カレーパンマン「ずっと前からバタ子のことが好きだった」 (28)

「大丈夫か、それ?」
そう笑うカレーパンマンの顔を私は愛おしいと思う。
「ジャムおじさんが帰ってくるまでに洗濯しておくから」
さっきまで彼が寝ていた枕にはまだほんのりカレーの匂いが残っている。

カレーパンマンがパン工場にやってきたのは数時間前のことだった。
アンパンマンがいつものようにパトロールに出かけると、
ジャムおじさんは街まで買い出しに行ってくるよとチーズと出かけていった。
久しぶりに一人になったパン工場で本を読んでいると、玄関で大きな音が鳴った。
誰か来たのかと玄関まで行くと全身傷だらけのカレーパンマンがいた。

「へへ、しくじっちまったぜ。バタ子さん、カレー作ってくんねえかな……」
カレーパンマンはアンパンマンと違って頭を交換しない。
天丼マンたちのように中身を補充してやればいい。
私は冷蔵庫から材料を取り出すと鍋で炒め始める。
カレーパンマンは私を黙って見つめていた。
「バイキンマンにでもやられたの?」
「うん、まあな」
カレーパンマンはプライドの高い男だ。自分が負けたと認めることはない。
水に濡れたくらいで弱音を吐くアンパンマンよりはよっぽど男らしいと私は思う。
カレーのルーを割り入れて鍋をかき混ぜる。カレーの匂いがパン工場に立ちこめた。
最後にチョコレートをほんの少し入れる。

「やっぱり、バタ子さんか」
「何が?」
「いや、チョコレート。ジャムおじさんが作るカレーと違うと思ってたんだ」
「こうやってお母さんが作ってくれたから」
カレーパンマンが私の作るカレーの隠し味に気づいてくれていたことが少し嬉しかった。
鍋からカレーをお皿にうつすと、カレーパンマンは足をひきずりながら椅子に腰掛ける。
「さ、食べて」
「ありがとう」
テーブルに向き合って私はカレーパンマンがカレーを食べるのを見つめていた。
「そんなに見られちゃ食べられないよ」
「あ、ごめんなさい。美味しそうに食べてくれるから」
「バタ子の作るカレーが一番おいしいよ」
「え?」
急に呼び捨てにされて胸が高鳴った。慌てて鍋を洗おうと立ち上がったときだった。
「ずっと前から……」
カレーパンマンは背中から私を抱きしめた。
「ずっと前からバタ子のことが好きだった」
それから私たちは、ほとんどなだれ込むようにベッドに向かうと、
これまでの想いを一気に絞り出すように愛し合った。

「じゃあそろそろ行くよ。ジャムおじさんが帰ってくるとまずいから」
「ええ」
黄色いマントをひるがえして飛んでいく彼をしばらく見つめていたが、
やがて山の向こうにその姿が見えなくなると私は小さくため息をついて、
枕カバーとシーツを洗濯機に入れた。

ジャムおじさんが帰ってきたのはちょうどできあがった洗濯物を干していたときだった。
「おや? 誰か来てたのかい?」
ジャムおじさんはそう言うと丸い鼻をひくひくさせながらパン工場を見渡す。
「ええ。カレーパンマンがカレーを作って欲しいって来たから」
「ほーう。カレーパンマンは何か言っていたかい?」
「いえ何も。どうして?」
「いや、またバイキンマンが悪さをしていたらいけないと思ってね」
「別に誰にやられたとは言わなかったわ。プライドが高い人だから」

ジャムおじさんはそれからしばらく何かを考えるような顔をしていたが、
やがてパン工場の窓のシャッターを閉め始めた。
同時に私の心臓が音を立てて鳴り始める。
「なかなか目当ての物が街になくてね。今日は疲れたよ。
バタ子、マッサージしておくれ」
「……はい」
椅子に座ったジャムおじさんの背中に回る。
「おいおいそっちじゃないだろう?」
「……はい」
私はジャムおじさんの前に回るとしゃがみ込んだ。
「しゃぶれ」
ズボンのチャックをおろす。ジャムおじさんのいきり立った物が目の前に飛び出した。
舌を這わせるとジャムおじさんは小さく声を漏らす。
「バタ子、上手だね。そう……そう! 
そこだよ! バタ子! ああ! おじさんのジャムを! ジャムをその口に!!」
ジャムおじさんの甘い精液を口に受け止めながら、
私はぼんやりカレーパンマンのことを考えている。
外では何が面白いのかチーズが馬鹿みたいに吠えていた。

やがてジャムおじさんがうたた寝を始めると、私は洗濯物を取り込むためにパン工場を出た。
「バタ子さん……」
「あら、帰ってたの?」
「ええ、ち、ちょうど、今」
アンパンマンは嘘がつけない男だ。
もっとも、それは彼が純粋な心を持ったヒーローなのだから仕方がない。
でも時にそれはうっとうしくもあった。
「そうやって私が出てくるまで待っていたつもり? 知ってるんでしょ?
ジャムおじさんが私にやっていること」
「いや、僕はそんなっ!……そんなことないです」
「いいわよ。そうやってせいぜいヒーローを気取っていなさい」
アンパンマンは何か言おうとしたが、やがて諦めたようにパン工場に入っていった。
アンパンマンがジャムおじさんに逆らえないことを分かっているのに、
私はつくづく自分が嫌になる。

