唯「たぶん一目惚れだったと思う」 (62)

その子は、今まで私が出会ってきたどんな女の子とも違った。
ううん。同じだけど違った。

憂や和ちゃんみたいに私のお世話をしてくれるところは同じ。
同じだけど何か違った。

う~ん、やっぱり上手く言葉にできないや。
とにかく、私はムギちゃんに抱きつけなかった。

紬「平沢さん?」

唯「あ、ムギちゃん」

紬「今から部活動に行くのかな?」

唯「うん。ムギちゃんも?」

紬「ええ、そのつもりよ」

唯「じゃあ一緒にいこっか」

紬「ええ、そうね」

ムギちゃんはお嬢様だ。
ちゃんと聞いたことはないけど、きっとそうだ。

言葉遣いが丁寧な子とは沢山会ったけど、こんなにも礼儀ただしい子もはじめてだから。

ムギちゃんはそんなに背が高くない。
でも姿勢が綺麗だから、なんだかかっこよく見える。
笑顔だってほら……。

紬「どうしました?」

唯「ど、どうもしないよ」

紬「ふふ、変な平沢さん」

唯「ね、ねぇ、ムギちゃん」

紬「なんでしょうか?」

唯「よかったら唯って呼んでくれない? 私だけムギちゃんって呼ぶのも変だし」

紬「そうですね、唯」

唯「~~っ。やっぱり唯ちゃんで」

紬「わかりました。唯ちゃん」

唯と呼ばれて心臓がバクバクしてしまう。
和ちゃんや澪ちゃん、りっちゃんに言われてもこんな風にはならないのに。

やっぱりムギちゃんはひと味ちがう。
簡単には抱きつかせてもらえない。

そんな私をニコニコと見つめるムギちゃん。
それだけで私は元気になってしまうのだ。

澪「なぁ、唯」

唯「なぁに、澪ちゃん」

澪「いつになったら楽器買うんだ?」

唯「えへへ……まだお金の目処がついてなくて」

律「……まぁしょうがないって。唯が入ってくれたおかげで軽音部が存続できるんだから、それだけで御の字だ」

澪「律はゆるすぎるって」

唯「まぁまぁ、ムギちゃんのお茶はおいしーし」

澪「そういう問題じゃないだろ」

唯「じゃあ澪ちゃんの分ももらっていい?」

紬「おかわりならありますよ」

一歩下がったところから私達を見ているムギちゃん。
ムギちゃんのお茶は本当に美味しい。

部活に行くとムギちゃんはまずお茶の準備をはじめる。
その間、私はりっちゃんと澪ちゃんとおしゃべりをはじめるけど、いつもチラチラムギちゃんを見てしまう。

ムギちゃんは柔らかい顔でお茶をいれる。
何か愛おしいものを見つめるような、優しい顔。

私が見ていたことに気づくと、ムギちゃんは優しく微笑んでくれた。
心臓がトクンと大きく弾む。

ムギちゃん、それは卑怯だよ。

紬「最近暑くなってきたわねー」

唯「うん。私はこの季節苦手かな~」

紬「冷房がよく効いた部屋に行きたいわ~」

唯「あ、私冷房も苦手なんだ」

紬「そうなんだ?」

唯「うん。あんまり冷房を効かせてると調子が出なくって」

紬「大変ねぇ……。あ、そうだ、今度プールにでも行かない?」

唯「プール?」

紬「ええ、りっちゃん達も誘って、ね」

高校最初の夏がくる頃には、ムギちゃんはだいぶ変わっていた。
言葉遣いも私やりっちゃんに近づいてきたし、遠慮も減ってきた。
礼儀正しいところは相変わらずだったけど、そんなムギちゃんが好きだった。

ムギちゃんが変わっていったのは、私達と一緒にいたからだと思う。
そして誰が一番ムギちゃんを変えたかというと、りっちゃんだと思う
それがちょっぴり悔しかったけど、ムギちゃんの変化は嬉しかった。

こうやって一緒に遊びに行こうって誘ってくれるようになったし。

プールではムギちゃんの白い水着が眩しかった。
もちろんりっちゃんの赤い水着や澪ちゃんの青い水着も良かったと思う。
でも白い水着は特別だった。

夏には合宿もやった。
それから秋になって文化祭ライブもやった。
みんなで学校に泊まって練習するのはとっても楽しかった。
それからそれから……とにかく楽しいことはいっぱいあった。

