アルコ&ピース酒井「Black Savanna」 (31)

「オレ、UFO見た事あるんすよ」

なんの気も無しに、ラジオブースで話をした。それが確か結構前……、多分二年前位の話だと思うけど、実はいつだったかあんま良く覚えてない。
それ言った理由とか、特にない。だって、その時伝えたいことだったし。
普通ビビんね?UFO見たりしたらさ。ホットな情報だから、まずそんなの平子さんに届けたいでしょ。なんならリスナーにも届けたいでしょ。
他に話したい話題もねえし、それに何よりめちゃくちゃキャッチーなワードだと思ったからだ。インパクトあるし、めちゃくちゃ引きがあると確信してたからこそ話題に出せる。
勿論誰もそんな話、マジで信じるわけがねえし、与太話だって言って笑い飛ばすような事だと思った。それは仕方がねえ。
事実は小説よりも奇なり、とは言うけどさ、同時に自分が信じてえ事実しか信用しないもんってのが人間じゃん?
オレん家、ベランダから防衛省見えっから、とかなんとか言ったらさ、笑ってくれたでしょ。マジなんだけどさ。信じてくれや、とは言わねえけど……しかしアレだな、今考えても「オレん家防衛省見えんだよ」、っての、マジかっけえセリフだと思いません?

「それがほんとだったらお前、今頃もう消されてるよ」

そんなこと言いながら笑ってくれたじゃねえですか、平子さん。
……て言うかUFO見たのはマジなんだけど、けどそれはさておいてもちゃんと笑ってくれんじゃん。笑いになる程度に相槌打ってさ、ちゃんと話聞いてくれたろ。
あの日見たんだ。オレはマジで、UFO見たんだ、ほんとに見たんだよ。
そん時、アンタはどうせ見間違いだなんて言って、取り合ってくんなかった。それはまあ普通だよ、当たり前だろうよ。普通の人はそんなの信じねえと思うよ、オレだってさ。バカじゃねえし。

でもあの日、そう、四月の中旬。小学生の頃に地元で三センチもあるデケェ蟻を見たとかで騒いで、ブースで本気の目ぇしながらアンタは、言ったよな。

「いんのよ。UMAは」

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至極真面目な顔して。
真っ直ぐオレのこと見て。
そうやって、言ったんだ。まさかそんなこと言う人がオレのUFO目撃談全否定とか思わなくって、オレもつい笑い声を漏らしてしまった。

趣味が映画鑑賞、サイエンス・フィクションを愛した、虚言と夢を織り交ぜた話術を得意とする平子さんらしからぬセリフだったと、オレは勝手に思ってた。
声色は変わらないままだ。いつも通りなのに、突然そんな身の翻し方。隣で話を聞いている作家さんもにわかにその熱量には気づいているけれど、きっといつものネタみたいなもんかと思っているようだった。
近くにいる人ですらこうだからこの雰囲気の変わりよう、「ああ、はいはい。またいつもの平子りね」的な流され方してリスナーにゃあバレないだろう。
だけど、対峙したオレはめちゃくちゃ怖ェなって思いながらそれを聞いている。
その目が、声が、言葉が。余りにも必死すぎんだろと、言葉の端々から、なんかおかしいなって色を感じて内臓をさわさわ触られてるような気分になっている。

「え、いやそれオレが防衛省でUFO見た話と同じようなもんでしょ」

ぽろり、オレの唇から声。
そう、いつか昔に語ったオレの話と全く同じような信憑性。誰もが信用しないであろう与太話。
───いやぁ、アンタの中で未確認生命体がいるってことなら、未確認飛行物体だっていんじゃねえかよ。と思ったけど。
オレの感情を潰すように続く言葉。

「いや、違うでしょ。だって世の中全部、深海からなにから全部見たんかい?それやってねえのに居ないなんてのは決めつけよ、短絡的短絡的短絡的」

勿論ネタも入ってっかもしんない、けどどこまでガチなんか全然分かんない口振りでアンタは言ったよな。
しかも最後の短絡的の連呼をめちゃめちゃ早口で三回も、三回も!オレそんなに短絡的思考してました?そんなに言わねえでくれよ!

最終的に、地元のお友達に電話して裏取ったからガチってことでそれはいいんすけど、けどあの時の熱量マージでヤバかったからね。音声、聴き直した方がいいよ自分で。
あの人めちゃくちゃ喋りやすいいい人でしたね。つか、友達とか居たんすね。へー、いがーい。

「それ誰が知ってんすか」

「○○と××って、小学生の頃の友達。あ、でもそこに××は居なかったわ。○○はいたよ、電話してみる?」

「え、その××とか言う友達、UMAなんじゃないすか?平子さんが心に傷を負いすぎたせいで作り出したみてえな」

「違うもん!あいつはUMAじゃないもん、そこも裏取ってくれていいよ!」

……で、結局アンタがガキの頃に見たっつってたのは何だったんだよ。まあ、多分……ツチハンミョウでしたっけ、なんか素手で触ったらやべーやつなんでしょうけど。なんだディノハンミョウって。そんなのいねぇよ。
だけどさ、今思ってもおかしいんだ。
あれは、ガキの思い出を何とか正当化しようとして出た言葉じゃないのは確かだった。そんなトーンじゃないよな。


電波に乗らない程度の、真実性。


何かを確信して出てきた言葉だ。
オレの知らねえ『何か』を理解していて出てきた言葉なんだ。
……なあ、アンタは何をどこまで知ってるんだ?特にそんなことを強く思ったのは、本当につい最近だった。

あれ、なんかおかしいな、と思ったのはそんなに前じゃない。有楽町を牛耳ってた頃のアンタはそこまでおかしくは……いや、うそ。あの頃から言っちまえばオレら、どっちもかなりイカレてましたわ。
ラジオ終わりそうつって、終わらず降格でなんとかなって、けどやっぱ終わったりして、なんだかんだ合ったあの頃。リスナー含めてオレら、相当狂ってた気がすっけど、源流は未だに変わってねえもんな。や、それは良くって。

……そうだ、きっとこの二~三年だ。ずっと兆候はあった、ような気はしてっけど、それが確信に変わるのにあんまりにも時間がかかりすぎてしまって、むしろただの虚言なのかどうか、良く分かってなかったのがいけねえんだろうな。

「……そう、偉大なるブラックサバンナ計画よ」

ある日のラジオブースでも、アンタはそんな口振りで軽快な嘘のトークを走らせていた。
何年前だったっけ、ああ、それも二年前か。
一体、どんなとっからそんな言葉が出てくんのかと焦るくらい、するすると、スラスラと、そのおとぎ話のストーリーは紡がれていく。
初めからこの脚本を用意していたのかもしれない、いつからかそんなスピーチの練習でもしてたんだろう。そう思うくらい、スムーズな語り口でアンタは話し続けている。

てかこの話のそもそもの題は、『息子の運動会を家族で見に行った話』のはずだった。それをアンタがいつもの虚言でマシマシにしたもんをお出してくる。
なんだっけ?足の早くなる、良く分かんねえ靴を作るのとおんなじように、『足の早い子供』を作り出す『ファーストチャイルド計画』だったっけ?んで、その大本となっている計画が、とある組織が管理しているという『偉大なるブラックサバンナ計画』だ。……や、なんだそれ。ちょっと待った、ファーストチャイルドどこいったんだよ。

大体その題にもなってる「Black Savanna」ってのは、その当時出てた新曲でしょ?この話の直後に流したよな。そっからインスパイアされて、勝手にタイトル借りちゃって。結局、しまいにゃ直接の関係がないこの曲の歌手の方まで、スペシャルウィークにラジオに呼んで、コーナー読みまでさせてさ。

……や、アレはオレがね、アベンジャーズにファルコンが要らねえとか言ったのと同じ日の放送で話してたことだったし、その後めちゃくちゃ炎上して、ついでに局もなんか分かんねえけど偶然物理的に炎上して、しかも企画の方もめちゃくちゃ過ぎてやる意味無さすぎるから、それら諸々の尻拭い的にその人が来てくれたっつうことだと思ってんすけど。
なんだかんだオレを助けて貰えたってのがありがてえんだけどさ。エゴサしてオレらんこと見つけてくれたとかもありがてぇんですけどさ。ただ、気味悪がられてたけどな最初。
や、つうか、そもそものことの発端はアンタなんだけど。でその発端がなんでアベンジャーズあんまり知らねえんだよ!

