東郷「しかし、この事務所の女性はちょろすぎじゃないのか?」 (85)

ちひろ「プロデューサーさん、今月末のイベント用の資料出来ました?」

プロデューサー「あ、すみません、まだです」

ちひろ「いや、まだです、じゃなくて早く作ってほしいんですが」

プロデューサー「もうちょっと待って下さいよ、俺だって、今営業から帰ってきたんですよ?」

ちひろ「でもプロデューサーさんが作ってくれないと私も何もできません、正直他の仕事も滞るので早くして下さい」

プロデューサー「……わかってますよ、今週中には作りますね」

ちひろ「ああ、そうだ、それとこの書類に誤字があってクレームが来たんですけど」

プロデューサー「……それはすみません、ご迷惑をおかけしました」

ちひろ「こういうのやめてくださいね、プロデューサーさんが作ったやつなのに私が怒られるのは嫌なので」

プロデューサー「……」

東郷「……」

和久井「……」

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居酒屋

プロデューサー「すみません、誘ってもらっちゃって……」

和久井「いいのよ、気にしないで」

東郷「まあ、普段から頑張っているプロデューサー君へのご褒美だと思ってくれ」

プロデューサー「はは……ありがとうございます」

和久井「それと今日は私達の奢りでいいわ」

プロデューサー「いや悪いですよ、俺も出しますから……」

東郷「ご褒美だと言っただろう? 君は気にしないで存分に飲めばいいのさ」

プロデューサー「……そうですか? それじゃあ遠慮なく……」

一時間後

プロデューサー「……いやね、後回しにしていた俺も悪かったですけど、あんな言い方しなくてもいいじゃないですか」

和久井「うんうん、そうね、私もそう思うわ」

プロデューサー「……つーか、今月末の資料なんだから急いで作る必要ないでしょう!」

和久井「そうね、まだ時間に余裕はあるわよね」

東郷(ふむ……生2つに日本酒3合でだいぶできあがってきたようだな、普段温厚な彼らしくない発言だ)

プロデューサー「まったく……千川さん、絶対自分の都合を俺に押し付けているだけですよ……」

和久井「そうかもしれないわね」

東郷(元々はストレスが溜まっているプロデューサー君のガス抜きということで留美さんと一緒に誘ってみたが……どうやら正解だったようだね)

プロデューサー「……あ、すみません、なんか愚痴ばかり言っちゃって……気を悪くしちゃいましたか?」

和久井「いいのよ、私のことは気にしないで」

東郷(留美さんも聞き役に徹しているようだ……正直、彼女のキャラではないが、無理をしているようには見えないし、プロデューサー君を労わる気持ちは本物だろう)

プロデューサー「いやあ、でも、言いたいことを言ったらなんだかスッキリしました、ありがとうございます」

和久井「どういたしまして……あら、プロデューサー君、もう空にしちゃったの? ついであげるわ」

プロデューサー「あ、もう大丈夫です、だいぶいい気分なので……」

東郷「おや、留美さんのお酌だと飲めないってことかい?」

和久井「そうだったの? 残念だわ……」

プロデューサー「そ、そんなわけないじゃないですか、喜んでいただきますよ」

和久井「うふふ、ありがとう」

東郷(飲酒の強要は良くないが……まあ、この程度なら賑やかしのようなものだろう、プロデューサー君もまだ余裕があるようだし……)

1時間半後

プロデューサー「うう……ですから、俺だって頑張ってるんですよ……」

和久井「ええ、それは私が一番よくわかっているわ……あら、またコップが空ね……」

プロデューサー「あ、すみません……」

東郷「……プロデューサー君、その辺にしておくんだ、ちょっと飲み過ぎている」

東郷(……完全に酒に呑まれている……しまったな、まさか留美さんがひっきりなしに酌をするとは思わなかった、てっきり加減してくれるものだとばかり……)

プロデューサー「いやあ、まだまだイケますって……」

和久井「あら、まだまだイケるの? それなら……」

東郷「ま、待ってくれ留美さん、この辺で一回インターバルを置こう」

店員「すみません、ラストオーダーのお時間なんですが……」

和久井「あら、じゃあ清酒2合と……」

東郷「水を3杯お願いします」

和久井「え? 東郷さん、もう締めちゃうの?」

東郷「私はまだまだイケるけど、プロデューサー君が限界だ、この辺にしておこう」

和久井「……」

店員「えっと……清酒2合と水3杯でよろしいでしょうか?」

東郷「すみません、お願いします」

和久井「……」

東郷(留美さんが不満そうだな……仕方ない、飲み足りないようなら、プロデューサー君はとっとと帰して私は朝まで付き合うか……)

プロデューサー「あれえ? ラストオーダー終わっちゃったんですか〜?」

和久井「そうなのよ、何か欲しいものがあった? 一応清酒は2合頼んだけど」

プロデューサー「ああ〜、じゃあいいですう……」

東郷(呂律もまわらなくなったか……まあ、ひとまず次のお酒が来るまで少し時間をおいて……)

店員「……清酒2合お待たせしました」

東郷(……来るのが早い! しまった、冷酒じゃなくて熱燗で頼むべきだった)

