由比ヶ浜「悪魔様は、あたしかもしれないじゃん」 (121)

 

居酒屋


「「カンパーイ!!」」カーン!!


平塚「いやいや、早いものだな。君達も、もう社会人か!」

雪乃「先生、私達はこの春でやっと大学二年生です。まだお酒は入っていないでしょう」

平塚「ん、そうだったか? あっはっはっ、私の記憶力も落ちたものだ。…………歳か」ガクッ

雪乃「自分の言葉で落ち込まないでください」

結衣「せ、先生はまだまだ全然若いですってばー!」

平塚「本当か由比ヶ浜! まだ十代でもいけるか!?」

結衣「……それは無理かも」

平塚「…………」ズーン

戸塚「え、えっと……でも、大人の魅力っていうのがあると思いますよ!」

平塚「……君は本当にいつになっても可愛いなぁ」ナデナデ

戸塚「えっ……あ、ど、どうも……?」
 

 
雪乃「そもそも、私達だって今年で十代は終わりですよ」

平塚「ほう……そういえばそうだったな。ふふふ、早いぞ二十代は。気付けばすぐそこまで闇が迫っている……」ニヤ

雪乃「それが教師が教え子に言う事ですか」ハァ

結衣「やー、でもなんか実感湧かないなー。だってあたし達もう大人ってわけじゃん」

戸塚「うん……何て言うか、自分が働いて家庭を持って……とか想像できないよね」

雪乃「……あの、失礼かもしれないけれど、戸塚くんは女性と結婚するのかしら、それとも男性?」

戸塚「お、女の子と結婚するよ!」

結衣「あははっ、でもさいちゃんって女の子ともすぐ仲良くなれるし、案外一番早く結婚したりして!」

平塚「私より早く結婚する場合は式は行かないからな」グビッ

雪乃「先生……すごく大人げないです」

戸塚「えっと、ぼくはまず結婚の前にお付き合いもした事ないから、先はまだ長いと思うよ」

平塚「というか、彼氏がいないのは雪ノ下も由比ヶ浜もなんじゃないか?」

雪乃「……私と釣り合う男性なんて中々いないので」

結衣「ていうか男子ってみんな下心ありすぎだしマジキモい!」

戸塚「そ、そんな事ないよぉ……」

 
結衣「あっ! ご、ごめんさいちゃん! つい女子会のノリで……!」アタフタ

平塚「確かに由比ヶ浜はかなりスタイルがいいからな。男の目も集めてしまうだろう」

雪乃「……また少し大きくなった?」

結衣「う、うん、ちょっと……あはは」

雪乃「…………そう」

平塚「はっはっはっ、そんなに気にするな雪ノ下! しかし陽乃はそれなりのものを持っているのに、どういう事なんだろうな」

雪乃「別に私は気にしていません。こんなもので私のステータスは決まりませんから」

結衣「そうそう! そりゃ外見も大事だけどさ、中身もすっごく大事だし!」

戸塚「そうだよね……ぼくももっと男らしくならないと……」

平塚「いや戸塚はいいんだ。いつまでもその可愛い戸塚でいてくれ」ガシッ

戸塚「えっ、ええっ!?」

結衣「せ、先生もかなりさいちゃんラブですよね。ヒッキー程じゃないにしても…………あっ」


「「…………」」シーン


結衣「ごめん……えと、その」

 
雪乃「ふふ、そうね。あの男は戸塚くんへの愛だけは、最初からやけに真っ直ぐだったわ」

結衣「ゆ、ゆきのん……」

雪乃「そんなに神経質になる事ないじゃない。『何で俺の名前が出ただけで空気が凍るんだハリポタの「例のあの人」かよ、アバダケダブラすんぞ』とか言われるわよ」

平塚「……ぶっ!! あはははははははははははははははっ!!! 上手いな雪ノ下、確かに言いそうだ」

雪乃「彼の恋人からオーケーがでる出来だったのであれば私も満足です」

平塚「お、どうした雪ノ下。実はまだ未練たらたらというわけか?」ニヤニヤ

雪乃「えぇ、そうですね。基本スペックは概ね勝っていたつもりでしたから。特に年齢とか」

平塚「言ってくれるなぁ……」ゴゴゴゴゴゴ

結衣「ちょ、ちょっとちょっとケンカとかやめてよ! もう、結構酔ってるでしょ二人共!」

戸塚「……でも、やっぱり早いね。あれからもう一年なんだから」

結衣「…………うん」

平塚「こらこら、湿っぽい空気になるな。それこそ、もう一年なんだ。いつまでも立ち止まっているわけにはいかないだろう」


陽乃「あはは、よく言うよ静ちゃんっ! あれからめっきり婚活とかしなくなったのに!」

 

 
結衣「あ、陽乃さん……!」

陽乃「ひゃっはろー! ごめんごめん、遅れちゃって。みんな変わってないねぇ」

平塚「陽乃、それは別に比企谷がどうというわけではない。ただ単に、ああいうのでまともな男がかかった試しがないから止めているだけだ」

陽乃「ふーん、そう? それならいいんだけど。でもいいよね、こういうの! 恋バナとか女子会らしくて!」

戸塚「だ、だからぼくは男なんですけどぉ……」

陽乃「男の娘なら問題なし!」ビシッ

雪乃「……例え恋愛話だとしても、その対象が故人という辺り、やはり何かおかしいと思うけれど」

陽乃「んー、まぁ、それもそっか。でも本当にまさかだったよね、比企谷くん。いきなり通り魔に襲われるなんて世の中も恐い恐い。みんなも気を付けないとね」

戸塚「学校の近くだったから、あの後は何日か休校になったり、先生が通学路に立っていたりしてたよね……」

結衣「ヒッキー……」グスッ

陽乃「よしよし。まったく、こんな可愛い子達を泣かせるなんて、比企谷くんも中々の男だったわけだ」ナデナデ

雪乃「……姉さんは何か知らないのかしら。いえ、知っているのでしょう、何でも知っているのだから」

陽乃「あははっ、どうしたの雪乃ちゃん。そんな意地悪言わないでよー、何でも知ってるなんて格好つけに決まってるのに」

雪乃「もう一年も経つのに、結局あの事件の真相は何も分かっていないわ。比企谷くんの死、そして相模さんの失踪。これって」

陽乃「怪異が関わっている、とか言いたいのかな? 雪乃ちゃんの蟹、ガハマちゃんの猿、戸塚くんの蛇、静ちゃんの猫と同じように」

 
雪乃「……えぇ、その通りよ」

陽乃「何でもかんでも怪異のせいにするっていうのはどうかなー。ていうか、みんなも怪異の事はもう知ってるんだっけ?」

平塚「陽乃が私達に説明したのだろう。私としても自分の身にあんな事があったのだから、信じないわけにはいかなかった」

陽乃「あれ、そうだっけ? んー、記憶力落ちちゃって、私も歳かなぁ」ハァ

雪乃「ごまかさないで。それで、どうなの。教えるの、教えないの」

陽乃「そんな知ってる前提で、全能前提で訊かれても困るなぁ」

戸塚「え、えっと……ぼく達で少し考えた事はあるよね。八幡と相模さんが関係している怪異って言ったら、あの時の蛇なんじゃないかって」

結衣「……うん。それはあたしも一緒に居たから覚えてる。でもあれって」

陽乃「そ、あんなのは発動しない呪いだよ。まず発現自体しない怪異についてあれこれ言っても仕方ないでしょ」

雪乃「その件に関しては私は部外者だったのだけれど……でも、結果的に比企谷くんは相模さんに仕返しをした、という事なのよね」

陽乃「何を言いたいのかな雪乃ちゃんは。もしかして相模ちゃんが比企谷くんをやっちゃったとか?」

平塚「なっ! おいそれはいくら何でも」

雪乃「可能性としてはあるわ。女子高生の失踪という事で、相模さんは一貫して被害者扱いされているけれど、本当は」

陽乃「可能性の話をしていたら切りがないよ。それこそ、実は犯人はこの中に居る、なんていう事もあるかもしれない」

戸塚「えっ……!」ビクッ

 

