【モバマス】千夜の姫に宿る炎 (173)

・地の文
・長くなりそう
・独自設定、独自解釈有
・推敲しながら投下

よろしければお付き合いください


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『ライラ、この男と会ってもらうことになった』

すべての始まりは、パパのこの言葉でございました。

パパの言葉と一緒に、写真を手渡されます。
写っているのは何となく見覚えのある男性。
えーと、どこでお会いしたのでございましょうか……

あー、そういえば、パパのお仕事の関係で出席したパーティーにいらしていましたです。
お話をしたことはございませんので、この方のことはよく知らないのですが……
これはきっと、そういう話なのですよね?
そして、パパがこういう言い方をする時は、既に決まっている時なのです。

穏やかで優しいパパ。
いつもわたくしのことを一番に考えてくれますです。
だからきっと、この方と結婚をしたら、わたくしは幸せになれるのだと思います。

……でも。
何かがチクリと、胸の奥に刺さったような気がしたのですよ。


***************************


『それで、ライラはどうしたいの?』

ママはそう言ってくれました。

胸の奥でチクリと感じた痛みについて、寝る前に相談した時でございます。
わたくしがどうしたいのか、でございますか……

胸に手を当ててゆっくりと考えてみましたですが、答えは分かりません。
でも、一つだけ気付いたことがございます。

結婚するということは、その人と家族になるということです。
パパとママは大変に仲が良くて、そんな二人がわたくしも大好きです。
他にも、家にはたくさんの使用人の方々がいらっしゃいます。
みんな優しくて、厳しくて、やっぱり大好きでございます。

わたくしはそんな家族がいいのです。

もしかしたら、あの写真の方ともそんな家族になれるのかもしれません。
パパはそれができると思ったから、この話をわたくしにしてくれたのでしょう。

でも、そうではないかもしれないのです。
わたくしはそれが嫌なのだと、そう気付いたのです。


『そう……』

たどたどしいわたくしの答えに、ママはそれだけを言いました。
とてもとても優しい笑顔でございました。

このまま家にいたら、きっとあの写真の方と結婚することになるのでしょう。
パパは思い込んだら一直線な人なので、そうなると思いますです。

でも、今のわたくしではパパを説得できるとも思えません。
わたくし自身、今の気持ちをちゃんと言葉にすることが出来ないのですから……

パパは優しいですし、わたくしのことを愛してくれていますです。
ですが、厳しい人でもあるのです。
ただ嫌だから、ではきっと納得してもらえないです。

時間が欲しい、と思いました。
きちんと気持ちを整理して、わたくし自身の言葉で話せるようになるための時間が。

どうしたらその時間をつくることが出来るのでしょうか。


***************************


結局、わたくしが選んだのは逃避でございました。
この家にいる以上、あの方との結婚のお話から逃れることはできないのです。
だから、家から出る以外に方法はないと、そう思いました。

でも、どこに逃げればよいのでしょうか。
アラブやヨーロッパではきっとすぐに見つかってしまうのです。
そうやって悩んでいた時に、ふっと頭に浮かんだところがありました。

わたくしの身の回りのお世話をしてくださるメイドさん。
その方がルーツをお持ちの国、日本でございます。

少し歳の離れた彼女は、強くて、優しくて、厳しくて。
わたくしは勝手にお姉さんのように思っていますです。

そんな彼女から聞く日本の話はとても興味深くて、わたくしはすっかり日本が好きになってしまいました。
それに日本なら、簡単にはパパに見つからないと思うのです。


『分かったわ』

そんなお話をママにすると、いつもの優しい笑顔でそう言ってくれました。
家を出て、パパやママや家の皆さんと別れるのはやっぱり寂しいです。
一人になるのは心細いです。

でも。
それでも。

わたくしは、パパを納得させる言葉が欲しいのです。
なにより、わたくし自身の気持ちが知りたいのです。

そんなわたくしの考えは、ママにはお見通しのようでございます。
ママの笑顔がとても優しくて、嬉しそうで、でも、ほんの少しだけ影が差していました。


――――――
――――
――

『お嬢様、日本へは私がお供することとなりました』

それからいくらかの時間が過ぎた頃、こっそりとそう告げられました。
わたくしの身の回りのお世話をしてくださっている、少し歳の離れたメイドさん。
日本にルーツを持つ、お姉さんのような人。

もちろん、わたくし一人では何もできないのは分かっていましたです。
だから彼女が一緒に来てくれるというのは、何よりも心強いことでございました。

「おー、頼もしいでございますねー」

彼女から教わった日本語で今の気持ちを伝えてみました。
すると、なぜか彼女は吹き出してしまいましたです。

『日本語、間違っていましたか?』

『いえ、お嬢様が可愛らしかったもので、つい』

どうやら、間違っていたわけではないようです。
これならきっと、日本でも大丈夫なのですよ。


『それではよろしくお願いしますね』

『かしこまりました。ですが……』

わたくしの家出計画は、わたくしの知らない所で出来上がっていました。
決行は次にパパが出張に行く日。
一緒に来てくれる彼女は、パパの出張が終わるまでにはこちらに帰らなければならないそうです。

わたくしと一緒にいなくなってしまっては、行先がすぐにバレてしまうので仕方がないのでしょう。
同じような理由で、お金もあまり沢山は持ち出せないそうです。

ですが、当面の生活については問題がないように手配をしてくださっているようです。
向こうでの住まいも、実はもう目途がついているとのことでございました。
そして、わたくしは日本で学校に通うのだそうです。

わたくしが日本の学校に通う……
少し前までは想像したこともございませんでした。

行先は見知らぬ異国の地。
それはとても不安なことなのです。
ましてやわたくしは、家でも一人で何かをする、ということがございませんでした。

でも、なぜなのでしょうか。

わたくし、不思議とワクワクしています。
不安がないというと、それは嘘になってしまいますです。
でも、それ以上に楽しみなのです。

わたくしの知らない何かに出会えるような、そんな気がするのでございますよ。


***************************


「こちらが、お嬢様の住まいとなるアパートです」

「おー」

無事日本に降り立ってから、真っ先に案内されたのはわたくしの新しい家でございました。
少し古ぼけた感じの木造二階建てで、扉が十個ほど見えています。

えーと、こういうものを何と言うのでしたでしょうか……
そう、オモムキがある、というやつですねー。

その建物は、わたくしの家の庭にあった東屋と同じくらいの大きさでした。
それは、わたくしにとってはちょうどいいくらいの大きさに感じられます。

などと考えていると、隣から声がかかりました。

「ちなみに、お嬢様の住まいはこの建物の内の一部屋だけです」

「おー……」

「他の部屋にはそれぞれの住人がいます」

なるほど。
この建物ではなく、この建物の中の一部屋がわたくしの暮らす場所なのですか。
だとすると、その広さはわたくしの部屋にあったクローゼットの一つと同じくらいでしょうか。

少々狭いような気もするのですが、他の人たちが普通に暮らしているのであれば。
きっと、わたくしも同じようにできるに違いないのです。


「慣れるまでは不便もあるかと思いますが……」

心配そうな声が聞こえてきます。
今までの生活と比べてみると、それも当然のことなのかもしれません。

ですが。

「きっと大丈夫なのです」

不安もあるにはあるのですが。
でも、それ以上にワクワクしているのです。

「住めば都、なのですよ」

それは、少し前に教えていただいた日本のコトワザでございます。
わたくしは知らないことばかりではございますが、でもきっと、なんとかなるのです。

「ふふ。お嬢様ならあるいは、そうかもしれませんね」

家にいた時も、ここに着くまでの間にも、色んなことを教えていただきました。
すぐにできるかは分かりませんですが、でも、大丈夫な気がするのですよ。

そんなわたくしの考えはどこにも根拠はないですが。
そのあとでご挨拶をした大家さんや、同じアパートの人たちに会って、やっぱりそう思いましたです。

わたくしは髪の色も、肌の色も、瞳の色も皆さんとは違います。
わたくしの話す日本語も、変に聞こえているのだと思います。

でも、わたくしの笑顔に、笑顔で応えてくださいました。
だからきっと、大丈夫なのです。


***************************


まだ少し時間がありますので、散歩をしてみることにしました。
これからわたくしが暮らすところがどんなところか、少しでも見てみたかったのです。
もちろん隣にはお姉さん代わりのメイドさんも一緒でございます。

故郷でお出かけするときも、大体は彼女も一緒でした。
でも、一緒に行く意味は随分と違ったのですよ。

日本というのは、不思議なところでございます。
空に向かってグングン伸びていくビルは、故郷にもたくさんありました。
でも路地を一つ入ると、そこには優しい光景が広がっているのです。

おしゃべりに花を咲かせている奥様達がいます。
子ども達は元気に走り回っています。
のんびりとカートを押すお婆さんは、お爺さんとお買い物なのでしょうか。

本当のところがどうなのか、わたくしにはわかりませんです。
ですがそれは、とても平和なものに見えました。
故郷の路地裏に広がっているような、悲しい光景は見当たらなかったのです。

わたくしの隣にいる人は、故郷ではわたくしを守ってくれる存在でした。
わたくしの隣にいる人は、今はわたくしを見守ってくれています。

初めて自分の足で歩いているような、そんな不思議な気持ちでございました。


――――――
――――
――

近くの商店街でお買い物をして家路につきます。
真っ赤な夕日がとてもキレイでございました。

故郷で見る夕日と同じはずですのに、なぜかそう思ったのです。

「キレイですねー」

「ええ」

振り返ると、二つの長い影がわたくしたちについてきています。
こんな風にのんびり歩くのは、とても新鮮でございました。

わたくしが見た景色はまだほんのちょっと。
交わした言葉も多くありませんです。

でも、その全てがキラキラと輝いています。
わたくしが世間知らずだから、でございましょうか。

「それもないとは言えませんが……」

そんなことを聞いてみると、隣の彼女は苦笑しながら答えてくれました。

「お嬢様だから、だと思います」

わたくしだから?

その言葉に込められた意味は、よく分かりませんでした。
でも、こちらを見る瞳がとても優しくて。
だから、これでいいのかなと、そう安心できましたです。


「さ、暗くなる前に帰りましょう」

その言葉に顔を上げると、少し先にわたくしたちのアパートが見えてきました。

扉を開けて、靴を脱ぎ、畳の上に座ります。

硬いのに柔らかい。
少し冷たくて、ほんのり温かい。
フカフカと柔らかくて暖かい絨毯とは全然違う、不思議な感触。

小さなテーブルに並ぶのは、商店街の方におススメされたお食事でした。
それは、故郷とはまるで違う光景でございます。

煌びやかな照明も、豪華な料理もありません。
お食事のお手伝いをしてくれる方もいません。

でも、そんな慎ましやかな食卓が。
たった二人で頂く食事が。

なんだかとても美味しかったのです。

一先ずここまで
総選挙の応援、と言うには遅きに失した感がありますが

お付き合い頂けましたなら、幸いです

おつ

いいじゃん(いいじゃん)


***************************


「あの、よろしいでございましょうか?」

「えっ!? あ……な、何?」

こちらでの生活にも少しずつ慣れてきましたです。
でも、一つ困ったことがあるのでございます。
わたくし、日本語を聞いたり話したりは出来るのですが、読んだり書いたりがまだ苦手なのです。
ですので、学校では近くの席の方によくご迷惑をおかけしてしまいます。

「あー、お忙しかったでしょうか……」

今も、隣に座っているクラスメイトの男の方に質問をさせていただこうと思ったのですが。
声をかけるとびっくりされてしまいましたです。


「気にしない、気にしない」

申し訳なく思っていると、反対側から声がかかりました。
いつも色々と気にかけてくださっている、クラスメイトの女の方でした。

「綺麗な子に声をかけられてドキドキしてるだけなんだから」

「ちょっ、お前……!」

キレイ?
わたくしでございます?

「ライラさんはキレイなのでございますか?」

「あれま。自覚ないのね、この子」

呆れたような声でございました。
わたくしの見た目が日本で珍しいのは、よく分かっているつもりなのですが。

「金髪碧眼でエキゾチックな褐色の肌。顔立ちも整ってるし、文句なしよね」

「……ぅ、まぁ」

明るく笑いながら、そう言ってくれました。
反対側からとても小さく同意の声が聞こえます。

そういうものなのですか。
やっぱりよく分かりませんですが、でも褒められるのは嬉しいですねー。


「ありがとうございますですよー」

ですので、感謝の言葉を伝えます。
自分の気持ちは、ちゃんと言葉にしないと伝わりません。
……ここは故郷ではないのですから。

「……笑顔がとびきり可愛いのは、反則よね」

「どうかしましたですか?」

何か仰っていたようですが、よく聞き取れませんでした。
聞き返してみると、とても嬉しい言葉が待っていたのです。

「ライラさんの笑顔、いいよね。こっちまでポカポカしてきちゃう」

わたくしの笑顔が、目の前の笑顔につながっているということでしょうか。
それはとても素晴らしくて、嬉しくて、素敵なことなのです。

「えへへー」

そんな嬉しい気持ちがもっともっと溢れてしまいます。
笑顔にこんな力があったこと、わたくし初めて知りましたです。


「……で、何の話だっけ?」

「ああ、そうでございました。先ほどの授業のことなのですが……」

「……頑張れ、男を上げるチャンスだぞ?」

「お前なぁ……」

わたくしは、これからもご迷惑をおかけしてしまうのでしょう。
それは仕方がないことなのかもしれません。

でも、いつかきっとこのご恩をお返ししたいと思いますです。
親切にしていただいて嬉しかったから、皆さんにも嬉しい気持ちになって欲しいのです。

その為には、どうすればいいのでしょうか?