オレ全部見たわファルコンの出るやつ!

「何、何なんその計画は」

ああもう、脇道に逸れてばっかし……リスナーと一緒に振り回されながらオレ、その話なげぇなとか、これそもそもオチあんのかなとか、大体この話なんなんだよとかそんな事を思いながら対峙していた。
つか、出だしからして「その日は頭くらいのサイズの雹が降って、玄関開けたら首切られた鶏が十羽並べられてる」とかバカいかちぃ書き出しで、世にこんな小説があってたまるかとオレに言わせたがってるようだった。

……要は、平子さんちのガキが運動会で三位になったっつうなんとも言えないオチの話だ。
よえー、オチよえー。
そのなんとはない日常会話を、脚色で骨格見えねえ位にふんだんにデカくして、衣びっちびちにして揚げた感じのもんだった。
さすがにオレでも胃もたれますわ、そんな若さでもねえし。食べたら多分褒めてもらえるんだろうなー、とか思ったりもしないことは無いけど消化不良起こしそうだし、当時も結構消化不良感ヤバかった。
ゲロ吐かなかったのを褒めて欲しい。
ぶん投げてぇ。相方じゃなかったらぶん投げてぇ。相方でもぶん投げてぇけど。

でもそんな話すんの一回目でもないわけじゃないすか。何回もあったし、今までも、多分これからもあるし、この人の隣で喋るってのはこれを何回も受けるってことだし。
もしマジでイヤんなったら事務所ぐるみでガチ喧嘩してお前を殺してオレも死ぬ。

だからほんとは流してもいい場面で。
だけどなんだか妙に引っかかって。
そんな作り話に引っかかる必要なんざ一生必要ないんだけど、どうしてだか引っかかって。

なんとなーく、それが頭に残ったまま時は二年経過。
何やら騒がしい年明けを迎え、そして気付けば話は今年の二月になっている。

ある日の、いつもの東京。
やたらに人が歩き回る、コンクリートの檻。生気のない顔で歩くリーマン連中なんか、懲役五百年の労働刑にでも科せられてんのかって、視界に入れただけでもう不安になる。
けど、どことなく前に比べ人は少ないような気がする。
なんでも、やべーウイルスがどうこうで、という事だったけど、詳しいことは何回テレビ見ててもよく分かんなかった。本格化し始めるのは、さらに少し時間が経った頃だ。
街はそれなりに人が出ているが、人の減少に焦って、ビラ持った人達が何かを配っていた。居酒屋のとか、人探しのとか。
……人探しねえ、大変だなと思いながらそれを見る。オレにはビラ渡されなかったからちゃんと見てねえけど、子供が最近いなくなったらしい。
まだ太陽が登りきってないくらいの時間帯、メディアに出る身は不規則なスケジュールになりやすいのだが、昼間に仕事が入ることだってごく自然なことだ。
ありがてえことに最近じゃあソロでもコンビでもお呼ばれの機会は増えている。ラジオだけど。主にラジオだけど。呼ばれたからってブルペンで投げ込みだけして、温まった体が毎回動かせないまま全体的に勝ち戦してんなぁ、みたいな事も増えたけど。

……まあ、それはいいんすよ。いいんだ。オレの仕事してない問題は今いいじゃないすか、だからこれは置いておいてさ。若様もおもしれえとは言ってくれてんだからさ。

その日は最寄りから歩いて行けるような距離の移動だったし、天気もそこそこ良いし、地下からでも行ける現場だけど、とりま地上の歩道を歩こうじゃないかと思って歩いていた。歩いていくうち、車道挟んだ対岸に、違和感を覚えてオレはそっちを向いた。

不意にビルとビルの隙間、大きな穴がぽっかりと空く。

「あれ?」

不自然なくらいに、そこになにもなかった。
この間まで、そこにわりかしでけぇビルなかったっけ?多分八階建てとかだと思うけど。記憶が確かなら、ほんの数日前まではそこに、確かにあったはず。
今見たらそこは既に更地になっていて、まるでシンクホール。ぽかんと、そこの地面だけ異世界転生したみてえな風だ。ぜんっぜん気付かなかった。
来年にゃ新しいビルが建つらしい。ああまあ、来年だと五輪間に合わねえけどな、なんて笑ったのは過去。今考えれば、来年でも間に合うし、むしろ間に合ったとて本当にやんのか?みたいな感じになってっけど。
生き物みたいに、土を食むショベルカー。重機が地面にトドメ刺すみたいな、そんな感じで地面を均していた。

「結構この辺歩いてるつもりだったけど、知らねえこといっぱいあんな」

誰とも言わずひとり呟く。オレにだってそんな日くらいありますわ。

歩いている道の先の方で、信号が点滅して青から赤に変わった。車道の信号と一緒に全てが赤になる。人と車の入れ替わり、全ての物体が動かずにピタリと止まるあの瞬間。ほんのわずかに世界が静まるあの瞬間。


地面が、揺れた。


「ッ!?」

思わずよろける。
だけど周りは普段通りで、怪訝そうな目を向けてくるやつまでいた。え?なにこれオレバカみてぇじゃね?って周り見回す。だっれもよろけてない。あの振動なんだったん?
地震……ってわけでもなさそう、だな。じゃなきゃみんな、ビビっててもおかしくねえし。
その時、何でか分かんないけど、不意にさっきのぽっかり空いたビルの風景に何かを感じて、首を回して振り向いた。

そこに誰かいた。

「は?」

誰だよ。

結構な距離があるはずなのに、間違いねえ、オレはそいつと目が合っている。いや、確実に合ってる。間違いねえわ、しっかりふたつの目がオレに向いている。
こんなに遠いのに、それは、なんでか分かんねえけど分かった。理解出来た。ポケモンならこの距離でも間違いなくバトル仕掛けられてるはずなんで、こうなったらピカチュウ車ですてみタックルするしかねえ。例の平子さんちに納車された車で。
そいつは多分子供だ。そんなに大きくはない。遠近法のせいかもしんねえけど、それにしたって小さい。真っ白な服、真っ黒な髪の毛、表情はよく見えなくって、でもなんか目は合ってて……なんなんだこいつ。
オレ、前にこいつをどこかで見た?そんなバカなことは……何故か見覚えがある気がする、面識がない子供だった。周りは気づいていないのか、それとも見えていないのか、そんなものに目を凝らすヤツはいねえ。
そいつはオレの方見て、なんか、なんだ?笑ってんのか?その姿を懸命に見る。なんだよ、あいつオレの方指さして笑って───



ビーーーッ!!



