京太郎「鼓動する星 ヤタガラスのための狂詩曲」 (401)

 京太郎「操り人形よ、糸を切れ」

 京太郎「限りなく黒に近い灰色」

 の続編になります。

 女神転生シリーズと咲シリーズのクロスオーバー二次創作です。

 まず、いくつか注意があります。
 
 一つ。 文章が糞長いうえに文体が変わっている。

 二つ。 クロスオーバーなのですが、人物の設定、世界観の設定が大幅にいじくられています。気に入らないと思うかもしれません。
 
 三つ。 十八禁描写が全くない。 バトル描写がありますが、グロテスクに傾くことも、悲惨な目に合うキャラクターもほぼいません。 どちらかといえばほのぼの寄りです。

 四つ。 オリジナルのキャラクターがバンバン出てきます。お許しください。


 また、前回と今回の投稿の期間がかなり空いているので、一作目と二作目のあらすじを書いておきます。少しネタバレ気味のあらすじなので、一作目と二作目のネタバレが嫌だという人は読み飛ばしてください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1471079450


京太郎「操り人形よ 糸を切れ」

あらすじ

長野県の高校生須賀京太郎は同級生から人探しの依頼を受ける。人探しの依頼は奇妙なもので須賀京太郎は耳を疑った。しかし須賀京太郎は人探しへ向かう。

人探しに向かった須賀京太郎はふとしたきっかけで河に飲み込まれ、見知らぬ場所へ運ばれる。そこで須賀京太郎は喋る人形、奇妙な天使と出会い道ずれとする。

そして道ずれを手にした須賀京太郎は奇妙な世界・異界と呼ばれる世界を歩き回り、ついには事件の原因に行き着く。

異界に暮らしていた妖精たち・悪魔たちからの助力もあり事件を解決するに至り、須賀京太郎は現世へ帰還する。



 

 京太郎「限りなく黒に近い灰色」

 あらすじ

 前回の事件から数日後、ヤタガラスと呼ばれる組織から須賀京太郎に招待状が来る。これはパーティーへ誘うもので、悪意あるものではない。

 須賀京太郎はこの誘いに乗る。しかし誘いに乗ったは良いが問題が発生する。パーティーの目玉であるクロマグロの解体ショーができないという。

 なぜなら、運び込まれるはずだったクロマグロが会場に到着していないのだ。

 これをきいてヤタガラスの構成員である・ディーと須賀京太郎はクロマグロを手に入れるために、奮闘する。

 クロマグロ争奪戦は苛烈を極めるが、優秀なヤタガラスであるディーと須賀京太郎の連携によってどうにかクロマグロはパーティー会場へ到着する。

 この一件で須賀京太郎はヤタガラスに所属することになる。

 

 あらすじからも察していただけますように、全体的に緩いうえに恋愛要素皆無になっています。「操り人形」がほのぼの九割。「限りなく黒」がほのぼの八割。

 今回はほのぼの五割くらいです。

 毎週日曜日更新で、九回くらいで終了できると思っています。 よろしくお願いします。

 プロローグ


 夏休みの最終日天江衣の別館の前に染谷まこが立っていた、この時に彼女の身に降りかかった面倒事についての話から書いていく。

ことの始まりは朝八時にかかってきた電話だった。染谷まこの実家に龍門渕を名乗る女性から電話がかかってきた。電話を受けたのは染谷まこの母親だった。

接客業を営む染谷まこの実家である。朝八時となればすでに動き出す準備はできていた。そしてこの時間帯にかかってくる電話となれば、予約だとか注文のどちらかだった。

見逃すことはなかった。そして龍門渕からかかってきた電話を娘に取り次いだ。龍門渕からの電話だといって母親から受話器を渡された染谷まこは困っていた。

電話をかけてくるような関係ではないと思っていたのだ。そうして受話器から聞こえてきたのは龍門渕の別館に暮らしているという天江衣の声だった。かわいらしい声でこんなことを言っていた。

「大事な話がある。迎えをよこすからこっちに来てくれないか。許可ならおじい様にもらっているから大丈夫だ。

 なぁ染谷。私とお前の仲だ。頼むよ」

染谷まこは少しだまった。何か嫌な予感がした。そしてよく考えてから答えた。

「命の危険がないのなら話をきいちゃろう」

すると受話器の向こうで天江衣が喜んだ。そしてこういった。

「命の危険なんてあるわけないだろ? そんなことをしたら京太郎が激怒する。本当に大したことはない。
 
 来てくれる?」

すると染谷まこは苦笑いを浮かべながら答えた。

「ええじゃろう。向かえはいつ来る?」

染谷まこがうなずくと、天江衣がこう言った。

「もう家の前にいるはずだ。一番いい運転手だから、何が起きても龍門渕にたどり着けるぞ。

 それじゃあ、よろしく頼む。お茶とかお菓子はこっちで用意しておくから手ぶらで構わんぞ」

などといって天江衣は電話を切った。電話が切れた後染谷まこは自宅の前をこっそりとみてみた。すると自宅の前に黒塗りのベンツが止まっていた。

執事服を着て白い手袋をつけた運転手が運転席でスタンバイしている。幸い朝ごはんを食べ終わり身なりも整っている染谷まこである。それほど待たせずに済んだ。

そして龍門渕まで快適なドライブを楽しむことになった。

 龍門渕に到着したあと、染谷まこはメイドさんに導かれた、この時の染谷まこの様子について書いていく。それは龍門渕の車に乗り込んで数十分後、龍門渕に到着してからのことである。

「ディー」
と名乗る運転手さんに

「ちょっと待っててもらえる? 案内役がすぐに来るはずだから……ごめんね、呼び出したのに待たせるようなことをして。
 敷地が広いから迷子になる人が多いんだわ」

といって謝られていた。これに染谷まこが大したことではないと答えていると、黒塗りの車にメイドさんが駆け寄ってきた。

黒塗りの車に駆け寄ってくるメイドさんはきれいな女性だった。髪の毛がそれなりに長いが、これもまたきれいに手入れされていて、つやつやである。

ただ少し不機嫌だった。このメイドさんは染谷まこを見つけるとこういって挨拶をした。

「染谷様ですね。お待たせしました。

 ハチ子と申します。我が王に変わり精一杯務めさせていただきます」

一挙一動即が非常に洗練されていた。そんなメイド服を着たハチ子に染谷まこはあいさつで返した。簡単なあいさつで、

「染谷です。お邪魔します」

程度のものだった。しかし特に問題はなかった。挨拶が終わると染谷まことハチ子は別館に移動を始めた。

そうして別館に移動する間に五人組の少女に絡まれた。長い三つ編みの少女と、ポニーテールの少女、ツインテールの少女に、和装の少女、そしてショートカットの少女である。

皆顔がそっくりであったが、微妙に違っていて染谷まこは

「五つ子か?」

といって珍しがっていた。そんな染谷まこに五人組の少女がこう言っていた。

「これが染谷まこか……ふうん?

 普通の人間にしか見えないが……」

五人組の少女はじろじろと染谷まこを観察していたが、すぐに逃げ出した。

ぴょんぴょん跳ねてあっという間に姿を消した。風のようだった。五人組の少女が逃げ出したのは、金髪の女性と黒髪の女性の気配がしたからである。

仕事をさぼって染谷まこに会いに来たことを知られたくなかった。

 五人組の少女が姿を消した後、金髪の女性と黒髪の女性が染谷まこの案内に加わった、この時に行われたやり取りについて書いていく。

それは五人組の少女たちが冗談のような身体能力で龍門渕の敷地内を駆け抜けていった後のことである。

「とんでもない身体能力じゃなぁ」

と染谷まこが驚いている間に金髪の女性と黒髪の女性が目の前に立っていた。金髪の女性と黒髪の女性は、おそろいのジャージをきて、手には軍手をはめていた。

そうして彼女らが現れると染谷まこは驚いた。気を抜いていたらいつの間にか目の前に現れていたからである。しかしすぐに落ち着きを取り戻した。そして染谷まこはこういった。

「アンヘルさんと……ソックさんじゃったか?」

名前を呼ばれた金髪の女性と黒髪の女性は微笑みを浮かべてうなずいた。そして名前を呼ばれた金髪の女性アンヘルがこう言った。

「お久しぶりです染谷さん」

続けて黒髪のソックがこう言った。

「貴重な夏休みの最終日に呼び出してしまったこと、本当に申し訳ありません。

 衣ちゃんが頭の悪いお願いをすると思うのですが、できれば怒らないであげてください」

すると染谷まこが苦笑いを浮かべた。面倒くさいことになったと思った。この時染谷まこの案内役がものすごく不機嫌になっていた。

アンヘルとソックが自分の仕事に割って入ってきたからである。しかし拒否できなかった。アンヘルとソックがハチ子よりも格上だったからである。

 アンヘルとソックが加わった後染谷まこたちは天江衣の別館へ到着した、この時に染谷まこを出迎えた天江衣について書いていく。

それはアンヘルとソックが現れてから五分後のことである。染谷まこたちは天江衣の別館に到着していた。この時染谷まこはずいぶん驚いていた。

天江衣の別館がものすごく大きかったからである。龍門渕は大金持ちの財閥だとは知っていた。天江衣がいいところのお嬢さんだということも知っていた。

しかし、実際にビックリするくらい広い敷地とその中に立つ数々の建物を見てみると、スケールの違いに圧倒された。

特に天江衣の別館は妙な威圧感で満ちている。雰囲気が妙に重々しく、古い博物館のようで足を踏み入れるのがおっくうになる。

ただ、天江衣の別館の周りには家庭菜園らしきものがあり、重々しさをそいでいた。家庭菜園を誰が仕切っているのか染谷まこはすぐに推理できた。

そうして

「セレブじゃなぁ」

などと感心しているところで、天江衣が姿を現した。染谷まこのノックを待たず、自分で玄関の扉を開いていた。

堂々と玄関で構えている天江衣はポニーテールとジャージ姿であった。ジャージの袖と裾をめくり上げて、なかなかの女子力である。

足元がビーチサンダルなので桁外れの女子力とみてよかった。これに加えて健康的な日焼けである。完璧なお嬢様だった。

このパーフェクト天江衣だが、染谷まこを見つけてこう言っていた。

「ようこそ我が別館へ! さぁ! 中へ入ってくれ! さぁ! さぁ!」

染谷まこを誘う天江衣の勢いがすごかった。

染谷まこを見つけると、パタパタとやってきてぐいぐい引っ張っていた。見た目かわいらしい天江衣である。動作と相まって邪悪さはない。

しかし染谷まこは抵抗した。ぐいぐい引っ張られてもなかなか先に進まない。天江衣の顔に必死さがあるからだ。見た目可愛い天江衣だが、同年代の女子高校生と染谷まこは知っている。

加えて、若干ひねくれていることも了解している。そのため

「かわいいからオッケー」

などと考えるわけもなかった。むしろ不信感が生まれ、足が全く動かなくなっていた。ただ、十秒ほど抵抗した後染谷まこは別館に運び込まれていた。

天江衣が「腕」を創って無理やり運び込んだ。第三者から見れば間違いなく事件性ありと判断される運び方であった。

染谷まこが抵抗しているので、余計に事件性が高く見える。しかししょうがないことである。夏の日差しが熱いのだ。さっさと中に入りたかった。

 染谷まこが拉致されて十分後のこと天江衣がお願いをしていた、この時に天江衣がお願いした内容と反応について書いていく。

それは染谷まこをリビングルームへ天江衣が運び込んで十分後のことである。散らかったリビングルームで染谷まこが正座していた。

染谷まこの目の前には少し大きなちゃぶ台がある。ちゃぶ台の上には人数分のお茶とお菓子が並んでいた。また、正座をしているが、全く問題はない。

なぜなら高級な絨毯があるからだ。ふわふわである。ただ染谷まこの表情は暗い。なぜならリビングルームが思った以上に散らかっていた。

まず服が脱ぎっぱなしである。そして漫画雑誌やら単行本やら教科書が放り出されている。

加えて大きなテレビに接続されたゲーム機とその周辺にうずたかく積まれているゲームソフトと毛布と枕。

人の生活態度をとやかく言うつもりは一切ない染谷まこである。しかし、さすがに許容限界を超えていた。その超えた分が染谷まこの表情を悪くした。

そんな染谷まこの目の前には天江衣が座り、両隣をアンヘルとソックが抑えていた。メイド服を着たハチ子は案内が終わるとすぐに別の仕事に向かった。

ハチ子が言うには

「領土の掌握が完了したようなので、部下たちの配置を決めてきます。

 重要度としては染谷様が一番なのですが……申し訳ありません。後のことはアンヘル様とソック様にお任せします……本当に残念です……本当にっ」

ということであった。そうしてハチ子が抜けて四人でちゃぶ台を囲んだとき、天江衣がこう言った。

「染谷ぁ……染谷を女と見込んでお願いしたいことがある」

この時の天江衣は真剣そのものだった。この天江衣に対して染谷まこはこういって答えた。

「一応聞いてやるが、断るつもり満々じゃぞ?」

すると天江衣がこう言った。

「まぁまぁ、そんなつれないことを言うな。染谷と私の仲だろう?

 せっかく染谷のためにお茶とお菓子を用意したのだ。須賀京太郎の尊敬している先輩だということで、アンヘルとソックが丹精込めて作ってくれたんだ。

 お茶一口飲めば肌に生気がみなぎり、お菓子を一口食べれば元気が湧いてくる。

 あぁ! もちろん怪しい薬なんて使っていない! 何なら先に私が毒見しようか?

 美容と健康にいいだけじゃなく、ものすごくおいしいんだが、私が毒見してやろうか?」

すると染谷まこが苦笑いを浮かべた。天江衣がおかしかった。アンヘルとソックも笑っていた。この調子で食べる人間がいるわけがないと思った。

ただ、染谷まこはお茶とお菓子を口にした。アンヘルとソックが視線で大丈夫だと伝えてくれたからだ。そして染谷まこは驚いた。

本当においしかったからだ。そして妙に心臓がどきどきして、全身のエネルギーが活性化するのを感じていた。

夏バテ気味だったのも嘘のように吹っ飛んでいる。ビックリだった。そんな染谷まこに天江衣がこう言った。

「食べたな?」

すると染谷まこがこう言った。

「食べちゃった……わかった。ええじゃろう。じゃが、一応考えさせてくれぇよ。あんまりなお願いじゃったら本当に断るからな?

 卑怯かもしれんけど、京太郎に泣きついたりするかもしれんからな?」

すると天江衣とアンヘルとソックが固まった。染谷まこが本当に恐ろしいことを言うからである。流石に肝が冷えた。そんな三人に染谷まこがこう言った。

「それで、お願いというのは?」

すると天江衣が軽く息を吐いた。そして真剣な顔を創りこう言った。

「夏休みの宿題、手伝ってくださいお願いします!」

このようにお願いした直後、天江衣が夏休みの宿題をちゃぶ台に乗せた。夏休みの宿題は分厚いプリントの束の集合体であった。高さはおよそ二十センチ。

ちょっとしたブロックだった。すると染谷まこがプリントの束を手に取った。そしてプリントの表紙を見てこう言った。

「『センター試験の過去問題集』……龍門渕高校特製の?」

絶望感たっぷりの呟きだった。この呟きの後、染谷まこは帰ろうとした。本日夏休み最終日である。付き合っていられなかった。

 染谷まこが帰ろうとした時天江衣が必死になって引き留めた、この時の染谷まこと天江衣の攻防について書いていく。

それは分厚いプリントの束の山を前にして染谷まこが撤退を決めた直後である。染谷まこが立ち上がった。

そして、さっと歩き出した。向かう先は玄関である。そんな染谷まこを天江衣が引き留めた。染谷まこの右足に飛びついて、しがみついていた。

この時の天江衣は実に素早かった。まさに猫である。染谷まこの足にしがみついた天江衣だが、こんなことを言っていた。なりふり構っていなかった。

「ちょっと待って染谷さん! お願いだから話をきいて!

 染谷さんに断られるとマジヤバいんです! 学校からママンに連絡されちゃうから!」

この天江衣に対して染谷まこは行動で答えた。天江衣のお願いに全く動じずに、別館の玄関を目指して歩いたのだ。絶対に手伝うものかと顔に書いていた。

夏休み最終日に人の宿題を手伝うなんてありえなかった。絶対に回避したかった。ただ、天江衣が右足にしがみついているので全く動いていなかった。

そんな染谷まこに天江衣がこう言っていた。

「ヤタガラスの仕事をしてたんです! 染谷さんたちが活躍している間に衣は徹夜で頑張ったんですぅ!」

この時天江衣だが、少し泣いていた。綺麗な両目に涙がにじんでいる。声も震えて可哀そうである。すると染谷まこの動きが鈍くなった。

脳裏に変な考えが浮かんでしまった。考えとは

「手伝ってやってもいいのではないか?
 
 夏休みの宿題ができなくなるくらい頑張って働いていたというのなら、少しくらい」

という考えである。もともと人のいい染谷まこである。

例えバレバレの嘘泣きでも、必死で頼み込まれると話くらい聞いてもいいかなという気持ちになるのだった。染谷まこがほんの少し考えを変えた時だった。

右足にしがみついている天江衣が笑った。邪悪な笑顔だった。染谷まこの心変わりを察して

「来た!」

と思ったのだ。蜘蛛の糸をつかんだ罪人はきっとこんな顔をしていたに違いない。

 非常に低レベルな攻防が終了した三分後天江衣が語り始めた、この時に天江衣が語った内容と染谷まこの対応について書いていく。

それは天江衣が邪悪な笑みを浮かべ、染谷まこが

「話を聞くだけじゃぞ」

と答えた後のことである。再びちゃぶ台の周りに天江衣、アンヘルとソック。そして染谷まこが座った。ちゃぶ台を囲んでいる時天江衣はニコニコだった。

夏休みにどれだけ自分が頑張ったのか説明すれば間違いなくお願いをきいてくれると見抜いたからである。

そんな天江衣の向かいに座っている染谷まこは不機嫌だった。天江衣の邪念を感じ取ってのものである。

しかし話くらい聞いてもいいかという人の良さが、耐えさせていた。

そうして四人が座って落ち着いたところ、天江衣がこう言った。

「まずインターハイ期間中から、今まで私はずっと働いていた。仕事内容は情報の操作と整理。早い話が事後処理だな。

インターハイ期間中に起きた問題を徹底的に隠したり直したりしていた。

 嘘だと思うだろう? だが、マジなのだ。

 具体的な話はあとでゆっくりさせてもらうが、阿呆みたいな規模で問題が発生してな。この私にも仕事が回ってきたのだ。

そして何を隠そう染谷たちもガッツリ被害を受けている。私がどうにかしてやったがな」

すると染谷まこが驚いた。被害を受けた覚えがなかったからである。そんな染谷まこに天江衣がこう言った。

「驚くのも無理はない。だが、本当の話だ。この日本に暮らしているほぼすべての人間が被害にあった。ただ、被害にあった者たちはその事実に気づかない」

このように天江衣が話をすると染谷まこがこう言った。

「何かとんでもないことが起きたっちゅー話みたいじゃのう。

 じゃが、いまいち何が起こったのか納得がいかんぞ」

すると天江衣がこう言った。

「もちろん、詳しく話してやろう。この事件はたった一夜で解決した事件。

 面倒くさいことに中東の退魔組織やら六年前に私を生贄にしようとしたボケどもまで関係していて説明がだるいが、そのあたりは今回の事件に必要な分だけにしておく。

 長くなると思うがしっかりと付き合ってくれよ染谷。話を最後まで聞けば、きっと私のことを手伝いたくなる」

これに染谷まこが笑って答えた。楽しそうだった。見たままで染谷まこは楽しんでいた。ヤタガラスがどんな激しい戦いを経たのか気になっていた。

全ての人間が被害にあったという話だが、恐れはなかった。なぜなら結末はわかっていた。今ここに天江衣と自分は生きている。

つまり夏の夜に起きたという事件は

「めでたしめでたし」

で終わると確定している。だから単純に楽しめた。

 染谷まこが楽しそうに笑った後アンヘルとソックに天江衣がお願いをした、この時の天江衣のお願いとアンヘルとソックの答えについて書いていく。

それは染谷まこがノリノリになっている時のことである。染谷まこが笑っているのを見て天江衣がにやりと笑った。

上手く話ができれば間違いなく染谷まこが手伝ってくれると確信したのである。そして確信した天江衣はアンヘルとソックにお願いをした。

「アンヘル、ソック。お前たちも染谷に語って聞かせてやれ。

 今回の事件で一番頑張ったのはおそらく京太郎だ。私が知りえた情報で十分だと思うが……・『京太郎の右腕と左腕』であるお前たちだけが知っている話もあるだろう?

 実際に体験したものと知識として知っている私との間には理解の差があるに違いない。手伝ってくれないか?」

するとアンヘルのこめかみが引きつり、ソックの眉間にしわが寄った。若干だがリビングルームの空気が冷えた。天江衣のお願いが少しだけ気に障っていた。

天江衣が悪いわけではない。これは単純にアンヘルとソックの問題で、回避不能だった。そんなアンヘルとソックの視線が天江衣に向かった。

少しイラついている二人の目は怖かった。そうなって、二人の視線を受けた天江衣はおびえた。そしてものすごく困っていた。

二人を怒らせる原因がさっぱりわからなかったからだ。天江衣が困っているとアンヘルがこう言った。

「まぁ、いいでしょう……私たちはマスターの右腕と左腕……そうよねソック?」

するとソックがこう言った。

「あぁ、間違いない。俺たちがマスターの一番だ。良いよ衣ちゃん『私たち』も参加する」


アンヘルとソックは真剣そのものだった。和やかに話を進める気はないように見えた。

ただ、天江衣はほっとしていた。アンヘルとソックの機嫌が直ったと察していた。そして再びにやりと笑った。

二人が参加してくれれば正確に事件について語れるからだ。

正確に語れるということはつまり、夏休みの課題が片付くかどうかにかかるわけで、天江衣も本気であった。

 夏休みの間に起きた大きな事件について天江衣が語りだそうとした時、別館に須賀京太郎が現れた、この時別館のリビングルームに現れた須賀京太郎について書いていく。

それは天江衣が口を開こうとした時である。別館の玄関で鍵のひらく音がした。

リビングルームと玄関の距離はそれなりにはなれているのだが、しっかり鍵のかみ合う音が聞こえていた。

するとリビングルームの天江衣、アンヘル、ソックの三名が固まった。それもそのはずで鍵のひらく音で須賀京太郎が別館の扉を開けたと判断がついた。

須賀京太郎が別館に入ってくること自体は悪くない。問題なのは別館に染谷まこがいることである。

というのが龍門渕前当主の許可をとって染谷まこを連れ込んでいるが、龍門渕透華や須賀京太郎に話をつけていない。

つまり須賀京太郎に叱られると思ったのである。そうして三人が固まっていると、リビングルームに須賀京太郎がハチ子を引き連れて現れた。

リビングルームに現れた須賀京太郎は黒地のスリーピース・スーツを着ていた。灰色の髪の毛に、鍛えられた肉体と合わさってなかなかの好青年ぶりである。

それは染谷まこが感心するほどで、須賀京太郎の登場と同時に

「おーっ! 男前になったなぁ!」

と笑顔を浮かべて褒めるほどであった。そうして染谷まこが邪念なく褒めた瞬間、リビングルームの空気がパッと明るくなった。

スリーピース・スーツを着た須賀京太郎が照れ笑いを浮かべて、こういったからだ。

「先輩? うわぁ、びっくりしたぁ。

 もう、先輩が来るなら、お土産を持ってくるんだった。ハチ子さんも知っていたのなら、教えてくれたらいいのに。

 あっ、先輩。インターハイお疲れ様でした。直接応援したかったんっすけど、ちょっと仕事がたまってまして……申し訳ありませんっす!」

これに染谷まこが笑って答えて、丸く収まった。そうして軽い挨拶を終えた後須賀京太郎はリビングルームの椅子に座った。

ちゃぶ台から少し離れたところにあり、巨大なテレビを見るのに適した位置にあった。豪華な椅子で須賀京太郎が座ると玉座のように見えた。

 須賀京太郎が席に座った後、染谷まこが話をせがんだ、この時の染谷まこと須賀京太郎のやり取りについて書いていく。

それは須賀京太郎が豪華な椅子に座った直後のことである。須賀京太郎のことなど気にせずに、染谷まこが口を開いた。

「それじゃあ、夏休みの話とやらをきかせてくれぇよ」

すると椅子に座っている須賀京太郎がピクリと反応した。視線が天江衣に向かいアンヘルとソックに向かった。

この視線に気づいている天江衣は少しためらった。しかしどうにかこういっていた。

「いやぁ、京太郎本人がいるのに、その、なぁ?」

すると染谷まこがこう言った。

「ダメか京太郎? 夏休み中に頑張ったんじゃろう?
 
 もしかして、きいたらまずい話なんか? それじゃったら諦める。

 いつも不機嫌そうな顔をしとった京太郎が、どうしてそんな男前になったんかと気になったんじゃけど……残念じゃ」

すると須賀京太郎がにやけた。染谷まこが褒めるものだから気をよくしていた。ただ、必死で自分を抑えていた。

染谷まこが目の前にいるのに格好の悪い真似は出来なかった。そうしてにやけた顔をしながら、須賀京太郎はこう言っていた。

「いやいや先輩。全然問題ないっすよ。守秘義務にあたるようなことは全然ないっす。いくらでも聞いてくださいよ」

そうしていると須賀京太郎にハチ子が耳打ちをした。小さな声でほかの者たちには聞こえなかった。すると須賀京太郎がこう言った。

「すみません先輩。ちょっと呼ばれているみたいなんで、行ってきます。ゆっくりしていってください。後でお菓子持ってきますね」

このように言い残して須賀京太郎はハチ子を伴って出ていった。須賀京太郎が出ていった後、天江衣たちが大きく息を吐き出した。

自分たちのペースを崩された結果であった。

 須賀京太郎とハチ子がいなくなった後染谷まこと天江衣が軽く会話をした、この時の二人の会話について書いていく。

それはスリーピース・スーツを着た須賀京太郎が急ぎ足で別館から出ていった直後のことである。ちゃぶ台を囲んでいる天江衣たちがほっとしていた。

誰がどう見ても後ろ暗い行為をしている人間の態度だった。そんな天江衣たちに染谷まこがこう言ったのだ。

「でっ、本当にええんか? 京太郎は話してもええといっていたが、京太郎を見るにとんでもないことが起きたんじゃろう?」

この時の染谷まこは真剣だった。

スリーピース・スーツを着こなしている須賀京太郎と下僕のように従っているハチ子を見ていれば戦いが激戦であったことが予想できた。

数日前の須賀京太郎を知っている染谷まこであるから余計に、須賀京太郎の変化の理由が戦いを潜り抜けた結果と報酬と予想がついた。

天江衣が自己判断で語って良いとは思えなかった。しかしそんな染谷まこに天江衣がこう言って答えた。

「全然問題ないな。なぜならすでに周知の事実だからだ。

 今回の事件の黒幕も、目的も、手段も完璧にわかっている。どこに被害が出て、誰が報酬を手に入れて、どんな現在をつくったのかもわかっている。

 染谷は一般人だからそっちの情報が回ってこないだけで、野良サマナーどもにも情報は流れているはずだ」

天江衣に恐れるところがない。元気いっぱいである。須賀京太郎という邪魔者が居なくなったからだ。戦いを潜り抜けてきた須賀京太郎は少し苦手なのだ。

眉間にしわを寄せなくなったが、妙に穏やかで、凪いでいる。今まではかろうじて少年だった。先輩後輩の間柄でやりやすかった。

しかし今は完全に青年の風格で天江衣は落ち着かない。それこそハギヨシやディーのようなぶれない男性を相手にしているようで、やりにくい。

そのため須賀京太郎が居なくなると天江衣の調子が復活し、勢いが戻ってくる。そんな天江衣であるから、口は非常に軽かった。

「今回は地球規模で問題が発生したからな。

 少し前に地球全体に隕石が降ってきたってニュースでやっていただろう? 外国の建物に直撃して死傷者が出たって話……あれな、今回の事件が原因だ。

私は後からきいたから実際どんな戦いぶりだったのかはわからない。しかし、間違いないだろう。映像データもきっちり残っているからな。

 まぁそのあたりは、アンヘルとソックがよく知っていると思うから二人に任せたい」

元気になった勢いで口がペラペラになっていた。この天江衣に染谷まこはこういっていた。

「はぁー、隕石? 何でもありじゃな」

染谷まこは非常に驚いていた。しかし少し夢を見ているようなところがあった。現実味がないのだ。

地球規模で隕石が落ちまくった話は染谷まこも知っている。被害者が出たという話も聞いている。しかし現実味がなさ過ぎた。

これがちょっと悪魔が出てきたとか、ちょっと爆発したくらいならわかるのだ。

しかし地球規模で隕石となるとこれはもう完全にファンタジーで頭が追い付かなかった。

 もともと現実離れした話が一気にファンタジーに近付いた時別館に背の高い女性が入ってきた、この時に現れた背の高い女性について書いていく。

それはそろそろ天江衣が語りだそうとした時であった。別館の玄関で鍵のひらく音がした。須賀京太郎の時とは違い、可愛らしい音だった。

するとリビングルームにいたアンヘルとソックが

「あっ」

という顔をした。人を待たせていたのを思い出したからである。


染谷まこの案内に参加する前は家庭菜園をいじっていた二人である。この時アンヘルとソックのほかにもう一人作業をしている女性がいたのだ。

玄関から聞こえてきた鍵の音はそのもう一人の音で、きっと待ちきれなくなって戻ってきたのだと考えた。

そしてアンヘルとソックが申し訳なさそうな顔をしているところで、可愛いジャージを着た背の高い女性が現れた。

身長百八十センチほどで、すらりとした女性だった。真っ黒な髪の毛をおしゃれにまとめて、女子力が非常に高い。

見た目美しい女性だがそれ以上に目を引くのは、恐ろしく無表情なその顔である。綺麗なのは綺麗なのだが、顔がピクリとも動かない。

また少しも汗をかいていない。そのうえ肌が青白い。夏の暑い日にすれ違えば間違いなく記憶に残るタイプの女性だった。

そうして現れた無表情で青白い顔の背の高い女性だが、アンヘルとソックを見つけてこう言っていた。

「アンヘルちゃん! ソックちゃん! もう、どこに行ってたの!? 私心配したじゃない!」

見た目非常に美しい女性だったが、口調は完全に少女だった。顔の作りからして二十代前半だが、話方は十代前半であった。

また身振り手振りが驚くほど可愛らしい。世の女性から見れば鬱陶しい以外の印象はないだろう。

ただ、顔は一切動いていなかった。完全に無表情で、感情が読み取れなかった。そんな背の高い女性だが文句を言うのはすぐにやめた。

染谷まこを見つけたからだ。須賀京太郎から染谷まこの話をきいている背の高い女性である。すぐに染谷まこだとわかり、興味を持ったのである。

そして文句を言うのをやめた直後、かわいらしい少女のポーズをとって背の高い女性はこんなことを言っていた。

「間違えていたらごめんなさいね、貴女はもしかして染谷まこさん?」

これに染谷まこが若干引きながら答えた。

「ハ、ハイ。そうですが」

すると可愛らしい少女のポーズをとっている女性がこう言った。

「やっぱりぃ! もう、『まこちゃん』が来ているなら、先に言ってよ!

 あっ、まこちゃんって呼んでもいい?」

すると染谷まこは勢いに圧されてうなずいた。すると大げさに背の高い女性がうなずいた。しかしすぐに、肉体全体でしょんぼり感を演出した。

何事かと染谷まこがおびえていると背の高い女性がこう言った。

「ちょっと失礼するわね。

 まこちゃんともっとお話ししたいけど、泥だらけなの。それに、ごめんなさいね。汗臭いでしょうわたし。

 すぐにシャワーを浴びて、着替えてくるわぁ!

 梅さぁん! 私の分のお菓子用意しておいてぇ!」

そうして背の高い女性は姿を消してしまった。嵐のような女性だった。
 
 無表情なのに嵐のような女性が姿を消した直後ようやく天江衣が語り始めた、この時の天江衣たちについて書いていく。

それはとんでもない勢いで背の高い女性が去った後のことである。天江衣が咳ばらいをした。

場を仕切りなおすためである。空気がまとまってくると、天江衣はこういった。

「今回の事件のスタートは十年以上前。着想を得たのは二十年近く昔の事らしい。

十五年前に中東で起きた事件はアンヘルが、スタートに関してはソックがよく知っている。

 ただ、本筋を追うだけなら私だけで十分だ。太陽が沈み太陽が再び昇るまでの時間で事件は始まり終わりに向かった。

 結構長い話になる。まぁ、リラックスして聞いてくれ。しかし染谷には申し訳ないが先に結末だけを伝えておく。

分かり切っていることだ、引き伸ばしてもしょうがないだろう。この話は

『めでたしめでたし』

で終わる。

私たちが生きてここにいる。そして日常が続いていることがその証拠だ」


すると天江衣にアンヘルが続いた。

「衣ちゃんは私の話を聞いておく方が良いといってますけど、大した意味はありませんから気にしないでくださいね。

 十五年くらい昔に中東で私と私の同類たちが呼び出されたんです。で、どうやら黒幕はその時に『天国を創るヒント』を得たようで……」

これにソックが続けた。

「私の話もそれほど気にしなくていい。『天国を創るための土台』として私たちが狙われたってだけのことだから。

 正直この話をすると私とマスターの出会いがあまりに運命的でアンヘルが嫉妬するから……」

するとアンヘルが邪悪な笑みを浮かべた。これに同じような笑顔でソックが答えた。そんな二人を無視して天江衣がこう言っていた。

「では話を始めるぞ。足を崩してリラックスしてきいてくれ。アンヘルとソックは補足説明をしっかり頼むぞ」

すると染谷まこが足を崩してリラックスした。これを見て天江衣がようやく語り始めた。天江衣が語るのは真夏の夜の間に起きた天国を創ろうとした男の話。

そして天国を打ち壊した青年の話である。天江衣のわきを固める金髪の女性アンヘルと黒髪の女性ソックが補足説明を行う。

目的は分厚い夏休みの宿題を染谷まこに手伝ってもらうこと。自力でやったほうが早いような気もするが、誰かに手伝ってほしいのが天江衣であった。


プロローグ 終わり。



 東京に向かって走る豪華絢爛なバスの中で染谷まこが頭を抱えて困っていた、この時の染谷まこについて書いていく。

それは長野県から東京に向かうバスが動き出してすぐだった。豪華な座席に座っている染谷まこがうなだれて頭を抱えていた。

うなだれている染谷まこの表情というのは非常に悪かった。染谷まこと一緒にバスに乗っている清澄高校麻雀部の面々が心配していたのだが、染谷まこは平気だといって取り合わなかった。

「大舞台を前にして緊張しとる」

というと部員たちは信じた。信じた部員たちのほとんどはバスの後部座席にに移動した。後ろの広い空間で作戦会議をするためである。

資料を見ての会議になるので気分が悪そうな染谷まこはいったんお休みである。

清澄高校の面々が利用している長距離バスは非常に豪華で、会議をするスペースがあった。座席一つ一つが独立した空間になっているあたり相当お高いバスだった。

用意してくれたのは龍門渕グループ。長野県から旅立つ高校生たちのために龍門渕のお嬢様が

「派手にやる」

と宣言し実行したのだ。これはバスを利用する生徒すべてが知っていた。しかし文句は出なかった。豪華なバスで移動できるのは素晴らしいことだった。

しかし染谷まこはバスが動き出してすぐに頭を抱えた。死にそうな顔をして震えていた。

 染谷まこが死にそうな顔をしているときに清澄高校麻雀部の男子部員が話しかけてきた、男子部員と染谷まこの会話について書いていく。

それはバスが動き出して十分ほどしたところ。清澄高校の女子部員たちが最後尾に移動して作戦を立てつつ雑談をしているときである。

染谷まこの隣の座席に座っている男子部員が話しかけてきた。こう言っていた。

「大丈夫っすか、先輩。車酔いなら持ってきてますよ?

 必要なものがあるのなら遠慮なしにメイドさんたちに言ったほうが龍門渕さんは喜ぶ、と思うんですけど……」

唯一の男子部員は非常に心配していた。本当に心から心配している。心配しているのが顔に出ていてわかりやすかった。

話しかけられた染谷まこはちらりと男子部員を見た。そして染谷まこは首を横に振った。それでも心配している男子部員にこう言った。

「大丈夫じゃ。心配せんでもええよ。ありがとう」

染谷まこが大丈夫だというと男子部員は黙って肯いた。重大な決断をする戦士のように見えた。

大した話はしていない。しかしいちいち動きが様になっていた。そして肯いた後男子部員が動き出した。

染谷まこから視線を外して、バスに乗り込んでいるメイドさんにジェスチャーで指示を与えた。手慣れたしぐさだった。

この行動を見て、染谷まこは小さな溜息を吐いた。喉の奥に言葉が引っかかっていた。こう言いたかったのだ。

「お前のことを心配しているのだ。この数か月で随分変化して、今も眉間にしわを寄せたままのお前を」

隣の席に座っている男子高校生、須賀京太郎が染谷まこの悩みの種だった。

 頭を抱えて苦しんでいる染谷まこを見て須賀京太郎がメイドに指示を与えていた、この須賀京太郎について書く。

東京に向かうバスは四台。四台のうち一つは清澄高校麻雀部の貸切である。部員は須賀京太郎を除いてすべて女子である。

といっても女子が多いわけではない。女子五名。男子一名のギリギリやっている小さな部である。

いわゆるインドアな部活動であるから、所属している者は基本的にインドア系のメンバーがそろっている。染谷まこを見てもわかることだ。

身長は百六十センチに少し足りない程度、スタイルは特にいうところがない。眼鏡をかけていて、髪の毛は肩あたりまで。髪の毛は少し波打っている。

いわゆる緑髪と呼ばれる艶々とした良い髪色の女子高校生である。彼女の腕や足を見てみるとわかるが、まず細い。そして白い。肌はつるつるである。

いかにもインドア。いかにも文化系といった女子高校生である。これはほかの女子メンバーについても同じことが言える。

文科系の部活動をしていますと自己紹介をすれば、だれもが納得する。ただ、須賀京太郎は別だ。どう見てもアウトドア。身長が百八十五センチほど。

がっしりとした筋肉質の肉体を学生服で包んでいる。学生服は上も下もパンパンで、体重は百キロ近い。

また短く切りそろえられた灰色の髪の毛、凛々しい眉毛に冷えた両目。硬く結ばれた口元など見れば、高校生の面構えではない。

どう見ても戦士の風格である。そうなって両腕両手と視線を下げていくと細かい傷が見える。特に拳は傷だらけで古傷ばかりになっていた。

チラチラ見える手の平もごつごつとして普通ではない。特に鍛えられている下半身は、はちきれんばかりで芸術作品的な完成度である。

どこからどう見ても浮いていた。印象は軍人か戦士で間違いないだろう。数か月前の須賀京太郎を知っている染谷まこにとってこの変化は大きすぎる。


普通の学生が到達できる完成度ではない。時々、須賀京太郎に

「またでかくなったのう。 わしを片手で持ち上げれるんじゃねぇか?」

と言い灰色の髪の毛にマッスルな須賀京太郎が

「余裕っすよ。先輩細いですし」

といって本当に持ち上げて遊べるほどだから相当である。

 須賀京太郎が染谷まこに話しかけている間、ほかの部員たちは全国大会の話をしていた、この時の女子部員たちの様子について書いていく。

それは須賀京太郎について頭を悩ませている染谷まこ、そしてそんな染谷まこを心配する須賀京太郎。

そんな二人を放っておいてほかの部員たちは全国大会に向けて気合を入れていた。

もともとバスに乗って移動しているのは夏休み中に東京で全国大会が催されるからである。

そのため全国大会に参加して王座を欲する者からすれば、ほかの部員たちは非常に正しい。

バスの中でできる限りの対策をとる姿はまじめとしか言いようがない。文化系女子高校生の正しい姿である。脇目も振らずに研究に励むのは良い傾向だった。

ただ、まったく須賀京太郎の異変に気づいていないのは奇妙だった。

 全国大会に向けて麻雀部員たちは頑張っていた、そんな彼女らの問題について書いていく。女子高校生とすると非常にまじめな麻雀部員たちである。

悪いことはかけらもしていない。ただ、少し問題があった。それは須賀京太郎にノータッチであること。無視しているということはない。

須賀京太郎の名前をしっかりと呼ぶし、冗談も言う。ただ須賀京太郎の見た目に関してまったく何も言わないのだ。

例えば、もともと金髪だった須賀京太郎の髪の毛の色が灰色になっていることに、誰も言及しない。日常生活の中で、軽く触れることさえしない。

話しかけるのきっけにすら使わないというのはおかしなことである。これは気を使っての配慮ではない。灰色の髪の毛に気付いていないのだ。

気付いていないから話題に出すこともないし、問題とする気持ちも起こらないのだ。ただ、これはどう考えてもおかしなことだった。

今目の前にある現実が全く頭に入ってこない。誰が見ても灰色なのにわからない。これは大問題だった。

 須賀京太郎との雑談を終えた後、染谷まこは再び頭を抱えていた、この時に染谷まこが悩んでいた理由について書いていく。

それは須賀京太郎との会話を追えて、静かな時間が訪れた時のこと。豪華な長距離バスの椅子に座っている染谷まこは溜息を吐いた。

そしてうなだれて頭を抱えた。理由は須賀京太郎である。そして灰色の髪の毛を一切認知してくれない仲間たちの存在である。

須賀京太郎と初対面の人間なら灰色の髪に触れないのは構わない。しかし友人知人の類が一切髪の毛の色に触れないのはおかしかった。

誰がどう見ても灰色の髪の毛になっているのに、一言も触れない。そしてそれを当然だと思って過ごしている。これは恐ろしかった。

ただ、染谷まこが恐れおののいているのは髪の毛の色からもう一歩踏み込んだところにある。

それはいったい誰が須賀京太郎の情報をいじくっているのかというところだった。

つまり、染谷まこは須賀京太郎の髪の毛の色の変化をかたくなに隠そうとする何ものかの存在に行き着いている。

そしてその存在というのは須賀京太郎の口からたびたび漏れてくる龍門渕であると推理していた。

となって、東京行きの長距離バスをわざわざ龍門渕が用意したというのは嫌な予感しかしなかった。

もしかすると染谷まこが情報操作にかかっていないと気付いて始末しに来るのではないかなどと考えて恐れていた。

そして、須賀京太郎が何か悪い状況に置かれているのではないかと考え、心配していたのだった。

須賀京太郎の鍛えられた肉体が龍門渕の強制によって生まれたものではないかと考えたのであった。優しい先輩だった。


 東京に向かって移動するバスの一団が休憩所に入った時に、清澄高校のバスに三名の乱入者があった、その様子を書いていく。

東京に向かって出発して一時間半ほどたった時だった。休憩のためにサービスエリアにバスが入っていった。

豪華なバスであるからトイレも当然ついているし、飲み物も用意してくれているのだが足を動かす時間が必要だった。

そして当然だが、運転手にも休憩が必要で、かなりホワイトな職場である。そして休憩時間が始まってすぐのことだった。

そろいのジャージを着た三人の女性が清澄のバスに乱入してきた。


一人は金髪を肩まで伸ばした優しげな顔つきの女性。身長が百七十センチになるかならないか。上下ともにジャージを着て、足元はスニーカーだった。

年齢は二十歳になるかならないかというところ。化粧はしていなかった。しかし美人だった。うっすらと日焼けしている。

もう一人は黒い髪の毛軽く後ろで結んでいる女性。身長は百六十センチほど。金髪の女性とおそろいのジャージを着て、足元はサンダルだった。

顔つきが幼いが金髪の女性と同じくらいの年齢にみえる。日焼け止めを塗っているだけで特に化粧はしていなかった。

そして三人目は引きずるほど長い金髪の少女だった。長い金髪をポニーテールにして、ほかの二人とそろいのジャージ姿で現れた。身長は非常に低い。

身長百三十センチほどで、完全に日焼けして健康的な肌色になっていた。バスに乗り込んできたとき、自信満々に腕組みをしていた。足元はサンダルである。

上等なサンダルではない。ビーチサンダルだ。歩くときゅむきゅむ音を鳴らす千円しない奴である。

金髪の女性はアンヘル。黒髪はソック。ビーチサンダルは天江衣(あまえころも)である。この三人、特に天江衣の顔を見て染谷まこが嫌そうな顔をした。

身長とルックスの関係上天江衣はどう見ても小学校低学年にしか見えないが一応女子高校生である。

見た目の問題はどうでもいいこととして、問題は所属である。天江衣が所属している高校が問題だった。天江衣が所属している高校の名前は龍門渕。

ちなみに龍門渕財閥、前当主の孫である。このタイミングで現れると何かあるとしか思えなかった。

 清澄高校のバスに三人の乱入者が現れると須賀京太郎が話しかけていた、この時の須賀京太郎と乱入者たちの会話について書いていく。

それは染谷まこが嫌そうな顔をしている時だった。乱入してきた三人を見て眉間にしわを寄せた須賀京太郎がこう言った。

「何か用事でも?」

かなり冷えた声だった。清澄高校のバスに来てほしくないという気持ちが声に乗っていた。

用事がないのならさっさと龍門渕のバスへ帰れと圧が放たれていた。そうしてさっさと帰れと須賀京太郎が雑な対応をすると天江衣の口元が引きつった。

最近、須賀京太郎の対応が厳しくなっているのを気にしているのだ。

初めて出会ったときの須賀京太郎は尊敬のまなざしで自分を見ていたと思っている天江衣である。最近の冷たい対応はなかなか心に来るものがあった。

(別館の掃除をしているのは須賀京太郎とメイドさんたち)

しかしへこたれずに天江衣が話しかけた。頑張れば尊敬を取り戻せると信じた。頑張って仕事をやることに決めた。天江衣はこういっていた。

「透華(とうか)が遊び相手を欲しがってな。清澄もそろそろ暇をしているだろうと思ってな、誘いに来たのだ。

 京太郎でもいいぞ。透華は喜ぶだろう。ハギヨシもいるからいかさまをしても構わんぞ」

天江衣が笑った。すると須賀京太郎が嫌そうな顔をした。本当に嫌そうな顔だった。須賀京太郎はこういった。

「あれでしょう? ゲームついでに説教する気でしょ? ほんと勘弁してもらいたいんですけどぉ。

 やることはしっかりやりましたよ?
 
