春香「ドジな私とドジなプロデューサーさん」 (34)

ぽつりぽつりと投稿していきます。

拙い文章ですがよろしくお願いします。

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朝早く、まだ日も出ていない頃、私は自転車に乗っていた。

もう桜が咲く季節だと言っても、この時間帯は風が冷たく肌寒い。

それでも私はこの時間が好きだった。

なんだか意識が安らいで、穏やかな気分になれるからだ。

暫くすると駅に辿り着いた。

自転車を停め、小走りで改札を通る。

どうやら少しばかりゆっくりし過ぎたようだ。

このままでは電車に乗り遅れてしまう。

「——って、きゃあ!」

何もないところでこけてしまった。

はぁ……またやっちゃった。み、見られてないよね?

膝を地面に着けたまま辺りを見回してみるが、駅の中には私以外姿がない

よかったぁ、ほっと息をついて立ち上がる。

ぶつけた膝を見てみるが、何ともない。

怪我をしたら律子さんに怒られてしまうので、また安心。

春香さんは、一日一回以上こけちゃいますけど、怪我だけはしないのです!

そんな風なことを思っていると、電車の発車を知らせる音が鳴り響く。

わわわっ、待ってくださーい!

全力で走ってなんとか間に合い、座席に座る。

「よ、よかったぁ……」

三度目の安心。

ああもう、私のドジの所為で朝から疲れちゃったじゃない。

私のというより、私が、なんだけどね。

「……ふー」

深呼吸して息を整えると、バッグの中から音楽プレイヤーを取り出す。

電車の中では欠かせない、重要なアイテムだ。

流れてくるのは同じ765プロの皆の曲。

皆上手で、楽しそうで、輝いていて。

私の顔は自然に綻んでいた。

私ももっと、頑張らないとね。

早く皆に追いつきたいから。

私が乗ったときはまだ数人だった電車内は、徐々にざわつき始める。

人で溢れかえった電車の中は少し窮屈だ。

それでも私はこの時間が大好きだった。

なんだか意識がはっきりして、一日の始まりを感じるからだ。

目的の駅で降りる頃には、眩しい朝日が辺りを照らしていた。

私はその爽やかな日差しを浴びながら、ゆっくりと歩き始める。

今日も一日頑張るぞー、そんなことを考えながら。

……途中で一回転んじゃったけど。




■ ■ ■ ■




「早速だが天海君、君に専属のプロデューサーがつくことになったよ」

社長室に呼び出された私へと、そんな言葉が投げかけられた。

本当ですか!? 私は前のめりになりながら社長に訊く。

「はっはっはっ、本当さ。待たせて済まなかったね」

「い、いえ! そんなことないです!」

本当は少しだけプロデューサーがいないことが不満で不安だったけど、今はそれよりずっと嬉しかった。

漸く私にもプロデューサーが……なんだか、よりアイドルらしくなってきたかも。

「では早速紹介するよ。君、入りたまえ」

そう言うと、一人の男性が社長室へと入ってきた。

眼鏡をかけた優しげな好青年だ。

一目見た瞬間、なんとなくだけど。

あ、この人となら一緒にやっていけそう、なんて思っちゃった。

あずささん風に言うと、運命、だったのかもしれない。

別の言い方をすると……一目惚れ?

い、いや、そういう意味じゃなくて! プロデューサーとしてだから!

……一体私は誰に言い訳しているのだろう。

それくらいに舞い上がってしまったのだ。

プロデューサーさんは私の前に立つと、ぺこりと一礼してみせた。

慌てて私もお辞儀で応える。

「君の専属プロデューサーをちゅとめさせていただきましゅ!」

「ひゃ、ひゃい! よろしくお願いしまひゅ!」

あうぅ……緊張して噛んじゃったよう——ってあれ?

今、プロデューサーさんも……。

「君ぃ……少し落ち着いたらどうだい?」

「す、すみません! 緊張しちゃって……噛んじゃいまひた」

ぷっ、と私は吹き出してしまった。

プロデューサーさんを見ていると、なんだか可笑しくなってきたのだ。

「わ、笑わなくてもいいだろう!」

「あはははは、ごめんなさいっ。でも可笑しくって」

「君も噛んだじゃないか!」

「ええ。だから可笑しかったんです」

なんだか息がぴったりだなぁ、って。

ううむ、そうなのか……? プロデューサーさんは首を捻っているけれど。

私たち、きっと相性がいいですよ。

「改めまして、天海春香です。趣味はお菓子作りと長電話、一日一回転びます、いぇい!」

「おいおい、自信満々に言うことじゃあないだろう、えーと、春香……でいい?」

少し慎重になりながらも名前で呼んでくれたことが、なんだかとても嬉しい。

うんうん、やっぱり私たちは最高のパートナーになれそうですね!

