伊織「赤いボールペンと美希の丸文字」 (26)


 でこちゃんへ!

 おはよーなの。
 ミキ、ちょっと変な時間に起きちゃったから、お散歩してくるね。
 帰りにアイスでも買ってくるから、待っててほしいな。

 起きたら、電話してね。

 ミキ



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伊織「……」

 時計を見る。6時50分。……いつも通りの起床時間。
 今日の私の仕事は午後から雑誌の取材、それだけ。
 オフみたいなもんよね。

 一方、同居人の美希は。
 最近働き詰めだったから、って3日連続でオフを取っている。
 今日がその2日目。

伊織「……いいわねぇ」

 テレビをつけると、朝のニュース番組。
 芸能ニュースで、春香の映像が映る。


 枕元にあった携帯電話を持って、美希へ電話をかける。
 番号なんて、天井を見ながら打てるわ。
 ……もっとも、今は番号を打つ必要なんてないけれど。

『あ、おはよーなの!』

 電話の向こうから、美希の明るい声。
 ……安心する。

伊織「……おはよ」

『でこちゃん、今起きた?』

伊織「……ええ、そうね。アンタ、何時に家を出たの?」

『うーん、4時ぐらいかな』

伊織「はやっ!」

 お祖父様だって、4時にはまだ眠っている。


伊織「起こしてくれれば、一緒に出かけたのに」

『だってでこちゃん、昨日夜遅くまでおシゴトしてたの』

伊織「うっ……そ、そうね」

『それに、なんとなーく、1人がよかったから』

伊織「1人で?」

『うん。最近、カモ先生に挨拶してなかったから』

 カモ先生。
 美希が尊敬する鴨。

 なんでも、のんびり生きている姿に憧れるらしい。
 ああ見えて、鴨だって頑張って生きてるのにね。


伊織「今は公園?」

『ううん、もう帰る途中なの。歩いて行ったんだけど、多分もう電車は動いてるから』

伊織「あ、歩いて行ったの!?」

 この家からは結構な距離がある。
 気軽に歩ける距離じゃない。

『ミキ、歩くの好きだし』

伊織「そういう問題じゃないわよ……」

『えへへ』

 美希の笑う声から、表情も簡単に想像できた。

伊織「迎えに行きましょうか?」

『えっ? ……うーん、大丈夫。すぐ帰ってくるから』


伊織「そう?」

『あっ、でこちゃん食べたいアイスとか、飲みたいジュースとかある?』

伊織「……オレンジジュース」

『了解なのっ! もちろん100%だよね?』

伊織「当然よっ」

『じゃあ、買ってくるの! じゃあね!』

 電話が切れる。美希は唐突に電話を切るのよね。
 それが美希らしくて、私は好きだけれど。


 でこちゃん★
 ・ダブルチーズバーガー
 ・フィッシュバーガー

 ミキ★
 ・エビバーガー
 ・チキンバーガー

 ・ポテトL


 律子にメールをしたら、お昼の2時に記者が事務所に来るから、
 1時ぐらいには来なさい、って返ってきた。

 お昼は自分で食べてきて、という件名で。

美希「あふぅ」

伊織「朝早くから散歩するから眠くなるの」

美希「えー、でも気持ちよかったよ?」

伊織「アンタも昨日、夜更かししてたでしょうが」

美希「高2のミキには睡眠時間なんていらないの」

伊織「昼寝のお姫様が何を言ってるんだか……」

 お昼前、ニュース番組。
 さっきまでやっていた朝のワイドショーとは毛色が違う。

 テレビの左上、11:42。


美希「お腹すいたねぇ」

伊織「そうね。……何か作りましょうか」

 ソファーから立ち上がる。冷蔵庫の前で、扉に手をかけた。

美希「なーんにもないよ?」

 冷蔵庫が開く。半分ぐらい残っているオレンジジュースの紙パック。
 美希と朝、分け合って飲んだ。

 食材は……6Pチーズしかない。

伊織「そういえば、買い物に行くの忘れてたわ……」

美希「ワックでも買ってくる?」

伊織「なら、私が行ってくるわ。食べたいのメモしといて」

美希「りょーかいなの!」

 美希は最近、メモにでもなんでも、赤いインクのボールペンを使う。
 もうインクはなくなってきていると思う。


 去年の美希の誕生日、何が欲しいかって聞いたら、美希は赤のボールペンって返した。
 そんなもんでいいのかと思いながら、せっかくだからいいのにしようと2500円のボールペンを選んだ。

