『二人だけの物語』(425)


まどマギssです。
以前自分がvipで書いた ほむら「まどかを助けることができた世界」というssからの三作を一纏めにして誤字脱字を修正し、少々加筆したものです。
相変わらず三点リーダーが多くて気取っててくさくてくどい駄文とは思いますが、どうかお付き合いの程よろしくお願いします。
拙い内容でありますので、あまり深読みせず空気感を楽しんで頂ければ幸いです。
下から始まります。





「……これで良かったのかい?」


――……ええ。これで良かったのよ。


 こうなることですべてが丸く収まるのなら――やっぱりそうあるべきなのよ。


「自らを犠牲にして――自分に嘘をついてまでもかい?」


 ……嘘なんか……。


「……まぁいずれにせよ、君が自分で決めたことだ。感情を持たない僕がそこに口出しするのは野暮というものだろう」


「どうせここでの出来事だって新しくなった世界じゃ忘れてしまう。なんとも不毛なことだ。全く、してやられたよ」 


 ……悪かったわね、あなたの思い通りにならなくて。


「ああ。全くだ。だからここは一つ、最後に、そんな哀れな君の為に僕が祈ろう」


 ……?



「――叶うといいね。君の本当の願いが、いつか」


 …………ええ。


 いつか、必ず。


 だって魔法少女は――夢と希望を叶えるものなんだから。




「…………」







・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・



――――――――――
――――――――
――――――
――――
――





チュンチュン…




ほむら「……」




トン…トン…トン…



コンコン


ガチャッ




ほむら「おはよう、まどか」

まどか「……」

ほむら「……今日も寒いね。今日はもしかしたら雪が降るかもしれないって」

まどか「……」

ほむら「……」



   第一話 まどかを助けることができた世界


ほむら「……あ、まどか、寝癖ついてる。直してあげるね」

まどか「……」

ほむら「ちょっとあっち向いてて……そう、そのまま……」

まどか「……」

ほむら「……結構髪伸びたね。うん、長くておろしてるのも似合うよ」

まどか「……」

ほむら「髪は女の命ってね……。綺麗に梳かしておかなきゃね……」

まどか「……」

ほむら「……よし、オッケー」

ほむら「……リボンは……いいよね……」

まどか「……」

ほむら「……よし、朝ごはんにしよっか!」



――
――――
――――――



ほむら「……ごちそうさま」

まどか「……」

ほむら「……まどかも残さず食べてくれたね」

まどか「……」

ほむら「よし、じゃあ食器片しちゃうね」



――
――――
――――――



ジャーー…



ほむら「……」カチャカチャ…

ほむら「……」ゴシゴシ…

ほむら「……」ジャボジャボ…

ほむら「……」キュッ・・・キュッ

ほむら「…………まどか……」

ほむら「……」フキフキ



――
――――
――――――



QB「やぁ、ほむら。久しぶりだね」ヒョコ

ほむら「!!」チャキッ

QB「まっ――」


ポシュポシュポシュ


QB「 」

ほむら「……」



QB『待ってくれよ。別にまどかを勧誘しようとしに来たわけじゃないんだ』

ほむら「! ……どういうこと?」

QB『とりあえず中に入ってもいいかな?』

ほむら「……妙なことをしたら……」

QB『分かってるよ』


QB「――お邪魔するよ」ニュッ

ほむら「……何の用かしら」

QB「そうだね……まず落ち着いて聞いて欲しいんだけど、まどかに会わせてもらえるかな?」

ほむら「……」チャキッ

QB「待ってくれ。会わせてくれるだけでいいんだ。まどかには何もしない。確約するよ」

ほむら「……何を考えてるの、キュウべぇ……」

QB「ちょっと確かめたいことがあるんだ」



――
――――
――――――




ほむら「……」

QB「……まどか」

まどか「……」

QB「鹿目……まどか、だね?」

まどか「……」

QB「……」


ほむら「……もう、いいかしら」

QB「ああ……。ありがとう、もう結構だ」

ほむら「……ごめんなさい、まどか。お邪魔しちゃったわね……」

まどか「……」

ほむら「……」

QB「……」



――
――――
――――――



ガツガツ・・・

モグモグ・・・

キュップイ


ほむら「……で、そろそろ御用の向きを教えてもらえるかしら」

QB「……そうだね。まず、手っ取り早く結果から言おうか」

QB「もう、鹿目まどかに魔法少女に成り得る素質は無い」

ほむら「!」

QB「いや、失われてしまった、とでも言うべきかな」

ほむら「……」


QB「今の彼女には感情、自我、心――。そういったものが決定的に欠損してしまっている」

ほむら「……」

QB「魔法少女というのは複雑で繊細なんだ。感情、願い、因果――。その他諸々のファクターの、どれか一つでも欠けてしまったら忽ち破綻してしまい、成り立たなくなってしまう」

QB「魔法少女の力の源である因果、ひいては僕たちの欲するエネルギーは以前と変わりなくとてつもなく潤沢なのにね。なんとも口惜しいことだ」

ほむら「……つまり、まどかはもう……」

QB「魔法少女に、なれない」

ほむら「……」

QB「つまり此度の来意は、今のまどかを検分しに来たってわけさ」

ほむら「……そう」

QB「――やってくれたね、ほむら」

ほむら「……わたし……」

QB「何をカマトト振っているんだい? 原因は明らかじゃないか」

ほむら「……っ」

QB「どう考えても、君があの時に選択を間違えたからに他ならないだろう?」

ほむら「……やめて」

QB「まったく……。君にとってはいいことかもしれないけど、僕たちインキュベーターにとって……いや、宇宙全体にみて多大な損失でしかないよ」

ほむら「……」

QB「やれやれ。まどかのエネルギーの回収さえできたらこの星から引き上げるという案もあったのに……」

QB「おかげで僕らはまた地道に仕事をしていかなくちゃならなくなったよ」

ほむら「言いたいことは済んだ?」チャキッ

QB「……」

ほむら「これ以上愚痴を垂れるだけなら結構よ。もう用は済んだでしょう? ならとっとと帰って」

QB「……」

ほむら「そして、もう二度とまどかの前に顔を出さないで」

QB「……」


スゥ・・・


ほむら「……」

ほむら「……これでよかったのよ……」

ほむら「これで……」


ほむら「……まどか」

ほむら「……ごめんなさい」

ほむら「……本当に……ごめんなさい……」



 あの時、私の判断は間違っていたのだろう。

 それは明らかなことで、誰に言われるまでもなく十分承知している。

 この時間軸――いや、この世界は、もはや停めることもやり直すことも出来ない至極当たり前な現実であり。

 冷然で、厳然な事実として今ここにある。

 正しく、融通の利かない世界に。私はいる。

 過去は、変えられない。


 だけど、運命は変えられた。

 結果的に、まどかを助けることはできた。

 だけど、その代償としてまどかは――。





ほむら「――ねぇ、まどか。今日の晩御飯は何がいいかな……?」

まどか「……」

ほむら「……」



 すべては私が自分本位にしたこと。

 まどかを助けることにまどかの意志は――気持ちは、介在していなかった。



ほむら「……ねぇ……まどか……」

まどか「……」

ほむら「……」




 そしてまどかは、自我を失った。




――――――――――
――――――――
――――――
――――
――







ほむら「……もう……いや……」


 眼前には、荒れに荒れ、荒みに荒んだ見滝原の町並み。

 それを背景に、踊り狂うかのように猛威を振るう舞台装置の魔女。


――ワルプルギスの夜。


ワルプルギス『キャハハ! アーハッハッハッハッ!』


ほむら「……」


 何がそんなにおかしいのか。

 甲高い声で、癇に触る声で笑いころげている。



ほむら「……もう、うんざりよ……」


 この日のために、この日を乗り越えるために準備した策はすべて破れ、用意した銃火器は歯が立たず。

――結局、何回やり直してもこの日を越えられず。何回も何回も廻り続ける。

 光明さえ見えないこのループに、私という個我は摩耗され続け――。



 "お手柄だよ、ほむら"


 "君がまどかを最強の魔女に育ててくれたんだ"




――今や、立ち向かう勇気も。抗う気力も失われた。



ワルプルギス『キャハハ! アーハッハッハッハッ!』



 ソウルジェムがじわじわと澱んでいくのが分かる。


ほむら「……私は、もう耐えられない……」


 いかに自分が非力なのか――無力なのかを思い知らされる。


ほむら「……あなたの道化になって踊り続けるのもたくさん……」


 私はのしかかる瓦礫を払い除け。


ほむら「……さようなら」


 その場から、退いた。



 後ろからアイツの笑い声が聞こえる。

 アイツの追撃は、なかった。

 ただ、その癇に触る笑い声は、明らかに私に向けられたものだった。

 私に向けた、嘲笑。

 もう、どうでもいい。

 私はもう降りるわ。



――――――
――――
――




ザー

ゴロゴロ…




『本日午前7時、突発的異常気象に伴い避難指示が発令されました。付近にお住いの皆さんは、速やかに最寄りの避難場所への移動をお願いします。こちらは見滝原市役所広報車です……――』






タツヤ「今日はお泊り~? キャンプなの~?」

知久「ああ、そうだよ。今日はみんなで一緒にキャンプだぁ~」

タツヤ「やったぁ! キャンプ~。お肉焼くの~?」

詢子「たはは……それは、ないなぁ……」


まどか「……」

まどか「……ほむらちゃん……」

まどか(……私には……何もできないのかな……)

まどか(みんなから守られるばかりで……)

まどか(今もほむらちゃんが私のために……この街のために戦っているのに……)

まどか(……私は……)

