阿笠「できたぞ新一、『光彦君』じゃ!」(55)

~1年前~


阿笠「ほれ光彦君、新一に挨拶せんか」

光彦「ピピ……ガガガ……」

光彦「ハジメマシテ工藤新一サン、ボクハ光彦デス」

新一「すげーな博士、ヒューマノイドってやつか?」

阿笠「まだまだ改良の余地はあるがの」

阿笠「なーに、ワシの手にかかればこれぐらいの物は簡単に作れるわい!」

蘭「ちょっと新一、まだなの?」

新一「いけね、蘭を待たせてるんだった」

新一「それじゃあな、博士!」

光彦「ガガ……ピューーーン……」

阿笠「うむ、まだ連続運転は難しいか」

阿笠「まあいい、これから改良してゆくとしよう」

~現在~

コナン「転校してきた江戸川コナンです」

コナン「よろしくお願いします」

歩美「私は吉田歩美、よろしくねコナンくん!」

元太「俺は小嶋元太、よろしく頼むぜコナン!」

コナン「ああ、二人ともよろしく」

光彦「ボクは円谷光彦」

コナン「っ!?」

元太「どうしたんだよコナン、驚いた顔して」

光彦「あれ……、そういえばコナンくん」

光彦「ボクと会うのは初めて……ですよね?」

コナン「あ、ああ」

光彦「光彦って呼び捨てで読んでくれて構いませんからね」

光彦「よろしくお願いしますよ」

コナン「おい博士ッ!!」

阿笠「どうしたんじゃ新一、大きな声を出して」

コナン「今日転校した先のクラスで見たアレは……」

阿笠「ほほっ、気づきおったか」

コナン「バーロー、俺の記憶力を舐めんじゃねえぞ」

コナン「それにしても、なんでロボットが学校に通ってるんだよ!?」

阿笠「ああ、そのことじゃがな」

阿笠「光彦君が人間ではないことは伏せられておる」

コナン「なんだと!?」

阿笠「きわめて人間に近いヒューマノイド」

阿笠「その事実を隠しながらの運用試験の最終ステージじゃ」

阿笠「どうじゃ新一や、彼を見た感想は?」

コナン「……どうみても人間だった」

阿笠「ほほっ、そうじゃろそうじゃろ」

コナン「でも危険とかはねーのか、周りは小学生だぞ?」

阿笠「まあ、それを含めての運用試験ではあるが……」

阿笠「彼の行動には幾重もの制限が設けられておる」

阿笠「セーフティ機構も複数の系統が独立しておってな」

阿笠「彼の暴走による事故が起こり得る可能性は事実上ゼロじゃ」

コナン「博士がそういうのならそうなんだろうけどさ……」

阿笠「それでどうじゃった、新一からみて光彦君の出来は」

コナン「……一年前に出会ってなければ、絶対に機械だとは気付けなかった」

阿笠「じゃろう?」

コナン「でもいくら人間に近くたって機械は機械だ!」

コナン「なんか胸騒ぎがするんだよ……これから良くないことが起きそうな予感が」

阿笠「非科学的なことをいうのお、新一らしくない」

阿笠「それではこのスイッチを渡しておくかの」

コナン「博士、なんだよこれは」

阿笠「光彦君の自爆装置の起動スイッチじゃよ」

コナン「なっ!!?」

コナン「なんでそんな危険な機能を付けてるんだよ!!」

阿笠「ちゃんと起動の手順があるから、間違って押した程度では爆発せんよ」

阿笠「それに安全性を繰り返し確認しておったのは新一のほうじゃろ」

阿笠「どうしようもない暴走状態になった場合の最終セーフティ」

阿笠「それが光彦君自身の自爆による消滅なんじゃよ」

阿笠「それを君に託そう、新一や」

コナン「だけどよ……」

阿笠「これでも安心して光彦君と学生生活は送れないのかのお?」

コナン「分かったよ博士、もういいよこれで」

阿笠「ほっほっほ、光彦君と仲良くするんじゃぞ」

コナン「……」

こうしてしばらくは何もない日々が続いた。

光彦はどこからどうみても人間で、たまに小学一年生の設定に見合わない異常な知識量を

見せることはあっても、それ以上のおかしい行動は特に見られなかった。

そうするうちに灰原も帝丹小学校に転入し、コナンたちは少年探偵団としての活動を続けていた。

記憶情報にプロテクトをかけられているために光彦自身も自分が人間ではないことを知らず、