結衣「や、やっぱり、もしかしたら……あ、あたし……なのかも……!」ブルブル


平塚「由比ヶ浜、何を言っている。そんな事あるわけないだろう」

結衣「だ、だって、あたしにはこの腕があるから! だから、また、ゆきのんの時みたいに……!」

雪乃「それはないわ、由比ヶ浜さん」

結衣「……え?」

雪乃「もちろん慰めで言っているわけじゃない。簡単な話よ。そもそも、その腕が比企谷くんを攻撃できないのは、私の件で分かっている事でしょう」

結衣「それは……そうかもしれないけど……」

雪乃「その腕の狙いは、比企谷の近くに居た私。だけど今は表の願いである『比企谷くんと一緒にいたい』という事が決して叶わないものになってしまった」

雪乃「だから姉さんも、私と比企谷くんの関係性を由比ヶ浜に教えても大丈夫だと言ったのでしょう。もう隠す必要はないって」

陽乃「うん、そだね。ここで雪乃ちゃんをぶっ飛ばしちゃっても、比企谷くんと一緒にいられるわけじゃない。それなら腕は余計な事はしない」

結衣「……本当にごめんね、ゆきのん。私のせいでヒッキーと堂々と会えなくて……私はそういうの全然知らずにヒッキーと楽しく……」

雪乃「もうそれはいいって言っているじゃない。別に気にしていないわ、由比ヶ浜さん」ニコ

戸塚「うーん……じゃ、じゃあ、八幡の事件に蛇も猿も関係していないっていう事は……やっぱり怪異の仕業とかじゃないのかな」

平塚「……やはり、通り魔なのだろう。生徒の管理を怠った、私達教師の責任だ」

 
結衣「そ、そんな! あの時は先生が一番辛かったのに……!」

雪乃「一つ、腑に落ちない点があるわ」

陽乃「なになに、まだあるの雪乃ちゃん」

雪乃「えぇ。さっき言ったように、由比ヶ浜さんの腕は、もう願いを叶える事はできなくなった。でも、それなら」


雪乃「――なぜ、まだ彼女の腕は元に戻っていないのかしら」


結衣「……? でもこれは成人するまで治らないって…………」

陽乃「…………」

雪乃「彼女の表の願いは『比企谷八幡と一緒にいたい』。裏の願いは『雪ノ下雪乃が邪魔だ』。以前はその二つが中途半端な形で叶ったから、腕も中途半端に残った」

雪乃「それなら、今はどうかしら。少なくとも、表の願いは叶える事が不可能になってしまった。という事は裏の願いも意味を失う。表があってこその裏なのだから」

雪乃「願いを叶えられない猿の腕……いえ、本当は悪魔の腕だったかしら。とにかくその腕は消えなければいけない、という話ではなかったかしら」

陽乃「……もしかして、雪乃ちゃんはこんな事を考えているのかな」


陽乃「比企谷くんは実は生きている。だからガハマちゃんの腕の願いも無効になっていない……って」


「「!!!」」

 
雪乃「…………」

陽乃「いや、それはないよ雪乃ちゃん。比企谷くんは死んだんだ。鈍器で頭を殴られて死んだんだよ。彼は灰になってお墓の下だ」

結衣「っ……!」

戸塚「…………八幡」

平塚「陽乃。もう少し言い方を考えろ」

陽乃「いつまでも子供扱いしちゃダメだよ静ちゃん。もうみんな、今年で成人なんだから。そろそろ現実の非情さは知らないといけない」

雪乃「……分かっているわよ。お酒の勢いという事で聞き流してちょうだい」

陽乃「うん、大丈夫だよ。私も分かってる。まだまだ割り切れない事はあるかもしれないけど、ちゃんと前に進もうとしているんだよね」

陽乃「もちろん、それは雪乃ちゃんだけじゃない。静ちゃんも、戸塚くんも。ちゃんと前を向けている」

陽乃「…………心配なのは君だよ、ガハマちゃん」


結衣「…………」


陽乃「まぁ、そういう所も個人差あるし、無理に元気出せとか、いつまでも落ち込んでるなとかは言わないけどさ」

平塚「由比ヶ浜……何か悩みがあるなら、いつでも私に相談してほしい。卒業したからといって、私の教え子である事には変わりないんだ」

結衣「ごめん……なさい……! 一番辛いのは先生なのに……あたし……っ!」ポロポロ

 
平塚「そんな事はない。むしろ私は一年間も比企谷と恋人として過ごせたんだ。その思い出は大切にとってある」

陽乃「そういえば、静ちゃんって付き合ってたのに比企谷くんの事名前で呼ばないんだね」

平塚「あぁ、区切りとして卒業を考えていたからな。後悔といえばそれも後悔になる。今更呼ぶというのも違うだろうし」

戸塚「ぼくも、いつも八幡に守ってやるって言われてたから……だから、八幡が安心できるくらい、立派な男になりたいんだ」

雪乃「そうね。私も彼に見られても大丈夫なように、いつも通りやっているわ。相変わらず嫌がらせは絶えないのだけど」クス

結衣「みんな……」

平塚「比企谷の妹も、学校でよく私に兄の話をしてくるよ。面白おかしく、笑顔でな」

平塚「だから由比ヶ浜。今は辛いだろうが、いつかきっと、君も楽しい思い出として彼を語る事が出来るようになる」

平塚「どうしてもそれが難しいというのなら、周りを見るんだ。君の事を想う人は沢山いるのだからな」ニコ


結衣「うっ……ぅぅううう……わあああああああああっ!!」ギュッ


平塚「よしよし、私の胸なら好きなだけ貸してやる」

陽乃「それで、今のはどこの学園ドラマからパクってきたの?」

平塚「月9でやっていた……っておい、そういう無粋な事を訊くな」

結衣「…………ふふっ、あははははははっ! ありがとう……先生……」ギュッ

 

ある日 とある大学


女A「ねーねー、知ってる? 『悪魔様』の噂!」

結衣「悪魔様? なにそれ……てか怖い話……?」

女A「違う違う、ユイがそういう話苦手なのは知ってるってば。むしろ、ちょっといい話?」

女B「あ、何となく聞いた事あるかも……確か願い事を叶えてくれる、とかだっけ?」

結衣「…………え」

結衣(悪魔が願い事を叶えるってもしかして……!)

女A「願い事っていうか、悩みを聞いて解決してくれるんだってさ」

結衣「悪魔が……悩みを聞く??」

女A「あはは、おかしいでしょ? でも結構的確なアドバイスしてくれるみたいだよ。人間関係の悩みとか特に」

女B「思い出した思い出した! でもその悪魔様って、手に負えない悩みとかは警察行けとか児童相談所行けって丸投げするとも聞いたよ?」

結衣「け、警察とか相談所って……なんかやけに現実的だね。まるで普通の人間みたい」

女A「そりゃそうっしょ。これってそういうオカルト的な話じゃないし」

女B「んー、でもあたしはパスだなー。そんな明らかに怪しげな人に相談なんて」

 
女A「でもさ、そういう自分とは何の接点もない他人だからこそ話せる事っていうのもない? あたし達もあんまマジっぽい話はしないじゃん」

女B「まぁ、そりゃそうかもしれないけどさ」

結衣「だけどそういうのって結構お金とか高かったりしないの?」

女A「ううん、無料らしいよ。ボランティアだってさ」

女B「へぇ、なんか増々得体が知れないね」

結衣「ふーん……メールとかで頼んだりするの? それとも直接どこかに行かないとダメとか?」

女A「おっ、ユイ興味ある感じ?」

女B「あー、確かにユイって男関係の悩みあると思ってたんだー。やっぱあたし達には話しづらい?」

結衣「えっ!? ど、どうしてそう思うの!?」

女A「だってユイってば、どんなイケメンが言い寄っても全然なびかないからさー」

女B「そんな可愛いのにフリーとか、男からすれば超レアって感じらしいよ?」

結衣「レ、レアって……それで、その悪魔様っていうのは……」

女A「あぁ、うん。悪魔様にコンタクト取る方法は――」
 

 

夕方 とある廃墟


結衣「ここ……かぁ。何だか不気味だな」

結衣(悪魔様に接触する方法は三つ。一つは手紙、一つは電話、一つは直接。やっぱり一番確率が高いのは三つ目らしいけど……)

結衣(どうしよう、なんか怖くなってきちゃった……いるのかな……悪魔様……)オドオド

結衣「……でも、確かめないわけにはいかないよね」

結衣(この腕の事もあるから、悪魔様の正体があたしっていう事も考えられるし……無意識とかで知らない間に……とか)

結衣(あっ、だ、誰か居る……あれが悪魔様…………え?)


