エルヴィン「あの黒い髪を梳いた時から」(95)

*ミカサ「この長い髪を切る頃には」&エレン「この長い髪を切る頃には」シリーズのエルヴィン先生視点のお話。

*エルヴィン→リヴァイ×ハンジという複雑な恋愛模様ですが、本編の補足的な感じで外伝を書きます。

*エルヴィン視点なので「リヴァイは可愛い」を連呼しています。受けっぽいリヴァイが苦手な方はご注意。




2014年は本当に怒涛の一年だった。

あれだけ平行線を辿っていたリヴァイとハンジが一気に結婚まで辿り着き、おまけに妊娠まで発覚すると言うおまけつき。

大晦日のお休みの日に俺は早速、リヴァイとハンジの新居に転がり込んで正月番組をゴロゴロ見ていた。

リヴァイの居間にはこたつはなくとも電気ストーブがあるので寒くない。

リヴァイ「やっぱりこたつ机を買うべきだったか?」

しかしリヴァイが相変わらず眉間の皺を寄せてそんな気をまわす。

エルヴィン「いいって。十分温かいよ」

リヴァイ「しかし折角の和室だからこたつ机と布団があった方が……」

ハンジ「んー……それも誰かから貰えない?」

リヴァイ「これ以上、貰ってどうする! 買っていいだろ! それくらい」

と、こっちも相変わらずの夫婦漫才だ。

エルヴィン「ははっ……買うのであればもう少し待った方が安く手に入るかもね」

リヴァイ「そうか。春先の方が冬物家具が安くなるよな」

ハンジ「それもそうだね。だったらその時に買おう。そこまでは我慢しよう」

エルヴィン「ふふっ……倹約家だね。相変わらず」

ハンジ「だってこっちがセーブしないと何でもポンポン新しい物を買おうとするんだよ。私、ここまでリヴァイが金遣いの荒い人だと思ってなかったよ」

リヴァイ「そんなに酷いか?」

ハンジ「私の新しい服を買う時も、高いのを買おうとしたし……」

リヴァイ「高いって言っても、1万くらいだぞ?」

ハンジ「ズボンに1万とか無理! 半額で十分だよ!!」

リヴァイ「なあエルヴィン、どう思う? やっぱり俺は変なのか?」

と、リヴァイが納得いかない顔で私に聞いてくる。

別に変だとは思わないが、この辺の価値観は人それぞれだろうな。

エルヴィン「俺はズボンに1万くらいかけるけど」

リヴァイ「ほらみろ。ズボンに1万くらいかけるのは普通だ」

ハンジ「いや、そこはエルヴィンの背丈が大きいからしょうがないでしょう」

リヴァイ「そうなのか?」

エルヴィン「大きいサイズは他のサイズに比べたら費用がかかるとは思う」

リヴァイ「ならハンジも背丈があるんだから、その理屈に沿っていいだろ」

ハンジ「あー言えばこういう」

リヴァイ「とにかく俺は今まで出来なかった分、ハンジにいろいろ買ってやりたいんだよ」

ハンジ「だからそれがちょっと、度が過ぎるって話をしているんだけど?!」

と、年末なのに痴話喧嘩が始まってこっちは腹が痛い。

リヴァイ「………エルヴィン、笑い過ぎだ」

エルヴィン「ごめんごめん。結婚したのに変わってないなあと思ってね」

ハンジ「いや、大分変わったよ。今まで見えてなかったリヴァイのいろんな側面が見えて来たよ」

と、ハンジがお茶を飲みながら渋い顔をした。

ハンジ「社交ダンスのドレスを貰った時も思ったけど、リヴァイは高額商品を買う時に躊躇いが無さ過ぎる」

リヴァイ「迷う必要はねえだろ。ハンジにやる物だし」

ハンジ「私にやる物だからこそ、吟味して! 私が貰った時に唖然とする様を想像して!」

リヴァイ「喜んでくれねえのかよ」

ハンジ「そういう話はしてないよ! でもね。貰う側はこう、ねえ?! エルヴィンも説明して!」

エルヴィン「分かりやすく言うとハンジはちやほやされるのが苦手なんだよ」

リヴァイ「何でだよ」

エルヴィン「そもそも男にちやほやされるのが好きな女なら、ここまで結婚を引き延ばしていない」

リヴァイ「………それもそうか」

リヴァイがすんなり納得した様だ。

ハンジ「あー言い方はアレだけど、大体合っているかな。うん。あなたの気持ちは嬉しいけれど、それだけ負担させていると思うと胸が痛むんだよ」

リヴァイ「夫婦なんだから多少は負担させて欲しいんだがな」

ハンジ「そこはほら、あなたと私は共働きだし、金については50:50でいいと思うんだけど」

リヴァイ「ちっ………」

リヴァイが面白くなさそうに舌打ちする。悪い癖だな。

リヴァイ「ハンジにならドレス代に100万かけても惜しくねえと思うのに」

ハンジ「暴走し過ぎだってば!! どこのセレブ仕様にする気ですか?! あなたは!」

エルヴィン「……………」

今の会話の中で違和感があった。

聞き間違いじゃないよな? 恐らく。

エルヴィン「ハンジ」

ハンジ「ん? 何?」

エルヴィン「いつからだ?」

ハンジ「何が?」

エルヴィン「いや、昔は『あんた』と言っていたのに、今の会話の中では『あなた』って言ったよな」

ハンジ「へ?」

エルヴィン「自覚なかったのか? 3回も『あなた』って呼んだのに」

ハンジ「………………」

ハンジが見る見る間に真っ赤になっていってちょっと面白い。

ハンジ「い、いつからだろ? アレ? 待って。本当にいつからだ?」

リヴァイ「さあ? 俺も今、言われて気づいた。エルヴィン、よく気づいたな」

エルヴィン「うん。だって昔は今より乱暴な言い方だったしね」

リヴァイ「それだけ俺の嫁になった自覚が出て来たって事か?」

ハンジ「やだもう! そうかもしれないけど、なんか恥ずかしい!!!」

ハンジが両手で顔を隠してしまった。ふふっ。

エルヴィン「いい事じゃないか。あなた呼びの方が可愛いよ」

リヴァイ「俺もそっちの方が好きだな」

ハンジ「あーうー。改めて言われると言いにくくなるじゃないか」

リヴァイ「だったら俺はハニーとでも呼べばいいか?」

ハンジ「絶対やめて!!!!」

リヴァイが意地悪そうに笑っている。ハニー呼びは流石に恥ずかしいな。

リヴァイ「何故だ? ダーリンの方がいいのか?」

ハンジ「そういう問題じゃないでしょうが」

リヴァイ「ふん……こういう事に関してはハンジの方が照れるようだな」

ハンジ「リヴァイが照れなさすぎなんじゃない? もーこういうところも知らなかったんですけど?!」

腕をブンブン振って抵抗するハンジは本当に可愛らしいな。

リヴァイ「俺もハンジと暮らしてみて初めて分かった事もある」

エルヴィン「へえ。例えば?」

リヴァイ「裸エプロンより裸割烹着の方が萌えるな、とか」

ハンジ「うわあああああ!!!! エルヴィンの前で何言い出すかなこの人はあああ!」

エルヴィン「リヴァイ、あんまり妊婦を興奮させない」

実際にやらせたのかな? 多分そうだな。

リヴァイ「すまん。しかしハンジが余りに可愛くて、つい」

そっぽ向いても耳まで赤いよ。リヴァイ。

やれやれ。新婚さんの熱はまだまだ冷める気配はないようだ。

ハンジ「もー! リヴァイって本当にドスケベだよね。エルヴィンは知ってたの?」

エルヴィン「まあ、その辺は男同士だからな」

リヴァイ「言わなくても何となくお互いにバレるよな」

ハンジ「そうなんだ」

エルヴィン「俺の性癖もある程度はバレているだろうしね」

リヴァイ「付き合い長いとな……」

リヴァイの観察力は伊達じゃない。

多分、こっちが何も言わなくてもいろいろバレているだろう。

ハンジ「ぬー。お互いにツーカーなのはそれはそれでヤキモチ妬いちゃうなあ」

リヴァイ「ん?」

ハンジ「私の知らないリヴァイをエルヴィンは知っている訳だよね」

エルヴィン「というと?」

何だ? 何が言いたい?

ハンジ「そもそもエルヴィンは何が切っ掛けでリヴァイの事が好きだって気づいたの?」

リヴァイ「ぶふっ!」

リヴァイが茶を噴き零しちゃったな。無理もないか。

リヴァイ「本人が目の前にいる時にそんな話を振るなよ」

ハンジ「でも気になるんだもん。劇中でもそこは詳細に語らなかったでしょ?」

リヴァイ「そりゃそうだが……(チラッ)」

エルヴィン「気になるのかい?」

リヴァイ「話したくないなら話さなくていい」

エルヴィン「別に話したくないって程でもないよ」

ハンジ「なら聞かせて欲しいな」

エルヴィン「うん。いいよ」

そして俺は懐かしいあの頃の事を思い出しながら、

時には昔の事を語らうあの歌の歌詞のように2人に過去を話し始めたのだった。





俺は昔、プロのテニスプレイヤーを目指していた。

将来有望な選手としてちやほやされていた時期もあったし、実際、何も問題なくプロの道へ進むものだとあの頃は思っていた。

しかしそれをやっかむ人間に絡まれて、俺は右肘に軽い怪我を負ってしまった。

最初は大した事ないと思ってそのまま練習を続けていた。

それが間違いとも知らず、俺の右肘は知らない間に傷を大きくしていった。

気づいた時にはもう手遅れで、手術をしたとしてもプロとしてやっていくのは難しいと医者に判断された。

それが高校に上がる直前の話で、将来が真っ暗になった俺はそのままやさぐれて……。

エルヴィン「高校に上がると同時に博打に目覚めちゃったんだ☆」

リヴァイ「おい、こら待て」

エルヴィン「てへぺろ☆」

リヴァイ「その歳で、てへぺろはキモイからやめろ」

エルヴィン「まあ、いいじゃないか。そんな訳でテニスの道を諦めると同時に、俺は恋も失ってしまって」

ハンジ「え? フラれたの?」

エルヴィン「うん。その……まあ、ナイルの奥さんなんだけどね。俺の初恋相手は」

ハンジ「それは知らなかった!」

エルヴィン「彼女とは中学時代からの付き合いだったけど、博打に逃げて、やさぐれた俺に愛想を尽かしたみたいで、ナイルの方に流れていったんだ」

リヴァイ「そこは自業自得じゃないか?」

エルヴィン「だろうね。そんな訳で暗黒の高校時代は俺もリヴァイのように来る者拒まず流されてしまった訳だけど」

リヴァイ「お前もか」

ハンジ「お前もかー」

エルヴィン「若気の至りで許してくれ。あの頃は俺もリヴァイと同じくらいやさぐれていたんだよ」

俺の場合はリヴァイ程、大量の女を引っかけた訳ではないが。

それでも両手に足りない程の経験を十代ではこなしたとは思う。

エルヴィン「そして父親に説教されてね。『将来はどうするんだ?』と。何もやりたい事がなかった当時、もうとりあえず親父と同じ職業でいいか、と適当に選んで進路を進めた訳だけど」

ハンジ「お父さんも教師だったんだ」

エルヴィン「そうだよ。だからコネはあるし、すんなり採用されて講談高校に着任した」

リヴァイ「親父さんの助言がなかったら本当に博打打ちの道に行ったのか?」

エルヴィン「恐らくそうなっていたと思う。いや………俺の場合はリヴァイとの出会いがなければ教師を辞めていたかもな」

リヴァイ「そうか」

エルヴィン「うん。リヴァイを俺と同じ道を行かせたい気持ちに駆られてしまってね。我ながら強引だったとは思うが」

リヴァイ「まあ……その件に関しては俺も感謝はしているがな」

エルヴィン「ありがとう。強引に事を進めた甲斐があった」

リヴァイ「で?」

エルヴィン「ん?」

リヴァイ「俺はいつ、どこでエルヴィンをうっかり誘惑しちまったんだ?」

エルヴィン「うーん」

リヴァイ「俺は誘惑した覚えはないが、大方酒に酔って変な事でもしちまったんじゃねえのか?」

ハンジ「あーそれは有り得そうだね。リヴァイ、記憶が飛ぶ酔い方するし」

エルヴィン「はっきり自覚したのはリヴァイが教師になるか否か迷ってフリーターを続けていた時だよ」

リヴァイ「…………」

エルヴィン「もうリヴァイは覚えてないかもしれないが。2人で気晴らしに映画を観に行った時だ」

リヴァイ「映画………」

エルヴィン「映画のタイトルはもう忘れてしまった。リヴァイは途中で何度も変なツッコミを入れてきてね」

リヴァイ「…………」

エルヴィン「その都度、耳元でこしょこしょ、しゃべるんだよ。そのツッコミが毎回、絶妙で」

リヴァイ「…………………」

エルヴィン「その癖、途中で飽きて先に寝てしまってね。無防備に横で眠って居る姿を見たら、なんかぐっときた」

ハンジ「うはー! 何それ! それはあかん!! 私でも堕ちるわ」

リヴァイ「でもってなんだ。でもって(ジロリ)」

ハンジ「いや、だって………」

ハンジというか、全人類がアウトな気がするよ。

エルヴィン「おまけにリヴァイがこっちにもたれ掛かるから、髪の毛の匂いが嗅げるくらい体を密着してしまってね。男の癖になんて爽やかだと、当時は妙に腹が立ったもんだ。あの時、『髪臭い!』とでも思えば着火する事もなかったのに」

リヴァイ「あー俺は基本的に誰かと一緒に外に出かける前には風呂に入るからな」

リヴァイはどうやら思い出したようだ。

リヴァイ「その映画のタイトルは俺も忘れたが、その日の事は思いだしたぞ」

エルヴィン「そう?」

リヴァイ「ああ。エルヴィンに揺り起こされた。あの時、妙に顔が近くて驚いた記憶が……」

エルヴィン「………………」

リヴァイ「あの時、まさかとは思うが」

エルヴィン「ん?」

リヴァイ「俺にキス、してねえよな?」

エルヴィン「さあ? どうだろうね?」

リヴァイ「寝ている隙にやりやがったな?」

エルヴィン「何も言ってないのに」

ハンジ「あーずるい! エルヴィン、眠って居る時に襲うのは卑怯だよ!」

エルヴィン「何も言ってないのに(2回目)」

でもよく考えて欲しい。

あのリヴァイが、隣で無防備に居眠りしていたら。

俺じゃなくとも、ちょっとくらい何かしたくなるのが人間だろ?

リヴァイ「はあ……昔の事だからもういいが。そうか。切欠はそんなもんか」

エルヴィン「まあ、そんな物ですよ」

リヴァイ「俺がハンジを好きだと自覚したのに比べたら小さなもんだな」

エルヴィン「リヴァイの場合は手を出した後に気づくっていう変なルートだったしな」

リヴァイ「手を出したと言うより、出させられたという方が正しい気がするが?」

ジロリとまた睨まれてしまった。まだ根に持っているようだ。

エルヴィン「結果オーライだろ? ピクシス先生がけしかけなかったら今頃、2人は結婚までしていないだろうし」

ハンジ「まあねえ。その節は本当にお世話になりました(ぺこり)」

リヴァイ「ふん………(*頬染め中)」

やれやれ。無事にこの2人がくっついてくれて良かったよ。本当に。

リヴァイ「エルヴィン。俺も聞きたい事がある」

エルヴィン「ん? 何だ?」

リヴァイ「高校時代のハンジはそんなに美人だったのか?」

ハンジ「ぎゃあああ急にその話をするのやめてえええ!!!」

リヴァイ「(無視)こいつ、頑なに高校時代の自分を見せようとしねえんだよ」

エルヴィン「そんなに見たいのか?」

リヴァイ「写真、あるんだろ?」

エルヴィン「んーないこともないけど」

スマホに当時の写真を落しておいたから、一応、ここで見せる事は出来るが。

ハンジ「やーめて! 本当、それだけは勘弁して!」

エルヴィン「はい、どうぞ」

ハンジ「ぎゃあああ!」

騒いでいるハンジはとりあえず無視して画像を見せた。

その直後、リヴァイの両眉が跳ね上がった。びっくりしているな。流石に。

リヴァイ「おい………ハンジ」

ハンジ「なんでしょうか」

リヴァイ「女子大生の頃より更に髪は長いし、メイクもばっちりしているな。これはどういう事だああああ!!!」

エルヴィン「で、高校3年くらいのハンジがこっち」

興奮するリヴァイを押さえて2枚目も見せる。

リヴァイ「………ん? あれ? 髪がばっさり短くなったな」

エルヴィン「うん。受験前の頃は逆にボーイッシュな感じに変わったんだよね」

ハンジ「高校生初期の私は調子に乗っていたので、後半は自重しました」

リヴァイ「自重?」

エルヴィン「ハンジは当時、結構、モテたからね。女子のやっかみがだんだん酷くなってきて、面倒臭くなっちゃったんだよね」

ハンジ「うん。髪が長いだけで男の人のウケが良かったのもあったし、あと美容院に行く手間も省けて一石二鳥wwwとか思っていたけど、女子の嫌がらせがだんだん酷くなってきたから、1回髪切っちゃったんだよ」

エルヴィン「髪を切ったら今度はそっちの気がある女子にモテだしたよね」

ハンジ「そうそう。女子からの告白が増えて『えええ?』と当時は思ったもんですよ。どうすりゃいいのって感じだよね」

リヴァイ「…………」

リヴァイが今頃、頭を抱えていた。ハンジの苦悩の万分の一でいいから味わいなさい。

リヴァイ「ハンジ、頼むから今の髪の長さを維持しろよ」

ハンジ「ああ……それは構わないけど。リヴァイも長い方が好きだよね」

リヴァイ「まあそれもあるが。その………なんだ」

ハンジ「何?」

リヴァイ「スーパーロングは流石に色気出し過ぎだ!」

ハンジ「へ?」

リヴァイ「理想は肩にかかる程度でいい。伸ばしたとしても背中までだ。腰にかかるような長さは妖艶過ぎる」

ハンジ「そ、そうなんだ」

リヴァイ「クソ……! この頃のハンジに出会っていない自分が恨めし過ぎる」

ジロリと今、睨まれてもどうしようもないぞ。リヴァイ。

ハンジ「そんな事を言われてもなあ。それを言うんだったら私も不満があるのに」

リヴァイ「ん?」

ハンジ「大学時代のリヴァイだよ! あの時ちゃんと連絡先を交換し合っていればもっと早くリヴァイと仲良くなれたのに」

エルヴィン「でも大学時代のリヴァイはもっと女癖が悪くて酷かったからなあ」

リヴァイ「エルヴィン!!! それ以上言うな」

エルヴィン「一度、リヴァイの住んでいた寮に行った時、部屋に女性が5人もいる中にリヴァイが一人だけっていう」

ハンジ「うわあ(ドン引き)」

リヴァイ「頼む!! エルヴィン!!! それ以上はやめてくれ!! (土下座)」

リヴァイが必死に止めてくるのでこの辺で勘弁してやろう。

ハンジ「リヴァイと結婚をしたのは間違いだったかなー? (黒笑顔)」

リヴァイ「か、過去の事だ。すまん……本当にすまん(顔覆う)」

ハンジ「まさか乱交とかしてねえよな? (ジロジロ)」

リヴァイ「違う!! 其の時は、合コンに連れていかれた先の女が全員、俺を選んで家に来たいと言い出したからつい……」

エルヴィン「ただの鍋パーティーだったけどね☆」

ハンジ「そういうオチかい!!!」

まあそういうオチだけどね。ぷぷっ。

エルヴィン「合コン先で知り合った女を全員、家に連れてくるとか。リヴァイ、男の友人からよく殺されなかったねえ」

リヴァイ「其の時の男側の幹事には絶交されたけどな……」

ハンジ「そらそうだ」

リヴァイ「大学入ってからは男の友人も作ろうと努力しようと思っていたが。最初はなかなかうまくいかなくてな」

其の時、リヴァイは遠い目をしながら茶を注ぎ直して一杯飲んだ。

リヴァイ「もうなるようになれとヤケになっていた時、唯一俺に声をかけた男が一人だけいた」

ハンジ「へえ。物好きな人もいたもんだね」

リヴァイ「俺もそう思った。でもあいつは俺の体育の授業での様子を見て気に入ったと言ってくれたんだよな」

エルヴィン「彼は元気にしているのかな」

リヴァイ「相変わらず足の調子は悪いらしいが。でも一時期よりは元気になっているとメールで言っていた」

ハンジ「あら……足が悪いの?」

リヴァイ「病気でな。ちょっと足を悪くしちまった。ヤンのおかげで俺は大学時代、まともな同性の友達を持てた気がする」

エルヴィン「ヤンとの関わりが無かったら、同性の友人は作れなかっただろうね」

ヤンはリヴァイの大学時代に初めて出来た同性の友人だ。

顔は凄く平凡な顔つきで、どこにでもいそうな普通の男性だった。

そんな彼がまさか、こんなにアクの強いリヴァイと関わり合うようになるとは。

人生は本当に分からない物だ。

リヴァイ「だろうな。あとヤンとは女の好みが違うのも良かった。俺が引っかけた女に対して全く興味がなかったしな」

ハンジ「へーそうだったんだ。良かったね」

リヴァイ「ああ。あとはまあ……教育実習の時に世話になったファーランともたまに連絡し合っている」

ハンジ「え? そうだったの? 私、彼とアドレス交換したのに全然、連絡来なくなったよ! 酷い!」

エルヴィン「あーそれは多分、ファーランの方が空気を察したんじゃない?」

彼は空気の読める男だった。

ハンジとリヴァイの間にある物を薄々感じていたのだろう。

ハンジ「え? それって、ファーランにバレていたって事?」

エルヴィン「恐らくね。でも彼は教員の道には進まなかったんだよな」

リヴァイ「ああ。大学を卒業してからはホストを経験した後、バーテンダーの道に進んだと言っていた」

ハンジ「あー似合いそう! 確かにそっちの方が似合いそうだね!」

リヴァイ「一応、結婚した事を伝えたら『遅いwww』と笑われてしまった」

エルヴィン「それはファーランに限った事じゃないような気がするが」

リヴァイ「ああ。他の奴らも大体似たような反応だった」

ハンジ「しょうがないでしょうが! 遠回りしちゃったんだから!」

エルヴィン「コースを外れて迷子になったマラソンランナーのようだったね」

リヴァイ「もうあんまり突っ込むな。エルヴィン……」

リヴァイはすっかり苦笑いだ。

いやいや。そう簡単には終わらせないよ。リヴァイ。

エルヴィン「そんな訳で、リヴァイの場合は女の好みが全く違う同性の場合は何とか友人関係を築けるようになったんだよ」

ハンジ「なーるほど! 確かにそこが被ると同性同士で友人関係って難しいよね」

リヴァイ「それに気づくのに大分時間がかかったのが難点だが」

エルヴィン「まあいいじゃないか。気づけただけでも」

リヴァイ「はあ……(ため息)」

リヴァイは俺とハンジにおかわりを注ぎながらため息をついている。

リヴァイ「もう俺は過去の俺をボコボコに殴りに行きたい……(顔隠し2回目)」

ハンジ「また同じ事言ってるwww」

エルヴィン「リヴァイ、後悔先に立たずだよ」

リヴァイ「まあ、そうだが。はあ……」

リヴァイはため息を惜しみなく出している。気持ちは分からなくもないけどね。

リヴァイ「いろいろあったが、まあ……今は幸せだな」

エルヴィン「ん?」

リヴァイ「紆余曲折はあったが、とりあえずは落ち着いた。今が俺の人生の中で一番安らいだ時間だと思う」

ハンジ「子供が産まれたらまた変わるだろうけどね」

リヴァイ「それまではゆっくりさせて貰う。準備も必要だしな」

其の時、ふと俺は気になった。

エルヴィン「そう言えば、2人は新婚旅行の件はどうするつもりなんだ?」

子供が産まれたら旅行どころではなくなるだろう。

行くとすれば産まれる前に行くしかないと思うが……。

リヴァイ「医者には安定期に入ってからなら多少の旅行も可能だとは聞いたが……」

ハンジ「マダガスカルに行きたい! (キリッ)」

リヴァイ「遠すぎるだろ! オーストラリアとかで妥協しろ!」

ハンジ「やだやだ! せめて南米!!」

リヴァイ「………という訳でまだ揉めている」

エルヴィン「ハワイとかグアムじゃないんだ」

リヴァイ「ハンジがそんな定番の場所で満足する訳ねえだろ」

ハンジ「ハワイに行ってもねえ……海の生物を捕獲していいならいいけど」

リヴァイ「いや、その辺の事は知らん」

ハンジ「ちょっと遠い外国でも大丈夫だってば。私、海外慣れているし」

リヴァイ「それでも初めての土地で何かあったらどうするんだ」

エルヴィン「うーん。確かにもし体調を崩した時の事を考えると、遠すぎる土地だと不安かもしれない」

ハンジ「そんな事を言い出したら外国は何処も行けなくなるよ」

リヴァイ「それはハンジが普通の体調の時に改めていかねえか?」

ハンジ「子供が産まれたら、余計に行けなくなるよ」

リヴァイ「だから、産まれてから少し経ってからでも……」

ハンジ「先延ばしにするより、行きたい時に行きたい場所に行く方がいいよ」

リヴァイ「………とまあ、こんな感じで平行線を辿っている」

成程。まあ、ハンジは言い出したらきかないからな。

エルヴィン「こういう場合はいっそ、コインで決めるしかないんじゃない?」

そう言って俺は500円玉を財布から出した。

エルヴィン「表か裏で行き先を決めよう。その方が単純でいいだろ?」

ハンジ「分かった。リヴァイ、勝負しよう!」

リヴァイ「クソ……仕方がねえな。俺はオーストラリアだ」

ハンジ「私はマダガスカルで!」

エルヴィン「どっちが表?」

ハンジ「私が表!」

リヴァイ「裏でいい」

エルヴィン「よーし、勝負だ」

クルクルクル………

結果は、どうやら………

エルヴィン「ハンジの勝ちだな」

表が出た。ハンジは悪運に強いようだな。

ハンジ「やったああああ!」

リヴァイ(がっくり)