――――――
――――
――

真っ赤な夕日を背に帰り道を歩いていると、少し先にお婆さんが見えました。
ゆっくりゆっくり歩いていらっしゃいます。
よく見ると、その手には大きな荷物が握られているようで。
ひょっとして、ゆっくり歩いていらっしゃるのはその荷物のせいなのでしょうか。

「こんにちはですよー」

「はい、こんにちは」

挨拶を返してくれたお婆さんは小っちゃくて、丸くて、ニコニコしていました。
近くで見ると、その荷物を運ぶのは大変そうでございます。

「お荷物運ぶの、お手伝いしますですか?」

わたくしは日本で色んな人に親切にしていただきました。
だから、わたくしにできることで恩返しをしたいと、そう思うのです。

「おや、いいのかい?」

「お任せくださいですよ」

「それじゃあ、お言葉に甘えようかねぇ」

お婆さんはそう言って、目を糸のように細くしました。
その表情に故郷の爺を思い出してしまいましたです。


爺は、パパが小さいころから使用人として働いていますです。
仕事にはとても厳しくて、でもみんなから尊敬されているのです。
そして、わたくしの歌や踊りの先生でもあるのですよ。
わたくしが上手にできると、とても褒めてくれました。
そのときの嬉しそうな表情が、目の前のお婆さんのそれと重なったのでございます。

荷物を受け取ってみますと、なかなか重いものでございました。
これを持って歩くのは、お婆さんには大変なのではないでしょううか。

「別に急ぐ必要もないから、平気なのよ」

わたくしの疑問には、そんな答えが返ってきました。
理由はよく分かりませんが、嬉しそうな声でございます。

「貴女みたいな親切な人にも会えるし、ね」

お婆さんは、そう言ってウィンクをしました。
お茶目で可愛らしくて、素敵な笑顔でございました。


「申し遅れました。わたくし、ライラさんというのですよー」

「ライラちゃんかい。綺麗な名前だねぇ」

「おー、ありがとうございますですよー」

お婆さんの家は駄菓子屋さんなのだそうです。
駄菓子屋さんというのは、小さくてお安いお菓子がいっぱい置いてあるそうです。
お客さんは近所のお子様たち。

「みんな孫みたいなものだからねぇ」

そう言って笑ったお顔はお日様のようで、本当に幸せそうでございます。
どんなところなのか、とても気になってまいりました。


おしゃべりをしながら歩いていると、あっという間でございました。
ちょっと古ぼけた木造の家が、お婆さんの駄菓子屋さんなのだそうです。
あんまり立派ではありませんが、あったかい印象のお店でございます。

「はい、これはお礼」

そう言ってお婆さんは、軒先の商品ケースからアイスをくださいました。
真っ白な、四角い棒アイス。

わたくしは、色んな人からお世話になっているから、出来ることで誰かにお返ししたくて。
目の前でお婆さんが困っていそうでしたので、声をかけさせていただいただけなのです。

だから、お礼に何かもらうのは少し違うような気がするのです。

「いいからいいから」

わたくしの日本語で、どれだけ伝わったでしょうか。
相変わらず、お婆さんはニコニコとアイスを渡そうとしています。

「……よろしいのでしょうか?」

「もちろんよ」

お婆さんの目を見て分かりました。
わたくしの伝えたいことは、しっかり伝わっているのだと。
だからきっと、いいのでしょう。


「どう?」

受け取ったアイスを口に入れると、優しい甘さが広がりました。
まるで、目の前のお婆さんの笑顔みたいな。

「美味しいでございます。今まで食べた中で一番……」

「そう。それはよかった」

商品ケースの脇にあるベンチに腰かけると、先ほどより大きくなった夕日が目に入りました。
口の中に広がるアイスの味と、目の前の夕焼け空が、強く心に刻まれていくのを感じます。

「ライラちゃん、情けは人の為ならずって、知ってるかい?」

「……コトワザ、でございますか?」

「そう。人に分けてあげた親切は、巡り巡って自分の所に返ってくるの」

それは、このアイスのことを言っているのでしょうか。
お婆さんへの親切がこうやってわたくしのところに返ってきたのでしょうか。

「目には見えないけれど、親切はいろんな人の所を巡っているのよ」

わたくしがお世話になっている人たち。
わたくしが受けた親切。

どう返したらいいのかわからないと言ったのは、ついさっきのことでございました。

「だからね、人の親切は素直に受けて、次の誰かに渡してあげたらいいの」

いつか、わたくしが恩を返したいと思っている人に届くのでしょうか。
そうならいいな、と。
そう思いますです。


「ありがとうございますです」

「ふふ、どういたしまして」

なんだかとっても、心があったかくなっています。
今すぐ何かをお返しすることは難しいのかもしれません。
でも、今のわたくしにも出来ることがあると分かったのです。

嬉しい気持ちとアイスの甘さが、心の奥の方にまで沁みこんでいきます。
とてもとても大事なことを教えてくれたお婆さんには、感謝しないといけませんです。

「また来てもよろしいでしょうか?」

「ええ、待ってるわ」

「はいですよ」

お婆さんにお別れを言う頃には、夕日の反対側の空が紫色に変わってきていました。
暗くなる前に帰らないといけませんねー。


***************************


だいぶ、日本での生活にも慣れてきましたです。
慣れてはきたのですが、どうやらライラさん、のんびり屋さんのようでございます。
ですので、アルバイト先のコンビニエンスストアでも時々怒られてしまいますです。

お客さんとのおしゃべりが長くなってしまったり。
作業に時間がかかってしまったり。

店長さんは優しい方ですので、あまり強く言われることはないのですが。
それでも、忙しい時などには注意されてしまうのです。

働いてお金を稼ぐというのは、とても大変なことなのですね。
日本に来て初めて知りましたです。


ライラさんの前には、色んな発見があります。
出来るなら、全部しっかりと憶えていたいのですが。
のんびりなライラさんでは、手のひらからこぼれるものが出てきてしまうのです。

それはやっぱり悲しいことでございますので。
最近、ライラさんは公園でのんびりするようになりました。

その日の出来事をしっかりと心にしまって。
その時の気持ちを忘れないようにして。
公園を訪れる人とおしゃべりをして、また新しい発見をして。

公園のベンチに腰掛けるのはライラさん一人でございますが。
その時のライラさんは一人ではないのです。

それが、なんだかとても嬉しいのです。


「あー、ガイジンだー」

今日一日の事を振り返っていると、元気な声が聞こえてきました。
ガイジン、というのはライラさんのことでしょう。
日本に来たばかりの時、よく言われた言葉でございます。

「こんにちはですよー」

声の主は、元気そうな男の子でございました。
小学生くらいのお歳でしょうか。

「こ、こんにちは……」

挨拶を返してはくれましたが、びっくりしているようでございます。
こちらを見る目が大きく開かれています。
やっぱり、ライラさんのような見た目は珍しいのでございましょうか。

「ライラさん、珍しいでございますか?」

「ライラさん?」

「はいです。わたくしの名前でございますよ」

すると、なぜか男の子はちょっと申し訳なさそうな顔になってしまいました。
ライラさん、何かおかしなことを言ってしまったのでしょうか。

「……ごめんなさい」

「ほえ?」

「ガイジン、なんて言っちゃって」

ガイジンという言葉は、よそ者という意味も含んでいる言葉なのだそうです。
ライラさんは確かに外国から来た人ですので、間違っていないのでございますが。
そう言われると、やっぱり少し寂しくなってしまうのです。

でも、男の子はそのことに気付いたのでございましょうか。
視線を落として、そう言ってくださいました。
とても、とても優しい方でございます。


ベンチから立ち上がると、男の子はビクッとしてこちらを見上げてきました。
ひょっとして、ライラさんが怒っていると思ったのでしょうか。

「大丈夫でございますよー」

目線の高さを同じにして、気にしていないことを教えてあげます。
目が合った男の子は顔いっぱいの笑顔になってくれました。
やっぱり、笑顔を見る方が嬉しいですねー。

「お姉ちゃんみたいな人、初めて見たから……」

確かに、外国から来た人は時々お見かけしますです。
でも、ライラさんのような肌や瞳を持った人はお会いしたことがございませんですね。
やっぱりライラさんは珍しいようです。

「でも、カッコイイと思う」

男の子はまっすぐにこちらを見て、そう言ってくださいました。
とても、とても、嬉しいお言葉でございます。

ライラさんの色は、大好きなパパとママからもらった貰ったものでございますので。
ライラさんだけの、大切な色でございますので。

「えへへー、ありがとうございますですよー」

きっと、今のライラさんは満面の笑み、というものに違いないのです。
男の子の笑顔がそう教えてくださいました。


それから、並んでベンチに腰かけて色んなお話をしました。

学校のこと。
よくやる遊び。
流行っているテレビ。

ライラさんにはわからないことがいくつかあって。
その度に教えてくれる男の子の、得意そうな顔がとても印象的でございました。

「ライラねーちゃん、いつもここにいるの?」

雲が真っ赤になる頃には、ちょっと遠慮したような話し方もなくなっていました。
でも、そろそろお別れの時間ですね。

「いつもではございませんが、よくいますですねー」

「じゃあさ、今度学校の友達連れてくるよ」

「おー、楽しみですねー」

最後にそんなお話をして、手を振って男の子をお見送りします。
あんなに勢いよく走って転んだりしないのでしょうか。
ちょっとだけ心配になってしまいました。

「約束だよ!」

公園を出る直前に振り返った男の子から、そんな言葉をいただきました。

「約束、でございます」

ライラさんの答えは、ライラさんにしか聞こえませんでした。
見る見るうちに男の子が行ってしまいましたので。


日本に来て、一つ分かったことがあります。
皆さん、ライラさんに話しかけてくれるのです。

きっとそれは、当たり前のことなのだと思います。
でも、わたくしには当たり前ではありませんでした。

故郷でのわたくしは、ライラさんより前に、パパの娘でございましたから。
もちろん、みんながみんなそうだったわけではありませんです。
でも、家の外ではそれが当たり前だったのです。

わたくしはパパとママの娘です。
そのことはわたくしの誇りでもあります。
でも、わたくしはライラさんなのです。

帰り道、ライラさんの前に伸びる影が嬉しそうでございました。


***************************


学校に行って、アルバイトをして、公園で色んな人とお話をして。
時々お婆さんの駄菓子屋さんに遊びに行って。
お腹を空かせて家に帰ると、温かい食事が待っていて。
一緒に食べながらその日のことをお話して。

そんな毎日がのんびりと、ずっと続けばいいのにと。
そう思うようになっていました。

でも。

その日の食卓には、懐かしい料理が並んでいました。
フムスにファラフェル、マンディ。
ホブスはお手製のようでございます。

そのどれもが、故郷の料理でございます。
日本に来てからは食べる機会がなかった料理でございます。

だから、何となくわかってしまいましたです。


『……帰るのですね?』

『はい。これ以上はもう……』

続く言葉はありませんでしたが、それこそが答えでございました。
これ以上はパパに見つかってしまう可能性が高くなる、ということなのでしょう。

『今までありがとう。ママによろしく伝えておいてね?』

それはずっと前から、家出した時からわかっていたことでございます。
だから、驚くようなことではないのです。
だから、悲しむようなことではないのです。

それに、ライラさんは決めていたのです。
お姉さんに最後に見せる顔は笑顔にしようって。

「ライラさんはきっと大丈夫でございますから」

そう、きっと大丈夫なのです。
とても幸運なことに、ライラさんの周りには優しい方がたくさんいますです。

クラスメイトやアパートの人たち。
商店街の方々に駄菓子屋のお婆さん。
公園でお話する皆さん。

だから、きっと大丈夫。

いつか褒めていただいたライラさんの笑顔。
心があったかくなると言って頂いたライラさんの笑顔。

そんな笑顔でお別れして。
心配ないですよってちゃんと伝えないといけません。


「……お嬢様」

でも、上手くいかなかったみたいです。
いつの間にか、わたくしは温かいものに包まれていました。

「たとえ何があろうとも、私はお嬢様の味方です」

頭の上から優しい声が降ってきます。
トクン、トクンと、鼓動が聞こえてきます。

「どうにもならなくなったら、遠慮なくお呼びください」

こんな風にしていただいたのは、もう何年前のことでしょうか。

夜の暗さが怖くて、荒れ狂う風の声に怯えて。
不安で眠れなかったわたくしを優しく抱きとめてくれたのは、いつのことだったでしょうか。

「いついかなる時でも、お嬢様も元に参りますから」

あの時も今も、この方はわたくしのお姉さんなのですね。
わたくしの不安も強がりも、すべてお見通しなのですね。


「そして」

わたくしを包む腕が解かれて。
今までずっとわたくしを見守ってくれていた瞳が目の前に。

「答えを見つけ出した時も、どうぞお呼びください」

優しくて、厳しくて、あたたかい瞳がまっすぐに飛び込んできます。
わたくしを心配して、信頼している輝きが見えます。

「大切な妹を、全力で応援するから」

ああ。

わたくしはずっと、貴女をお姉さんのように思っていました。
貴女も、同じように思ってくださっていたのですね。

「…………はいです」

故郷の家に比べて、ずっとずっと狭い部屋。
だからなのでしょうか。
あふれた心であっという間に一杯になって。

とても、我慢できませんでした。

本日はこれくらいで
総選挙の投票締め切りが近づいてまいりました
皆様、投票し忘れございませんように
そして願わくば……

お読みいただけましたなら、幸いです

せつないねえ

>>35修正


「……お嬢様」

でも、上手くいかなかったみたいです。
いつの間にか、わたくしは温かいものに包まれていました。

「たとえ何があろうとも、私はお嬢様の味方です」

頭の上から優しい声が降ってきます。
トクン、トクンと、鼓動が聞こえてきます。

「どうにもならなくなったら、遠慮なくお呼びください」

こんな風にしていただいたのは、もう何年前のことでしょうか。

夜の暗さが怖くて、荒れ狂う風の声に怯えて。
不安で眠れなかったわたくしを優しく抱きとめてくれたのは、いつのことだったでしょうか。

「いついかなる時でも、お嬢様の元に参りますから」

あの時も今も、この方はわたくしのお姉さんなのですね。
わたくしの不安も強がりも、すべてお見通しなのですね。

以下、続きを投下します


***************************


こうして、ライラさん一人の生活が始まりました。

お別れはちゃんと笑顔で出来ましたですよ?
……目元はちょっと赤かったかもしれませんですが。

家に帰った時に誰もいないのは、やっぱり寂しく感じてしまいますです。
でも、それだけではありません。

色んな人がライラさんを気にかけてくださって、助けてくださいます。
その向こう側に、お姉さんの心遣いが見えるのです。
皆さん何も言いませんですが、ライラさんにはわかりますです。
ライラさんはあの方の妹でございますから。

