美希「そこはちゃんと見て欲しいって思うな」 (62)


 会場全体をフレッシュグリーンの光が揺れる。アリーナ席。2階席。右のほう。左の方。
 関係者席は、暗いままで。

『美希ちゃん、準備はいいかい?』
「はいなの!」

 インカムの向こうへ返事をする。それと同時に零れ出すピアノ。
徐々に強く降りくるスポットライトの中心で、両腕で隠されたままの顔と伏せられたままの瞼。
大きく息を吸い込む。これから歌い出す大切な、大切なワンフレーズの為に。


―――――――――――――――――――――――
  ねぇ 消えてしまっても探してくれますか?
  ―――――――――――――――――――――――


     [マリオネットハート]星井美希


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1382629338


――ライブより前


美希「ハ~ニィ♪」

P「おう、美希か。レッスンの帰りか?」

美希「そうなの! もうすぐライブだからね! ハニーは?」

P「新人の売り出しプラン作成中だ。そうそう、このあいだ新人と共演したテレビ、よかったぞ」

美希「ほんと!?」

P「ああ。美希自身の魅力も出しつつ、他の共演者や視聴者に新人が覚えて貰えるようにしてたな」

美希「ちゃんと見てくれてたんだ?」

P「見たよ。最近の美希は前よりもしっかりしてきたから、見なくても安心していられるけどな」

美希「えー。そこはちゃんと見て欲しいって思うな」

P「おっと、そうだな」


美希「でも最近はプロデューサーまた忙しくなって、あんまり見てくれてないのかなって思ってたから嬉しいの♪」

P「できる限り時間作ってみんなのことみるようにはしてるんだけどな。今はどうしても新人優先だが……」

美希「みんな、か……」

P「かといってそれで仕事を疎かにするわけにもいかない。いっぱいキラキラさせないといけないからな」

美希「うん。ミキがキラキラしていられるのもハニーのおかげだもんね!」

P「まぁここ最近は本当に新しい娘にかかり切りな所もあるから、美希がしっかりしてくれるのは本当に助かってる」

美希「先輩だからね。あはっ☆」

P「それに今回のライブも美希のセルフプロデュースだから、色々大変だろうが間違いなく美希自身のステップアップになる」

美希「うん。ハニーもちゃんと見ててね。はいコレ」

P「なんだ? サイリューム? 液体はぱっと見で黄色だが……緑、フレッシュグリーンかな」


美希「今度のライブに来てくれた人全員に配る、ミキ色のサイリュームなの!」

P「ああ、これが前に言ってたヤツか。 "MIKI HOSHII" に "Heart of Marionette" のプリント、いい出来じゃないか」

美希「でしょう? ハニーも絶対応援に来てね♪ あ、一回それ貸して?」

P「ん? ほれ」

美希「えーと油性ペン、これでいいかな。……みーき☆ っと。直筆サインなの!」

P「はは、これじゃもったいなくて折れないな」

美希「もー、いくらでも書いてあげるから、ちゃんとミキの事応援して欲しいって思うな。ハイ♪」

P「ん。とりあえずペン立てに立てておこう」

美希「ハニーが机でお仕事するときはいつも一緒だね」

P「まぁそうだな」

美希「ライブの時、忘れないでね?」

P「気を付けるよ」

美希「絶対、ぜーったいなの!」


律子「美希ー! いつまでも邪魔しちゃだめよー。 "な る は や" で企画書作らなきゃならんないんですからねー!」


P「やれやれ、釘刺されたか。そんな訳で俺は仕事に戻るよ。美希みたいにこいつらもキラキラさせてやらないとな」

美希「お仕事頑張ってね♪ でもミキ、負けないよ?」

P「ははっ、心強いことだ」


――ライブ


『美希ちゃん、準備はいいかい?』
「はいなの!」

 インカムの向こうへ返事をする。それと同時に零れ出すピアノ。
徐々に強く降りくるスポットライトの中心で、両腕で隠されたままの顔と伏せられたままの瞼。
大きく息を吸い込む。これから歌い出す大切な、大切なワンフレーズの為に。


マリオネットの心

―――――――――――――――――――――――
  ねぇ 消えてしまっても探してくれますか?
  ―――――――――――――――――――――――


 振り付けに合わせて天井を仰ぎ見る。煌々と輝くスポットライトに視界が白くとぶが、一瞬。
次の瞬間には一転して全ての灯りが頭上から消えた。観客からどよめきが起こる。トラブルを心配してのことか。
 大丈夫。これはトラブルじゃない。その証拠に、足元には躍るのに危険がない程度の灯りが確保されている。
背後がまばらに明るくなる。センタースクリーンに不規律なグリーンの模様が浮かんでいた。
ステージから見える緑色の揺らめきは戸惑いを孕んでいるけど、それでもメロディに合わせていつもの動きを見せている。


―――――――――――――――――――――――
  きっと忙しくてメール打てないのね
    寂しい時には 夜空見つめる
      もっと振り向いてほしい 昔みたいに
        素直に言いたくなるの
  ―――――――――――――――――――――――


 いつまでも再点灯しないライトに、かえって困惑が広がる。客席を照らすのはサイリュームの灯りだけ。
この曲に合わせてみんなが一斉に焚いてくれた緑色のサイリュームだけ。


―――――――――――――――――――――――
  ZUKI ZUKI ZUKI 痛い
    DOKI DOKI DOKI 鼓動が身体伝わる
      踏み出したら 失いそうでできない
  ―――――――――――――――――――――――


 いつもよりも気持ち手足の振りを大きめにする。
足元のわずかな灯りと、サイリュームの輝きと、背後のスクリーンが放つ光の中に人影が躍る。
誰かが新しくオレンジ色のサイリュームを焚いた。あ、気付いたかな?


