春香「報われない恋に手向けの愛を」 (61)


 美希「報われた恋に手向けの花を」

  の春香視点


つまり閲覧注意

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目覚めの悪い朝

自分で認めたとは言え

こうも心に来るものだとは予想だにしていなかった

「……………」

見上げたままの天井は

カーテンの隙間を縫って入り込んだ光が眩しかった

今日は美希がプロデューサーさんと買い物に行く日

私にはあんなにもはっきりと言い切ったくせに

いざ本人を目の前にすると途端に怖気付いて

デートに誘えばと言ったにも関わらず

向こうから誘われてるのだから残念な人だ

なんであんな人に恋をしたのか

開き直ってみれば不思議でならない


まぁ、そんなのは嘘で

今でも未練たらしく恋焦がれているからこそ

美希と買い物デートする日である今日は

朝からこんなにも体が怠いわけだ

「……美希を好きなんだ。か」

思えば私から好きだなんてことは一言も言っていないわけで

これはもはや不戦敗に等しく

なんて惨めな事なんだろうと

今更ながら涙がこぼれてくる

プロデューサーさんもプロデューサーさんだよね

お前になら相談できる。なんて

何寝ぼけたこと言っちゃってるんだか

殴ってやろうかって思った私よ。殴らせなかった私を殴って

悲しい涙を、痛い涙に変えてはくれないかな?

……ごめん無理だよね。拭うのに忙しいや


今日はクッキーでも焼いてお祝い。なんて昨日は思ってたけど

時間的にはもう無理みたい

というかそもそも

そんな気分ではない

鏡の前で笑顔の練習をするなんて

今まで生きてきた中で初めてだよ

「えへへっ、天海春香です!」

酷い顔

引きつった笑顔

こんなのじゃ事務所に顔を出すなんて無理

「今日、休もうかな……」

いや、その選択はない

行くか行かないかの二択

私は行く方を選択した


防音設備なんて物のない事務所は

中の声が外に漏れてくるのを防ぐことはできず

「あはっ、小鳥には内緒なの!」

なんて聞きたくない声が聞こえてしまう

今日は厄日だ

ううん、もうずっと厄日だよ

私このまま死ぬんじゃないかな?

