朝潮ちゃんと北上さん (562)

自己満足のための投稿です.

またまた試験的な作品です.
多分これで最後です.

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1483970828

北上は駆逐艦が嫌いである.

北上のフレンドリーな性格につけこみ,

北上の気持ちを顧みずに,ベタベタと幼く甘える.

そのしつこさを,北上は嫌っている.

しかし,甘えられるのは悪くない.

例えるならスパイス.問題は効き過ぎること.

少々ならむしろ良いし,北上もそれを望む.

>>2 訂正

北上は駆逐艦が嫌いである。

北上のフレンドリーな性格につけこみ、

北上の気持ちを顧みずに、ベタベタと幼く甘える。

そのしつこさを、北上は嫌っている。

しかし、甘えられるのは悪くない。

例えるならスパイス。問題は効き過ぎること。

少々ならむしろ良いし、北上もそれを望む。

「こんにちは、北上さん」

「おお! 朝潮ちゃんじゃん!」

すれ違いざまに、気持ちの良い挨拶をしてくる、朝潮。

しかし、朝潮はそれっきり。挨拶したら、もう終わり。

全く無いと、味気ない、つまらない。

北上は、朝潮に甘えてもらいたい――

朝潮ちゃああああああああああああん

朝潮ちゃあああああん

なんか最近おおない?

<ご飯を食べる>

北上は上機嫌で、廊下を歩いていた。

今日、北上は出撃し、見事勝利してMVPを取った。

さらに、軽傷のために急いで入渠する必要もなく、

疲労回復を兼ね、これから昼ごはんをゆっくり食べることができるのだ。

何を食べようか。上機嫌で考えているところに、

目の前から、うつむき加減に歩く朝潮と出会う。

「朝潮ちゃん!」

「あ、北上さん。ご苦労様です」

「良ければ、これから一緒にお昼食べない?」

「あ、はい。私で良ければ」

そして、2人で食堂へ向かう。

その途中、北上は朝潮の暗い、しょんぼりとした表情を汲み取り、

どうしたのかと訪ねた。

「その・・・演習で負けてしまいまして、それで」

演習、仲間との模擬実践。それで負けた。

北上は内心、くだらない、と思った。

所詮は演習。

重症を負うわけでもなければ、負けて損するわけでもないのにと。

朝潮にかける言葉を北上が探しているうちに、食堂につく。

「朝潮ちゃんは、何食べる?」

「えっと・・・親子丼にします」

「ところで、この後非番?」

「はい。ただ、自主練習はしようと思います」

真面目な子だと思いながら、北上は朝潮のために、親子丼の中盛りを頼む。

この鎮守府の相場としては、駆逐艦は普通は並盛りである。

当然朝潮は、それを止めようとする。

「えっ! あの、すみません、北上さん。私、並盛りなんです」

「大丈夫大丈夫、いけるよ。私はカレーの中盛り」

「・・・並盛りでも、結構苦しいです」

「大丈夫。お腹いっぱい食べて、嫌なこと忘れよう。」

「・・・はい、ありがとうございます」

結局朝潮は親子丼をいくらか残し、

苦しそうな朝潮を見かねて、残りを北上が食べた。

食べ終わった後、食堂にはほとんど人がいないため、食堂で2人は雑談をする。

「朝潮ちゃんは、非番の時はいつも、何しているの?」

「えーと、本を読んだり、座学の予習復習です」

「おー、真面目だねぇ」

「あ、ありがとうございます」

「本は、何を読むの? 小説?」

「いえ、小説は読みません。歴史の本とか・・・あっ、最近は、お天気の本が好きです」

堅かった朝潮の表情が、少しずつ、柔らかくほぐれていく。

初めの暗さはもうどこかに飛んでいき、朝潮は生き生きと話す。

「朝潮ちゃんは、何人姉妹だっけ?」

「朝潮型は、私を含めて8人姉妹です。
朝潮、大潮、満潮、荒潮、朝雲、山雲、霞、霰です」

「多いねえ。うちら球磨型は5人。
球磨、多摩、あたし、大井っち、木曾」

「強い人ばかりですね」

「提督にも、戦闘姉妹とか言われているよ。
まあ、うちら軽巡は元々立ち位置が微妙で、それで目立っているだけだけどね」

・・・気まずい沈黙が流れる。

朝潮は気まずそうに、北上を見る。

北上の自虐に、適当な慰めをかける器用さは、朝潮にはなかった。

北上は慌てて話題を変える。

「ところで朝潮ちゃんって、姉妹以外だと、誰と仲が良いの?」

話題選びに失敗したと、北上は思った。

マジメな娘とは、こういったところで噛み合わない。

北上はそう思った。

「えーと・・・基本的には、皆さんと、普通に・・・
ああ! 三日月さんとは、よく話します」

「おお! 真面目どうし」

からかわれて、朝潮は照れながら、「はい」と返事する。

そこまで大きな失敗ではなかったと、北上は安堵した。

「三日月ちゃんとは、えーと、遠征で一緒になったりとか?」

「はい、たまに一緒になります。
でも、最近は戦闘の任務が多いので、あまり・・・」

「そっか・・・」

そこで北上は、この、遠征が減って戦闘が増えることの関係に気がつく。

「ああ! 朝潮ちゃん、もう少しで改二だっけ?」

「はい、あと、少しで」

改二。ある程度の練度を持つ艦娘に施される改修。

目の前の朝潮も、それを控えていたのだ。

「改二かあ、なんか私も楽しみになってきた。
そういえば、コンバート改装があるんだよね」

「はい、改二と改二丁です」

「いいねえ〜」

「はい。私も楽しみです」

「改二って、朝潮ちゃんが初めて?」

「いえ、霞と大潮にもあります。
まだ、練度が足りていないようですが」

「ふぅ〜ん・・・あ、そろそろ、行こうか」

食堂に人が集まってきたので、二人は席を立つ。

普段は、艦娘として関わることはあっても、それ以上の関係はない北上。

その北上と、こうして雑談を交わすことに、何か不思議な縁を、朝潮は感じた。

「北上さん、あの・・・色々と、ありがとうございました!」

「いやいや、あたしも楽しかったよ」

「北上さーん!」

朝潮といる所に、ちょうど、北上の妹である大井が来る。

大井は北上と非常に仲が良いのは、鎮守府では有名だ。

よって、朝潮もそのことを知っていた。

「あ、大井っち! じゃ、朝潮ちゃん、またね〜」

北上は朝潮に手を振る。朝潮は遠慮がちに、北上に手を振る。

朝潮は心に心地よさを感じながら。北上と別れた。

(<ご飯を食べる> -FIN)

>>18 訂正

「北上さん、あの・・・色々と、ありがとうございました!」

「いやいや、あたしも楽しかったよ」

「北上さーん!」

朝潮といる所に、ちょうど、北上の妹である大井が来る。

大井が北上と非常に仲が良いのは、鎮守府では有名だ。

よって、朝潮もそのことを知っていた。

「あ、大井っち! じゃ、朝潮ちゃん、またね〜」

北上は朝潮に手を振る。朝潮は遠慮がちに、北上に手を振る。

朝潮は心に心地よさを感じながら。北上と別れた。

(<ご飯を食べる> -FIN)

閲覧ありがとうございます.まだ終わりません.

>>7
短期間に大量に建ててごめんなさい,きっとまだ,HTML化がされていないのに.
地の文と普通の括弧で書いてきたものを,ネットで見やすい感じにしようと,色々と文体を試しています.

過去作
電「二重人格……」
提督「艦むすの感情」
艦娘という存在
朝潮は『不安症候群』
朝潮はずっと秘書艦
映画『艦これ』 -平和を守るために
深海の提督さん
お酒の席~恋をする頃
忠犬あさしお
影の薄い思いやり
欠けた歯車、良質な物【艦これ】
【艦これ】お役に立てるのなら
お役に立てたのなら【艦これ】
【艦これ】<霧の中で>他短編
朝潮の身長が伸びる話
霞が頑張って素直になる話
朝潮ちゃんと北上さん


良かった

.と,は論文ならいざ知らず、SSだと見にくいと思う
まあ一回だけの変換ミスっぽいけど

ほのぼのええやん
朝潮ちゃん可愛い

<お風呂に入る>

朝潮と北上が、出撃で一緒になった。

2人は最近、少しだけ仲良くなった。

しかし、出撃は出撃。遊びではない。

出撃中は、無駄な口は開かない。

そして、二人だけが中破となって、鎮守府に帰投し、入渠する。

3時間弱の、2人だけの自由時間である。

「いやー、疲れたねぇ」

「はい」

「朝潮ちゃんは、出撃久しぶり?」

「はい、とても久しぶりです」

「出撃は、どう? 楽しい?」

「・・・艦娘としてとても誇らしいことですが、
正直、怖いです。楽しくはないです」

「そっかぁ・・・私は結構好きだな、出撃。
というか、あたしは出撃しか取り柄ないからね〜。あははは」

「・・・取り柄ですか」

朝潮は小さい声で、呟く。

朝潮の表情が、暗くなる。

ああ、またやってしまったと、北上は思った。

気心の知れない人に、安易な自虐を振るべきではないのだ。

「あ、ご、ごめんなさい。私、最近ちょっと変で。
変なこと言って・・・ごめんなさい」

・・・気まずい沈黙が、湯船に浸かる、2人の間に流れる。

北上は、生真面目な朝潮と仲良くなろうとしたのが、いけなかったのだ。

一瞬、そう感じた。そして瞬時にそれを否定する。

こういう重たい場を切り開くのは、むしろ北上の得意分野である。

北上は朝潮の顔にお湯をバシャバシャとかけた。

「ちょっと・・・北上さん!」

「ほらほら〜!」

バシャバシャ。バシャバシャ。

北上は、お湯をかけるのをやめない。

そのうち、朝潮も北上にお湯をかけだし、2人の攻防戦となる。

そして2人は、ほぼ同時にそれをやめた。

・・・急に静かになる、ドッグ。何がおかしいのか、朝潮は思わず吹きだす。

それにつられて、北上も笑い出した。

ドッグ中に、二人の笑い声が木霊した。

「あははは、北上さん、何なんですか?」

「朝潮ちゃんこそ! このスーパー北上さまにお湯をかけるとは!」

「北上さんが先にやってきたんじゃないですか!」

それからは、2人は再び肩まで湯船につかり、ゆったりしながら雑談を交わす。

吹っ切れた朝潮は、心の重みを、北上に吐露する。

「最近、霞が改二になったんです。それがちょっと、複雑で。
霞、とても優秀な艦娘ですから・・・きっと、私よりも」

「あー、なるほどねぇ。でもいいじゃん、いいじゃん。適材適所だよ!
朝潮ちゃんは、朝潮ちゃんらしく動けばいいんだよ!
つーか、朝潮ちゃんもうちょっとで改二じゃん!」

「あ、そうですね!」

「何が、霞ちゃんが優秀だって?」

「あはははは。ああ、北上さんに話したら、なんだかすっきりしました。
本当に、ありがとうございます!」

「もー、朝潮ちゃんはちょっと真面目すぎるよ。
お姉ちゃんだからって妹に気を張っていたら、疲れちゃうでしょ」

「はい・・・でも、うちには厳しいのがいるので・・・」

「霞ちゃんと満潮ちゃん」

「はい・・・でも、2人とも、本当に良い子ですよ。ちょっと、不器用なだけで」

「うーん・・・ごめん、霞ちゃんは提督のこと、クズって言ってる印象しかないや」

「・・・ごめんなさい」

「いやいや、朝潮ちゃんが謝ることじゃないでしょ」

「はい・・・でも、本当に、良い子ですよ。
司令官の前で言っているかはわかりませんが、
私は何度も、霞の司令官への褒め言葉を聞いています。
司令官は優秀だとか、そういったものを」

「ふーん、素直になれば良いのにねぇ〜」

「・・・不器用な子ですから」

「・・・そっか・・・あ、ところで、満潮ちゃんは?」

「満潮は、最初はピリピリしていましたが、最近は普通の良い子です」

「ふぅ〜ん」

リリリリリ。

2人の入渠終了の合図が鳴る。

朝潮は急ぎ足で、湯船から上がる。

北上も、それに続いた。

「私ばかり話していて、ごめんなさい」

「いやいや、振ったのあたしだから。
それに、朝潮ちゃんのことが色々わかって、楽しかったよ」

「・・・ありがとうございます」

朝潮は照れながら、北上にお礼を言った。

「朝潮ちゃん、この後非番でしょ?
一緒に間宮に行かない? 奢ったげるよ」

「い、いいんですか?」

朝潮は目を輝かせて、それに食いつく。

「いいよ、いいよ。そんじゃ〜レッツゴー!」

甘味処間宮。食堂とは別に設けられた菓子店。

無料で食べられる食堂とは異なり、艦娘が自費で負担する。

それ故、好きに何度でも通えるというわけではなく、

艦娘にとっての、醍醐味の一つであった。

(<お風呂に入る> -FIN)

閲覧ありがとうございます.
こうやって,ゆっくり投稿するのも良いですね.


俺はやっぱりほのぼのの方が好きだな
朝潮ちゃん可愛い

<お菓子を食べる>

 甘味処間宮。食堂とは別に設けられた菓子店である。

 店で食べることもできるが,持ち帰りも可能である.

「こんにちはー」

 北上と朝潮が店に入る.朝潮にとっては,初めの間宮.

 入る時,恥ずかしそうに,会釈した.

「いらっしゃいませ」

 間宮の返事を聞きながら,北上が適当な机につき,朝潮は北上の正面に座る.

 先客は誰もおらず,心地よい静けさが漂っている.

「メニューはあそこね」

 北上の指差す先.壁に,木の看板に書かれたメニューが10ほど並んでいる.

「あたしは今川焼きで.朝潮ちゃんは?」

「えーと・・・羊羹で,お願いします」

「間宮さーん.今川焼きと羊羹で!」

「はーい.今持って行くますね」

 北上が注文し,すぐに席まで品が運ばれてくる.

 皿に菓子が3つ乗っている.

 朝潮はそれに,小さく驚いた.

>>36
>>37 変換忘れました

<お菓子を食べる>

 甘味処間宮。食堂とは別に設けられた菓子店である。

 店で食べることもできるが、持ち帰りも可能である。

「こんにちはー」

 北上と朝潮が店に入る。朝潮にとっては、初めの間宮。

 入る時、恥ずかしそうに、会釈した。

「いらっしゃいませ」

 間宮の返事を聞きながら、北上が適当な机につき、朝潮は北上の正面に座る。

 先客は誰もおらず、心地よい静けさが漂っている。

「メニューはあそこね」

 北上の指差す先.壁に、木の看板に書かれたメニューが10ほど並んでいる。

「あたしは今川焼きで。朝潮ちゃんは?」

「えーと・・・羊羹で、お願いします」

「間宮さーん。今川焼きと羊羹で!」

「はーい。今持って行くますね」

 北上が注文し、すぐに席まで品が運ばれてくる。

 皿に菓子が3つ乗っている。

 朝潮はそれに、小さく驚いた。

「ああ、そうか。朝潮ちゃんは初めてなのか。
間宮はね、普通に注文すると、お菓子が3つ出てくるの」

「あ、そうなんですか」

「そう。だから、人と来る時は、別々に頼んで交換とかできるよ。」

「それは、楽しそうですね。では、いただきます」

 朝潮は羊羹を口に運ぶ。直方体の、手軽な大きさの羊羹。

 平べったい、先が2つに分かれた木製の爪楊枝で中央を差し、

 片方からかじりつく。

 北上はその様子を、じっと見ていた。

「・・・どう?」

「とても美味しいです」

 朝潮は、にこりと笑う。初めての甘味、羊羹。

 このためなら、任務の多少の辛さも我慢できるというもの。

「それはよかった。じゃあ、この今川焼きも、半分あげるよ」

「え、良いのですか?」

「うん、いいよ、あげる」

 北上は今川焼きを半分にちぎり、朝潮の皿に置いた。

「なら、私も羊羹を・・・北上さんのお金ですが」

「いいよいいよ、気にしないで」

「はい、ありがとうございます」

 朝潮は羊羹を半分に切り、北上の皿に乗せた。

 そこに間宮が無言で、北上のためにもう一本爪楊枝を持ってくる。

「どうぞ。手、汚れるでしょう」

 間宮の気遣いに、2人でお礼を言う。

 間宮は柔らかく微笑み、また、店の奥へ戻った。

「朝潮ちゃん,初めての間宮はどう?」

「とても、素敵なお店ですね」

「また来る?」

「はい。今まで、お金がもったいないようで避けていたのですが、
これからは、妹とかと一緒に来てみようと思います。
・・・普段は、どういう雰囲気なんですか?」

「うーん、あたしは駆逐艦と軽巡しか見たことないね。
大型艦の人は、夜に飲んでいるとか聞いたし。
混んでいる時もあるけど、まあ、そういう時は持ち帰って部屋で食べればいいからね」

「ああ、それは便利ですね」

「うん。でも、部屋で食べるよりも、店で食べたほうが、なぜか美味しいんだよねぇ」

 2人は適度に雑談をしながら、お菓子を食べる。

 珍しい甘味。朝潮はゆっくりと、ちびちびと食べていく。

「こんにちは」

 2人しかいない店に、艦娘が入ってくる。

 朝潮はその声に反応する。聞き慣れた、声であった。

「三日月さん!」

 三日月は朝潮の方を振り返る。

 すると、三日月の目が輝いた。

「朝潮さん! お久しぶりです!」

「三日月さんこそ、お久しぶりです!」

「朝潮さん、最近は全く、一緒になることがなくて。
お元気そうで、なによりです」

「三日月さんこそ、お元気そうで、安心しました」

「ちょっと〜、私もいるよ〜」

 北上は、三日月に向かって小さく手を降る。

 その様子は、どこか嬉しそうである。

「北上さんもご一緒で」

「北上さんに、お菓子を奢っていただいたんです」

「あら、羊羹ですか」

「よければ、この最後の一本いかがですか?」

「あたしの奢りだけどね〜」

「はい、北上さんの奢りです」

 朝潮はにこやかに、三日月に羊羹をすすめる。

 三日月は照れながら、それを受け取った。

「それなら・・・北上さん、朝潮さん、ありがとうございます」

 三日月は満面の笑みでもって、美味しそうに、羊羹を食べる。

 北上はその様子を、微笑ましく見ていた。

(<お菓子を食べる> -FIN)

閲覧ありがとうございます

おつおつ
このまま1000まで完走期待してる

一回まとめ出して終わらせてるスレを続けるってルール的にどうなの。

まだ終わりませんって書いてあるし
>>20で今までのスレをまとめたのは>>7への返答みたいなものでしょ
html依頼も出されてないし一話完結のSSみたいなもんでわざわざ立て直す方が不自然だと思うが

>49 なるほど、理解しました。返信感謝。

<お返し>

 訓練が終わり,座学も終わり.任務も今日は入っていない.

 朝潮は非番の時間を,自室で過ごしていた.

 鎮守府に付属している図書館で借りた本を読んでいた.

 しかし,形はそうでも上の空.

 朝潮は,以前に北上に間宮を奢ってもらったため,

 そのお返しを何にしようかと考えていた.

>>52 訂正

<お返し>

 訓練が終わり、座学も終わり。任務も今日は入っていない。

 朝潮は非番の時間を、自室で過ごしていた。

 鎮守府に付属している図書館で借りた本を読んでいた。

 しかし、形はそうでも上の空。

 朝潮は、以前に北上に間宮を奢ってもらったため、

 そのお返しを何にしようかと考えていた。

「姉さん、手が止まっていますよ」

 妹の荒潮が、朝潮に構ってくる。

 朝潮は長女として、妹を皆平等に見ている。

 しかし荒潮は、朝潮のそんな性格を知りながらも、朝潮を姉妹で一番好いていた。

「荒潮・・・ちょっと、考え事をね」

「あらあら、どんな考え事?」

 朝潮は荒潮に、北上の奢りについて話した。

 しかし、北上は基本的に、駆逐艦とは関わりたがらない。

 荒潮は、朝潮が北上に奢ってもらったということに驚くだけで、

 朝潮にアドバイスはできなかった。

「・・・ごめんなさい、私、北上さんのことはよくわからないの。
でも、気持ちさえ込めれば、きっと、喜んでもらえると思うわ」

 荒潮はそれだけを、朝潮に言い残した。

 悩むだけで。時間はどんどん過ぎていく。

 北上へのお返しをどうしようか。

 間宮の菓子を届けるという考えもあった。

 しかし、北上は間宮によく通うと言っていたので、喜んで貰えるかは微妙である。

 他のお返しといえば、非番の時に、街に出て買い物すること。

 しかしそれには半日以上はかかる。朝潮に、その時間はなかった。

 明石という艦娘のやっている売店で買うというのもあるが、

 そこには無機的な物しか売っていない。朝潮は、できれば食べ物が良いと思った。

***

***

 朝潮に、久しぶりに遠征の任務が入った。

 そして久しぶりに、三日月と一緒になる。

「朝潮さんと遠征に出るのは、とても久しぶりですね。
頑張って、成功させましょう!」

「はい! 成功させましょう、三日月さん!」

 遠征にも色々ある。

 輸送任務、護衛任務、さらには出撃の補佐をすることもある。

 しかし、出撃よりは自由な時間が多い。

 その時間に、朝潮は三日月に、北上へのお返しについて尋ねる。

「最近、北上さんに、間宮を奢ってもらったんです」

「ああ、ちょっと前に、お二人で間宮にいた時ですか?」

「はい、その時です。
それで、北上さんにお礼をしたいのですが、中々思い浮かばなくて」

「うーん。無難に、間宮とかは、どうでしょうか」

「北上さんは間宮にはよく通うというので、ちょっと・・・
元々10品くらいしかありませんし」

「・・・確かに、難しいですね」

 三日月は考えこむ。

 北上は戦闘向き。三日月は遠征向き。2人に接点は皆無である。

 しかし、『艦娘に喜んでもらえるものだろうもの』を、三日月は知っていた。


「あっ! 最近耳にしたのですが、間宮には裏メニューがあるみたいですよ」

「裏メニュー・・・ですか?」

「はい。メニューには載っていないけど、ある条件を満たすと出てくるメニューです」

「そんなものが、あるのですか!」

「はい! あくまで、噂ですが。
もっとも、『間宮券』というのが必要みたいで・・・ただ、
どうやってそれが手に入るのかは、私も知りません・・・ごめんなさい」

「いえ・・・そうですか、間宮券・・・
素晴らしいお返しですが、難しそうですね。
やっぱり、無難に、間宮のお菓子を返そうと思います」

「そうですね。
朝潮さんの気持ちさえあれば、喜んでもらえると思いますよ!」

***

***

 遠征から帰投し、提督に結果を報告する。

 『成功』の知らせに、提督は安堵した。

「ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ。ただ、朝潮は残ってくれ」

 朝潮を除き、敬礼をして艦隊は執務室から出て行く。

 この後、久々に朝潮と一緒の時間を過ごそうと思っていた三日月は、

 少々かっがりして、執務室を後にした。

 全員が出て行ったのを確認すると、提督は朝潮を見てにこりと微笑んだ。

「おめでとう、朝潮。ついに改二だ」

 朝潮は驚きの表情で持って返事をし、顔を笑顔へと崩していく。

「とても光栄です!
司令官! 今まで朝潮を指導してくださり、ありがとうございます!」

 朝潮は、提督に向かって最敬礼をした。

「ははは、頭を上げてくれ。では、改修に行こうか」

「はい! 司令官!」

 朝潮と提督は、改造施設へと向かう。

 近代化改修の時にも使われる施設であるから、朝潮も、何度も訪れたことがある。

 しかし、改造の施設の方に行くのは珍しい。一つ前の改への改造の時ぶりである。

「さあ、中に入れ」

「はい。司令官」

 朝潮は、緊張しながら、部屋に入る。

 そして、2回続けて、改造された。

 朝潮改二丁である。

「駆逐艦としては、かなり良い仕上がりです!」

「ああ、これからも精一杯、鎮守府のために尽くしてほしい。
今日はご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」

「はい! 失礼します」

 朝潮は上機嫌で、部屋に戻ろうとする。

 妹たちに、一刻も早くこのことを伝えたいと思った。

「ああっ、朝潮! ちょっと待ってくれ」

 朝潮は上機嫌を直ちに切り替え、提督の方を向いた。

 提督は、小走りで朝潮に近づく。

「すまん。渡したいものがあった」

 提督はポケットから、半分に畳まれた小さい紙片を取り出し、朝潮に渡す。

 朝潮はそれを開く。高級感のあるデザインで、

 中央に『間宮券』と書かれている。

「偶然、手に入ったんだ。間宮の所に行けば、裏メニューのアイスが食べられる。
仲間何人かと一緒に行けと良い。間宮が作ってくれる。
ただ、予約制だ。非番の前日にでも注文するといいだろう」

 朝潮は、その券の価値を知っている。

 そしてその券をしっかりと握りしめ、満面の笑顔で、提督にお礼を言う。

「司令官! ありがとうございます!」

 朝潮の喜びように、提督も戸惑う。

「お、おお。そんなに喜んでもらえたら、私まで嬉しいよ。」

 朝潮はもう一度提督に最敬礼をして、自室へと戻る。

 提督はその、上機嫌な後ろ姿を、目を細めて見ていた。

 これを、北上に渡そう。朝潮はそう思った。

 しかし同時に、こんなに貴重なものなら、妹達と一緒に食べたいとも思った。

 朝潮の中で葛藤が起こる。北上か、妹か――

>>63 小さい訂正

「司令官! ありがとうございます!」

 朝潮の喜びように、提督も戸惑う。

「お、おお。そんなに喜んでもらえたら、私まで嬉しいよ。」

 朝潮はもう一度提督に最敬礼をして、自室へと戻る。

 提督はその、上機嫌な後ろ姿を、目を細めて見ていた。

 これを、北上に渡そう。朝潮はそう思った。

 しかし同時に、こんなに貴重なものなら、妹達と一緒に食べたいとも思った。

 朝潮の中で葛藤が起こる。北上か、妹か――

***

***

 コンコン。朝潮は、球磨型の部屋を訪れ、ノックする。

「は〜い、今開けるクマ」

 1番艦である球磨の声と共に、ドアが開く。

 球磨は朝潮の顔を見るなり、小さく驚く。

「おぉー、見慣れないお客さんだクマ」

「あ、あの。駆逐艦の朝潮と申します。北上さんはいらっしゃいますか?」

 球磨は、朝潮の質問を無視して、訪れてきた艦娘が朝潮であるということに驚いた。

「ああ、朝潮ちゃんかクマ! 気付かなかったクマ〜、かわいいクマ〜」

 球磨はニコニコしながら、朝潮の頭を撫でる。

 改二丁になった朝潮は、ジャンパースカートに白い肩掛けを身に着けている。

 吊りスカート姿の以前の朝潮よりも、ずっと大人びて見えるのだ。

 球磨に撫でられ、朝潮は照れて赤くなる。用事を思い出して声を出そうにも、球磨が頬まで撫でてくる。

「なになにー? あたしのこと呼んだ?」

 部屋から出てきた北上の目に、球磨に撫でられる朝潮の姿が目に入る。

 改二の服装、朝潮の大人びた雰囲気に、北上は一瞬見とれた。

「あっ、北上さん!」

「あ、北上来たのかクマ」

 朝潮は素早くポケットから間宮券を取り出し、北上に渡した。

「この前のお礼です。あの・・・それで」

 朝潮が話し終わる前に、球磨がその券に反応する。

「あっ! これ、間宮券だクマ! 初めて見たクマ!」

 咄嗟のことについていけていない北上を置いていき、球磨がその券を取る。

 北上はそれを、取り戻そうとする。

「ちょっとー、返してよ球磨!」

「いいな、いいなクマ。北上、球磨と一緒に食べに行こうクマ!」

「いいから返してって!」

 北上は券をうまく奪い取る。券をポケットに素早くしまった。

「もう! えーとそれで、朝潮ちゃん、何だっけ?」

「あ、はい。えーと・・・この前のお返しに、北上さんに、間宮券を差し上げます。それで・・・」

「・・・それで?」

「あの・・・大変おこがましいのですが、私の妹たちとも一緒に、食べられたらと」

「ああ、なるほどねぇ・・・」

「ねえねえ北上、球磨も一緒でいいクマ?」

 球磨を無視しつつ、北上は朝潮に、間宮券を返そうと思った。

「・・・ううん、いらない。妹ちゃんと一緒に食べな」

「えっ、北上さん・・・」

「えー! もったいないクマ!」

「朝潮ちゃんの気持ちで十分だから。
それに・・・重巡が駆逐艦に囲まれるのって、ちょっと気まずいしね」

「おー、北上も改二になって、変わったクマ
でも球磨は軽巡だから、全く関係ないクマ」

「そうですか・・・なら! 私が北上さんのお部屋に、アイスをお持ちします。
それなら、どうでしょうか?」

 さらなる提案に、北上は少し、考えた。

 こんな貴重なお菓子なら、自分よりも、朝潮の妹のほうがずっとふさわしいと思っての、拒絶だった。

 しかし、ここまで純粋な善意の提案を、北上は断れない。

「ああ、うん。それなら、ありがとう。・・・でも、スケジュール合うかなあ〜」

「できる限り、頑張ります!」

「ねえ朝潮ちゃん、球磨の分もお願いするクマ〜」

「はい、頑張ります!」

 北上は券をポケットから取り出して、朝潮に返す。

 朝潮は北上と球磨のスケジュールをメモして、部屋に戻った。

「ああ〜、アイスを食べられるなんて、夢にも思わなかったクマ〜」

「そんなに美味しいものなの?」

「ん? 知らないクマ。でもきっと、美味しいものクマ」

***

北上は雷巡では

誤字でもして訂正したいなら、間違えたごく一文だけを訂正すれば十分だと思う。
1レスまるまる訂正文章出されてもどこが間違ってるのかわかりづらい。自分の書いたことだから自分だけはパッと見で解るんだろうけど独りよがりだわ。

***

 朝潮は部屋に戻る途中で、三日月と出会う。

 三日月は朝潮の改二丁の服装を見るなり、興奮した。

「朝潮さん! 改二になったんですね! とっても可愛らしいです!」

「三日月さん! はい、改二丁です!」

「霞さんの服とそっくりですね〜。でも白い肩掛けが、綺麗です。
とっても似合っていますよ!」

 三日月が一通り朝潮をほめた後、朝潮は勢いづいて、間宮券について三日月に話す。

 三日月は間宮券を見るなり、目を丸くした。

>>72
訂正箇所を探してもらうよりも,訂正前を無視して訂正後だけを読んでもらう方が楽と私は思っていました.
ごめんなさい,どちらが適切なのかよく分かりません.
私は今後も,訂正後をそのまま貼り付けたいと思います.