―――――――――――――――――――――――
  ねぇ 忘れてるフリすれば会ってくれますか?
  ―――――――――――――――――――――――


 サビに合わせて会場のステージ手前に一際明るいオレンジ色が灯る。
それに呼応するように、前から後ろへオレンジが広がっていく。
そして背後のスクリーンにオレンジ色が差す。スクリーンに映されていたのは、サイリュームが輝く客席。
一段と光量を増したステージ・スクリーンの前に、よりはっきりと影が舞う。
 会場全体をフレッシュグリーンとオレンジ色の光が揺れる。アリーナ席。2階席。右のほう。左の方。

 関係者席は、暗いままで。


―――――――――――――――――――――――
  待ち続ける 私マリオネット
    貴方と離れてしまうと もう踊れない
      ほらね 糸が解れそうになる
        心がこわれそうだよ…
  ―――――――――――――――――――――――


――ライブ翌日・朝


律子「あら、美希じゃない。おはよ」


 事務所についたらちゃんと鍵が開いていて、律子がいた。結構早く来たつもりだったのに。


美希「律子…さん。おはようなの」

律子「どうしたの? こんな朝早く。昨日ライブだったから今日はオフにしたでしょ」

美希「うーん。なんとなく、なの」

律子「そう? 身体を休めるのも仕事のうちなんだからね。あ、お茶でも入れる?」

美希「入れてくれるの?」

律子「まぁ、たまにはね。昨日頑張ったから」

美希「ミキ、キャラメルマキアートがいいな」

律子「そんなものここにはないわ。ならコーヒーでいいわね」

美希「はぁーい」


 律子が給湯室へ行ったので一人になってしまった。小鳥は今日はまだ来てないのかな。


律子「あんまりちょろちょろしないで適当に座ってなさいよー。一晩寝たくらいじゃ疲れ抜けないんだから」

美希「もう、ミキそんな子供でもお年寄りでもないの」


 文句を言いながら手近な席に座る。"たまたま" 近くだったハニーのデスク。
デスクの上は綺麗に片付けられていて、チェーンのついたノートパソコンと何かの……衣装かな? の資料が置いてある。
『書類とか名刺とかは鍵のかかる引き出し!』って前に律子が言ってたの。


