楓「ふたりきりの飲み会」 (37)

・アイドルマスター シンデレラガールズの二次創作です。
・ト書き形式ではなく、一般的な小説形式です。人によっては読みにくいかもしれません。
・約5500字、書き溜め済みです。数レスで終わりますので、さっと投下します。

前置きは以上です。お付き合いいただけると嬉しいです。

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「かんぱーいっ」


 弾んだ声と共に、ジョッキ同士がぶつかって硬い音を立てた。

 揺れる中身に構わず、ぐいっと半分ほどを飲み干す。

 テーブルにジョッキを置いたのは、こっちの方が先だった。

 目の前に座る楓さんは、こくこく喉を慣らしてまさかの一気飲み。

 息継ぎしてないように見えたけど、さすがアイドル、とこの場合は言うべきなんだろうか。

 唇についた泡をちろりと舌で拭い取り、空のジョッキに向けていた視線を上げて淡い笑顔を浮かべる。

 そんな姿に俺が見惚れてると、気づけば楓さんは日本酒を注文していた。相変わらずペース早い早い。


「約束通り、ここが私の行きつけのお店です」

「……随分日本酒の種類が多いんですね」

「有名どころはだいたい揃ってますよ? 地元のお酒もありますし……」

「楓さんは出身和歌山でしたっけ」

「はい。梅酒なんかも結構メジャーですね」


 少し遅れて、お通しが二人前出てきた。

 ホタルイカの塩辛。これも酒が進む一品だ。

「じゃあ、次はそれを頼みましょうか」

「ビールはもういいんですか?」

「あんまり飲むとお腹に溜まっちゃいますしね。折角教えてくれたお店ですし、食事にも期待してるんですよ」

「ふふ、それならおすすめをいっぱい頼んじゃいます」

「是非。好き嫌いは特にないんで、楓さんにお任せします」


 任されました、と軽快に頷いて、楓さんはホタルイカを口に運ぶ。

 箸を置き、お猪口を取って一口。

 別になんてことない仕草なのに、これが妙に綺麗というか、様になってる。

 ……今日の飲みの名目は、大事な仕事が無事に終わったお祝いだ。

 ゴールデンタイムにも流れるCMの撮影。

 鳥籠に捕らわれたお姫様——なんてコンセプトで、楓さんは見事にイメージ通りの演出をやりきった。

 神秘の女神。

 CMのイメージにそんな売り文句までつけたのはこっちじゃないけれど、なるほど言い得て妙だった。

 その場にいるだけで周囲を飲み込むような独特のオーラと、日本人離れした容姿。

 間近でずっと見てる俺でも、たまに気圧される時がある。

「すみません、注文いいですか?」


 それがまあ……オンとオフじゃ全然違う。

「あいよ」とカウンターから動かず応えた店主に、もう頼むものは決めてたらしく、ばしばしメニューの名前を言っていく楓さん。

 ついでとばかりにまた別の日本酒も頼み終えると、手元のお猪口をあおって空にした。

 ……いや、お猪口どころか徳利も空ですか。

 本当、こんな姿、ファンには見せられないよなあ。

 自分だけが知ってるってのは、少し、嬉しくもあるけど。


「あ……プロデューサー、ちょっと動かないでください」

「え?」

「失礼します」


 不意に楓さんがテーブル越しに身を乗り出してきて、思わず硬直。

 いったいどうしたのかと考える余裕もない間に、右手のおしぼりでこっちの唇を優しく拭った。


「唇にビールの泡がついてましたよ」

「……い、言ってくれれば自分で拭いたのに」

「今みたいな顔が見たくなって、つい」


 何この人お茶目過ぎる。本当に二十五歳か。

 姿勢を戻し「くちびるにびーる……ふふっ」と小さく笑う楓さん。

 どうやらさっきのは駄洒落のつもりで言ったわけじゃなかったらしい。

 だとしても、自分の発言で笑っちゃうあたり手遅れのような気もする。

 そうこうしてるうちに、第一陣が到着した。

 塩キャベツに漬け物盛り合わせ、鰹の刺身、鳥唐……前半はともかく、後半は明らかに日本酒のつまみだった。