エルヴィン「マダガスカルか。遠いけど、まあしっかり準備して行くしかないな」

リヴァイ「本当に大丈夫なのか?」

ハンジ「大丈夫! 絶対大丈夫だから!」

リヴァイ「やれやれ……」

エルヴィン「2人にとって2回目の旅行になるのかな?」

リヴァイ「ああ。まあ、そう言われたらそうなるか」

ハンジ「そうなるね。旅行楽しみだなあ」

リヴァイ「旅行先ではハンジに頼るしかねえな」

ハンジ「大丈夫! 任せなさい!」

エルヴィン「にしても、何でリヴァイはオーストラリア推しだったんだ?」

リヴァイ「ん?」

エルヴィン「コアラでも見たかったのか?」

リヴァイ「いや、そういう訳じゃねえが……」

リヴァイはちょっとだけ言いにくそうに言葉を紡いだ。

リヴァイ「何処で見たかはもう思い出せねえが、多分、テレビの映像で見た」

エルヴィン「オーストラリアを?」

リヴァイ「そうだ。地平線が凄く綺麗だったんだ。アレを生で見られたらいいなと、つい」

ハンジ「地平線を見たかったの?」

リヴァイ「すまん……」

ハンジ「だったらそれを先に言ってよ!!! ならオーストラリアでいいや」

リヴァイ「ええ? いや、でも……」

ハンジ「だってリヴァイ、日本から近い外国で、コアラも見られるからそれでいいじゃねえかとか、自分が『何を』見たいのかを言わなかったじゃないか!」

リヴァイ「うっ……」

ハンジ「私はバオバブの木を生で見てみたかったからマダガスカルを推していたけど。見たい物があるならそれを言おうよ!」

エルヴィン「ハンジの言う通りだな。リヴァイ。自分の気持ちをちゃんと表に出さないと駄目だよ」

それで失敗してきているのにまだうまく自分の気持ちを表に出せないようだな。

リヴァイ「……………バオバブの木の方がまだ観光目的として合っている気がするが」

ハンジ「地平線を見たいって言うのも立派な理由だよ」

リヴァイ「呆れるかとも思ったんだよ。観光名所ですらない場所を見たいとか」

ハンジ「え? 別に。観光名所を見る為に旅行する訳じゃないし」

リヴァイ「どういう意味だ?」

ハンジ「だーから、新婚旅行はリヴァイと一緒に楽しめれば何処だっていいんだよ!」

リヴァイ「!」

その直後、リヴァイがかあっと顔を赤らめて顔を隠してしまった。

おっと。これは貴重なリヴァイ。写真に撮りたいな。是非とも。

パシャ☆

リヴァイ「てめえ! エルヴィン! 今、撮ったな!?」

エルヴィン「いやあ、絶妙な表情だったから、ついつい」

ハンジ「私にも頂戴☆」

エルヴィン「いいよー」

リヴァイ「てめえら……タッグ組むんじゃねえよ!!!」

げしげし蹴られてしまったが、そこは死守した。

リヴァイ「ハンジ! 勝負に勝ったのはハンジだからマダガスカルで構わん」

ハンジ「ええ? でも……」

リヴァイ「オーストラリアは別に逃げねえよ。そっちは別の機会に行けばいい」

ハンジ「なら……家族が増えてから行く?」

リヴァイ「ああ。落ち着いてからで十分だ。俺はそれまで待つ」

ハンジ「なんか悪いね。リヴァイには我慢させたくないのに」

リヴァイ「遠い未来の約束が増えるのは別に悪い事じゃねえよ」

そう言ってハンジの手をさり気なく握って、スマホを奪う。

あ、流石リヴァイ。会話を囮にしてハンジのスマホのデータを確認している。

ハンジ「あー! ちょちょちょ! 勝手に見ないでよ!」

リヴァイ「あった。これは削除だ(ピッ)」

ハンジ「酷い! 折角、エルヴィンが撮った芸術作品を消しやがった!」

エルヴィン「大丈夫☆ 今、ハンジ以外にも写真を拡散したから☆」

リヴァイ「誰に送りやがった!!!」

エルヴィン「ピクシス先生とかダリス先生とかキース先生とかミケとかナナバとか」

リヴァイ「てめえ……毎回そうやって遊んでやがるのか?」

エルヴィン「まあね。皆、協力してくれるからな。リヴァイに見つかった場合のデータ保持の為に」

リヴァイ(ずるー)

もう諦めたようだな。スターは撮られる運命だという事に。

そしてその頃にようやくピクシス先生とキース先生もリヴァイの家に集合した。

5人で初詣に行く約束をしている。ピクシス先生は既に家で酒を飲んできたようだ。

ピクシス「なんじゃ? 大晦日なのに発情したんか? リヴァイ」

リヴァイ「発情だったら毎日しておりますが、何か?」

ピクシス「それは良かった。それでこそ男じゃな」

ピクシス先生との会話が以前と比べて柔和(?)になったな。リヴァイ。

以前は毛嫌いしていたのに。ノリノリで返答しているせいか、今はハンジの方が居た堪れないようだ。

ピクシス「安産祈願のお守りを買うついでに初詣に行くぞ」

キース「車はどう分ける?」

リヴァイ「あー俺は飲んでないんで、俺が出す」

ハンジ「リヴァイのとエルヴィンので2つに分けたら?」

エルヴィン「了解。ではピクシス先生とキース先生は私の方の車で行きますか」

そして初詣の最中に例の野球部のコニーの事件に遭遇して、ひと悶着あった。

安産祈願のお守りを購入して俺は遅れてリヴァイの自宅に戻ろうとしたが。

其の時、懐かしい顔に遭遇する事になったのだ。

ナイル「エルヴィン。お前も来ていたのか」

エルヴィン「ナイル……」

ナイルが奥さんと子供を連れて初詣に来ていたのだ。

マリー「久々ね。エルヴィン」

エルヴィン「元気そうだね。マリー」

マリー「ええ。私は元気よ。あなたの頭髪の方が心配だわ」

ナイル「マリー、それは言ってやるな」

このさらりと毒舌なのも健在だ。

マリー「顔つきが以前より男前になったわね」

エルヴィン「ん? そうかな?」

マリー「高校時代のエルヴィンに愛想を尽かした私が言うのもアレだけど。あの頃よりイケメンよ」

ナイル「そうか? 余り変わってない気がするが」

エルヴィン「俺もそう思う。髪が薄くなった分、イケメンではなくなったと思うが」

ナイル「自分で言うのか」

エルヴィン「そろそろ毛髪の心配が本気で必要な年齢だしな」

マリー「それはそうだけど。そういう意味じゃないわ」

エルヴィン「え?」

マリー「新しい夢を、見つけたようね」

エルヴィン「…………」

マリー「目の輝きが中学時代の頃に戻っているわ。今のエルヴィンだったら、もう一度付き合ってあげてもいいくらいには」

ナイル「マリー?!」

マリー「冗談よ」

そう言って今の旦那の腕を組んでいくマリーの様を見送る。

そうか。もしそうだとしたら。俺をイケメンにしてくれたのは、きっと。

手の中の安産祈願のお守りをぐっと握り込み、俺はリヴァイとハンジの家に急いで戻る事にした。









コニーが先に帰り、友達も遅れて家を出て帰宅したのち、ハンジは言った。

ハンジ「何だか可哀想な事をしちゃったね」

リヴァイ「ああ………」

自分達の披露宴が間接的にコニーと彼女を別れさせたと思っているようだ。

ピクシス「そこは悔やまんでいい。お主らのせいじゃなかろう」

リヴァイ「しかし俺の方からちゃんと伝達しておけば……」

キース「その辺の事は特に告知はしていなかったしな。前もって言ったらもっと人が多くなって大変だったと思うぞ」

リヴァイ「……………」

いろんな形の別れがある。これはその一幕に過ぎない。

ただ、少々引っかかるところはあった。俺の勘だが。

エルヴィン「妙ですね」

ピクシス「ん?」

エルヴィン「いえ。なんとなくですが。どうも引っかかる」

リヴァイ「引っかかる? どういう意味だ?」

エルヴィン「うーん。普通、乗り換える時って、わざわざ前の彼氏に見つかる可能性のある場所をデート先に選ぶかな」

ピクシス「普通は避けるもんじゃな」

キース「そういうもんですか」

エルヴィン「本当に偶然だったんだろうか? 事がこのタイミングで露見するのは出来すぎな気がする」

リヴァイ「ああ。確かに改めて考えると変な話だな」

ハンジ「うーん。彼女の方が新しい彼氏に余程惚れているのかな?」

エルヴィン「それはあるかもしれないが、でも前の彼氏と遭遇したら修羅場になる可能性は想像出来ると思うが」

ピクシス「意図的に修羅場を起こさせたと思っておるのか?」

エルヴィン「可能性は無いですかね?」

ピクシス先生が少し考えていた。

ピクシス「ふむ。ゼロではないかもしれんな。その例の新しい彼氏とやらが、何か怪しいのう」

エルヴィン「ピクシス先生。過去の野球部で、そういった痴情の縺れは経験ありますか?」

ピクシス「そら山ほどあるぞ。他校女子生徒が偵察を兼ねてエースピッチャーを誘惑したり」

ハンジ「ひえええ! まるでスパイだね!」

リヴァイ「ふむ。だとすれば今回のコニーの件は別の意図がある可能性があるな」

エルヴィン「確証はないけど。気にしてあげた方がいいかもしれない」

ピクシス「お主がそう言うなら肝に銘じよう。少し小学館高校に探りを入れてみるか」

俺もこの時、個人的にこっそり調査をしようと思った。

そしてピクシス先生とキース先生が先に自宅に帰った後、リヴァイが言った。

リヴァイ「俺にも何か手伝える事はあるか?」

エルヴィン「そうだな。それとなく情報収集をお願いしたい」

ハンジ「小学館高校の生徒に直接接触するの?」

エルヴィン「それだと相手に感づかれるから、間接的の方がいいかな」

リヴァイ「分かった。演劇部や体操部の繋がりの先生達にもそれとなく聞いてみる」

ハンジ「私は生物部の方から攻めてみるか」

そういう訳で、それとなーく調査作戦を決行していた最中に何故かヒッチから接触があった。

修学旅行が始まる直前、1月13日の放課後、職員室にヒッチが顔を出したのだ。

ヒッチ「エルヴィン先生~お願いがあるんですけどぉ」

エルヴィン「ん? どうしたんだ?」

ヒッチ「小学館高校にちょっと行きたいんですけど、1人だと心細いんで付き添ってくれません?」

エルヴィン「何か用事があるのかな?」

ヒッチ「あると言えばありますけど、ちょっと言えない用事なんですよね」

エルヴィン「いいよ。私も用事があるから一緒に行こうか」

そしてヒッチと小学館高校に向かう事になり、その道中、ヒッチが意外な事を言った。

ヒッチ「どーしよっかな。何処から攻めようかな」

エルヴィン「攻める?」

ヒッチ「ちょっと野球部に探りを入れたいんですけどね。調べたい事があって」

エルヴィン「……もしかして、コニーの件?」

ヒッチ「あれ? エルヴィン先生も知っていたんですか?」

エルヴィン「コニーがフラれた件ならその日に本人から聞いたよ」

ヒッチ「マジですか! なら隠す必要ないか。実は……」

そこでヒッチは潜入捜査を頼まれた件を俺に話してくれた。

エルヴィン「………成程。ヒッチも似たような違和感を覚えたのか」

ヒッチ「そりゃそうですよ。男乗り換えるのに何で前彼氏と遭遇しそうな場所でデートする必要があるのか意味分かんないし」

エルヴィン「そうだよね。普通はそこは隠そうとするよね」

ヒッチ「意図的に見せたとしか思えないですよね。その意志があるのは恐らく、今の彼氏の方ですよ」

エルヴィン「うん。きっと彼女の方は初めは嫌がった筈だ。でも、デートしないなら別れるとか条件を出したとすれば」

ヒッチ「渋々、初詣デートをして、バレたせいで彼女の方も開き直ったとしたら」

エルヴィン「辻妻は合うかな。さてと。それだけ腹黒い事を考えられるのは………」

ヒッチ「多分、野球部の頭脳的ポジションの誰かだと思うんですけどね」

エルヴィン「捕手とか?」

ヒッチ「もしくはマネージャーとかですかね?」

ふむ。まあその辺が妥当かな。問題はどうやってそれを探るかだ。

エルヴィン「……よし、ワンナウト作戦でいくか」

ヒッチ「ワンナウト?」

エルヴィン「ヒッチ。ちょっと変装して貰えるかな? 演劇部に寄ろう」

ヒッチ「衣装借りるんですね」

エルヴィン「いや、衣装よりカツラとかかな。別人のように変装出来る?」

ヒッチ「出来ますよ。女ですから♪」

そしてヒッチに真面目な三つ編みカツラをつけさせて眼鏡をつけて優等生を演じさせた。

その後、俺の自宅に一旦寄って、ヒッチに作戦の概要を伝える。

ヒッチ「マジですかwwwそれ、犯罪ですよwww」

エルヴィン「発覚しなければ大丈夫。うまく誘導するから頼むよ」

ヒッチ「了解です!」

そして準備を整えて小学館高校に到着した。

俺が講談高校の教師という肩書きがあるから割とすんなり信用されて通して貰えた。

ヒッチと野球部の方へ足を運ぶと、そこには練習に精を出す男子生徒が沢山いた。

女性監督「おや? どちら様ですか?」

巨乳の女性の方が現れた。ユニフォームを着ているが、この大きさは凄いな。

ヒッチも胸が大きい方だが、その倍以上ある。

エルヴィン「すみません。講談高校のエルヴィン・スミスと申します」

女性監督「あらあら。もしかして偵察ですか?」

明るい感じの女性だった。この方が監督のようだ。

珍しい。女性で野球を指導しているとは。余り例がないと思う。

ヒッチ「偵察というより取材です☆ 小学館高校のイケメンを取材させて欲しいんですよ」

エルヴィン「新聞部の取材になります。部活動をしているイケメンを探せ! という企画なんですが」

女性監督「あらあら。野球の事ではなく、個人的な取材ですか。うーん。うちの部のイケメンと言えば……」

ヒッチが女性監督の気を逸らしている間に俺はさり気なく目につかない位置に盗聴器を仕掛けた。

ワンナウト作戦。それは野球のベンチ裏に盗聴器を一時的に仕掛けて気が緩んだ会話を拾うという物だ。

今日のところは仕掛けるだけでいい。そして取材を終えてからヒッチにはわざと別のメモ帳を目につかない場所に落として貰う。

盗聴器を回収する際、落とし物をしたかもしれないという理由づけをする為だ。

調査は一週間もすれば上等だろう。それ以上すれば事が発覚する危険性もある。

適当に会話をして切り上げて小学館高校を出る。

まさか向こうの生徒達も学校の野球部のベンチに盗聴器が仕掛けられているとは思わないだろう。

急いで自宅まで戻った俺とヒッチは音を慎重に拾った。

その中で、意外とあっさり重要な会話を拾ったのだ。

男子1『練習、順調のようだな』

男子2『あ! タカクラ先輩! ちーす!』

男子3『ちーす!』

男子1『キタローの調子も良さそうだな』

男子2『ええ。順調に仕上がっていますよ』

男子3『引退してからもマメに様子を見て貰ってすみません』

男子1『別に構わねえよ。それより、例の件、キタローには気づかれてねえよな?』

男子2『ああ……大丈夫だと思いますよ。講談のコニーの件ですよね』

男子1『そうだ。キタローに知られたらまずいからな。今回の件は独断でやった事だし』

男子2『本当に……潰す気ですか? コニーを』

男子1『何も体を壊すって話じゃねえよ。………精神を潰す話だ』

男子3『え、えげつねえっすね』

男子1『女の1人や2人で潰れるならその程度の男だろ』

男子2『か、かもしれねえっすね』

男子3『リア充爆ぜろ! っすね!』

男子1『だろ? ま、修学旅行が楽しみだな。うまくいけば講談高校の出場権利も剥奪出来る』

男子2『いかなかったとしても、コニーが潰れたら儲け物っすね』

男子1『そうだ。あの男は危険だからな。まずはあのラッキーボーイを潰す』

そこまで盗聴して確信した。

エルヴィン「成程。そういう事か」

ヒッチ「やっぱり………そういう事だったみたいですね」

エルヴィン「このタカクラっていう男は3年生みたいだね」

ヒッチ「引退してからも……って事だからそうなりますね」

エルヴィン「つまり、夏の大会に出ていた選手かな」

ヒッチ「そこまではちょっと覚えてないです」

エルヴィン「ピクシス先生に確認しよう」

ピクシス先生に確認したら案の定、ビンゴだった。

エルヴィン「最終回、キタローという相手投手と組んでいたタカクラという捕手が今回の主犯格のようだね」

ヒッチ「みたいですねえ」

エルヴィン「盗聴器は明日にでも私が回収しておこう。ヒッチ、協力ありがとう」

ヒッチ「私も元々、捜査を頼まれていたし、楽させて貰ったのはこっちですよ」

なら良かった。

エルヴィン「さて。今後はどうするべきかな」

ヒッチ「こっちからは手は打てないですよね。盗聴した事は証拠には出来ないし」

エルヴィン「うん。そうだな。修学旅行が楽しみだと言っていたから、そこで何か向こうから仕掛ける気なのかもしれないね」

ヒッチ「ん~こっちはとりあえず、注意するしかないのかな」

エルヴィン「コニーを?」

ヒッチ「はい。下手に小学館の奴らと接触させたら修羅場が勃発しますし」

エルヴィン「まあ、そうだろうね。困った奴らだな。本当に」

ヒッチ「まあでも、きっと大丈夫かな」

エルヴィン「ん? どうしてそう思う?」

ヒッチ「ジャンの奴が心配しているみたいですよ。コニーの事を。わざわざ私に頼みに来たくらいだし」

エルヴィン「そうなんだ」

ヒッチ「はい。ジャンの奴、普段は適当な癖に、こういう時は優しい奴だから」

エルヴィン「……………」

其の時のヒッチの表情を見たら何だかとても綺麗に見えた。

ヒッチをこんな風に綺麗にするとは、ジャン、なかなかやる男だな。

ヒッチ「エルヴィン先生、ありがとうございました。後の事は私らで何とかします」

エルヴィン「いいのか? 本当に」

ヒッチ「エルヴィン先生こそ、犯罪者として捕まる前に盗聴器を回収して下さいね♪」

エルヴィン「うん。そうするよ」

という訳で、私は次の日にもう一度、小学館高校へ向かってしれっと証拠を回収して家に帰った。

リヴァイとハンジも心配していたようで、仕事が終わってからうちに来て捜査結果を報告してくれた。

其の時に俺はコニーの件はこれ以上、触らなくても大丈夫だろうと2人に話した。

リヴァイ「…………えげつねえ作戦を考える奴もいるもんだな」

ハンジ「本当に。そいつ、本当に高校生なの?」

エルヴィン「スポーツの世界ではいろいろあるよ。水面下で汚い事が行われる事もしばしばある」

俺自身もその罠にかかってプロの道を諦めた口だからな。

ハンジ「コニーが可哀想だね。何事もなければいいけど」

エルヴィン「一応、キース先生にもメールで話しておいたけどね。問題を起こしたとしても、出来るだけ大事にならないように配慮すると返事があった」

リヴァイ「まあ、後は祈るしかねえだろうな」

ハンジ「そうね。トラブルが起きない事を祈るしかないか」

リヴァイ「しかしエルヴィンよ」

エルヴィン「何だい?」

リヴァイ「てめえ、盗聴器なんてあぶねえもん、なんで持っているんだ?」

エルヴィン「ん? 別に危ない物じゃないだろ?」

リヴァイ「いや、それは犯罪だからな?」

エルヴィン「全くバレてないから大丈夫。盗聴器もちゃんと回収したしね」

リヴァイ「そうだとしても、だ。盗聴器なんざ使わなくとも足で情報を稼ぐ方法もある。あぶねえ橋は渡るなよ」

ハンジ「そうだよ。今回の件はそこまでする事なかったんじゃない?」

エルヴィン「ん~」

まあそうかもしれないが。

エルヴィン「君達が罪悪感で一杯になっている顔をみたら、ついね」

リヴァイ「え?」

エルヴィン「君達のせいじゃないって事を早く証明したかったんだよ。つまりはそういう事だ」

そうきっぱり言ってやると、リヴァイとハンジはお互いに赤くなった。

ハンジ「ねえ。まるで私達、2人同時にエルヴィンに口説かれてない?」

リヴァイ「奇遇だな。俺もそう感じたぞ」

エルヴィン「まあ、俺は2人とも同じくらい愛しているからね」

ハンジ「ぎゃあああ! あっまーい! エルヴィンが言うと様になるね!」

リヴァイ(ガクブル)

エルヴィン「こらリヴァイ、その反応は地味に傷つくからやめてくれ」

リヴァイ「すまん。エルヴィンの愛を目の当たりにしてびっくりし過ぎた」

エルヴィン「やれやれ。2人とも女性で日本が重婚OKな国だったら良かったのに」

ハンジ「それはエルヴィンがウハウハなだけだよね?」

エルヴィン「何か問題かな?」

ハンジ「その場合、どっちが正妻? やっぱりリヴァイ?」

エルヴィン「んー迷うなあ」

リヴァイ「お前ら、冗談はその辺にしておけ。最初に家長だと言ったのはそっちだ。この場合は俺が嫁を2人貰うのが筋だろ」

エルヴィン「あれえ? 家長を俺に譲ったんじゃなかったっけ?」

リヴァイ「嫁が2人貰えるなら俺が家長でもいい」

ハンジ「冗談に乗っかり過ぎだから! 全くもう……リヴァイを嫁にしたのは私が先だよ?!」

リヴァイ「お前も乗っかってるじゃねえか」

そう言い合って、俺達は結局笑ってしまった。

何だかこの感じが凄く居心地が良くて。ついつい、頬が緩んでしまう。

そしてハンジがちょっと小用を足しにいっている間、俺はリヴァイに言った。

エルヴィン「リヴァイ」

リヴァイ「なんだ?」

エルヴィン「俺はまだ、リヴァイに言っていなかった事がある」

リヴァイ「……何だ? 改まって」

エルヴィン「ハンジを抱いてしまった本当の理由だよ」

リヴァイ「………」

もう随分昔の話になる。

伏せておくべきか悩んだが、やはり言っておくべきだと思い直した。

エルヴィン「もう話は聞いているかもしれないが、ハンジのご両親が事故で亡くなった年に俺はハンジと出会った。あの頃のハンジはちょっと情緒不安定な感じだった」

リヴァイ「まあ、それはそうだろうな」

エルヴィン「うん。友達は多かったし、常に明るく振る舞ってはいたけれど。それでもきっと1人は寂しかったんだろう。常に何かで気を紛らわしているような。そんな少女だった」

リヴァイ「………成程」

エルヴィン「勉強に没頭したり、部活に精を出したり。恋愛に挑戦してみたり。常にエネルギッシュに活動していた。たまに暴走し過ぎて『この子大丈夫かな?』っていうのが初めての印象だった」

