孫娘「おい、クソジジイ!」祖父「なんだ、バカ孫!」(125)

<家>

孫娘「おい、クソジジイ!」

祖父「なんだ、バカ孫!」

孫娘「アンタみたいな老いぼれに、金を恵んでもらう筋合いはないよ!」

孫娘「こんな金、いらない!」ポイッ

祖父「なんだと!?」

祖父「まだ働いてもいないスネかじりのひよっ子めが!」

祖父「大人しく受け取っておけ!」

祖父「ま、ネコに小判だ。どうせ下らんモノを買うに決まってるがな!」

孫娘「なんだとぉっ!?」

孫娘「だいたいスネかじりっていうけどさ」

孫娘「アンタだって、国から年金もらって暮らしてるじゃんか!」

孫娘「あたしにあーだこーだいえる立場じゃないじゃん!」

祖父「ふん、ワシは何十年も働いて、老後のために年金を払ってきたんだ!」

祖父「悔しかったら働いてみせい!」

祖父「もっとも、お前のようなケツの青いガキを雇ってくれるところなんてないがな!」

祖父「ガハハハハッ!」

孫娘「ぬぅぅ……」

祖父「ついでにいっとくと、ワシはまだ働いているしな!」

祖父「近所の宇宙博物館の名誉研究員としてな!」

祖父「どうだ、名誉だぞ!? 名誉!」

孫娘「ふ……ふん。いい年して、宇宙なんかに目を向けちゃってさ」

孫娘「まだ本気で月に行きたいとか思ってるわけ?」

祖父「当然だ!」

祖父「ワシらの世代、特にワシのような人間にとって月面着陸はロマンだ!」

祖父「アームストロング船長なんて、お前知らんだろ!?」

孫娘「知らないよ!」

孫娘「ま、そろそろ宇宙に目を向けるのはやめてさ」

孫娘「少しは地面に目を向けた方がいいんじゃない?」

祖父「どういう意味だ?」

孫娘「だってジジイはもうすぐ地面に埋まっちゃうじゃん!」

孫娘「それにどうせ行くとしたら地獄でしょ?」

孫娘「上だけでなく下も見ないと、舌抜かれちゃうよ!」

孫娘「キャハハハッ!」

祖父「む、こんのバカ孫が! 成敗してくれる!」

孫娘「負けるもんか!」

ドタンッ! バタンッ! ゴロゴロ……

母「ちょっと二人とも、やめなさいよ」

父「いいじゃないか、やらせておけよ」

母「もう、あなたまで……!」

父「オヤジが博物館を定年になって……」

父「まだまだ馬力はあるのに、名誉研究員なんて名ばかりの職を与えられて」

父「しかもそれからすぐにお袋が亡くなって……正直ボケちまうかと思ってたけど」

父「あの様子なら、そういう心配もなさそうだ」

父「どっちも本気でやってるワケじゃないしな」

父「互いに相手は爺ちゃん、相手は子供だって手加減してるよ」

母「でも、あの子お義父さんに対して口が悪すぎよ……」

母「ちょっとは注意しないと……」

父「いいんだよ、気が強いオヤジにはあれぐらいでちょうどいいのさ」

父「俺がわりと大人しめで、親にあまり反発しない子供だったから」

父「どことなくオヤジも張り合いがなさそうだったしな」

父「それに二人とも、楽しそうじゃないか」

母「まったくあの子ったら……だれに似たんだかねぇ……」

孫娘「ハァ……ハァ……」

祖父「ゼェ……ゼェ……」

孫娘「なかなか……やるじゃん……ジジイのくせに」

祖父「そっちこそ……やるじゃないか……ガキの分際で」

孫娘「ま、まぁ……疲れたし」

孫娘「今日はこのくらいにしといてあげるよ」

孫娘「あたしだって孫が祖父を暴行、なんてニュースになりたくないし」

祖父「それはこっちのセリフだ」

祖父「老い先短い身で、ムショ入りなんてゴメンだからな」

祖父「そんなことになったら、死んだ婆さんに顔向けできんわ」

孫娘「ふん、ジジイなんてさっさとくたばっちゃえばいいんだ」

孫娘「アンタの葬式で、くたばってよかったっていってやるから」

孫娘「骨なんかゴミ捨て場にばら撒いてやるから!」

祖父「ふん、ワシみたいなのは簡単にはくたばらないと相場が決まってるんだ」

祖父「いっそお前がくたばる時まで、ギネス更新するくらい長生きしてやる」

祖父「お前の葬式では、どうしようもないバカ孫でしたって大笑いしてやる!」

孫娘「やるか!?」

祖父「いつでもいいぞ!?」

母「二人とも、そろそろ夕ご飯よ」

孫娘「ジジイ、ご飯だってさ」

孫娘「ここは一時休戦といこうじゃないか」

祖父「ふん、いいだろう」

祖父「腹が減っては戦はできぬ、というしな」

孫娘「飯を食べてしばらくしたら、次は風呂で海戦だ!」

祖父「よかろう、ミッドウェーを生き抜いたワシの実力見せてやる」

孫娘「熱い湯はイヤだからね、ぬるま湯で」

祖父「やれやれ、仕方あるまい」

<風呂場>

孫娘「いっけぇ~!」

祖父「砲撃だ!」

ザッパァン! バッシャ! バッシャアン! ザバァン! ジャブン!

孫娘「……浴槽のお湯がほとんどなくなっちゃったね」

祖父「またお母さんに怒られるぞ。お湯を無駄にするなって」

孫娘「ジジイのせいにするからいいもん!」

祖父「だったらワシもお前のせいにしてやるからな!」

孫娘「う~……!」

祖父「ぬ~……!」

孫娘「あまり孫の裸に見とれないでよ、通報しちゃうよ?」

祖父「だれが見とれるか」

祖父「ワシが愛した女性は、婆さんただ一人だった」

祖父(ホントは他数名いたけど……)

