化け物の綺麗事(17)


深夜。周囲の物音を掻き消す程の豪雨。この町の地理に詳しい人間は決して近付かない場所。

其処には、一軒のビルがある。地元では、曰く付きのビル。呪われていると、言われている。

殺人。集団暴行。自殺。幾つもの陰惨な出来事、事件が、このビルで起きた。

現在、このビルは隔離されている。このビルが、と言うよりは、以前周囲に住んでいた。または以前あった店が、撤退したのだ。

その為、開けた土地にぽつんと残されている。解体の話しも何度か持ち上がったが、結局、実現される事は無かった。



それ故に様々な憶測、噂が飛び交い、今や呪いのビルとして認知されている。

自らをギャングなどと称している少年から青年で構成される集団も、此処にだけは近付かない。

そんな雨降りしきる呪われたビルの中。視界が封じられた暗闇の中で、二つの影が衝突していた。

残されたロッカー、デスク、椅子が、壁に衝突し、ひしゃげ、砕けながら宙を舞う。

それらは呪いや心霊現象などでは無く、二つの影によるもの。

二つの影は、視界が封じられているにも拘わらず、互いが何処にいるのかを確実に察知している。

相当の重量を持った物が衝突する音は、二つの影にしか聞こえない。



「さっさとくたばれ」嫌気の差したような、くぐもった低い怒声を発し、もう一つの影に殴り掛かる。

再び、衝突。直後吹き飛び、壁に打ち付けられる。壁には亀裂が走り、ぱらぱらと破片が落ちた。

「化け物を全て始末出来たら、いつ死んでも構わない」途轍もない力で殴られたにも拘わらず、此方の影は冷静だった。

「てめえも、化け物だろうがよ」声を荒げ、力のままに暴れ狂う影。怒りの形相で再び殴り掛かる。

一方、殴られた影は「見た目は、な」特に気圧されている様子も無く、腰を落とし、拳を躱す。

頭部を掠った拳は壁を砕き、隣のオフィスへ突き抜ける。荒ぶる影の悔しげな舌打ちが鳴った。



「でも、心は化け物じゃない」荒ぶる影とは違い、澄んだ声だった。同時に繰り出された拳は、鳩尾を狙う。

ひび割れる音と粘着くような音が重なる。腹を貫かれ悶絶する影から素早く拳を引き抜き「だから、戦ってるんだ」跳躍。

爪先を頭上高く上げ「終わりだ」と平坦な声で告げると、影の脳天に踵を打ち下ろした。

鳩尾に風穴を空けられた影。それは懇願するように見上げ、何かを口にしようとしたが、一瞬にして頭部は消失。

最期を伝える事も無く、頭部を失った体は、もう一つの影の足下に崩れ落ちた。


「罪を憎んで、人を憎まず。なあ婆ちゃん、今はそんな時代じゃないんだ。教えられた事を守れなくて、ごめんな。何で、こんな風になっちゃったのかな」

血に染まった右手と右足首を悲しげに見つめながら。足下にある化け物を哀れみながら。

優しい影は、亡き祖母に訊ねた。


オリジナルで厨二、多分名前付ける。短いけど今日は終わり。


重機で破壊したように崩れている場所、手付かずのまま保たれている場所。その違いは一目瞭然。

それは彼等が闘った場所と、そうでは無い場所。

二階東廊下から三階への階段には、大小様々な形の穴や亀裂。三階のオフィスは、室内で竜巻が発生したかのような状態。

変形した椅子やロッカーが、天井や壁に突き刺さっている。だが、多く穴や亀裂は、全て彼等の拳や蹴りに因るもの。

それらは全て、たった二人の闘いの結果。長引けば、ビルが倒壊していても可笑しくはなかっただろう。

そもそも、二人が化け物。異形、怪物でなければ、ビルがここまで損傷する事も無かった。



「こんな椅子、本当にあるんだな。座り心地も良い」偉ぶった重役か、マフィア映画のボスが座っているような。肘掛けの付いた椅子に寄りかかりながら、暫し目を閉じる。

だがもし、戦闘が町中で繰り広げられれば、この程度では済まなかったであろう。

闘った相手があの男だったから、この程度で済んだのかもしれない。見かけ通り、腕力にものを言わせる戦術。

いや、戦術と言えるかどうかも怪しい。闘ってきた相手が弱かったのか、それとも、戦闘経験が浅いのか。

などと考えながら「寒い」フードを被り、縮こまる。高級な椅子に浮浪者が座っているような、あまりにアンバランスな組み合わせ。

右に左にと落ち着き無く体を揺さぶるが、流石に寒さに耐えきれなくなったのか、若干名残惜しそうに立ち上がり、一階へと歩き出した。



最上階の四階から、一階へと階段を駆け下りる。割れた窓からは、雨風が容赦なく吹き荒れている。

一旦立ち止まり、真夜中の空を眺め、今晩中に止むことは無いだろうなと思いながら、瓦礫や垂れ下がる蛍光灯を避け、再び駆け出した。

「持ってくか」一階西側から地下へ、厚い扉を蹴破り侵入した場所は倉庫。其処で、梱包された毛布やソファを発見。

倉庫内は広く、長らく放置されていた為かなり埃っぽいが、先程までいた四階よりは随分暖かかった。

埃の所為で終始くしゃみをしながら、気に入った毛布とマットレスを手に、損傷の少ない四階を目指す。



「よし、出来た」倉庫内を物色したところ、展示用の家具等があった。めぼしい物を手に、何度か往復。漸くベッドが完成した。

雨に濡れた服を脱ぎ、絞る。生乾きなのが気持ち悪いのか、服はデスクの上に置き、下着姿のまま毛布に入る。

重ねた毛布の中に潜り「やっと眠れる」眠りに就こうとした時、気配を感じ取った。その感覚は、慣れ親しんだもの。

「明日じゃ駄目か。眠いんだ」見えざる何かに語り掛ける。毛布から出ない事から、本当に眠いのだろう。

それから数秒、沈黙が場を包んでいたが「私、戦えないです。あの、私も此処に居て良いですか。行く場所が無くて」と、思い掛けない返答。声は、少女のものだった。

声から察するに、六、七歳だろうか。たどたどしく、恐る恐る言葉を発しているのが分かる。



しかし事情がどうであれ、こんな夜更けに、ましてこんなビルに、少女が一人でやってくるなど怪しい。

化け物に、容姿は関係無い。この少女が、先程闘ったスーツの男のようになる事も、十分有り得る。

もしや相当な実力者ではないのか。と、疑念を抱きながら身を起こす。


「姿を見せてくれないか。いや、そうじゃなくて。その、違う方を、呼んで欲しいんだ」物陰から姿を現した少女に向けて、素早く着替えを済ませ、告げる。

「あっ、はい。分かりました」その言葉の意味を理解したのか、少女は瞳を閉じ集中し始めた。

小さな拳を力一杯握り込む。額に汗が伝い、体は小刻みに震えている。

その様子を眺めながら、いつでも動ける体勢を取る。見た目が当てにならないのを、良く知っているから。

少女の態度や言動に偽りは無いと、そう思いたいのだろうが、疑う事に慣れてしまっている。

その後、やや時間が掛かったが「あの、遅くなってごめんなさい。まだ、慣れてなくて」直後、体は揺らめき、少女と入れ代わるようにして、全く違う生物が姿を現した。


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