リヴァイ「まあ、危なっかしいのは今も変わらないが」

エルヴィン「うん。あと、個人的な見解になるが……俺の初恋のマリーに少し面影が似ている」

リヴァイ「え……」

エルヴィン「そして性格は、リヴァイ。お前にも似ている。つまり初恋のマリーの要素をそれぞれ持っている」

リヴァイ「……………」

エルヴィン「元々、両方の要素に弱いんだよ。だから2人の間の子供が欲しいと思った。狡いかな? こういうのは」

リヴァイ「俺の性格に似たハンジ似の美人って、結構きつい感じじゃねえか?」

エルヴィン「ああ。そうだよ。おまけに若い頃は黒髪で短髪だった。今は髪を伸ばしているけれど」

リヴァイ「成程………」

リヴァイがしみじみと納得した様だ。

リヴァイ「マリーっていう女は、相当いい女だったに違いねえな」

そう言って、苦笑を浮かべる様子を見て俺も釣られて笑ってしまった。

エルヴィン「マリーに昔、『飛べない豚はただの豚ってこういう事を言うのね』って言われた時は胸が痛んだな」

リヴァイ「なんだそれ?」

エルヴィン「知らない? 『飛べない豚はただの豚だ』って名セリフ」

リヴァイ「いや………聞いたことねえな」

エルヴィン「そうか。今度、ディスクを貸してあげるよ」

ハンジ「なんの話ー?」

ハンジが戻って来た。

エルヴィン「紅の雄豚の話だよ」

ハンジ「あージブリの作品だっけ? タイトルだけは分かるよ。エルヴィンの棚にあったよね」

エルヴィン「まあ、いい作品だよ。今度の休みにゆっくり見てみるといい」

ハンジ「今から3人で見ようよ」

リヴァイ「ああ。そうだな。エルヴィンのお勧めならエルヴィンも一緒の方がいい」

エルヴィン「2人で見てもいいのに」

ハンジ「3人でいいよ。エルヴィンの部屋から持ってくるー」

ハンジが勝手に俺の部屋に移動して棚から持って来た。

明日も普通に仕事あるのにな。こういうところは相変わらずだ。

2人は結婚したって言うのに。以前と余り変わらないままで居られるのは本当に嬉しかった。

そしてディスクを観終わって、結局ディスクを借りていく事にした2人を駐車場まで見送った。

部屋に1人きりになっていろいろ思い出す。

明日も仕事だけど、一杯だけ飲みたくなって、ワインを出した。











エルヴィン『リヴァイ、もう上映終わったよ』

リヴァイ『ZZZ………』

エルヴィン『完全に寝入ったな。参ったなこれ……』

エルヴィン『おい、起きろ。リヴァイ』

リヴァイ『ん………(がばっ)』

あの時、リヴァイは完全に寝ぼけていた。

自分から俺の方に抱き付いて、何か夢を見ていたようだった。

リヴァイの唇が、ほんの少しだけ、俺の頬に掠った。

ただの事故だ。事故のような接触だった。

俺は慌ててリヴァイを引き離して席に押し込めるように座り直させる。

リヴァイ『ん……? アレ? ここは……』

エルヴィン『リヴァイ、誰にキスする夢を見ていたんだい?』

リヴァイ『!!!!!!』

どうやらいやらしい夢を見ていたのは間違いないようだ。

リヴァイ『す、すまん……なんか、頭がぼーっとしていたようだ』

エルヴィン『完全に寝ぼけていたね。帰ろうか。もう映画が終わったよ』

リヴァイ『途中までは起きていたんだがな。後半ダレた』

エルヴィン『だね。途中までは結構、しっかり見ていたのに』

リヴァイ『映画代が半分しか元取れなかったな』

エルヴィン『まあ、テレビ放送で続きは見るといいさ』

リヴァイ『ああ、そうする』

立ち上がったリヴァイは少々、困った状態だったようだ。

リヴァイ『すまん。便所に行ってくる』

エルヴィン『ああ。どうぞ』

この時の俺は頬に触れた感触程度で別にそうなった訳じゃない。

今のは事故みたいなもんだし、本人に言うときっと凹むだろうし。

わざわざ言う程の事じゃないと思っていたんだ。

家に帰ってから2人で酒を飲みながら映画の感想を言い合った。

リヴァイ『途中から話についていけなくなった。何だか損した気分だな』

エルヴィン『まあ、映画はそういう事もあるよ』

リヴァイ『やっぱり家で観る方がいいな。自分のペースで観る方がいい』

エルヴィン『映画はお気に召さなかったか。残念だな』

リヴァイ『いや、そういう訳じゃねえんだが』

エルヴィン『そう?』

リヴァイ『ああ。俺はあんまり自分から外に出ないし、誘われる分には嬉しいと思っている』

この時のリヴァイの言い方に何故かドキッとした自分が居た。

エルヴィン『受け身だね。相変わらず』

リヴァイ『エルヴィンが行動的なだけじゃねえか?』

エルヴィン『いやーどうだろう? 俺は普通じゃないかな?』

リヴァイ『俺で良かったのか?』

エルヴィン『ん? 何が?』

リヴァイ『いや、折角の休日の暇つぶし相手が俺でいいのかと』

エルヴィン『生憎、現在彼女もいないしね。リヴァイの方こそ、今日は良かったのか?』

リヴァイ『エルヴィンの方が先約だったから今回は女の方は断った』

エルヴィン『え……断っちゃったのか? それは悪い事をしたな』

リヴァイ『いい。たまにはエルヴィンを優先したってバチは当たらん』

エルヴィン『ふふっ……それは有難いね』

おかしいな。少し熱い気がする。部屋の温度設定を間違えたかな。

リヴァイ『今夜はこっちに泊まって行ってもいいか?』

エルヴィン『ああ。それは勿論構わないよ』

リヴァイ『なら浴びるように酒を頂いて行こう』

エルヴィン『こらこら。人の酒だと思って調子に乗らない』

リヴァイ『エルヴィンの常備酒はどれも美味いからな』

リヴァイは勝手にボトルを開けていく。

リヴァイは酒が入ると普段より陽気になるしサービス過剰になる。

限界値を越えるとえらい事になるのを知ったのはリヴァイが教師になってからだが。

其の時のリヴァイは妙に色っぽく酒を飲み干していて、変に緊張した。

既視感があった。そうだ。こんな風に色っぽく酔える人間を俺は知っている。

マリー『エルヴィン、あなたいつまで逃げるの?』

高校生になったばかりだっていうのに。早いうちに酒を覚えた悪い女。

マリー『今のあなたとつきあってもつまらない。別れましょう。私達』

当時の俺はその言葉の意味を理解出来なくて、でも追い縋る程の勇気もなくて。

美人だけど気のきつい女だった。毒舌は常に出るし、口は悪いし。足癖も悪くてすぐ人を蹴るような乱暴な女だったのに。

潔癖症で、掃除が得意で、料理も出来る、いい女だ。

きっと将来はいい嫁になる。かかあ天下で、旦那を尻に敷きそうだけど。

マリー『飛べない豚はただの豚ってこういう事を言うのね』

大学生の時に久々に会った彼女にそんな風に言われて凹んだ事を思い出す。

リヴァイ『エルヴィン? 飲まないのか?』

エルヴィン『あ、ああ……飲む。俺も飲む』

リヴァイに注いで貰って酒を一杯ぐっと飲み干した。

何故今、マリーの事を思い出したのか。良く分からない。

本当に良く分からない……。

リヴァイ『………………』

リヴァイの視線が意味深に見つめてくる。

やめてくれ。今、踏み込まれたら俺は。

リヴァイ『…………来週から居酒屋のバイトが決まった』

エルヴィン『え?』

リヴァイ『居酒屋「自由の翼」って店だ。そこの焼鳥が美味かったからな。試しに面接を受けてみたらすぐ採用された』

エルヴィン『それは良かったね』

リヴァイ『昔のように中卒で眉を顰められる事が少なくなったから、バイトでも採用される事が増えた』

エルヴィン『俺が言った通りだろ? やっぱり卒業資格があるのとないのじゃ大違いだ』

リヴァイ『その通りだな。エルヴィンのおかげだ。本当にありがとう……』

エルヴィン『……………まだ無理か?』

リヴァイ『ううーん』

エルヴィン『俺はリヴァイと一緒に仕事をしたいんだけどな』

その気持ちに嘘はない。

なのにその奥に、もうひとつの感情が隠れていたなんて。

俺は気づきたくなかった。本当に。

リヴァイ『……………そりゃあ、エルヴィンと一緒に仕事する事に関しては異存はねえが』

エルヴィン『だったら……』

リヴァイ『もし職場でやらかしたら、その責任はエルヴィンにまで及ばねえか?』

エルヴィン『!』

リヴァイ『もしもの時が怖えとも思う。勿論、そうならないように努力はしねえといけねえが』

エルヴィン『それは余計な考えだ。リヴァイ。俺は一向に気にしない』

リヴァイ『俺が気にするから嫌なんだ。これ以上、エルヴィンに借りを作りたくねえ』

エルヴィン『リヴァイ。それはお前の中で気持ちが揺れていると受け取っていいのか?』

リヴァイ『……………』

この時点ではまだ、決定打がなかった。

まさかバイト先の居酒屋で生徒と再会して、そのおかげで決心がつくとは思わなかったけど。

リヴァイはあともう少しのところまで来ていた。それが凄くもどかしかった。

エルヴィン『リヴァイ。バイトばかり続けているのはそのせいなんだよな?』

リヴァイの重い腰を上げさせるにはもう少し時間が必要な気がした。

だとしたら焦ってはいけないと思った。

リヴァイ『………そうかもな』

エルヴィン『その言葉が聞けただけでも一歩前進だ』

この時、妙な予感があった。何かが変わる予感が。

風の流れが変わるような予感があった。それがまさか、自分の事だったとは。

人生とは本当に分からない物だ。

リヴァイ『…………そろそろ自重するか』

酒を飲む手を止めてリヴァイは勝手を知る俺の部屋へ移動して勝手に毛布を持って来た。

リヴィングのソファで寝る。リヴァイがうちに来た時はいつもこうなる。

エルヴィン『もう寝るのか? 早くないか? いつもより』

リヴァイ『夜の10時から夜中の2時までは寝る方が健康にいい』

エルヴィン『通りでリヴァイの肌は艶々していると思った』

リヴァイ『あと酒を飲んだおかげで今、いい気持ちなんだよ。このまま寝たい』

エルヴィン『はいはい。じゃあお休み』

いつもの日常の一部だった。こういうのは何も初めてじゃないのに。

寝入ったリヴァイの寝顔が可愛いと思う自分が居た。

少しだけ口を開けてぽやんとした表情で。

眉間の皺もない。気合の抜けたリヴァイの様子を見て。

映画館で掠った頬の熱をうっかり思い出した自分が居た。

いやいや。アレは寝ぼけていたせいだしな。事故だ。

忘れよう。そう自分に言い聞かせていたのに。

リヴァイ『………ジ』

エルヴィン『………?』

リヴァイ『………駄目だ。ルイージは違う』

エルヴィン『何の夢を見ているんだ?』

どうやらまた夢を見ているようだ。

ゲームのマリオとルイージでも出ているのかな?

リヴァイ『ジ……ジ………』

さっきから「ジ」ばっかり繰り返している。何かを思い出そうとするかのように。

もしかして、ハンジの事だろうか?

リヴァイが以前、菓子折りを渡せなくて落ち込んでいた相手の名前を思い出す。

「ジ」のつく名前はハンジしか思いつかないが。

仕方がないので耳元でこっそり言ってやる。

エルヴィン『ハンジじゃない?』

リヴァイ『!』

その直後、ふにゃっと嬉しそうに笑ったリヴァイが居た。

リヴァイ『それだ………』

そしてスースー寝入って安心したように深く眠ったようだった。

………………いや、その。

多分、起きたらまた忘れそうな気もするけれど。

そんなにお前はハンジが好きなのか。

そう思った瞬間、亀裂が入ったような痛みを感じてしまって。

その覚えのある心の痛み方に俺は一瞬、眩暈を感じた。

マリーがナイルと付き合う事になったと聞いた時のあの痛みに似ている。

喪失感と、嫉妬と、自己嫌悪の気持ちが全部混ざったような痛みだ。

エルヴィン『えっと………』

とりあえず水を飲む事にした。コップ一杯の水を飲んでまずは冷静に考える。

リヴァイは気づいていないが、明らかにハンジとの一件以来、彼女の事が気になっているようだ。

ハンジは来年の4月から講談高校へ採用される旨がほぼ決定している。

だからリヴァイが教師になる選択をすれば彼女と再会する事は可能だ。

でも彼女と再会したらきっとリヴァイは………。

エルヴィン『…………………』

いや、そもそもリヴァイは男だしな。

可愛い顔立ちはしているが、男だしな。

家事は完璧で料理も美味いし、嫁としては相応しいけど男だしな。

男だしな。

大事な事なので4回言いましたって感じだけど。

それにそもそも、俺は最初にリヴァイに釘を刺されている。

『手出したら殺す』ってね。

だから例え寝顔が可愛いと思ってもそれ以上の事なんてしてはいけない訳だ。

…………と、思った時点で俺はアウトだとやっと気づいた。

アウトだと気づいた直後は、映画館での記憶が変にいやらしく脳内再生されて困った。

リヴァイのこしょこしょの声とかな。

リヴァイ『なあ、何でこのアニメのヒロイン、髪型がとがっているんだ?』

エルヴィン『そういうデザインだと思うしかないよ』

リヴァイ『変な髪型だな……』

どうでもいいところが気になるところがリヴァイらしい。

最初はちゃんと見ていたのに途中で寝入ったリヴァイは本当に。

エルヴィン『………………いかん』

俺はどうやら相当、リヴァイの事を可愛いと認識していたようだ。

思い返せばそうだった。いや、もしかしたら最初から。

出会った当初、リヴァイが警戒したのもそのせいか?

エルヴィン『参ったな』

今日は一緒にいない方がいい気がする。こういう時はどうすればいいんだ?

誰かに頼りたい気持ちと、こんな自分を誰かに知られるのは恥ずかしい思いと。

混ざり合う複雑な感情が結局、下した決断は……。











其の時、スマホが鳴った。リヴァイからの電話だった。

エルヴィン「はいはい。何か忘れ物かな?」

リヴァイ『すまん。ハンジが手袋を忘れやがった。そっちにないか?』

エルヴィン「ああ、あるね。あった。この黒い奴だね?」

手編みの黒い手袋だ。大分使い古している。

リヴァイ『それだ。明日、学校で返してやってくれ。今日はもう遅いしな』

エルヴィン「うん。いいよ。了解した」

リヴァイ『………エルヴィン』

エルヴィン「ん? 何?」

リヴァイ『すまん。思い出した』

エルヴィン「何を?」

リヴァイ『いや………そっちが覚えてねえならいいが』

エルヴィン「思い当たる節が多過ぎてどれの事を言っているのかな?」

リヴァイ『………………』

長い沈黙だな。躊躇いが感じられる。

リヴァイ『キスをしたのは俺の方からだったよな』

エルヴィン「んー………」

リヴァイ『すまん。もしかしたら、アレが切欠だったとか……』

エルヴィン「ハンジはもう寝たの?」

リヴァイ『ああ。ベッドで休んでいる』

エルヴィン「ならいいか。うん。そうだね。リヴァイはハンジと俺を間違えてキスしたんだよ」

リヴァイ『やっぱりか………(唖然)』

丁度あの時の事を思い出していた。本当、タイムリーだな。

リヴァイ『俺はなんて事を……(ズーン)』

エルヴィン「ははは……もう昔の事だ。笑い話にしようじゃないか」

あの時の事は今でもはっきり思い出せるよ。










寝返りを打って毛布を床に落とした。

全くもう……。世話がやける。

極力冷静に。いつも通りに。

そう言い聞かせて俺は毛布をかけなおして。

今日は自宅を出ようと思った。鍵をかけて。

なのにあの時、お前は……



グイッ………



エルヴィン『!?』

リヴァイの力は強い。引き寄せられたら抵抗なんてまず無理だ。

深く寝入ったと思ったのに。それは勘違いだったようで。

掠れたキスではなくて、2回目は、ちゃんと唇同士が触れて。

俺は慌ててリヴァイの髪を引っ張った。これはまずい。

リヴァイ『いっ……ん……?』

痛みで目が覚めたのか。リヴァイが覚醒した。

至近距離で見つめ合うこの事態に青ざめて慌てて起き上った。

リヴァイ『な……エルヴィン、なんか近くねえか?』

エルヴィン『お前の方が寝ぼけて引き寄せたんだが? 離せ』

リヴァイ『?! すまん!!!!!!』

リヴァイは物凄く青ざめていた。

リヴァイ『なんか、凄くいい夢を見ていた。すまん………』

エルヴィン『……余程、溜まっているのか? 相手は誰だ』

リヴァイ『いや、分からん。顔がはっきりしない女だ。髪が長い事以外は分からない』

それはきっとハンジじゃないのかなと思ったが口には出さなかった。

リヴァイ『最近、同じような夢を見ている気がするんだが、細部が毎回思い出せない』

エルヴィン『そうなんだ』

リヴァイ『疲れているんだろうか? 良く分からん。眠りが浅くて……』

エルヴィン『………今夜はベッドで眠ったらどうだ?』

リヴァイ『いや、でも……エルヴィンは』

エルヴィン『俺は麻雀仲間でも誘って徹麻でもしてくるよ。今夜はうちでゆっくり休みなさい』

リヴァイ『………すまん』

そしてその日の俺は夜の街に逃げてしまったんだ。








電話越しに聞こえるリヴァイの声が申し訳なさそうだった。

リヴァイ『なんか思い出したら急にいろいろ恥ずかしくなった』

エルヴィン「だろうねえ」

リヴァイ『やっぱりそうだよな。あの日以来、お前、家に俺を泊めなくなったしな』

エルヴィン「あの時はごめんな」

リヴァイ『いや、こっちこそすまん。俺の方が………『何、内緒話しているの』』

おっと、奥さんが目を覚ましたようだ。

リヴァイ『ああ……後で話す。じゃあな。エルヴィン』

電話を切ってソファに座りなおしてやっぱりもう1杯飲む事にする。

あの時、リヴァイの髪をひっぱった時の感触は今でも思い出せる。

髪を梳いた瞬間の、サラサラとした感触を言葉にするのが難しい。

男の癖に髪の手入れをちゃんとし過ぎだ。と文句を言いたい程の綺麗な黒髪だった。

あいつが女だったら絶対、自分の嫁にした。この世界は本当に残酷だ。

エルヴィン『思い出させてしまったか』

最初は断片的だったそうだ。ハンジが夢の中に出てくるのは。

それが徐々にはっきりし始めて、インフルエンザの騒動の後に見た夢ではっきりと淫夢だと自覚したそうだ。

自覚するのが遅すぎる。でもそれだけ何度も同じ女を求めているのなら。

エルヴィン『勝てる訳ないよな』

泥酔させたら必ずあの時の女を求めて。

他の女に流れた事もあったけど、結局、行きつくところは同じ女だった。

何度も教習時代の女とハンジは『同一人物だよ』と言ってあげたくなったけど。

でも自分で気づいた方がいいよなと思い直して黙っていた。

モブリット先生には悪い事をしたとは思っているが。

彼の存在が出て来た時、これは最後のチャンスかもしれないと思った。

お化け屋敷の一部をわざと破損させて、担当教諭のモブリット先生を舞台から一時的に引き離したのは俺だ。

情報操作をしたのはピクシス先生だったが、念には念を入れていたのだ。

エルヴィン『………生物室を荒らされた時は本当にびびったな』

まさかあそこまで強硬手段に訴える女子生徒が現れるとは思わなかった。

あの件に関しては甘く見ていた俺の責任でもあると思った。

あの時、今更だけど『教習時代のあの女はハンジだよ』とリヴァイにバラそうとも思った。

でも今更それを伝えても、リヴァイはハンジを諦めるかもしれない。

痛々しいリヴァイの様子に気づいていたけれど。あの時、俺は何も出来なかった。

だけどリヴァイは立ち直っていた。自力で立ち直ったのかと思ったけど。

ミカサのドS発言で立ち直ったと聞いた時は本当に、笑ってしまった。

同一人物の話は、こっちが伝えるまでもなくハンジがバラしていた件を知った時も苦笑した。

成程。通りで舞台直前に具合が悪そうだったのか。

寝てない顔していたもんな。片膝をつく程、疲労していた癖に。

思い出せば気丈だと思えた。本当に。

酒が止まらなくなった。やっぱりもう少し酔いたい。

この余韻に浸りながら過去を振り返る。愛おしい日々を。






リヴァイ『………なあ、エルヴィン』

エルヴィン『ん? 何だい』

リヴァイ『…………俺達は、変なのか?』

エルヴィン『ん? 誰と誰の事を言っているのかな?』

リヴァイ『俺と……ハンジだ』

おや? 何だか様子が変だ。これはもしかして。

エルヴィン『誰かにそう言われたのかな?』

リヴァイ『エレンに今朝、そう言われた。自覚はなかったが、恋人同士の距離に近いくらい親密でないと、やらないような事を、俺達は既にやっていたらしい』

どうやらようやく勇者が現れたようだ。ツッコミの勇者が。

エルヴィン『うん? 具体的に言うと何をやったんだい?』

リヴァイ『朝、体育館のシャワーを浴びていたら、ハンジが突然、シャワー室に乱入して驚かしに来た。そのまま、少しあいつとしゃべったが、その様子を見て、エレンはそう思ったらしいんだが……』

それはエレンでなくとも100人中、90人くらいは同じ事を思いそうだな。

エルヴィン『ああ、裸のまんま、ハンジとしゃべっていたんだね。うん。まあ、それは君らにとってはいつもの事だね』

リヴァイ『ああ。だからエレンの言葉に少し驚いてしまった。俺達はやはり……変なのか?』

エルヴィン『うん。一般的ではないのは確かだけど、私に言わせれば『今頃気づいたのか?』と言いたいね』

リヴァイ『エルヴィンも、エレンと同じ事を思っていたのか』

思っていたけれど、言い出す勇気はなかったんだよ。

エルヴィン『ああ……まあね。そもそもお互いに合鍵を持っていて、月に一度の貴重な休みの日に一緒に風呂入って、大抵ハンジと過ごしている時点で、リヴァイは恋人と大差ない事をしているよ?』

ここ最近はリヴァイの周りにハンジ以外の女性の影もない。

以前はデートくらいなら誘われたらちょこちょこ出かけていたのに。

俺の記憶の限りではリヴァイが30歳を過ぎた辺りから、他の女の影がなくなった気がするんだが。

リヴァイ『だが俺は今まで1度も、ハンジに対して欲情した事はない。キスやセックスをしたいと、思った事が1度もないんだ』

夢の中ではガンガン、ヤッているんじゃない?

と危うく言いそうになったけど自重した。

エルヴィン『でも、ハンジの体は洗ってやりたいんだろ?』

リヴァイ『それはあいつが……放っておくと際限無しに臭くなっていくからだ。本当なら毎日でも洗ってやりたいくらいだが、俺もそこまで暇じゃない。月に一度の休みの日くらいしか、ハンジを洗ってやれないんだよ』

あれ? おかしいな。

ハンジの話だと、月に1度の頻度でハンジの方が妥協したと聞いたんだが。

この言い方だとリヴァイが忙しいから仕方なく月一にしたように聞こえる。

嘘は良くないぞ。リヴァイ。

リヴァイ『ついでに言うなら、その休みの日にはハンジの部屋も掃除してやっている。部屋も放っておくと、カビやダニやらが繁殖しているからな。腐海の森になるまえにそれをやらないと、後が大変なんだ』

エルヴィン『うん。やっている事はまるで通い妻だね。リヴァイ』

リヴァイ『それは分かっているが……何度言ってもあいつ、自分ではやらないからな。こっちも我慢出来ないんだよ』

エルヴィン『つまり別の意味で、ムラムラするっていう事だね』

本当は別の意味じゃないけどね。

リヴァイ『まあ……そうだな。それにもう、この生活を始めて10年以上経っている。今更それを変えようとは思わんが、そう思う事が、やはり変なのだろうかと思ってな』

エルヴィン『ふふっ……本人同士がそれでいいと思っているなら、それでいいじゃないか。ただ、あんまりリヴァイがハンジを甘やかすと、その分、婚期が遅れるとは思うよ』

リヴァイ『うぐっ……そうだな。その問題があったな。やはりどうにかして、いつかハンジ自身に花嫁修業をさせるしかねえな……』

本当は自分の嫁にしたい癖に。

エルヴィン『ハンジは家事全般ダメだからね。リヴァイは逆に完璧すぎるけど。男女逆だったら良かったのに』

リヴァイ『全くだ。それは俺自身、そう思う時もある。だがこればっかりはどうしようもねえだろ』

でも本当に男女が逆だったら、ハンジとリヴァイの奪い合いになったかもしれないな。

エルヴィン『ハンジが家事を出来る男を捕まえれば何も問題ないと思うけどね』

リヴァイ『そんな奇特な奴が、ハンジに惚れてくれればいいんだが……』

今、目の前にも一名、いるんだけどな。そういう奇特な男が。

エルヴィン『………1人、思う奴がいない訳ではないが』

リヴァイ『ん? 誰かいるのか?』

エルヴィン『地学のモブリット先生だよ。確か年は今年で30歳になるんだったかな。彼はどうも、ハンジの事を好いているようだよ』

リヴァイ『何…だと? 何故、それを俺に言わない、エルヴィン!』

モブリット先生の恋心の件を知ったのは最近だったしな。

ピクシス先生経由で職員内の恋愛事情は水面下で回ってくるんだよ。

エルヴィン『ん? 気になるのかい? リヴァイ』

リヴァイ『当然だ。ハンジの旦那候補がいるなら、そいつをくっつけさせるのが1番だ。今度こそ、破局させない様に、うまい事、こう……何とかする方法はないか?』

エルヴィン『だとしたら、文化祭のフィーリングカップルに出場させたらいいんじゃないかな?』

リヴァイ『フィーリングカップル?』

ピクシス先生がリヴァイとハンジの為に考えた苦肉の策だ。

これに無理やり出場させてお互いを意識させるしかない。

その案に俺も乗る事にしたのだ。今年こそ、着火させる。ときめきの導火線を。

エルヴィン『3年9組の、ピクシス先生のところの出し物だよ。TV番組でよくあるような、フィーリングカップルを舞台上でやる予定だよ。まだ出演者を募集している筈だから、ハンジをそれに出場させればいい。モブリット先生には私から言っておこう』

リヴァイ『ああ、頼んだぞ。エルヴィン』

エルヴィン『任されたよ。………で、エレン。そろそろ出て来ても良いよ。忘れ物はこれかな?』

エレンがそろーっと様子を見ていた事には気づいていたので話しかけてあげた。

リヴァイ『ああ、エレンか。何だ。入ってきても構わなかったのに』

エレン『いや、その、すみません。なんか内密なお話のようでしたし、つい……』

リヴァイ『別に大した話じゃない。入れ』

エレンにタオルを渡して先に帰してあげる。

音楽室を閉めて俺達も帰宅の準備をして駐車場に向かった。

リヴァイ『今度こそ、幸せになるハンジが見られるよな』

エルヴィン『まあ、うまくいけばの話だけどな』

リヴァイ『もういい加減、俺も我慢の限界だった。早くあいつを送り出してやらねえと』

エルヴィン『……………』

それはこっちの台詞だと、怒鳴りつけてやりたい気持ちを胃の中に押し込めた。

我慢の限界はこっちも同じだった。早くリヴァイとハンジがくっついてくれないと。

この不毛な恋にいつまでも決着がつけられない。

エルヴィン『そうなると、俺達は独り身同士になってしまうな』

リヴァイ『まあ、そうなるな。其の時は俺が老後の面倒くらいならみてやるよ』

エルヴィン『え?』

リヴァイ『其の時までエルヴィンに嫁さんがいなかったらの話だけどな』

エルヴィン『……………』

待ってくれ。そんな想像をさせるな。

幸せ過ぎる。そんな未来を。

リヴァイ『ハンジの次はエルヴィン、お前だな。嫁さんをちゃんと探せ』

エルヴィン『リヴァイは本当に世話焼きババアだね。ハンジの言い方じゃないけど』

リヴァイ『うるせえよ。俺は別に独りでも生きていける。家事は全部自分でこなせるしな』

それは既に知っているが。そういう事じゃないだろう?

