千早「雨塊を破らず」 (15)


ふと窓の外を見る
雨が降ってきたようだ

「夕立か、最近多いな」

プロデューサーが言う

「梅雨ですから仕方ないかと」

「それもそうだな」

「・・・」

「・・・」



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雨の音が大きくなる
どうやら小雨ではないようだ

「・・・」ペラ…

「・・・」カリカリ

私は、自分の新曲の楽譜を読む
プロデューサーは、書類を処理しているようだ

「・・・」ペラ…

「・・・」カリカリ

互い、何も喋らない


「そうだ、千早」

プロデューサーは突然私の名を読んだ

「はい、何ですか?」

「明後日春香が出る歌番組あるだろ、あの番組に一つ空きが出来たらしくてな」
「それでその枠をうちに譲ってくれたんだ」

「それに出て欲しいと?大丈夫ですよ」

「助かる、本決定したら資料を渡す」

「了解です」

私は、楽譜を読む
プロデューサーは、電話をかける


雨が次第に勢いを増し、アスファルトを打ち鳴らす
最近、大雨というのが多いように感じる

「・・・」ペラ…

「はい・・・はい、その方向でよろしくお願いします、では」
「・・・ふぅ」

私は、楽譜を読む
プロデューサーは、電話を切る

「・・・」ペラ…

「・・・」カリカリ

互い、必要以上は喋らない


雨は勢いを保ちながら降り続ける
雨車軸の如しとはよく言ったものだ

「・・・」ペラ…

「・・・」カリカリ

私は、歌い方に悩む所を見つける
プロデューサーは、書類を処理する

「あの、プロデューサー」

「何だ?」

「少し、どう歌えばいいか分からない所があって」

「ふむ、何処だ?」

私は、楽譜を覗き込む
プロデューサーは、楽譜を覗き込む

暫しの、沈黙


「・・・って感じでいいんじゃないかな、これなら千早の持ち味も活かしやすいだろう」

「成る程・・・ありがとうございます」

「新曲、楽しみにしてるぞ」

プロデューサーは的確なアドバイスをして椅子へと戻った

「・・・」ペラ…

「・・・」カリカリ

私は、楽譜を読む
プロデューサーは、書類を処理する

互い、喋らない


耳を突く音が柔らかくなった
雨の強さは峠を越したようだ

「・・・」ペラ…

「・・・」カリカリ

日本人は、無言であることに不安を覚える動物らしい
かく言う私もそうだ

「・・・」ペラ…

「・・・」カリカリ

しかし、今のこの時間は嫌いじゃない


雨が止んだ
最近、通り雨というのも多いように感じる

「・・・よし」

「・・・こんな所か」

私は、楽譜を読み終える
プロデューサーは、仕事をひと段落つけたようだ

「・・・雨も止んだようですし、私はそろそろ帰りますね」

「送っていこうか?」

「良いのですか?」

「お安い御用さ」
「それにどうせ今日も出来合い夕食なんだろ?ついでにたるき亭で飯でも食っていこう」

「夕食が出来合いなことについてはプロデューサーにあまり言われたくないのですが」

「それもそうか。さて、行こうか」

「ええ」

私は、事務所の扉を開ける
プロデューサーは、事務所の鍵をかける

互い、階段を降りる


雨上がりの匂いが鼻腔をかすめる
この匂いは、嫌いじゃない

「そういえば、私もう16歳なんですよ」

「知ってるが、それが?」

「青田買いがお得ですよ」

私は、冗談めかしてそう言った
プロデューサーは、顔を歪めた

「千早がそういう冗談を言うとは思わなかったよ」

「私もこういう冗談を言うとは思いませんでしたよ」

「・・・まあ千早と結婚しても、どうせ今日みたいな時間を過ごすだけだろうがな」

「プロデューサーは、それは嫌ですか?」

「まあ、嫌いじゃないさ」


私は、それを聞き口を閉じた
プロデューサーは、それを言い口を閉じた

互い、建物を出る


私は、朱く染まった空を見上げる
プロデューサーは、朱く染まった空を見上げる

互い、何も喋らない


彼の隣は、嫌いじゃない

おしまい
やはり即興で書くものじゃないですね

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