男「一目惚れでした」 (47)

2回目のSSです。

屈折した青春時代を振り返って書きたい衝動に駆られました。

よろしくお願いします。

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彼女を初めて見たのは高校の入学式の時だった。

クラス分けに騒ぎ浮かれる周囲とは違い、彼女はどこか憂いを帯びたような横顔をしていた。

長く伸びた黒髪は腰まで届き、長い睫毛と大きな瞳を兼ね備えていた。

綺麗だった。

素直にそう思った。

中学時代は甘酸っぱい愛や恋に憧れを抱きながらも、昔からの幼馴染が付き合い始めたことで初恋は終わった。

それからのことは詳しく語らない。

俺が悪かったのかは分からないが、なまじ成績も良かったのでイジメの対象にはなった。

逆恨みも甚だしいが、誰かと遊ぶ予定さえない俺には勉強しかなかった。

そのせいで女の子が寄り付くどころか、親友さえもマトモにできなかった。

唯一、出席番号が近かった理由で仲良くなった彼は転校してしまった。

そんな散々な中学時代を終え、皆と同じ様に普通の地元の高校に進学した。

彼女が視線に気付きこちらに顔を向けるが、反射的に明後日の方向へ体後と反らした。

顔が火照っているのが自分で分かり、恥ずかしさに拍車がかかる。

冷静になるために大きく息を吐き出し、1人でこれから1年間過ごすクラスへと向かった。

これから始まる高校生活に明るい希望と華やかな青春は期待していなかった。

新入生の半分は中学と変わらないメンツであり、最低でもクラスの4分の1は見知った顔がいる。

最初は親しい仲間内で、その後は新しいクラスメイトの中で、そして部活の同級生へと俺の事は広まるだろう。

万年ボッチくん。

いや、それは俺の妄想被害だろう。

きっと誰も俺の事なんて気にも留めない。

ひっそり1人でクラスの空気に溶け込んでいくだけだ。



そう思っていた俺の高校時代は脆くも壊された。

彼女は同じクラスメイトだった。

あの可憐で繊細な美少女が俺の前に再び現れた。

思わず目で追ってしまう。

しかし直ぐに頭の中で冷静さを取り戻し、彼女から視線を外して新入生手引きを開いた。

こんな物に興味はないが、そうするしかなかった。

明らかに心臓は高鳴り、こんな自分がとてつもなく恥ずかしかった。

恋愛をバカにさえしていたこともあった。

横文字の彼氏が死ぬケータイ小説の類は胸糞が悪くなるほど嫌いだった。

あれで涙を流す連中の気が今でも知れない。

ライトノベルの類はちまちま読んでいたが、斜め読みで中身をあざ笑うかのようにページを捲っていた。

あんなことはありえない。

誰も主人公にはなれない。

パンを咥えた少女と道角でぶつからない。

空から少女は降ってこない。

異世界の窓から少女は現れない。

惑星宇宙機構の少女に窮地を救われない。

友達を作るためのハーレム部活はない。

人気選挙で生徒委員を選ぶ学園はない。

元アイドルは学校に来ない。

階段を踏み外した少女は受け止められない。

練習中の魔法が当たる事はない。

超能力などを探す部活に勧誘されない。

男性嫌いの店員がいるファミレスで働けない。

偽りのために彼氏彼女の関係は築かない。

偶然にも彼女と同じクラスになったわけだが、だから何かがあるわけではない。

人生はそう甘くない。

頭の中に浮かぶ思春期特有の邪念を打ち払い、黙々と興味がない新入生手引きを捲った。

そのうちに知らない大人が現れて、クラスの担任だという。

その後は長く眠い入学式が終わり、明日かの予定を聞かされて解散。

親しい仲良し同士で部活の見学に行く者たちと多くすれ違いながら1人で家に帰った。

それから幾ばくかの時が過ぎ、クラスメイトは皆の名前と顔が一致するほどの具合になった。

新しい環境に慣れながらまだどこか初々しさを残し、楽しい高校生活がようやく幕を開ける中、俺はまだ袖に隠れていた。

部活に入るつもりはなかった。

委員会は割り振りで決められたが、さほど仕事もない保健委員になった。

クラスメイトと挨拶程度の会話はするが、隣の席の奴の下の名前は知らず、何に興味があるのかなど知らなかった。

ただ彼女の名前は覚えた。