美希「あ……」


 ブックエンドの隣に置いてあるペンスタンドに、見覚えのある棒きれを見つける。


美希「サイリューム……」


 恐る恐る手に取り、蛍光灯にかざしてみる。
透明の薬液と、薬液に浸かったアンプル。アンプルの中にも黄色の薬液。表面には油性ペンで描かれたサイン。


美希「使って、ない……」

律子「お待たせー。って、そこプロデューサーの席じゃない。プロデューサーが来たら退くのよ?」

美希「ねえ、律子」

律子「"さん"をつけなさいって言ってるでしょう」

美希「ねえ」

律子「……何よ」


 律子がたじろいだのがわかった。でもゴメンナサイちょっと余裕、ない。


美希「ハニー、ライブ見に来てくれたかな」

律子「え、と……」

美希「もし知ってるなら教えて」


 言いよどむ様子でもう答えわかっちゃったけど、ちゃんと聞きたい。律子は、きっと嘘をつかない。


律子「……あの日は午前中に新人のコを作曲家の先生に紹介しに行って、午後から行くはずだったんだけど――」

美希「来てないんだ」

律子「――っ」

美希「……そっか」


 ハニーは来てくれなかった。一生懸命、歌ったんだけどな……。新しい娘の方が大事だったんだ。仕方ないよね。


律子「プロデューサー殿もとても残念がってたのよ? 今回はちょっと色々タイミングが悪かったけど」

美希「ミキ、帰るね」

律子「え、あ、ちょっと美希!? 美希!!」


 この間テレビ見てくれてたのも、新しい娘と一緒だったから? ねぇ、教えてよハニー……。


律子「コーヒー飲む時間、話聞くくらい私だってするわよ……」

 ガチャっ。

P「お早うございまーす」

律子「お早うございます、プロデューサー」

P「律子か、お早う。律子だけか?」

律子「はい。その、美希と会いませんでしたか?」

P「美希と? いや会ってないが、来てたのか?」

律子「ええ。コーヒー入れたんですけど飲まずに出ていっちゃいました」

P「この、俺の机に置いてあるヤツか。もったいないし俺が飲んじゃってもいいかな」

律子「はい。あ、でも何だったら入れ直しますよ?」

P「いやいい。しかし俺、サイリューム出しっ放しにしてたかな」

律子「美希が何か弄ってたんですかね? 勝手に人の机触るなんて、今度注意しておかないと」

P「まぁ大したことじゃないしいいさ。それよりも美希、何か言ってたか?」

律子「"ハニー、ライブ見に来てくれたかな"って」

P「……そうか……」


律子「でもあれは、作曲家の先生が急に体調崩して病院まで付き添ってたからですし仕方ないじゃないですか」

P「それでも俺は約束を破ったんだ。ちゃんと謝らないとな」

律子「……そうですね。きっとそれがいいです」

P「……なあ律子」

律子「なんですか?」

P「美希に、お詫びとして、指輪とかプレゼントしたらダメかな」

律子「指輪!?」

P「あ、いや薬指じゃないぞ!? えっとそう、左手の親指だ! こう、いつでも見守っているぞ的な!」

律子「サムリングですか。……まさかプロデューサー、私が "知らない" と思ってませんよね」

P「ぐっ、いや勉強家の律子だ。知っててもなんら不思議は無い……」


律子「左手の親指。意味は "意志を貫く"、"愛を貫く"、"目的を実現させる" ですか。これは "そう言う意味" ですよね?」

P「……誤魔化しても仕方ないな。ああ、いつか、いつになるかわからんが時期がくるまで」

律子「でもそれならもうちょっと美希によくしてあげても……違いますね。だからこそですか」

P「あは、はは。まぁそうかな。そこはきっちりしないと」

律子「まぁ、そういうことなら私がとやかく言うことじゃないですね。ただ面倒事は御免ですからねー」

P「反対されなかっただけでも大分気が楽になったよ。ありがとう」

律子「はいはい。気が楽になったならちゃっちゃと仕事してくださいねー」

P「コーヒー飲んだらはじめるよ」


律子「……はぁー、そうですかー。別に何も拗ねてないですよーだ。……独り言とか、バカみたい」


――翌日、765プロ


小鳥「はい、765プロダクションです。あ、美希ちゃん? ――うん、わかったわ。伝えておくわね。――。はーい」

P「美希からですか?」

小鳥「ええ、美希ちゃん今日は現場に直行しますって。珍しいですね」

P「そうですね。いつもなんだかんだで一回事務所には顔出して、場合によっては送ってけって言うのに」

小鳥「プロデューサーさん、なんだか寂しそうですね?」

P「そんなことありませんよ。いや、あるのかな。手がかからなくなって嬉しい様な気もするんですが、なんだろうこれ」

小鳥「成長する子を見守る親の心境ですか?」

P「あー、そうなんですかね。子供持ったことないんでわかりませんけど」

小鳥「事務所のみんなが子供みたいなものじゃないですか」

P「それはちょっとわかります。まぁどっちみち今日は忙しかったので助かりますよ」

小鳥「美希ちゃんに感謝ですね」

P「ええ。帰ってきたらおにぎりでも握ってやらなきゃいけませんね」

小鳥「美希ちゃん喜びますよ」

P「ははっ、安直ですけどね。さて、美希が帰ってくるまでにちゃっちゃと仕事しちゃいますか」

小鳥「頑張ってくださいね♪」

P「音無さんも仕事してくださいね」

小鳥「はぁい」


――TV局の外、公園


 汚れてないベンチに腰掛けて、ぼんやりと足元に視線を落とす。


美希「はー……」


 さっきのテレビのお仕事はちゃんとできた、かな。でもどうしてだろう、カメラの向こうにハニーが居る気がしない……。
ハニーがいつも見てくれてるわけじゃないって、わかってても今まではなんとなく見てくれるっていうカンジしたのに。


美希「今のミキ、キラキラしてない……」


 ――!?

 自分の言葉に驚く。あれ、今のミキ、キラキラしてない……?
前よりもよくなってるって、ハニーも律子も褒めてくれるよ?
でも……前の方がいっぱい褒めて貰ってたカモ……そっか、最近はお話する機会も少なくなっちゃったしね。
ミキ本当に前よりよくなってるのかな。今のミキ、全然キラキラしてない。
前よりもアイドルしてるのに、前よりもキラキラしてない。どうして……?
アイドルってなんだっけ。アイドルって意味あるの……?


美希「アイドル、辞めちゃおっかなぁ」


 ドキッとした。


美希「やめない……」


 すぐに自分で否定する。思った以上に、自分が動揺したから。


黒井「誰かと思えば高木の所の小娘ではないか」

美希「誰!? く、黒井社長?」

黒井「アイドルを辞める? アーッハッハ、これは愉快!」

美希「辞めない! 辞めないもん!」


 かけられた声にすぐさま大声で反論する。黒井社長は思いの外近くに立っていた。


黒井「たった今辞めると言っていたではないか。それともなにか?
  高木の所にはなーんの考えも無しに "辞める" などと口にするアイドルが居るのか?」

美希「違う! そんなこと言ってない!」

黒井「ふふん。まぁ高木の所では仕方あるまい。961プロであればアイドルのなんたるかなどわかりきった事だというのに」

美希「アイドルの、なんたるか?」

黒井「なんだ貴様、興味があるのか。なかなか見所があるではないか」

美希「キ、キョーミなんてないの」

黒井「まあ聞け。アイドルとは絶対の王者にして絶対の強者! 太陽の如く燦然と輝き地上を見下ろす至高の存在!」

美希「……太陽みたいに?」

黒井「そうだ。ちんけなスターなどではない。もっと大きく、圧倒的な熱量を持った太陽こそアイドルの頂。
  まぁ高木の所ではそんなことも教えないのだろうがな。……どうした」

美希「……」

黒井「……聞こえていないようだな。しかし高木の所の小娘か……これは面白い。おい! 小娘!」

美希「! はい!?」

黒井「貴様の才能、我が961プロで輝かせてやろうか」

美希「――!」


――数日後


P「困ったな……」

小鳥「また今日も会えず仕舞いですか?」

P「ええ。事務所には顔を出しているんですよね?」

小鳥「はい。でもこの数日は前ほど長居しなくなった気がしますね、美希ちゃん」

P「うーん。打ち合わせとかしたいんだけどな。現場で捕まえてもなんだかんだ逃げられるし……」

小鳥「どうしちゃったんでしょうね」

P「いつもの気まぐれならいいんですが……まぁなんとか捕まえてみます」

小鳥「そうですね。あ、そろそろテレビであの番組始まる頃じゃないですか? えーと、アレですアレ」

P「まだそんな物忘れする歳でもないでしょうに」

小鳥「うぐっ、そうですよね。まだ若いです」

P「はい。で、今日は○○テレビの生放送ですね。収録でない生の現場、新人初ソロですよ」

小鳥「プロデューサーさんがいつもついている訳にはいきませんから、経験しておかないとですものね」

P「まぁアイドルが多く出る番組なんで、初体験としてはいい番組ですよ。えーとテレビのリモコンはっと」

小鳥「ここですここです。ピッと、このチャンネルでしたよね?」

P「ええ、有り難うございます。じゃあせっかくなので休憩しますか。俺お茶入れてきます」

小鳥「そんな、私が……」

P「いいですよ、座っててください」

小鳥「それじゃお言葉に甘えて……」


――

P「えーと、お茶っ葉はどこだったかなっと」

小鳥 < プロデューサーさーん!!!

P「は~い? どうしました?」

小鳥 < ちょっとこっち来てください! 美希ちゃんが!

P「美希が?」


――

小鳥「これです!」

P「あれ、美希ですね」

小鳥「はい……」

P「……美希!? なんでこの番組に出てるんだ!!?」

小鳥「で、ですよね? この番組、美希ちゃんの出演予定無かったですよね?」

P「しかもこれ、完全に周り食ってるじゃないか!」

小鳥「美希ちゃん自身はすごく目立ってますしむしろ素敵ですけど、完全に一人舞台になっちゃってますよね……」

P「うわ、なんだこれは……」

小鳥「ど、どうしましょう?」

P「とりあえず番組終了と同時に電話……は出ないだろうな、現地行ってきます」

小鳥「はい、お気をつけて」

P「留守をお願いします!」


――
――――

 なんとか本人を捕まえはしたものの、美希は頑として話をしようとしない。
 事態は考えていたよりもずっと、悪い方へ進行していた。
美希は765プロとして受けていた仕事はきっちりとこなすものの、それ以外にも仕事を勝手に受けていた。
そのどれもが新人はじめ他の765プロのアイドルとの共演で有り、常に自身の魅力を最大限発揮するように振る舞っていた。
実力を備えた765プロの面々との共演に於いては相互に高め合い結果として普段以上のポテンシャルを見せたが、
経験の浅い新人は凄惨とさえ言える有様であった。そして、