 肌身離さず持ってるね! って笑顔で受け取ってくれて、それからもうすぐ半年。
 ……本当にずっと持ってる。

美希「はいっ!」

伊織「ありがと……って、どうして私のまで書いてるのよ」

美希「予想なの!」

伊織「……悔しいぐらいに大当たりね」

 食べたいハンバーガーの名前が丸文字で書かれている。
 …………ちょっと悔しい。

 赤のシャツを着て、自転車の鍵を持った。

伊織「いってきます」

美希「いってらっしゃいなの!」

 美希が右手をパッとあげる。
 ニコッ、とぎこちなく笑って返した。……返した、つもりだ。


 ViDaVo! 5月号
 水瀬伊織インタビュー

 週刊少年バンダイ 04/22号
 ときめく新風 水瀬伊織

 MusicPoint 2013.4
 竜宮小町大特集! ミワクの女の子たち

 水曜日本屋さん!


律子「待ってたわよ」

 事務所に到着。律子の他に、小鳥、真美、貴音。
 すっかりここも、賑わいが無くなったわね。
 ……真美がいる分には、心配ないけれど。

伊織「ふぅ……あら」

 カバンから携帯電話を出そうとすると、
 一枚の紙が入っているのに気づいた。

 取り出す。
 赤い丸文字。

伊織「これ……」

真美「おやっ? いおりんこれはっ」

 真美が私の右肩に手を置いて、メモ用紙を覗き込む。


貴音「伊織の関係する雑誌ばかりですね」

 貴音が私の左肩に手を置き、メモ用紙を覗く。

伊織「美希、毎回買ってくれてるのかしら……」

真美「これミキミキのメモなの?」

貴音「美希は、いつも赤いボールペンを使っていますからね。おそらく」

伊織「私、知らなかった」

 美希が私の特集された雑誌を買ってくれているなんて。


律子「ん、どうしたの?」

伊織「ね、ねえ律子。美希、私の出てる雑誌を」

律子「ああ……バレちゃったのね」

伊織「へ?」

 素っ頓狂な声が出てしまったら。

律子「……美希ね、毎週聞いてくるのよ。『でこちゃんの雑誌、今週ある?』って」

真美「ほほう」

律子「全部目を通してるわ」


伊織「…………」

 とっても嬉しい。

貴音「美希はわたくしと一緒の仕事でも、合間の時間に雑誌を読んでいますからね」

律子「あ、私が話した……ってこと、美希には内緒ね?」

伊織「ええ」

 メモを、手帳に挟む。
 大切にしよう。

 手帳をぎゅっ、と胸に抱えた。


 おかえりなさい!

 ごめんね、どうしても起きてられないから、
 先に寝ちゃうの。
 あ、帰ってきたら起こしてね!

 ご飯は冷蔵庫の中に入ってるの。
 あっためて食べてね。

 ミキの愛情いーっぱい、なの★

 ミキ


伊織「ただいま」

 あの後、すぐに帰ることが出来なかった。
 思ったより記者との話が白熱してしまったのだ。

 もうすぐ夜8時。
 せっかく、美希とゆっくり出来ると思ったのに。

 律子にそう言ったら、明日は竜宮小町も伊織も予定が入ってないじゃないと言われた。
 美希のメモが挟んであるままの手帳を開いて確認すると、真っ白。
 何を勘違いしていたのか、明日も仕事があると思っていた私は、ラッキーと思いつつ家に帰ってきた。

