ありす「心に咲く花」(975)

モバマスSS短編

P「ああ。社長の知り合いにハウス栽培している方がいるそうで、来ないかって招待券を貰ったんだ。どうだ? 明日だから、ちょっと急なんだが」

ありす「それで、どうして私を? そういった事情であれば、他に行きたがる方も多いと思いますが」

P「空いた時間はいつも読書かゲームだろ? たまにはこういうのもいいんじゃないか、
と思ってさ」

ありす「仕事ではないんですよね?」

P「全く無関係だ。もしそうなら、他のアイドルに回してる」

ありす「私よりそういった仕事の似合う方はたくさんいるからですか?」

P「もし仕事なら、橘はそれを黙々とこなす。今までだってそうだし、俺はそれを間違っ
ているとは思わない。けど、今回もそれじゃ意味がないからさ」

ありす「意味が分かりません」

P「橘が歌や音楽に対してきちんと取り組んでいるのは知ってる。けれど、橘はそこで
立ち止まってる様に見える。特に最近は」

ありす「私は私の夢に向かってきちんと進んでいるつもりです。プロデューサーにどうこう
    言われる筋合いはありません」

P「その本、一体いつになったら読み終わるんだろうな?」

ありす「……関係ないでしょう」

P「あるさ、俺は――」

ありす「プロデューサーだからですか」

P「さあな。さて、どうする?」

ありす「……丁度、暇ですから。ただ、それだけですから」

P「分かった、じゃあまた明日」

P「おはようございます」

ありす「おはようございます」

P「何だ、早いな。少しは楽しみしててくれたのか?」

ありす「仕事の関係者との約束はきちんと守ります」

P「いい心がけだ、ならもう出るか。帰りが遅くなるといけない」

ありす「他の仕事は?」

P「今日は俺がついてなくても大丈夫な仕事ばかりだよ」

ありす「苺狩りを優先する程度にはどうでもいいという事ですか」

P「今は」

ありす「感心しません」

P「はは、確かにそうかもな」

ありす「……どうして私なんですか」

P「らしくないな、まだそんなこと思ってたのか」

ありす「答えをはっきりとは聞いてませんから」

P「車、用意してあるから乗ろう。時間はたっぷりとある」

P「さて、こうして二人でってのは久しぶりだな」

ありす「忙しいですから、プロデューサーは」

P「アイドルの数も最初の頃に比べて多くなって、それに比例して仕事の量も増えたからな。
  今では会うのが一ヶ月ぶりなんてアイドルまで出てくる有様だ」

ありす「それでもプロデューサーは信頼されています。どういう訳か私には分かりませんけど」

P「俺も分からないよ、スカウトして仕事を見つけてきてスケジュールを組んで。それだ
  けなんだけどな」

ありす「意外と、鈍感ですね」

P「聞こえてるぞ」

ありす「知ってます。他の方ともこうして出かけている事くらい」

P「橘としてはどう思う?」

ありす「どうも思いません、そんな事に口を挟むほど子供でもありませんから」

P「なるほど、てっきり批難されるのかと思ってたが」

ありす「プロデューサーはどう思ってるんですか?」

P「何を? って怒るな怒るな分かってるよ。正直な、今はこれでいいと思ってる」

ありす「モチベーションの維持の為に?」

P「アイドルってのは孤独なんだ、ファンが思う以上に」

ありす「ここの事務所は賑やかすぎるくらいですが」

P「ファンの為、家族の為、何より自分の可能性に期待しているからこそあいつらは頑張ってる。
けれどそれだけで進めるほど、この世界は優しくない。あんな年端もいかない女の子でも容赦なくその才能を否定され、潰される。
支えってのは必要なんだ、どんなに強そうに見える子でもな」

ありす「だからプロデューサーは優しくするんですか?」

P「単純に一緒にいて楽しいからってのもあるぞ。アイドルだけあって人を楽しませるのはあいつら得意だ」

ありす「狡いと思います、そこまで言っておいて隠すのは」

P「何をだ?」

ありす「孤独なのはプロデューサーも同じです」

P「……そう、見えるか」

ありす「何となく、そう思っただけです。そもそも、プロデューサーにそこまで興味ありません」

P「また厳しい言葉を頂戴したな」

ありす「私と苺を食べて楽しいんですか?」

P「楽しいさ、こんな事を俺に言ってくるの橘くらいだ」

ありす「私も、孤独に見えましたか?」

P「似てるなって思った」

ありす「プロデューサーと私が?」

P「アイドルやってた頃の俺と」

ありす「」

P「おい、何か言ってくれ。橘にそんな顔されたらどうしていいか分からん」

ありす「それ、知っているのは?」

P「橘だけだ。売れなかったからな、俺は。自分から言わない限り誰も気づかない」

ありす「潰されたんですか」

P「勝手に潰れたんだよ、そんだけの話」

ありす「どうして、そんな話を私に」

P「名前嫌いなんだろ」

ありす「はい、それは最初に会った時にも言いましたが」

P「俺も嫌いだ、自分の名前」

ありす「変わった名前なんですか?」

P「違う、ありきたりなんだ。だからデビューの際に芸名を勧められた」

ありす「芸名……」

P「珍しい話じゃない。別に本名だから売れないわけでも、芸名だから売れる訳でもない。
  それはもうそいつの才能と努力次第だ」

ありす「それで、どっちでデビューしたんですか?」

P「さて到着だ、外は寒いぞ。ちゃんとコートは着るように」

P「招待頂きましてありがとうございます。こちらは橘ありす、まだほとんど新人なんですが。
  はい、ありがとうございます。ええ、ええ」

ありす「えっと……」

P「何だ? 想像と違ったか?」

ありす「その、しゃがんで採るのかと思ってましたから」

P「木になっている苺を見るのは初めてか?」

ありす「ネットでならあります!」

P「それで、実際に見てどうだ?」

ありす「甘い……匂いがします」

P「このハウス内にあるのは食べていいぞ、お土産にジャムまでくれるそうだ」

ありす「これ、そのまま食べられるんですか?」

P「当たり前だろ。うん、旨い。ほら」

ありす「自分で取れます」

P「へえ、届くのか?」

ありす「届きますよ!」

P「調子に乗りすぎた……」

ありす「どうするんですか、これ」

P「ま、まあ事務所に持って帰れば誰か食べるだろ。食べ盛りが多いし」

ありす「木苺なんて持って帰ったら皆さんびっくりしますね」

P「何せ、橘からのお土産だからな」

ありす「そんなに、無愛想でしょうか」

P「大人びているとは言われてるな」

ありす「この事務所に入って、よかったとは思っています。優しい方が多いですし、間近で活躍する方を見るのは刺激になります」

P「それで?」

ありす「名前、今でも好きになれません。でも、ここの事務所にはその……本当に色んな人がいて」

P「珍名のオンパレードだよな、のあ、みりあ、きらり。おまけに鷹富士茄子、もう凄いよな色々と」

ありす「でも、何も気にしていないんです。本当にただ自分らしくいて」

P「羨ましいのか」

ありす「私はずっと気にしてきました、人とは違うこの名前を。あまりにも有名な物語の主人公が既にいるというのに、
    どうしてあの人達は私にこの名前を付けたのかと」

P「橘」

ありす「物語の中の人達はどんな名前でもからかわれる事はありません、馬鹿にされることもない。ゲームなら私が好きに名前を付けてあげられます。
    どんな名前の勇者だって英雄になれるんです、人気者にだって」

P「このイチゴの名前、知ってるか?」

ありす「……いえ」

P「どんな名前なら売れると思う?」

ありす「分かりやすくて、美味しそうな名前でしょう」

P「そう、アイドルだって同じ様なもんだ。人に覚えてもらいやすくて受け入れやすそうな名前を俺なら付ける」

ありす「私が、私がもし、そういうのを使うなら」

P「ありす」

ありす「はい?」

P「ありすにする」

ありす「それは、受け入れろという事ですか?」

P「橘、ゲームの主人公にはどんな名前を付けてる?」

ありす「どんなって、別に普通ですよ。その世界観に合った名前を考えて付けています」

P「嘘だな」

ありす「嘘じゃありません」

P「ありすだろ」

ありす「……っ、って、違います! 何でそんな名前をつける必要があるんですか!」

P「人気者になりたいんだろ」

ありす「そこまで幼稚じゃありません!」

P「自分で言ったんだ、どんな名前でも人気者になれるって」

ありす「私は別にそんな」

P「なら何でアイドルになろうとしてる? 歌や音楽を仕事にしたいなら違う道はいくらでもある。いや、本気でその道を進みたいならアイドルなんて仕事は邪魔なはずだ」

ありす「どうしてですか?」

P「これから先、橘が何をするにしてもそこには元アイドルって肩書きがつく。物珍しさは先行するし、イロモノ扱いだってされるかもしれない。
  あの橘ありすが作曲に挑戦! みたいな取り上げ方をされたいなら話は別だが」

ありす「違います……私は、私はそんな」

P「今ならまだ引き返せる」

ありす「え?」

P「一度この道を進んでしまえばもう逃れられない。そういう場所なんだ、あの世界は」

ありす「アイドルになるなって……そう、言ってるんですか?」

P「そんな悩みを抱えたままなら、な」

ありす「でも……でも……」

P「怖いんだよ、そんな悩みを抱えたままアイドルにしていいんだろうかって。立ち止まり始めた橘を見て、もっと怖くなって。
  話をせずにはいられなくなった」

ありす「どうすれば……どうすれば、どうすれば私は!」

P「俺はいつも色んな名前に変えていた。どんな名前の自分だったらあそこで立ち止まらなかっただろう、どんな名前の自分なら後悔しなかっただろう。
  そんな後悔をキャラクターに重ねて答えを探してた」

ありす「見つ、かりましたか?」

P「分からない。あいつらと一緒にいれば見つかるかと思ったけど、やっぱり駄目だな。他人に答えを求めたって無駄みたいだ」

ありす「でも、私はアイドルになりたいです」

P「どうしてわざわざそんな茨の道を進みたがるんだ」

ありす「音楽には、力があるんです。」

P「力?」

ありす「どんな名前だろうと平等なんです、音楽は。私の歌は誰かが決めた記号でもない、私だけのものだって。そう思えるから、思わせてくれるから」

P「それすら、幻想かもしれない」

ありす「幻想じゃありません、ここにありますから。あるって信じてますから!」

P「……結局、諦められないんだろうな。俺も、この道を選んだ時点で」

ありす「初めての仕事を終えた時、嬉しかったんです。こんな私でもできる事があるって」

P「嬉しそうだったもんな、珍しく」

ありす「向き合えるかどうか、分かりません。けど、ここまできて逃げるなんてもっと嫌です」

P「このまま進むのか?」

ありす「進み……たいです。だから、あの、その」

P「何で俺がありすにするって言ったか分かるか?」

ありす「何となく、ですけど。きっと私が一番、後悔しないから」

P「どんな道を進んだってどこかで後悔するが絶対に来るぞ、いいのか?」

ありす「その時は、私にも優しくして下さい。私の名前……呼んでもいいですから」

P「分かった、俺も覚悟を決めた。行こうありす、俺たちが行ける所まで」

ありす「あ、はい! えへへ」

とりあえず、おわり

連作短編その2 

肇「夢の世界で」

肇「おはようございます、早いですね」

P「その言葉、そのままそっくり返すけど。何してるの?」

肇「仕事かと思ったんですが、どうやらスケジュールを間違えていたようでして」

P「珍しい事もあるな。いつも三度は確認するのに」

肇「他の方と間違えてしまったんですよ、このメール聖來さん宛なのに私に来ていて」

P「……あれ?」

肇「聖來さんにはちゃんとこのメールを転送しておきましたから」

P「いや……おい、ほら」

肇「はい?」

P「この文章、下にスクロールしてみろ」

肇「あ」

P「いや、これは事務所のミスだ。誰だこれ送ったの、仕事の連絡は個別に遅れって事務には言ってんのに」

肇「二人に送られたメールだったんですね……すいません」

P「肇の仕事は午後からだ、問題ないよ。ごめんな、無駄に早起きさせてしまった」

肇「無駄ではありませんよ、美味しい苺が食べれましたから」

P「ああ、昨日のか」

肇「苺狩りなんて珍しいですね、寒くなかったですか?」

P「いや、そうでもないよ。いい事もあったし」

肇「いい事ですか?」

P「まあね。さて、どうしようか? そもそも肇には誰が付くんだ? 俺じゃないよな、スケジュールには入ってないし」

肇「どうなんでしょう? いつもなら前日には連絡がくるんですけど」

P「ったく、数が増えたからってアイドルに迷惑かけてっと、電話だ。はい、ああお疲れ様で、ええ、はい……はい?」

肇「どうしました?」

P「今、俺に連絡がきた。今日の肇の仕事をついてやれって」

肇「急ですね、何かトラブルですか?」

P「プロデューサーの数も増えたとはいっても足りないのは事実だし、何かあったのかもな」

肇「Pさんが私にって、初めてですね」

P「俺がこの会社に入ってまだ半年だし、そういう人は多いよ。さて、今日の仕事内容は」

肇「撮影です。雑誌の表紙になるんですよ、私が」

P「凄いな、何の雑誌だ?」

肇「花火です」

P「花火? この時期に?」

肇「この時期でも花火は上がるんです。綺麗ですよ、澄んだ空気の中で見てると」

P「なるほど、という事はこの近くで今日あるわけだ」

肇「はい、それなりに人で賑わうんですよ」

P「衣装はやっぱり浴衣か?」

肇「そうなんですけど、それだけだと寒いと思いまして」

P「ホッカイロか、後は下に着込むしかないな」

肇「大丈夫ですよ、何より楽しみなんです。寒さも吹き飛ぶくらいに」

P「なら、俺も楽しみにするかな」

P「俺か? 俺は――」

ありす「おはようございます」

P「話をしようとしたら来たか、おはよう。ありす」

ありす「少し遅れちゃって、あ、お、おはようございます」

肇「おはようございます、橘さんもお仕事?」

P「今日は打ち合わせ、オーディションの中でどれを受けようかって」

肇「懐かしいですね、私も最初はオーディションとレッスンの繰り返しでした」

P「やっぱり同じなんだな、ありすは知ってるか? 藤原肇」

ありす「知ってます。あの初めまして、橘ありすです、その、ありすと呼んで下さい」

肇「ふふ、よろしくお願いしますねありすちゃん。私も下の名前で呼んでくれて構いませんから」

ありす「いいんですか?」

肇「うん、おじいちゃんからもらった大切な名前だから。ちょっと男っぽいんですけど」

ありす「……分かりました、肇さん」

P「さーて始めるか。肇は好きにしてていいぞ、時間までにはこっちは終わらせるから」

肇「はい」

P「……いいんだぞ、好きにしてて」

肇「ですから、ここで聞いていようかと思いまして。駄目でしょうか?」

P「いや、肇がいいならいいんだが」

肇「私はこんな打ち合わせありませんでしたから、聞いてみたくなりまして」

ありす「そうなんですか?」

P「まあ、こんなちゃんと打ち合わせをするのは稀かな。人がとにかく足りないからなあ」

肇「それでも、こうして時間を取るのはPさんのいい所だと思います」

P「さ、さっさと始めよう。時間がもったいない、えーっと次にあるのは」

――


P「と、まあこんなもんかな。分かったか?」

ありす「はい……本当に色々ありますね」

P「まあ、事務所が持ってくる仕事もあるから全て受けるわけにはいかないけどな。一応、当面のスケジュール管理は俺がするからっと、
  こんな時間か。ありすは昼飯どうすんだ?」

ありす「いえ、特に何も」

P「肇は?」

肇「私は仕事のつもりで来ましたので」

P「何もないか。でもこの時間からどこかに食べに行くのも……よし、ちょっと買ってくるから待ってろ」

ありす「え? あのなら私も」

P「すぐ戻ってくるから」

ありす「あ……」

肇「行ってしまいましたね、こんな可愛い女の子をおいて」

ありす「か、かわいいって」

肇「ありがとうございます、いいお話を聞けました」

ありす「今の打ち合わせの事ですか?」

肇「Pさんの他にもプロデューサーと呼ばれている方は何人かいますけれど、あの人はアイドルとの距離が近いんです。何故でしょうね」

ありす「肇さんは、プロデューサーとはよく仕事を?」

肇「いえ、私とPさんとの出会いはありすちゃんと同じ形ではありませんでしたから」

ありす「アイドルではなかったんですか?」

肇「いえ、私はアイドルでしたよ。まだ候補生でしたけれど」

ありす「えっと……」

肇「まだ聞いていませんでしたか? あの人は」

P「ただいま」

肇「お帰りなさい」

P「軽くだけどこれで、現地に行けば何か用意されてるだろうから」

ありす「お仕事ですか?」

P「ああ、これから肇とちょっとな。本当は午後からありすの売り込みにでも行こうかと思ってたんだけど」

肇「でしたら、ご一緒しませんか?」

P「いいのか?」

肇「色々な仕事を見せておくのはいい事だ、では?」

P「ありす、空いてるか? 折角の土日を潰してしまう形になるが」

ありす「はい、あのよければ」

肇「歓迎します、丁度お祭りもありますから退屈はしませんよ」

P「祭り? 花火以外に?」

肇「そういった所は男の子ですね、今日は何日ですか?」

P「何日? ん? ああ!」

ありす「うわあ……」

肇「この通りだけで、千体以上のひな祭りが並ぶそうです。どうですか?」

ありす「こっちにも! あっちも!」

P「聞くまでもないって」

肇「こういった事にPさんはもう少し感動を覚えて頂きたいのですが」

P「してるよ。少し早めに出て正解だな、ゆっくり時間が取れる」

肇「衣装合わせも夕方からですから、ちらし寿司でも食べましょうか?」

P「ちょっとスタッフに連絡してみる、用意してもらっていたら悪いし」

肇「ありすちゃんは家には出してました? 雛人形」

ありす「……似合いませんから、私には」

肇「そうは思いませんけど」

ありす「肇さんなら、似合うと思います。その、花火の雑誌の表紙なんて、私にはできそうにありません」

肇「そうでしょうか。可愛いと思いますよ、私は」

ありす「色んな色の浴衣とか、着物とか。この雛人形たちが着るからこんなに綺麗で、肇さんみたいに私はまだ」

肇「まだ?」

ありす「自分の名前さえ、好きになれなくて」

肇「嫌いですか? その名前」

ありす「嫌い、ではないです。でも」

肇「完全に受け入れられている訳ではない」

ありす「……はい」

肇「私の名前は、祖父が名づけてくれました。ありすちゃん程ではありませんが、風変わりな名前である事も幼い頃から自覚していました」

ありす「何か、言われたりしませんでしたか?」

肇「祖父が私にくれたのは名前だけではありませんでした。頑固で無茶ばっかり言う人なんですけど、私はそんなおじいちゃんが大好きで。
  だから、平気だったのかもしれません」

ありす「大好きな人がくれた名前……」

肇「私の祖父は陶芸家で、私にも色々な事を教えてくれました。その中で最初に教えてくれのは一の心、という教えでした」

ありす「一の心?」

肇「何事も、何かを始める時が一番大事だと。そしてその時に物事に対して集中し真摯に向き合い、その心を最後まで忘れないようにと」

ありす「肇さんは、どんな気持ちでアイドルを始めたんですか?」

肇「華やかな世界、というイメージが私の中にありました。己のイメージする何かを形にする陶芸と似ていて、どこか違う遠い世界に憧れに近い
  感情を抱いて夢を見たまま私はその世界に飛び込みました」

ありす「夢……」

肇「笑ってくれてもいいですよ、私なりに考えて行動した結果なんですけど。すぐにデビューするできる訳もなくて燻ってました、恥ずかしながら」

ありす「肇さんでも?」

肇「思う以上に、この世界は広くて迷っていました。夢から覚める事も出来ずに無我夢中のまま」

ありす「そんな風には全然……」

肇「先輩方には追いつけず、同期には先を越され、後輩には追い抜かれて。祖父の言う通り陶芸家になるのが一番いいのかなってなんて考えたりもして」

ありす「そんな事ないです!」

肇「ふふ、ありがとう。私も今はそう思っていますよ。アイドルになってよかったと」

ありす「そう思えるようになれたのって」

P「すまん待たせて。何か食事してる所も撮りたいって話になっちゃって、いいか? 今からなんだけど」

肇「ええ、さて」

ありす「え?」

肇「今日も頑張りましょうか、一緒に」

P「ありすを一緒に?」

肇「ほんの少しだけ小さくですよ、撮影の方にも話は通しましたから」

P「その敏腕振りを俺に分けて欲しい」

肇「ふふ、何を言っているんですか」

ありす「あの」

P「ん? ああ、やっぱり似合うな。肇もだけどこうした落ち着いた色がよく映える」

肇「急でしたけれど、頼んでみて正解でした」

ありす「これで、ご飯食べるんですか?」

P「大丈夫、そこまで高くないからこぼしたってクリーニング代は経費で落としてやる」

ありす「子供扱いしないで下さい」

P「子供だろ?」

ありす「そうですけど、そういう事じゃありません!」

P「お、出番だぞありす。しっかり食ってこい」

ありす「は、はははい!」

P「右手と左足が一緒に出てるぞ」

ありす「分かって……それで合ってます!」

肇「えっと、良かったんでしょうか」

P「初の撮影ならあんなもんだ。肇だって最初はっぷ、くくくくく」

肇「凄く、仏頂面でした……」

P「何度言っても固くってな、予定時間を大幅にオーバー」

肇「明日にしようか、ってなった時にPさんがひょっこり顔を出したんですよね」

P「もともと千枝と春菜の付き添いだったんだけどな、まだ撮影してるアイドルがいるって行ってみたら仏像がいた」

肇「来て下さってありがとうございました、本当に」

P「礼なら千枝に言え、あれはあの子のファインプレーだよ」

肇「いえ、Pさんにも本当に。そのお陰で私はまだこの世界で夢を見ていられるんですから」

P「それは肇の力だって、出番だぞ」

肇「はい、見ていて下さい。今の私を」

ありす「食べてるだけなのに……」

P「……見違えたな、見事だ。付き添いなんて必要あるのかこれ」

ありす「私は何度も撮り直したのに」

P「普通だ、肇と自分を比べるなよ。ここまでとはな」

ありす「普通の服を着て、普通に食べてるだけで絵みたい」

P「苦労したからな」

ありす「私は、なれるんでしょうか」

P「おいおい、自信無くすなって。向き合うんだろ?」

ありす「何だか凄く遠くて」

P「ほら」

ありす「ひなあられ?」

P「さっき自分が食べた物は何だった?」

ありす「えっと……あれ?」

P「緊張で記憶が飛んだんだろ、ほら今度は味わって食え」

ありす「あ、うん。おいし」

P「よし、頂き」

ありす「何で勝手に撮るんですか」

P「怒るな、ほら見てみろって」

ありす「見てって、ただ私が写って」

P「出来るんだよ、まだやり方を分かってないだけで」

ありす「その」

P「ん?」

ありす「ありがとうございます」

P「どういたしまして」

ありす「って、さりげなく頭撫でないで下さい」

P「そこに、頭があったから」

肇「では、私も撫でて頂けますか」

P「終わったのか?」

肇「ええ、ですからきちんと三人でと思いまして。撮影用の物では足りません、色々と」

P「食べたら後は、日が沈むのを待つのみだな」

ありす「何か、すーすーします」

P「浴衣、着るの初めてか?」

ありす「あるわけないでしょう」

P「いや、そんなの俺が知る訳ない」

肇「そうですね、知りませんよね。アイドルの事なんて何も」

P「なあ、何でさっきから不機嫌なんだ。綺麗だって、惚れ惚れするって」

肇「そうですか」

P「……何なんだよもう」

ありす「プロデューサーは、もう少し勉強した方がいいです」

P「プロデュースなら勉強中だよ」

ありす「その答えの時点で、失格ですね」

P「しかも俺まで浴衣だし」

肇「雰囲気が出ないでしょう?」

P「スタッフさんは私服だけど」

肇「Pさんは特別なんです」

P「何でだよ!?」

肇「行きますよ」

P「何だ? 手なんて出して」

肇「こんな人混みで……はぐれたらどうするんですか。二人も見なければいけないんですよ」

P「え、あのえっといやちゃんと見てますから」

肇「……」

P「はい」

肇「行きましょうかありすちゃん。離したらいけませんよ、Pさんの手は」

ありす「当然です」

P「分かったよ、行けばいいんだろもう!」

ありす「少しは勉強しましたね」

肇「ここまでしないといけませんから、この人」

P「何の事だよ!?」

P「俺のー財布はーすっかーらかーん」

ありす「何を歌ってるんですか?」

P「結構、食べるのな」

肇「はしゃぎすぎてしまいました」

ありす「綿菓子ってこんなに美味しいんだあ」

P「ありすに至っては途中から完全に子供だし」

肇「的あて、外して涙目でしたね」

P「当たるまでやるって聞かないし……半分このはずの焼きそばは一人で平らげるし」

肇「私のを分けたでしょう」

P「水ヨーヨー手に入れて振り回した挙句、俺の顔面にぶつけたのはどこの誰だったか」

肇「……反省してます」

P「ま、俺も久々に羽目を外せたし楽しかった。こういう仕事はいいな」

肇「そろそろですね」

P「花火か」

肇「一瞬の為に全て注ぎ込む、誰の心に残るかわからない。散ったその時にはもう、誰の記憶にも残らないかもしれない」

P「アイドルもそうだな、陶芸もか?」

肇「永遠に残るわけではありませんから、それは何事も同じ。けれど、例え一瞬でも花開けるなら人は全てを賭ける事ができるんです」

P「そうだな」

肇「気取らず、気負わず私らしく」

ありす「始まりました!」

P「いってこい」

肇「今この一時、夢の世界へと誘います」

―――
――
P『あれ、まだ残ってるんだ。熱心だね』

肇『は、はい。えっと、上手く撮れなくて。練習なんですけど』

P『どれどれ……うーん、固い」

肇『固いですか……そうですか……』

P『こう……何か、えーっと』

千枝『まだ残ってるんですか! 明日は夢の世界に行くんですよ!』

P『千枝! まだいたのか?』

千枝『帰ろうと思ってプロデューサーさんを探してたんです!』

P『もう俺も帰るから』

千枝『駄目です! 一緒に帰りましょう』

肇『夢の世界……』

P『明日も仕事だからな、遊びじゃないぞ』

千枝『いいんです、仕事でも特別な仕事なんです。楽しくて嬉しくてどきどきする世界に行けるんですから!』

肇『あ、そっか……』

P『どうかした?』

肇『いえ、分かりましたから』

春菜『表情が固いなら眼鏡をかけてみたらどうでしょう!』

P『お前まで出てくると話がややこしくなる! ってか何でいるんだよ!』

春菜『布教です!』

P『いいから帰るぞもう!』

肇『ふふ、ありがとうございます』

P『え? 何か役に立った』

肇『はい、またお話できますか?』

P『まあ、同じ事務所にいるし』

肇『藤原肇です、肇と呼んで下さい』

P『分かった、じゃあまた』

肇『はい、必ず』

―――
――
P「きっかけはあんだけだったのに、後で写真持ってきて嬉しそうにして何度も頭下げてきたんだよなあ」

ありす「綺麗です……」

P「花火もあいつもな」

ありす「自分に自信を持っているから、何でしょうか」

P「肇はこの世界の現実を知ってなお、この世界に憧れ続ける事のできる強さを持ってる。どんなに汚い部分を見ても変わらないんだ」

ありす「凄いですね」

P「確固としたイメージを持ってるんだろうな、頑固なまでに」

ありす「憧れ……あ、そっか」

P「どうした?」

ありす「何でこんなに楽しかったんだろうって思ったんです」

P「なるほど、それは俺にも何となく分かる」

ありす「もっと、色々な事を知ろうと思います。きっとその中に、私だけの何かがあると思いますから」

P「ああ、頑張ろう」

肇「疲れてしまったんでしょうね」

ありす「寝かせておくよ、肇も寝てていいぞ。寮までまだ時間はある」

肇「いえ、それではここに座った意味がありません」

P「何だそれ?」

肇「実は食事のあと、ありすちゃんと一緒に作ったんです。お内裏様と、お雛様」

P「お雛様が多いぞ」

肇「はい、私とありすちゃんです」

P「へえ、そのお内裏様は贅沢だな」

肇「一番上まで行きましょう、三人とも」

P「言われるまでもないな」

P「それじゃ、今日はこれで。お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」

肇「わざわざありがとうございました」

P「いいって、ありすもごめんな。こんな夜まで付き合わせて」

ありす「いえ……ふぁいじょうふでしゅ」

聖來「やーっと帰ってきた」

P「聖來さん!?」

肇「お疲れ様です、すみません。頓珍漢なメールを送ってしまいまして」

聖來「いいっていいって、からくりは分かってるから」

P「……」

聖來「もう寒いし、肇はこの子を連れてってあげて。私はちょっと話があるから」

肇「……分かりました。では、失礼しますね」

聖來「あのメール、誰の仕業?」

P「事務のミスでしょう」

聖來「私の目はごまかせないよ。Pくんって私への連絡は自分でするでしょ、今日の仕事だけ事務に任せるのは変」

P「忙しくて頼んだんですよ」

聖來「忙しくてもそういうとこきっちりしてるのがPくん」

P「何もありませんって」

聖來「私、今日は何の仕事だったか知ってるよね?」

P「……ライブイベントでしょう、盛り上がりましたか?」

聖來「お花見のイベントの打ち合わせ」

P「ああそうでした、すみません。先週のと勘違いしまして」

聖來「心配掛けまいとしてるんだろうけど、私にそんな気遣いしなくていいよ。誰の仕業だと思う?」

P「……彼だと言いたいんですか?」

聖來「さあ、どうだろうね。でも私は嫌いだから、あいつ」

P「ですが、有能である事は事実です」

聖來「いつになったらまた一緒に犬の散歩できるのかな、あの子と」

P「それは」

聖來「いいよ、私は大丈夫だから。気を付けておいたほうがいいよ、Pくんもあまり無理しないようにね」

P「明日、アイドルの合同レッスンです。聖來さんは?」

聖來「そんな予定は入ってないね、どうする? 参加しようか」

P「……いえ、確か参加予定の名簿があの通りなら大して問題は起こらないでしょう」

聖來「気をつけなよ、目を付けられてるかもしれないから。私たち」

P「その時は遠慮なく行ってください」

聖來「嫌だよ、肇に嫌われちゃう」

P「それでは、今度の仕事は俺が連絡を入れます」

聖來「待ってる」

P「……さて、何もないといいけど」

ひとまずおわり

連作短編その3 泰葉「空っぽの世界」

P「……こんなに仕事、溜まってたっけ」

先P「お? 何だこんな朝早くから、感心だな」

P「そう思うなら手伝っていただきたいんですが、先輩」

先P「そいつは出来ない相談だな、今日はちょっと山でね」

P「レッスン以外に何かありましたっけ?」

先P「あいつが来る」

P「別にいいでしょう」

先P「腕は悪くねえんだけどなあ」

P「腕が全てでは?」

先P「相性の悪いアイドルが多すぎる」

P「そんなの俺にもいますよ、仲の悪いアイドル」

先P「そんな話、聞いたことねえぞ」

P「聞かせてませんから」

先P「ほう、なら詳しく」

奈々「おっはようございます!」ウッサミーン

先P「おうウサミミ星人、時間通りだな」

奈々「ウサミンです! おはようございますPさん」

P「おはようございます、奈々さん」

奈々「ははは……やっぱりさんは付けるんだ」

P「信じてタメ口叩いた自分を殴ってやりたいです、本当に」

奈々「あの時、風さえ吹かなければ」

先P「所属アイドルのプロフィールなんて遅かれ早かれこいつだって目を通す、そもそも肌の違いで簡単に気づかれぶはっ!!」

奈々「手が滑っちゃった♪」

P「奈々さんも今日はレッスンですね」

奈々「はいっ! ウサミンパワー全開です!」

先P「あいつの前でも大丈夫か?」

奈々「平気です。そもそもあんな餓鬼……いえ小僧なんて!」

先P「言い直せてねえぞ」

奈々「いいんですよ、ニューウェーブだかジェネレーションだか知りませんけど!」

P「ああ、あのユニット……そっかあの人が」

先P「お前、会ったことないのか?」

P「忙しすぎて事務所にいませんし、スケジュールも知りません」

先P「俺も知らねえなあ」

奈々「統括プロデューサーだからって偉そうにして、この前だって美穂ちゃん泣かせてたんですよ!」

先P「俺に言われてもなあ」

奈々「今日のレッスンだってトレーナーさんの予定だったのに急にあいつがする事になって」

先P「は?」

P「帰ってきたアイドルは労ろうそうしよう」

奈々「朝から憂鬱ですよ……Pくん代わりにやらない?」 

P「それが仕事が溜まってまして……」

奈々「はあ……何もなければいいんですけど」

泰葉「またですか!」

杏「うるさいんだよ……何で朝からそんな大声出せるかな」

泰葉「いつもいつもそんなやる気のない! アイドルとしての自覚あるんですか!」

先P「火と油が出会っちまった」

P「朝から元気だ」

奈々「って、いいんですか!? 何もしなくて」

P「どちらの味方にもなれませんよ、それに」

奈々「それに?」

P「嫉妬が見えます、泰葉からは」

先P「お前、本当にずばっと言うよな」

P「売れ方なんて人それぞれだと思いますし、あれで成功してるんですから杏の態度に対してどうこう言う気もおきません」

奈々「才能に関しては抜けてますけど……」

先P「泰葉みたいにストイックだったらそれはそれで怖いけどな」

P「そもそも経験なんて才能の前では何の意味もないんですから、泰葉が杏にどうこう言うのは筋違いなんですけどね」

先P「ばっさり過ぎねえか」

P「同族嫌悪かもしれません」

先P「お前と泰葉がか?」

P「ああ、来ましたね。止めてくれそうな人が」

先P「……お出ましか」

統P「何をしている、出発の時間だ」

杏「ほら、どうせ今から動かなきゃいけないんだ」

泰葉「あなたに言われたくありません」

奈々「イッテキマース」


先P「相変わらずピリピリだな」

P「そういうやり方もある、という事でしょう」

先P「ま、人のこと心配してる暇もないな。さて、今日も仕事だ仕事」
――

P「大抵のアイドルはこれで帰ったか、やっぱり疲れてたな」

泰葉「戻りました」

P「お疲れ様、きつくなかったか?」

泰葉「アイドルとして、これ位は当たり前です」

P「無理しないように、体を壊したら意味がないから」

泰葉「分かっています、それでは失礼します」

P「俺も出るかなっとすみません」

統P「気を付けろ」

P「あはは、ちょっと出てきます」

統P「夜には戻れ、ミーティングだ」

P「分かりました。終わり次第、戻ります」

千夏「苦労してるのね」

P「ははは、何かピリピリするんですよね。あの人がいると」

春菜「眼鏡を掛けないからです! 眼鏡を!」

P「いや、それは関係無いだろ」

千夏「それにしても、メガネベストドレッサー賞ねえ」

P「芸能界部門で受賞なんですから凄い事ですよ、色んな業界から人が来ますし顔も売れますよ」

千夏「春菜ちゃんが受賞するのかと思っていたのだけれど、まさかよね」

P「お前はまさか司会枠で殴り込むとはな」

千夏「あなたが売り込んだじゃないの?」

P「いえ、こいつが自分で」

春菜「受賞したらもう来れないじゃないですか! 司会なら毎年です!」

千夏「執念ね……」

P「まあ……安定した仕事が手に入ったのはいい事だ」

春菜「プロデューサーさんがもっと眼鏡を推せばいいんですよ」

P「うちで眼鏡のイメージって、誰だ?」

千夏「その日の気分次第って子もいるわね」

P「比奈とか頼子か、でもあいつら別に眼鏡大好きって訳じゃ」

春菜「洗脳です!」

P「もうちょっと言葉を選べよ! ま、来年までに考えとくか」

千夏「今日の仕事はこれで終わりよね?」

P「ええ、どうします? どこか送りましょうか?」

千夏「いえ、遠慮しておくわ。どこかの誰かさんに怒られてしまうから」

P「そんなのいませんって、またカフェ行きましょう。探しておきます」

千夏「楽しみにしておくわ」

春菜「むー、クールですね」

P「少しは見習え、授賞式ではしゃぎ回りやがって」

春菜「周り全てが眼鏡ですよ! テンション上がりますって!」

P「はいはい。で、お前はどうすんだ?」

春菜「猫カフェが近くにあるって聞いたんですけど、どうでしょう?」

P「猫カフェ? みくが両手を上げて飛び込みそうな店だなおい」

春菜「和久井さんも猫好きなんですよ、知ってました?」

P「へえ、あのクールな人が。いやでも可愛いなそれ、今度それ関連の仕事を入れてみよう」

春菜「私もしますよ、いくらでも」

P「よし、そこで夕飯も食っちまうか。どうせこの後も仕事だし」

春菜「働き詰めですね」

P「合同レッスンの報告だから、俺は聞くだけ。まあ進捗状況に合わせて仕事も選んだりするしな」

春菜「ほうほう、つまり次は眼鏡レッスンですね!」

P「お前が講師になる気か」

春菜「もちろん」

P「眼鏡アイドル量産してどうすんだよ……おい、隠れろ」

春菜「はい?」

P「あそこ」

春菜「えーっと、岡崎さんですね」

P「えらく他人行儀に呼ぶんだな」

春菜「あんまり話したことないので」

P「何してんだ? レッスン終わって疲れるだろうに」

春菜「何か、キョロキョロしてますね」

P「探し物か? でも寮から距離あるぞここ」

春菜「事件ですか!」

P「あいつに限ってないだろ」

春菜「それで、私たち何で隠れてるんですか?」

P「何か、怒られそうで」

春菜「それは簡単に想像できますね」

P「止まった」

春菜「インテリアショップ? 寮の家具って変えれました?」

P「申請あれば。だけど、泰葉からの申請なんてなかったと思うんだけど」

春菜「趣味でしょうか」

P「うーん。まあ別にいいだろ、別に空き時間に何してたって」

春菜「ただ……」

P「どうした? 行かないのか猫カフェ」

春菜「その肝心のお店、あの中なんですよ」

春菜「にゃーん♪ にゃうーん」

P「本当に猫だらけだな」

春菜「それが売りですから」

P「そして当然のようにある、みくのサイン」

春菜「私のも並びましたよ!」

P「まあ、営業だよなこれも」

春菜「飲食スペースと分かれてますけど、先に食べてしまいます?」

P「そうだな、後は時間の許す限りじゃれてるさ」

P「食ったし、遊んだし」

春菜「満足満足」

P「俺はもう事務所に戻るから、悪いけど」

春菜「分かってますから、お疲れ様です」

P「ああ、それじゃ。さて、ん?」

泰葉「……」

P「あいつ、まだいたのか? あれから一時間は経ってるってのに」

泰葉「んー」

P「何となく店に入ったけど、ここ……インテリアって言っても」

泰葉「これと……でも……」

P「ドールハウス用だな、これ」

泰葉「え?」

P「え? あっ」

泰葉「アイドルのプライベートを覗き見とはいい度胸ですね」

P「すみません、そんなつもりはなかったんだけど」

ありす「失敗ですね」

P「はっきり言うな、あのまま黙って帰るのがベストだったってのは分かってるよ」

ありす「そもそも、春菜さんとデートしなければそうならなかったのですから……控えるべきです」

P「デート? 俺とあいつで?」

ありす「もういいです。それより、今日の私の予定を」

P「それが……そいつとの仕事でな」

ありす「気まずいから私も同行しろという事ですか」

P「う」

ありす「そもそも、その仕事についていながらそんな事でアイドルを振り回すことに罪悪感の欠片も感じないんですか?」

P「いえ、すみません。本当にすみません」

ありす「べ、別にそこまで謝って欲しくて言ってる訳ではありません。いいです、私も話したことのない人ですから」

P「俺もあまりない」

ありす「はあ……それで、今日はどんな仕事を?」

P「ひな祭り第二弾」

ありす「またですか? とっくの昔に終わった行事でしょう」

P「流し雛っていうんだけど、知ってるか?」

ありす「はい知っています」カタカタッターン

P「目の前で調べながら言われてもな」

ありす「流し雛、ひな祭りの元となった行事」

P「俺だってそれ位は調べたさ、というか調べておかないと本気で怒られそうだ」

泰葉「おはようございます」

P「お、おはようございます」

泰葉「昨日のことであれば何も気にしていませんので、お気遣い無く」

P「あ、ああ。ありがとう」

泰葉「それで、橘ありすさんがどうしてここに?」

P「まだ新人だから、先輩アイドルの仕事に同行させてるんだけど。いいかな?」

泰葉「私の仕事が参考になりますか?」

P「この事務所で芸歴の長いアイドルは貴重だから」

泰葉「特に断る理由もありません、邪魔さえしなければ」

P「それは約束する」

泰葉「なら行きましょう、時間です」
――

P「仕事は言うまでもなく、スタッフや他のタレントへの挨拶も完璧、俺ついてる意味ないな」

ありす「経験ですか?」

P「いや、心構え。やろうと思っても簡単に出来る事じゃない」

ありす「必要なんですね、こういう事も」

P「うーん、きちんとそういう事を心がけるってのは確かに大事なんだけど」

ありす「何ですか?」

P「必要なのは結果だからな」

ありす「結果……」

P「杏や乃々は泰葉とは対極的だな。まあ、何を求められているか分かっているから、それでも人気は出るし、使われるんだけど」

ありす「そのアイドルの個性しだいですか」

P「自分の才能をきちんと自覚するって難しいんだ。受けれて欲しい事と、実際に受け入れられる事ってのは違う事が多いし」

ありす「そこで苦労して、立ち止まる」

P「蘭子や幸子だって個性派強いけど、それがそのまま受けいられたから人気アイドルでいられる。
  でも、一歩間違えてたらどうなってたかは分からないしな」

ありす「私はどうなんでしょうか?」

P「まだ心配する時期じゃないさ、出来る事を一つずつしていけばいい。ほら、時間空いたみたいだぞ。声かけて来い」

ありす「お疲れ様です」

泰葉「見てて参考になる?」

ありす「どんなアイドルからも学べることはある、と」

泰葉「あの人が?」

ありす「はい」

泰葉「そう、それで何か掴めた?」

ありす「はい、凄く真面目なんですね」

泰葉「真面目? 私が」

ありす「礼儀も正しいですし、気配りもできて。凄いと思います」

泰葉「0点」

ありす「0点?」

泰葉「あなたはまだ、何も見えてない」

ありす「見えてないって」

泰葉「出番だから行くね」

ありす「……はい」

P「肇の時は雛人形にはあまり焦点が当たらなかったけど、今回はそっちがメイン。ありすもじっくり見れて嬉しいだろ?」

ありす「そんな事に構っている暇はありません」

P「どうした? 偉く真面目な顔してるけど」

ありす「何だろう、何が駄目だったのかな」

P「泰葉から何か言われたのか?」

ありす「考えてます、邪魔しないで下さい」

P「考え出すと一直線だな、全く。えーっと他には誰が来てんだこれ」

千佳「ラブリーチカのハートボイスアターック!」

P「はいはいバリアバリア」

千佳「ずるいっ! いつもそればっかり」

P「大人はずるいの」

千佳「女の子のお祝いなんだから優しくしてくれたっていいじゃん、初めてなんだから!……雛祭りのお仕事」」

P「変なこと言うな、周りに聞こえたらどうすんだ」

千佳「へんなこと?」

P「この純真無垢め……それで、何の用だよ? 千佳がいるって事は女Pさんもいるんだろ」

千佳「打ち合わせだって言ってあっち行っちゃった」

P「こんな野生児放ってあの人は……で、千佳は何してたんだ? 流し雛するのか?」

千佳「うんするよ、あとこれも描いたんだ」

P「雛人形か、何で笑ってんだ?」

千佳「難しい顔してるから笑顔にしてあげたの、Pくんと一緒なんだよ」

P「俺と?」

千佳「いつも難しい顔してる」

P「いいんだよ、考えるのが俺の仕事なんだから」

千佳「楽しい?」

P「楽しい楽しい、千佳がそうやってアイドルやってるの見るとな」

千佳「本当!? ちゃんと魔法かけられてる?」

P「千佳は立派な魔法使いだよ、今日はステッキはないのか?」

千佳「今日はお雛様が主役だから、お休み」

P「じゃあ、さっきの技は何だったんだ」

千佳「悪者いたら頑張る」

P「俺は悪者扱いか!」

ありす「見えてない、見えてない、見えてない……」

女P「ええ、ではその様にありがとうございます」

ありす「何がわっ」

女P「ごめんなさい! 大丈夫、怪我ない?」

ありす「はい、ありがと――あ」

女P「あなた、橘さん?」

女P「そう、泰葉の仕事を?」

ありす「凄く優秀な人なんだなって、そう思ったんですけど」

女P「あしらわれちゃったんだ」

ありす「はい……」

女P「全く、あの子ったらこんな子にそんな事を言ってどういうつもりなのやら」

ありす「私、何も見えてないんでしょうか」

女P「そんな事無い、あの子が真面目なのはいつもの事。ただちょっとね」

ありす「そのちょっとが分からないんです」

女P「まだ分からなくても大丈夫よ、今は感じたことをそのまま受け止めていけばいいんだから」

ありす「駄目です! 駄目!……それは、嫌です」

女P「どうして?」

ありす「だって……折角ここまで、ここまで連れてきてくれたのに何も成長できなかったら」

女P「できなかったら?」

ありす「嫌われちゃうかもしれません……」

女P「……あの野郎、こんな子にまで」

ありす「どうしましょう?」

女P「それは有り得ないから、安心しなさい。あの子、そういう事は大嫌いだから」

P「あ、いた。それもお揃いで」

千佳「お姉ちゃん! Pくん見つけたよ!」

女P「来たわね変態」

P「いきなり何ですか、その言い方は」

女P「ありすちゃん、ちょっと彼の方に行ってみて」

ありす「はい!」

女P「ロリコン」

P「作為的過ぎますって!」

ありす「ああ、やっぱり」

P「やっぱりじゃない! ストライクゾーンより遥かに下だから!」

P「疲れた……」

ありす「自業自得です」

P「言うだけ言ってとっと次の仕事だって言ってどっか行くし……えーっと泰葉は」

ありす「本当に放っておいたんですか」

P「千佳を一人に出来る訳ないだろ」

ありす「懐かれてますね」

P「まあな」

ありす「……いいな、私も」

P「ありす、お前はそんな顔するな」

ありす「ふにゃ!?」

P「そんな顔は雛人形だけで充分だ」

ありす「ほ、ほっぺた触らないでください」

P「難しい顔してると心配されるんだぞ、俺だけじゃない。見てる人間からすれば楽しいのかなって、不安になっちまう」

ありす「不安に?」

P「そ、まあ千佳が教えてくれたようなもんだけど。アイドルは人を楽しませてあげないとな」

ありす「人を楽しませる為に、笑顔が必要なんですね」

P「つまらなそうにしてるアイドルを応援しようなんて……まあ例外はいるけどさ」

ありす「そうですね、私もそう思います」

P「だろ?」

ありす「ちょっと見えてきた気がします、先に行きますね!」

P「だから……ったく本当に一直線だ」、

泰葉「いなくなったと思ったらまた現れて、どうしたんですか? 息が荒いですよ」

ありす「あの、聞きたいんです」

泰葉「どうぞ、簡潔にお願いします」

ありす「楽しいですか?」

泰葉「……それが質問ですか?」

ありす「楽しいですか? アイドル」

泰葉「あなたはどうなんですか?」

ありす「質問を質問で返すのは、自分の中で答えが出せないからですか?」

泰葉「……その問いに答える義務はありません」

ありす「楽しそうに見えません、雛人形と同じです」

泰葉「人形?」

ありす「はい、言われた通りの表情を顔に貼り付けているだけの――」

泰葉「私は――」

ありす「お人形に見えます、やっと分かりました」

泰葉「人形じゃない!」

P「何か騒ぎか?」

ありす「私にはそう見える、というだけのお話です。失礼しました」

泰葉「不愉快です」

P「ありすが失礼をしたなら謝罪する、すまない」

泰葉「いえ、こちらも声を荒げて申し訳ありません」

P「……いや、何もないならそれでいいんだが」

泰葉「少し休憩に入ります」

P「何を言った?」

ありす「アイドルは楽しいですかって聞きました」

P「また厄介な質問をしたもんだな」

ありす「失礼だったでしょうか……」

P「今まさに悩んでいる人間にそれを言ってもなあ」

ありす「プロデューサーは楽しいですか?」

P「楽しいさ、でもそう感じるまでには色々あった。泰葉も今その壁を前にしている所だろ」

ありす「雛人形って、どうして笑ってないんでしょう」

P「口のパーツが大きくなって面倒くさいから」

ありす「もう少し真面目に考えて下さい!」

P「ここだったか」

泰葉「笑いに来たんですか?」

P「いや」

泰葉「情けないです、新人に対して何一つ答えられない」

P「それだけ真剣に考えたって事だろ」

泰葉「そうでしょうか? 何の参考になりませんよ、これでは」

P「……ずっと前から聞きたかったんだが」

泰葉「答えられるかどうか分かりませんが、どうぞ」

P「杏に絡んでただろ? この前さ」

泰葉「申し訳ありません」

P「欲しいのは謝罪じゃない。聞きたいのは、相性の悪い相手とわざわざ同じ日にレッスンを受けた理由だ。断れない立場じゃないだろ?」

泰葉「態度が気に入らないので、正そうと。いけませんか?」

P「何が気に入らないんだ? あいつはあいつで成功してる、口を挟んでも仕方がない」

泰葉「プロデューサーには既に答えがあるんでしょう?

