【シャニマス】芹沢あさひ(17)「わたしも、変われてるっすか?」 (79)

 変わるものと変わらないものがある。

 身長や髪の長さ、ストレイライトが集まる頻度。それに対して、事務所の場所、わたしがアイドルであること、プロデューサーさんの身長。どこに違いがあるんだろう。

 空が高い。濃いくらいの水色に、宇宙船くらいありそうな入道雲が映えている。襟の中に籠る熱を逃がそうと、服を摘んでパタパタと仰ぐと、胸元には風が入ったけど、襟周りはちっとも涼しくならなかった。暑い。ミーン。蝉の声。

 信号が変わって、アスファルトをスニーカーで蹴り上げると、ちょっと古くなったスニーカーはキツいような気がした。新しく大きいのを買った方がいいかもしれない。今やってる舞台が終わったら買いに行こうかな。
 昔は靴や服なんて使えれば何でもいいと思ってたけど、最近は少しだけ選ぶようになってきた。たぶんあの2人の影響だ。最近会えてないけど。最後に会ったのはいつだろう。すぐに思い出せなくて、額に浮かんだ汗をぬぐったら、思考がバラバラになった。

 ストレイライトって、解散したのかな。

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 十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人。
 誰に言われたわけでもないけど、誰かに言われたように、いつからか頭の中にこびりついている。

 自分で、自分は他の人と違うということは理解していたけど、自分を神童や天才と思ったことはなかった。でも周りがそう扱っていると、次第に自分の中でもそういう気になってくる。
 扱ってくれていたけど、どこかでそれは「芹沢あさひはまだ幼いから」という前提がついてくる。私は中学生だった。だからすごかった。

 高校の制服は少し大きくて、スニーカーはキツい。1.6メートルの空間に存在する感覚は対照的で、わたしの身体はあべこべだった。

「おつかれ、あさひ」

 事務所の扉を開けると、寒すぎるくらいの冷房が顔に吹き付けてきた。でも銀行とかの方が涼しい。健康的な温度設定だ。もっと冷えててもいい。襟の中が冷たくなって、想像よりも汗をかいていたことを知る。

「おつかれさまっす」
「稽古どうだった?」
「普通です」

 プロデューサーさんは自分の席に座っていたので、あんまり近づかないようにしながらキッチンに向かった。冷蔵庫を開けてみる。

「プリン食べていいぞ」
「うーん」

 喉が渇いた。プリンはなんだかコッテリしてる気がして、頷くだけ頷いてすぐ閉めた。後で醤油と混ぜよう。コップを取り出して冷凍庫から氷を掬い、水道水を入れる。

「お茶もあるよ?」
「水がいいっす」

 パキ、パキ、と音を立ててヒビが入る氷を掌の中に感じながら、くるくる回して一気に飲み込んだ。喉が癒える。水道臭くて美味しくはない。お茶にすればよかった。

「おれもコーヒーおかわり」
「えっ」

 いつの間にかプロデューサーさんもキッチンに来ていた。わたしは汗かいてるのに。首元を押さえて、しゃがみながらソファに飛び込んだ。ボフン。重力。

「元気だな」
「そうっすよー!」

 返事をしようとするとやたら大きい声が出て、自分でびっくりした。
 変な匂いしてないかな。寝転がったまま自分のシャツを嗅いでみる。制汗剤の匂い。大丈夫なはず。

「あさひもコーヒー飲む?」
「え~?」
「いい香りがするやつなんだ」

 やっぱりちょっと匂ったのかもしれない。眉間がぎゅっとなる。

「あさひはしばらく舞台の方がメインになるな」
「そっすね」

 不機嫌な顔をしてしまっていたのか、プロデューサーさんはソファには座らず、自分の席に戻った。わたしは膝を抱えて、プロデューサーさんが淹れてくれたアイスコーヒーを眺める。

「本番までもう少しだな、台本は完璧?」

 台本の暗記について不安に思うことはない。息を吸って、3つ数えて、頭の中でカチッと音がしたらもうセリフは口からこぼれてくる。

「大丈夫です」

 プロデューサーさんは、昔は舞台の稽古にも顔を出してくれてたけど、最近はあんまり稽古場所には来なくなっていた。さみしいけど、たぶんわたしがそんな年齢じゃなくなったのが理由だと思う。中学生の練習を見守ってるのは普通だけど、高校生にもなって保護者が必要だとは思わない。いて欲しいけど。