和久井「あら、もうきたのね……それじゃあプロデューサー君、乾杯」

プロデューサー「ああい、乾杯で〜す」

東郷「待て待て、待ってくれ、プロデューサー君、実は水を頼んだ、それが来るまで待とう」

プロデューサー「そうですかあ? それじゃあ……」

和久井「……」

東郷(だからどうして不満顔なんだ……今の彼を酒につきあわせても楽しくはないだろう)

プロデューサー「うう……」

東郷「大丈夫かい? 気持ち悪いのか?」

プロデューサー「……いええ、気持ち悪くはぁないんですけどお……明日からの事を考えるとお……」

和久井「仕事が嫌になったのかしら?」

プロデューサー「嫌になったわけじゃないですけどねえ……あのガミガミおばさんと一緒というのが……」

和久井「あら、ちひろさんのことをそんなふうに言っちゃダメよ」

東郷(なにも聞かずに断定するあたり、留美さんも割と酷いことを言っている気がするが……)

プロデューサー「嫌だなあ……営業とかは別に全然いいんですけど、事務所で2人っきりっていうのがどうもお……」

和久井「あら、困ったわね」

東郷「……ふむ、そうだな、気持ちが沈んだまま仕事をされても困るし、ここは1つ、アドバイスでもしておこうか」

プロデューサー「アドバイス?」

東郷「ああ、私の見立てだが、彼女は恐らく他人に厳しく身内に甘い」

プロデューサー「身内〜? 俺は身内じゃないですか、同じ場所で働いているのに!」

東郷「まあ、もう少し仲良くなった方が良いということさ」

プロデューサー「仲良く〜……無理ですよお……」

東郷「まあまあ……もしかしたらこちらが一方的に苦手意識を持っているだけかもしれないだろう? 少なくとも私にとって彼女はいい人だ」

プロデューサー「うーん……でも、どうやって仲良くなれば……」

東郷「今度、彼女を褒めてみるといい、もしかしたら機嫌を良くして君を贔屓してくれるかもしれないぞ」

プロデューサー「褒める……」

東郷「彼女には褒めるところも見つからないかい?」

プロデューサー「いや、まあ、綺麗な人だとは思いますけど……」

東郷「……綺麗、ね」

プロデューサー「あ、すみません……」

東郷「……何を謝っているんだ? まあ、それなら簡単だ、少し雰囲気のよいレストランに誘って、ワインでも飲みながら呟いてみるといい」

プロデューサー「……東郷さんなら様になっているかもしれませんけど、俺じゃあキツイでしょう、キザすぎますよ」

東郷「冗談さ、本気にしないでくれ」

和久井「あら、そうかしら? プロデューサー君も悪くないと思うけど」

プロデューサー「ええ、マジですか……」

東郷「留美さん?」

和久井「まあ、私からもアドバイスをすると……女性を下の名前で呼ぶと、より親密な感じになれるわね、あなたはもうちょっと気軽でもいいと思うわ」

プロデューサー「下の名前……それはハードル上げすぎじゃないですかねえ?」

東郷「何を言う、道端を歩いている女性にすまし顔で声をかけられるくせに、私はまだあの時かけられたセリフを覚えているぞ……留美さんもそうでしょう?」

和久井「もちろんよ……最近、しみじみと思うの、あそこであなたに拾われてよかったって」

プロデューサー「拾うってそんな……俺は和久井さんが素敵だからスカウトしただけですよ」

和久井「……うふふ、ありがとう」

東郷「……それだけナチュラルに言えるのならいいんじゃないか?」

プロデューサー「ううん……」

店員「お水3杯、お待たせしました」

和久井「さあ、悩み相談はこれくらいにして、プロデューサー君、そろそろ最後の乾杯をしましょう」

プロデューサー「あ、はい、わかりました……」

東郷「待ってくれ、私も参加したい……プロデューサー君、半分わけてくれ」

プロデューサー「ああ、どうぞ……」

和久井「……」

東郷(やはり不満顔か……どうやら自分が飲めないのではなく、プロデューサー君が飲まない事に不満があるらしいな)

プロデューサー「それじゃあ、乾杯で〜……」

2時間後

プロデューサー「うっぷ……それじゃあ、これでお開きってことで……」

和久井「そうね……大丈夫? だいぶ飲んだみたいだけど」

プロデューサー「ははは……大丈夫です……」

和久井「酔っ払いの大丈夫ほど当てにならないものはないわね」

プロデューサー「本当に大丈夫なので……ああ、支払をしないと……」

東郷「それならもう済ませたよ、言っただろう、今日は私たちの奢りだって」

プロデューサー「え……いつの間に……」

東郷「そういうのは聞かないものさ」

プロデューサー「すみません……ありがとうございます……」

和久井「気にしないでちょうだい……それで1人で帰れる?」

プロデューサー「はい……さすがにそこまで酔ってないです……」

和久井「あなたが遠慮する必要はないのよ、飲ませたのは私なんだから……なんだったら送っていくわ、家はどこ?」

プロデューサー「家、家は……下りの電車で……」

和久井「うんうん」

東郷「……留美さん、彼だって子供じゃないんだ、最悪帰れないようなら適当なカプセルホテルに泊まるだろう」

和久井「でも……」

プロデューサー「東郷さんの言う通りです……心配しなくても……大丈夫ですって……」

和久井「……」

東郷「留美さん、飲み足りないようなら付き合うが?」

和久井「……大丈夫よ、私も帰るわ」

翌日・事務所

プロデューサー(あー……頭いてぇ……昨日飲み過ぎた……)

