古の力と四人の戦士 (390)


【1】


これは昔々、精霊と人間が共にいた時代のお話し。


その昔、この世界は多くの精霊の輝きで満ち溢れていました。

木々や草木、一枚の葉っぱ、雨や水のひとしずく。

空に浮かぶ雲、風にも岩にも石にも、精霊はいたのです。


その中でもひときわ輝いていたのが、火・水・土・風の四精霊でした。



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この四精霊は小さな精霊とは違い、とても強い力を持っていました。

自身の名に付く全てを、思いのままに操ることが出来たのです。

四精霊は長い長い間、その力で人間を守ってきたのでした。


日照りが続けば雨を与え。

枯れた土には豊かさを与え。

風は雷雲を掻き消し、炎は獣を遠ざけました。


四精霊力は力を持たない人間のため、ずっとずっと守り続けていました。


人間には、精霊のような力はありません。

精霊のように、永遠に生きることも出来ません。

しかし人間には、精霊にはない強い輝きを持っていました。


ーー困難に立ち向かう勇気

ーー夢や理想、その情熱

ーーそれらを実現させるための努力

ーー未来への希望

ーー愛する心、いたわる心、諦めない心


だからこそ、四精霊は人間を守っていたのかもしれません。


姿を見せなくても、いつも自分達を見守り続けてきた精霊達。

そんな精霊達に、人間はとても感謝していました。

国が興り、繁栄しても、人間は精霊への感謝を忘れることはありませんでした。


ーー四精霊は、そんな人間が大好きでした。


いつまでもいつまでも、この世界で共にいられたら、と。

そんな気持ちを込めて、四精霊は人間に贈り物をします。


ーー精霊石


それは四精霊それぞれが、自分の力を込めて作り出した力の結晶。



その四つの精霊石を、四精霊は四つの国の王に贈ったのです。


火の国には火の精霊石を

水の国には水の精霊石を

土の国には土の精霊石を

風の国には風の精霊石を


いつまでも共にいられるようにと。そんな、希望を込めた贈り物。

その贈り物に人間はとても喜び、いっそう精霊達に感謝し、愛しました。

そして、精霊石によって人間達は更なる発展を築いたのでした。



しかし百年・二百年が経つと、少しずつ忘れてしまいます。

さびしいですが、それも当然のことなのかもしれません。


なぜなら、四精霊が精霊石を渡した時代の人間は、もういないのですから。

こうして、豊かな生活が当たり前となった人間には、感謝の心などなくなっていました。


まるで、最初からそうであったかのように……


それを知った四精霊は、とても悲しみました。




ーー自分達が愛した友人は、あの美しい輝きは、消えてしまった




四精霊は思いました。


自分達を思い出して欲しい。

そこにある精霊の存在を、忘れてないで欲しい。


四精霊は悩んだ末、精霊石から力をなくすことにしました。


支えられて生きているんだよ。

この世界にいるのは、人間だけじゃないんだよ。

自分達も、精霊もここにいるんだよ。


そんな、つらい気持ちだったのかもしれません。


輝きを失った精霊石。

繁栄と共に消えてしまった精霊達。


世界はあっと言う間に輝きを失い、真っ暗闇になってしまいました。

暗闇に包まれた世界で、人間は再び精霊の存在を知ることになりました。


こんなにも恵みを得ていたと、こんなにも与えられていたんだと。

人間は、今までの自分達を恥ずかしく思い、反省しました。

こうして人間は、精霊に謝ろうと決心したのです。


そんな時、ある異変が起きました。

争いのない平和な世界だったはずなのに、なんと、戦争が起きてしまったのです。



始まりは、国同士が責任を押し付けあったこと。

人間を代表して精霊に謝ろうと、そう言っていたはずの四人の王が始まりでした。

彼等によって、起きるはずのない戦争が起きてしまったのです。


四精霊は異変を探るため、世界を飛び回り、その原因を見つけました。

四人の王を変えてしまった存在。

暗闇から生まれ出た新たな存在。


ーー暗闇の妖精


精霊石から輝きが失われ、多くの精霊達が消えた暗闇の世界。

そんな真っ暗闇から生まれたのが、暗闇の妖精です。

暗闇の妖精は人間を争わせ、その心を怒りと憎しみに染め上げたのでした。


四精霊は、自分達の愚かさを嘆きました。

あんなことをせずに、人間から離れていれば良かった。

忘れて欲しくない。

そのために、あんないじわるを、なんと浅はかなことをしてしまったのだろう。


ーーこのままでは愛する友人が、人間がいなくなってしまう


人間は怒りにと憎しみに染まり、終わりのない戦いを続けます。

四精霊が悲しみでいっぱいになっている時、四つの輝きが現れました。


火・水・土・風。

それぞれの国から一つ。それはそれはまばゆい輝きでした。

それはあの時。

精霊石を渡してから、久しく見ていなかった輝き。


それは人間だけが持つ、いのちの輝きです。


四精霊は、そんな四人の若者に希望を与えられたのです。


四精霊は四人の若者のもとへ飛び、人間の戦争を終わらせるための力を与えました。

若者達は戦いを終わらせるため、四精霊と共にいっしょうけんめい戦いました。

四精霊と共に国中に放たれた暗闇の分身を打ち倒し、四人は進みます。


そして遂に、暗闇の妖精との戦いが始まりました。

世界に輝きを取り戻し、再び平和な世界にするために、四精霊と若者達は戦います。


ですが、暗闇の妖精の力はあまりに強力でした。

暗闇に包まれた世界では、妖精が有利。


全てが、妖精の思うまま。


一方の四精霊は、暗闇に閉ざされた世界では思うように力を出せません。

戦いが長引くにつれ、若者達は傷を負っていきます。


からだのない精霊とは違い、人間は傷付けば死んでしまいます。

未来ある若者を、これからを創る彼等を、死なせてはならない

傷付いてゆく若者達を必死に守りながら、四精霊は決心します。


ーー彼等に、力の全てを捧げよう


それは生かすため、暗闇の妖精を倒すための、たった一つの手段でした。

四精霊は若者達に、自分達の持てる全てを授けたのです。





ーー自分達の、いのちとひきかえに





精霊のいのち、願い、希望。

それを受け入れ、人間とも精霊とも違う存在となった若者達。


若者達は諦めることなく、傷付きながらも懸命に戦います。

友人である精霊のために、人間のために、世界のために、戦い続けたのでした。


そして、長い戦いの果て……


若者達は、遂に暗闇の妖精を打ち倒しました。

すると暗闇はたちまちに消え去り、世界には輝きが満ち溢れました。


怒りと憎しみから解き放たれ、人間は、やっと武器を置いたのでした。



輝きは戻りましたが、壊れたものも沢山ありました。

人間も国も自然も、長い戦いの中で沢山傷付いていたのです。


四人の若者は精霊に託された力で、世界を癒やすための旅をしました。

四人の若者は、時間をかけてゆっくりと世界をまわり、その傷を癒していきました。

旅を終えると、四人はそれぞれの国へと戻り、復興を始めます。


その復興の最中。

その優しく気高い人柄が人々の心をうち、四人は皆から愛されるようになりました。


そしてやがて四人は……


火の王・水の王・土の王・風の王と呼ばれるようになったのです。

また後で。


火の国 灯火の里


『大事な話しがある……』ウム

「なんて言うからどんな話しかと思ったら、またその話し?」


爺様「なんじゃカル、つまらんかったか?」

カル「そりゃあ小さい頃は面白かったけどさ、もう何千回も聞いてるから」

爺様「忘れてもらっては困るからの」

カル「ははっ、大丈夫だよ。耳から血が出るくらい聞いたから」


爺様「ところで、カルよ」

カル「どうしたの?」

ごめん、最初からなんだ……



爺様「お前はこの話し、精霊を信じるか」


カル「えっ、うーん。昔はどこにでもいたみたいだけど、今はいないからなぁ」

カル「それに、繁栄をもたらした精霊石なんて物も、今はないし」

爺様「やはり信じられんか」

爺様「大体、無い物を信じられるかと聞くのも可笑しな話しじゃが」


カル「でも、俺は信じたいかな」


爺様「何故じゃ」

カル「だって爺ちゃん、まるで見てきたみたいに話すだろ?」

カル「それに、そんな平和な世界だったら、皆が笑ってて楽しそうだし」


爺様「……そうか、皆の笑顔か。確かに良い世界じゃな」



カル「爺ちゃん、なにかあったの?何か変だよ」

爺様「いんや、何もありゃせんよ。ただ今日は、そんな気分なだけじゃ」

カル「そっか、ならいいけど。あっ、そう言えば」


爺様「なんじゃ?」

カル「今朝来た武芸者さんはどうしたの?随分熱心な人だったらしいけど」

爺様「あまりにしつこい男じゃったから、儂が直々に相手してやった」


カル「え、珍しい。いつもなら兄弟子に押し付けるのに」



爺様「お前は子供達と遊んどったし、儂以外に相手を出来る者もおらんかった」

カル「あの人、そんなに強かったんだ」

爺様「いや、弱い」

カル「えっ?」


爺様「弱いからこそ、他の者には任せられんかった」

カル「それは、どういうこと?」


爺様「強さを求めるあまり、己を見失っておった。ああいう類の輩は危険じゃ」

爺様「力を欲すること、強くなりたいと思うこと、それは良い」

爺様「じゃが、行く先を見失っては本末転倒。あれでは強くなれん」


カル「行き先?」



爺様「うむ。己の求める強さを見失ってはならん」


爺様「誰よりも強く、己を守る、他者を守る、地位名声……」

爺様「強さの先に求める物は、人それぞれじゃ」


カル「(自分の求める強さ。強さの先に求める物……)」


爺様「それを見失い、ただ闇雲に剣を振るっては、いずれ狂う」

カル「く、狂う?」

爺様「なにも大袈裟に言っているわけではない。これは事実なんじゃ」


爺様「目指す場所を見失い、己の剣を振るう意味を忘れれば、それは剣術でも武術でもなくなる」

爺様「最早それは、ただの暴力。力を誇示する為、誰彼構わず牙を剥くじゃろう」



カル「だから、爺ちゃんが相手を?」

爺様「そうじゃ、お前にも弟子達にも戦わせたくはなかった」


カル「……そっか。なあ爺ちゃん、あのさ」

爺様「なんじゃ?」


カル「強いって、何かな」


爺様「ふむ。ならば、お前はどう思う。お前の思う強さとはなんじゃ」

カル「……そんなに深く考えたことなかったから、分からない」



爺様「分からぬなら、今はそれでよい」

カル「でも、今の話し聞いたら

爺様「よいか、カル」


爺様「『それ』を最初から持っている者もおれば、後から見つける者もおる」

カル「………」


爺様「今は分からずとも、お前ならば必ず辿り着く。お前の思う強さにな」

カル「(俺の思う強さか。そもそも、戦うの好きじゃないしなぁ)」


カル「(……まあ、今はいいかな)」



爺様「カル、もうじき晩飯時じゃぞ。山へ行くんじゃろ?」

カル「あっ、そうだった。早く準備しないと」スクッ


