阿良々木暦「短物語」(37)

ひたぎウィッチ


学校からの帰り道、雑貨屋の店先でジャックランタンの飾りが目に留まる。

街中すべてと言うほどではないが、近年では十月に入る辺りから月末に控えたハロウィンの装飾をよく見かけるようになった。

「ハロウィンの起源は古代ケルト人にあるらしいわ。もともとは宗教的な意味合いがあったらしいけど、今ではすっかりお祭り行事ね」

隣を歩く戦場ヶ原が教えてくる。

雑学イコール学校の成績ではないはずだが。成績優秀な僕の彼女や、クラスの委員長は本当に何でも知っている。

……ああ、羽川なら『何でもは知らないよ。知ってることだけ』って言うんだろうけど。

「ハロウィンか……」

もしも、ハロウィンの文化が日本にもっと強く根付いていたとする。そうすれば、その……戦場ヶ原さんもコスプレなんかしてくれるだろうか。神原なら快く着てくれそうだが。

男なら、可愛い女の子の現実的ではない、ファンタジー色の強い衣装を見てみたいと思うものだ。ちなみに僕が定義するファンタジーには、当然ナース服やチャイナドレスも含まれる。

主に羽川とか羽川とか、羽川のコスプレを見てみたい。

「ねえ、ダーリン」

ハロウィンからただのコスプレへ路線変更と言うか脱線して脳内トリップしていた僕だが、戦場ヶ原の呼び掛けで我に返る。

戦場ヶ原は不敵な笑みを浮かべ、僕は変な冷や汗をかいていた。

「……なんだい、ハニー」

「私という恋人がありながら、他の女のことばかり考えるのはよくないわ。主に羽川様とか」

「ひぃぃっ!?」

思考が駄々漏れだった。僕はサトラレなんだろうか。

彼女が、羽川をまた様付けで呼んでいることにツッコミを入れる余裕などなかった。

「いいこと、阿良々木くん」

戦場ヶ原がジリジリと詰め寄ってくる。

「あなたの恋人は羽川様ではなくて、この戦場ヶ原ひたぎなの」

僕は蛇に睨まれた蛙のように動けない。

「ねえ、こよこよ。トリック・オア・トリック?」

「選択肢がない!?」

二人の距離は着実に縮められていき、限りなくゼロに近づき、そして――

「はむ」

人目のある街中で、僕はいつかのように耳をくちびるで挟まれていた。



後日談というか、今回のオチ。

ハロウィン当日も二人の妹、火憐と月火に叩き起こされる僕だったが、その日は明らかにいつもとは違っていた。

見馴れたはずの僕の妹たちが、なんと愛くるしい姿の魔女に変身していたのだ。

これも怪異の仕業か。僕は冷静に、妹たちの胸を揉みしだき、太股からスカートのなかをまさぐった。

そして、鉄拳の洗礼を受けるのであった。



ハロウィンに戦場ヶ原や羽川がコスプレを披露してくれるというドッキリは、やはりと言うか、ついになかった。

それでも、制服姿やたまに私服姿の戦場ヶ原が見れれば、それでいいかと最近は思っている。戦場ヶ原蕩れ。


気づけばその姿を探したり、横顔から目を反らせなくなったり、僕の心のど真ん中には常に戦場ヶ原ひたぎという存在があって。

まるで、解けることのない魔法に掛けられてしまったようだ。






火憐「火憐だぜ!」

月火「月火だよー」

火憐「最近暑くなくなってきたよな」

月火「最近涼しくなってきたよねー」

火憐「暦じゃとっくの昔に秋だからな」

月火「お兄ちゃんのことじゃないよ?」

火憐「過ごしやすい季節だからか、秋に関する言葉っていろいろあるよな」

月火「いっぱいあるよねー」

火憐「スポーツの秋!」

月火「読書の秋」

火憐「食欲の秋!」

月火「芸術の秋」

火憐「そして、スポーツの秋!」

月火「二回言っちゃった!」

火憐「大事なことだからなっ」

月火「大事なことなのかなー?」

火憐「予告編クイズ!」

月火「クイズ!」

火憐「秋と言えば、お芋の美味しい季節ですが」

月火「ですがー?」

火憐「ギターをかき鳴らすお芋は何でしょうか ! ?」

月火「そんなお芋はない!」

火憐「確かに!」

『次回、かれんプリンセス』

火憐「正解はジャガイモだぜ」

月火「クイズと言うより、なぞなぞだねー」

こんな感じで投稿するの初めてなんで、コメント貰えてうれしいです。

では、続きをば。



かれんプリンセス


気づいたら暗闇で寝そべり、僕は明かりのない天井を仰いでいた。

夢の中にいたんだと、しばらくしてようやく悟る。戦場ヶ原と満天の星空を見上げている話。お伽噺を語るように星の話を聞かせてくれて、お互いの気持ちを確かめて、そして――。