 プロデューサーさんが直接きてくれることは減ったけど、こうしてわたしが帰りに事務所に寄るとだいたいいるので、会う頻度が減ったわけではなかった。ストレイライトとは違う。

 愛依ちゃんと冬優子ちゃんとは、2年くらい前から会う機会が減っていた。愛依ちゃんが20歳で、冬優子ちゃんが21歳の時。たしか、さみしいなと思ってしばらく経った頃、気が付けば、事務所のテレビでドラマを通して冬優子ちゃんをみることの方が多くなってた気がする。でもあれは冬優子ちゃんじゃない。ふゆちゃんだ。愛依ちゃんもだいたいそう。

 あの頃から、2人と繋がりたくてSNSをよく見るようになった。今では意味もなく開いてしまうこともあるけど、きっかけはそこだった覚えがある。果穂ちゃんの投稿にいいねをつけて、スマホをソファに投げ出した。

「愛依ちゃんと冬優子ちゃん、元気すか?」
「ん? 最近会ってないのか」
「前回会ったの仮歌受け取った時っす」
「あー……2週間くらい前になるんだな」

 別に避けられているとは思わない。わたしはむしろ一緒に遊びたい。でも2人は仕事があるし、わたしも当然仕事がある。だから仕方ない。変わるものがある。

 プロデューサーさんがコーヒーを一口飲む。彼は少し潔癖の気があるのか、それとも職業柄、清潔であろうとしてあるのかわからないけど、何か手に付くとすぐに手を拭く仕草をする。グラスの水滴も例外ではなくて、コーヒーを飲むたびに、意外と細い手指をハンカチで拭いていた。

 変わらないものもある。

 プロデューサーさんは、ずっとわたしのこと見てるって約束してくれた。だからこうして事務所に来れば会えるし、稽古の様子も聞いてくれる。

 ストレイライトはグループとしての仕事仲間だから会わなくなることもあるけど、プロデューサーさんは仕事の相棒だから、会わなくなることはない。ずっと一緒。

「プロデューサーさんは変わらないですもんね」
「?」

 プロデューサーさんがコップを傾けて、自分のコーヒーを飲み干してしまった。休憩終わりの合図だ。またパソコンにこの人を取られてしまう。

「俺も変わるよ」
「え?」

 コーヒーに手が伸びかけていた手が固まる。

「だってずっと同じだと、あさひをトップアイドルにできないだろ?」
「…………」

 テーブルに置かれた自分のグラスを見る。まだ一口も飲んでいない。たっぷり氷が入ったグラスには、部屋の水分が集められて結露ができている。コースターに染み込む水は、汗のように見えた。

「あさひは将来、何のトップになるんだろうな」

 プロデューサーさんはいつもみたいに先の話をして、ちょっとわたしの顔を見たあと、またパソコンの方を向いてしまった。
 ずっと見ててくれるって言ったのに。
 グラスの側面で、水滴が揺れている。重力。

 変わってしまったものは元には戻らない。

 例えば、切った髪は簡単には元の長さには戻らない。見慣れてないからかもしれないけど、わたしは髪が長い方が冬優子ちゃんらしいと思う。

「何よ、埃でもついてる?」

 わたしの視線に気づいた冬優子ちゃんは、肩までしかない後ろ髪を押さえながらこちらを振り返った。ジャージから、制汗剤の香りがふわりと漂う。いい匂い。香水かもしれない。

「別に、何もついてないですよ」
「じゃあジロジロ見ないで」

 髪を切った冬優子ちゃんと会うのは、これで3回目だった。ばっさりいったのは2ヶ月くらい前らしいけど、それからは全然会う機会がなかった。余程の用事がない限り、事務所に来てないのかもしれない。

「冬優子ちゃん」
「何」
「久しぶりっすね」

 トレーナーさんがくるまでストレッチをしながら、二人しかいなくて広く感じるレッスン室で、わたしは冬優子ちゃんを味わっていた。

「あんた、また背伸びた?」
「わかんないです」

 180度に足を開いて、つま先を天井に向けたまま身体を床に押し付ける。身体の柔らかさも自分の武器だと気づいたのは、割と最近だった。

 冬優子ちゃんが前屈をしようとしていたから、背中を押そうと後ろに近づいて、やっぱりやめた。何事もなかったようにバーに手をついて、アキレス腱を伸ばす。

 変わるものは外側だけではなかった。たぶん内側の、わたしも変わっているのだと思う。
 冬優子ちゃんがわたしのことを好きじゃないことは、なんとなくわかっている。でもそれは別に嫌われているとかそういうことではなく、本来であればわたしは冬優子ちゃんに構ってもらえるタイプの人間ではない、という意味に近い。
 ユニットメンバーだから構ってくれる。逆に、わたしもユニットが違ったら冬優子ちゃんとはあんまり話してなかったかもしれない。
 そんなことを考えてアキレス腱を伸ばしていたから、わたしは、