「これが噂の間宮券ですか!」

「はい。よければ、三日月さんも一緒に食べませんか?
予約すれば、翌日に食べられるようです」

 行きたい、と三日月は思った。しかし言う前に、三日月は口を閉じた。

 そして、それを断った。

「・・・ごめんなさい、遠慮します」

「えっ、どうしてですか?」

「私、姉妹が多いので・・・かといって私だけというのも・・・」

 なら、姉妹のみなさんと一緒にと、朝潮は言おうと思った。

 しかし、鎮守府に居る睦月型は11人。朝潮型は、朝雲と山雲を除いた6人。そして、北上と球磨。

 あまりに人数が多すぎるのだ。

 朝潮はそれに気がつくと、何も考えずにアイスに誘っていた自分が、急に恥ずかしくなる。

「・・・ふふふ」

 急に、三日月が小さく笑った。

「朝潮さん、やっぱり面白いです」

 三日月は、朝潮に微笑む。

 朝潮は意味がわからずに、三日月の笑うところを見る。

「ふふふ。では、そのうち、アイスの感想を聞かせてくださいね」

 三日月はそう言って、最後まで笑いながら、朝潮と別れる。

 そして朝潮は最後までよく分からずに、自室に戻る。

 こういう朝潮の抜けたところに、三日月は微笑んだ。

>>72 ミスしました.ごめんなさい

>>69 訂正
「朝潮ちゃんの気持ちで十分だから。
それに・・・雷巡が駆逐艦に囲まれるのって、ちょっと気まずいしね」

>>73
ごめんなさい,理由が分かりました.
読んでいる時に,下の方見ないですものね.
これからはそうやって投稿します.ご助言感謝です

>>73 ではなく
>>72 ですね.

お騒がせしました

「ただいま!」

「お帰りなさい! ああ! 改二丁だ!」

 大潮に迎えられて、朝潮は部屋に入る。

 改二丁の服装。最初に、荒潮が朝潮の肩掛けをいじる。

「あらあら〜姉さん、可愛いわ。
特に肩掛けが栄えてるわ〜」

「見た目を飾っても、前線で見るのは化物だけなのにね」

 そこに、霞が突っかかる。

 そんな霞の改二姿を荒潮は、可愛いと言ってからかう。

「よく似合っているじゃない」

 満潮が素直に褒め、霰はただじっと服を見て、最後に小さく笑った。

 いつもどおりの、朝潮型姉妹である。

 朝潮は妹達に服装を褒められ照れながら、間宮券について伝える。

「司令官に、間宮券をもらったの。間宮でアイスが食べられるらしいのよ」

「アイス? なにそれ?」

 大潮が首を傾げた。

 朝潮も、本でしか見たことがない。

「私もよく知らないけど・・・きっと、美味しいものよ。
そこで、皆の非番の日を教えてほしいの。
予約制で、注文の翌日にできるらしいの」

 妹達は朝潮に自分のスケジュールを伝える。

 しかし霞は、朝潮から少し距離を置いて、こちらを複雑な表情で見ていた。

 朝潮は、霞以外の妹達のスケジュールをメモした。

「霞は?」

「間宮なんて、そんな娯楽・・・」

「あら、霞ちゃんはいらないの?」

 荒潮がいじわるそうに、霞を追い詰める。

 霞は荒潮を睨む。しかし霞は、姉妹から一人漏れるのも嫌だった。

 霞はバツが悪そうに応える。

「非番の日は教えるわ。
ただ、私のせいで都合がつかなくなったら、どうぞ遠慮無く、外して」

 嫌味ったらしく、「どうぞ遠慮無く」を強く言って、霞は朝潮に非番の日を伝える。

 朝潮はそれぞれのメモを見比べる。そして、小さく笑った。

 全員が非番になれる時が、あった。

(<お返し> -FIN)

閲覧ありがとうございます.
今後も楽しんでいただければ幸いです

乙です

>>42 今更訂正

「うーん、あたしは駆逐艦とか軽巡らへんしか見たことないね。
大型艦の人は、夜に飲んでいるとか聞いたし。
混んでいる時もあるけど、まあ、そういう時は持ち帰って部屋で食べればいいからね」

乙乙
朝潮も三日月も真面目っ子かわいい

<皆でアイスを食べる>

 執務室では、艦隊が作戦報告をしている。

 その中で一人だけ、損傷し、服がボロボロに破れている艦娘がいる。

 仲間に支えられながら帰投し、今でも辛うじて立っている。

 朝潮型3番艦の、満潮である。

「満潮は直ちに入渠するように」

「嫌だわ」

 提督の命令を、満潮は即答で却下した。

 他の艦娘は、一斉に満潮を見る。

「なぜだ、満潮」

「・・・私は大丈夫だから、他の人を優先してちょうだい!」

 周りの艦娘が、満潮に入渠を勧める。

 そもそも、ここに中破以上の艦娘は3人しかいない。ドッグに余裕はある。

 しかし満潮は、断固として、それを拒絶した。

「満潮・・・お前が何を考えているかは知らないが、これは命令だ。直ちに入渠せよ」

 提督は鋭い眼光でもって満潮を睨みつける。

 満潮は顔をしかめ、絞りだすような声で、「分かりました」と言った。

 満潮は、怪我のためにふらふらしながら、執務室を出て行った。

***

***

「ただいま」

 遠征に行っていた霞が、部屋に戻ってくる。

 今日は、間宮券のアイスを食べる日であった。

 そのため姉妹は皆、部屋に集合していた。

「おかえりなさい、霞。あとは満潮だけね」

 満潮の艦隊が帰投したとのさっき情報を得たため、

 朝潮は、もうすぐ帰ってくるだろうと思った。

 そして、ちょうどドアが開いた。

「あら満潮・・・」

 ボロボロの服装で、満潮はうつむきながら、ドアを開けた。

 そんな満潮を見て、朝潮はドアにかけつける。

「満潮、どうしたの!」

「ちょっと、深海棲艦と当たっちゃったの。だから、私以外で、アイスを食べてきて・・・」

「・・・わかったわ、来てくれてありがとう。アイスは今日中なら、いつでも食べられるの。
だから、入渠が終わったら、間宮で食べるといいわ・・・」

「・・・そう、わかったわ」

「一人でドッグまで行ける?」

「うん、大丈夫。ありがとう、朝潮」

 満潮は暗い表情で、うつむきながらドッグに向かう。

 朝潮はその寂しそうな背中を、しばらく見ていた。


「・・・じゃあ、満潮には悪いけど、私達だけで行きましょう」

 朝潮がそう切り替える。姉妹は、間宮に向かう。

 しかし朝潮の頭の中では、満潮の暗い表情が離れなかった。

 会敵で大破をして悲しいのは、よくわかる。しかし、満潮はそれであんな表情はしない。

 アイスを食べそこねたとしても、入渠後に食べられる。

 しかし、それは嬉しくないという、満潮の微妙な心情。

 姉妹は間宮に着く。間宮は朝潮の顔を見るなり、口を開いた。

「アイスの皆ね。今、持ってくるわ」

 姉妹5人は、席につく。机に、アイスが運ばれてきた。

 初めて見るアイスという食べ物に、姉妹一同、目は釘付けとなる。

「溶けてしまうので、お早めにどうぞ」

 朝潮は、スプーンでアイスをすくい、一口、食べる。

 甘く、冷たいものが、口の中で、優しく溶けていく。

 美味しい。思わず、顔が緩むのを感じた。

「美味しい!」

 大潮が満面の笑みで言った。そばで間宮が、ニコニコしながら姉妹を見ている。

 普段は堅い霞も、無表情ながら、とても美味しそうに食べている。

 そこでふと、朝潮は気づいた。満潮は、これを一人で食べるのだ。

 朝潮は今、妹の笑顔を見ながら、食べている。もし、一人で食べていたなら・・・

 朝潮は立ち上がり、間宮に事情を話し、アイスをひとつ貰う。満潮の分である。

「あら、朝潮。どこに行くの?」

 アイスを食べて上機嫌の霞が問いかける。

 朝潮のことだから、勝手にお代わりをしているわけではないと思った。

「満潮のもとに、アイスを届けてくるわ。食べ終わったら、先に戻って」

 朝潮はそれだけ言って、自分の分と満潮の分、2つを手に持ち、ドッグへ行く。

 満潮がそれを望んでいるかはわからない。

 でも、こうすることが最善だと、朝潮は思ったのだ。

***

***

 満潮はドッグの隅で泣いていた。

 満潮と同様に、会敵して怪我を負った艦娘の気遣いにも、応えなかった。

 話しかけられても、ただ首をふるだけだった。

 満潮は、アイスを非常に楽しみにしていた。

 姉妹全員で仲良く甘味を楽しむということに、満潮は前々から憧れていた。

 着任時、満潮はとても冷たかった。心がすさみ、全てを敵対視していた。

 その後、姉妹の暖かさ、特に朝潮の暖かさに触れて、段々と心を開いた。

 しかしそうなる頃には、すでに他の艦娘、提督との間に溝ができていたのだ。姉妹とさえも。

 満潮は、その状況を変えたかった。皆と仲良くしたかった。

 そのきっかけとなり得るときに、満潮は一人、入渠している。

 それが、なによりも悲しかったのだ。

「・・・満潮ちゃん、本当にどうしたっぽい?」

 満潮の後ろの方で駆逐艦夕立が、友人の時雨に話しかける。

「しっ、夕立。誰にでも一人になりたい時があるよ」

 時雨の言葉は、さらに満潮の心をえぐる。

 今は一人になりたい。しかし、本当に望むことは、皆と仲良くしたい。

 矛盾する2つの願望が、満潮の心を、ただただ悲しさで満たしていく。

 ガラッ。ドッグのドアが開く。

 彼女は、制服姿のまま、ドッグに入ってきた。そして、真っ直ぐ満潮に近づいた。

「満潮」

 満潮には、声の主が朝潮だと言うことがわかった。しかしそれ故に、なぜか振り返ることができない。

 会いたくないという理由は全く無い。しかし、ただ、誰とも会いたくない。

 この微妙で複雑な感情が、また、満潮を苦しめる。

 そんな満潮に、朝潮は、大きな声で言う。

「満潮、アイスよ。溶ける前に食べましょう」

 朝潮は満潮に、アイスとスプーンを差し出す。

 満潮はそれを、自然に手に取った。

「あっ! あれが噂のアイス!」

「ゆ、夕立、静かに」

 3人のゲストに見守られながら、満潮は、スプーンでアイスをすくう。

 そして、口の中に入れる。

 温まった体を、アイスの冷たさが刺激する。そして濃厚なバニラ味が口全体に広がる。

 満潮は自然に、涙を流した。

「・・・美味しい?」

 朝潮が問いかける。満潮はコクリと、頷く。

「・・・美味しい。すごく、美味しい」

 満潮は涙を抑えることができなかった。

 純粋な、感動と感謝によってあふれだす涙の泉。今までのモヤモヤとした感情を全て洗い流す。

「ゆ、夕立も・・・」

「ちょっと・・・気持ちはわかるけど」

 満潮は、クルリと振り返る。そしてスプーンのアイスを、夕立の口に差し出す。

「・・・どうぞ」

 涙でぐちゃぐちゃの顔の中で光り輝く満面の笑み。

 それをバックに差し出されるスプーンを、夕立は咥える。

「ぽいー!」

 夕立の感動の雄叫びが、ドッグに響き渡る。

 それを見た時雨の口に、唾液が湧き出た。

「み、満潮さん。ボクも、いいかな?」

「はい、どうぞ」

 アイスを一口。時雨の顔は、ふにゃりと歪んだ。

 ドッグで風呂につかりながら食べる、最高のアイス。

 2つのアイスを4人で少量ずつ分け合いながら、器を平らげた。

 最後の一滴まで、残さず食べた。

「とても美味しかったよ。ありがとう、満潮さん、朝潮」

「さん付けなんてしないで、時雨」

「うん・・・満潮」

「これからも、よろしくね、時雨」

 時雨と満潮は、照れくさそうに微笑む。

 そこで朝潮は、満潮の器とスプーンを回収する。

「じゃあ、満潮。私、ちょっと用事があるの。器、持って行くわね」

「ありがとう・・・その・・・朝潮お姉さん!」

 いつもは呼び捨ての満潮。朝潮は動揺のあまり、一瞬、体が動かなくなるのを感じた。

 そして、満潮の方を振り返り、朝潮はいつも通り、微笑んだ。

***

***

 一度間宮に戻り、器を返し、アイスを2つもって、球磨型の部屋へと向かう。

 片手で器用にアイスを持ち、ドアをノックする。

「北上さん、球磨さん、アイスをお持ちしました」

 ドタドタという音がして、ドアが勢い良く開いた。

「待っていたクマ〜! どうもありがとうクマ!」

「朝潮ちゃん、わざわざありがと」

 アイスを2人に渡し、敬礼をすると、朝潮は小走りで戻っていく。

 その様子が、どこか楽しそうに、北上の目には写った。

「美味しいクマ〜」

「せっかくなら、多摩の分も頼んで欲しかったにゃ!」

「一口あげるクマ」

「にゃー・・・ふにゃ〜」

 アイス一口。多摩はその場で寝転ぶ。

 北上はアイスをスプーンですくい、最初に、親友の大井に上げた。

「はい、大井っち」

「えっ、あ、あーん」

 大井は顔を赤らめながら、そのスプーンを咥える。

 そして、北上も食べる。

「・・・甘くて冷たい」

「口がとろけそうです」

 アイス一口。これでたいていの疲労は吹き飛んでしまう。

 アイス一口。この前では、つまらない喧嘩など塵同然。

 そんな、甘味の魔法が、このアイスにはあった。

(<皆でアイスを食べる> -FIN)

イイハナシダナー
満潮と違って霞は既にこの鎮守府に馴染んでるのな

<練度>

 改二丁になった朝潮は、出撃も、遠征もどちらも行うようになった。

 そして出撃も、補佐役ではない、第一艦隊に所属することもある。

 さらに、そこの旗艦に抜擢されることもある。

 鎮守府では、第一艦隊の旗艦は、秘書艦として提督と共に任務を行う。

 提督の組んだ作戦を艦娘代表として聞き、作戦をさらに練り上げるのだ。

 すると必然的に、提督との過ごす時間は非常に長くなる。

 ・・・そこに、部下と上官以上の関係が芽生えるのは、不思議ではないだろう。

 もっとも、この鎮守府では、そういった噂は全くないのだが――

 朝潮は今日、その旗艦を務めることになっていた。

 そのため朝から緊張感が高まっていた。

「・・・霞、体調悪くない」

「はあ?」

 起床して、手早く身支度をしている時。朝潮は霞の顔色の悪さに目が行く。

 霞はいつも、ピリピリと気を張っている。

 しかしこの日は、その張った表情が青く見えた。

「・・・別に、私はいつもどおりよ」

「そう・・・なら、私の勘違いだわ。ごめんなさい」

 姉妹はいつもどおり、身支度を済まし朝食に向かう。

 鎮守府では、艦娘それぞれの活動時間帯が異なるため、食事は基本的に自由に取れる。

 しかし、訓練や座学が始まる前のこの時間は、必然的に、人数が多くなる。

 そして型によっては、姉妹で食べることもある。朝潮型もそうだ。

 しかし、霞はいつも一人で食べ終え、勝手に先に行ってしまう。

 この日もそうだった。

「ごちそうさま」

 霞は一人立ち上がる。食器をかたし、食堂を出て行く。

 いつもの風景である。姉妹とて、だれも気にしない。

 食事が終われば、次は日課の訓練、座学。

 それも終えると個々の任務スケジュールに従う。朝潮は、執務室へと向かう。

 この日、朝潮は第一艦隊の旗艦、すなわち秘書艦である。

 朝潮は襟を正して、執務室のドアをノックした。

「失礼します!」
 
 朝潮が部屋に入ると、提督は笑顔でそれを迎える。

「朝潮。秘書艦をよろしく頼む」

「はい! 精一杯尽くす覚悟です!」

 朝潮の忠誠心に微笑みながら、提督は朝潮を横に座らせ、自分の立てた作戦を話す。

 朝潮はそれを聞き、時に質問しながら、時に別の提案をする。

 そうやって、作戦を洗練していく。

 そして作戦を立てれば、次は出撃。

 作戦を作った側でもある旗艦の朝潮が、艦隊を引っ張る。

***

***

 朝潮と提督は、執務室で書類を書いていた。

 艦隊の持ち帰ったデータを元に出撃時の状況をまとめ、本部に送るのだ。

 そして、今回の一連の作業が終了した。外はすでに暗い。

「朝潮、今日は本当にご苦労だった」

「私こそ、お役に立てて嬉しいです」

 これまでに何回か編成を変えて出撃し、同時に敵についての情報を集め、

 この作戦でもって、ついに成功した。

 厄介な潜水艦を朝潮が一掃したのが、勝利の鍵でもあった。

 提督は朝潮を称える。

「しかし、朝潮は本当に強くなったよなぁ」

「光栄です。ありがとうございます」

「練度は・・・87か。まあまあだな」

 提督はコンピュータをいじり、艦娘の情報を見る。

 朝潮が秘書艦を経験して、初めて知ったシステムの一つだ。

 提督は、艦娘の全ての情報をコンピュータで管理しているのだ。

「練度の上限は99だ。それ以上は、訓練を積んでもほとんど変わらないと言われている」

「私の場合、あと12ですね」

「ああ。しかし、ここらへんからが長い道のりでな。
確か一番高いのが北上で96だが、最近は全く上昇が見られない。
まあ、いわゆるスランプというものだろうが」

 急に出てきた北上とその練度の高さに、朝潮は驚く。

 最近は親しくなっていたが、急に、北上が再び遠くに見えた

「北上さん、96ですか・・・すごいです」

「ああ、いずれ、99まで育て上げたいと思っている」

「99以上は、もう上がらないのですよね」

「まあ、原則はな。しかし、上がる方法もあるんだ。朝潮、何だと思う?」

 突然の質問に、朝潮は首をかしげる。

 提督は朝潮ににこりと微笑み、答えを言う。

「愛だよ! ・・・まあ、まだ朝潮には早いかもな」

「アイ・・・ですか?」

「ああ。このためであれば、自分はどんな不利益を被っても良い。それが『愛』だ。
ははは。朝潮、私の話に付きあわせて悪かった。帰って、ゆっくり休んでくれ」

 朝潮は、提督に言われるまま、椅子から立ち、執務室を後にした。

 『アイ』。頭にこの2文字が響く。しかし朝潮はそれをまだ、頭ではわかっていない。

 部屋に戻り、ゆっくりとドアを開ける。部屋は真っ暗。皆、寝ている。

 朝潮はふと、霞を見た。今朝、顔色が悪かったのを思い出したのだ。しかし、暗くてよく見えなかった。

 『アイ』。再び頭に浮かび上がる。

 このためであれば、自分はどんな不利益を被っても良い。提督はそういった。

 朝潮は、この定義を自分の周りに当てはめてみる。

 提督、鎮守府の仲間、妹。かなり人数が多く、全く特別な感じがしなかった。

 あまり腑に落ちないまま、朝潮は眠りに入った。

(<練度> -FIN)

閲覧ありがとうございます.まさか100以上続くとは.
ここまで読んでくださった方のおかげです.
一応次の話もできていますが,非常に長いです.ここまで投下してきた分量と同じくらいです.なので,丁寧に読みなおしてから投下します.

私は最近まで朝潮型以外に全く興味がわかなかったのですが,最近,三日月の魅力に気づきました.そして段々と惹かれていき,そんな状況下で湧いてきたアイデアを盛り込んでいたら,ここまで長くなりました.最初は<お菓子を食べる>で終わる予定でした.そのためスレッドタイトルも朝潮と北上の2つの名前です.進むに連れてタイトル詐欺になっていくでしょう.

今後も楽しんでいただければ幸いです.

乙です
一気に二話投下ご苦労です

>>62 とても今更ですが

「偶然、手に入ったんだ。間宮の所に行けば、裏メニューのアイスが食べられる。
仲間何人かと一緒に行くと良い。間宮が作ってくれる。
ただ、予約制だ。非番の前日にでも注文するといいだろう」

読み返しで見つけた小さな誤字は,いちいち訂正を出すよりも脳内補完の方が良いですね.
今後はそうします

<艦娘の病気>

 いつも通りの時刻に、朝潮型姉妹は起床する。そして、手早く身支度をする。

 慌ただしい朝。話をする時間も惜しい。

 朝潮型10番艦、末っ子の霞も、ふらふらと立ち上がった。しかし力尽きて、また横になった。

 普段は、自他ともに厳しいしっかり者の霞である。

 朝潮はそれを見て、身だしなみ途中のまま、素早く駆けつけた。

 霞の顔が、真っ赤に火照っていたのだ。

「霞! どうしたの!」

「だ・・・大丈夫よ、朝潮・・・」

 体全体が熱く、目の焦点がふらついている。

 大丈夫ではないのは、誰の目にも明らかであった。

「霞、しっかりしなさい! 具合は? 何か、心当たりは?」

「う、うるさいわね。大丈夫だって」

 霞は無理に立ち上がろうとするが、体がそれを拒否する。

 そのままふらふらと、布団に倒れた。

「・・・司令官に相談するわ」

 朝潮は服を雑に着て、霞を背負う。

 霞は大丈夫と言って抵抗するものの、その力は非常に弱い。

朝の混雑する廊下を走り、執務室へと急いだ。

「失礼します、司令官!」

 朝潮はノックもせずに、執務室に入る。緊急事態である。

 提督はぎょっと、朝潮を見る。

「霞の体が、とても熱いんです!」

 霞は、朝潮の背中で怠そうにしている。

 提督は、執務室の横に備え付けられた提督の寝室に、朝潮を誘導する。

 朝潮は霞を、ベッドに下ろした。

 霞の表情は、一層苦しそうに見えた。

「熱か・・・」

「司令官、霞は、どうなってしまうのでしょうか!」

 提督は悩む。

 艦娘とは、深海棲艦が海で発見されると同時に、軍の本部で発見された妖精が、

 資材を元にして作り出したヒト型生物である。例外やその他細かい事情はあるが・・・

 そのため、謎が非常に多い。むしろ、謎しか無いと言って良い。

 本部の研究によれば。器官、DNAのレベルで、ほぼ人間と区別がつかない。

 ただ、身体能力が非常に優れているだけである。
 
 病気にかかるのは当たり前だが、全ての艦娘を管理、指揮しているこの鎮守府で、前例はない。


「司令官・・・」

 朝潮が涙を浮かべて、提督を見る。

 提督は、悩む暇はないと思った。

「・・・今から車を手配する。内地の軍付属の病院に連れて行こう」

 提督はとりあえず、本部に電話をかける。

 その様子を見て、朝潮はひとまず、胸をなでおろす。

 しかし、霞が今目の前で苦しんでいることには変わりない。

「・・・30分程度で、車が来る。それに乗ってくれ」

 霞の息が、静かに荒くなっていく。声を出す気力も、もうない。

 しかし、本当の問題はここからだ。

 霞には遠征の予定が入っていた。通称「大発系」と呼ばれる装備を積んでの遠征である。

 遠征を効率化して、鎮守府に幾分かのメリットを出す。

 しかし、これを装備できる艦娘は、ごく一部しかいない。その中の一人が、朝潮である。

 さらに、朝潮には出撃の予定が入っている。

 霞をどう扱い、霞の代わりをどうするか。それが一番の問題だ。

「司令官・・・あの、私・・・」

 朝潮が、気まずそうに、提督に小声で言う。

 霞に付き添いたい、と。

 提督は少しの間、考えた。そして、首を小さく、縦に振った。

 朝潮は、笑顔と会釈で返事をした。

 霞の息は穏やかながらも荒く、不規則である。目の焦点は、全く合っていない。

 咳き込み、それがバネとなって吐こうとする。しかし胃には何もなく、何も吐けない。

 霞の様子を、提督と朝潮はひたすら、胸を痛めて見ていた。

 途中で他の姉妹も見に来た。しかし、朝潮と霞以外には、いつも通りの朝。

 日課はもう始まっていた。

「来たな」

「はい」

 車のエンジン音が聞こえた。

 朝潮は、霞を移動させようとする。

「ちょっとだけ、我慢してね」

 霞のかぶっている、提督の毛布をはぐ。霞は本能的に縮こまった。

 それを見て朝潮は、霞を毛布で丁寧にくるみ、お姫様抱っこして、霞を車まで運ぶことにした。

「司令官、毛布をお借りします」

「ああ、構わない。気をつけてな」

「はい。私と霞の代わりも、お願いします」

「・・・わかっている。霞の健康を第一にしてくれ」

 朝潮は、霞を揺らさないように、しかし小走りで、廊下を通り、鎮守府の外に出て、車へと向かう。

 そして本部の人が、車のドアを開けるのに会釈して、車に乗った。

「事情は聞いています。附属病院へ向かいます」

「はい、お願いします」

 朝潮は、自分の膝を枕にして、霞をうつ伏せにした。

 いつもの霞であれば、任務を放り投げる、朝潮と提督の判断を、ことごとく責めるだろう。

 しかし、今の霞には、その気力すら無い。

 息を荒くし、体を震わせている。

 朝潮は、霞の頭をそっと撫でた。

 朝潮は、いつもの元気な霞に戻ることを願った。

 30分ほど走り病院につくと、職員がタンカをもって構えている。

 朝潮は、霞を抱え、そこに載せる。

 職員は、朝潮のキビキビした動きに驚いた。そしてタンカを病室へと運ぶ。

 運ばれる霞を朝潮は小走りで追い、付き添いで、軍医の診察を受けた。

***

***

 霞と朝潮は、個室で椅子に座っていた。

 霞は、車の時と同様に、朝潮の膝を枕にして横になっている。

 最初に熱を測り、41。2度と出た。

 医者の質問に答え、最後に、鼻に綿棒のようなものを突っ込んで、終わった。

 霞は未だに震えているし、口も利かない。

 しかし、少しは落ち着いたように、朝潮には見えた。

 それが、何よりも嬉しかった。

「・・・なんでよ」

 霞が小声でつぶやいた。朝潮は、それを聞き逃さない。

 朝潮と提督の、あまりに自分勝手な決断に、怒っているのだ。

「なんで、朝潮がついてくるのよ・・・なんで・・・本当に、バカばっかり・・・」

 霞は、朝潮のお腹の方を向いて、横になっている。

 霞がポロポロと涙を流すのが、朝潮からよく見える。

 朝潮は、ゆっくり、霞の頭を撫でる。

「鎮守府の心配は大丈夫。私は司令官を信じているわ。
それよりも霞、あなたは自分の心配をしなさい」

「・・・バカ、本当に、バカ」

 非難する霞の頭を、朝潮は優しく撫でる。

「霞はいつも張り詰めているんだから、こういう時くらいゆっくりしなさい」

 トン。トン。朝潮は霞の脇腹を、優しく叩く。

 そのリズムに霞は落ち着き、涙で濡れた目をゆっくりと閉じた。

 トン。トン。時間が穏やかに流れる。

 ガチャリ。ドアが開いた。

「検査結果出たよ、インフルエンザ陽性だね」

 医者が紙を持って、看護師と共に部屋に入ってくる。

 そしてまず最初に、朝潮にマスクを渡した。

 朝潮は病気の説明、感染予防の説明、薬の説明を医者から受ける。

「これ、リレンザっていう薬ね。
中に説明書入ってるけど、袋を破って、粉末を吸引するの。
5日間、これ使って。もしそれで治らなかったら、また来てね」

 朝潮は薬を受け取る。診察は終了である。

 治るものであることが分かり、朝潮は胸をなでおろした。

 そして、鎮守府に戻ろうとする。

「ありがとうございました」

「はーい、お大事にねぇ。霞ちゃん、タンカとか、呼ぶ?」

 霞は無言で、反応がない。

「・・・それとも、私が抱っこする?」

 霞は少し考えて、「だっこ」と小声で答えた。

 朝潮は毛布で霞をくるみ、お姫様だっこする。

「おお、たくましいお嬢ちゃんだ」

「お世話になりました、失礼します」

「はいよー、お気をつけて」

 朝潮は小走りで病院を走り、外に出る。車が待っていた。

 外の寒い風が、朝潮と霞をこごわせる。

 しかし、車の中は暖かかった。

「ありがとうございます!」

「鎮守府に戻りますね」

「はい、お願いします」

 霞の表情は、相変わらず辛そうであった。

 しかし、余分な緊張感が取れて、リラックスしているようにも見えた。

***

一旦おつ

>>133 変な間違いを訂正
最初に熱を測り、41.2度と出た。

>>139 おつありです!