東郷「おはよう、プロデューサー君」

プロデューサー「あ、おはようございます」

東郷「顔色が良くないな、まだ酒が抜けきっていないのかい?」

プロデューサー「……やっぱりわかっちゃいますか?」

東郷「まあ、あれだけ飲んだのだから当然だな」

プロデューサー「なんか、東郷さんはまったく涼しい顔をしているんですが……俺より飲んでいませんでしたっけ?」

東郷「鍛え方が違うさ」

プロデューサー(鍛え方って……この人、俺より年下だったはずなんだけど……)

ガチャ

和久井「おはよう」

プロデューサー「ああ、和久井さんもおはようございます」

和久井「プロデューサー君、昨日はちゃんと帰れた?」

プロデューサー「もちろんですよ、ちゃんと自宅のベッドで寝て、今日出勤してきました」

和久井「その割に髭の剃り残しがあるわね」

プロデューサー「え、本当ですか?」

和久井「ええ、この辺りね」

プロデューサー「うわ!?」

和久井「あら、そんなに驚かなくてもいいじゃない」

プロデューサー「いきなり顔を撫でられたら誰だって驚きますって……」

東郷「……」

和久井「……? 東郷さん、どうしたの? ジッと見て?」

東郷「……いや、なんでもないんだ」

ガチャ

ちひろ「おはようございます」

プロデューサー「あ……おはようございます」

プロデューサー(ガミガミおば……じゃなかった、千川さん……昨日酔っていたとはいえボロクソ言っちゃったんだよなあ……何とも言えない罪悪感が……)

東郷「おはよう、ちひろさん」

和久井「おはよう」

ちひろ「おはようございます……ちょうどよかった和久井さん、前の会社の源泉徴収票を頂きたいんですけど……」

和久井「ああ、そういえばそういうの必要だったわね……ごめんなさいね、転職って初めでよくわからないのよ」

ちひろ「大丈夫ですよ、ちゃんとサポートしますから」

プロデューサー(……こちらが一方的に苦手意識をもっているだけかもしれない、か……確かにそうかもしれないな、やさしい時もあるし、きれいだし……あれ?)

プロデューサー「……千川さん、髪切りました?」

ちひろ「え? あ、はい……ちょっと前髪を揃えてみたんだすけど……変ですか?」

プロデューサー(これは……もしかして例のアドバイスのチャンスでは……)

プロデューサー「……いえ、とても似合ってますよ、きれいです」

ちひろ「は、はあ……どうも……」

プロデューサー「……」

ちひろ「……」

プロデューサー(……とりあえずアドバイス通りに褒めてみたけど……若干引かれてないか、これ?)

和久井「……ちひろさん、それで源泉徴収票を渡せばいいのね?」

ちひろ「……え、あ、そうです、後はこちらでやっておきますから」

和久井「そう、よろしくね……プロデューサー君、レッスンに行きたいんだけど、車出してくれる?」

プロデューサー「わかりました……一旦戻って来ますんで、東郷さん、その後現場まで送りますね」

東郷「……ああ、了解した」

プロデューサー「……それじゃあ、行ってきます」

和久井「行ってくるわね」

ちひろ「はい、行ってらっしゃい……」

バタン

ちひろ「……」

東郷「……」

ちひろ「…………きれい、か」ボソ

東郷「え?」

ちひろ「あ、な、何でもないです!」

東郷「……」

ちひろ「さ、さあ、お仕事お仕事!」

東郷「……ちひろさん、確かに髪を切ったみたいだね」

ちひろ「は、はい? ちょ、ちょっと前髪を梳いたくらいですよ!?」

東郷「そんな無理に取り繕わなくても、私もプロデューサー君と同じ意見だ、似合っていると思うよ」

ちひろ「そ、そうですか……? ……実は切った後、少し後悔したんです、あんまり似合わないかなって……」

東郷「そんなことはないさ、気にし過ぎだ」

ちひろ「はい……どうやらそうだったみたいです」

東郷「……」

ちひろ「……♪」

東郷(……ちひろさんが鼻歌まじりで仕事するなんて初めて見た)

…………

プロデューサー「東郷さんを送ってきました」

ちひろ「お帰りなさい、お疲れ様です」

プロデューサー(……狭い事務所で千川さんと2人きり……二日酔いと相まってつらい……)

ちひろ「……」カタカタ

プロデューサー「……」

プロデューサー(今朝の事もあって話しかけにくいし……営業行くふりして外でサボろうかな……)

ちひろ「プロデューサーさん」

プロデューサー「は、はい!?」

ちひろ「これ、どうぞ」

プロデューサー「え、これは……スタドリですか」

ちひろ「はい、調子よくなさそうなので、飲んでください」

プロデューサー「あ、ありがとうございます、いくらですか?」

ちひろ「お金なんていりませんよ、タダであげますから」

プロデューサー「……え?」

ちひろ「……」カタカタ

プロデューサー(千川さん、もしかして機嫌が良い……? 心なしか笑顔な気がする……)

プロデューサー「……」

ちひろ「……」カタカタ

プロデューサー(身内に甘いタイプ……もしかして本当なのかも、試してみよう)

プロデューサー「……千川さん」

ちひろ「はい、何ですか?」

プロデューサー「月末のイベントのやつなんですけど……」

ちひろ「ああ、あれですか」

プロデューサー「まだ出来てないんです、もうちょっと待ってほしいですが……」

ちひろ「いいですよ」

プロデューサー「!」

ちひろ「……まあ、よく考えたらそんな急ぐようなことでもないですしね、とりあえず来週までにはお願いします」

プロデューサー(す、すごい、昨日と言っていることが180度違う……あのアドバイス通りだ!)

