欠伸 (18)

頑張ってるね、と言われることが苦手だった。

幸か不幸か、ある程度のことは器用にできるタイプだった。というよりも、努力した分結果が出るタイプだったというのが正しいのかもしれない。

勉強も部活も人間関係も、必要だと思った分はそこそこに取り組んだし、人並み以上に結果は出てくれた。その結果だけ見ているからかもしれないけれど、周りの人から「君は頑張り屋だから」と言われると、なんだか過剰評価をされている気がしてならない。

志望校に対して今の成績じゃ届かないから勉強をしただけだし、勝ちたいという気持ちがあったから練習をしただけだし、好きな子が自分に興味がないと思ったから積極的にアプローチをしただけ。それだけだ。

ただ、そんな具体的な目標を立てられたのは高校生くらいまでで、大学生に入ると自立して何かを目指すということも少なくなっていた。

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ただ、そんな具体的な目標を立てられたのは高校生くらいまでで、大学生に入ると自立して何かを目指すということも少なくなっていた。

少なくとも自分は起業するような大層な目標もなく、そうなればそこそこの企業に勤めてそこそこの生活ができればいいと、具体的な目標がないからこそ自分が何をどの程度取り組めばいいのかが不透明になってしまった。

何となく勉強をして、不安になっていろんな資格を取ってみたり。当時付き合っていた彼女に置いていかれてしまいそうな気がして不安になったり。

何かをしなければ自分の価値がなくなってしまうという焦りだけがあった。

だからこそ、小説を書いて誰かに夢を与えたいなんていう、子どもの頃から描いていた目標は忘れてしまっていた。というよりも、気が付いた時にはそれを追いかけることはなくなっていた。

そこそこに何でも出来ていたからこそ、もう少し現実的な……少なくとも、他の同世代たちも共通して抱いている「大企業に勤める」という目標の方が努力の方向性も分かりやすかったから。

正にモラトリアムな大学生活を過ごした俺は、高校生活の遺産と、大学生活で何となく積み上げてきたものを武器にそこそこ大手の食品メーカーに就職することはできた。

特に思い入れがあったわけでもないけれど、好きなサッカーチームのスポンサーではあった。面接ではそのことについて話した記憶しかないし、それでも採用されたのはよっぽど大学の肩書が強かったのか、或いは試験官がサッカー好きだったかのどちらかだろう。

どうであれ、それなりに恵まれた環境に身を置くことができた。

それで満足しているはずだった。

勉強していい会社に入って仕事をする。誰にだってケチはつけられない。

中高の友人からは「やっぱりお前は優秀だよ、頑張ってたもんな」と同窓会で声を掛けられるのは、自分が積み上げてきた成果の現れだ。

それなのに、なぜか虚無感を覚えてしまう。

これまでに過ごしてきた日と同じ今日を迎える。

期待

「俺さぁ、異動なんだよね」

入社1年目が終わるかという3月半ばのことだ。ランチに誘われて着いていったところで、OJTの宮﨑さんにそう告げられた。

「まあ異動って言っても、営二だからすぐ隣にいるんだけどね。でももう少し、黒沢くんには色々教えてあげたかったんだけどさ」

「ああ、営ニ。よかった、転居を伴う感じの異動だったら寂しいなって」

俺たちの所属する営業三課は主にコンビニ関係を担当としていて、宮﨑さんの移動先である営業二課は外食関係が中心だ。営業担当のままではあることだし、まだ近くにいてくれることには安心した。

「嬉しいの間違いじゃなくて?」

ニヤニヤしながらそう尋ねられた。自分と正反対なことはすぐに感じたけど、宮﨑さんは本当に良い意味で陽キャだと思う。

人見知りしてしまう自分がどうにか営業としての1年を乗り越えられたのは、彼の得意先の引き継ぎの際にうまく紹介してくれたことや、職場内でも俺のことを気にかけて声をかけてくれたという要因が非常に大きい。

「自分、そんなこと言うキャラじゃないの知ってますよね?」

 苦笑しながら返す。宮﨑さんにこんな軽口をたたけるようになるのにも結構な時間を要した。

「冗談だって。でも、本当に来月から頑張ってね。俺が出るのもあるけど、結構次の人事きつくなりそうだからさ」

「はい、ありがとうございます」

「ま、近くにいるから困ったことがあったらいつでも声かけてよ。とりあえずどこかで俺の送別会も兼ねて二人で飲みに行こう」

 自分の送別会、と言ってしまうあたりが何とも宮﨑さんらしかった。笑って同意したところで、注文していた定食が目の前に並べられた。

その週の金曜日、宮﨑さんと二人で飲みに出かけた。

彼も俺も飲むこと自体は割と好きな方だし、仕事柄食のトレンドは知っておく必要もあったと言い訳しては二人で外出することはままあった。

送別会という意識を特別持っていたわけではないが、お世話になったお礼も兼ねて一軒目は俺がご馳走することにした。

「そんな気を使わなくていいのに」

「いや、いつも俺がご馳走になってるんで……」

甘えと言われたらそこまでだけど、プライベートで会うと宮﨑さんにはつい言葉遣いがフランクになってしまう。最初は申し訳なく思っていたが、「入社直後みたいにガチガチなのよりはそっちがいい」と言ってくれたので、最近はお言葉に甘えている。