耳をつんざく大音。
驚いて反射的に顔は前方に向く。
次の瞬間、車が一台、法定速度を大幅にオーバーしたとんでもねえスピードでオレが待ってる歩道の前、オレの目の前を突っ切った。車線はみ出して対向車にぶつかりかけて慌てて避けたのか、最後にはちょっと奥の方でガードレールにぶつかり止まった。
前髪千切れたかと思った。

風が、止まる。
驚きすぎて、心拍数上昇。犬みてぇに短い息遣いを繰り返して、この衝撃を逃がすので精一杯だった。周りの騒がしさが全然耳に入んねえ。
警察が来んのかなとか色々考えたけど、やっべ、時間ねえ、てか今の状況が怖すぎる、ってなわけで引き止められもしねえから、その場を足早に立ち去った。

はっ、としてビルの方向いたら、誰もいなかった。

「てのがあって」

「怖。それよく何もなかったな」

と言うのを数日後、近況報告的に平子さんに言った。とはいえさすがに面白おかしく転がるような話でもないからきっと公共で喋ることはねえんだろうなと思った。オフレコってやつだ。
───ほんとの日常は、電波に乗せられる場所で言うはずがない。当然っちゃ当然だし、その位のバランス感覚がなきゃ生きてけない。

「や、ほんとそうなんすよ」

そして、ほんとにその通りだから、頷く他ない。
あの速度だ、ちょっとでもハンドルを誤って歩道に突っ込んでたら、まず間違いなく角度的にオレが最初にやられてる感じだった。しかもあの速度なら、恐らくは。

「……あれ当たってたら……体、ばらっばらになってたかもしんない」

「うわ……」

「だからなんなくてよかったねってことよ」

想像するだけで最悪だ、と自分でもちょっと嫌な気分になった。記事の見出しだって考えたくもない。
けど平子さんのあの表情から察するに、なんか一瞬で変なこと考えて勝手にテメェで気持ち悪くなったんだろうなと思った。妄想癖も大概にしねぇと、利点ばっかじゃねえんだな。
ここでこの話はおしまいだ。それ以上膨らませようがねえもん。だって。面白くねえし。
笑い話にできる技量がオレにあるんなら、もっと既にいろんなとこで使ってると思うし、もっと売れてるわ、と思わず自嘲する。それがいいって人もいるし、それがダメって人もいんのかもしんねえけど、今更だろ。
しかし何だったんだろ、あれは。違和感の正体が分かんなかった。思いがけず、ぽつりと言葉を漏らした。

「つか、その前になんか見たんすよね、オレ」

「なんかって何よ」

「なんなんすかね。人かな」

「人?なにそれ、どんな感じの?」

また見間違いなんじゃないの、位に流されるかと思ったけど、なんか妙に食いついてくんな。変に思ったけど、それを指摘するようなとこでもねえし、まぁ良いかと思って話を続けることにする。

「なんかガキでしたね。白い服着たガキでしたわ。車道挟んで向こうっかわで突っ立ってて。結構距離あったのに、何でか分かんねえけどガキだってのは分かったんすよ」

「白い、ガキ……」

言葉が途絶える。余りにも不意に。
何でかは分かんねえんだよなぁ。
この人、今何を考えてるんだろ。どっか遠くの方を見ながら、平子さんがなんか考えてるっぽかった。いつものあれこれ試行錯誤してる時の顔だ。そう言うのを邪魔すんのは野暮ってもんだから、言う言葉無い。
無いけどなんだよ。何考えることあった?そんなオレの怪訝そうな目線にも、特に怯むことは無いらしい。

「……その子さ、」

数秒、数十秒か。押し黙ったその声が、これまた特に何の切っ掛けも無く再開された。首を傾げる。

「ん?なんすか」

「服とかどんなんだった?」

「え?だから、真っ白っすよ。それ以外は特に」

「どんな形だったか位は分かるでしょ。なんか、Tシャツだったとかぁ、てろっとした素材のなんか分かんねえやつとかさ」

「それ必要な情報?」

妙なこと拘んなぁ。最初の印象がそれだった。だって、ほんとにこの話に必要な事だとは思えなかったからだ。
そんなとこにリアリティ求めてどうすんだって話だし、そもそもそれを解決したところでこの話が変わるとは思えない。
───それを突き止めて、この人は一体どうするつもりなのだろうか?
疑問符をありったけ詰め込んだオレの脳を知るよしもない平子さんは、まだ真面目な顔をしてこくりと頷く。

まあ、興味本位なんだけど、と妙な雰囲気を漂わせて。

「えー?……あー、そう、すね……」

一応、オレも一応、頑張ってみた。なんとか思い出せねえかなぁ、って頭捻って何とか考えてみた。

なんも出てこねえ、いや、なんかしらは出てくんだろ、と自分を鼓舞してあの時の映像を脳裏から引っ張り出す。
あんなに遠かったのに、どうしてそんな事が分かったんだろう?
理由が分からねえ。けど、オレは思い出せてしまった。根本的な原因を解決するような理由すらも分からねえが、とにかく考える事が重要らしいので考える。
ええっと。

……ああ、そうだ。

「あの、アレです」

「え?何アレって。ちゃんと言ってくんなきゃ分かんないよ」

「アレ……あの、何つうのかな、手術着?」

「うん?」

「手術される患者が着てるような……アレ何つうんすかね。手術着で合ってんのかな。子供用の、雨合羽みてえなやつ」

「ああー……なるほど」

なんか納得した。勝手に納得して、それだけだった。他に何を言う訳でもない。ちょ、それで、これが分かってなんなんだよ。

「つるっつるした感じのやつ。だから何だって感じだけどねー」

「……」

あれ?

まあそうねえ、と言う相槌は聞こえなかった。
すぐさま本番になってしまったから、なんであん時黙ったん?って聞くことは出来なかった。聞くのもなんかタイミングを逸した感じっつか、なんつうの?いい具合になんなかった。
かと言って本番でこの話続けるのもおかしいし、一旦忘れよう。
忘れた方がいい。

そうだ。



……きっと、忘れた方がいい話なんだ。

三月。
オレらはまだ、前半はなんとか普段通りにやれていた。けど、それでも感染対策だ、なんだっつって後半のスケジュールから段々と白紙になりだした。
メディアも大変よ、ほんと。人気稼業ってのはこう言う時しんどい。普通の人と同じように、仕事できるわけじゃねえから。
いかなラジオスターとて残念なことにオレもただの人の子、対策つっても簡単なことしか出来ねんだけど。
口元にマスクってのは芸能人のトレンドっしょ、とかなんとか、普段からやってっけど余計色んなこと気を付けなきゃなんねえなと思った。
そんなわけでその日もマスクして、いつかの道を歩いている。
やっぱり、人は少ない。前よりももっと少なくなってる。……なんだかな、と街を見回す。
何時だか配られていた、人探しのチラシが風に吹かれて飛んでいくが、それを拾う人も貰う人も既にこの街には歩いていないようだ。拾おうと思ったら、どっか飛んでった。

ふと、車道挟んだ向こうのビルの方を見る。
いつだかぽっかり空いていた空間。
工事計画なんかも中断し始めてるってなニュースをどっかで見たんで、きっとここも中断の時期だろう。

だからそこもまだ、前と変わらぬ空白が───


「ない」


そう。
もう建ってた。
ビルが。
見た事ねえ、バカでけえビルが。

「……あ?」 

時期が時期だぞ。オレ、そんなに建築には詳しくねえけど、建築はゲームん中でしかやったことねえけどさ、アレはそんな何ヶ月かでぱっと建つような大きさじゃねえって。
いつ?え?いつよ?そもそも「来年ビルが建つらしい」とかそんな話じゃなかった?それがいつ繰り上がって、いつの間にビルが建って、え、え?
周りの人達は、そんなこと気にも留めないで歩いていってしまう。乾季のサバンナを歩いていく草食獣の群れのように、並んで、綺麗に。
ここでそんな大規模な工事、やってたん?いや、マッジでぜんっぜん気付かなかった。

……また、あの時みたいだ。

突然思い出すのは、あの唐突な揺れ。
そしてまたあの時みたいに、進行方向の信号が赤に変わる。今度は揺れたり、躓いたりする事こそなかったけど、やっぱりなんか変な感じがしてビルの方を向く。
まさか、な。そんなわけないだろ。
そう期待したけれど。

「いや、嘘だろおい」

居るわ。
いや、作り話の極地かよ。いるじゃねえか、また。あのガキが。手術着のガキが。なんだ手術着のガキって、何をテーマにして有名になろうとしてんだ。
そのガキはやっぱり遠くで、ビルの前にいて、何だかよく分かんねえけどなんでかガキだってことはよくよく分かった。
それはオレの視力がマサイ族並とか、そう言うことではない。『なぜか分かった』のだ。

ガキはオレと目が合っている。
何かを訴えようとしている。

それとも、オレを狙っている?