まどか「……」


知久「ん? どうしたまどか?」

まどか「……ちょっと、トイレ」


知久「そうか。ここは広いから迷子にならないようにね」


まどか「……うん。大丈夫、ちゃんと戻ってこられるよ」


詢子「……」




――
――――
――――――
――――――――




QB「――ほむら、なぜ君がここに……?」

ほむら「……」

QB「……ほむら、きみはまさか――」ポシュ



ポシュポシュポシュポシュ





QB「 」

ほむら「……」


ほむら「……そういうあなたは、これを期にと目ざとくまどかを見張ってたわけね」

QB「 」

ほむら「お察しの通りよ。私は……」


ほむら「……私は……最低だわ……」




――
――――
――――――



まどか「……あれ?」


ほむら「……」


まどか「ほむら、ちゃん……?」


ほむら「……まどか」

まどか「えっと……どうしてここに……?」

ほむら「……」

まどか「……ワルプルギスの夜は……?」

ほむら「……」

まどか「……」

ほむら「……っ」


ほむら「……ぅ……っうぅ……っ……」


まどか「……ほむら、ちゃん……」

ほむら「……っ……ぅ……んなさい………」

まどか「……」

ほむら「……わたし……やっぱり……弱くて……」

ほむら「……ごめん……なさい……」

まどか「……大丈夫だよ。もう、大丈夫」

まどか「……辛かったよね。今まで……」


ほむら「……ぅっ……」

まどか「――私、思ったの。みんなから守ってもらってばっかりで、私はいつも見てるだけしかできなくて……」

ほむら「……ん……」

まどか「私だってできることがあるのに……。救えるものがあるのにって……」

ほむら「……」

まどか「――私、もうただ見てるだけなんて耐えられない」

まどか「私は、みんなから守られる私じゃなくて、みんなを守れる私になりたい」

ほむら「!」

まどか「……ほむらちゃんはもう休んでて」

まどか「あとは、私が何とかするから」



ほむら「やめて」


まどか「……えっ?」


ほむら「……なんでいつもあなたが……」

まどか「ほむら……ちゃん……?」

ほむら「……もう……たくさんよ……」

まどか「ほむらちゃ――」


バチィッ


ドサッ




ほむら「……」


まどか「……」



ほむら「……」

ほむら「……」

ほむら「……ぅ……」

ほむら「……う……うぅっ……っ……」


ほむら「ぅああぁああああああああああ!!」




――
――――
――――――
――――――――



 私は多くのものを欲張りすぎたのよ。

 まどかが愛した、街、友達、家族、環境。

 それらをなるべく損なわないようと無理をするから、本当に守りたかった大事なものさえ守れなくなる。

 私が本当に守りたかったのはシンプルで、ただ一つのもの。

 まどか。

 あなたただひとり。





まどか「……」


ほむら「……」



 次にまどかが見た光景は、荒れ果て見る影もない見滝原。

 以前の平穏で長閑なそれは、もうどこにも無かった。

 ワルプルギスの夜はとっくに姿を消していた。

 まさしく台風のごとく。

 遊び疲れた子供が家に帰るように。

 遊び散らかした見滝原を残して。



まどか「……ほむらちゃん」

ほむら「……」

まどか「……ねぇ……これってどういうことなの……?」

ほむら「……」

まどか「……みんなは?」

ほむら「……」

まどか「街は……?」

ほむら「……」


まどか「避難所は……?」

まどか「……パパ……ママ……たっくんは……?」


ほむら「……」

まどか「……ねぇ……ほむらちゃん……」


ほむら「……私は、救いたかった……」

ほむら「……私は……弱すぎたの……」


ほむら「……私は……あなただけでも救いたかった……」

まどか「……」

まどか「…………」


まどか「…………………………」



 まどかは泣いていた。

 力なくぺたりとへたりこんで。

 声を上げることもなく、静かに。

 瞳からはとめどなく涙を流して。

 その瞳は、もうどこも見ていなかった。

 何も、映していなかった。


 私は、まどかとは反対に声を上げて泣いた。

 へたりこむまどかに後ろからしがみついて。

 わんわんと子供のように大泣きした。


 私はほんとは泣き虫で弱虫で、そのくせ自分勝手で。

 全然、強くなんかなくって……。

 それでも、まどかを助けたくって――。


ほむら「――――っっ」 


 そんな言い訳じみた口上が、喉元にこみ上げてくる。

 慈悲を請うような。

 赦しを願うような。

 救いを求めるような。


 けれどそれらは口をついてでることはなく、代わりに惨めな泣き声と涙になって溢れ出る。


――言えるわけがなかった。

 許されていいわけがなかった。

 それでも、慰めが欲しかった。

 自己満足でも。

 だからこの時は、確かにこの腕の中に、守りたかった温もりがあることを感じていたかった。



 しばらく忘我のまま、恥も外聞もなく散々に泣き喚いた。

 そして涙も枯れ果てた頃、漸う我にかえった。


 まどかは、ただ静かに座っていた。



ほむら「……まどか?」


 腕の中のまどかに小さく呼びかける。


 少し待っても、返事も反応も無かった。


ほむら「……ねぇ……まどか……」


 まどかの顔を見るのは怖かった。

 きっと私を恨んでいる。

 憎んでいる。


――それでも、全ては私がしでかしたこと。

 たとえまどかに嫌われることになっても、受け入れなければならない。

 だから、目を逸らしちゃいけない。

 なけなしの勇気を振り絞って、まどかの正面へ回る。

 かがみこんで、まどかに相対する。



ほむら「……まどか……」 



 どんな裁断も、受け入れる。




ほむら「……」








まどか「……」



――そして、私はまどかが失ったものに気づいた。


 私がしたことを、悟った。



 パリン、と小さく小気味いい音が響いた。

 音のした方を見ると、左手に備えてある盾からだった。

 よく見ると、埋め込んである砂時計が割れていた。

 そこから砂が漏れ出して、いやに澄んだ空気へと溶けていった。




ほむら「……」



――少し、離れたかった。

 見る影がなくなっても、まどかにとっては大切な思い出の地。

 今では、失った悲しさを呼び起こさせるだけの偲ぶ草。

 そんな場所にいたって、心が休まるはずがない。

 そう思えたから。


 私たちは、しばらく海沿いの別荘で静養することにした。


――
――――
――――――
――――――――
――――――――――





ほむら「……うん、なかなかに上手くできたんじゃないかしら……」



 今晩はシチューだ。

 コーンとチーズをふんだんに使い、こくのあるまろやかな味わいになっていると思う。

 きっとまどかも喜んでくれる……。


――
――――
――――――



コンコン



ほむら「まどか、入るね……」


 返事はない。

 いつものことで、もう慣れている。



ガチャッ




まどか「……」



 部屋は夕日が沈みきった後の独特な、どこかもの侘しい暗さで満たされた。

 そんな中、まどかは何をするでもなく、ベッドの上で上体を起こして窓の外を見ていた。


ほむら「……」

まどか「……」



――確かに、はじめこそは私もそこからの景色に息を呑み、見蕩れたものだけど。

 今ではすっかり見慣れてしまい、なんの感慨もない。

 ましてや、今のこの暗さなら、その景色も朧な輪郭しか認めることはできないだろう。


ほむら「……」


 まどかは何を思い、外を見続けているのか。

 私にはわからない。



ほむら「……まどか、シチューを作ってみたの。冷めないうちに食べよ?」

まどか「……」



 まどかは、答えない。



――
――――
――――――




 部屋は、枕元にある小さなテーブルランプの淡く優しい光で照らされている。



ほむら「……こぼさないようにね」



 ベッドの近くにある化粧台の椅子を引き寄せ、まどかと一緒に食事をとる。


まどか「……」

ほむら「……まだ少し熱いかもしれないから気をつけて……」

まどか「……」



カチャ…カチャ…



まどか「……」

ほむら「……」



 まどかはゆったりとした動きで、スプーンでシチューを掬い、もくもくと小さな口へと運んでいく。


――この暮らしをはじめた当初。

 最初こそは全く口をつけてくれないもので、本当に困り果てていたのだけれど。

 毎日の呼びかけ、献身が功を奏したのだろうか。それも徐々に改善されていった。

 何はともあれ嬉しい変化だった。



まどか「……」モグ…モグ…

ほむら「……」


 ちょっと前までは私が食べさせていたのだけれど、今ではちゃんと自分でスプーンを持って食べてくれている。



ほむら「……」



 厚着してても肌寒く感じるようになった今日この頃。

 冷えた体を芯まで温めてくれるシチューは、格別においしく思えた。



まどか「……おいしい」

ほむら「!」


 まどかが、小さな声で……。

 久しぶりに、口を開いて……。

 ……褒めてくれた。


ほむら「……ぁ……ありがとう……」


 そんなのはただなんとなく呟いただけで、意味など無いのかもしれない。

 それでも、嬉しい。


ほむら「……ありがとう、まどかぁ……」



 本当に、嬉しい。


 思わず涙が零れてしまうほどに、嬉しかった。



――
――――
――――――




 風呂上り。

 まどかの髪を先に乾かして、後に私の髪を乾かす。

 まどかは先に寝室に戻っていた。



コンコン


ガチャッ



ほむら「……」

まどか「……」



 部屋は明かりがついてなかったけれど、窓からさす月明かりで、心地良い明るさになっている。

 まどかはベッドの上で膝に布団をかけ、上体を起こしたいつもの姿勢で、いつものように外を眺めている。


ほむら「……」


 月明かりに照らされるまどか。

 その姿は、どこか夢見る少女を想起させるものがあった。

 確かに、以前はまさにそう言った言葉がよく似合う女の子だった。


――だけど、それはやっぱり錯覚でしかなくて。

 今は病床の少女と例えた方が、悲しいほどに適切だ。

 ただただ虚ろで。陰りとともに消え入ってしまいそうなくらい儚い。

 今にもいなくなってしまいそうで、怖い。



ほむら「……今日はもう寝ちゃおっか……」

まどか「……」



 夜は特に怖かった。

 すべてが夢のように、まやかしのように。

 起きたらまどかがいなくなっているのが怖くて。

 寝るときはまどかとベッドを共にした。

 まどかの力ない手を握って。

 確かなまどかの存在を感じていたかった。



まどか「……」

ほむら「……」




 まどかは、すぅすぅと小さくゆったりとした寝息を立てている。

 まどかの寝顔は、起きている時の悲哀さを感じさせない穏やかなものだ。

 年相応の幼さがあり、とても愛らしい。


まどか「……」

ほむら「……」



 まどかはどんな夢を見ているんだろうか。

 楽しい夢だったらいいな。


まどか「……」

ほむら「……」



 まどかは寝ている時、たまに涙を流すことがある。

 そんなときは、そっと涙を拭き取って、優しく頭を撫でる。

 せめて夢でも、優しくて楽しい夢を見れるようにと願いながら。



 もう、まどかは誰も必要としていない。

 まどかはこの世界を拒絶している。

 だけど、私には彼女が必要だ。

 私には、まどかがいないとだめだ。

 私という酷く脆くて弱くて愚かな存在。

 そんな粗悪な欠陥品の根幹は、どうしようもないほどまどかによって支えられていて。

 情けないほどに、彼女に依存している。


 私にはまどかが必要だ。

 たとえまどかが、私を必要としなくても。

 私を、恨んで憎んで――。

 ……呪っているとしても。

 私にはまどかが――。




――
――――
――――――
――――――――

一端寝ます…。



――
――――
――――――
――――――――





ドゴォ…


メシャァ…



ベキベキッ




使い魔『――cmfv:ds。 cmgfr:fr・。、、』オドオド…




ドン・・・ドン・・・


ドドドドド・・・ドドドドッドドドドド



ゴシャアア!!!!



使い魔『¥glbhfycsl! dcsgmmmmmmmmmmmmm!』ブルブルブル





プチッ





使い魔『 』死ーン・・・



魔女『――g・y、rtb、ltb;k;jkbv、fb・。fg!』プンプン



ほむら「……ッ、……ッ!」ダダダッダラララララ…



魔女『skjdgcbj! ck、・;lkctch、!』ブン・・・ブンッ!




ほむら「……ッ」


ほむら(よし……あと半歩……!)


魔女『fcdl! ・。grf! ;:glhvrw。vgf、mv。d・dxkxx!』ヒュッ…


ほむら「!」


ほむら(避けられない……なら……時間を……ッ!)カチッ・・・




ほむら「っ」





ほむら(あ……そうか……もう時間は……)






ガシッ


ほむら「ッ!?」

ほむら(しまった……腕を掴まれ――)






魔女『jmscxm・¥zcx¥。dgcgs!』ヒョイ


ほむら「……ッッ」






ガシッ


ギュウゥゥゥゥゥゥ…


ほむら「――ッッ!! がぁ……はぁ……ッ……ああ゙あ゙ああぁッ……ッッッ!!」ミシミシミシィ…






ミシィィ・・・




ベキッ


ボギキッ


魔女『f、md、cfrkc¥・。ddxd! xwl、jskmnx-c。!』ケラケラケラ




ほむら「……げぼぉ……ぁ……ッ……」ビチャァ…





ほむら(…………せっかく……追い込んだ、のに……)


魔女『x、mwdscd! svbd・。gtvd! cmsljfs@bg!』ウキウキ


ほむら「…………」ガクガク



ほむら(……このままじゃ……私も……c4の、爆発に巻き込まれる……)


ほむら(……でも……もうなす術は…………)


ほむら(………………)


魔女『:・l;。、kwdfgt? lgcfdjmrgfd、gfdcfvdsdsmt;h、kfdmfsdm!』キャッキャッ



ほむら「………………」




ほむら(……………………)





ほむら(……私は……死ぬわけには……いかない………………)



ほむら「……」ボソボソ


魔女『lsmdsg-vcy・wst?』キョトン



ほむら(……私は……死ねない……ッ!)


カチッ・・・




魔女『¥g・dvAXSzwxe?』




ピピッ




ピピピピピピピピピッ




ほむら「……」




――
――――
――――――




まどか「……」

まどか「……」

まどか「……」

まどか「……」


まどか「……ゆき……」


まどか「……」





――
――――
――――――


シュウゥゥゥ…




カランッ…コロロ…








ほむら「……」



ほむら「……」


ほむら「……」


ほむら「……」


ほむら「……」


ほむら「……」


ほむら「……」


ほむら「……」


ほむら「……」



ほむら「……、…………」


ほむら「……」


ほむら(……まだ……生きてる…………)




ほむら(けど……長くはないな…………)


ほむら「……」




ほむら(でも……まだ……)


ほむら(……命が……尽きる前に……)


ほむら「……」

ほむら(目が……濁ってる……)


ほむら「……」ヨロ・・・

ほむら「……っ」トテ

ほむら(……ああ……。片足が……)



ほむら「……。……」ズル…ズル…


ほむら(……多分……この辺りに……)



ほむら「……、……」ズル…ズル…


ほむら(……お願い……あって…………)



ズル…ズル…


ズル…ズル…ズル…


ほむら「……」ズル…


ほむら「……、……」サッ…サッ…


ほむら「……」ズル…



サッ…サッ…サッ…


サッ…コツンッ


ほむら「……」


ほむら(……あった)



ほむら(……グリーフシード……)



シュウゥゥゥ…




ほむら「――――……ッ……、ごほっ、……がはっ……!」


ほむら「……ハッ……ハッ……はぁ……」



ほむら(……助かった……)


ほむら(……私……助かった…………)



――ドクン…



ほむら「!」





GS『 』カタカタ…





ほむら「……」


ほむら(……慣れない回復魔法のせいであっという間に汚れが飽和したのね……)


GS『 』ピシッ…



ほむら「ッ!」



ピシピシピシッ…




ほむら「ひっ……」

ほむら「うわああああああああああああああああああああああ!!」パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン



キンッキンッキンッガッガッ…



パリィィン…



シュゥゥゥ…



ほむら「…………」

ほむら(……やった……?)

ほむら(……間に合った……の……?)