エルヴィン『……………俺も独りで大丈夫だよ』

そう精一杯、強がって言い返す事しか、其の時は出来なかった。







エレン『エルヴィン先生、何ですか?』

エルヴィン『いや、今日、リヴァイが遂に殴られたって聞いてね。どんな感じだったのか詳しく聞きたくて。目撃していたんだよね? 教えてくれないかな?』

その現場を見られなかったのが本当に残念でしょうがない。

エレン『ええっと、ハンジ先生がリヴァイ先生のシャンプーの魔の手から逃げて女子シャワー室に入って、それをリヴァイ先生が追いかけて、先にシャワー室の中にいたミカサが反撃しました。すげえ吹っ飛んでました。あと回し蹴りも一発食らってました……』

殴ったのはミカサだったのか。ハンジじゃないのか。

いやでも、あのリヴァイに一発攻撃出来たのが凄いな。

エルヴィン『いやーそれは生で観たかったな~惜しい事をした。動画、撮ってない?』

エレン『さすがに撮ってないですよ?! というか、何であんなにリヴァイ先生、ハンジ先生を洗わせたいんでしょうかね?』

エルヴィン『ん? んー……まあ、そうだね。リヴァイはほら、変態だからさ』

変態としか言いようがないよな。この場合は。

エレン『変態……じゃあ本当は、ハンジ先生を女性として見ているんですかね?』

エルヴィン『んーどうだろうね? 私は何とも言えないな』

女性というより既に身内に近い感覚だろうけど。

エレン『エルヴィン先生から見たら、2人はどう見えるんですか?』

エルヴィン『んーそうだねえ。需要と供給がここまで合致している2人を私は今まで見た事ないね。切っても切れない仲なんじゃないかな』

エレン『それって、腐れ縁という意味でですか? それとも……』

エルヴィン『どっちも、かな。本人達が気づいていないだけで、あの2人は立派に男女の仲だよ』

エレン『え?』

エルヴィン『リヴァイはどうも、キスとセックスがないと男女の仲だと思わないらしいが、私はそうは思わないよ。あの二人にとっては、一緒に風呂に入る行為自体が、セックスと同じ意味を持っている。ただ、お互いにそれに気づいてないんだよね』

エレン『え、ええええ?!』

驚かれるのも無理はない。でもそうとしか思えない。

ハンジの方はリヴァイのファンクラブの件があるから遠慮しているようにも見えるが。

リヴァイに至っては潜在意識に押し込めて見ないようにしているだけとしか思えない。

エルヴィン『体を繋ぐことだけがセックスじゃないのにね。リヴァイは本当に、馬鹿だよなあ。そこが可愛いんだけど』

エレン『あの、それを指摘してあげた事は……?』

エルヴィン『ないよー。指摘しても絶対信じないしね。無駄だと思うよ?』

エレン『そ、そうですか………』

病的とも言える性癖のようなもんだな。アレは。

エルヴィン『変わってるよねえ? 十代の頃も、しょっちゅう女の子から逆ナンパされていたらしいけど、必ず先に女の子を風呂に入れてからエッチしてたっていうし、ここまでくると病気だよね?』

エレン『た、確かに………』

エルヴィン『あ、でもこの事はオフレコしておいてね? リヴァイが先に気づくか、ハンジが先に気づくか、ピクシス先生と賭け事しているんだ。私はハンジが先に気づく方に100万賭けている』

まあ、俺も病気持ちなのは似たような物だが。

博打はもう俺の生きがいみたいな立ち位置にあるからな。

エルヴィン『1年に10万づつ賭けてたらいつの間にかこの金額になっちゃってね。そろそろ結果が出てもいい頃だと思うんだけどね……あ、エレンも賭けたいなら賭けていいよ?』

エレン『学生に博打を勧めないで下さいよ……』

エルヴィン『ごめんごめん。まあ、気が向いたらでいいよ。じゃあ、気をつけて帰りなさい。引き留めて悪かったね』

エレン『はい……』

エレンを最後に見送って音楽室を閉めた。

そうだ。よく考えたらこんな風に賭け事を始めてもう10年経ったのか。

それは自分の片思いがそれ以上の年月を越えた事を意味して、自分でも驚く。

エルヴィン『変態なのは俺も同じか』

元々は女が好きだった筈なのに。まさか男もイケるようになるとは。

それを自覚してからますますツンデレ好きに拍車がかかった。

エルヴィン『不毛な恋だっていうのに』

それでも想いを消せるのならとっくの昔に消している。

リヴァイは気づいていない。

ハンジと一緒に居る時、どれだけ幸せな顔をしているのか。

俺と一緒に居る時は、そこまで大げさに表情が動かない。

なのにハンジが傍に居ると絶妙に表情が変わる。

ほっとしたり、苦い顔をしたり、酸っぱい顔をしたり、憤怒の表情になったり。

そして何より口角が少しだけ上がっているのだ。優しい笑顔を見せる。

もう決めたのだ。だから迷ってはいけない。

リヴァイ『其の時は俺が老後の面倒くらいならみてやるよ』

そんな風に言ってくれるお前だからこそ。

俺は、2人を祝福すると決めたんだ。







エルヴィン『やあ皆。調子はどうだい?』

エレン『まー一応、この調子でいけば間に合いそうです』

エルヴィン『ふふっ。なら良かった。ところで、コミケは楽しかったかい?』

エレン『まあそれなりに。人多かったですけどね。あ、ハンジ先生とリヴァイ先生も来てました』

エルヴィン『そうか。では二人も楽しんだようだね。それは何より』

エレン『あの~今日、ハンジ先生とモブリット先生、飲みに行くらしいんですけど、ご存じでしたか?』

エルヴィン『うん。勿論知ってるよ』

エレン『その事がリヴァイ先生にもバレちゃって、リヴァイ先生、やたら張り切って、ハンジ先生をコーディネートするって言って拉致っていったんですけど』

エルヴィン『うん。まあ、リヴァイならそうするだろうね』

エレン『それって、やっぱりおかしいですよね。自覚ないのにも程があるっていうか……』

エルヴィン『自覚があったら、そもそも飲みに行かせないか、自分も飲みに参加するだろうね』

エレン『もし本当にハンジ先生とモブリット先生がくっついちゃったら、リヴァイ先生、どうするんだろ』

エルヴィン『ふふふっ………一生独身のままじゃないのかな?』

エレン『か、可哀想な気がしますけど』

俺もそう思うけど、万が一の時は俺がリヴァイの傍にずっと居ようと思う。

エルヴィン『その時は自業自得だね。まあでも、大丈夫じゃないかな。私はあの2人が離れる未来は想像出来ないよ』

エレン『そ、そうなんですか?』

エルヴィン『うん。私はこう見えても博打が得意でね。ギャンブルが大好きなんだ。勝負師としての勘が、そう言っているから間違いないよ』

勘が外れて欲しいと思う時程、当たるんだよな。

不思議だな。本心はリヴァイを独占したいと思っている癖に。

俺は本当に捻くれた性格をしていると自分でも思う。

エレン『その根拠はどこにあるんですか?』

エルヴィン『ん? 博打を打つ根拠の事を言ってるのかな?』

エレン『はい。それだけ自信満々で言い切るくらいだから、何か知っているのかと……』

エルヴィン『ふふふっ……気になるのかい?』

エレン『はい。かなり』

エルヴィン『知りたいなら、エレンも賭け事に参加だよ。お金は賭けなくてもいいけど、何か賭ける物はあるかな?』

エレン『ええええ………』

エレン『わ、分かりました。ええっと、オレはリヴァイ先生とハンジ先生がくっつく方に賭けます』

エルヴィン『時期はいつにする?』

エレン『それもやるんですか? うーん………』

エレン『………………なんとなくですけど、クリスマスとか?』

エルヴィン『丁度、リヴァイの39歳の誕生日だね。分かった。そこまでをタイムリミットにしよう』

まさかここでエレンがドンピシャで当てるとは思わなかったな。

エレンは博打の才能があるのかな。運がいいようだ。

エレン『え? リヴァイ先生、クリスマスが誕生日なんですか』

エルヴィン『うん。そうだよ。12月25日生まれなんだ』

エレン『へー』

エルヴィン『まあ私もそのあたりまでには何か動きが起きるんじゃないかと思っているけどね』

エレン『じゃあ、エルヴィン先生の根拠を教えて貰っていいですか?』

エルヴィン『うん。いいよ。あの2人はね………』

ハンジ『エルヴィン!! 助けて!!』

おおっと。青少年にはちょっと目に毒な軽装でハンジが猛スピードで駆けてきた。

タンクトップと短パン姿の、殆ど下着に近い服装でハンジがぜーはー言っていた。

エルヴィン『おやおや、どうしたんだいハンジ』

ハンジ『はあはあはあ……』

エルヴィン『相当、急いで逃げてきたみたいだね。髪、濡れているよ?』

ハンジ『あ、うん。髪、乾かす前に逃げてきた。ええっとね……』

おおっと。案の定、リヴァイからの電話が来たぞ。

エルヴィン『うん、リヴァイか。どうしたんだ?』

リヴァイ『そっちにハンジが行ってないか?』

エルヴィン『ふむ。ハンジならここには来てないよ』

リヴァイ『あいつ、ベランダから逃げやがった』

エルヴィン『え? 逃げた?』

と、驚いたフリをする。

リヴァイ『ああ。見つけたら折り返し連絡をくれ』

エルヴィン『分かった。見つけたら知らせる』

リヴァイ『あいつ、大事な物忘れて行きやがった』

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『飲みに行くのに必要な物を忘れたんだよ。エルヴィン、今日の事を知ってたのか?』

エルヴィン『ああ……モブリットとの飲み? うん。知ってたけど』

リヴァイ『何時からだ?』

エルヴィン『何時から? 確か5時くらいとか言ってた気がするけど?』

リヴァイ『間に合うのか……?』

エルヴィン『でもモブリット先生の仕事が終わってからになるんじゃないかな? 彼、今年の文化祭の実行委員の担当教員だし』

リヴァイ『ならいいが。もしハンジを見つけたら絶対、連絡しろよ』

エルヴィン『うん。ああ、分かった。じゃあね』

さて。大事な事を2回も言われたけどこっちの処理が先だな。

エルヴィン『とりあえず、隠しておいたけど。どうしたんだい?』

ハンジ『はーはー……あのね』

エルヴィン『うん』

ハンジ『リヴァイの奴、私にスカート、はかせようとしてきたから、あいつが私のスカートを探している間に、自分の部屋のベランダから飛び降りて逃げてきた』

エルヴィン『それはまたダイナミックな逃走劇だったね。ハンジの部屋は3階だろ?』

ハンジ『2階のリヴァイの部屋のベランダを伝って、何とか降りた。もーあいつ、はりきり過ぎだよ! 何でただの飲みにスカートはく必要があるのよ~!』

エルヴィン『ははは……リヴァイの中では、飲む時は女性はスカートをはいてて欲しいんじゃない?』

ハンジ『飲むのはリヴァイとじゃないんだけどな……モブリットはそういうの、希望したこともないよ?』

エルヴィン『まあねえ。その辺はモブリットの趣味に合わせるべきだよね。で? どうするんだい? もう自宅には戻れないだろ? その恰好のまま、飲みに行くのかい?』

ハンジ『あーさすがにこれは軽装過ぎるよね。あ! 演劇部の衣装を貸してくれない? 今日はそれで妥協するよ』

エレン『えええ……でも、ハンジ先生が着れるサイズの服ってあったかなあ』

そして待つ事数分。ハンジがツナギに着替えて戻って来た。

エルヴィン『おお。丁度いい衣装があって良かったね。似合ってるよ』

ハンジ『そう? なら良かった! モブリット、まだ仕事終わってないのかな?』

エルヴィン『予定ではそろそろの筈だけどね』

ハンジ『ちょっと電話して貰っていい? 私、何も持って来てなくて…』

エルヴィン『体一つで逃げてきたんだね。了解』

エルヴィン『モブリット先生。エルヴィンです』

モブリット『エルヴィン先生! 何かありましたか?』

エルヴィン『はい。今、どんな状況ですか?』

モブリット『丁度、仕事が終わらせるところ……いえ、終わらせたところですが』

エルヴィン『はい。ああ、そうですか。分かりました』

モブリット『何か問題でも起きましたか?』

エルヴィン『いえ、今、こっちにハンジ先生がいるものですから。はい』

モブリット『そうなんですね! でしたら今からそっちに向かいますね』

エルヴィン『ああ、ついでに寄ってくれるんですね』

モブリット『当然ですよ! 動かない様にハンジ先生にお伝えください!』

エルヴィン『分かりましたー』

エルヴィン『丁度仕事が終わったところだよ。こっちに来てくれるって。そのまま飲みに行って来たらいいよ』

ハンジ『ありがと~エルヴィン! じゃあモブリットが来たら行ってくるね! ここで待たせて貰うね!』

モブリット『やーすみません。いろいろ雑用が終わらなくて。今さっき、やっと終わりました………?!』

モブリット『あの、ハンジ先生。その衣装は……』

ハンジ『あはは! 演劇部の借り物なんだ! ごめんね! ちょっといろいろあって、この服しかなくてね』

モブリット『いえ、いいんですけど………いやあ、似合ってますね(デレデレ)』

ハンジの衣装にすっかり悩殺されているな。

リヴァイもこの衣装を見たらちょっとは動揺するかな。

そしてその10分後くらいに、今度はリヴァイが作業場にやってきた。

どうやら嘘に気づいたようだな。勘がいい。

リヴァイ『……………』

目つきだけで人を殺しそうな顔だな。でもそんなリヴァイも格好いい。

リヴァイ『エルヴィン。ハンジを隠してないか?』

エルヴィン『ん? 何故そう思う?』

リヴァイ『いや、その可能性もあるなと思って、一応こっちに来たんだが……』

勘がいい。その推理は大正解だ。

エルヴィン『ふふっ……リヴァイ。それは心配無用だよ。さっき、モブリットと一緒に出掛けて行ったから』

リヴァイ『は? あの格好で行ったのか? 馬鹿かあいつ』

エルヴィン『いやいや、服はちゃんと着て行ったよ。演劇部にあった物を借りて行ったんだ』

リヴァイ『ああ……なるほど。そういう事か』

ほっとしたリヴァイの顔、本当に可愛いよ。

でもすまん。その安堵の顔は崩す事になる。

リヴァイ『演劇部にもスカートはあったな。ワンピースや、女性物の服もあった筈だし』

エルヴィン『いや? ハンジはツナギ姿で出かけて行ったよ。スカートは選ばなかった』

リヴァイ『……………そうか』

スカートとはまた別の意味で色っぽいお姉ちゃんに変身して行ったよ。アレはアレで乙だと思う。

リヴァイ『ツナギか………まるで作業員のような格好だな。いいのかそれで』

エルヴィン『いいんじゃないのかな。別に。モブリットは喜んでいたよ』

リヴァイ『か、変わった奴だな。普通、こういう時はスカートをはくもんじゃないのか』

エルヴィン『それはリヴァイの希望だろ? エレン、そうは思わないかい?』

リヴァイ『そうなのか?』

するとエレンも概ね同意してくれたようだ。

エレン『あーはい。正直言えば、ドキドキしました。すげえ似合ってたんで』

エルヴィン『うん。ハンジはツナギの似合う女性なんだよ。リヴァイ。彼女の事が気にかかるのは分かるが、今回はちょっとやり過ぎたんじゃないかな?』

リヴァイ『そ、そうか………』

ああ。もう。このまま何処かその辺に連れ込んでよしよし頭を撫でてやりたい。

エルヴィン『リヴァイが焦るのはハンジの年齢のせいだね?』

リヴァイ『まあな。あいつ、もう36歳だし、今度の縁を逃したらもう、チャンスがないんじゃないかと思ってな』

エルヴィン『ふふっ……リヴァイは少し勘違いしているようだね』

リヴァイ『何がだ?』

エルヴィン『モブリットがハンジの外側だけを見て惚れていると思っているのかい?』

リヴァイ『え? 違うのか?』

エルヴィン『違うよ。彼はちゃんとハンジの内側の部分も知っている。月に一度の、綺麗な時のハンジにだけ声をかけている訳じゃない。ちゃんとハンジの汚い部屋の事も知っているし、そのままのハンジを好いているんだよ』

その件を知った時は俺も正直驚いたけどな。モブリットの思いはどうやら本物のようなんだ。

リヴァイ『め、珍しい奴もいたもんだな』

エルヴィン『そもそも、ハンジは結構モテるんだよ? だから例え40歳を超えたとしても、私は心配いらないと思うけどね』

リヴァイ『そうか。いや、でもしかし……』

エルヴィン『子供を産める年齢を越えたとしても、それはもうリヴァイの関与するべき部分じゃない。リヴァイ。今日はこの後、私と飲みに行かないか?』

リヴァイ『………そうだな。時間があるなら、頼む』

エルヴィン『素直で宜しい。じゃあエレン、あの話はまた今度でいいかな?』

エレン『あ、はい……』

エレンには結局、この時の話の続きは出来なかったけど。

まあ後の事は大体察してくれたようだし、今更だよな。

そしてその日の夜、俺達は居酒屋「自由の翼」の奥の席を取って2人で飲んだ。

とりあえず生ビールからだ。お摘みを適当に頼んで少しずつ酒を入れていく。

リヴァイの顔が疲れ切っていた。自己嫌悪に陥っているようだな。

リヴァイ『エルヴィン……』

エルヴィン『何だ?』

リヴァイ『俺の悪いところを言ってくれ』

エルヴィン『うーん。とりあえず過保護過ぎるかな』

リヴァイ『過保護?』

エルヴィン『あと保護者面し過ぎかな。やっている事はもうハンジの肉親レベルのお節介だと思うんだけど』

リヴァイ『踏み込み過ぎたのか』

エルヴィン『焦る気持ちは分からなくもないけどね』

リヴァイ『でも俺はあんなにスカートを拒否されるとは思わなかった』

エルヴィン『………』

ベランダから脱出するくらいだからなあ。

リヴァイ『勿論、ズボンでも悪くはねえよ。あいつ、足が長いしな。でも、男と女の関係を望む時は、普通、女はスカートをはくもんじゃねえのか』

エルヴィン『つまりハンジの方はモブリット先生とそういう関係になるつもりはないんだと思うよ』

リヴァイ『モブリット先生の片思いなのか』

エルヴィン『今のところそんな気配だね』

リヴァイ『勿体ねえだろ。贅沢言ってる場合じゃねえよ。ハンジ、余程イケメン好きなのか?』

エルヴィン『ハンジは顔で相手を選ぶタイプじゃないよ』

リヴァイ『だったら何が問題なんだよ!』

エルヴィン『………本当に。何が問題なんだろうね』

彼女のトキメキの件はここで口に出したくなかった。

リヴァイがどの程度、その件について認識しているか分からないからだ。

それに加えてハンジは大学時代に大学教授と揉めてパワハラとセクハラを受けた経験がある。

きっとその時の経験もあって、ハンジは恋愛に進む時は慎重に考えるようになったんだろう。

リヴァイ『あいつ、もう36歳だぞ。子供を産まねえつもりなのか』

エルヴィン『その件は前にも言ったけど……』

リヴァイ『分かっている。だが、女は産まないよりは産んだ方がいいに決まっている』

エルヴィン『………………』

リヴァイ『あいつが心配なんだ。もしも身体を壊したらどうする。壊してから後悔しても遅いのに』

エルヴィン『まあ、それはそうだけど』

いっそリヴァイが無理やり孕ませてしまえば?

なんて酒の勢いに任せて言ってしまおうかとも思ったが。

想像するとそれに嫌悪する自分も居て、自分でも何やっているんだろうと思った。

エルヴィン『まるでレット・バトラーのようだな』

リヴァイ『え?』

エルヴィン『知らない? 風と共に去りぬっていう映画に出てくる男が、愛する女について娼館の女に愚痴るシーンがある』

リヴァイ『ん?』

エルヴィン『今の俺はまるでその娼館の女の立場みたいだなと思ってな』

リヴァイ『エルヴィンは男だろ?』

エルヴィン『いっそ俺も女に産まれたかった……』

そうすれば襲い受けにでも何でもなるからリヴァイとどうにかなれただろうか?

リヴァイ『お、おい………いきなりびっくりするような告白をするな。本気なのか?』

エルヴィン『冗談に決まっているだろ』

リヴァイ『そ、そうか……』

エルヴィン『とにかく今後はもうちょっと自重したらどうだ? ヤキモキするのは分かるが、ハンジは大人の女性だ。リヴァイは彼女の友人として温かく見守ればそれでいいんだよ』

リヴァイ『必要以上に世話をしない方がいいか』

エルヴィン『まあ、突き放せるのに越したことはないけど』

リヴァイ『………分かった。エルヴィンの判断に従おう』

多分、無理だろうな。リヴァイの性格は分かっている。

リヴァイ『いつもすまん。エルヴィン』

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『俺は毎回、何かやらかす度にエルヴィンに頼っている気がする』

エルヴィン『んー別に構わないよ。この程度の愚痴は酒のいい肴だ』

リヴァイ『ならいいが………』

エルヴィン『ま、ハンジに会ったら「すまん。やり過ぎた」って一言言えば解決すると思うよ』

その程度の事だと思う。今回の騒動は。

特にハンジ側から見ればそこまで大事にするような問題ではないのだ。

リヴァイ『そうだな。ハンジに会ったらすぐ謝ろう。そうする(グビグビ)』

ハンジの事となると本当、冷静で居られないリヴァイが憎らしい。

そんなにお前の心を掻き乱して、表情を変えられるのはハンジだけだ。

ハンジは俺にとってリヴァイで言うところのイザベルに対する感情に近いかもしれない。

一度だけ体を重ねる事はしたけれど。

終わった直後のハンジは『あれー? こんなものなんだ。セックスって』ときたもんだ。

正直言えば男としてはがっくりしたが、どうやら俺の手でもイクところまで導けなかったようだ。

技にそれなりに自信を持っていた当時の俺はちょっとだけ凹んだりもしたが。

まあ、強い恋愛感情を経てしたセックスではなかったから、仕方がないと言えばそうだけど。

その彼女に対して嫉妬する自分が出てくるなんて、身体を重ねた当時は思いもしなかった。

人生は本当に分からない物だ(何回目だっけ?)。

ハンジと上手くいって欲しい。

でも、駄目になった時は俺の傍でグダグダしてくれていい。

相反する気持ちが同時に同居していて、俺は本当に頭を悩ませた。

腹いせにリヴァイにどんどん酒を飲ませていくと、どんどん顔が赤くなっていった。

可愛い。酒に酔ったリヴァイは本当に可愛い。

リヴァイ『エルヴィンも飲めよ』

エルヴィン『飲んでるよ』

リヴァイ『ならいい……(グビグビ)』

なあ、リヴァイ。

酒に酔った勢いで、もしも手を出したら、お前はどんな顔する?

絶望的に俺を嫌うか? それとも殴り殺すか?

嫌悪感で俺を蔑んで、二度と口を聞いてくれなくなるか?

きっとその全部を足しても足りないくらい、俺を拒絶するに違いない。

それでも欲しいと俺が今、ここで口を滑らせたら。

リヴァイ『ほら、摘みも食え』

スッと差し出された肉じゃがを見て我に返る。

ああ。やっぱり無理だ。

俺はリヴァイに嫌われたらきっと、その先の人生を生きていけない。

肉じゃがと共に呑み込んだ。俺は俺自身の気持ちを。

もう一度、お前の髪を梳きたいという欲望を。

もう一度、キスをしたいという願望を。

臆病なのは俺の方かもしれない。

俺もリヴァイの事をどうこう言う権利は何処にもない。

ピクシス先生は惚れたら自分から動くのが男として当然だと思っている節があるけど。

そんな風に果敢に動ける男の方が少ないように俺は思える。

男は元々、繊細で臆病な生き物だ。

それを奮い立たせて、自分を叱咤して、精一杯、虚勢を張る。

それが男の生き方だ。俺もそんな男だ。

エルヴィン『美味しいね。リヴァイの肉じゃがの味に似ているような』

リヴァイ『そりゃそうだな。ここの店のレシピは俺が考えた』

エルヴィン『え?』

リヴァイ『ここでバイトしていた時に厨房に口を出した事がある。そのせいで当時のスタッフと揉めて喧嘩になったが。以後は裏で働かせて貰って、レシピをアレンジさせて貰った事がある』

エルヴィン『通りで美味しいと思った』

リヴァイ『レシピがまだ生きていたという事は、評判がいいんだろ』

ちょっと自慢げに言うリヴァイが凄く格好良く見えた。

リヴァイ『ただいつまでも同じ味なのは本当は良くねえ。もっと美味くする工夫をして欲しいんだがな』

エルヴィン『リヴァイの味が無くなるよりはいいよ』

リヴァイ『いや、駄目だ。もっとスタッフ頑張れ(グビグビ)』

何故か応援しているリヴァイが可笑しかった。

エルヴィン『本当、リヴァイは可愛い』

リヴァイ『ん?』

エルヴィン『あ、すまん。ついつい』

リヴァイ『お前、眼鏡をかけた方がいいな。俺の顔が可愛く見えたら目が悪くなった証拠だぞ』

そんな事を言い出したら日本人の9割は眼鏡をかけないといけなくなるよ。

エルヴィン『んー眼鏡か。かける時期にきたのかな』

リヴァイ『似合いそうだけどな。エルヴィンも』

エルヴィン『ハンジには負けそうだよ』

リヴァイ『ハンジは黒縁と縁無し、両方持っているぞ』

エルヴィン『学校だと黒縁で、自宅だと縁無しが多いようだね』

リヴァイ『ああ。黒縁の方が度がきついそうだ。縁無しは度を落としてパソコンとかの作業や本を読む時にかけ替えるそうだ』

思い出す。その黒縁眼鏡のせいで元彼女と修羅場になっちゃった件とか。

リヴァイ『俺は………どんな眼鏡でも好きだが』

ほらな。もう恋する乙女のような顔をしている。

もうね。笑うしかないよな。これは。

エルヴィン『視力がこれ以上落ちるようなら俺も眼鏡にするよ』

リヴァイ『ほう……その時は見立ててやろう。エルヴィンに似合う奴を選んでやる』

エルヴィン『期待していいのかな?』

リヴァイ『鼻つき眼鏡は何処に売ってあるかな』

エルヴィン『言うと思ったよ。パーティーグッズ屋に行かないとないよ』

リヴァイ『ぐるぐるビン底眼鏡が似合いそうだ』

エルヴィン『絶対嘘だな』

リヴァイ『まあ、その通りだが』

本当に下らない会話をしてお互いに笑っていると、

リヴァイ『パーティーグッズで思い出したが』

リヴァイが目を細めて話題を少し変えた。

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『以前、ハンジの奴が何故か俺にミニスカサンタの衣装をプレゼントしてくれた事があった』

エルヴィン『ぶほっ!』

流石の俺もこの時ばかりは噴いた。え? 何でミニスカサンタ?

