幼少のころから、自分は少しおかしかった。
単純にそれが、他人とは違ったものなのだということが己の頭で判断が出来ていた。
物事の価値観。生命の意味合い。死の概念。
それらに対して、異常なほどまでに興味を持ってしまう自己意識。
だが、それもまたオマケなようなものなのだ。
人が本来、タブーとされるものごとを根本的に『好き好んでいる』のは常識の範囲だろう。
だから、僕は壊れてはいない。
そう思うことが、個人的に大事なんだ。
壊れていることを意識する生き方は、後に自滅をするのは目に見えている。
だからこそ、僕はちょっと昔のことを思い返そうと思う。大丈夫、そんなに長い話じゃあない。ちょっとした思いつきであって。
何ら意味なんてものはないのだから。
※※※
目の前に、犬がいた。
小さなボロイ段ボールに入れられ、雑草が生え渡った空き地に、小さな声で鳴いている所を僕が見つけたのだった。
少年「…………」
小さな小さな犬。雨風に汚れ、元は綺麗な茶色だったのだろうが今は薄汚れていたのを覚えている。
そんな一般的によく見る、捨てられた犬。育てられなくなり、買う人間が身勝手に捨てた尊い命。
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捨てた人間は今も素知らぬ顔を突き出しながらで日常を歩んでいるのだろう。
少年「かわいそうに」
僕はそう言葉を口にした。
これもまた、誰もが口にする常套句に過ぎなかった。誰だってこの犬の様子を見れば、そう口にする。
だからこそ、僕も今、それを口にした。だって一般的だからだ。
少女「そうだよなぁ」
そういった僕の言葉に、隣にいる人間が返事を返した。
捨て犬から視線を外し、その隣に立つ顔に向ける。
そこには髪を無造作に伸ばしたクラスメイトがいた。
そのクラスメイトは、僕と帰宅通路が一緒だということで、いつも帰っていた人物だった。
名前は※※※※。変わった名前だということを頭が覚えていた。多分。
少年「君もそう思う?」
少女「ああ、思うさ。だってこんな風にひとりぼっちでいるんだ。それはかわいそうだろ?」
同意を求めてくる瞳に、僕は頷いて返した。
当たり前だ。このように捨てられていれば、誰だってかわいそうだと思うだろう。
少年「んで、どうするの。見つけてしまったのがボクだったとしても」
そう言い淀む僕。
どちらにしろ──この犬の命など、どうでもいいと思っていた僕は、その答えを彼女にゆだねた。
この犬をどうするのか。君は拾うというのかと。見捨てるのかと。
少女「オレがひろうよ。こんなところにおいて行っても、しんじゃうだけだしな」
このへんは野犬も多いしと呟きながら、段ボールの中から拾い上げる彼女。
僕は横目で彼女の行動を観察する。
そっと抱え込み、大事そうに腕に抱き込むと小さな笑みを浮かべ、子犬へと声をかけた。
少女「大丈夫だ、もう心配ないぞ。お前は生きてもいい」
まるで人へと告げるかのように思いのこもった呟きを零す彼女。
ブルブルと震える薄汚れた子犬は、彼女の腕の中でじっと息を潜めている。
大人しい犬だ、それとも彼女に抱かれて気分が安らいだのだろうか。
少年「かわいいね」
少女「可愛いさ、小さい命はなんだって可愛いもんさ。そういうもんだろう?」
同意を求めるように視線を向けてくる彼女。
僕はそれに頷いて返す。身体が勝手にそう動いただけだった。
少年「じゃあ僕は帰るから」
少女「ああ、じゃあな」
僕は唐突に別れを告げた。いつもこのような別れ方だったために、なんら疑問には思わない。
とりあえず、その子犬を拾ってどうするか、なんて事は聞かないでおいた。
そんなことを聞いてしまっても、何か現実が変わることなんてありはしない。
少年「…」
家へと向けていた歩みを止め、そっと後ろへと振り返る。
今だにそこには子犬を抱え、言葉をかけつづけるクラスメイトが居た。
ここからは表情は伺えずにいたが、それでも彼女が醸しだす雰囲気は───
少年「…どっちが子犬だがわからないね」
この土手もいずれ日は落ち、空は茜色に染まり、やがて夜が来るだろう。
はたしてあのクラスメイトは何時まで。あの子犬と一緒に居続けるだろうか。
視界を上へと上げる。どうやら夕焼け空にはならないらしい。
空を覆うように分厚い灰色の雲が、ゆっくりとなだれ込み始めていた。
次の日、少し遅刻して学校にいくと授業が潰れてしまっていた。
少年「どうしたの?」
「なんかね、わかんないけどね、同じクラスの子がねっ」
取り留めのなく、まとまりのないクラスメイトの言葉を要約すると。
クラスメイトの一人が、昨日の夜から帰っていないらしいとの事だった。
少年「それは恐いね」
「だねー。へんなおとなについていっちゃったんじゃないかな~」