だから、頑張れます。
次に会う時には胸を張れるように、頑張るのです。


「おや、ライラちゃんおはよう」

「おー、大家さんおはようございますですよ」

「今日も掃除してくれてるのかい。ありがとね」

「いえいえですよー」

ライラさんは料理が出来ませんです。
ですが、大家さんやお隣さんが時々ご飯を分けてくれるのです。
いっぱい作って余ったから、なんて言ってお鍋ごと持ってきてくれるのですよ。

本当に、本当にありがたいことでございます。
だからライラさんは、こうやってアパートの前を掃除しています。
まだまだ朝は寒いので少し大変なのですが、自分でやると決めたことなのです。


優しくしてくれた人には優しくしないといけません。
お食事のお世話をしていただいているのですから、何かお返しをしないといけません。

ライラさんができることはあまり多くありませんが、お掃除ならできます。
お家の周りがキレイだと気持ちがいいものでございます。
ですので、朝少し早く起きてお掃除するのが日課になっているのでございます。

「終わったら、ご飯食べていくかい?」

「いいのでございますか?」

「構わないよ」

「おー、ありがとうございますですよー」

お掃除が終わったあと、大家さんがお食事に誘ってくださることが多くなりました。
お返しの為に始めたお掃除ですのに、どんどんご恩がたまってしまいますですねー。


――――――
――――
――


一人での生活が始まって、新しい月がやってきて。
少しずつではございますが、一人暮らしというものにも慣れてきましたです。

でもライラさん一人だったら、こうはいかなかったと思いますです。
本当に、皆さんには感謝でございますねー。

「ライラちゃん、今日も食べていくかい?」

「おー、よろしいのでございますか?」

「良いも悪いもないさ」

そして今日も、大家さんに朝ごはんをご馳走になることになりましたです。

「はい、おあがりなさい」

「いただきますですよー」

食卓にはご飯と、お味噌汁と、お魚。

ライラさんは大家さんのようにお箸が上手く使えません。
ですので、大家さんとのご飯はおけいこの時間でもあるのです。
いつか、大家さんのようにキレイに食べられるようになるのでしょうか。

「そのうちに、かねぇ」

大家さんはなかなか厳しい先生でございますが、そう言ってくださいました。
そうでございます。
最初の頃よりはお箸に慣れてきましたですし、きっと大丈夫なのですよ。


「ごちそう様でございました」

「はい、お粗末様」

ありがとうございますの気持ちを込めて、ご挨拶をします。
ご飯の後の洗い物はライラさんの仕事です。
お世話になっていますので、キチンをお返ししないといけませんですよ。

「洗い物はいいから、ちょっとおいで」

と思ったのですが、呼び止められてしまいましたです。
その声がいつもより少しだけ強く聞こえました。
ライラさん、何か失礼なことをしてしまったのでしょうか……

「ライラちゃん、私に何か言うことがあるだろ?」

ギクリとしてしまいました。

それはいつもの穏やかな大家さんの声でございます。
でも、その目は心の中まで見られているようでした。

そうなのです。
ライラさんは、大家さんに言わなければならないことがあるのでございます。


「ふふふ、脅かしちゃったかねぇ」

どうしようかと考えていると、大家さんがおどけたように笑っていました。
さっきまでの緊張が嘘のように、力が抜けてしまいましたです。

けれど、元々隠していてはいけないことでございますし、いい機会なのかもしれません。
この際ですので、全部お話することにしました。
といっても、そんなに長いお話ではないのでございますが。

「ありゃ、アルバイトクビになったの」

「はいです」

月が変わる少し前のことでございました。
アルバイトが終わったあと、店長さんに呼ばれたライラさんはクビのことを聞かされたのです。


一番大きな理由は、オマケでございました。
駄菓子屋のお婆さんにしていただいてとても嬉しかったので、ライラさんもしてあげたかったのですが。
オマケをしてあげたお子さんはとても喜んでくれたのですが。
それは、良いことではなかったのです。

よく考えればその通りでございますね。
お店の商品はライラさんのものではないのです。
ですので、勝手なことをしてはいけなかったのですよ。

店長さんはオマケをしたことは許してくださいました。
でも、これ以上雇うことはできないと、そうおっしゃったのです。

それともう一つ。
コンビニエンスストアというのは、大変忙しい所でございます。
けれどライラさんはのんびり屋で。
このお仕事は向いてないのではないかと、そう言われてしまいましたです。


「なるほどねぇ」

「黙っていてごめんなさいです」

一通り説明し終わると、大家さんはため息のようにそう言いました。
ちょっと困ったような目と声でございます。

「こうして話してくれたんだから、それはいいんだよ」

「でも、このままではお家賃払えなくなってしまいますですよ」

「まあ、酷なようだけど、払えなくなったら出てってもらわないとねぇ」

「やっぱり、そうでございますよね……」

ライラさんは、ようやく日本での暮らしに慣れてきて。
一人暮らしも何とかできるようになってきて。
でもそれは、このアパートの皆さんがいてくれたからなのでございます。
皆さんが助けてくれたからなのでございます。

もしこのアパートを出なければならなくなってしまったら。
ライラさんはどうなってしまうのでしょうか。


「安心していいよ。すぐに追い出すわけじゃないから」

俯いたライラさんにかけられた声は、優しいものでございました。
顔を上げると、イタズラっぽい笑顔の大家さんがこちらを見ています。

「当面の家賃は貰ってるしね」

それはきっと、お姉さんが残してくれたものなのでしょう。
だって、ライラさんはそんなお金をお支払いした覚えはございませんから。

本当に、何から何まで、あの方のお世話になってしまっていますです。

「ともかく、ライラちゃんは次のアルバイトを早く探すことだね」

「おー……」

そうでございます。
いつまでも甘えてばかりではいけないのでございます。
次に会うときは胸を張ってと、そう誓ったのですから。

「ライラさん頑張りますですよー」

「そう、その意気さ」

そして、それに気付かせてくれた大家さんにも感謝しないといけませんねー。


***************************


ライラさんでもできるお仕事とは、一体どのようなものがあるのでしょうか。
学校でも、ふとした時にそんなことを考えしまっていました。

「何か悩み事?」

お昼の時間になって声をかけてきたのは、お隣さんでございました。

「あー、そうでございますねー」

「なになに、私で良ければ相談に乗るよ?」

心配した表情で、でも楽しそうに、隣の席の彼女は身を乗り出してきました。
とても有り難いことなのですが、その前にちょっと気になったことがあるのです。

「なんでお分かりになったのでございますか?」

大家さんもそうでございました。
ライラさんが困っていると、皆さんあっという間に見抜いてしまわれるのです。
どうしてそのようなことが出来るのでございましょうか。

「ん? だって、ライラ分かりやすいし」

「そうなのですか?」

「ライラって、変に表情作ったりしないもの」

ケラケラと笑いながら、そう教えてくださいました。
なるほどー。
ライラさんは分かりやすい人だったのでございますか。


「で、そんな子が隣の席で眉を寄せてたら、そりゃねぇ?」

そう言って、視線がライラさんを挟んで反対側に飛びました。
少し気まずそうに、ライラさんのもう一人のお隣さんがこちらを見ます。

「まあ……なぁ」

「おー……」

どうやらご心配をおかけしてしまっていたようでございます。

でも、お二人なら何かヒントになることを教えていただけるのではないかと。
そう思って相談することにいたしました。

「ライラに向いてるバイト、ねぇ……」

「あんまり忙しいのは向いてなさそうだな」

「確かに」

ライラさんはいろんな人とおしゃべりをするのが好きでございます。
おしゃべりの中には、知らないことや楽しいことが一杯詰まっていますので。
でも、コンビニのお仕事ではゆっくりおしゃべりすることはできませんでした。

そんなライラさんのことを、お二人はよく分かってくださっているようです。
アドバイスをお願いしているのに、なんだか嬉しくなってしまいました。

「えへへー」

「いや、褒めてはいないぞ?」

思わずこぼれた幸せな気持ちに、そんな突っ込みを入れられてしまいました。
少し失礼でございましたねー。


「……本屋とか、どうかな」

「なんでまた」

「親戚が本屋やってるんだけどさ、結構暇なのよね」

「それはそれでどうなんだ……」

本屋さんでございますか。
どういうお仕事をするのでございましょうか。
でも、本屋さんなのですから本がたくさんあるのですよね。

「ひょっとして、お仕事しながら日本語のお勉強もできますですか?」

「そう、そうなのよ!」

ライラさんはまだまだ日本語の読み書きが不安でございます。
ですので、本を読んで勉強ができるのであればとても助かりますです。

「……段階飛ばし過ぎじゃね?」

「どういうことでございますか?」

「本屋にある本なんて基本的に勉強用じゃないからな」

「う……」

「ライラさんが読むのは、正直難しいと思う」

「おー……」

なるほど。
そういうものなのでございますか。
お仕事しながらお勉強、とてもお得だと思ったのですが。


「そ、そういうアンタは何かいい案あるの?」

「俺? んー、ないことはない……が」

「何よ、引っかかる言い方ね」

「是非お聞きしたいですねー」

少し居心地が悪そうに、ポリポリと頭をかきながら。
それでも、二人分の視線に答えてくださいました。

「商店街にある喫茶店とか……いいんじゃないかと思う」

「ライラのウエイトレス姿が見たいだけじゃないの?」

「……そう言われると思ったから言いたくなかったんだよ」

ウエイトレスさんというのは、お給仕をする人でございますよね。
それならライラさんにも出来ますです。
なにしろ、故郷ではいつもお給仕されていましたですから。


「じゃあ、言い訳を聞きましょう」

「何か引っかかるが……まず、喫茶店なんて基本的にのんびりしに行くところだろ?」

「……まあ、あそこの喫茶店は特にそうかも」

「あの雰囲気なら、ライラさんに向いてる気がする」

「むぅ、悔しいけど同意ね」

彼女は何故悔しがっているのでございましょうか。

「それに、飲食店なら賄いとかもあるだろうし」

「……マカナイとは何でございますか?」

「えっとね、休憩時間なんかに食事を食べさせてくれるのよ」

「なんと、お仕事なのにご飯が食べられるのですか!?」

それはとてもお得なのです。
ライラさんにも出来そうなお仕事で、お食事までついてくるとは。


「それにしても、アンタにしてはよく考えてるわね」

「俺にしては、ってなんだよ」

「……あそこのマスター、センス良いものね」

「それには同意する」

「モノトーンでシックにまとまった制服。私も一度は着てみたいわ」

「レトロで派手さはないんだけど、いいよな」

「……つまり?」

「…………ああ、そういうことだよ」

「正直でよろしい」

「うるせぇ」

結局、そのあとはいつもと同じおしゃべりの時間になってしまいましたです。

悩みに気付いていただけて。
相談にも乗っていただいて。
でもそれは、お二人にとっては全然特別なことではなくて。

そんな時間が、とても幸せに感じたのでございます。

お二人の優しさに応えるためにも。
ライラさん頑張ってお仕事探さないといけませんねー。

本日はここまで
総選挙投票期間も終わり、あとは待つのみです
皆様の応援するアイドルがそれぞれに何かを得ることが出来ればいいなと


次でようやくアイドルという単語が出てくる予定です
お付き合いいただけましたなら、幸いです

おっつおっつ


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その次のお休みに、さっそく商店街の喫茶店に行ってみたのですが。
残念なことに、今はアルバイトを募集していないそうなのです。

「そう簡単に上手くは行きませんですねー」

公園のベンチに腰かけていると、思わず呟きがこぼれてしまいました。
でも、残念だったのは本当ですが、ライラさんはこれくらいではへこたれないのです。

胸を張って前を見て。
そうすれば、きっと何かが見つかるはずなのです。


やる気も新たに視線を上げますと、いつもと違う光景が飛び込んできました。

ライラさんがよく行く公園には噴水があります。
今はまだ寒い季節なので水は出ていません。
そのはずなのです。

「お水、出ていますですねー」

その噴水から水が出ているのを見るのは初めてでございます。
そしてその噴水の周りには、人だかりができていました。

立派なカメラを構えた方。
大きな板を掲げた方。
少し離れたところでその様子を見ている方。
そして。


その中心にいる、とてもキレイな女性。

スラリと伸びた手足がとても格好良くて。

フワリと広がるボブカットの髪形が良く似合っていて。

何よりその表情が。

柔らかくて楽しそうで、キラキラと輝いて見えるその笑顔が。

ライラさんの心をあっという間に掴んでしまったのです。


――――――
――――
――

「大丈夫ですか?」

「…………ほぇ?」

ライラさんぼーっとしていたみたいです。
気が付くと、隣にスーツ姿の男性が立っていました。

噴水のあたりを見返してみますと、先ほどの人だかりはなくなっていました。
今は何人かの人が後片付けをしているようでございます。

ライラさんはどれくらいぼんやりしていたのでしょうか?