それから数日間……

ちひろ「よいしょっと……」

プロデューサー「あ、千川さん、俺が持ちますよ」

ちひろ「え……ありがとうございます」

プロデューサー「いえいえ、力仕事は男の仕事ですから」

ちひろ「は、はい……」

…………

ちひろ「もう7時か、ふう……疲れた」

プロデューサー「そうですね……もう帰られますか?」

ちひろ「えーと……私は上がろうかなって思いますけど」

プロデューサー「それなら駅まで車で送っていきましょうか」

ちひろ「え……でも、そんなお世話になるわけには……」

プロデューサー「いえ、アイドル達を回収するためにどちらにしろ車を出しますし、そのついでってことですよ」

ちひろ「あ……そういうことでしたら、お願いします」

…………

プロデューサー「あれ、千川さん、髪留め変えました?」

ちひろ「わ、わかりますか?」

プロ デューサー「ええ、とても良く似合ってます」

ちひろ「……本当ですか? プロデューサーさん適当なこと言ってません?」

プロデューサー「言ってませんよ、伊達にアイドルの現役プロデューサーやってませんし、そういうのを見るセンスには自信があります」

ちひろ「そうですか……ありがとうございます」

…………

プロデューサー「ふう、イベントの資料、出来ました」

ちひろ「あ、お疲れ様です」

プロデューサー「すみません、遅くなって」

ちひろ「いえ、私も急かしちゃったみたいで、すみません」

プロデューサー「とりあえず、誤字のチェック済ませてから渡しますね」

ちひろ「そういうのは私がやっておきますから大丈夫ですよ」

プロデューサー「本当ですか? ありがとうございます!」

プロデューサー(千川さん、目に見えて優しくなってる……仲良くなって正解だった、よしこのまま……)

ちひろ「……」カタカタ

プロデューサー「千川さん、今日ってこの後お暇ですか?」

ちひろ「仕事が終わった後ですか? 一応、家に帰るだけですけど……」

プロデューサー「だったら週末ですし、飲みに行きませんか?」

ちひろ「え……」

プロデューサー「あ、すみません、ご迷惑でしたか?」

ちひろ「そういうことではないですが……でも急にどうして? 普段は東郷さんとかと飲んでますよね?」

プロデューサー「千川さんと一緒に飲んだことなかったですし、たまにはいろんな人と飲んでみたいと思いまして」

ちひろ「はあ、そうですか……別にいいですけど、終電前には帰りたいのであまりお時間は……」

プロデューサー「大丈夫ですよ、俺も軽く一杯ひっかけるくらいなんで」

ちひろ「……わかりました」

翌日・事務所

東郷「最近ちひろさんと仲が良いみたいじゃないか、昨日も一緒に飲んだみたいだし」

プロデューサー「ええ、そうですよ、東郷さんのアドバイスはドンピシャでした、最近仕事が捗ります」

東郷「……まあ、そういうことなら私もアドバイスした甲斐があったというものだが」

ガチャ

ちひろ「おはようございます」

プロデューサー「おはようございます、ちひろさん」

東郷(……何? 名前で呼んでいる?)

ちひろ「あ、おはようございます、プロデューサーさん……昨日はありがとうございました、今度は私が何か奢りますね」

プロデューサー「気にしなくていいですよ、給料日前の大盤振る舞いです」

ちひろ「うふふ、ありがとうございます」

東郷(……どうやら昨日の飲みで一気に距離を縮めたようだな、ただ……)

ちひろ「そうだ、今、お茶淹れますね……プロデューサーさん、コーヒー派でしたっけ?」

プロデューサー「お茶で大丈夫です」

ちひろ「わかりました……とびきりのやつがあるんで特別に淹れちゃいます」

プロデューサー「ははは、ありがとうございます」

東郷(……急に仲良くなり過ぎな気がしないでもないな……)

和久井「……」

東郷「……!? 留美さん、いつの間に……」

和久井「……さっきからいたわよ」

東郷「そ、そうか……」

プロデューサー「あ、和久井さん、来てそうそうですけど、時間なので行きましょう」

和久井「……分かったわ」

仕事現場

和久井「……」

プロデューサー「……失敗くらいは誰にでもありますよ、というか今まで順調すぎたくらいです」

和久井「……そうかしら」

プロデューサー「ええ、普通はもっと最初につまづくものなんですけど、和久井さんはそれを軽々乗り越えてしまって、俺も社長も驚いていたんですよ」

和久井「……」

プロデューサー「……何か悩み事でもあるんですか? 最近沈んでいるように見えるんですけれども」

和久井「……そう見えるの?」

プロデューサー「はい、俺の気のせいならいいんですけど……」

和久井「……気のせいじゃないわ……まったく、社会人失格ね、その日の気分で仕事に支障が出るなんて」

プロデューサー「はは、それくらいなら俺だってよくありますよ、この前もちひろさんの事で相談に乗ってもらったじゃないですか」

和久井「……そのちひろさんとは最近仲良くしているみたいね」

プロデューサー「ええ、おかげさまで」

和久井「……」

プロデューサー「和久井さん?」

和久井「自分の不器用さが嫌になるわ……面と向かって言えないからお酒の勢いに任せたり、無意味に嫉妬したり」

プロデューサー「……? よくわからないですけど、和久井さんは結構器用だと思いますよ、 秘書とアイドルって結構やっていること違うと思うんですけど、ちゃんとこなしてますし」