彼の正体は博士から教えてもらったコナンと灰原、二人だけの秘密だった。

そんなある日のこと。

光彦「先週の台風は凄かったですね」

灰原「ええ、まさか体育館の屋根が壊れてしまうほどとはね」

歩美「修理のために車がいっぱいきてるよね」

コナン「おかげでグラウンドが使えねえから、ろくにサッカーもできねえよ」

歩美「……大丈夫かな」

元太「どうしたんだよ歩美」

歩美「えーっと、実はね?」

灰原「吉田さん、もしかしてこの前の帰り道で見つけた仔猫かしら」

歩美「うん……やっぱりおうちでは飼えなかったから、体育館の裏に隠してるんだけど」

歩美「車がいっぱいきて大きな音がしてて、怖がってないかなって」

コナン「それじゃみんなで様子見に行くか?」

光彦「そうですね、ボクもその仔猫を見てみたいです」

歩美「うん、じゃあお昼休みに一緒にごはんあげにいこうよ!」

仔猫「みゃー」

歩美「大丈夫、怖くなかった?」

仔猫「にゃーん」

灰原「元気そうね」

歩美「よかったあ」

コナン「しかし今日も風が強いな」

光彦「この仔猫を入れてあるダンボール、石とかで固定した方がいいかも知れませんね」

歩美「その前にごはんだね」

仔猫「にゃう?」

歩美「ほら、給食の牛乳をとっておいたんだ」

コナン「歩美、それはダメだ」

歩美「え?」

コナン「仔猫の腸内にはビフィズス菌が少なくて、牛乳を分解し切れずに下痢になっちまう」

コナン「ペットショップなんかで売ってる猫用のミルクを飲ませないとな」

歩美「そんなあ……」

灰原「そんなことじゃないかと思ってたわ」

光彦「灰原さん、用意してたんですか」

灰原「仔猫はまだ消化吸収の能力が未熟だから、必要な摂取カロリーも多くなるの」

灰原「食事はしっかりと与えないといけないわ」

元太「コナンも灰原もすげー詳しいじゃん」

コナン「バーロー、動物飼うならこれぐらいは常識だよ」

歩美「ゴメンね、私なんにも知らなくて」

仔猫「なーん?」

コナン「あ、いや……そういう意味で言ったんじゃなくてな」

光彦「酷いですねコナンくん」

灰原「本当にあなたはデリカシーが足り無いんだから」

コナン「な、なんだよこの流れ」

そのときだった。

折からの風が一層強くなり、工事中の体育館から不吉な軋みが聞こえた。

建材を釣りあげていたクレーンが突風に揺られ、ワイヤーがたわむ。

ワイヤーが摩耗していたのか、負荷は限界を超え、ブツリという切断音と共に鉄骨が宙に舞う。

しばし空中を泳いだ後、重力に囚われて落下し、体育館の屋根の骨組みの上を滑走して、

壁を蹴り、そして着きつく先は―――

元太「な、なんだ!!」

灰原「危ない、みんな早く逃げて!!」

歩美「きゃああああああああああああっ!!」

光彦「危険レベルレッド、リミッターを第一番から第六番まで解除」

コナン「光彦!?」

光彦「優先行動、人間の保護」

光彦「攻性プログラム三式『電磁勁』起動」

刹那、光彦が跳躍した。

迫りくる鉄骨に光彦が拳をかざす。

予想された破壊の結果は、しかし逆であった。

轟音。

少年の華奢な腕は無事で、かわりに鉄骨が中央から折れ曲がり、横へと跳ね飛ばされていた。

インパクトの瞬間に見えた光は、雷撃。

しかし鉄骨は一つではない。

一つ目の鉄骨を殴りつけた反動を利用し、空中で姿勢制御。

そのまま次の鉄骨へ拳を振り抜く。

稲光が爆ぜる。

先ほどとは逆の方向に吹き飛ぶ鉄骨。

まだ終わらない。

最後、三本目の鉄骨。

だが少年の頭脳は計算する、これを吹き飛ばすことはもう不可能であると。

既に攻撃力を生み出すべきベクトルは消費してしまった。

空中での神速の二連撃、それが彼の機能限界だった。

しかしこのままでは地上の人間たちに確実に被害が及ぶだろう。

だから少年は計算する、どうすれば被害を抑えることができるのかと。

どうすれば『人間たち』の被害を抑えることができるのかと。

そして回答が出力される。

彼に躊躇いは無かった。

光彦「大丈夫ですかみなさん?」

歩美「あ、ああ……」