それだけは勘弁して欲しい

私は美希とプロデューサーさんの恋を見守ると決めた

あのダメダメで残念なプロデューサーさんの手伝いをすると決めた

だからこそ、逃げずに今日もここに来たんだから

「ふぅ……よし」

勢い良く息を吸い込み

ドアノブに手をかけて、開け放つ


「おはようございまーす」

「あっ春香」

「美希だ~っ久しぶり~」

眩しい笑顔だった

私に会えたことを喜んでくれてるんだなぁと

見ただけでわかる

どうやら精一杯の笑顔は上手くいっているようで

美希も小鳥さんも

疑っている様子はない


「…………………」

不意に、美希が黙り込み

私をじぃっと眺めた

「ん? どうかした?」

「春香には負けないの」

「え? 何の話?」

「春香は恋愛漫画における耳の要らない男主人公なの」

眺めている間、色々と考えていたのか

ちょっとむっとしたり、にやっと笑ったり

小鳥さんの妄想癖が移ったんじゃないかと思って

正直、少し喜んだ

そうなればプロデューサーさんが引いてくれたりしないかなーって

……私、最低な女だ


「それってかなり馬鹿にしてたりする……?」

自分への怒りなのか

わずかに声が低くなった

「あはっ、ただの冗談なの」

でも、美希は気づかなかったようで

ただ、無知の笑みを浮かべていた

「春香、せっかくだけどミキはもう行くの」

「そっか……もっとゆっくり出来たらいいのにね」



ゆっくりしないで

今すぐ目の前からいなくなって欲しい

私、今すごく滅茶苦茶なの

なんて言ったらいいのかな、これ

喜怒哀楽が入り乱れてて……壊れそうだった


「春香ちゃん、美希ちゃんが元気な理由知らない?」

「はい?」

そんな私に

空気を読んでくれずに話しかけてくるのは小鳥さんしかいない

でも、それがありがたかった

黙り込んでいると

思考はどんどん悪い方向に

感情はどんどん定まらなくなってしまう

だから、話しかけてくれることに感謝した

でも、美希のことに関してだったのは頂けない

「知りませんよーだ」

「知ってるって言い方だわ! 吐いて貰うまで仕事してあげないんだからねッ!」

「あ、そういえば律子さんに小鳥さんが」

「は、春香ちゃん。止めて」

「あははっ、冗談ですよ」

小鳥さんを弄ると楽しいっていう亜美たちの言い分が解った気がした


「でも気になるわ」

「何がですか?」

「美希ちゃんのこと。張り切るのは良いけど……何があったのかなって」

「ふふっ、明日になれば解るんじゃないですか?」

プロデューサーさんには

買い物中に何かアクセサリーでもプレゼントするように言っておいたし

美希のことだから

どうせ私に対して見せびらかそうとするはずだから

それなら身につけてくるはずだからね

……はぁ

それがわかってるのになぜ薦めたのか

今から胃が痛いよぅ……

早く新しい人でもみつけて綺麗さっぱり忘れたいなぁ


撮影場所へと向かった私は

先に入ってきていた貴音さんが着替えを終えた頃に

ようやく控え室にたどり着いた

「おはようございます、春香」

「おはようございます」

「……春香」

「はい……はい?」

思わず二度聞いてしまうのも無理はない

久しぶりにの再会だというのに

貴音さんは私の方に物乞いのように手を差し出してきたのだから

「な、なんですか?」

「久しく、春香のくっきぃを口にしておりませんので」

あぁ、そういうこと

本当は作ろうと思ったんだけど作ってないからここにはない

「今日は作ってないんですよ……明日。明日作ってきますから! ね?」

「うぅっ……春香はいけずです」


「私は明日、春香と会えるような余裕はないのです」

「じ、事務所にみんなの分を置いておきますから」

「……絶対ですよ? やはり出来ませんでしたは無しですよ?」

貴音さんは不思議系で通っているけれど

意外と感情豊かで

そのうえ……結構可愛いところがある

「解ってますよ。オーダーがあれば作ってきますよ?」

「真ですか!?」

「へへっやーりぃ!」

「それではなく!」

「あははっ冗談……ははっ」

貴音さんには冗談が通じない……わけじゃないんだけど

こういう時は相手にしてくれないし、ちょっと怖い


「ではぜひ、ラーメン味を!」

「ごめんなさい、それはちょっと」

「むむっ……作ってくれると申したではありませんか」

「あの、せめて常識の範囲内でお願いしたいかなぁ……」

貴音さんのためだけならあれだけど

みんなが食べるクッキーだし

「う~ん……バニラとかチョコとか抹茶とか普通は嫌なんですか?」

「いえ、そのようなことは……ただ、美味なるものと美味なるものをかけあわせれば至高のものになるかと」

どっかで聞いたことあるような……。

でも、それはそれぞれの好みになっちゃうからなぁ

「色々な味で作って来ますよ。それをセットにしたのでいいですか?」

「ええ、春香のくっきぃならばたとえ鉄の味であろうと食させていただきます」

「やめて、ヤンデレドラマCDの食べ物出さないで、春香さん指切ったりしないから」

貴音さんと話してると調子が狂う

でも、そのおかげで嫌な気持ちがなくなった

……ラーメン味、作ってみるだけならやってみようかな


長い撮影を終えたと

私はまたすぐに移動だった

貴音さんとはもう少し一緒にいたかったなぁなんて

名残惜しみつつも別れ

代わりに合流したのが――

「なぁ、春香ぁ……」

「なんですか……一体」

だめ男ことプロデューサーさんだった

「いや、その何買えばいいんだ?」

「自分で考えてくださいよ、そのくらい」

「いや、だって俺女の子が好きなものとか解らないし……」

だからって私に聞かれても困るんですが?

せっかく落ち着いた心がまたざわつく

いっそ……婚約しちゃえば……婚約?

それだ!


「プロデューサーさん、指輪ですよ。指輪!」

「え?」

「いっそ結婚を前提に付き合っちゃえばどうですか?」

「な、何言ってんだよ……無理だって」

婚約をしたとなれば

中途半端な恋人という関係よりもずっと

私の気持ち的にはありがたいし

ヘタレ度MAXなプロデューサーさんも

婚約以上に緊張することはそうそうないんだから

もっと堂々と美希と接することができるようになるはず

まさに一石二鳥。と、

思ったんだけど

「俺、美希の指の大きさ知らないし」

「えー」

3サイズは解っても、流石に指の正確な大きさは解らないかぁ……


「仕方ないですね、美希を誘って装飾品のお店に」

「 む り 」

「ですよねー」

解ってますよ、はい

プロデューサーさんにそんな勇気があるとは到底思えませんしぃ?