和久井「ふふ、慰めてくれてありがとう……」

プロデューサー「もし、俺が解決できる悩みなら聞きますよ」

和久井「そうね……だったら、今日の昼食、一緒に食べないかしら?」

プロデューサー「それくらいだったらお安い御用ですよ……あ、そうだ、ちひろさんにも誘われているから3人で、になっちゃうんですけど大丈夫ですかね?」

和久井「……ごめんなさい、やっぱり昼食はなしよ」

プロデューサー「え? 何でですか?」

和久井「そういう気分じゃなくなったの……昼食は2人で楽しんできて」

プロデューサー「はあ……」

事務所

和久井「……ねえ、東郷さん、今日飲める?」

東郷「大丈夫だけども」

和久井「そう……なら飲みましょう」

東郷「プロデューサー君も誘うのかい? それともサシ?」

和久井「いえ……今日は女子会よ、ちひろさんを誘いましょう」

東郷「ちひろさんとは珍しい……というか初めてじゃないか?」

和久井「ええ、彼女と飲みたくなったの」

東郷「……」

居酒屋

和久井「乾杯」

ちひろ「乾杯です」

東郷「乾杯」

和久井「今日はたくさん飲みましょう……ちひろさんと飲むなんて初めてだもの」

ちひろ「そうですね……普段はお二人で飲んでらっしゃるんですよね?」

東郷「そうだね、まあ時々プロデューサー君を誘うかな」

ちひろ「プロデューサーさんですか……」

和久井「そういえば最近プロデューサー君と仲良いわよね? 何かあったの?」

ちひろ「何かって……特別何かあったわけじゃないですけど……」

和久井「うふふ、本当かしら?」

ちひろ「も、もう、変な含み笑いはやめてください!」

東郷「……」

和久井「それじゃあ乾杯も済んだし……ちひろさん、日本酒はいけるかしら?」

ちひろ「いきなりヘビーですね……大丈夫ですよ、こう見えても結構強い方ですから」

和久井「あらそうなの、それなら潰されないように気をつけなきゃいけないわね」

東郷(潰されないようにって……5合飲んでもケロッとしているザルが何を言っているんだ……)

一時間後

ちひろ「ふわぁ……」

和久井 「あら、ちひろさんもう限界?」

ちひろ「そんなことは……ないですけどお……」

東郷(予想通りだな……しかし留美さんもなにも潰そうとする勢いで飲ませなくても……)

ちひろ「もう……もう一杯下さい!」

和久井「うん、それもいいけど……ちょっとちひろさんに聞きたいことあるんだけど、いいかしら?」

ちひろ「聞きたいこと……? なんですかあ?」

和久井「最初にも言ったけど……最近プロデューサー君と仲が良いじゃない? もしかして付き合ってくるのかしら?」

ちひろ「つ、付き合う!? ……もう、変なこと言わないで下さいよお」

和久井「あら……違ったのかしら、私の勘違いだったのね」

東郷(わざとらしいセリフだな……付き合っていないとわかっていて聞いているとしか思えない……)

