


魔王「……この子リスがここで死ねば、それを食べて生き永らえる動物がいる。この子リスが死んだとしても、それは無駄にはならないという事だ」


そう説明した後、魔王はどこか誇らしさを感じていた
自分には、まだこの少女に与える物があるのだと。与える事が出来るのだと

だが


少女「…それは、そうかも、しれないけど……」

母リス「チィチィ… チチチッ」


少女は子リスをそっと掌に乗せ、木の高い場所を見上げると
それきり黙り込んでしまっただけだった


魔王「……どうした?」

少女「あの穴が、おうちなのかな。……高い所にあるんだね」


魔王が少女の視線を追ってみると、樹上に小さな穴が開いている
子リスが落ちたとするならば、今 生きているのが不思議な高さだった

魔王「イタチや鳥のようなものに連れ出されたのだろうな。その後、取り落としたか何かして、ここに残されたと考えるべきだろう」

少女「……そっか」

魔王「こうして未だ食われずに生きているあたり、つい先程の事かもしれぬ」

少女「ついさっき…。それで、急にお母さんリスさんが鳴きだしたんだね」

魔王「ふむ、ありえるな。ヒトの気配に驚き、捕獲途中で逃げ出したか」


少女はそんな話をしている間中、忙しなくあたりを見回していた
掌の上の子リスを気遣っては、小さく困り果てた溜息をつく


少女「うー。 木に、登るようなひっかかりもないし…どうしようかなぁ」



魔王「……何があったかは知らぬが、この子リスはどうやら相当に運がわるいな」

少女「急に、どうしたの?」

魔王「少女はそれが摂理であると説明したのに関わらず、この子リスを助けようとしているのだと気付いた」

少女「う、だって。 …っていうか、どういう意味??」

魔王「摂理に逆らってまで救う必要はない。それがこの子リスの運命だったのだ。むしろ逆らうことでその運すらも悪くしているのでは――と、言いたかった」

少女「え?」


魔王は樹上の穴を指差し、続けて言葉にあわせ 順に指差しながら数え上げていく


魔王「巣からおちるような何かがあった時点で、一回。実際におちて母リスですら助けられない時点で、二回」

魔王「さらに、人に拾われても助けられずに困っている現在……この時点で三回だ」


少女「それ… 何の数?」

魔王「この子リス、三回も死の淵にたたされている」

少女「……………」


黙り込んでしまった少女をみて、魔王は呵責を感じた

『助ける必要は無い』と教えたいだけだったのに
助けようとする少女を責めていると、思われたかもしれない


魔王「……だが死の淵を味わうだなどと、2回でも充分だ。コイツは元々、よほど運が悪いのだろう。だから救おうとなどせずとも――」


弁解交じりに説明を続けようとすると、少女は魔王をじっと見つめた後でにっこりと笑った
そうして掌の小さな命を愛しげに見つめ、口を開く


少女「そんなこと、ないよ」

魔王「………俺が間違っていると?」

少女「うん。だって、3回も死に掛けたのに、今 まだ生きて…私の掌にのっている」


少女「それに、このままやっぱり見捨てるなんてしないもん。おにいちゃんが止めても、ちゃんと助けてあげるつもりだよ」

魔王「……する必要が無いと知っていても、そうすると言うのか。何故だ」

少女「必要が無くても、この子がそうすれば生きていけるから…かな??」


屈託無く笑う少女
与えたつもりで誇らしく思っていたものの、それを否定された気分だった
魔王は知らず知らずの内に、子リスを疎ましく思ってしまった


魔王「ふん、これだけ運の悪い子リスだ。生き永らえたところで近いうちに…」

少女「でも、ちゃんと助けてあげられたなら…それって、3回も生き永らえたって事になるんじゃないかな」

魔王「生き永らえた……?」

少女「うん… うん、そう! だから、この子リスは運が悪いんじゃなくて。“生”に恵まれてるの!」

魔王「“生”に?」

少女「それってきっと、すっごーーく運のいい子リスちゃんだよ! 生に恵まれるなんて、すごく素敵なことだもん!」


確かに、3度も死に掛けたのは確かだ
この少女が俺の言うことを聞き、このリスに手を出さずにいれば
このリスは3度目の死の淵を味わい、その次こそは死ぬ

だがこの少女が『する必要が無くても』『止められても』助けるのならば… 
確かに、この子リスは3度も生き永らえてみせた事になる


それまで強固に意志を貫いた事の無い魔王にとって
貫くことで真逆に変わってしまうものがあるという事実は衝撃的だった


魔王(……そうか。この子リスは少女によって 『“生”に恵まれるという素敵な事』を手に入れるのだな…)


魔王はこれまで、生というものに価値など無いと思っていた
それどころか、自分が生きる意味などない… 生きる必要が無いとすら思っていた


魔王(生きたいという意思を持ち、貫くつもりであれば… 俺の“生”の価値も真逆になるのであろうか)

魔王(生きることに、価値が生まれるのであろうか)



少女「おにいちゃん? 難しい顔をして、どうしたの?」キョトン


生きることの価値など知らない。わからない
そこまでして得るべきものなのかどうかさえ疑わしい


少女「おにいちゃん?」

魔王「………」ジッ

少女「?? 私、顔になんかついてる…?」


そうだ、この少女は生きたいといっていた
それは生きる価値を知っているからこそなのではないだろうか

俺が彼女を気に留めた理由は まさにそれだったのだ。ならば――


魔王(俺が真に欲しいのは… 『生きる価値』なのではないだろうか)



少女「うぅー。おにいちゃんも返事してくれないし… どうしよう、お城に連れ帰って飼うとか…は、あんま良くないのかなぁ」

少女「普段の生活とか、リスちゃんの他の家族とか 知らないもんね」

少女「お母さんリスさんと離れるのは寂しいだろうし…。だからってお母さんリスさんを連れてって もし他の兄弟が居たら大変!」

少女「やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ」


魔王が自らの望みに結論を出した頃
少女はリスにそんな風に話しかけていた

どうやっても助けるつもりらしい。それも、最善の方法で


このリスは少女によって、その『運の価値』を逆転させた
少女は何かを与えると他のものに引き換えるだけではなく、そんな事も出来てしまう

彼女に変えられるというならば 俺も変えてもらおう



棄ててもよいと思える程度の生きる価値を
尽きるほど無く幸福が湧き出るという、そんな価値あるものへ――



魔王はどうしたら変えてもらえるのかわからなかった
だから聞いてみることにした


魔王「おい、そこの子リス」

少女「え? えーと… お兄ちゃん、もしかしてこの仔に話しかけているの?」

魔王「名がわからぬので子リスとしか呼びようがないが、そうだ」

少女「………」

魔王「お前は今、生きるための手段が尽きようとしている」

魔王「俺が、生きるための手を貸してやろう。そのかわりに、教えて欲しい事がある」

少女「それは無理だよ、喋れないもん」

魔王「」


至極当然のことだったが、魔王は必死になりすぎてそれすら気付けなかった


少女「あはは! よかったね、子リス」

魔王「何がよかったというのだ…」ハァ

少女「おにいちゃん、手をかしてくれるんでしょ? この子リスに」

魔王「それは、どうやってお前が少女をその気にさせたのかという教えと引き換えに――」


子リス「チ……」


少女「あ、鳴いた!」

魔王「……しまった」

少女「…おにーちゃん? どうしたの?」

魔王「……リスの言葉は、わからないのだと言ったであろう」

少女「うん、それは私だってわからないけど、それが――


魔王「こいつは条件通り、回答していた可能性がある… それを俺が理解できないだけなのだとしたら、条件を出してしまった以上 助けるべきであろうか」

少女「」


魔王「どうした」

少女「え? あ、だって リスの言葉なんてわかるわけないよ! 真面目な顔でおにーちゃんが冗談言うのなんて、初めてだったからびっくりしちゃった」

魔王「冗談?」

少女「……え? 本気だったの?」

魔王「狼人であれば狼の言葉を理解する。狼たちにも意思がありそれぞれ独自の言語を持っているのを知っている」

魔王「俺自身、力の強い狼であれば多少の言語を汲み取ることも可能だ。まぁそれほどに力を持ったものは元々狼人の血を――

少女「狼さん… 喋るんだぁ」


少女はどうやら既に興味が逸れたようで、話が耳に入っていないようだった


魔王「……まあ、リスもそうであったとして不思議ではないと思ってな」

少女「ふぁぁ… すごいんだなぁ…『魔王』って…」


少女は感心していたが リスはリスだ
魔王の創りだした狼人の血が混じった狼のような特別なリスではないし、リス人など創った覚えもない

だからリスはただ鳴いただけだ
もちろんリス同士であれば意図のある鳴き声だとしても、魔王に答えた訳ではない――考えればわかることだ

魔王は、目に見えないあやふやなものについて難しく考えすぎて
正常な判断力を失っていただけだった。普段ならば、やはり捨て置いただろう


魔王「どうしたものか…」

少女「……もしも答えてくれてたのかもしれないって思うなら、助けてあげればいいとおもうの」

魔王「しかし」

少女「あのね? おにいちゃん。んー……情けは人のためならず!、だよ!」

魔王「……?」


少女「コトワザ、知らない?」

魔王「いや、その諺は聞いた事がある……うろ覚えだが」

少女「じゃあ、そういうことだよ!!」

魔王「なんと。俺は助けないほうがいいのか」

少女「えええ? どうしてそうなるの!?」

魔王「? 情けは人のためならず、なのだろう?」

少女「う、うん だから……

魔王「『情けをかけても、その人の為にならない。時には厳しくする事が必要だ』……という意味では…なかったろうか…?」


あまり自信がない
目にした事はあるが、有用な諺だとは思えなかった、という記憶があるのみだ


少女「え……そうなの? むぅ。せっかく、難しいコトバをめずらしく使えたと思ったのに 間違えちゃったかな」


魔王「どう間違えたのだ?」

少女「情けをかけるのは、相手のためじゃなくって。いつか、めぐりめぐって、自分のためになるものだから かけてあげるといいよっていう意味だった気がして」

魔王「なんと。それでは俺の思っていたものと、意味が真逆ではないか」

少女「あはは! ほんとだね?」

魔王「だが結局それでは、どうするべきかわからないがな」


少女「むぅ… いい。間違ってても合っててもいい! 情けは人のためならず、だよ!!」

魔王「どちらの意味なのだ…」

少女「えへへ。かけてあげるといいよって方! だって、そのほうが素敵だもん!!」ニコ

魔王「素敵……」

少女「うん!! そのほうが、ずーーっと、素敵!! えへへ!」

魔王「素敵といわれても、何がどう素敵なのか分からない…」

少女「えー?」


魔王「そういえば少女は、先ほども『“生”に恵まれるのは素敵な事』だと言っていたな」

少女「え? あ、うん。言ったね。それがどうしたの?」

魔王「目に見えない物ばかり、よくそれほどに価値を見出しては次々取り扱うものだと思った。いつかその技術も手に入れたいものだ」ウム

少女「ほぇ?」


『生に恵まれるのは素敵なこと』
改めて考えてみれば、そうなのかもしれない

生きることの価値を知っている者にとっては、
きっと生というのはとても重要なものなのだろうから

だから、そういう者にとっては『生に恵まれているのは素敵』なのだろう
今の俺に、それがわからないのも無理はない


魔王「よし、まずは その素敵とやらを確保しておこう」

少女「へ?」

魔王「するべき事が、今日だけで増えすぎて収拾がつかない。情けをかけることが良いか悪いかなど、もはやどうでもいい気分だ」

少女「え」

魔王「少女。協力して欲しい」

少女「へ? へ?」


少女の身体を抱え上げ、持ち上げる
そのまま掌に少女の足裏を乗せ、さらに頭上へ――


少女「う、うわわわ!?!?」グラグラッ

魔王「すまない。俺自身でそのような小さな生き物を掴んでは、潰して殺しかねない」

少女「な、なに!? ひゃっ、ちょっ、た、高い!」ワタタッ!

魔王「俺の代わりにその子リスを巣穴にもどしてやってくれ。これならば巣穴に届くでだろう」

少女「あ………… うん!!」


少女が手を伸ばし、巣穴の中に子リスを入れる
それを確認してから、ゆっくりと少女を降ろした


魔王「おかげで手っ取り早く片付いた。助かったと礼を言おう」

少女「ふふふ。助かったのは、リスのほうだよ?」

魔王「条件を果たしたかどうか確認する時間が惜しかっただけだ。確認手段がない以上、いっそ“情け”をかけてみてもいいかと思った」

少女「えへへ。そうだとしても、今のおにいちゃん 素敵だよ!!」


魔王「……なんと?」

少女「え? だから、素敵だねって」

魔王「何処だ」

少女「え?」


魔王「素敵だといったではないか。俺は素敵を手にしたのか? なんの実感もないが」

少女「? おにいちゃんは、素敵だよ?」

魔王「俺が『素敵』に変わったのか? どこらへんが素敵になっているのだ?」キョロキョロ


少女(どうしよう。『魔王モード』じゃないおにいちゃんは、すごく変かもしれない)


魔王「俺が『素敵』に変わってとしても、俺の目には見えないのか…?」


少女「ぷ…… あは、あはは!! 『魔王』じゃないおにいちゃんって、おもしろいんだね!」

魔王「!? 俺は『素敵』になって、『魔王』ではなくなったのか!? なんてことだ!」

少女「あはははははははは! もうだめ、あははははは!! やめてえ! あははは!!」


魔王は至って真剣だったが
魔王の思考など知らぬ少女にとっては本当に愉快そうに笑い転げていた

『素敵』の正体について、結局 最後まで魔王はよくわからなかった
だが、どうやら少女は正しかったらしい

事情はともあれ、リスに情けをかけた魔王
紆余曲折あったが、結果 少女は今 とても楽しそうに笑い転げているのだ
少女が笑っていると幸せを手にする事が出来る


魔王(なるほど、情けをかけるのも悪くない…。 情けか、存外馬鹿にもできぬものだ……)フム

少女「あははは! 待って、今かっこいいポーズは禁止ぃ! それはズルいよぉ、あはははは!」

魔王「は?」

少女「だいじょうぶだよ! おにいちゃんは素敵になったわけじゃないけど、そのままで素敵なんだからぁ」アハハハ

魔王(……これ以上聞いていると、余計にわからなくなりそうだ…)ハァ


涙をながすほどに笑い続ける少女
「笑い疲れたぁ!」と 満足気な吐息をついて魔王にポテリと寄りかかってきたのは、しばらく後のことだった

腰を降ろして休憩を取ることにしたが、その間も少女は思い出しては口元を緩めている
諌めるつもりで頭を撫でてやると、小さく笑いながら頭を擦りよせて甘えてきた


少女「なんだか、疲れちゃったのに すごく気持ちいいー…」

魔王「そうか。……よかったな」ナデ

少女「えへへ。ずっとこうしてたいなぁ…」スリ・・・

魔王「……」ナデナデ

少女「おにーちゃん…… えへへ。こんなに幸せなんて、本当に夢みたい」


そんな少女を見て、抑えられないほどこみあげてくる何かがあった
いつまでもこの感情をと願った、それだった


魔王(この感情を、また手に入れることができた……。いや、できたどころか…)

魔王(この感情は…… 本当に、尽きることなく湧き出してくるようだな…)


魔王はまだ、それが何であるかなど わからない
ただ、尽きることなく湧き出るままに この少女に与えられたらいいのにと思っただけだった



しばらくして、だんだんと眠気すらも覚えてきた頃
リスの鳴き声が聞こえてきた。二人揃って、樹を見上げる


母リス「チチ…キィッ!」

少女「? あ、さっきのお母さんリスさん?」


子リスを巣穴に戻したと同時、あとを追いかけて巣穴にもどっていた母リスが、巣穴から顔をのぞかせている
母リスはふたりを確認するかのようにしたあと、巣穴から まんまるいドングリをひとつ抱えて出てきた


少女「あはは。おにいちゃんに、くれるって。可愛いね」

魔王「おまえはリスの言葉がわかるのか? ならば先ほど通訳を依頼するべきだったな」

少女「わかんないってば! んー…でも、言葉はわからなくても、わかるんだよ」

魔王(眼に見えないものだけでなく、耳では聞こえないものまでも取り扱うのか…。もしやこの少女、ただの貧しい花売りではなく大魔術師か何かの才能を……)


母リス「チチッ! キィッ!」

少女「ほら、お兄ちゃん。 リスさんが、受け取ってほしくて待ってるよ?」


リスをみやると、確かに待っているようだった
どんぐり。どんぐり…… どんぐりなど貰ったところでどうするのか
確かにどんぐりの実など持っていない。だが――


魔王「そのようなもの、要らぬ」

少女「……おにいちゃん」

魔王「む。必要がないからと突っ張ねるべきではないか。ならば、必要があった際に収穫しよう。今は要らぬ」

少女「おにいちゃん、あのね」


少女は 寂しがるような目をしながら、声を潜めた


少女「……こういう時は、いらないって、言ったらだめなの」


魔王「…何故だ?」

少女「おにいちゃんが要らないのは、このどんぐりだよね?」

魔王「ああ」

少女「でもね。このリスさんにとっては 大事なものなんだとおもうんだ」

魔王「食料だろうな。体格を考えれば、まあ相当量かもしれぬ。特に哺乳中だろうし…」

少女「そう。きっとこのリスさんにとって大事なもの。でも、一番大事なのは、きもちだよ」

魔王「きもち?」


少女「リスさんがおにいちゃんにあげたいのは、どんぐりじゃないの」

魔王「……どういう事だ。こいつは確かに 『どんぐり』を渡そうとしている」

少女「うん。大事な大事などんぐりを、いっぱいの ありがとうの気持ちをこめて、おにいちゃんにあげようとしてるんだよ」

魔王「…………気持ちを… どんぐりに 込めて…?」


魔王は知らない。気持ちのこもった贈り物なんて、知らなかった

持ちきれないほど多くを与えられた。財宝も権力も何もかも…
だが、その中にはひとつだって 魔王への想いをこめた物などはなかった

魔王にとって、どんぐりはどんぐりで 金塊は金塊なのだ
そこにある実物以上には、他にはなんの価値もつかない“物”にすぎない


与えたり、与えられたりする物の中に
そんな想いがこめられている事があるだなど…思いつきもしなかった


少女「もしもおにいちゃんが、『そんなのいらない』って言ったらね。それは、どんぐりがいらないっていうだけじゃなくて…」

少女「そのリスさんの想いや… あの子リスの命までも、全部。『価値がないから、いらない』って言うのと 同じなんだよ」ニコ


魔王「……そうなのか」

少女「うん」


価値があるものだとわかっていても
それを見る目のない誰かに“価値がない”と言われたら不快だ


魔王「……」チラ

少女「……?」


魔王(そうだ。評価されないとはいえ、自分が価値あると信じた者を侮辱されるのは不快だった)

魔王(そうするヤツは、『愚かで要らぬ者』だと思ったはずなのに… 気付かずに俺自身も同じ事をしていたのか…)


生きる価値が欲しいのに
自らで『要らぬ者』にはなるわけには、いかない


魔王「…俺は、どうすればいい」

少女「もらってあげて? そのどんぐりはね、リスさんの気持ちなの」

魔王「ただ、貰えばいいのか?」

少女「気持ちは カタチにできないけど、カタチのある物の中には 気持ちが入ってることがあるんだよ。その気持ちを、貰ってあげて」


難しいことを言う
少女は時に理解できないことを言うが、今日はさらに難しい

リスのもっているどんぐりは、なんの変哲もないクヌギの木の実だ
だが、これに“気持ち”というものがはいっているらしい
俺にはそれが見えないしわからない。それなのに、それを貰えという


魔王「………」


目に見えない、物の『価値』
少女のように 俺も『生きる価値』を持ったときには、わかるようになるのだろうか


少女「おにいちゃん……」

魔王「……済まない。今の俺にはそのどんぐりの価値がわからない。それでも、受け取ってよいだろうか」


問いながらリスに手を差し出すと
ポトリ、と 掌にどんぐりを落とされた


魔王「………これは、受け取って良いということだろうか」

少女「うん。きっと、そうだよ」ニコ


これをもっていれば 
いつかはその気持ちとやらを確認できるかもしれない

だがいつになれば確認できるようになるのかなど、わからない

いつまでも確認できない可能性もあるし
確認できたとしても時間がかかるものかもしれない

それでも、持っていようと思えたのは 何故だろう


魔王「…む? だがしかし、長く置いておいたら芽などが出てしまうかもしれない」

少女「え?」

魔王「どんぐりが木になってしまったら、その気持ちとやらは無くなってしまうのか? 芽の出ないよう、工夫して保管しないとならないだろうか」


少女に尋ねてみる
すると少女はまた、心底おかしそうに腹を抱えて笑い出した


リスは、少女が笑い出したのを見て驚いたのか
チチッと一声鳴いて、巣穴にもどっていた


魔王「何故笑う?」

少女「あ、あははははは!!」

魔王「質問には答えてくれぬのか」

少女「あ、あはは!! ううん、木になったら きっと素敵だよ!」

魔王「ほう。また『素敵』、か。しかし本当にそうなのか?」

少女「うん! あはははは! このどんぐりが 大きな大きな木になればいいと思うよ!」

魔王「大きな木になると、このどんぐりが持つ気持ちとやらの価値も高くなるのか?」

少女「ううん! そうじゃないよ…… でも、想像してみて?」

魔王「想像……?」

少女「そう! このどんぐりがね、芽を出して…


魔王は少女の言う通りにしてみることにした
目を閉じ、どんぐりから芽が出る様子を想像する


少女「大きな木になって、すごくすごく おーーーーっきい木になって…… たくさんたくさん実をつけるの!」


脳内で彩られる、秋の季節
赤や黄色に色を変えた木の葉。 実り、大量におちて転がるどんぐり


少女「魔王と私でどんぐり拾いとかするんだよ! そしたらそこに、リスさんがどんぐりを拾いに集まってくるの。 大きく育った子リスも一緒かもしれない!」


なんだろうか
なんとなく、なんとなく 少女の次の言葉が待ち遠しくなっていく

そうなったら どうだと言うのだろうか
だが なんだかそれは、うまく言えないが、とても……


心の中が、満ちていきそうな気がする


少女「でね、そうしたら……!!



「少女!!」


少女「!」ビクッ


突然の、全てを打ち破るような怒声
目を開けてみると 一人の青年が立っていた
敷地内の侵入者に対し、少女を背後に寄せて警戒の姿勢をとる魔王


「やっと、見つけた」


魔王「……知り合いか。あれは何者だ」ヒソ

少女「……あの人は…」


少女「私の、お兄ちゃん……だよ」


魔王「……兄…?」


青年「お前! こんなところで何をしているんだ!?」

少女「お兄ちゃん! あのね、私……!」

青年「いい加減にしろ!! はやく家に帰れ!!」

少女「ご、ごめんなさいっ!!」ビクッ


少女「あ……でも」チラ

魔王「……兄、なのか」

少女「…うん」

魔王「…………そうか」


親はいない孤児だと聞いていたが
言われてみれば『兄弟』がいてもおかしくはない

ましてや俺を兄に見立てて慕っていたのだ
実際に兄がいると考えなかった方がおかしいのかもしれない


魔王「………」


どうすべきか、と思った時
少女がリスに話しかけていた様子を急に思い出した


**************


少女「どうしよう、お城に連れ帰って飼うとか…は、あんま良くないのかなぁ」

少女「普段の生活とか、リスちゃんの他の家族とか 知らないもんね」

少女「お母さんリスさんと離れるのは寂しいだろうし…。だからってお母さんリスさんを連れてって もし他の兄弟が居たら大変!」

少女「やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ」


**************


少女の言葉は、後になって考えると いつも正しかったように思う

それに家族がいるというのならば
まだ15の子供にとっては家族の元に居るのが“いい”のだろうとも思える

どう、“いい”のかはわからないが…
あの子リスが、自分の巣穴が一番なように 


少女にとっても、自分の家が一番いいのだろう



魔王「帰るといい。俺のことは気にせずともよい」

少女「……っ」ズキ

魔王「………帰るといい」


少女「おにいちゃん…… ごめんなさい…」

魔王「お前の兄は… 『おにいちゃん』は、あの男だ」

少女「……っ」


青年「おい!! 早くしろ!」

少女「っ!」ビクゥッ!


振り返りながら、赤い目をして少女はその兄へと駆け寄る


これでいいのだろう
きっといつかは、正しかったと思えるはずだ


青年「……おい。少女、その服はどうしたんだ… まさか、俺が留守をしてる間に買ったんじゃ…!」

少女「ち、違うよ…お金なんか使ってないよ! それに、ちゃんとパンを買って余ったお金だって、いつもの場所に入れて…」

青年「じゃあ、その服はどうしたんだ」

少女「私にって、用意してくれたんだよ。……えへへ、お姫様みたいでしょ? 似合ってる? あのね、実は私……」

青年「……その服なら、高く売れそうだな」ボソ

少女「!」

青年「さあ帰るぞ。お前が働かないと、食う飯も無いんだ」

少女「……うん。そう、だよね」


少女は、先を歩く青年の後ろを歩いて町へと帰っていく
その途中、一度だけ振り返った

少女のその視線を受けとめた時、胸が苦しかった
まるで締め付けられるようだと思った

これも、何かの変わりに 少女から与えられたものなのだろうか


まるで、穴が開いたようだ
その穴の中に、真っ黒い暗雲が詰め込まれたようだ

あの視線が
あの少女の表情が

………強く胸に押し付けられた鏝のように いつまでも焼きついて離れない



離す事も出来ない、焦げ付く痛み
魔王はそれをどうする術も持たないまま…… 


長い月日を、ただ過ごすしかなかった


少女がいなくなった事を 内心で喜ぶ者達に、囲まれながら。



先ほどは一時中断などと言いながら再開に時間がかかってしまい済みませんでした
改めて、今回投下を中断します。
週末の投下が未定ですので その分の投下量を増やしています ご了承ください


>>167-185 Thx!
>>191-195 Thx!

>>172 お約束します
>>185 お付き合いします



初めての休日らしい休日だったのに…

なんとかならないの?
なんとかなるよね?

長い月日ってどれくらいなのかな?


:::::::::::::::::::::::::::::::


少女とその兄の青年を、見送った後
魔王はしばらくの間、そこを動く事が出来なかった

一歩でも下がり、少女が去ったその先から目を離したら
それで終わってしまう気がした


空は 真赤に染め上がり
日は 沈み込んで隠れて消える

夜が 始まる


全てが闇に閉ざされた時に、ようやく魔王は瞳を閉じる事が出来た
目を開けていても、閉じていても 変わらずそこにあるのは 闇だと知っているから
そんな事で、ようやく目を閉じる事が出来た。閉じてもいい気がした


そのまま 日が昇るまで魔王はそこに立ち続けた
日の光を瞼に感じ、目を開ける


魔王(……何も、変わらない……)


朝になってなお、少女の視線と表情がまだ胸に焼き付いていた
変わらず、痛みを伴ったままで

だから まだ、終わっていないと思えた


魔王(終わらない……)


終わらない
痛みは、この胸にある


終わらない
終わらないのならば、安心して戻ってもいい気がする


目を離しても
背を向けても
終わる事などないのならば――― もう、いいではないか

魔王は、後ろを向いて歩き出した


魔王(…なんと……長い、1日なのだろう)



焦げ付き続ける胸の痛みが
少女と過ごした“今日”を、しっかりと記憶に残してくれていると実感した


魔王(今日は…いろいろな事があった)


“今日”という日で、時を止めてくれたような この胸の痛みさえあれば
鮮やかなまま、この記憶や感覚を残しておけるだろう


今までに受け取ってきた様々な感情も
二度と受け取る事が出来ないかもしれない『幸福の余韻』ですらも



――――いつまでも 失わずにいられるだろう



魔王の長い1日は、こうして 続いていくことになった


終わらないものは、「少女と過ごした、最後の日」だろうか
終わらないものは、「少女を想う、魔王の心」だろうか


今となってはそんなことはどうでもいい―― 

そんな事には、関心が無い



:::::::::::::::::::::::::::::::


「魔王様、おかえりなさいませ。朝食をお召し上がりになりますか――」

“終わらない日”に、時間だけが積み重なっていった


「ここ数日、后様をお連れではないのですね。飽きたのでしたら、ひとつ遊戯などに興じられるのも――」

要らないものばかり与えようとする者の為だけに、月日は過ぎていく


「魔王様、代わりの娘を見繕いました。よろしければこの中から――」

そんなものでは、この美しい記憶を穢させまいと 必死に痛みにしがみついた 


「この娘、少女様にそっくりでしょう。辺境村の村長より、是非とも魔王様の夜伽係にと――」

時にその痛みに誘われ、終わりに飲みこまれそうになっても



魔王「『要らぬ』」



これだけは、譲れなかった



::::::::::::::::::::::::::

「……では…」

「…ああ、以前と変わらぬよ…」


その後、魔王は
誰になんと言われようと、関心などもたないと決めた


「…ようやく、アレをお捨てになったとおもったのだが…」

「…まあ、無いに越した事は無いさ。僅かな望みを邪魔されてもな…」


うっかり要らぬものを受け取って
この痛みと引き換えられてはたまらない

本気で、そんな心配をしていた


「…やはり、『無欲の魔王』は 無欲のままであったか……」



何と言われようと、この痛みだけはもう無くさせはしない――
ただそれだけが、魔王をそれまで通りの『魔王』らしく振舞わせていた


もう これだけは手放したくない。損ないたくない
終わらない今日を 終わらせたくない――


抱えきれないほどの財宝も、武力も権力も、自由すらも持ち
望んで手に入らぬものなどない魔王が望んだのは ただそれだけだった


それなのに

無為な時間が増える代わりに、“今日の価値”が磨り減らされる気がする
あの幸せな時間が、つまらぬ時間にどんどんと薄められていく感覚

残酷なまでの、時の流れ
“今日”が終わらなかったとしても、時間は流れていくのだと思い知らされる


このままではいつか 確かにあったはずの幸せな日は 薄れゆくのだろうか
“何も無かった日”へと変わって行ってしまうのではないか


薄れて、消えていくのすら 『怖い』と思った
手放さなくとも、持っていても 消えていってしまう


だから、魔王は
いつまでもいつまでも 鮮やかなままで残していけるように
いつだって焦げ付く痛みに触れ、その痛みを味わった


そんなことでしか
少女と過ごした“今日”の価値を失わずに済む方法が見つからない


その他には 『少女』を失わずに済む方法が、見つからなかったのだ



子が、家族の元に居るのが“いい”のだろうとも思えてしまったから
なにがどう、“いい”のかはわからないままだったから


魔王は、奪うことも、望むことすらも出来なくなってしまっていた


:::::::::::::::::::::::::::::::::

ある朝…


魔王「…………くそ」


あまり眠れない日がここのところ続いていた

夜、夢見が“悪い”と 起きてから安心することができた
夜、夢見が“良い”と 起きてから不安になり 痛みに触れていなければ気が済まない

その日は、数日振りに 夢見が“良かった”
少女を探し求めて歩き、森で見つけ。話し相手にさせて、花を与えて喜ばせた
初めて『楽しい』『嬉しい』という感覚を知った、あの日の夢だった


魔王(……ひまわりの花、か)


寝起きに、ぼんやりとその余韻に浸りそうになる


離別も痛みも、喜びすらも知らなかった自分を思い返す

もっと出来た事があったのではないかと悩むうちに憔悴してしまう
この寝起きの憂鬱さを思えば、悪夢の方がマシだった


あの時、ああして会っていなければ 知らないままでいれた想いがあるのに、と
疲れきって投げ出すように、そう思ってしまう自分に嫌悪する

今となっては何よりも大切なものなのに
まるで本心ではそれを望んでいないようで……


魔王「…………離別してしまえば… そんなものだと言うことなのか……」 


魔王は、もう疲れきっていた
寝起きだというのに動く気力も無く、ベッドの上で身を起こした状態のままでいた


しばらくすると
なかなか現れない魔王を呼びに来る者の声が 扉の向こうから聞こえた

そいつを供に廊下を歩き、謁見室の玉座に座る



少女『やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ』

魔王「……ああ。お前が言うならば、そうなのだろうな…」


覗き見るように触れた痛みの中
愛しげに語りかけてきた少女に返答する


臣下B「何か仰られましたか?」


横に控えていた臣下は、今日の謁見希望者のリストに目を通していた
魔王の呟きを聞き漏らし、声をかけてくる


魔王「………」

口に出てしまうなどと、やはり疲労しているのだろう
限界なのだろうか


臣下B「……失礼致しました。では、本日一組目の謁見者を通します…」



そいつの謁見があったのは
丁度、魔王が少女と過ごした月日よりも 長い月日が過ぎた頃だった


:::::::::::::::::::::::::::::::


何組目の謁見希望者だったかは覚えていない
いつも通りの手順で、一人の貴族が商人を連れて口上を述べていた


少女『(ねぇ、おにいちゃん… すごい事に気がついちゃった)』

少女『(あの、なんか一生懸命な顔でお話してるオジさん…)』


痛みの中で話しかけてきた少女に誘われて ふと見てみる
いつかのあの哀れで蒼白の男ではない事などは承知だ


「ただいま隣国で人気のある見世物屋を連れて参りまして、是非とも魔王様にもご観覧いただければと……」


だから、それが耳に飛び込んできたのはおそらく偶然だったのだと思う
隣国といえば、少女の暮らす国… もっとも、少女が住んでいるのはその辺境だが


魔王(…少女の国では人気のある見世物か)


気をとられてしまったのは、疲れていたからかもしれない
気を紛らわしたかっただけなのだろう

だが安易に見てしまえば、この商人を調子に乗らせてしまうかもしれない

見れば、代わりに何かを要求されるのだろう
そんな物の為に引き換えてしまうのはごめんである

ただ、今朝の憔悴を引きずる頭は ぼんやりとしか働かない
『もっと出来た事があったのではないか』――そんな考えを、思い出すのがやっとだった


魔王(……少女ならば、見たがったのだろうか…)


望むものを与えかったあの少女を想って なすことならば
感心を持つフリくらいしてやってもいいのではないだろうか
そう思いつくと… 言葉が、口からこぼれ出た


魔王「……それは、どのようなものか」

貴族「!」


少女と離れてから 初めてこの場で『要らぬ』以外を口にした
臣下も他の謁見希望者も、動揺を隠しきれずにざわめく気配は鬱陶しい


商人は しめた、といわんばかりの卑しい笑いで手をこすり合わせながら言った


商人「へぇ! ワタクシんところでお見せしているのは 達磨でございやす!」

魔王「ダルマ。そんなものが面白いのか」

商人「いえいえ、珍しく年頃ですので 噂が噂を呼び人気となったのでございやして」


魔王「…年頃? ダルマがか」

商人「へえ。達磨がです」


意味がわからなかった
魔王はしばし考えてから、話しを続けるよう顎で促した


商人「それでは見世物小屋での案内文句でございやすが、お話させてもらいやす」

商人「これは、とてもとても悲しい話でございやした」


商人「この達磨、元はとても貧しい家の娘」

商人「どうやら仕事を休んだせいで、折檻を受け 足を壊したマヌケ者」

商人「そこらの地へ打ち棄てられていたのを、夜盗どもが拾ってきたのがコトの始まり」


商人は、ユーモアたっぷりの抑揚をつけ、慣れた様子で朗らかに語りだした

途中、魔王の反応が気になったのか 口を止めて魔王をちらりとみやる
まるで挑発されたかのような様子は気に入らない

だが、商人のその口上… やめさせることが出来なかった


魔王「…………続けろ」

商人「へえ! …こほん」


商人「足を壊したこの娘、逃げるに逃げれず、夜盗どもから好き放題」

商人「愚かな娘は口煩くわめいてわめいて止まらない。たまらぬ夜盗、まずは口を焼きました」

商人「次に娘は抵抗し、夜盗を殴り怒らせた。怒った夜盗はその腕を叩いて壊してしまいます」

商人「逃げれず、喋れず、拒めない。夜盗は好き放題に楽しんだ。何夜も何夜も楽しんだ」

商人「そうしてついには孕んだ娘、役にも立たぬと また棄てられた――」


魔王「………………それを、おまえが拾ったのか」

商人「いえいえ。ワタクシではございやせんよ」


商人「それを見つけて拾ったのは、一人の貧しい医者の卵――


魔王「その娘はその医者に助けられたのか」

商人「……へぇ。治療をされました」


口上途中に口を挟まれ、苦い顔をする商人
だが、とてもその歌うような口調で聞いている気にはなれなかった


魔王「そうか。……治療されたのか」


悟られないよう、小さく吐息を吐き出す
胸の中を這う、ぞわりとした虫の蠢きのような何かが少し収まった――

と、思った瞬間


商人「ですがまだまだ医者の卵。まずは壊れて壊死した娘の手足を、4本全て切り落としました」

魔王「っ!」

商人「血が吹き出るのを押さえようと、慌てて鏝をあて 切り口を焼き潰しました」

魔王「―――く」

商人「口は元より塞がれて。叫ぶに叫べぬこの娘、そんな治療が終わるとまた棄てられて――」


商人「そうして出来上がったのが ワタクシのお見せする、達磨の娘でございます」

商人「今ではすっかり腹子も育ち、それは本当に達磨のような姿でございます――」


謳いあげると、満足げな表情で礼をする
そのまま、僅かに沈黙した時が流れる

他の謁見希望者も、その口上には驚いたものが居るようだ
その姿を想像し、嗚咽を漏らすものもいる始末
聞かずにいればよかったと、後悔の表情で顔を背けるものも居たが……


魔王だけは商人をみつめたまま、一言だけ呟いた


魔王「………それは… 生きて、いるのか」

商人「へぇ。生きてますので、お見せしてやす。口の真ん中に穴を開け、じょうごで飯を与えてやす」

魔王「――――」


残虐な話など、これまでいくらでも聞いていた
魔国に限らずとも、戦地に赴けば5体満足な死体のほうが珍しい

そうだというのに 何故、これほどに俺は取り乱しているのだろう
どうして身体中が、冷たく凍りつくように感じるのだろう

言葉が、出てこない


商人「哀れな話も、ここまでいくと滑稽でしょう」

魔王「…滑稽……?」

商人「つまらぬことで逆らい、酷い目にあって。またつまらぬことで逆らい、また酷い目に合う」

商人「学習するということをしない、愚かな娘。本当に、滑稽でしょう」


悪びれも無く、本心からそう思っているのだろうか
ただその顔には、芝居小屋で客にしてみせるような 愛想笑いを浮かべている商人


魔王だって、もちろん『魔王』だ

これまでにも、その役目として断罪や処罰をする事があった
何も考えなかったし、何も感じなかった。ただ、無感情に首を刎ねた


魔王(俺は、刎ねられる者の目に どう映っていたのだろうか)


気持ちが悪い、と感じた
急に この卑しい笑いを浮かべた商人に 自分が重なって見える気すらした

そう感じた瞬間
斬り殺してしまいたい欲求に駆られ、剣に手が伸びそうになる


実際に伸びなかったのは
冷え切って氷のような手の感覚に違和感があるのに気付いたからだ
違和感に僅かな気をとられたことで、ようやく理性を薄皮一枚でつないでいられた


それほどまでに衝動的で強い嫌悪感を覚えたのだ
この卑しい男には 自分の顔が写って見えているのに。斬り捨てたいと強く思った

『怒り』を露にして。おまえが嫌いなのだと、声高に叫びながら――
荒ぶるがままに、斬り捨ててしまいたい


魔王(そうすれば その最期の俺だけは、きっと少しは………)


商人「魔王様、どうなされました」


声をかけられ、思考の海に落ちかけていたのに気付く
機嫌を伺う商人の様子は、僅かに不安の色を浮かべていた

……もしもニコニコと笑っていたら、次こそは本当に斬り殺していただろう
達磨の事を、気にしてやることも出来ないままに……


魔王は、言葉を搾り出して会話を続けた
嫌で嫌で仕方ないと思いながらも 聞かなければ居られなかった


魔王「………滑稽だから、見世物にしているのか」

商人「へぇ…。まあ、事実は小説よりも奇なりと申すものでしてね」

商人「元は悲劇の娘として出した達磨でございやす。ですが巷の反応は予想外でしてね」

魔王「……人気、と言っていたな。どういう反応なのだ」


商人「へぇ。『言うことを聞かずに仕事をさぼってばかりいると、達磨になってしまうよ』と――」

商人「今 隣国では、親がこぞって子供達にこの娘を見せに 集まってくるのです」

魔王「………」


商人「それもあって、ここまで運の悪い娘は最早… と、この娘を滑稽と思うようになりやした」


運の悪い、娘

何度も不遇を繰り返し、それでも生き永らえたその娘は 
あの子リスにしたように 『“生”に恵まれている』と言い換えることが出来るのだろうか
生きているから、運がいいなどと―― 本当に言えるのだろうか


森の中での少女の様子や言葉が
今もまだ つい先ほどのことのように思い出せる

それはそうだ
鮮やかなままの記憶を、必死になって保つように努力してきたのだから

だがそれは、こんな時に
あの少女の笑顔を思い出す為だったのだろうか


魔王「………………」



商人「本日は、その娘を連れて参りやしてね」

魔王「っ!」

商人「今、運んで参りますので。 どうぞ実物をご覧くださいやせ」

魔王「…………」


この 訛りを隠しきれない田舎商人は、
魔王の返事も聞かずに 無礼なことに勝手にそう決めてしまった

貴族や臣下が、それは魔王様の御返事を待ってからだと叱り、押しとどめた
だが、いつもならばすぐに『要らぬ』と言う魔王は 『答えない』

先ほどまでの応答もあって
皆が 無言の魔王を見て、『肯定している』と―― 勝手に決めてしまった


商人はキマリのわるそうな辞儀をして、室外へ娘を連れに行く


魔王は、言葉が出ないだけであった
どう答えていいのか、わからなくなっていた

記憶の中で笑う少女が、様々な事を語りかけてくる

妙に胸が騒ぐ

どうか―― 違う娘であってくれ、と


その達磨には悪いが

どうか
どうか

あの少女でなければいいと


今にも黒く染まりそうな視界を
歪む視界を なんとか、とどめるのが精一杯で、言葉などは出てこなかった


嫌な予感しかしない

中断します
本日投下分は >>5の「一部、多少の残虐な描写」が含まれております。ご注意ください
明日の投下は少なめになると思います 

>>236-246 Thx!
>>244 何かしらは起こります、と

>>246
ご質問ありがとうございます
確かに人や用途により感覚の違う曖昧な表現でしたので、今回投下分で
「魔王が少女と過ごした月日よりも 長い月日が過ぎた」と明記しました
現時点で魔王は相変わらず「離すことも出来ない痛み」をどうする術も持っていないようです


なるべくならハッピーエンドにしてほしいな


::::::::::::::::::::::::::::::


商人「おまたせしやした」


ドアが開くと、商人は手押しの車を引いて入ってきた
真紅の豪奢な布が引きずるように被せられ、そう大きくも無い荷物を覆っている


商人「これからお見せするのは、作り物ではございやせん。芸の為に用意した、『ヤラセ』などでもございやせん」

商人「小屋ではあまり言いやせんがね。実はこの娘、コチラの城よりほど近い場所の生まれなのですよ」

商人「お疑いになるようならば、行って確認なさってもかまいやせん。友人・知人を名乗る者も少しはいるようでございやす」


自慢の収穫を披露するかのごとく、もったいぶって余計な口を聞く商人
黙れといってやりたいのに、出される情報には余計に言葉をなくしていく


商人「魔王様はご存知ですかな。国境沿いの森を抜けた少し先にある、貧しく荒れた小さな町のことを――」


不安感を、絶望感を、促されていく


言葉を失ったまま箱を見つめ続ける魔王を見て
商人は『充分な期待と関心を引きつけた』と、満足げな笑顔を見せた


商人「では、ご覧いただきやしょう―― 



商人「これがその、滑稽なほどに 哀れな達磨でございやす」


バサアッ!!