「興味がおありですか?」

ライラさんの視線が噴水の方に向くと、男性はそう仰いました。
興味とは、何のことでございましょうか。

「撮影をずっと見ていたようですので」

撮影……
なるほど、先ほどの光景は何かの撮影だったのでございますか。
ということは、あのキレイな女性はモデルさんだったのでしょうか。

「何の撮影だったのでございますか?」

「ウチの高垣が雑誌で特集を組んで頂くことになりまして。その撮影です」

タカガキさんというのは、あの女性のお名前でございましょうか。
そしてこの男性は、そのタカガキさんと一緒にお仕事をしている方のようです。

「タカガキさんというのは、あのモデルさんのお名前なのですか?」

「ええ。私たちのプロダクションの、看板アイドルの一人です」

「おー、モデルさんではなくアイドルさんなのですか」


ライラさんは詳しくないのですが、学校では皆さんよくアイドルのお話をされています。

それぞれ応援しているアイドルのお話だったり。
握手会に行くために学校をお休みしたお話だったり。
ライブに行きたくてもチケットが買えないというお話だったり。

性別に関係なく、皆さん楽しそうでございます。
……今日見たことをお話したら、皆さん羨ましがったりするのでしょうか。

「ところで、貴女はここで何を?」

「あー、ライラさんお仕事を探していたのですが失敗したのですよ」

「ライラさん?」

「おー、申し遅れました。ライラさんはライラさんと申しますですよー」

あらためて自己紹介をすると、男性は小さな紙をくださいました。
確かこれは、名刺というものなのですねー。

ですが、残念なことにライラさんには難しい字が一杯でございます。
そのことをお伝えすると、男性は優しい笑顔で答えてくださいました。

「私はCGプロというプロダクションでプロデューサーをしている者です」

「プロデューサー……でございますか」

「簡単に言うと、アイドル活動を裏から支える仕事ですね」

こういう方を何と言うのでございましたでしょうか。
えーと、確か……そう、縁の下の力持ち、でございますねー。


「それはそうと、お仕事を探していると仰っていましたが」

「はいですよ。このままではライラさん、お家賃払えなくなってしまいますですねー」

そうなのでございます。
今はまだ大丈夫でも、いつかはダメになってしまうのです。
そうなる前にお仕事を見つけなくてはいけないのです。

「ライラさん、アイドルに興味はありませんか?」

プロデューサーさんは、真剣な目でそう言いました。
瞬きを何回かしていると、別の方向から声が聞こえてきました。

「あら、浮気ですか? プロデューサー」

声の主は、先ほどライラさんが見惚れていたあの方でした。
遠くから見ていた時と違って、柔らかで、優しそうな印象でございます。

「いえ、違います。というより、そもそもですね……」

「ふふ、分かってます。ちょっとした冗談です」

お二人は単にお仕事を一緒にしているだけ、というのではないようでございます。
故郷で見たことがある、そういう人たちとはずいぶん違っているようなのですよ。


「でも、こちらの異国の女の子を一刻も早く紹介して欲しいな、とは思ってますよ?」

可愛らしい笑顔でそう言うタカガキさん。
一方のプロデューサーさんは、くしゃくしゃと頭を掻いています。

「こちらはライラさん。私もさっき会ったばかりです」

「成程。会ったばかりの美少女を口説いていた、と」

「……楓さん?」

「ふふっ」

お二人の会話がとても楽しそうで。
ほけーっとお二人を見ていると、タカガキさんと目が合いました。
よく見ると、左右で瞳の色が違うのでございますねー。
神秘的で、とてもキレイ。

「私、高垣楓って言います。よろしくお願いしますね、ライラさん」

ライラさんはまたまた見惚れていて。
それがライラさんに向けられた言葉だとは、すぐに気が付けませんでした。

「わたくしはライラさんと言いますですよ」

わざわざライラさんと同じ目線でご挨拶をしてくれました。
遠目に見ていた時と違って、とても優しい方のようでございます。


「ところでタカガキさん」

「なんですか?」

「プロデューサーさんは、あー、女たらし……でございますか?」

浮気だとか、口説くだとか。
そういうことをする男の方は、そう言うのだと聞いたことがございますです。

真面目そうな方だと思っていましたですが、もしそうなら。
ライラさんの人を見る目もまだまだでございますねー。

「い、いえ、決してそんな」

「ふふ、女たらしではないですね」

慌てるプロデューサーさんを横目に、タカガキさんは楽しそうでございます。
イタズラが成功した時の近所のお子様と同じお顔ですねー。

「ただ、アイドルと、その卵に目がないだけです」

なるほどー、女たらしではないのでございますか。
やっぱりライラさんの人を見る目は大丈夫なようでございますよ。


「ということは、ライラさんは卵でございますか」

ライラさんがアイドルの卵。
そんなことを言われたのは初めてでございます。

「……アイドルとは、どういうお仕事なのでございますか?」

ですが、ライラさんはアイドルというものをよく知りません。
ですので、ライラさんにアイドルができるのかもわからないのですよ。

「いろんな人に笑顔や夢を与えられる仕事、でしょうか」

ステージで歌ったり踊ったり。
イベントで、応援してくれる方々と直接お話をしたり。
アイドルとしての仕事は本当にいっぱいあって、一言では説明できないけれど。

共通しているのは、誰かに笑顔や夢を届けること。
その為に、自分自身が成長していくこと。
成長していくことで、ファンの方々に応えていくこと。
その姿を見せていくことが、アイドルなのだと。

言葉を選びながら、丁寧にプロデューサーさんは教えてくださいました。


「ライラさんの幸せを、皆さんにおすそ分けできるのでございますか?」

「幸せのおすそ分け……ふふ。とても素敵な言葉ですね」

ふんわり柔らかい笑顔で、タカガキさんがおっしゃってくださいました。

「はい。それがアイドルですから」

日本に来てからたくさんたくさん頂いた、ライラさんの嬉しい気持ちや幸せな気持ち。
もらってばかりだったライラさんが、お返しできるのでございますか?

「おー、それはとても素晴らしいお仕事でございます」

もしそれが本当なら。
ライラさんは是非ともアイドルをやってみたいのでございますよ。


「もし興味があるなら、一度遊びに来てください」

「ですが……」

ライラさんで大丈夫なのでしょうか。
そんな不安もあります。
ライラさんは、他の皆さんとは違いますですから。

「ライラさんはガイジンさんでございます。それでも大丈夫なのでございますか?」

日本に来てから、そして今でも。
ライラさんはずっとガイジンさんでございます。
周りの皆さんは優しい方ばかりでしたので、受け入れてくださいました。
でも、本当に大丈夫なのでしょうか。

「ふふ。アイドルは、それも立派な武器になるんですよ?」

ライラさんの心配をしっかりと受け止めて、きちんと答えてくれました。
左右で色の違う、不思議な瞳。
もしかしたら、タカガキさんもライラさんと同じような思いをしたことがあるのでしょうか。

「ええ。心配には及びません」

プロデューサーさんも、はっきりと頷いてくださいました。
信用してもいい方だと、そう感じましたです。


「えへへー。では、今度お邪魔させていただきますですよ」

「お待ちしています」

「また会えるのを楽しみにしてますね」

お二人とお別れする頃には、お日様が傾き始めていました。
そろそろライラさんも帰らないといけませんですね。

アイドル……でございますか。
具体的にどんなことをするのかは、まだよく分かっていませんですが。
ですが、なんだかワクワクしていますです。

これまでに貰った色々なものをお返しできるかもしれないのでございます。
そう思うと、自然と笑顔がこぼれてきました。

本日分はこの辺りで
ようやく話の中盤に入ってきました

お読みいただけましたなら幸いです

ライラとフェイフェイとキャシーとケイトとメアリーに声つけろ(脅迫)


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「ライラちゃん、良いことあったのかい?」

この頃は寒くなったり暖かくなったり忙しいのでございます。
でも、日課のお掃除を欠かすことはできません。
大家さんにそう聞かれたのは、昨日のワクワクがまだ続いていたせいでございましょうか。

ライラさんは、やっぱり分かりやすい人のようでございます。

「はいです。お仕事が決まるかもしれませんですよ」

「へー、そりゃよかった。何の仕事?」

「えへへー、アイドルでございます」

待ってましたとばかりに、弾む声でお答えしました。
ですが、なぜか大家さんは険しい顔をしています。


「ライラちゃん、騙されてないだろうね?」

おー、どうやら大家さんは心配してくださっているようです。
ライラさんが世間知らずだからでございましょうか。

ですが、お二人は信用できる人なのです。
ご心配は大変ありがたいのですが、大丈夫なのです。

「大丈夫でございますよー」

「……ならいいけどさ。何かあったらすぐに言うんだよ?」

「ありがとうございますですよ」

大家さんのお気持ちがとても嬉しいのでございます。
ライラさん、また一つ貰ってしまいました。

いつか、ちゃんとお返ししないといけませんねー。


「あ」

「どうしたんだい?」

「そういえば、お給料のお話を聞いていませんでした」

アイドルのお仕事、どれくらいお給料もらえるのでしょうか。
このアパートのお家賃払えるのでしょうか。

もし足りないのなら、他のお仕事を探さないといけませんです。
それはちょっと悲しいですねー。

「……はぁ。すぐに追い出したりはしないって言ったろ?」

「おー、ありがとうございますですよー」

そんなライラさんの心配事も、お見通しのようでございます。
でも、大家さんはこう言ってくれますですが、お金のことはちゃんとしないとなのです。
ご迷惑はおかけしたくございませんので。

お給料のお話、ちゃんと聞かないといけませんですね。


――――――
――――
――

日本には、善は急げ、というコトワザがあるのですよね。
あと、思い立ったが吉日、というコトワザも。

ですので、ライラさんはさっそく行動することにしましたです。

「おー……」

名刺にあった住所を頼りに、なんとか辿り着くことが出来ました。
丁寧に道を教えてくださった交番の方には、帰りにお礼を言わなければいけませんねー。

アイドルのプロダクションというものを初めて見ましたですが、立派なビルでございます。
そんなに大きいわけではありませんが、とてもキレイ。

「お邪魔しますですよー」

入口すぐの所にいた警備員さんも親切な方でした。
ライラさんがもっている名刺を見せると、すぐに連絡を取ってくださって。
そうして、プロデューサーさんにお会いすることが出来ました。


「ようこそ、ライラさん」

少し驚いたような顔で、それでも丁寧なあいさつをしてくれました。
そうでございますよね。
こういう時は、あらかじめ連絡などをしたほうが良かったのですよ。

「あー、突然来てしまいまして、ごめんなさいですよ」

「いえ、来ていただけて嬉しいです」

その小さな笑顔が、ストンとライラさんの心にはまりこみました。
この方は、心底そう思ってくださっています。
それが分かって、それが嬉しくて。

「アイドルのお話、伺いに来ましたですよ」

きっと、このときにはもう心が決まっていたのだと思います。
ライラさんはアイドルになるのだ、と。


***************************


「へぇ、ライラちゃんがアイドルに……」

「そうなのですよー」

お話を聞いた帰り道、いつもの駄菓子屋さんに寄り道をしました。
ウキウキと心が弾んで、誰かとお話をしたくなったのです。

「アイドルっていうのは、どんなことをするんだい?」

「あー、しばらくは基礎レッスンだそうでございます」

いつものようにアイスを買って、店先のベンチに腰掛けます。
今は近所のお子様たちも来ていないので、お婆さんと二人きり。

聞いてきたお話を、のんびり並んでお伝えします。


「なんだか大変そうだねぇ」

「えへへー、でもライラさんは頑張るのですよ」

アイドルのお仕事で、お家賃の心配はしなくてよくなりそうでございます。
それどころか、いつもよりちょっとお高いアイスを食べることも出来そうなのです。
もちろんライラさんがちゃんと頑張れば、でございますが。

そんなわけで、ライラさんは今やる気に燃えているのです。

「うん、ライラちゃんならきっと大丈夫だね」

でもそれは、お金のことだけではなくて。
アイドルとして頑張れば、今まで貰った幸せをおすそ分けできると。

そう、信じることが出来ましたから。

「アイドル頑張って、幸せおすそ分けでございますよ」

情けは人の為ならず。
貰った親切を、嬉しさを、他の誰かに手渡して。
幸せな気持ちの輪を広げていく。
その輪は自分と皆さんを繋いでいって。

それを教えていただいたお婆さんだから。
ライラさんは一番にこのことをお伝えしたかったのかもしれません。

「ふふ、応援してるからね」

「ありがとうございますですよー」


やがて遊びに来たお子様たちと、いつものようにお話をします。

かけっこは誰が一番で。
サッカーをすると誰が一番で。
勉強は誰が一番で。

それぞれに得意なことを、一生懸命教えてくれます。
キラキラした笑顔がとても眩しいです。

ライラさんの一番は、なんでございましょうか。
アイドルをすれば、見つかるのでしょうか。

そうだと嬉しいですねー。

少々短いですが、今回はここまで
ライブに行った方々は大丈夫でしょうか
壮絶なことになっているという噂を耳にしましたが……


お付き合いいただけましたなら幸いです

伊丹でエンジョイしてたんじゃない?(鬼畜)


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今日はいよいよ、アイドルライラさんの第一日目でございます。
施設の見学をしたり、これからお世話になる人にご挨拶をしたり。
そういったことをするそうでございます。

「こんにちはですよー」

エントランスで警備員さんにご挨拶をして、記憶を頼りに奥へ進みます。
のんびりゆっくり、確かめるように一歩ずつ。
迷うこともなく、事務所の扉の前に到着できました。

でも、なぜか心臓がドキドキしています。
一度目を閉じて、手を胸の前に。
ああ、このドキドキにはワクワクが混ざっているようでございます。

この扉の向こうには、ライラさんの知らない新しいことが待っています。
知らないからドキドキして。
知らないからワクワクして。

大きく吸って、ゆっくり吐いて。
でも、心の中のワクワクはどんどん大きくなっていって。
背中を押されて、扉をノック。

ライラさん、新しい一歩を踏み出します。


「失礼しますですよー」

「あら、ライラちゃん」

部屋の手前のソファセットには誰もいなくて。
その向こうから優しくてよく通る声が迎えてくれました。

「ちひろさん、こんにちはですよー」

「ふふ。おはようございます、ライラちゃん」

あとで教えてもらったのですが、芸能界でのご挨拶はおはようございますなのだそうです。
このお仕事は朝も昼も夜も区別がないので、お仕事の最初におはようと言うのだとか。

何だかわかったような、そうでないような感じでございます。
でも、あー……郷に入っては郷に従え、でございますね。
ご挨拶はおはようございます、覚えました。


「ところで、プロデューサー殿は……?」

「ごめんなさい、急な打ち合わせが入っちゃって」

「おー、それは仕方ございませんねー」

ワクワクが少ししぼんでしまいましたが、でも大丈夫なのです。
ライラさんはのんびり待つのも好きでございますので。

「ですので、プロデューサーさんが戻ってくるまでの間、私が説明しますね」

ニコニコと柔らかい笑顔で、ちひろさんがいくつかの資料を見せてくださいました。
どうやら、のんびりプロデューサー殿を待つわけではないようでございます。

千川ちひろさん。
明るい緑色の服がトレードマークのアシスタントさん。
このプロダクションがやっていけるのはちひろさんのお陰なのだそうです。
そんな風にプロデューサー殿から紹介されて、ちひろさんは首を横に振っておいででしたが。

でも、ちひろさんのお話を聞いていると、なるほどと思いましたです。
事務所のルールや施設の使い方、ライラさんがこれからどうしていくのか。
すごく丁寧に、分かりやすく説明してくださいました。