祖父「胸も出てないガキの裸なんぞ、これっぽっちも興味ないわ!」

孫娘「ひっどい、今のセクハラだよ!」

祖父「ふん、お前こそジジハラだ!」

祖父「少しは年長者を敬ったらどうだ!」

孫娘「そっちがうやまうに値するジジイになったらね!」

祖父&孫娘「ふんっ!」

祖父「さて、そろそろ寝るとするか」

孫娘「ようし、一緒に寝てやるよ、クソジジイ」

祖父「ほう、ワシの布団が恋しいか?」

孫娘「眠ったまま地獄に落ちちゃったジジイの死体の、第一発見者になってやるよ」

祖父「こんのバカ孫めが、寝てる間に屁をしてニオイをうつしてやるからな!」

孫娘「だったらあたしもオネショしてやる!」

祖父「ぐぬぅ……」

孫娘「ぬぐぅ……」

母「オネショなんて絶対許さないからね。洗濯が大変なんだから」

孫娘「ちぇっ」

ある日──

<家>

ガキ大将「うっす!」

眼鏡「おジャマします」ペコッ

少女「こんにちは」

母「あら、いらっしゃい」

孫娘「ま、狭いところだけど上がってよ」

祖父「おお、孫娘の友だちか。いらっしゃい」

ガキ大将「ちわっす!」

眼鏡「孫娘さんの友だちの眼鏡といいます」

少女「こんにちは」

孫娘「これがあたしのジジイだよ、もうすぐくたばる予定だけどね」

少女「そんなこといったらダメよ……」

孫娘「いいのいいの」

祖父「ま、いつものことだしな。気にしないでおいてくれ」

眼鏡「……もしかして、おじいさんって宇宙博物館に勤められてませんか?」

祖父「そうだが、なんで知ってるんだね?」

眼鏡「やっぱり! ボク、よくあそこに行くんですよ!」

眼鏡「あそこで見かけたことがあって、もしかしたら……と思ったんです」

祖父「ほぉ~そうなのか!」

祖父「どうだね、よかったらちょっとワシの部屋に来るかい?」

祖父「色々なロケットや人工衛星の模型や……天体写真があるよ」

眼鏡「ぜ……ぜひ!」

ガキ大将「俺も見てみたい!」

少女「私も……」

孫娘「…………」

祖父「これがアポロ計画で使用されたサターンVロケットの模型だよ」

祖父「下の方をどんどん切り離して宇宙へ飛ぶんだ」

ガキ大将「へぇ~こんなゴツイのが宇宙に行ったのかぁ……」

祖父「ワシもけっこう本を書いたりしていてね」

祖父「これなんか、君でも分かりやすく読めるんじゃないかな?」

眼鏡「お、お借りします! ありがとうございます!」

祖父「これが天の川の写真だよ」

祖父「もう七夕にもなかなか見られないようになったが……」

少女「うわぁ~キレイ……!」

孫娘「…………」

祖父「いやぁ~孫娘なんか、博物館にもめったに来ないし、宇宙にも興味ないからな」

祖父「君たちが孫だったら嬉しかったんだがな」

祖父「ガハハハハハッ!」

ガキ大将「へへへ、今日は楽しかったっす!」

眼鏡「ボクもおじいさんみたいな人の孫になりたかったです……」

少女「孫娘ちゃんに似て、明るくて面白い人ですね」

祖父「ま、ワシは今はほとんど暇人だから、また来るといい」

孫娘「…………」

祖父(帰ったか……)

祖父(たまにはよその子と遊ぶのも悪くなかったな……)

祖父(しかしまぁ、やっぱりアイツとのケンカは欠かせんな)