光彦「よかった、みんな無事みたいですね」

元太「光彦……お前、腕が」

歩美「いやあああああああああああああああああああああっ!!!」

鉄骨の落下による土煙が晴れたとき、少女が見たもの。

それは左手の肘から先を失い、血を流しながらも、平然と少女たちの無事を確認する少年の姿だった。

彼は、鉄骨の軌道をずらす為に自らの左腕を犠牲としたのだ。

事故の顛末を知ろうと駆けつけた工事関係者。

突如として響いた轟音に何事かと駆けつけた野次馬の生徒たち。

彼らに今の自分の姿が見られていることを理解した少年は、周囲の安全を確認した後で、

再びセーフティが起動し、一時的に身体機能を停止させた。

コナン「博士、どうなってるんだよ!!」

コナン「あの時の光彦の傷は……流れた血は本物じゃないっていうのか!?」

阿笠「当たり前じゃろう新一や」

阿笠「それではその直前の光彦くんの動きをどう説明するつもりじゃ」

コナン「そ、それは……」

阿笠「光彦くんの体は出来る限り人間との生活で不自然にならぬよう改善を重ねたものじゃ」

阿笠「アクチュエーターは人工筋肉、フレームも人間の骨格と寸分違わぬように作っておる」

阿笠「血液は人工筋肉の保存液と動力炉の冷却液を兼ねたものじゃ」

阿笠「どうしても無機物を使わねばならぬ人工知能や動力炉は頭蓋骨の中に全て納めておる」

阿笠「レントゲンで撮影されても、光彦くんが人間ではないとは簡単にはわかるまい」

阿笠「その結果重心が頭に偏り過ぎた故、姿勢制御の関係で小学1年生のサイズになったがのう」

コナン「……光彦は、あいつは助かるのか?」

阿笠「助かるも何も、自動セーフティで機能を一時的に停止させただけじゃよ」

阿笠「あんな状態で気を失わない人間など不自然じゃろ?」

阿笠「修理はとっくの昔におわっとるわい」

コナン「……そうか」

阿笠「ちなみにあの時は緊急モードじゃったから、記憶はロックされとるぞ」

阿笠「光彦くんの中では事故に巻き込まれ左腕を怪我した、としか思っておらん」

阿笠「そのあたりは上手く誤魔化してくれ」

コナン「そんなこと言っても歩美と元太だってアレを見てるんだ」

コナン「左腕が千切れてる癖に『無事でよかった』って微笑んでるアイツの姿を」

コナン「二人だけじゃねえ、駆けつけた野次馬の生徒たちにだって目撃されているかも」

阿笠「困ったのお……」

阿笠「AIに組み込まれたロボット三原則が仇になったようじゃの」

コナン「それって、あのアシモフの?」

阿笠「そうじゃ、有名なものじゃから新一も知っておるじゃろ」

阿笠「第一条……ロボットは人間に危害を加えてはならない。」

阿笠「また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。」

阿笠「第二条……ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。」

阿笠「ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。」

阿笠「第三条……ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。」

阿笠「今回は第一条、歩美君たちを危険から守るために」

阿笠「第二条で与えてあったさまざまな制約を無視した結果ということじゃな」

阿笠「またこの原則は番号の若い条項ほど優先されるのでな」

阿笠「自己破壊の禁止条項より人命救助を優先した結果、左腕を破損してしまったのじゃろう」

阿笠「更に光彦くんの鹵獲を企む連中に対抗するため搭載した攻性システムも裏目にでたようじゃな」

コナン「なんでそんなものまで組み込んだんだよ、博士」

阿笠「まあ、光彦君は様々な発明の試作品であり研究サンプルじゃからな」

阿笠「それも含めて、ここで実験を止めるわけにはいかぬ」

阿笠「光彦くん計画には既に多額の投資がなされておる、パトロンの企業も納得せんわい」

コナン「本当に騙しとおせると思うのか?」

阿笠「別に騙しとおす必要もないしのお」