「なら、今日は無難にネックレスとか、もっとこう……見えにくいものでも良いですよ?」

「見えにくいもの?」

「お、置物とか?」

「そうか、それも悪くはないな……」

助言ついでに

明日の自分を守ってみたりする私

なんとも馬鹿らしくて思わず笑ってしまった


「春香?」

「いえ、ちょっと千早ちゃん化しただけです」

「なんだそれ」

「ツボが変なところに出てきちゃうアレです」

ちょっと真面目な雰囲気を醸し出しつつ

プロデューサーさんの襟首を見つめた

「あーアレか、そうかそうか……っておい、千早にはそれ言うなよ?」

「あははっ、言えるわけないじゃないですかっ」

顔が、見れなくなった

見てしまえば

私は貴方が好きなんですと言ってしまいそうだったから。

でも、だからこそ

私はプロデューサーさんを見つめた

「プロデューサーさん。昨日、私プロデューサーさんから告白されましたよね?」

「あ、ああ……美希のことだろ?」

プロデューサーさんは少し照れくさそうに頷いた


言うな、言うなと頭が止める

うるさい、黙っててと心が叫ぶ

「私プロデューサーさんに好きとは言いません」

「……………」

「だって、言うだけ無駄ですからね」

プロデューサーさんは私の真剣な表情から察してくれたらしく

黙って頷いてくれた

その優しさが憎たらしく……でも、嬉しくて

私は小さく笑った

「もっと早く勝負に出ていたら、私にも可能性はありましたか?」

「……すまん」

「そっか」

本当に心から美希に惹かれちゃってるんだなぁという悔しい気持ちもあった

でも、それなら仕方がないかなぁと

私はようやく、心から割り切ることができた

心から、見守ってあげたいと思うことができた――だから


「忘れる代わりに、美希を大事にして下さい。幸せに……してあげてください」

「春香……っ」

控え室で2人きり

だけども私はプロデューサーさんの伸ばした手を拒み

袖で目もとを拭った

「約束、ですよ?」

「…………………」

「私を泣かせた分、美希を……笑顔にしなきゃ許しませんからね?」

「ああ、解った。約束するよ」

プロデューサーさんは

そう言い残して控え室から出て行ってくれた

「うぇぇ……ぇぅ……」

声を押し殺して涙をこぼす

きっと今の私は酷い表情なんだろう

でもきっと……泣き終えたら

私はまた、いつも通りの私になることができると

なんとなく感じていた


PM 04:40


あと20分ほどで

プロデューサーさんと美希のデートが始まる。

頑張れ、プロデューサーさん

頑張れ、美希

そう思っていた私を驚かせたのは

局の人と立ち話をするプロデューサーさんの姿だった

「あれっ、まだ3時?」

時計を見てみたけど

どう見ても4時も終わり、5時に差し掛かる時間だった


「プロデューサーさん」

「~~~で、~~~~~ですから」

「ふむ~~~~~~~とはね」

難しい会話で

私には何を言っているかさっぱり

もしかしたら重要な話なのかもしれないけど

私には関係ない

「プロデューサーさん?」

「っ! ……って、春香?」

脇腹を抓ってみると、すぐに振り向いてくれた

こうでもしなきゃ気づかないってダメだよ……

「用事、絶対に忘れないで下さいいね」

流石に美希と云々とは言えず

プロデューサーさんもそれで分かってくれたのか、頷いてくれたので

多分大丈夫なはず……多分

ダメだったとしても

もう上の階のスタジオに移動しないといけない私にとっては

どうしようもないわけで

不安を抱きつつも、私はその場を後にした


中断


結果を知ってるからなんとも言えない切なさを感じる…


翌朝、いつも起きる1時間前に

軽快なリズムの目覚ましが響いた

「ふぁ……あふ……」

正直眠い

別に無理する必要ないんじゃないの?