祖父「──ってあれ? 孫娘はどこだ?」キョロキョロ

母「あ、お義父さん」

母「あの子……ちょっとスネちゃったみたいで」

祖父「あ~……まあ、つい出しゃばって友だちと遊ぶのをジャマしてしまったからな」

祖父「悪いことをしてしまったな」

母「いえ、そうじゃないんですよ」

祖父「え、どういうことだい」

母「お義父さんを他のみんなに取られた、と思ったみたいなんです」

祖父「へ?」

母「他の子が孫だったら、って言葉もけっこうショックだったようで……」

母「まあ、すぐに元通りになりますよ」

祖父「……やれやれ、しょうがない孫だ」

祖父「少しは可愛いところがあるじゃないか」ニヤッ

祖父「どれ、少しからかってやるとするか」

祖父「孫娘、こんなところにいたのか。鬼もいないのにかくれんぼしてどうする」

孫娘「……なんだよ、クソジジイ」

孫娘「アイツらが孫だった方がよかったんでしょ!」

祖父「まぁな」

孫娘「!」

祖父「だれかとちがって、あの子たちは素直で、真面目で、宇宙にも興味がある」

祖父「あのような孫を持てた爺さん婆さんは、さぞ幸せだろうな」

孫娘「…………!」

祖父「ただし、ワシのような人間には少々物足りないところもある」

祖父「ワシとしてはまぁ……なんだ」

祖父「もう少し張り合いがある孫の方がいい」

祖父「年寄りを年寄りと思わない、一筋縄じゃいかない孫の方がな」

孫娘「…………」

孫娘「やれやれ、しょーがないな」

孫娘「やっぱ、ジジイの孫はあたしじゃなきゃ務まりそうもないね」

祖父「フン、そうだな」

母「あら、おじいちゃんと仲直りしたみたいね?」

孫娘「仲直り!? お母さん、ジジイとあたしは宿命のライバルなの!」

孫娘「仲直りなんてありえないよ!」

母「あらやだ、ごめんね」

母「まあそれはともかく、明日おじいちゃんの博物館に行ってみない?」

孫娘「へ? なんで」

母「なんでって、アンタおじいちゃんが働いてるところほとんど見たことないでしょ」

孫娘「見る価値がないからだよ!」

母「そんなこといって……ホントは働いてるおじいちゃんを見たくないんでしょ?」

母「アンタとケンカしてる時とちがって、マジメなところを見たくないんでしょ?」

母「なんとなく照れ臭いから」

孫娘「ち、ちがうよ!」

母「じゃあ、いいじゃない」

母「たまには親孝行だと思って、私に付き合いなさいよ」

母「おじいちゃんにはナイショにしといてあげるから」

孫娘「分かったよ……」ブス…

翌日──

<宇宙博物館>

母「ほら、あそこにおじいちゃんがいるわよ」

母「お客さんになにかを説明してるみたい……すごいわねぇ」

孫娘「…………」

母「どう?」

孫娘「ふんっ!」

孫娘「あんなクソジジイに説明されるお客さんが可哀想!」

母「まったく……じゃあ帰りましょうか」

孫娘「あ、あの説明が終わるまで待って」

孫娘(ジジイは一生懸命働いていた)

孫娘(ピンと背筋をはって、お客さんの質問にハキハキ答えていた)

孫娘(もちろん、内容はあたしにはよく分からないけど……)

孫娘(いつもとは別人みたいだった……)

孫娘(ちょっとだけ、かっこよかった……かな?)