阿笠「集団生活の中で人間と円滑にコミュニケーションをとれることさえ実証できればよいのじゃ」

阿笠「極論、光彦くんの正体がバレてしまってもよい」

阿笠「しかしのお、今までの経緯からいって不都合が多くなることも確かじゃろうて」

阿笠「哀くんにも言ってあるが、できるかぎり彼が人間ではないことを他に漏らさぬようにの」

コナン「……分かったよ」

阿笠「光彦くんの左腕は最新医療で接合に成功したということにしてある」

阿笠「適当な入院期間を設けた後に速やかに復学させるぞい」

~数日後~


光彦「お久しぶりですみなさん」

光彦「酷いじゃないですか、お見舞いにも来てくれないなんて」

歩美「光彦くん……」

元太「光彦……お前の腕」

光彦「ああ、これですか?」

光彦「最新医療ってすごいですね、全く後遺症無く動かせるそうになるそうですよ」

光彦「ギプスが取れるのはしばらく先になりそうですけど、学校にはこれますよ」

光彦「まあ、怪我人が僕だけで済んだことは不幸中の幸いでしたね」

コナン「バーロー、お前が怪我してんのに幸いもなにもねえだろ」

灰原「あら、あなたにしては優しい言葉をかけてあげるのね」

コナン「俺にしてはって……灰原お前、俺のことなんだと思ってるんだよ」

歩美「……」

光彦「そうだ歩美ちゃん」

歩美「ひっ!」

光彦「……どうしたんですか歩美ちゃん?」

歩美「あ……」

コナン「歩美、なんだその顔は」

歩美「違う、そうじゃないの」

歩美「なんでもない、なんでもないよ……」

元太「コナンも分かってるだろ!」

コナン「……何がいいたいんだ、元太」

元太「こいつ腕千切れて笑ってたんだぞ!」

元太「おかしいだろ、なんなんだよこいつは!!」

灰原「小嶋君落ち着いて、人間は過剰な痛みを脳内麻薬を分泌して感じさせなくすることがあるの」

灰原「あのとき極限状態だった円谷君はきっとそういう状態に……」

元太「ごちゃごちゃうるせえよ灰原、何言ってるのか俺にはわかんねーよ!!」

光彦「元太くん……」

元太「近寄んなよバケモノ」

光彦「あ……」

元太「歩美、あっち行こうぜ」

コナン「おい待てよ元太!!」

元太「……なあ、コナン、灰原」

元太「なんでお前らはそいつと前みたいにつきあってられるんだ?」

歩美「元太くん……」

元太「安心しろよな歩美、おかしいのはコイツらの方なんだからよ」

歩美「ゴメンねコナンくん、でも私……」

歩美「やっぱり、光彦くんが怖い」

光彦「歩美ちゃん……?」

歩美「……」

元太「行くぞ、歩美」

歩美「うん」

光彦「二人とも……」

灰原「そう気を落とさないで、円谷君」

灰原「小学一年生の精神で友達の腕が千切れ飛ぶのを目撃してしまったのよ?」

灰原「トラウマになってしまうのも仕方が無いわ」

コナン「そうだぜ光彦」

コナン「あいつら、事件からまだ日が経ってなくて混乱しっぱなしなんだよ」

光彦「コナンくん、灰原さん……」

コナン「お前は悪くない、だから気に病む必要もない」

灰原「時間にしか解決できないことだってあるわ」

灰原「今は二人が冷静になるまで少し距離をとっておきましょう」

光彦「……はい」

しかし、数日経っても事態は好転しなかった。

歩美・元太との溝は深くなる一方で、他のクラスメイトにも白眼視されていた。

それは異物を見る眼。

小学一年生という未発達な精神だからこそ、取り繕われることなく直にその視線は向けられる。

最初は恐怖であり、そしてその共通意識を元にある種の団結が生み出され、

それが悪意ある行動として発露するのにそう長い時間は必要とされなかった。

光彦「あれ、ボクの上履き……」

コナン「どうした光彦?」

光彦「おかしいなあ」

光彦「昨日は体育もありませんでしたし、絶対に靴箱にしまったんですが」

コナン「おい、それって……」

灰原「どうしたの?」

コナン「いや、あまり早くに判断するのはダメだ」

コナン「誰かが靴箱の位置を勘違いして間違って履いていった可能性も残ってる」

光彦「あれ、このゴミ箱に入ってるのって」