 なぁ二人とも? そうだよな? パーフェクトだったよな? ちょっと散らかしただけで」

須賀京太郎が話を振るとアンヘルとソックが苦笑いを浮かべた。

それはそのはずで龍門渕が望んでいた結末と須賀京太郎が引き起こした結末の間には大きな溝があったからだ。

アンヘルとソックが困っていると天江衣が少し大きな声で呼びかけた。

「清澄の者どもよ、お前たちは遊びたくないか? 

 龍門渕のバスには面白おかしいものがたくさんあるぞ!」

身体は小さいが声はしっかり通っていた。そして声が通っている間に、アンヘルとソックの指先が怪しく動いた。

それを見て須賀京太郎の気配が研ぎ澄まされた。須賀京太郎の目に怒りの色が見えた。須賀京太郎の目が少し赤くなった。

打ち合わせもなく清澄高校の面々に術をかけたからだ。そんな須賀京太郎を見て天江衣たちがおびえた。

怒っている須賀京太郎が怖かった。しかし天江衣は心を落ち着かせながらこういった。


「京太郎もついて行け。龍門渕の姫、九頭竜の姫である天江衣は染谷まこに話がある。

 危害を加えるつもりはない」

須賀京太郎に話しかける天江衣は顎を上げて見下ろすような格好で話しかけていた。いかにも上司的な天江衣の対応は天江衣のプライドの問題である。

これを見て須賀京太郎は深呼吸をした。怒りを鎮める方向で動いた。天江衣の目がうるんでいるのに気付いたのだ。

そうして須賀京太郎と天江衣がやり合っている間に、清澄高校の面々は黙って席を立った。そして出口に向かって歩きだした。

その様子を見て須賀京太郎は小さく舌打ちをした。こういうイベントが入るのならば先に説明がほしかった。

 須賀京太郎がイラついていると清澄高校のバスを運転する運転手が制した、運転手の動きについて書いていく。

それは天江衣とアンヘルとソックのやり方にまったく納得していない須賀京太郎の目の色が変わり始めたところである。運転手が口をはさんだ。

席に座ったままで、こう言っていた。

「落ち着けって須賀ちゃん。龍門渕は染谷さんに確認したいことがあるんだ。衣ちゃんはお使いに来ているだけ。

 本当に大したことじゃない。帝都に到着すれば俺たちは自由に行動できない。だから時間に余裕がある移動時間に済ませておこうということになったんだ。

 少し前に話をしたが、外国のサマナーどもだ。

メシアとガイアはいつも通りうっとおしいが、星の智慧教団の一派が国内に入り込んだという情報が出発直後に入ってきてね、龍門渕は予定を前倒ししたんだよ。連絡が遅れて悪かった、許してくれ。

 後、透華のお嬢が呼んでいるのも本当のこと。始末書の書き方がなっていないとお怒りだった。みっちり教え込んでやるから楽しみにしておけとのことだ。

 納得したか?」

落ち着いた男性の声だった。そして力のこもった声だった。年長者の余裕と威厳があった。運転手が理屈を説明すると須賀京太郎の目から怒りの光が消えた。

理にかなった行為だと納得した。もともと説明が欲しかっただけの須賀京太郎である。理屈があるなら納得できた。

そして納得すると須賀京太郎は黙って席を立った。この時頭を抱えて震えている染谷まこを見た。須賀京太郎は心底申し訳なさそうな顔をした。

そしてアンヘルとソックにお願いをした。

「染谷先輩を丁重に扱って、丁重にだ」

するとアンヘルとソックは微笑みを浮かべて、うなずいた。それを見て天江衣たちのわきを通って須賀京太郎はバスから降りた。

龍門渕のバスに向かう部員たちの後を追ったのだ。置いて行かれた染谷まこは須賀京太郎の背中を見送っていた。涙目だった。

絶望感でいっぱいになっていた。そうしているとバスの出入り口が閉まった。乱入してきた三人の女性は席に着いた。

染谷まこを囲むように席に座っていた。三人が座るとバスが動き出した。東京に向かうためである。


 乱入者三名に乗っ取られた清澄高校のバスが動き出すと染谷まこに天江衣が話しかけていた、その時の様子を書いていく。

それはバスが動き出してすぐのこと。

景色が動き出すと、座席に座っていた天江衣が体勢を変えた。

今まではきちんと座っていたのだが、今はビーチサンダルを脱いで座席の上で寝転がるような状態である。

肘掛けに顎を乗せて、猫のように体をくねらせていた。そして肘掛の向こう隣の席にいる染谷まこを見つめていた。

この時の染谷まこは窓の外を見つめていた。まったく天江衣のことを見ようともしない。ただ覚悟の光があった。その時が来たのだと思っていた。

そんな染谷まこに天江衣がこんなことを言った。

「染谷は私のことが嫌いか? 染谷に嫌われるようなマネをした覚えがない」

肘掛けに顎を置いてだらけている天江衣だが、少しショックを受けていた。なぜここまで拒絶されるのかわからなかった。

そうしていると染谷まこの前の座席に座っているアンヘルがこう言った。少し笑っていた。


「どうでしょうね、衣ちゃんは思いもよらないところでやらかしていることがあるから……麻雀関係で煽ったりしたとか?」

天江衣の前の席に座っているソックが割り込んだ。真面目な声を出していた。

「早く本題に入れ。龍門渕の情報操作が染谷さんには通じていないんだ。マスターは染谷さんを聡明な方だと評価していた。

ならば衣ちゃんを嫌うのもしょうがないことだ。日常に起きている異変の原因が龍門渕だと行き着いているだろう。

 まずは自己紹介から始めるべきじゃないか? 今一度丁寧に始めるべきだ」

ソックの提案を受けて天江衣もアンヘルもうなずいていた。染谷まこの情報を大量に収集している天江衣たちだが、染谷まこは違うと思い出したのだ。

 ソックの提案を受けて天江衣たちが自己紹介をした、その様子を書いていく。ソックの提案のすぐ後のことである。

 天江衣は軽く頭を上げてこう言った。

「それもそうだな」

そして体を起こして簡単な自己紹介を天江衣が行った。

「龍門渕支部所属 直階二級退魔士天江衣だ」

それに合わせてアンヘルとソックも自己紹介をした。初めはアンヘルだった。

「須賀京太郎の左腕、葛葉アンヘルです」

続けてソックがこう言った。

「須賀京太郎の右腕、葛葉ソックだ。よろしく染谷さん」

すると窓の外を睨んでいた染谷まこがピクリと反応した。そして窓の外を見つめたまま、小さな声でこう言った。

「染谷まこ……知っておるとは思うがな」

染谷まこが口を開くと天江衣が微笑みを浮かべた。悪い笑みだった。

 染谷まこが口を開いてすぐ天江衣が説明を始めた、その話を書いていく。染谷まこが少し心を開いたところである。見抜いた天江衣はすぐに行動を開始していた。

人懐っこい微笑みを浮かべて、染谷まこに話しかけたのだ。天江衣はこういっていた。

「よかったぁ。誤解が解けた。

 なぁ染谷。もう気づいているとは思うが私たちがお前に接触しているのは、京太郎の問題についてなんだ。私が何が言いたいのかわかるよな?」

すると染谷まこは窓の外を見つめたままこういった。

「さっぱり意味が分からんな。ごっこ遊びがしたいのならば、身内同士でやってくれんかの。

 金持ちの道楽か? 思い出したら悶えることになるぞ?

 わしらはこれから全国大会じゃ。遊ぶ暇なんぞない」

染谷まこが何も知らないとはっきり伝えた。すると人懐っこい猫のように天江衣が座席から身を乗り出してきた。そしてこう言っていた。

「私たち龍門渕は情報を操作するのが得意な一族でな。昔から人々を操ってきた。表からも裏からもな。

 麻雀をやっている学生らが時々超能力、オカルトなどといって未熟な異能力を使うことがあるな? 染谷の周りにもいるだろう?

 わかりやすいのは咲、私もわかりやすいよな。一応封印して同じ土俵に立つ努力はしているが、力が強すぎてな勝手に影響が出るんだ。

『私の場合』はな。

 麻雀だと男子生徒にオカルトを持つものが少ないから、異能力を持つのは女性だけと考えるのは早合点だぞ。

異能力を中途半端に目覚めさせている奴が、オカルトと呼ばれるのだ。言いたいことがわかるかな染谷? 力を抑えていない京太郎はものすごく麻雀が強かったろう? 髪の色が灰色になったばかりの京太郎はすごかったろう? 今は手加減をしているだろうがな。

 本人が言っていたよ、部員たちの呼吸のリズム、牌の傷から状況が読めた。相手の手札が透けて見える。『つまらない』とな。そういうことだ。私も同じ意見だよ。

最近はテレビゲームが私のお気に入りだ。私の能力が干渉しにくいからな」

そして一旦息継ぎをした。そして続けてこう言った。

「話がそれたな。それはいいとして、私たちは異能力者の集まりだ。ヤタガラスと呼ばれている。構成員は退魔士と呼ばれる。

悪魔を見ることができ、操ることができ、殺せる。日本全体に広がり、支配している。奪ったのではない。昔からそうだった。

 京太郎も退魔士の一人だ。しかし普通の退魔士ではない。龍門渕が抱える退魔士の中で『一番』だ。数か月の修業であっという間に駆け上がってみせた。

優秀な先生たちが地獄のような修行をつけた結果だな。

 肉体と精神の才能が適切な環境を得て才能が開花したのだ。精神的な才能も、伴っていたのは京太郎にとっては幸運だった。

私から見るとハギヨシたちがつける退魔士の修業は地獄にしか見えなかった。ただ、開花した京太郎の才能は……身内びいきになるが、美しい。

心技体が戦いに特化した肉体というのは見ていると心躍る。本能なのだろうな。少なくとも私はほかの勢力に渡したくないと思っている。

 龍門渕も京太郎のことをとても大切にしている。貴重な財産だと思っている。だから守りたい。誰にも触れてほしくない。

貴重な宝物を守るのは当然の行動だ。だから実行している。実行するだけの異能力が私たちにはある。

 私たちは遊びの枠を超えて、自在に異能力を扱えるのだ。合宿で透華の本気を見たことがあるだろう? 全ての流れを支配して、状況を有利に変化させる。

我々の血族はあれを社会全体に及ぼせるのだ。

『透華でさえ一族のうちでは未熟』

といえばわかってもらえるか? 恥ずかしい話、修行不足なのだ。

 清澄高校とその周辺、正しくは須賀京太郎の生活圏内で起きている情報の喪失は我々の仕業だよ。熟達した龍門渕の血族が治水を行っている」

天江衣がすらすらと説明を続けた。まったく染谷まこの話を聞いていなかった。しかし天江衣の突飛のない話を染谷まこはしっかり聴いていた。

当然である。今まで理解できなかった謎の答えなのだ。嫌でも意識が傾いた。染谷まこの意識が傾いたのを見抜くと、天江衣がこう言った。

「しかし染谷は私たちの操作の影響を受けていない。須賀京太郎のことを忘れていない。

 不思議だと思ったのだ。なぜ、一般人の染谷が我々の『治水』から逃れられたのか……家系図を四代ほどさかのぼってみたが、魔の血は混じっていない。

 『大慈悲の加護』を受けた痕跡もない。さてどうしてかなと思ってな。

 染谷、何か思い当ることはあるか? 情報操作の完成度を高めるため、協力してくれるというのならいくらかお礼をするつもりだ」

すると窓の外を見たまま染谷まこは震えた。そして小さな声でこう言ったのだった。

「断れば、始末するということか?」

 染谷まこが震えながら質問をした時即座に、アンヘルとソックが答えていた、その様子を書いていく。

自分は始末されるのではないかと震える染谷まこの気配を察して、須賀京太郎の忠実な仲魔二人が動き出していた。

今まで黙っていた二人は大きめの声で否定したのだ。一番に動いたのはソックだった。

「それはないです! それはないぞ、染谷さん」

あわてすぎた結果ソックは座席から滑り落ちていた。染谷まこの顔を見るために体をひねったのだが、勢いが付きすぎてコマのようにくるくる回転して落ちていた。

運動センスが低いのだ。そんなソックを放っておいてアンヘルが座席の上に膝立ちになった。

後ろの席を上から見るためである。膝立ちになったアンヘルはこういった。


「ソックの言うとおりです。我が主はそんなことを許しません。私たちはただ染谷さんを守るためにここに来たのです。

 衣ちゃんが言う龍門渕への協力はついでです」

アンヘルとソックが必死で否定していた。天江衣は自分が失敗していることに気付いてあわてた。窓の外を見つめていた染谷まこが小さな声で質問をした。

「守る? 意味が分からんのじゃが」

声の震えはなくなっていた。しかし新しい謎が染谷まこに生まれていた。龍門渕がなぜ染谷まこを守るのかという問題である。

 新しい謎に対して染谷まこが挑み始めているとき、天江衣が正直に説明をした、その時の様子を書いていく。

それは龍門渕の関係者たちが、不思議なことを言った直後である。龍門渕のことを信じていない染谷まこである。即座に疑った。当然だった。

窓の外を見つめて、できる限り頭を働かせた。両ひざの上にある握り拳は、今も硬いままである。

優しい言葉で信頼させて、一気に始末する結末を予想していた。そんな染谷まこを見てアンヘルとソックが困った顔をした。

そして天江衣を責めるような目で二人は見つめた。須賀京太郎から丁寧に扱えとお願いされたのに、これはまずかった。

アンヘルとソックに目で責められて天江衣が小さくうなずいた。失敗を理解したのだ。天江衣は染谷まこにこう言った。

「染谷は何か勘違いしているみたいだから私たちの目的をはっきり伝えておくぞ。

 私たちは須賀京太郎の痕跡を消したい。しかしそれは須賀京太郎に害を与えるためではない。

むしろ逆なのだ。私たちは須賀京太郎の痕跡を消すことで、須賀京太郎の関係者たちを守っている。

 これは、京太郎がどのような任務に就いているのか理解してもらわねば理解できない問題だと思う。もしも京太郎の任務内容について知りたいというのならば、聞かせてやろう。

ただ、これだけは言っておく。

『須賀京太郎の任務は第三者に迷惑がかかるほど激烈なもの』だ。言いたいことがわかってもらえると助かる。つまり」

天江衣が「つまり」の先を言うより早く、窓の外を眺めていた染谷まこが答えていた。

「つまり、命を奪うような任務。それも関係性の薄い関係者にも八つ当たりが及ぶような任務。地獄のような道……じゃろ?

 わしでもわかるよそれくらい。ええよ、説明せんでも。京太郎の体の傷を見ていれば、納得できる。

わしが部室におっても気にせずに着替えるからのう、良くわかる。体中傷だらけじゃもん。それ以上の説明はいらん。

 一つ質問ええか?」

須賀京太郎の任務内容について何となく理解できるという染谷まこは悲しげな顔をしていた。そんな染谷まこからのお願い。天江衣はもちろん肯いた。

「どうぞ」

 染谷まこからの質問に対して天江衣が答えた、その時の話を書いていく。天江衣が「どうぞ」と答えると、窓の外を見つめていた染谷まこが頭を動かした。

隣の席に座る天江衣の目を見るためである。そしてうっすらと涙でにじんだ染谷まこの目に睨まれた天江衣が固まった。

並々ならぬ覚悟が両目に宿っていた。一般人染谷まこはこういった。

「無理にやらせとるわけじゃなかろうな? 龍門渕の名が出るようになってから、あいつはなかなか笑わんようになった。

あいつはよく笑う少年じゃったはず……もしもそうなら」

染谷まこの質問に天江衣は答えられなかった。数か月間にわたって不可解な状況を耐えきった染谷まこの精神力は天江衣を委縮させる威力があった。

ただの小娘と笑えなかった。かたまっている天江衣を差し置いてアンヘルが答えていた。

「マスターは自分で選んでこの道を選びました。笑わなくなったのは、別の問題を抱えているからです。

 信頼のために答えさせていただきますね。

 マスターはいま退魔士の修行で躓いています。今というよりもこの数か月ずっと躓いたままです。修業の一歩目で躓いたのです。

修行を初めて数か月、全く一歩も前に進んでいません。

 マスターの先生は『葛葉流』と呼ばれる退魔術を使うのですが、それを全く身に着けられていないのです。

同じ時期に修業を始めた同輩たちは楽に身につけられたというのに……それを気にしているのでしょう。

技量が低いわけでも肉体に問題があるわけでもないのに……それがマスターから笑顔を奪っているのです」

主人である須賀京太郎の恥をアンヘルが正直に話した。すると染谷まこはこういった。

「……京太郎らしいのお」

染谷まこが視線を切ると天江衣が動き出した。天江衣の呼吸が少し乱れていた。半笑いだった。須賀京太郎が先輩といって慕う理由が理解できた。

そして染谷まこの覚悟を天江衣たちが静かに称賛した。良い退魔士もしくはサマナーになれるだろう。そうしていると染谷まこがもう一つ質問をした。

「しかしなんでわしには聞いておらんと見抜けた? 見張りでもつけておるんか?」

すると天江衣が答えた。

「バレバレだったぞ。京太郎の話を聞いていたらすぐにわかったよ。

『染谷先輩にまた体がでかくなったなって褒められたんっすよ』とか

『染谷先輩に学生服ぱつぱつだって笑われたんっすけど、これ以上大きいサイズありましたっけ?』とかな。

 私たちの情報操作は自由自在だ。

 灰色の髪の毛に意識が向きすぎだ。ためしに京太郎がどんな見た目か咲に聞いてみたらいい。『数か月前と同じ』と答えるだろうよ。

 理解したか?」

染谷まこはうなずいた。口元が笑っていた。理解不能な状態におびえすぎてくだらないミスをした自分を笑っていた。

 
 染谷まこが納得した後天江衣がゲームをしないかと提案をした、その話を書いていく。それは染谷まこがいったん納得した後のこと。

染谷まこが何とか平常心を取り戻すと、隣の座席に座っている天江衣が雰囲気を変えた。今まで真面目な空気を出していたのだが、それがなくなった。

完全に脱力し、だらけた猫のようだった。そしてジャージのポケットに手を突っ込んで、こんなことを言いだした。

「話は終了だな。それじゃあ、ババ抜きでもしよう。

 いやぁ、一時はどうなることかと思ったが、染谷が納得してくれてよかった。

京太郎は染谷のことをとても優秀で優しい先輩だといって褒め称えていたからな。下手なことをしたら本気で怒られる。

何というか、見た目ゴリラの癖に真面目でこまる」

ジャージから取り出したのはトランプが入った箱である。この時天江衣はもう片方のポケットから袋に包まれたクッキーらしきものを取り出していた。

トランプの箱とクッキーをどうするのかと思って染谷まこが見詰めていた。

両手がふさがったからだ。そうすると天江衣の尾てい骨あたりから緑色の光を放つ蛸の触手のようなものが現れた。長さ二メートルほど、太さは二十センチ。

本数は五本である。遠目で見ると緑色の尻尾が生えているように見えるが、至近距離で見るとものすごく邪悪な光景だった。


染谷まこが固まっている間に、天江衣の緑色の尻尾がトランプを受け取って、シャッフルし始めた。

緑色の尻尾たちが器用にカードをシャッフルしている間に天江衣はポケットから取り出したクッキーをかじった。

 緑色の触手が現れた時染谷まこが自分の目を疑っていた、その様子を書いていく。

それは天江衣の尾てい骨あたりから邪悪な触手が現れた数秒後のことである。緑色の触手を天江衣が操っているのを見て、染谷まこはあさっての方向を見た。

あさっての方向には流れていく景色がある。景色は流れ続けていて、現実だった。次に前の座席に座っているアンヘル。

その次に斜め前に座っているソックの姿を確かめた。ジャージ姿の美女が二人いた。二人とも平然としていた。

天江衣の尾てい骨から邪悪な触手が現れているが全く動じていない。そんな二人を見て、染谷まこは自分の太ももをつねった。

太ももが赤くなった。痛かった。痛みに耐えながら自分は正気なのだろうかと考えた。自分の正気を証明するのは難しかった。

考えている間に、染谷まこの太ももの上にカードが配られてきた。緑色の触手が丁寧に配ってくれていた。アンヘルとソックにも順番に配られている。

あっという間に太ももの上にカードが積もっていった。零れ落ちそうになるので、あわててカードを手に取った。

 カードが配り終わったところで天江衣を染谷まこが怒らせた、その時の様子を書いていく。

それはカードを配り終わってそろそろババ抜きが始まるというところである。

邪悪な触手を尾てい骨から生やしている天江衣に染谷まこはこんなことを言った。

「天江は蛸の親戚じゃったりするんか?」

すると寝転がっていた天江衣が跳ね起きた。怒っていた。尾てい骨あたりから伸びている触手が怒りに合わせて唸った。

それを見てアンヘルとソックが笑った。笑っている二人を気にせずに、天江衣はこういった。

「はぁっ!? 龍門渕の姫だぞ私は! 悪口はトカゲとかイモリあたりが許容限界だからな!」

そうして天江衣が怒ると染谷まこが触手に視線を向けた。間違いない。やはり天江衣の尾てい骨あたりから緑色の触手が生えていた。

しかも数が増えていた。数えてみると九本あった。尻尾なら可愛げがあるがどう見てもタコの足だ。トカゲでもイモリでもない。タコだった。

天江衣の怒りに合わせてうねっているので余計に冒涜的だった。

 天江衣は蛸の親戚なのかという染谷まこの疑問に対してアンヘルとソックが答えた、その様子を書いていく。

それは染谷まこの疑問を投げてのすぐ後のこと。天江衣が静かに怒っていた。一応は龍門渕の姫である天江衣。

トカゲとイモリの親戚扱いされるのはぎりぎり許せるが、さすがに蛸扱いされると腹が立った。それなりに龍門渕の血統には誇りがあったからだ。

しかし染谷まこの疑問についてはわからなくもないので、怒りはそれほど高くなかった。

龍門渕というのなら、龍らしいものを創るべきなのは自覚しているからだ。そうして天江衣が徐々にクールダウンしているところで、ソックがこう言った。

「これが葛葉流の退魔術だ。自分のエネルギーを操って形にする。そしてこれを武器にする。

 一々『葛葉流』といわなくともいい気はするがな、悪魔ならだれでもできる。これができなければ、スライム化するからな。

 葛葉流は、ここからさらに進展させる。完全に習得すれば永遠に戦える技が手に入る。

俺のマスターは……この第一段階で躓いているわけだが……まぁ、人それぞれあるだろう。向き不向きがある。

こんな技術が使えなくとも私のマスターの素晴らしさは変わらない。そもそも私たちがいればどうにでもなる。

 マスターは許してくれないけれど、一緒に戦場に出たらそれで問題は解決する。私たちがマスターのサポートをすれば問題ないのだから」

早口のソックだった。特に須賀京太郎の部分が早い。ソックの話を聞いて、アンヘルが眉間にしわを寄せた。

須賀京太郎を思うのなら、技術の習得を急ぐべきだという考えていた。


すでにソックと自分は足手まといにしかならないと理解していた。そんな二人を見て染谷まこは首をひねった。ソックが嘘をついているように見えたからだ。

しかし流した。嘘をつける部分がなかったからだ。染谷まこが不思議に思っているところでアンヘルがこう言った。

「女子高校生が蛸の触手を創るのは絵的に問題です。衣ちゃんは一応美少女なんですから、私とソックみたいな感じにすればいいのに。

 便利なのはわかりますけどね、女の子は見た目も気にしないと」

少し怒りの気配が口調に見えた。ソックに対する怒りである。もう少し主人のことを考えろと、忠実な僕としての怒りであった。

妙な空気のアンヘルとソックは問題である。しかし染谷まこの質問には答えが出ていた。触手は天江衣の趣味である。

 天江衣は趣味で触手を創りだしていると染谷まこが理解した時アンヘルとソックが腕を創った、この時にアンヘルとソックが創った腕について書いていく。

それは天江衣は触手趣味だと染谷まこがおかしな理解をした後のこと。マグネタイトを操ってアンヘルとソックが腕を創りはじめた。

緑色のエネルギーがアンヘルとソックの身体から放出され、あっという間に腕の形をとりはじめた。このとき

「こんな感じでやれば良いんです」

と言いながら肩甲骨あたりに白い翼をアンヘルは創りだした。これは左に一つだけである。色もしっかりついていて本物の翼のようにしか見えなかった。

しかしすぐに翼を変形させて、白く長い左腕を創りだした。これまた見事な腕だった。すこし翼の名残があるが、それが味になっていた。

アンヘルが腕を創っている間に、右の肩甲骨あたりに鋼色の枝をソックが創りだした。枯れ枝のように見える枝だった。この鋼色の枝も翼の様に伸びていた。

なかなか見事な枝ぶりだった。しかしあっという間に鋼色の長い腕に変わった。ソックの趣味だろう、ロボット的な印象があった。

二人が腕を創ったのはババ抜きのためである。座席と座席の距離が少し離れているので、長い腕が必要だったのだ。

 アンヘルとソックが見事な腕を創った後、天江衣が怒った、その様子を書いていく。アンヘルとソックが見事な腕を創り上げた直後である。

アンヘルとソックが胸を張った。これくらい楽勝だと顔に書いてある。そんな二人を見て天江衣が怒った。挑発されていると理解した。

普段の生活態度を知る天江衣である。間違いなく挑発だと言い切れた。尾てい骨あたりに生やした緑色の触手を唸らせながら、天江衣はこういった。

「ごめんなさいね不器用で! この形が一番便利なんです! 吸盤は万能なんです! 理にかなってんっすよ!」

天江衣の触手がうねるのを見て、アンヘルとソックが笑った。触手の再限度だけは高かったからだ。染谷まこは何も言わなかった。

仲がいいのだなと思い、目の前の光景を流した。色々と理解できない単語が飛び出してきたが、気にしないこととした。

物理法則を崇拝しているわけでもなければ、常識の奴隷でもない。理解できないこともある。宇宙は広いのだからそういう技術もあるだろうと納得した。

そして目の前のゲームに集中した。彼女に配られたカードはなかなかよかった。手に入れた情報をうまく利用すれば勝てる手配だった。



 ババ抜きをするためにトランプが配られて五分後に天江衣が叫んでいた、その話を書いていく。それはババ抜きを初めて数分後のこと。

手順が数週したところである。天江衣とアンヘルが一騎打ちをしていた。びり決定戦である。一番に抜けたのが染谷まこ、二番目がソックである。

手札がよかった染谷まこがあっさりと勝利をもぎ取っていた。これは単純に運がよかった。

二番目のソックは天江衣とアンヘルの顔色を読み切ってぎりぎりの勝利をもぎ取った。そして

「異能力があるから余裕だろ?」

と思っていた天江衣と、自称演技派のアンヘルが一騎打ちである。びり決定戦に臨む二人はものすごく本気だった。

天江衣の緑色の尻尾が動きを止め、アンヘルの微笑みが消えている。


ただの暇つぶしのお遊びのはずだが、大金をかけた勝負の真剣さだった。それもそのはず、二人とも自分は勝てると思っていた。

少なくとも染谷まこには勝てると思っていたのだ。何せ染谷まこは一般人である。裏の世界にあり、それなりに難しい事件をくぐってきた自分たちである。

一般人なんぞに負けるわけがないと思っていた。しかし実際に勝ちぬけたのは染谷まこ。余裕ぶっていた二人はびり決定戦。笑えなかった。

結果、勝利したのがアンヘルだった。三味線合戦を何とか演技で潜り抜けたのだった。勝利をもぎ取ったアンヘルは大きくガッツポーズを決めていた。

嬉しかったからだろう勢いを間違えて肘を座席にぶつけて転がり落ちていた。一方で天江衣はひどい唸り声をあげて、悔しがった。

ほとんど叫んでいた。染谷まこはしかめっ面になった。うるさかった。加えて、大金を失った博徒のようだった。

二人の様子を見ていた染谷まこは遠くを見ながらこう思った。

「京太郎は苦労しているのだろうな」と。

 ルール無用仁義無用のババ抜き二回戦が始まって十分後、天江衣が染谷まこに話しかけていた、その話を書いていく。

始まりは一回戦目が終わってすぐのことである。場が熱くなっていた。

敗北した天江衣の目が博徒のそれになり、アンヘルの顔から微笑が完全に消えた。

ギリギリのところで勝利したソックも敗北の気配を感じて真剣さを増している。染谷まこは特に気負ったところがない。

しかし四人中三名が本気になっているので、クーラーがきいているはずなのに熱かった。そんな状況になって、天江衣とアンヘルが

「もう一度ババ抜きをしませんか?」

と染谷まことソックを二回戦目に誘った。天江衣とアンヘルの考えるところは単純である。勝利することだ。

敗北を味わった者たちだからこそ、勝利の味を欲しがった。ただ、あまりにぎらついているので染谷まことソックにはすぐに見抜かれた。

ただ、何の問題もなく二回戦目が始まった。賭けているモノがプライドだけだからだ。しかし結果から言えば、勝利したのは染谷まこ。

二番目が天江衣である。三味線上等、ちょっとした心理学のテクニックも織り込んで楽しくゲームをプレイしての結果であった。

そうして二回戦目の決着がつくと、染谷まこの隣に座っていた天江衣が話しかけてきた。

「いやぁ、染谷はババ抜き強いな。なにかコツでもあるのか?」

完全に声が震えていた。平静を装っていたが、顔が少し赤い。それもそのはず、異能力を少しだけ発動させても勝利できなかったのだ。

ものすごく悔しかった。そんな天江衣に染谷まこがこう言った。

「ないぞ? こういうのは運じゃろうな。そんなもんじゃろ?」

勝利に勝ったうえに冷静そのもの。熱くなっている三人を上から見下ろす視線は常識的な高校生の目だった。

そんな染谷まこを見て天江衣のこめかみが引きつった。天江衣の持つ異能力が運なんぞで拒絶されるわけがなかったからだ。

 天江衣と染谷まこが話をしている間にババ抜きの二回戦目が終了した、この時の彼女らの様子について書いていく。

それは染谷まこの挑発が天江衣に直撃した後のことである。二回戦目の決着がついた。最下位になったのはアンヘルだった。

ソックとの激しい心理戦を経て、結局敗北していた。最後の最後で、ビックリするくらい焦ってしくじっていた。

そうして負けた時、犬のような唸り声をあげてアンヘルは座席から転がり落ちていった。転がり落ちていったアンヘルは堕ちた姿勢のままで動かない。

しかし怪我はしていない。連敗で心がズタズタになっていた。そして次こそ勝利するために、転がり落ちた姿勢のまま呪文を唱え始めた。

「『飢えに苦しむ私を満たす、現世の皿が空になる。今ぞ審判の時。来たれ光の神、汝の影が動き出す』」

一方、ぎりぎりのところで勝利したソックは両手で顔を隠して、椅子に縮こまって

「うん! うん!

と言っていた。次の戦いを有利に進めるため自分を抑え込んでいたが、勝利の喜びで心はいっぱいである。

となって、アンヘルが本気になり呪文を唱え始めた時、すぐにソックも呪文を唱え始めた。

「『探求の果てに海を見て、砂で創った玉座についた。玉座についた私に願う。新たな私に祝福を』」

アンヘルとソックの呪文はまったく聞き覚えのない言葉で放たれていた。これは染谷まこにも聞こえていた。しかし突っ込んでいかなかった。

きいてもわからないからだ。

 アンヘルとソックが本気になった直後、ババ抜きの第三回戦が始まった、この時の彼女らの本気具合について書いていく。

それは龍門渕が用意した長距離バスの中が、若干異界化しつつある時のことである。天江衣が

「よっし! 次だ次! 染谷を引きずり降ろしてやれ!」

といってババ抜きが始まった。カードをシャッフルしたのは染谷まこであった。天江衣たちが

「自分がやる」

といって立候補してきたので染谷まこが

「お主ら『やる』つもりじゃな? わしがやる」

といって奪い取ったのであった。ただ、天江衣たちはまったく抵抗しなかった。それどころにんまりと笑って、染谷まこにシャッフルを任せていた。

というのも、シャッフルを他人に任せても自分が勝つという自信が三人にあった。特に天江衣は自信満々である。

当然のことで、手加減抜きに龍門渕の異能力「治水」の強化変異系「支配」を発動させていた。

この能力を発動させた今、すべての情報は自分に従うと確信があった。大量の麻雀牌すら好き勝手に操れるのだ。トランプ程度大したことではなかった。

この時ババ抜きの絶対王者である染谷まこは平然としていた。いくら気張ってもババ抜きをやるだけだからだ。

配られたカードが問題ではなく、プレイングが問題だと理解していた。

 ババ抜き三回戦目が始まって三分後のこと染谷まこに天江衣が話しかけていた、その時の話を書いていく。

暇つぶしに始まったババ抜きがいつの間にか修羅場の空気で満たされて五分後のこと。異能力と魔術が乱舞する修羅場で勝者が生まれていた。

勝利をもぎ取ったのは染谷まこであった。ババ抜きの頂点に立った時、染谷まこは小さく息を吐いた。

「ほっと一息つく」

そんな表現がぴたりと当てはまった。そして一息ついた後、座ったまま伸びをした。少しへそが見えたが気にしなかった。勝利の余韻と解放感が強かった。

次に抜けたのはソックだった。天江衣とアンヘルを一気にまくり上げて勝利した。勝ちぬけたときソックは少女のような歓声を上げていた。

膝立ちのまま座席の上でぴょんぴょん跳ねている。ソックが勝ちぬけると天江衣とアンヘルの一騎打ちになった。

天江衣の全身全霊の支配とアンヘルの闇の魔術。どちらが勝っても不思議ではなかった。結果、勝利したのは天江衣である。

ぎりぎりのところでアンヘルを蹴落として勝利していた。情報戦に優れた支配だからこそギリギリで闇の魔術に勝利できた。

勝利した天江衣は雄たけびをあげていた。うるさかった。敗北したアンヘルは微笑みを浮かべて、崩れ落ちていった。

悔しすぎて涙が出ていた。このようにして三回目のババ抜きが終わると、運転手がこんなことを言った。

「悪いんだがもう少しテンションを下げてもらっていいか? あんまり興奮されるとハギちゃんと須賀ちゃんがこっち乗り込んでくると思うんだわ。

 龍門渕から映画やらアニメ持ってきてるからそれで暇つぶしてよ」

すると運転手に天江衣がこう言った

「はぁっ!? 一度も勝ててないんですけど?」

運転手はこういった。

「弱いのが悪いんだと思いますけど?

 それよりも影武者の説明を忘れてるぞ。そこもしっかりしておかないとダメだろ?」

大人な態度だった。すると天江衣は非常に嫌そうな顔をした。明らかにババ抜きをやりたがっていた。

しかし我慢に我慢を重ねて悔しさに目をつぶって染谷まこにこう言ったのだ。

「話がある。きいてくれ……」

天江衣の一言に、染谷まこは困った。とんでもなく嫌そうだったからだ。しかししょうがないので肯いた。

「お、おう。ええぞいくらでも聴いちゃるぞ」

そして一旦ババ抜きは終了となった。天江衣たちにとっては散々な勝負だったが、染谷まこにとっては良い滑り出しだった。

 ババ抜きが終了してすぐに影武者の説明を天江衣が始めた、この時に天江衣が語った影武者作戦と染谷まこの反応について書いていく。

それは、天江衣が嫌々仕事を始めた時のことである。すごく嫌そうな顔をしたまま、影武者についての話を天江衣が始めた。

「真白が言っていたが、龍門渕は京太郎の影武者をたてるつもりだ。影武者というのはそのままの意味だ。時代劇とか見たことがあるだろう? あれだ。

 これから京太郎はより難しい任務に就く機会が増える。真面目に修行に取り組んでいるし、伸びしろがでかい。

龍門渕は……親戚筋の娘を嫁にやっても良いと考えるほどの有望株だ。私のことじゃないぞ、分家の娘を選んで、嫁に入れるということだ。

アンヘルとソックは嫌がるがな。

 でだ、そうなるといよいよ京太郎の痕跡を消したい。高校生活の痕跡も今までの痕跡も決して、後を追えなくしたいのだ。

表の世界から痕跡を消して、独占したい。

 実際もう行っているな。だが、完璧ではない。情報を操作するが痕跡はどこかに残る。人間の痕跡は思ったよりも深く残るからだ。

情報化社会の弊害だよ。それに実際染谷のようなイレギュラーもある。

 そこで影武者を入れる。ゆっくりと時間をかけて、フェイクも入れながら薄くして、最終的には大学進学を利用して痕跡を完全に消す。

 良くある話だろう? 大学進学と同時に今までのつながりが切れるというのは」

天江衣がすらすらと説明をすると、時染谷まこは哀しんだ。寂しくないのか心配だった。

しかし文句は言えなかった。鍛えられた肉体と無数の傷跡が須賀京太郎の責任感の表れだと理解した。

そして須賀京太郎の行動を理解できるからこそ、染谷まこは小さな決心をした。

「須賀京太郎を忘れない」

そしていつものように忘れないように、思い出せるように繰り返した。染谷まこが決心をを刻んでいると天江衣がこう言った。

「影武者は夏休み明けから投入される。染谷が協力してくれるというのなら、フォローをお願いしたい。

 初めはなかなか上手くいかないだろうからな。

 顔写真を見せておく。協力、頼んでもいいか?」

天江衣がお願いをすると、染谷まこはうなずいた。やはり哀しげなままであった。自分一人しかかつての須賀京太郎を覚えていないと思うと一層哀しかった。

 天江衣が影武者役の写真を見せた時染谷まこが大いに驚いた、この時に天江衣が見せた影武者の写真と染谷まこが驚いた理由について書いていく。

それは染谷まこが手伝うとうなずいたすぐ後のことである。影武者のデータが入っている携帯電話を取り出そうとして天江衣がもがきだした。

ジャージのポケットに携帯電話が入っているのだが、それを取り出そうとしていた。しかしうまくいかなかった。

本当ならばすんなり取り出せるはずだが、寝転がってみたり跳ねていたりしたものだから、ジャージの生地がねじれて取り出しにくくなっていた。

そして五秒ほど自分のジャージと格闘した天江衣はようやく最新機種の携帯電話を取り出せた。そして素早く操作して染谷まこに差し出した。

これを見て染谷まこが驚いた。そしてすぐに眉間にしわを寄せた。というのも携帯の画面に「美少女」が映っている。

画面に映っているのは美しい少女の画像で、モデルよりのスタイルだった。


どう見ても男ではない。そうして画面をしっかり確認した後で染谷まこはこういったのだ。

「画像間違えとるぞ? 女の画像じゃ」

すると天江衣は笑った。そしてこういった。

「これが正しい画像だ。間違いない。須賀京太郎の影武者として潜入する退魔士、コードネームはアゲハだ。

本名ではないが、突っ込んで聞くのはやめてあげてくれ。気まずくなるからな。

 染谷の言いたいことはわかるぞ。

『雄臭い須賀京太郎の影武者が女? あのガチムチの影武者を女がやる?
 