高木「えー、二人ももう知るところだと思うが改めて状況を整理しよう」

P「はい」

律子「はい……」

高木「961プロ主催による新しい賞の創設が発表された」

P「"iDOL the ETHEREAL" ですね。これ文法あってるのか……?」

高木「"極めて優美な、この世のものとは思えない" か。いかにもヤツの好きそうな言葉だよ」

律子「で、そのエーテリアル賞の告知がうちにも来たわけですね」

高木「ああ。所属事務所問わず、あるいは無所属でもエントリー可能。
  そして成績優秀者は961プロとの契約や、専属トレーナーからのレッスンが受けられる」

律子「でも問題はそこじゃない。そんなことはどうだっていいんです」

P「律子、落ち着け」

律子「落ち着いて居られますか!! なんで! なんだってその告知ポスターが "961プロ所属 星井美希" なんですか!!」

P「律子!」

律子「っ! すみません。でも……!」


高木「律子君の怒りももっともだ。私だってすぐに黒井に電話をかけて抗議したさ」

P「黒井社長は、なんと?」


――

黒井「ハッハッハ! 美希ちゃんは貴様の元ではもうやっていられないと! 私の元へ来たのだ!」

高木「そんなはずがあるか!」

黒井「だが事実、美希ちゃんはそうしてiE賞のイメージガールを務めている。我が961プロの名と衣装を纏ってな!」

高木「貴様、こんなことが許されると思っているのか! 美希君は我が765プロのアイドルだぞ!」

黒井「ハハァン、なんだ? 契約違反だとでも言いたいのか? 違約金ならいくらでもくれてやるぞ。いくら欲しい?」

高木「ばっ、そんなことを言っているんじゃない!!」

黒井「ではなんだと言うのだね。美希ちゃんは765プロでは無く961プロを選んだ。それが全てだ!!」

高木「そんなはずはない!」

黒井「貴様がどう思おうと勝手だが、生憎私も忙しくてね。戯れ言に付き合ってる暇は無いんだ。失礼するよ」ガチャッ ツー

高木「まて、黒井!! 黒井!!」

――


高木「――というわけだ。実に腹立たしい」

律子「こんなこと、絶対に許せません……!」

P「美希……」

高木「ともかくだ。他のアイドル達にも動揺はあるだろうが、君たちはしっかりしてくれたまえ」

P「……はい。アイドル達をケアしフォローするのが俺達の仕事ですから」

律子「わ、私も大丈夫です。あの子達に心配なんてさせません」

高木「キミたちのような優秀なスタッフに恵まれて、私は嬉しいよ。大変だとは思うが、よろしく頼むな」

P・律子「はい」


――
――――

 その後、事務所へ顔を出したアイドル達の動揺や困惑、落ち込み具合は相当な物だった。

 誰よりも強い動揺を見せたのは伊織だった。本人は意に介さずを演じているつもりだったようだが零れた声は震えていて、
一言「そう」とい呟いたきり口を噤んでしまった。目をしばたかせていたのは涙を抑えてのことだろう。
 竜宮小町としての仕事のため事務所へ集合した伊織、あずささん、亜美と律子だったが、あずささんと律子で伊織と亜美を
励ましていた。亜美もショックではあったようだが、それ以上に落ち込んだ伊織を励まそうとしているようにさえ見えた。

 亜美と一緒に来ていた真美だが、こちらは思いの外落ち着いて見えた。
実際はショックを受けていたのだろうが、それ以上に何かを考えているようだった。

 春香と千早は何か心当たりでもあったのだろうか。話を聞いたあと二人連れ立って出て行った。
時間的に千早はそのまま現場へ向かうだろう。
春香は仕事まで少し間があるがどこかで時間を潰すのか、或いは戻ってくるのだろうか。

 一緒に事務所へ来た真と雪歩、そしてすぐ外で会ったというやよいは三人一緒に話を聞き、そして呆然としていた。
今日の予定は真と雪歩が表現力、やよいが感情表現のレッスンだったが、恐らく出来は最悪になるだろう。
ダンスレッスンでなかったのだけが救いかもしれない。あの状態では怪我しかねない。
真と雪歩は二人で、やよいは音無さんに連れられてレッスンへ向かった。


 響と貴音は漠然と事前に話を聞いていたらしい。それでいて美希の意思を尊重するのだという。


貴音「あの時はなんの事やらよく解りませんでしたが……」

響「こういうことだったんだなって、今ならわかるぞ」

P「そうか……」

貴音「あなた様に、美希から手紙を預かっております」

P「手紙……?」

貴音「時が来たら渡して欲しいと言われていたのですが、恐らく今でしょう」


 貴音からパステルグリーンの封筒を受け取る。"ハニーへ" と書かれたそれは紛れもなく美希の文字だ。


P「有り難う」

貴音「あまり、思い詰めないようにしてくださいませ」

響「美希はどこに居たって美希だと思うぞ!」

P「ははっ。今頃おにぎりでも食べてるかも知れないな」

響「っと、それじゃあ自分と貴音もそろそろ行くな!」

P「ああ、行ってらっしゃい」

貴音「行って参ります」

響「行ってきます!」


 なんとか笑って軽口を叩いて見せた。
あとの新人達は、逆に「そういうこともあるのかな?」というような空気だった。
もちろんそうあることでは無いのだが、変に思い悩まれるよりはずっとありがたかった。

 結果として、今事務所には自分一人しか居ない。ずっと手に持ったままの美希の手紙を、そっと開いた。


―――――――――――――――――――――――
ハニーへ。

ミキ、ハニーのおかげですっごくキラキラできるようになったよ。
たくさんの人が、キラキラしてるミキを見て喜んでくれるの。
いっぱいミキの声を聞いてくれるの。
でもね、最近ハニーが全然ミキのこと見てくれないって、気付いちゃったんだ。
ミキ、ハニーにもミキのこと見て欲しかったよ。
だからミキ行くね。

今までずっと、ハニーなんて言ってゴメンね。迷惑だったよね。
だってミキはアイドルで、ハニーはプロデューサーだもんね。
じゃあ、バイバイ。
―――――――――――――――――――――――


