【ミリマス】「走れ麗花」 (198)

※ ミリマス内のエイプリルフールイベント
 「れいかのとある一日」のネタバレをモロに含みます。

===プロローグ「北上麗花の優雅な朝」

 麗花は起床した。

 春はあけぼのやうやうの。目覚まし時計をベッドの上からはたき落とし、
 シーツを纏ったままもぞもぞと、芋虫のように床へずり落ちる。

「ふぇ」

 寝ぼけまなこを擦りながら、小さな欠伸を眠たげに一つ。
 それから今度は猫のように体を伸ばし、大きな欠伸を二つ三つ。

 意識が徐々に晴れ出すと、次の瞬間にはびっくり箱から
 飛び出すピエロ人形もかくやといった勢いで、ビョンと体をはね起こした。

「うん、いい朝!」

 お目々パッチリ寝起きもバッチリ。
 夢の世界から復帰五分で、暖気完了エンジン全開、北上麗花始動である。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491002162


「今日は~、何を~しようか~な~……ふふふん♪」

 鼻歌交じりで部屋の中を散策、いや探索。

 北上麗花探検隊は洗濯物でできた丘を越え、出し忘れていたゴミ袋の山を迂回して、
 九龍城ともタメを張れるほど複雑かつ乱雑緻密なバランスで積まれた小物の載ったテーブルの下、
 前人未到の大秘境から、財宝の入ったビニール袋を探し当てた。

「よいしょっと」

 ぐわらぐわらがっしゃん。麗花の腕の一薙ぎで、脆くも崩れ去る旧九龍とテーブルの隣に生まれる新九龍。
 そうしてできたスペースに、彼女は持っていたビニール袋の中身をぶちまける。

 するとドサドサと派手に出てくるのは、パンにおにぎりにお菓子にお茶。要するに彼女の朝食だ。

 もそもそと食べ物で一杯になった口を動かしながら、今度はタンスの中身を引っ張り出す。
 服を着て、髪を直し、鞄にあれやこれやと詰めこむと、麗花は元気よく自宅を飛び出した。

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 進行目標はズバリプロデューサー。
 久々に訪れた休日を、彼女は彼と過ごすことに決めたのだ。

===1.「オープニングステージ:事務所」

「来ちゃいました」と笑顔で報告する麗花に対し、
 プロデューサーは「お、おう」と曖昧に答えることしかできなかった。

「こんにちは、プロデューサーさん♪ 今日も地味で普通で素敵ですね♪」

 相変わらずの麗花節。褒めているのか貶してるのか、判断に困る挨拶を受けてプロデューサーが頭を掻く。

「こんにちはって……まだ朝だぞ?」

「あっ、じゃあじゃあおはようございます!」

「いや、うん。おはよう! ……じゃなくてだな。
 朝は朝でもまだ六時半。始業は九時で、いくら何でも早すぎだろ」

 そう言って事務所の壁掛け時計を指さすと、麗花はキョトンと首を傾げ。

「でも、プロデューサーさんはいるじゃないですか」

「そりゃ、俺は仕事があるからな」

「私はお仕事ありませーん♪」

「知ってる。スケジュールをオフにしたのは俺だ」

「だからほら、来ちゃいました」


 先ほどから微妙に噛み合わない二人の会話、一方通行の意思疎通。

 日々の忙しさを忘れられる折角の休日だというのに、どうしてこの娘はココにいるのか?

 プロデューサーには理解できない。

 もしも自分が休みを与えられたなら、その日は一日中家に籠って惰眠と安穏を貪る自信があるからだ。

 ……ちなみに付け加えておくと、前回彼が完全な一日オフを貰ったのがいつだったか、
 本人どころか事務所内でも正確に把握している者はいない。

 にも関わらず、まるでそうするのが当然のように現れた麗花は既に背負っていたリュックをソファーに置き、
 談話用のテーブルの上へ、何やらごちゃごちゃと私物を広げ始めていた。

 その自由気ままな振る舞いに、プロデューサーは諦めた様に肩をすくめると。

「でもまぁ……来ちゃったものは仕方ないなぁ」

「予定は正直無かったですけど。何をしようか考えてたら、自然と足が向いちゃって」

 大きなスケッチブックとクレヨンを手に、麗花がプロデューサーへと振り返る。


「アレコレ迷ってるうちに、事務所の前に着いちゃってました♪」

「まるでクラブの迷惑OBだな」

「プロデューサーさんと遊ぼうと思って、色々と持って来たんですよ? ほらほら、落書き帳に積み木とか!」

 追記、北上麗花に皮肉は通じず。

 そしてその舌の根も乾かぬうちに、言ってることが矛盾する。
 予定は無いのに遊ぼうと思ったってそりゃお前……確固たる目的があって来てるじゃないか!

 だが、プロデューサーは大人である。
 年齢にしても、三つ四つは彼女より上だ。

 要は余裕があるワケであり、忙しい朝の準備時間にやって来た彼女を邪険に扱うほど心の狭い男でも無い。

 とはいえ、素直に彼女に付き合っていては、
 例えどれだけの時間があったとしても仕事に支障をきたすのは必至。

 彼はできる限り穏便に、なおかつ麗花を傷つけたりはしないよう言葉を選んで話し出した。


「うん、確かに魅力的な誘いだが……悪いな麗花。俺にはご覧の通り仕事があって、相手をするのは難しそうだ」

 そう言って、彼はデスクの上に積まれた書類の山を披露する。

 目的は二つ。

 実際に手をつけねばならぬ仕事の量を物理的に示すことにより、彼女に忙しさをアピールするのが一つ目で、
 第二の目的は向こうから「それじゃ、仕方ないですね」と自粛の言葉を引き出すことだ。

 だがしかし、麗花はまじまじとプロデューサーのデスクを眺めると。

「お仕事って、机の上のお掃除ですか?」

「えっ」

「だったら私、手伝いますよ。お片付け得意分野です♪」

 言うが早いか書類の束に手を伸ばそうとする麗花を、
 プロデューサーが必死の形相で止めに入る。


「待て待て待て待て違うんだ!」

「大丈夫ですよプロデューサーさん。こういうのはまず、一つの袋にまとめちゃって……」

「いいから! 俺は汚れた机が好きだから!」

「……見た目は全然平凡なのに、変わった趣味があるんですね?」

「キレイなお目々でありがとう! だけどな? 机の上は触らないの!」

 途端にシュンとすると言うよりは、残念そうな顔になる麗花。

 少々強く言い過ぎたかとプロデューサーが気まずそうにしていると、
 彼女は「そこまで嫌がられるようじゃ仕方ないですね」と悲し気な声で呟いた。

 事務所に漂う空気が凍る。悲痛な面持ちで佇む美女と、彼女を厳しく見据える男。
 事情を知らぬ者が見れば悪いのは冷血無慈悲なプロデューサーの方であり、麗花は完全に被害者だ。


「やっぱり私、帰ります。……今までお世話になりました……うぅっ!」

 最早場の空気は完璧に、メロドラマにおけるソレであった。

 嗚咽を堪えるように口元へと手を当てて、その長い髪を翻して部屋を出ようとする麗花。

「ま、待ってくれっ!」

 プロデューサーが座っていた椅子から腰を上げ、逃げる彼女を引き留めようとその手を伸ばし呼びかける。
 ドアノブに手を添えたまま、ピタリと動きを止める麗花。

「待ってくれ麗花。俺が、俺が悪かったよ……」

「……ぐすん」

「君を不用意に傷つけるなんて、プロデューサー……
 いや、男としても失格だ! 俺は、俺は自分のことが恥ずかしい!」

 そうして彼は詫び始めた。

 仕事を理由に麗花の誘いを断ろとしたことを、彼女のお片付け得意発言に、正直疑問しか抱けなかったことも。
 そして何より彼女の来訪を快く迎え入れなった、自分の器の小ささを。


「だが、こんな俺にもう一度だけチャンスをくれるなら……今から、一緒に遊んでくれないか? 
 それこそ○×ゲームでも積み木崩しでもなんでもいい! 麗花の、麗花がしたい遊びに対して、俺も全力で応えたいんだ!」

 男の全身全霊を込めた謝罪を聞いて、麗花がゆっくりと振り返る。
 その顔は未だ冴えないが、彼女は形の良い唇をゆっくりと動かし、震える声で返事する。


「……なら、最初は人生ゲームから」

 この瞬間、本日もプロデューサーの残業が確定した。
 落涙しても社畜に神はおらず、また世は押しなべて非情である。

===

 こうして始まった人生ゲームは参加人数僅かに二人。

 しかしその道なりは波乱万丈過酷な物で、およそ二時間に渡って繰り広げられた熱い戦いが終わる頃には、
 プロデューサーは精も根も尽き果てその風貌は廃人のようにもなっていた。

 それがつまり、どういうことかと説明すると……。

「1、2、3、4……はい上がりでーす♪」

 麗花の操作する車。「ビュンビュン丸」がゴール地点へと一足先に置かれた後でなお、
 プロデューサーは頑なにゲーム終了から拒まれていた。

 何度も回すルーレット。ピタリと届かない憎らしい出目。

 全力で相手すると宣言してしまった以上、途中でギブアップするのもカッコ悪い。
 まさに彼は、悪い意味で意地になっていたのである。


「畜生、ちくしょう! チクショーっ!!」

 既に怒りは通り越し、情けなさにヤケてゴールを目指すプロデューサー。
 その隣ではすぅすぅと、暇を持て余した麗花が可愛らしい寝息を立てていた。

 仮にも仕事場である事務所に置いて、なんとも気の抜けた光景である。

「今度こそ、今度こそ……っ!!」

 そして何十回目かのトライの後、遂にプロデューサーはゴールのマスへ駒を進める。
 喜びに思わず感極まり「よっしゃあっ!」とガッツポーズを決める彼に横から声をかけた者がいた。

「おやおや君は、朝から随分と嬉しそうだねぇ」

「そりゃそうですよ。なんたって二時間に渡る熱闘のフィナーレですから!」

「ほう、人生ゲームを二時間もかい」

「はい、人生ゲームを二時間です!」

 だがしかし、ここで彼は気づくべきだった。
 いや、本当はとっくに気づいていたが、勢いに乗せて誤魔化そうとしたのかもしれない。

 どちらにせよ、声の主はプロデューサーの肩にポンと手を置くと。


「後で、社長室に来るように」

 これが後に、飲みの席で何度も酒の肴として語られることになる「早朝人生ゲームの変」のあらましだ。

 連日の残業に加えて減給まで決まった男の姿は見るも無残に老け込んでおり、居眠りから起きた麗花が彼の姿を見た瞬間、
 それまで見せたことの無いほどのマジな顔をしたことからもそれは語ることができる。

 ――閑話休題。

「それじゃあ、もう遊べないんですか?」

 おねだりするように人差し指を唇に添え、可愛らしく小首を傾げる麗花に向けて、
 プロデューサーは腐乱した死体よりも酷い微笑みを浮かべて頷いた。


「ほ……本当にすまないと思ってる……が、俺にも生活があるかなら」

「……残念です。まだまだ遊びたかったのに」

 だがしかし、彼に返事をする気力は残ってない。
 今はただ押しに押した今日のスケジュールを必死に処理することで手一杯。

 麗花も忙しそうな彼から離れると、一人ソファに腰かける。

 麗花の胸に、ポッカリと穴が開いた気分であった。

 楽しい休日はまだまだまだまだこれからなのに、一緒に遊ぶ人が居ない。
 事務所の中を見回しても、彼女以外には誰もいない。

「うーん……これからどうしようかな」

 そう呟くだけで解決策が浮かぶなら、世は問題解決のスペシャリストで溢れかえっていることだろう。

 とはいえ子供と同じ感受性……失礼。二十歳になっても純真な心を持ち続ける麗花にとってしてみれば、
 突如訪れた退屈をワクワクに変える方法など、息をするよりも簡単に思いつくことができるのだ。

 むしろ本人に言わせれば「息をすることの方が難しい」とまで言いかねない。


 現にこの時も彼女のそのキラキラと光る双眸は、事務所の壁に掛けられたホワイトボードへと向かっていた。

 そこには各アイドルたちの仕事の予定が書きこまれ、
 一体誰が今どこで、どんな仕事をしているのかも一目瞭然丸わかり。

「そうだ!」

 ポンと豆電球が光るような軽快さで声を上げ、麗花がソファから立ち上がった。

 ……遊び相手が見つからなければ、自分から探しに行けばいい!

「今日はみんなの所に会いに行こっと! 
 それにそれに、突然私がやって来たら、みんな驚いてくれるかも……ふふ♪」


 それは麗花流のサプライズ。

 一応断っておくならば、彼女の辞書に「有難迷惑」なんて言葉は無い。

 彼女にとって喜びは分かち合う物であり、楽しみは共有するものなのだ。
 そして嬉しい驚きという物は、北上麗花が特に気に入っているイベント事の一つでもあった。

 差し出されるプレゼント、箱の中身を想像しつつ、ラッピングを開けてゆく時のようなワクワク感……
 それを自ら演出することが出来るのが、サプライズという名の贈り物だ……というワケである。

とりあえずここまで。
ゲームは既にクリアした。後は最後まで書ききるだけだ……。

あれ難易度高すぎるよ
一旦乙です

>>1
北上麗花(20)Da
http://i.imgur.com/0m9SRoy.jpg
http://i.imgur.com/VtmQJ34.jpg

===「ファーストステージ:街」

 清々しく晴れ渡った青い空の下。

 勢いも良く事務所を飛び出した麗花はしかし、プロダクションのある貸しビルの一階にまで降りたところで、
 今回のチャレンジが困難極まる過酷な挑戦であることに気がついた。

 その主な要因としてはまず第一に、事務所に所属する自分を含めた五十人のアイドルはみな
 一ヶ所に集まって仕事をしているワケでは無いということ。

 第二に、各々の居場所を目指すための、移動手段を選択する必要があるということだ。


 ところで、麗花は乗り物の類が好きである。

 特にスピードが出る物を好み、車でのドライブを好きなものとしてプロフィールに載せるほどには運転することも大好きだ。

 ここで「麗花の運転は上手い」と断言しない辺りから、皆様には彼女自慢のドライビングテクニックに、
 何かしらの欠か……欠点があるのだろうという事をどうか察して頂きたい。


「車なら……遠くの方までススイのスイで行けるけど」

 だがしかし、プライベートでの運転はプロデューサーから固く戒められている。

 あれはとある仕事の送迎で、社用車の運転を彼と交代した時のこと。

 同乗していた他のアイドル達の悲鳴木霊す車内において
「乗ってくれるなとは言わないが、これからは極力控えて貰いたい」と顔面蒼白で訴えるプロデューサーの姿がそこにはあった。

「今から家に戻るのは、ちょっと面倒くさいかなぁ」

 それになによりコレである。

 今から家に戻る労力と、それによって短縮できる移動時間の兼ね合いを軽く鑑みてみれば、
 圧倒的に車を取りに戻る方がはるかに効率的だというのにだ。

「ん~……いいや! 今日は天気も凄く良いし、このまま走って行っちゃおっと♪」

 正に愛車は家に置いて来た。

 麗花は頼りにするのは己が肉体、山登りで鍛えた足腰と体力には自信があるんです! 
 と言わんばかりのスマイルを浮かべると、軽やかなリズムで走り出す。

 そうして遠ざかってゆく麗花の背中を眺めながら、
 早朝の社外清掃を行っていた音無小鳥は誰に聞かせるでもないため息をついて思うのだった。

 ああ、若いってなんて素晴らしい――!

