ふむ

誰も描かないなら描く

純一「ただいま！」

絢辻「……おかえり」

純一「絢辻さん！　やった！　やったよ！」

絢辻「何が？」

純一「今度僕、課長に昇進するんだ！　社内では異例の出世スピードだって！」

絢辻「…………」

純一「いやー、僕なんかが課長になっていいのかなって思うけど、やっぱり任されたんだからちゃんとしないとね」

絢辻「……」

純一「でも何からしたらいいんだろう。うーん、まず初めに」

絢辻「ねえ」

純一「ん？」

絢辻「ご飯、出来てるわよ」

純一「あ。ありがとう、今日のご飯は何かな」

絢辻「見たらわかるでしょう」

純一「そ、そうだけどさ。絢辻さんの口から聞きたいって言うか」

絢辻「なにそれ。くだらない」

純一「ご、ごめん」

絢辻「……」

純一「そ、そういえば課長になるって決まったから明日から少し帰りが遅くなるんだ。だから」

絢辻「先にご飯を食べてろって？」

純一「あ、うん。遅くまで待たせちゃうのも悪いし」

絢辻「別に、待つ気なんてないわ」

純一「……そう」

絢辻「だから、遅くなんて帰ってこないで」

純一「え？」

絢辻「早く帰ってくればいいじゃない？」

純一「いや、それは課長になるから難しいってさっき」

絢辻「だったら会社辞めればいいと思うわ」

純一「え？」

絢辻「別にやめたって私は構わないわよ」

純一「いや、そんなわけには。そ、それにそんなことしったらどうやって生活するんだよ」

絢辻「そうね……生活保護に頼るとか」

純一「絢辻さん！」

絢辻「……」

純一「ど、どうしたんだよ。今日はせっかくめでたい日だっていうのに」

絢辻「めでたいって、貴方が昇進したから？」

純一「うん」

絢辻「それって、私にとっては全然めでたくなんかないんだけど」

×しったら
○したら

純一「え……なんで」

絢辻「だって私、もっと貴方が馬鹿で抜けてて頼りないほうが、いいもの」

純一「何言ってるの、絢辻さん」

絢辻「…………怒った？」

純一「……怒ったっていうか、びっくりしたな」

絢辻「そう」

純一「何かあったの」

絢辻「なにかなくちゃこういうこと言っちゃいけない？」

純一「そうじゃないけど」

絢辻「…………ねえ、私からも一つ聞いていいかしら」

純一「うん。なんでもどうぞ」

絢辻「じゃあ遠慮なく。橘君って、私のこと実は見下したりしてる？」

純一「え？」

絢辻「それとも、可哀相な女だとか思ってるのかしら？」

純一「なに言ってるの」

絢辻「……そうよね。答えるまでもないか」

純一「ちょ、ちょっとまって。僕はそんなこと一度も思ったことないよ！」

絢辻「…………嘘ばっかり」

純一「嘘じゃないって！」

絢辻「じゃあ、なんで私がニートなのに責めないの？」

あれスキＢＡＤを想像して立てたのに違ってた

純一「ニートって……絢辻さんは家のことをしっかりしてくれてるじゃないか」

絢辻「それしかやることがないからしてるだけよ」

純一「そんな言い方……。他にも僕の仕事のことでアイデアを出したりしてくれたり」

絢辻「面白がって口を出してみただけ」

純一「ま、前はアルバイトだってしてくれてたじゃないか！」

絢辻「それも二週間で辞めたけれどね」

純一「……」

絢辻「ほら、やっぱり可哀相だと思ってるんでしょう？」

純一「思ってないよ……僕は絢辻さんがそばにいてくれるだけで嬉しいんだ」

絢辻「……」

純一「……」

絢辻「携帯」

純一「え？」

絢辻「携帯。見せてくれない？」

純一「なんで？」

絢辻「そばにいるだけでうれしいって嘘なの？」

純一「……わかった。はい、どうぞ」

絢辻「どうもありがとうございます」

純一「……」

ﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁ

絢辻「……ねえ」

純一「なに」

絢辻「七咲さんと浮気してるの？」