一息に布がめくられると、中には前面の板だけがはずされた箱があり
その箱の中には 商人から聞いたとおりの―― 

いや。聞いて想像した以上に、奇妙な『ダルマ』が納められていた


魔王「……………………」



連れてこられたのは
元は美しかったであろう娘の “頭部と胴体”だった

栗色の長い髪は、ところどころが ざんぎりになっていたし
話に聞いたとおりの 酷い様相をしている

服は着せられていない
腹に朱墨で、“達磨”と達筆に書かれているだけだ

ともあれ、それは――



少女では、無かった




魔王は 布がめくられて達磨を見た瞬間、『良かった』と思い胸を撫で下ろしていた

残虐な行為などに特別な関心はなく
その醜く爛れた傷跡でさえも、『爛れた傷跡がある』以上の感想を持てない

手足の無い者を見ても、ただ『手足の無い者』としか思えない
だから魔王は、そんな“悲惨な見た目を注視する”ことはしなかった


商人「いかがでしょう。こちらの娘のこの風体、あまりに哀れであまりに滑稽で――


少女でないのなら、躊躇無く いつも通りに答えるだけだ
関心を失い、視線を外す


魔王「 『い 


だが視線を流した時に 達磨が動いたように見えた
気をとられ、口を止める


魔王「………?」


正確には、達磨が動いたのではなかった
達磨の腹が、動いたのだ

腹が、時折 妙なカタチに歪み、薄い腹の肉を内側から押している
本当に、子を宿しているのだとわかった


魔王(なるほど、確かに生きているようだ)


死体ならば、手足が無くとも珍しくは無いが
生きてここまでの風体を晒しているとなれば、にわかには信じがたい

商人が見せる前に、『作り物ではない』と前置きしたのも頷ける



魔王(……そうか。これでも、生きているのか)


これでも 生きているのか
これでも 見えているのか 

これでも 『聞こえている』のか……


魔王「―――――――っ」


聞こえている
聞いている

この達磨の娘は、この商人や……魔王の言葉を、聞いている


商人「……あの、魔王様。その… やはりこのような身分の娘を見せられては、ご気分を害されやしたか…?」

魔王「………」


気付いた瞬間に、『要らぬ』と言うのが躊躇われた
言っても良いのだろうか。そんな疑問が湧き出してしまった



そんな魔王の気など知らぬ商人は
それまでの自信に満ちた態度を一変させた

魔王の態度が変わったことで、不興を買ったのではないかと不安に駆られ始めたのだ


魔王に嫌われては敵わない
運が良くとも、少なくとも。商人としての生は終わるだろう

そう思った商人は、ひたすらな弁解を始める


「そうですよね。『この程度の不遇』、この時代では珍しくも無い――」

「芸を仕込むわけでもなく、こんな『醜いだけの姿』をお見せして――」

「ワタクシの所では『こんなもの』しかお見せできないが――」


急に自分の持ってきた“見世物”を 口早に次々と貶めはじめる商人


魔王(こいつは… いや、こいつらは……)


関係の無い他人をなじり、貶めることでしか
自らを立たせる術を持たないのであろうか

いつかの謁見室での様子を思い出しながら、そう思う


少女を后だと宣言して見せたあの日も
こうして『他人を貶めて自分の言い訳とする』やつらばかりだった

そして貶められた方は、人の知らぬ場所でただ泣くのだろう
誠実に生き、積み重ねた努力に 「無価値」の印を押し付けられて、泣くのだ

あの時の、少女のように


あの頃の、言葉少なにうつむいて 笑顔の消えた少女の姿が
目の前にいる、無口無表情の達磨の娘と 重なって見えた気がした

いつだって鮮明なまま聞こえてくる、痛みの中の少女の声


『……私、まだ頑張りが足りないのかな』

『もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ』

『少し、疲れちゃった』


あの時の少女の声が
この口も利けぬ達磨から、聞こえてくる気がした


魔王「…………口を、閉ざせ。そこの商人」


だから、それ以上は聞かせておけなくなった


商人「……へぇ。申し訳ありやせん… それで、魔王様。そのぅ……」

魔王「…………」


今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない気がした


こんなもの、必要ないのに
こんなもの、俺は見たくもなかったのに

だが

少女の姿や 少女が教えてくれた感情が
この娘には『要らぬ』と言えぬようにしている


魔王(この判断も……少女から、与えられたものなのだろうか)


どんぐりと、リスの親子
真剣な表情で、魔王を諭す少女の寂しげな瞳

目の前の、光を宿さない瞳
花の盛りの年頃に あまりの悲運に見舞われた美しい娘

様々なものが脳裏をよぎった


言ってしまえば
『要らぬ』と棄ててしまえば

この、哀れでうつろな娘の“生”には価値がないと――
そう伝えてしまうから


今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない



魔王「………………………………… 『貰おう』」



重臣たちがひどくざわめいた


どこか遠くで『やはり、“魔王”なのだな……』と 呟く声が聞こえた気がする



:::::::::::::::::::::::::::


達磨の娘は、国内交易認可証書と書かれた紙切れ1枚と交換された
この娘の価値は 本当に紙切れ1枚分でよいのか問おうとして、やめた


「本当に……これだけの権利を頂いてしまってよろしいのでしょうか…!?」


商人と貴族は、声と身体を震わせてそれを受け取り
ひれ伏して、喜色を隠そうともせずに 大層な感謝をしていたからだ


きっとこいつらも 俺と同じで、目に見えないものを見ることは出来ないのだろう
お互いに目に見えないものでは、取引は出来ない

俺達にとって、『達磨』は
紙切れ一枚相当の価値だとしか… 他に見ようがない


この紙を選んだ理由だって大層な理由は無い

この娘にどれだけの価値をつけるべきなのか、とても判断できそうになかった
娘の中にある“キモチ”の価値など、俺にはわかりようがない

だから臣下に相当以上で与えよと言っておいただけだった
そうして、達磨は 魔王の物になった



与えられる物を断り続けることでしか、国を守れる気がしなかった魔王
多くを与えられても、管理できないし守れない と 拒み続けてきた

そんな魔王が『与えられて受け取ったもの』は
どんぐりと、達磨だけ


魔王(それが… 俺の。 『魔王の価値』だということかもしれぬ…)

どんぐりを与えられた魔王
差し出された達磨を断らず、貰った魔王

そんな魔王の価値など、魔王自身には わかるはずもなかった



::::::::::::::::::::::::::::::::::



魔王「……部屋に運び入れたのか」


自室にもどり、部屋の隅に“置かれた”達磨の娘と対面した


その瞳は 焦点を定めていない
焼かれたという口はもとより、顔全体の筋肉までも一切の機能を果たそうとしていない

虚ろなまま、生きているようだった


達磨娘「……………」

魔王「……………っ」


初めて自分で『貰おう』と声をかけ手に入れた物


最初は何も思わなかった
なんの興味も持たずに見るソレは、ただ“ソレ”だけであった


それなのに

少女の声が、この娘から聞こえる気がするというそれだけで
少女の姿が、どこか重なって見えてしまったというそれだけで

―――酷く、痛々しい姿をしているように見えはじめた


達磨娘「………」

魔王「こんな…… こんな風に思うようになったのは何故だ…?」


思わず、目を背けたくなるほどだった
見ているだけで、心の中で何かが荒れ狂いそうになるようなものだった
大声で叫びだしたいほどの、虚無感を感じさせるものだった


魔王「何故……… 何故、こうなった…?!」


達磨の娘に聞かせる事は出来ない
自室だというのに 魔王は声を隠し、飲み込み、自らの言葉の全てを抑え込む


魔王「……っぐ」


必死さのあまり、その身体が強張り震えるほどに。
唇がわななき、握り締めた拳から 血がにじむほどに――必死に、抑えこんだ


こんなことならば…
こんなことならば……!


そうだ、目に見えないものだけで よかったんだ!
わからないまま受け取ってしまえば それでよかったのに!

モノの中にはキモチがあると少女は言った!
ならばきっと、俺が突然に手に入れたこのキモチは、この娘の中にあったキモチなのだろう!!


俺は、それを貰ってしまったのだ!
だからきっと 俺自身もこんな気持ちになってしまったのだろう!

紙切れ一枚と引き換えに、買ってしまったんだ!
こんな……… こんなものを!!


こんな… キモチという物がこんな物ならば…… 俺は……!
こんな風に、こんなもののために、これほどの思いをせねばならないのなら……!!



俺は、もう  “感情”など “価値”など “キモチ”など




――――――要らぬ!!





その日から 魔王は
少女から引き換えてもらっていたはずの“幸せ”を、手放す事に決めた


ためこんでいたはずの“喜び”も
鮮やかなままに残された“楽しさ”や“満足感”、“達成感”も……


魔王が持っている何もかも全て
残らず、引き渡してしまうことにした



暴風の荒れ狂う中に立たされるような、この息苦しさの処分費用として



中断します

>>270 >>272-283 Thx!

>>278-279 
プロットは完結まで書き終えており、描写と台詞を足していくだけの状態です
内容については変更するつもりはありません


皆不憫だ
どうかその苦しみが報われますように
ちょっと感情移入しすぎだな

魔王の趣味と勘違いして達磨が量産されてしまわないか不安だな



>>303-305の流れを見てほっこりした

>>306
それはありそうで怖いな

>>306 >>308

「芸の為の『ヤラセ』ではございません。確かめてもらっても構いません」――


商人のその言葉を聞き、調べに行った人間はいるようです


ヤラセとわかれば陥れて信用を無くさせる事ができる
うまくやれば、自分も同じ手であの商人のように…

そのような考えを持った者は確かに居たようです


ですが、実際にその町の娘がそうなったことは 町内に知られていました


それが本当の話であった以上
ヤラセで達磨娘以上のものをつくったとしても
魔王にそれがバレた時にはどのような制裁をくらうかわからない…

確率の薄い二番煎じで、そこまでのリスクを負ってまで勝負を挑むような阿呆者はいませんでした


事実、達磨娘はそれだけの境遇に合っていたからこそ
2体目の達磨が『造られる』事はなかったようです


と、後付けで説明させていただきます←


後、今夜の投下が怪しいです…明日になるかもしれません、と

ほっとした。


::::::::::::::::::::::::::


商人に木箱に詰められた後、目の前にあったのは紅い布だけ
ガタゴト、ガタゴトと揺れる木箱
私の下に敷かれている、贅沢に綿を使用した座布団を通しても振動が伝わってくる

木箱の中で倒れた私は、振動によって頭を小刻みに打ちつけられる
その後で静かになったと思ったら しばらくの間、そのままにされていた


商人「おい、よかったなぁ。どうやら魔王様はご興味をお持ちになったようだぞ」


布をめくりあげ、商人が私の身体をまっすぐに立てなおす
ブチブチとした痛みがある


商人「ちっ、木箱のササクレに髪が絡まって…… この急ぎの時になんてこった」


商人は私の髪を切る


商人「まぁいいか。この方が、よほど惨めったらしい雰囲気が出るっつーもんだ」


小さな箒が見えた
切った髪と、抜けた髪を掃いている


達磨娘(また、『私の一部』が棄てられる……)


商人「さぁいくぞ。うまくいきゃぁ、俺は商人として成功の道が約束されたようなもんなんだ」

商人「拾ってやった恩を、返してくれよ? なぁ、『達磨』さんよ」


そうして、また視界は紅く閉ざされる
ガタゴト、ガタゴト。




商人「――……これは悲しい話でございやした…」

「――……そうか。治療されたのか――…」




厚い布越しに聞こえてくる、くぐもった声


今度は誰に『見せしめ』るつもりだろう


いつだったかのように
私を見て、触り、嘗めまわすような人じゃなければいいな

私を転がして、汚らしくむしゃぶりつかれるのはやっぱり嫌だもの

「抗ってみるか、ほら」と、出来ない事を強要されて
愉快そうに嘲笑されて、その責めなのだと 一方的に求められるのは嫌だもの

私が泣いたところで、相手を喜ばせるばかりなのは もう覚えた
無反応で耐えるのが、一番。「つまらない」と、飽きてくれるから

それだけしか出来ない。だけどそれが、私に出来る唯一のこと


達磨娘(何も出来ないのと、変わらないけれど――)


話をしているのは、男の人の声
嫌だと思ったところで、何も変わらない

嫌だと思うような相手が話していたとしても
私にはそれに抗う手段は無いから――気にしちゃ、いけないの


布がめくられる
紅い布をめくった先に、また紅い床


達磨娘(……変なの…。床に、毛が生えてる……)


毛が生えているなら、生き物なのかしら
そう、きっと大きな獣。 私を一口で呑み込んでしまうような。
私はきっと その背にのせられているの


ぼんやりと空想にふける
あまり現実味のある空想ではいけない
夢を見るように、現実の何もかもを遮断してくれるような空想でなければいけない


「――……『この程度の不遇』……――」

よくあることなら、傷ついてもいいのかな
私だけじゃないって思えばいいのかな


「――……『こんな、醜いだけの姿』――」

そうじゃない。聞いてはいけないの
ほら、空想を続けなくちゃ

大きな獣。きっと、豊かな毛に覆われた尻尾が生えているに違いないでしょう


「――……『こんなもの』――…」


ああ

いっそ 耳も焼かれてしまえばよかった
殺してくれないのなら いっそもっと傷つけて。――楽に、なるまで



「『貰おう』」


達磨娘(貰う……? こんな私を何のために…?)


ああ。でも、そっか。 商人はそのためにここにきたんだ
私は売られて、今度はまた違う場所で『飼育』されるんだ

私… 私は また――


達磨娘(また、棄てられたんだ)


視界は、また紅く染められた
この、紅い豪奢な布につつまれる私は きっとこの布よりも安いんだろうな



:::::::::::::::::::::::::::::


ガタゴト。ギィギィ。
軋むタイヤの音は、一角獣の鳴き声
きっと彼は愉快なサーカスの劇団員

いつものように幕が開けば、ざわめいた歓声が聞こえるはず
まぶしいほどのスポットライトに目をくらませて、瞳を閉じてしまうだけでいいの

『ほら、あれを見てごらん』
――ごめんなさい、目がくらんでいて見えないの

『あんなもの見た事が無いでしょう』
――そう。それはよかったわね


いつもの空想は、毎日繰り返しているせいか 幻聴のように聞こえてくる
こうして運ばれれば、きっとそこにはいつもの『見世物』がはじまっているはず


「こちらに…… はい、それでよろしいです」


聞き慣れない女性の声。ショウを伝えるアナウンスではない
布が払われ、木箱から出される私


「あら……?」


私では抗う術もない『粗相の跡』を見たのだろう
生きていなければ、そんな恥をかくこともないのだけれど

恥をかくことにも慣れてしまった
恥ずかしがったところで、いちいち世話をやいてくれる人は居ないのだもの
こうするしか、ないのだもの


女性は何か指示を出している気配がする


私は、真新しいクッションを積み重ねた中に『置かれた』


紅いクッション。黒いクッション。

金色の房が、獣の尻尾に見える
銀色のステッチが、アリの行列に見える

色とりどりの視界は、少し 嬉しい


達磨娘(そうね、あれはきっと 狐の尻尾)

達磨娘(ゆったり生きる狐が、忙しない蟻達に呼びかけているの)

達磨娘(『何をそんなに忙しく生きる? 穏かな空想にふけるのは幸せだよ』……そんな風に、呼びかけてやるの)


そう。まるで幻想の世界に生きる狐のように
ただ穏かな空想の中に埋もれて生きれば きっと幸せも見つかるでしょう


私はまた 新しい空想の世界におちていく――



::::::::::::::::::::::::


気がつくと、人の気配がした
そういえば先ほど、何か 聞いた覚えのある声がした気がする

その後はずっと静かだったから、空想を邪魔されなかったのは助かった
でも今はすこしうるさい

『うるさい』のはいつものことだけれど
今日はいつもより声が『近い』――


達磨娘(狐の尻尾。アリの行列。ほら、空想を続けなくちゃ……)



「2度言わせるな」


苛立った声が聞こえ、空想に集中できない
誰かと話をしているようで、うるさくて狐と蟻の声が聞こえない


「申し訳ございません……!」


「全て俺自らで確認する。どのような素性であっても構わない」

「ですが!」

「俺の決めたことに意見するつもりか」

「………ッ」

「全ての謁見をしばらくの間は拒否する」

「な……っ!」


空想を邪魔する声
それならば、無理やりにでも空想の世界に置き換えてしまえばいい


達磨娘(いばりん坊の狼さんが現れて、狐を追い立てたとしたらどうなるかしら)

達磨娘(偉い狼さんと、ぼんやりした狐… どうなるかしら、どうなるでしょう…?)


次から次に訪れる、新しい空想の要素にまごつく
話を考える内に、また『狼さん』の声が聞こえてきてしまう


「そうだな……有力な情報を持ってきたものの謁見は認めよう」


「欲にかられ、多くの者が情報を持参するであろうからな」

「しかし、そんな事をなさっては……」

「もとより、すべて断るだけの謁見に意味など無かった」

「………。畏まりました」

「出て行け。それと、一人 充分な才を持つ侍女を選んでよこせ」

「……? 何をなさるのでしょうか」

「詮索は『要らぬ』。 それと、釘を持て……長く丈夫な太い杭も必要だ」

「……………承りました」


達磨娘(…………あ)


空想の途中に、現実味が混じってしまった


やっぱり、聞かなければよかったな
新しいお話なんて欲しがらずに、今までと同じ空想を続けていればよかったな


達磨娘(釘は…… 痛そう、だもん…)



「………」

達磨娘「…………」


憂鬱な未来を予想しても、何が出来るわけではない 達磨の自分
だから焦点をあわさぬまま、“狐の尾”を見ている他には無かった

焦点を合わせてしまえば
知りたくもない事や 見たくも無い物が見えてしまう

今までの日々で感じていた『自らを見つめる視線』ですらも
その正体を知って 正しく見つめては、耐えられなかった


直視して良い現実など
達磨である彼女の世界にはひとつたりともありえない


「…………」


だから、今 感じている視線にも気付かないフリをするだけ
何もかもから焦点を外し、何も見てはいけない 何も聞いてはいけない


『知らぬフリを貫き通す』しか、身を守れないから


達磨娘(いっそ…… 壊れてしまえば、きっと……)

達磨娘(でも……)


とっくのとうに壊れていてもおかしくない
むしろ 壊れてしまっていた方が、よほど人間として正しいのだろう

それでも彼女を支えているものがある
壊さずに保たせているものがある

その支えは、いつまで 彼女を支えていてくれるのだろうか


達磨娘「………………」

「…………」



抱き上げられる
運ばれる
柔らかなベッドの上に横たえられる


始めから、服など着せられていない
身を守る術など、なにひとつない


大きな手が、私の腰に触れたのは感触でわかる
そのまま 太腿の半ばほどにも満たない、その短すぎる脚の終わりまで撫でた


達磨娘(……あ… ……また、なのかな……)


反射的に、空想に逃げ込む


こんなに柔らかな場所は、きっと雲の上に違いない
そう、ここはきっと空に浮かぶあの白い雲の上

それならきっと声もとどくはず
音にならないこの言葉でも、通じるはず


あのね。私、聞いてみたかった事があるんです………


ねぇ神様。聞こえていますか?




私のこと―― どれくらい、嫌いですか?




中断します。

>>301-308 >>310-312 Thx!
>>307 俺も

乙ー
達磨娘さんどんな風に話に絡んでくるのか予想がつかない…!


::::::::::::::::::::::::::::


達磨娘「…………」

魔王「…………」


触れてみると、見た目以上に華奢な身体だった
妊婦であるというにも関わらず、肉はほぼついていない

腰骨のあたりの皮が腹に引っ張られ、妙なほどにくっきりと腰骨を浮き立たせている

だがこうして横たえれば腰が伸びる
つまり腰骨は機能しており、その脚の付け根まで神経も生きているようだ

指の腹で脚の先まで押し、筋肉の強張りなどからそれらを確認していく


魔王(触れられても、一切反応しないのか……)

達磨娘「…………」


様子を見ると、置かれている時と何も変わらぬ達磨がいた
腰が伸びているか、曲がっているかの違いしかない

あの、焦点をあわさぬままに薄く開かれた瞳も 変わらない


魔王「――――ッ」


あの瞳だ
あの瞳がここまで俺を苛立たせるのだ

こんなにも心の中をかき乱して
堪えようのない思いを無理矢理に押し付けてくる――


魔王(……俺は、お前のその目が嫌いなのだ……!!)


僅かにでも少女の姿が重なって見えなければ、抉り取ってやったのに


幸福など、何ひとつなくてもいい
今は早くこの感情を処分してしまいたい

痛みだけで、もう充分なんだ
今までのように、何も考えずに生きているのはどれほど楽だったのか


その時、トントン、と ノックの音が響いた

達磨から視線を外し、ベッドから離れる
冷静さを取り戻すために呼吸を整え、入室を促した


「失礼致します、魔王様――ご用命と聞き参りました」


まだ若く、美しい侍女が部屋にはいってきた
胸元を飾るリボンの色で侍女の位がわかる。彼女のそれは『紫』―― 侍女長だ


魔王「…………」


豊かなドレープのついたスカートの前で手を合わせ
ドアから一歩進んだ場所で辞儀をする

落ち着いた仕草と作法
余計な発言をせず、黙ってピタリと立ったまま控える侍女長は確かに有能そうに見えた


魔王「………」

侍女長「…………」


達磨の世話をさせる人物を用意するつもりで呼びつけた侍女長の姿に、沈黙してしまう

決して侍女長の才を疑ったわけではない
恐らく彼女であれば必要な事に応えるだろう


だが、言い表せぬ感情が再びつきあげてくる


魔王(……これは。 この女に世話を任せてしまっては……)


達磨が、侍女長の引き立て役に見えてしまう
その哀れで惨めな姿が、美しい彼女に比較され 余計に際立って見えるばかりであろう


魔王「……………っ」


魔王は言葉を失う

達磨の世話を自分ができるとは思えない
『他の適役』も思いつかない以上、彼女に頼むべき事なのは明白だ


魔王(……だが そうなればこの苛立ちは、どう処理すればいい!?)


このままでは抑えるどころか、余計に感情を荒立たせるばかりになってしまう
彼女が世話をするのを見かけるたびに、こんな思いをしなければならないのか


魔王は、決められずにいた

少女の影を重ねてしまった達磨の哀れな姿は
魔王の中に保っている少女の姿にまで 翳りを落としていた

生き別れではなく、死に別れという『次』の空洞を想像させながら……
魔王は、何よりもそれが怖かった

あれが再び我が身に襲い掛かる事を、恐れていたのだ


魔王(もう……充分だ…!)


口を閉ざしたまま拳を握る魔王
その姿を見た侍女長は、礼をした後に控えめに言葉を発する


侍女長「………僭越ながら、魔王様。ひとつ発言をお許しいただきたく思います」

魔王「なんだ…ッ!」


苛立った声がでてしまう。何をしても、何を考えても……
さきほどから、口から出てくるのはこのような質の言葉ばかり

有能な侍女長はもう一度礼をし、今度ははっきりした口調で進言する


侍女長「先ほど、こちらにお連れしたお嬢様の世話係を用命かと存じます」

魔王「……っそんなことは、確認せずともわかること! それを命ぜずにいるのだとわからぬか!」


やつあたりといって間違いない
このような物言いをすれば、誰しもが謝罪の言葉と共に役目を辞退していくだろう

怒鳴ってしまった後で しまった、と思った
だが、侍女長の反応は意外なものであった


侍女長「私ではお嬢様に役不足とお思いでしたらば、私の手足をもいでお嬢様の横へ留めおきくださいませ」

魔王「……なんだと…?」


侍女長「同じ身となり、その身で感じる事、必要な事を 私の信頼できる者に伝え申しましょう」

侍女長「1日中お嬢様のお側に控えてご様子を見守り、万事上手く進むよう尽くしましょう」

侍女長「私に出来うる全ての事を、魔王様の為にさせて頂きたく存じます――」


腰を落とし、最敬礼の姿勢で静止する侍女長

自らの美しさゆえに魔王が躊躇したとは気付いていない
「おまえでは至らぬ」と思われることが、我慢ならなかったのだ


自らの技術で至らないのであれば
他の者では至る事はないという、侍女としての誇りと自負

だから期待に足りぬのであれば、その身を削ってでも
充分に応えるだけの連携を取ってみせるという、責任感の強さ

そして何よりも『尽くせる事ならば惜しみなく』という、彼女の忠誠心
それが、彼女にそのような言葉を発せさせている


魔王(このような者が、居たのか)


侍女長はまた口を閉ざし、瞳を閉じて魔王の判断を待っている

彼女は自らを捧げているつもりではない
魔王に尽くす役を望み、許可を欲しているのだろう

彼女は、ひたすらなまでに 魔王に尽くしたいのだ


何が彼女をそこまでにさせたかなどに 魔王の関心は向かない
だが、彼女が『強い動機と、揺らぎない意思』を持つ事には憧憬すら覚える


魔王(それは、俺自身は持っていないものだな――… だが…)


この城の中にある全ては、俺のものだったはず
それならば 彼女の持つ強さすらも、俺のものではないだろうか

確かに俺自身は、今まで何一つ自らで選ぶことも出来なかった
与えられて受けとることも、ロクに出来なかった


だが、俺は誰だ


貰うと決めたものを、自らで貶め、扱えなくなってどうするのだ
棄てると決めたものを、痛みを恐れて、抱えて迷ってどうするのだ


俺は 魔王だ


出来ぬことなどひとつもない
持たぬものなどあってはならない


恐れも不安も戸惑いも、既に少女から与えられているではないか
既に持っているならば―― そんなものは、『要らぬ』と棄ててしまえばよい


俺が欲するのは…… 

俺が、持ち得ぬものだけだ!




目を開く
今までよりも視界が鮮明な気がした
血流も魔力も ただ巡るだけではなく、目的地があるかのように流れ出す



魔王「お前。侍女長であるな」

侍女長「はい。左様にございます」

魔王「ならばお前に命じよう」

侍女長「!」


魔王「お前が万事成すことの全て、我が手の成すことと思え」

魔王「お前の失態の全て、我が名を傷付けるものと思え」


魔王「お前のその忠誠すらも、既に我が物だと知るがよい――」


そうだ
俺はすべてを持っている

こいつの気高き自信すらも、俺の物―――


魔王(こいつの中にあるキモチとやらは、俺にもよく見える)

魔王(そう。いうなれば、強欲。自信に繋がるほどの強欲さが見える)

魔王(ようやく気付いた。見えないものが見えないことで、つまらぬものにまで無駄に怯えていただけだ)


俺が間違えていたんだ

全てを持ち、管理し、守るだなどと……
そんなこと 俺に出来るわけがないではないか


俺は、魔王だ
望むがままに使う事こそが、本分だ

そう
尽きること無き贅は、強欲に求めて使うための贄にすぎない

俺が持たぬものがあるとすれば、ただひとつ――


魔王(全てを使い果たした、空箱だけだろう…?)ニヤ




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侍女長は、初めて魔王の微笑を見て ゾクリと背筋が震えるのを感じた
自負している己の『自信』すらも、この魔王には敵わないと思う


侍女長「ま、おう…… さま…」


『魔王様より、命を頂いた』

それは侍女長にとって、瞳が潤み 頬は赤らむほどの誉れだった
目の前にいる魔王は、侍女である自分を手足のように用立ててくれるという


彼女が今 心に抱いているのは
先ほどまであった 献身的過ぎる忠誠ではなかった

魔王の微笑に魅せられて後、そこにあったのは
自らの全てを『強さ』に抱かせる快感だけ――


魔王「我が足ならば、駆けて見せよ」


侍女長は、尊敬する主に対し 礼の辞儀すら忘れて駆け出した
それは、彼女が人生で初めて味わう経験であった

『用意された上品な素振り』など、魔王は求めていない
魔王の為にする事ならば、いくらでも乱れて構わないのだと気付いたのだ

乱れるほどに必死になる事こそ、望まれている


侍女長(あの方は、私の欲に気付き、応えてくださった…!)


確信する
高揚と共に、頭が冴え渡っていくのがわかった

廊下を駆ける侍女長
驚きを隠せないでいる使用人達に 堂々と、指先ひとつを突き出して 指示をとばして行く



城内を駆け抜ける今の自分は
何一つとして、魔王の為にならない所がない

間違いなく 侍女長の全ては、魔王の為だけに活動する存在となっている


侍女長(魔王様を… 満足させて、あげたい……)クス



――侍女長にとって、奉仕は天職であった
古の時代には淫魔と呼ばれていた者の血を引き継ぐ彼女

例え虐げられようと
全身で尽くし、満たして悦ばせる事こそが 彼女の最大の“生”の価値



そんなことは預かり知らぬ魔王

だが、無意識のうちに
まだ魔王は、強い『生の価値』に憧れ―― 欲していたのだ



:::::::::::::::::::::::::::::::::


「それはなんだ」

「これは、天蓋でございます。テントのように中に空間をつくります」

「ほう」

「お嬢様は女性ですので、身支度の際のお部屋の代わりでございます」

「……なるほど」

「それでは次の支度をして参ります、魔王様」

「ああ」


随分長いこと、空想に耽っているうちに眠ってしまったらしい……
予感していた痛みが訪れることはなかった

相変わらず、柔らかなベッドの上に寝かされていると
ギシリときしむ音がした

次いで、身体が引き起こされた
積み重ねたクッションを背に『置きなおされる』


ああ、嫌だな。まだ、これからだったのかな

ほら、空想をはじめよう
さっきの声は 確かあの狼さん――


そう思った矢先、ベッドの上だというのに目の前に靴先が見えた
どうやら目の前に座り、片膝を立ててこちらを見ているらしい


ああ、きっと狼さんね
不遜な態度で、ドカリと座って いきなり狐に話しかけるの
『空想狐は、今日も蟻とお話中なのか?』って。…そうしたら――…


パチン。

突然弾ける音がして、空想が止まる
視界、それも目のすぐ前に、突如 鮮やかな色が飛び込んできた

驚きのあまりに 思わず焦点がそれに寄せられる


達磨娘(…………?)


「ほら。やはり俺に出来ぬことなどないのだ」


大きく鮮やかな黄色い花が目の前に落ち、それを眺めてしまった
見た事がない。だけれど、生命力に満ちた美しさがある

目を離せずに居るうちに、もう一度声が聞こえてきた


「お前の目に写る空虚さなど恐れはしない」

「それよりも恐ろしいものならば、既に知っている」


達磨娘(…………花をみるなんて、どれくらいぶりだろう…)


パチン!!


もう一度、弾ける音が聞こえた
次に視界に入ったのは 降り注ぐ艶やかな色彩

雪よりも軽く舞うそれは
この『柔らかな雲の上』ではどこから降ってくるのだろう

花びらが降り注ぐという奇跡を目の当たりにし、思わず視線をあげてしまった
そこには 奇跡の光景の中にあって、なお浮き出て見える『黒い、強さを放つ瞳』があった


達磨娘(………っ、いけない! 今、目が合ってしまっ……!)


「ほら。俺には、お前を操ることすら容易ではないか」


黒い瞳が、どこか真意の見えない深さを持って 私を射抜く

自信に満ちた声と、挑発的な口調
空想の狼が、目の前に現れたと思った


「俺に操れぬものなら、既に持っている」

「操れぬものならば、不要なのだ」


現実味のない空想の世界が目の前にあった
空想のいらない現実の世界が目の前にあった



「俺に従え」

「俺に服従させられぬものは既に持っている」

「俺が求めるものは、俺の持たぬものだけだ」


どこか自嘲するかのように嗤う瞳
ただその闇の深さは変わらない


達磨娘(従え…? 私が 何を持っていると言うの…?)


疑問があっても、魅入られてしまったかのように動けなかった

動けないのは、手足が無いからではない
きっと、『あったとしても動けない』のだろうと思った

この瞳の前では 手足があるかないかなんて関係ないのだ
あれほど私を苦しめた境遇すらをも、瑣末な問題にすりかえて嗤う 黒い瞳


「ありあまるものが、邪魔なのだ」

「望むがままに与える喜びすらも、既に知っている」

「ほら―――… 望んでみろ」



望めといわれても、私には伝える手段が無い
言葉も手も無く、どうしようもないのに


この人もまた、無理難題を押し付けて嗤うつもりなのだろうか



「お待たせ致しまし・・・ あら…? 綺麗なお花ですね。歓迎のお支度でしょうか?」

「影を見て、影にも与えてみたくなっただけの事」

「影ならば、こちらの用意は丁度よかったようですね」

「ああ… 任せよう」

「はい」



どこからか女性が現れ、狼さんの横に立って話をはじめた
濃い灰色のスカートが見える

今度はきっと、蟻さんが現実に出てきてしまったんだ


蟻さんは、私を椅子の上に『置いた』
タイヤがついているらしく、運ばれて 布で作られた仕切りの中に『仕舞われる』

そして、湯に浸した布で身体を拭かれ… 髪を梳かれていく


「そのような車、よく見つけたな」

「魔王様のお名前で書を出し、城下の椅子職人より取り上げました。車椅子と申します。相応に報酬もあたえてあります」

「そうか。まあいくらでも使えばよい、また与えられるものだ」

「お名前を使ったことは、叱りますか?」

「お前の手は俺の手だと思え。俺の手が俺の名を書いて何が不都合か」

「仰るとおりでございます」


蟻さんの手はせわしなく動き続けている
それを眺めながら座っているのは狼さん


「手馴れているな」

「……以前、妃様にも同様にさせていただきました」

「………………」

「…影でも、よいではありませぬか。今も、見えているのでございましょう?」

「…………関わらぬと決めた。それが『一番いい』のだから…」

「…左様でいらっしゃいましたか」


蟻さんはそのまま、漆黒の艶やかなドレスを私に着せつけていく
口数の減ったまま、座った気配で動かない狼さん


「……さぁ、出来ました」

「ほう」

「このままご鑑賞なさいますか」

「いや…… そうだな。全面鏡の前へ」

「畏まりました」


音も立てずになめらかに動くタイヤ
まるで宙を浮いている気分になる
そうだ、きっとここはまだ 雲の上なんだ


宙をすべる私
ゆっくりと止まると、今度は目の前にドレスの裾が見えた

そのドレスの裾には、柔らかなパニエが縫いこまれているのだろう
ふんわりとしたカーブを描いたまま、広がっている

刺繍なのか、生地の模様なのか
漆黒よりも一段階薄い黒で レース調の花の模様があしらわれた豪奢なドレスだった

その美しさにつられ、ゆっくりと視線をずらすと
胸下当たりには 大きな布量の多いリボンが、しだれる様にあしらってある

さらに被せられたケープは
襟が動物の毛のようなものに覆われて……やわらかくて……暖かか、い……


達磨娘(……これ、は? 鏡・・・ 私? なんでこんな、こんな豪奢なドレス・・・?)


これでは
あってもなくても 腕など見えないだろう
あってもなくても 脚など見えないではないか


私の人生を 全て変えたほどのものなのに
そんなものですら、狼さんには あってもなくても関係ないとでもいうの――…?


「いかがです、お嬢様」

「口も聞けぬのに、問うても意味があるまい」

「耳があるではありませぬか。話しかけて意味が無いなんて事ありましょうか?」

「ああ…。あ、いや。首もある。頷くくらい出来るであろうか」

「ふふ、そうでしたね。 ですがあまり早急に求めてはならないかと」

「そういうものか」

「ええ。特に、男性は」クス

「ふむ」



「さぁ、お嬢様―― お疲れでしょう? 冷製のグラススープを用意させてありますよ」

「む。しかし……」

「じょうごの先が入るのです、ストローが入らないなんて事がありましょうか?」

「……もっともだ」

「ふふ」クスクス


直視したくない現実なんて、嫌だった
寒くて凍えそうな思いをしていた
誰かにこの身体を『見世物』にされるのなんて最低だった
『モノ』でいるのは、辛かった――


彼らには 私のこの口ですら、あってもなくても 関係ないというのだろう
私が何も言わずとも、望むままに与えるからと――― 



こんなの 現実よりは、空想めいている
本当に空想の世界に迷い込んでしまったのだろうか



達磨娘(でも私は・・・ 本当に、空想の世界に生きるわけにはいかない)



鏡の中にいたのは、ツクリモノの“お姫様”


本当の私は
手を差し伸べられても―――――




それを受け取る、手が無いの



中断します
展開の区切りが悪いので、次回からは2日おき程度を目安に
一定量づつまとめて出したいと思います


>>328-334 Thx!

少女が恋しい


::::::::::::::::::::::::::::::

それから数日の間、達磨は相変わらずだった
以前とかわらず、多くの時間を焦点の定まらない目のままぼんやりと宙を見て過ごしている

車椅子の足元に屈みこんで達磨の世話をする侍女長は
「時々、目が合いますよ。見つめていると、段々と焦点がずれていくのもまた愛らしいです」
などと言っていた



侍女長「魔王様、そういえばあのクギはどうなさいましたか?」

魔王「クギ?」

侍女長「…まさか、お手元に届いて無いのでしょうか。ご所望と聞き、杭と共に用意を指示したのですが…」

魔王「ああ……あ、いや。確かどこかに置かせたな」


侍女長「不手際がなくて安心しました。しかしクギだなんて……どういったご趣旨でしょう。何か準備があれば致しますよ」

魔王「椅子を作ろうと思ったのだがな。先におまえが車椅子を用意したので忘れていた」

侍女長「まあ」


自分が、魔王のしようとしていた事に先に手をつけてしまった
侍女長は自分の配慮の至らなさ、行動の短慮さなどを恥じながら深く頭を下げた


侍女長「申し訳ありません。私が思いつく事ならば、魔王様も当然に思いつくこと……」

侍女長「御自身でお作りになられる筈の贈り物を、私が手軽なもので先に済ませてしまうなんて。謝罪のしようもございません……!」


顔色すらも青く染まるほど、自責にとらわれた表情
侍女長は自らの失態に、呆然としたまま 頭すら下げきれないでいたのだ

だが、魔王はそんな侍女長の表情は知らない
車椅子の上で空想に耽る達磨をみつめたまま、発言に訂正をいれた


魔王「贈り物などではない。ただの苦肉の策だ」

侍女長「苦肉の…?」

魔王「こいつの目が、嫌だったのでな」


魔王「こいつの身体は見るからにバランスが悪いだろう」

侍女長「違いありません」

魔王「コイツをみて、俺は無理にでも顔を上げさせてやろうと思ったのだ」

魔王「だがそんなことをして後ろに転げられでもしたら、余計に惨めに見えるであろう」

侍女長「……有り得ますね。重心が変われば、足の短いお嬢様では身体を支えきれないかもしれません」

魔王「だから、上を向かせて座らせておける椅子でもあればと思った。それだけだ」

侍女長「………」


侍女長は、自分が達磨であったらどうしてほしいかを想像しながら世話をしていた
だから魔王のその発言を聞いた時には、驚きが強かった


侍女長(……隠したり…飾ったり。食事の仕方を普通らしくしたり……)

侍女長(私は、“普通のお嬢様”のように見せようとしていただけ…。私であったら、そうしてほしいと思って…)

侍女長(私も… 不自由な身体を受け入れて、正しく見つめていられなかった……?)


見栄えを気にしてしまう
周囲からの目を、気にしてしまう

何も変わらないのだと思いたい
他の人よりも劣る自分を、同じように見せていたい


でも…… きっと、違うのだろう
本当に“その身”になれば、そんな虚栄心だけではどうにもならないものがある

想像できるのは表面上だけの事だった
相手の思いを汲むために、自分を投影しすぎていたから…想像に限界があったのだ


侍女長(いくら投影しようと、想像しようと。私はお嬢様にはなれない)


それならばいっそ、第三者として“見ている”だけのほうが
よほど当たり前に多くのことに気付く事もある

相手を思えば思うほどに、見えなくなるものがあるのだ


侍女長(私は… 尽くすことだけに夢中になって…見えていなかった?)


尽くすという行為は、彼女にとって至上のものだ
探り当て、相手の喜ぶ場所を見つけ出すのは楽しみでもあり喜びでもある

それはまるで、相手の心を愛撫して虜にしていくような喜び
喜ばれることで、『喜ばせた』ことによって、彼女は自尊心を満たしていく


侍女長(……間違った行為はしていないはず。不快な思いもさせていないはず)

侍女長(手足が無いなんて。出来ることならば、思いたくも無いはずですもの)


侍女長(でも、魔王様は そんな触れて欲しくない“急所”に入り込んで…)

侍女長(彼女が本当に欲しいものを、必要なものを。自分がそう望むからと、与えようと言うの…?)

侍女長(それは…まるで…)


尽くす、とはまったく異なる質のものだ
だが、それ以上の悦びを与えるものだ

奉仕を天職とする彼女には、
現実を突き刺される痛みを伴う悦びなど“与えられない”
受け取る事は出来るのに、与えられない

その悦びを与えられるのは、“突き刺せる”者だけ


侍女長「魔王様!」

魔王「?」


侍女長「ご協力くださいませ。私一人では難しゅうございます」

魔王「……椅子作りが、か?」

侍女長「いいえ…」


侍女長「魔王様は、お望みなのでしょう?」


侍女長「この、生をもたぬかのような瞳のお嬢様を…… 生きた瞳にかえてしまいたいのではないかと思いまして……」

魔王「生きた瞳……?」



侍女長「ええ。魔王様はお嬢様を―――


イかしたいのでしょう?




艶めかしい瞳が、魔王を挑発していた

「生かしたいのならば、生かせばいいのだ」―― と


張り切る侍女長に押される様にして、魔王は椅子作りにアドバイスをした

何を言うわけでもない
思ったことを言うだけの単純な行動だった


身体の構造は触れて確かめた
思いつく動き、支えねばいけない身体の場所
そういったものを、魔王は侍女長に伝えていく


出来上がったのは、揺り椅子
座面にカーブがあり、傾いても尻がずれにくい

背もたれは長いが、羽のように後ろに反り返している
頭を上げても、つかえてしまうことがない

大きな重い腹が負担にならぬよう
初期位置で少し上向きに傾いている

そんな椅子だった


その後、自らの意思で揺れ動く視界を手に入れた達磨は
時折、椅子の上で揺れ動くようになった

焦点を合わせない事も多かったが
それでも、上を向いているようになったのだった

一時中断します
私事で書き進められず、投下が遅れた上に少量ですみません
本来の投下予定量に追いつくまで、ブツ切り気味になりますが順次投下していきます


>>360-369 Thx!
>>363 魔王さん、そんな所で何してるんですか


::::::::::::::::::::::::::::::


侍女長「魔王様、今日の分は先ほどの2名だけのようです」

魔王「そうか」

侍女長「……やはり、難しいですね」

魔王「………」


魔王は自室で、ゆらゆらと揺れる椅子を見ながら沈黙した
探させているのは機械技師

肩口近くまで失くした腕、股のわずか下で消えた脚
それに代わる物を作れる、技師だった


侍女長「……精巧な腕の形であれば、作れるものがおります」

魔王「肩からぶら下げるだけの腕に、なんの意味がある」

侍女長「身体を持ち上げ、支えるための脚ならば作れます」

魔王「長脚の道化のように歩き、転んだなら立ち上がれないなど惨めなだけだ」

侍女長「……せめて、神経が生きてさえいれば治癒者と機械師が接合も出来ましたのに」

魔王「無い物を嘆くことにこそ、意味は無い」


送れる限りの場所に、お触れを出した
身分を問わず、有能な機械技師を集めるつもりであった


義手、義足

もちろんその様な物は魔国にも存在する
病気や戦争により手足を失った者はそれを利用していたし
金さえ支払えば、機械仕掛けの 関節が曲げ伸ばし出来る物も手に入る

だが、達磨の場合はそれが利用できなかった

その腕は 肩近くより壊死し、切り落とされ、さらに焼かれている
接合しようにも、肩から真横に生えるような腕になってしまう
下向きに手を下ろそうとすれば、ぶら下げるだけの模型しか作れない

その脚も同様に短すぎた
充分に身体を支えるためには「腰から嵌める長脚の台」にしかならないだろう
無理に脚にはめ込んだところで、スティルトほどにも固定できない


魔王「……」


やはり、ここまでいけば無理なのであろうか
どのような技師を呼んでも 同じような返答しか帰ってこない
奇抜なアイデアといえば、魔王の魔力を用いて 他の生物の手足との“合成”を持ちかけたものが居た位で――



侍女長「……魔王様。やはり、私の手足でしたらお使いになってもよいのですよ」

魔王「要らぬ」

侍女長「……」


侍女長の手足を繋げて動く達磨など、想像するにも耐え難い
あの優しき少女の面影が、嘆く様しか思い浮かばない


侍女長「……あ。そういえば、魔王様… 妙な書簡が届いておりました」


魔王「書簡だと? 俺にか」

侍女長「はい。以前に謁見された方より、お礼状のようです」

魔王「律義者だが、そのようなものに興味は――

侍女長「いえ。再度の謁見を希望されるそうです。次は、代理人に謁見をお許しいただきたい、と」


魔王「ほう。ずいぶんと諦めが悪い。しかしそれがさほどに妙か」

侍女長「それが…言葉が、妙なのです」

魔王「言葉が?」


侍女長「はい。『彼を郵送するので、謁見の許可が下りるまで 城の外にでも置いてください』、と……」


魔王「…………は?」

侍女長「どうなさいますか? どうやら、書き方からして“郵送”済みのようです」

魔王「待て… 謁見するのは 代理人、ではないのか?」

侍女長「はぁ… そのように書いてはあります。何しろまだ荷物が届かないので分かりかねます」

魔王「荷物…」

侍女長「郵送されてくるのならば、ヒトであろうと荷物でございましょう?」

魔王「死体などでなければよいが」

侍女長「それは恐ろしげですね。魔王様は随分な恨みを買っていらっしゃいますこと」クスクス


::::::::::::::::::::::::::::::::


それより四日後
棺桶程の大きさをした木箱が、魔王城に届いた


侍女長「……ひっ」

侍女A「じ、侍女長様…! こ、これはやはり…」

警備兵「おいおい… 届け先は砂漠の国にほど近い街だぞ…?」

侍女A「え? ……え?」

警備兵「そ、そこから7日以上も運ばれて来たのだとしたら…中身は…かなり…」

侍女長「……ッ!」


侍女A「こ、これは。本当に開封するかどうか、魔王様にお伺いをするわけにはいかないのですか……!?」

侍女長「で、ですが。 このような事で魔王様を煩わせるなど…」

警備兵「ま、待てよ。魔王様宛の荷物なんだろ…? 開封していいかどうかぐらい確認したって…」

侍女長「……き、危険物だったらどうするのです。やはりこちらで…」


侍女B「侍女長様。お嬢様用のスープができたと、厨房から連絡が…… ヒッ!? なんですか、それは!?」



そうこうする内に、他の侍女が達磨の食事を運ぶことになった
それを不審に思った魔王が侍女長の元に赴くと…


魔王「……何をしているのだ」

侍女長「……………魔王様ぁ…」グス


木箱に杭を差込み、こじあけようとしたまま固まっていた侍女長がいた
魔王の顔を見た途端、泣き出しそうになっている

そして


魔王「ああ…それはもしや、件の“郵送物“か」

侍女長「は、はい…。申し訳ありません。その、封を開けるのに手間取りまして…」


魔王「………ふむ。この棺桶からは、かなり強い鉄錆の匂いがするな。やはり死体か」


侍女長・侍女「~~~~~~~~~~~~ッ!?!?!」 

警備兵「あ、ああああ 開けるな! 絶対あけるなよ!?!?」



魔王「………」


魔王「死体相手に、何を遠慮する?」

侍女長「え?」


ドガッ!!!