ちゃんと理解できるように、ライラさんに合わせてくださったのが分かります。
その気持ちが、とても嬉しく思いましたです。


「ただ今戻りました」

「あ、お帰りなさい、プロデューサーさん」

大体の説明が終わったころに、プロデューサー殿が帰ってきました。

「遅くなって申し訳ありません」

「いえいえ。ちょうどライラちゃんへの説明が終わったところですよ」

「ありがとうございます」

コートを脱ぎながら奥へ歩いていくプロデューサー殿。
どうやらあそこが、プロデューサー殿の机のようでございますねー。

「プロデューサー殿、おはようございますですよー」

「おはようございます、ライラさん」

荷物を置いたプロデューサー殿にご挨拶。
ソファセットの前のやってきたプロデューサー殿は、立ったままでございました。

「お座りにならないのですか?」

「いえ。お待たせしたみたいですし、さっそく見学に行きましょう」

そう言ったプロデューサー殿は、楽しそうな表情でこう付け加えました。

「ちょうど、見せたいものがあるんです」


――――――
――――
――

プロデューサー殿に連れられてきたのは、レッスンルームでございました。
先ほどのちひろさんの説明では、空いている時なら使ってもいいということでしたが。
どうやら、今はどなたかが使用中のようです。

プロデューサー殿は扉を前に振り返って、口の前に指を立てます。
なるほど、ご迷惑にならないように静かにしないといけないのですね。

ゆっくりと扉を開けると、その隙間から音が飛び出してきました。
その音の向こうでは三人の女性が踊っていて。

「おー……」

思わず、感動の声がこぼれてしまいました。

ライラさんは難しいことはまだわかりませんですが、それはとても素敵なものでした。
三人の息がぴったりと合ったダンス。
でも、どこかにそれぞれの個性が見えるようなのです。

ハツラツとした動きでみんなを引っ張るような。
もっと、もっととみんなに要求して、高みを目指していくような。
二人に応えながら、みんなが一番キレイに見えるようにバランスを取るような。

まるで、ダンスを通しておしゃべりをしているようでございました。
そして何より印象的だったのは、どこか遠くを見るような皆さんの目。
砂漠に浮かぶ星のような目を見て、そこに何が映っているのか気になってしまいました。

ライラさんもアイドルをすれば、いつか分かるのでしょうか。
そんなことを思うと、なんだか体がウズウズしてきてしまいましたです。


「おーっ!」

音楽が止まると、知らない間に拍手をしていました。
どうやら隣のプロデューサー殿も同じようでございます。
静かになった部屋の中に、パチパチと手を打つ音が響きます。

「プロデューサー、来てたんだ」

「あれ、そっちの子は?」

「あ、ひょっとして……?」

控えめな音に振り返った皆さんが、プロデューサー殿とライラさんに気付いたようです。

「はい。今日から皆さんの後輩、ということになりますね」

その言葉に、三つの視線がライラさんに集まりました。
驚いたような、嬉しいような、そんな気持ちが伝わってきましたです。

「わたくし、ライラさんと申しますです。よろしくお願いしますですねー」

「私、本田未央。よろしくねっ!」

「渋谷凛だよ。先輩なんてガラじゃないんだけど……よろしく」

「私は島村卯月って言います。よろしくお願いしますね」

皆さんキラキラしてます。
ライラさんと同じくらいの年齢だと思いますですが、とても素敵に見えますですよ。
これがアイドルなのでしょうか。


「ライラさん、踊ってみますか?」

「ほぇ?」

自己紹介とご挨拶が済むと、プロデューサー殿がそんなことを言いました。
ライラさん、まだアイドルのダンスは教わっていませんですが。

「彼女たちを見ていて、踊りたくなったんでしょう?」

プロデューサー殿、ずっとみなさんの方を見ていたと思いましたのに。
ライラさんのことも見ていてくださったのですね。

「でも、ライラさんは皆さんのようには踊れませんですよ」

「構いません。今のライラさんが伝えたいことを見せてください」

プロデューサー殿は、どうしてライラさんが欲しい言葉をくださるのでしょうか。
ライラさんはまだまだ日本語が得意でなくて、今の気持ちをちゃんと伝えられるか分からないのです。

でも踊りでなら。
今のライラさんの気持ちを全部込めることが出来るのです。

「え? ライラっちダンスできるんだ」

「あー、故郷で爺に教わったですよ」

「へぇ、見てみたいな」

「私も、興味あります」

そんな皆さんの言葉がスイッチになって、頭の中で音楽が流れます。
故郷で良く踊った、懐かしいメロディ。

ちゃんと伝わるかは分かりませんですが。
それでも、今の気持ちを込めて。

ドキドキを。
ワクワクを。
少しの不安と、いっぱいの期待と。
皆さんのダンスへの感動と。
なにより、この出会いへの感謝を。


――――――
――――
――

先ほどと同じ拍手の音が、今度はライラさんを迎えてくれました。
ライラさんの気持ち、どれくらい伝わったでしょうか。
ちょっとだけ不安な気持ちで顔を上げると。

リンさんの丸くなった目が。
ウズキさんのお日様のような笑顔が。
ライラさんの手を握る、ミオさんの熱が。

そんな心配をあっという間に溶かしてしまいましたです。
少し離れたところで見ているプロデューサー殿も、とても嬉しそう。

本当の所、ライラさんの気持ちがどれくらい伝わったのかは分かりませんです。
でもライラさんの踊りで、皆さん何かを感じていただけたようでございます。

もっと練習すれば、もっとたくさんの気持ちを伝えられるようになるのでしょうか。
ライラさんが貰った嬉しい気持ち、楽しい気持ちを、ちゃんとお渡しできるようになるのでしょうか。

そうなりたいと。
こんな風に強く思ったのは、初めてかもしれませんです。


***************************


ニュージェネレーションの皆さんとお別れして、プロダクションの中を一回りして。
事務所に帰ってくると窓の外が赤く染まっていました。

ウズキさん、リンさん、ミオさんの三人は、ニュージェネレーションというユニットで活動しているそうでございます。
プロデューサー殿によると、ただいま人気急上昇中なのだそうです。
だからなのでしょうか。
レッスンの後すぐに打ち合わせがあるとのことで、とても忙しそうでございました。

「何かわからないことはありますか?」

説明と見学が終わって、またソファセットのお世話になっていますです。
覚えることがいっぱいで大変ですが、きっと大丈夫なのです。

「大丈夫だと思いますですよ」

「何かあれば、遠慮せずに聞いてください」

「ありがとうございますですよ、プロデューサー殿」

「はい、どうぞ」

ちひろさんが、お盆に乗せて飲み物を持ってきてくださいました。
この甘い香りはココアでございますねー。


「ちひろさん、ありがとうございますです」

「ふふ。プロデューサーさんには殿なんですね、ライラちゃん」

「プロデューサー殿は……あー、恩人でございますから」

お仕事がなくて困っていたところに声をかけてくださって。
アイドルというお仕事を紹介して頂きましたです。

でもそれだけではなくて。
アイドルというお仕事は、ライラさんがしたかったことが出来るかもしれないのです。
プロデューサー殿は、そのチャンスをライラさんにくれたのでございます。

だからプロデューサー殿はライラさんにとって特別の恩人なのです。

「そんな大げさな」

プロデューサー殿はそう言いますけれど、ライラさんはとても感謝しているのです。
この気持ちも、いつかちゃんとお伝えできればいいのでございますが。

「責任重大ですね、プロデューサーさん♪」

ちひろさんの言葉に、プロデューサー殿は苦笑気味。
頭の後ろをポリポリと掻いています。


そういえば。
ひとつ、お願いしたい事があったのでした。

「あー、皆さんのお顔とお名前が分かるようなものはございますでしょうか」

名前というのは、とても大切なものなのです。
その人を表すたった一つのもの。
つけた人の想いがこもった、かけがえのないもの。

ライラさんが自分の名前をとても大切に思っているのと同じように。
きっと皆さんにとっても大事なものなのだと思いますです。

だからちゃんと覚えたいのです。
それは、一番重要な礼儀だと思うのです。

「うーん、そういう資料は基本的に持ち出しできませんからねぇ」

まだあまり上手でない日本語で、でも一生懸命説明しました。
ライラさんの言いたいこと、伝わったようでございます。
ちひろさんの申し訳ないような表情で、それが分かりました。

「おー……」

お答えは大変残念ですが、仕方ないのですね。
プライベートな情報が外に出るのはよくないことなのです。


「……わかりました」

少し暗くなった空気を、プロデューサー殿の声が震わせます。
顔を上げてそちらを見ると、微笑した顔が待っていました。

「資料を見るのは、事務所内で私かちひろさんが一緒の時だけ。守れますか?」

プロデューサー殿は、どうしてライラさんの欲しい言葉が分かるのでしょうか。
不思議で、嬉しくて、心の奥がポカポカしてきます。

「はいですよ!」

この気持ちも、いつかちゃんとお返ししないといけませんですねー。

本日はここまで
楓さん、ついに無冠の女王の名を返上しましたね
おめでとうございます

様々な驚きがあった総選挙でしたが、皆様の更なる飛躍を願っています
……もちろん、ライラさんも


お読みいただけましたなら、幸いです


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アイドルとしての一歩を踏み出したライラさんでございます。
見るもの聞くもの全部が新鮮で、とても楽しいです。

ライラさんの歌と踊りは、プロデューサー殿にも、トレーナーさんにも褒めていただきました。
でも、それはそれとして、アイドルとしての歌や踊りも覚えなくてはいけないそうです。
そうでなければアイドルのステージには立てない、とのことでございました。

そういうわけで、試しにアイドルの歌と踊りをやらせていただいた時のことです。
あんまり上手にはできませんでしたが、問題はそこではありませんでした。
ライラさん、体力が足りませんです。

音楽が半分くらい過ぎたころでしょうか。
段々と足が重くなってきましたです。
最後の方になると、ほとんど動けなくて、声も出てきませんでした。

「ライラちゃんは、まずは基礎体力のレッスンですね」

曲が終わると、そうトレーナーさんに言われてしまいました。

それからは、よくランニングをしています。
あまり走るのは得意ではありませんので、なかなか大変でございます。
でも、ちゃんと踊りきるためには必要なことなのでございます。
ですのでライラさん、頑張っています。


「ちひろさん、今よろしいでしょうか?」

「はい? ああ、資料ですね、いいですよ」

そうやってレッスンを終えた後は、お勉強をして。
ちひろさんもプロデューサー殿も、忙しいのに付き合ってくださいます。

ライラさんはまだ日本語を読むのは苦手でございますが。
お二人のお陰で、皆さんのお名前は読めるようになりましたです。
いくら感謝しても足りませんですよ。

そんな風にして、時間はあっという間に過ぎていきますです。

いつも立ち寄っている公園の木も、花のつぼみが大きくなっていました。
お仕事帰りの男性に尋ねてみると、それは桜の木なのだそうです。
満開になると、それはそれはキレイなのだとか。

写真で見たことはございますですが、本物を見るのは初めてなのです。
また一つ、楽しみが増えましたねー。


――――――
――――
――

その日レッスンルームに行くと、ライラさんを待っている人がいました。

松尾千鶴さんと、池袋晶葉さん。
どちらもライラさんと同じ時期にアイドルにスカウトされた方です。

「あ、おはよう」

「おはよう。どうやら、これで全員のようだな」

「千鶴さん、晶葉さん、おはようございますですよー」

ご挨拶を返すと、お二人が目を丸くしてしまいました。
あー、何かおかしかったのでしょうか。


「ライラさん間違いましたですか?」

「いや、そういうわけではない。むしろ逆だな」

「逆でございますか」

「私たちの名前を覚えてるとは思わなくて……」

そういえば、こうやってちゃんとお話しするのは初めてかもしれませんです。
事務所ではレッスンとお勉強ばかりでございましたからねー。

「それに、発音も綺麗だし」

「おー、ありがとうございますですよー」

どうやら、お勉強の成果はちゃんと出ているようでございます。
プロデューサー殿とちひろさんに、お礼を言わないといけませんですね。


「千鶴さんと晶葉さんは、ライラさんのことご存知でございましたですか?」

部屋に入ってご挨拶をして。
お二人の様子は、そのように感じられましたですが。

「うむ。何しろライラは目立つからな」

「そうね……って、あ、あのね、別に変な意味じゃなくてね?」

ライラさんの見た目が他の人と違うのは本当のことですのに。
千鶴さんが慌てたように、申し訳なさそうにしています。

千鶴さんは優しい方なのですねー。

「ライラさん気にしていませんですので大丈夫でございますよー」

「だ、そうだぞ、千鶴」

「……うぅ」

晶葉さんはなんだか自信満々で頼もしい感じでございます。
言葉に飾りがなくて、まっすぐで。

とても格好良い方でございます。


「ところで、三人集めてどうするつもりなんだ?」

「……さぁ?」

あらためてのご挨拶と自己紹介が済むと、晶葉さんが疑問を口にします。
ライラさんも特に説明は受けていないのですよ。

「あー、レッスンルームですので、一緒にレッスンではないでしょうか」

「ふむ、それはまあそうか」

「でも、今までなかったことよね?」

結局、三人の頭の上のはてなマークは取れませんでした。

「あれ、説明してなかったんですか?」

扉の開く音と一緒に、女性の声が入ってきました。

「どうせなら一緒の時に説明しようかと」

「なるほど、そういうことですか」

プロデューサー殿と並んでいるのはトレーナーさん。
レッスンではライラさんも大変お世話になっている方でございます。

「プロデューサー、どういうことだ?」

「皆さんに集まってもらったのはですね――」

晶葉さんの言葉をきっかけに、プロデューサー殿が説明を始めます。


なんと、近いうちにこの三人でステージに立つそうなのです。
近くの劇場でニュージェネレーションの皆さんのステージがあって。
その前座に三人で立つことが出来るのだと。

「ですが、決めるのは皆さんです」

プロデューサー殿はそう締めくくりました。
レッスンルームが途端に静かになって、ライラさんたち三人の目が合って。

その劇場は、今のお話のような形で新人さんの顔見せを行うことがよくあるそうです。
ステージを見に来るお客さんも、それをよく知っていて。
いえ、新人さんを見るのを楽しみにしている方も多いそうなのです。

「あなたたちは基礎レッスンもしっかりこなしてくれています」

顔を見合わせて動かないライラさんたちに、トレーナーさんの声が届きました。
まるで背中を押してくださるような、そんなあったかい声が。

「これから三人でレッスンをしていけば、十分間に合うと思いますよ」

つまり、トレーナーさんはこうおっしゃっているのですね。
一番大事なのは、ライラさんたちがやりたいかどうかなのだと。

こちらを見るプロデューサー殿の目が優しいのです。
きっと、ライラさんたちを信頼してくださっているのですね。

そんなお二人の気持ちが伝わってきます。
伝わってくるのですが。


でも。

そんな言葉が心に浮かんで消えないのです。

この事務所に来てから、色んなことを学びましたです。
出来ることも増えましたです。

でも。

本当に大丈夫なのでしょうか。
今のライラさんでいいのでしょうか。

そんな不安が消えてくれません。

晶葉さんも千鶴さんも、同じようなことを考えているようでございます。
お二人の目がそう言っていますです。


ライラさんがどうしたいのか。
それを見つめるために目を閉じると。

ふっ、と。

少し前の光景が広がりました。

家出をすると決めた時。
お姉さんとのお別れが分かった時。

同じようにライラさんは不安でした。

これからどうなるのかが分からなくて。
一人でやっていけるのかが分からなくて。

でも。

あの時、ライラさんは一歩を踏み出しました。
だから今のライラさんがあるのです。
ライラさんは今、毎日楽しくて、充実していますです。

なら。


そして、もう一つ思い出しましたです。
初めてニュージェネレーションの皆さんにあった日。
皆さんの目に何が映っているのかが気になって。
それを見てみたいと思った気持ち。

それは、ステージに立てば分かるかもしれないのですよね?