ほむら「……」

ほむら「……ッ」ゾクッ


ほむら「……ぅ…」

ほむら「……ぐ、げぇぇ……」ゲボゲボ…


ほむら「……はぁ……はぁ……はぁ………」



ほむら「……怖い」


ほむら「……怖いよ……」





ほむら「……まどか……」



――
――――
――――――
――――――――




ほむら「……ただいま、まどか……」

まどか「……」

ほむら「遅くなってごめんね。今ご飯作る、から――」フラッ


ドサッ


まどか「……」


ほむら「……ごめんなさい、ちょっと疲れてるのかしら……」フラッ…

まどか「……」

ほむら「心配しないで。お腹すいたでしょう? 今からご飯作るからもう少し待ってね……」ヨロ…



――
――――
――――――
――――――――




ほむら「……」

まどか「……」

ほむら「……まどか、もう寝てる……?」

まどか「……」

ほむら「……まどか、ちょっといい……?」

まどか「……」


ギュゥ…


ほむら「……」

まどか「……」


ほむら「……私ね、今日ちょっと怖いことがあって……」ブルブル…

まどか「……」

ほむら「……苦しいかもしれないけど……ちょっとだけ……」


ほむら「……ちょっとだけでいいから……このままでいさせて……」フルフル

まどか「……」


まどか「……」

まどか「…………」


ギュッ…


ほむら「ぁ……」

まどか「……」

ほむら「……まどか……」

まどか「……」ナデナデ

ほむら「っ」

まどか「…………」

ほむら「…………」

ほむら「……ぁ……あり……がとう……」


ほむら「……ありがとう……まどかぁ……」ポロポロ…


まどか「……」




――
――――
――――――



 まどか。



 私に残された、唯一の希望。


 私の生きるための指標。



 私の、ただひとりの友達。



――私の、この世でいちばん大切なひと。


 あなたがいれば、いかにここが残酷で冷酷な現実であろうとも。


 この先、どんな過酷な運命が待っていても。


 あなたが一緒なら、私は耐えられる。


 私はまだ、頑張れる。



――何もかもが思い通りにはいかず、妥協と取捨選択を繰り返してたどり着いたこの世界。


 正しく、融通の利かないこの世界。


 私はこの世界で生きていく。

 

ほむら「……」


まどか「……」




   第一話 おわり













ほむら「……」



 雪が、降っていた。




   第二話 すわんそんぐ

  



ほむら「――……おはよう、まどか」


まどか「……」


ほむら「今日は一層寒いね……」


まどか「……」



 今日のまどかも、いつもと変わらず呆と窓の外の景色を眺めている。

――ようにも見えるけど、どことなく驚きの色があるようにも見える。

 ここしばらくまどかと暮らしていたおかげか、ほんのわずかな機微のようなものを感じとれた。


 私も起きがけに見たその景色は、寝ぼけた頭を一気に覚めさせるくらいの感動があった。



 銀世界。


 言葉通りの景観だった。






ほむら「外、出てみよっか」


まどか「……」




――
――――
――――――



ほむら「……」




 吐く息は、一層白さを増している。


 昨晩も雪が降っていたけれど、まさかこれほど積もるとは思わなかった。


 知らない街中の廃工場で魔女を斃した後、帰路を辿るとき。


 確かその頃からうっすらと降り始めていて、街の輪郭をわずかにぼかしていた。


 街中に積もる雪は薄く、心もとなくて。


 次の日には何事もなかったかのように、あっけなく消えちゃいそうだな、とか。


 そんな風に思っていた。



まどか「……」


ほむら「……」




 雪面に踏み出した足は軽く沈んで。


 足裏の感覚から、結構……それなりに積もっていることが分かる。


 庭先の林も一様に綺麗な雪の笠を被っていて、なんだか新鮮だ。


まどか「……」


 まどかは私の数歩先を、ゆっくりと……どこか支えてあげたくなるような足取りで歩いていく。


 私はそれに付き従う形で足を進める。





まどか「……」


ほむら「……」




 まどかは少し進んだ先で立ち止まり、そこでゆっくりとかがみこんだ。

 私も少し間を空けて、その隣にかがみ込む。


ほむら「……」


まどか「……ゆき」


ほむら「…………」



 まどかが、白い息とともに、小さく呟いた。



ほむら「…………そうだね」




 私としては不意のことで驚いたけど、いちいち大仰に感動してみるのも迷惑なことだろう。


――内心ではそれでいっぱいなのだけど。


 それを表に出さず、多少口角を上げるだけにとどめておく。


まどか「……」スッ


 まどかの雪の色と見違えるような白い手が、積もった雪をすくい上げる。



まどか「……つめたい……」


ほむら「……そうだね……。それが雪だから……」



 胸に、こらえがたい熱さが広がる。


まどか「……」



 まどかは両手いっぱいに雪をすくい取って、可愛らしい手つきでそれを丸めていく。


 ある程度納得できるようなものになったらそれを置いて、また両手いっぱいに雪をすくい取って形作る――。



 そうしてできたのは、小さな雪だるまだった。


ほむら「……」


まどか「……」



 なんとなく、私もまどかに倣って同じように雪だるまを作ってみる。


ほむら「……うん」


 少し大きめの雪玉を二つこしらえて重ねるだけだけど――まぁなかなか上手くできたんじゃないかしら。


 それをまどかの作った雪だるまのとなりに置いた。


まどか「……」



ほむら「……」



 気のせいだろうか。


 まどかの口元が少し綻んだような……。


 そんな気がした。


ほむら「……」


まどか「……」




 ……そういえば今日はクリスマスだっけ。


 朝目が覚めて、靴下の中や枕元に置いてあるプレゼントにはしゃぐ年でもないけれど。


 ケーキくらいは買っておけば良かったかな。


ほむら「……」


 そう思えばまだ朝ごはんもとってなかったことを思い出し、私はまどかの手を引いて家へと戻った。



 上着を取って、まどかと一緒にダイニングキッチンへ入る。


 あまり待たせるのも悪いような気がし、手っ取り早く二人分のフレンチトースト、それとホットミルクを拵えた。




ほむら「――いただきます……」


まどか「……」



 軽い朝食をおえて、食後の余韻に浸る前に二人分の食器を下げる。



ほむら「まどか、食後に紅茶はどうかしら…」


まどか「……」



 湯気立つ紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。



ほむら「……粗熱はとったつもりだけど、まだ熱いかもしれないから気をつけて……」


まどか「……」



ほむら「……」


 なんの気なしに、窓の外を見やる。



 雪はまだしんしんと降り続いていて。


 この様子だともうしばらくは続きそうだな。


 白い笠をかぶった木々。


 一面の真っ白な世界に、二人分の足跡。


 その先には、二つの小さな雪だるまが仲良さげに並んでいた。

今日はここで終わります。
続きはまた次の日に書きます。

おつ

せつねぇ…



――
――――
――――――




カラン・・・カラララ・・・



ポタッ・・・ポタッ・・・ピチョン・・・




ほむら「……」




ハッハッハッ…



ほむら「……」


ほむら(追い詰められた……か……)




グルル…



魔女『ワォン! ワンワン!』ダラダラ


ほむら「……ッ」



ほむら(……でも……危険を顧みなきゃ……まだやりようがある……)



ほむら「……」



 ……美樹さやか。



ほむら(……まさかあなたの戦い方がここらで生きてこようとはね……)



魔女『ゥゥゥゥゥ……』ジィ…


ほむら「……」スゥ…


ほむら(……二つはある……か……)


ほむら(……十分だわ……)スッ…




魔女『ハッハッハッ……』ジリッ・・・


ほむら「……ッ」



 美樹さやか。あなたはなにかと自分のことを卑下してたけど――。



魔女『ゥワゥンッ! ワンワンッ!』ダッダッダッ



ほむら(……今の私に比べれば……幾分かマシなほうよ……!)ピピンッ





カプッ


ほむら「……ッッッ」



ブチチィ・・・



ほむら「ぁ……がああ゙あ゙あ゙あ゙ああああああッ!!」ブシュゥ・・・



魔女『ワン! ワン!』ムシャムシャ…



魔女『……?』



ドッ…ドゴォ!!



――
――――
――――――




魔女『……ッ……ァ……』ピクピク・・・


ほむら「……私の肉付きパイナップルの味は如何だったかしら……?」


魔女『………』ピク・・・ピク・・・


ほむら「これに懲りたら暴食も悪食も大概にしておくことね……。もし次、本当に犬に生まれ変われたらちゃんと躾てもらいなさい……」チャキッ


魔女『……』


魔女『……く……ぅーん……』


ほむら「……」



魔女『……』ペロ…ペロ…



ほむら「……」



ほむら「……」






バンッ


バンバンバン…



――肉を切らせて骨を断つ。


 要領さえ分かれば――損傷を最低限に、上手く打開することもできる。


 丸焦げのイモムシまでにならなくても、腕の一本でも覚悟してくれてやれば――。


 この戦法は、魔女と真正面から正攻法で立ち会えるような派手な魔法や魔力を持ち合わせていない私にとっては、この上なく有用なものだった。


ほむら「……でも手首から先の欠損をまるごと再生させるだけでも、相当な魔力を要するわね…」



 むき出しになった白っぽい骨、引きちぎられた筋繊維、血管、などなど。


 それらがジュクジュクと再生し始め、元の手首の形に成っていく。


 いくら自分の手首とはいえ、その光景は正視し難いほどに気味が悪い。



ほむら「…もう、だめか…」


 グリーフシードが真っ黒だ。


 左手は、表面的には再生した。


 だけど、神経とか、そういう内面的なところまではまだ完璧に治りきっていないようだ。


 左手は僅かに開閉できる程度しか動かず、握力も赤子ほどにもないだろう。




ほむら「……まあ、いいわ……」ポイ


GS『 』ヒュー…



ほむら「……」チャキッ



パパンッ



パリィ…ン…



ほむら「……」



 左手が多少不自由になったけど、取り立てて急いで治す必要もないだろう。


 そこに割く魔力がもったいない。


 次に魔女と戦わなくてはならなくなる期間が、まどかと平穏に暮らせる時間が伸びるほうが私にとっては大事なことだ。



ほむら(……でも、あんなまるごとくれてやる戦い方じゃコストパフォーマンスが悪いわね……)


ほむら(次からは取られた部分を回収できるようにして、傷口からつなぎ合わせるようにしましょう。きっとその方が魔力を使わないで済むわ……)






――
――――
――――――
――――――――



――
――――
――――――
――――――――







 穏やかな日々が続いた。


 まどかが外を眺めているとき、私はそばで読書をし。


 外に出たがるような素振りを見せたときは、まどかの散策に連れ立った。


――これは日がな一日窓の外を見続けていることが主だった以前と比べると、良くなったと言える変化だろう。


 言葉も少しずつ――断片的ではあるけど、情緒的なものを口にするようになってきた。


 感情を……取り戻しつつあるのかもしれない。



ほむら「……」


まどか「……」



 まどかの進むがままに後を着いていくと、別荘前の林道を抜け、砂浜まで出た。


 ここは、ちょうどまどかがいつも窓から眺めていたあたりのところだろう。



ザザァ…ザザァ…


ビュゥゥ…



ほむら「……っ」


まどか「……」


 遮るものもなく遠慮なしに吹き付ける潮風は、身を切るような冷たさだ。


 びゅう、と風が強く吹き付ける度に顔をしかめ、身を縮こませてしまう。


 そんな私に対して、まどかはそんなことなど全く気にしていない様子だ。


 いつもと変わらず平然とした調子で、渚の方でかがみ込んでいる。


まどか「……」


ほむら「……」



――キュゥべえの言い草は、まるでまどかの自我は永遠に失われてしまったような、そんな物言いだったけど。案外そんなこともないのかもしれない。




ほむら「……」



 もしかしたら。



 いつかまた、まどかと一緒に他愛もないおしゃべりをしたりして。


 それで楽しく笑い合えるような、そんな日が来るのかもしれない。



 私が許される日がくるのかもしれない。



 でも……それでいいのだろうか。



 まどかから見れば私は、どんな経緯があれ、まどかの意思を無下にし、見滝原の人々を見殺しにした張本人。


 そんなヤツを相手に、普段通り話すことができるのか。


 あの屈託のない笑顔を向けることができるのか。



 それに、まどかが回復したとなれば、あのインキュベーターも放って置かないだろう。


 今回のように元も子もなくなる前に、元の木阿弥にならないようにと、どんな手を使ってでもまどかを魔法少女にしたがるのではないのか。




ほむら「……」





 ……もういっそ、このままの方が……。



ザザァ…


ザザァ…





まどか「……」


ほむら「……」




 まどかは絹のようになめらかな、長くなった髪を靡かせて、ただ遠くを見据えている。


 どんよりと仄暗い雲と、青黒い海が交じり合う殺風景な水平線の彼方を。


まどか「……」



ほむら「……」





 冬の海はどこまでも灰色で。


 このまま世界が廃れて寂れていってしまうような……。


 ……そんな、どこか見る者を不安にさせるような風情があった。








――
――――
――――――
――――――――



――
――――
――――――




シュウゥゥ・・・





ほむら「……ッ」



 今回も無様に這いずり回って命を拾ったというのに。



ほむら(グリーフシードはなし……か……)


