可奈「猫のしっぽがピンと立ってるように」 【ミリマス】 (26)

猫とは気紛れで気難しくて、気持ちを理解するのが難しい生き物である

猫の見せる仕草はその行動から受けるイメージとは違う感情を表していることも多い

例えばそっぽを向いて視線を合わしてくれない時

これは嫌っている訳ではなく、飼い主を飼い主と認め服従していることを表している

例えばお腹を上に仰向けに眠っている時

これはとてもリラックスした眠り、そこを自分の居場所と認めていることを表している

例えば猫のしっぽがピンと立ってる時、それは……


これは素直じゃない、とても気難しい黒猫さんと同居している女の子のお話

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「ただいま~!」

少し息を切らしながら家の戸を開ける

家の中はまだ明るい

時計を確認、今は00:12

ギリギリセーフ…… なのかな…… ?

「た、ただいま~」

リビングに入り、お猫さまに改めて帰宅のご挨拶

「……」

彼女は明るい部屋でソファに寝そべったまま、しっぽをピンと立てている

「え、えっと…… 眠ってる…… ?」

「……」

しっぽはピンと立ったまま、彼女に限って部屋の明かりを点けたまま寝落ちなんてしないだろう

「怒ってる…… ?」

「……」

無反応 ……これは相当怒ってる可奈~ なんて……

お猫さまのご機嫌を取るためにわたしは攻勢に出る

「あ、あのね! 今日のお仕事とっても上手くいって、プロデューサーさんにも『可奈の歌を聞いていると元気になる』って言われて……」

「だ、だからこんなに遅くなったのは遊んでいた訳じゃなくて、ね……?」

まずは日を跨いじゃったことに対する弁解、これで納得してくれたらいいんだけど……

「……」

「電話もメールも来なかった」

「うっ……」

返す言葉もありません……

「わ、わぁ~ これ全部手作り!? 美味しそう!」

今度はテーブルの上に並べられた料理を誉めてみる

いつもは料理はわたしが作ることが多くて、彼女が料理をする姿はあんまり見たことが無かったけど……

このハンバーグ、猫ちゃんの形してる……

一口も手をつけられず、ラップのかけられた料理を見て、食事の時間を楽しみに待っていた彼女を想像して胸が痛くなる

「た、食べてみていい…… ?」

「好きにすれば」

「い、いただきまーす……」

張りつめた空気でのハンバーグは、いくら彼女の愛情入りと言えどもまるで味のしない肉塊だった

「うん! とっても美味しい! これを作った人は料理の天才なんだろうな~」

「……」

「冷めてなかったら、もっと美味しかった」

「うぅ……」

て、手強い……

こ、こうなったらもうやることは一つしかない!