「二軒目どうします? 何か希望あります?」

「キャバクラかガールズバー」

「その二択ですか?」

「この間彼女と分かれたから堂々と行けるしね」

彼女がいても行ってたくせに、という指摘は彼に敬意を表して秘めておいた。宮﨑さんは顔もスタイルもいいのにやたらと女の子が好きだから、彼と行ったら大抵は借りてきた猫のように俺は黙ってしまうんだけど。

普段ならあまり気乗りしない提案ではあったが、今回は宮﨑さんの送別会だ。明日は休みだし、付き合っても良いかと思ってしまった。

「どっちでもいいですよ。俺、店全然知らないですけど」

「適当に探してみよ」

そんなわけで二人で夜の街を歩き回る。お互いにどの店がいいとか悪いとかなんて知らないけれど、キャッチについていくのは何となく嫌で店を決めかねてしまう。

もう10分以上は徘徊してしまった。

「何かいい感じのところあった?」

「まず何をもって。いい感じなのかすら分からないです」

「それは俺も。どうしようかなぁ……あ、何だろあれ」

宮﨑さんの視線を追うと、そこには着物を着た女の子が二人、並んで小さなホワイトボードを持っていた。

「着物? 袴? 何あれ」

「分かんないですけど……面白そうではありますね」

少なくとも、今までに宮﨑さんと行ってきた店とは系統が違うように思われた。

「入れるか聞いてみる?」

頷いて、二人が立つ方に向かって歩いていく。雰囲気的にラウンジやキャバクラではなさそうだけど、であればガールズバーということなのだろうか。

「こんばんは! お兄さんたち、お帰りされませんか?」

二人組のうち、姫カットの子が俺達に気がついて声をかけてきた。もう一人のハーフツインの小柄な子が持ってるホワイトボードには「大正浪漫コンカフェ 飲み放題有」と可愛らしい丸文字で書かれている。

「入れます? あんまり分かってないんですけど、えーっと」

「あ、コンカフェ、初めてですか?」

「「コンカフェって?」」

宮﨑さんとハモって問い返すと、二人ともおかしそうに笑った。

「仲いいんですね」

「コンカフェって、コンセプトカフェの略語です。えーっと、メイドカフェ的な? 私達はそのコンセプトがメイドじゃなくて大正浪漫で、だから袴を着てるんです」

「お酒は飲める?」 

「大丈夫ですよ。今なら飲み放題で60分が~」

ホワイトボードを示しながら二人が説明をしてくれた。割と良心的な金額だったし、二人ともニコニコ話しかけてくれるから酔っ払った陰キャとしてはかなり心証も良い。

「ここ、入ってみようか?」 

「そうしましょう!」

後々思えば、ここが分岐点だった。

宮﨑さんから仕事を引き継ぐことも、彼女たちと出会ったことも、この物語には欠かせない要素で、でも運命なんて大層な言葉で表すものでもなかった。

ありふれたボーイ・ミーツ・ガール。サラリーマンが客引きに声をかけたことから始まる、今日もどこかで見られるようなありふれたストーリー。

それを駄作に感じられないのは主役が俺だったからだ。

いいじゃん

二人に案内されて近くのビルの階段を上り、ドアを開けると大正浪漫という言葉が正しいのか分からないが確かに和テイストな雰囲気の室内になっていた。

窓は障子で閉められており、店内はぼんぼりで薄暗く照らされている。それなのにカウンターしかない店内には少し違和感があったが、あくまで「大正浪漫風」のコンセプトだと思うとこんなものなのだろう。

店内には他に客はおらず、それまで店番をしていたらしい二人組と彼女たちが入れ替わっていた。

「改めて、鞠と申します」

姫カットの女の子がカウンター越しにぺこりと小さく頭を下げた。襟元に留めている名札をちょんと摘んで続けた。

「趣味は漫画と音楽です。メジャーすぎずマイナーすぎない邦ロックが好みなので、よろしくどうぞ」

そこで言葉を止めたと思えば、続いてハーフツインの彼女が小さく手を上げた。

「千雪でーす! 私はゲームが好きで……」

「おっ、ゲーム? どんなのやってるの?」

同じくゲーム好きの宮﨑さんが反応して、二人で盛り上がり始めた。こういう店に来ると宮﨑さんと女の子が盛り上がり、俺はそれを眺めながらちびちび酒を飲むのが常だった。

「お兄さん、お名前は?」

鞠と名乗った彼女が俺の方を見ながら問うてきた。

「黒沢です」

下手くそな営業スマイルを作ってみた。幸か不幸か酒に強いせいで、さっきまで宮﨑さんと飲んでたアルコールはもう抜けつつあるのか、単純に人見知りな部分が出てしまっている。