 今回は五体満足で済んだとはいえ、無傷というわけではない。


ほむら「……」


 捨て置けないような流血をしている箇所もある。

 まずそういう致命的な箇所から優先的に、貴重な魔力を捻出して回復させていく。

 放っておいてもなんとかなりそうな箇所は、そのままにしておく。


ほむら「……」


 これくらいなら自然治癒力でどうとでもなる。

 傷跡は多少残るかもしれないけど。





ほむら「……帰ろう」



QB「――やぁ、ほむら。久しぶりだね」ヒョコ


ほむら「……キュウべぇ……」


QB「今日も魔女退治お疲れ様だね。いや、君の苦労は察するに余りあるよ」


ほむら「……」


QB「どうやら相当に疲弊しているようだ。以前のように問答無用に銃を突きつける元気もないらしいね」


ほむら「……お望みならいくらでもくれてやるわよ……」チャキッ


QB「……君の言うこと成すことは冗談か判別しづらいね。ともかく遠慮させてもらうよ」

ほむら「そう……。で、今回は私に何のようかしら」


QB「今回は聞きたいことがあってね。君に対して、君に関してのことでね」


ほむら「……私?」」


QB「そう、君のことだ」


ほむら「……私は唯一の強みだった時間操作の能力を喪失して、普通の魔法少女なら楽々快勝を収めてしまうような魔女相手にも、命からがら辛勝を掴み取る最弱の魔法少女」


ほむら「そんなちゃちな私が、あなたにとって有益な情報を持っていると思って?」


QB「ああ、持っている」


ほむら「……」


QB「じゃあまた回りくどいようだけど、まずはある魔女のことについて話そうか」


ほむら「……魔女?」


QB「なに、君に関係がない話じゃない。むしろ最も密接に関係しているといってもいい」


ほむら「……」



QB「――ワルプルギスの夜」


QB「君にとって馴染み深い魔女だろう?」


ほむら「……できればその名とはもう一生無縁でいたかったのだけど……」


ほむら「……まさか」


QB「そう構えなくてもいい。また来襲するって話じゃないからね」


ほむら「……そう……」


QB「ほむら。君はあのワルプルギスの夜の来襲時、ワルプルギスの夜が最後に消え去る瞬間を目撃したかい?」


ほむら「? いや……見なかったわ……」


QB「僕は見ていたよ。ワルプルギスの夜が消え去る瞬間を」


QB「いや、消滅する瞬間を」


ほむら「……どういうこと? その言い方じゃまるで……」



ほむら「……ワルプルギスの夜が、もう存在しないみたいじゃ……」


QB「全くその通りだよ、ほむら」


QB「ワルプルギスの夜はもうどこにも存在しない。過去にも未来にも。あるいは別の時間軸にも、ね」


ほむら「……どうして? ワルプルギスの夜が自滅したとでもいうの?」


QB「いや、むしろ君が攻略したとでも言うべきかな」


ほむら「……わけがわからないわ」


QB「これはあまり知られていないことなんだけど、実は魔女にはそれぞれ有効で正しい攻略法、とでも言うべきものがあるんだ。闇雲にただ攻撃して斃すだけじゃなくてじゃなくてね」


ほむら「……」


QB「言われてみれば多少は、思い当たる節があると思うけど。それはつまり――魔女によって様々だが、大抵はその魔女の性質、願い、望み、好み等、それらに関する何かしらのアクションを起こすことなんだ」


QB「それによって大きな隙、弱点を晒すものもいれば、果てはそのまま自滅するのもいる。まるで幽霊が思い残すことを無くして成仏するようにね」


ほむら「……」


QB「まぁその攻略法が何かをあれこれ試すよりは、がむしゃらに攻撃して斃す方がよっぽど手っ取り早いのも確かだけどね。斃せるのであれば」


ほむら「……じゃあ私は知らず知らずのうちにワルプルギスの夜を攻略していたっていうの……?」


QB「僕もそこはあまり釈然としていなかったのだけど。だけどあの時、ワルプルギスの夜に対して外的な影響を与え得たのは君以外考えられないからね。そういうことになるんだろう」


ほむら「……」


QB「そこで僕は何が攻略のキーになったのか気になってね。僕なりにあの魔女をそのルーツから改めて調べていたんだ」


QB「魔女とは魔法少女の成れの果て。それは君も既知のことだろう?」


ほむら「……ええ」


OB「だからあの魔女に該当、合致する魔法少女が歴史のいずれかに存在するはずなんだ」


ほむら「……」


QB「――だけど、あの魔女に成った魔法少女のデータがないんだ。原始の時代からのデータを洗ってもね」


QB「ワルプルギスの夜は、ある日忽然と現れた未知の事象――最強の魔女として記録されていたんだ」


QB「もちろんデータの拾い忘れ、見落としなんてのもない」


QB「僕たちインキュベーターを介さなきゃ君たちは魔法少女になれないからね。故にそんな過失は起こりえない」

ほむら「……」


QB「こんなことは前例がない……と思ったのだけど、そうでもなかった。ごく最近に、同じような稀有な事案があった」


ほむら「…………」




QB「そう、暁美ほむら。君だよ」




QB「君とワルプルギスの夜」




QB「――この上なく類似してると思わないかい?」



ほむら「……っ」


QB「能力然り、性質然り。鑑みれば君らは共通点が多々見受けられる」


QB「逆に君たちの無関係さを証明するのが困難な程にね」


QB「以上のことを踏まえ再考、精査し、そこから結論づけると――」



QB「ワルプルギスの夜は、君が魔女化したものだ、という結論に至った」



ほむら「……まっ……待ちなさいよ……」


QB「なんだい?」


ほむら「それでも矛盾してるしてるじゃない……」


QB「……」


ほむら「……ワルプルギスの夜は、私が魔法少女になる前に存在していたのよ……。おかしいわ……。矛盾している……」


QB「何もその時間軸が起点となって生まれた魔女とは限らないないだろ?」


ほむら「……」


QB「ワルプルギスの夜が存在しない時間軸。そんな中でも魔女は当たり前に存在している」


QB「別の時間軸の君が、なにかしらの魔女に敗れるまどかを前に同じ願いを願わないと言い切れるかい?」


ほむら「……」


QB「改めて問おう」


QB「――暁美ほむら」


QB「君は、何を願って魔法少女になったんだい?」


ほむら「……」


ほむら「……私は……」


ほむら「私の……願いは……」



・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・





ゴゴ…


ゴゴォ…





まどか「――じゃあ……いってくるね」


ほむら「えっ……、そんな……」


ほむら「……巴さん、死んじゃっ、たのに……」


マミ「 」


まどか「……だからだよ。もうワルプルギスの夜を止められるのは、私だけしかいないから」


ほむら「無理よ! 一人だけであんなのに勝てっこないっ! ……鹿目さんまで死んじゃうよ……?」


まどか「……それでも、私は魔法少女だから……」


まどか「みんなのこと、守らなきゃいけないから」



ほむら「……ねぇ……逃げようよ……」フルフル


まどか「……」


ほむら「だって、仕方ないよ……。誰も、鹿目さんを恨んだりしないよ……」


まどか「……」


まどか「……ほむらちゃん」


ほむら「……」


まどか「私ね、あなたと友達になれて嬉しかった」


ほむら「……!」


まどか「あなたが魔女に襲われた時、間に合って。……今でもそれが自慢なの」


まどか「――だから、魔法少女になって……本当によかったって。そう思うんだ」


ほむら「……鹿目さん……っ」


まどか「……さよなら。ほむらちゃん」


まどか「……元気でねっ」



ほむら「いや! 行かないで……っ!」






ほむら「鹿目さぁぁぁぁん!!」








――
――――
――――――
――――――――




サー…





ほむら「……どうして……?」





まどか「 」




ほむら「……死んじゃうって、わかってたのに……」ポタ…ポタ…



ほむら「……私なんか助けるよりも……あなたに……生きててほしかったのに……っ」ポロポロ



キュウべえ「……その言葉は本当かい? 暁美ほむら」



ほむら「……」


キュウベぇ「君のその祈りの為に、魂を賭けられるかい?」


キュウべえ「戦いの定めを受け入れてまで、叶えたい望みがあるなら……僕が力になってあげられるよ」


ほむら「……あなたと契約すれば、どんな願いも叶えられるの……?」


キュウべえ「そうとも。君にはその資格がありそうだ」


キュゥべえ「……教えてごらん。君はどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせるのかい?」



ほむら「…………」



ほむら「私は……」







ほむら「私は――――」










・・
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・




ほむら「……まどかとの出会いをやり直したい……」



ほむら「…………まどかに守られる私ではなく……まどかを守る……私に……なりたい……」




QB「……」



ほむら「……」



QB「これで全ては合理し、整合した」



ほむら「……」



QB「ワルプルギスの夜は、君の願いのために生まれ、存在した魔女だった。――君のために」


QB「君のために数多の時間を遡り、絶望の淵にある魔法少女を取り込んで、力を蓄えすくすくと育ち。誰も太刀打ちできないほど強大な存在に成った」


QB「すべて君のためにね」


QB「君があの場で、あの選択肢を取れるようにお膳立てをしてくれたんだ。そう仕向けてくれたんだ」


QB「全ては君の望み通り」


QB「まどかは魔法少女になれなくなって」


QB「君はまどかを守らざるを得ない境遇になった」


QB「君は――君たちは願いを果たした」


QB「だからワルプルギスの夜は消滅した。存在意義を喪失したからだ」


ほむら「…………」


QB「おめでとう、ほむら」


QB「君の願いは見事に、完璧に成就したんだよ」


QB「魔法少女は願いにより始まる存在」


QB「つまり君という物語は完結した」


QB「この上なく綺麗な形でね」



ほむら「ふ……ふざけないで!」チャキッ



QB「……おっと」スゥ・・・




パンッ


パンパン


ほむら「だ……誰が……」


ほむら「……こんな結末を……」


ほむら「私はこんな……こんなの……」


ほむら「望んで……」


ほむら「……」






 望んで、ない。



ほむら「……」




 そう、言い切って……。


 言い切って……しまえるの……?