気を取り直して洗濯物を取り込んでいるとチーズが話しかけてきた。
「アンアンアン(ようバタ子)」
「何? 私忙しいんだけど」
「アンアン、アンアンアン?
(へへ、いいじゃねえか。それよりカレーの兄貴が来てたって?)」
「それがどうしたの?」
「アンアンアンアン(ま、どうってこたねえけどよ。
さっきから臭うんだよなあ。その枕カバーからくせえくせえカレーの臭いがよ)」
一瞬、私の背筋に冷たい物が走った。
「匂いがついたのかもね。窓を閉め切って作ってたから」
「アンアン、アンアン(へっ、まあ俺は何でもいいけどよ。
ジャムの旦那には黙っといてやるよ)」
そう言ってチーズはへらへらと笑いながら自分の小屋に帰っていった。
しばらくして自分が泣いていることに気がついた。
慌てて涙を枕カバーで拭った。
「せっかく干したのにまた濡れちゃったよ、カレーパンマン」
拭いて拭いても涙は止まらなかった。

次の日、街で大きな戦いがあった。
なんでもバイキンマンが新たなロボットを作ったらしく、
街で大暴れをしているらしかった。
アンパンマン劣勢という連絡を受けたジャムおじさんと私は、
アンパンマン号で街へ急いだ。
街につくとアンパンマンの顔がすでに汚れており、
私は来る途中に作っておいた頭を投げつけようとアンパンマン号の外に顔を出したときだった。
「ハーヒフヘホー!」
バイキンマンの叫び声とともに延びてきたロボットのアームが私の体をがっしりとつかんだのだ。
私はそのまま持ち上げられてしまった。
「バタ子!」
「バタ子さん!」
「馬鹿め! 今日は最初からこいつをさらっていくつもりだったのだ! じゃあなアンパンマン!」
バイキンマンはそう高らかに叫ぶと私をつかんだまま飛び立った。
どんどん小さくなっていくアンパンマンとジャムおじさんを見ながら、
私はいつの間にか気を失ってしまったのだった。

どれくらい時間がたっただろうか。
目を覚ますと、目の前にホラーマンがいて思わず叫びそうになった。
「ホラララララー! 目を覚ましたんですねえ、けがはしてませんかあ?」
「ええ、大丈夫ありがとう」
「そんなやつに気をつかうことはないんだよ! あっちいけ!」
バイキンマンはそう言うとずかずかとやって来て、下から舐めるように私を睨み付けた。
「ふーん、こいつがなあ……まあいい。おい! 入ってこい!」
バイキンマンが振り向いた先を見やる。そこにはカレーパンマンが立っていた。
「カレーパンマン! どうしてここに!?」
カレーパンマンは恥ずかしそうに頭をかくと、まあな、と呟いた。
「共闘よ」
声がした方を見ると、ドキンちゃんが爪にマニキュアを塗っているところだった。
「あたしたちの敵とカレーパンマンの敵が一致したってこと」
カレーパンマンは私の元にやってくると、ここからは俺が、とドキンちゃんを制した。
「バタ子。混乱していると思うけどよく聞いてくれ。俺たちが倒すべきなのは、
バイキンマンではない。ジャムおじさんなんだ。確かに彼やアンパンマンのおかげで
街は平和を維持している。けれど、けれどそんな平和の影で泣いている人がいることを
俺は知っている。そんな人の涙の上になりたつ平和なんかクソ食らえだ!」

「カレーパンマン、私……」
「言うな! 言わなくていい。もう大丈夫だ。俺が救ってやるから」
カレーパンマンはそう言うと私を強く抱きしめた。
「ホララララー! いいですねえ、愛ですねえ!」
「邪魔すんじゃないわよ!」
「それくらいにしろよお前ら! 来やがったぞ!」
バイキンマンが開いたメインモニターにはアンパンマン号とアンパンマンが映り込んでいた。
「バイキンマン、あいつらに勝てる手立てはあるのか?」
バイキンマンはいつもの高笑いをする。
「だからこの女をさらってきたんだろうが! おい女! アンパンマン号の弱点を教えろ!」
私は一瞬ためらう。本当にこれで良かったのだろうかと。
「バタ子。俺を信じて」
カレーパンマンの暖かい右手が私の頭を撫でる。その瞬間、私の中で答えが生まれた。
「弱点は後部! 車内にはパンを焼くカマドがあるからエンジン類は後部にすべて集められているの!」
「ハーヒフヘホー! それがわかればこっちのもんだ! それー!」
バイキンマンの押したスイッチによって発射されたミサイルがアンパンマン号の後部に当たった。
爆発が起り、アンパンマン号が止まる。ジャムおじさんとチーズが慌てて飛び出してきた。
「これであとはアンパンマンだけだ! おいカレー! 行くぞ!」
「待って! 私も!」

