咲「なんて呼ばれたいですか?」恭子「は?」 (27)

恭子×咲。短いです

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社会人になって3年目。

仕事にも慣れて忙しくなった恭子と咲の久々にかぶった休日に、

どちらかの家でぼんやりと過ごすお決まりのデート。

二人でベッドに座って、お互い本を読み続けるだけの時間は

本当にデートなのかと洋榎に呆れられたことは何度もあるが。

お互いにとって居心地のいい時間を過ごすことのどこが悪いというのだろうか。

外は快晴。

体力回復に充てたい休日に、真夏も近づき暑いだけの外で活動することなど

疲労困憊の週末を乗り越えた今日できるわけがない。

そんな穏やかな昼間を過ごしていた恭子たちの空気は唐突に壊れた。

本を読み終わったのか、すでにそれを閉じてベッドサイドに置いた咲は、

座る恭子の太股に頭を乗せて転がった。

最近わりと多いこの行動。

見上げてくる顔が、可愛く見えてとにかく辛い。

ゆらりと揺れる瞳が幸せそうに恭子をうつす。

柔らかな喜びと愛おしさに、本を投げ出して抱きしめたい衝動を堪えていたところに

突然の咲の一言。

恭子「なんて呼ばれたい、とは?」

咲「付き合ってそれなりに長いのに、末原さんと呼び続けるのはどうなんだと久先輩に呆れられちゃって」

咲「でもどう呼んでいいのか分からないので聞いてみました」

恭子「洋榎にしても竹井にしても、なんで私らの関係をそこまで気にするねん……」

咲「子どもじゃないんですけどね。それで、何がいいですか?呼び捨てとかしましょうか」

恭子「よ、呼び捨てやって?」

咲「あ、いやならいいです」

恭子「そんなことは言ってへん!」

うっかり必死になりすぎてしまったかもしれない。

本を片手で勢いよく閉じて咲を見れば、食いつきように驚いたのかぱちくりと瞬きをした。

この時ばかりは久に感謝したい。

「末原さん」

知り合った頃からそう呼ばれて、付き合ってからもそう呼ばれて。

特別になったはずなのに、周りと変わらない呼び名をずっと気にしていた。

それでも変えてくれなどと情けないことを要求できるわけもないし、

自分が「宮永」呼びを変えられることもできなかった。

呼び方など些細なものだ、と自分を宥めていた。

一人の時に「咲」と呼ぶ練習をしていた事実は墓まで持っていこうと思う。

今日も頭の中で何度も「咲」と呼んでいたのだが、それが一度も口を出ることはなかった。

そんな中で。

咲「それなら、呼び捨てにしましょうか」

呼び捨て。甘美な響きだ。

まさか「恭子さん」を飛ばして「恭子」と呼ばれることになるなんて。

嫌じゃない。嫌なわけがない。

恋人からの呼び捨て。特別な呼び方。

躍る心を必死に抑え、にやけそうになる口を何とか引き締める。

恭子「さ、早速呼んでみてくれへん?」

咲「はい。えっと……」

視線をさ迷わせて言いよどむ。

その頬がわずかに紅潮しているのが可愛い。

逸る気持ちとは裏腹に、恭子が左手で頬を優しく撫でると

咲はくすぐったそうに目を細めて手に擦り寄る。

そして恥ずかしそうにもう一度恭子を見てから、咲は口を開いた。


咲「すえはら……」

恭子「………」


咲「あの、す、末原……?」

恭子「……私は今、早とちりした自分を殴り飛ばしたい」

咲「そこまで気に食わないとは思いませんでした」

確かに「名前の呼び捨て」だなんて誰も言ってはいない。

しかしそうじゃない。そうじゃない。

熱くなる目頭をそっと押さえると、

不服そうに咲が眉を顰めた。

咲「せっかく呼び捨てにしようと思った私の勇気を返してください」

恭子「それなら一瞬でも夢を見た私のときめきを返すんや」

咲「呼び捨てのどこに夢を見ようとしたんですか」

恭子「咲からの恭子呼びに夢を抱いた私が悪いというんか」

咲「そんなことは言ってませんけど…………」

咲「って待ってください何なんですか本当に何なんですか!」

咲「不意打ちって卑怯じゃないですかばか!」

恭子「罵られた挙句ばかとは何やねん?」

咲「無自覚で不意打ちかますとか本当に何なんですか……!」

不意打ちとは一体何のことだ。

顔を隠すように片腕をのせた咲は、

空いている手を伸ばして恭子の頬をぎゅうっと抓る。痛い。

仕返しに咲のその人差し指を掴んで軽く噛みついた。

痛いと訴える声を無視して、中指へと。

咲「あの、痛いんですけど」

薬指にも大きく噛み痕を残す。

咲「ちょ、聞いてます?あの、末原さん」

丹念に薬指を噛み続けると、指を一周、綺麗な痕ができた。

若干の達成感を感じながら咲に目を向けると、先ほどよりも断然赤い顔をしている。

怒りではないようだ。

どうかしたのかと問う前に、隙を見計らったかのように咲の指が逃げた。

咲「い、痛いって言ったじゃないですか、なんでやめてくれないんですか!」

咲「よりにもよって薬指にこんなの残して…顔色ひとつ変えないなんてずるい…」

泣きそうなほどに潤んだ咲の瞳など久しぶりに見たかもしれない。

妙に危険な気分を煽られる。

どちらが不意打ちをかましてるんだと言いたかった。
 
恭子「さっきからずるいだとかよく分からんことを。つまりあんたは何が言いたいねん」

咲「……き」

恭子「き?」

咲「きょ」

恭子「きょ?何やねん、はっきり」

咲「きょうこさんの、ばか……」

恭子「…………」

咲「……あの、恭子、さん?」

恭子「…………」

咲「さっきの無自覚発言が聞き間違いならもう二度と呼びませんから」

恭子「…………」

咲「とりあえず反応もらえないと辛いんですけど」

恭子「…………だから」

咲「え?」

恭子「どっちがずるいっちゅーねん、この馬鹿咲!」

指なんて甘い。

腕を掴んでベッドの上へ強引に押し倒す。

状況を呑み込めない咲が茫然としているうちに、

両腕を捉えたまま、そんな咲に覆いかぶさるように自分もベッドへと乗り上げた。

求めていた特別な呼び名。

喜びに打ち震えるのと同時に、一度抑えたはずの危険な感情が際限なく湧き上がる。

栗色の髪に口づけてから、咲の耳にぐっと唇を近づけて囁いた。

恭子「もう一度、さっきのを言ってみてや」

咲「……恭子さんのばか」

恭子「一部いらへんで。もう一度や」

咲「……ばか?」

恭子「馬鹿はあんたや、何でそっちを残してんねん」

咲「ばかっていう方がばかなんです」

腹が立ったので耳に噛みつくと、咲が驚いて体をびくつかせる。

抵抗を示しそうになった腕をベッドに強く押し付けて、落ち着ける。

恭子の手が熱いのか、咲の腕が熱いのか。

心臓が脈打っているのは恭子なのか、咲なのか。

考えるだけ無駄だった。

いずれにせよ、触れ合った部分がさらに熱くなっていくのだから。

恭子「咲、もう一回、言ってほしいんや」

少しだけ素直に吐き出したのは、ずっと願っていたこと。

呼んでほしい。認めてほしい。

自分が咲の特別なのだと、誰にでもわかるように。

咲「ばか」

恭子「そっちやなくて」

咲「ばか」

恭子「だから」

咲「――好きです、恭子さん」


微笑みながら、求めた言葉を紡いだ恋人の唇に。

恭子は噛みつくように吸い付いた。


カン

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