(計画は、進行している)

耳を掠める誰かの声。聞き間違いか、風のさざめきか分からない。誰が言っているかもよく分からない。

(我らは例えるなら渡り鳥、しかし終ぞ見つけたのだ。安息の地を)

どこかから聞こえた声。これはオレの妄想であってくれないかと思ったのだが、どうもそうでは無いらしい。
頼む、オレだけでは無くて、誰かが、これに気付いていてくれと願ったけれど、そんなもん叶わない。人通りも普段より少ないし、誰彼も余裕はない。それ以前に、普段から他人に興味を抱くことなんてゼロだろう。都会なんてそんなもんだ、すれ違う誰かの事なんてそんなに真剣に考えたことも無いだろう。


……その鳥が何処に行くかなんて、この街では誰も気にしていないから。

ガシャン。

なんか、音がした。

オレのすぐ隣に、何かが落ちた。遅れて全身にぞっ、と鳥肌が立ち、冷や汗がぶわっと吹き出て身体中が震え出す。ああ、なんだよ。なんだっつうんだよ。
恐る恐る視線だけを向けると、隣に割れた鉢植えの残骸と、コンクリートの上にぶちまけられた土と、花が散らばっていた。
思考が、一瞬止まる……えっ、これって、えっ?
頭上から、「ああすみません、無事ですか!」と慌てた声がする。どうやら歩道側のビルの窓から鉢植えを落としちまったみたいだ。手を滑らせたのか?
驚きすぎたせいで、ぎこちない所作で上を向いて、なんとか頑張った作り笑いで大丈夫です、と答えるのが精一杯だ。

当たってたら。
考えてしまう、つい。
もし、アレが、頭のてっぺんに当たってたら。


「……砕けてるかもなぁ」

数日後の楽屋。呑気な口振りで、なんとかその話の怖さを緩和しようと平子さんが言う。表情はそこそこ焦っている様にも見えたが、口調をなるべく軽くして、オレのこと気にかけてくれてんじゃないの?みたいな風に思った。
そっすね、と簡単に相槌打ってから、水で喉を潤した。こんなヤバげな話をどうして相方に?しなくてもいい話なのに、どうして?ま、言っちまったもんは仕方ねえかー。
しかし、当たんなくってマジよかった。ほんと、今の時期にそう言ういらんことで怪我とか笑えねえし、そう言う関係ないとこでニュースになるとか勘弁して欲しい。
……ニュースになんのはもうゴメンだ。
プラスの内容ならまだしも、オレらマイナスイメージでニュースになり放題なんで、そろそろもうそう言うとこから脱却したいけど、出来るのはもしかしたら今年じゃないかもしんないなとぼんやり思う。

「怪我なくってよかったな、ほんと」

「や、マジそれです。頭かち割られてたら終わってましたよオレ」

「突然お前だけ来ねえとかんなったら、それもう笑えねえし」

「ね、ほんと」

ふう、と息を吐いた。

しっかし、最近そんなやべーことばっかしだな。死にたくねえわ、そんな事件事故で。笑えねえって、そんなラストは。
芸人っつーくらいなら、最期もちゃんと笑える方がいいんだろうか、とかつい考えちまう。

「ちなみにさ、」

「ん?」

話を終わらせようとしたのに、変なところで問いかけが来た。ちょっと意外で、きょとんとしちまった。
て言うか、アンタ言われてたろ?
「脇道、サイドストーリーを広げようとすんのはアンタの悪い癖だ」って。本筋に関係ねえとこ、広げようとすんなよ。

「そん時もいた?」

「いたって、何が」

「白いガキ。お前が見たっていう」

「あー……」

回想。前もそこ引っかかってたな、そういや。これ必要な情報なん?

「いましたね。またどっか行きましたけど」

「ふーん」

……なんだ、このリアクションは。食いついた割にとっても淡白だ。
なんだよ。めんどくせ。しかもそれ言ったあとなんかしらめちゃくちゃ考えているようで、どっかよく分かんないとこ見てる。なんなんすか。

「ヤニ吸ってきますわ」

仕事前に一服行こう。そうしよう。
ん、と短く返事して見送る双眸を背に受けながら室外へと、そしてながったらしい廊下に出て、喫煙室を目指した。白煙見てりゃあなんか、このもやもやした気持ちも全部忘れっかもしれねえ。
オレの日常はそう大して何か変なことがたくさん起きるわけじゃない、その道すがらはなにも起きなかった。
いや、むしろ起きる方がおかしいんだよ。最近ちょっと麻痺してるかもしれない。
タバコの先に火を付ける。肺に入れる煙が妙に重たくて、体が重力を倍受けてるような気がした。なんか、多分考えすぎなんだろうけど。
いつだって、白い煙はなんも変わんねえ。誰にでも、オレらにも平等に、この世界でふんわり浮かんで消えていく。それを見てれば、何となく落ち着いた。愛煙家って多分みんなそうだろ。

煙と一緒に、この違和感も消えてくれたらいいのに。そんな風に、どこか考えてしまった。

一本吸って、まあいい時間だし行くか、と喫煙室の扉を開けた。がちゃ、と軽い金属音と共に扉が開く。そっから楽屋へ、と一歩踏み出したら、廊下の奥の方によく知る人がいるのを見た。

「あれ、平子さん?」

聞こえてないのか、意図的に無視してんのか。そいつはどっかに言ってしまう。長い廊下の奥の方に歩いていこうとしていた。

「や、ちょ、どこ行くんだよおい」

今度こそ聞こえるように言ったはずだ。けれど、なぜか聞いてない。オレの言葉も無視だし、返事もしないし、そのまま歩いていこうとしている。
は?どこ行くんだよテメェは。ちっ、と舌打ちがひとつ。アンタもタバコか?なら喫煙室はこっちだっつーの。
ちょっとイラッとしたので、さらに呼びかけながら追いかけることにした。
二歩、三歩、と歩いたところで、平子さんの姿が曲がり角に消えた。マジでどこ行くんだよ、そっち便所もねえんだって。どこだよ。
ああもう、舌打ちしながら走る。これ以上離されたら、その姿を最後まで追いかけられなくなってしまう。

「なぁおい、どこ行くん……」

走って追いかけて、曲がり角に到達した。
その先に───いない。

「だ……、あ?」

平子さん、居ねえ。なんで?つか、曲がり角の先、扉はあったけど全部会議室とかで誰も使ってねえから空きだったし、入った痕跡もねえし、一応それぞれ確認したけど誰もいなかった。

消えた?
物理的に?
あの巨体が?

……どうやって?