爺様「む、また背が伸びたか。肉が足りん気がするが」

カル「そうかな、自分じゃ分からないな」

爺様「つい最近までは、稽古にも付いて来れなかったというのに」


カル「何で寂しそうな顔するんだよ……」

カル「それに爺ちゃんが言うつい最近って、何年も前だろ?」


爺様「儂にしてみれば最近なんじゃ…」



カル「確かにあの頃は稽古後に爆睡してたなぁ……」

カル「疲れて歩けない時は、爺ちゃんがおんぶしてくれてたっけ」


爺様「くっ、ふぐぅ…」ジワッ


カル「えっ、何で涙ぐむの!?」

爺様「孫が成長した喜びと、妙な寂しさが……」プルプル

カル「ば、婆様が夜から雨だとか言ってたし、もう行くよ」


爺様「……そうか。気を付けて行くんじゃぞ」ズビー

カル「な、なるべく早めに帰ってくるから!!じゃあ、行ってきます」


ガララッ…パタン…


爺様「(随分と逞しくなった。もう十七、そろそろ話しても良い頃合いかもしれんな)」

また後で。前は仲間をすぐに出し過ぎた。今回は進むのがちょっと遅かったりすると思う。
結構長くなると思う。厨二。
続きだと思ってた人、ごめん。先に書くべきだった。

話しの進みが遅くなる、だった。



燃え上がる炎に見惚れていたのも束の間。

我に返って爺ちゃんの下へ急ぐ。


あんな炎の側にいたんだ。

生きていたとしても、火傷なんかじゃ済まない。


爺ちゃん、頼むから生きててくれ。

こんな風に別れるのなんて、絶対に嫌だ。

まだ話したいこと、聞きたいことだって沢山あるんだ。


さっきまで、山に出掛けるまでは、いつもの日常だった。

そのはずなのに、何でこんなことになったんだ。


「熱っ…」



あの炎で蒸発した雨。

それが強い熱の籠もった蒸気となって、辺りを包む。

冷えていたはずの身体は、あっと言う間に汗を吹き出した。


氷の次は、炎。


帰って来てみれば、有り得ないことの連続。

里のみんなは氷漬けにされ、もう動かない。

助けることは、出来なかった。


何がどうなって、『こう』なってしまったのかも分からない。



理解出来ること、想像出来ることの範疇を超えてる。

黒い氷なんてもの自体有り得ないけど、この雨の中、あんな炎が立ち上るのも異常だ。

何だか、知ってる世界がひっくり返ったような気分だ。


「カル、そこにおるのか」


強い熱気でくらくらになりながら門を潜ると、爺ちゃんの声が聞こえた。

声から察するに、負傷したような感じはしない。

爺ちゃん、無事だったんだ。本当に、本当に良かった。


もう誰もいなくなったのかと思っていた。

訳の分からない内に、全て失ってしまったと、そう思っていた。



少しずつ視界が晴れ、やっと爺ちゃんの姿が見えた。

安心したのか腰が抜けたけど、爺ちゃんが抱き留めてくれた。


「爺ちゃん、何が起きたの?里の皆が、黒い氷に」

「カル、落ち着くんじゃ。里の皆なら、まだ間に合う」


何を言ってるのか分からなかった。

間に合うとか以前に、あの氷をどうにか出来るとは思えないからだ。


「爺ちゃん、さっきの炎は? あの氷は、一体何なの?」

「それは追々話す。まずは里の皆を助けねばならん」



「で、でも助けるってどうやって?金鎚やなんかでも壊せなかったのに」

「大丈夫じゃ。それより、急ぐぞ」

「わ、分かった」


有無を言わさずに抱き起こされ、里の皆の救助に向かおうとした時、それは聞こえた。

くぐもった唸り声と、何かがひび割れるような音の連続。


雨は相変わらず降り続いているけど、やけに耳に入る音。

振り向くと、幾つもの黒い氷塊があった。


それは鋭利で細長い、槍のような何か。



宙に浮かぶそれは、俺と爺ちゃんに切っ先を向けたまま止まっている。

爺ちゃんは俺を庇うように背に隠すと、氷塊を睨み付けたまま、少しずつ後退。


すると氷塊の奥から何かが現れ、此方に近付いて来た。

それは、人の姿をした化け物。


焼け焦げた身体には何本もの黒い筋が這い、うぞうぞと蠢いている。

服はおろか頭髪も全て焼けて、皮膚も剥がれ落ち、肉が露出している。

重度の火傷なんてもんじゃない、誰が見ても分かるはずだ。


本来なら、人間なら、間違いなく死んでいる。



それなのに、化け物は不気味に笑っていた。手元にも氷塊が浮いている。

もう間違い無い。原因はあいつだ。


あいつが、里の皆を氷漬けにしたんだ。

あの黒く、禍々しく輝く氷を使って、皆を……


「爺ちゃん……」

「カル、よいか。絶対に、儂から離れるな」

「分かった」


化け物がぶつぶつと何かを言っているようだけど、言葉になっていない。

だらりと開いた口から、どろりとした黒い液が、ごぼごぼと溢れ出ているからだ。


ただ、敵意だけは伝わってくる。



何かを言い終えると、頬を引くつかせ、剥き出しの身体を震わせる。

かなり気味が悪い。

あの様子じゃあ、何をしてくるのか分かったもんじゃない。


直後、化け物は右手を勢い良く振り上げ、俺と爺ちゃんに向かって振り下ろす。

その動作と同時、宙に浮かんでいた氷塊、その全てが射出された。


俺は爺ちゃんの背中から動くことも出来ず、ただ立ち尽くすしかない。

旋回。上方、左右から降り注ぐ氷の槍を前に、何も出来ないでいた。

その時、爺ちゃんが何かを呟いた。


「炎よ。今一度、儂に力を」


爺ちゃんが膝を突くと同時に、幾つもの火球が周囲に現れた。

それは、先に見た火柱と同じ輝きを放つ炎。

暗闇を照らす光。


「……焼き尽くせ」


やっとのことで絞り出したような、酷く掠れた声。

火球はその声に、爺ちゃんに命じられるままに、『敵』を焼き払った。

ここまで。今日中に話しを進めたいとは思ってる。



火球が炸裂した後、聞こえるのは雨音だけとなった。

黒い氷を操る化け物からは煙が上がり、肉の焼ける嫌な臭いが辺りに立ち込めた。


また動き出しそうで気味悪かったけど、もう動くことはないだろう。

焼け千切れた四肢が、化け物の周囲に散乱している。

あれで動かれたら…いや、変な想像は止めよう。


それより爺ちゃんが心配だ。


先に見た火柱と火球。

あれは、爺ちゃんが出したと考えて間違い無い。



炎や氷を出したり操ったりする原理は全く分からないけど、きっとそうなんだろう。

問題はその後だ。


あの火球を出した後、爺ちゃんは膝を突いたまま動けずにいる。

大丈夫だとは言ってるものの、相当の疲労が蓄積してるように見えた。


いつまでも化け物の側にいるのも嫌だし、爺ちゃんは里の皆を助けると言う。

そうは言うけど、爺ちゃんは膝を突いたまま、肩で息をしてる。


歯痒そうにしながらも、俺を頼ろうとしないあたりが、爺ちゃんらしい。

何も言わずにしゃがみ、肩を貸そうとしたその時、突然手首を強く握られた。


「儂は、もう動けそうにない」



その言葉に、俺は何も言えなかった。

強くて物知りで、病気の一つもしたことのない爺ちゃん。

弱音なんて以ての外だ。


例え痛かろうが何だろうが、絶対に『こんなこと』は言わない。

諦めるような人じゃない。投げ出すような人じゃない。

そんな人が、初めて口にした言葉。


自分は『もう動けない』と。


爺ちゃんは冗談を言うような人じゃない、これは本気で言っている。

本当に、もう動けないんだ。

手を握る力は一層強くなり、瞳には強い光が宿っている。



「カル、今から話すことを、よく聞くんじゃ」

「っ、嫌だ。聞きたくない!!動けないなんて、そんなこと言うなよ!!」

「……カル」


肩を掴み引寄せ顔を近付けると、爺ちゃんは優しく微笑んだ。

俺はぼろぼろ泣きながら、その顔を見て悟った。

爺ちゃんは、死ぬ。


「カル、分かるな。先程見た通り、儂には力がある」


俺にはもう、返す言葉、止める言葉が、思い浮かばなかった。



涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、何も言えない俺に、爺ちゃんは続けた。


火の精霊の力、命そのものを宿していること。

あの化け物は元々人間で、暗闇の妖精の力、その一欠片を使っていた。

力の源は、胸元に見えた黒い塊。黒水晶であること。


何より重要なのは、これが『兆し』だと言うことだった。

暗闇の妖精が甦り、何かをしようとしている。

昔話しと同じく戦を起こそうとしているのか、目的は分からない。


だけど、確実に復活している。

企みが何であれ、防がなければならない。



世界が闇に包まれる。

そんな最悪の事態だけは、避けなければならない。


仲間を捜し、四精霊の力を以て、暗闇の妖精を打ち倒さねばならない。


小さい頃か聞かされ続けた昔話し。

それは、創作なんかじゃなく、現実に起きた出来事だった。

今、里で起きている事が、それを証明した。


爺ちゃんは、話しの最後に、一つだけ付け加えた。

とても辛そうで悲しそうな顔。


握られた手から、爺ちゃんの想いが伝わってくるようだった。






ーーー頼む







その一言に、全てが詰まっていた。

力を、命を継いで欲しい。

俺にそうしてくれと、そう言っている。

あの爺ちゃんが頭を下げて、やるべき全てを俺に託すと言っている。


「分かった」


迷いは無かった。

誰かがやらなきゃ、この里で起きた事が他の場所でも起きる。

そしていずれ、世界は闇に包まれるんだろう。


そんなのは嫌だ。

誰かが泣くのは見たくない。

誰かが傷付くのも、大事な人を失うのも見たくない。



「カル、済まない。こんな想いは、させたくなかった」

「大丈夫、分かってるよ」

「ふむ、いい面構えじゃ。思っていたよりも随分成長しとる」


「全部、爺ちゃんのお陰だよ」

「出来ることならば、お前の成長をずっと見ていたかった」

「………」


「そろそろ時間じゃ、ゆくぞ」

「なあ、爺ちゃん」

「なんじゃ」


「 ありがとう 」


「……カルよ、気高く、強くあれ。心を曇らせてはならんぞ」



次の瞬間、炎が爺ちゃんの身体を包んだ。

不思議と、熱くはなかった。

俺の手を握り、優しく微笑んだまま、爺ちゃんは炎に溶け、遂には炎そのものになった。


最期を見届け、炎を見る。

覚悟は出来てる。


人間でも精霊でもない存在。

これから俺は、それになるんだろう。


ほんの一瞬、炎が人型になったように見えた。

でも、それを確認する間もなく、炎は渦となり、俺を包んだ。



「ぐっ、うぅ…」


渦を巻きながら、炎は徐々に臍の辺りから入っていく。

炎の力。その奔流が、全身に広がる。

それは、身体がを流れる血が炎に変わってるんじゃないかと思う程に熱い。


こんな凄まじい力が、人間の身体に収まるのかと不安になってきた。

さっきは熱くなかったのに、今は全然違う。

正直、かなりきつい。


見た目通り、内側から焼かれているような感覚だ。

まだ、終わらないのか。


あんまり気にしないようにしてたけど、指先や背中から炎が溢れ出てる。

と言うか、身体が炎に変わり始めてるのかもしれない。



本当に人間じゃなくなるのか?

