先輩「私、この部活大っ嫌いなんだ」 (42)

八月。


先輩「私、この部活大っ嫌いなんだ」

後輩「……」


屈託ないいつもの笑顔で彼女はそう言い放った。

嘘や悪戯のようには見えない。

本心から、彼女は部活が嫌いなんだと言った。


これはとある弱小吹奏楽部の、パート練においての出来事。

ホルンパートの三年生、俺から見れば先輩。

その彼女はたった今、この吹奏楽部が大嫌いだと言い放った。

それは俺にとって、かなり意外な一言であった。


先輩「内緒ね?誰にも言ったことないんだから」

後輩「は、はあ……」


相対するのはホルンパートの一年生、彼女から見て後輩の俺。


先輩「そんなに驚くことかなあ?後輩君はやじゃないの?」

後輩「いや、それは……」


いやいや、驚くに決まっている。

先輩はいつも笑顔を崩さず、みんなに優しく、常に明るい。

合奏をするときなんかも、わりと積極的に意見を発信している。

そんなわけだから、実際どうかは別にしても、部活が嫌いなようには到底見えなかった。

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後輩「ていうか、もうじきコンクールなのに、なんでそんなネガティブ全開なことをわざわざ言うんですか」

先輩「あ、ごめん……でも、今年の面子で全国だの東関東だの、いけるとおもう?」

後輩「人数配分は別に申し分ないでしょ、うちのパートは二人だけで少ないですけど……」

先輩「いや、人数じゃなくて……ほら、内面的にさ?」

後輩「そうですか?いい先輩ばかりじゃありませんか」

先輩「ううん、全然……」


そこで彼女は一旦言葉を切り、視線をゆっくりと真下におろした。


先輩「私の憧れてた先輩は、今のみんなよりもっと……」


ほうっ、と息を吐きながら、先輩は俺のほうをちらと見た。

後輩「……?」

先輩「……とにかく、私は今の吹部、大っ嫌いなの」

先輩「吹部っていうか、吹部の面子が嫌」

後輩「……」

先輩「だから私たちが引退して、卒業して……」

先輩「残った現役生たちがトップになったら、もっと引き締めて練習してね?約束だよ!」

後輩「……はあ」


……吹奏楽やってると、現状への不満だの陰口だのはしょっちゅうというか、つきものというか、そんな感じなので、

先輩とのこんな会話も、取り留めのないものとしてある程度受け流してしまってもよかったのだろう。

だけど、その日の出来事が、なぜか俺の中では、ずっとずっと、心に引っかかって取れなかった。

単なる考え方の相違によるショック、ではおさまらない何かがあった。


コンクールの結果は、弱小らしくというか、当然というか、予選突破もままならず、ダメ金で終わった。

九月。

俺たちの高校は九月に文化祭が行われ、そこでの演奏を最後に三年生は引退。

うちの部は、演奏会は複雑な事情のせいで執り行えないため、文化祭がこのメンバーでのラストステージ。

今日の演奏が終わったら、新部長、新副部長などを中心に、新たなメンバー編成となってリスタートする。


入部した時からいつも、変わらぬ笑顔で俺を導いてくれた、先輩との演奏もこれで最後だ。

俺は当然のように訪れる悲しい気分と、文化祭特有の空気感による妙な高翌揚との、二つの感情が入り混じった気分に侵食されていた。

隣の先輩のほうを見てみた。

いつも通りの、ニコニコとした笑顔だった。

悲しげな様子は微塵も感じられない。

ここでふと、八月のパート練のことを思い出した。

彼女はこの部活が、この部活の面子が大嫌いだった。

多分やめようとしたこともあっただろう。

なぜやめなかったかはわからないけれど、とにかく今このステージが終わったら彼女は引退するのだ。


もう、彼女の大嫌いな面子とともに演奏することはなくなるのだ。


彼女はきっとその事実を噛み締めているから、こんなにも穏やかな表情をしているのであろう。

ふと思った。

彼女の嫌いな面子の中に、俺は含まれているのだろうか。


