「響のグルメ」 (26)


お腹が減っていた。
とにかく自分は今お腹が減っている。

朝からハードなダンスレッスンで、しっかり食べたはずの朝食のエネルギーは既に空になっていた。
そのレッスンも調子が良かったせいか長引いてしまい、今はお昼時を疾うに過ぎている。
お陰で今、かつてない程の空腹に見舞われていた。

響「何処か……何処でもいいから何か食べたいぞ……」


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レッスンスタジオから事務所へ帰る途中、空っぽになった胃を抱えて通い慣れた道を歩いていた。
既に先程からお腹は切実な鳴き声を上げて空腹を訴えている。
文字通り痛いほどに。

響「う~、お腹が減りすぎて痛くなってきた……」

コンビニでお弁当を買って帰ろうとも思ったが、どうにも事務所まで耐えられそうになく道中に公園等も無い為パンやおにぎりを買っても結局帰るまで食べられないのだ。
流石に道端で食事をしたり、食べながら歩くのはアイドルという職業柄好ましくないし、そもそもレッスンで疲れているのでどうせなら座りたいというのが本音である。

ふらふらと街中を歩いていると一軒のお店が視界に飛び込んできた。
看板にはとんかつの文字。

響「とんかつか……うん、今はガッツリ食べたいからここにしよう」


最近になって出来たばかりなのかお店の外には花輪がいくつか立てられていた。
自動ドアが開き店内に入るとそれなりに繁盛しているらしく席はほぼ埋まっている。

店員「いらっしゃいませ、1名様でよろしいでしょうか?」

響「あ、はい」

感じのいい店員さんに案内されカウンター席に腰を下ろす。
疲れた体をやっと一段落させられた。

響「はぁ……疲れたぞ~」


変装用の帽子を脱ぎ、心境が口をついて出る。
そこへ店員さんがお茶を運んできてくれた。
開店して間もないお店でまだ慣れていないのか、その所作は何処かたどたどしく危なっかしくもあった。

注文が決まったら備え付けの呼び出しボタンで呼ぶようにと定型文を発して去っていく背中を見送り、さっそくメニューを開く。
初めて来るお店なのでどんなメニューがあるのか一通り目を通す事に。

一口にとんかつと言っても様々な種類があり、空腹感でどれもこれも美味しそうに見えて仕方がない。
こういったお店に来る機会は少ないが、何となく他よりも気持ち安めの値段設定のような気はする。
だがお財布と相談する必要はある。
物がお肉なだけあってやはりそこそこに値は張るようだ。


とんかつだけの定食や、エビフライなどの他の揚げ物も一緒になった物、他にもカツ丼やメンチカツなんて物もあった。
じっくりメニューとにらめっこして、自分の食べたい物を決める。

暫くそうして、メニューを閉じ手を呼びボタンに伸ばす。
ファミレス等でよく聞く音が店内に響き、すぐに店員さんがやって来た。

店員「ご注文お決まりでしょうか?」

響「はい、ロースカツ定食を一つ」

店員「大きさが小と大ございますがどちらにいたしましょう?」

メニューに大きさの目安が載っていて、それを見るといくら空腹とは言え流石に大は食べきれそうにない。


響「小でお願いします」

店員「ロースカツ定食の小がお一つですね」

注文を受け、店員さんは厨房へと下がっていった。

料理が来るまでの時間にスケジュールの確認をしようと手帳を取り出す。
仕事の予定で埋まっている手帳を見ると、やはりというか少しニヤけてしまう。
今日はこの後仕事は入っていない為自由だが、明日以降はまた忙しい毎日だ。
大変だけどやりがいがあるし、頑張った分だけ自分に返ってくるのがまたモチベーションに繋がる。


店員「お待たせいたしました、ロースカツ定食です」

予定を確認していると定食が運ばれてきた。
大きなお盆に乗せられているのはメインであるとんかつと、キャベツ。
茶碗に白いご飯、小皿には浅漬け、更には汁物まで付いている。
勿論小なのでお肉を始め、他もちょっと小さめである。

店員「ご飯のおかわりは無料となっておりますのでお気軽にお申し付けください」


割り箸を割って、親指と人差し指の間に挟み両手を合わす。

響「いただきます」

まずは蓋のついた汁物を開ける、中身は豚汁のようだ。
お椀を持ち淵に口を付けて一啜り。
味噌の味が口いっぱいに広がる。

響「んっ……ほぁ。お味噌汁って、どうしてこんなにホッとするんだろうな~」

野菜やお肉は柔らかく、旨みを閉じ込めた汁と一緒に流し込む。


豚汁をお盆に戻し、続いて浅漬けに箸を伸ばす。
キャベツときゅうり、ニンジンなどが小皿に盛られ、箸でひとつまみして口に運ぶ。

響「あ~んっ……んむっ……はむっ」

塩加減もよく、コリコリとした食感も良く箸休めには良さそうだ。

カウンターの上には何故かすり鉢とすりこぎが置いてあり、一体何に使うのか見当もつかなかったのだが塩などの調味料やソースと一緒にゴマが置いてあるのを見つけた。
どうやらこれでとんかつソースを作るのだと分かり、さっそく胡麻を備え付けの匙ですり鉢に盛り、すりこぎでゴマを摺る。