P「なんだ……? なんでだ!?」

 意味がわからない。視界が歪む。鼻の奥がツンと痛む。

P「俺が……? 俺のせいで? でもなんだって961プロに……」

 考えても、答えなど出はしなかった。

P「美希……」


 結果としてこの日、誰よりもショックを受けたのは俺自身だったのかも知れない。

――
――――

春香「プロデューサーさん」


 何も手につかず、椅子に腰掛け机に肘をつき顔を伏せていると春香が声をかけてきた。
出来ることならば今は放って置いて欲しかった。


春香「プ・ロ・デュー・サーさんっ」

P「……春香か……」

春香「はい。天海春香です」


 脳天気に、いや脳天気を装って話しかけてくる春香がうっとうしかった。
これが春香なりの優しさ、春香の演技であることくらいはわかった。
それを忌々しく感じてしまう自分が嫌で、だからこそ放って置いて欲しかった。


春香「プロデューサーさんは、もしかして美希が961プロに行ってしまったのは自分の責任だって、そう思ってますか?」


 何を、当たり前のことを言っているんだ。俺が、一生懸命な美希を無視した。美希の気持ちを無視し続けた。


P「事実、その通りだった」


 数秒逡巡するも自分の口から説明する気力など全く湧かず、美希の手紙をそのまま春香に見せる。
春香も一瞬読んでよいものかと躊躇ったようだが、文字を目で追っていった。


春香「うーん、せいぜい45%ってところですかね?」

P「あ゛?」


 理性を逃れて零れた声は意図せずに攻撃的な響きを含んで、聞こえた自分自身さえぎょっとした。
春香の身体がビクッと動いた気配を感じる。……俺、最低だな。
伏せた顔をほんの少しだけ上げ、春香の方へこっそりと視線を向ける。春香の笑顔がこわばっているのがわかる。
本当に、この男は最低だ。


春香「10%位は私達のせいです。同じ765プロの仲間であり、同じ思いを抱えながら相談さえされなかった私たちのせいです」


 春香が頑張ってしゃべっている。俺を励ますために。こんな最低の男の為に、春香が頑張っている。
なのに俺はただ黙って、頑なな態度をとるだけ。ガキか。


春香「いつも "仲間" だなんて言ってるのに、笑っちゃいますよね」


 その言葉にハッとして春香の顔を真っ直ぐに見る。目尻には涙が浮かんでいた。
そんなことはない。春香は悪くない。いつだって春香はみんなの、仲間達のことを考えていたじゃないか……!


春香「残りの90%の半分がプロデューサーさん。半分が美希のせいです」

P「美希は、悪くないだろ……」


 呻くように呟く。そう、悪いのは美希じゃなくて俺だ。


春香「いいえ。美希も悪いんです。そしてさっきも言ったように、私たちも……」


 春香は真っ直ぐに俺を見ていた。悲しそうではなく、真剣で、それでいて優しくて、辛そうな顔をしていた。


 しばし無言のまま視線を交わす。何かを考えあぐねているのか、逡巡しているのか。
暫くした後、春香が細く息を吐いた。そして、大きく吸い込む。意を決したかのように、少し大きな声を張る。


春香「プロデューサーさん!」

P「……なんだ」

春香「真剣な話をします。真面目に、誠意を持った対応をお願いします」


 面食らう。今までだって真剣な話だったように思う。誠意は……無かったかも知れない。
顔を伏せたまま話を聞いていたくらいだ。早く居なくなって欲しいと、それだけを考えていたために。
春香が真剣な話と言うなら何かあるのだろう。居住まいを正す。


P「わかった。聞こう」

春香「プロデューサーさんは、美希のことが好きなんですよね」

P「……!」

 息を呑んだ。心拍数が跳ね上がるのを感じた。答えられるはずがなかった。
事実答えたのと何ら変わらない反応をしてしまったが、それでも言葉にする事は躊躇われた。


春香「いいです。じゃあ、私の気持ちも聞いてください。私、プロデューサーさんの事が好きです」

P「は。……は?」

春香「プロデューサーさんの事が好きです。お付き合いしてください」


 お付き、なに? 何を言っているんだ? それが原因だったんじゃないか。プロデューサーとアイドルと……。
いや違う。今目の前に居るのは春香だ。美希じゃない。


春香「プロデューサーさん。お返事、聞かせてください」

P「……、ごめん」

春香「理由、聞いてもいいですか」


 わかりきった答えを聞くように、いや実際わかっていたのだろう。
そして春香はかすかに笑みさえ浮かべて問いかける。
プロデューサーとアイドル。俺と春香の関係はそれだ。けれど今はそんなことは関係無くて……


P「俺、好きな人が居るんだ」


 春香はぎゅっと目を閉じて、しばらく息も止めているようだった。


春香「――はぁー。フラれちゃいました」

P「すまん」

春香「でも、ちゃんと普通に "女の子として" フラれたので、よかったです。
  これでもし "アイドルだから" なんて言われたら、アイドルがちょっと嫌いになっちゃう所でした」

P「……それは」

春香「実はそれが怖くて、今だったら大丈夫かなって先に答えを知ってから告白でした。ズル、しちゃいました」

P「……」

春香「あとはプロデューサーさんを振り向かせるだけです」

P「!!?」

春香「でもそれは今じゃないです」

P「!!」

春香「プロデューサーさん、私今まで以上に全力でアイドルやりますから、プロデュースお願いします!」

P「ああ。ああ!」


 この少女は、どうしてこれ程までに強いのだろうか。
この少女がアイドルで、自分がプロデューサーであるならば、その一点において信頼は絶対に裏切ってはならない。
男女のそれは関係無い。男と女。プロデューサーとアイドル。それぞれ、今は、別の話。


P「ありがとう、春香」

春香「そこは "よろしく" じゃないんですか?」

P「ああ、よろしくな! 春香!」

春香「はいっ!」


――夜

 マナーモードになっている携帯電話が振動する。

千早「春香から電話? ハイ、もしもし。どうしたの?」

千早「……フラれ!? ……そう。それで? ……うん」

千早「……え、今から? 終電で? ……分かったわ、気を付けていらっしゃい。パジャマ忘れないでね」

 ピッ

千早「……春香は、すごいわね……」


――翌日

 昨日春香と話してからは多少持ち直したものの、結局どう仕事をしたのかいまいち記憶が定かで無い。
クレーム等になっていないだけマシなのだろう。
ぼんやりと重たい頭を無理矢理働かせ、いつもより少し遅く事務所へ向かった。