リヴァイ『俺の誕生日は12月25日で、クリスマスと被っているからとか何とか言って、パーティーグッズ屋に行ったら俺に似合いそうな衣装があったから衝動買いをしたそうだ』

エルヴィン『その衣装、まだ持っているの?』

リヴァイ『いや、流石に着られないから演劇部用の衣装として提供した。そしたらあいつに「折角プレゼントしたのにぃ」と文句言われたけどな。何で男の俺がミニスカサンタにならんといかん。ハンジが着てくれた方がよっぽど………』

と、そこまで言いかけて咳払いをして誤魔化すリヴァイだった。

リヴァイ『あいつ、たまに俺にわざと女装をさせようとする時がある。俺が女装してどうすんだって話だが、自分は女装を嫌がる癖に何で人にやらせようとするんだろうな?』

エルヴィン『さ、さあね……』

この時、俺は少しだけ感づいて言葉を濁した。

まさかとは思うが、ハンジの方は俺の想いに気づいているんだろうか?

確認した訳ではないが、余りその事に触れられない様にしたかったので、俺はさり気なく話題をハンジへ寄せていった。

エルヴィン『ハンジがスカートをはいた方が似合うよね』

リヴァイ『だろう? ハンジは足が長い。タイトスカートでもはいた日にはきっと……』

そんなにタイトスカート推しなのか。リヴァイ。

口元がにやけているのに自分でも気づいていないんだろうな。

リヴァイ『いや、タイトスカートでなくとも、ロングでもいい。フレアースカートでもいい』

スカートだったら何でもいいのか。ハンジが女性の恰好をすれば何でもいいのか。

呆れるくらいハンジの事ばかり考えている癖に。

どうして、その根底にある感情をさっさと認めようとしないんだろうか。

エルヴィン『リヴァイ。どうしてそんなにハンジの事が気になるのに自分の物にしようと思わないんだ?』

リヴァイ『は?』

エルヴィン『付き合っちゃえばいいじゃないか。いっそ、リヴァイがハンジを………』

リヴァイ『俺にはあいつは勿体ねえよ』

そう、言葉を被せる様に言いながらぐいっと酒を追加する。

リヴァイ『俺は今まで女関係でろくでもない事ばかりしてきたしな。俺みたいないい加減な奴より、モブリット先生みたいな若くて真面目な相手の方が結婚相手として相応しいだろ。どう考えても』

そう言って「勿体ない」ばっかり繰り返して酒を飲んでいく。

リヴァイ『あいつは……いい女だしな』

そう呟いて切なそうに両目を細める仕草に俺は天井を仰ぎたくなる。

もう何回目になるか分からない。リヴァイは酒に酔うと本性を露わにしてくれるけど。

これが所謂「教会が来い」って言いたくなる状態だとつくづく思った。

リヴァイ『俺はあいつが幸せになるところがみてえんだよ』

エルヴィン『それは俺もそうだけど………』

リヴァイ『花嫁姿は似合うだろうな。白無垢でも打掛でも、ウエディングドレスでも何でもいい……』

勝手に妄想している時点で既におかしいんだけどな。

リヴァイ『あ、やばい……何か、泣きたくなってきた』

エルヴィン『おいおい……』

妄想の時点で泣いてどうするんだ。リヴァイ。

リヴァイが泣きたい時は喜んでいる証拠だが、酒が入ると本当に喜怒哀楽の振れ幅が大きくなるな。

適当な量の時は愉快な感じになるんだけど。少し飲ませ過ぎたかな。

リヴァイ『はあ…………ハンジの奴、今頃モブリット先生とうまくいってればいいが』

口と表情が真逆だな。リヴァイ。

青ざめている癖に。本当はうまくいって欲しくない癖に。

ややこしい性格をしていると思う。俺はついついリヴァイをじっと見つめてしまった。

酒に溺れて(本当は)好きな女について悩んで愚だ巻くのはいつもの事だが。

そんな憂いを帯びたリヴァイはとんでもなく色っぽい表情になる事に気づいていないようだ。

男に色っぽいという表現を使うのはリヴァイだけだ。

俺が今ここで手を出さないでおこうと思っている事に感謝して欲しいくらいだ。

リヴァイ『エルヴィン……?』

俺の視線に小首を傾げるリヴァイに思わずドキッとした。

いかん。可愛い。ほへっと無防備にこっちを見るな。リヴァイ。

エルヴィン『すまん。ついじっと見てしまった』

リヴァイ『そうか………』

エルヴィン『そろそろ帰るか? 明日に響くといけない』

リヴァイ『そうだな。帰ろう……』

居酒屋での飲みはそこまでにして、俺はリヴァイとタクシーで帰った。

自宅マンションに到着してから何故かリヴァイが俺の背中に頭をくっつけてきた。

エルヴィン『ん? どうしたんだ? リヴァイ』

リヴァイの方から甘えてくる仕草に内心、ハラハラした。

リヴァイ『いや………その……』

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『すまん。もう少し飲みたい。エルヴィンの部屋で飲ませてくれないか?』

エルヴィン『……………』

自分の中で一瞬だけ、悪魔の囁きが聞こえた気がした。

自分のテリトリーに入れてしまえば理性が最後まで持つか自信がなかったが。

それでも、俺はリヴァイに甘えられると弱い。

断るなんて選択肢はなかった。

エルヴィン『仕方がないな。いいよ。延長戦だ』

これは明日は二日酔いコースだな。そう思いながらリヴァイを家の中に招き入れる。

リヴァイ『ハンジの部屋程ではないが、エルヴィンの部屋もいつも雑然としているな』

エルヴィン『座れる場所だけは綺麗にしているから大目に見てくれ』

リヴァイ『いや、甘い。今から掃除する……(いそいそ)』

エルヴィン『夜中だから自重してくれ。他の部屋に迷惑だ』

リヴァイ『ちっ……』

酔っているな。これは。理性がゆるゆるだ。

リヴァイ『何かつまめる物はあるか? 冷蔵庫をチェックさせろ』

エルヴィン『大した物は入ってないよ』

リヴァイ『どれどれ……ふむ。チーズと鶏肉があるな。オーブントースターで焼こう』

酒が入っていてもリヴァイは調理が出来る。むしろノリノリで料理をする。鼻歌まで出ているから可笑しい。

リヴァイが冷蔵庫の中身を掃除する意味で調理してくれた。これで明日の朝飯の分まで手間が省けた。

リビングに出来上がったつまみとジンやウォッカなどを用意してソファに並んで座る。

リヴァイ『乾杯』

エルヴィン『乾杯』

グビグビ………

明日は多分、起きられないだろうな。この分だと。

まあその時は俺がリヴァイの代わりに朝練習に付き合えばいい話だ。

リヴァイ『はあ………』

リヴァイの顔がどんどん赤くなっている。そろそろ20杯オーバーがくる頃かな。

そしてぐいっと一杯飲み終わると、リヴァイの目つきが変わった。

リヴァイ『……………』

目が完全に据わった。あ、これは来たようだ。

リヴァイ『…………はあ』

おや? いつものように叫んだり泣いたりグダグダしない。

酷い時は暴れたりするんだけど。どうしたんだ?

リヴァイ『もう諦めるしかねえかな』

エルヴィン『何が?』

リヴァイ『多分、結婚しているよな……向こうは』

エルヴィン『ああ。例の教習時代の彼女?』

リヴァイ『ああ。あの綺麗な女といつか会えないかとつい、探す時もあるが』

エルヴィン『探すの手伝ってあげようかって何度も言っているのに』

リヴァイ『いや、いい。もし再会したとしても、きっともう相手は結婚しているに違いねえ』

やれやれ。この茶番に付き合うのも何度目か分からない。

リヴァイ『一目見るだけでいい。遠くから………一目見たい』

エルヴィン『そんなに彼女が恋しいのか?』

リヴァイ『ああ。あんなにいい女は他にいねえよ』

お前のすぐ傍にいるんだけどな。こっちは目を細めるしかない。

リヴァイ『幸せになっているといい。あの女も誰かと……』

エルヴィン『やれやれ。リヴァイは人の幸せを願うばかりで自分の事はいつも後回しだな』

リヴァイ『ん?』

エルヴィン『リヴァイ自身が幸せになりたいとは思わないのか?』

リヴァイ『何を言っている』

其の時、リヴァイは蠱惑的な笑みを浮かべて言い放った。

リヴァイ『今、こうやってエルヴィンと飲んでいるだけでも十分幸せだ』

エルヴィン『…………』

リヴァイ『これ以上望むのは贅沢ってもんだろ』

エルヴィン『リヴァイ』

其の時俺はそれ以上言わせたくなくて言葉を被せた。

エルヴィン『お前はもっと贅沢になっていい。欲深くなっていいんだ』

リヴァイ『エルヴィン……?』

エルヴィン『俺とずっと一緒にいるといずれ不幸になるぞ。それでもいいのか?』

リヴァイ『言っている意味が分からねえ。どういう意味だ。それは……』

エルヴィン『そのままの意味だ。良く考えろ。リヴァイ』

そう言いきってじっと見つめると、リヴァイの方が驚いた顔をしていた。

言葉に困った表情で俯いて唇を動かしている。

その八の字の眉毛が本当に可愛くてしょうがない。

もっと困らせてやりたい気持ちを無理やり押さえつけて俺は待った。

お前が本当にハンジを選ばないというのなら、遠慮する必要はないよな。

泣いても喚いても無理やりにでも、俺の腕の中に収める。

強硬手段に出てやってもいいんだぞ。リヴァイ。

リヴァイ『…………エルヴィンと一緒に居て不幸になる自分が想像出来ん』

エルヴィン『なるよ。俺が贅沢を言い出すようになるからね』

リヴァイ『どんな贅沢だ』

エルヴィン『それは言えない。聞いたらきっとリヴァイが後悔する』

リヴァイ『……そうか』

しゅんと落ち込む顔が本当に可愛い。

俺は今日一日で何回、リヴァイに対して可愛いと思えばいいんだろう?

リヴァイ『でも俺は結局、エルヴィンに何も返してねえ気がする』

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『本当にいいのか? それで』

エルヴィン『俺が昔、リヴァイに投資した件ならもう既に元が取れている』

リヴァイ『それはそうかもしれんが………』

エルヴィン『リヴァイ。明日も学校がある。今日はこの辺でやめておかないか?』

これ以上リヴァイに酒を飲ませたら要らん事を言わせる気がして俺はそう促した。

リヴァイ『………そうだな。すまん。今日はこの辺でお開きにするか』

真っ赤な顔で立ち上がろうとした其の時、珍しく足元がふらついて俺の方に寄りかかって来た。

うっ………。

密着されてしまってこっちも微妙に緊張してしまう。

リヴァイ。早く離れてくれ。こっちは抱き心地が良過ぎて困るんだが。

そう思いながらリヴァイの方を見ると、

リヴァイ『……………』

リヴァイは八の字眉毛のままこっちをじっと見ていた。

ぐっ……壮絶に可愛い。男だという事を忘れそうな程だ。

頼む。リヴァイ。俺の理性が持っているうちに早く……。

リヴァイ『エルヴィン』

エルヴィン『な、なんだ? (ドキッ)』

リヴァイ『エルヴィン……』

エルヴィン『だからなんだ?!』

甘い声で囁くな。何がしたいんだリヴァイ?!

リヴァイ『………やっぱり何でもねえ』

ズコーッ

気分はそんな感じだ。何がしたかったんだ? 本当に。

リヴァイ『…………』

リヴァイが無言のまま何故か離れない。

こんなに近い距離に居られたら、俺も流石に、その……。

仕方がない。俺はリヴァイの髪を梳きながら宥めた。

エルヴィン『飲み足りない気持ちは分かるが、今日はここまでだ。いいな?』

リヴァイ『ああ……』

エルヴィン『立てないなら送っていくから』

リヴァイ『ん……』

色っぽい声を出さないでくれ。いろいろ勘違いしそうになる。

俺も酒が多少入っているから、これ以上変に誘惑しないで欲しいんだが。

足取りが不安定なリヴァイを自宅まで送っていく。

下の階に送っていくだけだが、こけないように支えながら階段を降りた。

そしてリヴァイを自宅に送ってやる。

別れ際に、リヴァイがまたこっちをじっと見ていた。

潤んだ瞳で見上げるその愛らしさに俺はもう、ぎゅっとしたい気持ちを相当我慢した。

三白眼、可愛いな。その△の形になるぽかん口も可愛い。

ああ可愛い。リヴァイに対しては何回言っても飽きない程可愛い。

くどいと言われようがリヴァイは可愛い。リヴァイ自身は自分の愛らしさに全く気付いていないが。

リヴァイが女性だったらな。本当に。どんな手を使ってでも自分の物にしたんだが。

いや………。

ハンジの存在がなければもしかしたら俺は、リヴァイに手を出していたかもしれない。

強引に迫って、男同士でもいいからと、説き伏せて。

道を外れてもいいからリヴァイと共に生きたいと。そう願ったかもしれない。

リヴァイがまだ俺の方を無言で見つめている。

ん? やけに長くこっちを見つめてくる。どうしたんだ?

リヴァイ『エルヴィン……』

エルヴィン『ん? なんだ』

リヴァイ『お前が贅沢を言い出しても、俺は多分、不幸にはならねえよ』

エルヴィン『え……?』

リヴァイ『お前はよく俺に「自分の事はいつも後回しだ」とかいうが、お前も相当だからな?』

エルヴィン『…………』

リヴァイ『俺の事を優先し過ぎだ。たまには甘えてきたっていいんだぞ』

エルヴィン『…………………』

グラッと。眩暈がした。

酒の力があるせいか、いつもより理性が緩んでいるせいか。

そのリヴァイの優しい言葉がいつも以上に沁みて。

その言葉だけで救われる思いもあったけれど。

俺の右手は勝手にリヴァイの頭を撫でて、指を絡めていた。

駄目だ。

今のリヴァイは酒が入っている。

恐らく、ここで起きた事は記憶には余り残らない。

覚えていたとしてもぼんやりとした記憶だろう。

だったら。

その一歩を踏み出してしまえば。

エルヴィン『ありがとう。リヴァイ。その言葉だけで十分だ』

リヴァイ『…………』

ポンポンと頭を撫でて衝動を押さえこんだ。

ここで手を出したら今までの事が水の泡になる。

恐怖した。そんな未来が来る事を。

一時的な快楽に身を任せて、それ以後のリヴァイとの繋がりが消えたら。

俺はこの世から居なくなるしかなくなる。

エルヴィン『おやすみ。リヴァイ。明日の朝練は俺が代わりにやっておくから』

リヴァイ『……あ』

エルヴィン『朝練の事、すっかり忘れていたね?』

リヴァイ『すまん……根性で起きる』

エルヴィン『多分、無理だろうね。その赤い目じゃ』

リヴァイ『うっ………』

だから泣きそうな顔をするな。リヴァイ。そんな顔をされるとキスしたくなる。

そう言いたくなる自分を抑えつけて俺はリヴァイと別れた。

部屋に戻ってからベッドに入って眠った。後片付けも碌にしないままに。

そして夢の中でミニスカサンタのリヴァイが出て来て、いろいろ重症だなと思いつつ目が覚める。

キュートだった。ミニスカリヴァイ。足癖悪いサンタだったけど。

ちなみに俺はトナカイだったよ。こき使われているのに楽しかったな。

…………まあ、こんなヘンテコな夢を見るのは今に始まった事じゃないんだが。

リヴァイを好きだと思うようになってからはいろんなリヴァイが夢に出る。

メイドは勿論、花魁やナース、果てはポールダンスをするリヴァイまで出てきた事も過去にある。

腰をガンガン振っているリヴァイがいやらし過ぎてヤバかった夢を見た事もある。

そんな風に性的な意味で見ている事をリヴァイに知られたらきっと。

想像するだけでも怖い。リヴァイが縁切りする未来を。

俺は軽く身支度して、昨日リヴァイが作ってくれたおかずを腹に入れてから朝早く学校へ向かった。






ハンジ『リヴァイおはよー! って、あれ? 今日はエルヴィンなの?』

何も知らない元気なハンジが第三体育館にやってきた。

エルヴィン『ああ。リヴァイは二日酔いでちょっと寝坊しているよ。8時15分からの職員会議までには学校に来ると思うけど』

ハンジ『えええ? 珍しいね。リヴァイ、二日酔いになるほど飲んだって事は、多分、20杯以上飲んでいるよね?』

それだけの量を飲むのは久々だったな。酒に逃げたかったんだろう。

エルヴィン『すまない。ついつい面白く……んんー私が飲ませ過ぎたんだ』

昨日のリヴァイは本当に可愛かったよ。うん。

ハンジ『そーなの? どうしたんだろうね? 何かあったのかな?』

エルヴィン『ははは………まあ、そのうち落ち着くさ。ところで昨日はどうだったんだい?』

ハンジ『楽しかったよー♪ モブリットはそんなに飲めない方だったけど、いろいろ話して楽しかった。また時間が合えば飲みに行くかもね』

エルヴィン『そうか。それは良かった。ところで、リヴァイからあの話は聞いたかな?』

ハンジ『何? 何の話?』

エルヴィン『フィーリングカップルの件だよ。出来ればハンジに出て欲しいって話』

ハンジ『え? それは聞いてないよ? え? 何で私??』

おやおや。リヴァイが伝達ミスとは珍しいな。

エルヴィン『そうか。じゃあ私から説明しよう。独身の女性の先生が何人か出て貰わないと企画が盛り上がらないって事なんだよね』

ハンジ『私より、リコとかイルゼ先生の方が良くない? 私、多分、女性の先生の中では最年長だよ? いいの?』

エルヴィン『うん。構わないよ。とりあえず人数合わせに参加して貰えないかな』

ハンジ『ん~まあ、人数合わせなら仕方ないか。いいよ。でも、野球拳の方が優先だからね』

エルヴィン『それは分かっているよ。大丈夫。調整するからね』

そしてその頃、体操部員がぼちぼち集まって来た。

ミカサも戻って来たのでこの辺でお暇する。

エルヴィン『じゃあ今日はこの辺で。明日からはまたリヴァイとの練習に戻るからよろしくね』

ミカサ『はい……(残念)』

エルヴィン『じゃあまた後で』

そして職員室に戻ると、朝の職員会議前には何とかリヴァイがやってきた。

凄くだるそうな顔つきだった。

でも休まないところを見ると、これは身体より精神的にきているようだ。

朝の職員会議が終わってからリヴァイは俺を捕まえて言った。

リヴァイ『エルヴィン。昨日はすまなかった』

エルヴィン『いやいや。たまにはこういう事もあるよ』

リヴァイ『朝練も代わりに出てくれたんだよな。ミカサの様子はどうだった?』

エルヴィン『ん~私との殺陣の方がやりやすいみたいな事を言っていたけど、概ね問題はないと思うよ』

リヴァイ『そうか……』

エルヴィン『そうがっかりしない。こればっかりは相性の問題だ』

リヴァイ『エルヴィンとの方がミカサは相性がいいのか』

エルヴィン『だろうね。ミカサからみたらきっとそうだ』

リヴァイ(ズーン)

エルヴィン『ははっ……可愛い教え子が取られたような気分?』

リヴァイ『いや………まあ、そうかもしれんが』

エルヴィン『ふふっ……リヴァイはミカサの事を気に入っているみたいだね』

リヴァイ『最近は特にメキメキと腕を上げているからな。あいつは努力家だ』

エルヴィン『ふーん』

リヴァイ『女であれだけ動ける奴はそうはいねえ。いろいろこっちの技を教えたくなるんだが』

俺は嫌われているからな。と、ぽつりと残念そうに呟く様が何とも言えない。

リヴァイ『まあ嫌われるのは役柄ともそう外れている訳でもない。最近は以前よりも台詞が棒読みではなくなってきたし、ミカサにとってもいい変化が起きていると思う』

その表情は教育者としての顔だった。二日酔いは残っているようだけど。

瞳の奥は柔らかい光を宿していた。

こういう表情をみる度に、俺はリヴァイを無理やりにでもこっちの道に引き込んで良かったと思う。

リヴァイ『問題はミカサより俺の方だな。台詞をとちらないといいが……』

エルヴィン『役者の経験は初めてだしな』

リヴァイ『ああ。俺のせいで劇が止まったらどうすれば……(顔覆う)』

エルヴィン『緊張し過ぎたら余計に間違えるよ。楽しまないと』

リヴァイ『ミカサじゃねえが、俺もテンパって変な台詞を言いそうで怖いな』

エルヴィン『まあその時は思いっきり笑われるだけだから。文化祭だし』

リヴァイ『だといいが……(青ざめ中)』

リヴァイはリヴァイで役者としてのプレッシャーを感じているようだった。

そんなリヴァイに対してついつい、頭を撫でようとして……。

ふいっと避けられて、手が宙を舞う。

リヴァイ『エルヴィン、ここは学校だぞ。自重しろ』

エルヴィン『おっと。すまない……』

いかん。昨日の事があったせいか、俺の理性も緩みがちだな。

だけどリヴァイもリヴァイでちょっと照れているもんだから。

なんかもう、萌えてしまう。ついつい。

リヴァイ『じゃあな』

そう言って手をひらひら振って先を行く。

3年1組の教室に移動するリヴァイを見送って俺も4組へ移動した。








エルヴィン『おお? おやおや。遂に結婚を決めたのかい? ハンジ』

その日の放課後も演劇部の様子を見に来たら何故かハンジが綺麗な衣装を着ていた。

前の公演で使用した白いエンパイアドレスだ。なかなか似合っている。

ハンジ『あ、違う違う。リヴァイにプールに落とされちゃってさ。服がずぶ濡れになったから、着替えがなくて。とりあえず、ジャージ買ってきて貰うまで、この衣装に着替えさせてもらっているんだ』

モブリット『?!』

え? リヴァイにプールに落とされたって余程だな。

昨日、謝るって言ったばかりなのに。何をやっているんだ。リヴァイは。

モブリット『プールに落とされたって……なんて酷い事を』

ハンジ『あ、いやいや。なんか私がリヴァイを怒らせちゃったみたいだから。そのせいだから、しょうがないのよ』

モブリット『それにしたって酷すぎますよ。ちょっと抗議してきましょうか?』

ハンジ『あーややこしい事になりそうだから、いいって。大丈夫大丈夫』

ややこしい事になるって事は分かっているのか。

ハンジはどの程度、モブリット先生の事に気づいているのかな。

モブリット『そうですか。分かりました。でも、自分はリヴァイ先生を許しませんよ』

ハンジ『えええ? 何でモブリットが怒るのよ。怒っちゃやーよ♪』



ツン……


額をツンってやった。凄い技だな。

成程。ハンジは男をいい感じに転がす技を巧みに使い分ける事が出来るようだ。

モブリット『し、しかし……(赤面)』

ハンジ『大丈夫大丈夫♪ モブリットが怒る事じゃないんだから。私が悪いんだし。リヴァイ先生の怒りは、まあ、エルヴィン先生が何とかしてくれるよね?』

エルヴィン『ん? なんとかしちゃっていいのかな?』

ハンジ『おねがーい! とりあえず、怒りをある程度鎮めておいてよ。その後にもう1回、私から謝りに行くからさ』

エルヴィン『ふふ……ハンジのお願いなら仕方がないね。引き受けた』

リヴァイの怒りを鎮めるには手土産が必要だな。

エルヴィン『そうだ。折角だから記念写真を撮っておこう。ハンジ。エレン。ミカサ。モブリット先生も。4人を写してあげよう』

その場にいた人達を寄せ集めて写真に撮った。

後でリヴァイに見せてやろう。ウエディングドレス姿のハンジを見れば少しは顔色も変わる筈だ。

エルヴィン『うん。よく撮れた。綺麗だね。ハンジ』

ハンジ『ありがとー! いやーどうせ着る事もないと思ってたけど、着れる機会があって嬉しかったよ。こういうのも悪くないね』

エルヴィン『ん? 本番はしないつもりなのかい?』

ハンジ『あはは! 本物の式なんてあげるつもりないよー。もう36歳だし。無理無理』

モブリット『そ、そうでしょうか』

モブリット先生がすかさず反論した。

36歳なんてまだまだ現役だ。と言わんばかりの表情だ。

彼はきっと年上の女性が元々好きなんだろうな。顔に書いてある。

でもハンジは困ったように眉毛を寄せている。

ハンジ『うーん。だって、ねえ? 私、酒癖も悪いし、家事仕事も碌に出来ないし、女としての戦闘力、0以下だもん」

モブリット『戦闘力?」

ハンジ『ほら、今流行りの。違ったっけ? あれ?』

エルヴィン『それを言うなら『女子力』じゃない?』

ハンジ『ああ、それそれ! 女子力がないのよ。だから結婚は無理じゃない?』

モブリット『それって、家事仕事が出来る男性なら、ハンジさんの許容範囲って事ですか?』

ハンジ『あーというか、最低ライン? 出来て貰わないと生活が出来ないと思うよ?』

モブリット『そうですか……(ほっ)』

ミカサ『あの、すみません。ジャージ……』

モブリット『あ、すみません。ハンジ先生………着替えられるんですよね』

ハンジ『うん。ちょっと待っててね。アレでしょ? 野球拳の件だよね。すぐ着替えるから』

名残惜しそうなモブリット先生の表情が少し笑えた。

エルヴィン『そのままの姿で打ち合わせしても良かったのに、と思った?』

モブリット『ぐっ……な、なに言い出すんですか。エルヴィン先生』

エルヴィン『いやいや、明らかにがっかりされていたから。ハンジのドレス姿、見惚れていたでしょう?』

モブリット『まあ、それはそうですけど……本当に、結婚はされるつもりはないんですかね? ハンジ先生は』

エルヴィン『ずっとそう言ってるけどね。ただ、人間なんていい加減なものですからね。そういう人間に限って、ある日突然、結婚したりする例もありますよ。宿題を「やってない」という奴ほどやっている法則と一緒ですよ』