もうちょっと寝ちゃいなよ。ほら、目を閉じて

なんていう布団の誘惑が聞こえてくる

とはいえ

貴音さんと約束してしまったし

それでなくてもあんなに望まれると

お菓子作りが趣味である私にとっては

代金よりもずっと重要で、嬉しくなってしまうわけで

「さて、作っちゃお!」

張り切って、作成です


クッキーは一度生地を作ると

そのあとからの味の変更は意外と難しい

いや、クリーム乗せたりなんだりで

外付けの変更は簡単だけども

生地自体の変更は正直無理

というわけで、ラーメンクッキーのみ生地からです

「よしっラーメン味、挑戦!」

ここで一晩寝かせた鶏ガラスープとか出せたら

良いんだけど……流石にそこまでは。ね?

余ってた豚骨スープ、味噌スープ、醤油スープ、塩スープ各種の粉末を

それぞれ少し濃い目に作り、生地を作る際に少しずつ投入し

分量を1・2・3・4・5と五段階に分けて2枚×5種の10枚が出来上がった

味見したくはないけれども、人に出すのにそれは如何なものか――

朝から気分が悪くなった


でも、味噌は意外といけた

投入割合は4で、濃い目だと良い

ただし、濃すぎるとただの味噌スープの塊

あとどのスープにも言えるけど、間違っても砂糖は厳禁だね

明らかにダメな醤油、塩は破棄

あっさり系は味の残りが微妙で

なんとも言えない嘔吐感に襲われてしまう

そして、4種のラーメンスープなのになぜ5種といったのか

その正体である焼きそば粉末クッキーは……これまた意外にいける

こってり系などの我が強い味わいのものは

味がしっかりと残るから、割合さえミスしなければ大丈夫みたい

ただ、美味しいとは言えないんだけども

そこはほら。貴音さんの好みに合うかどうかだから

バタークッキー、ラーメンクッキー2種、チョコ……ではなくココアクッキー

抹茶クッキーに、塩クッキー……我ながら頑張ったものだねぇ

さて、さっさと準備して事務所に行こう


「おっはようございまーす!」

扉を開け放って真打ち登場!

というわけではなく

最近は亜美達の騒がしさが聞けなくて寂しい事務所に

元気を分けてあげようかな。なんて思ったわけなんだけど

それは余計なお世話だったようで

しばらく進んだ先で美希が私の腕を掴み

ソファに押し倒された私は、少しだけ息が詰まった

「春香、ミキは今物凄くお怒りなの。クッキーがないなら血を吸わせて貰うの」

「えっちょ、ちょっと!」

以前見たヴァンパイアガールの真似

確か貴音さんと響ちゃんもだったっけ

正直、貴音さんが一番似合ってました


「ち、血は吸われたくないからクッキーでお願いして良いかな?」

「え? 今日はあるの!?」

「うん、今日はちょっと余裕あったからね」

というのは嘘だ

でも、早起きして作ったなんて言ったら

なんて言われるかわかったものじゃないし

解放された私は

押し倒された仕返しに焼きそばクッキーが混ざったやつをプレゼント

これぞロシアンクッキー

別に不味いわけじゃないから些細な悪戯だけど

ちょっと酷い――

「ミキ、手作りじゃないのはノーサンキューなの」

手作りの証拠にでも

塩、醤油も入れてあげるべきだったか


「ち、違うよ? ちゃんと手作りだよ?」

「ならなんでこんな売り物みたいな――」

「だって、今までみたいにひと箱にっていうのじゃもうダメだと思ったから」

「ぁ……ごめん」

謝らなくてもいいのに

貴音さんのラーメンクッキーが混ざっちゃうのを防ぐためでもあったし

とりあえず小鳥さんとプロデューサーさんには――あれ?

プロデューサーさんがなんか気不味い感じで

美希はお怒りだって言った

さてはこの人

美希とのデートで失敗したんじゃ――

「プロデューサー……さん!」

「えっ」

「えっ」

「かふっ」

あぁ、美希がプロデューサーさんだなんて……やっぱり失敗したんだ


「な、なん……だ? 美希」

「ミキのことを呼び捨てにして良いのはもっと信頼できる人なの。だから、星井さん」

「ぐっ……ほ、星井さん。なにかな」

呼び方まで変えさせられるとは何をしたのやら

まさか私の不安が的中しちゃったわけじゃないよね?

あのまま局の人と話してたら時間が過ぎてましたなんて落ちじゃないよね?