それらはすべて夢の話だった。けれども、すべて夢だけの話ではなかった。

戦場ヶ原に逢いたかった。かなわないのなら、せめて声だけでも聞きたかった。着信履歴をなぞり、僕は戦場ヶ原に電話を掛けた。

『もしもし。変質者さんかしら』

「お前の電話帳に、僕は何と登録されてるんだ!?」

『聞きたい?』

聞きたくない。

「なあ、僕の彼女の戦場ヶ原ひたぎさん」

「何かしら。私の彼氏の阿良々木暦くん」

「…………」

僕から言い出しといて何だけど、少し照れてしまう。

「明日、僕と――」

そこまで切り出しといて、デートの約束をするのに彼女の吐く毒をどれほど身に浴びただろう。

言葉の暴力を受けている中、油断したら笑いそうになってしまうんだから、僕はもうすっかり毒されているに違いない。



今から星を見に行こう。すっかりと覚醒してしまった僕は、何となくそんなことを決意する。

気だるい体で玄関へ向かっていると、その途中、背中から声を掛けられる。

「あれ、兄ちゃん。どっか出掛けるのか?」

振り返るまでもなく、でっかい方の妹だろう。

「ただの散歩だ」

「ふーん。……なあ、兄ちゃん。私もついてっていいか?」

来たって面白いことはないと思うけど。

「ダメって言われても行くけどな」

なら、訊くなよ。

「好きにすればいい」

「おしっ」

断る理由はなかった。けれども並んで歩かれると、僕の身長が低いのが露呈してしまうのはプラチナむかつく。



十一月の夜は身に堪える。次からもっと厚い上着を羽織ってこようと僕は決意する。

「兄ちゃん、機嫌良さそうだ」

「あ、そう見える?」

「うん、バカみたいだ。そんなに妹の私と散歩できるのがうれしかった?」

「いや、それは違うけど。……火憐ちゃん今、実の兄のこと、バカ呼ばわりしなかった?」

「兄ちゃん見てみろよ、星がいっぱい出てる」

聞いちゃいねぇ。

しかし、今の僕は確かに機嫌が良い。明日は戦場ヶ原とデートだし、今宵の空には無数の星が瞬いているから……。

僕は立ち止まり、星空のキャンバスを指差す。

「あれがデネブ。アルタイル。ベガ。有名な、夏の大三角だ」

「へえ。夏のって言うのに、秋でもはっきり見えるんだな」

「そして、あの辺りで輝くのが――」

あの日、戦場ヶ原がそうしてくれたように。僕は妹の火憐にここから見える星と、それにまつわるエピソードを聞かせた。

「兄ちゃん、意外に何でも知ってるんだな」

「何でもは知らない。知ってることだけだ」

「ふーん」

感心する火憐に、一度は遣いたかった返答を披露する。それじゃもう一つだけ、言いたいことを言わせてもらおうか。

「火憐ちゃん、知ってるか。夏目漱石がI love you を 『月が綺麗ですね』って和訳したって話」

「聞いたことある、かも」

どっちだよ。まあ、いいや。

「阿良々木暦だったら、『星が綺麗ですね』って和訳 する。だから火憐ちゃんも、どうしようもないぐらい 好きなやつができたら言ってあげればいい。そして僕 にも教えてくれ」

