星の声が聞こえている (63)


 この町では星の声が聞こえるのだという。
 星が人に囁くのだと。

 確かにここの星はごく近いところにある。
 山間にあって標高が高く余計な明かりもない。
 だから手の届きそうなところにその光が見えるのだ。

 強弱大小さまざまなそれは薄く赤や黄などの色を帯びて瞬く。
 川のようにも見える白い靄が天頂を流れ、時折その上を尾を引いた光が横切る。
 全体が呼応し合ってまるでなにか音楽を奏でているかのようだ。

 それはまた信号や合図のようでもある。
 声と表現する者もいるだろう。


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 それだけならば単なる比喩に過ぎないが、過去には声の導きを受けた者もいたらしい。
 星の示しにより結ばれた男女。
 星の教えを受けてその知の体系を完成させた思索家。
 この町の誕生も星に由来があるという話もある。

 真偽のほどはともかくとしてここでは星がなにかと重要なものとして扱われている。
 実際に聞いたことがなくても星の声の存在を信じる者はこの町に多い。

 だがケイはそれが聞こえるなどとは十四年生きてきてただの一度も信じたことがない。
 これまでも聞こえなかったしこの先も聞こえることはないだろうと彼は思う。


 星の声などない、とまでは言わない。
 もしかしたらそんなものもきちんと存在するのかもしれない。
 だが人間には聞こえないのだろうという気がしている。

 もし星が話すのだとしたらきっと彼らだけに通じる言葉で話している。
 それは人間には理解できない。
 だから聞こえないのと同じだ。

 何かが変わらない限りいつまでたっても聞こえることはない。
 ただ、聞くことができたらいいだろうなとは思う。 


 夜に時々ケイが家を抜け出して星を眺めるのは別にその声を聞くためではない。
 聞こえたらいいなとは思っても聞こえるかもと期待したことはなかった。
 そもそも普段は星の声について考えることすらない。
 そうするのは単純に星が見たいと思うからだ。

 町はずれに木材置き場がある。
 開けた場所で、人がいることはめったにないので一人で星を見るのには都合がいい。
 転がっている丸太に腰かけ柵に背を預けて夜空を仰ぐ。

 途端、星の海に吸い上げられそうになる。
 宝石の浮かぶ暗い水面に浮かび、それから沈んでいくような。
 怖くはない。むしろ落ち着く。


 そして水底で考える。
 その日によって違ういろいろなこと。
 明確にイメージできる事物であることもあればぼんやりとつかみどころのない感覚的なものであったりする。

 そして今日が終わったのだと知る。
 寂しいようでもありほっとするようでもある。

 そのことが十分頭に染み渡ったら家に戻る。
 抜け出したことが母にばれないようにそうっと部屋に入り込む。
 ベッドに電気を消してベッドに横になりまた少し考える。

 じきに眠りに落ちる。
 もちろん星の声は聞こえない。

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