考えても分からなかった。
一応考えたけどマジで分かんなかった。そもそもアレは本人だったのか?……それすら分かんねえ。
だって、すぐ楽屋帰ったらちゃんといたし、そんで「さっき喫煙室の方行きました?」って聞いたらしらばっくれてたし。違う違う、信じてんすよ?信じてっけどしらばっくれてるようにしか感じなかったんすよ!
飲めるようになったー、とかなんとか嬉しそうにしてたコーヒーを飲みながら部屋でまったりTwitterやってた。平常運転かよ。

ネットに入り浸るようになったら終わりだぞマジで。

「現実と妄想に区別付かなくなったら終わりよマジで」

や、お前に言われたかねえわ。

四月。
テレビの仕事が一回、全部吹っ飛んだのが痛い。人によっちゃあ、三週間休みなんてもんが来るような状態だ。あのオードリーですら「連休寄越せ!」とかつい前まで言ってたのに、今じゃ「ほぼ毎日家にいる」とか言ってんだぜ?マジやべえよ。
そんなんでご多分に漏れずオレらも影響を受け、独り身には無駄過ぎるほどにめちゃくちゃたくさん時間が出来たから、料理作ったりなんかギター買っちゃったり、そんでこの時間になーんとなく色々出来るようになっちゃったりしねえかなとか思ったりした。
だから、四月のまだ冷たい風が流れたその日の夜も、まだまだ弾けもしないギターを片手に、オレはベランダに出た。月でも見ながら、ギター持ってタバコ咥えて、こっから見える防衛省を見ながら佇む。なんか雰囲気だけでもかっけーな、えげつねぇカッコ良さじゃね?と勝手にほくそ笑んだ。これでギターがジャンジャカ引けりゃあ最高だろうに。
あ、ギターはガチでちゃんっと練習してんの。やりてーことがあって。買う買う詐欺して、えーと、六年?位引っ張ったけど、まあもういいっしょ、ほんとに時間あるしやらせて欲しいなって思ったからふつーにやってる。人気なさそうなYouTube狙って、毎日毎日ぺんぺんやってんの。これマジで。ちょっとは弾けるようになりたかったから。
……だから、そんなギターをベランダで引いちゃおうぜ、みたいなテンションで、ギター担いで夜風浴びてたわけよ。

すると、きらり、と。
何かが夜空に輝くのを、見た。

「あ?まさか」

……ひょっとして、UFOか?
えっ、ちょ、UFOどこ?
どっかで聞いたような台詞が脳天を刺す。
そのキラキラしたもんは、キラキラ輝きながらどっかに行く。空から、地上へ。その方向はなんとなく予想が付いたから、慌ててギターを持って室内へ。そのまま外に出る支度をした。
なぜだか、あのキラキラを追いかけなければ、と言う義務感に駆られた。

───最近のこのもやもやを、アイツが解決してくれそうな気がして。

不要不急の外出は避けろって話だったが、これは必要早急な外出だ。あのキラキラがどこ行くんか、ちゃんと見ねえと。場所は、なんか雰囲気で分かった。あのキラキラはきっと、あそこ目指してんだって、なぜだか分かった。

履き慣らしたシューズで街を歩く。
夜の街は、今までよりも半分以下の人の出方だった。まあ、そうだろうなって思っちゃう。気を付けよう、って言ってる時だったから。オレもほんとは出ちゃいけないんだろうが、こればっかりは見逃してくれよと思い足早に道を行く。
いつも見る時は車道挟んだ向こう側にある、あのビル。今日はその真ん前に立っていた。
ビルはどこもかしこも光がなく寝静まっている。生命がひとつもないように、しんとしていた。真正面の、正門的なとこは閉まっていて、名前はよく分かんねえけど両側からガラガラって出てくるシャッターみたいなんがある。
さっきのキラキラは、間違いねえ、ここに来たんだ。妙な確信があった。
きっとそうだ、絶対そうだ。がくしゃでもないし、真実が一つだとしてもその真実を見極められないまま、無駄に肥大した自信だけでオレはそこにいる。
中は暗い。誰もいない。警備員さんくらいはいんだろうけど、まだ見つかってない。

「……ぜってぇここなんだよ」

執念にも似た確信があった。
絶対にそうだと感じ、疑う余地は一分の隙もなかった。
視線をきょろきょろ、けどどこにもねえんだよな。一体あのキラキラは何処に行っちまったんだろうか?
敷地の中に入ればさすがに犯罪だし、けど探すんならこの正門的な奴から中に入んねえと……と、少しだけ葛藤する。さすがに閉まってる正門から入ろうとすれば、警報も鳴るだろうし警備員さんにも捕まるでしょうよ。
したらオレも大人だし、タレントだし、そんなもんで捕まってちっちゃーく報道とか惨めだし色んな大人に迷惑かかるし、何よりもそんなんクソだせぇ。
何度かぴょんぴょん飛んで見たが、やっぱ敷地の中はよく見えないままだった。光ってるもんなら、こんくらいの距離からでも見れるはずなのに!
ああ、どうすっかな。ビルの上、びっかびかに磨かれて月の光を反射している綺麗な窓の方へ視線をやった。
誰かが、何かがじっとオレを見ている気がして……ん?誰か、居るような、でもなんか良く見えねえなぁー。

「何をしている」

や、うそ。やべぇ。誰かいた。
突然敷地内の方から、短めの声がした。

「は?や、あのすんません、オレ……」

それがまた突然だったもんだから、びくっと両肩震わせたオレは、顔をぐんっとその声の方に向けた。
狼狽して明らかに困ったようにおろおろ、なんて言い訳しようか。しどろもどろで何か言いかけて、なんて言ったかほんとなら覚えてたと思う。
その視線の先が、見知った姿でなければ。

「……平子、さん?」

愕然とする。驚愕で思わず目を見開く。そんな馬鹿な話あるかよ、なんでアンタがここにいんだよ。色々言いたいことが頭の中をぐるぐる回って、けれどどれもこれもすぐに口から出てこない。それだけの驚きを伴ったエンカウントだ。
え、なにこれ、どういう事?
間違いねえ。長年隣に、正面に、ずっと捉え続けた、尊敬も嫉妬も出来る相棒だ。見間違えることなんて有り得ねえ。それが、なんでこんなとこにいて、そんで……そんで?
酸素不足でパクパクとバカみてぇに口を開くしかないオレに、敷地の中にいる平子さんが真顔で語りかける。

「ここはお前が来るべき場所ではない」

淡々と。そう、淡々と。同じ顔だろ、おんなじような声だろ?だけど、ううん、違う。違うんだ。まるで別人、演技でもしてんのか?ってくらい纏う雰囲気が違う。ぎらり、夜の中でも開かれた瞳ががオレに刺さる。
いや、待て。違和感が恐怖に勝った。冷静になりたいオレの脳内で、様々なことが浮かんだり消えたりした。


誰だ。


いつかみてぇに頭に出てきたワード。
こいつは、一体誰だ。

オレの脳が理解を拒む。知ってる人だけど、全然こんなの知らない。気張れオレ。夜でも昼みたいに目ぇ開けて、その正門の向こうっ側をちゃんと見てろ。
それでもこの状況には全然理解が追いつかなくて、世界は死んだように凍りつく。張り詰めた緊張感と、何だかどんよりした厭な臭いの張り付いた空気が揺れる。

「なんだよ……なんなんだよ、アンタ何なんだよ」

解凍されるのに数十秒かかった。乾いた喉から、呻きにも似た声が出る。

「立ち去れ。今なら危害は加えない」

「え……」

「もし俺の計画を邪魔するつもりなら、容赦はしない」

そいつが、そう言うから。脅して来たから。あまりの気迫に圧され───そうして、オレは一目散に逃げ出した。
正門から中を見たかった。あのキラキラが何だったのか、猫をオーバーキル出来るような好奇心は疼いていたけれど、それ以上に不気味で恐ろしくて、足が前ではなく後ろへと向いていた。気持ちで負けてた。
振り返らない、つか振り返れねーよ。そんな余裕もねーし。後ろから追いかけてくるなよと願う。足の遅いオレなら、食べられてしまいそうだ。

計画。……ん?計画?

いつか聞いたような言葉だ。進行している、何かの計画。誰が、何のために、いつから、どうやって?どうして?
で、なんでその計画に平子さん?なんなん?これ何?オレは夢でも見させられてる?壮大なドッキリ?オレに?ドッキリ?バカじゃん?
走りながら脳内に浮かぶハテナが煩くて、暫く走って建物が見えなくなるくらいまで走って、走って……体が重い!自粛生活で飯捗りまくったから多分太ったなこれ!