「レモンは大丈夫です?」

「はい。俺もかかってる方が好きですし」

「ではぱーっと」


 親指と人差し指ががカットレモンをつまみ、唐揚げの上で力を込める。

 落ちた雫が衣に染みてく様子より、よく切り揃えられた爪先に視線が行ってしまう。

 マニキュアの塗られていない、薄桃色の爪。

 ほっそりとした指についたレモンの汁を、おしぼりで綺麗にするかと思えば、楓さんはごくごく自然に唇で拭った。

 指先に、キスをするように。

 無自覚な……こう、無防備さが怖い。

 男の目があるってわかってるんだろうかこの人。

 さすがにその後でおしぼりを使ってたけど、前回飲んだ時はここまでじゃなかったよなあ……。

 微妙に積もる邪念を振り払うためにも、ひとまず目の前の食事に集中しよう。


「お、この塩キャベツ、すげえおいしい」

「塩ダレは自家製なんですよ。この味、どうやって出すんでしょうね」

「何だろうなぁ。ゴマの風味はわかるんですけど」

「前に教えてくださいってお願いしたんですが、すげなく断られちゃいまして。家で試行錯誤してます」

「へえ……。俺も楓さんの塩キャベツ、食べてみたいですね」

「いいですよ? うちに来ていただければいつでも」

「……い、いずれということで」

 まさか頷かれるとは思わなくて焦った。

 強引に話を切り上げ、唐揚げをひとつ頬張る。

 慌てて一口で行ってしまったので、最初に噛んだ時には肉汁が熱くて仕方なかった。

 ジューシーで、味もよく染みてておいしいんだけど、不意打ちの熱さに涙が滲む。

 残りのビールを一気飲みし、一息。

 心配そうな楓さんに「大丈夫です」と返して、店主にさっき決めてた梅酒を頼み、唇の油を火傷した舌でそっと舐めた。

 ……情けない姿見せちゃったなあ。

 まあそれ自体は仕事でもしょっちゅうだし、今更っちゃ今更だ。ただ、さっきの話はどう考えても誤魔化しきれてない。

 本音を言えば行きたい。超行きたい。

 いやいやしかし、この一線は踏み越えちゃいけないだろう。アイドルとプロデューサー。節度を持った関係であるべきだ。

 ……でもさあ。

 アプローチされてる気もするというか。

 こうして二人で飲もうって提案もさらっと受けてくれたし、さっきみたいなことも平然としてくるし。

 かといってそれで意識されてるだなんて、勘違いだったら悲惨だし。

 だからこっちとしては、どうにも踏み切れないわけで。

「……ん、おいし」


 さくりと衣が音を立てる。

 楓さんの箸先にある唐揚げから、滴り落ちる肉の油。

 触れた唇を濡らして、てらてら艶っぽく光っていた。

 あまりじっと見てると気付かれそうだからと、漬け物に箸を伸ばす。

 きゅうりは程良い歯応えで、酸味も絶妙だ。無意識に左手がジョッキを探していた。ない。さっき片付けてもらったんだった。

 内心の落ち込みを表に出さないようにして、顔を上げる。

 楓さんが一部始終を見てた。

 それはもうしっかり見てた。


「……お猪口、もうひとつ出してもらいます?」

「そ、そろそろ梅酒来ると思うので」

「ならついでにお願いしちゃいましょう」


 穴がなくても掘って埋まりたいくらい恥ずかしい……。

 返答の声が我ながら震えてた。男の沽券も何もなかった。

 予想通り梅酒はすぐに来て、会話を聞いてたのかお猪口もセットでついてきた。

 止める間もなく、楓さんが自分の日本酒を注いでしまう。

 燗の熱。ふわりと立ち昇る、アルコールの匂い。

 唇を湿らせるようにして飲むと、さらに風味が広がる。

 甘過ぎず辛過ぎず、そこそこ度は強いけど、喉越しも良くて飲みやすい。

 普段あまり日本酒を飲まない俺でも、おいしいのがわかった。

「楓さん、これも地元の?」

「はい。羅生門の鳳寿っていう種類ですね。出荷数が少なくて、ちょっと値も張っちゃいますけど……
 実家に帰る時も、両親とよく飲んでて。それで無理言って、ここでも出してもらえるようにお願いしたんです」