***

 提督に、霞がインフルエンザであること伝える。

 提督は個室を与え、そこで養生するように指示した。

 朝潮が出撃と遠征について尋ねると、ベストではないが、それなりに上手く回っているという。

 それを聞いて、朝潮は安堵した。

 霞を提督の寝室に寝かせ、朝潮はその個室に、霞の布団を運ぶ。

 ある程度の広さはあるが、何もない空き部屋だ。

 暖かくするため、提督は執務室のストーブと、毛布をもう一枚支給した。

 そして次に、霞を寝室から個室まで運ぶ。

「寒いと思うけど、少しだけ、我慢して」

 霞から提督の毛布を剥ぐ。霞は縮こまる。

 朝潮は霞をおんぶして、急いで、個室まで送った。

 いつもの敷布団と、2枚の毛布に挟まれ、霞は横になった。

 相変わらず、辛そうな表情である。

「霞、何か、欲しいものはある?」

 霞は小さな声で、「水」と答えた。

 思い出せば、朝起きてから一度も、口にしていなかった。

 朝潮は急いで、食堂に行き、コップ2つと、水を入れ物ごともらってきた。

「霞、起きられる?」

 朝潮が補助をして、霞の体を起こす。

 顔が赤く、だるそうだ。

 朝潮はコップの水を、霞に渡す。数口だけ飲んで、朝潮に返す。

「じゃあ、ついでに薬を飲みましょう」

 朝潮はリレンザを袋から取り出し、ディスクをセットする。

 霞に、2回吸わせた。

 霞は再び横になり、目をつむった。

 顔色は悪いものの、落ち着いた表情をしている。

 霞は、穏やかに眠りに入った。

***

***

 朝潮は自室から本を持ってきて、霞の横で読んでいた。

 感染予防のため、朝潮はマスクを付け、定期的に水を飲む。

 提督が執務の合間に訪れる。

「どうだ、霞の様子は」

 提督は小声で朝潮に話しかける。朝潮も、小声で返す。

「1時間ほど前に水と薬を飲ませて、それからは穏やかに眠っています」

「そうか、分かった。これ、私からの差し入れだ」

 提督は部屋に、ダンボールを入れた。

 中身は、2Lのスポーツドリンク12本。

「ただの水よりも良いと思ってな」

「司令官、ありがとうございます」

「看病、頑張れよ。あと、お前も気をつけろよ」

「はい」

 提督は静かに部屋から出て行った。

***

***

 コンコン。控えめなノックで、ドアが開く。

 三日月が、心配そうに入ってくる。

「三日月さん」

「朝潮さん、あの、霞さんは」

「インフルエンザっていう病気みたいです。
薬を飲んで安静にしていれば、治るものです」

「はぁ〜、良かったです。今朝、朝潮さんが霞さんをおんぶして走るのを見て、
色々と気になっていたんです。・・・では、失礼します。朝潮さんも、頑張ってください」

「はい、ありがとうございます」

 三日月は静かに部屋から出て行った。

 霞は穏やかな表情で、眠っていた。

***

***

 大潮と荒潮、霰が静かに入ってくる。

「朝潮お姉さん。霞はどう?」

「あまり心配ないわ。薬を飲めば、治るみたい」

「よかった〜」

 大潮は安堵のため息をついた。

「うふふふふ、いつもは突っ張っている霞ちゃんも、
こういうところは、かわいいわねぇ〜」

 荒潮は霞の穏やかな寝顔を見て、そう言った。

 年相応の、可愛らしい寝顔である。

 霰は何も言わずに、ずっとそれを見ていた。

「・・・じゃあ、大潮たちは、もう行くね。朝潮お姉さん、頑張って!」

 3人は部屋から出て行った。

***

***

 窓から光が入らなくなり、部屋が暗くなってくる。

 朝潮は私物のランプを持ち込み、霞から少し離れたところで、

 本を読んだり、座学の予習復習をしたりしていた。

 霞は未だに起きない。もう、8時間ほど眠ったままだ。

 朝潮は、食事を取ったり、少なくなった水を満タンにするために何度か部屋から出た。

 しかしそれ以外は、常に部屋で霞を見ていた。

 読書にも飽きて、腕立て伏せ腹筋など、部屋でできるトレーニングもした。

 しかしそれによって眠気を催し、こくりこくりと船をこぎ、ついに朝潮は眠ってしまった。

 その頃霞は、悪夢を見ていた。

 霞は、警備の遠征に向かっていた。朝潮と一緒の、遠征であった。

 いつも通りの警備であった。深海棲艦と出会うこともなく、終わるだろうと思った。

 ふと、喉に骨が刺さったようなむず痒さを、霞は感じた。

 霞はすぐに、その原因に気がつく。艦隊の人数が、一人減っていた。

 気のせいと思い、もう一度数えた。最初から2人減って、4人しか見当たらなかった。

 強烈な不安が霞を襲う。誰でも良い、このことを伝えようとした。

 朝潮がそこにいた。朝潮に声をかけた。朝潮は、何かによって、あっという間に、海に沈められた。

 周りには、誰もいなかった。そこには海しかなかった。見回しても、水平線しか見えなかった。

 そこにはもう、誰も、いない。

 霞の心の中で、何かが、がしゃんと壊れた。壊れた音が、耳に響いた――

 ゆっくりと、目の前がぼやけ、薄暗い光景が目の前に広がる。

 そして霞は、体が異常に熱いのを感じた。

 霞は一心不乱に、周りを見渡す。誰もいなかった。

「あさしおー! あさしおー!」 

 涙をボロボロと流して、霞は朝潮の名前を連呼する。

 とにかく、胸が痛かった。一人でいるのが、とてつもなく怖かった。

「あさしおー! ・・・あさしおー!」

 病気の体に鞭を打ち、泣きながら朝潮を、出せる限りの大声で呼ぶ。

 床で寝ていた朝潮が、霞の声で、目を覚ました。

「どうしたの! 霞!」

 朝潮は瞬時に起き上がり、霞の元に寄る。

 霞は朝潮の足を、弱々しく、しかししっかりと掴んだ。

 朝潮はその場で座り、霞の頭を撫でる。

「どうしたの、霞」

 息を荒げて、霞は激しく泣く。朝潮は霞の頭をただただ撫でた。

 しばらくすれば、泣き止み、呼吸も落ち着いてくる。

 それでも朝潮は、霞の頭を撫で続けた。

 霞も、それを素直に受け入れた。

「あ、いけない」

 朝潮はリレンザを取り出す。

 1日2回の吸引。朝潮は忘れそうになっていた。

 霞の体を起こし、薬を2回吸わせる。

「よし、これで大丈夫。・・・何か、欲しいものはある?
ああ、そうだわ。司令官が飲み物を差し入れてくれたの。飲む?」

 霞は小さく頷く。朝潮はダンボールからペットボトルを取り出し、

 霞のコップに、スポーツドリンクを注ぐ。

 霞はそれを、一気に飲む。

「もっと飲む?」

 また、小さく頷く。朝潮はコップに注ぎ、霞は一気に飲む。

 コップを朝潮に渡し、霞は再び布団に横になった。

「・・・ねえ、朝潮」

 辛そうに、霞は朝潮に尋ねる。

「どうしたの?」

「・・・出撃とか遠征は、私と朝潮が抜けた分は、どうなったの?」

「最良ではないにしても、上手く回っているって、司令官が言っていたわ。
司令官は、優秀な人。それは、霞もよく知っているでしょう」

「・・・・・・」

 霞は何も言わずに、目を閉じた。

 朝潮はしばらく、霞のお腹の辺りを、トン、トン、と、リズムに乗せて、優しく叩く。

 さっきまで、2回めの薬を飲ませたら、部屋に戻って寝ようと思っていた。

 しかし、せめて今日一晩は、霞のそばにいようと思った。

***

***

 朝、いつもより少し早い時刻に、朝潮は起き上がる。

 知らないうちに、寝ていた。そして自分が、霞の布団で寝ているのを知る。

 朝潮はゆっくりと布団から出て、自分のコップで水を一杯飲んだ。

 せめてもの、インフルエンザの感染の予防である。

 ただ、寝ている時もマスクは外れていなかったため、

 感染の心配はさほどないだろうと思い、朝潮は少し安心する。

 霞の顔を見る。顔色は良いとは言えないが、昨日よりもよっぽど元気であった。

 ドアが開き、提督が入ってくる。

「おはよう、朝潮。霞はどうだ?」

「まだ寝ていますが、顔色は昨日よりもかなり良くなっています」

「それは良かった。だが、まだまだ動けないだろうな」

「はい、きっと。お医者さんの話では、熱が下がってからも2日は安静にするよう指示されました。
ただ、インフルエンザは熱が下がるのに5日はかかるようです」

「うーん、1週間か。まあ、急いで復帰させてぶり返してもしょうがないが・・・
朝潮は、今日はどうする?」

「・・・霞次第ですが、できればそばに。
昨日の夕方、急にすごい勢いで、泣き出したんです。なので、色々と心配で・・・」

 その出来事を聞き、提督は驚いた。

 普段の、自他ともに厳しい霞からは、想像もつかないことである。

「そうか、そんなことが・・・まあ、今日も任務は入れていない。日課に出るかは、朝潮が決めてくれ」

「はい、ありがとうございます」

 提督は出て行く。そして、霞はまだ起きない。

 朝潮は食事を取ろうと思い、外に出る。日課に復帰するかは分からない。

 それ故に、このいつも通りの時間に朝食を取ろうと思った。

 朝潮は食堂に向かう。姉妹と一緒でないので少し不安だったが、運良く途中で姉妹と会った。

「あっ! 朝潮お姉さん!」

 大潮が最初に朝潮を発見する。朝潮は微笑んで、小さく手を振った。

「霞は大丈夫なの?」

 満潮が心配そうに尋ねた。

「しばらく安静にするけど、順調に回復しているわ」

 朝潮がそう伝えると、満潮はほっと、胸をなでおろした。

 隣で聞いていた霰も、嬉しそうに見えた。

「姉さんはこれから、朝ごはん?」

「うん。訓練に参加するかはわからないけど、一応」

「霞ちゃんの看病?」

「そうよ。昨日よりは元気でも、まだ具合悪そうなの」

 あらあら〜と、荒潮は相槌を打つ。

 しかし内心では、朝潮につきっきりで看病される霞を、羨ましく感じた。

 その不謹慎な考えに、荒潮は首を横に振って、振り切った。

「そういえば、霞ちゃんのごはんは?」

「あっ、そう言えば、ずっと食べていないわ。昨日はずっと寝ていたし・・・
消化に良い物が良いって、お医者さんから聞いたけど」

「う〜ん、私たち艦娘には、馴染みないことよね〜
提督に聞いたほうが、良いんじゃない?」

「そうね、後で聞いてみるわ。ありがとう、荒潮!」

 朝潮は、荒潮の助言に笑顔で感謝する。

 荒潮は、少し、胸がモヤモヤするのを感じた。

 朝潮は朝食を手早く済まし、姉妹よりも先に、食堂を出る。

「先に出るわ」

 姉妹に見送られて、朝潮は食堂を小走りで出る。

 そして、個室に戻った。霞は起きていた。

「霞、おはよう!」

 朝潮は新しいマスクを袋から取り出し、装着する。感染予防である。

「・・・おはよう」

「えーと・・・熱を測りましょう」

 体温計のスイッチを入れ、霞に渡す。霞は自分で脇の下に挟む。

「・・・ごはん、食べてたの?」

「そうよ。あっ、霞は、お腹空いてる?」

「・・・うん」

「そう・・・消化に良い物って、何かしら。
あとで司令官に聞いてくるわ。ちょっと、我慢してね」

 霞は小さく頷く。落ち着いてはいるが、顔は相変わらずだるそうである。

 ピピピピ。体温計が鳴る。38。8度。昨日よりはマシだが、まだまだ高い。

>>160 またまた変なミス
ピピピピ。体温計が鳴る。38.8度。昨日よりはマシだが、まだまだ高い。

「・・・やっぱり今日も、高いわね」

「朝潮、訓練は?」

「今日も休むわ。大丈夫、霞が寝ている間に自主訓練くらいわできるもの」

 霞の目が、小さく輝く。ただ朝潮はそれには、気付かない。

「・・・今日も、一緒?」

 あまりに霞らしくない甘えた雰囲気に、朝潮は軽く戸惑いながら、「うん、そうよ」と言った。

 霞は、小さく微笑んだ。安心した。

 そして霞のお腹が小さく鳴った。

「あら、お腹が空いているのね・・・ちょっと、出るわ」

 朝潮は部屋を出て行く。

 その後ろ姿を、霞は悲しそうに追った。

 朝潮は執務室に入る。提督は食事中だ。

「お食事中、失礼します。司令官、消化に良い食べ物について、ご存知でしょうか?」

 提督は箸を止め、急いで噛んで口の中を空にする。

「霞の食事か」

「はい、霞は昨日から何も食べていません。
お医者さんには、消化に良いものと言われたのですが、私にはよく分からなくて・・・」

「・・・私に思いつくのはお粥だが、作り方となると、よくわからん。
ちょっと待っていてくれ。本部に相談して、あとでレシピを渡す。
食事担当も作れるか分からないから、自分で作ると良い。朝潮は器用だ。なんとかなるだろう」

「ありがとうございます! 失礼します」

 朝潮は最敬礼をして、執務室から出て行く。

 この鎮守府には、全ての艦娘が着任する。

 しかし、余剰労働力として一部の艦娘には、全く任務が与えられないという事が起こる。

 そこで、そういった艦娘には、掃除や食事準備などの雑務を与えられるのだ。

 もちろん、彼女たちも、時間を少々ずらして基礎訓練は常に受けている。

「霞、ご飯は少し待ってね。お粥というものが良いらしいわ。
ご飯の前に、薬を吸いましょう」

 朝潮はリレンザを用意して、霞に吸わせた。

 霞は昨日よりも、ずっとリラックスしている。

「喉、乾いていない?」

 霞は小さく、「飲む」という。朝潮はスポーツドリンクを注いだ。

 霞はそれを一気に飲み、コップを朝潮に返した。

 そこに、提督が入ってくる。

「朝潮、レシピだ」

 提督は朝潮に紙を渡し、霞の方を見る。

 霞はうるうるとした目で、提督を見た。

 尖りのない、おっとりとした霞に、提督は幾分戸惑った。

「霞、体調はどうだ? 作戦の方は、それなりに上手く行っているから、気にしなくていい」

 霞は、こくりと小さく頷く。提督はそれにも驚く。

 いつもなら、「それなりに上手く」の説明を細かく求められるだろうにと、思った。

「・・・じゃあ、朝潮。看病を頑張ってくれ」

「はい、司令官も、お疲れ様です」

 提督は部屋から出ていき、朝潮はレシピを見る。

 炊いたご飯と味付けの食材のみ。20分程度で作れる。

 時間的にも、今の食堂に人は少ない。

「お粥、作ってくるわ」

 霞は小さく頷き、朝潮を見送った。

 朝潮は食堂に向かい、食堂担当の艦娘に事情を話し、鍋とご飯1人前を貰う。

 レシピを見ながら、慎重に作り始める。

 ご飯と水を入れ、煮込むだけ。

「梅干しとか、ありますか?」

 食堂担当はこくりと頷き、梅干しを持ってきた。

 食堂が溜まり場になるのを防ぐために、雑務中の艦娘は、極力口を利かないように指示されている。

「ありがとうございます」

 朝潮はお礼を言って、鍋をかき回す。

 ある程度煮込んだところで、火を消して梅干しを投入。

 蓋を閉じて、少しの間、蒸らす。

「・・・あの」

 食事担当が、朝潮に話しかけた。

「その・・・霞ちゃんって、大丈夫ですか? ・・・今朝、話しているのが聞こえたので」

 彼女は、心配そうに、朝潮に尋ねる。朝潮は小さく微笑み、答えた。

「はい、大丈夫ですよ。順調に回復しています」

 彼女は安心して、小さく笑った。

「あの・・・よければ、霞ちゃんの所に行っても・・・」

「・・・ごめんなさい、私には分かりません」

「清霜さん、行っていいですよ」

 隣の食堂担当、鳳翔が、清霜に言った。

 清霜の目が、輝いた。

「いいんですか! 鳳翔さん!」

「はい。こういう時なんですから」

「あ、感染の可能性があるので、マスクはそのままで大丈夫です」

「はい!」

 清霜はニッコリと笑った。そして、朝潮と一緒に小走りで、個室へと向かう。

 鳳翔はその後ろ姿を、微笑ましく見ていた。

「霞ちゃん!」

「清霜さん、もう少し静かに」

 清霜は、霞のそばに座り、手を取る。

「霞ちゃん! 具合、大丈夫?」

 霞は清霜に、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ、清霜。まだ熱はあるけど、徐々に下がってきているから。
心配かけて、悪いかったわね」

「霞ちゃん・・・」

 掠れた声で、霞は清霜に言った。

 朝潮は、2人に配慮して、ゆっくりと部屋を出た。

 そして食堂に戻り、おかゆの準備をする。

「清霜さんは?」

 鳳翔さんが尋ねる。朝潮は、「まだ部屋に居ます」と応えた。

 朝潮は鍋の蓋を開け、良い具合になっているのを確認した。

 そこで鳳翔が、横から深皿を差し出した。

「これ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 深皿にお粥を移す。個室まで運ぼうとしたが、熱くて運べない。

「これ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 鳳翔は濡れた布巾を朝潮に差し出す。

 それを皿の底に敷き、スプーンを皿に入れ、朝潮は、個室へ戻る。

 個室では、清霜と霞が、盛り上がっていた。

「霞、ご飯よ」

「あ。じゃあ、霞ちゃん、元気でね!」

 朝潮と入れ替わりに、清霜は部屋を出て行く。

 朝潮は、皿を床に置いて、霞を、背中を支えて起こす。

 できたてのお粥をスプーンにすくい、朝潮は息をかけて冷まし、霞に食べさせた。

 一日ぶりのご飯。霞は美味しそうに、それを食べる。

 しかし、3分の1ほどで、霞は食べるのをやめた。

「もういいの?」

 霞は小さく、頷く。朝潮は皿を床に置いた。

「寝る?」

 霞は小さく頷き、目を閉じる。朝潮は食堂に、器を戻しに行った。

 艦娘の日課が終わり、出撃、遠征などが始まる。

 それらが戻ってくるまで、鎮守府は非常に静かになる。

 非番は艦娘は部屋で自由にしていたり、自主トレーニングをしたりする。

 朝潮は、2日間の休暇で鈍らないようにと、個室でトレーニングをした。

 それでは飽き足りず、外に出て、走りだした。霞はまだ、眠っていた。

 途中、出会う艦娘に霞について尋ねられれば、順調に回復していると応えた。

 皆、霞を心配していたのだ。

 息を荒げて、朝潮は日課程度の外周を終える。

 1日の休暇の代償はそれなりに大きく、朝潮は危機感を感じた。

 それで、外周の次にトレーニングルームに行ってから、個室に戻った。

 霞はまだ、寝ていた。その穏やかな寝顔を見て、朝潮も落ち着いた。

***

***

 朝潮は昨日と同じく座学の勉強、読書などをしていると、個室のドアがノックされる。

「あ、朝潮ちゃん」

「北上さん! お久しぶりです」

 休暇中で出撃のない朝潮は、北上と会うのは2日ぶりだ。

 それでも久しく感じるほどに、2人の仲は良くなっていた。

「これ、明石さんに頼んで、作ってもらったの。あげる」

 北上が渡したのは、蒸気型の加湿器である。

 北上はそれだけ渡すと、静かに部屋から出て行った。

 朝潮はコンセントにつなぎ、スイッチを入れる。

 数分もすれば、蒸気が出てくる。

 乾燥した部屋が潤い、一層温かくなった。

***

キリが良いので,今日の投下はここまでで.まだまだ続きますバランス悪いくらい,この話だけ長いです.ごめんなさい.

また,非常に今更では有りますが,独自設定を数多く含みます.