「あんた、舞台の本番もうすぐなのよね」
「えっ」

 冬優子ちゃんが、わたしの舞台のことを聞いてきたことが意外で、咄嗟の返事が出なかった。

「そ……そうっす! 再来週です!」
「再来週ね。空けとくわ」

 冬優子ちゃんは鏡越しにわたしの顔を見ながらストレッチをしている。

「来てくれるんすか?」
「はぁ?」

 気がついたら、鏡に映る自分の顔がにやけている。冬優子ちゃんは別に笑ってはいない。

「そりゃ、ユニットメンバーが出るんだから行くに決まってるじゃない」
「ユニットメンバー……」

 冬優子ちゃんが来てくれることが思ってたよりも嬉しかったみたいで、わたしの顔は楽しそうに花を咲かせている。

「ただでさえ最近絡み少ないんだし、ツイスタでアピールもしときたいじゃない」
「それもそうっすね!」
「なに嬉しそうにしてんのよ」
「1番いい席用意してもらうっす!」
「端でいいわよ」

 開脚をしている冬優子ちゃんの背中に飛びついて、抱きつきついでにぎゅーっと体重をかけた。冬優子ちゃんは「あだだっ」と悲鳴をあげたけど、怒られはしなかった。いい匂いがする。嬉しいな。
 冬優子ちゃん、来てくれるんだ。それはもちろんわたしのためじゃなくて、SNSでのアピールのためってのもあると思うけど、それでも嬉しい。目的があって来てくれる方が理由がわかってスッキリする。

 これから生きていく上で、自分が何をするべきか分かってるから、わたしに何かしてくれる。1番安心できる。

 やっぱり冬優子ちゃんはすごい。

 トレーナーさんがレッスン室に入ってくると、冬優子ちゃんはふゆちゃんになってしまった。寂しいと思うことはなかった。

 カチ。
 音が鳴ったら、レッスンは終わってた。

「お疲れ様、2人とも今言った課題を次のレッスンまでに完璧にしてきてね」
「はい、わかりましたぁ」

 隣を見ると、汗だくのふゆちゃんがにこりと可愛く笑っていた。

「あさひちゃんは?」
「了解です」

 トレーナーさんもすこしこめかみに汗を浮かべていて、部屋に入ってきた時は険しかった表情が少し疲れているような顔に見えた。
 わたしも筋肉が痙攣する脚の疲れを感じて、レッスンが終わったのだと実感する。今日もがんばった。たぶん途中で逃げ出しそうになったけど、それはアイドルをする上でやっちゃダメなことだから、我慢した。

 トレーナーさんが部屋を出て行くと、冬優子ちゃんは少しだけ自主練をしていて、わたしは後ろからそれを眺めたり、真似したり、身体が覚えているままに、さっきのレッスンでやったであろうステップの練習をした。なんとなく、まだ帰りたくない。流れる汗をそのままにしておくと、ターンした時に飛び散っていった。遠心力。

「冬優子ちゃん」

 冬優子ちゃんが着替えに向かったので、わたしもそれに倣って着替えを済ませて、冬優子ちゃんに汗拭きシートをわけてもらって、制服に着替え直した。シャツを新しいのに変えたから気持ちいい。

「もう帰るんすか?」

 わたしが事務所に向かおうとすると、冬優子ちゃんと道が分かれてしまって、駅の方に歩く綺麗な後ろ姿に手を振った。冬優子ちゃんは振り返らなかったけど、1回だけ手をあげてくれた。満足。

 ジィー。油蝉。喉が渇いた。スニーカーはキツい。
 街路樹の幹を眺めながら歩いていると、羽化しようと木を登っている蝉の幼虫を見つけた。ラッキー。
 無事に羽化できるといいね。

 事務所に戻ると、リビングには誰もいなかった。でも鍵はかかってないから誰かいるはずで、いろんな部屋を開けてみる。倉庫は埃っぽくて、最近は使われていない様子だった。空の抜け殻だ。