P「嫉妬だと思ってるよ」

泰葉「なら、それでいいじゃないですか」

P「はっきり聞かないと、決め付けになるだろ? 俺はそんなのは嫌だからな」

泰葉「そうですよ、嫉妬ですよ。同じアイドルなんですからそういった感情を抱くのは自然でしょう?」

P「その嫉妬の理由が知りたいんだ、ありすにああ言われて気が立っている時に聞くのも何だけどさ」

泰葉「理由なんて皆が思っている通りですよ」

P「自分より売れてるからだなんて最初から思ってない。もしそんな理由なら、とっくの昔にこの世界から顔を洗ってるはずだ」

泰葉「未練がましくしがみついてるんですよ」

P「それは俺の方だ、お前じゃない」

泰葉「プロデューサー?」

P「そんな理由で嫉妬するような人間は、あんな真面目に仕事できないんだよ。今日の仕事を見てそれは確信した、誰の評価にも結びつかない所まで
  きちんと出来るんだから」

泰葉「買い被りすぎです」

P「なあ泰葉。一体、今の何が不満なんだ? 仕事に困ってる訳じゃないだろう?」

泰葉「あるがままの自分を知っていて、なおかつそれを受け入れられてる」

P「あるがままって……」

泰葉「アイドルとして勝てないって思ったんです。今までもそういう人はいたんですけど、何かもう完膚無きまでに才能の差を感じて」

P「いや、そんな事は」

泰葉「レコーディングと聞いたら、プロデューサーはどうします?」

P「歌の理解とか、ヴォイトレとかだろ?」

泰葉「そうです、私も同じようなものです。ラジカセに録音してそれを流すなんて手法は絶対に思いつかない」

P「ああ、あれか……大成功だったな」

泰葉「決定的な差ですよ、それでも大丈夫だと自分を信じ続けてきた心を折るには充分すぎる程の」

P「タイプのまるで違う相手と比べたってキリがない、それこそアイドルはこの世にいくらでもいるんだ」

泰葉「それで、考えたんです。私が彼女に優っている部分ってなんだろうって」

P「あるんだろう? ならそれで――」

泰葉「言われた通りの言葉を発して、言われた通りの表情を貼り付けて、言われた通りに動く事。これだけは、絶対に負けない」

P「止めろ」

泰葉「便利な、便利な人形である事でしか価値がないのなら、それしかないのかなって」

P「それ以上は言うな!」

泰葉「何で私がドールハウスに興味を持ったか、分かりますか?」

P「泰葉」

泰葉「安心するんです、外観だけ繕っても中身が空っぽだから。私と一緒だあって」

P「空っぽじゃない、絶対に」

泰葉「さあ、どうなんでしょう? 少なくとも、新人に見破られるくらいならもう潮時かもしれません」

P「違う」

泰葉「私もそう自分に言い聞かせてますよ、いつまで続くか分かりませんけれど。もう行きますね」

P「はは……何だよ、本当に同族嫌悪じゃねえか」

ありす「プロデューサー……その、ごめんなさい」

P「何を見てたんだろうな? 何を知ろうとしてたんだろうな?」

ありす「私が、私があんなこと言うから」

P「失格だな、何も成長できてない。あの頃から」

ありす「プロデューサー、あの」

P「アイドルだったから、そんな経験なんて何の役にも立たないこと知ってたのに。またこれだ」

P「自分の価値観に相手の行動を当て嵌めて、その奥にある思いになんて見ようともしない」

ありす「そんな事……」

P「駄目だな、どうすればいいかまるで分からない」

ありす「それでいいんですよ」

P「ありす?」

ありす「誰もプロデューサーが完璧だなんて思ってません。それでも、私みたいなのもいます」

P「いや、でも俺は」

ありす「それに、そんな先にいたらつまらないです。一緒に歩けるから、楽しいんです」

P「でも、それじゃ遅いかもしれない。」

ありす「今、一歩進めました。だから、岡崎さんのお陰で勧めたんですからきちんとお返しをするべきです」

P「何ができるかな? 俺に」

ありす「私達にです」

P「そっか、そうだな……よし! 考えた」

ありす「こんな短時間でですか?」

P「ちょっと、杏の気持ちになって考えてみた」

ありす「双葉さんのですか?」

P「ま、どうなるかは賭けだけどな」

女P「予定変更?」

スタッフ「はい、雛流しなんですが岡崎さんは不参加という形になりまして」

千佳「泰葉さんいないの?」

スタッフ「はい、他の方の予定に変更はありませんので」

女P「珍しいわね、体調悪かったのかしら」

千佳「今日は私だけ?」

女P「ありすはどうするのかしら? まだ早いっていうならチョイ役でも私が頼んであげてもいいのに」

P「いえ、その必要はありません」

千佳「あ、Pくん!」

P「よう千佳、似合ってるなその衣装」

女P「何を企んでるの?」

P「少し、ああ空いた時間の分はありすで埋めますから。な?」

ありす「これでいいんでしょうか……」

女P「あんた、初めから用意してたでしょ」

P「まさか、余ってたのを借りただけです」

女P「にしては、あの子に似合いすぎてる」

P「それはありすの力でしょう、後ろの方でエキストラに混じってるだけですからそちらのお邪魔はしませんよ」

女P「いえ、前に来なさい」

P「ですが」

女P「こんな子が後ろにいたら迷惑、千佳の隣にいなさい」

P「隣って、それ最前列じゃあ」

女P「文句ある? 今日のメインの予定を勝手に変更した罰」

ありす「分かりました、よろしくお願いします」

P「分かりましたよ、ならちょっと細部を詰めましょう。テレビや新聞向けのコメントも用意しないと」

女P「始まってしまえば、アイドルよね。あの子達も」

P「どんな風に動けば要求に応えられるか、子供達は体で理解しますからね」

女P「貸しにしとくわ」

P「分かりました、いくつか合いそうなのを回しておきます。誰がいいですか?」

女P「そうね、考えとく」

P「はい、考えておいて下さい」

女P「これで最後の雛、どうするの? これでギャラリーは帰るけど」

P「最後じゃありません」

女P「一人だけでするの? 寂しいだけじゃない」

P「寂しくなんかさせませんよ、来ました」

女P「ライト?」

P「重要なのは、俺には絶対に考えつかない演出である事です。だから今回は杏の発想を借りました」

女P「こんなやり方……」

P「ボートに装飾して、泰葉を乗せればあっという間に綺麗な流し雛の出来上がり。けど、それだけでは寂しすぎますよね」

女「またキザったらしい言い方ね」

P「格好つけてますから。だから増やしてみました、船も人も」

女P「エキストラの数が妙に少ないと思った、大船団ね」

P「比較的、水量のある川で助かりました」

女P「まあ、評判も上々でいいんじゃない。褒めておく」

P「とまあ、ここまでは俺の発想です」

女P「まだ続きがあるの?」

P「俺が考えたのは、いかに楽をしつつ目立つかってだけですから。こっから先はほとんどが泰葉の案です、来ますよ」

女P「あの子が? 自分から何かを言い出したの?」

P「さて、参加者の追加ですよ」

女P「千佳とありすにボートが寄ってるけど、まさか乗る気?」

P「大丈夫です、大人が後ろで操縦してるんですから。ちょっと、考えがありまして」

女P「ボートが対角線上にそれぞれ並んでくわね」

P「八隻のボートが対角線上に並ぶようにして、泰葉をその中心に配置」

女P「ライトが消えた?」

P「泰葉のボートには予め、四本のアーチを置いておきました。このざわつく間に、アーチをそれぞれ子供達に渡していきます」

女P「アーチ?」

P「俺が思い浮かべるのは卒業式とかですけど、元々はガーデニングで使う物ですよね? あれ、ドールハウスでも使うものみたいで」

女P「こんな短時間で用意したの?」

P「設計、僅か20分。目を丸くしましたよ、こんな才能があるなんて。大きさが違えば全てが変わるはずなのに」

女P「設計って、じゃあ材料は?」

P「設計が早かったので、調達は俺が業者と連絡を取りましたよ」

女P「簡単に言ってくれるじゃない」

P「渡し終わりましたね、時間通りだ。3……2……1……ライトが点きますよ」

女P「わ……はあ……見事ね」

P「アーチも直線ではなく少し横に広がるようにして、花も開いた瞬間わざと飛ぶようにしました。見栄えがいいでしょう」

女P「そうね、本当にそう」

P「桜、桃、橘の三種を使って、本当に綺麗だな」

女P「橘? ってあんた」

P「橘ありすに掛けてみました」

女P「最初から狙ってたのね」

P「まさか、あいつのお陰で踏み出せましたから感謝の気持ちを込めてですよ」

女P「で、この曲。ミニマイク付けてるから予想はしてたけど」

P「そ、泰葉の曲です。合いますね、この雰囲気に」

女P「黙ってなさい」

P「そうですね、楽しみましょうか」

P「お疲れ様、綺麗だった」

泰葉「……また、とんでもない事をさせるものですね」

P「はは、悪かったよ。急に変更にして」

泰葉「何で、ここまでするんですか。あんな後ろ向きなアイドル放っておけばよかったのに」

P「後ろ向きなのは俺も一緒だって」

泰葉「あんな一生懸命に準備して、設計通りに作れないなら変えればいいのに拘って無理して!」

P「あんな発想された応えようって思うさ、見事だ本当に。嫉妬するよ。」

泰葉「またお世辞を」

P「あの歓声は?」

泰葉「……乗る前に比べて、足取りが軽いんです。背負っていた物を下ろしたような」

P「感謝しないとな、ひな祭りに」

泰葉「仕事だと割り切っていました、けれどこういうのも悪くないですね」

P「この世界もな」

泰葉「理由をいろいろ付けたところで結局、私はこの世界にいたいんですね。子供の頃に感じたこの楽しさを忘れられなかったから」

P「……そっか」

泰葉「感謝しますプロデューサー、これからもよろしくお願いします」

P「ああ、こちらこそ」

泰葉「手を差し出されたら、どうするか学んでこなかったんですか?」

P「分かってるよ、よろしく」

泰葉「はい。ところで、どうして上条さんとあんな所にいたんですか?」

P「へ? お、お前なんで」

泰葉「仕事だろうと思っていましたが、スケジュールは無かったようですね」

P「い、いやほらそれはまあ」

泰葉「いいでしょう、いい機会だから教えて差し上げます。芸能界というのはですね――」

ありす「何か始まりましたけど」

千佳「泰葉ちゃん元気だー」

女P「ま、いいんじゃない。あれ位の方が見てる方も楽しいし」

P「見てないで助けて下さいよ!」

泰葉「またあなたは! 事務所はだらける所ではありません!」

杏「何で、何で来る度にこの人がいるの……」

泰葉「ほら、立ってレッスンです!」

杏「そ、そうだ今日はイメージトレーニングにしよう! 無理はせずほら」

泰葉「いけません、折角のあなたの才能が台無しになってしまいます」

杏「」

先P「お?」

奈々「い、今なんて?」

泰葉「頑張りましょう、ほら立ちますよ」

奈々「杏ちゃんが成す術もなく引きずられていってますけど……」

先P「何事だよ、岡崎があんな発言……」

P「さあ、何ででしょうね?」

泰葉「では、行ってきますから」

P「ああ、行ってこい。そうだ、雛人形の台座ありがとな」

泰葉「それは構いませんが……そう言えばその雛人形、どうしてお雛様は二体いるんですか?」

P「え? ああ、えっとだな」

泰葉「プロデューサー、体が訛ってるようですね。丁度いいです、今日は私達のレッスンに参加してください」

P「い、いや俺は」

泰葉「い、い、で、す、か?」

P「いや、待ておい服を掴むな引きずるな分かった、分かったから!」

奈々「何ですかあの変わりぶり!?」

先P「何かあったんだろうなあ、ありすは知ってるか?」

ありす「さあ、何ででしょうね? えへへ」

つつがなくおわり

奈々→菜々
大変、申し訳ありませんでした。反省としてみくにゃんのファンやめます

連作短編その4 

美穂「私なりに」

ありす「うーんと、ここの式がこうなるから」

菜々「どうしたんですかありすちゃん? そんなに頭を悩ませて」

ありす「宿題です、この後レッスンなので終わらせてしまおうかと」

菜々「あ、宿題。へー偉いですねえ、菜々はいつもギリギリでした」

ありす「菜々さんは宿題はないんですか?」

菜々「え、えーっとその、ほら今日はウサミン星の星誕記念日でして」

ありす「そうなんですか、おめでとうございます」

菜々「ありがとうございます……」

幸子「学校の宿題で悩むとはまだまだですね!」

ありす「ああ、自称天使さんおはようございます」

幸子「じ、自称……」

菜々「あ、ありすちゃんえーっとね」

ありす「泰葉さんに教わりました。この事務所のアイドルにはそういったキャッチフレーズがあると」

菜々「爛漫ひな娘だっけ、だから最近ご機嫌なんだ。ウサミン納得」

ありす「えっと、お月見ウサミンさん」

菜々「……あー、そんな時期もありましたね。半年位は待って欲しいなあー、なんて」

幸子「いいでしょう、そうですか。分かりました、ならありすさんに習ってあなたの事もそう呼んであげますよ」

ありす「本当ですか!?」

菜々「喜ぶの? えーっと、ありすちゃんは最近だから」

幸子「おはようございます、小さな妖精さん!」

ありす「はい! おはようございます」

幸子「なっ、小さな妖精? 何ですかこれ?」

菜々「彼、悩んで付けたんだろうなあ。そうかあ、ありすちゃんも勝ち組だったかあ」

幸子「おかしいですよ、これこそボクにふさわしいじゃないですか!」

ありす「そんな事ありません、私に似合うってプロデューサー言ってくれました」

幸子「プロデューサー? ああ、あの人ですか。全く、ボクの魅力を分かってないなんてダメダメですね」

ありす「ダメダメじゃありません!」

幸子「いいでしょう、なら改めてあの人に付けてもらうというのはどうでしょう?」

菜々「いや、その勝負は辞めておいた方が」

ありす「分かりました! 勝負です!」

幸子「あしらってあげますよ!」

P「……そんな下らない事で、仕事中の俺を引っ張ってきたのか?」

ありす「下らなくありません、これは深刻な問題です」

幸子「そうです、まあボクの魅力を分かって無いようですから教えてあげようと思いまして。ええ、ボクは優しいので」

P「菜々さん、あなたがいながらどうして」

菜々「え? えーっと、ほらこんな風に呼ばれると菜々も困るかなーって」

P「そもそも、ありすはともかく幸子のそれを付けたのって誰なんだ?」

幸子「えーっと、誰でしたっけ?」

P「何で目が泳いでるんだよ、担当は……は?」

菜々「どれどれ、えーっとああこれリストなんですね。輿水さんは、ええ!?」

P「統括かよ」

菜々「あの顔で考えたんだ……」

幸子「そうです! センスが無さすぎですよ全く」

P「受けてるからいいじゃねえか」

幸子「よくありません!」

P「はあ……じゃあどんなのがいいんだよ」

幸子「小さな妖精」

P「自称・妖精と」

幸子「何で自称が付くんですか!?」

P「妖精って誰かに言われた事あるのか?」

幸子「それは周りがまだ」

P「魅力を伝えきれてないならそれが今の幸子の実力だ、違うか?」

菜々「うわあ……やっぱりこの子はばっさりと」

幸子「う……いいですよ! 今日は予定があるので帰りますから!」

ありす「勝った!」

菜々「いいんですか、行かせて」

P「うーん、菜々さんはどう思います?」

菜々「まあ、本人が納得するかどうかでしょうけど」

P「ですよね。それに事務所のアイドルなんて全員が可愛いんだから、そのまま付けたら全員が似通ったものになってしまう」

菜々「それは問題ですね」

P「だからまあ、統括のセンスは悪くないとは思うんですよ。ストレートに個性が伝わってくる」

菜々「後は、受け止めるかどうかですか」

P「まあ、ありすも自分で付けたんですけどね」

菜々「え、そうなの?」

P「否定すると涙目になるので、仕方なく」

菜々「プロデューサーも、大変ですね……」

幸子「何ですか、何ですかもう! 誰もボクの事を分かろうともしないで」

美穂「ひっく……ぐす……」

幸子「……何なんですか、今日はもう」

美穂「やっぱり駄目なんだ、私なんて。いつもいつも失敗ばかりで」

幸子「こ、ここは黙って立ち去るのが優しさですね。うんきっとそうです。ええ、ボクは優しいので!」

美穂「え?」

幸子「あ、えっと、はにかみ乙女さんおはようございますって、今度は乙女ですか!」

美穂「はいい、ごめんなさいごめんなさい」

幸子「あ、いえ、別に謝らなくてもいいんですが」

美穂「そ、そうですよね。すいません」

幸子「はあ、別にいいです。ところで、こんな所で何をしているんです?」

美穂「あの、輿水さんこそどうして? 誰も来ないと思ったのに」

幸子「う……そ、それはその! ほら小日向さんがそんな所でめそめそしていると聞いて慰めに来てあげたんですよ!」

美穂「そうですか……凄いですね輿水さんは、そんな事にまで気を配れるなんて」

幸子「え、ええまあボクは可愛いので!」

美穂「私は全然駄目です。今日もレッスンは上手くいかないし、歌もダンスも注意されてばっかりで」

幸子「えーっと、今日はほら、調子が悪かっただけでしょう! ボクにすらそんな日はあるんですから気にしたって仕方がありません!」

美穂「この前も、その前もずっと。置いてけぼりなんです、皆から」

幸子「あーもう、ならボクが気分転換の方法を教えてあげます!」

美穂「ひぇ? あ、あのどこ行くんですか?」

幸子「黙って付いてきて下さい!」

P「で、何で俺が――」

幸子「いいでしょう? 光栄に思ってください! 僕達の買い物の荷物持ちに任命してあげるんですから!」

P「お前、扱いに困って俺に放り投げてきただけだろ」

幸子「こういうのは本来、プロデューサーさんの仕事でしょう」

P「担当外のアイドルとこんな事して怒られないかな俺……」

幸子「そんな小さいな事を気にしているからいつまでたってもボクの可愛さに気づけないんですよ!」

P「まあ、それは置いておくとして問題はあっちか」

幸子「何であんなに縮こまってるんでしょうか。まあ、あれはあれで可愛いですが」

P「年上だぞ、まあ敬語使われても彼女の方が遠慮しちまうだろうが」

幸子「エスコートするのがあなたの役目でしょう?」

P「……貸しだぞ」

幸子「いいでしょう、もしきちんとできたなら空からだって飛び降りてあげますよ」

P「駄目だったらどうするんだ?」

幸子「あのキャッチコピーはボクが貰います」

P「分かったよ。その勝負、乗ってやる」

美穂「あ、あのあの、お仕事中なのに、すすみません、プロデューサーさ、さん!」

P「プロデューサーでいいよ、それに仕事も手が空いた所だったし俺にとってもいい気分転換になるから」

幸子「気にしないで下さい、ボクの荷物持ちなんですから」

P「……ここで立ち止まってても何だし、行こうか」

幸子「何で周りを気にしてるんです?」

P「周りからの視線がいつもより少ない、お前ら知名度無いな」

幸子「ぐ……まだまだこれからですよ!」

P「お前はな、ただ小日向さんがそういう理由で泣いてるってのは少し納得できた」

幸子「今はそんなの気にしなくていいんですよ、ついてきて下さい」

美穂「あわわ、人で一杯だよぉ~」

幸子「それがどうしたって言うんですか? ボクが選んであげますよ、ほらこれ何てどうでしょう?」

美穂「は、派手すぎないかなあ?」

幸子「これ位で丁度いいんですよ。目立たなくてどうするんですか、アイドルなのに」

美穂「わ、分かったから引っ張らないで~」

P「やれやれ、俺がエスコートするまでもない……ん?」

美穂「こんな服、着た事ないんだけど」

幸子「似合ってますよ小日向さん、ボク程ではありませんけどね。フフン」

美穂「スカートがひらひらしてるし、この上着……」

幸子「チュニックですよ、全く一から教え込まないと駄目な様ですね」

美穂「でもこれ、似合ってるのかなあ」

幸子「似合いますよ、ボクが言ってるんですから当たり前です。まあ、ボクは何でも似合いますけどね!」

美穂「こういうの、着てみた方がいいのかな」

幸子「まあ、無理強いはしませんけどね。気に入らないなら返せばいいだけです、着るのは小日向さんなんですから」

美穂「……分かりました! これ買います!」

幸子「ならまとめてあの人に会計させましょう、プロデューサーさん……あれ?」

美穂「な、何か違う方を見てますね……」

幸子「あの人、こんなに可愛いボクから目を離すなんて何を――」

P「あれが、ニュージェネレーションか」

幸子「ああ、この店のイメージモデルやってるんですね。それがどうかしましたか?」

P「初めて見たな。渋谷凛、本田未央」

美穂「島村卯月ちゃん」

P「小日向さん?」

美穂「凄いですよね、こんな綺麗なお店で大きな広告を出して」

P「幸子、彼女たちに会った事は?」

幸子「あるに決まってるでしょう、同じ事務所のアイドルなんですから」

P「どんな子なんだ?」

幸子「さあ? そこまで深くは関わってませんから、興味もありません」

P「ふーん。ま、そうだよな」

幸子「さあさ、プロデューサーさんの仕事はこちらですよ」

P「何だ? これ」

幸子「早く会計を済ませてきて下さい」

P「俺が?」

幸子「そうですよ、当然です」

P「この……」

幸子「気分転換に連れ出しておいて本人に支払わせるつもりですか?」

P「連れ出したのはお前であって俺じゃ――」

幸子「小日向さんに聞こえますよ」

P「覚えてろよ」

美穂「やっぱり、いいです」

P「え」

幸子「男らしくしないからです、全く」

P「いや、いいよ。こういうの持ってないんだろう? 着る服は多いに越したことないし」

美穂「いえ、きっと私に着られてもこの服が可哀想で」

P「一着でそんな大袈裟な」

美穂「卯月ちゃんが着てるんです、あそこで」

P「ああ、そうだなお揃いだな」

美穂「似合ってますよね、凄く可愛くて」

P「……だからと言って小日向さんに似合わないなんて事は絶対にない」

美穂「着れません、同じ服は」

P「買うよ、理由は知らないけど。ほら貸して」

美穂「駄目です」

P「これは命令だよ、プロデューサーとしての」

美穂「プロデューサーさん……駄目です、お願いします」

P「脅すようで悪いけど、ここで断るなら君のアイドルとしての道を閉ざす」

幸子「プロデューサーさん!?」

P「これはレッスンだ、俺からの」

美穂「れ、レッスンですか?」

P「そうだ、君の意志じゃない。俺の意思で小日向さんはその服を着るんだ。アイドルなら他人の意思で着なければいけない服なんていくらでもある」

美穂「わ、分かりました」

幸子「何であんな強引にするんですか! ボクすらちょっと驚きましたよ!」

P「島村卯月ってのはあの子にあんな思いさせて放っておく奴なのか? 見る限り、親交はあるみたいだけど」

幸子「さあ? ボクはボクにしか興味ないので」

P「もしそうなら俺は嫌いだな、そいつ」

幸子「事務所の看板に向かって凄いこと言いますね」

P「ま、ここだけの軽口だよ。行こう、ほらお前の分だ」

幸子「何ならここで着替えさせて貰いましょうか、小日向さん!」

P「次に行く場所のアテはあるのか?」

幸子「着替えている間に考えておいて下さい、この服の分くらいは付き合ってあげますから」

美穂「お、お待たせしました」

P「……着せてよかった、君のその姿を見れただけで今日は満足だ」

美穂「そ、そんな事」

幸子「ボクはどうですか!? ほら」

P「あーカワイイカワイイ」

幸子「感情が全く篭っていないんですが!」

幸子「全く、やっぱりあのプロデューサーさんはダメダメですね! ボクのこの姿を見て何とも思わないなんて」

美穂「あうー、何だか見られてる気がするよ」

P「ちょっと休憩するか、そこのベンチに座ってて」

幸子「ダメダメにしては気が利きますね、いいでしょう待っててあげます。何か持ってきてください」

P「何がいい?」

美穂「え、えーっとじゃあお茶で」

幸子「ならボクは――」

P「お茶ね、了解」

幸子「ボクはオレンジジュースですからね!」

P「天気に恵まれたなあ、いい日差しだ」

美穂「暖かいですね、ぽかぽかして気持ちがいいです」

幸子「まあ、ボクの魅力に太陽も顔を出したくなったんですよ」

美穂「そっか、じゃあ輿水さんに感謝しないと」

幸子「い、いえ別にいいですよ。ほらボクは優しいので」

P「普通に返されてたじろいでるな」

美穂「本当に、気持ちいい」

P「好きなの? こういうの」

美穂「小日向なんて苗字だからかもしれません。幼い頃から太陽の下で過ごす内に、いつの間にか」

P「小さな日向か、珍しい名前だな。そういえば」

美穂「照らされてばっかりなんですけれど、色んな人に」

幸子「ボクは照らし過ぎて眩しいくらいですよ! 全く困ってしまいますね」

P「その自信は一体どこからくるんだ」

美穂「凄いなあ」

P「いや、別にあそこまでなんなくても」

美穂「似合って……るんですよね? これ」

P「ああ、さっきの言葉に嘘はない。プロデューサーとしても、一人の男としても」

美穂「いいんでしょうか、似合ってしまっても」

P「話したいなら、聞くよ」

美穂「私が最初にこの事務所に入って会ったのが、卯月ちゃんなんです。当時から有名で、忙しそうにしてたんですけど」

P「小日向さんが入った頃……」

幸子「プロデューサーさんがトレーナーと勘違いされてた時ですね」

P「ああ、お前をしごいてた時期だな」

美穂「トレーナーだったんですか?」

P「ちょっと、ベテトレさんの陰謀に巻き込まれて。まあいいや、それで?」

美穂「あ、それで私は本当に失敗ばかりでその……」

P「ああ、何となく分かった。話したいところだけ話してくれればいいよ」

美穂「卯月ちゃんがよく励ましてくれたんです。大丈夫、一緒に頑張ろうって」

P「……へえ」

美穂「頑張ったらそれだけ、報われる時が来るからって。その言葉があるから私も頑張ろうって思えて」

P「あ、いい子だった」

幸子「会った時は謝ってください」

P「全くだ、じゃあそうやって頑張ってきたんだ」

美穂「そう、なんですけど。最近、会う事も少なくなってきて」

P「忙しそうだからなあ」

美穂「追いつこうと思って頑張って、絶対に報われるって信じてるんですけど」

P「寂しくなってきたのか」

美穂「私はまだこんな所にいて、卯月ちゃんに何も恩返しできてないなあって」

幸子「トップになればいいんですよ、それでまあ、少しはあなたのお陰でもありますって言えば完璧ですよ」

P「何で上から目線なんだよ。なるほどね、まあアイドルとして生きるならそういう問題は少なからず出てくるな」

美穂「今の私に、この服を着る資格はあるのかなって思ったら……何か自信を無くしちゃって」

P「その服、着ててどう?」

美穂「え? ……暖かいです、凄く」

P「さっきあの広告を見てた時、寂しそうではあったけどどこか嬉しそうにも見えてさ。島村さんが活躍してるの、小日向さんは嫌?」

美穂「嬉しいです! 本当に凄いなって、私もこうなりたいって」

P「なら、きっと相手もそう思ってるんじゃないかな」

美穂「卯月ちゃんが?」

P「そ、誰だって同じさ。売れたら売れた分だけ心が強くなる訳でもないんだから」

幸子「ボクは強いですが、フフン」

P「売れてから言え」

幸子「つまり、ボクの仕事ぶりを見てればニュージェネレーションすら平伏すというわけですか」

P「その絵はちょっと想像付かないが、少なくともそういう繋がりがあれば島村さんだって勇気づけられるさ」

美穂「私を見て、卯月ちゃんが」

P「その服を着てるって知ったら喜ぶんじゃないかな、彼女は」

美穂「そう、そうですよね。何かそう思ったら、ちょっとだけ楽になりました」

幸子「ボクといるんだから当たり前ですよ」

美穂「うん! 本当にありがとう」

幸子「い、いえいいですよ。ええ、ええ、それはもう」

P「全く、素直に感謝されることに慣れてないからな幸子は」

幸子「そんな事ありませんよ! この存在自体を世界中から感謝されてるんですから」

P「お前は仏陀か」

幸子「ああもう、いつまでいるんですか! とっと行きましょう」

P「へいへい、ま、もう少しいいかな?」

美穂「はい、エスコートよろしくお願いします」

幸子「ここですか?」

P「ここ」

幸子「何でゲームセンターなんですか!? もっと女の子が喜ぶ所はあるでしょう!」

P「そういう所に行き過ぎて、逆にこういう所が恋しくなってきたんだよ」

美穂「うわあ、キラキラしてます。あっちもこっちも」

P「それに、今日の目的は小日向さんの気分転換だろ? お前はまた連れてってやるよ」

幸子「フン、まあそれでいいですよ。ボクはこういう所でも楽しめますし」

P「来た事ないだろ? こういう所」

幸子「失礼な! ボクはあらゆる娯楽を嗜んでますから」

P「ふん、見てろよ」

幸子「わあっ! 当たりましたよほら、凄いでしょ。ボクはクイズをやっても天才ですね!」

P「何で勘でここまで当たるんだよ……」

美穂「えっと、これかな?」

P「こっちはこっちで全国ランキングに入る勢いだし」

幸子「Pさんは正答率八割ですか、まずまずですね。ボクには及びませんが」

P「次だ次!」

幸子「音楽に合わせてボタンを押すだけ、簡単ですね」

美穂「これ楽しいですね!」

P「マジか……俺のつぎ込んだ時間は、金は、熱意は」

幸子「才能の前では何の意味もありませんね!」

P「こんな所で知りたくなかったよ!」

幸子「次は何ですか? 何が来ても負ける気がしませんけど」

P「格ゲーだ、流石に才能だけじゃどうしようもないぞこれは」

幸子「才能では勝てないって認めましたね!」

P「うるさい、一部分の分野で勝っただけで威張るな」

美穂「でも、正面の台に誰かいますけど」

P「ん? 顔がよく見えないけど女の子か、まずは俺の実力をきっちり教えてやるか」

美穂「女の子の間でも流行ってるんですか? ロボットが戦ってますけど」

P「どうだろう? 対戦するのは初めてだな、まあきっちり本気出させてもらうけど」

幸子「ついに大人としての余裕すら捨てましたか」

P「恨むのなら、君の生まれの不幸を呪うがいい!」

???「……へえ、私を相手にしてこれだけやるんだ」

P「……白い……悪魔……」

幸子「真っ白に燃え尽きましたね」

美穂「三分で終わっちゃいましたあ」

P「は、はは……あははははははははははは」

???「って何だ? 幸子じゃん」

幸子「紗南?」

紗南「あれ? 女Pさんいるの?」

幸子「今日は仕事ではありませんよ、この人が真っ白に燃え尽きるのを眺めていただけです」

紗南「うん? あ、Pさんだ!」

P「よりによって紗南かよ、得意なのはテレビゲームだけじゃないのか?」

紗南「レビューしてくれって言われてるからやってるだけ」

P「それでこの実力か、オフを削ってやってんのか?」

紗南「まあね、ちょっと待って電話。はい、はーい、覚えてるって、うん、それじゃ」

P「用事か?」

紗南「ちょっと大きなゲーム大会があってそれのゲスト、それじゃ行くね」

P「おお、頑張ってな」

幸子「相変わらず元気ですね」

美穂「ゲーム、強いんですね」

P「ほとんどプロだよ、道理で異次元の強さだと思った」

幸子「負けた事実に変わりはありませんが」

P「分かってる……どうする、勝てるジャンルは絶対にある、それを――」

美穂「わあ、可愛い」

P「ん?」

幸子「ああ、クレーンゲームですか」

美穂「真っ白な熊さんです」

P「また大きいな、何か他にも入ってるみたいだけど」

幸子「統一性がありませんね」

美穂「ぎゅーってしたいなあ」

P「よし、最後の勝負はこれにしよう」

幸子「いいでしょう、ルールはどうするんです?」

P「もちろん、この熊を取った人の勝ちだ、一回きりの真剣勝負だ」

美穂「いいんですか?」

P「取れる保障はないけど、三人合わされば何とやらってね」

幸子「フフン、ボクからプレゼントしてあげますよ!」

P「まずは俺だ」チャリーン

幸子「お手並拝見ですね」

P「重要なのはタイミングだ、そして思い切りの良さ……ここだ!」

幸子「惜しいですが、少しずれましたね」

美穂「でも、何か掴んでます!」

P「本当か? よし、外れよりはマシだ。さて何かな」

幸子「ドヤ!」

P「」

P「何でお前なんだよ!」

幸子「可愛いでしょう、大当たりじゃないですか」

P「まさかお前のぬいぐるみがこんな所に入ってるなんて」

幸子「神様からのプレゼントですね」

美穂「本当にそっくりですね」

P「ああ、このドヤ顔」

幸子「これはボクの勝利は確定という証ですね」チャリーン

P「自分で自分のグッズを取ったら面白いな」

幸子「可愛いもの同士は惹かれあいますからね、それも仕方がありません」

美穂「でも、さっきよりも取りやすくなってます」

P「俺が取った分だけスペースができてるな、これはいけるか?」

幸子「いきますよ!」

P「でもずれたか、何かは掴んでるが」

幸子「きっとボクですね!」

ルキトレ「ジャジャーン!」

P「」

幸子「」

P「あいつ何やってんだよ!?」

幸子「な、何でルキトレさんのぬいぐるみが」

美穂「うわあ、これも可愛いです」

P「一体どこの誰がどこと掛け合ってこんなグッズが生まれたんだよ!」

幸子「まあ、とりあえずこれで最後な訳ですが」

美穂「私ですね」チャリーン

P「ま、ここで取れたら持ってるな」

幸子「変にプレッシャーを掛けないで下さい」

美穂「……」

幸子「何だか、雰囲気が」

P「いい集中力だ、やっぱり統括がレッスンのメンバーに入れるだけの事はあるんだな」

幸子「頑張れ、頑張れ」

P「さあ、どうなる?」

美穂「ここです」

幸子「掴んだ!」

P「こっからだ、掴んだところでそれを掴みきらないと」

美穂「頑張って、クレーンさん」

幸子「いけますよ!」

P「いや……下のが引っ張ってるな。もうクレーンの方が――」

美穂「上がった!!」

幸子「いや確かに上がってますけど」

P「何か色々とくっついてきてないか?」

きらり「にょわー!」

蘭子「やみのま!」

マストレ「私だ」

P「やっぱりあなたの仕業ですか!」

美穂「えへへ、四つも取れました」

P「凄いな本当に。何かもう、それしか言い様がない」

幸子「フ、フン、まあ今回は譲ってあげますよ」

美穂「事務所に飾りましょう、賑やかになりますよ」

P「当事者たちの反応が楽しみだな」

美穂「今日は本当に楽しかったです、ありがとうございました」

幸子「ボクからも合格点をあげますよ、喜んでください」

P「つまり、あのキャッチコピーはありすのものでいいんだな」

幸子「まあ、名前負けしないように頑張ることですね」

美穂「あ」

P「ニュージェネレーションの看板だな、また違う企業のか」

美穂「はい……私もいつかあんな風になって、皆に幸せな気持ちを届けたい。卯月ちゃんに恩返しする為にも」

P「そっか、じゃあ追いかけないとな」

美穂「はい!」

――

幸子「まあ、いい日でしたね」

P「ああ、ところでお前にいいお知らせがあるんだが」

幸子「何ですか? さてはボクに何か仕事が入りましたね」

P「ああ、さっき女Pさんと話をつけた。来週から練習が始まるから頑張れよ」

幸子「練習? なるほど、そんなにハードなライブなんですか? いいでしょう、何曲だって歌いますよ」

P「違う、スカイダイビングだ。高度8,000mからの挑戦」

幸子「ははははははははい!?」

P「言った通り空から飛び降りてもらおう、じゃあな」

幸子「ちょっと待って下さい! 誰かに変わってあげますよ、ボ、ボクは優しいので! ちょ、ちょっと、プロデューサーさん!?」

短いですが終わり、次回はちょっと間が空きます

連作短編その5 ゆかり「夢の舞台」

スタッフ「それでは、今回のオーディションの結果を発表します。名前を呼ばれた方は立ち上がって前の席に移動して下さい」

監督「今回の『ダブルアクト』は、二人の対照的な女性の人生に焦点を当てた舞台だ。光の中で生きるリーゼと、日陰者のクリスの二人の間の愛憎劇。
   このオーディションの最終選考に残った者は皆、素晴らしい役者ばかりだが最後は私のイメージと最も合致する女優を選ばせてもらった。
   これからハードな練習が続くと思うが、この舞台に参加する者は全てを賭ける覚悟で望んで欲しい。以上だ」

スタッフ「それでは発表します。まずリーゼ役、水本ゆかりさん。一言、挨拶をお願いします」」

ゆかり「今回の劇、台本を読んで演じたいと思った役がリーゼでした。本当に選ばれて光栄です、皆さんこれからよろしくお願い致します」

スタッフ「ありがとうございます。それではクリス役の発表に移ります、黒川千秋さんです」

千秋「この度、クリス役を演じる事になりました黒川千秋と申します。素晴らしきスタッフ、役者の方々と仕事が出来る事に喜びを感じています。
   努力は惜しみません、最高の結果を残しましょう」

P「ふう……何か見てるだけで疲れた」

ありす「凄い緊張感でした……」

P「あの二人はもう慣れてるからなあ、選ばれた時も堂々としてた」

ありす「本当に凄い舞台なんですね」

P「お前も出るんだぞ、オーディション合格おめでとう」

ありす「ちょっとの役ですよ」

P「それでもこの劇にとっては必要不可欠の役だ、セリフは少ないけど出番は多い。ちゃんと練習しような、俺も付き合うから」

ありす「はい、頑張ります」

千秋「物足りないわね」

P「千秋さん、お疲れ様です」

千秋「その程度の気合でこの舞台に参加するつもり?」

P「誤解を与えてしまったかもしれませんが、この子にそんなつもりはありません。私もサポートしますので」

ありす「あの、よろしくお願いします。まだ初めてですけど、頑張ります」

千秋「あなたにとっては初めてでも、そんな事は観客にとっては関係ない。それだけは覚えておいて」

P「プレッシャー掛けてきたなあ」

ありす「えっと、大丈夫でしょうか?」

P「あの人は真面目だから、あんまり気にするな。普通にやってればどうこうは言われないって」

ありす「台本、全て覚えます」

P「ああ、まずはそれからだ」

P「よかった、空いてるな。事務所内にカフェがあるってのは便利だけど、いつも混んでるんだよな」

ありす「でも、これで落ち着いて台本が読めます」

P「まずは全体の物語の理解だな、簡単にあらすじ言ってみろ」

ありす「歌の上手な二人の姉妹リーゼとクリスはいつも貴族達のパーティに呼ばれ、毎晩の様にその歌声を披露する日々を送っていました。
    ですがその賞賛はリーゼばかりに向けられ、クリスはいつもそんな妹の影に隠れていました」

P「そうだな、序盤はそんな所だ」

ありす「何でクリスって人は呼ばれて行くんでしょうか? 比べられて惨めな思いをするだけなのに」

P「何でだと思う?」

ありす「なんでって……認められたいからですか?」

P「今はまだいいよ、続きは?」

法子「新作のドーナツですよ」

P「あれ? 注文したっけ」

法子「サービスですよ、新作の試供品です」

ありす「白と黒のドーナツ?」

法子「またゆかりちゃんが舞台に出るって聞いて、それに合わせた新作を作ってるんだ」

P「なるほど。で、注文したのは?」

法子「えーっと、伝票どこにやったかなあ?」

P「あのなあ、その年でここで働いてるのも問題だってのに」

法子「細かい事を気にしたら駄目ですよ、設備を使わせてもらってるお返しみたいなものなんですから」

P「せめて飲み物だけでも頼む、これ単体で食べるのはちょっとな」

志保「お待たせしました、アイスティーといちごオレになります」

P「何だ、本職がいたか」

志保「急に人が足りなくなったって言われちゃって、ありすちゃんは甘いもの好き?」

ありす「別に、そんなにでも」

P「好きに決まってるだろ、いちごオレにいちごケーキなんて頼むくらいなんだから」

ありす「プロデューサー!」

志保「わあ照れてる、かーわいいっ! パフェにして持ってきてあげるね」

P「いいのか?」

志保「いい舞台にしてくれたらそれでいいですよ、楽しみにしてますから」

法子「その時はコラボってことでドーナツも売り出しましょう!」

P「お前はバレンタインの企画で散々やりたい放題したばっかりだろ……」

法子「そうだっけ?」

P「しかしここも人手不足なのか、求人出すように言っとかないと」

志保「なかなか難しいんだよねえ、芸能事務所の中のカフェって」

P「社員食堂みたいなノリでいいんだけどなあ、安いし。味なんて食えれば何でも」

志保「お客さんが皆アイドルだから、やっぱり他とは違んですよ」

P「そんなもんかなあ。で、俺のオムライスはまだ?」

志保「い、今からオーダー通しまーす」

P「何でいつも俺のオーダーは適当なんだよ!」

法子「だからドーナツですって!」

ありす「うう……」

P「調子に乗って食べ過ぎたな、俺は事務所いるから寄る所があるなら行ってこい」

ありす「はい……」

P「自己管理もまだまだか、まあ食欲があるのはいい事だけど。Pです、戻りました」

ゆかり「おしばい……いっぱい……」

P「っとと、主役の邪魔しちゃいけないか」

女P「練習ハードなの?」

P「ああ、お疲れ様です。いや、まだ始まってもないんです」

女P「という事は自主練ってことね、本当に熱心な子が多いわここ」

P「言わなくてもやれるっていうのは凄いですよね、まだ若いのに」

女P「本番はいつ?」

P「一ヶ月半後ですね、ちょっと短いんですけど。出る役者が大物ばかりで」

女P「まあ、この子達ならやれるでしょうけど。ありすちゃんも出るんでしょ?」

P「正直、この劇の一番の不安要素ですね」

女P「下手なの?」

P「評価はこれからですが、思ったより舞台上にいる時間が長い上に主役と絡むシーンがあるんです」

女P「なんでそんな役がもらえたの?」

P「基礎的な演技指導してオーディションに送り出しただけなんですけど」

女P「なら大丈夫じゃない? 選ぶ方は私達以上のプロなんだから」

P「ま、信じるしかないですけどね」

ゆかり「ん……ふあ?」

P「あ」

女P「じゃ、お先」

P「え」

ゆかり「あふ……ん? ふぇ?」

P「ああ、おはよう水本さん」

ゆかり「え、えっと……その、あっと!」

P「いや、起こしてしまって申し訳ない」

ゆかり「いえあの、台本を読んでてそれで」

P「いいて、別にそこのソファは誰が使ってもいいんだから」

ゆかり「すいません、うとうとしてしまって」

P「主役おめでとう、水本さんみたいなアイドルがいて俺も嬉しいよ」

ゆかり「いえ、そこまで言って頂かなくても」

P「本心だよ、ありすがお世話になるけど宜しく」

ゆかり「いえ、こちらこそ。いい舞台にしましょう」

P「舞台はこれでどれくらい出てるの?」

ゆかり「主役としてお話を頂けのは4本目です」

P「凄いな、もうベテランだ」

ゆかり「今回はお相手が同じ事務所の方ですから、また違う緊張感があるんですけど」

P「千秋さんね、話したことある?」

ゆかり「いえ、まだ顔合わせをしただけで」

P「まあ、あんまり馴れ合わない人だからなあ。悪い人じゃないよ、ストイックで真っ直ぐな人だ」

ゆかり「はい、一緒にお芝居できて嬉しいです」

P「今回は俺がメインで付くから、何かあったら何でも言って。スケジュールも希望通りにするから」

ゆかり「大丈夫ですよ、お先に失礼します」

P「お疲れ、また明日。ふう……三人のスケジュールもチェックしないとな。あれ、誰かいるのか? いないな……何か気配がしたんだけどな」

ありす「……私が……不安要素」

聖來「おっ千秋だ、元気?」

千秋「見て分かるでしょ」

聖來「主役おめでとう! いい役もらえたみたいだね」

千秋「上に行く為のいいステップではあるわね」

聖來「クールだね、本当」

千秋「それで何の用? あなたも暇じゃないでしょう」

聖來「今回の舞台、事務所の二人が主役でしょ? だから私が関係者へのインタビューとかの担当になりましたってご挨拶」

千秋「そう、邪魔しないことね」

聖來「はあ……主役のインタビューが成り立つか不安になってきた」

千秋「もう一人いるじゃない」

聖來「千秋も主役でしょ」

千秋「いいのよ、今回は日陰者だもの。目立たないくらいで丁度いいわ」

聖來「ま、いつも通り頑張って。明日から練習でしょ?」

千秋「そうね、楽しみだわ……本当に」

監督「では今日はこれで終わりだ、体を休めて明日に備えておけ」

P「お疲れ様、練習が始まってもう一週間だけど順調だね」

ゆかり「ありがとうございます、私も今回は調子が良くて」

P「傍目から見てても惚れ惚れするよ、千秋さんも」

千秋「取ってつけたように言わなくてもいいわ、私はいつも通り」

P「そうですね、でも成長してますよ。初めての時とは大違いですから」

千秋「……言うわね」

P「仕事ですから」

ゆかり「お二人はずっと一緒に仕事を?」

P「たまーにね、最初の方は本当に」

千秋「黙りなさい」

P「後でこっそり教えてあげるよ」

ゆかり「約束ですよ」

千秋「何を言ったのかしら?」

P「何でしょう」

千秋「あなたといい聖來さんといい本当に」

P「はは、ではお疲れ様でした」

ゆかり「プロデューサーさんは?」

P「ありすの様子を見に行ってきます。その後、千枝を迎えに行かないといけないので時間としては少しなんですけど」

ゆかり「いいものですね。仕事が終わった時、誰かがいるって」

千秋「誰かは迎えに来るでしょう?」

ゆかり「それは、そうですけど」

千秋「鬱陶しいだけよ。こんな仕事を取ってきました、次はこんな仕事ですって。選択肢がないんだもの」

ゆかり「それはきっと」

千秋「何かしら?」

ゆかり「いえ、何でもありません」

P「よ、ありす」

ありす「あ、プロデューサー……」

P「上手くいってるか?」

ありす「はい、あの大丈夫です。問題ないです」

P「そうか? ごめんな、練習あんまり見てやれなくて」

ありす「平気ですから、プロデューサーは自分の仕事に集中して下さい」

P「だから聞いてるんだよ、平気か?」

ありす「……大丈夫です、気にしないで下さい」

P「分かった、じゃあまた明日」

ありす「……頑張らないと」

千枝「遅いです!」

P「時間通りだろ? 何で怒ってるんだ、レギュラーの収録に俺が付く必要なんてないだろ」

千枝「こうやって迎えに来るの、もう二週間ぶりなんですよ」

P「なら、専属のマネージャー雇うか?」

千枝「それは嫌です」

P「どうしろってんだよ」

千枝「罰として、ご飯に連れて行って下さい」

P「まあ、そのつもりだったから別にいいけど。食ったらまっすぐ寮に行くからな」

千枝「最近、千枝の扱いが適当な気がします」

P「何でだよ、俺が最初から見てる数少ないアイドルの一人だってのに」

千枝「この前、春菜さんと一緒にカフェ行ったって聞きました」

P「あいつ、またポロポロと」

千枝「次、みくさんのラジオに付き添うんですよね」

P「何か無理やり入れられてたんだよ、舞台の方で俺も忙しいんだけど」

千枝「分かってますけど……寂しいです」

P「悪かったよ、今度また一緒にどっか行こうか」

千枝「旅行でもいいですよ、京都に行ったみたいに」

P「最近は海外進出もしてるからなあ、イタリアとは恐れ入る」

千枝「楽しかったですよ……Pさんは来れませんでしたけど」

P「お土産ありがとうな」

千枝「い、いえ、あ、あそこにしましょう」

P「ファミレスでいいのか?」

千枝「はい、今日はお腹が空いたのでハンバーグにします」

P「りょーかい」

P「おはようございま――」

ゆかり「……ふにゃ……なふ……」

P「まだ朝の7時前だぞ……」

ゆかり「……ぶたい……えへへ……」

P「気持ちよさそうに寝てるけど、どうすっかなこれ」

千秋「また随分と暢気なものね」

P「千秋さん、何してるんですか?」

千秋「この子に呼ばれたのよ、練習に付き合ってくれって」

P「はあ、何でまた」

千秋「必死なんでしょ、この子なりに」

P「だからってここで寝てても疲れるだけだろうに」

千秋「この子は寮暮らしなんでしょう?」

P「そう思いますよ。千秋さんみたいに部屋を借りてる訳でもないみたいですから」

千秋「なるほどね、あなたこの子の練習に付き合ってあげなさい」

P「俺が相手で練習になるんですか?」

千秋「それすら出来ないなら、私の仕事に付く資格もないわ」

P「いや、千秋さん練習に付き合う為に来たんですよね? こんな朝早くにわざわざ事務所まで来て帰るんでですか?」

千秋「気が変わったのよ」

P「マイペース過ぎだろおい。はあ、この子も約束すっぽかされて可哀想に」

ゆかり「はむ……」

P「どんな夢を見てんだか、さあて仕事するか」

P「この企画書はこれでいいか。後は統括に見てもらって……オーディションの案内が来てる。誰を出すか……」

ゆかり「お疲れ様です、早くから凄いですね」

P「起きたんだ、何か飲む?」

ゆかり「私が入れます、何がいいですか?」

P「じゃあ紅茶で、ストレートでいいから」

ゆかり「分かりました、待ってて下さいね」

P「ああ、ありが――ちょっと待った!」

ゆかり「はい? 場所なら知ってますよ」

P「いや、火傷したらどうするんだ」

ゆかり「そこまでおっちょこちょいではありませんよ」

P「そういう問題じゃない、何かあったら俺が嫌だ」

ゆかり「そこまで心配しなくても」

P「ったく俺もいつもの調子で、えっと何がいい?」

ゆかり「あ、はい。では同じものを」

P「台本ぼろぼろになってるけど、新しい物と取り替えなくていいの?」

ゆかり「いえ、いつも同じ物を最後まで使うんです。何だか愛着が湧いてしまって」

P「へえ、珍しいね」

ゆかり「何なんでしょう、執着なんでしょうか」

P「そんな事ないよ、物を大事にするってのはいい事だ。俺だって愛着のあるものくらいあるしな」

ゆかり「プロデューサーさんもあるんですか?」

P「ま、生きてれば一つや二つはね。はい、お待たせ」

ゆかり「……おいしい」

P「味なんて変わらないって」

ゆかり「いえ、違いますよ。人から入れてもらうのって」

P「ふうん、そんなもんかな」

ゆかり「プロデューサーさんは紅茶はどういったのがお好みですか?」

P「俺? 何でも飲むけどなあ、仕事中に口寂しいから飲んでるようなもんだし」

ゆかり「なら何か美味しそうなもの見つけたら、まずプロデューサーさんにお持ちしますね」

P「それはありがたいな、このまま成人したら煙草に走っちゃいそうで怖くってな」

ゆかり「それはそれで似合いそうですね」

P「流石にそんな貫禄はないって」

みく「おっはにゃ~っ☆」

P「おはよ、騒がしいのが来たな」

みく「Pチャン! はるにゃんと一緒にカフェ行ったって本当にゃ!?」

P「行ったよ、春菜からだな」

みく「何でみくを呼ばなかったのにゃ!」

P「春菜が呼ばなかったって事はそういう事だろ」

みく「ぐぬぬ……」

P「ほら、今日はラジオ収録だろ。さっさと行くぞ」

みく「次は絶対にみくと行くにゃ!」

P「気が向いたらな」

みく「絶対にゃ!」

ゆかり「……」

みく「今日も始まりましたワンニャフルラジオ、まずはゲストの紹介にゃ」

瑞樹「こんにちは、川島瑞樹よ。今日は呼んでくれてありがとう、楽しくやりましょうね」

みく「もちろんにゃ、それではいつものコーナーから始めるにゃ」

瑞樹「ふふ、本当ににゃが付くのね」

みく「うう……言われても治せないのにゃ」

瑞樹「いえ、とっても可愛いわ。ごめんなさい、どうぞ続けて?」

みく「それでは最初のコーナー! 今日のみくにゃん! このコーナーではリスナーの方からみくの日常を愉快に勝手に想像してもらうコーナーにゃ」

瑞樹「みくちゃんの日常? そうね、猫と戯れてそうね」

みく「それもとっても楽しいにゃ、でももっと楽しいことを見つけるためのコーナーにゃ!」

瑞樹「そうね、そういう気持ちって大事よね。では一通目、ペンネーム眼鏡布教計画さんから……また凄い名前ね」

みく「少し前にはるにゃんがこのラジオで暴走した結果にゃ……とりあえず読んでみるにゃ」

瑞樹「みくにゃんがいつも行っている猫カフェがお休みで、行くあてもなくブラブラしてたらいつの間にか犬カフェに迷い込んだみくにゃん。
   キャラ替えですか、みくにゃんのファンやめます」

みく「犬カフェってどこにあるのにゃ?」

瑞樹「みくちゃんの犬キャラねえ、わんって付けてみたら?」

みく「いやにゃ、みくは自分を曲げないにゃ!」

瑞樹「可愛いと思うのだけれど残念ね、では二通目。ペンネームわんわんさんから、またタイムリーな名前ね」

みく「嫌な予感しかしないにゃ」

瑞樹「猫キャラが増えてきた為、自身のキャラに疑問を持ち始めたみくにゃん。ウサミミを付けてみるも、似合わず鏡の前でうな垂れるみくにゃん。
   猫への裏切りですか、みくにゃんのファンやめます」

みく「そんな事してないにゃ!」

瑞樹「増えたわよね、猫耳。雪美ちゃんにのあちゃんに」

みく「このままじゃみくの個性が取られてくにゃ!」

瑞樹「いっその事、皆に猫耳プレゼントしてユニット組んでみたら?」

みく「じゃあ瑞樹にゃん付けてみるにゃ」

瑞樹「え? わ、私? じゃあお言葉に甘えて、にゃにゃーん! 川島瑞樹ちゃんだにゃ! よろしくにゃ!」

みく「では次のコーナー」

瑞樹「これでも精一杯頑張った結果なのよ!」

みく「おっつかれだにゃ!」

P「お疲れ、今日も面白かったよ」

瑞樹「私も楽しかったわ、本当にいつも元気ね」

P「元気すぎて振り回されてますよ」

瑞樹「ふふ、分かるわ。そうだ、P君は私の猫キャラはどう思う? 率直な意見を聞かせてちょうだい」

P「え、えー……まあ、あはははははは」

みく「目が泳いでるにゃ」

瑞樹「へえ、つまり何が言いたいのかしら?」

P「もういいでしょう! とっとと帰りますよ!」


聖來「練習の取材はこの日でいいの?」

P「そうですね、大体の形が整ってくるのが大体この辺りなので。役者さんも完成形が見えてからの方が質問にも答えやすいと思いますから」

聖來「ふーん、Pくんがそう言うならそうなんだろうね」

P「練習もようやく波に乗ってきましたから、これからが楽しみですよ」

聖來「統括には何もされてない?」

P「されてませんよ、この前だって何もなかったでしょう?」

聖來「それが不思議なんだよねえ」

P「忙しくてそれどころじゃないでしょう、統括にだって仕事があるんですから」

聖來「ま、こんな大きな仕事にどうこう口出してくるはずもないか」

P「そうですよ、それよりちゃんとインタビューの内容は考えといてくださいね。自分でやるって言い切ったんですから」

聖來「ありきたりな質問は真面目な雑誌に任せちゃおうと思って、ねえねえ千秋やゆかりちゃんの何を知りたい?」

P「特にありませんって」

聖來「事務所のアイドルに興味ゼロ、と」

P「誰もそこまで言ってませんよ、ファンの聞きたいと思うことを聞いてください」

聖來「何かはあるでしょ? 好きな男のタイプとか」

P「いきなりそんな質問したらつまみ出しますからね」

聖來「わんこ君のいじわる」

P「誰がわんこですか誰が」

ゆかり「っぷ、くくく」

聖來「お、誰かと思えば主役のご登場! 今回の意気込みをどうぞ」

P「普通の質問はしないんじゃなかったんですか?」

聖來「ならどんな質問されたいんですか?」

P「インタビュアーの質問ですかそれ……」

ゆかり「では私から質問を一つしてもいいですか?」

聖來「お、いいよー。お姉さんにどんと来なさい」

ゆかり「どうやってプロデューサーさんとそんなに仲良くなれたんですか?」

聖來「Pくんと?」

P「またコメントに困る質問が」

聖來「どうだったっけ?」

P「どうって言われましても、そもそもそんなに仲良いいんでしょうか?」

聖來「泣く」

P「大の大人が何を言ってるんですか……」

聖來「何? この子に興味持ったの?」

ゆかり「はい、少し」

聖來「ふうん……そっか!」

P「何がそっか、なんですか」

聖來「何にも、ただちょっと納得しただけ。日程はさっきの通りでいいんだよね?」

P「はい、変更があればこちらから連絡は入れます」

聖來「なら私は今日のところは帰るよ、じゃあ楽しんでねー」

P「何をですか……」

ゆかり「へ、変な空気になってしまいました」

P「まあ、面と向かってそんな事を言えばね」

ゆかり「あの、ちょっと座りませんか?」

P「……ああ、別に構わないけど」

ゆかり「……ふふっ」

P「そんなにおかしかったかな?」

ゆかり「聖來さんってもっと格好良いイメージを持っていたんですけど、お茶目なんですね」

P「まあね、大人と子供の両面をバランスよく持ってる人かな」

ゆかり「今回の劇のリーゼとクリスは完全に別れてしまっていますから、聖來さんとは真逆ですね」

P「リーゼね、どう? 水本さんから見て」

ゆかり「私に似てるなあって」

P「リーゼに?」

ゆかり「意外ですか?」

P「いや、何というかリーゼって」

ゆかり「私って、我侭なんですよ。どうしても欲しいものがあったら何としてでも手に入れたくなってしまうんです」

P「そうなの……かな……」

ゆかり「劇の上では、皆が私だけを見ていてくれる。その事が嬉しくってたまらないんです」

P「リーゼって、そういう人なのかな」

ゆかり「え?」

P「あ、いや。確かに純粋すぎて他を顧みなかった結果、ああなったって言うのは褒められたことじゃないんだけどさ。
  俺はそれを我侭とは思わなかったから」

ゆかり「プロデューサーさんの中には、また違うリーゼがいるんですね」

P「まあ、でも物語なんてそんなもんだよ」

ゆかり「もっと教えて下さい、プロデューサさんを。プロデューサーさんの中を」

P「俺の? 参考になるかな」

ゆかり「はい! もっと聞かせて下さい、プロデューサーさんの中の私はどんな風なんでしょう、そこに近づければきっと」

P「きっと?」

ゆかり「……秘密です」

ゆかり「聞いてクリス! 決して私はそんなつもりでは無かった!」

千秋「黙りなさい! あなたが踏み潰した! 誰と比べられようと、誰が何と言おうと、私が本当に欲しかったものまで全て貴方が奪い去った!」

ゆかり「また二人で歌いましょう? あの頃のように、手を取り合って」

千秋「その手を振りほどいたのはお前の方だ!」

監督「はいそこまで! 10分休憩だ!」

千秋「……ふう」

P「どう思います? 彼女」

千秋「変わりつつあるわね、演技そのものが」

P「ですよね、何かこう……危機迫ってる」

千秋「あなた、何かしたの?」

P「まさか、今回はノータッチです」

千秋「本当かしらね? 変な所でお節介な癖に」

ゆかり「今日も来てくれたんですね」

P「ああ、仕事だからね」

ゆかり「それでも嬉しいですよ、今日はどうでしたか? ちょっと変えてみたんですけど」

P「ああ、千秋さんとも話してたんだけど」

ゆかり「少しはプロデューサーさんのイメージに近づけましたでしょうか?」

P「ど、どう思います?」

千秋「私の意見はいらないんじゃないかしら?」

P「何で拗ねてるんですか」

千秋「さあ?」

ゆかり「プロデューサーさん、次はここからなんですけど」

P「分かった、分かったから引っ張らなくても聞くから」

千秋「……ふうん、そういう事」

ゆかり「どうして、どうしてそうなってしまったの?」

千秋「自覚もない? ええそうね、ないでしょうね! その純粋さが憎らしい! 全ては私の為と! 全ては皆が喜ぶからとそう言って!」

ゆかり「何で、何でこんな事に……」

千秋「あなたは全てを奪い去っていく! 私は何もいらなかった! ただ、ただ歌さえあればそれだけで良かったのに!」

ゆかり「あのねクリス、この世界には歌だけじゃないのよ! もっともっと楽しいものがたくさんある! それを知って欲しかっただけなの!」

千秋「そんなもの、知りたくなかった……。この世界だけで私は幸せだったのよ」

ゆかり「クリス……?」

千秋「行きなさい、あなたはあなたの世界で生きていけばいい、知ってるクリス? 籠の中に慣れてしまった鳥は、外の世界では生きていけないのよ」

ゆかり「クリス!!」

演出「監督どうです? いい出来になりそうですよ」

監督「まずまずだ」

演出「また手厳しい」

監督「君か」

P「お世話になっております」

監督「……久しぶりだ」

P「監督も元気そうで何よりです」

監督「楽しいか? その世界は」

P「私なりに楽しんでますよ」

監督「まあいい、あの子達だが」

P「何か?」

監督「少し入れ込み過ぎだ、仕事としては申し分ないが少し肩の力を抜くように言っておけ。特に水本ゆかり、あれは危険だ」

P「流石ですね」

監督「何年いると思ってる、伝えたからな。後はお前の仕事だ」

ありす「……ブツブツ」

P「こっちはこっちで危険だな……ありす、ありすっておーい。やれやれ気づいてないな」

ありす「間違えないようにきちんと間違えないようにきちんとしっかり」

P「わっ!」

ありす「はわっ!」

P「はは、驚きすぎだ」

ありす「何するんですか!」

P「俺に呼ばれて気づけないありすが悪い」

ありす「いきなり大声出す方が悪いです」

P「何だよ、そこまで神経質になんなくてもいいだろ? 本番まで一ヶ月あるんだぞ」

ありす「失敗したらどうするんですか」

P「練習って、失敗の積み重ねだろ」

ありす「それじゃ駄目なんです」

P「何でそんな完璧主義者みたいなことを……どれ? 台本見せてみろ」

ありす「あっ」

P「台詞合わせも出来てないよな、来週にでもするか。スケジュール調整しとくから」

ありす「そこまでしないと心配ですか?」

P「当たり前だ、担当だぞ。一番お前が心配だし、不安だ」

ありす「……そうですか」

P「でも、同じくらい楽しみで期待もしてる」

ありす「心配なのに、ですか?」

P「あのなあ、最初から出来たら俺いらないだろ」

ありす「でも、その方がプロデューサーは楽です」

P「楽は楽だけど」

ありす「そうじゃないですか、やっぱり」

P「ああもう! あのな、俺はありすが舞台で演技するの凄く楽しみでいくら金払っても見たいんだよ。主役とか物語とかどうでもいいくらい、ありすが
  衣装着てきちんと動けたら手が腫れるくらい拍手するし声も上げたいんだ」