八幡「…………」


結衣「……ヒッキー?」

八幡「は? え、なっ、由比ヶ浜!? お前なんで」

結衣「ヒッキー!!!!!」


ギュッ

 
八幡「うおっ!? おいばか、出会い頭にハグとかお前は欧米人か! そういう異文化交流いらねえから、日本人相手にも交流できねえし!」

結衣「ヒッキー……ヒッキーだぁ……本当に生きてたぁ……っ!!!」ギュゥゥゥゥ

八幡「ぐぉっ……まっ、し、締まってる……お前まさか俺が生きてたら殺すとかそういうスタンスなんじゃ……っ!!」ガクガク

結衣「ひっく……ふぇっ……うぅぇぇぇええええええんっ!!!!!」ポロポロ

八幡「……く、苦し…………」


数分後


八幡「……何度か相談は受けてきたが、依頼主から殺されかけたのは初めてだぞ」ゲッソリ

結衣「ご、ごめん……その、つい…………それよりヒッキー!」

八幡「おい、殺人未遂をそれよりで済ますな」

結衣「どうして生きてるの!? だって、一年前に……」

八幡「まぁ、色々あったんだよ色々」

結衣「そんなので納得できないし! 一年だよ!? その間あたし達がどれだけ……っ!」

八幡「……悪かった。なぁ、由比ヶ浜。お前一色いろはって知ってるか?」

結衣「え、ううん。だれ?」キョトン

 
結衣(……あれ、なんだろ。知らない名前のはずなのに、何か頭に引っかかってる?)

八幡「いや、知らないならいい。とにかく、その、今まで出てこなかった理由はちゃんとある」

結衣「分かってるよ、ヒッキーが意味もなくあたし達を悲しませたりはしないって事くらい……だからその理由を」

八幡「今は言えない。お前も、俺の事を他の奴等に言わないでくれ。…………先生にも」

結衣「えっ……そ、そんなの!」

八幡「頼む、由比ヶ浜」ジッ

結衣「…………」

八幡「…………」

結衣「……分かったよ」ハァ

結衣(やっぱり、ヒッキーには弱いなぁ、あたし)

八幡「由比ヶ浜……サンキュ、助かる」

結衣「これ以上ヒッキーのその酷い目で見られると、あたしも結構キツイし」

八幡「おい今酷い目にあってるのは俺だ。何だよ俺を信用してくれたっていう感動的な場面じゃないのこれ」

結衣「あははっ、冗談だってば。うん、ヒッキーがそう言うなら、誰にも言わない」

八幡「……ありがとな」

 
結衣「でもさ、“今は”言えないって事は、後でなら教えてくれるんだよね?」

八幡「おっ……なんだ由比ヶ浜。お前人の話覚えていられるようになったのか」

結衣「ば、ばかにするなー!」ムカッ

八幡「悪い悪い。あぁ、後で教える、約束する。それで、お前何か悩みがあったんじゃねえの?」

結衣「あ……う、うん。てかヒッキー、何で悪魔様なんて名乗ってるの?」

八幡「名乗ってねえよ。たまにお前みたいに直接会いに来る奴が居るんだが、その内の一人が俺の事見てそんな事言って逃げやがったんだ」

結衣「あ、あはは……確かに暗がりでその目はやばいかも」

八幡「そこはフォローしろよ……つかお前も一人でこんな所まで来たんだよな。俺が言うのもなんだが、そういうのマジであぶねえからやめとけ」

結衣「だって、不安っていうのもあったから」

八幡「不安?」

結衣「悪魔様は、あたしかもしれないじゃん」

八幡「……あぁ、その腕か」

結衣「うん。でも、結果的に直接会いに行って良かったよ。あたしの悩みっていうのも……ヒッキーに関係してる事だから……」

八幡「は、俺に? もしかして俺に会えなくて寂しいとかじゃねーだろうな」

結衣「…………///」

 
結衣(どうしてこういう所は鋭いかなヒッキー……ううん、ヒッキーは何でも鋭かったかな)

八幡「おいマジか、お前もう大学生だろ。いい加減親離れしろ」

結衣「い、いつからヒッキーあたしの親になったし……だって、だって…………仕方ないじゃん! いきなりあんな事になったんだから!」

八幡「……それもそうか」

結衣「この間陽乃さんにも、あたしだけ進んでないみたいな事言われちゃって……周りの人達にも心配とかされちゃって……」

八幡「まっ、けどそれならもう大丈夫だろ。ほら、こうして俺と会えた。もう寂しくない。はい解決めでたしめでたし」

結衣「凄く投げやり!? いや、確かにこうしてまたヒッキーに会えたのは凄く嬉しいけどさ……」

八幡「まだ足りないってのかお前は。なんだよ今度はデートしろとかか。すげーな肉食系」

結衣「なっ! そ、それは、その……先生に悪いし!!」ブンブン

八幡「いやまずデートしろって所自体を否定しろよ、そういう振りだろ今のは」

結衣「…………デ、デートは、ちょっと、したいかも」

八幡「…………あー」

結衣「ご、ごめん、困るよねこういうの。あはは……」

八幡「分かった分かった、そんくらいなら聞いてやんよ。そもそも悩み聞くって設定でやってるからな俺」ハァ
 

 
結衣「えっ、でも先生は」

八幡「別に教え子同士がちょっと遊びに行くくらいで、いちいち何か言ってきたりしねえよ、あの人は」

結衣「……さすが、彼女の余裕っていうやつなのかな」

八幡「大人の余裕ってやつだろ。つっても、子供っぽい所も相当あるけどな毎週ジャンプ買ってるし」

結衣「あはは……だけど、そういう事なら先生に一言言わないわけにはいかなくない?」

八幡「……いや、それはダメだ」

結衣「……やっぱヒッキー、後ろめたいんじゃないの」ジト

八幡「そんな事はない。俺は後ろ向きではあるが後ろめたくはない」

結衣「なんか意味分かんない事言ってるし……まぁ、ヒッキーが先生を悲しませるような事するはずないよね」
 

 
八幡「なんだよ、もしかして俺が先生からお前に乗り換えようとしてるとか考えてんのか?」

結衣「そ、そうじゃないよ! うん、じゃあ明日は一緒に大学行こっ! そうしよう!」アセアセ

八幡「大学? いやでも俺」

結衣「大丈夫、大丈夫。大学って結構オープンな所だからさ! ヒッキーだって本当は大学生になるはずだったんだし……ねっ?」

八幡「そもそも受験に合格するかどうかは分からなかったけどな。分かったよ、リア充の代名詞、キャンパスライフがどんなもんなのか見てやる」

結衣「ヒッキー目がゲスいというかキモいし……」

結衣(でも……ヒッキーと大学かぁ……えへへ)
 

 

次の日 とある大学


結衣「うーん……いい天気だねヒッキー。暖かくて気持ちいい」

八幡「そういや女子に、俺の周りだけ気温が低く感じるとか言われてすげえ傷ついた事あったな」

結衣「ど、どうしてそこでそんな事思い出すかな……」

結衣(ていうか、今日はちょっと気合入れた服なんだけど……ヒッキーがそこに触れてくれるわけないよね)ハァ

八幡「なぁ、由比ヶ浜。その服」

結衣「えっ!? こ、この服がどうかしたの!?」ドキッ

八幡「なんかすげービッチっぽいな」


ゴンッ!!