やっぱ加湿器は象印のスチーム式が一番だよな
超音波式や気化式より衛生的で安心だわ

>>>153 コピペミス.一文抜けていました

 朝潮は苦笑した。心配することないのにと、思った。

「最良ではないにしても、上手く回っているって、司令官が言っていたわ。
司令官は、優秀な人。それは、霞もよく知っているでしょう」

「・・・・・・」

 霞は何も言わずに、目を閉じた。

 朝潮はしばらく、霞のお腹の辺りを、トン、トン、と、リズムに乗せて、優しく叩く。

 さっきまで、2回めの薬を飲ませたら、部屋に戻って寝ようと思っていた。

 しかし、せめて今日一晩は、霞のそばにいようと思った。

***

>>170 コピペミス.今後気をつけます

 清霜は生き生きと、割烹着を脱ぐ。

 マスクを外そうとする清霜を、朝潮は止める。

「あ、感染の可能性があるので、マスクはそのままで大丈夫です」

「はい!」

 清霜はニッコリと笑った。そして、朝潮と一緒に小走りで、個室へと向かう。

 鳳翔はその後ろ姿を、微笑ましく見ていた。

「霞ちゃん!」

「清霜さん、もう少し静かに」

 清霜は、霞のそばに座り、手を取る。

「霞ちゃん! 具合、大丈夫?」

 霞は清霜に、優しく微笑んだ。


***

 コンコン。ドアがノックされる。ドアは開かない。

 朝潮は本を閉じ床に置き、立ち上がって、ドアの方に行き、開けた。

 満潮が、ニコニコしてそこに立っていた。

「満潮、いらっしゃい。霞はまだ寝ているわ」

「いや・・・お姉さんに、用事があるの」

 朝潮は首をかしげる。満潮は、朝潮から死角になる所に立っている艦娘を、朝潮の前に立たせた。


「あ、朝潮型5番艦・・・」

 そこまで言ったところで、朝潮は口の前に人差し指を立てる。

 声が大きかったのだ。

「今、妹の霞が病気で寝ているの。もう少し、静かに」

「あ、ご、ごめんなさい。えー、朝潮型5番艦の、朝雲です。着任しました」

 朝潮は目を皿のようにして、笑顔で朝雲の手を取った。

「朝雲、会えて嬉しいわ。私は1番艦の朝潮。これからよろしくね」

「朝潮お姉さんね。よろしく」


 手を取り合うと、満潮と朝雲は、そこを離れる。

 満潮が、朝雲に鎮守府を案内しているのだ。

 2人の背中を見送って、朝潮は再び個室に戻る。

 霞がうつ伏せで、こちらをだるそうに見ていた。

「霞、起きていたのね。薬、吸いましょうか」

 霞は頬を赤らめ、とろんとした目つきで、朝潮を見ている。


「・・・お姉ちゃん、今の人、誰?」

 姉に対しても高圧的な霞。いつもは呼び捨て、今はお姉ちゃん。

 朝潮は、驚きの中に小さな喜びを感じながら、霞の質問に応える。

「5番艦の朝雲よ。やっと着任したのね」

 朝潮はリレンザをセットし、霞に吸わせる。

 霞の顔色はだいぶ良くなっていた。


「熱を測りましょう」

 朝潮は体温計を渡した。今朝は38.8度であった。

 ピピピと音が鳴り、霞から生暖かい体温計を受け取る。38.3度。

 一晩たてば、37度台になるだろうと、朝潮は思い、安心した。

「トイレに行きたい」

 霞は小さい声で、そう言った。


 朝潮は霞を立たせ、毛布を巻き、体を支えながらゆっくりとトイレまで歩く。

 廊下は寒いが、仕方がない。

 トイレを済ませ、行きと同様に戻る。

 提督からもらったスポーツドリンクを、もう2本も飲んでいた。

 それにもかかわらずトイレに行くのは、今が初めてだった。

 トイレから戻ると、霞は疲れて、すぐに横になって、目を瞑った。

***


***

 夜になる。昨日と同じく、食事やトイレ以外は、朝潮はずっと霞のそばにいた。

 執務を終えた提督が、個室に入ってくる。朝潮は提督を迎える。

「霞の調子はどうだ?」

「非常に順調です。明日には、37度くらいには下がると思います」

「そうかそうか・・・ところで朝潮は、明日は、どうだ?」

 朝潮は少し考えてから、結論を出す。

「霞が安定してきたので、任務を受けたいと思います」

 提督はそれを聞き、嬉しそうに微笑む。


「それは良かった。ちょうど明日の出撃に欲しくてな」 

 提督は、朝潮の手を取り、握手する。

 朝潮はそれを嬉しく思う。同時に、霞が不安にもなった。

 しかし、別の人に看病を頼めば良いと思い、出撃を受けた。

「じゃあ、明日、よろしくな」

「はい、司令官」

 朝潮は敬礼して、提督を見送る。

 霞はスースーと、穏やかな息を立てて、幸せそうに眠っていた。

 それを見て、朝潮は安心する。


 朝潮は明日の出撃に備えて、部屋でしっかり寝ようと、私物を持ち、個室を出る。

 個室には、霞が一人だけ、残されている。

 久しぶりの朝潮型の部屋に戻ると、まだ全員、起きていた。

「皆、まだ起きていたの?」

 大潮が反応して、時計を見る。いつもなら寝ている時間である。

「ああ、本当だ! そろそろ寝ないと」

 姉妹は、新しく来た朝雲との会話を楽しんでいたのだ。

 朝潮が布団を押入れから出している所に、朝雲が不安そうに、話しかけてくる。


「あの、朝潮お姉さん。霞って、どんな感じ?」

「まだ復帰はしないけど、順調に治っているわ」

 朝潮は反射的に、霞の具合について伝える。

 しかし朝雲は、霞の普段の様子について、知りたかった。

「いや、霞の雰囲気について。皆、怖いって言っているから・・・」

 朝潮は考えた。霞が怖い、確かにそうである。

 人一倍正義感が強く、自他ともに厳しい。

 しかし、根は本当に良い子であると、朝潮は知っている。朝雲に対して、首を振った。


「怖くなんかないわ、ただ、厳しいだけ。本当は優しい子よ」

 朝潮は朝雲に対して、優しく微笑みかける。

 朝雲はその笑顔に救われた。

「そう・・・ありがとう! 朝潮お姉さん!」

 そう言って朝雲は、布団に入る。朝潮も、準備ができた。

「電気消すわね」

 スイッチに近い満潮が、電気を消す。朝潮型は、眠りについた。

***


***

 夜中に、朝潮は、はっと目を覚ました。辺りは真っ暗で、何も見えない。

 任務がなく、あまり疲れていないために、よく眠れなかった。

 ゾクッ。急に背筋が冷たくなった。そして、胸騒ぎがした。霞が心配になった。

 朝潮はこっそりと、部屋から出て行き、個室に行く。

 きっと何もないだろうと思いながら、小走りで個室に向かう。

 深夜2時30分。廊下には誰もいない。

 個室の前に来ると、中からすすり泣きが聞こえてきた。

 朝潮は慌てて、ドアを開ける。


「霞!」

 真っ暗闇の中で霞が、泣いていた。

 朝潮は部屋の電気をつける。霞の目は真っ赤だ。

「霞、大丈夫?」

 朝潮に気がつくと、霞は勢い良く抱きつく。

「お姉ちゃん!」

「霞、ごめんね・・・ごめんね・・・」


 朝潮は霞を抱きしめ、背中を何度も擦る。

 霞の心臓のバクバクという音が、朝潮にも聞こえてきた。

 そのうち霞は泣き止み、朝潮は霞を寝かせる。

 霞は朝潮を、不安そうに見つめた。

「大丈夫よ。夜が明けるまで、そばにいるわ。
ちょっと、荷物持ってくるわね」

 朝潮は部屋に戻り、自分の本、ランプ、座学の教科書を持ってきた。

 個室に戻ると、霞は涙目で、穏やかに眠っていた。


「ごめんね、ごめんね、霞。怖かったのね」

 朝潮が頭を撫でると、霞は心なしか、笑顔になったように見えた。

 夜が明けるまで、朝潮は本を読んだり、準備体操をしたりして過ごした。

 そして、起床時間。霞を起こさぬよう個室を出て、制服に着替えるため、朝潮型の部屋に戻る。

「お姉さん! どこに行っていたの?」

 入り口に近い満潮が、最初に訪ねた。

 朝潮は、霞の後のことを思い、「ちょっとね」とぼかした。

 そして着替えを終えて、食堂に向かう。


 満潮が、朝雲に鎮守府のシステムを説明する。

 いつものテーブルに、霞が抜け、朝雲が入った。5人で食べる朝食。

「お姉さんは、今日も休暇?」

 大潮が訪ねる。朝潮は首を横に振る。

「いえ、今日は出撃するわ。・・・霞もだいぶ、落ち着いてきたから。
そうだ。誰か、今日が非番の人いない? 霞の補助を、頼みたいの」

 朝雲が、小さく手を上げた。

 新しく来たばかりで、スケジュールがそもそもなかった。


「じゃあ朝雲、お願いするわ。やることをメモするわね。大丈夫、霞は良い子だから」

 朝雲は不安そうに、頷いた。

 朝潮はメモ帳に食事、リレンザ、加湿器などについて書き、朝雲に渡した。

 そして朝潮は、朝食を先に食べ終え、霞のもとへと向かう。

 朝雲が看病することを伝えるためと、座学の教科書を取るためである。

 個室に入ると、霞は目を開けて、天井を見ていた。


「霞、おはよう」

 霞はニコリと笑って、朝潮を迎えた。

 霞の熱を測りながら、朝潮は連絡する。

「今日、私は出撃するの。朝雲が看病してくれるわ」

 それを聞くと、霞は無表情になった。そして、涙を流した。朝潮は焦る。

「大丈夫よ、霞。ちゃんと朝雲にはやることを伝えたし、食堂には今日も鳳翔さんがいたし」


 霞は口をぎゅっと結んで、涙を流した。

 朝潮と離れるのが、悲しかった。しかし出撃だ、止めることは断じてできない。

 交じり合う、純粋な欲望と、艦娘としての責任感。

 その複雑に絡みあった感情が心を飽和状態にして、涙となって出てきた。

 朝潮は霞の頭を、優しく撫でる。

「霞。戻ってきたら、思い切り甘えてちょうだい。じゃあ、行くわね」

 朝潮は日課のために、個室を出て行った。

 霞は目をぎゅっと瞑って、感情を抑えた。

***


***

 日課を終え、すぐに出撃準備である。

 提督、秘書艦から作戦内容を聞き、艦隊は出撃する。

 艦隊は、朝潮が復帰したことを喜んだ。それを、朝潮も嬉しく思った。

 戦いは長かった。夜戦まで入った。

 雷撃戦で、朝潮は見事、旗艦を落とし勝利となった。

 提督に、海域攻略を伝えると、提督は大喜びした。

「よくやった、朝潮! これからも主力として奮闘してくれ!」

「はい、司令官!」


 提督は怪我をした艦娘に入渠を命じる。朝潮は中破であった。

 朝潮は入渠の前に、霞を見に行く。出撃中は考えないようにしていたが、

 それが終わった今、朝潮は不安でたまらない。

 部屋に入ると、部屋は暗い。夜戦帰り以外の艦娘は、眠る時間である。

 霞は、ドアが入いた瞬間、目を輝かせて朝潮に飛び込む。

「お姉ちゃん!」

 朝潮は霞を抱きしめる。そしてこれでもかと、霞の頭を撫でる

「ただいま、霞」

「お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・」


 霞は朝潮の胸に顔をこすりつける。

 朝潮はそんな霞のしぐさを、微笑ましく思った。

「朝雲はちゃんとやってくれた? リレンザは1日2回やった? ご飯はちゃんと食べた?」

 霞はこくこくと頭を振る。朝潮は霞の頭を撫で続ける。

 一方、朝雲は今、この個室に向かっていた。

 加湿器の水を補給しようと、個室に来た。

 しかし、半開きのドアから、朝潮と霞の甘い声が聞こえてくる。


 朝雲は緊張し、顔を赤らめながら、中を覗く。

 霞と朝潮が、甘く、甘く、抱き合っていた。

 朝雲は静かに、そして小走りで、顔を真っ赤にして、部屋に戻った。

「霞、熱を測りましょう」

 霞はこくりと元気よく頷き、体温計を脇に挟む。

 37.5度。順調に、回復を見せている。

「順調ね。嬉しいわ」


 朝潮が霞に微笑むと、霞も、朝潮に微笑み返した。

 以前のぎくしゃくはもうどこかへ行ってしまった。

「じゃあ、私は部屋に戻るわ。霞、ちゃんと寝て、元気になるのよ」

 霞は一瞬、悲しい顔をする。しかし、笑顔で朝潮を送り出した。

 朝潮はその笑顔に安心して、個室を出て行く。

 入渠中、朝潮は霞の笑顔を思い出しては、一人で微笑んだ。

***


***

 翌朝、朝潮は朝食を早めに食べ終わらし、席を立つ。

「霞のところ?」

「そうよ。もう元気だけど、やっぱり心配だから。
それに、今日は私、非番だから」

「朝潮お姉さん、頑張ってね」

「ありがとう、朝雲」

 朝潮は食堂を出て行く。その途端、姉妹の視線が、朝雲に集中する。


「本当だって! びっくりしたんだから!
朝潮お姉さんが、霞の頭を撫でて、霞はお姉ちゃんお姉ちゃんって」

 朝雲が身振りをつけながら、興奮気味に、しかし小声で話す。

 しかし当然、姉妹は皆、朝雲の話を信じることはできない。

「うーん・・・だめだ、普段の霞からは、全く想像できない」

 大潮がそれを否定する。他の姉妹も、首を縦に振って大潮に同意した。

 朝雲は一層、興奮する。


「本当だってば! なら、今から確かめればいいじゃない!」

「いや・・・それはちょっと・・・」

 大潮は複雑な心境で、それを断る。

 実際に現場を見てしまうのが、怖かった。

 朝潮型がそんな中で、睦月型の三日月は食事の席を立った。

 隣に座る姉の菊月が、それを気にかける。


「三日月、どうしたんだ? 席を立って」

「今日の霞さんの遠征の代わりをどうするか、司令官に相談するのを忘れていて。
お先に、失礼します」

「・・・ああ、じゃあ」

 菊月は三日月を送り出す。そして三日月は執務室を訪れる。

「お食事中失礼します、司令官」

「おお、三日月か。どうした?」

「今日の遠征、霞さんが不在だと思うのですが、どうしましょう」

 提督は目を丸くして、自分のミスを嘆いた。


「ああ・・・すまん、忘れていた」

「いえ。私も昨日言っていれば」

 提督はコンピュータを操作し、艦娘のスケジュールを調べる。

「ああ、朝潮が開いているじゃないか! 朝潮に頼もう。
今なら霞の部屋にいるだろう、遠征の説明のために、三日月もついてきてくれ」

「あ、はい、分かりました」

 提督と三日月は、駆け足で個室へと向かう。

 その頃個室では、朝潮が霞に薬を吸わせていた。


「お姉ちゃん、今日は一緒?」

「うん。今日は、日課が終わったら何もないの。ずっと、霞のそばに居るわよ」

「お姉ちゃん・・・」

 霞はニコニコしながら、朝潮に抱きつく。

「もう、霞ったら、甘えん坊なんだから」

「えへへ・・・」

 喜ぶ霞の頭を、朝潮もまんざらでもなく撫でる。


「朝潮、失礼する」

 提督は、個室のドアを開けて、入ってきた。

 いつも通り、ノックせずに、入ってきた。

 布団から上半身起こした霞が、隣で正座している朝潮の胸の辺りに抱きついている。

 霞は満面の笑みで抱きつき、朝潮は霞を嬉しそうに撫でていた。

 霞の布団は、足がドアの方を指すように敷かれている。

 よって、朝潮は提督に背中を向け、霞の笑顔は、提督から丸見えとなるのだ。


「あ、司令官」

 朝潮は、床に置かれたリレンザを袋に戻しながら立ち上がり、提督の前に立った。

 三日月と提督は、その衝撃的な絵面に、口をぽかんと開けている。

 霞は、耳まで赤くしている。

「あの、司令官。どうかなさいましたか」

 唖然とする提督に対し、朝潮は平常運転。首をかしげて、提督に訪ねた。

 提督は、はっと我に帰った。

>>213 訂正.恥ずかしい

提督は、はっと我に帰った。

>>214  提督は、はっと我に返った。


「ああ、すまない。えーと・・・何だったか、三日月」

「えーと・・・あ、遠征です」

「そうだ、今日、霞の遠征が入っているんだが、霞はまだ厳しいだろう。朝潮に代わって欲しいんだが」

「はい、大丈夫です」

「急で悪い。遠征内容については三日月から教わってくれ。三日月、後は頼んだ」

 提督は小走りで、この場を去る。

 三日月にとって、空気が非常に重くなった。


「霞、ごめんなさい。ちょっと用事ができたから、行ってくるわ」

 霞は顔を真っ赤にして、うつむきながら、小さく頷いた。

 朝潮は霞の看病を、再び朝雲に頼んだ。

 その日、霞の熱は平熱の36度台まで下がっていた。

 霞は、病み上がりの怠さが残る程度で、すでに元気であった。

(<艦娘の病気> -FIN)

閲覧ありがとうございます.遅れましたが,荒潮さん,改二おめでとうございます.
終わりの付け方が見えたのですが,このまま走れば>>47 さんの言ったことが本当になりそうで・・・
これからも楽しんでいただけるよう努力します.

乙です。

そうか、インフルエンザになれば霞はこんなに素直ないい子になるのか……。
ちょっとうつしてくる!

朝潮ママ…


荒潮改二の存在を今さら知って誰だお前ってなった俺を許してくれ


いいねぇ

<好きと愛>

 朝潮は、妹の霞の看病のために、2日間、休暇をもらっていた。

 そしてその休暇直後に、提督より出撃任務を言い渡された。

 朝潮は訓練において、2日間のブランクを容易に克服し、休暇以前の状態をすぐに取り戻した。

 そして、その翌朝、遠征任務を受けた。今回の遠征は、三日月と一緒である。

 いつもは、任務の傍らに適当なおしゃべりをして、楽しむ。

 しかし今日は、そういったことをしなかった。


 三日月は、張り付いたような無表情で、任務をこなしていた。

 朝潮は、それを変に感じた。仲の良かった艦娘が、急に疎遠になってしまったのだから。

 遠征から戻り、艦隊で成果を確認する。

 普通よりも、重要度の高い遠征であった。昼食は遠征先で振る舞ってもらった。

「皆さん、後は私がやりますので、先、帰ってください」

 旗艦の重巡青葉が、遠征後の提督への報告を全て受け持ち、艦隊は解散する。

 遠征終了後、朝潮は三日月を間宮に誘った。


「三日月さん、もし良ければこの後、間宮によりませんか?」

 三日月は硬い表情をほぐし、柔らかく微笑む。

「はい! 行きましょう」

「あ、その前に、ちょっと、霞の所に寄らせてください。ちょっと、様子を見るだけです」

 三日月は微笑みを崩さぬまま、こくりと頷いた。

 朝潮は三日月と共に、霞の個室に行く。

 ドアを開けると、霞は布団にくるまって、座学の教科書を読んでいた。

 霞は朝潮を見るなり、顔を赤くした。


「霞、具合はどう?」

 霞は耳まで赤くして、ぎこちなく頷く。

「熱はもう36度台。少し怠いだけで、問題ないわ!」

「そう、良かったわ。特に、心配することはないわね」

 霞はまた、ぎこちなく頷いた。

 霞が元気であることを確認すると、朝潮は安心して、部屋を出て行った。


「霞さん、元気になったんですね」

 三日月は、いつもの優しい微笑みで、朝潮に話しかける。

 いつも通りの、三日月であった。

 朝潮はそれに安心して、間宮の話題を振る。

「三日月さんは間宮に、何度行ったことがありますか? 私は1回だけなんです」

「北上さんと、来た時のことですね」


 朝潮はぎょっとした。確かに以前、この話をしたことがあった。

 しかし三日月は未だそれを覚えており、即答したのだ。

 朝潮は三日月に対して、軽く不気味さを感じながら、「はい」と返事した。

「私は何回かあります。姉妹へのお使いだったり、おみやげだったりと」

 和やかにおしゃべりをしながら、2人は間宮に入る。しかし、席は満席であった。

 朝潮は、初めて見る間宮の満席に驚きながら、三日月とどうするか悩んだ。

 そして三日月は、素早く、勧める。

「持ち帰りにしましょう」


 三日月はそう言うと、大福を注文した。

 朝潮は慌てて、以前頼んだことのある、羊羹を注文した。

 間宮の運んできた袋を三日月が持ち、2人で金を払い、間宮を後にする。

「私の部屋で、良いですか?」

 朝潮は無言で頷き、睦月型の部屋に行く。自室以外に足を踏み入れるのは初めてであった。

 朝潮は緊張しながら、三日月がドアを開けるのを見た。

 ガラッ。中には誰もいない。部屋は、少し広い程度で、朝潮型と変わりない。


「どうぞ」

「おじゃまします・・・」

 三日月はちゃぶ台を広げ、その上に間宮の袋を乗せる。

 そして中身を出し、羊羹の包を朝潮に差し出した。

「ありがとうございます」

 朝潮は、無表情で事務的な三日月を怖く思いながら、羊羹をかじる。

 三日月も、大福を食べる。そして1つを、朝潮に差し出した。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます。なら、私も・・・」

 朝潮は羊羹を一つ、三日月に差し出そうとした。しかし、爪楊枝は一本だけである。

 朝潮は手を引っ込め、引き続き、羊羹を食べる。

 緊張する朝潮に対して、三日月は優しく微笑む。

「朝潮さん、羊羹しか、買ったことないでしょう」

 朝潮は恥じらいで顔を赤くしながら、「はい」と応えた。


 ・・・・・無言の時間が続く。空気が重い。

 朝潮は、自分の言動が三日月を傷つけたのではと、不安を募らせた。

 しかし、今までの行動を思い返しても、全く心当たりが無かった。

「・・・・・」

 三日月は無言で、大福を淡々と食べていた。

 その様子を、朝潮はさり気なく、観察する。

 三日月は、体をそわそわとさせていた。頬をわずかに赤らめていた。

 朝潮は、その様子にはっとした。


「三日月さん、具合、悪くないですか?」 

 三日月は、朝潮の急な発言に肩をこわばらせ、目を丸くする。

「い、いえ・・・」

「顔が赤いですが」

 朝潮は三日月の額に、手を乗せる。三日月の顔が、一気に紅潮した。

「ひゃあっ!」

 三日月はバランスを崩し、そのまま床に倒れる。

 朝潮は瞬時に、三日月に謝る。


「あ、ご、ごめんなさい」

「い、いえ・・・」

 赤くなった三日月の額に、朝潮は再び、手を添えた。

 朝潮は熱を感じず、手を引っ込めた。

「ごめんなさい、私の勘違いみたいで」

 三日月は朝潮から目を逸らし、天井を見つめながら、小さく、「ごめんなさい」と呟く。

 途端、三日月は朝潮に抱きついた。


「うわっ、み、三日月さん」

 三日月は無言で、強く、朝潮を抱きしめる。

 朝潮は脱力し、なされるがままにした。

 三日月は小声で、ごめんなさい、ごめんなさいと言っていた。

「ごめんなさい・・・今だけ、こうさせてください」

 三日月は朝潮を、ぎゅっと、抱きしめた。

 朝潮は、時間が止まったように感じた。外からの音が、部屋に響いた。

 窓に目を向けた。清々しい快晴であった。


「朝潮さん、好きです」

 突然の、三日月からの告白。朝潮は自然に、「私もですよ」と返した。

 しかし、それが三日月と同じ意味での『好き』ではないことは、三日月が一番わかっていた。

 三日月はゆっくりと、腕の力を弱め、顔の赤さはそのままで、朝潮から離れた。

「・・・急に変なことして、ごめんなさい」

「・・・いえ、大丈夫です」


 そして、三日月は顔を赤くしたまま、朝潮に微笑む。

「・・・お菓子、食べましょうか」

「はい! あ、三日月さん、良ければ」

 朝潮は羊羹を半分に割り、片方を爪楊枝で差し、三日月の口に運ぶ。

 三日月は頬をさらに赤らめて、それを咥えた。

「美味しいです! ありがとうございます、朝潮さん!」


 ちゃぶ台で、2人は仲良くお菓子を食べる。

 さっきまでとは打って変わり、2人は友人として、楽しくおしゃべりをした。

「朝潮さん、ケッコンカッコカリって、ご存知ですか?」

 朝潮は首を振る。三日月はそれを説明する。

「練度というものが99を超えると、司令官と一緒になれるそうなんです」

「一緒に、というのは・・・秘書艦のことですか?」

「いえ、もっと凄いことみたいですよ。秘書艦は主力艦なら誰でもなるでしょう、
しかしケッコンカッコカリは、1人だけしかできないようです」

「・・・それをすれば、ずっと、秘書艦になるのですか?」

「いえ、そういうわけではないようです」


 三日月の返答に対し、朝潮は、「はぁ」と、気の抜けた相槌をついた。

 ケッコンカッコカリ。それが特別であることは分かった。

 しかし、その意義といったものが、よく分からなかったのだ。

「・・・良いこと、なのでしょうか?」

「・・・ごめんなさい、私にも、よく分かりません。
ただ、秘書艦を何度もやったことのある人は、嬉しいみたいで・・・」


 三日月の言葉に、朝潮は、何も言うことができなかった。

 秘書艦は何度かやったことがある。しかし、ケッコンカッコカリの良さは、分からない。

 ふっと、頭の片隅に、以前に提督から聞いた話を思い出す。

 練度を99より高くする方法、アイ。

 朝潮は関係ないと思い、それを頭から追いやり、話題を変える。


「三日月さんは、鎮守府のことに、詳しいですよね」

「はい、姉妹が多くて、雑務を受けているのも多いので、噂には・・・」

「あ・・・ごめんなさい・・・」

「いえいえ、雑務でも皆さん、楽しそうですよ。噂話も含めて、色んなことを教えてくれます」

 雑務。鎮守府の持つ任務を裏で支えるものである。具体的には、清掃、食事準備など。

 艦娘として生まれ、鎮守府に着任した。にもかかわらず、戦うことはない。

 非常に重要な縁の下の力持ちであることは、誰もが認めている。しかし、どこか屈辱的な任務でもあった。

 ガラッ。ドアが勢い良く開いた。


「あ〜っ! 三日月だ〜!」

 三日月の姉、文月が部屋に戻る。

 文月は帰ってくるなり、三日月の大福に目を輝かせた。

「ああっ、大福だ!」

「お疲れ様です。食べて良いですよ」

 文月は大福のかぶりつく。とても幸せそうな笑顔であった。


「文月お姉さん、今日は、どこを担当したんですか?」

「今日は食堂だよ。あっ、そうだ! 来週から、ご飯にさんま定食が出るんだよ!」

「あら、それは楽しみです!」

 姉妹同士の馴れ合いを微笑ましく見ながら、朝潮は立ち上がる。

「では、三日月さん。ありがとうございました」

「はい、お疲れ様です」

「朝潮さん、さよなら〜」

 2人に対して手を小さく手を振りながら、朝潮は睦月型の部屋を後にした。

 三日月は朝潮の背中を、少し悲しそうに、見送った。

***

***

「電気消すわよ!」

 満潮の声と共に、電気が消える。部屋が真っ暗になる。

 満月の光が窓から差し込み、部屋を静かに照らしている。静かな部屋に、外から波の音が響く。

 感傷的になりながら、朝潮は一日を振り返った。思えば、密度の濃い一日であった。

 霞の看病をするところ、急に遠征に駆りだされる。

 変な三日月と、睦月型の部屋で間宮を食べる。

 淡々と、日課、出撃・遠征、座学・読書・自主トレを日々繰り返していた朝潮は、それらを新鮮に感じた。


 もぞもぞ。朝潮の布団の中で、何かが動く。

 朝潮は布団をめくり、中を見た。よく見えない、しかし何かが動いていた。

「姉さん」

 荒潮が、そこにいた。小声でそう言った。

 朝潮は驚きながら、荒潮に尋ねる。

「荒潮、どうしたの?」

「ちょっと・・・ね・・・」


 荒潮は、片手で朝潮を抱きしめる。今日の三日月と、どこか似ていると思った。

 朝潮は、三日月のときと同様に、なされるがままにした。

 荒潮は、さらに力を強めた。

「ごめんなさい、いきなり。でも、少しだけ、こうやっていても、良いかしら?」

「・・・うん、いいわ」

「うふふ、ありがと」


 朝潮は目を瞑る。荒潮の暖かさが、寝間着を通して伝わる。

 季節は秋。気温が下がり、冬へ向かっていく時期である。

 朝潮は、荒潮の暖かさを心地よく感じ、すーっと眠りに落ちた。

 眠りに落ちれば夜は開け、朝が訪れる。朝潮は目を覚まし、布団から起き上がる。

 荒潮は隣にはいない。いつも通り、荒潮の布団で、荒潮は身支度をしていた。

「寒いわねぇ〜」

 荒潮は独り言をいいながら、制服に着替えている。あまりにも、普通の光景。

 朝潮は昨日の夜のことを、夢の中の出来事のように感じた。


「皆、朝食に行きましょう!」

 姉妹は身支度を終え、朝潮の声で、食堂に向かう。

 途中で、朝潮は三日月とばったり出会う。
 
「三日月さん、おはようございます」

「あ、朝潮さん。おはようございます」
 
 三日月はいつも通り、微笑みながら挨拶を返す。

 何もかもが、いつも通りであった。


「あっ、霞。もう、具合は良くなったのね!」

 食堂の前で霞を見かけ、朝潮は声をかけた。

「ええ、もう大丈夫よ。結局、4日も休んじゃったわ!」

 霞はマスクをつけたまま、声を張って言った。

 霞は元気であった。しかし、どこか不機嫌でもあった。

 一昨日まで、布団に弱々しく横たわっていた霞。

 打って変わって、主力艦たる威厳を放つ、霞。

 そんな霞に、朝潮は優しく微笑む。

「でも、無理をしてはダメよ。今日を入れてあと2日は、安静にしないと」

「わかってるわよ! ああ、早く復帰したいわ!」

 朝潮型のテーブルに、久々に、霞が交じる。

 霞はいつもよりもゆっくり食べ、その日、初めて姉妹全員で一緒に、朝食を食べ終えた。

「またね、霞。無理をしては、ダメだからね」

「わかってるわよ! おとなしく今日一日、座学の教科書を読んでいるわ」

 朝潮は霞を、微笑ましく思った。優しく手を振って、別れ、朝潮は日課に向かう。

 霞は不満そうに、朝潮の背中を見つめてから、個室に戻った。

(<好きと愛> -FIN)


タラシ朝潮ちゃん好き

乙です

朝潮ハーレムネタとか考えてたら・・・

ちょっと堅物な主人公って感じで良いよね

乙ー
朝潮は真面目な勇者みたいなものだしモテても不思議ではないな!

>>207 抜けていました.

 「朝雲ちゃん、昨日のこと、本当?」

 荒潮が、複雑な表情で、周りに隠すように、小声で朝雲に尋ねる。

「本当だって! びっくりしたんだから!
朝潮お姉さんが、霞の頭を撫でて、霞はお姉ちゃんお姉ちゃんって」

 朝雲が身振りをつけながら、興奮気味に、しかし小声で話す。

 しかし当然、姉妹は皆、朝雲の話を信じることはできない。

「うーん・・・だめだ、普段の霞からは、全く想像できない」

 大潮がそれを否定する。他の姉妹も、首を縦に振って大潮に同意した。

 朝雲は一層、興奮する。


<雪はいつか止む>

 外は吹雪いている。雪のせいで、海の向こうは全く見えない。

 いわゆる『ホワイトアウト』である。一部の哨戒任務は機能しているが、

 大半の艦娘は、鎮守府でこの日を過ごしている。朝潮型も、そうであった。

 最初は珍しさに喜んでいた雪も、慣れてきた。

 以前に明石の店で購入した電気ストーブをつけ、

 霞の病気の際に、北上からもらった加湿器を付け、部屋を温めた。

 雪の消音効果で、一段と静かな部屋。ある意味、読書日和であった。

 荒潮と霰は雑務のために部屋にいなかったが、他は、非番として好きに過ごしていた。


 朝潮は読書に飽き、伸びをして、窓を見る。雪が吹雪いている。

 朝潮はロッカーから、コートと軍帽を取り出し、身につけた。

 艦娘には、冬用のコートと軍帽が、支給されている。

 運動すればすぐに興奮状態になり、暑くなる。

 さらに、妖精さんが作った衣服のほうが丈夫であり、修理も妖精さんがすぐにしてくれる。

 よって、戦闘時に身につけることはないが、こういう非番の時には、よく身に付けるのだ。

 霞が、朝潮の格好を見て、尋ねる。


「朝潮、部屋寒い?」

 朝潮は首を横に振って、それを否定する。

「いえ。ちょっと、外に出てみたくなって」

「あっ、いいね。大潮も出たい!」

 大潮は、朝潮と同様に、コートと軍帽をかぶる。

 朝潮は現在、コンバート改装で改二となっている。制服が、大潮とそっくりである。


「満潮たちは?」

 大潮が尋ねると、皆、首を横に振った。朝潮と大潮は、2人で外に出る。

 2人が出て行くのを黙って見送り、朝雲は、ぼそりと呟いた。

「あの2人、結構、似ているわよね」

 朝雲の台詞に、満潮と霞は、読書をしながら、小さく頷いた。


 朝潮と大潮、2人は手をつなぎ、鎮守府の廊下を歩き、外に出る。

 吹雪と冷たい風が、顔をくすぐる。帽子を深くかぶる。

 片手はつなぎ、もう片手はコートのポケットに入れる。ゆっくり、雪の中を散歩する。

 暖房をきかせ、暖かかった部屋から、冷たい吹雪の中へ。寒さで胸が痛くなった。

「やっぱり、外は寒いね!」

「ええ! 周りが見えないわ! 哨戒の人、大丈夫かしら?」


 朝潮と大潮、2人は手をつなぎ、鎮守府の廊下を歩き、外に出る。

 吹雪と冷たい風が、顔をくすぐる。帽子を深くかぶる。

 片手はつなぎ、もう片手はコートのポケットに入れる。ゆっくり、雪の中を散歩する。

 暖房をきかせ、暖かかった部屋から、冷たい吹雪の中へ。寒さで胸が痛くなった。

「やっぱり、外は寒いね!」

「ええ! 周りが見えないわ! 哨戒の人、大丈夫かしら?」


 2人の会話は、自然に声が大きくなる。風の切る音で、声が聞こえにくい。

 2人はさらに体を近づける。歩きにくいが、さっきよりはほんの少し暖かい。声も聞きやすい。

 大潮と朝潮の、2人だけの時間である。

「・・・お姉さん、霞と仲良くなったよね」

「うん! 病気の時なんて、お姉ちゃんって、呼んでくれたの。ちょっと、嬉しかったわ」

「そういえば満潮も、最初は呼び捨てだったのに、今は朝潮お姉さんだけ、お姉さん呼ばわりだよ」

「ああ、そう言えば、そうね。でも満潮は、普通の子でしょ。霞はちょっと不器用なだけで」

「でも霞も最近、優しく穏やかになったよね・・・まあ、司令官には相変わらず厳しいけど」


 そこで大潮は息を吸い、はあーと、大きなため息をついた。

「いいなぁ、朝潮お姉さんは。大潮は、ちゃんと姉として振る舞えているのかな・・・」

 自虐し、俯く大潮。朝潮は、ふふと、小さく笑った。

「でも私は、大潮には本当に、助けられているわ。
・・・私はあなたみたいに、器用には、なれないから・・・大潮、本当に、ありがとうね」

 朝潮は胸いっぱいの感謝で、大潮に微笑んだ。

 吹雪で、朝潮から大潮の表情は、よく見えない。

 大潮は照れながら、顔を俯きながら、ありがとうと言った。


 そこで大潮は息を吸い、はあーと、大きなため息をついた。

「いいなぁ、朝潮お姉さんは。大潮は、ちゃんと姉として振る舞えているのかな・・・」

 自虐し、俯く大潮。朝潮は、ふふと、小さく笑った。

「でも私は、大潮には本当に、助けられているわ。
・・・私はあなたみたいに、器用には、なれないから・・・大潮、本当に、ありがとうね」

 朝潮は胸いっぱいの感謝で、大潮に微笑んだ。

 吹雪で、朝潮から大潮の表情は、よく見えない。

 大潮は照れながら、顔を俯きながら、ありがとうと言った。

>>265 >>264 重複の投稿です.


 その時、大潮は雪に足を取られ、転んだ。帽子が脱げた。朝潮は手を差し伸べる。

「大潮、大丈夫? ・・・きゃあ!」

 風で、朝潮の帽子が飛ばされた。長い髪が、風に煽られた。

 大潮を起こし、朝潮は2つの白い軍帽を追い、拾い上げる。

「大潮、大丈夫? もう部屋に戻りましょうか」

「うん、ありがとう。お姉さん」

 2人は帽子を手で押さえながら、足早に鎮守府に入る。

 貴重な、2人きりの時間であった。

***

***

「暇ー!」

 大潮と朝潮が外に出る頃、古鷹型・青葉型重巡洋艦の4人の部屋に、声が響いた。

 青葉型2番艦衣笠の声であった。

 古鷹型2番艦の加古は寝ており、青葉型1番艦の青葉は溜まったメモの整理をしている。

 衣笠と古鷹型1番艦の古鷹は、読書をしていた。


「休暇って最初は喜んでいたけど、退屈で疲れるよね」

「そう! かといって寒いから外とか出たくないし、本当に暇!」

 衣笠はそういいながら、窓の外を見る。

 鎮守府の敷地には雪がつもり、見渡す限り真っ白であった。

 その中に、黒い動く何かを、衣笠は見つけた。

「ねえ古鷹姉さん、あれ、なにかしら」


 古鷹と衣笠は、それを注意深く見る。艦娘が2人。背は低い。

 コートと軍帽を身につけ、吹雪の中を手を繋いで歩いている。

「うーん、駆逐艦だとは思うけど・・・」

 一方が転び、帽子が取れる。髪は短く、結んでいる。

 もう一方が、手を差し伸べる。その時軍帽が飛び、長い黒髪が激しく乱れる。

 そこで、2人は確信した。

「朝潮ちゃんと大潮ちゃん!」

 2人はほぼ同時に叫んだ。そしてお互いの顔を見て、笑い合った。


「いやー、2人共元気だねえ。こんな吹雪の中で」

「本当だよね・・・」

 朝潮と大潮の振る舞いを、2人は微笑ましく眺めた。

 窓際。暖房が聞いた部屋でも、寒い位置に2人はいる。

 しかし、外のほのぼのと可愛らしい駆逐艦の様子を見て、心が暖かくなった。


「おや、朝潮さんですか」

 いつの間にか、青葉は2人と一緒に、窓の外を眺めていた。

 そして、急に話を持ち出してきた。

「ケッコンカッコカリって、覚えていますか?」

「ああ、青葉が前に言っていた・・・それが、どうかしたの?」

「青葉の情報では、その第一候補が朝潮さんです!」


 古鷹はそれを聞き、再度朝潮を見る。

 吹雪の中で、大潮と手をつなぎ、ふらふらしている。幼く、可愛らしい。

「朝潮ちゃんが・・・ケッコン・・・」

 横で聞いていた衣笠も、朝潮を凝視する。

「最近改装してから、任務を受ける頻度が非常に多くなりました。
駆逐艦であるにもかかわらずです。しかも、ついに秘書艦も受けるようになったとか・・・
詳しいことは不明なので根拠に欠けますが、他に候補が見当たらないので、おおよそ合っていると思います」


 それだけ言って、青葉は机に戻り、メモの整理を続ける。

 古鷹と衣笠は、鎮守府に戻る朝潮の姿を凝視していた。

 サンマご飯。荒潮に改二が搭載可能。朝潮改二、秘書艦。

 青葉の大量のメモ1つ1つに、かつて貴重だった情報が書かれている。

 しかし、苦労して集めた先取り情報も、時間が立てば、何の役にも立たない。

 大半のメモを、パソコン上のメモに移しては、青葉は捨てた。いつものことであった。

***


***

 翌日。雪はやみ、快晴が訪れた。鎮守府の敷地は真っ白であり、日差しが目を刺す。

 日課の前に、艦娘全員に、雪かきが命じられた。

「ひゃー! 寒いねぇ」

 古鷹は外に出るなり、背中を丸めた。

「動いていれば、あっという間に暑くなるじゃないですか! さあ! やりましょう!」

「青葉は元気だねぇ〜」


 張り切る青葉を微笑ましく眺め、古鷹は雪を1箇所に集めだす。

 古鷹が作った小さな山に、青葉は、大量の雪を持ってきた。

「青葉、そんなに焦らなくても」

「動きまわったほうが、暖かいじゃないですか!」

 青葉はさらに雪を集め、山を大きくしていく。

 遅れて姿を表した衣笠、加古は、その山に驚いた。


「ひゃあ! もうこんなに集まっているのね!」

「じゃあ、あたしはソリを持ってくるよ」

「あ、加古姉さん。おねがいね!」

 雪山を作り、ソリで海まで運び、溶かす。この繰り返しで、雪を減らしていく。

 青葉は必死になって、雪を集めた。青葉の必死さにつられて、他の者も、動き出す。

 青葉はめったに任務を受けない。稀に遠征が入るくらいで、しかも雑務を受けていない。

 非番の時が非常に多く、それ故に、今のように役目を持つのが何よりも嬉しかった。


 非番の時の過ごし方は艦娘によって様々であり、普通は、自主トレーニングや、自習である。

 しかし、任務が稀になるうちに、それらをするモチベーションも損なわれていく。

 備えてもどうせ、発揮する機会はないのだろうにと。

 雪の日は、忙しい艦娘にとっては貴重な休暇である。

 しかし、そうでない者にとっては、いつもの、退屈な日々である。

 雪はいつか止み、休暇は終わる。では、この退屈な日々は、いつか、終わるのだろうか・・・

(<雪はいつか止む> -FIN)

乙です

閲覧ありがとうございます.1ヶ月以上も書いているのですね・・・
以前に書いたssの最後に,ほのぼの系のリクエストをされたのが,この話を書こうとしたきっかけでした.なのでこのssでは本気でほのぼのを目指しています.
独自設定は賛否両論・好き嫌いあると思います.口に合わなければごめんなさい,私の想像力の欠如が原因です.
しかしほのぼのにする以上は,艦娘はこの世に1人でいて欲しいし,解体や近代化改修で消えてほしくないのです.

今後も楽しんでいただければ幸いです.あと3話くらいです.

>>279 おつありです

>>280 への追伸:安心してほのぼのになるためには,艦娘は人間に近い存在であってほしいし,戦争が終わり平和が訪れれば,一人の女性として,家族を持ってほしいと思う
>>218とか言っていましたが,1000はないです.期待していた方がいましたらごめんなさい.


朝潮が次々にフラグを立てていて何よりです。


あと三話で終わっちゃうのか残念

<余剰労働力>

「私、解体されちゃうかな・・・」

 朝食の席で、朝雲は、ボソリと呟いた。

 解体とは、武器である艤装を妖精さんに分解させ、資源に戻すことである。

 解体され、艤装を失った艦娘は、戦闘任務全般を受けられなくなる。

 近代化改修という、余分な艤装・装備などで艦娘を強化することはよくあった。

 しかし、艦娘の解体は、未だ前例がない。


「大丈夫よ、朝雲。私だって、たまにしか遠征しないのに、解体なんてされていないから!
それに解体なんて、めったなことじゃされないわ!」

「・・・うん、そうよね! ありがとう、満潮姉さん!」

 朝雲は満潮に、笑顔で礼を言った。

 朝雲は着任して、数カ月。最初のうちは何度か遠征を受けた。

 しかし、最近はもう何週間も、任務を受けていなかった。


 朝食を終え、朝雲は皆と同様に日課に入る。

 座学を受け、基礎訓練を行い、仲間との演習があった。

「朝雲ちゃん! 動き鈍いよー!」

 今日の駆逐艦教育担当の北上が、メガホンで朝雲に注意する。

 雑念を振り払い、朝雲は目の前のことに、必死に気を向ける。

 ドン。咄嗟に盾にした艤装に、弾が当たった。


「きゃっ!」

「朝雲ちゃん大破! 演習終了!」

 朝雲は模擬弾を真正面から受け、大破判定をもらった。

 一気に、気分が沈んでいくのを、朝雲は感じた。

 陸に上がる時、提督が執務室から自分を見ているのに気が付き、一層気分が落ち込んだ。

「朝雲ちゃん、動き鈍いよ! ちゃんと鍛えてる?
1日休めば、取り戻すのに1週間っていうでしょ。くれぐれも、気を抜かないように」

 指導の北上は朝雲を肩を叩き、励まし、去っていく。


 主力艦である北上に指導され、励まされ、誇りと同時に嫉妬を交えた複雑な気持ちが湧き上がった。

 今回の北上の指導が普段の訓練よりも厳しかったのが、その心情をさらに複雑にした。

 朝雲は重い足取りで、ゆっくりと部屋に戻った。部屋では、いつも通り、満潮と2人きりであった。

 座学をしたり、トレーニングルームに行ったり、本を読んだり。

 僅かな達成感を感じながら、時間がゆっくりと過ぎていく。

 昼を過ぎる頃、雑務の荒潮と霰は戻ってくる。

 皆で昼食に行くなど、少し賑やかになる。


「ねえ、聞いてちょうだい。私、最近改二が搭載可能になったらしいの!」

 荒潮が自慢気に話す。姉妹は一応、おめでとうと言うが、荒潮はどこか悲しそうであった。

 理由は誰にも明白。荒潮が雑務の艦娘であるためだ。

「雑務も楽しいけど、まあ、戦闘もやりたいわねぇ・・・」

 荒潮は悲しそうに呟く。そのつぶやきが、朝雲の心をくすぐった。
 
 夕方近く、遠征の大潮、霞が戻ってくる。大潮の服が、改二になっていた。


「みんなに、嬉しいお知らせが2つあります!」

 大潮は部屋に入るなり、大きな声で、そう言った。

「1つはこれ! この大潮、ついに改二になりました!」

 大潮は新しい制服の、鎖骨と乳首の間の辺りを優しくつまみ引っ張りながら、誇らしげにそう言う。

 そこにいた姉妹全員が、拍手をして、大潮を称える。

 大潮は満面の笑みで嬉しさを表現した。


「そして、もう1つは・・・じゃーん!」

 大潮の声と同時に、1人の艦娘が部屋に入ってくる。

「朝潮型6番艦の〜、山雲です〜」

 姉妹は皆、目を丸くして、山雲を見る。大きな拍手が、部屋に響いた。

 朝潮型姉妹、全員集結であった。

***


***

「朝潮姉〜、おはようございま〜す」

「おはよう、あなたが山雲ね。司令官から話は聞いていたわ」

 起床してすぐ、山雲と朝潮は握手をする。朝潮は柔らかく微笑み、山雲を迎えた。

 普段は、1つ上の姉として、朝雲が山雲を引っ張る。

 山雲にはぼうっと抜けたところがあり、朝雲はその扱いに苦労した。


「山雲、朝食取りなさい!」

「あれ〜? 食堂って自分で好きなの注文するんじゃ〜」

「朝食は人数が多いから1種類なの! 昨日の夕食で説明したじゃない!」

「あ〜、そうだったかも〜」

 朝雲は朝食のお盆を、山雲に押し付ける。

 山雲はそれを受け取り、2人で一緒に、机に戻った。


「食べ終わったら座学よ! 教科書は持っているわよね。予習はした?」

「え〜、予習〜?」

「授業は皆で一緒に受けるから、途中から着任しても、自力で追いつくしかないの。
そのための予習。昨日、説明したじゃない!」

「え〜、でもあの量を1日でなんて、できないわ〜」

「でも、今日受けるところの直前くらいはやるでしょう。
昨日、どこまで進んでいるか教えたじゃない!」

「えーと・・・そうだっけ・・・」

「もう、山雲ったら!」

「ごめん、朝雲姉・・・でも、朝雲姉がいるから安心ね〜」

「そ、そんなこと・・・」


 朝雲は照れて、山雲から目を逸らした。

 朝雲と山雲が盛り上がるところに、朝潮が忠告する。

「2人とも、ゆっくりする時間はないわよ」

「あ、大変! 山雲、早く食べなさい!」

「朝雲姉もね〜」

 朝雲と山雲はご飯を急いで胃袋に収め、駆け足で食器を片す。

「みんな、行きましょう!」


 朝潮が、霰以外の全員が揃ったことを確認し、揃って、座学の教室へと向かった。

 山雲にとって、初めての座学。予習もせず、全くついていけない。

 座学が終われば、訓練が待っている。着任したばかりの山雲も、他に混じって訓練する。

 相応の才能があれば、初日から、先に着任した艦娘と肩を並べることもある。

 しかし、山雲にその、戦闘に関する飛び抜けた才能はなかった。


「こ、こうですか〜?」

「違います! ああもう、これだから駆逐艦は!」

 山雲の筋の悪さに、今日の指導担当である軽巡阿武隈は苛つく。

 山雲はしゅんとしながら、阿武隈の動きを真似した。

 朝雲は訓練の最中、それを横目で見ていた。そして集中しろと、別の指導担当に叱られた。

 訓練を終えて、演習もなく、朝雲と山雲は非番となった。


「う〜ん、艤装難しい〜、頭追いつかない〜」

「大丈夫よ、そのうち慣れてくるから! 頑張りなさい!」

「朝雲姉〜、教えて〜」

「いいわよ、この後非番だから」

「非番〜?」

 山雲は首をかしげ、朝雲に問う。

 非番、これを説明することが、朝雲の心をくすぐる。


「・・・任務がないっていうことよ」

「任務って・・・ああ! 朝潮姉が出撃とか言ってたのね〜」

「そうそう。っていうか、艦娘なんだから、もっと興味持ちなさいよ!」

「う〜ん・・・私はあんまり、そういうのはね〜・・・」

 2人は艤装を身につけたまま、トレーニングルームに行く。

 そして、演習場の横に定められた、海の小さな範囲で艤装の自主トレーニングをする。

 この広い海。本当はもっと広々と動きたいが、変に動き、敵と間違えられれば大事だ。


「だーかーら、こう!」

「こ、こう〜?」

 朝雲が手取り足取り、山雲に型を教えこむ。

 山雲の筋は悪く、朝雲は、訓練の時の先輩同様に手間取る。

 しかし、必死に教えるたびに、段々と良くなってくる。そして模擬弾を使い、小さな演習をやってみた。

「そうそう! 中々良くなったわ!」

 山雲はぎこちなく体を動かし、砲撃体制に入る。


「はい、私に打って!」

「はーい!」

 山雲が、朝雲目掛けて弾を打った。山雲の真っ直ぐな弾を、朝雲は手の艤装で弾いた。

 先輩が指導の際によくやることであった。

「中々良くなったわ! じゃあ、今日はこれでやめましょう、疲れたでしょ」

「疲れたわ〜、朝雲姉、ありがとう!」

 艤装を倉庫に戻し、熱い体で部屋に戻る。部屋では、いつも通り、満潮が読書をしていた。


「おかえりなさい!」

 部屋に入る2人に、満潮は姉らしく、微笑んで迎えた。

 2人は床に座り込む。

「はー、疲れたわ!」

「疲れたわ〜、でもこの後は、何もないわ〜。満潮姉も、そう〜?」

 非番であることを指摘され、満潮の心に黒いモヤがかかった。

 しかし笑顔を繕い、「そうよ」と答えた。


「いいわね〜、非番って。平和で〜」

 山雲はそんなことを呟きながら、座学の教科書を用意する。

 満潮は山雲のつぶやきを、少し新鮮に思った。

 仲間が命をかけて戦っている中で、自分たちは暇を潰している。

 そんな罪悪感ばかりを、満潮は今まで感じていた。


「朝雲姉、お勉強教えて〜」

「できるだけ、早く追いつきましょうね!」

 訓練と同様に、朝雲に手取り足取り教えられながら、山雲はページを進めていく。

 山雲の要領の悪さに朝雲は苛立つが、それも、楽しく感じていた。

 満潮も、そんな朝雲を、どこか、羨ましく思いながら、隣で読書を続けた。

 そして、満潮にとってはいつも通り、朝雲たちにとっては早い午前が、終わる。


「まだまだだけど、この調子で行けば、そのうち追いつくわね」

「あ〜疲れたわ〜。頭の中ぐちゃぐちゃ〜」

「お疲れ、山雲。もうちょっとで荒潮姉達が戻ってくるから、そうしたらご飯にしましょう」

 そして、朝雲の台詞を待ち受けたかのように、荒潮と霰が、部屋に入ってくる。

 朝雲と山雲は、顔を見合わせ、笑った。


「おかえり、荒潮、霰! 昼食を食べに行きましょう」

 満潮が、2人を迎える。

 荒潮は手を振りながらただいまと言い、霰は満潮の目を見て、会釈した。

 満潮、荒潮、朝雲、霰のいつものメンバーに山雲が加わり、食堂へと向かう。

 食堂でも、朝雲は山雲の世話を焼く。


「おかえり、荒潮、霰! 昼食を食べに行きましょう」

 満潮が、2人を迎える。

 荒潮は手を振りながらただいまと言い、霰は満潮の目を見て、会釈した。

 満潮、荒潮、朝雲、霰のいつものメンバーに山雲が加わり、食堂へと向かう。

 食堂でも、朝雲は山雲の世話を焼く。


「山雲、何食べる?」

「う〜ん、どうしよう。昨日は親子丼だったから〜・・・」

「もう、早く決めてちょうだい! 満潮姉たちが待っているじゃない」

「私は大丈夫よ。ゆっくり選んでちょうだい」

「そうそう、選んでいる山雲ちゃんを見ていると、癒やされるわー」


 満潮と荒潮が微笑みながら、山雲の肩を持つ。

 朝雲はバツが悪そうに、「そう・・・」と言って黙りこみ、山雲を見る。

 山雲はマイペースに、注文する。

 食堂担当が全員の注文を受け、作り出す。しばらくは暇である。

「ねえ、荒潮姉と霰は、今日は何の任務をしていたの〜?」

 山雲の無邪気で率直な質問が、2人の箸を止める。


「午前中の食堂担当」

 霰はいつも通りの無表情で答えた。山雲は、首をかしげ、霰はさらに説明する。

「・・・私には戦闘の任務は多分もうこなくて、雑務の任務を受けているの。
今日は食堂担当、朝食の準備をする仕事」

「ああ〜、だから今朝、机に霰がいなかったのね〜」

「・・・そう」

 霰の対応は淡々としていた。そして、どこか暗い。霰に続いて、荒潮が応える。


「私は、清掃任務よ。もう慣れたものだわ。・・・せっかく改二が搭載できるらしいのに、ね・・・」

 荒潮は諦めたような表情で、ご飯を口に運ぶ。

 山雲は「ごめんなさい」と、小さな声で、謝った。2人とも、大丈夫と答えた。

 しかし、それが心の底からの本心でないことは、この鈍感で抜けた山雲にも、感じることができた。

 重い空気のまま、食事が終わってしまった。山雲は気まずく、姉妹から離れて、鎮守府を見学しようと思った。


「ちょっと、鎮守府を見学するわ〜」

「あら、なら私が案内するわよ」

「いや、ちょっと、1人でね〜・・・」

「・・・迷子には、ならないようにね」

 朝雲と別れ、山雲は一人で、鎮守府を気の向くままに歩きまわる。

 途中何度か、雑務任務らしき艦娘に出会っては、笑顔で挨拶をした。

 向こうも笑顔で返してはくれるが、たいていはどこか、雰囲気が暗かった。


「非番って、嬉しいことじゃないのね〜」

 山雲は誰にも聞こえないように小さく呟き、鎮守府を早足で巡る。

 そして案の定、自分がどこにいるのかが、そして今まで歩いてきた道が、わからなくなった。

 誰もいない、そして、使われた形跡もあまりない、不気味な廊下であった。

 山雲は適当に、ドアを開けてみた。


「うわっ!」「ひゃあ!」

 山雲は驚き動転し、尻もちをつく。

 艦娘が1人、中から出てきて、山雲に手を差し伸べる。

「すみません、大丈夫ですか?」

「は、はい・・・あの、あなたは〜・・・」

「あ、私は重巡の青葉と申します。まあ、趣味のようなもので・・・」


 青葉は頭を撫でながら、左手に持った、アンテナのついた機械を見た。

 山雲はそれを見て、どこか、ふと、安心した。

 青葉と山雲はすぐに仲良くなり、2人で話をしながら、鎮守府を巡る。

 青葉は鎮守府の情報に、異常といっていいほど詳しかった。

 山雲はそれを、楽しく聞いていた。


「青葉さんは〜、もしかして、新聞記者さんか〜何かですか〜?」

 山雲の質問に、青葉は一瞬、表情を堅くする。

 山雲はそれを見て、またやってしまったかと、後悔する。

「あ〜・・・ごめんなさい、変なこと聞いて・・・」

「いえ・・・私は、記者にはなれませんでした」


「・・・それは、どういう・・・」

「とても、長い話になりますが・・・」

「・・・よければ、教えてください」

 山雲は真剣に、青葉に頼む。青葉は少し嬉しそうな表情で、首を縦に降る。

 青葉は適当な部屋に山雲と入り、山雲に、今の自分について、話した――

 艦娘がまだ少なかった頃。青葉は主力艦として多くの戦闘任務に携わっていた。

 そして、秘書艦として、提督と共に作戦を立てることもあった。

 しかし艦娘が増えていくに従い、青葉の出番はなくなった。

 燃費の良さを活かして遠征任務を受けるようになったが、それすら今ではめったになくなった。

 さらに、姉妹は皆改二が搭載されたが、青葉は未だそれがない。


 心機一転、非番を活かして、鎮守府の新聞を作ろうと思った。そして、提督に許可を得ようと思った。

 艦娘が楽しく読める記事を、艦娘が執筆する、気楽な新聞。うわさ話に代わる情報の源。

 提督は快諾してくれるものだと、青葉は根拠なく、思っていた。しかし違った。

「内示は私から出している。それ以外のものは、艦娘たちの士気に関わる。悪いが、今は許可は出せない」

 あまりにあっけなく、青葉の希望が消滅した――


「それで今はこうやって情報集めて、何の役にも立たないメモを増やしては、捨てているんです・・・
明石さん経由で、パソコンも買いました、使いこなせるようになりました。
後は、提督が許可を出してくれて、たまに、執務室でプリンターを貸してもらえれば、それで完成だったんです。
でも、ダメでした・・・皆さんの士気に関わる・・・そうですよね・・・」

 自分のことを話し終え、青葉は山雲の方を見る。

 なんともいえない表情で、山雲は青葉を見ていた。


「ありがとうございます、山雲さん。話して、すっきりしました」

「いえ〜・・・」

「・・・申し訳ないですが、山雲さんもきっと、私のようになるか、運が良ければ、雑務に回されるかです。
・・・鎮守府に、艦娘が多すぎるんです。そして、それだけの深海棲艦もいない。
故に艦隊の数も少ない。しかし艦娘も深海棲艦も謎が多くて、万一に備えるばかり。
そして、雑務の方も人手が余剰に・・私達は、かぎりなく無いチャンスに備え、鍛錬をするしかないんです!
・・・ごめんなさい、山雲さん。着任したばかりなのに・・・失礼します」


 青葉は部屋を出て行った。何もない部屋に、山雲だけが、取り残された。

 山雲に、青葉の言うことは、すぐにはよく分からなかった。鎮守府の内情についての知識が足りなかった。

 山雲はどこか上の空のまま、再び、鎮守府を歩きまわる。

 無駄に広い設備。使われていないが、手入れは一人前にされている、空き部屋。

 何もない部屋に、窓から光が差し込み、暖かい。


 ふらふらと適当に歩き回っていると、徐々に艦娘の声が聞こえてくる。普段の場所に、戻ってきた。

 ドアが空き、艦娘が中から、本を持って出てくる。山雲はドアの上の看板を見る。鎮守府付属図書館。

 中に入ると、山雲の予想を遥かに上回る賑わいが、そこにはあった。

 山雲は中に入り、散策する。石の地面に金属製の本棚がいくつも置かれ、その中に本が所狭しと敷き詰められている。

 そこから本を取り、担当の艦娘にそれを渡し、担当は借りた艦娘の名前と本の題名をノートに書く。

 そして返却されれば、ノートに線を引く。そうやって、貸し出しを管理していた。


 図書館には、当たり前だが学習用の本が多い。しかし一部、小説などの娯楽系の本が置かれており、

 そこは、他の本棚よりも空きが目立っている。

 山雲はその中から、カラフルで大型の本を取り出し、借りた。

「ああ、こんな本あったんだ!」

 担当の艦娘が驚きながら作業をする。『有機・無農薬でおいしい野菜作り12ヵ月』。山雲の借りた本である。

 山雲は本をペラペラとめくりながら、部屋に戻る。野菜の青々とした写真が、山雲を興奮させた。


「ただいま〜!」

 姉妹が笑顔で、山雲をおかえりと迎える。

 座学をしている朝雲の隣で、山雲は借りてきた本を読む。

「山雲、図書館に行ったのね」

「うん〜、カラフルで癒やされるわ〜」

 山雲は楽しそうに、ページをペラペラとめくっていく。

 そんな山雲を、朝雲は目を細めて見る。そして、座学に戻る。

期待


 いつも通りの時間が流れていた。遠征組が帰ってきたり、読書に飽きてトレーニングをしたりと。

 山雲は周りの変化に全く気付かず、本に夢中になっていた。

 有機肥料の作り方から始まり、大方の野菜の栽培法を写真付きで解説していく。

 いきいきとした野菜の写真に、山雲は胸を踊らせた。

「山雲、夕食よ」

 朝雲が山雲に言う。しかし山雲の心には届かない。

 朝雲はもう一度、より大きな声で、山雲を呼ぶ。


「山雲!」「うわぁ!」

 山雲は丸めていた背中を勢い良く起こし、その勢いで地面に寝転んだ。

「えっ、えっ・・・どうしたの〜?」

「夕食よ、早く来なさい」

 山雲は本を閉じ、朝雲を追う。その時見えた窓の外は、もう暗くなっていた。

 食事中、山雲の頭には家庭菜園のことしかなかった。

 野菜作りへのあこがれが、山雲の頭を支配していた。


「山雲、部屋戻ったら、座学をやりましょう。できるだけ、早く追いつきたいでしょ」

 朝雲の誘いに、山雲は小さく頷く。本当はそんなことよりも、本を読みたかった。

 しかし、山雲は艦娘。しかも着任したてである。座学も訓練も忙しい。

 山雲はそれを受け入れて、座学・訓練に励んだ。しかしそれすら少し我慢すれば、自由である。

 山雲は勉強・自主トレーニングの合間に、本を読んだ。何度も読み返した。


 別の家庭菜園の本も読みたいと思った。そして同時に、家庭菜園をやってみたいと思った。

 しかし図書館に置いてある家庭菜園の本は、この入門書1冊のみであった。

 さらに家庭菜園をやろうと思っても、時間はあっても道具がない、金がない。

 練度も低く、出撃・遠征もしない山雲の得る給金は、雀の涙程度のものであった。

 山雲は何度も何度も本を読み返し、ときどき紙にメモをして、将来の構想を練っていく。

 山雲はそうやって、日々を過ごしていた。

***


***

 鎮守府は慢性的に、1つの重大な問題を抱えていた。

 『余剰労働力』、艦娘の数が増えすぎて、任務待機の艦娘が増えていたのだ。

 提督はこれに対し、1つの大部屋を図書館に改造したり、トレーニングルームを設けたりと、自主的に鍛錬ができるようにした。

 さらに外から雇っていた雑務処理の使用人を解雇し、艦娘にその役割を与えた。

 しかし、これももう、限界に近かった。艦娘の数が多く、全員を平等に使うことは不可能であった。


 出撃にふさわしい艦娘もいれば、そうでない艦娘もいるのだ。

 そして同様に、遠征にふさわしい艦娘もいれば、雑務にふさわしい艦娘もいるのだ。

 今のところ、任務待機の艦娘に目立つ腐敗は見られていない。それに甘え、提督も激務の中で慢性的に放置していた。

 しかし、いずれは解決しなければならない問題であった――


 任務待機中の艦娘の1人である山雲は、日々、いかに家庭菜園を実現するかを考えていた。

 着任したては忙しかった山雲も、数週間もすれば、要領をつかめてくる。

 そうすると、自由な時間が益々多くなり、家庭菜園を考える時間が益々増えた。

 そしてついに、山雲はそれを実行しようと思った。そして、鎮守府に詳しい青葉に協力を求めた。

 コンコン。夕方、夕食後、古鷹・青葉型の部屋を山雲は緊張しながら訪れた。


「はーい」

 中から衣笠が出てくる。山雲は初めて会う人に対し緊張を高まらせながら、青葉を呼んでもらう。

「す、すみません、青葉さん、いますか?」

「ああ、青葉ね、ちょうどいるよ。あおばー、お客さん」

 青葉が衣笠と入れ替わる。山雲の顔を見て青葉は、少し、嬉しそうな表情を浮かべた。


「お久しぶりです、山雲さん」

 部屋の前で、山雲は、自分の計画のことを、詳細に青葉に話した。

 かつて、新聞の発刊に失敗した青葉。複雑な心境ながら、真摯に山雲の話に耳を傾けた。

「・・・実際、難しいとは思います。私達はあくまで艦娘。戦うことが第一ですので。
そういった副業的なものをやるというのは・・・」

 青葉の言葉に、山雲は、肩を落とす。もちろん、予想していた結果ではあった。

 家庭菜園。思えば、青葉と出会った日から、山雲がひそかに夢見てきた計画であった。


「でも・・・聞くだけ、司令官に聞いてみましょう。それに、今は前とは状況が違いますから・・・」

 青葉は小さく笑い、山雲に手を差し出し、握手を求める。

 山雲はその手を握る。青葉が、手に力を込め、両手で握手をする。

「山雲さん、頑張って、話を通しましょう」

「は、はい!」

 山雲はキレの良い返事をする。そしてその目は希望でキラキラと輝いている。


「では明日、そうですね、間宮ででも、話をしましょう。
日課が終わったら、この部屋に来てください。では、また明日」

「は、はい! 青葉さん、ありがとうございます!」

 山雲は青葉に最敬礼をし、ニコニコと嬉しそうに、廊下を小走りで、部屋に戻った。

 青葉は、山雲を見送るとすぐに、『自分の作業』に取り組んだ。


「青葉、何か嬉しそうじゃない。どうかした?」

「いやいや、何でもないよ!」

 衣笠を適当に受け流しながらも、青葉は楽しそう、パソコンを操作した。

 翌朝、山雲はいつも通り起床し、いつも通り朝食を食べる。

 山雲は朝から上機嫌で、朝食を食べる。一方長女の朝潮は、あくびをしていた。


「お姉さん、眠たそうだね。今日で何日目?」

 大潮が、朝潮の目の下の薄い隈を見て、尋ねる。

 朝潮は眠たそうに、それに応える。

「えーと・・・5日くらい、かしら?」

「うひゃー、大変だねぇ」

「うん、でも私は、夜戦の方が得意だから」


 朝潮は眠たそうに目をこすりながら、朝食を口に運んだ。

 出撃し、夜戦に突入して、皆が寝ている頃に帰投。そして、数時間入渠してから、睡眠に入る。

 この生活が、もう5日も続いていた。しかし朝潮は、それをどこか、誇りに思っていた。

「・・・戦闘は仕方ないけど、無理しないでね」

「大丈夫よ、大潮。人と時期によっては、30回とか連続で出撃することもあるんだから」


 朝潮はいつも通りの笑顔で大潮に言う。 

 しかしその笑顔が一層、目の隈を濃く見せていた。

 朝食を終え、いつも通りの日課を終えると、山雲は朝雲を置いて、先に鎮守府へ戻った。

「朝雲姉〜、ちょっと用事があるから、先戻るわ〜」



 山雲は真っ直ぐ朝潮型の部屋に戻る。そしてメモと本を持ち、古鷹・青葉型の部屋に直行する。

 部屋をノックする。中から反応がない。もう一度ノックする。反応がない。

 すると、日課帰りの艦娘の声が聞こえてくる。山雲は急ぎすぎたのだと気づく。

 山雲は部屋の前でメモを読みながら、待機した。

「何か、用?」

 古鷹が、メモを読んでいる山雲に話しかける。山雲は古鷹に気付き、慌てて、応える。


「あ、青葉さん、いらっしゃいますか? ちょっと、約束があって」

「ああ、昨日の子だね。もうちょっとで来ると思うから、待ってね。あ、ほら来た。青葉ー、お客さん」

 青葉が廊下の向こうから歩いてくる。山雲を見つけ、小走りでここまで来る。

「山雲さん、おまたせしました。もう少し、待っていてください」

 青葉は部屋に入り、ノートパソコンとメモと財布を持って出てくる。


「では、行きましょうか」

「は、はい!」

「よくわからないけど、頑張ってねー」

 古鷹に見送られ、2人は間宮へと向かう。山雲は、間宮に来るのは初めてだった。

 日課が終われば、普通は任務か自主トレーニングである。間宮にはもちろん、誰もいなかった。

 がらんとした店内で、青葉と向い合って席につく。山雲は少し、罪悪感を感じた。


「山雲さんは、何にしますか?」

「え、えーと・・・」

 山雲は店の中を見渡す。そして、メニューの書かれた板を見つける。

「あ、山雲さんは、間宮は初めてでしたか」

「あ、は、はい!」

「失礼しました。では、適当に注文しますね。間宮さん、どら焼きと今川焼きを1つずつください!」

「はい、少々お待ちください」


 注文を聞き、間宮が奥に行く。初めての場所、そして初めての、先輩との対談。

 山雲の緊張はピークであった。

「そんなに、緊張しないでください」

 青葉が優しく微笑みかけ、山雲の緊張を解こうとする。しかし、そう簡単には解けない。


「どうぞ、できたてですよ」

 お菓子が湯気を立てて、運ばれてくる。甘い匂いが山雲の鼻をくすぐり、幾分か、緊張をほぐした。

「ありがとうございます。では山雲さん、本題に入りましょうか」

「は、はい!」

 山雲と青葉の、話し合いが始まった。

***

***

「電気消すわよー!」

 満潮の声で、消灯する。いつものことである。朝潮は出撃で遅く、今はいない。最近の光景である。

 しかし布団は敷かれており、朝潮は、帰ってくればすぐに眠れるようになっている。

 消灯30分後。もそもそという、布団のこすれる音も聞こえなくなり、皆が寝静まる。

 耳をすませば、すーすーという寝息の音も聞こえてくる。


 山雲は重い瞼を必死に開け、タイミングを見計らう。

 そして皆が寝静まったと思い、山雲は、メモと本を持ち、そっと部屋を出た。

 部屋の外には、暗い廊下の中ですでに青葉が待機していた。

「山雲さん、こんばんは。では、場所を移しましょう。
艦隊はまた帰投していませんし、司令官も指揮の途中です」

 山雲はこくりと無言で頷き、青葉についていく。


 夜であっても、ここは鎮守府。軍事施設。

 夜間哨戒の艦娘が活動している。不審な行動をとれば、撃たれかねない。

 2人はトイレの個室に入り、最後の確認をした。

「山雲さん、準備は万端ですか?」

「・・・はい」


 山雲は再度、メモを見返す。

 提督に対し、家庭菜園の許可を取リに行く。しかも、夜に。

 これで何か処分を受けてたとしても仕方のないことである。しかし、山雲はそれを、やりたかった。

 それは、山雲の自己満足が全てではない。鎮守府の、姉妹たちのためでもあった。

 余剰労働力として慢性的に屈辱を受けてきた姉妹に対する励ましでもあった。


「艦隊が、帰投したみたいです」

 青葉は小声でそう言う。山雲は耳をすます。複数の足跡が、かすかに聞こえてきた。

「夜戦を終えた艦隊は帰投後、一通り報告したらすぐに入渠し、秘書艦は入渠後に書類をまとめます。
入渠に入り、秘書艦が戻ってくるまでの間に、司令官に頼みましょう」

 山雲は、青葉の行動は急だと思った。もっとゆっくりと決めてもらうものだと思った。

 しかしそんな山雲の心情を見越して、青葉は山雲の手を握る。


「山雲さん。絶対に、話を通しましょう。いつかは解決すべき問題ですから」

 青葉の真剣な目に、山雲は背筋を伸ばし、気を引き締める。もう一度、メモに目を通した。

「・・・もう、良いでしょう。では山雲さん、行きましょう」

 青葉と山雲はトイレの個室から出て、執務室に行く。

 青葉が執務室のドアに、耳を当てる。中から声は聞こえない。青葉はノックをし、ドアを開けた。


「失礼します、司令官」

「おお、青葉・・・久しぶりだな。それと、山雲か。どうかしたか?」

 提督は執務をしながら、2人を見る。山雲は途端に、汗が出てきた。

「司令官に、ちょっと、頼みごとがありまして」 

「・・・短く済ませるなら良い。長くなるなら、日を改めて欲しい。本来なら就寝の時刻だろう」



 青葉に背中を押され、山雲は、家庭菜園の説明をする。

 鎮守府の空き部屋を有効活用したいという話から入り、姉妹の雑務の話へ、

 そして、雑務すら与えられない艦娘の話へと移っていく。

 それらを話し終え、具体的な話の家庭菜園の話に入る時、青葉が山雲を止める。

「山雲さん、ちょっとだけ、待っていてください」

 青葉はメモをポケットから取り出し、ふらふらと歩き回りながら、艦娘の不満について、言い出した。


「山雲さんの言ったとおり、この余剰労働力の問題は、司令官の想像以上に深刻と思われます。
司令官はそれに対して、トレーニングルーム及び図書館を設置致しました。
それらが今、どのように使われているのかご存知ですか? 毎日、常に艦娘で賑わっています。
青葉の調査では、主力として使われている艦娘は全体の半分程度しかいません。
それ以外の艦娘のうち、半分程度が雑務を受け、後の半分はごく稀に任務を受けるだけです」

 青葉はそこで、歩きまわるのをやめ、提督の机の前に直立する。


「私も、その後者の一人です。日課を終えて、ただ、暇な時間を過ごすだけです。
雑務を受ける娘も、それなりに屈辱的でしょう。しかしそれすら受けられない私達は、どうでしょうか。
そんな状況では、もちろん、士気は下がります。価値のない体を鍛えて何になるのかと。
そこで、山雲さんの家庭菜園が生きるのです!」

 突然始まった青葉の演説。青葉の行動を、山雲は、ただただ呆然と見ていた。

 そして急に出てきた自分の名前に、山雲は肩をこわばらせる。


 提督は、青葉と山雲の話を、興味ありげに聞いていた。メモもとっていた。

 出撃の計画のみを優先して、鎮守府の内情に耳を傾けない自分を恥じていた。

 そんな提督の好意的な反応に青葉は喜びながら、青葉は山雲の計画を代弁する。

「家庭菜園、将来的には農業。農業は力仕事です。
艤装の訓練さえ怠らなければ、いつでも出撃可能です!
幸いこの鎮守府の近くには3ヶ所、放置された畑があります。
さらに、農業は専門業。マニュアル覚えるだけの今の雑務よりも、やりがいがあるでしょう。
以上より、私達は家庭菜園の許可を司令官に求めます!」

 ・・・青葉の話が終わり、執務室が静かになる。話の途中で、青葉の声は次第に大きくなっていた。


 提督はメモを見つめ、目を瞑り、考える。その様子を、2人はじっと見る。

「良いだろう」

 その一言に、山雲と青葉は顔を見合わせ、喜んだ。しかしそれに、提督は冷静に続けた。

「ただし、部屋を貸し出すのみだ。畑の買収などは、今の段階ではとてもできない。
部屋で家庭菜園をして、まずはそれで様子をみたい。それなら、好きにやってもらって良い。
ただ、今のところ予定ははないが、部屋を使うことになった場合は即刻片付けてくれ。
ここは鎮守府だからな、こちらの事情が優先だ。いいな」


「恐縮です! あと・・・」

 青葉は机越しに見を乗り出し、提督の耳で、小さく言う。

「鎮守府の内情を知るためにも、新聞制作の許可を」

 それを聞き、提督は小さく笑う。青葉がこの時間に執務室に来たときから、提督は予想していた。

「いいだろう、許可する。ただし、掲示の前に私に見せてくれ」

「恐縮です」


 青葉は身を起こし、提督に微笑む。提督も青葉に微笑み返した。

 一方で山雲は、新たな心配を抱えた。資金の問題でああった。

 山雲に、家庭菜園をするだけの十分な金はなかった。

 提督に援助してもらうことばかりを考えていたのだ。

「司令官、ありがとうございました。細かいことはまた後ほど。山雲さん、行きましょう」


 青葉は山雲の手を引っ張り、執務室を出る。そこには、山雲の姉、朝潮がいた。

 朝潮は山雲に対し優しく微笑み、入れ替わりで執務室に入っていく。

 山雲は罪悪感を覚えながら、朝潮の背中を見た。

「いやー、話が上手くついて、よかったですねー」

「あ、あの〜、青葉さん」

 上機嫌の青葉に、山雲は恐る恐る、金のことを相談する。


「はい、どうしました?」

「え〜と・・・その、お金の問題が・・・」

「ああ・・・そればかりは仕方ありません、誰かに援助してもらうしかないでしょう。
もう遅いですし、細かいことは、また明日」

 そう言って、青葉は山雲と離れ、先に行ってしまう。

 山雲は一人、ぽつんと廊下に突っ立った。


 家庭菜園の許可を得られたのは確かに嬉しい。

 しかし、それなりに大規模でなくては、鎮守府への貢献には、とてもならない。

 さらに、そのための金もない。

 綿密に組んだ計画が、どこか、根底から崩れていくのを、山雲は感じた。

 山雲は呆然と、誰もいない、暗い廊下で突っ立っていた。


「山雲」

 山雲の肩を、誰かが叩く。朝潮であった。

 秘書艦としての作業を終え、今から、部屋に戻るところであった。

「あ、朝潮姉」

「家庭菜園を、やるらしいわね」

「・・・聞いていたの?」

「ちょっとだけね。入渠から戻ったら、中から大きな青葉さんの声がして、それで」


 山雲はうつむき、黙りこむ。

 もしも全てが、山雲の計画通りに進んでいたのなら、山雲は自分から、これを朝潮に話すだろう。

 しかし、部屋で家庭菜園をし、資金も自前で用意する。これは完全に趣味である。

 主力艦として連日遅くまで出撃している朝潮に、これを伝えたるのを申し訳なく思った。

「家庭菜園ね、そういえば山雲、植物の本を読んでいたわね。
・・・私にはよくわからないけど、楽しそうね」


 朝潮は隈のある顔で微笑みながら、山雲に話しかける。

 しかし山雲は、曖昧に頷くことしかできなかった。

「何か私にも手伝えることがあったら、言ってちょうだい。じゃあ、おやすみ」

 朝潮は部屋のドアをそっと開け、布団に直行する。

 山雲もそっと布団に入り、頭まで布団をかぶる。

 色々な感情が交じり合うまま、山雲は眠りに入っていった。

***

***

「山雲、山雲! 起きなさい!」

 山雲は重い頭を起こす。周りの姉妹はすでに、身支度を終えようとしている。

「うわぁ!」

「もう、山雲ったら。寝坊よ!」

 山雲は飛び起きて、寝間着を脱ぎ、制服に着替える。

 姉妹はそんな山雲を、何も言わずに待っていた。


「ご、ごめんなさい〜、みんな」

「じゃあ、小走りで行きましょう!」

 朝潮を先頭にして、食堂に向かう。

 山雲は寝ぼけた頭を必死に動かし、ついていく。

 慣れない夜ふかしをした報復であった。


「山雲、いつもは普通に起きるのに、どうしたの? 体調でも、悪いの?」

「いやいや〜、ちょっと昨日、途中でトイレに起きたからかしら〜?」

 山雲は朝雲にそう言ってから、一瞬、朝潮を見る。

 朝潮はいつも通り、朝食を席に運んでいた。

 目の隈は相変わらず、そこにあった。


「もう、トイレくらい、寝る前に行きなさいよ! まったく!」

「ご、ごめんなさい〜・・・」

 山雲は朝食を、急ぎ足で食べる。食べるうちに、頭が段々と整理されてくる。

 そして昨日の出来事を思い出し、もう一度、朝潮を見た。

 目の下に隈を作り、もぐもぐと元気に朝食を食べる朝潮。

 その瞬間、山雲の頭に、1つ考えが浮かぶ。

 しかし、『それ』を実行するかは、別の問題であった。


「どうしたの? 山雲」

「あ、いやいや。何でもないわ〜」

 山雲は朝潮から目を逸らし、朝食を駆け足で食べる。

 朝食を済ませ、座学・訓練に入る。寝不足も特に問題なく、日課をこなした。

 演習もなく、山雲は真っ直ぐ部屋に戻り、本とメモを持ち、足早に部屋を出る。

 姉妹に見られるのが嫌に感じた。山雲は、将来家庭菜園を行う空き部屋に行った。


 実際に空き部屋で、家庭菜園をシミュレートする。南側の部屋で、部屋に日差しが差し込む。
 
 どの位置にプランターを置くか。そして、どんなプランターをいくつ用意するか。

 空き部屋全てにおいて、それを考える。日差しの差し込み具合もチェックする。

 おおよその検討をつければ、次はどの野菜を育てるかを決める。

 山雲は本をパラパラとめくる。魅力的な野菜作りに、胸踊る。

 しかしあくまでプランター栽培である。作れるものは、それなりに限られる。

 山雲は本を見ながら、構想を練っていた。


「やっぱり、ここにいましたか」

 ドアの方を見ると、青葉がそこに立っていた。

 山雲は青葉に、微笑み会釈した。

「どうですか、順調ですか?」

「はい〜、構想だけなら〜・・・」


 山雲は床に散らばったメモを1箇所にまとめ、束ねる。

 そして青葉に、尋ねる。

「あの〜、青葉さん。お金は〜、どうしましょうか・・・」

「うーん・・・そうですねぇ」

 考える素振りを見せ、青葉は山雲に、鎮守府の給金システムについて話す。

 艦娘として着任し、その時点でわずかな基本給が出る。

 そして、任務を受けた回数やその重要度、そして練度などによって、給金が上乗せされていく。


「実際、資金は提督から出ないとなれば、仲間から支援してもらう以外に方法はありません。
私も少しあたって見ますが・・・私にも、仕事ができまして」

「・・・新聞のことですか〜?」

「そうです・・・聞いていたんですね」

「はい・・・」

「話を戻しましょう。山雲さんには、心当たりはありませんか?
出撃や遠征の主力艦で、なおかつ倹約的で、こういったことに理解のある人は」


 青葉の表現は、ある艦娘を想定してのものである。

 そして山雲にも、心当たりはあった。今朝、頭に浮かんだ人物、朝潮であった。

 霞も主力艦であり、倹約的であったが、厳しい性格から、山雲は避けたかった。

 しかし、朝潮からの援助で足りなかった場合、霞に頼ることも、十分ありえた。


「・・・心あたりは、あります」

「なら、その人に訪ねてください。私もいくらか頼ってみますが、
成果を出して、それを新聞で宣伝して寄付を募るというのが、私は、一番だと思います。
ただ、成果を出せるかは山雲さんの問題なので・・・私も、可能な範囲で、援助はしますが」

「はい、ありがとうございます・・・」


 以前に新聞発刊を断られたという青葉。

 山雲の提案につけこみ、提督に新聞発刊の許可を得る。

 そして、その新聞に家庭菜園のことを報じ、寄付を募ようと提案する。

 しかしあくまで、新聞の方が優先である。

 山雲は、青葉がよく分からなくなっていた。しかし今の山雲には、青葉以外に、頼れる人はいなかった。


「青葉さん・・・」

 山雲は青葉の手を握った。そして、真剣に頼む。

「家庭菜園、一緒に手伝ってもらえませんか? 私一人では、ちょっと、厳しいので・・・」

「姉妹がいるじゃないですか」

「いえ・・・これは趣味です。鎮守府のためではないんです。
なので、成果を出せるまでは、なるべく1人でやっていきたいんです。
今は、青葉さんしか、頼れる人がいないんです・・・」


 山雲は青葉を直視して、懇願する。青葉はそんな山雲を、無表情で、見つめる。

 そして、首を横に振った。

「・・・ごめんなさい、私は、家庭菜園には、あまり興味が・・・
司令官に話を通すまでは協力しましたが、それ以上は・・・ごめんなさい。
家庭菜園、頑張ってください。補助的なことなら、力になれるかもしれませんが・・・」

 青葉はこそこそと、部屋を出て行く。山雲ははその場で、突っ立つ。


 山雲は気を取り直し、再び作業にとりかかる。どの野菜を、どれだけ作るか。

 さっきまでは、ページをめくるたびに心が踊っていたが、今はそうではない。

 計画への不安が、あまりに大きかった。

 姉妹の何人かは、手伝ってくれるかもしれない。しかし、その後はどうするか。

 金が手に入っても、人出が足りず、やっていけるかはわからない。


 山雲は何もない部屋の床に正座し、事務的にページをめくり、育てる野菜を決めていく。

 その背中は、とても悲しそうであった。

「・・・山雲」

 自分を呼ぶ声に反応して、山雲はドアの方を見る。朝雲がこちらを、見ている。

 山雲は咄嗟に、目をそらす。朝雲は部屋に入り、山雲に近づく。


「朝雲姉・・・どうしたの、こんなところに」

「山雲こそ、なんでこんなことを・・・」

 朝雲は山雲の後ろで膝立ちし、山雲の肩に、手を乗せる。

「家庭菜園を、やりたいの?」

「聞いていたの?」

「・・・散歩していたら、青葉さんの声が聞こえて。それで・・・」


 朝雲はそのまま、山雲の胸の前で手を重ねる。

 後ろから抱きつくような格好になる。

 山雲はゆっくりと、心が落ち着いていくのを感じた。

「何かコソコソやっていると思ったら、こんなことを・・・
言ってくれれば、手伝ったのに、どうして・・・」

「・・・これは趣味だから。他の人がお勉強とかトレーニングとか頑張っているのに、
私だけ遊んでいるから・・・いつかは成果がでるかもしれないけど、わからないし・・・」


 ・・・・・・2人の間に、沈黙が流れた。

 そして朝雲は、山雲の言葉に、息を吸い、小さく、ため息をついた。

「もう、山雲は・・・」

 山雲は、正座でうつむいた姿勢から、頭を上に上げる。

 朝雲が、小さく笑いながら、こちらを覗き込んでいた。


「私が座学やったり、トレーニングしたり、本を読んだりするのは、暇だからなの。
改二実装とかはさておき、今更、主力になることなんてないわ・・・多分」

 山雲はぽかんとしながら、同じ格好で、朝雲を見る。

 朝雲は山雲の鈍感さにイライラしながら、声を張って、言った。

「だから、変な遠慮なんてしないで、私も誘ってほしいの!」


 朝雲の顔が、一気に赤くなった。山雲は依然として、ぽかんとしていた。

 そして、数秒遅れて朝雲の言わんとすることを理解し、笑い出した。

「アハハハハハハ!」

「ちょっと、笑わないでよ! 恥ずかしかったんだから!」

「アハハハ、ごめん〜、朝雲姉〜。
私も本当に困っていたから〜、手伝ってもらえるなら、凄く嬉しいわ〜」


 朝雲が、家庭菜園に加わった。計画が、再び動き出した。

 山雲は朝雲に、現在の段階を説明する。

 提督に部屋使用の許可はもらい、大体の構想はできている。

 あとは材料の調達のみである。しかし、それが一番の課題であった。

 朝雲は山雲の構想を一通り聞き、腕を組み、考えこみ、山雲に自分の意見を話す。

 山雲はそれに反論したり、賛同したり、メモを残して保留にしたりする。

 2人の議論は激しく、そして長く続いた。そして、いつもの昼食の時間をまわった。


「あっ、今、何時くらいかしら? 食堂が混むわ!」

 2人は議論を一時中断し、駆け足で、食堂に向かう。

 時間のせいで、食堂はいつもよりも混んでいた。

「山雲は、なににする? 私はこの、麦飯定食で」

「う〜ん・・・じゃあ〜、カレーライスで〜」


 注文を言い、すぐに食事が出てくる。2人は食べる席を探す。

 姉妹を探してみたが、どこにもいない。

 そんな2人に、声がかかった。

「山雲さん、朝雲さん! 良ければご一緒しませんか?」

 青葉が手招きで呼ぶ。2人はそこにいき、青葉の正面に座った。


「青葉さんはいつも、この時間ですか〜?」

「はい、大体混む寸前の時間を狙います。情報探しですね。
完全に混むと、色々と迷惑になるので、そこは控えめに」

 情報探しと聞き、朝雲は好奇心で、青葉に質問する。

「青葉さんって、新聞記者か、何かですか?」

「はい、今までは司令官から許可が降りなかったのですが、
昨日、山雲さんの家庭菜園と一緒に許可をもらったんです」


 朝雲は青葉と話すのは初めてであった。しかし、青葉は気さくに、朝雲と話す。

「山雲と一緒って・・・新聞と家庭菜園、何の関係が」

「えー・・・表現しにくいですが、鎮守府の内情の問題です。
司令官は上に立つ人ですから、艦娘のことは、よくわかりません。指揮も忙しいでしょうし。
そのため、私のような任務待機の艦娘が増えるという現象が放っとかれるわけです」

「分かります! 任務すら与えられないって、本当に嫌ですよね!」


 朝雲は思わず声を張り上げた。そして言った後で、赤面した。

 青葉はそんな朝雲に微笑みながら、話を続けた。

「山雲さん家庭菜園の目標は、そんな、余った艦娘に仕事を与えることです。
そして私の新聞は、今まで埋もれてきた艦娘の生の声を取り上げることです」

 青葉の淡々とした説明に、山雲は気まずそうにする。

 家庭菜園はまだ始まっておらず、これから、艦娘から援助を受けて始める贅沢な趣味。

 山雲が朝雲に話したのは、そこまでである。

 その段階で、この夢物語を述べるのが、山雲は嫌だった。


「理想的な目標だけど・・・」

 山雲が弱々しく、自分の目標に負のフォローをする。

 朝雲は、山雲の壮大な目標に対し、何も言えなかった。

 山雲の趣味の話として捉えていたのだ。


「いいですね、その話!」

 山雲の後ろから、急に声がかかる。駆逐艦の漣であった。

 彼女もまた、余った艦娘として、退屈な日々を送っていた。

山雲と朝雲は、咄嗟に後ろを振り返った。


「ネットで見たみたいに、広い畑に凸凹作って、色々な野菜を作るんでしょ!
朝起きて、日課をやって、訓練して、まあ時には演習やって、それから農作業。
お昼は皆でおにぎりとか食べてメシウマして、休憩したらまた農作業に入る!
すっごく楽しそう! キタコレ! やりがいがありますねぇ!」

 漣は興奮気味に、家庭菜園へ夢を見る。そして隣の姉の朧が、それを抑える。

 山雲は漣の様子を、ぽかんと見ていた。

 日々淡々とはしているが、ここは鎮守府である。そして、艦娘は戦うための集団である。

 よって、戦うことは美徳であり、誇りである。故に、雑務は役立たずの証明。

 山雲は、自分以外の皆がそう思っているものと、思っていた。


 しかし漣は、この呑気な夢物語に対して、山雲以上に、希望を抱いていた。

 山雲は嬉しくなった。心の重みが、すっと取れた。

「ねえ、山雲さん。私で良ければ力になりますから、一緒にがんばりましょう!
情報収集は私の特技です!」

「あんたのはネットサーフィンでしょうが!」

 朧は漣を抑えながら、一瞬、山雲をチラリと見る。

 その目は、曖昧だが決して好意的ではないものであった。

 山雲は思わず、背筋が伸びた。そして、前を向いた。


 後ろでは漣が姉妹に、家庭菜園について楽観的に、色々と語っている。

「・・・では、私はこれで。最後に、1つ情報を。
この周りには、3ヶ所ほど、今はほとんど生産していない畑があります。
そこを訪れてみては、どうでしょうか。では、さよなら。頑張ってください」

 青葉はメモ帳から1枚破り机に起き、席を立って食堂を出て行く。

 鎮守府周辺の、簡単な地図であった。山雲はそれを、大切にポケットにしまう。


 残った2人の後ろでは、小声で、色々な話がされていた。

 山雲はそれを聞かないように、食事を素早く片す。

「朝雲姉、早く食べて、色々話しましょう」

「う、うん。そうね!」


 後ろから、そして食堂から聞こえてくる、家庭菜園に対する否定的な意見。

 雑務に対しても悲観的な感想が多いのだから、当たり前である。

 そして山雲も、この批判は最初から覚悟していたことであった。

 それだけに、朝雲が手伝ってくれると言った時、

 そして、漣が夢を語ってくれた時が、嬉しかった。


「朝雲姉、行きましょう!」

「うん!」

 2人は食堂を、胸を張って出て行く。

 ある艦娘は、2人の背中を冷たい目で見ていた。

 そしてある艦娘は、何かしらの希望を胸に抱えながら、心の中で、2人を応援した。


 2人は再び、空き部屋に行き、議論を重ねる。

 そして、青葉のアドバイス通り、近所の民家を尋ねるということで話は止まる。

「じゃあ〜明日、お出かけしましょうね〜」

「うん! 外出なんて、初めてだわ!」


 2人は部屋を出る。そして、トレーニングルームに行く。

 あくまで艦娘、戦う身分。衰えては本末転倒である。

 艦娘の少なくなったトレーニングルームで、2人は体を鍛える。

 いつも以上に、2人は集中していた。トレーニングの時間も自然に長くなった。

 一通りのトレーニングを終えた時、2人は、今まで感じてこなかった強い達成感を感じた。


「山雲、そろそろ、帰りましょう」

「は〜い。ああ〜、疲れたわね〜」

 シャワーで汗を流し、部屋に戻る。部屋では姉妹が、読書をして過ごしていた。

「おかえり、2人ともどこに行ってたの? 外出とか?」

「ん〜、まあ、色々ね〜」


 山雲は満潮をはぐらかし、座学をする。

 予習は進んでいたが、安心して家庭菜園をするためにも、さらにさらに進めようと思った。

それは朝雲も同じであった。2人は真剣に、座学の教科書を読み進めた。

 いつも通りの、静かな部屋であった。しかし、どこか空気が引き締まっていた。

***


***

「お姉さん、無理しないでね」

「ありがとう、大潮。でも、大丈夫よ。昨日は高速修復剤使ってもらったの。
そのおかげで入渠時間のぶん、長く寝ることができたわ」

 朝潮は目の下の隈を見せながら、微笑んだ。

 隈が一層、黒く見えた。大潮は一層、姉を心配した。


「攻略って、どこまで進んでいるの?」

「編成はだいぶ決まってきて、後は運の問題だと思うわ。
出撃しても、肝心のボスに出会えなければ仕方がないもの」

 朝潮の出撃の話を、山雲は、どこか後ろめたさを感じながら聞いていた。

 そして同時に、早く家庭菜園を成功させようとの思いも湧いてきた。


 朝食を終えて、日課に入る。訓練での朝雲の動きは、今までとは違った。

 訓練担当の北上が、最後、朝雲をほめた。

「朝雲ちゃん、動き良くなったじゃん!」

「あ、ありがとうございます!」

「その調子で、これからも頑張って」

 朝雲は急な褒め言葉に戸惑いながら、北上に敬礼する。

 北上はそれだけ言うと、演習場に走っていった。


「朝雲姉〜、行きましょうか〜」

「ああ、うん。行きましょう」

 2人は駆け足で部屋に戻り、コートと軍帽を身につけ、本とメモを持つ。

「あら、外出するの?」

「うん、ちょっとね」


 朝雲は満潮をはぐらかし、服を正して、部屋を出る。

 満潮は寂しそうな表情で、2人を見送った。

 演習の様子を見ながら、2人はコソコソと鎮守府を出て行く。

 鎮守府を出たら、青葉のメモを見ながら、適当に散歩する。

 のどかな風景であった。畑はなくとも、庭で色々なものが育てられていた。


「あ、あれ人参の葉っぱよ〜」

「こ、こら。山雲ったら、指差さないの!」

 そこに、庭の持ち主が、家から出てきた。2人は恐る恐る会釈する。

 持ち主は艦娘を珍しく思い、気さくに話しかけてくる。楽しく、雑談をする。

 山雲が、家庭菜園について話す。その人は驚きながらも、倉庫から道具を出してくる。

 プランターやシャベルなど、使っていない道具を山雲に見せる。

 山雲はありがたく、それらを受け取った。


「わ〜、よかったわ〜!」

「こんなにあっさりもらえるなんて・・・」

 両手の塞がった2人は、再び鎮守府に戻った。

 時々すれ違う艦娘に奇妙な顔をされながらも、空き部屋に、道具を運ぶ。

 そして再び外出する。


「順調に行けば、すぐに準備ができるかもね〜」

「上手くいくと、いいわね!」

 2人は暑くなり、上着を脱ぎ、手に持つ。

 その後ろでひそかに、カメラのシャッターが切られた。しかし2人は話に夢中で、気が付かなかった。

青葉ワレェ…


 近所巡りを終え、2人は、昨日と同様に、トレーニングルームで鍛え、シャワーで汗を流している。

 青葉に勧められた近所巡りは、大成功に終わった。貰えるものは、全てありがたくもらった。

 親切に相談に乗ってくれる人、忙しいからと怒鳴るひと、様々であった。

 しかし当初の目的であった材料調達は成功した。

 十分ではないが、基本的な道具が一通り揃い、空き部屋が物で埋まる。

 特にプランターは、空き部屋が2つ埋まるほど、大量にもらえた。


 そして、肝心の土も、畑の持ち主が自由に分けてくれることになった。

 畑を自由にして良いとも言われたが、提督に相談したく、保留にした。

 まだまだやるべきことは数多いが、良い出だしであった。

「本当に上手くいって、私もびっくり〜」

「本当、良いスタートダッシュよね」


 シャワールームから出て、部屋に向かう。

 鎮守府と民家を何度も行き来し、気付けば夕方であった。

 昼食の時間は気付けばとっくにすぎ、抜くことにした。

 夕食の時間。2人が部屋に戻ると、姉妹はいつも通りであった。

「今日は、何してたの?」

「うーん、ちょっと・・・」


 朝雲はまた、満潮をはぐらかす。満潮は一瞬、悲しい表情をした.

しかし次の瞬間には笑顔を作り、姉妹に呼びかける。

「そろそろ、夕食に行きましょうか」

姉妹は揃って、食堂へと向かう。いつも通りの、混み具合である。

 山雲はカレーを注文し、それをもぐもぐと食べる。

 1日中体を動かし、昼食を抜いて、空腹で食べる夕食。

 いつも淡々と事務的に食べていた食事が、おいしく感じる。

 それは朝雲も同じであり、2人は食事を美味しそうに食べた。


 食事を終え、部屋に戻り、2人は座学を始める。真剣な眼差しであった。

 急に活発的になった2人の様子を、満潮は羨ましげに見ていた。

 2人が家庭菜園に精を出している間、満潮は1人であった。それが寂しかった。

 時間は順調に過ぎ、就寝時刻になる。いつも通り、満潮が電気を消す。

「電気消すわよ!」


 ガラッ! その瞬間、ドアが開いた。朝潮が部屋に入ってくる。

 隈の刻まれた目は輝いていた。

「ただいま。もう、寝るところかしら」

「お姉さん! おかえりなさい!」

 ドアに一番近い満潮は、思わず朝潮に抱きつく。

 朝潮は衝動的に、満潮をぎゅっと抱きしめた。気分が上がっていた。


 出撃で夜戦までする朝潮が、嬉しそうにこの時間に帰ってくる理由は、1つしかない。

 海域攻略である。姉妹はおめでとう、おめでとうと言い、讃えた。

 朝潮は素早く寝間着に着替え、すでに敷かれている布団に寝る。

「じゃあ、電気消すわよ」

 満潮はニコニコしながら、電気を消した。


 布団の中で、山雲は明日のことを考えていた。

 家庭菜園の道具が一通り揃い、明日から作業を開始する。

 しかし、肝心の野菜の種を、いかに入手するかの問題が残っている。

 街に出て購入するしかないのだが、山雲にはよくわからないことだった。

 そして十分な金を、山雲は持っていない。

 以前に計画したとおり、朝潮に頼むしかなかった。

 ついに、この段階まで来たのだと、山雲は思った。

***


***

 起床し、朝食を食べ、日課を終える。

 朝潮に金の援助を頼もうと、昨日から計画していた。

 しかし、よりによってこの時に、2人は演習メンバーに選ばれた。

 海域を攻略した朝潮は、休暇をもらい、非番の日を過ごす。

 寝不足で疲労の溜まった朝潮が仮眠を取ることは、普通にあり得ることである。

 久しぶりの演習を終え、疲労を感じながら、部屋に戻る。


「朝潮姉、起きているかな〜・・・」

「・・・まあ、朝潮姉のことだから、仮に寝ていたとしても、お昼くらいには起きているでしょう。
ったく、何で今日に限って、演習なんか!」

 その日は朝から、山雲の頭には朝潮のことしかなかった。

 朝潮はきっと、金を貸してくれるだろうと思う。しかし、分からない。

 さらに、街に出るまでの費用も分からなければ、種の値段も分からないのだ。

 そして、主力艦がどれほどの金をもらっているのかも、知らない。

 良好なスタートを切った家庭菜園。しかし、不安は次々に出てくる。


「大丈夫よ山雲! 朝潮姉は、きっとわかってくれるわ」

「でも、満潮姉が止めに入ったりとか・・・」

 山雲のその心配に、朝雲は声に出して笑った。

「それはないわ! わかりにくいけど、満潮姉、朝潮姉にベタベタだもん!
・・・まあ、満潮姉が理解してくれるかはわからないけど」

 2人は部屋に戻る。朝潮と満潮が、部屋にいた。

 満潮はいつも通り読書をし、朝潮は座学をしている。

 2人は朝潮の起きている姿を見て、安心する。

 それと同時に、未だ目の下にある隈を見ては、朝潮が心配になった。


「おかえり、演習お疲れ様」

「朝潮姉、眠くないの?」

「うーん、寝ようと思ったけど、そこまで眠くないから・・・」

 朝雲は、山雲に目で合図を送る。山雲は、朝潮の前に正座した。

 朝潮は座学の教科書を床に置き、山雲と向かい合う。

 朝潮は微笑みながら、山雲と向かい合っていた。


「朝潮姉、ちょっと、お願いがあるの・・・」

「うん。私にできることなら、何でも言ってちょうだい」

 山雲はゆっくりと、家庭菜園の現状について話し始めた。

 朝潮は山雲の話を、終始ニコニコとしながら、聞いていた。

 そして話の終盤、朝潮に、本題を振った。


「お姉さん、我儘なのはわかっているけど、お金をください。
私と朝雲姉の持ち分じゃ、とてもやっていけなくて・・・
種買ったり、肥料買ったり、どうしても色々とお金が必要なの。
おねがいします。成果も出せるかわからないけど、お願いします・・・」

 山雲は、その場で土下座をした。

 朝潮はその山雲の姿に、少し、涙を流した。

 そして朝潮は、座学の教科書の間から、紙の束を取り出した。


「山雲、頭上げて」

 朝潮はその束を、山雲に渡した。山雲はそれに、目を丸くする。

「・・・こんなに、いいの?」

「うん、いいわ。山雲、頑張ってね」

 山雲は涙目になりながら、朝潮に抱きつく。

 朝潮も少し、涙を流しながら、山雲の背中を撫でる。

 他の姉妹も、それを見て、目頭が熱くなった。


「・・・ありがとう、朝潮姉。ありがとう」

 しばらく、2人は抱き合っていた。そして、ゆっくりと、2人は離れる。

「山雲、家庭菜園頑張ってね。私にも手伝えることがあったら言ってね」

「うん、ありがとう。じゃあ、やってきます」

「私も行くわ! 本を読んで過ごすよりも、ずっと良いわ!」

「満潮姉・・・うん、ありがとう!」


 満潮が加わり、メンバーは3人。部屋を出て、空き部屋へと向かう。

 朝潮はそんな妹達の背中を誇らしげに見ていた。

 満潮を空き部屋に案内し、朝潮にした説明を、更に細かく満潮にする。

「今は〜こんな感じ! 道具はだいたい揃って〜、土は民家の人から分けてもらえるの〜!」

 山雲は誇らしげに、空き部屋を紹介しながら、満潮に説明する。

 満潮は、予想以上に準備の進んだ空き部屋に、目を丸くした。


「そしてねぇ〜、これから野菜の種を買いに行くの〜。
でも、街に出たことがないから、ちょっとねぇ〜・・・満潮姉、何か知ってる?」

「街になんて、出ないほうが良いですよ!」

 急に、ドアの方から声がした。3人とも、そちらを振り向いた。

 漣がドアから、笑顔でこちらを見ていた。


「こんなところでやっていたんですね。探しましたよ」

「あなたは、え〜と〜・・・」

「漣です、この前、食堂で少しだけ話した。私も家庭菜園、やってみたいんです」

「漣さん、ありがとうございま〜す! じゃあ、一緒にお話しましょう〜」

 漣が、すっと輪に加わる。そして、再び話し合いが始まる。


 漣はネットショッピングで購入することを勧めた。

 鎮守府は娑婆から離れているため、街に出て買い物するには非常に都合が悪い。

 交通の便も悪いし、金もかかる。

 漣の提案には、満場一致で決定した。そして漣は明石の店に、メンバーを案内する。


「明石さん、ネット使わせてもらっても良いですか?」

「いいよ、今は使う予定ないから」

「ありがとうございます。ついでに、ショッピングも頼みたいんですけど」

「いいよ、前払いだけどね。あ、決済はちゃんと確認してね、ポイントつくから」

 売店の事務室に入り、パソコンを付け、ウェブブラウザを開く


「じゃあ、種を選びましょう。ちょっと調べてみましたが、色々あって、迷いますね〜」

 漣は慣れた手つきで、しかしどこかおぼつかない手つきで、PCを操作する。

 山雲は、大量に表示される種の袋の写真に、目を輝かせた。

 そして、あまりにも大量な品に、頭を混乱させた。


「レビュー見ながら、良さそうなものを選ぶと良いですよ」

 冬から春に移行する時期。山雲は前々から予定していた種や肥料などを適当に注文する。

 漣は、山雲の言うとおり、PCを操作する。一通り、注文する品が決まった。

「では、明石さんを呼んで、注文しましょう。お金は準備出来ていますか? 結構高価ですが」

「うん、大丈夫〜」


 漣は明石を呼び、金を払う.数日程度で届くようである。

 そして再び空き部屋に戻り、いよいよ本格的に、家庭菜園を始める。

「じゃあ〜、土運び、初めましょうか〜」

 提督より許可をもらい、使っている空き部屋は全部で5部屋。

 そのうちの2部屋分のプランターを、得ることができた。

 そして、それだけの数のプランターに、鎮守府から数百メートル離れた畑から土を入れる。


 鎮守府にプランターを置き、それを空き部屋まで運ぶ。

 前者を山雲・朝雲が、後者を満潮・漣が担当した。

「じゃあ、行ってきま〜す」

 山雲・朝雲がプランターを持って鎮守府を出て行く。何人かの艦娘が、その様子を怪訝な顔で眺めた。

 2人はしばらく戻らない、残された満潮・漣は、雑談をして待っていた。

>>441 訂正.1文抜けていました

 プランターを持って行き、土を入れリヤカーを借り、鎮守府まで運ぶ。

 鎮守府にプランターを置き、それを空き部屋まで運ぶ。

 前者を山雲・朝雲が、後者を満潮・漣が担当した。

「じゃあ、行ってきま〜す」

 山雲・朝雲がプランターを持って鎮守府を出て行く。何人かの艦娘が、その様子を怪訝な顔で眺めた。

 2人はしばらく戻らない、残された満潮・漣は、雑談をして待っていた。


「漣さんは、パソコンて、詳しいですか?」

「いやいや全然。娯楽としてくらいしか・・・体を動かすほうがずっと好きですし」

 最初は空き部屋で、定期的に窓から外を覗きながら、待機していた。

 しかし今は、鎮守府の入り口で、雑談しながら、山雲達の帰りを待っている。

 帰りがあまりにも遅かった。民家がどこにあるのかは知らないが、それにしても遅い。


「ふたりとも〜、ごめんなさ〜い」

 山雲がリヤカーを引きながら声を上げ、手を降る。満潮と漣は鎮守府を出て、山雲の元へと走る。

「ごめん、民家の人が色々くれてね〜」

 リヤカーの中には、土の入ったプランターと、大きな袋がある。

 そして朝雲が両手いっぱいに、器用にプラスチック製のプランターを積み上げている。


「皆でこれ、運びましょう〜。運び終わったら、ご飯食べましょう〜」

 4人で、空き部屋へ、荷物を運ぶ。

 正午、非番の艦娘がトレーニングなどを終えて、昼食を取るような時間である。

 皆、好奇の目で、家庭菜園の準備を見ていた。

 それを少々恥ずかしく感じながら、重い荷物をせっせと運んでいく。

 底の穴から、土が少量、ボロボロとこぼれた。


「これで最後よ!」

 満潮が、プランターを地面に置く。そして腰に手を当てて、体を反らす。中々の重労働であった。

 日々鍛錬を欠かさない身分ではあるが、この作業を新鮮に感じた。

「お疲れ様〜、じゃあ、昼食を食べに行きましょうね〜」

 食堂に行き、揃って食事をする。集中し、手早く済ます。


 途中、周りから噂をされているのは気づいた。しかし皆、それを無視した。

 鎮守府のためになるのかは、実際、よく分からなかった。発起人の山雲自身も。

 しかし、とにかく、楽しかった。そして嬉しかった。

 体を使って作業をする姉妹や仲間は、目を輝かせていた。達成感があった。

「漣さんは、パソコンって詳しいんですか」

「いやー、たまに勘違いされますが、そうでもないです。
ネットサーフィンは気まぐれの娯楽みたいなもので、体動かすほうがずっと好きですし」


 メンバーの中で一人、姉妹ではない漣。今朝、入ったばかりの漣。

 すでにメンバーに姉妹同然に馴染み、家庭菜園を、雑談を楽しんでいた。

 食事を終えて、プランターを取りに、駆け足で空き部屋に向かう。

 その途中、霰と荒潮が清掃担当の格好で、掃除をしている。

 山雲たちの、プランターを運ぶ際にこぼした土の掃除をしていた。

 山雲は慌てて、2人に駆け寄る。


「ごめんなさい、荒潮姉、霰! あとは自分たちでやるから・・・」

 荒潮は手を止め、顔を上げ、ニヤリと山雲に微笑む。

「山雲ちゃん、家庭菜園やってるんでしょ」

「あ・・・知っていたの〜?」

「知っているもなにも、新聞に、そう書いてあったわよ」


 山雲は、荒潮が何を言っているのか、分からなかった。

 他のメンバーも、同様であった。荒潮はそれを察する。

「あら、新聞のこと、知らないの? 青葉さんの、『鎮守府内情』。
第1号が廊下に貼りだされているわよ。内示の横に」

「あ〜・・・」

 山雲は、状況を理解した。そして朝雲と顔を見合わせた。

 青葉が以前、新聞上で宣伝すると言っていたのを思い出した。


 しかし、記者として青葉に接したこともない。どこから情報が出たのか。

 思考がめぐり、呆然としている山雲に、荒潮が再び、微笑む。

「山雲ちゃん、私も手伝いたいわ。雑務だけの毎日なんて、淡々としてつまらないもの」

 荒潮が、山雲に微笑む。山雲が、それに応えるように微笑み返した。

「うん。ありがとう、荒潮姉〜」

「うふふ。霰ちゃんも、やる?」


 荒潮は霰の方を振り向く。霰は小さく笑い、こくりと頷いた。

 人手が急に、2人に増えた。しかも、好意的に手伝ってくれる。

 山雲はそれが、純粋に嬉しかった。心の中で、青葉に感謝した。

「じゃあー、私達は、お掃除の続きをするわね」

「あ、でも〜、まだたくさん作業が残っているの〜」

「じゃあ、目立つところだけ掃除するわ、提督に怒られちゃうから。
そして、終わったら色々手伝うわ」

「うん、よろしくね〜、荒潮姉、霰。あっでも、お昼はまだよね〜」

「あら、そういえば、そうね。じゃあちょっと、着替えて食べてくるわ。
霰ちゃん、行きましょう」


 荒潮と霰は、清掃の服装を着替えに行く。他の4人は、作業の続きをする。

 顔出しに、全員でリヤカーを押して、民家の人の元へとおじゃまする。

 民家の人は彼女たちに対して、親切にしてくれた。

 色々なものをくれた。農作業のことも、色々と教えてくれた。

 結局、ほとんど土運びの作業は進まなかった。

 しかし過ごした時間は非常に有意義に感じ、達成感に満ちていた。


「今日はこの辺で、終わりにしましょう〜。皆、お疲れ様〜」

「また明日も、頑張りましょう!」

 漣と別れ、朝潮型の部屋に戻る。途中、青葉の新聞を見つける。

「あら、これよこれ。青葉さん、こういうこと、好きだったのね」

 荒潮が指を差す。『鎮守府内情』、青葉が発行する新聞。

 提督が出す事務的な内示とは異なり、艦娘の内情を綴ったものである。


 見出しは、『アマリモノの味方 家庭菜園』。主力艦でない艦娘の心の叫びを取り扱っている。

 姉妹はその記事を読み、強く賛同した。

 そして、山雲の家庭菜園の話が書かれている。写真も載っていた。

 撮られた覚えのない写真、そして、山雲と朝雲しか知らないような話も載っていた。

 山雲はそれを見て、少し嬉しく感じると同時に、不気味に感じた。


「・・・青葉さんは、どこで情報を仕入れているのかしら〜」

 山雲は苦笑いをしながら、記事を読んだ。

 姉妹は部屋に戻る。夕食にはまだ早いが、体が疲れていた。

 部屋には、朝潮と霞がいた。正座し、肩を並べて、座学をしていた。

「お帰り、家庭菜園はどう?」

「ただいま〜! 朝潮姉のおかげで、うまくいっているわ〜」


 それを聞いて、朝潮は嬉しそうに、微笑んだ。

 霞はいつの間にか隅の方に行っていた。

 家庭菜園を始めても、皆、艦娘であることに変わりはない。

 作業を途中でやめ、座学と自主トレにもきちんと時間を割く。

 やるべきことは、何も変わらない。ただオマケを増やしたのみ。

 しかしそんな忙しい日々が、光の当たらない艦娘には、癒やしとなった。

***


***

「お通しです」

 提督の目の前に、チンゲンサイの炒め物が出される。

 今は雑務しかしなくなった艦娘、鳳翔が、それを出した。

 艦娘としての能力がいまいちな鳳翔は、解体こそされていないものの、

 艦娘として任務を受け、まして戦闘に出ることなどは、もうないだろう。

 雑務任務を総管理し、夜、夜戦の無いときには、食堂で居酒屋を開いている。


「ありがとう、鳳翔・・・体調は、大丈夫か?」

「はい、最初はびっくりしましたが、もう慣れました・・・艦娘も、こうなるんですね・・・ふふふ・・・」

 鳳翔は笑い、チラリと提督を見る。提督はそれを無視して箸を取る。

 提督は、その炒め物を、口に運ぶ。周りには大型艦が数人いるが、とても静かである。


「・・・うまい、香りが良い」

「そうでしょう、山雲さん達が、くれたんです。間引き菜って、言うらしいです」

 チンゲンサイの青い香りが、提督の鼻の奥を刺激する。

 清々しい香りであった。普段の野菜とは、何かが違った。

 提督は酒をちびちびと飲みながら、物思いにふける。


 山雲の家庭菜園を許可して、1ヶ月になる。

 提督はあくまでそれを趣味として見ているため、現状は全く知らない。

 一度、山雲が図書館の本の私物化を頼んできたことがあった。それくらいであった。

 しかし、青葉の新聞に載るような家庭菜園の面子と、訓練・演習成績を比べれば、

 長い休暇で慢性的に、少しだけ下がっていた彼女たちの成績が、急に、良くなっていたのだ。

 家庭菜園を、鎮守府の任務として、正式に認める。提督はそれを、頭の隅で考えていた。


「ごちそうさま、代金はこれくらいか」

「はい、ちょうどです。ありがとうございます。また、どうぞ」

 鳳翔に見送られて、提督は食堂を出る。そして、執務室に戻る。

 いくつかの書類、その横に置かれた、情報媒体。青葉の新聞である。

 コンピュータでそれを開く。大見出しを見て、提督は鼻で、小さく笑った。

 『家庭菜園のススメ 戦闘と家庭菜園の意外な関係』


 家庭菜園と、成績の関係がデータ付きで紹介されていた。提督は、データは決して公開していない。

 青葉の情報収集力に驚くと同時に、提督は、記事に釘付けとなった。

 そして同時に、提督は、以前よりも鎮守府が賑やかになったと感じた。そしてそれを、それを嬉しく思った。

 執務室で大半を過ごす身ではあるが、外から、廊下から艦娘の声が聞こえ、部屋に響く。

 午前中は、訓練・演習の威勢のよい声が響く。午後は、出撃や遠征帰りの艦娘の声が聞こえる。

 そして、1日に何度も、家庭菜園組の声が廊下に響くのだ。


「山雲さーん、水やりやってきまーす! あと、例の件、ネットで色々調べてみましたー!」

「はーい、後で読むわ〜! あっ、小さい黒いのには入れないで! あの子たちセンシティブなの〜!」

 昼近く、しかし昼食には早すぎる頃に、声がする。

 提督は執務室で、出撃の指揮を、無線機を通じて執っている

 出撃組は移動中。会敵はまだしていない。

「・・・なんか、賑やかだね」


 旗艦が、無線機から聞こえた山雲たちの声に、反応する。提督はそれを諌める。

「出撃中だ、集中しろ、北上。慢心の恐ろしさは、何度も語ったはずだ」

「わかってるって、そんなの」

「わかっているのなら、集中しろ。今の状況を説明してくれ」

 北上が、艦隊に指示を出しながら、状況を確認し、説明する。提督はそれを聞く。

 北上は無線機の向こうで、小さく、ため息をついた。

(<余剰労働力> -FIN)

閲覧ありがとうございます.
私は昔,趣味で家庭菜園をやったことはありますが,それまでです.本を読んで,ネットで調べ,妄想しながら書きました.
こういう中途半端なものは,どうなのでしょうか? うまくごまかせましたか? 楽しんでいただけましたか?
もし楽しんでいただけたのなら,この延長として『山雲の家庭菜園奮闘記』というssを書こうとも思ったのですが・・・ボロが出てダメにするよりは,書かないほうがよいでしょうか? 


長編お疲れ様でした

>>467 おつありです!

>>466追伸:作中に出てきた本は実在します.アマゾンでは中古しかありませんでしたが・・・

おつおつ
このスレの中でも別スレ立ててもいいから山雲の家庭菜園奮闘記は見たい

がっつり読んでしまった
続きが気になる


一気に読んだわ


<甘えん坊>

「北上さん、お願いします」

「はいよー、採れたて野菜のカレーね」

「はい、お口に合うかは、わかりませんが〜・・・」

「大丈夫大丈夫、心を込めて作ったものなら、提督は喜んでくれるって!」

 山雲は嬉しそうに微笑み、北上に敬礼する。そこに青葉が、カメラを持って割り込む。


「失礼します! 写真を撮っても、いいですか? 新聞に使いたいのですが」

「ああ、いいよ」「恐縮です!」

 青葉は写真をパシャパシャと、数枚撮る。そして北上に礼を言った後、どこかへ消える。

 北上はカレーライス2皿を、執務室まで運ぶ。夕食である。

 最近、鎮守府は出撃をしていなかった。秘書艦と共に作戦について論じていた。

 よって、秘書艦の北上はここ最近、一日中、提督と共に過ごしていた。


「提督ー、夕ごはん持ってきたよ」

「おお、ありがとう」

 提督はコンピュータを弄りながら、返事する。北上は、どこか悲しそうに、小さく微笑む。

「今日のごはんは、山雲ちゃんの夏野菜カレー。
牛肉はいつものだけど、人参とじゃがいもは自家製だって」

「おお、そうなのか。家庭菜園も、立派になってきたな。
本部に説明に行ってまで、許可もらってよかったよ」


 提督はコンピュータから目を離し、カレーを食べる。

 北上もその横で、カレーを食べる。

「・・・うん、うまいと思う」

「・・・普通? カレーの味が強くて、野菜の味がね」

「ああ、でも人参の風味は効いてくる気がする・・・微妙だが」

「やっぱり、チンゲンサイの炒めものみたいにシンプルな方が、
採れたて野菜は美味しいよねー。体には良いのかもしれないけど」


 淡々と会話をしながら、夕食を進める。

 そして食べ終われば、歯磨きなどをした後、作戦会議や別の執務である。

 執務をし、時間は過ぎ、夜となる。明日に備え、北上を解放する。

「北上、ご苦労だった。もう上がって良いぞ」

「・・・・・・」

「北上・・・」


 北上はじっとうつむいて、イスに座っていた。

 提督は小さく、ため息をついた。提督はイスから立ち上がり、北上の肩を叩く。

 最近、稀におこることであった。提督は北上の脇に手を通し、持ち上げ無理やり立たせる。

「もう寝ろ、北上。いくら夜戦や出撃慣れしているとはいっても、休めるときに休め」


 提督は北上の背中を支えながら執務室のドアまで運ぶ。

 北上はわざとゆっくりと歩く。

 そしてドアの前まで送り、ドアを開ける。北上は素直に外に出る。

 一度外に出れば、北上は寝室までスタスタと歩き出した。

***


***

 朝潮は、球磨型の部屋の前で待っていた。そこに大井がやってきた。

 朝潮は大井に、礼儀正しく、敬礼する。

「あら、朝潮さん。どうかしました?」

「北上さんと間宮に行く約束をしていまして、それで、ここで待っているんです」

 大井は優しく微笑み、朝潮を部屋に招き入れる。


「外で待っているより、良いでしょう」

「あ、ありがとうございます」

 初夏の涼しい時期。部屋の中は日が差し込み、廊下よりも暖かい。

 朝潮は先輩の部屋で、緊張しながら、正座で待機する。

「北上さんは、秘書艦のお仕事?」

「は、はい。執務室で、出撃後の作業中です。
今日はすぐに撤退したので、すぐに、戻ってくると思います」

「ふふ、本当に立派な秘書艦ですね」


 大井は手持ち無沙汰に、朝潮に北上の話をする。ただの仲良し自慢であった。

 朝潮はそのほのぼのとした話を、楽しんで聞いていた。

 そして、外から、足跡が聞こえた。大井はふと話すのをやめ、ドアの方を見た。

 北上が、部屋に入ってきた。朝潮の顔を見て、安心した。


「朝潮ちゃん、中にいたんだね」

「私が上げたんです。外で待たせるのは、ちょっと可哀想でしょう」

「ありがとう、大井っち。じゃあ朝潮ちゃん、行こうか」

「朝潮さん、ではまた」

「大井さん、お世話になりました」


 朝潮は大井にお辞儀して、北上と共に部屋を出て行く。

 30分以上も、朝潮は大井と話していた。

「ごめんね〜、朝潮ちゃん。ちょっと、提督と色々話していてさ〜・・・」

 間宮に入り、適当な席につく。時間がずれ、艦娘はあまりいない。

 朝潮は芋羊羹を注文した。山雲がさつまいもの準備をしているというのを思い出した。

 芋羊羹とみたらし団子が、運ばれてきた。芋羊羹の爪楊枝は2本あった。

 2人は1本ずつ交換し、お菓子を食べ始める。こうするのは、2回目である。


「朝潮ちゃん、最近、どう? 山雲ちゃんの家庭菜園とか」

「山雲の方は、とても順調らしいです。少し前に司令官から任務としての許可も出たみたいです。
民家の人の畑を鎮守府が特別に管理することになったとか、その責任者が山雲とか」

「ああ、そうだったんだ! 最近、非番の時、鎮守府に人が少ないと思ったら、外にいたんだね」

 家庭菜園関係の話で、2人は盛り上がる。

 山雲から聞く情報を、朝潮は北上に話す。北上はそれを、興味深く聞いていた。


 朝潮の話のネタが尽き、話すことがなくなった。沈黙が流れ、お菓子をちびちびと食べる。

 そこで、北上が、ぼそりと呟いた。

「私最近、練度が98になったの」

 朝潮はそれを聞き、拍手で、北上を讃えた。北上はそんな朝潮に、微笑んだ。


「すごいです、北上さん! 練度ですか・・・私は最近、秘書艦を担当することがないので、分かりませんが」

「朝潮ちゃんも、結構上限に近かったと思うよ。・・・正確な数字は、覚えていないけど」

「練度98ですか、もう少しですね・・・あ、そう言えば、前に司令官から聞いたことがあるんです。
練度は99が限界だけど、それより上げる方法があると」

 北上は、苦笑いした。その方法は、誰よりも、北上がよく知っていた。


「司令官はそれを、アイ、と呼んでいました。
このためであれば、自分はどんな不利益を被っても良い。そういっていました。
でも、私にはよく分からなくて・・・」

 苦い顔をした北上は、そこで、プッと吹き出した。そして声を上げて笑った。

 朝潮は北上がなぜ笑うのかが、分からなかった。ただ、じっとしていた。

「アハハハ、確かに、朝潮ちゃんには、わからないだろうね!
そっか、提督がそんなことをね・・・」


 北上は芋羊羹の残りを全部口に入れた。そして、物思いにふけった。

 自分はどんな不利益を被っても良い。確かにそうだと思った。

 しかしそれ以上に、相手には、どんな不利益もあってほしくない。

「あ、そう言えば以前に、三日月さんが言っていました。
練度が99を超えると、司令官と一緒になれるとか。ケッコンカッコカリとか・・・
あれ・・・でも、練度は99が上限だと・・・でも、それを超えることもできると・・・あれ?」


 朝潮は自分の言ったことに、混乱し、頭を抱える。

 北上は、朝潮の口からケッコンカッコカリという言葉が出た時、口の中の芋羊羹を吐き出しそうになった。

 北上が一番、気にかけていたものであった。北上はその場を逃げ出したいと思った。

 朝潮の頭の整理がついてきた。その時、朝潮の芋羊羹の残りを、北上がパクリと食べる。

 朝潮は急なことに、動揺した。そして北上は朝潮に、にこりと微笑んだ。


「朝潮ちゃん、そろそろ出ようか。ちょっとゆったりしすぎちゃったね」

「は、はい。ごちそうさまでした」

 北上は口をもぐもぐさせながら、間宮から出て行く。

 間宮はその後ろ姿を、顔を赤らめ微笑ましく見送った。


 その日の夕方、北上は夕食を2人分、執務室まで運ぶ。提督との会議である。

 食事中は、1言も離さずに、淡々と食事を済ます。そしてまた、会議に戻る。

 会議を終えて、北上は提督から、部屋に戻るよう命じられる。

 北上は素直に、執務室を出て行った。提督はそれを、不気味に感じた。そしてその予感は当たった。

 提督が布団に入る頃に、北上は寝間着に着替え、執務室横の寝室に入ってきた。

 ベッドの上に腰掛けた提督はため息をつき、北上を睨みつけた。

 北上は無表情で提督の目をじっと見つめる。


「・・・そういうのは今は無理だ。何度言ったらわかる。
それに、お前も今はできる状況ではない。それは、鳳翔が証明してくれたことだ」

 提督を無視して、北上はベッドに歩み寄る。提督は身を構える。

 北上は、ベッドの端に、提督に背を向けて腰を下ろした。そしてゆっくりと、心の内を、話し始めた。

「あたしたち艦娘は、生まれた時からこの格好だった。
でも提督には、赤ちゃんの頃があって、少しずつ成長して、ヨボヨボになって、死んでいく・・・」

 北上は肩を震わせていた。提督は北上の隣に移った。途端に北上が抱きついた。


「・・・あたしはね、怖いの。私はちゃんと、人間なのかって・・・なんというか、
子供ができて、大きくなってほしいの・・・ちゃんと、人間であってほしいの・・・」

 提督は、北上の震える背中を、擦る。北上はさらに、提督に近づく。

 北上のすすり泣きが、寝室に響く。提督は背中をさすり続ける。

「・・・さっきも言ったが、今やったところで、意味はない。・・・早く戦争を終わらせたいものだ。
・・・お前の気持ちは、十分にわかっているつもりだ。・・・そんなに俺が、信用できないか?」


 北上は勢い良く、首を横に振る。提督は北上の背中を、さすり続ける。

 以前から、決めていたことであった。しかしいざ時が来ると、猛烈な不安がこみ上げてきた。

「・・・その時が来たら、受け取っては、くれないか?」

「・・・もう少し、もう少しだけ、考えさせて・・・ごめん、信用していないわけじゃないのに
前にも約束したことなのに・・・ただの任務なのに、それでも・・・ごめん・・・」

「ゆっくりしてくれ、焦る必要なんてない・・・」


 提督は、北上の背中をさするのを、静かにやめた。北上は静かに立ち上がった。

 そしてゆっくりと、寝室を出て、「失礼しました」と言って、礼儀正しく、執務室から出て行った。

 執務室から出た北上は、背筋を伸ばし、堂々と歩く。

 その様子を影から、青葉は見ていた。秘書艦は大変だなと、思った。

 そして自分の秘書艦時代を思い出し、懐古しながら、再び鎮守府をふらついた。

 北上と提督の関係は、誰も、気がつくことがなかった。

***
**

鳳翔さん妊娠してるのか

***
**


 第一艦隊が、鎮守府に帰投する。追撃せず、すぐに鎮守府に戻ってきた。

 北上は、艦隊の主力艦であり、今回の旗艦であった。非常に優秀な活躍を見せていた。

 そして今回の出撃でMVPを取り、練度が95に達したのだ。北上はそれが、非常に嬉しかった。

「北上、おめでとう。ついに練度95だ。もう少しで大台だ」

「ふふ、あーよかったー、活躍できてー」

「この調子でこれからも頑張ってくれ。そして99になったら・・・前にも言ったよな」


 北上は赤面させ、満面の笑みで、頷いた。提督も笑顔で返した。

 そして出撃後の報告をし、執務室を後にする。

 北上は上機嫌で、廊下を歩く。出撃し、見事勝利してMVPを取った。

 さらに、軽傷のために急いで入渠する必要もなく、

 疲労回復を兼ね、これから昼ごはんをゆっくり食べることができるのだ。


 何を食べようかと上機嫌で考えているところに、

 目の前から、うつむき加減に歩く朝潮と出会う。

 北上は、ドキリとした。そして朝潮に、声をかけた。

「朝潮ちゃん!」

 北上が声をかけると、朝潮ははっと顔を上げ、笑顔で返事をする。

「あ、北上さん。ご苦労様です」


 気持ちの良い挨拶だと、北上は感じた。また、ドキリとした。

 そして朝潮を、昼食に誘ってみた。元々、駆逐艦は、好きではなかった。

 しかし朝潮と仲良くしたいと、北上は思っていた。

 興味のない相手に好かれてベタベタされるのは不快であった。

 しかし、あまりに事務的に振る舞われるのも、嫌だった。


「良ければ、これから一緒にお昼食べない?」

「あ、はい。私で良ければ」

 朝潮と北上は、2人で食堂に向かい、昼食を食べた。

 朝潮とは、艦娘として関わることはあっても、それ以上の関係はない。

 しかし今こうして普通に食事を楽しんでいることを、北上は新鮮に感じた。


「・・・ごめんなさい、もう、お腹が苦しくて・・・」

「ああ、ごめんね、朝潮ちゃん。・・・じゃあ、残りはあたしが食べるよ!」

「えっ! しかし、私の食べかけです」

「大丈夫大丈夫、あたしは気にしないよ!」

 そう言って北上は、朝潮の食べ残しを食べた。また、胸がドキリとした。

 朝潮はそれを、呆然と見た後、照れくさそうに、礼を言った。

「ありがとう、ございます・・・」


 北上は淡々と、親子丼を食べた。

 その日を境に、朝潮と北上は仲良くなった。朝潮の練度が上がり、任務も一緒に受けるようになった。

 しかし、仲良くなっても、朝潮は真面目な駆逐艦。雷巡の北上は、あくまで先輩。

 任務で共になることはよくあった。しかし、プライベートで関わることは、めったになかった。

 北上は元々、駆逐艦が嫌いであった。ベタベタと甘えるしつこさが、嫌いだった。

 しかし朝潮のように、そういう甘えが全く無いのは、味気なかった。

 北上は朝潮に、甘えてもらいたいと、思った――


**
***


**
***

 北上は鎮守府の廊下を歩いていた。出撃を終え、これから昼食を取ろうとしていた。

 食堂に行くと、朝潮が鳳翔と共に、おにぎりを大量に作っていた。

「朝潮ちゃん、何しているの?」

「あ、北上さん、お疲れ様です。畑の皆のために、おにぎりを差し入れようと」

「ああ、じゃあ、あたしも手伝うよ」

「あ、ありがとうございます。40個くらい、作ろうと思っています」


 北上は手を洗い、鳳翔から指示を受け、おにぎりを手際よく作る。

 その手際の良さに、朝潮は驚いた。鳳翔はニコニコしながら、それを見ていた。

「北上さん、お上手ですね」

「ありがとうございます・・・鳳翔さん、体調とかは、どうですか?」

「大丈夫ですよ。定期的に辛くなりますが、普段はそうでもないです」

 鳳翔は北上に、優しく微笑む。それを見て北上は安心した。

 そして同時に北上、鳳翔の顔に違和感を覚えた。


「鳳翔さん、疲れていませんか?」

「はい? ・・・特には、感じませんが。まだ、お昼前ですし」

「・・・そうですか」

 北上は再び作業に戻る。鳳翔の目元の皺が、気になっただけだった。

 北上は、朝潮を誘うタイミングを見計らっていた。口実を探していた。

 良い案が出ずに、40個のおにぎりが作り終わる。


 ちょうどその時、食堂に三日月が現れた。朝潮を見るなり、スタスタと駆け寄る。

 北上はまずいと思った。そして直ちに声をかける。

「朝潮ちゃん、昼食のあと、部屋に来てくれない? ちょっと、付き合ってほしいの」

「はい、わかりました! すぐに行きます」

「あ、急がなくていいよ」

 そして三日月が朝潮に声をかける。おにぎりはもう、準備できていた。

 北上は部屋に戻り、朝潮と三日月は、畑まで届けに行く。


「北上さん、ありがとうございました」

「じゃあ、またねー」

 三日月も一緒に、北上に頭を下げる。そして2人で畑まで行く。

 北上は部屋で、読書をしながら待機していた。内容が全く、頭に入ってこなかった。

 コンコン、ドアがノックされた。思ったよりも、早かった。北上はドアを開けた。


「恐縮です! インタビューしても、よろしいでしょうか?」

 青葉が目を輝かせて、取材に来た。北上はがっかりとした。

「北上さんの練度が98になったと、小耳に挟んだもので。それについて少々」

「ああ、ごめん。今はちょっと無理。また、そのうちね」

「無理というのは、何か司令官から制限でも」

 廊下の先に、朝潮の姿が見えた。北上は青葉を無視して手を振った。


「ああ、朝潮ちゃん! お疲れ! じゃあ行こうか」

「朝潮さん! 朝潮さんにも、聞きたいことが!」

 北上は青葉を振り切り、朝潮に駆け寄り、手を取る。そして廊下を走る。

 北上は空き部屋へと向かった。大抵の空き部屋は、もう家庭菜園に使われていた。

 しかし1つだけ、臨時に備えて開けてある部屋があった。

 めったに使われないが、必要な部屋であった。

百合厨乙



何時イケメン金髪王子様の須賀京太郎様ハーレム始まるの


 北上はその部屋のドアを開け、入り、鍵をしめ、カーテンをしめた。

 北上は安心し、朝潮のほうを見た。

「ごめんね、急に呼び出して」

「いえ・・・ここは、霞を看病した時の・・・」

「そう。2人でゆっくりと話すには、ぴったりだと思ってね」

「そうですか・・・あ、その時は、加湿器をくださり、ありがとうございました」

「ああ、あったね、そんなこと」

「吹雪が吹いて寒い冬でしたが、加湿器のおかげで、暖かく過ごせました」


 北上は朝潮を、目を細めて、見つめる。そして、朝潮を抱きしめる。

 朝潮は、きょとんとした。意味が分からなかった。北上は、そんな朝潮を茶化した。

「もー、朝潮ちゃんはちょっと真面目すぎるよ。
長女だからって、気を張っていたら疲れちゃうでしょ。
さあ、お姉さんに、甘えてご覧。それっ」


 北上は抱きしめる力をさらに強めた。朝潮は静かに、抱きしめ返した。

 朝潮を、暖かい心地よさが襲った。体の力を抜き、身を任せた。

 体が芯から震えた。鳥肌が立った。暖かく、優しく、幸せな気分であった。

「・・・どう?」

「・・・気持ち良いです」

>>512
マルチ荒らしはくたばれ


 朝潮は、抱きしめる力を強くした。北上はそれを受け入れた。

 北上は身震いした。鳥肌がたった。少しだけ、涙が流れた。

 ――ゆっくりと、北上は腕を開く。朝潮はそれに気づき、抱いていた腕を解き放つ。

 朝潮の顔も、北上の顔も、真っ赤に火照っていた。そして、笑いあった。


「北上さん、色々と、ありがとうございました・・・その・・・とても、心地よかったです」

「いいって、あたしからやったことだし・・・じゃあ、外でようか。このことは、秘密だよ」

「はい!」

 部屋を元の状態に戻し、鍵を開ける。そこには、誰もいない。

「じゃあね、朝潮ちゃん」

 北上は、廊下の向こうへと歩いていった。

 朝潮はあまりの衝撃に、顔を赤くして、しばらくそこに突っ立っていた。

(<甘えん坊> -FIN)


あと三話って言ってたから次で終わっちゃうんだろうか
続いてほしいなあ

おつおつ

<練度99>

 その日鎮守府は、哨戒任務のみを、交代で担当していた。

 食堂の机とイスが、一部を残して撤去された。食堂は朝から大忙しであった。

 艦娘達が、さつまいもを大量に運んできた。

「鳳翔さ〜ん、持ってきました〜」

「はーい。そこの床の上に積んでください」

 大量のさつまいもが、床に積まれる。1週間ほど前に収穫し、個室で寝かせたものである。

 運び終え、山雲たちは、畑に行く。収穫が終わり、次の作業が始まっていた。


 民家の方に使わせてもらっている、鎮守府から数百メートル離れた畑。

 税金や法律といった面倒なことは全て提督が処理し、艦娘は生産をするのみ。

 採れたさつまいもで、スイートポテト、大学芋などのお菓子を作る。

 小さい芋は、蒸かしてそのまま食べるため、今はまだ調理しない。

 全ては、パーティに備えた準備であった。


「鳳翔さん、焼けました! お皿の上で冷ましますね」

「お願いします。北上さん、良いお嫁さんですね」

「い、いや〜、そんな。ただの、任務としてですし・・・」

 鉄板を運び、冷まし終えたスイートポテトを別の皿に盛り、焼きたてを冷ます。

 皿の上には、舟型のスイートポテトが、大量にある。潰れない程度にうまく積まれている。

 北上はそれを見て、満足感にひたる。そして、床に大量に積まれたさつまいもを見ては、

 先の長さに、どこかくたびれるのを感じた。


 この日の鎮守府は非常にほのぼのと、賑やかであった。

 料理したり、哨戒をしたり、遠征に行ったり、食堂を装飾したり。

 めったに任務を受けない艦娘も、今日は提督に希望を出して、任務をもらうこともあった。

 鎮守府全体が、祝福のムードに包まれていた。そして日は落ち、夕方になる。

 哨戒任務中を除いた、艦娘全員が、食堂に集まった。静かに、式は進行する。

 普段通りの服装で、提督と北上が、向かい合い、立っている。


 提督が、小さな箱を開ける。北上の、左手の薬指に、指輪がゆっくりと、はめられる。

 その瞬間、食堂が拍手で包まれた。

 お世辞にも立派とは言えないケッコン式。しかし主役の2人は幸せそうに、笑っている。

 おめでとう、おめでとうと、周りから祝福の声がした。青葉は何回も何回も写真を撮った。

 おめでとう、おめでとう。2人の心はさらに高揚した。


 興奮が募り、北上は提督に、皆の前で、勢い良く抱きついた。

 周りの艦娘は皆、唖然とした。ただの任務であると、思っていたのだ。

 しかしそこに、姉たちの興奮した声が響き渡った。

「北上、よくやったクマ! 幸せになるクマー!」

「北上さーん! とっても綺麗ですよー!」


 拍手の音が、さらにさらに大きくなった。2人の頭部は、真っ赤に火照り、湯気が出ていた。

 皆が興奮し、大きな拍手に包まれた開場でただ1人、朝潮だけは、呆然と突っ立っていた。

 朝潮は北上の笑顔を見て、一瞬だけ、提督の言った、愛というものが、心でもって理解できた気がした。

 愛、このためであれば、自分はどんな不利益を被っても良い。提督の言った言葉である。

 北上のこの笑顔を、何に変えてでも守らなくてはならない、朝潮には一瞬だけ、そう思えた。

 そっと、何人かが食堂に入ってきた。その中の1人が、呆然と突っ立つ朝潮の背中を、優しく撫でた。


「朝潮さん、どうしましたか?」

 哨戒から戻ってきた三日月が、朝潮に話しかけた。そして朝潮は、我に返った。

「いえ、大丈夫です・・・とても、幸せそうですよね」

「そうですね・・・司令官も、北上さんも。あんなに嬉しそうに笑うなんて」

 三日月も拍手をする。朝潮も拍手を再開する。

 朝潮は三日月を見た。三日月は朝潮に、微笑んだ。朝潮は微笑み返した。


 拍手は徐々に鎮まり、お菓子を食べる。自家製のさつまいものお菓子が、大量にあった。

 そしてさらに、めったに食べることのできない間宮のアイスが、全員分、あった。

「時雨」

「ん? ああ、満潮、どうしたの?」

 満潮はアイスを持って、スプーンですくい、時雨の口元に持っていく。

 時雨は照れて顔を赤らめて、それをくわえた。


「ありがとう、満潮。じゃあ、おかえしに」

 時雨も同じことを、満潮にした。そして2人は顔を見合わせて、微笑みあった。

 アイスとお菓子。この最高の待遇に、皆、感動していた。

 溶ける前にアイスを食べた後、お菓子に手を付ける。

 朝潮は三日月と一緒に、お菓子を食べていた。


「美味しいですね、自家製って」

「はい。しかも山雲いわく、まだまだ大量に残っているみたいで。間宮さんにも渡しているみたいです」

「なら、間宮ではそのうち、お芋を使ったお菓子が出るのでしょうか?」

「そうかもしれません。あ、それから今、いちごを空き部屋で作っているそうですよ」

「いちごですか、楽しみです。そういえば、春に、鎮守府でもいちごって出ましたね」

「はい、それです! 山雲は、その時のいちごの表面の種を取って、育てているそうです」


 朝潮が興奮気味に、嬉しそうに、山雲の自慢をする。

 離れたところにいる山雲は、それを聞いて、赤面した。

青葉は食堂の写真をパシャパシャと撮り、姉妹に出会っては、ちょっかいをかけた。

「ガサー!」

 衣笠を呼び、振り向いた瞬間にシャッターを落とす。

 衣笠はそのお返しに、青葉と格闘し、カメラを奪う。そして青葉を撮る。

 撮られることに慣れていない青葉は、自然と赤面する。


「ほらほらぁ! 青葉の照れた顔、撮っちゃうよ〜!」

「青葉のカメラ返してよお! なんで青葉を撮るのさあ、青葉はいいんだよ~!」

 青葉は、顔を赤くしながら、衣笠に抵抗した。

 古鷹はそれを微笑ましく見ていた。

***


***

 朝潮は、上機嫌で鎮守府を歩いていた。出撃に出て、帰ってきたところだった。

 MVPは取れなかった。しかし、練度が98に達していたことを、提督より知らされたのだ。

 出撃を終え、昼食を取ろうと、食堂に行く。後ろから声がかかった。

「朝潮さん、お昼ですか?」

 遠征帰りの三日月が、声をかけてきた。


「はい、三日月さんもですか?」

「そうです。一緒に食べましょう」

 食事を注文し、席に着く。食堂に人は少ない。しかし、どこか、騒がしい。

 三日月が、朝潮に問いかけた。

「今日は、何かあるのでしょうか?」

「いちごの収穫ですよ!」

 三日月の後ろに、荒潮が立った。服がいつもと違っていた。朝潮は驚き、席を立った。


「荒潮、ついに・・・」

「はい、荒潮改二です。これから、出撃などでも、よろしくね」

 荒潮はにこりと笑い、三日月の後ろで自己紹介をした。

 荒潮は食事を持ってきて、朝潮の横に座る。

 3人でのんびりと昼食を食べていた。

 山雲が食堂に入ってきた。


「鳳翔さ〜ん、いちごがたくさん採れました〜。
いくつかはそのまま保存して〜、あとはジャムにしようと思いま〜す」

 大量のいちごをボールに入れて、持ってくる。そして、食事中の朝潮たちに気がつく。

 山雲はいちごをいくつかつまみ、洗い、机まで持ってくる。いちごを1人に1つ渡す。

「はいどうぞ、とれたてですよ〜!」


 手の平に置かれたいちごを、口に運ぶ。

 香りが良かった。そして、みずみずしかった。思わず、笑顔になる。

「美味しいです」

 三日月が言い、朝潮と荒潮も、ニコニコしながら頷く。

 山雲はそれを見て、嬉しそうに、「よかったわ〜」と言って微笑む。

 それだけ言って、山雲は戻っていく。向こうでも、艦娘が洗っていくつか食べている。


「お疲れ様です! 写真撮らせてもらっても、良いですか?」

 青葉がカメラを持って、食堂に入ってくる。

 そして山雲たちに、家庭菜園の現状について、インタビューする。

 山雲はいちごジャムの準備をしながら、それに答えた。


「あ〜! まだ、トマトジャムって〜、残っていたんですね」

「和食が基本なので、ジャム類は・・・」

「そうですか〜、じゃあいちごも、ジャムにしないほうが〜」

「しかし強力粉は安いので、ジャムの量が増えればメニューに載せますよ。
どれくらい、作りますか?」

「う〜ん・・・来年は余ったプランターを全部使おうとも思うんですが〜。
でも、いちごって肥料をたくさん使うので・・・ちょっと〜、司令官と相談します」


 山雲は鳳翔と相談し、その内容を青葉は横から聞き、すかさずメモする。

 その後ろで、満潮たちが、とれたてのいちごを洗っていた。

 昼食の時間。ぼちぼちと艦娘が食堂に集まる。

 満潮は時雨と夕立を見つけ、声をかけた。清霜は霞を見つけ、声をかけた。

 そして皆で仲良く、とれたてのいちごを美味しく食べていた

 その様子を、朝潮はぼんやりと、見ていた。


「よければこの後、間宮に行きませんか? お芋のお菓子が、まだ食べられるようですよ」

 三日月が提案した。朝潮は非番であった。しかし隣で荒潮は首を横に振った。

「あら、美味しそう。でも私、改二になったばかりで、色々と提督とやることがあるの。
だから、おふたりで、行ってちょうだい」

 荒潮は1人で、席を立った。朝潮と三日月は、顔を合わせた。


「朝潮さんは、どうですか?」

「私は特に何もありません」

「では、行きましょうか」

「はい!」

 席を立ち、片付け、食堂を出る。

 そこで朝潮は、北上と、ばったり出会った。


「あ、朝潮ちゃん」

「北上さん・・・」

 2人は、数秒間見つめ合った。そして、普通に微笑み会釈して、通り過ぎた。

 北上と別れ、朝潮はなんとなく、三日月の手を握った。

「さつまいものお菓子、楽しみですね!」


 その瞬間、三日月は顔を紅潮させた。そして元気よく、満面の笑みで、「はい!」と答えた。

 朝潮は、ドキリとした。三日月をただ、呆然と見た。あの時と同じものが、こみ上げてきた。

 急に呆然とする朝潮を、三日月は気にかけた。

「・・・朝潮さん、どうしましたか?」

 朝潮ははっと我に返った。そして、三日月に微笑んだ。

「ごめんなさい、何でもないです。では、行きましょうか!」


 2人は手をつなぎ、仲良く、間宮へと向かった。

 その頃北上は、壁の張り紙を見ていた。

2人の様子を、北上は横目で見て、小さく微笑んだ。

 早く戦争が終わりますように。北上は心から、そう、願った。

 左手の指輪が、光を反射してキラキラと輝いていた。

 北上はそれを、右手で優しく撫でた。

(<練度99> -FIN)


  朝潮ちゃんと北上さん -FIN-

閲覧ありがとうございました.前スレ”お役に立てたのなら”の最後にリクエストくださった方,ありがとうございます.
本気でほのぼのを目指しました.楽しんでいただけたのであれば幸いです.

お姉ちゃんな朝潮さんを書きたかった,それだけでした.あと提督を良い人に書きたかった.
ゲームの設定を頑なに守ろうとすると,私の場合,どうしてもブラックになってしまいます.なので無視したり独自設定を入れたりしていますが,艦娘のキャラはできる限り守っています.
霞のキャラを表現するのが一番気を使いました.ヘタすると,ただの毒舌キャラになってしまいそうで.
青葉と三日月は崩壊しているとも感じるのですが,ボイスを繰り返し繰り返し聞いていると,どこかしっくり来るのです.
北上はどうでしょうか.ごめんなさい,よく分かりません.

”山雲の家庭菜園奮闘記”は書けるか分かりません.知識量が足りないのです.


北上がいい姉貴分しててよかった

【書き込みますが,HTML化をよろしくお願いします】

>>549 おつありです.

依頼出しました.コメントくださった方,本当にありがとうございました

乙でした
終わるのがとても惜しい


やっぱり終わっちゃったか残念


山雲の家庭菜園奮闘記も待ってる
それと鳳翔の体調の伏線はどうなったんだろう妊娠でも無さそうだし老化だったのかね

【書き込みますが,HTML化をよろしくお願いします】
コメントしてくださる方,ありがとうございます
***ネタバレ注意***


>>553 こういうコメントには無視すべきなのか・・・ハッピーな伏線とだけ

そっか
まあ続編の構想もあるみたいだしいずれは物語の方で明かされる事を期待してる

【書き込みますが,HTML化をよろしくお願いします】
>>555
ごめんなさい,伏線という言い方がまずかったです.
「気付かなくとも話としては影響はないが,気付けばよりハッピーになる」というのを狙いたかっただけです.以下ネタバレです.ただ,色々と矛盾点などがあるかもしれないので,以下のことを気にしないほうが楽しんでいただけるかもしれません.私が未熟でした.
***ネタバレ注意***

鳳翔さんは”雑務しかしなくなった艦娘”です.長期間,艦娘として任務を受けておらず,半ば艦娘を引退しています.その結果,人間の女性として生理周期を持つようになり,故に定期的に生理痛で体調をやや悪くしています.そしてそれを知っている提督,北上が過剰に気にかけています.さらに,人として健全に老化も進んでいます.艦娘は一定期間任務を受けなければヒトの女性になるという独自設定です.北上は,自分は人間なのかを気にしていますが,戦争が終わり,任務を受ける必要がなくれれば,艦娘も一人の人間の女性として子供を持つことができ,また旦那さんと同じように老いて死んでいくということを暗示しました.鳳翔さんは訓練さえ受けていないということを示したほうがよかったですね,ごめんなさい.



****ココマデ****
ついでに,誰にも気付かれそうにない伏線を
<微妙で小さすぎる伏線>
・山雲のトマト栽培,ポリポット:ジョウロで水やるのは不安
・満月の夜:感傷的になりやすいと言われる
・いちごを種から育てる方法を,漣経由でネット検索している

なるほどスッキリした

そこまでは読み切れなかったなー


ハッピー=おめでた
妊娠だと思って二股かけてるクソ提督じゃねえかと思ってたけど違ってよかった

おつー
面白かった

乙おつ
読み始め、ちょっと文体が冗長というかテンポ悪いかなあと思ってたけど、慣れてきたら独特の味に変わった気がする
言葉の誤用がちらほらあったのが惜しい
全体としては楽しませてもらいました 完結お疲れ

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