なら。


「ライラさん、頑張りますですよー」

最初の一歩を踏み出してしまえば。
きっと、なんとかなるのですよ。

「三人一緒なら、きっと大丈夫でございます」

そんなライラさんの気持ちが伝わるように。
できるだけ明るく。
できるだけいつも通りに。

お二人に投げかけます。

「なるほど。三人なら……か」

「そっか……一人じゃないんだよね。それなら……私も」

ライラさんの気持ち、届いたみたいです。
晶葉さんの不敵な笑顔が。
千鶴さんの照れたような表情が。

それを教えてくれました。


「では皆さん、頑張っていきましょう」

プロデューサー殿の声に、あらためて目を合わせて。

まだちょっと不安はありますですが。
でも、ワクワクの気持ちも確かにあって。
きっとそれは、皆さん一緒なのです。


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最近はだいぶあったかくなってきました。
これが日本の春というものなのですね。
花が咲き出して、葉っぱがキレイな緑で、風も優しくて。
故郷とはまるで違うこの季節が、とても好きになれそうでございます。

でも、今日はとても寒いのです。
大家さんは朝と夜だけのことだよ、とおっしゃっていましたが。
ライラさんの一着だけのコート、お洗濯してしまいましたです。

どうしようもありませんので、手をこすりながら事務所に向かうことにしました。
ライラさん、寒いのは苦手でございます。


「おはよう、ライラ」

「晶葉さん、おはようございますですよ」

「ふむ。寒くはないのか?」

「あー、実はちょっと寒いでございます」

手に息を吐きかけながら、正直に答えました。
晶葉さんはコートを着ていてあったかそうでございます。

ライラさんのコートがお洗濯中なことをお伝えすると、晶葉さんは何かを考えているようでございました。
顔を上げると鞄の中に手を入れて、何かを探しているようです。

「……こんなものしかないが、無いよりはマシだろう」

そう言って取り出したのは、白衣でございました。
事務所の晶葉さんは、よくこの白衣を着ていらっしゃいます。

「ありがとうございますですよー」

手渡された白衣を着ると、とてもあったかったです。
きっと、晶葉さんの気持ちがあったかいからでございますね。


「コートがないのも不便だろうから、使うといい」

「いいのでございますか?」

「なに、予備ならいくらもあるからな」

とてもありがたいことでございます。
ライラさんは何も言っていませんですのに、助けてくださいます。
では、ライラさんはどうお返しをすればいいのでしょうか。

「そうだな……時々でいい、助手をやってくれると助かるんだが」

そんなライラさんの質問に、晶葉さんが答えてくれました。
助手というのは、お手伝いをする人でございますよね?

「ライラさんにできますですか?」

「ロボット製作を手伝ってくれというわけじゃないから安心してくれ」

そう。
晶葉さんはご自分でロボットを作ってしまわれるのです。
一度見せていただいたことがありますですが、とてもスゴイものでした。
なんと、ダンスが踊れるのです。

ライラさんはあんまり詳しくないので、どうやって作っているのかは分かりませんです。
でも、晶葉さんのウサちゃんロボさんはとても可愛かったのですよ。


「私はどうも物事に熱中すると周りが見えなくなるのでな」

時々お話し相手になったり、飲み物を用意したり。
あとは部品や道具の準備をしたり。
そういうお手伝いなら、ライラさんにも出来ますですねー。

「分かりましたですよー」

そんなお話をしていると、事務所まではあっという間でございました。
警備員さんにご挨拶して事務所の扉を開けて。

「おはようございますですよー」

中にはもう千鶴さんが待っていました。

「おはよ……ぅ」

こちらを見た千鶴さん、なんだか驚いています。
ライラさん何かしてしまいましたでしょうか。


「ライラさん……それ、どうしたの?」

「おー、これは晶葉さんに頂いたのですよ」

千鶴さんが指さしたのはライラさんが着ている白衣でございました。
コートがなくて寒かったこと。
晶葉さんが心配して白衣をくださったこと。
お礼にライラさんは助手をすることになったこと。

つい先ほどのやり取りを説明すると、千鶴さんは納得したようでした。

「それじゃあ、ライラさんがいつも制服なのは……?」

「あー、ライラさんあんまりお洋服持ってないですよ」

事務所へはいつも学校の制服を着てきますです。
学校からまっすぐ来ることが多いこともありますですが。
ライラさん、お洋服を自由に買えるお金はまだないのですよ。


「ふむ。そうだったのか」

「え……じゃあ、私のあの服もう着てないし……でも、私のなんかじゃ……」

お金がない話をしますと、晶葉さんは何か考えるように顎に手を添えました。
千鶴さんは小さな声で何かおっしゃっています。

「ライラなら何でも喜ぶと思うぞ?」

「へ!? ま、また声に出てた?」

「うむ」

千鶴さんは、知らないうちに考えていることをしゃべってしまう癖があるそうなのです。
ライラさんにはよく聞き取れませんでしたが、今もきっとその癖が出ているのですね。

「ライラさんがどうかしましたですか?」

「い、いえ、なんでもないの!」

そんな時の千鶴さんは、とても可愛らしいのです。
気にしていらっしゃるようなので、口には出しませんですが。

「それより! 三人揃ったんだからレッスンに行きましょう」

誤魔化すようにそう言って、千鶴さんは一足先にレッスンルームへ向かいました。
耳の所がちょっと赤くなっていますが、これも言わないほうがいいのでしょうね。


今日は三人でダンスレッスンなのです。

最初の頃は動きが揃わなかったり、ぶつかってしまったり。
曲の最後までちゃんと踊るのも大変でございました。

でも、トレーナーさんにアドバイスを貰って。
三人で意見を出し合って。
ぶつかったりせずに、ちゃんと最後まで踊れるようになってきましたです。

みんなのダンスがキレイに揃った時は、思わず笑顔になってしまいます。

「よし。今の感覚を忘れないうちにもう一度だ」

そんな時は、いつも晶葉さんがこう言います。
一回だけではたまたまかもしれないのだと。
繰り返しできるようになって、初めて実力になるのだと。

きっとそんな晶葉さんのお陰なのでしょう。
最近、三人で笑顔になることが増えてきましたです。


――――――
――――
――

レッスンルームに入ると、いつも通りトレーナーさんが待っていて。
今日はその隣にプロデューサー殿もいました。

「今日からは本番に向けた仕上げに入りますからね」

準備運動をしているライラさんたちに、そう声がかかります。
プロデューサー殿がいらっしゃるのは、そのことが関係あるのでしょうか。

「じゃあプロデューサーは仕上がり具合を見に来たってことですか?」

「ええ」

ライラさんと同じことを考えたのでしょうか。
千鶴さんの質問に、プロデューサー殿が短く答えます。

「では、お眼鏡に適わなかった場合は?」

「……どうしましょうか」

晶葉さんの質問に、ちょっと意地悪な笑顔を浮かべます。
何だかプロデューサー殿が楽しそうに見えますですね。

「もう、不安にさせるようなこと言わないでください」

「ははは、申し訳ありません」

眉の間にちょっとしわを寄せたトレーナーさんと、やっぱり楽しそうなプロデューサー殿。
何となくなのですけれど。
ライラさんたちを信じてくれているのだなと思いましたです。


「じゃあ、まずは頭から通しましょうか」

何度も何度も聴いた音楽が流れ出して。
何度も何度も繰り返したステップを踏んで。
それはいつもと同じレッスンなのですが、ちょっとだけ違って。

真剣な目でライラさんたちを見るプロデューサー殿の視線が。
ライラさんたちのダンスを採点するような鋭い視線が。
どうしても気になってしまいましたです。

「ライラちゃんは、全体的に動きが遅れがちでしたね」

「……はいです」

「千鶴ちゃんはちょっと硬かったかな」

「う……そ、そうですね」

「晶葉ちゃんはもう少しペース配分を考えて」

「……うむ」

音楽が終わると、そう指摘を受けました。
大分できるようになってきたと思っていたのですが、まだまだのようでございます。

「じゃあ、もう一度いきましょう」

そうやって繰り返し繰り返し。
出来なかったところを出来るようになるまで。
出来るようになったら、もっとキレイに見えるように。

少しずつですが、笑顔が増えてきました。
三人で踊って、一つに揃った時。
それはやっぱり、とても楽しくて嬉しいのです。


「これなら大丈夫ですね」

レッスンの終わりに、ずっと静かにしていたプロデューサー殿が口を開きました。
嬉しそうに笑っています。

「ですが、本番ではもっとたくさんの目があります。そのことを忘れないでください」

ステージがどういうものなのか、ライラさんはまだ知りません。
今日のプロデューサー殿のような視線が、いっぱいいっぱいライラさんに向いているのでしょうか。
それは、ちょっと不安でございますねー。

「だが、結局は自分にできることをやるだけだろう?」

後ろから聞こえてきたのは晶葉さんの声。

「……そうね。今から気にし過ぎてもしょうがないもんね」

続いて隣から聞こえてきたのは、千鶴さんの声でした。
お二人の声は、ライラさんに勇気をくれますです。
一人では不安でも、三人ならきっと大丈夫なのですよ。

「ライラさん頑張りますですよー」

これからもたくさんレッスンしていけば、ちゃんとできますですよね。


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「いらっしゃい」

その日はレッスンの後、寮の千鶴さんのお部屋にお邪魔することになりました。
もちろん晶葉さんも一緒でございます。
ライラさんがお金がないというお話をしましたら、晩御飯に誘われたのですよ。

事務所からの帰り道に、みんなでお買い物をして。
好きな食べ物をみんなで選んで。
それをお鍋にして食べるのだそうです。

お鍋というものを食べるのは初めてですので、とても楽しみでございます。


「そういえばライラ、箸は使えるのか?」

「あー……お箸は練習中でございますよ」

晶葉さんと食器を並べていると、そんな質問をされました。
大家さんのところでおけいこして頂いているのですが、お箸は難しいです。
ご飯をすくうことはできるようになりましたですが、お鍋の中のものを取るのは大変そうでございます。

「だ、そうだが?」

「じゃあ、フォークとスプーンを用意するね」

「おー、ありがとうございますですよ」

準備をしていた千鶴さんもテーブルにつきまして、いよいよお鍋開始でございます。
ふたを開けるとお肉、お野菜がいっぱいで。
こんなに豪華な晩御飯は久しぶりでございますねー。


「ほら、晶葉ちゃん野菜も食べて」

「む。すまんな」

「ライラさん、それはまだ煮えてないから」

「おー……そうなのですか」

千鶴さんはそうやってライラさんたちのお世話をしてくださいました。
お鍋の中身が少なくなると、具材を足して。
食べられるようになったらみんなに配って。

「千鶴さんは食べないのですか?」

「ちゃんと食べてるから大丈夫。それに……」

「それに?」

「こうやってお世話するのも楽し……ハッ、い、いえなんでも」

「えへへー」

あったかいお鍋を三人で囲んで、とてもあったかい気持ちになりましたですよ。


――――――
――――
――

「しかしライラ、いつの間にアイスを買ってたんだ」

「えへへー」

デザートはライラさんのお小遣いでこっそり買っておいたアイスでございます。
お鍋の材料は千鶴さんと晶葉さんが出してくださいましたので、そのお礼なのです。

「でも、お鍋の後にアイスっていうのもいいかも」

「うむ、その点には同意だな」

美味しいものをみんなで分けると、その分だけ笑顔が増えるのでございます。
笑顔は幸せの素でございますので、それが増えるのは素敵なことなのですよ。


それからは自然に、レッスンの話になりましたです。

晶葉さんはいつも先頭に立ってみんなを引っ張ってくださいます。
出来ないことに挑戦するから楽しいのだと、いつも言っているのです。

千鶴さんはとても視野が広くて。
上手くいった時も、そうでなかった時も、いろんな意見をくれます。

ライラさんは、三人の中ではダンスが得意でございますので。
時々アドバイスをするのでございますよ。

「ステージか……楽しみだな」

「まだまだレッスンしないといけないけどね」

「あー……でも、きっと大丈夫なのですよ」

三人で顔を見合わせて、フフッっと笑って。
ステージがどういうものか、まだよく分かりませんですが。
でも大丈夫だと、そう思えるのです。


「む。そろそろいい時間だな」

「おー、もうそんな時間でございますか」

気が付くと、外は暗くなっています。
早く帰らないと明日が大変でございます。

「ぁ……」

「ふむ……ライラ、千鶴から何かあるらしいぞ?」

帰る準備をしているところに晶葉さんの声がしたので、そちらを振り返ると。
なぜか千鶴さんがびっくりしていました。

「え? でも、なんで……?」

「ふふん、天才をなめてもらっては困るな」

千鶴さんと晶葉さんが二人だけでなにかをお話しています。
なんだか楽しそうでございますね。


「どうかしたのでございますか?」

「あ……あのね?」

「はいです」

「これ……もしよかったらって……」

そう言って千鶴さんが差し出したのは、ちょっと大きめの紙袋でございました。
中に入っているのは。

「おー、お洋服でございます」

「あの、ライラさんあんまり服持ってないって言ってたから……」

そこまで言って、千鶴さんは慌てたように顔の前で手を振りました。

「でも、私なんかのお古じゃ嫌だよね。やっぱり……」

「そんなことはございませんです」

千鶴さんの優しい気持ちを、千鶴さんが否定しようとしていました。
それはとても悲しいことです。
だって、ライラさんはこんなにも嬉しいのですから。


「千鶴さんの気持ち、とっても嬉しいでございます」

「あ……」

「だから言っただろ、千鶴? ライラなら何でも喜ぶと」

あったかそうな服、可愛らしい服、カッコイイ服。
紙袋の中にはいろんなお洋服が入っていました。
この一つひとつに千鶴さんの優しい気持ちがこもっているのです。

「えへへー、ありがとうございますですよー」

「……うん」

お腹一杯のお鍋を頂いたばかりですのに。
心までポカポカで、幸せでいっぱいになってしまいましたですよ。

今日はちょっと頑張りました
お陰で、ようやく目途が立ちました
おそらくあと1、2回の更新で完結まで持って行けそうです

お付き合いいただけましたなら、幸いです


ニューイヤースタイルいいよね

>>105修正


そして、もう一つ思い出しましたです。
初めてニュージェネレーションの皆さんに会った日。
皆さんの目に何が映っているのかが気になって。
それを見てみたいと思った気持ち。

それは、ステージに立てば分かるかもしれないのですよね?