八幡「いってえ!」

結衣「ヒッキーのバカっ!!」

八幡「冗談だっての…………けど、意外といいんじゃねえの、キャンパスライフ」

結衣「あれ、意外と肯定的?」

 
八幡「すげえな、お前“肯定的”とかいう言葉使えるのか。最近覚えたのか? 高い低いで高低とかじゃねえぞ? 持ち上げて落とす的な」

結衣「そのくらい前から知ってるし! それで、なんで?」

八幡「ぼっちがそこまで目立たない。少なくとも高校よりは」

結衣「……あー、うん、まぁ。てかぼっちにならないっていう選択肢はないのかな……」

八幡「いいんだよ、俺はぼっち自体が嫌なんじゃなく、ぼっちが悪だと決めつける空気が嫌なだけだ」

結衣「別にそんな事は思ってないけど……」

八幡「思ってなくてもだ。『あの人は可哀想だ』的な同情の目で見られるとか、悪気はないんだろうが相当くるぞホント」

結衣「それちょっと分かる……あたしも最近、『アベノミクスってシャンプーか何か?』って聞いたらそんな目で見られて傷ついたよ……」

八幡「うわぁ」

結衣「その目だよ!」

八幡「いやこれは『頭が可哀想な人を見る目』だが、同情とかじゃない。むしろ自分よりバカな奴を見て優越感に浸っている」

結衣「最悪じゃん!?」

八幡「それにしてもお前相変わらずだな由比ヶ浜。将来どうやって生きていくんだよ、俺に心配されるとか相当だぞ」

結衣「ど、どうって……まだそんなハッキリとは決めてないけどさ……」
 

 
八幡「そんだけ残念な頭なら、普通に結婚して専業主婦でいいんじゃねえの。それならお前も大丈夫だろ」

結衣「……あたし、家事もそんなにできないんだよね」

八幡「そういやそうだったな。女子力たったの5かゴミめ」

結衣「うっさい! あたしはこれから頑張るの! てかヒッキーだって先生に養ってもらう気満々じゃないの。男子力足りないよ」ジト

八幡「失敬な。俺はお前と違って一通り家事できっから、立派な専業主夫になれる」

結衣「でもヒッキー、ご近所さんとお話とかできるの? そういうの大事だよ?」

八幡「その辺はご近所さんの行動パターンを読んで、顔を合わせないようにすれば済む話だ」

結衣「いやいやいやいや、それ何の解決にもなってないから! まず話そうとする努力くらいしようよ!」

八幡「ばっかお前、ご近所の奥さん同士の世間話になんか混ざれるわけねえだろ、普通に精神的に死ねるわ」

結衣「いったい何を話してると思ってるの……うん、やっぱりヒッキーに専業主夫は無理だよ!」

八幡「人の将来設計をそんな笑顔で両断すんな。大体、俺は先生っていうアテがあるけど、お前はどうなんだよ」

結衣「うっ……」

八幡「まぁ、もう一年だし彼氏の一人や二人くらいいるんだろうけどよ、どうもお前は変な男に引っかかりそうだからな」

結衣「あたし二股とかしないから……ていうか、その、付き合うとか、そういうのした事ないし……」
 

 
八幡「……は? いや、えっ、なに、お前そんなにモテねえの?」

結衣「そ、そんな事ないから! 告白された事なら……何度かあるもん」

八幡「そりゃそうだろ。頭が残念過ぎんのはともかく、その外見でモテねえってのはありえねえだろ」

結衣「ヒ、ヒッキー……もしかして、あたしの事可愛いとか……言ってるの?///」

八幡「ん、まぁ、顔が良いとは言ってるからそうなるな。何か変か?」

結衣「なんかヒッキーが冷静すぎて怖い! そんなキャラだっけ!?」

結衣(す、すごく嬉しいけど///)

八幡「あのな、恥ずかしくて異性の外見褒められないとか、中学生までだろ」ハァ

結衣「……そうだよね! うんうん、あたしも別にそういうのに抵抗ないし!」

八幡「へぇ。じゃあ、由比ヶ浜的に俺の外見はどうなんだ?」ニヤ

結衣「えっ!? あ……ぅぅ、そ、それは…………か、かかかっこ……///」カァァァァ

八幡「かっこ?」

結衣「……し、知らないばか! キモい!!」

八幡「知らないとか言いつつキモいとか言いやがった……」ガクッ

結衣「あっ、ちがっ、今のはね……!」アセアセ

 
結衣(どうして言えないのかな、あたし……)

八幡「あー、もう分かったわ。お前ただ単に男の耐性低いだけだろ」

結衣「なっ……ヒッキーに言われたく……うぅ、自分はちょっと付き合ってるからって……!」

八幡「告白はされるが、テンパッて全部断っちまうとかだろお前。それ相手が悲惨なんじゃ……」

結衣「……あたしだって、ちゃんと考えて返事してるし」

八幡「それならいいけどよ。なにお前、結構理想高い感じなの?」

結衣「…………」ジー

八幡「……まさかとは思うけどよ、俺の事が忘れられなくてとかそういうんじゃ」

結衣「っ!! あ、そ、そんなわけないし!! ヒッキーまじナルシストでキモい!!!」アセアセ

八幡「冗談だ冗談、悪かったよ」

結衣「も、もう、びっくりさせないでよね……///」

八幡「けどよ、あまり期待させるような事も控えとけよ。言ったことあると思うけど、男ってのはすぐ勘違いするからな」

結衣「……うん」

結衣(ヒッキーのは……勘違いじゃない……けど……)
 

 