森川愛子(モリカワ アイコ)、部活は無所属だが、図書委員のため当番週は放課後は図書室にいる。

森川さんはクラスの女子の中でもレベルが高かった。

隣の席で男たちが話す会話の中でも、なかなかの美少女だと噂していた。

もの静かで落ち着きがあり、同い年の女子よりも思慮深い彼女。

何かを期待していた。

それは当然のことだと思う。

散々頭の中で夢のようなフィクションのような出来事はありえない、と考えながらも何を間違えたか期待はした。

一緒の帰り道になるだとか、休日偶然出会うなど。

放課後の図書館にも頻繁に足を運んだが、期待したようなことは起こらなかった。

半年が経ちそれらを振り返ると恥ずかしくて死にたくなる。

それからさらに時間は流れる。

一通りの高校生らしい行事を経験し、それなりの空気を楽しんだ。

その熱は行事が過ぎればあっという間に冷め、あの頃の初々しいしさは消え、あの頃と同じ3回目の春がきた。

3年目のクラスメイトに新しさはない。

初対面である人間はいないが、親友と呼べる人間もいなかった。

高校生活はこのまま終わり桜も散って冬になれば、こぞって皆が受験、受験と頭を悩ますのだろう。

森川さんもまた同じなのだろう。

3年目も偶然に同じクラスになった彼女だが、今のところ交わした会話は「おはよう」と「さよなら」くらいだ。

そして今この高校生活で最も彼女に一番近いところにいる。

彼女の背中を前にして俺は本のページを捲る。

心の奥が妙にざわつくが、それはすぐさま静寂な波へと変える。

何も余計な事は考えるな。

俺が考えているような出来事にはならないのだから。

決して口には出さず、誰にも話す事なく。

俺の高校時代が幕を閉じる。

それでいい。

それでいいんだ。

「あんた、愛子さん好きなんでしょ?」

図書館で勉強するのは日課になっていた。

学校の図書館は利用者がとても少なく、俺には理想的な環境だった。

だが、俺は幼馴染が委員会に入っている事を知らなかった。

「なんだ急に」

図書室は2人しか居らず声のトーンに気を使う必要がない。

「だってあんた、決まって愛子さんが当番の週は来ないらしいじゃん」

その通りである。

とてもじゃないが彼女と対面せずとも2人きりになる空間に耐え切る事ができなかった。

頭の中の妄想が暴走し、その度に自己嫌悪が走る。

思春期特有という言い訳は逃げでしかないが、本当に彼女の前から逃げる事しかできなかった。

「だから好きっていう理由にならないだろ」

「幼馴染舐めんな」

この女のいう事は無視して数学の問題を解きすすめる。

話すのは実に数ヶ月振りだが、相も変わらず態度の悪い女である。

「私知ってるよ」

「…………」

「あんたが私の初恋だってこと」

シャーペンの芯が折れる。

6の数字が変なところで途切れ(のように見える。

「知らないとでも思った?」

にやついた顔が気に入らない。

何をこいつはそんなに面白いのだろう。

「だからどうした」

「別にー。ただ、あんたが舐めていたもんだから」

どうしてこうもパーソナルスペースに土足で入り込める女なのだろう。

気に食わない。

何もかも気に食わない。

「で、あんた本当に愛子さんのこと好きなわけ?」

「……そうだよ」

短くそう言い切って問題を再び解き進める。

「なんで告白しないの?」

「…………」

「好きならすれば良いじゃん?」

「…………」

簡単に言ってくれる。

こいつは何も考えていないのではないだろうか。

クラスに親友もいなければ、活発で明るいわけではない。

寧ろ真逆に鬱々と本を読んで、下を向いて歩くような男と彼女が付き合えるわけはない。

天秤に乗せるまでもなく釣り合わない。

分かるだろ。

世の中にはバランスが大事な事くらい。

カースト底辺が逆転勝利するサクセスストーリーは常に大衆が望むもので、現実ではない。

「私、あんたのそういうとこが嫌いだった」

「あ?」

「そうやって傷付くのが怖くて、結局何もしないままウジウジしてるあんたが」

「そんなの、勝手だろうが」

「悲劇のヒロイン気取ってさ」

「俺は男だぞ」

「根性無しの腑抜けは男だろうが、お姫様だよ。お・ひ・め・さ・ま」