 曲がりに曲がって、歪に歪んだ帰結。



 それでもこれは、紛れもなく私が望んだ……。





ほむら「……ぅっ……」



「おやおや、どうして泣き出すんだい?」





 どこからか、アイツの声が響く。


「君は君の願いを叶えることができたじゃないか」



「君の我欲で、まどかを貶めまでして」



「それとも、悲願を達した故の嬉し涙ってヤツかい?」



「つくづく、人間って奴は度し難いね」



「まぁ、でも……」



「今回ばかりは……」





「ふふっ」






「人間の感情の一端だけでも理解できたかもしれないね」



ほむら「……ぅ……」






「そうあまり悲嘆しないほうがいいと思うよ」


「言われれるまでもないかもしれないけど、ソウルジェムはそういう機微に反応する物なんだから」


「万が一、君が魔女になったら、まどかはどうするんだい?」




ほむら「…………」


「君の願いの願いに付き合って」


「付き合わされて」


「君の願いがために、まるで人形のように成り果ててしまったまどか」


「すべてを無くした――否、すべてを奪われたまどか」


「台無しにされたまどか」


「かわいそうなまどか」


「そんな哀れなまどかをかなぐり捨てて、無責任にも自害とか、魔女になれるんだとしたら――」



「その情の無さは、ある意味僕たちに通じるものがあるかもね」


ほむら「……やめて……」



「……そういえば以前、"君は選択を間違えた"……そう君を謗ったことがあったね」


「その言を撤回させてもらおう。君の選択は誤答では無かった。紛れもなく正答だったんだ」


「……こんな滑稽極まりない話ははじめてだ」


「まぁいいデータが採れたよ。まぁまどかの件と比べれば採算は全然だけど」

>>194 訂正

ほむら「……やめて……」



「……そういえば以前、"君は選択を間違えた"……そう君を謗ったことがあったね」


「その言を撤回させてもらおう。君の選択は誤答では無かった。紛れもなく正答だったんだ」


「……こんな滑稽極まりない話ははじめてだ」


「まぁいいデータが採れたよ。まどかの件と比べればまだ採算は全然だけど」


「君のこの時間軸は、君の物語の中で完璧に完結している」


「とんだ悲劇……いや、喜劇かな」


「ともあれ、君という物語は見事有終の美を収めることができたんだ」


「……後は野となれ山となれ」


「そんな気持ちで、漫然といき続けるのもいいんじゃないかな」



ほむら「…………」




ほむら「……」





 本当に、滑稽極まりない話。



 悲劇でもあり、喜劇でもある。



 ワルプルギスの夜は私の願いを依代に……。



 私の願いが生んだ魔女だった。


 全てはこの時間軸のために存在した魔女。


 私の願いを完璧に叶えるために存在した魔女。


 曲がりなりにも、私の願いの通りに。


 全ては現実になった。



ほむら「……」






 魔法少女は希望で始まり、絶望で終わるもの。



 そんなことは、痛いほどに――うんざりするほどに分かっていたのに。






ほむら「…………」



 まどかをこんな目に合わせたのは。



 まどかを不幸にしたのは。




――最初から、私だった。





 まどかのためではなく、全ては自分のためだった。



ほむら「……っ……」




 私はもう、まどかに泣きつくことさえ許されない。






ほむら「―――――――」










――
――――
――――――
――――――――





ほむら「……」






 雨が、降っていた。




ほむら「……」




 庭先に並んだ二つの小さな雪だるまは、雨に打たれてぐずぐずになっていた。



――
――――
――――――




ザー…






ほむら「……」カチャ…カチャ…



まどか「……」モグモグ




ほむら「……」



 この世界は、私のただれた欲望で構成された醜いもの。







ほむら「……」


まどか「……」



――それでも、私はこれ以上この現実を壊したくない。



 だって、後戻りはできないのだから。



ほむら「……」


まどか「…………」




 私はもう、この咎を背負って生きて行くしかない。



 それしか、できない。




ほむら「……っ」



――
――――
――――――








ほむら「……」




 眠れない。



 何も考えたくないのに、頭は嫌になるくらいに冴えていた。



ほむら「……」




 まどかを起こさないよう注意を払い、ベッドから出る。



ほむら「……」




 いつの間にか雨は止んでいた。



 さっきまではざあざあと、うるさいくらいに心地いい音を鳴らしていたのに。



 窓から差す星明かりが、淡く足元を照らしている。



ほむら「……」



 窓際に佇み、何気なしに窓の外を見やる。


 にわか雨が過ぎ去った空は、先ほどの悪天候が嘘だったかのように澄んでいた。


 澄み切った空にははっきりと、自分の存在を誇張せんとばかりに、きらきらと満天の星々が輝いている。


 それは、あまりにも綺麗で――。



ほむら「……っ」




――だから、私は目を背けた。



ほむら「……」



まどか「……」スゥ…スゥ…








――まどか。



ほむら「……」




 私の……大切な友達……。






――私の、まどか。







まどか「……」




ほむら「……」






 何もかもが思い通りにはいかず、妥協と取捨選択を繰り返してたどり着いたこの世界。


 正しく、融通の利かないこの世界。



――私の願いが導いた、この世界。





 この世界は、狂っていた。




   第二話 おわり


一端終わります。
続きは夜に投下し、今日明日中には全部終わらせたいと思います。

覚えてるぜ支援

なんぞこれ…
支援

続き書きます。




QB「――暁美ほむら」


ほむら「……」


QB「もし、もう一度君に祈ることが赦されたとしたら……君は何を願う?」



ほむら「……え?」




   第三話 あの子の名前を




――――――――――
――――――――
――――――
――――
――







――まどか。





ほむら「……ねぇ、まどか……」



まどか「……」



ほむら「……私、もう疲れちゃった……」


まどか「……」




 まどかはただ私を見つめている。



ほむら「……私、もう耐えられないの……」


まどか「……」


ほむら「……あなたを見てるとね、すごく痛むの。いたたまれないの」


まどか「……」


ほむら「……、……まどかぁ……」


ほむら「……最後に……これで最後だから……」


ほむら「……あなたに、泣きついてもいいかな……」


まどか「……」




ギュッ…




ほむら「……」


まどか「……」


ほむら「……」


ほむら「……ねぇ、まどか……」



ほむら「……一緒に……死のう……?」



まどか「……」








――
――――
――――――



ザシュ…ザシュ…


ブシュゥッ…ビチャァ…




ほむら「……」


まどか「……」




ガッ…ミチミチィ…



ヌチャア…



グチャ…グチャ…



ほむら「……」


まどか「……」


ほむら「……」


ほむら「……なんで死んでくれないの」


まどか「……」


ほむら「……なんで何も言ってくれないの……」


まどか「……」


ほむら「私はあなたにここまで尽くして……」


ほむら「私は全てあなたのために……っ!」



ほむら「私は……」






ほむら「私は――――」











~~
~~~~
~~~~~~




ほむら「――ッ!!」パチッ




魔女『アギャ!?』




ほむら「……はっ……はっ……」ドクッ…ドクッ…




 私……は……。



ほむら(……確か……この医者気取りの魔女からスプレーのようなものを吹きつけられて……)



ほむら「…………幻覚ってわけね……」



魔女『アギャギャ! アギャギャギャギャ!』



使い魔『・・・! ・・・!』ワシャワシャ


ほむら「……嫌なものを見せてくれたわね……ッ」ギリッ…


魔女『ギャッ!? ギャギャギャギャ!』


使い魔『・・・! ・・・!』ワシャワシャ


ほむら「……ッ」



 凄んではみせたけど、今のこの絶望的な状況は変わらない。


ほむら「……ッ」ギシッ


 私は今、手術台と思しき古めかしい木質の台座に寝かされている。

 いや……磔にされてると形容した方がいいのだろうか。

 首、手首、足首のそれぞれが台座に内蔵された枷で固められ、大の字にとらわれている。

 言葉通り、手も足も出ない状況。

 絶体絶命だった。



 魔女の風体から察するに。

 当人にしてみれば、さしづめお医者さんごっこ……手術ごっこというつもりなのだろうけど。

 私からしてみれば、狂った科学者のイカれた人体実験とか、拷問官による悪趣味な拷問としか思えない。

 だとしたら私が今寝かしつけられているこれは手術台なんかではなく、実験台とか拷問台ということになるのだろうけど。

 ……いずれにしてもぞっとしないことだ。



魔女『アギャ・・・』


ほむら「……」



 魔女は私の様子を伺い何やら逡巡するような素振りを見せたが、ぶるりと大仰に頭を振るった後、何か迷いを吹っ切ったような、どこか悠然とした足取りで近づいてきた。



魔女『・・・』


ほむら「……ッ」



 魔女がすぐそばで立ち止まり、視診する風に私を俯瞰する。

 図体が大きく、この世のどの生物とも異質なその見た目は、ただそれだけで威圧感があり。


 原始的な恐怖感を、この上なく掻き立てる。


ほむら「……っ……っ……っ……」



 心臓が早鐘のように脈を打つ。

 頭に圧迫感を感じ、視界が揺らめく。

 呼吸が、震える。



魔女『・・・アギャ』スッ…


使い魔『・・・』ヒョイ



 魔女のいびつで細長い腕。


 その手に握られているものは……。



 メスだった。



ほむら「……はっ……はっ……はっ……」




 無意識のうちに呼吸は苦しいほどに荒くなり。

 体が緊張し、全身が粟立つ。

 嫌な汗が吹き出る。



ほむら(早く……早く……何とかしないと……)



 このまま――。


ほむら「はっ……はっ……はっ……」



 思考が、まとまらない。



魔女『・・・』スッ…


ほむら「!」



 魔女が、私の腹部に手をあてる。

 魔女の手は、冷えた金属のように冷たく、無機質で。

 その感触にぞっとした。



ほむら「……ッ……」



 そして服を胸元までずり上げ、素肌をさらさせる。

 決して能率的とはいえず、確かな素養があるとも思えないその子供じみた拙い所作の節々。それが一層恐怖感を煽る。


 もう、気が狂ってしまいそうだ。


ほむら(……とりあえず……気を落ち着けないと……)



 ……とは思いつつも。そうは分かっていても目は魔女の片手に握られた鈍く光るメスを追ってしまい。


 そのメスが、患部と見定めたであろう私の腹部へ迫り――。



魔女『・・・』


ほむら(……ッッ!)




ガゴンッ



ほむら「――ッッ」



魔女『アギャッ!?』



 私は僅かに動かせる首をできる限り持ち上げ、出せる限りの力で後頭部を台に打ち付けた。

 頭を冷やし、思考を改めるために。



魔女『ア・・・アギャ?』


 魔女は私の奇異な行動を不審に思い、手を止めているようだ。



ほむら(……)



 私は、死ねない。



ほむら(まず冷静になって……この場を打開できるような策を……!)



 この魔女は銃撃があまり有効ではない。

 この魔女には自己再生能力があるらしく、銃撃に対して痛がる素振りは見せても、傷は瞬く間にふさがっていった。

 だから私は再生が追いつかないほどの手傷を与えようと、いつも通り爆弾を用いての決着を試みた。

 だけどこの魔女は思いの外すばしっこく、トリッキーというかコミカルというか、そんな動きでなかなか思い通りに動いてこない。

 だから手榴弾、TNT、C4といった手持ちの爆弾類を使いあぐねていた。


 そこで私は仕掛けて置くおくことが無理ならと、今度は仕向けてみる事にした。

 ただ単に逃げ回るように見せかけ、その最中にわらわらと動き回る使い魔の一匹に、爆弾を貼り付けた。

 其処彼処を自由に動き回る使い魔と魔女が交差する瞬間――。

 後は期を待つのみだった。



 私は焦点をこの魔女に定めつつ、その使い魔の動きも同一視できるようにして期を窺った。

 そして私は魔女に追い詰められたように見せかけ、ジリジリとにじり寄る魔女と、それを案じるかのように主人のもとへ駆け寄ってくる使い魔の双方に神経を尖らせた。

 ――後は起爆させるだけ。

 その、次の瞬間。

 魔女に意表を突かれ、思いもよらなかった攻撃を食らった。

 魔女は後ろに手を回し、どこからか取り出したスプレー缶のようなものを手にとり。

 それを私に吹き付けた。

 広範囲に唐突に噴霧される何かの薬液。

 時間停止能力を喪失した私はそれに即座に対応出来る訳もなく。

 ――そこで私は気を失い、今に至り、事ここに至るというわけだ。



ほむら(――――……もしかしたら……)


 この魔女は、さっきメスを取り出すときに、何かから受け取るような素振りを見せた。

 そして、台座が邪魔で見えないけれど、何やら近くにわらわらと蠢くもの気配がする。


――あの時、爆弾を貼り付けた使い魔が近くにいるのかもしれない。


ほむら「……ッ」



――迷ってる暇はない。

 躊躇ってる時間もない。



ほむら「……ッ!」



カチッ



 私は形骸化した盾と連動させた起爆装置を作動させた。



ドゴォオ!!!!



魔女『アギャアアア!!?』ビチャァ



使い魔『・・・!!?』ワシャワシャワシャ



ほむら「――……ぐッ……!」



ほむら「――――……ッッ」ズサァ


――上手くいった。


ほむら「……げほッ!」


 ……何とか絶体絶命の窮地を脱することができた。


ほむら「……いッッ!!」ズギィ


 すぐさま立ち上がろうとしたところで、不意に激しい痛みに襲われた。


 問題の箇所を確認すると、肩に小枝くらいの小さな木端。太ももにはそれより少し大きい薪程度の木端が突き刺さっていた。


ほむら「……ッ、ぐ……!」ズブッ

ほむら「ッッ……ぅああ゙あ゙あ゙あッッ!!」ズボォ



 激痛で悶絶していられる悠長な時間はない。躊躇うことなく二箇所の木端を引き抜き、すぐさま治癒魔法で傷口を塞ぎ止血する。


ほむら「…………ッ」シュウゥ…


 残り少ない魔力を捻出しての回復魔法。元々得意分野ではなかったけれども随分とうまくなったものだ。

>>250 訂正


ほむら「……ッ、ぐ……!」ズブッ

ほむら「ッッ……ぅああ゙あ゙あ゙あッッ!!」ズボォ



 激痛で悶絶していられる悠長な時間はない。躊躇うことなく二箇所の木端を引き抜いた。

 痛覚は意図的に抑制したけれど、それゆえに木端を引き抜く際はえもいわれぬ気持ちの悪い感触がした。

 どぷりと血が溢れ出る傷口を即座に回復魔法で修復する。


ほむら「…………ッ」シュウゥ…


 残り少ない魔力を捻出しての回復魔法。元々得意分野ではなかったけれども随分とうまくなったものだ。



 損傷は――想定よりも軽微なものだった。

 台座が上手く爆発を緩和してくれたようで、私の損傷は爆砕した手術台の木端による刺傷と、左側の鼓膜を傷めたのみ。

 それも今戦闘に支障が出ない程度に治療した。

 手足の一本くらいは覚悟していたけれど。あの局面であれほど間近で爆撃を受けてのこの成果は僥倖と言えるだろう。

 ……日頃の行いにも因果にも自信はないのだけれど。それとも後々ここらへんのツケが清算されるのだろうか。

 佐倉杏子が提唱していた希望と絶望のバランスの差し引きは云々というので。


ほむら(……今はそんなことどうでもいいわ……)