男A「あれ、ユイちゃんじゃん!」


結衣「あっ……や、やっはろー」

男A「はは、好きだねその挨拶。やっはろー」

男B「俺ら今日はちゃんと授業出るからさ、一緒に受けようぜ!」

結衣「え……あー、その……」チラ

八幡「なんだよ、俺は授業までは受けらんねえんだから、別に気を使わなくていいよ。外で待ってるからよ」

結衣「…………」

男A「ん、どしたのユイちゃん。てかどこ見て……」

結衣「ごめん、あたし今日サボる!」ニコ

男B「ええっ!? そりゃねーって!」

男A「よし、それなら俺らもサボるよ! どっか遊びに行こうぜ!」

結衣「二人共これ以上休むとやばいよ? これ必修だし、先生もちゃんと出席取るから代返とかもできないしさー」

男A「うっ……それは……」
 

 
結衣「ていう事で、じゃねー!」グイッ

八幡「うおっ……おい引っ張んな自分で歩けるっつの」


スタスタ……


八幡「……なんつーか、お前も普通に自分の意見言えるようになったじゃねえか」

結衣「ふふ、まぁね。見直した?」ニコ

八幡「ちょっとな。けど良かったのかよ、あいつらお前の友達とかじゃねえの」

結衣「元々今日の約束してたのはヒッキーだし」

八幡「それはそうだけどよ……あいつら、お前に気があるんじゃねえの。少なくとも俺にはそう見えたけど」

結衣「……そう、見えた?」

八幡「おう。つかお前だって気付いてるだろ?」

結衣「うん……でも、どうすればいいのか分からなくて」

八幡「どうすればって……なにが?」

結衣「どうすれば諦めてくれるのかなって」
 

 
八幡「おいマジか、断る前提かよ。確かに俺から見りゃ、どっちもいかにもなチャラ男で受け付けねえけどよ。それでも」

結衣「ううん、受け付けないって事じゃないの! ノリも良くて凄く話しやすいし……」

八幡「悪かったな、ノリ悪くて」

結衣「べ、別にヒッキーがどうとか言ってないし! でも、あたし的には何ていうか、もっと自分を持ってる人がいいなぁ……なんて」

八幡「……なるほどな。そういう事の大切さはお前がよく分かってるってわけか」

結衣「うん。周りに合わせるとかそういうのは大事だと思うけど、自分らしさっていうのもそれと同じくらい大事だと思うから」

八幡「それなら材木座はどうだ。あいつとかメッチャ自分持ってるじゃん」

結衣「あはは」

八幡「笑って済ませやがった。お前それ安易に使うなよ死ねるから。トラウマとか残すレベル」

結衣「うん、でも、そうだね。あの人も、その内いい事あるよきっと」

八幡「すっげえ投げやりじゃねえか、心の底から興味ないだろお前。つか、お前の周りって、基本的に空気読んでばっかの奴じゃね?」

結衣「そう……かも。やっぱり、もっと他の人とも話すべきなのかなぁ。あ、別に今の友達が嫌とかそういうのじゃないよ!?」ブンブン

八幡「分かってるっつの。ただ、一つ言っておくけど、一人で居る奴に話しかける時は自分も一人の時にしろ」

結衣「え、なんで?」
 

 
八幡「自分では気付かねえかもしれねえけど、集団の威圧感ってのは半端ねえんだよ」

八幡「『え、なになに何やってんの?』的な感じで集団がぼっちに話しかける事が、どんなに惨たらしい仕打ちかを知れ」

八幡「あと本読んでる時に『なに読んでんのー?』とか訊いてくんのやめろ。ラノベだったらどうすんだ、どうせ答えたら微妙な反応で空気が凍るんだろ」

結衣「わ、分かったって……あたしも一人の時だね」

八幡「まぁ、いつもはグループに居る女の子が一人で自分に話しかけてきたら、ほとんどの男は勘違いするけどな」

結衣「ダメじゃん!?……じゃあ女の子だけにしようかな」

八幡「え、お前そっち系なの。そういや三浦を女王様みてえな扱いしてた時もあったが、もしかして」

結衣「ち、違う違う! そうじゃなくて、あたしはただ友達になりたいっていうだけだよ!!」
 

 
八幡「いい男を探すとかそういう話じゃなかったのかよ……」

結衣「…………」ジー

結衣(すぐ目の前に……いるんだけどな)

八幡「……いやだから俺には」

結衣「べ、別にヒッキーがどうとか言ってないし!/// てかヒッキー自分で自分の事いい男だとか思ってるわけ!?」

八幡「おう、そりゃな。俺は俺の事が基本的に大好きだ」

結衣「自分に自信があるのは羨ましいけど…………ん?」

結衣(なんだろう……この視線)

八幡「どうした? 『よく考えたら、あたしも超絶美少女じゃん!』とか思ったのか?」

結衣「そんな事思わないから! いや……なんか、周りの人がチラチラこっち見てきてるような……」ソワソワ

八幡「……あまりにもお前の会話がバカで人目を引いてんだよ。ちょっとは声落とせ」

結衣「分かってたなら早く言ってよバカ!」
 

 

ゲーセン


八幡「学校サボってゲーセンかよ、どこの不良少女だお前は」ハァ

結衣「いいじゃんいいじゃん、たまには! それにあたし、普段は授業とか全然休まないんだよ?」

八幡「それは普通……でもねえのか、大学生は」

結衣「うんうん、みんな代返とかしまくり! あたしは真面目なんだよ」ニコ

八幡「それで頭が悪いってのも虚しいな」

結衣「むぅぅ……どうしてそういう事言うかなぁ」ムスッ

八幡「……おい由比ヶ浜、そういうの他の男にもやってねえか?」

結衣「えっ……うーん、どうだろ。なんで?」

八幡「頬膨らませるとか凄まじくあざとい。一言で言えばビッチ」

結衣「ビ、ビッチ言うなし! あたしはまだ処……わっ、な、何でもない!」

八幡「付き合った事もねえのに経験あるとか思ってねえから気にすんな。むしろそれはステータス的にはプラスだろ。男は独占欲つえーからな」

結衣「……ヒッキーも?」

八幡「まぁな。先生が他の男子生徒と話してるだけで、その夜にそいつの藁人形に釘打ち込むレベル」

 
結衣「うっわぁ……ストーカーだ」

八幡「彼氏だ彼氏。人聞きの悪い事言うな。このくらい普通だっての」

結衣(やっぱり、先生の事好きなんだなぁ……分かってたけど……)

結衣「普通……なのかな? あ、あのさ、じゃあヒッキーはもう、経験っていうか、その……そういうのは……」

八幡「お、見ろよ由比ヶ浜。こんな所にゲームがあるぞ」

結衣「そりゃゲーセンなんだからゲームはあるよ! あれ、てかヒッキー、今話逸ら」

八幡「なるほど。ここに100円玉を入れるんだな」

結衣「それメダルゲーム! わざとやってるでしょ! それより」

八幡「あー、現金を両替しようと思ったらメダルにしちゃったとかあるよな」

結衣「ヒッキー、もしかして童貞?」


八幡「ど、どどどどど童貞じゃねえし!」


結衣「…………」

八幡「…………悪いか処女」

結衣「しょ、処女言うなし! でも、一年も先生と付き合ってたのに……」

 
八幡「高校生の間はダメだって言われたんだよ。まぁ、そこは教師として色々あったんだろ。俺もそこまで食い下がったりはしなかったよ」

結衣「そ、そうなんだ……」

結衣(あれ、なんであたしほっとしてんだろう)