「もしかして、和歌山のお酒が多いのって」

「店主さんの目に叶ったものだけですよ?」


 ああ、否定はしないんですね。

 それだけ頻繁に通ってるってことなんだろう。

 よくよく観察してみれば、楓さんが注文するより先にお酒の用意をしてたりするみたいだし。

 この人のプライベートを知る度に、つくづくすさまじいギャップだよなと思う。

 大人の女性というより、ここまで来るとほとんどおっさんだ。

 スカウトした時点では、もう責任を持てる大人だしとご両親に話しに行くようなことはしなかったけど、

 どういう経緯でこんな……お茶目な感じに育ったのか、訊いてみたくもある。


「今、私の両親のこと、考えてました?」

「え……いやまあ、その通りですけど……どうしてわかったんです?」

「女のカンです。……燗だけに」

 お猪口片手に、してやったりな笑み。

 そんな上手くないです、とは口が裂けても言えない。

 どう反応したものか、結局思いつかなかったので、梅酒のグラスを掴み、ごくごく胃に流し込む。

 日本酒より度数こそ低いものの、ロックだと喉に焼けるような熱と独特のねっとりした甘さを感じる。

 これまた飲みやすくておいしい——んだけど、やはり日本酒の方がつまみには合う。

 微妙な物足りなさが顔に出てたのか、楓さんが「もう一献どうです?」と徳利を掲げてみせた。

 美人のお酌、それも楓さんとなれば、断る理由もない。

 言われるままに注いでもらい、また一口。

 楓さんは自分のお猪口にも注ぎ、それで空になったらしく、同じものを頼んだ。徳利が回収されてくのを眺めながら、ぽつりと呟く。


「このお酒は、何かいいことがあった時とか、頑張ったなって思えた時に、自分へのご褒美で飲むんです。
 毎回飲んでたら、懐が寂しくなっちゃいますからね」

「なるほど……。ちなみに今日はどっちです?」

「どっちもですよ。お仕事上手くいきましたし、プロデューサーと一緒に飲めるのは嬉しいですから」

「そう言ってもらえると、プロデューサー冥利に尽きますね」

「今日は奢ってくれる約束ですしね」

「……まあ、男としては、そうするのが甲斐性というか」

「遠慮しませんよ?」

「ほ、程々にお願いします」

「ふふっ、冗談です。……さて、そろそろ次の注文しましょうか。プロデューサーも一緒にメニュー見ましょう?」

 それから、今度は俺もいくつか気になったものを選んで、二人でつつき合いながら話し続けた。

 途中で限界が見えたからこっちはペースを落としたけど、楓さんはさらに別の日本酒を追加。

 一応、さっきの羅生門よりはお値段控えめだったものの、度数で言えば大差ない。

 次第に頬の赤みが増してきて、目もとろんとし始める。

 もういい時間だ。店主に勘定をお願いし、ちびちびと残りの日本酒を味わう楓さんに、これでお開きにしましょう、と告げた。

 程なく勘定が終わり、宣言通り俺の方で全部出す。

 二万はいかなかったけど、二人でこれは……まあ、たまのお祝いだし。財布の中身で足りてよかった。

 ちゃっかり領収書も確保。財布を畳んで鞄に仕舞い、まだ座ったままの楓さんに手を差し出す。


「……立てます?」

「すみません、すこぉしだけ、飲み過ぎちゃったみたいですね」


 単純に、立ち上がる支えになればと思ってのことだったけど、楓さんはおもむろに両手で俺の手を握った。

 女性らしい柔らかさと、飲酒で灯った火照り。