結構走って、全身びっしょりになるほど汗かきながら、オレは膝に手を着いてやや前傾姿勢でぜーはー苦しそうな息を繰り返した。
あー、若くねえな、もう。……あ、そうだ、この息苦しさの原因のひとつは、多分マスクだ。取ろうかな、と葛藤して、結局取らなかった。
時期的に冷たすぎる夜の風が頬を撫でる。アレはなんだったんだ、と考えていた。それでもごちゃごちゃになり過ぎた頭が整理されることはなかった。

いや、きっと忘れた方がいいんだ。

明日からは普通の日常……っても行かねえけどさ、きっとさっきのは夢、幻の類で、オレの見間違いなんでしょ。ああ、多分そうだ。

だから、忘れた方が、きっと。

そうだ。

「UMAはいんのよ」

「いや、オレUMAはいねぇと思うよ」

そんなこんなで、さらに数日経過して四月の中旬。そう、UMAがいるとか、デケェ蟻見たとか、そんな話をした日まで話がやっと戻ってくる。
外に出たとか、変なもんみたとか、そんなのやっぱり言えるわけねえから、茶を濁しておく。
くっそくだらねぇ話をして、これがオンエアに乗るのはいつだろうかとかぼんやりと考えながら、全部終わらせて楽屋に戻る。
……つっても感染対策とか言って、今じゃどこの扉も開けっ放しだ。プライバシーが守られないけど、換気は守られているのでそちら優先ってことなんだろう。当然楽屋も扉は開けっ放し。
そりゃさあ、スマホとか鍵とか財布とか、大事なもんは携帯してっからいいんだろうけど。セキュリティ問題どうなってんの?とか言いつつ。

「酒井」

「なんすか」

部屋に着いた途端に呼ばれる。その声色は、どこか怯えを含んでいるような気がした。……怯え?視線はどこか、オレじゃねえ方向向いて、なんかバツが悪そうって言うか、言いづらそうな感じだ。
呼ばれて数瞬、言葉が互いに途切れ、それから音は再開された。

「今まで言えなかったけど、実はさ、俺も見てたんだよ」

唐突な切り出しだった。なん、え?何が?と一瞬狼狽えたが、すぐに続いた単語で全てを察する。

「……あの……前言ってた、白い服の、子供」

「は?」

空気が凍る。一瞬で世界が静寂に包まれる。そこで意を決したように、やっと視線がオレを向いた。真っ直ぐ見合う。

「蟻の話もほんとだけど、」

それは絶対嘘だけどな。

「……見たんだ。白い子供。お前がさ、言ってた白いガキ」

「本気ですか?」

「こんな怖ェこと冗談で言うわけねえじゃん」

「そうですけど……」

だけどなんで今、と質問しようとしたところ、その答えはこちらからわざわざ聞くまでもなく返ってくる。

「一ヶ月前位かな。晩酌しようと思ったら酒が無いのに気付いたから、夜だけどコンビニ行ってくるわって嫁に言って、家出たのよ。したら、その行きの道で、見たんだよ」

「白いガキすか」

「そう。お前が言った通りな、白くて、つるっつるした素材の服着てさ。……その前も何回か見てたんだけど、あんなはっきり見えたの初めてで」

「え?その前も、すか?」

意外だった。そんなのおくびにも出さないから、気付かなかった。
……ああ、それで白いガキにやたらと食い付いてたのかと合点が行く。自分が見たもんが幻なのか、それとも本物だったのか、重要な部分を見極めたかったんだろう。

「うん。でもさ、怖いじゃん。お前も言ってたけどさ、周りの人も気付いてないっぽいし、周りにそれ訴えても遂に虚言症になったか、診断書出されなきゃなんないのかな、ってなるじゃん」

や、今でも充分貰えると思いますけどね、そう言うの。仕事の為とはいえさすがにオレも焦る時あるし。と言うのは野暮なんで飲み込んで。

「だから何なんだろうなぁ、って見てたの。そしたら俺の方見て指差すわけ。……ん?ってなって。でもよく見たら俺を指してるわけじゃあ、ないの。なんだろ、って見回すだろ」

「はい」

「いたの」

「何がすか」

「白いネズミみてぇなのが」

ネズミ?
突然のネズミ。
え、なんで?

「ネズミ?」

本当に突拍子もないネズミの出現にオレもたまらず声が裏返る。だって。今までの話でネズミ出てくる要素、なかったじゃん。

「だろ?そうなるよな?俺もそうなったの。なんでネズミ?って」

「まあ、はいそうですね」

「もう視線が忙しくなっちゃって。ネズミ見て、子供見て、でもっかいネズミ見て」

「なんなのそのネズミは」

「わっかんないんだよ」

そこで不意に言葉が途切れ、真っ黒な目がオレを捉えた。あのシンクホールみたいな、何を写しているか分からない、真っ黒い目が、こちらを見ている。
ぞっ、とした。なんだよ、この目。
ぽっかり空いた穴、奥に何があるのか分からなくて背筋が思いがけずぴんと伸びる。寒気とは違う、生理的に嫌な感じが漂った。
その先に続いているのは、見えない、どこまでも深い深淵───

「子供の、笑い声がして、さ」

「うん」

黒の中から言葉は生まれている。

「ネズミに向けてた下の方の視線から、くいって子供の方に視線向けんじゃん。……そしたら、もう居なくなってた」

「……ええ」

「なんか足いてぇな、って思ったら、いつだろうな?左の、くるぶし辺り。いつの間にか怪我してて。でも、いつ怪我したんだか分かんなくて」

ぽつりと。

「俺怖くなって、なんも買わないで帰ってきちゃった」

なんだよそれ。

どうやら、それがオチらしい。普段こういう話をするなら半笑いなのに、今回ばかりは笑顔がなかった。つうか、なんの進展もなくないすかそれ?思わず苦笑いするしかない。

一拍、置く。

「で、なんでそれ今言ったの」

んで、この話全部聞いて改めて思った。そんな話、わざわざ、今オレにする理由はなんだろ?考えても分かんねえし、聞くっきゃねえかと思ってストレートに質問した。

その質問に平子さんはちょっとだけ迷って、声を潜め「信じてくれるか?」とだけ聞いてきた。
……いや……そりゃさ……アンタを信じてないことの方が多いし、そりゃさっきの話だってにわかには信じ難い事だけれど、顔がガチでやべぇ事んなってたから思わず頷くしかないわな。
近寄れ、と手招きされる。三密は……と思ったけど、そっと近付く。さらに声を静かにして、オレらふたり室内で密談。意味はあんのかねえのか、よく知んないしやる必要ねえんかもしれんけど。
ひっそり声が、地面を馴らす重機みたいに重低音でオレの鼓膜を揺さぶって、尋ねてくるんだ。


「お前、白いネズミが俺に化けたって言ったら、信じる?」


沈黙。

なんと答えるのが正解か分かんねえってのが一番だった。
蟻の話がガチだとは思わねえ、でも白いガキの話はふたりとも見てるしガチなんだろう。ただ、突然出てきたネズミなんなん、そんでネズミが平子さんになってたってもっとなんなん。
訥々な質問に疑問符飛ばしてオレはそっちを見やる。

「見たんだよ、俺。この局で。俺を」

「……」

「前に見た白いネズミが、ぐっと立ち上がって……なあ、信じてくれるよな。あれ、きっとUMAなんだよ」

「ああ……ええと……」

信じられない、とも言えなかった。だからUMAはいる、と言う結論に至ったんだろうな、と推察することが出来たからだ。
つい少し前までUMAはいると力説していた人の言葉だし、何より笑いにも変わらないそんな話を、ここで真剣に持ち出すほどのイカレではない。そこまでぶっ飛んでたらさすがに人としてどうかと思うし、家庭環境とか大丈夫なん?ふたりのガキマジで大丈夫なん?って変な心配に思いが及ぶ。
それかこの何ヶ月かの仕事が吹っ飛んだストレスで、今イカれたかの二択だ。それなら、オレも多分イカれてるので、事務所にお願いして検査でもやってもらわなきゃなんねえだろう。