身体が炎になるなんてことは無い。と思いたい。

いや、爺ちゃんは確かに人間だった。絶対、大丈夫だ。

それにしても、爺ちゃんはこんな力を収めてたのか、本当に凄いな。


「痛っ…」


何とか未知の痛みに耐えている最中、背中に何かが刺さった。

冷たかった気がする。

嫌な予感がして振り向けば、それは立っていた。


先とは違い、随分と人間らしい姿になっている。

蠢いていた蔦みたいな物が全身に広がり、それは鎧のように身体を保護していた。



「そんな姿になってまで、お前は何を手にしたかったんだ」

「……力。そう、強い力だ。貴様もそうなのだろう?」


話せないのを承知で訊ねると、意外なことに答えが返ってきた。

でも、俺はお前とは違う。


俺はそんなことの為に、この力を受け入れたわけじゃない。

無闇に人を傷付けるなんてのは、強い人間がすることじゃない。


……兜の奥で嗤っているのが分かる。

お前は、そんな風に嗤いながら皆を手に掛けたんだな。

何が楽しい、人を傷付けることの、どこが楽しいんだ。


ーーお前の思う強さとはなんじゃ?


今なら答えられる。

俺の思う強さってのは、守る為にある。


笑顔を、優しさを、思い付く限りの全て、それを守る為に、戦う。

ここまで。今日中には無理だと思われる。


「そうか、あの爺は死んだのか。呆気ないものだな」

「お前が来なければ、爺ちゃんは死なずに済んだ」


「小僧、それは違う。爺は、弱いから死んだんだ」

「……違う」

「何?」


「お前が弱いから、爺ちゃんは死んだんだ」


「ふん。何も出来ず、爺の背に隠れていた小僧が何を言う」

「人を傷付けて楽しむ奴に言われたくない。俺が、お前を倒す」


「面白い。やってみろ」



身体を覆う炎は突き出した右足に収束し、螺旋を描く。

蹴りが届いたと同時、激しく回転する炎が黒水晶に叩き込まれる。

強い火花が散り、螺旋の先端が杭となり黒水晶を削る。


奴が勢いを軽減しようと咄嗟に右足を掴みに掛かるが、回転する炎に弾かれ手甲が砕ける。

勢いが落ちかけた時、背中から炎が噴出し、体勢を維持し勢いを増す。


背の炎により更に押し出された蹴り脚は、黒水晶と鎧を粉砕。

奴の身体を突き抜けた。


「終わった……」



振り向けば、上半身は消し飛ばされながら、下半身は残っていた。

下半身だけが突っ立っている。異様で奇妙で、気持ち悪い光景だ。

でもあれは、俺がやったこと。


奴にも、大事な人がいたんだろうか?

少なくとも、家族はいるだろう。


俺は里を襲った化け物を倒した。

守る為に戦った。

それでも、変わらない事実がある。


俺は、人を殺した。


倒したことへの安堵感よりも、後からくる罪悪感が胸に刺さる。

ずしりと重い、鉛を呑み込んだような苦しさだった。


「皆を、助けないと」



俺は、精霊の力と命を継ぐと決めた。

戦うことも覚悟の上だ。

そうと決めたのなら、最期までやり遂げる。


きっと『これも』飲み込まなければならないものなんだろう。

爺ちゃんなら、どんな痛みからも逃げない筈だ。

俺も、そうありたい。


「行こう」


奴の半身が完全に焼失したのを見届け、俺は皆の救助に向かった。


>>>>

里を走り回り、一つ一つ氷を溶かしていく。

何が起きたのかを説明する間もなく、次々と解放していく。

誰が何処にいるのか分からず立ち止まった時、男衆の声がした。


ーーこっちにいる


休んでくれと言ったのに、皆はあちこちに点在する氷を探してくれていたのだ。

夕飯時、まだ出歩く人もいる中での事件。家にいる人よりも、外にいる人の方が多い。


それを、皆が手分けして捜してくれていたのだった。

寒くて寒くて仕方ないのに、皆が皆の為に行動している。



気味悪がられるかと思った炎については、何も言われなかった。

ただただ黙って、氷を溶かす俺を見守るだけ。

皆のお陰で、救助は短時間で終わった。


死んだのは、爺ちゃん一人。

皆が生きていたことを喜ぶ反面、失ったということを実感した。

でも、皆が無事で本当に良かった。

救助を終え、家の門前で腰を下ろし空を見る。


「雨、止んでたのか」


気付かない内に、雨が止んでいた。

里中を駆けずり回ってる間に、止んでいたんだろうか?


雲間から覗く沈みかけた夕陽と、蝉の鳴き声を聞いた時、現実に戻ってきたような気がした。

俺は事の次第を伝えようと立ち上がる。

すると座っていた場所に、ちょっとした血溜まりが出来ていた。


「あ、すっかり忘れ…」フラッ


俺の意識は、そこで途切れた。

ここまで。次から話しが進むと思う。
後、戦闘書くのが本当に下手だと思いました。


【2】

目を覚ますと布団の中にいた。

誰が運んでくれたんだろう?

後で、ちゃんとお礼言わないとな。


「っ…」


上体を起こそうとした時、身体中に痛みが走った。声も出ないくらいだ。

戦ってる最中は気にならなかったけど、随分やられたんだな。


炎や氷を操るなんていう、普通じゃ考えられない戦闘。

しかも、相手は人を捨てた化け物だ。滅茶苦茶もいいとこだよ全く。


カル「っていうか此処は…」

婆様「やっと起きよったか」ズイッ


カル「ヒッ!?」



婆様「なんじゃ、人の顔見て悲鳴上げるとは失礼な奴じゃな」

カル「目の前にいきなり婆様の顔があったら、そりゃあびっくりするよ!!」

婆様「ほほっ、思ったより元気そうじゃな。具合はどうじゃ?」


カル「あちこち痛いよ。少し動くだけでびりびりする」

婆様「……そうか、運ばれてきた時は血塗れだったからの」


婆様「てっきり、死体かと思ったわ」ニヤッ


カル「死体って……」

カル「まあいいや。ところで、誰が運んでくれたの?」



婆様「誰かは分からんが、運んだのは男衆じゃ」

カル「そりゃそうだろうけど……」


カル「ん? 家の周りには誰もいなかったはずだけどな」

婆様「見つけたのは、お主を慕っとる子供等じゃ」


カル「えっ?」


婆様「寝てろと言っても聞く耳を持たず」

婆様「『兄様を捜しに行く』と言って飛び出して行きおった」



カル「(そうだったのか……)」


婆様「出てったかと思うたら、すぐに帰ってきた」

婆様「今後は、お主が死んだとか言ってわんわん泣いとったわ」

カル「だから死体だとか言ってたのか」


カル「実際は気を失っただけだったんだけどな」

婆様「子供等にはそう見えたんじゃろ。血塗れじゃったからの」


カル「う、何だか悪いことしちゃったな……」



婆様「そう思うなら、早く元気な姿を見せてやれ」

婆様「何せ、四日も寝とったんじゃからの」


カル「四日!?俺、そんなに寝てたの!?」


婆様「手当てもせず、血を流したまま里中を走り回ればそうなるわい」ハァ

カル「あの時はそんなことしてる暇なかったし、仕方ないだろ」


婆様「ほほっ、分かっとる分かっとる」

婆様「皆から大体の事情は聞いた。皆、お主に感謝しておるよ」


カル「…っ、いいよ。みんな、無事だったんだし」ニコッ



婆様「カルよ、無理に笑わんでええ」

カル「………」


婆様「やはり、爺様は亡くなられたんじゃな」

カル「うん。里を襲った奴と戦って、俺に力を託して……」


婆様「そうか、託されたか」

カル「……婆様は、爺ちゃんのこと知ってたの?」


婆様「古より伝わる伝承。火を司る精霊」

カル「!!」


婆様「いずれは直接話すつもりだと、そう言っとったよ」



カル「婆様」


婆様「なんじゃ?」

カル「力を託された時、爺ちゃんに『頼む』って、そう言われたんだ」

婆様「……そうか」


カル「だから俺、これから旅に出る」

婆様「それは何故に」


カル「あの氷は、暗闇の妖精の一欠片。爺ちゃんはそう言った」

カル「俺は企みを防ぎ、仲間と共に妖精を討つ」


カル「その為に、旅に出る」



婆様「(爺様とどんなやり取りがあったのかは分からん)」

婆様「(しかし、確かに受け継いだんじゃろう。目の色が、爺様と重なる)」


カル「婆様?」


婆様「旅に出るのは分かった。じゃが、まずは傷を癒せ」

婆様「爺様の葬儀も、まだ終わっとらん」

カル「……うん、分かってる」


婆様「今は休むがええ。葬儀の準備はしておく」

カル「ありがとう」

婆様「うむ、ところでカルよ」


カル「なに?」



婆様「儂が言わずとも分かっとるじゃろうが……」

カル「??」


婆様「爺様は、お主を愛しとった」

婆様「何よりも大事な宝じゃと、そう言っとったよ」


カル「……そっか、それが聞けただけでも、嬉しいよ」

婆様「葬儀は爺様の家で行う。勿論、お主の傷が癒えた後でな」

カル「うん、分かった」


婆様「無理に動くでないぞ? ではな…」

カララッ…パタン…

カル「………」


ーー気高く、強くあれ、心を曇らせてはならんぞ


カル「爺ちゃん、約束する」

カル「俺、強くなるよ。絶対、強くなるから……」

ここまで。

続きは明日にする。
こんな感じで書き方ころころ変わると思う。許して。


>>>

婆様がこの部屋を出てから、数時間が経つ。

俺は葬儀の準備が終わるまでの間、婆様の家に厄介になることになった。


布団に横になったまま、何度か眠ろうとはしたけど、眠れない。


暗闇の妖精、精霊の力、黒水晶、氷の化け物。

氷りに閉じ込められた皆の姿。

今考えればぞっとするような命のやり取り。


全て鮮明に思い出せる。



何より強く焼き付いているのは、爺ちゃんの最期。

死を間近にしながらも、怯えや諦めの色はなく、俺に勇気を与えてくれた。

だからこそ、躊躇うことなく受け入れることが出来たんだと思う。


「もう、いないんだよな……」


こうしていると、爺ちゃんとの日々、小さい頃の思い出が溢れてくる。

あの大きな背中、優しく撫でてくれた手、温かさを、もう感じることはない。


もう二度と、会うことは出来ない。



俺は、ちゃんと爺ちゃんに伝えられたのかな?