 こっちもアルコールが回ってるからだろうか、鼓動が跳ねる。

 仕事の時だって、勿論プライベートでだって、手を握るような機会はなかった。適切な距離感を、保っていたつもりだった。

 自制心はある。ただ、今は若干怪しい。

 焦りを悟られないよう、平静を装って握られた手に力を入れる。特段抵抗なく楓さんは腰を浮かせた。

 ご馳走様でした、と店主に声を掛け、それとなく背を押しながら店を後にする。

 表を開けると、夜の空気が身体と頭を僅かに冷やしてくれる。

 まだ手は離れない。

 隣で、上機嫌な笑みがこぼれた。

「ふふ……プロデューサー、ごちそうさまでした。いつもよりお酒もごはんも、おいしかったです……不思議ですね」

「喜んでもらえたなら、付き合った甲斐もありましたよ。……だいぶ酔ってるみたいですけど、一人で帰れます?」

「ううん……。っとと、やっぱりふらついちゃいます」


 ようやく手を離したかと思えば、ふわふわした調子で何歩か進んで、すぐに戻ってくる。

 手の代わりにスーツの裾を掴まれ、それが妙に勢いよかったので、こっちもふらついてしまった。

 図らずも脳を前後にシェイクする羽目に。

 飲み上がりにはきつい動きだった。

 そんな俺を見て、また楽しそうにころころ笑う楓さん。ああこれ完璧に酔っぱらいだ。

 呂律が回る程度にはまともそうだけど、どうも真っ直ぐ歩けないみたいだし、このままお別れってのもまずい気がする。


「楓さん、家は確か近くですよね。タクシー呼びましょうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。歩いていける距離ですし……プロデューサーが、手を繋いで、一緒に来てくれれば安心です」

「……もしかして、このためにあんな飲んだんですか?」

「さて、どうでしょう。お酒は本当に、おいしかったですから」


 疑いの目を向けても素知らぬ顔。

 挙げ句の果てには鼻歌混じりに、こっちの背中をぐいぐいプッシュする始末。

 何通りか、逃げる方法を考えてはみたけれど——色々と検討して、結局諦めた。

 プロデューサーの最初の仕事は、アイドルに恋をすることだという。

 才能、容姿、あるいは目に見えない何か。

 そういうものに惚れ込んで、その人を好きになって、力になりたいと思うことが一番大事なんだと、この業界に俺を放り込んだ社長が教えてくれた。

 となれば——俺は、プロデューサーとして落第ってわけじゃ、ないのかもしれない。


「……ちゃんと案内してくださいよ?」

「はい。ふたりで、夜のおさんぽですね」


 わかってるんだかどうなんだか。

 悪戯が成功したような表情の楓さんに連れられて、俺の足取りはいつの間にか、軽くなっていた。

 これは、そう。

 きっとお酒のせいだろう。

以上になります。
何番煎じかわかりませんが、ひたすら楓さんと飲んでるだけの話が書きたかったのでこうなりました。
ご飯食べたりお酒飲んだりしてる女性はいいよねという感じで、極力フェチぃ描写を詰め込んでます。
なお、羅生門は飲んだことがないので、味や喉越しは評判と想像からのイメージです。そこまで高くもないのでいつか飲んでみたいですね。

試験的に地の文は一行空け、台詞と地の文の間は二行空けにしましたが、ある程度詰めるのとどちらが読みにくいんでしょうねえ。
文章は改行や行間も立派な表現なので、上手く伝わっていればいいのですが。