ありす「い、いきなり何を言い出すんですか」

P「監督から褒められてたら俺も嬉しいし、お客さんから拍手もらえたらそれだけでこの仕事は成功だ。ああ違うな。要するに何が言いたいかっていうと、
  俺はありすの力になりたいんだ。例えどんな事でも」

ありす「よ、よくそんな恥ずかしい事をさらさらと言えますね、やっぱりロリコンですか」

P「何でそっち方面に話が飛躍するんだよ!」

ありす「……別にいいですけど」

P「いや、よくないだろ」

ありす「こんな時だけきちんと反応しないで下さい、もう出番ですから行きます」

P「おう、頑張ってこいよー」

ありす「分かってます!」

ゆかり「あの子が、プロデューサーさんの担当の子なんですか?」

P「ん? まあ、厳密に決まってるわけじゃないけど。俺が中心に見てる子の一人かな」

ゆかり「他にもいるんですか?」

P「うーん、この事務所は担当とかないからその時によるんだけど……多いのは春菜とか千枝とかあいさんとか、かなあ。後は楓さん辺りもそうか」

ゆかり「そう……何ですか」

P「まあ、まだまだだけどさ。楽しいんだ、少しずつ成長していってくれるのを見守れるのって」

ゆかり「プロデューサーさん」

P「何?」

ゆかり「もし、もしこの舞台が上手くいったら――」

聖來「あ、こんな所にいた」

P「聖來さん? 今日でしたっけ?」

聖來「まあ下見、ちゃんと許可は貰ったよ」

P「なら別に構いませんけど」

聖來「Pくんの事、千秋が探してたよ。行ってあげて」

P「千秋さん? 何だろう」

聖來「ほらほら行った行った」

P「分かってますよ、じゃあまた後で」

ゆかり「ええ、また後で」

聖來「行ってらっしゃーい」

ゆかり「それで何か?」

聖來「そこまで彼に踏み込む理由は何? 何か、他の子とは違うから気になって」

ゆかり「私はリーゼですから」

聖來「答えになってないよ」

ゆかり「いえ、それが全てです」

P「呼んでましたか?」

千秋「いいえ、分かっていたんでしょう?」

P「聖來さんの嘘でしょう」

千秋「なら、どうして来たの? 適当にどこかで時間を潰しておけばいいじゃない」

P「あの子は、統括が見てる子ですよね」

千秋「そうね」

P「小日向美穂という子とこの前、少し話したんです。あの子もまた孤独で、暖かさを求めてた」

千秋「彼女も同じって言いたいの?」

P「いえ、寧ろ真逆です。水本ゆかりはそんな女性ではありません、確かにリーゼと似ている存在ではある」

千秋「クリスの私には分からないお話ね」

P「あなたの世界は誰かに壊されるようなやわな物じゃない」

千秋「……嫌味?」

P「千秋さんにそれを言える度胸はないです、本心ですよ」

千秋「言うようになったわね、本当に」

P「小日向さんは迷っていました、どうすればいいのか分からずに。ただ、彼女は違う」

千秋「少なくとも、自覚はしてるわね」

P「はい、自分に足りないものが何かきちんと自覚しているからこそのあの行動です」

千秋「自分に近く、それでいて自分とは立場の違う存在ね。必要なのかしら?」

P「それを千秋さんが言うのは、少なくとも水本さんにとっては卑怯でしょう」

千秋「リーゼはクリスからたくさんの物を奪い去っていったわ、与えてくれた物と同じ数だけ」

P「一つだけ奪えませんでしたね、リーゼは」

千秋「それが分かるのかしら、あの子達に」

P「まあ、まだ一ヶ月ありますよ」

千秋「早いわよ、一ヶ月なんて」

P「要はこのセリフだろ? どうしてあなたはそれでも舞台に立つのですか? ラスト前だな」

ありす「はい……」

P「何でだと思った?」

ありす「仕事だからでしょうか」

P「この時点ではもう違うよ、少なくともそういった観点で見るならクリスが舞台に立つ必要性はない」

ありす「はい。貴族達からは見放されてますし、クリスには何のメリットもない状況ですから」

P「それでも歌うんだ、クリスってのは」

ありす「このシーンに意味があるとは思えません」

P「ある、というかクリスはこのシーンが全てだろうな。千秋さんもそのつもりで演じてるし」

ありす「プロデューサーなら歌うんですか?」

P「……どうするんだろうな」

ありす「どうするのが正解なんでしょうか?」

P「それは、もう本人の気持ちの問題だろ? ありすにとっての正解と俺にとっての正解だって違うんだし」

ありす「物語なんですから、万人が納得できる回答が用意されてないとおかしいです」

P「必要か? そんなもん」

ありす「必要です」

P「俺はそう思わないけどな。まあいいや、もうちょっと考えてみろ。演じるのはありすだ」

ありす「そんな事、言われたって……それが分からないから」

千秋「あら?」

ありす「あ……おはようございます」

千秋「おはよう、何? 一人で廊下で何をしているの?」

ありす「別に何でもありません」

千秋「舞台を目の前にして、不安を抱えられていたら困るのは私なのよ」

ありす「気にしなくても、困らせたりしませんから」

千秋「……来なさい」

ありす「ここ……」

千秋「音楽室よ、知っているでしょう?」

ありす「何か弾けるんですか?」

千秋「素人レベルよ、私の目的はこれ」

ありす「ダブルアクト……」

千秋「今回の舞台に使われる曲の大半が入ってるものよ、少しは聞いたかしら?」

ありす「練習で何度も流れましたから」

千秋「舞台の上で聞くそれとは違うものよ」

ありす「この曲」

千秋「あなたと私のシーンよ」

ありす「ここで練習するんですか?」

千秋「違うわ、知りたいんでしょう? クリスが歌った理由?」

ありす「そ、そんな事」

千秋「練習でも顔に出てるもの、あなた」

ありす「悪いですか」

千秋「いいえ、顔に出さない誰かよりもよっぽどいいとは思うわ。けれど、ここでは別」

ありす「千秋さんには分かっているんですか?」

千秋「そうね、そしてその答えはあのお馬鹿さんには絶対に分からない」

ありす「プロデューサは馬鹿じゃないです!」

千秋「あら? いつ彼の事だなんて言ったかしら?」

ありす「……」

千秋「虐めるつもりはないわ、ただ事実を言っただけ」

ありす「何でそんな事が分かるんですか」

千秋「分からないわよあの人は、絶対に」

ありす「そんなの――」

千秋「何?」

ありす「いえ、その、どうしてそう思うんですか?」

千秋「遅かれ早かれクリスって死んでいたと思うわ、歌しかない人生で比較され貶められ続けることに耐えられないから」

ありす「歌しか……」

千秋「それしかない、なくなってしまった。あなたにも分からないでしょうね、隣にいるんだから、いてくれると思ってるから」

ありす「私にも?」

千秋「ずっと傍にいて、私を見てくれるってそう信じて。そんな存在が離れる可能性にも気づかず、離れてから気づいて」

ありす「あの、それって」

千秋「それでも、そんな彼からの頼みだから」

ありす「千秋さん」

千秋「歌ってしまったのよ、歌うしかなかったから」

ゆかり「滑稽です」

ありす「ゆかりさん!?」

千秋「あら、聞いてた?」

ゆかり「聞かせた、の間違いでしょう?」

千秋「ご感想は?」

ゆかり「私はクリスには共感できませんでしたから、千秋さんの気持ちも理解できません」

千秋「そう、残念ね」

ゆかり「一つ、伝えておきます」

千秋「何かしら?」

ゆかり「この舞台が成功したら、彼は私の担当になります」

ありす「担当……」

千秋「専属ってこと?」

ゆかり「今はまだ難しいですが、いずれは」

千秋「好きにしたら? 水本さんがどうするかはあなたの自由だもの」

ゆかり「はい、それでは失礼します」

ありす「あの、いいんですか?」

千秋「歌い終えたクリスが最初に見た光景って何だったと思う?」

ありす「何って」

千秋「あなたは舞台に立って、その役目が終わった時に誰を見る?」

ありす「それは……」

千秋「そして、その隣には誰がいるのかしらね」

ありす「そんなの、そんなの」

千秋「別に競えと言っているわけではないわ、勝てば得られるものでもない。私にできるのはその期待に応え、上へ行く事だけ。その理由が一つ増えた事も
   今は良かったと思ってる」

ありす「それで本当にいいんですか?」

千秋「私もクリスもね、見てしまったのよ」

ありす「千秋さん」

千秋「本当に幸せそうな顔を見たら、もうそれ以上は……近付けない。それは私のプライドが許さない」

ありす「……その時、隣にいたのは誰だったんですか?」

千秋「自分で見つけなさい、いつか会えるかもしれない。いえ、もう会っているかもしれないわね」

聖來「Pくん!」

P「ああ聖來さん」

聖來「どういう事!?」

P「いきなり胸ぐら掴まないでくださいって、どうしたんですか息を切らせて」

聖來「水本ゆかりの担当になるって本当?」

P「はい?」

聖來「事務所の中で噂になってる、担当どころかいずれは専属になるって」

P「専属って、こんな少ない人数でやってるのにできる訳が」

ゆかり「それは、私は統括にお願いしました」

P「水本さん」

聖來「あんた」

ゆかり「これで問題ありませんよね?」

P「それは……ないけど」

ゆかり「舞台、頑張りますね。ご褒美ができちゃいましたから」

聖來「いいの!?」

P「業務命令なら、仕方がありません」

聖來「いいって、他のアイドルは? 千枝や春菜はどうするの?」

P「他の人が見る事になるでしょうね、けど今だって――」

聖來「本気で言ってる?」

P「……舞台を失敗させろとでも?」

聖來「私が滅茶苦茶にしてもいいけど?」

P「聖來さん、俺にはどうしようもないです」

聖來「黙って言うこと聞くってこと?」

P「ここで逆らえばそれこそ他のアイドルに迷惑が掛かるかもしれない」

聖來「何て言うのよ……あの子達に」

泰葉「おはようございます」

P「おはよう、その顔は知ってるって顔だな」

泰葉「色々と聞きましたから、専属だそうですね」

P「まだ決まった話じゃない」

泰葉「彼女なら成功すると思います、それだけの力がありますから」

P「なら、何を言いに来たんだ?」

泰葉「いえ、ただ……そういう繋がりを簡単に切り捨てる人には見えませんでしたから」

P「……俺もこの舞台は成功すると思う」

泰葉「そうですか、少し残念ですね」

P「けど、それは泰葉が思ってる成功とは違うと思う」

泰葉「……また何か企んでるんですか?」

P「どいつもこいつも、まるであの人を分かってないってだけの事だよ」

ありす「どうしよう……」

千枝「どうしましょう?」

ありす「どうしま――」

千枝「どうしたんですか? 千枝の顔に何か付いてます?」

ありす「えっと、おはようございます」

千枝「はい、おはようござまいます。何だか困った顔してますよ?」

ありす「聞いてないんですか? あの話」

千枝「聞いてますよ、それがどうかしたんですか?」

ありす「何でそんなに落ち着いてるんですか、プロデューサーが」

千枝「いなくなっちゃったらどうしよう、ですか?」

ありす「だって、このままだともう!」

千枝「大丈夫ですよ、Pさんですから」

ありす「でも」

千枝「Pさんと千枝は魔法をお互いに魔法を掛けましたから、それが解けない限りは一緒です。私だけじゃありませんよ」

春菜「という事で、眼鏡を掛けてみましょう」

ありす「え?」

千枝「似合ってますよ」

春菜「眼鏡を掛ければ見えてこなかったものも見えてくるかも」

ありす「眼鏡ってそもそもそういう物じゃ」

春菜「甘いありすちゃん! 眼鏡とはそもそも――」

千枝「春菜さんこうなると長いんですからちょっと引っ込んでください! もう!」

ありす「えっと、あの」

千枝「あのですね、最近Pさんがありすちゃんに構ってばかりで寂しいのは事実です。それは千枝としても早期に打開しなければならない
   憂慮すべき事態ではあります」

春菜「そんな言葉どこで」

千枝「細かいことはいいんです! そこはPさんと千枝との問題ですから、Pさんが眼鏡を掛けてもにゃあにゃあ言ってても
   千枝は気にしません! 嫌じゃないですから。問題なのは千枝がにゃあにゃあ言ってても相手にされないことです」

春菜「あれはちょっと」

千枝「……時代が私に追いつきません!」

ありす「あの……」

春菜「話が脱線しましたけど、基本的に私はPさんに似合う最高の眼鏡を見つけるまでは離れる気はないので」

ありす「でもそんな思いだけじゃ」

千枝「思いは何よりも強いんですよ、それはPさんも知ってます。だから信じるんです、大丈夫だって」

ありす「大丈夫ってそう言われても」

千枝「だから次の舞台、頑張って下さいね。千枝も見に行きますから」

春菜「このチケットをご覧あれ!」

ありす「どうやって……」

春菜「ふふふ、この舞台には全日本眼鏡協会も出資してますから」

千枝「ご好意で頂きました」

春菜「Pさんと一緒に掴んだ舞台ならきっと大丈夫、応援してます」

ありす「プロデューサーと一緒に、掴んだ……。そっか、そうなんだ」

ありす「プロデューサー!」

P「ありす、あのなちょっと話が」

ありす「分かりましたから!」

P「ありす?」

ありす「分かりましたから、私の答え」

P「あ、ああ。それはよかった」

ありす「だからちゃんと見てて下さいね」

監督「リハーサルはこれで終わりだ! 明日から本番だ、最高の物を見せよう!」

P「ついに、か」

聖來「あれからどう?」

P「他のアイドルはいつも通りですし、水本さんや千秋もありすも話しかけてこないんで何とも」

聖來「千枝や春菜も落ち着いてた。楓さんやあいさんに至っては普通に仕事してる有様」

P「まあ、分かってますからね」

聖來「何その言い方」

P「さあ? 楽しみですね、明日」

聖來「インタビューもさ、何か違うんだよね。ありすちゃんも」

P「違うとは?」

聖來「最初の頃は舞台について聞いてもちょっと答える迄に間があったりしたんだけど、今は迷いがない」

P「いい事でしょう」

聖來「どこまで先を読んでるのかなあ?」

P「分かりませんって、そんな睨まないで下さい」

聖來「なーんか余裕なんだよねえ」

P「先が読めないから楽しいんですから、この仕事」

役者「さて、本日はこの舞台『アクト』にご来場頂き誠にありがとうございます。空は生憎の空模様ですが、今日ばかりは最高の観劇日和と申し上げます。
   最後の幕が降りた時、心に残るは煌びやかな光の世界か、深遠なる闇の世界か。二人の歌姫の織り成す物語、とくとご覧下さいませ」

貴族A「いやいや、今日の歌もまた見事であった。リーゼのあのどこまでも澄み渡る声は、朝の小鳥も聞き耳を立てる」

貴族B「全くだ! 明日も明後日もその次も、いやまた春が巡るその日まで予定がびーっしりと入っており、私の家に来てくれるのは何時のことだか」

貴族A「それはいい事だ! お前の家はちと、埃が溜まっておるからな」

貴族B「お前の家より少し綺麗な位だからな、ああ汚くて仕方がない明日にでも掃除をさせねば」

貴族A「ほう、なら私の便所位には綺麗にしてもらいたいものだな!」

伯爵「こらこらいけませんぞ、あの様な優美な場の後で便所の話とは」

貴族A「これはこれは伯爵、今日はお招き頂きありがとうございました」

伯爵「いえ、リーゼの歌は皆の財産。私一人が独占してしまうのは申し訳ないと思ったまで」

貴族B「何と心の広いお方だ、道理で彼女の歌もいつもより深く心に響いた訳だ」

伯爵「いえいえ、クリスの歌はどうでしたかな?」

貴族A「え? ああ、まあ前座としては充分でしたかな。な、なあ?」

貴族B「そうですな。伯爵はいつもあの姉妹を迎えられるが、リーゼの時間が削られるのは惜しいと思うのだが?」

伯爵「リーゼの歌はクリスあってのもの、私はそう考えているからこそこの様な場を設けているまで。もうこんな時間だ、馬車をよんでおりますので
   どうぞ。それでは、よい夢の続きを」