 事務所へ着くと改めて社長と律子と自分とでミーティングが持たれた。iE賞へのエントリーについてだ。
わだかまりはあるが、これだけ大きな賞となるとエントリーしないのまた不自然ととれる。
美希がイメージガールを務めている事もあり、変なトラブルや不和を疑われかねない。
いや、トラブル自体は実際あったわけだが、不要に事を荒立てることはない。


高木「それでだね。件の賞へのエントリーなのだが、一人強く希望しているアイドルがいる」

P「それは?」

高木「天海君だ」


P「春香が?」

高木「ああ。美希君が961プロの看板を背負って出場する以上、我々は絶対に負けるわけにはいかない。
  "961プロの星井美希" を優勝させてはならんのだ。彼女は我が765プロの仲間だ」

律子「……」

高木「天海君もそれがよく理解っていたよ。ひいてはiE賞へ向けキミを暫く専属でつけて欲しいと頼まれた」

P「俺を専属にですか?」

律子「他のメンバーのプロデュースは私と社長でなんとかしてみせます。
   先ほど社長が仰った "961プロの星井美希" を優勝させてはいけないというのは竜宮小町はじめ事務所の総意です」

P「それは、そうだが……」

律子「今朝、千早から電話がありました。春香をiE賞で優勝させたい。協力して欲しい。
  そのためなら事務でもなんでも手伝えることがあればするから、と」

P「千早が……」

律子「千早は他のアイドル達や音無さんにも連絡を取っていたようです。あとはプロデューサーが首を縦に振るだけです」

P「……わかった。絶対にiEで春香を優勝させてみせます……!」

社長「うむ、頼んだぞ」

P「はい! とりあえず引き継ぎだ。律子、30分後にミーティングスペースでいいか?」

律子「了解です!」


――

P「えーと、他のメンバーはこの機に休暇と、多少レッスンに多く時間を割くようにする感じか?」

律子「はい。流石に普段通りで回すのは厳しいので……すみません」

P「いや、助かる。それに実際あいつらも働き過ぎだしな」

律子「貴方がそれを言いますか」

P「ははっ。レッスンに関しては新人達と同じに入るようにするといいんじゃないか。もちろん全部ではなく」

律子「誤魔化しましたね。まぁいいです。合同練習も考えなくは無かったんですが、新人にはまだ早いかと迷っていました」

P「まずは見学だけでもさせてみればいい。そして意欲が高そうなら参加させる。そうだな、響・貴音・千早あたりか」

律子「なるほど。そうですね、やってみます」


――iE賞予選


P「さぁ、いよいよ予選だ」

春香「はい!」

P「と言っても現役トップアイドルだ。ここで負けることは無いだろう。油断だけはしないようにな」

千早「頑張ってね、春香」

春香「えへへ、大丈夫だよ千早ちゃん。それじゃあ、行ってきます!」

P「おう、落ち着いていけ」

千早「応援してるわ」


P「なんか、色々と有り難うな千早」

千早「いえ、やりたくてやっていることですから」

P「それでもさ」

千早「……。歌と同じくらい大切なんです。春香も、美希も」

P「ああ」

千早「美希は、帰ってくるでしょうか」

P「……わからん。だが "961プロ" としてこれだけの賞を取ってしまえば、
 きっと黒井社長があの手この手で765プロ復帰を妨害してくるだろう。
 帰ってくる場所、帰ってくるための準備は怠らないよ」


春香『次の曲いくよー! "START!!"』


千早「春香、頑張ってますね」

P「ああ」


 スーツの胸ポケットに入れたサイリュームを取り出す。黄色い液体と "MIKI HOSHII" のサイン。


千早「それは?」

P「そうだな、……俺がキラキラさせられなかった美希、かな」

千早「はあ」

P「とにかく今は春香の応援だ」

千早「まあ、なんでも、いいですけれど」


――
――――


美希「ミキは予選出なくていいの?」

スタッフ「はい、イメージガールですのでシードです。エキシビジョンとしてワンステージ出て頂く事になっています」

美希「黒井社長は?」

スタッフ「えーと、その、…… "特に興味無い" と……」

美希「フーン、そ」

スタッフ「で、では私はこれで……」

美希「はーいお疲れさまーなの」


美希「……ミキ、いっぱいキラキラするからね」


――
――――

P「予選突破、おめでとう」

春香「ありがとうございます。でもまだこれからが本番ですね」

P「そうだな。本戦は2組ごとのステージバトルだ。と言ってもその2組で優劣はつけず最終的には得票数による勝負だが……」

春香「ステージでの対戦相手、美希なんですよね」

P「ああ。しかもこんなに早く決っている。多分、黒井社長がわざとそうしたんだろう」

春香「直接対決、ですね」

P「不安か?」

春香「いいえ。だってプロデューサーさんがついてますから」

P「そうか。そうだな、絶対に勝とうな」

春香「はい♪ じゃあお先に失礼しますね。プロデューサーさんも無理しないでくださいね」

P「ああ。俺も今日の報告書を書いて少し書類片付けたら帰るよ」

春香「はい、じゃあお疲れ様です」

P「お疲れ」


春香「……もう、少しって言いながら結局遅くまで仕事しちゃうんだろうなぁ……ふふっ」

??「あっ……」

春香「? ……! 美希!」

美希「ち、ちがっ、人違い! 人違いなの!」

春香「いやどっからどう見ても美希でしょ!? お願い、ちょっとでいいから話聞かせて! 駅まででいいから!」

美希「ぅ……はい……」


春香「えと、久し振り、だね?」

美希「うん……」

春香「どうして、私たちと一緒の番組ばかり出てたのかな? 黒井社長が?」

美希「あれは、その……」

春香「うん」

美希「あれはミキのイシなの」

春香「どうして?」

美希「……」

春香「……」


美希「春香には、教えるね」

春香「うん」

美希「ミキね。いっぱいキラキラできたらいいなって、ずっと思ってたんだ。
  でも最近はそのキラキラしてるところをもっと見て欲しいなって、思うようになったの」

春香「プロデューサーさんに?」

美希「うん。でも最近はハニー全然ミキのこと見てくれてなくて、でも他の子と一緒だと見てくれて」

春香「うん……」

美希「近くに居るのにミキのこと見てくれないのがヤで、でも961プロでならいっぱい765プロと一緒の仕事ができるって」

春香「それで961プロに?」

美希「そうだよ! ハニーはミキのこといっぱい見てくれてる……?」

春香「確かに前よりも美希が出てる番組を見てるみたいだけど……。
  961プロだからじゃないよ!? 同じ765プロの仲間として心配だから――」

美希「春香は! ……春香なら分かるでしょう? 春香もハニーのこと好きなのわかってるもん!
  なのに "自分はプロデューサーだから" って、ヒドいよね……。ぅぅ……」