なら。

>>109修正


「おはよう、ライラ」

「晶葉さん、おはようございますですよ」

「ふむ。寒くはないのか?」

「あー、実はちょっと寒いでございます」

手に息を吐きかけながら、正直に答えました。
晶葉さんはコートを着ていてあったかそうでございます。

ライラさんのコートがお洗濯中なことをお伝えすると、晶葉さんは何かを考えているようでございました。
顔を上げると鞄の中に手を入れて、何かを探しているようです。

「……こんなものしかないが、無いよりはマシだろう」

そう言って取り出したのは、白衣でございました。
事務所の晶葉さんは、よくこの白衣を着ていらっしゃいます。

「ありがとうございますですよー」

手渡された白衣を着ると、とてもあったかかったです。
きっと、晶葉さんの気持ちがあったかいからでございますね。

以下、続きです


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いつもの公園も、桜が少しずつ咲きはじめましたです。
買い物帰りのママさんによると、あと一週間もすると満開になるのだそうで。
今からとても楽しみでございます。

「皆さん、準備はいいですか?」

ライラさんたちは、いよいよ本番を迎えていますです。
お化粧をしていただいて、お揃いの衣装を着て。
何だか別の人になったような気持ちでございます。

晶葉さんも千鶴さんも同じ気持ちだったようで。
三人で顔を合わせてクスクスと笑っていました。

そんな時、控室の扉をノックする音と一緒にプロデューサー殿の声が届きました。
もう一度三人で目を合わせて、しっかりと頷きます。

「準備万端でございますよー」

「はい、大丈夫です」

「ふふ、私の才能を世に知らしめる時が来たようだな」

それぞれにお答えすると、プロデューサー殿が入ってきて。
いよいよステージに向かうようです。
そんなに長くない道のりが、とても長く感じましたですよ。


「おー……」

「ふむ」

「これが……」

ステージのすぐそばまで来て、驚きましたです。
お客さんいっぱいでございます。
色んな人の色んな声が、大きな波のようにステージにぶつかっています。

ライラさんたちは、ここに立ってアイドルするのですか。

「実際に見ると凄いでしょう?」

「うん……本当に私たち、ここで……? 大丈夫なのかな……」

千鶴さんが、上の空でプロデューサー殿に答えます。
でもそれはきっと、ライラさんたちみんなが思っていたことなのです。
こんなにたくさんの人たちの前で歌って、踊って。
いつも通りに、レッスンの通りにできるのでしょうか。


「緊張するなとは、言いません。ですが、今までやってきたことを、隣にいる人を、信じてください」

短く切られた言葉がスッと入ってきました。
信じる。
今までやってきたことを。
隣にいる人を。

レッスンは大変でしたが、頑張ってやってきましたです。
それは、晶葉さんが、千鶴さんがいたからできたことなのです。

自然と三人の目が合って。
みんな同じことを考えているのが伝わってきました。

「ならば私は、みんなを信じて先陣を切るとするか。フォローは頼んだぞ、千鶴?」

「……うん、任せて。ライラさん、見せ場ではよろしくね?」

「はいですよ。えへへー、千鶴さんが見ていてくださると安心ですねー」

ライラさんも、晶葉さんも、千鶴さんも。
声がちょっとだけ震えていて。
でも、目はしっかりと前を見て。

これならきっと、大丈夫なのです。


「おやおや? これは無駄足だったかな?」

後ろから、おどけたような明るい声が聞こえました。

「おー、未央さん」

「私たちもいますよ!」

「え……ニュージェネレーションの皆さん……?」

千鶴さんの驚いた声に振り返ると、そこには今日の主役の皆さんがいました。
元気いっぱいの未央さん。
ふんわり柔らかい笑顔の卯月さん。
ちょっと心配そうな凛さん。


「激励……のつもりだったんだけど、必要なかったかな」

「いえ、わざわざありがとうございますっ」

「いや、同じ事務所の仲間なんだからさ……そういうの止めない?」

勢いよく頭を下げた千鶴さんに、凛さんが困った顔をしています。

「ステージ、楽しみしてるからね」

「期待に沿えるよう、精一杯頑張ろうじゃないか」

「おお、自信ありげだね」

その横では、未央さんと晶葉さんが楽しそうにおしゃべりしています。

「ライラちゃん、緊張してませんか?」

「あー……実は少しだけしてるでございます」

「じゃあ、リラックスできるおまじないですっ」

そう言って卯月さんはライラさんの手を取りました。
あったかくて、柔らかくて、ライラさんの心がほぐれていくようでございます。
人の手には、こんな力があったのですね。

「えへへー、もう大丈夫でございますよ」

「ふふ、よかったです」

ライラさんの手にも、こんな力があるのでしょうか。
……あるといいな、と思いましたです。


「さあ、そろそろ時間ですよ」

プロデューサー殿の声に顔を上げて。
三人で並びます。
あとちょっと前に進んだら、そこはもうステージ。

でもその前に。

ライラさんに、卯月さんと同じことが出来るのかは分かりませんけれど。
手を差し出します。
何も言っていませんのに、三つの手が重なりました。

「三人なら、きっと大丈夫なのですよ」

「まったく根拠はないがな」

「でも、晶葉ちゃんもそう思ってるんでしょ?」

「論理的ではないが、その通りだ」

「えへへー」

重ねた手をぎゅっと握って。
視線を合わせて、前を見て。
せーので一歩を踏み出します。

ライラさんたちを待っていたのは。

大きな歓声と。
眩しい照明と。
響きわたる音楽と。
客席の光の海と。


――――――
――――
――

それはとても長い出来事で。
それはほんの一瞬の出来事で。
まるで、夢でも見ているようでございました。

でも、そうではないのですよと。
ライラさんのすぐ近くから聞こえる、二つの息遣いが教えてくれましたです。

蜃気楼のようにユラユラフワフワしていた意識が、少しずつはっきりしてきて。
それに気づきました。

ライラさんたちに向けられた拍手の音。
波のように揺れる客席の光。
包み込むような歓声。

そして。

辺り一面に咲き誇る、笑顔の花。

『これが……アイドル…………』

無意識の内にこぼれた呟きは、晶葉さんにも千鶴さんにも届かなかったと思いますです。
もし届いていても、何を言っているのかは分からないのでしょうけれど。

体は疲れていますのに、心がポカポカで。
照明が落ちるその時まで、ライラさんは必死に手を振り続けました。


――――――
――――
――

「お疲れ様でした」

ステージの袖では、プロデューサー殿が待っていてくれました。
ライラさんたちの初めてのステージ、終わってしまったのですね。

ライラさんたちは、ちゃんとできていたのでしょうか。
まだ頭がボーっとしていて、ステージでのこともあまり覚えていなくて。

でも、そんな心配はすぐに消えてしまいました。

「うんうん、良いもの見せてもらったよ!」

「はいっ、とっても素敵でした!」

「これは、私たちも負けてられないね」

未央さん、卯月さん、凛さん。
次にステージに立つ皆さんがそう声をかけてくれたのです。

「もう、無我夢中で……」

千鶴さんのその言葉は、ライラさんも晶葉さんもきっと同じなのです。

「やれることはやった、と思いたいのだがな」

「皆さん笑顔になってくれましたので、大丈夫だと思うのですよ」

今も客席からの声が届いてきます。
その声を聞いていると、そう信じることが出来ました。

「じゃあ、ここらで先輩らしいところをお見せしましょうか」

「だから、そういうのはいいって」

「ふふっ、頑張りましょうね!」

ライラさんたち三人の肩をポンとたたいて。
ニュージェネレーションの皆さんが駆け出していきます。
主役を迎える準備ができたステージへと。


「……!」

地面が揺れたかと思いましたです。
それくらいに大きな歓声。

ライラさんたちを迎えるように、応援するように響いていた声は。
今、期待と興奮で爆発しているようでございます。

ステージの三人は、それに負けないくらい堂々としていて。

「かっこいい……」

ポロリとこぼれた千鶴さんの呟き。
それは、ライラさんが感じたことと同じでございました。

音楽が流れ出して。
一層大きくなった歓声を前にして。

ステージから客席へ。
客席からステージへ。

目に見えない何かが交わされているようでございました。

「……すごいな」

「……はいです」

どこまでもどこまでも高まり続ける熱気と。
一つに溶け合っていく歓声と。
どんどん輝きを増していく三人に。

ライラさんも晶葉さんも、千鶴さんも。
魂を掴まれていました。

これが、アイドルなのですね。


その日、ライラさんは故郷のママへ手紙を書きました。

一人になってからのこと。
ライラさんが出会った、たくさんの人たちのこと。

そして、アイドルのこと。

日本でいただいた、数えきれないくらいの嬉しい気持ちや楽しい気持ち。
もしかしたら、アイドルをすることでそれをお返しできるのかもしれないと。

ライラさんの幸せを、おすそ分けできるかもしれないと。

まだまだ始まったばかりで分からないことも多いですけれど。
アイドルを頑張ってみたいと思っていることを。

ステージに立って。
ステージを見て。

ライラさんが思ったことを、そのまま文字にしましたです。


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初めてステージに立ってからのことでございます。
学校に行くと、ライラさんに向けられた視線を感じるようになりましたです。

日本に来てすぐのころも、同じように見られているなーと感じたことはあるのですが。
その時とは、ちょっと違う感じなのです。
珍しいものを見る時の雰囲気ではなくて、もっと違う気持ちが込められているように感じますです。

それがどういうことなのか、よく分からないまま教室に入ると。
隣の席のお友だちが正解を教えてくれましたです。

「おはようございますですよー」

「あ、ライラおはよ」

ご挨拶をして席に着くと、椅子ごとこちらを向いて質問をされたのです。

「ライラがアイドルって、ホント?」

この前のライラさんのステージを見に来た方がこの学校にもいたそうなのです。
そして、それが噂になって広まったのをお聞きになったとのことでございました。


「やっぱりアレ? テレビとかにも出ちゃうの?」

「それはまだまだ先のお話でございますねー」

ライラさんはまだデビューしたばかりでございますので。
しばらくは今まで通りにレッスンが中心になるそうでございます。

「ふーん。ま、とにかくさ、頑張ってよね!」

「はいですよ」

それから、小さなお仕事を一つずつしっかり頑張って。
そうすればもっと大きなステージに立つことも出来るそうなのです。

ステージの後にプロデューサー殿から聞いたことを説明すると、応援してくれました。
とても嬉しいでございますね。



「いずれはライラも有名人かぁ」


その一言が頭の中で弾けて。
今まで見えていなかった、とても重要なことに気付いてしまいました。

レッスンを頑張って。
アイドルのお仕事も一生懸命取り組んで。

そうすればもっとたくさんの人に、幸せのおすそ分けができるのです。
今はまだ力が足りませんけれど、色んな経験をして、そうできるようになりたいです。

でも。

たくさんの人にライラさんを見てもらうということは。
色んな人がライラさんのことを知るということは。

パパに見つかってしまう可能性が高くなる、ということなのでございます。
それは、とても困るのです。

だって、まだライラさんは見つけていないのですから。
パパに届ける、ライラさん自身の言葉を。


「ん、どうかした?」

「あー……」

やっぱりライラさんは分かりやすいようでございます。
お友だちを心配させてしまいましたですよ。

ですがこれは、ライラさんが自分でなんとかしないといけないのですよね。
でも、どうやってお伝えすればいいのでしょうか。

「……ライラ、相談ならいつでも聞くからね?」

迷っていることも顔に出てしまっていたのでしょうか。
先回りして、そう言ってくださいました。

「今でも、あとでも、いつでも、ね?」

「…………ありがとう、ございますですよ」

こんな風に言ってくれる方とお友だちになれたこと。
それがとても嬉しくて。
それがとても誇らしくて。

ライラさんは、幸せ者でございます。


――――――
――――
――

アパートを出た時は、良いお天気でございました。
学校を出ると、一面に雲がかかっています。
まるで、ライラさんの気持ちそのままのようでございます。

帰り道、自然と公園に足が向いていました。
ベンチに腰かけて空を見上げると、やっぱり一面に雲。
雲の向こうにお日様がいるのが、ボンヤリとわかります。

結局、今日の授業は全然頭に入りませんでした。
ライラさんはどうすればいいのでしょうか。

それだけがグルグルと頭の中を駆け回っています。


「…………」

目を閉じると、今でもはっきりと見えるのです。

ステージから見た景色を。
ステージの袖から見た情景を。

ライラさんたちの一生懸命の応えてくれた、たくさんの笑顔。
ニュージェネレーションの皆さんがお客さんと交わしていた、目に見えない何か。

きっと、たくさんの気持ちを乗せてステージに立っていたのでしょう。
お客さんはそれに応えて声を上げ、熱い気持ちを届けていたのでしょう。

ライラさんには、まだ出来ないと思いますです。
でも、いつかあんな風になりたいと思いましたです。

でも。

その為に頑張ると、アイドルが出来なくなるかもしれないのです。
それは……嫌でございます。


「あー……」

やっぱり雲は晴れませんです。

「あら、ライラちゃん」

どれくらいそうしていたでしょうか。
雲の向こうのお日様がどこにいるのか分からなくなっていました。

そんなライラさんの耳に届いたのは、この頃聞き慣れてきたキレイな声でした。

「……楓さん」

きっと、今のライラさんは暗い顔をしているのです。
友だちにもよく、ライラさんは分かりやすいと言われていますですから。
でも、楓さんは何も言わずにライラさんの隣に腰かけました。