===

 アイドルの仕事にも流れはあるが、それは仕事内容や現場によって不規則かつ流動的なものであり、
 突発的なトラブルや、アクシデントによって予定が変わることもしばしばだ。

 彼女、萩原雪歩も今はカフェテラスの一席に腰かけて、街行く人の流れを何とはなしに眺めていた。
 本来ならば今頃は、このお店の新商品を取材するロケが行われているハズだったのだが……。

「ねーねーユキホ、こっちみてヨ!」

 不意に背後から声をかけられた雪歩が、ハッとした様子で振り返る。
 そこにはお菓子の盛られたお皿を手に持って立つ、島原エレナの姿があった。


「ど、どうしたの? そのお菓子」

「これはね、お店の人からの差し入れだヨ~」

「差し入れ?」

「そう!」

 エレナがテーブルの上に置いたお皿には、山積みにされた色とりどりのマカロンが。
 そして後からやって来た店員が飲みたい物はあるかと質問し

「私はカフェオレ」

「ココアがいーナっ!」

「走って来たからお水を下さい♪」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」

 店員が注文を受けた後で、入れ替わるようにやって来た
 番組ディレクターが事の経緯を説明し、忙しそうに戻っていく。

 曰く、新商品を作るために必要な材料が、この時間になってもまだ届いてないのだとか。
 何でも材料を配送するトラックが、渋滞に巻き込まれているらしい。


「なんだか悪い気もするネ。ワタシたち、まだお仕事もしてないのに」

「でもディレクターさんの言う通り、商品が無いと取材はできないから」

「他のお菓子じゃダメかナ~。このマカロンだって凄くおいしいヨっ♪」

「ふふっ……エレナちゃん。口元にクリームついてるよ」

 そうして紙ナプキンでエレナの口元を拭きとる雪歩。
 その姿はまるで天使たちの戯れを連想させるほどに尊いが、物語の主役は残念ながら二人ではない。

「うんうんエレナちゃんが言う通り、マカロンとっても美味しいね♪」

「ネ~? こっちも宣伝、してあげたいヨ~」

 そう、今回の主役は我らが北上麗花である。

 突如として視界の中に現れたこの予期せぬ乱入者の登場に、雪歩が悲鳴を上げて椅子から床へと転がり落ち、
 開店前の店内で作業をしていたスタッフたちの視線という視線がこの少女のもとへと集まった。

 しかし当の驚かせた張本人である麗花はといえば、
 悪びれる様子も無く次のマカロンへ手を伸ばしながら微笑むと。


「あれあれもしかして雪歩ちゃん。ビックリしちゃった? させちゃった?」

「れ、れれれれ麗花さん!? な、なんでここにいるんですか!?」

「だったらドッキリ大成功だね♪ パフパフ~、ブイ!」

「レイカ。その小さいラッパ、ワタシにも貸して貸してっ!」

「うんいーよ。鳴らすにはこの黒いところを握ってね!」

「そ、そんな和やかに話してないで、質問に答えて下さいよぉ~!」

 さてここで、突発的なアクシデントもとい思わず雪歩も驚くサプライズが敢行されたにも関わらず、
 平然と麗花に対応するエレナのことを「この子、大物だ」と思った人はまだまだ甘い。

 雪歩も大概怖がりであるが、本来エレナも負けず劣らずな怖がりさん。

 ホラー映画を観て絶叫、オカルトロケに駆り出され絶叫。

 その気の毒ではあるが愛らしいビビり姿の需要はお茶の間においても非常に高く、
 現に事務所では第二第三のエレナを起用した肝試し企画が水面下で着々と進行中。


 で、あるからしてそんな怖がりの彼女なら、雪歩と共に驚いてしまっても不思議でない。
 むしろ驚かなかったことに我々が驚く次第なのだが、タネを明かせばなんとも単純な話である。

 つまりエレナは、既に麗花が居るのを知っていた。

 丁度そう、彼女が山積みマカロンのお皿をテーブルの上へ置いた辺りの出来事だ。

 カフェに到着早々エレナと目が合ってしまった麗花は「内緒だよ」とでも言うように唇へ指を当てると
 歩道とカフェの間にある垣根をヒョイとジャンプして飛び越えて、そのまま二人の傍までコッソリやって来たのである。

 もちろん、派手に驚いた雪歩はこのようなやり取りのことを知る由も無く。

 さらには麗花が忍び寄っているその間、紙ナプキンでエレナのお世話に
 現を抜かしてしまっていたのが彼女の命運を分けた瞬間だった。

「お待たせしました、お飲み物です」

 そしてこの店員の登場も、物語的にはベストタイミングである。

 麗花はひょいひょいとさらに二、三個のマカロンを口の中に詰めこむと、
 それを運ばれて来たばかりの水によって流し込み、唖然とした表情を浮かべる雪歩にグッとピースサインを突き付け一言。


「笑顔とマカロン、ごちそうさま!」

 飛び切りの麗花スマイルをその場に残し、彼女が再び雑踏の中へと消えて行く。
 その姿を目で追いかけていた雪歩が、ぼぉっとした様子でエレナに言った。

「……ねぇ、エレナちゃん」

「どしたノ?」

「今の麗花さんが、夢かどうか確かめる方ひょひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 以心伝心、言わずもがな。

 雪歩のお願いを察したエレナが、颯爽と指を伸ばして彼女の頬をぐにっと摘まむ。

 そうして現実的な痛みにその瞳を潤めながらも、雪歩の表情はどことなく幸せそうであったとかなんだとか。
 そのやり取りはまるで熟練のお笑いコンビを彷彿とさせるほどに……ああ、尊い。

とりあえずここまで。こんな感じで後……全部で47人分かな?

ホント自由だね

>>23
萩原雪歩(17) Vi
http://i.imgur.com/OH3cZ0q.jpg
http://i.imgur.com/2SbqmaT.jpg

島原エレナ(17) Da
http://i.imgur.com/I4216Oy.jpg
http://i.imgur.com/GUEyTBO.jpg

===

 風が吹いた、青い風が。
 それは爽やかな朝の道に似合うとても健やかな風だった。

 大きな川の横に作られた土手の道を歩きながら、如月千早は考える。

 この風に歌声を乗せた時、それは遠く離れた知らない街の、知らない誰かの耳にも届くだろうか? 
 
 そうして届いた歌声が、その人の一日を過ごす活力になるようなことが、

 万に一つの可能性として、実現できたりはしないだろうか――と。


 現実、そんなことが出来るハズは無いのだが。それでも夢を見る事自体は、誰も咎めはしないだろう。

 リアリストはロマンチストの究極だ――とは何処で聞いた言葉だったか。

 普段は歌に対して徹底した完璧主義を貫く千早だが、その実人一倍歌が持つ力を信じ、
 歌の持つ可能性を夢想するロマンチストでもある。

「ちーはーやーちゃん」

 そしてそのロマンチストとしての生き方をある意味では千早以上に体現している人物が、
 物思いにふける彼女に向かって呼びかける。……ご存知、北上麗花その人だ。


「あの、麗花さん」

「1+8は?」

「あの」

「3×3は?」

「……麗花さん?」

「あっ! ……もしかして千早ちゃんには、問題が難しすぎたかな?」

 そうして千早から借り受けた、彼女愛用のデジタルカメラを片手に首を捻る麗花。

 先ほどまでのキリリとした表情はどこへやら、恥ずかしそうに顔を赤らめた千早が
「きゅ、9ですよ! 9!」と焦ったように反論する。

 そこにはかつて「孤高の歌姫」だの「前代未聞の狂犬アイドル」だのと言われていた、
 愛想が悪く馴れ合いを拒み、ただ歌うことだけにしか関心を持っていなかった彼女の姿は見当たらない。


「じゃあじゃあ次こそ本番です! えっと……7+2は?」

「くっ!」

 ピピッと、シャッターの切られた音が響く。
 撮れたばかりの写真を眺め、麗花が「う~ん」と不満そうな声をあげた。

「あんまりこういう事を言いたくないけど。千早ちゃんには、もう少し笑顔が必要かな」

「……なら、もっと普通の掛け声でお願いします」

「普通? 普通の掛け声って……例えば、どんな?」

 瞬間、千早は言葉に詰まってしまう。
 それは何も麗花の言う「普通の掛け声」が思い当たらなかったからでは無い。

 目の前に立つ麗花の表情から察するに、
 彼女は本気で「普通の掛け声」を知らないのだと、瞬間的に理解できたからである。


「あの、普通は1+1は2。もしくは写真を撮る前に、はい、チーズ……辺りでしょうか」

「でもそれじゃ、2以外の好きな数字が言えないよ?」

「ええ、まぁ」

「食べ物だって、チーズだけじゃつまらないよね」

「で、ですがその……一般的には、そういうことになっていますから」

「ふーん……そっか、そうなんだ」

 何やら考えるように呟くと、麗花がフッと空を見上げた。
 一体何があったのかと、釣られた千早も青い空へと視線を移す。

 すると流れていく白い雲の隙間に、一瞬何やらキラキラと光るものが見えた気もするが……
 残念ながら千早には、それが何か分かるだけの力は無い。

「今日は、お空の上が賑やかだね♪」

「はい?」

 だが何気なく呟かれた一言に千早が思わず視線を戻すと、
 そこにはいつの間にかカメラを構え直している麗花。

 再びシャッターを切った音が聞こえ、
 撮れたての写真を確認した彼女が、今度は満足そうに頷いた。


「この千早ちゃんは、さっきに比べると上出来かな?」

「そんな不意打ちみたいな……ほ、本当ですか?」

「もちろん! ほらほら見てみて♪」

 千早がカメラを受け取りながら、怪訝そうな表情で聞き返す。

 しかし何やら落ち着いた雰囲気で話が進み、
 あわやフィロソフィ要素てんこ盛りな展開が広がり始めるのかと思われたその直後。

 一台の自転車に乗った少女が二人の傍を通り抜け、
 麗花が「あっ、いけない!」と何かを思い出したように声を上げた。

「それじゃあ千早ちゃん、また事務所でね!」

 千早が返事をするよりも早く、急いで走り出す麗花。
 彼女にしては珍しいその慌てた背中を見送りながら、千早はポツリと呟いた。

「結局……麗花さんは、私に何の用事があったのかしら?」

 それでも、呟く千早は笑顔だった。

 それはまるで一陣の心地ち良い風を受けた時に自然と浮かんでくるような、爽やかで素敵な笑顔であった。

===

 さて、甚だ突然ではあるのだが、皆さんはダッシュ婆という怪談ないし
 それに登場する妖怪のことをご存知だろうか?

 かの有名なウィキペディアを参照すれば、他にターボばあちゃんという名前もあるらしい。

 具体的にどのような妖怪なのかを一言で説明すると、ズバリ「めっちゃ足の速い婆」

 道路で、トンネルで、高速で、走る車を後ろから追いかけ追い越し引っこ抜き、
 その婆の姿に驚いた運転手のハンドル操作を誤らせる……とまぁ、そういう化け物についての怪談だ。

 そんなダッシュ婆とターボばあちゃん。

 この際どちらの呼び名の方がより一般的な物であり、
 さらには全国的に普及しているかについての熱い議論は一旦隅に置いておくことにして、

 今はとある一人の少女、篠宮可憐が置かれた状況について詳しく話したいと思う。


 とにかく彼女は怯えていた。

 どのくらい怯えていたのかと言えば、頭の中で(ああ、殺される……!)と
 しきりに連呼する程度には自らに迫った危機及び、命の危険を感じさせられていた。

 何を隠そう件の妖怪、走る婆によってである。

 しかし、この表現にはいささかの語弊が存在する。

 もう少し正確に言うならば、可憐が何者かに後を追われていることは確かな事実であったのだが、
 それが果たして実際に物の怪の類かと言われれば……ここに「そうだ!」と断言することは難しい。

 何せ自転車を漕ぐ彼女の後を猛烈なスピードで追走し、
 涼しい顔でペースも乱さずグングンとその距離を縮めているのはあの北上麗花だったからだ。


 とはいえ、可憐は現状その事実を確認する術を持ってない。

 自分の後方に突如現れ、じわじわと大きくなっていくプレッシャー。
 よく怪談話でも語られる「見てはいけない、振り返らない」類の圧倒的な威圧感。

 それでもチラッと後ろを振り向いて、または跨っている自転車のスピードを緩めて
 後方を確認することもできないのかとお嘆きの方は、
 もしも自分が彼女と同じ立場に置かれたら……と今一度考えてみてもらいたい。

 自転車である。何度も言うが、自転車。クロスバイク。

 普通、そこそこの速度を出している自転車に人は徒歩では追いつけない。
 これは世間一般の認識であり、常識だ。

 それでもごく短距離の間だけでいいならば、走って追いかけることぐらいは可能だろう。

 しかし人間の身体能力には限界があり、同時にスタミナだって無尽蔵にあるワケではないのである。

 結論、一般人が自転車と並走し続けるなんてことは不可能だ。


 ところがどっこい夢じゃない。

 可憐はかれこれ一時間以上、この悪夢のような体験を続けていた。

 もはや当初サイクリングを予定していたコースを大幅に外れ、
 今はただ一秒でも早く、長く、走っていようとペダルを回すだけである。

 赤信号にぶつかれば道を変え、行き止まりに嵌らないよう大きな国道沿いを走り抜け、
 気づけば見たことの無い場所まで来ていたが、それでも彼女は止まらない、休まない、振り返らずに走る青春。

 滴る汗は芳醇な深みを持った香水のような香りだが、
 今はそんなよた話を深く掘り下げている場合でない。

 死が、危機が、これまで遭遇したことの無い恐怖の権化がもうほんの十メートルほど後方に、確かに迫って来てるのだ。


(あ、あうぅ……もう、ダメぇ……!)

 そしてとうとう危惧していた時はやって来た。

 可憐が恐れていた瞬間、体力の、スタミナの、元気の底がつきる時。
 これまで可憐な走りを見せていた、可憐の足がピタリと止まる。

 惰性によって自転車は進むが、そのスピードはドンドン遅くなっていく。
 後方からラストスパートだとでも言わんばかりに、さらにスピードを増して近づいて来る圧迫感。

(あわ、あわわわわ……!)

 ポンと、背中を確かに触られた。

 瞬間、バランスを崩して倒れそうになった可憐と彼女の自転車を、
 プレッシャーの正体がサッと支えて事なきを得る。

「おっと! 気をつけないとダメだよ」

 それは聞き覚えのある声だった。
 恐怖につむってしまっていた両目を、可憐が恐る恐ると開く。


「れ、麗花さんっ!?」

「やっほー♪」

 余りにも呑気な挨拶、にわかには信じがたい遭遇、
 だがしかし、息一つ乱さず走り続けるその女性をおばあちゃんに見紛う者もいないだろう。

 可憐が怪談の呪縛から、解き放たれた瞬間である。

「可憐ちゃんは、サイクリング?」

「え、ええ。あの、はい」

「日差し、気持ちいいもんね♪」

「そ、そです……ね」

「目的地とか決めてるの? どこまで走っていくのかな?」

「いえ、目的地は、そのぉ……」

 当初目指していた目的地など、とっくの昔に通り過ぎているとも言えず。
 困り顔になった可憐の横で麗花が背負っていたリュックの紐を肩から外し、中からゴソゴソと何か取り出した。


「ハイ、どうぞ♪」

 それはペットボトルに入ったスポーツドリンク。
 渡された可憐がその冷たさに驚くと、麗花は楽しそうにニッコリ笑い。

「それじゃあ、サイクリング頑張ってね!」

 そのまま、さらにスピードを上げて去って行く。

「あっ、ありがとう、ございます!」

 それは滅多に聞けない可憐の大声。
 しかし、もう小さな点と化した麗花の耳に彼女の言葉が届いたかどうか。


 ……ちなみに完璧な余談だが、自転車の平均速度は時速20キロ前後になるそうだ。
 そして長距離を走るマラソン選手、彼らの平均時速も同じく20キロ前後らしい。

 何と、一部の人は自転車にちゃんと追いつける。
 それどころか並走だって可能なのだ! 

 これは暗に、次の事柄を立証する手助けともなるだろう。

 一つ、北上麗花の走行速度は、マラソン選手に近いこと。

 二つ、そのような速度で走り続けていたのに、
 大した疲れも見せていない彼女は本当に人間なのか? という疑惑が新たに生まれてしまったこと。

 答えを知る者がいると言うならば、ぜひとも我々だけにでもコッソリと、教えて欲しいものである。

とりあえずここまで。残り45人9ステージ。

そういえば☆☆☆☆☆は可憐だったね
一旦乙です

>>32
如月千早(16) Vo
http://i.imgur.com/8rbdhxv.jpg
http://i.imgur.com/hBIZmhU.jpg

>>39
篠宮可憐(16) Vi
http://i.imgur.com/UY1JmT3.jpg
http://i.imgur.com/I88oX1D.jpg

===「いんたーみっしょん・うぃずれいか」

 タッタッタッタッタタタタ、シュバッ!

 転がった石を飛び越えて、北上選手十点満点! 
 サプライズ完了も早くも四人。これは非常にいいペースでしょう……なんてなんて♪

 今日みたいに空が晴れてると、気分も晴れやかニコニコします! 