 よく見てみろ、京太郎の太ももの太さと女のウエストの太さが同じではないか。

 身長も体格も雰囲気も全く似ていない。美女と野獣だ』

そうだろう? その気持ちはよくわかる。だがな、この一言で納得するはずだ。

 『異能力というのはバリエーションがある』

 戦うばかりが異能力ではないのだ。

 ちなみに選んだのは私だ。リハビリにちょうどいい仕事と思ってな」

天江衣の話を聞いて染谷まこは首をかしげた。しかし納得はした。天江衣たちを見ていれば納得するしかなかった。

普通の女子高校生は邪悪な触手を尾てい骨辺りに生やさない。天江衣でこれである。影武者役の女はとんでもない奴だろうと勝手に納得していた。

 二回目の休憩のためにバスが動きを止めた時染谷まこに対して天江衣が質問をしていた、その時の話を書いていく。

須賀京太郎の影武者の話が終わった後のこと。今までの熱気が去りバスの中がかなり落ち着いた。そうして熱気が去ると急にババ抜きのムードも去った。

すると急にすることがなくなって暇になる。どうするかとなった時選ばれたのが映画鑑賞だった。この時、若干揉めた。どの作品を見るかで揉めたのだ。

若干揉めたが最終的にはアニメを見ることになった。天江衣がじゃんけん勝負で勝ち取ったのだ。そうしてアニメの時間になった。

アニメの時間になると皆黙った。

「女の子が戦車に乗って闘う?」

などと思っていたが面白かったのだ。そしてキリのいいところで二度目の休憩時間が来た。すると天江衣たちは立ち上がった。

清澄高校の面々と須賀京太郎が龍門渕のバスから戻ってくる気配がしていた。この時天江衣が小さな声で染谷まこに耳打ちをした。

「染谷よ、私にだけババ抜きの必勝法を教えてくれ。なにかあるのだろう?」

この時の天江衣は非常に悪い顔をしていた。それはもう見事な邪悪顔である。染谷まこから必勝法を聞き出して、アンヘルとソックをかもるつもりである。

すると少し間をおいて、染谷まこが答えた。天江衣の耳元で小さな声で囁いていた。

「必勝法も何も、顔色を読んだだけじゃよ。

 気づいておらんのかもしれんがな、おぬしらはポーカーフェイスができておらん。アンヘルさんは特に下手くそじゃな。

策士ぶっとるけど一番顔に出とる。

 それに、退魔術で創った触手と腕。あれは良くないぞ。心の動きを明らかに反映しとる。バレバレじゃな。そうなって心の動きは予想がつく。

心の動きを見通せば、行動を予想するは難しいことじゃねぇわ。

 麻雀をやりだした時に京太郎に教えてやったが、相手の思考が透けりゃあよ、狙い撃ちよ。平常心と度胸で自分を隠し、覚られる前に相手を倒すだけ。

簡単じゃろ?」

答えを受けて天江衣が震えた。恐れたのではない。思ったより吐息がくすぐったかったのだ。しかし納得した。なるほどと思った。

そして天江衣はすぐに自然体を装った。

「染谷さんと仲良くなりました」

と須賀京太郎に報告しているアンヘルとソックをババ抜きでハメるためである。そして悪い顔をしながら天江衣はバスを降りていった。

ポーカーフェイスが下手くそだった。

すれ違いで、清澄高校麻雀部の面々が戻ってきた。みなそれなりにリフレッシュしていた。しかし須賀京太郎だけ死にそうな顔をしていた。

げっそりとしている。目に力がない。染谷まこは少し心配した。精神的に参っている須賀京太郎の目だった。


 龍門渕が用意した豪華なバスが二度目の休憩に入ったころ、まったく別のところから東京にバスで移動するヤタガラスの集団があった、この時に別方向から東京に向かっていた集団について書いていく。

それは灰色の髪の須賀京太郎が龍門渕透華に映画一本分の説教を喰らった直後のことである。見通しのいい世界を一台のバスが走っていた。

道を走るバスには三本足のカラスのエンブレムが大きく描かれていた。バスの大きさは中型で年季がいっている。

龍門渕が用意したバスと比べると二回りくらい小さく装甲も薄い。いわゆる普通のバスだった。このバスだが、少し不思議なところを走っていた。

世界が不思議だった。というのが、このバスが走る世界なのだが空に大きな光の塊がある。しかし太陽ではない。

空のほとんどを埋め尽くしている光の塊である。もしも太陽だとしたら距離が近すぎて地表は蒸発している。

また道端に視線を向けてみると蒸気機関が雑草のように群がって生えている。なにかの意味がありそうだが、何もないとすぐに気付くだろう。

蒸気機関の力を伝えるための仕掛けが一切ない。ただ蒸気をふきだすために蒸気機関は動き続けていた。

そしてそんな蒸気機関がたくさんあるものだから、不思議な世界の空は雲で覆われていた。

この不思議な世界は異界。強大な力を持つ存在が創る現世とは違う法則で動く世界である。

そしてヤタガラスのバスが走る異界は、葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)と呼ばれる友好的な異界である。

そんな世界を走るバスの中には女子高生と引率の先生が乗っている。岩手県代表宮守女子高校の部員たちと顧問の熊倉トシである。

 アンヘルとソックに対して天江衣がババ抜きを仕掛けている時宮守女子高校の空気が悪くなっていた、この時の彼女らの様子について書いていく。

それは染谷まこから聞いたババ抜きの必勝法を早速アンヘルとソックに天江衣が試そうとしている時のこと。

宮守女子高校の乗るバスの中はずいぶん暗い空気で満ちていた。清澄高校の面々と同じく全国大会に参加する彼女らなのだが、全く覇気がなかった。

椅子に座ってうなだれている者もいれば、溜息を吐く者もいる。引率の先生まで青ざめているのだから、相当であった。

全国大会に向かう緊張のためではない。もっと別の厄介な問題が宮守女子高校の面々に降りかかっていた。しかし全員の問題ではない。

個人の問題が全員の空気を悪くした。

宮守女子高校の麻雀部に所属している女子生徒・姉帯豊音(あねたい とよね)、彼女の問題が全員の気力をそいでいた。

 ババ抜き勝負を仕掛けた天江衣がアンヘルとソックにボロボロにされているころ、宮守女子高校の面々のバスが休憩所に到着した、この時の休憩所の様子と姉帯豊音の状態について書いていく。

それは天江衣がアンヘルとソックに勝負を挑み、連敗を重ねている時のことである。葦原の中つ国にある休憩所に宮守女子高校のバスが到着していた。

休憩所なのだが、建物の構造がおかしかった。建築基準法をぶっちぎりで無視して作られていたのだ。

一見するとビルのようにみえるが、近寄ってみると全く違っていることがわかる。様々な時代の建築物が組み合わさってビル風になっているのだ。

明らかにおかしな状態だが、普通に人の出入りがあった。また人の出入りと同じく、異形達も出入りしていた。いわゆる悪魔たちである。

この休憩所であるが、駐車場がものすごく広かった。

「土地は余っている」

と言わんばかりに駐車スペースが広がっている。大型ドラゴンも五十匹くらいはとめられる。

しかも駐車場から少し離れたところには展望台があり、この不思議な世界・葦原の中つ国を見渡せる。

展望台の隅っこには薄汚れた石碑が立っているがこれにはだれも興味を持たなかった。石碑を見るくらいなら景色を見たかったからだ。

そんな休憩所に到着した宮守女子高校のバスから女子高校生が降りてきた。身長が非常に高い女子高校生だった。須賀京太郎と比べてみてもまだ高い。

また髪の毛もものすごく長かった。黒い髪の毛が腰あたりまである。しかし一番不思議なのは目である。光の灯っていない赤い目をしていた。

充血ではなく、瞳の色が赤かったのだ。ただ、充血しているのも間違いではない。少し泣いていた。

この高身長長髪の女子高校生の名前は、姉帯豊音(あねたい とよね)である。たった一人バスから降りて、ふらふらと歩きだしていた。

無防備としか言いようのない姿である。しかし一応の防御があった。姉帯豊音の身体には、真っ白い雲のようなものがまとわりついていた。  


 姉帯豊音がバスを一人で降りた時熊倉トシが部員の一人にお願いをした、この時の熊倉トシのお願いとお願いされた女子高校生について書いていく。

それは姉帯豊音がたった一人でふらふらと歩きだした時のことである。

葦原の中つ国に姉帯豊音が降りてすぐに引率の熊倉トシ先生が部員の一人に声をかけた。姉帯豊音の状態を把握して心配したのである。

熊倉トシはこういっていた。

「塞(さえ)、お願い」

すると名前を呼ばれた女子高校生が立ち上がった。非常に対応が早かった。当然で、言われずとも守りに行くつもりだった。

立ち上がった女子高校生の名前は臼沢塞(うすざわ さえ)。高校三年生で部長である。身長は百五十センチと少し。お団子頭で目元が涼しい。

立ち姿もなかなか様になっていた。立ち上がった彼女は、何も言わずにバスを降りた。

そしてふらふらしている姉帯豊音の後を三メートルほど距離を開けて追いかけた。もう少し近づいてもよかったが、三メートルあれば十分だった。

五メートルまでなら、一歩で詰められるからだ。
 
 宮守女子高校のバスが休憩所に到着して五分後、展望台近くの石碑の前で姉帯豊音が膝をついていた、この時の姉帯豊音について書いていく。

それは宮守女子高校のバスから降りてすぐのことであった。目的もなく姉帯豊音は展望台に向かっていた。

特に意味はない。展望台があり、人が集まっている。何となく楽しそうな雰囲気がして、自分もその恩恵にあずかりたい。そんな気持ちがあっただけである。

そうして展望台にたどり着いた姉帯豊音は立ち止ってうつむいた。というのも、展望台に居場所がなかった。

宮守女子高校以外にも葦原の中つ国を利用する人たちはいる。休憩所を利用したい人も多いのだ。

そうなって葦原の中つ国の景色を眺められる展望台は最高の場所で、人が多いのは当然だった。

しかし俯いたのは、展望台にいる人たちが幸せそうだったからだ。みな楽しそうにしていた。それを見ると少し楽しい気持ちになったのだが、すぐに悲しみで覆われた。

「私には手が届かないなー」

と思ったからだ。すると足が動かなくなりうつむいた。しかしすぐに顔を上げて歩き出した。

自分が邪魔になっていると考えて、さみしいところへ逃げたのだ。そして邪魔にならないようにと逃げたところには、薄汚れた石碑があった。

ほこりまみれになって排気ガスで汚れて、何の石碑なのかさっぱりわからない石碑だった。これを見て姉帯豊音はほほ笑んだ。自分みたいだと思った。

そう思うと、膝をついて掃除をし始めた。手でほこりを払いハンカチで汚れを落とした。

そうして一生懸命に掃除をしていると徐々に石碑の模様が見え始めた。そして姉帯豊音はつぶやいた。

「ヘビ?」

石碑には蛇の彫刻があったのだが、これと目が合っていた。ヘビの彫刻には輝く赤い目があり、生きているかのようにクルクルと動いていた。

それは輝く赤い目だけではなく、彫刻自体がグネグネと動いて生きているかのようにふるまっていた。姉帯豊音はこれを見て青ざめた。

悪魔的な存在との出会いを確信したからである。

 姉帯豊音が青ざめる直前のこと護衛についていた臼沢塞が青ざめていた、この時に臼沢塞が見た者について書いていく。

それは熊倉トシのお願いで姉帯豊音の護衛に臼沢塞がついている時のことである。

石碑を綺麗にし始めた姉帯豊音の五メートルほど後ろで臼沢塞が仲魔を連れて護衛をしていた。臼沢塞の仲魔は二本足で立つ猫だった。

紳士的な服を着て、猫の目には知性があった。そうして仲魔と共に姉帯豊音の護衛についていると彼女の体が震え始めた。

理由はすぐにわかった。姉帯豊音の頭上、石碑の上に巨大なマグネタイト反応があった。また強大としか言いようがない魔力も感じていた。

どう考えても上級悪魔の到来の予兆である。それなりに修業を積んでいる臼沢塞であったが、さすがに身が震えた。血の気が引いた。

周囲にヤタガラスたちがいるのだから、どうにかなるだろうが命がけの戦いそれ自体が恐ろしかった。

そして臼沢塞が震えている間に、薄汚れた石碑の上にボロ布をまとった少女が現れた。石碑に腰掛けるようにして現れていた。

表情は見えない。髪の毛が長すぎるからだ。五メートルほどの長さがあり、顔が隠れていた。しかし何を見ているのかはすぐにわかる。

膝をついて掃除をしている姉帯豊音である。視線を読める理由は少女の両目が赤く輝いているからだ。黒い髪のベール越しでもよく見えた。

 奇妙な少女が現れた直後、臼沢塞が対応した、この時に行われた臼沢塞と奇妙な少女の戦いについて書いていく。

それは膨大なエネルギーを保有した少女が出現した瞬間だった。姉帯豊音を護衛する臼沢塞が叫んだ。

「豊音!」

奇妙な少女の出現に姉帯豊音が気付いていないと悟っての行動だった。

姉帯豊音を包む白い雲のような加護を知っている臼沢塞であるから、たやすく予想がついた。

しかし叫んだ直後、自分自身を責めた。石碑の上に座る奇妙な少女の視線が臼沢塞に向かったからだ。

少し睨まれただけなのに、心臓が握りつぶされるかと思った。胸が苦しい。しかし、心はまだ折れていなかった。自分の友人を見殺しにする気はなかった。

そうして奇妙な少女が臼沢塞を睨んでいる間に、二足歩行する猫が少女に挑んだ。本来なら命令を待つ身分である。しかし

「豊音!」

と叫んだその声を合図と解釈して動いていた。目標は石碑の上に腰掛ける奇妙な少女。目的は姉帯豊音とマスターの逃げ道を作ること。

優秀で絆を結んだ仲魔だからできる行動だった。ただ、相手が悪かった。石碑に腰かけている輝く赤い目の少女は飛び掛かってきた猫を軽く叩いた。

地面に引きずるほど長い髪の毛を利用して蛇のように動く触手を創り、飛び掛かってきた猫を叩き落としていた。

この時、奇妙な少女は二足歩行する猫を全く見ていなかった。叩き返された猫は駐車場に着弾していた。

石碑から十メートルほど離れたところに着弾し、動かない。生きてはいた。しかし動けなかった。衝突の衝撃がきいていた。戦いはこうして終わった。

始まりも一瞬だったが、終わりも一瞬だった。

 臼沢塞の叫びから一秒後、奇妙な少女と姉帯豊音が出会った、その様子を書いていく。それは臼沢塞の叫びから一秒後のこと。

友人の叫びをきいて姉帯豊音が慌てて顔を上げた。かなり素早い対応だった。慌てず騒がずに臼沢塞の心意気を理解したのは見事である。

しかし相手が悪かった。顔を上げるほんの少しの時間で、姉帯豊音は奇妙な少女につかまった。姉帯豊音が顔を上げると目の前に美しい少女の顔があった。

輝く赤い目に映る自分の顔が確認できた。同時に

「夜が来た」

と思った。鳥かごの様に奇妙な少女の髪の毛が姉帯豊音を取り囲んでいた。姉帯豊音を守る白い雲のようなものは無意味であった。

白い雲ごと捕らえられたからだ。そして黒い鳥かごの中で奇妙な少女に抱き着かれた。白い雲越しに抱き着かれて、全く抵抗できなかった。

奇妙な少女の白く細い腕の力は人の力を遥かに上回っていた。姉帯豊音に抱き着いた奇妙な少女は笑った。楽しそうだった。

奇妙な少女の笑い声を聞いて、姉帯豊音はすべてをあきらめた。何時かはこうなる宿命だと理解していた。

姉帯豊音が終わりを確信した時、少女の輝く赤い目が一層強く輝いた。自分の宝物に近付くチャンスを得たからだ。


  東京に到着した時清澄高校の面々と須賀京太郎は分かれて行動を始めた、この時の須賀京太郎の様子について書いていく。

それは正午を少し過ぎた時のことである。龍門渕の豪華なバスがホテルの駐車場に到着していた。

予定した時間よりも少し遅れて、無事に到着していた。

夏休みである。道が混んでいた。そうして四台のバスが到着すると、代表選手たちはそれぞれのホテルへ向かった。

これから来る激戦を感じ、選手たちは昂っていた。良い光景だった。肉体の器以上のエネルギーが湧き出して、青い蛍のような光が沢山飛んでゆく。

東京の青空にはない澄み切ったブルーは『見える』者たちの心を爽やかにした。


そんな選手に交じってやる気が失せている男子高校生がいた。どこからどう見ても麻雀部員には見えない学生。

筋骨隆々の戦士としか言いようがない須賀京太郎である。明らかに落ち込んでいて、溜息を吐いていた。目の光が失せて、死にそうである。

須賀京太郎の退魔士の先生であり先輩である男から

「師匠が呼んでいるから一緒に来い。逃がさねぇぞ」

と出鼻をくじかれたからである。清澄高校の面々と一緒に楽しいインターハイを堪能できると心のどこかで考えていた須賀京太郎である。

がっかりだった。そんな須賀京太郎の様子を見て先輩の染谷まこは非常に心配していた。

ヤタガラスというとんでもない組織の存在を知った今、良くないことが起きているのではないかと考えたのだった。良い先輩だった。

ただ、染谷まこにはどうすることもできなかった。心配している間に清澄高校の移動が始まった。後ろ髪をひかれつつ染谷まこは移動した。

これから全国大会の抽選会場に向かい、そのまま開会式である。清澄高校も当然同じ動きをする。参加しないわけにはいかなかった。

そうして染谷まこたちが居なくなると、執事服を着た優男と、執事服を着た荒々しい男が須賀京太郎の前に現れた。

これに天江衣とアンヘルとソックが引っ付いてきて、須賀京太郎たちも動き出した。


 染谷まこたちが居なくなった後須賀京太郎を二人の男が迎えに来た、この二人の男の正体について書いていく。

それは染谷まこたちが次の目的地に移動した直後である。須賀京太郎の前に執事服の優男と、執事服の荒々しい男が現れた。

落ち込んでいる須賀京太郎を迎えに来た二人の男。この二人の男は須賀京太郎の退魔士の先生で先輩である。

執事服を着た優男の名前をハギヨシ。執事服を着た荒々しい男がディー。どちらも本名ではない。

執事服を着た二人の男はどちらも身長が須賀京太郎よりも少しだけ高かった。体格は須賀京太郎が一番良い。

ルックスだけで勝負をすれば優男のハギヨシが一番である。万人に喜ばれるのはディーだろう。須賀京太郎とハギヨシよりもずっと雰囲気がやさしかった。

この執事服を着た優男のハギヨシと荒々しいディーは数か月にわたって須賀京太郎を鍛えた。

戦い方の基本を教えてみたり、座学を授けてみたり、実戦形式でどんどん須賀京太郎を強くしていった。

ハギヨシとディーの頭のおかしい訓練に耐えられる肉体、もっと高みへ昇りたいと願う精神、そして龍門渕の環境が合わさって今の須賀京太郎になっていた。

ちなみに

「師匠が呼んでいるから、一緒に来い。逃がさねぇぞ」

と須賀京太郎に言い、絶望させたのはハギヨシである。

そうして須賀京太郎の前に二人の先生が現れ、天江衣たちが集まると須賀京太郎たちも目的地へと移動した。

当初の予定よりも遅く東京に到着したこともあって、須賀京太郎に何の準備も許さなかった。

 バスを降りてから十分後、超一流ホテルのラウンジを須賀京太郎たちが歩いていた、この時の須賀京太郎たちの様子について書いていく。

それは清澄高校の面々と別れたすぐ後のことである。須賀京太郎たちは目的の場所に到着していた。

須賀京太郎たちが足を踏み入れたのはいわゆる一流ホテルと呼ばれる建物であった。

マナーとして正しい服装が求められるらしく、お客の服装が非常に高級だった。このホテルの中に入った時須賀京太郎は心底嫌そうな顔をした。

自分たちがこれ以上ないほど浮いていたからだ。綺麗な大理石の床。高そうなシャンデリア。高そうなソファに、調度品。上流階級然とした人達。

そこに割り込むのがジャージの集団。執事服の胡散臭い二人。そして筋骨隆々な灰色の髪の男子高校生。

しかもヤタガラスの紋章と「龍」と刻印された上等な腕章を学生服につけている。来るところを間違えていた。荒野で野宿がふさわしい。

空気は読まないタイプの須賀京太郎だが、さすがに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。堂々と歩けるジャージ三人組の強心臓がうらやましかった。

 ホテルのラウンジを抜けてから五分後のこと、須賀京太郎たちを老紳士が出迎えた、この時の老紳士の歓迎の仕方と須賀京太郎たちの反応について書いていく。

それは須賀京太郎が小さくなって、ラウンジを通り抜けて五分後のことである。須賀京太郎たちはホテルの最上階にいた。

上等なホテルの最上階は、ワンフロアすべてを使った大きな部屋になっていた。


エレベーターから一歩下りればそこは別世界で、ホテル側が利用客を選んでいた。

エレベーターを降りると目の前に、大量の魔術的な仕掛けと防犯システムが出迎えてくれるのだ、不逞の輩をどうするつもりなのかわかりやすかった。

この仕掛けの先には魔術と機械で封じられた玄関扉が待ち構えていた。須賀京太郎たちは玄関扉の前まではすっと通された。

しかしすんなりと中に入れなかった。鍵を持っていないからだ。となって、執事服を着た男ハギヨシがチャイムを鳴らした。常識的な行動であった。

そしてこういった。

「師匠! かわいい弟子が来てやったぞ。さっさとあけてくれ」

すると十秒ほどして、扉が開いた。扉の向こうには老人が立っていた。老人の名前は十四代目葛葉ライドウ。

帝都のヤタガラスを仕切る退魔士にしてハギヨシの師匠である。真っ白い髪の毛の老人で、六十歳くらいに見えた。

黒地のスリーピース・スーツを身に着けていかにも紳士然としていた。ただ、ジャケットの下、ベストに不思議な仕掛けがあった。

玄関扉を開いた時にちらりと銀色の管のようなものが顔をのぞかせていた。また、腰あたりを見るとわかるが、ホルスターらしきものがある。

一見すると紳士の手本のような老人だったが、須賀京太郎たちよりもも剣呑なスタイルだった。

そんな十四代目葛葉ライドウを見て、須賀京太郎たちはほほ笑んでいた。大正二十年から現在に至るまで戦い続けた実年齢百歳オーバーの老人である。

元気そうで何よりという気持ちだった。

 ハギヨシたちを出迎えた直後十四代目葛葉ライドウが客人たちに軽い挨拶をした、この時に客人たちに贈られた挨拶について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが扉を開けてすぐのことである。十四代目葛葉ライドウは扉に手をかけたままニヤリと笑った。

このニヤリ顔を見て、須賀京太郎は少し嫌な顔をした。天江衣のニヤリ顔が脳裏に浮かんだからである。経験則で面倒くさいことになると理解できた。

そうして須賀京太郎が嫌な顔をした瞬間、十四代目葛葉ライドウの顔が優しい笑顔に変わった。これを見て余計に須賀京太郎は嫌な顔をした。

誤魔化そうとする天江衣とそっくりだったからだ。これもまた経験則であった。

そうして須賀京太郎の好感度をガンガン落としつつ、十四代目葛葉ライドウは客人たちに挨拶をした。客人たちを眺めてこう言っていた。

「よく来てくれた。本当ならもう少し早く連絡をするべきだったのだが、本当に申し訳ない。いや本当に申し訳ない。

 いやぁしかし驚いた。こりゃあどういう事かな須賀くん、随分真面目に修行をしているようだ。初めて出会った時よりもずっとデカくなった。

真面目に鍛えなくちゃあ、こうはならないよ。

 おや、衣ちゃんは前よりもずっとレディらしくなった。良い出会いがあったのかな? 信繁君に聞きたいことが増えた。

 アンヘルさんとソックさん、来てくれてうれしいよ。よく今回の話を受けてくれた。ありがとう。

それと二人が遊びに来てくれるようになって、衣ちゃんは一層元気になったと聞いているよ。健康的になってくれてうれしい。

昔はひきこもって麻雀ばかりしていたからね。

 あぁ、撫子(なでしこ)君。いつもバカ弟子を支えてくれてありがとう、君がいてくれると私は本当に助かるんだ。

バカ弟子と手を切りたくなったらいつでも連絡してくれ。すぐに退魔士として働けるようにしよう。

 それと私の『かわいい弟子』、さっさといい話を持ってこい。いつまで待たせれば気が済むんだ?

 老い先短い私をいじめるのはいい加減にしてほしいんだが? あとであの子のところへ行ってあげなさい。予定では、かち合うはずだ。

 撫子(なでしこ)くん、よろしく頼むよ。既婚者の君から助言の一つや二つくれてやってれ。

 おっと、話し過ぎてしまった。

 さぁ、中に入ってくれ。お茶でも飲んで熊倉たちを待とう」

口がよく回る十四代目葛葉ライドウだった。しかし楽しそうだった。そんな十四代目葛葉ライドウを見て須賀京太郎は毒気を抜かれていた。

一々頭を使うのが面倒くさかった。天江衣が脳裏にちらつくのだ。

「どうせ大した企みではないだろう」

と、失礼なことを考えていた。

そうして須賀京太郎が失礼なことを考えている時、ハギヨシは苦笑いを浮かべていた。苦笑いを浮かべるしかなかった。

そんなハギヨシを見て天江衣が邪悪な笑みを浮かべていた。この場の力関係をしっかりと把握して、立ち回りを考えていた。

そんな天江衣を見てアンヘルとソックが微笑みを浮かべて見守っていた。うまく立ち回ってお小遣いをもらおうとしている天江衣が面白かった。

 十四代目葛葉ライドウが客人たちを歓迎した十分後、須賀京太郎が黒猫に話しかけられていた、この時の須賀京太郎と黒猫の様子について書いていく。

それは、十四代目葛葉ライドウに歓迎された十分後のことである。かなり大きな会議室に須賀京太郎たちの姿があった。

三十人くらいなら楽に入れる大きな会議室で、ビップルームの中に用意されていた。

十四代目葛葉ライドウの案内で会議室に通されると、序列に従って席についていたのだが、その時に須賀京太郎は黒猫に絡まれていた。

黒い毛並みが艶々で、緑色の目が美しい猫がニャーニャー言いながら寄ってきたのだ。そうして近寄ってきた黒猫に対して須賀京太郎はこういっていた。

「お久しぶりっすゴウトさん」

この時の須賀京太郎は普通に頭を下げて挨拶をしていた。十四代目葛葉ライドウの飼い猫だからではない。

緑色の目をした黒猫が普通の猫ではないと知っていた。この黒猫の名前はゴウトドウジ。肉体こそ黒猫だが、中身は別物である。

黒猫の体に「何ものかの魂」がとりついたほとんど悪魔のような存在だった。

そのため、先ほどのニャーニャー言っていたのも須賀京太郎には違って聞こえている。須賀京太郎の耳には

「よく来たな京太郎。元気そうで何よりだ」

と聞こえていた。また須賀京太郎には非常に渋い男性の声に聞こえていて、いまだに慣れていなかった。

 須賀京太郎が黒猫に絡まれて五分後インターホンが鳴った、この時の十四代目葛葉ライドウと黒猫ゴウトの動きについて書いていく。

それは会議室の席に座る須賀京太郎に黒猫ゴウトが

「しかし随分無茶なことをしたな。透華ちゃんは怒っただろう?」

などとからかっている時のことである。インターホンが鳴った。ベルのような音で、よく響いていた。

このベルのような音が聞こえるとハギヨシに小言を言っていた十四代目葛葉ライドウが立ち上がってこういった。

「ようやく到着か。済まないが少し待っていてくれ、迎えに行ってくる」

するとハギヨシがほっとしていた。チクチクと

「いつ結婚するのだ?」

とか

「婚約者を待たせすぎじゃあないか?」

とせかされるのが辛かった。隣の席に座っている執事服の男ディーは十四代目葛葉ライドウに相槌を打って知らん顔だったので、余計につらかった。

そうして十四代目楠葉ライドウが動き出すと黒猫ゴウトが須賀京太郎にこんなことを言った。

「さて京太郎。話は聞いていると思うが……?」

すると須賀京太郎は、首をかしげた。眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げていた。何の話をしているのかさっぱりわからなかった。

そんな須賀京太郎を見て黒猫ゴウトがハッとした。そして大きな声でこう言っていた。

「ハギィ! お前説明してねぇな!」

すると執事服を着たハギヨシが面倒くさそうに答えた。

「そりゃそうだろう。姉帯の娘と結婚させるなんて正直に伝えたら、全力で逃げられるからな。

 本気で逃げられたらディーと俺でも見つけられない可能性が高いんだ。説明なんかするわけねぇだろ?」

ハギヨシの答えをきいて須賀京太郎が非常に嫌そうな顔をした。


同時に天江衣とかたまって座っているアンヘルとソックが怖い顔になった。まったくそんな話は聞いていなかった。


 十四代目葛葉ライドウが会議室から姿を消して三分後須賀京太郎の両目が赤く輝いた、この時の須賀京太郎、ハギヨシ、ディーの対応について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが客人を迎えに姿を消した三分後のことである。

大人しく椅子に座っていた須賀京太郎の両目が赤く輝いた。瞳の色が赤く染まり、両目が赤く輝いていた。

同時に須賀京太郎の気配が禍々しいものへと変わり、会議室の空気がよどんだ。

須賀京太郎の両目が輝くのとほとんど同時に、ハギヨシとディーの空気が一変した。緩んでいた空気が引き締まり、冷徹なものへと変わった。

そして合図もなしに速やかに天江衣を守るための陣をハギヨシとディーがはった。

塊になって座っているアンヘルとソックも、陣の中に放り込んで、防衛の態勢は整った。

そしてハギヨシとディーが守りに入る間に須賀京太郎は立ち上がり出入り口に向かって歩いていった。

そして天江衣たちを背中にした時立ち止まった。立ち止まった須賀京太郎は、右腕を軽く振りぬいた。すると規則正しく整列していた机と椅子が吹っ飛んだ。

須賀京太郎と出入り口の間にあった机と椅子のすべてが、出入り口付近に集まった。バリケードの様に積み重なっていた。守りに入ったわけではない。

邪魔だから除けただけである。

「土俵はきれいなほうが良い」

膨大な力を持つ正体不明の存在が現れたと察して戦闘準備を整えたのだ。男たちが無言で準備を整えている間、天江衣たちは黙ってじっとしていた。

音速の世界で戦える技量はなく、戦うだけの精神力もなかったからだ。邪魔にならないのが一番のサポートと理解していた。

 須賀京太郎たちが戦闘準備を整えて五分後会議室に十四代目葛葉ライドウが姉帯の陣営を引き連れて戻ってきた、この時の十四代目葛葉ライドウの行動と姉帯の陣営のメンツについて書いていく。

それは須賀京太郎たちが準備万端待ち構えている時のことである。会議室の出入り口がバラバラに切り裂かれた。

同時に出入り口付近のバリケードもバラバラに切り裂かれた。切り裂いたのは十四代目葛葉ライドウである。

武器を持たずに玄関へ向かったはずだが、今の十四代目葛葉ライドウの右手には武器が握られていた。しかし普通の武器ではない。

実体を持たないエネルギーそのもの。緑色に輝くマグネタイトと呼ばれるエネルギーを操って刃を創りだしていた。

葛葉流の退魔術、その基礎の基礎でバリケードと扉を突破してきたのだ。天江衣やアンヘルソックがバスの中で見せた触手や腕と原理は同じである。

この十四代目葛葉ライドウの背後に女性が三人立っていた。一人は背の高い少女。一人は中くらいの少女、もう一人はおばあさんである。

背の高い女性が姉帯豊音、おばあさんは熊倉トシ。この二人はハギヨシとディー、そして天江衣はすぐに見破れた。幹部会で何度か見たことがあったからだ。

しかし中くらいの大きさの少女はわからなかった。おそらく人間ではないだろう。

赤い瞳の両目がうっすら輝いているし、両手には微妙に蛇の鱗の模様が見える。

白いワンピースを着て黒髪を三つ編みにしてロングブーツを履いているところを見るといいところのお嬢さんにしか見えないが、放つ空気が人間ではない。

ただ、この時須賀京太郎は目を見開いてにやりと笑っていた。このうれしさは再戦の嬉しさ。自分がどれほど強くなったか試すチャンスを得た嬉しさである。

となって、十四代目葛葉ライドウが説明するよりも前に須賀京太郎はこういったのだった。

「久しぶりだな、葦原の中つ国の塞(さえ)の神。あの時の続きでもするか?」

穏やかな口調だったが、やる気満々だった。輝く赤い目は燃え上がり、心臓が高鳴っている。血液が全身を激しくめぐり、いつでもトップスピードに入れた。

禍々しいオーラは会議室を包み込み、天江衣たちの血の気を奪った。

そんなやる気満々の須賀京太郎を見て葦原の中つ国の塞の神・オロチは薄い雲に包まれている姉帯豊音の後ろに隠れた。

さっと隠れて、全く出てこなくなった。これを見て須賀京太郎の勢いがぐっと弱まった。

そして非常に困った。か弱い女の子をいじめたような罪悪感に襲われたからだ。そんな須賀京太郎とオロチを見てハギヨシとディーの勢いも弱まっていた。

第三者から見ると一層弱い者いじめをしているようにしか見えなかったからである。

 須賀京太郎とオロチが再会を果たした五分後十四代目葛葉ライドウが提案をしてきた、この時に提案された内容について書いていく。

それはワンピースと三つ編みのオロチをおびえさせた須賀京太郎が罪悪感に苛まれている時のことである。

十四代目葛葉ライドウに黒猫ゴウトがこんなことを言っていた。

「十四代目、どうやら京太郎に話が伝わっていないようだ。

 どうする? お互いに納得づくでなければ婚姻の話を進められないぞ。ただでさえあいまいな立ち位置にいるのに、力押しで進むのは無理がある」

すると少し十四代目葛葉ライドウが黙った。そして黒猫ゴウトにうなずいてみせた。そうして肯いたあと、十四代目葛葉ライドウが提案した

「須賀君。君には豊音ちゃんの護衛を頼みたい。全国大会が終わるまで豊音ちゃんを守ってもらいたいのだが……どうだろう?」

すると須賀京太郎が眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた。また全身から理解不能といった空気を放った。解釈が難しい出来事が連発した結果である。

整理がついていなかった。そんな須賀京太郎に十四代目葛葉ライドウが続けてこう言った。

「実の所、豊音ちゃんとの結婚に納得しているからここに来てくれたと思っていた……だが、どうやら違うらしい。どうにも情報伝達が上手くいっていない。

婚姻の話自体は一か月近く前に出したはずなんだが……」

この時十四代目葛葉ライドウの目がハギヨシに向かっていた。師匠の厳しい視線を受けてハギヨシは首を横に振って見せた。

すると十四代目葛葉ライドウは天江衣に視線を向けた。龍門渕が話を止めていたのではないかと考えたからだ。

しかしすぐに十四代目葛葉ライドウの視線は須賀京太郎に向かった。天江衣が純真無垢を装ってニコッと笑っていたからだ。

可愛い曾孫を疑うなんて出来るわけがなかった。そんな十四代目葛葉ライドウを須賀京太郎が冷たい目で見つめていた。

どう見ても龍門渕が犯人だったからだ。そうして須賀京太郎が冷たい目で見つめる十四代目葛葉ライドウは慌ててこういった。

「そこでだ。一旦お互いを知る期間を設けるべきと考えたわけだ。

 確か帝都には何度か来ているよね? 報告書を読ませてもらったけど何度か賞金首やら任務でこっちに来てる。それなりに土地勘もあるはずだ。

 で、豊音ちゃんの護衛を守りたい。見てわかると思うが豊音ちゃんは戦闘能力が非常に低い。

しかも姉帯の陣営には少子高齢化のあおりで人材が少ない。
 
幹部の娘がまともな護衛もつけずに帝都をうろつくなんて、サバンナに生肉を放り込むようなものだと私は思う……どうかな須賀君?」

十四代目葛葉ライドウの護衛依頼が飛んでくると須賀京太郎はたじろいだ。明らかに動揺し、目が泳いだ。

十四代目葛葉ライドウが放つ強大なオーラに圧倒されていた。また、須賀京太郎自身に若干の問題があるため、自信がない。

この自身のなさと圧倒的なオーラが合わさって須賀京太郎はどうにも情けなくたじろいでしまった。

 十四代目葛葉ライドウの護衛依頼の直後須賀京太郎が断った、この時に須賀京太郎が断った理由について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが有無を言わさぬ圧倒的なオーラで、どうにか須賀京太郎と曾孫を結び付けようとしている時のことである。

十四代目葛葉ライドウの圧倒的なオーラに気おされているはずの須賀京太郎がはっきりと依頼を断った。須賀京太郎はこういっていた。

「すみません十四代目。護衛任務は受けられません」

随分気弱な須賀京太郎がそこにいた。

しかしそれもそのはずである。なぜなら須賀京太郎は護衛任務に向いていない。その上須賀京太郎が負い目としている問題と重なっている。

どうしても肯けなかった。

この須賀京太郎をただの少年に引き戻してしまう問題というのは何かという話になるのだが、これは退魔術とスタミナの問題である。

まず、灰色の髪の毛の須賀京太郎だが体質としてマグネタイト保有能力が非常に低い。

修行を初めて数か月、既にマグネタイト保有量は限界ぎりぎりまで伸びている。

ただ限界ぎりぎりまで伸びていても、成人男性の十倍に届くかどうかというところ。

完璧に修行を行った退魔士のマグネタイト限界が成人男性の千倍近くなるのだから、完全に才能がない。

となって、エネルギー容量の問題はスタミナ不足に直結する。ただスタミナ不足を解決する方法というのはある。

いくつかある方法の中で須賀京太郎は葛葉流の退魔術の習得を選んだ。

葛葉流の退魔術というのは戦闘続行能力が異常に高い退魔術であるから、ちょうどよかった。

ただ、須賀京太郎は絶望的にマグネタイト操作が下手くそだった。マグネタイトの放出はもちろん、固定化も全く出来ない。

エネルギーを内側で炸裂させ加速させ集中させることは大得意だったが、それ以外が下手くそすぎてハギヨシたちが

「何か問題があるのではないか」

と心配するほどであった。今もあきらめずに修業は続けていたが、まったく成果は見えずついには

「こんな初歩的なところで躓いて、一体何が足りないのか……みんな簡単にエネルギーを操っているのに…なんで俺だけ。

 なんで俺だけ自分を支配できない? 何が足りない?」

などと哲学的なことを考えるところまで追い込まれていた。戦闘能力が異常に高い須賀京太郎である。余計に初歩での躓きが深い闇になっていた。

そんな須賀京太郎である。エネルギーの容量の問題と退魔術を習得できていない未熟さが合わさって、護衛にふさわしくないと考えたのだった。

護衛というのは長期間にわたるお仕事である。護衛任務で難しいのは敵を排除することではなく、護衛対象者と長い時間一緒にいること。

となって須賀京太郎の判断は妥当だった。スタミナもなければ回復手段も乏しい未熟者。そんな退魔士見習いが幹部関係者を守れるわけがないと考えた。

 須賀京太郎が申し訳なさそうに依頼を断った時十四代目葛葉ライドウに先んじてオロチが口を開いた、この時に十四代目葛葉ライドウそして須賀京太郎に提案された作戦について書いていく。

それはこれ以上ないほど須賀京太郎が申し訳なさそうにしている時のことである。

しょんぼりとして小さくなってしまっている須賀京太郎を見て、十四代目葛葉ライドウが一瞬だけ表情を崩した。

一瞬だけ驚愕の表情が現れ、しかしすぐに元通りになった。驚いたのは須賀京太郎の弱気ぶりである。

本当にただの人間だったころの須賀京太郎を知っている十四代目葛葉ライドウである。

葛葉流の退魔術が使えないくらいで、ここまで須賀京太郎が追い込まれるのは不思議でしょうがなかった。

ただ、追求することはできなかった。思った以上に須賀京太郎の心が追い込まれていると察したからである。

何の考えもなく踏み込めばこじれるのが見えていた。ただ、十四代目葛葉ライドウはあきらめなかった。黙って須賀京太郎を見つめて、視線を逸らさない。

須賀京太郎は目をそらしていたが、逃がすつもりはない。なぜなら結婚の話を進めたい。龍門渕が「伝えそこなった」話を、今もあきらめていない。

護衛任務には絶対についてもらいたかった。そうして十四代目葛葉ライドウが必死に頭を働かせていた時である。

姉帯豊音の後ろに隠れていたワンピースと三つ編みのオロチが少し大きな声を出した。隠れたままでこう言ったのだ。

「私が手伝う!」

緊張しすぎて声が上ずっていた。この時オロチの言葉はしっかりと全員に届いていた。流暢な日本語であった。

突然のオロチの提案の後十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎を見つめたまま、こういった。

「ほう、オロチが手伝うか……どうする須賀君?

 豊音ちゃん一人に対してオロチと君がつく。

よほどのことがない限りは十分対処できると思うが……それに君が心配しているのは女性を男性が護衛する難しさの事だろう?