もっと、何かしておけば良かった。

色々、話したかったな。


「はぁ…」


色んな出来事がぐるぐると頭の中を回って、また始まりに戻る。

別のことを考えようとしても、気付かぬ内に同じ場所に立っている。



婆様に傷を癒せ、無理に動くなと言われたけど、今は外に出たくて堪らない。

とにかく、頭を空にしたかった。


痛くて仕方がなかった身体も、今ではすっかり痛みが引いている。

これも精霊の力の影響なんだろうか?


何て考え始めると、また堂々巡りだ。

外に出ようかと悩んでいる内に、いつの間にか昼近くになっていた。


婆様の家も、里も静かだ。



天気が良いのに、子供達の笑い声も、談笑する声も、何も聞こえない。

蝉の声だけが、里に響いている。


「皆、どうしてるんだろう」


俺が寝ている間も、ずっとこうだったんだろうか?

でも、仕方無いのかもしれない。

あの事件は、それくらいの爪痕を残したのだから。


幸い、皆が生きている。それは、凄く嬉しい。

だけど、大小関係なしに、何かしらの傷を負ったのは間違いないだろう。



「……理不尽だ」


傷付く筈のない人が傷付いて、死ぬ筈のない人が死ぬ。

そんなのは、絶対に間違ってる。


もう二度とあんな光景は見たくない。あんな想いはしたくない。

誰もが笑って、平穏な日々を過ごしていた。


それを、奴が壊した。

自分の力を誇示する為、ただそれだけの為に、皆を傷付けたんだ。


もうあんな想いはしたくない。

だから、戦うと決めた。


殴るのも殴られるのも嫌いだ。力で解決するなんてのも嫌だ。

でも、『これ』でしか解決出来ないのなら、やるしかない。


それが、どんな痛みを伴う事だとしても……



>>>>


「寝てたのか……」


どんな考え事も、行き過ぎれば眠気を誘うみたいだ。

婆様、もう帰って来てるのかな。


もう問題無く動ける、止まってると考え事ばかりで駄目だ。

うじうじしてても仕方ない。葬式の準備、俺も手伝わないと……

皆だってまだ万全じゃないだろうし、倒れたりしたら大変だ。


「よし、行くか」


と、身体中に巻かれた包帯を取って着替えようとした時、婆様が入ってきた。

暑い中で作業していた所為か、随分疲れている。


里の皆や、俺の看病もしていたんだ。休んでる暇なんてなかったに違いない。

また後で。
沢山レスついた、やったー嬉しいなー。と思ったらこれだよ。

蔑まれてもいいから聞くけども見てる人いる?大丈夫?



婆様「なんじゃ、起きとったのか」


カル「ううん、今起きたところだよ」

カル「それより大丈夫? 婆様、疲れてるんじゃ……」


婆様「ちょいと疲れたが大丈夫じゃ」

婆様「それにの、何かしとらんと落ち着かんのじゃ」

カル「婆様……」


婆様「じゃから、心配するな」ニコッ



カル「疲れたら、休んでくれ。婆様にまで倒れられたら、俺…」


婆様「大丈夫じゃ」

カル「え?」


婆様「儂は倒れたりせんよ。大丈夫じゃ」

カル「ははっ、そっか『大丈夫』か。なら、大丈夫だ」

婆様「うむ。それより起き上がって平気なのかえ?」


カル「いやっ、それがさ。すっかり良くなったんだよ」



カル「やっぱり、これも精霊の力のお陰なのかな」

婆様「そう考えるのが妥当じゃろうな」


カル「人間でも精霊でもない存在か。俺、どうなったんだろ」

婆様「不安か?」


カル「いや、その辺は考え過ぎたから。もうどうでも良くなった」

カル「自分で決めたことだし、なっちゃったものは仕方ないし」ニコッ


婆様「ほほっ、そうかそうか。良い顔しとるわ」



婆様「じゃがな、治りが早くなったとは言え、傷を負う事に馴れてはいかんぞ?」

婆様「お主は人の心を持っとる」

カル「………」


婆様「如何に身体が変わろうと、お主は人間なんじゃ。それを忘れるでないぞ」


カル「!! そっか、そうだよな」

婆様「分かればええ。ところでカルよ」

カル「ん?」


婆様「腹、減っとらんか?」



カル「そういや何も食べてなかったな。ずっと寝てたし」

カル「……そう言われると、急に腹が」グー


婆様「ほほっ、そうか。ならば、今から用意しよう」

カル「ありがとう」


婆様「普通の食事は出来んじゃろうから、粥と味噌汁で我慢せい」

カル「はい、お願いします」


婆様「少し待っと……あ、そうじゃった」



カル「どうしたの?」


婆様「これ渡すのを忘れとった」スッ

カル「これは、えーっと…」


婆様「子供等が作ったもんで、旅の御守りだそうじゃ」

カル「!! そっか、嬉しいな。絶対大事にするよ」ギュッ


婆様「初めは会いたい会いたいと騒いだんじゃが……」

婆様「兄様は血ぃ流して寝とると言うたら一発じゃった」ニヤ


カル「(なんてことを……早く顔見せよう)」



婆様「それと、急かすようで悪いんじゃが……」

カル「準備、出来たんだね」

婆様「うむ」


カル「なら、明日にするよ。俺も、もう大丈夫だから」

婆様「そうか、ならば皆にそう伝えよう」


カル「婆様、色々してくれて、本当にありがとう」

婆様「礼には及ばんよ。では、飯の支度をしてくる」


カララ…パタン…


カル「……皆、ありがとう」ギュッ

ここまで……


>>>>

婆様の家に向かう途中、子供達と出会った。

この様子だと、俺が通るのを待っていたのかもしれない。


「兄ちゃん、いつ旅に出るの」


傷の癒えた姿を見て安心したのも束の間、不安と寂しさに満ちた顔。

この子達にとって、自分がどういう存在なのか、はっきりとは分からない。


でも、俺を想ってくれている。

あれだけ恐ろしい想いをしたにも拘わらず、俺を心配して、御守りまで作ってくれた。



そして今も、俺の為に……

中々答えられずにいると、一人が「行かないで」と泣き出した。

それに釣られるように、一人また一人と泣き出し、腰にしがみついたまま離れない。


「大丈夫、必ず帰ってくる。約束だ」


ぎゅっと抱きしめながら伝えると、顔を服に押し付けたまま、こくりと頷いた。


「……それと、明日、この里を発つよ」


この言葉を聞いて、びくりと小さい体を震わせたけれど、誰一人、何も言わなかった。



ただ抱き締める力は強く、涙の温かさが直に伝わってくる。

一人一人の頭を撫でていると、気付かない内に、俺も涙していた。


何故、明日旅立つと決めたのかが分かった気がする。

寧ろ今すぐに旅立ってもいい。


分かってはいたけど、それほどに去り難い。

この里には、大事なものが詰まってる。


「もう行くよ。お前達も帰った方がいい」
「父さん母さんが心配してるだろうから。な?」


しばらく力は緩まなかった。

俺ももう少しだけこうしていたいけど、そうもいかない。



ゆっくりと一つ一つ、手を解いていく、抵抗は一切なかった。

子供達はただ俯いて、在処を失った手は、だらりとさがったまま揺れている。


「この御守り、絶対大事にするから。帰ったら、また遊ぼうな」


無理矢理に大声を出して宣言すると、子供達は一斉に顔を上げた。

目にはまだ涙が溜まっているけど、みるみる内に表情が変わっていく。


すると離した筈の手が、再び俺を包んだ。

子供達は、もう一度服に顔をうずめた後で「うん」と、大きな声で応えてくれた。


満面の、弾けるような笑みと共に。


>>>>

カル「ふぅ…疲れた」

婆様「遅かったの」


カル「ごめん婆様。子供達と話してたんだ」

婆様「ほう、どうじゃった? やはり泣いておったか?」


カル「いや、笑ってくれたよ。何だか貰ってばかりだな、俺」

婆様「何を言うか。お主がおったからこそ、子供等は笑えたんじゃ」


婆様「儂も皆も、生きておるから感謝を伝えられる」

婆様「貰っておるのは、儂等も同じなんじゃよ」

カル「!!」


カル「……そっか、うん。ありがとう」



婆様「しかし意外じゃな」

カル「何が?」


婆様「てっきり、泣いてばかりじゃと思っとったからの」

カル「約束してきたんだ。必ず帰ってくるって……」

カル「帰ってきたら、また遊ぼうって、約束してきた」


婆様「ほう、約束か。ならば、儂とも一つ約束してくれんか」

カル「うん、なに?」



婆様「死ぬな。生きて、この里に帰ってこい」

婆様「棺桶なんぞで帰ってきたら、儂は許さんからな」


カル「(婆様、泣いて…)」


カル「分かった。必ず、生きてこの里に帰ってくる」

婆様「今の言葉、忘れるでないぞ?」


カル「大丈夫。絶対、大丈夫だよ」ニコッ

婆様「ほほっ、うむ。ならええんじゃ」



カル「ところで、渡したい物っていうのは?」

婆様「そうじゃったそうじゃった。危うく忘れるとこじゃったわ」


婆様「では、ちょいと付いて来い」

カル「あ、うん」


スタスタ…


カル「蔵?」

婆様「渡したいもんは、この蔵の中にある」


カチャッ…ギイィィ…



カル「(古い蔵だけど、中は綺麗だ。婆様が掃除してるんだろうな)」


婆様「確か、この箪笥じゃったな。おお、これじゃこれじゃ」

カル「それは、着物?」


婆様「若い頃に儂が仕立てたもんじゃ、これをお主にやる」

カル「その、普段見る物より随分派手だね」


婆様「あやつは、派手好きじゃったからの」ポツリ

カル「??」



婆様「白地に赤の刺繍、炎を模したもんじゃ」

婆様「お主にぴったりじゃろ?」


カル「あ、ありがとう。でも、何で蔵に?」

婆様「これは売りもんじゃあないからの」

カル「え?」


婆様「これは元々、あやつの為に作った着物」

婆様「渡す相手は、お主の爺様じゃった」


カル「えぇっ!?」



婆様「受け取っては、貰えんかったがの」


カル「え、そんな。なんで

婆様「ほほっ、色々あったんじゃよ。色々、な……」


カル「(爺ちゃんと婆様の若い頃かぁ……気になるな)」

婆様「用は済んだ。屋敷に戻るぞ?」

カル「………」


婆様「ほれ、どうした。行くぞえ」

カル「あ、うん」


スタスタ…


カル「(まあ、今はいいか。旅から帰ってきたら、沢山聞こう)」


>>>>

婆様、大丈夫かな。


蔵から屋敷に戻ると、夕飯をご馳走になって、その後に着物を着せられた。

少し手直しが必要なようで、婆様自らやるみたいだ。


少しと言っても夜通し掛かるようだ。

現役の職人さんに任せるのかと思ったけど、婆様はそうしなかった。


あの着物だけは、誰にも任せるわけにはいかないらしい。



もう何日も休んでない。

なのに、誰に何を言われても、絶対に譲らなかった。


爺ちゃんと婆様。

一体、どんな関係だったんだろう?