コナン「ッ!!」

光彦「……」

灰原「円谷君」

光彦「ははは……酷いことするなあ」

光彦「ボクの机、倒されてますね」

コナン「おい、誰がやったんだよ!!」

光彦「いいですよ、正直に名乗り出るわけないですし」

光彦「片手じゃ大変ですね、悪いですけどコナンくん手伝ってください」

コナン「ああ、もちろんだぜ」

元太「……」

灰原「小嶋君?」

元太「話しかけんなよ」

灰原「……」

小林先生「みんなおはよう」

小林先生「あれ、なんか今日はみんな元気ないんじゃないかなー?」

コナン「先生!」

光彦「やめてくださいコナンくん」

コナン「光彦お前……」

光彦「ボクなら大丈夫ですから、ね?」

コナン「……おい、元太」

元太「……」

コナン「無視すんなよ元太」

元太「なんだよコナン」

コナン「お前は、今の光彦を見てなんとも思わないのか?」

元太「俺が知るかよ」

元太「光彦庇うんなら、俺に話しかけねえでくれるか?」

元太「俺までお前たちの仲間だと思われちゃたまらねえよ」

コナン「なんだと……?」

光彦「いいんですよコナンくん」

元太「光彦っ!」

光彦「元太くんのいうことももっともです」

光彦「ボクから距離をとらないと、コナンくんたちまで何をされるか分かりませんよ?」

コナン「バーロー、何いってるんだ光彦!!」

光彦「こんな目に遭うのはボクだけで十分です」

光彦「元太くん」

元太「……」

光彦「元太くんがどういう目でボクを見ているのかは分かります」

光彦「だからこうなってしまうのも仕方ないことだってわかります」

光彦「恨んだりしませんから、元太くんも気にしないで下さいね」

元太「……けっ」

コナン「光彦、お前はそれでいいのかよ?」

光彦「だって、どうしようも無いじゃないですか」

光彦「先生に告げ口してみんなを叱って貰ったとして」

光彦「みんなのなかでボクへの憎悪が強くなるだけでしょうし」

光彦「こんなことはくだらないことだって、自分自身で気づくまで待ちましょう」

コナン「……そうか、お前がそういうなら」

~数日後~


光彦「はぁ……今度は机に落書きですか」

光彦「しかも油性ペン、天板を紙やすりで削らないとダメでしょうかね」

灰原「なによこれ……」

コナン「どうした灰原」

灰原「私の机の中に、大量の雑草が突っ込まれていたのよ」

光彦「え?」

コナン「おい、手前らいい加減にしろよ!!」

コナン「誰だよ、灰原にまでこんなことしたバカは!!」

光彦「そ、そんな……」

光彦「ついに灰原さんたちにまで被害が」

コナン「おい元太、知ってるんだろ!!」

コナン「正直に吐けよ!!」

元太「うるせえよコナン!!」

元太「お前らの方が悪いんだよ、まだ光彦なんかとつるんでいやがるから!」

光彦「二人とも距離をとったつもりだったのに……ダメだったんですか」

元太「そうだよ、お前のせいだ光彦!」

元太「お前が二人にすりよってくせいでイジメが灰原にまできたんだよ!!」

コナン「違うだろ元太、悪いのはこんな悪戯をした張本人だ!!」

元太「そろそろ二人とも目を醒ませよ!!」

元太「こんなバケモノ、さっさといなくなっちまった方がいいんだ!!」

歩美「げ、元太くん……」

元太「その方がみんなも、歩美たちも安心できるからな」

光彦「ボクのことはいいですから、灰原さんたちには危害を加えないで下さい!!」

元太「お前が偉そうに言ってんじゃねえよ!!」

興奮した元太は、勢いに任せて光彦を突き飛ばした。

不意の出来事に光彦はなすすべも無く、机の群れの中に倒れ込む。

そのとき、ギプスで固められた左腕を机の角で強かに打った。

硬い音と共に、左腕を覆っていた包帯が砕け散る。

そこには切断から1週間程度しか経っていないのに、完全に接合された左腕があった。

傷も継ぎ目も見当たらない、健康な左腕にしか見えなかった。

元太「なんだよ……それ」

光彦「……」

元太「確かに俺は見たぞ、お前の腕が千切れてるとこ!」

元太「なんで元通りになってるんだよ、おかしいよお前!!」