孫娘(ううん、やっぱりかっこよくなんかない!)

<家>

祖父「ただいま」

孫娘「あっ、ジジイ! この給料泥棒!」

孫娘「今日も博物館の人に迷惑かけてきたんだろ!」

祖父「なにをいうか! ちゃんと金の分くらいは働いてきたぞ!」

孫娘「ウソつき! ウソつきは泥棒は始まりなんだよ!」

祖父「ほぉう、今日はなかなかいうじゃないか! よし着替えたら一勝負だ!」

祖父「いっとくが手加減しないぞ!?」

孫娘「よしきた!」

孫娘(よかった……いつものジジイだ)

しかし、そんなある日──

<宇宙博物館>

職員「どうでしょう?」

祖父「ふ~む」

祖父「近年話題になったこともあるし」

祖父「もっと人工衛星を押し出したレイアウトにした方がいいかもしれないな」

職員「そうですね」

職員「模型などを取り寄せてみましょうか」

祖父「うむ、そうしてくれると──うっ!」

祖父「ううっ……!」ガクッ

職員「ど、どうしました!? しっかりして下さい!」

<学校>

孫娘「えぇっ!?」

先生「博物館で仕事中、倒れられたらしいの……」

先生「今日は早退して、すぐ病院に行ってあげて」

孫娘「分かりました!」

孫娘(そんな……ジジイが倒れただなんて、そんな……!)

孫娘(ジジイ……くたばったりしたら、許さないんだから!)

<病院>

祖父「いやぁ~心配かけてすまなかったな」

父「無事でなによりだったよ、オヤジ」

母「えぇ、本当によかった……」

孫娘「うぅっ……」グスッ

祖父「おいおい、涙はワシは死んだ時にとっておけよ。ガハハハハッ!」

祖父「ただでさえ、ワシが死んだ時に泣きそうもないんだからな、お前は」

孫娘「泣いてなんかないよ!」

孫娘「なんなら、ここで勝負する!?」

母「こらこら」

祖父「勝負は退院してから、だな」

孫娘「うん!」

<家>

孫娘(ふぅ……)

孫娘(よかった……ジジイが無事で……)

孫娘(本当に心臓が止まるかと思っちゃったよ)

孫娘(さぁて、明日から当分家にジジイはいないけど)

孫娘(いつ帰ってきてもいいように、いっぱい悪口を考えておこう!)

孫娘「……むにゃ……」

母「……ホントなの!?」

父「ああ……だいぶ悪いらしい」

父「もってあと半年……だそうだ」

母「そんな……! でも全然そんな風には見えなかったけど……」

父「まあ、我慢強い人だったし……それに……」

父「アイツとやり合ってる時のオヤジは本当に楽しそうだった」

父「多分アレがあったから、あんな状態でもここまで頑張れたんだろうな」

孫娘(あたしが病院に行くと、ジジイはいつも元気そうだった)

孫娘(病気だなんてウソみたいだった)

孫娘(あたしが持ってった見舞い品にケチをつけてきて、いつもの大喧嘩)

孫娘(でも……でもね)

孫娘(本当はあたし知ってるんだ)

孫娘(だって……)

孫娘(ジジイを驚かせようと思って、こっそり面会時間外に病院に行った時──)

<病院>

祖父「げほっ、ごほっ、げほっ!」

ナース「大丈夫ですか!?」

祖父「ああ……げほっ! げっほ!」

祖父「すいません……本当に」

祖父「まったくこんなところ、孫には見せられんな」

ナース「早く元気になって、お孫さんを喜ばせましょうね」

祖父「……ああ」ゲホッ

孫娘「…………」

孫娘(あたし、分かるよ)

孫娘(こんなところ、あたしに見られたくないよね?)