「お前は俺に何がしたいんだ? 勉強の邪魔なら帰れ」

「あんた分からないの?」

「分からないな」

そう言い切って問題へ取り組む。

今日分のノルマがこいつのせいでこなせそうにない。

久々に会話をしたかと思えば、俺をバカにしてきただけか。

「うっ……バカ、ぐす」

幼馴染の目には涙が溜まっていた。





「お、お前何泣いてんだよ!?」

「お前は大馬鹿野郎だっつってんだよ!!」

「はぁ!?」

話の辻褄が見えてこない。

こいつは何を泣き出して、怒っているのか。

俺には分からない。

「お、お前何泣いてんだよ!?」

「お前は大馬鹿野郎だっつってんだよ!!」

「はぁ!?」

話の辻褄が見えてこない。

こいつは何を泣き出して、怒っているのか。

こんな風に取り乱している幼馴染は初めて見た。

相当こいつは混乱しているが、俺も混乱している。

「なんで好きだって言えないの! 簡単な事じゃん!」

「ちょ、落ち着けよ。何をお前は取り乱してんだ?」

「あんたの態度だよ!! ムカつくんだよ!! 自分の事をどこまでも卑下に見て、何もしないまま勝手に終わらせようとしているあんたがさ!!」

涙を零しながら罵声を浴びせられる。

何をこいつは熱くなっているのか。

「仕方ないだろうが。俺を見ろよ? 何の取り柄も魅力もない男だぞ」

「だからって何もしないのは違うでしょ!!」

「どう考えても釣り合わないだろ。俺が手を出したところで届かない高翌嶺の花だ」

「それは!! ……………私に対しても思っていた事なの?」

「…………ああ」

その瞬間叩かれた。

頬を思いっきり振り抜かれ、驚きの後で痛みがきた。

「それは……優しさなんかじゃない。あんたは甘えてる。

「…………ああ」

その瞬間叩かれた。

頬を思いっきり振り抜かれ、驚きの後で痛みがきた。

「それは……優しさなんかじゃない。あんたは甘えてる。傷付くのを怖がってるだけ」

叩かれた頬を抑えながら幼馴染の言葉に耳を傾ける。

そんなことはとうの昔に分かっていた。

ただ俺はそれを正当化し逃げていた事も。

だが、俺には逃げる事しかできなかった。

俺のせいで傷付いて、誰かが泣くのはもう見たくなかった。

幼馴染が初恋だが、二度目の恋は一目惚れじゃない。

中学生3年のとき転校して来た女の子のことが好きだった。

彼女の名前は森川愛子(モリカワ アイコ)。

偶然にも俺が三度目の恋をした人物と同性同名だ。

俺が彼女のことが好きだという噂がどこからか広まり、文化祭前くらいに少しだけ騒ぎになった。

しかし、同じクラスメイトの男も同じく恋心を抱いていた。

俺は当然告白どころか何も素振りさえ見せない様にした。

そのうち風の噂で二人はくっ付いたとかなんとか聞いた。

しかし、彼女だけは夏休みが明けてから消えた。

理由は詳しく知らない。

ただ彼女が実は俺の事が好きで、別の男と付き合っている事に負い目を感じ消えたとか。

そんなこと中学女子が考えるような事ではないと俺は思っていた。

担任だった先生も親の都合で転勤だと言っていた。

クラスの誰もがその話に納得し消えた彼女の事を残念に思っていたが、付き合っていたであろう男は噂を真に受けた。

そして最終的に中学のアルバムには2人の人間が載らなかった。

今でも引きずっている。

消えた彼はどこで何をしているのか。

名前もロクに覚えていないが、告白する勇気もない俺が好きになったせいで彼は辛い思いをしただろう。

そのことが頭をよぎるたびに俺はより一層想いの丈を伝える事に抵抗を感じていた。

「あんたが、誰かを傷つける事を怖がっている理由も知ってる……」

だろうな。

「…………」

「けど、傷つけた痛みは分かち合えるよ」

ホントにそうか?

「…………」

「傷付いて、傷つけて、傷つけ合って。どんな心の傷も若さがまだ薬になるから……」

「…………ハッ」

「な、何がオカシイの!!」

「何言ってんだよお前は。青臭い事ツラツラ述べて恥ずかしくないの?」

「だ、だって、あんたが本気だったら背中を押したかったの!!」

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