 こういう日は顔を上げて走るのが、いつもより楽しくなるから素敵。
 この調子でドンドンみんなにスマイルお届け、残るは全部でよんじゅう……あっ!

 ジャンプ、ゲット! またまた道端に落ちていた、お星さまを一つ発見です♪ 

 キレイで美味しそうだけど、これって何かな食べられるかな? 
 食べ物だったらプロデューサーさんが、食べてくれたりしないかな~。 

 それでそれで、プロデューサーさんはヒーローみたいにパワーアップ! 
 進化した星デューサーさんなら、私のお願いをもっと叶えてくれそうで……

 ふふっ♪ 今から私、楽しみにしてても良いですよね!

===「ファーストステージ:街その2」

 その昔、世界のアイドルは神だった。

 どんなアイドルにもファンがいる。どんなファンにもアイドルがいる。
 アイドルあってのファンであり、ファンがあってのアイドルなのだ。

 極論、神さまはある意味人気アイドルで、その信者は神の熱心なファン。

 中には信仰心が昂る余り、その身すら捧げる者も出る。
 私財合切を潔く投げ打ち、自分が応援するアイドルの役に立たんとする者が出る。

「はぁ~、良いっすねぇ……」

 うららかな日差しが木漏れ日を作る、まったりとした朝の公園。

 規則正しく間をとって植えられた大きな木の幹に隠れるようにして、
 青年は悩ましい吐息を吐き出した。

 出会いは僅か半月前。ファンになってからの日は浅いが、熱意は古参にも負けないと自負している。


「良い、良いなぁ……凄くイイ! 朋花ちゃん。凄く、その、可愛いいっすよ~!」

 語彙力の欠如、思考の鈍化。

 人は皆、何かに心奪われた時にこれらの反応を顕著にするもの。
 青年にとっての心奪われる何かとは、一人の見目麗しい少女であった。名を、天空橋朋花という。

 お団子頭の可愛らしい美少女は今、柔和な微笑みをその顔に浮かべて公園のベンチに座っていた。
 その周りには、撮影機材を持つスタッフ数人。

「本番行きまーす! 3、2……」

 カメラが回り、スタッフの間に緊張が走る。

 しかし朋花の周囲数メートルは、未だポカポカとのどかな空気感を保ち続けていた。


「お姉ちゃーん!」

 ベンチから少し離れた場所で待機していた、子役の少年が朋花へ向けて走り寄る。
 そして彼女もそんな少年を、母親のような優しさで抱きとめると。

「もう、そんなに慌てなくても……どうしたの?」

「見てみてこれほら!」

 朋花の鼻先に突き出される、土で汚れた握り拳。

 キョトンとした彼女が両手を器のように差し出すと、少年は握っていた手を開き、
 朋花の手のひらの上にパラパラと、ダンゴムシの雨を降らせたのだ。

「きゃーっ!!」

 朋花の、絹を裂くような悲鳴が公園の中に響き渡る。

 刹那、心配そうに撮影の様子を眺めていた青年が「あ、あのガキっ!」と小さく声を荒げたかと思うと、
 その身をズイッと物陰から乗り出した。

 鬼の形相を浮かべた青年の目は怒りに満ち満ちており、彼が常日頃から聖母と崇め奉る朋花の危機を救わんと、
 今にも撮影現場に突進、乱入、少年相手の決闘すら辞さぬ覚悟である! 

 ……とまぁ、それ程の迫力を纏っていたのだが。


「いいないいな、朋花ちゃん」

 気勢を削がれるとは正にこの事。
 突然聞こえた気の抜ける声に、青年が自分の足元へと視線を移す。

「あっ!」

「えっ」

 目が合った。しゃがんでいた見知らぬ女性と。
 そして彼女は心底嬉しそうな顔になると、青年に向けてビシッと人差し指を突き付けた。

「一緒に探すの、手伝ってください♪」

 まさに出会いは突然に。

 名も知らぬ女性からの意図不明なお誘いを受けて青年がワタワタしている間にも、
 撮影の方は順調に進められていく。

 大好きな姉を喜ばそうと集めた虫は、彼女を怒らせる結果になった。
 何を考えているのかと咎められた少年が、泣きながら朋花のもとを離れて行く。

 そうして朋花が少年に背を向けて悲し気な表情を浮かべた所でカットがかかり、撮影に一区切りがつけられる。


 その間例の青年はというと、全く面識のない女性に無理やり連れて来られた近くの花壇の傍で、
 石ころをひっくり返す作業を手伝わされていたのである。

「じゃんじゃんひっくり返してくださいね。ダンゴムシさんが出てくるまで」

 青年は頭を抱えていた。どうして俺は、彼女に言われるままに石ころを返しているのかと。

 とはいえ、実のところその理由は明確だ。
 要するに彼は男であり、女性は美人であったのだ。

 一言で片付けるならそう、男の悲しい性である。

 青年の視線の遠く先。

 休憩に入った朋花の周りに、
 自分と同じ法被を纏った男たちが群がっているのが見える。

 本来ならば自分も今、あの輪の中にいたハズなのに……。


「なんだか元気ないですね? ……人間笑顔が一番ですよ♪」

 その元気を奪った張本人が、微笑みながら言う台詞か! 
 あわや怒鳴りつけそうになった青年だが、ぶるると頭を振って深呼吸。

 眉間に深い皺を寄せながら、心の中で唱えるのは朋花に仕える
 騎士団員としての心構えを説いた、有難い七つの誓いの内の一つ。

『三つ、精神を鍛えること』

 元々、その喧嘩っ早さが青年の持つ短所であった。
 この熱しやすい性格のせいで、損したことは星の数程。

 しかしそれが、朋花との出会いによって救われた。

 
 彼女の為ならこの身を捧げる、拳は彼女の敵にしか振るうまい! 
 今や彼は身も心も朋花一筋。彼女の為なら命令一つ、死地にも飛び込む覚悟である。


 だから青年は、思考を切り替えることにした。

 この女性のワガママに付き合っているのも、単に誓いの二つ目と、四つ目と、五つ目を実行しているだけであり、
 これは試練、試練なのだと自分の心に言い聞かせる。


「いないいない、ダンゴムシ~」

「意外と、見つからないもんっすね」

「石の下にはいないのかな~? お家かな~?」

「その家が石の下じゃないんすか」

 二人の間の他愛ないやり取り。青年がまた一つ、手頃な石を持ち上げた時だ。

「まぁ、随分と熱心なんですね~」

 振り返るとそこに彼女はいた。

 先ほどの子役を横に連れた朋花が、
 慈愛溢れる眼差しを二人に向けて立っていた。

「でも残念。この辺りのダンゴムシは、スタッフさんが集めてしまった後ですよ~」

 そう言って彼女は青年のすぐ横にしゃがみ込む。余りの近距離にたじろぐ青年。

 朋花が、何かを包み込むように合わせていた両手を地面につけ、そこから地面に降り立ったのは――。


「あっ、ダンゴムシ!」

 女性が歓喜の声を上げた。
 もぞもぞと解き放たれた数匹の命が、地面の上を這って行く。

「ふふっ♪ 撮影協力お疲れ様です。それから後は……」

「ふーっ、ふーっ! つんつんつん……わーい♪ キレイに丸まった!」

「麗花さんは、どうしてここに? 事務所で何かありましたか~?」

 さらにここにきて青年は、二度驚かされることになった。
 自分と一緒にいたこの女性が、まさか聖母の知り合いだったとは……!

 解放されたダンゴムシを早速丸めて遊び始めたこの女性は――
 もはや語るまでも無く、正体は北上麗花であるのだが――朋花の方を向いて笑顔で一言。

「ううん! 事務所はいつも通りに普通だよ♪」

「そうですか? ……ふふっ、そうですよね~♪」

 まるで彼女の全てを分かっていると言うように優しく微笑む朋花に向けて、こちらも微笑みで応える麗花。
 青年はついついこの和やかな光景に見惚れていたが、不意に一つのことを思い出す。


「あ、あの! と、朋花ちゃ……天空橋さん!」

「はい、なんでしょう~?」

「虫、苦手だったんじゃないんすか? さっき、凄い悲鳴を上げてたっすよね」

 そうなのだ。彼が先ほど見た限りでは、ダンゴムシを手渡された朋花はこれ以上ないほどの悲鳴を上げた。
 にも関わらず、今の彼女は平然とダンゴムシをここまで搬送し、労いの言葉までかけたのだ。

 全くワケが分からないといった青年の顔を見て、朋花が可笑しそうにクスクスと笑う。

「あれは……ええ、お芝居ですから~」

 そうして朋花は自分たちを遠巻きに見ていた例の子役の少年を、もう少し近くへ連れて来ると。

「むしろ虫が苦手だったのはこの子の方で。ふふっ、偉い偉い」

 なでなで。それは紛うこと無きなでなでであった。

 朋花にお褒めの言葉を頂いた上、あまつさえ頭を撫でられる少年の姿を目の当たりにした青年が、
 その胸の内のジェラシーを燃やしに燃やしたのは説明するまでもないだろう。

 青年が勢いよく立ち上がる! 
 見上げる少年と目と目が逢う!

(コイツも、朋花ちゃんのファン……!!)

 まさに瞬間、互いに好きだと気がつき分かり合った。
 少年がニヤリと軽く笑ったのが、何よりの証拠と言えただろう。

 齢は違えど信仰する対象は一緒。同族同士が感じ合う、共通のオーラがそこにはあった。


「そろそろ休憩終わりでーす!」

 遠くから聞こえたスタッフの声に、朋花が「はーい」と返事する。
 それから彼女は麗花の方へ向き直ると。

「ではこれで。撮影の続きがありますので~」

「うん、朋花ちゃんもお仕事頑張って!」

 そして遠ざかって行く朋花の姿を眺めつつ、青年がだらしなく頬を緩めて呟いた。

「朋花ちゃん……良い匂いしたなぁ……」

 この時、青年はまさに幸せの絶頂にいたと言っていい。

 多少の嫉妬心を煽られはしたが、それを帳消しにできるほどの結果……つまりは朋花本人とお話し、
 さらにはその良い匂いまで間近で感じられたのだ。

 残り香が自分の服に移ってはないかと、法被の袖を嗅ぐその姿は一歩間違えなくとも変態である。


「でへへっ、俺この法被もう洗わねー♪」

 しかし、だ。

 幸不幸は流転の象徴。
 そうは問屋が卸さない。

「よお新入り、一つ忠告しとくがな」

「法被を洗わないなんてそりゃ」

「常識的に考えて、不衛生極まりないってもんだ」

 ガシッ、ガシッ! と小気味よい音を立て、力のこもったいくつもの太い腕が、
 一瞬のうちに青年の首を、腕を、そして逃げられないように足をも拘束する。

「や、やだなぁ先輩。例え話っすよ、例え……」

「天空騎士団非公認の誓い!」

「聖母には、一対一(サシ)で気安く話しかけない!」

「いつもニコニコ身支度綺麗! 清潔安全を第一に!」

 それはつい先ほどまで休憩中だった朋花のお世話をするために、集まっていた騎士団の面々だ。
 青年にとってはその振る舞いを見習うべき師であると同時に、怒らせると怖い先輩達。


 遠くで始まった騎士団員の、騒がしいやり取りを遠目で眺め朋花が微笑む。

「まったくすぐに気を抜いて……これは少々キツイおしおきが、後で必要なのかもしれませんね~」

 春うらら、まったりとした雰囲気の公園で。
 迫りくる暗雲の存在にも気づかず、今日も騎士団は平和であった。

とりあえずここまで。

平和だね...
一旦乙です

>>53
天空橋朋花(15) Vo
http://i.imgur.com/XyOLkAu.jpg
http://i.imgur.com/Zoo2awy.jpg

===

「困ったことになりましたね」

 開口一番これである。

 彼女も困るがこちらも困る。
 何が困るかと言えばこの霧に困る。

「天気予報、晴れじゃなかった?」

「急に曇り始めたとは思ったけど」

「まさか霧が出るとはねー、にゃはは♪」

 あれだけ晴れていたのが嘘のように、お昼時が近づいて来るにつれて街は深い霧に包まれた。
 まるでホラー映画さながらの急激な天候変化に見舞われて、カメラマン、早坂そらは困り顔だ。

