伊織「眠れない夜と美希とのお風呂」 (23)


 ——眠れない。
 布団に入ってからもう2時間は経ったと思う。

 目が冴えまくっている。

 同居人の美希は可愛い寝息を立てて夢の世界へ。

伊織「どうしよ」

 小さい声が、静かな空間にすっ、と通った。


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 音をたてないように布団から抜け出して、片方の電気をつけた。
 和室側……美希が眠っている方の電気は、消したまま。

伊織「……2時30分、ねぇ」

 スマホの画面で、時間を確認する。
 なんとなく、「寝る方法」なんてものを検索してみたりもした。

伊織「『ホットミルクを飲みましょう』」

 丁度牛乳を切らしてるのよね。さっき美希が飲みきっちゃったわ。

伊織「『身体をあたためて布団に入り直しましょう』」

 これなら……いいかも。
 でも、身体をあたためる、ってどうやってよ。

 画面を指でなぞっていく。


伊織「なるほど」

 お風呂、ね。
 春なのにシャワーでずっと済ませていたっけ。

美希「んー…………」

伊織「……」

 少し、声が大きかったかも。
 写真集とか、CDとか。新しい活動ばかりで、美希は疲れている。

伊織「…………お風呂、つくろ」

 音が聞こえないように、お風呂場の外にある洗面所のドアを閉める。
 電気も消した。


 浴槽は綺麗だった。
 洗う必要はあるだろうけど、最近使っていないからか目に見える汚れは少なかった。

伊織「……」

 お風呂洗剤を浴槽に噴射し、スポンジでこすっていく。
 洗剤の馴染んだスポンジで、隅から隅までこする。

伊織「……しーらぬーがー♪」

 思わず、軽く歌っていた。
 ひと通り終わったところで、シャワーノズルを持つ。

 水を出して、泡を流して……。

伊織「……♪」

 泡が全て流れた後、ふたにも洗剤を噴射。
 上から下へとスポンジを動かしていく。


 41℃の表示は、シャワーの水がお湯になったことを教えてくれる。

伊織「……よし」

 ふたを浴槽に乗せて、お湯が出て行かないように栓をする。
 ピンク色のボタンを押して、お風呂を作り始めた。


 濡れた足をマットとタオルで軽く拭いて、真っ暗のリビングに戻る。
 と、その瞬間。

伊織「ひゃあっ!」

 後ろから、お腹に手を回された。
 頭を私の背中に乗せて、ぎゅっ、と抱きついている。

伊織「……美希?」


美希「起きたら、でこちゃんいなくて」

 涙が交じる美希の声。
 頭をゆっくりと撫でた。

伊織「……お風呂、洗ってたのよ」

美希「お風呂?」

 真っ暗だけど、美希の声色からどんな表情をしているのかは分かる。

伊織「ごめんね、眠れなかったの」

美希「ミキに声かけてくれなきゃ、ヤ」

伊織「……一緒に入る?」

 おそらく美希は、「一緒に入るの」と言おうとしていたと思う。
 だから、先に言ってやった。


美希「……うん」

 美希が頷いた。薄い生地のパジャマだから、体温がすごく伝わってくる。

伊織「美希、明日の仕事に影響しないようにしないと、だめよ」

美希「明日は午後からだから平気なの」

伊織「そう?」

美希「そう」

 車が猛スピードで道路を走る音が聞こえる。
 真っ暗な中、私に抱きつく美希。
 ……少し、おかしな光景だ。


美希「でこちゃん」

伊織「ん?」

 美希がここまで私に抱きつくって、なかなか珍しい。
 普段から、手を繋ぐぐらいしかしないだけに、新鮮だった。

美希「ミキ、いま幸せだよ」

伊織「……何よ、急に」

 美希らしくない。

美希「……ううん、なんとなく言いたくなっただけ」

伊織「……私も、すごく幸せよ。美希の何倍もね」

美希「なっ……じゃ、じゃあミキはでこちゃんの何十倍も幸せ!」

伊織「それなら、私はミキの何百倍も幸せよ」

美希「むぅ……でこちゃんの何千倍!」

 どうしたんだろう。
 いつもの美希に戻ってはきたけれど、何か悩むところがあるのだろうか。

 ピピピ、と高い音が部屋に響く。


伊織「……入りましょうか」

美希「出来たの?」

伊織「ええ」

 美希がゆっくりと私から離れた。

美希「わーい、でこちゃんとお風呂なのっ」

 美希は私の手をひいて、洗面所へと歩き出した。


伊織「ふぅ……」

美希「えへへ」

伊織「んー?」

美希「なんでもないの」

 美希がシャンプーで髪の毛を洗っている間、私は浴槽に入っていた。
 一般的な狭いお風呂場だから、1人ずつ入るしかない。

伊織「久しぶりねぇ」