考えにふけっていると

美希は小さく笑って言い放った

「春香のクッキーを、ミキたちが会えないみんなにちゃんと配って欲しいの」

「そ、そこまでしなくても」

「ううんダメなの」

「春香のクッキー美味しいから。きっと、疲れてるみんなを癒してくれるはずなの」

そこまで言われると嬉しいを通り越して

かなり恥ずかしいんだけど……えへへっ

癒せてるのかぁ……今度から定期的につくろうかな


「もしも届けてくれたら……昨日のこと忘れられるかもしれないの」

「!」

相当酷いことをしたようです

まぁ、もう予想は付いたんだけどね

「昨日のこと?」

「色々あって、ミキ、すごく辛い思いさせられたんだよね……」

美希は本当に悲しそうに

一瞬だけど暗い影を落とした

それには私も怒りを覚えずにはいられない

「プロデューサーさん、何したんですか?」

「うっ……いや、その……」

言えないようなこと?

やっぱり、ドタキャンしたんだね

いや、もっと酷い連絡なしのボイコットだったかも


「わかった! ちゃんとみんなに配るから。これで話は終わりな」

「気になるなぁ」

ほほう

逃げたね

逃げたよねプロデューサーさん

私、ちょっと今怒ってますよ?

このあと私と営業に行くっていうこと忘れてませんよね?

「ふふっ、春香ちゃ――」

「小鳥さん、厳禁ですよ」

「はーい。ごめんね。春香ちゃん」

小鳥さんは教えようとしてくれたけど

プロデューサーさんに阻まれて――でも

私はきっと聞いちゃうのだろう

「ねぇ春香。ちょっと」

「ん~?」

美希がさしたのは応接室

ほら、本人が私に話してくれちゃうんですよ?