実際そうやってさくっと結婚する例なんて山程あるからな。

リヴァイとハンジの場合も実際、そうなってしまった訳だけど。

モブリット『で、ですよねえ~』

エルヴィン『でも良かったですね。モブリット先生。貴方も、それなりに家事はこなせる方でしたよね』

リヴァイ程、神経質な方ではないが、彼もまたマメな人間であるのは知っている。

モブリット『え? まあ……そうですね。休みの日は自分の部屋の掃除くらいしかする事ない人間ですから』

エルヴィン『だとすれば、いいアピールになるかもしれませんよ。モブリット先生』

モブリット『ええ? そ、そうですかね~』

もし彼がもっと早くその事に気づいていればもしかしたら2人の結果は違ったかもしれない。

機を逸するというのは本当に、残酷な事だ。

ハンジ『お待たせ! じゃあ行こうか、モブリット先生!』

ハンジとモブリット先生が立ち去るとミカサが嬉しそうに言った。

ミカサ『あの2人の方がお似合いだと思う。やっぱりリヴァイ先生が邪魔』

エルヴィン『おや? ミカサはモブリット先生を推すのかい?』

ミカサ『リヴァイ先生なんかより、よほど印象のいい先生なので』

あらら。リヴァイは完全片思いのようだな。ミカサに対しては。

ミカサの中の好感度ではモブリット先生にも負けているようだ。

エルヴィン『……じゃあ賭ける? あの2人がくっつく方に』

ミカサ『いいですけど。何を賭けたら……』

エレン『だ、ダメだミカサ! 賭け事なんて……』

この様子だとエレンはミカサに賭け事の件は話してないようだな。

エルヴィン『エレン、ダメだよ。ここは平等に。負けたらミカサ自身の恋話(以下略)』

ミカサ『その程度の事なら、むしろ賭けなくても、今話しても構わないくらいですが』

エレン『あああああ! (頭掻き毟る)』

エルヴィン『そこはほら、ゲームだから。賭けた方が面白いよ』

ミカサ『そうですね。では、それで』

エルヴィン『クリスマスまでにくっつくかどうか、賭けようか』

ミカサ『はい。きっとくっつくと思います』

エルヴィン『よしよし、モブリット先生側にも味方がついた。いよいよ面白くなってきたな』

エルヴィン『いい加減、そろそろときめきの導火線に火をつけてもいい頃だよね』

エレン『え?』

エルヴィン『ふふふっ……今年の文化祭は、実に楽しみだな』

そして先程撮影した綺麗なハンジの画像をリヴァイの携帯に送信する。

すると1分も経たないうちに返信が着て笑ってしまった。



『その衣装しか残ってなかったのか? エルヴィンがジャージを買って着せてやれ。それじゃ肩が寒いだろ』


プールに落とした人間が言う台詞じゃないよな。これは。

俺はすぐさま返事を返した。


『ミカサがジャージを売店で買ってきて着せていたよ。待っている間に着て貰っていたそうだ』


すると次は少し間が空いて、それでも返事がすぐ着た。


『成程。まあ、似合っているから良しとする』


何で偉そうなんだろうな。リヴァイは。

まあいい。文面からしてさほど怒っている様子ではないようだ。

大方、話がおかしな方向にいって、つい、足癖が悪くて蹴落としたとか。その程度だろう。

その日の放課後の活動が終わってからリヴァイの様子を伺ってみたけれど、別にハンジがいう程、リヴァイは怒り狂ってはいなかった。むしろ少々落ち込んでいるようにも見えて可哀想に思った。

エルヴィン『リヴァイ。ハンジをプールに落としちゃった件だけど』

リヴァイ『ん? ああ……』

お互いに帰り支度をしながら俺はリヴァイに聞いてみた。

エルヴィン『別にキレたから落としたとか、そういう話じゃないんだよな?』

と、確認するように聞いてみるとすぐ頷かれた。

リヴァイ『キレてねえよ。別に』

エルヴィン『なら何でわざわざ落としたんだ?』

リヴァイ『いや、ついノリで』

エルヴィン『どんなノリだ。それは』

リヴァイ『あいつが水泳の授業の成績表をつけるのを邪魔して俺にくっついて来たせいだ』

エルヴィン『ふーん。本当にそれだけ?』

そう付け足して問うと、リヴァイが目を細めて答えた。

リヴァイ『モブリット先生がいるんだから、今後は俺じゃなくてモブリット先生に世話して貰えって言った』

エルヴィン『あらら。成程。だからか』

納得した。そりゃハンジから見たら縋り付いてでもそれを阻止したかっただろう。

で、リヴァイにくっついて、それを蹴落としたって事なのか。

リヴァイ『まあ……プールに落としたのはやり過ぎたかとは思っている』

エルヴィン『だったら謝った方がいいんじゃない?』

リヴァイ『………エルヴィンが伝えておいてくれ。面倒臭い』

エルヴィン『私は伝書鳩じゃないよ』

リヴァイ『………ちっ』

エルヴィン『舌打ちしない。ハンジはああみえて繊細な部分もあるんだからな?』

リヴァイ『あいつの何処が繊細だ』

エルヴィン『やれやれ。近くにいる癖に肝心なところはお互いに見えてないようだな』

ハンジが『怒りをある程度鎮めておいてよ』なんていう気遣いを見せているのに。

当の本人は怒るどころか、はてなマークを浮かべる始末だ。

リヴァイ『何の話をしている?』

エルヴィン『何でもないよ。さてさて。文化祭まであと少しだ。リヴァイもさっさと帰って寝るように』

リヴァイ『ああ……最近は帰り着いたら爆睡している。ソファに座ったまま寝ていた事もあった』

エルヴィン『あらら』

リヴァイ『俺は元々、座ったままでも眠れるが……歳とったなと思う。自分でも』

エルヴィン『でも殺陣の動きは現役の頃と遜色はないぞ』

リヴァイ『んな訳ねえだろ。若い頃に比べたら流石に下手くそになった』

エルヴィン『またまたご謙遜を』

リヴァイ『謙遜じゃねえよ』

と、いつものように下らない会話をしてその日は同じ時間帯にマンションに帰ったのだった。










9月30日。演劇部の練習も大詰めを迎える頃。

俺はふと気になってリヴァイに聞いてみた。

エルヴィン『そう言えばリヴァイ、自分のクラスの方の出し物の進行は大丈夫なのかい?』

リヴァイ『ああ。うちのクラスにはオルオとペトラがいるからな。あいつら2人に殆ど任せているから、俺の仕事は殆どない。劇部仕込みの手腕でうまくまとめてやってくれているようだ』

流石はリヴァイのクラスの子達だ。優秀だな。

エルヴィン『それは良かったな。うちももう、殆ど終わりかけだね。ミスコンの方の準備はほぼ終わっているよ』

リヴァイ『ミスコン出場者は決まったのか? なかなか候補が集まらないという話だったが』

エルヴィン『ふふふ……綺麗な子達を集めたよ。でもまだ誰が出場するかは内緒。本人たちにも箝口令(かんこうれい)強いているからね』

今回は記念すべき20回目だしな。楽しみだ。

リヴァイ『エルヴィン、お前、何か企んでないか?』

其の時、突然リヴァイが半眼になってこっちを見上げた。

エルヴィン『ん? 何の事かな?』

リヴァイ『いや、気のせいならいいんだが……』

何か言いたげなリヴァイだ。

ハンジは今回、出る予定はないけど。でもそんな事は言ってあげない。

リヴァイ『……………まさかとは思うが、そのミスコン、女性職員は出ないよな?』

エルヴィン『さあね? 詳細はまだ言えないよ。守秘義務があるからね』

女性職員で出るのはアンカ先生とリコ先生とイルゼ先生の3名の予定だ。

ハンジは9票だった。惜しかったけど、今回は出ない。

………と、この時はそう思っていたんだけどね。

リヴァイ『……………』

リヴァイ『ある意味、公開処刑だろ。それやったら……』

エルヴィン『失礼な言い方だね。まだ私は何も言ってないのに(ニヤニヤ)』

まあ、出るのか出ないのか、もやもや考えるのもいいだろう。

そして生徒達が全員、音楽室を出てからリヴァイが部屋の鍵を閉めて出てから言った。

リヴァイ『そう言えば今日のハンジはなんとなく元気がなかったな』

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『朝から挨拶した時も、すれ違った時も、微妙に声に元気がなかった気がする』

エルヴィン『…………』

リヴァイ『まさか風邪とかひいてんのか? だとしたらやっぱり俺が……』

リヴァイ『いや、駄目だ。世話しねえって決めたんだ。今、余計な事をしたらまた……』

エルヴィン『まだ仲直りしてなかったの?』

リヴァイ『別に喧嘩している訳じゃねえよ』

エルヴィン『でも、今、ハンジの世話をしていないんだろ?』

リヴァイ『今の時期は仕方がねえだろ。俺も今年は例年より忙しいしな』

エルヴィン『…………』

ハンジの元気がないとしたらそれは、リヴァイがまだ怒っていると勘違いしている可能性があるな。

何だってこんな面倒臭い事になっているんだ。全く……。

リヴァイ『何か言いたげだな。エルヴィン』

エルヴィン『いや別に。何でもないよ』

リヴァイ『…………ん? 漫研の部室、まだ明かりがついているぞ』

エルヴィン『ああ……きっと漫研も今頃、追い込み作業中じゃないかな』

毎年いるんだよな。ギリギリにならないと原稿を仕上げられない子が。

リヴァイ『もうすぐ9時だ。流石に家に帰してやらんと……』

エルヴィン『ああ。そうだな。ちょっと覗いていくか』

俺は前に漫研の顧問をしていたのもあって気安く中に声をかけてしまった。

するとそこには何故かモブリット先生とハンジがそこに居たのだ。

生徒の原稿を手伝っている様子だ。先生を駆り出すとはどういう状況だ。

ハンジ『あ、エルヴィン! リヴァイ! もう時間だっけ?』

リヴァイ『ああ。そろそろ学校も閉まるぞ。早く出る準備をしろ』

エルヴィン『モブリット先生。1年5組のおばけ屋敷の方はいいんですか?』

確か向こうも追い込み作業中の筈だ。モブリット先生は1年5組の担当教諭なのに。

ハンジ『私が無理言って頼んだのよ。モブリット先生、絵がお上手だって聞いたから』

モブリット『おばけ屋敷の広告を部誌に載せるのと、漫研の部室にも貼る約束と交換ですよ』

エルヴィン『ああ……成程』

いや、それは建前だな。恐らく。ハンジとの時間を優先したようだな。

さり気にやる男だな。モブリット先生は。

リヴァイの方は相変わらず無表情だったが、原稿を覗き込んで生徒に話しかけていた。

リヴァイ『余り根を詰め過ぎるなよ。帰りはバスか? 電車か?』

漫研女子『で、電車です……(ビクビク)』

残っていたのは女子生徒一人だけだったから、リヴァイは気を遣ったようだ。

リヴァイ『なら今日は送ってやった方がいいだろう。家は何処だ』

ハンジ『あ、それなら私が送っていく約束をしているから大丈夫だよ!』

リヴァイ『そうか。なら心配は要らねえか』

ハンジ『うん。大丈夫だよ』

そして一緒に学校を出て、ハンジが女子を送っていく様子を眺めながら一言。

リヴァイ『……………あいつ、何で目合わせねえんだろ』

だからそれはリヴァイのせいなんだけどな。

と、思ったけど余計な事は言わないでおこうと、ため息をつくだけにしたのだった。









10月3日。文化祭の前日。


フラッ………


練習の途中で目の前で、リヴァイが片膝をついた時、少し驚いた。

ミカサ『? どうしたんですか?』

リヴァイ『……何でもない。ちょっと汗で足を滑らせた』

そんな雰囲気じゃなかったな。今のは。

エルヴィン『リヴァイ。今日の睡眠時間を言いなさい』

リヴァイ『ちゃんと6時間は寝ているぞ』

エルヴィン『それは、横になっただけで、本当は寝ていないんじゃないかい? 誤魔化してもダメだよ』

リヴァイ『………ちっ』

今思うと、この時のリヴァイは相当困惑した表情だった。

例の同一人物の件を知ったのが10月1日と言っていたから、この時点ではきっと殆ど寝ていなかったんだろうな。

長年、心の中にひっそりと咲かせていた恋の花の正体がハンジだと知って。

リヴァイの頭の中は混乱していたに違いない。

それでもそれを表に出さない様に堪えていたと言うのだから。

リヴァイを恨みたいような、愛おしいような。複雑な気持ちになってしまった。

リヴァイ『夕べ、紅茶を飲み過ぎたかな』

エルヴィン『自分を誤魔化すんじゃない。何か、気にかかる事でもあるんじゃないのか』

リヴァイ『……………』

リヴァイ『てめえのせいだろ。エルヴィン』

エルヴィン『私?』

リヴァイ『お前が意味深に笑うから、気になって仕方がないんだ。明日、何か仕掛ける気じゃないかって』

この答えは半分正解で半分嘘だったんだろうな。

リヴァイは俺の事じゃなくて本当はハンジの事が気になっていたんだろう。

エルヴィン『ああ、その事……別に何も仕掛けないよ。私は』

嘘はついてないよ。決して。

リヴァイ『本当か? ハンジの奴にも一応、確認したが、あいつはミスコンには出ないと言っていた。あの時笑っていたのは、その件じゃないんだよな?』

エルヴィン『うん。ハンジはミスコンには出ないからね。出るのはフィーリングカップルと野球拳の司会だ』

リヴァイ『そのどちらかで、何かする気なんじゃないのか? エルヴィン』

エルヴィン『だから、私は何もしないって。どうしてそう疑うんだい?』

リヴァイ『………お前、オレとハンジがくっつけばいいと心の中で思ってないか?』

それは半分正解で半分ハズレだ。

ずっと今のままの関係を続けて欲しいような、とっととケリをつけて欲しいような。

リヴァイがハンジを選ばないなら、俺が傍にいたいと思っている。

でもそれは言えない。お前は最初に俺に釘を刺しているからな。

エルヴィン『お似合いだとは前々から思っているよ。でも、それを決めるのは君達次第だろ?』

リヴァイ『いや、そういう類の物じゃなくてだな。……まあいい』

何か言いたげに表情を歪めたな。

もしかしたらこの時点で既に気づいていたのかな。リヴァイは。

俺の中にある矛盾した感情を。どうにもらならない思いを。

リヴァイは俺の気持ちを薄々察していたと言っていた。

どの時点ではっきりとそう確信したのかは分からないが。でもきっとこの時点では既に分かっていた筈だ。

リヴァイ『明日、ハンジとモブリット先生がフィーリングカップルに出るんだから、それを切欠に、2人が付き合い出せば、俺の役目も自然に消えていくだろう。俺はそれまでの、繋ぎでいい』

未練たらたらの顔で言う台詞じゃないな。

エルヴィン『そうやって、前もって最悪の事態を想定して心を準備する癖、相変わらずだね』

リヴァイ『最悪じゃない。むしろ最良だ。ハンジが幸せになる選択をして欲しいと、友人として、思っているからな』

友人ね。俺もハンジもその言葉にずっと甘えてきたような気がする。

エルヴィン『友人ね。便利な言葉に甘えているのはリヴァイだけなのかな?』

リヴァイ『は?』

エルヴィン『まあいい。今日の練習はここまでにしよう。体力温存も大事だしね』

という訳で、その日の練習は軽めに済ませて帰る事になった。

帰り際、エレンの表情がアレな感じだったので俺は彼に耳打ちした。

エルヴィン『明日のフィーリングカップル、爆弾仕掛けておいたから。今のやりとりで、着火準備は整ったよ』

エレン『!』

さて。これでサイコロを振る準備は整った。

後はどちらの目が出るか。明日の風がそれを決めるだろう。

もしエレンが事に気づいてその罠を未然に防ぐ事が出来たらモブリット先生の勝ち。

エレンが間に合わず、リヴァイが壇上に登ったらリヴァイの勝ちだ。

きっと運命の女神が決めてくれる。この恋の行方を大きく変えてくれると。

そう信じて俺はサイコロを投げ入れる覚悟を決めたのだった。










そして結果から言えばリヴァイが勝った。

なのに俺とピクシス先生は正座待機でリヴァイの説教を食らってしまった。

リヴァイ『おい、エルヴィン。お前言ったよな? 何も仕掛けないと。アレは嘘だったのか?』

物凄い形相だった。般若どころじゃない。鬼より酷い形相だ。

こんなに怖い顔なのにそれを見て綺麗だなと思う俺は重症だと思った。

エルヴィン『嘘はついてないよ。私は何も仕掛けていない。今回の事を仕掛けたのはピクシス先生だから』

ピクシス『すまんのう。舞台を盛り上げたくて、ついな』

リヴァイ『ピクシス先生。とりあえず、モブリット先生を何処に拉致して監禁したのか教えて頂きましょうか(ジロリ)』

エレン『あの、すみません……』

其の時、やっとモブリット先生をエレンが連れて来た。

一足遅かったな。モブリット先生は気絶しているようだ。

リヴァイ『エレン、でかした。モブリット先生を救出してきたのか』

エレン『え、いや…その……救出とはちょっと違うんですけど』

流石に拉致監禁する程の鬼畜な真似は出来ないよ。証拠が残るしね。

リヴァイ『良かった。無事で』

リヴァイ『全く………こいつがなかったら、ガチでキスする羽目になるところだったな』

エレン『そ、それは一体』

リヴァイ『透明のガムテだ。ゴミ取り用に常にポケットに少量、携帯している。ハンジにキスする直前、こいつをあいつの唇に貼りつけて、その上からキスしてやった』

そんな紙一重の攻防をしていたとは。侮れない。

でもキスした事には変わりないのにリヴァイは気づいてないのか?

眉間の皺は深く刻まれているけれど、口元はにやけているのに。

エレン『剥がしてあげていいですか?』

リヴァイ『ああ、構わん』

ハンジ『ぷは! いやーまさか口を封じられるとは思ってもみなかったよ。リヴァイ、策士だね!』

リヴァイ『どっちがだ! エルヴィン達に比べたら可愛いもんだろうが!』

エルヴィン『いやーまさかリヴァイが乱馬1/2のロミオとジュリエットネタを知っているとは思わなかったよ。懐かしいね。乱馬とあかねちゃんもそれで偽のキスシーンやったねえ』

リヴァイ『すまんがオレはマンデー派じゃない。乱馬のネタを知っていた訳じゃないが、これしか乗り切る方法が思い浮かばなかったんだ』

ピクシス『相性ばっちりのくせに、何でそう頑ななんじゃろうな~』

本当にね。ハンジも首を傾げて困っている様子だよ。

リヴァイ『あれはあくまで、ハンジとの付き合いが長いから知っていただけだ。カンニングペーパー有りでテストを受けたようなもんですが?』

ピクシス『だったら何故、最後の問題も当てたのじゃ。アレは完全に「勘」の世界じゃ。エルヴィンのような変態でない限りは、それこそ、気をつけて常に見ていないと分からないと思うんじゃがのう……』

リヴァイ『たまたま当たっただけですよ』

本当かな? 俺にはそうは思えない。

リヴァイ『偶然という事もある。気にするような事じゃ……』

ピクシス『本当かのう? お主、何故そんなにハンジから逃げておるんじゃ』

リヴァイ『は?』

リヴァイが露骨に動揺しているのが見えた。

手が震えているようだ。隠そうとしてもそこは無理だろう。

リヴァイ『言っている意味が分からない。何の話だ』

ピクシス『ふむ。まあいい。意味が分からんなら話しても無駄じゃ。ハンジ先生、次の野球拳の為の司会の衣装に着替えた方がよかろう?』

ハンジ『あ、そうですね。今のうちに着替えますね~』

リヴァイ『エルヴィン、これ以上は何も仕掛けてないよな? 今度こそ、まともにやらせろよ?』

エルヴィン『だから私は何もしてないのに……』

リヴァイ『知っていて黙っているのも同罪だろうが! ピクシス先生もこれ以上、余計な事はしないで頂きたい』

ピクシス『しょうがないのう……』

リヴァイ『エレン、さっきのゴミ、渡してくれ。俺が後で捨てておくから』

エレン『あ、はい』

そして舞台裏から追い出されてピクシス先生が苦い顔になった。

ピクシス『ゴミくらい、彼に捨てさせればいいのにのう。どこまで独占欲が強いのじゃ。あの男は』

エルヴィン『まあ、そこが可愛いんですよ』

エレン『え?』

ハンジが触れた物ですらリヴァイは自分で管理したいんだろうな。

リヴァイは独占欲が強い方だから。自分で管理が出来る女に惹かれているんだろう。

ハンジはリヴァイにいつも丸投げだ。そしてリヴァイも嬉々としてそれを弄る。

凸凹がうまく噛みあい過ぎて、お互いの価値を分かっていない。

だから俺はもう引導を渡してやるつもりで、野球拳を終えた後にリヴァイに言ってやったんだ。

エルヴィン『リヴァイ、ちょっといいか?』

リヴァイ『ああ? なんだ。エルヴィン』

野球拳のサクラの生徒に説教をした後のリヴァイを捕まえて俺は言った。

エルヴィン『いや、何でフィーリングカップルの時にキスしちゃったのかなと思って』

リヴァイ『はあ?! キスコールを起こさせた奴が何言ってやがる! どうせあれも犯人はお前らだろ?!』

エルヴィン『まあ、そこはそうなんだけど。問題はそこじゃなくて』

リヴァイ『何が言いたい』

エルヴィン『いや……何も本当にする必要性はなかったんだけど』

リヴァイ『………は?』

唇を△の形にしてぽかんとなるリヴァイが本当に。可哀想で可愛かった。

エルヴィン『だから、キスはしなくても良かったのに。時間が来たら強制終了するつもりだったし、それまで二人がキスをごねていれば、そのまま幕を閉めるつもりだったのに、本当に2人がキスするとは思わなかった』

リヴァイ『………………』

そう言ってやった直後のリヴァイの顔は今でも忘れられない。

男なのに乙女な表情になって、全身が赤くなって、ゆでだことはこの事かな。

腰を抜かしそうになったのを寸前で堪えて、体育館の壁に寄りかかってしまった。

リヴァイ『そ、それはつまり、ただあのまま、しゃべり続けていさえすればよかったという事か?』

エルヴィン『その通りだよ』

リヴァイ『………………じゃあ何で俺はハンジにキス、したんだ?』

いやいやいや。その台詞を自分で言っちゃうか? リヴァイ。

答えはもう分かり切っているだろう?

エルヴィン『仕事に格好つけて、本当はハンジにキスしたかっただけなんじゃないの?』

リヴァイ『!』

言い返す言葉はあるかな? リヴァイ。

あ、駄目そうだ。何も言えずに俯いている。

口元を隠して、両手で顔を全部隠してしまった。

隠れたいんだろうな。穴があったら入りたい。そんな雰囲気だった。

ずるずると座り込んで落ち込んだリヴァイは暫くそのまま放置する事にした。

視線を逸らしてキョロキョロ動揺する様が何とも言えない。

もうすぐ四十路に近い年齢の男だっていうのに。

まるで思春期の少年のような表情で自分の恋愛感情を持て余している。

エルヴィン『ほら、ハンジのところに行くよ』

リヴァイ(びくん!!!!)

警戒する猫の如くリヴァイが逃げた。そして言い放った。

リヴァイ『べ、便所に行ってくる!!!!』

エルヴィン『えええ………』

この期に及んでまだ逃げるのか。リヴァイ、お前はアホなのか?