プチプチと胡麻の潰れるどこか心地よい音が聞こえ、同時に胡麻の香りが立ち上り鼻腔を刺激した。
その香りがまた食欲を刺激し、ゴマを摺る手を早めさせる。


適度に粒を残した状態で手を止め、そこにソースを流し込んだ。
箸で混ぜて軽く味見をする。

響「うんうん、いい感じじゃないか。やっぱり自分完璧だぞ」

ゴマとソースを元の場所に戻すと、ふと塩が置かれている事に気がついた。

響「塩か。そういえばピヨ子がお肉に塩って意外と合うって言ってた気がする」

好奇心に駆られ塩の入った瓶を持ち上げる、ミルになっていて中には岩塩の粒が入っていた。
全体にかけるのは憚られるので、先ほど開けた豚汁のお椀の蓋に塩を軽く絞り出す。
箸で細く切られたとんかつをひと切れつまみ、衣ではなく断面側に付ける。


肉汁でてらてらとしたお肉に塩が付いている。
どんな味になるのか期待しながら口の中に放り込む。

響「あむっ……んむっ……ん!?」

まずはサクッとした衣の食感、次に肉汁がじゅわっと口の中に広がった。
そこに塩がお肉本来の味を引き立てていて、正直言ってかなり美味しく感じる。

全部塩でいこうとは思わないが、味のアクセントというか変化をつけるのには丁度いいかも知れない。

腹減ってきたんだけど…


響「塩だけなのにこんなに旨いとは思わなかったぞ……」

あまりの出来事に白米を食べるのを忘れる程だった。
続いて自分で作ったとんかつソースに浸けて、ご飯と一緒に食べる。
今度は慣れ親しんだ味で、ご飯とお肉の食べ合わせの良さに安心する。
甘味のある濃厚なソースに胡麻の風味が混じり、これもまたお肉を引き立てていた。

響「はむっ……あぐっ……んっく……ぷぁ……」

とんかつを頬張り、ご飯を掻っ込んで、箸休めに浅漬けと豚汁、更には付け合せのキャベツとボリューム豊かで何とも箸が忙しなく動いていく。
キャベツにはあっさり目の和風ドレッシングをかけたので、重さもなくお肉との相性も良かった。
合間合間に塩とんかつを挟み、味の違いを楽しむ。


気がつくとお肉は半分ほど、キャベツも8割消化してしまった。
茶碗のご飯はもうあと一口といったところである。
とりあえず今あるご飯を食べきってしまい、呼び出しボタンを押した。

店員「お待たせいたしました」

響「ご飯のおかわりをください」

店員「かしこまりました」

要件を伝えると、すぐに店員さんが新しいご飯をよそって来てくれた。
礼を述べ、また忙しなく箸を動かす。


響「はむっ……あむっ……ずずっ……んぐっ……」

狭いお盆の上を右往左往する箸。
最後のひと切れのとんかつとご飯を咀嚼して嚥下し、見事完食。
これが響チャレンジならば大成功だと言える。


すっかり冷めてしまったお茶を飲みながら一息ついていたが、時計を見ると結構時間が経っていた。
焦る訳ではないが、家族達がお腹を空かせているかもしれないと思い、伝票を掴んでレジへと向かう。

店員「お会計1054円になります」

これであのボリュームならば納得の値段である。

響「ごちそうさまでした!」

店員「ありがとうございました」

自動ドアから店外に出る、事務所まではそう距離もない。
腹ごなしのいい散歩にもなるためのんびり歩こう。


軒先に飾ってあった花輪をもう一度見てみる。
チェーン店なのか他地域の同名のお店からだったり、本部と思しき所から届いているようだ。
なんとなく自分達のライブに対して、企業やファンの有志から贈られる花を思い出す。

響「さてと、帰ったらみんなのご飯作らなきゃだな~」

とりあえず、とんかつを食べたことはブタ太には内緒にしておこう。




おわり

終わりです。

晩ご飯がとんかつだったので書いてみました。
美味しかったです。
とんかつに塩は初めて食べた時にビックリしたのを覚えています。
結構美味しいのでぜひ試してみてください。

しかし響は難しいですね……。
ううむ……。


少しでもお腹が空かせられたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

>>12
何よりの褒め言葉です。
ありがとうございます。


なかなか美味しそうだったよ
とんかつ以外も見てみたいな

>>20
過去作ですが
「律子のグルメ」
「春香のグルメ」
「貴音のグルメ」
がございますので調べれば見つかるかもしれません。

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