 思考を切り替え体の具合を確かめて体勢を立て直し、対敵である魔女を見据える。



魔女『アギャー!! アギャー!!』ジタバタジタバタ


ほむら「……」


 この魔女にとっての肉体であろう手術衣が大きく裂け、そこから結構な量の血のようなものが吹き出している。



魔女『アギャギャ! アギャ!』ピュー


使い魔『・・・! ・・・!』ワサワサ



 魔女が何かしらの指示を出したからか、使い魔たちが手負いの魔女に群がる。


――どうやら大きな傷を負った際は使い魔に治療させるらしい。



ほむら(今なら……!)スッ



 盾から手榴弾を取り出してピンを抜き、すぐさま魔女に投げつける。



魔女『ギャ!?』




――二度目の爆音が響く。

すいません、今日はこれで終わります…。

続きはよ

はよ

すいません…少し書きます…。



ほむら「……ッ」



 ……仕留め損なったか。



魔女『アギャギャ! アギャギャ!』




 手榴弾はピンを抜いて爆発するまで僅かにラグがある。

 その隙に――その短時間に治療を終え、見事逃げのびたようだ。


魔女『アギャー! アギャー!』フーッフーッ


 魔女は上手く事が運ばずに怒り心頭といった様子だ。

 肩で息をし、獰猛な獣のように呼気を吐き、体を震わせ怒りを顕わにしている。

 そして先ほどのメスと、どこからか取り出したハサミを手に早くも臨戦態勢に入っていた。



ほむら「……」



 爆撃は有効、か。


 銃撃はいまいち。


――なら、斬撃ならどうか。



ほむら(…備えあれば憂いなし、ってとこかしら……)



 時間操作能力を喪失する前。

 暴力団関係と思しき事務所から、どうにもきな臭い物品を拝借していたとき。

 その折に見つけた、日本刀。

 どんくさい私のことだからと使えないと思ったけど、後で何かの役に立つかとも思い、ついでにと取っておいたものだった。



ほむら「……」スー…



 盾から取り出した、ひと振りの刀。その鞘を抜く。


 刀身は妖しく艷やかで、抜き身になった刀は空恐ろしく思えたのだけど。今はそれも頼もしく思える。



ほむら(剣術の素養なんて持ち合わせていないけど……)


ほむら「……」


 刀を持った感覚を確かめるため数回素振りし空を切る。するとそれを合図とばかりに、痺れを切らしたらしい魔女が猪の如く荒らかに駆け出した。



――来る。



魔女『アギャギャギャギャア!』ドッドッドッドッ


 私は鞘を投げ捨て、柄を両手で持ち直し、縋るような気持ちで力を込めた。



ほむら「……ッッ!!」ギュゥ…




――
――――
――――――



魔女『アギャアァ!』ブンブン


ほむら「……ッ……、……ッ!」カッ…ギィン…



――攻撃が深く入らない。

 さっきから刃を交えては一端は退き、再度刃を交えては一端退くといったことを繰り返している。

 一進一退……いや、ややこちらが防戦気味、といった戦況。

 こちらも魔女の僅かな間隙をついて斬りかかってはいるのだけど、それは手術衣を浅く裂くだけで、それも次の斬り合いでまみえる頃には跡形もなく再生してしまっている。

 魔女の猛攻をかろうじて捌きつつ。しかし並々ならぬ腕力に圧倒され、何度も突き飛ばされて――。こっちは何とか命からがら応戦しているといった感じだ。



魔女『アギャアァ!』ブンブン


ほむら「……ッ……、……ッ!」カッ…ギィン…



――攻撃が深く入らない。

 さっきから刃を交えては一端は退き、再度刃を交えては一端退くといったことを繰り返している。

 大分こちらが守戦気味、といった戦況。

 こちらも魔女の僅かな間隙をついて斬りかかってはいるのだけど、それは手術衣を浅く裂くだけで、それも次の斬り合いでまみえる頃には跡形もなく再生してしまっている。

 魔女の猛攻をかろうじて捌きつつ。しかし並々ならぬ腕力に圧倒され、何度も突き飛ばされて――。こっちは何とか命からがら応戦しているといった感じだ。



 もちろんこちらが無傷ということはない。

 私の体には無数の細かな切創が刻まれていて、ボロボロの服の下は度重なる打ち身で生じた青あざだらけだろう。

 痛みを抑制し、動きの端々に支障が出ないようにはしているけれど。

 こちらが劣勢なのは一目瞭然だ。



ほむら「……ッッ」



 ……一撃だけでいい。

 下準備はさっき終えた。

 後は破れかぶれでも、こいつに一太刀浴びせることができたら。

 先と同じように使い魔たちに治療させることができたら――。



 刃を交える度に、冷や汗を伴った緊張が走る。

 普段の、銃火器の使用を主として戦う時とはまた別種の命のやりとりに身が縮む。


ほむら「……っあァ!!」ブンッ


 細かく僅かな隙を見つけての反撃。しかしどうにも決定打には至らない。



魔女『ギャギャァアッ!!』


ほむら(……ッ、……隙を作る必要があるわね……)


ほむら(……この魔女に銃撃はあまり効果がない。でも決して無効というわけでもない……)

ほむら(この魔女は自己修復能力があっても、痛みに対して鈍いということは無かった……)

ほむら(なら……!)スッ…



魔女『アギャアアアア!』ドタドタドタ



ほむら「……ッ!」チャキッ



パパンッ


魔女『――ッッアギャアア!?』ブシュゥ


ほむら(今だッ!)ダッッ



 脳天を打ち抜かれて悶絶する魔女に対して一気に詰め寄り――。


 その胴体を、逆袈裟の形で切り上げ――大きく深く切り裂いた。



魔女『――――?!!』ブシャーー



 魔女の青黒い鮮血が噴き出し、辺りを濡らす。



魔女『ァギャァアアアアアアアア!!!!』

 

 今までよりも一際大きい、赤子の泣き声のような、思わず耳を塞いでしまいたくなる程鋭い叫声が響き渡る。


ほむら「ッッ……!」ビチャビチャァ



 そして、それと同時。わらわらと魔女の元へ集まる使い魔から離れるべく、私は大きく後退する。



魔女『アギャァ!! アギャー!!』




――この使い魔たちは、魔女が大きな傷を負った時に魔女に群がり、その傷口を治療している。


使い魔『・・・! ・・・!』ワラワラ…


ほむら「……ッ」


 魔女との鍔迫り合いの中、私はわざとこの使い魔の群れに突き飛ばされるように流れを誘導していた。


使い魔『・・・! ・・・!』アセアセ


 そしてその使い魔たちの中に突き飛ばされたとき、どさくさに紛れて先と同じように数体に爆弾を貼り付けておいた。



ほむら「……」スッ



――後はその使い魔の習性を利用するだけ……!



魔女『アギャギャ! アギャ!』


使い魔『・・・! ・・・!』ワサワサ



ほむら「……これで……終わりよ……!」カチッ




ピピ――ピピピピピ――




魔女『ア――』







――
――――
――――――

とりあえずここまでです。
さくっと終わらせるはずが無駄に長引いてしまい申し訳ないです…。

少し書きます…。
>>266は修正前のものなのでないことでお願いします…。




――シュウウゥゥ…




キィン…



コロロロロ…




…ポトリ





ほむら「……やった……」



 今回も……生き延びることができた。



ほむら「…………っ」フラ…



 張り詰めていた緊張の糸が切れ、思わずその場にへたりこんでしまう。




GS『 』コロコロ…



ほむら「……」



 私の善戦を労うかのように、都合よくこちらにグリーフシードが転がってくる。



シュウゥゥゥ…



ほむら「……ふぅ……」


ほむら「……」



 今回は肉体的なダメージよりも、精神的なダメージの方が大きかった。

 麻酔なしで、必要としない手術を施される恐怖感。

 しかも、それはどうにも子供が見よう見まねでやってみようといった風で……。

 そんな風に遊び半分で体をいじくり回されたらたまったもんじゃない。


 ……思い出すだけで身が竦むようだ。



ほむら「…………」


 ……それよりも――――。



ほむら「っ……」



 いや、今しばらくはこの生き延びたという安堵感に浸っていよう。



ほむら「……」

ほむら(そういえば、さっきグリーフシードと一緒に何か落ちてきたような……)

ほむら「……」


 あたりを見渡すと、確かにそれとめぼしいものがあった。


ほむら(……くまのぬいぐるみ)



 ちょっと先の方に、くまのぬいぐるみが私に背中を向けて横たわっていた。

 この猥雑な落書きだらけの高架下には不似合いなものだ。



ほむら「……」



 なんとなく近づいて見てみると、それは意外と新しいもので。

 そのくまは、後生大事そうに小さな封筒を抱えていた。



ほむら「……」


 私はその封筒に手を伸ばし――。



ほむら(……)




――途中で、手を引いた。



ほむら「……」



 ……関係のないことを、わざわざ知る必要もないだろう……。


ほむら「……私には、関係ないわ……」



ほむら「…………関係ない……」



ほむら「……」



 どこからか、電車が過ぎる音が聞こえる。

 町はすっかり夕日の朱に染まっていて、どこか疲れたような、何か物憂いような。そんな様相を呈していた。

 そんな気知らずとばかりに、どこからか子供が楽しそうな声を上げて、何処かへと走り去っていく。

 子供たちの声が遠のき、やがて聞こえなくなると、寂寥感が辺りをゆっくりと浸していった。

一端離れます。
今日の夜中には完結させたいと思います…すみません。

うむ

ほむ



――
――――
――――――
――――――――






ほむら「……ただいま」


ほむら「……」


ほむら「……」



ほむら「……まどか?」


 階段先に向けて声を投げかける。


 返事がないのはいつものことだ。



ほむら「……」



 ……だけど、家の中はいつもよりもやけにひっそりとしているような気がして……。



ほむら「……っ」



 私は階段を駆け上がる。


 あまりに慌ててたものだから、途中で段を踏み外してしまい、馬鹿みたいにつんのめってしまう。



ほむら「……ッ」




――まどか。



 ……なんでだろう。


 無性にまどかに会いたい気持ちと、よくわからない不安が私の中を駆け巡る。


――階段を上がって、二つ目の部屋。


 私が帰ってくると、まどかはいつだってそこにいて。


 今となっては、それが当たり前のはずなのに。



ほむら「……っ……、……」



 ドアの前で立ち止まり、荒んだ呼吸を整える。


 ……嫌な感じが、消えてくれない。


 震える手で、ドアノブに手をかける。



ガチャ…



ほむら「……まどか?」



ほむら「……」




 ドアを開けたその先に。



ほむら「……」



 そこにまどかはいなかった。



ほむら「……」


ほむら「……まどか……」


ほむら「……」



ほむら「……ッ」






――
――――
――――――




 家中探してみても、まどかは見つからなかった。



 ほむら「…………」




――まどか。



ほむら「……っ」



 まどか、どこへ行ったの?



ほむら「……まどかぁ……」ポロポロ



 涙が溢れて、視界が滲んだ。



ほむら「……っ」



 外は既に日が落ちている。

 街頭もろくにないこの辺り。

 道として整えられていない林の中にでも迷い込んでしまったとしたら、見つけ出すのは難しい。



ほむら「…………ッッ」



 私は懐中電灯を手に、庭先の林に駆け込んだ。



――
――――
――――――





ほむら「まどかぁーー!」



 草木をかき分け、声を上げて突き進む。

 途中。棘ついた雑草が、蔦が手に足に絡まる。

 不意に出てくる木の枝が、頬を掠める。


ほむら「ぃ……ッ……」


 まるで、この防風林が――この世界が。私とまどかを引き離そうとしているように思えて。この上なく疎ましい。



ほむら「……っ、……まどかぁーー!」



――まどか。




 私の、まどか。



 私には……あなたがいないとだめなのに。



ほむら「……まどかぁ……」



 声はいつの間にか弱々しく情けない涙声に変わってしまっていて。

 縋るような声音で。

 迷子になった子供のようだった。



――
――――
――――――




 闇雲に、無我夢中に探し回り、泥やら雑草やらにまみれて林を遮二無二突き進んだ。

 すると私はいつの間にか林を抜けて、あの時の砂浜に出ていた。

 あの時、一度行ったきりの砂浜。



――そこに、まどかはいた。



まどか「……」



 この寒空の下、まどかはいつもの寝間着姿のままで。


 前と同じように、波打ち際に立って。


 澄み渡った夜空を仰いでいた。



ほむら「……」



 町中のように余計な光源もなく、遮るものもない、この砂浜から見上げる一面の星空は。



ほむら「…………」



 まるで海のように深く、大きくて。


 そこに浮かぶ星たちは彩り豊かな宝石のようで。


――それは誰も手が届かない秘境のように、雄大で、幻想的で。


 その美しさに魅入られて、今にもあの広漠な空に落ちていってしまいそうだった。



ほむら「……」


まどか「……」



 まどかはそんな空に手を伸ばし――。



ほむら「――――っ」



まどか「……」ギュッ




 私はまどかに走り寄り、その体を抱き寄せた。



ほむら「……」



まどか「……」




 まどかが落ちてしまわないように。




――まどかが、どこにも行ってしまわないように。



ほむら「……」


まどか「……」



まどか「……」


ほむら「……」


まどか「……」


ほむら「……ねぇ……まどか……」


まどか「……」



ほむら「……どうすれば…ずっと私といてくれる……?」


まどか「……」


ほむら「……どうすれば…あなたのそばにいられるの……?」


まどか「……」



ほむら「……ねぇ……まどかぁ……」




 ……私には、あなたが必要で……。




ほむら「……っ……、…………」




――だから。





 わたしをひとりにしないで。



ほむら「……ぅ……っ」ポロポロ…


まどか「……」


ほむら「……っ………」


まどか「……」



まどか「……ねぇ……」



ほむら「…………?」





まどか「……みんなは……どこなの……?」




ほむら「――――」




まどか「……」



 ……なんでだろう。


 そう言うまどかの顔は、いつもと変わらず、感情に乏しいような顔なのに。


 その瞳には、今にも零れそうなほど涙をたたえてて。


 その顔は、私が見てきたどの表情よりも感情的で。


 まどかの言葉は、失ったものを希い。


 請い、願うようで。



――とても、哀しげだった。



ほむら「……」


まどか「……」


ほむら「…………」


ほむら「……………………」





 そんなまどかを見ていると、どうしようもない痛みが私を苛み。



 どうしようもないいたたまれなさに、身を焼かれる。



――それは私にとってこの上なく辛辣な問いで。


 私は答えられない。


 答えることが、できない。


 だって。



 ただでさえヒビだらけのこの世界が、それで決定的に壊れてしまいそうだから。



ほむら「………………」


まどか「……」



 どうしてこの世界はこんなに無情なのだろう。


 どうして思い通りになってくれないんだろう。



 ……どうしてこの世界には救いがないんだろう。



 私はただ。



 この子が笑っていられるような、そんな幸せな世界を望んだはずなのに。



ほむら「…………っ」


まどか「……」










――
――――
――――――




ザザァ…


ザザァ…





ほむら「……」


まどか「……」






 どれくらいの時間が過ぎただろう。



 気がつけば、二人並んで空を見上げていた.