まだやりたいことがあるので、html化の申請は明日にさせてください。
明日夜くらいに、ちょっと追加で投稿します。

この前置き前もみたぞ

地域の梅と酒と水を使ってる酒蔵の梅酒ってのはマジで美味いから…
梅酒自作セットを使って、スーパーで買った青梅とホワイトリカーやらブランデーで漬けるのとは大違いよ。

遅レスで申し訳ありませんが、乙と支援ありがとうございます。
これがあるから「次も書きたいなあ」と思えるというか。

>>16
以前にいくつか書いているので、そちらを見かけたのかもしれません。
ずっと小説形式でやってるものですから、地の文駄目な人のために注意書きは必要かなと。

>>18
梅酒に限った話じゃないですけど、食べ物飲み物は素材と製造法で味は全然違ってきますよね。
ほんとにおいしいお酒だけ飲んで生きていられたらいいのに、と思ったりもします。


ちょっとこれから、おまけ的なものを投稿します。
上記のテキストを原文として、後からト書き形式に叩き直した話です。
同じプロット、同じ構成でどう違ってくるか、実験的な意味合いも含めて。
細部は違いますので、よろしければこちらも読んでみてください。

「「かんぱーいっ」」チンッ

P「んっ、んっ、んっ、っはーっ!」コトン

楓「んく……Pさん、いい飲みっぷりですね」

P「楓さんこそ……というかもう飲み終わってるじゃないですか」

楓「ふふっ、お仕事の後のお酒は格別ですね」チロリ

P(唇の泡舐めた……また無防備な……)

楓「すみません、こちらをお冷でひとつ」

P「相変わらずペース早いなぁ……」

楓「約束通り、ここが私の行きつけのお店です」

P「……随分日本酒が多いんですね」

楓「有名どころはだいたい揃ってますよ? 和歌山のお酒もありますし……」

P「楓さんは出身和歌山でしたっけ」

楓「はい。梅酒なんかも結構メジャーですね」

店主「…………通しふたつ、置いとくよ。ホタルイカの塩辛」

P「見事に日本酒のおつまみですね」

楓「おいしいですよ?」パクリ

P「じゃあ俺も……おお、うまい」

楓「でしょう? プロデューサーは次もビールを?」

P「いえ、次は梅酒にしておきます。楓さんのおすすめがあれば」

楓「そういうことなら、このあたりですね」

P「わかりました。……折角教えてくれたお店ですし、食事にも期待してるんですよ」

楓「ビールだとおなかに溜まっちゃいますものねぇ」

P「ですねえ」

楓「ふふ、プロデューサーに期待されてることですし、おすすめいっぱい頼んじゃいます」

P「是非。好き嫌いは特にないんで、楓さんにお任せします」

楓「任されました」ニコッ

P(……居酒屋の景色が妙に似合う人だよなあ)

P(今日は、大きな仕事が無事に終わったお祝い)

P(ゴールデンタイムにも流れるCM撮影)

P(楓さんは本当、見事にやりきってくれた)

P(神秘の女神——なんてキャッチフレーズがぴったりだった)

P(ぴったりだった……んだけど)


楓「すみません、注文いいですか? ええと、これとこれと、あとは……」

店主「…………あいよ」


P(オンとオフじゃ全然違うというか)

P(なんでこんな、お猪口でぐいっと日本酒飲んでる姿に違和感ないのか)

P(あ、いつの間にか徳利も空に……)

P(さすがにこれは、ファンには見せられないよなぁ)

P(売り出してるイメージと違いすぎる)

P(……まあ、自分だけが知ってるってのは、なんか嬉しいけど)

P「そろそろビールもなくなるかな」ゴクッ

楓「あ……プロデューサー、ちょっと動かないでください」

P「え?」

楓「失礼します……はい、もう大丈夫です」フキフキ

楓「唇にビールの泡がついてましたよ」

P「……い、言ってくれれば自分で拭いたのに」

楓「今みたいな顔が見たくなって、つい」テヘッ

P(何この人お茶目すぎる、本当に二十五歳か)