春香「……」


春香「ねぇ、美希」

美希「……」

春香「私ね、プロデューサーさんに告白したんだ」

美希「――ッ!?」

春香「フラれちゃった」

美希「……やっぱり……」

春香「"アイドルだから"じゃなくて違う理由で、ね」

美希「! ……そう、なの……?」

春香「うん。美希のおかげ」

美希「ミキの……?」

春香「ちゃんと一人の女の子として告白して、一人の女の子としてフラれちゃった。
  だから私はまだアイドルで居られる。アイドルが好きで居られる」

美希「……」

春香「それだけ。何が言いたかったのかは、私にもわからないや……」

美希「そっか」

春香「うん」

美希「……」

春香「駅、ついちゃったね」

美希「あ……うん……」

春香「じゃあまたね、美希」

美希「バイバイ春香」

春香「決勝、楽しみにしてるね」

美希「……うん」


――iE賞、決勝当日

 非常に天気のいい日だった。


P「いよいよだな」

春香「はい」

P「緊張、してるか?」

春香「すっごく、してます。さっきから手のっふ震えが止まらなくて」


 そう言って差し出された両手は、確かに小刻みに震えていた。


P「俺もだ」


 同じように自分の手を前に出す。二人して向かい合って手を出し、ふるふると震えている様は端から見れば間抜けだろう。


春香「もう、なんでプロデューサーさんまで震えてるんですか。
  こんなときにアイドルを安心させるのがプロデューサーさんのお仕事じゃないんですか?」

P「全くだ。頼りないプロデューサーでごめんな」

春香「ふふっ、頼りにはしてますよ♪」


 春香が不意に手を握ってくる。



P「! 春香?」

春香「このまま、ちょっと待ってください」


 そういうと、春香は目を閉じて大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくりと吐き出す。


春香「スゥーー……ハァーーーーー……。ほら、止まりましたよ!」


 花が咲くような満面の笑顔を見せた春香は、もう震えてはいなかった。
先ほどまであれほどまで緊張して強ばっていた、全身から不安を滲ませていた少女はそこには居ない。
居るのはこれから大きなステージへ向かうまばゆいばかりのアイドルだった。


春香「プロデューサーさん」


 不意に春香が真剣な顔をする。


P「なんだ?」

春香「プロデューサーさん、今の私は美希に勝てますか?」

P「 絶対勝てるぞ 」

春香「本当ですか?」

P「誰にも負けない。今の春香は最強だ」

春香「そうですか……」


P「……まだ不安か?」

春香「いえ、あのプロデューサーさん!」

P「お、おう?」

春香「美希のステージを見に行ってください」

P「!?」

春香「私は絶対に絶対に負けませんから。今までありがとうございました!」

P「あ、おい春香!!」


 言うと同時に背を向けてステージに走り出す。
 春香の姿を認めると観客が一斉に歓声をあげる。


春香『みんなお待たせ!! 天海春香です! それじゃあ早速行くよ! "自分REST@RT"!!』


 今この瞬間、世界で一番輝いている女の子。それは間違いなく春香だと自信を持って言える。
じゃあ、もう一人の女の子は……?
『美希のステージを見に行ってください』
春香の言葉に背中を押されるように、俺は春香のステージを後にした。


――
――――

黒井「どうだね美希ちゃん」

美希「何も問題ないの」

黒井「そうかそうか実に頼もしい。この決勝であの小娘は無様に敗北する姿を晒すことになるのだ。はっはっは!!」

美希「春香はブザマじゃないの」

黒井「ん? 美希ちゃんの圧倒的パフォーマンスに適う者などおるまいよ。高木の吠え面を思うと今から楽しみだ……!」

美希「もううるさいの。ミキは集中したいんだから出てって」

黒井「これは失敬、私もステージを楽しみにしているよ。では」

美希「……」


 大丈夫、ミキには力がある。
961プロでも上手くやってきた。お仕事もたくさん貰った。レッスンだっていっぱいした。
大丈夫、ミキは前よりももっと


ミキ「……ねえプロデューサー……」


ミキ、キラキラしてるかな?


追憶のサンドグラス

―――――――――――――――――――――――
  You can leave me, I miss you…
      however there is no replay…
  ―――――――――――――――――――――――


 強いギターとドラムとベース音の中、ゆっくりとステージ中央へと向かう。
イントロがかかった瞬間から観客席はオレンジ色に染まる。
眩いばかり一面のオレンジ。
言葉にならない歓声と、「美希ちゃーん!」の声が聞こえる。あは、ミキだよ☆


―――――――――――――――――――――――
  言葉が欲しい
    愛の囁きじゃなく
      理屈で言いくるめて…“納得”が欲しい
  ―――――――――――――――――――――――


 納得はね、してたんだよ? でもミキ、ワガママだから。


―――――――――――――――――――――――
  答えがでない「どうしたいの?」
    揺らぐ選択肢はもう…ひとつなの?
  ―――――――――――――――――――――――


 ミキね、ハニーに見てて欲しかったんだ。
最初は"そこの人"なんて言ってたのに、おかしいね。


―――――――――――――――――――――――
  もう一度名前を叫んでよ
    振り向き 笑えるはずなの
  ―――――――――――――――――――――――


 うん、きっと笑えるよ? ハニーが呼んでくれたら、ミキちゃんと笑える。


―――――――――――――――――――――――
  ドアを閉める音で 返事をするなんてひどいね
    星が塵になった
  ―――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――
  「さよなら」は罰 「大好き」は罪
    空白の記憶のほうが鮮明だなんて
  「行かないで」千切れた涙
     もっともっと約束を作りたかった
  ―――――――――――――――――――――――