孫娘(だって、逆の立場だったらあたしもジジイに見られたくないもん)

孫娘(だって、あたしらは宿命のライバルなんだもん)

孫娘(だから今日は会わないでおくね)

孫娘(本当は会いたいけど……)

そして──

<学校>

孫娘「ねぇ、みんな。相談があるんだけど……」

ガキ大将「どうしたんだよ、突然」

眼鏡「なんだい?」

少女「どうしたの?」

孫娘「実はね……」

孫娘「あたしのジジイを……月に行かせてあげたいんだ」

ガキ大将「月に……って、どういうことだ?」

孫娘「ジジイ、今入院してて……すごく辛そうなんだ」

孫娘「で、昔から月に行くのが夢だったっていってたから……」

孫娘「もし叶えてあげたら……少しはよくなるかと思って……」

少女「そういうことだったの……」

眼鏡「あのお爺さんが……そんな……」

ガキ大将「…………」

ガキ大将「いいぜ、出来る限りのことはしてやろうや!」

ガキ大将「とにかく方法があるのか調べてみようぜ!」

眼鏡「じゃあボクの家にパソコンがあるから、インターネットで調べてみよう!」

孫娘「……ありがとう!」

しかし──

ガキ大将「──ダメだったな……」

眼鏡「月旅行はおろか」

眼鏡「ほんのちょっと大気圏外に出るだけでも、とんでもない費用がかかる……」

眼鏡「しかも訓練まで必要とするなんて……」

眼鏡「これじゃ、とても入院しているお爺さんに旅行させることはできない……」

少女「漫画とかじゃ一瞬で行けるのに……」

孫娘「みんな、ありがとう……ごめんね」

ガキ大将「おいバカ、簡単に諦めるなよ!」

ガキ大将「そうだ! 宇宙博物館に月の石が展示してあったろ!?」

ガキ大将「あれを分けてもらって、プレゼントするってのはどうだ!?」

ガキ大将「爺さんは博物館の人なんだし、頼めば分けてもらえるだろ!」

眼鏡「それぐらいなら、できるかもしれないね!」

少女「うん、頼みに行ってみよう!」

孫娘「みんな……」

<宇宙博物館>

職員「──その気持ちは痛いほど分かるよ」

職員「私も……あの人には昔からお世話になってきたからね……」

職員「しかし、アレは博物館の物ではなく、借りものなんだ」

職員「たとえ一部であろうと、あげるってワケにはいかないんだ……」

眼鏡「そうですか……」

ガキ大将「くそう……!」バシッ

少女「月の石もダメだなんて……」

職員「すまないね、私としても本当は丸ごと差し上げたいくらいなんだ」

孫娘「いいよいいよ。あんなジジイ、その辺の石ころでも十分だもん!」

孫娘(ごめんね……ジジイ)

ガキ大将「ちくしょう! なにか手はないもんかな……」

眼鏡「なにしろ地球から月までは、38万キロもあるからね……」

眼鏡「月が向こうからやって来てくれればなぁ……」

孫娘「そんなことできっこないよね……」

少女「…………」ハッ

少女「そうだわ!」

少女「月の方から地球に来ればいいのよ!」

孫娘「え、どういうこと!?」

少女「気休めにしかならないかもしれないけど──」

孫娘「──いいね、それやろうよ!」

ガキ大将「面白いな!」

眼鏡「まあ、相手は天文学のプロだけど……きっと喜んでくれるよ」

少女「じゃあ、今日中に一人一つずつ作って、明日病院に行きましょう!」

孫娘「うんっ!」

<家>

孫娘「ふんふ~ん」チョキチョキ

母「あら、アンタなに作ってるの?」

孫娘「えへへっ」チョキチョキ

孫娘「明日病院に行って、ジジイに月旅行気分を味わわせてやるんだ」チョキチョキ

母「月旅行気分……?」

母「病院なんだし、あまり騒がしくしたらダメよ」

孫娘「は~い」チョキチョキ

翌日──

<病院>

祖父(さてと、今日は孫娘が友だちを連れてくるとかいっていたな)

祖父(弱ってるところは見せられんな)

祖父(今日は久しぶりに調子がいいからな、いつでもいいぞ)

コンコン

祖父(来たか!)

ガチャッ

祖父「!?」

ウサギA「よう、ジジイ!」

ウサギA「はるばる月からやってきてやったぞ!」

ウサギB「へへへ、地球の空気はうまいぜ……」

ウサギC「あなたは我々の住んでいる星に詳しいそうですね、こんにちは」

ウサギD「はじめまして、お爺さん」

祖父(こ、これはウサギのお面を被った──)

祖父(いや、この四人は月で餅をついているウサギだ!)