 問題はなくなったように思えるが」

このように十四代目葛葉ライドウが質問をすると須賀京太郎の前に天江衣が口を開いた。こう言っていた。


「おじい様、京太郎は人一倍真面目な退魔士です。いくら没落しつつある幹部(姉帯)の娘であっても京太郎は重要人物とみなすでしょう。

 それに豊音さんは大慈悲の加護を受けているではありませんか。

メギドの火さえ防ぎきる大慈悲の加護があれば、あえて未熟者を護衛に着ける意味がありません。

 真面目真面目に考えていけば、昼夜を問わず護衛するのですから二人では足りません。

そもそも京太郎の性格からして、周囲にいる人たちも守ろうとしますから……それこそ熊倉先生さえ京太郎にとっては護衛対象になるでしょうし……今回の一件はなかったことにしませんか?」

すると十四代目葛葉ライドウが苦笑いを浮かべた。思ったより二人をくっつけるのが難しそうだった。同時に熊倉トシとオロチが嫌な顔をした。

護衛すら受けてもらえないと、その先に進めないからだ。ただ、この時姉帯豊音はほほ笑んでいた。

「ほっ」

として緊張の糸が緩んだようだった。そして緩むと同時に須賀京太郎を慈愛の目で見つめた。不思議な光景だった。色々と理屈に合わない。

そんな姉帯豊音を須賀京太郎はしっかり捉えていた。張りつめて淀んだ空気の中爽やかな空気を発する姉帯豊音を見逃すわけがなかった。

俯いていてもしっかり感じ取れた。

 龍門渕に肩入れをしている天江衣が話を断ち切った後須賀京太郎が答えを出した、この時に出てきた答えと、答えに対する反応について書いていく。

それは天江衣がやんわりと

「失せろ。須賀京太郎は龍門渕のものだ」

と伝えた直後のことである。姉帯の陣営・熊倉トシと三つ編みのオロチがじっと天江衣を睨んでいた。二人ともなかなか気迫のこもった目をしていた。

姉帯豊音と須賀京太郎をくっつけたいと思っている二人からすれば、当然の目である。しかし睨まれている天江衣は動じない。

それどころかそよ風の中でリラックスしているような堂々たる立ち姿。

「使ったものは片づけろ」

とか、

「寝落ちするな」

などと須賀京太郎とハギヨシ、そしてディーや透華に叱られた経験が生きていた。

須賀京太郎たちからすれば熊倉トシとオロチの睨みなど大したものではなかった。怖い顔で睨まれても一仕事終えた達成感のほうがはるかに強い。

ただ、長くは続かなかった。須賀京太郎が

「護衛任務、受けます。やらせてください」

とトチ狂ったことを言い出したからである。この時の須賀京太郎に弱さはかけらもなかった。まっすぐ十四代目葛葉ライドウを見て答えていた。

姉帯豊音に興味を持った結果である。そうして須賀京太郎の答えをきくと天江衣は大いに驚いた。

「ンッ!?」

どこから声を出しているのかさっぱりわからないが、不思議な声で叫んでいた。

天江衣は大げさだったが、十四代目葛葉ライドウも熊倉トシもオロチも非常に驚いていた。一方で全く驚いていないものもいた。

これは須賀京太郎の仲魔たち、そして先生たちである。姉帯豊音の反応を見て、この結果を予想できていた。

そうなって、姉帯豊音だが全く喜んでいなかった。喜ぶどころか絶望して、青ざめていた。血の気が引いて手先が震えている。

恐れおののいているように見えた。そんな姉帯豊音に全員が気付いていた。しかし放置したまま十四代目葛葉ライドウが話を進めていった。

横やりが入る前に終わらせたかった。そして任務終了の暁には修行をつけてやると約束をしてお開きになった。

お開きになるまで終始天江衣は不機嫌だった。どう言い訳すれば龍門渕の親子に許してもらえるかわからなかった。


 十四代目葛葉ライドウとの話し合いが終わった十分後、タクシーの中で三つ編みのオロチが須賀京太郎に謝っていた、この時の様子について書いていく。

それは、十四代目葛葉ライドウから須賀京太郎が護衛任務を受けて十分後のこと。龍門渕の陣営と姉帯の陣営はタクシーで全国大会の会場へ向かっていた。

龍門渕が乗るタクシーの運転手はディーが務め、姉帯の場合は派遣された退魔士が運転手を務めた。

派遣された退魔士は、ヤタガラス三大幹部の一人「壬生彩女」の派閥に属する退魔士である。弱小勢力の姉帯のために壬生彩女が配慮してくれたのだ。

そうして全国大会の会場へ移動している時、姉帯のタクシーの中で須賀京太郎がこんなことを言った。

「オロチと俺って揉めてたよね? 前みたいに捕まえに来たの?」

姉帯豊音、オロチ、須賀京太郎の順番で後部座席に座っている状態からの、何の脈絡もない質問だった。

この突然の質問に対して姉帯豊音たちはびっくりしていた。それもそのはずで、タクシーを待つ間も、乗り込むときも全く質問しなかったからだ。

今この瞬間に急に質問するものだから、姉帯豊音たちは非常に驚いた。脈絡がなさ過ぎて理解が追い付かなかった。

また、須賀京太郎自身ゆるい空気をまとっての質問である。一体どこから突っ込めばいいのかわからなくなっていた。

そうして場が混乱して五秒ほど後のこと、ワンピースと三つ編みのオロチが若干震えながら口を開いた。オロチはこういっていた。

「今日は……謝りたくて豊音についてきた……あの時は酔っぱらっていて、ひどいことをした……あの……本当はすぐに謝りに行きたかったけど……その、怖くて……。

 本当にごめんなさい」

須賀京太郎の質問に答えるオロチはうつむいていた。そして両手を膝に置いてギュッと握っている。

数か月前に須賀京太郎と出会った時随分ひどいことをしたとオロチは理解しているのだ。そして嫌われたに違いないと考えていた。

謝ったとして許されるかどうかはわからない。しかし期待する気持ちがあって、真っ白い雲の加護と姉帯豊音に引っ付いてここまでやってきたのだった。

 ワンピースと三つ編みのオロチが謝った直後須賀京太郎はあっさり許していた、この時の須賀京太郎とオロチの様子について書いていく。

それはうつむいたままオロチが謝った後のことである。オロチの隣に座っている須賀京太郎がためらわずに、こういった。

「いいよ。

 正直な話、いつ来るのかって楽しみにしていたところがある。来るってのは、謝りに来るって話じゃなくて、さらいに来るのかって話。

 オロチと出会ってから頑張って修行したから、修行の成果を見せたかった。

 だから、そんな本気で謝らなくていいよ。まぁ俺のマグネタイトが悪いように作用したってのはわかるし、悪酔いしたんだよな?」

オロチに語る須賀京太郎はずいぶん爽やかだった。窓の外の景色を見ながら、まったく警戒する様子も見せない。

隣に座っているオロチを完全に受け入れている。もともとオロチの行為を悪いとは思っていない須賀京太郎である。許すも何もなかった。

ただオロチが申し訳なさそうにしているので謝罪だけを受け取っていた。それがオロチの心の救いになるとわかっていたからである。

しかし残念だと思う気持ちもある。力試しのチャンスがなくなったからである。数か月の修行の成果なのか脳みそまで筋肉になっていた。

須賀京太郎があっさりと許した後三つ編みのオロチが飛び掛かってきた、この時の三つ編みのオロチの行動とその理由について書いていく。

それは須賀京太郎があっさりとオロチの行為を許した後のことである。須賀京太郎の答えをきいてワンピースと三つ編みのオロチが顔を上げた。

顔を上げたところにあるオロチの顔は生気で満ち溢れていた。両目が赤く輝いて、口元が上がっている。

膝の上で硬く握られていた両手はほどけて、ワンピースの裾を握ったり離したりを繰り返して遊んでいた。というのも、

「もしかしたら許してくれるかもしれない」

という期待が見事にかなったからである。

須賀京太郎の性格からして本気で謝ればどうにか許してくれると予想がついていた。

しかし本当に許されるとうれしくてしょうがなかった。そうして許しを得た直後、三つ編みのオロチは須賀京太郎の方へ頭を向けた。

そして特に何の脈絡もなく抱き着きに行った。理由らしい理由はない。あえて理由を挙げるのならば、オロチの胸の中に

「抱きつきたいなぁ」

という衝動が生まれていた。これにオロチは素直に従ったのだ。可愛らしい少女姿のオロチである。問題はなさそうだが、勢いがおかしかった。

臼沢塞の仲魔をいなした時よりもはるかに勢いをつけて抱き着きにかかっていた。幸い座っている状態なので音速の領域には入っていない。

しかし、言葉通り弾丸並みだった。

 オロチが許されてから五分後助手席に座っている熊倉トシと運転手が世間話をしていた、この時に語られた世間話について書いていく。

それは須賀京太郎に飛び掛かったオロチがデコピンで撃ち落とされてから五分後のことである。

後部座席で姉帯豊音に額を撫でてもらっているオロチを見て見ぬふりをしつつ、熊倉トシと運転手が世間話をしていた。

世間話をする流れになったのは渋滞にはまってしまったからである。全国大会の会場へ向かう道が予定以上ん時混んでいる上に、後部座席の空気が怪しい。

音楽を聴きつつ世間話でもしなければ間が持たなかった。そうして世間話を始めたのだが、どんどん剣呑な話になっていった。

初めのころは本当にただの世間話だった。しかしそれが徐々に最近のヤタガラスの評論になり、外国の勢力間抗争の話になった。

タクシーの運転手も熊倉トシも根っこがヤタガラスであるから、どうしても話題がそっちに引きずられやすかった。

道が混んでいるので話す時間はあるので、余計に話が弾んだ。そうしてもう少しで会場というところで、熊倉トシがこんなことを言った。

「あのブルーシートはなんだい? 随分広い範囲を覆っているようだが」

この質問は当然のことである。なぜなら三十メートル四方がブルーシートで囲まれている場所がある。

助手席から見てもかなり可笑しな光景で、人だかりも多い。気になるのは当然だった。

そうして熊倉トシが尋ねると運転手が少しためらった後、答えてくれた。運転手はこういっていた。

「二日前の朝早くだったと思います。女性の他殺体が見つかったんです。あのブルーシートは現場になった公園を隠しているんですよ。

 あの公園に……なんというか、残骸が放置されていましてね」

この時運転手が後部座席に視線をやっていた。気を使ってくれていたのだ。そんな運転手の視線を熊倉トシはこういってさえぎった。

「気にしないでいいよ。後ろの二人はヤタガラスだ。この程度では動じない。

 しかしわからないね。どうして公園全体なんだい? 被害者が一人なら、あんなに囲む必要はないだろう」

すると運転手が後部座席に視線をやった。後部座席に座っている姉帯豊音と目が合った。姉帯豊音は軽くうなずいてみせた。

この時須賀京太郎はオロチの額を撫でていた。姉帯豊音がじっと見つめてくるので耐えかねての行動だった。この様子を見て運転手は意を決して答えた。

「女性の他殺体なんですが……公園全体に『散らばって』いましてね。まともに残っているのは頭部だけ。あとはもう、ミンチよりもひどい。

 当分あの公園は使えないでしょう。公園全体が赤く染まっていた工作員が言っていましたから……回復魔法を併用して、拷問したのでしょう。

残された頭部も苦悶の表情で固まっていたそうです。

 だから警察は広範囲を封鎖した。それにマスコミに嗅ぎまわられると厄介な情報が大量にありましたからね。

 聞きますか?」

すると熊倉トシが黙った。姉帯豊音が気分を悪くしないか心配していた。そして軽く振り返って姉帯豊音の顔色を確認した。

視線の先にある姉帯豊音は楽しそうだった。須賀京太郎に撫でられているオロチを見てにこにこしていた。

そんな姉帯豊音を見て熊倉トシはうなずいた。情報が欲しかった。明らかな猟奇殺人事件はサマナーの匂いを感じさせた。

もしかすると外敵になるかもしれないのだから。


詳しい情報が必要だった。熊倉トシがうなずくと、運転手がこう言った。

「始末された女性は『キリスト教系児童養護施設 カランコエ 二代目理事長 粟花 忍(あわばな しのぶ)』。

年齢は六十七歳。信仰心の篤い女性で、数多くの身よりのない子供たちを救った聖女という評判でした。

 初代理事長 菅原 梅の経営で傾いた児童養護施設を立て直した凄腕経営者で、七十近いというのに非常に若く見え、三十代後半に見えたというものもいました。

 男性の目を引く美しい女性だったらしいです。男性から彼女の話を聞くと非常に良い印象を与えていたのがわかります。女性はほぼ逆でしたね。

旦那さんを盗られるのではないかと心配しているのが話ぶりからよくわかりました。殺されてほっとしているという気持ちが透けている女性は多かったですね。

 ですが、表向きは地域住民から尊敬され信頼されていました。女としては気に入らないが、あの人ならば間違いないという評価です。

 彼女が始末された現場は公園で間違いありません。

 児童養護施設の職員たちを皆殺しにした後、最後に理事長を始末したようです。児童養護施設は血の海、金目のものには手を付けず子供たちは無事。

夜遅くまで起きていた悪い子は恐ろしい悪魔の姿を見たそうです。児童養護施設の方は情報統制ができています。無駄に騒ぎにする必要はありませんからね。

 ただ、一般人が見つけた残骸だけはどうにもなりませんでした。そもそも深夜に響き渡った断末魔のせいで、隠しきれるわけもない。

 児童養護施設の子供たちはヤタガラスの運営している施設へ移送されています。心配ご無用です」

運転手が軽く説明した。すると熊倉トシが額を抑えた。そしてこういった。

「『カランコエ』か、どこかで聞いた名前だと思ったが、先代の理事長が女傑だったね。公然とバチカンを批判した女傑。

確か破門されていたか……師匠が大笑いしていたよ。

 その二代目理事長は粛清されたのか?」

運転手は少し困った。そしてこういった。

「それはわかりませんね。しかしすでに終わったことです。十四代目様はこの事件を捜査完遂とおっしゃっていましたから、これ以上の進展はないでしょう。

 情報操作が正しく行われればすぐに封鎖も解けるでしょう」

そうして運転手と熊倉トシの会話は終わった。誰にとっても有意義な時間だった。



 インターハイの会場にタクシーが到着して数分後、姉帯豊音たちが入場行進に備えていた、この時の龍門渕の動きと姉帯の陣営について書いていく。

それは夏の熱気でアスファルトが熱々になっている時刻。晴天。巨大なドーム型の建物に向かって大量の学生たちが集まっていた。

インターハイの開会式に出席するため、そして対戦の抽選を行うためである。会場に到着した学生たちは開会式のためにいったん別室へ移動する。

ここで整列し開会式が行われる会場へ移動する。この開会式を待つ学生の列の中に、宮守女子高校の面々の姿があった。

少し緊張していた。本日の予定は開会式と抽選だけであるから、緊張する必要はない。しかし緊張していた。

入場行進の様子が全国放送されることを知っているからだ。そんな緊張の中に姉帯豊音もいた。

女子生徒としては少し身長が高い姉帯豊音であるから、よく目立っていた。緊張しているのもわかりやすかった。近くに須賀京太郎とオロチの姿はない。

本来なら護衛として引っ付いていたいところだが、姿がない。

というのもこの会場全体に大量のヤタガラスたちが配備されているうえに、十四代目葛葉ライドウと一番弟子ベンケイと二番弟子ハギヨシが全力で防衛に回っている。

もしも、ドームの頭上で核爆弾がさく裂したとしても被害は出ない。その上、会場到着とほぼ同時に、ハギヨシとディーに

「大人しくしてろ」

と止められたのでどうもできなかった。そうなって須賀京太郎たちは観覧席で大人しく待つことになった。

ジャージ三人組と執事服のディー、そして学生服に腕章をつけている灰色の須賀京太郎とオロチ。

この異様な組み合わせの団体が観覧席で大人しく選手入場を待っていた。この時わかりやすい問題は三つ編みのオロチの扱いだけだった。

姉帯豊音が居なくなると途端に落ち着かなくなり須賀京太郎の腕にしがみついて離れなくなった。ビビりの本性が現れたのだ。

流石にこれを見ると天江衣たちも意地悪ができなかった。本当に心の底から人の波にビビっているのがわかるのだ。からかえなかった。

 人に慣れていないオロチをどうにかしようと須賀京太郎が頑張っている間に入場行進が始まった、この時の観覧席の動きについて書いていく。

それは、全国の高校生たちが集まり頂点を決めるインターハイ。予定の時間を十分ほど過ぎたところである。

ようやく開会式が始まった。開会と同時に行進曲がながれた。大会スポンサーが売り出したい歌手の新曲だった。

これに乗せて北海道から順番に代表校が入場を始めた。入場が始まった時須賀京太郎は露骨に嫌な顔をしていた。

流れてくる歌のリズムが行進のリズムに全くかみ合っていなかった。須賀京太郎が苛立っていると、宮守女子高校の面々が入場してきた。

須賀京太郎の護衛対象・姉帯豊音が緊張しているのがよくわかった。女子にしては身長が高いのでわかりやすかった。

姉帯豊音が姿を見せるとオロチが小さく手を振った。須賀京太郎に引っ付いたままで、軽く手を振って見せていた。

「頑張れ、見ているぞ!」

という感じではない。

「早く帰ってきて」

という感じだった。オロチが手を振っているのに気付いたらしく、姉帯豊音は軽く手を振って笑って見せた。

沢山の人がいる会場だけれども、須賀京太郎たちはわかりやすかった。周囲のヤタガラスたちの緊張度が桁外れに高まっているためである。

そうしているといよいよ須賀京太郎が所属している清澄高校の面々が入場してきた。がちがちに緊張していた。特に部長の緊張がひどい。真っ青である。

清澄高校の行進をみて須賀京太郎は苦い顔になった。緊張のせいで敗北する未来が見えた。心配だった。努力が報われてほしかった。

すると今まで大人しくしていたジャージ三人組が奇妙な動きを見せ始めた。このジャージ三人組の初動を須賀京太郎とディーは見逃した。


「この大舞台でおかしな真似はしないだろう」

などと甘いことを考えていたからだ。

 清澄高校の面々の心配をしているときジャージ三人組が動き出した、この時のジャージ三人組が何を狙っていたのか書いていく。

それは自分の友人と先輩の心配しているときのことである。今まで大人しくしていた、ジャージ三人組が無言で動き出した。

初めに動いたのは天江衣であった。すっと立ち上がった。立ち上がった天江衣は両目を閉じて口をしっかり閉じていた。

黙っていると神聖な雰囲気があった。そんな天江衣に一歩遅れてアンヘルとソックが立ち上がった。アンヘルとソックも同じく両目を閉じて口を結んでいた。

黙っていると凛々しかった。ジャージ三人組の本性を知らなければ美しい光景に見える。本性を知っている須賀京太郎とディーは、嫌な顔をした。

嫌な予感がした。三人の背中が妙に弾んでいるのだ。なにか仕掛ける前兆にしか見えなかった。当然須賀京太郎とディーは止めようとした。

しかし穏便に止めようとした。ジャージ三人組はか弱い部類である。丁寧に止める必要があった。ただ、この配慮がまずかった。

ジャージ三人組を止めるよりも早く、天江衣が目を見開いた。すると今までざわついていた開会式場が一瞬だけ静かになった。

同時に会場全体のテレビカメラが天江衣に集中した。このとき聞こえてくるのは不調和な行進曲だけだった。このほぼ無音の隙間に天江衣が叫んでいた。

「頑張れ清澄! 応援してるぞ!」

大きな声だった。しかも通っていた。天江衣の激励と同時にアンヘルとソックがポーズを決めて魅せた。目を開いて微笑みを作っていた。

かなり気合を入れたポーズとスマイルである。


また、ポンポンを両手に持っている。購入してきたものではない。マグネタイトで創ったものだ。

チアリーダーのようなポーズと微笑みの完成度は、そのまま計画のち密さを証明していた。そして全国規模のジャックが成功し、完成度の高い応援がお茶の間に届いた。

 ジャージ三人組が一発かましてくれた後、須賀京太郎とディーが頭を抱えた、この時の須賀京太郎とディーの状況について書いていく。

それは公共の電波を三人で独占したすぐ後のことである。応援をやり切ったジャージ三人組は音も立てずに着席した。着席と同時に騒がしさが戻ってきた。

一瞬の静寂を不思議に思う人であふれていた。しかし下手人たちは、平然としていた。無表情で選手入場を見守っている。知らん顔で押し通すつもりである。

何も起きていない風を装っているのはなかなか腹が立つ。そんなジャージ三人組の後ろの席に座っていた須賀京太郎とディーだがうなだれていた。

お手本のようなうなだれ方だった。しょうがないことである。龍門渕の正統後継者・龍門渕透華(りゅうもんふち とうか)から確実に怒られるからだ。

予想ではなく確定した予定である。なぜなら須賀京太郎の携帯電話とディーの携帯電話には鬼のような着信が入っている。

メールも山ほど来ている。マナーモードにしていて大正解だった。この時オロチもうなだれていた。特に意味はない。須賀京太郎のまねをしていた。

 龍門渕からのお叱りのメールに執事服のディーが返事を返している時ヤタガラスの退魔士がお願いにやってきた、この時に降ってきたお願いついて書いていく。

それはジャージ姿のかわいらしい少女と美女二名が公共の電波を独り占めした数分後のことである。

須賀京太郎の隣に座る執事服の男ディーが死にそうな顔でメールを打っていた。それもそのはず、龍門渕から大量のメールが届いていた。

内容はお叱りのメールである。内容は

「九頭竜の姫が目立つな」

とか

「『支配』の力を使ったな」

とか

「私だって目立ちたい」

などといった具合だった。須賀京太郎の携帯電話にも着信とメールが来ているが、アンヘルが返事を出していた。

本当ならば須賀京太郎がやるべき仕事である。ただ、問題はなかった。

須賀京太郎の携帯電話に来た着信とメールはアンヘルとソックに向けてのものだからだ。

ただ、龍門渕透鼻から直接説教されてもアンヘルとソックは動じていなかった。叱られるとわかっていたので、初めから謝罪文の用意があった。

しっかり三人分用意して、さっさとメールで送っていた。ただ、あまりに対応が早かったので龍門渕透華を余計に怒らせた。

そんなところにヤタガラスの退魔士がやってきた。ヤタガラスの退魔士はいかにも警備員といった制服を着ている三十代後半の男性だった。

ヤタガラスの警備員の制服をよく見ると、三本足のカラスのエンブレムが刺繍されていた。ヤタガラスの警備員の接近はわかりやすかった。

警備員の携帯電話が警告音を一度発していたからだ。会場は一応マナーモードになっているはずだから非常に目立った。

これは魔人警戒アプリが働いた結果である。そうして警告音を鳴らした警備員の携帯電話はいったん電源を切られた。

そうしないと須賀京太郎に近付けないからだ。そうして近づいてきた警備員はディーに耳打ちをした。すると警備員とディーが移動した。

五メートルほど離れて、二人が立ち話を始めた。警備員はこのように話を切り出していた。

「ガイア教団の過激派が紛れこみました。入場ゲートで見破ったのですが変化の術を使い会場内部に強行突入、現在捜索中です」

するとディーがこのように返した。

「強行突入しておいて見失う?

 なにか道具か呪文を使っているな……変化程度でヤタガラスの目が欺けるわけがない。なにか心当たりはあります?」

警備員が答えた。

「獲り逃した構成員からの報告によるとミイラ化した人皮のマントを利用していたらしいです。

このミイラ化したマントが変化の術の精度を霊的決戦兵器級に高めているようで、足取りがつかめません。

 術者自体の力量は低いと報告が来ています。ミイラ化したマントを制御するために携帯電話とタブレットを複数使用していたらしいです。

 また……ちらりとマグネタイト暴走型の爆弾が見えたとも」

警備員の報告を聞いてディーが冷や汗をかいた。状況が悪いと理解できた。そしてこういった。

「了解。こっちでも対応策を考えてみます。十四代目達はどうするつもりなんです?」

警備員はこういった。

「今実行している作戦は二つです。一つは会場全体の物体にアナライズをぶつけること。現在進行形で行っています。

二つ目は十四代目葛葉ライドウ様とお弟子様方で地道に捜査する方法です。私たちでローラー作戦を展開、抽選が始まる前には終わると思います。

 二つ目の方法の進展は正直わかりません。警備でも仲魔を動員して形跡を追いましたが、追い切れませんでした。どうにも悪魔の感覚さえごまかせるようで」

するとディーがうなずいた。警備員もうなずいていた。お互い真剣で心臓が高鳴っていた。

ここで犯人をとり逃すと非常に面倒くさい問題が起きると察してのことである。そうして話し終わると、ヤタガラスの警備員は

「申し訳ありません。姫の護衛中だとは十分承知しているのですが、人の手が足りませんで。

 よろしくお願いします」

と言って去っていった。

話し終わるとディーが再び席に着いた。そしてこういった。

「須賀ちゃん。ちょっと問題が起きた。手伝ってくれ」

 ディーのお願いの直後、須賀京太郎が捜査に参加した、この時の須賀京太郎とディーの会話について書いていく。

それは、警備員とディーが会話を終えて戻ってすぐのこと。須賀京太郎の隣に戻ってきたディーはまず状況を説明した。

砕けた口調で説明してくれるのだが、焦っている。いつもより早口だった。そんなディーから話を聞き終わった須賀京太郎は真剣な顔でうなずいた。

そして黙って何度かうなずいてみせた。頭の中で状況を整理していた。そして五秒ほど黙って、須賀京太郎はこんなことを言った。

「特攻するために入り込んだみたいですね。

 あれですよね、脱出は考えずに内部に侵入することだけが目的っぽい。いかにもテロリストって感じです。

 変化の術も……かなり制限があるみたいですね。魔道具を使いこなせていないから侵入に変化の術を使わなかった。

もしかすると使えなかったというがの正解かもしれません。使用回数に制限があるのか、使用制限がかかっているのか……仲間もおそらくいない。

仲間がいれば侵入の手伝いをしてもらえるはずだから。仮に、いたとしても信頼関係がない。

 頭の悪い爆弾魔で後先考えないのなら……爆破のタイミングは入場が完了した瞬間ですかね?

 将来有望な学生たちをできるだけ巻き込みたい、全国放送ですから刺激も強い。全国放送中に死なれると言い訳できないからヤタガラスは蘇生しない。

やられると痛いっすね。

 入場完了まであと五分くらい?」

須賀京太郎が分析した状況を伝えるとディーがうなずいた。そしてこういった。

「組織の下っ端を使った有りがちな方法だ。もしかしたら洗脳を受けている一般人の可能性もあるが、そこまではわからない。

 で、何か対応を思いつくか? アナライズでローラー作戦を仕掛けているらしいが、おそらく間に合わない。下手に騒げばやけになって自爆する可能性もある。

ハギちゃんたちが捜査しているみたいだが、期待するには弱い。いつかはたどり着けるかもしれないが、入場完了までには終わらないだろう。

 何か作戦はあるか? この大会を台無しにしたくない。まぁ、いざとなったらテレビカメラを全部壊してブラックアウトさせるがな。外に知られなければいいだけのことだ」

そんなディーに須賀京太郎はこういった。

「試しにやってみてもいいですか? 八割くらいの確率で成功すると思うんですけど……デジタル式のサマナーであればあるほど引っかかる可能性が高い作戦なんです」

これにディーがうなずいた。喜んでいた。そしてこういった。

「やってみよう。何もしないよりはいい。しかし静かにやってくれよ。気取られないように」

須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。

「ちょっとうるさくなるだけですって」

今日はここまでです。
 
大体このくらいで、やっていきます。

 はじめます。

 文の書き方は変えてます。まとまらなかったもんで。

 今の指輪は心臓のままですが、後の方でちょっと出てきます。


 ディーの許可を得た直後須賀京太郎が逮捕に向けて動き出した、この時に須賀京太郎が行った操作方法について書いていく。

それは須賀京太郎の提案をディーが飲んだ後のこと。須賀京太郎はすっと立ち上がって、学ランと靴を脱いだ。

これから激しく動く予定である。学ランを脱いでおかなければひどい状態になると須賀京太郎は知っていた。

出来ればズボンも脱ぎたかったが、さすがに公衆の面前では無理だった。すると須賀京太郎に周囲の空気が変わった。妙に暑苦しくなっていた。

これは須賀京太郎の肉体の威力である。数か月の修行によって育まれた筋肉が周囲の視線を熱くさせたのだ。

首から肩のラインの起伏は見事な三角形を描き、肩から背中に向かっては逆三角形が決まっている。

シャツの上からでもわかる背筋の盛り上がりは充実した修行内容を見せつけた。そして、背中から降りて腰から太もも、ふくらはぎは熟した果実のように張りつめている。

上から下まで見事としか言いようがなかった。視線を集めるには十分すぎた。この時脱いだ学ランは自分の席に畳んで置いた。

そうして準備が整うと、須賀京太郎はこういった。

「これから会場を飛び回ります。もしかすると魔人警戒アプリを作動させたままかもしれませんから、それでひっかけます。

 衣さんは異能力で会場を支配してください。不自然なところから音が鳴ったら、ディーさんに報告。ディーさんはすぐに対応。

 アンヘルとソックは衣さんの補助を頼む。オロチは……待機で……いや、ディーさんと同じく異変に対応で」

このように作戦を説明するとすぐに須賀京太郎が集中を始めた。垂れ流しになっていたマグネタイトと魔力が内側に留まり、圧力を高めていった。

同時に須賀京太郎の両目が赤い目に変わった。オロチとそっくりな輝く赤い目である。しかし少し違うところがある。輝きの強さである。

須賀京太郎の両目は燃え上がっているように見え、オロチは儚い蛍の光のようだった。これ以外に違いはなかった。

 須賀京太郎が動き回ると宣言した後ジャージ三人組とディーが動き出した、この時の三人組とディーについて書いていく。

須賀京太郎が作戦を伝えたすぐ後のことである。今まで大人しく座っていたジャージ三人組が動き出した。反応が早かったのはアンヘルとソックだった。

作戦を語っている間に、呪文を唱え始め、語り終わった時には大量の補助呪文を須賀京太郎にかけ終えていた。

須賀京太郎に呪文をかけ終わると天江衣にアンヘルとソックは補助呪文をかけ始めた。呪文を受けている天江衣は少し高揚していた。

ビックリするくらい大量の補助がハイにさせていた。そうしてアンヘルとソックが補助呪文を重ね掛けしている間に、天江衣は目を閉じた。

集中を高めるためである。天江衣もしっかり話は聞いている。全国大会を台無しにすれば友人が悲しむと気合を入れていた。

そんな中、執事服の男ディーは携帯電話で連絡を取っていた。ハギヨシに簡単に計画を伝えたのだ。そして連絡が済むと須賀京太郎のスタートを待った。

オロチもまたやる気を出していた。須賀京太郎を真似してロングブーツを脱いでいた。須賀京太郎の作戦に組み込まれている者たちはやる気満々だった。

思うところはいろいろとあるが、全国大会の熱気にあてられていた。

 天江衣の準備が完了した直後須賀京太郎は会場中を駆け回った、この時の須賀京太郎の動きについて書いていく。

それは天江衣の異能力「支配」が完全に会場に広がった直後である。須賀京太郎の姿が消えた。

今まで観覧席にあった筋骨隆々の百八十センチを超える巨体が幻のように消えたのだ。周囲にいた観客たちはさすがに目を疑った。

明らかにおかしな動きをしている集団の、一番目立つ男子高校生が一瞬で消えるのだ。

観客たちは鍛えられた肉体をしっかりと覚えていたので、ただただ不思議に思った。しかし須賀京太郎、幽霊でも幻でもない。素早く動いただけである。

観客たちが不思議に思っている時、須賀京太郎は会場の天井にへばりついていた。観覧席から抜け出すために軽く跳躍し、天井に到達。

そのまま右手一本で体重を支えていた。たまたま天井を見上げていたのならば、ゴリラのような男子高校生が天井に張り付いている光景が見れただろう。

しかしそれも一秒もなかった。次に須賀京太郎が現れたのは観覧席の一番外側の壁だった。とんでもない勢いで着地しているはずだが、音が聞こえなかった。

そして壁に着地した須賀京太郎は瞬きの間に会場を一周して見せた。両足の指が器用に動き、壁を捕まえていた。砂を指で握るような調子で分厚い壁をえぐっていた。

人の多い会場である。観客の間を縫って進むと衝撃波で傷つける可能性があった。こうする必要があった。修繕費は龍門渕に請求してもらうつもりである。

そうして勢いがつくと。壁をけって会場中を飛び回った。流石にドン、ドンと大きな音がしていた。しかし反応出来た者はほとんどいなかった。

テレビカメラを通しても同じである。音速の世界での行動だからだ。よほど性能が良くなければ反応できない世界だった。しかし当然代償があった。

須賀京太郎の服がぼろぼろになっていた。特に学生服のズボンがひどい。ダメージジーンズ状態である。

そうして会場全体を飛び回った後、須賀京太郎は天井に張り付いた。作戦の結果を確かめるためである。

 作戦開始から三秒後観覧席の天江衣がある女性を指差した、この時の天江衣たちの動きについて書いていく。それは須賀京太郎が螺旋を描いて一秒後のこと。

会場で動きがあった。大量の携帯電話が警告音を発したのである。一台二台ではない。会場のいたるところで警告音が鳴り響き、会場がうるさくなった。

会場に配備されている警備員の携帯電話。観覧席の見物人たちそして入場行進中の複数名の学生。それらが警告音を一斉に鳴らしてとんでもない混乱ぶりだった。

五月蠅いのももちろんだが、警告音が鳴るということは危険極まりない魔人が存在するということである。

普通の退魔士とサマナーでは到底太刀打ちできないのが常識であるから、逃げなくてはならない。しかし逃げようとした瞬間に二度目の警告音が鳴るのだ。

これはさすがに心臓に悪かった。二度目の警告音が鳴るということは目と鼻の先に魔人がいるということ。混乱するのも無理はない。

この時混乱した会場で冷静を保っていた者がいた。天江衣である。龍門渕の異能力を使いこなし、会場の状態を把握していた。

冷えた目で見下ろす姿は女王の風格があった。そして作戦開始から三秒後、冷えた視線のまま観覧席に座っていた女性を指差した。

天江衣の指の先には赤子を抱いた女性が座っていた。両腕で赤子を抱いて、少しお腹が膨らんだ女性だった。

観覧席に座っている女性は警告音を聞いて非常にあわてていた。泣き出した赤ちゃんをあやしながら、必死で音を止めようとしている。

この女性を指をさしたままで天江衣はこういった。

「行け、撫子。『あれ』だ」

天江衣の言葉を聞くと執事服のディーが姿を消した。須賀京太郎と同じく霞の様に消え失せた。しかし一瞬で戻ってきた。そしてこういった。

「ハギちゃんに引き渡してきた。あとはハギちゃんたちに任せよう。しっかり情報を吸い上げてくれるはずだ」

すると天江衣が普段の雰囲気に戻った。そしてだらけた。天江衣が指差した女性だが、もう困ることはないだろう。

「警告音を発していた赤ちゃんの靴下」

はディーにより持ち去られ、ハギヨシに引き渡されているからだ。困ることがあるとすれば、片方だけなくなっている靴下の不思議だけである。

 


 入場行進が若干騒がしくなった後龍門渕透華が須賀京太郎を連れて行った、この時の須賀京太郎と龍門渕透華のやり取りについて書いていく。

それは須賀京太郎の作戦が思った以上の効果を見せてから三分後というところである。須賀京太郎たちのところにハギヨシを伴って美少女が現れた。

天江衣と同じく綺麗な金髪で顔立ちがよく似ていた。しかし背が高く百六十センチと少しといったところである。

この美少女だが少し不思議な格好をしていた。ワンピースに靴はいいのだが、派手なショールを身に着けている。

ショールの柄は三本足のカラスと漢字の「龍」。明らかにショールだけが浮いていた。しかしまったく恥じるところはない。

むしろ

「これが自分だ」

と見せつけていた。この自信満々な美少女の名前は龍門渕透華(りゅうもんふち とうか)。高校二年生で、須賀京太郎の上司である。

この龍門渕透華の一歩後ろに執事服を着たハギヨシが立っていた。須賀京太郎を見て微笑んでいる。優しい先輩といった表情だった。

そんなハギヨシを伴って現れた龍門渕透華は一番にハンドサインを作った。須賀京太郎に向けて親指を立てて見せていた。

わかりやすい「良し」のポーズだった。これを見て須賀京太郎はうなずいた。言いたいことが分かった。ふんわりとした空気が二人の間に生まれた。

しかしすぐに冷たくなった。冷えた目をした龍門渕透華がこういったのだ。

「ちょっとツラを貸しなさい、筋肉ダルマ。

 言いませんでしたかねぇ、ホウレンソウはしっかりやれと……今日の朝説教して、昼に破られるとは思いませんでしたよ……えぇ、思いもしませんでしたよ。

 まあ、言葉だけで縛れるとは思っていませんでしたよ私も。でもね、数時間で破られるなんて思うわけないでしょ? そこまで脳みそからっぽだとは思わなかったんですよ。私もねぇ! 

 まぁそれはいいとしましょう。それはいいとしましょうよ。時間制限のある任務でした。しょうがないこと。いちいち確認を取っていたらヤバいでしょうよ、確かにね!

 でもね、これはダメですわ。私の断りもなく姉帯の護衛についたそうですね? あなたの上司である私に相談もせずに……どう考えてもハニートラップを仕掛けてくる相手の護衛に私の断りもなく!

 あなた私の部下だって自覚ありますの! 嫁がほしいなら正直に言いなさいな! 用意してあげようじゃないのあなた好みの巨乳の子をねぇ! あぁん!?」

龍門渕透華が軽く叱ると、オロチがびくついた。思った以上に怖かった。須賀京太郎たちは平然と構えていた。よく叱られるからだ。

少し興奮した龍門渕透華であるが、すぐに持ち直した。深呼吸を三回して冷静になった。そしてこういった。

「ふぅ……まぁいいでしょう。十四代目からの依頼ですものね。どちらにしても断れなかったでしょう。これも不問にしましょう。でもね、報告してほしかったのは本当です。もっと私を頼りなさい。応えてあげます。

 さぁ、須賀くん立ちなさい。姉帯豊音の護衛に入るのに貧弱な装備では格好がつきません。龍門渕からあなたの装備を持ってきています。着替えなさい」

龍門渕透華に促されて須賀京太郎は立ち上がった。須賀京太郎は申し訳なさそうな顔になっていた。龍門渕透華にはいつもお世話になっている。信頼してくれているのもわかる。出来るだけ信頼に応えたかった。


 須賀京太郎が動き出した直後オロチが非常に困った、その時のオロチについて書いていく。それは須賀京太郎が立ち上がってすぐのことである。

ワンピースを着たオロチの目が大きく泳いだ。龍門渕透華と須賀京太郎の間をオロチの視線が行ったり来たりして落ち着かない。

というのも、非常に悩んでいた。ワンピースのオロチは須賀京太郎についていきたい。自分の宝物だから一緒にいるのは当然だと思っている。

一緒にいれば安心できる。しかし須賀京太郎についていけば龍門渕透華がいる。龍門渕透華を第一印象で怖いと思ってしまったものだから、どうにも怖くて近寄れない。

残ってもいいが、執事服を着たディーと一緒にいるのも怖い。

これまた第一印象が悪いものだから、いまだに悪いままだった。そうしてどちらも怖いので、オロチはどうすればいいか悩んだ。

そうして悩んでいる間に須賀京太郎が歩き出していた。これを見てオロチは一層焦った。焦ると余計に答えが出なかった。

そうして混乱している間に、三メートルほど離れてしまった。物理的な距離が生まれると焦りが限界に到達した。オロチの目に涙が浮かんできた。

その時だった。須賀京太郎が立ち止った。そしてこんなことを言った。

「オロチ俺の学ランを持っていてくれないか? 学ランが邪魔になって座れない人がいたらまずいからな。任せた」

須賀京太郎は軽い調子でお願いをした。するとオロチの両目から涙が引いた。涙が引いたオロチは自然とうなずいていた。オロチがうなずくと須賀京太郎がほっとしていた。

そうして龍門渕透華とハギヨシの後を追って姿を消した。残されたオロチは席の上の学生服をじっと見つめていた。真剣だった。

じっと見つめて、うなずいた。やるぞと心を決めて学生服を胸に抱いた。そして空いた席に座った。隣がディーだったが怖くなくなった。

学ランを守るという使命がオロチの心を強くしていた。


 龍門渕透華に須賀京太郎がシメられている時アンヘルとソックがオロチに話しかけていた、この時のアンヘルとソックそしてオロチついて書いていく。

それは須賀京太郎の姿が見えなくなって数分後のことである。入場行進もいよいよあと一校という状況で、ジャージ服を着たアンヘとソックがオロチに話しかけた。

しかしそれは独り言のようだった。初めに語りかけたのはアンヘルだった。

「オロチ、さっさと消えてくれませんか? 貴女のたくらみはとっくの昔にお見通しです。我が主の温情を受けたからといって、馴れ馴れしくしないで下さい。

 嫌だというのなら、我が主にあなたのたくらみを懇切丁寧に伝えますよ。

 消滅寸前の幹部の娘に

『須賀京太郎とつがいになった暁には葦原の中つ国の塞の神として全面的に支援する。巫女として指名しても良い。

 ただ、その代わりとして須賀京太郎と一緒に葦原の中つ国に移住しろ』

とでも言って誘ったんでしょう?