チラッとプロデューサーさんを見ると

蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた


中断

ラーメンクッキー味噌は良いから作ってみると良い
美味しいとは言わないけど


「ミキね? 昨日、ハニーとデートする約束してたの」

話があると言われ、訊ねてみれば

やっぱり昨日のことで

「お買い物に付き合ってもらう。じゃなくて?」

解っていたくせに

ハニーとデートと言われてちょっと悔しいからと

そんな訂正……中学生相手に情けないなぁ

などと心中穏やかな私とは対照的に

「でも、すっぽかされちゃった」

美希は悲しそうに呟いた

やっぱりね。と

言いそうになった言葉をなんとか止めて作り変える

「それは多分……私に付き合ったからだよ。ごめん」


あの人の肩を持つつもりはないけれども

もしこれでダメになったりしたら

美希が好きだから

なんてフラれた私が惨めじゃないか

ちょっとくらいフォローしてあげようかなと

そう思った結果が自分のせい。なにそれ

「え?」

「色々あって合流したんだけど、その時に局の偉い人がいてさ……だから」

今更訂正するのもアレだし

とりあえずは正直に話してみる

やっぱりイラっときてたのか

美希は複雑そうな表情で頷いた

「ううん良いよ。悪いのはプロデューサーだもん」

「ごめんね、ほんと」

絶対に婚約させてあげるから許してね

手をギュッと握り、薬指の大きさを確かめてみる

意外と小さかった


突然手を握ってきた私に

困惑する美希の顔は可愛い

好きになるのもわかる気がする……私女の子だけど

「頑張ってね? 応援してるよ」

美希に笑顔を向け、私はそう言い放った

それでいい

これでいい

私の恋は報われなかった

でも、美希とプロデューサーさんの恋が報われて

プロデューサーさんたちの幸せそうな顔が見れるのならば

私は……きっと。

幸せだなぁ……なんて、言うことができると思うから


美希が仕事に出かけてすぐ

私はプロデューサーさんを応接室に呼び出した

「プロデューサーさん、グーでいいですか?」

「すまん!」

「あの、私言いましたよね? 忘れないでくださいって」

「はい……」

しかも

私を泣かせた分幸せにしてって頼んだ当日

そういう人だと解ってるけど

これは咎めないわけにはいかない

「プロデューサーさ――」

「春香!」

「ん?」

「あ、いえ……その……お願いがございまして」

別に凄んだわけじゃないのに

プロデューサーさんはなぜか敬語を使い始めた


「この度はわたくしのせいで星井さん、天海さんが嫌な思いをされたこと、誠に申し訳なく思っています」

「はぁ……」

「ですが……いえ、ですので。そのお詫びと言ってはなんですが、星井さんにサプライズをしたいのです」

「あの、別にそんな喋り方じゃなくて良いですよ?」

こそばゆいし

何より気持ちが悪いというか……

それに、なんだか関係が浅くなっちゃったように思えて

嫌な気分になるし

「だ、だって……春香、怒ってるだろ?」

「はい。怒ってますよ?」

にこっと明るい笑顔は

見真似の般若の笑顔

「ひぃっ」

大変好評のようです

アイドル生命に傷が付きそうだから止めておこう


「そのサプライズ、婚約にしましょう」

「え?」

「それ以外は認めません」

「いや、指の――」

ふふんっ

そんな言い訳なんてもう無駄なんだから

「さっき測りました」

「えっ」

「ね?」

私との約束をいきなり破った挙句

美希との約束をすっぽかしておきながら

拒否権なんかあるわけないじゃないですか

いや、別に社会的な面で問題があるなら強制はしないけど

両想いだし、2人……私含めて3人か

事務所内だけの秘密の恋愛だし大丈夫だと思うけどね


「嫌ですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ……むしろしたくはあるが……」

「あるけど、問題が?」

「精神的に」

「はい、じゃぁ頑張って指輪買いましょう」

プロデューサーさんのメンタル的な問題なら気にすることはない

なんて言ったら悪いけど

2人とも好き合ってるんだし

このまま変な距離感でいるよりは

互いに伝え合って

ちゃんとした距離感の方が絶対に幸せになれると思う

それが解ってるからこそ

プロデューサーさんだって美希が好きだ、付き合いたいなんて相談してきたんだろうからね


「春香、頼みがあるんだ」

「頼み?」

「今日の夕方のオフを俺にくれ」

「え……」

ちょっとドキッとした

もしも私がまだプロデューサーさんとの可能性があると思っていたら

間違いなく顔を赤くして

良いですよ! 何するんですか?

なんて舞い上がっていたかもしれない

でも今の私はもう、そんな私じゃない

「どういうつもりですか? 普通、美希を誘うべきですよね?」

「美希は今日はまる一日仕事でさ、そうじゃないとしても……無理だ」

「何がですか?」

「サプライズはプロポーズにしたいんだ。だから、あいつの前で指輪は買えない」


プロデューサーさんは本気の目をしていた

いつもの仕事をしている時よりも強い瞳

なんでこんなヘタレで

仕事はできても女の子とはうまく付き合えないような

だめだめなプロデューサーに恋をしたのか解った気がした

「良いですよ。その代わり……絶対成功させてくださいね?」

「悪い、助かるよ」

「はいっ……あ、そうだプロデューサーさん。クッキーお願いしますね?」

「ああ、任せとけ。春香の仕事が終わるくらいにそっち行くから待っててくれ」

「はーい」

プロデューサーさんにクッキーを託し、仕事へと向かう

足取りは軽い

軽すぎて浮ついてるのかも

なにかミスしないように気をつけなきゃ

美希は仕事だしバレないよね……?