だとしたら嫌だ。俺は先輩の音が好きだし、吹いている姿も美しく、見惚れることさえあった。

それが恋愛感情によるものなのか、純粋な憧れによるものなのかはわからないけれど、少なくとも先輩に嫌われたくはない。

できることならずっと一緒に楽器を吹いていたい、そう思う程度には……先輩のことが好きだ。

俺は自分の感情をより一層複雑化させながら、最後のステージを悔いのないよう吹ききった。


そのあとに、三年生に向けて、下級生から贈る言葉。

こういうので三年生は泣くのが定番だ。実際、泣いている三年生も何人もいた。


俺は先輩を泣かせるつもりで、彼女に精一杯言葉を贈った。彼女への一年間の感謝のメッセージを、不器用ながら紙に綴って言葉を紡いだ。

一通り言い終わった後、俺は彼女の顔を見た。


彼女の表情は、いつも通りの笑顔のままだった。

本当にいつも通り。唯一彼女だけは、笑顔を崩さずにいた。


まるで今日は文化祭でも引退の日でもなんでもない、普通の日なのではないかと錯覚させるくらい、

彼女の笑顔は普段と変わらなかった。

俺は落胆した。

俺は中学から吹奏楽をやっていて、そちらでも文化祭が三年生とのラストステージになるのだが、

そのときに俺はとにかく、文化祭なるものが大嫌いになった。


文化祭準備中の、あの妙にそわそわとした、浮足立った感じ。

文化祭開催中の、あのお祭りムードと先輩方の引退。

文化祭終了後の、あのなんともいえない喪失感。

そういったもの全部が大嫌いだから、俺は文化祭が嫌いになった。


先輩はどうなんだろう。

今年の文化祭を、どう思ったんだろうか。

十月。

新体制に変わって、だいたいひと月が経った。

二か月後に控えるアンサンブルコンテストには出られるため、それに向かって大忙し。

もちろん俺はホルンのパートリーダーになったので、金管六重奏に出場することに。


他のパートの三年生は、引退後もよく遊びに来てくれた。


だが俺の先輩は、一度もここに来ることはなかった。

十一月。

相変わらずアンコンへの練習。

出場しない部員は、ひたすら基礎練習。

事実上この時期は、一年の中ではオフに近いシーズンといえるかもしれない。


先輩は今月も姿を見せてはくれなかった。

十二月。

いよいよアンコン。

練習の成果を見せる時がきた。

指揮者は無しなので、自分たちの中で作り上げたテンポが要となる。

極度の緊張の中、アイコンタクトをし、六人で一斉に吹きだす。

吹きながら俺は、まばらな観客席にちらと視線を向ける。

そして先輩の姿を探した。


耳は、他の五人の音を聞くために。

目は、先輩の姿をひと目見るために。


おい、トロンボーン。

二年のくせに、音程ずれてる。そこのB♭は上げぎみにと先生に言われていただろう。


こら、ペット。

そこのDは低い。次の音は高い。チューニングが無意味じゃないか。


こうやって心の中でダメ出しをしながら、俺は必死に先輩を探した。


これがいけなかった。

演奏が終わった。


みんな落胆していた。


当然だ、あれだけ音程バラバラじゃあ……


と思っていたその時、みんなの視線が俺に集中した。

ほんのすこし恨めしげな視線で見られていた。


俺は何だかわからず呆けていたが、みんなは俺にこう言った。


「後輩、演奏中のアイコンタクトはどうした?」

「お前が支えなんだから、視線でお前の音に合わせるっていっただろ」


木管四重奏の結果は金だったが、金管六重奏の結果は銅だった。

先輩は結局、会場のどこにもいなかった。

一月。

俺はアンコンが終わって以降、ずっと責任を感じていた。

みんなは気にするな、と励ましてくれたが、完全に俺の失態だった。

俺さえうまくやれていれば、少なくともみんな音程は合わせられた。

間違いなく銀以上は狙える演奏だった。

それを俺がふいにしてしまった。


なぜだろう、と俺はあのときの演奏を、年末年始の休み中ずっと振り返っていた。

が、案外答えは簡単だった。


俺はアイコンタクトを完全に忘れていて、事前の予定を狂わせた。

なぜかって?