ほむら「……」



 海から吹いてくる冷たい夜風が、泣き腫らした目にヒリヒリと沁みた。



ほむら「……」


まどか「……」





 私たちは寄り添いながら。



 温めあうように。



 この世界に確かにある互いを確かめ合うように。



 空を見ていた。



ほむら「……」


まどか「……」





 いっそ、このまま世界が終わってしまってもいいと。


 そう思えた。



――
――――
――――――





ザザァ…





「やあ」



ほむら「……」


ほむら「……キュウベぇ」


QB「こんばんは、ほむら」


QB「ちょっといいかな」


ほむら「消えて」


QB「……ずいぶんな言い草だね」


ほむら「今の私にはあなたを相手にできる余裕がないの」


QB「……」


ほむら「……今は……ふたりきりにさせてよ……」


QB「……」


ほむら「……」



QB「……暁美ほむら」


ほむら「……」


QB「もし、もう一度君に祈ることが赦されたとしたら……君は何を願う?」



ほむら「……え?」



QB「暁美ほむら。君ならまどかの因果の新しい器になって、その因果を一身に受け入れることができる」


ほむら「…………」




 何を……言って……。




QB「なに、そう難しく考えなくてもいい」


QB「君が時間軸を移動することによって副次的にまどかに巻き付いた因果の糸を、君が巻き取る……いや、巻き戻すとでも考えてくれればいい」



ほむら「……そんなこと……ここにきてそんな都合のいいこと……できるわけないでしょ……」


QB「出来るんだよ」


ほむら「……」


QB「偏見でものを言うのは頂けないな」


QB「どんな都合のいい事実も、理不尽な現実も。全てはそうあるべくして在るものなんだから」


QB「そうあるなら、甘んじてそう受け入れるしかない。違うかい?」


ほむら「……」



QB「……とまあ最もらしいことは置いておいて。ちゃんと事を筋立てて説明するとだね」


QB「この前は君に、ワルプルギスの夜との相似性から、ワルプルギスの夜は君が魔女になったものと提唱したね?」


ほむら「……えぇ……」


QB「何も話はあれで終わりというわけじゃないんだ」


QB「暁美ほむらはワルプルギスの夜と裏付けがとれたところで、稀有な例として、新たな発見としてはまあそれなりに有益だったとは言えるけどね」


QB「だけどそれはあくまでそれまででしかなくて、だからといって実際問題、宇宙全体のエネルギーとしての観点から見れば何の利益もないだろう?」


QB「本質はその先にあったのさ。君の魔法少女としての本来の、出せ得る限りのポテンシャルを量ることにね」


ほむら「……」



QB「ワルプルギスの夜は、様々な魔女の波動を集めてあそこまで強大な存在となった」


QB「その、他の力を取り込むことができる能力。そして底なしとさえ思える力の許容量」


QB「それが何より肝要で、魅力的で。この上なく理想的だったんだ」


QB「そして極論のようだけど、逆説的に考えればそれらの特性は君の中にも眠っているはずなんだ」


QB「安易にできないとは言わせないよ。端的に言うなら、君は今までやらなかっただけ。そんな必要も機会もなかっただけなんだから」


QB「要するに、君はその眠っている力を認識出来なかったわけだから、その力が確かにあると裏が取れた今ならできるはずだ」



ほむら「…………」


QB「ましてやその対象がまどかなら。……僕が言うのもなんだけど、きっと造作もないことさ」


QB「元は君が時間遡行を重ねることで生じたものなんだからね」


QB「イメージでいうなら、さっき言ったように、今度は逆に因果の糸を巻き取る……巻き戻すとでも考えてみるといい」


ほむら「……簡単に言ってくれるわね……」


QB「当事者じゃないからね。客観的に、でき得るを有り体に言ってるだけだから」




ザザァ…



ザザァ…





ほむら「……」


QB「……」



QB「……僕たちは、まどかが魔法少女になれないと知ってから、今だ眠るその因果の力を引き出せないか研究してきたんだ」


ほむら「……」


QB「まどかは以前より確実に回復してきている」


QB「もしかしたら、また魔法少女に成りうる時が来るかもしれない――そう遠くない未来にでもね」


ほむら「……っ」


QB「でも、来ないかもしれない」


QB「実は因果なんて、その期を失えば、何事もなかったこのように消失してしまうほど儚いものなんだ」


QB「だから、元も子もなくなる前に、遅きに失する前に何とかしたいというのが本当のとこなんだ」


ほむら「……」



QB「君だって現状に満足していないんだろう?」


ほむら「……」


QB「まどかの因果を手中に収めることができたなら、君の望みはなんだって叶う」


QB「再び過去をやり直すことも」


QB「そうでなくとも、今のこのまどかの感情を、記憶を都合よく改竄することだってできる」


ほむら「……」


QB「――ここにきて利害が一致するわけだ。だから……」



QB「どうかお願いするよ、ほむら」



ほむら「…………」


QB「……」



ほむら「……この前は散々生意気言っといて、利用できるとわかったら今度は頼み込んで……。調子いいのよ……」


QB「僕としては事実をありのまま言ったまでで、そんなつもりはなかったんだけど。でもそれが君の気分を害したというのなら謝らせてもらうよ」


ほむら「……まぁ、いいわ……」




――衣装を魔法少女のそれに切り替える。



まどか「……」


ほむら「……まどか」


まどか「……」



 まどかはただ私を見つめている。


 でもあまり穏やかではない空気を察してか、その顔はどこか不安げにも見える。



ほむら「……心配しないで。すぐに済むと思うから……」


まどか「……」



QB「多分、別種の膨大な因果のエネルギーが君に流れ込む影響で、君は一度、本来の――といっても今はほぼ形骸化している、その魔法少女としての能力を喪失するだろう」


QB「要するに、君は人間に戻ってしまうわけだ」


QB「そして君はまどかの因果を受け継いだ少女として、新たに願うことを赦される」


ほむら「……」


QB「――さあ、ほむら。やってごらん」



ほむら「……言われなくても、やってやるわよ……」



左手を、そっとまどかの胸にあてる。


まどか「……」


ほむら「……ちょっと我慢してね……」




 そして。



 壊れた砂時計を反転させた。



ほむら「――――ッッ!!」




 時間操作能力の形骸。


 今や飾りどころか、がらくた同然の割れた砂時計。


 その砂時計の割れた部分を通して何かが流れ込んでくる。


 あまりにも膨大な、何か。




ほむら「……ッ……!」



 砂時計が砂ではない何かで満たされていく。


 それがいっぱいになると、今度はそこを通して体に何かが流れ込んできて――。



ほむら「ッ!! ……かっ…は……」



 意識が激しく揺さぶられて、視界が明滅する。


 内側から何かが溢れてきて、はち切れそうになる。



ほむら「……ぁ……っ……」




やがて世界が眩むほどの白一色に染まって――。



ほむら「――――……はっ……」



 不意に、流れが弱まる。



ほむら「…………」



 砂時計を見ると、割れたガラス部分がみるみるうちに塞がっていく。



――そして、以前と同じような完全な状態に戻ると、流れくる何かもそこで止んだ。



ほむら「…………」


ほむら「……っ」スゥ…


 そこから人心地つく前に、私の魔法少女の衣装があっけなく雲散霧消して、私は元の私服姿に戻った。



ほむら「……」



まどか「……」フラッ…


ほむら「!」




 まどかは気を失ったようで、その場にゆっくりと崩れ込んでいく。


 私はまどかを抱きとめて、その体を優しく横たえる。



QB「……うまくいったようだね」


ほむら「……お陰様でね」


QB「それはよかった。ところで、どうだい? 久しぶりに人間に戻った感想は?」


ほむら「……別に、大して変わらないわ……」



 ただ、人間に戻っただけ。


 そこに何の感慨もない。



QB「……」


ほむら「……」



 キュウベぇは、何やら品評するかのように私を見ている。


 言われるがままにやってやったというのに、何か不満でもあるのだろうか。



QB「……まぁ、こんなものだろう」


ほむら「……」


QB「でも、十分すぎるくらいだ」


ほむら「……」



 何やら引っかかるようなことを口にする。


 ……どうせまたろくでもないことだろう。


 でもここはあえて言及しないでおく。



 それはもう私には関係のないことだから。



――願い事は既に決めてある。



QB「さて」


QB「じゃあ本題に移ろうか」


ほむら「……」



QB「暁美ほむら」


ほむら「……」


QB「数多の世界の運命を束ね、因果の特異点となった君なら、どんな途方もない望みだろうと叶えられるだろう」


ほむら「……そう」


QB「さあ、暁美ほむら――その魂を代価にして、君は何を願う?」



ほむら「……」



ほむら「……私は…………」




ほむら「――――――――」




QB「――なっ……」


ほむら「……」


QB「その祈りは……そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない!」


QB「因果律そのものに対する反逆だ!」


QB「――君は、神にでもなるつもりかい!?」



ほむら「……神様でも何でもいいわ。この際願いが叶うのならば、悪魔だっていい」



――魔法少女が絶望とともに魔女になり果てるというのなら。


 私が魔女になり、私という存在がまどかを不幸にしてしまうのなら。


 そんなものが生まれないような世界に書き換えてしまえばいい。



――そして何より、魔法少女の最後を絶望なんかで終わらせたくない。



 その身を捧げてまで願ったことを、祈ったことを、無駄になんてしたくない。




――希望を持つのが間違いだなんて。そんなの、私は認めない。



QB「……」


ほむら「……」


QB「君は……その願いがどんなものなのかわかっているのかい?」


ほむら「……どうかしらね……」



QB「君は、未来と過去と、全ての時間で永遠に魔女と戦い続けることになる」


QB「そうなれば、君は君というという個体を保てなくなる」


QB「未来永劫に終わりなく、魔女を滅ぼす概念として、この宇宙に固定されてしまうんだ」


QB「――君がこの世界に生きた証も、その記憶も。もう何処にも残されない」


QB「もう誰も君を認識できないし、君もまた、誰にも干渉できない」



QB「――もうまどかに会えなくなってもいいのかい?」



ほむら「っ……」



QB「まどかに忘れられても、君はそれでいいのかい?」



ほむら「…………」




 ……私がいなくたって、あの子は幸せだった。


 まどかを不幸にしたのは――他でもない私だったのだから。






ほむら「……それでも、構わない」


QB「……」



QB「……それでいいんだね」


ほむら「……この期に及んで私を案じてくれるのかしら? しばらく見ないうちにずいぶん人がましくなったものね」


QB「……」


ほむら「……これでいいのよ。これがまどかをこんな目にあわせてしまった私の贖罪」


ほむら「今度こそ、あの子の為にしてあげられる最後の祈り」


ほむら「……さぁ、叶えて頂戴……」



QB「……」









――
――――
――――――



――まどか。




 今度こそは、まどかのために。




 私という存在は、あなたのために。








・・
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・




ほむら「……」


まどか「……」



 この世界の最後の夜。



 この世界には、今はもう私たち二人しか残されていない。
 



ほむら「……」



まどか「……」



 外はまたしても雪模様。


 淡雪がひらひらと舞い降りては、積もることなく消えてゆく。


 雲の切れ間からは大きな蒼い満月が顔を覗かせて、この世界の終わりを見届けているかのようだ。


 最後の世界は、どこか現実味がなく。まるで夢のようで。


 なんだか、切なくて。


 この上なく、綺麗だった。


 
まどか「……」


ほむら「……」




 まどかは相変わらず窓の外を眺めていて。



 私もそばで同じ景色を眺めている。



ほむら「……」



 まどかが幸せになれる未来に、私はいれない。



ほむら「……」




 それでもいい。



 それでまどかが幸せになれるなら――。



ほむら「……」



 ただ、私のことを忘れられてしまうのは悲しい。



ほむら「……」




 ……そうだ。


 ならせめて私からまどかに何かメッセージを残そう。


 ……確か棚の中に、何も書いてない真っ白なノートがあったはずだ。



ほむら「…………あった……」



ほむら(さて……何を書こうかしら……)