 社長室を10回ノックしてみると、中から「芹沢か」と声が聞こえた。誰かいたことが嬉しくて、そうっす! と返事をしながら入ると、社長さんが飴をくれた。もう子供じゃないのに。でもよくみると黒あめだった。うーん。

「プロデューサーさん知りませんか?」

 リビングのより少し高級そうな(実際はそんなに変わらないらしいけど)ソファに横たわって、飴を噛み砕きながら尋ねてみると、今日は定時で帰るように言っているからそろそろ戻ってくると思うぞ、と教えてくれた。
 定時なんだ。珍しい。

 プロデューサーさんは放っておくとずっと事務所にいたがるから、たまに社長さんが早く帰るように言っている。そういう時は大体次の日元気そうにしてるから、やっぱり社長さんはプロデューサーさんのことよく見てるんだと思う。

 ソファの隙間に手を突っ込む。ひんやりして気持ちいい。
 社長さんとわたしは何を喋るでもなく、万年筆が紙の上を滑る音に耳を澄ませていた。悪くはない。心地は良い。でも暇だ。
 リビングに戻ろうと社長室の扉を開けると、帰り際に社長さんが向こうから話題を振ってきた。

「芹沢、」

 ちょっと迷った風に声をかけてきて、あー、なんだ、と咳払いしている。

「なんですか?」

 特に急いでなかったから、ドアノブをかちゃかちゃしながら続きを待つ。

「敬語が上手になったな」
「そうっすかね」

「敬語が上手になったな」

 リビングでなんとなく社長さんの物真似をしてみたけど、全然似てなかった。あんなに低い声出ない。

 1人のリビングはじっとしてると時計の針の音がよく響いてて、その奥に冷蔵庫の駆動音が混じっている。霧子ちゃんにはユキノシタさんの声も聞こえるらしいけど、わたしには植物の声は聞こえなかった。医学部に行けば聞こえるのかもしれない。ジィー。窓の外から油蝉。喉が渇いた。

「喉渇いた」

 冷蔵庫を開けてみる。駆動音が大きくなる。ピッチャーのお茶がちょっとしか残ってない。レッスンの前はたくさんあったのに。たぶん最後に飲んだの透ちゃんだ。わたしが飲んだ後にこれだったら、次の人のために作っておきなさい、と冬優子ちゃんに言われてしまう。でも最後に言われたのはいつか覚えてない。

 お茶はなかったけど、ペットボトルのコーヒーはあった。プロデューサーさんは基本的に自分で淹れてるけど、多分めんどくさい時はこれを飲むんだと思う。結構ストックがあるからこれ飲もう。

 コップに注ぐ。コトコト音がする。冷たい飲み物を注いでるのに、音の響きは温かい。あべこべになる。もしかしたらコップに入った途端温かくなってるのかもしれない。そんなわけない。一口飲む。

「やっぱ冷たい」

 定時で帰る、と言っていた。19時。
 戻ってくるのを待っていたら、もしかすると晩御飯一緒に食べれるかな、と期待して、ちょっと胸が躍った。でもまだ18時過ぎ。1時間はある。
 何時に事務所に戻ってくるかはわからないけど、戻ってくる前にどこかで晩御飯を済ませてしまっているかもしれない。それに、よく考えると1人とも限らない。誰かを送るついでに、一緒に食べてるかも。

 全員分の予定が書き込んであるホワイトボードを見てみると、透ちゃんの撮影がちょうど終わったくらいだった。あぁ。

「うーん」

 プロデューサーさんと晩御飯を一緒に食べたい、以外に自分が今ここにいる理由がないことに気づいて、ちょっと恥ずかしくなる。誰に対して? わからない。
 ホワイトボードに落書きをする。

 プロデューサーさんが戻ってきたら、家まで送ってくれるかもしれない。でも別に1人でも帰れるしな。1人で帰ろうかな。待つのも変だし。あんまりお腹は空いていないし。
 最後にプロデューサーさんと晩御飯を食べたのはいつだったっけ。もしかしたら、まだ衣替えする前かも。ちょっとさみしい。

 事務所を出ながら、なんとなくチェインを開いて、冬優子ちゃんに「大人なお店連れていって欲しいです」と送ってみた。
 すごい早さで既読がつく。まだ電車なのかな。返信はこない。
 しばらく待っても返信はなかったから、スマホをポッケに突っ込んで「冬優子ちゃーん」と声に出してみた。何も起こらない。ユキノシタさんは返事をしてくれない。

 本当はプロデューサーさんに向けた言葉であることが、見透かされているような気がした。

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