「青空ショッピングのピンナップ……そういう予定だったのに」

「肝心の天気がこれじゃあねー、まさに一寸先の霧!」

「それを言うなら『一寸先は闇』よ、恵美ちゃん」

「んもう! わーかってるってー」

 その隣では所恵美と百瀬莉緒の二人が同じように空を見上げて立っている。
 もちろん、二人とも遊んでいるワケではない。

 どちらも仕事でこの場所にいる……そういうことに、一応はなっていたのだが。


「はぁ~……困った」

 全ては憎き霧のせい。これでは撮影になりはしない。

 恨みがましく呟くうちに、パラパラと小雨も混じり始める。

 辺りの通行人が一斉に足を速め、軒下に避難する者も現れる中で、
 恵美は霧の中からこちらへと近づいて来る一つの人影があることに気がついた。

「目標発見! ハグしちゃいます!」

 例えるならそれは、ホップステップハイジャンプ。
 不意をつかれてハグされた莉緒が、バランスを崩して恵美の方へと倒れ込む。

「ひゃっ!?」

「わわっ!」

「えっ? えっ!? なにが……あう!」

 まるでドミノのように美しく、綺麗に倒れる四人の娘。
 一番最後に倒されたそらが、尻もちをついた状態で子供のように声を上げた。


「もーっ! 一体何なんですか!」

 それでもカメラが壊れぬよう、
 手にした両手を咄嗟に掲げているのは流石はプロと言ったところ。

 彼女の足の間に挟まった、恵美が笑いながら言う。

「何ってほら、お客さん」

「てへへ……勢い、余っちゃいました」

 それはもちろん北上麗花。

 彼女と恵美の間に挟まれた莉緒が、
 身じろぎしながら起き上がろうと試みる。

「とりあえず立って、立ち上がるわよ二人とも!」

「やん! ちょっとそこは……莉緒激し~♪」

「変な声出さない!」

「よいしょ、よいしょ……あれぇ?」

「麗花ちゃんは先に、回した腕を外しましょ!」

「ああ、お尻がどんどん濡れて行く……」

「そらちゃんゴメン! もう少し、あと少しだけ待っててね!」

 三人寄ればかしましい。四人もいれば騒がしい。

 雨降り霧立つ歩道においてイチャイチャ……いやドタバタしている彼女たちの姿に、
 通行人の何人かは笑いを堪えながら通り過ぎてゆく。


「疲れた……」

 そうして起き上がった四人はものの見事に濡れネズミ。
 水も滴るとは言うが、これだけ水気を放つと悲惨の一言。

 とはいえ、悪いことばかりかと問えばそうでもない。

「おい見ろよ……あそこの四人」

「濡れシャツがぴっちり張り付いて……」

「くぉ~! 眼福、眼福っ!」

 雨宿りをしていた男共の視線が集まっていることを感じると、莉緒が真面目な顔で呟いた。

「あら? 案外受けがいいわね……こうなったら、もう少しぐらい濡れちゃっても」

 するとそらが慌てた様子で「何言ってるんですか莉緒さん!」と彼女を止め、
 麗花までもが「そ、そうですよ! 恥ずかしいです!」と頬を赤らめる。

 どうやら我らが麗花にも、羞恥心の持ち合わせはあるらしい。


「麗花がまともなこと言ってる!?」

「どういう意味かな? 恵美ちゃん」

「言い合う前に移動しましょう。このままじゃ増々雨に濡れて……くしゅんっ!」

 そらが、可愛らしいくしゃみを一つ。

 莉緒が自分のハンドバッグから、
 紫外線対策の為にも持ち歩いている折り畳み傘を取り出した。

「四人が入るには小さすぎるけど、何もしないよりはまだマシよね」

 そうして傘を広げる莉緒を、麗花が手を合わせながら褒めたたえる。

「準備がいいね、お母さんみたい♪」

「やめて! 女子力よ女子力!」

「お母さーん♪」

「恵美ちゃんも乗らない! お姉さんったら傷つくわ!」

「私も傘を持ってますから、一人はこっちで預かりますよ」

 こうして咲いた、相合傘の数二つ。
 一行は霧から雨に変わった街中を、莉緒に先導される形で進んで行く。

「それで莉緒。アタシたちをどこに連れてくつもり?」

 尋ねた恵美に振り返ると、彼女は意味深な表情でこう言った。

「勿論こういう時にピッタリの、飛び切りホットで素敵な場所よ♪」

===

 鋭い勘をお持ちの方ならばこの擬音「かぽーん♪」
 一つで彼女たちが向かった先を瞬時に理解したことだろう。

 そう、霧のお次は湯気である。
 莉緒たちはその冷えた体を温めるために、銭湯へとやって来たのだった。

「ふぇー……溶けれぅ」

 際限なくその顔を緩め、思い思いの至福を噛みしめる四人娘。

 そのあられもない姿については各自脳内で妄想し、
 正しく補完して頂きたいと思うのだが……とにかく凄い、凄いお山と谷である。

 まさに絶景壮観この世の春か、
 浴槽の縁に頬杖をついた恵美が、惚けたように口を開く。

「まっさかねー……お風呂に連れて来られるなんて」


 すると彼女同様頬を上気させた莉緒が
「ふふん。だから言ったじゃないの」と得意そうに鼻を鳴らす。

「毎日ってワケじゃないけれど、仕事帰りに寄ってるの」

「今日はまだ、お仕事始まってすらないですけど」

「もうそらちゃん。そういうの、空気読めてないぞ」

「私も汗を掻いてましたから。お風呂に入れてラッキーです♪」

 両手で作った水鉄砲でお湯を辺りに飛ばしながら、麗花が嬉しそうに微笑んだ。
 そんな彼女に向かって「そういえば」と、恵美が身を乗り出しながら訊く。

「麗花は一体何してたの? 今日って確か、オフだったよね」

「うん、そうだよ?」

 答える麗花が恵美の顔に、飛ばしたお湯を命中させた……
 皆さんは、人の不意を突く形で湯を飛ばしたりなどしないように。

 さもないと今の恵美同様、相手がむせることになる。


「だから今日は、みんなの所に会いに行こうって」

「麗花ちゃん。まさかとは思うけど全員のところに顔を出す気?」

「はい! まだまだ先は長いですけど、頑張って今日中に回ります!」

「……麗花ならなんとかやれそーだって、思っちゃう自分がいるのが怖い」

 そうして湯を堪能する麗花たちの姿を眺めていたそらが突然、悔しそうに拳を握って言い放った。

「くぅ……アイドルたちのオフショット。どーしてカメラが持ち込めないの!?」

「そらちゃんってば、またそんな……」

「にゃはは、亜利沙みたいなこと言って」

「だってだってこの光景、ぜひともピンナップにすべきです!」

「前言撤回、亜利沙とはまた違ーう」

「変わってますよね、そらさんも」

「……麗花ちゃんがそれ、言っちゃうのね」

 真面目な性格が災いし、時として妙な方向へと人が走り出してしまうのもこの世の常。

 仮に発売されたとすれば即日完売待ったなしであっただろう珠玉のアイドルピンナップは、
 残念ながら一人のカメラマンの前にしか公開されぬ幻となった。


「それじゃあそろそろ、のぼせちゃう前に出ましょうか」

 入浴を始めてから数十分。莉緒の号令に娘たちがぞろぞろと湯船を後にし脱衣所へ。

 他のメンバーが簡単な身支度を整える中、
 真っ先に着替えを終えた麗花が言う。

「みんなとお風呂、楽しかったです♪」

 だがしかし、そのまま部屋を出て行こうとした彼女のことを、莉緒が慌てて引き留めた。

「ちょっとちょっと麗花ちゃん。そのまま外に出るつもり?」

「そのつもりですけど……いけませんか?」

「ダメってことは無いけども、一応お風呂上りなんだから」

 そうして莉緒が手に持った、一本の化粧水を彼女に渡す。

「急いでるのは分かるけど、メイクぐらいちゃんとして行けば? 
 ……と、いうか。貴女すっぴんでそれだけ綺麗なのね……」

「そんなことありません! 莉緒さんの方が綺麗ですよ」

「あら本当?」

「はい。特にこの、おでこの辺りがチャーミングです! 剥き卵みたいで♪」

「お、お肌ツルツルってことかしら……ありがとう!」

「莉緒がいいならいいけどさ、それビミョーに誉められて無くなくない?」


 とはいえ恵美の言葉など、喜ぶ莉緒の耳には入っていないようで、
 彼女は「それね、私のオススメなの。麗花ちゃんに上げるから、良ければ使ってみてちょうだい!」と上機嫌。

 こうして思わぬお土産を受け取った麗花は、三人と笑顔で別れて建物の外へ。

「あっ♪」

 あれだけの雨が嘘のように晴れ渡った空の下。

 麗花は出来たばかりの水溜まりを無邪気な笑顔で踏み散らすと、再び元気よく走り出すのだった。

===

 虫の知らせというものがある。
 彼女の身に起きたことを考えると、夢枕に立つと言った方がより的確か。

 気づけば少女星井美希は、誰もいない教室で一人座っていた。

 辺りを見回してもクラスメイトは見当たらない。
 どころか自分の分の机以外は、誰の机もありはしない。

 普段は狭く感じる教室が、机一つしかないという状況により、
 これほど広く感じるものか……そんなことをついつい考えてしまう。

「ミキ、お仕事してたハズだけどなぁ……」

 だがしかし、現に自分は制服を着て、ぽつねんと教室に居るのである。

 とはいえこのまま座っていても仕方ない。
 彼女が人を探しに行こうとお尻を上げかけたその時だ。


 キンコンカンと鐘が鳴り、教室の扉が無造作に開いた。

 誰かやって来たのかと、反射的に美希が腰を下ろす。

 ところが扉の傍に人影は無く、誰か入って来る気配もない。

 不思議に思って首を捻る美希だったが、遥か目線の下の方。
 床の上でもぞもぞと動く物体を見つけ、思わず驚嘆の声を上げた。

「カ、カモ先生っ!?」

 それは正真正銘見紛うことなく鴨だった。カモ目カモ科のカモである。

 鴨はひょこひょことした足取りで教壇の上までやって来ると、
 そのまま教師が使う机の上に、ピョンと跳躍して飛び乗った。


「おはようございます星井君。早速ですが、号令を」

 喋った。何処からどう見ても鴨なのに。
 その声も柔和で落ち着いたものであり、例えるならそう、CV.大川透である。

「き、起立!」

「はい」

「礼っ!」

「はい」

「着席! ……なの」

「はい。どうもありがとう」

 言われるままに号令をかけ、椅子に座った美希が再び席を立ちあがる。

「な、なんで先生!? ミキはお仕事で、学校で! カモ先生は鴨かもカモで……!」

「まぁまぁ少し落ち着いて。順番に説明しますから」

「でもでもだってこんなのって……夢でもなくちゃありえないの!」


 瞬間、教室に備え付けられたスピーカーから「ぴんぽーん♪」と気の抜ける音が鳴り響いた。

 そうして教壇の上の鴨……知る人ぞ知る美希の先生。
 彼女が人生の師と仰ぐ鴨はその片翼を広げ、ふんぞり返るとこう言った。

「その通り! ここは星井君の夢の中、そして私は夢の鴨!」

「やっぱり夢! 夢なんだね!」

「しかしですね、本当のことも少しあります。休憩中の星井君を、この夢の世界に連れて来たその理由」

「り、理由?」

「ズバリ、世界に危機が迫ってる! このままでは君のいる世界が、とんでもないことになりますよ!」

 そうしてカモ先生は語り出した。

 地球に、世界に、現在進行形で迫りつつある恐ろしい非常事態について
 詳しく、優しく、過不足なく図に書き、要点をまとめたプリントも渡し、読み聞かせ、

 ありとあらゆる専門的な見地から得られた情報と個人的な主観による考察を交えつつ面白おかしく時にはほろりと涙する
 そんな超弩級の一大エンターテイメント作品の如きストーリーをたった一人の少女に何時間にも渡って説明し、

 最後には過去の似たような事例から構築された全部で765通りの対応策を、
 これでもかというほどに話して聞かせ終えたのである。


「……と、いうわけです。分かりましたか?」

 まさに自身が一生のうちに費やすことができる情熱の半分以上を今燃やし、
 疲労困憊といった様子で教壇の上にへこたれるカモ先生。

 しかし悲しいかな、彼の唯一であり絶対の教え子は、申し訳なさそうにチロリと可愛く舌を出すと。

「ごめんね先生、分かんない」

「星井君ッ!?」

「あはっ☆ でもでも心配しなくていーよ? 宇宙の歴史とかなんだとか、その辺のことは全然だけど……」

 美希は自分の席から立ち上がり、鴨が寝そべる机の前までやって来た。

「とにかく、麗花に教えてあげればいーんだよね? その、えっと……何とかってヤツの止め方を」

「その自信満々の顔を前にして、不安が拭えないのは何故でしょうねぇ」

 鴨が心配そうな顔で美希のことを見上げ、
 教鞭の代わりに持って来ていた一本の長ネギを構えなおす。


「とはいえ責任重大です。いいですか? 現時点では君にしか、我々もコンタクトを取れませんし――」

「もう、くどいよ。お説教はいいから早く夢覚まして? ミキ、今すぐメール送らなきゃ」

「ああ、ああ! 全くこれだから人間は! 時間の捉え方という物がなってない!」

 面倒くさそうな美希の態度に、鴨が嘆かわしいと言わんばかりに首を振った。
 それから彼は持っていたネギで美希の頭を軽くこずくと。

「さぁさぁ席に戻りなさい! 今度は時間と次元、それから時空についてもう一度、みっちりきっちり教えてあげます!」

「い、急いでるんじゃないの先生!?」

「心配ご無用ですよ星井君! 何せここは夢の世界。現実とは時間の流れが違いますので」

「そ、そんなぁ~!!」

 こうして始まった補習授業。

 美希が夢の中で悲鳴をあげている丁度その頃、
 現実世界の彼女のもとには件の北上麗花が現れていた。


「おっとぉ? その特徴的なシルエットはもしかして麗花ちゃ~ん!」

 ドラマの撮影現場にやって来た麗花のことを、彼女と顔見知りの監督が迎え入れる。

「監督さんこんにちは。今日もお髭が素敵ですよ♪」

「はっはぁ! 早速褒めてもらって光栄だよぉ。それで今日はどうしたの? いつものプロデューサー君は来てないの?」

「はい。今日は一人で……美希ちゃんに差し入れを持って来たんです」

 そうして麗花は監督に、自身の背負うリュックを見せる。
 だがしかし、監督は残念そうに肩をすくめると。

「おっと、そりゃあ来てくれたのに悪いねぇ~。美希ちゃんは、ちょうど今お昼寝休憩中」

「えぇっ!?」

 驚く麗花の視線を誘導するように監督が、現場の隅を指さした。
 そこにはパイプ椅子に腰かけて、長机に突っ伏すようにして眠る美希。


「あらら……あれだけ気持ちよさそうだと、起こすのも可哀想ですね」

「本当なら今だって、絶賛撮影中だったはずなんだけど……共演者が渋滞に巻き込まれたとかで遅れてねぇ」

「はぁ」

「こうやって人を待ってると、いつぞやの銀行ロケを思い出すよ」

「銀行ですか?」

「ああ! いやいやこれは、こっちの話」

 そうして「気にしないで気にしないで」と両手を振って、監督が続きを喋り出す。

「まぁそれで、始められずに暇してるの。……麗花ちゃん知らない? 今朝からやってる交通規制」


 すると麗花は、少しの間考えるように視線を泳がせ。

「う~ん……ごめんなさい」

「まっ、しょーがないか! 霧も出るし雨も降るし、かと思えばすぐに晴れ出すし」

 監督がそう言って、大げさな動作で空を仰ぎ見た。

「なーんか今日は妙だよね。まぁでもこれは、麗花ちゃんに言っても仕方が無い事なんだけどさ」

 その時、大きな影が地上を覆った。

 続いてバラバラとプロペラの回る音が聞こえ、
 麗花たちのすぐ上を、数台のヘリコプターが通り過ぎて行く。

 だがそれは一般的な報道用のヘリコプターとは異なる、
 もっと物々しいシルエットをした鉄塊だった。

「……珍しいね、あんなヘリがここらを飛んでるなんて」

 監督がそう呟いて、視線を元の場所に戻す。
 するとそこには、コンビニのビニール袋をリュックから取り出す麗花の姿。


「これ、美希ちゃんの好きなおにぎりです。代わりに渡してもらってもいいですか?」

「オッケー、オッケーダイジョブジョブ。しっかりキッチリ渡しておくよ」

 折角会いに来はしたが、寝ているのなら仕方がない。
 麗花は監督におにぎりの詰まった袋を渡すと、そっと撮影現場を後にした。

 そうして彼女が走る道の向こうには、先ほど通り過ぎたヘリの編隊が。


 これから僅か十数分後に人類は、未曾有の大混乱に見舞われることとなるのだが……
 現時点でその結末を知っていたのは、未だ夢見る美希一人だけだったのだ。

とりあえずここまで。「カモ目カモ科のカモである」という一文はニコ百カモ先生の記事より引用。
こういう素敵フレーズ、思いつきたい。

未曾有の大混乱、いったい何が起きるんだ.....
一旦乙です

>>66
早坂そら(?) Ex
http://i.imgur.com/8CYHEIQ.jpg

所恵美(16) Vi
http://i.imgur.com/TaxnIwo.jpg
http://i.imgur.com/ZCvE0Mf.jpg

百瀬莉緒(23) Da
http://i.imgur.com/w74d62y.jpg
http://i.imgur.com/h7hbwj7.jpg

>>76
星井美希(15) Vi
http://i.imgur.com/dEsfqIb.jpg
http://i.imgur.com/gnVT0z4.jpg

===

 男にとって、これは初めての出撃だった。

 上官に言われるままに集められ、
 装備を纏って他の兵士たちと共にヘリの中へと詰めこまれる。

 手には、武骨で冷たい銃が一丁。

 それは男にとって唯一無二の相棒であり、同時に彼を人殺しか……
 あるいはそれに類する何かに変えるだけの力を持つ武器だった。

「おいお前。辛気臭い顔は今すぐ止めろ」

 彼の隣に座っていた、にやけ顔の男が声をかけて来る。

「もっとワクワクとか、ドキドキした顔しろよ。楽しもうぜぇ? 折角の出撃なんだからよぉ~」

 するとにやけ男の真向かいに座るベテラン兵士が不機嫌そうな顔をして
「不必要に煽るなよ。奴さん、初めての出撃で緊張してんだ」と睨む。


「おお怖っ……でもよ、戦場でしけた面はダメさ。陰気臭い奴のところにゃ、同じく陰気臭い死神がすぐ寄って来る」

「だからてめぇはそのにやけ面を引っ込めねぇって言うワケか?」

「ご明察。オレは人一倍の怖がりでね。強面の爺さんとお化けの類は苦手なんだよぉ~」

 そうしてお化けの真似をするように、
おどけた調子で両手をブラブラとさせるにやけ男をベテラン兵士は鼻で笑ってあしらった。

 その後は、二人とも黙ってしまって喋らない。

同乗している他の兵士たちも、それぞれが思い思いの方法で移動時間を過ごす……
ある者は装備の点検を、ある者は聖書の黙読を、静かに腕を組んで目を瞑り、寝ているように見える者も居た。


「……もうそろそろで、目的地です」

 それからおよそ十分後。彼等を率いる部隊長の一言で、兵士たちに流れる空気が変わる。
 あのにやけ男ですら真面目な顔で、今は隊長が話す作戦前、最後のブリーフィングを聞いていた。

「我々が部隊を展開するのは、未だ市民が残る真昼の市街地。
 先だって閉鎖してある交差点の真上にヘリを寄せ、そこからはロープを使って降下します」

「待って下さいよ隊長殿。これからドンパチやり合おうってのに、市民が残ってるたぁどういうことです?」

 ベテラン兵士が手を上げて、隊長に質問を投げかける。

 するとヘリの最奥に座っていた面長の男が「的でも盾でも好きにしろってこったろう」と茶々を入れ
「なるほど、そいつは名案だな」とにやけ男が後に続いた。

 しかし、部隊長はそんな二人のやり取りを軽く流すと。

「市民の避難が遅れている……いえ、行われていないその理由は、
 今回のミッションが極めて特殊な物だからです」

「特殊だって?」隊長の言葉を聞いたにやけ男が、さも可笑しいと言わんばかりの笑顔を見せる。


「オレたちに回されて来た仕事に、特殊じゃないもんなんてあったかな……あいてっ!」

「黙ってろこのにやけ面。隊長の話は終わってないぞ」

 ベテラン兵士がにやけ男の頭をはたき、ヘリ内に押し殺したような笑いが広がった。
 そんな部下たちの態度に隊長は「こほん」と一つ咳払いをすると。

「とにかく、今回の相手は特別中の特別です。兵力も、目的も、そして実際に現場に現れるかどうかも未確定。
 唯一ハッキリとしているのは、コンタクトが予測されている時間及びその出現範囲のみ」

「それはつまり、我々の出撃が空振りに終わる可能性もあるってことでしょう?」

「ええ」

「なんだ……まるで幽霊退治にでも行くような話だぜ」

「当たらずとも遠からず。その例えは、意外と間違っていないと思いますよ」

 面長男の呆れたような物言いを、隊長がくすりと笑って肯定する。

「なにしろ作戦室の報告によると、私たちの相手は人間では無いそうです。
 ……とうとうこの時がやって来た。インベーダー、襲来だぞ」


 滅多に笑うことの無い隊長が、兵士たちの緊張を解こうとでもするかのように彼らへ見せたひょうきんな姿。

 彼女がそんなジョークを飛ばす時というのは決まっている……
 つまりそれは、今回の任務が相当な危険を孕んでいることを意味していた。

 男たちの間に緊張とはまた違った、身を引き締める思いが走る。……覚悟だ。

 ところが、ヘリ内で行われる会話を初めの男だけは
 ――今回の出撃が初めての実戦になる彼のことだ――どこか他人事のように聞いていた。

 まるで現実味の無い兵士たちの話。

 作戦前の説明を受けても、意識はまるで夢の中にいるようにぼんやりとしている。
 ……いや、実際にこの光景は夢なのかも知れない。なぜなら彼には――。

「どうしました?」

 不意に呼びかけられる。
 顔を上げると、部隊長と目が合った。

 男は何でもないと言うようにその首を小さく横へ振り、視線を再び床へ落とす。
 抱きしめた武器の重みと冷たさだけが、彼の感じるリアルだった。

===

 かの北上麗花の自由奔放な歩みを止められる物があるとするならば、
 それはプロデューサーによる「麗花、ストップ」か、彼女が知り合いと出会った時だろう。

 例えばそう、こんな風に。

「瑞希ちゃーん! 何してるのー?」

 まさか、こんなところで声をかけられることがあるなんて。

 その聞き覚えのある声を聞き、見覚えのある人物の屈託のない笑顔を目の当たりにした時、
 真壁瑞希は自分に課せられた任務も忘れ、ついつい彼女の傍までやって来ていた。

「それはこちらの台詞です。北上さんこそ、どうしてここに?」

「えっとね? 向こうの道路を走ってる時、丁度瑞希ちゃんの姿が見えたから」


 そうして麗花が指さす「向こうの道路」とやらは今、大勢の人と車でごった返して大渋滞。

 よくもまぁあれだけの人混みと車を縫って、
 自分を見つけられたものだと瑞希は一人感心する。

「ヘリコプターからスルスル~って降りて来るの、すっごくカッコ良かったよ♪」

「そうですか? ……照れるけど、嬉しいな」

 とはいえそういう瑞希の表情は、
 注意深く観察しないと本当に照れているのか分からない程に平静だ。

「……ところでこれって何の撮影? 映画の撮影だったりするのかな」

 辺りをぐるっと見回して、麗花が瑞希にそう尋ねた。

 一般人の侵入を拒む為に設置された、バリケード越しの二人の会話。

 瑞希の後ろでは武装した屈強な男たちが忙しそうに動き回り、
 上空では卵のようなフォルムのヘリコプターが、先ほどから周囲を警戒するように飛んでいて……。

 確かに事情を知らぬ者が見れば、大規模な映画の撮影準備にも見えるだろう。


 だがしかし、瑞希は不思議そうに首を傾げると。

「これは映画の撮影ではありません。国家機密の任務です」

 そしてそのまま背負っていた対空用のランチャーを構え、ミサイルを空へと放ったのだ。

 次の瞬間、煙の尾を引きながら飛んで行ったミサイルが空中で派手に爆発し、辺りの注意を一気に集める。

 ざわめく野次馬たちが注目する中、
 瑞希たちがいる交差点目がけて空から何かが落ちて来た。

「北上さん」

 瑞希が落ちて来た『何か』からは視線を逸らさずに、隣にいるハズの麗花の名を呼ぶ。

「逃げてください。なるべく遠くへ……ここはすぐにも戦場になる」

 だが、麗花からの返事は無い。

 不審に思った瑞希が彼女の方へ振り向くと、そこには既に麗花はおらず……。

「隊長! ゲストの到着です!」

 部下に呼ばれ、瑞希は思考を切り替える。

 突然彼女が消えたのは不思議だが、自身のライバルとも言える存在が
 この程度のことでどうにかなったりはしないだろう。

 ……ならばまず、自分は自分のやるべき事をこなさねば。


 見上げた空には先ほど撃ち落とした物と同じ形の浮遊物が多数。

 瑞希は部下たちのもとへ駆けていくと、
 愛用の軽機関銃を防衛陣地で構えながら指示を出していく。

 そうして彼女たちのすぐ目の前。
 道路へと突き刺さるように落下した『何か』から、煙と共に外へと這い出て来たモノがいた。

 それはとても一言では言い表せないほど奇妙で不気味な生命体。

 三角形の体から空へ向かって伸びる触覚のような謎の器官に、カタツムリを彷彿とさせる飛び出た両目。
 おまけに子供が描く棒人間のような手足を器用に動かし、瑞希たちの方へと向かってくる。

「……なんてこった。こいつぁパニックムービーさながらですよ」

 自分の隣で銃を構えるベテラン兵士の発言にさもありなんと思いながら……
 瑞希は機関銃の照準を、謎の生き物に合わせて呟いた。

「だからこそ、ここで死力を尽くしましょう。
 ……どこからだってかかってこいべいびー。ダンスパーティーの始まりだぜ」

とりあえずここまで。残り40人8ステージ。

===「経過観察報告書」

 残念ながら、事態は悪化の一途を辿っていると申し上げる他にありません。

 既に一部の地域において〇※▽×の仕業によると思われる書き換えが行われ、その効果も確認されています。

 今回の騒動においてメインとされる発生源、
 協力者の特定には未だ至っておりませんが、
 
 部下からの報告を受けるとろこによりますと、それとはまた別の非常に興味深い
 〇※▽×作用例があがって来ているのも事実です。

 先にそちらへ送ったサンプルは、既にご確認して頂けておりますでしょうか? 

 彼等はこれを現地生命体の呼び名に倣い「茜ちゃん人形」と呼んでおりますが……
 その製造プロセスは全くもって我々の、理解の範疇を超えています! 

 そもそも我々のバイオテクノロジーにおいてもこのような――
(以下、遺伝子工学の蘊蓄及び生命倫理についての見解が延々と綴られており省略)

===「セカンドステージ:山」

 山は良い、良いぞ。

 特に緑の匂いを肺一杯に吸い込める、
 雨上がりの山道なんかは最高だ。

 マイナスイオンだとか何だとか、そう言った科学的な効能についてはひとまず置いておくとして……
 とにかく山に登れば簡単に「新鮮さ」のような物をたらふく味わうことができる。

 そして今まさに雨上がりの山道を行く天海春香は、
 この自然の恵みを堪能しているところであった!


「うぁ~……濡れた山道って歩きにくい」

 堪能、しているところであった。

「ひゃっ!? ぬかるみの泥跳ねちゃった……もう最悪! 新品のシューズがドロドロだよぉ~」

 ま……まぁ、形は違えど堪能である。

 右手でリュックの肩紐を持ち、左手には杖代わりのピッケルを。
 こちらも履いている靴と同様に、この日の為に用意した新品だ。

 そんな春香と共に歩くのは、何やらむすりとした少女。

「山を登っているんですから。靴くらい、汚れて当然なんじゃないですか」

「そうは言うけどおろしたてだよ? ……なるべく綺麗に履きたかったの」

 不貞腐れたように答えた春香に不機嫌そうな顔の少女、
 北沢志保は自身の着ていた泥だらけの服を指さして。


「私の服も、新品でしたが」

「あぅ! ……ご、ごめん」

 はいそこの、天海春香を知っている君。

「ま~たドジっ子春香ちゃんは転んだのか? しかも他人を巻き込んで」なんて思ったとしたら、残念ながら不正解だ。

 正しくは春香はただ転びそうになっただけであり、
 それを慌てて支えようとしたどんくさ志保が自らぬかるみへとダイブしただけである。

 ちなみにその時の春香の「やっちまった」感溢れる表情と志保の悔し恨めし恥ずかしいといった羞恥に満ちたあの顔は、
 A2サイズのポートレートにして飾っておくだけの価値があった。

「別に……謝らなくていいですよ」

 志保は春香にそう言うが、傍から見れば彼女の態度は十分に、
 謝罪の言葉を引き出すだけの雰囲気を周囲へ向けて放っている。
 
 現に、春香は申し訳なさそうな顔になると。


「志保ちゃん……怒ってないの?」

「怒ってません」

「ホントのホント?」

「怒ってませんよ」

「……怪しい」

「だから、怒ってなんかいませんってば」

「嘘だぁ~! ホントは怒ってるんでしょう? 怒ってる人はみんなそう言う」

「……どうして信じないんですか。怒って無いって言ってるのに」

「でもでもだって、志保ちゃんの顔……」

「顔がキツいのは生まれつきで……転んだのも自分のせいですし、怒る理由はありません」

「だったら志保ちゃん、一つだけ」

「なんですか?」

「さっきの転んだ時の写真、皆に見せても構わないかな♪」

 目を閉じ、両腕を組み、顔を斜め四十五度に伏せて受け答えをしていた志保が
 驚き顔になって声のした方向へと振り返る。


「すっごく可愛く撮れてたから。事務所に飾ってもらっちゃおっと!」

 天使のような微笑みで、悪魔のような計画を口にする女性は何を隠そう北上麗花。
 手にしたカメラのファインダーはいつでもシャッターを押せるよう、春香たちの方へと向いていた。

「あっ♪ 今の表情も凄くイイね!」

「ア・ナ・タ・は、一体何をしてるんです?」

 苦々し気に問う志保だけでなく、我々だってそう訊きたい。
 ところが麗花が答えるより先に、ドスの効いた志保の声に春香が瞳を潤ませて。

「ふぇっ……志保ちゃんが怒った」

 これである。

 両手をぶりっ子のように口に当て、
 怯えたような視線を志保へと向ける。

「は、春香さんには言ってません!」と志保が慌てて弁解するその様子を
「パシャパシャパシャ♪」なんてシャッター音を真似ながら写真に収めていく麗花。

 混沌ここに極まれり、同時多発的に発生したトラブルへの対処に追われる志保の姿を例えるならば、
 多数の園児を相手取る先生……そんな表現がピタリと嵌る。


「ぐすん、ぐすん……!」

「あらら、春香ちゃん泣いちゃって可哀想……パシャ」

 志保にとってはただひたすらに、マズい状況というものであった。

 泣きじゃくる春香の隣に立つは不機嫌志保。

 こんなところを写真なんかに残されたら、それこそ「生意気な後輩、先輩を泣かす!」だとかなんだとか、
 後々まで語り継がれてしまうは必至。

 動揺した志保が麗花を睨みつけ「写さないでくださいこんなトコ!」と怒鳴る。

 が、迂闊! 

 志保が悟った時にはもう遅い。
 既に麗花はカメラを納め、泣きそうな顔でこちらを見ているではないか!

「わ、私も……志保ちゃんに怒られた……!」

「いえ、怒ったんじゃなくお願いを――」

 しかし、志保の言葉を春香が遮る。

「ふえぇ~んっ! 志保ちゃんに、志保ちゃんに本気でおーこらーれたー!!」

「私も、ただ、写真を撮ってただけなのに……ぐすん」

「だから私は、怒っているつもりなんて!」

「ふえぇ~ん! えぇ~んっ!!」

「ひっく、えっく、めそめそめそ……」

「ああ、ああっ! もう、この二人は……!!」


 さてさて、ここで一つお話を。

 ご存知の方もいるとは思うが、子供の涙は伝染する。

 皆さんは赤ちゃんが一人泣き出すと、周りにいる赤ん坊も一緒になって泣き始める……
 そんな光景に出くわしたことはないだろうか? これがいわゆる「つられ泣き」だ。

 春香が泣き、麗花も泣いた。

 エンエンと山道に木霊す泣き声を聞かされる志保が唯一取れる行動は、彼女たちをあやすことだけか? 

 幼い弟が駄々をこねた時にのみ抜かれるという、北沢家に伝わる伝家の宝刀
「何でもいうこと聞いたげる」をここにきて、とうとう抜かざるを得ないのか……!?

 否! 志保は強い女である。
 根性と頑固さと反骨精神で理不尽な世と渡り合う、傷だらけの女戦士でもある! 

 さらには「弱さなんて見せない」と志保が持つプライドは、いつも彼女に冴えた冷静さを取り戻させてくれるのだ。
 ……だからこそ志保は、目の前の光景の不自然さを発見する。

 そして皆さんにも思い出して頂きたい。

 志保は春香に怒って無いし、麗花も特につられて泣き出したワケではない。
 さらに言えば先ほどの「つられ泣き」の話は、全く一切本筋とは関係が無い。

 要するに、今泣いているこの二人は……。


「……嘘泣き」

 余りにも白々しく、大げさでわざとらしい二人の泣き方から考えれば、もはや疑う必要すら無いだろう。

 その証拠に二人は先ほどから、チラチラと志保の様子を盗み見ていた……
 まるで「構ってくれ」と言わんばかりに。

「楽しいですか、お二人とも」

 冷静、かつ落ち着いた声で行われた質問。
 
 それでも志保が下唇を噛んでいるのは、
 ここで怒ったら負けだぞと、自分に言い聞かせている為である。

「私で遊ぶと楽しいですか? 一応言っておきますけど、これ以上くどいようだったら……」

「ううん全然、楽しくない!」

「だけど志保ちゃんも、少しノリが悪いかなーって」

 志保が見せた本気の怒りの片鱗に、悪ガキ二人がすました顔で首を振る。

 そのあっけらかんとした態度を見て、叫び出したい志保であったが……
 これはあれだ、弟が自分をからかう時と同じなのだ。二人はただ、自分に構って欲しいだけ。

「……なら、もう少し別のやり方にして下さい。
 こんな人の神経を逆なでするような方法じゃなく――」

「麗花さん。あそこに居る鳥はなんて言うんですか?」

「あれはね、幸せの青い鳥♪」

「聞けーっ!!」

 無理だった。

 志保の怒鳴り声は木々の間で響き渡り、それは見事な木霊を生んだと言う。

とりあえずここまで。

戸惑った志保かわいいからね
しかたないね、乙です

>>105
天海春香(17) Vo
http://i.imgur.com/GqqGaDu.jpg
http://i.imgur.com/Bj27weU.jpg

北沢志保(14) Vi
http://i.imgur.com/zITrqx7.jpg
http://i.imgur.com/00gG7br.jpg

===

 コテージ。響きは似ているがステージでは無い。

 周囲をうっそうとした森で囲まれたその宿泊用の一軒家は、
 さながらお金持ちが持つ別荘のように立派な造りの洋館で……と、いうより本当に金持ちが所有する別荘なのだ。

 持ち主は何を隠そうあの水瀬。

 どの水瀬かって? それは後々語ることとして。

「ふぅ、到着っと!」

 春香が額の汗をぬぐい、建物を見上げて深呼吸。

 その隣では麗花が大きく伸びをしながら「山登り、楽しかったなぁ~♪」とご満悦だ。


 さらに二人の後方から、息も絶え絶えに歩いて来るのは志保である。

 その目は光を失って、足元はよたりよたりとおぼつかない。

 彼女はやっとの思いでコテージの前まで辿り着くと、
 玄関柱に体を持たれかけさせながら、背負っていた荷物をずり落とす。

「ば、化け物……」

 志保にしてみれば疲れ知らずな麗花たちを表した一言だったが……
 悲しい事実を伝えよう。志保、単に君の体力が無いだけだ。

「志保ちゃん、だいぶ疲れてるみたい」

 そんな志保の隣にしゃがみ込み、麗花が心配そうに声をかける。
 しかし志保は大丈夫だというように首を振り。

「まだやれます。……この後は、陶芸体験のお仕事だってありますから」

「陶芸?」

 瞬間、志保はしまったと後悔した。

 今や麗花の瞳はランランと輝き、興味津々といった顔で自分のことを見つめている。


「ねぇねぇ志保ちゃん。それって私も――」

「邪魔しませんか?」

 その一言はジャックナイフ。

 志保の口から飛び出した切れ味鋭い一言は麗花の言葉を遮ると、
 そのまま彼女の動きまで牽制する。

「邪魔しないって約束、できますか?」

「あぅ」

「で・き・ま・す・か?」

 猛獣使いは自身の放つ気迫によって、獰猛なライオンを従えると言う。この時の志保がそれだ。

 その並々ならぬ迫力に押され、あの麗花が僅かに後ろへと身じろぐ。

「そ、そうだ! 私、まだ会いに行かなきゃダメな人がいるんだった!」

 わざとらしくパンと手を鳴らし、麗花が慌てて立ち上がった。
 ……どうやら厄介な乱入者は、未然に追い払うことが出来たらしい。

 いそいそとコテージへ向かう麗花の姿を見送りながら、志保は静かに口の端を上げ……
 そのままガクリと頭を垂れて、意識をまどろみへと託すのだった。

===

「志保ちゃんは……どうしたんだい?」

 玄関を開けたら志保がいた。
 しかも満足そうな顔でスヤスヤと、寝息を立てているのである。

 例え発見した木下ひなたでいなくとも、
 誰もが「何があった?」と疑問に思うことだろう。

 だが、その答えを麗花に求めるのはよろしくない。

 それは道端に転がるたい焼きに、真理を尋ねるような物である。
 要は、てんで見当外れということだ。

「ふふっ、可愛い寝顔……パシャ♪」

 カメラを片手にウキウキと、志保の寝顔を撮影する彼女の姿を横目にしながらひなたは悟る。

 これは触れない方が良い。どうせ聞いても分からないと。


 考えても理解できないことは、やはり考えない方がいい。
 ひなたは「したっけ」と呟いて、思考を切り替えることにした。

「出発しようか麗花さん」

「うん、いいよ!」

 今から二人が向かうのは、コテージから少し離れた場所にある渓流だ。

 ひなたの腕にはバスケットが一つ。
 中にはできたてのサンドイッチや飲み物が入った水筒が。

 彼女の着ている赤いフード付きの洋服とも相まって、
 その姿はあの有名な童話の主人公、赤ずきんを思い起こさせる。

「ところで、渓流までの道は分かる? 迷子になったりしないかな」

 麗花がふと浮かべた素朴な疑問に、ひなたは「勿論だべさ」と応えると。

「このコテージの管理人さんが、案内してくれる約束なんだわ」


 そうして彼女が指さした先。

 自分たちが登って来たのとははまた違う山道の入り口に、
 大きな影が立っていることに麗花は気づく。

「見た目はちぃとおっかないけど、親切で優しい人なんだぁ」

 だがしかし、ひなたの言うその人物はなんとも奇怪な見た目をしていた。
 恐らくは、そう、常識的にはあり得ない。

「ひなたちゃん、準備はできたみたいだね」

 ニタリ。笑うと白い歯がこぼれるのは、ある意味ナイスガイの条件だ。
 とはいえそれも、人を基準としてのこと。

 ゆっくりとこちらへ近づいて来るその生き物の姿はまるでそう……。

「どうも、コテージ管理人のオオカミです」

 大神? いや狼である。決して人狼などでもない。

 どこからどう見ても二足歩行で歩く獣。
 一般的な成人男性よりも高い身長の、見紛うことなき狼が、麗花たちの前まで来て立ち止まった。

 ひなたが目の前の巨大狼に、麗花のことを紹介する。


「オオカミさん。こっちは同じ事務所の……」

「き、北上麗花です。初めまして」

「ええ、ええ、もちろん存じてます。なにせ、わたくしアナタのファンですから」

 まさか自分に、狼のファンがいたなんて! 世界は広く、不思議だらけだ。

 麗花はオオカミが差し出した毛むくじゃらの手を握ると「ありがとうございます」とお礼を言う。
(ついでに彼女はオオカミの手についていた、肉球の感触を確かめることも忘れなかった)

「では、わたくしの後について来てください」

 見た目からは想像もつかない爽やかな声でオオカミは言うと、麗花たちの先に立って歩き出す。
 どうやらひなたが言うように、本当に害は無いらしい。

 ……どころか彼は山道を進みながら「途中、はぐれないように気をつけて。
 ココだけの話、この森には熊も出ますからね」なんて二人を気遣うほどだった。

とりあえずここまで。
全ての元凶は麗花さんの書いた日記なんだ……。
http://i.imgur.com/w0mr8cG.png

===

 オオカミの後について歩く森の散策は、それはそれは楽しいものであり、貴重な体験だったと言えるだろう。

 彼は実に紳士的で、何より山に詳しかった。

 山道に生えた花の名前やこずえにとまる鳥の生態などを、
 三人が目的地に着くまでの間中、面白おかしく説明してくれるのである。

 そうして一行が渓流に着く頃には、麗花と彼は互いに「ウルフ」「レイカ」と呼び合うほどに打ち解けて……
 おっと、この話題はまた別の機会に語ることとしよう。

 なにせ彼女たちを満面の笑顔で出迎えた、小さな釣り人がいるからだ。


「オオカミさんにひなたちゃん!」

 大きな岩が転がる河原。焚き火の為に用意されたと思われる薪の傍で、
 アウトドア用の小さな椅子に座っていた中谷育が三人の姿に立ち上がる。

「それに、麗花さんまで!」

「こんにちは、育ちゃん。お魚さんは釣れてるかな?」

 麗花が育の手に握られていた、釣り糸と針を見てそう訊いた。
 すると彼女は誇らしそうに胸を張ると。

「もちろんだよ! ほら見て、こんなにたくさん釣れたんだ!」

 そうして育が置いてあった、魚籠の中身を彼女らに見せた。


「ホントだ! お魚さんが一杯♪」

「凄いねぇ……これ全部育ちゃんが釣ったんかい?」

「オオカミさんも手伝ってくれたけど……この一番大きいのはわたしだよ!」

 素晴らしい釣果に口を開け「はぁ~……!」と感心するひなた。
 その横では麗花がオオカミに呼び出され、マッチをその手に渡されていた。

「レイカ、これで火をつけてはもらえませんか?」

「了解です♪ じゃあじゃあ背中をこっち向けて?」

「おっと、その手のジョークには乗りませんよ? わたくしの毛皮ではなくて、この積んである薪にです」

 受け取ったマッチを擦りながら、麗花が不思議そうな顔になる。

「ウルフはマッチ、つけれないの?」

「……お恥ずかしい話になりますが、わたくし火の類が苦手でして」

「なるほど!」


 合点がいったと頷いて、麗花が薪に火をつけた。
 それから彼女は両手で何かを握るようなジェスチャーをとると。

「ふぁーってする竹はある? 私、アレ得意なんだよ」

「ブロアーならありますよ」

「う~……そうじゃなくて。もっとちゃんとした棒がいいなぁ」

 オオカミが荷物の中から取り出した、小型の自動送風機に難色を示す。
 麗花は風の子元気な子。折角のアウトドアなのだから、なるべく天然物を使いたい。

「一応、自作できないことはありませんがね」

「材料がいる?」

「はい。ですが森の木々や植物は――」

 その時である。まるで二人に釘を刺すかのように、一発の銃声が山に木霊したのは。

「……わたくしの管轄外なので。例え野草の一つ取るだけでも事前に許可がいるんです」

「怒られちゃうんだ」

「その通り。今回の釣りに関しても、それはもう面倒な手続きが幾重にも……」


 ここで麗花はやれやれと肩をすくめるオオカミが、
 その身に長話をする者特有のオーラを纏ったことに気がついた。

 何、このぐらいの気配の感じ分けなど彼女には容易いことであり、日頃の研鑽の成果でもある。

 何せ麗花は週に一度と言わず二度、三度。こういうオーラを向けられていた……主な相手は律子から。

 その理由を説明することはあえてしないが、
 これまで彼女の人となりを追って来た皆さんならば、簡単に想像がつくだろう。


「それでウルフ? この焚き火で何をするのかな」

 メラメラと燃え盛る火の塊へと視線を移し、流れるような話題転換。
 するとオオカミは川辺で戯れるひなたと育の方へと顔をやり、舌なめずりしながらこう言った。

「なに、料理を始めるんですよ。レイカもお腹、空きませんか?」

===

 食事、それは生き物が生き物である証明。

 生きとし生けるモノは皆、
 これ無くして存在しえない程に大切な生命維持の必須事項。

「アカン、本格的に目ぇ回って来た……」

 堅苦しい事を抜きにすれば、腹が減っては戦は出来ぬと。
 つまりはそういう話であると、横山奈緒のキュートなお腹が知らせている。

 彼女は右も左も分からぬ森の中を、鳴りやまぬ腹の虫に辟易しつつ、
 かれこれ一時間以上はさ迷い続けていたのだった。


「大体な、前提からすでにおかしい思わな。なんで私がこんな山中、うろつく羽目になっとんの」

 愚痴る彼女の右手には、それは立派なピストル一丁。
 六連発のリボルバーが、木々の木漏れ日によって鈍く光る。

「おまけに行けども行けども道はない。独り言も多なってるし」

「もうボケが始まってんのか? まだ若いのに苦労するね」

 奈緒が突然、その場でピタリと立ち止まった。
 そうして警戒するように、辺りをキョロキョロと見回すと。

「……またや。また幻聴が聞こえよる」

「さもなきゃ頭がイカれたか」

「私はそんな、オカシクなんかなっとらへん!!」

 叫びながら、奈緒は銃を握る手に力を込める。


「さっきからホントなんなんもう! 誰っ!? 誰がそこにおるん!?」

「別に人がいるワケじゃあないんだぜぇ~」

「やったら余計おかしいやろ!? こんなハッキリ、近くで声が聞こえるなんて……」

 その時彼女の耳元で、くっくと笑う声がした。奈緒が右手を高々と上げ。

「やかましい!」

 怒鳴ると同時に引き金を引く……静かな真昼の山中に、無機質な銃声が木霊した。

===

「焦がさないように気をつけて……よいしょっと」

 パチパチと煙を上げる焚き火の傍に、育が棒刺しにした魚を突き立てるようにして並べていく。
 その横ではオオカミに教えられながら、魚を捌くひなたの姿。

「うん、中々スジが良いですよ」

「そ、そうかい? あんまし自信ないんだけども」

「いやいやいや、レイカに比べれば随分マシです」

 そうしてチラリとオオカミが、ひなたの隣へと視線をやる。

 そこでは鼻歌なんかを歌いながら、麗花が調理と言うよりも解剖と言った方が
 しっくりくる行為に夢中になっているところだった。

「ねぇねぇ見てみてひなたちゃん。お魚さんの中からこんな物が♪」

「うぷっ……」

 麗花が指先で摘まみ上げた、得体の知れない謎の物体
 ――まるで煮凝りのような見た目の何かだ――を見てひなたが思わず口を押さえる。


「な、なんだいその……気味の悪いもん……」

「なんだろう……溶けかけた虫やミミズかな?」

 後悔したってもう遅い。わざわざ聞くんじゃなかったと改めて青ざめたひなたと入れ替わるように、
 魚を並べて戻った育が好奇心一杯といった表情で問いかける。

「麗花さん麗花さん! それなーに?」

「これはね、お魚さんのお腹に入ってた――」

「い、育ちゃんはこういうのも平気なんだねぇ……あたし、年上なのに情けないべさ……」

 しかしまぁ、全体的には楽しい調理風景だ。

 そのうち辺りには魚の身が焼けるなんとも香ばしい匂いも漂い始め、すっかり食事のムードである。

 焚き火の周りに転がっている丁度よい高さの岩を椅子にして、各々が好きな場所へと腰を降ろす。

「それじゃあ皆さん手を合わせて」

「いっただっきまーす!」

 育の号令に合わせる形で、賑やかな昼食が始まった。

 だがしかし、麗花よ。君は焼けたばかりの魚にかぶりつき
「んぅ~♪ 美味しい!」なんて呑気に喜んでいる場合では無かったのだ。

===

 突然、何の前触れもなく鳴り響く銃声。手元に走る強い衝撃。
 麗花の手から弾け飛んだ串焼きの岩魚が無残にも、河原の上に横たわる。

「危ない!」

 オオカミが吠える。第二撃。今度は彼女の近くの石が跳ね、チュインと甲高い音が響く。

「な、なんですか!?」

「銃撃です! こちらへ、早くっ!」

 言いながら、彼の行動は迅速だった。

 既にひなたと育の二人を自分の影へと移動させ、銃弾が飛んで来た方向を探している。

 その間にも、三発目、四発目の弾丸が麗花たちの傍を通り過ぎ、
 火薬特有の胸にくる臭いが麗花にだって感じ取れた。


「な、何!? 何っ!?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だよぉ……!」

 オオカミの巨体に隠れながら、ひなたが震える育を抱きしめる。
 と、オオカミの睨みつけていた方向にある藪をならし、姿を表す影が一つ。

「つぅ~……なんで真っ直ぐ飛ばへんのやろ……」

 その襲撃者……とでも言うべきか。少女の姿を目の当たりにして、麗花が驚きの声を上げる。

「な、奈緒ちゃん!?」

「麗花? ……なんや、ひなたに育もおるやんか」

 だが、麗花たちの前に立つ奈緒の目はどこか虚ろで……右手に握る銃の存在が、
 増々彼女の異常性を際立たせているようにも見えた。


「アカンで、そんな狼なんかと一緒におったら」

 一歩、彼女が前に出る。

「腹ペコ狼の話しらへんの? 丸々餌で太らせて……油断したところをペロリ一口」

 そうしてゆっくりと舌なめずり。銃口をオオカミの方へ向け、ニヤリと奈緒が顔を歪める。

「せやから私が助けたらな。動かんといてな……流れ弾が当たったら痛いでぇ……」

 彼女の目は正気を失っているが、その迫力だけは本気であった。

 一体全体この場に何が起きてるのか? 
 理解できないでいる麗花の後ろから、緊張した口調でオオカミが囁く。

「レイカ、アナタは足が早いですか?」

「逃げ足ってこと? ……一応、人並みには自信あるかな」

「結構。ならこちらの合図で走りだして……向こうの茂みに入ってください。
 そしてそのまま真っ直ぐに行けば、大きな道に出るハズです」


 とはいえ、麗花も素直に頷けない。
 目の前の奈緒は明らかに普段と様子が違っていたし、何より銃を持っている。

 一体どうしてそんな物を持っているかはこの際置いておくとしても、
 自分だけ逃げるなんて……ひなたや育はどうなるのか?

 けれども、そんなことはオオカミだって承知の上の話である。
 彼はひなたたちに自分の背中へおぶさるよう指示を出すと。

「いいですか? 3、2、1……」

 咆哮。オオカミの本気の唸り声で威嚇され、奈緒が慌てたように銃を撃った! 

 すると麗花たちの遥か後ろ、水面に上がる水しぶき。


「走って!」

 言われるままに走り出した麗花を追い越して、オオカミが先導するように駆けていく。
 その背中には振り落とされないよう必死に彼にしがみつく、ひなたと育の姿も見える。

「ま、待たんかーいっ!!」

 後ろからは奈緒の怒声が響き、そうして次の銃撃がすぐさま自分たちを襲ってくると麗花は覚悟を決めたのだが――
 幸い四人が茂みの中に飛び込むまでの間、新たな銃声が鳴ることは無く。

 麗花たちは木々の間をすり抜けながら、
 とにかく河原から距離を取るために、只々走り続けたのだ。

===幕間「忍び寄る厄災とその末路」

 まさかまんまと逃げられるとは。獲物を取り逃した悔しさに、思わず唇を噛んで悔しがる。
 顔見知りの人間が相手なら油断して、労せず事を成せると思っていたというのにだ。

「ったく! どれだけ銃の扱いが下手なんだ! 肝心な時に弾切れなんて……」

 そして怒鳴った後に気がついた。アイツは一体どこへ行った? 
 今の今までは確かに目の前で、銃に弾を込めていたハズだが……。

「ほぉ~……アンタが声の正体か」

 ギクリ、体が固まるとはこのことだろう。背後からかけられた声に振り向くと、奴はそこに立っていた。
 しかもご丁寧にも銃口を、ピタリとこちらへ合わせてだ。


「お、お前ッ! どうして正気に……!?」

 言いかけてまた気づく。その左手に握られた、少々焦げた魚の串焼きに……ジーザス。
 腹が減ったから飯を食う、まるで欲望の権化じゃないか。

 人間ってのは意地汚い、全く持って意地汚い!

「なんやよう分からんけど、小腹が満ちたらハッキリ見えるようになってきたで。ついでに頭の方もスッキリや」

 そうしてこともなげに奴はそう言うと。

「ほな、しっかり説明してもらおうやない。一体何があったんか……でないと鉛弾喰らわすでぇ~」

 まるで悪魔のような微笑みを浮かべて言ったのさ。
 そう、オレ様よりもよっぽど悪魔らしい微笑みだ。

とりあえずここまで。訛りはほんと難しい…

よかった、また炭が出来るとこだった
http://i.imgur.com/3tUfpFX.jpg
乙です

>>129
中谷育(10) Vi
http://i.imgur.com/rhoZm3h.jpg
http://i.imgur.com/CkhktZa.jpg

>>133
横山奈緒(17) Da
http://i.imgur.com/nbThsrf.jpg
http://i.imgur.com/w8WBkxh.jpg

===「セカンドステージ:山その2」

 麗花は足に自信があった。
 見た目ではなく機能についての話だが。

 そのスラリと伸びた健脚は一蹴りで普通の人よりも前に出られたし、
 登山で鍛えた肺活量とスタミナは、彼女の化け物じみた体力を語るうえで外せない。

 ただ単純に「走る」という行為において麗花は自分が人よりも少しは優れていると、そういう自覚があったワケだ。


 しかし彼女は今まさに、上には上がいるものだと改めて思い知らされていた。

 何を隠そう麗花の前を走り行くオオカミ――いや、大神環によってである。

「速いなぁ、環ちゃん」

 思わずそんな言葉を口にする程、麗花は驚いていたと言っていい。

 実際、この追いかけっことも呼べる競争が始まった時には麗花の方が先頭だった。

 街を過ぎ、山に入り、うねるように続く道路というのは多少の起伏があったものの、
 彼女にとっては平地を行くのと大差ない。……けれども、だ。

>>149訂正
〇彼女にとっては平地を行くのと大差ない。……ところが、だ。
×彼女にとっては平地を行くのと大差ない。……けれども、だ。


「ここから先は、たまきだって負けないぞー!」

 小さな彼女の宣言通り。舗装された道が途切れ、
 石や土が剥き出しにされた山道に入った途端、環の走りは格段に良くなった。

 岩から岩へ、高所から低所へ。

 まるで獣のように卓越したバランス感覚であちこちを飛び跳ねるように駆けていく環には、
 さしもの麗花も見失わないようについて行くだけで精一杯。

 それに何より彼女には、走りやすい場所を嗅ぎ分ける「勘」とでも言うべき物が備わっているようで……
 こればかりは一朝一夕で身に付く物でも、まして盗める物でもありはしない。


 この辺りは山育ちだという彼女の生い立ちにも関係しているだろうが、それ以外にも……。

「うぅーん……私の名前にも、馬とか鹿とか入ってたら」

 もしかしてもしかすると、名前にも秘密があるのかも? 
 麗花は足の速そうな動物をいくつか浮かべ、自分の名前につけてみる。

 それは馬上麗花だったり鹿上麗花だったり……二つ並べて馬鹿麗花。

「……あぅ!」

 自分で立てた仮説によって、勝手に小さなダメージを受ける。環と二人でかけっこ勝負。
 森の中をビュビュンと駆け抜けながら、麗花はそんなことを考えるのだった。

===

「で、二人はこんな馬鹿したって?」

 すんでのところで事故を回避し、山道と国道がちょうど交わる地点にて

 真新しいブレーキ痕を作った福田のり子はそう言うと、
 乗っていたバイクを道端に寄せて困ったものだと腕を組んだ。

 彼女にしては珍しい浴衣姿なのは、お祭りの帰りだからである。

「ふん! ほうはんは」

「はひっへはらふうへんへ!」

「ちょっと、食べながら返事するなー!」

 そんなのり子から貰った焼きトウモロコシを食べながら、麗花と環が揃って頷く。
 その際、ポロポロとコーンの粒が口からこぼれるのもご愛嬌。


「ホント、麗花さんが気をつけてくれないと」

「うん、ごめんね?」

「……お願いしますよ。大人なんだから」

 とはいえ、素直に笑顔で謝られるとそれ以上何が言えようか。

 事故は起こらず、怪我人は無し。
 愛車の状態も少しは気になるが、それはまぁこの際置いておくとしてだ。

「ところで……麗花さんはなんでここに? アタシてっきり、街にいると思ってたんだけど」

 のり子はこの「山中飛び出し事件」に早々とピリオドを打つと、怪訝そうな顔で麗花に訊いた。

 すると麗花は首を傾げ。

「どうしてって……環ちゃんたちと競争を」

「ああ、いや、そうじゃなくて」

 麗花の答えに、のり子が頭を掻く。

 自分の中にある疑問を、どう説明しようか迷っているようでもある。


「その……麗花さん聞いてないの? 突然やって来たヘンな生き物が、街でおにぎりを配ってる話」

 それは全く……なんとも突拍子の無い話だった。

 その証拠に聞かされた麗花たちも、キョトンとした顔でのり子のことを見つめている。

「今じゃどこも大騒ぎだよ。アタシの行ってたお祭りだって、この騒動で急遽中止になって……」

 けれども大変なことが起きたといった様子で語るのり子とは違い、麗花たちは呑気そのものだ。

 ……はて、それのどこが一大事なのか。
 ヘンな生き物が食べ物を配るくだりが妙だとでも?

「いいんじゃないかな、おにぎりくらい」

「だよね……たまきだってそう思うよ?」


 この二人にとって怪生物の出現ニュースなど、新しいお友達が増える程度の認識でしかないらしい。
 だが、一般的な常識をわきまえたのり子にとっては大問題。

 今度は真剣な顔で二人に詰め寄り。

「よくないよ! 噂じゃ宇宙人の襲来だとかなんだとか、軍隊まで出動したって言ってるのに!」

「軍隊かぁ……アイドルフォースの撮影を思い出すね♪」

「ちっがーっう! 映画の撮影じゃないんだから!」

 そうして腕にさげていた巾着からスマートフォンを取り出すと、のり子はいくつかの写真を二人に見せた。

「ほら! これ見たら嘘じゃないって分かるでしょ?」

 向けられたスマホの画面を覗き込み、麗花が驚きの声を上げる。


「瑞希ちゃんに……でんでんむす君!」

 彼女が驚いたのも無理はない。

 そこには自分の生み出したキャラクター「でんでんむす君」が、
 まるで軍人のような装備を身に付けた真壁瑞希と固く握手を交わす姿が写されていたのだから。

 他にも兵士と思われる屈強な男たちと共に、
 この奇妙な生物が人々に炊き出しを行っている様子なども収められている。

「あっ、これ天むすだ」

 環がでんでんむす君の手を指さし、持っているおにぎりの種類に言及した。

 確かに彼女の言う通り、その海苔で巻かれたおにぎりからは、
 ぴょこんとえび天の尻尾が飛び出しているじゃないか。


「いいな~……たまきもおにぎり、食べたくなっちゃう」

「いや、私が言いたいのはそこじゃ無いんだけど……」

 しかし、なぜこんな写真が撮られているのか?

 環の気の抜ける発言に思わず頭を掻くのり子を横目に、麗花は記憶の引き出しを開けていく。


 そもそもでんでんむす君は、天むすのイメージキャラとして作られた一介のぬいぐるみに過ぎず

 ――とはいえ麗花はこの奇妙な生き物を、世間に浸透させたいという大それた野望も抱いていたが――

 生みの親の麗花自身がその存在を忘れてしまっていたという、
 悲しい事件によって一般にはお披露目すらされていない物なのだ。

 にも関わらず、写真には幾体ものでんでんむす君が街中を闊歩している様子が写っていた。

 麗花に内緒で着ぐるみを作っていたなんてことも無いだろうし、
 大体そんな予算が事務所にあるとも思えない。

 だとすればのり子が言う通り、彼らは本当に宇宙からやって来たということなってしまうが……。


 珍しく深刻な顔つきになった麗花に、のり子が言う。

「やっぱり、でんでんむす君だよね?」

「うん……間違いないよ」

「私、麗花さんが関わってるイベントか何かだ思ってたけど……その様子じゃ、麗花さんも知らなかったんだ」

 のり子の言葉に、麗花が「まさか!」と首を振る。

「だけど、ちょっと嬉しいな」

「嬉しい?」

「だって皆にでんでんむす君のこと、知ってもらえたってことだもの」

 野望はここに成就された。呆気にとられたのり子を他所に麗花は自分の携帯を取り出すと、
 この素晴らしい出来事を拡げるために軽やかに指を躍らせる。


「これでよしっと♪」

 麗花がボタンをタッチして、満足そうに頷いた。

 すると三人が話し込んでいた道の向こうから、猛スピードで駆けて来る人影一つ。

 もうもうと土煙を上げながら、一昔前のポストマン風の恰好で
 颯爽と現れたその人物は麗花たちの前で立ち止まると。

「お待たせ麗花! 運ばなきゃダメな荷物は何? 全部私にまっかせてよ!!」

 持ち運べる物ならば何だって、何処へだって配達する手荷物専門配達人。
 弾ける笑顔と汗をキラめかせて高坂海美参上である。

とりあえずここまで。海美は男装もできて可愛い服も似合って……完璧じゃない?

訂正 書いてる方は完璧じゃなかった……。
>>158
〇「いや、アタシが言いたいのはそこじゃ無いんだけど……」
×「いや、私が言いたいのはそこじゃ無いんだけど……」
>>159
〇「アタシ、麗花さんが関わってるイベントか何かだ思ってたけど……その様子じゃ、麗花さんも知らなかったんだ」
×「私、麗花さんが関わってるイベントか何かだ思ってたけど……その様子じゃ、麗花さんも知らなかったんだ」

うみみだからな
乙です

>>151
大神環(12) Da
http://i.imgur.com/Mgm0RQg.jpg
http://i.imgur.com/tbXPtna.jpg

>>153
福田のり子(18) Da
http://i.imgur.com/ldY4G6G.jpg
http://i.imgur.com/ZA0tPip.jpg
http://i.imgur.com/3l1jJ2n.jpg

>>160
高坂海美(16) Da
http://i.imgur.com/JPItfX0.jpg
http://i.imgur.com/CldMQT4.jpg

===

 バイクの後ろに環を乗せて「それじゃアタシ、環を送って帰るから」と言ったのり子と別れて海美は元気よく走り出す。

 山越え谷越え川を越え、そうしてもう一つおまけに山を越え。

 握った荷物の送り先、訪れた小さな山小屋の前で彼女のことを出迎えたのは、
 少し開けた地面に正座して、目を閉じ瞑想にふける金髪少女。

 着物に袴というこてこての和装を纏ったその少女は、海美が傍にやって来ると閉じていた瞼をそっと開け、
 手にしていた瓢箪を地面に置くとこう言った。

「こんにちは海美さん。本日は一体、どのような御用件でここまで参られたんですか?」

 彼女の名はエミリー・スチュアート。
 流暢な日本語を操るが、英国生まれの淑女である。


 海美はそんなエミリーに笑いかけると、自分の持って来た荷物を差し出した。

「はいコレ、お届け物ね」

「お届けされた、麗花です♪」

「What!?」

 それは荷物というにはあまりにも大きすぎた。大きく、細身で、重さはそれなり。
 何より大雑把な性格を持ち、そもそも荷物と言うより人だった。

 麗花と繋いでいた手を離すと、海美は受け取り確認用の紙をバッグの中から探し出す。

「それじゃあここに、判子をお願い!」

「しょ、署名でもよろしいでしょうか……」

 受け取った紙に愛用の毛筆ペンで自分の名前を書き終えると、
 エミリーは改めてこの荷物……麗花の方へと向き直る。


「それであの、麗花さんがお荷物と言うのは――」

 そこまで言ってエミリーは、突然ハッとしたような表情になると言葉を切った。
 彼女の敬愛する日本語には、確かこんな言い回しが存在する。

「こいつはウチのお荷物だ」……この場合のお荷物とは厄介だとか、役に立たないといった意味だ。

「どうかした? エミリーちゃん」

「わ、私はそんな風には思ってません。むしろ好き……いえ! お慕いしています!」

 そしてまた、日本語というのは難しいうえにややこしい。
 この場合のエミリーが言った「好き」は、決してお荷物でも厄介とも思っていないという意味だったのだが。

「お、女の子からの告白は、私もちょっと困っちゃうかな」

「そういうのはもっとさ、人目につかないトコで言うもんじゃない?」


 赤面して応える麗花と「少なくとも、私みたいな部外者がいない時に」なんて恥ずかしがる海美の反応に、
 エミリーも自分がしでかした失敗に気がついたようだ。

 慌ててたように両手をわたわたとさせながら「ち、違うんです!」と弁明する。


「私が言いたかったのは、その、人として麗花さんを尊敬しているということで!」

 そうして「あ、穴があったら入りたい……」と、顔を赤らめる彼女の傍に、
 何処からともなく銀色に輝くスコップが飛んで来て――なんてことはもちろん起こりはしないのだが。

「顔から火が出るとは、まさにこんな状況を言うのですね……」

 消え入りそうな小さな声で呟いた後で、今度はキリッと真面目な表情で顔を上げると。

「そうです、今こそ挑戦する時です!」

 次の瞬間、エミリーはその場に再び正座すると置いてあった瓢箪の中身を自分の周囲にまき散らした。


「な、何してるの!?」と驚く麗花たちは、その散らされた液体から漂う臭いに顔をしかめる……油だ!

「心頭滅却すれば火もまた涼し。今なら、火照るような身の今だからこそ! この修行に活路を開けるハズ……!」

 そうしてエミリーが、懐から取り出したマッチを擦る!

「ていっ! ていっ!」

 その数、なんと二本、三本! ……四本、五本。

 箱から取り出されるマッチたちは、エミリーの震える手でおっかなびっくりと擦られて次々に折れ散って行く。

 いつしか辺りには「マッチ棒だった物」が散乱し、ただただ油独特の臭いが包むのみ。

「……あの、何してるのかな?」

 困惑しているというよりは、気の毒そうな海美の問いかけに、
 空っぽになったマッチ箱を握りしめるエミリーが、泣き出しそうな目でこう答えた。


「火が、つかないんです。これでは修行になりません……」

「修行? エミリーちゃん、修行してるの?」

 海美を背後から抱きかかえるようにして立っていた麗花が「なんでまた?」なんて顔をして彼女に訊いた。

 そうしてエミリーが語るところによると、彼女は現在武者修行中。

 体力づくりの一環として熱く燃え盛る炎の中にその身を置き、
 精神と持久力を鍛える荒行に挑戦しようとしていたのだとか。

「地獄の特訓とも言いますし、荒っぽいことをするのが修行では?」

 どうやらエミリーには稽古の前に、ちゃんとした師範が必要なようだ。
 それでもなお諦めきれない様子のエミリーは、麗花の背負っていたリュックに視線を移すと。


「あの、麗花さんは着火具をお持ちだったりしませんか?」

「着火具……ライターとかかな?」

「はい!」

 だが、リュックの中身を確認した麗花は申し訳なさそうに首を振り。

「ごめんね、エミリーちゃん。……火吹き棒ならあるんだけど」

 リュックからお手頃サイズの竹筒を取り出した麗花を見て、
 海美が「……なんでそんなもの持ってるの?」と訝しそうな顔になる。

「そうですか……やはり、諦めるしかないですね」

「そんなことないよ。木の棒と、何か燃えるものがあればクルクル~って」

「ちょっとちょっと麗花、焚きつけちゃダメだって」

===

 海美が声を上げて注意するように、未成年の火遊びはとても危ない。
 それでなくとも山火事に繋がる恐れだってあるのだ。皆さんも重々気をつけて頂きたい。

 ……さもなくば、きっとこんなことになるだろう。

「ヤ、ヤバくないかな? これ……」

 冷や汗なんてものじゃない。

 確かな熱気でその額に汗を掻きながら、
 海美は轟々と広がる猛火の勢いにただ圧倒されてエミリーの傍へとにじり寄る。

 その隣では非常に困ったことになったぞと、
 眉をひそめる麗花が手にしていた木の棒をまじまじと見つめ。

「……どうもキリモミ式着火法には、改良の余地があるみたい」

「呑気っ!? それどころじゃないってば!」

「ですが木の棒と板だけで本当に火をつけてしまわれるなんて……さすが麗花さんです!」

「エミリーも感心してる場合ー!?」


 今や炎は三人を包み、簡素な山小屋までも飲み込もうとしていたのだ。
 それどころかこのままでは、自分たちの命だって例外ではない……と、その時だ!

「はぁっ!」

 凛と響き渡る掛け声と共に、山小屋の扉を開けて外へと飛び出した者がいた。
 その人物は自分と麗花たちの間を隔てる炎の壁に走り寄ると。

「そこを動かないで、三人とも!」

 侍のような恰好のエミリーと対をなすように、忍び装束に身を包んだ最上静葉はそう言って自分の眼前で印を切る。

 すると彼女の乗っていた地面が波のように盛り上がり、広がる炎を覆い込んだのだ!

 まるでSFXの世界、大迫力のCG映像のような光景に麗花は「す、凄いすごーい!」と大興奮。

 今や辺りには焦げ臭さだけが残されて、火の気はどこにも見つからない。

 正確には、全ては土で蓋をされ、隠されてしまったというべきか。
 密閉された空間では、燃やすことのできる空気もいずれ無くなり、炎は自然と消えることだろう。


 危機は去り、静香が胸を撫で下ろしながら三人に言う。

「皆さん、もう安心です」

「静香ちゃん、今のどうやったの? 私にもやり方を教えて欲しいな♪」

「ホントだよ。なんであんなことができるワケ?」

 危ない所を助けてもらった麗花たちが尋ねると、静香は小さく張った胸に手を当てて。

「だってそれは、忍者ですから」

 ……なるほど、忍者であるなら仕方がない。
 麗花は素直に納得し、うんうんと頷き返すのだった。

同い年の星梨花がせりりんだからエミリンなのか、エミリーと呼び捨てなのかちゃん付けなのか。
謎は深まるもののとりあえずここまで。

===

 まるで時代劇のセットに出てくるような山小屋に麗花を招き入れた静香は、
 彼女からこれまでの経緯を聞かされると呆れた顔でこう言った。

「じゃあ麗花さんは、でんでんむす君の話をするためだけに山を登って来たのだと?」

 すると手に持っていた火かき棒で、物珍しそうに囲炉裏の灰をつつき回していた麗花は顔を上げると。

「うん。ギュギュっとまとめると、そうなるかな」

「そのうえエミリーの無茶苦茶な修行にまで手を貸して」

 静香の言葉に、麗花が大きな胸を張る。


「困った人は、放っておけない私だから。えっへん♪」

「……別に、褒めたつもりは無いんですが」

 小さく肩をすくめると、静香は山小屋の窓へと視線を移す。
 外にはより健全な修行として、海美と一緒に走り込むエミリーの姿があった。

「そういえば――」言いながら、静香は何かを思い出したように立ち上がり。

「お二人はここまで、走って来たと言ってましたっけ」

「そうだよ。二つぐらい山向こうから」

「なら、喉も渇いてますよね? すみません、お茶の一つも出さないで」

 謝る彼女に、麗花が「そんな、気にしなくても大丈夫だって」と応える。
 そうして土間に降りた静香は「とりあえず、これを」と、冷たい水の入った湯呑を持って戻って来た。


「なんでしたら、お腹も空いていませんか? 大した物は無い小屋ですが、うどんならすぐに用意できますよ」

 静香の申し出に、麗花は曖昧に笑いながら「本当?」と聞き返す。

「でも、うーん……今は遠慮しておこうかな」

「そうですか? ……美味しいのに」

 残念そうに呟く静香に、麗花が「ああ、でもでもお菓子とかなら」と続けて言った。

「お菓子ですか」

 再び土間に降りた静香が、やかんに水を張りながら周囲を見回す。
 そうして彼女がお盆に載せて持って来たのは、花の形をした和菓子。

 麗花が喰いつくように身を乗り出し、そのまま皿へと手を伸ばす。


 ……が、静香は彼女の手が届く寸前で、サッとお盆を後ろに引いた。

「あらら」

 つんのめった体のバランスを器用に整え、
 麗花が「もう、いじわる!」とでも言いたそうな顔で静香を見る。

「慌てないでください麗花さん。まだお茶の準備ができてません」

「……お湯が沸くまでお預けってこと?」

 すると静香は「ふふっ」と笑い。

「一つ、私と勝負をしましょう」

「勝負?」

「はい。麗花さんが勝てば、この和菓子はアナタの物です。ただし、私が麗花さんに勝ったなら――」

 ゆっくりと、厳かな口調でこう続けた。


「熱々のうどん……食してもらいます!」

 対する麗花の反応は早かった。

 静香が最後まで言い終わらぬうちから
「絶対に負けないんだからっ!!」とやる気十分返事を返して身構える……

 こうして和菓子とうどんを賭けた、二人の勝負が幕を開けることとなったのだ。

===

 ……とはいえ、単に「勝負する」というだけでは話は前に進まない。
 今の二人に必要なのは明確な勝敗の決し方、その手段である。

 只今両者は和菓子の盆を間に挟むようにして向かい合い、いかにして戦うかを論じていた。

「例えばですよ」

 静香が言う。

「純粋に二人の実力勝負、決闘なんてどうでしょう。古くから行われて来た実績のある勝負方法です」

 すると麗花が首を振り。

「ダメ、ハンデがあり過ぎるよ」

「……そうでしょうか?」

「だって静香ちゃん、忍術使えるじゃない」


 そうして麗花は自分のリュックから一組のトランプを取り出すと。

「それよりも、トランプで勝負を決めない? 神経衰弱とかどうかな?」

「ダメです」

 今度は静香が首を振る。

「神経衰弱は時間がかかり過ぎますし……カードはイカサマができるじゃないですか」

「でもでも静香ちゃん、よく言うでしょ? イカサマを見破るのも実力の内――」

「認めませんからね? とにかく、ダメなものはダメです!」

 両者睨み合い、達した結論は一つだった。
 二人はどちらともなく相手に向けて拳を突き出し、殆ど同時にこう言った。


「なら、ジャンケンで」

 ジャンケン――今さら説明する必要も無いだろう。

 給食で残ったプリンの所有権を賭けてだとか、
 アイドルグループで誰がCDに参加するか決めるとか、そういった時に行われるアレだ――

 さらにグー・チョキ・パーの三すくみによる攻防は一見単純そうに思えて奥が深く、
 本来ならば運の要素だって多分に絡む。

「それで、なんすくみでやるのかな?」

「えっ?」

 不思議そうな顔で聞き返す静香に、麗花が言う。

「だから、グーチョキパーの三すくみ以外にも五すくみ七すくみ十一すくみ……
 そうそう私ね、一度百一すくみのジャンケンもやってみたかったんだ!」

 だが、静香は揚々と続ける麗花に「ま、待って下さい」とストップをかけると。

「ルールは普通の三すくみ。三回勝負で、先に二勝した方が勝ちです」

「オッケー♪」

 親指を立てて了承した麗花が、ふと気がついたように呟いた。

「ところで、ダイナマイトは使っちゃダメ?」

===

 さて、結論から言ってしまえばこのジャンケン勝負は麗花が勝った。

 互いに一勝一敗で迎えた三回戦。勝敗を分けたのは麗花の出した「無敵」である。

 開かれた親指と人差し指はチョキ、伸ばした中指を加えてパーとなり、
 残る折り畳まれた薬指と小指がグーを示すその必殺拳はだがしかし、静香の物言いにより無効になった。

「無いですから、無敵なんて手は!」

「えー? それってどこのローカルルール……」

「ローカルでも何でもありません。初めに三すくみだって言ったのに……反則負けにしてもいいんですよ?」


 強めの口調で責める静香に、麗花が「じゃ、あいこでしょ」と掛け声をかける。

「あぁっ!?」

 そうして間髪入れずに繰り出された麗花のパーに、静香が出した手はグーだった。

「わーい、勝ったー♪」

「ひ、卑怯な……!」

「卑怯だなんてとんでもない。これが本当の戦いなら、静香ちゃんは今頃土の中だよ」

 ジャンケンに負けてしまうだけで、存在を屠られるとは一体どんな戦いだ? 静香は首を傾げて考える。

 それに謎の理論を持ち出して、翻弄するのも天然なのか故意なのか……
 とはいえ麗花の考えをはかり知ることはできないし、理解しようとするだけ無駄なのだ。

 どちらにせよ、彼女の言うことは一理ある。油断大敵、負けは負け。

 静香は諦めた様にため息をつくと、持っていたお盆を改めて麗花の前に差し出した。


「それでは、どうぞ」

「うんうん、納得してくれたみたいで嬉しいな♪」

 正確に言えば、納得では無く屈服だ。

 そして何より静香は知らぬことだが、彼女には例えどんな過程を辿ったとしても、
 北上麗花という存在に屈せざるを得ない理由があった

 ――それはつまり、彼女の敗北は元々決まっていたということになるが――
 今はただ、スイートな勝利の味を堪能する麗花も存在している。それだけが静香の知り得る真実だった。

===天の章「覚醒と予兆、又は新たなる冒険の幕開け」

 かつて、ある星を支配しようと企んだ者たちが居た。
 奴らは人々の心に巣くい、悪の限りを尽くさんとした。

 しかし、その野望を食い止めるために立ち上がった五人の担い手の活躍により、
 星を追われた悪しき者たちは長い旅の果てに別の世界、この星に辿り着く。


「――そして新天地に降り立った悪しき者たちは今、この世界を暗黒と混沌の坩堝に陥れようとしていたのだ」


 小さく口の中で呟きながら、私は構えていた剣を薙ぎ払った。

 一閃、襲い掛かって来た「悪しき者」――まるで虫歯菌を擬人化したような姿で、
 ちょっとばかり可愛いけれど――が、断末魔の悲鳴を上げて消滅する。


 ここは遥かな空の果て、人々の記憶からは忘れられた雲の上の王国。
 星々と月の煌きの加護のもと、神聖なる風が力を添える狭間の国。

 激戦の跡を拭うように、通り過ぎて行く天つ風が告げる。

「そう……来たのね」

 手にしていた百合の紋章が入った剣を鞘に収めると、私はゆっくりと振り返った。

 そこには白色の大地を穿ち、天まで届こうかという巨大な木。
 正確には、豆の蔓の集まりだそうだけど……この際それは置いておいて。

 今重要なのは、その木の傍に立つ一人の人物。

「あれー? 百合子ちゃんだ!」

 見慣れた笑顔に聞き慣れた声。だけど厳密に言うと、二人にとってはこれが初めての出会いになる。

 私はコホンと軽く咳払いをすると、堂々とした態度で彼女に声かけた。

「ようやく会えましたね、麗花さん。……いえ、クラウンの担い手。マジカル・レイカ!」

 く、うぅ~……っ!! 言った! とうとうこの台詞を言っちゃったっ! 
 この時を、この瞬間を私はどれほど待ったことか! 

 遂に私はリリィ・ナイトとして、心躍り胸逸る冒険へと旅立つのだ! 
 彼女の持つ「奇跡の星」に、マジカル・スターに導かれて!!

とりあえずここまでの、残り三十人。

>>86 訂正
〇今はただ、スイートな勝利の味を堪能する麗花が存在している。それだけが静香の知り得る真実だった。
×今はただ、スイートな勝利の味を堪能する麗花も存在している。それだけが静香の知り得る真実だった。
>>88
〇見慣れた笑顔に聞き慣れた声。だけど厳密に言えば、二人にとってはこれが初めての出会いになる。
×見慣れた笑顔に聞き慣れた声。だけど厳密に言うと、二人にとってはこれが初めての出会いになる。

マジカルクラウンだったか
http://i.imgur.com/MaLHU1B.jpg
http://i.imgur.com/WF2ffpq.jpg
凄く壮大な話になってきた....
一旦乙です

>>165
エミリー(13) Da
http://i.imgur.com/FFxcWoe.jpg
http://i.imgur.com/ILZiQFy.jpg

>>173
最上静香(14) Vo
http://i.imgur.com/Ql9D02f.jpg
http://i.imgur.com/elElgN9.jpg


 いつまでも放置しとくのもアレなのでちょっと報告。

 色々と考えてたんですが、このまま日記の内容を元に話を続けても現状キャラを使い捨ててるように感じてしまう
 (麗花以外は登場して数百字で退場の繰り返し)のが辛いのと、ワザとぼかして書いてたせいで話の筋が分かりにくいので、改めて最初から書き直してます。

 大元の流れとオチは変わりませんが、「とある一日」をベースに闇鍋にしたような話になってるので、一見かなりアレな内容となってます。例えば――。

===

「それとも……不意打ちなんて効かないか」

 ニヤリ、少女が不敵に微笑んだ。その視線が捉えるのは、ガラリと雰囲気を変えた春香を含む麗花たち。
 鋭く、目つきも悪くなった春香……ハルシュタインが訊く。

「一体これはどういうつもり? ……海美」
「おお怖い! 流石はワルの大総統!」

 名前を呼ばれ、高坂海美……いや、マイティ・セーラー海美はおどけたように身を震わせた。
 その戦闘服とも言える超ミニセーラー服の純白は、正義の使者である印。胸元に輝くバッジもまた同じく、彼女がヒーローである証。

 ……しかし今、海美の様子はどこかおかしい。

「どうこう無いよ、ハルシュタイン。私はただ、ヒーローの仕事をしてるだけ」
「……仕事?」
「そっ、悪の芽を摘む正義のお仕事。我らアイドルヒーローズ! ……ってね♪」

 刹那、直立する海美の両腕から激しい雷光が迸る! 溢れたエネルギーの疾走で、弾ける電灯窓ガラス。
 壁際に並ぶ作品棚を穿ちながら、ソレは春香たちを襲う!

「危ないっ!」

 まさに秒の差で反応し、麗花が春香とひなたの二人を抱えて飛び上がった! 弾ける電撃瞬くスパーク。
「まっ、そー来ると思ったよ!」だがしかし、それは海美の狙い通り。空中で無防備になった三人に向け、矢のような追撃の一撃を放つ!

「あらら……!」

 一杯食わされたと悟り、麗花が衝撃に備えて目を細める。着弾! 雷鳴のような音を響かせながら、室内は激しい点滅に包まれて……。
 視界が安定した時には、麗花たちは床に崩れていた。とはいえ、やられてしまったワケではない。

 そう、そうだ! 我々は知っている。ここにはもう一人、頼れる"アイドル"が居ることを!

「これはまた……妙な力を使うようで」

 それはかつて、デストルドーの幹部としてヒーローズと対峙した悪のマイティ・セーラー志保。
 麗花たちを守るため、海美の前にシールドを張って立ち塞がった彼女のセーラーは真っ黒だ。

 ……だが、その目は今の海美ほど淀んだ輝きを秘めてはいない。

「どこで覚えて来たんです? そんな"力"の使い方」
「ふふん……知ってる癖に」

 志保の質問をはぐらかし、海美が両手を低く構える。
 途端、バチバチと音を立ててエネルギーをチャージし始めた敵の姿に、志保は「ちっ」と舌打ちをした。

 ……こんな狭い空間で、ああいった相手は分が悪い。
 アレは天井だろうが壁だろうがお構いなしに駆け巡り、こちらを狙ってくるだろう……ならば!
===

 ……とまぁ、チラッと見せただけで分かるように別物です。
 更新を待って下さっていた方には申し訳ないのですが、このスレはここで執筆中止にしたいと思います。勝手な話ですみません。
 普通の日常作品を期待していた方にも重ねてお詫びいたします。では、執筆の方に戻りますので。また、いずれ。

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