「んー、わかった」

「よしよし」

それが火憐ちゃんの恋人へ聴かせるレクイエムだ。きっと僕がそいつの息の根を止める。

「……兄ちゃん、ちょっと変わったよな」

火憐がポツリと言葉を漏らした。

「僕が?」

「うん」

「どんな風に?」

「うーん、ちょっと変になったかなぁ。もともと変な ところがあったけど」 「僕って、実の妹からも変態の烙印を押されていたの か!?」

軽くショックを受ける。

「でも、私は今の兄ちゃんの方がいいと思うぜ」

「……そうか。なら、いいか」

いや、全然よくない気もするが。

「僕がいい風に変わったって言うなら、それは友達のおかげかもな」

「兄ちゃん、友達いたっけ?」

「いますとも!」

「あー、確かに翼さんとかせんちゃんは友達かもね」

「…………」

確かに同性の友人は皆無だが。

「僕は彼女たちからいろんなものをもらった。全部 、大事なものだ。だから変われたのかもしれない」

勿論、戦場ヶ原からも受け取ったものがある。何より彼女自身が、僕のかけがえのない存在になった。

「そっか。兄ちゃん、大人になったんだな」

そうそう。

「……せんちゃんも、いつのまにか女にされちゃったんだな」

いや、待て妹よ。お前は大きな勘違いをしている。

いや、待て妹よ。お前は大きな勘違いをしている。



「私は兄ちゃんに、何かあげれるかな」

帰路を辿るなか、また唐突に隣の火憐がそんなことを 言った。

「私は兄ちゃんに助けてもらった。それに妹だから、 きっと実感はなくても、兄ちゃんからいろんなものを もらってるって思うんだ」

いつもの元気はどこへやら。少ししおらしい火憐だが ……グッ、やっぱりこいつ、羽川までとはいかなくて も、世界一可愛いんじゃないか? いや、落ち着け自分。いい感じに言葉がおかしくなっ ている。

「なあ、火憐ちゃん。実感がないぐらいのものだった ら、気になんかする必要はないんだ。一つ一つ気にか けてたらきりがないって。ましてや、お前は――僕の 妹なんだから」

そう言って、僕は自分より背の高い妹の頭を撫でた。

「僕が火憐ちゃんの為に何かしてやるとしたら、それは別に見返りを求めてのことじゃない。僕が火憐ちゃんの兄ちゃんだからだ。火憐ちゃんは時々、僕に頼ったり、甘えたり、困らせたりすればいい。だって、火憐ちゃんは兄ちゃんの妹なんだから」