そう心配そうに───していないクラスメイトに、僕はそうだねと答えた。
当たり前だ、今目の前に居るクラスメイトと存在の消えたクラスメイトには交友がないのだから。
ただ単に、目の前の彼女は人が居なくなったという恐怖に怯えているだけだ。
時と場合が違っていれば、その条件は自分自身に当てはまっていたのかも知れないという恐怖に
そしてそれは、人の心を深く動かす力にもなっている。
答えを表すように現在の教室にいる人間全員が同じ話で持ちきりだった。
恐怖は人を動かし闇へとつながり、そして残酷さへと終わりを告げる。
淡々と平凡な日常は過ぎていく。だがその流れに反した恐怖は面白さを生み出す。
無邪気な恐怖ほど、これほどまでに残酷なものに繋がるのかと。
僕はいかにも無邪気とは程遠い関心で、ゆっくり周りを見渡していった。
教師「静かに」
ざわつく教室内に、一つの声が鳴り響く。
子供たちだらけの空間に歪と光る象徴が、教卓の上へと登っていた。
教師「皆さんはもう知ってると想いますが、行方不明になっていた※※※※さんですが」
今だに小声が飛び交う教室に、歪な存在は静かに答えを告げた。
教師「今朝、とある空き地で遺体となって発見されました」
~~~~~
遺体というの、こうも惨たらしい状態で有るべきなのか。
少年「…」
僕はいぜんとして〝小学生〟の身分だということは忘れてはいけない。
経験は浅く、見聞きした情報量は遥かに幼い。
だけども僕は、この死体を眼にして現実のものなのかと疑うのは。
少年「…いいもんじゃないかって、思うけどね」
空き地には、ひとつの死体があった。
それは明朝、いつもより早めに登校した僕の存在だけが見れたモノであって。
少年「…※※※※さん」
そう呼ばれていたはずの存在を有無を確認できた最初の人物だったことは、間違いなかった。
確認。そう、確認しなければならないのだ。
彼女は本当に彼女なのかと、僕が知っている彼女なのかと。
──遺体は食い荒らされていた。
目はなく暗闇が二つ、そこにはあり。鼻は食いちぎられ内部が露見し。
耳は噛み千切られボロボロと崩れ落ち。首は皮膚から飛び出した喉骨が突き出ていた。
傷跡を見るからに、明らかにそれは襲われたのだろう。
人ではなく、犯行は野犬。もしくは他の動物の類に。
服はボロボロに引き裂かれており、何度も何度も伸びきった鉤爪のような前足に削がれたのだろう。
四肢はいずれとして胴体にくっついたままであったが、それでも損傷はひどかった。
小学生という成長しきっていない柔らかな肉質はさぞ、噛みきり易かったに違いなかった。
僕は足音を立てずに、遺体へと近づく。
しかしながらそれは遺体と呼んでもいいのだろうか。肉の塊のような外見となってしまった彼女は既に。
命はなく形だけとなって、そもそもその形すら儘ならないものとなってしまっているのに。
少年「別にいいんだ」
だが、そう思う自分が居たのだから。それでいいのかもしれない。
※※※※の側まで歩み寄ると、その場にしゃがみこみ顔を近づけさせる。
腹が食い破られていたためか、中から飛び出した細長い腸がキツイ匂いを発していた。
少年「…」
ゆっくりと見渡すと全体の皮膚が濡れているかのように湿っていた。
──あたり前だろう、昨日は近年稀に見ぬゲリラ豪雨だったらしい。
僕はそっと手を伸ばして、※※※※の髪へと指をかけた。
その髪は既に新鮮さは失くし、絡まるようにして四本の指に引っかかる。
だが僕は気にせず指を無理やり突き通すと、※※※※の小さな頭蓋骨に指を突いた。
──そして僕は優しく頭を撫でる。愛でるように、まるで彼女が子犬を撫でている時のように。
可愛いと言った彼女の言葉を体現するかのように、僕は彼女の頭を撫で続けた。
気が済むまで撫で続けると、僕は指に絡まる髪を解きつつ、頭から手を離した。
むせ返るような湿気を帯びた指先をポケットに入れ、指先をこすり合わせる。
ぬるぬるとした感触は彼女の漏れ出した体液のためだろうか。
知識の乏しい小学生である僕には、どう判断の仕様もなかった。
少年「さて、僕は君が死んでいると思い……朝早くからここに来たんだ」
最初からそのつもりで目覚まし時計をいつもより二時間早めにセットしておいたのだ。
少年「それに君と一緒に帰っていた理由も、近所だったからという利点だけじゃないんだ」
君の家庭環境を知っていたから、ご近所だったから知ることに苦労はなかった。
少年「…君は両親に殴られることよりも、そうやって死ぬ方が望だったのかい」
そう聞いたとしても、もはや彼女は答えてはくれない。
少年「だが僕はしっている。君はそう死ぬということを望んでいた、誰かのために[ピーーー]ることを、他人に望まれて死ぬことを」