凄く聞きたいけど、聞いちゃいけない気もする。

もう亡くなったけど、婆様には旦那さんがいたし、娘さんもいる。


「うーん」


爺ちゃんの若い頃を知ってるのは婆様くらいだろうし、色々知ってるんだろうけど……



この里がまだ盗賊のいいなりだった頃、爺ちゃんが現れた。

自分達の生活だってままならないのだから、当然泊てくれる人なんていない筈だ。


婆様は、そんな苦しい時期なのに、爺ちゃんを泊めてあげた。

そしてその恩返しとして、爺ちゃんは盗賊を退治した。


「……全っ然、分からん。もう寝よう」


明日は早い。

それに、あんまり勘ぐったりするのも良くない。

誰にだって、話したくないことはあるだろうし。

というか俺、明日旅立つんだ……


明日の今頃、俺は何処にいて、何をしてるんだろう。

ここまで。これでようやく旅立てる。遅くてすまん。


>>>


「あー、失敗した。金になるのは馬くらいかぁ」


何故、こんな事になってしまったのだろう。

俺が予想していた旅と違う。

思い描いていた旅立ちは、こんなんじゃなかった。


もっと清々しく、心躍るようなそんな旅が始まる。

そんな事を思っていたけど、そんな風にはならなかった。


「他には何かねーの」

「ないです……」



大きな溜め息と、失望したような、冷たい視線が突き刺さる。

一体、俺に何を期待していたのか聞きたいけど、気が荒い人みたいだから止めておこう。


「オイ、何見てんだよ」

「いえ何も、何も見てないです」


「……チッ」

「えっ? ちょっ、痛い痛い!! 石投げるのは止めて!!」


何故、こうなったのか。

長くなりそうな気もするし、とても短いような気もする。



ーー早朝、婆様に着物を渡され、爺ちゃんの剣を腰に差し、旅支度を済ませた。


俺は一度自分の家に戻り、仏壇に手を合わせ、再び婆様の家へ。

旅に出ている間は、婆様が家の管理をすると言ってくれた。


婆様と屋敷の人達、駆け付けてくれた兄弟子、子供達に挨拶をして、俺は里を出発。

天気も良いし、風も心地良い。


途中で婆様が作ってくれたおにぎり食べたりして、休憩しながら進む。

そして昼頃、里から一番近い村に到着した。



一番近いとは言っても、他の町や村に比べればの話しで、結構な時間が掛かった。

徒歩で旅を続けるのは、かなり厳しい。


何しろ暑いし、移動に時間を掛けてはいられない。

里の馬は先の事件の傷が癒えていなかった為、まずは馬を手に入れなければならなかった。


そこで、以前爺ちゃんと馬を買いに来た時にお世話になった馬飼いを頼った。

伯楽と呼ばれる人で、里の馬は殆ど伯楽さんから買ったものだ。



早速訪ねてみると、何か騒がしい。

どうやら馬が暴れ出したようで、数人掛かりで抑えているようだ。


尋常ではない騒ぎだったので駆け付けてみると、白馬が暴れていた。

里の馬と比べて、かなり大きく、力強く美しい姿。


決して里の馬が劣っているわけじゃない、あの馬が大き過ぎる。

何か手伝おうかと走り出した筈なのに、俺は立ち尽くしていた。


その姿に、目を奪われたんだと思う。



きっとあの馬は、人の造った檻の中では生きられないだろう。

手に負えないのなら、逃がした方が懸命かもしれない。

それに、あれ以上縛り付けるのは危険だ。


馬の体力は全く衰えていない、抑えている人の方が疲弊している。

あのままじゃ、死人が出てもおかしくない。


「危ない、もう離した方がいい」


そう叫び再び駆け出そうとした時、馬の動きがぴたりと止まった。

伯楽さん達も限界だったのか、その場にへたり込んでしまった。



怪我人が出ずに良かったと、伯楽さんに近付こうとした時、視線を感じた。

馬が、俺を見ていた。


威圧的ではないにしろ、射抜くような、鋭く強い眼光。

まるで、心を見透かされているような感じがした。


動物は人の心を見抜くと言うけど、この馬がそうなのかもしれない。

俺は目を逸らさず、暫く見つめ合った。


その時、へたり込んでいた伯楽さんが、腰に下げた袋から棒状の何かを取り出した。

それを馬に突き刺そうと腕を伸ばした時、馬が高く跳んだ。



危険を察知して跳んだんだろうけど、目の前には柵がある。

あの馬と言えど、飛び越えられる高さじゃない。


しかし馬は前脚を突き出し前脚を柵に掛けると、直後に身を翻し、後ろ脚で柵を蹴り壊した。

伯楽さんは、一連の動作に呆気にとられている。


規格外の体でありながら身のこなしは軽やかで、柔らかい。

前脚で壊せたのに、壊さなかった。折れた柵に突き刺さるのを避けたんだ。


頭が良いのか、危険察知能力がかなり高いのかもしれない。

まあ、どっちにしろ凄いんだけど。



そんな凄い馬が、柵を抜け、俺に近付いてきた。

それも、伯楽さんを睨み付け、ちゃんと釘を刺した後で、だ。


ここまで賢いと何だか怖いな、なんて思っている内に、目の前にやってきた。

馬は立ち止まり、逃げる気配も暴れる気配もない。


何故か、自然と額に手が伸びた。


額をから鼻にかけて、ゆっくりと撫でる。馬に動きはない。

先の暴れようが嘘のように、とても落ち着いている。



額には、三日月型の模様があった。

毛の色が違うわけじゃなく、どうやら傷痕のようだ。


子供の頃に傷を負わされたのだろうか、人にやられたのだろうか。

だとしたら、無意識に手を出した時、噛まれなかっただけ幸運だ。


ついさっきまで殺気立っていた目が、今は優しく、温かい。

暫く額を撫でていると、俺の右肩に頭を預けてきた。


意外な行動にかなり驚いたけど、そっと手を回し、頭を撫でながら「逃げた方がいい」と呟いた。


しかし、馬に逃げ出す様子は一切ない。懐かれたのは嬉しいけど、どうしよう。

さてどうしたものかと考えていると、馬の横から人が現れた。


「よぉ坊主、久し振りだな」



声を掛けてきたのは、伯楽さんだった。

伯楽さんは丸腰である事を馬に示し、挨拶もそこそこに語り出した。


つい先日、運良く捕らえることは出来たものの、調教は上手く行かない。

雌馬故に、せめて子をと雄馬を近付けてみたが、一切の興味を示さない。

そして今日、抱えた負担が爆発したように暴れ出したのだという。


一度眠らせてから野に変えそうと薬を打とうとしたが、押さえつけるだけで精一杯。

しかし、何故か急に大人しくなり、馬の視線の先を見ると、俺がいた。


この隙を突いて薬を打とうとしたが、それすらも失敗してしまったのだ。



悔しがる風もなく「助かった」とだけ言うと、地面に腰を下ろした。

馬は、相変わらず大人しい。

その様子を見た伯楽さんは、嬉しそうに笑うと


「その馬は、俺にゃ無理だ」
「そいつにゃ、頭ん中を見透かす力があんだよ」


と、妙に清々しく告げた。

こんな名馬、一生に一度出逢えるかどうかだろう。


それなのに、とてもすっきりとした顔をしていた。

また後で。中々進まないもんだなぁ。


>>>>

カル「あの、凄く嬉しいんですけど本当にいいんですか?」

カル「こんな凄い馬、しかも鞍の代金だけでいいなんて」

伯楽「いいんだよ。そいつぁ、お前ぇに惚れたのさ」


伯楽「それにお前ぇ、夢物語みてぇな旅すんだろ?」

カル「夢物語? ま、まあ、そうですね」


伯楽「だったら、そんぐれぇの馬じゃねぇと格好がつかねぇだろうよ」

カル「そう、なのかな?」



伯楽「そらそうよ!! 何しろ、手から火ぃ出したり水出したりすんだろ?」


カル「信じてくれるんですか」

伯楽「そら目の前で火ぃ出されりゃ信じる他ねぇだろ」


カル「(なんて言うか、この人も凄いよな)」


伯楽「しっかし、爺様が死んだってのは驚いた」

伯楽「殺しても死なねぇような爺だったのによぉ」ズビー


カル「伯楽さん……」



伯楽「なあ、カルよぉ」

カル「??」


伯楽「爺様ぁ、笑って逝ったんだろ?」

カル「……はい」


伯楽「ならよ、お前ぇも目一杯笑え」

カル「!!」

伯楽「いいか?男はうじうじしちゃあならねぇんだ」


伯楽「自信持って、強がって、胸張って生きなきゃ駄目なんだよ」グシグシ



カル「(伯楽さん、爺ちゃんと仲良かったもんな……)」


カル「分かりました。じゃあ俺、行って来ます」

伯楽「おい待て」

カル「??」


伯楽「死ぬんじゃねぇぞ、何があっても、絶対に諦めんじゃねぇぞ?」

伯楽「いいな?」ニコッ


カル「はいっ!! じゃあ、行って来ます!!」ニコッ


ガガガッ…ガガガッ…


伯楽「あの小せえガキが、もうすっかり男の顔だ」ウルッ

伯楽「…ったく、俺も歳だなぁ」ズビー



それから、白月と名付けた白馬を走らせ、篝火の町を目指した。

それにしても、本当に見た目に違わぬ馬だな。

凄い速度で、どんどん景色が流れていく。


これなら今日中に都に行けるんじゃないかと思う程だ。

何を以て俺を選んだのか分からないけど、この馬に見合う男にならないとな。


なんて事を考えながらいると、前方にうずくまっている人がいた。

暑さにやられたのか、具合が悪いのか分からないけど、どちらにしても危険だ。


念の為、白月から降りて近付くと、女の人だった。



随分露出の多い服を来てる。

最近の女の人って、皆こうなのかな?里にはいない感じの人だ。


事情を聞けば、やはり暑さにやられたらしい。

気怠げで、顔色も悪い。

