俳優「殺人鬼の映画ですか……面白そうですね!」(25)

監督「やあ、よく来てくれたね」

俳優「いえいえ」

俳優「ところで……ご用件は?」

監督「うむ……。実は……構想している映画があるのだが、君を主役にしたいのだ」

俳優「ホントですか!?」

俳優「いったいどんな映画なんです?」

監督「……今、世間を震撼させてる連続殺人事件があるだろう?」

俳優「ええ、犯人がまだ捕まっていないっていう……」

監督「あの事件にちなんで、殺人鬼を主役とした映画を撮ってみたいのだよ」

俳優「殺人鬼の映画ですか……面白そうですね!」

監督「だろう?」

監督「というわけで、さっそくだが、君の演技を見せて欲しい」

俳優「分かりました!」

右手にナイフを持つ俳優。

俳優「殺してやる、殺してやるぜぇ!」

俳優「このナイフでな!」ペロ…

俳優「ヒャーッハッハッハッハッハッハ!」

俳優「……いかがです?」



監督「う~ん……」

監督「ナイフをなめるっていうのは……少しわざとらしすぎやしないかね?」

俳優「そ、そうですか?」

監督「うん……リアリティに欠けると思うんだよ」

監督「本当の殺人鬼なら、ナイフとか使わんでも人を殺せるだろうしね」

俳優「はぁ……そういうもんでしょうか」

監督「というわけで、ナイフじゃなく……アイスをなめてみてくれんか」

俳優「アイスを……!? わ、分かりました!」

右手にアイスを持つ俳優。

俳優「殺してやる、殺してやるぜぇ!」

俳優「アイスうめえ!」ペロ…

俳優「ヒャーッハッハッハッハッハッハ!」

俳優「……どうです?」



監督「う~ん……」

監督「君は派手に高笑いしていたけど」

監督「本物の殺人鬼ってのは、あまり笑わないものだと思うんだよ」

俳優「はぁ……」

監督「かといって、だんまりの殺人鬼じゃ映像としてつまらんから」

監督「笑うんじゃなく、いっそ嫌がってみようか」

俳優「……や、やってみます!」

右手にアイスを持つ俳優。

俳優「殺してやる、殺してやるぜぇ!」

俳優「アイスうめえ!」ペロ…

俳優「いやだぁぁぁっ! 本当はこんなこと、したくないんだっ……!」

俳優「……こんなもんでしょうか?」



監督「う~ん……」

監督「だいぶよくなってきたんだが……」

監督「ターゲットに向かって殺すって宣言するのは、なんだか安っぽい気がする」

監督「ようするに、リアルじゃないんだな」

俳優「……」

監督「というわけで……あえて殺さないって宣言してみようか」

俳優「……いいですけど」

右手にアイスを持つ俳優。

俳優「俺はお前を殺さない……」

俳優「アイスうめえ!」ペロ…

俳優「いやだぁぁぁっ! 本当はこんなこと、したくないんだっ……!」



監督「いいぞ! だいぶよくなってきたぞ! 実にリアルだ!」

俳優「……」

俳優「ふざけないで下さい!」

俳優「なんなんですか、これは!?」

俳優「リアルリアルって、監督は本物を見たことがあるんですか!?」

監督「そりゃもちろんないけど……」

俳優「……だったらこんなデタラメでボクをからかわないで下さい!」

監督「いや、そんなつもりは……」

俳優「こう見えても、ボクだって忙しいのですよ」

俳優「ボクは監督のことを尊敬していますが、お遊びに付き合っているヒマはありません」

俳優「それにボクにだって、役者としてのプライドはある」

俳優「こんな役を演じるつもりはありません!」

俳優「失礼します!」スタスタ…



監督「ああ……」

監督「せっかくよくなってきたのに……行ってしまった……」

監督(うむむ……)

監督(このところスランプで、まったく映画を撮れてなかったが)

監督(やっといい構想が浮かんできたっていうのに……)

監督(彼に拒絶されてしまったせいで、すべてパーだ)

監督(くそっ、面白くないな……)

監督(こういう日は、コンビニでなにか甘いものでも買うとしよう)

アイスをなめながら、帰路につく監督。

監督「……」ペロペロ…

監督(冬のアイスもまた、格別……だな)

覆面男「うへへ……」ザッ

監督「!」

覆面男「うひひひひ……」

監督「だ、だれだ君は!?」

覆面男はナイフを持っていた。

覆面男「殺してやる……殺してやるよォ!」

覆面男「このナイフでよォ!」ペロ…

覆面男「ウシャシャシャシャシャシャ!」

監督「う、うわっ!?」

監督「ま、待て、やめなさい! 話せば分かる!」

覆面男「ヒャアアアアアア!」

監督「こ、このっ!」ヒュッ

覆面男「ヒャアアアアアア!」ベチャ…

監督(ダメだ! アイスをぶつけたぐらいじゃひるまない!)

バキィッ!

覆面男「ぐえぇ……」ドサッ

俳優「大丈夫ですか、監督!?」

監督「おおっ! 君か!」

俳優「やっぱり監督にもう一度会おうと思って来てみたら……ビックリしましたよ」

監督「ありがとう……助かったよ」

監督「それにしても、これで君の正しさは証明された」

監督「本物の殺人鬼とは、最初に君が演じたような人間だったのだな」

監督「殺すと宣言し、ナイフをなめ、高笑いをするような……」

俳優「いえ、こいつはただの狂人です。殺人鬼とはちがう」

俳優「おそらく、人を殺したことなんか一度もないでしょう」

監督「そういうものかね」

監督「しかし、まさかこんな目にあうなんて……驚いたよ、まったく」

俳優「なにをおっしゃる」

俳優「驚いたのはボクの方ですよ」

俳優「だって、先ほどの監督の演技指導は」

俳優「ボクにボク自身を演じろ、といってるようなものでしたから」

俳優「やはり、監督はすばらしい方ですよ」ニコッ

監督「?」

俳優「あ、この落ちてるアイス、いただいてもよろしいですか?」ヒョイッ

監督「え……落ちたのをなめるの?」

俳優「やる前はこれをなめないと、なんだか落ちつかなくって」

俳優「ご安心を。監督を殺すつもりはありませんから」

俳優「う~ん、アイスがうまい」ベロン…

俳優「すみません、監督……本当はやりたくないんですが……すみません……」ザッザッ…

監督「ん?」

監督「なんだなんだ? なんだね、その目つきは? ──こ、来ないでくれっ!」

監督「まっ、まさか! 君が、今世間を震撼させてる……!?」

監督「やっ、やめっ──」







END

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