楓「くちびるにびーる……ふふっ」

P(さっきの、駄洒落のつもりで言ったんじゃなかったのか……)

楓「あら、注文届きましたね」

店主「…………塩キャベツ、漬け物盛り、鰹刺、鳥唐お待たせ」

P(後半がガチで日本酒のつまみだ)

楓「唐揚げにレモンは大丈夫です?」

P「はい。俺もかかってる方が好きですし」

楓「ではぱーっと」プシュッ

P(……指先がレモンの汁で濡れてる)

P(……うわあ)

P(指の汁を舐めて取ったぞこの人)

P(俺……というか、男が目の前にいる自覚あるんだろうか)

P(勘違い、だと思うんだけど)

P(勘違いだって、したくなる……ああもう、とりあえず飯に集中しよう)

P「お、この塩キャベツ、すげえおいしい」

楓「塩ダレは自家製なんですよ。この味、どうやって出すんでしょうね」

P「何だろうなぁ。ゴマの風味はわかるんですけど」

楓「前に教えてくださいってお願いしたんですが、すげなく断られちゃいまして。家で試行錯誤してます」

P「へえ……。俺も楓さんの塩キャベツ、食べてみたいですね」

楓「いいですよ? うちに来ていただければいつでも」

P「……い、いずれということで」

P(だーかーらー!)

P(変な空気になってきたし……勢いで誤魔化さなければ)

P「唐揚げひとついただきます、むぐ、っ!」ジュワッ

P(うまいんだけど、あつ、熱っ! 舌火傷したかなこれ、涙出てきた)

P(水……ビールちょっとしかないけど、多少はマシになるはず)

楓「プロデューサー……大丈夫ですか?」

P「へ、平気です。ちょっと、予想以上に唐揚げが熱くて」

楓「揚げたてですからね。お冷頼んでおきます」

P「ああ、じゃあビールなくなったんで、ついでにさっきの梅酒も」

楓「ロックでいいですよね? すみません、店主さん」

P(情けないな俺……というか今のは恥ずかしい)

P(楓さんの家かぁ)

P(本音言えば行きたい、超行きたい)

P(でもプロデューサー的にはどう考えてもまずい、楓さん大人の女性だし余計に)

P(……けどさあ)

P(二人飲みの提案あっさり受けてくれたし、さっきみたいなことも平然としてくるし)

P(何これ、マジでアプローチされてる?)

P(……いやいや、だからって意識されてるとか思うのはまだ早い)

P(俺プロデューサー、楓さんアイドル、節度あるお付き合い大事、うん)

楓「唐揚げ、最後の一個、いただいちゃいますね」

P「あ、はい、どうぞどうぞ」

楓「……ん、おいし」サクッ

P(肉汁の油が唇についててめちゃくちゃ艶かしい)

P(……じっと見てたら気づかれるよな)

P「漬け物もうまい……ビール、は……ないんでしたね」ショボン

楓「ふふっ……お猪口、もうひとつ出してもらいます?」

P「そ、そろそろ梅酒来ると思うので」

楓「ならついでにお願いしちゃいましょう」

店主「…………梅酒ロックと冷、お待ち」

楓「はい、まずは一献」トクトク

P「すみません、いただきます」クイッ

P「……おいしい。楓さん、これも地元の?」

楓「はい。出荷数が少なくて、ちょっと値も張っちゃいますけど……
  実家に帰る時も、両親とよく飲んでて。それで無理言って、ここでも出してもらえるようにお願いしたんです」

P「もしかして、和歌山のお酒が多いのって」

楓「店主さんの目に叶ったものだけですよ?」ニッコリ

P(常連すぎて融通利くんだな)

P(しかし、酒の趣味が渋いというか……おっさんっぽいというか)

P(どんな親御さんの下で育ったんだろう)