侍女長「」


魔王が木箱を足蹴にすると バキャッ、っという小気味良い音が響いた
木箱に大穴が開き、中身があらわになる


魔王「……これは」


銀色の、美しい全身甲冑だった
ヘルムのヴァイザーは上げられており、中身は空
胸上で手を組むようにして、細身の長剣を構えた姿で横たわっている


警備兵「……甲冑……?」

侍女「西洋鎧…でしょうか。なんと美しい…」

侍女長「こ、こんなものに怯えていたとは……」


警備兵「はは。こりゃいいですね。死体と思いきや、ただの“抜け殻”だったなんて」


ポン、と警備兵の一人が鎧に触れると…
その手を、鎧が握り返した


警備兵「ヒッ!?」


鎧『あまり手荒にしてくれるな―― 我輩に、傷がつく』


鎧が動き出し、身を起こしていく
魔王は即時に身構え、対峙すると同時――



侍女・侍女長「き……

鎧『……“き”?』


侍女・侍女長「「きゃああああああああああああああ!!!! おばけえええええええええええ!!!!」」



鎧『』

魔王「」


甲高い悲鳴が、城中に響いた

魔王城で魔王に仕える者が
腐乱死体を恐れ、血の香に怯え、『おばけ』だなどと――


これに呆れたのは魔王。鎧の方は驚いた様子だった

ともかく、対峙し 争う様子が無いのを確認すると
魔王は場を後にすることにした


背後では、叫び声を聞いて駆けつけた臣下Bに 侍女と侍女長が叱りを受けている
それよりもすぐ後ろには、なぜか鎧がついて歩いてくる

魔王の後ろを歩く“空の鎧”を見た者によって 城内は久しぶりにざわめきだっていき……
部屋につく頃には、すっかり魔王は気分を害していた


魔王城で働くみんな意外と仲良くやってるな


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魔王の自室前……


魔王「おい」

鎧『うむ。何か御用かね』

魔王「こちらの台詞だ」

鎧『はっはっは。手紙は受け取っていないのかね? 我輩は謁見希望者である』



侍女D「魔王様、財政管理の書類をお届けに…」

侍女E「……っきゃ!? か、甲冑?」

鎧『御機嫌よう、お嬢様方!』スチャッ!

侍女D「ひっ!? 中身が…… 空!?」

侍女D・E「きゃあああああああああああああああああああ!!!」バタバタバタ…!

鎧『ははは。これはなんと初々しい。ああ、足元には気をつけなさい!!』カパパ

魔王「……」


ヘルムのヴァイザーを上下させ、まるでそれが口であるかのように振舞う鎧
先ほどからずっと、侍女や兵に出逢うそばからこれを繰り返してきた


魔王を見かけ、通路の端に下がって頭を垂れて礼を取る家臣たち

普段ならば、その前を無言で通り過ぎるだけの魔王であったが
そのすぐ後ろで悲鳴があがるのは何度目だったか

まるで凱旋の勇者のように片手を挙げ、ありもしない愛想をふりまく鎧
時折、そのヘルムを胴体から外して 帽子でするような会釈までする始末


魔王(この世界に、いまだこのような稀有な物が残っていたとはな)


過去にはデュラハンという『首なし騎士』の魔物もいたというが
この時代には、もはやそのような姿の魔物など存在はしない


翼を持ったとされるハーピーも、時と共にその歌声のみを残して翼は退化した
夢の中にまで入り込んだといわれる淫魔ですらも、その神出鬼没さを失った

エルフは長寿種として、ドワーフは低身長という特徴を残し、唯のヒトと変わらない
かつては動いたとされるゴーレムも、いまやその伝説と共に石像として残るのみだ

獣の魔物の多くは、獣の生業を強く残して生きている
ワイバーンは怪鳥として、クラーケンは巨大イカとして。

マタンゴですら今は繁殖力が異常なだけの毒キノコだ


人間も魔族もほぼ大きな違いは無い
まるで国民性や県民性の差でいわれるような特徴しか残されてはいない

確かにいまだ、魔族の中には 狼人のように“獣とヒトの両容姿”を持つものもいるが
おそらく百年のうちに、彼らもどちらかの姿に定まっていくのだろう


この世界は、千年もの昔に生まれ変わった
魔王と勇者の和平によって、新世界に生きると決めた者だけが残された世界

和平、平等
生物としての劣性・優性の排除、魔術行使の委棄――

魔王と勇者の2者によって、この世界から“幻想”は棄てられた
夢物語のような魔法など、一般にはほとんど存在しない


魔術は解明されて、その元素や論理は再構築され
皆平等に学ぶことが可能なものに落とされ―― 化学として、学問になった

そうするうちに複雑な魔術は廃れていった世界
そういった物を使う者がいれば、この世界での異端として排除された世界


今や 人も魔族も機械文明と化学によって生かされている
この世界の全てが、平等に平和に生きていく夢物語を描いていくために……


夢物語を現実にかなえるために
夢のような“幻想”は、棄てられた世界なのだ



勇者ですら、今はヒトの世にまぎれて居ない

勇者は、元々“普通の人間”だったから…
今頃はその末裔達も“少し強い、少し優しい”などの特徴だけを残して生きているのだろう


この世界に残された幻想は、ただひとつ

それは、この世界を作り出すために魔術を委棄せず
他と交わらずに生きていく特徴を残した“魔王”という存在のみ――


の、はずであったのに


鎧『おや、素敵な長剣だね。我輩と一戦いかがかな、剣士殿』パカパカ

警備兵「ぎゃぁぁぁぁ!!」


鎧の友好的で紳士的な振る舞いとは裏腹に
歩く側から悲鳴が上がり、ヒトの気配が消えていく

自分は魔王であるのだから、その軌跡には草も残さぬというならばそれでよい
だがそれ以外が、そうするなどとは想像に難い


唯一であったはずなのだ

そのような異端は、自分だけであったはずなのだ


それに苦しみ、悩んで、自害すらした魔王が過去に何人いたであろうか
強さや権力で孤高に立つ事で、異端である事実を“理由の一部”にすりかえて生きてきた


いまでは魔王とは現人神と変わらない扱いをうけている
全てを持ち、全てが与えられ、全てを望まれる奇跡の存在として存在している
それでいて、羨望されるわけではない

あくまで『魔王』―― 畏怖の対象であることだけは、拭いきれない


それなのに

それなのに、同じように異端である者がすぐ後ろにいて
孤独を恐れず、異端のままに陽気に振舞うだなどと――


“魔王”という存在を、全否定されている気にしかなれなかった


魔王「不快だ」



鎧『……こちらの気候は、我輩の居たところよりも乾燥しておられる。我輩には快適ですな』

魔王「不快指数の話ではない」

鎧『ほう。他には何も無いのにご不快とは。魔王殿は短気であらせられる』

魔王「貴様。城内の騒乱が目的か」

鎧『目的は謁見希望に他なりませぬぞ』

魔王「……」

鎧『それにしても魔王殿。自室を前にして立ち話とは、変わった趣味をお持ちですな』


噛み合わない
思考も、会話も、存在も、何もかも

苛立ちが抑えられない


魔王「帰れ」

鎧『部屋の前まで来て帰れとは、なんと無体な。既にこの城の出口ですら――』

魔王「元の場所へ帰れといっている。お前の謁見は認めない」

鎧『……』


鎧『勘違いをなさっておられるようですな、魔王殿』

魔王「……何?」


鎧『我輩は、女神の謁見を求めにきたのです。――このままでは帰れませぬ』


魔王「…女神………?」



銀色のヘルムが、眩しいほどの光沢を放っていた
まるでその見えない眼光が、本来はそうであったというほどに


魔王は鎧に、自室に入ることを許可した
稀有な存在が、まだ他にもいるとでもいうのだろうか。ばかばかしい

ばかばかしいが――
それを、確かめずには居られなかった

一旦乙


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自室に入ると、達磨の椅子がゆれていた


ゆらりとゆらりと、規則的に揺れる椅子
耳に聞こえない音楽があるとすれば、あれはそのためのメトロノーム

魔王はそれを眺めているうちに、僅かに平静さを取り戻せる気がした
あの椅子にだけは穏かな時間が流れている


鎧は部屋を眺めた後、魔王の視線の先をおってそのまま共に達磨を見つめていた
それからしばらくして、こぼすように小さく呟いた


鎧『あの娘御…… 手足を失っておられるのか』

魔王「……」

鎧『病であるならば、気の毒であるな』

魔王「違う」

鎧『では、戦火にでも――』

魔王「違う」

鎧『………?』


魔王「お前には関係無い。あれを気にするならば出て行け」

鎧『………確認しよう。あの娘御が、女神殿であらせられるか』

魔王「何のことだ」

鎧『こちらに、女神様が居られると伺い、馳せ参じた』

魔王「ここにいるのは魔王だ。そのようなものは見た事もない。誰がそういった」

鎧『我が故郷を訪れた、一人の旅の神父殿』

魔王「旅の神父……?」

鎧『お会いになったと聞いている。違うと申すか』

魔王「………」


謁見に来た者だろうか
どのような身分の者が、何を目的に来て、何を語っていったかなど ほとんど覚えていない


魔王「少し、待て」

鎧『うむ』


魔王が机にしつらえられたベルを押すと
間をおかずに一人の侍女が部屋の戸をあけた


魔王「侍女長を。謁見者の過去のリストを持ってこさせろ」


侍女は扉を開けると同時に魔王にそう言われてしまい、
挨拶をすべきか辞去の礼をとるべきか、うろたえたままに半端な辞儀で去っていった


鎧『せっかくの可愛らしきお嬢さんを。魔王殿はその声を聞かせていただきたいとは思わないのかね』

魔王「興味ない。それにお前がいる限り、どうせ聞こえるのは叫び声だろう」

鎧『ははは。そうとは限らぬではないか。黄色い歓声もまた喜ばしいであろうぞ』

魔王「……」


のんべんくらりとした会話など、うんざりだ

魔王は会話を放棄して また、椅子を眺めはじめた
鎧も立ったまま、それに倣う


少しの間動きを止めていた椅子が、また動き始める
ゆらりゆらりと 相変わらずの規則性をもって前後する椅子

達磨はぴったりと瞳を閉じている
ヒュゥヒュゥと僅かに漏れ出る呼吸さえも、笛の音のようだった


侍女長「お待たせ致しました、魔王様――」


ノックの音に気付かなかったのか、
振り返ると既に侍女長が扉の前で辞儀を取っていた


鎧『我輩とした事が。すっかりあちらの娘御に見蕩れてしまっていたようですな』

魔王「……」


鎧も同様であったらしく
甲冑の籠手でヘルムを数度はたいてみせる

自らをたしなめるような仕草は
中身が空洞であることを疑いたくなるほどに人間臭い


侍女長「…………ッ」

鎧『おや? 貴殿は先ほどの、オバケーと叫んでいた麗人ですな』

侍女長「ひっ。近寄らないでください!」

鎧『………どうか、そのように怯えないで頂きたい』

侍女長「お、おおお、怯えてなどいません」

鎧『いいや、やはり怯えておられるはずです』

侍女長「ま、魔王様のお側でお仕えする私が、あなたのような道具になど――…!」


侍女が言い切るより先に 鎧がその足を一歩踏み出す
すると、侍女長はほとんど反射的に半歩 足を引いてしまった


その様子を見て、鎧は苦笑するのを隠すように
片手を軽く握り口元を隠した

そのまま侍女長の前まで行くと、その場に片膝をつき、侍女長の手を取り……


鎧『どうかその様に怯えないでいただきたい… 我輩と恋におちる事に、恐れなど不要である』キリッ


そう、言ってのけた


侍女長「………あ、魔王様。ご所望の書類をお持ちしました」

魔王「確認しろ。旅の神父の謁見があったかどうか、それとその内容だ」

侍女長「かしこまりました」


部屋の脇に設けられている長テーブルの上に書類を広げ
次から次へと目を通していく侍女長


どうやら鎧の事は視野に入れない事にしたようだ
恐怖に勝る感情を手にしたのだろうか


鎧『うむ。淡白なおなごと言うのは、貞節ある良きご婦人となられる証拠』

魔王「黙れ」

鎧『……魔王城とは、かくも冷たき場所であったか』


鎧は、達磨の前に行き
ゆっくりと揺れるその椅子を眺めはじめた


侍女長「魔王様、ありました。こちらです」


魔王「時期と内容を」

侍女長「卯月の謁見者です。北大陸の全土を宣教の為に旅をする神父ですね」

魔王「卯月……」


侍女長「……あら? 確か、こちらは…」

魔王「……なんだ」

侍女長「いえ… こちらの案件、丁度、私も同席していた謁見でございます」

魔王「何? おまえが?」

侍女長「はい。……誠に勝手ながら 臣下様のご命令で、后様の随伴の任を授かり。部屋の隅に控えておりました」

魔王「……………」


随伴の任
側に控えるのではなく、部屋の隅に控えておいて 何が随伴か


そういえば少女はこの城で、その存在を望まれていなかった
恐らくこのように、あちらこちらで少女を監視する者がいたのであろう


やはり、少女にとって魔王城での生活は不自由そのものだったのだ
周囲の様子など気にとめることも無い魔王の横で
どれだけの思いをしていたのだろうか


予想外のことで、改めて再確認させられた気がする

貧しくとも、幸せを抱えて生きていたあの少女は
自らの巣穴にもどっていくことが一番良かったのであろう……と


侍女長「……魔王様」


そっと気遣うような声をかけられ、魔王は思考をとめた
今更 再確認したところで何の意味も無い


侍女長「その……余計なことを申しました。資料を読み上げさせていただきます」

魔王「よい。お前が見たものを、見たままに 覚えている限り話せ」

侍女長「………はい」


僅かな躊躇は、魔王への気遣いであろうか

だが、結局は自分の責務を果たすべきと思ったのであろう
深めの呼吸の後に目をつぶり、当時の様子を思い出していく


侍女長「……そうです。この神父、ほとんど話す事も無く追い出されていた者でございます」

魔王「…は?」

侍女長「元々、臣下様は謁見理由からして気に入らなかったようですが…」

魔王「何があった」


侍女長「女神信仰の神父でした。魔王様に女神の素晴らしさを説きに参ったとか」

侍女長「その身の上を話している途中で、妃様より微笑を賜っております」

魔王「少女が…?」

侍女長「はい。恐らくは、旅の神父を労ったつもりでしょう。それは優しくお微笑みになられたと記憶しています」


魔王「……それで?」

侍女長「神父は直後、魔王様の目の前で神印を切り。手を組み祈り始めたので追い出されました」

魔王「…………」

侍女長「確か臣下様が、処罰をなさいますかと聞いておられましたが…覚えておいででは無いですか」

魔王「……どうせ、俺は『要らぬ』といったのであろう」

侍女長「はい」

魔王「…………」


気付かぬだけで、ほかにもこのようなマヌケな謁見があったかもしれない
今後はもう少し内容を改めるくらいはするべきであろうか、と思わないでもない


魔王「もうよい……。おい、そこの鎧」


達磨の前で
椅子と同じように揺れていた鎧に声をかけた

鎧は達磨をぼんやりと眺めながら、二度目の質問を口にした


鎧『魔王殿… やはりこちらの娘御はご病気で?』

魔王「違うといっている。気にするならば出て行けとも行ったはずだ」

鎧『ふむ… 左様なら、この話題には触れずにおきましょうぞ』


魔王「それより神父だが、確かに謁見したようだ」

鎧『それはよかった。まさか“魔王城”を違えたのかと思っていたところ』

魔王「女神信仰に熱心な神父のようだな。謁見の最中、幻でも見ていたか」

鎧『いいや、確かに仰った。

『魔王殿のお側には女神様がついていらっしゃり… それは暖かい瞳で、囁きながら魔王殿を導いていらっしゃる』―――とな』


魔王「―――っ」


侍女長「それは…… まさか、后様のことでは…」

鎧『后ですと?』

魔王「………っち」


鎧『それは素晴らしい! 魔王殿は女神様を后に持たれているのか。やはり是非とも謁見を――』

魔王「居ない」


鎧『………………今、なんと仰られた?』


魔王「居ない、といった。あれはもう“居ない”のだ」

鎧『女神様に見放されるとは、一体魔王殿は何をしたのか』

魔王「――――黙れ」

鎧『………』


鎧『では、女神殿の居場所を教えていただきたい』

魔王「あれは女神などではない!!!」

侍女長「魔王様」


侍女長に、興奮を窘められる

ここのところ、少女の影―― 達磨に様々な物を与えることで
ようやく多くの感情を払い棄てられた気がしていたのに

予期せぬタイミングで持ち上がった少女の話題は
魔王の胸の痛みをまた蘇らせてしまった
それと同時に、感情が荒れ狂うようなあの感覚も誘引されたようだ


魔王「――~~~ッ」


ドカリと、八つ当たり気味に 椅子に腰を下ろした
自分がいつの間に立ち上がっていたのかすら定かでない

心を落ち着かせたいのに手段が無い

あの穏かに感じた椅子の揺らめきすらも
今 視界に入れてしまえば、苛立ちのままに蹴り倒してしまいそうだった


鎧『…………何かやんごとなき理由でもあられるのか?』

侍女長「鎧様も、それ以上の詮索はお控えください。無礼者と薙ぎ払わせていただきますよ」

鎧『ふむ…』


考え込むような素振りで、鎧は沈黙した
侍女長も控えめの辞儀をとった姿勢で、その口を閉ざす
苛ただしげに宙を睨む魔王も、無言だ

かなりの長い時間をそうしてそれぞれが黙ったままに過ごした


音を刻まないメトロノームだけが揺れ動き
時折、ヒュゥヒュゥと風を鳴らしていたが――

ようやく、苦しげなほどに落としたトーンで 魔王が口を開いた


魔王「あいつに謁見しに来たといったな……。 何の用だ」

鎧『……ふむ』


鎧『今は居られずとも、戻られることもあるかもしれない。話しておくとしよう』


鎧の話をまとめると、こうだ


元々は数千年の昔、まだこの世界には幻想があふれていた頃
その時代に生み出されたのが この『鎧』だという


役に立つために産まれた、リビングアーミー

元々の彼は、使用者を補佐する事が目的であった
生き物のように言語を理解して、防御や攻撃を行う


だが、あくまで思考力は“思考力”にすぎない
善悪を持たないままに、考えて動くだけの生きた鎧

一人では、いざというときには必要な役目を果たせない
正しいことがわからない、するべきことがわからない

役に立ちたいとは思うのに
命令がないと正しく動くことは出来ない―― そんな鎧だったそうだ



鎧『我輩は武具だ。我輩は武器だ』

鎧『我輩は一人では斬り付けるだけしかできなかった。それでは殺人鬼と同様だ』

鎧『善悪の正体が分からぬからこそ、“善”というものに憧れを持った』


鎧『善でありたいと願い、願うがゆえに 我輩は動けない鎧であったのだ』


魔王「どうやってそれを身につけた」

鎧『一人の男に出会った。その男に、我輩は身を預けることにした』

魔王「は…。その者が悪である可能性を疑わぬとは。やはり所詮は武具の思考か」


鎧『……かの者を疑うのであれば、我輩は他の何をも信じられる気がしなかったのだ』

魔王「何?」


鎧『古の時代に、勇者と呼ばれた彼の男。それが“善”でないとするのならば―― 他に何を信じようか』

魔王「な…… 勇者だと…?!」


鎧『我輩が 唯一、自分の思考で決めた事。それがその男に従い、躾けられる事だった』

魔王「……しつけ、とは」

鎧『彼の信じる教えを学び、忠実に守ることだ』

魔王「……なるほど。思考の模倣か」

鎧『如何にも』


鎧『だが、我輩を躾けた彼はもう居ない――』

鎧『我輩が、この身と思考を安心して委ねていられた彼は、もういないのである』


魔王「勇者、か。和平の実現後も、数代を勇者の名で重ねたと聞いている」

鎧『うむ。我輩は、その最後の“勇者”の遺品だ』


魔王「………勇者は、人に埋もれたのではなく… 死していたのだな」

鎧『彼もその父も、正しき治世を目指して世界を巡っていたと聞いている』

魔王「正しき治世…。なるほど、和平の後の混乱期。その尻拭いに奔走していたわけだな」

侍女長「多様な魔物の生態系の変化があり、随分乱れた時期であったと 歴史で習いました」


鎧『勇者は、過剰な異端排除という殺戮劇の責を負い……』

鎧『一部の魔族に恨まれ、町人の暴動の中で死んでいった』


侍女長「そんな、事が……?」

魔王「勇者の名を冠する者が、歴史にも残らぬ死を迎えていたとはな…」

侍女長「鎧様……」


鎧『……我輩は、リビングアーミー。 勇者を補佐する唯一の相棒。“生きる鎧“であった』

鎧『だが、彼が死んだ今となっては もうその生き様を残すだけの死体も同然だ』


鎧『……ただの鎧でが無い。だが生きる鎧ですら無くなった。すまないが、我輩の事はこう呼んでいただきたい』


鎧『“亡霊鎧”、と――……』



魔王「……身の上はわかった。それで、亡霊鎧よ。おまえはあれに何の用があったというのだ」


亡霊鎧『……かの神父は、女神信仰の使徒である』

亡霊鎧『勇者が付き従った女神の使徒、つまり勇者と同属の者だ。その忠言ならばとここを訪れたのだ』


亡霊鎧『女神による新たな導きと、我が約束を守るために』


魔王「約束……?」


亡霊鎧『彼の者が我に望んだのだ。例えこの命尽きようと、共に理想を守ろうと』

亡霊鎧『彼の者が我に遺したのだ。この身が地に伏し落ちようとも、この願いだけは天に届けよと』


亡霊鎧『今やそれだけが我が思考であり―― 今も、完全な死を迎えぬ理由である』


魔王「……」


魔王「つまり… 正しき治世。その為の方法を、女神に乞いに来たという事か」


亡霊鎧『それもある。が――

魔王「………?」


亡霊鎧『いや……その前に。我輩は武器である。この身、まずは知っていただきたい』

魔王「ほう…?」


シャラリ、と金属の擦れる音が響く
亡霊鎧の抜いた細身の長剣は、鏡にも劣らぬほどに磨き上げられていた

亡霊鎧は 剣を眼前に垂直に掲げ、その刀身に片手を添える
軸足を曲げ、利き足をずりさげると
そのままゆっくりと剣を水平に押し下げるようにし… 降ろした腰の高さで、構えた


亡霊鎧『受けよ。鳴らせ。我が魂―― とくと味わっていただきたい』

魔王「…………」


手首を捻り、刃を立てる
その剣、その構え、その形状……抉るような一突きを放つに違いない

恐らく、致命傷を与えるだけの一撃であろう
一点で刺しにくる攻撃を、防いで見せよというのだ

まるで生身が呼吸するかのように、
上半身がゆっくりと僅かに膨らむように揺れ…… 静止した、その瞬間


亡霊鎧『覇ッッ!!!』


剣の輝きが取り残されるほどの速度で、それは繰り出された



ビシッッ!!



魔王「…………」

亡霊鎧『…………』


亡霊鎧の繰り出した剣先が、僅かに魔王の服を裂いた
心臓の、真上だった



亡霊鎧『我輩は充分な殺気を放ったはずだ。……何故、受けぬ』

魔王「………」


亡霊鎧『何故…… 我輩が刺さぬと、分かった?』

魔王「………」


亡霊鎧『――答えろ!!!』


亡霊鎧は激昂し
挑戦状のように その剣先を魔王の眼前に突きつけた


魔王「……まず、興味が無い」

亡霊鎧『何……?』


魔王『それと。もしも俺を斬りにきたのであれば、その剣戟、受けてもよいとおもったかもしれぬ。だが――』

亡霊鎧「……?」


魔王「お前は、『まずは、見てもらおう』といった。目的は勝負ではないはずだ」

亡霊鎧『……相違ない』

魔王「ならば、やはり俺が剣を抜くことは出来ぬ」

亡霊鎧『何故だ!?』


魔王「俺が剣を抜けば、お前はそのままただ消えるだけだからだ」


亡霊鎧『な… なんという自信過剰な。己の力を過信していると――』

魔王「過信? 冗談ではない」


魔王「俺が戦うのであれば、防御など不要。討たれるか、討つかのどちらかだ」

亡霊鎧『―――っ』


魔王「さて。では、聞こうか」

亡霊鎧『何を―――

魔王「今は、手に余るものを抱えていてな。少しでも吐き出したい気分なのだ……」

亡霊鎧『……手に余るもの?』


魔王「治世のアドバイスは出来ぬが、お前にもうひとつの目的があるのならば、確認して、与えてやろう」

亡霊鎧「な……! まさか、そのために我輩を斬らなかったというのか!?」

魔王「ああ」


亡霊鎧『例えこの身を屍にやつそうとも、侮辱は許さぬぞ! 施しは受けぬ!!』

亡霊鎧『ただ乞食の様に与えられるなど――』


魔王「………ふむ。お前はいろいろと、勘違いをしているようだな」


亡霊鎧『っ』


魔王「確かに、お前の剣戟を受けてやっても良いとはいった」


魔王「だが、お前の命など 俺は『要らぬ』。興味が無いとはそういう意味だ」

亡霊鎧『わ……我輩を、殺す価値すらないと言うか!?』


魔王「死にたいのならば、相応しき死に場所を与えてやろう。そこへ行け」



亡霊鎧『………だ、だが。我輩の剣を受けてもよいというのはどういう意味だ。防御も無く受ければ、死に至ることもわからぬのか!?』

魔王「無駄な問いだな」

亡霊鎧『無駄などではない!! それとも、自らの死の方が、我輩を討つよりも価値があると思っているのか!?』

魔王「……逆だな」

亡霊鎧『逆……?』


魔王「この生にこそ、価値は無い。価値無き物を無くすことなど、どうでもいいことだ」

亡霊鎧『……なんと…』


亡霊鎧『……このような、哀れな生き物がいるとは』

魔王「哀れみなど要らぬ。その様なものしか手に入らぬのであれば 質問は終わりだ」

亡霊鎧『貴殿は…一体……?』


魔王「俺は、魔王だ。それ以下にもそれ以上にも、価値を見つけられぬ」


亡霊鎧『………魔王…。勇者と共に和平を導きし救世主ではなかったのか…?』

亡霊鎧『魔王とは、かくも寂しさを纏う生き物であったのか…?』

亡霊鎧『勇者と共に… 理想郷で、平和に生きる事を約束されたのではなかったのか…?』


魔王「つまらぬ。興味も無い。俺は俺で―― ただ、魔王であるだけだ」

亡霊鎧『だが、それでは勇者は……!!』

魔王「 『黙 れ』 」

亡霊鎧『―――ッ!!』


魔王「……はじめよう。これは施しではない。交換取引だ――」



魔王「さぁ、望むがいい――― 俺の持たぬものを、持つ者よ」



ありあまる物を使って
必要なものを手にしよう

ありあまる物を使って
要らぬものを棄ててしまおう

そう
望むものだけを、望むままに手にしていればいいのだから――


亡霊鎧を見つめる黒い瞳

その奥には
飢えた獣にも似た獰猛さが宿っていた

言葉を発せれば
その言葉ですらも獰猛な獣に喰らいつかれそうだった


それほどまでに荒れて血走るような想いが
魔王の瞳の中に宿っているように見えたのだった


中断します

>>388-392 >>400-401 Thx!

>>388
>>29の警備兵もそうでしたが、
基本的に城内で働く”普通の人々”は
『めちゃくちゃ怖いけど、やっぱうちの魔王さまってすげーぜ!」な感じです
敵に回せば最怖ですが、自分のところのTOPである以上は最強。

侍女や警備兵以上、役職持ちクラスになるにつれ
やはり城内でもそれぞれの思惑があり いろいろ感情も複雑になっているようです

乙です
少女は女神知ってた

ここで>>190の伏線の一人を回収か
続きに期待


:::::::::::::::::::::::::::::::


亡霊鎧『待て…… 待ってくれ。考える時間を与えて欲しい』

魔王「………」


亡霊鎧は、そのまま黙り込んでしまったし
侍女長は資料を片付け始めた
魔王もまた ゆっくりと瞳を閉じて冷静さを取り戻そうとしていた


ガタ……ガタン!!! ガタンッ! ガタ、ガタンッ!

だからその物音は、静かな部屋で異様なほどによく響いた


侍女長「………お嬢様!?」

魔王「!」


振り返り見ると、達磨がその短かな脚で椅子の上を跳ねている
まるで立ち上がろうとするかのように腰を浮かしては、力尽きて座面におちる


達磨娘「ヒューー!! ヒューーーーーッ!!!」ググ…! 

侍女長「お嬢様! どうなさいました、大丈夫ですか!?」


侍女長は達磨娘へと駆け寄り、その身を支えた

揺り椅子がしっかりと安定した作りになっていなかったら
達磨は今頃 とっくに椅子から転げ落ちていただろう


亡霊鎧『あ… い、いかがなされたのだ。あちらの娘御は…』

魔王「侍女長、何か分かるか」

侍女長「これは……。 衣服が… ぬれています」

魔王「粗相か…? しばらく手を離していたからな」

亡霊鎧『おっと、これは失礼。…手足が無いとは不便なことですな。娘御には厳しいであろうに……』

魔王「しかし、世話が足りず抗議をするだけの意思を持っていたとは。それは良――


侍女長「―――これはッ! 違います!」

魔王・亡霊鎧「『??』」



侍女長「魔王様! 申し訳ありませんが、ベルを鳴らしてくださいませ! 至急に医術者を呼びます!!」

亡霊鎧『ベルとはこちらであろう。我輩が呼ぶ』


亡霊鎧はそういいながら机に駆けてベルを押し
そのまま止まることなく魔王の私室のドアを開け放った

廊下に向かって大声で人を呼ぶ亡霊鎧
あたりに人気が無いのを知るや否や、部屋を駆け出していってしまった


魔王「…何があった?」

侍女長「破水です。――恐らく、陣痛の痛みがあると思われます」

魔王「何……?」

侍女長「今、敷物を用意致します。 お嬢様を横にしてさしあげなくては…!」

魔王「俺のベッドで構わぬ」


達磨娘を支えていた侍女長を退かすと
魔王はその役を代わり、そのまま椅子から持ち上げて横抱きにした

達磨娘は腰に力を入れて足を突っ張り
口に開いた穴からは苦しげな呼気を漏らしている


侍女長「ですがひどく汚れて――…!

魔王「構わぬ。使えなくなるようならば全て新調すればよいだけの話」

侍女長「―――ありがとうございます!」


達磨の顔をよく見れば、瞳を閉じているだけではなく、眉を僅かにしかめていた
一目瞭然に…… 堪える表情をしていた


魔王(……ちっ。椅子の動きばかりに目をやっていた)


ベッドに横たわらせても、いまだその腰を突っ張ったり曲げたりを繰り返している達磨娘
まるで、芋虫がしゃくとるかのようにも見え…… 魔王は目を逸らした


侍女長「申し訳ありません…! 様子の変化に気付くのが遅れました!」


魔王「……そういえば、さきほどから一定のリズムで椅子を揺らすのを繰り返していた」

侍女長「!! 陣痛には波がございます…! 魔王様、揺れの間隔を覚えていらっしゃいますか!?」

魔王「間隔……? 体感程度ならば」

侍女長「どれほどでしたか!?」

魔王「つい先ほどまでは、3~4分おきに 2分程度のゆれを繰り返していた」

侍女長「………!!」

魔王「その前はしばらく見ていなかったが、俺が部屋に戻った頃から一定間隔で揺れていたように思う」

侍女長「そんなに、前から……」


魔王「……異常なことなのか?」

侍女長「――っ 完全に産気づいています! 魔王様、失礼致します!」


侍女長はベッドの上の達磨の衣服を剥ぎ取っていく
ドレスの足元は惜しげもなく斬り破られた

それから慌しげに給湯用の小さな水場でその手を洗うと、
達磨の下半身を晒し―― おもむろに、その指を達磨の膣に差し入れた


魔王「何を……」

侍女長「私は、淫魔の血を引く魔族でございますゆえ!」

魔王「……?」

侍女長「医療技術は持ち合わせなくとも、こちらは御家芸のようなもの! どうかご安心ください…!」

魔王「………なるほど」

侍女長「……っ 子宮口を確認いたしました」

魔王「……?」

侍女長「指先では…はっきりとわかりかねますが…っ 開口、およそ11cm!」

侍女長「つまり………… いつ、子が降りてきてもおかしくありません!!」

魔王「なっ」


侍女長「ああ、医術者はまだなのでしょうか! 私ではお産の補助とケアまでは…!!」


亡霊鎧『お待たせ申した! 医術者とやらを連れて来ましたぞ!!』


開け放たれたままの扉から、亡霊鎧が飛び込んできた
その肩に白衣を纏った医術者をかついでいる


侍女長「亡霊鎧様…! ありがとうございます!!」

達磨娘「~~~~~~~ヒュゥっ!!! ~~~~ヒュゥゥゥッ!!!!!!!」

侍女長「お嬢様!!」

医術者「これは…! 陣痛ですね!?」

侍女長「先ほど、私が子宮口を確認いたしましたところ………――


遅れて、数名の侍女たちが それぞれに様々な物を抱えて部屋にはいってきた
律儀に魔王への辞儀をとる侍女達に、辞儀は要らぬと伝えて部屋に通す


あっという間に部屋は慌しく動く者達に占拠された
魔王はベッドの上で身悶える達磨を見て、やはり目を逸らすしかできない



亡霊鎧『このような場に、我らのような者は不似合い。外へでていましょうぞ』

魔王「……ああ」


部屋の戸は開け放したまま、廊下に出た
どこへ行くともなく、そのまま歩みだそうとして 亡霊鎧に止められる


亡霊鎧『どこまで行かれる。お産は、女性の戦場とも聞きますぞ?』

魔王「……出ていようと言ったのはお前ではないか」

亡霊鎧『相違ない。だが放っておくとも申してはおらぬ』


亡霊鎧『我らが戦地に赴くときに、女性達がそうしてくれるように……』

亡霊鎧『我らもまた、祈りを捧げ、じっと控えて待つのが良いかと』

魔王「………」


部屋の出入り口からさほど離れない場所に
採光とデザイン性のため、出窓のように外へとつきだした窪地があった

亡霊鎧の意見でそこに連れられていき
飾り台と花瓶の置かれた窪地の両脇に立って待つことになった


亡霊鎧は、部屋から侍女が駆け出してくるのを見ると
その者を抱えて 行き先へと駆けて届ける、というのを繰り返す

侍女を腕に抱いて駆けるその姿は
戦地で逃げ遅れた者を助けに奔走する『勇者』の姿を彷彿とさせた


魔王はそれを見ながらも、自らはどうすることもなく
窓から外を眺め、自室から聞こえてくる声をずっと聞いているのみ


空気をつんざくような、笛のような声が時折、響く
達磨娘が、その開かない口で叫んでいるのであろう


魔王(……………っ)


揺らめく椅子は、陣痛を耐えていたのか
あれは、彼女なりの必死の呼び声だったというのか

見ていたし、知ってもいたのに“気付けなかった”
まるで音楽のようだとすら思って、癒されもしていた

苛立ち紛れに蹴り飛ばしそうにもなったし
そうしてしまうのを恐れて目すら逸らした


声も脚も腕も無い彼女は
助けを求めることもできず、空想にひたって痛みを逃がしていたというのに
肝心なときには何も見ないふり―――


『望むものを望むとおりに与える』
それは、どれほどに難しいものなのだろう


魔王(……何故、俺にはできないのだろうか)


少女からもらった優しさや幸福感を、あの達磨に渡してやるつもりだった
あの達磨のもつ暗鬱とした気配を、それで消し去ってしまいたかった


少女が魔王にしてくれたような、優しい行いを真似したはずだ
少女が喜んでくれた事と、同じ行いをしてみせたはずだ

それなのに、優しさも喜びも うまく与えられなかった気がしてくる


何故、少女があんなにも簡単に俺に渡して見せるものを
俺は与えてやる事が出来ないのだろう


消してしまいたいのに
あんなにも惨めで哀れで救いようの無いもの―― 消してしまいたいのに


だって、そうだろう


まるで、少女にもそんな未来があると言わんばかりではないか
あの達磨の暗鬱さは、そんな不吉さを匂わせるではないか


なら、消してしまいたいだろう


あの達磨に、幸福や喜びや満足感を与えて満たしてやることができれば…
少女にだって、何があっても幸せでいられる未来があると 信じられそうではないか


魔王(……そう、信じていたいじゃないか…………)



亡霊鎧『……―――魔王殿!!!』

魔王「!」


呼びかけられて我に返る
いつの間にか、亡霊鎧も戻ってきていたらしい

自室からは、さきほどよりもずっと慌しい声が聞こえている


亡霊鎧『魔王殿、今のは――!!』

魔王「……何があった?」

亡霊鎧『聞いて… おられなかったのか…?』

魔王「何をだ…?」

亡霊鎧『……………………先ほどの… 娘御の、ひときわ大きな悲鳴を…』

魔王「………………っ」



叫べないはずの達磨が、叫んだという

その声は、一体どのようなものだったのだろうか



:::::::::::::::::::::::::::::::::


結論から言うと、死産だった

産中の『胎盤剥離』、それが死亡の原因だったという
助産をしていた侍女の一人によって、そう伝えられた


助産女「お腹の中では、子は胎盤を通じて 空気も栄養も…全てを母体からもらっています」

助産女「本来であれば、産後に胎盤ははがれ落ち、子宮外に排出するものです」

助産女「それを後産というのですが… 今回はまだ子のいるうちに胎盤がはがれてしまいました」


魔王「何故、そんな事がおきるのだ。侍女長が指を刺し入れたせいか?」

助産女「いいえ… それは私でもする産前の処置でございます。万全な衛生管理の元ではありませんが、適切でした」

魔王「では、俺が陣痛の最中に移動させたせいか」

助産女「いいえ…そのように自らをお責めにならないでください」

魔王「責めているわけではない。原因を知ろうとしているだけだ。一体、何故そうなった」

助産女「……はっきりとした原因はわかりません。外的要因があるのかどうかさえ…」

魔王「……」


魔王「理由も分からぬまま… 生まれることもせず、赤子は死ぬものなのか…?」

助産女「……稀ではありますが… 起こりえない事ではございません」


魔王「腹の中では、生きていたのだろう。生まれようとして死ぬと?」

助産女「魔王様……」


魔王「それまで赤子を生かしていたのもその胎盤なのだろう? その胎盤が、何故直前になって子を殺してしまう?」

助産女「……それは」


魔王「満たそうとしているのに。……何が、あの娘を傷つけるのだ」

助産女「………申し訳ありません。私では… お答え、しかねます……」

魔王「………」


魔王の部屋の中では、未だに治療が行われている
助産女はその手伝いがあるといい、逃げるように部屋に戻っていった


しばらくして、別の医術者達が駆けつけてきた
侍女達は 心得のある者を数人残して部屋を出てくる

その入れ替わりの中、侍女長も部屋を出てきた
魔王の姿をみかけて、ゆっくりと近づいてくる


侍女長「……魔王様…」

魔王「死産だそうだな」

侍女長「……はい。お嬢様は非常に頑張ってくださいました」

魔王「………俺には… よくわからない。俺が何か、してしまったのかと思っていた」


侍女長は静かに顔を横に振る
沈痛。まさにその表現がぴったりな面持ちをしていた


侍女長「………私が思うに…」

魔王「………?」

侍女長「無事に産気づくまで、流産しなかったことこそ奇跡的です」

魔王「何が言いたい」


侍女長「……お嬢様の境遇。体力としても環境としても……よく、ここまで育ったと」

魔王「生まれてこなかったがな」

侍女長「………いいえ。胎内でも、宿ったならばその時点で生命は生まれているのです」

魔王「詭弁か、慰めか。そのような物にどのような意味が――」


侍女長「とても愛らしい、男の子でした」

魔王「っ」


侍女長「……胎盤剥離なんて、窒息死のようなものです」

魔王「……」

侍女長「それでも、とても愛らしいお顔をした男の子が出てきました」


侍女長「………女性の身体なんて、わからないことだらけ。人が人の中で育つだなんて、謎としかいいようがありません」

魔王「………」


侍女長「子を宿すと… まるでその子が自分で用意するかのように、母体に様々な変化が起こるのをご存知ですか?」


魔王「母体が、子を産むために変化するのであろう?」

侍女長「母親が自分で整えるならば、もっと便利に変化させるんじゃないでしょうか……」

魔王「?」

侍女長「味覚や嗅覚まで変わるといいますよ。まるで、腹子がそちらの方が好みだとでも言うように」フフ

魔王「ふむ。それは確かに、母体にとっては必要性がわからぬ変化だ」


侍女長「……お嬢様のお腹は、よく動いてらっしゃいました。余程、やんちゃな男の子だったのでしょうね」

侍女長「あんな境遇にあった母体のことなんてつゆ知らず、元気に育っていたのでしょう…」

魔王「元気に? 何故分かるのだ」

侍女長「ふふ。赤ちゃんは、3570gもありましたよ? お母さんの体を考えると、あまりに大きすぎです」


魔王「……そんな塊を、10ヶ月も腹に入れていたのか」

侍女長「ええ。落としもせず、弱りもせず……」


侍女長「きっと、余程 お嬢様のお腹は居心地がよかったのでしょうね」クス

魔王「………そうか」


侍女長「………きっと、本当に居心地が良かったんです」

魔王「……?」


侍女長「お腹の外になんか出たくないって思っちゃうくらい、気持ちよかったんじゃないでしょうか」

魔王「何を……」


侍女長「お腹の中で、元気いっぱいで、もう満足で」

侍女長「だからきっと、もう一回 お腹の中を味わうために“生”をやり直しにいったんですよ」

侍女長「母体の負担も考えずに、あんなに大きくなるほどヤンチャな子ですもの」

侍女長「きっと、自分でスイッチを切ってしまったんです」


侍女長「『満足だったから、もういいよ。またね!』って…。終わらせてしまったのではないでしょうか……」


魔王「………」

侍女長「そう思ったら…… 駄目でしょうか?」ニコ…


侍女長「そう、信じて見送ってあげたら…… 駄目なのでしょうか? 魔王様――……!」



侍女長は、静かに大粒の涙をこぼした

真実なんて分からないのなら、信じていたいのだと
信じてあげたいのだと―― 侍女長は、泣き続けた


魔王はその問いに、答えることはできなかったが
その代わりに、誰しもが『信じたい』ことがあるのだということを知った…



部屋ではまだ、処置が続いている
剥がれた胎盤の影響で、母体にも大きな危険があるらしかった

魔王城の医術者の質は、大陸でも一級品だ
母体については、危険だが必ず生かしてみせると医術者が息巻いている


そして、部屋では同時にもうひとつの治療も進んでいた

出産の痛みによるものか……
それとも死産によるショックによるものだったのか、魔王は知り得ない

だが 達磨の口は、叫びのあまりにひどく裂けてしまっていたのだ
部屋ではその治療と再形成の為の処置も、同時に行われていた


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それから、約1ヶ月

魔王の部屋の隅にしつらえられた
柵つきの小さなベッドにヒトが集まっている

魔王、侍女長、亡霊鎧
そして医術者と、手伝いの侍女だ


医術者「包帯とガーゼを外しますね」

侍女「消毒と清掃を致します」

医術者「…………これで、ひとまず様子をみてみましょう」

侍女長「もう、口を動かしても?」

医術者「ええ。リハビリと思ってゆっくりと開口練習から始めるのが最適です」

医術者「これまで通り経口食は避け――……


医術者は侍女長に今後の注意事項などを伝えていく

魔王がその内容に関心を持たないのを察すると
『詳しくは、後ほど』と侍女長に言い置いて、礼をして退室していった


クッションを背もたれとし、立てかけられるような姿勢の達磨娘
ここのところ、その眼はずっと一点を見つめている

今はすっかり収まった、腹のあった場所だ


魔王「………」

侍女長「お嬢様……鏡を、ご覧になりますか?」

達磨娘「………」

侍女長「もう、その口は開くのですよ…?」


達磨は ピタリ、と呼気すら止めた
そうしてゆっくりと目を閉じ、一度だけ 顔を横に振る


魔王「声が出るか。喋れるか。それだけでいい、確認させろ」

達磨娘「…………」


達磨娘「……あ、ぁ」


侍女長「! お嬢様……! 良かった…!」

亡霊鎧『はっはっは。やはり美しき女性の声を聞かせてもらうというのは、喜ばしいものですな!』

侍女長「あなたは黙っていてください!」

亡霊鎧『よいではないか。話をしていれば、会話にもはいりやすかろう? はっはっは!』

侍女長「あなたの声で、お嬢様の声を聞き漏らしたらどうするのです!」


亡霊鎧と侍女長の掛け合いは騒々しいほどだった
達磨が一声発しただけで、この騒ぎ


魔王は、自分が謁見室で
同じように「ああ」と呟いた時にも、ざあめきが起こったことを思い出していた


魔王(何もしない者が動き出すというのは、本当に注目を集めるものだ)

