貴音「妖精の居場所」 (30)


 自分の居場所というものは、砂上の楼閣のようなものです。
 確固たる地位などは存在しません。

 自分の居場所が不動のものとなったと慢心した時に、それは少しずつ崩れていくのですから。

 トップアイドルまで、あと一歩。

 そこでわたくしは、慢心したのでしょう。


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 ――961プロを解雇された翌日。
 わたくしと響、美希は元所属先に集まっていました。

「……入るぞ」

 と、先陣を切るのは響。
 美希は変装用の黒い帽子をかぶって、俯いたままです。


 961プロダクションの本社は、鴉の羽根のような真っ黒で。
 此処の所属アイドルだった時には気づかなかったような、気味の悪い色。

 自動ドアが開いた後に、一瞬で響が警備員に掴まれました。

「うぎゃあ! 何するんだ!」

「社長に『部外者を事務所に入れないように』と言われておりますので」

「なっ、ちょっと待っ……」


「響、大丈夫!?」

「追い出されちゃったな……どうしよう」

「貴音、どうするの? 響が突入しないと、何も始まらないの」

「……打つ手がありませんね」

 美希と響は気を落とします。
 わたくしはどうすることも出来ず、口から溜息が漏れました。


 そしてわたくし達は再び作戦会議をするために、喫茶店に戻ってきたというわけです。

「……申し訳ありません、ふたりとも」

「いいの。貴音が昨日からずっと考えてくれたこと、知ってるから」

「自分も満足してるぞ。黒井社長の考えてることもハッキリした」

 ……解雇されたその日に、わたくしは961プロに戻るための策を考え、ふたりに伝えていました。
 きっと黒井殿も熱くなってクビだと叫んだだけだ、と。


 響を先頭に、わたくし、美希で事務所のビルに入り、社長と会う。
 それが”ぷらんB”。

 正面から突破できないのなら、どんな手を使ってでも社長室へと潜り込む。
 響とわたくしで警備員をのしている間に、美希が突入。
 それが”ぷらんC”でした。

「……ダメだったね」


 美希がポツリと呟くと、この空間を暗い雰囲気が包み込みました。

「……自分たち、もうアイドルとしてやってけないのかな」

「どうしてそう思うのですか?」

「黒井社長、今までいろんなアイドルに妨害とか、してたんでしょ」

「……ミキ、黙っててって言われたんだけど」


「え?」

「ハ……765プロのプロデューサーから聞いてたの。黒井社長がヘンなことしてる、って」

 美希はゆっくり、黒井殿が今まで765プロにしていた妨害を語りだしました。

「ちょっと前に、フェアリーと765プロの春香の対戦ステージがあったでしょ」

「ええ」

「あれ、八百長だったって」


「八百長……?」

「ど、どういうことなんだ!」

「審査員が全員社長の集めた人だった、って聞いちゃったの」

 わたくし達はいつだって本気で歌を歌っていました。
 トレーナーに指導された通りに、それ以上に。


「……ミキたち、八百長なんかじゃなくても……勝てたよね?」

「勝てたよ、絶対」

「……信頼されていなかったのですね」

 自社のアイドルを八百長で勝たせる。
 そんなことは、勝てるかどうか信頼できていないから。

 負ける可能性が少しでもあるから、審査員を手駒で埋めたのでしょう。


「ミキたちの居場所なんか、最初から無かったんだね」

「居場所……か」

 響がアイスココアのグラスに入っている氷をストローで回します。

「フェアリーは不安定な場所で踊っていた、ということですね」

「……こんなに簡単に居場所がなくなるなんて、思わなかったの」

 突然の開催が決まった765プロとの対決ライブ。
 そこで敗れてしまったわたくし達に待っていたのは、解雇通知書でした。


「いいよな、765プロはさ」

 響は腕を組んで、大きく椅子の背もたれに寄りかかりました。

「ずーっと馬鹿にしてたけど、やっぱり仲間が居ないと」

 孤高は強くなんか無い。寂しいだけだぞ。
 と、響は呟きます。


 居場所は人それぞれです。仲間、家族、恋人。
 王者は孤高であれ、が社訓だった961では、ユニットは一緒でもわたくし達が真の友人となることは出来ませんでした。

 誰のせいでもありません。距離感をうまく掴めず、なあなあにしたまま放置してしまっていたのですから。

「……765プロなら」

「え?」

 わたくしは思わず、戦って敗れた相手の名前を口に出していました。


「765プロなら、わたくし達の居場所が出来るやもしれません」

「……移籍、ってことか」

「無理だよ。ミキは飛び出してきたし、みんなにいろいろ酷いこと……」

 ……そう、ですね。