 我が主は潔癖なお方。窮状にある弱者を利用した愚か者にどんな感情を抱くのか、貴女でもわかるでしょう?」

アンヘルが語りかけると学ランを抱きしめているオロチが震えた。同時に輝く赤い目が泳いだ。オロチの企みがズバリ見抜かれていた。

しかしすぐに唇をかんで、うつむいた。打開策を考えていた。すぐに思いついた。しかし声が出なかった。日本語の勉強はしてきたが、コミュニケーション能力自体が低いのだ。

そうしてオロチが唇を噛んでいるとソックが同じように語りかけた。アンヘルの時よりも独り言の調子が強かった。こう言っていた。

「大会期間中私たちは貴女を見逃す。しかしこれは貴女を認めたからではない。我が主の決定を、最大限尊重するのが私たちの立場だから見逃すだけ。

 大会期間が終了したら二度と私たちの前に姿を現さないで。貴女の龍の目が私の主にへばりついているのは本当に不愉快なの」

ソックの独り言を聞いて天江衣が震えた。力の強さというより女性の黒さが怖かった。この時、執事服のディーは無視を決め込んだ。

女性に口げんかは挑まない主義だった。そうしていると震えていたオロチが反論してきた。小さな声だったが頑張っていた。オロチはこう言っていた。

「協力してやる……お前たちは謎の影について全く答えを出せていない……私の宝物に助言を求められたのに、少しも応えられていないのはっ……優秀な仲魔とは言えない。

 龍の目でつながっている私なら精査できるはずだ……協力してやる」

オロチの提案をきいてアンヘルとソックが反応した。二人の身体に力がこもり、魔力がとげとげしくなった。

アンヘルとソックの間に挟まれている天江衣は死にそうな顔をしていた。アンヘルとソックの顔を横目で見てしまったのだ。ものすごく怖かった。

そんな天江衣を間に挟んだまま、アンヘルとソックは見詰め合った。そしてすぐにうなずいてみせた。肯いた後オロチを見つめてアンヘルがこう言った。

「謎の影の正体を解き明かすまで、仲良くやりましょう。アンヘルと呼んでいいですよ」

続けてオロチを見つめてソックがこう言った。

「しかし忘れないで。私たちの主を奪おうとする貴女は大嫌い。

 でも、無能な私はもっと嫌い。

 協力して仲良くやりましょう。ソックと呼びなさい」

オロチを受け入れると答えた二人は静かになった。刺々しいオーラも落ち着いていた。挟まれている天江衣は落ち着かなかった。

今まで以上にアンヘルとソックが怒っているのがわかったからだ。数か月、一緒に遊び倒している天江衣である。本気で怒っているとすぐにわかった。

この時オロチは深呼吸をしていた。天江衣とは違って

「うまくいった」

と思っていた。ほっとしていた。そして何度か深呼吸をしてからうなだれた。今度はマネではない。心臓がどきどきしてしょうがなかった。
 


 開会式が終わって抽選会が始まった時姉帯豊音と熊倉トシが観覧席にやってきた、その時の姉帯豊音と熊倉トシについて書いていく。

一時間近い開会式が終わってからのことである。須賀京太郎たちが陣取る観覧席に向かって姉帯豊音と熊倉トシが歩いていた。二人とも少し顔色が悪い。

当然である。一時間近く退屈なスピーチをきいて滅入っていた。観覧席の静まりようは抽選会が始まるから大人しくなっているのではない。

興味のない話を延々ときかされた結果である。

そんな静まり返った観覧席を抜けてヤタガラスの警備員たちに軽く会釈しながら須賀京太郎たちのところへ姉帯豊音たちは到着した。

そうして須賀京太郎たちのところに到着した二人だが、話しかけるのをためらった。遠くから見ると普通の六人組なのだが、近くに寄ってみると非常に怪しい集団だったからだ。

ジャージ三人組と執事服の男というのがまず怪しい。これに加えてワンピースの上にマントのように学ランを羽織っている三つ編みのオロチがいる。

この時点で調和が一切とれておらず何の集団なのかわからない。最悪なのはバトルスーツを着た筋骨隆々の須賀京太郎である。

このバトルスーツというのがまたおかしな代物だった。安いコスプレなら笑って済ませられるのだが、かなり技術と金がかかっているスーツであった。

使われている素材を見ればわかる。わかりやすいのは胴体である。一見すると黒いタイツのように見えるのだが、目を凝らすと鎖帷子だとわかる。

黒いタイツに見えるほど金属を編み込めば、普通ならまともに動けない。しかしどういうわけなのか、体の動きを全く妨げない可動性を持っていた。

須賀京太郎の呼吸のリズムで胴体が震えているのを見ればわかることである。

この胴体だけでもおかしいが、同じような鎖帷子が喉仏からつま先まできっちりパーツを分けて守っていた。当然のように動きを妨げていない。

腰回りには道具を持ち運ぶためのホルスターがついているが、これもまた頑丈な作りになっていて洒落でつけるような代物ではない。

しかも須賀京太郎が歴戦の戦士の風格を出しているものだから、近寄りがたいことこの上ない。須賀京太郎たちの素性を理解している姉帯豊音たちでもためらわれた。

 

 姉帯豊音と熊倉トシが到着した直後、学ランを羽織っているオロチが話しかけてきた、この時の姉帯豊音とオロチについて書いていく。

それは抽選会が問題なく進んでいるときのこと。学ランを羽織っているオロチが姉帯豊音たちに話しかけてきた。

姉帯豊音と熊倉トシがこちらに向かっている間、ずっとそわそわしていたのだが、いよいよ我慢できなくなって自分から話しかけていた。

オロチはこういっていた。

「豊音! こっちに来い!」

この時オロチは全身でこっちへ来いと示していた。そのため言葉こそ上から目線だったが、周囲にいる者たちには

「お願いだから一緒にいて!」

としか聞こえなかった。そんなオロチであるから姉帯豊音は苦笑いを浮かべた。随分かわいい神様だった。そうして姉帯豊音と熊倉トシは不審者の集団に近寄っていった。ここまで思い切りお願いされると嫌だとは言えなかった。

 姉帯豊音たちと合流した直後須賀京太郎が動き出した、この時の須賀京太郎と熊倉トシについて書いていく。それは学ランを羽織っている三つ編みのオロチが姉帯豊音を呼び寄せてすぐのこと。

特に何の合図もなく須賀京太郎が立ち上がった。すっと立ち上がった須賀京太郎だが、やはり近寄りがたい雰囲気だった。

全身を覆う異様なバトルスーツも原因だが、須賀京太郎の無愛想な面構え。喧嘩上等などと生易しい思想ではなく、見敵必殺の構えであった。

話しかけてくる人間はまずいないだろう。そんな須賀京太郎だが護衛対象にも愛想がなかった。須賀京太郎は

「では、行きましょうか」

というだけで、それきりだった。仲良くなる気が一切ない。まともに自己紹介もしていないのだから、もう少し口をきいても良いはずである。

しかし姉帯豊音たちを嫌っての行動ではない。むしろ逆である。護衛任務を行う退魔士として全身全霊を持って事に当たるという覚悟が、須賀京太郎を不愛想にさせていた。つまり

「姉帯豊音たちの安全と命を未熟者なりに守る」

と須賀京太郎は心に決めた。となって未熟者だと思っているのだから、ただ真剣になるばかりで、仲良くなろうなどという発想にはならなかった。

そんな須賀京太郎をみて熊倉トシは難しい微笑みを浮かべた。須賀京太郎を見て頼りになると思う一方で、姉帯豊音とうまくやっていけるのか不安に思った。

しかしどうにかこう言った。

「それじゃあ、宮守の子たちと顔合わせと行こうか。良い子たちだからやり易いように護衛してくれたらいいよ。

 十四代目のお墨付きがあるんだ。誰も文句は言わないさ」

そうして姉帯豊音と熊倉トシそして須賀京太郎とオロチが観覧席から移動を始めた。この時姉帯豊音はずいぶん歩きにくそうにしていた。

学ランを羽織っているオロチが姉帯豊音のスカートを掴んで歩いていたからである。

 姉帯の陣営が移動を始めると天江衣がオロチにお願いをした、この時の天江衣とオロチの動きについて書いていく。

それは姉帯の陣営が動き出した直後である。今まで大人しく座っていたジャージの天江衣が大きめの声でこう言った。

「オロチ、お前はここに残れ。アンヘルとソックの手伝いをするというのなら、京太郎について行ってはダメだろう?」

すると須賀京太郎の動きが止まった。随分難しい顔をしていた。アンヘルとソックの手伝いをオロチがするとは全く聞いていなかったからだ。しかし

「やめろ」

とは言わなかった。アンヘルとソックの仕事は有益なものが多く、信頼もしている。オロチの手伝いが必要だというのならアンヘルトソックを優先したかった。

仕事が一気に難しくなるが、そこは修行だと思い頑張るつもりであった。この時須賀京太郎と同様にオロチが難しい顔をしていた。

オロチに対してあたりが強いアンヘルとソックと一緒にいたくなかった。しかし拒絶もできなかった。約束をしっかり覚えているからだ。

仕事を手伝うという約束をしたのをしっかり覚えていた。当然守るつもりだった

しかしアンヘルとソックが怖い。天江衣も何となく意地悪そうな顔に見える。出来れば姉帯豊音に引っ付いていたかった。そんなオロチである。

難しい顔にもなる。そうして呼び止められてから数秒後、須賀京太郎がオロチにこんな提案をした。

「アンヘルとソックを補助してくれるのなら、それでも構わないぞ……まぁ、姉帯さんに我慢してもらう場面が多くなるだろうが。

 後、手伝いついでに衣さんの面倒も見てやってくれ。ディーさんのストレスが軽減されて全体の利益につながる」

このように須賀京太郎が語った直後、天江衣が驚いた。

「須賀京太郎ほど天江衣のことを尊敬している者はいない」

と根拠もなしに信じている天江衣である。須賀京太郎の提案はなかなか衝撃的だった。そうして天江衣が驚いていると学ランを羽織っているオロチがこう言った。

「大丈夫、分身する」

すると、三つ編みのオロチの姿が一瞬ぶれた。ぶれた後にはスタンダードなオロチが現れていた。スタンダードなオロチというのは髪の毛を引きずって、ボロ布だけのオロチである。

分身出来るというのは須賀京太郎もディーも知っているので驚かなかった。しかし周囲の観覧客たちは驚いていた。

学ランを羽織っている美少女が分裂したのだ。ありえない現象だった。しかしすぐに落ち着いた。流石によくないと、天江衣が異能力を発揮してごまかした。

天江衣が頑張っているところで、学ランを羽織っているオロチがこう言った。

「では、アンヘルとソックにはこっちの私がつくことにする。頑張れよ私。応援してる」

学ランを羽織っているオロチは産みだした分身にアンヘルとソックを任した。明らかに他人事の口調だった。

分身で生まれたオロチが三つ編みのオロチを睨んでいたが、気にしていなかった。そうしていると天江衣がこう言った。

「まぁ、オロチがそれでいいのなら、私たちは何も言わん。

 しかしもう少し人の目を気にしろ。一々情報操作をするのが面倒だ」

 天江衣が愚痴っている間に生まれたばかりのオロチに須賀京太郎が服をプレゼントした、この時の須賀京太郎の行動に注目して書いていく。

それは分身のオロチが観覧席に現れてすぐのことである。須賀京太郎は眉間にしわを寄せていた。目線は分身のオロチに向かっている。

それもそのはずで、見た目が良くなかった。三つ編みのオロチは服を着ているが、分身は服らしいものがない。ボロ布だけである。

本人は気にしていないようだが、人が多い状況。よろしくない。そしてどうにかすべきだと考えて、須賀京太郎は

「服はさすがに増えないんだな……オロチちょっといい?」

といった。すると学ランを羽織っているオロチが不思議そうな顔をしてよってきた。そうして三つ編みのオロチが寄ってくると、羽織っていた学ランを須賀京太郎は取り戻した。

すると三つ編みのオロチは露骨に嫌そうな顔をした。しかしすぐに落ち着いた。生まれたばかりのオロチに須賀京太郎が学ランを羽織らせたからだ。

同じ自分なので全く問題なかった。そしてどうにか大丈夫な状態になると須賀京太郎はこういった。

「なんか余計に怪しい雰囲気になったな……でも、裸同然の状態よりはこっちの方がいいだろう。

 それではディーさんあとはよろしくお願いします」

須賀京太郎がお願いすると、信頼できる男ディーは肯いた。少し顔色が悪かった。アンヘルとソックが強烈な空気を放っているのだ。怖かった。

ディーがうなずいたのを見て須賀京太郎たちは姿を消した。須賀京太郎の背中を生まれたばかりの分身が見送っていた。生まれたばかりの分身は自信満々に胸を張っていた。


 龍門渕と別れて三十分後宮守女子高校の面々と須賀京太郎が顔を合わせていた、この時の宮守女子高校の反応について書いていく。それはインターハイの抽選がしっかりと終わった後、選手たちが退場して落ち着いてきたところである。

会場の人気のないところで、宮守女子高校の可憐な少女たちと須賀京太郎が顔を合わせていた。大きな会場の人気のない場所というのはなかなか不気味だが、退魔士たちには関係なかった。

「幽霊悪魔、望むところ。我が道を塞ぐなら仏も神もぶった切る」

の精神がヤタガラスである。薫陶を受けている者たちがおびえるわけがない。しかし宮守女子高校の面々は少し顔色が悪かった。

というのも姉帯の幹部(豊音の母)から受け取った須賀京太郎の資料と、須賀京太郎の見た目が全然違っていた。

資料にあった須賀京太郎の写真は金髪で人当たりがよさそうな少年だった。しかし今目の前にいるのは灰色の髪で人を寄せ付けない空気を放つ筋骨隆々の退魔士である。

予想と現実が違いすぎる上に見た目が普通に怖いので彼女らの顔色は悪くなった。そんな宮守女子高校の面々を見て、まず須賀京太郎が自己紹介をした。

「龍門渕支部所属 三級退魔士 須賀京太郎です。大会期間中姉帯豊音様の護衛を行います」

ありきたりな自己紹介を行った須賀京太郎はそれ以上語らなかった。眉間にしわを寄せたまま、じっとしている。機嫌が悪いわけではなく、やることをしっかりやるという発想で動いているのだ。

須賀京太郎からすれば護衛任務は仕事である。ありきたりな自己紹介以外の選択肢はなくそれ以上の必要も見いだせなかった。

ただそんな須賀京太郎であるから、宮守女子高校の面々には非常に不興だった。ただでさえ見た目が悪いのに、自己紹介がそっけない。

「仲良くなりたい」

などと微塵も思っていない態度は少女たちには不愉快だった。こんな無愛想な男に姉帯豊音は任せられないなどと思うものもいた。

ただどうしようもない問題である。宮守女子高校の面々と須賀京太郎は立場が違いすぎる。宮守女子高校の面々は姉帯豊音のために動いている。

一方須賀京太郎は護衛任務の完遂が目的である。これはもう絶対に交わらない。

しかし宮守女子高校と須賀京太郎の間に亀裂が走っている時、姉帯豊音はほほ笑んでいた。須賀京太郎の真剣さを酌んでいた。

 須賀京太郎の自己紹介から数秒後姉帯豊音がフォローに回った、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。それは、須賀京太郎の自己紹介から五秒ほど後のこと。

自己紹介をした須賀京太郎の口元が震えていた。ポーカーフェイスを維持しているのでよく観察しなければ気が付かないが、微妙に震えている。

というのも、自己紹介をしただけで嫌われたと察したからである。須賀京太郎は自分が女性にもてない見た目と理解していた。

細マッチョとは対極にいるガチマッチョの上に乗りが悪い。十四代目葛葉ライドウとハギヨシの様な美形でもない。しかも魔人である。

好かれる要素がないのはわかっている。しかし自己紹介をしただけで嫌われるのは、魔人になってからも初めてで、さすがにショックだった。

ただショックを受けていることを覚られてはならないと必死でこらえた。眉間にしわを寄せたまま、じっと耐えた。

「任務のためにここにいるのだ。この程度で動揺するのは未熟だ。魔人になってから同じようなことは何度もあった。

今回も同じようなもの、ただ嫌われるタイミングが早かっただけ」

と自分に言いきかせどうにか落ち着いた。そんな須賀京太郎の動揺を姉帯豊音があっさり見抜いていた。

須賀京太郎の呼吸が少し乱れていたのをきっかけに、あっさりポーカーフェイスの裏側の本音を見つけた。

そしてあっさりポーカーフェイスを見抜くと宮守女子高校の面々に姉帯豊音はこういったのだ。

「須賀君はちょーすごいんだよ。

 曾おじい様が太鼓判を押してくれたんだ。『一番信頼できる』んだって。

 それに、大会期間中はみんなのことも守ってくれるみたいだから、よろしくお願いね。オロチちゃんをデコピンで黙らせちゃうくらい強いから、いざというときは頼ってあげて」

すると須賀京太郎の目が大きく開かれた。姉帯豊音がフォローしてくれるとは思わなかった。そうして大きく驚いた須賀京太郎だが、すぐに元の顔に戻った。

眉間にしわを寄せて、不機嫌そうな顔になった。動揺を隠すためである。頑張らないと喜びが漏れ出しそうだった。

 

 須賀京太郎が内心で喜んでいる間に、宮守女子高校の面々が須賀京太郎を受け入れた、この時の熊倉トシとオロチの頑張りについて書いていく。

それは須賀京太郎が静かに喜んでいるときである。三つ編みのオロチが

「良く頼れ。前よりもずっと強くなっている。私をあっさりと退けるだけの技量があるのだ、きっと守り抜いてくれるだろう」

といって

胸を張った。宮守女子高校の面々が須賀京太郎の実力を疑っているのではないかと考えての、オロチなりのサポートだった。

すると宮守女子高校の面々がちらりと熊倉トシに視線を向けた。本当かどうか確認するためだ。三つ編みのオロチの評価はあてにならないと思った。

須賀京太郎を贔屓しているのは明らかだ。須賀京太郎に花を持たせるくらい平気でやると思っていた。しかし熊倉トシは笑わなかった。

それどころかオロチの言葉に真面目な顔で肯いていた。そして疑う少女たちにこう言った。

「十四代目が出した戦力評価は上の下……公式の評価になるまで時間はかかるだろうが、確実だよ。

 序列最下位の六位が数週間以内に与えられるだろう。十四代目の言うところ完全に白、信頼して良いそうだ」

こうなってようやく宮守女子高校の面々がほっとした。前もって魔人だと知っていたのが悪い方向に回った結果である。前評判に影響されるというのは良くも悪くもよく起きる現象だった。

 宮守女子高校の面々と須賀京太郎の顔合わせが終わってすぐに龍門渕透華が姿を現した、この時の龍門渕透華の行動について書いていく。

それは宮守女子高校の面々が一通りの自己紹介をし終わったところだった。少し空気が和んだときに須賀京太郎が視線を泳がせた。

宮守女子高校の面々から視線を完全に切って、何もない空中に視線がいった。須賀京太郎が反応するのとほとんど同時に三つ編みのオロチも反応していた。

姉帯豊音に抱き着いて、眉をハの字にした。須賀京太郎とオロチの変化に姉帯豊音が気付いていた。しかし何に反応したのかさっぱりわからなかった。

姉帯豊音が不思議に思っていると答えが先に現れた。須賀京太郎たちから二メートルほど離れた所に龍門渕透華とハギヨシがいきなり現れた。

二人が姿を現すと宮守女子高校の面々と熊倉トシが目を見開いた。そして小さな悲鳴を上げた。可愛らしい悲鳴だった。

しかしすぐに呼吸を整えて平静を装った。無様な姿を見せるわけにはいかなかった。

長野を仕切る龍門渕の後継者と京都本部を仕切っている張本人が目の前にいるのだ。ここで動揺することが姉帯の恥になると考えた。

そんな宮守女子高校の面々の努力など知らぬ顔をして龍門渕透華が話しかけてきた。

「あら、奇遇ですねみなさん。こんなところで出会うなんて少しも予想していませんでした。

 知っていれば、お土産でも持ってきたのに……でも丁度良かったです。

 須賀君、貴方に渡しそびれた羽織があるの。さっき渡しておけばよかったんだけど『ついうっかり渡し忘れていた』みたいで……任務中はしっかりと身に着けておいて」

この時の龍門渕透華はいかにもお嬢様。どこに出しても恥ずかしくない仕上がりであった。ただ、須賀京太郎は怖がっていた。でかい体を小さくしている。

龍門渕透華の目が笑っていなかったからだ。そんな龍門渕透華が語り終わると執事服を着たハギヨシが、どこからともなく大きな羽織を取り出した。

そして不敵な笑みを浮かべながら須賀京太郎に差し出した。

「胡散臭いなぁ」

と思ったが、須賀京太郎は黙って羽織を受け取った。受け取るとすぐに身に着けた。夏でも快適な着心地だった。しかし驚くほど派手だった。

龍門渕透華が身に着けているストールと同じ柄が入っていた。

三本足のカラスのエンブレムと龍の文字が背中に大きく刻まれて、龍門渕透華の趣味で歌舞伎チックな配色になっていた。

一目見てどこのヤタガラスに所属しているのかわかる仕様である。そうして須賀京太郎が羽織を身に着けると龍門渕透華はこういった。

「一回転してもらます? ゆっくりと見せつけるように」

すると須賀京太郎がゆっくりとステップを踏んだ。そんな須賀京太郎のまねをして三つ編みのオロチもまわって見せた。それを見て龍門渕透華はこういった。

「よく似合っています。やはり体格がいいと見栄えがいい。今度智紀たちにも着せましょう。バトルスーツも揃えて、新商品のいい宣伝になります。

 では須賀君、私たちは『明日のお茶会』の準備があるので失礼します。姉帯の皆さんに失礼のないように頑張ってくださいな。

いじめられたらいつでも帰ってきていいですからね?」

そうして龍門渕透華にからかわれた須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。そして

「はいはい」

と雑な返事で返した。用事が済むと龍門渕透華とハギヨシは姿を消した。一瞬で姿が消えていた。テレポートで帝都での拠点に飛んだのだ。

須賀京太郎は驚かなかった。普通に見送って終わりである。龍門渕透華の影に龍門渕透華の仲魔が潜んでいるのを見抜いていた。

 龍門渕透華とハギヨシが姿を消してすぐ宮守女子高校の面々が落ち込んだ、彼女らが落ち込んだ理由について書いていく。

それは龍門渕透華とハギヨシを須賀京太郎とオロチが見送っているときだった。元気だった宮守女子高校の面々の元気がなくなった。

須賀京太郎の出会いでそれなりに気分を落ち込ませていたが、今は本当に

「げっそり」

といった風貌に変わっている。同じく熊倉トシも気力がかなり削がれている。熊倉トシはいい年齢であるから、げっそりとしている姿は見ていてつらい。

平然としているのは須賀京太郎と姉帯豊音とオロチだけである。

宮守女子高校の面々がげっそりとしてしまう、これは龍門渕の勢力から分かりやすい圧力がかかったからである。圧力というのは先ほどの龍門渕透華の行動である。

第三者の目から見るとただの美少女が筋肉ダルマをからかったようにしか見えない。しかし宮守女子高校の面々からすると非常に怖い光景だった。

龍門渕の座を継ぐ予定の少女が龍門渕の紋を刻んだ羽織をわざわざ渡しに来た。

しかも任務が辛ければいつでも戻ってこいとはっきりと伝えるダメ押しまでして。姉帯の陣営が考えている作戦を見抜いて、

「護衛中にハニートラップを仕掛けたら殺すからな? 人材の引き抜きは万死に値する」

と暗に伝えているようにしか思えなかった。ハギヨシを伴っていたのも真剣さを補強させて笑えない。

そうして巨大な幹部と弱小幹部の差を自覚して気力が削がれた。姉帯豊音が特に動じていないのは、怖くないからである。

龍門渕の小娘よりも遥かに怖い爺とよく顔を合わせているのだ。先ほどの龍門渕のアピールも十代の少女が見せる可愛らしい所有欲としか映らなかった。

このようにして若干の問題が発生していたが、大会の開会式と抽選会は終了した。明日からが本番である。
 


 全国大会一日目のお昼過ぎ須賀京太郎たちがタクシーで移動していた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは全国大会本戦一日目のお昼過ぎのこと。須賀京太郎たちはタクシーで都内を移動していた。タクシーの中にいるのは昨日と同じメンバーである。

席順も同じで助手席に熊倉トシが座り、後部座席には須賀京太郎と姉帯豊音、その間に三つ編みのオロチが座っていた。昨日と少しだけ違うところがある。

一つは須賀京太郎の服装が学生服からバトルスーツと派手な羽織に変わったこと。もう一つは三つ編みのオロチの太ももの上にコンビニの袋いっぱいのお菓子があること。

三つ編みのオロチはこの袋を大事に抱えていた。蛍のように輝く赤い目が力で満ち溢れていた。

 タクシーで移動している間、袋いっぱいのお菓子をオロチが抱いていた、オロチがこうなった理由を書いていく。タクシーでの移動中お菓子が入ったコンビニの袋を三つ編みのオロチが大事に抱えていた。

この大量のお菓子だが、須賀京太郎が用意したものである。しかし須賀京太郎が食べるものではない。オロチのために用意したお菓子だった。

完全自腹である。それもこれもオロチを慰めるためである。というのがオロチが思っている以上に護衛任務が辛かったのだ。

一晩は須賀京太郎に付き合えたのだが、太陽が昇るころには心が完全に折れていじけていた。

護衛任務が辛いと須賀京太郎は知っていたので耐えられたが、オロチには無理だった。

しかしオロチの気持ちもよくわかるので、自腹を切ってお菓子で報酬を支払った。精神年齢が低いのを確信してモノで釣ったのだ。

お菓子を購入できたのは、寝起きの姉帯豊音に頭を下げてコンビニへの移動をお願いしたからである。

寝起きの姉帯豊音だったが、ナメクジの様にホテルの廊下でとろけているオロチを見てすぐにうなずいてくれた。

そうして、買い物袋いっぱいのお菓子をオロチは手に入れた。初めての報酬をである。誇らしい気持ちでいっぱいになっていた。

誇らしさは次の任務に向かう間も変わらなかった。お菓子をホテルに置いてきても良かったのだが、大切なものなので一緒に持ってきていた。

 タクシーに乗り込んで五分後須賀京太郎に熊倉トシがお願いをした、この時に行われた会話について書いていく。それは三つ編みのオロチが初めての報酬を大切に抱いている時のことである。

助手席に座っている熊倉トシが須賀京太郎に話しかけた。この時の熊倉トシは非常に疲れていた。これから向かうお茶会を思ってのことであった。

熊倉トシはこういっていた。

「須賀君これから私たちが向かうのはヤタガラスの幹部会……お茶会、きいたことくらいあるだろう?

 幹部連中は

『お茶会』

などと軽く口にするが、日本を牛耳っている権力者たちの集まる会議だ。わかっていると思うけどね……波風を立てないよう気を付けてほしい。

 いくら豊音が優れた血統にあるといっても、コネだけでごり押し出来ない相手ばかり。そもそもヤタガラスは実力主義の集団。

 わかるだろう? コネだけでどうにか幹部をやっている姉帯というのは、恥そのもの。少しの波風が致命傷なんだ。龍門渕にとっては大したことがなくともね。

 大人しくしていてくれるかい? もしも無理なら一旦離れていてもらうしかない。これはどうしても譲れないね」

すると須賀京太郎はすぐに答えた。はっきりとこう言っていた。

「もちろん借りてきた猫のようにおとなしくしておきます。そもそも護衛ですからよほどのことがない限りは手を出しませんよ。

 でも、相手が攻撃してきたら反撃しますからね。悪口くらいなら聞き逃しますけど魔法で攻撃して来たり、物理的な攻撃をした瞬間から全力でやり返します。

 ヤタガラス内部での私闘は許されてますよね?

 『たとえ幹部であっても潰せるのならば潰して構わない。弱い幹部は無用』とハギヨシさんが言ってました。

 何度か準幹部級を始末してますが、何もおとがめなしでした。幹部でも同じでしょう?」

すると熊倉トシが笑った。須賀京太郎が面白かった。どこに耳があるかもわからないのに、大きなことを言える須賀京太郎が面白かった。

そしてこういった。

「誰も姉帯に手を出したりしないさ。大幹部はものすごく恐ろしいからね。悪口くらいは言えるだろうが、豊音に直接手を出せば大幹部が黙っていない。

機嫌が悪ければ豊音を視界に入れただけで首を落とすかも」

すると須賀京太郎がにやりと笑った。十四代目葛葉ライドウを思い出していた。やりかねないと思った。天江衣にものすごく甘いところを見ているのだ。

曾孫の姉帯豊音を放っておくわけがないと信じられた。理不尽な存在だが、それが面白かった。

そんな物騒なことを考えて笑う須賀京太郎に姉帯豊音が視線を向けた。そして擁護した。

「普段は良いおじいちゃんなんだ。でも、なんていうかー……心配性なんだよ。私は一人っ子だから、余計にね」

すると須賀京太郎は大きくうなずいた。そしてこういった。

「みんなそんなもんですよ。

 小さい頃に爺ちゃんと婆ちゃんの前でこけたことがあるんですけど、その時はすごい心配されて涙が引っ込んだ覚えがあります」

すると姉帯豊音が笑った。そしてこういった。

「あぁ、わかるかも。私が自転車でこけた時に、ものすごい勢いで飛んできたっけ。

 あの時のおじいちゃんは面白かったよー。回復魔法の光で目を開けていられなくなったもん」

すると後部座席で須賀京太郎と姉帯豊音が昔話で盛り上がり始めた。お願いをしていた熊倉トシは口を結んだ。良い雰囲気だったからだ。

そんな須賀京太郎と姉帯豊音に挟まれているオロチは大人しかった。大量のお菓子を無言で食べていた。しっかりとかみしめて大事に食べていた。幸せそうだった。

 タクシーで移動を始めて二十分後のこと運転手が奇妙な行動をとり始めた、この時の運転手の運転について書いていく。それはお菓子を食べているオロチを間に挟んで須賀京太郎と姉帯豊音が

「田舎あるある」

で盛り上がっているときのことである。須賀京太郎たちの乗っているタクシーが地下駐車場に入っていった。この地下駐車場は大きなビルの下にあった。

スロープを抜けて地下に降りていくタイプの駐車場だった。駐車場に到着したのだが、なかなかタクシーは止まらなかった。

地下駐車場に車はほとんどないのだが、全く止まる様子がない。勢いもほとんど変えずにぐるぐると周回を始めた。

そんなタクシーは地下駐車場をぐるぐると三週した。そして何を思ったのか車の向きを変えて逆方向に同じく三週回って見せた。

呪術に疎い須賀京太郎でも何かしらの儀式、もしくは合図なのだと推理できた。

そうして地下駐車場をくるくる回っていタクシーだが特にどうすることもなく、地下駐車場を出た。スロープを使い、地上に上がったのだ。

 地下駐車場で不思議な運転を体験した後地上に戻った須賀京太郎が驚いた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。それは地下駐車場から出てすぐのことだった。

タクシーの後部座席に座っている須賀京太郎が目を大きく見開いた。随分わかりやすい驚きの表情であった。というのが地上の様子が一変していたからである。

今までコンクリートジャングルだった都心が雑木林に変化していた。アスファルトの道がなくなり草が禿げただけの道がまっすぐ伸びている。

目を凝らすと道の先に神社仏閣風の建物が見える。神社仏閣風の建物の周りには警備の悪魔たちが配置されていた。

どれも上級悪魔相当の力を持つ力ある悪魔だった。

「これがお茶会の会場か」

と須賀京太郎が驚いているのを姉帯豊音がほほ笑みつつ見守っていた。眉間にしわを寄せている須賀京太郎が一瞬だけみせる素の表情が少年らしくて好きだった。

 お茶会の会場に到着して十五分後のこと須賀京太郎にオロチがお菓子を食べさせようとしていた、その時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それはお茶会の会場に到着してすぐのことである。須賀京太郎たちは会場の入り口で軽いチェックを受けていた。ヤタガラスの構成員たちの前に立ち、良くある受け答えをするのだ。

名前を名乗ってみたり、所属を伝えてみたり、周囲から飛んでくる敵意に殺意で返してみたり。よくあることだった。会場入りするときに須賀京太郎は

「お菓子の持ち込みは可能ですか?」

と質問をしていた。すると受付のヤタガラスがこのように答えた。

「大丈夫ですよ。

 ただ、会場に入りきらないような大きな仲魔、臭いがきつすぎる食べ物はお断りさせてもらっています。

 もちろん武具を持ち込んでもらっても構いません」

そうして須賀京太郎たちは会場入りした。会場は大きな宴会場だった。畳張りでよく見るタイプの宴会場である。ただ、すこしだけおかしなところがあった。

外見よりも中身が非常に広かった。全国から五十名の幹部とその護衛が集まる会場であるから当然と言えば当然である。


しかしそれを頭に入れてもあり得ないほど広かった。何せ会場の果てが非常に遠い。無限に広がっているというわけではない。終わりはある。

しかし一般人が走って五分くらいはかかる広さだった。外から見ると普通の建物であるから、おかしなことだった。しかし須賀京太郎たちは動じなかった。

「異界を操作する技術」

があると知っていた。そうして宴会場入りすると須賀京太郎たちは姉帯の陣営の席に通された。出入り口のすぐ近くで、すでに料理の準備が整っていた。

ご丁寧に結界で料理が保存されている。そして席に到着すると須賀京太郎たちは宴会の始まりを待った。オロチも同じである。

お菓子を大事に抱えておとなしく座っていた。そして須賀京太郎の隣に座ったオロチだが、口元が少し汚れていた。お菓子を食べ慣れていなかった。

オロチの口元が汚れていると気付いた須賀京太郎は、すぐに動いた。

バトルスーツの腰に下げているホルスターからハンカチを取り出し、オロチの口元をふいた。そして

「綺麗にしておかないと笑われるぞ」

といって注意した。するとお菓子を抱えているオロチがこう言った。

「京太郎も食べろ。私と同じようになる」

子供扱いするなとオロチの目が語っていた。そしてお菓子を差し出してきた。オロチが差し出してきたのはお徳用の

「一目で義理とわかるチョコ」

だった。普通のモノより二回り大きかった。口周りが汚れるのもしょうがない大きさだった。このお菓子の包装をはぎながらオロチはにやにやしていた。

須賀京太郎の口周りが汚れたら笑ってやろうと考えていた。そうしてお菓子を差し出したオロチだが、全く予想にもしない事態に見舞われることとなった。

須賀京太郎が一口で食べたのだ。大きな口を開けて一口だった。オロチは目を見開いた。驚愕の光景だった。かじらせるつもりだったのだ。

全部あげるつもりはなかった。笑えなかった。

 須賀京太郎とオロチが遊んでいると次々と幹部連中がお茶会に入ってきた、この時の須賀京太郎について書いていく。

須賀京太郎たちが会場入りして三十分ほど過ぎたところである。全国に散らばっている五十名の幹部たちのうち三十一名が集合していた。

幹部たちにはそれぞれ護衛がついていた。幹部一人につき十名ほどで、多いところでは二十人近く退魔士を護衛として連れてきている。

ただ、悪魔の姿は少なかった。これは幹部的な意地の張り方である。大量に用意できる悪魔の武力よりも、優秀な人材で固めることが幹部としての「粋」なのだ。

また幹部たちが入ってくる間に、須賀京太郎に話しかけてくる者もいた。それはたとえばハギヨシ。執事服ではなく、黒い生地に白いストライプが入ったスリーピース・スーツを着ていた。

また、二十代前半くらいの年齢の女性をハギヨシは伴っていた。そうして須賀京太郎を見つけてハギヨシはこう言っていた。

「つまらないお茶会だ。退屈したらその辺の幹部にでも喧嘩を吹っ掛けて遊べばいい

それなりに幹部が集まっている状態での発言である。挑発以外の何ものでもない。すると須賀京太郎はこのように返した。

「一番にハギヨシさんに吹っかけますね。

 そういえばディーさんはどこに?」

須賀京太郎が軽く返すとハギヨシはこういった。

「あいつは衣の護衛という名目で逃げた……俺も逃げたかった、じゃない護衛をしたかった」

お茶会が本当に嫌そうだった。するとハギヨシの脇腹を伴ってきた女性が人差し指で軽くついた。突かれたハギヨシは軽くはねた。

そうすると女性はこういった。

「ブツブツ言ってないでさっさと席に着きなさい。本部のトップが逃げられるわけないでしょ?
 
 邪悪ロリの護衛なんて撫子さんがいればどうにでもなるわ。ホレ、さっさと歩け」

あとはあっさりだった。ハギヨシが連れ去られた。

「助けてくれ」

と須賀京太郎にメッセージを送っていたが無視した。ハギヨシを見送っていると、オロチが目を大きく見開いた。

というのも、須賀京太郎の後頭部めがけて矢が飛んできたからだ。飛んできた矢はマグネタイトで創った矢だった。

音の壁を裂いて飛んでくる必殺の矢は、オロチしか見ていなかった。須賀京太郎の命が危ないと思った。

しかしオロチが動くよりも前に須賀京太郎が左手で払いのけた。視界におさめていなかったが、しっかり把握できていた。

払いのけた時の衝撃で矢が塵に変わった。矢を払いのけた須賀京太郎は軽く背後に視線をやった。視線の先には背の高い筋骨隆々の男性が立っていた。

須賀京太郎とハギヨシよりも背が高く、服を着ていてもわかる筋肉の持ち主。日曜日のお父さんといったやる気のない表情が印象的な三十代前半の男性である。

隣には品のいいお嬢さんが立っていた。娘だろう。雰囲気がよく似ていた。ただ若干顔色が悪かった。

問答無用で即死級の攻撃を須賀京太郎に撃ち込んだからだ。ただそんな娘を放っておいて、須賀京太郎がおっさんの名前を呼んだ。

「ベンケイさんお久しぶりです」

ベンケイと呼ばれたおっさんは自然体で答えた。

「葦原の中つ国ぶりだから結構立つな。しかし前よりもずいぶんよくなった。まじめに修行を積んでいるようでよろしい。

 今ならオロチの触角程度なら軽くあしらえるだろう。しかし姉帯のところの護衛についたんだな……いやしかし、よく許しを得たな。

あの爺さんは豊音ちゃんのことを大切に思っているからな、よほどのことがないと許さないだろうに」

須賀京太郎とベンケイが世間話を始めようとすると、ベンケイの隣に立つ娘がこう言った。

「お父さん! 出入り口で立ち止まってはいけません! あとがつかえているじゃないですか!」

元気な声だった。するとベンケイが軽くうなずいた。そして

「すまんすまん。そう怒るなよ。

 すまんな須賀君。後で話をしよう」

といって自分たちの席に向かった。ベンケイの娘は軽く一礼して去っていった。須賀京太郎とオロチを見て

「すばらです!」

と言っていたのが印象的だった。父親の性格は引き継いでいなかった。あとは特にない。龍門渕の親子も須賀京太郎とすれ違っていたが無言だった。

龍門渕透華も、透華の父親である龍門渕の当主龍門渕信繁(のぶしげ)も死にそうな顔で自分の席に向かって進んでいた。二人の接近には気づいていたが、空気を読んで話しかけなかった。

 全国に散らばっている幹部たちが全員集合した時大幹部たちが宴会場に姿を現した、この時の幹部たちについて書いていく。

それは須賀京太郎たちが到着して約一時間経過したところである。一番奥の席以外の席がすべて埋まった。一番奥にある席は三つ。

横並びになっていて、全ての幹部を視界におさめることができる席だった。この三つの席に座るのは大幹部と呼ばれているヤタガラスで、あとは三人の大幹部を待つだけになっていた。

そうしてすべての幹部たちが待ち構えていると、出入り口付近から老人の怒鳴り声が聞こえてきた。怒鳴り声は複数あった。

その声の一つは須賀京太郎がよく知っている声だった。須賀京太郎がちらりと振り返ってみてみると、十四代目葛葉ライドウが老人と老婆相手に大声を出していた。

そんな十四代目葛葉ライドウに対して老人と老婆が怒鳴り返し五月蠅くなっていた。誰か止めに入ればいいのに幹部たちは見て見ぬふりを決めていた。

それもそのはずで、下手に口を出せば龍門渕の親子のように凹まされるだろう。絶対に近寄りたくなかった。

この時須賀京太郎とオロチは露骨に嫌そうな顔をしていた。怒鳴り声自体が嫌だった。また姉帯豊音も同じような雰囲気を放っていた。

須賀京太郎よりは控えめだが嫌がっている。親族の喧嘩である。身内の恥だった。

大幹部たちが出入り口付近に現れてから三分後十四代目葛葉ライドウがおかしなことを言い始めた、この時の十四代目葛葉ライドウの提案と大幹部たちの対応について書いていく。

それは、出入り口付近がうるさくなって三分後のことである。十四代目葛葉ライドウが大きな声でこう言った。

「龍門渕に所属している須賀君は魔人であるが品行方正で生活態度もまじめ。

バカ弟子が須賀君にみっちりと修行をつけて私の見立てでは『上の位』に足を突っ込んでいる。

 姉帯の陣営が力を失いつつある状況で彼を護衛に着けるのは大正解だ。もしかすると須賀君と豊音ちゃんが夫婦になるということもあるかもしれない。

となれば、須賀君はきっちりと豊音ちゃんを守りきるだろうから、将来の憂いはなくなる。

 龍門渕には『お話』しているから心配しなくていい」

すると大幹部の一人、いかにも仙人といった風貌の老人がこのように返していた。

「逝かれてんのか狸爺? 真正の魔人を護衛にする? 姉帯の後継者の婿にする?
 
 万物に不吉と死をもたらすと魔人、その原型だぞ!?

 品行方正だの、まじめだの言ったところで魔人は魔人! 婿にするなんぞ百万年早い!

 いやそもそもハギの坊主は婚約者をほったらかしにしている半人前、ベンケイの阿呆に教えを受けたのならばギリギリわかるが、あいつの教え子なんぞ信用できるか!」

仙人のような風貌の大幹部だが、完全に切れていた。顔が真っ赤である。老人二人は熱くなっていたが、もう一人は落ち着いていた。老婆の大幹部はこう言っていた。

「ちょっと黙りな小僧ども。特に十四代目。あんた何を勝手に『上の位』に魔人の小僧を認めようとしてんのさ。

 私たち三人が認めなければ『上の位』には入れないのがルールだろ? 曾孫かわいさに戦力をごまかそうとするのは良くないね。

そういうところは本当によくない。

 護衛だの嫁入りなんて話は一旦おいておいて、まずここから話そうじゃないか」

熱くなっている大幹部を諭す老婆は大幹部の鏡である。しかし全く無意味だった。十四代目葛葉ライドウも仙人のような老人も老婆の話を無視していた。

すると大幹部たちの間に強烈な歪みが生まれた。三人の大幹部が本気でイラついていた。そしていよいよ、十四代目葛葉ライドウのポーカーフェイスが消えた。苛立ちが怒りになりポーカーフェイスを消したのだ。そして大きな声でこう言った。

「あぁもういい! だったら確かめたらいいだろうがよ! いちいち彩女さんうるせぇンだよ! 話が進まねぇ!
 
 この十四代目葛葉ライドウが認めた須賀京太郎の戦力をお前らが自分で確かめればいい!」

良く響く声だった。そしてそのすぐ後、仙人のような老人がこう言った。

「あぁやってやる! 須賀京太郎とやらの戦力をこの『二代目葛葉狂死』が直々にはかってやろうじゃねぇか!

 蘇生魔法の準備しとけよ爺! これが終わったら次はお前の番だ!