魔王(当人にしてみれば愉快なものではないのは知っている)

魔王(だが……、確かに それ以上の反応を期待したくなるのも わからなくない)


もう少し、他の言葉が聞いてみたい
喋れるようになったのであれば、いろいろと聞いてみたいこともあった

そんな事を、つい思ってしまう


魔王「おい」

達磨娘「…………」


返事が無い
今までと変わらず、うつろな物思いに耽ったような表情は変わらない


魔王「……お前は、喋れるようになっても… まだ、空想の中にいるのか?」

達磨娘「…………」


達磨の顔が、ピクと動く
ゆっくりと目を開き、顔を上げて… 魔王を、見た


魔王「………ふむ。何かいいたげだな」



達磨は、しばらくぼんやりとした焦点のままで 魔王を見ていた

次第にゆっくりとその焦点が定まっていき……
目が合ったその時に、口を開いた


達磨娘「お…


魔王・侍女長・亡霊鎧「「『………お?』」」


達磨娘「……おお、か み… さん…?」




魔王「……………は?」


開口一番に、魔王を『狼』と呼んだ
それには皆、頭に疑問符を並べるしかできなかった


ともあれ、意識があり会話が出来るとわかったのだ

包帯を外したばかりで会話をさせるのもよくないだろうという配慮の元
その日のうちは言葉を求めるのはやめておくことにした


魔王と亡霊鎧は席をはずし、部屋には侍女長と達磨だけを残した

侍女長は、達磨に身体のことや子供のことなどをゆっくりと話すそうだ
達磨がどれだけ自らの状況を把握しているか分からないから、と



夜になると侍女長は、魔王に嬉しそうに報告をしてきた

達磨はひととおりの話を聞き終えると、小さく頷いたそうだ
そして一言、はっきりとはしなかったが…

恐らく『ありがとう』と、口にして…… そのまま眠ったらしかった


何に感謝をしたのかは、わからない
魔王が部屋に戻った時には、達磨は 黙って宙をみつめていただけだ


魔王(感謝をする者が、ああも悔しげな瞳をするだろうか)


達磨に聞きたいことが、ひとつ増えた


中断します 
次回投下は週明けになると思います

>>430-433 Thx!
>>433 確認いただき、ありがとうございます


なんというか凄いとしかいいようがないな

乙です
この感じで行くと、1スレでは終わらなさそうだな


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翌日 
朝食を終えると、誰とは無しに達磨のそばへとヒトが集まっていた


魔王(……すっかり亡霊鎧まで居座ってしまったか)


椅子に腰掛け 脚を組み、達磨のほうを眺める
小さなベッドの両脇に立つ侍女長と亡霊鎧は、先ほどから何やら言い合っている


侍女長「~~っですから、貴方のような方はお嬢様に近づかないでください!」

亡霊鎧『よいではないか、我輩は魔王の后殿への用向きで参ったのだぞ』

侍女長「それがどうしてお嬢様に近づくことになるのです!?」

亡霊鎧『いや、まったく魔王殿もスミにおけませんな。関心致しかねますぞ』


突然に名を出され、魔王は亡霊鎧の声に耳を傾けた




亡霊鎧『女神様を妻にし、さらに妾をとるなど…』

侍女長「め…妾!?」

魔王「妾だと? 何のことだ」

亡霊鎧『おや、違ったのですかな? ではご息女であらせられるか』


亡霊鎧はベッドの上に座らされている達磨のほうを見て答える
魔王は達磨娘のことを話しているのだと気づき、小さく溜息を吐いた


魔王「ソレのことならば、そのどちらでもない」

亡霊鎧『ほう?』


侍女長「ま、魔王様は独り身であらせられます! 少女様とは正式な婚儀を前に離… あ」

魔王「……」

侍女長「……正式な婚儀を執り行っておりませぬゆえ…その…」

魔王「……構わぬ。事実だ」


魔王城では、確かに事実上の后として少女を取り扱った
だが、魔王と言う立場である以上 正式に“后”を迎え入れるには時間がかかる
そして、それに至る前に――


魔王(…………ちっ)


胸が、痛む
気まずい空気が流れようとした瞬間、亡霊鎧の声がそれを遮った


亡霊鎧『いや、しかし。魔王殿は女神様を后としてお迎えしたのでは…?』 

魔王「……女神ではない。ただ、后として連れ帰った娘がいる。しばらく側に置いておいた。正式に婚儀を結ぶより先に返した。何か文句があるのか」

亡霊鎧『……なんと。 ではこちらの娘御を正室に?』

魔王「は?」

侍女長「…………」


侍女長も、亡霊鎧と一緒になって魔王の返答を待っている
恐らく、魔王がどのようなつもりで達磨を引き取ったのか考えあぐねていたのだろう

当初から『お嬢様』と呼び、達磨に最上級の世話を用意したことも
今思えばその可能性を考えていたからこそ… と、納得できる

達磨を、后候補であった少女のように大切にしていた魔王を思えば
次の后候補と考えても… 理由に謎こそ残るが、おかしくはない




魔王「………そのようなつもりはない。コレはコレであるだけだ」

侍女長「……左様でございましたか」

魔王「……」

亡霊鎧『……? いや、しばし待たれよ。魔王殿』


亡霊鎧は、いちいち格好をつけたように考えるポーズを決め込む

表情も容姿もないからこそまだ見られるが
中身があり器量が悪ければ目も当てられないだろう……… 

そんな事を思いついた時だった


亡霊鎧『………では、こちらの娘御の、ご主人はどちらの方なのだ?』


侍女長「っ」

魔王「……」



亡霊鎧『……ご不在なのか? それともまさか既にお亡くなりになられているのか?』

侍女長「……詮索はおやめくださいと申したはずです」

亡霊鎧『だが、子の墓標には刻むべき名もあろう? 名を決めるにしろ聞き出すにしろ、父親が――…』

侍女長「それは…っ!」

魔王「………腹子は、どこのものとも知れぬ夜盗の子らしい」

亡霊鎧『…………なんと?』

侍女長「魔王様……。 お嬢様がこちらにいらっしゃいます。そのように仰っては…」

魔王「事実確認もしていない。嫌ならば、嫌だと言う口も既にあろう」

侍女長「ですが」


亡霊鎧『……こちらの娘御。病気や戦争による手足の欠損ではないと申されたな。お伺いしてもよろしいか』


亡霊鎧は達磨娘を見つめながら そう尋ねた
その姿は、憂うべき事態を前にし、事情を聞きだそうとする勇者の姿を想起させた



・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・


亡霊鎧『なんと惨い……このような若き娘にそのような事が?』

魔王「そう、聞いている」

侍女長「……」


侍女長は、達磨娘を気遣うように 先ほどからその背を撫ぜている
ベッドの脇に座して表情を伺う侍女長の姿はどこまでも優しげだ


亡霊鎧『………墓標に刻む名の心配どころか、腹子の墓など元より不要だったか』

侍女長「! どういう意味です!!」

亡霊鎧『失礼。だが、その……』


言葉に悩むように、歯切れが悪くなる亡霊鎧
意図がわからない以上、聞き出すより他は無い


魔王「構わぬ。言え」


亡霊鎧『……望まぬ姦通ゆえの子であったのならば… 娘御にとっては 腹子もまた、忌々しき子であったのではないか、と』

魔王「………なるほど。考えてはいなかったが、それも一理あるな」

侍女長「そんな!? 腹子には何の罪もありませんでしょう!? お嬢様の子であることに代わりありません!」

亡霊鎧『だが、望む血を引くわけではあるまい。むしろその存在は恥辱の証明に……』

侍女長「違います!! 違います、違います!!」

魔王「……侍女長?」

侍女長「!」ハッ

亡霊鎧『…………興奮させてしまったようですな。そう、おかしな考えだったであろうか』

侍女長「父親が…… 母の亭主でなければなりませんか?」

魔王「俺にはわからぬ」

亡霊鎧『……褒められたことでは無いが…。それでも心当たりがあれば、そこには情もあったと推測できる』

亡霊鎧『しかしながらこの娘御の場合は…… 事情が違うであろう?』

侍女長「………っ ですが!」


魔王「侍女長。何か、言いたい事があるならば言うがいい」

侍女長「……私は…」


侍女長「私は… 淫魔の血を引いておりますゆえ…」

亡霊鎧『…………淫魔…? っ!』

亡霊鎧『……いや。これは、知らぬこととはいえ、申し訳ない』

魔王「どういうことだ?」

亡霊鎧『もう結構。あまりに浅慮な物言いを改めて謝罪しよう』

魔王「説明しろ」

亡霊鎧『魔王殿!』


侍女長「……魔王様」

魔王「なんだ」

侍女長「淫魔の血を引く一族の女は、大半が娼婦として生計を立てているのはご存知でしょうか」

魔王「確かに、それは聞いた事があるな。だがお前は違うはずだ」

侍女長「はい。こちらの魔王城でお勤めさせていただくわけですから、私や母も、決して昌館あがりの身分ではございません」

魔王「ならば……」


侍女長「ですが、私自身は 母が意に沿わぬ姦通の上に授かった子でございます」

魔王「……」


魔王「……ふ」


魔王「立て続けに強姦被害の関係者とは。魔王である俺に、国内の治安の悪さでも訴えるつもりか?」

亡霊鎧『………魔王殿はご存知であられぬご様子』

魔王「何?」

亡霊鎧『我輩が説明致そう。淫魔族の歴史を』

侍女長「………」



淫魔。
古の時代には、性を求めさまよう色情魔として恐れられた

枯渇するほどに人間の性を吸い尽くし、その魂までをも吸い上げる
淫夢にまぎれて現れ、その快楽に溺れさせたままに死に至らせる…恐ろしい魔族であった

だが、勇者と魔王の和平が締結し
魔術の委棄と衰退の中でそれらの力は消えうせてしまった
残されたのは “色情魔”“快楽の化身”――そのようなイメージだけ

力を失った彼女たちを待ち受けていたのは
人間に性道具のごとく扱われる、あまりにも惨めな末路であった


元々、力をもった魔族であった彼女らはプライドが高い
自らの尊厳を保つために、高級昌館を作りそこに“招き入れて”性を与える――
そう流れていくのは、当然の事のようだった

大多数の淫魔族の女性はそのどこかに収まった
自らの保身のため、またその誇りのため、彼女たちは上級娼婦として生きる道を選んだのだ

はした金ではとても買えない、淫靡な美しき娘達
さらにはその性技。客の中にはそれに魅せられて財産を全てつぎ込んだものも多いという
魔力を失ってなお、彼女たちは“淫魔”であり続けた


その一方、昌館に属さなかった者もいた
既に想う相手がいる者、幼い子を抱えた者、既に年を重ねたもの……そういった女性達だ

彼女たちは、有名になりすぎた高級昌館の影で、一層の恐怖に晒されていた


『買えば身を滅ぼすほどの高級娼婦が、落ちている』


人間たちは彼女らを見つければ、さも幸運といわんばかりに――……
情欲のままに、穢したのだ



侍女長「……学を身につけ、礼儀を習い、“奉仕者”としてお屋敷勤めをする。そうすることで、私たちは自らの保身をしています」

侍女長「私の母もまた、大商人様の元で屋敷勤めをしておりましたが……」

侍女長「商談の帰り、港の混雑で商人様とはぐれてしまい…そのまま、と」


魔王「………なるほど」


侍女長「……お嬢様に、私自身もどこか母の面影を重ねていたのでしょう」

侍女長「子の誕生と知り…… 母の苦労や自らの境遇を重ね、過ぎた感情移入をしてしまったようでございます…」

侍女長「……勝手な振る舞いを致しました…。お詫び申し上げます……」

魔王「……“子”…か」

魔王「その価値は、誰が定めるものであろうか」

侍女長「……ヒトが…ヒトの価値をつけるのは難しゅうございます…」


亡霊鎧『……こちらの娘御は、どのように想っておられたのであろうな…』


亡霊鎧『賊を。子を。自らの運命を。その、価値を。……――どう、感じておられるのだろうか』


祈るように
願うように

亡霊鎧が、そう問いかけた時
達磨は一筋の涙を流した


達磨娘「…………ぁ……」ポロ… ツー・・・


侍女長「お嬢様……?」

亡霊鎧『……やはり、しっかりと聞いておられたのか』

魔王「聞いていたならば、話は早い」


魔王「――…お前は、何を… どう、望む?」


達磨娘「………………」ポロ、ポロ…


亡霊鎧『……酷な事をお聞きなさる』

魔王「……」


侍女長「魔王様……あまり早急に求めてはならないかと…」

魔王「ふむ……」


魔王「………まあいい。以前にも同じ忠告をされた覚えがある」

侍女長「ふふ。確かに申し上げた記憶がございます」


魔王「ここにいれば問い詰めてしまいそうだ。今日も俺は席を外していよう。……侍女長は、今日一日 こいつの側に」

侍女長「かしこまりました」

魔王「亡霊鎧」

亡霊鎧『ふむ。我輩を供にお連れくださるつもりかな、魔王殿?』

魔王「ああ。よくはわからぬが、以前に忠告された際 『男性は特に、早急に求めてはならぬもの』と言われた」

亡霊鎧『』

魔王「亡霊鎧に性別があるかは分からぬが、男性であるならば控えるがいいのだろう」

亡霊鎧『………いや、自我は男であると認識しているが…』

魔王「ならば来い」


踵を返し、ドアへと向かう
一瞬の間を置いて、亡霊鎧が追いかけてきた


部屋を出ると、亡霊鎧は神妙な面持ちで横に並んで歩く
しばらくしてから、意を決したように 低く問いかけてきた


亡霊鎧『……以前の忠告と言っていたが… 魔王殿はその際に、何を早急にお求めになったのだ……?』

魔王「ふむ……。 確か『頷くくらいできるだろう』……という様なことを、言った気がするな」

亡霊鎧『なんと。羨ま…ではない! 魔王殿、強引などあってはならぬ! そのように高圧的な求め方など、騎士道に反しますぞ!!』

魔王「?」


魔王はその後、およそ3時間もの間
庭先の椅子に腰かけ、横に立つ亡霊鎧に説かれ続けた

騎士道、勇者道、王道、紳士道……

どれもこれもが魔王の学んだ帝王学とは違う箇所があり、興味深いものがある
また亡霊鎧は語りだすのがとても上手く、魔王はその説法に、珍しくも真剣に聞き入った


亡霊鎧『コホン。で、ありまするから、魔王殿。力技にも手順とルールがあると理解していただけたかな』

魔王「うむ」

亡霊鎧『力強く男性的な魅力を生かすにしろ、強引にYESを求めては女性の心は開きませぬぞ』

魔王「…?」

亡霊鎧『それにしても羨ましい…。女神様に娘御、それに侍女長殿。多種多様、まさによりどりみどりですな、はっはっは』

魔王「は?」

亡霊鎧『おっと。心を開くというより、これではまさに“女体を開く”と――…


魔王「………………」



亡霊鎧が危惧するものが『情事の手順』であると気付いた時
魔王は渾身の力で持って 亡霊鎧のヘルムを掴み、遠く彼方へと投げ捨てた



:::::::::::::::::::::::::::::::::::


侍女長「……言葉は、もう出ますか?」

達磨娘「言葉…。……………私の、声…?」

侍女長「ふふ。自分の声も、お忘れになられてしまいましたか?」

達磨娘「…………私の……声…」


達磨娘と侍女長は、魔王の部屋で
魔王と亡霊鎧の様子を眺めながら、ゆっくりと言葉を交わしていく

達磨が、僅かにでも言葉を漏らすようになったのは
侍女長の身の上話を聞いていたからか


侍女長「魔王様がいてくださいます。もう、安心なさってよろしいのですよ…?」

達磨「………」


それでも、どこか自分の世界に閉じこもりがちな達磨
侍女長は穏かに、何度も、優しく同じような問答を繰り返し続けた

そして、数時間もかけて、ゆっくりと心に触れていく
達磨はゆるやかに警戒を解きながら……段々と、視界に納めるものを増やしていた


侍女長「お嬢様。……私たちは、決してお嬢様を悪いように考えてはおりませんよ」

達磨娘「……」

侍女長「魔王様だって……確かに恐ろしげな風貌をお持ちではいらっしゃいま……す…、が」

達磨娘「………あ」


魔王の話になったことで、二人の視線は窓の外の魔王に向けられていた

それまで椅子に座り、亡霊鎧と向かい合ったまま微動だにしなかった魔王の姿
何時間もそうしていただけの魔王が、突然に立ち上がり、放ったまさかの剛速球


侍女長「……………」

達磨娘「……………」


魔王達のその様子を部屋の窓から見ていた二人は
唐突すぎる魔王の行動に目を丸くし……


侍女長「………っ、ふ」クス

達磨娘「ぁ、れは…」キョトン


侍女長「ぁ。や。な、何故急に…フフ、魔王様ったら、怖い方だとお話してる時に、そんな…フフ、ァハ」クスクスクス


達磨娘「………おおかみ、さん…?」

侍女長「あれは魔王様ですわ、お嬢様……フフ。あら…止まらなく…」クスクス


あまりの可笑しさに、笑い出した侍女長
それをキョトンとした表情で見つめる達磨

窓の外の景色と、部屋の中の景色。それに、自分の身体
いろいろな物を交互に見回してみる


空を飛ぶ銀色の兜
慌てふためく首なし甲冑に、頭を抱えて憂鬱そうな“怖い狼”

狼の恐ろしさを語るに語れず、笑いの止まらない“蟻さん”

驚くほどに身軽になってしまった自分の身体は
まるでイカリを無くした船のように、そのまま浮いて流れて行きそうだと感じた


何もかもが、知っている物と違った
誰かがいつの間にか、達磨の“現実”を摩り替えてしまったようだった


達磨娘(…………どうして…?)


見つめたくなかったはずの現実が
気がつけば、空想よりもずっと可笑しいものばかりになっている


…ギィ


物音を聞き取った達磨は
視線を笑い続ける侍女長からドアへと移す

伏せたままの瞳で、億劫そうに入ってくる魔王が見えた


魔王「予定外だが、戻っ…………」

侍女長「クスクス」プルプル

魔王「……? 侍女長、どうした」

侍女長「っ、は! こ、これは魔王様! 失礼致しました!」


達磨娘(……え? 外にいたのに、もうお部屋に…?)

達磨娘(……ああ、そうね。きっと走ってきたんだわ。狼ですもの)


魔王「……なにやら娘の方も様子が違うな。何があった」


侍女長「な、何と申されますと……」

達磨娘(……遠くまで球を投げて… 走って戻って…。なら、それは…)


達磨娘「……ホームラン……?」


侍女長「プッ」

魔王「は?」


達磨娘(…………これは、私の空想? それとも現実?)

達磨娘(ううん… こんなの空想にきまってる。きっと、私はついに壊れてしまったのね)


達磨娘「……きっと、あの銀色の兜は 星の光」


侍女長「ぼ、亡霊鎧様が星になって……ふ、ふふ。お、お止めくださいお嬢様……。クスクス」プルプル


空想に、違いないのに
頭の中じゃなくて、耳から 諌める蟻さんの声が聞こえる


達磨娘(……空想じゃ…無い…?)


達磨娘「………え? ……ならまさか、本当にアレは投げられてた……?」

侍女長「~~~~~っ!」プルプル



魔王「……………は?」



空想を心に馳せながらも、現実を忘れなかった達磨娘
穏かに達磨の警戒を溶かし続けた侍女長

はた迷惑な勘違いで説法をした亡霊鎧と、
それに対する魔王の過剰な制裁


何もかもバラバラなものが
パズルのピースのようにぴったりと重なり合う



達磨娘は、こうしてようやく
“現実”という絵を、見る事が出来るようになった 


1時間ほど遅れて戻ってきた亡霊鎧が
しばらくの間、不満を口にしながら自らの頭部を磨き続けた事に
魔王が興味を持たなかったのは言うまでも無い


中断します。早ければ今日のうちにもう一度投げるかもしれません

>>461-467 Thx!
>>465 余程の荒らしでもはいらない限り、このスレ内で終わらせるつもりです

乙です
久しぶりのほのぼの展開いいっすね
けどこの間にも少女が苦労してると思うと……

乙です
喉は無事なんだっけ…?


:::::::::::::::::::::::::::::::::::



部屋にヒトが揃ってから、ポツリポツリと達磨は話しはじめた
口を開くのに違和感があるのだろうか、達磨娘の言葉はとても遅い


侍女長(……まるで、言いよどむほどの想いを込めながら 一つ一つの言葉を発しているよう…)


魔王、侍女長、亡霊鎧とそれぞれの紹介が終わると
達磨は自らを『町娘』と名乗った


侍女長「ふふ。ようやく、お名前をお聞きする事が出来ましたね」

亡霊鎧『今後、我輩は名で呼ばせていただこう。よろしいかな、町娘殿』


町娘(達磨娘)「……達磨…で…いいです」

侍女長「お嬢様……。どうかそのように仰らないでくださいませ」

町娘「……」


亡霊鎧『魔王殿も、名で呼んでやってはいかがか』

魔王「俺は元々、こいつの名など呼んでいないからな。問題無い」

亡霊鎧『むしろ、いろいろと問題ですな』

町娘「私は… 別に…」


侍女長「……お嬢様は、『町娘』だと名乗ったではないですか」

侍女長「『達磨です』と名乗らなかったのですから、やはり『町娘』様なのですよ」ニコ

町娘「………」

侍女長「やはり、これからは私もお名前で呼ばせていただきますね。その方が、しっかりと御自身を意識することができましょう」

魔王「……ふむ」



穏かな空気が流れていた
誰もがやわらかい言葉で、それぞれに達磨娘――町娘を思いやる


魔王はその空間を、まるで少女といる時のように柔らかく暖かいと感じた
それでも、もしここに少女がいれば 穏かなだけでなく明るい空気も流れただろうと思う


魔王(………俺は何を…。居もしない者に、何を望んでいるのだ)


少女にとってこの魔王城は窮屈で肩身の狭い場所
そんな場所で穏かで明るく振舞っていてくれたら、などと……

ありえない空想に、さらに希望的観測をかけるようなもの。馬鹿げている


魔王(……ましてや… 少女はいまだ、地の水を啜って飲んでいるかもしれぬというのに)


物資援助も、金銭援助も 行うだけならば容易だ
少女の様子を定期的に伺わせることだって簡単すぎる

だが、少女のいる場所は他国の領土……
そして少女自身は、貧困に喘ぐ町の一貧民だ

中途半端に手を出せば、見えない場所ではどのような視線で見られるだろうか

魔王の寵愛を受けた娘である事が他の者に知られれば
他者に言いようにされて、あの少女自身が“献上”されてくるのだろう
どのような者に、どのように盾に取られるか想像もつかない


魔王(………王位と引き換えにと言われれば、さすがに断れるだろうか)


そんな妄想にすら、自信を持って答えられない


あるいは、強奪するという手もあろう
全ての取引に応じず、ただ求めたところで誰に諌められようか


魔王(だが、そこまで強引に引き取ってしまえば… 二度と、少女は自分の巣穴へと戻れなくなる)


思考が堂々巡りを繰り返す
何度考えても、手が出せそうにない―― それは、不幸の引き金に違いないから


悔しさに、いつの間にか唇を噛み締めていたらしい
口の中に血の味がにじんだ


魔王(……もし、僅かにでも手を伸ばせば… もう引き戻す事も出来ないのだろうな)


あの日、実の兄を追って魔王の元を離れた少女
その後姿を、いつまでも見送ったまま動くこともできなかった魔王

あの時の痛みは、未だに胸に焼き付いて離れない――

その恐怖が目の前に迫れば、少女の事を考える余裕など持てず
自らの心の安寧を優先してしまうのだろう


何よりも、あの痛みをもう一度味わう事が怖かった
見えもしない痛みに、一方的に締め付けられ、抵抗する術もないのだから


やはり、関われない。
関われない以上、関わらないと決めておくのが一番だ
自分の導き出す1番と、少女にとっての1番が符合するのなら、他を選ぶ必要はない


魔王(………何故、手に入れられないのだろう)

魔王(何故……―――)



何故、少女は戻ってこないのだろう



いつだって、考えたくないと思って逸らしている結論がある

選ばれなかった理由
選んでもらえない自分の価値


あの最下層に住み続ける少女にとって
『魔王』という地位ですら、少女より地位の高いそのほか大勢の人間と変わらない

『魔王』は有象無象のうちのひとつでしかなく
特別なものにはなれないのだ


求めてすらもらえないのだとしたら
やはり魔王には価値など無いのであろうか



魔王(………求めるのであれば…… いくらでも、与えていたいのに)


町娘「…………」



町娘「求めても……いいですか…?」



魔王「っ」


心の声を聞かれた気がして、魔王は意識を戻した
もちろんそんな訳は無い。わかっていても心臓が鳴った


魔王「……何を…… 求める…?」

町娘「………」


町娘「子の、墓を… 作らせて、ください」





魔王「…………………ああ」




この気持ちは 安堵か落胆か
もう、そんなことすらもわからない


どちらなら、正解なのだろう
少女であれば、こんな質問にもあっさりと答えてくれるのだろうか



:::::::::::::::::::::::::::::::::


場所を検討した結果、
森の中の、開けた一角に墓を作ることにした

いつだったか、少女と花びらのベッドを作った場所だ

あの時に魔王が味わった穏かな眠りを思うと、墓を作る場所に相応しいと感じる
あのまま永く眠っていれば幸せだったのではないかと思うほどなのだから――



亡霊鎧が、スコップを使い穴を掘る
車椅子の上に座る町娘の脚の間には、小さすぎる骨壷が置かれている

最期の時ですら、手に抱くことも出来ない“我が子”
脚というよりも、股に挟むようにして骨壷を抱く町娘は何を思うのか



侍女長「……亡霊鎧様。もう、それほどもあれば充分かと」

亡霊鎧『………もう少しだけ、掘らせてくださらぬか』

侍女長「ふふ。そこに入るのは大男ではありませんのよ?」

亡霊鎧『……存じている。小さな小さな、骨であろう』

侍女長「それなら…」


亡霊鎧『万が一にも…… 野犬などに掘り返されたら、ひとかけらも残らぬような小さな骨であろう』

侍女長「…………」

亡霊鎧『………』


ザク、ザクと。

丁寧に、深く掘られていく穴
それを見ながら、町娘はまた一筋の涙を流した




魔王「……何故、泣く?」

町娘「……え…?」


魔王「……侍女長の話しを聞いて居なかった訳ではない」

魔王「だが、淫魔は元々 父親の身など分からぬものも多い種族だ。特殊といえよう」


魔王「だが、人間であるお前でも…… 侍女長と同じように、思うのか?」


町娘「……私は…」


町娘「私は、もし、こんな境遇じゃなかったら… この子を憎んでいたかも…しれません…」

魔王「ならば… 何故、そのような子の墓を望んだ」


町娘「…………。 この子が… 私を、生かしてくれたから…」

魔王「お前を生かしていたのは、商人であろう?」

町娘「……」フルフル

魔王「………?」


町娘「ずっと…… 空想ばかりしてたんです」

町娘「現実は受け入れられなくて…。あの子が居なかったら、私は壊れてたと思います…」


魔王「……肉体の死ではなく、精神の死。生かされていたとは、その精神の部分の話か」

町娘「……」


町娘「……どうしても… 一目でも、もう一度会いたいヒトがいるんです」

町娘「だから、壊れるわけにはいかなくて… あの人だけは、忘れるわけにはいかなくて…」


魔王「……よく、わからない」

魔王「そうであるならば、誰の子とも知れぬ腹子など、現実逃避を加速させるだけでは?」


町娘「おなかの子は、その想い人の子だから…」

侍女長「……え…?」

魔王「馬鹿な。どういうことだ」


町娘「……馬鹿、ですよね。わかってます」

魔王「……」

町娘「わかってます… そんなことないって。本当はあの、卑しい顔をした男の子供なんです」

侍女長「町娘様……?」

魔王「…………一体… 何が言いたい?」


町娘「気が狂いそうな、日々でした…」

町娘「だから…… 空想の中で、想い人に抱かれていました…」

魔王「想い人に……? だが、空想なのだろう?」

侍女長「もしや…… 想像妊娠だと、思っていらっしゃったのですか?」

町娘「……」フルフル



町娘「……2回目、なんです」

侍女長「……? 何がですか…?」

町娘「妊娠…です。最初に孕んだ夜盗の子は 流産、してます」

侍女長「え……」


魔王「待て… では、お前が今抱えているその骨は一体?」


町娘「達磨として、『その方が見栄えがいいから』って…」

町娘「商人に、私のような容姿の者を嗜好する男の元へ……送られて」


侍女長「まさか…… 無理に、また孕まそうと…?」

町娘「………」コクン


侍女長「……っ なんて…… そんな、そんな…」

魔王「……」


ザク。ザク。

亡霊鎧が、穴を掘る音だけが響く
音が大きくなった気がするのは、スコップを操る力加減がかわったせいだろうか


町娘「幾晩も続く行為の中、私はずっと空想しつづけました…」

町娘「だから… このお腹の子は、空想の中で逢瀬を重ねたあの人の子供かもしれないと思うようになって…」

魔王「それこそ、ありえないだろう。何故そうなる」


町娘「だって… だって!」


町娘「神様はいじわるで、私を嫌っていて、酷いことばかりするから――」

町娘「私があの子を殺したり… 何もかもを諦めて壊れてしまったら…」



町娘「『ソレは本当にあの人の子だったんだよ』
『君の願いを叶えてあげたんだよ――』って…… 言われそう、で……」



町娘「……今でも… ソレくらいのこと、神様にされちゃうんじゃないかって気がしてて……っ」

町娘「本当は この骨は、やっぱりあの人の子だったんじゃないかなって…。今も、思えてしまうくらいで……っ」


侍女長「町娘様……」

亡霊鎧『……人間不信。救いを求めるべき神ですらも信じられぬ程だったと言うのか……?』


魔王「……神など、いやしない」


魔王「だが神は居ると思うが故に、そのような妄想に捕らわれるとは…。信仰の深さも、命取りとなるな」

亡霊鎧『………クッ』


町娘「本当は… とっくに、おかしかっただけなんですよね……」

町娘「わかってました。そんな事、ありえない……でも…」


町娘「あの人の子じゃないかって疑うことで、生きてこれたんです…」

町娘「あの人との子が共に居るかもしれないから、がんばれたんです…」

町娘「あの人に会いたいという願いをかなえるためには… それにしがみつくしか、なかったんです……」


侍女長「……町娘様…」


魔王「……断言しよう。その子は、そのような空想の産物ではない。……お前を傷つけた者の子だ」


魔王「………それでも、墓を作るか?」

町娘「……はい…」


亡霊鎧『……町娘殿。無理はしなくてよいのですぞ・・・?』

町娘「……」フルフル


町娘「この子は、心だけじゃなくて…。本当に私を生かしてくれてもいたから…」

侍女長「本当に…とは?」


町娘「赤子を落とさせない為に… 最低限の配慮を、商人達にさせてくれました…」

侍女長「……それは、商人が私欲のために…」

町娘「それでも… 生きたかった私を、生かしてくれたのがこの子だということは、同じです…」



町娘「私はこの子を殺してしまったけれど
   この子は私を生かし続けてくれてたんです」


魔王「…………そこまでして… 会いたい者が居るのか…?」

町娘「……」コクン


町娘「この子だけが… 『いつか、あの人にまた会いたい』という願いを…」

町娘「…私の願いを、守ってくれてました……」



魔王「…………………………」



人を想う。

それは自分と相手を繋いで、体温すらも分け合うような心地にさせる行為だ
そして繋いでいくほどに 自らにも絡み付き、自由を奪っていく

“生”がただの責め苦に変わっても、絡みついて 死をも許さなくなる


“想い”は、ヒトから自由を奪っていくものなのだ


きっと、誰のことも想わなければ
誰よりも自由に、楽に、生きていけるのであろう


魔王(……既に、出会わなければよかったと思うことも出来ない)



一度繋いでしまえば
もう 求めずには居られない、厄介なものなのだ

禁断症状のように、繋ぐ場所を求めてどこまでも伸びていく
相手に届かず、自らに絡みつくばかりだとしても……。



その後
町娘に代わって、侍女長が骨壷を墓穴に納めた
侍女長も亡霊鎧も、手を合わせて黙祷を捧げる


町娘は、静かにその墓をみつめていた
決して、合わせる手が無いからではないのだろう


悔しげな瞳で、それでもどこか困ったような…複雑な表情
ただ墓だけをしっかりと見つめているその様子


魔王(……ああ。なるほど)


神がいて、祈りを聞き届けてくれるなら…
そもそもこの子は居なかったのだ

それでも神が居るとすれば、きっとどこかで嘲笑っているのだろう
そんな神に、子の冥福を祈ることは出来ない


町娘は
子の為に出来る事を探して堂々巡りを繰り返しているのだ


魔王は自らが味わった口内に滲む血の味を思い出し、そう確信した


墓を去るとき、町娘は小さく『ありがとう』と言った
結局、出来る事はやはりそれだけだったのだろう


……それだけの事ですら、魔王にとっては妬ましいほどに思えた

中断します

>>491-499 Thx!
>>497 口唇を焼かれ、爛れて上下がくっついている状態でした
喉については表記してませんでしたが、元々経口で食事もしていたし問題ないようです


数日後…

城外の警備兵を残し、魔王城では皆が寝静まった時刻
魔王も自室で眠りに落ちていた


サ…


魔王(…………)


絨毯の上を擦るような僅かな音に、魔王は目を覚ます
部屋の隅のベッドで眠る町娘以外に、人の気配は無い


ス……


魔王(……だが、居るな。ここまで気配を消すとは。何者)


眠ったフリをしたまま、様子を伺う
僅かな物音が、近づいてくるように思う


魔王(……狙いは、俺か)


町娘「………どなたですか」

魔王(!)


起きていたのか、あるいは気配に気付いたのか
町娘は身動きのひとつも取れぬ身でありながら、不用意に声を上げた


町娘「え……?」

魔王(……ちっ。面倒な。気付かぬ振りをして奇襲させてしまう方が、返り討ちにもしやすいというのに…)


町娘「…………」

魔王(………?)


シュル… カタン


魔王(………なんだ?)


気付かれぬ程度に目を開ける
重たいカーテンが引かれた室内は完全な暗闇に閉ざされていた

少し目が慣れてきた頃……動く気配を、ようやく捉えた
だが、それは


魔王(馬鹿な)


暗闇にまぎれるシルエット
小さなベッドの脇に立つその影は、町娘の気配がした


魔王「何者!!」


町娘「魔……


魔術攻撃の用意として突き出した腕の向こうから
確かに町娘の声がした


だがその影は、猫のような俊敏な動作で身を低く沈め
掌の射程から逃れる


魔王「何!?」


シュバッ…!