※※※※という名前を憶えていたことに、意味があるわけじゃない。
この僕が生きている存在に対して興味をもつことはないのだから。
少年「君は生きている中で、誰よりも死を望んでいた」
死というものを恋焦がれる存在。だがそれは決して相まみえない。
少年「だから僕に近づいてきた」
死というものを身を持って行う存在。だがそれは強く惹きつけあう。
少年「…僕と同類、または近しい存在であったことはわかっていた」
死というものを理解しようとした───壊れかけた人間。
答えは見つけ出そうに見つけられないのに、見つけようとする壊れそうな人間。
そんな歪な人間は自然と近づき合う、まるでそれは自殺願望者かのように。
少年「[ピーーー]てよかったね、※※※※」
死を欲し理解しようとする人間はいずれとして───壊れてはいないのだ。
誰しも持つ死にたいする固執した興味。誰にだってある普通の考えなのだから。
少年「だが実行したら」
もうそれは壊れた存在だ。誰もが認める存在、壊れた人間の出来上がり。
───そして僕は、まだ壊れては居ない。
少年「……?」
近くの草むらが音を立て始めた。
僕は静かにポケットに入れていたナイフを握り締める、どう対処できるかは分からないが。
このような空き地であれば、【例え豪雨が降り注ごうが大声を出せば近所の家へと響き渡るだろう。】
少年「…………」
息を潜め身を低くし身構える。
一秒という時が薄く伸ばされ、開かれた瞳が空気に晒され乾燥し始めた。
そして現れたのは、汚れきった子犬だった。
少年「お前か」
頼りない歩みで草むらから出てきた子犬は、もはや視界も定まらないのか何度も転びながらこちらへと近づいてきた。
僕はその小さな消え行く命を見つながら、ポケットの中のナイフをゆっくり握り締める。
子犬は依然として転びながらこちらへと近づいてくると、濁りきった瞳を動かし、はみ出された儘の灰色の舌を動かして。
───※※※※の遺体を食べ始めた。
小さく、小さく、ほんの小さく。
安易に噛み切れない小さな犬歯を必死に皮膚に突き立てて、いまだに流れ出る血を必用に舐めとり。
食すという行為に身体を揺らしながら、無垢な卑しさを醸しだしていた。
少年「美味しいか」
つたわらないとわかっていても、僕はそう聞きたかった。
お前の命をつなぎとめた存在の肉というものはどういった味なのだろうかと。
少年「教えて欲しい、君はどうして食べるんだ」
子犬。汚れた犬よ、お前はなぜ食べる。
まだ肉を食す身体ではないはずなのに、消化も儘ならないほどに弱りきっているはずなのに。
───ああ、そうか。これは子犬が望んだことではないのか。
この※※※※の遺体だってそうだ。
彼女を食した野犬も元は彼女など食べることはなかったはずだ。
少年「望んだからか」
彼女が、彼女自身が元から望んだから。
死ぬことを、殺されることを──そして【食べられることを。】
少年「なんだ、最初からわかっていたことじゃないか」
なにをそんなにも気にする必要があったのだろう。
僕は壊れていなくても、最初からわかっていたことだったじゃないか。
壊れた存在に、現実の価値観などもはや当てはまらない。真実は常に己自身のモノとなる。
通常の答えなんて意味はなく、常に不可思議がそこにはある。
子犬は時間がかかりつつも、満足に至るまでに食したのか。
地に伏せるようにして転がってしまった。
瞼は閉じられ、か弱い息遣いだったものは安らかに吐息へと変わり。
やせ細った腹にはぽっこりとしたでっぱりが出来上がっていた。
少年「『大丈夫だ、もう心配ないぞ。お前は生きていい』だっけ」
唐突に※※※※が言った言葉を思い出しながら、寝転ぶ子犬を拾い上げた。
彼女がやったとおり優しく腕に抱きかかえる。これでいいのだろうか、僕にはまったくわからない。
少年「大丈夫、もう心配しなくてもいい。お前は生きていいんだ」
何度も何度も呟きながら、僕は優しく子犬を拾い上げて、その場から立ち去った。
抱えた子犬は小さく息を漏らし、僕はそれを耳に聞き入れる。抱えている命は小さく、そして尊かった。
少年「大丈夫、大丈夫」
大丈夫だと、仔犬に言い聞かせる。僕はもう知ったのだから、大丈夫なのだと。
壊れた人間というものを、それがなせる力というものを。
少年「……大丈夫、大丈夫……僕は……大丈夫…」
僕はまだ、壊れることはない。普通の人間だ。
大丈夫、大丈夫なのだと……
あの時の対馬ハインのように、まるで自分に言い聞かせるかのようにしながら。
この子犬の中で息づく糧となった彼女を、僕は意味もなく慰めた。
終わり
過去に投稿したものをリメイクしたものです。
ではではノシ
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