ちひろ「そうですよ……それに付き合っているというか……」

和久井「……というか?」

ちひろ「……何でもないです」

和久井「そこまで言っておいて止めないでよ、最後まで聞かせて?」

ちひろ「……うー……何を聞いても笑わないって約束してくれますか?」

和久井「もちろんよ、ねえ、東郷さん?」

東郷「もちろん、笑わないよ」

ちひろ「それじゃあ言いますけど……」

和久井「……」

東郷「……」

ちひろ「……でもなあ……」

和久井「……心配しないで、ここはお酒の席なんだから、変なことを言っても明日にはみんな忘れているわ」

東郷「そうだね、ちひろさんは、いろいろと考えすぎだと思うよ 」

ちひろ「……それでしたら…………本当に笑わないで下さいよ?」

和久井「ええ、女に二言はないわ」

ちひろ「……多分なんですが、プロデューサーさんは、私の事を好きなのかもしれません」

東郷「……え?」

和久井「……へえ」

ちひろ「……ああー、言っちゃた…………しかも引いてますよね? もう引かれるくらいなら笑っちゃってくださいよ」

東郷「いや、それは……」

和久井「……興味深い話だわ、詳しく聞かせて?」

ちひろ「……なんだか最近やさしいんです、プロデューサーさん」

和久井「例えば?」

ちひろ「重いモノとか持ってくれるし、アイドルでもない私を自動車で送ってくれたり……」

和久井「確かにやさしいわね、で もその程度なら単に彼が気を利かせただけかもしれないわよ?」

ちひろ「それだけじゃありません……あと、私のことを褒めてくれたりとか……髪型とか髪留めを変えたことにすぐに気付いてくれましたし……」

和久井「プロデューサー君はそのあたりよく気づくのよね、私も褒められたことは何度かあるわ」

ちひろ「……食事に誘ってくれて、奢ってくれました……」

和久井「それくらいなら私にも経験があるわね」

ちひろ「で、でも……本当にここ最近、急になんですよ? 私の方からは何かしてあげた記憶はないのに……」

和久井「そこよ」

ちひろ「え?」

和久井「ちひろさんから何かしたわけでもないのに、彼がいきなりちひろさんのことを好きになるかしら?」

ちひろ「……え 、あ……」

東郷「……留美さん、それはちょっと言い方が悪くないかい?」

和久井「あら、あいちゃんは私の言っていることが違うと思うの?」

東郷(あいちゃんって……プロデューサー君がちひろさんにやさしくしている理由を知っているくせにそういう聞き方をするのは卑怯だぞ)

ちひろ「い、いいんです、東郷さん……そうですよね、私の勘違いでした……忘れてください」

東郷(……確かにちひろさんの勘違いなのだが……そんなに悲しそうな顔をしなくても……というか、一応彼の仲良くなろうとする意志は本物だしな……)

東郷「……まあ、その話を聞く限りでは、おそらく彼もちひろさんと仲良くなりたいという気持ちはあるかもしれないが」

ちひろ「や、やっぱりそうですかね?」

和久井「……東郷さん?  あまり変な事を言ってちひろさんを混乱させるのはよくないわ」

東郷(留美さん、そんなに睨まないでくれ……はあ、なんで私が板挟みにならなければいけないんだ……アドバイスをした責任はあるとはいえ、やりすぎだぞ、プロデューサー君……)

ちひろ「……」

和久井「……」

東郷「……とりあえず、飲まないか? せっかく飲み放題を頼んだんだし」

和久井「……そうね」

ちひろ「そ、そうですね、さっきの話は忘れてください」

東郷(さっきのちひろさんの反応を見るに彼女自身も満更ではなさそうだし……これは明日、彼に釘を刺しておいた方が良さそうだな)

翌日・事務所

ちひろ「うう……」

プロデューサー「ちひろさん、調子悪そうですね……お茶どうぞ」

ちひろ「あ……すみません、ありがとうございます……」

プロデューサー「二日酔いですか? つらいですよね、俺もこの前やっちゃってつらかったです」

ちひろ「ああ……そういえばそうですね……」

プロデューサー「あの時、ちひろさんからスタドリ渡してくれたじゃないですか、アレ結構嬉しかったんですよ」

ちひろ「……え? それって……まさか、その時……」

東郷「……プロデューサー君、ちょっといいかい? 相談したいことがあるんだ」

プロデューサー「あ、はい、それなら会議室に行きましょう……じゃあ、ちひろさん、無理しないでください」

ちひろ「……わかりました」

会議室

プロデューサー「どうかしたんですか?」

東郷「……最近、ちひろさんと仲良くできているみたいだね」

プロデューサー「はい、東郷さんのおかげでばっちりですよ!」

東郷「……それなら仕事は捗っているかな?」

プロデューサー「ええ、事務所で2人きりになることも多いんですが、前と違って変な空気になることもないですし、逆に俺の事を気づかってくれることも多くなりました」

東郷「それはよかった……ならばもう君の当初の目的は果たしたわけだ」

プロデューサー「まあ、そうですかね」

東郷「それなら積極的に仲良くなろうとするのはこの辺りで打ち止めにしてくれ」

プロデューサー「え、何でですか?」

東郷「あまり仲が良くなり過ぎるとややこしいことになるんだ……君も子供じゃないん だからわかるだろう?」

プロデューサー「えーと……それはもしかして恋愛関係に発展するとかそういう話ですか?」

東郷「君が察しの良い人で助かるよ」

プロデューサー「そんな……いくら俺でも加減くらい考えますよ、それに……」

東郷「……いや、君にその気がないのは重々承知なんだが……問題は君以外の人にあってね」

プロデューサー「え?」

東郷「一応本人のプライバシーの為に誰かとは言わないが、君の行動のせいでいらない軋轢が生まれている……そして私の精神衛生が非常によろしくない」

プロデューサー「……わかりました、東郷さんがそういうのなら、今度からは控えます」

東郷「ああ、勝手な事を頼んで申し訳ないがよろしく頼む」

事務室

ちひろ(やっぱり、あの日からよね……プロデューサーさんが優しくなったの……)

ちひろ(もしかして、あのスタドリが決め手……? いや、それならプロデューサーさんチョロすぎじゃないかしら、あれ100円くらいしかしないのに……でも、それくらいしか思い浮かばないし……)

ちひろ(…………ああ、やっぱり顔がむくんでる、お化粧のノリも悪かったし、こんな顔見せたくなかったなあ……)