客席に興味が移ったから。 それは先輩に見ていてほしかったから。 だから集中できなかった。


つまるところ、俺はとにかく先輩にご執心だったのだ。

他のパートに三年生が来ているのを見て嫉妬したこともあった。

他の一年生が先輩の噂をしているのを聞いて、激しく気にかけたこともあった。


九月を最後に、彼女の姿を見ていない。


会いたかった。

もう一度前みたいに話したかった。


だけどもうひとつ、不安もあった。

先輩『……とにかく、私は今の吹部、大っ嫌いなの』

先輩『吹部っていうか、吹部の面子が嫌』



後輩「吹部の、面子が……」

わざわざ言い直したあたり、やっぱり俺も……


そんなことばかり考えているうちに、一月が終わった。

二月。

ひと月後には卒業式。

うちの学校は卒業式の曲も、吹奏楽部が任される。


卒業生の入場時に『主よ、人の望みの喜びよ』、

式の合間に入る校歌斉唱時に校歌の伴奏、

卒業生の退場時に『栄光の架け橋』吹奏楽アレンジ。


来たる式のために、俺たちは毎日毎日練習に励んだ。


相変わらず引退した三年生の出入りはそこそこ多かったが、

当然俺の先輩は来なかった。


自分でも気づかないでいたが、知らぬ間にそれは俺のストレスになっていた。

授業中や部活中、先輩のことを考えていたらぼーっとして、先生に怒られるなど日常茶飯事。

酷い時には、部屋で一人でいるときに、ふと先輩が来てくれないことに対する不条理さを感じ、部屋の物を数個破壊する始末。


このまま彼女に会えないままでいたら、このまま彼女に卒業されたら、俺の心は粉々になってしまうのでは……


などと考えているうち、二月も中盤に差し掛かった。

部活終わりに疲労しながら帰路についていた俺は、なんと先輩の姿を目撃した。


吹部外の友達と、クレープを食べながら歩いて帰っていたところだった。

俺はその姿を見てなんとなくもやっとした気持ちになりながら、電柱の陰に隠れて彼女を尾けた。


途中で彼女は友達と別れ、一人になって帰っていく。

俺は意を決し、偶然を装いつつ彼女に接触した。


先輩「クレープクレープおいしいなー♪ふんふふーん」

後輩「……あれ、先輩?」

先輩「うわっ!後輩君?どうしたのこんなところで」

後輩「いや、部活帰りにたまたま……」

先輩「そっかあ」


なぜだろう、久しぶりだからか。

緊張して声が出にくい。


後輩「……あ、あの……先輩?」

先輩「ん?」

後輩「……えっと」


ていうか、頭真っ白だ。

何話そうとしてたのか、思い出せない。


後輩「えっと、その……」

逃げ出したい気分でいっぱいだ。

でも、ここで逃げたら、もう彼女と話せるチャンスは来ないだろう。


一番言いたいことを、言え。


後輩「……嫌い、ですか?」

先輩「え?」

後輩「いや、だから、その……」

先輩「な、なんのこと?」

後輩「あ、えっと……ど、どうおもってますか?」

先輩「……まさかとはおもうけど、後輩君のこと?」

後輩「……」コクコク

先輩「どうして?」

後輩「だ、だって……」

後輩「だって先輩、吹部の面子が嫌いだっていったから……!」

先輩「……自分も嫌われてるんじゃないかって?」

後輩「……」コクン

先輩「……ぷっ、」

先輩「あははははははははははは!!!!!!!!!!!」

後輩「ちょっ……な、なんでそんなに笑うんですか!?」

先輩「あっはは、ごめんごめん……おっかしくって、つい……」

先輩「そんなこと気にしてたんだーって思ってさ、いつの話してるのよー」

後輩「……だって、ずっと引っかかってたんですよ、あの言葉が……」

先輩「……そうなんだ」

先輩「大丈夫だよ、後輩君のことは嫌ってなんかないから!」

後輩「!……ほ、ほんとですか?」

先輩「うん!」

先輩「むしろ、その……」

後輩「……え!?」

『むしろ、その……』!?

気になる。

もしかして、彼女も……?

