女騎士「のどかだな……」門番「ええ、のどかですね」(16)

女騎士「暖かいな……もう春だなぁ……」

門番「春ですねぇ」

女騎士「平和だなぁ……」

門番「いえ、平和ではないですけどね。あなたもこの国の騎士なら知っているでしょう?最近、隣国の動きが不穏な事を。
    まぁ隣国と言っても山を挟んだ更に向こうですし、この国に直接の影響が出るような事はないと思いますけれど」

女騎士「お、おう……」

門番「いつまでもこんなところで油を売っている場合ではないのではないですか?」

女騎士「だって城の中にいたって暇なだけなんだもん……いいよなぁ門番は。日がな一日こうして座ってるだけでいいんだもん」

門番「まぁ、間違ってはいないですけれどね……」

商人「兄ちゃん、国の中へ入りたいんだが」

門番「はい、こんにちは。まずは身分を証明するものを見せてください」

商人「これでいいかい?」

門番「ありがとうございます……ほう、海の向こうからはるばるこの国まで?」

商人「ああ、そうだよ。私が住んでいる国の王がね、貿易の手を伸ばすって言うんで私が派遣されたんだ」

門番「それはそれは、遠路遥々お疲れ様です。それではこの用紙に名前と滞在日数を記入してください」

商人「はいよ」

女騎士「お、おぉ……」

門番「どうかしましたか、女騎士様?」

女騎士「いや……絶対私に門番は務まらないだろうなぁ……と」

門番「はぁ」

商人「これでいいのかな?」

門番「はい、少々お待ち下さい………はい、確認完了です。今日より三日間滞在ですね。ごゆっくりどうぞ」

商人「ありがとうよ」スタスタ

門番「ふう……」

女騎士「仕事してなさそうに見えて、やっぱりやるべきことはしっかりやっているんだな」

門番「まあ、これが僕の役目ですからね」

女騎士「うむ、しっかり勤めるんだぞ。では、私は城へ戻る」スタスタ

門番「………逃げましたね」

翌日―――

女騎士「よっ、門番。仕事してるか?」

門番「おはようございます、女騎士様。仕事はきちんとこなしていますよ」

女騎士「そうかそうか、うむ、いい事だ」

門番「どうかされましたか?今日も暇でここへ来たのでしょうか?」

女騎士「なんかその言い方引っかかるな。まるでいつも暇を持て余してここに来ているみたいじゃないか」

門番「これは失礼。何か用があって来たのですか?」

女騎士「うむ。実は、これを見せびらかせようと思ってな」ピラッ

門番「……これは……門番のライセンスですね」

女騎士「ああ。今まで何度も落ちてきたが、昨日の夕方の試験でようやく合格印をもらえてな」

門番「おめでとうございます。しかし、この国の門はここしかありませんし、門番は僕がいるからそれは必要ないのでは?」

女騎士「逆だ、逆」

門番「はあ」

女騎士「この国で門番のライセンスを持ってるのはお前だけだろう?」

門番「まあそうですね。だからこそ僕が門番を務めているわけですが」

女騎士「国王が、お前の事を気に掛けていてな。門番には負担を掛け過ぎてしまっている、と」

門番「気になさらなくてもいいのですがねえ。僕は好きでやっているわけですし」

女騎士「お前がよくても、国としてそれはまずいのさ。だから、今日からしばらくはここで門番の仕事を教わろうと思う。よろしくな、門番」

門番「ええ、それはいいですが。門番は大変ですよ?昨日は自分には無理だとぼやいていましたが、大丈夫ですか?」

女騎士「何、問題ないさ。私も、お前の事は心配だったからな」

門番「女騎士様も?」

女騎士「お前は私がこの国に移住した当時からずっと門番の仕事をしているだろう?不休で仕事を出来るのはすごいと思うけどな、少しは息抜きというものを覚えた方がいいよ、お前は」

門番「はぁ……」

女騎士「国内にだって、自宅はあるんだろう?」

門番「あるにはありますけど、僕はもう屯所が自分の家だと思っていますよ。もう何年も家には帰っていませんからね」

女騎士「相当だな……」

門番「ハハ、慣れたモノですよ。ところで、ここで門番のお仕事を覚えるのはいいのですが、その間騎士としてのお仕事はどうなさるのですか?」

女騎士「ああ、それについても問題ない。国王直々のお達しで、ここに来ているのだ。この国は一応平和な国ということで通っているからな、騎士が一人欠けたところで然したる問題もないだろうとの国王の判断だ」