和久井「ちひろさん、熱心に手鏡をのぞいているところ悪いけど、いいかしら?」

ちひろ「え!? あ、すみません……何でしょうか?」

和久井「プロデューサー君がどこにいるか知らない?」

ちひろ「えっと……東郷さんが相談したいことがあるらしくて一緒に会議室にいますよ」

和久井「……そうなの、一体何の相談なのかしら」

ちひろ「さあ? わかりません」

和久井「……」

ちひろ「……」

ガチャ

プロデューサー「……あ、和久井さん、来てましたか、まだちょっと時間ありますけど」

和久井「ええ、家にいてもやりたいことがないのよ……趣味が仕事だなんて笑えないわよね」

プロデューサー「ははは、俺もそんなもんですよ」

和久井「東郷さんと何か相談してたの?」

プロデューサー「えーと、相談といいますか……」

東郷「最近の活動についての打ち合わせをしていたのさ」

プロデューサー「そうですね、それをしてました」

和久井「……そうなの」

それから 数日間……

ちひろ「プロデューサーさん、今日飲みませんか? 今度は私が奢りますので」

プロデューサー「いえ、今日ちょっと無理なんです、すみません」

ちひろ「……そうですか、わかりました、それなら明日……」

プロデューサー「あ、ヤバい、もうこんな時間だ……営業に行ってきます」

ちひろ「……はい、いってらっしゃい」

…………

ちひろ「おはようございます」

プロデューサー「おはようございます」

ちひろ「……」

プロデューサー「……」

ちひろ「……? あのプロデューサーさん?」

プロデューサー「はい、なんですか?」

ちひろ「えーと……」

プロデューサー「はい?」

ちひろ「……なんでもないです」

ちひろ(少し髪を切ってみたんだけど……わかりにくかったかしら)

…………

ちひろ「じゃあ、これで上がりますね」

プロデューサー「はい、お疲れ様です」カタカタ

ちひろ「……」

プロデューサー「……」カタカタ

ちひろ「……お疲れ様です」

ちひろ(……別に目当てにして訳じゃないけど、前は送ってくれたのに……)

…………

ちひろ「プ、プロデューサーさん」

プロデューサー「はあ、何ですか?」

ちひろ「えーと……お疲れじゃないですか?」

プロデューサー「いえ、そんな事ありませんけど……」

ちひろ「い、いえいえ、そんな事ありますよ、スタドリあげます、もちろんタダで……」

プロデューサー「大丈夫です、飲み物ならコーヒーありますから、気持ちだけ受け取っておきますね」

ちひろ「……」

.…………

プロデューサー「あ、ちひろさん、ここ数字間違えてますよ」

ちひろ「……本当ですね、すみません」

プロデューサー「ちひろさんもミスすることがあるんですね、珍しい」

ちひろ「……それは私も人間ですから、間違えることはありますよ」

プロデューサー「そ、そうですね……」

プロデューサー(なんだか棘があるな……この感じ、前に戻ってしまったような……)

ちひろ「……」カタカタ

プロデューサー(……どうしよう、なんだか空気が重い)

和久井「……プロデューサー君、ちょっと早いけどもう出ない? 寄ってほしいところがあるんだけど」

プロデューサー「あ、すぐに出ます」

プロデューサー(和久井さん、ナイスです……この空気で事務所に居るのはちょっとな……)

車内

プロデューサー「……ふう」

和久井「あら、深いため息ね、そんなにあの事務所の空気はつらかった?」

プロデューサー「え!? わかってたんですか……?」

和久井「君は私の事をよく見ているつもりなのだろうけど、私もそれ以上にあなたのことをよく見ているのよ」

プロデューサー「……はあ、かなわないなあ……それじゃあ寄ってほしいところっていうのも?」

和久井「まあ、方便ね」

プロデューサー「ははは、正直助かりましたよ……しかし参ったなあ、なんで機嫌が悪くなっちゃったんだろう」

和久井「……そうね、分からないなら、またアドバイスをしてあげましょうか?」

プロデューサー「え?」

和久井「この前と同じよ、居酒屋で飲みながら」

プロデューサー「いいですね、また東郷さんも誘って久しぶりに3人で……」

和久井「……私と2人きりはダメかしら?」

プロデューサー「2人きり……ですか?」

和久井「ついでに私の悩み相談もしてほしいの……ほら、前のやつよ」

プロデューサー「ああ、そういえば流れちゃったんでしたね……そういうことでしたら今日は2人きりで飲みましょう」

和久井「ええ」

居酒屋

和久井「ちひろさんは多分、寂しいのね、あの気持ちはわからなくないわ」

プロデューサー「そうなんですか?」

和久井「仲良くなっていたのに急に冷めた態度を取られれば誰だって不機嫌になるわ」

プロデューサー「冷めた態度……うーん、そんなつもりは……」

和久井「冷たい態度という言葉が違うのなら、つれない態度、かしらね」

プロデューサー「……ああ、そういうことなら……」

和久井「まあ、私としては別にいいんだけど……あの環境であなたが仕事を嫌になって事務所を辞める、なんてことになったら一大事だし、一応アドバイスはしておくわね」

プロデューサー「……」

和久井「あなたは行動が極端なのよ、ちひろさんもちょっと大人げないとは思うけど、気を持たせるあなたの言動にも問題はあるわ」

プロデューサー「はあ……うーん、でも……」

和久井「……自覚はないみたいね……仕方ない、今日は飲むわ」

プロデューサー「へ?」

和久井「素面じゃ言えないことがあるのよ、あなたも社会人ならわかるでしょ?」

プロデューサー「そ、そうですね……」

1時間半後

和久井「つまりね、あなたはもっと周りを見た方がいい、ということよ」

プロデューサー「はい……」

和久井「例えば私をスカウトする時に何て言ったか覚えている?」

プロデューサー「えーと……えーと……すみません、ちょっと頭が……」

和久井「俺と一緒に新しい人生を歩みませんかって……最初は宗教の勧誘かと思ったわ」

プロデューサー「そうだったんですか……」

和久井「でもね、私はそれに乗っかってもいいって思ったの、もしアイドルとかの話が全部ウソでも別にいいかって……私が自棄だったのもあるけど、それ以上に君の熱意にうたれたの」