低い姿勢のまま、一閃に駆け抜けたそのシルエット
そいつは確かに町娘の気配を放ちながら…部屋のドアから出て行った


魔王「な……!」


開いたまま突き出した掌は、まるで追いすがる者のようだ

その手を握り、気を練る
次に開いた手の上には、小さな火の玉があった

それを光源にあたりを見るが、やはり既にもぬけの殻
ベッドの上に横たわるだけであった町娘の姿はみあたらない


魔王「………どういう……ことだ」



::::::::::::::::::::::::::::::::


魔王城を物音を立てぬように駆け出した
慣れぬ重さはひどく精神を消耗する

警備兵の姿を見つけ立ち止まるだけでも細心の注意を払う
万が一にも、“ずり落とす”様な事があっては大惨事だ


亡霊鎧『………決して悪いようには致しませぬ。もうしばし、ご辛抱を』

町娘「………」


自らの身体… 鎧の中に容れ込んだ町娘の身体はバランスが悪い
手足は空洞なのに、胴体だけは生身の重さなのだ

胴体の重さに引きずられて、脚部と胴部の金具が外れそうになる
空気抵抗を減らそうにも、前傾姿勢をとればそのまま前のめりに倒れてしまうだろう

重心を低くし、まるでコサックダンスを踊るかのように進むしかない


亡霊鎧『……女性との踊りであれば、もう少し優雅に行いたいものですな』

町娘「?」


警備兵が通り過ぎるのを確認し、再度駆け出す
城外の庭を一息で駆け抜け、森のある方向へと突き進む

亡霊鎧がようやくその足を止めたのは、泉の側にまで辿り着いた時だった



亡霊鎧『夜分、突然に失礼をした。驚かせてしまいましたかな?』

町娘「………」フルフル

亡霊鎧『ありがたい。 いや……むしろ我輩の方が驚きますな』

亡霊鎧『女性達の多くは、我輩の姿を見ただけでも叫び声を上げて逃げていきますぞ』


苦笑しながら、亡霊鎧は自らの金具を外していく
最初に地に置かれたヘルムだけが喋り続け、その腕は脚部の金具を外していく


胴部から町娘を出すと、また脚部を取り付ける
手馴れた様子で、まるで『指を曲げる・脚を曲げる』のと同じ調子で金具を動かす
“金具そのもの”が 自らの力で動き、外れていく


町娘「……その身体は、繋がっていなくても動くんですね」


亡霊鎧『はっはっは。独立して動く手足は、気色悪いかね?』

町娘「いつかみた…… 活動写真のようだと思います」

亡霊鎧『活動写真?』

町娘「ええと… 連続した写真をつづけて映し出すもので……」


亡霊鎧『ああ、いや。活動写真はわかりますぞ。そうではなく、我輩のような者が題材にされていたのですかな?』

町娘「いえ、手だけでした」

亡霊鎧『なんと奇妙な』


町娘「主人公が、手首なんです。小さいので、階段を登るのも一苦労…という、コメディでした」

亡霊鎧『それは、愉快でしょうな。我輩ならば、それを体感することもできてしまいますがな』


亡霊鎧はその腕の先を動かして、愉快そうに笑った
それを見ながら、町娘は話を続けた


町娘「とても面白かったです。……彼と、一緒に見ました。たくさん笑いました」

亡霊鎧『……思い出のあるものであられたか。失礼、決してからかったつもりでは…』

町娘「いいんです。……今は、少し羨ましいなと感じていました」

亡霊鎧『羨ましい?』

町娘「もしも私が “胴と頭”だけじゃなくて… “手だけ”とか、“足だけ”だったら…と」

亡霊鎧『町娘殿…』

町娘「そうだったら、時間はかかるかもしれないけど……好きな場所に向かえますから」

亡霊鎧『………』


胴部だけの町娘
這いずるための手足もなく、身をくねらせたところで思う方向へは進めない

亡霊鎧はよいフォローも思いつかず、言葉を詰まらせるしか出来なかった


町娘「……ごめんなさい。困らせました」

亡霊鎧『いや……我輩も、慰めのひとつも出せない無骨者で申し訳ない』

町娘「いいんです。上手に慰められたら、余計に惨めなだけなので」


無表情のまま、抑揚の少ない言葉が口からこぼれ出ていく

先日の墓作りをする時の話からすると、随分と言葉数は増えている
だが、それは諦めや不満ですらも受け入れるかのような物言いだ

『愛しい人の子』という、身を守る為の仮想現実が無くなった今
より冷酷な現実を、“受け入れるしかない事態”として感情を弱めて対処しているのだろう


亡霊鎧《人間とは…… 時に、まるで機械よりも機械らしいものにみえますな…》


亡霊鎧が最初に町娘を見たのは
ゆるい陣痛に襲われながら、空想に逃げ込んで痛みを逃している時だった

視界すら定めずに椅子の上で揺れている様子には、
亡霊や精霊のような、現実味の無い透明感…… そんな、儚さのようなものを強く感じた

だが、今目の前ではっきりと喋る町娘からはそんな様子はうかがい知れない


亡霊鎧『町娘殿は、最初にお会いしたときの印象よりも……なんというか、その』

町娘「可愛げがない、ですか?」

亡霊鎧『い、いや! そうとは申しませぬ! ……ですがこう、強さと言うか…』

町娘「強さ……?」


亡霊鎧『試練から逃げず、受け入れて睨みつけるような……男気じみた部分がありますな』

町娘「男気……。私は女らしくないですか?」

亡霊鎧『我輩はあまり、女性らしい女性の発想にはついていけないので、その方がありがたくもありまする。はっはっは』

町娘「女らしくないんですね。仕方無いですが、ショックです」

亡霊鎧『 』


町娘「冗談です。昔は、男勝りだとよく言われたので自覚してます」

亡霊鎧『……町娘殿の冗句は、あまり笑えませぬな……』

町娘「黙っていても、この身ひとつで笑い物なので。それくらいでいいのかも」クス

亡霊鎧『わ……笑ったところを初めて見たものの、内容が自嘲的すぎて反応に困りますぞ!!』

町娘「こういう時は、“笑顔の方が似合いますよ”くらい言ってほしいです」

亡霊鎧『……それも冗句ですかな?』

町娘「今のは本音です」

亡霊鎧『も、申し訳ない』


やっぱり冗談ですよ、と 小さく付け足した町娘
亡霊鎧は安堵の溜息をつき、そんな自分を笑いたくなる

亡霊鎧にとって自らのペースが狂うのは珍しいからだ


勇者と共に、世界に笑顔と安心感を届けるために長く旅をしていた亡霊鎧

勇者亡き後も、その生き方は変わらなかった
―― “変えられなかった”、ともいえる


悲しい空気の流れる場所でも、辛さに気分が沈む時でも
怒りに荒ぶる者の前でも……

亡霊鎧は、勇者がしたように
いつだって 明るい話題と朗らかな様子で“安心感”を届けるよう努めた

勇者のような穏かな微笑みも無く
勇者のような慈愛と労わりの瞳も無い
“勇者”という希望を象徴する肩書きも、もちろん持っていない


亡霊鎧は、同じようにやってみせても
勇者と同じような結果にすることはできなかった

馬鹿にされ、怯えられ
『場違いで空気の読めない無機物』と罵られ、蔑まれる事が多かったのだ


それでも、それが勇者に学んだことだった
ただひとつ、善と信じたやり方だった

間違っている気はしていたが
信じられる他のやりかたなんて、もう有り得ないのだから――


町娘の反応は、本当に亡霊鎧にとって珍しく 調子が狂う

彼女は、間違いなくどん底の境遇だ
調子外れの亡霊鎧の慰めに、怒声をあげて罵ってくるのならわかる

どん底にいて、荒ぶっていてもおかしくない
沈んだまま拒絶するばかりでもおかしくないのに。

だが実際はどうだ


最下層にいる自分を、さらに低い場所から“掬いあげて”、“見せ付けて”、
『これが私ですが、何か』とでも言いたげだ

自虐といえば、ただの自虐。だが悲壮感は漂わない
そういう感情は、やはり自己防衛のために空想の中に置いてきてしまったのだろうか


だとすれば――


亡霊鎧『……町娘殿は…… 感情が希薄であるように見受けられる』

町娘「え……」


亡霊鎧『夜分に無理に連れ出した我輩に対し、本当は怒っておられるのではないかと』

町娘「………あ」

亡霊鎧『もしもそうなら弁解させてくだされ。我輩はただ…


町娘「いえ。……そうではなくて、そうかもしれないなって」


亡霊鎧『………は。 どちらであらせられる』



町娘「怒ってないです。でも、言われてみると……希薄というか。気持ちを押し殺すのが、癖になってたのかもしれない」

亡霊鎧『…それは、心を守るために必要な……』

町娘「押し殺しすぎて……楽しいとか、嬉しいとかまで、殺してました。これでは無差別大量殺害犯ですね」

亡霊鎧『 』


町娘「……ごめんなさい、不謹慎な発言でした」

亡霊鎧『は、はっはっは。随分と不穏なことを容易に仰る。そういう物が怖くないのですかな』

町娘「私自身が生きるブラックジョークみたいな境遇なので、そういう感覚すらずれているのかも……」

亡霊鎧《いくらなんでもブラック過ぎますぞ!!??》


どこか、現実味の無い町娘
それでも不思議なことに、誰よりも現実を見つめているようにも感じた


町娘は、突然に思いついたように空を見上げてそのまま後ろに倒れた
慌てて助け起こそうとしたが、「これで丁度いいです」と断られる


町娘「星空を、草むらに寝転がって見上げるなんて。いつぶりだろう……」


亡霊鎧『………それも、例の想い人と共に?』

町娘「いえ。多分 夜盗に押し倒された時か、草原に打ち捨てられたときに見てる筈です」


亡霊鎧《本当に勘弁してくだされ……!》



穏かな癒しの時間を届けたかったのに、すればするほどに盛大に裏目にでていく

人前で弱気を見せるなどは良くないが、さすがにがっくりとうなだれてしまう
だがそんな駄目な姿を見た町娘は、今度は小さく微笑んで見せた


亡霊鎧『…………笑顔のほうが、似合いますぞ』

町娘「私の提案した模範解答をなぞるなら、せめて私が忘れた頃にしてください」

亡霊鎧『ぐっ』

町娘「ふふ。……そんな笑わせ方は、ちょっとズルいです。笑っちゃいました、私の負けです」

亡霊鎧『まったく勝った気がしませんぞ!? むしろ勝てる気もしませんな!』

町娘「ふふ、本当におかしい」

亡霊鎧『 』


そういいながらも、どこか希薄な空気を漂わせている町娘
瞳だけが、力強くまっすぐに星空を見つめていた


亡霊鎧『……………』



亡霊鎧《この世界は、平面に見えて 実は球体なのだと聞いた事がある》

亡霊鎧《もしもまっすぐに歩き続ければ、一周回ってもとの場所に行き着くのだと》


それを教えてくれたのは、どこかの宣教師であったか
天体学者か、数学者だったかもしれない

あの砂漠に近い町の外れには、水を求めて多くの者がやってきた
広い見聞を持つ知識人の話なども多く聞いた

いつか、勇者のように 自分が信じられる者が現れるかもしれないと祈りながら
永遠のようにも感じた長い時間をそうして待ち続けていたのだ


亡霊鎧《……現実から逃避しつづけていても、いつかは一週巡り、その先の現実に行き着くのであろうか》


限界まで逃避した先で行きつく現実は
”元々居た現実“と 同じ世界だろうか



亡霊鎧《逃げてはならぬ、見つめねばならぬと誰しもが口にした》

亡霊鎧《勇者も、いつも前だけを見据えていたのに》


――後ろしか見ていないような発言のこの娘御が
誰よりもはっきりと、“遠い明日”を見つめているように感じるのは何故だろう



町娘「……自分の体があったときでも、あんなに早く走ったことなんてありませんでした」


星空を見上げながら、町娘が呟いた
冬空に吐き出す息にも似た、暖かな声音


町娘「兜や、鎧の間からびゅんびゅん風が入ってきて…爽快でした」

町娘「視界に移る手足は、自分の胴に繋がっているようで。振れる腕が見えるのが嬉しくて」

町娘「もし、怒っているように見えたなら……ちょっと残念に思ってしまったからかもしれないです」

亡霊鎧『残念とは…』

町娘「こうして、地に戻った自分は やはり走れないので」

町娘「でも、やっぱり嬉しかったです。すこし、今は夢心地です」

亡霊鎧『……』


町娘「そういえば… どうして、私を連れ出したんですか?」

亡霊鎧『え…… あ』


町娘を自分の身体に収めて “想い人”とやらの元へ行こうと思った

宵闇に紛れていれば、鎧の手足でも本物の手足と見まがうだろう
自分の肢体に引け目を感じることも無く、想い人に声をかけられるだろう

そうして、その“無い四肢”を見られることなく、綺麗な思い出が作れる
よい慰めになるだろうと――… そう思って連れ出したのだ



亡霊鎧『……いや。今は、何をやっても裏目に出そうな気がするのでやめておきまする』

町娘「?」

亡霊鎧『何をやっても裏目に出るなら、いっそ裏を掻きたいと思いますぞ』

町娘「? なんでしょう」

亡霊鎧『騎士の恥を、盛大に披露してみようかと』

町娘「え?」


亡霊鎧『守るべき女子供に、弱音を吐き、ベソをかき、悩み惑い、慰められてみようかと』

町娘「…………ふふ。なんです、それ」クスクス


町娘「私と同じくらい、生きるブラックジョークです。亡霊鎧さんは騎士甲冑そのものなのに、それでいいんですか?」

亡霊鎧『町娘殿を見ていて、全力で逆走してみたくなったのですぞ?』

町娘「ふふ。あんなに脚が速いのに、まだそれ以上に全力を出したら止まらなくなりそう」クスクス

亡霊鎧『…そこは… 止めてくだされ………』



それから亡霊鎧は
自分の生い立ちなどを話し始めた



信じるべき“善”が欲しかったこと

善と信じた勇者に倣い、今の自分の人格があること

勇者と共に過ごした日々、共に見続けた世界の歴史と悲惨な惨状

勇者を失い、一人で進む道は上手くいかなかったこと

今の自分を形成する“善”の教えに疑問を持っていること

女神の導きがほしくて魔王城を訪れたこと



そして、新たな“信じるべき善”を探していること――


流れるはずも無い涙が、声を詰まらせる気がした
話せば話すほど、喉から手が出るほどに 求めが叫びに変わる気がした


黙ったまま、星空を見上げていた町娘は
消え入るように語り終えた亡霊鎧をゆっくりと見つめ……

一言だけ、つぶやいた




町娘「誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですか」






根底からこれまでの生き方を否定された亡霊鎧は、
力を失ったかのようにガラガラと崩れ落ちた

全ての止め具が外れて、パーツが落ちる
落ちるそばから別のパーツにぶつかり、撥ねて、あたりに転がり散らばった


町娘「………」


カラカラカラン、と
丸みを帯びたどこかのパーツが独楽のようにまわり、倒れた
その後には、静寂だけが残った


町娘「……………」


顎を地面に押し付けて、大きく頷くような動作で、這いずる
一番近くにあった亡霊鎧の指を咥えて、手の側に吐き出す

また這いずり、残りの指を集める
指の次は、腕。その次は反対の手。そして腕
脚も同様にして両足を一箇所に集めた

胴体部分は、自分の胴体で押し付けるようにしてずり寄せた
ヘルムは、頭突きで転がすようにした



町娘「………」


そのすぐ横に、自らも転がる町娘

顎は擦り切れてその傷口に土が埋まっていたし
胴体も細かな擦り傷だらけで、服もところどころ破けている


町娘「………」


冷たい、金属の感触
身を寄せるそばから、芯まで冷え切るほどだった


町娘「ごめんなさい」



あの言葉は、そう思ったからと言って口に出すべきじゃなかったのだろう


自分に出来る事は、ここまでだ
組み上げる事もできないし、綺麗に並べることも出来ない
彼の信じた勇者のように、希望に満ちた言葉など思いつかない

それでも、ここまでできるとは思ってなかった
思うように這うことすらできないと思っていた

本当に全力で集めて、ようやくここまでなのだ


あとは
体温を持たぬ彼の冷たい身体に、温度を分け与えるくらいしか思いつかない


町娘「……何の償いにもならないだろうけれど……」


力の限りに這いずり、汗をかくほどに火照った身体だ
これほどに暖かければ、きっと彼にも少しは暖かさがとどく

いつの間にか、私の言葉は冷え切っていたのかもしれない
それでも、今のこの心を伝えてあげたかった

それしか、詫びる方法が思いつかなかった
彼の求めた答えに、それしか応える方法が思いつかなかった



泉から撫で付けるように吹き付ける冷気は、水と土と森の匂いがする
その香に誘われるまま、町娘は深く眠りに落ちていく



・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・



「! これは……一体、何を……っ! 侍女長! こちらだ、居たぞ!!」

「………!! 町娘様!! 亡霊鎧様!!!」



目が、開かないのかもしれない。真っ暗だ
耳ですら、ひどく遠く聞こえる。距離感すらつかめない


ああ、そうか
こんな場所で寝てしまったら、人間の私は死んでしまうんだった



町娘(………強がりすぎて… あたりまえの弱さも、忘れてたのかな……)




普通の人間以上に、
暖かな光のような生を送ろうとした亡霊鎧
その彼が、普通の鎧のように あっさり崩れて壊れてしまったみたいに

機械仕掛けのように、
無機質であることで生き永らえた人間の私も
結局は、人間らしいあたりまえの理由なんかで あっさり死んでしまうのか




――――やっぱり、神様はいるんだとおもう



何もかもを嘲笑って、努力を全部無駄にさせて、一番に最悪な方法を演出して
私に“最高のバッドエンド”を演じさせようとしてるんだと思う

私が、一番辛い方法を考えて
私が、一番に悪くなる方法を考えてるんだとおもう



町娘(巻き込んじゃって…… 本当に、ごめんなさい)



中断します

>>519-520 Thx!

あと2回程の投下で終わる予定です(投下量によって3回にわけるかもしれません

スレの途中で失礼します

投下遅れていて申し訳ありません、バレンタインSS書いていました

よろしければ暇潰しにどうぞ
つ【 ヘルパー「はじめまして! 私、妖精ヘルパーと申します!」 】

次の投下は火曜か水曜になると思います、よろしくお願いします

見てたよ
同じ人が書いてたのか


::::::::::::::::::::::::::::::


目が覚めたとき、私は真っ白い場所にいた


白いシーツ
白い天井
白い壁
白い椅子
白い扉


ここが天国なんだろうと思った


町娘(私……死んじゃったんだ……)


それなら、もしかしたら。
ちょっとした思い付きを、実行してみた

スッ… シュル。

布団の中で、衣擦れの音がする


町娘(ああ、やっぱり。脚があるんだ)


すこしうつむくようにして、見てみると
そこにあったのは まがった膝の形に盛り上がる、真っ白な薄い掛け布団

膝が布を押した感覚は無い
『死ぬって、こういう感覚なんだ』――そう思った


町娘(……ようやく、彼の元に向かえる脚が手に入ったのに)

町娘(死んじゃって、こんな真っ白い場所に来てから ようやくだなんて……)


――やっぱり。神様って、残酷なんだな


涙がこぼれた
涙の熱さだけは、生きている時と同じだった
目を閉じても、堪えきれないほどの涙が 次から次へと溢れて零れていく

死んでからも、悲しい涙の感覚だけは 生きている時と同じだなんてひどすぎる


腕を曲げて、涙をぬぐう
死体そのものの、冷たく堅い指先が頬に触れる

曲げた人差し指の、第2関節で軽く目を擦ると
強い痛みが目に走った


町娘「え………?」


驚き、目を開けた
そこにあったのは、青白く細い死体の指…… では、なかった


町娘「嘘… これは…?」


驚き、布団から腕を引き抜いた
布に触れる感触は無い。それでも思うように腕が取り出される


町娘「…………銀色の…… 籠手…?」


指先の一つ一つまで、見知っている
死の直前、そのひとつひとつを数え、確認し、集めたそれだった


町娘「――――!」


身を起こす
布団を払おうとすれば、腕は思ったとおりに布団を振り払った

布団の下に隠れていたのは、腕と同じ『銀色の二足』
その銀色の脚と、本来の生身の脚のつなぎ目に、壊れた金具が見える

その金具は、本来は上部に重なる別の金属にくいこみ、固定するはずのもの
だが捻じ曲がり潰れたソレは、まるで小さな幼子の手のように肌に沿えられているだけ


町娘「う……そ……? なんで……?」


その掌を見ようと思えば、自分のものであるかのように眼前で動く
曲げるのも、開くのも、思うように――


反応は、一瞬のタイムラグがあるようにも感じた
そしてそれが、亡霊鎧が町娘の意思を感じて動くまでの時間差だとすぐに気付く


町娘「亡霊鎧さんは……っ!?」


立ち上がろうと思えば、すぐに立ち上がるその脚
布団から跳ね起きるのは容易

それでも急に動いた視界に 自分の頭のほうが耐えられなかった

クラリと視界が回る
恐らく、これが本当の自分の身体であったら転倒していただろう

だが、その銀色の脚は倒れる事は無かった
その銀色の腕が、優しく町娘の身体を抱きしめる

……抱きしめられたと、感じた


傍から見れば、自分の腕を交差し
自分の身体を抱いただけにも見えるだろう

そしてその姿は 奇しくも
胎内に宿る小さな魂を守ろうと腹を抱くような……そんな姿にも見えるのだろう


町娘「あ………」


ゆっくりと視界の揺らぎが回復していく
それと同時に、身体を抱く腕の力も緩んでいく


町娘「…………っ!」


改めて駆け出した
真っ白い扉の、その向こうへ
銀色に輝く、その脚で


:::::::::::::::::::::::::::::


魔王「………」


私室の閉じられたドアの向こう
廊下から僅かな物音を聞き取った

走り寄る足音は、ドアの前で止まる


魔王「……………」


入室を促すことはしない
ただ、黙ってその気配を様子見るだけ

しばらくの間があってから、扉は控えめにノックされた


侍女長「はい。どのようなご用件でしょうか」


侍女長は、“わかりきっている”相手の名を尋ねることを忘れたまま
とぼけたようにドアの向こうに声をかけた


町娘「あ…の。 町娘です…… その… 入っても、いいでしょうか……」

侍女長「はい。もちろんですよ、町娘様」


侍女長はそう答えながら、扉をあけて微笑んで町娘を迎え入れた

ここまで走ってきたのだろう
だが、もちろんその息が乱れることはないはずだ

その駆ける四肢は、彼女のものではなく
彼女自身はほとんどの動作を行っていないのだから

それでも、彼女の心臓は充分すぎるほどの速度で動くのだろう
片手で胸元を押さえ、薄く開かれた口から 熱く深い呼気を何度も吐き出している


町娘「あ……あの!! 私、この腕と脚が…!! 亡霊鎧さんは!」


速まりすぎて、意図を成さない言葉になっている
その様子を見た侍女長が、穏かに微笑んで 部屋の奥へと町娘を誘導した


侍女長「亡霊鎧様でしたら、こちらにいらっしゃいます。……今は、兜ですが」

町娘「え……」


町娘が、少し前まで眠っていたはずのベッドの位置
そこには既に小さなベッドはなく、代わりに 高さのある飾り台が置かれている

飾り台の上には、かなり厚手のクッション
そしてその上に…… 亡霊鎧のヘルムが、厳かに置かれていた


町娘「………亡霊…鎧、さん……?」


町娘はその兜に近づき、そっと手を伸ばす
金属の指先と 金属の頭部は、触れあうと キン…、と音を立てた
音叉にも似たその響きを聞き届けたまま、動かない町娘


魔王「…………僅か、3日ほどだ」

町娘「え……?」

侍女長「町娘様を、森の中で発見してからの期日でございます」ニコ


侍女長「きっと… ひどく、お疲れだったのでしょうね? あまり大きな外傷もないのに、眠り続けていらっしゃいました」

魔王「見つけたときは、さすがに死んでいると思ったがな。まさか、ただの擦り傷程度だとは…」ハァ

町娘「……?」


侍女長「野犬の群れに襲われていたのですよ。魔王様の気配を察して、散っていきましたが… 覚えておられませんか?」

町娘「野犬……? 私、全然……」


魔王「亡霊鎧の甲冑を、纏っていたから無事で済んだのだろう」

侍女長「ふふ。磨いたので目立たないかもしれませんが…… ほら、ここに証拠が」


侍女長は、町娘につなげられた銀色の腕をそっと取り、肘の近くをそっと撫でる
確かにそこに、僅かな凹凸が数個、大きめの凹凸が4つ見受けられた


町娘「これは… 歯型…?」

侍女長「右の足首。それに 左の太腿にも、同様の物がありますよ」

町娘「なん… なんで…」

魔王「手足の無い柔らかな肉塊があったら、格好の餌食だからな」


魔王「亡霊鎧は自らの手足をお前に繋げ、お前の四肢であるかのようにカモフラージュしたのだ」


侍女長「獣はまず手足に噛み付いて相手を弱らせ、その後で背にのり、首を噛み切ります」

侍女長「恐らく、その手足はそのために 噛み付いて振り回した際の傷かと」

魔王「胴体部分は、もともとが壊れていたようだがな」

町娘「……っ それは… やっぱり、じゃぁ、私が…… でも、一体どういう…」


侍女長「甲冑の背面パーツだけが、町娘様の上に乗せられた状態でした」

侍女長「………ひどい、爪傷が全面についていて。現在は修理工の元へ出しています」

町娘「私… そんなことになっていたなんて、全然気付かなくて…!」

魔王「小さいからな」

町娘「え?」


魔王「あの甲冑は男性…… それもある程度、屈強な体躯をした戦士などの着用を想定して作られている」

魔王「おまえのその身体では、甲冑の後ろ半身であろうともすっぽりと収まるほどの大きさがある」

魔王「…まるでドームのようにお前に覆いかぶさって、その両端は浮くことも無く、地に支えられていた」

侍女長「兜もですよ?」

町娘「っ」


侍女長「恐らく首には噛み付かれたのでしょうが… 地に伏せ倒れた首と、ヘルムの間には距離があり、牙は届かなかったようです」

魔王「激しい音はしただろうが、ヘルムを被っていた為に音が聞き取りづらかったのだろうな」


町娘の目は見開かれ、瞳孔が細かく揺れている
混乱したまま動けない――そんな様子が一目でわかる


侍女長は町娘の手を取り、にっこりと笑った
もう今は安心なのだと証明するように 少しおどけた声をかける


侍女長「本当に危機一髪でしたよ? 丁度、野犬が兜を引き抜いていた所で、顔が半分みえていたのですから」

魔王「あと1分と立たぬ間に、晒された首元に噛み付かれていたかもしれないな」


町娘「………なん… で…? だって。亡霊鎧さんは…… 壊れて、崩れて……なのに、一体誰がそんな……!?」



魔王「ああ、それならば…」

侍女長「ふふふ。いけませんよ、魔王様」


町娘「え……」


可笑しそうに微笑んで、魔王を諌める侍女長

魔王はくだらなそうに小さく鼻で息をつくと
飲みかけのカップを手に取り、静かに茶を飲み始めた


町娘「あ… あの……っ!?」

侍女長「いつまで、そうしてふてくされているのです? ……『亡霊兜』様」


侍女長は、飾り台の上のヘルムに声をかけた
しばらくの間を置いたあとで、ゆっくりとそのバイザーが持ち上がる


亡霊兜『どうか今しばらくほうっておいてくだされ…! 我輩、町娘殿に向ける顔がありませぬ!!』

町娘「!!!!」



侍女長「何言ってるんです。今は顔しかないじゃないですか。というか、顔ですらないじゃないですか」

亡霊兜『ふざけているわけではありませぬぞ!?』

侍女長「町娘様の、この心配そうで不安げなお顔を…見て見ぬ振りするのが騎士道なのですか?」

亡霊兜『う…… うぐぐ』


ヘルム部分だけであったが、以前と変わらずにカパカパと動くバイザー
それを“元気そう”と呼んでいいのかは不明だが、ともかく以前と変わらないように見えた


町娘「亡霊…鎧さん…… 無事、だったのですね………?」

亡霊兜『町娘殿……』


ヘルムに向かい、一歩脚を踏み出す
その脚がそれ以上進まず、手も伸ばせなかったのは、恐らく“亡霊鎧”自身の意思だろう
向かい合ったまま、ただそのバイザーの奥を見つめる町娘であったが……

ガシャン!!

そのバイザーは、突然 音を立てて 勢いよく閉じられた



亡霊兜『本当に申し訳ないっっっ!!!』

町娘「え」


大声での謝罪に、椅子に座った魔王が不快そうにカップを手荒くテーブルに置いた
その音に覇気を奪われたのか、続けられた亡霊鎧の声はどんどんと尻すぼみに消えていく


亡霊兜『その… 確かに我輩は、“騎士の恥を披露してみよう”などと申したわけではあるが…』

亡霊兜『弱音を口にし、男泣きをするくらいであれば…という程度で、その…』


町娘「亡霊鎧さん…?」

侍女長「……はっきり言ったらどうです」


侍女長「………『儚く初心な娘子のように、驚きのあまり失神したりして申し訳ありません』、と」


亡霊兜『 』


カパカパと動いていたバイザーが動きを止めた



町娘「し、失神?」


亡霊兜『はっ。ここここ、これはその!』

町娘「壊れて……しまったのでは…?」

亡霊兜『わ、我輩は リビングアーミーでありますぞ! たとえひとつひとつの部品に分解されたとしても、死すことはありませぬ!!』


町娘「だ、だって。全然、動かなくて……!」

亡霊兜『ぐぐ… 野犬に殺気を向けられるまで、すっかり気を失っておりましたゆえ…』


町娘「すごく冷たくなっていたし!」

亡霊兜『金属ですゆえ、そればっかりはご容赦いただきたい!! 砂漠に行けば目玉焼きも焼けまする!!』

侍女長「あら、では胴体部分はフライパンに再加工させていただいてもよろしいですか?」

亡霊兜『よろしくないですぞ!?』



興奮した様子で、先ほどまでとはうって変わり
言葉が止まらない亡霊兜

その様子には見向きもしないまま、魔王はいらただしげに呟く


魔王「……うるさい」

侍女長「っ! これは、申し訳ありません魔王様…」ペコリ


魔王「……」ガタ


立ち上がり
亡霊兜と町娘の側に歩み寄る


魔王「伝えるべき言葉はそれなのか、亡霊兜」

亡霊兜『っ!』


魔王「尋ねるべき用件はそれでいいのか、町娘」

町娘「―――っ!」


魔王「……」


魔王の冷淡な言葉と視線
威圧するようなその黒い瞳が、二人の心に喝を入れる

それぞれに気合を入れなおし、生唾は飲み込み、声を張り上げた



町娘「亡霊鎧さん!! 私の、この脚と腕は…!」
亡霊兜『………町娘殿に… お願いが、ござりまする…!!』



同時に口に出したせいで
お互いに聞き取れず、「え?」と声が重なる



侍女長「あら、息がぴったり。夜中に逃避行するだけの事はありますね」クス

魔王(………余計に聞き苦しいだけではないか…)ハァ



魔王は無言のまま、また椅子へと戻っていった



・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・


亡霊兜『我輩が生み出された時、既に日常生活を送れる程度の思考力を持っておりました』


自分で“考える”“学ぶ”
それはあくまで、新しい物事を習得するための手段

戦闘などは最初からできた
最初から、我が身体を動かすと同様に剣を扱った

だから考えたり学んだりするのは、例えば調理の仕方や買い物の方法などだった

だが味わうことはない鎧の身。
“もっと美味しくする方法”なんて考えることも無かった

装備や食料などを買う必要もないから
“もっと安く求める方法”も考えたりしなかった

“倣う”だけで、充分に用が足りていた



亡霊兜『生みの親である鋳物師と共に町に出て、鋳物師の行いを倣っていった』

亡霊兜『壊したら、悪い。助けたら、善い。最初は逐一、鋳物師が教えてくれていた』

亡霊兜『当然のように、善悪も倣って覚えるものとなっていた――』



誰かに倣い、善悪を覚えるものだと思っていた
思考力はあっても、善悪の価値観など知らなかったから

だが、善悪は人によって姿を代える。その線引きは変わってしまう
だから“倣うべき正しい善”を求めた


亡霊兜『我輩は、模倣する生き方を当然と思っていたのです』



――誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですか――


言われてみて、千年もたってようやく気付いたのだ
『倣わない生き方』があることに



善悪とは
『自分で覚えていく事』だから、人によって異なるものだった
『自分で考える』からこそ、間違ってしまうものだった

これまでの旅の中で何度も見てきた、
『正しいと信じたことで、取り返しのつかない後悔に苛まれる者』の姿を思い出す


何故そんなことをしたのか、と尋ねたこともある
愚かなことを…、と叱咤したとで慰めたこともある

そんな偉そうなことを言っていた自分は
『間違いたくないから、一番正しい善をさがして真似しよう』としていた



亡霊兜『……出来ないと、思い込んでいたのです』

亡霊兜『自分は、ただの武器。ただの防具。生きているだけの、ただの甲冑なのだと――』

亡霊兜『そんな曇り眼のまま、騎士甲冑として、騎士の生き方を望み申した…』



“誰かに倣おう”と決めたのも
“善を求める生き方をしよう”と決めたのも

思考力しか持たないはずの自分の意思で考えであったはずなのに。


出来ないと思い込んでいた
そんな自分の愚かさには、ずっと気付けないままだった


亡霊兜『我輩の過去は、聞く人が聞けば 勇者のそれと同列に扱われまする』

亡霊兜『子供達にその価値観や苦労を諭し聞かせた事もあったかと』

亡霊兜『………驕っていましたな。虎の威を借りて、借りているのにも気付かぬ狐とは…どれほどに阿呆者なのか』


町娘「……今まで… 指摘されたことは、なかったのですか?」

亡霊兜『いえ、しょっちゅう指摘されましたぞ。“倣って、そいつが間違っていたらどうするのだ”と』

魔王「ふむ。確かに俺も、そう尋ねたな」

亡霊兜『我輩はそう言われても、“間違わぬ者を倣えばよいではないか”と…頑なになるだけだったのです』

亡霊兜『なによりも、倣うのは当然のことと思っていたし…… いや、そうじゃないですな』

亡霊兜『どこかで蔑んでもいたのでしょう。“間違う者”の言葉などに、真剣に言葉を傾けなかったのです』


魔王「………ほう?」

侍女長「亡霊兜様。魔王様を蔑み、“間違う者”呼ばわりをするようでしたら、不敬で投獄いたしますよ?」


亡霊兜『け、決してそういうつもりではござらん!!!』パカパカ!


魔王「……ではどういうつもりだと」

亡霊兜『……』


亡霊兜『…勇者以外、信じていいのか分からなかったのです』

魔王「……」


落ち込んだように、バイザーをゆっくりと落として沈黙する兜
町娘は魔王の顔を伺いみるが、魔王には慰めようという気がないようで
つまらなそうに茶をすするのみだった



侍女長「……それは、おかしくありませんか?」

侍女長「ではなぜ、町娘様の言葉を受け入れたのです? 彼女を勇者だとでもいうおつもりですか?」

町娘「えっ」

侍女長「何故、町娘様に言われたときは、それほどまでにショックをうけたのです」


亡霊兜『………いや、それはその』


侍女長「………」イラ

魔王「………」イラ


町娘「あ、あの…?」


亡霊兜『……誤解をして欲しくはありませぬが…』


亡霊兜『町娘殿は…我輩から見ると、その思考は間違ってばかりのようにも感じまする』

町娘「……」


亡霊兜『それでも、“自らの生きる道”からだけは、決して違える事はない強さをお持ちだ』


亡霊兜『正しくは無い。だけれども、望みや誓いの為にであれば殉死していく騎士のように…気高い魂を感じまする』


町娘「……そんな立派なもの、私はもってません」

亡霊兜『いつだったか見た、勇者の姿を思い出したのです』

侍女長「? それはどんな姿だったのです」

亡霊兜『とある町で、人間と魔物の紛争がありましてな… 町が焼き払われた時のこと…』


亡霊兜『火を放った者も、火を放たれた者も、皆が逃げ出す程の大火災となった』

亡霊兜『勇者は… 皆が逃げ出す中を 一人で全力で町に分け入って走っていきました』


魔王「……残された町民を助けにいったのか」

亡霊兜『もともと、紛争など起こっていた町。弱き者などとっくに逃げ出しておりましたぞ』

侍女長「では、何故?」


亡霊兜『ただ、消火のためだけに。それだけの為に、勇者は走って行ったのです』


町娘「消火……ですか? 燃え広がっては危険な地だったのでしょうか」

亡霊兜『勇者はそんな事に頭の回るような人ではありませんでしたな』


亡霊兜『……“紛争の前は、穏かな町だった。紛争のせいで、そのまま焼けた廃村にしてしまうのは怖かった”…… そう聞きました…』


亡霊兜『……誰もいない、争いの後が残り、燃え尽きた村。それはきっと、“救えなかった世界”の一角に見えるだろうから…そんなものを残したくは無いのだ、と』


魔王「……勇者とは、臆病なのだな。勇ましき者とは、名ばかりでは無いか」

侍女長「魔王様…」


町娘「私は………少し… 分かる気は、します…」


町娘「自信など、無いから。絶対に救えると自分には確信できないから。そういうものは不吉で… 見るのは怖い、です」

魔王「……」


亡霊兜『………我輩には… 分かりかねました』


亡霊兜『これから世界を正しく導こうとする時に、無駄に命を落とす危険のあることをしてどうするのかと』

亡霊兜『それでは、本末転倒では無いかと… 責め申した』

町娘「……」


魔王「亡霊兜の意見は、俺には最もにも聞こえるが…… 言い知れぬ恐怖というのは、他者には理解できないものなのだろう」

魔王「……誰かに、その恐怖を理解できるとも… して欲しいとも、思わぬが」

侍女長「………」



亡霊兜『町娘殿は、勇者とは違う。いや、真逆とも言えまする。ですがその芯に通っている物は同じようにも感じた…』


亡霊兜『…………町娘殿。改めて… 我が願いを聞き入れてくださいませぬか』

町娘「え…? 願い、ですか…? なんでしょう」


亡霊兜『願いまする。我が手足を杖とし、存分にその生き方を見せてほしいのです』

町娘「! で、でもそれは」


亡霊兜『決して模倣しようとは致しませぬ。できるとも思いませぬ』


亡霊兜『だけれど、知りたい。考えて見たい』

亡霊兜『自分とは真逆のものを知る事で……我輩は、自分を知る事が出来る気がするのです』
 

町娘「……亡霊…鎧さん…」


亡霊兜『我輩の手足。どうか、使ってくだされ。教えてくだされ…その脚の駆ける意味を。その脚の向かう先を』



町娘「…だめですよ… そんな事をしたら、貴方は動けなく……

亡霊兜『我輩は不老不死の身。町娘殿がその生を果たし終わるまでじっくりと考えて…そこから動きまする』

町娘「っ」


亡霊兜『これまでは 何があろうと、立ち止まらずに進むべきだと信じていた…』

亡霊兜『しかしながら、自分で考えて……立ち止まり、ゆっくりと考えて見たいと思ったのです』


亡霊兜『どうか。いましばらく、貴方の側へ置いてくだされ』

町娘「…………」


町娘「ありがたく……使わせて、いただきます…っ! 亡霊鎧さん…!!」ポロポロ…



魔王「……機械技師探しは、もう要らぬな」

侍女長「……ええ」クス




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コポコポと、侍女長の淹れる茶の音が鳴る
その後、魔王の私室で落ち着きを取り戻した4人はゆったりとした時間を過ごしていた


町娘はその銀色の両腕に、亡霊兜を抱いて椅子に座っている
魔王は斜め前に腰かける町娘の様子を眺め見ていた


亡霊兜『町娘殿。その、いくら兜だけとは言え、オナゴの膝に抱かれるのは…』

町娘「駄目ですか?」

亡霊兜『いや、なかなか心地よい物でござるな』

町娘「ふふ。なんだか妙な喋り方になってますよ」

亡霊兜『ど、どうにも落ち着きませぬ……』


亡霊鎧がそう言うそばから、
町娘の脚が突然にもがくようにばたついた


町娘「きゃっ!?」バタバタ

亡霊兜『も、申し訳ない! 思わず逃げ出そうとして…!』


町娘「あ、あはは…。逃げるのでしたら、手をうごかさないと逃げられませんよ?」


亡霊兜『我輩の感覚としては…その、膝の上に座って抱かれているような気がするのです…』

町娘「ああ… 私の脚となって座っているから、ですか?」

亡霊兜『全身で着込まれて、相手の意思に合わせることはあったものの、頭と脚をばらばらに存在させたことはなかったので…』


亡霊『いや、今後は気をつけまする。驚かせて申し訳ない』

町娘「いいですよ。共にいるだけで、“私の脚”という道具になったわけではないでしょう?」

亡霊兜『町娘殿……!』ジーン


町娘「ふふ。見慣れると、このヘルムも可愛らしいものですね」ナデナデ

亡霊兜『拙者、自分で自分の頭を撫でている気がして複雑でござる』


侍女長「……亡霊兜様。その変なしゃべり、やめてくださいませ」

亡霊兜『 』パカパカ

町娘(もしかして、あれは照れ隠し……?)



穏かな時間が過ぎていく
暖かく、ぬるま湯のように気の抜けた時間

魔王はその空気を感じながら、一人 少女のことを思い返していた
恐らく、このあと 町娘と亡霊兜は“想い人”の元へと向かうのだろう

それを止めるつもりは無い

想い人の元へ駆けていく事ができるようになった町娘の姿は
見ていても辛いだけだ

魔王は、いまだに少女の元へ行くこともできない自分が
ここに一人、取り残されていく気がするから

自分ならば、行けるものなら行きたいと思うのだから……
そんな町娘を、止めることは出来ないだろう


胸が痛む

町娘の中に、少女の影を見て 自分を慰めていた魔王
それを失ってしまった後は、どうやってこの痛みに立ち向かえばいいのだろうか



魔王「……何故… 『想い』なんてものがあるのか」

町娘「……え…?」


独り言だった
思いつめてしまって、胸中に留めて置けなかっただけの、独り言


魔王「何故、そこまでして想わねばならぬのか。ずっとわからないままだ…」

侍女長「………」



町娘「……魔王様にも… 想い人が?」

魔王「……」


魔王は、答えない
これは独り言なのだ…… 堪えきれない、胸中の叫びが漏れ出ているだけ


魔王「そんなものがあるから、痛いのだ」

魔王「そんなものがあるから、辛いのに」


魔王「それなのに…手放せない。もう、居ないというのに……何故、まだ『想い』があるのだろうか」

町娘「……」


誰もが、魔王のその叫びに耳を傾けていた
しかし魔王はこの場にいる誰にも呼びかけていない

その声が、その思いが呼びかけるのは
いつだってたった一人の少女に向けられているのだ

それでも……



町娘「……求めたいから…ではないでしょうか」

魔王「俺はもう、あいつを求めたくなど……!」


町娘のその答えには、反応せずにはいられなかった
耳にはいってきてしまった言葉に、抗わずにいられなかった


町娘「『生きるための意味』を、求めたいからでは ないですか…?」

魔王「……何?」



町娘「生きるというのは、難しいです…… 何か意味や目的がなければ、とても生きてはいけない」

町娘「それなのに、死ぬことはあまりに簡単すぎる……」



町娘も、まるで独り言のように話し出していた

今度は魔王がその言葉に耳を傾ける
まるで、そこに何かの救いがあればいいと願うように

少女の姿を重ねていた者ならば、あの少女のように
僅かにでも魔王の願う答えを持っているかもしれない―― そんな、藁にすがるような行為だ



魔王「簡単……?」

町娘「もしも『想い』がなければ、きっと簡単に死ねますよ」


町娘「何もしないだけでいいのです。それで死ねるんです」

町娘「生きるためには、何かしなければいけないんです。生きられないんです」


いつだったか少女が口に出した答えを思い出した
それをそのまま反芻し、問うてみる


魔王「……『生きたいから、生きる』…のでは… ないのか?」

町娘「……どう、でしょう。少なくとも… 私は、違います」


町娘「多分… ただ、『生きたいだけ』なんて人は 居ないんじゃないでしょうか…?」


少女は“生きたいから生きる”と言っていたのに… 
この娘はその答えを間違っているとでも言うようだ


では、この娘はなんのために生きるというのだろう

あの少女はそうやって生きていたから
だから、そういうものなのだと思っていたのに…


……まるで亡霊兜のようだ。
憧れたものを望むあまり、自分も気付けば模倣して得ようとしていたのでは無いだろうか


“幸福を失わない”少女の生き方――
俺はそれが羨ましくて… 憧れて、欲しいと思った

そんなものをたくさん持っている少女に魅せられて
それを得るための手段を間違えていたのではないだろうか


愚かだといった側から、自分も同じことをしていると気付かされる

それが万人の答えではないと知った今、
亡霊兜のように…自分の生きる道を見直す事が出来るだろうか




魔王「では… お前は、その想い人に会うために生きているのか?」

町娘「それは『死ななかった理由』… だと、思います…」


魔王「『生きる理由』、『死なない理由』… それは違うものなのか」

町娘「………生きる理由は…きっともっと…自分本位なんだと思います」

魔王「自分本位……?」

町娘「……」コクン


町娘「生まれたからには……最後まで試したいじゃないですか」

町娘「与えられた生の中で、どれだけの喜びや幸福を味わえるか試してみたり」

町娘「得られるものに喜びを見出し、価値を見出して、誰かに評価されてみたり」

町娘「自らを奮い立たせて、限界を超えて強くなってみたり」

魔王「………」


町娘「死ぬなんて、どうせ簡単だから。ゲームオーバーにするのは簡単なんです」


町娘「難しいとわかっていても、どうせならエンディングを見てみたいじゃないですか」

町娘「殺されるっていう強制エンディングでもいいから、始まった以上は 最後まで見てみたい」


町娘「私は、あの人とのエンディングがバッドエンドでも… 最後までやりきりたいんです」ニコ


魔王「……」


魔王「………意外だった。おまえは、貪欲で挑戦的なのだな」

町娘「人間は、貪欲なものだと思います」

町娘「あの人と『出会って、ただ結ばれる」のがここまで困難なシナリオになるだなんて思わなかったですけど」クス

魔王「……そうか」



今までは無感動のまま あたりまえに、ただ生きてきたのに
長い月日を“ただ過ごすこと”が これほどに辛く苦しいものに変わっているのは確かだ

生きるというのは難しいのだと、納得できる

今まで簡単に生きてこられたのは、
自分の内側に、強い感情が宿っている事に気付かなかったからだ


魔王「……そうか。生きるというのは、そういうものか」

町娘「魔王様…?」

魔王「生きるというのが辛いだなどと。以前はそれすら思わなかった」


魔王「辛くなってから…… 幸福を、より求めるようになっていた……」



町娘「……気付かないものですよ。失くさないと、わからないものがあるんです」


町娘はそう言うと、自らに繋がった銀色の脚を撫でた
愛しそうに、やさしく撫でる

その後で、銀色のヘルムに向かって穏かに笑いかけた


町娘「憧れて、欲しくなって、手に入れる」

町娘「でも 手にしている間は、手に入れていることで満足してしまって、気付けないんです」

町娘「手放して…失って。その後で惜しくなって、求める時になって気付くんです」

町娘「そのものの、本当の価値に」


魔王「…失ってから…」


町娘「……失わないと… 本当に必要だってことにも、気付けないんです。生きるのって難しいですよね」


兜を撫ぜながら、どこか切なさと後悔の混じった瞳で呟く町娘
亡霊兜は一度だけ、ゆっくりとバイザーを開閉した

侍女長は、そんな3人を穏かな微笑で見つめている
その口元は、まるでこれから先の明るい未来が見えているかのように愛しげだ


魔王「……欲するのが… いつでも、持っていないものだとは気付いていたのにな」



そうだ
気付いていたではないか


何もせずに、苦痛に身を落として生きているなど間違っている
俺も挑んでみたい。今度こそ、正しく… “本当に欲しいもの”を手に入れる為に




魔王「手に入れない限り、この痛みは消えないのだろうか… この、思いも」


町娘「痛みは… いつだって、一番欲しいものへ繋がっていますよ」

亡霊兜『悩みが、進むべき道を照らし出し… 間違いを改めてくれますぞ?』



魔王は少女を思い出す
あの少女の笑顔は まだ残っているだろうか


まだ、間に合うであろうか



――違う
間に合わない事など、あるだろうか



魔王「手に入れよう。俺に手に入らないものなど―― 何も無い」


決意。
その瞳には、吸い込まれるような闇ではなく。望むものを掴み取る強さが宿っていた


魔王は立ち上がって踵を返す
ドアに向かい… 望みに向かい、足を進めた


後ろから小走りに歩み寄ってきた侍女長は、そんな魔王の手を取る
そして、穏かな口調と、穏かな微笑を浮かべたまま 一言だけ宣言した


侍女長「行かせませんよ、魔王様」ニッコリ



町娘「え…」

亡霊兜『侍女長…殿…?』


魔王「……何を」


侍女長「あなたは、“魔王”なのですから。いつもいつも身軽に動けるなどと、思わないでくださいませね…?」


侍女長の微笑が、いたずらめいたものに変わる
焦らして弄び、それすらも快楽へと代えてしまう淫魔の微笑―― そんなものを髣髴とさせる


だが、それは一瞬だった
すぐに真面目な顔つきで、深々とした礼と共に 本来の“侍女長”の仕事をこなしはじめた



侍女長「外出なされるのでしたら、不在の間の統治に関しての指示をお願いいたします」

侍女長「それから他国へ入られるのでしたら、出国・入国手続きに関しても書類の申請を」

侍女長「あと…町娘様の今後の処遇に関してはどうなさいますか?」

侍女長「亡霊兜様の取り扱いについては……」ペラペラ


魔王「 」


侍女長「悩みに結論がでてスッキリなされたのでしたら、やはり魔王様ご自身で一度整理していただかないと…」


町娘「あ、あの…? 今まではどうなさってたんですか?」

侍女長「魔王様に『手足も口も、魔王様のものと思え』と…ほぼ全権を頂いていたので、私が代わりに指示を出しておりました」

魔王(そんな事までしていたのか)