 私とまどかの出逢い。


 まどかが私の名前を褒めてくれたこと。


 私の命を助けてくれたこと。



――私と、友達になってくれたこと。




ほむら「……」



 伝えたいことは、たくさんある。



ほむら「……」



 伝えたいことはたくさんあって。


 書き残したいことは山ほどあるのに。



 私が存在したことを明示すると、お人好しなまどかなら何をしでかすかも分からない。



ほむら「…………」




 私に許されることは――。



ほむら「……これくらいならいいんじゃないかしら……」




 ……たった一文ぽっちだけど。


 この無味乾燥な一文が、私が存在した何よりの証明だ。




ほむら「――よし……」



まどか「……」


ほむら「……今まで私のふざけた一人芝居に付き合わせちゃってごめんね……」


ほむら「……まどか…」


まどか「……」


ほむら「……」


まどか「……」


ほむら「……」



まどか「……あなたも……いなくなっちゃうの……?」



ほむら「………………」



ほむら「……いいえ」



ほむら「そもそも私なんていなかったのよ」


まどか「……」


ほむら「……いい? まどか」


ほむら「これは夢」


ほむら「悪い夢だったのよ」


ほむら「……あなたは、私という悪魔が魅せた悪夢にうなされているの」



まどか「……」


ほむら「――でも大丈夫。あなたはもうすぐ目が覚めるわ」


まどか「……」


ほむら「……目が覚めたら、いつもどおりの日常が待っている」


ほむら「学校があって家があって……。家族がいて、友達もいる……」


まどか「……」



ほむら「だから……何も心配することはないのよ……」



まどか「……」


ほむら「……だからね……」



ほむら「……もう……安心しておやすみ……」



まどか「……」


ほむら「……」


まどか「……ぎゅってして…」


ほむら「…………」



まどか「……ねむるまで……あたまをなでて……」


ほむら「……」


ほむら「……うん」



――
――――
――――――





ほむら「……」



まどか「……」



ほむら「……」


まどか「……」


ほむら「……」


まどか「……」



まどか「……ほむら……ちゃん……」



ほむら「………………」




ほむら「……なぁに? まどか……」




まどか「……ほむらちゃんは……泣き虫だね……」



ほむら「……そうなの。私も一人の女の子だから……」



ほむら「……嬉しいことは嬉しいし……楽しいことは楽しいし……悲しいことはかなしくて…………」




ほむら「……それほどに……、あなたが大好きだから……っ」



まどか「…………」


ほむら「……」


まどか「……」


ほむら「……」



まどか「……」


ほむら「……」


まどか「……」



ほむら「……」



まどか「……」



ほむら「……」


ほむら「……おやすみ……まどか」




――元気でね。




 まどか。




 どうか、幸せで。




~~~~~~~~~~
~~~~~~~~
~~~~~~
~~~~
~~









チュンチュン…






「……」




タッタッタ…




ジリリリリリィ…ン







ジリリリリリィ…ン



ジリリリリリィ…ン




まどか「……」




ジリリリリ…カチッ




まどか「……」



まどか「……朝ぁ……?」



まどか「……」




トントン



「ねーちゃーっ!」




まどか「……」



まどか「……おはよう、タツヤ」


タツヤ「ねーちゃ、おこしにきた!」



まどか「……そっか。ありがとね」







――
――――
――――――



まどか「……おはよう、パパ……」

知久「うん、おはよう」

知久「……まどか、すごい寝癖だぞ」

まどか「えっ……そう?」

知久「ああ。悪い夢でも見てうなされたのかい?」

まどか「……えーっと……」



まどか「……覚えてないや……」

知久「そうか」

知久「……とにかく、その『芸術は、爆発だ』とでも言わんばかりのアーティスティックな髪型をなんとかしたほうがいい」

まどか「そんなに!? あわわ……直さなきゃ……」

知久「あ、その前にママを起こしてくれないか」

まどか「さっきタツヤが向かったけど……」

知久「タツヤ一人じゃ苦戦するだろうからねぇ……」

まどか「……それもそうだね」






――
――――
――――――



ゴシゴシ…


ゴシゴシ…



詢子「……最近、どんなよ?」

まどか「仁美ちゃんにまたラブレターが届いたよ。今月になってもう二通目」

詢子「ふん。直にコクるだけの根性もねぇ男はダメだ」

まどか「そうなの?」

詢子「そうさ。で、和子はどう?」

まどか「先生はまだ続いてるみたい。ホームルームでのろけまくりだよ。今週で三ヶ月目だから記録更新だよね」

詢子「さあ、どうだか。今が危なっかしい頃合だよ」

まどか「そうなの?」

詢子「あぁ。本物じゃなかったら大体このへんでボロが出るもんさ」

詢子「まあ乗り切ったら1年はもつだろうけど」

まどか「ふぅん」



詢子「――っし。完成~」

まどか「ん~……」

まどか「リボン、どっちかな?」

詢子「んっ」

まどか「え~……。派手過ぎない?」

詢子「それぐらいでいいのさ。女は外見でナメられたら終わりだよ」

詢子「~♪」

まどか「~~っ」

詢子「ん、いいじゃん」

まどか「そ、そうかな……」

詢子「ひひひ。これならまどかの隠れファンもメロメロだ」

まどか「い、いないよ! そんなの……」

詢子「いると思っておくんだよ~。それがー、美人のヒ・ケ・ツ」

まどか「……」テレテレ



――
――――
――――――





まどか「――いってきまーす!」

知久「いってらっしゃい」

タツヤ「いってらっしゃい~」



――
――――
――――――





まどか「……」モグモグ

まどか「……」

まどか「……ふふ」


――
――――
――――――





タッタッタ…




まどか「……おっはよー」



仁美「――おはようございます」


さやか「まどか、おっそーいっ」


さやか「お? 可愛いリボン」

まどか「そ……そうかな? 派手過ぎない?」

仁美「とても素敵ですわ」


――
――――
――――――



和子「――今日はみなさんに大事なお話があります。心して聞くように」


一同「……」ゴク…ッ


和子「……目玉焼きとは、固焼きですか? それとも半熟ですか?」

和子「はい、中沢君!」

中沢「えっ!? ええっと……。どっ、どっちでもいいんじゃないかと……」

和子「その通り! どっちでもよろしいッ!」

和子「たかが卵の焼き加減なんかで、女の魅力が決まると思ったら大間違いですッ!」バキッ

和子「女子のみなさんは、くれぐれも半熟じゃなきゃ食べられないとか抜かす男とは交際しないようにッ!」

さやか「ダメだったか……」

まどか「ダメだったんだね……」

和子「そして、男子のみなさんは、絶対に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと! 以上!」



和子「――はい、じゃあ今日の時間割ですが、特にこれといった連絡事項もありません」


和子「いつも通りに、移動教室の際は時間に遅れることのないよう余裕をもって行動するように。以上です」

さやか「お、今回は珍しく長引かないね」

まどか「……」

さやか「ん、どうかした? まどか?」

まどか「いや……別に……」



――
――――
――――――




まどか「ん? ……なんだろ、これ……」ゴソ

さやか「な、まさかラブ――」

仁美「ノートですか?」

まどか「うん。……これ、私のじゃない……」

さやか「んー、じゃあ誰かのが紛れ込んだのかね?」

仁美「名前を見れば分かるのでは?」

まどか「そうだね。えっと……」



まどか「……んー……、どこにも書いてない……」

さやか「うーむ……。じゃあ直接中を覗いちゃえっ! 何か分かるかもしれないし」

仁美「そうですわね」

まどか「えっ……でも何か悪いような気も……」

さやか「しょうがないしょうがない。そうでもしなきゃ分からないし」

さやか「……まぁ、好きな人の名前や恥ずかし~ポエムが綴られていた、って場合は素直に謝んなきゃだけど……」

仁美「もしかしたら憎々しく思う人の名前がつらつらと……」

さやか「……物騒なこというね……」

まどか「何だか中を見るのが怖くなっちゃったよ……」

仁美「うふふ。あくまで冗談ですわ。とにかく中を見てみましょう」

さやか「……なんかワクワクしてない?」

仁美「とんでもないですわ」


まどか「……私は普通に勉強用のノートだと思うけど……」

まどか「……じゃあ、開けるね……」

さやか「おう……」

仁美「どきどき」

まどか「……」ゴクッ


ピラッ…



まどか「……何も書いてないや」

さやか「ずこーっ。まさかあんた……このノートやけに新しめだし、新調した自分のノートのこと忘れてただけじゃ……」

仁美「……なきにしもあらず、ですわ……」

まどか「ひどいよ! さすがの私でもそこまで抜けてないよ!」

さやか「あははー。そっかー」


仁美「でも本当に何も書いてないのかしら。……ちょっと失礼」ヒョイ

まどか「あ……」

仁美「……」ペラペラ…

さやか「む……ほうほう……。うひょー!」

まどか「えっ……何か書いてあったの!?」

さやか「いや、何も」

まどか「もー!」

仁美「……」ペラペラ…



仁美「……一応、念のため最後まで見ましたが……特になにもないようですわね」パタン

まどか「そう……? どうしよう……このノート……」


さやか「……ちょい待って。今のノートの最後のページのほう……」ヒョイ

まどか「?」



仁美「……あ、何か書いてますわね。えっと……」

さやか「……うわ」

仁美「……なんでしょう、これは……」

まどか「えっ……なになに、見せて……」


まどか「……」


まどか「……」



『 私のことを、忘れないで。 』



まどか「……」


さやか「……なんか気味悪いね」

仁美「忘れないで、というわりには自身の名前も残してないですわね」

仁美「まぁこれがまどかさんへ宛てたものとも限らないのでしょうけど……」

さやか「……なにか意味があるのかね」


さやか「……どうした、まどか?」



まどか「……」


まどか「……わからない……」



まどか「…………わからない……けど…………っ」




 ……涙が。




まどか「………っ、………」







 涙が、止まらないの。





まどか「――――――――」



・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・











ほむら「……」



――私のことなんて覚えてくれなくていい。




 でも、私がいたことだけは。



 私という"誰か"がいたということだけは、心の片隅にでもいいから、残しておいてほしい。




ほむら「……」カキカキ






 あなたにとって、迷惑な話かもしれないけど。




――私にとって、あなたは最高の友達だから。


 だから――。




 ……これが私の、本当に最後のお願い。




ほむら「……」パタン










ほむら「……」









・・
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・



――
――――
――――――
――――――――
――――――――――





ヒュゥゥ…








マミ「……いいの? 鹿目さん……」


まどか「……」



マミ「魔法少女は決して生易しいものじゃないのよ」


マミ「――魔獣との戦いは常に死と隣り合わせ。ただひとつの願いがために、あなたはそんな世界に身を投じることになるのよ」


まどか「……はい。わかってます」


まどか「でも……それでもいいんです。魔法少女になれば、いつか……」



まどか「いつの日か、大事な人に会えるような。そんな気がするんです」ニコ



マミ「……そう」


マミ「じゃあ、私もこれ以上口を出すべきではないわね……」ニコ


まどか「……」ニッ




まどか「……キュウベぇ」


QB「……」


まどか「……お願い」



QB「――鹿目まどか」


QB「君の願いは、君の平穏な日常を代償にしてまで叶えるに値するものかい?」


まどか「……」


まどか「……うん」


QB「……分かった」


QB「じゃあ、言ってごらん。君のその願いを――」



まどか「……」


まどか「私の……」




まどか「私の願いは――――」











――
――――
――――――
――――――――
――――――――――









まどか「……」








「……」




『私は戦い続ける。



 いつか再び、あの子に会えることを信じて。』










fin

くさくて冗長な拙文にお目通しいただきありがとうございます。
久しぶりに自分の書いたssを見直してたらこれを書き直したくなり、自己満足でやってしまいました…。
せっかくですので映画のスピンオフ風に書きたかったんですけど、何か余計鼻につく感じになってしまいました…すみません。

おつ
続きはないのかね?

なんかもやもやする終わり方だな…
とりあえず乙

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