修羅場から始まる平安ライトノベル (4)

「昨晩どこに行ってた?」

胸ぐらを掴み、妻の小春はいつものように僕のように詰め寄る。

痩せっぽちできつめの眉。

鼻は少し高く、まるで異人のように彫が深い。

おまけに女の命とも言える髪をバッサリと切ったショートカット。

ここまで並べれば分かると思うが、つまり僕の妻はブスなのだ。

ブスのくせに、僕が他のいとミヤビなおなご達と一晩の契りを交わすことに対して、鬼のように癇癪を起こす。

僕は肩をすくめ、やれやれという風に頭を振った。

「何がやれやれだ!」

「おじゃっ?!」

ベチンと派手な音を鳴らし、小春は僕の頬を平手ではたいた。

顔の左半分がジンジンと痛む。

――少し目から夜露が零れ落ちそうになったことだよ。

「もう一度訊く。昨晩どこに行ってた?」

大和撫子から程遠い、大きな眼が僕をギロリと睨みつける。

僕は袴がぐっしょりと濡れていくのを感じながら、やっとやっと答えた。

「さ、昨晩は朝忠殿と酒盛りをしていたでおじゃる……」

「酒盛り……?」

訝しげな顔の小春は、僕の着物に顔を近づけ、スンスンと香りを嗅いだ。

冷汗が一筋、僕の首元を滑って行く。

「お香の香りだな……」

「あ、朝忠殿が世にも珍しきお香を手に入れたとかで……」

胸ぐらを掴む力がギリリと強くなった。

「この香り……少納言のとこか!」

「ひい! 何で知ってるでおじゃる?!」

「私を裏切った挙句、嘘までついて……」

小春はシャッと縁側の御簾を下ろした。

それと同時に僕の膝はガクガクと震えだす。

この御簾を下ろすという動作は、今からご近所に見せられないような制裁が待っているという合図なのだ。

「待つでおじゃっ! 正妻はそなただけでおじゃる!」

「たりめーだろ」

「だ、だからねんごろに想っているのはそなただけっていうか……おじゃっ?!」

僕が必死の弁解をしている最中にも関わらず、小春は僕の耳を掴んで引っ張った。

「じゃあどれだけ私を愛してんのか、歌でも詠んでもらおうか……?」

「い、いとおかし……」

三十一文字で今後の処遇が決定するという、極限の緊張状態。

僕は歌の題材になりそうなものを探して、部屋中を見回す。

しかし目に映るのは畳と屏風ばかり。

一応安物のお香も焚いているみたいだが、今お香で詠むのは自殺行為以外の何物でもない。

観念したつもりで、僕は小春をおどおどと見つめる。

そこでふと、歌の題材になりそうな物に気づいた――。

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「よ、詠むでおじゃる!」

「こっちが恥ずかしくなるくらい熱い想いを詠んでみろ」

小春はまるで見下したような目で僕を見る。

僕があまり歌を詠むことが得意でないことを知っているのだ。

しかし今思いついた起死回生のこの一首ならば、少しは制裁に手心も加えてくれようぞ!

「歳月を――」

「うん」

「重ねてできた――」

「おう」

「小ジワかな……痛い痛い! 痛いでおじゃっ!」

まだ詠み終る前に、無言でかけられるアームロック。

これは本気で折りに来ている。

「ま、まだ! まだ下の句が残ってるから!」

「じゃあ残りの14文字で挽回してみろっ! ほら言えっ!」

「言う! 言うからっ! お、怒ると余計――」

「うん」

「増えることだよ……痛い痛い! アーッ!」

「何でそんな火に油を注ぐようなのを詠んだ?! え?!」
 
「だって小ジワが増えるのを嫌がって怒らなくなるかと! 痛い! ホントに痛い!」

「誰のせいで最近増えてると思ってんだ!」

「悪かったでおじゃっ! 僕のせいでおじゃっ!」

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