純一「だからしてないって、何度言えばわかってくれるの？」

絢辻「でもメールはたくさんするんだ」

純一「だって同じ職場だし、連絡することはあるから」

絢辻「……ふーん」

純一「本当だよ」

絢辻「１０通もメール交換してるのになんでもない、か」

純一「いや、１０通って。そんなの別に」

絢辻「勝手に七咲さんが送ってきただけ？」

純一「そうじゃないよ。メールの多さは別に関係ない。さっきも言ったけれど、連絡することがあるからやり取りしてるだけ」

絢辻「……七咲さんには、昇進すること話したの」

純一「話してはいないけれど、同じ職場なんだし知ってると思う」

絢辻「……そう」

純一「ほら、もういいかな？　別になにもやましいことはなかったよね」

絢辻「…………」

純一「これで安心できた？」

ﾌﾞﾌﾞﾌﾞﾌﾞﾌﾞﾌﾞ

絢辻「メール」

純一「あ、ちょっと返してもらえる？」

絢辻「嫌」

純一「絢辻さん」

絢辻「……ほら、七咲さんからみたいよ。えーっと、内容はっと」

純一「絢辻さん、そんな別にたいしたことは書いて」

絢辻「……でも、七咲さん、貴方のことが好きみたいだけど」

純一「え？」

絢辻「先輩のことが気になりますって」

純一「ええ？」

絢辻「ほら」

ｻｯ

純一「…………絢辻さん」

絢辻「なに」

純一「僕にはただおめでとうございます。これからも先輩のことが気になりますねっていうただの祝福のメールに見えるんだけど」

絢辻「そう？　私には見えなかったけれど」

純一「……もういい。ご飯を食べようよ」

絢辻「食べるならどうぞ。私はもう済ませたから」

純一「……そう」

絢辻「終わったら、水につけておいて。洗うから」

純一「……僕がやろうか？」

絢辻「絶対にやめて」

純一「……」

絢辻「………これ以上、私の仕事とらないでよ」

／

七咲「それで？」

純一「だから、最近絢辻さんの様子がおかしいんだよ。いや、以前から少しおかしいなって思ってたけど、昨日さらにおかしかったっていうか」

七咲「放っておけばいいんじゃないですか？」

純一「おいおい……さすがに酷すぎるぞ」

七咲「まあ、それは冗談です。でも」

純一「でも？」

七咲「あの人にはあの人の考えがあるんじゃないですか？」

純一「それは勿論そうだと思うけれど……。でも、だとしたら僕にはわからないよな。絢辻さんみたいに頭よくないし、思慮深くもない」

七咲「え？」

純一「いや、絢辻さんみたいな頭のいい人の考えることは僕なんかにはわからないから」

七咲「不思議なこといいますね。先輩」

純一「ん？」

七咲「……いえ。でも、どうするんです？　今日帰ったらまたなにか言われるかもしれませんよ」

純一「そうなんだよ七咲。やっぱりどう考えても早く帰るのは無理だし、まして仕事をやめるなんて無理だ」

七咲「うーん……電話とかでもう一度話すとか？　今なら丁度昼休みですし、時間はあると思いますよ」

純一「さっきしたんだ。でも、出なかった」

七咲「そうなんですか。どこかに出かけてるんですか？」

純一「いや、そうじゃないと思う。絢辻さん、なぜか一人で家にいるときは電話を取らないんだよ」

七咲「どうしてですか？」

純一「わからないよ……」

×わからないよ……
○わからない……

七咲「……もしかして、浮気してるとか」

純一「え！？」

七咲「だから電話が取れない。いや、取らない」

純一「ま、まさか。ははは馬鹿だなあ七咲は。あ、ああ、絢辻さんに限ってそんなことは」

七咲「でも、時間はたっぷりありますよね。家にずっといるんですから」

純一「そ、そんなことないぞ。絢辻さんは家のことをしてくれてるし、そんな時間」

七咲「ないんですか？」

純一「……ある」

七咲「じゃあ、その可能性も捨て切れませんね」

純一「……」

七咲「……先輩」

純一「……そんな……まさか……いや、絢辻さんに限って……」