執事「クリス! どういう事ですか、歌った後に挨拶も出ないで部屋に引っ込んで!」

クリス「必要なのはリーゼでしょう? 私はおまけだもの、役目を終えれば用はないわ」

執事「そんな事はありません、伯爵もそうお考えになっているからこそ歌う場があるのですぞ」

クリス「歌う場だけあればそれでいいわ、他に興味なんてないもの」

執事「見なさい! リーゼは今日もこんなに贈り物を貰って置き場に困るというのにあなたは」

クリス「今日も一つだけね」

執事「伯爵からのご好意の品です! これ一つであなたは満足ですか!?」

クリス「そうね」

執事「ああもう! 伯爵が直にいらっしゃいます、最低限の礼儀はしっかりとお願いしますよ!」

クリス「分かってるわよ、丁重にお迎えするわ」

執事「それでは私は貴族達から何かおこぼれを、いえご挨拶をしてきますので!」

クリス「やれやれね……」

伯爵「今宵も深淵の姫はお疲れかな?」

クリス「性懲りもなく来るのね、貴方は」

伯爵「呼んだのは私だが、来たのは君だ」

クリス「その通りね、それで何か用かしら?」

伯爵「ふむ、実は少し提案があってね」

クリス「リーゼに言いなさい、主役はあの子でしょう」

伯爵「貴族達から君の歌はいらないと言われたよ」

クリス「私への最後のご挨拶という訳?」

伯爵「待ってくれ、私がそんな事をするはずないだろう?」

クリス「ならここに来た理由は何かしら?」

伯爵「来週、とある大きな催しがある。そこで是非、君に歌を頼みたい」

クリス「いいわ、時間はどれほど頂けるのかしら?」

伯爵「全てだ、その場は全て君に預ける」

クリス「正気?」

伯爵「正気だとも、君以外には決してできない。私からのお願いだ、聞いてくれるかい?」

クリス「……何かリクエストは?」

伯爵「君の好きな歌でいい」

クリス「変更はないわね?」

伯爵「もちろん、では了解を得られたのであれば私はこれで失礼するとしよう」

クリス「いつまで貴方は……私の歌を求めてくれるのでしょうね」

伯爵「リーゼ! リーゼ!」

リーゼ「お姉さまには?」

伯爵「了解を得た、ようやく彼女の歌を皆に聞かせられる」

リーゼ「これでようやく願いが叶うのですね」

伯爵「全くだ、彼女の歌には足りなかったものを私の手で与えられる。これに勝る喜びはないよ」

リーゼ「本当に楽しみ」

伯爵「ああ、僕もだよ」

侍女「クリス様、お時間です」

クリス「あら、今日は貴方なの?」

侍女「はい、いよいよでございますね。馬車を用意しておりますのでこちらへ」

クリス「そうね、貴方にも恥ずかしくない歌を歌わないと」

侍女「クリス様の歌はいつだって綺麗です、心に染み渡るような」

クリス「私は貴方の歌、好きよ。素直で一生懸命で」

侍女「そんな、私など」

クリス「そうやって謙遜するところも」

侍女「そ、そういえば今日は人が多いですね。どうしたんでしょうか?」

クリス「もう少し窓を開けてくれる?」

侍女「はい、着飾った方ばかりですね。何か祭りでも、もしかして」

クリス「さあ、伯爵様の考えることは分からないわね」

侍女「ですが、嬉しそうですよ」

クリス「そう見えるのなら、そうかもしれないわね」

「いや、今日は何て目出度い日だ!」

「本当に、急な発表で驚いたものでしたけれど」

「まさか結婚されるなんて」

「ですが本当にお似合いなお二人だ」

侍女「結婚式?」

クリス「どこかのお偉いさんでしょうね、これだけの人だもの」

侍女「もしかして、クリス様の今日の」

クリス「そうかもしれないわね、まあ誰のであろうと」

「いや伯爵様とリーゼ様、お二人の姿を早くこの目にしたい」

侍女「これって、あの」

クリス「……そういう事、決めたのね」

伯爵「今宵はこうして、我々の式にご出席頂き感謝致します。数々の祝いの言葉、贈り物、数え切れぬ程の拍手に本当に嬉しく思います」

リーゼ「そこで私たちからお返しをと思い、一つご用意致しました」

「リーゼ様の歌をぜひお聞かせ下さい」

「リーゼ様が歌われるんですよね」

「これまた非常に楽しみな」

伯爵「皆様、今宵はリーゼではなくクリスをこの舞台に上げるつもりです」

「クリス?」

「何で彼女を」

「リーゼ様とセットならまだ聞けるけど」

リーゼ「皆様、どうかお静かに。どうか全てはこの歌を聴いてから判断して頂けないでしょうか。それでもご不満というなら、私が席を設けますので」

「それならまあ」

「前座ですな」

「まあ、とっと歌ってもらいましょうか」

リーゼ「お姉さま、どうぞこちらへ。お姉さま?」

「出てこないではないか」

「逃げ出したんでしょう」

「その通りだ。怖くなって部屋に籠っているのでは?」

クリス「離しなさい」

侍女「嫌です! こんな、こんな所、クリス様にふさわしくありません」

クリス「それは私の決めること、貴方は帰りなさい」

侍女「どうしてですか!? こんなの、絶対に間違ってます」

クリス「歌しかないのよ、私には」

侍女「そんな事ありません! ここはふさわしくないです……お願いですから」

クリス「そう思うなら、貴方は私を分かってないわ」

侍女「クリス様……」

クリス「そこにいなさい、今日の歌は貴方のために歌ってあげるから」

リーゼ「お姉様、今日は来てくれて本当にありがとう」

クリス「奏者、演奏を」

「この歌……」

「ほう……」

ありす「……凄い」

ゆかり「な……」

聖來「千秋ってこんな風な歌い方してた?」

P「本当に、負けず嫌いなんだから」

「素晴らしい!」

「心が震えた、何と涼やかな」

「胸に染み込んでくる、こんな歌が歌えるならどうして」

リーゼ「お姉、様?」

クリス「どうしたの? 声が震えてるわよリーゼ。 結婚おめでとう」

伯爵「いや、素晴らしい。皆様、如何でしたでしょうか!?」

ゆかり「違う……こんな……」

クリス「リーゼ、さあ次は貴方の番よ」

リーゼ「それは……」

伯爵「今宵はこれで充分だ、そうでしょう皆さん。リーゼこちらへ」

リーゼ「離して」

聖來「あれ? 何か話が練習と違う」

P「ダブルアクト、この意味が分かりますか?」

聖來「主役が二人いるからじゃないの?」

P「違います、この舞台。実はエンディングが二つあるんですよ」

聖來「え? だってそんなの」

P「まさか本当にあんな理由でインタビューの日付を指定したとでも思ってるんですか?」

聖來「P君、知ってたの?」

P「あの監督のデビュー作がそうでしたから」

リーゼ「歌います」

伯爵「しかし」

リーゼ「このままでは意味がないの、お願い」

伯爵「だが曲は」

リーゼ「同じでいい、同じ歌を」

クリス「伴奏は……私でいいわね」

リーゼ「お願い」

伯爵「リーゼ、一体どうしたんだい? いつもの君らしくない。クリスの歌は素晴らしかった、それでいいじゃないか」

リーゼ「お姉さま」

聖來「綺麗……だけど」

P「勝負あったか」

ありす「足りない……」

監督「分かるか?」

ありす「え?」

監督「あの二人の差が」

ありす「何か、千秋さんの時はもっと必死で、訴えかけるような」

監督「私は、公開していた練習の方をメインのつもりでこの舞台を立ち上げた。だが、あの二人を見ていて気が変わった」

ありす「……もう終わりますね」

監督「急遽、君に出番を用意した。何、台詞はたった一言だ。後の台本はないが……何、彼女なら大丈夫だろう」

ありす「台詞、ですか?」

監督「ああ、それで初めてこの舞台は完成する。完成させてくれたのは彼女だが、全く見事な女優がいたものだ」

ありす「歌い終わりと同時に、でいいんですよね?」

監督「ああ、行っておいで。……この世界から姿を消した時は何事かと思ったが、これはこれでなかなかだ」

リーゼ「私の負けね、お姉さま」

クリス「何を言ってるの? いい歌だったわ」

伯爵「一体、何の話だ?」

リーゼ「伯爵様。結婚の申し出、ありがとうございました。あの時のお言葉、嬉しかった。お返しした手紙に嘘はありません、けれど」

伯爵「リーゼどうしたんだい? さあその燭台を下に置いて」

リーゼ「ここで終わりなんです、最初から決めていたことですから」

伯爵「リーゼ! 火が!」

クリス「……まさか、リーゼ?」

リーゼ「お姉さま、知らないとでも思っていましたか? いつも私の引き立て役となってくれていた事」

クリス「やめなさいリーゼ! 私はそんなつもりでここで歌った訳じゃない!」

リーゼ「分かっています。けれどそんな屈辱、私には耐えられない」

クリス「リーゼ! どうしてこの場に私を呼んだの? それが分かっていたなら」

リーゼ「勝ちたいって思った。ここまで舞台を揃えれば本気で歌ってくれるって思ったから、でもそんな事を思ったからかな。駄目だったね」

伯爵「リーゼ! 私は」

リーゼ「どうかお幸せに、私はここで歌います。最後まで」

侍女「リーゼ様」

リーゼ「何、まだ残ってたの?」

侍女「籠の中が羨ましかったんですか?」

リーゼ「……そうね、綺麗。とっても暖かくて、涙が出てくるほどに。でも良かった、いつまでも入っていては私の方が壊れそうだったから。ねえ、お姉様」

聖來「ネタばらし、してもらってもいい?」

P「どこから知りたいですか?」

聖來「分岐点」

P「クリスとリーゼの歌の出来ですよ、負けたほうがああなるっていう」

聖來「それ、客の反応を見て決めるの?」

P「まさか、日毎に変えますよ。ただ最初だけは真剣勝負になったみたいですけど」

聖來「つまり、初回だけはどっちになるか誰も知らなかったってこと?」

P「まあ、そんな所ですね。歌を聞いて役者も判断したんでしょうね、反応を見る限り」

聖來「最後のあの子の台詞は?」

P「さあ、俺だって全てを知ってた訳でもありませんし」

聖來「って事は、明日は私達の知ってる方が演じられるってことかな」

P「さあ、どうでしょうね。あの人の考えることも分かりません。あの人と一緒で」

聖來「まだカーテンコールの途中なのに」

P「まあ、席を立ってはいけない決まりもないですから。俺もここで抜けますね」

聖來「行ってらっしゃい、誰の所に行くか知らないけど」

P「想像通りの場所ですよ」

P「何だ、来てたのか」

泰葉「……あれで良かったんですか?」

P「何か納得してない顔だな」

泰葉「私から見ても勝敗ははっきりとしてました、ゆかりさんの負けです。ただ」

P「ああいう負け方をすると分かって何もせず送り出すのはどうなんだ? ってか」

泰葉「心でも読めるんですか?」

P「俺とお前は思考回路が似てるみたいだからな」

泰葉「分かっていながら何もしなかったと」

P「そうなった時にどうしようかとは思ってた、けど話してて気が変わったんだ。丁度いい、一緒に行こうか」

ありす「あの」

ゆかり「何も言わないで、完敗だから」

ありす「凄く綺麗でした、ゆかりさんの歌」

ゆかり「うん、我ながら上出来。けど、上には上がいた」

ありす「それは、仕方がないと思います。今日の千秋さんは、その」

ゆかり「綺麗だった、凄く。見惚れちゃった、一番近くにいたからかな」

ありす「どうして専属なんて言い出したんですか?」

ゆかり「貴方達のいる世界って私のいる世界とは違うんだ。今も楽しいよ、仲間もいるし仕事もたくさんできて」

ありす「それだけじゃ満足できないんですか?」

ゆかり「うーん、どうだろうね。でも欲しくなったのは本当」

ありす「私はまだ分かりません。この世界で上へ行くには何が必要で、何が必要じゃないのか」

ゆかり「そうだね、私も分からない。分かる日が来るのか不安になっちゃうくらい」

ありす「それでも私は今日、背中を押してくれた人たちの為に舞台に立ちました」

ゆかり「あのプロデューサーのこと?」

ありす「それだけじゃないです。春菜さんや千枝さんや、ゆかりさんの為にも」

ゆかり「私も?」

ありす「今日、一人だけだったらきっと私は不安の中にいたままでした。だけどそういうのも必要なのかなって、今はそう思い始めてます」

ゆかり「頑張ってたもんね、初舞台なのに」

ありす「歌や音楽を勉強するためにこの世界に入って、そういった繋がりなんていらないって思って。でも、いてくれて良かったなとも思い始めて」

ゆかり「必要なのかもしれないね、今日の差はそこだったのかな。なら、負けちゃった私はどうすればいいのかな」

ありす「別に、その。負けたから仲間外れとかではないです」

ゆかり「水木さんとか怒っちゃったと思うけどな」

ありす「それも、きっと許してくれます。私も一緒に謝ります」

ゆかり「橘さんも?」

ありす「ありすです、ゆかりさん」

P「な?」

泰葉「何がな、ですか。ありすちゃんに感謝して下さい」

聖來「全くだね」

P「聖來さん? いつの間に……」

聖來「千秋の所に行ってるのかと思ったら二人でこそこそしてるから」

P「こそこそなんてしてませんよ」

泰葉「その千秋さんはどちらに?」

P「いますよ、どうせそこら辺に。えーっと、この幕の裏かな?」

千秋「貴方のそういう所、私は大嫌い」

P「光栄ですね」

聖來「何、やっぱり気になった?」

千秋「大人気なかったかしら」

P「いーえ、いい経験になったと思いますよ。千秋さんにとってもそうでしょう」

千秋「萎縮するかと思ったのだけれど、きっちり仕事を果たしてたわね。あの子」

P「ま、そこは意地だったんでしょう。さて、あの子達が出てくる前に帰りましょうか」

聖來「春菜や千枝が出口で待ってるよ」

P「どっか飯でも行くかな、ここまで揃うことって珍しいし」

聖來「奢り?」

P「最年長にお任せします」

聖來「へえ、いい度胸してるねー」

P「冗談ですってば、目が据わってますよ!」

千秋「何か用かしら?」

泰葉「あの歌、どんな思いを込めました?」

千秋「渡したくないって思った、誰にも」

泰葉「……は?」

千秋「いいじゃないたまには、そんな理由でも」

泰葉「あの人、何がいいんですか? 確かに一生懸命ではありますけど」

千秋「何を言ってるの? 初日の勝者ってことよ」

泰葉「え? あ、ああ! はいそうですよね!」

千秋「ふふ、何を想像したの?」

泰葉「何でもありません、先に行きますから!」

千秋「……もう少しだけいさせてもらうわ、いつかその時が来るまで」

終わり

連作短編その6 星花「星を見る花」

ありす「天体ライブ?」

桃華「ええ、このプロダクションのイベントの一つ。ご存知でした?」

小春「去年もやったんだよ~」

ありす「それをどうして私に?」

莉嘉「さて、そちらにおられる殿方に聞いてみればよろしいのでは?」

P「いや、話を持ってきたのは俺じゃないぞ。この人だ」

星花「あの、ご迷惑でしたでしょうか?」

ありす「えっと、スタッフの方ですか?」

小春「涼宮星花さんですよ~」

桃華「……同じ事務所ですわよ?」

P「まあ無理ないけどな、本来なら女Pさんの仕事だもんこれ。俺も話すの初めてだし」

星花「まずプロデューサーに話をしたんですけれど、そうしましたら」

P「何故か俺に飛んできた」

桃華「昨年はのあさんでしたわね?」

小春「とっても綺麗でしたね~」

P「いたの?」

桃華「ええ、私と星花さんと小春さんと」

P「なら主催者側も今度はメインでって事で呼んだのか」

桃華「そういう事ですわ」

ありす「私が呼ばれた意味が分かりませんね」

桃華「数合わせ」

P「マジか」

桃華「冗談ですわ、星花さん。黙ってないで早く仰って下さい」

星花「あの、舞台を拝見しまして」

ありす「舞台ってあの」

星花「はい、ダブルアクトです」

P「ああ、まあ変な意味で話題になったからなあ」

小春「そんなに凄いんですか~」

桃華「そういえば、ちらほらと話を聞きますわね。何かあったんですの?」

P「もう終わった話、それでその舞台を見て何でありすなんだ? 千秋さんとゆかりが主役なのに」

星花「断られてしまいまして」

ありす「……余り物」

星花「ではなくてですね! 本当ならお三方ともお呼びしたかったのですが」

P「ゆかりはともかく千秋さんはなあ」

桃華「難しい方々ですから」

小春「嫌な人じゃないんだけどね~」

ありす「あの、天体ライブって何をするんですか?」

P「年ごとに違うんだけど、今年は子供向けがメインらしい。日曜だし、星にちなんだ歌や物語の読み聞かせとかだってさ」

桃華「当然、私達の歌もありますわ」

P「ありすが出るなら、来年度はメインって可能性もあるから悪い話じゃない。ただお前も舞台が終わったばかりだから断るのもありだし」

ありす「出ます」

桃華「あら、即断ですわね」

小春「同い年が一緒って嬉しいよね~」

桃華「仲間、というにはこの世界は厳しいですが、宜しくお願いいたしますわ」

ありす「うん、宜しく」

星花「良かった、これで形になります」

P「そういや、俺も同い年の人と仕事するなんて久しぶりだな」

ありす「同い年なんですか?」

P「それは俺に聞いてんのか涼宮さんに聞いてんのかどっちだ」

ありす「そういう聞き方する人は嫌いです」

桃華「お二方もまだお若いですからね」

P「12歳から言われちゃったよ」

星花「それじゃ、準備するから。明日は空いてます?」

P「ありすは午後からなら、午前はちょっとレッスンと取材が入ってて」

小春「じゃあ私は朝はヒョウくんのお散歩しようかな~」

桃華「準備に時間が掛かるなら私もお手伝いしますわ」

星花「ううん、大丈夫よ。待ってて、皆びっくりするから」

ありす「今日は午前がレッスンと取材で、午後から練習」

P「どんなんだろうな?」

ありす「恥ずかしい格好でなければいいんですけど」

P「ま、涼宮さんならそこまで派手な事もしないだろ。お前はしっかりレッスン行って来い」

ありす「取材が終わったら連絡します」

P「分かった、俺は事務所にいるから」

ありす「はい!」

P「いい顔でレッスンに行くようになったな。さて、じゃあ事務仕事でも――」

千枝「Pさん、似合ってますか? 小悪魔になっちゃったんですよ、千枝」

P「何やってんだお前」

千枝「えへへ、丁度Pさんの机に置いてありましたから着てみちゃいました」

P「着てみちゃったって……こんな衣装、発注した覚えないぞ」

千枝「小悪魔だから意地悪しなくちゃいけませんよね、どんな悪いことしたら叱ってくれますか?」

P「えーっとどっかに受領書とか無いかな、やっぱり発注した履歴はないし」

千枝「いたずらしますよ!」

P「あ、あった。涼宮さんからか、何だありす用の衣装だな」

千枝「うゅ……相手してくれない……」

P「あのなあ、それありすの衣装だってのに……よく入ったな」

千枝「ちょっと胸とお尻がきついかもしれません」

P「しかしダークな衣装だな、ちょっと振り向いて」

千枝「はい、リボンも付いてるんですよ」

P「スカート短いな、あいつ着るかなこれ」

千枝「でもオシャレですね、似合いますか?」

P「お前に似合わない服なんてないけど……うん次のライブはこんな感じにしてみるか。曲もこういうの作ってもらおう」

千枝「はあい、もっと見て下さい!」

P「腕はこういう風になってて……胸の辺りはこういう風に留めてるのか。ちょっと開いていいか?」

千枝「えへへ、Pさんがこんなに近い」

P「茶化すな、慣れてるくせに」

千枝「もっと開いてもいいんですよ?」

P「はいはい、よしいいぞ。まあこれくらいならあいつも大丈夫だな」

千枝「あーあ、私の衣装だと思ったのになあ」

P「だから用意してやるって、ほらちゃんと着て――」

肇「おはよう、ご、ざ、コホン、おはようございますプロデューサー少しお話があるのですがよろしいですか?」

P「ちょっと待て! だからな! いやマジで目が怖い! お前は知ってるだろ!?」

肇「私のドラマ、見て下さいましたか?」

P「ドラマ?」

肇「夜桜小町です」

千枝「あ、薫ちゃんも出るやつだ」

P「収録には行っただろう? ほら、ちょっと忙しくて」

あい「ほう、私に一つ借りを作ったのをもう忘れたのか?」

P「あれは借りになってるんですか?」

あい「やれやれ、君は全く。まあいい、楽しかった。今日は別の仕事だが、また一緒になることがあればよろしく頼むよ」

P「仕事に行く前に、肇をどうにかして頂きたいんですが」

あい「それくらいの甲斐性なくてどうする? それとも、桜の下で私に行った言葉は嘘かい?」

P「それとこれとは話が違いますって!」

あい「何、心配することはない」

肇「っぷ……くく」

P「ん? 何で笑って」

千枝「そのドラマ、放送は来週からです」

P「は?」

肇「からかってみたら、あんまりにもPさんが慌てるのが面白くて」

P「からかわれたのか、俺」

あい「まあ、嫌なら放送日くらいはチェックしておくことだな。ではな、Pくん」

P「……行ってらっしゃい」

肇「すみませんでした」

P「本当に肝を冷やしたよ」

肇「でも」

P「ん?」

肇「もし見忘れたら、おしおきしてしまうかもしれません」

P「は、肇?」

肇「それでは、行ってきますね」

千枝「ちゃんと見て下さいね!」

P「何でお前が必死なんだよ?」

千枝「見なかったらおしおきされちゃいますよ!」

P「おしおき、か」

千枝「そんな悪くないかもみたいな顔しないで下さい!」

P「俺こんなんでいいのかな……」

ルキトレ「やっほ」

P「おう、ありすは?」

ルキトレ「インタビューの最中、あの舞台で人気出てきてるね」

P「頑張ってたからな、仕事の依頼も来はじめてる。今はこれでいい」

ルキトレ「そっか、頑張ろう。皆をトップアイドルにするんだから」

P「あれ? トレーナーになるって決めたのか?」

ルキトレ「なるよ、Pもプロデューサーに続けるんでしょ?」

P「ああ、そのつもりだけど」

ルキトレ「なら私はトレーナーになる、頼りになるように頑張るから」

P「もう十分に頼りになってるってのに。あ、そういえば」

ルキトレ「ん?」

P「あの人形、マストレさんか?」

ルキトレ「え、見たの?」

P「見たよ、ってか取った」

ルキトレ「よくやったね」

P「入ってるなんて知らなかったんだよ、何だあれ」

ルキトレ「お姉ちゃんの悪ノリ、まあいつものことだって」

P「いつもの事ってなあ」

トレ「あ、Pくん。お疲れ様」

P「トレーナーさん、どうもお邪魔してます」

トレ「元々こっちにいたんだから、遠慮しないで。妹も喜ぶから」

ルキトレ「喜んでませーん!」

ありす「あ、プロデューサー!」

P「終わったか、なら行こう。ちょっと合わせたい衣装があってな。じゃ」

ルキトレ「頑張ってー。後さ、もう一つ」

P「何だ、そんな小声で」

ルキトレ「統括さん、こっち来る予定とかは?」

P「……多分、無いと思う。あんまり詳しく俺は知らないけど」

ルキトレ「そっか、分かった。じゃあまた」

トレ「何を話してたの?」

ルキトレ「ううん、何でも! さっ、いつ誰が見に来ても恥ずかしくないように私たちも頑張ろ!」

P「どうだ? 動きにくいとかないか?」

ありす「大丈夫です、問題ありません」

桃華「着替え終わりました?」

P「何か貫禄あるな。流石、この世代のトップ」

桃華「当然ですわ、私を誰と思って?」

ありす「そうなんですか?」

P「まあ仁奈と雪美と桃華の三人が小学生組では抜けてる事は事実だな」

桃華「今年で貴方も私もその枠組みからは外れ、これからはより一層の努力が求められる。貴方にそれが出来て?」

ありす「私は私のするべき事をするだけだから」

桃華「そう、いい仕事にしましょう」

ありす「うん、頑張るから」

P「本当に12歳かよ」

星花「本当に、凄いですね」

P「待ってましたよ、発案は涼宮さんですか?」

星花「と、この子です」

蘭子「闇に飲まれよ!」

P「……本当にテレビそのままなのか、統括どうやってんだ俺はどうするんだ」

桃華「お疲れ様です、どうしましたプロデューサー? 目が点になっていますわ」

星花「アドバイスをお願いしたんです、どの様な感じがいいかなって」

ありす「やみに、のまれよ?」

P「訳が分からん」

小春「慣れると分かりやすいよ~」

ありす「それ、トカゲ?」

小春「イグアナのヒョウ君ですよ~」

ありす「アイドルって何だろう」

蘭子「ふむ、我の領域には届いておらぬのか」

星花「二人でデザインして作ったんですよ、凄いでしょう」

蘭子「黒き翼を纏いし死界からの使者の具現」

P「桃華、翻訳を」

桃華「悪魔をイメージしてみた、といったところでしょうか。これくらい分からなくて、どうするおつもり?」

P「えっと、今回の参加するのかな?」

蘭子「創造主として見届けよう」

P「あ、これは分かった。なるほど……のあさんよりは易しいかも」

星花「あの人の言葉、分かるんですか?」

P「伊達に一緒に仕事してないよ。それで、悪魔をイメージしてどうするんだ? 悪魔と星なら五芒星が一般的だけど」

星花「そこまで本格的にではありませんわ、少しばかり、その」

桃華「イメージチェンジですわ、プロデューサー」

P「今の方向性に不満でも?」

星花「いえ、決してそういう訳ではないのですけど」

P「まあ今回は好きにして構わないよ、見てるだけでも可愛いし。家族連れが多いだろうから歌のお姉さんって感じに見られるだろうけど」

小春「歌はこういうのなんですよ~」

P「ああ、カバーとオリジナルが半々か。童話は……星の金貨か」

星花「ちょっとアレンジしてるんですけど」

蘭子「我が世界を存分に堪能せよ!」

P「天使と悪魔が空中戦とかはやめろよ」

蘭子「え」

P「悪魔が城に立てこもりそこから闇の禁断魔術、とかってのも無しだ」

蘭子「ど、どうして?」

P「子供相手にやってみろ、泣くぞ。主催者が」

星花「大丈夫です、ちゃんと天体がメインな様にしますから」

桃華「あら、もうお分かりになりました?」

P「キャラが掴みやすくて助かるといえば助かる、けど題材はいいな」

小春「小春がその少女役やるんだよ~」

P「へえ、いいんじゃないか。この脚本は変えるが」

蘭子「う……」

P「変えるからな」

蘭子「それが世界の掟か……」

P「まあ、少し位ならいいと思うけど……」

蘭子「契約に齟齬はないな?」

P「事前に主催者の方には見せるからな」

蘭子「福音は我に響いた!」

P「ふう、結局こんな時間になっちゃったな」

楓「夜に這いよる楓さん……ふふっ」

P「ああ楓さん、どうしました?」

楓「立ち寄ってみたら、まだ光が見えたから」

P「飲んでました?」

楓「いえ、プロデューサーの前でお酒なんて飲みません」

P「どうだか」

楓「本当です」

P「そんな意固地になんないで下さいって、こっちも切りつきましたから送っていきましょう。どうせ帰りは同じ方向です」

楓「桜、まだ咲いてます」

P「そうですね、少し遠回りしましょうか」

楓「ええ、ふふっ」

P「今年もよく咲きましたね」

楓「花見しました?」

P「仕事ですが、肇や薫達とは一緒にゆっくりしましたよ。楓さんはどうでした?」

楓「いえ、人が多い所に簡単に行く訳にはいかないから」

P「人混みあんまり好きじゃないですもんね」

楓「弱いだけです、だから今日まであなたに会えなかった」

P「今日まで? まあ昨日まで舞台がありましたから忙しくはありましたけど」

楓「そう、今までと変わらない。それで良かったって、心から思います」

P「それでも、変わっていくものもあります。俺も楓さんもいつか変わらなくてはいけない時が来る」

楓「狡いですね、試しました?」

P「まさか、ただ……何となくそう思っただけです」

楓「やっぱり狡いですね、危うく散ってしまう所でした」

P「楓が散るにはまだ早すぎますよ」

楓「なら、冬が来たら私はどうなるんでしょう」

P「そうですね、ゆっくりと温泉でも行きましょうか」

楓「……フロリダの風呂でニューヨーク風に入浴?」

P「一体どんな風呂ですかそれ」

楓「約束ですからね、絶対」

P「ええ、俺が二十歳になったら最初に飲む酒は楓さんとって決めてるんですから」

楓「そ、そうです……か」

P「じゃ、お疲れ様でした」

楓「……言葉にできない痛みに、私は何と名前を付けたらいいのかな」

P「日が変わるな、まあいいけど」

星花「あら?」

P「って、未成年がなにやってるんですか……」

星花「同い年、ですよね?」

P「アイドルが深夜徘徊とか洒落になんないですって、家族だって心配してますよ」

星花「大丈夫ですよ、家はすぐそこですから」

P「……えっと、あの家?」

星花「はい」

P「また立派な……」

星花「そうでしょうか?」

P「俺はあんまりそういうの分からないけど、でも何か涼宮さんらしいね。お嬢様ってイメージぴったりだ」

星花「よく言われます、お仕事もそういったのが多くて」

P「この前のイギリスツアーで髪型、少し変えてましたけどあれはどうして?」

星花「理由ですか?」

P「この事務所って、あんまり髪型を変える人って少ないから。聖來さんはころころと変えるけど、でも他に挙げろってなるとって感じだし」

星花「そうですね……少し宜しいですか?」

P「なら、ちょっと座りますか」

星花「自然と、ハンカチをお出しになりますのね」

P「仕事内容が仕事内容ですから、傍目から見たら唯のキザ男なんだけど」

星花「いえ、ゆかりちゃんが必死になった理由が少し分かりました」

P「……知ってましたか」

星花「ちょっとした騒動でしたから。だから、聞いてみたんです。お誘いを掛けた時に」

P「何て言ったんです?」

星花「後悔してませんかって」

P「どう、彼女は返しました?」

星花「夢の様な時間でした、と」

P「そうですか、それなら……良かったのかな」

星花「ゆかりちゃんだけではありません。皆、少しづつ変わり始めています。変わらずにいる事も強さですけれど、
   変われる事もまた強さだと、そう思い始めて」

P「だから、色々と試してるんですか」

星花「何が正解かはまだ分かりませんけれど、それでも色々な自分になりたいと思います。折角、この世界にいるんですから」

P「この世界は、涼宮さんにとってどんな風に見えてます?」

星花「次のライブ、タイトルは星を見る花っていうんです」

P「それは涼宮さんの名前から?」

星花「はい、花は空を見続けます。それは太陽であったり、月であったり。でも、きっと最後は星を見ると思うんです」

P「何か、理由があるんですか?」

星花「一輪の花が咲くだけでは、太陽にも月にもなれません。皆が注目するにはあまりに小さすぎて儚すぎる、この桜だってそう」

P「来年も咲きますよ、同じように」

星花「でもその桜は、やっぱり違うんです。私もそうです。いつか終わりが来て、それでも何事もなかったかのようにまた違う誰かがこの世界で輝く」

P「それは、確かにそうですね」

星花「この花が散る時、その最後を見てくれる人が何人いるだろうって。その散る瞬間を少しでも惜しんでくれる人がいるのかなって」

P「この桜を見て、俺は何を思えばいいんでしょうか」

星花「願って下さい、花開いたその時間が無為なものではなかったと、散る花が思えるように」

P「おはようございます」

女P「おはよう、朝から眠そうね」

P「あなたの投げてきた仕事に追われてましてね」

女P「忙しい案件、今はないでしょ?」

P「フェスは順調ですか?」

女P「まあ、李衣菜がどこまでやれるかでしょうね」

P「夏樹がいるなら大丈夫でしょう」

夏樹「だといいんだけどな」

P「よう、何だよその言い方」

女P「練習はどうしたの?」

夏樹「あいつ、またトイレに篭った」

女P「また!? ったく、ちょっと待ってなさい!」

P「でも、よくやるなんて言い出したよな」

夏樹「いいんじゃねえか、変わろうとしてんだろ。だりーななりにさ」

P「……何か知らない所で皆、動き出してんだな」

夏樹「いつまでも最初のままでどうすんだよ。大体、プロデューサーも変わったぞ」

P「そうか?」

夏樹「何だよ、自覚ないのか?」

P「どうなんだろ、うーん」

夏樹「プロデューサーについてる子に聞いたらどうだ? あの眼鏡ちゃんとか」

P「眼鏡ちゃんって、まあ誰か簡単に分かるけど」

夏樹「ま、自覚なくても周りが分かってればいいさ。じゃ行くぜ、そろそろ連れ出されてる頃だ」

P「ああ、頑張ってな」

夏樹「そっちもな」

P「変わる、か」

桃華「おはようございますプロデューサー」

P「ああ、今日からだよな? 練習」

桃華「プロデューサーも見に来られますの?」

P「一つ仕事を終えたら見に行くよ」

桃華「では、お待ちしておりますわ」

P「ああ、さてそろそろかな」

沙紀「おはようございまっす」

P「ごめんな。ここん所、休みないだろ」

沙紀「アートを仕事にできるって最高っすよ! 今日も楽しみだなー」

P「祭りとかでそういうの頼める上に、ライブで盛り上げ役も出来るからこっちとしても助かる」

沙紀「今日はPさん?」

P「午前だけな、今日の現場を他の三人が嫌がったみたいで」

沙紀「どんなとこなんすか?」

P「行ってみればわかる」

沙紀「……あれ、あの人達って苦手なんすか?」

P「知らんが、とにもかくにも現場はここだ」

 わー ばびゅー うにゃー ふやー もびゃー ぎゃー ぐぎゃー

沙紀「何歳から何歳までっすか?」

P「0歳から2歳までだそうだ」

沙紀「なるほど、感性全開ってことっすね!」

P「だな、塗料は子供がに配慮してるから色は限定されるが、用意されてる玩具に好きに塗っていいぞ」

沙紀「それはいいんすけど、いいすかね? 本当にこんな仕事で」

P「これファンクラブの会報の撮影も兼ねてるから。後、子供用の玩具のデザインで企業と提携も決まってる」

沙紀「プロデューサー、いつの間にそんな仕事」

P「だってお前、こういうの好きって言うから。ここの保育園だってその企業の傘下だし」

沙紀「アートは感性が育つんすよ!」

P「これがきっかけになって、第二の吉岡沙紀が生まれたりしてな」

沙紀「よし、皆やるぞー!」

うきゃー うわー びあー

沙紀「やれるんすかね?」

P「……頑張ろう」

P「はあ、まさか朝から幼児相手に奮闘することになるとは思わなかった」

春菜「お疲れですね」

P「ああ、事務所にいたのか」

春菜「この後、すぐに移動なんですけど。また面白い仕事をしてる様ですね」

P「ああ、知ってるのか」

春菜「千枝ちゃんが拗ねてましたから」

P「ったく、ああそうだ。一つ聞こうと思ってたんだ」

春菜「何です?」

P「俺って変わったかな?」

春菜「そうですね、私と同じくらいには」

P「その答え方だとあんまり変わってないのか、まあそれならそれでって何にやにやしてんだ?」

春菜「いーえ、案外そんなものですよね。私もそうでした」

P「分かんねえなあ」

春菜「いいんじゃないですか、来ましたよ」

ありす「プロデューサー」

P「おう、今から行くって」

星花「曲目はこんな感じなんですけれど」

P「いいんじゃないか、一時間ならこんなもんだろ。で、蘭子は何をやってんだ?」

蘭子「闇の書に記されし盟約に誓いを」

P「うん、とりあえず読めばいいんだな。どれどれ……うん、まあいいだろ」

蘭子「何という欣喜!」

ありす「近畿?」

小春「とっても嬉しいってことだよ~、蘭子さんといると賢くなれるんだ~」

P「その方面の知識だけ増えてくってのもどうなんだ」

桃華「見聞を深めるのはいい事ですわ」

P「で、どこまで練習は進んでんだ?」

星花「歌詞は頭に入れてありますから、後は簡単な振り付け等を」


ルキトレ「そこで私の出番って訳」

P「大丈夫なのかこれ」

ルキトレ「信用してないって?」

P「わざわざお前が来たって事は今回のライブ仕様で特別に何かやるって事だろ? そもそもこの四人でユニット組むこと自体初めてなんだし、
  一週間で形になるのか?」

ルキトレ「するよ、午前で見たけど凄いよこの子達。ね?」

蘭子「かの勇姿、とくとその目に焼き付けよ!」

P「ならまあ、見てみるが」

――

ルキトレ「ね?」

P「……うん、舐めてた」

星花「大丈夫そうですか?」

P「この段階でこれなら俺は満点をつける。ありす、何でそこまで振り付け覚えてんだ?」

ありす「曲は二日前に渡されてましたから」

P「俺のする事ないぞ、これ」

ルキトレ「ま、たまには黙って見てるのもいいんじゃない?」

桃華「私達にかかればこんなものですわ」

小春「この調子でいけばきっと成功だね~」

P「見てるだけで終わった、スケジュール開けなくて良かったかなあ」

星花「本当に頑張ってくれてますわ」

P「何を見てるんですか?」

星花「他の方のライブ映像です、参考にしようかと」

P「これは……神谷奈緒と北条加蓮か、また何で……ああこの曲だからか」

星花「本当に、輝いてますね」

P「俺まだ見てなかったんだけど、こんな風に笑うようになったか」

星花「ご存知なんですか?」

P「いや、この二人さ」

奈緒「何だよ?」

P「うおっ! いきなり顔を出してくるな!」

奈緒「って、これおい何で見てんだよ!?」

P「見てたのは涼宮さん、俺は後ろにいただけ」

奈緒「え、何であたしの何か」

星花「凄く素敵だなあって」

奈緒「す、素敵っていや、別に、その、何つうか」

P「この曲、来週のライブで涼宮さんが使うんだよ」

奈緒「そういう事か、何だびっくりさせんなよ」

星花「あの、ご迷惑でしたでしょうか?」

奈緒「そんな事ない、いや、見られるのに慣れてないっていうか、その」

P「大丈夫、色々と聞いてみればいい。顔真っ赤にしながら答えるから」

奈緒「しないっての! ああもう、相変わらずこっちのペースを乱してくる」

星花「あの、この時の動きはどこに気を使われてました?」

奈緒「え? ああ、この時は指先に神経を向けながら次のステップの時に困らないように重心を後ろにして――」

P「しっかりしてるなあ」

加蓮「お、Pさん。奈緒が珍しい事してるね」

P「多分、初の組み合わせ」

加蓮「まあ、縁がないもんね」

P「お前たちのライブ見て感心してたぞ」

加蓮「あ、そうなんだ。だから奈緒ちょっと顔赤いんだ」

P「本当だよ、疲れたばっかり言ってたのになあ」

加蓮「その話は今は無し! もうトレーナーでもないんだから」

P「苦労したなあ、相手が幸子に奈緒に加蓮って」

加蓮「皆、しっかり育ったじゃん。後は凛に追いつくだけ」

P「あ、そういえば見たよ。渋谷凛」

加蓮「嘘、どこで?」

P「ダブルアクト見に来てた、統括と一緒に」

奈緒「ああ、ゆかりの大暴走のやつ?」

P「そんな風に言われてんのか」

加蓮「だって奈緒、ライブで遠征中なのに一人で」

奈緒「あー言うな! それは絶対に駄目だ!」

P「何だよ、一人で携帯の前でごろごろ転がってたのか?」

奈緒「」

加蓮「あははははは、やっぱりばれてる!」

P「だからこんな時間に事務所に顔出してきたのか、馬鹿かお前」

奈緒「ば、馬鹿じゃねえ!」

P「どっから情報が入ったんだよ」

加蓮「凛から、何か見に行くの楽しみにしてたよ」

P「へえ、ああいう舞台が好きなのか」

加蓮「どうだろ? 私も初めて聞いたけど」

P「統括と一緒だから、とか?」

奈緒「お」

加蓮「それは会った時、ちょっと楽しみなネタかも」

P「俺からって言うなよ、こっちはまるで知らないんだから」

加蓮「さあ、どうしよっかな?」

P「頼むっておい!」

星花「とっても賑やかですね」

P「ごめん、勉強中だったのに」

奈緒「加蓮が調子に乗るから」

加蓮「まあ、楽しいからいいじゃない」

星花「でも、こうして色々な人とお話できるっていいですね。学校とはまた違って」

加蓮「まあ、涼宮さんと学校が一緒でも話してないだろうしね」

奈緒「お前はな」

加蓮「まるで自分がそういうグループに入れるみたいな言い方してるけど」

奈緒「何だよ、いいだろ別に」

P「想像つかねえ」

加蓮「だよね」

奈緒「ああもう好きに言ってろ」

星花「ドレス姿、綺麗でしたよ」

加蓮「お、救いの女神だ」

P「良かったな、涼宮さん優しいから」

奈緒「何で気遣われたみたいになってんだよ!」

先P「おう、何を黄昏てんだ少年」

P「もう少年っていう歳でもありませんよ」

先P「舞台終わっても、一息つく暇もないな」

P「そうでもありませんよ、ありすも手が掛からなくなってきましたし。今日だって現場に行く予定はありません」

先P「無いなら作ればいいだろ」

P「……先輩、この仕事の前ってどんな仕事してました?」

先P「今はとは正反対の仕事、と言っておこうか」

P「裏方の反対って、アイドルでもやってたんですか?」

先P「阿呆、ちげえよ。おっと電話だ、じゃあな」

ルキトレ「うん、いい感じ。これなら明後日の本番もばっちりかな」

星花「明日はそれぞれ仕事が入ってるから練習できないけど、当日は夜まで時間があるから」

ありす「本番……」

小春「すっごく綺麗だからね~」

桃華「ええ、それはもう宝石箱の様ですわ」

ありす「楽しみ」

桃華「余裕がありますわね、経験は人を育てるといいますけれど」

ありす「そう、かな」

桃華「本当に、本番が楽しみですわね」

P「さて、ついにというか何というか」

星花「宜しくお願いします」

P「仕事に合わせて事務所が調整付けたのかな、俺が付くなんて」

星花「今日は撮影でしたよね?」

P「あの衣装をイベントだけで終わらすには勿体ないから、出すだけ出してみて反応を見てみようかと思ってね。ちょっと急だったけど話を付けた」

星花「スタジオまではどうしましょう?」

P「車を出すよ、こっち」

星花「こんな車もあるのですね」

P「まあ、これ国産車だからね」

星花「いえ、何か色々な物があちこちに」

P「そうなの?」

星花「雑誌にお菓子と、選り取りみどりですわ」

P「候補が多すぎて誰か分からない、けどまあそこはもう放っておいてるからなあ。移動時間のストレスの軽減になるなら何を持ち込んでも構わないって
  思ってるから」

星花「今の女の子はこういった物をお読みになるの?」

P「参考になるのかなあ、そういう好みも多様化してる時代だし。百名以上のアイドル全員に仕事があるってのもその現れだろうから」

星花「本当に、色々な方がいますのね」

P「まあ、この世界にいなかったら分からない世界ではあるよなあ」

星花「そうですね、本当に色んな花が咲く」

P「お疲れさん、明日は早いし直帰で構いませんよ」

星花「プロデューサー様は?」

P「様!?」

星花「何か、おかしかったでしょうか?」

P「いや、初めて呼ばれたからびっくりした」

星花「そうでしょうか? いつもそうお呼びしているのですが」

P「へえ、本当に何というか。ああ、俺も帰って準備ですよ。まあ一泊二日なんでそこまで荷物ないんですけど」

星花「でしたら、少しお時間を頂けますか?」

P「って、ここ」

星花「はい、どうぞ」

P「家だよな、どう考えても」

星花「はい、車はそちらへ」

P「えーっと、いいんだろうか」

星花「取って食べようという訳ではありませんわ、そこはご安心を」

P「またそんな、ご両親は?」

星花「不在ですの、残念ながら」

P「お手伝いさんとか?」

星花「さあ、入ってからのお楽しみですわ」

P「アイドルの実家って初めて入ったよ俺」

星花「あら、一番乗りですか?」

P「寮はあるんだけどな、後は一人暮らししてる人もあるけど」

星花「噂通りですのね、アイドルとの距離の近さ」

P「近いというか、近づいてくるというか」

星花「私のように、ですか?」

P「そんなに興味を持たれる要素ないと思うんだけどなあ」

星花「うふふ、それはどうでしょう。どうぞ、こちらです」

P「ヴァイオリン?」

星花「ええ、明日の曲の一つは私が演奏致しますので」

P「ヴァイオリンが合いそうな曲って」

星花「一曲、お聞き頂けますか」

――

小春「広いね~天気もいいし~」

ありす「思ったより開けてる」

桃華「ところで、蘭子さんは?」

P「本番までには来ると思うけど、そもそもあの過密スケジュールの中で来る事が凄い」

桃華「相変わらずですこと」

小春「私たちも頑張らないとね~」

桃華「負けてられませんわ」

P「桃華と蘭子で競い合う要素あるか?」

桃華「本気で仰ってます?」

P「何でそんな対抗しようとしてんだ?」

桃華「決まってますわ」

P「ん?」

桃華「シンデレラは、いつだって一人でしてよ」

P「王子様は誰だよ」

小春「ヒョウ君だね~」

桃華「それはちょっと、勘弁願いたいですわ」

蘭子「約束の時は来たか!?」

P「開始1分前だ、凄いな本当に間に合った」

蘭子「真か!?」

P「自分が出る訳でもないのに……俺には出来なかったな」

蘭子「闇の帳が降りし時、聖なる裁きがこの天を震わせる!」

P「……まあ、何となく分かる。何となく」

星花「皆様、今日はこの天体ライブにお越し頂きありがとうございます。本日は、天体観測感の方と一緒に皆様と楽しいひと時を過ごせたら幸いです」

小春「みんなも楽しんでくれると嬉しいな~」

桃華「それでは最初は今日の主役、星を見る事から始めましょう。係りの方、お願いしますわ」

P「凄いな、本当に綺麗だ」

ありす「プロデューサー、終わりました」

P「お疲れさん、急だったのに劇もよく出来てたよ。女優になるか?」

ありす「なれますか?」

P「なれるさ、ありすなら何にでもなれる」

ありす「今は全て頑張ろうと思うんです。簡単じゃないですけど、でもそれがアイドルなのかなって」

P「星の金貨の最後はさ、少女に金貨が降るだろ。何か面白いよな」

ありす「神様も即物的ですよね」

P「そもそも俺はそこまで行けないけどな、心が広くないから」

ありす「大丈夫です」

P「何がだ?」

ありす「全て失っても、私はいますから」

P「ばーか、その時になったらお前は真っ直ぐ前だけ見てればいいんだよ」

ありす「……馬鹿はそっちです」

桃華「困り者ですわね、プロデューサーがこれでは」

ありす「後は、涼宮さんだけ?」

桃華「ええ、バイオリンのソロですわ。曲目は確か」

P「星に願いを」

桃華「ご存知ですか? この曲」

P「……まあ、有名だからな」

小春「何か、難しい顔してるよ~」

桃華「何かありましたわね、これは。まあ、この方にはいつものことですけれど」

P「本当に何事もなく終わった、何か星を見に来ただけの小旅行だな」

星花「それはそれで、趣があって私は楽しいですわ」

P「あの時、聞いてきたよな。星に何を願いますかって」

星花「はい、お聞かせ頂けますか?」

P「正直、分からない」

星花「それでいいと思いますわ、私も変わりありません」

P「そうは見えないけど」

星花「この星空の中の、どれか一つが私とするならその光はあまりに小さい。それでも光ることを辞められないのは、きっと見てくれる誰かがいると」

P「凄い数だよな、本当に。圧倒される。圧倒されてばかりなんだよな」

星花「今はまだ、何も考えずに進むべき時なのかもしれません。そしていつか立ち止まった時、私はまた星を見上げます。花の様に」

P「星を見る花、か」

星花「散る時に後悔しないように、進み続けますので。見ていて下さい、プロデューサー様」
終わり

連作短編その7 菜々「一日だけのシンデレラ」

P「うーん、どうしようかなあ」

菜々「悩んでますね、お仕事ですか?」

P「え? ああ全く関係ありませんよ、見てたのこれですから」

菜々「遊園地デート特集? もしかして彼女さんとデートですか?」

P「そう大層なものでは。千枝がもうすぐ誕生日なので、その下調べです」

菜々「あ、そうなんですか」

P「まだまだ子供だと思ってても、何かあっという間に時間が経つんですよね」

菜々「本当ですね、って奈々はまだ若いから分かりませんけど!」

P「はは。それでまあ、どこがいいかなあって悩んでたんですよ。仕事が入ったらその計画も台無しですけどね」

菜々「千枝ちゃんならどこでも喜ぶと思いますけど」

P「とはいっても、仕事以外で会う事あんまりないんですよね。普段、何して遊んでるかとか知らなくて」

菜々「そういうの、Pさん慣れてるイメージなんですけど」

P「まさか、仕事ばっかりしてるってだけですよ」

菜々「でも、そういうのって最後は気持ちですよ」

P「菜々さんだと説得力が凄いですね」

菜々「ま、まあほら! 頑張って下さい、そういった事が励みになるんですから」

P「そうですね、さあてどにしようかな」

菜々「……いいなあ」

P「あ、ここ……え?」

菜々「どうしました?」

P「ああ、ここなんですけど」

菜々「近くですね、これがどうかしたました?」

P「明日、開園一周年イベントで入場料無料なんです。下見に良さそうなんですけどカップル限定の二文字が」

菜々「ああ、一人では入れませんね」

P「ありす連れて行けば……」

菜々「多分、妹扱いだと思いますよ」

P「仕方ないか、他の所を探そう」

菜々「その必要はありません」

P「誰か心当たりが?」

菜々「ここにいます!」

P「他の候補は、と」

菜々「無視は酷いですよ!」

P「あのですね。唯でさえ人が多い場所にアイドルがプロデューサーと一緒に遊園地に行こうものなら」

菜々「ファンが見たって誰もデートだなんて思いません、年齢差を考えて下さい」

P「……あの」

菜々「いえ、何か自分で言って悲しくなってきましたから別に」

P「何か行きたい理由でもあるんですか?」

菜々「え? ああ、ほら折角のお休みに家でごろごろするのも何だかなーと思いまして。お役に立てるならって、思ったんですけど」

P「なら行きますか?」

菜々「本当ですか!?」

P「ええ、まあカップルに見られるか分かりませんが」

菜々「大丈夫です、そこはナナに任せて下さい!」

P「分かりました、頼りにしてます」

菜々「どうしよう、どうしようどうしよう。ああ勢いで言ってしまった、別にあのまま引いてれば良かったのに。ああもう!」

菜々「……いいよね、一日くらい。だって、だって明日は」

菜々「よし、ちょっと頑張ってみよう」

P「お待たせしました、って菜々さん?」

菜々「どうですか?」

P「どうって、そんな服も着るんですね」

菜々「ナナだって頑張る時は頑張るんですよ」

P「アイドルですもんね、似合う服も分かってますか」

菜々「さあさあ、今日は頑張って私をエスコートして下さいね」

P「了解です、って言っても使うのは事務所の車なんですけどね」

菜々「見られてませんよね?」

P「事務所の人間に見られても問題ありませんけど、まあ大丈夫そうですね」

菜々「出発進行です!」

P「またやけに荷物が多いですけど、何を持ってきたんですか?」

菜々「じゃんじゃじゃーん」

P「わざわざパンフレット買ったんですか?」

菜々「こういうの見ながら行くのが遊園地の醍醐味です」

P「行ってから適当に乗るタイプですね、俺は。何か目玉とかに興味なくて」

菜々「駄目ですよ、今回は女の子が主役なんですから」

P「なら、ルートを決めますか。おすすめとかあります?」

菜々「このサウザンドマウンテンですね」

P「ジェットコースターですか?」

菜々「はい、ナナでも乗れる子供用です」

P「ああ、それはいいですね。そうか、身長制限もあるんだよな」

菜々「女の子は大変なんですよ」

P「菜々さんって遊園地は行く方ですか?」

菜々「うーん、デパートの上の……ウサミン星には大きな遊園地がなくて!」

P「ああ、なるほど」

菜々「え、えっと次はですね」

P「実は俺、プライベートで行くのは初めてなんですよ」

菜々「無かったんですか!?」

P「仕事ではありますよ、自由時間とかありましたから遊んだりはした事あるんですけど」

菜々「ナナが言うのも何ですけど、珍しいですね」

P「まあ、だから勝手が分からないのはお互い様です。気楽に行きましょう、昼食取れそうなお店はどこかあります?」

菜々「いくつかあるんですけど……多分、入れないと思います」

P「売店で適当に買いますか」

菜々「そこはナナが頑張りましたから、今は気にしないで下さい」

P「頑張りました?」

菜々「でもメインはこれですね、一周年記念のパレードと花火」

P「この時期に5000発ですもんね、綺麗だろうなあ」

菜々「ただ打ち上げ場所が未定なんです、場所取りが難しそうですね」

P「その場所取りを防ぎたいんでしょうね、参考になるなあ」

菜々「あ!」

P「見えましたね、大きいな」

菜々「凄い……」

P「早く出てきてこの混み具合か、もうこの辺りにしておきますか」

菜々「早起きした甲斐がありました」

P「壮観ですよね、千枝も喜ぶだろうな」

菜々「……そうですね、きっと大はしゃぎですよ」

P「入場の受付はどこですかね」

菜々「あっちです、案内しますよ」

P「あ、すいません。ちょっと忘れ物したんで先、歩いてて下さい」

菜々「じゃあ、ゆっくりと進んでます」

P「えっと、あれ? これ……まさか……」

菜々「本当に来たんだ、やっと」

P「お待たせしました」

菜々「何を忘れたんですか?」

P「ええ、ちょっとした物を。受付を済ませてしまいましょうか」

菜々「ここまで来といて何ですけど、大丈夫でしょうか」

P「ああ、そういえばそうですよね。行くぞ菜々」

菜々「ナナって、ひゃっ?」

P「これくらいしておけば大丈夫でしょう」

菜々「腕、そんな強引に」

P「今だけの我慢です、周り見てください。俺達だけ余所余所しかったら不自然に映ります」

菜々「それはそうですけど……皆、若い子ばかりだし」

P「この中で一番可愛いのは菜々だけどな」

菜々「もしかして、皆に同じような事を言ってる?」

P「はは、ばれたか」

菜々「もう、ときめいたのに!」

P「その言い方も何となく古い気がする」

菜々「何だとー!?」

P「入れた」

菜々「何か喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分かんない」

P「大量に人が受付に殺到したのが功を奏したのかな、チェックも甘かったような気がする」

菜々「ど、どうしましょう?」

P「よし、走るか!」

菜々「わっ! そんな引っ張らなくても」

P「ここまで来たら楽しまなにゃ損損、ですよ」

菜々「20分待ちかあ」

P「また中途半端な、でもこの行列を見るとなあ」

菜々「並び直すには気が引けるね」

P「分かんないまま並んだけど、ここのアトラクションって何?」

菜々「うーんと、エンデバーダイビングだって」

P「船に乗り荒れ狂う海を越え宝を探せ、か」

菜々「そういえば、そんな名前のスペースシャトルもあったね」

P「最近まで飛んでたんだっけ? やっぱり好きなの?」

菜々「人類もまだまだって感じだね、ウサミン星はもっと凄いんだから!」

P「東京まで一時間」

菜々「それを言うなあ!」

P「さて、ようやく順番が」

菜々「な、何か大きい」

P「ああ、分かったこれ。水に濡れながら滑るえっと」

菜々「ウォータースライダー……」

P「まあ、朝早い内に乗るならマシか」

菜々「そ、そそそそそうですよね、まあ朝なら」

P「はいはい、ここに捕まって」

菜々「骨は拾って下さい」

P「ウサミン星人に骨があったらな」

菜々「うきゃー!!」

P「おお、絶景。へえ、色々と凝ってるなあ。あ、この演出は使えるか。でも使うなら許可居るのかな」

菜々「何でそんなに余裕なの!?」

P「何か慣れた」

菜々「慣れってそんなもんだあああああああああああああああああ」

P「ああすっきりした」

菜々「若さかな……若さなのかな……」

P「体力のある内に行っておくか」

菜々「へ?」

P「サウザンドマウンテン」

菜々「でも、これ一時間待ちって出てるけど」

P「俺を舐めるなよウサミン」

菜々「それ」

P「この星にはファストパスというものがあるんだよ」

菜々「いつの間に」

P「いや、何か分からなかったんだけど取ってる人がいたから」

菜々「勘!?」

P「そ、まあ今回は当たりだったかな」

菜々「へえ、こんな風に入れるんだ」

P「何か偉くなった気分」

菜々「うわ……高い」

P「そうか? さっきと比べると全然」

菜々「うー、その余裕が恨めしい」

P「言ってろ、さあてしゅっぱーつ!」

菜々「良かった、生きてる」

P「楽しめたし服も乾いたし、一石二鳥かな」

菜々「心臓が三回くらい飛び出た」

P「で、これも分かんないまま取ったんだけど。ファストパスだよな?」

菜々「ん? あ、これ!」

P「ちょっと待て、おいこれは」

菜々「どうしたのかな~Pくん、何か腰が引けてるけど」

P「何でファンシーなテーマパークにこんなおどろおどろしいのがあるんだよ」

菜々「その名もスリラーパーク」

P「見た目からしてやばくないか、人も何か少ないし」

菜々「どんどん行こう!」

P「……ああ、取るんじゃなかった」

菜々「ひいっ!」

P「で、こうなるのか」

菜々「何で! 苦手なんじゃないの!?」

P「小梅とこういうの見たからなあ。それもあってびびってたんだけど、耐性が付いてたんだな」

菜々「凄いのって?」

P「……何かもう、生きてる人間をそのまま」

菜々「やっぱりいいやっぱりいい! こんな時にそんな話しないで!

P「振ったの自分からだろ、しかし長いな」

菜々「もう何も出てこないよね?」

P「ゾンビが出てくるくらいで何を言って――」

小梅「ばあ」

P「」

菜々「」

小梅「ばあ?」

P「何も見なかった」

菜々「うん、何も見なかった」

P「一周年記念、あの人気アイドルが館内に出現!? って表示が小さいんだよ!」

菜々「こういう事もしてるんだ」

P「可愛かったけど! 撫でたけど!」

菜々「びっくりしたけどホラーとはちょっと違うような」

P「ドッキリに近いよもう」

菜々「あはは、まあ小梅ちゃんは気づいてないみたいだったし」

P「暗かったのが幸いしたよ、何か衣装に身を包んでたし」

菜々「そろそろお昼だね」

P「ああ、そっか。どうしようか、店は混んでるし何ならどっかの売店で」

菜々「ぱんぱかぱーん」

P「……おお」

菜々「ナナはやる時はやるのです!」


P「うん、何か凄い。凄いとしか言えなくて申し訳ないけど」

菜々「こういうお弁当、作ってみたかったから」

P「メイドカフェだっけ、鍛えられたんだ?」

菜々「うーん、あそこは別にそういうスキルは求められてないから。何というか、世界を作り出せればそれでオッケーみたいな」

P「アイドルと変わらないのかな、卵焼きもなかなか」

菜々「全く違うよ、世界の広さが」

P「菜々?」

菜々「さあ、こっちのハンバーグもどうぞ! あーん」

P「あーんって、これハート型」

菜々「細かい事は気にしなくてもいいから、はい」

P「んぐ、うん。おいしい、じゃあ」

菜々「何ですか?」

P「口開けて」

菜々「え?いえナナは別に」

P「こういうのはちゃんとお返ししないと、ご主人様」

菜々「う……じゃ、じゃあ、一口だけ」

P「ざーんねんやっぱり俺の物! 引っ掛かったな」

菜々「な、この! やったなあ!」

P「素直に口開ける方が悪い」

菜々「ちょーだい!」

P「欲しかったのか?」

菜々「べ、別にそこまで欲しくな――ムグムグ」

P「どうだ?」

菜々「……おいしい」

P「菜々が作ったらかな」

菜々「多分、他にも理由ある」

P「そうか? でも美味しかった、ありがとう」

菜々「よし、今日はもう徹底的に遊ぶ!」

P「どこ行くんだ?」

菜々「もちろん決まってる!」

P「たっけー!」

菜々「高さ108メートルから急降下するフリーフォールなんだって」

P「乗れるの?」

菜々「身長制限130センチ、そこまで小さくないよーだ」

P「でも頭はこんな位置だし」

菜々「ナ、ナナの頭を撫でたっていいことなんてありませんよ!」

P「俺が満足」

菜々「何それ……へへ」

P「これ、さっきとはまた違う怖さが」

菜々「幸子ちゃんはもっと高かったんですよね」

P「あれ俺も上がったよ」

菜々「え!?」

P「まあ降りなかったけど、だからここはああああああああああああああああ」

菜々「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ」

P「お、おお」

菜々「目が飛び出るかと思った」

P「足がふらふらする、頭が揺れる」

菜々「次、もっと軽いのにしよう」

P「じゃあここでいいんじゃないか、アトラクションとはちょっと違うけど」

菜々「お城? 入れたっけ」

P「今日だけの特別みたい、進みもゆっくりだけど丁度いいな」

菜々「何か、入った瞬間」

P「世界が変わったな、周りも静まり返ってる」

菜々「作り物なのに、そんな感じがまるでしない」

P「何でだろう、積み重ねも大してないはずなのに」

菜々「積み重ねじゃない」

P「なら、何?」

菜々「皆が信じてるから。どこかに絶対、こんな世界があるって」

P「世界、か」

菜々「ほら、一歩出たら元通り」

P「一本道だけど広かったな、こんな時間か」

菜々「もう一個くらいかな、パレードの後にショーまであるし」

P「ああ、そうなんだけど」

菜々「どうかしたの?」

P「あれ」

菜々「うーんと、看板? ほとんど完成してるけど」

P「この絵柄は」

沙紀「Pさん?」

P「やっぱりか」

沙紀「あれ? 今日Pさんなんすか?」

P「いや、今は違う」

沙紀「って事はプライベートで二人……ってえええええええええええ!?」

P「声が大きいって! しかしなるほどな、道理で全く反応されないと思った」

菜々「園内に一杯いるんだね、アイドル」

沙紀「この後のショーも出るんすよ、お二人でどうぞ。あ、これ関係者席に入れる整理券なんすけど」

P「いいのか?」

沙紀「アタシのLIVE見るの、学園祭の以来っすよね?」

P「ああ、そんな前だっけ」

沙紀「ずっごいの見せますから、絶対に見に来てください!」

P「貰っちゃったな」

菜々「大きな看板だったけど、大丈夫かな」

P「大丈夫。皆そうだけど、やるべき事はきっちりとやる子だから」

菜々「他にもいるんだろうね」

P「あそこ」

菜々「あ、いつきちゃんだ」

P「練習中だろうな、そっかピッタリだな」

菜々「皆、頑張ってるな」

P「事務所にこんなにアイドルいると気が抜けないんだってさ、涼宮さんも似た様な事を言ってた」

菜々「うん、ここに来て本当に色んな人がいるって知った」

P「ここにあったか」

菜々「観覧車、だね。大きいな」

P「パレードが近いからかな、空いてるけど」

菜々「乗ろ、今日はこれで最後だろうから」

P「段々、見えてきた。ああ、全体はこんな感じなのか」

菜々「うん、こうやって頂上を目指してる時ってわくわくするよね」

P「そう?」

菜々「ここまで来た、ここまで見えてきた。ならその先は、もっと先に行ったら何が見えるだろうって」

P「どこまで行けば頂上なんだろうな」

菜々「あるのかどうか分からないから、皆が目指すんだよ」

P「確かに追いかけたくなるよな、そういうの」

菜々「ナナはずっと探してた。スタート地点を通り抜けて、無我夢中でどこにいるのか分からなくって」

P「もしかして今日ここに来たのって」

菜々「一度、スタートまで戻って普通の女の子なってみようかなって。私にとっても区切りのいい日だから」

P「スタート……」

菜々「私が進んできたこの道は、あの頃の私がから見てどうなんだろうって確かめたくなった」

P「あの」

菜々「見て、てっぺんだよ」

P「でも暗くてよく見えな――」

菜々「わあ……綺麗……」

P「光が、一斉に」

菜々「それでね、やっぱり行きたいって、心の底からそう思った。だって、絶対に、絶対に綺麗で……輝いてる」

P「あそこがステージか」

菜々「あの絵、もう仕上がったんだ」

P「ステージもあいつのデザインが入ってるな、いつか見せてもらったのとそっくりなのがある」

菜々「皆が全力で輝いてる、そんな場所なんだもん」

P「行こう、待ってる」

菜々「パレードだ!」

P「馬車にダンサーの列に……ドラゴン?」

菜々「鈴帆ちゃんだ、わーい!」

P「ウインクしてたな、相変わらず派手だ」

菜々「キラキラしてる、全部」

P「ここだ」

菜々「始まるね、3……2……1……」

千枝「皆さん夢の国で楽しんでますか!? 千枝がこれからもっと凄い魔法を掛けちゃいますから最後までいっぱい楽しんでいってくださいね!」

菜々「千枝ちゃん!?」

沙紀「今日はノリノリで行くっすからね!」

いつき「最後まで全開で行くから取り残されない様に!」

千枝 沙紀 いつき「じゃあ皆! Let's Dance!!」

沙紀「さあ、完全に陽が落ちた所でライトアップの時間だよ!」

いつき「じゃあ小さな魔法使いさんに頑張ってもらおうかな」

千枝「はあーっ! えいっ!」

いつき「これ、配置や色も沙紀が考えたんだよ凄いでしょ」

千枝「ま、魔法なんですからっ」

いつき「あ」

沙紀「ははは、まあいいんすよ。考えるより感じろってね!」

いつき「じゃあ次! 一秒だって見逃しちゃダメだよ!」

菜々「うん、見逃さない。だよね、あれ?」

ありす「プロデューサーなら、もう行きましたよ」

菜々「ありすちゃん? え、どういう事?」

小梅「Pさん…ずっと考えてました」

菜々「小梅ちゃんまで」

小梅「今日……どうしようかって…頭を悩ませて」

ありす「それで結局、プロデューサーに任せようって事になって。まあ、どうなるかと思ってたんですけど」

菜々「任せるって何を?」

ありす「こういう事を考える辺り、あの人は本当にそういう人なんだなって思いました。それだけの事です」

千枝「ふう、休憩だ」

P「お疲れさま」

千枝「Pさん!」

P「よしよし、ごめんな。急にプログラム変更にしちゃって」

千枝「頑張れるよ、Pさんとの魔法があるもん」

P「沙紀もありがとう、用意しといて正解だった」

沙紀「やりたい放題やらせてもらいましたから、これくらい何てことないっすよ」

P「ああ、後は主役しだいだ。もう少しだけ頼む」

いつき「ここまで皆ありがとう! ここまでついてきてくれた皆に、今日は最後にお願いがあるんだ!」

沙紀「あそこにあるお城に注目してくれるかな」

千枝「今日、私が使える最後の魔法! 行くよーっ!」

菜々「え? あれ……」

ありす「どこにあるか分かりませんけど、今日くらいは私も信じます」

小梅「見て…ください…皆で……準備しました…」

菜々「そんな……嘘……」

千枝「今日だけウサミン星からお城だけワープさせちゃいました! 後は、もう皆さん分かってますよね?」

 ウーサミンッ!! ウーサミンッ!! ウーサミンッ!!

ありす「出番ですよ、本当に遊園地が主役なんだか菜々さんが主役なのか分かりませんけど。その……」

小梅「…こういうの…ちゃんと…言わなきゃ…」

ありす「その……今日は頑張ってきてください」

千枝「どうぞ! 登場です!」

菜々「あの……皆さん! 今日は開演一周年という事でちょっとだけウサミン星をお披露目しちゃいました!」

千枝「はい、という事でウサミン星の皆さんからここにいる皆にプレゼントだそうです」

P「よし、お願いします!」

菜々「花火……もう、何で?」

千枝「いっろんな形がいっぱーい!」

いつき「実は極秘にデザインを公募してたんですよ」

沙紀「うーん、いいもんっすね。こういうの」

千枝「じゃあ皆! せーのっ!」

   ウサミン! 誕生日おめでとう!

千枝「後は、お任せして大丈夫ですよね」

いつき「ま、今日くらいは主役も譲りますよ」

沙紀「頑張ってくださいね、お姫様なんすから」

菜々「……うん」

P「頑張れ、菜々」

菜々「皆、今日はナナの誕生日に集まってくれてありがと! ウサミン星もいいけど地球も悪くないかなって思っちゃったり、キャハッ! 
   残り時間は少ないけど、めいっぱい盛り上げちゃうから! いくよ、ウサミンの魔法を見せてあげる。メルヘンチェーンジ!!」

P「お疲れ様でした、菜々さん」

菜々「終わりました、Pさん」

P「本当はもっと早くネタばらしを済ませて、打ち合わせとかするつもりだったんですけど」

菜々「本当、驚いたんですから。言ってくれたらよかったんですよ」

P「言おうと思って車に打ち合わせの資料を車に取りに行ったんですけど、こんな物を見つけちゃいまして」

菜々「それ、あ! 隠し忘れて」

P「開園一周年の特集でも読んでるのかと思ってたんです。でもこれ、開園記念の特集号だったんですね」

菜々「あはは、ばれちゃってたんだ」

P「読み込まれて、ぼろぼろで。こんなの見せられたら、言えなくなっちゃいましたよ」

菜々「子供の頃からの憧れだったんだ、遊園地。そんな憧れの場所で普通の女の子にもなれたし、アイドルとしてLIVEもできた」

P「今日、どうでした?」

菜々「楽しかった、楽しくて、すっごく楽しくて」

菜々「色んな事があって、長くて長くてやっと辿り着いて進み続けて」

菜々「アイドルになれて、なってよかった。アイドルできるのがほんとに嬉しい」

P「こちらこそ、アイドルになってくれてありがとう。この世界にいてよかった、貴方に会えたから。俺も夢を追いかけていられます」

菜々「ふふ、ナナはこれからもっともーっと頑張りますから。宜しくお願いしますね」

P「はい、もちろ――」

千枝「もういいですよね!?」

P「千枝!?」

千枝「一日中ずっと我慢してたもん、もう我慢しません!」

いつき「抑えてたんだけど、ごめんね」

沙紀「千枝ちゃんはPさん大好きっすからねー」

千枝「まだ時間ありますから行きましょう! 千枝も観覧車とか乗りたいです」

P「焦るなって、分かったから」

沙紀「よーっし、アタシも全力で遊ぶっすよー!」

いつき「私もまだまだ物足りなかったし、遊ぼうか!」

小梅「皆…楽しそう」

ありす「全く、子供なんですから」

小梅「い、行かないの…?」

ありす「……行きますけど」

菜々「えっへへ、じゃあ今日はP君の隣はナナが頂きますね」

P「菜々さん!?」

菜々「まだ、今日は終わってないよ?」

P「分かった、じゃあ最後まで遊びつくすか!」

菜々「はい! 最後までウサミンパワー全開です! キャハ☆」

終わり

短編 ゆきちあ その1

ありす「……」

千枝「ゲーム?」

ありす「仕事が終わって暇だったから」

千枝「楽しかったね、遊園地」

ありす「まあ、それなりには」

千枝「あんなに笑ってたのに?」

ありす「そこまで笑ってない」

千枝「という訳で証拠を持ってきちゃいました」

ありす「そんなものある訳ない」

千枝「ところが!」

ありす「封筒?……だめ!」

千枝「とーっても可愛く取れてるよ、誰が撮ったんだっけ?」

ありす「た、たまたまこんな顔してただけ」

ありす「……誰にも見せない様にお願いします」

千枝「大丈夫、Pさんにしか見せてないから」

ありす「」

千枝「可愛いって言ってたよ」

ありす「ほん――別にどうでもいいから」

千枝「やっぱりありすちゃんって可愛い」

ありす「そんな言葉、似合わない」

千枝「そうかなー?」

ありす「……言われたら、嬉しいけど」

千枝「だよね!」

ありす「あそこにいるの」

千枝「ん? あ、ペロだ!」

ありす「ぺろ?」

千枝「あの猫の名前だよ、雪美ちゃんのペットなんだ」

ありす「ゆきみ?」

千枝「会った事ないかな? 私よりも年が下なんだよ」

ありす「一桁?」

千枝「ううん、10歳。私よりちょっと小さい不思議な子」

ありす「でも、出てこない」

千枝「うーん、ペロに聞いてみよう」

ありす「猫が話す訳が――」

ペロ「…私は……ここ…」

ありす「嘘だ……」

千枝「雪美ちゃん、意地悪しちゃ駄目だよ」

雪美「…ふふ……見つかっちゃった…」

千枝「こっち来て、Pさんと遊園地に行った時の写真があるんだ」

雪美「…写真……?」

千枝「うん、菜々さんの誕生日の時の」

ありす「さっき見せないって」

千枝「見たいよね?」

雪美「……駄目?」

ありす「う……た、たまたまこんな顔をしてただけだから」

雪美「…綺麗……皆……」

千枝「また行きたいね、今度は雪美ちゃんも」

雪美「…Pも……一緒…?」

千枝「一緒がいいね、子供だけだと危ないからって言えば大丈夫だよ」

ありす「私といて楽しいかは分かりませんけど」

雪美「ううん……とっても…楽しそう」

ありす「でも、言えないと一緒だから」

雪美「……言葉……苦手……でも…写真なら……伝わると思う…」

ありす「伝わる…かな……?」

千枝「大丈夫だよ、そうだ! 後で見せよう、もうすぐ帰ってくるよ」

雪美「…P……会える」

ありす「す、少ししたら帰るから」

千枝「じゃあそれまでありすちゃんにくっついてる!」

雪美「私も……くっつく…」

ありす「まあ、別にいいですけど」

P「これで終わりだな」

春菜「今日もいい仕事でした」

P「しかし来る日も来る日も眼鏡って」

春菜「まさにアイドルとメガネの革命」

P「楽しいならいいけどさ、もう帰るか?」

春菜「この前の写真ができたって千枝ちゃんからメール貰いましたから見せてもらおうかと」

P「この前、ああ遊園地のか。俺も見よっかな、いるのか?」

春菜「そう思いますけど……やっぱり今日は止めておきます」

P「何だよいるんだろ? 見せてもらえば……なるほど。俺も静かにしておくか」

春菜「仲良くくっついて」

P「ったく、いくら暖かくなってきたからってタオル一つもないと風邪ひくぞ」

春菜「写真、出てますね」

P「それ見ながらはしゃいで疲れたのかな、三人とも仕事終わりだからな」

ありす 雪美 千枝「ふう……すう……ひゅう…」

P「お疲れ様、いい夢を」

連作短編その8 肇「届けたい光」

P「長旅だったな、朝に出てきたのにもう昼だ」

肇「どうします? どこかで軽く食べていきます?」

P「そうだな、折角だから。いや、肇に任せるよ。家族だって会いたがってるだろうから」

肇「大丈夫ですよ、それにちょっと歩きますから」

P「しっかし、これが瀬戸内海か」

肇「初めてですか?」

P「いや、でも久しぶりだ。あれ、島もいくつかあるんだな」

肇「人も住んでますよ、そんなに大きくはありませんけど」

P「さて、岡山といえば果物か」

肇「よくご存知ですね」

P「鉄道ゲームが好きだったから、日本の県名と県庁所在地は5歳の時には全て言えた。特産品もついでに大体は覚えたなあ」

肇「鉄道ゲームに特産品が出てくるんですか?」

P「出雲とか盛岡とか争奪戦が熱かった、っていう話は置いといて。でも6月だと何が旬なんだろ」

肇「果物からは逸れてしまいますけど、メバルとか」

P「桃やりんごとか、牡蠣は早いもんな。あ、そうだままかり寿司って何?」

肇「ままかりのお寿司ですよ、サッパっていうお魚を使うんです」

P「なるほど、やっぱり名物なのか」

肇「適当にどこかお店に入っても出てくると思いますけど、ではそれにしましょうか」

P「うん、甘酢かなこれ。値段もリーズナブルだし、帰りに買って帰ってお土産にしよう」

肇「釣ってきたのをよくお母さんがばら寿司にしたりしてくれたりして、懐かしい味です」

P「ここから肇の家ってどれくらいなんだ?」

肇「歩いて20分程度ですけど、タクシー使います?」

P「いや、荷物もトランクと土産一つだし。しかし二泊もお世話になっていいのかな」

肇「話は通してありますから、こちらこそ無理を言ってすみません」

P「いや、ホテル代が浮くのは助かる。馴染みの旅館もこの辺りにはないから」

肇「お仕事は、明日の夜ですよね」

P「そう、明日の夕方から現地のスタッフと合流して打ち合わせと撮影。だから明日でもいいんだけど、スケジュールは空いてたから
  里帰りにもなるかと思って。まあ俺がいるから休みって感じはしないだろうけど」

肇「いえ、普通のお休みより楽しいです」

P「そう言ってくれると助かる、よし支払いを……え?」

肇「よかったんでしょうか、無料なんて」

P「なあ、まさかどこに行ってもこうなるとか?」

肇「せめてと思いましてサインは書かせて頂きましたけれど、行く度にこれではどこにも入れません」

P「やっぱり出身地のアイドルって大きいのかなあ、街の中心部は肇のポスターで溢れてたりしてな」

肇「そうなったら、気軽に帰れなくなってしまいます」

P「それだけ喜んでるってことだよ、プロデューサーとして鼻が高いな……俺は特に何もしてないけど」

肇「いえ、Pさんがいたからここまで来れたんですから」

P「あのなあ、そういえばご家族は今は家にいらっしゃるのか?」

肇「母がいると思います、祖父は今日は……どうでしょうか」

P「まだ現役なのか?」

肇「一線は引いてます、そろそろ後進を考えなければいけない時期ではあるんですけど」

P「それで肇にお鉢が回ってきてたのか」

肇「父が継げたら良かったんですが」

P「……聞いてもいいのかな」

肇「腕を悪くしてしまったんです、窯の経営自体に問題はないんですが陶芸そのものはもう」

P「藤原家が途絶えかねないのか」

肇「そうですね、父も私も兄弟姉妹はいませんから」

P「続いてきたものが途絶える危機か……寂しいな」

肇「だから祖父は私に賭けたのかもしれません、いえ今もまだ」

P「そうか、難しいな」

母「ようこそ。遠方からはるばると、こちらへどうぞ。肇、お茶を」

P「お世話になります、私――」

母「聞いています、よく娘から話を伺っておりますから」

P「本当に頑張ってくれて、事務所としても助かっております。こちら、つまらないものですが」

母「これはこれは、東京のお菓子ですか?」

P「ええ、お口に合えばいいのですが」

父「君が噂のプロデューサーかい?」

P「ええ、あの」

父「へえ、思ったより若いな。なるほど肇が東京で続いてる訳だ」

肇「お父さん!」

P「初めまして、私は」

父「そんな堅苦しいと君ももこの湯呑みたいに固まっちゃうよ。そうだ、君は飲むほうかい? いいお酒が――」

肇「Pさんは未成年です!!」

P「賑やかだ」

肇「すみません、父がはしゃいでしまって」

P「テレビの横にBDと雑誌が並んでた、応援してくれてるんだな」

肇「そういう事に疎い人達だったんですけど、この一年ですっかり変わってしまいまして」

P「俺みたいな業界人は珍しいだろうし、話は俺から進んでしたいくらいだ。娘さんがどういう所にいるかってのは気になるだろうから」

肇「父も母もなかなか東京には来れませんから、すみません」

P「いいって、ありがとな。部屋の案内から荷物の整理までやってもらっちゃって」

肇「これくらいは、広くありませんけど家の案内もしてしまいますね」

P「来る途中で大体は覚えた、トイレとお風呂の場所さえ分かれば後は立ち入らないし」

肇「いえ、もう一つ案内したい所があるんです」

P「もう一つ?」

肇「どうぞ」

P「ここ……作品が一杯だ」

肇「祖父と父と、少しですが私のもあります」

P「凄いな、俺にはどれも同じに見えちゃうから申し訳ないんだけど」

肇「一つ一つ、全て違うんです。その日の気温とか、乾燥のさせ方や窯の温度にも左右されて」

P「狙って同じ物は作れないのか」

肇「それが醍醐味でもあるんですよ」

P「それにしても、凄い数だな。見てるだけで一時間は掛かりそうだ」

肇「最初は見様見真似です。だからこんな風に、器なのか花器なのか分からないような物も」

P「なるほどね、やっぱり経験か」

肇「よく言われるのは土こね3年ろくろ8年ですね」

P「気が遠くなるな」

肇「ええ、本当に」

P「その上ゴールもない。アイドルと一緒か、どちらも誰かから評価されないと成り立たない商売だ」

肇「これが、ここを出る前に最後に作った作品です」

P「湯呑?」

肇「はい、私の人生において恐らく最後の作品です」

P「最後って、もう作らないのか?」

肇「アイドルをしている限りは、作品を作るだけの期間お休みを頂く訳にもいきませんから」

P「それは……いや、それくらい俺達だって」

肇「振り返らないと決めたんです」

P「それは――」

父「おや、二人してデートかな?」

P「あ、作品を拝見させて頂いてました。何分、素人ですので良し悪しまでは分かりませんが」

父「いやいや、それでも君は普通の人とは違うだろう。試しに、その部屋の中にある作品の中から気になった奴を一つ選んでみなさい」

P「この中から、ですか」

父「そう、肇から大体の説明は受けただろう? 後は君の直感だ」

P「でしたら、そうですね。これでしょうか」

父「……へえ」

肇「……それ、お父さんの」

父「どうしてそれにした?」

P「似てるって思いました、俺に」

父「似てる? その作品が? そうは見えないが、だってそれは」

P「これ、お借りしてもいいですか」

父「ああ、構わないが」

肇「いいの?」

父「選んでくれたんだ、なら元陶芸家としては断れない」

P「ありがとうございます、帰る時にはお返ししますので」

父「いや、こちらこそありがとう」

P「お祖父さんはやっぱり工房?」

肇「そうだと思います、母も行き先は聞いていないみたいで」

P「そう、お邪魔にならなければ挨拶の一つもしておきたいな」

肇「大丈夫だと思います、職人さんの指導に当たってるはずですから」

P「ああ、見えてるあれ?」

肇「はい、歩いて行ける所にということで」

P「お弟子さんとかは通ってくるんだ」

肇「昔は住み込みで働く方もいましたけれど、今は窯を一晩ずっと見ている必要もなくなりましたから」

P「ここかな、作業場は」

肇「そうですけど、おかしいですね。姿が見えません」

弟子「お、肇ちゃん! 久しぶりだね、いつ帰ってきたんだい?」

肇「つい先ほどです、ご無沙汰してます。それで祖父はどこに?」

弟子「先生ならふらっとさっき出て行ったよ、どこに行ったかまでは聞いてないけど」

肇「ありがとうございます、どこに行ったんだろう?」

P「心当たりは?」

肇「どうでしょう、祖父は詰まってはどこかにふらっと散歩しに行ってしまう人ですから」

P「なら、俺もふらりと散歩でもするかな」

肇「でしたら――」

P「大丈夫、本当にそこら辺だから。積もる話もあるだろ?」

肇「でしたら、これを」

P「防犯ブザー……熊とか出ないよな?」

肇「迷ってしまった時の為ですよ、大丈夫です。見た事もありませんから」

P「ピークは過ぎてもまだ暑いけど、曇りなだけまだマシか。えっと、こっちにするか」

P「しっかし、ちょっと入っただけでもうこんな森になるっていうのは関東じゃ味わえないな。関東平野は偉大だ」

P「お、ここ降れるかなよっこいしょってわっ!」

P「ふう、着地成功。いやいや、フリーフォールよりびびった」

祖父「誰かいるのかね?」

P「はい?」

祖父「誰だ、何故ここにいる」

P「えーっと、Pっていいます。その、この近くの藤原さんって方にお世話になってまして」

祖父「藤原? 藤原は私だが」

P「あの、藤原肇さんのお祖父さんですか?」

祖父「ほう、では君が肇の言うプロデューサーか?」

P「はいそうです! えっと、こんな形で会って何ですが」

祖父「遠方から来たところ申し訳ないが」

P「何でしょう」

祖父「帰りたまえ」

P「……どういう事でしょうか」

祖父「聞こえなかったか?」

P「聞こえてますが、はいそうですかと帰る訳にはいきません」

祖父「従う気はないと?」

P「ここで帰ったら肇さんを裏切ることになりますから」

祖父「肇はどこだ?」

P「工房に、仕事前にリラックする時間は必要ですから」

祖父「そこがあれの仕事場だ、そうか帰ってきたか。戻らねばな」

P「今日、寝る場所あるかな。自業自得だけど」

肇「もう終わったことです!」

祖父「お前はここに残れ、東京へ行く事は許さんと言ったはずだ」

弟子「先生! 何で今更!」

祖父「戻ってきたかと思えば、こんなちゃらちゃらとした事を!」

肇「それ……」

弟子「この前の雛祭りの特集号?」

祖父「お前はこういう事がしたくて東京に行ったのか?」

肇「そうです、咎められるような事は一切ありません」

祖父「誰に向かってそんな目を向けている?」

肇「私が自分で望んで掴んだものです、そんな風に言われたくありません」

祖父「……一晩、頭を冷やせ。明日、改めて話す」

肇「明日は仕事がありますので」

祖父「本気か?」

肇「本気です、そんな軽い気持ちで入った世界ではありません」

祖父「行かせる訳にはいかん」

肇「お祖父ちゃん……」

P「戻りました」

母「あら、お帰りなさい」

P「あの、少しお話が」

母「なら、縁側に出ましょうか。陽も陰って気持ちよくなってきましたから」

P「その、すみません」

母「プロデューサーさんの謝ることではありません、こうなる事は分かっていましたから」

P「反対しているんですね、今も」

母「諦めの悪い父ですから、娘がここまで似るとは思いませんでしたけれど」

P「私はいてもいいんでしょうか」

母「私はもちろん、と答えますがそれを決めるのも貴方ですよ」

P「ここに帰る事は、肇さんから?」

母「期待していたのかもしれません、祖父に認めてもらえると……まだ早かったのかな」

P「難しいですね」

母「プロデューサーさん、今おいくつ?」

P「19です、今年で成人ですね」

母「高校を出られてすぐこの仕事に?」

P「いえ、高校は出ていません」

母「出てない? 親御さん、何も言わなかった?」

P「生きていたら何を言われただろうかとは思いますが、どうなんでしょうね」

母「……そう、苦労されてるのね」

P「いえ、楽しんでますよ。こうやって色々な人と会えますし」

母「それでも、楽な世界ではないでしょう?」

Pそれはどこも同じですよ、私からすれば陶芸の世界の方が厳しく見えます」

母「父にとってはその世界が全てなんです、だから他の世界が分からない。分からないから、怖いんです」

P「16で将来を決めなければならないのも早い気がしますが、陶芸であれアイドルであれ時間は待ってくれなのが辛い所ですね」

母「それでも私はあの子がどんな道を進もうと応援したいんです、私に才はありませんでした。ただ肇にはそれがある。
  アイドルとしても……陶芸家としても」」

P「それは私も同じです、彼女には人を魅了する才がある。だからこそ、悔いのない道を歩んで欲しい」

母「ごめんなさいね、変な話をしてしまって」

P「それはこちらの方です、そういえば夕飯の用意の途中でしたか?」

母「ええ、今からしようかと」

P「ならお手伝いしますよ、これでも一人暮らしは長いですからお役にたてます」

母「お客様なのに、お手伝いしてもらってごめんないさいね」

P「ほとんど何もしてませんよ、では呼んできますね。皆さんはどちらに?」

母「じゃあ、Pさんは肇をお願い。多分、部屋にいると思うから」

P「部屋……いいんでしょうか」

母「どうぞ。後、もう一品作りますから20分くらい掛かりますので」

P「じゃあ、それも」

母「いえ、これも立派なお手伝いですよ」

P「……はあ」

母「お父さんはこちらで何とかしますから、宜しくお願いしますね」

P「いいのかな、16って他人を部屋に入れたくない最たる時期だろ。ここか、コホン。えっと、藤原さん!」

肇「は、はい!」

P「何か部屋の中で凄い音したけど……」

肇「お待たせしました」

P「や、やあ。えっと、夕飯まで20分くらいってお母さんが」

肇「あ、お手伝い!」

P「大丈夫、微力ながら手伝ったから」

肇「すみません、駄目ですね。Pさんにご迷惑かけてしまって」

P「いや、何もしなかったら俺ただの置物だもん。これくらいしないと気が休まらないって」

肇「……なら、いいんですけれど」

P「大変だな、色々と」

肇「甘かったんです、アイドルとして頑張れば認めてくれるかもしれないってそんな期待だけ抱えて」

P「何か話した?」

肇「明日、仕事には行くなと」

P「俺は、それでもいいと思う」

肇「Pさん?」

P「家族の反対を押し切ってまで仕事をしても、藤原さんが辛いだけだ」

肇「何でそんな風に呼ぶんですか、私がPさんのアイドルとしてふさわしくないからですか?」

P「違う、君は――」

肇「祖父にも認められないアイドルなんて不要だって、そう言いたいんですか!?」

P「聞け!!」

肇「だってそうでしょう!?」

P「その名前は誰から貰ったんだ?」

肇「誰からって……それは」

P「撮影終わった次の日、嬉しそうにこっちに駆け寄ってきて言ったよな。男っぽいけどおじいちゃんに貰った名ですって」

肇「そんな日も、ありましたね」

P「羨ましいなって思った。そこまで自分の名前を誇れるなんて、凄いなって」

肇「Pさんも、いい名前だと思います」

P「ありがとう、でも俺はまだ全て割り切れてない。だから、出来る事であれば……お祖父さんの話を聞いてあげて欲しいんだ」

肇「祖父の、ですか?」

P「チャンスだと思うから、きっとそこから始まると思う」

肇「大丈夫、でしょうか」

P「さ、お腹も空いたろ。お母さんが待ってるよ」

肇「あ、お母さん」

母「お腹は空いてる?」

肇「う、うん。食べれる」

母「そう、なら座りなさい」

父「いい匂いだね、ねえお義父さん!」

祖父「静かにしろ」

P「お皿、出します」

母「ありがとうね」

P「いえ、お祖父さんの方は」

母「とりあえず出てきたから大丈夫でしょ、Pさんは心配しなくて大丈夫」

父「それで肇のこの写真がさ、なあ可愛いだろう!?」

P「は、はい」

母「始まった」

肇「あう、ああ、ひゃあ、わあ」

母「見てられないなら部屋に戻ったら?」

肇「それは、それで」

母「はあー、アイドルやってもこういう所は変わらないねー」

肇「関係ないでしょ!」

父「次はこれ」

P「ああ、これ……最初の仕事ですか」

父「そう、我が家で拍手喝采だった。家に送るからって言ってたのに来ないから買ってしまったよ」

P「あれ、そうですか? でも喜んでましたよ、見本をわざわざ私の所に持ってきましたし」

父「肇、家には?」

肇「あれ、送らなかった?」

父「え? 母さん来たっけ?」

母「いーえ、本当に送ったの?」

肇「あれ、忘れちゃったのかな」

父「そうか、お前にとってはそういう事なんだな」

肇「そんな事で拗ねないでよ」

父「そんな事だってよ母さん」

母「はいはい、プロデューサーさんお先にお風呂どうぞ、長くなりそうですから」

P「いえ、片付けてますから。それこそ皆さんからお先に」

母「とは言っても、お父さんはいつの間にかいなくなってますし。あの二人はもう少し放っておきましょう」

P「はあ、言われるがままに入ってしまった」

P「しかしこれ、まさか檜か? だとすると相当……やめよ。俺が考えても仕方ない」

P「はあー、いつの間にか晴れたなあ……いい空だ。東京とはまた違うなあ。よし出るか、待たせてたら申し訳ない」

P「上がりました」

母「あら、もういいの?」

P「はい、ちょっと外に涼みに出ますね」

母「どうぞ、冷えてますよ」

P「重ね重ねすみません」

P「麦茶が美味いな、いい風だ」

祖父「一番風呂とはいい度胸だ」

P「と、言われましても」

祖父「まあいい、熱い風呂は好かん」

P「いつも最後に入られてるんですか?」

祖父「時間に追われんで済むからな」

P「いい所ですね、ここは。ゆったりと時が流れる」

祖父「ならわしと一緒に肇を説得してもらおうか」

P「お言葉ですが、私が言ったところで彼女が言う事を聞くとは思えません」

祖父「……分かっておる」

P「いい名前ですね、肇って」

祖父「わしが名付けた」

P「ええ、知っています。彼女から聞きました、自慢の祖父だと」

祖父「自慢か」

P「はい、本当にそう思っていますよ。今も」

祖父「そこまで、アイドルとやらは魅力的な世界なのか?」

P「それはもうこの星空の様です、ここから眺めてるだけならですが」

祖父「夢だけ見て、生きていけるなら楽なことはないな」

P「もしアイドルになりたいなんて私の孫が言いだしたら大反対しますね」

祖父「それでもなお連れて行くか」

P「彼女が選んだ世界です。ですが、だからと言ってそれが正しいとも思いません」

祖父「何が言いたい?」

P「話して頂けませんか、彼女に」

祖父「話ならしている」

P「ちょっと、お待ち頂けませんか?」

祖父「何のつもりだ?」

P「すぐに戻ります」

祖父「この老体をこんな所に放っておくとはな」

P「でも待ってくれたんですね」

祖父「気が向いた」

P「これ、お借りしたんですが」

祖父「……あれが勧めたのか?」

P「いえ、自分で選びました」

祖父「何故だ」

P「私に似ているなって思いましたから」

祖父「似ている? そのガラクタがか」

P「ガラクタだと思いますよ、これ一つだけ素人から見ても出来が悪い。それこそ素人が作った様な」

祖父「その通りだ、手に取る価値もない」

P「価値はあります」

祖父「どこに見出す?」

P「あの中で一番、想いが込められてる」

祖父「私の作品を愚弄するか」

P「分かってますよね、私より貴方の方が分かってる、分かっていたはずだ。それこそこれを作った人がどんな思いで――」

祖父「分かっておる!」

P「ならどうして!?」

祖父「何故そんな戯言に付き合わねばならん!」

P「このままでいいんですか? 伝えたいことがあるんでしょう、二人に」

祖父「ない、涼み中だったろう。邪魔をした」

P「……帰れとは、言われなかったな」

肇「あ、Pさん」

P「湯上り美人がいる、眼福眼福」

肇「茶化さないでください。Pさん、その湯呑」

P「ちょっと使わせてもらった」

肇「その、何でそれを選んだんですか?」

P「言ったろ、似てるから」

肇「こんな事を言うのは何ですが、Pさんにそれは似合いません」

P「アイドルとしては一人前。でもそれだけじゃ、トップにはなれないな」

肇「Pさん?」

P「いや、それじゃ。また明日」

父「聞いてたぞー」

P「私の部屋で何やってるんですか?」

父「何、まだまだ続きがあるからね」

P「ま、まだやるんですか」

父「というのは冗談、私の娘をまだまだだとは大きく出たね」

P「事実でしょう、なるほどお祖父さんとよく似てる」

父「はは、そう思うかい?」

P「驚きましたよ、これ程かと」

父「それが何か分かってるんだね」

P「まあ、同じ様な経験はしましたから」

父「元アイドルかい?」

P「無名で、無名のまま終わってしまいました」

父「そっか、再デビューとか考えてないのかい?」

P「もう、動いてくれません」

父「そっか」

P「はい、終わった事です」

父「私も終わったと納得はしていたんだ、それでも……それでも作らずにはいられなかった。作らなければ分からないと自分に言い聞かせて、土を手に取った」

P「はい、とっても綺麗です」

父「あの日、割らなくてよかった」

P「終わってしまった世界でも、どんな世界か知っていてもそれでも結局はここにいるんです」

父「辞められないね、とりつかれてしまったから」

P「そうですね、でもいて良かったと思います。彼女に限らず、色々なアイドルに出会えました」

父「私もだ。有望な若者はどこにでもいる、それを育てるのが私の役目だ」

P「何か道を選ぶのはいいんです、ただそれだけで終わって欲しくはないんです」

父「分かるかな、あの二人に」

P「大丈夫です、二人の絆はこんな事で途切れたりしません。絶対に」

肇「お父さん達も来るの?」

父「じゃあ現地までどうやって移動するつもりかな?」

母「家族揃ってお出かけなんて花見以来かしら、楽しみだわ。ねえお父さん?」

祖父「……ふん」

P「、ちょっと準備が残ってますからお手伝い頂いて宜しいですか?」

肇「それな私も」

P「いいよ、今日の主役なんだから。ゆっくりしてて」

母「そうそ、娘の晴れ舞台をこの目で拝めるなんてねえ」

父「よーし、父ちゃん張り切っちゃうぞー」

肇「ちょっと! 行っちゃった……」

祖父「何を慌てておる」

肇「今日、仕事には予定通り向かいますから」

祖父「それがどうした、プロとして当然のことだ」

肇「あの、今日の仕事は」

祖父「蛍か、久しいな」

肇「はい、とっても……綺麗だと思います」

祖父「行くぞ、待つのは苦手だ」

父「ドライブドイラブドブライドラブイ」

P「何の呪文ですか?」

父「全てが上手くいく呪文さ」

母「黙って運転しなさい」

父「よしならこれでテンション上げるか!」

肇「そのCD!」

P「あ、この前のシングル」

父「いやー売れてるようで何より」

P「私としても大助かりです」

肇「運転中に流す曲じゃないでしょ!?」

母「いいんじゃない、たまには」

肇「もう、もう止めて」

P「音量、上げましょう」

肇「Pさぁん……」

祖父「黙っていろ、よく聞こえん」

肇「お祖父ちゃん?」

父「という事で、全員沈黙」

祖父「そこまでしろとは言っておらん!」

父「到着!」

肇「延々とリピートされるとは思ってなかった……」

母「いい空気ねえ、それで肇ちゃんは今日は何するの?」


P「軽いライブと撮影ですね、後は蛍の鑑賞記を雑誌に書くくらいですか。まあ、地元のテレビや取材が来たらそれにも応じますし。ファンへの対応もあるでしょうから」

母「忙しいの?」

P「仕事が始まれば、終わるまで話す機会もないかと思います、始まってしまえば現地のスタッフさん任せになりますから私もする事がなくなりますね」

父「なら四人でゆっくりと眺めようか」

祖父「座りっぱなしで疲れた、少し歩いてくる」

母「時間までには戻ってきてくださいね」

P「そろそろ行こう、打ち合わせとリハーサルだ。行程は頭に入れてるか?」

肇「はい、問題ありません」

P「では、また後ほど」

母「はい。頑張ってね」

肇「うん、行ってくる」

父「お義父さん」

祖父「何だ、朝から大人気なく騒ぎ立ておって」

父「いいじゃないですか、滅多にないんですから」

祖父「少し、歩くか」

父「さっき、そう言ってたじゃないですか」

祖父「大きくなったものだな」

父「私達も年を取りました、こうして一緒に歩いたのは肇が生まれる前のことですからね」

祖父「あの若造に言われた、このままでいいのかと」

父「彼も背負っているのでしょう、色々と」

祖父「偉そうな口を叩くかと思えば、あの湯呑を宝物の様に扱いおって」

父「彼の見る目が確かだ、と分かっただけでも安心しました。彼になら肇を任せても大丈夫でしょう」

祖父「恨んではおらんのか?」

父「恨む? 誰をです」

祖父「わしがこの世界に引きずり込まなければ、お前の腕は」

父「感謝しています。悔いはありますが、その全てが今は私にとって必要な物だと思いますから」

祖父「いらん事を言うな、孫の晴れ舞台の前だ」

父「見えなくなってしまいますか?」

祖父「阿呆」

父「正直、父としては寂しい気持ちはあります。肇の才能は私を遥かに超える、あんなにきっぱりと陶芸から身を置くなんて思ってませんでしたから」

祖父「多少、言い過ぎてしまったかもしれん」

父「けじめなんでしょうね、私達の期待に答えられないが故の」

祖父「……背負わせたか」

父「少しでも辛そうな顔を見せたら止める気でいましたが、心配ありませんね。彼の前の肇は私たちに見せた事のない顔をしてる」

祖父「孫離れしなければならんか」

父「いいんじゃないですか? 心配するのが我々の仕事です」

祖父「……そうか」

P「では、後は宜しくお願いします。問題はないな」

母「終わりました?」

P「ええ、予定通りです。お二人は?」

母「さあ、どこへ行ったのやら」

P「どうします? 私でよければお相手しますが」

母「実は一つ、プロデューサーさんにお願いがあるんです」

P「ええ、私に出来る事であれば」

母「実は――」

父「コンサートは30分後か」

祖父「そわそわするな、みっともない」

父「いや初めて見るな、わくわきしてきたよ」

P「ゆっくり待ちましょう。あ、このおにぎり鮭だ」

祖父「で、娘はどこに行った?」

P「お孫さんの所に」

父「え」

P「ちょっと必要なんですよ、なので特別に許可を出しました」

父「何かあるのかい?」

P「案内しますよ、ついてきて下さい」

肇「お母さん!? ここ控え室だよ?」

母「プロデューサーさんに許可は頂きました、それより衣装」

肇「大丈夫だよ、ちゃんとここに……あれ? リハーサルの時はあったのに」

母「これ」

肇「これ……お母さんの」

母「そう、お母さん肇が帰ってくるって決まってから直したの」

肇「なんで、これお祖父ちゃんから貰った大切な物だって言ってたじゃない」

母「でも、着て欲しくなっちゃったから」

肇「……着れない」

母「あら? お気に召さなかった?」

肇「違う、着る資格ないから。私には」

母「あのね、肇。聞きなさい」

肇「お母さん、私はアイドルなの」

母「そう、だから?」

肇「アイドルだから、私はもう」

母「例えアイドルでも、貴方は藤原肇でしょ? 私の娘で、お祖父ちゃんが大好きで、陶芸と釣りが趣味なちょっと変わった女の子」

肇「おかあ、さん……?」

母「あのね肇、後ろめたい気持ちは知ってた。知ってて送り出した、時間が必要だって思ったから。でもね、これ渡そうって言い出したのお祖父ちゃんなんだよ
  相変わらず遠回りな言い方だったけど」