下手な処置は出来ないし、これじゃあどうしようもない。


とにかく、早めに医者に連れて行って診せた方がいいだろう。

取り敢えず水筒を出して渡そうとした時、袋のような物を投げつけられた。



そして……


「オイ」

「何ですか」


「本当に、本っ当に、これだけなのか?」

「本当に、本当にそれだけです。本当です」


「……ちっくしょー!! しくじったぁー!!」

「ちょっと待っ、痛いっ痛いからやめてっ!!」


目を覚ますと、洞窟にいた。

現在、縄に縛れられていて身動きも出来ないまま、小石を投げられている。

でも、小石を選んでるあたり、本当は優しい人なのかもしれない。

今日はここまで。少しは進んだかな……

この感じだと前より長くなりそうだけど、ご容赦を。


>>>>

カル「一つ質問が」

女盗賊「……どーぞ」


カル「何でこんな事を?」

女盗賊「はぁ?」


カル「いや、何でこんな危ないことするのかなって」

女盗賊「……そんなの、金が欲しいからに決まってんだろ」

カル「ふーん」


女盗賊「なに? 馬鹿にしてんの?」イラッ



カル「そういうわけじゃなくて、何か事情があるのかな、と思って」

カル「そんなに悪い人には見えないし」


女盗賊「(何だコイツ、調子狂うな)」


カル「それより大丈夫?随分苦しそうだったけど」

女盗賊「あのさぁ…」

カル「ん?」


女盗賊「あんなの、演技に決まってんだろ」



カル「えっ? でも、まだ顔は気怠そうな感じが」

女盗賊「元からこうなんだよ!!」ヒュッ


カル「うわっ」ヒョイ

女盗賊「避けんな!!」


カル「いやいや、今のは避けなきゃ駄目な感じの石でしょ!?」

女盗賊「あー、アンタと話してると疲れるわ」


カル「……子供達には、懐かれるんだけどな」ボソッ



女盗賊「なに? それは私が子供っぽいって言ってんの?」

カル「ははっ」


女盗賊「……」スチャッ

カル「ごめん。本当にごめん」

女盗賊「チッ」


カル「(気の短い人だなぁ)」

女盗賊「………」ストン


カル「??」



女盗賊「…………」

カル「…………」

女盗賊「…………」


カル「(仲間でも待ってるのか?)」


女盗賊「オイ」

カル「なに?」

女盗賊「馬」


カル「は?」



女盗賊「あの馬、何とかしろ」

カル「何とかしろって?」


女盗賊「あの馬が入り口塞いでんだよ!!」


カル「あぁ、だから出な…出れなかったんだ」

女盗賊「うっせーな!! つーか、あの馬怖いんだよ!!」


カル「そう? 白月は優しいと思うけどな」

女盗賊「はぁ!? 石蹴り砕いたり、威嚇が半端じゃないんだよ!!」


女盗賊「馬に謝ったのなんて人生初だわ!!」



カル「謝ったんだ」

女盗賊「……縄、解いてやるから早くしろ」

カル「あ、ちょっと待って」


女盗賊「何だよ」

カル「すぐ終わるから」

女盗賊「??」


ジュッ…


カル「……よし、出来た」

女盗賊「縄が、消えた?アンタ、手品師かなんか?」



カル「手品っていうか……まあ、うん。そんな感じ」

女盗賊「ふーん」


カル「(一点に集中して炎を出せばいいのか。後は、出す場所を強く意識する)」


女盗賊「ちょっと、早くしてよ」

カル「(これじゃあ、どっちが被害に遭ったのか分からないな)」

女盗賊「聞いてんの?」

カル「はいはい」


ザッザッザ


女盗賊「(外に出たら、眠らせて逃げてやる)」ニヤ



カル「あ、まだ明るい。これなら

女盗賊「オイ」

カル「なに?」クルッ


女盗賊「おりゃっ!!」ヒュッ

カル「よっ」パシッ


女盗賊「あっ…」


カル「…………」ニコッ



女盗賊「あ、あははっ、ほんの冗

カル「せいっ!!」ブンッ

女盗賊「ふぎゃ!!」


バタン…


カル「はぁ…」

カル「(女の人をこんな所に置いていくわけにいかないしなぁ)」チラッ

女盗賊「すぅ…すぅ…」


カル「……取り敢えず、町まで運ぼう」



盗られた荷物と彼女を白月に載せて、篝火の町を目指した。

白月の脚なら、夕暮れ前には着くだろう。


あまり時間は掛けられないけど、今日は篝火の町で休もう。

初日から色んな目に遭った所為か結構疲れた。

白月も疲れてるだろうし、そうした方がいいだろう。


それに、黒水晶や化け物の情報も集めたい。

うちの里。あんな田舎で、とんでもない事件が起きたんだ。

他で同じような事件が起きていても、可笑しくはない。


「あ、着いた。白月、お疲れ様」



町の入り口で白月から降りると、俺はすぐに医者を探した。

彼女を兵士に突き出すのは気が引けたし、説明とかも面倒臭い。


それに、ぱっと見た感じ、俺が攫ったように見えなくもない。

馬の背にうつ伏せに寝かされ、だらりとしている女性。

誤解されたら非常にまずい。


着物が派手な所為か、皆が変な目で俺を見ている。

俺は結構気に入ってるんだけど、やっぱり珍しいみたいだ。


刺すような視線が辛い。



そんな周囲の目を避けながら医者を見つけると、熱にやられたと言って彼女を預けた。

これで、誤解によって拘束される心配は無い。


旅の初日に兵士に捕まる。


なんて、恥ずべき事態にならなくて本当に良かった。

白月が睨みを利かせていたのも、大きな要因かもしれない。

俺より白月の方に目が行く人も、かなり多かった。


「宿は、後でいいか」


町医者に彼女を預けた後も、白月と一一緒に町を歩く。



初めは白月を繋いでからにしようかと思ったけど、騒ぎになると拙いから止める事にした。

何せ珍しい馬だ。不用意に近付いて、蹴りを喰らう人が出たら大変なことになる。

出来れば、静かで安心出来るような場所に繋いであげたい。


後は、情報収集。


まずは黒水晶が何処から流れているのか、それから調べよう。

旅商人や旅人がいれば助かるんだけど、今の所、それらしい人は見当たらない。


取り敢えず、町の人とかに話しを聞いてみるしかないな。

ここまで。



扉の向こうから「先に食べときな」と気怠げな声、続いて「はーい」という元気な声。

ぶっきらぼうな風だけど、優しい声だ。


此処では、『あれ』が本当なんだろう。


だとしたら余計疑問に思う。何故、あんなことしたんだろう。

考えている内に再び扉が開き、彼女・ジーナさんが現れた。


この間に割烹着は脱いだようだ。余程見られたくなかったらしい。

かなり不機嫌そうな顔をしてるし。


「何の用」



扉を閉じると、人が変わったように冷めた口調で訊ねてきた。

どうやら、用件を聞いてくれる気はあるようだ。

俺は手短に白月の気性を説明し、此処に置かせて欲しいと頼んだ。


「勝手にすれば」


溜め息混じりに答えると、これ以上話したくないのか、取っ手に手を掛けた。

勝手にしろと言われても困る。「本当にいいのか」と訊ねると


「どうせ、アイツならそう言うだろうから」


と言い、中に入ってしまった。



アイツってのがこの教会の管理者なのか気になるな。

だけど、あの様子だとこれ以上は話してくれそうもない。


俺は迷った結果、取り敢えず白月を繋ぐ事にした。

それにしても、こんなに早く許可が出るとは思わなかったな。


夜になるまで、まだ時間がある。


俺は側にあった長椅子に腰掛け、婆様のおにぎりを頬張りながら一息吐くことにした。

暫くは、この味ともお別れなんだなと思うと、少し寂しくなった。


「おや、教会に何か御用ですか」


その後、特にすることもなく白月と戯れていると、背後から声が掛かった。


>>>>

「失礼。私はこの教会の神父、マウロ・カリーニと申します」


カル「(あぁ、普通の人で本当に良かった)」

カル「(あの人、ジーナさんみたいな人だったらどうしようかと……)」


マウロ「どうなさいました?」


カル「あっ、いえ。俺は、カル・アドゥルっていいます」ペコッ

マウロ「カルさんですか、宜しくお願いします」スッ


カル「こちらこそ、宜しくお願いします!!」ガシッ



マウロ「それで、何の御用でしょう?」


カル「馬を置かせて欲しくて頼みに来たんですけど、いいですかね?」

マウロ「ええ、いいですよ」ニコッ


カル「本当ですか!?ありがとうございます!!」

マウロ「そんな大袈裟な。しかし、大きな馬…」ピクッ

カル「??」


マウロ「彼女を病院に運んでくれたのは、貴方ですか?」



カル「彼女って、ジーナさんって人ですか?」

マウロ「ええ、そうです」


カル「あぁ…はい。その、色々な理由がありまして病院に

マウロ「やはりそうでしたか!!」

マウロ「派手な着物に美しい白馬、聞いた通りだ」


カル「あの…」

マウロ「貴方が頼った医師がいるでしょう?」


カル「は、はい」



マウロ「彼は私の友人で、先程話しを聞いたところなんですよ」

カル「ああ、なるほど、そうだったんですか」


マウロ「……カルさん」

カル「はい?」


マウロ「ジーナさんがご迷惑をお掛けしたようで、本当に申し訳ありません」ペコッ


カル「そんな!!神父さんが謝ることないですよ!!」

カル「って言うか、彼女が何をしたのか知ってるんですか?」

マウロ「彼女は中に?」


カル「はい、さっきは子供達と楽しそうに夕飯の準備してましたけど」



マウロ「そう、ですか」

カル「大丈夫ですか?顔色、悪いですよ」