「だってそうじゃなきゃなんて説明すんだよそれ、クローン?他人の空似?なんだと思う?」

「あの、ドッペルゲンガー的な。それかもうメタモンとか」

「モシャス使ったとかそう言うことか」

「もうゲームじゃん」

でも、もし。今言ってたのがガチだったら。

「それとも───」

そしてこんなタイミングで、思い出す。
ああ、あの時の、二年前の、悪ふざけが過ぎたイカレトークを思い出す。
足はえー子供を作り出す計画、そしてその大元の計画。
名前だけは聞いてたけど、結局なにするもんなのかはハッキリしてなかった。それがもし、例えばそう言う訳分からん奴らの計画なんだったとしたら、本当にそうなってしまったんだとしたら。考える、考えてしまう。そうなる為の条件は揃ってた。
……今みたいな場面じゃなけりゃ、考えることはなかったってのに。

あくまで子供を作り出すってのは通過点でしかなくて、その実態は「人になる」ことだったりしたら。
白いネズミのように、何かの方法で人間のデータを得て、自分達が人になり、誰か見知った姿になり、例えばそいつと入れ替わって、日常に溶け込んでいくことが目的なんだとしたら。
その世界に暮らしている白を黒に塗りつぶすような、野生を枯らしてサバンナに変えてしまうような、そんな計画なんだとしたら。


───UMAがUFO乗って地球に実はもう来てて、そんで地球侵略かなんか企んでる、そんなスケールバカでけぇ話なんだとしたら。


嘘から出た誠、瓢箪から駒、鳶が産んだ鷹。
名をつけるならあれしかない。

「偉大なるブラックサバンナ計画」

「かもしんない」

「結局なんなんだよそれ」

「分かんないけどね、分かんないけど」

とかなんとか言って誰よりも真剣な顔をした平子さんが言う。

「でももしそれがほんとなら、俺ら消されんな。物理的に」

ラジオスターの終わりなんて、そんなもんなのかもしれないと幻想を覚えながら、オレはなんと言ったら良いか分かんない感覚で全身が麻痺していた。
なんだろうか、この感じは?余りにもバカバカしい話だけど、完全に嘘だと言い切るだけの証拠もなくて、だけど明らかにヤバげな情報ばっかり出てくるから否定したくてもどうしても出来なくて。

え?じゃあ……政府に隠れてた作戦が実行されて、それに気付いてんのがオレらだけってこと?
でもそれさ、だいたい、オレらだけ気付いたところでどうすりゃいいか分かんなくない?

世界は救えないよ、ラジオじゃ。
なにも出来ねえよ、オレらじゃ。

血肉を捧げるつもりは毛頭ねえけど、かと言って抗う術さえもないでしょうよ。

「足怪我してんのも、もしかしたらなんかそん時されてんのかもしれないすね」

「ああ……なんかしら?埋め込む?」

「取られる方じゃないすか、そんな一瞬なら。埋め込んだらすぐバレるっしょ」

「血とか、DNAみたいなやつを、取られて」

「んで、まあ、うん……俺に化けてると」

「なんかそんな映画あったよね?」

「あったあった。なんだっけあれ」

「ええっと、ねぇ……」

「あー……そうねぇ……」

再びの沈黙。おっさん二人の顔合わせた沈黙ってのは、案外キツイ。
そこまで思ってたこと全部喋って、怖がりながらも色々思考擦り合わせて、それからだまーって、ふたりで顔を合わせて。

……そして数秒。

「まあ、見間違いでしょ」

「だよな!」

怖くなったのか、スケールバカでけぇから考えることをしたくなくなったのか、どちらからとも言わずバカ笑いして頷いた。
虚言に付き合わされてオレまで夢見るようになっちゃ終いだ。オレだけはもうちょい、フラットなまともな感覚でいねえとなあ。
忘れよう。きっと嫌な夢か、或いは幻覚か、ストレス性のなんかに違いねぇ。
ぱんぱん、頬を叩いてから外に出るためにマスク着用。忘れ物なし、よし。

「じゃま、お疲れ様でした。先帰りますわ」

「お疲れさん」

長い廊下を歩いていた。帰り道、不思議とスタッフもキャストも誰もいない。しんと静まっていて、だけど照明は付いてるから妙に明るくって。

無駄に長くて先が見える道って、変に怖くない?昼間だけどさ、まあ言うてビルだし、眩しくなんねえようにシェード?みたいなの掛かってるじゃん。
だから室内のランプってずっと付いてるし、お陰で遠くの方まで見えちゃうんだよな。

こえーな、と思いながら地元のツレからのLINEとか確認してぱっと顔上げたら、


いた。


いつもの白い子供だ。
この距離でやっと分かった。白い女の子だった。オメェ女だったのかよ。
女子供には圧力掛けやすいよね。クソみてーな発言だけど。

そいつは、真っ直ぐにオレを見ている。
なんなんだよ一体。

「貴方は知りすぎた」

「……は?何が」

妙に声が震える。
え、え?なんで震えてんの?
オレ、ビビってんの?
……や、怖くはない。違う、なんだろ、精神がとかそんなレベルじゃない。
細胞単位で、こいつと対峙するのを体が拒んでいた。全ての肉体のあらゆる要素が、今すぐここからの離脱を求めてぶるっぶる震え上がってしまっていた。
なぜとか、どうしてとか、疑問を覚えるような、そんなレベルとはダンチ。最悪だ。真っ直ぐそっちを見ることすら、眼球が否定してつい視線がどこかに逸れてしまいそうになる。気をしっかり持たなければと思えば思うほど、全身の震えが酷くなってしまいそうだった。

「やっと、安息を得られると思ったのに」

後ろからぱきっ、と変な音がした。
背後を絶たれたんだろう、と察知する。生理的恐怖で上手く動かねえ体が軋む、突然全部の関節が錆び付いたかのように唐突に動かなくなる。逃げたいのにもはや逃げられない。
それでもなんとか首を回して後ろを見ると、どこからか湧いてでた白いネズミがそこにいる。それがちょろちょろと、少しづつオレの足元の方へと近付いてくる。
オレを食う気なんだろうか。なんとなく脳にそんなことを思いついた。今度はくるぶしからの出血では済まなさそうだ。空気がピリついてきた。

「そう、私達は流れ星。或いは、渡り鳥。新たな故郷を探し、彷徨う移民」

「お前……」

「そしてこれからは、ここが新たな故郷となる。地球、そして、偶然で見つけた街、東京」


───その顔を、やっと思い出した。

ああ、そうだ。あのチラシの、尋ね人。居なくなったから探して欲しいと配られていたチラシに載ってた女の子。だから見覚えがあったのか。
合った事は無いけど、知ってる相手。
それがオレを見ている。憤怒の表情で、オレを今にも殺さんと言わんばかりに睨みつけている。
こいつらは、移民?オレがあの日見たUFOは、こいつらだったんかな。それとも、別なやつだったんかな。なんか変に冷静になってきた。
カマしたところで時間稼ぎにもなんねえだろうなとか、局のスタッフさんとかは大丈夫なんかなとか、そんなことが脳裏を駆け巡る。
なんとか顔を前に戻して、女の子と向き合う。背後はもう、気にしても仕方がない。逃げれねえし、オレの足じゃ多分追いつかれて食われるのが関の山だ。

どうする。
戦えない。
逃げることも出来ない。
どうしようもない。
息すらも出来なくなりそうだ。
終わりだ。
オレのロードムービーはここで、終わりだ。
ゲームセット。試合終了。