 信繁ぇ! 序列の書き換え準備しとけよコラァ!」

これをきいて宴会場がざわついた。出入り口付近にいた姉帯の陣営が震えた。須賀京太郎は肩を落とした。

須賀京太郎が落ち込んでいるのを見てオロチがお菓子を差し出した。丁寧に包装をはいで渡してくれていた。そしてオロチはこういった。

「頑張れ」

須賀京太郎は哀しげにうなずいた。少し龍門渕の親子の気持ちがわかった。そして覚悟を決めると黙って派手な羽織を脱いだ。そしてオロチに渡した。

かわりにお菓子を受け取った。

 十四代目葛葉ライドウの提案から五分後大幹部二代目葛葉狂死と須賀京太郎が立ち会っていた、この時の二代目葛葉狂死と須賀京太郎について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウの他愛ない提案から数秒後であった。宴会場が一気に様変わりした。宴会場に踏み込んできた十四代目葛葉ライドウが両手を叩いてこういった。

「一騎打ちの準備をしろ!」

すると宴会場のど真ん中に大きな土俵が現れた。しっかりと固められた土俵で宴会場のど真ん中に現れていた。

広い宴会場なので問題はないが、異様な光景だった。この土俵なのだが四方を悪魔が守っていた。金剛力士像のような悪魔で、目を見開いて土俵を睨んでいる。

そうしてこの土俵に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が登った。二代目葛葉狂死も須賀京太郎もまったく口を開かなかった。相手の姿を視界に入れることもしない。

冗談のような始まりだったのに、二人とも真剣になっていた。そんな二人を見て周囲の関係者は冷や汗をかいた。

二代目葛葉狂死と須賀京太郎が放つ空気がおぞましかった。そして会場を冷やした二人は相撲が始まる超至近距離の位置に立った。

相手の目に映る自分が見える位置、しかし二人の退魔士は構えなかった。軽く足の位置を調整するだけで、ほとんど仁王立ちの状態だった。これでよかった。

葛葉流は大げさに構える流派でない。自身のマグネタイト操作にこそ神髄があるのだ。

 土俵の上で二代目葛葉狂死と出会った時須賀京太郎は全身全霊で戦うことを決意していた、この時の須賀京太郎の考えについて書いていく。

土俵の上で初めてまっすぐに相手を見た二代目葛葉狂死と須賀京太郎である。遠目で見るとやる気のない退魔士に見えた。

というのが二代目葛葉狂死も須賀京太郎も自然体で立っているだけである。戦う気持ちで満ちているのなら拳を握り眉間にしわを寄せて構えるべきだ。

しかしそうしない。武術の心得がない幹部などは、

「お互いにやる気が削がれている」

などと考える者もいた。なぜなら須賀京太郎が圧倒的に肉体で勝利している。高身長で筋肉がしっかりとついている。

拳の傷を見ても只者ではないと思わせる迫力が須賀京太郎にある。しかも若い。一方で二代目葛葉狂死は百七十センチほどの身長でほっそりとしている。

仙人のような風貌で全く戦えるようには見えない。年齢の割には活力があるが、それだけに見える。眼光もやさしい。

普通にぶつかり合えば間違いなく須賀京太郎が勝つとしか思えない。だから、

「自然体なのだ」

と考えた。しかし須賀京太郎、自然体を装っているが真剣そのものである。余裕はない。目の前の老人が達人と見破っているのだ。立ち姿呼吸足運び。

すべてが須賀京太郎の上にあると確信できた。真剣になる以外に道はなかった。しかし真剣さの中に喜びもあった。

目の前の存在が格上であるという確信は、そのままチャンスに見えた。目の前に立つ格上の存在が持つ技術は見ているだけでも勉強になるのだ。

真面目に修行を積み重ねてきた須賀京太郎からすれば、最高の教材との出会いは喜びの念しか湧かない。

ただ、喜びの念が湧きあがってきてもできるだけポーカーフェイスを保った。失礼だと思ったのだ。真面目であった。

 土俵に上がった須賀京太郎が真剣になっているとき二代目葛葉狂死は微笑んでいた、この時の二代目葛葉狂死について書いていく。

それは土俵に上がって一秒後のこと。二代目葛葉狂死はほほ笑んでいた。長く白い髭の下にある口元が緩んでいる。

それもそのはず、十四代目葛葉ライドウの見立てが正しいと確信できた。二代目葛葉狂死もまた至近距離で相手を観察することで納得していた。

肉体の完成度から修行をまじめにつんだと見抜き、二代目葛葉狂死の前に立っても心が折れない精神力をほめていた。しかし手を抜くつもりはなかった。

むしろより全力を出さねばならないと心を決めた。目の前の少年が全身全霊でぶつかり学ぼうとしていているのだから、自分はそれに応える義務があると考えた。

二代目葛葉狂死は須賀京太郎よりも一段上の存在だけれども、対等の相手だと認めているのだ。だから、全く手を抜く気がなくなっていた。

それこそ力試しの領域を越えて真剣勝負である。問題のある発想であるが、二代目葛葉狂死も須賀京太郎も全くブレーキを踏まなかった。

そして二人はにらみ合った。憎しみも怒りもない。ヤタガラスも魔人もない。ただ、戦うためである。

 土俵の上で二人の退魔士がにらみ合っているとき、宴会場にいた者たちが震えていた、この時の宴会場について書いていく。

それは二代目葛葉狂死と須賀京太郎が立場を忘れて真剣勝負の空気を放った時のことである。宴会場に奇妙な風が吹いた。

非常に熱い空気なのだが、一方で寒いのだ。分かりやすく空気が分かれてくれていればいいのだが、一つの空気の中に熱さと寒さが混じって吹く。

奇妙だった。ただ、風に触れた者たちは同じような状態になった。悪寒が背中を這いずり回り、首を撫でて締め上げた。

力の足りない未熟者は呼吸が難しくなり、脂汗を浮かせた。もともとヤタガラスの幹部という魑魅魍魎どもが集まる宴会場だったが、今は死地の空気である。

百戦錬磨の幹部たちでさえ萎縮させる嫌な空気の出所は言うまでもなく結界の向こう側の土俵である。結界をはっているにも関わらず届く殺意は立ち会う二名の力量を証明してくれていた。

嫌な風が宴会場を満たしてすぐに、幹部たちのほとんどは充分だと思った。戦わなくても良いと思った。須賀京太郎の力は充分認められた。

しかし戦いは止まる気配がなかった。微笑する二代目葛葉狂死。爛々と輝く赤い目の須賀京太郎。二人とも戦いを心の底から求めていた。


 大幹部二代目葛葉狂死と須賀京太郎が土俵の上でにらみ合っているとき、大幹部の老婆と熊倉トシが会話をしていた、この時の二人について書いていく。

それは土俵に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が土俵に向かっている時のことである。老婆の大幹部が熊倉トシに話しかけていた。

きれいな着物を着て、つばの広い帽子をかぶった老婆だった。年齢は七十歳あたりに見えた。一挙一動即が堂々としてしかも上品さも備えていた。

この老婆の名前は壬生彩女(みぶあやめ)。十四代目葛葉ライドウ、二代目葛葉狂死と比べると遥かに良心的で世話好きの大幹部である。

この熊倉トシに話しかけた時、壬生彩女は砕けた口調でこう言っていた。

「トシ、須賀京太郎とやらは大丈夫なのかい? 狂死の小僧は本気で潰すつもりだぞ。もしもやばそうならすぐにやめさせるが」

すると熊倉トシは緊張しながら答えた。

「大丈夫だと思います……」

これに壬生彩女が怒りながらこういった。

「狂死の小僧はやると言ったらやるぞ? 若い奴を無駄死にさせる必要はない。はっきりと答えな。大丈夫なら大丈夫。わからないのならわからないと」

そうして叱られていると土俵から嫌な風が吹いてきた。上級悪魔の結界を通り抜けて、肌を粟立たせる風が吹いた。

すると嫌な風を受けると今まで会話をしていた熊倉トシと壬生彩女もピタリと動きを止めた。しかしすぐに気合を入れて土俵に視線を向けた。

するとそこには、二代目葛葉狂死と須賀京太郎がにらみ合っている。どう見てもお互いが相手の命を狙っていた。

「力試しだから」

とか

「手を抜く」

と言う配慮がお互いに消えている。にらみ合う二人を見て熊倉トシと壬生彩女は最悪の結末を予感した。

 二代目葛葉狂死と須賀京太郎がにらみ合って五秒後十四代目葛葉ライドウが力試しの開始を宣言した、この時の須賀京太郎について書いていく。

それはにらみ合いが始まって二秒後のこと。須賀京太郎のマグネタイトと魔力が肉体を崩壊させるほどに高まった。

目の前に立つ二代目葛葉狂死が圧倒的格上でしかも真剣で来ると悟ったことで命が昂った。しかし一秒後、おかしなことが起き始めた。

激しく昂っているエネルギーが全く外に出なくなった。人間でも悪魔でも無自覚に余分なエネルギーを垂れ流しているのだが、それさえなくなっていた。

今の須賀京太郎は一滴のエネルギーも外に出さず、見た目には普通の人間以下の状態になっていた。そしてにらみ会いがはじまって四秒後のこと、須賀京太郎の鼻から血が流れ出してきた。

毛細血管が圧力に耐え切れずに破裂したのだ。しかし土俵を汚すことはない。流れ出した血液は土俵に落ちる前に蒸発した。

血液が蒸発すると同時に芳醇な酒の香りが土俵の上に広がった。

そして睨み合って五秒後十四代目葛葉ライドウが

「始め!」

と号令を出した。号令が届くと同時に土俵が爆散し土煙が舞い上がった。ほぼ同時に土俵を守っていた金剛力士たちが膝をついて息絶えた。

しかし結界は残っていた。保たせているのは金剛力士ではない。ハギヨシとベンケイである。黙って見守っていた二人が結界を維持していた。

二人とも少しだけ焦っていた。結界から伝わる衝撃で両腕がしびれていた。想像以上に余波が強かった。

そうして十四代目葛葉ライドウの弟子たちが結界を保っていると土煙で満たされた結界の内部から声が聞こえてきた。二代目葛葉狂死の声だった。

「終わったぞ……須賀京太郎を『上の位』に認めよう。序列は最下位の六位だ。龍門渕よしっかりと記しておけ、十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死が認めたと。

 壬生の姉さんも問題ないだろう?」

 十四代目葛葉ライドウの号令と二代目葛葉狂死の終了宣言の間に二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いがあった、この時に行われた戦いについて書いていく。

始まりは十四代目葛葉ライドウの号令だった。号令とほぼ同時に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が同時に動き出した。

須賀京太郎は右正拳突き。二代目葛葉狂死は足場を踏み抜いて破壊した。この時わずかに上回ったのが二代目葛葉狂死であった。

というのが須賀京太郎の右正拳突きには予備動作があったが、二代目葛葉狂死にはない。仁王立ちしたままの状態で体の芯を利用して足場を踏み抜いていた。

つまり

「始め」

と号令がかかる前に攻撃準備が完了していたのである。

西部劇ならば、須賀京太郎は銃から手を離した状態で待ち構え、二代目葛葉狂死は手をかけた状態で待っていたのである。

卑怯ではない。須賀京太郎も出来たが思いつかなかっただけである。すると瞬く間に土俵が崩れ塵に変わった。

踏み抜かれた地点からエネルギーが伝わり、これ以上ないほど分解されていた。

土俵が塵に変わりゆく時、ようやく二代目葛葉狂死の右のほほを右正拳突きが掠めた。足場が崩れていなければ確実に顔面を貫いていただろう。

なぜなら須賀京太郎の右正拳突きの威力スピード共にすさまじかった。

直撃していない結界を震わせてひびを入れ、結界をはっている悪魔たちに衝撃を伝えている。

そうして一発目のやり取りが終わってすぐ、二代目葛葉狂死がけりを放ってきた。左足で思い切り蹴り上げていた。

足場が粉砕している状態であるが問題なかった。マグネタイトの放出と固定、葛葉流の基本技術を使って自分の肉体を支えていた。

天江衣は触手を作って遊んでいたがマグネタイト操作の技術を極めれば翼をもたない人間でも空を飛ぶことが出来るのだ。

自分の肉体を固定するくらい容易いことだった。そして不安定な姿勢で肉体を固定した二代目葛葉狂死は須賀京太郎の右脇腹を蹴り上げにかかった。

タイミングは完璧だった。しかし掠めるだけだった。須賀京太郎の右わき腹の装甲をそぐだけで終わりである。

というのが右正拳突きを躱された須賀京太郎が次の一手に移っていた。右正拳突きが外れたと察してすぐ、正拳突きの勢いに任せて体を左に回転させ、コマのように左裏拳を打ち込みにいった。

足場が崩れていること、勢いを利用した反撃が功を奏し二代目葛葉狂死のけりを回避させた。

ただ、不安定な状況からの裏拳であるからあっさりと二代目葛葉狂死に防がれた。威力をうまく散らせる良い受けだった。

だが受け流された衝撃が結界に走り、結界を張る悪魔たちを破壊した。そして結界が完全に崩壊し二代目葛葉狂死と須賀京太郎は砂の山の上に落下した。

結界が壊れていると気付いていたが、二代目葛葉狂死と須賀京太郎は戦闘続行を望んだ。着地した体勢で二人はにらみ合っていた。

しかし二人は打ち合わなかった。結界の向こうにいる姉帯豊音の死にそうな顔を見たからである。それを見て二人は冷静になった。

情熱的だが冷静な二人だった。
 
 十四代目葛葉ライドウの「始め」の合図から五分後龍門渕透華に須賀京太郎が叱られていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは立ち会いから五分後のことである。宴会場が元の姿に戻っていた。畳張りになり、土煙もおさまっている。

力試しを終えた二代目葛葉狂死と須賀京太郎は宴会場のど真ん中から、もともとの席へ戻っている。二人は特に言葉を交わさなかった。

軽く目礼をしてそれきりだった。しかしお互いに悪感情はなかった。


さてそうして上座と下座に移動する二代目葛葉狂死と須賀京太郎だったが、戻ってからが面倒だった。

力試しという名目で本気で殺し合いをしたのがバレバレだった。二代目葛葉狂死にも須賀京太郎にも説教の時間が待っていた。

しかし二代目葛葉狂死は幸運だった。二代目葛葉狂死よりも目上の存在はヤタガラスのトップと十四代目葛葉ライドウそして壬生彩女しかいない。

そのため壬生彩女の小言に付き合うだけで済む。しかも十四代目が一緒に説教を受けるのだから二分の一で済む。一方で須賀京太郎は運が悪かった。

姉帯の席に戻ると龍門渕透華が待ち構えていたのだ。しかも不思議なことだが三つ編みのオロチが龍門渕透華に味方している。

よく観察するとわかるがお茶菓子がオロチの手の上にあった。高級な和菓子だった。コンビニで買えるお菓子ではない。どうやら買収されたらしかった。

そうして姉帯の席に戻ったところで龍門渕透華と三つ編みのオロチの説教が始まった。単純に説教は二倍である。しかしオロチの説教は楽だった。

三つ編みのオロチの説教とは

「現世は危ないから葦原の中つ国へ移住しろ」

とか

「今日の護衛が終わったらお菓子をまた買ってほしい。

 それとジュースって何? 飲んだことない」

程度のもので大したことがない。ただ、龍門渕透華は若干あたりが強く受け流すのが辛かった。しかしそれも、長くならなかった。

お茶会という名の会議が始まるからである。この時、十四代目葛葉ライドウも二代目葛葉狂死も須賀京太郎も帰りたくなっていた。

もともとやる気がないうえに、一仕事終えた気分である。会議なんぞ放り出したかった。


 二代目葛葉狂死と須賀京太郎の力試しが終わって五時間後須賀京太郎が死にそうな顔でため息を吐いていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それはお茶会というの名の会議が終わった時の話である。姉帯の護衛をしていた須賀京太郎が死にそうな顔で溜息を吐いた。

この時須賀京太郎の溜息をきいたのは姉帯豊音熊倉トシそしてオロチだけだった。宴会場には姉帯の陣営しか残っていないのだ。

ほかの幹部と護衛たちは会議が終わるとそれぞれ去っていった。チラチラと須賀京太郎を見る者もいたが話しかけてくる者はほとんどいなかった。

「上の位」に認められた退魔士にケンカを売るのは得策ではないと知っているからだ。魔人であるから余計に気を使われていた。

チラチラと視線を受ける須賀京太郎だがほとんど無視していた。長時間興味のない会議を聞いていたのだ。精神的に参っていた。

須賀京太郎の膝の上にはナメクジのようにとろけているオロチがいるが、責めなかった。須賀京太郎もとろけたかった。

お茶会をハギヨシが嫌がった理由に納得がいった。流石につらすぎた。ちなみにハギヨシだが、拉致されていた。

お茶会が終了すると同時に十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死そして壬生彩女に囲まれ、ベンケイともう一人の男性に引っ張られていったのだ。

ベンケイと一緒に現れた男性は、身長体格がハギヨシと同じくらい。二十代後半あたりに見えた。服装は特にいう事のないスーツ姿だが、悪魔的な美形であった。

十四代目葛葉ライドウとハギヨシとベンケイもかなり美形だがそれを上回っていた。少し不思議なのはこの美形の男性、右腕が義手だった。

しかも普通の義手ではなく須賀京太郎のバトルスーツと同じく魔鋼でできた義手だった。しかもかなりの使い手らしく、もがくハギヨシを軽くいなしていた。

ハギヨシと一緒に会場入りしていた女性も一緒に姿を消している。しかし嫌がっているそぶりは見せなかった。これから葛葉一族の会議が始まると知っているからだ。ヤタガラスとは別口である。

 ヤタガラスの会議が終了して三十分後須賀京太郎たちはレストランで食事をしていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

お昼の時間をかなり過ぎたころである。須賀京太郎たちはファミリーレストランに入っていた。

というのが須賀京太郎も姉帯豊音も熊倉トシもお腹がすいてしょうがなかった。ヤタガラスのお茶会は基本的に長時間であるから、料理もでる。

しかし上品な料理しか出てこない。しかも会議の性質上楽しく食べられる空気ではない。

そんな状況で昼ご飯を食べたとしても腹が膨れるわけもなく、会議が終わるとすぐに熊倉トシが

「ファミレスで食べなおそう」

と提案したのだった。これに須賀京太郎たちがうなずいた。楽しい時間がほしかった。

そうしてヤタガラスの運転手にお願いをして、信用できるレストランへ送り届けてもらった。

レストランのオーナーがヤタガラスの構成員で従業員が仲魔なのだ。人件費が削減できるので割とよくあるパターンであった。

そうして須賀京太郎たちはファミリーレストランの席に座ったのだが、食事をするにあたって少しもめた。

須賀京太郎と熊倉トシは料理をすぐに決められたのだが、姉帯豊音とオロチがなかなか決められなかったのだ。人間の食べ物に興味を持っているオロチが

「あれも食べたいし、これも食べたいし」

と悩み始めたのである。これを見て須賀京太郎は

「好きなものを頼めば良い。金はあるから心配すんな」

といってオロチの反感を買っていた。というのがオロチはこういうのだ。

「味覚を楽しみたいの! いっぱい食べたいわけじゃない!」

これを聞いて姉帯豊音がうなずいた。よく理解できたからだ。そして姉帯豊音はこういった。

「なら、私が頼む料理と一口交換してみたりする?」

するとオロチが目を輝かせた。料理を一口交換するという発想は新感覚だった。姉帯豊音とオロチが楽しそうにしているのを見て須賀京太郎がげんなりした。

熊倉トシも同じである。料理の注文がいつになっても終わらないからである。

ただげんなりしていた須賀京太郎も姉帯豊音に付き合ってオロチに料理を分けていた。料理は非常においしかった。

食べ終わる頃には晩御飯の時間が迫っていた。そうして特に問題もなくインターハイの一日目が終了した。


 
 インターハイの六日目に須賀京太郎がオロチを伴って会場で護衛をしていた、この時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それはインターハイ本戦が始まって六日目。特にこれといった問題もなく大会日程は消化された。世間もいたって平和である。

ワイドショーを見てみるとわかるが、芸能人の不倫劇だとか、近隣トラブルで困っている主婦の話を流しているだけだった。

時々世界の金融市場が騒がしいとか日本から遠く離れた紛争地帯で小型核兵器が運用されるようになったという話がちらりと出ていたが、世間は気にしなかった。

そんな平和な昼のこと。須賀京太郎とオロチがインターハイの会場にいた。

龍門渕が用意してくれた装備を身に着けて羽織を着ていつものスタイルの須賀京太郎。そしてワンピースを着てブーツを履いて三つ編みを作っているオロチである。

インターハイの会場に二人が顔を出しているのは護衛のためである。宮守女子高校の試合があり、姉帯豊音が出場するのだ。

守りに行くのが仕事である、当然ついていった。そして今まさに姉帯豊音が戦っていた。一生懸命戦っていた。しかしなかなか厳しそうだった。

そんな姉帯豊音を須賀京太郎とオロチが通路から見守っていた。ヤタガラスの警備員にお願いをして入り込ませてもらっていた。

この時の須賀京太郎は非常に困っていた。というのが試合の相手に清澄高校がいたからである。

両方の選手たちが頑張っているのを知っているので、応援が難しかった。この時ワンピースと三つ編みのオロチは特に悩みはない。

アイスクリームを食べながら宮守女子高校の面々を応援していた。

 インターハイ六日目の夕方須賀京太郎と姉帯豊音が二人で散歩をしていた、この時の二人について書いていく。

それは太陽が沈み始め本来ならば人の流れが緩やかになる時間帯。

夏であるから太陽が沈む時間は遅い。しかも東京である。これからが本番だといわんばかりに沢山の人が動き回っていた。

そんな暑苦しいコンクリートジャングルを須賀京太郎と姉帯豊音が二人きりで散歩をしていた。姉帯豊音が須賀京太郎にこう言ったのが始まりである。

「ちょっと散歩したいな。一緒に来てくれる?」

既にインターハイ六日目である。須賀京太郎に話しかける姉帯豊音は親しげである。

また、答える須賀京太郎も角が随分取れていた。友人に応えるような調子で須賀京太郎は答えていた。

「もちろんです。一人にはさせませんよ」

そうしてヤタガラスのホテルから須賀京太郎と姉帯豊音は出ていった。

「オロチも一緒に来るか?」

と須賀京太郎はオロチを連れて行こうとした。しかしオロチが遠慮した。オロチがこう言うのだ。

「すまない京太郎。寂しいだろうが豊音と二人で行ってくれ。

 これから、宮守の娘たちを慰めてやらねば……な?

 今日の護衛代を娘たちに振舞ってやるのだ。気丈にふるまっているがへこんでいる。私にはわかる」

などとお姉さんぶっていたので置いてきた。須賀京太郎と姉帯豊音が二人きりになるのを宮守女子高校の面々は特に問題としなかった。

戦力も問題なく性格も問題ないと納得していた。一週間近く一緒にいるのだ。理解できていた。

そうして暑い夕方の東京を須賀京太郎と姉帯豊音が歩き出した。行先は決まっていなかった。フラフラと歩くだけだった。

ふらふら歩く二人はかなり人の目を引いた。女性にしては身長が高い姉帯豊音と奇抜な格好をしている須賀京太郎である。嫌でも注目された。

しかし誰も茶化さなかった。目の下にクマがある須賀京太郎の圧力が桁外れだった。ただそこにいるだけでも普通の人間には恐ろしかった。

 夕方の東京を散歩しながら須賀京太郎と姉帯豊音が雑談をしていた、この時の会話について書いていく。それは歩き出して十分後のことである。

特に目的地もなくフラフラと歩いている二人は雑談を始めた。話を始めたのは須賀京太郎からだった。

「夕方の日差しはきついっすね。バトルスーツで目玉焼き出来そうっすよ」

すると須賀京太郎の隣を歩いていた姉帯豊音がこう言った。

「だねー、ちょっと触っていい?」

須賀京太郎がうなずいた。すると姉帯豊音が須賀京太郎の肩に触れた。羽織を着ているが黒基調のバトルスーツである。熱くなりやすいのは本当だった。

そうして須賀京太郎の肩に触れた姉帯豊音はこういった。

「うわぁ、思ってたより熱い」

すると須賀京太郎はこういうのだ。

「でしょう? 良い魔鋼で作ってもらったんですけど、なんか俺のマグネタイトの影響で熱くなりやすいみたいで。
 
 あっでも、すげぇ勢いで浄化するようになったんっすよ。高濃度のアルコールで消毒するみたいだってハギヨシさんが言ってました。

無差別に浄化するから普段は封印してるんですよ」

そうして雑談をしながら須賀京太郎と姉帯豊音は三十分ほど散歩をした。三十分で切り上げたのは姉帯豊音に電話がかかってきたからだ。熊倉トシからである。内容は大したものではない。

「水着を買いに行くがどうする?」

というものだった。これを聞いて姉帯豊音が困った。須賀京太郎も同じく困った。唐突過ぎた。

 熊倉トシのよくわからない提案に対して姉帯豊音が質問をしていた、この時の姉帯豊音について書いていく。それは熊倉トシがおかしなことを言い始めてすぐだった。姉帯豊音が質問をした。

「急にどうしたの先生? 私たち遊びに来たわけじゃないよ?」

思ったよりも冷たい口調だった。散歩を楽しんでいたところで急に水着の話をぶち込んできたのだ。機嫌も悪くなる。

そんな姉帯豊音に熊倉トシが説明をくれた。説明は非常に簡単だった。

「昼間に戦った永水(えいすい)女子高校の麻雀部からお誘いだ。

 団体戦で敗北した者同士で海で遊び、個人戦に向けてリフレッシュしようって話だ。

 いいチャンスだと思ってね、受けさせてもらった。ほかの子たちも喜んでいるから、いいだろう?

 海水浴は明日。水着なんて持ってきていないだろう? だから今から行くかという話になったわけだ」


すると姉帯豊音は少し難しい顔をした。そして須賀京太郎をちらりと見た。

海水浴でリフレッシュするのはいいとして、永水女子高校からの誘いがまずかった。なぜなら永水の部員たちは全員がヤタガラスの構成員。

そして姉帯豊音と同じく幹部の娘がいる。最悪なのが、可愛らしい少女の集まりだということ。このタイミングでの誘いはどうにも怪しかった。

当然、須賀京太郎の力を認めて引き抜きに来たと考えた。しかし、姉帯豊音はうなずいた。自分の友人たちのリフレッシュを優先したのである。

姉帯豊音のためにいろいろと頑張ってくれる友人たちであるから、報いたかった。そうして姉帯豊音がうなずくと

「だからさっさと戻ってこい」

と熊倉トシは話を締めて電話を切った。電話を切った後姉帯豊音は須賀京太郎をじっと見つめた。少し不安の色があった。

美しい少女たちに須賀京太郎が奪われる気がした。姉帯豊音のものではないのだから、奪うも何もない。

しかし、お互いなかなか相性がいいのもあって、所有欲が生まれていた。奇妙な関係だからこそ余計に所有欲は強かった。

この時、見つめられた須賀京太郎は少し動揺した。女子高校生の海水浴と聞いて心を乱したのを見抜かれたと思った。

魔人と罵られる須賀京太郎だが、変態扱いは勘弁してほしかった。

 熊倉トシとの通話が終わった後須賀京太郎と姉帯豊音が会話をしていた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは熊倉トシとの通話が終わって約十秒後のことだった。少し不安げな姉帯豊音が須賀京太郎にこんなことを言った。

「海水浴だって、楽しみだね。 オロチちゃんに水着買ってあげないと」

内心猜疑心でいっぱいになっている姉帯豊音だったが、かなり頑張って感情を隠していた。非常にうまい演技で須賀京太郎をだましきっている。

流石に十四代目葛葉ライドウの曾孫である。そんな姉帯豊音に須賀京太郎はこういった。

「東京には任務で何度か来たことがありますけど、海は初めてっすね……この時期は人がやばいっすよね、護衛が難しいっす」

目の下にクマを作っている須賀京太郎は少し苛立っていた。人込みに入られると非常に面倒くさいからだ。

そしてもう一つの問題、目のやり場に困る状況が生まれることを嫌がっていた。セクハラにならないように気をつけるという話である。

須賀京太郎は龍門渕のヤタガラスなのだ。下手な行動は龍門渕の評判を落とすことになる。まじめだった。そんな須賀京太郎に姉帯豊音がこう言っていた。

「心配しなくても大丈夫だと思うよ。

 永水には神代さんの娘さんがいるから、異界のプライベートビーチを開くつもりじゃないかな。異界の贅沢な使い方だよね」

すると須賀京太郎は少しだけほっとした。人込みがなければ守りやすいからだ。しかも異界にプライベートビーチがあるのなら、最高だ。

姉帯豊音を守るのが任務だが、宮守女子高校の面々もできる限り守りたいと思っているので喜ばしかった。そうして須賀京太郎はこういった。

「まじですか、異界にプライベートビーチ……セレブっすね。

 なら俺は少し暇になりますね。オロチに任せておけばいいわけでしょ? 分身を三つか四つ出してもらったらまぁ、大丈夫でしょう。

姉帯さんには『まっしゅろしゅろすけ』があるわけだし」

つまり

「海水浴中は離れていてもいいか?」

と言う内容である。本当なら、出来るだけ一緒にいたほうがいい。須賀京太郎もわかっている。

わかっているがプライベートビーチで遊ぶだろう女子高校生の群れはきつい。無理がある。

セクハラをしないように頑張っている須賀京太郎であるが、セクハラ扱いされるかもしれない。脳裏にあるのは痴漢冤罪である。護衛の疲労もある。

ふとした瞬間にしくじる可能性も高い。


そうなって須賀京太郎は視線を感じ取られない距離、十メートルか十五メートルほど離れることを計画していた。オロチが手伝ってくれるだろう。

大丈夫だと思った。そんな須賀京太郎の目を見て姉帯豊音がこう言った。

「えっ? 須賀君も一緒に決まってるよー。ボッチにしないよ?」

一緒にいてもらうと言う姉帯豊音は本気だった。須賀京太郎のたくらみをあっさり見抜いていた。意地悪のためではない。

本心から一緒に遊べばいいと思っていた。そんな姉帯豊音を須賀京太郎は見つめ返した。そしてこういった。

「嘘でしょ? 女子高校生ばっかりのところに俺一人っすか? 宮守の人たちにも気を使ってんのに、これ以上はちょっときついっていうか……熊倉先生もいるんでしょう? ちょっと離れたところで見てますからそれでいいでしょ?」

須賀京太郎の口調、そして目が本気で嫌がっていた。それをみて姉帯豊音が小さく笑った。嫌がっている須賀京太郎が面白かった。姉帯豊音はこういった。

「一人にさせないんでしょ? 一緒にいて欲しいな。しっかり護衛してもらわないとダメだよー」

すると須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。姉帯豊音の目が本気だったからだ。須賀京太郎はあきらめた。

須賀京太郎があきらめると、姉帯豊音が楽しそうに笑った。眉間にしわを寄せているよりも、今のような素の須賀京太郎がよかった。

ただ、姉帯豊音が笑っている間に、須賀京太郎の目が死んでいった。人畜無害なオーラを放っているが十四代目葛葉ライドウの曾孫なのだと納得していた。


 熊倉トシの電話から約三十分後宮守女子高校の面々は服屋に到着していた、この時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それは須賀京太郎たちが散歩から戻って少し後のこと。宮守女子高校の面々はショップに到着していた。いわゆる

「女性向けのショップ」

といった趣のお店で、少しさみしい路地にあった。特に目印になるものはなく、少し離れたところに自動販売機と喫煙所があるだけだった。

宮守女子高校がたどり着いたショップに男性が入るのは厳しいだろう。なぜなら店全体から男性お断りの空気が放たれていた。

実際タクシーから降りてきた須賀京太郎もこの空気に押されていた。

宮守女子高校の面々と熊倉トシは平気で中に入っていったが、須賀京太郎は眉間にしわを寄せて一歩踏み出せないでいた。入ろうとした瞬間に職務質問されそうだった。

そうして困っているとワンピースと三つ編みのオロチが須賀京太郎の手を取った。そしてこういった。

「何をしてる? ぼさっとしてないでさっさと入るぞ」

自分を見上げているオロチに須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。

「過去最高レベルでオロチに感謝してる。サンキュー」

するとワンピースのオロチが鼻息を荒くした。そしてこういった。

「んっふふ! 京太郎もわかってきたようだな。いいぞ、その調子で私のことをあがめ奉れ!」

そして須賀京太郎をショップの中にオロチが引っ張っていった。職務質問は免れたのだった。そうしてショップの中に入ってすぐ須賀京太郎は目を細めた。

眉間にしわがより鼻を鳴らした。男子高校生が入り込むには厳しい空間だった。どこに視線をやってもセクハラになりそうだった。

ただ須賀京太郎の手をオロチがずっと握ってくれていた。非常に助かった。オロチに借りができたと本気で思っていた。

ショップ店員さんの目が怖かったのだ。完全に被害妄想であるが、造魔の店員さんの目が

「失せろ」

と語っているように思えた。しょうがない。バトルスーツを着た上に羽織を合わせている筋骨隆々の男子高校生が女性向けショップに入るのは地獄である。

不調和極まっていた。

 水着を選び始めて五分ほどしたところで須賀京太郎に姉帯豊音が話しかけた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音のについて書いていく。

それはオロチに引っ張られて須賀京太郎がショップの中を歩き回っている時のことである。姉帯豊音につかまった。

オロチに引っ張られている須賀京太郎を見つけると姉帯豊音が駆け寄ってきたのだ。ものすごい良い顔で笑っていた。

それを見て須賀京太郎は少し嫌な顔をした。姉帯豊音が両手に水着を持っていたからである。右手に水着一セット。左手に別の水着を一セットである。

これを見てすぐに覚ったのだ。須賀京太郎はこう考えた。

「両方買えばいいじゃないって答えるのがベスト? いやたしか答えは既に決まっていて、うまく答えないとダメだってテレビでやってたな」

目の下にクマのある須賀京太郎であるが頭は回っていた。そんな須賀京太郎に姉帯豊音がこういった。

「どっちがオロチちゃんに似合うかな?」

姉帯豊音の質問に一瞬須賀京太郎がためらった。想定していた質問と違っていたからだ。姉帯豊音の水着を選んでいると思っていたのだ。

オロチの水着を選んでいるとは思わなかった。そして頭を働かせて須賀京太郎はこういった。

「オロチはどっちがいい? 着るのはオロチなんだから、選んでいいぞ?」

これが答えだろうと自信満々の須賀京太郎だった。しかし姉帯豊音は苦笑いを浮かべた。不正解だからだ。すぐに須賀京太郎も理解した。

須賀京太郎の手を握っていたオロチがこう言ったのだ。

「私は裸でいいぞ? 見られて困る肉体ではないからな」

須賀京太郎は唸った。姉帯豊音が小さな声で笑っていた。長い髪の毛を三つ編みにしたのも、ワンピースを着せたのもブーツをはかせたのも姉帯豊音である。

こうなるとわかっていた。そしてもう一度姉帯豊音が質問をした。

「どっちが似合う?」

すると須賀京太郎はようやく姉帯豊音の持ってきた二つの水着と向き合うことになった。しかしここでものすごく困った。

どちらも同じような水着だったからだ。いわゆるワンピース型の水着で違いがあるとしたら色と柄が違うだけだった。

右手に持っている水着は花がイメージの水着で若干対象年齢が上。左手に持っている水着はポップなイメージで若干対象年齢が下だった。

モチーフの違いがあるのはわかるが、須賀京太郎には同じものに見えた。いよいよ悩んで須賀京太郎はこういった。

「右ですかねぇ?」

すると姉帯豊音はこういった。

「須賀君は美人系が好きなんだ? 

 なら須賀君が選んだ方をオロチちゃんにプレゼントするね」

非常に優しい笑顔を浮かべて姉帯豊音はオロチを見つめていた。オロチは少し跳ねていた。興奮していた。

 オロチの水着が決まって十分後十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎の前に姿を現した、この時のショップの状況について書いていく。

それは姉帯豊音がオロチにプレゼントを決めてからのことである。ショップの中では姉帯豊音を含む宮守女子高校の面々が水着をまだ選んでいた。

須賀京太郎の見立てでは十分あれば終わる買い物のはずだったが、全く終わらなかった。

ショップ自体が広いわけではないので、軽く見て回るのに五分もかからない。水着だけ見るというのなら三分で終わる。

ただ終わらなかったのだ。全く終わらない。何が起きているのかさっぱりわからないが決まらなかった。

そうなってやることがない須賀京太郎とオロチのはずだが、暇そうにしているのは須賀京太郎だけだった。

宮守女子高校の買い物に熊倉トシとオロチも加わっているからだ。買うのではない。あれにするかこれにするかといって悩むところに加わって遊んでいた。

そうなって独りぼっちになった須賀京太郎は一人で椅子に座って待っていた。ショップの店長が椅子を貸してくれたのだ。

店長は二十代前半の女性で非常に地味な女性だった。服装も少し汚れたTシャツにジーパンだった。ただこの女性店長を見て須賀京太郎は納得していた。

というのがいわゆるファッションデザイナーで有名な人というのは普段着が地味だと知っていた。


そんなところで、十四代目葛葉ライドウが黒猫を肩に乗せて現れたのだった。

夏なのにロングコートにスーツ。コートの下には特殊なホルスターをつけて退魔刀・陰陽葛葉と拳銃と金属の管を忍ばせていた。

この老人が登場するとショップの空気が一気に冷えた。ショップには宮守女子高校の面々以外にもお客さんがいたのだが顔が引きつっていた。

しかしこれは十四代目葛葉ライドウが悪いのではない。たまたまショップの中にサマナー関係者が多かったのが悪かった。

帝都を仕切っている「上の位」序列第一位・大幹部にして上級退魔士の十四代目葛葉ライドウが不意打ち気味に現れたのだ。

精神的にも肉体的にも構成員たちにはつらかった。

 十四代目葛葉ライドウが姿を現して数分後十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎が楽しく会話をしていた、この時の二人の会話について書いていく。

それは普通の退魔士とサマナーからすると上司にあたる十四代目がふらりと姿を現して四分後のことである。

ショップの隅っこで十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎が椅子に座ってお茶を楽しんでいた。

女性向けのかわいらしい椅子が二つ用意されていて、ファンシーなテーブルの上にかわいらしいカップが二つ用意されていた。

このセット似合うのは、ジャージ三人組だろう。見た目だけなら非常にかわいらしい三人組であるから、きっとセットも生きてくる。

少なくとも、服の下に怪しい武器を忍ばせている老人と、筋骨隆々で灰色の髪の毛の少年よりはましである。

二人のために用意されたお茶はショップの店長が好意で用意してくれたものである。

この時十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎がそれぞれお礼を言っていたのだが、店長は小さく悲鳴を上げていた。

葛葉ライドウに引っ付いている黒猫ゴウトは大人しくテーブルの下で寝転んでいた。

そうして楽しいお茶会の準備が整うと十四代目葛葉ライドウが一言目にこう言った。

「まず、『上の位』に昇格おめでとうと言っておくよ。私の二番弟子以来だから十年ぶりくらいになるか、古い退魔士たちは喜んでいたよ。

『最近の若い者はデジタルに偏りすぎて研鑽を忘れている。けしからん』

とね。

 須賀君みたいな退魔士を見つけると機嫌がよくなるんだ。

 それと謝っておくよ。無茶をさせてしまった。頭に血が上って仕舞ってね、申し訳ない」

すると須賀京太郎は焦った。そして上ずった声でこう言った。

「いえいえ! 楽しかったです! 大幹部と手合せできるなんて早々ありませんから」

このように答えると十四代目葛葉ライドウが笑った。そしてこういった。

「いやいや、本当に申し訳なく思っているんだよ? あの後豊音ちゃんから結構本気で怒られたからね。

『二人とも何を考えているのかさっぱりわからない』

って言われてね。曾孫に嫌われるのは心臓に悪い。普段あんまり怒らない子だから、怒ると怖いんだよね。

 なんていうか頭が上がらない感じが伯母さんに似ていてね……まぁ、今のは聞かなかったことにしてほしい。下手に伯母さんの耳に入ると困るんだ。

 この私をいまだに子ども扱いするんだから本当に困ったもんだ。長生きしてくれるのはいいが、年を取るにつれて厄介になる」

須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。そんな時黒猫ゴウトが机の下からこんなことを言った。

「早く本題に入ってやれ。この店の店主が死にそうな顔をしていたぞ? 可哀そうに青ざめていた。我々がプレッシャーを与えてしまった結果だ。

 京太郎がいるだけでも相当のプレッシャーなのにお前まで出てきたのだ。辛くてしょうがないだろう。

 あまり長居はしてやるな。それにまだ仕事が残っている、急げよ」

黒猫ゴウトがせかした。

すると十四代目葛葉ライドウはこういった。

「確かにその通り。

 須賀君、今日ここに顔を出したのは君にこれを返したかったからだ。研究所で分析したはいいがさっぱり結果が出なくてね、返却期限が来たから君に一度かえすよ」

そうしてどこからともなくこぶし大の物体を十四代目葛葉ライドウが取り出した。そして机の上に置いた。

 十四代目葛葉ライドウが奇妙な物体を取り出した後須賀京太郎は非常に困った、この時のショップの状況と須賀京太郎について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが動き出した直後である。須賀京太郎がものすごく困った。というのも十四代目葛葉ライドウが

「返す」

といって取り出したモノに見覚えが一切ない。十四代目葛葉ライドウが取り出したものはこぶし大の球体である。しかもこのこぶし大の球体は奇妙だった。

というのがこぶし大の球体は卵だったのだ。鳥の卵ではない。人の卵のように見えた。それも人間の形をとる前の卵だった。

半透明の殻の向こうに体を丸めた人間の元型が浮いていた。誰がどう見ても印象に残る一品で、記憶にないというのはおかしなことであった。

そのため十四代目葛葉ライドウが間違えていると思った。そして指摘しようとした時だった、ショップの中で働いていた造魔たちの動きが止まった。

今まで人間らしく振舞っていた造魔がぴたりと動きを止めて、造魔らしい無表情に変わった。そして一斉に奇妙な卵に身体を向けた。

軍隊のように全員が同じタイミングで動いていた。異様な光景だったが、須賀京太郎は気づかなかった。

造魔たちの異変よりも十四代目葛葉ライドウに失礼がないように指摘する方法を考えていたからだ。

 ショップ内部の造魔たちが動きを止め須賀京太郎が困っている時十四代目葛葉ライドウが答えをくれた、この時の十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎について書いていく。

それはテーブルの上に置かれた奇妙な卵が置かれて十秒ほどたってからである。十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎のなぞに答えてくれた。

特にバカにすることもなかった。当然こうなるとわかっていた。十四代目葛葉ライドウはこういった。

「これは『ゾウマ』のコアになっていたドリー・カドモン『だった』モノだ。

 造魔という悪魔はドリー・カドモンをコアにして生成される人造悪魔であることは知っていると思う。

本当ならば造魔が力を失い消滅すればドリー・カドモンが残るはずだ。万全の状態でコアが残らないにしても何かしらの残骸がどこかに残る。

 しかし『ゾウマ』の肉体が消滅した後に残ったドリー・カドモンはこの奇妙な卵に変わってしまった。

 君が眠っている間に、仲魔であるアンヘルとソックによって私の手に移り、研究施設で分析を行っていた。

だが、分かったことはドリー・カドモンと成分が同じというだけ。あとはさっぱりわからなかった。

 そして今、返却期限が来て、私の手に戻り君の元へ戻ってきた。

 どうやら、アンヘルとソックからは聞いてなかったみたいだね?」

十四代目葛葉ライドウの説明を聞いた須賀京太郎は何度も小さく肯いていた。驚きと感動が表情に見えた。

数か月前に出会ったゾウマという女性の姿を思い出して、因果を感じたのだ。そして魔人になるきっかけだった戦いを思い出して昂った。

須賀京太郎の表情から悪感情はまったく見えなかった。また、自分に内緒で動いていたアンヘルとソックにも特に思うところがない。

十四代目葛葉ライドウの説明を聞いて納得した須賀京太郎はこう言っていた。

「あぁ、懐かしい。灰色の髪で、俺と同じ目をした人でした。

 背の高い人だったのに……小さくなっちゃいましたね」

そして奇妙な卵を両手で持ち上げてみせた。大切に扱っていた。目の位置まで持ち上げてじっと見つめた。卵の中の人の元型をみて、須賀京太郎の口元が緩んだ。再び出会えた奇縁を喜んだ。


 須賀京太郎が懐かしがっているとショップ店員たちが話しかけてきた、この時の十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎そして黒猫について書いていく。