先輩「う、ううん!なんでもない!」

先輩「そそそそそんなことより違う話しよ!」


後輩「ちょっ、先輩!」


先輩「い、いいからいいから!」

先輩「なんかちがうはなし!」


後輩「ちがうはなしったって……」

後輩「……」

後輩「……じゃあ先輩」

先輩「はい!」

後輩「どうして部活……来てくれなくなったんですか?」

先輩「……」

後輩「他の三年生は頻繁に来てるのに」

先輩「……そっか、やっぱり今でも来てるのね」

後輩「はい……先輩以外は」


先輩「私、そういうところが前から苦手だった」

先輩「みんな馴れ合ってるばかりで、全然部活熱心な感じに見えないんだよね」


後輩「……」


先輩「っていうのも、私がこの部活に入った時……」

先輩「ホルンの先輩が、ものすんごく上手でさ」

先輩「練習も今よりはるかに厳しくて……みんなすごく熱心で」

先輩「……私の同期のみんなだって、あの時はもっと熱心だった」


後輩「……俺たちの知ってる三年生は、二年前とは違うってことですか?」


先輩「そう……単純にウマがあわないときも多いけど、熱心さがなくなったってのが一番の理由」

先輩「私の好きだった吹奏楽部は……今の三年がトップになって胡坐かいてるうちに、なくなっちゃったんだよ」

後輩「そういうことだったんですか……」


先輩「うん……」

先輩「一二年のみんなはいい子だけど、あの落ちぶれた三年生をみんなして尊敬してるのが私は気に食わなかった」

先輩「正直……後輩君に関しても」


後輩「……」


先輩「やめようかなって何度も思ったけど……やっぱりやめられなかった」

先輩「どうせあと一年だしねー」

先輩「……それに……」


先輩はいつかのように、俺のことをちらと見た。


後輩「……それに?」


先輩「ううん、なんでもない!」

先輩「あ、もうこんな時間……」


後輩「ああっ、すみません!引き止めちゃって……」


先輩「ううん気にしないで!楽しかったから」

先輩「それと、最後に言っとくけど……」


後輩「……?」

先輩「私、いまの吹奏楽部の演奏には正直……ちょっと期待できないかな」


後輩「……」


先輩「あの吹部の演奏じゃ……きっと誰も感動とか……できないと思う」

先輩「二年前あった熱いものが、もうないから……」


後輩「先輩……」



俺は家のベッドに寝転んで、天井をぼーっと見ながら考えていた。

俺はちゃんと、彼女に俺の音を届けたい。

だけど、当の彼女には間違いなく期待されてなどいない。

どうしたらよいのか、俺は徹夜して考えていた。


そして俺はある考えに至った。

顧問に無茶を言って、楽譜を用意してもらった。

朝も夜も、その曲の個人練に打ち込んだ。

三月。

三月に入ってすぐ、卒業式はやってきた。

この式が終われば、三年生はもう制服を着なくなり、晴れて卒業となる。

俺は大勢の三年生の中から先輩の姿を探したが、結局、式中に彼女の姿を捉えることはできなかった。


午前中は無事に式が執り行われ、一般の生徒、および 三年生改め卒業生は解散となる。

吹奏楽部員は昼食が終わり次第、午後は自由練習に。

なので熱心な数名を除いて、ほとんどの部員は帰宅していった。


もちろん俺は学校に残っていた。

とはいえ練習がしたかったわけではない。


先輩「……」


夕暮れの教室。

彼女の最後の制服姿を、この目に収めておきたかった。

先輩「……大胆だね、靴箱に手紙なんて……」

後輩「あ、すみません……」


俺は突然照れくさくなって俯いた。


先輩「べつに悪いなんて言ってないでしょ……」

先輩「それで、何の用?」


後輩「……わかってるんでしょ」

先輩「そりゃ、まあ……そのホルンを見たら、ね」

後輩「う……」


俺は自分のホルンを構えて、先輩をまっすぐに見据えた。

そのまま視線を少し上げ、右手の位置を調整し、息を吹き込む。


先輩「……」

先輩「……これって……」

『手紙~拝啓 十五の君へ~』。

先輩の好きな曲。

顧問に無理言って、わざわざメロディーだけ書き換えてつなげてもらったツギハギの楽譜。

おかげで音ミスも多い。

当然吹いてて気になったところはあとから修正を入れたが、それでも完璧とはいかなかった。

先輩もそれに気づいているのだろう、ときどきしかめっ面をしているのが見える。