やれやれ。俺は其の時、本当に天井を仰いでため息をついた。

そしてその直後に、例の連絡が入った。ハンジからの緊急連絡だった。







例の女子生徒を進路指導室に呼び出して事実を確認させた後、保護者も呼んだ。

しかし保護者の対応が、何というか、親らしい素振りが全くなかった。

淡々と、まるで業務連絡のような対応と言ったらいいか。

彼女が2年生の時に登校拒否を起こしていた理由が何となく分かった気がした。

取り敢えず退学処分まではいかないように配慮はされたけれど。

女子生徒の保護者が帰った後、リヴァイは青ざめた表情で俺にぽつりと言ったのだ。

リヴァイ『エルヴィン、手間をかけさせたな。すまなかった』

エルヴィン『いや、私は大した事はしていないよ。すぐに分かったのは居合わせた生徒達の協力もあったおかげだ。エレン達も協力してくれたんだよ』

リヴァイ『エレン達が?』

エルヴィン『勿論、生物部の子達も含めてだけど。全員で手あたり次第ビデオをチェックして犯人がすぐに分かったんだ』

リヴァイ『そうか……』

ハンジは既に席を外している。先に生物室に帰ってしまった。

きっと今頃、殺害された躯の処分をしているのかもしれない。

リヴァイ『…………』

リヴァイは憔悴しているようだった。無理もない。

リヴァイ『俺のせいだな』

そして自分を責めていた。その表情がとても痛々しかった。

リヴァイ『俺があの時、調子に乗らなければこんな事には………』

エルヴィン『リヴァイ』

責任という面から言えば仕掛けた俺達にもある。

しかしそれ以上に、受け取る側にも責任はある。

エルヴィン『舞台上の事を真に受ける側も悪い。彼女側にも責任はある』

リヴァイ『だが彼女は、泣いていた』

女子生徒の方は既に保護者と一緒に自宅へ帰している。

リヴァイ『何がそこまで彼女を動かしたのか。俺には理解出来ない』

エルヴィン『……特別な事はしていないって?』

リヴァイ『ああ。登校拒否をしていた時期にマメに訪問していたのは事実だが。でもその時も、顔を合せたのは数える程度だ。殆どは手紙でのやりとりで、会話もまともにしていなかった』

エルヴィン『…………学校に来るようになってからは?』

リヴァイ『それも毎日、朝、「おはよう」と挨拶をする程度で、特別親しくしていた訳じゃねえ』

エルヴィン『まあ、毎日挨拶をするのは普通の事だよな』

リヴァイ『以前、「学校に行けば毎日先生から朝の挨拶をしてくれますか?」と手紙の返事に書かれて……俺は「勿論、挨拶する。約束しよう」と返しただけだ」

エルヴィン『………………』

其の時、ふと気になって確認した。

エルヴィン『本当に毎日? 1日も欠かさず?』

リヴァイ『ああ。その手紙のやりとり以降、ちゃんと学校に来るようになったからな。他の生徒との交流は殆どなかったようだが、それでも授業は真面目に聞くようになったと他の先生からも報告があった。普段余りしゃべらない大人しい印象の女子生徒だなと思っていたのに……』

成程。合点がいった。

彼女がリヴァイに惚れてしまった理由はそこか。

エルヴィン『成程。そういう事か』

リヴァイ『ん?』

エルヴィン『いや、それが本当だとしたら……リヴァイに惚れたのはそのせいだ』

リヴァイ『…………何がいけなかったんだ?』

エルヴィン『リヴァイは何も悪くないよ。ただ、毎日の朝の挨拶すらしない家庭環境で育った彼女が不運としか言いようがない』

リヴァイ『朝の挨拶のせいだっていうのか?』

エルヴィン『リヴァイの事だから本当に毎日、顔を合せたら彼女に挨拶をしていたんだろう?』

リヴァイ『そりゃそうだが……』

エルヴィン『その根気強さに彼女は次第に絆されてしまったんだろうな』

リヴァイ『………………』

リヴァイは何も言えないようだった。

俺は其の時のリヴァイの表情を見て考えを改めた。

エルヴィン『リヴァイ。少し時間を貰えるかな』

リヴァイ『なんだ』

エルヴィン『教えたい事がある。今まで隠していた事を』

進路指導室のパソコンからリヴァイの非公式ファンクラブの画面に入り中の様子を見せたのだ。

リヴァイ『なっ……なんだこれは』

リヴァイが唖然としていた。無理もない。

リヴァイの隠し撮りの写真が加工されてトップ画面に貼りついている。

体育祭の時の恰好いいリヴァイが人気のようだ。

そしてリヴァイの様子を記事にして投稿し合う掲示板の様子にどんどん青ざめていく。

エルヴィン『リヴァイの非公式ファンクラブのサイトだよ。リヴァイを慕うのは何も彼女だけじゃない』

リヴァイ『は?』

エルヴィン『現在、メンバーは100人前後。OGも含めて愛でられている』

リヴァイ『ひゃ……100人?!』

声が裏返ってしまったようだ。酸欠状態のようだ。

リヴァイ『ちょっと待ってくれ。何だその規模は。訳が分からん……』

エルヴィン『事実だ。今日の事も早速、掲示板で騒いでいるようだな』

まあ、ここでその時の事を詳しく思い出すのもアレだから省略するけど。

掲示板は荒れに荒れまくっていたよ。嘆き悲しむコメントが多数あった。

ハンジとの噂は前々からあったけど、遂に表面化した事でハンジに対する罵詈雑言のコメントが酷い。

加えて生物室での出来事も既に書き込まれているようで、何故か「グッジョブ」のコメントも多数あった。

その文面を読み進める程にリヴァイの中に怒りが溜まり込んでいくのが目に見えた。

リヴァイ『なんなんだ。一体なんなんだこれは……』

エルヴィン『リヴァイ。見て欲しいのは今日の記事じゃなくて、それ以前の方だ。過去をずっと遡ってごらん』

リヴァイ『…………』

スクロールを戻していくと今度は平和なコメントが沢山あった。

キャッキャうふふなノリでリヴァイへの観察記事が書き込まれている。

たまにエロい視点で書かれている事もあったが、概ね平和な記事だった。

そこにはリヴァイへの愛情がこそこそと書かれていて、リヴァイ自身、反応に困っている様子だった。

リヴァイ『なんなんだ………これは』

混乱させているようだが俺は言ってやった。

エルヴィン『5年くらい前から活動が始まったそうだ。リヴァイの非公式ファンクラブがこっそり結成されていたそうだよ』

リヴァイ『5、5年も前からだと……?』

エルヴィン『そうだ。リヴァイはあの子だけじゃなく、他の女子生徒も魅了している。恐らくあの子もこのファンクラブに加入していたんじゃないかな』

リヴァイ『………どうしてそう言い切る』

エルヴィン『愛する余り、リヴァイ先生という偶像が脳内で肥大化し過ぎたせいじゃないかと俺は思っている』

リヴァイ『今回の事件の原因が……か?』

エルヴィン『ああ。だから偶像化したリヴァイ先生と実際のリヴァイの間にズレが生じて、許せなくなったんじゃないかな』

リヴァイ『………………』

エルヴィン『この件を隠していてすまなかった。もっと早く私がリヴァイに伝えておくべきだった』

リヴァイ『いや……それは仕方がねえだろ』

リヴァイは深いため息と共に俺に言った。そこには諦めに似た感情が見える。

リヴァイ『自業自得の部分もあるしな。俺はきっと今まで間違った事をしてきたんだろう』

エルヴィン『……………』

リヴァイ『ハンジもこの事を知っていたのか?』

エルヴィン『ああ。元々この件を知ったのは、リヴァイのロッカーを盗撮しようとする女子生徒が現れたせいだ。その現場をハンジが目撃して止めた事がある』

リヴァイ『なんだって? 個人ロッカーには鍵がかかっている筈なのに』

エルヴィン『針金か何かでこじ開けたんじゃないかな。多分』

そもそも鍵なんて物は開けようと思えばどうにでもなる。

リヴァイ『…………そうか』

リヴァイは納得した表情でいる。

リヴァイ『ハンジの今までの奇行の原因はそれだったのか』

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『たまに怪しい行動をしていた時があった。アレはもしかしなくともファンクラブの人間との間で何かあったんだな』

エルヴィン『うーん。かもしれないな。私も詳しい話は聞いてないけど』

リヴァイ『………………だったら尚更、何で』

エルヴィン『ん?』

リヴァイ『あいつは俺にキスを許したんだ?』

エルヴィン『……………』

それはもう答えが見えているような物なんだが。

リヴァイ『いや、今はその事はどうでもいい』

そうだな。今は考えている場合じゃないな。

リヴァイ『明日も文化祭はある。明日の準備をしねえとな……』

リヴァイはフラフラした足取りで次の準備に向かった。

その後姿はとても痛々しくて、でも俺はそれ以上の言葉を言えなかった。

今更だが、例の彼女とハンジは同一人物だと言えば良かったんだろうか。

もっと早くその事をリヴァイに伝えていたらまた結果は違っただろうか。

そう思い悩んでいた其の時、今度は進路指導室にピクシス先生がやってきた。

エルヴィン『ピクシス先生……』

ピクシス『ハンジの様子を見て来た。大分、やつれておったよ』

エルヴィン『そうですね』

ピクシス『すまん……今回の件はちとやり過ぎたかもしれんな』

流石のピクシス先生も反省中の様だ。

ピクシス『2人の意識を近づけさせる切欠になれば良いと思ったんじゃが……』

エルヴィン『……………そうですね』

今回の件は俺よりもピクシス先生の方が乗り気だった。

だから余計に責任を感じているのかもしれないが……。

エルヴィン『起きてしまった事は仕方がないです。今後、同じような事が起きないようにするしかない』

ピクシス『ふむ……加熱し過ぎたファンの熱を一度、冷ます必要があるのぅ』

エルヴィン『そうですね。このままではリヴァイにとっても良い事じゃない』

あいつは教師だ。アイドルではない。

しかしこの時の俺は具体的な案が浮かばずに悩むしかなかった。

ピクシス『例の女子生徒は反省しておるようじゃったか?』

エルヴィン『ええまあ、衝動的な犯行だったのもあり、我に返ってからは自己嫌悪に陥っていました』

ピクシス『そうか……リヴァイは本当に罪作りな男じゃの』

と言いながらしれっとポケットに忍ばせた小さなボトルの中身を飲み干すピクシス先生だった。









文化祭2日目。少々困った事態が起きた。

出場予定だったマーガレットが当日、具合が悪くなったという連絡を受けてドタキャンになってしまった。

今回は16人でトーナメント形式で進める予定だったから、出来れば16人きっかりで始めたかった。

まあ、棄権勝ちで上にあげてもいいんだけど、それだとやっぱり盛り上がりに差し障りが出る。

9票で予選落ちになった女性は1人だけ居た。ハンジだ。

そして男子の名簿の中で票を入れていない男子がいた。エレンだ。

俺はすぐさまミカサを使って事情を説明してエレンを呼んで貰うようにした。

エルヴィン『すまないね』

エルヴィン『名簿と照らし合わせて、投票していない男子の中から選出させて貰ったよ。エレン、今、ここでこっそり書いて貰えるかな?』

エレン『あ、はい』

エレンから紙を貰ってハンジに連絡する。

ハンジはとても微妙な表情だったけど、一応ピンチと聞いて来てくれた。

ハンジ『あー……集計ミスっていたってマジなの? 本当に私に10票入っていたの?』

エルヴィン『うん。ごめんね。こっちのミス。後、人数が1人、急遽足りなくなったから、お願いしたいんだが』

ハンジ『まーじかー! ある意味公開処刑じゃないのこれって』

エルヴィン『リヴァイと同じ事言わない。ハンジ、大丈夫だよ。君は美しい女性だから』

そう言い切ると、ハンジは口を突き出して言った。

ハンジ『えーでも、私、私服持って来てないよ? 確かテーマ別の私服の審査があるんだよね?』

エルヴィン『そこはリヴァイに協力して貰って、車でひとっ走り持って来て貰えばいい』

ハンジ『間に合うのかな……ギリギリじゃないの?』

エルヴィン『そこはこっちで調整するから心配要らない。今、必要なのはハンジの「イエス」だけだ』

ハンジ『んもー強引なんだから。分かった。じゃあ出てやろうじゃない。でも、あんまり笑わないでよ?』

笑うどころか、きっとリヴァイは喜ぶと思うけどな。

こういう強引な機会でもないとハンジは着飾らないだろう。

着飾るハンジを見るのは数年ぶりだ。リヴァイに頼めばきっと動いてくれる。

エルヴィン『ありがとう。じゃあリヴァイに連絡するから』

電話をかけると、ざわざわした音が背景に聞こえた。

どうやら向こうも忙しいそうな気配だが。

エルヴィン『リヴァイ。私だ。すまない。今、時間あるか?』

リヴァイ『ああ。大丈夫だ。今、1組の様子を見に来ていた。ブースに居る』

エルヴィン『ああ、1組の様子を見に行っていたのか。いやね、ちょっとこっちでトラブルが発生してね。急遽、ハンジにもミスコンに出て貰う事になったから、彼女の私服をいくつか持って来て欲しいんだ』

リヴァイ『何だって? 衣装だけでいいのか?』

エルヴィン『化粧道具も出来れば。分かるよね? 時間は……そうだな。10:20分までなら尺を稼げると思う。それまでに往復できるか?』

リヴァイ『大丈夫だ。問題ねえよ。すぐ用意して来てやる。ハンジにはシャンプーして自分で化粧前の準備をしておけと伝えろ』

エルヴィン『良かった。リヴァイならそう言うと思ったよ。では、頼むよ。また後で』

ピッ。

エルヴィン『ハンジ。すまないが、今からシャンプーして自分で化粧前の準備をしておけとリヴァイの指示だ。出来るね?』

ハンジ『じ、自分で洗うの? 今から? 乾かすの間に合わないんじゃ……』

エルヴィン『濡れていても大丈夫だよ。シャワー室は使える筈だから。ほら、自分で出来ない訳じゃないんだろ?』

ハンジ『うーん、出来なくはないけど雑だよ。私の洗い方は』

エルヴィン『緊急自体だから構わないよ。ほら、行って』

ハンジを押しやって俺は開演までの時間を打ち合わせに費やした。

インカムの調子を確認した後、舞台に出る。会場はほぼ満席で拍手喝采だった。

エルヴィン『男子諸君、男性諸君、そして淑女の皆様方。大変お待たせ致しました』

ざわざわざわ………

エルヴィン『我が校伝統のミスコン、第20回目を迎えるこの記念すべきこの日。天気も味方して快晴となり、美少女達の宴を祝福しているようです』

エルヴィン『今年も色とりどりの美しさを競い合って貰います。野郎ども! 心の準備は出来ているか?!』


おおおおおおおおお!


エルヴィン『ではこれより第20回講文祭ミスコンテストを開催致します! みなさん、拍手をお願いいたします!!』


わああああああ……

パチパチパチ………


エルヴィン『ルールを先に説明させて頂きます。このミスコンはトーナメント形式になっており、抽選で選ばれた女性はテーマに合わせていろんな課題をこなして貰い、一騎打ちをして頂きます。4回勝ち上がれば晴れて優勝となり、景品が贈られる事になります! 会場の皆様は、勝負の際、その都度、メダルを1枚ずつ配布いたします。メダルを一枚、集計籠に入れていただき、天秤が傾いた方が勝者として決定致します!』

エルヴィン『では、まずは第一回戦を行っていきたいと思います。一回戦のテーマはこちら!』


ジャジャン♪


『彼氏と初めての外出デート。その時に着る私服は?』


エルヴィン『初めての外出デートの時にどんな私服を着ていくのか。そのセンスを競い合って頂きます! 外出先の内容は自分で設定してOK! 海でも山でも遊園地でも、自分の想像で私服を選んで頂きます! ではまず、エントリーナンバー1! 1年1組のミカサ・アッカーマン!』

エルヴィン『対するはエントリーナンバー2! 1年2組マリーナ・イノウエ!』

エルヴィン『二人には3分以内に私服に着替えて貰います。私服の内容は予め自分で決めて貰っているので、それに着替えて貰います。時間が過ぎた場合はポイントが秒数毎に1gのマイナスポイントになるので、時間は厳守するように。では、早速着替えタイムに入って頂くよ! それでは、スタート!!』

進行は順調だった。問題なく進んでいる。

試合の途中で何度か裏に回って様子を見た。

リヴァイが時間通りにきっちり間に合わせて衣装を持って来た。

裏ではハンジが色気のない抗議をしていたけれど、押さえつけてリヴァイがセットしていた。

ハンジ『ぎゃあああ?! なんか凄い事になってない?! 髪型に気合入れすぎじゃない?!』

リヴァイ『文句言うな!! 衣装と合わせたらこれくらい盛っても当然だ!』

ハンジ『そうかもしれないけど! 痛い! ちょっと緩めてよ!』

リヴァイ『ああ? 時間ねえから我慢しろ! (グイグイ)』

裏でわいわい喧嘩しながら準備をしてくれている。

その様子に安堵して、俺は進行を順調に進めた。そしていよいよハンジの登場だ。

ハンジがなかなか出てこない。おかしいな。準備は終わっているよな。

エルヴィン『………おや? 着替え終わっているのにハンジの方が出てこないね』

エルヴィン『準備は終わっているんだろ? 早く出て来て』

ハンジ『えええ……本当にこれでいくの?』

エルヴィン『似合っているんだからいいじゃないか。ほら、早く』

ハンジ『とほほ……』

観念して出て来たハンジの姿を見て観客がざわめいた。

きっと別人のように見えたからだろう。うん。綺麗だ。

リヴァイがきっと今頃、裏でどや顔をしているに違いない。

社交ダンスの大会に出た時よりは少し抑えめのメイクだったけど、それでも十分美しい。

眼鏡を外して女性の恰好をさせられたハンジは恥ずかしそうにしていたけれど。

その普段見せない照れ臭い表情がより、彼女の美しさを引き出していた。

エルヴィン『気合入っているね。想定は何処かな?』

ハンジ『うーん、多分、ダンスパーティーとかかな? 創立記念パーティーとか。結婚式とか、セレブな方の誕生日会とか? もうその辺のレベルの衣装だよね。初デートとかに着る服じゃないってあれほど……(ブツブツ)』

エルヴィン『いや、それは相手次第だよ。ハンジ。もしお金持ちのご子息とデートするのでればそれで間違っていない』

ハンジ『ああそうか。いやでもね、これは幾らなんでも気合入り過ぎじゃない?』

エルヴィン『いいんじゃない? たまにはこういうハンジ先生もいいよね?』

男子生徒『いいと思いまーす!』

ハンジ『あ、そう? うーん。でもこれ買ったの、もう8、9年前くらいになるのよね。リヴァイが三十路になった時に買ったから、デザイン古くない? 大丈夫かな?』

男子生徒『買って貰ったんですかー?!』

ハンジ『あーうん。ちょっといろいろあって、ね。押し付けられたの。こっちは「要らないってば!」って何度も突き返したんだけどね。実は私、ダンスの講師の免許を持っているんだ。その資格を取った時に一緒にこれ、貰っちゃったのよ』

エルヴィン『という事は、社交ダンス用の衣装って事で頂いたんだね』

ハンジ『そうそう。だから踊ろうと思えば、今でも踊れるよ♪』

ハンジが踊っている姿を見たい気持ちはあるけれど。時間がないからまた今度だ。

エルヴィン『ふふっ…それは是非見てみたいけど、ちょっと時間がないからまた今度にしようか』

ハンジ『そうだね。ま、いつか機会があれば披露してあげるよ』

エルヴィン『という訳で、集計をお願いいたします!』

エルヴィン『ん~これは微妙だね。2グラム差かな? 僅差でイルゼ先生の勝利だね。おめでとう!』

イルゼ『あ、ありがとうございます…(困惑)』

ハンジ『おめでとうー! (拍手)』

エルヴィン『惜しかったね。ハンジ』

ハンジ『いや、むしろ大健闘じゃない? 私、頑張った方じゃない? 十分だよ』

ハンジ『票を入れてくれた子達、ありがとうねー!』

そして無事に終わったと安堵した直後……事件は起きた。

ハンジ『リヴァイー! 頭外してーこれ重いんだけどー』

リヴァイ『ああ、ちょっと待ってろ(ゴソゴソ)』

ハンジ『んもう、何でこの衣装持って来ちゃったの。もうちょっと普通ので良かったのに』

リヴァイ『ああ? デート場所の設定は俺に任せるって言っただろうが』

ハンジ『いや、初デートだからね?! 初めてでこれって、ちょっと豪華絢爛過ぎるよね? 皆、びっくりしていたよ? 初デートで社交ダンスってどこのセレブ設定なのよ私は』

リヴァイ『………………すまん。そう言われれば確かにそうなんだが』

リヴァイ『ハンジには、その色の、深い緑色が一番似合うと思ってな。つい、それを咄嗟に選んでしまった』

ハンジ『ん~……まあ、そういう事ならしょうがないけどさ。うん、でもありがとう。協力してくれて』

リヴァイ『ああ……無事に終わったなら良かった。………ハンジ』

ハンジ『何?』

リヴァイ『服を持ってきた俺が言うのも何だか、その服は確か俺が三十路になった年に買った物だったよな』

ハンジ『そうだよ』

リヴァイ『お前、その頃から体型全く変わってないんだな。よく考えたら、凄い事じゃないのか?』

ハンジ『あーそう言われればそうだね。体型変わってないね』

リヴァイ『普通はそのくらいの年齢から少しずつ、身体のバランスが崩れてきてもおかしくはないと思うが』

ハンジ『ん~本当だね。珍しいよね。私、あんまり体重が変動しないんだよね』

ハンジ『やっぱり、ずっと、リヴァイのご飯を食べさせて貰っていたからじゃない?』


ざわざわざわ……?!


リヴァイ『…………そうか。だとすれば、飯を作り与え続けた甲斐があったな』

ハンジ『ん~でも、もういいよ。リヴァイ』

リヴァイ『え?』

ハンジ『もう、私、あんたにこれ以上、甘えるの、やめる事にするからさ』


ざわざわざわ……?!


リヴァイ『え…………』

ハンジ『今まで、ありがとうね。本当に感謝している。でも、もう、あんたとはちゃんと線引きしないといけないって、分かったんだ』

リヴァイ『…………』

ハンジ『…………ごめ…(ブツ)』

会場のざわめきが遠くに聞こえる様な感覚だった。

この時の俺は頭の中が真っ白になっていて、すぐに動けなかった。

エルヴィン『えー……2回戦に向かう前に5分間の休憩を入れたいと思います。皆様、もう暫くお待ち頂きますようお願いいたします』

とりあえずそれだけ言って俺は舞台裏に駆け込んだ。

舞台裏ではペトラ、ニファ、ミカサの3人がリヴァイを支える様にしていた。

ペチペチ頬を叩いたりしているけれど、全く気付いていない様子だ。

体に全く力が入っていないのが見て取れた。

他の共演者もどうしたらいいのか分からない様子だ。

リコ『おい、これは一体どういう事なんだ?』

イルゼ『ハンジ先生を追いかけた方がいいんでしょうか? (オロオロ)』

アンカ『いや、今はそっとしておいた方が……』

女性職員も困惑していた。女子生徒はもっと混乱している。

ペトラ『リヴァイ先生! 気をしっかり!』

ニファ『何か飲み物を持って来た方がいいでしょうか?』

エルヴィン『いや……』

俺はリヴァイの正面にしゃがみこんで視線の高さを合わせてから声をかけた。

エルヴィン『リヴァイ、俺が分かるか?』

リヴァイ『……………』

目の中に光がなかった。まるで死んでいるかのようだ。

呼吸はしているし、脈もある。でも目に何も映っていない様子だ。

彼女達も必死にリヴァイに声をかけているが、何も聴こえてないようだ。

ミカサ『クソちびが……こんな風になるなんて』

ミカサですら困惑している。何を言ったらいいか分からないようだ。

俺はなんて声をかけたらいいか迷った。

迷った末、俺はこの言葉しか思い浮かばなかった。

エルヴィン『………リヴァイ、生徒達が見ているよ』

リヴァイ『!』

俺の言葉でようやく我に返ったのか、目に光が戻った。

リヴァイ『あ、ああ……すまない。見苦しいところを見せたな』

やっと正気に返ったリヴァイは立ち上がろうとして……。

グラッと体勢を崩しそうになり、慌てて支えてやる。

エルヴィン『誰かパイプ椅子を。座らせてあげて欲しい』

ペトラ『はい!!!』

ペトラが舞台裏の端っこにあったパイプ椅子を用意してそこに座らせた。

リヴァイ『すまん……少し、そっとしておいてくれ』

エルヴィン『分かった。演目が終わるまでここで休憩するといい』

俺はそれだけリヴァイに告げて舞台に戻った。

リヴァイが落ち込んでどん底にいるのに。俺は何も出来ない。

今はただ、司会者として冷静に演目を終わらせる事に集中した。

舞台が終わってから舞台裏に急いで戻る。

エルヴィン『リヴァイ、立って』

エルヴィン『次の準備がある。ここにずっと居られると邪魔になるよ』

リヴァイ『あ、ああ……そうだったな』

だけどリヴァイは力を入れられなくて、こっちに凭れかかって来た。

リヴァイ『………すまん。足にうまく力が入らない。身体が自分の物じゃない様に重い』

エルヴィン『分かった。肩を貸して貰おう。私とでは身長差が大きすぎるから……アルミン。君に頼んでいいかな』

アルミン『分かりました』

リヴァイを体育館の外へとりあえず連れ出した。

アニが紅茶の缶を買って来てくれた。リヴァイはそれを無理に飲み込んでようやく一息ついたようだ。

リヴァイ『………………昨日、謝ったんだがな』

エルヴィン『うん。キスした事だね?』

リヴァイ『ああ。準備が全部終わってから、ハンジを捕まえて、少し話した。でもあいつはずっと「あんたが悪い訳じゃない」って言って、笑っていたんだ。だから、許してくれたんだとばかり、思っていたんだが、手遅れだったんだな』

エルヴィン『……………』

ハンジの事だ。きっとリヴァイの事を恨んじゃいない。

今頃自分を責めて泣いているんじゃないかと思う。

これがハンジなりのけじめのつけ方なんだろう。彼女らしい。

リヴァイ『俺はハンジに縁切りされたんだよな。友人としても、もう付き合えない。そういう事なんだろうな』

エルヴィン『リヴァイ。それは少し考えすぎだよ』

リヴァイ『だが、そうとしか思えなかった。ハンジに拒絶されることがこんなに、堪えるとは思いもよらなかった』

根深いところにハンジがいるんだよな。

分かっている。リヴァイにとってはハンジはもう、切り離せない存在だ。

リヴァイ『エルヴィン。前に言った事を覚えているか?』

エルヴィン『前に?』

リヴァイ『ああ。俺が前に、ハンジにはキスもセックスもしたいと思った事は1度もないと言った、アレだ』

エルヴィン『覚えているよ。はっきりと』

リヴァイ『すまん。アレ、よく考えたら記憶違いだった。正確に言えばたった一度だけ、昔、あった。かなり昔だが』

まあ、ない方がおかしいよな。

リヴァイ『俺が三十路になる年の2月頃だったかな。突然あいつが「ダンスの講師の資格が取りたいから、パートナーとしてつきあって!」と無理難題を言い出した。それから10か月程度の時間をかけて、ハンジと社交ダンスの練習をした。その時の事を、覚えているか?』

エルヴィン『ああ。良く覚えているよ。私も練習指導につきあったしね』

リヴァイ『俺はあいつとコツコツ練習を重ねて、12月にT都で行われるダンス大会に出場する事になった。そこで優勝すれば成績が認められて資格も得られるという大会だった。俺達は初出場にして、初優勝を果たして無事にお互い、資格を得る事が出来た』

あの時はピクシス先生が荒れに荒れて大変だった。

『2人で旅行に行って来て何もないとか、ありえんじゃろうが!!!』と、怒鳴り散らしていたっけな。

リヴァイ『俺は資格を得てからハンジに聞いたんだ。そもそも何で社交ダンスをやろうと思たのかと。そしたらあいつ、何て言ったと思うか分かるか?』

エルヴィン『いや……分からないな。見当もつかないね』

リヴァイ『俺の三十路に間に合うように、俺の三十路の誕生日プレゼントに、ダンスの講師の資格を俺にあげたかったそうなんだ。社交ダンスはペアじゃないと大会に出場できないし、つまりあいつなりの、サプライズだったんだよ』

成程。通りで。

リヴァイが三十路を過ぎてから女の影が無くなった理由はそこか。

その時にリヴァイは完全にハンジに堕ちていたんだろうな。

でもそれを素直に認められなくて、今の今まで来てしまった訳か。

リヴァイ『それを聞いて俺は『それを早く先に言え!』と怒鳴ってしまったが。でも、嬉しかったんだ。ハンジは『私は家事とか女らしい事は殆ど出来ないし、プレゼントを買ってあげるのも下手だし、でもこれだったら、一生、体育教師のリヴァイの役に立つプレゼントになるかと思って』と言ってくれたんだ。確かに体育教師の俺にとってはこういう資格はないよりはあった方がいい。もしダンスを指導する立場になれば、そういう知識も経験も必要になってくる。でも、あいつは生物教師だ。必要があるのは俺だけで、あいつはただ、それに付き合ってくれただけなんだよ』

うん。そこまで距離を縮めておきながらなんでヤッて来なかったんだろうな?