「遅くなっちゃってごめん!」

この家において、身分が上であるお猫さまに対して無礼をはたらいたことへの謝罪

「12時越えるまでには帰れるって思ってたんだけど……」

大切な記念日、それを二人で祝えなかったことへの謝罪

「お、遅れたのはね、わたしのお気に入りのプチシューを買うために寄り道して

「言い訳なんて聞きたくないっ!」

今日一番の彼女の声が部屋に響き、部屋が静まり返る

謝ってもダメ、もう完全にお手上げ

こうなったら3日くらい目を合わせてくれないことも覚悟しなくちゃいけないかも……

大好きな彼女と一緒に住んで、幸せな記念日を一緒に祝おうと思ったのに

一緒にご飯も食べられない、買ってきたプチシューもお預け、ソファに二人かけて甘えることもダメ、一緒のベッドで眠ることもきっと出来ない……

はぁ…… どうしてこうなるのかなぁ……

お猫さまは本当に難しい人

初めて会った時、一人で居る姿がとても印象的で

休憩時間にスマホを弄る ただそれだけでそこに存在出来る人 彼女はそういう人だと思っていた

とっても綺麗で、仲良くなりたいってそう思っていたけど、話しかけるのは迷惑なのかなって思っていた

だけど、そうじゃなかった

彼女は多くを望まない人、それでも側にある幸せを決して手放さない人

わたしが彼女の近くにたどり着けた時気付いた、彼女はとても甘えたがりな人なんだと

それからわたしは彼女の側にずっと居ることを誓った、彼女が安心して甘えられる居場所になろうって

でも、わたし達のお仕事でそれを叶えることは難しくて、何度も彼女に寂しい思いをさせてしまって、その度に彼女はこうして拗ねてしまう

面倒なんて思わない、だって彼女はわたしが帰ってくることをとてもとても楽しみにしていて、それが裏切られたから拗ねている

悪いのはわたし、彼女の深い愛に答えてあげられなかったわたし

辛いのは彼女、本当は甘えたいはずなのに意地を張ってしまって甘えられない彼女

そう、わかっているから……

「ねぇ志保ちゃん」

「……」

ソファの近くに寄って、耳元で彼女の名を呼ぶ

彼女はよほど目を合わせたくないのか、クッションに顔を埋めた

未だにしっぽは立ったまま

「ご機嫌直して? ちょっと過ぎちゃったけどさ、二人の記念日なんだよ?」

「……」

「ちょっとじゃない」

「ずっと待ってた、可奈のこと
忙しかったけど、この日だけは休みにしてもらって
可奈は仕事だって聞いて凄くショックだった、だけど我慢した
可奈が帰ってくるまでに色々準備して、可奈が喜んでくれたらいいなって思って料理もした
ハンバーグ、念のため3人分用意して、やっぱり上手くいかないのがあったから、上手くいった方の二つをよそった 一番上手に出来たのが可奈の分
可奈はいつ帰ってくるかなって思ってたら8時になった
今日は遅れるのかな、連絡が来ないなって思って9時になった
電話したら迷惑かなって思って10時になった
お腹がすいて、そんなことより一人で居るのが寂しくて、11時になった
12時を過ぎて、やっと可奈が帰って来て…… それで……」

「志保ちゃん……」

彼女は最後の言葉を言わない、だってそういう人だから

二人並んで座るために買った、少し大きめのソファ

そこにわたしも乗って、そっぽを向く彼女の首元に鼻をあてる

「……」

反応も抵抗もない、彼女のしっぽは立ったまま

「ねぇ、わたしわかるよ志保ちゃんの気持ち」

「そんなこと簡単に言わないで」

「わかるんだもん、言ってあげようか?」

「嫌、聞きたくない」

「言いたい」

「聞きたくない」

「志保ちゃんって昔に比べて丸くなったよね」

「……」

「昔は誰にもつんーってしてて、怖かった」

「ごめん」

「でも今は人に気配りも出来てるし、変に怒ったりしないし、凄く丸くなったよ」

「たまにお仕事で見るとさ、後輩の子に『志保さん!』って慕われてて」

「…… 普通よ」

「そっか……」

そう、志保ちゃんが拗ねて面倒くさくなるのはわたしにだけ、それだけ志保ちゃんは……

「ねぇ志保ちゃん、こっち向いてよ」

「嫌」

「じゃあそっち側行くね」

「絶対嫌」

「今日一度も志保ちゃんの顔見てないんだよ」

「見せたくない」

「お願い!」

「嫌」

後は頑張って彼女を振り向かせるだけなんだけど、やっぱり難しい……

「ねぇ志保ちゃん」

髪を撫でて優しく、優しく名前を呼ぶ

まっすぐじゃない、けどふわふわして優しい髪は志保ちゃんそのものみたいで

くしゅくしゅと撫でていると彼女の体が小さく震えていることがわかった

ふふっ、もう全然隠せてないよ…… 『名女優北沢』なんて呼ばれてるのに……

彼女のしっぽはピンと立っている

「ねぇ、今日も記念日にしようよ」

「何の記念日?」

「んー…… 志保ちゃんが猫のハンバーグ作ったから『猫ハンバーグ記念日』」

「そんな適当なの嫌」

「毎日が記念日でさ、毎日志保ちゃんのことが大好き」

「……」

「本当に?」

「本当だよ」

「本当に、本当に毎日好きで居てくれる?」

「うん、来年からは『二人で同棲を始めた記念日』も忘れない」

「もう…… 寂しくさせたりしない?」

「今、志保ちゃんは寂しい?」

「全然…… 寂しくない」


「……ねぇ、こっち向いて」

やっと振り向いてくれた彼女、その顔はとても穏やかでにこにこしてて

「可奈……」

「えへへ、やっと志保ちゃんの顔が見られた」

「私も、可奈こと見て言いたかった……」

「可奈の『ただいま』が聞こえた時、嬉しくて仕方なかった、だけどそんな態度見せるのは恥ずかし んっ……

もうこれ以上のお喋りは必要ない

彼女の口をわたしの口で塞いで、彼女は目を閉じる

ご飯は冷めちゃったけど、二人で食べたらきっと美味しい、お気に入りのプチシューだってある

わたしは志保ちゃんを寂しくさせる大悪人だけど、二人の時は絶対に寂しくなんてさせないから

志保ちゃん、ずっと二人一緒だよ?


おしまい

読んでくれた人ありがとうございました。

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