そう、ザ・エンドってね。

「貴方も、気付かなければよかったのに───」


……直後、きゅう!と言う軽い声がした。

「!?」

女の子の顔が、驚愕に歪む。
突如、全身の細胞が弛緩し、やっと自由を取り戻す。大きく息を吸って、吐いて、オレはやっとのことで硬直から解き放たれた。
ネズミは二匹になり、その内の一匹が体をもたげて変化している、だなんてオレは見てないから知らないんだけど。

「ああ、そうだ。俺はな、この星で二年待ったんだ。お前達がここに来るのを」

背後を見る。
聞き覚えのある声がする。
ああ、アンタは、けれど違う人。

「見事に引っかかってくれた。この時間が無駄なものでは無かったようで、何よりだ」

そいつが背後のネズミを踏み潰しながら、俺の隣をすり抜けて、女の子の方へと向かっていった。


───そう、二年。二年前。
オレがある日、防衛省の近くで見たUFOは、この背後から来た人物が乗っているものだった。


地球で言うところのネズミに似たその生命体が居たのは資源豊かな惑星ではあったものの、彼らが生きている内にそれが緩やかに尽きていき、やがては死にゆく星であったという。
だから、住んでるヤツらはあれやこれやと頭を使った結果、じゃあ死にたくねえから、他のとこ住んだらいくね?って結論に至ったらしい。
それでこいつらの仲間はいろんなとこに行った。どこか分からねえとこに行きまくった。
ありとあらゆる世界、惑星、そのあちらこちらに行って、その度にそこに暮らせるか否かを検討した。
飛行機だったらマイルとか多分鬼えげちぃ位溜まってると思う。マイルだけで海外旅行出来るんじゃないかな。
こいつらの良いとこは、食ったもんに変身することが出来るって事だった。だからどんな環境でも適応出来っし、すぐ星を引越ししちまえってのも出来るってことだ。
あれ……なんかそんなん昔漫画で、あれだ。火の鳥で見たな、あ、でもアレは脳波に合わせて変身住んだっけ?
当然だけど、そんな動きを良しとしないヤツも中には居た。

『星が死ぬなら、それは星を利用した者の業である。死なないようにする努力もしないなら、共に死ぬべきだ』

そう言って、そいつは星のヤツらがやろうとしてる事を、否定した。まあ、人間だってそんなもんだし、そいつらも意見の相違ってのがあったんでしょ。まあ、分かるわ。
ある時、そんなヤツらのターゲットがこの星、地球になったらしい。けど、そいつらの星と地球は遠いんで、移動にはそれなりに時間がかかる。というわけで調査隊的なやつが先に降り、それから本隊を呼び寄せる的な、なんかめちゃくちゃ頭使った作戦を思いついた。
けど、反対派のこいつ的にはそれはちょっと困る。つー訳で、その調査隊が出発する直前、女の子(の姿をしている宇宙人?UMA?なんて呼ぶのが正解なんだよこいつ)の隊のひとりを殺して、それに変装してこいつが来たんだと。
この前見たキラキラはつまり、調査隊が呼び寄せた本隊だった。そしてあの時敷地で会ったのは、あのビルに本隊の連中が集まってて、それをこいつが全部捕まえて、首からずばーーっとヤってる最中だった、って訳よ。

……や、やっぱ何回聞いてもこれ、余りにもスケールデカすぎる話しすぎてドン引きすんだけど、まぁそれが事実なんだよなって言われたんならしゃあねぇか。

という訳でことの顛末はそう言う感じだ。
後は女の子型のヤツにトドメを刺せば、こいつの仕事も終わるだろ。

キャパシティは既にオーバーしている。オレは新手のVRゲームにでも巻き込まれたのかと思いながら、眼前で起きている事件を他人事のように見ていた。
全身から力が抜ける。遂には立っていることすら出来なくなって、がくんと膝から崩れ落ちる。背後では、既に事切れたきったねぇ鼠が一匹、ただの骸になって落ちてんだろう。
ああ、もう。ほんとに、なんなんだよ。

「大丈夫だ。全て終わった。」

目の前では男がひとり、たった今華奢な体の首をごきりと折る音が鈍く響いたところだ。
ひい、怖。
それはさすがに怖ェわ。やっぱ知ってる人とおんなじ顔ってのがマイナスなのかもしんないな。見たくねーもんだって、平子さんがさあ、子供の首ごきーってやってるとこ、オレ見たくなかったよ。別人だけどね?別人だけど。

「悪く思うなよ」

そいつは、真顔で、オレに近付いてくる。おい、もう勘弁してくれよ。すっかり全ての気力を失って、立てなくなったオレはそれを見上げるしかない。下がる?後ろに?そんな元気すらもうない。
近付いてくる。さらに、接近する。

手が伸びてきて、真っ直ぐオレの目を見つめて───

「目が覚めた頃には、我々のことはきっと忘れているだろう。それでいい、それがいい。さようなら、原住民」

両手が俺の頭蓋を掴む。あったけーな、つかオレ、そっか、この人的には原住民扱いなんだ。ぼんやりそんなことを考える。
体がずっしりと重い。
太ったせいじゃないと思う。

意識が泥みてぇにどろっどろになって行って、視界が淀む。どんどん滲んでいく。黒と、白と、赤と、青と。世界がまるで一時停止したみたいに、全ての音が止む。全ての生命が静止するその瞬間。


地面が、揺れた。

「ッ!? あれ、オレ……?」

思わずよろける。
だけど周りは普段通りで、怪訝そうな目を向けてくるやつまでいた。え?なにこれオレバカみてぇじゃね?って周り見回す。だっれもよろけてない。あの振動なんだったん?
地震……ってわけじゃなさそうだ。もしそうなら周りだってもうちょいビビっててもおかしくなさそうだし、こんな視線向けられる必要だってないもんな。
どうも、ぼーっとしていたらしい。忙しいわけでもねえのに、なんでぼーっとしちまったんかな。眼前の信号はいつの間にか、赤から青に変わったって言うのに。やっべ、仕事に遅れそうだ。進まなければ行けないだろう、オレも、オレの中の何かも。

もう、ビルがない空間に気になるものはなかった。


「UMAはいんのよ」

「いや、いねぇと思うよ」

四月のラジオブース。オレらはふとした事から、そんな会話をする。だって、UMAってのは要は良く分かんねえ生き物ってことだろ?そんなもん、いる訳なくね?チュパカブラとか、ネッシーとかだよな。あれって大体は作りもんだって言われてるし、信用に値しないでしょ。
人間はテメェで信じたいもんしか信じねえいきもんじゃないすか。

「俺ね、小学生の頃……五年かな?三センチ位の、デカい蟻を捕まえたことあんのよ」

「えっ」

当然信じるはずがない。だって、見たことねえし。

「そんなの、オレが防衛省の近くでUFO見たのとおんなじような話じゃないすか」

信憑性のなさじゃ同じくらいだと思う。けど、言っとくけどオレはマジで見たかんな。
だからって、その証拠があるかどうか探しに行くために壁を突き破ろう、とかいう防衛省チャレンジはマジで捕まるガチのダメなやつだけど。

「いや、それお前だから消されてないだけだからな」

「はは、影響力がねえから?」

何か、忘れている気がする。でもきっと、忘れるってことは気にしなくていいことなんだろう。なんだったっけ?まあいいか。
感染対策だかで立てられたアクリル板の向こう側で、含み笑いで平子さんが言った。

「それが本当だったらお前、今頃もう消されてるよ」

ゴールデンウィークの課題が「アルコ&ピース」「うしろシティ」「ハライチ」のどれかから選択だったので初投稿です。嘘です。
半分くらいホントの話を混ぜるパターンのアレです。チャンサカがタバコのこと「ヤニ」って呼んでるのとかはマジのはずです。

最近アルピーのラジオにハマりました。なんかやりたいなと思ったのでやって見ました。
今日の夜もラジオあるからみんな聴こうね。
前のはなんか「黄色い車」とかで探してください。

あと平子、お前はボコる。
お疲れ様っした。また思いついた頃に。

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