伊織「……」

 カバンをテーブルの上に置く。


 リビングの横の和室——布団の並ぶ寝室——には、寝息を立てる同居人。
 キッチンのコンロの上には、朝には置いていなかった鍋。
 覗き込む。

伊織「カレー?」

 炊飯器には「1h」という表示。
 ご飯が炊けてから1時間経った、ということだ。

伊織「あ、冷蔵庫」

 冷蔵庫を開けてみる。
 大きいカップの中、トッピングもデカイプリンが2つ鎮座していた。

伊織「ご飯、じゃないわよね……」

 こりゃ間違えたわね。
 テーブルに置いてあったメモをもう一度読んで、そう思った。


 美希がご飯を作ることは少ない。
 私が帰れない時はレストランに行ってしまうし、遅くなる時はコンビニでお弁当を買ってくる。

 そんな美希がご飯を作ってくれた。
 これは、また。

伊織「なによ……のんきに寝ちゃって」

 作ってくれたなら、せめて一緒に食べようとしなさいよね。
 そう思って美希を見ると、私の心の声が聞こえたかのようにガバッ、と起き上がった。

美希「おにぎりっ」

伊織「へ?」

美希「あ……おかえり」

伊織「え、ええ……ただいま」

 楽しそうな夢を見ていたんでしょうね。


美希「いつ帰ってきたの?」

伊織「つい3分ぐらい前ね」

美希「それじゃあ、まだご飯食べてないでしょ」

伊織「ええ。……美希、作ってくれたのね」

 美希が立ち上がり、こっちへ向かう。

美希「えへへ、ミキ特製カレーなの! 愛情たっぷりっ」

伊織「愛情、たっぷり……」

美希「……? どうしたの、でこちゃん」

伊織「ねぇ、美希」


美希「なあに?」

伊織「一緒に食べない?」

 戸棚からスプーンを取り出して、問いかける。

美希「もちろんなの!」

 美希がスプーンを受け取った。

伊織「ありがと」

 美希がお皿を2枚持ってきて、ご飯を盛り付ける。
 カレーを中火で温めて、私はご飯にルーをかけた。

 2人でテーブルに持っていく。
 コップの中身は、オレンジジュース。


伊織「いただきます」

美希「いただきまーす!」

 一口。辛口は数年前まで食べられなかった。
 でも、今は大丈夫。大人になった、ってことかしら。

伊織「おいしいわね」

美希「あはっ、照れるの」

伊織「存分に照れさせてやるわよ」

美希「もー」

 テレビの電源は切ったまま。
 静かな食事だと思われるかもしれないが、私にとっては美希との会話と笑顔だけで充分だ。
 美希もそう思ってくれていたら、嬉しい。


美希「そういえば」

 美希がスプーンを持ったまま話し出した。

伊織「ん?」

美希「でこちゃんにもらったボールペン、インクが切れそうなの」

伊織「アンタ、ずっと使ってくれてるもの」

美希「だって、でこちゃんからの誕生日プレゼントだよ?」

伊織「美希が欲しいから、ボールペンにしたけど……どうしてボールペン?」

美希「え? そりゃあ、ずーっと持っていられるし、使ってる時にでこちゃんの温かさを感じられるからなの」

伊織「っ!」

 顔が赤くなる音がした。
 どうして美希は、そんなに恥ずかしいことを何気なく言えるのよ。


美希「でこちゃん?」

 カレーをすくう手が止まる。

伊織「……美希」

美希「?」

伊織「明日、私オフだから」

美希「えっ? じゃあ、明日は2人でゆっくり出来るね!」

伊織「だから、明日……」

 2人で。

伊織「ボールペンの替芯、買いに行きましょう?」

美希「う、うんっ! やったー、明日はでこちゃんとデートなのーっ!」

 赤いボールペンで書かれた、丸文字のメモ。
 私にとって、それは美希と私の幸せの象徴みたいなもの。

 変だ、って思われるかもしれないけど、私にとっては——大好きな人の愛がつまった、宝物。


 前に書いた伊織「私は押し倒されているわけだけど」とちょっと似てます。
 お暇なときに、ぜひどうぞ。

 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

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