僕の言葉に対して、しばし火憐は無言だった。ただ黙って、僕に引っ付いてきた。

「なあ、兄ちゃん。もし兄ちゃんが将来独り身だったら、そのときは私の全部をやるよ」

耳元で何やらを囁かれる。いやぁ、愛されてるな、僕 。

帰ったら歯磨きでもしてあげよう。

今回のオチ。

家に帰ると、そこには鬼がいた。

否、置いてきぼりでやたら不機嫌になった月火だった。

僕と火憐は正座で説教を受けながら朝を迎え、寝不足の僕はデートに遅刻するのであった……。






火憐「火憐だぜ!」

月火「月火だよー。二人あわせて――」

暦「阿良々木暦です」

月火「え、お兄ちゃん!?」

暦&火憐「三人あわせて阿良々木ブラザーズ!」

月火「え……ええ!?」

暦「阿良々木暦です」

月火「台本と違う!?」

火憐「予告編占い!」

暦「イェーイ!」

月火「えぇー……?」

火憐「さあ、へびつかい座のあなた!」

月火「あんまりメジャーじゃない星座がきたね!」

火憐「明日は午後から雨が降るかもしれないから、お出掛けの際は傘を忘れずに!」

月火「天気予報だー!」

『次回、するがバスター』

火憐「ところで兄ちゃんは何でいるの?」

月火「えぇー……」



するがバスター


「やはり私は先輩と、運命の赤いリードで繋がれているのだな」

……そこは普通に赤い糸じゃダメなのか。

学校へ向かう途中で、野生の蒲原駿河と遭遇した。

僕のソロパーティに神原が加わって、しばらくは幼女の話に花を咲かせていたのだが。

やがて彼女は神妙な面持ちで僕へと、頼み事をしてくる。

「なあ、阿良々木先輩にお願いしたいことがあるんだ」

僕はこいつに大きな借り がある。そうでなくても、大切な後輩が頼ってくるの ならできる限り力になってやりたい。

「僕にしかできないことなのか?」

「ああ。先輩にしか頼めないことだ」

「……内容を聞かせてくれ、神原」

「ああ。なあ、阿良々木先輩――」

僕は唾を呑み込み、神原の言葉の続きを待った。

「先輩にキン肉バスターを掛けさせてくれないか」

「断る」

いくら僕が吸血鬼もどきでも、お前の身体能力でそんな技を掛けられたら死にそうだ。

……まさか、裸の男同士の絡み合いが好きな神原の部屋に 、キン肉マンの単行本を置いていった結果がこうなるとは。

「えー」

「えー、じゃないよ。何を考えてるんだ、お前は」

「 普段はエロいこと。今は先輩にキン肉ドライバーを掛けたいと思っている」

「そういうことを訊いてるんじゃない!」

いつの間にか、より威力の強い技になってるし。

「落ち着いてくれ、阿良々木先輩。先輩の言いたいこ とはわかっている」

「……絶対わかってないと思うけど、一応言ってみろ 」

「私は神原駿河だから、技の名前は神原バスターか駿河バスターになるのだ」

「やっぱりわかってなかった!」

「……ああ、そうか。そういうことか、先輩」

神原は妖艶に微笑むと、僕の耳元でぼそぼそと呟いた。

「――先輩が私に、プロレス技を掛ければいいのだな」

くそう、だから何でこいつは、こんなにエロいんだよ……。

『あんまりえっちなことばかり考えたらダメだよ?』

脳内羽川に叱られてしまう僕であったとさ。



後日談というか、今回のオチ。

あれからしばらく、妹の火憐から関節技を極めら、月火からカウントをとられながら目を覚ます日が続いた。当然、神原の入れ知恵だ。

神原はといえば、一子相伝の暗殺拳の伝承者が世紀末に 悪党共を倒しまくる漫画に最近ドハマりしてるのだとか 。

『掲載紙繋がりか』と訊けば、『声優繋がりだ』と返っ てくる。

そうして今日の僕はもっこりスナイパーが暗躍する漫画をバッグに入れ、可愛い後輩の家へ向かうのであった。

火憐「火憐だZE!」

月火「月火だYO!」

火憐「私が兄ちゃんの物真似をします!」

月火「しちゃいますかー」

火憐「えー……ゴホン。 言っとくが、僕はお前達が大嫌いだ。だけ どいつだって誇りに思ってる。悔しいと言ったな火憐ちゃん。僕は確かにそれを聞いた。だけどな、僕の方がずっと悔しい。 僕の誇りを汚した奴を許せるか。後は任せ ろ!」

月火「おお、似てる!」

火憐「でしょ?」

月火「でも文面だとわからないね」

火憐「ですよねー」

火憐「予告編じゃんけん!」

月火「これも説明しないと、何を出したかわからないよね」

火憐「じゃーん、けーん、ぽん!」

月火「うふふふふふ~♪」

『次回、つばさラヴァー』

火憐「必殺グーチョキパー!」

月火「今どき小学生もつかわなそうだよね」



つばさラヴァー


夕暮れの教室にいた。机に突っ伏すように寝ていた、らしい。

まだ夢の国にいるようだった。頭のなかに濃い靄が掛かっているみたいに思考がはっきりしなくて、何だか体がふわふわしているような感じで。

――それより何より、羽川が前の席で僕のことを見て満面の笑みでいるのが、何だか不思議な感じがした。

「おはよう、暦くん」

「……おはよう」

体がこっているわけではなかったが、椅子に座ったまま思いっきり体を伸ばした。どんな状況か整理しようと思ったとき、ふと感じた違和感。

「暦くん、よだれのあとついてるよ」

――暦くん?

羽川は僕のことを阿良々木くんと呼んでいたはず。

「なあ、羽川」

そう彼女を呼ぶと、明らかに不機嫌な顔をされた。

「翼、でしょ」

「え……?」

いや、確かに君の名前は羽川翼だが。

「鳩が豆鉄砲食らったような顔って、きっと今の暦くんみたいな顔だよ。――付き合い始めたとき、お互い名前で呼ぶって決めたじゃない」

羽川が手を口元に当ててわらう仕草はきっと間違いなく世界一かわいかったが、

「僕と……つ、翼が恋人……」

頬を赤らめて羽川は頷いた。

何だが鼻血が出てきそうだった。

夢か。僕はまだ夢を見ているのか。

自分の頬っぺたを思いっきりつねってみたら、

――痛くなかった。

やっぱり夢を見ているらしかった。

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