だったらいいけどな……うん、きっとなれるさ。

そうして二人で笑い合う。

丁度その時、小鳥さんが社長室へとお茶を運んできた。

「あ、音無さん、手伝います——って、うわぁ!」

どんがらがっしゃーん!

足をもつれさせたプロデューサーさんが倒れこんだ。

慌てて駆け寄る私、だったけど。

「大丈夫ですか——ってきゃあ!」

どんがらがっしゃーん!

足をもつれさせてしまいプロデューサーさんの上に倒れこんでしまった。

うう、今日三回目だよ……。

こんなペースで転んだのは久しぶりだ。

「ドジなアイドルとドジなプロデューサー、か。不安だが、良いパートナーかもしれないね」

社長と小鳥さんが苦笑いしている。

良い日なのか、悪い日なのか、よくわからない日だなぁ。

お互いの顔が近くにあることに気づくまで、私はプロデューサーさんの上でそんなことを思っていた。




■ ■ ■ ■




プロデューサーさんと行動することになった私。

独りきりじゃない、それだけでこんなにもやる気が溢れてくるなんて思わなかった。

レッスンもなんだかうまくいっている気がするし、トレーナーさんにも褒められちゃった。

あまり大きなものではないけどお仕事も増えてきたし、ようやくアイドルを始められたんだなぁ、なんてちょっぴり感動してみたり。

ドジは、相変わらずなんだけどね。もちろん、プロデューサーさんも。

「おはようございまーっす!」

今日も元気に765の扉を開く。

春香! と待ち構えていたようにプロデューサーさんが傍に寄ってきた。

どうしたんだろう? 何だか嬉しそうだけど……。

「テレビ出演が決まったぞ!」

その言葉を聞いて、私はバッグから手を放してしまった。

頭が真っ白になるけれど、ドサリとバッグが床に落ちる音で我に返る。

「て、てれびしゅつえん……本当ですか!?」

「ああ、本当だ!」

やったーーっ! 嬉しくなってついプロデューサーさんに抱き付いてしまう。

いきなりの行動にも関わらず、プロデューサーさんは優しく抱き留めてくれた。

「嬉しいです! 私……本当に、嬉しいです!」

「地方の小さな番組だけどな」

「それでもですよぉ!」

まさかテレビに出れるようになるなんて……!

アイドルだったら当たり前なことだけど、私にはたまらなく嬉しかった。

いつも皆がテレビの中で輝いているのが羨ましくて。

私も頑張らないとって、いつも思っていたけれどなかなか上手くいかなくて。

それでもようやくチャンスを掴めたんだ。

プロデューサーさんのおかげで。

プロデューサーさんと二人で。

それからしばらくして、少し落ち着きを取り戻した途端顔が熱くなる。

わ、私……プロデューサーさんに抱き付いてる……!?

今更恥ずかしさを感じて体を離す。

少しだけ、名残惜しかったけれど。

「喜ぶのもいいけど、春香? 大変なのはこれからだぞ?」

「わ、わかってまひゅ」

あうぅ……恥ずかしくて、まともに顔が見れないよう!

どうしてプロデューサーさんは普通に話ができるのだろう。

少しも動揺していない辺り、ひょっとすると私は女の子としての魅力が欠けているのだろうか。

……お、落ち込んでも仕方ないよね! 今は仕事の話に集中しないと!

「それで、どんなテレビなんですか?」

「ああ、料理番組だよ。作るものはアイドル自身で決めていいそうだ」

お料理、かぁ。

たまにお母さんの手伝いはしているけれど、本格的にとなるとちょっぴり不安だ。

うーん、学校の調理実習で作ったのじゃあ物足りないし……あっ。

ふと、私の頭にひとつのアイデアが浮かぶ。

「お菓子じゃ駄目ですか?」

お菓子作りは私の趣味で、それなりに自信があったりする。

たまに事務所の皆に食べて貰っていて、好評なのだ。

プロデューサーさんはなるほど、と言った風に手を叩いた。

「それは春香にぴったりだな。ああ、問題ないよ」

やった。お菓子作りなら手馴れているのできっとドジもしないだろう。

何を作ろうかな、頭に色々なお菓子を浮かべていると。

「そういえば俺、まだ春香のお菓子食べたことないな」

プロデューサーさんがポツリと呟いて、私は驚く。

「そうでしたっけ!?」

「あ、ああ」

「ごごごごめんなさい!」

そういえば最後に作ったのはプロデューサーさんが765プロに来る前だったような……。

さ、最近忙しくて作る暇がなかったんだもん!

プロデューサーさんだけにあげてない訳じゃないですから!

必死に弁明すると、プロデューサーさんは苦笑いで応える。

わかってるよ、今度作った時によろしくな?

そう言うプロデューサーさんの顔を見ると、すぐに食べて欲しい、なんて思った私は、

「じゃ、じゃあ今から作りましょう!」

そんなことを声高々に言った。

事務所に調理器具はあるし近くで材料は買えますし、今日はスケジュールに余裕がありますから!