肇「嘘……」

母「ほら、どう?」

肇「うん、ぴったり」

母「さすが私の娘、若い頃にそっくり」

祖父「何をたわけた事を」

母「お父さん?」

父「やっほ、うーんいいねえ」

母「連れてきてくれたの?」

P「中途半端な気持ちで仕事に行ってもいい結果は出ませんから」

肇「お祖父ちゃん、私ね」

祖父「似合っておる、以上だ」

母「はあー、我が父ながら情けない」

父「頑張った方だよ、顔が真っ赤だったから」

母「じゃあ行ってきなさい、しっかりね」

肇「うん!」

父「いやー、綺麗だ」

祖父「騒がしすぎる」

父「でも楽しいでしょ?」

祖父「少しは、だ」

父「このこのー」

祖父「調子に乗るな!」

母「本当に……綺麗になった」

P「はい、見惚れますね」

母「あら、まだ駄目よ」

P「……まだ?」

母「ええ、まだ」

P「いえ、あの、はい? 何の事でしょう?」

母「あら、ご挨拶にいらっしゃったんでしょう?」

P「それはそうですが」

母「なら、そういう事ですよね?」

P「そのままの意味しかありませんからね!?」

P「蛍か、初めて見るな」

父「おや、東京にはいないのかい?」

P「都内だとなかなか、北関東まで出ればいるかもしれませんが」

父「小さな光は届きにくい訳か」

P「そうですね、光で溢れていますから」

父「その中で一番になるのは大変だ」

P「アイドルになる理由も何を目指すかも人それぞれで、その全てが叶う訳でもありません」

父「それでも見てくれる人はいるよ、この蛍のように」

P「今はただ、見守っていたいんです。彼女がどこまで行けるか、そしてそこで何を思うだろうかと」

父「……任せたよ」

肇「綺麗、ですね」

祖父「いつまでそんな話し方をする気だ?」

肇「……迷わなかった訳じゃない」

祖父「今となっては……どうでもよい」

肇「あの、私ね。東京に行って良かったって思う。知らない世界をたくさん知れて、色んな人に会えた。毎日が刺激的で楽しくて」

祖父「ここにいた時より、いい顔をする様になった」

肇「……お祖父ちゃんが言うならそうなのかな」

祖父「すまなかった」

肇「ううん、私の方こそごめんなさい。もっと、ちゃんと話せばよかった」

祖父「明日、時間は取れるか?」

肇「うん、大丈夫だと思うけど」

祖父「一つ、作っていけ」

肇「いいの!?」

祖父「今の全てを込めろ、出来を見て判断する」

肇「分かった、込めるよ。私が得たもの全て」

父「全く」

P「今回は本当に沈黙ですね」

母「ったく、後部座席で一人だけ起きてる身にもなって欲しいね」

肇 祖父「……」

P「本当に、そっくりだ」

母「今日もお風呂、お先にどうぞ」

P「……いいんですか? 連日」

父「いいさ、肇とお義父さんまだ目が完全に目が覚めていないし」

P「言われるがままに入っちゃったよ、何かあっという間だったな」

祖父「おるか」

P「ええ、お先に失礼してます」

祖父「明日、6時に工房に来い」

P「はい分かりました……6時!?」

祖父「遅れるな」

P「おいおい、何事だよ」

肇「あ、Pさん」

P「ああごめん。何か明日、朝早いみたいだから寝ないと」

肇「あ、お祖父ちゃん……分かりました。お休みなさい」

P「ああ、おやすみ。しかし何だろうな」

父「……」

P「いい朝だ! ……こんなに早くなければ」

父「やあ、おはよう」

P「あれ? どうしました、こんな早く」

父「着いていこうかと思ってね」

P「何があるのかご存知なんですか?」

父「いーや、ただそういう気の使われ方は好きじゃないんでね」

P「……私の知らない所で何か動いてるっていうのは理解しました」

父「別に除け者にする気はないよ、間違いなく中心には君がいる」

P「そんな気がまるでしません」

父「見えたね、ほーらいた」

祖父「お前」

父「仲間はずれは狡いですよ、お義父さん」

祖父「そこに座れ」

P「はい、あの」

父「私が教えましょう。大丈夫、ちゃんと形にはなるよ」

P「は、はい。頑張ります」

肇「……」

P「凄い集中力だな」

父「土は用意してあるね、なら造形だけか。何を作りたい?」

P「湯呑を」

父「即答だね、電動でやってしまおうか。補助するから構えて、こう」

P「これが……」

父「気負わなくていいよ、君の思うままに作ればいい」

P「ええ、貴方の分まで」

父「嬉しいこと言ってくれるね」

P「……」

父「力を入れすぎないように、そっちの手は添えるだけでいいから……そう、うん」

祖父「ふん」

肇「……ふう、Pさん!?」

P「おわっ」

父「大丈夫、こう……うん。まだまだ」

祖父「馬鹿者」

肇「だっていきなりいるんだもん……」

P「これくらいでしょうか」

父「いいねえ、弟子になるかい?」

P「またまた」

父「あながち冗談でもないよ、なあ肇」

肇「え、そ、そうですね」

父「何でぎくしゃくしてるんだい?」

P「これはこれからどうすれば?」

父「乾燥させて削って焼いて、かな。まあここからは僕らの仕事、来週中にはそっちに送るよ。さて、折角だし」

肇「お父さん?」

父「たまにはいいかなって、この土は使っても?」

祖父「最初からそのつもりか」

父「いいじゃないですか、補助お願いしますよ」

祖父「わしにさせるな、ここに手を空けてるのがおる」

肇「私?」

父「いいかな?」

肇「本当に、してたんだね」

父「肇が物心ついた時はもうやらなくなっていたからね」

肇「上手いね、何か意外」

父「ふふん、これでも備前にこの腕ありとまで言われた男さ」

祖父「言っておったのはあの娘だけだ」

父「お義父さんそれは言わない約束ですって!」

肇「……全て投げ出さないと、なる資格もないって思ってた」

父「寧ろ、全て断ち切ってしまわれる方が辛いな。藤原肇として、アイドルになってくれるんだろう?」

肇「うん、頑張るね。お父さん」

父「……ああ、頑張れよ」

P「お世話になりました」

父「気をつけて、また来てくれ。その時はもう飲めるかな? まだ肇の小さな頃の――」

肇「お父さん」

父「……貫禄が出てきたな、肇」

母「本当は駅まで遅れたらいいんですけれど」

P「お気遣い無く、お土産まで頂いて」

母「車内で食べて下さい」

肇「お祖父ちゃん、行ってきます」

祖父「やるからには完璧を目指せ、無様な姿では帰ってくるな」

肇「うん、大丈夫だよ。一人じゃないから」

祖父「そうか、あれはそれなりに出来るようだな」

肇「そう、私には勿体無いくらいの人」

祖父「なら、共に行け。一番になって来い」

肇「また、またね。お祖父ちゃん」

P「もう次の駅が東京か、思ったより日本も狭いな。肇?」

肇「……すーすーむにゃ…ごはん……」

P「本当に、お疲れ様」

終わり 肇の誕生日と父の日を題材に 次回は今月末の予定です

連作短編8.5 藍子「ソラリゼーション」

P「ふう、ようやく一息つける。しっかし初めて来る所だと、飯を食べるにも困るな。うーん、コンビニってのも寂しいし……お、こんな所に店がある。
  いい所だったら千夏さんに教えよっかな」

店員「お一人様ですか?」

P「はい、空いてます?」

店員「外のテラス席になりますが」

P「構いませんよ、お願いします」

店員「メニューです、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

P「ありがとう。しかし混んでるな、平日の昼間だぞ……完全に俺が場違いの客層だけど」

藍子「あの、すみません。相席してもいいですか?」

P「ええ、どうぞ。混んでますもんね」

藍子「ありがとうございます、お一人ですか?」

P「ええ、すみません。こんな似つかわしくない格好で」

藍子「いえ、こちらこそお仕事の邪魔をしてしまいまして」

P「はは、今は休憩だし。ほとんど終わりみたいなもんだから」

藍子「終わり……ですか?」

P「いや、さぼりとかじゃないぞ。君は……学生さん?」

藍子「えーっと、学生です。はい」

P「……何で詰まった?」

藍子「あははは、えーっと……そう、ですね」

P「いや、突っ込まない。でも学校はちゃんと行きなよ」

藍子「行ってます行ってます、変に誤解しないで下さいね」

P「注文しよっかな、すみません!」

藍子「聞いてますよね!?」

P「適当に頼んでみたはいいが……」

藍子「オムライス、苦手ですか?」

P「いや、最後に食べたのいつだっけって思って」

藍子「美味しいですよ、頼まなかったら私が頼んでました」

P「その赤いパスタ、何?」

藍子「ペスカトーレですけど」

P「ぺすかとーれ、ああ! あのフランスの!」

藍子「イタリア料理ですよ?」

P「」

藍子「ふふっ、知らなくてもおかしくありませんから大丈夫ですよ」

P「年上としてのプライドが砕け散ったよ」

藍子「あ、すみません。ちょっと失礼しますね」

P「カメラ? でも何か違うね」

藍子「トイカメラって言うんですよ、手軽に撮れますから」

P「携帯で撮る子はよく見るけど、いいね。どちらも絵になってる」

藍子「形に残したいんです、この一瞬にある何かをずっと抱いていたいから」

P「何か?」

藍子「色んな瞬間があると思うんです。楽しかったり、辛かったり、嬉しかったり、苦しかったり。その一つ一つを、大事にしたいなって」

P「何か、そんな事を言ってたのが知り合いにいるな」

藍子「冷めちゃいますね、食べましょうか」

P「へえ、散歩が趣味なんだ」

藍子「近所ばかりですけれど」

P「じゃあ家も近いの?」

藍子「はい、歩いていつもここに来るのが楽しみなんです」

P「ふうん、美味しいなこれ。後でメール打っとこう」

藍子「東京の方ですか?」

P「一応、でも仕事であちこち行く事も多いから。あんまり土地勘はないかな」

藍子「私もよく色んな所に行くんですよ、見ます?」

P「写真?」

藍子「はい、ちょっと私も写りこんますけど」

P「へえ……ん?」

藍子「どうしました? あ、何か変なの写ってます?」

P「いや、そんな事無い。いい写真だと思う!」

藍子「これは先月に行った所なんですけど」

P「俺も行ったことあるな、ここ」

藍子「そうなんですか?」

P「この会場、仕事で使ったのと似てるんだよなあ」

藍子「何か、凄い仕事されてるんですか?」

P「うーん、特殊ではあるけど凄いかって言われると別に……」

藍子「ここ、とっても広くて豪華だったんです」

P「寧ろ、その若さで使ってる君こそ凄そうだけど」

藍子「いえ、これは、その記念で使っただけですから!」

P「記念? パーティーとか?」

藍子「はい、凄いですね。当てられてしまいました」

P「いや、俺もそうだったから。参加はしてないんだけどね、予約と準備だけ」

藍子「残念ですね、料理も凄く美味しかったんですよ」

P「もしかして凄いお嬢様とか?」

藍子「まさか、です。どこかの家の執事さんとかではありませんよね?」

P「この世で俺に似合わない職業の7位だ」

藍子「一位はなんですか?」

P「アイドル」

藍子「……」

P「どうかした?」

藍子「いえ、少し驚いただけです」

P「そう? 歌って踊って人前で笑顔を振りまいて、大変だなって見てるよ」

藍子「確かに大変で――ああいえ、大変そうですけどそうでもないかもしれませんよ」

P「何か持論でもあるの?」

藍子「たくさんの人がそのアイドルだけを見て、笑顔を向けてくれて優しい気持ちになってくれる。それって、とっても凄い事だと思うんです」

P「……」

藍子「そんな時間が楽しくてだからきっと彼女達はステージに立ち続けるんだって、そう思います」

P「食後のコーヒー、持ってきてもらおうかな」

藍子「あ、ネコさん」

P「サービスかな、俺は葉っぱだ」

藍子「すみません、何だか暑くなってしまいまして」

P「いや、楽しい話が聞けて満足だよ。おじさんの相手をしてくれて助かった」

藍子「そんなお年には見えませんけど」

P「はは、年齢以上に老けてるんだよ。貴重な意見を聞けたし、ここは俺が出すよ」

藍子「え、そんな」

P「いいよ、楽しかったから」

藍子「えっと、じゃあこれを」

P「ん?」

藍子「先週、ある場所に行って撮ったんです。こんな物で申し訳ありませんけど」

P「ありがと、大事にするよ」

藍子「また、どこかでお会いしましょう」

P「何かいつの間に時間が経ってたな、不思議な子だ。スカウトすればよかったかな、って……おいおい」

藍子「雨、ですね」

P「天気予報、どうだったっけ?」

藍子「20%の確率が出ちゃいましたね」

P「仕方ないな、タクシー呼ぶか。経費で落ちるかなあ」

藍子「でしたら、どうぞ」

P「いや、それだと君が濡れるって」

藍子「駅まですぐですから」

P「ならまあ、お言葉に甘えて」

藍子「はい、折角の縁ですから」

P「ねえ、何か駅から遠ざかってる気がするんだけど」

藍子「さっき言いましたよね」

P「さっき?」

藍子「家、この近くなんですよ」

P「ああ、言ってたね」

藍子「家、ここなんですよ」

P「見ず知らずの女性の家に上がって居間でお茶を飲む……俺、こんなに押しに弱かったっけ。多分、三人目だし」

藍子「お口に合いましたか?」

P「あ、ああ。大丈夫」

藍子「雨、酷くなってきましたね」

P「そうだな、夜には止むみたいだけど」

藍子「それまでいて下さって構いませんよ」

P「あの、こんな事を聞くのはなんだけど」

藍子「何でこんな簡単に見ず知らずの男を家に上げたか、ですか?」

P「その通り」

藍子「それは後でお話します、こっちに来てくれませんか?」

P「家族は?」

藍子「仕事です、だから夜まで帰ってきません」

P「混迷極まってきた、都を呼びたいくらいだ」

藍子「その探偵さんには荷が重いかもしれませんよ」

P「……アイドルに詳しいのかな?」

藍子「どうぞ」

P「壮観だな」

藍子「コレクションです、私が撮った写真からお気に入りの物を揃えてるんです」

P「ジャンルも多彩だけど、人が多いね」

藍子「はい、やっぱりアイドルが多くなっちゃいます」

P「 珍しいね、女の子なのに――」

藍子「撮っちゃいました」

P「俺なんか撮ってもつまらないだろ?」

藍子「そんな事ありません。貴重な写真ですよ、プロデューサーさん」

P「何の事かな?」

藍子「ちゃんと持ってますから無駄ですよ、ほら」

P「春菜とのか、貰ったのか?」

藍子「はい」

P「で、その写真を何に使う気かな?」

藍子「一つ、お願いがあるんです」

P「わざわざこんな手の込んだ事をするんだ、素直にはいと言ってもらえるお願いって訳でもなさそうだけど」

藍子「撮って欲しいんです」

P「撮る? そのカメラで? 何を?」

藍子「私を」

P「意味がよく分からないけど、何か予想外の要求で」

藍子「私が誰か分かってましたよね?」

P「何となーくね、写真と実物って違う事が多いから。俺が見たのって履歴書のくらいだし」

藍子「それでも敢えてついてきてくれた人に、酷い事をしようなんて思いません」

P「そこまでして俺に要求する事がこれ?」

藍子「おかしいですか?」

P「まあ、統括が見てる子の考えってよく分からんってイメージは完全に形成された」

藍子「試したくなったんですよ」

P「試す?」

藍子「隣の芝生は本当に青いのか」

P「誰かから話でも……春菜か」

藍子「女子会する仲なんですよ、歌鈴ちゃんと三人で」

P「アイドルの友好関係には疎くてね」

藍子「ゆかりさんや千秋さんがあれだけ評価する方は私をどう写すのだろうかと」

P「……あの件だけでこれから何人がこういう事してくるんだろ」

藍子「あ、別に担当を変えたいとか思ってるとかではありませんから! あくまで純粋な興味です!」

P「……素人だぞ?」

藍子「経験は?」

P「ある訳ないだろ」

藍子「なら、大丈夫ですね」

P「どうしたら大丈夫ですね、なんて言葉が出てくるのか」

藍子「ありのままを写して頂けるわけですから」

P「ったく……別にどこかで使うわけじゃないんだろ?」

藍子「え……はい」

P「おい」

藍子「大丈夫です! 使おうとしたって止められちゃいますよ」

P「ま、どーせ素人の写真だしな。場所は家の中でいいのか?」

藍子「はい、お好きな様に」

P「じゃあ……改めて構えると照れるな」

藍子「私の方が恥ずかしいですよ」

P「自分からしといて何を言ってんだ」

藍子「何だかドキドキしてきまして」

P「ったく、なら居間に行こうか」

藍子「ふふっ」

P「……何で俺は笑われたのか」

藍子「いえ、あんまり聞かなくなってきたなって思って」

P「居間に、今、到着」

藍子「楓さんの真似ですか?」

P「春菜、どこまで喋ってんだ」

藍子「いえ、以前お仕事で一緒になりまして」

P「なるほどね」

藍子「自然に撮りましたね」

P「他に撮り方を知らないからな」

藍子「どんな表情がいいですか?」

P「好きな表情でいいけど、まあ折角なら笑顔かな」

藍子「やっぱり、そうですよね」

P「何がやっぱりなんだ?」

藍子「笑顔って、どうして人を幸せにするんでしょうか」

P「また難題だな」

藍子「不思議だなあって、思うんです。アイドルを始めてから私はたくさんの笑顔を見てきました。その一つ一つを見るだけで私も嬉しくなって
   笑顔になるんですけど」

P「理由、ねえ」

藍子「プロデューサーさんはどう思いますか?」

P「神様の慈悲」

藍子「神様?」

P「クラリスさんと少し話をした時に、バベルの塔の話になったんだ」

藍子「バベルの塔?」

P「旧約聖書にある話だよ、天まで届く塔を作ろうとした人達のお話」

藍子「何だか、話が壮大になってきましたね」

P「その塔は、高く作り上げられたけれど最後には神によって壊された。話はこれで終わってるんだけど、これだけじゃ疑問が出てくる」

藍子「人はどうして塔を作ったのか」

P「そして、どうして神はその塔を壊したのか」

藍子「思い出してきました、確か言葉をばらばらにしたんですよね?」

P「博識だね。そう、神はその塔が作られた理由は言葉が同じだからと考えたから、その塔を壊して人の言葉を分けた」

藍子「つまり、人にとって最も重要なのは言葉という事ですか」

P「それはちょっと違うと思う」

藍子「違うんですか?」

P「あくまで俺個人の意見だが、人が塔を作ったのって単純に高い所に行きたかったからだと思うんだ」

藍子「神様どうこうではないんですか?」

P「それもあったろうけどさ、神様が空にいる保証はどこにもないだろ? 神様は天にいるらしいけど、詳細な居場所を人に教えたことはないし」

藍子「海の中にいるんですか?」

P「案外、そこら辺の土を掘ったら寝てるかもな」

藍子「熊さんじゃないんですから」

P「さあ? 神様だって全てを忘れて眠りたい時だってあるさ」

藍子「じゃあプロデューサーさんは神様はどこにいると思ってるんですか?」

P「女神なら目の前にいるけど」

藍子「えっ、あ、あの」

P「うん、照れた表情もいいな」

藍子「あの、いきなりそんなこと言ったのって」

P「撮るためだよ、こっちだって必死なんだぞ」

藍子「……苦労してるんだなあ」

P「主に、君のせいでね」

藍子「違います、プロデューサーさんの事ではありませんよ」

P「じゃあ誰?」

藍子「まだ秘密です、話を戻しましょうか」

P「何で人が空を目指したかって話か?」

藍子「純粋な興味だけでそこまで動けるでしょうか」

P「だって神によって壊されてるんだから、それは神様の為に作ったんじゃない事は確かだ」

藍子「思いを込めた贈り物でも、いらない物ってありますよ」

P「……え、壊すの?」

藍子「私はしません! 人を何だと思ってるんですか!?」

P「分かってる、例え話だって」

藍子「分かってて楽しんでますよね?」

P「そんな余裕がある様に見える?」

藍子「はい」

P「わーいいえがおだなー、おにいさんとっちゃうぞー」

藍子「話が進みませんって」

P「言葉が一番大事なら、それを失った人類はそこから衰退しててもおかしくないよな?」

藍子「それは、そうですね」

P「でも結果論だけど、人類はそこからここまで数を増やした。じゃあ何か他に共通する物が人にあったからだって俺は考えた」

藍子「それが笑顔ですか」

P「もっと言うなら心かな、まあ教会でそんな話をするのも何だかなって気はしたんだけど」

藍子「仕事以外にもお話しするんですね」

P「その時は仕事ついでだけどね」

藍子「人に残された最後の希望、ですか」

P「ま、言葉だってばらばらになったとはいえ勉強すれば通じるしなあ。塔だけ壊して何にも取っていかなかったのかも、とも思うけど」

藍子「神様も気まぐれなんでしょうか」

P「さて、場所を変えようか。同じ所で話してても進まない」

藍子「では、私の部屋に案内しますね」

P「……猫?」

藍子「おかしいですか?」

P「いや、何か猫好き多いなあって」

藍子「春菜ちゃん以外にもいるんですか?」

P「みくの名前が出ないのは何となく寂しいけど、和久井さんもそうだって言うし。のあさんも何だかんだで猫耳付けてた時もある」

藍子「何だか、想像がつきません」

P「俺も最初に見たときは何事かと思った、雪美も付けてたしアナスタシアも興味持ってたなあ」

藍子「本当に、近いんですね」

P「さあ、そう言われてもね。俺は俺のやりたいようにやってるだけだから……しっかしこの猫のクッション」

藍子「ど、どうかしましたか?」

P「いや、魚を咥えてるクッションといい、赤い猫耳付いた時計といい……」

藍子「覚えてますか?」

P「……これ、俺が春菜にあげたのと同じだな」

藍子「あはは、気づいちゃいましたか」

P「ここ、いや春菜は寮だ。なあ、ここ誰の家だ?」

藍子「初対面の男性を家に上げるほど私は警戒心のない女の子ではありません、という事です」

P「しっかりしてて何よりだ。ま、結果オーライか」

藍子「気付いてるかと思っていましたが」

P「そこまで考えるほど俺は頭が回らないよ、春菜もどこかにいるんだろ?」

藍子「はい、だからちょっと協力して頂けませんか」

P「協力?」

藍子「はい、ちょっとしたサプライズです」

春菜「うわー凄い、本当に再現してる」

藍子「モデルルームを借りて撮影会なんだって、宣伝に使うからできるだけ自然な形で撮りたいみたいだから」

春菜「藍子ちゃんの部屋はどこ?」

藍子「私は隣に、それで今回のテーマはこれ」

春菜「感謝……ふむ、なら私は愛用の眼鏡に愛を!」

藍子「それもいいんだけど、人で誰かいない? 例えばお世話になってる人とか」

春菜「人、まあ……確かにいますね、うん、いると思いませんでしたけど」

藍子「ふふ、スタッフさん来るまでまだ時間あるから練習してみない? ここにその人がいると思って、練習だし大胆に」

春菜「じゃあ……コホン」

藍子「そのクッション、お気に入りなんだね」

春菜「まあ、とある人からもらった物だから」

藍子「でも、感謝って言葉にしても難しいよね」

春菜「そう? そんな事も思わないけど」

藍子「例えば?」

春菜「仕事を取ってきてくれたりとか、気にかけてくれたりとか、眼鏡かけてくれたりとか」

藍子「やっぱり眼鏡なんだ」

春菜「猫だって好きだよ」

藍子「でも何か違う気がする、どっちの話をしてても楽しそうだけどどこか違う気がするんだ」

春菜「……アイドルになろうって思ってこの事務所に入って、でもちょっと不安だったんだ」

藍子「本当にトップになれるかなって?」

春菜「私の売りって何だろうって、外見でこだわりがあるのって眼鏡だけだったから思い切って聞いてみたんだ。どうですかって」

藍子「プロデューサーさんに?」

春菜「そう、そこで言ってもらった言葉があるからついていこうって思った」

藍子「何て言われたの?」

P「好きなら貫け、決めた道は全力でこちらも応援するって」

春菜「懐かしいですね」

P「そんな感想が出てくるって事は、それだけ前に進んだって事だろ」

藍子「……あれ?」

P「俺もどうなるかと思ったんだけど、何かすぐに気付かれた」

春菜「てっきり、クローゼットに隠れる趣味に目覚めたのかと」

P「森久保さんじゃないんだから、そんな趣味ないよ」

藍子「分かったの?」

春菜「この眼鏡で見えない物など何もない!」

藍子「眼鏡って凄い」

P「嘘をつくな、納得するな。単純にその場の空気だろ」

藍子「空気……」

P「まあ、これも一つの言葉にしなくても伝わるものってやつなんじゃないか?」

春菜「何の話ですか?」

P「何でもないよ、今日は二人で撮影なのか?」

春菜「はい、Pさんはどうしてこちらに?」

P「ま、女神様の悪戯のせいかな」

藍子「あ……」

P「上がったな、雨」

藍子「止んじゃいましたね」

春菜「Pさん、そのカメラどうしたんです?」

P「これか、ああ返さないとな」

藍子「いえ、持っていて下さい」


P「いいの? 次、いつ会えるか分からないのに」

藍子「それで、プロデューサーさんの見ている景色を撮ってもらえませんか。気が向いた時で構いませんから」

P「ああ、それでいいなら構わないけど」

春菜「で、あのさっきから何の話を……」

藍子「楽しい時間でした、ありがとうございました」

P「ああ、こっちこそ。って、あれ? 今って何時だ?」

春菜「午後3時ですね」

P「嘘だろ!? やばい、余裕だと思ってたのに!」

春菜「何かあるんですか?」

P「打ち合わせだよ、それ自体すぐ終わるんだけど。時間が過ぎるのがあっという間だ」」

藍子「きっと、それも悪戯ですよ」

P「……大した悪戯だな、全く」

春菜「よかったの? Pさんに渡しちゃって」

藍子「うん、また会える日を楽しみにできるから。その日までに、私も考えないと」

春菜「何を?」

藍子「笑顔の理由」

保守代わりの軽い掌編でした

ゆきちあ! その2「七夕」

千枝「さーさーのーはーひーらひらー」

ありす「のーきーばーにゆーれーるー」

雪美「おーほしさーまーきーらきらー」

千枝 ありす 雪美「きーんぎーんすーなーごー」

千枝「のきばって何だろう?」

ありす「屋根の外壁から外に出ている部分だって」

雪美「私の…家にも……ある」

ありす「金銀砂子は色紙にすき入れてあるもの、すき入れる?」

千枝「文字とか模様を入れるのかな?」

ありす「うん、そうだと思う」

雪美「短冊……一枚…」

千枝「一枚でいいの?」

雪美「…うん…後は……皆の…」

千枝「じゃあ私も一枚にしよーっと」

ありす「一枚……」

千枝「どうしようかな」

雪美「うん…悩む……」

千枝「でも、これ誰が叶えてくれるんだろう?」

雪美「七夕の…神様……?」

千枝「いるのかな?」

ありす「字が上達するようにっていうのは見つけたけど、特定の神様はどこにも」

千枝「じゃあ誰に叶えてもらえばいいんだろう」

雪美「…じゃあ……叶わない…?」

千枝「七夕って織姫さんと彦星さんが一年に一度だけ会う日だよね?」

ありす「そうだけど」

千枝「もう会ってるのかな?」

ありす「それと今の話と何の関係が?」

千枝「もし会ってたら、願いが叶う期間ってもう終わってるかもしれないって思って」

雪美「……終わり」

ありす「星が出るにはまだ早いと思う」

千枝「でも日は0時から変わるよ」

ありす「会いに行くのに深夜から行くかな?」

雪美「…P……だったら?」

千枝「行く」

ありす「ノーコメントで」

雪美「じゃ…二人で行こ……」

千枝「うん!」

ありす「今のは例え話なんでしょう!」

千枝「でも、そう考えちゃうともう時間ないね」

雪美「早く…書かないと……」

ありす「日が暮れるまでには」

千枝「急に言われちゃうと困っちゃう」

雪美「…三人……一緒…」

千枝「三人分の願いを込めるの?」

ありす「それで確率が三倍になるほど世の中は甘くない」

雪美「でも…願い……きっと…」

千枝「試しに見せ合いっこしてみよう! せーの」

ありす「……一緒にしよう」

千枝「あはははは、こんなに被るなんて凄いね」

ありす「こんな普通の願い事だと勿体ない気がするけど」

雪美「…でも……叶ったら…嬉しい」

千枝「うん、叶うかなあ?」

ありす「まだ三時」

雪美「それまで…飾ろ…いっぱい」

P「何で七夕だからってそんなに飲むんだよ! この酔いどれ!」

早苗「あーそういう事を言うんだ! 年上に向って!」

P「だったらそれ相応の態度は見せろ!」

あい「……まあまあ、最初から分かっていた事だろう」

P「あいさんで良かった、志乃さんだったら俺は終わってた」

あい「彼女はここまでにはならないさ」

P「コーヒー入れます、ちょっとこの空気は」

早苗「私にも持ってきなさいよー」

P「……この」

あい「抑えたまえ、気持ちは分かるが」

P「給湯室っと、えーっと……あの三人、仕事が終わったら一緒に寝るのが習慣になってるのか?」

志乃「そうねえ、さっきまで騒いでいたけれど」

P「……どうも」

志乃「飲むなとは言わないの?」

P「別に思ってませんよ、ただしほどほどにしておいて下さいね。未成年もいますから」

志乃「これで終わりにするわよ、勿体ないもの」

P「そういうの、気にするんですね。ちょっと意外です」

志乃「違うわ、勿体ないじゃない? こんなに綺麗なんだもの」

P「ああ、よく見えますね。そうか飾ってたのか」

志乃「酔うのはそれからでもいいでしょう」

P「短冊か、えっと……」

志乃「ささやかな願いじゃない、叶えてあげなさい」

P「はいはい。一緒に星を見る、ねえ」

志乃「屋上で、というのもまた一興」

P「先客がいると思いますよ、ちょっと見てきます。何か持っていこう来ましょうかね」

アナスタシア「……」

P「お、ちょっと予想外だったかな」

アナスタシア「今日はズヴェズダ、あー、星が綺麗ですね」

P「七夕だし、丁度よかったよ。ああ、七夕って知ってた?」

アナスタシア「ダー、ノアから聞きました」

P「君は何か願い事とかあるの?」

アナスタシア「そうですね――」

千枝「帰ってきたなら起こして下さい!」

雪美「P…いじわる……」

P「おわっ! 起こすつもりだったって、ああもう引っ張るな」

ありす「二人ともそこまで引っ張るとスーツが」

あい「私を放って逃げるからだよ」

P「逃げた訳じゃありませんって、本当に誰かいるなら何か持っていこうかなって思っただけなんですから」

早苗「お姉さんも混ぜなさーい!」

P「いや、混ざっていい年じゃないだろ!」

志乃「この事務所はいつもこんなね」

あい「とは言いながら、酒は進んでいるようですが?」

志乃「酔うには丁度いいわ、貴方もどう?」

あい「では一杯だけ」

ありす「すみません、邪魔をしてしまいまして」

アナスタシア「ニェート、楽しい事はいいことです」

ありす「さっき、何か言いかけてませんでしたか? あの、聞き間違いならいいんですけれど」

アナスタシア「Старый друг лучше новых двух」

ありす「え?」

アナスタシア「私には当てはまらないかもしれないですね、たくさん得ましたから。今はこれだけで充分です」

ありす「充分、ですか?」

アナスタシア「欲張ると罰があたります、だからこれで大丈夫です」

ありす「そうですね、私の願いも叶いましたから。来年も、一緒に」

P「だから待て、ちょっと早苗さんここで大声出すと響くって!」

ありす「見れたらいいな」

以上です、次回は16日を予定しています

連作短編その9 泰葉「小さな一歩」
P「こんなに長いものとは……」

泰葉「今日、午前中はオフだと聞いていましたが」

P「泰葉か、これだよ」

泰葉「セクシュアルハラスメント防止研修? 受けてきたんですか?」

P「これだけのアイドルがいて男が俺と先輩だけだから、受ける様にって社長から」

泰葉「アイドルから苦情が出た事とかあるんですか?」

P「聞いた事はない、実際にどう思われてるかは分からないが」

泰葉「プロデューサーにそういった心配はしていません」

P「聞きたくない話ばかり聞かされたな、他の事務所の人間から噂は入ってくるし」

泰葉「ここは綺麗ですから、天国みたいに」

P「生きてるだろ、その年で何を言ってんだ」

泰葉「一度、死んだのかもしれませんね」

P「自分の足で歩いてきたんだろ、行くぞ。仕事だ」

泰葉「自分の足、か」

美波「ど、どうでしょうか?」

P「研修受けて一発目の仕事がこれって」

菜々「か、完全にコスプ――いえっ何でもないですよ!」

泰葉「不思議な感覚です」

P「唯一の現役がその感想か」

菜々「ナナはまだ現役です!」

P「昨日の時間割をどうぞ」

菜々「えっと、一時間目が数学で二時間目が体育で」

P「昨日、土曜ですけどね」

菜々「ほ、補習です補習!」

P「補習で体育ですか」

菜々「運動にも力を入れてるんです!」

P「菜々さん……」

菜々「ほら! ブルマ着てると恥ずかしいですよね?」

美波「ブルマ?」

P「ウサミン星では履いてるんですよ」

菜々「そういうフォローはやめて下さい!」

美波「でもやっぱり泰葉ちゃんが一番。あ、逆に失礼かな?」

泰葉「いえ、そんな事は」

P「結構な人数がいますからさっさとやりましょうか、二日掛りですから」

美波「確か、10人以上は参加してるんですよね?」

P「まあ、現役学生が多いですから。こっちとしてもやりやすいんですよね、何故か違う方も出てるんですけど」

李衣菜「プロデューサー!」

P「ちょっと行ってきます、撮影はもうすぐですから」

李衣菜「これ、サイズがちょっと合いません」

P「大きいのか?」

李衣菜「いや、小さくて」

P「衣装さんに言うか、待ってろ」

美羽「プロデューサーさん、リベンジです!」

P「リベンジ? ああ……」

美羽「ガム、噛む?」

P「却下で」

美羽「学園祭とかけましてアイドルのライブと解く」

P「その心は? まさか準備も本番も思い出いっぱいなんて言い出さないよな?」

美羽「」

P「またの挑戦お待ちしております」

夏樹「プロデューサー、だりー知らないか?」

P「ああ、何かサイズが小さいって言うから衣装さんに伝えておいたけど」

夏樹「遅かったか!」

P「嫌な予感しかしないが……聞く」

夏樹「あいつ制服はあえて大きいのを着て着崩すのがロックだーって、言ってたからまさかと思ったんだけど」

P「アホかあいつ」

夏樹「ちょっと止めてくる!」

P「おー、任せたぞー……何で無駄に気配を消してる?」

あやめ「P殿の背中をお守りしようかと」

P「俺は誰から狙われるんだよ?」

あやめ「あそこに」

P「は?」

加蓮「……な、何?」

P「何やってんだよ……」

加蓮「い、いやいたんだって思って」

P「ここじゃないだろ、ほらいったいった」

加蓮「今、休憩中だし」

P「それでもだ」

加蓮「別に――」

夏樹「プロデューサー、だりーが言うこと聞かねえんだ!」

P「はあ!? ったく、じゃあな」

加蓮「……また、か」

P「はあ、忙しい……」

美波「大変ですね」

P「やれやれ、です。新田さんは落ち着いてくれて助かります、そんなに懐かしくもないでしょう?」

美波「もう二度と来ない所だと思っていましたから、新鮮ですよ。実際に使われている場所なんですよね?」

P「そうですよ、休みの日の中学校を借りてるんです」

美波「懐かしいです、去年まで着てたのに」

P「制服ですか」

美波「プロデューサーは制服はどんなのだったんですか?」

P「いや、制服は着た事がなくて」

美波「という事は私服だったんですか?」

P「え、ええまあ」

美波「珍しいですね、私はずっと制服でした。生徒会してたんです、勇気出して立候補して」

P「副会長とか?」

美波「いいえ、書記を」

P「何でまた?」

美波「どうなんでしょう? 人生経験になるかと思ったから、でしょうか」 

P「俺よりも遥かに豊富そうだ」

美波「そんな、まだ社会に出てる訳でもありません」

P「立派に出てますよ、ああ出番です」

美波「変じゃないでしょうか?」

P「現役にしか見えませんから……制服か、着ないまま終わっちゃったな」

泰葉「プロデューサー」

P「終わったか?」

泰葉「少し、ご相談が」

P「珍しいな、泰葉からなんて」

泰葉「このアンケート用紙なんですが」

P「んーと、学校生活に関するアンケート……か」

泰葉「書く事が、何もなくて」

P「すらすら書けるアイドルだってそこまでいないさ、全く行ってなかった訳じゃないだろ?」

泰葉「週に一、二回をどう表せばいいのか」

P「勉強はどうしてたんだ?」

泰葉「仕事の合間に通信教育を、テストも毎回きちんと受けられませんでしたから学力も分からないんです」

P「そっか、そうだよな」

泰葉「この事務所はそういった所はきちんとしてるって聞いていて、実際に入ってみたら本当にそうで」

P「社長の方針だよ、学校も必要な場だっていう」

泰葉「プロデューサーもそう思いますか?」

P「行かなくて良かった、って思った事はない。行っていたらどうなっていたかは分からないけどな」

泰葉「それって」

P「何でこの世界に入ったか覚えてるか?」

泰葉「物心付いた時には既にいましたから、何となくとしか」

P「選ぶ余地が無いんだ、入った世界で育ってそれが全てになる。同年代が知ってて当たり前の世界を、知らない事の怖さも知らないまま」

泰葉「どうして……行かなかったんですか?」

P「……その質問は悪いがそのまま返す、どうして行かなかった?」

泰葉「行かなかったって、仕事を放り出す訳にはいきません」

P「それがもう、この事務所では他のアイドルとすら違うんだ、同じアイドルなのに」

泰葉「普通でない事は分かっています、けれど何でアンケート一つ書けない事が何でこんなに」

P「誰のせいでもない、だから誰のせいにもできない。受け止めて書くしかないんだよ」

泰葉「それで何を書けって言うんですか? 言ってくれたら……そのまま書けるのに」

P「意味ないだろ、そんなの」

泰葉「私だけが、違う世界にいるんです。同じはずなのに、埋められない、取り戻せない。その変わりに得た物が何なのかも分からない」

P「……」

泰葉「プロデューサーはどうやって――」

菜々「撮影、終わりました!」

P「ああ、お疲れ様です」

菜々「あの、疲れてます?」

P「いえ、そこまでは」

菜々「ならちょっと待っててもらえますか?」

P「はあ」

泰葉「何でしょうか?」

P「何だろうな、菜々さん終わったら移動のはずだけど」

泰葉「遊園地に行ったそうですね」

P「ああ、綺麗だったよ」

泰葉「造り物でも綺麗なんですよね、空や海とはまた違った」

菜々「お待たせしました、どうぞ」

P「男物? 誰に着せるんです? あいさん今日はいませんよ」

菜々「もちろん、Pさんです!」

P「はあ!?」

菜々「美波ちゃんが着た事ないって言ってましたって聞きましたから、サプライズのお返しです!」

P「サプライズって、こんなの着てどうしろうと?」

菜々「撮ってあげます、喜びますよ」

P「誰が喜ぶんですか……」

泰葉「菜々さん、この後はまた仕事では?」

菜々「あ」

P「はいはい、残念ですが」

菜々「よし、泰葉ちゃん頼んだ!」

泰葉「はい?」

P「な?」

菜々「ちゃんと撮って見せてくださいね、これカメラです! あ、ついでに泰葉さんはPさんが撮ってください」

P「何で!?」

菜々「では、お任せしました」

P「言いたい放題していったぞ」

泰葉「撮影経験なんてあるんですか?」

P「無いことはないけど、ちょっとスタッフに確認とってくる」

泰葉「何かの間違いだと思いますけど」

P「菜々さんの言う通りだった」

泰葉「どうなってるんですか」

P「俺が聞きたい」

泰葉「それが衣装ですか?」

P「違和感が凄いんだが」

泰葉「私だって着てるんです、我慢してください」

P「俺、アイドルでもなんでもないんだけどな」

泰葉「この世界にいる以上はこういう事もあります」

P「……着てくる」

泰葉「お似合いですよ、私よりは自然です」

P「そうか? 何か思ったより重い」

泰葉「学生服なんてそんなものですよ」

P「ふうん、まあいいや。とっとと終わらせるぞ、フィルムの無駄だし」

泰葉「少し、移動しましょうか」

P「必要あるのか?」

泰葉「控え室で撮っても面白くありませんから」

P「教室かあ、何か机の中に入ってる」

泰葉「教科書を置いていったりするんです、面倒くさいからって」

P「教科書ってこんなにあるのか?」

泰葉「中学校を何だと思ってるんですか」

P「勉強の場だと思ってるさ。数Ⅰ数Ⅱか、本当にあるんだな」

泰葉「中学も行ってないんですか?」

P「その頃はもう働いてたからさ」

泰葉「そこに座って下さい」

P「こうか? 思ってた机とは違うな」

泰葉「撮ります」

P「誰もいないって新鮮だな、何かもっと騒がしいイメージがあるから」

泰葉「私はこの方が落ち着きます」

P「そうか? 何か寂しいけどな」

泰葉「夜に特別に授業をしてくれる先生もいましたので」

P「いい先生だな、マンツーマンか」

泰葉「授業なんだか雑談なんだか分からない方に話が脱線したり、何故か一緒に私の出てる雑誌を見ていたり」

P「何だそれ」

泰葉「芸能人というのがどういう職なのかよく分かっていなかったみたいで、普通の子供だねって」

P「子供だろ」

泰葉「皆がそう見てくれた訳ではありませんよ」

P「貸せ」

泰葉「撮るんですか?」

P「メインは泰葉だろ? ほら、窓際に腰掛けて」

泰葉「こうですか?」

P「何で緊張してんだ、髪を掻き分けて……少し顔を外に」

泰葉「プロのカメラマンみたいですよ」

P「腕に期待すんなよ、こんなもんかな。次はそうだな、机に座って授業を受けてる感じに」

泰葉「何を教えてくれるんですか? 先生」

P「何って何だよ?」

泰葉「でもその格好だと違いますか、二人っきりですね先輩」

P「せ、先輩……?」

泰葉「宿題、教えてもらえますか?」

P「俺は文系なんでね、数字は分からないぞ」

泰葉「じゃあ、一つ問題を」

P「本当にあるのか」

泰葉「貴方にとって、アイドルって何ですか?」

P「夢だよ」

泰葉「即答するんですね」

P「意外か?」

泰葉「悩む人が多いですから」

P「経営資源って言う人はいないだろうけど、悩む人はいるかもしれないな」

泰葉「その夢を叶える為にこの世界にいるんですか」

P「そういうこと」

泰葉「その夢って何です?」

P「見てみたいものがあるんだよ、俺には」

泰葉「それは、プロデューサーでなければ見えないんですか」

P「その為になったからな」

泰葉「ファインダー越しには、見えませんか?」

P「泰葉?」

泰葉「冗談です、私を撮っても見えないでしょうから」

P「いや見えるよ、学校って夢を見る場所だろ?」

泰葉「何ですかそれ」

P「ああなりたいこうなりたいってさ、泰葉は何になりたい?」

泰葉「トップ…アイドル?」

P「何で疑問形になってんだよ」

泰葉「改めて言われると、考えたことがなかったなって」

P「夢ぐらいいつでも見れるだろ、明日はカレーが食べたいとか」

泰葉「ただの願望では?」

P「いいだろ、ハンバーグだって立派な夢だ!」

泰葉「子供ですね」

P「悪かったな、どうせ子供だよ」

泰葉「こうやって、普通に笑い合えるだけならいいのに」

P「友達いないとか言うなよ?」

泰葉「いましたよ、いましたけどこの世界にいるのはもう私だけです」

P「連絡、取り合ってないのか?」

泰葉「彼女らにとってこの世界は終わった世界なんです。女の子に戻るねって離れていった子に何て言えばいいんですか?」

P「いつか離れる時は来るさ、誰だろうと」

泰葉「プロデューサーは、どうやってその寂しさを耐えたんですか?」

P「前に言ったな、未練がましく残ってるって」

泰葉「俺の方だって言ってましたね」

P「離れる寂しさより残る辛さの方がマシだって俺は思ってるから、強がりかもしれないが」

泰葉「逃げたくなりませんか?」

P「あるよ、泰葉だってあるだろ?」

泰葉「ありますよ、そんなの」

P「それでも残ってる理由を考えれば、自然と答えは出そうなものだけどな」

泰葉「……そうでしょうか」

菜々「写真、撮れました?」

P「泰葉が撮ったのですか? えーっと、待って下さい。ああ、あった。こんなの誰に見せるんです?」

菜々「千枝ちゃんとかありすちゃんとか」

P「千枝はともかくありすがこれ見て喜びますか?」

菜々「もちろんですよ!」

泰葉「おはようございます」

P「おはよう」

女P「ああ、丁度良かった。二人共ちょっといい?」

P「何です?」

女P「一人、あんたに付かせる子を連れてくるから」

P「構いませんが、それと泰葉と何の関係が?」

女P「別のプロダクションからの移籍組なの、だからそういう事を知ってる子に付けた方がいいかと思って」

P「まゆの手は空いてないんですか?」

女P「統括との時間を減らすのも可哀想でしょ、あんまり接点無いんだから」

P「それで、か。どうする?」

泰葉「構いません、大した事は出来ませんが」

P「いつ頃の話です?」

女P「手続きが済めばすぐにでも、名前も教えておく。えっと、ああこの子よ」

P「知ってるか?」

泰葉「いえ……聞いた事ありません」

女P「察しの通り、あまり名前は売れてない。それでもやる気はあるから鍛えてあげなさい。詳細が決まればまた連絡するから」

P「分かりました」

泰葉「この世界にまだ夢を持っている方なんでしょうか?」

P「会ってみないと分からない、けどそうであって欲しいと思う」

「私はここで終わるね、泰葉ちゃんなら絶対に人気者になれるから。応援してるからね」

「ここまで来たけど、私はこれでおしまい……泰葉はどこまでいくんだろうね」

泰葉「いや……待って。一人にしないで!」

泰葉「夢、夢か。何で今更」

泰葉「大丈夫、私はまだここにいる」

P「おはよ、覚えてるか?」

泰葉「何かありました?」

P「ほら、移籍してくる子」

泰葉「今日なんですか?」

P「みたいだな、後で応接室までいいか? 仕事は午前だけだろ?」

泰葉「終わってから戻るまで時間かかりますよ」

P「なら俺が迎えに行くから、1時くらいにまた連絡する」

泰葉「一人でも大丈夫ですよ」

P「いい、どうせ暇だ。じゃ、また後でな」

スタッフ「お疲れ様でした」

泰葉「お疲れ様でした、また宜しくお願いします。1時まで……もう少しあるか」

あい「おや、君もここだったのか?」

泰葉「お疲れ様です、お仕事ですか?」

あい「これからね。全く、こんなに暑いというのに秋物を着させられるんだからたまったものじゃない」

泰葉「この世界の時間は速いですから」

あい「少しばかりタイムスリップした様な気分だな」

泰葉「未来にしか行けない欠陥付きですけれど」

あい「過去に行きたいのかい?」

泰葉「いえ、何となく言ってみただけですよ」

P「ごめんな、別に特別どうこうするって訳じゃないんだけど」

泰葉「移籍してきたって事は、この世界は長い子なんですか?」

P「と思うんだけど、俺も詳しい事は知らないんだよ」

泰葉「名前は?」

P「白菊ほたる、だそうだ」

ほたる「は、はじめまして…白菊ほたるです」

P「そんなに緊張しなくていいよ。今日からこの事務所に所属してもらう事になるんだけど、書類とかは用意してあるのかな?」

ほたる「はい、ここに」

P「白菊ほたる、13歳。前に所属していたのは……ここって」

泰葉「二ヶ月前に無くなった事務所ですね」

ほたる「はい、実はその倒産してしまいまして」

P「生き残りも激しいからなあ、その前は……えっと」

ほたる「その前も、その前も倒産してまして」

P「倒産、か」

泰葉「どこも大きい所だったのに」

ほたる「すみません、でもその頑張りますので!」

P「軽く事務所の中とかレッスン場を回ってくれればいいから、何かあったら連絡してくれ」

泰葉「では行きましょうか。ああすみません、挨拶がまだでした」

ほたる「岡崎泰葉さんですよね」

泰葉「よく知ってましたね?」

ほたる「共演した事あるんです、その覚えてないかもしれませんけれど」

泰葉「本当?」

ほたる「はい、私は後ろの方だったんですけど。泰葉さんと他にもメインの方がいて、確かレインコートの」

「ばいばい、泰葉ちゃん」

泰葉「……雨」

ほたる「あの、大丈夫ですか?」

泰葉「え? ええ、大丈夫。ごめんなさい、ちょっとぼーっとしちゃって」

ほたる「大丈夫ですか? 体調が悪いようでしたら休んで頂いても」

泰葉「大丈夫、何でも無いからそこまで心配しないで」

ほたる「私のせいですよね、辛そうにさせてしまって」

泰葉「ううん、覚えてる。いたんだね」

ほたる「いつか横に並べたら、と思ってました。だからこうしてお会い出来て嬉しいです」

泰葉「……そう」

ほたる「広い」

泰葉「ここがレッスン場、今は誰もいないけど多い時は50人くらいはいると思う。専属のトレーナーさんもいるから、個別にレッスンの申し込みもできる」

ほたる「本当に凄く大きな事務所なんですね」

泰葉「魅力的な人が揃ってるから」

ほたる「これなら、潰れることはないかもしれません」

泰葉「……次、行きましょうか」

ほたる「プロデューサーさん、四人しかいないんですか?」

泰葉「付き添いで来てくれるスタッフさんはいるけど、正式にプロデューサーとして働いているのは四名だけ。本当に今でも信じられないけど」

ほたる「誰か一人でも何かあったら」

泰葉「どうなるんでしょうね?」

ほたる「さっきのあの人はスタッフさんですか?」

泰葉「いえ、あの人もプロデューサーです」

ほたる「若そうに見えましたけど」

泰葉「若い、だから四人の中だとまだ余裕は無さそうで」

ほたる「でも、凄いです。それでもそんな場所で働いてるって」

泰葉「一生懸命ではあると思います、でも」

ほたる「でも?」

泰葉「何か違うんです、他の方とは」

ほたる「何かあったんですか?」

泰葉「多分、すぐに気づくと思います」

P「泰葉がそんな事を?」

ほたる「はい、ですから何かあったのかと」

P「実を言うと、あんまり話した事がないんだ。まあ全体の中でなら話す方だけど、俺と繋がりあるアイドルってそんなに多くないし」

ほたる「私は気付けるでしょうか」

P「あんまり気にする事ないよ、ほらここが事務所の寮」

ほたる「ここに皆さん住んでるんですか?」

P「そう、小さい子から大人まで様々だな。ああ、いた」

千枝「ほたるさんですか?」

ほたる「はい、今日からここに入る事になりまして」

千枝「佐々木千枝です、今日は私が案内しますね」

ほたる「知ってます、凄い本当にいるんだ」

P「じゃあ、任せるな。 俺が入っても問題はないけど、あんまりいない方がいいだろ」

千枝「ああやっていつも入ってくれないんですよ、Pさんって」

ほたる「他の方もそうなんですか?」

千枝「忙しい方ですから、来るのはスタッフさんばかりです。あ、こっちが食堂です」

ほたる「広い……」

千枝「ちゃんと栄養バランスとか考えられてるみたいです、千枝もここでご飯を食べてるんですよ」

千秋「珍しいわね、こんな時間に」

千枝「千秋さん、先日はありがとうございました」

千秋「何の事?」

千枝「先日のお食事、楽しかったです」

千秋「提案したのは私じゃないわ、礼ならどこからの誰かさんに言いなさい」

千枝「それはもう言いました、でも千秋さんにも言っておきたかったんです。これから仲良くなれると嬉しいです」

千秋「私と貴方が?」

千枝「はい、演技凄かったです」

千秋「物分りが良すぎるのも問題ね」

千枝「何の事ですか?」

千夏「ここは舞台じゃないのよ、二人共降りなさい。観客が困ってる」

千秋「ああ、だから今日は暑いのね」

千夏「名が体を表すなら、貴方はもう少し冷めてるはずだけど」

千秋「残暑が厳しいんじゃないかしら?」

千枝「じゃあ千枝はどうなんでしょう?」

千秋「これから咲かせるんでしょ」

千夏「ごめんなさいね、慣れないうちはこの子達の言葉も分かりにくいでしょう?」

ほたる「いえ、そんな」

千枝「千夏さんは今日は?」

千夏「久しぶりのオフ。外出しようかと思ったんだけど、新作があるからって引き止められてて」

千枝「誰にですか?」

千秋「眼鏡よ」

千枝「ああ……」

ほたる「眼鏡?」

千秋「今日から入るんでしょう? 今日くらいは逃げておいた方がいいわ、初めてだと疲れるから」

千枝「へ、部屋に案内します」

千夏「凄い言われようね」

千秋「当然よ」

千夏「拘り、という点では貴方も負けてないと思うけど?」

千秋「何が言いたいの?」

千夏「いいえ。ただ私が思ったよりプロデューサーの事、気に入ってたのねと思って」

千秋「負けるのが嫌いなだけよ、もう帰るから」

千枝「ここが部屋です。鍵は……あった、これです」

ほたる「こんなすごい部屋、皆さん同じなんですか?」

千枝「はい、ちなみに私の部屋はこっちです。荷物、片付けたら私の部屋に来て下さい。色々とお話しましょう。じゃあ、お待ちしてますから」

ほたる「……いいのかな、私なんかにこんな凄い場所」

千枝「泰葉さんと共演した事があるんですか?」

ほたる「はい、前の前の事務所の時ですけど」

千枝「泰葉さんって、昔から真面目な人だったんですか?」

ほたる「凄いなって後ろから見てただけですから、憧れの人です」

千枝「それでこの事務所に来たんですか?」

ほたる「それは、ちょっと違うんです」

千枝「他に何かあるんですか?」

あい「私が入っても潰れないと思ったから、とはね」

P「お褒めに預かり光栄ですね」

あい「しかし広い様で狭い世界だね、全く」

P「泰葉とほたるですか」

あい「私からすれば二人とも大先輩だよ」

P「経験だけが全てでもありませんよ」

あい「それでも敬服するよ、あの若さで生き残ってきたんだ」

P「それを本人達があまり自覚していないのはちょっと問題なんですけどね」

あい「難しいさ、自分を客観的に評価するというのは」

P「大人だって出来ませんよ」

あい「君は及第点だと思うが」

P「まさか、しかしここまで増えると人員不足が深刻だ」

あい「どこからか引き抜いてくるかい?」

P「面接でもしますか? 面接官はあいさんで」

あい「無理だ」

P「謙遜は似合いませんよ」

あい「君以上のプロデューサーを探すのは至難だよ」

P「俺が気障な台詞を吐くようになったのって、絶対あいさんの影響だ」

あい「私はその何倍も受けているんだ。一応、お互い様さ」

P「さて、到着。後は宜しくお願いします」

あい「事務所に戻らないのかい?」

P「ええ、ちょっと局の人間と打ち合わせを」

あい「嬉しそうだね、大きな仕事かい?」

P「ええ、とっておきの仕事です」

聖來「ドラマ化決定おめでと」

千秋「棒読みね、失格」

聖來「相変わらずの愛想の悪さ」

千秋「こういう役だもの」

P「はは……しかし凄いね。二夜連続の特別ドラマスペシャルなんてさ」

ゆかり「また一緒にお仕事できますね」

聖來「キャストの変更とかないの?」

P「ちょい役とかで事務所の誰かが出る事になるかもしれませんけど、主演二人とありすは確定ですね」

千秋「この人以外なら誰でもいいわ」

聖來「私のインタビューのお陰とは思ってないのかなあ?」

千秋「色々と期待を裏切ってたわね」

P「いいインタビューだったじゃないですね、予想に反して」

ゆかり「凄く真面目でしたね」

聖來「私ってどんなキャラなの?」

P「もっと弾けたものかと思ってたんですが」

聖來「あのねえ……」

ゆかり「撮影、見に来て下さいね」

聖來「この前の鎌倉の顔は出したの?」

P「一応、珠美と三船さんの撮影はチェックを」

ゆかり「どうでした?」

P「綺麗だったよ、何度か行ってるけどあそこは東京から近くて行きやすいし」

聖來「肇ちゃんのも行ったんでしょ?」

P「行かないと煩いのが揃ってましたから」

聖來「加蓮ちゃんのは?」

P「……都合が合わなくて」

千秋「はあ……」

聖來「また?」

ゆかり「何かあるんですか?」

千秋「トレーナー時代に受け持ってたのよ、この子」

聖來「なのにプロデューサーになってから全く仕事で絡まなくなってね」

ゆかり「三人って誰です?」

聖來「輿水幸子、北条加蓮、神谷奈緒」

ゆかり「凄い人達……」

P「俺が関わらなくたって大丈夫ですから、というか事務所で顔を合わせたら話してますよ」

聖來「……少しは会いに行ってあげなよ、見てるこっちが辛い」
――

Pそんな事、言われてもな……もうこんな時間か。切り上げてそろそろ……何だ、今日もか」

のあ「……」

P「屋上に誰かいるなって思ったらやっぱり貴方でしたか」

のあ「分かってたわ」

P「俺が来るのが、ですか?」

のあ「いえ、分かっていたのは貴方の方」

P「……今日は曇りですよ、のあさんには何か見えてるのかもしれませんけど」

のあ「……P、貴方の心は?」

P「ここまで曇ってませんよ、快晴とはいきませんが」

のあ「wish upon a star」

P「願いなんて一つだけですよ、いつも」

泰葉「眠れませんか? 珍しいですね、部屋の外で空なんて見上げて」

ありす「そういう訳じゃ、ないんですけど」

泰葉「プロデューサーがいないからですか?」

ありす「違います!」

泰葉「そんな真に受けなくても分かってます、ドラマになるそうですね」

ありす「この舞台をして、少しだけ分かったかなって」

泰葉「女優として、ですか?」

ありす「違う世界で、違う誰かになって、違う名前で呼ばれて。夢だったんです、この名前が嫌いだったから」

泰葉「その名前がですか?」

ありす「いつもこの名前を呼ばれる度、私は嫌な気持ちになって。いつしか、誰も私の名前を呼ばなくなりました。でもそれで私は何とも思いませんでした、それでいいんだって思ってましたから」

泰葉「変わったんですか?」

ありす「演じてみて、やっぱりこれは私じゃないなって。きっとこれからも色んな人になって、色んな名前になっても私は他の誰かにはなれない」

泰葉「確かに、それはそうです」

ありす「だから向き合うしかないって、改めてそう思いました。どう向き合えばいいのか分かりませんけど、今は一緒に歩いて名前を呼んでくれる人がいますから」

泰葉「最初に出会ったプロデューサーがあの人でよかったですね」

ありす「……うん」

泰葉「私もこの世界で最初に会えていたら、何か変わってたのかな」

ほたる「うわあ……」

雪乃「どうされました?」

ほたる「いえ、カフェなんであるんだなあって」

雪乃「この事務所の売りの一つですわ、初めて来た方は驚かれますけど」

ほたる「自由に使えるんですか?」

雪乃「ええ、桃華ちゃんも認める紅茶。いかがですか?」

ほたる「えっと、お金」

雪乃「いえ、ここは私からの歓迎ということで」

ほたる「ありがとうございます」

雪乃「お砂糖は?」

ほたる「では、一つ」

雪乃「どうして紅茶に砂糖を入れるようになったか、ご存知ですか?」

ほたる「美味しいからじゃないんですか?」

雪乃「私もそう思って、調べてみたんです。そうしたら」

女P「砂糖も紅茶も昔は非常に高価で、それらを組み合わせて飲む事が当時の貴族のステータスとなっていたから」

雪乃「……と、いうことですわ」

ほたる「お、おはようございます」

女P「何で私がここに来たか分かるわね?」

雪乃「お仕事でした?」

女P「……まあ、そのほんわかさも魅力だから別にいいけれど。ごめんなさいね、お邪魔して。じゃあ行きましょうか」

雪乃「また、ゆっくりね」

ほたる「はい。皆さん、忙しいんだな」

P「……」

女P「どうしたの? 難しい顔して」

P「ああ、ほたるに仕事の依頼が来てまして。それも泰葉とセットで」

女P「こんなに早く?」

P「前の事務所でもしていた仕事なのかどうなのか判断が付かなくて、保留にしてるんですよ。彼女は今日は特に予定を入れてませんから」

女P「さっきカフェで雪乃と話してたわよ、引き離しちゃったけど」

P「カフェ?」

女「色々と見てるんじゃない、ここ他の事務所と違うから」

P「まあ、施設は豪華ですね」

女P「それだけじゃない」

P「それだけじゃないって、他に何が違うんです?」

女P「じゃ、出てくるわね」

P「先輩といい、あの人といい……」

泰葉「これが私達への仕事の依頼ですか?」

P「まだ何の返事もしてない、まあ二人に依頼が来た意味は何となく分かるけどな」

ほたる「どういう事ですか?」

泰葉「軽い色物として見られているのかもしれません」

P「そこまでは言わないけど、ウチで移籍組が珍しい事は確かだよ。まあ、統括を追いかけてきたまゆなんて例外はいるけど」

泰葉「この年齢で事務所を変わるなら、何かしらの理由は詮索されますから」

ほたる「疫病神とか、ですね」

P「……内容は二人で撮影だな、二年前の再現みたいだけど」

泰葉「残っているのが二人だけですから」

P「本当かと思って調べさせてもらったけど、思ったより入れ替わりが激しいんだな。不勉強だった」

ほたる「あんなにたくさんいたのに」

泰葉「そんなものですよ」

P「再出発とか、そういう表現をされる様な仕事は大丈夫かどうかなんだ。もちろん、君が嫌だと言うならそう言ってくれて構わないし、だからといって対応を変える気はない。こちらとしてはいきなり来た話だし、断るなら断るで予定通り君のプロデュースは進めていくつもりだよ」

ほたる「私は構いませんが……」

P「泰葉はどうだ?」

泰葉「回答の期限は?」

P「明日までだ、できれば朝に答えは欲しい。スケジュールの調整もある」

泰葉「分かりました、少し考えさせてもらいます」

ほたる「私とお仕事、嫌なんでしょうか」

P「違う。ぶつかってるかな、雛祭りで多少は吹っ切れたみたいだったけど」

杏「元気ないよね」

P「……お前のそのぐうたらさを分けてやったらどうだ?」

杏「勝手に持って行って」

P「とりあえず、そのソファはお前の私物じゃないからな?」

杏「うん、だからずっといないとね」

P「さっきの全部、そこで聞いてたのか?」

杏「寝てたら勝手に始まったんだよ、聞きに行くほど杏は暇じゃないしね」

P「なあ杏、一つ頼んでいいか?」

杏「飴は?」

P「三つで」

杏「内容次第」

泰葉「何を躊躇ったんだろう……選べる立場でもないのに」

美憂「暗い顔」

泰葉「え?」

美憂「鎌倉から帰ってみたら、辛そうな顔してるからどうしたのかと思って」

泰葉「すみません、そうですね」

美憂「私、いない方がいい?」

泰葉「そんな、全く……邪魔なのは私の方です」

美憂「ちょっと、座りましょうか」

泰葉「……」

美憂「これ、鎌倉からのお土産」

泰葉「ありがとうございます、和菓子ですか?」

美憂「そう、あの若いプロデューサーさんに薦められて」

泰葉「そう、なんですか」

美憂「犬の話をしたの、雨の日だから思い出しちゃって」

泰葉「飼ってたんですか?」

美憂「そう、ゴールデンレトリバー。子供だった私には大きくて、頼もしくて、大好きだった」

泰葉「何か、簡単に想像できます」

美憂「雨が好きで、その度に私は散歩に行こうってせがまれて。雨の日は夏でも冬でも散歩に行ってた」

泰葉「今日の天気みたいな日ですね」

美憂「引っ張り回されるから傘もさせなくて、いつもレインコートを着て。いつしか、今日はどのレインコートにしようかって私も楽しみになってて」

泰葉「美優さんなら、何を来ても似合ってますよ」

美憂「ありがと、一時期は何着も持ってた。普通の服よりそっちを選ぶのに一生懸命になって……もう、着る事もなくなっちゃったけど」

泰葉「役目を終えたんですね、どちらとも」

美憂「最後まで一生懸命に生きてくれたから、でも雨の日は少し切なくなって。紫陽花を見たら余計に、一緒に歩いてきたから」

泰葉「そうして皆、いなくなってしまうんですね」

美憂「って、思ってたんだけどね。泰葉ちゃんを見て変われたの」

泰葉「私を?」

美憂「レインコートの事もいつしか記憶の片隅に行ってしまってたんだけど、見かけたんだ。泰葉ちゃんがそのレインコートを着てる広告」

泰葉「レインコート……あの時の」

美憂「ああ、まだあるんだなって懐かしくなって。私と同じように散歩してる子もいるのかなって、嬉しかった」

泰葉「そんな、積み重ねのある物だったんですね」

美憂「ごめんね。話そうとは思ってたんだけど、前の事務所のお仕事だから」

泰葉「……いえ」

美憂「でも、そんな顔を見たら話したくなって」

泰葉「……私も一緒に歩いてきた人がいました、デビューからずっと」

美憂「その子は?」

泰葉「生きてますよ、どこにいるかは分かりませんけど」

美憂「別々の道を歩んでるんだ」

泰葉「考えないようにしてたんですけど、夢に出てきたんです。久しぶりに」

美憂「楽しい夢なら良かったのにね」

泰葉「この事務所は楽しいです。はっきり言ってしまえば、前の事務所よりも遥かに。だからこそ、このままでいいんだろうかと」

美憂「それは、泰葉ちゃんが思い詰めることじゃ」

泰葉「過去の全てを置き去りにしてもいいんだろうかって、挙げ句の果てには最初からこの事務所にいたらなんて思い始める始末で」

美憂「私はここしか知らないけど、恵まれてるのかな」

泰葉「橘ありすって子をご存知ですか?」

美憂「ええ、何度か会った事もあるから」

泰葉「その子が言ってました、違う自分になろうとしても他の誰かにはなれないって」

美憂「それも、積み重ねなんでしょうね」

泰葉「あの若さでそれをきちんと分かるって事に嫉妬して、その環境が羨ましくて。だからきっと、私はこんな顔をしてるんでしょうね」

美憂「一人で責めても、きっとその子は」

泰葉「そのレインコートの撮影の仕事が来ました。彼女のいない、新しい場での」

美憂「そう……それで悩んでたの」

泰葉「受けてしまえば、本当にあの時は過去になる。振り切らないといけない事と分かっていても、何かが私を引きずっているんです」

美憂「難しいね、本当に」

泰葉「私は、どうすればいいのかな」

千佳「あ、いた!」

美憂「千佳ちゃん?」

千佳「ずっと渡そうと思ってたのに会えなかったから、ちょっと待ってて!」

美憂「何かあったの?」

泰葉「最後に会ったの雛祭りの時ですから、私にもさっぱり」

千佳「あのね、これあの時の後に書いたんだよ!」

泰葉「これ、私?」

千佳「うん、すっごくかっこよかったから。千佳、頑張って書いたんだよ」

美憂「うん、とても綺麗。上手だね」

千佳「本当!? えへへ」

泰葉「……ありがと」

千佳「じゃあまたね! また一緒におしごとできるといいね」

泰葉「あの子には、私はこんな風に見えてるんでしょうか」

美憂「そのレインコートだけど、もう一つお話があるの」

泰葉「もう一つ?」

美憂「私、そのレインコートを着てる人に会ったの。つい最近の事なんだけど誰か分かる?」

泰葉「まさか」

美憂「何でだろうね、彼も何も言わなかったけどもしかして知ってるのかもね」

泰葉「……」

ほたる「来ないですね」

P「一言、やりますって言われてから俺に顔を見せてないからな」

杏「大丈夫だと思うよ、さぼる訳ない」

P「まあ、俺もそう思うが」

ほたる「私とは嫌なんでしょうか」

P「まさか」

泰葉「おはようございます」

P「おはよう、スタジオまで少し距離あるから」

泰葉「ええ、ですから少し歩きませんか?」

P「ここからか?」

泰葉「はい……出来れば二人で」

杏「タクシー使える?」

P「経費で落とす」

杏「じゃ、決まりだね」

ほたる「あの」

P「大丈夫、悪い事にはならないよ」

ほたる「先、待ってますから」

P「さて、舞台は整ったぞ」

泰葉「探しました、二年前の写真」

P「今日の仕事の参考にか?」

泰葉「今の私はあの頃から、少しでも成長できたかと」

P「それで、どうだった?」

泰葉「変わってないなと」

P「まあ、人間そう簡単に変われたら苦労しないさ」

泰葉「レインコートを着たあの頃のまま、私の二年間が過ぎていきました」

P「無駄だったって思うのか?」

泰葉「いえ、覚悟を決めるにはそれ位の時間が必要だったんですよ。プロデューサーが何を考えているかも分かってましたし」

P「お見通しか、流石だな」

泰葉「分からない事だらけですが、分かった事もあるんです」

P「例えば?」

泰葉「今、抱えている問題に対して答えを出すのは今じゃなくてもいいんだって」

P「まあ、人生掛けて出るか出ないかって問題だしな」

泰葉「だから辞めたんです」

P「何を?」

泰葉「一人で歩くのは疲れますから」

P「……そうだな」

泰葉「少しずつ皆、変わっていく。それはあの時も、その後の舞台を見ても感じていた事で、無理に変わろうとする必要もない事なんだと」

P「そうか」

泰葉「誰かと歩けば、またいつか一人になる。でも、誰かと歩いた記憶が私の歩を進ませる」

P「お、その言葉はインタビューに取っておいて欲しかったな」

泰葉「もう少しゆっくり歩いて下さい、私の歩幅は狭いんです」

P「はいはい」

泰葉「この扉の先ですね」

P「そ、何が待ってるか予想はついてるんだろ?」

泰葉「細かいメンバーまでは分かりません」

P「お察しの通りさ、簡単に衣装を用意できるわけでもない。ま、無理を通す為に大物にもご足労願ったけどな」

泰葉「飴、何個でした?」

P「5個だったよ」

美世「お、来たね今日の主役」

唯「Pちゃん、急にお仕事だって言うからびっくりしちゃった☆」

響子「部屋の中でこの格好って何か不思議ですね」

泰葉「やっぱり」

P「皆、乗り気でさ」

泰葉「本当に、この事務所は」

珠美「P殿!」

P「よう、どうしたそんな顔を真っ赤にして」

珠美「見て分かりませんか!?」

P「分からん」

珠美「これはどう考えても女子高生の着るレインコートではありません」

P「うん」

珠美「ほら、響子さんや唯さんの様な物が珠美にもあるはずです」

P「自分で言ったろ、一部の愛好家から人気があるって」

珠美「うぐ……ですが」

美世「たまちゃん充分に可愛いけどなあ。小さいっていい事だよ、小回りも利くし」

珠美「車とアイドルを同じにしないで下さい!」

唯「ねえPちゃん、ちなったんは?」

P「残念ながらお仕事」

唯「そっかーざーんねん。たまみーん! これ着てみてー!

珠美「手持ち無沙汰だからといって珠美を玩具にするのは辞めて下さい!」

響子「もう使わないだろうなって思ってた衣装にこんな出番があるなんて」

P「いや、こっちとしても予定外だけど。どうせあるならってね」

響子「先輩方とお仕事できますから、私としても大歓迎です」

P「鎌倉も色々とあったけど、いい終わりになるかな」

ほたる「プロデューサーさんから人数を増やすって言われた時、躊躇ったんです」

泰葉「また皆、いなくなってしまうから?」

ほたる「だから、まだこの世界にいる泰葉さんと会えて嬉しかったです。でも……」

泰葉「大丈夫、彼女達はいなくならない。少なくとも私達がこの世界にいる限り」

ほたる「泰葉さんが言うならそうかもしれません」

泰葉「あの人は、誰も見捨てられない人だから」

ほたる「プロデューサーさんですか?」

泰葉「……そういう人だから」

杏「前よりはいい顔」

泰葉「自分から仕事に顔を出すなんて明日は雪?」

杏「多分ね」

泰葉「最初は、この事務所でしっかりと仕事をしようって無我夢中で進んでたんだ」

杏「尊敬に値する、絶対に無理」

泰葉「なのに、雛祭りの後から段々と後ろめたくなってきた。何でだろうって自分に問いかけ続けて、やっと分かった」

杏「仕事なんて張り切るものじゃないって事だよ」

泰葉「ふふっ杏さんらしい」

杏「真理」

泰葉「私、楽しいんです」

杏「狂気だ」

泰葉「とっても楽しい。それを認めるのが怖くて、でも認める事にしたんです」

杏「あのプロデューサーの影響?」

泰葉「はい」

杏「ああ、もうこれで何人目の犠牲者なんだろ」

泰葉「多分、全て分かってて気づくまで待ってくれたんだと思います。気づけたのは曖昧な答えですけど」

杏「後悔するよ」

泰葉「大丈夫です、その時も私は一人じゃありません」

杏「ま、好きにしたらいいよ。そこはお互い様って事で」

泰葉「……二年前の写真を見て見つけたのは、私とほたるちゃんだけじゃないんですよ。Pさん」

杏「ん? 何か言った?」

泰葉「いえ……何でもありません。さて、頑張りましょうか」

P「……あれは気付いたって顔だな、まあいいけど。あいつに関しては時間の問題だったし」

カメラマン「すみません、遅れまして」

助手「失礼します!」

泰葉「あれ?」

ほたる「あの人……」

P「……あいさんの言う通りだ、この世界は狭い。本当に狭い」

カメラマン「ああ、今日からの新人です。練習は積んでいますからご心配なく、いいのを撮りますよ」

助手「はい、宜しくお願いします。久しぶり、泰葉ちゃん」

泰葉「……何で……どうして……?」

助手「反対側から見たらどうなもんかなって思ってね、頑張ってるね。それでこそ私のライバル」

泰葉「そっか、うん。頑張ってるよ、私」

助手「三人共、ぼやぼやしてたら追い抜くからね」

ほたる「三人?」

泰葉「そうですね、Pさん?」

P「俺に振るなよ……元気そうで何より」

助手「どうも、まさか一緒にいるなんてね」

ほたる「お知り合いですか?」

P「うーん……以前に仕事で」

泰葉「嘘ではありませんね」

助手「折角だし、最初の一枚。三人にしよっかな」

P「おい、俺を入れるのか」

助手「他に誰がいるの? ね?」

泰葉「来て下さい、小さな一歩です。私達の」

P「ったく、絶対に公開するなよ」

助手「しないって、ほらもっと近づいて」

泰葉「一緒に並ぼ、きっと記念になる」

ほたる「はい、宜しくお願いします」

泰葉「Pさん。私、アイドルになれてよかった」

P「その変わり身の速さはどっから来たんだ?」

泰葉「ちょっとしたきっかけで……人は変わることができるのかなって」

P「そんなきっかけあったのか?」

泰葉「内緒です」

助手「あ、いい顔。シャッターチャンス!」

終わり、次の更新は30日を予定しています。それまで自分で保守します。

安斎都の十戒
※ノックスの十戒のパロディです
1.犯人は物語の冒頭、初期の段階から登場していなくてはならない
都「つまり犯人は貴方です!」
ありす「そんな事を言う為に私をわざわざ呼んだんですか?」
都「いえ、その」
ありす「何か事件が起こっているのならいざ知らず、何も起きていないように見えますが?」
都「いいじゃないですか! 付き合って下さいよ探偵やりたいんですよ!」

2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
裕子「ぼえええええええっ!!」
ありす「何ですかあれ」
都「きっと……犯人を捜しているんですよ」
ありす「いもしない犯人なんて見つかる訳――」
茄子「捕まえちゃいましたー♪」
愛海「あと、あとちょっとだったのにいいいいいいいい!!」
早苗「話は後でゆっくり聞くから」
都「凄い……」
ありす「この事務所で一番、推理小説に出たらいけない人ですね」

3.犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない
ありす「そんな物ありましたっけ?」
「いやだああああああ!誰か助けてくれえええええええ!!」
「杏ちゃんはきらりとはぴはぴするにぃ☆」
都「聞かなかった事にしましょう」
ありす「そうですね」
「こっちに入ってくるな! ああ私の極秘ロボが!」
ありす「考えないようにしましょう」
都「そうですね」

4.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
ありす「毒薬、ですか」
都「まあそんな物どこにもありませんから、ここで事件が起きても考える必要は――」
菜々「さあこれを飲んで下さい」
都「う、う……ウサミーン!」
ありす「はい?」
都「 ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン! ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!」
ありす「これはどこから持ってきたんですか?」
菜々「ウサミン星からですよっ♪」
ありす「戻るんですよね?」
菜々「もうちょっと掛かりますけど」
都「ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン! ミンミンミン ミンミンミン ウーサミン!」

5.中国人を登場させてはならない
菲菲 「何故アルかああああああ!?」
都「これって確か」
ありす「単純に外人を出すと何でもありになってしまうからという理由なんですけど」
都「言語とか文化とか違うとそれに頼ってしまいますからね」
ありす「その文化の違う人の一例として挙げられただけですから気にしないで下さい」
都「炒飯はとっても美味しいです」
菲菲 「今日はきのこを入れてみたんだヨ♪」
ありす「ああ、これですか。これ……まさか」
菲菲 「机の下にあったヨ」
輝子「ノォー!マイフレーンズ!!」

6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
ありす「またあの人が出てきそうなんですが」
都「いえ、ここは私が論理的にですね!」
小梅「あ、あの、これ」
都「ああ、私の帽子ですか。すいません落としたのに気付かず、ありがとうございます」
ありす「よく気づきましたね」
小梅「うん、あの子が教え――」
ありす「偶然ですね」
都「偶然です」

7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
ありす「犯人だったんですか」
都「私が何かをする人に見えますか!?」
ありす「そういえば最初に出てきたのは都さんでしたね」
都「根拠はそれだけでしょう?」
ありす「最初にそれで犯人扱いしましたよね?」
都「次に行きましょう」

8.探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
ありす「そもそも提示した手掛かりなんてあるんですか?」
都「ええ、それはもう。分かっていない方はいないでしょう」
ありす「話が見えてきません」
都「すぐに分かりますよ」

9.“ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない
ありす「ワトスン役は誰なんですか?」
千枝「呼ばれたのでやって来ました」
都「準備はどうですか?」
千枝「ばっちりですよ! ありすちゃん行きましょう!」
ありす「ひ、引っ張らないで下さい」

10.双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない
ありす「双子ってこの事務所にはいませんが」
都「ここまで来てもまだ気付きませんか? これで探偵ともう一つの役を全うした訳ですが」
ありす「もう一つの役?」
都「という訳で、保守です!」

モバマス連作短編10 ありす「名前をなくした少女」

物心がついた頃から私はこの名前が嫌いだった

誰かと違う、それだけでこの世界で生きるのは難儀で一苦労だ

こんな事ならいっそのこと、名前なんてなければよかったのに

P「いや、確かに奢るとは言ったが……」

薫「すごーい!」

P「いつまで食べるんだ?」

茜「体力の続く限り!」

P「……好きにしてくれ、もう」

薫「せんせぇこのウインナーおいしい!」

P「保育園に訪問して最終的に園児の体力が尽き果てるって、オンエアされるのかな」

茜「大丈夫! 皆、笑顔でしたから!」

P「笑いながら倒れてったな」

茜「笑顔が一番です!」

P「食べるか喋るかどっちかにしろよ。薫、それは食べれないからな」

薫「だめなの?」

P「パセリは薫にはまだ早い」

薫「食べる!」

P「あ」

薫「う……」

P「ほら言ったろ、口開けて」

薫「あー」

P「取れた、と。そういえば、嫌いな物って」

茜「ふぁい?」

P「……なさそうだな」

茜「ご馳走様でした!」

薫「ばいばーい、またいっしょにたべようね!!」

P「はいはい、気を付けてな」

礼子「こんばんは」

P「礼子さん? あれ、確か」

礼子「時間が空いたから来てみただけよ、今日でしょう?」

P「お手柔らかにお願いします、しかし礼子さんも出るんですね」

礼子「そこまで目立つ気はないわよ、これはあの子の為の物語」

P「そう思いますか?」

礼子「そんな気がするわ、その封筒じゃない?」

P「ええ、そうみたいですね。どうぞ」

礼子「まずはPくんが開けなさい」

P「いいんですか?」

礼子「譲ってあげるわ、折角の機会だから」

P「やっぱり台本ですね、三冊」

礼子「あの子と私以外に誰が出るの?」

P「クラリスさんですよ」

礼子「私が世間からどんなイメージを持たれてるか思い知ったわ」

P「お似合いですよ」

礼子「一応、素直に受け取っておくわ……やっぱりあの子の為の物語ね」

P「ですね、製作者側はそう思ってないんでしょうが」

礼子「できるのかしら?」

P「できるできないではなく、必要だと思ってます。成長するためにも」

礼子「私もいい機会ね、ここまで年の離れた子を相手にお芝居するってないのよ」

P「母親役……はちょっと似合いませんね」

礼子「この事務所で子供がいそうな子がいたら問題じゃない?」

P「それはそれで俺は構いませんけど」

礼子「どんな子でもトップにできる?」

P「その子次第です、と逃げておきます」

礼子「今回は悪魔の役、しっかりと惑わせてあげる」

P「楽しみにしてますよ」

礼子「あら、ここでもいいのよ」

P「ははは……ほら、もうこんな時間ですし」

礼子「残念ね、台本は頂いていくわ」

P「はい、スケジュールが決まったら連絡入れますから」

礼子「ばいばい、子猫ちゃん」

P「……絶対に勝てないな」

ありす「これが、今回の劇ですか」

P「キャストは三人だけ、台本は読めば分かるが」

ありす「分かってます、一つの物語として演じるだけです」

P「小さな劇場だし公演期間は三日間、事務所の人間だけの劇だからそこまで緊張はないだろうが」

ありす「これ、プロデューサーが取ってきたんですか?」

P「いや、こういう舞台を作りたいって製作者側からの依頼だよ。俺は配役に関して何も関わってない」

ありす「名前」

P「そうだな、この劇のテーマと言ってもいい。主役は自分の名前が嫌いだからな」

ありす「人と違う名前を憎み、願いと引き換えに悪魔に名前を渡した」

P「もう読んだのか? 台本を渡されたの今朝だろ?」

ありす「そこまで長い話ではありませんし、何より主役は私です」

P「あんまり気負わないようにな。すまん、ちょっと席を外す」

茄子「それが、今回の舞台の台本ですか?」

ありす「はい?」

茄子「橘さんの舞台の台本ですよね?」

ありす「あの、すみません」

茄子「あ、鷹富士茄子です。知ってますか?」

ありす「はい。多分、この事務所で一番」

茄子「本当ですか? 嬉しいです!」

ありす「……それでどうしたんですか?」

茄子「いえ、できたらその台本を読ませてもらえたらな~なんて」

ありす「構いません、後で宜しければですが」

茄子「よかった、ありがとうございます」

ありす「一つ、条件があります」

茄子「条件ですか? 出来ることがあれば何でも言って下さい」

ありす「分かりました、なら――」

P「悪かったなありす。茄子さん? お疲れ様です」

茄子「はい、お疲れ様です。お仕事中に邪魔してごめんなさい、また後で来ます」

P「俺、邪魔だったか?」

ありす「違います、寧ろ」

P「どうした?」

ありす「苺狩りに行った時、プロデューサーは珍しい名前のアイドルを何人か挙げましたよね」

P「ん? ああ、そんな事も言ったな」

ありす「実はあれから、赤城さんと話したんです。名前について」

P「へえ、何を話したんだ?」

ありす「名前、好きですかと」

P「本題から入ったのか」

ありす「11歳相手に小細工してどうするんですか」

P「というか、ありすに小細工できるのかって話だな」

ありす「むう」

P「それで、どうだった?」

ありす「かわいいでしょ! って言われました」

P「……なあ、今の」

ありす「聞かなかった事にして下さい」

P「特に何も言われないならそんなもんじゃないのか」

ありす「ちなみにきらりさんですが」

P「え、聞いたの?」

ありす「いけませんか?」

P「いや、いいんだが……」

ありす「聖來さんから聞きましたが、プロデューサーはあんまり近づかないそうですね」

P「俺にだって安っぽいプライドの一つや二つあるんだよ」

ありす「もやしも買えませんね」

P「……悪かったな、きらりは気にしてないだろ。身長だって武器にしてるんだから」

ありす「その通りでした、何か抱きしめられてどこかに連れて行かれそうになりましたけど」

P「そこまでやってるって事はのあさんにも聞いたのか?」

ありす「聞きました。それで、メモを取ったんです。聞いただけでは分からなかったので」

P「メモ?」

ありす「はい、これなんですけど」

P「ふうん、なるほどね」

ありす「どういう意味なんですか?」

P「自分で分かるまで取っておけ、その方がいい」

ありす「秘密ですか」

P「まあな。そういえばさっきのって、茄子さんにも聞こうとしてたのか」

ありす「いえ、また別の話を」

P「別? 変な話して茄子さんを困らせるなよ」

ありす「分かってます、練習はいつからですか?」

P「調整中だけど、一か月も取れないだろうなあ。一時間に満たない劇だし」

ありす「プロデューサーは来れますか?」

P「時間は取る。全ては見れないけど、本番は絶対に見るよ」

ありす「それは当然です、プロデューサーなんですから」

P「っと、今日はよく電話が掛かってくる日だな」

ありす「とりあえず全て読んでしまいますから、気にせず仕事してて下さい。時間になったらレッスンに行きますから」

P「悪い。はい、CGプロのPですが――」

ありす「名前、か」

桃華「冷静ですわね」

ありす「意外ですか?」

桃華「正直に申し上げれば、もう少し駄々をこねるかと思っていましたわ」

ありす「そんな事しません」

桃華「何か心境の変化でもありましたの?」

ありす「下を向いていたら置いて行かれますから」

桃華「そう、頑張って」

ありす「素直な応援なんて似合いませんよ」

桃華「貴方に強がりも似合いませんわ」

ありす「強がりじゃありません」

桃華「そういう事にしておきますわ」

P「お見事、相変わらずいい音色だ」

クラリス「ようこそ、お祈りは済ませました?」

P「これから。はい、お届け物です」

クラリス「舞台の上とはいえ、私にこの様な役が巡ってくるとは」

P「受け取るかどうかはクラリスさん次第ですよ」

クラリス「謹んでお引き受け致します」

P「ああ、一つ聞いていいですか?」

クラリス「懺悔ですか?」

P「それはまたの機会にしておきます、始めたら日が暮れる」

クラリス「そうは思いませんが……では、何でしょう」

P「名前って何だと思います?」

クラリス「名前、その個人を区別するため。といった答えを期待されているのではない様ですね」

P「いえ、別にそれでも構いません。ただの世間話ですから」

クラリス「愛です」

P「なるほど、らしい答えですね」

クラリス「神様からの、と言いたいところですがそれが全てとも思いません」

P「いいんですか? 教会なのに」

クラリス「それで神がお怒りになるなら、アイドルなどできません」

P「確かに、その時は俺も一緒に頭を下げます」

クラリス「名は、その方への祈りにも似た願いです。健やかにこの世界で育つようにと、その形は様々あれど思いは同じです」

P「なら、クラリスさんはこの物語の主人公は嫌いですか?」

クラリス「迷う者を導くのもまた、神の御業です」

P「クラリスさんは自分の名前をどう思ってます?」

クラリス「そうお聞きになるという事は、あまり自分の名前に良い感情を持ってはいないのですね」

P「まあ、そうなりますかね」

クラリス「私にとって名は神と両親から与えられたもの、感謝以外の言葉はありません」

P「俺も、そう思える日が来るでしょうか」

クラリス「大丈夫ですよ」

P「神のお導きですか」

クラリス「いえ、いつか必ず現れます。あなたと、真正面から向き合おうとする誰かが」

P「そんな奇特な人がいますか?」

クラリス「います、必ず」

千枝「あ、ありすちゃん帰ってきたんだ。それ、台本?」

ありす「うん、そう」

千枝「凄いね、もう主演なんて」

ありす「小さい所だから。それ、手紙?」

千枝「うん、お父さんとお母さんに」

ありす「そう、なんだ」

千枝「最近はこういう事したんだーって、電話でもいいんだけどそれだけじゃ寂しいから」

ありす「……」

千枝「ありすちゃんはお話とかする?」

ありす「私は……あんまり」

千枝「忙しいと、そうなっちゃうよね」

ありす「別にそういう訳でもないんだけど」

千枝「……千枝、初めてお仕事でステージに立った時お父さん達を呼んだんだ」

ありす「歌ったの?」

千枝「ううん、本当にちょっとした役。予定はもう少し出番があったんだけど、取られちゃって」

ありす「取られた?」

千枝「うん。それはそれで仕方がない事だったんだけど、Pさんが」

ありす「背負い込んだ」

千枝「当たり。ごめんなって、千枝に謝ってお父さん達に頭を下げて。何だかそういうの見てたら泣いちゃって」

ありす「何か、想像つかない」

千枝「千枝もパニックになっちゃって、もうわんわん泣いた。Pさん悪くないから、怒るなら千枝を怒ってって縋り付いて。今になって思うと、
   やり過ぎたかなって気がするんだけどその時はそんな余裕なかった」

ありす「それで、お父さんは?」

千枝「ここまで千枝を連れてきてくれてありがとうございます、って本当に笑ってそう言ったの。驚いて涙が止まっちゃった、そんな事を言う人だと思って
   なかったから」

ありす「厳しい人っていうこと?」

千枝「うん、千枝から見れば。それ聞いてPさんも必ずこの子の望む場所まで連れて行きますなんて真っ直ぐお父さんを見て、
   それから千枝を見て頑張ろうなって笑って。何か……うん、この人でよかったって心から思った」