マウロ「カルさん、急で申し訳ないですが、少し付き合って貰えませんか?」

カル「え、それはいいですけど、どこか悪いんじゃ…」

マウロ「いえ、心配なさらずとも大丈夫です」


カル「(おかしい、急に顔色が悪くなった。何だろう、何か嫌な感じが……)」

マウロ「では、向こうのベンチで話しましょう」


ザッザッザ…


カル「(足も少しふらついてる。神父さん、一体どうしたんだ?)」



神父さんは、ぽつりぽつりと語り出した。

長椅子に座ってからも、依然、顔色は悪い。


無理せず教会の中に戻った方が良いと言っても、「大丈夫です」の一点張り。

心配をよそに、マウロ神父は話しを続けた。


あの子供達は孤児であり、一時的に預かっていること、自分が原因不明の病に冒されていること等。

ジーナさんの場合は少々特殊で、追われている所を匿ったらしい。


その後、ああして子供達の世話を買って出てくれるようになったようだ。



少々荒っぽい所はあるようだけど、根は優しく、子供達も懐いている。

それに関しては、心から感謝しているようだった。


けれど、最近になって再び盗みを働くようになったという。


理由は、マウロ神父の病を治す為だ。

これは友人である医師に聞いたらしい。

本人に止めるように言っても、聞く耳は持たず、知らぬ存ぜぬを貫いているようだ。


助けたい、力になりたい。

そう思っての行動なんだろうけど、その方法が、相手の望むものではない。



でも、ジーナさんはそれを分かっていてやっているんだと思う。

想いは綺麗でも、決して正しい行為じゃない。


それでもマウロ神父を救いたいと、彼女はそう考えている。

その結果、傷を負うことになろうと、彼女は止めないだろう。


ちなみに、町の人達が好意的だったのは、ジーナさんのお陰らしい。


妙な格好をした旅人が助けてくれたのだと、町に広めたのだ。

昔はともかく、今や教会の修道女。孤児を守る者として認識されている。


子供達だけでなく、おじさんやおばさんにも人気があるらしい。



マウロ神父は、「彼女は、直接お礼を言うのが苦手なんですよ」と困ったように笑った。


「何故、会ったばかりの俺にこんな話しを?」と訊ねると

「何ででしょうね。自分でも不思議に思います」と、微笑みながら答えた。

そして「もしかすると、神父を続けられないかもしれません」と言ったのだった。


病が原因なのかと思ったけど、マウロ神父の様子には、何か違和感があった。

想像していた神父さんよりずっと若いけれど、とても誠実で責任感のある人だ。


初対面でなんだけど、そんな人が物事を投げ出すとは思えない。



何か他に原因があるんですか。よければ話して下さい。

とは聞けないまま、時間が過ぎた。


沈黙が続くと、突然ジーナさんが現れて、神父さんを連れて行ってしまった。

恐らく、帰りが遅いのが心配で迎えに来たんだろう。


マウロ神父は

「聞いてくれて、ありがとうございました」

と言い残し、教会へと引きずられて行った。



引きずられるマウロ神父を見送ると、教会の中から「心配させんな」と、ジーナさんの声が聞こえた。


「素直じゃない、か」


ジーナさんは、マウロ神父が好きなんだろう。

そこまでして『助けたい』って強い気持ちがあるのなら、きっとそうだ。

まあ、俺の勝手な想像なんだけど。


「よっしゃ、俺も行こうかな」


もう陽も落ちた。

ジーナさんとマウロ神父のことも気にはなるけど、俺にもやるべきことがある。

二人と子供達の声で賑やかになった教会を後にして、俺は酒場へと向かった。

一応付けときます。多分夜にまた書く。



夜の町を歩いていると、改めて、随分と遠くまで来たんだなと実感した。

夜なのに、明るい。

都会じゃ当たり前らしいけど、うちの里はまだだ。


道端に立ってる柱、あれが電気を伝える電柱とかって言うやつだ。

それが等間隔に並んでて、それぞれの先端は太い線で繋がっている。

そこから電気を色々して、街灯が光る仕掛け……だった筈だ。


「電気、か」


世の中はどんどん変わって行くって、爺ちゃんも言ってたな。



朝も夜も明るくなって、次はどうなるんだろう。

剣術武術もなくなって、鉄砲とか拳銃とかが世を占めるんだろうか。


近頃は『そういう武器』が主流になりつつあるらしいからなぁ。

爺ちゃんが銃の類は嫌いだった為か、俺もあんまり好きじゃない。


何て言うか、命を奪う物って感じがする。

俺が持ってる剣もそうなんだろうけど、銃の方が、その色が濃い。


「時代が変われば、人も変わるのかな」



俺は夜になって、『別の場所』に来たのを再認識した。


街灯の前で立ち止まったり、電柱を見上げたりしながら歩いていると、酒場が見えてきた。

気持ちを切り替えて酒場に向かおうとした時、悲鳴が聞こえた。


次の瞬間、酒場の窓や壁が弾け、数人の男が路上に転がった。

お酒が入って喧嘩するのは見たことあるけど、あれは違う。

一体、何が起きたんだ。


初めに聞こえたのは、怒声ではなく、悲鳴だった。

それに大の大人が一斉に吹き飛ぶなんて、普通なら有り得ない。


そう『普通なら』有り得ないんだ。



途轍もなく嫌な感じがする。嫌でも思い出してしまう。

もし、もしそうだとしたら……


違うだろ馬鹿、迷うな。


こうなったら、どの道酒場には行かなきゃならないんだ。

それに、路上に倒れたままの人達を放って置けない。

早く行かないと、手遅れになるかもしれない。


「行こう」


酒場に近付くに連れて、鼓動が速くなっていく。

これは、あの日に感じたものと同じだ。


沼とか泥みたいな、身体が沈んで行くような、妙に纏わりつく気味の悪い感覚。

まさか旅の初日に、こんなに沢山の出来事が起きるなんて思いもしなかった。


いや、元々から違うな。

この旅自体、普通じゃないんだ。何が起きても不思議じゃない。


例え何が待ち受けていようと、どうなろうと、やるしかない。


また後で。



酒場は内側から破壊され、周囲には壁や窓の破片が散らばっている。

何かが破裂したような感じだけど、爆発音はしなかったな。


幸い、隣接する店は閉まっていて、店自体にあまり損壊は見られない。

もしこれが昼間に起きていたら、酷い有り様になっていただろう。


見た所、吹き飛ばされた人達以外に怪我人はいない。

安否確認と何が起きたのかを聞こうとしたが、胸を強く打った所為か、言葉を発することは困難なようだ。


取り敢えずこの場から遠ざける為、怪我人を背負い移動させた。



数人を移動させた所で、先の悲鳴を聞いて駆け付けたであろう兵士達が現れた。

俺は怪我人を運んでくれるよう頼んだが、聞いてはくれない。


酒場の中は煙りで見えないけど、その中には、確かに何かがいるんだ。

見えなくても、はっきりと感じる。間違いなく、黒水晶の所持者。


このままじゃ、兵士達までやられる。


酒場に向けて炎を放つことも出来るけど、まだ店内に残された人がいるかもしれない。

兵士達も同じ考えだ。今にも、何人かの兵士達が酒場の中へ入ろうとしている。


「考えてる暇は無いな」



俺は炎を発現させ、兵士達にもう一度叫んだ。

怪我人を連れて、一刻も早く此処から離れてくれ、と。

俺の姿を見た兵士達は目の色を変え、即座に踵を返すと怪我人を連れてその場を去った。


「脅かしたみたいで悪いけど、何とかなったな」


煙立ちこめる酒場。

その中にいる何者かに、まだ動きはない。



「行かせて良かったのか?後悔するぞ」

「何?」

「なに、すぐに分かるさ」


直後突風が吹き、散乱した破片が店内に吸い寄せられた。

鋭利なそれが煙から突き出し、俺に向かって降り注ぐ。


それは、氷の化け物の攻撃に似ていた。

でも、あの時とは違う。


直撃する寸前に炎を発し、全ての破片を焼き尽くす。



「っ、風か!!」

「ああそうだ。さあ、どうする?」


一番厄介な相手かもしれない。

風の出所なんて分かるわけがない、防ぐ方法なんてあるのか?

少し、時間を稼がないと拙いな。


「黒水晶は、どこから手に入れた」

「手に入れた? それは違う。俺が作り、俺が売っているのさ」


「なっ!?」



「そうさ、あんたが捜してる旅商人って男は、俺だ」

「(来る……)


僅かに足音が聞こえる。


あの中から、一体どんな化け物が出て来るのかと身構えた。

しかし、煙の中から姿を現した敵。その姿は、人に違いなかった。

胸元に黒水晶はあるものの、肉体は全く変異していない。


「どうした? 黒水晶を身に付けた者は、皆『ああなる』と思ったか?」

「!?」


「この男は意外と小心者でな、これが限界なんだ」



「……お前は、何者だ?」


「見に来たのよ」

「答えになってないぞ」


「新たに炎を宿した者を、輝き照らす者を、直に見たかった」


「(何を言ってる? 口調も、言っていることも、滅茶苦茶だ)」

「今の浄火を、見たい」

「がっは…」


突如、脇腹に痛みが走った。ネジで抉れられたような感覚。

着物に空いた穴から血が噴き出し、傷口は……案の定ぐちゃぐちゃだ。



あいつには、氷の化け物のような、腕を振り上げる等の予備動作は無い。

その上、威力も高い。


恐らく爺ちゃんのように、風を球体にして飛ばしているんだろう。


細かく回転しているから、こんな傷が出来るのか?