結衣(……ダメだよ。変な事考えちゃ……ダメ)ブンブン

八幡「由比ヶ浜?」

結衣「あ、ごめんごめん。それじゃ、この話終わり! UFOキャッチャーでもやろっか、この『キメ顔ドール』とか超人気なんだよ! 」

八幡「は、『きめえ顔ドール』?」

結衣「そんな本読んで笑ってるヒッキーみたいな人形あるわけないってば。『キメ顔ドール』だよ、酷いしヒッキー」

八幡「おいお前も相当ひでえ事言ってるぞ、気付いてねえだろ気付け」

結衣「よーし、あたし取っちゃうぞキメ顔ちゃん! ヒッキーはこういうの得意?」

八幡「そういや、雪ノ下にパンダのパンさん取ってやった事あったかな」

結衣「えっ、ヒッキー、ゆきのんとゲーセンでデートもしてたの!?」

八幡「言っとくが先生と付き合う前だぞ前。それにあれはデートってわけでもねえ」

結衣「でも二人で星空見に行ったりはしたんでしょ?」
 

 
八幡「あれも二人って言っていいのか微妙……って、雪ノ下がそれ言ったのか? けど」

結衣「大丈夫、その辺りはもう知ってるんだ。陽乃さんが、あたしの左腕の事は心配いらないって」

八幡「……そっか」

結衣「ごめんね、ヒッキーとゆきのんはもっと普通に話したかったのに、あたしのせいで……」

八幡「そこまで気にしてねえよ。雪ノ下は今どうしてんだ?」

結衣「陽乃さんと同じ大学にいるよ。相変わらず、あまり人と関わったりしてないみたいだけど」

結衣「あとね、蟹の件は無事解決できたみたいだよ。ゆきのんのお母さんとの事が原因だったみたい」

八幡「そっか……流石雪ノ下。順風満帆って感じだな」

結衣「たぶん、ヒッキーみたいな人がいればもっと違うんだろうけどね」

八幡「俺よりお前みたいな奴がいたほうがいいだろ、あいつには」

結衣「ううん、ゆきのんに必要なのはやっぱりヒッキーなんだよ。星見に行った時にも告白されたんでしょ?」

八幡「そんな事まで話してんのかよあいつ……まぁ、もう昔の事だけどよ……」

結衣「それでヒッキーは……ゆきのんの事を振ったんだよね?」

八幡「……そういう事になるな」

結衣「あはは、あんな可愛い子振るとか、マジありえないし」

 
八幡「うっせ。むしろ俺は、あいつの為に間違った選択を回避してやったんだぜ」

結衣「なにそれ。間違ってるかどうかなんて、ゆきのん自身が決める事だし」

八幡「…………そうだな」

結衣「でも、ヒッキーは先生の事が好きだったんだよね」

八幡「あぁ」

結衣「じゃあ、やっぱりこれで良かった……ていうかこうするしかなかったんだよね。うん」

八幡「なんだよ、お前そこまで俺と雪ノ下に付き合ってほしかったのか」

結衣「や、そういうわけじゃないんだけどさ……」

八幡「可愛いと言えば戸塚はどうだ。今も可愛いよな?」

結衣「可愛いっていうので、真っ先に出るのがさいちゃんっていうのがヒッキーらしいね……うん、今も可愛いよ。でも、最近は男らしくなろうとも思ってるみたい」

八幡「いやそれはダメだ。戸塚は可愛いままでいいんだ!」

結衣「ヒッキー、先生と同じこと言ってるよ……やっぱそういう所似てるのかなぁ」

八幡「何を言う。全人類の九割は同じこと思ってんぞ」

結衣「分かった分かった、ヒッキーのさいちゃんラブはよく知ってるから。それじゃ、UFOキャッチャーやろうよいい加減」

八幡「へいへい」

 

数分後


結衣「ヒッキーありがとー!」ギュッ

人形「…………」

八幡「自分で取っておいてなんだが、俺にはそのキメ顔とか言っときながら、完全無表情人形の可愛さとやらが全く分からないんだけど」

結衣「これはね、一生懸命キメ顔しようとしてるけど全然なってないっていう設定があって、そこがすっごく可愛いんだよ!」ニコニコ

八幡「へぇ……俺には告白した後の女子の顔が思い出されるけどな、その無表情」

結衣「どんだけトラウマ抱えてんのヒッキーは……」

八幡「俺のトラウマは108まであるぞ」

結衣「あ、108って何の数なんだっけ、最近習ったんだけど…………本望?」

八幡「煩悩な煩悩。108あるトラウマが本望とかただのドMじゃねえか、俺に変な属性付け足すのはやめろ」

結衣「それそれ! じゃあさ、そういうストレス解消に、次はパンチングマシーンとかやろっか!」

八幡「俺はそういう時は『絶対許さないノート』に書き込む事で結構満足しちまうんだけどな」

結衣「うわぁ陰鬱……てかキモい」
 

 
八幡「おい、お前の事も書き込むぞ。あれに名前書き込まれると、相手はぼっちになるって俺は信じてるんだからな」

結衣「し、信じてるだけなんだ……とにかく、もっと健全にストレス解消しよってば」


スタスタ……


八幡「……で、ここにパンチすればいいの?」

結衣「うんうん、ヒッキーって結構強かったりする?」

八幡「そんな事はねえが……まぁ、強くなる時はあるな」キョロキョロ

結衣「なにしてんの?」

八幡「イチャついてるカップルとか見れば、パンチ力が上昇する」

結衣「力以上に怨念がこもってるねそれ……何て言うか、本当にヒッキーらしいよ」

八幡「まぁな」

結衣「褒めてないし。あ、でもねでもね、あたしも強いんだよこれ!」

八幡「何お前、そこまで誰か恨んでんの、こえーよ」

結衣「力の源はそこじゃないし! これだよこれ」フリフリ

八幡「あー、左腕か。けどそれズルじゃねえか」

 
結衣「あはは、そうだね。でもあたし、別に凄い記録出そうとしてこっちの腕使ってるわけじゃないんだ。むしろ逆」

八幡「逆?」

結衣「これ使って左腕のパワーを測ったりするの。段々弱くなってるんだよ?」

八幡「……なるほどな。それで後どのくらいで解放されるかが分かるってわけか」

結衣「そうそう。最初なんて左腕で殴ったら機械壊しちゃって」テヘペロ

八幡「テヘペロじゃねえよ、お前それ知り合いとかに見られてたらその後の関係に支障をきたすレベルだぞ」

結衣「でもね、最近はやっと100いくくらいだから、もう随分と弱くなってきてるんだ」

八幡「……そっか。良かったな由比ヶ浜」

結衣「うん! それじゃ、あたしがお手本見せるね!」ニコ

八幡「間違って俺殴ったりすんなよマジで」

結衣「どんな間違いだし……よっし、いっくぞー!」ブンブン


結衣「ヒッキーのばかあああああああああっ!!!」ヒュッ


ドゴォォォ!!!

 

 
八幡「怖い、怖いって。これで弱くなってんのかよ。つかお前メチャクチャ怨念こもりまくってんじゃねえか!」

結衣「あはは、まぁこれはただの掛け声だから気にしなくていいってば」

八幡「気にするわ。…………95キロか。重いな由比ヶ浜」

結衣「あたしの体重みたいに言うなし! あ、でもほら、また弱くなったよヒッキー!」

八幡「おめでとさん。なんかこの喜び方、ゲームの趣旨から外れてる気がするけどな」
 

 

総武高前


結衣「わー、なんかなつかしー!」

八幡「まだ一年しか経ってないけどな。何も変わってねえし」

結衣「それでも前までは毎日通ってたんだから、やっぱり懐かしい感じするよ」

八幡「……それもそうだな」

結衣「まだ先生とかいるよね? 中に入っちゃダメかな?」

八幡「だから、まだ先生とかには内緒だっつってんだろ」

結衣「あー、そうだっけ。うーん、それじゃあ何しよっかなぁ」

八幡「先生はまだ奉仕部の顧問とかやってんのか? つか奉仕部ってまだあんの?」

結衣「そうそう、それなんだけどね!」


小町「よーし、今日も行っくぞー!」

大志「あ、ちょっと待って!」


タタタタタタタッ

 
結衣「うわっはぁ、ビックリした。てかあたし達にも気付いてなかった…………って何やってんのヒッキー?」

八幡「小町の隣に居た男が死ぬように呪いをかけてんだ邪魔すんなよ」ガルルルルルル

結衣「あの子大志くんじゃん……もう忘れちゃったの?」ハァ

八幡「忘れるものか……あの小僧、俺の事を勝手にお義兄ちゃんとか呼びやがって……」ゴゴゴゴゴ

結衣「相変わらずのシスコンっぷりだね……」

八幡「……で、さっき何か言いかけてなかったか」

結衣「そうそう、奉仕部なんだけどね、今はあの二人がやってるみたいなんだよ」

八幡「密室に二人きりとかもうホント呪うしかねえじゃねえか、そうか雪ノ下の『お逝きなさい』ってセリフはここの伏線だったのか」

結衣「また意味分かんない事言ってるし……でも、良かったよね、奉仕部が無くなるっていうのもなんかあれだし!」

八幡「まぁ、自分の数少ない居場所が無くなるってのは微妙な気持ちにもなるわな。ま、良かったんじゃねえの、あの小僧が居なくなればもっといいが」

結衣「まだ言ってるよ……」ハァ
 

 

♪~♪~


結衣「あ、ごめん電話」

八幡「すげー頭悪そうな着うただな」

結衣「うっさい! あ、もしもし~?」

結衣「うん、うん……あー、今日は…………うん」

結衣「……分かった、行くよ! うん、うん、りょーかい!」ピッ

結衣「という事で、行こっかヒッキー」

八幡「という事でって何だよ、何一つ理解してねえよ俺」

結衣「これからサークルで新入生歓迎会の飲みやるから、ヒッキーも行こって事!」

八幡「いや、俺新入生じゃねえだろ」

結衣「大丈夫、大丈夫。ウチの新歓って部外者混ざってても全然気が付かれないから! それにヒッキーって元々気付かれにくいじゃん」

八幡「後半言わなくてよくね。分かった、行く行く」ハァ
 

 