「確かにそうだけど……いいのか? なんだか催促したみたいで……」

「いいんですよ。ほら、撮影に向けての練習にもなりますし」

プロデューサーさんに作るところを見てもらいたいというのも、理由のひとつだ。

私の勢いに気圧されたのかぎこちなく頷くプロデューサーさん。

「じゃあ、お願いするよ」

「任せてくださいっ」

というわけで。

始まりました、はるるんクッキング!

今日のゲストはプロデューサーさん。頑張って作っちゃうぞー!

……なんて、張り切ってみたものの。

「あれ?」

卵を割るのに失敗してしまった。

「あれれ?」

分量を量り間違えてしまった。

「あれれれ?」

ボウルから零してしまった。

「あれれれれ?」

な、なんで!? いつもは上手くいくはずなのにぃ!

プロデューサーさんも心なしかそわそわしてるし……うう。

なんだかプロデューサーさんに見られてると思うと緊張しちゃってドジばかり。

おかしいなぁ、私、どうしちゃったんだろう?

「よし、俺も手伝うよ」

見ていられなくなったのか、プロデューサーさんが腕まくりをして手を洗った。

お菓子作り、できるんですか?

そんな疑問に誇らしげに頷いて見せる。

「独り暮らしだと時間が余ってな。学生時代、よく作ってたよ」

おお、それは頼もしい。

最初の予定と違うけど、一緒に作るのも楽しいし、いいか。

それに、なんだかこうやって二人並んでキッチンに立っているとふ、夫婦みたいだなぁ——とか思っていると。

「あれ?」

プロデューサーさんが卵を割るのに失敗していた。

「あれれ?」

分量を量り間違えていた。

「あれれれ?」

ボウルから零していた。

「あれれれれ?」

「あ、あの、プロデューサーさん?」

「な、なんでだ!? いつもは上手くいくはずなのにぃ!」

さっきまでの私と全く同じ反応のプロデューサーさんを見て、つい噴き出してしまう。

あはははっ、全然駄目じゃないですか!

「は、春香だって同じだろう! ああ、もう! 笑わないでくれよ!」

そんな風に顔を赤くして反論するのが余計に面白くて、また声をあげて笑ってしまった。

本当、私とプロデューサーさんは似てるなぁ。

特に、ドジなところとか。

私、自分のドジなところが嫌で、なんとか直したいって思っていたけれど。

プロデューサーさんと二人でコケるのなら、それも悪くないかな、なんて。

結局出来上がったクッキーは、どこで間違えたのかしょっぱくなってしまったけれど。

それでも私は、苦笑しながらしょっぱいクッキーを口に運ぶプロデューサーさんを見るだけで、心がいっぱいになる。

こうしてリハーサルは散々な結果だったけど、私の初めてのテレビ出演は上手くいったのだった。

撮影直後嬉しくなって、プロデューサーさんに抱き付いた所為で二人して転んで笑われたのは、いい思い出……かな?




■ ■ ■ ■




料理番組の出演以来、私はすっかり忙しくなっていた。

あの番組がどうやら好評だったらしく、テレビや雑誌、ラジオなどのオファーが増えたのだ。

今日も、雑誌のインタビューのお仕事。

記者さんの質問ににこやかに答える。

「天海さんのの特技のひとつに、よく転ぶ、とあるのですが……」

「あ、はいっ。私、昔からおっちょこちょいでよく転ぶんです。だから特技ですかね、生まれた時からの」

ちらりと背後に視線を向けるとプロデューサーさんが苦笑していた。


誇らしげに言うなよな、なんてことを伝えおうとしているのだろう。

そんな顔したって、これはプロデューサーさんの所為なんですからね?

一緒に転んでくれるプロデューサーさんのおかげなんですからね?

ドジな自分を、好きになれたのは。

インタビューが終わった後、そう伝えると。

「……そうか」

プロデューサーさんはよくわからない表情を浮かべた。

どうしてそんな顔をするんだろ?

その時の私はそれ以上何も言わなかったけれど、でも。

私はもっと考えるべきだったのだ。

どうしてプロデューサーさんがそんな顔をしたのかを。

どうして私がドジな自分を好きになったのかを。

数日後、私はオーディションに落ちてしまった。

絶対勝てるオーディションだったはずなのに、負けてしまった。

いや、この世に絶対なんかないってことはわかってるし、負けた理由もわかっている。

ダンスの途中で転んでしまったのだ。

油断、慢心、そして何よりも。

甘え。

「……春香」

「ごめんな、さい……」

何か言いたげなプロデューサーさんを遮って、謝罪。

私は一体何のことで謝っているのだろう。

オーディションに落ちてごめんなさい?

期待に応えられなくてごめんなさい?

違う、そうじゃない。

そんなことを謝りたいんじゃない。

「私が……」

私がドジな所為でごめんなさい。

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