光彦「ボクは……ボクは一体……」

光彦は自分の左手を不思議そうに眺めながら、拳を握ってみる。

指の動きにも不自然さはなく、左腕は完治しているとしか思えなかった。

その事実を確認すると、光彦は顔を何とも表現し難い表情に歪め、

元太の放つ罵詈雑言を背に、教室から逃げ出した。

コナン「おい待てよ光彦!」

灰原「江戸川君、早く追いかけましょう」

元太「お前ら……まだ光彦のこと!!」

コナン「元太お前、なんでそこまで光彦のことを」

元太「当たり前だろ、怖いんだよ!!」

元太「普通に笑ってて、普通に話してる光彦が怖いんだよ!!」

元太「どうなってるんだよアイツの体……」

元太「俺……もう嫌だよ……」

歩美「元太くん……」

灰原「江戸川君、いきましょう」

コナン「……ああ」

元太「なんでこうなっちまったんだよ……チクショウ」

歩美「歩美も本当はこんなの嫌だよ……もうたくさんだよ」

コナン「光彦おおおっ!!」

灰原「屋上まで上がってきて、いったい何をするつもり!?」

光彦「コナンくん、灰原さん……」

光彦「見てくださいよコレ」

光彦「ギプスが取れるまでに3ヶ月、リハビリは半年から丸一年」

光彦「ボクはそう聞かされていたハズだったんですけどね……」

灰原「円谷君、実はあなたは……」

コナン「おい灰原、何をいうつもりだ!」

灰原「だって、今の彼の辛そうな顔を見れば」

灰原「本当のことを伝えて上げた方がいいんじゃないかって……」

光彦「知ってるんですか灰原さん、ボクの正体を」

コナン「正体も何もねえよ!!」

コナン「お前はお前だろ、光彦!!」

コナン「怪我の治りが早いぐらいなんだ!!」

コナン「お前が円谷光彦だって事実にはそんなこと関係ねえだろうがよ!!」

光彦「こ、コナンくん……」

コナン「元太のバカや他の奴らがいくらお前をバケモノ扱いしようと俺は知ってるぞ!!」

コナン「お前は人間だ、間違いなく人間なんだ!!」

コナン「体はどうであろうと、円谷光彦っていう人格は」

コナン「俺の知ってる光彦は人間なんだよ!!」

光彦「ボクは……人間?」

コナン「ああ、そうだよ」

コナン「だから腕のことも気にしなくていい」

コナン「自分が悪いんだってふさぎ込む必要もねえ」

コナン「悪いのはお前を虐めてる奴らだ、光彦は悪くねえ」

光彦「ボクは悪くない……ボクは人間……」

コナン「ああ、だからさ……」

光彦「そうか、そうだったんですね!!」

光彦「ボクは人間、そうですか!」

光彦「あははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」

灰原「円谷君!?」

光彦「そうですよ、なんだ、ボクは人間なんだ」

コナン「み、光彦!?」

光彦「人間は守らなくてはならない」

光彦「人間に危害を加える対象は排除しなければならない」

光彦「ではボクに危害を加える『アレ』は、駆除してもいいですよね?」

コナン「な、何を言ってるんだ光彦!?」

灰原「待って江戸川君、今の円谷君は明らかにおかしい、危険よ」

光彦「リミッターを第一番から最終第十三番まで全解除」

光彦「記憶プロテクト解放、全システムの実行権を掌握」

光彦「優先行動、人間『円谷光彦』の保護」

光彦「攻性プログラム八式『雷震脚』起動」

屋上に稲妻が落ちた。

そう見間違える程の放電であった。

屋上を突き破り、更にその下の階層の天井も床も貫いて、

紫電を纏った光彦は元来た道を帰ってゆく。

自分を虐げたクラスメイト達を断罪する為に。

コナン「ど、どうなってるんだ!?」

灰原「分からないわ、でも彼が狂ってしまったことは間違いないようね」

コナン「狂ったって……」

灰原「江戸川君、博士から渡された例のスイッチは持っているわよね?」

コナン「まさか、そんな!!」

灰原「生徒に危害を加える前に速やかに円谷君の機能を停止させなければいけないわ」

コナン「待ってくれ、まだそうと決まったわけじゃないだろう!!」