みんなにはまぁ、うん

もし見つかったら口止めしよう……クッキーの恩で


そして

プロデューサーさんは仕事が終わるよりも早く

迎えに来ていた

「早いですね」

「ああ、待ちきれなかったからな」

「美希の時もそのくらい張り切って欲しいんですけど」

「あ、あれは本当に悪かったって思ってるよ……」

プロデューサーさんも

しっかりと反省しているみたいだし

とりあえずは許してあげよう

「えへへっ、じゃぁ行きましょう」

「おう、悪いけど頼むな? 帰りは来るまで送っていくからさ」

「そんなことより、成功させるって約束するべきですよ……」

「す、すまん」

本当に解ってない人だなぁ……あぁ、不安だよぅ


お金に糸目は付けないとか

宝石は大きい方がいいんだよなとか

案の定解っていなかった

いや確かに

高い宝石は魅力的だし

どっかのセレブママさんたちが付けてる

無駄に大きい宝石は凄いなぁと思う

「でも、それに意味があるって思いますか?」

「え?」

「プロポーズは気持ちを贈るんです。指輪なんて、形でしかありませんよ」

「思いの形ってやつだろ? なら、高ければ高いほど良いんじゃないか?」

まぁ、確かにそれもそうなんだけど

ちょっと違う気がする……いや、私が思ってるだけだけど

私が結婚指輪の話をするなんて

まだまだ経験不足なんだね

言いたいことがうまく伝えられないや……


「どうした?」

「いえ、その……私はお金で気持ちを知りたくはないかなって」

「ん?」

「ほら、なんていうかその……自分やその人に値段があるように思えるんです」

上手く言えないなりの

下手な言葉だった

アイドルをやっていて思うし

そうでなくても思うことだけど

すべてのものに価値それと同じく値段がついていて

無名のアイドルは安く、有名なアイドルは高い

そんな風に価値と価格がつけられ、価値に比例して価格も上がるようなシステムが

自分たちの恋する気持ちにまで反映されて欲しくない

そう思うのは、私がまだ子供だからなのかな

「好きですって、愛していますって、その人の気持ちさえ聞けたら私だったら……それでいいかなって」

もちろん、そうしてくれたら誰でもいいわけじゃなくて

自分が好きになれた相手なら、だけど


「おー春香はお財布に優しいなー」

「殴っていいですか?」

「じょ、冗談だって……でも、確かにお金で釣ればいいやみたいな感じがするよな」

「えへへっ私の勝手な考えですから、プロデューサーさんは全財産使ってもいいんですよ?」

「生きていけなくなるから簡便な」

でも高い指輪にするにしろ、しないにしろ

結婚指輪の宝石の大きさは考えないとダメだよね

「ところで、無駄に大きいと邪魔になるし、やっぱり宝石は小さめのがいいのか?」

「ん~まぁ今回は結婚じゃなく、婚約だから大きくてもいいんじゃないですか?」

「結婚と婚約の指輪ってなにか違うの?」

「いや、婚約指輪と結婚指輪って別物ですよ?」


「婚約指輪は言葉通り結婚の約束の指輪で、結婚指輪は結婚式で交換するアレです」

「なるほど……あ、だから婚約では1つでも結婚式では2つなんだな」

「あーまぁ、そうですね」

簡単な説明だけど

意味さえわかれば通るはず

というか、あんまりゆっくりしてる時間はないもんね

「とにかく、美希は婚約指輪を常に付けてるわけにもいかないから、そこら辺見栄張っても問題なしかと」

「ん~でもさ……やっぱり合った大きさがあると思うんだよな」

「どのくらいですか?」

「平均的な大きさ?」

色々と話しておきながら

結局はそういうふうに落ち着いてしまうわけで

「おっ、ここか?」

「そうですね、この装飾品店は色んな形とかあっていいんですよ」

それに、専門店はちょっとお高いからね

プロデューサーさんのお財布を考えると最大でも40万円以下のここが合ってる

お店に入ってすぐ、私達は指輪を選ぶことにした


「ヤバイ、指輪にもセンスが必要なのか?」

「いやいや、その超ロックな指輪は見なくていいですから」

もはや歪と言えなくもない指輪たち

それでも需要があるんだからすごいよね

「あ、これなんかどうですか?」

シンプルイズビューティフルな

ダイヤモンドの指輪

6桁の金額が割と普通らしい……指輪って怖い

「良いかもしれないな」

微妙な反応

美希には似合わないって思ったのかな?