 温かいお湯のせいか、思っていたことが全て言葉で出てくる。

美希「何が?」

伊織「こうやって、お湯に浸かることって……最近無かったのよね」

美希「ああ、ミキもシャワーですましてたかも」

伊織「それに、美希とお風呂なんて……それこそ最近無かったじゃない?」


美希「そうだねぇ……でこちゃんのお家のお風呂に入ったのが最後?」

伊織「だとしたら、この家を借りる前ってことになるわね」

 美希と一緒に住み始めてから、実家には帰っていない。
 響と同じように、トップに立つまでは帰らないっていう意味もある。
 でも、ただ単純に美希との関係を聞かれたら上手く答えられないからそのまま、というのもある。

 仲間? 親友? 同居人?
 ……恋人?

 そういうことを美希と話したことは一度もない。
 それは、言わなくてもそういう関係だ、って二人で共有しているから。

美希「それじゃあ、今日はすっごく久しぶりってことになるの」

 シャワーの音。髪の毛の泡を流すようだ。

伊織「そうね、嬉しいわ」


美希「……」

伊織「…………」

 水が落ちる音だけが聞こえてくる。

美希「…………ねえ、でこちゃん」

伊織「何?」

美希「ミキのお話、聞いててくれる?」

伊織「え?」

 美希はシャワーノズルを片手に、髪の毛をすいている。

伊織「ええ」

 何の話だろう。
 こんなふうに切りだされたことは初めてだ。


美希「お姉ちゃん、結婚するんだって」

伊織「…………本当に?」

美希「うん、大学の同級生と」

伊織「…………」

 姉の結婚。
 それが美希にとって、どんなに複雑な思いなことか。

美希「家族の中で、一番最初に知ったの」

伊織「……」

美希「ミキ、どうやって喜べばいいのか、わかんないんだ」

伊織「……」

美希「お姉ちゃんが幸せになるのはすごく嬉しいけど、離れちゃうのはもっとヤなの」


伊織「…………」

美希「それで、ちょっと悩んでるの」

伊織「……複雑、よね」

 美希の唯一のお姉さん。真面目な人で、気配り上手なかっこいい女性って感じのひと。
 私と美希の関係を知っている、数少ない人。

美希「お姉ちゃんに『離れたくない』なんて言えば、困らせちゃうし」

 美希はどう祝うのか、悩んでいるけど。

伊織「……美希」


 美希の良さは、正直なところだと思う。だから、

美希「ん?」

伊織「お姉さんに言いたいこと、正直に言うだけでいいと思うわ」

美希「……正直に」

伊織「私ね、美希の正直なところに憧れてる」

美希「え……?」

伊織「美希は、素敵なものを持ってるの」

美希「……」

伊織「……お姉さんに、正直に伝えれば大丈夫」

美希「……ありがと、でこちゃん」

伊織「いいえ、幸せになってほしいわね」

美希「……うん」


 私が湯船から出るかわりに、美希がお湯につかる。
 シャワーノズルからは冷水。徐々に温まる水に手を当てる。

美希「ふぃー……悩み事言ったから、すっきりしたの」

伊織「そりゃあ、良かったわ」

 お湯を髪の毛にかけて、シャワーノズルのボタンを押してお湯を止めた。

美希「本当にありがとね、でこちゃん」

伊織「お礼をするのはこっちの方よ、こんな夜遅くにお風呂に付き合ってくれるんだから」

美希「でこちゃんと一緒にお風呂なんて、見逃さないもんっ」

 美希は少し元気を取り戻したようだった。


 お風呂を出て、2人でそれぞれ新しいパジャマに身を包んだ。
 冷蔵庫をあけて、麦茶をごくごくと飲む。

伊織「お風呂上りにはちょうどいいわ」

美希「火照った身体に助かるの」

 飲み終わって、コップをシンクに置く……と。
 丁度いい、ぼんやりとした眠気がやってきた。

伊織「ふわぁ……」

美希「ん、眠れそう?」

伊織「ええ……ありがとね、美希」


 美希が先に布団に入ったのを確認して、電気を消す。
 再び真っ暗になった和室で、目をつぶった。

美希「おやすみ、でこちゃん」

伊織「おやすみ、美希」

 美希が手を握ってくる。
 その優しいぬくもりを感じて、私は眠った。


 夜の雰囲気と、優しい伊織と優しい美希が好き。
 お付き合いいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

乙です。
年齢どのくらいの設定なんだろ

キモいからシネ

死ぬのはお前だクソが

なんか毎回美希が死ぬか失踪するんじゃないかという不安感がある

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