 大好き、ハニー。一緒にトップアイドルに


P「ハァ、ハァ……」


 気付けば早足になり、いつしか駆けだしていた。
ステージの前にたどり着くと同時、丁度一曲目が終わり美希はステージの中央で静止する。
美希のステージの前は大きな歓声とオレンジ色に包まれていた。
 961プロでの美希のイメージカラーはオレンジだった。


P「美希いいいいいいいいいいいい!!!」


 喉から血が出る程の声量で叫ぶ。この声はステージに届くのだろうか。
俺以外にも、美希の名を呼ぶファンがここにはたくさんいる。


 ピアノの音が零れ出す。
観客が新たなオレンジを灯す中、美希はじっとステージ中央に立っている。
両腕で隠されたままの顔と、恐らく伏せられたままの瞼。
大きく息が吸い込まれる。


―――――――――――――――――――――――
  ねぇ 消えてしまっても探してくれますか?
  ―――――――――――――――――――――――


 探さなきゃならないと思った。実際には群衆の中からちっぽけな自分を探すのは美希の方なのかもしれない。
それでも自分は、美希を探さなければならないと思った。
 ポケットから黄色い液体の入ったサイリュームを取り出し、急いで折る。亀裂からフレッシュグリーンの光が零れる。
数度振り薬液を混ぜると、サイリュームの全体が明るく発光した。


P「美希いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」


 大音量の演奏の中で声はかき消される。それでも声を張り上げサイリュームを振る。
曲に呼応してではなく、ただ イメージカラー:フレッシュグリーン の美希を探して。

 数小節の時間をおいてステージは異常事態を迎える。演奏は続いているが、歌声が聞こえなくなった。
ステージの上では美希がこちらを向いて立ち尽くしている。
この曲の持ち味であるダンサブルなメロディの中、ただの棒立ちで、やがて両手で顔を覆うとその場に膝をついた。
ついに演奏も止まり、何事かとスタッフがステージを駆けていく。
会場にはただ咽び泣く美希の声だけが響いていた。


――
――――

黒井「まっ――たく! なんだあの体たらくは!」

美希「……ごめんなさい……」

黒井「やはり高木の所の小娘など使ったのが失敗だった! もういい、どこへでも消えろ!!」

美希「……」


 これで、ミキのアイドルはおしまい。結局何がしたかったのかな。



P「美希!」

美希「!! はに、プロデューサー、イヤ来ないで!!」

P「美希、済まなかった」


 拒絶の言葉に足を止め、その場から謝罪の言葉を投げる。


美希「ヤダ、なんで、は、プロデューサーが謝るの!? 勝手したのはミキだよ……?」

P「させたのは俺だ。プロデューサーだなんて言いながら、俺は美希の話を聞きもしなかった。美希を見ても居なかった」

美希「っ!」

P「許してくれなんておこがましいのは分かってる。それでも、謝らせて欲しい。765プロに戻ってきてくれないか……?」


 上手く言えない、本心。どう言えば伝わるのか、上手く言葉にならない。
上手くなくても、それでも伝えなくてはならないものがあるのに。


美希「ミキ、プロデューサーにもみんなにもいっぱい迷惑かけたの! もう戻れないよ……」

P「! 戻りたいとは、思ってるんだな?」

美希「!! そ、それは……そうだケド……」


 本心が少し垣間見えた気がした。それなら、まだ望みはきっとある。


P「じゃあ一緒に謝ろう。元々悪かったのは俺なんだ。それにやっぱり俺は美希にアイドルで居て欲しいんだ。
 誰よりもステージでキラキラ輝いてるアイドルで居て欲しいんだ」

美希「……春香よりも?」

P「! ああ、ああ! 春香よりもだ!」

美希「ミキ、アイドル、辞めたくないよ……」

P「もう一度、ちゃんとみんなに謝って一緒にアイドルしよう」

美希「うん。ハニぃぃ……」

P「美希……」


 しがみついてくる美希を、決して突き放したりなどせずただ頭を撫でる。こんなにも、思い詰めていたというのに。


P「とりあえず一旦事務所に連絡するからな」


 言って携帯を取り出す。
美希はただ、スーツを強く掴んで泣きじゃくるだけだった。


P「今、みんな事務所に居るってさ。春香の祝勝会やってる」

美希「……」

P「行こう。先延ばしにしていいことなんて何も無い」


 美希は黙って静かに頷いた。


――
――――


P「いいか、開けるぞ?」


 事務所の扉の前で、最後の確認をする。
美希は珍しく、弱気な視線を漂わせていた。


美希「あの……手、繋いでもいい?」

P「ああ」


 そっと美希の手を握ると、細く今にも折れてしまいそうな指がふるふると震えていた。
逆の手でドアノブを握る。ギュッと少しだけ強く手を握ると、大きく扉を開けた。


美希「ごめんなさい!!!」


 事務所の扉を開けるなり、美希は勢いよく頭を下げる。
突然の出来事にしんと静まりかえる。


P「すまなかった! 全て俺の責任だ、美希のことは許してやって欲しい」


 隣で一緒に頭を下げる。沈黙がやけに長く感じる。


春香「美希」

美希「ッ」

春香「帰ってきた時の挨拶は、 "ただいま" だよ?」

美希「! ただいま、ただいまなの!!」

春香「お帰りなさい♪」

千早「お帰りなさい、美希」

みんな「「「おかえりなさい!」」」

美希「ただいま! ごめんなさい! うあぁぁぁぁん」

律子「もう、鼻水拭きなさい。飲み物は、コーヒーでいいかしら?」

美希「律゛子゛ぉぉぉぉ」

律子「"さん" をつけなさい "さん" を! じゃあ入れてくるからちょっと待ってなさい。今度はちゃんと飲むのよ」



 近く、美希の誕生日がある。そのときには左手用のサムリングを贈ろうと思っている。
「意味は "目的を実現させる"」とだけ説明するつもりだ。そしてその時まで、側にいて見ていようと思う。
世界中の誰よりもキラキラした姿を。


【アイドルマスター ミリオンライブ!】「FIND YOUR WIND!」「追憶のサンドグラス」試聴動画
http://www.youtube.com/watch?v=g3SIc6VwaVU#t=105

みんゴルのようなギャグも書けて
地の文シリアスも書ける>>1はすごいな

>>59
読んで頂いてありがとうございます。
酉つけて立てたのはみんゴルとこれと2本ですね。
普段は酉つけないで立ててるんですが、今回はいつもより長めだったので中断も考えてつけました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom