文才ないけど小説かく(実験)4 (1000)

ここはお題をもらって小説を書き、筆力を向上させるスレです。





◆お題を貰い、作品を完成させてから「投下します」と宣言した後、投下する。



◆投下の際、名前欄 に『タイトル(お題:○○) 現在レス数/総レス数』を記入。メール欄は無記入。

 (例 :『BNSK(お題:文才) 1/5』) ※タイトルは無くても構いません。

◆お題とタイトルを間違えないために、タイトルの有無に関わらず「お題:~~」という形式でお題を表記して下さい。

◆なお品評会の際は、お題がひとつならば、お題の表記は不要です。



※※※注意事項※※※

 容量は1レスは30行、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

 お題を貰っていない作品は、まとめサイトに掲載されない上に、基本スルーされます。



まとめサイト:各まとめ入口:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/

まとめwiki:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/

wiki内Q&A:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/index.php?Q%A1%F5A



文才ないけど小説かく(実験)

文才ないけど小説かく(実験)2

文才ないけど小説かく(実験)3
文才ないけど小説かく(実験)3 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1357221991/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1327408977(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1344782343

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1357221991


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1327408977(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)



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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373526119

▽書き手の方へ
・品評会作品、通常作を問わず、自身の作品はしたらばのまとめスレに転載をお願いします。
 スレが落ちやすいため、特に通常作はまとめスレへの転載がないと感想が付きづらいです。
 作業量の軽減にご協力ください。
 感想が付いていない作品のURLを貼れば誰かが書いてくれるかも。

▽読み手の方へ
・感想は書き手側の意欲向上に繋がります。感想や批評はできれば書いてあげて下さい。

▽保守について
・創作に役立つ雑談や、「お題:保守」の通常作投下は大歓迎です。
・【!】お題:支援=ただ支援するのも何だから小説風に支援する=通常作扱いにはなりません。

▽その他
・作品投下時にトリップを付けておくと、wikiで「単語検索」を行えば自分の作品がすぐ抽出できます
・ただし、作品投下時以外のトリップは嫌われる傾向にありますのでご注意を

▲週末品評会
・毎週末に週末品評会なるものを開催しております。小説を書くのに慣れてきた方はどうぞご一読ください。
 wiki内週末品評会:http://www.bnsk.sakura.ne.jp/wiki/index.php?%BD%B5%CB%F6%C9%CA%C9%BE%B2%F1
 ※現在は人口減少のため、不定期に開催しております。スレ内をご確認ください。

▽BNSKスレ、もしくはSS速報へ初めて来た書き手の方へ。
文章を投下する場合はメール欄に半角で 「saga」 (×sag「e」)と入力することをお勧めします。
※SS速報の仕様により、幾つかのワードにフィルターが掛けられ、[ピーーー]などと表示されるためです。



ドラ・えもん→ [たぬき]
新・一 → バーーーローー
デ・ブ → [ピザ]
死・ね → [ピーーー]
殺・す → [ピーーー]

もちろん「saga」と「sage」の併用も可能です。

965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします sage:2013/06/21(金) 22:33:18.02 ID:6Na/EDJio (AirH")

じゃあ俺様が独断でお題を決める。
今回はお題出るのが遅かったので七日締切にしたい。
とくに反論がなければこれで。

第六回月末品評会  『許せない』

  規制事項:10レス以内

投稿期間:2013/07/01(月)00:00~2013/07/07(日) 24:00
宣言締切:7日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/07/08(月)00:00~2013/07/13(土)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)


※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日

第一回月末品評会お題『アンドロイド』
第二回月末品評会お題『魔法』
第三回月末品評会お題『月』
第四回月末品評会お題『馬鹿』
第五回月末品評会お題『依存』

月末品評会 6th 『許せない』 投稿作品まとめ

№1 「自分を許して」 1/10 ◇o2dn441Gnc

感想……勝手に第一印象で相手がどういう人間か決めつけ、ステレオタイプにレッテルを貼る人間ってのは
      少なからずいるよね。でも、「許せない」かどうかと言われれば、そこまでの問題かな? とも思う。
      辛さが圧倒的に足らない感じ。甘辛もいいとこだよね。


******************【投票用紙】******************
【投票】:なし
【関心】:なし
**********************************************

さて、時間外もなかった、ということで、◇o2dn441Gnc氏 が優勝です、おめでとうございます

次回お題は明日までに提出お願いします

あと、どなたか次レス、立ててください、尾根がします

↑のレス、最後の行削って読んで下さい

前スレで頂いた『色鉛筆』と言うお題で書いた小説を投下します。
途中で放置してあったのですが、何となく最後まで書いた方が良いような気がして最後まで書き切りました。
文章が固く、会話文もあまりないため読みにくいかもしれませんが(エンターテイメント性があまりないです……)、もしお暇があれば読んでいただき、厳しい批評をいただきたいです。


 たくさんの絵の具の匂いがしている。ここは父がアトリエとして使っている部屋だ。僕にはまだはっきりと区別がつかないが、様々な道具の匂いが、空気や壁に染みついたように僕の嗅覚を刺激する。油絵の具の独特の匂い、資料の本の少し黴臭い香り、画材や何かのよくわからない幼い頃から嗅ぎ続けている香りが、そこら中から漂ってきている。
 父が絵を描く仕事としていると言うことは幼い時から聞いていた。しかしながら、父は世間がイメージする画家と言った、いかにも芸術性にあふれる浮世離れした職人という事ではなくて(本格的な画家と言う職業が何を指すのか僕にも今ひとつわからないけれど)父の仕事は主にちょっとマイナーで芸術性のあるミュージシャンのPVを作るために絵を提供したりだとか、テレビ番組で使うこまごまとした、別にあっても無くてもいいような絵を提供したりだとか、何かの商品の広告ポスターのための絵を提供したりと言った、いわゆる絵の何でも屋さん的な仕事をしているのだと教えられた。そしてその仕事やら営業やらの合間に、父は自分の好きなように描いた、大きさの自由な絵を、時間の許す限りを使って何枚か仕上げ、その絵を自らが開く個展などで発表しているのだとも、僕は聞いていた。
 父の創作活動がそういう僕の見える範囲で行われるようなものであったから、僕は幼い頃から絵という存在に、猛烈に興味を持っていた。その
こともあり僕は小さい時から(とは言っても僕はまだ十四歳であり、大人から見たら充分に小さい子供だとは思うけれど)父の絵を何回も見てき
た。僕は父の絵が大好きだった。僕は父の描いた様々な絵を見ながら育ち、そして僕自身も、絵を見よう見まねで画用紙に描いたりもしたことが
あった。そうやって父に影響されて絵に関心を持っている僕ではあるが、僕が絵を描くには一つ、わりと大きな障害があることも自覚していた。
 それを象徴するようなエピソードが一つある。僕が四歳になる頃だったか。幼稚園に入園して物心ついた辺りに、僕は暇さえあれば父の絵を飽
きもせずに、アトリエにこもって眺めることが習慣となっていた。僕は物静かで無口な子供であるから、創作の邪魔をすることもなく、父も僕が
アトリエに入り浸ることを――特に口にはしなかったが――気にすることもなく許していたのだと思う。そんな日々の中。ある時、僕がずっと無
言で絵を眺めつづけていると、父は微笑みながら、「佑介は絵が好きか」と訊ねてきた。僕は特に何も考えもしないで、頷いた。父の絵は好きだ
った。何がいいのかはわからなかったが、アニメを見るよりも、特撮ヒーローを見るよりも、父の描く絵を見る事で僕は安心感を覚えた。何より
心が満たされる感覚があったのだと思う。そう口にすることは出来なかったが(幼い子供にできるわけがないとは思うが)僕が頷くだけでも父は
満足したようだった。そして僕の頷きを継いで、父はこう提案してきた。「だったら、一か月後のお前の誕生日にお前のための絵を描いてやる」
父はそう言って、実際に僕の四歳の誕生日に、自らの書いた絵を僕にプレゼントしてくれたのだった。それは海の絵だった。昼間の空と海をポッ
プな画風で描いた、子供にも親しみやすい絵だった。しかし僕は、それを貰った時に、父に向かって奇妙な言葉を発してしまったのである。父が
僕にこう聞いて来たのだ。「どうだ。カラフルで、心が浮き浮きするだろ」。僕は言葉の意味がよく分からなかったので「カラフルって何?」と
訊き返した。「色がたくさん付いていて、楽しい感じの事だよ」。父はそう答えてくれた。色という物の概念は知っていた。僕の見る景色の中に
も、濃淡の違いやら、色の境目などはあった。そして僕は父から貰った絵を見てこう言った。「全部ねずみいろだね。カラフルだね」。父は僕の
その答えに、とても不思議な表情を見せて首を傾げた。父が僕を見るその目は、害のない不思議な化け物でも見ているかのようだった。僕はその
翌日、父に病院に連れて行かれた。そしてその病院で僕はこう診断された。色覚異常。僕は生まれつき、色を上手く認識できないのだと言われた。
青系統の色、赤系統の色、それらをうまく識別、区別することが出来ないらしいのだ。全色盲というわけではないのだが、僕の世界に存在する色
というのは、他の健康な人のそれよりもごく限られていた。僕の世界のほとんどは、薄暗いモノトーンで構成されていた。なぜ両親が、僕の色覚
異常を四歳になるまで気づかなかったのかと、今でもたまに不思議に思うのだが、僕は小さい頃からほとんど言葉を発したりせず、物を見た感想
や感動を言葉で伝えようとしなかったから、その時になるまで判らなかったのだろうとそう考えることにしている。僕が伝えない限り、彼らには
僕の異常なんて分からないのだ。家族であっても、近しい愛しい者であっても僕らは他人なのだから。僕らは言葉で、自らの異常を伝えていかな
ければならない。


 自分が色覚異常を有していると分かっても、僕は絵を描くことを止めなかった。と言うよりも、当時四歳であった僕には、
自分が他人とは違う特別な病を持っていると言うことが、上手く理解できなかったのだと思う。僕にとって色の欠けた世界
と言うのは当たり前の感覚であり、生まれた時から僕はその中で生きてきた。当然、皆も僕と同じように見えているのだと
思っていたし、四歳の子供に他人との区別が上手くつくはずもなかった。自我でさえやっと芽生えて育ち始めた時だったの
だから。
 鉛筆で絵を描き続ける僕に対して、父は以前と変わらぬように接してくれていた。その事は、今だからこそわかるのだが
とても有難かった。あの時は分からなかったが、僕のその病が発覚した時に、母も親戚も、僕の異常を知っている大人はは
れ物に触るかのような態度で僕に接してきたが、父だけは僕を普段通りに扱ってくれた。そのおかげもあってか、僕は自分
がかわいそうな子だなんて思わずに済んだ。それは本当にありがたいことだった。父のそれが意識的なのか無意識だったの
か。どちらにせよ、父は絵を描き続ける僕にアドバイスをし続けてくれ、色のついた絵を描いて誕生日に僕にプレゼントし
続けてくれた。その事は僕には本当に、本当に嬉しかったのだ。
 そして、それとは別に、小学校に入学した年に父があるプレゼントをしてくれたのを覚えている。これは思い出すだけで
も笑えるのだが(もしかしたら笑い事じゃなくトラウマになっていたかもしれないが)、父はこの僕に対して色鉛筆をプレ
ゼントしてきたのだった。目が見えない僕に。しかも三十六色入りのものを(ときわいろ、まつばいろ、なんどいろ、など
と言う聞いたこともないような不思議な色まで入っていたのだ!)。母をその事で僕を慰め、父と小さな喧嘩をしたが、父
は笑いながら僕と母に向けてこう言ってのけたのだ。「別に色を識別できないからって、色鉛筆を使っちゃいけないなんて
ことは無いだろう。絵は自由なんだ。制限なんてない。ルールもない。好きなように色を使えばいい。好きなように書けば
いい。そこではお前は何にでもなれるし、どんな世界でも作ることが出来る。お前が色を識別できないと言うのならば、色
鉛筆を適当に使って、自由に絵を描けばいい。そうしたら面白い絵を描けるぞ。空が青色だなんて誰が決めた? 土が茶色
だなんて当たり前すぎてつまらない。お前はお前にしか書けない絵を描けばいい。色鉛筆はお前が思うように思うがままの
場所に、塗ればいい。それがお前の世界だ。ただ灰色なだけじゃない。全ての場所に、概念なんか関係なしに、自由に色を
塗れるのがお前と言う人間なんだ。俺は思うんだが、空が青色だと決まってしまった時から、色に名前を付けてしまった時
から、俺らはつまらない絵しか描けなくなってしまったんだ。お前はその常識から解き放たれた人間だ。お前だけは、空を
黒色に塗れるし、海を黄色に塗れる。その思いを込めて、俺はお前に色鉛筆を渡す。いいか。お前は絵を描き続けろ。絵は
きっといつかお前を救う。お前が救われるときまで。そしてお前の絵が誰かを救う時まで、お前は絵を描き続けるんだ」
 普段お茶らけているような父が、真剣な顔をしたのを見たのは、絵を描いているとき以外でそれが初めてだった。僕は、父
から渡された色鉛筆を、頷きながら、受け取った。それは僕にとって、魂と繋がっているような、そんなとても大事なものの
ように思えたからだ。


 それ以来、僕は父の言いつけを守るようにして、色のついた絵を描き続けている。
 それと、基礎的な事を学ぶために、絵画教室にも通うようになった。近所に住んでいる、昔大学で絵を教えていたと言う
お爺さんが開いている半ば趣味のような絵画教室にて。僕はそこで父から教わらなかったことを学んでいた。十四歳になっ
た今、父はもういない。既に父が死んでから三年の月日が経っていた。僕が小学五年生の時に、父は亡くなってしまった。
僕に対して父が最後に発した言葉は、絵は誰に対しても開かれている、という言葉だった。未だに僕はその言葉に込められ
た意味が、上手く掴めてはいないのだけれど。
 お爺さんの絵画教室には、四名の生徒が通っていた。週に二回、授業が開かれ、粉と油を塗り合わせて絵の具を作る方法
だとか、画布を貼ってキャンバスを作る方法などを、その先生から教わった。あまり堅苦しくない先生だった。厳しくせず
に、生徒の感性に任せて、自らの経験からくるアドバイスを丁寧に与えるやり方は、僕の性格に合っていたのだろう。だか
らこそ、こうして四年間も続けていられるのだ。先生は、もちろん僕の障害(と言っていいのだろうか)の事について知っ
ていた。だが、それでも彼は僕に絵を教えてくれている。僕に合わせた色の使い方を教えてくれる。例えば、色はどんな場
所に好きなように塗ってもいいのだが、どのくらいの厚さで塗ると色が映えるだとか、あまりこの色とこの色を近くに塗る
べきではない、と言った事を、感覚的に僕に教えてくれた。僕はそれを逐一覚えて、メモをして、体に染み込ませた。僕に
は見えないのだから、見える人に僕の色遣いを指摘してもらえるのは有難いことだった。


 学校に友達の少なかった僕だが、絵画教室ではいつも一緒になる女の子と仲良くなった。彼女は同じ日の同じ時間に授業
を取っていて、最初はあまり話をしなかったが、次第にお互い話をするようになり、一緒に帰ったりするような仲となった。
 彼女の名前は、雪原結衣と言う。僕より一つ年上で、人懐っこい性格の女の子だった。彼女は水彩画を好んで描いていた。
それに対して、僕は基本的に鉛筆画を描いていた。もちろん鉛筆画を書くきっかけとなったのは、恐らく父から貰った色鉛
筆だったのだろうが、しかし鉛筆画の素朴さは、理由もなしに僕の心を惹いた。僕の習作の為にと先生が描いた、本物と見
間違うほどのリアリティで描かれた猫の鉛筆画を見た時、僕が目指している場所はそこなんだと感じることが出来た。だか
ら僕は鉛筆画しか描かなかった。結衣は水彩画にて、ファンタジーの景色を書くのが好きだった。いろんな可愛らしい動物
が出てきたり、魔導師が描かれていたり、中世ヨーロッパ風のお城が描かれていたり。それは彼女がアニメや漫画が好きな
ところからきているのだろうが、彼女が描く不思議な色遣いの水彩画は、僕の心を掴んで止まなかった。そして彼女自身の
話し方や仕草、そして顔の美しさだったり、彼女の放つ生の感触の一つ一つが、妙に僕の心をざわつかせ、高鳴らせた。は
っきり言ってしまえば、僕は彼女に恋をしていた。恐らくこれが恋い焦がれると言う感覚なのだと思う。帰り道に、隣で歩
く彼女の声を聴くことだったり、可愛らしく笑う仕草だったり、髪から香るトリートメントの甘い匂いが、いつも僕をドキ
ドキさせ、混乱させた。僕は紛れもなく彼女に恋をしていた。しかしながら、一つだけ大きな問題があった。彼女にはすで
に恋人がいて、そこに僕の入り込む隙間はなさそうだと言う事だ。その事実がより僕の心を傷つけ、嫉妬心を煽り、孤独に
向かわせていた。そして僕は、以前よりも絵の世界に篭る時間が多くなっていた。


 学校から帰って来てからも、休日の朝から晩までも、僕は暇さえあれば絵の世界に没入することを自分に強いた。僕は言
葉を持たなかった。他人と話をすることを好まなかったこともあるが、僕には絵の世界があれば十分だった。絵画教室の先
生は、僕の絵の上達に驚いているようだった。僕は雪原さんをモデルに、人物画を描くようになっていた。それは誰にも秘
密にしていたが、恐らく先生にはばれているような気がした。
「君の絵は、私らの常識を超越しているよ」
 先生は時たま、そう呟いて僕の描いている絵を眺めた。それが純粋なる褒め言葉なのか、或いは皮肉としての言葉なのか
はわからなかったが、その言葉を聞いても悪い気分にはならなかった。僕の気持ちが塗り込められたその絵は、良い方にも
悪い方にも、常識を超越しているような気がした。色彩異常の男に塗られる雪原さんの世界。僕は彼女の背景を暗い色で塗
るのが好きだった。紫や藍色という色の感覚が僕には全く分からなかったが、その暗く濃い色が、何故だか彼女にはひどく
似合っているような気がしたのだ。一度、雪原さんをモデルとした、天国を破壊する悪魔の絵を描いている時に、隣で作業
をしていた雪原さんが声をかけてきたことがあった。
「それ、すごく醜くて美しいね」
 僕の描いていた絵を指差して、雪原さんは淡く微笑みながらそう言って首を傾けた。僕は思わず恥ずかしさのあまりに顔
を背けてしまい、小さな声で「ありがとう」と呟くしかできなかった。後から考えてみれば、それがほめ言葉だったのか、
皮肉だったのかは分からなかったから、僕の感謝は滑稽だったのかもしれない。
 しかしながら、すごく醜くて美しい。
 雪原さんが発したその言葉自体が、とても詩的で刺激的なものだったが、その言葉は雪原さんをモデルに描かれたこの絵
にとても似合っている気がした。彼女はこの絵が自分自身をモデルとして描かれていると言うことに気付いていたのだろう
か。それをわかったうえで、醜くて美しいと言ったのだろうか。僕には全くわからなかった。恐らく、醜くて美しくなって
しまったのは、僕の心の中で膨れ上がる雪原さんの偶像が、絵に現れた結果なのだろう。僕は雪原さんと恋仲になりたかっ
た。雪原さんと口付けがしたかった。雪原さんとセックスがしたかった。雪原さんを犯したかった。雪原さんの裸を描いてみ
たかった。眠っている雪原さんの肌に絵の具を塗ってみたかった。雪原さんと誰も知らない場所に行って、誰も知らないもの
を作りたかった。雪原さんを僕の物にしてみたかった。そういう欲望に塗れた、僕の心の中に存在する雪原さんの像こそが、
もっと言えば雪原さんを想う僕の心自体が、醜くて美しいのだろうと思った。


 雪原さんは、高校に入学すると共に絵画教室に通わなくなった。僕は自分の恋心を彼女に告白することはしなかったし、
そもそも彼女のメールアドレスすら知らなかった。彼女とは絵画教室で話すだけで、僕らは友達以上の関係に至れなかった。
それ以来、彼女と会う機会はなくなった。彼女の家の場所は知っていたが、そこに向かう勇気もなかった。会わなくなって、
彼女への思いがどんどん強くなるのを感じていた。思いが強くなりすぎて、僕の中で雪原さんは、どんどん神格化していく
ような感覚があった。

 雪原さんがいない生活を送るようになっても、相変わらず僕の世界に色などは存在しなかった。高校に行っても友達は出
来なかった。美術科がある高校で好きな事を学んでいたが、僕は他人とコミュニケーションを取ろうとはしなかった。友達
なんていらなかった。クラスの女はみんな雪原さん以下のクズとブスだけだったし、男は頭の悪い猿だらけだった。一人だ
け杉内と言う男がいて、そいつとだけはたまに話をすることがあった。音楽科に通う、エレクトロニカやポストロック、ア
ンビエントミュージックなどに詳しい奴だった。学校の中で、一番まともな奴だった。
「僕は死んだ人の音楽しか聞かないんだ。天才ってさ、本当に短い期間の中でその生命力、エネルギーの全部を費やして、
すごい作品を作るんだ。だから早く死ぬのなんて当たり前なんだよ。だってさ、馬鹿みたいに無益な事をやり続ける凡人の
暮らしを何十年も続けるのならさ、すごい作品を作って早死にする方が良いよな。だから早死にした天才たちは、僕にとっ
てあこがれなんだよ。僕も早く死にたい。出来れば二十五歳くらいで。遅くとも三十歳位で。まあスパークルホースのマー
ク・リンカスみたいに、若いころずっとくすぶっててあるときすごい作品を出して、結局自殺って言うのもいいけど。でも
僕は一生分のエネルギーを使って、何か音楽を作りたいんだ。それだけでいい。それが出来なきゃ。僕は死ぬよ。結局生き
たって死んでるのと同じなんだから」
 杉内は良くそのような話をした。彼には才能があったが、とても繊細で感受性の強い男だった。そしてそれは、僕の性格
とよく似ていた。だから僕ら二人は、お互い少しなりとも分かり合えたのかもしれない。もちろんだからこそ、僕らは親しい
友達にならなかったわけだが。


 僕の絵は、世間から評価されるようになった。高校に入ったばかりの頃までは、僕の絵は評価されなかった。例えば賞な
どに応募してみても、選考を通過することさえなかった。僕はそれでいいと思っていた。他人から評価される必要などない
と思っていた。僕はただ、自分の感情や思考を、筆を通じて吐き出しているだけだった。それは自分にとって必要だからや
っていただけだ。もちろん世間から評価されたらどうなるのだろうと言う、虚栄心を含んだ思いがあったからこそコンクー
ルなどにも参加したわけだが、選考の当落は本質的にはどうでもいいことだった。だが、高校三年の夏、僕の絵はとあるコ
ンクールで審査員賞を貰う事となった。それはフランスで開かれている業界内ではわりと有名なコンクールだった。今まで
は日本のコンクールにきり応募していなかったが、高校三年になって、絵画教室の先生が僕にこう言ったのだ。もしや君の
感性は、海外での方が受け入れられるかもしれん。そうして先生は業界関係者に当たって、僕の絵をコンクールに出品して
くれた。その業界関係者は、僕が持つ不思議な色遣いを高く評価してくれた。出品にかかる費用は、彼が全て負担してくれ
た。
 僕が描いた絵は、鉛筆による抽象画だった。たくさんの魚が、目から星を零れ落としながら、空に向かって逆さまに泳い
でいる。それを雪原さんが食べている。洪水に飲まれた町の巨大なビルに腰掛けて、緑色のワンピースに日傘を差して。上
手に箸を使いながら。雪原さんは目の見えない魚を食べている。そんな雪原さんの目にはたくさんの魚が写っていて、それ
は夜空に浮かぶ星雲みたいに渦巻いてキラキラと輝いている。ビルの中では男たちが殺し合いをしている。男たちから流れ
出る血は水色で、まるで涙を流すみたいに、全身から血が溢れ出している。そしてたくさんの女がその血を舐めながら、男た
ちの洋服に自らが付けた数字を書き込んでいく。空にはたくさんの藍色の向日葵が咲いていて、空を町中にばら撒かれている。
雪原さんの足は溶けかけていて、街に打ち寄せる津波と混ざり合っている。
 審査員を務める業界の変わり者の男が、僕の絵をこう評した。
「技術は拙く、構図もごちゃごちゃしていて、気持ち悪い。だが彼には気持ち悪いモナリザを描く才能はある。心に訴える気
持ち悪さは、技術を磨き過ぎた僕らには出来ない」
 僕は受賞を知ったその日に、雪原さんの家に向かった。


 雪原さんは、以前の様に優しい微笑で僕を迎えてくれた。その事で、僕は思っていた以上に安心することが出来た。もし
かしたら、僕は彼女に拒絶されるのではないかと思っていたのだ。昔一緒の教室に通っていただけの男が、ストーカーみた
いに家に訪れる。その事で彼女は、僕を罵るのではないかと密かに懸念していたのだ。だが彼女は、僕の来訪を喜んでくれ
た。家に招き入れてくれさえした。そして僕らはリビングで語り合った。主に僕の絵画が受賞したことについて。彼女はそ
れを喜び、僕を誉めてくれた。僕はこの世でたった一人の天使に誉められたことで、まるで心臓が耳に張り付いているのか
と思うくらいの鼓動の高鳴りを感じた。
「あなたの絵、見たわ」
 雪原さんは、俯きながら座る僕に向かってそう言った。
「たまたまね、いつもよく見る雑誌に貴方の名前が載っていて、私、嬉しくなって。絵画展に行ったの。かつての友達が成
功している姿って、なんだか私も嬉しく感じてしまうもの」
 雪原さんはそう言って、本当に嬉しそうな顔をして微笑んでくれた。僕はその笑顔を向けられたことで、もう自分を押さ
えることが出来なくなってしまっていた。僕は唐突に立ち上がると、汗でぬれた手をジーンズで拭って彼女の目を見つめた。
突然に立ち上がった僕を、彼女は不思議そうな表情で見つめていた。僕は拳をぎゅっと固く握り、ゆっくりと雪原さんに迫
った。鼓動がおかしなくらい早まって、額からも汗が止まらなかった。僕は顔を近づけて、彼女の薄桃色の可愛らしい唇に、
自らの唇を寄せていった。何故だろう。僕はこの家に来てから、どうしても彼女とキスをしなければならないような、そん
な気がしていた。この雰囲気なら、キスをしても許されそうな気がしていた。僕は突然に湧き上がった、彼女に対する愛お
しい欲望に身を任せた。今この瞬間なら、彼女は僕を受け入れてくれるだろうと、僕は思っていた。
 が、彼女は自らの唇と僕の唇の間に存在する空間に、拒絶をするように手を置いて壁を作った。僕も驚いた表情をしたが、
彼女の方が驚き、そして戸惑ったような、そんな困惑した表情を見せていた。
「だ、駄目っ。えっ、なに? 私たちって、そういうんじゃないでしょ?」
 そういうんじゃない――
 僕は彼女が発した、その曖昧な言葉に戸惑ってしまった。
 彼女が今言った、『そういうの』とは一体何を指しているのだろう。彼女にとって、僕はどういう事であって、どういう
存在なのだろうか。そういう、と言う語句が指す具体的な意味を、僕はよく理解することが出来なかった。
「私さ、ちゃんと付き合っている人が居るし、だから、もしあなたが私にそう言う感情を抱いてくれていたのなら、それ自
体は嬉しいんだけど……でも、ごめんなさい」
 彼女はそう言って、何故か僕に頭を下げた。僕はこの家に来てから唐突に起こった一連の流れを、自分がしでかした愚か
な行為を、まるで他人事のように思い返して、呆然としていた。なぜこんなことになったのだろう。一瞬のうちに、いろん
なことが通り過ぎて行ったような気がした。僕は彼女と付き合うことが出来ない。彼女には彼氏がいる。それなのに僕はキ
スをしようとしてしまった。僕は彼女と付き合えない。彼女をどうすることもできない。遠くからしか眺めることが出来な
い。それは僕にとって、正しく言葉の通りに絶望だった。望みが絶たれた気分だった。頭の中には、よく分からないが、笑
いながら首をつっているピエロの映像が浮かび、それは長い間離れなかった。


 それ以来、僕は時間の全てを使って絵に没頭するようになった。一日二十時間、僕は絵を描くことだけを己に強いた。そ
んな生活を、僕は五年近く続けていた。昔、絵画教室の先生が言っていたことだったが、有名な画家になる人は、一日のう
ち二十時間を絵に費やす、それを苦としない人間だけがなる事が出来る、と言っていたことを思い出した。その言葉を信じ
たたわけでもなかったが、雪原さんの幻想が壊れた僕の世界では、もはや絵しか残されていなかった。雪原さんと言う、素
敵な色が僕の世界から消え去ってしまった。だから僕は色のない世界で、皮肉にも不思議な色遣いの世界を描き続けた。そ
れは只の作業のようなものだったが、絵を描いている間だけは不思議と安らぎを感じることが出来た。僕の絵はしかし、だ
んだんとフランスを中心に評価され始め、高額な値段が付けられるようになった。もちろん、僕にとってその事実はどうで
もいいことだった。僕には最早、何の救いも存在しないのだ。僕の絵を見て救われる人が何万人いたとしても、僕自身は一
度も救われることがないのだ。大勢の人が僕の絵の色遣いを褒めてくれたところで、僕にはその色が見えないのだ。どれだ
けたくさんのお金をもらうことが出来たって、僕には使い道さえ思いつけないのだ。もう僕には絵を描くことしか、生きる
目的は残されていなかった。ずっと死ぬまで絵を描き続けて、奴隷のように描き続けて、知らない人たちに影響を与え続け
るのだろうと思った。もちろんそんな生活の中で、女の子と触れ合うこともしなかった。僕にとって、雪原さん以外の女の
人は、悪魔にしか見えなかった。と言うよりも、女の人それ自体を悪魔としてしか見られなくなった。

 かつての友だった杉内は、エレクトロニカのアーティストとして、国内外で評価されていた。が、もちろんそんな狭い業
界で評価されたところで、彼が食っていけるはずがなかった。彼は音楽を作る合間に、犯罪行為に手を出すようになった。
マイナーな麻薬を売ったり、女性を脅して犯してから金持ちに売ったり、そう言った社会的にクズな人間になっていた。そ
のクズさが、とても彼に似合っているような気がして、とても自然に振舞っているような気がして、僕は彼に好感を持った。
「お前にも女を回してやろうか」
 ある時、杉内と会った時に、彼は僕に向かってそう言ってきたことがあった。その言葉を聞いて、僕は自然と、彼に雪原
さんを犯す手伝いをしてもらうことを想像していた。彼女を薬かなんかで眠らせて、好き放題に犯す様を想像した。そこま
で堕ちてしまうのも悪くないような気がしたが、しかし何故だかそれをしてはいけないような気も、心の奥底ではしていた
のだった。社会的倫理だとか、法律のことだとか、そのような保身的な事を気にしたわけではなかった。僕にとって、彼女
は絶対に汚されてはいけない存在だと、思い出したのだ。たとえ雪原さんが他の男と付き合っていようが、彼女は僕の想い出
の中で一番清らかで美しい存在であって、そのような存在を自らが汚してしまっては、僕はもう残りの人生を、生きてはいけなくなるような、そんな気がしたのだ。


 それ以来、僕は再び雪原さんを描くようになっていた。
 美しい日本女性を描く画家として、僕は業界内で話題になっていた。
 そうして僕は生涯を通して、かつての記憶の中の雪原さんの姿を描き続けた。それはどんどん美化され、抽象化され、か
つてのそれとはもはや全く違う姿になってしまっていたが、彼女は変わらずに僕の中の天使で在り続けた。僕は死ぬまで雪
原さんを愛し続けたし、それがたとえ、普通の人からは歪んで見えたとしても、それは僕にとって、紛れもない純粋な愛だ
ったのだ。だから僕は常に彼女の幸せを願っていたし、僕は彼女の幸せを祈りつづけながら、生きていった。この寂しい生
涯の中で、不意に現れた天使に、僕は感謝し続けた。彼女は僕の人生の中に現れた、奇跡の産物だったのだろう。僕の色の
ない世界に、少しの間だけ現れた、奇跡だったのだ。僕は七十三歳になって、死ぬ間際に、一人で、病院のベッドの上で、
僕に起こった奇跡を思い出しながら、目を閉じた。あの美しい奇跡のおかげで、僕は生きていくことが出来たのだ。その短
い間の奇跡が、僕の一生分のエネルギーとなって、僕は生きていくことが出来たのだ。瞼の裏に浮かぶ彼女の姿を、僕は眺
めつづけていた。微かな涙が、一度も流したことのない涙が、頬を伝って流れていったような気がした。がん治療の末の、ひ
どい痛みが治まって安らかな気分で目を閉じると、雪原さんの姿が、可憐に揺れる髪が、幼い笑顔が、舌足らずな甘い声が、
大きく潤んだ瞳が、浮かんできた。様々な色で飾られた彼女が、僕を手招いて、優しい声で呼んでいたのだ。死ぬその瞬間に
だけ、僕の世界には色が宿ったような、そんな不思議な気が、したのだ。
 最後に、天使が迎えに来たような、そんな暖かい気持ちで、僕は闇の底に沈んでいった。
 それは悪くない心地よさだった。
 最後に見た色は、とても美しい色だった。
 気持ち悪いモナリザのような彼女が、モノクロの世界で微笑んでいる。

 投下終了です。

お題下さい

>>304
グッドバイ

僕もお題ください

把握しました
>>305
お題はキャッチボール

>>306
ありがとうございます!

通常作投下します
2レスほど


「ぬーじょーさんがおるいうて、年嵩の盆介はワシを山に連れていきよった。
 大人の人らは示し合わせたように『そっしぶなんてやらはって……』とか迷惑そうに言っとった。どこ
におるんか分からへんけど、おるの見よったら無理やりにでも連れ戻すくらいに、みいんな気が立ってお
った。
 立っておったけど、どこにおるんかわからへんし、おったって連れ戻せるかもわからへんかったから、
みいんな迷惑そうに言うんやけど、言いつつもどっかこうもう知らんことのような感じで言うとった。
 そうそう、連れてったのが盆介っちゅうのも、今に思えば洒落が利いとる。洒落いうても大仰に笑える
もんでない。最近よお言いよる"ぶらっくじょーく"っちゅうに似とる。
 もうじきにお盆の季節やからって、ご先祖さんをお迎えするのに、そういうぬーじょーさんなんか村に
おったら、ご利益があるんかないんかもう分からんいうて、せやからだいぶ前におらんようなった人のこと
を、そん頃になってまた迷惑そうに語っとったんや。
 そういう時期やったのに、誰もがぬーじょーさん返ってくるとは思とらんかった。
 山ん道の人のもんちゃう道、獣の道ちう所を通ってな。普段行かん奥の奥へとずいずいと進んでいきおる
よってワシも慌ててついてった。
 足元も草に隠れてよお見えんで、ついてくのがやっとやったから今もあそこがどこやったかはわからへん。
ただあの山のどこかやった。
 息が切れて走れんようなる思た頃に、盆介は『着いたで』言いおった。
 草むらん中で穴ぼこだらけの少し開けたとこがあってな。その真ん中に穴があって、盆介は『この穴に
ぬーじょーさんおる』言うて、少し離れたとこの枝を拾ってきてつつきおった。
 すると、うおうおとくぐもった低い唸り声がしてきてな。盆介は『生きとる』言うて、いつの間にやら
持っとった蛙を穴に放り込みおった。
 唸り声はぴたとやんでな。代わりに、ぐじゅりぐじゅりと噛み潰す音が穴から響くんや。
 蛙の鳴き声は、始めからずっとせんかった。
 ぐじゅぐじゅいう音になんか息が詰まった風の嗚咽みたいな唸り声が混じり初めてな。ワシは怖あなって
『出てこんの?』て聞いたら『出えへん』て盆介がいうんや。
 その言いようがどっか暗あて、盆介に何か言おうとしたんやど、穴からの声が唸り声から吼え声に代わり
おったからワシは驚いてなんも言えんかった。


『ないとるだけや』て盆介が言いおったけど、声が続くんも怖かったもんで、ワシは盆介を見習って枝に
ムカデを引っ掛けて穴に入れたんや。
『阿呆!』
 血相変えて盆介が怒ってな。ワシの手を引いて来た道を走り出したんや。
 はじめは何でそう怒るんか分からんかったけど、鳴き声が止まってホンの少しでとてつもない叫び声が
聞こえたんや。
 死ぬ間際の人が憎しみを搾り出すような声で、うあうあと狭いところで響くような感じで広がってった。
 行きと違ごて、盆介すらぜえぜえと息しとって、ワシも何度も転んでやっとのことで村に戻ると、盆介は
ワシに『今日はずっと村におった。ええな?』いうてさっさと家に帰ってもた。
 ワシもクタクタで、すぐに家に帰ってお父に怒られて寝たんや。
 そーいうわけやから、見てはない。
 ぬーじょーさんを見んままに終わってん。
 葬式はちょうどお盆の日の晩やった。葬式をずらすこともでけへんで、なんや村の人も呆然としたままで
葬式しよったらその日やったみたいな風でな。
 あの夜中に、村長の、盆介の一家がやられたんや。ぬーじょーさんに。
 ぬーじょーさんは後から出おった周りの家の男手に押さえつけられて、そんだけで死におった。やから、
ぬーじょーさんやったちうことにした。村の皆がそう決めた。
『ぬーじょーの邪魔をするな』『山ん中、土ん中すら迷惑か』いうて、必死の形相で暴れ回ったちうはなし
を後から聞いた。誰やったかは覚えてへん。
 やから、ワシはぬーじょーさんを見てへん。
 見ようとも思わん。
 他所でここがぬーじょーさんで有名や言うんならそうなんやろ。
 しとるやつもおるかも知れん。
 やけど、穴ぼこのある広場を見つけても近づいたらあかん。
 木の腐って割れたような穴を見ても覗き込んだらあかん。
 入定の邪魔をすると穴から鬼がでてきおるで」

以上です
お題を下さった方、読んでいただいた方、ありがとうございました

夏休みもそろそろ終わりそうだし、久々に品評会でも開こうか

九月一日〆でどうよ?

んじゃ、お題は>>415で。レス数や制限を設けるなら一緒にレスおね



第七回月末品評会  『(´・ω・)<お題は>>415

規制事項:(レス数の制限や、シチュエーションの縛りなどを明記して下さい)

投稿期間:2013/08/31(土)00:00~2013/09/01(日) 24:00
宣言締切:日曜24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/09/02(月)00:00~2013/09/08(日)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

明るい未来

第七回月末品評会  『明るい未来』

規制事項:10レス以内
       変な想像力を駆使して、各人にとっての明るい未来を描いてください。


投稿期間:2013/08/31(土)00:00~2013/09/01(日) 24:00
宣言締切:日曜24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/09/02(月)00:00~2013/09/08(日)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

9時になったらvipにスレ立てます。品評会の宣伝も兼ねて

>>475
読んだがかんじむずかしい。形としては歌に似たものだと思う。これは絵本か何かでやる言葉運びではないか。目が滑る。

昨日鯖移転?で品評会作品投下出来なかったんだけど、締め切り延ばしていただくとか…できないですかね

>>521
では一日延ばしましょうよそうしよう。

まとめに転載する際は№2からです。5-10レス目は削除以来出てますので、
11レス目からそのまま投稿なさってください。


第七回月末品評会  『明るい未来』

規制事項:10レス以内
       変な想像力を駆使して、各人にとっての明るい未来を描いてください。


投稿期間:2013/08/31(土)00:00~2013/09/02(月) 24:00
宣言締切:日曜24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/09/03(火)00:00~2013/09/08(日)24:00
※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※

※※※注意事項※※※
 容量は1レス30行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

レス数などの規制事項については基本撤廃の方針でいきますか

優勝者が縛りを設けたい場合はおkとしましょ



では次回からの注意事項は↓

※※※注意事項※※※
 容量は1レス60行・4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)

棄権は勿体無いよな
でも再投稿で心が折れるのも理解できる
これからも品評会をするなら、テンプレの改善案を募ってからだな

>>527
注意事項をちょろっと変えるだけでいい気ガス

※※※注意事項※※※

 容量は1レス60行/4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)
 この容量制限はまとめサイト準拠です。転載の都合上、まとめサイトのレス容量を超えるとそのまま転載できなくなりますので悪しからず。
 なお、お題を貰っていない作品は、まとめサイトに掲載されない上に、基本スルーされます。


あ、もう必要ないですか。分かりましたご自由にどうぞ

お題ください

「お兄ちゃん、ラッパ。これね」
 妹がラッパを僕の部屋に持ち込んできた。もちろん妹がラッパを持ち歩こうが、パンツを持ち歩こうが、ツバメを食べていようが、僕としては
どうでもいいことなんだけれど、よくよく見てみると、妹が手に持っているのは、吹奏楽でよく目にする金管楽器、ホルンだった。なぜバトミン
トン部で、音楽にほとんど興味を示さないことで有名な妹がホルンなんかを僕の部屋に持ち込んだのかは全くの謎だけれど、そもそも妹がホルン
の事をとても大雑把にラッパと呼んでいること自体も僕を混乱させるわけだけれど、まあつまり今の状況を簡潔に言ってしまうと、全くよく分か
らないと言う事だけだった。もはや突っ込みどころが多すぎて、僕は何も言えなかった。とりあえず、僕はまず分かりやすい点から指摘しようと思った。
「それ、ラッパじゃなくてホルンって言うんだよ」
「ふーん、でね、このラッパね」
 すごい。僕の指摘を完全にスルーした上に、速攻で自分の話をはじめやがった。いや、あえてやっているのだろうか。妹は僕をからかうために
わざとやっているんじゃないだろうか。だって、さすがに妹も今年で中学三年生になったのだ。そこまで馬鹿じゃないと信じたい。ホルンの事を
ラッパと呼んでしまうなんて、そんなの物を覚えられない中年じゃあるまいし、妹がそれほどのお馬鹿さんだとは信じたくない。それに僕の指摘
を完全にスルーしたことも信じたくない。いや、でもよくよく考えてみると、女の子ってわりと人の話を聞かないで、自分の話題ばかりを語りた
がる傾向にあるもんじゃないか? 例えば、二週間前に、僕の親友である三崎が開いた合コンに行った時なんかも、女子はひっきりなしに自分が
語りたい事だけを語って、僕らの話を聞く段になると、ふーんだとか、そうなんだー、すごーい、の三つのワードを駆使して、聞き流すように目
の前に並んだ食事に手を伸ばしていた。そのくせ、自分が語った話題に対して僕らの反応が今一つだと、えっ、話聞いてた? なんて怒りだすも
のだから、全く女性というものは面倒で、扱いづらい生き物だと、僕はその時に身を持って思い知ったわけだ。妹も、やはり女性であり、胸も膨
らんでいるから、おそらく女性的な傾向はあるのだろう。最近はお洒落にも気をつかい始めたし、時々ヒステリックになることもあるし―――否、
ヒステリックになる事はないな、妹はいつもぼーっとしながらなんかどこを見てるか分かんないし、時々、唐突に訳の分からないことを呟いたり
するし。例えばさ、昨日なんかも、夕食の席で、僕の向かいの席に座っていた妹は、ハンバーグを咀嚼しながら、いきなり「明日はバルタン星人
」と呟いたのだ。なんだ、「明日はバルタン星人」って。まさかお前はウルトラマンなのか? 明日はバルタン星人と戦うスケジュールが入って
いるとでもいうのか。僕は妹のその呟きに対して、ずーっとそんなことを考えていたのだけれど、一緒にその場にいた母さんなんかは、妹の呟き
を全く気にしていなかった。「今日は涼しいわねえ」なんて、誰でもわかることを僕らに喋りながら、美味しそうにさんまを食べていた。いや、
もしかしたら妹は全く別のワードを喋っていて、僕が勝手に意味不明なワードとして聞き間違えただけなのかもしれないけれど、それでも改めて
思い返してみると、それはやっぱり「明日はバルタン星人」としか聴こえなかったと僕は思っている。多分、妹が、戦うのだろう。バルタン星人
と。いや、まて、そうしたら、なぜ妹は今ここに居る? 呟いたのが昨日の出来事だから、妹は今日バルタン星人と戦うのではなかったか? な
ぜ妹はバルタン星人とは戦わずに、俺の部屋にラッパと呼ばれているホルンを持って、何事かを喋り続けているんだ? もしかして妹はウルトラ
マンじゃないのか?
「――ってわけなんだけど、いい?」
「えっ?」
 どうやら妹が喋り終えたようで、僕に確認を取るような、そんな風に首を傾げる仕草をしながら、僕の事をじっと見ていた。まずい、何も聞い
ていなかった。どうして僕は妹が何かを喋っている時に、くだらないことを考えてしまっていたんだ。だから僕は妹から変な兄みたいに思われて
るんだ。まったく、嫌になってしまう。と言うか、僕はどうして、どうでもいいことを考えてたんだ。妹がウルトラマンなわけないだろう。
「またお兄ちゃんぼけっとしてたでしょう」
「面目ない」
「もう同じこと二回も話すの嫌だよ。とにかく、このラッパここに置いとくから、明後日まで触らないでね。あっ、一応さ、汚れないように時々
拭いておいてね。じゃっ、私、部屋で漫画の整理するから、邪魔しないでね」
 そう言い残して妹は部屋を出て行った。何が何だかわからない。いや、もちろん僕が話を聞いていなかったのが悪いとは思うのだけれど、もう
本当に僕は妹の事情から完全に置いてけぼりにされた上で、その事情を任せられたらしかった。唯一分かったことと言えば、僕が昨日の妹の「明
日は漫画の整理」と言う呟きを、「明日はバルタン星人」と聞き間違えていたことぐらいだった。いや、何で聞き間違えたんだろう。多分、くだら
ないことを考えていた所為だ。

トリ付け忘れたんだにゃあ。

お題
中学生レベルで頼む
難しいの無理

>>574
中学生レベルかはわからないけど、
『飛べない人』

ダメ?

まずは、>>478様に
感想ありがとうございました
歌にと思えてもらい、絵本か何かと言っていただけ、目がすべるといわれたのは残念ではありますが、そういう感じで受け取っていただけるとわかって安堵しています


さて、これから品評会の投票、及び全感を投下します


******************【投票用紙】******************
【投票】: No.3 (棄権のままなら関心票に)結婚前夜 ◆/xGGSe0F/E氏作
【関心】: No.2 明るい未来 ◆kbHlbuKuKQ氏作
**********************************************

 ―― 全作品感想 ――

No.0(番外?) 「明るい未来」 ID:GhcmzNJOo氏作

 こういうタイプの作品は星バーーーローーを思い出します。恐らくはそれ以前からあっただろうとは思っても……。
 発展の先に破滅があるとする高めて落とすパターンも、誰もがどこかで見知った覚えがあるだろうという
意味ではコテコテの王道でもあるのでしょう。
 ただ、物語の骨格はそれでいいとしても、物語の肉付きが足りなさ過ぎる気がします。
 結果として、説明不足を押し通して最後に説明して驚きを得るにはそれほど奇をてらえてなく、深い人間
描写からくる王道が王道足るに必要な抒情的な面も薄くなってしまっていると思いました。

 この感想を述べるにあたっての一番の問題は、最近の自分の作品もかなり薄い方だというところです。
 おまえがいうなと言われるパターンですが、それでもこの作品をより良くするならばより深く掘り下げる
しかないのではと思えてなりませんでした。

No.1 明るくない未来 ◆d9gN98TTJY 拙作

 以前投下した作品の後日談という形でのリベンジ作品でした。
 リベンジをするにあたっての最大の問題は昔の酉を忘れてしまった事ですが、どうしてもあのまま
放置しておけず、こうして再びその時のキャラに登場してもらいました。(とはいえ、風景と化して
いた人物が今回の主人公ですが)
 前作は主人公が思索と詩作に没頭しているところから、語彙選びのセンスを古いものとして、字の
文を時には矢鱈に堅苦しく、時には思うままに感情的に書いてみたのですが、場面展開や言葉の堅苦
しさや短歌の説明臭さが際立ってしまったようなので、思い切って説明の殆どをカットしてシンプル
に仕上げようと思いました。

 今度は逆に説明不足で感情も掘り下げ不足になってしまったようです。
 特に今読み返すと、なるほど最後にストンと落としたつもりでも、イメージが浮かぶような描写が
少ないなと自分でも思いました。
 平安時代や江戸時代の白粉姿などはあれは夜にこそ映える化粧らしく、その前提条件を説明しない
ままキーワードで一つ二つあるだけだと、確かに説明不足だったかなと反省します。
 つまりは夜の淫靡な雰囲気こそが最高潮である未来の場合には、果たして明るいと表現するのか適当
かどうか。その疑問をコトリと舞台の床に置いて演者は皆立ち去って幕が降りるような、そういう
雰囲気を狙ったのですが表現し切れませんでした。

 某小説投稿サイトで粗製乱造の限りを尽くしていたこともあって、袋の包み方に満足して中身を十全
につめ切れなかった面は確かにあります。
 それでも、逆にそのお蔭で久々でも拙くても物語のスタイルとして始まりと終わりをきっちり作る事
ができるようになっていた部分では、自分でも安堵のため息をつくところです。

No.3 (棄権作?) 結婚前夜 ◆/xGGSe0F/E氏作

 ご感想とご提言ありがとうございます。
 というかこれが棄権って勿体無いですよ。自分の中で折り合いがつかないかもしれませんが、ならばファンがいる
ってことで外に理由をつけて復帰してもらえないかなとすら思ってしまいます。

 重過ぎない重厚な文章といいましょうか。これなら行の調整とかができないと仰っていたところも納得いきます。
 ああ、全てが必要なんだな。自然とそう思えたくらい詰め込まれた言葉は自然とそこにありました。十のレスが
すんなりと読めて、深さは感じてても只長くは思えませんでした。
 作品外の感想にもなりますが、感想を素直に受け取る覚悟をきめているでもなかなか難しいものですが、なるほど
この人に言われたら素直に聞けると思えました。
 物語の大筋としては、何故かお兄さんと説明される前に、ああお兄ちゃんだよねと思ってしまった部分はありまし
たが、登場人物の心理描写にはもう文句のつけようがないできでした。
 思い出も、動きも、風景描写も、全部がしっかり一つの仕事を果たす為に集まって、それがこの作品の雰囲気を確
たるものとしている。そう感じました。

 今回、誠に勝手ながら投票させていただきました。
 もしお心変わりされましたら、受け取っていただければ幸いです。
 そうでない場合は、関心票として捧げさせて頂きます。

No.2 明るい未来 ◆kbHlbuKuKQ氏作

 掛け合いの勢いとセンスと朗らかさに織り成された、掌編に相応しい綺麗な出来だと思います。
 オセロのくだりでは、「あれ、”しんぶんし”にしないんだ?」と、もっとド直球なギャグに走るもんだと勝手に
へんな方向で期待してまってました。
 ◆/xGGSe0F/E氏とはまた別のスタイルで、必要な言葉をしっかりつめたんだなと、短いからこそ会話全体での兄の
テンパり具合が素直に出ているのだなと思えました。
 ただ、その部分の会話のテンポがしっかりと作品を支配している分だけ、彼氏の惚れっぷりや妹の幸せの未来の
部分のテンポが弱く感じられました。
 とはいえ、これ以上後半を強くされてもしんみりとした終わり方ができなくなるんだろうなとも思えて、この
スタイルの作品を選んだ以上は出てきてしまう問題なんだろうなと勝手に納得してしまっていますが。

 なので今回は関心票ということで、投票させていただきました。

以上です

何故か酉を入れても酉が表示されない

お題いくつかくれると嬉しいです

>>583
1日友

なんかもう、病んでる感が凄いww

>>584
把握

私に、お題を、ください

詩かと思ったら、ヤヴァい日記風になってて、4/3という表記が
「ぼくのなつやすみ」の8/32のようなヤヴァいい空気出してて……直後にそのテンションですかww

ごめんなさい

>>591

身長

   投票 関心

No.1 -   1  明るくない未来 ◆d9gN98TTJY氏
No.2 -   2   明るい未来  ◆kbHlbuKuKQ氏


というわけで、第七回月末品評会優勝者は、◆kbHlbuKuKQ氏氏 でした。おめでとうございます。


※次回あるなら、優勝者用テンプレ




(この辺の空間に、メッセージがあったらどうぞ)

第八回週末品評会  『(´・ω・)<ここにお題!』

規制事項:(レス数の制限や、シチュエーションの縛りなどを設けたい場合は明記して下さい。無ければこの項ごと削除お願いします)

投稿期間:2013/10/01(火)00:00~2013/10/07(月) 24:00
宣言締切:七日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
 ※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/10/08(火)00:00~2013/10/13(日)24:00
 ※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※

 容量は1レス60行/4000バイト、1行は全角128文字まで(50字程度で改行してください)
 この容量制限はまとめサイト準拠です。転載の都合上、まとめサイトのレス容量を超えるとそのまま転載できなくなりますので悪しからず。
 

※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日

あれ品評会の変更点は結局どうなったんだっけ?
行数気をつけてね、てことと投下締め切りに猶予を持たせるくらいだったかな?

>>607
・規制事項の撤廃(但し、優勝者が規制を設けたい場合は可とする)
・まとめサイトのレス容量を基準とする(行数30→60へ変更)
・規制事項の撤廃により、レス数制限無し(優勝者が制限を設けた場合はそちら優先)

お題発表するよ~

君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗は止めて出てきなさい。

第八回月末品評会  『犯人』

規制事項:レス数制限なし。
     1レスは30行程度まで。1行は最大50字程度で改行して下さい。

投稿期間:2013/10/01(火)00:00~2013/10/07(月) 24:00
宣言締切:7日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
 ※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/10/08(火)00:00~2013/10/13(日)24:00
 ※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※
1レス60行/4000バイトの容量を超えるとまとめサイトに転載できなくなりますのでご注意下さい。

※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日

第一回月末品評会お題『アンドロイド』第二回月末品評会お題『魔法』
第三回月末品評会お題『月』第四回月末品評会お題『馬鹿』
第五回月末品評会お題『依存』第六回月末品評会お題『許せない』
第七回月末品評会お題『明るい未来』

肝心なときに酉外れちゃったよなんなんだよ
いろいろ意見があったのを読みましたが、今回はこんな感じでいってもらえたらなと思いました。
30行程度におさえてくれたら読みやすいけど、容量内であれば何行でもいいのはいいです

優勝したからいろいろ決めていいよね!優勝したから!

全感投下しやすぜ

№1 明るくない未来 1/3 ◇d9gN98TTJY氏
冒頭で穏やかでない発言をして、友人にもさんざん気をもませたくせに結局ラブラブなんかい!往ね!
なんか、登場人物たちの距離感が謎でした。なんていうのかな、作者にもよく定まってないんじゃないかと思う
のですけれど。
↑までは一度読んだ記憶を頼りに書いたんですが、今読み直してみるとそういえば主人公は足が不自由なんでしたね。
その設定蛇足じゃねえでしょうか足だけに。いらないところは削って、どこか一点を掘り下げたほうが面白くなる
と思います。結局どこがチャームポイントなのかが分からなかったんですよねこの小説の。
いっそ沖守凪人君が主人公のほうが良かった。彼のほうがキャラ立ってる。

№2 明るい未来1/3 ◆kbHlbuKuKQ 自作
反省点が多すぎて今まで使っていた酉ではなく偽名を使いました。小説に詫びたい気持ちです。ほんとごめん。
少ないレス数で、小さな宝物みたいな小説が書きたかった。次も頑張ります。
あと「明るい未来」っていう響きが素晴らしい(意味的にではなく、語感的に)のでそのまま使いました。なげやりじゃないよ。

以上です。
いや~お疲れ様です。投票間に合わなくて申し訳ない。
話題に乗り遅れたけど、まとめの人にはほんっとうに感謝しています。
とてもとてもありがたい。負担が減らせるように、自分も頑張りますゆえ、どうぞこれからもよろしくおねがいします

通常投稿します。
テーマは『背中の翼』

 翼を生やした少女は無表情に、鉄格子に縁取られた青空を見上げていた。


 この世界ではまれに、本当にまれなことに、獣の特徴を持つ子どもが生まれることがあった。たとえば羊の角
を持つ子、魚のひれを持つ子、とかげの尾を持つ子など。
 少女はその中にあって、純白の鳥の翼を背に宿して産まれてきた子だった。
 そういった奇形を持つ子は諍いの種にならぬよう、生まれた村では内々に処分されることが多いのだという。
だが少女の両親は娘を処分することを良しとせず、彼女を護る為に村を離れて生きることを決めた。
 決して裕福な生活ではなかったが、両親はそれに耐えながら彼女を慈しんで育ててくれた。少女もまた生活の
ため両親を手伝い、手を汚して作物の手入れをしたものだ。
 ――あの頃は本当に楽しかった。
 思い出を振り返って少女は深く悲しみに沈む。人生で一番楽しかった時間はもう二度と戻っては来ない。
 人里はなれた場所でつつましく暮らしていた家族を、教会の人間に見られてしまったのがいけなかったのだ。
 その聖職者は家族と共に笑う少女を遠くから目に留め、彼女を「神の御子だ」と思ったそうだ。そして、住ま
いにもどってから彼女のことを仲間に話したらしい。「私は天の御使いを見た」彼自身はただそう報告しただけ
かもしれない。だがその言葉が教会を動かし、彼女の生活を崩壊させてしまった。
 教会はすぐに動いた。少女は大勢の聖職者が少女と家族の住まいに突然詰め掛け、恐ろしい剣幕をして両親を
問い詰めていたのを覚えている。そして聖職者たちは泣き叫ぶ母の腕から少女を奪い取ったのだった。
 わけもわからず怯える少女が聖職者の環の中で最後に見たのは、膝をついて嘆く母と、その肩に手をかけなが
ら奪われた少女を呆然と見つめる父の姿だった。
 それきり両親とは会っていない。

 この教会へ連れてこられた時の一度しか見ていないのでよくわからないのだが、そのときに眺めた風景の賑や
かさから察するに、いま少女が身を寄せている教会は、それはそれは大勢の人間が集まっている村に建っている
ようだ。昔、両親から聞かされていた街という場所ではないかと少女は考えている。
 ともかく少女は教会へ連れてこられ、大勢の大人に品定めされ、そして今後の生活についてこう言われた。
「天の御使いにふさわしくあれ」
 それから少女は「教育」を施されるようになる。
 人前では常に微笑んで他の感情を表すな。姿勢を正しまっすぐな姿を決して崩すな。とにかく、天の御使いの
完璧な姿を体現し信者にその威光を示せ。
 あまりに厳しいそれに無理だと泣けば罰を受けた。
 従うより他に道はない。だから少女は生きる為にそれらを受け入れ、そして教会の望む通りに生きた聖像とし
て今日まで振舞ってきたのである。


 教会の人間たちの手によって彼女の姿は整えられている。伸ばした髪は香油で手入れされて艶をもち、肌は丁
寧に磨かれ滑らか、着るものは清潔でな純白のローブ。とりわけ翼は丁寧に扱われ礼拝の度に必ず羽の列を整え
られる。
 少女自身は普通の顔立ちの娘だったが、磨かれた姿を信者たちは美しいと称え彼女を崇めた。
 だが、その賛辞が何になるというのだろう?
彼女を前にした大勢の人間が喜び安らぎを得る姿を見るのは、無理やり押し付けられた仕事とはいえ確かに嬉し
い。だがそれ以外のときはどうだろうか? こうして逃げられないように閉じ込められ、ただただ一人ぼっちで
時が過ぎるのを待つだけ。
 外へ出る自由はない。
 少女は一度も飛んで見せたことなどないというのに、教会の上層部は彼女が空へ逃れてしまうことを恐れてい
たのだ。


 少女は鉄格子の空を舞う鳥を見て考えた。
 きっとこの背の翼は、飛ぶためではなく縛られるためにある翼なのだと。
 それはとても物悲しくなる考えだったが、少女は決してそれを顔には出さなかった。

 終わりです。
 ごめんなさい、分子を間違えてしまいました。
 そしてテーマをくれた方、読んでくださった方々、ありがとうございました。

 自由なイメージのある翼ですが「神聖視されていると人間味なくなりそうだな」と思い、逆に不自由さをテーマに書いてみました。
 私自身は感情描写がちゃんとできているか気になっています。それと、文の語尾に言い切りの形が多いかもしれません。
 感想や批評をしてくださると嬉しいです、どうぞよろしくお願いします。

すみませんトリップのつけ方間違えました

投下します

 前日から風が強く、その日は朝のTVのニュースでも「日本列島に今世紀最大の超大型台風が今夜にも上陸の
可能性!」と注意を呼びかけていた。
 昼頃にもなると天気も悪くなり暗い雨雲が空を覆っていて、嵐になるのは火を見るよりも明らかだった。授業
は昼を午前中だけとなり、全校生徒は午後の授業を切り上げて一斉に帰らされた。
例外を除いて。
 その例外というのが、この学校の生徒で二年の一樹(かずき)であった。彼は昨夜の時点で今日の授業が切り
上げられるであろう事を予想していた。そしてSNSを使ってこう宣言していた。
『明日もし台風で休校したらこの今世紀最大の台風の中、俺は学校にこっそり宿泊するぜ』
 偶然にも一樹と同じ学校の生徒の何人かがそれを見ていたらしく。賛同者が集まり総勢五人で無断宿泊をする
運びとなった。
 宿泊する場所が立ち入り禁止になっている旧校舎の一室となった理由は「なんか、それっぽいから」だった。
 夕方前には数人残っていた教員も全員帰り、ようやく学校に誰もいなくなる。それを校庭の隅に潜んで待ちわ
びていた一樹は旧校舎の裏へと走って向かう。
一樹は当然一番乗りは自分だと思っていたが、すでに先客がいた。
「よう、じゃあちゃっちゃと開けようか」
「了解了解!」
 そこにいた人物と顔を見合わせ互いににやっと笑うと簡単に言葉を交わし次の行動へと移る。以心伝心と言う
べきか、彼らは多くの言葉を語る必要はなかった。
 先に旧校舎の裏口に来ていた少年、次春(つぎはる)と名乗った少年は軽く準備運動をすると、扉に向かって
ショルダーチャージを開始した。一回、二回、三回と。
 この旧校舎の裏口の扉は鍵がかかってはいるが、老朽化の所為かこんな風に衝撃を与えると鍵が外れてしまう
という困った構造をしていた。
 四回目のバンという体当たりの音のあと、カチャリという鍵が外れる音が次春とすぐ横で見ていた一郎の耳に
届く。再び二人はにやりと笑うと旧校舎の中へと足を踏み入れ、二人は内部を探索し始めた。

 午後六時を過ぎる頃には外は真っ暗になり横殴りの雨が吹き荒れて始めていた。旧校舎の二階の予備の体育用
具の置いてある一室を一樹たちは寝床と決め、集まっていた。ここにした理由は若干カビ臭いとはいえ体育マッ
トがあったし、何より機材が積まれていて窓の半分の高さほどは覆い隠していので、窓の外は木が立ち並んでい
たので少しの明かりなら外に漏れにくいだろうという理由だった。
 その窓の外の木の間からまばらに見える住宅街の明かりを見ていると、まるで夜空がそのまま地上に落ちて来
たのかとさえ思えた。
 そう思えたのは、ロウソクの薄暗い灯を照明代わりにしていた所為もあるかもしれない。
「そう……ちょうどこんな嵐の日だった。
 その建物は古い木造の建物で、ところどころピチャリ、ピチャリと雨漏りがするような……廃墟と言っていい
かもしれない。……そこで彼らは肝試しをしていたんだ」
 低いトーンで怪談話をしているのは三太(さんた)という少年で彼は人を怖がらせる事に喜びを感じる困った
奴で、実際一樹と次春は彼にこの旧校舎で出会った時に驚きをプレゼントしてもらっていた。
「ひっ!」
 その正面で息をのんで小刻みに震えているのは三太の連れてきた伍代(ごだい)という彼の友人。三太にここ
に連れてこられた時もすぐさま「三太によって一人にはぐれさせられて」しまっていた。要するに三太の玩具。
 そんな伍代を階段下の隙間に隠れていると自分に教えたのが司郎(しろう)だったなと一樹は思い返す。
その司郎は最初から跳び箱の上に座っていて、微動だにせず天井に映るロウソクの揺らめく灯をぼうっと見つめ
ているように一樹には見えた。

 ずっと続く三太の怪談話。止める者は誰もいないまますでに二時間は経過している。
「……あれ、おかしいな? と周りを見回すと確かに一人、いなくなっていたんだ」
 なおも続く三太の怪談話。気のせいか、何か違和感。
「なあ、何か聞こえないか」
 次春が一樹にポツリと声をかけてきた。それはとても小さな声であったけれども、三太だけが喋っているその
空間に響いてその声を途切らせ、静寂。

 継続的に聞こえる音は、吹き荒れる風をそれによって旧校舎に叩き付けられる雨音、木々の葉音。雷光の後に
低く響く音。それらは一樹たちが先程聞いた音ではなかった。
先程聞こえた音は、断続的に三度何かを打ち付ける様な……、そう例えるならば閉ざされた扉を開けてくれと言
うように扉を誰かが叩くような音で、バン! と突然大きな音が旧校舎に響き渡った。
「何!? 今の音!!」
「シ! ちょっと落ち着け!」
「多分扉が勢いよく閉まった音だろ……問題は誰が扉を開けて入って来たか、だ!」
 騒ぎだした彼らの言葉を遮るようにすぐ今までで一番大きな雷の光と同時に大きな音が響いた。
「近かったな。あれ、暗い……停電したのか?」
 窮屈そうに窓から光った方角を見ていた一樹はすぐにその異変に気がついた。
断続に起きている雷の光が消えれば、窓の外の世界は黒一色だった。
「だろうな。近くの通信基地も逝ったな」
 スマホを見て呟く次春の言う通り電話のアンテナは圏外の表示になっていた。
  ペチャリ  ……  ペチャリ
「ねえ、何か……」
 おびえた伍代のか細い声を  ……  ペチャリ
 言い知れない身の危険を感じ、四人は立ち上がる。伍代はその際よろめいてロウソクを置いていた台にぶつか
り、ロウソクを倒して消してしまうが気にする者はいなかった。相変わらず雷の光は差し込んで来ていたし、何
より今はそれどころではなかったからだ。
「上がって来た  よ  」
 ペチャリ  ……  ゆっくりと、しかし迷う事なく一樹たちのいる方へとその音が近づいて来るにつれ、彼
らの鼓動の早さは段々と ……  ペチャリ!
 思うまま覚悟していたままに、その音は彼らのいる場所の扉の前で止まる。
 キュルキュルと音を立てて扉が開いて、何かが部屋の中に入り込んで来る。

 雷の光に断続的に照らされたその姿はまるで三途の川から這い上がって来た亡者。のように見えた。
 全身ずぶぬれで、前髪がぺたりと顔の全面に張り付いていて、その下に見える口が一層大きく強調されて見えた。
「やっと、見つけた」
 その口がにやっと形を変えてそう言う音を発した。
 その瞬間ぎゃあと短く大声で絶叫した伍代は、そのままその場に倒れ込み気絶する。
「なんだぁ!?」
 ずぶぬれの男が何事かとその音のした方を、倒れた伍代を見ていた。その姿を落ち着きを取り戻した三太が携
帯電話のライトを光らせて照らし出すと、男は眩しそうにその光を手で遮る。
「驚かすなよな、本当に。てか誰だ?」
 人間である事を確認した次春は心底落ち着いたふうを装ってその男に話しかける。
「おい、俺も合宿に参加するって言ってたし!
 しかし最大級の台風も大した事がないな、よゆーよゆー!
 俺が来たからとにかくこれで五人全員揃ったという事だな!」
 彼は陸人(りくと)と名乗り、その大した事のない台風で水没したという携帯電話をパカパカと開閉させてな
がら周りを見渡して笑う。
「しかし酷いな。宿直室らしき所が下にあったから何か探しに行くぞ」
 次春がそう提案すると陸人はそうだなと同意して二人は部屋から出て行く。
「俺トイレ行って来る」
 ロウソクの代わりにLEDライトをつけて部屋の中心に奥と、その強い光で一気に緊張が解けた。
一樹はため息を吐きながら気だるそうに誰にともなくそう言うと、伍代の様子を見ていた三太が「俺も」と声を
かける。見ると伍代はうんうん唸っていたが別状はなさそうだった。この様子なら一人にしていても大丈夫だろ
うと一樹たちも部屋を出て行く。
 一樹たちがやって来たトイレの窓にも強い雨風が打ち付けられていた。その情景を見て明日になればこの『お
祭り』も終わってしまうんだなと一樹は感慨深く思った。予報によると今夜のうちにこの台風も過ぎ去ってしま
うみたいで、こうして集まった自分たち五人も……?

 違和感。
 自分、次春、三太、司郎、伍代、陸人。……うん、『五人はいる』気のせいか。
 違和感。
 動機が早くなり、一樹は理解できない寒気が、鳥肌がたっている事に気がつく。
「……な、なあ三太。もしさ、肝試しをするために廃屋に五人集まるはずが現地に行ったら六人いたとしたら
……そいつは一体何者だと思う?」
 それは可能性の問題で、
「お、怖い話か?
 そうさね、そこにいた幽霊か、怪物か、紛れ込んだ殺人犯か、それ以外のナニモノか……ひょっとしたらそい
つらだけが見えていた幻覚か、そういうのじゃなければ例えば偶然紛れ込んだ廃墟マニアとかじゃねえの?」
 三太は嬉々として語りだす。
「増えるパターンはいくつかあってだな?」
 そうだな、確かに今日ここに来るとはっきり返事したのは五人だったというだけで、返事は返さないで直接こ
っちに来てみたという奴がいてもおかしくはない。もしくは、伍代はこういう事は好きでないみたいなはずだか
ら、三太に無理矢理連れてこられたのだろう。六人いても何もおかしくない。
 疑問が晴れ一樹はお前のかけた謎は解いたぞと言わんばかりの得意げな顔をしながら隣を歩く三太を見ると、
いまだに熱心に何かを喋っていた。
自分で話題を振っておいて無視するのは可哀想だったので適当に耳を傾けて相づちを打つ事にした。
「ま、そうなったら面白いかもしれないけどなって話で、実際ここにいる俺たち五人の誰かが増えたり減ったり
はしてないからな、残念ながら。」
「……え?」
ここに来ると言っていたのが五人。しかしここに実際にいるのが六人。でもやっぱり三太が言うにはここには
五人しかいない。という事はつまり……
 一樹は訳が分からなくなり混乱しながら部屋へと戻って行く。

 二人で元いた部屋に戻ってみると、そこに倒れ込んでいるはずの伍代の姿はなく部屋には誰もいなかった。
三太は部屋中を見回り伍代を捜し始めるが、結局伍代の誰の姿も見つけることは出来なかった。
 次春とリク……ナントカと言ったあの遅刻者もまだ戻って来ていないようだった。
「どうした? 何か気になる物でもあったか?」
 三太は一樹が壁際にある跳び箱の上の方をじっと見つめているのを不思議に思い声をかけた。
「いや、『誰もいないみたいだな』」
 と素っ気なく返事を返す一樹はそのあとぶつぶつと「いない、いるはずない」と独り言を呟いたあと突然「捜
して来る」と、彼らは足早に部屋を出て行ってしまった。
 最初三太はここに来た当初にはぐれてしまった碁情を見つけ出したのも一樹だったから彼らに任しておいて大
丈夫だろうと思い、一息つこうとして――何かよくない予感がしたため急いで一樹を追う事にした。しかし三太
が廊下に出たときにはすでに一樹の姿は見えなくなっていた。
 すぐに追いつくだろうと思っていたが、誰にも会う事はなかった。暗い廊下を一人で携帯電話のライトだけを
便りに歩いていると、先程までは感じなかった孤独感が押し寄せる。
 というよりも恐怖感だろうか、三太はなぜか今に限ってはそういう気分になった。何故だろうか……わりと有
名な心霊スポットへ何度か行った事もあったが、平気だった。その時は一緒に行った他の誰かの怯える様を見て
楽しんでいたが、今はその対象がいないからだろうかとも思えた。
 結局誰にも出会わないまま、元いた部屋に着いてしまった。ふと時間を見るともう午前零時に近づいていた。
 おいおい、もう明日になっちまうじゃないかとため息をつきながら携帯電話を胸ポケットに突っ込みその場に
座り込み、どうしたものかと天を仰ぐ。
 実際に三太の視線の先にあったのは天井だった。何の変哲もないただの天井。何か無いのかと聞かれたとして、
強いて言うとするのであれば所々黒いシミがあり多少汚れている事と、天井点検口が一つあるくらいだった。
 三太はその点検口の下にふらふらと歩いて行ってそれを見上げていると「開けてみようかな」という気になっ
てくる。
 すぐ横には部屋に唯一ある跳び箱が置いてあり、その上に乗れば容易に手が届く事だろう。

「そういえば、一樹は度々この跳び箱を眺めていたな……」
 一樹は既にあの点検口に気がついていて、ひょっとしたら天井裏に隠れているんじゃないかと思い込む。
じゃあ、早速見つけ出してやろうと真横にある跳び箱によじ上る。
 三太はその跳び箱の上で埃まみれとなってしまった。この部屋の床はここに来たときにざっと掃除をして積も
った埃を取ったが、その他の場所は手を入れていなかったからだ。
 舞い上がった埃により数回咳き込むが、三太は物ともせずに点検口に手を伸ばす。
何かに操られるように迷い無く、それを示すようにその四十センチ四方の天井点検口は何の抵抗も無く三太の手
に押され天井側へと持ち上がった。
 三太は言われるままに点検口の板を右にずらしてその暗闇への入り口を開いていく。しかし何かに引っかかり
その板は半分以上動かす事は出来なかった。
 中途半端にしか開かないその場所に光は入り込まず、ただの黒一色だけが見えている。
その暗闇を見ていると、その奥にいる何者かの視線を感じるようにさえも思えてくる。
『人が暗闇を恐れるのってそこに何かよくない物が潜んでいるかもしれないって想像するからなんだってさ』
 三太が昔その話を聞いたとき、「じゃあ俺はより恐ろしいモノを想像するようにしとく」と話し相手に余裕を
見せていた。実際にはいくら想像してもそれはただの妄想で、何かが起こる事は今までは無かった。
 この場合は……そうだな、このバケモノと俺は目を合わせていて、俺が目をそらすとその瞬間に俺を頭から食
い殺そうとしている――というのはどうだろうか。
「ピピ!」
 突然電子音が鳴り三太は反射的に携帯電話のある自分の胸ポケットを見る。数回ちかちか点滅だけした携帯電
話の動作を見て「ああ、そうか明日になったのか」とその時報で日付の変更を認識した。
 早速、自分の作った設定が消え去ってしまったことに苦笑いをすると、誰かが部屋の中に立っているのが視界
の端に見えた。
 一樹が戻って来たのだろうかとその人物の姿を確認しようとその視界の端に映る誰かの足元から次第に上へと
視線を動かしていると、

「やっと見つけた」という誰かの声が頭上から聞こえた様な気がして、三太はその声のした方に直ぐさま振り向
いた。
 その振り向いた勢いの所為だろうか、三太は足を滑らせ跳び箱の上から真っ逆さまに落下していく。
三太は遠ざかって行く天井の点検口を見つめながら、正確にはそこの真っ暗な空間の向こう側から自分をじっと
見つめているであろう何者かの目を見つめながら「このお祭りは今日限りで明日になれば終わりだから」と一樹
の言っていた言葉を思い出していた。
 ゆっくりと動いていく時間の中で三太は何かを思い出そうとしていた。
 ……そういえばあったな。こんな感じの話が。人がおかしくな――
 その三太の思考は大きな衝撃音と激痛によって中断されてしまった。



おわり

総レス数間違えただけで順番自体は問題ないハズ…

感想サンクス。
読み返してみると文章的にもおかしな所があった。以後気をつけるので、
1レス目の一郎(初期名)→一樹への置換漏れは大目に見てください。
わろた… ワロス… orz

君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗は止めて出てきなさい。

第八回月末品評会  『犯人』

規制事項:レス数制限なし。
     1レスは30行程度まで。1行は最大50字程度で改行して下さい。

投稿期間:2013/10/01(火)00:00~2013/10/07(月) 24:00
宣言締切:7日24:00に投下宣言の締切。それ以降の宣言は時間外。
 ※折角の作品を時間外にしない為にも、早めの投稿をお願いします※

投票期間:2013/10/08(火)00:00~2013/10/13(日)24:00
 ※品評会に参加した方は、出来る限り投票するよう心がけましょう※


※※※注意事項※※※
1レス60行/4000バイトの容量を超えるとまとめサイトに転載できなくなりますのでご注意下さい。

※備考・スケジュール
 投下期間 一日~七日
 投票期間 八日~十三日
 優勝者発表・お題提出 十四日~十五日


月末品評会8th 『犯人』 投稿作品まとめ

愉快なお題下さい。

>>725
コーラと暴れ馬

>>726
把握

ぱっと書いてみる。

通常作を投下します。

お題はコーラと暴れ馬

長さは1レス

 地方ローカルの居酒屋チェーン店を経営する俺は、もうすぐ冬の足音がする
頃に、久々の休暇を取った。親父の一周忌に参加するためだ。提携交渉を進め
ていた会社の社長が警察沙汰に巻き込まれたりしてごたごたしていたのではっ
きり言って、幸運すら感じた。

 うちの親父は甘いものが大嫌いだった。北関東の牧場主でコテコテの古い考
えの持ち主だった祖父とは逆に、アメリカかぶれと呼ばれていた。好きな酒は
バーボンで、見る映画は西部劇、英語もろくすっぽ読めないのに分厚い原書の
写真集を取り寄せては家計を預かる母さんを泣かせていた。俺にもアメリカに
留学しろと強く勧めていた。

 それでも、40年前、村おこしのために観光客の前でカウボーイハットをかぶ
り、コーラを引っかけては牧場の馬でロデオをやって見せていた。本当はバー
ボンにしたかったらしいが、一度やってみて落馬しかけたとかで酒はダメだと
気づいたらしい。飲み干したコーラの瓶を片付けるのは、母や俺たち子供の仕
事だった。
客の入りは大してよくなかったが、少しは利益が出ていたらしい。ロデオな
んて危ない事をやって、母を心配させていたことに見合うかどうかは別として。

 俺は親父が大嫌いだった。自分は好き勝手にやるくせに、従業員にも息子や
娘、そして妻にも厳しかった。性別が男であれば理不尽な暴力を振るった。掃
除に少しでも手抜かりがあれば、「サボり」を責め立てたし、自分の思い通り
に事が進まないと、それを人の責任にして、長いこと忘れなかった。酒の肴に
人の法令違反を責める一方で、自分は法律をほとんど顧みていなかった。

 牧場を弟に押しつけて俺は、板前になると言って家を出た。正直に言うと、
去年、親父が死ぬまで一度も顔を出さなかった。親父が死んで、母さんもよそ
へ嫁いでいた妹もみんなほっとした顔になっていたのを思い出した。親父と俺
から牧場を押しつけられた弟だけは親父の乱脈経営の後始末にきりきり舞いさ
せられていたので、青い顔をしていたが。

 そんな親父の一周忌の少し前に、俺は親父の墓に缶のコーラを供えた。そ
う、親父が昔、まずいまずいと言いながらロデオの前に飲んでいたものと同じ
銘柄だ。瓶と缶との違いはあるが、昔ながらの甘いコーラ。

 もう一本買って置いた同じコーラを開けて、俺は墓の前で飲んだ。口の中に
雑味の少ないさわやかな甘みが広がる。最近流行りのダイエットだのゼロカロ
リーだのを売りにするコーラではこの味が出ない。でも、自分のチェーン店で
の、甘いコーラの売れ行きはどんどん鈍っていった。

 げっぷをこらえながら、コーラを飲んでいると、提携予定だった居酒屋のオ
ーナーが逮捕された一件を思い出した。自分よりも年上なそのオーナーは、印
象的な笑顔を持つ、快活な男だ。従業員もその面倒見の良さに惹かれる人が多
かった。店にもオーナーのこだわった食材や酒に付いたリピーターが大勢いた。

 しかし、あまりにも古い考え方だったのかもしれない。彼は、若い従業員に
暴力を振るったのだった。さらには、その時に様々な労働法令違反についての
内部告発、あるいはちくりが行われて、あの店は大混乱に陥っていた。もう提
携どころではなかった。

 話を聞く限りだと、親父の暴力とは五十歩百歩だった。親父が生きていれば
憤慨しながら言っただろう、「なんでこんな事で逮捕されるんだ?」と。

 甘くておいしいコーラが売れなくなったのも時代のせいならば、親父のよう
な理不尽が警察沙汰になるようになったのも時代のせいなのだろう。

 医者から言われた「糖尿病に注意して下さいね」の言葉を思い出しながら、
コーラを飲み干した俺は、握りつぶした缶をポケットに入れて墓を立ち去った。

以上です。

感想や批評がいただければ大変嬉しく存じます。

こちらに「道祖神のお導き」というのを載せたので転載おねがいします
連投規制がかかっちゃってて・・・

>>733を転載します。
長さは11レスです。

もし、規制に引っかかって途中で転載できなくなったら、どなたか続きをお願いいたします。

 先週の台風の影響がまだ色濃く残っている山道はどろどろとぬかるみ、ただでさえ気が乗らない仕事を前に、庄
助は足取りがどんどん重くなっていくのを感じていた。
 庄助は親方に預けられた重い刀を両手に抱え、ぼろぼろの草履が泥にまみれて冷たくなっているのを不快に思
い、顔をしかめる。台風が去ったばかりの秋空は抜けるように青々としていたが、風は冷たく、山の木々がやけに
寂しそうに音を鳴らしている。
 深い木々の間をとぼとぼ歩きながら、庄助は親方と仲間達の冷ややかな視線を思い出していた。
 ーー庄助は先の飢饉で両親を失い、天涯孤独の身であった。そこで幸か不幸か山賊に拾われ、雑用をしながら悪
事の片棒を担ぎながら、飯にありついて来た。手を血に染めようが、定住地がなかろうが、戦に飢饉のこんな時代
で曲がりなりにも集団に保護され、空腹に喘がずに済んでいる自分はツイている方だ、と庄助は思っていた。しか
し昨日、山賊の親方に「ある村を襲うから、村を偵察して、ついでに盗みをしてこい」と命令された庄助は「ツキ
もここまでか」と内心覚悟した。

 田舎の村ほど、外部の人間に敏感なものである。人口も少ないから、見知らぬ小僧がやって来て村中をうろつこ
うものならすぐに注目されることだろう。その上で盗みを働いて、無事で済むはずが無い。間違いなく捕まるし、
幕府から遠くはなれるほど村役人が横暴で、裁判なんてろくにしないから、問答無用に殺されてもおかしくない、
ということを庄助は知っている。要は親方は「村にいちゃもんをつけやすくする為に殺されてこい」と言ったので
ある。山賊といえども、今時は何の前触れも無く突然村を襲撃することはない。争いのリスクを避けるためになん
らかの因縁を付けるのが普通である。大方「よくもまあウチのかわいい子分を痛めつけてくれたじゃねえか落とし
前つけやがれ」という感じだろう。
 そして今回は庄助に白羽の矢が立ってしまったわけである。親方がこれまで庄助を養って来たのは、もちろん慈
善行為ではない。こんな時に使い勝手の良い鉄砲玉として使うためなのだ。事実、親方に命令され、分不相応に大
きい刀を渡された時、仲間の誰もが庄助の最期を連想したことだろうが、誰一人として同情する様子を見せなかっ
た。むしろ冷ややかな、「穀潰しがいなくなって清々した」とでも言わんばかりのーー

 うねうねとした山道をずっと歩いていると分かれ道にぶちあたった。分かれ道の中心に道祖神らしき石像が倒れ
ている。
 さてどっちが村に続く道だろう? と庄助が立ち止まって考えていると、道祖神の右側に続く道の方から、籠を
背負った貧相な身なりの老人が姿を現した。
「おお? どちらさんだね」
 老人が庄助に気付き、しゃがれた声で言う。庄助がまだ子供だからだろうか、警戒している様子は無い。むしろ
そのままずかずか近づいてくる。しかし、どう答えたものか、庄助は考える。山賊の偵察ですと答えるわけにはい
かない。建前をあらかじめ考えておけば良かった、と一寸後悔した。
「おれは・・・た、旅人だ」
 とっさに嘘をついたが、あまりにもあきらかな嘘だと気付き、また後悔した。子供が一人で旅をするというのが
まず嘘くさく、そもそも旅装でもなく、刀だけを抱えているのがまた嘘くささを主張している。追求されればどう
しようもない。孤児だとか、浮浪者だとか答えておけば良かったものを、小さな虚栄心がそうさせなかったのだ。
 しかし老人は朗らかに笑って「そうかそうか」と言った。笑うと前歯が何本か抜けているのが見えた。
 老人は禿げた頭を手拭いで拭うと、背に背負っていた籠をおろした。籠には、芋が入っていた。よく見ると、老
人の手足、着物は土で汚れている。きっと、老人が来た道の先には畑があるのだろう。ということは、その反対の
道の先に村があるのだろう。山奥の村ではよくあることで、土地の関係で人々が住む場所と、田畑をわけているの
だ。庄助は「もしかしたら、村人にバレずに作物を盗み出せるかもしれない」と思いつく。田畑に村人がいないな
らば、村を偵察したあとで、帰りに畑に寄って、好きなだけ畑を荒らせば良い。・・・親方はそれでは不満かもし
れないが、一応命令を達すれば、殺されることはないだろう。また別の手段で村に因縁をつけるはずである。
「旅人さんなら腹減ってるだろう? 芋、食うか?」

 老人はぬっと芋を庄助に差し出した。もちろん生で食えということではないだろう。村までついてきて、食わせ
てくれるということだ。しかし、全く疑いもせず、食べ物まで分け与えるというのは、それだけ村が豊かなのだろ
うか。台風の影響で、作物が駄目になった村もあると聞いていたので、庄助は意外に思った。しかし渡りに船とい
うべきか、庄助にとっては思わぬ幸運であるに違いない。
「それでは村まで案内してくれるか、じいさん」
「付いて来なさい。こっちこっち」
 老人は芋は片手に握ったまま籠を背負い直し、道祖神の左側の道に向かって歩いていく。やはりそっちが村か、
と庄助が考えていると、老人はがりがりと生で芋をかじり始めた。まさかさっきのは「生で食え」という意味で芋
を勧めていたのだろうか。田舎の老人はなにを考えているか分からない、と庄助は肩をすくめた。
「あいててて、生は流石に歯が欠けそうじゃ・・・」
「・・・・」
 本当にこの老人に付いていって平気だろうか?庄助は不安になった。

 老人のあとをついてしばらく歩いているうち、庄助はふと「この老人も賊に襲われるのだ」と思い至り、同情の
念が湧くと同時にあまり知り合わないようにしようと決めた。
 だんだんと道が広がって来てようやく人里に着いたらしい。山の麓まで降りて来たようで、道が平坦になった。
すると道の脇に巨大な釜が現れた。
「じいさん、こりゃなんだ。焼き物でも作るのか?」
 庄助は身長よりずっと背の高い釜をぺしぺしと叩きながら訊く。
「ああ、違えよ。これで炭作んだよ。ここいらは田畑で年貢を納められるほど実りが良くないから、林業が盛んな
んじゃ」
「へえ、今は使ってないのかい?戸が閉まってるが・・・いや、やっぱりそんなことはどうでもいい」
 興味本位でいちいち話を聞いても無駄だ、と庄助は思い直し、好奇心を押し殺す。
 また歩くとすぐに村に到着した。小さな村だ。平屋が一つあって、あとは小屋のように小さな家がいくつか。馬
小屋もあるが、馬は一頭もいない。というより、人間も見当たらない。
「じいさん、誰もいねえのか?」
「はあ、いねえみてえだな」
「みてえだなって・・・ああ、そうか」
 庄助は思い至る。ここは林業の村だと聞いたばかりだ。おそらく働き手は普段、山の中なのだ。あるいは馬で炭
を運んでいる最中なのだ。人口もそうない村では総出で働かなくては手が回らないに違いない。
 むしろこれは良い状況だ。皆が留守にしているうちに畑を漁って、とっととずらかるのが吉だ。庄助はそう判断
し、急いで村の様子を見て回ろうと思った。しかし
「おい、旅人さん。わしの家はこっち。芋を蒸かすからおいで」

 老人はやけに庄助を気に入った様子で、もてなさないと気が済まないとでも言わんばかりだった。飯を食ってか
らでも遅くあるまい、と庄助はあっけなく老人に付いていくことに決めた。
 朽ちかけた蔵のような建物が老人の家だった。今にも風に吹かれて崩れそうな有様に、庄助はおっかなびっくり
家の柱をつついてみたりするが、流石にその程度でぐらついたりはしなかった。
「じいさん、なんでこんなにおんぼろなんだ。というか村の家みんなぼろぼろじゃあないか」
「ほれ、台風があったろう。あれじゃ」
「へえ、よく保ったもんだ。それより雨で炭は駄目になんねえのかい」
「あー、大丈夫、大丈夫じゃ。でかい釜の中に入れときゃあ平気なもんだ」
 庄助はもう平気で老人に話しかけていた。というのも、この規模の村なら、おそらく賊による虐殺などにはなら
ないと予測したからだ。ここの村人全員が集まっていたって、明らかに山賊一味には敵わない。圧倒的な戦力差を
前に、冷静な判断力があれば村人は唯々諾々と作物を差し出すはずである。抵抗しなければ、この老人も殺される
はめにはなるまい。ちょっと不幸な目に遭うだけだ。そう思うと、庄助は気負った気持ちが軽くなった。山賊に属
していた所で、殺しが好きなわけではない。
 鉄砲玉として駆り出されたけれど、どうやら死なずに済みそうだし、村を襲うことになるが、皆殺しにはしない
で済みそうだし、飯は貰えるしで、どうやらツキはまだ庄助の味方らしい。そう思うと、庄助はぐっと気が楽にな
り愉快な気持ちになった。

「じいさん、おれあの釜で炭を作るところを見てみてえな」
「ちっと濡れた木ばっかでなあ、今しばらくは炭作らないんじゃ。ほれ、芋」
 庄助と老人は薄暗い小屋の中で囲炉裏を挟んで向かい合っている。老人は鍋に箸を突っ込み、そのまま茹で上
がった芋を庄助に差し出す。庄助は手拭いでそれを受け取った。
「あちち・・・」
 芋を割ると湯気が広がり、芋の香りが鼻孔を刺激した。庄助はそのままかぶりつくと、熱さと甘さが口に染み渡
るのを味わった。
 老人は夢中になって芋にかぶりつく庄助を見て莞爾と笑っていた。孫でも見つめるような穏やかさだった。
 それから庄助は2つ3つと次々芋を食べた。美味いというのは勿論だが、老人がどんどん芋を「ほれ、ほれ」と
渡してくるのだ。老人は一緒になって芋を食べたが、大きな実は全て庄助にやって、自分は小さい実ばかり食べ
た。
「じいさん、もう食えねえよ・・・。こんなに腹一杯になったのは久しぶりだ・・・」
 庄助は腹をさすり、立ち上がる。
「ん? もうでかけるのか?泊まっていってもいいんだぞ」
 老人はびっくりしたという顔をする。
「ありがとうよ。でも、もう俺は行くよ。・・・・また、来るかもな」
 それはきっと山賊として・・・とは言わず、庄助は老人から目をそらす。
「じゃ、じゃあ、これ、もってけ」
 老人は籠に残っていた芋を両手にとって、まるで献上するかのように庄助に手渡す。
「おいおいおいこんなに良いのか・・・いや、ありがたく頂戴するけどよ」
 やっぱり変な老人だな、と庄助は思う。
 自分に親族がいたら、こんな風にしてくれるのだろうか、などと考えてから、すぐにそれを振り払う。今度来る
ときはきっと憎しみの目を向けられることになるだろうから。庄助は甘えた妄想をする自分を戒めた。

「じゃあな、もう行くよ。芋、ありがとうな。じゃあな」
 庄助はほとんど駆け足のようにして老人の家を出た。老人は大声で「また来い」とか「いつでも」とか言った
が、庄助はなんだかそれを聞いてはならないような気がして、聞いたら気持ちが揺るぎそうな気がして、聞こえな
い振りをした。

 日が暮れそうだった。西の空が眩しく朱に染まり、対して東の空は深く暗い群青になっていた。しかしそんな風
景に見とれる暇も残されてはいない。村の大体の地図が描けるくらいに見て回る必要があるのだ。
 庄助は人気の無い村の中をきょろきょろと見て回る。誰もいない。夕暮れ時なのに煙のあがる家も無い。家畜の
鳴き声もない。
「なんだこりゃ、本当に誰も・・・」
 庄助は困惑したが、とりあえず偵察を終了し、ようやく村を去ることにした。帰りに畑に寄る必要はない。貰っ
た芋を盗んだことにすればきっと問題は無い。
 村を出て、山に入るところで、再び大きな釜の横を通り過ぎようとした。そこで庄助は歩みを止める。ちょっと
釜の中を見てみたくなったのだ。後で山賊としてここに来るときには、おそらく釜を見物する時間はないだろうか
ら。
 庄助は釜の戸をぐいと引っ張ってみる。しかし、びくともしない。蹴飛ばしてみたり、押してみたりしたが、う
んともすんとも言わない。大きな4尺四方ほどの釜の戸は岩を綺麗に切り取ったもので恐ろしく重かったのだ。よ
くよく観察すると、戸の一部が欠けて隙間が出来ていた。庄助は刀をそこに差し込み、てこの原理で戸を開けるこ
とにした。抱えていた芋を地面に置き、刀を隙間に上手く差し込む。
「開けよ・・!」
 半ば意地になっていた。刀に力を込めてぐいと押すと、引きずる音を立てながら戸が僅かにずれた。
「やった!」
 刀を脇に抱えて、庄助はちょうど西日が差し込む釜の中を覗き込んだ。

「なんだ・・・これ・・・うっ」
 異臭が鼻を突く。吐き気と頭痛を伴う不快感が肺腑から全身に広がっていく。脂汗が吹き出し、庄助は無意識に
後ずさり、釜から離れる。しかし、視線だけは釜の中に釘付けになったままだ。
 そこにあったのは炭、ではなく、骨だった。一度だけ飢饉の時に見たことがある・・・人骨。火力が足らなかっ
たのか、肉らしきものが焦げ付いている。一人二人ではない、十、二十という大量の人骨が釜の中に収まってい
た。
 手や足が自分のもので無いように力が入らなかった。刀を取り落とし、足ががくがくと震えた。先ほどまで腹一
杯食べたものをすべてその場に吐き出してしまう。庄助は涙を流しながら芋だけ拾って駆け出し、山へ入ってい
く。村から一刻も早く離れたかった。
 いつの間にか日は完全に沈み、山の中は真っ暗だった。冷たい風が身を切るように吹き付ける。庄助は途中なん
ども転びながら、やっとの思いで道祖神の分かれ道までたどり着いた。
 汗が噴き出し、息も絶え絶えだが、混乱はようやく収まって来た。
 あの人骨の山は一体なんだったのか。あれではまるで、あの釜が火葬場のようではないか。
 すると、昼に庄助が通って来た山道の方から提灯の灯りがやってくるのが見えた。人骨を見た後のせいか不気味
な火の玉のようにしか見えなかったが、提灯を持っているのは、山賊の仲間の一人だった。年も近く、同じ天涯孤
独の孤児だ。つまり、自分と同じ、良いように使われる下っ端の一人である。
「ん?・・・おう、庄助まだこんなとこにいやがったのか。迎えに来たから、早く帰ろうぜ。親方が、まだ帰って
こねえなら村まで助けにいくとかなんとか言ってたぞ」
「ああ、清八・・・悪い」
「なんだ、ひどい顔色じゃねえか。何かあったのか?」
 覗き込むようにして清八がじろじろと庄助の顔を見る。

「いや、平気だ。これ、芋、盗んで来たぞ・・・持つの手伝えよ」
「おっ、上手いことやったんじゃねえか」
「それより・・・お前今度襲う村のこと知ってるか? さっき見て来たんだが、どうも変でよ」
 「村」と言いながら、庄助は親指で来た道を、道祖神の左側の道を指差した。
 それを見て、清八が怪訝な顔をする。
「はあ? おい、庄助、どっち指差してやがる? お前が行くべきなのは、逆だろうが」
 清八は、道祖神の右側を指差した。
「え・・・? 待てよ、そっちは畑で・・・」
 庄助ははっとする。自分は、老人が右側から来たからそっちは畑なのだと思った。否、思い込んだだけだ。庄助
は再び気分が悪くなって来た。
「ちげーよ。何勘違いしてんのか知らねーけど・・・。それに、お前が言ってる村の方は、台風の時にもう襲った
んだよ。庄助はそん時別の仕事でいなかった、かもしれない」
「もう襲った・・・? じゃああの死体の山は・・・」
 庄助が属する山賊の仕業、ということか。
 あの老人は、山か、どこかに隠れて、賊の虐殺を逃れたのだ。
 炭を生業とする村で、炭作りの釜で自らの身を焼かれた村人たち。
 重く閉ざされた釜の戸。
 庄助はぐらぐらと視界が揺れているのを、まるで自分が遠くにいるように客観的に感じていた。
 あの荒れ果てた家々は台風のせいだけではない。賊の襲撃の仕業だったのだ。
 庄助は老人の声がどこかから聞こえてくるような気がした。美味しい芋を煮て、自分に差し出してくるような気
がした。

「清八、悪い、刀忘れて来ちまった。先に帰っててくれよ。ちょっと取ってくるわ」
 庄助は言う。
 清八はこれを訝しんで、何度も大丈夫か?と聞いたが、庄助は平気だ、と答えるだけだった。清八は結局、二個
持っていたうちの提灯の一つを残して、山道を戻っていった。
 一人残った庄助は思う。これからやるはずだったことが、先にやられていたというだけのことだ。
 親族、どころではない。村ごと、全てを失った老人。人懐こく話しかけ、これでもかともてなそうとする老人。
 庄助は倒れた道祖神を立て直し、芋の半分を石像の前に置いて、合掌した。そしてそのまま、どこへともなく、
山の中へと駆け出していった。


・・・・


「この通り。お願いいたしします・・・・」
 老人は両手を地に付け、額を地に付け、ひたすら懇願する。
「食べ物を分けでくださいませぬか・・・」
「賊に襲われたのは同情するけどねえ・・・いっそのこと、こっちの村に越して来たら良いじゃないか。あんな、
誰もいない村出てさ・・いや、悪く言う気はないけどよ」
 老人はただただ黙って地に伏せる。
 地主の男は困り果てたようにそれを見下ろす。
 それからやれやれとため息をつき、家の中へ消えてしまう。それでも老人は地に伏せたまま、動かない。
 すると、地主は家からまた現れて、籠を老人の頭の横にどしと置く。
「これだけやるから、もう帰ってくれよ。これでしばらく保つでしょ。その間にお宅の炭売るなりしてさ、なんと
か自分で生活してよ。ほら、帰った帰った」
 地主は地に伏した老人の肩を揺すって、今度こそ家の中へ姿を消した。
 老人はひとしきり頭をたれたあと、籠を背負って、村を出た。
 老体には重すぎる籠を背負い、ぜいぜい言いながら山道を歩いていると、道祖神のところで、一人の子供が腕を
抱えているのが見えた。
 老人は、少しばかり子供を観察する。それから、着物に付いた土をできるだけ払ってから、驚いたふりをして、
声をかけた。
「おお? どちらさんだね」
 声が弾みそうになるのを抑えるのが難しかった。

転載終了

>>735-745
「何が言いたいのかよくわからない」という言葉が感想として浮かんだ。

背景のリアリティをがんばって構築したのではないかと思うけど、それよりも重要なものが欠けているような印象を受けた。
少なくとも自分にはこのお話が「面白い」とは思えなかった。

楽しいお題をちょうだいな。

把握

「俺、大人になったら漬物石を切れるほどの剣豪になるんだ!」
彼は何かある度にそう言っておりました
何故かって?……そんな事は簡単な理由だと思います。だって、既に世界は闇に呑まれかけているんです
そりゃあ剣豪にだってなりたくなりますよね。多くの人が消えていくのを見た訳ですし
ただ、何故漬物石なのかはよく分かりませんがね。そして、実際に彼が剣豪になる事は出来たんですが、その時には既に世界は闇に呑まれていましてね
で、実は彼、鬼の一族から力を貰っていたんです。……ここまで言えば分かりますよね?

彼、「鬼武者」でこざいます

はい、世界を救う救世主ですね。幻魔と言う名の「闇」に呑まれた世界を光で切り開くは鬼の力の継承者、「鬼武者」と言う
勿論大人になった彼は「狗」「沙流」「雉」と言う名の従者を連れて、幻魔を倒しに行きました
え?やっぱり漬物石は関係ないじゃないかって?いや、あったんですよね、これが
まあ、それは別のお話と言う事で

通常作投下します。
長い小説ですので、お暇な人は、時間つぶしにでも読んでください。

 なぜか今日は雨なんて降らないような気がする。そんな確信めいた、いわゆる根拠のない自信を抱えながら、僕は学校に向かったのだけれど、
もともと僕の勘というものはそもそも頼りにならないものだったし、何より昨日の報道番組のお天気コーナーでは、台風が接近しているとのこと
だったので、まあこんな日に雨が降らないと確信して傘も持たずに家を出た僕は、相当に能天気なお坊ちゃんか、或いは何にも左右されないマイ
ペースな奴とでもいうべきか。ともかく他人からしてみれば馬鹿の一言で片付けられるような状況で、僕は降り始めた雨をぼんやりと眺めていた。
 真っ黒な雲、サースデイ、二時間目、ストッキング、いきなりなんだと言われそうな単語を並べ立てて、僕は別に詩人を気取っているわけでは
ないのだけれど、そんな散文的な言葉が浮かんでしまうくらいに、眠たい数学の授業が始まっていた。僕はだいたいにおいて数学の授業では小日
向先生のストッキングを見ている。別に性的欲求から来るスケベ目線の凝視なんかじゃなくて(あくまで僕の名誉を守るために言うけれどね)、
たまに小日向先生のストッキングは穴が開いていることがあるから、それを見つけるのが楽しみになっていて、いわゆる暇つぶし、他人がどうで
もいいと思うようなことに、僕は楽しみを見いだしているわけだ。まあそんなくだらないことで時間をやり過ごしているから、僕の数学の成績は
いつまでたっても2とか3なわけなんだけれどね。そして一番の問題は、僕としても別にそれでいいと本気で思っていて、全く数学の成績を上げ
ようとしていない投げやりさこそが一番の原因なのだろう。僕は元々が面倒くさがり屋で、興味のない勉強なんてしたくないから、楽しめる教科
だけ、成績が良ければいいと思っているから、だから数学なんて本当にまったく、心の底から、勉強しようと思わないのだ。あーあ、本当に、数
学なんてつまらない。こんなのは、ただ人間が真面目くさった顔して作ったパズルじゃないか。こんなものは大学の研究者、或いはそれを目指す
人間だけがやればいいんだ。だいたいが小学、中学の数学問題さえできれば事足りるのだから、高等な数学なんて、別に興味がなければ学ばなく
たっていいんじゃないの? 僕は常々そう思うのだ。いや、日本の学校のシステムからしてさ、僕は元々、疑問を抱いていたのだ。みんながまる
で普通な顔して、高等学校に通って、高等な勉学を学んでいるのだけれど、その高等な学問を本気で理解し、本気で数学や文学や歴史学の道を歩
む、または学んだ事を将来の研究にいかそうだなんて人物は、数えるほどしかないないだろう(いや、全くいないかもしれないね、僕の学校には)。
ああ、またこうやって言うと、屁理屈な佐伯くんだなんて言われてしまうから言いたくないんだけれど、僕の考えとしては高等学校なんて行かな
くても、例えば自分のやりたいことがあったら、専門学校にとっとといけるようなシステムが浸透すればいいんだ、ってことを本気で思っている
んだ。そもそもなんで、当たり前みたいに、高校に僕らはいかなければいけないのだろう。これだって、別に高等な勉学なんて学ぶつもりじゃな
く、中学校の延長として、大学進学への切符を手に入れるために、或いは仕事をするにはまだ幼すぎるから、とりあえず高校と言う場所に、同じ
年代の子供を集めて見張っておきましょう、と言うシステムにしか、僕は思えないんだ。いや、もちろんさ、これは僕のとても穿った見方だって
ことは分かっているんだよ。でもね、もっと言わせてもらうと、高校だって、大学だって、何だって、そんなところに平気で通っている僕らみた
いな奴ってさ、本当は将来やりたい事だの、何かを成し遂げたいだの、自分の進むべき道の具体的なイメージだって碌に思い付いちゃいないのさ。

 なんとなくふわっと、何とかなるでしょうとか、別に本気じゃないけれど、何となく雰囲気で将来の自分のイメージを思い描いているだとか、そ
んな程度の幼稚な奴らが集まってるだけなんだ。いや、中には相当にまともな奴だって、いるにはいるんんだよ。それは知ってる。僕の友達の杉井
なんて、プログラマーになるために、なんだかよく分からないスペシャリストの資格を取って、昨日のホームルームで表彰されてたし、もう行くべ
き専門学校も決めてあるし、隣のクラスの真崎なんかは、美容師になりたいとか言ってたから、まあとりあえずは将来の姿はおぼろげながら描けて
いるわけだ。でもさ、そんなに本気で目指しているものがあるなら、なんで専門的な事を学ぶわけでもない私立高等学校、普通科、特別進学コース
に通っているんだ、って時々思うわけなんだよ。まったくの言いがかりみたいな言葉で申し訳ないけれどね。とにかく僕が文句を付けたいのは、杉
井や真崎と言った連中じゃなくて、自分のやりたいことがあるなら、なぜ高校に通わなければならないのか? その風潮に対して僕は文句をつけ
ているわけだよ。この数学の授業中の、小日向先生のストッキングを見つめながらで申し訳ないけどさ。いや、文句を付けたいのはそれだけでは
ない。高校だけじゃないんだ。むしろ大学にしたってそうさ。大学入試を受ける奴らの中で、本気で研究者の道に進もうなんて奴は、賭けたって
いいけれど、1パーセントにも満たないだろう。ただ就職へのパスを得るため、何となく決められない自分の将来への猶予期間をそこで過ごすた
めに、別に仕事なんかしたくないから、親から言い逃れするための免罪符を得るために、入学をするだけなんだ。新しい自分を探すとかなんとか
ふわふわしたこと言って、サークル活動ばっかりに精を出して、人脈とか言って特に目的もなくいろんな人に話しかけまくって、碌に勉強もしな
いで親の金で大学の4年間を過ごしたり、恐らくさ、そういう人ばかりだと思うんだよね。僕もそうなるだろうし、まあそれはそれでしょうがな
いと思うんだよ。僕が考えるには、現在の大学のシステムって言うのはさ、(もともとそうなのかもしれないけれど)大学の研究者たちの研究資
金を集めるために、巧妙に築かれたシステムだと思うんだ。特に目的もなく過ごすであろう大学受験生と言うカモを釣ってお金を得て、それで一
応その対価として研究者たちが学んだ事の一部をとても分かりやすく馬鹿でもわかるような感じで入学者たちに教えて、そんでちゃんと4年間ち
ゃんと座って聞けた子たちには、それぞれの企業へのパスをプレゼントするよ(最近はその当選率が少ないけれどね、就職するには抽選で何名様
のプレゼントに当たるくらいの運が必要らしいんだ)てなシステムだと思う。大学側だってそれぞれの専門を研究して論文を発表するため(本来
大学ってそう言う場所だと思うんだ。もちろん専門知識を学ぶ場でもあるんだけれどさ)、或いは学会で地位を得たり、何かを研究、実験するた
めには莫大なお金がかかるし、そのためには多くの学生から入学金と言う形で費用を得なきゃいけない。だから対価としてお金を払って入学すれ
ば知識を提供するよ。就職先も提供してあげるよ。簡単に言うと、大学って言うのはこういう場所だと思う。だって本当に、真面目に学問を研究
するために大学行く人だけを集めたら、それこそ毎年数十人くらいしか入学者がいなくなっちゃうもん。その点、僕らみたいな無目的で流動的で、
無知で、能天気で、とりあえず学校の勉学だけはなんとかできるよって学生は、大学にとってはいいカモなんだろうね。思えばこのシステムは、
高校にだって通用する。高校だって、別にこんなに皆が高等勉学を学ぶようになったのは最近の話で、僕たちなんかは特に学ぼうと思って入学し
ているわけではないのだ。でもなんだか雰囲気的に入学しなくちゃいけないから、入学する。それに味を占めたそれぞれ私立学校なんかは、自ら
の高校のいいところをアピールするわけだけれど、しょせん金集めのカモを引き寄せる行為でしかないんだよ。本気で高等勉学を学びたい奴なん
て数えるほどしかいないさ。でも高校には入学しないと生きていけない雰囲気がある。社会から零れ落ちる雰囲気が漂っている。だから僕らは仕
方なく高等勉学を学ぶ。僕らもうんざり。教える教師たちもうんざり。でも金は動いていく。そんなシステム。でもさ、そういう僕らみたいな、
現代のいろいろな選択肢を与えられすぎて逆に身動きが取れなくなりそうな若者、皆と同じように雰囲気で自分の未来を決めてしまいがちな若者
がさ、そんなふわふわしてるけど幸せに生きてるやつらみたいな者が大勢いないと、やっぱり駄目なんだろうね。だって社会を支えるのは、研究
者じゃなくて、こういう何となくで生きている奴らなんだもの。そういう人がたくさんサラリーマンやら、作業者になって、生活を作っていくわ
けなんだろう。スペシャリストがいっぱいいても仕方がない。手足がしっかり動くからこそ、脳は発達していく、なんて言う例えはおかしいかも
しれないけれど。まあ、その点で言えば、この教育システムは理に適っていると言うか、自然にそうなっていったのかは知らない。僕みたいな馬
鹿な奴でもなんとか落ちこぼれずに大学に行けて、そんで将来は僕でもできるような仕事をしながら、ぎりぎりで生きていくのだろう。そう考え
ると嬉しくて涙が出ちゃう。この国って言うのは、案外僕らを守ってくれているのだろうね。



「佐伯君、この問題を解いて」
 そんなことを考えていると、例のパンティストッキング先生が僕をご指名なさった。この人はいつもこうなんだ。僕がこ
うやって何かを真剣に考えている時にこそ、遠慮なく指名してしまうわけだ。とりあえず僕は立ちあがって黒板に書かれた
数式と睨みあったわけだけれど、そこに描かれる不思議な模様からは何も読み取れなかったので、僕は黙って下を向いた。
僕の落ちこぼれている姿が、教室中のみんなにさらされているようで恥ずかしい。分かりませんと言う勇気もない。ただや
りきれない時間が、誰も発言しない妙な時間が過ぎていく。僕が俯いていると、しかし隣の席の島本さんが小声で、7Xだ
よと教えてくれた。
「7Xです」
 と、僕が素直にいったら「は? この問題にXなど出てこないが」なんて言われて、女子にたちに笑われて終了、何て被
害妄想が浮かんできたけれど、しかし先生は、僕の7Xオウム返しに対して「正解」と言っただけで、その後はすぐに解説
に移ってしまった。島本さんは僕に正しい答えを教えてくれたようだった。
 僕は急いで座ってから、こっそりと隣を向いて小声で「ありがとう」と呟いた。島本さんは少しだけ微笑んでから、再び
前を向いてしまった。しかし、何で僕に答えを教えてくれたのだろうか。気まぐれか、からかいか、或いは僕が好きなのか
なんて事はさすがに中学生じゃあるまいし、思わないけれど、とにかくなんだか僕は、その島本さんの一瞬の微笑に、やら
れてしまった。僕に一瞬だけ見せた微笑において。完全に、否応なく、僕はその微笑で、僕の全てを許してくれるような笑
顔で、島本さんに、恋をしてしまったようのである。これは全く理屈じゃなしに。大学のシステムやなんかとは関係なしに。
恋は突然に始まってしまった。これは、本当に、馬鹿みたいだ。陳腐だ。恋なんてくだらない。と馬鹿にしてきた僕が、全て
を皮肉って屁理屈で片付けてきた僕が、なんだか馬鹿みたいに、何でもないような理由で、恋に落ちてしまったらしい。事実
は小説より陳腐なり。

 



 帰りのホームルームが終わる。掃除当番の人たちが机と椅子を後ろに下げ始める。先生はとても良い姿勢で廊下を歩いて
いく。僕は特に予定もなく、家に帰ろうとしている。ただ一つだけ問題なのは、僕らの町に大きな渦が出来てしまっている
事だ。相変わらず雨は降り続いている。雨脚は強まり、風は勢いを増し、台風は僕らの町に予定通りにやって来ている。そ
して僕は傘を持ってきていない。ああ、惨めだ。こんなことなら傘を持ってくれば良かっただなんて、そんな愚にも付かな
いような後悔をしたところで、これが僕と言う人間なのだから、どの道傘なんか持ってきやしなかっただろう。学校の玄関
口に置いてある傘立ての置き傘を盗むって手もあるけれど、そもそも他人の持ち傘と置き傘なんて区別もつかないし、だい
たい盗みなんか僕はしたくない。これは僕の責任であり、それで他人の傘なんて盗んだら、僕はただの屑じゃないか。僕は
間抜けだれど屑ではない。これはとても大事な線引きだ。というわけで、僕はどうしようもなく、傘を差さずにこのほとん
ど嵐と言ってもいいぐらいの大雨の中を、駆け抜けて行くしかないわけだ。みんなに後ろ指を差されようとも、それが僕の
キャラクターであることを自覚しつつも、僕はこのひどい雨の中をかけていかなければいけない。
 下駄箱で上履きと靴を交換している時に空に稲光が走り、そして数秒後に辺りに轟音が響き渡った。辺りに居た女子たち
は悲鳴を上げ、男子たちはこのちょっと非日常ともいうべきか、いつもとは違う雰囲気にはしゃいでいる。僕はと言えば、
豪雨に強風、おまけに雷ときて、非常にうんざりした気分に駆られた。もう傘を盗もうかな、とちょっと思ってしまったぐ
らいだ。
 靴を履いて、玄関の庇の下に立ってみる。そしてじっと雨を見つめる。ああ、僕の人生はいつもこうだ。ひどい雨になる
事が分かっているのに傘を持って来ない。怒られることが分かっているのに、宿題をやってこない。雰囲気が悪くなること
が分かってるのに、理屈ばかりを捲し立てる。まるで本当に、ひどい雨の中を傘も差さずに走る抜けるみたいな人生だ。土
砂降りの雨に濡れて、寒さに震えながら、笑われるような人生だまあ、そんなポエティックな言葉を頭に浮かべてみたとこ
ろでどうしようもないし、問題が何一つ解決するわけじゃないので、僕はいよいよ、意を決して雨の中に踏み出すことにした。
「あれ佐伯君。傘ないの?」
 その瞬間に、僕の後ろから、まるでタイミングを計っていたような感じで(いや、まさかそんなことは無いだろうけれども)、
少しハスキーな特徴のある女の子の声が聞こえてきた。
「ああ、傘、忘れたんだね。いや、佐伯君らしいけどさ、さすがにこんな日ぐらいは、気を付けないと。ずぶぬれになって
風邪ひいちゃうよ。心ない人からだって笑われちゃうし」
 僕が振り向くと、何故か島本さんの顔が近くにあって、僕は慌てて後ずさった。結果、短い階段を踏み外して、ぬかるん
だグラウンドに背中から突っ込む形になった。周りにいたやつらは僕の姿を見てくすくす笑い、知り合いなんかは「また佐
伯かぁー」とあきれるように笑い、そして僕に手を差し伸べていた島本さんは、とてもおかしそうに、思わずこらえきれな
いと言うように僕を見て笑いを吹き出していた。
「佐伯君、面白いなあ。今のこけ方漫画みたいだったよ? ああ、ごめんごめん、私の所為なのに」
 そう言って、島本さんは僕に改めて手を伸ばして、僕はその手を取って立ち上がった。そして僕はまた例の、言い訳やら
屁理屈を並べ立てることに専念した。
「ありがとう。いや、もちろん島本さんの所為ではないんだけれどね、でもあんな場所で声をかけられて、それで振り向い
てあんな近くに顔があったなら、誰だって驚くだろう。そう、僕が転んだのは不可抗力なんだ。仕方がない。いや、屁理屈
なのはわかっているけれど、これはどうしようもなかったんだ。ただ、雨が降って階段が滑りやすくなっていて、グラウン
ドもぬかるんでいて、絶妙なタイミングで声をかけられたと言う、僕の不運でしかないんだ」
 僕がそう言うと、島本さんはまたおかしそうに一つ吹き出した。
「あー、また屁理屈言ってる! 私、佐伯くんのその屁理屈って、なんだか好きなんだよねー。妙におかしいのに、本人が
真剣だし。なんか悪い人じゃないんだなーって思うし」
 佐伯さんは、立ちあがった僕の制服の、泥のついた部分を、まるでお母さんがやるみたいにしてパンパンとはたいてくれ
ながら、慰めるようにそう言ってくれた。
 僕はなんだか恥ずかしいと思った。いや、いつもみたいな惨めな恥ずかしさではなくて、女の子にこういう事をしてもら
ってるのを、みんなに見られている恥ずかしさと言うか、なんかクラスメイトにからかわれるんじゃないかとか、そんな純情
な少年みたいな恥ずかしさでいっぱいだった。

「ねえ、傘忘れたんでしょ? だったら私の傘、貸してあげるよ」
「え、いや、それは悪いよ。と言うか、そうしたら島本さんの傘がなくなるんじゃないか?」
「ううん、私は自転車通学だから、レインコート着て帰るし。一応さ、いつも鞄に予備の折り畳み傘を入れているんだけど、
全然使うこともないんだよねえ。だから今日はそれを使って帰っていいよ。あ、と言うかさ、佐伯君っていつも傘忘れそう
だからさ、その傘あげるよ。それでいつも鞄に入れっぱにしておけば、もう傘忘れないじゃん。やばい、これっていいアイ
デア! ということで、じゃあ、それあげるね」
 そう言って、島本さんは鞄から折り畳み傘を取り出して、僕の胸元に押し付けるようにして渡してきた。水玉模様が可愛
らしい、いかにも女の子の好みそうなデザインの傘だった。収納袋にはフリルも付いているし、有難いけれどこんなの僕が
持っていたら、それこそ心ない人たちにからかわれそうな気もする。でも、島本さんから物をもらったと言うだけで、僕は
今、人生の最高潮の幸せを感じていて、有頂天になっていると言うのも事実なのだ。なんだかこんなに突然に偶然みたいに
して、女の子からプレゼントを、好きになった子からプレゼントをもらってもいいものかと、なんだか不思議な気持ちにな
った。しかし自分の幸運を疑うと言うか、自分の人生にこんな幸運が訪れるはずがないと信じていると言うか、この幸運の
分の、それを取り返すような不幸せがこの後に起こるんじゃないかみたいに、僕なんかはすぐに思ってしまうのだから、案
外、不幸が板についているのかもしれない。
「ありがとう。なんか本当にありがとう。でも、何で僕なんかに傘を? 理由がないと思うんだけれど」
「あー、すごい佐伯君。そう言うのをドストレートに聞けちゃうの凄い。そりゃあさ、うん、何であげたのかと言うと、何
か見ていて気になるからだよ。佐伯君のこと。放っておけないと言うかさ。私、なんか駄目な人が気になると言うか。いや、
どうだろう。恋愛感情と言うのでもないかもしれないし、佐伯君を変に舞い上がらせて傷つけたくはないからさ、はっきり
言葉にできないけれど、でも佐伯くんって、私が昔好きだった人に似てる」
 なんだかんだ言ったって、島本さんだってあけっぴろげなく自分の思った感情や気持ちを言ってるように僕には聞こえる
けれど、でも、なんか、これは僕の今までの人生ではなかった、不思議な状況に置かれているような気がする。えっ、この
後どうすればいいのだろう。アドレスでも聞けばいいのだろうか。一緒に帰ればいいんだろうか。僕はこういう時の対応な
んて全く分からないんだ。と言うか、え、島本さんは、僕の事、好き? いや、そうと決まったわけではないし、ここで舞
い上がったらだめだ。まだ罰ゲームの可能性だってある。罰ゲームで島本さんが、僕に接して来ている可能性もある。我な
がらこんな発想をしてしまうのはかわいそうで仕方がないが、それだけ僕の人生はパッとしないものだったし、こんな僕に
惚れるような子がいるだなんて、あるわけがないんだ。いや、惚れられているのか? ああ、何なんだ本当に、この状況は。
だいたい怪しいじゃないか。いきなり僕の事が好きかも知れない子が現れるだなんて。おかしいじゃないか。神様。なんだ。
どうした。神様は、僕を徹底的に不幸にしたいんじゃなかったのか。それとも僕のこれまでの不幸を唐突に埋め合わせよう
としているのか? 帳尻合わせしようとしているのか? それとも島本さんと接することで、これ以上に僕は不幸になるの
か? 
「あっ、またなんか考え込んでる。いいねー。佐伯君って見てるだけで面白いなー」
 僕はそう言われて、ちょっと顔が赤くなるのを感じた。
「そうだ。佐伯君。一緒に帰ろうよ。佐伯君は電車通学だったよね。駅まで一緒に歩かない? 私自転車押していくから」
 何なんだ島本さん。ぐいぐい来るな。こんな積極的な性格だなんて知らなかったよ。大人しい子が集まった女子グループ
にいたから、もっと控えめな性格の子だと思っていたのに。時々、友達と笑いながら、僕の方を見て噂話しているから僕の
事をからかっているのかと思ったのに、いや、これも現在進行中でからかっているのか? なんだ、どうなんだ? なんだ
か島本さんの事が、分からない。島本さんが分からない。なんなんだ島本さん。あなたは僕の予想を超える、予想外の生命
体みたいだ。
「それじゃあ行くよ! ほら」
 そう言って島本さんに手を引っ張られながら、僕は駐輪場へと向かう。後ろから、島本さんと仲のいい友達二人組が、高
い声で「バイバーイ、頑張れ!」って言ってるのが聞こえた。え、何を? ああ、僕をからかうのを頑張れって? 僕の面
白い場面を引きだして、そのネタを明日話すために今日は頑張れって事? そうだな。あの二人はやけにニヤニヤと僕たち
の事を見ているし、そうだきっとそういう事なんだろう。ああ、僕の恋は終わった。


「もう、あの馬鹿たち……」
 当の島本さんは、頬を少しだけ赤くしながら、恥ずかしそうにずんずんと歩みを進め、僕の手を無理やり引っ張っていた。
正直かなり痛い。島本さん力強すぎ。握力強すぎ。
「島本さんって、力強いね」
 僕がそう言ったら、なんだかちょっとだけ睨まれて、思いっきり肩をぶっ叩かれた。
「もうっ、そう言うのって、あまり女の子に行っていい言葉じゃないでしょ!」
 何なんだ島本さん。さっきはご機嫌そうだったのに、なんでいきなり怒りだしたんだ。まったく島本さんが分からない。
ああ、まあそりゃあ、好きでもないやつから痛いだのと文句を言われれば怒るか。うん、僕の配慮が足りなかった。
「と言うかさ、佐伯君。折り畳み傘さしなよ? すっごい濡れてるし、それに私たちさ、佐伯君が傘差さないから、すごい
目立ってる……」
「あっ」
 そう言われてみて、僕は唐突に自分が傘を差し忘れていることに気が付いた。が、よくよく考えてみれば――
「島本さんも、レインコート……着てないんじゃ」
「あっ」
 島本さんはポカンとしたように、自分の服装を眺め、空から落ちる本降りの雨を眺め、濡れているお互いの姿を見て、そ
れから笑い出した。
「あ、あはは……いや、あー……うん。なんか、私たち、ちょっと馬鹿っぽいね。うん、なんか、あはは、面白くなってき
ちゃった」
 そう言って島本さんは、急にまた吹き出した。それからまた僕の手を握って、振り回し始めた。
「なんだか、私たちは案外お似合いかもしれないね」
「そうなのかなー。僕は島本さんが全然わからないよ。でも、島本さんが楽しそうで良かった。あ、あとちょっとしたこと でも楽しそうに笑う人だってことは、分かった。あと、喜怒哀楽が激しそう」
「あー、そうかもね。うん、そうやってお互いの事を知っていくのがいいかもね。これから。ねえ佐伯君。良かったら後で、
佐伯君のアドレス教えてよ」
「う、うん。あの、僕でよかったら全然いいんだけど。え、もしかして島本さんって僕のこと好き?」
「うわぁ、すっごい! 佐伯君てビックリするぐらい思ったこと口にするんだね! うんうん、また一つ佐伯君の特徴が分
かったよ」
 島本さんは誤魔化すようにそう言って、濡れた前髪を手櫛で整えた。
 駐輪場に着いた僕らはずぶ濡れで、島本さんのショートカットの髪も、黒色のブレザーも、プリーツスカートも、ごまか
しようがないくらいに濡れていた。
「もう少しだけ、秘密」
「え?」
 唐突に島本さんはそう言って、僕は思わず顔を上げた。
「佐伯君が好きかどうかって言うのは、もう少し秘密。仲良くなったら教えてあげる」
 島本さんは下を向いてはにかむような笑顔で、僕を見た。それからすぐに、鞄からレインコートを取り出して身に着ける。
うむ、女の子ってわけ分からないな。なんか独特の考え方があるな。
「そうか。まあ、とりあえず折り畳み傘。ありがとう」
「ううん。いいの。気にしないで」
 それから僕らは、ひどい天候の中を、ゆっくりと並んで歩いて行った。島本さんのことは何もわからない。僕をどう思っ
ているのか。僕とどう接したいのか。そして彼女の性格、好きな物、嫌いな物、血液型、正座、誕生日、好きな教科、好き
な食べ物、お気に入りのサイト、本は読むのか、兄弟はいるのか、音楽は好きなのか、秋の風の匂いは好きなのか、花火を
とても楽しそうな笑顔で振りまわすのか、楽しくなると踊り出したくなる気分になるのか。島本さんのことは何一つわから
ない。それでも、なんだか、島本さんは、僕にとって、このどうしようもなく続いていくシステムの中の、高校、大学、会
社と続いていくくだらないシステムの中の、太陽のような存在になる気がした。
 島本さんが分からない。
 それならば、この長い期間の中でゆっくりわかっていけばいいのだと言う気もする。せっかく邂逅したのだから、この偶
然のような関係を、大切にしていかなければいけない気がする。
 故に、僕はこの折り畳み傘を大切にしようと、理屈じゃなしに思ったのだった。

 それから、僕は当てにならない確信めいた気持ちを胸に抱いた。
 これからは何故か、僕の人生では、雨が降らないような気がする。
 サースデイ、放課後、折り畳み傘、自転車を連れた帰り。
 事実は小説より陳腐なり。
 嵐が僕たちの町を襲っている。
 そして隣を歩く島本さんが分からない。
 それはそれで、なんだか楽しそうな気がする。
 

 
 



高校生の頃は、しどろもどろになりながら、一歩一歩前に進んでいたような気がします。

ご感想や批評をいただけたら嬉しいです。

 私が勤める企業もここ最近、めっきり業績を上げ、私自身もそれにつれて忙しくなってきていた。主に外国の家具を日本
に輸入して販売する企業に勤めているのだが、最近の外国家具ブームが始まる前から、我が社には先見の明があった。三年
ほど前から北欧の国のとある家具デザイン企業などと繋がりを持ち、そこから多く、安く家具を仕入れることが出来たのだ。
そしてその北欧製の家具が、日本の中で、我が社の予想以上のヒットとなったものだから、会社の経営も右肩上がりに良く
なっている。だから、私の勤める販売促進部の仕事も、倍以上に増えたのだった。しかしそれはそれで、私にとっては嬉し
いことなのだ。会社の経営が危ういのに忙しいなんて状況とは違い、ランナーズハイの様に、仕事が楽しいと言う状態が続
いている。
 とはいうものの、ここ最近は、連日会社に泊まりっぱなしという状態になっていた。二週間ほど、私は一向に我が家に帰
れていない。
 どうせ独り身であるのだから、家に帰ったところで誰も迎えてはくれないのだが、しかし時期を見計らって家に帰らない
と、とも思うのだ。なにせ請求書の支払いやら、部屋の掃除やらを済ませなければいけない。
「そろそろ帰るかあ」
 そんなことを思い、喫煙室の中で、椅子にもたれながらそう呟いたのを後輩に聞かれていた。
「あー、そういえば先輩、会社に泊まりっぱなしですもんね」
 後輩の塩見が、眠そうな顔をして私に笑いかけてきた。
「そうなんだよ。まあ別に女がいるわけでもないから、あんまり帰る気もしないんだよな」
「そう言うの駄目っすよ。家っていうのは、人が居ないとどんどん駄目になっていきますからね。変な虫とかも住み着きま
すし」
「おい、怖いこと言うなよ。俺、虫って苦手なんだから」
「まあ二週間ぐらいじゃそんなに変わらないと思いますけど、でも流石にそろそろ家に帰った方が良いんじゃないですかね。
もうそろそろ仕事もひと段落つきますし」
「うーん……そうだなあ。じゃあ、今夜あたりはちょっと家に帰ってみるかなあ」
「先輩も彼女が出来れば、もっと家を大切にすると思うんすけどねー」
「あいにく俺はお前みたいに所帯を持つ気はないんだよ。仕事一筋」
「なんか早死にしそうっすね」
「うっせ」
 そう言って、お互いに疲れた顔で笑いあう。後輩と軽口を叩くと、やはり気分が安らぐのが感じられた。私の所属する販
売促進部はイメージとは違い、営業成績で争うなどのぎすぎすした感じはなく、人間関係も良い。だから何となく居心地が
よくなってしまうんだなと、そんな妙な感想を抱いている。しかし、今夜こそはしっかり帰ろう。そう心に決めて、私は煙
草の吸殻を灰皿の中に落とした。
「じゃあ、そろそろ仕事に戻るか」
「うへぇ」
 塩見が嫌そうな顔したので、私は笑いながら彼の背中を叩いた。
 それと同時に、塩見が何気なく私の方を振り向いて訊ねてきた。
「あっ、そいえば先輩。俺がお土産にあげた紅茶の味、どうでした?」
「ああ、あの不思議な味のする紅茶か。うん、最初はどうかと思ったが、だんだん癖になってきたよ。今じゃ結構ハマって
る。」
「そうですか。あれ、スリランカで麻薬って言われるほどに人気な紅茶なんですけど、紅茶好きの先輩にそう言って貰えて
うれしいです。あれ俺も気に入って、毎月仕入れるようにしたんで、良かったらこれからも分けてあげますよ」
「そうか、そりゃ嬉しいな」
「いいんです。社内でも好評みたいだし、先輩も近所の人にあげてみたら、冷え切ったご近所づきあいも解消されるかもしれませんよ」
「お前はいつも一言多いんだよ」
 そう言って笑い合いながら、私はもう一回、彼の背中を大きく叩いた。


 午後八時。
 今日は思ったよりも早く、仕事に一区切りつけることが出来た。
 書類の作成も終わり、私は部長や後輩に声をかけてから、帰宅をすることにした。
 会社のある駅から電車で三駅分。私の住む町はこんなにも近くなのに、二週間も帰らないだなんて、思えば不思議な感じ
もする。
 地元の駅に着いてから、とりあえず駅前のスーパーで適当に惣菜を買い、暗い住宅街の帰路を歩いた。
 我が家への道のりを十分ほど進む。
 複雑な路地の最後の角を曲がると、そこには聳え立つようにしてマンションが建っている。十二階建ての、中所得者向け
のマンションだ。私はここの九階に住んでいる。
 久しぶりに帰った我が家を、私は仰いでみる。
 午後九時と、まだ遅くはない時間帯なのだが、仕事をしている単身者が多いのか、九階には数えるほどしか灯りは点いて
いなかった。九階にある七部屋の内、二部屋しか灯りが付いていない。右から三番目、三号室に住む市村さんの家庭と、七
号室に住む家庭の灯り……と、そこで私はとても奇妙な違和感に取り憑かれることとなった。
 七号室? 七号室は、私の住んでいる部屋ではないか……。
 さすがに二週間帰っていないと言えども、私は自分の部屋番号は忘れていないつもりだ。七〇七号室。なんとなく覚えや
すいし、そもそも自分の部屋番号など、よほどの事じゃない限り忘れはしないだろう。
 では問題は、なぜ私が住む七〇七号室の部屋の明かりが点いているのだろうか、と言う事だ。もしかして二週間前に、私
が電気を消し忘れて部屋を出て来てしまったのだろうか。いや、変に几帳面な自分の性格からして、それは考えづらい。鍵
の施錠や、電気の消し忘れ、コンセントの抜き差しなどについては細かく何度も確認するので、まさか自分がそんな単純なミ
スを犯すとは思えない。
 ではいったい誰が……?
 私は、なんだか急に恐ろしいものを感じて、背筋が凍える感覚を味わった。
 もしや、私の部屋に誰かが住みついているのだろうか。誰かが勝手に入り込んでいるのだろうか。もし棲みついたり待ち伏
せしていたりするのが、殺人者や頭のおかしい奴だったら……。そう考えると恐ろしい。私にとって合鍵を渡す人物などいな
かったし、渡した記憶もない。だから、部屋に明かりが点いているのは、非常におかしい事なのだ。
 私は混乱しながらも、しかし自然に足が我が家に向くのが分かった。
 とりあえず近くで確認してみようじゃないか。
 いきなり警察に電話したところで、邪険に扱われるかもしれない。
 私はそう思い、意を決して七〇七号室へと上がることにしたのだ。




「いただきます」
 私がそう言うと、女はきらきらとした瞳で、私の事をじっと見て微笑んだ。
「うんっ、召し上がれ!」
 なんだか食べづらい。
 結局訳が分からぬまま――有無を言わせない不思議な雰囲気も手伝って――私は彼女の作った食事と共に食卓に着いてい
た。さすがに何もせずに家に入るだなんて、自分でも頭がおかしいと分かっている。こんなのは異常事態なのだから、はっ
きりとこの妻気分の女を追い出すか、警察に連絡すべるきなのだ。もちろん、それはしっかりわかっているのだ
 しかし、私は彼女を追い出すことも、問い詰めることもしなかった。なぜなら、女は私の理想をそのまま具現化したかの
ような器量の良い美人だったし、その声、雰囲気、全てが、私の心を自然に癒してくれるような穏やかなものを持っていた
からだ。
 だから私はこの、世にも奇妙な状況に流されてしまっている。
「まーくん、おいしい?」
 女は小首を傾げながら、可愛らしくそう訊ねてきた。
「あ、ああ……美味い。うん」
「良かった! あのね、そのお浸しにした小松菜、三号室の市村さんから頂いた物なの。さっき私も食べたんだけれど、す
ごいシャキシャキしてて美味しかったなあ」
「え、市村さん……? なぜ? と言うか、何にも言ってなかったか? 市村さんは。その点…君を見て、不審がったりとか」
 私がそう言うと、女はポカンとした表情を浮かべた後に、抑えきれない様子で爆笑し始めた。
「あはは! もう今日の、まーくんおかしいよ! 私の事を君って言ったり、ドアの前で尻もちついたり、私と市村さんの
奥さんが仲良いこと知ってて、からかったり。もー、最近のまーくんはユーモアのセンスがあるよね!」
 女はそう言いながら、私の頬に着いたお浸しの汁を、指で拭ってくれた。しかし、なぜ彼女は俺の名前を知っているのだ
ろう。いや、まあそれくらいは調べられるのかもしれないが。
「でもやっぱり、いつも通り凛って呼んでくれると嬉しいな。まーくんに呼び捨てにされるのって、なんか嬉しいんだよね。
ほら、私って最初、まーくんに相手にされてなかったじゃん。三回くらい振られたし。でもやっと、紆余曲折あって、私た
ち結婚出来たわけだし。呼び捨てで呼んでもらえると、はれてまーくんの妻になれたんだなって。なんかそう思えるんだよ
ねぇ」
 私は彼女と出会ったことなど無いし、結婚した事実なんてあるわけがない。この女は虚言癖を持っているのだろうか。さ
も当たり前の様に、私の妻を気取っているが、この凛と言う女は何者なんだろう。それに市村さんに小松菜を貰ったと言う
のは本当なのだろうか。いや、明らかに嘘だろう。市村さんの奥さんは私と同年代らしいが、ほとんど挨拶ぐらいしか交わ
さない仲だ。夫の方もほとんど姿を見せないし、私と市村家に交流など無いはずだ。この女は先ほどから、ばれるような嘘
を吐き続けて、私の妻を演じ続けて、何がしたいのだろう。
 いや、正直に言えば、こんな美しくて優しい妻がいる気分に浸れるのなら、騙されたい気もするが……。だが新手の結婚
詐欺かも知れないし、男をたらし込んで金目のものを奪ったり弱みを握る手口の犯罪者かも知れない。やはり、追い出すべき
なんだろう。常識で言えば。


 そんなことを考えながら夕食を咀嚼していると、インターホンの音が甲高く鳴らされるのが聞こえた。
「はいはーい」
 凛と名乗った彼女は、パタパタとスリッパを鳴らしながら、玄関へと向かった。まるで私の妻として当然の義務みたいにして。
そしてすぐに玄関から、女性同士の姦しい声が聞こえてきた。
「あら、市村さんの奥さん!」
「凛ちゃん。どう? 小松菜イケてたでしょ!」
「うん、すごくおいしかったよ。わざわざありがとうね。まーくんも珍しくおいしいって素直に言ってくれて」
「そうなんだー。正行さんはいい人だよねー。ウチの夫なんて、野菜なんか全然食べないの。もうすぐパパになるって言うのに、好き嫌いなんかしちゃって。恥ずかしいの」
「あはは。でもそうかー、幸恵さん、お腹もうだいぶ大きくなってますもんね!」
「うん、もう八か月なの」
「無事に生まれるといいですね」
 私はまたもや、混乱し始めていた。果たして市村さんの奥さんは妊娠していただろうか。一か月前にゴミ捨ての際に会っ
たような気もするが、別にお腹は膨らんでいなかった気がする。いや、問題はそこだけじゃない。彼女は何故、当たり前み
たいに凛を受け入れ、旧知の中でもあるかのように会話しているのだろうか。なぜ彼女は、俺と凛が当然の夫婦であるかの
ように、会話を進めているのだろうか。俺の頭がおかしくなってしまったのか? 仕事のし過ぎで、狂ってしまったのか? 頭が割れるように痛んでいる。 
 なんなんだ。この状況は。
 俺はすっかり食欲まで失せてしまった。
「あれ、もう食べないの?」
 会話を終えて戻って来たらしい凛が、少し心配そうな声音で私に声をかけてきた。
「あ……ああ、少し疲れてるのかもしれない。頭が痛いし、なんかすごい混乱してて。なあ、俺たちって、その、変なこと
を聞くが、本当の夫婦……なのか?」
 凛は私の言葉に対して、いよいよ本格的に心配するような様子で、上目遣いで見つめてきた。
「ど、どうしちゃったの? え、もしかして仕事の疲れで、一時的に記憶喪失になってる? そういうの、前にテレビでや
ってたよ?」
「いや、そうじゃない。ただ、なんとなく、ほら、あれだ、久しぶりに家に帰ってきて、なんだか様子がおかしかったから、
それに雰囲気も変だし……というか、俺は結婚なんて……」
「あ、ああ! 確かにそうだね。私がまーくんに内緒で勝手に部屋の内装を変えちゃったから。ごめん、でもこれは二週間
も家に帰って来ないで、私を寂しくさせたまーくんへの仕返しも込めてるんだよ。でも、うん、ちょっと落ち着かなかった
かな、まーくんも仕事で疲れてるのに」
 やさしい目をして、凛は私に近づいてくる。
「今日は早く休んだ方が良いよ。毎日、仕事仕事で疲れてるんだよ」
 凛はそう言って、座っている私の後ろから、優しく抱擁をしてくれた。
「お疲れ様っ」
「あ、ああ……」
 彼女からはほんのり紅茶の、鼻をくすぐるような、心を落ち着かせる香りが漂ってきた。
 ああ……なぜ紅茶の香りなんだ? 私の忙しい日々の唯一の癒しであり、昔から好きな紅茶の香りを纏って……。ああ、
まずい……すごい落ち着く……。
 俺は思わず目を閉じて、彼女の優しい抱擁に身を任せた。
 彼女の髪から漂う、安らぐ紅茶の香り。
 紅茶依存症とまで言われた私の大好きな、この香り。
 それは心休まる暖かさを私にもたらした。
 なぜ彼女から、この香りがするのだろう…………。
 それから数分間ずっと抱きしめられて過ごした。



 妻が入院したらしい。
 私は市村さんの奥さんから連絡を受けて、すぐさま病院に向かった。どうやら買い物帰りに郵便受けの前で倒れていると
ころを彼女が発見して、救急車を呼んでくれたらしい。
 病室には、六つほどベッドがあり、そこには凛の姿はもちろん、誰の姿もなかった。
 市村さんの奥さんが私の背後に立って、涙を流しながら告げた。
「肺結核で倒れたらしいんです。私が見つけた時も、血を吐いていらして。それに、もともと心臓の病気も持っていらした
んでしょ? 恐らく正行さんはいつかこうなることは覚悟していらしたんでしょうが、私はもう悲しくて……」
 そのまま嗚咽を繰り返して、奥さんは俯いてしまったようだった。
 しかし、その並ぶベッドのどこに妻が居るのか、私にはまるで分らなかった。ただその病室には紅茶の香りだけが漂って
いた。私は、何故かその香りを嗅いで、落ち着くことが出来た。妻の柔らかい声が、抱きしめられたときの感覚がよみがえ
ってきたように、想起された。
「まーくん。大丈夫だよ。私を受け入れてくれてありがとう」
 どこかから、窓の外からそんな声が聞こえたような気がした。
 私はよく分からないが、涙を止めることが出来なかった。
 別に泣きたくもないのに、何故か、目から涙が次々に溢れて、止まらなかった。
 その病室では、紅茶の香りだけが漂っていた。
 その香りだけを残して、彼女は消えてしまった。
 完全に。
 私は、見えない彼女に対して。消えてしまった彼女に対して、心の中で祈った。
 彼女はきっと、私に幸せを与えるための精霊だったのだ。この短い十年間を、彼女は精一杯、私に尽くしてくれて、そし
てはかなく消えていった。理由も分からないし、正確に彼女が何であったのか、何のためのこんなことをしたのか。現実を塗
り替えてまでこんなことをしてくれたのか、一切わからない。だが、私は彼女のために祈った。
 ――次の彼女の人生が幸福でありますように。次の人生では、僕らが生まれた時から会えますように。
 窓から風が吹き込んで、白いカーテンが揺れた。
 私は膝を折って、死んでしまった彼女の事を悲しんだ。何故か、そうしなければいけないような、思いっきり泣かなければ
いけないような気分に私は陥っていた。私は顔を覆って、泣き続けた。妻を失った悲しみが、見えない彼女が風に乗って消え
てしまったような、どうしようもない慟哭が私を絶え間なく襲ってくるのだ。


無駄に長くなった。感想投下します。

>>786-794
拝読しました。

まず最初に日本語の使い方について気になった点。

>>786の“めっきり業績を上げ”
「めっきり」って後にマイナスイメージの言葉が続くような印象がある。
調べてみると必ずしもそうじゃないみたいなんだけど、個人的にとても引っかかったので。

>>787の“変に几帳面”
特に変ではない。「几帳面」の性質を逸脱していないと思う。

>>789“すごいシャキシャキ”
>>790“すごい落ち着く”
前者はまだ会話文の中だから…まあ…。
けど文字で書かれているのを見ると気持ち悪い。
いずれ将来的に正しい表現になるんだろうけどさ…。「すごく」って書いてほしいです。

>>794“恐らく正行さんは…”
今度は逆に会話文で「恐らく」なんて言うかぁ?と思った例。奥さんは名探偵か何かか。

次に作品全体を通しての感想。

冒頭部分と妻・凛のセリフが説明くさくてきらいだと思った。
どんな企業に務めているかという説明は必要だったのか?
説明くさい割にいらない情報が多すぎるせいで興味がわきにくい。
「紅茶」なら「紅茶」、「北欧家具」なら「北欧家具」に絞って、掘り下げてくれたほうが、よっぽど魅力的。
特に作者が「ショートショート風に書いてみました」という割には、余計な肉が多い。

それから、突然現れた妻に対して、不自然なくらい警戒心が失われていく様について、
書かなければ突っ込まれただろうけど、「俺は頭がおかしくなっているのか~」っていうのが
読者に対して言い訳がましかく、うざったかったです。
作者も不自然に感じるところは、やっぱ伝わりますよね。

すごくつまらなかったわけじゃないけど、すごく面白かったわけでもない。
「魅力」と呼べる部分があまりにも少ない小説だ。
魅力的なものとして、ほんとうに端的な例だけど、「美人」があるとする。
「美人」を表現するのに「美人」なんて言葉を使ってたら、魅力も何もない。
川を泳ぐニジマスの腹のようななめらかなきらめきを彼女からは感じた、とか。
彼女と目が合った瞬間、小学生の頃、ゼムクリップをコンセントの穴に突っ込んだ時のような、電撃が走った。とか。
ひどい表現だな!
ともかく…
「表現したい」と思うことを、とにかく多角的に捉えて、表現する。
その中には絶対に作者にしか見えていない面があるはずだ。
読者は、少なくとも自分は、そういうものを読んで、心動かされたり、作者の想像力や表現力に嫉妬したり、したい。
今回の作品では特に「紅茶の香り」について、そういう表現がなかったことが残念だったと思う。

ともあれ、お疲れ様でした。
また読ませていただきたいです。

投下宣言と投下を同時に行ってしまった。失敬失敬


 長文でのご批評、ありがとうございます! 非常に嬉しいです。
 鋭いご指摘も多く、勉強になりました。反省(そしてちょっとの言い訳)レスをさせていただきます。


>>786の“めっきり業績を上げ”

 個人的には(過去から現在における特定の物事の)状態が大きく変わることを表す言葉というイメージでこの副詞を使っ
ていたので、特に引っかかりはしなかったのですが……そうですね。仰られる通りに現代で広義的に使われている意味合い
で使った方が、読者の引っ掛かりをなくす上で無難なのかもしれません。一意見として受け取らせていただきます。ありが
とうございます!

>>787の“変に几帳面”

 確かにそう指摘されても頷けてしまいます。あくまで言い訳になりますが、【細かく何度も確認する】のはいくら几帳面
な人であっても、病的のようで、私は少し異常だと感じてしまうのですが、いかがでしょう。確かに主人公の細かく点検す
る様を描写しておりませんので、とても伝わりづらかったと思いますし、やはりこの表現自体が間違っているのかもしれま
せん。もっとわかりやすい意味で異常でないと、この副詞は使わない方がよかったかもしれません。読者に違和感を与えて
しまいますしね。
ご指摘ありがとうございました!

>>789“すごいシャキシャキ”
>>790“すごい落ち着く”
 私はこのSS速報に投下した作品群でもそうなのですが(もし読んでいらっしゃらなかった場合は分かりづらいとは思い
ますが)、よく“書き言葉としての口語体”を使って小説を組み立てていくという癖があります。これは庄治薫さんやライ
麦畑で捕まえての翻訳作品等々に影響を受けて現在のスタイルを始めたのですが、その悪癖が出てしまったようです。確か
に文語体を思わせる小説の始め方をしているのに、口語体が出てくると非常に違和感を覚えられたと思います。>>790は主人
公の心情を表した一文なので、手癖でいつもの口語体が出てしまったのだと思います。ただ主人公の心情描写で口語体を使
うのは必ずしも間違いではないと私は思っています。もちろん今回の翻訳調の文語体で出てくるのは違和感があるので、直
していきたいとは思います。

※(>>797さんは気になっただけと仰られているので、もちろん間違いを指摘しているわけではありませんし、僕が勝手に間
違いか間違いではないか議論に広げてしまっているわけで申し訳ないのですが)、他の方のご意見も窺ってみたいです。



>>794“恐らく正行さんは…”
言いませんか? そうですか……。ふむ……。そうですね。確かに先程まで口語表現を使っていたのに、ここでいきなり固
い形式ばった表現が出て来てしまったのですから、これは間違いですね。会話文で【恐らく】という言葉を使う場合もある
とは思うのですが(ミステリー小説などでよく使われませんか?)、この点で使うべき言葉ではありませんでした。文章表現
の統一(みたいな意識?)には気を付けていなかったので、非常にバランスの悪い文章となり、違和感を与えてしまいました。
もっと手癖に頼らず、丁寧に文章を書いて行かなければと教えられたような気がします。ご指摘ありがとうございました!







>>冒頭部分と妻・凛のセリフが説明くさくてきらいだと思った。
どんな企業に務めているかという説明は必要だったのか?
説明くさい割にいらない情報が多すぎるせいで興味がわきにくい。
「紅茶」なら「紅茶」、「北欧家具」なら「北欧家具」に絞って、掘り下げてくれたほうが、よっぽど魅力的。
特に作者が「ショートショート風に書いてみました」という割には、余計な肉が多い。

これまた、いつもの悪癖のなせる業だと思うのですが、私はだいたいにおいて説明文で小説を始めてしまうという、とんで
もない変な癖がついてしまっています。これは素直に反省します。直すべきです。というか多分、そう言う小説の読み過ぎ
なんだと思います。ああ、いつからこんな癖がついてしまったのか……。
それに加えて、会話文。はい、ご指摘の通りものすごく下手くそですよね。自分でも只々反省するばかりです。いつまでた
っても巧くなりません。柔らかくなり過ぎないように気を付けていると、市役所の受付のお姉さんみたいな文章になってま
す。説明ばかりです。


>>それから、突然現れた妻に対して、不自然なくらい警戒心が失われていく様について、
書かなければ突っ込まれただろうけど、「俺は頭がおかしくなっているのか~」っていうのが
読者に対して言い訳がましかく、うざったかったです。
作者も不自然に感じるところは、やっぱ伝わりますよね。

そうですね。ご指摘ありがとうございます! この点も私の悪癖だと(ry。読者に伝わらないのではと思い、つい描写や説明
を書きすぎてしまう癖があります。ちなみに作者は不自然に感じていませんでした(小説家としてクソですね私は)
ああ、もうざっくざく私の悪い点が出て来て、すごい!


>>すごくつまらなかったわけじゃないけど、すごく面白かったわけでもない。
「魅力」と呼べる部分があまりにも少ない小説だ。
魅力的なものとして、ほんとうに端的な例だけど、「美人」があるとする。
「美人」を表現するのに「美人」なんて言葉を使ってたら、魅力も何もない。
川を泳ぐニジマスの腹のようななめらかなきらめきを彼女からは感じた、とか。
彼女と目が合った瞬間、小学生の頃、ゼムクリップをコンセントの穴に突っ込んだ時のような、電撃が走った。とか。
ひどい表現だな!
ともかく…
「表現したい」と思うことを、とにかく多角的に捉えて、表現する。
その中には絶対に作者にしか見えていない面があるはずだ。
読者は、少なくとも自分は、そういうものを読んで、心動かされたり、作者の想像力や表現力に嫉妬したり、したい。
今回の作品では特に「紅茶の香り」について、そういう表現がなかったことが残念だったと思う。

うーん……例として出された比喩表現ではうまく伝わってきませんでしたが、確かにその通りだと思います。そうですね、
読んでくれる人のために書くのならば、それが一番大切な事であるのが分かります。魅力。しかしながら、それは小説家に
おける基本でありながらも最も難しいこと、だと私は感じます。プロでもそれを読者に必ず感じさせられるという方多くは
ないと思います。もちろん、そうであっても私自身、その高みに上れるように努力し続けたいと感じ続けております。ご指
摘ありがとうございました!


>>>>798で仰られた通り、この作品のモチーフとされる紅茶の香りの描写が圧倒的に足りませんでした。鋭いご指摘に反省するばかりです。この小説において、(或いは私の書いた小説において)魅力を感じられなかったのも当然だと思います。まだまだ小説書きとして、精進しなければなりません。それを身をもって感じることが出来ました。

改めて、このような作品をお読みになり、なおかつ長文で批評をしていただき、ありがとうございます! 非常に勉強にな
りました! 言い訳ばっかでごめんなさい!(ああ、この辺が言い訳がましい説明ばかりの文章を書く所以なのかも知れません)

>>800 四段落、四行目。
「庄治薫さんやライ麦畑で捕まえて」と書いてしまいましたが
正しくは「庄司薫さんやライ麦畑でつかまえて」でした。
訂正させていただきます。

どなたかお題くださいな

>>865です。
投下します。
ちなみに酉ってつけたほうがいいんですかね?

 新月であったのか、はたまた雲がかかっていたのか、月のない夜であった。夜11時を過ぎようかという時間に、塚田康
介は埼玉と栃木の県境にほど近い国道で車を走らせていた。辺りは暗く、まばらな街灯がぽつりぽつりと寂しげに道を照
らしているだけであったが、何度もこの道を車で行き来したことのある塚田にとっては大した危険も感じなかった。とい
うのも、この辺りは塚田の出身地であり、3年前に両親が続けざまに他界するまでは様子見によく実家へと足を運んでい
たからである。両親の早い死に、孫の顔も見せてやれなかった、と悔んだことも、今では遠い昔のように思えた。とはい
え、調布のマンションに住み、千駄ヶ谷にオフィスを構える小さな商社で働く平凡なサラリーマンである塚田には明日も
仕事がある。急な「帰省」を済ませたら、東京へと急いで帰らなければならなかった。

***
 その日、塚田康介は父の運転する車の助手席に乗せられていた。小学4年生である塚田にとって、夕飯を食べた後に出
かけるのはなんだか新鮮で、まるで自分が冒険に旅立つ勇者であるかのように思えた。もちろん目的は魔王の討伐などで
はない。カブトムシを取りにいくのである。
 塚田の住む小さな町から車を少し走らせれば、すぐに山のふもとに辿り着く。日中であれば友人たちと自転車で向か
い、山中を駆け回ることも慣れ親しんだ遊びのひとつであったが、夜の暗い山は幼い塚田にとっては恐ろしい迷宮であっ
た。もっとも、この日はわざわざ山に分け入る必要はなかった。山のふもと、車通りのまばらな国道沿いに自動販売機が
3台並べて設置されていた。山で遊ぶ小学生たちにとってはこの自販機の前が休憩場所であり、たまり場であったため、
塚田にとっては慣れ親しんだ場所といっていいのだが、この自販機の光に誘われてカブトムシが寄ってくるという噂を聞
いてきたのは父のほうであった。「おい康介、カブトムシ、取りに行かないか」と仕事帰りの父が友達のような口ぶりで
話しかけらると、塚田は「うん、行く」と反射で答えていたのだ。
 自販機の脇の空き地に車を止めると、塚田と父は「念のため」と母に持たされた懐中電灯を車に置き去りにしたまま、
虫取り網だけを持って自販機の前に向かった。煌々と発せられる光に誘われ、カナブンやガ、あるいは見たことはある
が名前は知らない虫が数匹ぐるぐると意味のない回転を繰り返していたが、目当てのカブトムシの姿は見つからなかった。
「いないね」
 そう口の中でつぶやく塚田に、父は、
「まあ、そんな上手くはいかないだろう。少し車で待つか」と答え、二人は車に戻ろうと自販機に背を向けた。
 すると、闇の中からするりと何かが滑り出すような気配を感じた。塚田が思わず振り返ると、父もつられて振り返っ
た。それは自販機のウインドゥにピタリと張り付くと、白い光の中に堂々としたシルエットが浮かび上がった。カブト
だ!そう叫びたくなる心を落ち着かせ、父の方をちらりと見る。父は小さくうなずき、目で合図をした。
 塚田は足音を立てず、ゆっくりとカブトムシに近づいた。カブトムシが虫取り網の射程範囲に入ったことを目視で確
かめると、素早く網を振り下ろした。カブトムシは危険に気づき逃げ出そうとしたが、塚田の網の方が一瞬だけ早かっ
た。塚田は網を返しカブトムシを確保すると、父を振り返り、親指を立てた。父は一言「カゴだな」と答え、車に虫か
ごを取りに戻った。

 翌日、授業が終わると塚田は友達にカブトムシをとったことを話した。彼らは口々に「コースケ、いいなあ」とか「俺
も自動販売機に取りに行こう」とか話し、塚田はいい気になっていたが、後ろのほうから「へえ、見せてよ」と声がす
るのを聞くと、微かに嫌な予感を覚た。声の主は楠本といい、塚田はいけ好かないやつだと感じていた。とはいえ、二
人の間に直接何かあったわけでもないし、取ったカブトムシを見せない理由もない。それに他の友達も見たいと言って
いるのだ。
「じゃあ、うち来いよ。帰ったらすぐな」
 そういって、いつものように帰路に着いた。
 家が近い者から順に、5人が塚田の家にやって来た。最後に来たのは楠本で、遅れてすまん、というようなことを小さ
く口にしながら玄関をまたいだ。塚田は虫かごを彼らの前に置き、
「そんなでかいってほどじゃないけど」と正直な感想を述べた。
「まあそうだな、でもケガもないし、ツノ綺麗じゃん」とひとりがコメントすると、周りもそれに同意した。これには
塚田も賛成だった。このカブトムシは大きさこそ平凡だが、塚田が今まで見た中で唯一美しいと思える姿をしていた。
この宝石のようなカブトムシの躰もツノも、生死までもが自分の物になったことが塚田にとっては至上の喜びだった。
楠本も、
「すげー綺麗じゃん、カゴから出してみてもいいか?」と自分の捕まえたカブトムシを誉め、塚田は優越感が心の中に
じわじわと広がっていくのを感じた。
「もちろん、いいぜ」
 そう答えると、楠本はすぐに虫かごを開け、カブトムシを指にのぼらせた。そのまま虫かごから指を引き抜くと、カ
ブトムシの黒い躰は窓から射す午後の太陽を受け、鈍く光をはね返した。どこからともなく感嘆の声が漏れる。それが
友達から発せられたものなのか、それとも無意識のうちに自分から流れ出たものなのか、塚田には分からなかった。そ
のとき、カブトムシがふわりとその翅を広げた。

「うわ、窓閉めろ、窓!」
 友達の一人がそう声を上げると、別の一人ががぱっと窓に向かって駆け出し手早く閉めた。カブトムシは琥珀色に透
き通った翅で優雅に部屋を一周し、逃げ道のないことを悟ったのか、楠本の胸に止まった。
「網は?」
「手で?まえられるだろ」
 そう話す友達の声を、塚田はぼんやりとしか聞いていなかった。カブトムシの飛行がこんなにも美しいとは思ってい
なかったからだ。カブトムシが楠本に止まったのを見てようやく冷静になった塚田は、楠本に、
「捕まえられるか?」
と聞いた。内心では、もう一度カブトムシが飛んでくれれば、楠本はカブトムシ一匹捕まえられない奴だと心の中で
罵倒できるという思いもあった。楠本は、ああ、というような曖昧な返事をし、カブトムシに手を伸ばした。
 それからの出来事は、映画のフィルムの1コマ1コマのように、塚田の目には映った。楠本がカブトムシに手を触れた
瞬間、カブトムシは翅を広げ飛び立とうとした。あせって楠本がカブトムシを抑え込もうとする。指に力を入れる。そ
の指が翅の付け根に引っかかった。誰も声を出せなかった。それまでまっすぐに伸びていたツノは胴に対しておかしな
角度を描き、カブトムシは短い乱雑な飛行の果てに塚田の部屋の床に墜落した。
 塚田は何も考えていなかった。楠本が口を動かすのが見えたが、それは謝罪の言葉を述べたのか、それとも言い訳で
あったのか、それすら分からなかった。塚田は右手を強く握ると楠本の顔をめがけて振り下ろした。何度も。何度も。
止める者がいたのかさえ分からない。気づくと、右手は楠本の鼻血で汚れていた。
***

 カーブの連続する山道を走っていたからか、塚田は手首に疲労感を感じた。もう山はほぼ下りきり、道も真っ直ぐに
なってくる。片手でハンドルを握っていれば十分だ。そう判断し、ハンドルから右手を離してぐるりと手首を回した。
ぽきり、と小気味よい音が車内に響く。そのとき、塚田の目は、赤黒いシミのようなものを見た。クーラーの効いた車
の中で、汗が一滴背中を伝うのを感じた。もう一度右手を、今度は注意して見た。血だ。オフになっていた感情のスイ
ッチが入るような感覚を覚えた。

***
 その日、塚田は大阪への出張を早めに切り上げた。妻には帰りは遅くなると伝えてあったが、昼過ぎには仕事が片付
き、暇を潰すのも勿体ない気がして、すぐに新幹線に乗って帰路に着いた。1泊2日の出張は塚田にとって珍しいもので
はなく、わざわざ観光しこようとも思わなければ、今日が水曜日で明日も仕事があるのだからさっさと体を休めたいと
いう思いもあった。自由席の車両に空き席を見つけると、妻に夕飯前には帰るよとメールして、缶コーヒーのプルトッ
プを引いた。
 マンションのエレベーターの中で、塚田は何とはなしに腕時計を見た。時計の文字盤は5時15分を指していて、こん
な早くに帰るのは久しぶりだ、と独りごちた。
 4階でエレベーターを降りると、塚田の住む403号室から男が出てくるのを見た。男は34歳の塚田よりちょっと若いく
らいだろうか、スーツを着ているわけでも宅配便業者の制服を着ているわけでもなく、何の用でうちに来ていたのだろ
う、と思いながら軽く会釈してすれ違った。家の鍵は閉まっていた。男が出てからすぐに妻が鍵をかけたのだろう。ポ
ケットの中から地味な革のキーホルダーを取り出した。
 家の扉を開けると、そこには妻の驚いた表情があった。
「あれ、メール見てなかった?」
「え、うん。全然気づかなかった」
そう話す塚田の妻は首筋にうっすらと汗をかいている。
「さっきの人は?そこですれ違ったけど」
「ええと、ちょっとDVDの調子が悪くって、その修理の人」
そういって妻はテレビ台の下のブルーレイレコーダーを指差した。

「ふうん、最近はそういう人も私服で来るのか」
「そうみたいね」
「まあ作業服着るような―」
 汚れる作業じゃないし、と言いさして、塚田は寝室の扉があいていることに気付いた。小さな袋が無造作に打ち捨て
られている。
塚田は考えるより先に、寝室へと歩みを進めた。
「あ、ちょっと」
塚田は妻が後を追っていることも意に介さず寝室に入ると、その袋をつまみ上げた。
「これは何だ」
 そう言って塚田が睨み付けた妻の衣服はわずかに乱れ、表情は明らかにこわばっている。何も言わない妻にもう一度
同じ質問を投げつけ、答えが無いのを確かめた。
「浮気か」
 塚田はつまんでいたコンドームの袋を投げ捨てると、そう冷たく言い放った。やはり妻は何も答えなかったが、泳ぐ
目がそれを肯定していた。
「浮気なんだな」
「そ、そうよ!別にいいわよ、離婚するっていうのなら!子供もいないし、好都合ね!」
 その妻の言葉を理解した塚田の目の色が変わった。塚田は何も考えていなかった。しかし、決して激情に囚われたわ
けではなく、むしろ氷のような冷静さ、もしくは無感情を保ったまま、機械的に妻の姿を見据えていた。今、何をすべ
きか。それだけが塚田の脳内にある唯一のことだった。台所に向かい、棚の中から包丁を取り出した。妻はおびえた表
情で、何か喚き散らしているようだったが、口の動きだけは見えても声は聞こえてこなかった。塚田は右手に包丁を持
ち、正確に腹の中心に突き立てた。溢れ出る鮮血は蛍光灯の光を鈍く反射し、塚田は動かなくなった妻の肢体を美しい
と思った。
それからも、塚田の冷静さは途切れなかった。妻の遺体をゴミ袋で覆うと、先週末に買ったばかりのマットレスが入
っていた段ボールに詰めた。それを持って地下の車庫に向かい、後部座席に段ボールを置くと塚田は運転席に乗り込
んだ。迷わずカーナビに3年ぶりに地元の住所を入れる。妻の遺体を埋める場所は地元のあの山以外ないと本能的に感
じたのだ。不思議な満足感とともにアクセルを緩やかに踏み込むと、車は心地良いエンジン音を響かせて走り出した。
***

 この血はいつから付いていたんだ、妻を刺した時か、それとも埋めた時か?妻を刺し殺した後、俺は手を洗ったのか?
塚田は自問したが、ほとんど何も思い出せなかった。ハンドルを持つ手が小刻みに震えているのを感じた。
そう、俺は妻を殺したのだ。塚田はようやく、はっきりと恐怖を認識した。子供がいない塚田にとって、妻はこの世で
唯一の宝と言っていい存在であった。その妻を自らの手にかけたのだ。何故だ?何故そんなことをした?何故、俺は妻
を殺したんだ?
ふと、煌々とした明かりが目に留まった。あの自動販売機だ。まだここにあったのか、という驚きと、往きはこの自販
機に気付かなかったという事実に対する焦りがないまぜになった感情の中、塚田はふと、手に着いた血を洗うなら今し
かない、と思った。車を止め、自動販売機にコインを入れる。ペットボトルのミネラルウォーターがごとり、と音をた
てて出で来ると、塚田は震える手でキャップを開けた。
そのとき、闇の中からするりと何かが滑り出すような気配を感じた。塚田が怯えて振り返ると、一匹のカブトムシが自
販機に止まっていた。
 ―見られた?
 いやいや、と塚田はかぶりを振った。たかがカブトムシに、例え殺人現場を目撃されたところで何になるわけでもな
い、と自分に言い聞かせながら、血の付いた右手に水を掛けた。カブトムシはじっと動かない。塚田は濡れた手をYシャ
ツの裾で拭うと、もう一度カブトムシの方を見た。カブトムシは、美しい琥珀色の羽を広げ、どこかへと飛んで行った。
 塚田はペットボトルを茂みに向かって投げ捨て、車に戻ろうとした。そのとき、見られた、と声が聞こえたような気
がした。辺りを見回しても、もちろん誰もいない。そうか、これは錯乱した俺の脳が呟いているんだ、落ち着け。そう
念じてみても、その声はだんだんと大きくなっていった。あのカブトムシに、見られたんだ―。
 塚田は車に飛び乗ると、シートベルトを着けないまま車を発進させた。ハンドルを切り、今来た道、山へと向かう道
に戻っていく。何故だ。俺は何故戻ろうとしているんだ。東京に帰らなければならないんだ。冷静な脳の半分がそう命
令しても、体はアクセルを強く踏み込み山を目指した。右手がガタガタと震えていた。体はもはや言うことを聞かない。
あのカブトムシに見られたからか?そんなことは馬鹿馬鹿しい、そう言い聞かせても、もはや無駄だった。車はいっそ
うスピードを上げていく。崖があるな、と塚田の冷静な半分の脳は思った。ブレーキを踏もうとしても、右足はアクセ
ルに張り付いて動かない。あの自販機でのカブトムシ取り。楠本の微笑した顔。友達の歓声。断片的な記憶がフラッシ
ュバックしていく。力なく落ちていくカブトムシ。そういえば、あのカブトムシの亡骸も、同じようにあの山に埋めた
のだったな。塚田は「ああ」と間抜けな声を出した。何故、俺は妻を殺したんだ、か。何でそんな簡単なことが分から
なかったんだ。楠本の奴に、ようやく目に物見せてやれたよ。俺の宝物は、最期まで俺の物にしたいもんな。

――私がコレと呼ぶ男と話すようになったのは一月前のことだった。
 コレは俗に言うストーカーと呼ばれるモノで、金髪碧眼の私に興味を抱いたのだろう、ク
ラスに馴染めない私を遠くから観察していた。絶対に接触はしてこない。なぜなら、コレも
いじめられっ子で、わたしもいじめられていたからだ。
 
――私はアメリカから日本に渡ってきた外国人で、半年前に私立香坂高校に編入した。
 父がアメリカ人、母が日系アメリカ人の子供として生まれた私に、アジア人的な外見の特
徴はなく、見た目は完全に白人であった。それは母が日系とはいっても、クオーターだから
だろう、と父が言っていた。事実、写真の中の母は日本人には見えない。白人とアジア人の
混合が生み出したアンバランスな人種だ。しかし、日本語は上手だった。それは母方の祖父
の影響もあり、私は幼い頃から日本語を教わってきたのだから、それも当然である。けれど、
言語を扱えるからといって、まったく違う環境の同い年の人間たちとコミュニケーションを
上手にとれるかといえば、そうでもない。第一に外見の違い。これは自惚れではなく、客観
的事実としての自己評価だけれど、私は美しいのだ。そのおかげで、わたしは転校して数日
はちやほやとされていた。しかし、知ってはいても、使い慣れない言語と、アメリカ人とし
ての仕草と日本人としての仕草の違いがハナにつくと、一部の女子が私の美しさからくる嫉
妬からだろう、やっかみだし、いじめがはじまった。
 最初は小さなことだった。
 教科書に悪口を書かれたり、体操着が水浸しになっていたり。彼らは間接的にいじめを敢
行した。
 そして私はそのいじめに抵抗してしまったことで、ピラミッドの最下層へと転落してしま
ったのだ。
 素直さはときに民衆の怒りを買う。私は、自身の美貌に絶対の自信があった。少なくとも、
この学校のなかでは、私が一番美しいと断言できるだろう。その肥大した自意識が、私に言っ
てはならないことを言わせた。
 ブスをブス呼ばわりすると、大抵の者は怒りに顔を染める。それが事実だったとしても。
私にとって些細な諍いが、醜いアヒルの子たちの態度を硬化させ、そして、いじめは直接的
に行われるようになった。
「キモ」
「ばーか」

「臭いんだよ」
 そのような取るに足らない罵倒を無視していると、今度は物を投げてくるようになった。
あるときはチョーク、あるときは黒板消し。それでさえ、私に期待したとおりの反応がない
とわかると、奴らはコレをぶつけてきた。
 コレは私と同じいじめられっ子である。身長はそこそこあるものの、その中身はガリガリ
で体力がなく、イヤらしい口から漏れる言葉は吃音がひどく、聞き取りがたい。顔はにきび
だらけの、一目で嫌悪感を抱くような男だった。
 コレは奴らに囃し立てられ、私に恐る恐る接近してこようとする。私はコレがそばによる
こと自体、イヤだったので、奴らの計画は成功した、といえよう。
 しかし、私がコレの目――ビクビクしながらこちらを窺うコレの目に、慕情のような淡い
光――を見たとき、稲妻のように脳天にある計画が生まれた、と同時に、私は密かにほくそ
笑んだ。なぜなら、奴らに対して、最高の仕返しを思いついたから。
 私は怯えるコレの手を取り、教室の外へと連れ出した。背中には罵倒の声。振り返ると、
コレの怯えに引き攣った顔に、はにかむような表情が一瞬、浮かんだ。
 このときから、私とコレの報復が始まったのである。


――女性にとって、最大の侮辱はなんなのか、私は考える。甘いやり方でネチネチといたぶ
るよりも、一気に最大限の復讐を果たしたい。私が味わった辛酸の何倍もの復讐。それには
どうしたらいいか。答えは既に頭の片隅にあった。やりすぎなんじゃないか、とも思う。で
も、私はちまちまといたぶるような陰険なやり方は嫌いだ。なにより十数人ものターゲット
がいるのだ。やるなら一度きりのほうが面倒もないし楽だ。撮影用のカメラと、人気のない
場所と、コレ。条件は満たしている。私は決意を固めた。あとは、誰を最初のターゲットに
するか。それももう、半ば決まっていた。コレがストーキングしている女だ。どうやら思い
を寄せているらしい。あの女のモノなら、何でも収集しようとするキチガイにほれられて、
あの女も気の毒だけど、自業自得というものだろう。ただ問題は、コレがあの女に対して危
害を加えられるのかどうか、だが、それも多分大丈夫だろう。何せストーカーだ。精神異常
に決まっている。あの女を自由に出来ると説けば、説得はたやすいだろう。従わなければ変
態の所業を暴くと脅すまでだ。一連の復讐を想像すると笑いがこみ上げてくる。私はもしか
すると邪悪な人間なのかもしれない。いや、そうだろうか。むしろ邪悪なのは、人の痛みも
分からずにいじめをして悦に入る女なのではないのか。やはり女は邪悪な存在なんだ。だか
ら私が分からせてやらないといけない。たとえそれが悪魔的行為だとしても。



――「うっ、うっ、うっ」
 使われなくなって久しい旧校舎の一角にある、薄暗い体育倉庫のなかで、人の姿をした一
組の動物が交わっていた。体育用具の放つ独特な臭いと、動物共が放つ激臭が混ざり、混沌
としたその空間に、畜生の浅ましい息遣いと鳴き声が響く。
 私はマットの上で繰り広げられるその光景を見ながら、報復を遂げた喜びを感じるのかと
思っていた。けれど、心にあったのはただ、汚らわしい、という気持ちだけだった。
 ネットなどで見たセックスの模様も、想像していたものと間逆で、ケガラワシイモノに映っ
たけれども、今、眼前に展開されている生の行為は、それを上回るものだった。
 ううう、と、コレがくぐもった声を漏らすと、腰の動きがとまり、あの肉と肉が叩き合う
不快なリズムが終わりを告げた。
 報復の対象となった少女はコレから身を離すと、うずくまったまますすり泣き始めた。浴
びせてやろうと思っていた罵倒の言葉は、喉を通らなかった。ビデオレコーダーを止め、う
ずくまる女に向けて何かいわなければならないのだが、言葉が出ない。なぜか鈍磨する頭に
聞こえるのは、うずくまる少女に語りかけるコレの声だった。
「あっ、だっ、だいじょぶ、ですか?」
 つい先ほど自らの手で少女を陵辱したレイプ魔は、中腰になった腰から奇妙なほど長い男
性器をブラブラさせながら、優しげに語り掛けていた。
 コレの手が少女に触れるたびに、少女はビクっと今できうる最大限の拒絶を示していた。
しかし、コレにはそれが面白いらしく、やたらめったに少女の身体を突き回す。その度に少
女の身体がビクビクと動き、陸に上がった魚のようだった。
 私はやりすぎてしまったのだろうか。復讐の一歩目から、既に憎悪は哀れみに変わった。
これからもっともっと、私をいじめた奴らをコレに陵辱させようと思っていたのに、踏み出
した足は後ずさっていく。もういい。もう止めよう。そうやって傾きかけた天秤を振り戻し
たのは、うずくまった少女の声だった。
「絶対に許さないから。うちのパパは警察の偉い人と仲がいいんだから。あんた達なんか、
あんた達なんか」
 泣きはらした女の顔から漏れる報復の声。怯えた目の奥にちらちらと瞬く怒りの光。その
様子を見るに、反省の二文字はどこにもないことは明白だった。やはり女は邪悪なのだ。猿
でも出来ることを、女は出来ない。哀れみの心は瞬く間に憎悪へと変わった。

「そんなことしたら、どうなるか分かってるでしょ? このビデオを全世界にばらまく。そ
れでもいいの?」
「出せるもんなら出してみなさいよ。それこそ、あんた達の終わりよ」
 唇を戦慄かせながら女が言う。その様子に、かつての母が重なった。どうして。どうして、
と。
「本当にいいの? 一度ネットに流れれば、一生残るんだよ? 将来、結婚しようとすると
き、相手が君の名前で検索したら、このビデオが出てくる。それでもいいの?」
「いいわよ。できるもんならやってみなさいよ。名前なんて、変えれば解決よ」
 口の減らない女の顔は喋れば喋るほど気を持ち直していくようだった。唐突に怒りがこみ
上げてくる。私はコレに女をはたくよう命じた。コレの骨ぼったい手が女の顔をなぶり、バ
シンと耳心地のよい音とともに、女の口から血が漏れ出る。罰を与えたという悦びもつかの
間、またしても憎憎しい顔から減らず口が飛んできた。
「絶対に許さない。絶対に許さないから」
 恐怖と怒気がないまぜになった女の顔は醜悪そのものだった。その顔に再び母の顔が重な
る。そんな格好、絶対に許さないわよ、と。
「許さない、か。これは君の問題じゃない、私の問題なんだよ。もとはと言えば私がこんな
ことをするのは君達のせいなんだ。陰険ないじめが被害者に与える心の傷について、思いを
馳せたことないのかな? 自分には何の非もないと思っているのかな? ここまでされるい
われはないと――」
「うるさいうるさいうるさいっ! オトコのくせに、わたしわたしって、あんたキモチ悪い
のよ。それがハブられる原因でしょ、この変態」
 怒りに顔をゆがめた女と母が重なる。あんたはオトコの子なのよ、オトコの子なのよ――
「黙れ黙れ黙れっ! 私はオトコじゃないっ! 女性なんだっ! この身体は間違って生ま
れてきたんだっ! 私は女性なん――」
「あたまおかしいんじゃないのあんた。どうみてもオトコじゃん、この変態」
 女の口元に嘲笑が浮かぶ。私は怒りに身を任せて、コレに命じた。もう一度、いや、なん
どもやれと。女の口から悲鳴が漏れる。その様をみるにつけ、心を満たす愉悦に、私は我を
忘れた。



「それで、そのあとは?」と、目の前の、生活にくたびれたような刑事が聞いてきた。私は
肩をすくめて、「見回りに来た先生に見つかって、警察呼ばれて、ここにいます」と答える。
これで三度目の事情聴取だった。いい加減、私もこの刑事のようにくたびれてくる。
「どうしてこんなことをしたんだ?」
「私はいじめを受けていました。これはその復讐です」と、三度同じ答えを返す。
「君と安藤君がしたことはあまりにもひどい。たとえいじめの復讐だとしてもだ。邪悪な行
為だと言っていい。君はそれを分かっていながら犯行に及んだんだね?」
「そうです。何度も言ったとおり、私は、私の受けた屈辱を何倍にもして返したかった。で
もねえ刑事さん。女なんていうものは、押しなべて邪悪な存在なんですよ。許す、許さない
なんて問題じゃない。動物には躾けが必要なように、私は女に躾けを施してたんです。それ
だけ、それだけの問題なんですよ」

終わり

深夜のテンションでマスをカく。最高の気分だ。賢者タイムが来るまえに寝るとしよう。ついでに、お題も貰っておくか。

てなわけで、お題ください

 窓の外にはまばらに雪が残っている。帰省したばかりの僕に、この雪がいつ降ったもの
であるのか、見当もつかない。必ずしも東京で降る雪が珍しいと言うことでもないけれど、
山間の田舎であるこことは較べるべくもない。
 部屋には灯油ストーブから漏れる揮発臭が淡くたち込めていた。実家住まいをいていた
子供のころ使っていた部屋だ。正確には、高校を卒業するまで使っていた勉強部屋だった。
二階の南西に面した角部屋で、夏場は西日がやたらとキツかったのを覚えている。
 いざ社会人として数年を経過した今、ここでの暮らしを回顧してみるに、高校時代はや
はり子供時代の延長でしかなかったように思う。何がどうそうであるのかと訊かれれば言
葉に詰まってしまうが、とにかく印象の上ではそうなのだ。そしてこの部屋には、子供の
ころという言葉で一括りにされる、あらゆる記憶の断片が転がっている。
 大晦日に実家に帰れば、部屋の掃除を手伝わされることは火を見るよりも明らかだった。
家主ならぬ部屋主がいなくなって十年が過ぎようとしているこの部屋も、掃除の対象とし
て例外ではない。両親によると、そろそろ趣味なんかで使う部屋がほしいとのことであり、
要はこの部屋をきれいにして明け渡せということだった。ならば両親が好きに片づければ
いいと思うしそれが筋なのだろうという気もするが、僕に断りなく昔の所持品を処分する
のも気が引ける、などいうもっともらしい理由とともに、その雑事を押し付けられる羽目
となった。
 僕がチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』の文庫本を掘り当てたのは、
そうした脈絡のさなかだった。カバーが外れていかにも古ぼけた本が、ガラクタと成り果
てた玩具とともに段ボール箱に無造作に放り込まれていたのをみつけたのだ。今日が大晦
日であることを勘案すれば、クリスマスは一週間前のことだ。極めてタイムリーに時機を
逸したその本は、あらゆる意味で異分子感を放っていて、かえって放っておけなくなって
しまった。

 手持ちぶさたになると喫茶店に通う習慣は、高校時代末期からのものだ。もっとも、高
校生だったころは単に無聊を持て余したという理由以上に、気詰まりな大学受験の空気か
ら抜け出したいというより積極的な動機があったように思う。とはいえ、受験を控えた
シーズンに純粋にサボりのために外出するのはそれはそれで気が咎めたため、もっぱら英
単語の暗記などのために時間を費やした。
 部屋の掃除を中途半端に完了させた僕は、『クリスマス・キャロル』の文庫本を片手に、

>>927
序盤部分、一人称が「私」と「わたし」になっているのが気になります。
あえてそうしているのかなとも思いましたが、そうする理由が判然としないので、やはり気になります。

他に気になった点としては、「仕返し」に至るプロセスですね。
「仕返し」をひらめく決め手として「コレ」の存在があります。
そして「コレ」の具体的な描写が、ガリガリ、吃音、ニキビ、「一目で嫌悪感を抱くような男」なんですが、
まったく嫌悪的なイメージが湧いてこなかったんです。だからその後に続く、私の「イヤ」な気持ちもいまいち分からない。
分からないからさらにその後の「仕返し」にまで至る理由もぼんやりとする、そんな感じでした。
レイプさせるほどに「イヤ」と思ったのであれば、もっともっと何かひどい描写があってもいいのではと思ったのです。
嫌悪的描写さえしっかりしていれば、私の「イヤ」だという気持ちも理解でき、「仕返し」の理由もはっきりしてくる。
またレイプされている場面でも、ああそんなに醜い物に襲われているのだな、気の毒だな、
というふうに場面の説得力も増したのではないかと。
他にもいくつかありますが、そこが最も気になった部分でした。

レイプ後にツンツンと突つくシーンはよかったです。


>>936
起承転結の希薄な物語ですね。ストーリーよりも雰囲気を楽しむ類いの。
文章も綺麗ですし、どちらかといえば好きです。
欲を言えば、もう少し細部と全体のボリュームが欲しかったです。

通常作投下します。
6レスです。

 私の家には代々、台所において、女性の間だけで密かに受け継がれてきたものがある。
それは厳格な決まり事として曾祖母から祖母へ、祖母から母へと、先祖から今日に至るま
で連綿と受け継がれてきた。大まかに言うと一つは調理の技術。これは技術を含む、台所
に関わる知識や知恵すべてを指している。そして一つは調理をするための道具である包丁
だった。どちらも、ともすれば一般的なことかもしれない。けれど私の家では、台所はま
さに聖域であり、完全な男子禁制、さらに言えば、直系の女性しか入ることを許されなか
った。つまりもし、私の弟に彼女ができ、その彼女が嫁いできたとしても、この家の台所
には入ることができないということだ。そしてなによりも一般的ではなかったことは、こ
れは技術の一つではあるけれど、私の家では動物の解体という特別なことを行っていた。
 調理の技術は幼い頃から教え込まれる。そして包丁は一人前と認められた証として、母
から娘へ、娘から孫娘へと受け渡されていことになっている。決まり事に習って、私は物
心ついた頃から母と祖母(祖母は去年他界したけれど)によって調理の技術をとことん教
え込まれていた。

 私は今日、母から包丁を譲り受けた。まだ陽も昇っていない朝の台所だ。十二月の朝は
とても寒く、私はまだ寝起きということもあってブルブルと震えていた。母は相変わらず
朝からシャンとしていた。大した物だなと私はいつも感心する。台所を見渡すとすでに
諸々の準備は整っているようだった。シンクからワークトップ、コンロ、アイランド型
テーブルに小ぶりの作業台、すべてが丁寧に磨かれたのだろう、母のようにシャンとして
いる気がする。その中でも特に目立つのが中央に位置しているテーブルだ。テーブルの上
には様々な食材が用意されている。人間が一人寝そべることができるくらいの大きな木製
のテーブルだ。とても年季が入っており、大きな染みや小さな染み、黒ずんだ細かい傷が
所々に見て取れる。そこには野菜や魚や色々なお肉、キノコ類やフルーツ、一通りの食材
たちが積み上げられていた。床にさえ、邪魔にならないように置かれている。作業台には
数々の調理器具がいつでも使えるように、フレンチのカトラリーのように整然と並べられ
ている。完璧だなと私は思った。ただ、ひつだけ足りない物があるとすれば、この空間の
温度だろう。ほんとうに寒い。私は調理に関する様々な知識や技術の習得に対しては、苦
労することも多かったがなんとか乗り越えてきた。けれど寒さだけはどうしても克服する
ことができなかったのだ。テーブルや床に置かれている食材たちも、心なしかブルブルと
震えているように見える。

 私は祖母や母から、ずっと決まり事について聞かされてきたし、包丁自体も母が使って
いたから何度も目にしていた。だから私は包丁を譲り受けることが決まっても、さして何
も感じなかった。ただ、ああそういう時期が来たのだな、というふうにしか思わなかった
のだ。けれど実際にその包丁を母から受け取り包丁の柄を握りしめると、私はえも言われ
ぬ感慨に襲われた。私はほんとうに幼い頃から技術を教え込まれていたのだが、包丁を握
った瞬間に、今までの台所での情景や心象が、鋭く鮮やかに蘇ってきたのだ。


 私の教育(というか訓練に近かったが)は基本的には母が担当した。けれど祖母がまだ
健在の頃は、ときどき祖母に教えを受けることもあった。私はどちらかと言えば祖母の方
が好きだった。調理の技術や食材に対する考え方や捉え方に対してではなく、ただ祖母の
人柄が好きだったのだ。祖母は私に対してはとても優しい人だった。祖母は母を一人前と
認めていたけれど(私の訓練が始まったときから母は包丁を手にしていたから間違いない
と思う)、祖母はよく母を説教していた。そうじゃない、そうでもない。あんたはまった
く……。そのような言葉をときどき耳した。母には厳しく接していたが、一方私に対して
はとても柔和な話し方と姿勢だった。祖母の柔らかい声のトーンを聞いていると、私の気
持ちはとても安らいだ。祖母はまた、当然のことながら調理の腕も一流だった。
「食材に敬意を払いなさい。その魂に感謝しなさい」と祖母はよく口にした。私はときど
き祖母の包丁さばきを見ることがあったが、そのどれもが素晴らしく華麗だった。魚の鱗
を削ぎ落とす動作や、骨から肉を削ぐ太刀筋から野菜を断つ簡単なものまで、祖母の手は
まるで風のようだった。「食材を苦しめてはだめ。苦しめるということは食材を冒涜する
ことよ」そんな言葉も耳にした。
 祖母はまた「鮮度が命」ともよく言っていた。「食材は新鮮な物ほど良い物なの。そし
て鮮度を保つにはスピードが必要。そしてスピードを可能にするのは技術なのよ。だから
私たちは技術を磨かなければならないし、伝えなければならないの」
 私の家の台所では生きた動物をその場で解体し、調理することがよくあった。なぜなら
「鮮度が命」は絶対だからだ。だから当然動物たちを生かしておくための倉庫、というよ
りは飼育小屋のようなものがあった。その小屋からその日食べるべき物をその日のうちに
解体し調理するのだ。祖母はまた解体の包丁さばきも一流だった。できるだけ動物たちに
苦痛を与えないように配慮する心遣いや、無駄を出さないようにする意識もまた高いもの

だった。解体した後に残ったのは、ほとんど骨と皮だけだった。ほんとうに骨と皮だけが
残るのだ。私はときどきその技術に笑いそうになった。どうやら尊敬や感心を越えると笑
ってしまうらしい。私が見とれているうちに体毛や皮が剥がされ、切り開かれ、内蔵がそ
の形を保ったまま取り除かれ、血液の洗浄、四肢の切断から筋肉の削ぎ落としまであっと
いう間に終わってしまう。私はそれらの作業を頭に叩き込もうとするのだが、気がつくと
綺麗な骨と皮だけが後に残っているという始末だった。それは紛れもなく特別な技術だっ
た。私はいつかそれらの技術を習得したいと、子供ながらに思ったものだった。

 一方母は祖母とは違い、どこかドライで冷めたような人だった。「敬意なんて必要ない。
私たちはただエネルギー源として食物を調理して摂取するだけ。犬や虎やカブトムシが果
たして獲物に敬意を払ったり感謝したりするかしら」と母は祖母のいないとき、ときどき
呟いた。祖母に叩き込まれたということもあって、母の腕も素晴らしかったが、母の動き
や姿勢はどこか投げやりで雑に見えた。機械的なルーチンワークの一つとして処理してい
るような。母の顔は無表情だったが、体中、動作の一つ一つもまた無表情に私には見えた。
私は一度調理が嫌いなのかと母に尋ねたことがあったが、母はただ「嫌いでも好きでもな
い」と応えただけだった。母には遣り甲斐もなければこだわりだってなかった。祖母のと
きのように、見ていてきらめくものは、母には皆無だった。
 そして私は母が、というよりは母の一部、一面がとても嫌いだった。母はどこか合理的
で、効率的に、できるだけ短時間で調理を済ませようとする部分があったが、こと解体と
いう作業においては(さらにいえばより大型の動物に対しては)、母はまったくの別人に
なった。というのも、祖母は「食材を苦しめてはだめ」と口にし実行してもいたが、母は
その真逆のことを行うことがあったのだ。つまりは、「できるだけ苦しめ」ということだ。
母の腕は祖母と遜色なく一流だ。食材を苦しめずに解体することができる。けれど逆に言
えばそれは、苦しめて解体することもできるということだ。そして母はそれを実行してい
た。私の目の前で。私は大きな動物が、まるで魚の活け造りのように捌かれるところを何
度も見せられた。それは魚のように秩序だって透き通った身ではなく、無秩序で、赤赤と
していて、ドロドロで、鼓動していて、うめいている、冒涜された生命の姿だ。腹の皮を
丁寧に剥ぎ取った内蔵の造形は、ただただグロテスクで、私は胃が萎縮するのを何度も感
じた。私はもちろん母としての母が好きだった。けれど私は母のそんな姿を見るたびに、
母を好きな私と母の嫌いな私が引き裂かれるような気持ちがした。精神の細胞が引きちぎ

られる気持ちがした。私はそれからどのような経緯を経て、今、自分が母と接しているの
かあまり覚えていない。ただ一つ今思うことは、グロテスクというのは鼓動しながら外界
に晒された内蔵の集合なんかでなく、そんな状態を作ろうとした、いや、実際に作った母
の意識、意思ではないだろうか、と今では思っている。

 私はまた、私自身の手によって初めて動物を解体したときのことを思い出した。私は震
えていた。いや、怯えていた。何度も目にしてきたことではあったけれど(母の残虐な行
為とは別にである)、実際に自分が包丁を握り、生きた物を殺めるということに対して、
私はとても怯えていた。私は意識して今から解体するべき動物の目を見ないようにしなけ
ればならなかった。そしてこれから行うことを想像しただけで吐き気がした。ただ見るの
と実際手を動かすのとでは天と地ほどの隔たりがあることを痛感した。経験なんてしたく
ないと心底思った。けれど私はしなければならなかった。それが決まりだった。そんな私
を見て母はそっと言った。「恐れなくていいの。怖がらなくていい。私たちはやるべきこ
とやるだけ。決まりなんて関係ないの。生きるために包丁を動かすだけ」。その言葉はそ
の瞬間の私を救いはしなかった。私は吐き気と怯えを抱きながら必死に包丁を振るった。
腕や肩や全身が疲労していくのを感じた。私はなんとかそれをやり遂げた。そして解体が
終わったとき私は泣いていた。ただ悲しかった。祖母の優しい言葉と、母の残虐な行為と、
自分の経験が、私の体中に混沌と渦巻いていた。私はとにかく悲しくて、そしてそれはど
うしようもなかった。
 私には覚えることが山のようにあった。食材の種類や調理法だけではなく、動物の解体
から捌き方という特別なことや保存の仕方、飼育の仕方、または道具の使い方から手入れ
の仕方、ほかに様々な知識に知恵に経験すべきことが山積みだった。私はそれらのことを
考えると目が回るような気持ちがした。経験と知識は際限なく私の目の前に差し出され、
吸収されることを、ずっとずっと未来まで並びに並んで延々と渋滞を作って待っていた。
私はとにかく一日一日できることをできるだけするしかなかった。先を見るとうんざりす
るだけだった。
 私は一度、この決まり事について母に聞いてみたことがあった。どうして私の家にはこ
のような決まり事があるのか、どうして他の家にはないのか。私はまだ小さくて、周りの
友達との違いに困惑していたのだ。そして私はそのことを母に聞いてみた。すると母は
「私たちは特別なことしている。普通の家庭では動物なんて解体しないから、だからそう

した技術を伝えることはとても大事なことなの。時には味の悪い食材や味のない食材を使
わないといけないときもある。だから私たちは調理によって美味しいと感じる味を作らな
いといけないの。悪い味をどうにかして隠してしまわないといけない。私たちの技術はい
わば隠し味っていうわけ。もちろん一般的な隠し味とは意味合いが違うけど。実際のとこ
ろ、私たちはその恩恵を受けて生きている」
 私は動物の解体なんてしなければいいのにと思ったが、それを口にすることはしなかっ
た。おそらく口にしても仕方が無いということは子供ながらに感じたのだろう。



 相変わらず台所は冷え冷えとしていた。
「決まり事だから私はあなたに技術を教えたし、この包丁も渡す。けど、あなたが私やお
ばあちゃんと同じように守ることはないのよ。こんなことを言うとおばあちゃんは怒るだ
ろうけれど、もういないし。私は正直もういいんじゃないかって思ってるのよ。普通の家
庭みたいに普通の食材を買ってきて、普通に調理して、あなたがそういうふうに暮らして
も良いと思ってる。この包丁だって特別使いやすいことはないのよ。私はなんとなく使い
続けてるけど、扱いやすい物なんて他にいくらでもあるわ。だからもし、あなたが嫌なら、
もう何もかも終わりにしても良いのよ」包丁を渡すとき、母はそんなことを言った。「あ、
そうそう、もしその包丁を使うなら研いだ方がいいわよ」と適当に付け加えて。
 母が台所から姿を消した後も、私はしばらくその包丁を握っていた。それは妙に手にな
じむ包丁だった。どこか安堵している自分に気がつく。確かに使いにくそうであるし、そ
れは母が言ったように、実際に使いにくいのだろう。けれど私はそれを使おうと思った。
私はほんとうにこの包丁を初めて持ったのだろうかと疑ってしまうほど、それは私の手の
中にしっくりと収まっている。重量、重心、柄の太さ、刃先の曲線、刃境の波線、峰の力
強い線、すべての部分がいちいち私の何かに語りかけていた。
 私はこの包丁をずっと使い続けるのだろうと思った。そしておそらく、娘ができれば、
この包丁や、この技術を伝えていくのだろうと、ぼんやりと考えた。もちろん、まだまだ
先のことだろうけれど。私はとりあえず包丁を研ぐことにした。

 台所はとても静まり返っている。明け方の神秘的な光と沈黙の音が私の五感を満たして
いる。そして包丁を研ぐ音が、私の指先からテンポよく生まれている。指先や手のひらか

ら伝わる感触がとても心地いい。ざらざらとしていて、つるつるとしている。空気も水も、
心臓が震えるほどに冷たいが、私はこの研いでいる感触がとても好きだ。

「ん……んん……」台所の隅からうめき声がしている。
「大丈夫、そんなに怯えないで」私は包丁を研ぎながら、豚肉のように紐で縛られた男を
ちらりと見て言った。「すぐに終わるから」




(了)

以上です。

テーマが未消化ですが、ギブアップ。

お題ください

>>954

ボランチ

>>955
把握

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