祖父「ほう、わざわざ月から来てくれたのか! こりゃまたご苦労だったね」

ウサギA「アンタ、月に来るのが夢だったみたいだけど」

ウサギA「地球の文明は遅れてるから、なかなか大変らしいじゃない?」

ウサギA「だからこっちから来てやったよ」

祖父「どうもありがとう、ウサギさんたち。ま、ゆっくりしていってくれ」

ウサギB「照れ臭いぜ」

ウサギC「ところで、あなたは月について色々知っているそうなので」

ウサギC「ボクたちに教えていただけませんか?」

ウサギD「お願いします」

祖父「ガハハッ、ワシは君たちの故郷が大好きだからね」

祖父「ワシなんかの話でよければ、聞かせてやろう」

ウサギB「……なるほどな~」

ウサギC「勉強になりました。また色々教えて下さい!」

祖父「月に住んでるウサギさんたちに満足してもらったなら」

祖父「ワシも研究者冥利に尽きるってもんだ、ガハハハハッ!」

ウサギD「……ところで、お爺さん」

祖父「なんだい?」

ウサギD「このウサギさんが特別にいいたいことがあるらしいの」

ウサギA「えっ!? な、ないよそんなの!」

ウサギD「ほらほら!」グイッ

ウサギA「うぅ……」

祖父「ほぉう。聞かせてもらおうか?」ニヤッ

ウサギA「えぇと、アンタ孫がいるでしょ?」

祖父「ああ、一緒に住んでいたよ」

ウサギA「その孫から伝言を……もらってるから……」

祖父「ほぉう?」

ウサギA「聞いてくれる……?」

祖父「もちろんだとも」

祖父「ワシが世界で一番愛する孫からの伝言だからな」

祖父「耳かっぽじって聞かねばバチが当たる」

ウサギA「あ、ありがとう……」

ウサギA「……おじいちゃん」

ウサギA「いっつもジジイ呼ばわりしてごめんなさい」

ウサギA「えぇと……あたしはおじいちゃんが大好きです」

ウサギA「実はあたし、こっそり博物館に行ったことがあるの」

ウサギA「お客さんに説明をしていたおじいちゃんは、とてもかっこよかった」

ウサギA「あ、あとおじいちゃんのために、月の石をもらいに博物館に行った時」

ウサギA「博物館の人も……心配してたよ」

ウサギA「お父さんとお母さんも……」

ウサギA「だからまた……」グスッ

ウサギA「絶対……元気になって……」グスッ

ウサギA「ケンカ……しようね……」ポロッ

祖父「ガハハハハハッ! ありがとう、ウサギさん!」

祖父「こりゃあ、くたばれなくなっちゃったな!」

ウサギA「くたばるなんて……いわないでよ……」

祖父「そうだな!」

祖父「孫娘には、絶対元気になると伝えてくれ!」

ウサギA「うん……!」グシュッ

祖父「他のみんなもありがとう!」

祖父「まさか月からわざわざやって来てくれるとは」

祖父「ワシはアームストロング船長より、贅沢者だよ!」

ウサギB「絶対元気になって下さいっす!」

ウサギC「また宇宙について教えて下さい!」

ウサギD「私たちも待っていますから……」

ウサギA「じゃあ、そろそろ時間だから……帰るね」

祖父「月までは遠いから、気をつけて帰るんだぞ」

ウサギB&C&D「はいっ!」

ウサギA「…………」

祖父「?」

ウサギA「…………」バッ

孫娘「ぐすっ……」

孫娘「──おじいちゃんっ!」ダッ

祖父「おうおう、よしよし」ナデナデ

孫娘「絶対絶対絶対、元気になってね!」

孫娘「あたし……待ってるからね!」

祖父「ガハハッ! 心配するな、ワシのようなジジイはしぶといと相場が決まってる!」

祖父「だからお前もしぶとく生きろよ!」

孫娘「へん、分かってら!」



──

───

それから数週間後、祖父は帰らぬ人となった。



亡くなる直前の日々、祖父は入院前とは比べ物にならないほどやせ衰えていたが、

その顔には常に明るい笑顔が張り付いていた。

まるで長年叶えられなかった夢を、ついに叶えることができたかのように──

全てが落ち着いた頃──

父「……まったくオヤジらしい最期だったな」

母「天国で、きっとお義母さんと再会したでしょうね……」

孫娘「ううん、おじいちゃんは天国には行ってないよ」

母「え?」

孫娘「だって、あんなに元気だったんだもん」

孫娘「きっと……おばあちゃんも誘って……月まで行ってると思うから……」





                                     おわり

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