門番「そうでしたか、どうやら余計なお世話だったようですね。では、お仕事しましょうか、女騎士様」

女騎士「ああ、頼む」

門番「まずは―――」

―――――

―――



夕方―――

門番「はい、それではひとまずこれで終わりです」

女騎士「お……オッス……」グテッ

門番「疲れたでしょう?」

女騎士「門番って……こんなに大変なんだな……」

門番「覚えること自体は膨大ですが、実際にやってみるとさして大変なことはありませんよ」

女騎士「そういうことをさらりと言えるお前は、やっぱりすごいよ」

門番「そうでしょうか?僕はもう慣れたものですからね、この仕事も楽しくやらせていただいていますよ」

女騎士「楽しく、ねぇ」

門番「女騎士様は、今のお仕事を楽しくやれてはいないのですか?」

女騎士「うーん、どうだろう。楽しいと考えた事はなかったけど、やりがいは感じているよ」

門番「やりがいを感じられているということは、楽しくやれているということだと思いますよ」

女騎士「そんなものかな?」

門番「これは僕の持論ですけどね」

女騎士「ふむ……なるほどな。要は考え方次第ってことか」

門番「そういうことです」

夕方―――

門番「さて、今日のお仕事はこれで大体終わりですが、この後はどうなさいますか?」

女騎士「どうする、とは?」

門番「晩御飯を食べに行かないのですか?」

女騎士「門番はいつもどうしてるんだ?私は一応今は門番見習いという立場だからな、お前の生活を覚えるのも重要な仕事のひとつだ」

門番「それは、僕の生活を真似る、ということでしょうか?」

女騎士「そういうことになるな」

門番「それでしたら……」

酒場―――

門番「なんでも好きなものを食べてください。今夜は僕がおごりますよ」

女騎士「……おい」

門番「はい?なんでしょうか」

女騎士「なんでしょうか?じゃないだろ!なんだ?お前は普段いつも晩飯はここで食べているのか?」

門番「そんなわけないじゃないですか」

女騎士「じゃあ何故ここに来たんだ?私に気を遣っているのなら、そんな気遣いは無用だぞ」

門番「別に、気を遣っているわけではありませんよ。ただ、今日は僕の給料日ですからね。給料が入った日には、こうして酒場に来て贅沢をしているというわけです」

女騎士「月一の贅沢ってことか?随分と質素な生活をしているんだな」

門番「僕はこれで満足していますよ」

女騎士「しかし、そうなると残りの収入はどこに行ってるんだ?国からの収入だって結構あるんだろう?」

門番「それは秘密です」

女騎士「そこは秘密なのか……」

門番「人間、誰にだって秘密のひとつやふたつあるということですよ」

女騎士「……謎だ」

門番「多少謎めいている方が、人間は魅力的に見えると思いませんか?」

女騎士「ふむ……そう考えたことはなかったな、なるほど。確かになんとなく門番がカッコよく見えてきた」

門番「おだてたって何も出ませんよ」

女騎士「そういえば門番」モグモグ

門番「なんでしょうか?」

女騎士「今朝、城の中で小耳に挟んだのだがな。山の向こうにある隣国の話、知ってるだろう?」モグモグ

門番「ああ、どうにも不穏な動きが見られると言う国の事でしたね。その国がどうかしましたか?」

女騎士「どうも国内でクーデターが起きたらしくてな。現在、王国軍と反乱軍に分かれて内乱中らしい」

門番「内乱……ですか」

女騎士「この国とも少なからず交流のあった国だ。もしかしたら、我が国から何人か騎士が出向くことになるかもしれないみたいだぞ」

門番「物騒な話ですねぇ」

女騎士「私は今門番の仕事を習っている身だからそのメンバーに選ばれることはないだろうが、出向が決定した場合は私も騎士として会議に参加しなければならないんだ」

門番「わかりました。近いウチに、城へ呼び出される日が来るかもしれないということですね?」

女騎士「そういうことだ。悪いがその時は、門の番をまたお前一人に任せることになると思う」

門番「了解しました。……しかし、内乱ですか……この国に直接の被害が出なければいいのですが」

女騎士「なに、その心配はないだろう。この国の騎士は、皆優秀だからな」

門番「今、遠回しに自画自賛自賛しましたね」

女騎士「あ、わかる?」

門番「まぁ、この国の騎士が優秀であるということは否定しませんけれどね。僕の知っている限りでは、戦死した騎士様の話は聞いたことがありませんし」

女騎士「普通に聞けば優秀とも思えるような話だが、裏を返せばそれだけこの国が戦とは無縁の平和な国だということだ。良い事ではあると思うが、騎士職についている私としては複雑な立場だな」

門番「そうですねぇ……戦いがなければ騎士と言う立ち場自体が危うくなってしまいますしね」

女騎士「そんなわけで、最近この国の騎士は副業を持つ事を心がけ始めているようだ。私も含めて、な」

門番「なるほど、脈絡なく門番のライセンスを取ったのはそういう意図があったわけですね」

女騎士「これで私も色々考えているのだよ」

門番「騎士と言えば誰もが憧れる職業だと思っていましたけれど、そういうわけでもないのですね。まあ、平和であるに越したことはありませんけど」

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