「二度と会えない人が別の形で戻ってきた」

と、須賀京太郎が奇縁を喜んでいるときだった。ショップ店員の造魔たちが集団で近寄ってきた。

みなそれぞれいかにもショップ店員ですと言った風貌だったが、表情がほぼゼロだった。

表情の動きがゼロになっているところをみるとやはり造魔だなという気がしてくる。

もともと異様に整ったルックスと肉体を持って生まれてくるのが造魔である。

人間らしさを醸し出すための演技がなければやはり生きたマネキンどまりの存在であった。そんな生きている人形たちが二人の退魔士に話しかけてきた。

話しかけられた退魔士たちは非常に驚いていた。黒猫など驚きすぎて飛び上がっていた。絶対に話しかけてこないと確信していたからである。

なぜならばそれが造魔という存在だからだ。造魔に自由意思はない。命令がすべてである。命令されなければ動かない人形なのだ。

ショップの店長がマスターなのは見破っている。十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎とかかわり合いたくない店主ならば絶対に造魔に

「近付け」

と命令しないと確信できた。生きた人形の下手な接客はマスターが責任をとることになるのだ。普通の神経ならば近づけたりしない。

しかしそれが近づいてきた。しかも集団で近寄ってきた。その上、須賀京太郎に対して話しかけてきたのだ。嫌でも驚く。

その上、先頭に立っていた造魔の店員がこう言っていた。

「お客様に従業員一同からお願いがございます。どうか同胞のために贈り物をさせてください。

 生まれたばかりの同胞を守るために我らの力を使いたいのです」

これを聞いていよいよ二人の退魔士たちは飛び上がりそうになった。黒猫ゴウトは意味が分からな過ぎてニャーニャー鳴いていた。

混乱している間にテーブルの上に異様にがっしりとした斜め掛けのカバンが置かれた。

そして須賀京太郎たちが困っている間に造魔たちは接客に戻っていった。異変を察した店主があわてて駆け寄って来たが、遅かった。

須賀京太郎の手に斜め掛けのカバンが握られていた。しかも、値札を確認しているところだった。値札には結構な値段が刻まれていた。店主は

「もっ、申し訳ございません! お贈りいたします!」

といったが須賀京太郎は値札通りの値段を支払った。便利そうな斜め掛けのカバンであったし、造魔たちの念が込められていて呪物化している。

そして奇妙なドリー・カドモンを持ち運ぶ必要があるのだ。入れ物を探す手間が省けてよかった。

この造魔たちの異変について須賀京太郎は考えないことにした。結果があるのだ。理屈は後でよかった。そもそも学者ではない。

理解不能だとしても困ることがない。少なくとも須賀京太郎はそうだった。


 十四代目葛葉ライドウが仕事に向かって十五分後ようやく買い物が終わった、この時の須賀京太郎について書いていく。それは十四代目葛葉ライドウが

「すこし裏を取りに行ってくる。豊音ちゃんをよろしくね」

と言って姿を消してからのことである。可愛らしいショップの中を隅々まで探索した宮守女子高校の面々が水着を決めて会計に向かっていた。

宮守女子高校の面々はずいぶん楽しそうであった。話題が尽きないようで随分かしましい。この時少し遅れていたものがいた。姉帯豊音だった。

右手と左手に水着を持って悩んでいた。どちらも同じ種類の水着で同じようなモチーフだった。これを見て須賀京太郎は眉間にしわを寄せた。

そしてため息を吐いた。結構な時間待たされているのだ。ファッションに興味ゼロの須賀京太郎からすれば、そろそろ終わらせたかった。

そしてこっそりと忍び寄って、悩んでいる姉帯豊音にこう言った。

「左手の方が似合ってます。プレゼントしますよ」

急に話しかけられた姉帯豊音は大いに驚いていた。しかしすぐに、喜んだ。嬉しそうだった。機嫌の悪い須賀京太郎の似合っているの一言がうれしかった。


そして姉帯豊音が嬉しそうにしている間に彼女の手を引っ張って須賀京太郎は会計に向かった。

須賀京太郎に引っ張られている姉帯豊音は目を大きく開いて驚いていた。須賀京太郎らしくない行動だった。しかし悪い気はしなかった。

そして全員が水着を手に入れると、宮守女子高校の面々はファミリーレストランに移動した。ヤタガラスのタクシーを呼んでの移動だった。

須賀京太郎たちがいなくなるとショップの店長が深呼吸をして自分を落ち着かせていた。心臓に悪い集まりだった。

大幹部とその関係者が一カ所に集まっていたのだ。緊張はマックスだった。


 インターハイ七日目の朝、姉帯豊音が利用している部屋の前で須賀京太郎が壁にもたれかかっていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは夜明け直前の出来事である。護衛についている須賀京太郎が姉帯豊音の部屋の前にいた。

姉帯豊音の部屋の扉の前にある壁にもたれかかり、目を薄く開いていた。この時の須賀京太郎に初日の元気はなかった。

両目の光が失われて顔から表情が抜け落ちていた。退屈と眠気と問題が心を削っていた。初めのころはよかった。

護衛を初めて二日間はオロチが夜通し話し相手になってくれた。しかし、三日目になると

「豊音と一緒に寝てる。一緒に寝ていれば護衛も簡単!」

といって姉帯豊音と一緒のベッドにもぐりこんでいた。須賀京太郎はオロチの冗談だと思っていたが、結局七日目まで一人で護衛をやっていた。

そうして一人きりになった須賀京太郎は非常に苦しくなった。というのも夜は長い。考える時間だけが恐ろしく増えた。

そうして考える時間が増えると抑え込んでいた問題が脳裏にちらつく。たとえば

「なぜ自分は葛葉流を使いこなせないのか? マグネタイトも魔力もあるのに、なぜ操れない? 才能がないのか?」

だとか、

「なぜ自分の前に奇妙な影が現れた? 誰かに呪われた? 頼りになる人たちに助言を求めても答えは出てこなかった……俺は何をされた?」

などである。しかし考えたところで答えは出ない。そして一人で苦しんだ。考えなければ見て見ぬ振りができた問題ばかり。しかし夜は長い。

考えずにはいられなかった。

 壁にもたれかかって目を閉じた時見知らぬ少女と老人が話しかけてきた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは数分もすれば姉帯豊音が目をさましそれにつられてオロチが目を覚ますという時間帯。廊下の壁にもたれかかっている須賀京太郎に

「夢を見ているのは誰ですか?」

と可愛らしい声で話しかけてくる者がいた。声をかけられるとうつらうつらしていた須賀京太郎はすぐに目を開いた。そして即座に戦闘態勢に入った。

というのも話しかけられるまで一切気配を感じなかった。相当の手練れと判断し、即座に戦闘準備を完了させた。しかしすぐに緩んだ。

声をかけてきたのが五歳くらいの着物を着た少女と古びた袈裟を着た老人だったからだ。五歳くらいの少女はきれいな黒髪でおかっぱ。

幼い顔つきだったが知性が両目に宿っている。古びた袈裟を着た老人は日本では珍しい修行僧だった。

長く伸びた髪の毛に髭。しわくちゃの顔とぼろぼろの袈裟。苛烈な修行に挑むバラモン、もしくは仏教徒のように見えた。

修行僧のような老人は立っているだけなのだが、苛烈な意志の熱風を放っていた。しかしそれだけだった。暴力の気配は一切ない。

そのため須賀京太郎は自分が居眠りをしていたと自分を責めた。しかし、すぐに須賀京太郎は気を引き締めた。なぜならこの二人組、着物を着た少女が

「気をつけてください。どうかお気をつけて」

と語りかけて来たからだ。何がどうなっているのかさっぱりわからない。さっぱりわからないが、少女の真剣さを須賀京太郎が受け取った。

ただ、さっぱり何が何やらわからなかった。

 そうしていると、苛烈な意志を背負う優しげな老人が話しかけてきた。

「帝都に危機が迫っている。私が伝えられるのはこれだけだ。

 本来なら現世に干渉できないのだ、許せよ須賀君」

すると優しく微笑んで幻のように消えていった。老人が消えてしまったが、少女はまだ残っていた。須賀京太郎は困惑しつつ少女を見つめた。

説明が欲しかった。しかし説明はくれなかった。少女もまた消えていったからだ。しかし消えていく瞬間に

「あの……きっと大丈夫です! 貴方ならきっと大丈夫!」

と応援してくれた。少女の応援に須賀京太郎は微妙な笑顔で応えた。意味が分からないことばかりが起きているが、少し心が温かくなっていた。

そして少女も完全に消え失せた。二人が姿を消した後、ガコンという音が聞こえてきた。どこかでホテルの扉が開く音だった。


 ホテルの扉が開く音が響いた後須賀京太郎にオロチが飛びついていた、この時の須賀京太郎とオロチについて書いていく。

それはインターハイ七日目の朝、太陽が昇り始め姉帯豊音が身体を起こしている時である。姉帯豊音の隣で眠っていたオロチがカッと目を見開いた。

目を開くと同時に体を起こして、眠たげな姉帯豊音に朝の挨拶をした。すると姉帯豊音はオロチに挨拶を返して軽くあくびをした。

姉帯豊音もオロチも寝癖がついていた。おそろいの寝巻も少し崩れている。しかし二人とも気にしなかった。女同士だからだ。

そうして早い時間に目を覚ました姉帯豊音はゆっくりとベットから降りた。顔を洗いに向かった。この時オロチはドアに向かっていた。

寝ずに護衛をしている須賀京太郎に朝の挨拶をするためだ。そうしてオロチはかぎを開けて扉を開いた。朝の早い時間である。

鍵を開けて扉を開く音が大きく聞こえた。そして扉を開いた後、オロチが悪い顔をした。悪戯を思いついた天江衣のようだった。

というのも、廊下で護衛している須賀京太郎がうつらうつらしていたのである。油断大敵である。

ここまで無防備な須賀京太郎を見て何もしないオロチではなかった。そしてとくにためらいもせずに、須賀京太郎に飛びついて行った。

数か月前に須賀京太郎を楽々捕まえた音速タックルだった。しかし無駄だった。思い切り飛びついて来たオロチを須賀京太郎が捕まえていた。

飛び込んできたオロチの胴体を須賀京太郎がわきに抱えたのだ。このやり取りでオロチの寝巻が少し破れた。流石に勢いを殺せなかった。

そうして須賀京太郎につかまったオロチがこう言った。

「おはよう京太郎。眠っていたな?」

すると須賀京太郎がこう言った。

「目を閉じていただけだ、寝てたわけじゃない」

須賀京太郎の答えを聞いてオロチが笑った。姉帯豊音が見せる笑顔に似ていた。強がりだと見抜いて笑っていた。

そんなオロチを見て須賀京太郎は悔しそうだった。一瞬眠りに落ちた実感があった。証拠もある。肉体の内側が熱くなっているのだ。

ついでに気分もよくなっている。間違いなく少しの間眠っていた。ただ、認めるのが恥ずかしくて認められなかった。

 
 インターハイ七日目の昼ごろ波打ち際で須賀京太郎が黄昏ていた、この時の須賀京太郎と周囲の様子について書いていく。

それはインターハイ七日目の十一時過ぎのことである。人の気配がほとんどないきれいな砂浜で須賀京太郎が体育座りをしていた。

大きなパラソルの下にビーチマットを引いてその上に体育座りである。須賀京太郎の近くにはクーラーボックスが三つあった。

結構な大きさで、中には飲み物と氷が入っている。準備万端である。

海がきれいなことと空気が安定していること、人の気配が少ないことを考えると最高のリゾートだった。しかし須賀京太郎は黄昏ていた。

バトルスーツに羽織を合わせた格好のまま体育座りをして遠くを見つめている。水平線の向こうを見つめる須賀京太郎の背中は悲しい。


須賀京太郎が哀愁をまとっているのは女子高校生たちのせいである。意地悪されたからではない。直接的に女子高校生たちは何もしていない。

ただ、水着姿の女子高校生たちが波打ち際で遊んでいる。それだけの事しかしていない。しかしこれが須賀京太郎の精神をものすごい勢いで削っていた。

女子高校生たちはみな可愛らしい。スタイルも一部除いて良い。そんな女子高校生が水着で遊んでいる光景なのだから、男子高校生なら喜ぶところ。

しかし須賀京太郎は仕事で護衛をしている。しかも龍門渕の名前を背負って行動している。となってもしも

「須賀京太郎がいやらしい目で見てきた」

などといわれると非常に困るのだ。それは非常に困る。しかし護衛をしないわけにはいかないので精神が削れて黄昏ていくのだ。

本当なら十五メートル、できれば三十メートル離れたところから護衛をしたかった。

五十メートルならば一瞬で詰められる須賀京太郎であるから、離れていても問題はない。しかしが姉帯豊音が許してくれなかった。

「一緒に遊ぼう?」

といって引っ張られて逃げられなかった。そして八メートルほどの距離を保って一人で体育座りをして護衛にはげんだ。

 海辺で女子高校生が遊び始めて三十分後須賀京太郎の隣に姉帯豊音が座った、この時に行われた会話について書いていく。それは、

「早く終わってくれないかなぁ」

と須賀京太郎が祈っている時のことである。びしょ濡れになった姉帯豊音が近寄ってきた。

長い髪の毛がぬれないように上げていたが、髪の毛までびしょ濡れになっている。

出来るだけ髪の毛がぬれないように気を付けていたのだが、砂に足をとられて転び、そのままびしょ濡れになったのである。

そうして近寄ってくる姉帯豊音を察して須賀京太郎は目を細めた。ほとんど目を閉じている状態まで持っていって、夏の太陽の日差しに目を細めている自分を演じた。

七日間にわたる護衛任務の疲労がたまっている須賀京太郎である。姉帯豊音の水着姿に反射的に視線が動くので、頑張って制御していた。

そんな須賀京太郎の隣に姉帯豊音が座った。須賀京太郎と同じく体育座りだった。そんな姉帯豊音にバスタオルを須賀京太郎が差し出した。

そしてこんなことを言った。

「スイカ割を始めるみたいですけど、やらないんですか?」

するとバスタオルを受け取って姉帯豊音がこう言った。

「んー、ボッチになっている人がいるからね。一緒にいてあげようかなって思って」

誰にでもわかる勢いでのからかいだった。声の調子だけでニヤニヤしているのがわかった。すると須賀京太郎は黙った。

姉帯豊音が思ったより近い距離に座ったからだ。この時須賀京太郎は完全に目を閉じた。

天江衣のように悪戯を仕掛けてくるタイプなら、下手に目を開いているとからかいの材料になると考えた。

天江衣の悪戯の傾向を把握している須賀京太郎である。対応が早かった。そうして目をつぶった須賀京太郎はこういっていた。

「俺のことなら気にしないでいいっすよ。

 熊倉先生が用事でいない今、俺は護衛に専念しないとまずいでしょ?」

すると姉帯豊音はこういった。

「一緒に遊べばいいのに。護衛だって『まっしゅろしゅろすけ』があればどうにでもなるんだよ?

 確かに完全無欠ではないけど、でもメギドを防ぐくらいなら楽々できるんだから。オロチちゃんを試しに拘束してみたけど、破れなかったし」

このように説得をしつつ姉帯豊音は自分と須賀京太郎を真っ白い雲で包み始めた。すると須賀京太郎が少し目を開けた。若干焦っていた。

というのも真っ白い雲に包まれると周囲の気配が一切感じ取れなくなった。しかし

「まっしゅろしゅろすけ」

が展開したのだとわかり、落ち着いた。そして海を見つめながらこういった。

「それはそれ、これはこれです。

 鉄壁の加護だって言っても人形化の呪いは通じたんでしょう? なら万全とは言い難い」

心配性の須賀京太郎であった。そんな須賀京太郎に姉帯豊音がこう言った。

「……少しくらい楽しんでも良いのに。

 私のことは放っておいて神代さんとか石戸さんと遊べば良いよ。『上の位』に連なった須賀君の引き抜きに来たみたいだし……喜んで遊んでくれると思う」

姉帯豊音の声は少しすねていた。呼吸も少し乱れていた。須賀京太郎が彼女らに魅了されるかもしれない。そう思うと不安の色が隠せない。

すると須賀京太郎が目を完全に開いた。そして姉帯豊音を見た。二人の視線が交わった。交わった時、姉帯豊音は動けなくなった。

初めて見る須賀京太郎がそこにいた。澄み切った目に凪いだ空気をまとって、妙な迫力をまとっていた。

しかしそんな自分に気づかないまま須賀京太郎はこう言った。

「実力主義のヤタガラスの中でコネで幹部をやっていればほかの幹部たちにも構成員にも嫌われる。

 幹部の一人娘(姉帯豊音)さえ守り切れず、自力で助けることもできない姉帯は幹部として不適当。

数か月前に姉帯さんがさらわれた結果、言い逃れできない形で力不足が証明された。

だから、それなりに実力を持つ退魔士に嫁入りさせて娘の安全を得ようとした。弱い幹部は淘汰されるのがヤタガラスだから。

 俺が縁談の相手に選ばれたのは、人形化されていた姉帯さんを取り戻した縁があるから。本来なら龍門渕よりも前に俺と交渉する権利があった。

しかし龍門渕は俺を囲い、交渉させなかった。だから今回龍門渕は縁談の話を潰せなかった。しかし、姉帯にも俺にもあえて情報を与えなかった。

縁談が潰れたほうが龍門渕には都合がいい。

 しかし姉帯には事後策があった。縁談が失敗したとしても十四代目葛葉ライドウの協力によってハニートラップを仕掛ける用意ができていた。

インターハイ期間中を護衛として過ごさせて、男女の関係にしてしまえばそれを盾にとり龍門渕もしくは須賀京太郎を追い込める。

龍門渕は押し切れない可能性が高いが、須賀京太郎ならば押しきれる可能性が高い。少なくとも十四代目はそう見て実行した。

ただ、衣さんが露骨に邪魔した結果、事後策からスタートする羽目になった。

 姉帯豊音にオロチが協力しているのは、姉帯豊音が嫁入りした暁には葦原の中つ国へ須賀京太郎と共に移住すると約束をしているから、もしくは俺の身柄と引き換えに巫女の座を得られる……正解?」

須賀京太郎が語ると姉帯豊音から血の気が引いた。嫌われたと思った。すると真っ青になっている姉帯豊音を見て須賀京太郎はうなだれた。

そしてため息を吐いた。パラソルの下は闇だった。

 姉帯豊音が真っ青になっているとき須賀京太郎が宣言した、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。それは

「お前たちの思惑はすべて明らかになっている」

と須賀京太郎が伝えてからのことである。真っ青になっている姉帯豊音に須賀京太郎がこういったのだ。

「どうでもいいことだ。十四代目の思惑も姉帯の陣営の思いも、龍門渕の考えもオロチの企みもどうでもいい。

 俺に気を使ってくれるのはうれしいですけど、俺は任務を果たすだけです。護衛すると約束しましたから、絶対にやり遂げます。

 姉帯さんは好きなように楽しめばいい。高校三年生の夏を友達と一緒に楽しめばいい。

 あれでしょ? 俺に気を使ってくれるのは後のことを考えているからでしょう? それなら、約束しますよ。

 『この夏が終わっても格安で護衛につきます』

 常に張り付いているわけにはいきませんけど、呼んでくれるのならいつでも護衛に向かいます。約束です。信用できないのならあとで携帯の番号を渡します。

 安心できましたか?」


うなだれていた須賀京太郎は頭を上げていた。そして姉帯豊音を見つめた。すると姉帯豊音は目をそらした。しかし離れるつもりはなかった。

姉帯豊音の周りから蒸気のようなものが湧き出し、二人を隠してしまった。それまではかろうじて二人の姿が見えていたのだが、今は完全に真っ白い雲の塊である。

そうして二人が隠れてしまうと、姉帯豊音はこういった。

「信じられないよ……本当はオロチちゃんのこと嫌いでしょ?

 オロチちゃんから聞いたよ。須賀君のマグネタイトで酔っ払って拉致監禁しようとしたって。龍の目を植え付けてずっと追いかけていたって。

 それに、ヤタガラスの構成員と半神を消そうとしたって」

姉帯豊音の質問をきいて須賀京太郎は久しぶりに笑った。そして須賀京太郎はこういった。

「嫌いじゃないですよ。本当です。

 まぁ、あのときに誰か一人でも欠けていたら大嫌いになっていたかもしれませんけど……ディーさんの愛車のフロントガラスがダメになっただけですからね。

 普通なら嫌がるかもしれませんけど、愛情表現と受け取っています。精神年齢的には俺たちとそれほど変わらないみたいですから、失敗することもあるでしょう。人に慣れていないみたいですし。

 それに謝ってくれたし……マグネタイトをせがみませんから反省したと受け取ります。

 許すと言いましたから、もう何も言いませんよ。

 正直、オロチの策略なんてどうでもいいんですよね。葦原の中つ国は不便なところではないし、このまま順当にヤタガラスとして成果を上げれば普通の社会で俺は生きていけません。

 結局どこかに隠れ家を手に入れなきゃならないわけで、それが葦原の中つ国だったとしても問題ないんです。今の俺の実力ならオロチの拘束を解くこともできますから。

 今の俺を苦しめているのは葛葉流の退魔術のこと、この未熟な俺自身……そして……まぁ、それだけです。

 ストレートに言いますけど、十四代目と姉帯の陣営の人達って、頭おかしいですよね? 俺、魔人ですよ?

 普通に考えたら嫁入りなんてさせないっしょ。もしかして姉帯さん嫌われてます?」

須賀京太郎が茶化すと姉帯豊音がむっとした。そしてすぐに悪い顔をした。いい考えを思いついたのだ。姉帯豊音はこういった。

「私は須賀君のこと好きだよ。須賀君が良ければいつでも結婚してあげる」

須賀京太郎は大きく噴き出した。ポーカーフェイスが崩れて鼻水が出ていた。しかしすぐに取り繕って鼻をふきながら姉帯豊音を見た。

すると悪い顔でほほ笑んでいる姉帯豊音がいた。すぐにからかわれていると気付いた。どう考えても十四代目葛葉ライドウの曾孫だった。

 真っ白い雲の中で須賀京太郎を姉帯豊音がからかっている時、水着姿の少女たちがスイカ割に興じていた、この時の女子高校生たちについて書いていく。

それは大きなパラソルの下に生まれた真っ白い雲の中で須賀京太郎が姉帯豊音に良いようにからかわれている時のこと。

宮守女子高校の面々と永水女子高校の面々がオロチと一緒にスイカ割をしていた。

宮守女子高校の面々と永水女子高校の面々も姉帯豊音と同じくらいにびしょ濡れだった。しかし気にしていなかった。

何せここはプライベートビーチで、彼女らは水着を着ている。むしろびしょ濡れになっていないバトルスーツの須賀京太郎がおかしかった。

水着姿の女子高校生に混じって水着姿のオロチが混じっているが、全く浮いていなかった。

うっすらと輝く赤い目を持ち美術品的な造形美の少女であるが、周りの女子高校生たちも容姿に恵まれていたのでやや美しいどまりで済んでいる。

この中で特に目を引く女子高校生がいるとすれば、神代小蒔(じんだい こまき)と石戸霞(いわと かすみ)だろう。

セクハラにならないように気を付けている須賀京太郎でも、凝視するレベルだった。水着を着ているので余計に目を引いた。

そんな女子高校生の集まりが楽しくスイカ割をしている光景というのはすさまじいの一言だった。色々すごかった。

ただ、少し不機嫌な少女がいた。


水着姿のオロチである。

「さっさと食べよう。スイカがぬるくなる」

と臼沢塞にオロチが文句を言っていた。

 女子高校生たちがスイカ割にチャレンジしている時姉帯豊音が秘伝を披露していた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは宮守女子高校の面々と永水女子高校の面々が楽しく遊んでいる時、須賀京太郎が膨れていた。

ポーカーフェイスを作ろうと努力していたが、怒りが顔に出ていた。眉間にしわがよりこめかみが引きつっている。

「好きだよ」

発言から連続で姉帯豊音にからかわれたのが効いていた。だが、からかわれたこと自体に怒っているのではない。好意を向けられるのは嬉しいものだ。

色々な事情があるとしても嬉しいものはうれしい。問題は動揺した自分である。まさかこんな古典的な方法で動揺すると思っていなかった。

そして膨れていた。修行不足で情けなかった。そんな須賀京太郎を見て姉帯豊音がクスクスと笑っていた。須賀京太郎の意地の張り方が可愛かった。

そうして笑っていた姉帯豊音は須賀京太郎に機嫌を取るために動き出した。こんなことを言ったのだ。

「怒らないで須賀君。お詫びに姉帯の秘伝を見せてあげるから」

するとむくれている須賀京太郎がこう言った。

「別に怒ってないっす」

気にせずに姉帯豊音はこういった。

「おばあちゃんが教えてくれた秘伝でね。一子相伝なんだ。泣いていたおばあちゃんをおじいちゃんが笑わせた最終奥義なんだって。

 使うのはこれが初めてなんだ。秘密にしておいてね? ものすごくこれでからかわれたみたいで、話に出すだけで怒るんだ。

 問答無用の最終奥義だから、覚悟してね。いくら須賀君が怒っていても無駄なんだから」

このように宣言した後、隣で膨れている須賀京太郎の正面に姉帯豊音が回り込んだ。四つん這いになって、特に恥じらいもなくやっていた。

真っ白な雲の遮りがあるのだ。大胆な行動も容易かった。そして四つん這いのまま正面に回り込むと、両手を須賀京太郎に伸ばした。

姉帯豊音の細い両手が近づいていると気付いていたが、須賀京太郎は動かなかった。少し鼻息が荒かった。

「俺は退魔士だ。鋼の心を持ち修羅道を駆け抜ける怪物だ。ガチガチに鍛えた表情筋、破れるもんなら破ってみやがれ!」

などと考えていた。不機嫌なうえ寝不足。しかも自分自身に怒っている。完全に意地を張っていた。しかし、一発で笑顔にされていた。

秘伝を受けて完全に笑顔になっていた。というのが姉帯豊音の両手が須賀京太郎の顔をがっしりとつかんで、親指を使って強制的に笑顔を作っていたからだ。

須賀京太郎の口角に両手の親指を当てて、無理やり上げていた。ものすごい力技だった。しかし間違いなく笑顔になっていた。

秘伝を喰らった須賀京太郎はこれ以上ないほど動揺していた。目が大きく泳いだ。なにせ目の前で楽しそうに笑う姉帯豊音がいたからだ。

目のやり場に困っていた。


 海水浴が始まって四時間ほど過ぎたところでようやく女子高校生たちは遊ぶのをやめた、この時の女子高校生たちについて書いていく。

それは午後の五時を少し過ぎたころだった。ようやく女子高校生たちが遊ぶのをやめた。かなり長い間太陽の下で遊んでいたのだが、ほとんど日焼けをしていなかった。

それもそのはずで、しっかりと日焼け止めを塗って遊んでいた。それも最近龍門渕から売り出された特製の日焼け止めクリームである。

効き目は抜群だった。数か月前に良い錬金術師が龍門渕に現れたのだ。直接錬金術師に依頼したいというファンもいたが、錬金術師本人と龍門渕が拒んだ。


龍門渕が言うには

「食費の足しにしたいだけだから、これ以上は働かない。そもそも作りたいものは自分で決めたい。

 それに時間がない。畑の世話もしなくちゃいけないし、マスターの……主人のお世話がおろそかになるのはちょっと」

とのことだった。そんな特製の日焼け止めを塗っていた女子高校生たちは騒ぎながらシャワーを浴びに向かった。

「また遊びに来たい」

とか

「ヤタガラスの構成員が出しているレストランに行ってみないか」

とか

「十四代目葛葉ライドウの奥さんが作ったというファッションブランドを知っているか」

とか、あれだけ遊んだのにまだ元気だった。この時水着のオロチは須賀京太郎に飛び掛かっていた。須賀京太郎が気を抜いているように見えたからである。

しかしあえなく砂浜にふっとばされていた。合気道の要領で投げられていた。足場が砂なので、対応が激しかった。

そして砂浜に吹っ飛ばされてひっくり返っているオロチは姉帯豊音が連れて行った。抱きかかえてシャワーに向かったのだ。逃げようとしていたが、

「まっしゅろしゅろすけ」

につかまって手も足も出なかった。女子高校生がいなくなると須賀京太郎は一人で片づけをした。非常に手際が良かった。

海水浴の最中に出たごみの分別まで手際よくやっているのは見事である。また楽しそうに掃除をしていた。ニッコニッコだった。

当然である。水着姿の女子高校生の中セクハラにならないように気を付けながら気配を消す仕事をしていたのだ。しかも護衛期間中はまともに眠っていない。

その上、解き明かせない問題に悩む羽目になっている。問題が重なりに重なって心はぼろぼろだった。早くこのビーチから逃げたかった。

海の匂いも砂浜の輝きも今はただ忌々しく思えた。しかし地獄を乗り切った須賀京太郎の心は弾んでいた。気を配らなくていい男臭い職場が懐かしかった。

 太陽が沈み始めたころタクシーの中で須賀京太郎と姉帯豊音が雑談をしていた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは少し早い晩御飯を大人数で楽しんだ後のことである。須賀京太郎たちはタクシーでホテルに帰っていた。タクシーには二台に分かれて乗っていた。

一台目には宮守女子高校の面々。二台目には須賀京太郎と姉帯豊音そしてオロチである。

熊倉トシがいないので宮守女子高校の面々を須賀京太郎と姉帯豊音が呼んだ。しかし遠慮された。遠慮された時須賀京太郎が少しへこんでいた。

怖がられていると思った。実際は姉帯豊音を手伝うためだった。縁談はダメになったが恋愛関係になってしまえばこっちのものだ。

須賀京太郎が結構まじめな性格をしていると完全に見抜いている彼女らである。

一旦恋人になってしまえばよほどのことがない限り姉帯豊音の将来は明るいと考えていた。

ヤタガラスの戦力区分「上の位」の序列六位についた退魔士で、十四代目葛葉ライドウとその弟子たちと仲が良い。その上龍門渕に信頼されている。

魔人であることを無視していいくらいに良い物件だった。しかもお互い結構いい雰囲気を醸している。となれば

「後押ししよう!」

という使命感で彼女らは燃えるのも当然だった。そうして動き出したタクシーは夕焼けに染まった東京を走った。しかし非常にゆっくりだった。

夏真っ盛り、夏休みど真ん中である。太陽が沈み始めたとしても現代のソドム東京は落ち着かない。

貞操観念がない男女とか酔っ払いだとか死にそうな顔のサラリーマンがふらふら歩いているのを眺めながらの移動になった。

そんなタクシーの中で行われていたのが須賀京太郎と姉帯豊音の雑談だった。特にいうとこもない雑談だった。

「楽しかった」

とか

「また来たい」

とか

「スイカ食べたい」

などといって話をしていた。須賀京太郎と姉帯豊音が雑談をしているとオロチも雑談に入ってきて、今度はみんなで遊園地に行きたいなどと言っていた。

雑談をしている間に何度か姉帯豊音が悲しげな笑顔を見せた。須賀京太郎はもちろん気づいた。しかし問いただせなかった。

問いただしても答えないのが見えていた。だから須賀京太郎はこんなことを言ったのだ。

「また、みんなで海に来ましょう。

 姉帯さんが呼んでくれたら……いや、俺から電話します。何度でも姉帯さんたちを海に連れて行きます」

すると姉帯豊音は喜んだ。そして慈愛の目で須賀京太郎を見つめた。しかしすぐに悲しげな眼に変わった。須賀京太郎のことを本当に欲しくなっていた。

しかし求めてはいけないと考えていた。なぜなら須賀京太郎の足を引っ張ると確信できた。姉帯豊音は没落しかけの幹部の娘。厄介ごとのタネでしかない。

出世を求めているのなら、絶対に選ばない相手だろう。しかし須賀京太郎の言葉は嬉しくて諦めがつかなかった。


 太陽が完全に沈みきるころ拠点のホテルに須賀京太郎たちが到着した、この時の宮守女子高校の面々と須賀京太郎の行動について書いていく。

それは太陽があと少しで沈む時であった。遊び疲れた宮守女子高校の面々がヤタガラスのホテルへと入っていった。遊び疲れているはずなのだが、非常に元気があった。

肉体的には疲労がたまっているが、精神的には元気いっぱいなのだ。この時須賀京太郎たちもタクシーから降りていた。少し微妙な空気があった。

しかし仲は良さそうだった。そうして荷物を持って須賀京太郎達がホテルに足を踏み入れた時である。とんでもない勢いで何かが突っ込んできた。

まっすぐに須賀京太郎めがけて突っ込んできた。丁度腹にぶつかるコースだった。須賀京太郎は動じずに受け止めた。

荷物で両手がふさがっていたので、足を踏ん張って耐えた。飛び込んできた物体は黒い髪の毛をポニーテールにしてジャージを着ているオロチだった。

須賀京太郎の学ランをマントのように身に着けていた。ポニーテールのオロチはにこにこしていた。

 ポニーテールのオロチに須賀京太郎が捕まっているとジャージ三人組が話しかけてきた、この時のジャージ三人組について書いていく。

それはポニーテールのオロチを三つ編みのオロチがうらやましそうに見ている時のことだった。ジャージを着た三人の女性が姿を現した。

オロチと同じ柄のジャージを着た天江衣、アンヘル、ソックの三人組である。この三人組だが少し怒っていた。

アンヘルとソックはほんの少し怒っているだけなのだが、天江衣はわかりやすく怒っていた。フグの様に膨れていた。

そんな天江衣を見て須賀京太郎が面倒くさそうな顔をした。須賀京太郎が面倒くさそうな顔をすると天江衣が一層不機嫌になった。

そしてすぐに悪い顔になった。それを見て須賀京太郎は

「やばい」

と思った。しかし止めるよりも前に天江衣は大きめの声でこんなことを言った。

「海水浴に行ったそうだな京太郎! この数日間スコヤのいびりに耐えた私をしり目に、美少女高校生たちと海水浴とは言いご身分じゃないか!

 私たちも誘えよ! なぜ誘わない!? あれか? 巨乳じゃなきゃ水着姿は見たくねぇってか!? 貧乳は人に非ずってかよ!」

ものすごく声が響いていた。静かなラウンジなのだ。嫌でも耳に入っていた。そうなって須賀京太郎は慌てて周囲を確認した。


天江衣の言葉が恐ろしい勢いで自分の評判を下げると理解していた。万物に不吉と死を運ぶ存在と呼ばれるのは構わない。

しかし巨乳好きの魔人と呼ばれるのは絶対に嫌だった。不幸中の幸いなのかホテルのラウンジにはほとんど人がいなかった。

ただ、従業員の方々は普通に働いているうえに、宮守女子高校の面々もラウンジにいる。どうにか誤解ではないが、誤解を解きたかった。

しかし直ぐそばにいた姉帯豊音が

「だから、私の胸ばっかり見てたんだ……」

と、呟いたのであきらめた。とっくに致命傷を負っていた。そんな須賀京太郎にジャージ姿のソックがこんなことを言った。

「序列六位おめでとうございます、我らのマスター。

 そういえば、海水浴……宮守と永水の娘たちと海水浴は楽しかったですか? 確か永水にはマスター好みの娘がいたと存じておりますが……」

続けてアンヘルがこう言った。

「しかし胸の大きさで人を区別するのはどうかと思います。
 
 『嘆きの平原』でも水着を着て海水浴を楽しむ権利くらいはあると思うのです」

思った以上にアンヘルとソックの声は大きかった。この時完全に須賀京太郎はあきらめた。明日から巨乳好きの魔人と呼ばれる覚悟を決めた。

この時須賀京太郎は一切言い返さなかった。言い返してもいいはずだがあえてしなかった。というのもジャージ三人組の怒りに油を注ぐだけだと理解していた。

これは京太郎の父親が

「いいか京太郎。長く生きていればいつか気づく真理だが、先に教えておいてやる。母さんとの結婚生活で見出した真理の中でも有益な一つだ。

 女の人が怒っているときはな、相手の感情に同意するのが一番いい。『怒っているのですね』という態度を見せるんだ。そうすると勢いがかなり弱まる。

 一番まずいのは否定から入ることだ。猛烈な勢いで機嫌を悪くするからな。

 さっきの俺みたいに体重をからかったり、運動しないからだと客観的な事実を指摘するのは最悪だな。大切なのは共感なのだ、理論じゃない。

 最悪、今の俺みたいにジョギングに付き合わされる羽目になる」

と伝えてくれていた。頼りになる父親だった。ちなみにダイエットは父親のほうが痩せた。


 ポニーテールのオロチを加えてジャージ四人組になった天江衣たちが現れて十分後、須賀京太郎たちはそれぞれ落ち着いていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは、須賀京太郎の評判が軽く下がった後のことである。ホテルのラウンジでジャージ三人組と宮守女子高校の面々が楽しげに会話をしていた。用意されているテーブルと椅子を占拠して、優雅に会話を楽しんでいた。

会話の内容は大したものでない。趣味の話をしたり、世間話をしたり、須賀京太郎の態度について話をしてみたりといった具合で平和であった。

初めこそ緊張している者もいたが、すぐに打ち解けていた。これは無駄に高いジャージ三人組のコミュニケーション能力の賜物である。

この間、須賀京太郎と姉帯豊音そして二人のオロチは静かにケーキとコーヒーでブレイクしていた。

ブレイク中なのでオロチたちはまったく口を開かなかったが、須賀京太郎と姉帯豊音は良く口を動かしていた。雑談しているのだ。

大した内容ではない。姉帯豊音が先ほどのことでからかい、須賀京太郎が悶えるだけである。

そんな須賀京太郎と姉帯豊音を二人のオロチがニヤニヤしながら見守っていた。相性が良いと確信していた。そしてご機嫌だった。

二人がケーキを食べないので、取り分が増えていた。コーヒーは苦いので飲まなかった。

 ヤタガラスのホテルのラウンジで雑談を楽しみ始めて十五分後、突然のサイレンが鳴り響いた、この時にラウンジを騒がせたサイレンについて書いてく。

それは宮守女子高校の面々とジャージ三人組が個人的に遊ぶ約束を結んでいた時の事であった。

ラウンジにある大きなテレビ、そして利用客の携帯電話から禍々しいサイレンが響き渡った。それはきくものを不安にさせる音色だった

このご時世携帯電話を常に持ち歩いていないのは須賀京太郎のような変わり者くらいであるから、ラウンジはひどい不協和音で不愉快極まりない状況になっていた。

サイレンが鳴り響くと、ラウンジにいた人々は明らかに動揺した。何が起きているのかさっぱりわからなかった。しかし理解している者がいた。

須賀京太郎だ。サイレンの正体に気付いて一気に戦闘態勢に入っていた。というのも禍々しい音色のサイレンの名前を知っていた。

携帯電話とテレビから流れてくる禍々しいサイレンの音色は

「国民保護サイレン」

と呼ばれるものである。このサイレンが鳴り響く条件は日本国に対して非常に重大な攻撃が行われること。

つまり大規模テロ行為、大量殺りく兵器が発動したという印なのだ。このサイレンを知っていた須賀京太郎は即座に退魔士として動き出していた。

 国民保護サイレンが鳴り始めて二秒後須賀京太郎は現時点での最善策をとった、この時に須賀京太郎について書いていく。

それはラウンジの人々が混乱の渦の中で悶えている時のことである。大きな声でオロチ達に須賀京太郎が命令した。

「オロチ! 大量破壊兵器に備え葦原の中つ国を展開しろ!」

本来なら須賀京太郎の命令をオロチはきかない。なぜなら葦原の中つ国の塞の神は日本に従う悪魔だからだ。

そのため本来はヤタガラスのトップと大幹部三名の正式な命令がなければオロチは本領を発揮できない。須賀京太郎もこの理屈を知っていた。

しかしあえて命令をした。もしかすると

「緊急事態」

という一点において動いてくれる可能性があったからだ。須賀京太郎の狙い通り命令はオロチに届いた。

なぜなら、須賀京太郎の命令を受けることで日本の緊急事態を回避できる可能性が高い。オロチを縛る契約は日本の国民と命を守ること。

須賀京太郎の命令は契約を守る行為であるとオロチたちは解釈した。そしてオロチは生まれてきた目的を果たすために本気になった。

この数日の間に守りたいものが増えたのだ。今まで以上にやる気になれた。

そして機転を利かせた須賀京太郎の命令を受けて葦原の中つ国の塞の神が本領を発揮した。サイレンが鳴り始めて四秒。非常に早い防衛行動だった。
 
 不気味なサイレンが鳴り響き始めて五秒後のこと須賀京太郎は暴挙に出ようとしていた、この時に行おうとした暴挙について書いていく。

それは葦原の中つ国の塞の神・オロチが動き出した次の瞬間であった。須賀京太郎の顔から血の気が失せた。眉間に深くしわがより、唇を強く噛んだ。

同時に魔力を練り始め、ラウンジ全体に稲妻を放とうと画策した。かなりの勢いで魔力が練り上げられているので、相当の被害が出るだろう。

錯乱したわけではない。守るために稲妻を撃ち込むつもりなのだ。

というのが、国民保護サイレンが鳴るという圧倒的なプレッシャーによって、極限まで高まった集中力が須賀京太郎に答えを与えたのだ。

答えとは須賀京太郎が出会ってきた事件についての答えである。須賀京太郎が歩き出した事件、退魔士になった事件、そして今この瞬間に起きている事件。

この複数の事件を一気に結びつける答えを得ていたのだ。須賀京太郎は答えをこのように導いた。

「姉帯さんは数か月前に人形化の呪いを受けた。そして俺がそれを救った。問題はなぜ呪いにかかったのか。

 姉帯さんには『まっしゅろしゅろすけ』という加護がある。あれを突破するのはメギドでも不可能。砂浜でたわむれに突破しようとしたが、びくともしなかった。

 しかし姉帯さんは呪いにかかった。矛盾している。だが『外側から』呪いが放たれていないと考えれば、矛盾はない。

 つまり呪いの発生源は『携帯電話』。おそらく鉄壁の加護で身を守った後、携帯電話で助けを求め呪いがかかった」

そしてこの答えから須賀京太郎は国民保護サイレンの狙いを見抜いた。


「この国民保護サイレンの狙いとは携帯電話に国民を集中させること。そして十分に集中したところを狙って人形化の呪いをかけることだ。

 国民保護サイレンが流れている今電波に乗せて人形化の呪いが全国に向かって発信されれば、被害は一気に全国規模に広がり助かる者はいない。

 携帯電話を持たずに暮らせる人間はまずいない。テレビからでも呪いがかけられるのならば、日本は終わる」

これに気付いたから須賀京太郎は絶望したのだ。しかしあきらめてはいなかった。少なくともラウンジにいる人たちだけは助けようと動いていた。

魔力を練り上げ魔法を放つ準備に入った。呪いが発動するかもしれないのなら、発動するよりも前に発生源を叩けばよい。

幸い須賀京太郎は稲妻の力を持っている。精密な電子機器であればあるほど壊すのは簡単である。とりあえずは手の届くところから助ける算段であった。

 サイレンが鳴り始めて五秒と少しというところで須賀京太郎は泣きそうな顔になった、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは出来るだけ威力を抑えて稲妻を撃ち込もうとしている時のことである。眉間にしわを寄せていた須賀京太郎の顔が、泣きそうな顔に変わった。