「黒沢さんね……下の名前は?」

「隼人」

「隼人さん……くん? まだ若いですよね?」

社会人になった自分を若いと尋ねられるのは少しむず痒いけれど、否定するのも何だか違う気がする。

「23ですね、職場の先輩後輩で、もう一人が1個上で」

「あ、じゃあ私の2歳上? かな? 嫌じゃなければ、くん呼びでもいいですか?」

「何でもいいですよ」

苦笑しながら返した。丁寧なのか失礼なのか分からない子だなって。

「じゃあー、隼人くん。お飲み物はどうされます?」

飲み放題に含まれるメニューはこれで、とメニュー表を渡された。バーのように凝ったメニューは無くとも、定番のカクテルはいくつか頼めるようだ。

「ジントニック、お願いします」

「かしこまりました、少々お待ちください」

宮﨑さんの注文も千雪さんが確認して鞠さんに伝え、そのまま彼女はドリンクを作りに向かっていった。

その間、手持ち無沙汰ではありつつも宮﨑さんたちの会話に入ることも出来ずに聞き耳を立ててしまう。どうやらハマっているゲームが同じで盛り上がっているらしい。

こういうとき、コミュ強なら会話に入ることができるんだろうけど、それができるなら人見知りを自称したりなんかしていない。

何とも居心地悪く数分を過ごし、鞠さんが戻ってくるのを待つ。

「お待たせしました~」

長いように感じたのは俺だけだったのだろう。宮﨑さんが「早いね」と声をかけていた。

「隼人くんも、はい、どうぞ」

目の前にコップを置くと、敢えてかわいこぶった声で尋ねられる。

「私もごちそうになっていいですか?」

「あ、うん、どうぞ」

「ありがとうございます、いただきます」

にっこり笑って地声に戻した彼女は小さなグラスに緑茶を注いだ。宮﨑さんの相手をしていた千雪さんもそれに続く。

「それじゃ、かんぱーい!」

宮﨑さんが声を上げて、残りの三人がそれに倣って続ける。

「先輩後輩で二人で飲みに来るって、仲良いんですね?」

「うちの部署、人数少ないんで」

「すごーい、少数精鋭? みたいな?」

「いやいや、やってることがあんまり意味ないから人を減らされてるだけで」

自虐気味に宮﨑さんは笑った。

首都圏にある本部が全国流通する商品を提案するため、地方配属の俺たちが提案する意味は正直に言って薄かった。良く言えばサボっても本部次第でノルマは達成できるし、悪く言えばやりがいの無い仕事でもあった。俺から見たらスーパーマンな宮﨑さんですら、担当地域のエリア商品は導入できておらず、提案をしては叩かれてを繰り返している。

「あはは、そうなんだ。でも人数少なくてもこうやって仲良く仕事できてるならいい職場みたいですね」

「どう? 黒沢くん的には?」 

「宮﨑さんがいるおかげで楽しくやってます」

「他の人は?」

「……ノーコメントで」

みんなが声を上げて笑った。悪い人たちではなくとも、会う合わないで言えば俺には合わないタイプの人が多いんだから仕方ない。

少し場が落ち着くと、再び宮﨑さんは千雪さんとゲームの話を再開した。二人ともかなりのヘビーユーザーらしい。

自然と鞠さんと俺の二人が残された。

「隼人くんはさ、何か趣味とか無いの? それこそあっちのお兄さんみたいにゲームとか」

「あ、でも俺、お姉さんと同じで音楽と漫画好きですよ。結構雑食で」

「本当? じゃあさ、漫画はどんなの読んでるの?」

「んー、結構雑食なんだけど。部活でやってたからサッカー系も読むし、少女漫画も姉ちゃんの影響で好きだし、少年漫画系も割と色々……」

漫画に限らず、小説やノンフィクション、雑誌や啓発書など、何かを読むことは好きだった。

本に対する支出は甘い家庭だったから、自然と趣味は読書になりがちだった。小説家を目指していた過去というのも、多分にその影響を受けている。

「え、少女漫画? 例えば?」

「最近の作品だと~」

いくつか直近で読んだタイトルをあげてみる。我ながら、少女漫画というジャンルだけでよくこんなに読んでいるなと感心してしまうほどに。

「めちゃくちゃ読んでるじゃないですか!」

私もあれとあれが好きで~と鞠さんは語り始めた。俺もそうだけど、所謂オタク喋りというか、好きなことを話す時に早口になってしまうタイプらしい。

「お姉さんもめちゃくちゃ好きじゃないですか」

「そうなんです! 実は私、少女漫画家を目指してて」

仕事のディテールがやたら細かい
さては、実体験だな

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