ムギちゃんとはもちろん、りっちゃんや澪ちゃんともどんどん仲良くなった。
この4人でずっといられたらいいのに……って思えるぐらい。

秋から冬に変わる頃、ムギちゃんと一緒に動物園へやってきた。

ムギちゃんと動物の話で盛り上がって「今度動物園へ行こうね」って話になったのだ。
でも、澪ちゃんとりっちゃんの都合が悪くて、2人だけで行くことになった。

紬「ねぇ、唯ちゃん、見て見て~」

唯「あ、カバさんだね」

紬「大きなおくちね」

唯「うん。あんなのに食べられたらひとたまりもないよ~」

紬「あら、でもカバさんのお口の中を掃除してくれる鳥さんがいるわしいわよ」

唯「勇気のある鳥さんだねー」

紬「そうねぇ……。あ、あっちにいるのは」

唯「オウムだね」

紬「声真似してくれるかしら?」

唯「試してみよっか!」

ムギちゃんはとっても楽しそうだった。
そしてそんなムギちゃんを見てると私も楽しくなる。
2人でいろんな動物を見て回った。

でも、しばらく歩いていると、冷たい風が吹いてきた。
ムギちゃんがブルっと震えた。
私もブルっと震える。

私達は自販機を探して砂糖たっぷりのココアを飲んだ。

紬「温まるわ~」

唯「うん。甘くて美味しいね」

紬「もうちょっと着込んできたほうがよかったかな」

唯「うん。私もちょっぴり寒いよ~」

紬「どうしよう、もうちょっとだけ見て帰る?」

唯「え、それはヤダ」

紬「う~ん、じゃあどうしましょうか?」

唯「ねぇ、手を繋いで歩いたらどうかな」


ちょっとだけ勇気を出して、手を差し出してみた。
ムギちゃんは私の手をまじまじと見つめた。
それから、優しく微笑んで、手をとってくれた。


紬「あったかいね」

唯「うん。あったかあったかだよ」


ちょっと暑いぐらいだったのは緊張してたせいだと思う。
ムギちゃんと手を繋いで、動物園を沢山まわった。

多分、これがきっかけだったと思う。
ムギちゃんのことは前から大大大好きだったけど、大大大大大好きになってしまった。
布団を出てから布団に入るまで、ずっとムギちゃんのことを考えている。
授業中も、部活の時も、ずっとムギちゃんを目で追ってしまう。

そのうち、りっちゃんや澪ちゃんにもバレてしまった。

するとちょっと困ったことになった。
りっちゃんと澪ちゃんが気を利かせてくれるようになったのだ。

部活中も生暖かい目で見守ってくれる。
4人で遊びに行こうとすると、2人は用事があると言う。

きっとムギちゃんはりっちゃん澪ちゃんとも仲良くしたいと思ってる。
だからこれは困ったことだ。

ムギちゃんは2人で遊びにいっても、特に嫌な顔はしない。
だけど本当は4人で遊びたいと思ってるはずだ。

このままだと、りっちゃんと澪ちゃんはこれからも気を利かせてくれると思う。
それは困ってしまう。

だから、自分の気持ちをムギちゃんに伝えてしまうことにした。
私の誕生日に。

私がフラれてしまえば、2人も遠慮はしなくなるはずだから。

紬「りっちゃんと澪ちゃん、遅いわねぇ」

唯「うん。そうだね」

紬「せっかくの唯ちゃんの誕生日なのに」

唯「多分ね、それには理由があるんだ」

紬「理由?」

唯「うん……。ね、ムギちゃん、女の子が好きな女の子のことどう思う?」

紬「えっとね、いいと思うけど。……唯ちゃん?」


ムギちゃんが不思議そうな顔をしている。
ここで気持ち悪いなんて言われたら、流石に告白する勇気は出なかったと思う。
でも、「いいと思う」と言ってくれた。

唯「ね、ねぇ、ムギちゃん」

紬「うん」

唯「私ね、実は……」

紬「……」

唯「ムギちゃんのことが好きなんだ」

紬「うん。私も唯ちゃんのこと好きだよ」


好きだと言われてドキッとしてしまう。
でも、ムギちゃんの好きと私の好きは違うんだ。
ちゃんと説明しないと……。


唯「そ、そういうのじゃなくて、私は女の子として……あ、それじゃ伝わら……」

紬「大丈夫。ちゃんとわかってるから」


ムギちゃんは微笑んだ。

唯「えっと……ムギちゃん?」

紬「私もね、女の子として女の子の唯ちゃんが好きなの」

唯「う、うそでしょ」

紬「どうして?」

唯「あ、ムギちゃん優しいから、私のこと気遣って……」

紬「嘘なんて言わないわ」

唯「だって、ムギちゃんが私を好きになる理由なんてないもん!」

紬「そんなことないわ。唯ちゃんはいつも明るいし、一緒にいると楽しいし。でもそうね……たぶん一目惚れだったと思うわ」

唯「え、一目惚れ?」

紬「ええ、ずっと前、唯ちゃんが私の手を握ってくれたでしょ。そのとき、唯ちゃんのことを好きになっちゃったんだと思う」

唯「私がムギちゃんの手を握ったのは動物園の時が最初だよ?」

紬「ふふ、私はコートのフードをすっぽり被ってたから、唯ちゃんは気づかなかったのかもしれないね」

そう言ってムギちゃんはニコリと笑った。
紅茶をいれてるときみたいな、優しい笑顔。
その笑顔を見たら、細かいことはどうでもよくなってしまった。

ムギちゃんが手を差し出してくれる。
私が手をとると、ぎゅっと繋がれる。

手を引っ張られて、私はムギちゃんのほうに倒れこんだ。
そのままお互いに抱きしめ合う。

ドアの隙間から憂と澪ちゃんとりっちゃんが覗いているのが見えた。
でも、ムギちゃんの体温をもっと感じたかったから、今は気づかないフリ。


高校生になって最初の誕生日はとてもあたたかだった。

約1年前。
桜が丘高校入学試験当日。


唯「どうかした?」

「あ……っ。願書をなくしてしまって」

唯「それで雪の中鞄を開いてたんだね……見つかりそう?」

「それが……家に忘れてしまったみたいなんです。携帯も持っていないので……」

唯「そうなんだ。じゃあ職員室へいってみようよ」

「職員室へ?」

唯「うん! きっとなんとかしてもらえるって。駄目だったら電話だけ借りればいいし」

「なるほど……。あ」

唯「ほら、急いで」

「手が……」

唯「あ、手を繋ぐの嫌だった?」

「いいえ、そんなことありませんよ」

唯「そっかぁ」

「……あったかい」

唯「え、何か言った?」

「なんでもありません」

唯「そっか、ね、二人共合格できるといいね」

「……そうですね」

唯「さ、着いたよ。じゃあね」

「ええ、ありがとうございました」

「……」

「……また会いたいな」



おしまいっ!

ちょっと遅くなっちゃったけど唯ちゃん誕生日おめでとおおおおおおおおおおおおおおおお!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom