キミ温暖化現象だね (14)

山手線某駅沿いにある家。一目見ただけで大黒柱が成功しているのか、もしくは代々金持ち一家なのかというとこまでわかるようないえだ。そんな所に住む少年は運命の日を唐突に迎えた。

『カイへ。お父さんはこの家を売りました。もうここは使えません。田舎のおばあちゃんに面倒を見てもらってください。話はしてあります』

少年カイは唐突に家を失った。いや、東京での暮らしを失ったのだ。いままでの暮らしと言えば、一般庶民の9割が体験しないようなセレブ生活であった。それが15歳の春、ここにきていきなり田舎の庶民暮らしへ。学校や年齢の面で言えばタイミングが良いと言ってもなんらおかしなことはないが、当事者からしてみればふざけた話である。

カイの父親は、いわゆる成金で、一代にして突然変異のようにこの暮らしを生み出した男だ。しかし、皮肉なことに一代で成功した事業が一代にして滅んでしまったのだ。カイは、家を売った理由が明記されていないこの手紙を読んで、全てを察した。



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「山本カイです。みなさんこれからよろしくお願いします」
--なんでこんな田舎で生活しなきゃいけねぇんだ。あのクソ親父が。

高校生活が始まる前に、祖母の住む田舎に越してくることが出来たため、幸いにもカイは転校生扱いではなかった。といっても、山梨県の奥地にある山に囲まれたこんな小さな町では、知らない顔だな、という認識になってしまうのだが。

みんなと同じ様に無難に挨拶を終えたつもりだったが、なにやら教室が騒がしくなった。きっと挨拶のせいでは無いのだろう。ただ単に部外者が新しく町に入ってきた、とかそんな話をしているに違いない、とカイは思った。

「みねぇ顔だなぁ、なーんか小洒落た髪型してるしよぉ。どっから来たんだ?」

--同じクラスの……関原アユムか。バカみたいに田舎者発言だな、こいつ。東京でのヘアスタイルもろくに知らないのか、これだから田舎者は。

「東京からきた。ここは全員が知り合いかなんかなのか。見ない顔っていったが」

「んーまぁ、全員が知り合いっていうよりは、なんとなく大体の人の顔は知ってるって感じかなぁ。人も少ないし、学校も少ないしよ、同じ中学のやつがほとんどなんよ」

「そういうことか。じゃあここでは俺は部外者扱いか。これだから田舎は」

「まぁまぁそういうなって! 仲良くしようぜ」

関原アユムという男は、角刈り頭で焦げた様な黒い肌。厚い胸板と太い腕。凛とした顔つきをしていて、いかにもクラスで信頼があつそうな人物であるが、カイは気に入らなかった。

--田舎者が馴れ馴れしくしやがって。まったく気に入らない。

みんな静かに、という担任の教師の声で部外者祭りは幕を閉じた。アユムとカイの会話を聞いていた他のクラスメイトが、なんであんな部外者と話してんだ、とか言っていた。カイは気にしない様にした。


田舎での暮らし初の授業が始まってからも、クラスメイト達の視線はカイに集中していた。部外者に興味がわくのだろう。彼らからしたら、東京に住んでいる同い年の人間というだけで、興味深く、また敵意の対象になるのだろう。

田舎に来ても、なんら変わらずストレスフリーな生活を送りたい、というカイ少年の淡い願いは初日にして儚く破り捨てられた。

授業が終わると、カイはさながら忍者のごとく教室を出た。教室のある2階の端から昇降口までそそくさとくだった。

--東京出身ってだけで、あんなに注目されてちゃやってられねぇ。めんどくさい町だな、ここは。学校に通うだけでストレスがたまる。

靴を履いて、さあストレスから解放されようという時にカイは後ろから声をかけられた。女性の声だ。

「ねえ、山本……カイ君、だよね?」

一目でわかる。この女の子は気弱なのだと。いまいち晴れない喋り方と、小柄で慎ましい胸を携帯した華奢な身体。それだけでもう気が強い女の子ではないことがわかる。

「そうだけど、何か用か」

「私は君と同じクラスの水戸シズク。よろしくね、カイ君」

シズクはそう言いながら、少女漫画にでも出てきそうなくらい大きなクリクリした瞳を細めて笑った。肩より少し下まで、水が流れるように伸びた髪が春の夕風になびいた。

--こんなクソ田舎にも可愛い子いるんだな。

「ああ。でもあんまり俺と関わらないほうがいいかもしれないぞ」

「どうして?」

「この町では完全に部外者だからな、俺は。それに田舎者はあまり好きじゃない。陰湿な印象しかないし、なによりもダサい」

シズクは何を思ったのか、カイの言葉を聞いて柔らかく微笑んだ。

「そうなんだ。じゃあ私、君にここの素晴らしさ教えてあげられるかもしれないね」

「は? どういうことかさっぱりわからねぇ」

「いきなり話しかけちゃってごめんね。じゃあまた明日、ね」

そう言うとシズクは、桜の絨毯を小走りで駆け抜けていった。

--いきなりなんだったんだあいつ。まぁいいか。興味もわかないし、帰るか。


次の日の朝、学校に到着したカイは思った。

この学校には絶対に馴染めないと。それどころか、馴染もうとしてもだめなのだろうと。

下駄箱を開ければ、小さなゴミ屋敷が完成してるし、教室につけば椅子と机が逆さまになってお出迎え。しまいには東京民への言葉の暴力。都内出身というだけでこんな仕打ちを受けるくらいだし、この町にはやはり溶け込むことはできない、とカイは思った。同時に、いじめ問題が重要視されているこのご時世によくやるなぁ、などとのんきなことを考えていた。


「なんなんだ、表情一つ変えないし」

「東京民だからどーせ見下してんだろ、俺たちのこと」

「なんか昨日も偉そうだったよねー」


嫉妬や僻みも含んでいるのだろうか、カイは様々なヘイトを集めてしまっている様だった。

--全部聞こえてんだよ、土民どもが。聞こえる様に言ってんのか知らねえけど、なんも否定しねぇな。見下してるし、俺の方が偉いと思ってる。もともとてめぇらとは生活水準もなにもかも違った。学力すらも。それがなぜ偉そうじゃなくいられるのか。

そうカイが思った時だった。教室が水を打ったかの様に静寂に包まれた。

しまったと思った時には遅かった。すべて声帯がしっかりと外界に思ったことを運んでくれていたのだ。

「あ、やべ」

ゆるりと書いていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします

次は教室が手を返したようにざわつき始めた。

--ああ、やっちまった。円滑な高校生活はもうこれで送れないかもしれない。学校へ行くのが鬱だ。

「おうおう、言うじゃねぇかオシャレ頭」

アユムだ。相変わらずこの男は、細かいことを気にしない。

「い、いやそんなつもりは……」

「いいんじゃねぇの! お前おもしれぇからさ、俺たちの部活入れよ!!」

アユムが陽気にそう言うと、えええ、という声が至る所から聞こえた。そもそも、アユムの外見から、部活を想像しろと言われたらガチガチの体育会系しか浮かんでこない。

「い、いや俺はいいって」

カイのようなひょろ長い身体つきで、前髪で片目を隠しているようなやつが、体育会系などさぞ性に合わないだろう。

「いいや決まりだ。俺が今決めたぁぁ!」

田舎での学校生活二日目にして、カイのプランは完全に狂ってしまった。といっても、もうあの発言をしてしまった時点で、後には戻れなくなっていた。

--もうどうにでもなれ、体育会でもなんでも入ってやる。

半ば投げやり状態で、カイは放課後部室棟に足を運んだ。部室棟と言っても、一階層で平たいが。8個の部屋があるが、どれももれなく錆びかかっている。1番右の部屋の錆びたドアが開いた。

「おう、来てくれたのか、カイ! こいよ!」

「ああ」

呼ばれるがままに、その部屋に入った。錆びたドアがぎいと音を立てながらしまった。ふと部屋の中を見渡すと、驚きの景色が広がっていた。

「え、これはどういうことだ」


部屋の景色そのものにカイは驚いたわけではない。部屋にあるものなどは、とりわけ話に出すほどでもない。大きな長テーブルが一つと、無造作に置かれた8個のパイプ椅子。本棚。いたって普通の部室といえよう。しかし、そこにいる人間と、ゴミのように放置されている、部活の看板を見て驚いたのだ。

「じゃんけん……部? なんだこれは」

「ようこそ、じゃんけん部へ! お前ら、挨拶だ!」

驚いている暇もなく、パイプ椅子に腰をかけていた二人の生徒が挨拶をはじめた。

「改めて、よろしくねカイくん」

さらにサプライズだったのは、じゃんけん部にシズクがいたことだった。

「お、おまえ……」

「あれ、シズクとカイは知り合いだったのか! んじゃあ話が早いな。シズクにもしてたんだよ、おまえの話」

--そういうことだったのか、だからあの時知ってたのか。

「よろしく」

すかさずもう一人の生徒が言った。
黒縁眼鏡をした暗い顔。低いトーンの声と細長い白い肌。アユムと正反対とでも言えようか。

「シズクと井上ノブだ。ノブはヤミって呼ばれてる」

ヤミ。闇か病みかわからないが、陰気な響きである。

「気になったんだけど、まだ学校生活始まって二日目だろ、もう部活に入ってんのか」

「まあな。昔から仲いい一個上の奴らがこの部活作ったからな。最初から決めてたんだ」

「ふーん。田舎っぽいな」

「まあそういうなって、とりあえず部室でゆっくりしていけよ」

「いや、遠慮しとく。あと活動内容は何なんだこの部活」

カイが不意に尋ねると、アユムは眉間にしわを寄せた。

「知らねぇ……」

「は!? なんだそれ」

「いやあ、仲いい奴が作った部活だから、適当に入ったんだよ。ここにいる二人もそうだし、上の代の奴らが来たら聞いてみるか」

「そうしてみてくれ。俺は今日は帰る」

おいまてよ、というアユムの声を尻目に、カイは帰路についた。帰り道の途中、カイは辺りを眺めた。やはり田舎の中の田舎といった景色だ。夕日の橙に田んぼや畑が染まり、木々は夕風にあおられる。見晴らしのいい空気の向こうには、大きな山々が見える。こんな景色は、東京にはなかった。

--クソ田舎が。東京に戻れる日は来るのか。

「おかえり、カイ」

家に帰ると、祖母が出迎えてくれた。慣れない生活ではあるが、やはり血の繋がった人間と暮らすというのはいくらか落ち着くものである。
カイの祖母の家は、木造住宅で一階建てだ。よくある田舎の大きな家、という感じである。

「学校生活は慣れたかい」

「全然だ。それどころか、ここの生活は俺には合わなそうだ。生まれた時から金持ちだったんだ」

「そうかいそうかい。じきに慣れるさ。ここも悪かぁねぇさ」

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