夜 居酒屋


「ウェーイ!」

「マジやばくね!?」

「ぎゃははははは、ちょーウケる!!」


八幡「何も成長していない……」

結衣「あれ、どしたのヒッキー? お酒ダメな感じ?」

八幡「そうじゃねえけどよ……ノリが高校生と変わんねえじゃねえかっつーかさ」

結衣「あ、あはは……まぁ、みんなお酒入ってるし……」

八幡「つか由比ヶ浜は全然平気そうだな。酒強いのか」

結衣「うんっ! 全然酔わないよ、あたし!」ニコ

八幡「……酒強いってビッチ臭増すけどな」

結衣「だからビッチ言うなし!」ムカッ


チャラ男「ユイちゃーん!」

 
結衣「え……あ、やっはろー」

チャラ男「やっはろー。ねぇねぇ、話そ話そ?」


「あいつまた行ってんぞユイちゃんの所」

「そりゃあんな可愛いのに彼氏なしだろ? 行くだろ」

「よし、次は俺行ってくっか!」


八幡「……モテモテな事で」ボソッ

結衣「そんな事……っ」

チャラ男「ん、どこ見てんのー? やっぱユイちゃんってすっげーカワイイよね」

結衣「そ、そんな事ないってー、あはは」

チャラ男「いやいや、そんな事あるって。つか俺マジタイプなんだけど。ねぇ、ユイちゃん……」スッ

結衣「飲み過ぎだってばー!」サッ

結衣(この人ボディタッチ多いんだよね……)
 

 
八幡「…………」

チャラ男「そんな事ねえって、俺マジだから――」


バシャ!!


チャラ男「冷てっ!?」ビクッ


「ぎゃはははは、何酒被ってんだよお前!」

「酔いすぎだってのー」

「あんまユイちゃんに迷惑かけんなよー!」


チャラ男「……あー、ごめんユイちゃん。確かにちょい飲み過ぎてるみてえだわ」

結衣「う、うん、あたしも心配だから気を付けてね?」

チャラ男「あぁ…………なんだ、グラスが一人でに……いや、飲み過ぎだろ俺、ほんと…………」ブツブツ


スタスタ……

 

 
結衣「……ありがと、ヒッキー」

八幡「何の話だよ。言っとくけどうっかり手が滑っただけだからな」

結衣「あはは、そういうのってツンデレっていうんだよね!」ニコ

八幡「なにお前そういう無駄な知識得てんの。男のツンデレとかベジータかよ」

結衣「最近は結構みんな使ってたりするよ、リア充とか!」

八幡「もしかしてお前ら『あー、マジリア充爆発しろしー』とか言ってんの? それ周りから見ると殺意芽生えるレベルだからやめろ」

結衣「え、そ、そうなの? うん……分かったよ」

八幡「つかお前らがリア充じゃねえってんなら俺らは何になるんだよ考えたくもないわ大体そういう奴等がオタク的な領域に踏み込んだりすると……」ブツブツ

結衣「……あ、あれヒッキー? 大丈夫?」

八幡「大丈夫なわけねえだろ全然大丈夫じゃねえよもうなんか小学生の時から色々と手遅れだったよつか何だよ比企谷菌ってバリア効かねえとか……」ブツブツ

結衣「もしかして酔ってる!? ヒッキーの酔い方うざっ!!」


女「あ、あのさー、ユイ。あんた大丈夫?」

 

 
結衣「え、あたし? うん、あたしは大丈夫だけど……ヒッキーが……」

女「……いや、やっぱり大丈夫じゃないってユイ。強いからって飲み過ぎだって。あたしが付き添ってあげるから、今日はもう帰ろ?」

結衣「……?? いや、あたしホントにそんなに酔っ払ってなんて……あたしよりも、むしろ……」

女「だってさ、ユイ」


女「さっきから…………誰も居ない所に話しかけてるよ?」


結衣「……なに、言ってるの? だって」チラ

八幡「…………」

結衣「…………」


結衣「ヒッキー……?」

 

 

とある公園


結衣「懐かしいね、ヒッキー。覚えてる? 先生とかさいちゃんとかと一緒に花火大会来たよね」

八幡「……おう」

結衣「てか大丈夫? もう酔いは覚めた?」

八幡「あぁ、大丈夫だ。悪かったな迷惑かけて」

結衣「ううん、気にしなくていいよ。ほら、あそこのベンチに座ろ?」


ストン


結衣「……綺麗だね、桜。ライトアップとかされてて」

八幡「大学生ならこうやって夜桜見ながら飲み会ってのもあるんじゃねえの」

結衣「うん、まぁね。でも、あたしは夜より昼の方が好きかなー」

八幡「はっ、由比ヶ浜らしいな。たぶん雪ノ下は夜桜の方が好きなんだろうな」

結衣「……あはは、そうかも。それでさ、ヒッキー」

八幡「…………なに?」

 

結衣「ヒッキーは、幽霊……なのかな」


八幡「それは、俺の存在感のなさを揶揄したとかそういうのか」

結衣「ヒッキー」

八幡「……あぁ、そうだよ」

結衣「…………そっか」

八幡「なんつーか、悪かったな。黙ってて」

結衣「ううん、いいよ。ヒッキーは、あたしの事想ってそうしてくれたんだよね」

八幡「ただ単に言い出しづらかったってのもあるけどな」

結衣「大学で周りから見られてたのはそういう事なんだね。そりゃ一人でずっと話してれば目立つよ」ハァ

八幡「明日からはアホの子から不思議っ子系で通すか?」

結衣「最初からアホの子で通してなんかないし! …………あたし以外に言っちゃダメっていうのは、あたしにしか見えないから?」

八幡「正確には見ようとしてる奴にしか見えない、って感じだな。まぁ、他の奴には見えねえよ」

八幡「先生も、雪ノ下も、戸塚も、小町も、陽乃さんも……ちゃんと前を向こうとしてる。だから、俺は見えねえ」

結衣「あたしにヒッキーが見えるのは……あたしだけ、まだ前を向けていない、から……なんだね」

 
八幡「…………」

結衣「あはは、でもヒッキーが死んだ後も人助けなんて似合わないかも。ヒッキーに相談事がある人もヒッキーの事見えるんだよね」

八幡「……たぶん、俺は雪ノ下に憧れてたんだろうな」

結衣「ゆきのんに?」

八幡「あぁ。だからこんな、奉仕部の真似事をする為に化けて出てんだろうよ」

八幡「怪異とか……それ以外の“何か”に引かれる奴等を放っておくってのも、経験者からすれば後味悪いしな」

結衣「そっか…………ねぇ、ヒッキー。あたしちょっと先生に電話してもいいかな?」

八幡「いいけど……俺の事を言うのか?」

結衣「ううん、話したい事があるだけ。ヒッキーにも聞いてもらいたい」

八幡「俺も聞く?」

結衣「ケータイにはスピーカーフォンっていうのもあるんだよ。会話の内容が周りにも聞こえるっていうの」

八幡「すげえな新機能か」

結衣「元々あったと思うけど……じゃあ、かけるね」


プルルルルルルルル、ガチャ

 