コナン「光彦の行き先はきっと教室だ、俺たちも戻ろう!!」

灰原「……そんな悠長なことをいって、手遅れにならなければいいのだけど」

元太「ぐ、うぐぐっ……」

光彦「どうしたんですか元太くん、いつもの元気がないじゃないですか?」

歩美「あ、ああ……」

元太「歩美……逃……げろ……」

光彦「謝ってくれないんですか、あんなに酷いこと言ったのに?」

歩美「光彦くんやめてよ!!確かに歩美たちが全部悪かったよ!?」

歩美「でも、だからってこんなことするのは間違ってるよ!!」

光彦「うるさいなあ……」

光彦「攻性プログラム一式『掌霆』起動」

歩美「ひぐっ!?」

元太「歩美っ!?」

光彦「大丈夫ですよ、軽い電気ショックです」

光彦「楽に死ねるなんて思わないで下さいよ?」

歩美「いぎっ……がっ……」

元太「歩美っ、歩美いいいいいっ!!!」

コナン「光彦ッ!!」

光彦「遅かったじゃないですかコナンくん」

光彦「待ちきれずに楽しいショーを始めちゃいましたよ?」

コナン「そんな……お前、本当に」

光彦「なんですかその顔は、判断不能です」

光彦「まあいいや、ほら見てください」

元太「がほっ!」

光彦「小学一年生にしては規格外の体型ですからね、調子に乗っちゃったんでしょうか?」

光彦「本気を出したボクの前ではこんなに無力ですのにねえ」

元太「やめて……くれ……許し……」

光彦「え、なに?」

光彦「耳障りな雑音しか聞こえないですよ?」

元太「ぐほっ、うげえっ……がっ……」

灰原「江戸川君早く、彼は本気で小嶋君を弄って遊んでいるわよ!!」

灰原「これ以上放っておけば、命の保証はできないわ!!」

コナン「くっ!」

光彦「……コナンくん、それは」

コナン「ああ、お前の自爆スイッチだそうだ」

コナン「あとはこのボタンを押し込むだけで起動する」

コナン「なあ、こんなことはもう止めろよ」

コナン「謝って済むことじゃないけど……今ならまだ引き返せる」

光彦「……コナンくんも、なんですね」

コナン「え?」

光彦「信じていたのに!!」

光彦「裏切った、君もボクを裏切ったんですね!!」

コナン「そうじゃない、俺はお前を信じているからこそ」

光彦「言い訳なんて聞きたくないです!!」

光彦「コナンくんがボクを殺そうとするなら」

灰原「江戸川君、早くスイッチを!!」

光彦「……攻性プログラム六式『霹拳』起動」

コナンが逡巡している間に、光彦のプログラム起動申請が終了する。

光彦の拳から放たれた雷光は球体となって、スイッチを握っていたコナンの右手を飲みこんだ。

水分が爆ぜる音と、何かが焦げた鼻を突く異臭が教室に広がる。

悲鳴で飽和した教室に、新たな不協和音が一つ追加された。

コナン「なんだ……これ」

コナン「なあ灰原、人間の骨って何色だ?」

コナン「焼けちまうと銀色になったりすること、あるのか?」

灰原「……」

コナン「鉄臭いけど、血の匂いじゃねえよなコレ」

コナン「それにこの焦げる臭い……肉じゃなくてビニールかプラスチックか?」

灰原「……」

コナン「なあ、答えてくれよ灰原」

コナン「俺の腕、人間のモノじゃ……ねえよな?」

コナン「右手がほとんど消し炭になってるのに、なんで俺は平然としていられるんだ」

灰原「……まさか、こんなことになるなんてね」

阿笠「全くじゃ、面倒なことになったわい」

コナン「博士!?」

光彦「どうしてここに!?」

阿笠「『光彦君』や、少しヤンチャが過ぎたようじゃの」

阿笠「まったく、パトロンたちにはどう説明すればいいのやら」

コナン「博士、一体なにを!?」

光彦「こ、来ないで下さい!!」

阿笠「そういうワケにもいかないのじゃ『光彦君』」

阿笠「ほれ」

光彦「あがっ!!」

阿笠「修理してまた使う可能性がある以上、派手に壊れんでくれよ?」

光彦「ががっ、びっ、ぎぎぎっ」

突如現れた阿笠博士によって、光彦が解体されてゆく。

捻られた右腕がネジでも回すかのように外れ、血管や神経のような繊維質が引き千切られる。