侍女長「ですが、一度これまでの統括指示に関しても一度確認をしていただきたく」

魔王「な」

侍女長「成すべきことは全て整え、準備万端となるよう手配させていただきますゆえ」ペコリ


魔王というのは一国の主である

改まって動こうなどと思った事があまりないので気付かなかったが
動くとなれば、相応の準備や手続きが必要とされるらしい

侍女長はこれまで、それらの全てを代行しくれていた
……少しでも、魔王の心労や煩わしさをなくすために


侍女長「ふふ。お役に立てていましたでしょうか?」

魔王「ああ。これからも……

侍女長「そろそろご自分の“役割”も果たしてくださいませね? “魔王”様」ニッコリ


魔王「 」


町娘(……侍女長さんって… なんだかすごい…)ドキドキ

亡霊兜《町娘殿とは違った“己の生き方”を貫いておられるように見えまする…!!》ガクブル



侍女長「私はいつだって、魔王様にとっての最善を考えています」ニコニコ

魔王「……俺の?」

侍女長「あなたは、指導者なのですから。いかなる事でも確実に自由に行う為、抜け目を見せてはなりません」


侍女長「后様を連れてきた後に、決して誰にも文句など言わせぬように。……抜け目なく整えてから、行きましょう?」


魔王「……」


魔王「ああ。わかった」


町娘「……」クス

亡霊兜『流石ですな』


見えない場所で、努力をしていてくれた人がいた
見えていた以上に、支えてくれた人がいた

それもまた、渦中には気づけないもの。
知ってから、“ありがたみ”に気づくものだった


魔王「……侍女長。感謝しよう」

侍女長「…………っ!」ペコリッ


深々と、言葉も発せないままに辞儀をする侍女長
その顔はとても嬉しそうで、幸福に満ちたものだった


魔王「……しかし、身軽さというものも、無くしてみてその価値に気付くものか」

町娘「侍女長さんって有能なんですね。魔王様って、本当はこんなにたくさんの書類を用意しないと動けないんですか…」

侍女長「本当でしたら、人手や支度などの準備もありますからもっと多いのですよ?」


亡霊兜『……脚があっても、動けるとは限らぬのですなぁ』

魔王「………」


町娘「お手伝いいたしますね、魔王様」

亡霊兜『うむ。我輩の腕を、どんどん使ってくだされ。町娘殿、魔王殿』


侍女長「うふふ」ニコニコ



その後、“運悪く”書類の申請手続きやミスが続き
半月近く待たされることになった



「ま。もう少しくらい独占させてあげたって、罰はあたらねーんじゃね?」

「見つかったらどんなお咎めを喰らうんでしょう…っ?」

「お、おいおい……。怖いこというなよ…」


侍女長の事を想う“誰か”の計らいがあったことなど
本人達以外には誰にも知る由は無い

侍女長は、そんな“作られた幸運”を大切にして半月を過ごした
『一番に近くにいられる、残り僅かな時間』を、ゆっくり味わうことができただろう


「へへ。あの人、いつも自分のことは二の次だからな。こうでもしなきゃ受け入れないっしょ」

「絶対内緒ですよ! バレたら、侍女長様は泣きながら魔王様に詫びとかいれちゃいますからね!」

「わかってるって! んなことさせねーよ!」



見えない場所にいる。
気付かない場所で願っている。

誰かが誰かを、どこかで確かに、想っている

決してバレないように。傷つけないように。
隠れてでもいないと、大切にしてあげられない人がいる



この世界は、そんな 『わかりにくい、不器用な世界』だ




そして……




魔王「……さて」


侍女長「いってらっしゃいませ。魔王様」

亡霊兜『我輩はこのまま魔王城でお待ち申す』


町娘「あの…、魔王様。本当に私も連れて行ってもらえるのですか…?」

魔王「……行きたくないのならば好きにしろ」

町娘「っ ……お連れください。お願いします…!」

魔王「……」




魔王「……行こう。手を伸ばせば、すぐそばにある」



中断します

>>548-554 >>556-558 Thx!
>>557 ありがとうございます。書いてました


一時はどうなることかと


:::::::::::::::::::::::::


町娘を連れて隣国へ向かう
国境までは、侍女長の進言で馬車が用意された

森の中ではなく、魔王城からまっすぐに伸びる石畳の道
隣国への正規ルートだ

石畳の上を、その高級な馬車は静かに進んでいく
ガタゴトと揺れたりはしない

僅かな振動だけが、車内に馬車が進んでいることを知らせている



魔王「……町の中では 別行動をする。よいな」

町娘「え……」


町娘「ですが、それじゃあ魔王様がお一人に…」

魔王「供は要らぬ。入国は伝えてあるが、まさか国境の淵にある町だなどとも思っていないだろう」

町娘「……?」


魔王「俺が来たことを知られては、駐在軍が騒ぎ出すはず」

魔王「あそこの駐在軍など、見つかり問われでもしては殺しかねない」

町娘「……うちの町の軍は… 荒れてますからね」

魔王「……」


町娘「横暴で… 肝心な事は見てみぬフリ。見つかったら、守られるどころか 何をされるかわからないヒト達」

魔王「ふむ。恐ろしいか」

町娘「怖くはありません。ですが… 生きて戻ったのが見つかったら、“面倒の後始末”くらいはされそうですね」

魔王「…これを、貸しておこう」

町娘「? これ… だ、駄目ですよ! 魔王様の剣ではないですか! それに私は剣なんて……っ」

魔王「使えるだろう。おまえではなく、亡霊鎧の手脚が」

町娘「あ……。 で、ですが」


魔王「おまえも、俺のものなのだ。……つまらない理由で死んでやるな」

町娘「……魔王…様」

魔王「お前の“本当の価値”になど興味は無い。わざわざ失って、知る必要はない」

町娘「……ふふ」


魔王「目立たぬように行動する。お前も好きしろ」

町娘「…そう、ですね。私も、なるべく目立たぬように動きます」

町娘「例え時間でも。もう… 私の一部を勝手に棄てられるのは、こりごりですから」

魔王「ああ」

町娘「ありがとうございます、魔王様」ペコリ




手綱を握る従者が、馬達に声をかける
正面から、乗り込んでいく


町娘は、一目 想い人に会う為に
魔王は、自らの望みを―― 少女を、手に入れる為に



なだらかにカーブした下り坂を降りきった時、馬が止まった
馬のいななく声と、ドウドウという従者の声

馬車の扉が開かれる


従者「魔王様。ここより先の街道が、既に隣国の境界線になります」


魔王「……」

従者「ここでお待ちしておりますので」

魔王「必要ない」

従者「……かしこまりました」ペコリ

町娘「……」ペコリ


馬車の去るのを見送ってから、歩き出した
魔王に、2歩ほど遅れて町娘がついていく



街道に沿った小さな町
その正面にあっても、人は閑散とした様子だった



町娘「この正面の通りには商店などがあります。民家はそれぞれの裏に列になっています」

魔王「ふむ」

町娘「町の奥に、枯れ井戸がひとつ。その斜め横にある大きな建物が駐在軍の宿舎です」

魔王「井戸を目印に、近づかないようにするとしよう」

町娘「はい。では私は 目立たぬよう、少し遅れて行きます」


町娘「……どうか、お気をつけてくださいね、魔王様」

魔王「心配など、要らぬ」



町娘と別れて町を歩く
まばらに姿を見せる住人たちは、どこか暗い顔だ

伏せられた瞳は、魔王とすれ違っても 姿を捉えていないように見える
まだ、午前も早い時間だというのに 慌しく働くものの姿すら見当たらない


魔王(……ここまで…この町は荒廃していたのか)



1年はとっくに越えた
だが、3年はたっていないだろう
以前にこの町のそばまで来たときは、まだもう少し活気があったようにも思う

“CLOSE”に掛け直されてから
時間の経っていそうな酒場の看板をみかけた

商店があると聞いてはいたが
僅かな食料品を扱う店の他はどこも戸が閉まっている

これでは、私服を肥やしたところで駐在軍には娯楽などないだろう
すっかり寂れている町を眺めながら、魔王は歩いていく


魔王(……そうか。他国・他町からの旅人が減った影響か…)


町娘を商人から買った後で、魔王はほぼ全ての謁見を断った

この町は魔国に一番近く、農業も行えない貧しい町だったが
魔国に近いからこそ、魔国に赴く旅人が金貨を落としていたのだ


魔王(……慢心していたな。警備兵も、町民も)


誰かのせいにして何もせず、当然のように与えられる“配給品”を味わっていた
誰かのおかげで助かっていた事象は気にも留めず、自分を棚に上げていた


魔王(愚かな。努めるべきことを努めて、町や町人を守っていれば そのような思いもせずに済んだであろうに)



この町の住人だった、町娘
ゆるみきった体制で住人を守ろうとしなかった駐在軍

めぐりめぐって、そんなたった一人の小娘をきっかけに
町をここまで弱らせ、自らの首を絞めることになったのだ


魔王(……いや。駐在軍のせいだけとも言えぬな)


少女が何度か言っていた、“近くに住んでいるおじいちゃん”
傷の手当を教わったものの、パンは『買う』必要が無いことは教えなかったあの老人

あの者も、親切心こそは持ちえていたようだが……
自らのリスクを負ってまで、少女を助けることはしなかった


他者に対して、多くの関わりは避ける
恐らく、無関心を装う者も多いのだろう


誰かが、町娘を助けることは本当にできなかったのだろうか
あの町娘は、本当に“抗いようも無い方法”で達磨にされたのだろうか


魔王(……『情けは人のためならず』、だな。この町は、そんな“情け”の足りない住人達によって荒廃したのだ)


少女の言葉を思い出し、改めてその姿を探すことにする
貧しい少女だったのだから、きっと小さな家に住んでいるだろう


通りを横断し、裏道のような細い通りへ
小さな民家が雑然と並ぶ場所が見えた


その付近に向かおうとすると、足早に動く影が遮った
町娘だ


彼女には亡霊鎧の手足があるし、剣も持たせてある
一人で街に入ることに不安もあるだろうが、放っておいていいだろう


魔王(……ふむ。目的の想い人は、不在だったのだろうか)


知ったことではない。町娘の去る気配を待ってから、歩みを進めた

見慣れない町。人影の無い通り。
人気の少なさを見るに… 多くの住人は移住してしまったのかもしれない


魔王(……なるほど。想い人がいつまでもこの町にいるとは限らない、か)


もしも… もしも、あの少女が既に町を出ていたら
あるいは、既にどこかに身売りでもされていたら――

不吉な考えに、脚が止まる


溜息をつく
ふと流し見た中央の通りに、人影を見つけた


魔王(! あれは……!)


空の花かごを抱えて歩く少女の姿だった



月日は彼女を成長させていた
だが充分な栄養を取らないその身体は、相変わらず細く小さい

衣服は白なのか茶色なのかわからない、麻布で
長く伸びた足は、痛々しいほどの細さを浮き立たせ
痩せこけた腕に抱えられた花かごが、いまだ貧しさの渦中にいると教えてくれる


魔王が最後に見た少女は、美しいドレスをきて
『おひめさまみたい?』と笑っていたのに

今の少女は、まるで出会う前の少女に戻ってしまったかのようで
魔王と共に過ごした月日など なかったことにされているようで――

ただ、姿を見つけただけなのに
たったそれだけで、ひどく胸が痛んだ


魔王(ずっと… ずっと、地の水を飲むような生活を…続けていたのか…)



遠目にもわかる、腕にある青い痣
腫れて赤くなった足を、僅かに引きずって歩いている


魔王(………っ もっと… 早く、こうしていたら)


後悔が心を苛立たせる
それでも少女を見つけた

今は一刻も早く
痛みの中でも 影でもない、そこにいる、確かな物へ…… 


この声を、届けなければ


魔王「少女!」

少女「!」ビクッ



少女は、ビクリと身をちぢめて驚いた

その様子は、出会ったときと何も変わらない。
彼女が本当に少女なのだと、魔王に実感させてくれる


魔王(言葉を受け取ったわけでもないのに。少女が少女であるだけで、こんなに安心するなどと…)


これは、懐かしさなのだろうか
それとも、久しぶりに得た 安心感のせいだろうか

張り裂けてしまうほどに、何かが心の中にあふれ出してくる



少女「…あ…」

魔王「少女」


少女「おにいちゃ…っ。 ま、魔王… 様」

魔王「………」


別れ際に言った『お前の兄は、あの男だ』という言葉を覚えていたのだろうか
あるいは、町へ戻って 関係性の薄くなった自分の立場を考慮してだろうか


ともあれ、少女は魔王を様付けで呼んだ

普通であれば、それは他人行儀に聞こえるかもしれない
それにショックをうけることもあるかもしれない


それでも。あの少女が、『魔王』を呼んでくれた事に代わりはない


少女「あ、の…… おに、 えっと 魔王… 様…なの? …本当に…?」


だから、そんなことにいきなり戸惑う少女を見て
魔王は思わず微笑みすら漏れそうになった



魔王「お前の好きに、呼ぶがいい」


最初も様付けで呼ばれていたのだからそれでもいいと思った
兄と呼ばれるようになったのも、后なのだから気安く呼べと言ったからだ

だが


少女「……もう… そういうわけには、いかない、です。魔王様」ニコ

魔王「……」


今のその呼び方には、距離感を感じた

最初に出会ったときには、少女は魔王を『魔王』と正しく認識していなかった
『魔王様』という呼び方は 意味の無い、ただの呼称であった
その実体はとても馴れ馴れしいものであったから、気にならなかっただけだ

今は…『魔王』として認識し、その格差だけの距離をとろうとしている
距離をとり、お互いの立場を認識させるための呼称。
様付けで呼ぶことで、距離をとり、離れようとしているように感じられる


魔王「………らしくないことを、するな」

少女「え?」



自分より地位の高い者は全て一緒だった
だから、最高峰に立つ自分にも 少女は僅かな差しかない者と同じように、親しく接してくれていたのだ


魔王(……最高位であるプライド、か。そんなつまらないものが俺にもあったのだな)

魔王(他の者と同様に扱われることに腹を立て。同様に扱われることで得ていた利点には気付かなかった)


自分の事は、気付かない
他人のことであれば、容易く気付けるのに


魔王(……魔王“様”、か)


本当は、もっと近しい名で呼んで欲しかった事を思い出す


魔王「俺のことは… 『魔王』、と呼べ。遠慮も要らぬ」

少女「え? え… 呼び捨てでいいの…? 私、怒られちゃわないかな…」

魔王「俺が、そう呼ばせるのだ。誰が逆らえようか」

少女「……えへへ。ほんとに、『魔王』だ。やっぱり… 相変わらず、強いんだね!」

魔王「……」


少女「魔王… 魔王! えへへ… この呼び方だったら、みんなの前でも呼び方をかえなくていいね」

魔王「…ああ」


懐かしかった。
公私をつかいわけていた少女の姿を思い出すと、ひどく懐かしい


いつだって胸の中にいるとおもっていたのに
いつのまにか、徐々に離れていたのだろうか


少女にもう一度声をかけ、並んで歩き出す
通りを離れ、街道にほど近い場所へと移動する



魔王「……兄とは、うまくやっているか」


少女「あ…。魔王…… その。 ……ごめんなさい」

魔王「何故、謝る?」


少女「魔王にもらったドレス……。おにいちゃんに、売られちゃって…」

魔王「そうか」

少女「ごめんね…?」


少女「ごめんなさい、魔王……っ」


少女は、涙を流してその場に立ち竦んだ
そのまま小さな嗚咽をあげて、泣き始める


魔王「……良かった」

少女「……え?」


少女「えっと…。 なに、が…?」ヒック…


魔王「あれから…… 一年以上、経っているからな」

魔王「今度こそ 謝罪に身体で払うだなどと言われなくて。本当によかった」

少女「あ……」


魔王「そんな方法を、当たり前にして生きているのではないかと……思っていた」

少女「してないよ。そんなこと、一回だってしてないよ!!」

魔王「ならば、安心だ」


ポン、と頭に手を乗っけてやると
少女は頭の上に伸ばされた腕と、その先にある魔王の顔を見て また泣き始めた


この少女は、出会ってすぐに『安心感』を与えてくれた
今はもう、穏かな気持ちも届けてくれている

少女こそが間違いなく、求めていた“生きる意味”なのだと、実感できる
この想いが欲しくて、俺は生きていく


少女「ヒック… うぅ、うぇ… 魔王っ 魔王……っ!」


手を伸ばし、欲しかったものを抱いた
胸に顔を押し当てて泣く少女は ただ暖かくて…


魔王(できることならば この感情を いつまでも――)


いつだったか、魔王城で少女を抱きしめた時に感じた想いが蘇る
『いつまでも』と願ったあの気持ちすらも、もう届けてくれた

心の中に、希望の光が宿っていくのが分かった



魔王「……もう、泣くな」ナデ…


少女「だって… 魔王に、もらったのに…! すごく、嬉しかったんだよ!!」

魔王「……兄なのだろう。泣くほどならば、金にかえなくとも残しておいてはもらえなかったのか」

少女「それはっ……。 それは…… できないんだと、思う…」


少女は肩を落として申し訳なさそうに俯いた
その様子を見ると、本当に金に換えずにおいてもらえなかったのだとわかる


魔王「お前の兄は守銭奴なのだな」

少女「! 違うよ!!!」フルフル!



魔王の腕を逃れた少女に、戸惑う

“物”を“金”にしてまで “金”を欲したことはない
大切に思う物ですら“金”に変えてしまう者を『守銭奴』と呼ぶ以外には思いつかなかった


魔王「少女……?」


少女「お兄ちゃんは 本当はあったかい人だよ! かわっちゃったけど、今でも本当はあったかい人なんだよ!!」

魔王「………? お前の兄は『酷い』のではないのか?」

少女「違うよ…… 本当は、魔王みたいに、あったかくて優しいんだよ」


少女は、悔しそうに小さな拳を握る
大切に思う兄を、悪いように言われて腹を立てたのだろうか

手を伸ばして、抱きしめておきたかったのに。
その腕を逃れて兄をかばう少女の姿を見るのは、苦しい


少女「魔王は、おにいちゃんみたいだった。前の優しかった頃のおにいちゃんみたいで…」

少女「一緒に居て、すごく安心したんだもん…」


少女は、自分に兄の姿を投影していた
兄がいたとわかった時点でそれには気付いていたし、その時はショックも受けた


少女「お兄ちゃんが、二人になってくれたみたいだなぁって、本当に嬉しかったんだもん…っ!」


それでも、同じ者の影を見ているのではなく
『好きな者が増えた』と感じていてくれた少女

少女の言葉はいつだって、優しく暖かく、魔王を癒していくばかりだ
胸に湧き出た苦しみが消えた途端、暖かな気持ちを また心地よく受け取らせてくれる


今度こそ、言葉に気をつけて喋ろう
少女が大切に思う者を、貶めてしまわぬように


そうだ、そんなことですら、少女が教えてくれたことだ
少女が他者に貶められて、魔王に気付かせてくれたことだ

少女は、たくさんのやさしい思いをふりまいている
きっと、だからこうしてこの少女には…あたたかな言葉で返したいと思うのだろう



魔王「今の兄は、その“暖かかった頃”とは違うのか?」

少女「………」


少女は、苦しげに言葉をつむぎだす


今の兄は、ひどい折檻をくりかえすこと
今の兄は、厳しく自分にあたること
今の兄は、とても恐ろしいこと


魔王と出会う前よりも……
もっと、生き苦しい環境に置かれているようだった


それでも、責められず、板ばさみの中で耐えているのだと
それでも、兄のそばを離れようとは思えないのだと 聞かされる 


その時


「少女!!!」


少女「!」ビクッ

魔王「……」



声のした方向を見る
そこに立っていたのは、忘れようも無いあの青年の姿

……少女の、兄の姿だった



少女「あ…。 おにい、ちゃん……」


青年はズカズカと少女に歩み寄った
少女の腕を強引にひき、小さくあがる悲鳴には耳もかさない


青年「こんなところでサボっているのなら働け!! おまえが金を稼がなければ……っ!!


魔王「おい」


青年の手を少女から引きはがし、少女を背後に寄せた
もう、簡単に この少女の背を押したりなどしない

青年に対峙する


そうだ。ただ、受け取りにきたのではない
この青年から――― 

奪いに、来たのだ




青年「…………? 誰だ?」


魔王「顔を忘れたか。 一度会った事がある」

青年「ああ…… 前に森であった… ソイツの“誘拐犯”か」ニヤ

魔王「そうだ」

青年「ははは、なんだ? 成長したこいつの身体でも狙ってきたのか?」クク



野卑た笑い、屈辱的な言葉…… 浅ましく、薄汚い言葉

どれもこれも見慣れたものだ
そんなものに臆すことは無い。目を閉じ、言葉を練る


少女の前で、この青年を貶めてはならない
この者がどんな人間であろうとも、この少女にとっては大切な兄なのだ

ゆっくりと目をひらき、青年を正面に捉えて言った



魔王「……聞きたい事がある」

青年「は?」


魔王「おまえは、何と引き換えに、何を得たのだ」


青年「何……? 何の話だ」


魔王「俺は俺の持っている富や知識と引き換えに、この少女に幸福を貰った。感情を教わった」

魔王「痛みと引き換えに悩み、苦しみと引き換えた果てに、生の在り方を知った」

青年「……はぁ?」


魔王「善しとするもので善しとするものと引き換えるだけではなく」

魔王「悪しとするものを善しとするものに換えられるならば」


魔王「善しとするものを、悪しとするものに引き換えることもあろう……」


青年「……どういう意味だ? 俺が馬鹿だから、それに喧嘩うっているのか?」

魔王「問うているだけだ」フム


少女「ま、魔王……」

魔王「どうした」

少女「わ、わたしもわかんない…!!」

魔王「………」



緊張感、というものを削がれる

だが、そのおかげで
少女は俺を、優しく暖かなものに変えてくれるのだ


少女の頭に手をあて、改めて言葉を考える
じれったそうに青年が口を開くのを制止して、やり直す


魔王「…つまり、だな。青年。お前は、依然と違うお前になったのだろう?」

青年「な……」


魔王「何と引き換えに、今のお前を手に入れたのだ」

魔王「どのようなものを得たくて、そのようなお前になったのだ?」


青年「……っ!」


魔王「教えて欲しい、今後の参考にしよう」

少女「ま、魔王。待って、それは……!!」


青年「~~~~~~~~っ」



青年「おまえに…… おまえなんかに、何がわかるんだッッ!!!!」ザッ

少女「おにいちゃ……!」


青年は、魔王に背を向けて走り去ってしまった

後に残された魔王には、その理由など知る由も無い
その理由を聞こうと思ったのに逃げられては、何が分かると問われても何も分からない


少女「お兄ちゃん……」

魔王「……あいつは何を怒っている? 答えたくなければそう言えばいい。それで構わぬのに」

少女「魔王」


魔王「ふむ……。何か、答えられない様なものだったのだろうか」

少女「………魔王。あのね」

魔王「?」


少女「……おにいちゃんはね…… 恋人を、なくしたの」

魔王「恋人を?」

少女「うん……。すごく大切な人を、失ったの」


少女「魔王が言うみたいに言うなら…」

少女「『その悲しみを手放すために、悲しみに負けたりしない自分を手に入れた』――」

少女「多分、そういうことなんだと思うよ…?」ニコ



魔王「…なるほど。では 手放すために、あのような心を代わりに持つことにしたのか」


まるで少し前の自分と同じだ

痛みのあまり、苛立ち荒ぶる心を抑えられなかった
魔王はそれを抑える為に、荒ぶるがままに費やすことをしたが……

あの青年は、他者への攻撃に換えることで、感情の暴走を抑えているのだろう


魔王「手に入れる事も、手放す事も難しい。求め続けるのも…… 容易ではない」

少女「……そうだね」ニコ


少女「おにいちゃんは、きっとすごく悲しんだから」

少女「とっても優しい人で、とっても暖かいひとだったから―― だからきっと、余計に辛くて痛かったの」


少女「だからあんなに…… あんなふうにしていないと、耐えられないようになっちゃったんだと思うの」

魔王「………ああ」


少女「一生懸命に頑張ってるからだって、知ってるから…… 戦ってるからなんだって知ってるから」

少女「だから、私はおにいちゃんを責められないんだよ」エヘヘ…


魔王「……そうか」


自分が慰められているようだった
少し前、少女の知らぬ場所で 一人もがいていた自分が、救われるような気がした

それでも、この少女がかばっているのはあの青年で
――今の魔王にとって、対立すべき相手だというのは、堪える



少女「私は、今でもおにいちゃんのことが大好きなんだよ」

少女「……だから、どんな目にあっても、おにいちゃんを裏切れないの」

少女「頑張ってるから。だから私も、一生懸命 支えてあげるの」ニコ


魔王「………」


虐げられても、自分が苦しい思いをしても
もっと楽な道があることを、知っていても―― 

これからは違えずにその道を進むのだという、少女の決意を感じた


“生きる道”。


魔王も、町娘も、亡霊鎧も、侍女長も 皆、それに向かって歩きだした
この少女も、そうなのだろう


魔王(……その道は… 譲れないのだろう。なら、どうしたらいいのだろうか)



誰かを目指して進む道
だがその目的の誰かは、さらに他の場所へ向かっていってしまう

後を追う者は、自分の生きる道を 諦めなくてはならないだろうか
それとも、いつまでも追いつかないまま… 進んでいかなくてはならないのだろうか



少女「ごめんね、魔王」



辛そうにしている少女
涙を堪えて笑うその顔が、ひどく痛々しいと思う


苦しい
喉まで埋め尽くすような、胸の苦しみが言葉を詰まらせる


ゆっくりと魔王に背を向け、少女は歩き出した
自らの、生きる道を進むと決めて…… 歩き出してしまった


後姿だけでも、少女が目をぬぐうのが分かる
涙を堪え、彼女は自らの選んだ 進むべき道を歩こうというのだ



目を背けてしまいたい
俺は選ばれなかった

諦めなければならない役割を、少女に与えられてしまった


なら、もう諦めたと…
棄ててしまうべきなのだろう


視界が、闇に閉ざされる
俺はまた、このままここで全てが黒く塗りつぶされるまで立ち尽くして――……




『手放して…失って。その後で惜しくなって、求める時になって気付くんです』

『そのものの、本当の価値に』




心の中に、声が聞こえる
少女の代わりに慰め者にされていた、哀れな娘の声


魔王「………失って… 惜しくなって… 求めて… 気付く…」


もう、一度失っている
その価値は、既に知っている

失くしてしまえば、必ず惜しくなって、また求めてしまう



諦めては、繰り返すだけだ
何度も、何度でも。繰り返してしまうだけ


魔王(………『挑む』と決めて、ここへ来た)


それがたとえどのような未来を描こうとも。
許されがたい禍根を残し、結果 疎まれるほどになったとしても。


魔王(俺も最後まで挑み、このシナリオの終わりを見てやる――……!!)



目を開く
まだ、少女の姿は見える

まだ、届く場所にいるのだから―― 終われない!



魔王「少女!!!」

少女「っ!」ビクッ



魔王「あの男を支えるのが少女の役目だと? ならば、その役目から 俺が貰っていく!」

少女「え…?」


魔王「青年を救ってやろう! あいつの望みを、教えるがよい!!」

少女「……………ま、おう…」


立ち止まったままの少女の下へ、走り寄る
少女の腕を捕まえておきたいと思う

だが、今この手を握っては壊してしまいそうな気がする
何かが違う。その手を握りたいわけじゃない


そうだ。捕まえたいんじゃない
この少女に、俺の腕をつかんで欲しいんだ


頼って欲しい

必要として欲しい

求めて欲しい


そうして、求められて。 それに、応えたいんだ--……!!



魔王「教えるんだ! 少女!!」

少女「魔王……」


欲しいものを乞うなどと、したことはない
“おねだり”の仕方など、かんがえたこともない

不器用に求めるしかない
助けを求めて欲しいと、ただ必死になるしか できないから―――



魔王「頼む……っ!」

少女「…………魔王…」


“思いを込めて” 言葉を、伝えた



少女「……えへへ。ありがと、魔王」ニコ

魔王「少女…!」


通じたと思った
願いを聞いてもらえたと思った


少女「でも。無理だよ」


聞いてもらっただけでは
叶えてくれるとは限らないのに


魔王「俺にできない事など……!!」

少女「ううん。魔王でも… 難しいと思うの…」


少女「この1年以上… ずっと探し続けてるのに、見つからないの」


魔王「その恋人とは…… 行方不明者なのか!」

少女「………前は… 居場所だけは、わかったんだけど。今はもう、居ないの」

魔王「……っ 死んでいたとしても探してやろう。だから!」

少女「魔王。 ……言わせないで?」

魔王「何を……」


少女「あのおねえちゃんが見つからないなんて…。 きっと、もう無理なの」

少女「……『知らないままでいた方がイイ』事に、なってるんじゃないかな…」ポツリ

魔王「………?」


少女「きっとね。神様が、『知らない方がいいよ』って…… 気遣って、隠してくれてるんだよ」ニコ

魔王「な……」



少女「だから魔王に探してもらうなんて、そんなことをしちゃいけないの」

魔王「何故だ!? できる努力をして何が悪い!? それで見つかるならば――

少女「…違うよ。それは、私やおにいちゃんに出来る努力なんかじゃないよ」

魔王「何が違う!?」

少女「だって… 『魔王』って……」



少女「『魔王』って。現人神っていわれるくらい… すごいんでしょ?」

魔王「……何、を…」


少女「神様が… せっかく隠してくれたのに。それに対抗できるような、“神様みたいな人”に、お願いなんかしちゃいけないんだよ」

少女「神様だって、きっと困っちゃう」


少女「きっと、これは神様の気遣いで、好意なんだって思ってるから。だから、大丈夫」

少女「えへへ。自分達にできる努力をするよ。それで見つかれば、幸せだよ」

少女「見つからなくても… 神様が、そうしてくれてるんだって思えるよ」


少女「だから。大丈夫だよ、魔王」

魔王「―――つ!!」



とりつくしまがない
この少女は、進む道がバッドエンドであることすらも 既に受け入れてしまっている

たくさんのものを諦めすぎてしまった少女
望んでも叶わないならと、美化することに慣れすぎてしまった少女

手に入らないことを、当然のように受け入れてしまっている少女――


尽きることの無い幸せの数は
叶うことの無い望みの数だったのだ


魔王「――――…っ 俺は… 俺は」


少女「魔王?」


魔王「俺は……っ 神なんて、そんな手の届かないような“夢”の象徴じゃない!!」

少女「え?」


魔王「見ろ! つかめ!」グイッ

少女「っ!」


自分の腕に、少女の手を触れさせる
自分はここにいて、手の届く存在なのだと無理矢理に教える



魔王「おまえの手の届く場所に、おまえが俺に触れられる関係のまま、俺はここにいるではないか!」

少女「ま、おう」


魔王「神の気遣いだと? ならば何故、こんな俺がお前と出逢った!?」

少女「え…」

魔王「隠しておいたほうが幸せなのに、それを見つける為の手段をちらつかせるのが お前の思う優しい神なのか!?」

少女「それはっ」


魔王「そんな神はいやしない!! 本当にいるなら、俺はお前と出逢ったりしない!!」

少女「魔王……」



魔王「答えろ!! 挑め! 結果が悪くとも、最後まで見届ける覚悟を持て!!」

魔王「それで傷つくのならば、癒しを与えよう! 俺が、必ず与えるから!!」

少女「魔王… だって」



魔王「叶わぬ望みではない! 神などいやしない! おまえの思う神など、現実から目を逸らすための言い訳だ!!」

魔王「信仰をやめられないのならば、そのままでは叶わぬ望みを叶えるため、俺と出会ったと思え!!」

少女「だって……っ」


魔王「信じるならば、きちんと信じろ! 信じないのならば、現実を見ろ!!」



魔王「俺はここにいる! お前の手の届く場所に、俺はいる!」

魔王「叶えさせろ! お前の望みを―― アイツの望みを!」



魔王「答えろ! その恋人とは 何処の、何と言う者だ!!」


少女「……………」



悲しげな瞳が、寂しそうな微笑が
魔王の心を苦しめにかかってくる

それでも、怯んではならない
ここで、諦めてはならないのだ

もう強引でもいい。無理矢理でもいい。
俺は魔王だ。強欲に求めて何が悪い――!


少女「……ねぇ、魔王…?」ポツリ


もう、手放してはならない
掴んだものを、逃す気は無い

この、涙にうるみながらも諦めに満ちた
切ない少女の視線ですら… 逃しは、しない


魔王「……なんだ!」

少女「…………」

魔王「……………っ」



焦れる
それでも、諦めない


決して、やめてはならない


そうすれば、きっと――





少女「…魔王……… 『達磨』って 知ってる……?」




答えは見つかるから。



魔王は少女を抱えて、人目もはばからず 町へと駆け戻った


一時中断します。
午後にもう一度、夜にもう一度投下します

>>607-616 Thx!


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少女「ただいま……」


家の戸を少女があける
青年は家に帰宅していた

安酒なのだろう
ひどく濁った酒を片手に飲みながらも、片手で頭を抑えているのが見える


少女「おにいちゃん…… 大丈夫?」


少女は兄に駆け寄り、その背を抱く
どれほどの勢いで飲んだのだろうか、顔がやや赤らみ始めている


青年「あ? ……あぁ。少女か… ちっ…。水は汲んで来たか」

少女「あ… うん、こっちの瓶に…。 そ、それより! あのね、魔王が……!」

青年「マオウ?」


魔王「俺だ」


少女の後に続き、入室する

地面の上に、直接壁を立てたような家だった
ちいさなゴザが敷かれ、その上に青年は座っている

物珍しさに、その小さな部屋を眺める


麻布が部屋の端に置かれている
きっと、あれが布団。布団の役割を押し付けられた、道化師

その横にそっと置かれているのは、片目ほどしか写らないような小さすぎる手鏡
きっと、あれはひび割れていて、8つ目の少女を映し出す


少女の住んでいた世界は、魔王が思っていたよりもさらに狭かった
それなのに、何故か楽しげに感じる

寂しく、貧しい、夢も望みも抱けない生活
その中で見付ける ささやかな幸福の価値は、どれだけのものなのだろうか


そんな思いを抱いたところに、声がかかった


青年「……はっ。ただの誘拐犯が、魔王? 次はどういう作戦なんだよ?」

魔王「作戦?」



青年「エライ名前だしゃー、従うとでも思ってんのか? ふざけてんなよクソ!」

魔王「ふむ。実際、皆が俺に従うがな。お前は違うのか」


青年「バーカ。城が近くにあったって、そんなやつがこんな街なんかに降りてくるわけ……

魔王「ああ…」


魔王「なるほど、疑っていたのか。俺は魔王だ」

魔王「それ以上に疑うのならば、魔国へ来い。背信行為と不敬罪でひったててやろう」

青年「……は? フケイ…? なんだって?」


魔王「……あまり俺の言葉を馬鹿にするならば、相応の罪に問うが」

青年「は…? なんなんだよ、本当に… さっきから、お前は誰なんだよ?」

魔王「先ほどから、繰り返しているのだがな…」ハァ



「魔国第一継承者、第39代魔国王。それがこの方の名。――『魔王様』ですよ」



戸の外から、声が掛けられた


魔王「……ああ。俺の言葉ではなく、こいつの言葉なら信じられるだろうか」

青年「はぁ?」

魔王「入ってこい」


家の手前で、立ち尽くしている者へ声をかける
僅かな間のあとで 静かに、戸をくぐりはいってきた

控えるというよりは、戸惑っているような態度だった


町娘「……そちらにいらっしゃるのは、魔国の魔王様です」

青年「っだから! んなこ…と… 言われ、ても……――― ぁ… え…?」


青年「ぁ… う、そだろ… え…?」


魔王「ふむ。ようやく信じたか。それならば不敬については不問でいいだろう」


魔王「こいつもまた俺の物。こいつの口は、俺の口。ならば俺の言葉を信じた事になろうからな」

少女「え? え? おねーちゃんが… 魔王の??」



町娘はゆっくりと、一歩づつ青年に近づく

怯えるような仕草の理由は、自らのこれまでの境遇を思い
拒絶される可能性があると考えてのものだろう


町娘「青年さん、私です…… 町娘、です」

青年「な…… 町娘……?」

町娘「はい…… 私、ですっ…!」ポロポロ…!


青年「な…… なん、で? え… だって… お前は、だって…」

町娘「……魔王様に、救っていただきました……っ」



町娘「この腕は、とある騎士甲冑の鎧の腕…。この脚もです」

町娘「お借りしている義手に、義足です。お腹に子も居ましたが、死産でした…」


町娘「こんな私だけど… 私なんです、青年さん…っ!」


町娘は、両手で顔を抑えて泣き出した
こらえきれずにその場にへたりこむ


青年「え…… 義手? 義足? だ、だって。籠手しか見えないとはいえ、どう見ても普通の手のように……」

青年「そ、そうだ! それに、口だって!」

町娘「……“達磨”だったことのこと… やはり知ってたんですね。青年さん」

青年「―――っ」


町娘「見ました…か? 見世物小屋で、惨めに飾られていた私を」

青年「それ、は…… そんなもん… 見るわけ…」

町娘「……ふふ。そうですよね。とても見られたものじゃ、なかったです」

青年「町娘……」

町娘「見られてなくて… よかった」


魔王「……今も、手足は無いままだ。その甲冑を外せばまるで芋虫のそれ」

青年「っ てめぇ!」


魔王「だが、子の出産に関しては全力を尽くして母体を生かした」

青年「!」


魔王「口も、間違いなく世界最高峰のその頂点に立つ医師の手によって再形成させた」

青年「あん…たが…?」

魔王「甲冑の手足の他は、ずいぶんと見られるものになったとおもうがな」

町娘「……はい」


町娘「服も、与えてもらいました 髪も梳いてもらいました。 魔王城の皆様に、心の中の傷までも癒していただきました」


町娘「この腕も脚も、借り物です。ですが 私の信じるように、思う通りに動いてくれます」

町娘「魔王様達は 何も出来なかった私を、充分すぎるほどに生きていけるようにしてくださいました」



少女「ま、魔王って…… ほんっとにすごいんだね…!? 」ヒソヒソ

魔王「当たり前だ。目に見えるものであれば、俺に手に入れられぬものはない」

少女「すごい! 魔王が、本当に『魔王』に見えるよ! 神様っていわれちゃうのもわかるよ!」

魔王(……わかっているとは、とても思えない態度なのだが…)


これが少女の発言でなければ
3回くらい処刑されても文句は言えないだろうと思う



青年「は……はは」

町娘「青年さん……?」



青年「あー… なんだ? 夜盗につかまえられて、商人に見世物にされて、その次は魔王の嫁さんか?」

青年「参ったね… はは」

青年「……どんだけ追いかけようと…、どこまでも、手に入れられないようになってんのかよ……。クソか、畜生」


魔王「嫁?」

町娘「え? あ、あの! 違います! 私は魔王様の后様ではありませんよ!?」

青年「……え?」


青年「…なんだと? 后じゃない?」

魔王「ああ。それは事実だ」

青年「ちょ… じゃぁ。なんでそこまでして、町娘を助けたんだ!?」

魔王「ふむ」



魔王「……おまえと、同じ理由なのだろうな」


青年「俺と……?」


青年「どういう意味だ? お前の言葉は、ほんとに、わけがわかんねぇ」

魔王「要らぬ物を手放すための代価を、この娘に払おうとしていた。それだけだ」


青年「あー…… つまり、こいつを助けてあげる代わりに、なんかしてもらったってコトか…?」

魔王「む? “助ける”つもりでははなかったので、そうなると動機としては些か――」

少女「魔王! 細かい話は難しくてわかんないから、もういいよ!」ビシッ

魔王「 」


少女「それで…」

少女「魔王は、おねえちゃんに何してもらったの?」


魔王「……何も。胸にうずまくもやを手放し、打ち払うために。打ち消すために、あるもの全て支払ってコイツを変えようとしただけだ」


青年・少女「「……胸のもや? 何それ?」」


魔王「……それはいい。実際は、特段こいつになにかをしてやったつもりも、してもらったつもりもない」


魔王「いや…… 強いて言うのなら、問いに答えてもらい、僅かな癒しをもらっていた」

青年・少女「「癒し?? 手当てをされたのは魔王ってこと??」」

魔王「…………」ハァ



魔王「この娘の境遇が、少女のものでなくてよかったと思うたびに、ひしめくのだ」

魔王「この娘の境遇が、少女であったかもしれぬと思うたびに痛むのだ」

魔王「だから、財を支払い、そのような連想させる“姿”を変えようと努めた。そうしてそのモヤを手放していた」

魔王「こいつがすこしづつ姿を取り戻し、生気を取り戻していく様子を少女に重ねて、癒されていた」

魔王「それだけだ」


少女「私が達磨になるの?」

青年「あ、わかった。町娘と少女を見間違えて、療養させたんだろ? 馬鹿だな」

魔王(ええい、馬鹿はお前だ!!)



町娘「……魔王様には感謝してます。こうして、この街にも連れ出していただきました」

魔王「同じ場所に用があっただけだ」

町娘「はい。ありがとうございます」


青年「えっと。その、つまりどういうこと……だ?」

町娘「今は… 魔王様に従えさせていただき、身の回りのお世話などをすることに決まりました」


青年「さ、さっき。魔王が『コイツは俺のもの』とかいってなかったか?」

魔王「俺の物だ。こいつは通行証書と引き換えに買ったものだ」


青年「『コイツの口は俺の口』ってのは……その、つまり…夜の奉仕をさせている的な何かっていう

町娘「!? し、していません!! もちろん僅かな口付けなどもありません!!」

魔王「今後 面倒な謁見などで、俺の代理として謁見者に口頭返事をさせることにした」

魔王「こいつの発言は俺の発言と同義だという意味だが……、何か問題があるのか?」


少女・青年((小難しいコト言うくせに、肝心の言葉は足りないんだ…))



青年「……はっ!?」


青年「だ、だけどこんな特殊な身体で、他よりデメリットがあるコイツをいつまでも侍女にしておく気もないんだろ?! やっぱりいつかは……!」

魔王「他の侍女と同待遇でしか扱っていない。使えなければ解雇もしよう。が、優秀な侍女になるだろうな」

町娘「あ、ありがとうございます」



青年「ま… 町娘はどうなんだ。ホラ、侍女だなんて… それだけじゃ今後はやってけねぇんじゃねぇのか?」

町娘「……? もったいないほどのお手当てを貰える事になってますよ…?」

魔王「額面に不服があれば、俺ではなく財政担当に言え。目を通すのも面倒な書類ばかり出してくる」

青年「で、でも でも!」


町娘「…? 衣食住の保障はもちろん、身体の検査なども全ての侍女様方に義務付けられており 何の不便もないほどですけど…」

少女(魔王城って意外にカッチリしてるところあるんだぁ…。 なんだかんだ“魔王城”のイメージと違うなぁとは思ってたけど)



魔王「……お前は、こいつが正当な待遇で扱われているのが気に入らないのか?」

町娘「え?」

青年「ち、ちげーよ!!」


魔王「ではなんだ。お前の質問は的を射ていない」

青年「……」

魔王「………?」



青年「…その。本当にコイツが あんたに必要なのか…って…」

魔王「ふむ?」



青年「後味が悪いって話で、回復させてやったのならまだわかる」

青年「支払った分、こきつかってやるっていうなら、それもわかる」

青年「……でも、そんな風に… こいつの信頼を得るほど… なんでそんな……」


魔王「……ああ。おまえ、俺が手放すつもりが無いのではないかと疑っているのか」

青年「ぅ」


魔王「ついでに、何か下心を持っているのでは無いかとも危惧しているか」

青年「うぅ」


魔王「さらに、こいつに充分な待遇をあたえる俺に対して羨望でも抱いたな」

青年「ぐっ」


魔王「ふん、くだらぬ。どれもこれも見当違いの言い分だ」



町娘「……ふふ。下心は無いと、あまりはっきり言われてしまうのも少し切ないですね」

魔王「そうか」

町娘「でも、そういうお方だと思ってました」

魔王「そうだろうな。お前もそういうヤツだと思っている」

町娘「ふふ」



少女「……なんか仲良しっぽい?? そいえば、おねーちゃんは、魔王のお世話係なんだっけ?」

町娘「お世話係…… なんでしょうか?」

魔王「正確に言えば、側仕いだ」


少女「蕎麦…使い?」

青年「なんだか美味そうな仕事だな」

町娘「オイシイといえば、オイシイ仕事です」ニコ

魔王「……」ハァ



魔王「……こちらの国中で、見世物にされた身だ。町に戻るのは難しいだろう」

青年「!」


魔王「年頃の娘が、裸体を晒していたのだ」

魔王「国中の見世物にされて、こんどは鎧の手足をつけて町に戻れば、また見世物の生活になるのは予想できる」


青年「あ…… そん、な」


町娘「……魔王様は… 后様の姿を重ねた私に、そのような生活はしてほしくないとおっしゃってくださいました」


魔王「それこそ、後味が悪い。まるで“救いそびれた少女を見る”ようで不吉だ」

町娘「ふふ。亡霊鎧さんに聞いた、勇者様のお気持ちに共感してるじゃないですか」

魔王「む? ……なるほど。確かにな。愚かだとおもったが、勇者もそんな思いであったか」

少女・青年「「……何の話…?」」

町娘「ふふ。優しい人の、話です」


魔王「ともかく、そうであるならば 今後も魔王城にいるよう言った。報酬を支払うから、見世物になどなってやるな と」

魔王「これからは最善の生き方をし、僅かでも俺の不安を埋めておけ、と」

青年「…………それは…」



青年「埋めるって、もしかして 身体で?」コワゴワ

町娘「違うと何度言えばいいんですか? 青年さん」ニッコリ

魔王(この兄弟は、どうしてすぐに身体で支払うことを思いつくのだろうか…)ハァ


町娘「側仕えとしてお世話をさせていただくという内容で、お受けしました」

魔王「剣技も仕えるし、警護の任にも当たれる。面倒を任せるに丁度いい」


青年「ちょ、ちょっと待ってくれ。整理する時間をくれないか!?」

魔王「……いいだろう」


青年は少女の手荷物の中から 濁った液体の入った瓶を取り出して
そのままに口をつけて飲み干した

おそらく、あの濁った水は飲料水なのだろう
酒を抜くつもりなのか


青年「帰ってきたのに… 帰ってこれない…?」


なにやらブツブツとしゃべりはじめた


その様子を見て、少女も少し緊張が抜けたようだ
適当な場所に座り込み、深く大きな息をつく

町娘も少女の側に座った
二人は顔を見合わせて、くだけた笑顔で微笑みあった


少女「えへへ… じ、実は 私もまだ信じられないよ。何がどうなってるの?」

町娘「どうって言われても… 私だって、まさか后様というのが少女ちゃんだとは思わなかったですし」


少女「私も、おねえちゃんが魔王に仕えてるとはおもわなかったよぉ…」

町娘「わかってたら、あんなに大混乱にならずにすみましたものね」フフ

少女「えへへ… ほんっとにびっくりしたんだよー!!」

町娘「私もですよ、少女ちゃん」


魔王(街中で 再会の抱擁をするならばまだしも、騒乱を起こすとは。俺だって驚いた)ハァ



********************************


少し前…  町の中

魔王は少女を腕に抱えて、“兄の思い人である達磨”を探していた
裏通りの寂れた一角でその姿を見付ける


魔王「町娘! 探したぞ!」

町娘「魔王様?」


町娘「? その腕に抱いているのは…?」

魔王「ああ。こいつが――……


タタタタ… シュルッ、チャキン!