プロデューサー「はあ……はい……」

和久井「そして君は私をちゃんとアイドルにしてくれたわ……それは本当に感謝している、でもね、最後まで自分で言った言葉には……私をその気にさせた責任を持ってほしいの」

プロデューサー「へえ? はい……」

和久井「差し当たって、まずは和久井さんという呼び方を止めて」

プロデューサー「はい……それじゃあ、何とお呼びすれば……?」

和久井「留美ね」

プロデューサー「留美さん……あの……」

和久井「なに?」

プロデューサー「俺もう……限界なんですけど……留美さんのそれは何合目なんですか?」

和久井「8合目ね……私としたことが飲み過ぎたわ、ちょっと酔っちゃったみたい、介抱してくれる?」

プロデューサー「無理です……すみません……」

翌日・事務所

東郷「……それで、ちゃんと彼を帰したんだろうね?」

和久井「もちろんよ、人を送り狼みたいに言わないで」

東郷(怪しまれるような行動を普段からしているじゃないか……)

和久井(彼の家はばっちりわかったけどね……さすがに中には入れてくれなかったけど)

東郷「……まあ、それならいいんだが……その昨日の飲みの結果としてアレかい?」

和久井「そうね……」


ちひろ「……♪」カタカタ


東郷「なんというか、わかりやすい……すれ違いざまにリップの色を褒められただけでああなるのか」

和久井「反動が大きかったからじゃないかしら……それにちひろさんって多分、異性から褒められた経験とかがあまりないんだと思うわ」

東郷「……だろうね、彼女の反応はうぶそのものだ……まったくどうしてこうなったのか……」

プロデューサー「2人とも何の話をしているんですか?」

東郷「プロデューサー君……」

和久井「ちょっとした世間話よ……ところで時間は大丈夫かしら?」

プロデューサー「……あ、本当だ、レッスンに送ります……とりあえず東郷さんは後で迎えにきますね」

東郷「……わかったわ」

プロデューサー「行ってきますね、ちひろさん」

ちひろ「あ、行ってらっしゃいです! お気をつけて!」

東郷(はあ、まったく……)

プロデューサー「それじゃあ留美さん行きましょう」

和久井「ええ、プロデューサー君♪」

東郷(……本当にどうしてこうなった)

END

後日談

東郷「まったく……余計な事をして私の気を揉ませないでほしいな」

プロデューサー「い、いや……でもですよ? 結局何も起きていないわけですし……」

東郷「まだ、何も起きていないだけじゃないか?」

プロデューサー「そ、そんなことはないですよ……それに俺は『仲良くなったほうが良い』ていうアドバイスを実践しただけですし……」

東郷「……まあ、確かに私もあのアドバイスがちひろさんにあそこまで効果的だとは思わなかった……しかし……」

プロデューサー「しかし?」

東郷「留美さんはどういうことだ? なにやらサシ飲みをして随分仲良くなったみたいじゃないか」

プロデューサー「えーと……仕事を円滑に進めるためにですね……別に下心があったというわけではなくて……」

東郷「……」

プロデューサー「ほ、本当ですよ! 信じてください!」

東郷「……まあいいさ、私だって信頼しているんだ、君なら間違いは起こさない、とね」

プロデューサー「あ、ありがとうございます」

東郷「……しかし、この事務所の女性はちょろすぎないか、もしかしてそういう女性を選んでスカウトしているんじゃないだろうね?」

プロデューサー「そ、そんなわけないでしょう……それにちひろさんは俺より前にいた事務員さんですよ」

東郷「なるほど、留美さんは確信犯だと」

プロデューサー「だから違いますってば……あんまりいじめないで下さいよ 」

東郷「ふふ、すまない……だけどこの程度のやっかみは軽く流してほしい、事務所で見せつけられるというのも中々応えるのさ」

プロデューサー「そうだったんですか?」

東郷「ああ、何が悲しくて恋人が他人と仲良くしている姿を見なければならないんだ」

プロデューサー「あ……それは真面目にごめんなさい……でも事務所とか、他の人の前では隠そうって約束だし……」

東郷「わかっている……まあ、いずれは公表できる時期がくるだろう」

プロデューサー「はい、その時は東郷さんがアイドルを引退する時でしょうけど」

東郷「こら、今は東郷さんじゃないだろう、それとさっきから敬語が出てる」

プロデューサー「ああ、つい癖で……ごめんな、あい」

東郷「……」

東郷(……事務所の女性がちょろすぎる、か……まあ、誰よりもちょろかったのは私だった、ということだけだしな)

プロデューサー「どうしたんだ、あい?」

東郷「何でもないさ♪」

END

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