風が吹いて、雲が流れて、それでもお日様はどこにいるのか分かりません。
楓さんは、ただそっと、ライラさんの隣にいてくださいます。

なぜなのでしょうか。
心が少しだけ軽くなったような気がします。

「ありがとうございますですよ」

ライラさんの言葉に、楓さんの視線がこちらに向きました。
左右で色の違う、神秘的な瞳。
そこには今、優しく包み込んでくれるような光が見えました。


「私は口下手で、こうやって傍にいるくらいしかできませんから」

自分を責める様な声でございました。
ライラさんは勝手に、楓さんは何でもできる方だと思っていましたです。
でも、そうではなかったのでございますね。

楓さんにだって、出来ないことがあるのです。
それを悔しく思うことがあるのです。
そんな当たり前のことを、ライラさんは今気づくことが出来ました。

そして楓さんは、それでもご自分で出来ることをしてくださっているのです。
その優しさが心に沁みこんできます。

「こうして隣にいてくださるだけで、すごく嬉しいのですよ」

「なら、よかったです」

そう言って、楓さんは安心したように微笑みました。
その笑顔を見て、ライラさんは決めました。
楓さんにお話を聞いてもらいたいのです。

「ライラさんのお話、聞いていただいてもよろしいですか?」

「はい。それでライラちゃんの気持ちが晴れるなら、喜んで」

もしかしたらご迷惑かも、なんていう心配はいらなかったようでございます。
ライラさんの言葉をしっかり受け止めて、まっすぐに向き合ってくださいました。


「ライラさんが家出してきたことはご存知だと思いますです」

「はい」

パパの結婚話から逃げてきたこと。
アルバイトをクビになってお金に困っていたこと。
プロデューサー殿に声をかけられて、アイドルになったこと。

そんなライラさんの事情は、皆さんには説明していますです。
それに楓さんは、ライラさんがスカウトされた時に一緒にいました。
だからなのでしょうか。
楓さんは、よくライラさんに話しかけてくださいます。
そして、そんな楓さんをお姉さんのように感じているのですよ。

「この前ステージに立って、ライラさんは初めてアイドルが少しわかったのですよ」

相変わらずお日様はどこにいるのか分かりません。
でも、もっとあったかくて頼もしい方が隣にいるから。
言葉がどんどんあふれてきます。

「もらってばかりだったライラさんが、お返しを出来ることを知りましたです」

優しくされたら、優しく。
幸せは、みんなでおすそ分けしてもっと大きな幸せに。

それが、小さいころからライラさんが教えられてきたことでございます。
アイドルは、それができるのです。

「ですので、ライラさんはアイドル頑張ろうと思いました」

楓さんは時々相槌を打つだけで、静かに話を聞いてくださっています。
ライラさんの気持ちがちゃんと伝わっていると、目で教えてくださいます。


「ですが、有名になってしまうと、ライラさんはパパに見つかってしまうかもしれないのです」

見つかったら、連れ戻されてしまうかもしれませんです。
もうアイドルはできませんです。
それだけではなくて、お世話になった人たちにご恩を返すこともできないのです。

「それは、とても困るのでございます」

パパの娘ではなくて、ライラさんの言葉。
アイドルを頑張っていけば、それを見つけられるような気がしたのです。

それをパパに届けるためにも。
でも。

「でも、どうすればよいのか分からないのですよ」

一人しゃべり続けていたライラさんが言葉を切ると、冷たい沈黙がやってきました。
辺りも薄暗くなってきていて、もう少しで街灯さんの出番でございますね。


「……こういう時、気の利いたことが言えたらいいんですけど」

そう呟いた楓さんは、悲しそうな表情をしていました。
こんな楓さんを見るのは初めてで。
そんな顔をして欲しくなくて。

「お話したら、ずいぶん楽になりましたですよ」

でも、そんなことしか言えませんでした。
だから、精一杯の笑顔で答えました。


フワッと。
ライラさんの頭があったかいものに包まれました。

「こんなことしかできなくて、ごめんなさい」

頭の上から楓さんの声が降ってきました。
優しい声が、心の奥で固くなっているものを溶かしていくようです。

「……でもライラちゃん、これだけは覚えておいてね」

誰かにこんな風にしてもらうのは、いつ振りでございましょうか。
ふと、日本までついてきてくれたお姉さんの顔が浮かびました。

「ライラちゃんは一人じゃないんです」

お別れが決まった、あの日以来でございますね。
ずっと前の出来事のようで、つい最近のことのようにも思えます。

「私だって、みんなだって、力になりたいと、そう思っていますから、ね?」

やっぱりライラさんは幸せ者でございます。
こんなにも優しい人たちに巡り合えたのですから。

「えへへー、ありがとうございますですよ」

体を離して、しっかり目を合わせて。
ライラさんの今の気持ちが伝わるように。

ライラさんたちの周りを、街灯がふんわりと照らしていました。

本日はここまで
次で完結できるかと思います

お付き合いいただけましたなら、幸いです

おつおつ

>>147修正


「…………」

目を閉じると、今でもはっきりと見えるのです。

ステージから見た景色を。
ステージの袖から見た情景を。

ライラさんたちの一生懸命に応えてくれた、たくさんの笑顔。
ニュージェネレーションの皆さんがお客さんと交わしていた、目に見えない何か。

きっと、たくさんの気持ちを乗せてステージに立っていたのでしょう。
お客さんはそれに応えて声を上げ、熱い気持ちを届けていたのでしょう。

ライラさんには、まだ出来ないと思いますです。
でも、いつかあんな風になりたいと思いましたです。

でも。

その為に頑張ると、アイドルが出来なくなるかもしれないのです。
それは……嫌でございます。

以下、続きです


***************************


その次の日、プロデューサー殿にも同じ相談をしましたです。
ちひろさんも一緒に話し合って、とりあえず目立たないお仕事を頑張るということになりました。
すぐに解決できることではございませんので、仕方がないのでございます。

もしパパに見つかってしまったら。
パパが許してくれなかったら。
パパが怒ってしまったら。

その時にかけてしまうご迷惑はどれほどのものでしょうか。
それなのに。

「それでも、ライラさんはアイドルを続けたいんですね?」

「大丈夫ですよ、ライラちゃん。私たちはそんなにヤワじゃありませんから」

そう、請け負ってくれたのです。
涙というのは、嬉しくても流れるのもなのですね。
ライラさん、初めて知りましたです。


――――――
――――
――

その日は、事務所のみんなで握手会のお仕事でございました。

楓さんやニュージェネレーションの皆さんの所には長い列が出来ています。
ライラさんの所の列はそんなに長くありませんでしたが、こういうことは比べることではないのですよ。

応援してくださる方がいるということが、とてもとても嬉しく感じましたです。
一人ひとりとしっかり目を合わせて、短い時間ですがおしゃべりをして。
今日来てくださった方の顔を覚えられるように頑張りましたです。


「おお、ホントにアイドルだ」

そう声をかけてくれたのは、クラスのお友だち。
今日のお仕事のことは言っていませんでしたのに、来てくださいました。

「応援してるからさ、頑張ってよね」

この前心配をかけてしまったことを忘れてしまったかのように。
ウィンクをして去っていってしまいました。

けれど、ライラさんは知っていますです。
忘れているわけではないのだと。
ライラさんがアイドルに悩んでいるのではないかと、心配して来てくれたのです。
握手をしておしゃべりをすれば、それくらいは分かるのですよ。


普段はレッスンを頑張って。
時々こうやって小さなお仕事をして。
少しずつですが、アイドルが分かってきました。

まだまだライラさんは力不足でございますので、色んなことを頑張らないといけません。
そうしていつかは。

そう思うのですが、一番の問題はそのままで。
ライラさんを応援してくださる声に対して、そのことが申し訳なく思えてしまいます。

けれど。

重い足取りでアパートに帰ったライラさんを待っているものがありました。
ポストに投函された、一通のお手紙。
そこにあるのは、懐かしい文字、懐かしい筆跡。

故郷のママから届いたそのお手紙に。
一つの答えが書いてありました。


***************************


「プロデューサー殿、少しお付き合いくださいませんでしょうか」

「……分かりました」

今日はライラさんはお休みの日なのです。
だから、事務所にやってきました。

プロデューサー殿はそんなライラさんを問いただしたりしません。
お仕事が一段落したところに声をかけると、ライラさんについてきてくれました。

大事なお話があること、バレてしまっているようでございます。

いつもならおしゃべりしながら歩くのですが、今日は違います。
お話をする場所は、もう決めているのですよ。


辿り着いたいつもの公園、いつものベンチ。
それは、ライラさんがアイドルになるきっかけを作ってくれた場所。
今のライラさんにとって、とても大切な場所です。

公園の桜はだいぶ散ってしまっています。
それが少し残念でございました。

プロデューサー殿と並んでいつものベンチに腰かけて。
それでもプロデューサー殿は黙ったまま。
まるで、ライラさんの準備ができるのを待ってくれているようです。

「……プロデューサー殿」

「はい」

「ライラさん、トップアイドルを目指しますですよ」

目を大きく開いてこちらを見るプロデューサー殿に一つずつ説明していきます。
なんでライラさんがそう決めたのか。
この決意をさせてくれた、ママからの手紙のことを。


ママは、喜んでくれていました。
ライラさんが元気にやっていること。
周りの皆さんが優しい方ばかりなこと。

そして何より。
ライラさんが、自分でやりたいことを見つけたことを。

そのママの言葉で気付くことが出来ました。
こんな風に自分でやりたいと思えることに出会えたのは、初めてのことなのです。

礼儀や作法は必要だったから。
歌や踊りはパパに勧められたから。

もちろんそれが嫌だったわけではないのでございます。
練習して、上達して、周りの人たちが笑顔になってくれるのは嬉しかったのです。
褒めてもらえるのも好きでございました。


けれど、故郷にいた頃のライラさんはお人形さんだったのでございますね。

日本に来て、アイドルになって。
やっと、わたくしはライラさんになったような気がするのですよ。
だから、それを取り上げられたくないのです。
大好きなパパだからこそ、それをして欲しくないのです。
それをさせたくないのです。

ライラさんも知らなかったライラさんの気持ち。
それをママは分かってくれていたのですね。


ママは、ライラさんのことを応援してくれると言ってくれました。
娘が自分で選んだ道を、親が応援するのは当たり前だと。

パパは、ライラさんが家出したので、ちょっとだけ反省しているようでございます。
それでもまだ、結婚のことを諦めていないようなのです。
それはそれで、パパらしい気がしますですよ。

手紙の最後には、こう書いてありました。
どうせなら、立派なアイドルになりなさいと。
パパが口出しできないくらいに、堂々としたアイドルになりなさいと。

そうすればきっと、パパも喜んでくれるから、と。


「…………なるほど」

ママからもらった言葉。
ライラさんの気持ち。
プロデューサー殿は、急かすことなく話を聞いてくださいました。

「だから、ライラさんはトップアイドルを目指しますです」

もう一度、決意を伝えます。
ライラさんがそうしたいと、自分で決めたこと。

「分かりました」

そう言って頷いたプロデューサー殿は、笑顔でございました。

「トップアイドル、なれますですか?」

ライラさんはアイドルのことを知り始めたばかりでございます。
だから、トップアイドルというのがどういうものか、よく分からないのですよ。


「安請け合いはできません」

プロデューサー殿は、腕を組んで視線を空に向けます。
そして、丁寧に言葉を選びながら説明してくれました。

「アイドルは、ファンと一緒に成長していくものですから」

その言葉に、この前の握手会のことが思い出されました。
ライラさんを応援してくれる方。
ライラさんに期待してくれる方。

そんな皆さんに応えたいと、そう思いました。
それが、アイドルとして成長するということなのでしょうか。

「ですが、ライラさんならきっと大丈夫だと思います」

「そうなのですか?」

「ライラさんは、一番大事なことをわかっていますから」

アイドルにとって一番大事なこと。
それはなんでしょうか。

「ライラさん風に言うなら、幸せのおすそ分け、ですよ」

「おー……」

ライラさんがアイドルとして頑張りたいと思った一番の理由。
色んな人にいただいた嬉しいや楽しい、幸せをお返ししたいという気持ち。
それを忘れずにいたら、トップアイドルになれますですか?


「あとは、そのやり方を見つけるだけです」

視線をこちらに戻したプロデューサー殿と目が合います。
優しくて力強い、そんな目でございました。

楓さんもおっしゃっていました。
ライラさんは一人ではないのです。
プロデューサー殿も、ちひろさんも、一緒にアイドルをする皆さんもいるのです。

それに、今はまだ少なくても、応援してくれるファンの方もいるのです。
だからきっと、大丈夫なのですよ。


「分かりましたです。ライラさん頑張りますですよ」

強い風が吹きました。
ライラさんの背中を押すようなその風は、残っていた桜の花びらを空に舞わせます。
暴れる髪に手を当てて振り返ると、花はほとんど残っていませんでした。

でもいいのです。
来年はたくさんの人と一緒に満開の桜が見られるのです。
そんな予感がしました。

「プロデューサー殿、あらためてよろしくお願いしますです」

予感を現実にするために。
ライラさんがライラさんであるために。

ライラさん、もっともっと頑張りますですよ。



<了>

以上でこの話はおしまいです

ライラさん誕生日おめでとう
何とか間に合って本当に良かったです

もしこのSSでライラさんに興味を抱いてくれる方がいたなら
これに勝る喜びはありません


お付き合いいただきまして、ありがとうございました

お疲れさまでした。思わず、ぐっときました。ありがとうございました。
ライラちゃん可愛い……!!


ええ話や・・・

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