ありす「あの人ならやりかねないけど」

千枝「だから、手紙にはPさんの事も書いてるんだ。二人でここまで来たよって教えたいから」

ありす「それ全部?」

千枝「一枚や二枚じゃ書ききれなくって、いつもこんな枚数になるの」

ありす「それだけあれば、伝わる」

千枝「うん! じゃ、出してくるね!」

ありす「もし私がそうなったら、プロデューサーはどうするのかな……」

P「変な気負いはないですね」

礼子「意外ね」

P「やっぱりそう思います?」

礼子「当然でしょ、あれだけ名前に拘り持ってた子が普通に演技してるんだもの。拍子抜けしちゃうわ」

P「何かあったのか、あるいは強がりか」

礼子「あの年で隠してるなら大したものね」

P「うーん、何もないならそれでいいんですけど」

礼子「仮にもプロデューサーなら見極めなさい。後、あそこにいるのお客さんじゃない?」

P「肇?」

肇「お邪魔でしたでしょうか」

P「いや、どうした? 見学って訳でもないだろ?」

肇「事務所の近くにいると聞きましたので、お伝えだけしようかと思いまして」

P「何か伝言?」

肇「作ったもの、届きました」

P「ああ、あれか。今はどこに?」

肇「私の部屋にあります。よければ明日にでもお持ちしますけれど」

P「分かった、楽しみにしておく。それだけの為に悪いな」

肇「折角ですから、少しだけ見ていっていいですか?」

P「いいよ、練習と言ってもこれ事務所の人間だけでやってる自主練みたいなものだけど」

肇「ありすちゃんの演技を見るのも初めてですから」

P「そうだな、観客もいるし少し通してみるか。クラリスさん、さっきの場面を通しでいいですか?」

クラリス「分かりました、でしたらありすさん」

ありす「分かってます、台詞はもう覚えてますから」

P「よし、ならそこからだ」

肇「ありがとう、ごめんね。何か邪魔しちゃって」

ありす「いえ、人に見られるのも練習の内ですから」

肇「何だか緊張してたのが嘘みたいだね」

ありす「あの時は、まだ、その」

肇「あっという間だよね、何か」

ありす「でも、まだ宙ぶらりんです」

肇「そうは見えないけど」

ありす「名前を呼ばれる事への嫌悪感も少なくなってきてはいるんです、それは確かなんですけど」

肇「何か思うところがあるの?」

ありす「分からなくなってきたんです。最初は成長できているのかなって思ってたんですけど、何だかそうではない気がするんです」

肇「どんな風に?」

ありす「あの人から名前を呼ばれる時と、他の人から名前を呼ばれる時と何かが違うなって思い始めてきて」

肇「……Pさんから名前を呼ばれるとどんな風になるの?」

ありす「楽しいとか嬉しいとかとは違うんです。嫌ではないんですけど……分からなくなる」

肇「本当に……あっという間だなあ」

ありす「肇さんなら、分かりますか?」

肇「それは、言えないかな」

ありす「分かる分からないではなく、ですか?」

肇「うん、でもありすちゃんならすぐに気づいちゃうから」

ありす「気付けば、私はどうなりますか?」

肇「ありすちゃん次第だよ。さて、ここで分かれ道だね」

ありす「お仕事ですか?」

肇「うん、それじゃ頑張ってね……ごめんなさい。悪いお姉ちゃんだね、私」

ありす「気付けるのかな、でも」

茄子「ここで待っていれば、会えると思っていました」

ありす「わざわざ寮の前で待っていなくても、電話の一本でも事務所に入れたら時間は作りますよ」

茄子「大丈夫です、会いたいと思ったら会えますから」

ありす「それも、その運の良さのお蔭ですか?」

茄子「そうかもしれません」

ありす「入りましょう、外にいても台本は読めません」

茄子「来客用の部屋もきちんとあるんですね」

ありす「それくらいは、事務所から家が遠い方が臨時で使う時もありますから」

茄子「話の途中でした。条件、でしたね?」

ありす「一つ、聞きたい事があるんです」

茄子「何なりとどうぞ」

ありす「どうして鷹富士なんですか?」

茄子「どうして、とは?」

ありす「順番が逆です。昔から言われているのは一富士二鷹三茄子、なのに名前は鷹富士茄子」

茄子「ああ、そういう事ですか」

ありす「教えて欲しいんです、これではちぐはぐです」

茄子「島根、と聞けば何を思い浮かべますか?」

ありす「……出雲大社でしょうか」

茄子「はい、出雲です。では出雲をその言葉が出た江戸時代に出雲を治めていたのは?」

ありす「越前松平家。徳川家康と関わりの深い家ですから、そんな苗字が出雲にあってもおかしくありません。
    そこまでは分かるんです」

茄子「なのにどうして順番が入れ替わっているのか、ですね?」

ありす「はい、何か意味があるんですか?」

茄子「鷹と富士が逆さなのは、その並びを私の家が嫌ったからです」

ありす「富士鷹では駄目だったんですか?」

茄子「駿河の名物であるその三つの中で、茄子と富士は当時の島根にはありません」

ありす「残るは鷹、ですか」

茄子「私の生まれた地に伝わる話の一つに、多加比社という神社があるんです」

ありす「たかひのやしろ、鷹を祀っているんですか?」

茄子「この鷹さんは神様の使いで、祀っているのは天照大神なんですけど鷹もその地ではとても格式高い生き物なんです」

ありす「だから、順番を入れ替えたんですか」

茄子「島根流に置き換えたんです、その方が島根に住む者にとっては縁起がいいだろうと」

ありす「……意外に、簡単な理由なんですね」

茄子「謎なんてそんなものですよ」

ありす「納得しました。どうぞ、読むだけならそんなに掛からないと思いますけど」

茄子「でしたら、ここでも大丈夫ですか?」

ありす「えっと……はい、誰かが来る予定はないみたいですから」

茄子「では、ゆっくり読ませてもらいます」

聖來「よしよし、ほら駄目だよわんこ。ちゃんと足を拭いてからね」

茄子「お帰りなさい」

聖來「へー、アタシって今日は運がいいのかな」

茄子「それはどうでしょうか」

聖來「寮にいるなんて珍しいから、お姉さん驚いちゃった。誰かに用?」

茄子「ありすちゃんから台本をお借りしに、あまり長くないのでここで読んでしまおうかと思いまして」

聖來「ああ、あのありすちゃん主演の。まだ知らないんだけど、どんなお話なの?」

茄子「そうですね、とても面白いお話です」

聖來「P君が持ってきた話なんだからそうだろうけどね。ね、ありすちゃん?」

ありす「聖來さん。犬、いいんですか?」

聖來「犬? あ、ちょっと待ったそっちは駄目!」
――


茄子「ありがとうございました、楽しいお話でした」

ありす「楽しかったですか?」

茄子「はい、とても」

ありす「私はそうは思いませんでしたけれど」

茄子「面白いじゃないですか」

ありす「それは、何故ですか?」

茄子「条件には答えましたから、今日お答えするのは一つだけです。それでは、失礼しました」

聖來「ああもう、手こずらせるんだから。あれ? もう帰っちゃった?」

ありす「……はい、それはもう颯爽と」

泰葉「面白い、ですか」

菜々「うーん、読んだ限りはどっちかって言うと」

桃華「あまり愉快な話ではありませんわ」

みく「みくは嫌にゃ、こんなの」

泰葉「天使と悪魔に振り回された哀れな少女、としか言い様がなくて」

みく「名前にそこまで拘るからにゃ、みくはそんなの思った事もにゃいのに」

菜々「ナナもあんまり……」

ありす「それでも鷹富士さんは面白いと言いました、という事は理由があるんです。この物語の中にその要素がないとそんな感想は出てきません」

桃華「あの方の感性がずれているだけでは」

菜々「またストレートな」

みく「なら、みく達も色んな人に聞いてみればいいにゃ」

泰葉「感性がずれていそうな人に、ですか?」

菜々「そんな都合よく事務所に顔を出す人なんて――」

フレデリカ「フンフンフフーン、フンフフー、フレデリカー!」

桃華「……来ましたわね」

フレデリカ「ぼんじゅーる、どうしたのー何かの集会?」

桃華「貴方を待っていましたの」

フレデリカ「ほんとー? フレデリカハッピー♪」

泰葉「確かに合致しますけど」

菜々「とっても申し訳ない気分に」

みく「いいのにゃ、みくはそんなの気にしないにゃ」

ありす「みくさんと菜々さんもそうだと思って声を掛けたんですけど」

菜々「」

みく「」

泰葉「私は違うんだ、よかった」

桃華「それでフレデリカさん、時間はございまして?」

フレデリカ「はーいございまーす! 何々、遊ぶの?」

桃華「残念ながら今回は別の事ですわ、これなんですけれど」

フレデリカ「台本? アタシの?」

ありす「私のなんですけど、読んで頂けませんか。それで感想を聞きたいんです」

フレデリカ「読むの? ふーん、いいよ」

泰葉「どうなるんでしょうか?」

桃華「それはもう、この方の感性次第ですわ」

フレデリカ「つまんなーい、もっとパーッとしたお話がいいなー」」

桃華「妥当と言えば妥当ですわね」

泰葉「人を選ぶ脚本ではありますから」

みく「みくもそう思ったにゃ」

ありす「どこかで境界線があるんでしょうか」

泰葉「どんな人に合うか、ですか。話としては私はあまり」

桃華「私も、進んで読む気にはなりませんわ」

みく「ありすちゃんはどう思うのにゃ?」

ありす「私は……よく分からないんです。何の感想も浮かんでこなくて」

泰葉「それはそれで凄いですね」

菜々「感想がないって、何とも思わなかったの?」

ありす「重ねないようにすると、話の中のこの少女と私の間に距離ができてしまって」

桃華「難しい話ですわね」

P「まあ、感想なんて人それぞれだけどな」

泰葉「Pさん、聞いてたんですか?」

P「事務所にはいたからな、ちなみに俺は好きだな」

菜々「どうしてですか?」

P「その話、主役の少女の出番がやけに多い。だからもう感想はその子に共感できるかどうかに掛かってくる」

みく「どういう事にゃ?」

P「自分の名前を捨てても叶えたい願いがあるかどうかって事だよ」

菜々「願い……」

P「泰葉、大丈夫だな?」

泰葉「思った事もありません」

P「そうかい、君は論外だろうな」

桃華「名前を捨てて得られるものなどありません」

P「言うと思ったよ」

泰葉「Pさんはあるんですか?」

P「あるさ、皆をトップアイドルにするんだから」

みく「ならまずはみくを構うにゃ」

P「何の関係があるんだよ!」

みく「猫は構われたら構われた分だけ頑張るにゃ」

P「分かった、トレーナーさん」

みく「にゃ?」

トレーナー「なら今日はみくちゃんには特別メニューを組んであげる、頑張ろうね」

みく「にゃ、にゃんでにゃ……」

泰葉「頑張って下さい」

菜々「何か言葉に棘がありません?」

泰葉「気のせいです」

桃華「私もお仕事ですわ、皆様ごきげんよう」

P「ありす行くぞ、ついに本格的な練習の始まりだ」

ありす「はい、これからです」

監督「またお前か」

P「起用したの監督でしょう?」

監督「プロデューサーを呼んだ覚えはない」

P「ありすなら来るのは俺ですよ!」

監督「続けてアイドルを主演で起用して俺が何と呼ばれ始めているか知ってるか?」

P「何です?」

監督「ロリコン監督」

P「それは自業自得だろ!」

監督「何故だ……起用する子は公平な目で見ているのに……」

P「小さな舞台だと本当にやりたい放題だな、まさかその為にスタッフの数をここまで減らしたのか?」

監督「監督にそんな口を叩くお前も大概だ」

P「どうせドラマの撮影になったら二人して猫を被るんですからいいでしょ」

監督「人が多い所はあまり好きではないんだがな」

P「……何で監督になったんだよ、本当」

礼子「随分と小さな所ね」

クラリス「その分だけ、私たちの演技がそのまま観客に伝わります」

礼子「伝わり過ぎて惑わされないといいけれど」

クラリス「それもまた一興です」

礼子「意外と言うのね」

クラリス「この舞台には必要ですから」

礼子「天使が言っていい台詞かしら?」

クラリス「私は人ですよ」

礼子「そこまでお堅くもないのね」

クラリス「出番ですので、失礼します」

少女「お願いします! 私が間違っていました、だから……返して下さい」

天使「その願い、確かに聞き届けました。良いでしょう、再び貴方に名前を授けます」

少女「本当ですか?」

天使「では、どの様な名前にしましょうか」

少女「でしたら、もしまだ聞き入れて下さるというなら、私の名前は――」

P「どうですか?」

監督「練習時間を長く取れている訳でもない、俺のわがままで入れた様なもんだ。多くは求めん」

P「そういえば何で入れたんです? ドラマもあるのに、スケジュールきついのは監督も同じでしょう」

監督「あのドラマ、主役が三人になるって知ってるか?」

P「三姉妹ですか?」

監督「知らないって顔だな、急に決まった話だ」

P「ちなみに誰がやるんです?」

監督「お前の所のアイドルだよ。名前はえっと……何かやけに縁起のいい名前だったな」

P「……鷹富士茄子」

監督「ああそうだ、それだよ。だから脚本も書き換えでな、しかももう一つ話がある」

P「何です?」

監督「その役、本当は違う女優の予定だった。だが、その話はあっさりと消えた」

P「そんな話、聞いてませんが」

監督「表には出てない話だ。そしてこれも噂だが、どうやらお前の事務所が裏で手を回したらしいぞ」

P「割り込んだんですか」

監督「そ、三人も出るのに欲張りな事だ。ああすまん、お前の事を言ってるんじゃない。あの三人を選んだのは俺だ」

P「……誰がやったか想像はつくので、別に」

監督「そしてもっと嫌なニュースを教えてやる。その女優、脇役だが出演するぞ」

P「はあ?」

監督「普通、そんな話があればその作品その物に事務所が関わろうとは思わん。なのに、だ」

P「そんなに魅力ある作品ですか?」

監督「殴るぞお前。ったく、これプロデューサーから見てどう思う?」

P「考えられる理由としては……報復でしょうか」

監督「鷹富士茄子とその女優との間の喧嘩でも起きるかもな」

P「統括が出て来るでしょうね、そうなると」

監督「お前はどうする?」

P「三人に影響が及ばない様に手は打ちます、それでも影響は少なからずあるでしょうが」

監督「気を付けておけ、お前はともかく他の三人はあまりいい噂を聞かん」

P「三人、ですか?」

監督「そう、三人だ。何かあれば俺に言え、誰も出ようとしない作品に出てくれただけの礼はしてやる」

P「楽しかったですよ、売れませんでしたけど」

監督「それで業界内の地位が上がったから今がある、使えるものは使え。若い内なら尚更だ」

P「まあ、とりあえずこの作品をしっかり完成させましょう。心配はそれからでも大丈夫ですよ」

監督「だといいがな」

ありす「名前のない少女、誰もその名を呼ぶ事はなく、誰もその存在を意識することもない」

礼子「呼ばれる事を拒否してしまったんだもの、当然の代価よ」

ありす「寂しくなって、最後は天使に名前を付けてもらってこの話は終わります。この話は何を伝えたいんでしょうか?」

礼子「どう思ったの?」

ありす「変えようとは思わなかったんです、あんなに嫌いな名前だったのに。呼ばれたいなら他の名前にしてもよかった」

クラリス「人は生まれた時から名を授かります、それを切り離すという事は心を削るのに等しい」

ありす「改名も今では珍しくありません」

クラリス「その覚悟をこの少女は持てませんでした、何故だか分かりますか?」

礼子「頑張って考えなさい、答えは一つじゃないわ」

ありす「……どうして、嫌いな物をまた欲しいなんて」

星花「ありすちゃん?」

ありす「こんな時間までお仕事ですか?」

星花「丁度、終わった所でしたので。舞台の練習を?」

ありす「今日はもう終わりです、あの」

星花「はい、何でしょう?」

ありす「一度、捨てた物が欲しくなる時ってありますか?」

星花「うーん、どうでしょうか。無くなってみないとその価値が分からない物なら、あるいはそうなるかもしれませんわ」

ありす「無くなって、初めて気付く」

星花「ありすちゃんはどう思われます?」

ありす「……多分、あると思います」

星花「この星も、無くなってみないと人はその有難味も気付けないでしょう。当たり前にあると思うほどに」

ありす「私の名前は、星ほど綺麗ではありません」

星花「星も、こんな所で私たちが見上げているとは思っていませんわ」

ありす「そうでしょうか」

奈緒「あれ?」

星花「奈緒さん、先日はありがとうございました。お蔭さまで上手くいきましたわ」

奈緒「え? ああ、あの……それはよかったです」

星花「どなたかお探しですか?」

奈緒「ああ、加蓮どっかで見ませんでした?」

星花「いえ、今日は特に」

ありす「私も見ていませんが」

奈緒「うーん、どこだよもう」

ありす「探しましょうか?」

奈緒「いや、もう帰ってるかもしれないから。もうちょっと一人で探していなかったらあたしも帰るからさ、気にしないでいいって」

星花「大丈夫でしょうか」

ありす「……いなくなったら」

星花「ありすちゃん?」

ありす「あ、あのちょっと戻ります」

星花「はい、お気をつけて」

ありす「あ、いる……えっと」

P「ん? 何やってんだ、帰ったんじゃないのか?」

ありす「いえ、少し」

P「忘れ物か?」

ありす「……座りたくなったんです」

P「何だよそれ、何か飲むか?」

ありす「じゃあ、ある物でいいですから」

P「また聞き分けがいいな、ほら」

ありす「湯呑ですか?」

P「俺が作ったんだぞ、肇の家に行ったついでに作らせてもらった」

ありす「それは?」

P「これか? 肇が作ったの、どうぞって言われたから。初めて使うんだけど、いいよな。こういうのって」

ありす「取り替えましょう」

ありす「そういう事ではありませんが、取り替えましょう」

P「まあ、別に拘りはないからいいけど」

ありす「ごめんなさい」

P「謝るほどの事でもないって」

ありす「プロデューサーに謝ったんじゃありません」

P「誰に謝ったんだよ?」

ありす「肇さんに」

P「肇に? 喜ぶぞ、ありすが使ったって聞いたら」

ありす「相変わらず馬鹿ですね」

P「……何でお茶出しただけでここまでぼろくそなんだよ」

ありす「プロデューサー、仕事はいつまでですか?」

P「楓さんが帰ってくるまで、報告を受けたら終わり」

ありす「遅いんですね、皆さん」

P「まあ明日になっても問題ないんだけど、楓さん事務所に必ず来るから」

ありす「星ですね」

P「ほし?」

ありす「プロデューサーの方が、星です」

P「死ぬのか俺は」

ありす「違いますよ、これ以上は邪魔をしたくないので帰ります」

P「いいのか?」

ありす「はい、分かりましたから」

P「何だかよく分からないけど、気を付けろよ。タクシー使ってもいいから」

ありす「大丈夫です、失礼します」

P「ああ、入れ違いになるかな。楓さん帰ってきた」

ありす「そっか……こういう事なんだ。だから私、この子の事が分からなかったんだ」

礼子「200席、数字を聞くと改めて実感するわ」

P「本当、異例ですよ。チケットは三日間とも完売してネットだと数倍の値段が付いて」

礼子「監督さんの意向なんでしょう?」

P「事務所としてはもう少し大きくても、と思わないでもないですが」

礼子「デビューした頃を思い出すわ」

クラリス「教会に集まる方は大体はこれ位ですので、私には慣れ親しんだ大きさです」

礼子「まあ、これはこれで面白いんじゃない?」

P「関係者もそんなに来れませんし、リハーサルもこんな感じで非公開ですからね」

クラリス「届けましょう、共に過ごす時間が良きものとなりますように」

監督「すまないな、私の我儘だ。急なスケジュールにしてしまって申し訳ない」

ありす「私にとっては大切な仕事の一つです」

監督「そうか、そう言ってもらえると助かるよ」

ありす「事実ですから」

監督「君は、自分の名前は好きかな?」

ありす「……嫌いな、はずだったんです」

監督「なかなか面白い返し方だ」

ありす「演じ始めてすぐに違和感を覚えました。自分に重なるはずの役が重ならなくて、どこか宙ぶらりんなまま演じ続けて」

監督「なるほど、つまり君と劇の中の子は違った訳だね」

ありす「その違いが何なのかずっと分からなくて、考え続けて」

監督「答えは出たかい?」

ありす「出たような気はするんです、ただ……はっきりと形にできなくて」

監督「そんなものだ、若い内は尚更だよ」

ありす「彼女と私では何が違うのかはもう分かりましたから、後は私にあって彼女にないものを探せばいい。それが何かって考えると」

監督「彼かな?」

ありす「……そうなのかなって」

監督「どこか浮かない顔だね」

ありす「何だか痛いんです。一緒にいても、離れていても。それに、したくない事までしちゃって」

監督「そうか、やはり君を選んだ私の眼に狂いはなかったな」

ありす「そうですか?」

監督「自信を持ちなさい、君の演技は私は好きだ。黒川千秋や水元ゆかりの様に洗練されてはいないが、君にしかない輝きは誰からも見て取れる」

ありす「そんな、大層なものではありません」

監督「君が気付かずとも、皆が気付く。さあ、リハーサルの続きだ」

少女「どうかお願いです、私から名前など取り去って下さい」

悪魔「ほう、ではその名を頂くとしよう。頂くだけでは私としても申し訳ない、どれ一つ願いを叶えてやる。何がいい? 財宝か、名誉か、地位か」

ありす「では、願いが叶うのなら――」

桃華「呑気にあくびとは、本番を明日に控えている方の振る舞いとは思えませんわ」

P「演じるのは俺じゃなくてありすだよ」

桃華「とはいえ、舞台には行かれるのでしょう?」

P「初日は時間が取れたから、君は来るのかい?」

桃華「桃華で結構ですわ。ええ、どのようなものか拝見させて頂きます」

P「ありすが君のライバルになるにはまだ時間が掛かると思うけど」

桃華「そう思っていた佐々木千枝も今では立派なライバルでしてよ」

P「千枝と君でも需要は被ってないだろ、ありすなんて仕事の方針が定まってすらいない」

桃華「既に、胸の内では決めているのではなくて?」

P「その推察は見事だけど、今回は外れてるよ。ある程度、アイドルとしての形が見えてきた人ならともかくまだまだ未完成な器に対して
  こうだと形を決める事はしない」

桃華「余裕と解釈してもよろしいのかしら」

P「期待してるだけだよ。さて、日も暮れない内に早く帰った方がいい。話なら明日でもできる」

桃華「それだけの為に私が来たと思って?」

P「それは失礼、何かな?」

桃華「少し、お時間を頂戴してもよろしくて?」

P「これ何?」

桃華「見てお分かりになりません?」

P「誰かの衣装なんだろうけど、男物ばかりだから。誰が着るんだ?」

桃華「勿論、ここにいる方ですわ」

P「ここって、ちょっと待った、俺か?」

桃華「察しが良くて何より」

P「一応、理由を聞いても?」

桃華「私の隣に座るのに、そのスーツはふさわしくありませんから」

P「……話が見えない」

桃華「見えなくて結構ですわ、見せたいのは他の方にですので」

P「いや、俺にも見せて欲しいんだけど」

桃華「それでは、選びましょうか」

礼子「また面白い客層ね」

クラリス「場所も場所だからでしょうか」

礼子「何と言うか、評論家気取りの多そうな堅苦しい舞台ね」

P「まあ、仕方ないでしょう。宣伝も控えめでしたから、そういう人種が集まりやすい条件は整ってましたよ」

礼子「また、凄い格好ね。一緒に舞台に出る気?」

P「何故かこれを着るようにとある子に言われてしまいまして」

クラリス「神へ愛を誓いにいらしたのかと」

P「これで隣に座れってんだから本当に何を考えてるのかと」

礼子「さあ、何を考えているのでしょうね」

P「何か知ってる様な顔ですね」

礼子「知らないわ、ねえ?」

クラリス「何も見ておりません、私は」

P「……大丈夫ですよね?」

少女は悪魔に願った。この世界の誰もが、私の名前など意識しない世界を。

その願いさえ叶えば変わると思った、皆が名前ではなく私を見てくれると。

少女「ねえ! どう、今日の私のドレス! 綺麗?」

少女「お花を摘んで来たの! 教室が華やかになるでしょう?」

少女「ねえ……誰か私を、私を見て?」

悪魔「どうだい? お前の望みの叶った世界は」

少女「おかしいの、どうして? どうしてだろう、名前は無くなったのに誰も私を見てくれないの」

悪魔「それはおかしいねえ、邪魔だったものが消えたら幸せなはずだろう?」

少女「そうなのに、そうなのに……」

悪魔「もっと自分を見てもらえるように努力してなくてはいけないよ、まだ足りないのさ」

少女「足りない……そっか、足りないんだ」

悪魔「そう、足りないんだよ……その程度の絶望では」

少女「何が足りないんだろう……もっと着飾って、もっと笑顔を作って、もっと皆に見てもらえるように」

――

少女「……」

悪魔「久しぶりだね、どうしたんだい? そんな顔をして」

少女「ねえ……教えて…?」

悪魔「望む知識は全て与えよう、望む願いも全て叶えよう。次は何を望む?」

少女「私は…誰……?」

悪魔「その問いに意味はないだろう? 誰でもないのだから」

少女「何で……名前がないだけなのに、名前なんていらなかったのに!!」

悪魔「次は何が不要だ? 名前を取っただけでは足りないのだ、まだ捨てなければならない物があるだろう?」

少女「そっか…多すぎたんだ。そうだ、じゃあ次は」

悪魔「まだ足りないな」

少女「じゃあ次は、次は――」

少女「じゃあ次は、次は――」
――

少女「あ……う…」

悪魔「頃合いか、楽しかったよ。哀れな娘よ」

どうしてだろう、どうして誰も私を見てくれない。

私は変わった、変われた。皆と一緒にいたくて。

皆と、ずっと。

天使「名を、奪われましたか」

少女「」

天使「聞こえますか? 名もなき者よ」

少女「もう……いい…何も……いらない…」

少女「私…好きになって……くれたら…きっと皆……名前も…好きになって…くれるって……」

天使「哀れな少女よ、全てはもう戻りません。ですが、一つだけ」

少女「…一つ…?」

少女「何を望みますか? 貴方の望む物はなんですか?」

少女「私は…私は!」

桃華「いつまで舞台にいらっしゃいますの?」

ありす「少し、余韻に浸っていただけ」

桃華「あら、それはお邪魔でしたわね」

ありす「いえ、もう行きますから」

桃華「名前を取り戻したところで、全てが戻る訳でもない」

ありす「戻せる」

桃華「何か考えがあって?」

ありす「自分で取り戻せない物は返ってきたから、その子がする事は一つだけ」

桃華「納得しているのなら宜しいのですけれど」

ありす「大丈夫です、この子がどうすればいいかはもう分かってるから」

桃華「それなら結構ですわ、素晴らしい舞台をありがとう。と、申し上げておきます」

ありす「そんな事より、あれは何ですか?」

桃華「何の事でしょう?」

ありす「隣にいた人の事です!」

桃華「お気に召しました? 気付いていないと思っていましたわ」

ありす「見ない様にするのに必死になってただけ」

桃華「引っ張るのも意地悪でしょうか、そろそろでしょうからここで失礼いたします」

ありす「そろそろ?」

桃華「ええ、それではごきげんよう。私からの誕生日プレゼントですわ」

ありす「私ももう――」

P「よう、まだいたのか?」

ありす「」

P「絶句するな、俺だって着たくて着てるんじゃないんだから」

ありす「……太陽かも」

P「俺は燃えるのか」

ありす「何でもありません、言われたら何でも着るんですか?」

P「そういう訳じゃないけど、断るのもなんだったから着ただけ」

ありす「今日、どうでしたか?」

P「良かったよ、久しぶりに仕事ぶりを見たけど成長してる」

ありす「しますよ、私を何だと思ってるんですか」

P「俺の夢だよ」

ありす「前、話し合いましたよね。名前について」

P「ああ」

ありす「あれから、色々な事を知りました。私なりに変われたと思いますし……何ですか、人の顔を見てにやけるのは止めて下さい」

P「いや悪かった、それで?」

ありす「私だって恥ずかしいんですから、でも……言わなくちゃって思うから」

P「何だ?」

ありす「これから先も私は何回も立ち止まったり、振り返ったり、後ずさりしたり、捨てようとしたり。きっと、素直に進めない時が来ます」

P「まあ、それは誰もが通る道だ」

ありす「一緒に歩こうと思っても、いつの間にか一人になってるかもしれません」

P「そう、かもな」

ありす「Pさん、待てますか?」

P「ありす?」

ありす「いいから待てるか答えて下さい」

P「俺の歩く速さを分かってないな」

ありす「いつも私の前にいます」

P「見えなくはならないだろ? 待って欲しいのは俺の方だよ、いつか取り残されそうで必死なんだから」

ありす「そんな謙遜には騙されません」

P「俺がそんな超人に見えるか? 失敗だって山ほどあるってのに」

ありす「Pさん」

P「待つよ、来なかったら迎えに行ってやるから。ありすはありすのやり方で進み続けろ」

ありす「初めから、そう言えばいいんです」

P「ほら、立ってないで帰るぞ」

ありす「分かってます!」

礼子「お疲れ様ね、お互いに」

クラリス「人が成長していく様を見るのは、いつも心が高鳴るものです」

礼子「ふふ、高鳴ってるのは心だけ?」

クラリス「きょ、今日のごはんは何にしましょう」

礼子「そうね、彼らも誘いましょうか」

クラリス「ご飯ですね、ご飯ご飯。プロデューサー様ご飯です!」

P「クラリスさん!? 一体どこから?」

礼子「ごめんなさいね、聞いてはいないから安心して頂戴」

ありす「聞かれて困る事なんてありません」

礼子「いい子ね、でもね。お姉さんから一つアドバイス」

ありす「何ですか?」

礼子「いい子なだけじゃ勝てないわよ」

ありす「べ、別に何の勝負もしてません!」

礼子「ふふっ、さあ行きましょうか」

P「礼子さん当たってます、当たってますって!」

終わり ありす誕生日SSでした 来月も落ちない程度にぼちぼちと投下するつもりです

友紀「ねえねえ!」

P「……」

友紀「プロデューサー!」

P「……」

友紀「プロデューサーってば!」

P「何ですかもう! 仕事中なんですが!」

友紀「キャッツが三連勝!」

P「知るかんなもん、おかげでこっちは三連敗だ!」

友紀「あ……いい勝負だったね!」

P「どこがだよ!? 高校野球なら全てコールドゲームだ!」

友紀「まあまあ、まだAクラスだから何とかなるって」

P「自然と見下されてる感が凄いむかつく」

友紀「今日は勝てるって」

P「移動日だよ、負けもしませんが」

友紀「そういえば、松井選手が引退したね」

P「時代の終わりって感じかなあ、仕方ないとはいえ」

友紀「でも引退式が出来るって凄いよね」

P「戦力外なら記事にちらっと名前が載ってそれで終わり。あそこまでの待遇を受けるのはやっぱりスターだったって事です」

友紀「私の引退式もあんな感じがいい!」

P「どっかのドームでライブでもやります?」

友紀「そうそう! ついでに野球もやって」

P「それだけの集客力があるなら事務所としては続けて欲しい所ですけど」

友紀「惜しまれながら引退するっていいなあって思って」

P「そう言ってた選手もいましたね、実際は難しいですが」

友紀「最後の晴れ舞台に立つ姫川投手、その眼には」

P「うんうん」

友紀「アイブラックが」

P「どこに立ってんだよ! ライブの話だろ!?」

友紀「最後は野球やりたいなあって」

P「まさかポジションは」

友紀「うん、もちろん!」

P 友紀「捕手」

保守です

連作短編11 加蓮「君がいた季節」

加蓮「えーっ、まだやるの?」

トレ「ね、もう少し頑張ろう?」

加蓮「疲れちゃった、少し休憩にしよ?」

トレ「あのね北条さん、いい?」

P「やる気ないならいいでしょう、放っておけば」

トレ「Pくん!」

P「やれないんだろ?」

加蓮「ほら、この人もそう言ってるし」

トレ「もう……」

加蓮「ああー疲れた」

奈緒「何もしてないだろ?」

加蓮「私としては頑張った方だって」

奈緒「あれでか?」

加蓮「そんな怖い顔しないでよ。凄いね、神谷さんだっけ? あんなに嫌そうなこと言ってたのに」

奈緒「中途半端が嫌なだけだ」

幸子「そこ、ボクのロッカーなんですが」

加蓮「ん? ああごめんね、邪魔者はとっとと帰るからさ」

幸子「何しに来てるんですか、あの人」

奈緒「さあ?」

トレ「P君、何であんな事」

P「やる気のない人間に練習させたって意味はありませんよ」

トレ「あのね、効率とか大事なのは分かるけど」

P「すみません、まだ仕事が残ってますから」

ルキトレ「何あいつ、お姉ちゃんも何で相手するかな」

トレ「ルキ、それは言い過ぎでしょ」

ルキトレ「そうかな、何ていうかあんなのがトレーナーだったらあの子達だってやる気でないでしょ」

ベテトレ「そういうお前はここで遊んでいる暇があるのか?」

ルキトレ「げ」

ベテトレ「こっちに来い、教えることは山ほどあるんだ」

ルキトレ「はーい……」

トレ「頑張って」

ルキトレ「もちろん、あいつとは違うんだから」

統括「苦労しているな」

トレ「本当にもう……皆、いい子なんですけど」

統括「育てがいがあるな」

トレ「他人事だと思ってません?」

統括「まさか、だからここまで来た」

トレ「ならもう少し手助けしても良さそうなものですけど」

統括「大丈夫だ、お前なら」

トレ「そういうの、無責任っていうんですよ」

統括「どんな結果になっても責任は私が取る、気にせずやればいい」

トレ「もう、変な所で格好つけるんですから」

加蓮「おはようございまーす」

奈緒「……遅い」

加蓮「あはは、ちょっと寝坊しちゃった」

トレーナー「じゃあ、ちょっと遅れちゃったけどレッスン始めましょうか」

加蓮「あれ、今日あの人は?」

幸子「午後からだそうです」

加蓮「そっか、ふうん」

トレーナー「じゃあ昨日のステップのおさらいから」

幸子「っと」

奈緒「ストップ」

トレーナー「北条さん」

加蓮「ごめん、ちょっと間違えちゃった」

奈緒「これなら、来ない方がマシだ」

加蓮「やっぱり向いてないかな」

奈緒「そう思うんなら辞めればいいだろ」

トレーナー「神谷さん、それは」

加蓮「ごめん、今日は帰る。それじゃ」

幸子「いいんですか? それで」

加蓮「いいよ、めんどくさいし。頑張るの」

幸子「……そうですか」

トレーナー「ちょっと、北条さん!」

加蓮「お先に失礼します」

トレーナー「はあ……」

奈緒「気にしなくていいさ、それより続きやろうぜ」

加蓮「あーあ、今日も晴れてるなあ。いいなあ……空は」

P「……」

加蓮「あれ? あの人、公園のど真ん中で何を――」

ルキトレ「あ、いたいた。聞いたよ、抜け出したって、聞い、た、ん……」

加蓮「凄い……」

ルキトレ「え? あれあいつ?」

P「そこの勝手に見てる二人」

加蓮「……にゃーん」

ルキトレ「わおーん」

P「何してる、この時間はレッスンだろう?」

加蓮「抜けてきちゃった」

ルキトレ「追いかけてきた」

P「二人して何をやってるんだ……」

加蓮「ねえ、そのダンスどこで覚えたの?」

P「踊れもしないで人に教えられる訳ないだろう」

ルキトレ「少しじゃないでしょ、本格的にやってないとそこまで出来ない」

P「この程度で本気で凄いと思うんならトレーナーは諦めた方がいい」

ルキトレ「人が褒めたのに、捻くれてるなあ」

P「事実だよ」

加蓮「でも、なら何でこんな所で踊ってたの?」

P「別に何でもいいだろ」

加蓮「いや、普通はこんな事しないでしょ」

P「ちょっとした練習だ」

加蓮「練習って、練習する場所ならちゃんとした所がいくらでもあるでしょ」

ルキトレ「職場ですればいいのに」

P「こんな所で油売ってないで行くべき所が……抜けてきたんだったな」

加蓮「何、遊びにでも誘ってくれる?」

P「何で俺が」

加蓮「ま、勝手について行くけどね」

ルキトレ「ちょ、ちょっと私も行く!」

加蓮「え……」

ルキトレ「仮にも若い女の子を二人も連れてくる場所?」

P「嫌なら食べるな、鯖の塩焼き定食一つ」

加蓮「私も」

ルキトレ「じゃ、じゃあ私も」

P「……おい」

加蓮「何を食べようと人の勝手」

P「好きにしろ」

ルキトレ「あのさ、二人に聞いていい?」

加蓮「はい」

P「どうせお構いなしに聞くんだろ」

ルキトレ「じゃあ聞くけど、何でこの世界に入ってきたの? あ、私はお姉ちゃん達がしてるの見て面白そうだと思ったから」

加蓮「うーん、と」

P「……」

ルキトレ「え? 何か訳があるとかじゃないの?」

P「俺はトレーナーとして応募したんじゃない」

加蓮「え?」

ルキトレ「そうなの?」

P「採用はプロデューサーとしてだ、契約書にもそう書いてる」

加蓮「じゃあ何でトレーナーしてるの?」

P「それは俺が聞きたい」

ルキトレ「えっと、誰かの指示?」

P「マストレさんだよ」

ルキトレ「お姉ちゃん? でも今」

P「知ってる。半年間、指導で他の事務所に行くから変わりになれって押し付けられたんだ」

加蓮「臨時なの?」

P「まあ、そういう事だ」

ルキトレ「うーん、少しだけ同情する。けどさ、プロデューサーに向いてる様には見えない」

加蓮「うん」

P「好きに言ってろ」

加蓮「ごちそうさま」

P「勝手についてきてそうくるか」

加蓮「だってお金持ってないし」

ルキトレ「私は……えっと」

P「会計を」

ルキトレ「私は払うって」

P「いい、めんどくさい」

ルキトレ「ご、ご馳走様でした」

加蓮「次はどこ行くの?」

P「お前が抜けてきた場所」

加蓮「げ」

ルキトレ「げ」

加蓮&ルキトレ「げげげのげー」

P「じゃあな」

加蓮「ちょっと、ちょっと待って!」

ルキトレ「今のは私も悪かった、悪かったから」

P「で、どうしろと」

ルキトレ「いいの? このまま帰しちゃって」

P「俺に決める権限なんてない」

ルキトレ「可愛いし人気出ると思うよ」

P「その労力を他のに向けた方がいいと思うが」

加蓮「へえ、都会のど真ん中なのに誰もいないんだ。この公園」

ルキトレ「そういえばそうだね」

P「平日の朝からビジネス街の公園に誰が来るんだ」

ルキトレ「ああ、考えてるんだね」

P「なあ。レッスン抜けてきたんなら俺やこいつも嫌な対象だろ、何でついてくる?」

加蓮「ちょっと思い出しちゃったから」

ルキトレ「何を?」

加蓮「憧れてたアイドル」

P「憧れてた?」

加蓮「引退しちゃったから、でも綺麗だった」

P「それでそんな態度なのか?」

ルキトレ「それは人の事を言えないんじゃないかなあ」

加蓮「やれると思って入ったんだけどね、ちょっと厳しいかな」

P「入ってどれくらいだ?」

加蓮「一か月、続いた方なのかな」

P「それまで何か続けてきたものは?」

加蓮「ない、そんなタイプじゃないから」

P「まあ、俺にどうこう言うつもりはないから構わないが」

ルキトレ「またそうやって」

加蓮「ね、もう一回だけ見せてよ。さっきの」

P「無理」

ルキトレ「捻くれてるなあ」

P「別に意地悪で言ってるんじゃない、あれ以上は動かないってだけだ」

加蓮「怪我とかしてるの?」

ルキトレ「あれ? でも特にそんな話」

P「出来の問題だ、あれが俺の限界。だからそんなものに憧れを持たれても困る」

加蓮「そっか……残念。帰るね、ありがと」

ルキトレ「本当によかったの? 戻るなら見せてやるとか言えば可能性はあったかもしれないのに」

P「お前、そんなやり方するのか?」

ルキトレ「勿体ないよ、事務所に入るのも簡単じゃないのに」

P「その先にでかいハードルはいくらでもある、その前段階で帰してあげるのもまた優しさだと思う」

ルキトレ「冷めすぎだよ」

P「やってるな」

ルキトレ「神谷奈緒ちゃんと輿水幸子ちゃん、さっきの子と一緒に入ってきた子達。いきなりデビュー済みの子とのレッスンは厳しいから
     お姉ちゃんが時間を作って見てる」

P「名前くらいは覚えてる」

ルキトレ「一緒にレッスンするの?」

P「いや、他の子も知るようにって言われたから、そっちに行く。いくつか候補があるんだけどな」

ルキトレ「おー、人気ある子ばっかり。うん、それは大事」

P「この中だと誰が人気なんだ?」

ルキトレ「総合的にって事? それとも歌唱力とかダンスとかが秀でてるタイプの方がいい?」

P「ダンスかな、俺が見るのはそういう所だし」

ルキトレ「じゃあこの人、凄く綺麗だよ」

聖來「みんなありがとー! 楽しかったよ!」

ルキトレ「どう? 水木聖來さん、完成してると思うけど」

P「この人くらい踊れるのって何人いるんだ?」

ルキトレ「え、不満?」

P「単純に層がどれくらい厚いのかと思っただけだ、凄いと思ったし人気があるのも分かる。俺がついても教えることないだろうな」

ルキトレ「この人くらいになると……うーん、若い子が多いから」

P「それは聞いてる、別に今できなくてもいい。これからできればそれでいいんだから」

ルキトレ「それならもう、私達次第かな」

P「そうか、それならいい」

ルキトレ「事務所に戻る?」

P「いや、帰るよ。今週は色んなアイドル見て回って、それから本格的にレッスンに加わる予定だから」

ルキトレ「過去の映像とかいる?」

P「……」

ルキトレ「何?」

P「意外と気が利くな」

ルキトレ「意外は余計!」

P「またいるのか」

ルキトレ「今日はどこに行くの?」

P「ついてこなくても構わないが、一人で行ける」

ルキトレ「大丈夫、夏休みだから」

P「学生?」

ルキトレ「これでも大学生」

P「これでもって事は自覚はあるのか」

ルキトレ「いいの!」

P「いいって……俺が嫌いなんじゃないのか」

ルキトレ「別に嫌いとかじゃないよ、ただ」

P「ただ?」

ルキトレ「ねえ、あれ」

P「……何をやってるんだ、あいつ」

ルキトレ「北条さんだよね?」

P「双子でもないならな。あの子、今日の予定は?」

ルキトレ「午後からレッスン、来たらだけど」

P「自主トレだよな」

ルキトレ「そうだね、よかった」

P「やる気があるのかないのか」

ルキトレ「君に触発されたんじゃない?」

P「しかしあのやり方」

ルキトレ「いきなり一曲通して踊るのはきついね、持つかな?」

P「まあ、無理なら休むだ――」

ルキトレ「って……」

P「走れ!!」

ルキトレ「熱中症?」

P「だそうだ、家族に連絡は?」

ルキトレ「お姉ちゃんに連絡して、事務所の方から入れてもらってる。けど家から距離があるみたいで、一時間くらい掛かっちゃうって」

P「何でそんな離れた位置で自主トレなんてしてたんだ」

ルキトレ「もう、入ってもいいの?」

P「いいんだけど、家族より先に俺達が入るのはどうなんだ」

加蓮「聞こえてる、いいよ」

ルキトレ「……だって」

P「ったく、入るぞ」

加蓮「また会っちゃったね」

P「全くだ」

ルキトレ「体は大丈夫?」

加蓮「大丈夫、慣れてるし」

P「聞いた、入院してたそうだな」

加蓮「病院もすぐに決まったでしょ?」

ルキトレ「え、それでレッスン受けてたの?」

加蓮「無理だったけどね」

P「基礎体力に差があるんだ、ついていける訳がない」

ルキトレ「言ってくれたらそういうメニューも組むのに」

加蓮「だって、特別扱いとか嫌だし。格好悪いじゃん、そういうのって」

ルキトレ「そういう問題じゃないでしょ」

P「……」

加蓮「上手くいかないなあ、ほんと」

P「特別扱いが嫌なんだな」

加蓮「ま、まあ」

P「分かった、本当にやる気があるなら明日レッスン場に来い」

ルキトレ「あれ? でも明日って」

P「返事は聞かない、朝の9時だ。悪いが予定がある、家族が来るまで後は任せる」

ルキトレ「任せるってちょっと!?」

P「じゃあな」

ルキトレ「来ると思う?」

P「さあな、来ないならそれまでだよ」

ルキトレ「まあ、レッスン自体が今日はない日だから誰かに見られる心配もないけど」

P「だからだよ、普通なら抜けた時点で普通に加わったって入りづらいだろ」

ルキトレ「何だかんだで心配してるんだね」

P「事務所抜けてすぐに公園で倒れられたら目覚めが悪い」

ルキトレ「はいはい」

P「で、お前さ」

ルキトレ「何?」

P「暇なのか?」

ルキトレ「いたら駄目?」

P「いや、いいんだが……その年頃の女ってのは何でもありません」

ルキトレ「分かればいいよ、後5分」

加蓮「お、おはよ」

P「体調は?」

加蓮「それは大丈夫、ゆっくり休んだし」

P「なら、始める」

加蓮「メニュー、って、こ、んな、なの?」

ルキトレ「基礎体力つけるならこうするしかないから、ほら頑張って」

P「最初から踊ろうたって無理な話だ、疲れた状態じゃ体は楽な方にしか動かない。そんなんで踊れる様になるか」

加蓮「腹筋なんて生まれて初めて」

P「これからする事はそればっかりだぞ、休憩したら移動」

加蓮「どこかに連れてってくれるの?」

P「ああ、いい所だぞ」

ルキトレ「うわあ、完全に悪人の笑顔」

加蓮「わーい! プールだ!」

ルキトレ「……ねえ」

P「何だよ」

ルキトレ「レッスンなんだよね」

P「基礎体力付けるのに水泳は打ってつけだろ? まさかこの暑い中を走らせる気なのか?」

ルキトレ「本当にそれだけが目的?」

P「当たり前だろうが、水着だってトレーニング用のだ。ビキニなんてグラビアでもない限り着せるか」

ルキトレ「サイズあるかなあ」

P「お前が着る必要はないからな」

ルキトレ「すいません、レンタルお願いします」

P「……後悔するなよ」

加蓮「ふうん、何か普通の水着だね」

ルキトレ「北条さん、年っていくつだっけ?」

加蓮「15」

ルキトレ「あ、ああそうなんだ、はは……」

P「誰もお前のスタイルに期待してないんだが」

ルキトレ「私にアイドルは無理だって言うの!?」

P「どこを目指してんだよ!」

加蓮「泳げるかなあ?」

P「……そこからか」

ルキトレ「そういえば聞いてなかったね、経験あるか。うわあ、揺れてる……」

P「お前、どれくらい泳げる?」

ルキトレ「今? うーんと、いっぱーい!」

P「真面目に答えろよ」

ルキトレ「まあ普通だと思う、タイムとか気にした事ないから」

P「なら問題ないか、実際に教えるのは任せる。俺だと嫌だろ、体も接触するし」

加蓮「別にいいよ。何、照れてる?」

ルキトレ「私がやる」

加蓮「迷惑じゃない?」

ルキトレ「ううん、全然。みっちりお姉さんが教えてあげるから」

加蓮「……ふふっ」

ルキトレ「ははっ」

P「本来の目的を見失うなよ」

ルキトレ「吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」

P「……俺が暇になったなあ」

奈緒「あれ?」

P「ん?」

奈緒「なっ……は……?」

P「ああ、確か……」

奈緒「う、う……」

P「いや、あの、これには」

奈緒「見るなああああああああああああああああああああ!!」

ルキトレ「何、何事?」

加蓮「どうしたの? あ」

奈緒「え?」

P「まあ、自ら進んでトレーニングとはいい心がけだ」

奈緒「抜けたんじゃなかったのかよ」

加蓮「まあ、色々とあって」

ルキトレ「ねえ、また負けた」

P「勝てる相手の方が少ないだろ」

奈緒「ま、あたしには関係ない」

P「一緒にやるか?」

奈緒「な、何であたしが」

P「だってお前、わざわざ練習用のコースに来たって事は」

奈緒「馬鹿にすんな! ちょっと通りかかっただけだ」

「番号22番の神谷奈緒さん、ビギナーコースの開始時間ですので5番コースにまでお越し下さい」

ルキトレ「ビギナー……」

加蓮「へえ」

P「ああ……」

奈緒「そんな目であたしを見るな! うわあんもう知るか!」

加蓮「私も今から参加できるかな?」

P「問い合わせるか、ちょっと待ってろ」

加蓮「アイスがこんなに美味しく感じるなんて」

奈緒「何でこんな事に何でこんな事に何でこんな事に」

ルキトレ「楽しかったね、私達も混ざれたし」

P「半ばインストラクター代わりにされたが、何が悲しくて65歳の相手をしなくちゃいけなかったんだ」

加蓮「でも料金は安くしてくれたんでしょ?」

P「半額だった、何かチケットまでくれたぞ」

加蓮「じゃ、また来れるね」

奈緒「それ……」

P「お前の分もあるぞ」

奈緒「そ、そうか。別にあるならしょうがないよな、うん」

ルキトレ「いいなあ、青春だなあ」

奈緒「そんなんじゃねえから!」

加蓮「はあっ……はあっ…」

ルキトレ「ついに」

奈緒「踊り切った」

P「まあ、簡単な曲だが進歩だな。二週間なら早い方だ」

加蓮「やった踊れた!」

奈緒「おう! って、まだまだだ!」

P「トレーナー、俺なんだけどな」

ルキトレ「楽しくなってきた?」

P「まあ、成長していくのを見るのは楽しいな」

ルキトレ「よかったじゃん」

P「これからだよ、やっとスタートラインだ」

加蓮「でもスタートだよ」

P「ま、とりあえずおめでとうと言っておく」

加蓮「明日からも頑張るからね」

P「分かったから早く帰れ……さて」

「……」

P「いつまで黙ってるんだ? そこにいるの」

幸子「……別にいいでしょう」

P「いつからいたんだ? まさか朝からじゃないよな」

幸子「そ、そんな訳ないでしょう。ボクを何だと思ってるんですか」

P「レッスン場の鍵を借りに来たのは朝だろ、記録が残ってた」

幸子「その後すぐに返しましたよ、残念でしたね」

P「返すよな、開いてるんだから。それでいつになったら終わるのかと待ってたらこの時間だったんだよな」

幸子「ただ単にあの人達が何かしてるって言うから見に来てあげただけです、別に気になるとかそういう訳ではありませんので」

P「滑舌はいいな」

幸子「褒める所は他にあるでしょう?」

P「……?」

幸子「そんな真顔で首を傾げないで下さい!……何でこんな人が」

P「悪かったなこんな人で。それで何だ、あいつらはもう帰ったぞ」

幸子「ふ、ふふん!そんな頑張ってる貴方にご褒美をあげようかと思いまして」

P「つまらない物だったら分かってるんだろうな?」

幸子「な、何ですかボクを脅すんですか」

P「分かってるよなあ?」

幸子「いいでしょう! 教えてあげます、それは――」

奈緒「よかった、まだ開いてた。あのさ」

幸子「」

P「いいぞ、続けて」

奈緒「?」

幸子「いいです帰ります!」

奈緒「輿水?」

P「はあ……変なのしかいないこの事務所」

奈緒「あたしを混ぜるのかよ!」

P「で、何だよ。帰ったんじゃなかったのか」

奈緒「あの、その輿水の事で頼みがあってさ」

P「面倒を見ろと」

奈緒「その、集団でどうこうするタイプじゃないみたいでさ」

P「本人が希望すればな、トレーナーさんの許可もいるし。今回のこれも事務所は知らない」

奈緒「普段は何をしてるんだ?」

P「ベテトレさんから指導方法とか習ってる、マストレさんからも指導は受けたけど。講習とか出てるし」

奈緒「忙しいんだな」

P「空いた時間を全て費やしてるからな。別に気にするな、俺もいい勉強だ。というか、周りをよく見てるんだな」

奈緒「……別にそういう訳じゃない」

P「だそうだ、心配されてるぞお前」

奈緒「は?」

幸子「……」

奈緒「お、おう……いたのか」

P「何かあるだろう、別にこっちだって無理にしようなんて思ってない」

幸子「い、いいでしょう! 喜んで下さい! この世界で一番カワイイボクに指導する権利をあげます!」

P「」

奈緒「」

幸子「何か言って下さいよ!」

P「……やめよっかな」

奈緒「根は、根はいいやつだから」

ルキトレ「一週間ぶりにきてみたら」

加蓮「あ、久しぶり」

奈緒「おはよ」

幸子「ふふん、生まれ変わったボクを見せてあげますよ」

ルキトレ「結局、元に戻ってる」

P「トレーナーさんも合ってるみたいだから見てあげて、だそうだ。まああの忙しさだと個人をきちんと見るのも大変そうだからな」

ルキトレ「へえ、合ってるんだ。この三人」

P「バランスは意外といい、もちろん改善の余地はあるが」

ルキトレ「へえ、凄いね。トレーナーの才能あるんじゃない?」

P「一か月で何を言ってんだ、いい事務所だな。可愛い子も多いし」

ルキトレ「へえ、ちなみに好みは?」

P「……何でお前に言わないといけないんだ」

ルキトレ「照れちゃってこのこのー」

P「お前は邪魔しに来たのか」

ルキトレ「そこまで暇じゃないって、コホン。えー、本日は」

P「さあ続きだ」

ルキトレ「少しくらい付き合ってよ、もう。はい、これを届けに来たの」

P「こんなのあるのか」

ルキトレ「目標がある方が燃えるでしょ?」

P「へえ、いいかもな」

加蓮「何? 見せて」

奈緒「え、人前で踊るのか?」

P「そんなに気負わなくていいぞ、色んな事務所のデビュー前のアイドルが集まってのレッスンってだけだ。一般の客なんてほとんどってか、
  まず来ない」

ルキトレ「でもここで目立てばデビューもすんなりいくかも、それなりに力を持ってる人も顔を出すって噂だから」

幸子「誰が来てもボクが一番ですけどね」

P「足が震えてるぞ、大会もあるのか」

ルキトレ「レッスンの成果を見せる感じかな、順位も付くよ。だからどうって訳でもないけど」

P「という事だが、どうする? 今から曲を仕上げないと間に合わないが」

加蓮「やるよ、もちろん」

幸子「当然です」

P「いいか?」

奈緒「やるさ、やってやる。どうせ乗り越えなくちゃいけないんだ」

P「そうか、ならまずはここを目標にしよう。一か月半後だ、頑張ろう」

ルキトレ「あ、お姉ちゃん」

トレーナー「どうしたの? ああ、また彼の所?」

ルキトレ「今日はついでで寄っただけ、順調みたいだよ」

トレーナー「そう、良かった。戻ってきてくれて」

ルキトレ「結構、いいトレーナーかもね。あいつ」

トレーナー「そんな風に人を褒めるなんて珍しい」

ルキトレ「結果を出せば私だって褒めるよ、そういえばお姉ちゃん達の所では誰か出るの?」

トレーナー「出す予定にしてる、誰かはまだ決まってないけど」

ルキトレ「へえ、じゃあ勝負だね」

トレーナー「どっち側に立つの?」

ルキトレ「もちろんお姉ちゃんだよ、うん」

トレーナー「無理しなくても大丈夫、同じ事務所なんだから」

ルキトレ「じゃあそういう聞き方しないでよ」

統括「少し……すまない、邪魔だったか」

トレーナー「大丈夫、遠慮しないで」

ルキトレ「あ、お疲れ様でーす」

統括「相変わらず元気そうだ。要件だが例の件、出る人間が決まった」

ルキトレ「誰が出るの?」

トレーナー「この人だって」

ルキトレ「へえ、若い子達だね」

統括「最近、入ってきたんだがいい物を持っている」

ルキトレ「うーん、これはピンチかも」

統括「要件は以上だ」

トレーナー「あの」

統括「何だ?」

トレーナー「いえ、頑張って下さい」

統括「互いにだ」

ルキトレ「うーん、もどかしいなあ」

トレーナー「馬鹿な事を言わないの!」

P「本番用の曲の候補を何曲か持ってきた、好きなの相談して選べ。振り付けも大体は考えてある」

加蓮「これ、いいかも」

奈緒「テンポ速くないか?」

幸子「ボクならこれですね」

加蓮「え」

奈緒「ん?」

P「持ってきておいて何だが、俺もそれはないと思う」

幸子「何でいつもこんな扱いなんですか!」

加蓮「可愛いから、さっちゃん」

幸子「やっと分かってきましたか! 褒めてあげます」

加蓮「やった!」

奈緒「遊んでるなあ」

P「別に混ざってきてもいいぞ」

奈緒「あたしは別に……」

P「奈緒は可愛いなあ」

奈緒「茶化すな!」

P「どうする? 体力面を考えれば確かにこっちだが」

加蓮「そういう言い方をするって事は、違う考えがあるんだよね」

P「きついぞ、本当に。それこそ俺がやってもきついと思う」

加蓮「いいよ」

奈緒「加蓮?」

幸子「体力面では加蓮さんが苦労するのは目に見えてますが」

加蓮「大丈夫、ね?」

P「分かった、信じる」

加蓮「……あ、うん。ありがと」

P「言っておくが奈緒と幸子も相当きついからな、覚悟しろ」

奈緒「できるさ、加蓮にできてあたしが出来なかったら問題」

幸子「もちろんです、ボクなら余裕ですから」

P「じゃあ、これを基本線にして考えるか」

奈緒「うお」

幸子「な、なかなかやりますね」

加蓮「やっぱり凄い」

P「手本はこんな感じだ、この通りやれなんて思ってないし。まずはそれぞれ思う様にやってみろ」

奈緒「何か……」

加蓮「あれ、踊りにくい」

P「……そこ、もう一回」

奈緒「やっぱり、何でだ?」

加蓮「合わない、そんなに難しい所じゃないのに」

P「本当にそう思うか?」

奈緒「思うさ、だって難しい所はこの後にいくらでも」

幸子「ボクのせいですね」

奈緒「いや、幸子は大丈夫だろ」

P「幸子は分かってるな」

幸子「悔しいですが、ボクだけが浮いてます」

加蓮「どういう事?」

P「魅せる、という点について大事な事って何だ?」

加蓮「上手さとか、綺麗さとか」

P「そうだな、それもある。他には?」

奈緒「……統一感」

P「いい線を付いてる、というかもう分かってる顔だな」

奈緒「身長差って言いたいんだろ」

加蓮「でも、そこまで変わらないんじゃ」

P「幸子と二人の間の身長差が問題なんじゃない、そんな物はユニットの強みにすればいい。問題なのは、幸子が自分の事を浮いてると表現した事だよ」

幸子「だってそうでしょう、ステップの距離から腕の振りまでボクだけが小さいんですから」

加蓮「Pさんから見ても合ってない?」

P「幸子は振りが不自然に大げさになってる。奈緒はそれに半端に合わせようとして悲惨な事になってるし、加蓮は良くも悪くも余裕がない」

奈緒「う……」

加蓮「私がもっと二人に合わせられたら」

P「奈緒が現時点で出来てない事を加蓮にさせるにはリスキーだよ、これは奈緒も一緒だ。誰かに合わせ様とはするな、今の段階ではまだ無理だ」

奈緒「じゃあどうすればいいんだよ」

P「一人ずつ踊ってみろ、最初は加蓮から、次に奈緒。最後に幸子だ」

加蓮「その順番にも意味があるの?」

P「いや、単に俺が見たい順番」

加蓮「ふうん、分かった。いいよ」

P「奈緒と加蓮も見ておけよ、指摘する部分があれば遠慮しなくていい」

加蓮「ふう」

奈緒「思ったより上手い」

加蓮「その前半部分は本当に必要?」

P「必要に決まってんだろ、奈緒はそう思ってたって話なんだから」

奈緒「ああ、いやもっと必死にやってるもんだとばかり」

幸子「意外と基本通りですね」

加蓮「褒められてるの?」

P「悪く言えば無個性なんだが、ダンスに色を付けるのは相当な技量がいる。今はこれで充分だ、じゃあ次」

奈緒「ど、どうだ?」

加蓮「上手」

幸子「言いたくありませんが、見事です」

P「少なくとも現時点ではソロの方が合ってるんだろうな、集団になると途端に合わせようとして半端になるんだよ」

奈緒「そんなに違うのか?」

P「サビ前からちょっとやってみろ」

奈緒「こうして、ここで」

P「そこ、幸子がいるともう少し振りが遅くなる」

奈緒「そうなのか?」

幸子「だからボクが気になるんですよ、駄目だと言われているようで」

P「ちょっと俺とやってみるか、奈緒こっち来い」

奈緒「二人で?」

P「普通に踊ってればいい、俺が合わせるから。いくぞ」

幸子「ああ、なるほど」

奈緒「……分かった、よーく分かった」

加蓮「何か壊滅的だったよ」

P「俺に合わせようとしたからな、ついてこれる訳がない」

幸子「周りばかり見てるんですね」

P「そう、これはまた後で話す。次、最後だ」

幸子「どうですか?」

P「黙り込むな二人とも、感想の一つや二つはあるだろ」

奈緒「こんなに違うのか……」

幸子「違う? 振り付けは同じだと思いますが」

加蓮「振り付けは同じなんだけど、何かこう、見入っちゃった」

P「奈緒の方が確かに技量は上だよ、だけど客が集まるのは幸子だな。何故か分かるか?」

奈緒「そんなの――」

聖來「お、やってるやってる」

加蓮「誰?」

幸子「誰なんですか?」

P「俺に聞くな」

奈緒「事務所の先輩だろ!」

聖來「うーん、少しは売れてきたと思ってたんだけどまだまだかな」

P「えっと、使います?」

生來「違う違う、新人がレッスンしてるって言うから見に来ただけ」

奈緒「ツアー終わったんですよね、お疲れ様でした」

P「……あ」

聖來「ありがと、それでルキトレ見てない?」

奈緒「いえ、ここには――」

ルキトレ「やっほ」

P「げ」

聖來「あ、来た。先に来ちゃったよ」

ルキトレ「応援を呼んだんだ、偶にはこういう先生もありかと思って。Pも褒めてたし」

加蓮「え、知ってたの?」

幸子「さっき俺に聞くなって言ってませんでした?」

P「何の話だろうな」

ルキトレ「一緒にライブ見に行ったじゃん、上手だって褒めてたからわざわざお願いしたのに」

聖來「来てくれたの?」

P「まあ、仕事の一環ですが、参考までに」

加蓮「何で嘘ついたの?」

P「いやそれは……」

ルキトレ「分かった、好みだから照れてるんだ」

P「どうしてそうなる」

加蓮「へえ、こういう人が」

P「違う、ちょっと髪型が変わってたから気付かなかっただけで」

ルキトレ「そういえばまた変えたんですね」

聖來「気に入ってたんだけど、美容師さんにこういうのはどうでしょうって薦められちゃって」

ルキトレ「似合ってますよ、ねえ?」

P「俺に聞くなって」

ルキトレ「ね!?」

P「ソウデスネ」

加蓮「髪型、か」

聖來「お褒めの言葉ありがと。で、君は誰?」

P「ああ、俺は」

ルキトレ「トレーナー見習いです」

P「いや」

聖來「やっと入ってきたんだ!」

P「いえ」

ルキトレ「はい!」

聖來「よかったね、ずっと足りないって言ってから心配してたんだ」

ルキトレ「腕もいいんですよ、将来性抜群です」

聖來「ふうん、なら私もいつか見てもらおうかな。あ、だけど好きになったら駄目だよ。恋愛とかご法度だから」

P「なりませんよ」

聖來「失礼な!」

P「いや、言い出したのそっちでしょ!」

聖來「冗談だって、そうだ何の曲やってるの?」

P「これですが」

聖來「うんうん、ちょっとやってみようかな」

奈緒「経験あるんですか?」

聖來「まだ新人だった頃にね、こういうレッスン向けの曲って変わんないよね」

加蓮「見たい、あ、見たいです。いいですか?」

聖來「私から言い出したことだし、ちょっとぎこちないかもしれないけど」

P「じゃあこっちで――」

聖來「何を言ってるの? 君もこっち」

P「はい?」

ルキトレ「頑張れー」

聖來「駄目だよ、逃げたら」

ルキトレ「……え」

聖來「よし、じゃあやってみよう!」

P「ひい……」

ルキトレ「あ、足が腕が腰が」

聖來「意外と動けるんだね、私に最後までついてくるなんて」

幸子「参考になりましたか?」

加蓮「全然」

奈緒「……」

加蓮「意外と体力ないんだね」

P「悪かったな、だからあんまり連続でやりたくないんだ」

ルキトレ「これ普段から運動しててもきついよ」

聖來「でもそれだけやれたら合格点、トレーナー志望するだけの事はあるね」

P「だから違いますって」

ルキトレ「いいじゃん、このままなっちゃえば」

P「あのなあ……」

奈緒「なあ」

P「どうした?」

奈緒「あたしのダンス、見てて楽しかったか?」

P「そこまで気付けるなら、後は自分次第なんじゃないのか?」

奈緒「ちょっと考えてみる」

ルキトレ「大丈夫かな?」

P「あんまり手取り足取り教えない方がいいのかもしれない、俺も手探りでやってるし」

ルキトレ「皆、少しずつ進むんだね」

P「それでいいんじゃないかな、時間はたっぷりとある」

――


奈緒「なあ、ここって」

P「そのままでいいんじゃないか?」

奈緒「え? でも見たのと違う」

P「言ったろ、あれはあくまで見本だ。奈緒は奈緒の見せ方がある、どうすれば自分が輝けるかそれだけ考えればいい」

幸子「全くですね、ボクみたいにしてればいいんです」

P「幸子は少し周りを気にしろ、技術面は心配してないが引く所でも前に行きすぎだ」

幸子「むう……分かってますよ」

P「魅せ方ってのは前に出る事だけじゃない、後ろにいても分かるんだ。心配するな。お前は可愛いんだから、奈緒や加蓮と変に対抗しようとするな」

幸子「何ですか、とうとう分かってきたんですね!」

P「そう思わなかったらこんな編成にしてない、センターはお前だ」

幸子「はい?」

奈緒「やっぱり」

P「期待してるからな」

幸子「……」

奈緒「顔がにやけてるぞ」

幸子「ち、違います!期待……期待…」

P「きついか?」

加蓮「大丈夫だって、信じるんでしょ?」

P「体力も考慮して組んでいるが――」

加蓮「これ、Pさんが考えたんでしょ?」

P「そうだが」

加蓮「なら大丈夫だよ、Pさんの考えたレッスンならやりきれる」

P「無理だけはするな」

加蓮「ねえ、Pさん」

P「何だ?」

加蓮「私、アイドルになれるかな?」

P「なれるさ、俺が連れて行ってやる」

加蓮「うん、ずっとついていくから」

P「よし! 今日はここまでだ」

加蓮「明日、だよね?」

奈緒「ここまで来たんだ」

幸子「二人とも大船に乗ったつもりでいて下さい」

P「明日で全てが決まる訳じゃない。けど、一緒にここまで来れてよかった。心からそう思う」

加蓮「これからも、だよ」

P「そうか、そうだな」

奈緒「頑張ろうぜ! やるなら一番だ!」

P「悪くないのかもな、こういうのも」

統括「……」

P「あの人、確か」

統括「ん?」

P「お疲れ様です、Pです」

統括「ああ、ご苦労。三人を見ているそうだな、助かっている」

P「いえ、好きでやっている事ですから」

統括「明日からの合同レッスンを終えてあの三人のデビューの可否を判断するつもりでいる、気を抜くな」

P「はい! あの、ありがとうございます!」

統括「まだ決定ではない、以上だ。今日は休め」

P「はい、お先に失礼します」

統括「しかし、Pか。確か経歴は……」

トレーナー「統括さん? あの、顔が真っ青ですけれど」

統括「……何でもない、少し用事が出来た」

トレーナー「統括さん?」

奈緒「ここが会場……」

幸子「ま、まあまあの広さですね」

P「千人位だが、そんなに入らないぞ、半分は関係者だろうから、気楽にやれ。レッスン自体は基礎ばかりだよ」

加蓮「今日がレッスンで明日が発表会……やっとアイドルらしくなってきた」

奈緒「ここにいる人がライバルなのか」

幸子「大したことありませんよ、ボクらの勝ちです」

奈緒「その自信だけは羨ましい」

P「喋ってないで行くぞ、受け付け済ませたらすぐに――っと、すみません」

楓「いえ、こちらこそすみません」

奈緒「今の……」

加蓮「綺麗な人」

幸子「まさかアイドル?」

P「いや、モデルとかじゃないか? 歩き方もそんな感じだしって時間が!」

加蓮「うん、ついていけてる」

奈緒「あれ? 何か思ったより」

幸子「ふふん、これなら余裕ですね!」

奈緒「思ったよりも出来てるのかな」

P「レッスンと人前で踊るのは別物だぞ」

奈緒「って、いきなり後ろから出てくるなよ」

P「休憩を見計らって出てきた、明日は全部で22組だそうだ。グループが21組でソロが1人」

奈緒「ソロ?」

P「俺も驚いたんだけど、あの人だよ」

奈緒「あ、さっきの」

P「でも見る限りダンスはまだまだ何だよな、確かに綺麗なんだけど他に強みがあるのかどうか」

奈緒「大丈夫だって、信じるんだろ?」

P「分かってる、これなら問題ないさ」

ルキトレ「やっほ」

P「何だ、昨日は来なかったのに」

ルキトレ「ま、初の晴れ舞台は見ようかと思って。皆は?」

P「もう控室に行った」

ルキトレ「付かなくていいの?」

P「最初くらい、こっちで見てもいいだろ」

ルキトレ「もうすっかり、だね」

P「煩い、始まるぞ」

ルキトレ「あの子達、何番目」

P「21番目」

ルキトレ「最後の方だね、えっとあの子達は」

P「ああ、確か出るとか言ってたな」

ルキトレ「そう、三人組のユニットなんだけど……」

P「どうした?」

ルキトレ「いない、どこにも」

P「出場を取りやめたのか?」

ルキトレ「そんな話は聞いてないんだけど」

P「考えがあるんだろ、別にこれに出なくたってデビューはできる」

ルキトレ「そうなんだけど……どうしたんだろう?」

P「悪いが俺はそっちは気にできないからな」

ルキトレ「うん、そうだね。今はあの子達を応援しよう。次だね」

P「この時点で出来のいいのは4組、だけど」

ルキトレ「手に汗握って、目を見開いて……変わったなあ、こいつも」

奈緒「緊張してるか?」

加蓮「ううん、大丈夫。不思議なくらい落ち着いてる」

幸子「ま、ボクが引っ張ってあげますから」

加蓮「何となく、センターに選んだ理由も分かる気がする」

奈緒「まあな」

幸子「ボクが一番カワイイからですよ! 行きますよ」

奈緒「おう!」

加蓮「うん!」

ルキトレ「始まった!」

P出だしは問題ない、不安要素は後半のラスト前のソロパートだけだ」

ルキトレ「大丈夫かな……」

P「出来る、やれる……」

ルキトレ「ここから、フォーメーション変えて加蓮ちゃんが出てきて」

P「幸子よく我慢した、奈緒も踏ん張れてる」

ルキトレ「最後!」

P ルキトレ「やった!」

P「って、何でお前とハイタッチしなくちゃいけないんだ」

ルキトレ「そ、そだね」

P「これなら問題ないな、良かった」

ルキトレ「うん、優勝できるよ」

P「最後か、何の緊張もなく見れるな」

ルキトレ「見て、手を振ってるよ」

P「ったく、安心しきった顔して」

ルキトレ「って言いながら振ってる」

P「いいだろ、今日くらい俺だって褒める」

「エントリーナンバー 22番 シンデレラプロ所属 高垣楓」

P「シンデレラプロ?」

ルキトレ「え? 予定と違う」

P「本当は違うんだよな?」

ルキトレ「うん、若い子達だよ。三人組の」

P「何でこんながらっと変えてきたんだ……あの人か」

ルキトレ「知ってるの?」

P「昨日、少し。だけど見る限りそこまで」

ルキトレ「こんな人いたんだ、知らなかった」

P「始まる」

「以上で終了です、審査結果の発表まで暫くお待ち下さい」

P「……何だよこれ」

ルキトレ「凄い、凄すぎて」

P「レベルが違う、こんな所に出てくる人材じゃない。何だあの歌唱力……お前まさか」

ルキトレ「知らない!本当に何も知らないよ! 私だってこんな……」

「お待たせしました、只今より審査結果の発表を開始します。今回の結果――」

P「良かったよ、一番の出来だった。だから、だから下を向くな」

奈緒「いくら出来が良かったって、Pさん見たろ? 完敗だよ」

P「ソロとグループじゃ難しさも違う、よくやった方だよ」

幸子「そんな慰め、本当に意味があると思ってるんですか?」

奈緒「全部あたしが悪い、緊張してミスもしたし」

P「奈緒」

加蓮「違うよ」

奈緒「加蓮?」

加蓮「ははは、調子乗ったからだね。私でもできるなんて思い込んで、意気揚々と乗り込んできてこの様。笑っちゃうよ」

P「笑わない」

加蓮「何で? Pさんも笑ってよ、馬鹿だなって、ねえ!」

P「何を笑えばいい、負けたお前たちをまだ信じてる俺か?」

加蓮「Pさんは何も……」

P「じゃあそういう事だ。高垣楓だろうが水木聖來だろうが誰にも負けないアイドルに俺がしてやる」

加蓮「だって、私…勝てなかった……」

P「綺麗だった、俺が望むアイドルが目の前にいるんだ。笑えない、まだこれからもずっと一緒にいるんだろ? よく頑張った」

加蓮「悔しい、悔しいよ……勝てない自分が、応えられない私が!」

奈緒「まだ何も終わってないよな」

幸子「このまま終わるのは確かに癪に障りますね」

P「ああ……リベンジだ」


ルキトレ「お姉ちゃん!」

トレーナー「っていきなり何?……泣いてるの?」

ルキトレ「ねえ何で!? どうして!?」

統括「決定事項だ」

ルキトレ「お前か!?」

トレーナー「ちょっと何て言葉遣いしてるの!」

統括「結果は見た、デビューの可否はそれを基に判断する」

ルキトレ「デビュー?」

統括「あの男には伝えてある、それともう一つ。あいつはプロデューサーに戻す、元々そういう契約だ」

ルキトレ「じゃあ、じゃああの三人は?」

統括「それもまた後日だ」

加蓮「うん、絶対にこっちの方が似合う」

奈緒「本当か? 本当に本当か? からかってるだけだろ?」

幸子「何で一着買うのにそこまで慎重になるんですか?」

P「お前はどれだけ買うんだよ」

幸子「ボクに着られる方が服も幸せですからね!」

P「まだ増えるのかよ……」

幸子「当然です、ボクがこの程度で終わると思いますか?」

P「買い物だけで一日が終わるぞ」

加蓮「付き合うって言ったのはPさんでしょ」

奈緒「こ、こんな感じだけど」

加蓮「うん、可愛いよね」

P「確かに似合ってるが、本人が嫌なら――」

奈緒「買う!」

P「そんなに恥ずかしいなら買わなきゃいいのに」

幸子「分かってませんねえ」

加蓮「ね、次はあっち行こう?」

P「分かったから引っ張るなって、荷物もあるんだから」

幸子「この程度ですかね」

P「この程度? この量で?」

加蓮「あはははは、顔が見えない」

奈緒「これからどうする?」

P「これからって、まだ行くのか?」

加蓮「じゃあ、夕飯にしよ。いい時間だし」

P「このメンバーでか、あんまり知らないんだけどなあ」

加蓮「あそこでいいじゃん、美味しいし」

P「奈緒はともかく、幸子が何か言いそうだが」

幸子「当てがあるんですか?」

P「行ってみるだけだ、気に入らなかった変える」

加蓮「うーん、やっぱり美味しい」

奈緒「これで670円……」

P「こっちの反応はともかく」

幸子「まあまあですね!」

P「幸子ってエスカレーター式の私立に通ってるんだよな?」

幸子「そうですが?」

P「お嬢様ってよく分からん」

幸子「ボクを全て理解するには後100年は掛かりますね!」

奈緒「10秒で充分だと思う」

加蓮「やっぱり可愛い! はい、あーんしてあげる」

幸子「そんな事されなくても食べれます!」

P「食った食った」

奈緒「よかったのか? 払ってもらって」

P「ん? ああ気にするな給料も増えるし」

幸子「昇給ですか? 早いですね」

P「いや、プロデューサーに戻るから。そんな顔するな、別に事務所からいなくなる訳じゃない」

奈緒「違うって、あたし達だっていつまでもレッスン場にいる訳じゃない」

幸子「デビューしたらプロデュースさせてあげますよ、光栄に思って下さい」

P「レッスン場も顔を出すって」

加蓮「ねえ、ちょっと寄り道してもいい?」

奈緒「ここら辺って何かあるのか?」

加蓮「私にとっては」

P「ここか」

幸子「公園ですか、とはいえ流石に誰もいませんね」

加蓮「それでいいの、観客は三人だけでいい」

奈緒「アカペラ?」

P「黙って聞こう」

幸子「こういうのも悪くはありませんね」

加蓮「ふう……ご清聴ありがとうございました」

P「最初に見た時から成長したな」

加蓮「あのね、Pさん。私、ずっと憧れて届かないと思ってた。けど、ここまで一緒に来てくれて本当にありがとう。昔、元気をもらったアイドルの様に
   なれるように頑張るから。これからも一緒にいて下さい」