町娘「え?」

魔王「……」


驚いた口調と表情の町娘
だがその手足は、抜いた剣を美しい姿勢で構えた


魔王「……何故、俺に剣を向ける?」

町娘「も、申し訳ありません! 亡霊鎧様の腕と脚が勝手に!」

魔王「あいつの意思か。 一体、何を……」

町娘「っ きゃっ!?」 グイッ


町娘の、剣を持っていないほうの手が前に突き出される
魔王は思わず身構えて防御姿勢をとったが……


籠手『何を、ではありませぬ!! 魔王殿!』


その手は、突然に喋りだした


町娘「こ、籠手が!? 手がパクパクして喋る!?」

魔王「なんと面妖な。生きる鎧とは、口ではなくとも口の代わりとなって活動するものか」


籠手『パーツの一部が欠けても生きていられるのが我輩である! 腹は無くとも腹が立ち、口がなくとも声が出ますぞ!』

町娘(ごめんなさい、ちょっときもちわるいです!)アワワ


本人はいたって真面目なのだろうが、あまりに奇妙、あまりに間抜け
一刻も早く少女の兄の下へ町娘を連れて行きたいというのに、鬱陶しい事この上ない

さらに、その間抜けな籠手はとんでもないことを口走った


籠手『后様という者がありながら女児誘拐とは関心致しませぬぞ! 魔王殿!』

魔王「は? 女児誘拐……?」


問い直そうとしたが、腕の中の少女が暴れもがいたのに気をとられる

どうしたのかと 一度地に降ろしてみると
今度は自分からしっかと魔王に抱きついてきた


少女「あ、あわわ… お、おねえちゃんがおばけに取り憑かれて帰ってきたよぅ…!」

魔王「おねぇちゃん…? ああ、そうか。兄の恋人ならば、知り合いであったな」

町娘「え… って。 も、もしかして… 少女ちゃん?!」

少女「ひゃ、ひゃあああ! やっぱりおねぇちゃんのおばけ!?」

魔王「いや。おばけなどではなく、こいつは正真正銘……


町娘「どうして少女ちゃんが魔王様の腕の中にいるんですかっ!? 」

魔王「あ、ああ。それはだな……


籠手『なんと! 町娘殿のご友人であったか! ならば今すぐにそちらの少女をお助けしましょうぞ!!」

魔王「なっ」

チャキッ!ザシュッ!

町娘「きゃああ! 剣が! 魔王様、すみません!」


魔王「くっ。片手剣とはいえ、面倒な! こいつに剣など握らせるべきではなかった!」

町娘「っ! ごめんなさい、魔王様! 連撃がはいりそうです!!」スチャッ

魔王「 」


少女「えええ!? なんで!? なんで魔王を斬るの、おねえちゃん!? そんなに武道派だったっけ!?」

町娘「ちちち、違います! 違いますよ少女ちゃん!!」

魔王「少女、落ち着け。これは――……


籠手『魔王殿!!! 御覚悟を!』

魔王「ええいうるさい!!」

町娘「剣がっ! 剣が勝手に!」

少女「だめ!! 駄目だよおねえちゃん!? 自暴自棄になっちゃだめぇぇぇ!!」バタバタ




魔王「~~~~~~~~っ おまえら、全員 落ち着け―――…!!!」



*****************************


少女「あはは… 駐在軍の人が宿舎から出てきて、みんなで慌てて逃げたけど…」

町娘「ええ… あの人たちも、たまには仕事をするんですね。助かりました」

魔王(……ただの野次馬だろう…。ましてや、見事に捕まえ損ねていては褒められぬ…)


青年「コントか」

魔王「む。聞いていたのか」


青年「あー… なんかこっちのドタバタ聞いてたら、落ち着いた」

魔王「うむ。俺もあの騒ぎの後、冷静さを取り戻してこちらに出向けた」

青年「……なんか… 変な共感された気がする」



青年「んで、なんなんだ? 町娘のその籠手は…」

魔王「気にするべきは、本当にそこなのか。青年」

町娘「……ふふ。相変わらず、少し抜けているところが見えて安心しました」

青年「それ、俺のことバカって言ってる?」

町娘「少し?」

青年「 」



少女「えっと… そ、それでおねえちゃんは 魔王城につとめることになったんでしょ? 断ったりはしなかったの?」

町娘「もちろんお断りしましたよ」

青年「だよな!!」


町娘「国が違いますから、青年さんの元へ会いに来ては、スパイ容疑をかけられかねないと侍女長様に忠告もされましたし」

魔王「ふん。こちらは諜報などあってないような町。こちらは諜報されても恐れを知らぬ大国だ」

町娘「え、ええ。あまりに強気で…… その、若干押されて承諾に至りました」


少女「強気? なんていわれて説得されたの?」

町娘「あ…えっと。 『この役目だけは、他では至らぬ。お前が必要なのだ』と仰っていただいて…」

少女「!?」

青年「思いっきり口説いてるじゃねぇか!!」


町娘「ま、魔王様は私など見てはいらっしゃいませんよ!」


町娘「この先行くアテのない私をフォローしての言葉だと思ってたのですけど… 違うのですか?」

魔王(少女を万が一にも連れ帰れなかったら困るから、僅かな癒しでも欲したとか言えないな)


魔王「……そのような気遣いはしていない、とだけ断言しておこう」ハァ


町娘「は、はい。優しさを与えられたと思っていた分、少し切ないですが。わかりました」

魔王「俺にも誤解があり、それでおまえにも誤解を与えたようだ。許せ」

町娘「許すもなにも怒ってません…。ですがその、本気でまったく見ていただけてないと実感はしました」

魔王「すまないが、癒せないというのであれば興味が無い」

少女「ちょ、魔王っ!? そんな言い方したらおねえちゃんが…」

町娘「ふふ、いいです。そんな魔王様だから……私も苦しみ少なく、お側に付き従っていられると思えます」


青年「……町娘… 魔王のことが好きなのか…?」 

町娘「本当にばかですか?」

青年「ぐっ」


町娘「異性として気にされていなければ… 私も、安心して青年さんのことだけを思っていられるって事ですよ」

魔王「ああ。俺は少女以外はどうでもいい。関心など持っていない」

少女「ま、魔王ってそんな直球なヒトだったっけ…?//」ぁぅ



青年「で、でも。……こいつん所へ行くんだろう?」

町娘「それ、は。……先ほど言ったとおり、この町に残るのは……きっと町にも迷惑をかけますし」


青年「そっか……。 じゃぁ… 俺には… 別れを告げに来たのか?」

町娘「…………」


町娘「……最後に… 一目だけでも、と思ってました」

町娘「こうして言葉も交わせて… かわらぬ態度で接してくれて…」

町娘「本当に、嬉しいんです。青年さん、ありがとうございます」

青年「っ」



町娘「……ふふ。本当の私には四肢も無く、穢れた身… 青年さんには、相応しくないです」

町娘「この町にいたら… きっと。見世物としての私を求めて面倒も起こるでしょう」

町娘「少しでも私を必要としてくれるなら、魔王城で静かに暮らすのがいいと思っています」


町娘「でも……」


町娘「たまには、会いに来てもいいですか? 青年さん……」ニコ



青年「なん… で。 俺のところには… 帰ってこないのか…?」

町娘「……大好きです。ごめんなさい、こんなことになっちゃって…」

町娘「それだけ、ずっと ずっと言いたかった…。ようやく、言えました」フフ



青年「………っ!!!」ガバッ!


青年は、姿勢を改めて
地に頭を擦りつけた


少女「……え、えっと。 お、おにいちゃん?」

町娘「青年さん……?」


魔王「……土下座? なんのつもりだ」


青年「町娘のことを后にするつもりがないなら、どうか俺に譲って欲しい! 諦めてくれ!」

魔王「ほう?」

町娘「!? 青年さん!?」



青年「頼む、この通りだ!」


青年「おまえ……あんた、いや ええと。魔王さんがコイツにかけただけの弁済などはできないかもしれないけど…」

青年「だけど何か 他のものと引き換えてもいい! そうだ、俺自身と引き換えてもいい!! だからどうかその娘を譲ってくれ!!」

魔王「……話を聞いていなかったのか。この町に戻れば、こいつは――


青年「俺が… 俺が、何と引き換えようとおもっても…」

青年「どんな手をつかってでも、俺の横に置いておきたかった! そんな娘なんだ!!!!」

町娘「青年さん…………」


青年「この国にいられないというなら、俺がこいつをつれて国を出る!」

少女「お兄ちゃん!?」

青年「なんの保証も無い! 生活だって今よりキツくなるかもしんねぇ!!」

青年「でも、そうでもしなきゃ、もうこいつは俺の元には来ない…!」

青年「あんたんところに居場所があったら、俺はそれすらできねぇんだ!!!」


青年「最後のチャンスなんだ!! 頼む……っ! 頼む!!」


少女「……おにいちゃん…」


魔王「……おまえは、この娘がそんなにもほしかったのか」

青年「ああ! そうだ!!」


青年「何度も何度も商人の元に通ったが、会わせてすらもらえなかった!」

青年「見に行かなかったんじゃねぇ! 見にいくこともできなかったんだ!!」

町娘「!」


青年「見世物小屋にしのんだこともあったが、盗賊扱いされ牢にも何度も入れられた!」

町娘「!! そんな… 私、そんなこと知らな……!」


青年「ほんの一言でも、伝えて欲しいと何度も頼んださ! だが、声を届けることすらも出来なかった!!」

青年「取り戻すどころか…… ただ、ただ言葉を届けることさえ……!!」


町娘「でも… どうして? 知っていたでしょう…? 私は本当にひどい姿で…!」

青年「悔しかったよ!!」

町娘「っ」


青年「怒りだって収まりようがなかった!!」

魔王「……」



青年「でも、でも……!!」


青年「町娘が悲しんでいる姿や、苦しんでいる姿を、誰かの笑いものにするのは許せなくて…!!」


青年「生きているならば…… どうにか、助けてあげたかった…っ! 俺が、どうにか、癒してあげたかった…!」


青年「…そりゃ…もう、駄目かもしれないとすら思ってしまったことも、あるし……負けそうになったりもしたけどさ…っ」

町娘「青年、さん…」ポロ…


青年「でも、もし 町娘が耐えらんなくなって、俺の声も届けらんなくなって、救ってあげれなかったとして…」

青年「でも それでもせめて、その死体だけでも売ってくれって 頼むつもりでいたんだ…」


青年「手厚く供養するだけでも、何か少しは救いになるかもんないって…」

少女「お兄ちゃん… そんなつもりで…ずっと、たくさんのお金を溜めてたの…?」


青年「そんなことまで、考えるくらい…… 俺は、町娘のことを…ずっと……!」

町娘「せいね…… っく、ひっく」


魔王「……」

少女「おにいちゃん…」


青年「でも、今!! こうして、目の前にいるんなら! 俺の声が届くんなら!!」

町娘「ひっく…… ひっく」



青年「愛してる! 俺のそばに帰ってきて欲しい!!」



町娘「……そんな ……だって、私 本当に すごく酷い身体で……っ」

青年「関係ねぇ! 俺は町娘のことを、愛してるんだ! それだけは信じてくれ! 頼む!」


町娘「私、私、こんな… こんな…」ひっく、ひっく・・


青年「死体になってても、絶対に俺の元に戻すって決めてたんだ! 生きて戻ったなら、どんだけ側においておきたいか! わかるか!?」

町娘「だって……そんなの、信じられな…」…ひっく……

青年「町娘!」




少女「……魔王」ヒソヒソ

魔王「? どうした、少女」

少女「すこし… 二人だけにしてあげない?」

魔王「……おまえが、そう望むのなら」

少女「えへへ。ありがと、魔王」


::::::::::::::::::::::::::::::


静かに家を出た
部屋の中では、小さな声で二人が会話を続けているのが聞こえてしまう

薄い壁をいいことに、聞き耳を立ててしまうのは憚られる


家の裏手にまわると
薪とも枯れ枝ともいえないハンパな太さの枝が積み重ねられている場所があった

その前で、少女は座り込んだ
指先で、その木を弄りながら… ポツリポツリと話し出す


少女「おにいちゃんは、いっつも牢屋に入れられてたんだ…」

少女「あのね。魔王にあったあの時も、おにいちゃんは牢屋の中にいたんだよ」

魔王「ほう」


少女「いつもなかなか帰って来れなくて 帰ってきても、仕事ばっかりで。何日も何日も留守にして…」

少女「お金をもってかえってきても、全部ためて…」

少女「お金がたまると、それを持って見世物小屋へいったり、医術者をさがしたりしてたんだよ」


少女「捕まえられると 牢屋に入る時に、お金は憲兵に取られちゃうけど…。 それでお金がなくなると、また…」


魔王「……それでおまえはあの時、俺についてくる時 兄がいるにも関わらず躊躇しなかったのか」

少女「うん…。えへへ…魔王にお礼、したかったし!」

少女「それに、そんなに長いこと居ることになるって思ってなかったし!」



魔王「……后にすると行って、連れ帰ったのだが」

少女「えへへ! 本気で后にするつもりだなんて、魔王城にいくまでおもってなかったもん!!」

魔王「 」


嫁にするつもりでいたのは、自分だけだったという事実
なぁなぁで、后というものを受け入れてしまうところだった少女


魔王(……姫にあこがれたり… 俺を兄と呼んだり…。后になったつもりがなかったからだったのか……)


人知れず、どん底にまで落ち込む



少女「ねえ魔王。魔王と離れてから… いつもおもってたこと、いってもいい?」

魔王「なんだ」


少女「あのね…。魔王が… 前に、私に『幸せを売ってくれ』っていったの。覚えてる?」

魔王「ああ。……今でも そう願っている」

少女「えへへ…。 売ったりは、できないけど。でも、あげたいな。私も、いっぱい魔王に幸せもらったから」

魔王「?」


少女「魔王と… 別れてから。魔王がいなくって、おにいちゃんも厳しくって… 魔王だけが……私のこと、ずっと助けてくれてたんだよ」

魔王「……連絡の一本も、しなかったが」


少女「えへへ… 顔。思い出してたの」

魔王「顔? 俺のか」

少女「うん。前に私が 無理をして泣いてた時に… すごく悲しい顔してた時の、魔王」

魔王「……悲しい顔…?」


魔王も、このしばらくの間 少女のそういう顔を思うことはあった
だがそれらの顔が脳裏に浮かぶたび、心が苦しくなった事を思い出す

離れている間、この少女の胸中では 俺が少女を責めていたのだろうか――


少女「辛そうだった。魔王はそんな顔しなくていいのにって、思ったよ」

少女「……してほしくないなって、思った」


少女「魔王は、私が辛いと 慌てたり悲しんだりする。 ……そんな顔してほしくないのに」

魔王「……すまない。自覚がなかった」

少女「えへへ」

魔王「少女?」


少女「でもそれって 私のこと…… すっごくすっごく、大切にしてくれてたからなんだって気付いたんだぁ」

魔王「少女……」


少女「辛くなった時に思い出す魔王の顔は、いつもそんな顔で」

少女「辛いの無理してるから、魔王までそんな顔になるんだって、気付いて…」

少女「それで、自分は大切にしなくちゃダメなんだって知ったんだよ! 叩かれたりしちゃだめなんだって!」


少女「だから、魔王と離れてるとき 辛くて休みたい時は 『魔王が悲しむから休む!』って、休むイイワケにして休んだりしてたよー! あはは!」


魔王「……あたりまえだ。辛いならば休むべきだ」

少女「あたりまえかもしれないけど… そんなあたりまえ、知らなかったから」ニコ



少女「……ありがと。魔王 いっぱい、幸せをくれて。助けてくれて」

魔王「……何をしたわけではない。礼を言われる筋は……


少女「誰かを大切にしたい、幸せにしてあげたいっていう優しい思いは、それだけで、自分も相手も幸せにしてくれる。助けてくれるんだよ」ニッコリ

魔王「………思い…か」

少女「えへへ。魔王と離れてから そう気付いて。すごく…楽になったよ」



少女「いつだってどんなときだって、がんばんなきゃいけないって思ってた」

少女「それがあたりまえで、それがいいことだと思ってたんだよ」


少女「たくさん楽しいこと考えて…幸せなことばっかりかんがえて。辛いこと忘れてがんばろうって思ってたよ」


少女「……それがあたりまえだと思ってんだよ? 魔王と会うまでは。魔王と別れてみるまでは」

魔王「……失くしてみて気付くものは、いろいろあるのだな」

少女「?」

魔王「いや、気にするな」



少女は陽気に立ち上がり、細めの枝を手にしてくるくると回りだす
無邪気で明るい様子は変わらない


少女「えへへ。『あんなにがんばんなくてよかったのかー!」って 今はちょびっと後悔―!」


ずっと… ずっと求めていた
少女といる間の、この穏かな陽だまりのような時間

風が吹いても、どこか暖かなぬくもりがある
冷たく感じるその次の瞬間には、突然に日差しを浴びるような

そんな優しい思いと、言葉の問答が 心地いいのだ


魔王「……お前が無理をして頑張っていたおかげで…  俺は救われた」

少女「へ?」


魔王「ただの現実逃避だったなんて思わなかった」

魔王「ただ、たくさん幸せなことや楽しいことを考えつくお前をみて、羨ましさを覚えた」


魔王「だからこそ、俺もそういった喜びを欲した。そして求めて…… 生きる意味を手に入れた」

少女「魔王?」



魔王「……俺の人生を、救ったのだ。並大抵の苦労でできることじゃない」

魔王「お前が今まで辛かったのは、俺の為だったと思っていい」

少女「えへへ…… なーに? それー… 」


魔王「頑張った事を後悔するな。自分の為にはならずとも、どこかの誰かの為になることもある、ということだ」

少女「…っ」

魔王「思い改めたからといって… これまでの事が無駄になるわけではない」

少女「~~~~~~~~っ 魔王っ!」


少女が、抱きついてくる
体重を、身を預けて 魔王に寄りかかる


魔王「……久しぶりの重みを感じる。暖かい」


少女「うっ、うん…… 久しぶり、だよ…っ!」

少女「一緒にいた時間なんて、ほんとに少しだったのに」

少女「別れてからの時間は…長くて…… ずっと…… もっと一人になっちゃった気がして、寂しくて、つらくって……っ」

魔王「……そうか。長かった、か」

少女「魔王は… 長く、なかった? あっというまだった…?」


魔王「……俺は あの日から『終わらない一日』をすごしている気分だった」

少女「終わらない… 一日?」


魔王「いろいろなことがあって…… 忙しなく過ごす日も多かった」

魔王「いつだって、考えてばかりで。気がつくと時間ばかりすぎていく。それでも、終わらない1日の中にいるような… そんな気がしていた」


少女「魔王……?」


魔王「そんなに……長く感じているなんて。寂しがっているだなんて、思わなかった」

少女「すごく… すっごく 寂しかったよぉ……っ!!」


変わらない日々の中で ”変われない時間を”すごしていた少女

毎日毎日、楽しい事も無い日々
変わり映えのしない日々を、ただ憂鬱な出来事ばかりが続く日々は、どれほどの長さに感じるのだろう


変わってしまった時間を、“次々に変えさせられる時間”をすごしていた魔王

次から次に、周りの出来事が変わっていく
ただ、静かに想いつづけていたかったのに、それもできないもどかしい時間は、どのような時間だろう


そこには、どれだけの感覚の差があるのだろうか


抱きとめたまま、その暖かさを味わっていた
失われていた時間を、こうしていれば取り戻せるような気がした

その時、ふと声が響いてきた


<……おーい… 少女…! 


少女「……あ…。 お兄ちゃんがよんでる…」

魔王「話がおちついたのだろう。戻るとしよう」

少女「えへへ…」


少女「ほんとに、一緒にいれば…… あっという間に時間が過ぎちゃうんだね」

魔王「ふむ。……一緒にいる間は、俺には永遠のようにも感じるが」

少女「えへへ。へんなの」

魔王「ああ。……へんだな」


こんな気持ちになるのは
変だとしか、他にいいようがない

離れるのを惜しむように、一度強く魔王を抱きしめてから
少女は そっと離れていった


少女「行こう、魔王!」

魔王「ああ」


必ず、連れ帰る。これからは――


魔王「共に行こう」




::::::::::::::::::::::::::::


部屋に戻る
今度こそ、4人とも冷静に話が出来るだろう

どこか落ち着きの無い青年と
ちいさな満足感を愛おしみ、お互いに気恥ずかしそうに笑い合う少女と町娘


魔王(俺は… どんな顔をしているのだろうか)


青年「えっと…。その。話は、整理がついた」

魔王「………」


青年「町娘は、その。あんたたちへの恩義ってやつを感じてるみたいだし。それに…ここにいたら、俺に迷惑がかかるからって、言うこと聞きやしねぇ」

町娘「頑固みたいにいわないでください。最善を考えてみた結果です」

青年「……と、まあこんな調子だ」

魔王「ふむ」

青年「だから、やっぱり改めてお願いしたい」


青年「こいつを・・・ 俺に、譲ってくれ。こいつの帰る場所を、俺から取らないでくれ」


青年「……それしか、こいつに『俺の側にいるしかない』って思わせるやりかたが思いつかない」

魔王「…………居場所、か。 確かにそれは まるで所有者を表すようにも感じる」

青年「隣国の、それも魔王んとこにいる、なんて。下心が無くたって、気が気じゃねぇ」

魔王「ふ。俺も 少女をこの家に置いておくのは気が気じゃなかったな」

青年「……っち」




魔王「おい、青年」


青年「え、あ あ…。 な、なんだ」

魔王「引き換えないか」


青年「………今度は、何を…」

魔王「お前の妹と。俺の側仕えを、引き換えないかと言っている」

青年「!!」


少女「魔王?」

町娘「え…」



魔王「俺は、お前が喉から手のでる程に欲しいものを持っている。そしてお前もまた――


青年「…あんた、本気で言っているのか…?」

魔王「……ああ」


魔王「お前の願いが叶わぬ限り、少女は手に入らないそうだしな」

魔王「少女が手に入らない限り… 俺は、少女と同じ影を持つ町娘を手放せないだろう」


魔王「引き換えでもしない限り、どちらも叶わない」


青年「な、なんだよ それ…。 そんな、まだこいつをモノみたいに…」

魔王「意外だな。お前の口からそのような言葉が出るとは。少女をモノのように扱っていたようだが」

青年「っ」


魔王「だが構わぬ。俺は魔王だ。人身売買だろうが人身御供だろうが気にしない」


魔王「どんな手をつかってでも。 少女が、欲しくてたまらないんだ」

青年「魔王… おまえ…」



少女「……えっと。ちょ、ちょっといい?」

町娘「……あの。よければ、私も一言」


魔王「なんだ。今はお前の兄と交渉中だ、大事な商談でもあるのでしばらく向こうで――」


町娘「魔王様、それはおかしいです。少女ちゃんは当事者なんですよ? 私も、ですが」

魔王「む。 わかってはいる、だがお互いに所有者なのだから、交換を――」


少女「私は、おにいちゃんのものじゃないよ!」

町娘「私は魔王様のものなので、文句を言えませんね」

青年「あああっ 町娘の発言がキツい!」

魔王「……なんだというのだ…」



少女「魔王! こういうのはね おにいちゃんじゃなくて、まず私に言ってほしいよ!」

魔王「何故だ。こいつが妹と引き換えに、恋人を買い戻せばいいだけではないか」


少女「ようやく正気を取り戻した この非道を極めかけてたおにいちゃんが、その恋人を前にして私の顔色を伺ってるのって いたたまれないよ!」

青年「い、いや!? 俺はそんなことはないぞ!?」


少女「おにいちゃん!! 顔に
『魔王のことが好きならいっちまえ、いけ! いけ少女!! いやでも少女が嫌がってたらどうしよう、どうしよう、あああ』 
……って書いてあるよ!!」

青年「嘘だろ!? そんなにはっきり書いてある!?」

町娘「……青年さん…」ハァ



魔王「? 青年の望みを叶えたかったのではないのか、少女」

少女「えっ、そ、その それはっ」アワワ




魔王「お前が俺の元に来て、町娘と交換する。それでこの青年の願いは叶うだろう」

少女「そ、それは そうだけど。でもなんか、そんなことしなくてもいいような…」


魔王「つまり…。 青年が懸念するように……俺の元に来るのが、嫌なのだな…」ドヨン

少女「う、うえぇ!? なんでそうなるの!?」


魔王「気付いてはいた。魔王城はおまえにとっては快適な居住地といえなかっただろうと…」

少女「そ、そんなことないよ! 最初はつらいこともあったけど、最後のほうはすっごく幸せだったよ!!」

魔王「では、この交換条件を成立させよう」キリッ


少女「だからああああっ!! なんかこう、普通にやるのじゃだめなの!?」

魔王「普通?」


町娘「……魔王様。ここに至っては交換などしなくても、ひとつ確かめてみれば もっと簡単にいきますよ」


魔王「確かめる? 何をだ」

町娘「ふふ。もちろん、少女ちゃんの気持ち、です」

少女「ぅ//」


町娘「少女ちゃんが… 魔王様のことを好きかどうか、確かめればいいだけです」クス


魔王「ふむ。ならば『好き』かどうか確かめよう」

少女「………」ドキドキ

魔王「………」



魔王「どう確かめればよいのだ? どういう行為に対し、いかなる反応をすれば好きだということになる?」

少女「 」ガクッ


青年「こいつ、めんどくせぇな」

町娘(少女ちゃんの回答ひとつで、青年さんはこの町でボッチになってしまう事に 気付いてないのでしょうか)



少女「………魔王、好きってキモチもよく知らないの?」

魔王「ふむ? どのようなキモチのことをいうのだ」


少女「んー…… 難しい」

魔王「おまえにも難しいのか……」



しばらく何かいろいろと考えた後
少女はおもいついたように魔王の元へ近づいてきた

そして、魔王の顔を一度見上げたあと… ぎゅっと、抱きついた
 

魔王「少女」

少女「えへへ。……さっき、私のことほしいって 魔王に言われて…… まだ、すごくドキドキしてる。聞こえる?」


魔王「不整脈か? すぐに医者を呼ぼう」

少女「……」

魔王「?」


青年「魔王って……」

町娘「とても賢い方ではありますが、こういう方です」


少女「んっと… えっと、じゃ じゃあ…」

魔王「?」



少女「魔王。大好き」ニコ

魔王「 」




少女「あははは!! 魔王も、不整脈ーー!!」

町娘「少女ちゃんったら… 恐れ知らずですね」クス


少女「えへへ…。 あのね、魔王。多分だけど、こういうのが 『好き』ってことだと思うよ!」ニコッ

魔王「そ、そうか」


少女「私に『好き』って言われるの、嬉しい?」

魔王「欲しいキモチが、強くはなった」

少女「…じゃぁ、私が魔王のそばにいたら……しあわせ?」

魔王「お前がそれで幸せならば、幸せが手に入るような気がする」


町娘「ふふ。確かめられて、良かったですね。魔王様」

魔王「ああ。……これで、少女は俺の元へ来るのか?」

少女「えっと… その。わ、私も 確認させて!」

魔王「?」


少女「魔王… あの、あのね」


少女「……魔王は……… 私のこと、好き…?」


少女に問われた魔王は、じっと少女を見つめた後…
口を、閉ざした


魔王「……………?」クビカシゲー


少女「えええ!?  答えてくれないの!?」

魔王「……………」ムー


少女「? 魔王?」

魔王「……………」ウーン


少女「??? ま……」

魔王「まて」

少女「ふぇ?」


魔王「何か、おかしいのだ」

少女「おかしい?」


魔王「好きだ、と言おうと思ったが…」

魔王「好き、という物が正しく理解しきれない以上、それを言葉に出すわけには行かぬと感じる。違和感があるのだ、違う気がしてならない」

少女「な。……え? す、好きじゃないってこと…?」


青年(やばい、こいつマジで面倒くせぇ)

町娘(魔王様…… 自分でシナリオの難易度をあげる必要はないとおもうのですが…)


魔王「とてもじゃないが、そのような言葉で表せるような気がしないのだ」

少女「え。えっと…… じゃあ、どんな言葉ならいいの?」


魔王「わからぬ。だが、何かもう止められる気がしない。溢れかえりそうだ。高揚しているのがわかる」

少女「え?」



青年・町娘「「……?」」

誰しもが、魔王の様子が可笑しいことに気がついた
お互いに顔を見合わせて、疑問符を浮かべている

魔王は、そんな様子を気配で感じながらも
自分の中に溢れかえって、ついには破裂してしまったような想いを抑えようと試みるが……




魔王「おまえは俺のものだ、それ以外になることを認めない」



抑える事が出来なかった



少女「ま、まおう? どうしたの?」

魔王「お前が言ったのだろう? 俺の事が大好きだと」

少女「言ったけど…」


魔王「ならば、四の五のいわずに俺の后となれ」

少女「えええ!?!?」

魔王「そうだ。一年も過ぎている。望むものを与えよう。だからその身も心も全てを俺に支払え」

少女「し、しないっていってるのに! まさかの推奨!?」


魔王「む、そうか。おまえは“まだ身体で支払えない”などといっていたから、お前自身が手に入らなかったのか」

少女「ち、ちがうと思うよ!!」

魔王「では俺の元へこい」

少女「ぅぇ!?」


魔王「拒絶するか? いや、拒絶してもよい、自分でもおかしいのだ。正直恐ろしいほどだ、この感情の高ぶりは」

少女「ど…どんだけ…?」


魔王「おまえが、俺の元へ来ないというのならば
俺はこの世界を代償に、おまえをこの世界から奪って見せようと思えるほどだ」


少女「え」

青年「……………ええ…?」

町娘「………はい?」


魔王「事実だ。むしろおまえのいない世界や国なら 『要らぬ』」

少女「な、なんかすごい規模になっちゃったけど。私はただ、魔王が私のことを好きだって言ってくれたら、それだけで…」


魔王「駄目だ!」

少女「なんで!?」

魔王「そのような陳腐な言葉で俺のこの感情をまとめようなどと、とても許せる気がしない」


少女「え?」

青年「は?」

町娘「魔王様ったら」クス



魔王「お前が花と戯れるのを見ると心安らぎ、お前が俺の横に立っていると思わず眺めてしまいそうになり
お前が水浴びなどをすると風邪などを引かぬか気にかかり、お前が近づくと動機が乱れ、
おまえが休んでいるとその横にねそべりたくなり、お前がはしゃぐ様子を見ていると抱きとめたくなり、
お前が笑いかけるとそのまま時がとまればいいと思うようになり、お前が先ほどのように大好きなどというと高揚し、
お前が俺を貶めるような発言をすると強く反省し、お前が……(ry)」



抑えようと試みたが、外れてしまったタガは戻らない
もういっそ空になるまで出してしまうしか、修理のしようはないのだろう



少女「まままままま 魔王!?」


青年「……」

町娘「………」



<オマエガオマエガ……
<……マッテ! ヤメ、ヤメテ! ワカッタカラ!! ハズカシイヨ!!
<マダタリヌ!!




青年「あれ、いつまで続くんだ?」

町娘「ちゃんと思いの丈を全て言い切るまでじゃないでしょうか」

青年「ちゃんと、の意味を間違ってないか?」


町娘「……今まで抑圧されてた分、開放されてしまったのでしょうね」

青年「それにしても細かなことまでよくもまあ…」

町娘「とても几帳面な方ですから。魔王様は」クス


青年「……若干、初々しすぎて聞いているほうが恥ずかしいけど」

町娘「とても大切にしているんですよ。……后様… いえ、少女ちゃんの事を」

青年「“嫁には出さん”とかいえないよ。世界と引き換えるとか言ってるよ… どうすんだよ…?」

町娘「もしもこれで青年さんが“嫁に出さない”といったら、魔王様ならどうするのでしょう…?」

成年「俺も相当無茶をやったつもりだたけど、規模の違う無茶を本当にやりそうで怖い。魔王ってくらいだし」


町娘「…青年さんも… 十分に、無茶しすぎですよ」

青年「……わりぃ。必死だったから」


町娘「…私なんかのために……。 私…どうやって詫びたらいいんだろう…」

青年「ばーか」

町娘「青年さんに馬鹿っていわれるなんて――…」


青年「おまえ“なんか”、じゃない。おまえ“だから”、だ。だから、必死だったんだ」

町娘「……嬉しい…です。そんな風に、思ってくれるなんて。本当に、信じられないくらいで…っ」


青年「必死になった。今も必死だ。まだ魔王から返事がもらえてない… 妹と引き換えるなんて…できねーしな」

町娘「………返事…」



<オマエガモシモ……
<ワアア、想像ノ中ノ想イマデイッテタラ オワラナクナルヨッ!!!



町娘「して、もらえるのでしょうか?」ウーン

青年「へ、返事もらえるまでは食い下がるよ!! どうしたって魔王から町娘を譲ってもらわなくちゃならないんだ!!」

青年「この調子で妹まで連れ去られてボッチになってたまるか!」

町娘(あ、ちゃんと気付いてたんですね。えらいです)



町娘「いっそ引き換えるといってしまえば、一言で終わったのでしょうね」

青年「『よし、では交渉成立だ。貰っていこう』とかいってスタスタと少女を連れ帰りそう……」

町娘「私には執着どころか 別れの一言もなさそうですね、それ…」ハァ

青年「……あんだけ少女を溺愛してるのみると、それでもよかったのかなって思えちゃうけどな…」



町娘「……その方がよかったですか?」

青年「んー…。そうしてでも君を手に入れたいのは、ほんと」

青年「でも、妹と引き換えにして、君に軽蔑されたらヤダし。それは怖いから、やっぱ正面からお願いして、町娘を貰っていく」

町娘「………ふふ。」


青年「それに… ようやく目が覚めたし」

町娘「え?」


青年「君がいなくなって、すっかりいろいろなものを見失いすぎて。…妹にはひどいことをずっとしてた」

町娘「……青年さん」


青年「やつあたり、なんてかわいいものじゃないんだ。本当に、どうかしてた」

青年「少女に、『兄に売られた』なんて思いながら幸せになってほしくねーしなー」


町娘「……今はもう、平気なんですか?」

青年「うん。君がこうやって横にいてくれるだけで… 自分でも驚くほど落ち着く。安心する」

町娘「………ふふ」


青年「だからさ。幸せになるんなら、俺だけじゃなくて」


青年「君も、妹も あの魔王も。みんなの幸せを願いたいなー」

青年「これまでの償いもこめて、強くつよく。 ……みんなで、幸せを叶えたいんだ。だから、交換とかの簡単で卑怯な方法じゃなくて」


青年「ちゃんと、正々堂々と 君を貰いに行くよ」

町娘「……青年さん」



町娘「私も、です。感謝しきれないほどの恩義のある魔王様にも、その魔王様の想い人である少女ちゃんにも…」


町娘「こんなにも、私を思ってくれる、思い続けてくれている青年さんにも」

青年「……へへっ」


町娘「みんなに、幸せになってほしいですね」ニコ

青年「ああ!」ニカッ



魔王「ふむ。 …こんなところか」

少女「 」ガックリ



青年「お。 終わったみたいだ」

町娘「少女ちゃんは、あの熱烈すぎる告白にどう返事するのでしょう?」



魔王「どうだ。俺がお前に想うことを全て述べてみた。このような想いを“好き”だなどと一言でまとめるのは―――


少女「うううう// はずかしくて半分以上聞いてられなかったよぉ//」

魔王「なん…だと…!?」


少女「あ、あたりまえだよっ ばかあああっ!!」

魔王「ならば仕方あるまい。では、もう一度――…


町娘「それはご勘弁くださいませ、魔王様」クスクス



少女「おねえちゃん! た、たすけてぇっ//」

魔王「む。ではどのように俺の思いを言葉にすれば…」


青年「……なあ? 『愛してる』じゃ、駄目なのか?」

魔王「『愛してる』?」

青年「ああ。ほら、愛しいとか、そういうやつ」

魔王「ふむ。教えてみろ」


青年「…愛してるとか、愛しいっていうのは……」


青年「俺が、町娘に抱く気持ちだ。俺が町娘を想う理由だ。
俺が、町娘を諦められない原因で。俺が町娘を手に入れたい動機だ。それに、俺が…(ry



オレガオレガ
フムフム


少女(お兄ちゃんと魔王って、やっぱり本当に似てる!//)

町娘(わわわわわわわ!! こっちもタガがはずれてました!!//)



青年「どうだ」ゼェゼェ

魔王「う、うむ。なかなかに説得力もあった」


青年「ふふん。だろ? つまりそーいうことだ」ドヤッ


青年「町娘が笑うのをみて抱き締めたい気持ちとか」

青年「町娘が横にいててを繋ぎたい気持ちとか」

青年「町娘が悲しんで泣いていたら、舐めとってやりたいような気持ちとか」


魔王「ほう。人間は、舐めるのか」

青年「舐めたくならない?」

魔王「わからぬ。もしそのような機会があればだが、やってみよう」


町娘「待ってください!? それはおかしいです。青年さんだけです!」

青年「え? おかしい? 俺、おかしいの?」


魔王「違うのか…。そういう時はどうすればよいのだ…?」

青年「わ、わかんねぇ。どうすりゃいいんだ?」

魔王「では少女。おまえはどうしてほしい。答えろ、後学のためだ」


町娘「…………」

少女「…………私、なんかまた泣けてきそう……」


魔王「はぁ…… まあよい」


魔王「ともあれ その愛という言葉にそれだけの奥深さがあるというのならば、その言葉に想いを凝縮させて代用することを許可してもよいと思える」

青年「難しくいうなよ、わかんねぇから」


魔王「……『愛してる』で、相応しいと思う」

青年「そうか、じゃぁそれで告って回答もらってこい」

青年「そんで、終わったらさっきの俺への返事を――… っておい 聞いてるのk



魔王「少女!」


少女「ひゃっ!? な、何!?」ビクゥ



魔王「愛してる」


少女「ま…」キュン


魔王「本当に。愛してる、少女。お前を愛している」

少女「魔王//」



魔王「……おかしい」

少女「え?」

魔王「言葉を短くしてしまったら、こんどは伝えたい欲求が大きすぎて止まりそうにない」

少女「 」



魔王「少女、愛してる。世界の誰よりも、この世の全てよりもお前を愛している」

少女「~~//」


魔王「ああ、本当にどうしたらいいんだ。この想いをお前に満足するだけ伝えられる気がしない。一晩中、囁いていたとしても飽き足らないかもしれない」

少女「ちょっ、あの。ま、まおう!? また止まらなくなってる!?」


魔王「聞いてくれないか、一晩で足りぬのならば1年、1年でたりぬのならば10年・・」

魔王「それでもとても伝えきれぬ気がしない、こうしてお前を見つめて囁くだけで、よりこの気持ちは強くなる。この想いは止まらなくなる」

少女「だだだ、だいじょぶ!?」



魔王「大丈夫ではなさそうだ、どうしてくれる。言葉を止めて、お前を見つめるのを止めるだけで涙までこぼれでてきそうだというのに」

少女「泣いちゃうの!? 私どうしたらいいの?!」


魔王「どうにかしてくれるか」

少女「できることなら全力で!」


魔王「ならば、お前の一生をかけて、俺から溢れ出る愛を受け止めてほしい」

少女「~~~~~~~~っ//」




青年「なんてドストレートで変質的な口説き文句だ……!」

町娘(死体になってても買い取りたいとか言ってた青年さんも相当です//)



魔王「必ず幸せにしよう。例えどのような代価を払ってでも。愛するお前の幸せを一番に手に入れさせよう」

少女「……//」テレテレ

 
魔王「む、そのような顔をするな。俺が幸せになってしまいそうだ」

少女「え」

青年「どゆこと?」


魔王「せっかく少女を幸せにしようと言っているのに、少女が俺に幸せを与えようとするのでな」


魔王「……与えることなど考えずとも、少女がこの世の全ての幸せを握っていればいいのに」(ボソ

少女「ちょっと怖くなってきた」


青年「なんでこいつは、こう 何かと何かをすぐ交換したがるんだ?」

町娘「……? 何故でしょう?」



少女「も… もおおおおおおおお!」グスッ

魔王「少女?」


少女「そ、そんなふうに言われちゃったら、私だってどーしていいかわかんないよ!」


青年(ドン引けばいいとおもう)

町娘(初心ですね、少女ちゃん)



少女「魔王も、いっぱい私のこと大切にしてくれて 優しくしてくれて」

少女「いっぱい好きになってくれて、言葉にしてくれて、それはすごく恥ずかしいのに きもちよくて、ふわふわあったかくて…」


少女「そんな、魔王のことが大好きな私になっちゃって、どうしたらいいかわかんないよおおお!!」

魔王「 」



町娘「わぁ、あんなに嬉しそうなお顔をした魔王様ははじめて見ました」

青年「嬉しそう…? あの表情が…?」



少女「どうしよう…。どうしたらいいの? もっともっと、魔王と幸せになりたいっておもうようになっちゃったよ?」


少女「一生、魔王に愛されてたいなあって。愛してるって言われて一生過ごせたら幸せだなあっておもっちゃうくらい 欲張りになっちゃったよ!」

魔王「少女」



少女「もう… もう 離れたくないよ。私のこと、こんなふうにしちゃって…… どうしてくれるの………」


魔王「………少女」

少女「魔王………」




魔王「ならば、我が后となれ。少女。 ……俺に愛され続けるがいい」

少女「私が…… 好き? 魔王」

魔王「ああ」




魔王「愛している」

少女「……うんっ」




:::::::::::::::::::::::::::


おわr



青年「えっ まって」

娘「……嬉しそうに抱きかかえて、一瞬のうちに颯爽とお帰りになりましたね……」フゥ

青年「予定調和かよ!! 俺への返事はどうなったんだよ!?」

町娘「私は…… 引き換えられたわけじゃない以上、魔王城に帰りますね…?」


青年「ま、ま…… 魔王の、ばっっっかやろおおおおおお!!!」




―――――――――――――――――――
おわり…


これで物語は終了です
以下は、後日談にあたるエピローグです

ご興味があれば、どうぞ


魔王は『魔王』です。と 言っておきます


激しく乙!
面白かった

物語は一応ここで完結です
読了、ありがとうございました

エピローグは蛇足かなとも、このまま終了でもいいかなとも思っていますので
ここでこれまでの御礼申し上げます

>>655-665 AND all Thx!