 わたくしも彼女らには、心ない言葉を浴びせてしまいました。


 それがたとえ、961プロの四条貴音として必要な言動だったとしても。
 孤高な王者としての体裁を保つための行動だったとしても。

「……許されないことですね」

 響も美希も、静かに頷きました。

「自分たちの道は、自分たちで切り拓かなきゃ」


 強い意志を持った響の瞳。
 今までちゃんと見つめたことのない瞳に、勇気をもらいます。

「……貴音、電話だよ?」

 美希が指をさす先、わたくしのコートのポケットが振動していました。
 慣れない操作をこなし、誰から電話がかかってきたのか確認します。

「……」

 765プロのプロデューサー。


『よう、貴音』

「もしもし、昨日はお疲れ様でした」

『ああ……お前たちのことはもう聞いているよ』

 プロデューサーは淡々と話していきます。

『今朝のネットのニュースで確認した。961のウェブサイトにもあるから本当なんだろう?』

「はい」


 声色がふと、変わりました。

『……美希と響は一緒か?』

「ええ」

『それなら都合が良い。伝えたいことがあるんだ』

「伝えたいこと、ですか?」

「ねえ貴音……誰と話してるんだ?」


 響の問いに、わたくしは電話を耳元から離して答えます。

「765プロのプロデューサーですよ」

「ハニーと!?」

 美希が机に身を乗り出しました。

『どうした?』

「いえ。どうぞ、要件を」


『それじゃあ、遠慮なく』

 それは、ずっとフェアリーを気にかけていたあなた様が言うことを予想できた言葉。

『君たちプロジェクト・フェアリーの3人を、765プロに招き入れたい』

「……あなた様」

 少々お待ちください、とわたくしは通話を保留にします。


「美希、響。765プロからわたくし達に”すかうと”です」

「え……? 自分たちを必要としてくれてるの?」

「ハニーも、みんなも……」

 わたくしは一拍置いて、

「ふたりとも、勝手ですが、わたくしは今の実力で765プロに移籍する予定はありません」

「え?」


「このような中途半端な練習のまま、かつての好敵手と一緒の仕事は受けられません」

「……貴音はすごいの。ミキだったら、喜んで飛びついちゃうのに」

「自分も。あはは、自分で切り拓くとか言っておいて、完全にその気だったぞ」

「ですからふたりは、先に765プロに入って――」

 レッスンに励んでください、と言おうとした所で、二人の声が綺麗に重なりました。

「「やだ!」」


「え……?」

「自分、貴音より歌もダンスも自信ないぞ! だから、移籍する前にもっと練習する!」

「ミキも! こんな調子で戻ったんじゃ、春香にも、千早さんにも、でこちゃんにも笑われちゃうの!」

「――なら、それがわたくし達が居場所を見つけるまでの通過点、でよろしいですね」

 その居場所に届いて、今後もそこを守っていくためならば。
 わたくし達は、もっともっと鍛錬を積まなければなりません。


「――お待たせいたしました」

『おう。さっき伝え忘れたんだけど、フェアリーのプロデュースはちゃんと今までの』

「あなた様」

『ん?』

「765プロへ移籍するお話ですが……まだ、保留とさせて下さい」

『……へ?』

 今まで聞いた中で、一番のプロデューサーの間抜け声。


「慢心せず、常に向上心を持つことが必要だと……わたくし達は考えました」

『……それは大切なことだけど』

「わたくし達はまだ、765プロに相応しくないのです」

 プロデューサーは何も言いません。
 否定したいのか、肯定するのか。きっと、どちらでもないのでしょう。
 未知数のことは、誰にもわからないのですから。


「ですから、フェアリーが765プロに相応しいアイドルとなるまで」

『……』

「待っていただけませんか?」

 目の前には、緊張をしているのかこちらを見つめたまま動かない響と美希。

『……分かった』


『俺たちは、いつでも待ってるからな。だから、一回り大きくなって入って来い!』

「はい……ありがとうございます」

 トップアイドルの座は、遠のきました。
 今では星よりも遠く感じてしまいます。

 わたくし達の新たな居場所が、765プロとなるように。
 今はただ一歩ずつ、三人で歩を進めていきましょう。

 それがきっと、頂点に立つ者にとって大事なことなのですから。


 苦悩するお姫ちんはかわいいですね。
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

まだ続けてくれよ!フェアリーのSS少ないから期待してるんだからさ
響かわいいよ響ハァハァ

貴音きゃわわ

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