楓「今、私の両親のこと、考えてました?」

P「え……いやまあ、その通りですけど……どうしてわかったんです?」

楓「女のカンです。……燗だけに」ドヤァ

P(そんな上手くないです……とはもちろん言えない)

P(いまいち気を張り切れない人だよなぁ)

楓「もう一献どうです?」

P「美人のお酌なら、断る理由はないですね」

楓「褒めてもお酒以外は出ませんよ?」トクトク

楓「……あら、なくなっちゃいましたね。すみません、もうひとつ同じものを」

楓「このお酒は、何かいいことがあった時とか、頑張ったなって思えた時に、自分へのご褒美で飲むんです」

P「記念酒ですか」

楓「はい。来る度に飲んでたら、懐が寂しくなっちゃいますしね」クスッ

P「なるほど。……ちなみに今日はどっちです?」

楓「どっちもですよ。お仕事上手くいきましたし、プロデューサーと一緒に飲めるのは嬉しいですから」

P「そう言ってもらえると、プロデューサー冥利に尽きますね」

楓「今日は奢ってくれる約束ですしね」

P「……まあ、男としては、そうするのが甲斐性というか」

楓「遠慮しませんよ?」

P「ほ、程々にお願いします」

楓「ふふっ、冗談です。……さて、そろそろ次の注文しましょうか。プロデューサーも一緒にメニュー見ましょう?」

P(その後は、いくつか気になったものを頼んで)

P(楓さんの飲酒ペースは落ちなかった)

P(次第に頬が赤くなって、目もとろんとしてきて)

P(潮時だと思い、店主に勘定をお願いする)

P(何とか2万以内には収まった。……財布の中身が足りて本当によかった)


P「立てます?」

楓「すみません、すこぉしだけ、飲み過ぎちゃったみたいですね」キュッ

P(なして両手で握ってくるんですかこの人は)

P(……楓さんの手、柔らかい)

P(酒飲んで火照ってるし、こっちもドキドキしてきた)

P(……とりあえず引っ張って立ってもらおう)

P「ご馳走様でした!」ガララッ

店主「…………ありがとうございました」

楓「すみません、ご馳走様でした。また来ますね」ピシャッ

楓「外、涼しい……」

P「そうですね」

楓「ふふ……プロデューサー、ごちそうさまでした。いつもよりお酒もごはんも、おいしかったです……不思議ですね」

P「喜んでもらえたなら、付き合った甲斐もありましたよ。……だいぶ酔ってるみたいですけど、一人で帰れます?」

楓「ううん……。っとと、やっぱりふらついちゃいます」フラフラ

P「……なんで俺のスーツの裾を掴んでるんでしょうか」

楓「何かに掴まってないと、倒れちゃいそうで」

P「家は近くですよね。タクシー呼びましょうか?」

楓「いえ、大丈夫ですよ。歩いていける距離ですし……」

楓「……プロデューサーが、手を繋いで、一緒に来てくれれば安心です」

P「……もしかして、このためにあんな飲んだんですか?」

楓「さて、どうでしょう。お酒は本当に、おいしかったですから」ニコッ

楓「ほらほら、行きましょう」グイグイ

P「ちょっ、あんまり背中押さないでくださいっ」

P(……なんというか、まあ)

P(放っておけないよなぁ)

P(勘違いだったら、それはそれでいいや)

P「……ちゃんと案内してくださいよ?」

楓「はい。ふたりで、夜のおさんぽですね」


P(お酒のせいってことに、しておこう)

以上になります。
こうやってみると、皆さんよく台本形式でああも上手く書けるよなと……。
構成的にト書き向きでないとはいえ、もっと綺麗に書ける人は書けるでしょうから、この辺は経験と適正なんでしょうね。

スレはhtml化申請を出しておきます。
ここまでお付き合いいただいた方、重ねてありがとうございました。

名前欄消し忘れてた……。

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