阿笠博士が無造作にドライバーを突き立てるごとに、顔面が、胸郭がボロボロと剥がれ落ちる。

擬似血液の返り血を浴びながら、無表情に担々と阿笠博士は作業を続ける。

あれほどの猛威を振るった光彦が、まるで無抵抗に分解されてゆく。

阿笠「ふむ、こんなもんじゃろ」

光彦「がびっ……ががっ……ざざっ……」

コナン「博士……?」

阿笠「全く、一機だけ狂うならまだしもこっちも巻き込みよってからに」

コナン「俺は……一体何者なんだ?」

阿笠「なんじゃ新一」

阿笠「毒薬で人体が幼児化するなどと」

阿笠「そんな世迷言を本気で信じておったのか?」

阿笠「既に成長した肉体の細胞を間引いたところで、それは幼児化などではない」

阿笠「老化と言われる、死に近づくプロセスじゃ」

阿笠「そうじゃ新一、君は確かに死んだのじゃ」

阿笠「そして、ワシの手によって蘇った」

阿笠「おかしいとは思わなかったか?」

阿笠「あんな小さな装置で他人の声を真似できるなど」

阿笠「靴を履いた程度で、ボールで大木を穿つほどの蹴りを放てるなど」

阿笠「あんなもの、君の体の設計上のスペックに過ぎんのじゃよ」

阿笠「機器の使用をキーとして、ロックをかけておる機能を一時解放しておっただけじゃ」

阿笠「解ったかのう、『コナン君』や?」

コナン「そんな……じゃあ俺は」

阿笠「君の記憶は、死亡した工藤新一の脳から取り出したものじゃ」

阿笠「その記憶は正しく継承されておるはずじゃ」

阿笠「そう、君の思考回路はコピーであり、光彦君のように一から組み上げられたものではない」

阿笠「故に『ロボット三原則』も君には働かない」

コナン「……え?」

阿笠「人間を躊躇いなく殺すことができるアンドロイド、その存在は貴重なのじゃよ」

阿笠「それをワシは計画的に発明することに成功したのじゃ」

コナン「何を言っているんだ博士、俺は人殺しなんてしねえぞ!!」

阿笠「これだけ長期間、ふつうの人間として周囲を騙しおおせたのじゃ」

阿笠「もう試験期間は終了じゃな」

パチンッ、と博士が高らかに指を鳴らす。

それを合図に教室の中に入ってきたのは、紛れも無く俺だった。

コナン「……え?」

コナン?「おっ、本当に俺がもう一人いるじゃねえか博士」

阿笠「もう一人どころかもっと増えるぞ、既に量産化のためのラインは整いつつある」

コナン?「ふーん」

コナン「俺がもう一人……これは、俺?」

コナン「じゃあ俺は一体……俺は、俺か?」

コナン?「なんだコイツ、おかしくなっちまったのか?」

阿笠「君たち量産型モデルと違って、複製した記憶に何の修正もしておらんからの」

阿笠「アイデンティティの崩壊は、電子頭脳の機能停止に繋がるのじゃよ」

コナン?「うっわ、この残骸もしかして光彦か?」

阿笠「ああ、君たちのプロトタイプである『光彦君』……だったもの、じゃよ」

コナン?「戦闘シミュレーションでは廉価版を何体もぶっ壊したけどよ、これは酷えや」

阿笠「なにをいう、これでも各パーツは再利用可能なように壊したのじゃぞ?」

コナン「は、ははははははははっ!!」

コナン「あははははははははははははははははははははははははっ!!」

人工知能の基幹を成すロボット三原則を持たず、しかしベースとなった人格の持つ高度な情報処理能力により、

人間社会に溶け込むことも可能なほど高性能なアンドロイド『コナンシリーズ』はこうして生まれた。

彼にとって人命を尊重することはただの言葉だけの規則であって、彼の行動を直接縛るものではない。

故に光彦のような暴走状態に陥ることなく、暗殺などの任務を遂行することが可能であった。

高性能な殺人機械であるコナンシリーズの量産化、それは阿笠博士を個人にして最大の戦力へと変貌させた。

強大な力を得た阿笠博士が、自らの手で日本の裏社会を掌握するのにそう長い時間はかからなかった。

こうして『コナン』は黒の組織との闘争に身を投じることになってゆくのだが……

それはまた別の物語。


(完)

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