バイキンマン城を出るとアンパンマンが呆然と立ち尽くしていた。
「カレーパンマン……どうして君が……」
「アンパンマン、そこをどいてくれ。ジャムおじさんに用があるんだ」
「だめだ! 行かせるわけにはいかない!」
「お前の相手は俺じゃないだろ?」
「ハーヒフヘホー! その通りだ! かかってこいアンパンマン! 
今日という今日はお前をやっつけてやる! それー!」
「くっ! 待て! 待つんだカレーパンマン!」
やがてバイキンマンのロボットとアンパンマンが戦い始めると、
カレーパンマンはジャムおじさんの元に向かって飛び立った。
「待って!」
私はカレーパンマンがこれからしようとしていることを自分の目で見なければならなかった。
彼一人に罪を背負わせてはいけない気がしたのだ。
けれど足が思うように動かず何度も転んでしまった。
泥だらけになりながらカレーパンマンの名前を呼んだ。
涙で前が見えなかった。
「早く乗りなさいよ」
「ドキンちゃん!」
「捕まって。飛ばすから」

やっとのことでカレーパンマンに追いつくと、彼はジャムおじさんの胸ぐらをつかんでいるところだった。
「カレーパンマン!」
「バタ子、来るな!」
ジャムおじさんは何がおかしいのか笑っている。
「バタ子、ねえ。チーズに聞いたときにはまさかとは思ったけれど、そういう関係だったとはねえ」
「黙れ! お前は今までバタ子をどれだけ悲しませたかと思ってるんだ!」
「はっ! 悲しませただって? 君は面白いことを言うんだねえ。そんなにわたしのことが嫌だったら
逃げ出せば良かったと思わないかい? それでも彼女は逃げなかった。受け入れたんだよ。
そういう女なんだよ、こいつは」
「うるさい!」
カレーパンマンがジャムおじさんを締め上げる。
「ううう、まあいい。これも運命だ。おいバタ子。わたしが死んでもパンは焼き続けなさい。
ほら、お前がほしがってたカマドの鍵だよ……」
ジャムおじさんがそう言って胸元に手を伸ばした瞬間だった。
ジャムおじさんは素早い動きで手を抜くと、カレーパンマンの頭に何かを刺したのだ。

「いっ! お前、何を!?」
「ふふふ。君も本当に馬鹿な男だよ。補充型ヒーローの弱点は何か知らないわけはないだろう?」
「まさか!?」
「そうそのまさかだ。君の頭に刺したのは特性の吸引器だよ。これでカレーをすべて吸い取ってやろう」
力なくカレーパンマンはその場に崩れ落ちる。
「や、やめろ……」
「バタ子。こいつからカレーをすべて吸い取ったらどうなると思う? 
彼ら補充型ヒーローはね、記憶が無くなってしまうんだよ。
本来はほんの少しでも残った状態で補充するから記憶が保たれているんだ」
「やめてー! どうしてそんなことをするの!?」
「どうしてだって? 平和のために決まってるだろうが!」
「バ……タ子」
「カレーパンマン!」
私はカレーパンマンを抱き上げる。
「……大丈夫だよ。忘れる……もんか」
「いやいやよ……行かないで……」
「ははは……また……しくっちまったなあ俺……」
「カレーパンマン? カレーパンマン!? カレーーーーー!!!!」

――三日後。
「いやあ、あの時はどうなるかと思ったよ」
「僕も危ないところでした」
「まあまあ、これでバイキンマンもしばらく悪さはしないだろうよ。そうだろう? バタ子」
「ええ」
パン工場は何事もなかったかのようにパンを焼く匂いが立ちこめている。
あの日以来、カレーパンマンは一部の記憶が飛んでしまった。
すべてを知っているアンパンマンでさえ何も言わなかった。
ジャムおじさんは相変わらずだったが私はもう諦めてしまった。
確かにジャムおじさんの言うとおり、本当に嫌になったら出て行くつもりだ。
「あ、そういえばカレーちょっと補充しなきゃ」
「おや? カレーパンマン? 足りないのかい?」
「いやあ、パン工場に来る途中にカバ夫のやつがまた泣いてやがったんで食べさせてきたんすよ」
「そういうことなら、お安いご用だ。バタ子、作ってくれるかい?」
「ええ、もちろん」
タマネギを切りながら私はおもいっきり泣いた。あの日、ここでカレーパンマンのカレーを作ったことを思い出して。
できあがったカレーをカレーパンマンは美味しそうにぱくぱくと平らげた。
「はあ、食った食った。じゃあ俺もパトロール行こうかな」
「行ってらっしゃい」
「あ、そうそう。バタ子さんの作ったカレーって何か懐かしい味がするんだよなあ」
「そう? 気のせいでしょう」
「うーん、そっか。美味しいのに変わりはないから! じゃあ行ってくる! バタ子!」
「え?」
黄色いマントを翻して飛んでいくカレーパンマンを私はいつまでも見つめていたのだった。

よかったよ

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