リヴァイ『ダンス大会が終わったその日の夜は2人でツインのホテルに泊まった。あの時、俺は初めて、ハンジをいい女だと思った。でもあいつはその後『これからもずっと、友達でいようね。あんたは私の最高の親友だから』って言ってきてな。その言葉に対して俺はずっと約束を守ってきただけだったんだよ』

酷い話だな。そんな時ですら自分より他人を優先して考えてしまうのか。

リヴァイ『大会の時に借りたドレスを買い取って、ハンジにあげたのはせめてもの礼のつもりだった。だけどあいつは、ずっと「要らないから!」って跳ね除けていたんだが、俺もそこは折れなかった。あいつのクローゼットの奥の方に無理やり押し込んで、ずっと仕舞わせていたんだ。それを今朝見つけて、全部一気に思い出したよ』

エルヴィン『なるほど。だからあの深緑色のダンス衣装を持ってきたんだね』

リヴァイ『ああ。俺にはもう、アレしか思い浮かばなかった。初めて2人で旅行した時の、思い出の衣装だったからな』

思い出しているその表情は今までで一番、乙女な表情だと思った。

男に乙女というのも変な話だが。なんでリヴァイはこういう時に可愛い顔をするんだろうな。

リヴァイ『沈んでいた筈だ。地下深く、自分の気持ちが眠っていたのも、ただ、そう考えない様にしていただけだったんだ。俺は………』

その恋心の封印を解いたのは俺だ。

解かせない方が良かったのか。解いたのが正解なのか。それは分からない。

リヴァイ『俺はハンジの事が好きだったんだ。恐らく、あの日の、三十路になった誕生日のあの日から、ずっと……』

いいや。リヴァイ。それは間違っている。

リヴァイはハンジと出会った教習時代の時から既に彼女に心を奪われていた。

なのに随分と遠回りしてしまったんだよ。素直に認めないから。

今、そのツケを支払わされているんだ。

リヴァイ『ハンジは俺が三十路を越えてからはしょっちゅう「三十路~おっさんおめー」とか「三十路っていいよね! なんか響きがいいよね?」とか何とか言ってよくからかってきたりしたな。ハンジの中では恐らく三十路がひとつのステータスだったのかもしれんが、特別なものにしたかったんだろう。俺もあいつが三十路を越えた時は同じように「三十路を越えたから早く嫁に行け。結婚しろ」と言い放っていたが、よく考えたらそうやって言い合う事を楽しんでいただけだったんだな……』

エルヴィン『うん。そうだね。君達のそれは、ただの夫婦漫才だったよ』

リヴァイ『ははっ……今頃、気づいちまって、本当に俺は、馬鹿だ』

リヴァイは今、初めて自分の気持ちと向き合っている。

苦しいのは分かる。俺もそういう感情は理解出来る。

ただそこからどうするか。ここから先が問題なんだ。

まだ逃げ続けるのか。それともハンジと向かい合うのか。

リヴァイは決めなければいけない。

リヴァイ『自覚した途端にまさか振られるとは思わなかった。ははっ………はははっ……』

エルヴィン『リヴァイ。まだ振られた訳じゃないだろう』

リヴァイ『振られたようなもんだろう。もう、世話しなくていいと言われたんだからな』

エレン『それは違いますよ、リヴァイ先生』

其の時、エレンが前に出てリヴァイを励ましてくれた。

エレン『振られるっていうのは、ちゃんと自分の気持ちを相手に伝えて、相手から「ごめんなさい」と言われる事です。その過程を得てない状態ならまだ「振られた」とは言い切れないですよ』

リヴァイ『何で、そう言いきれる』

エレン『オレの時がそうだったからです。オレも危うく「振られた」と思い込んでしまいそうになったから。なあミカサ?』

ミカサ『う、うん……あの時は、誤解させてごめんなさい』

エレン『だから、リヴァイ先生はまだ、やるべき事をちゃんとやってないんだから、諦める必要はないんですよ』

リヴァイ『……………』

リヴァイの視線が揺れていた。

本心は今すぐにでもハンジを追いかけたくて堪らないんだろう。

リヴァイ『しかし、ハンジにはもう、モブリット先生とか……』

エレン『だったら尚更急がないと、手遅れになりますよ。リヴァイ先生。モブリット先生とハンジ先生が付き合いだしてもいいんですか?!』

リヴァイ『……………分からない』

リヴァイはまるで迷子の子供の様に不安げな表情だった。

リヴァイ『ハンジが決める事に俺は口を出せない。それはただのエゴの押し付けだ。あいつの判断に俺の感情は関係ない……』

ミカサ『だからクソちび教師なのね。最低』

エレン『!?』

おっと。ミカサのドS発言にちょっと俺もびっくりした。

いきなり何を言いだすかと思ったら、物凄い形相でリヴァイを睨んでいる。

ミカサ『このヘタレが。やっぱりハンジ先生にはリヴァイ先生には勿体ない』

エレン『ミカサ?!』

アルミン『あーごめん。僕も同意だ』

エレン『アルミンまで、何言ってんだよ!』

アニ『うん。異議なし』

エレン『アニも?!』

ジャン『はーさすがにオレもそれはないと思ったわー』

マルコ『だねえ』

わーお。今年の一年生はなかなか口の悪い子達が揃っているな。

流石リヴァイの顧問の部に入ってくるだけはある。

エレン『お前ら?! 言い過ぎだろ?! リヴァイ先生は教師なんだぞ?』

エルヴィン『うーん、教師である以前に、まず一人の「男」なんだけどねえ』

彼らの言いたい事は分かっている。

ここまできて尻込みするのは男じゃないよな。

エルヴィン『皆がキレるのも分からなくはないよ。ただ、リヴァイはもともとこういう性格だからね。自分の判断や感情を殺して、相手のやりたいように出来るだけやらせる。昔からそうだから、今更どうしようもないんだよ』

もしくは相手が危険な目に遭わない方を選択したり。相手が幸せになれる方を選んだり。

自分をもっと優先する我儘な奴だったら、ここまで拗れなかっただろうな。

ミカサ『でもそれでは、相手が動かない場合は自分から動かないって事ですよね? ずるい』

アルミン『ずるいよねえ。確かに』

アニ『指示待ち人間?』

ジャン『そうかもな。受け身過ぎるんだよ』

マルコ『時と場合によるよねえ』

エレン『あのなあ。一応言っておくけど、この中でカップルなのはオレとミカサだけ何だからな! 恋愛ってもんは、そう定規みてえにまっすぐうまくいくもんじゃねえんだよ!!』

おお? 1人だけ先輩面をしてエレンがリヴァイを庇っている。

ミカサ『ではエレンは何故、私と付き合いたいと思ったの? 好きだと自覚したのはいつ?』

エレン『ええ? オレの場合はアレだよ。夏の海で、その……ミカサがヤキモチっぽい素振りを見せた時、なんかすっげえ浮かれちまって。何で嬉しいんだろ? って自己分析してみたら、やっぱりミカサの事が好きだからとしかと思えなくて……』

ミカサ『本当に? それ以前に私にヤキモチは妬かなかったの?』

エレン『それ以前? あージャンとかミカサの中学時代の金髪の先輩とか? その辺は妬いていたよ。今思うと』

ミカサ『ほらやっぱり。ヤキモチ妬いている。ヤキモチを妬いたらそれはもう、相手を独占したい証拠』

エレン『まあそうだけど、え? 今、その話、何か関係あるのか?』

ジャン『つまり、リヴァイ先生はヤキモチ、妬かないんですか? って皆、言いてえんだよ』

エレン『あー………』

まあ、つまりはそういう事だな。

リヴァイ『ヤキモチ……だと?』

ミカサ『ヤキモチも妬かないような男は最低。度が過ぎるとダメだけど』

アニ『うん。同感。やっぱりそこは、女としては少しは妬いて欲しいよね』

リヴァイ『………………』

アルミン『でも、さっきモブリット先生、ハンジ先生と何か大事な話があるって言ってたよね』

エレン『あーなんか深刻そうな顔はしていたよな』

リヴァイ『!』

エルヴィン『2人が何処に行ったか分かるか?』

エレン『いえ、そこまでは。オレ達もすぐこっちに戻ってきたんで』

だとしたらこのタイミングでモブリット先生は動くかもしれないな。

アルミン『もしかして、モブリット先生の方が先に告白しちゃうんじゃないの? このままだと』

リヴァイ『?!』

可能性は大だな。どうするんだ? リヴァイ。

と、其の時リヴァイの携帯が鳴った。

リヴァイ『リヴァイだ。………何だって? マーガレットがそう言っているのか? 分かった。すぐそっちに行く』

リヴァイ『エルヴィン。ミスコンの病欠の辞退者っていうのは、マーガレットで間違いなかったよな』

エルヴィン『ああ。なんか少し体調が悪くて今、保健室で休んでいるそうだが』

彼女もハンジと同じくらい無茶な事をよくやる子ではあるんだが。

今回の件は恐らく母親の容体が落ち着いて、今頃疲れが出てきたんじゃないかと思う。

まだ彼女は高校生だしな。そういう事もあるだろう。

話し合いの末、今回の文化祭はマーガレットの代わりに俺が裏に入る事になった。

万が一の時に備えてスケジュールを空けていて正解だったな。

裏方プランを引き継いで、エレン達が昼飯を買いに行っている間、マーガレットは言った。

マーガレット『リヴァイ先生って寝顔が可愛いですよね~うへへ。写真に撮ろうかな』

エルヴィン『駄目だよ。起きちゃうから今回は遠慮しなさい』

マーガレット『ちっ……勿体ない』

エルヴィン『リヴァイが可愛いのは認めるが。男にしておくのが勿体ないとは思う』

マーガレット『ですよね~……なんかもう、押し倒したくなりますよね』

エルヴィン『マーガレット。女性のいう言葉じゃないぞ』

マーガレット『サーセンwwww』

エルヴィン『熱があるせいでテンションがおかしくなっているようだな』

マーガレット『まあ、そうですね。すみません。はい……(シュン)』

エルヴィン『お母さんの容体はどう?』

マーガレット『あ、母はもう殆ど大丈夫ですよ。おかげさまで元気になりました』

エルヴィン『なら良かったな。でもあんまり無茶し過ぎたら駄目だぞ』

マーガレット『はい。親子ともども馬鹿ですみません……』

マーガレット『ええっと、でも今回、エレンには本当に助けられました』

エルヴィン『ん? エレンに?』

マーガレット『はい。彼、うちにアシスタントに入ってくれた事があるんですけど』

エルヴィン『ああ。その件ならリヴァイ経由で聞いているよ。原稿がやばかったんだって?』

マーガレット『そうなんです。母が肺炎起こしちゃって。緊急入院しちゃったんですけど。其の時に、エレンに救急車を呼べって怒られました』

エルヴィン『そりゃあ怒られるよ』

マーガレット『まあ、そうなんですけど。あの時は私も今以上に頭が回ってなかったし。万が一の事があったらどうするんですかって、エレンに凄く叱られてしまって。確かに命は大事にしないといけないなあと、あの時は思いました』

エルヴィン『そうか。エレンがね………』

マーガレット『他の子達はそこまで言わなかったんですけどね。よその家の事だし。でもエレンだけは違った。あの子、凄く優しい子なんですね』

エルヴィン『確かに。そういうところはあるみたいだね』

さっきマーガレットが無理にでも出ようとした時、ムッとしていたのは頼られない自分に腹が立ったせいだろうな。

まだ1年生だっていうのに。小生意気なところもあるようだけど。

裏方プランを見る様子は他の誰よりも真剣だった。

きっと自分がしっかりしなきゃと思っているんだろうな。

そしてエレンがカレーを持って戻ってきてくれた。

頂いた物を腹に押し込んで準備をする。舞台裏に入るのは久々だが、何とかなるだろ。

年末にエルヴィン先生視点をどうしても書きたくてやらかしました。すみませんorz
ミカサ視点の時間軸が追い付いたら続きを投下する予定です。
とりあえず今回はここまで。ではまた。次回ノシ





文化祭の舞台は一度だけアクシデントがあったけれど、それ以

外は概ね無事に終わった。

小道具の刀が途中で壊れた時は流石にひやっとさせられたけれ

ど。

エレンの機転でどうにか舞台を止めずに済んだ。やはり彼には

咄嗟の対応力が備わっているようだ。

エンディングは音楽に合わせて適当にアドリブで踊った。

舞台で踊るのは何年ぶりだろうか。久々に体を動かして照れ臭

かったけれど。

青春時代を謳歌する彼らに混ざって、俺もダンスを楽しませて

貰った。

そして舞台が終わって見送りを済ませると、すぐさま撤収作業

をした。

次の舞台の演目が待っているからぐずぐずは出来ない。

裏方を中心に舞台の片付けを終えてから裏から出ると、リヴァ

イが生徒達に囲まれてわいわいやっているのが見えた。

あれは暫くは解放されないだろうな。相変らずの人気者だ。

リヴァイを目の端に入れつつも俺はハンジの事も気になった。

モブリット先生とまだ一緒にいるのだろうか。

連絡してみようかと思っていた矢先、モブリット先生の方から

連絡が来た。

エルヴィン『はい、エルヴィンです』

モブリット『エルヴィン先生、モブリットです』

エルヴィン『どうかされましたか?』

モブリット『いえ、その………』

少しの間が落ちてから、言いにくそうに彼は言った。

モブリット『どうしても確認したい事があります』

エルヴィン『なんでしょうか』

モブリット『フィーリングカップルの件です。エルヴィン先生

は最初から、リヴァイ先生の方を舞台にあげるつもりだったん

ですよね。だとしたら、何故、自分に声をかけたのかと』

エルヴィン『………すみません』

モブリット『過ぎた事を謝る必要はないですが、どうしても解

せません。エルヴィン先生の行動を理解出来なくて……』

エルヴィン『…………』

モブリット『あの、実はピクシス先生の方から、エルヴィン先

生の事情は伺っていました。だからこそ、自分はエルヴィン先

生が自分とハンジ先生の事を応援してくれているものだと勝手

に思っていました。僕とハンジ先生が付き合う方が、エルヴィ

ン先生にとっては都合が良いと思っていましたし』

エルヴィン『それは世間的には難しい話ですよ』

モブリット『そういう話ではないと思います。あなたは本当に

、心からリヴァイ先生とハンジ先生が結ばれることを望んでお

られたんですか?』

エルヴィン『…………』

すぐに返事が出来なかった。モブリット先生は薄々気づいてお

られるようだ。

投稿の仕方を間違えたのでやり直します。すみません。





文化祭の舞台は一度だけアクシデントがあったけれど、それ以外は概ね無事に終わった。

小道具の刀が途中で壊れた時は流石にひやっとさせられたけれど。

エレンの機転でどうにか舞台を止めずに済んだ。やはり彼には咄嗟の対応力が備わっているようだ。

エンディングは音楽に合わせて適当にアドリブで踊った。

舞台で踊るのは何年ぶりだろうか。久々に体を動かして照れ臭かったけれど。

青春時代を謳歌する彼らに混ざって、俺もダンスを楽しませて貰った。

そして舞台が終わって見送りを済ませると、すぐさま撤収作業をした。

次の舞台の演目が待っているからぐずぐずは出来ない。

裏方を中心に舞台の片付けを終えてから裏から出ると、リヴァイが生徒達に囲まれてわいわいやっているのが見えた。

あれは暫くは解放されないだろうな。相変らずの人気者だ。

リヴァイを目の端に入れつつも俺はハンジの事も気になった。

モブリット先生とまだ一緒にいるのだろうか。

連絡してみようかと思っていた矢先、モブリット先生の方から連絡が来た。

エルヴィン『はい、エルヴィンです』

モブリット『エルヴィン先生、モブリットです』

エルヴィン『どうかされましたか?』

モブリット『いえ、その………』

少しの間が落ちてから、言いにくそうに彼は言った。

モブリット『どうしても確認したい事があります』

エルヴィン『なんでしょうか』

モブリット『フィーリングカップルの件です。エルヴィン先生は最初から、リヴァイ先生の方を舞台にあげるつもりだったんですよね。だとしたら、何故、自分に声をかけたのかと』

エルヴィン『………すみません』

モブリット『過ぎた事を謝る必要はないですが、どうしても解せません。エルヴィン先生の行動を理解出来なくて……』

エルヴィン『…………』

モブリット『あの、実はピクシス先生の方から、エルヴィン先生の事情は伺っていました。だからこそ、自分はエルヴィン先生が自分とハンジ先生の事を応援してくれているものだと勝手に思っていました。僕とハンジ先生が付き合う方が、エルヴィン先生にとっては都合が良いと思っていましたし』

エルヴィン『それは世間的には難しい話ですよ』

モブリット『そういう話ではないと思います。あなたは本当に、心からリヴァイ先生とハンジ先生が結ばれることを望んでおられたんですか?』

エルヴィン『…………』

すぐに返事が出来なかった。モブリット先生は薄々気づいておられるようだ。

モブリット『すみません。実は先程、ハンジ先生には直接、自分の気持ちを伝えました。望みは薄いかもしれませんが、伝えるなら今しかないと思いまして』

エルヴィン『そうですか』

モブリット『はい。ですので、エルヴィン先生のお気持ちはどうあれ、僕の方はやるべき事をするだけです。自分としては、エルヴィン先生もそうされるべきだと思いますけど』

エルヴィン『何を言われるんですか。ありえませんよ。そんな事は……』

モブリット『では自分の方から、リヴァイ先生に伝えましょうか?』

エルヴィン『止めて下さい。怒りますよ』

モブリット『怒られても構いませんよ。戦局を自分の有利に運ぶ為なら』

エルヴィン『…………』

モブリット『ターニングポイントだとは思いませんか? エルヴィン先生にとっても、僕にとっても』

エルヴィン『そうですね』

俺はモブリット先生をこれ以上、刺激しないように言った。

エルヴィン『分かりました。考えておきます。ですので、出来れば内密に』

モブリット『はい。良い報告をお待ちしていますよ。それでは』

モブリット先生はいつもより声が低かった。

内心は怒り狂っているのを抑え込んでいるのが伝わってきた。

無理もない。俺は結局、彼を犠牲にしたのだから。本人の承諾もなく。

考えておく、とは言ったが、俺としては伝える気なんて毛頭もなかった。

伝える気があるならとっくの昔にやっている。

それを今更、何を。

文化祭はもうすぐ佳境に入る。

最後のバンド演奏まで時間があった俺は、とりあえず1人で休憩を入れる事にした。

食品ブースの空いた席に座って一人でミックスジュースを飲んでいると、そこに偶然、ミケとナナバ先生がやってきてたこ焼きを奢ってくれた。

ミケ『大分、疲れているようだな』

ナナバ『ハンジと連絡取れないんだけど、エルヴィンは知らない?』

エルヴィン『ハンジは今、モブリット先生と一緒にいるようだよ』

ナナバ『そうなんだ。それならいいけど……』

ミケ『ハンジが心配だ。思いつめていなければいいが』

エルヴィン『うん。ハンジは責任感の強い子だしね』

ナナバ『リヴァイの方は案外、大丈夫そうだったね』

エルヴィン『そうでもないよ。多分、舞台の事があったから持ち直しただけだろう』

ミケ『考えないで済むからか』

エルヴィン『そんな感じだろうね。むしろきついのは明日じゃないかな』

ナナバ『本当に、なんで2人はあんなに不器用なんだろうね』

エルヴィン『君達みたいに器用じゃないんだよ。婚約を隠しながら、フィーリングカップルに出るなんて事は出来ないさ』

実はこの時点で、ミケとナナバは既に付き合っている関係だった。

まだ籍は入れてないが、所謂婚約中という奴だったのだ。

舞台では全くそれを感じさせないのだから、2人とも役者だ。

ミケ『ははっ……内心、バレないかひやひやしたがな』

ナナバ『わざと外すのって、結構難しいよね』

ミケ『リヴァイ先生もわざと外せば良かっただろうに』

ナナバ『それが出来る性格なら今、こんな事になってないでしょうが』

ミケ『それはそうだが……』

ナナバ『ハンジが戻ってきたら、後で話そうって言っておいてよ』

エルヴィン『ああ、了解。伝えておくよ』

そしてミケとナナバ先生は2人で去っていった。

残った俺は、今度はピクシス先生に捕まってしまった。

ピクシス『こっちにおったのか。エルヴィン先生』

エルヴィン『ピクシス先生……』

ピクシス『どうじゃ? 一杯』

エルヴィン『後夜祭はまだですよ。早過ぎませんか?』

ピクシス『飲まないとやってられんじゃろう。わしはやるせなくて仕方がない』

ピクシス先生は自前のボトルをちびちび飲んでいる。

エルヴィン『うまくいかないもんですね。人生は』

ピクシス『全くじゃ。こうなったらもう、お主も動くしかなかろう』

エルヴィン『ん? 私がですか?』

ピクシス『そうじゃ。エルヴィン、お主も自分の思うままに行動するべき時が来たと、わしは思うぞ』

エルヴィン『ピクシス先生まで、何を言って……』

ピクシス『ん? 他に誰か、けしかけられたのか?』

エルヴィン『モブリット先生からも言われましたよ。でも私は彼に自分の気持ちを伝える気はありません』

ピクシス『それが正しい選択だと思っておるからか?』

エルヴィン『私はもう随分前からリヴァイとハンジを知っている。あの2人が幸せでいる姿を見守るだけでいいんですよ』

ピクシス『質問の答えになっとらんのう。まあ、わしは男に惚れた経験がないから分からんが本質的には同じじゃろう?』

エルヴィン『全然違いますよ。私は世間で言うところの変態だ』

ピクシス『ザックレー先生に比べたら可愛いもんじゃと思うがの……あ、今の発言はオフレコじゃぞ?』

エルヴィン『まあ、あの方は違った方向で変態ですけど』

ダリス・ザックレー先生が倒錯的な性癖の持ち主である事は一部の古株の先生達の中では暗黙の了解だった。

詳しい事はここでは割愛する。あまり詳しく説明したくはないからだ。

エルヴィン『話が逸れましたね。とにかく私は、祈るしかない』

ピクシス『2人が元の鞘に戻ることをか? 今回ばかりはちと難しいと思うぞ』

エルヴィン『今はまだ、お互いに頭の中が煩雑なだけですよ。時間がいずれ解決してくれますって』

ピクシス『わしはその言葉は余り好きではない。時間が全ての事を解決する訳じゃないからの』

エルヴィン『そうですか?』

ピクシス『年寄りの戯言と思うかもしれんが、その言葉を使うのはまだ早過ぎると思う。リヴァイであれ、ハンジであれ、お主であれ、まだ誰も、自身の本当の気持ちと向かい合っておらんだろうが』

エルヴィン『………………』

ピクシス『そういう意味ではモブリット先生が一番、まともに見えるぞ。勝ち目の薄い戦いに、それでも挑む姿勢は男らしい。お主らはいつまで同じ道を迷い続けるつもりだ』

エルヴィン『でも………』

ピクシス『関係を壊す事が怖いのは誰でも同じじゃぞ。そこに不平等はない。わしはリヴァイとハンジが結ばれる未来を応援しておったが、同時にエルヴィン、お主との未来でも良いと思っておる。この変則三角形をいい加減、どうにかしろといいたいのだ』

エルヴィン『変則三角形って……どんな図形ですか』

ピクシス『知らん。二等辺三角形なのか、正三角形なのか。わしにはどちらにも見えるから、何とも言えん』

エルヴィン『うーん……』

言葉に詰まってしまった。確かに図形で言えばどちらと言えばいいのか。

ピクシス『全く持ってつまらん。ええい、つまらん……』

エルヴィン『ピクシス先生、飲むペースが早いですよ』

ピクシス『お主らがグダグダするのが悪い』

そんなこんな感じで後はピクシス先生の機嫌を宥めながら飲んでいたら、後夜祭のアナウンスが始まってしまった。

グラウンドの方ではキャンプファイヤーの準備に追われている頃だろう。

文化委員の子達は毎年、ご苦労様だなと思いながら、たこ焼きを食べ終えた。

ピクシス先生と一緒にグラウンドの方に移動した。

酔っぱらったピクシス先生と話し込んでいると、エレンがミカサと共にこっちにやってきた。

エルヴィン『やあエレン。ミカサ。お疲れ様』

エレン『お疲れ様でした。あの、エルヴィン先生、この写真、どう思います?』

なんだろう? 突然。

写真を確認すると、リヴァイの面白い顔が。

ピクシス『いい写真じゃの!』

エルヴィン『どれどれ……ぷ! これは傑作だね。いつ撮ったの?』

エレン『文化祭1日目が終わって仕込みが終わった直後、リヴァイ先生と話す機会があったんで、その時に』

エルヴィン『いいねー。こういう顔が崩れたリヴァイは珍しい。画像くれる?』

エレン『あ、はい。それは勿論、いいんですけど。あの、エルヴィン先生から見たら、この画像をもし、ネット上で公開したら、どう思います?』

エルヴィン『ん? それはどういう意味かな?』

続きが遅くなりましたが、ぼちぼち再開します。
今回はここまで。次回またノシ

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