七咲「先輩！」

純一「あ、ああ！　なんだ？」

七咲「もう、いきなりぶつぶつ言い出さないでください」

純一「だって、七咲が変なこというから気になって！」

七咲「ふふ、冗談ですよ。あの人はそんなことする人じゃないと思います」

純一「な、なんだ。そうか。そうだよな。まさか絢辻さんに限ってそんなことはないよな」

七咲「まあ、目でみたわけじゃないですからね」

純一「やめてくれよ！」

七咲「でも、もし仮に、ですけど」

純一「え？」

七咲「あの人が浮気して、先輩が一人になっちゃったりしたら、ですけど」

純一「うん」

七咲「その時は……もらってあげます」

純一「なにを？」

七咲「橘先輩のこと、もらってあげます。私と浮気しちゃいましょう？」

純一「え！？　いや！？」

七咲「それとも、私じゃダメですか？」

純一「な、なにを言って」

七咲「……」

純一「そ、そりゃあ七咲はいい後輩だし、可愛いし、最近は色っぽくもなってきたと思うけど、でも僕には絢辻さんが」

七咲「……あの、先輩」

純一「なんていうか絢辻さんは素敵な人で、いや、七咲も勿論そうなんだけど。ああ、なに言ってるんだ僕は」

七咲「先輩！」

純一「あ、ああ！　はい、なんでしょう！」

七咲「冗談です」

純一「え？」

七咲「仮にっていったじゃないですか。冗談ですよ」

純一「……脅かさないでくれよ」

七咲「ふふ、可愛いですね。先輩は」

純一「やめてくれ……」

七咲「そんなに焦らなくても」

純一「七咲が変なこと言うから……それに、もう課長になったんだからしっかりしないと」

七咲「課長でも部長でも先輩は変わらないんじゃないですか？」

純一「否定できないところが嫌だな」

七咲「でも、それでいいと思います。変わらないのって、素敵ですよ」

純一「そうかな」

七咲「はい」

純一「…………絢辻さんは変わっちゃったのかな」

七咲「……」

純一「昔は、本当に楽しかったんだけどな」

七咲「……」

純一「それとも、僕が仕事ばかりしていて、もっと絢辻さんの事を見ないのが原因なのかな」

七咲「……」

純一「絢辻さんには、笑っててほしいんだけどなあ」

七咲「……そんなに」

純一「帰ったら、またじっくり話してみなくちゃ」

七咲「そんなに嫌なら、本当に私と」

純一「え？」

七咲「……いえ」

純一「あ、そろそろ昼休みも終わりだ、行こう」

七咲「……あの、そんなに考えることないと思います」

純一「ん？　絢辻さんのことかな？　でも僕の彼女だし、やっぱり大切にしたいから」

七咲「でも、もう、先輩にはあの人の考えることなんてわからないんじゃないですか？」

純一「え？」

七咲「もう、住む世界が違うと思います」

純一「どういうこと」

七咲「先輩、この会社ってどういう会社ですか？」

純一「どういうって、かなりいい会社だと思うよ。贔屓目なしで国内だけじゃなく海外からの注目されてるし、子会社だってたくさんある。経済的な話も、悪くない」

七咲「そうです。お給料だってたくさんでる。一般の人が羨むくらいに。休日だってきちんとしてますよね」

純一「サービス残業はあるんじゃない？」

七咲「そんなの極微小ですよ。他の中小企業はもっとひどいです」

純一「ああー……まあ、そういう話は聞くね」

七咲「それで、その会社の課長は誰ですか？」

純一「誰って、僕だけど」

七咲「そうです？」

純一「…………それが？」

七咲「……あの人は今なにしてますか」

純一「絢辻さんなら、家にいると思うけど」

×そうです？
○そうです

七咲「……そういうことだと思います」

純一「そういうことって？」

七咲「……」

純一「……？」

七咲「先輩」

純一「うん？」

七咲「お昼休み、あと２分で終わりです」

純一「ああ！」

七咲「走りますか？」

純一「うん！」

九時なのでよい子は寝ます
どうぞ乗っ取ってください