長編になってしまったにも関わらず
応援や乙、感想などありがとうございました


エピローグは早ければ夜、遅ければ明日、下手すれば後日に投下します(←投下疲れ


おっつ!
皆幸せになって良かった!
登場人物皆好感もてる!

>>740青年が役に立つならおくだろうむしろ役に立つように青年ががんばるところまで想像した

乙です
少女可愛い
魔王めんどくせ~www
最後はヒドい(誉め言葉)コメディだった

魔王と少女の夜のいt(以下は諸事情により省略されました)


口からべっこう飴が…

奇遇だな、俺もさっきから口からハチミツがたれてきて困ってるんだ
乙乙!

エピローグ前にしょっぼい応援イラスト渡しておきまーす。

(さっきまで読んでたスレの主が755だった...ヤベェ何か興奮する)

乙です、エピローグ待ってます!


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エピローグ




魔王「お前の国を、貰おう」

隣国王「ひ……」


魔王は凍てつくほどの冷酷さを持って
目の前にいる貧弱な王に、そう宣言した


魔王「安心しろ… 命までは取らないさ」


隣国王は青ざめた表情のまま、頷くこともできない
ただその場に、凍りついていた


魔王「俺が貰うのは、国だ。城もそのまま残してやるし、財も奪わない」


魔王「お前はそこで――……


・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・


::::::::::::::::::::::::::::::


一年前、魔王城



青年「うぁー!! 俺も、強くなりたいなぁ!」


魔王城の一室で、青年が叫んでいた
彼は現在、郵便配達の仕事をしている


郵便配達と言っても、魔国の境にある小さな建物で魔王城に届く荷物を預かり
中身に危険物が無いか検閲し、それを魔王城に届ける仕事だ

逐一、各国の使者を魔王城に呼び入れていると雑務が耐えない
代行受付人、といった所だろうか

受け付ける手紙も、あくまで各国からの陳述書や要望書の類に限定される
魔王城にまでとどけるプレッシャーがない分、手紙の量は以前より増えた

だが、そのおかげであまりにくだらない謁見の数は減り、
魔王と少女――… 后は 二人の時間をゆっくりと味わうことができるようになった


妹や町娘のためにできる何かをしたい、という青年の要求に
侍女長が考案した新しい仕事。それが今の“郵便配達”という仕事だ



亡霊兜『剣術を学びたいならば、我輩が指南してさしあげますぞ』


側仕(町娘)「ふふ。亡霊兜さんが指南してくれるのでしたら、青年さん、きっと強くなりますね」

青年「げ。やだよ、俺… なんかしんないけど、こいつ俺にはすっげー敵意かんじる」

亡霊兜『敵意? まさか、そんな。悪意との区別もつかぬようでは修行が足りませぬな』

青年「いやがらせだったの!?」

側仕「ふふ。気付かなかったんですか?」

青年「 」


賑やかな室内の様子に、小さな后が魔王の横でくすくすと笑っている
魔王はそんな后のために、扇を手渡す


魔王「人のことを笑えまい。また叱られて落ち込むハメになる」

少女「あ…。うぅ~。お部屋の中でくらい、口を隠さなくたっていいよぉ」

魔王「習慣のようなものだからな、慣れぬうちは常時意識しておいたほうが覚えも早い」

少女「えへへ。ねぇねぇ、魔王 みてみて!」


少女はふわりと香のただよう扇をひろげ、口元を隠す
美しく伸ばされた指先が扇に這い、その手に絡みつくような房が揺れて流れた

顔半分しか見えない
だが、扇の縁飾りの上から覗き見える瞳は 柔らかく可愛らしい
あどけなさを残しながらも、どこかいたずらそうに笑う瞳は……


魔王「……」


后「えへへ。どう? ちゃんとお姫様っぽい?」

魔王「ああ。………だが、やはり扇は要らぬ」


魔王は后の手から扇を取り上げ、パチンと閉じた


后「え、ええ!? いきなり前言撤回!?」

魔王「愛らしいものを、わざわざ俺の前から隠す必要もあるまい」

后「ぁぅ//」


魔王はまだ、若干おかしかった
不服そうな后の後ろでは、いまだ青年と亡霊兜がやりとりを繰り返している



亡霊鎧『ふむ。町娘殿にふさわしき男となるまで、彼女を抱くことは叶わぬと思うがよいぞ』

青年「な゛!? んなこと、おまえには関係ないだろう!」


青年が叫んだ直後、側仕の腕が動き 腰から抜いた剣を一直線に青年に投げつける
そしてその脚は……

げしっ、サク



青年「ひぃっ!? 町娘!? なんで俺に蹴りとレイピアを!?」


青年はどうにか、腹部めがけて飛んできた銀色の脚を掴んで防ぐ
その真横に 深々とソファに突き立てられたレイピアが光り輝いている


魔王「……」

后「こ、こわいっ!?」


側仕娘「あら? 腕と足が勝手に…… おやめくださいませ、亡霊鎧さま」クスクス

亡霊鎧『軟弱者への、軽い牽制である』

青年「~~~~っなんでお前がそんなことすんだよ!!」


亡霊兜『何、よくぞ防いだ。すこしは見込みもありましょうぞ。はっはっは』

青年「こんちくしょう!! 仕事の次いでとはいえ、堂々と町娘に会いにこれるのに!!」

亡霊兜『死後tのついでに想い人への逢引? そのようなふしだらな考え、男児たるもの……

青年「俺は現代人だから!! そんなもんいいんだよ! 会いたいときに会えるなら会うんだ!!」


側仕「お仕事をきっちりしないのでしたら、こちらまでの入室は許可できませんよ? 青年さん」クス

青年「 」


亡霊鎧『そしてプライベートな時間で町娘殿といちゃつきたくば、我輩を抑えてからにするのだな!』

青年「だから!! おまえを抑えてイチャついたら、構図的に俺はただの暴漢になるんだよ!!

亡霊鎧『暴漢!? 不貞の輩目め、討ち取ってやろうぞ!!』チャキン!

青年「ぎゃーーーー!!! 町娘に刺し殺される!!」

側仕「亡霊鎧様。手足をお返ししますので、私を巻き込まないでやってくださいますか?」ハァ


魔王が溜息をついて頭を抱えた
その様子を見て、后は魔王の頭を撫でながら励ます

いつのころよりか、后はこうして時々魔王の頭を撫でるようになった
本人いわく、「これも愛情のカタチなの!」だそうだ



后「あはは。賑やかだね」

魔王「ああ。……うるさいのはごめんだがな」

后「いや?」

魔王「お前が楽しそうならば、良い」

后「えへへ… うん! みんな一緒なのって、すごく楽しい!!」

魔王「そうか」


魔王が少女を連れ帰った後、
長い日を置かず、正式に婚姻の儀が結ばれた

魔王が少女を迎えに行く前の準備期間に
侍女長が下準備を整えていたおかげだ

少女を連れ帰って2日後、婚姻の為の書類に一斉に手がつけられ
丁度一月の後、盛大な式が挙げられた


少女との婚儀を快く思わない者達も
これには嫌がらせを挟む間もなく―― 無事に、婚儀が成立した



正式に后となった少女は、もはや嫌がらせも嘲笑も浴びる事は無い
もしもそのような事をして見つかれば罪に問われるだけ

だが少女の明るく物怖じしない性格は、警備兵や侍女など下位の人間に好まれた

一部の臣下にはいまだ手厳しい意見を持つものもいるが、
それに対抗するためにも 少女は礼儀作法の練習中なのである


また侍女長と町娘は、今や師弟関係のようになっている

侍女長の一番のお気に入りである町娘-- 側仕も
丁寧ではっきりとした態度で仕事に臨んでおり、城内では信頼を集めるようになった



后「ねぇ魔王? これからどうするの?」

魔王「うむ…」


魔王は立ち上がり
机の上に置かれた書類を手に取った


魔王「魔国王として、手に持っているものくらい整頓しようと思う」

后「? 整頓?」


魔王「統治も悪くない。使うだけではなく、守っていくことすらお前がいれば可能な気がする」

后「守る?」




魔王「ただの森。それはお前と出会い、想いを募らせ、初めて笑顔を見た、幸運の森になった」

魔王「この城も、ただの居場所にすぎなかったが。お前と過ごすうちに…お前をそばに置くうちに安住の城となった」

魔王「つまらぬものであろうと その全て、おまえがいれば何もかもを変えていける気がする」

魔王「だから…… 様々なものの価値を見直すためにも、一度きちんと整頓しておこうと思ってな」

后「……うん! 素敵だとおもう!!」


ひび割れ、やっつに顔が写る鏡が机上においてある
少女が城に正式に嫁ぐ際にもってきたのは、それだけだった

手に取り、すこしずらすと、背後の亡霊鎧と言い争う青年の姿がやっつうつる……
そしてさらにずらすと、隣に歩いてくる后の姿を、やっつうつしだした


后「えへへ。この世界が魔王にとってつまらないものじゃなくなったなら 私は嬉しい!」

魔王「ああ。ゴミとおもっていたものでさえ… お前は変えてくれるからな」

后「こ、この世界はゴミだったの??」

魔王「俺にとっては、ゴミであろうとなかろうと どうでもよかった」



鏡に映る后は、どこか困ったような顔をしている
魔王の抱いていたこの世界への評価に対し、どうコメントしていいか悩んでいるのだろう

しばらく様子を見ていると、后は微笑みながらつぶやいた


后「たくさん、つらいことばっかりあったから。そんなのばっかり見てたら…いやになっちゃうことも、あるもんね」

魔王「……ああ」



魔王の生きてきた世界は、無感動でくだらない、政治まみれの世界だった
少女の生きてきた世界は、最底辺で望みの無い、虐げられて当然の世界だった

侍女長も、町娘も、亡霊鎧も、青年も―― 
それぞれが生きてきた世界は、それほど輝かしいものではなかっただろう


それでも、こうして魔王の部屋に集まる皆の姿は楽しそうだ
自分の元にあつまった者が、穏かな日を過ごす様子を見届けのは安心する


だがその手元を見ると…
鏡の中に、ひび割れた少女が写っている


魔王「……やっつの少女、か」

后「? どうしたの、魔王」

魔王「………」

后「魔王?」

魔王「……ただ自国を統治するだけでは足りないかもしれないな」

后「え?」




魔王「もしも… 手の届かない場所にいってしまったら。繰り返しになるのだろうか」

后「何が?」



魔王「欲しいものをくれと、ねだったその相手が 敵だとしたらくれるはずがない」

后「あ…… もしかして、亡霊兜さんとおにいちゃんのこと??」


后「あはは。亡霊鎧さんはおねえちゃんのこと気に入ってるもんね。おにいちゃんに、おねえちゃんをくれないかもー!」


魔王「……亡霊兜の事ではない。だが、あいつのように、“守るため”に手放さないということもあるだろう」

后「?」

魔王「守るためではなく……。いつぞやのあの商人が側仕にしたようなことも いまの世では万人にありえる」

后「…うん。酷い目にあわせるために、手放さないひともいるね……」


魔王「売ってくれと言おうと、何をしようと…… 手に入らぬまま」

魔王「虐げられて、傷つけられて 無力なまま何もできなかったとしたら?」


后「魔王……? なんの話をしているの?」



魔王「もちろんどのような方法でも必ず手には入れて見せよう」

魔王「だが 相手の手中にあるうちは…何をされるかわからぬなど。気が気ではない」

后「うん…?」


魔王「ならば はじめから。全てを手中に収めておくのも、悪くないだろう」

后「??? それって、どういうこと?」


魔王「わからぬか」


魔王「お前は人間。そして俺は魔族。その生涯の長さには違いがあろう?」

后「えっと。私のほうが、ずっと先に死んじゃうんだよね」

魔王「ああ」


魔王「きっと、お前が年老いて死んで、また新たに生まれて年老いて死ぬまでのその間くらい 俺は生きてしまう」

魔王「俺の生涯。お前がどうがんばっても お前は俺の半分ほどしか生きられない」

后「……半分、かぁ」


魔王「俺は このままでは人生の半分しか、おまえとすごせないのだ」




后「………でも、それは… どうしようも…」

魔王「うむ。もちろん抗いようも無いだろう。百も承知だ」


魔王「……だが、この命は 生涯 お前の為にできる全てのことをやってみたいと思うのも確か」

后「??」



魔王「……おまえの来世の幸せまでもを、今のうちに整えておこうと思ってな」

后「ふぇ?」


魔王「周辺諸国を、全て抑える」

后「うぇっ!?」


魔王「もう二度と、無欲の魔王などとは呼ばせまい。今日からは 強欲の魔王として…」




魔王「この世のすべてを手中にいれる」




后「ちょっ、魔王!?」

魔王「なんだ」

后「なんでそうなるの!?」


魔王「そうしておけば、『いつか生まれ変わるお前』をも手にすることになろう」

魔王「ふ。なにしろ世界にある全てが、俺のものになるのだからな」

后「そ、そんなトンデモ理論…… 無茶苦茶だよ!?」


魔王「大丈夫。おまえさえいれば おまえの生きるこの世界 全て愛せるだろう」

魔王「その隅々にまで幸福を行き渡らせ満たすことすらできそうだ」

后「魔王……… 相変わらず、暴走モード??」


魔王「気にするな。あまりもてあましても困るだけの事」

后「うー…」



魔王「その生涯、来世までも 安心して全て身をゆだねるがいい」


魔王「俺たちの理想郷を、手に入れよう」




・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・


そして現在、周辺諸国の実権を得るため
弱小国から順に魔王の元へ 各国の頂点が呼ばれている


“王”であろうと、魔王の地位には届かない
呼び出しに応じなければ、更なるデメリットが予想される


魔王は相応の準備と接待をもって、丁寧に王たちを出迎える
その手厚いもてなしを魔王城で受けた王たちは、皆 何かの朗報を期待した

だが、実際に目の前に座る魔王が口にするのは……



魔王「……他の御三方も聞いていただろう」

魔王「諸君らをお呼びしたのは他でもない。隣国王と同様だ」



魔王「諸君らの国を、頂こうと思ってな」



一方的な、征服宣言だった


武力行使も、アピールすらも必要がない
魔王のその言葉には、同等の重みがある

何しろ… 魔王は、魔王自身が 世界最強の武力なのだから。
この世界では既に失われた幻想の力、“魔力”


過去に魔力が溢れていた時代ですら、魔王はその頂点に立ち操ったとされる
想像もつかない恐怖は、想像の限界にある“災厄”を彼らに予想させる

これまでの魔王は無気力で、その瞳には何も宿さないような存在だった
敵も味方もつくらない。全てに対し“平等に”沈黙する

だからこそ、魔王がかつて勇者と共に“平等な平和な世界をつくった”事を実感させていた

既に、彼は伝説の“災厄”ではないのだと。
想像の世界で恐怖を具現化しただけの“魔王”ではないのだと――…思えていた



だが、今目の前にいる“魔王”は その目に穏かならざらぬ生気を宿している
その姿を見れば 誰もが、『魔王の復活』と 恐れおののくほどだった



今日、魔王の元に呼ばれているのは4カ国の代表者
勿体無いほどの幅がとられた大きな円卓を囲み、それぞれが立派な座席に座っている

彼らをひとりづつ視線で捉えると
魔王はその漆黒の瞳を細め、言葉を続けた



魔王「確認しておこう。諸君らは、王であるか」


東国王「……いかにも、東国の王である」

北国王「ち、ちがう! わしは、わしは王なんかじゃ… ひっ!? わ、わしはなにも…」

南国王「……で、あれば どうだというのだ」


それぞれ三者三様の態度と反応で、魔王の言葉に応えていく


魔王「王であるならば、王に問おう―― 我が最愛の后の為に」



魔王「王よ。貴殿は、自らの命をかけて自らの国を守るか」

魔王「それとも、国を俺にゆだねて自らの安寧を得るか」

魔王「さあ。どちらをえらぶ……?」ニヤ



北国王「わ、わしは命をとる!」


腰を抜かしたように背もたれに倒れた、一人の王が叫んだ


北国王「く、国など… 命と生活の保障にすぎぬ!」

北国王「城も財も残していただけるのであれば、すべてやろう!!」

北国王「こ、こ、こ… こんな馬鹿馬鹿しい戦争に巻き込まれるのはゴメンだ!!!」


魔王はその男の言葉を聞き、満足そうにさらに目を細めた
部屋の隅にいた侍女長が書類をそろえ、町娘に手渡す

町娘はその書類を持って、北国王の下へ進む
うやうやしく、落ち度のない礼儀作法をもって、北国王へと書類を差し出した


北国王は、たかが侍女と侮ったのだろうか
それとも慇懃無礼と感じたのだろうか

やつあたりをするように、町娘の手を 書類ごと打ち払おうと手を上げ――…


シュピンッ!

側仕「…………」


レイピアの収められた鞘で、制止させられた


北国王「な・・・ な…!?」



抜き取った動きすら見えなかった
気がつけば、振り上げた手を降ろす間もなく、レイピアに阻害されていた

侍女服を着たその娘は、一見はただのかよわき娘にしかみえない
北国王は 彼女だけが唯一“長手袋”を嵌めている事に気づかなかったのだろうか

気付いたとしても、知ることではなかっただろうが



魔王(ふむ。……さすが、伝説の勇者と共に生きた騎士甲冑。その動きはやはり確かだ)



銀色の腕が丁寧な所作で鞘を収めると、側仕は深々と頭を下げた


側仕「申し訳ございません。ですが魔王様の御前です。あまり不躾な振る舞いをなさいませぬよう、お願い申し上げます」

北国王「~~~~~~~~……っ」


北国王は、混乱につぐ混乱に言葉をなくしていた
そんな惨めな王に、魔王は言葉をかけた


魔王「安寧を選んでよかったと、お前は必ず思うだろう」

北国王「……は?」

魔王「失くすことで気付く物がある。気付いて手に入る物がある」


魔王「もしも幸福を手にいれたならば、思うはずだ」

魔王「少しでもながく、その幸福を味わいたい、と」


魔王「つまらぬものに縛られた人生よりも…… 価値のある生き方が、見つかるだろう」



呆けた顔の北国王を横目に、別の王が口を開く


東国王「……わしは、国を捨てることは出来ぬ」

東国王「王として、国もろとも滅びようとも。最期まで我が国を守らせてもらいたい…」


魔王「ほう。おまえは国を選ぶか。国のために生きると?」

東国王「うむ…。我が国には守るべき民がいる。守るべき土地がある」

東国王「誰かにゆだねては… 我が人生、悔いに満ちてしまうだろう」



魔王「……俺と同じだな」

東国王「何?」



魔王「東国王。ならば我が国と同盟を結べ。同じ道を歩む者として、この手を取り合おう」

東国王「なっ!? せ、戦争ではなく… 同盟だと!?」

魔王「東国内の統治のため、魔国は必要な支援をしよう。姉妹国として、我が傘下に入るが良い」

東国王「な… 魔国が… 支援を?」


魔王「金も出すが、悪しき政治や治安があれば 口も同様に出させてもらう。如何か」

東国王「……く、詳しくお聞かせ願いたい!!」

魔王「ああ。……侍女長」


侍女長「はい。それでは東国王様、こちらへ。書面にてご説明の準備がございます」

東国王「ま、魔国の支援だと…? これならば夢であった山地への食糧輸送の問題解決も…」ブツブツ


東国王が部屋から出て行くのを見届けると、
呆けていたはずの北国王が顔を真っ赤に染めて叫びだした


北国王「どういうことだぁぁ!? 話が違うではないかぁぁ!」


魔王「違う?」



北国王「自分が死ぬか、国を棄てるかという話だったのではないのか!?」

魔王「そうは言っていない。俺は最初から『王に問う』と言っている」

北国王「な、何をわからんことを…!!」



魔王「個としてのおまえたちに興味などない」

魔王「王とは国の意思だ。そして国とは民の集合体である。王とは民の総意であるべきだ」


魔王「東国王は民の為に生きる。民に生を預け、民の幸福を自らの幸福とする事だろう」

北国王「~~~~っ!!」



南国王「……ちっ。引き換え事ばかりの魔王というのは、真実であったか」

魔王「そのような呼び名があったとは初耳。だが、確かに事実だな」


魔王「さて… 隣国、北国、東国と話は済んだ。あとは南国王のみだ」

魔王「おまえは… どちらを選ぶ?」


南国王「選ぶまでも無い。東国王と同じ意見だ」

魔王「ほう」

南国王「だが… この同盟、結ぶ前に確認せねばならぬことがある」

魔王「なんだ」


南国王「魔王殿の、目的だ」

魔王「……ふ。もっともだな」


魔王「どうやら、おまえがこの4国の中では最も賢王だったようだ」

魔王「だが安心しろ。世界中に目を行き届かせたいだけ…… 世界の隅まで、全てを愛そうと思ってな」

南国王「あ、愛だと?? ふざけてるのか? 魔王が愛を語るだなどと、これまでを思えば正気の沙汰とは思えない!!」

南国王「もしや、ご乱心なのか!?」


魔王「 」

側仕(……毎日のように愛を語らうのを、これでおやめになってくれればいいのですが)ハァ


側仕は丁寧に、世界征服で実現させようとしている『世界の在り方』を説明した
その甲斐あって、南国王は目的については納得したらしい



南国王「なんととっぴな…。ですが魔王殿ならば実現できそうにも思うのが恐ろしい」

魔王「実現してみせよう。俺の生きているうちに、な」



南国王「……では、よければもうひとつ。今度は、個として魔王殿に問いたい」

魔王「なんだ?」


南国王「……引き換え事ばかりの魔王、なのだろう」

魔王「ふむ。それが?」


南国王「お主はこの世界制覇を、何と引き換えて実現させるおつもりなのだ」

南国王「……一体、どれほどのものを犠牲に、この世界を得ようとしている…?」



魔王「そう、だな……」


魔王「俺は『魔王』を引き換えるのだろうな」

南国王「…『魔王』を…? それは一体」


魔王「代々引き継がれし、伝説に至るまでの『忌々しきその在り方』を――」


魔王「理想郷の実現と、引き換えるのだ」



::::::::::::::::::::::


それからさらに数年が経過した


民に慕われ、民に生かされる王もいれば
国を手放し、新たな生を歩みだした者もいた


栄華を極めた後に地に落とされた者は、はじめは荒れ狂っていたが
絶対的な恐怖に睨みつけられてる内に、その猛りを鎮めた

貧しき土地で、貧しく生きる者は 新しい可能性を得た
これまでの“最下層”には準備期間や支度金、医療などの援助が行われ、“底上げ”された


様々な人間が、様々な道を歩き出す
だが、確実に世界は活気付き、まとまりを得ていった



魔王がまず着手したのが、大陸全土を横断する大規模な交易路工事だった


それぞれの住処や、住みたい場所に一番近い場所で労働に貢献する事で
労働の“時間”“貢献度”で評価され
その対価に食と医療、必要があれば居住地の保障がされる

最初のうちは魔王城から派遣された物がその指揮に当たっていた
だが、次第に“指揮役”も貢献者の中から選ばれるようになっていった


大抜擢を夢見て仕事に励む者もいれば
農村の休耕期だけの出稼ぎに来る者もいた


男性だけではなく、女性や老人、体力の無い者や子供にも機会は与えられる
食と医療を保障するための働き手だ

そこでは多くの出逢いも生まれた
人々は新たな仲間や恋人のために、仕事の無い時でも時間を作るようになった



多くの民が、各地を移動した
人が動けば金が動く。金が動けば、人も動く

食料品店、宿屋、酒場
衣料品店、道具屋、娯楽場

それらの客足も増えていく


富を得れば、贅も求められる
世界中の様々な職に、仕事の依頼が入るようになり職人たちが活気を取り戻す
良いものを作れば、良い値で売れるようになった

多くの人間が忙しく動き回る地帯では
安価で手早く大量に用意される商品も人気を得た
技術力を持たずとも、知恵を働かせることで成功するヒトも現れ始める


財源は、同盟各国の税収の一部を転用することとなった
最初の数年のうちは、魔国の財を利用して工事を行った

だが、それによって経済が活性化し増えた税収については、
各国で予算を組ませ 必要分を残して全てを回収する取り決めになっていた

それでも、各国は動かせる金が増えた
渡した金もまた、全てが“魔王の理想の為に”世界にばら撒かれていく


いつか、勇者と魔王が実現させた『和平』
全員を平等にすることで叶えようとした『平和』

それは、長い年月を経て
『絶対的な不平等』の前に ようやく叶いつつある


ただひとりの『独裁』によって
この世界はようやくまとまりをみせていく



貧しき者の生活を、必要以上に憐れむことも無い

「我が后は、今のお前たちよりも貧しき中に生き抜いた」



富んだ者の生活を、必要以上に崇めへつらうことも無い

「我が財は、今のお前たちでは手も届くまい」



だから――

「そんなものには興味は無い」



「望むのならば、叶うと知れ」

「驕るのならば、立場を知れ」



複雑なルールなどない
ただ、悪事も 善行も 相応のものと引き換えられる世界


それは決して“平等な世界”ではない
絶対の権力に踊らされるだけの世界



「貧しければ、望みをもつようになるだろう?」

「富を得れば、その価値を考えるようになるだろう?」



彼は、彼の目的のためだけにこの世界を支配する

小さな女神のささやきを聞きながら
決して違えることなく、その道を進み続ける


ただ一人の幸福の為だけに
この世界を『安寧』という名の支配の下に従える――……



「欲せ。失くせ。知れ。進め。誤まれ。挑め」


「全ての機会を、我が与えよう」



強欲に、我侭に
恐怖の代わりに、幸福を支配していく


::::::::::::::::::::::::::


ところかわって、ここはとある南国の町
交易路からはすこし離れた、穏かな農村地区だ


魔王が“幸福を支配”しようとしている頃、
自らの力で自らの幸福を作り出そうとする者もいた


慰めを必要とする者
同類を必要とする者

それぞれは引き寄せあい、傷を舐めあい、癒されていく


ここはそんな半端者が暮らす町
いつしかそのような者ばかりが集まるようになった町

生きる道を見失い、立ち止まったまま、進むことも出来ない者が暮らす町だ


南国王はこの町について、最低限の関与しかしない
自然災害の後の支援
年に4度の商人の派遣

この町の住人は
普段は、豊かな森の中で川魚や動物を捕らえ、木の実や植物を食べている
衣類や調味料、道具などは 派遣される商人から物々交換で手に入れる

耕すこともしなければ、学ぶこともしない
ただ、漠然と生きていくためだけの町



そんな町に、流れ流れて辿り着いたのはこの男だった


元・北国王「…町… 町だ… これで… ようやく、食事が……」


自国を魔王に委ねた後、北国王は城にもどって残された財で生活をしていた
だが、政治の実権は魔王の派遣した魔国の臣下が握っている

城に閉じこもり、民の信頼も失くし、残った財を目減りさせていくにつれ
自らの境遇の惨めさに耐えられなくなった


恥ずかしさを覚えた
驕り高ぶっていた自分の滑稽さに気付いた
自分の価値を、見誤っていたことに気付いてしまった

そして北国王は逃げ出した
誰も彼のことを知らない場所に行きたいと―― こんな場所まで流れてきた


王族ゆえの無知
それまで身体ひとつで旅に出ることなどありえなかった

だから彼のそれまでの旅は、とても辛く険しいものとなっていたのだ




令嬢「……あら? …まあ。どうかなさいましたか」


そんな彼に声をかけてきたのは、こんな町には不釣合いな容姿をした美しい娘だった
彼女は地べたに座り込んでいる元北国王の下へ近寄ってきた


長くしなやかに、腰まで伸びた金糸のような頭髪をスルリと落とし
座り込む北国王よりもさらに目線を低くしてから、体調などを気遣った

礼儀正しい所作。
そして相手を敬い、自らをへりくだる言葉遣い

その令嬢の行動に、元北国王は “王”であった頃を思い出し、動揺する



元・北国王「お、おまえは… 何者だ!? 何故、こんな… っ! もしやワシの事を知っているのか!?」


令嬢「え…。 いいえ、申し訳ございません。…あいにく、存じ上げておりません」

元・北国王「な… ならば、何故そのように畏まった物言いをする?」

令嬢「これは…。幼き頃より、父に躾けられた習慣でございます」


令嬢「『女たるもの常に控えて。男を立て、敬い、従え』と……。父の元を離れてもなお、この習慣だけは癖になっていて抜けないのです」

元・北国王「……そう、であったか」

令嬢「あなたは… どこかで名のあるお方でいらっしゃるのでしょうか?」

元・北国王「………」


元・北国王は、自らをどう名乗るべきかわからなかった
王ではない自分は、一体何者なのだろうか

仕方なく、『国を棄てた流れ者』とだけ説明をした


令嬢「そうでいらっしゃいましたか。……では、私と同じですね」ニコリ

元・北国王「な、なにがだ?」

令嬢「私も…… 家を棄て、国を棄てた身ですから」

元・北国王「そのような若い身で…… 一体何が……?」


美しすぎて、場違いなその令嬢
このような田舎村にあってなお、気品を醸し出している

その過去を問うてみたいと元・北国王は誘惑されたが……

グギュル、と。
あまりにはっきりと鳴ってしまった腹の音に邪魔をされた


元・北国王「こ、こ これはその。先ほどから何か良い匂いがして…!!」

令嬢「良い匂い、ですか?」

元・北国王「あ、ああ。久しぶりだ。これは…パンの焼ける香だろうか」

元・北国王「なんと暖かそうな。なんと美味そうな匂いだ」


令嬢「ふふ。そこまで仰っていただけるのでしたら、ご一緒に焼きたてのパンはいかがです?」

元・北国王「!! そ、そちの焼くものであったか! だがワシはねだるつもりなどでは決して……!」


グゥ、グギュルゥ


元・北国王「………」


令嬢「どうぞ、おいでくださいませ。狭い家ですが、暖かなミルクもいれましょう」

元・北国王「いいのか…?」



令嬢のあとをついて、小さな丸太小屋に入る
同じく木製のテーブルと椅子に案内されて腰かけると

少しの後に 焼きたてパンとミルクが並べられた



令嬢「どうぞ。私の手作りで、少し形もくずれていますが」

元・北国王「いや… とても、美味そうだ…」


まだ湯気の出そうなパンは、芳醇な香を放っている
出てくる唾を飲み干して、パンを手に取り 大きく口を開けて齧りついた

モグモグ…


令嬢「いかがです?」


元・北国王「……旨い」


令嬢「それは、よかった。どうぞ、まだあります。どうか遠慮なさらないで」


元・北国王「腹が減り、何も無いときに食うただのパンが… こんなにも旨いだなんて」

元・北国王「ワシは50年生きてきて、今まで何を食べてきたのだろうか」


令嬢「そこまでお腹がすいていらしたのですか…?」


元・北国王「ああ。昨夜などは もう、このままでは飢え死ぬかもしれぬと覚悟していた」

元・北国王「本当に助かった。そなたに出会えたこと、そなたの厚意には誠に感謝する」

令嬢「……私も… 」


令嬢「私も。私を必要としてくださる方がいて、とても嬉しく思います」

元・北国王「……? 妙な事をおっしゃるお嬢さんだ。それほどの美しさがあれば、誰からも引く手あまたに必要とされるだろうに」

令嬢「いいえ。私は役立たずの不出来な娘」

元・北国王「そのような謙遜は…」

令嬢「…本当なんですよ。ですから、役たたずと呼ばれた私を必要としてくれる人がいる、と思うと嬉しいのです」


令嬢「本当に嬉しいのですよ。ですのでどうぞ、私の好きにさせてくださいな、さあ、お召し上がりください」

元・北国王「あ、ああ…」


その後は、腹が膨れるほどに馳走になった
気がつけば当たりは暗く、森からは動物の鳴き声なども聞こえてきた


令嬢「今夜はここにお泊まり下さいませ」


娘か、下手をすれば孫ほどにも年の離れた美しい娘は、そう誘った
すっかり日が落ちると、令嬢は小さな暖炉に火をいれた



元・北国王「暖かいな……。暖炉の火など 昔は、ついていて当然だと思っていた」

元・北国王「これほどに暖かくしてくれるものだとも、知らなかった」

令嬢「ついていて当然、だなんて。暖炉の火の番は大変でしょうね。一日中、家にいなくてはならないのですから」クスクス


元・北国王「………」

火の番の苦労など考えたことも無かった
誰が火の番をしていたのかさえ預かり知らぬ

もしあの頃に戻れたならば、火の番を探して礼を言ってみたい
そんな思いに、駆られた


元・北国王「暖炉の火をみて、どうやら望郷の念が生まれたようだ」


令嬢「あなたさまは、寒い場所でお生まれに?」

元・北国王「ああ。……北国だ。とても寒いが、自然の豊かな良い国だった」


自らのものだった国を、そのように褒めた事がこれまで何度あっただろうか
いつだって民や兵士の数、あるいは財力で国を計っていた

元・北国王の言葉に、令嬢は穏かに「素敵。いつか行ってみたいものですね」と呟いた
その言葉は、“王”でなくなった今になって、自国を誇らしく思わせてくれた


そのせいか、元・北国王は 思いを馳せる自国の話をはじめた



元・北国王「北国では、寒いので年の半分以上を家屋の中で過ごす」

令嬢「まあ…… せっかくの自然があっても、それはそれで退屈そうですのね」

元・北国王「ああ、退屈だよ。美食も娯楽も…極めてしまえば退屈さ」

令嬢「皆様はどうやって時間を潰されているのですか?」


元・北国王「我が国は、冬季は本の国とも呼ばれる。皆が書き、皆が読む。そうして時間を費やす国だ」

令嬢「まあ… それは、本当に素敵…!」


元・北国王「? そなたは本が好きなのか」

令嬢「ええ! 私は記憶力だけが取り柄でして…他には何一つ、才能がありません」

令嬢「だから本を読み、話し聞かせるしかできません。ですが、それだけは得意で…大好きな事でもありますの」

元・北国王「本を読み、覚え、語る。素晴らしい才能だ」

令嬢「ですが読み聞かせなんて…」

元・北国王「どんな内容の書物でも、覚えていられるのかね?」

令嬢「ええ、文字であれば覚えていられます。本の名や著者名でも」

元・北国王「それは… 本当に稀有な才能だ」

令嬢「ふふ。よろしければ、夜語りなどもいかがです?」

元・北国王「なんと… ありがたい。では、何か 暖かく穏かな物語をお願いしよう」

令嬢「はい…!」


その晩は、ふたりとも夢中になって話を語り、物語に聞き入った
懐かしい童話などを聞いて、童心にかえってしまったようだった



朝になって、朝食を食べながら北国王は令嬢に提案した


元・北国王「……図書館を、創ろうか」

元・北国王「我が城は、まだ我が城だ。民からの視線を恐れ逃げ出してきた…。国は魔王に渡してしまったが…」

元・北国王「溢れんばかりの蔵書と広い部屋がたくさんある」

令嬢「え… 城…って…?」

元・北国王「ワシは国にかえり、城主ではなく、館主になろう。奪い、争ってきた日々を…与え、穏やかな日に代えてしまおう」


元・北国王「そなたのパンが、ワシに幸せを教えてくれた」

元・北国王「魔王のいった通り…長くこれを味わってみたくなってしまった…」

令嬢「あの、魔王様が…?」


令嬢が過去に謁見した魔王は、冷たい瞳の持ち主だった
期待させるだけ期待をさせて、掌を返したように“要らぬ”と言い捨てた

あの晩、父から受けた仕打ちはひどいもので…
それをきっかけに、家を出ることを考え始めるようになったのだ


令嬢(こんな家に生まれたのは私。それは仕方ないこと)

令嬢(だけどこの才能だけは、ちゃんとした場所で生かしてあげたい、と)

令嬢(このままここに埋もらせず、他の生き方があるんじゃないかと――)


そうして数年、こっそりとお金をため、支度を整え、家を出た
家を出たのはもう何年前のことだったか

時々孤児院などへ行っては、子供達に読み聞かせをして喜ばれている
父親の元にいたときよりは、余程マシだった

それでも、これでいいのかどうか悩み… 
ここ1年、この半端な町で暮らしながら考えていたのだ



元・北国王「どうだ。我が城へこないか。君はそこで司書になるがよい」

元・北国王「探す者には答え、悩むものに諭し、見えぬものには語り、読めぬものには教えるがよい」

令嬢「……私が…?」

元・北国王「うむ。我が国には 君のその才能を必要とする者が、多くいるだろう」



元・北国王「それに… もしもそんな生き方が出来るのであれば、ワシはまた、国に戻れる気がするのだ」

元・北国王「やはり… もう一度、あの国で生きていきたい」


元・北国王「どうだね… 来ては、くれぬか。ワシと共に、図書館を建ててみぬか」


元・北国王「そうして、たまにでよいから…ワシにパンを焼いてくれないかね?」

令嬢「……はいっ」



この幸福は、彼らが自分自身でつくりだしたものに違いは無い
だが、もしかしたら いつだか願った魔王の償いが、ようやく身を結んだのかもしれない


『幸福』

それは 湯の中でぷくりと生まれては水面へ浮上する水泡のように
どこからか、突然に生まれてくる


この世界の中では、今も、いつだって 
突然どこかから湧き出た幸福を 味わっている者がいるのだろう





:::::::::::::::::::::


魔王「は? 北国が… 『図書の国』として国を立て直す?」

侍女長「ええ。知識人の集う国になりましたので… 国としての在り方をかえるべきだ、と意見が出ています」

側仕「ふふ。北国と言えば、武器といさかいの耐えない国だったはずでは?」

侍女長「いまも、ある意味ではいさかいの耐えない国ですが…」

魔王「ある意味、とは?」


侍女長「春になると、賢人が熱弁を交わしては研究を競いあうようです。冬季の間に溜め込んだ知識をぶつけあいます」

魔王「ほう」

侍女長「そして、熱が過ぎると容赦なく追い出す司書がいるそうで……」

魔王「は?」

侍女長「それがまた、大層美しい娘だそうで。男たちは時に彼女を巡っても言い合いになるそうですよ」


魔王「ふん。図書の国が聞いて呆れるな。その司書も、もてはやされて いい気になってるのでは――…


侍女長「要らぬ、と。氷の目付きで一言だけ司書に呟かれるので、男性は恐怖し沈黙するようです」

魔王「……恐ろしいやつもいたものだな」

侍女長「魔王様が手本だそうですよ。一度謁見でお会いした事があるそうで」

魔王「 」

侍女長「就任以来、はじめてお返事をなさり ご対面した娘だとか」

魔王「ああ……思い出した。たしか、ちょっと興味をもってみようとか思った時期だった」


魔王「……それにしても… 何か間違ったものを与えたようだ」

側仕「断ることができぬものに、断ることを教え与えたのは間違いではありませんよ」クス

魔王「……ああ、そうだな」


魔王「そうか。あの娘も、今は賑やかな生活の中に身を置いているのか――…」



こうして、魔王は順調に世界を治めていった
魔王の知らない場所でも幸福は生まれ、育っていく


そして、ついに大陸全土をその手中に入れ 安寧の元に収まった時…

最後の大仕事に、ついに着手した


:::::::::::::::::::::::::::::


魔王「中央より北は治まった… この大陸は、これで全て」


魔王「これで、世界の半分だ」

后「うん」


亡霊兜『あとは南にある大陸だけですな』

侍女長「亜熱帯大陸の… 亜熱帯国」

魔王「ああ」



魔王「赤道より南…大海を隔てたその先。文化も世界も違う、交易すら未だない土地だ」


亡霊鎧『あちらは既に大陸をひとつにまとめた大きな国がありますぞ。容易にはいきませぬ』


青年「そうなの?」

侍女長「ええ。こことは別に… 人間なのですが、その統治の手法から『魔王』の別名を冠する 一人の王がいます」


侍女長「……彼は、きっと厄介でしょうね」

魔王「ああ」


后「ねえ、魔王…… 本当にそこまでするの? この大陸だけでもいいんじゃ…」

魔王「ここまで来て、ひきさがるわけにはいかない」


魔王「おまえが亡き後の“安心”は、この世界を引き換えにせねば手にはいらないようでな」

后「むー…」



魔王「世界を手にする。 ……手に入れるのも、守るのも 本当に命がけだ。人生を使い果たしそうだ」


魔王「心労も労働対価も、この魔王の生をもってしても なお厳しいというのに……」



魔王「そうまでしないと安心することができない。これはなんと難しい感情なのだろうな」



后「……普通の人は、そこまでしなくても そばにいるだけで安心できたりするんだけどなぁ?」

魔王「そうなのか? しかし、それでは 俺の生涯をかけてお前を幸せにするという誓いは中途半端にしか――…


后「ま、まってまって! また魔王が止まらなくなっちゃうから ストーーップゥ!」


魔王「む。よいではないか、お前の一生は俺の愛情を受け取る為だけにあると思え」

后「 」


后「……はぁ、もう! やっぱり、魔王って魔王なんだなぁっておもうよー…」ハァ

魔王「そうか?」

后「うん(心の中にある闇が深すぎるもん、いろんな意味で)」


魔王「まあ、よい」


魔王「世界の半分は手に入れたのだ。残る半分も――…」



魔王「全てを、手中に収めよう」




魔王「后の全て その魂までも」


后「……せ、せめて、私が『来世にどんな場所でどんな子として生まれても、ちゃんと生きていける世界を作るために』って言おうよー…?」

魔王「む。それはあくまで副効能だ」

后「そ、そうなの? でも、んー… いまのこの世界は、すごく好きだよ?」

魔王「そうか」


魔王と后が見詰め合っていると、背後から深すぎる溜息が聞こえてきた



青年「……はぁ。ったく、なんで郵便配達員だった俺がこんなことを…」

亡霊兜『みっともないですぞ、青年殿。仕方があるまい? 我輩に鍛えられて、強くなった甲斐があると考えなされ』

青年「でもさー…」

側仕「青年さん……っ 気をつけて行って下さいね?」

青年「うん、できるなら引き止めて欲しいんだよね」

側仕「魔王様を止められるわけないじゃないですか…」



侍女長「大丈夫ですよ、側仕。浮気などしないよう、きちんと見張っておきますから」

側仕「はい。よろしくおねがいしますね、侍女長さん…!!」



青年(俺、侍女長さんコワイから苦手なのに―…)

亡霊兜《我輩も、侍女長殿には頭が上がりませぬぞ》



后「お兄ちゃんと侍女長さんで、亜熱帯大陸への旅かー… どうなっちゃうのかなぁ」

魔王「さぁな。武術だけならば勇者のそれを身につけているのだから、適任だとは思うが」


側仕「魔王様…… 青年さんの供は、やっぱり私じゃ駄目ですか?」

魔王「侍女長は、あれで一応魔族だからな。人間のお前とは頑丈さが違うんだ」

魔王「知恵も回るし… 青年の代わりに、頭脳となってくれるだろう」


青年「俺のこと、筋肉バカみたいに言わないで?」

侍女長「必ず無事に亜熱帯国へ渡り、あちらの王へ謁見してまいります」ペコリ


魔王「ああ。期待しておこう。必ず戻れ」

青年「ったりめーだろ、ばーか! 町娘を残して俺は死なねーよ!」



侍女長「后様も、お身体にお気をつけて。どうぞ健やかな子をお産みくださいませ」

后「……えへへ。うんっ!!」



魔王「さあ。支度は、良いか」

青年「おう」

侍女長「はい。いってまいります、魔王様」



魔王「では、世界征服を始めよう」



魔王「残るこの世の半分を… 必ず、手に入れるのだ」



漆黒の瞳が、嗤っていた


―――――――――――――――――――――
おわり

完投ですので終了します
後日談までお読みくださり、ありがとうございました

>>735-736 >>738-757 Thx!

>>741 的確すぎて焦りますねww
>>745 書こうかどうか、本気で悩んだ瞬間もありました
>>749 >>751 羨ましい機能です
>>755 碧眼少女オイシイ 色塗りまでありがとうございます!
>>756 俺もそのスレ主さんのファンです



このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月01日 (日) 00:44:41   ID: xoUmR9VV

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