P「ああ、俺もそれに見合うプロデューサーになるから」

加蓮「うん、約束」

P「おはようございます」

統括「ああ、来たか」

P「結果はご覧になりましたか?」

統括「聞いている、上々だ。二か月後、デビューだ」

P「本当ですか!?」

統括「その為、本日をもってお前はあの三人の担当から外す」

P「はい?」

統括「何かあるか?」

P「その、理由は?」

統括「決定事項だ」

P「しかし!」

統括「断れば、今の話は白紙だ」

P「じゃああの三人は誰が」

統括「この事務所のプロデューサーは俺とお前だけじゃない」

P「じゃあ俺の担当は」

統括「入ってこい」

楓「失礼します」

P「貴方は……」

統括「力はよく知っているはずだ、不満か?」

P「いえ……」

統括「ならこれで話は以上だ」

加蓮「ちょっと、ちょっと待ってよ!!」

奈緒「どういう事だよ!」

幸子「二人とも落ち着いて下さい、それでその話は本当なんですか?」

トレーナー「ごめんなさい、私も急に言われて」

加蓮「Pさんがそう決めたの?」

トレーナー「そう聞いてる。でも、ちゃんとした人を――」

加蓮「いらない」

トレーナー「北条さん?」

加蓮「分かった、そっちの言う事は聞く。だから、誰も付けなくていい」

トレーナー「仕事はどうするの?」

加蓮「自分で取る、そういう事でしょ?」

奈緒「だな」

幸子「全く、世話の焼ける人ですね。ここまでとはボクも驚きですよ」

トレーナー「そんなの、出来るわけない! そんな簡単に生きていける世界じゃないんだよ!?」

加蓮「大丈夫、信じてるから」

ルキトレ「探した。やっぱりここだったね」

P「最後までついてやりたかったけど、どうしようもないな」

ルキトレ「リベンジ、できないね」

聖來「ここ、何か思い出の場所なの?」

P「いつの間に……」

聖來「色々と聞いたけど、どうやら本当みたいだね」

P「そうですね、嘘ならいいんですが」

聖來「諦めるの?」

P「俺が無理を言ったらどうなるか分かりませんから」

ルキトレ「何かあった時、守れないもんね」

P「あらゆる意味で、力不足だった。それだけの事です」

聖來「なら持ちなよ、力」

P「時間が掛かりそうですけど」

聖來「私のプロデュース、君に任せる」

P「正気ですか?」

聖來「本気なら、それ位は背負えるよね」

ルキトレ「でも聖來さんが困るんじゃ」

聖來「私より上のアイドルはいくらでもいる、私からの試験だよ。駄目だと思ったら遠慮なく切り捨てるつもりだから。
   そうなれば本当に終わりだろうけど」

P「……」

聖來「どうする?」

P「分かりました、宜しくお願いします」

終わり 次回は16日です。次回とその次まではオリ要素が強くなります。
     苦手な方はご注意ください。

連作短編11.5 加蓮「見えない背中」

凛「へえ、好評だったんだ。良かった」

奈緒「って言ってもニュージェネレーションにはまだまだ敵わないけどなあ」

凛「そんな事ないって、私達もぼやぼやしてたら奈緒達に置いてかれちゃうよ」

奈緒「また全国を回るんだろ?」

凛「うん、今度は全ての県を一年かけて回る」

奈緒「やっぱり規模が違う」

凛「待ってるから、それじゃ行くね」

奈緒「やっぱり凄いなあ」

加蓮「何、誰かと話してたの?」

奈緒「ああ、さっきまで凛がいてさ。全国ツアーだって」

加蓮「ふうん、まあそういう話も来るよね」

奈緒「加蓮は、何かそういう話は興味なさそうにするよな」

加蓮「まだ先の話だから、それよりも優先しないといけない事もあるしね」

奈緒「あんまり、拘りすぎんなよ」

加蓮「大丈夫だよ、そろそろレッスンの時間だよ」

――


トレ「ちょっと、加蓮ちゃん!?」

加蓮「大丈夫です、まだやれますから」

奈緒「いや、ちょっと待てって!」

まゆ「止めておいた方がいいです、後に差し障りかねません」

加蓮「勝手に判断しないで」

まゆ「駄目です、ですよね?」

ベテトレ「全くだ、お前も何で見ていなかった?」

トレ「すみません」

ベテトレ「念の為、仮眠室へ行け。いいな?」

加蓮「……はい」

愛梨「大丈夫でしょうか?」

奈緒「ああ、うん。ちょっと頭を冷やせば大丈夫だと思うから」

ベテトレ「奈緒、ちょっといいか」

奈緒「加蓮の事ですか?」

ベテトレ「そうだ、休憩入る。再開は10分後だ」

奈緒「それで、何を話せばいいんですか?」

ベテトレ「全て、と言いたいが話せない事もあるだろう。言える範囲でいい」

奈緒「……最近、ちょっと様子がおかしくて」

ベテトレ「あの空回りの事を言っているのか?」

奈緒「ちょっと、余裕がないっていうか」

ベテトレ「佐久間まゆと十時愛梨に対する対抗心とも違うのか?」

奈緒「いえ……あの二人は凄いですけど、あいつそういうのあんまり興味がなくて」

ベテトレ「それはそれで問題だが、つまり他に要因があるんだな?」

奈緒「だと、思います」

ベテトレ「心当たりは?」

奈緒「……」

ベテトレ「Pか?」

奈緒「い、いえっ!そんな」

ベテトレ「アイドルならもう少し演技力を身につけたらどうだ?」

奈緒「いきなり名前を出したのはベテトレさんでしょう」

ベテトレ「気にしなくなったと思っていたんだが」

奈緒「この前、久しぶりに事務所で顔を合わせたんです」

ベテトレ「それで、寂しくなったか?」

奈緒「その時、他のアイドルがいてあたし達のライブ映像を見てて」

ベテトレ「ほう……」

奈緒「Pさんはその人についてて、だから思わず顔を出しちゃって」

ベテトレ「何か言われたのか?」

奈緒「普通だったんです、こっちは頭の中とかパニックだったのに。まあ、他に人がいたので何も言いませんでしたけど」

ベテトレ「ああ、そういう事か」

奈緒「あのライブもあたし達の中では会心の出来だったんですけど」

ベテトレ「気にしているのか、外された事を」

奈緒「あたしは別に……」

ベテトレ「それをあいつに言えばいいだろう」

奈緒「忙しそうですし、そんな我儘を言ってまたって思ったら」

ベテトレ「加蓮も同じなのか?」

奈緒「どう、なんだと思います?」

ベテトレ「私に聞かれてもな、情けないがそういう事には疎い。まだ妹の方が助けられるかもしれん、末の妹はそれなりに仲がいいようだから」

奈緒「ルキトレさんですか?」

ベテトレ「Pに私から話してもいいんだが……」

奈緒「ちなみに今は?」

ベテトレ「出張だ」

奈緒「出張?」

ベテトレ「ちょっと遠出でな、明日まで帰ってこない」

奈緒「そうですか……」

ベテトレ「そんな顔をするな、確かにこのままだと不味いだろうが」

奈緒「今日、加蓮は休ませてもらっていいですか? 多分、このまま続けても」

ベテトレ「分かっている、お前は大丈夫なのか?」

奈緒「二人揃って休む訳にもいかないんで」

ベテトレ「レッスンでは情けは掛けないぞ」

奈緒「はい、他のアイドルに気を遣わせても嫌ですから」

ベテトレ「分かった、その件についても考えてみよう。末も後で呼ぶ」

奈緒「お疲れ様でした」

ルキトレ「奈緒ちゃん」

奈緒「ルキトレさん、すみません。わざわざ」

ルキトレ「いいよ、大学終わりのこんな格好で申し訳ないけど」

奈緒「加蓮ってまだ仮眠室に?」

ルキトレ「来たばかりだから何とも。行ってみようか、とりあえず様子を見ないと」

奈緒「不貞腐れてないといいんですが」

ルキトレ「事務所は、うーん頼りになりそうな人とかいないかな?」

奈緒「誰かって、Pさんに近い人なんて」

ルキトレ「聖來さんとかいたら頼りになると思ったんだけど」

奈緒「今、担当してるのって他には?」

ルキトレ「千枝ちゃんと春菜ちゃんとあいさんと楓さんとありすちゃん、他にもちょこちょこしてるみたいだけど」

奈緒「……二人で行きますか」

ルキトレ「そうだね、お姉さんを頼りにしなさい!」

加蓮「……」

凛「……」

ルキトレ「あれ、凜ちゃん?」

奈緒「は、はい……」

ルキトレ「加蓮、起きてるよね?」

奈緒「何か話してますよね」

ルキトレ「入れる?」

奈緒「無理ですって」

ルキトレ「うーん、ちょっと離れようか。ただの見舞いって訳でもなさそうだから」

奈緒「って、誰か来た。卯月?」

ルキトレ「本当だ、忙しいのに」

奈緒「何で来たんだ? 凜はともかくあんまり話した事ないんですけど」

まゆ「何を覗き込んでいるんですかぁ?」

奈緒「うぉっ!」

ルキトレ「奈緒ちゃん声が」

まゆ「ああ、あの二人……また…」

ルキトレ「まゆちゃんは知ってる? あの三人が話しそうなこと」

まゆ「噂なんですけど、北条さん統括さんが本格的にプロデュースする事になるみたいですよ」

奈緒「……は?」

ルキトレ「え、まゆちゃんそれ本当!?」

まゆ「まだ噂ですけど、でも北条さん断ったみたいです。何であんな素晴らしいチャンスを逃すか私には分かりませんけど」

奈緒「じゃあ、あれって」

まゆ「説得しているんだと思いますよ、まゆとしてはどっちでもいいんですけれど」

ルキトレ「でも、あの調子だと」

奈緒「……」

まゆ「断り切れるかは分かりませんね、でもそれは」

奈緒「な、何だよ?」

まゆ「いえ、他人事だと思っていると痛い目を見ちゃいますよ。それでは、失礼します」

ルキトレ「……そんな話になってたんだ」

奈緒「で、でも何で加蓮それであんな風に空回りして」

ルキトレ「何かあったんだ、それに関係する何かが」」

奈緒「聞くしか、ないか」

ルキトレ「どうする? Pに電話する?」

奈緒「いえ、これくらい乗り越えないと顔を合わす資格なんてないです」

ルキトレ「……やっぱり師弟だ」

奈緒「加蓮、いるか?」

加蓮「え、あ、今はちょっと」

奈緒「入る」

加蓮「あ、ごめんね椅子が無いね。今――」

奈緒「何で黙ってた?」

加蓮「……言えないでしょ」

奈緒「言えないのかよ……一緒に頑張ってきたんだろ私達。それでも言えないのかよ!」

凛「ちょっと奈緒」

奈緒「凜は黙っててくれ、卯月も」

卯月「……」

加蓮「今日は、もう帰って欲しい。続きはまた今度」

凛「分かった、お大事にね」

卯月「突然ごめんなさい。でも、諦めてませんから」

奈緒「黙れ!」

加蓮「奈緒!」

奈緒「何だよ、あたしだけ置いてけぼりかよ!」

加蓮「そうじゃないから、聞いて!」

奈緒「……分かったよ」

加蓮「……」

奈緒「言うまで帰さないからな」

加蓮「はいはい私の負け、言うよ」

奈緒「最初からそうすればいいんだよ」

加蓮「あのね、統括から誘われてる」

奈緒「それで?」

加蓮「断ったよ、でも今も説得はされてる。ごめんね、私だけ」

奈緒「加蓮がそっちに行けばあたしは断れない、あっちも分かってるんだろ」

加蓮「はは、凄いね。うん、多分そうだよ」

奈緒「分かってんなら尚更」

加蓮「もう疲れたよ、追いかけ続けるの」

奈緒「疲れたって」

加蓮「いつか、いつかPさんに認めてもらえる日が来るって思い続けて……でも、でもさ。来ないんだよ」

奈緒「だから、まだ」

加蓮「まだっていつ? 事務所では滅多に会えない、仕事場では会っても素っ気なくされて。あんなに一緒にいたのに」

奈緒「だから分かってるはずだろ、このままなはずないって。Pさんはそんな人じゃない」

加蓮「本当に? 本気でそう思ってる?」

奈緒「なら、最後に試すか?」

加蓮「試すって」

奈緒「二人で打ち合わせだ。何ならルキトレさんにも協力してもらって」

加蓮「どうする気?」

奈緒「決まってる、真正面からぶつかるんだ」

短いですがここまで、次回は22日か23日を予定しています

連作短編12 奈緒「貴方といる為に」

奈緒「ふう……終わったあ」

P「疲れてるな」

奈緒「Pさんか、やっと休みだよ」

P「ああ、ゆっくりな」

奈緒「Pさん、まだ仕事か?」

P「ん? そうだな、まあ俺の手際が悪いせいもある」

奈緒「トレーナー時代とどっちが大変だ?」

P「比べる対象でもないな、やってる事はまるで違うし」

奈緒「戻る気とか無いのか?」

P「俺が戻ってどうすんだよ?」

奈緒「喜ぶぞ、加蓮とか幸子とか」

P「言ったろ、最初からプロデューサーとして入ってきたんだから。トレーナーやってる方が不自然だ」

奈緒「そうか?」

P「そうだよ、どっちも人手不足に変わりはないから。早く誰か入れないといけないんだけどな」

奈緒「なあ」

P「何だ? 今日はやけに長いな」

奈緒「何で私達のプロデュース断った?」

P「……担当は個人の意思で決まるものじゃない」

奈緒「でもさ」

P「何かあったのか?」

奈緒「その仕事、いつ終わる?」

P「10分くれ」

奈緒「分かった、じゃあちょっとジュース買ってくる」

P「まあ、もう終わってるんだけどな。しっかし何だろうな……面倒な事じゃないといいけど。
ここで断ったら聖來さんにまた何か言われそうだし」

泉「戻りました」

P「お疲れ、あれ大石さん?」

泉「はい、そうですが」

P「ああいや、別に意味あって呼んだ訳じゃないんだ。その、初めて見たから驚いちゃって」

泉「いえ……」

P「ごめん、引き止めちゃったね。仕事はもう終わりかい?」

泉「アイドルとしての仕事は終わりです。ただ、事務の方から一つ頼まれていたので」

P「でも、もう俺以外のスタッフって帰ってるけど」

泉「いえ、PCの調子を見るだけですので」

P「PC? 扱えるの?」

泉「趣味の範囲ですが」

P「すまないね、こんな時間から」

泉「本当は明日なんですけど、早い内に終わらせておいた方がいいかと思いまして。これで問題ありません」

P「早いな、ありがとう。はいこれ。貰い物の缶ジュースだから気にせず受け取って」

泉「すみません、ありがとうございます」

P「終わったんなら、早く帰った方がいい。最近、何かと物騒だから」

泉「では書置きだけしておきます、失礼しました」

P「お疲れ様! ……いいぞ、入ってきて」

奈緒「あの子って」

P「大石泉、ニューウェーブの一人だな。流石に知ってるだろ?」

奈緒「まあ、有名だし」

P「初めて会ったよ、ニュージェネレーションにも会ってみたいもんだな」

奈緒「ニュージェネレーション……」

P「何だよ、仲良いんだろ?」

奈緒「お、おう」

P「言いにくい問題なのか?」

奈緒「その、さ」

P「まあ、時間はあるから言い出すまで待つが」

奈緒「加蓮が倒れた」

P「容態は!?」

奈緒「だ、大丈夫! ただの風邪だったから、今は家で寝てるよ」

P「何だよ驚かすな。で、それいつの話だ」

奈緒「昨日、だから今日はレッスンも仕事も休んで家で寝てる……んだけど」

P「続きがあるのか」

奈緒「明日、レッスンに出てくるってメールが」

P「いや、無理だろ」

奈緒「って何度も言ったさ。だけど簡単に言うこと聞かないってPさんも知ってるだろ!?」

P「まあ、しかし何でまた倒れるまで」

奈緒「それは、その」

P「そんなに言いにくいのか」

奈緒「明日、時間あるか?」

P「加蓮の家か」

奈緒「一応、レッスンは午後からだから朝に行けばいるはず」

P「分かったよ、そこで話してくれるんだろうな」

奈緒「と、思う」

P「なるほど、問題は加蓮の方か」

奈緒「頼む、私だけじゃ無理そうでさ。凛は忙しそうだし」

P「ツアー中だもんな、とんでもない日程の」

奈緒「だから頼むな。明日の朝、事務所に来ればいいか?」

P「それでいい、朝礼後すぐに行くから車の前で待ってろ」

奈緒「分かった、ありがと」

P「さて、俺も……おいそこの」

ルキトレ「にゃーん」

P「そんな声の猫はいねえよ、聞いてたな? 何時からいた?」

ルキトレ「最初から」

P「最初からって、何してたんだよ?」

ルキトレ「泉ちゃんを待ってたんだけど、いつの間にか寝ちゃってて。起きたらPと話してるから邪魔しちゃ悪いかなって」

P「アイドルに何を頼んでんだよ……」

ルキトレ「別に無理にとは言ってないもん」

P「加蓮と奈緒って、何かあったのか?」

ルキトレ「分かんないかな?」

P「と、言われてもな」

ルキトレ「ご飯でも、食べていこっか」

P「夕飯、お姉さん作ってんじゃないのか?」

ルキトレ「メール一本入れたら済むから、いつものとこでいいよね?」

P「あの定食屋か、久しぶりだな」

ルキトレ「うーん、この鯖が美味しくて」

P「妙に味の好みが婆くさいというか」

ルキトレ「同じもの食べてるPに言われたくない」

P「しっかし、ここは変わらないな。味も雰囲気も」

ルキトレ「値段もね」

P「万々歳だな、調子は?」

ルキトレ「まあまあかな、担当するアイドルも増えたよ」

P「外部から臨時で入れてるとはいえ、この業界でも屈指の多さなんだよなあ。どうなってんだこの事務所」

ルキトレ「それで回る内はやり方を変える気はないでしょ、社長も」

P「結構アイドルと飯とか行くのか?」

ルキトレ「P程じゃないけどね」

P「そこまでか?」

ルキトレ「この前、菜々さんのお弁当食べたんでしょ?」

P「ああ、あれは」

ルキトレ「知ってる、遊園地でサプライズでしょ? あの菜々さんが泣いたっていう」

P「喜んでくれて何よりだ。ただ……千枝と楓さんは仕事が入っちゃったな」

ルキトレ「まあ、菜々さんだって仕事だった訳だし」

P「ちょっと岡山まで行く仕事があったから何も出来なかったんだよな」

ルキトレ「岡山?」

P「肇の付き添いだ」

ルキトレ「あ、なるほど」

P「何を一人で納得してんだ」

ルキトレ「ううん、だからかあ。ほんっとに、何ていうか」

P「また意味の分からん事を」

ルキトレ「まあまあ、ちゃんと聞いてあげてね」

P「聞くさ、当然だ」

ルキトレ「でもさ、本当にプロデュースできなかったの?」

P「だから、個人で決められる話じゃないんだよ」

ルキトレ「でも聖來さんが希望を出したらあっさり通ったのに?」

P「また別問題だ」

ルキトレ「そこら辺、間違いなく気にしてるよあの二人。もちろん、幸子ちゃんもね」

P「あの三人に問題があるんじゃない」

ルキトレ「はあ、まあ私は深く突っ込まないけど話してあげるんだよ。じゃ、今日はお疲れ様」

P「払うぞ?」

ルキトレ「いいよ、誘ったのは私。次はお願い」

P「分かった、何時になるか分からないが」

ルキトレ「期待してる」
――

P「よし、朝礼も終わった。さっさと――」

楓「おはようございます、プロデューサー」

P「おはようございます、今日は収録ですね。ついていけませんが、宜しくお願いします」

楓「わーくわくします」

P「はは、大丈夫そうですね」

楓「プロデューサーはどちらに?」

P「ちょっと、私用ですね。午後までには終わらせる予定ですが、何か?」

楓「いえ、頑張ってきますから」

奈緒「終わったのか?」

P「ああ、行こうか。しかし行くの初めてだな」

奈緒「そんなに緊張する事ないだろ」

P「そういえば俺の車、初めてか?」

奈緒「仕事でついてくれた事ないだろ、担当外でもそういう事はあるのに」

P「そこはスケジュールの問題だ」

奈緒「どうだろうな」

P「何か流すか?」

奈緒「何があるんだよ」

P「奈緒なら、これとか」

奈緒「って私の歌じゃねえか!」

P「何だよ、不満だったか?」

奈緒「他! えっと、何だこれ? いいやこれ!」

P「適当に置いてあるのもあるからなあ、誰のだろ。事務所の誰かではあると思うんだけ――」

奈緒「これって」

P「……ああ、それか」

奈緒「他の事務所の曲も聞くんだな」

P「売れ線の調査も兼ねてな。仕事をする上で他のアイドル何も知りませんじゃ話にならない」

奈緒「まあそうだよな」

P「まあいいか、変えるのもめんどくさい」

奈緒「今日が笑えたら明日はきっと幸せ、か」

P「どんなだろうな、俺達の明日って」

奈緒「こ、ここか」

P「みたいだな」

奈緒「何で落ち着いてんだ?」

P「何で焦ってんだ」

奈緒「だって、入った事ないし」

P「アイドルの家なんてもう何回も入った」

奈緒「はあ!?」

P「寮のな」

奈緒「何だよ自宅かと思った」

P「……さあ入ろう」

奈緒「その間はなんだよ!?」

P「ピンポーン」

奈緒「いや押せよ!」

「はーい」

奈緒「通じた!?」

P「何を一人で興奮してんだ?」

奈緒「納得いかない」

P「すみません、様子みたらすぐに帰りますので」

奈緒「ここか、部屋」

P「聞き忘れてたけど、事前に連絡とかしたか?」

奈緒「あ」

P「あ、じゃない。寝てたらどうすんだ?」

奈緒「だって、でもほら事前に連絡してたら逃げるかも」

P「逃げる? そんな元気はないだろう?」

奈緒「ほら、だからそもそも」

加蓮「流石に起きたよ」

P 奈緒「おはようございます」

加蓮「来るなら言って」

奈緒「もうしわけありません」

加蓮「私パジャマじゃん、奈緒ばっちり決めてるのに」

奈緒「はい」

加蓮「で、こんなに早くじゃ化粧もできないし」

奈緒「はい」

加蓮「おまけに病み明けで満足に部屋も掃除できてない」

奈緒「はい」

加蓮「そしてお見舞いの品も買い忘れたと」

奈緒「はい」

P「うん、それはちょっとどうかと思う」

加蓮「Pさんも、お菓子こんなに買ってきても食べきれないよ」

P「まあ、三人で食べれば何とかと思って」

加蓮「自分で買ってきて自分で食べるんだ?」

P「最近、こういうの食べてなかったからなあ」

奈緒「お、これ先週までやってたのだ!」

加蓮「あ、これ見てる途中」

P「奈緒はともかく、加蓮アニメ見るの?」

加蓮「借りてたのをちょっと、暇だったし」

P「これ、いつやってんだ?」

奈緒「深夜」

P「録画してんのか、アニメ一つ見るのも大変な時代になったもんだ」

奈緒「Pさん、知らずに買ったのか?」

P「何か可愛いキャラだなあと」

奈緒「そうなんだよ!」

加蓮「始まった」

奈緒「この子さ、最初はちょっとツンツンしてて距離を取るような態度を取るんだけど、やると決めたら一生懸命でさ。それでいて仲間想いで、
   とにかく知れば知るほどいいなって思う子なんだ」

P「うん、凄く可愛い子だと思う」

奈緒「だろ!?」

P「奈緒にそっくりだ」

奈緒「そうそう、そっく……そっくす?」

P「履くのか」

加蓮「あっはははははははは、自滅してる」

奈緒「うー」

加蓮「見てみる? ディスク入れっぱなしだから私もまだ見てないし」

P「じゃ、お言葉に甘えて再生」

――


P「何で、何で何も言わねえんだよ!」

加蓮「これで終わりなのかな……」

奈緒「……」

P「あ……」

加蓮「いた、いたよ!」

P 加蓮「やったあ!」

奈緒「完全に蚊帳の外だ、三回目だと涙も出てこない」

P「お? この声」

加蓮「うん、みくちゃんだ」

奈緒「知らなかったのか?」

P「猫の役じゃないぞ」

奈緒「いや、猫が喋るアニメってそんなに無いから」

P「自分を曲げやがった」

奈緒「その言い方は可哀想だろ」

P「ああ、その台詞の後ににゃんと付ければ」

奈緒「世界観がぶち壊れるって!」

P「終わった、いや最近のアニメはこんな感じなのか」

加蓮「どんなイメージだったの?」

P「ほら、アイドルがロボットに乗って――」

奈緒「それ以上は駄目だ」

加蓮「あ、そろそろ出ないとレッスン」

奈緒「それも駄目だ!ってかそれが本題じゃねえか!」

P「俺も止める、元気そうだが今日は辞めとけ」

加蓮「奈緒は行くんだよね」

奈緒「え? ああ」

P「病み上がりでレッスンしたって体力を無駄に使うだけだ、明日は仕事だろ」

加蓮「それは私が決める事だよ」

P「俺はプロデューサーだ」

加蓮「でも私とは関係ない」

P「奈緒、これか?」

奈緒「うん」

加蓮「誰が何と言おうがレッスンには行くから、一日休んだから大丈夫」

P「どうしてそこまでこだわる?」

加蓮「時間がないから」

P「時間? まだまだこれからだろ?」

加蓮「そういう事じゃない」

P「奈緒、知ってるんだろ?」

奈緒「昨日の質問」

P「昨日の?」

奈緒「何で私達のプロデュースを断ったかって」

加蓮「奈緒? まさか聞いたの?」

奈緒「だって聞かなきゃ加蓮が勝手に自分を追い込んでいくだろ!? その結果がこれだ!」

加蓮「そんなの関係ない!」

P「俺が断ったら何で追い込むことに繋がるんだよ?」

奈緒「ああもう分かれよ!」

P「奈緒?」

奈緒「アタシ達がデビューする時に決めた目標が二つある、一つは凜と同じ舞台に立つこと。もう一つはな――」

加蓮「いい」

奈緒「加蓮!? どこ行くんだよ?」

加蓮「どこって一つしかないけど」

P「……」

奈緒「いいのか!?」

P「止めても無駄なら、やらせるさ」

奈緒「……見損なった」

ルキトレ「あれ? こんな時間に電話? 何だ、どうしたの?」

P「今、時間あるか?」

奈緒「本当に始まっちゃったよ……」

トレ「おはよう、じゃあ準備運動から始めようね」

幸子「奈緒さん息が荒いですが、何かありました?」

加蓮「おはようございます」

トレ「加蓮ちゃん、出てきちゃっていいの?」

幸子「……二日前に倒れたって聞きましたけど」

奈緒「そうだよ、なのに」

幸子「まあ、無理ない話ですが……どうせ悪いのはプロデューサーでしょう」

奈緒「あんな馬鹿、知るか」

幸子「こちらも重症でしたか……コホンコホン」

加蓮「幸子まで風邪?」

幸子「いえ、そこまでは。ちょっと下の事務所に戻ってもいいですか? 薬が入っていますので」

トレ「ええ、大丈夫そう?」

幸子「問題ありません、すぐに戻りますから」

ルキトレ「あ、幸子ちゃん」

幸子「いい所に、プロデューサーはどこです?」

ルキトレ「えーっと」

幸子「何か知ってますね?」

ルキトレ「知らない、なーんにも知らない」

幸子「ここで待ってればいいんでしょうか」

ルキトレ「レッスンは?」

幸子「抜けてきましたよ、カワイイボクに掛かればこれくらい朝飯前ですからね」

ルキトレ「うー、どうしよう」

幸子「安心して下さい、邪魔はしません。ボクとしてもあの二人があんな調子では気分が乗りませんから」

ルキトレ「いい子に囲まれてるなあ」

幸子「それで彼はいつ来るんですか、優しいボクでも限界はあるんですからね!」

ルキトレ「いや、もういるんだ」

幸子「はい? ならどこに?」

ルキトレ「更衣室」

幸子「更衣室? ああ、ボクに会う為に正装に――」

P「幸子か」

幸子「ジャージですか」

ルキトレ「ごめん、嗅ぎ付けられちゃった」

P「別に問題ないよ」

幸子「しかしまたどうしたんです? 珍しいですね、そんな格好」

P「今日のレッスンな」

幸子「はい」

P「俺がやる」

幸子「……はい?」

トレ「大丈夫なの?」

ルキトレ「任せてみようよ」

奈緒「何でまた」

加蓮「……」

幸子「ボクはカワイイですがレッスン場の空気が最悪です」

P「ダンスか……曲はこれか」

加蓮「まず、それ踊れるの? 新曲だよ」

P「合わせてみるか。トレーナーさん、ちょっと見てもらっていいですか?」

トレ「いいけど、これ本当に新曲だから」

P「曲を選んだのは俺ですから」

加蓮「選んだって」

幸子「ふうん、だから自信満々という訳ですか」

奈緒「知ってるからって踊れるとは限らない」

P「タイミングはお任せします」

トレ「では、3、2、1」

幸子「見事なものですね、相変わらず。褒めてあげます」

ルキトレ「性別だけの差じゃないね」

P「これでいいか?」


加蓮「文句はない」

奈緒「……何を考えてる?」

P「今の出来を見たい、最初から通すぞ」

幸子「はっ」

P「腕の振りが小さい、それで何を伝える気だ!?」

奈緒「くっ」

P「目立つ部分だけに気を取られるな、ファンは全て見てる!」

加蓮「このっ」

P「ターンの癖が抜けてないぞ、今はソロじゃないんだ」

ルキトレ「私より厳しい」

トレ「まあ、指導を教えたの姉さんだから」

ルキトレ「何でレッスンするなんて言い出したんだろ」

トレ「でも、そろそろ限界が見えてきた」

ルキトレ「え?」

トレ「このままだと――」

P「よし、休憩だ!」

トレ「ああ、分かってるんだね」

ルキトレ「何の事?」

トレ「頑張りなさい、ルキの為にもやってるんだよ」

幸子「まだ出来ますよ」

P「自覚できない疲れもあるだろ、それに」

幸子「冗談です……倒れたのはプロデューサーのせいですよ」

P「本当に一つ言葉が多いな」

幸子「ふん、ボクのありがたい言葉を聞き逃そうなんていい度胸ですよ」

P「俺も見てるが、頼む。見極めが思ったより難しい」

幸子「普通にやらせて限界を知ってもらうのも手では?」

P「どんなにきつくしたってあいつは俺の前では倒れない」

幸子「これはこれできついだけでしょう? 全く、頑固者が二人も揃うと大変です」

P「四人だろ」

幸子「ボクは違いますよ」

P「そうか?」

幸子「ボクは天使ですから!」

P「よし、次は海だな」

幸子「クリオネではありませんからね!」

奈緒「大丈夫か?」

加蓮「大丈夫な様にされてる」

奈緒「Pさん、こっちの体力きちんと把握してる。このまま根比べしてたって負けるだけだ」

加蓮「……ヒクッ」

奈緒「お、おい」

加蓮「久しぶりのレッスンなのに、Pさんの予想を何一つ越えられない」

奈緒「いや、その体調で凄いって」

加蓮「悔しいんだ、悔しいよ。Pさんに認められて初めて、私は凛と同じ舞台に立てるって思った。けど、遠い……遠すぎて見えないよ」

奈緒「これじゃ何の解決にもなんないぞ、どういうつもりなんだよ」

幸子「奈緒さん」

奈緒「幸子?」

幸子「一つ提案があります」

奈緒「本当に上手くいくのか?」

幸子「何を企んでいるのか知りませんが、プロデューサーの思うままに事が進むのは面白くありません」

奈緒「まあ、そりゃそうだけ――」

幸子「何より」

奈緒「ど、どうした?」

幸子「ボクだって言いたい事は山程あるんです、貴方達だけが抱えてる訳じゃありません」

奈緒「幸子……」

P「再開だ!」

奈緒「なあ、Pさん」

P「何だ?」

奈緒「曲、変えないか?」

P「他の曲でどこか不安があるのか?」

奈緒「ちょっとな、トレーナーさん」

トレ「いいけど、どれにするの?」

奈緒「これで」

ルキトレ「何が何だか」

トレ「懐かしい、加蓮のデビュー曲だね」

P「今更?」

奈緒「いいだろ、おさらいだ」

P「構わないが、他の二人もいいのか?」

幸子「構いませんよ」

加蓮「うん、できる」

P「分かった、始めよう」

幸子「どうぞ、センターに」

加蓮「幸子?」

幸子「言えないなら示すしかないでしょう、アイドルなんですからやる事は一つです」

ルキトレ「あの曲、三人で合わせたのなんてデビュー前だよね? よく組んでる奈緒と加蓮はともかく幸子は」

トレ「大丈夫だよ、あの子達は」

P「配置はそれでいいんだな」

加蓮「……いいよ、初めて」

トレ「多分、Pくん言えないんだよ。断った理由」

ルキトレ「だからこんなやり方?」

トレ「精一杯なんだよ、それはあの子達も一緒」

ルキトレ「よく分かんないなあ」

トレ「分かんなくても信じるの、アイドルの皆を舞台に送り出す時と何も変わらない」

ルキトレ「そうやって待ってばかりだから統括いつまでたっても振り向いてくれないんだよ」

トレ「そ、それは関係ないでしょ!」

幸子「どうですか? まさかボクのダンスを見て感想なしとは言わせませんよ」

P「いや、凄いと思う。完成形になってる、改善点が見つからない」

加蓮「はあ……はあ…」

幸子「それなら、どうして仕事で加蓮と奈緒と関わろうとしないんです?」

奈緒「舞台の件、知らないとでも思ってたのか?」

幸子「少なからず動揺した子もいるんですよ。まあ、ボクは平気でしたけどね」

P「……分かった。ただ、絶対に口外するなよ」

奈緒「お、おお」

幸子「また唐突ですね」

P「このまま言わないでいるとまた無茶しそうでその方が怖いからな、なら俺だって覚悟を決めるさ」

奈緒「それほどの事って、何だよ?」

P「後、トレーナーさんは席を外して頂けませんか?」

トレ「え、私?」

ルキトレ「何、私達は蚊帳の外?」

P「いや、お前はいてもいいんだけど。トレーナーさんの前では言いづらくて」

幸子「そうやって秘密を作るのはよくありませんよ」

P「って言ってもなあ」

トレ「統括さんに関係あるの?」

P「それでも聞きますか?」

トレ「教えてもらえる?」

P「じゃあ、言うぞ」

加蓮「統括が介入!?」

奈緒「マジかよ」

幸子「また大人気ないというか何と言いますか」

トレ「……」

ルキトレ「……あれ……やっぱりあいつが変えたんだ」

P「ルキトレ、それ以上は言うな」

加蓮「統括が個人的に阻止したって事?」

P「社命という形だったけど、まあそういう事だろうな。で、代わりが千枝と春菜だったって訳だ」

奈緒「ちょっと待った、何で統括がそんな事を言い出すんだよ?」

P「それは俺が知りたい、聖來さんはその件で完全にあの人を目の敵にしちゃったし」

奈緒「で、でも何で黙ってたんだよ? そんなの私だって言われたら」

P「納得したか?」

奈緒「う……」

ルキトレ「デビュー前に統括に噛み付いたら最悪デビュー延期だったかも」

加蓮「私達だって噛み付きまではしないよ、誰のお陰でデビュー出来てるか分かってるから」

P「けど、知ってても黙ってないといけない状態ってのも辛いだろ。トレーナーさんとよく絡むお前らは特に」

ルキトレ「ああ、そっか。そうだね」

加蓮「あ、うん」

P「後、もう一つ言いにくい理由がある」

幸子「もう何を言われても驚きませんよ」

P「この前、幸子と一緒にゲーセン行ったんだ」

奈緒「お?」

加蓮「はあ?」

幸子「たまたまですよ、あれは――」

P「まあ小日向さんと三人だったんだけど、統括から何も言われなくてさ。こっちは丁寧に経費として申請まで出したのに」

幸子「何で喧嘩を売りに行くんですか」

P「誰が駄目だったのかはっきりさせる機会だと思ってな。で、幸子じゃない事ははっきりした」

奈緒「私達のどっちかって事か?」

P「多分、どっちもだ」

幸子「ああ、そういう事ですか」

奈緒「どういう事だよ?」

P「渋谷凛だよ、奈緒と加蓮の共通点から出せる答えはそれだけだ」

加蓮「凛が何か言ったってこと?」

P「分からない、けど統括に最も近いアイドルはニュージェネレーションだ。なら何か知っててもおかしくない」

奈緒「凛……」

P「奈緒の考えてる通りの事を俺も考えてる。別に俺に対して不満抱えたままってだけならそれでもいいと思ってたけど、加蓮が倒れている以上このままに
  しておく訳にもいかないし」

幸子「コンタクトを取ってもらうんですね、奈緒さんと加蓮さんに」

P「あんまりさせたくないんだけどな」

奈緒「分かった」

加蓮「Pさんと会わせればいいんだよね?」

P「それで素直に言うかどうか分からないけどな、話してみないと何も分からん」

奈緒「今まで会った事がないってのも不自然だもんな」

P「という事なんですが、トレーナーさん」

トレ「……知ろうとするのは、当然だと思う。ごめんね、何か抱え込ませちゃって」

P「今はツアー中だし、俺も来月まで表立って動けない」

奈緒「それ以降で、オフに誘えばいい」

加蓮「私達の予定と凛の予定を合わせて、Pさんは事情を知ってる人に協力してもらって時間を作る」

P「聖來さんに言ってみるよ。仕事についてるって事にして抜け出せば統括の目も欺ける。後は統括をどうするか」

幸子「その日ボクの仕事を入れればいいんです」

P「いいのか? 無関係装ってもいいんだぞ」

幸子「空から飛び降りるより遥かに簡単です」

ルキトレ「合同レッスン入れてもいいよ、その方が安全じゃない?」

P「トレーナーさんを巻き込む事になるぞ」

トレーナー「いえ、やらせてくれない?」

P「スケジュールの希望は出してみます、通るかどうかは分かりませんが」

ルキトレ「P大丈夫? ばれたら多分」

P「いいさ、プロダクションはここだけじゃない」

奈緒「その時は独立すればいいだろ?」

P「あのなあ、分かったら今日は終わりだ。帰るぞ」

加蓮「あれ? Pさんどうし――」

P「荷物貸せ、送ってく」

幸子「なら当然ボクも――」

奈緒「よーし、とっとと帰るぞ」

幸子「じょ、冗談ですって。引っ張らないで下さい」

P「すまなかった、ごめん」

加蓮「言いにくかった理由は分かるから、別にいい」

P「アイドル使って上司の調査か、我ながら酷いもんだ」

加蓮「理由、あるのかな」

P「聞いてみない事には何ともな、統括だって悪い人だとは思ってない」

加蓮「うん、分かってる。別に喧嘩しようって訳じゃないから」

P「渋谷凛か、ようやく対面だな」

加蓮「いつか三人で舞台に立てたら、その時は宜しくね」

P「いいな、いっその事ユニットにするか」

加蓮「そんな日も来るかなあ、来るといいな」

P「それじゃ、ちゃんと休めよ」

加蓮「うん、ありがと。あ、ちょっと待ってて」

P「何だこれ?」

加蓮「奈緒から借りてたの、ついでに持って行って」

P「俺が返すのか?」

加蓮「そ、お願いね」

P「何時になるか分からないぞ」

加蓮「大丈夫」

P「まあ、預かるが」

加蓮「それじゃ、任せたからね」

P「戻りました」

奈緒「……お疲れ様」

P「……なるほどなあ」

奈緒「何だよ、いたら悪いか?」

P「そんな事は言ってない、ほら加蓮から」

奈緒「ああ、これ」

P「幸子は?」

奈緒「帰ったよ、今日のボクの役目は終わりですからって」

P「しっかりしてるよなあ、ここの年少組は」

奈緒「わ、悪かった……暴走して」

P「いや、俺も冷静さを欠いた。トレーナーさんには隠そうと思ってたから」

奈緒「統括の事か?」

P「まあな」

奈緒「あの二人って、やっぱり」

P「別にそういう関係でも問題はないんだけど、何か違う気がするんだよなあ」

奈緒「アタシにはさっぱりだ」

P「聞きづらいしなあ、うーん」

奈緒「面と向かってどーんと」

P「砕け散るのか」

奈緒「こう、玉砕覚悟でさ」

P「その後の気まずさが半端ないだろ。で、奈緒はいつまで残るつもりなんだ」

奈緒「いや、もう帰るって」

P「ありがとな、少し吹っ切れたよ」

奈緒「いいって、お互い様だ」

P「そうか、じゃあ……またな」

奈緒「ああ、またな!」

加蓮「ねえ、奈緒」

奈緒「何だよ」

加蓮「何か、悩んでたのが馬鹿みたいだね」

奈緒「でも良かったろ、ぶつかってさ」

加蓮「初めから、こうしてれば良かったんだよね」

奈緒「これからも大変だろうけどさ」

加蓮「信じるよ、奈緒も、Pさんも」

幸子「あー、二人でいいところ申し訳ありませんが」

奈緒「幸子!? 帰ったんじゃ」

幸子「加蓮さんこそ、送って行ってもらったのでは?」

加蓮「あ、あはは……」

幸子「ボクを仲間外れにするとはいい度胸ですが、いいでしょう許してあげます。ボクは優しいので!」

奈緒「ははっあははははは」

加蓮「はぁーもうお腹痛い! あははははは」

幸子「どうして人の顔を見るなり笑うんですか! 失礼ですね全く!」

奈緒「幸子は可愛いなあ!」

加蓮「本当、撫でたくなる」

幸子「な、二人とも勝手に子ども扱いしないで下さい!」

終わり 次回は今月中に

 統括 第一回及び第二回総選挙の上位30名の大半(例外は各Pの欄を参照ください)及びニュージェネレーションとクール属性大半
  
  P 高垣楓  橘ありす 東郷あい 上条春菜 水木聖來 佐々木千枝 佐城雪美 黒川千秋 岡崎泰葉 高峰のあ 白菊ほたる 
    吉岡沙紀 工藤忍   
    
 先P 安部菜々 向井拓海 市原仁奈 森久保乃々 星輝子 パッション属性

 女P 緒方智絵理 ニューウェーブ 城ヶ崎姉妹 キュート属性

 大体はこの様な感じですが、十時愛梨と神崎蘭子に関しては四名が月例会議を開きそこで仕事の方針を決めています。
 北条加蓮 神谷奈緒 輿水幸子は担当不在の状況です(理由は連作短編その11を参照下さい)。
 また水本ゆかりの様に上位に入っていなくても統括が仕事を見ているアイドルもいます。
 その日の仕事の入り具合によっても付くアイドルは変わりますので、担当のアイドルとしか仕事をしないという事ではありません。
 加えてPは入って日が浅い為、様々なアイドルと仕事をする様に調整されていたりします。
 蛇足かもしれませんが、こんな感じで話は考えています。矛盾あるかもしれませんが、見逃していただけるとありがたいです。

連作短編13 千秋「プライド」

P「……」

千秋「何て顔をしているの。大きな仕事だというのに」

P「そんな顔してましたか?」

千秋「そうね、朝早くから来た私の心を沈ませるくらいには」

P「大げさな」

千秋「本当にそう思う?」

P「嘘を付いても見抜かれるでしょう?」

千秋「どうでしょうね、貴方の心は私より深い」

P「それこそ、買い被りすぎですね」

千秋「まあいいわ、今日は制作の発表というだけでしょう?」

P「キャストの代表として千秋さんも同席してもらいます。まあ、でも今日はそれくらいです」

千秋「代表とはいえ、名ばかりね」

P「何を言ってるんですか」

千秋「気にしないでいいわ、行きましょう」

P「多分、気付くでしょうから言っておきます」

千秋「誰にも聞かれたくないから車の中まで待ったんでしょう?」

P「まあ、あんまり愉快な話ではありません」

千秋「言いなさい」

P「今回のドラマ、三人主役がいますよね?」

千秋「私とゆかりと茄子の三人ね」

P「元々、茄子さんじゃなくて他の女優の予定だったそうです」

千秋「ふうん、残念ね」

P「脇役で出ます」

千秋「はい?」

P「降ろされたら出ようと思います?」

千秋「絶対に嫌」

P「ですよね、何かありそうで嫌なんですよ」

千秋「その話、当人は知っているの?」

P「さあ、茄子さんと会う機会がありませんでしたから」

千秋「ゆかりとありすは?」

P「まだですが、話しておいた方がいいですか?」

千秋「その方がいいでしょうね、何かあった時に理由も分からないでは理不尽だもの」

P「なら話しておきます。この会見の後、二人と会う事になってますから」

千秋「ターゲットは茄子でしょうけれど」

P「統括も何を考えているのか」

千秋「貴方、嫌いですものね」

P「誰をですか?」

千秋「今、話題に出た人よ」

P「何を言ってるんですか、そんな」

千秋「私も同じだから」

P「……ノーコメントにしておいて下さい」

「今回、ドラマ化という事で意気込みを聞かせてください」

千秋「いつも通り、楽しんで頂ける演技をするだけです」

「舞台とドラマの違いについて意識していることは?」

千秋「舞台は皆さんと世界を作り上げますが、ドラマは演者だけで世界を作り上げる必要がある。どれだけ引き込めるか、今から楽しみです」

P「相変わらず冷静ですね」

千秋「これから起こるかもしれない事の方が怖いわね」

P「ごもっともです。さて、どこで降ろしましょうか?」

千秋「事務所でいいわ」

P「何か用事でも?」

千秋「私も参加しておくわ、その打ち合わせ」

P「構いませんが」

千秋「なら、お願い」

P「さて、ここまでで何か質問は?」

ありす「問題ありません、台詞もそこまで多くありませんから」

ゆかり「私も大丈夫です、台詞も少なくなっていますから」

ありす「ドラマ用に物語が簡略化されてるんですね、何故か私の出番は増えてますけど」

P「そこは喜んでおけ、さてじゃあ最後に――」

千秋「いいわ、私が言うから」

P「いいんですか?」

千秋「大丈夫よ、それとも頼りにならない?」

P「いえ、そんな事は。ならお任せします、じゃあ終わったら来るから」

千秋「ごめんなさいね、私が相手で」

ありす「いえ、それ相応の事情でしょうから」

千秋「察しがいいわね、今から話す事きちんと耳に入れなさい」

ありす「あの人……」

ゆかり「そういう事情があるんですか」

千秋「そう、今回の撮影がいつも通りに終わるとは思えないから、こうして席を設けた」

ありす「何かしたとしても逆恨みです」

千秋「逆恨みも立派な感情」

ゆかり「ですが……雲の上の人なのに」

千秋「だから考えが読めないの」

ありす「何かあったらどうするんですか?」

千秋「一つお願い、もしその場合は私に相談してくれない?」

ゆかり「プロデューサーさんではなく?」

ありす「だからPさん抜きで話を」

千秋「こんな下らない事で彼を使いたくないのよ」

ゆかり「そうですね、ご迷惑をお掛けしてしまいましたし」

ありす「何があっても初めから頼る気もありません、自分で何とかします」

千秋「そう、なら決まりね」

P「さて、茄子さんとの会うのはいつだっけ」

瞳子「プロデューサーさん」

P「はい? 珍しいですね、俺に用ですか? 統括もいますけど」

瞳子「いえ、仕事の話なんだけど……少し」

P「応接室、用意しましょうか?」

瞳子「お願いできる?」

P「さて、何からお聞きしましょうか?」

瞳子「ダブルアクトのドラマに、彼女が出るでしょう?」

P「彼女とは? 千秋さんですか?水本さんかありすですか?」

瞳子「いいえ、この事務所のアイドルじゃない」

P「ああ、例の」

瞳子「単刀直入に言えば、私はあの人を個人的に知ってるの。昔、デビューした時にお世話になったから」

P「昔?」

瞳子「一度、挫折してるの。知らなかった?」

P「……恥ずかしながら」

瞳子「無名だったもの、気にしないで。でも噂が噂だから私からは何も出来なくて、そっとしておいたんだけど」

P「メールですか」

瞳子「どうぞ、読んでくれる?」

P「俺を知ってるんですね、この人」

瞳子「理由については答えてくれなかった、何か心当たりある?」

P「……いえ、会った事もありません。ドラマの撮影には立ち合いませんから」

瞳子「予定は開いてる?」

P「これだけ大物からのご指名とあれば断りませんよ、分かりました。その日に一緒に行けばいいんですね」

瞳子「それが……ここ。ちょっと遅い時間なんだけど」

P「はいはい……え、一人で?」

瞳子「そう、どうしてかは聞いても答えてくれなかった」

P「何で俺だけなんだよ、瞳子さんに会うのが本旨じゃないのか。しかし凄い人だな、高級ホテルってのはいつもこんなに賑わってんのか?」

泰葉「……あの」

P「……何してんだ?」

泰葉「それは私の台詞です」

周子「あ、Pだ」

P「さんを付けろ、何でお前までいるんだ」

周子「何ってライブの開催発表。あ、その顔は知らなかったなあー?」

P「今日ここで?」

泰葉「そうです、Pさんも参加だったんですね?」

周子「ひっさしぶりだ」

P「いや、違うんだが……」

周子「違うって、用もないのにこんなホテルに何の用が……あ」

P「不味いものを見たような顔をするな、別にそんなやましい目的はない」

周子「今からどっかの女優と密会って思ったんだけどなー」

P「……だからお前は嫌いだ」

泰葉「……Pさん?」

紗枝「どうしやはったの?」

周子「紗枝ちゃん、珍しい人がいるからからかってた」

紗枝「あらあら、はばかりさんどす」

P「小早川さんと周子? 京都推しなのか? なら何で泰葉がいるんだ」

泰葉「他にもいるからです、何を言っているんですか」

P「不味い……何でこの場所なんだよ」

紗枝「お困りどすか?」

P「いや、大丈夫。うん、だからその道を開けてくないか周子」

周子「さんを付けてほしいかな」

P「この……」

泰葉「変な事に首を突っ込んでいる訳ではないんですね?」

P「突っ込んでないって、そこまで暇じゃない」

泰葉「なら、いいです」

周子「よかったの? 行かせちゃって?」

泰葉「邪魔だけはしたくありませんから」

紗枝「そない意地悪したらあきまへんよ」

周子「分かってるって、紗枝ちゃん睨むと本気で怖いって」

泰葉「大丈夫ならいいんですが」

P「ったく、この調子だと誰に会うか分からないな