平塚『もしもし、由比ヶ浜か?』

結衣「あ、先生、ごめんなさいこんな時間に」

平塚『はは、気にしなくていい。明日は休みだし、夜中まで飲むつもりだよ。君もどうかな?』

結衣「えへへ、今ちょうど飲み会から出てきたばかりなんでー……それで、あの、先生。少し相談というか、聞いてもらいたい事があって」

平塚『お、分かった。何でも聞くよ』

結衣「……先生は、もし今ヒッキーが目の前に出てきたらどうするのかなって…… 幽霊っていうか……」

八幡「由比ヶ浜……」

平塚『……そうだな、色々と積もる話もあるだろうから、とりあえずは一晩中酒に付き合ってもらうかな』

結衣「あはは、大変だヒッキー」

平塚『もちろん文句は言わせない。それで……その後は…………蹴っ飛ばすだろうな』

結衣「け、蹴っ飛ばす!?」

平塚『あぁ。もういいから、さっさと成仏しろってな、ははっ』

八幡「ひでえっす、先生」
 

 
結衣「……あー、えっと、どうして?」

平塚『生徒が前を向けるように手伝うのが教師だからだよ』

結衣「でも……恋人でもあるのに……」

八幡「違う由比ヶ浜」

結衣「えっ?」

八幡「俺はそういう先生が好きだったんだ。それでいいの」

結衣「……そっか」

平塚『由比ヶ浜? 誰か近くにいるのか?』

結衣「あ、う、ううん、何でもないですっ! それじゃ、あの、ありがとうございました!」

平塚『……あぁ。何かあったら気軽に連絡してくれ』

結衣「先生…………ホントに、ありがと」


プツッ


八幡「先生の声っていうのも久しぶりだけど、やっぱ落ち着くもんだな」

結衣「……うん。良い先生だよね、やっぱり」

 
八幡「そりゃな。俺の目に狂いはないってわけだ」

結衣「…………」

八幡「由比ヶ浜。だから俺は」


結衣「ヒッキー、聞いてほしい事があるの」


八幡「……あぁ、聞くよ」

結衣「ずっと、ずっと言えなかった。本当に……最後まで。それをきっと、あたしはずっと後悔してた」

結衣「あたしに勇気が無かったから。返事が怖くて、今の関係が崩れるのが怖くて」

結衣「たくさん、たくさん自分の中で言い訳して、あたしの中だけに閉じ込めてきた」

八幡「……そっか」

結衣「でも、それじゃダメなんだよね。それじゃ……前に進めない」

結衣「あたしはいつもいつもヒッキーに助けてもらってばかりで、ヒッキーにすがってばかりだった」

結衣「ううん、今も変わってないよね。こうして、死んじゃった後にまで迷惑かけちゃってる」

八幡「迷惑なんかじゃねえよ。そんな事でいちいち迷惑がる間柄じゃねえだろ」
 

 
結衣「……ありがと。ねぇ、ヒッキー」

結衣(言わなきゃ……言うんだ……!)

八幡「うん?」

結衣「…………」スゥゥゥ


結衣「あなたの事が、好きです。ずっとずっと、好きでした」


八幡「…………」

結衣「え、えへへ……想像以上に照れるね///」

八幡「……由比ヶ浜」

結衣「うん」


八幡「お前の気持ちは嬉しい。でも俺、好きな人いるんだ」


結衣「……そっか」

結衣(これで……いいんだ。これで……)
 

結衣「その人の事、あたしよりも好き?」

八幡「あぁ、好きだ」

結衣「…………」

結衣「……あはは、あ、あたし……ふ、振られ……ちゃった…………」ポロポロ

八幡「…………」

結衣「ひっく……ごめ、んね……ヒッキー……ぐすっ……泣き、やむから……!」

結衣(これで……あたしの初恋は……おしまい……)


ギュッ


結衣「……?」グスッ

八幡「こういう時は手を握ればいいって教わったからよ」

結衣「……ふふ、それならあたし的には……左手の方じゃなくて右手の方が……嬉しいかも」

八幡「確かにこっちの手にはいい思い出ないかもしれないけどよ、それでも、俺にとっては由比ヶ浜が俺の事を想ってくれた証でもあるんだ」

結衣「ヒッキー……」


八幡「だからこれ、貰っていくな」

 
結衣「えっ…………あれ!?」

結衣(あたしの左腕が……元に……!?)

結衣「ヒ、ヒッキー、一体何を……ってその左腕!」

八幡「だから言っただろ、貰ってくって」

結衣「でも、そ、それじゃあヒッキーが!」

八幡「心配ねえよ。俺はもう怪異みたいなもんだ。こんなの何て事はねえっつの。それに、カッコイイしな、これ」

結衣「カッコイイ?」

八幡「おう。封印されし左腕とか、男なら誰しもが憧れる設定だろ」

結衣「……あはは、もうそんな歳じゃないでしょヒッキー」

八幡「体は高校生で止まってるからギリギリセーフだろ。見た目は子供、頭脳は大人だ」

結衣「高校生でもアウトだってば、てか高校生って言っても卒業間近だったじゃん」クスクス

八幡「……それもそうか。まぁ、今更黒歴史が一つや二つ増えても変わらねえよ。その程度痛くも痒くもねえ」

結衣「カッコイイ事言ってるように聞こえて、それもひたすら卑屈だよね。ほんと、ヒッキーって変」

八幡「うっせーな悪かったな」
 

 
結衣「あははっ、褒めてるんだってば」

八幡「そりゃどうも」

結衣「…………」

八幡「…………」

結衣「……ねぇ、ヒッキー。もう少し手繋いだままでいい?」

八幡「おう」

結衣「えへへ、ありがと。やっぱり暖かくていいよね、こういうの」

八幡「そうだな」

結衣「このままずっと、時間が止まればいいのに……なんてね。大丈夫だよ……ヒッキーのお陰で、あたしはもう大丈夫」

八幡「…………」
 

 
結衣「それにしてもヒッキーってば、あたしもゆきのんも振るとか、立派なリア充じゃん」

結衣「それに、もう全然ぼっちでもないし。たぶん今のヒッキーがそれ言うと嫌味になっちゃうよ?」

結衣「ねぇ、ヒッキー?」


シーン……


結衣「…………行っちゃったんだ」


結衣「はは、最後に一言くらい言ってけっつーの。ほんとヒッキーはヒッキーっていうか……」

結衣「…………」


結衣「ありがと、ヒッキー」

 

 

次の日 由比ヶ浜宅


平塚『まったく、比企谷のやつ。私に一言もないとはな』

結衣「先生はヒッキーの姿見えないんですってば」

平塚『あぁ、そうだったな。なんだかこれでは彼女失格みたいじゃないか』

結衣「そんな事ないですって。むしろ、合格……だと思う」

平塚『……ふふ、そうだといいんだがな。それで由比ヶ浜、君ももう大丈夫という事でいいんだな? 腕の事だけではなく』

結衣「はい……もう、大丈夫」

平塚『そうか、安心したよ。また今度、みんなで飲みにでも行こう。次回は面白そうな話のネタもありそうだしな』

結衣「あはは、分かりました。楽しみにしてます」


プツッ

 

 
結衣「…………」

結衣(うわー、泣き過ぎて目とか酷いことになってる……今日休みで良かったー)

結衣(……でも、気持ちはとっても軽い。てか今までどんだけ重かったのか分かる)


「結衣ー! サブレの散歩ー!」


結衣「あ……わ、忘れてた……ごめんサブレ……」

結衣(うぅ……こんな顔で外出たくないなー……まぁ、しょうがないか……)ハァ


スタスタ……


結衣「行ってきます」


バタン

 

 

これで物語はおしまい。

でもそれはあくまで一つの物語が、っていう事で、また新しい物語は続いていく。

あたしの物語も、ゆきのんも、平塚先生も、さいちゃんも、小町ちゃんも。


そしてきっと、ヒッキーだって。


あたしとヒッキーの物語が交差する事は、もうないんだろう。

でも、それはヒッキーとの物語が無かった事になるわけじゃなくて、これからもずっと、あたしの中に在り続ける。

あたしと一緒に、新しい物語を作っていく。


自分の部屋から出て行く時に、『行ってきます』を言ったのは初めて。

誰に向かって言ったのか。その相手は。


――――部屋に新しく飾られた、あの『キメ顔ドール』。



おしまい

うん

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom