神谷奈緒「すなおになれない」 (21)


神谷奈緒ちゃんssです。

地の分です。

P視点です。

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 気持ちを伝えることは難しい。
 
 それは日ごろの感謝の気持ちにしても。

 それは好きという気持ちにしても。

 コーヒーを淹れていると事務所のドアが勢いよく開いた。

「おはようございまーす」

 給湯室にいるので顔は見えないが、声から察するに奈緒のようだ。
 今日は昼からトライアドの仕事が入っているので、
 彼女が平日の朝から事務所に来ても何もおかしいことはない。

「プロデューサーさん。今日がなんの日か知ってるか?」

 出来立てのアイスコーヒーをデスクに持ち帰ると、奈緒が俺のところまで駆けてきた。
 
 顔は得意げで、声も弾んでいる。
 尻尾が生えていたら、すごい速さで回っていることだろう。

「いや。わからないな」
「へ?」

 俺の予想外の返答に、奈緒は大きな目をぱちくりさせた。
 
「え?9月16日だぞ?本当にわからないのか?」
「あぁ全然わからないな」

 もちろん嘘だ。一週間前から、今日がなんの日であるかは知っている。

「…………プロデューサーさんの」

 奈緒は綺麗な瞳に水を張り、小さな身体をふるふると震わせた。
 よく見ると、整った顔も少し赤い。

「ばかぁ!!!!!!!!!!!!!!」


 ……9月16日午前9時16分。奈緒山大噴火。

「あきれた」

 事務所を飛び出していった奈緒を止めることもできず、
 呆然と立ち尽くしている俺に、非難の声がかけられた。振り返ると、凛と加蓮が立っていた。
 
 凛は尖った目で俺を睨みつけ、加蓮はくつくつと、声を押し殺して笑っていた。


「確かに、奈緒をからかうのは楽しいよ?でも今のは最低だよ。プロデューサー」
「別にからかったわけじゃない」
「はぁ?じゃあ何、本当に今日が何の日かわからないの?」
「知っているさ。一週間前から、この日のために準備してきた」

 

 俺はポケットに手を入れ、感触を確かめた。
 
 悲しいことに、一週間前から練習していた「誕生日おめでとう」の言葉も、
 朝一で渡すはずだったプレゼントも、俺の内側にしっかりと残っている。

「じゃあなんでなのさ。プロデューサー」
「いや……なんというかさ……」


「……実際に奈緒を前にすると恥ずかしくてな」


「……プロデューサー、もういい大人だよね」

 尖っていた目を白くさせ、凛はため息をついた。

「俺だって渡そうとしたんだ。でもいざ、奈緒を前にしたら言葉が出なくて」
「なんでさ! 奈緒、誕生日おめでとう。
 いつも、こんなダメプロデューサーについてきてくれて、ありがとう。
 これプレゼントだから。 こんな感じでいいじゃん!」

 
 ダメプロデューサーという点を除いて、凛の言っていることはもっともだ。
 言い返そうにも言葉が見つからない。


「プロデューサーと奈緒って似ているよね」

 笑いがやっと収まったのか、優しい口調で、加蓮が俺と凛の会話に混ざってくる。

「可愛いところがか?」
「……」
「……すまん」

 これはダメプロデューサーと言われても仕方がない。

「……。なんというか二人とも照れ屋さんだよね。それも特殊な。
 それほど親しくない人にはお礼とか平気で言えるのに、
 私や凛みたいな親しい人というか大切な人?には照れて、感謝の気持ちとか伝えないよね」

 確かに。言われてみると、凛にしろ、加蓮にしろ、奈緒にしろ、
 冗談は言い合える仲なのに、あまり褒めたり、感謝したりすることはなかったな。
 
 でも俺はダメプロデューサーだ。

 褒め言葉は、良かった。可愛かった。感謝の言葉は、ありがとう。
 それくらいの月並みの言葉しか持ち合わせていない。
 
 ガラスの靴を履いたシンデレラに、陳腐な首飾りを付けるならむしろ無い方がいい。


 俺の頭の中を覗いたのか、加蓮はほんの数秒、俺に冷たい視線を送ってから、話を続けた。

「でもね。親しいから言わなくてもわかってくれてると思って、言わないのはダメだと思うな。
 ちゃんと言葉にして伝えないと。言われた側はすごく嬉しいんだから」

「トライアドの初ライブの後。
 奈緒が凛と私に「凛と加蓮と組めて本当によかった。二人とも無二の親友だ。これからもよろしくな」
 って言ってくれて。あの時は本当に嬉しかったなぁ」
 
「奈緒、普段はそういうこと全然言わないから余計破壊力があって。私ちょっと泣いちゃったもん。……ね?凛」

 見ると、凛は黙って頷いている。

「本当は私や凛も他の子も、プロデューサーから褒められたりしたいけど、
 今日は奈緒の誕生日だし、奈緒が最初でいいよ。
 だからね、プロデューサー。恥ずかしいかもしれないけど、頑張って」


 普段は俺が魔法使いで、彼女たちがシンデレラなのだが、今は逆らしい。

 俺の前に立つ二人のアイドルは、俺の目を力強く見つめ、俺の背中を押してくれている。


「二人とも……。……ありがとう」
「「どういたしまして」」


 魔法にかかった俺は、奈緒の誕生日を祝うべく、事務所を飛び出した。

 気づけば9月も中頃だ。
 あれだけ夏を騒がせた蝉も、刺すような陽射しもいない。
 半袖が気持ちいい。素晴らしい秋日和だ。


 事務所から目と鼻の位置にある公園。
 遊具は少ないが、草木の手入れは綺麗に行われており、
 こういった天気の日には、アイドルの誰かが必ずと言っていいほど女子会を開催していたりする。


「こんな時間に公園にいると補導されるぞ」

 ベンチで小さくなっていたアイドルに俺は声をかけた。


 奈緒は俺の顔を一瞥すると、頬を膨らませ、ぷいっと、視線を逸らした。 


「俺が悪かったよ」
「別にプロデューサーさんは悪くないよ?今日がなんの日か答えられなかっただけじゃん。
 それだけで悪い人になるなら、あたしだって明日から悪い人じゃん」

 俺の謝罪に対し、奈緒はそっぽをむいて、べそをかいている。

 ずっと、いじけた奈緒の姿を見ているのも面白い気がするが、
 昼から仕事の予定もあるし、何より今日は奈緒の誕生日だ。
 このままだと二人の魔法使いに合わせる顔もなくなってしまう。

 俺は覚悟を決め、小さく息を吸った。

「奈緒誕生日おめでとう」

 奈緒の小さな身体はぴくっと動き、そして俺の方へ向き直った。

「なんだよ!加蓮や凛に教えてもらったのか?今更言っても遅いぞ!」
「言われなくても気づいていたさ」

 そう言って俺はポケットから包装された小さな袋を取り出す。

 諦めていたのか、俺からの予想外のプレゼントに奈緒は目を白黒させた。


「ならなんで……なんでさっき事務所で言ってくれなかったのさ」
「いや、なんていうか。その、奈緒を前にしたら恥ずかしくなってな……」

 
 公園中に奈緒の「はぁぁ!?」が木霊した。

「プロデューサーさん。それでよくお仕事できるね」

 呆れた様子で奈緒が言った。
 先ほどまで冷たかった目と態度は、温かさを取り戻し、
 いつもの奈緒に戻ってきている。

「仕事では大丈夫だ。お前たち相手の時だけだよ」
「それ単純に女性慣れしてないだけなんじゃ……」
「そういうこと言う子には、これなしな」
「悪かったってば!」

 奈緒が俺への態度を改めたのを確認して、俺も姿勢を整えた。

「奈緒誕生日おめでとう。
 こんな俺に、奈緒はいつも文句を垂れながらも最後まで付き合ってくれるし、
 気遣いも上手で…… そういった面倒見の良さや優しさに何度も俺は救われたよ」

「だからこれはそのお礼も兼ねてだ。
 青色のブレスレットなんだけど、奈緒にきっと似合うと思うから。これからもよろしくな」




 加蓮先生が言ったことは本当らしい。

 俺のことを見つめていた奈緒の顔はみるみるうちに真っ赤になっていった。
 俺の顔も多分赤くなっているが、これほどではないだろう。多分。

「あ、あのさぁ!」

「あ、あたしもプロデューサーさんに感謝してるんだ。あたしを立派なアイドルにしてくれて。
 いつもあたしたちのことを一番に考えてくれて」
 
「大切な友達や夢のような経験もできた。今の毎日が楽しくて仕方ない。
 それも全部、プロデューサーさんのおかげ。
 ……だから、ありがとうプロデューサーさん。本当に感謝している。これからもよろしくな」

 
 真っ赤なまま、照れくさそうに、奈緒は笑った。


 奈緒は俺からのプレゼントを左手につけ、事務所へと走っていった。

 今戻っても、二人して真っ赤なところを凛と加蓮に捕まるだけだ。
 俺はもう少しここで時間を潰すことにしよう。

 そうだな。熱が冷めるまで。

 凛と加蓮のほとぼり。異様なくらい熱い俺の身体。奈緒への気持ち。
 
 それらが程よく冷めるまで、あきの来ない空でも見上げることにしよう。

終わり。改行のコツがわかりません。見づらかったらすみません。

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