駄目だ。理屈が合っていたとしても、見えないんじゃどうしようもない。


「どうした。来ないのか?」


防御の仕様がないのなら、こっちから行くしかない。



集中して火球を作る。

空中に無数の『点』を想像して、其処に火球を置くような感覚。

でも、少しじゃ駄目だ。

奴の周囲を覆い尽くす程の量でなければ、この策は通用しない。


「その火球で、この『人間を』撃つか」

「……行くぞ」


展開した火球を一斉に放ち、それを追うように敵に迫る。

炸裂した火球は一気に燃え上がり奴を囲い、視界を奪う。


あれだけの火力なら、すぐに消されることはない。



「(狙うは一点。胸の黒水晶だけだ)」

「殺める事を怖れたか」


創り出した炎の壁に迫った瞬間。

目の前に大穴が空き、今にも風の砲弾が撃ち出されようとしていた。


「違う。狙いは『お前』だけだ」

「っ!!」


それが撃ち出されるより速く懐に潜り込み抜刀。

切っ先は向けず、炎を纏わせた柄頭を黒水晶に打ち込んだ。



「素晴らしい。継いだばかりとは思えん」

「平気で人の魂を奪うような奴に、褒められたくない」


「気付いていたのか。なら何故、こんな真似をした?」

「その人に、罪は無い」


「何を馬鹿な、力を求めたのは事実。それこそが罪」

「……お前は、お前は何がしたいんだ。命を奪って、操って、何がしたい!!」


「会いに来たって、そう言ったでしょう?だから『こうして』会いに来たのよ」


「それなら、お前が直接来れば済む話しだろう!!」

「違うか、暗闇の妖精!!」



「それが出来ないから、こんな体で我慢してるのに、分からないかなぁ」

「俺に会う。その為だけに、その人の命を奪ったのか」


「そう言っている。生憎、人間には何の想いも無い」

「昔話しの通りだ。お前は、世界を闇に染めるだけの存在だ」


「いいえ、貴方が照らしてくれる」

「何?」

「貴方が、貴方のままで良かった……」


数ある声の中で最もか細い声が、途切れ途切れにそう告げた。

その直後、ひび割れていた黒水晶は完全に砕け散り、旅商人の肉体も、砂のように崩れ去ってしまった。



何が何だか分からないまま、戦いは終わった。

其処にあった筈のものを見つめながら剣を収め、呆然と、その場に立ち尽くした。


「……ふざけるな」


人の命を消耗品のように扱う妖精が、許せなかった。

罪悪感など一切ない純粋な言葉、無垢な声が、頭から離れない。


悪意の塊、禍々しい力。

もっと醜いものだと思っていた。

その筈なのに、何であんな澄んだ声で話せるっていうんだ。


何で、あんなに寂しそうなんだ。

ここまで。どんな書き方したらいいのか分からなくなってきた。こうした方がいいとかあれば、お願いします。



彼女の傷を癒した後、背後から声が掛かった。

振り返ると、其処にはジーナさんが立っていた。


何故此処にいるのかと問う前に「手伝うよ」と、ただ一言。

それだけ言うと、その後は無言のまま瓦礫の撤去を始めた。


「ジーナさん、ありがとう」

「……うるせー。礼なんていいから、終わったんなら手伝え」


「うん、分かってる」



二人で瓦礫を退かすと、背に大きな破片が刺さった男性が。

息はあるけど、出血が酷い。


一瞬躊躇ったが、破片を引き抜き、すぐに傷口を塞いだ。

傷は塞いだけど、何しろ失った血の量が多い。

この人は、すぐに医者に連れて行かなきゃ危ない。


「俺達にも、手伝わせてくれ」


それは、ジーナさんが男性を担ごうとした時だった。

彼等は俺を見ると何も言わず頷き、

負傷者二名を担ぐと、医者の元へと向かった。



それからは早かった。


黙したまま動かずにいた群集は、一斉に動き出し、救助を手伝ってくれた。

瓦礫に埋もれた負傷者を救出し、俺が炎で傷を癒す。


傷が癒えれば、数人で負傷者を担ぎ、医者の下へと運んで行く。

それを何度も繰り返し、酒場内に残されていた全員を救出した。


負傷者の中には危ない人もいたけれど、奇跡的に死者は出なかった。

でも、流石に疲れたな。


炎を使い過ぎたのか、集中が切れたのか、疲れがどっと来たみたいだ。

とにかく、俺が出来る事はやった。

後は医者に任せるしかない。



地べたに腰を下ろし一息吐いていると、皆が此方を見ていた。

落ち着きを取り戻した為か、どんな風に接していいのか戸惑っているようだ。


そんな雰囲気を壊したのは、ジーナさんだった。

何の迷いも無く近付いてくると「大丈夫か」と、普通に話し掛けてきた。


「俺は大丈夫。それより皆が無事で本当に良かった」

「…………」

「??」

「つーかさ、さっきの炎は何だ?あれ、手品じゃねーだろ」


「あぁ、あれは精霊の力だよ。火の精霊の力なんだ」



あっ、つい言っちゃったけど大丈夫かな。周りの人も反応に困ってるよ。

主に頭を心配されそうだ。

まあいいか、別に嘘を吐いてるわけじゃないし。


「精霊って、お伽話しのあれか?」

「えっ!? ジーナさん、知ってるの?」

「まあな、アイツがよくチビ共に聞かせてんだよ」


「なるほど、神父さんが…」



何て話していると、最後の負傷者を運んだ人が帰ってきた。

何だか切羽詰まった感じで、かなり急いで走って来たようだ。

その人は俺を見付けると、呼吸も整わないまま此方にやって来た。


「兄さん、大変だ!!」

「お、落ち着いて下さい。何かあったんですか?」

「はぁ、はぁ…すまない。そ、それが……」


そこから語られた言葉を聞いて、俺は町医者の元へ走り出した。

ジーナさんが「アタシも行く」と言ってくれたけど断った。

この件に関してだけは、もう誰も巻き込むわけにはいかない。



内容は、最初に兵士が運んだ負傷者の内、数名が突然暴れ出したというものだ。

そして、彼等の胸からは黒く輝く何かが突出している、と。


『行かせていいのか?後悔するぞ』

「くそっ!!」


あれは、そういうことだったのか。

暗闇の妖精は、屋外に吹き飛ばした数名に黒水晶を……


確かに倒れていた内の何人かは胸を強く打ったようだった。

その原因は黒水晶を撃ち込まれたか、埋め込まれたかに違いない。


内部にあるから気付けなかったのか?

それとも、同じ気配があったから気付かなかった?


『生憎、人間には何の想いも無い』

「ふざけるな、そう簡単に奪わせはしない。必ず、助けみせる」

ここまで。



内容は、最初に兵士が運んだ負傷者の内、数名が突然暴れ出したというものだ。

そして、彼等の胸からは黒く輝く何かが突出している、と。


『行かせていいのか?後悔するぞ』

「くそっ!!」


あれは、そういうことだったのか。

暗闇の妖精は、屋外に吹き飛ばした数名に黒水晶を……


確かに倒れていた内の何人かは胸を強く打ったようだった。

その原因は黒水晶を撃ち込まれたか、埋め込まれたかに違いない。


内部にあるから気付けなかったのか?

それとも、同じ気配があったから気付かなかった?


『生憎、人間には何の想いも無い』

「ふざけるな、そう簡単に奪わせはしない。必ず、助けてみせる」

今度から気を付ける。



【3】


「では、始めましょうか」

「お願いします」


目を覚ましてから、五日が経った。

俺が目を覚ました夜は、事件当日の夜。

診療所が半壊した為、マウロ神父の教会に運ばれたようだ。


あの夜、診療所で治療を受けていた怪我人の中の六名が、黒水晶により狂暴化。

その場に居合わせた町の兵士が誘き出したから、半壊で済んだ。


だからこそ、医師も、その他の怪我人も無事だった。

死人が出なかったのは、幸運としか言えないだろう。



俺の事や、この力については、マウロ神父が説明してくれていた。

普通なら信じて貰えないだろうけど、あの事件の後だ。


町の皆も、信じざるを得なかっただろう。

そのお陰で、友好的に接してくれる。

まあ、皆が皆じゃないけれど、あんなのを見たんじゃ仕方無いよな。


「この文献には、癒す炎に関して一切の記述はありません」

「私が思うに『あの炎』はカルさん、貴方だけが発現出来る炎なのでしょう」


「俺だけの、炎……」



あの夢を見て、少し落ち着くことが出来た。

それから色々考えて、俺は学ぶことにした。


今は、マウロ神父から過去の出来事、精霊、炎について教えて貰っている。

何も知らないまま焦って追い掛けたら、きっと夢の通りになってしまう。


焦る気持ちは、今でもある。


今この瞬間、どこかで誰かが助けを求めているかもしれない。

黒水晶の被害が拡大しているかもしれない。


でも、だからこそ、知らなきゃならない。



受け継いだ力、精霊とは何なのか、暗闇の妖精、倒す方法。

俺は、それを知り、見つけなくちゃならない。


「済みません。少し、休憩しましょう」

「……神父さん、大丈夫ですか?」

「ええ、私は『大丈夫』ですよ」


「ははっ、なら良いです」



目覚めた翌日の朝、事件が起きた。

マウロ神父が、突然倒れた。


原因は、黒水晶。


子供達がマウロ神父の為に渡した首飾りが、そうだった。

何か贈ろうと悩んでいた子供達が出逢った露天商が、ただでくれたらしい。


子供達に特徴を訊いたけど、全員が、ばらばらの人物像を答えた。

お爺さん、お婆さん、俺くらいの男性女性……挙げればきりがない。


無数の声、無数の姿。

あの時、商人との会話の中でもばらばらだった。


あれも、妖精の力なのかもしれない。



ジーナさんも酷く取り乱していて

倒れたマウロ神父を抱き締めながら、泣いていた。

初めて会った時には気付けなかったけど、あの時ははっきりと感じた。


禍々しく、粘着くような気配だった。


俺はすぐに黒水晶の首飾りを引き剥がし、あの夜に新たに発現した炎で癒やした。

神父さんが回復した後、預かっていた首飾りを調べると、中には何かが棲んでいた。


それは、蛭のような生き物だった。



何が何だか分からないけど、人体に悪影響を及ぼす物だってことは分かりきっていた。

首飾りの内側に炎を発現させ、何とか蛭を焼くと、首飾りは赤に染まった。


子供達がようやく見つけた贈り物……

どうしても、壊したくはなかった。


それに、身体にどんな影響を及ぼしたとしても、マウロ神父にとって大切な物に違いない。

色は変わってしまったけど、何も変わっちゃいない。


「さて、そろそろ再開しましょう」

「はい」


首飾りは、今もマウロ神父が大事に身に付けている。

ちなみに何故赤くなってしまったのか。

その理由も、この授業の中で、マウロ神父が教えてくれた。


どうやら俺は、【精霊石】を作り出してしまったらしい。


短いけど、ここまで。
アバタールチューナー(原案)と東京喰種のクロスが見たい。

書き忘れ。
まだ見てる人いるとは思わなかった。
本当にありがとうございます。



「神を尊び神を頼らずとは、良く言ったものです」


そう言い首飾りを外すと、赤く染まったそれを握りながら、マウロ神父は顔を伏せた。

何か重大な事実を話す前の間、そんな空気が部屋を満たす。

俺は待った。


顔を伏せ、沈黙したままのマウロ神父から告げられる言葉を。

外からは、絶えず子供達とジーナさんの笑い声が聞こえてくる。

朗らかな笑い声が響く中、マウロ神父は遂に顔を上げ、口を開いた。

決意した面持ちで首飾りを強く握り、俺の眼を真っ直ぐに見つめながら。




マウロ「私は、信じられない」

カル「……それは、何をですか?」


マウロ「神を信じる者、同志の行いです」

マウロ「私は、見てしまった」

マウロ「異教徒、我々とは違う神を崇拝する者を殺害する同志を……」


カル「そんなっ!!」


マウロ「事実です。彼等は神の命だと言い、他宗教の信者を、殺害した……」



マウロ「私は異を唱えましたが、彼等は『賞賛』された……」

カル「!?」


マウロ「我々の神こそが唯一絶対であり他宗教は等しく偶像崇拝」

マウロ「中には邪教だと蔑む者もいました」


マウロ「しかし、我々の信じる神が、そんな命を下すのか?」

マウロ「他宗教を弾圧せよ、殺害せよ、我こそが神だと示せ?」


マウロ「何を馬鹿な……そんな神など、いるはずが無い」


カル「だから、俺に忠告を?」




マウロ「ええ、貴方の存在、又は貴方と共に戦う『人間』」

マウロ「それらが世間に明らかになった時、彼等は『敵』となる」

マウロ「以前の戦いにはなかった争いが、必ず生まれるでしょう」


カル「……何で、話してくれたんですか?」

カル「神父さんも、その教えを信じる一人なのに」


マウロ「ふっ、私は破門されたようなものですから」

カル「は、破門?」



マウロ「先程話したように、私は彼等を糾弾しました」

マウロ「神がそんな行いを命ずるはずがないとね……」

マウロ「その結果、布教活動という名目で、この町へ派遣されたのです」


カル「そんな、何で……」

マウロ「私は敬虔な信者ではないと判断され、異教徒を殺害した彼等こそが、『信者』なのです」


カル「っ、そんなの、絶対に間違ってる!!」

マウロ「……カルさん、貴方はそう言うでしょうが、彼等に道理は通じません」


マウロ「自らが信じる神を歪めてしまった、彼等にはね……」


カル「っ!!」

マウロ「そんな顔をしないで下さい」


マウロ「大丈夫です。私は諦めてはいませんから」

短いけどここまで。何だか変な方向に……もう駄目だ。

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