「えへへっ、これなんか似合いませんか?」

なら、イメージカラーのフレッシュグリーンに近いエメラルド

割とお安い5桁です

「そうだな……う~ん。俺には判らん」

「えーっプロデューサーさんが選んでくださいよぉ~」

私は選択肢を作るだけで決定はプロデューサーさんなんだから


「そ、そうだ。春香にも」

「私には何にもいりませんから。美希の指輪を選んでください」

ちょっとだけトゲのある言い方になってしまった

私にこういうアクセサリーを買おうと考えるなんて

馬鹿なのかな、馬鹿ですよね

うん、解ってるよ

「解った……あとちょっと待ってくれ」

「はーい」

私はあんまり遅いと電車の乗り継ぎには間に合わないし

そもそもお店がしまってしまう

「ん~……」

「……………」

その真剣に選ぶ姿は

なぜかカッコよく見えてしまった


それから程なくして

プロデューサーさんは指輪を選ぶことができた

と、いうのも

「素敵なお連れ様ですね。ご婚約ですか?」

などと、悩んでいるうちに

店員さんに勘違いされてしまったから

そのせいで混乱したプロデューサーさんは

15万円もする指輪を即決

私の腕を強引に引っ張ってお店を出てしまったのだ

「い、良いんですか? それで」

「ああ、一応ちゃんと見て、これだ! ってものを選んだつもりだよ」

私が来た意味とは何だったのか

いや、そうじゃなかったらあのまま優柔不断に決められなかったのかもしれないし

意味はきっとあったんだろう


「指輪のサイズ、ちょうどいいのがあって良かったですね」

「無かったら作ってもらうことになって間延びしてただろうしな」

私たちのデートのように見えて

でも、決してそんなことはない時間

「ありがとな、春香」

「いえ。私は2人を手伝うことに決めましたから」

もう、こんなこともなくなる

これからはもう

プロデューサーさんの隣にいるのは美希だ

夢から覚ますように

プロデューサーさんの携帯が鳴り響く

「もしも――はぁ? どういうことだよ……解った俺も探すよ」

プロデューサーさんは困ったように首をかしげ

私を見つめた


「悪い、駅まで送ってあげたいんだが――」

「トラブルですか?」

「ああ、ほんっとにすまん! 付き合ってもらったのに」

「あははっ良いですよ。向こうの公園通っていけば近道できますから」

それに

一人の方が私は嬉しい

やっぱりまだ

未練は残っちゃうものらしいから

「この埋め合わせは必ずするし、絶対成功させる!」

「はいはい、良いから急いでください。間に合わなくなりますよ~」

冗談のつもりが事実だったようで

申し訳なさそうにしながらもプロデューサーさんは去って

ようやく、私は一息つくことができた


夜の世界

月明かりは街灯の明かりに負けてしまうけれど

人気のある道を外れた公園の方は

少しだけ暗く、月明かりが映えていた

「絶対に成功させる、かぁ」

プロデューサーさんも少しずつ学んでくれているようで何より

この調子なら、美希に――あれ?

薄暗い公園の中

そこに見える金髪の髪

それは見間違えるはずのないあの子の後ろ姿

「あれ? 美希? 公園で何してるの?」

返事はない。人違い?

そんなはずはない

「この時間って撮影じゃないの?」

「…………………………」

返事はない

なんだか嫌な予感がした


「どうかしたの? 美希」

「はるか、みきみちゃった……かいものにはにーといるの」

背中越しの声は

美希のものとは思えないほどに歪んでいて

思わず体が震えてしまった

「え、あ……あははっあれはその、忘れて欲しいなーって」

仕事だったはずだよね?

なのになんで、なんで見られたの?

「どうして?」

美希が近づいてきた

ゆっくりと、フラフラとした足取りでなんだか怖い

そんな恐怖を押し隠しながらも

プロデューサーさんのために、誤魔化す

「それはえっと、詳しくは言えないけど。プロデューサーさんがっ!?」

思考が、脳が揺れた

そのあまりの痛みに、頭を抑えて蹲ってしまった

髪に混じって感じるねっとりとした生温かい液体の感触


それは血だった

頭を殴られて、痛くて

そこに触れて感じるのだからそれ以外なかった

「み、美希、なに? な゛っ」

また、殴られた

言葉が飛ぶ

思考が消える

顔の方にまで、赤い液体が流れてきた

ただただ

痛い、痛い……と、頭の中はそれだけしかなかった


私が何をしたの?

好きだった人にフラレただけなのに

好きだった人が別の人にした恋を

手伝ってあげただけなのに

悔しくて、悲しくて、痛くて

私の頬を涙と血が流れていく

「…………………」

視界もぼやけてしまっていて

そこにいる人が誰なのかすら判らなくなりそうだった

でも、腕を振り上げているのは判った

角ばった物を持っているのも、判った

死にたくない、死にたくないよ

なんで、なんで、なんでっなんでッ!

やだ、やだよ……私、まだ。

まだ、トップアイドルにも、なれてないのに……

「や゛、やめ、やだ……わた」

振り絞った声が出て行く前に、砕けた音が頭に響く

そして何もかもが――消えていった


終わりです


別視点から見ると
話の流れに無理があったんだなぁと感じます

乙 どうしてこうなったんだ…

ミキはおこりんぼさんなの

なんていうか両方見た後での
みきはるのすれ違いは哀しいな… >>1

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