やっぱりだめかな。 聞き苦しいか。

こんな下手くそな演奏は……。

だが弱気になると、息を入れる量が減って音が出にくくなり、余計に聞き苦しくなる。

最後まであきらめるわけにはいかない。

絶対に彼女の心を動かすと誓って、俺はこの日まで練習してきたのだから。


去年の夏、彼女にもらったアドバイスを思い出しながら吹く。


『正しい音程の音を聞けばちゃんと合うんだから、音のイメージし忘れないで』

『姿勢が悪くなりがちだから、もっと重心を前にして』

先輩「……」


―――

『先輩の音、すごくかっこよかったです!』

『ホルン吹きたいです!』



『せ、先輩……コンクールの練習って、毎年こうなんですか……?』

『この高校、毎年こんなにきつい練習なんですか……?』

『もう無理です、耐え切れないです……』


『……え?やりたいって言って入ったじゃないかって?』

『そ、そうですけど……』

―――

先輩「やりたいっていう、自分の気持ちを信じれば平気……」

先輩「自分の、気持ち……」





なんとか吹き終えられた。

疲れた。めちゃくちゃ緊張した。


後輩「はぁ、はぁ、ど、どうでしたか……?」


先輩は俯き、黙ったままだった。


先輩「……」

後輩「……先輩?」

先輩「……」


後輩「……先輩」

後輩「俺、卒業式でみんなに混ざって演奏したって、絶対……あなたの心は動かないだろうなって思いました」

後輩「だって先輩はうちの部が嫌いなんだから」


先輩「……」


後輩「だから今のは……吹奏楽部の一部員としての俺からじゃなくて」

後輩「ありのままの……俺自身からの、あなたへの手紙です」

すると、先輩がおもむろに口を開いた。


先輩「音ミス多すぎ、遠くまで響いてないし、なんか……幼稚園生の音みたい」

後輩「なっ……」ガーン


先輩「……でも」

先輩「十分上手だった!嬉しかったよ!」


後輩「……!」パァァァ


先輩「心にはちゃんと響いたし!」

先輩「あの部としてじゃなくて、後輩君からのプレゼントだからね」

先輩「君は多分、みんなにないものを持ってるのかも」

後輩「先輩……」



先輩「……やっぱり、似てるなあ……あの人に」



後輩「え?」

先輩「ううん、なんでも!」

先輩「……じゃあ私、帰るね」


後輩「え!?せ、先輩!」

先輩「いい演奏だったよ、じゃあね後輩君」

後輩「あ……」


待ってくれ。

俺がここにあなたを呼んだのは、演奏を聞かせたかったからってだけじゃない。

もしかしたらわかっててやってるんじゃないのか。

この期に及んで意地悪なんて……


後輩「……っ」

後輩「先輩っ!」ガシッ


先輩「……!」


後輩「……あの、えっと……」

後輩「……」

後輩「……とりあえず、一年間お世話になりました」

後輩「先輩が卒業しちゃうのは……すっごくすっごくいやです」

後輩「寂しいし、パーリーやってける自信もないし……」

後輩「……それに、このまま離れていかれちゃったら、絶対後悔するし」

後輩「今、言わないと……絶対後悔するし……」


先輩「……」


後輩「……先輩、もうわかるでしょ」


先輩「……そりゃあね」

先輩「けど、ちゃんと言って」


後輩「……ですよね」

後輩「……先輩」


先輩「……はい」


後輩「好きです……付き合ってください」


先輩「……」

先輩「…いいの?私なんかで」


後輩「あたりまえです」


先輩「……ありがとう」


そう言って、彼女は目元を腕で拭った。

後輩「……先輩?」

先輩「あれ、おかしいな……泣かないって決めたはずなのに」

先輩「だめだ、うれしくて……あはは」

後輩「先輩……」

後輩「先輩は、笑顔のほうが似合ってます」

先輩「なっ……!き、急に照れくさいこと言わないでよ、どうせ泣かせようとしてたくせに……」

後輩「ま、まあ、そうですけど……」

先輩「ほらやっぱり……」

先輩「……まあいいや、そろそろかえろっか!」

後輩「……はい!」


教室から出る二人。


早咲きした山桜が、夕焼けにあてられながら、彼らを彩るのだった。


―終―

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