というのも椅子に座っている姉帯豊音の背後に立つミイラの姿を見つけてしまった。

姉帯豊音の背後二メートルほどの所に立って、右手を姉帯豊音に伸ばしていた。

汚い革の切れ端のようなものを左手に握りしめていて、不気味としか言いようがなかった。これを見て須賀京太郎は心が折れそうになった。

選ぶ羽目になったからだ。一つはラウンジの人たちを守る選択。このまま魔法を撃ち込む道である。

もう一つは姉帯豊音を守る選択。明らかに不気味で怪しいミイラと姉帯豊音の間に割り込んで、護衛をまっとうする道である。

須賀京太郎の予想が正しければ、大切なものがいくつも失われる選択だった。失いたくないものばかりで須賀京太郎の心は折れてしまいそうだった。

しかしそれでも須賀京太郎は決断を下した。

 サイレンが鳴り始めて六秒後不気味なミイラと姉帯豊音の間に須賀京太郎が割り込んでいた、この時に行われた頑張りの一切を書いていく。

それは携帯電話とテレビ、ラジオから不気味なサイレンが鳴り響き始めて六秒のこと。

何が起きようとしているのか日本にいる人たちが耳を澄ませている時である。

ホテルのラウンジで須賀京太郎が拳を振りかぶっていた。拳を振りかぶった時にはすでに、ラウンジの椅子を跳ね飛ばし姉帯豊音の背後に回り込んでいた。

全てはミイラを迎え撃つためである。音速の世界を駆け抜けたことで須賀京太郎の身を包み込む羽織が燃え上がり、バトルスーツが赤く輝いていた。

音速の世界、熱の壁を突破したのだ。この時須賀京太郎の産んだ衝撃波から姉帯豊音を守るため「まっしゅろしゅろすけ」が発現していた。

そして姉帯豊音とミイラの間に割り込んで拳を振り上げた須賀京太郎は問答無用の攻撃を仕掛けた。極度のプレッシャーをばねにして打ち込まれた拳は、過去最高威力を秘めていた。

この時、奇妙なものを見た。ミイラが笑ったのだ。男女の区別もつかないが笑っているのだけはわかった。しかし須賀京太郎は止まらなかった。

確実に消滅させるべく全身全霊で拳を振りぬいた。しかし防がれた。ミイラに直撃を決めたが、防がれたのだ。

白い陶器のような膜がミイラの肌に現れ衝撃から守っていた。そして次の一手を打とうと動き出した時須賀京太郎は視界を奪われた。

何かが須賀京太郎の顔に張り付いていた。同時に、須賀京太郎を支えていた足場が失われた。

「やられた」

と思った時には終わりのない落下を体験することになった。落下していく須賀京太郎は残された者たちのことを心配した。

ただ、無事であってほしい。須賀京太郎の願いはそれだけだった。

 
 
 


 今日はここまでです。

 

はじめます。

 ミイラと出会った後も須賀京太郎は必死でもがいていた、この時に須賀京太郎が見たものと聞いたものについて書いていく。

それはあの奇妙な一瞬、ミイラによって視界を奪われどこかへと落とされた直後であった。

足場が失われて落下していることを察した須賀京太郎は視界を確保しようとした。顔にへばりついている何かを一番に剥ぎ取ったのだ。

鋭くとがった五感によって周囲の状況を把握できる須賀京太郎であるけれど、視覚が完全に塞がれているのは非常にまずかった。

超人的な腕力を持つ須賀京太郎である、一秒もかからずに顔にへばりついていたモノをはぎ取れた。しかしすぐに目を見開いた。

落下中の視界に奇妙なものが複数見えたのだ。落下している須賀京太郎はまず、真っ白な大地を見つけた。

落下中のことであるから大地に引き寄せられるのは当然だが、その大地が真っ白だったのだ。見渡す限りがすべて真っ白で、緑色の光に照らされていた。

月の光を反射する雪原のように見えた。次に須賀京太郎は真っ白な大地を一割ほどを占めている巨大な大樹を見た。

この大樹が緑色の淡い光を放つ正体で、白い大地を照らす太陽だった。

また尋常ではない巨大さで、幹の太さは一番太いところで直径十キロメートルを超えている。高さはわからない。

暗黒の空を突き破ってさらに上に伸びていたからだ。不思議なことで空に星はない。暗黒であった。

この奇妙な光景を見た須賀京太郎は驚きはしたがすぐに落ち着いた。どう見ても異界である。

現世では存在できない巨大な大樹。大樹から放たれる緑色の光。星のない暗黒の空。推理の必要はない。

異界の核になっている悪魔を始末すれば脱出可能と見極めた。しかし見極めた後ものすごく焦ることになった。

というのが落下する須賀京太郎のすぐ後から女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。須賀京太郎はすぐに悲鳴の方向を見上げた。

そうして見上げた先にあったのは

「まっしゅろしゅろすけ」

に身を包まれた姉帯豊音だった。須賀京太郎と姉帯豊音の距離から察するに、二秒ほど間をおいて姉帯豊音は落とされていた。

これを見て須賀京太郎はただ焦った。広大な真っ白い大地をほとんど把握できるほどの高度である。須賀京太郎の感覚からすると、高度八千メートルあたり。

すぐにスカイダイバーの様に両手両足を広げて姉帯豊音の距離を縮めた。

 姉帯豊音を発見して接近した後須賀京太郎は彼女を抱きしめていた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは姉帯豊音を見つけてすぐのことである。スカイダイバーのように両手両足をうまく使って風をとらえ、落下している姉帯豊音を捕まえた。

須賀京太郎が近づくと白い雲のような鉄壁の守り

「まっしゅろしゅろすけ」

が薄くなり、姉帯豊音と再会させた。雲が晴れて須賀京太郎の姿が見えると姉帯豊音はほっとしていた。

恐怖でゆがんでいた姉帯豊音の目に希望の光が見えた。不気味なサイレンの後、十秒ほどで高度八千メートル近くから落下しているのだ。

須賀京太郎がいてくれてよかった。須賀京太郎が近づいてくると姉帯豊音は彼の首に腕をまわした。須賀京太郎も姉帯豊音を抱きしめた。

そうしなければ離れ離れになってひどいことになるとお互いが理解していた。二人が固く抱き合ったところで真っ白い雲の加護

「まっしゅろしゅろすけ」

が二人の体を包み込んだ。高度八千メートルからの落下中、二人の姿を隠すためである。狙撃の可能性を「まっしゅろしゅろすけ」は考えていた。

そんな時だった。須賀京太郎は姉帯豊音にきいた。

「『まっしゅろしゅろすけ』は衝撃を完全に殺しきれますか!?」

随分あせった声を出していた。するとすぐに姉帯豊音が答えた。

「外からくる衝撃なら完璧に!」

須賀京太郎に負けないくらい姉帯豊音もあわてていた。しかしよく受け答えができていた。須賀京太郎の質問から須賀京太郎の言いたいことを理解したのだ。

須賀京太郎が心配しているのは着地の衝撃ではない。須賀京太郎が心配しているのは落下の勢いが殺せるかどうかである。慣性の法則が問題なのだ。

「高速で移動している電車や車が急停止したら中の人はどうなる?」

この問題に姉帯豊音は

「ふっとぶ。たとえ鉄壁の加護が地面との衝突を防いでも中にいる私たちの勢いは弱まらない」

と答えたのだ。しかし須賀京太郎はあきらめなかった。姉帯豊音の体をしっかりと抱いて、集中を始めた。

稲妻の魔法と体術を合わせて姉帯豊音の勢いを殺すつもりだった。自分のことはどうでもよかった。落下の衝撃は我慢できるからだ。

 覚悟を決めると老人の声が聞こえてきた、この時の須賀京太郎と奇妙な声について書いていく。それは落下まであと数十秒というところである。

「まっしゅろしゅろすけ」

の中、姉帯豊音を抱きしめる須賀京太郎の背中から老人の声が聞こえてきた。かすれた声だった。

「ずいぶん、大変なことになっておるな……おい小僧。わしに協力せんか?

 この窮地を乗り切るために、わしの協力が必要じゃろう? 今のまま地面に着地すれば間違いなくお嬢ちゃんが死ぬぞ……小僧はかすり傷も負わんじゃろうけどな。

 協力するかしないのか、それだけ答えよ。時間はねぇぞ」

しわがれた老人の声に須賀京太郎と姉帯豊音が反応した。須賀京太郎も姉帯豊音も非常に驚いていた。

まったく気配を感じない存在に対して須賀京太郎は驚き、姉帯豊音は声の正体に驚いていた。姉帯豊音の視線は須賀京太郎の背中に向かっていた。

大きく鍛えられた須賀京太郎の背中、バトルスーツに同化するように干からびた皮のマントがへばりついているのを見ていた。

しかもこのマント、人面祖のようなものがあり、口をきいていた。そして観察を進めた姉帯豊音は震えあがった。

へばりついている革のマントの正体に行き当たったからである。へばり付いているマントは、人の皮を創って作られた呪物だった。


 口をきく奇妙なマントの誘いから三秒後須賀京太郎はうなずいていた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは背中にへばりついている人の皮で作られたマントが協力を提案してきた直後である。黙って考えている須賀京太郎を姉帯豊音が止めようとした。

「協力してはならない」

と、言うつもりであった。なぜならばどう考えてもまともではない。怪しいところがいくらでもある。

「絶対に飲んではならない」

と言いたかった。しかし、姉帯豊音がダメだというよりも前に須賀京太郎はこういった。

「わかった。手伝おう。

だが、姉帯さんを助けられないのなら、何もかもなかったことにする」

須賀京太郎の答えをきいて姉帯豊音が唇をかんだ。須賀京太郎の性格を把握しつつある姉帯豊音である。もっと大胆に動けばよかったと後悔した。

しかし姉帯豊音が注意したとしても須賀京太郎は提案をのんだだろう。今の須賀京太郎は姉帯豊音の護衛である。

目的を達成するためならこの程度なんてことなかった。

 須賀京太郎がうなずいてすぐ奇妙なマントが動き出した、この時のマントの行動と問題について書いていく。

それは須賀京太郎が提案を飲んだ直後である。バトルスーツにへばりついたマントが大きな声でこう言った。

「よろしい! 実に良い! この智慧の完成者にしてロキであるワシがお嬢ちゃんと小僧を守ってやろう!
 
 お嬢ちゃん! 『大慈悲の加護』を解いてくれ! わしが風を捕まえる!」

しわがれた声だった。しかし少し水分が戻ってきていた。

須賀京太郎がうなずいた瞬間から、バトルスーツの魔鋼を通じてマグネタイトが供給され始めたのだ。

カラカラになった革に血管のようなふくらみが生まれ、須賀京太郎の赤いエネルギー・マガツヒがマントを潤した。

同時に須賀京太郎の特性、強烈な酒のような性質でマントが赤く染まった。するとマントになっているロキが苦しんだ。強烈な浄化作用が痛めつけていた。

しかしすぐにおさまった。植物の様に発散することで苦しみから逃れたのだ。しかしその結果、マントの周囲に赤い火花が散った。

発散したエネルギーの残骸である。

 マントになっているロキが大きな声で指示を出した後、須賀京太郎と姉帯豊音はつかの間の空中遊泳を楽しむことになった、この時の須賀京太郎と姉帯豊音の行動を書いていく。

それはマントになっているロキが加護を解けとお願いした時のこと。悪名高い悪神ロキからの指示を姉帯豊音が完全に無視した。

須賀京太郎の首に回している腕をぎゅっとしめて、須賀京太郎にこう言った。

「どうするの須賀君!」

須賀京太郎の耳に口を近づけて、大きな声で尋ねていた。まったくマントになっているロキを信頼していなかった。しかし当然である。

マントの正体がロキならば、信頼できるわけがない。そうして姉帯豊音が加護を解かないでいると須賀京太郎がこう言った。

「加護を解いてください、姉帯さん! ロキがやろうとしていることが俺にもわかる! こいつはパラシュートを作るつもりだ!」

この時姉帯豊音を須賀京太郎がぎゅっと抱きしめていた。しかし自信満々というわけではない。須賀京太郎の顔は不安でいっぱいだった。当然である。

マントになっているロキの提案に肯いた後から、お互いの思考がわずかに感じ取れるのだ。頭の中に別の存在がちらつく。思考の流れもわかる。

これは非常に気持ちが悪かった。しかしマントになっているロキは間違いなく須賀京太郎と姉帯豊音を守るつもりで提案をしていた。

これだけは本当だと確信できた。そして須賀京太郎の言葉をきいた姉帯豊音は、迷いはしたが加護を解いた。

この状況で自分にできることはこれだけだと理解して須賀京太郎にすべてを任せたのだ。加護がとけるとマントになっているロキが変形した。

若干水分を取り戻したマントが大きく膨らんだのだ。リビングの床に広げたらちょうどいいサイズだった。そして火花を飛ばしながら、風を捕まえた。

風を捕まえたことで一気に落下スピードが弱まった。高速で落下していた二人だったが、離れ離れになることはなかった。

「まっしゅろしゅろすけ」

が二人をつないでいた。風を捕まえている時、ブツブツと老人のつぶやく声が須賀京太郎の背中から聞こえていた。ロキの呪文だった。

姉帯豊音には何を言っているのかわからなかったが、須賀京太郎には意味が分かった。ロキはこういっていた。

「『智慧の完成者にして求道者である私が命の理によって立つ』」

どのような効果があるのかさっぱりわからなかった。しかしわからないままでも問題はなかった。

落下の勢いは弱まり、つかの間の空中遊泳を楽しむことになったからだ。

そしてゆっくりと高度を下げていく中で、須賀京太郎たちは奇妙な建物を複数見つけることになった。

 パラシュートでゆっくりと真っ白い大地に落ちていく間に須賀京太郎と姉帯豊音は複数の建物を見つけた、この時須賀京太郎たちが見たものについて書いていく。

それはバトルスーツに張り付いているロキが呪文を唱え続けパラシュートとして働いている時のことである。

ゆっくりと落下している須賀京太郎と姉帯豊音はじっと真っ白い大地を見つめていた。そして黙ってしまった。

これから向かう真っ白い大地がまともではないと理解した。それはたとえば足元。

今まで真っ白い大地しかないと思われていた大地には人工物が三つ発見できた。この時人工物の形と配置から、もう三つ同じものがあると二人は察した。

というのが人工物というのは砦である。そして砦の形が六芒星のイメージで作られていた。

そして砦の配置を見るとさらに巨大な六芒星を作る配置になっていると予想がついた。

砦の配置で創る六芒星の真ん中には宇宙へのびる大樹が据えられている。間違いないと思えた。また世界の果てが見えた。世界の果ては暗黒で何もなかった。

世界が平面だったころのイメージでこの異界は出来上がっていた。また世界の果てのふちには巨大な蛇の背骨が山脈のように一周していた。

蛇の頭蓋骨付近には、同じくらい大きな畜生の骨が山脈を創っていた。まともではない。

そうして周囲の状況を確認しつつゆっくりと落下していた二人は絶句した。ついに真っ白い大地の正体に気付いたのである。

真っ白い大地の正体とは大量の骨の大地だったのだ。骨骨骨。人間だけではなく悪魔から獣までありとあらゆるものの残骸が散らばっていた。

そしてこの大地を凝視すればさらにわかることがある。骨の下には亡霊となった彼らの恨みの念が今も生きていた。幸いうめき声は聞こえない。

白骨の大地が分厚いからだ。しかし目に映る景色全てがこの調子ならば、地獄で間違いなかった。

そうして二人はお互いをきつく抱きしめた。自分以外の温度が欲しかった。不思議なことで絶望はしなかった。


 地獄に着地を決めて約十秒後須賀京太郎に対してロキが正式な協力を要請した、この時の須賀京太郎とロキの会話について書いていく。

それは白骨の地獄に着地して直ぐのことである。きつく抱き合っている須賀京太郎と姉帯豊音に聞こえるようにロキが咳ばらいをした。

「ゴホッン!!」

するときつく抱き合っていた須賀京太郎と姉帯豊音が離れた。一メートルほど体を離して、恥ずかしそうにしていた。

ただ、よく見れば手をつないで離す気配がない。そんな二人に勘弁してくれという感じを出しながらロキがもう一度咳ばらいをした。

「ウオッホン!」

そしてこういった。

「あぁ、もうええかな? そろそろ大切な話に移りてぇんじゃけど」

すると白骨の大地を見つめながら須賀京太郎が答えた。

「さっきの話か? お前の……ロキの、何かしらの願いに協力するという話だったな」

須賀京太郎の応答に対してロキが少し喜んだ。須賀京太郎が約束を守ってくれると確信したのである。

これは須賀京太郎から供給されるエネルギーから、間違いないと言い切れた。するとマントになっているロキがこう言った。

「そうじゃ。しかし何に協力するのかはっきりと伝えておらんかったな?

 今から小僧にわしのお願いを聞いてもらおう。

 もしもわしの話を聞いて協力したくないと思うたのなら、断ってもええよ?」

この時だった。須賀京太郎の気配が鋭くなった。須賀京太郎の気配が鋭くなると、姉帯豊音の体を即座に

「まっしゅろしゅろすけ」

が包み込んだ。するとマントになっているロキが叫んだ。

「もう見つかったんか!」

あわてるロキの感情を受け取った須賀京太郎がこのように答えた。

「あぁ、みたいだな。上級悪魔が三つ四つ……数えるのが面倒くさいな……いっぱいだ。

 なぁロキ。お前何か嫌われるようなことしたか? 姉帯さんと俺は品行方正だからな、恨まれる要素が全くない。きっとお前だろう」

するとマントになっているロキがこう言った。

「のんきなことを言うとる場合か! 来るぞ!」

そうなって須賀京太郎たちの前に上級悪魔の群れが現れた。並みの力量では決して相手にできない怪物、その群れだった。

 上級悪魔の群れが現れた瞬間に須賀京太郎が蹂躙した、この時の須賀京太郎とロキについて書いていく。それはロキが敵の気配に感ずいてすぐのことである。

上級悪魔の群れが姿を現した。さすがに上級悪魔というだけあって登場の仕方も派手だった。歩いてくる者は一人もいなかった。

空間を捻じ曲げていつの間にか目の前に現れるといういかにも悪魔といった芸を見せている。また気品にあふれた姿をしている者が多かった。

これは人間の格好をしてブランド物の服を着て美形なのだ。男も女も多かった。ここが地獄でなければ彼らのルックスを楽しめただろう。

しかし見た目が美形であったとしても彼らは間違いなく上級悪魔だった。異界を生み出すポテンシャルを持つだけあって、迫力が桁違いだった。

上級悪魔を一人で退治できれば優秀な退魔士と呼ばれる現代にあって三十匹を超えてくると絶望的な光景であった。そのため、姉帯豊音を守る

「まっしゅろしゅろすけ」

が姉帯豊音を白い繭のように包むのも自然だった。一般人より少し強い程度の姉帯豊音にとって上級悪魔とぶつかり合うのは自殺行為である。

姉帯豊音しか守っていないのは須賀京太郎には必要ないからである。


「まっしゅろしゅろすけ」

はよくわかっていた。そうなってマントになっているロキが

「逃げろ! 小僧!」

と叫んだ。この瞬間である。三十匹の上級悪魔の首が飛んだ。そして叫びの残響が消えた時、肉体も滅び去った。

爛々と輝く赤い目の魔人・須賀京太郎が犯人である。後に残ったのは真っ白い繭に包まれた姉帯豊音と須賀京太郎だけだった。

 須賀京太郎が三十体の悪魔を抹殺して一分後のこと白骨の大地が割れた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは上級悪魔たちを始末した直後であった。姉帯豊音を守っていた

「まっしゅろしゅろすけ」

が薄くなった。真っ白な繭の状態を解除して湯気のような状態へと変化していた。湯気のような状態に変化すると目を丸くしている姉帯豊音が出てきた。

不安でいっぱいという目で須賀京太郎を見つめていた。そんな姉帯豊音の赤い目を須賀京太郎は輝く赤い目で見つめ返した。終わったという合図である。

そんな須賀京太郎の目を見て姉帯豊音が息をのんだ。昂っている須賀京太郎の輝く赤い目は力強く美しかった。

そうしているとマントになっているロキが小さな声でこう言った。

「嘘じゃろ……上級悪魔を一瞬?」

須賀京太郎が引き起こした結果を疑っていた。いくらなんでも強すぎた。そうして現実を信じられなくなっているロキに、須賀京太郎がこう言った。

「戦闘特化でない上級悪魔は面倒くさいだけの雑魚だ。

 異界を創れるから強いという発想自体が間違えている。

 建築家と大工さんは建物を作れるが武力で優れているわけではないだろう?」

特に不思議なことは起きていないと須賀京太郎の顔に書いていた。そうしていたところで、異変が起きた。唸り声が聞こえ始めたのだ。風の唸りではない。

人間の唸り声、獣の唸り声、神の唸り声の混ざったものだった。どこから唸り声が聞こえているのかすぐにわかった。

足元だ。須賀京太郎たちを支えている白骨の大地が、白骨たちが唸っていた。そして須賀京太郎たちは青ざめた。なぜならば、怨念が強すぎた。

そしてこの唸り声が極まった時、須賀京太郎たちの足元が大きく割れた。小魚を喰らう鯨の様に地面が大きく口を開いて須賀京太郎たちを飲み込んだ。

須賀京太郎の脚力でも逃げ出すのは不可能だった。無理をすれば突破可能だが

「まっしゅろしゅろすけ」

の展開が間に合わなかった。脱出不可能と察した須賀京太郎は姉帯豊音を抱き寄せた。そして精神を集中させ、何が来てもいいように心を決めた。

抱きしめられた姉帯豊音は加護の範囲を広げ、須賀京太郎を守った。

「まっしゅろしゅろすけ」

は姉帯豊音だけで十分と判断していたが、彼女は満足しなかった。

 白骨の大地に飲み込まれた後須賀京太郎は亡霊たちに歓迎された、この時に須賀京太郎たちを歓迎した亡霊たちついて書いていく。

それは白骨の大地が唸りを上げて須賀京太郎たちを飲み込んだ直後である。落下中の須賀京太郎と姉帯豊音を亡霊の群れが歓迎した。

落下中の須賀京太郎と姉帯豊音の周りを取り囲んで、ぐるぐると回転していた。白骨の大地に飲み込まれた直後、まったく間をおかずの歓迎であった。

非常に素早かった。しかし不思議ではない。

というのが白骨の大地の内部には膨大なエネルギーの渦があったのだ。緑色に光るマグネタイトと真っ赤なマガツヒそして霊気の青。

この三つがまじりあってエネルギーの渦となっていた。美しかった。海を見ているような気持ちになる。しかしにこのエネルギーの渦の中に亡霊たちがいた。

青白い亡霊たちで、須賀京太郎たちを見つけるとすぐに襲いかかってきた。須賀京太郎の一睨みで退散していたが、奇妙だった。

沢山の亡霊がいたのだが、どの亡霊もすがるような目で須賀京太郎を見つめていたのだ。おかしなことだった。

また亡霊というのが人間であったり獣であったり悪魔であったりして統一感がない。

人間の霊魂というのも男もいれば女もいて、日本人以外の人種も色々であった。

亡霊になったものが生身の人間を襲うことはよくあることだが、このすべてがすがるような目で見つめて来る。おかしなことだった。

恨んでいたり諦めていたり、笑っていたりすればいいのだが、統一されているのはおかしかった。

 亡霊たちの歓迎を受けた後須賀京太郎たちは地獄の底に着地した、この時に提案されたロキの作戦について書いていく。

それは亡霊の歓迎を受けてから数秒後のことである。須賀京太郎は巨大な樹の根っこに着地していた。着地は見事で衝撃を完全に散らしていた。

ロキに頼る必要がなかった。完璧な着地を決めた須賀京太郎であるが根っこに着地したとは思っていなかった。

なぜなら巨大すぎて根っこだとは思えなかった。そうして着地した須賀京太郎に対して、マントになっているロキが叫んだ。

「小僧! 下に降りて行け! この根の下、下の下に我が娘ヘルの気配を感じる!」

この時、須賀京太郎はすぐに動き出した。ロキの提案を無言で受け入れて、姉帯豊音を担いで駆け下りていった。繋がっているロキを信じた。

そして躊躇わずに一気に巨大な樹の根を駆け下りていった。自分たちにすがりついてくる亡霊たちは無視した。

奇妙な亡霊たちの相手をするよりも姉帯豊音を守ることが重要だった。ただ、肩に担がれた姉帯豊音は非常に困っていた。

何が起きたのかさっぱりわかっていなかった。

 姉帯豊音が状況を把握しようとしている時須賀京太郎たちを何者かが引っ張り込んだ、この時の須賀京太郎と謎の存在について書いていく。

それは大樹の根っこを須賀京太郎が駆けおり始めて二十秒ほどのところで起きていた。

須賀京太郎が姉帯豊音に気を使いながら巨大な根っこを駆け下りていると、輝くエネルギーの渦に変化が起きた。

今までは複雑ながらも規則的な流れを保っていたエネルギーの流れだったのが、乱れたのだ。これは霊的な感知能力は必要なく理解できる変化である。

川の流れが急にねじ曲がったような違和感なのだ。見逃す者はいない。しかし須賀京太郎とロキは対応しなかった。

白骨の大地が生み出しているエネルギーと真正面からやり合うのなら小細工は無意味だからだ。

そもそも須賀京太郎とロキは有益な道具を一つも持っていない。なにか動きがあるのならばその都度、後手後手で対応するしかなかった。

しかし何かが起きるのは間違いない。身構えるくらいのことはやっていた。そうして

「何が来る?」

と身構えていると須賀京太郎たちの足場になっていた根っこが消滅した。巨大な樹の根っこがなくなったのではない。

広範囲にわたって転送に使う門が開いたのだ。足元に門が開いたと理解して須賀京太郎は舌打ちをした。飲み込まれるのが確定したからだ。

須賀京太郎ひとりだけならば回避できた罠だったが姉帯豊音を連れている。無茶な回避はご法度だった。

須賀京太郎が思いきり動けば、かついでいる姉帯豊音が慣性の法則でひどいことになるのが見えていた。

 巨大な門にのまれて少し後須賀京太郎と姉帯豊音は妙な空気になっていた、この時の二人について書いていく。

それは足元に開いた転送の罠にかかって一秒後のことである。須賀京太郎はそれなりにきれいな石造の部屋に着地していた。それなりに広い部屋だった。

高さが四メートルと少し、縦横が十メートルと少しといったところである。天井にはシャンデリアがつるされている。しかし豪華なものではない。

しかも光源はろうそくだった。ろうそく以外に光はなく不気味だった。ろうそくの光が弱く、部屋全てを照らせないのだ。四隅が暗くて怖い。

またこの不気味さの上に、石造の部屋の床には大きな魔法陣が描かれていて最悪だった。

しかし部屋が清潔に保たれているのでぎりぎりアートの雰囲気であった。そして着地から少しして須賀京太郎は調査を始めようとした。脱出する必要があった。

しかしいったん中断することになった。というのが動き出そうとした時肩に担いでいた姉帯豊音がこう言ったのだ。

「須賀君、あの……ごめん、手あたってる」

肩に担いでいる姉帯豊音は恥ずかしそうな声を出していた。須賀京太郎ははっとした。そして視線を肩に向けた。何時の間にやら

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護が無くなっていた。須賀京太郎は慌てて姉帯豊音を肩からおろした。そして目を泳がせながらこういった。

「すみません」

すると姉帯豊音はこういった。

「いいよー、しょうがないよ。私背が高いから、当たっちゃうよね?」

少し顔を赤くしている姉帯豊音に須賀京太郎はただ謝るばかりだった。

 須賀京太郎と姉帯豊音が妙な空気を作った後ロキが探索を提案した、この時の須賀京太郎とロキの会話について書いていく。

それは須賀京太郎が謝り倒している時だった。マントになっているロキがこう言った。

「お嬢ちゃんの尻はもうええじゃろ。お嬢ちゃんが許すといってくれておるんじゃから、次から気を付ければええ。

 それよりも小僧、ここから早く脱出するべきじゃ。何がわしらを呼び寄せたのかはわからん。この石造の部屋を探索しヘルの気配をたどるべきじゃ。

 わしが感じたヘルの気配は間違いなくわしの娘のモノ……きっとわしらに協力してくれるじゃろう」

マントになっているロキが探索を提案すると須賀京太郎は姉帯豊音の手を握った。そしてロキに答えた。

「ここから脱出したいのは俺も同じだ。探索も同意するよ。

 しかしその前に何が目的で俺たちと一緒に来る?

 俺は姉帯さんを守るのが目的だが、お前はいったい何がしたい? 確かに俺は協力するとは言った。しかし具体的な内容はまだ知らない。教えてくれ」

するとマントになっているロキが口ごもった。赤く染まったマントがもごもごと震えている。不気味だった。そしてもごもごしてからロキが答えた。

「シギュンを助けたい。わしはシギュンを助けたいんじゃ。わしの妻。最終戦争の後わしと一緒に座についた、わしの家族を助けたい。

 じゃからな、わしが小僧に望むのは妻・シギュンの探索じゃ。シギュンを見つけ出し解放してやりたい。

それがわしの望みよ、若しも協力してくれるというのならば小僧のために働いてやろう。

魔法科学のスペシャリストであるわしが味方に付けば異界創造の領域を小僧に与えられる。

 わしがとりついたことで既に壁は突破しておる、あとは協力関係を確かにするだけ。そうすりゃあ、おそらくお互いの目的は達成できる」

マントになっているロキの話を聞いて須賀京太郎は少し黙った。考えていた。疑問があった。須賀京太郎はこういった。

「協力するのは構わない。しかしこの地獄にいるのか? 正直に話をするが地獄から脱出すれば姉帯さんの護衛はほぼ完了しているといっていい状況になる。

 今はここにいないが俺の先生はお前くらいなら楽々引きはがせる技量がある。おそらく俺に張り付いているロキを見ればすぐに引きはがすだろう。

いくら俺が止めても無駄だと思う。

 それでもいいのか? 一応は探すが、地獄にいないのならばおそらく手伝えないぞ?」

するとロキが少し黙った。そして考えてから答えた。

「正直な小僧じゃな。しかし少し嘘もある。今の小僧でもわしを引きはがすことはできるじゃろう? 無理をすればじゃけどな。

 正直な小僧にわしも正直に答えよう。シギュンは地獄にいる。そして小僧はシギュンを助けずにはいられなくなるじゃろう。

なぜならば、シギュンを助けなければ、お嬢ちゃんどころか帝都全体が、日本が、世界がぶっ壊れるからじゃ。

 詳しくきくか?」

須賀京太郎と手をつないでいる姉帯豊音が青ざめた。須賀京太郎の目の輝きが嘘ではないと教えてくれていた。

ロキと繋がっている須賀京太郎の目の輝きだから、信じられた。

 姉帯豊音が青ざめてすぐロキが語った、この時ロキが語った内容と須賀京太郎について書いていく。それは詳しい話を聞くかとロキが質問した直後である。

須賀京太郎が答えていた。

「教えてくれ」

するとマントになっているロキが語った。

「この地獄を創った者どもはシギュンを利用して新しい世界を創ろうとしておる。

もしかすると壊したいだけかもしれんが、おそらく新世界の創造が目的じゃろ。

 確たる証拠はない。しかし、ほぼ間違いないとわしは見ておる。

 理由は大きく分けて二つじゃ。

 一つ目は明らかに北欧神話を模して異界を創造しておるということ。これはこの地獄の中心に据えられておる巨大な樹を見ればわかることじゃろう。

あの巨大さ、どう見ても世界樹。そして我が娘ヘルの気配がこの地獄のような世界にある。まず間違いねぇ。

 破壊だけが目的かもしれんといったのは再生まで頭にない可能性があるからじゃが、それはどうでもええじゃろう。

再生までが目的じゃったとしても今までの世界はなくなるからのう。

 二つ目はシギュンをさらったということ。破壊にしても創造にしても膨大なマグネタイトが必要になる。

マグネタイトを集めるという仕事自体が難しいが、実のところ一番難しいのはコントロールじゃ。

北欧神話をモチーフにして儀式を行おうとしているのはシギュンが始まりじゃからじゃろう。

 『北欧神話をモチーフとするからシギュンを狙った』のではなく、

 『シギュンを見つけたから北欧神話に設定した』

という感じじゃ。多分、エネルギーを御せるのなら誰でもよかったんじゃろうな。

 膨大なエネルギーは荒れ狂う海に似る。望んだものを創りだそうとしてもこのエネルギーを支配できなければ何の意味もねぇ。

 シギュンには特殊な異界創造技術があるんじゃ。あらゆる一切の攻撃を防ぐ、鉄壁の守りを生み出す異界操作術よ。

この異界操作術があれば荒れ狂う海さえ御しきることができる。

 実際にこの地獄を見てエネルギーを体感しての結論じゃな。

 そうなりゃあよ、お嬢ちゃんを守りたい小僧はどうする? 地上に戻ればそれでおしまいか。違うじゃろう?」

ロキが語った内容はそれなりに衝撃的だった。話を聞いた姉帯豊音は気が遠くなった。荒唐無稽と笑いたかった。

しかし視界を埋め尽くしていた白骨の大地と地下を流れるエネルギーの渦を体感すると笑えなかった。一方で須賀京太郎は厳しい顔で黙っていた。

少し違和感があったからだ。この違和感とは妙な距離感である。しかしこの違和感を振り切って須賀京太郎はこういった。

「これだけのエネルギーがあれば帝都くらいならあっさり飲み込めるだろうな……そして帝都の住民たちをエネルギーに変えて、徐々に範囲を広げていく。

シギュンさんがこの地獄を創った奴らの要だというのなら、やるしかないな」

須賀京太郎に疲労の色が見えた。胸が重くなり頭が痛くなった。この真っ白な地獄も問題だが、帝都の状況がわからないことが不安にさせていた。

サイレンの被害もどこまで広がっているのかわからない。やることが山積みである。

 巨大な問題を抱えて須賀京太郎が青ざめているとき、石造の部屋に叫び声が響いた、この時の須賀京太郎たちの対応について書いていく。

それはありえないほどの重圧を須賀京太郎が感じている時のことである。石造の部屋の全体が大きく揺れた。地震ではない。

石造の部屋の空間が叫んでいた。しかし不思議な現象だった。なぜなら須賀京太郎たち以外に石造りの部屋に何ものも存在していない。

姿を消して潜んでいる悪魔というのも須賀京太郎の感知能力は否定している。特に信頼できる

「まっしゅろしゅろすけ」

の自動防御も動いていない。魔法科学のスペシャリストだというロキも全く反応がないので、これは不思議であった。

ただ、空間を震わせる叫びを聞いた須賀京太郎たちはまったく安心できなくなった。

不意打ち気味に響いてきた叫び声は体の芯を震わせる恐ろしい断末魔の叫びにしか聞こえなかったのだ。

そしてこの響きに気付くや否や、須賀京太郎は姉帯豊音を抱き寄せた。少し遅れて須賀京太郎と姉帯豊音を

「まっしゅろしゅろすけ」

が包み込んだ。これは姉帯豊音の意思からの発現だった。須賀京太郎と姉帯豊音が

「まっしゅろしゅろすけ」

によって包まれるとマントになっているロキが冷静に分析を始めた。こう言っていた。

「この断末魔に悪意は含まれておらん……この断末魔は……どういう事じゃ? 喜び? 

 それに奇妙じゃな……断末魔は二つなのに一つじゃ、どうなっておる?

 こいつっ!? 瀕死の分際でわしの探知網に気付きよった! 来るぞ小僧!構えろ!」

マントになっているロキは焦って叫んでいた。須賀京太郎の背中のマントが大きくなびいていた。

 マントになっているロキが叫んだ直後に石造りの部屋に奇妙な竜が姿を現した、この時の須賀京太郎たちの対応について書いていく。

それはマントになっているロキが危険を知らせ須賀京太郎の目の色が赤く変わった時である。石造の部屋に奇妙な竜が落ちてきた。

優雅なものではなく、落下。落下である。石造の部屋に落ちた時ベチャっと嫌な音がしていた。着地は決められなかった。

それもそのはずで竜は死に掛けだった。この竜の見たは見たまま竜である。ドラゴンではなく、蛇に足がついているような存在である。

しかも大きくない。大型犬ほどの大きさだった。この犬くらいの大きさの竜はどこからどう見ても死に掛けだった。

全身のマグネタイトの構成が緩く、風が吹くだけで散る幻に近かった。

この死に掛けの小さな竜をみて須賀京太郎の眉間のしわが消え、姉帯豊音の握り拳が緩くなった。警戒心があっという間に静まっていた。

しかし須賀京太郎も姉帯豊音も最後の一線を越えなかった。つまり

「まっしゅろしゅろすけ」

を完全に解くこともなければ、輝く目が光を失うこともなかった。弱弱しいふりをしているだけかもしれないのだ。

また、本当に死に掛けだったとして、この悪魔を餌にして須賀京太郎たちを狙う何かが居るかもしれない。油断は禁物だった。

 須賀京太郎と姉帯豊音が事の成り行きを見守っていると四体の悪魔が姿を現した、この時現れた悪魔と須賀京太郎について書いていく。

それは死に掛けの竜が姿を現して十秒後のことである。石造の部屋の魔法陣が動き出した。空中の霊気を吸い取って何かを呼び出そうとしていた。

魔法陣の発動を察してロキがうろたえた。そしてこんなことを言っていた。

「これはどっちじゃ? この竜は味方なのか、それとも敵? 魔法陣から現れようとする者は何をするために呼び出される?」

マントになっているロキがうろたえている間に、須賀京太郎は姉帯豊音にお願いをした。小さな声でこう言った。

「すみません、姉帯さん。一緒に死に掛けのトカゲに近付いてもらえますか?
 
 判断がつかない以上、殺させるわけにはいきません」

すると姉帯豊音が肯いた。少し怖がっていたが了解していた。そして須賀京太郎と姉帯豊音は死に掛けの竜に近寄り

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護で守った。しかし一メートルほど距離があった。完全に信用したわけではなかった。そうして守られた竜は視線を二人に向けた。

蛇の目が希望を取り戻していた。姉帯豊音は蛇の目をじっと見ていたが、須賀京太郎は魔法陣からくるものを待ち構えていた。

そしていよいよ魔法陣が効果を発揮した。光がほとばしった。光はすぐに消えた。光が消えると四体の悪魔の姿があった。四天王と呼ばれる悪魔だった。

中華風の甲冑を身に着けてそれぞれ得意の武器を持って構えていた。いかにも武人といったたたずまい。

邪鬼を踏みつぶす恐ろしい存在たちが、死に掛けの竜を睨みつけていた。この四体の悪魔を見てロキがこう言った。

「こんな雑魚に四天王を当てるじゃと? この竜はいったいなんじゃ?」

ロキが困惑していると、姉帯豊音が青ざめた。青ざめて震えだした。恐ろしい予感が襲ったのだ。しかし須賀京太郎は目を輝かせた。

オロチから与えられた龍の目が輝いて燃えていた。四天王が飛ばした殺意を感じ取っていた。須賀京太郎の心が決まった。

 四天王が姿を現して数十秒後石造の部屋で須賀京太郎が手首を振っていた、この時の損壊状況と須賀京太郎たちについて書いていく。

それは石造の部屋に四天王が現れてから一分半といったところである。綺麗だった石造りの部屋が廃墟に変わっていた。

綺麗だった天井も四方の壁も床もずたずたである。特に魔法陣が描かれていた床の損壊状況がひどい。

石造だった床はほとんどむき出しになって非常に歩きにくい状態になっていた。幸い床が抜けることはなかった。岩盤らしきものがあったのだ。

むき出しになった岩盤にひびが入るだけで済んでいた。そしてこの部屋で生きているのは須賀京太郎たちと死に掛けの竜だけになった。竜はまだ生きていた。


しかし手当はしなかった。竜の味方をしたわけではないのだ。判断を先送りにしただけである。はっきりと殺意を向けてきた四天王は

「わかりやすい、お前たちから処理していく」

という須賀京太郎の決心の前に敗れ去った。流石に戦闘用に調整された悪魔である。須賀京太郎も手こずった。バトルスーツが若干傷ついた。

しかし須賀京太郎自体はまったく無傷だった。恐ろしい四天王を始末した須賀京太郎は特に何の感動もなかった。

軽く手首を振り足首を揺らして体をほぐしている。そんな須賀京太郎を見て姉帯豊音が冷や汗をかいた。

また須賀京太郎に張り付いているロキもほんの少し見る目が変わっていた。姉帯豊音もロキもここまで圧倒的だと思っていなかったのだ。

 四天王が滅び去った後死に掛けのトカゲに須賀京太郎が話しかけていた、この時の須賀京太郎とトカゲについて書いていく。

それは戦闘用に調整された四体の悪魔をこともなげに須賀京太郎が始末したすぐ後のことである。

ボロボロになった石造の部屋で死に掛けている竜に須賀京太郎が近づいていった。死に掛けの竜には姉帯豊音の加護がかかったままである。

須賀京太郎が近づいて拳を撃ち込んだとしても消すことはできない。しかし須賀京太郎が近づいてくると死に掛けの竜は非常におびえた。

近付いてくる魔人が怖かった。万全の竜であっても手も足も出ない戦闘用の上級悪魔をあっさり倒した魔人だからだ。

魔人というだけでも不吉なのに修行を積んだ魔人はただ恐ろしいばかりであった。そうして死に掛けの竜に近付いた須賀京太郎はかがみこんだ。

小さな子供に話しかける時の様に目線を合わせるためである。そして見つめあうと須賀京太郎がこういった。

「お前はどっちだ? 今始末した奴らは俺に対して殺意をもっていた。だから敵だと判断した。

 お前には殺意がないな。しかし仲良くしたいという意思も見えない。あるのはただ恐怖だけだ。

 嫌々ここに来た感じがすごい……使い魔か? 

 目的はなんだ? 言いたいことがあるのなら早めに言っておいてくれ。回復魔法に期待しているのなら残念だが諦めてくれ。俺は使えない」

須賀京太郎の赤い目はまっすぐだった。嘘をついている様子はかけらもない。須賀京太郎に見つめられた死に掛けの竜は小さな鳴き声を発した。

人の言葉を放つこともできていなかった。マグネタイトが圧倒的に不足しているのだ。あと数分でマグネタイトを使い果たし消え失せるだろう。

 死に掛けている竜がいよいよ崩壊を始めた時須賀京太郎が応急処置を行った、この時の須賀京太郎と姉帯豊音の動きについて書いていく。

それはあと数十秒でマグネタイトの結合が解けるという時だった。須賀京太郎が姉帯豊音に視線をやった。ちらっと視線をやって、うなずいていた。

すると須賀京太郎の視線に気づいた姉帯豊音が軽くうなずいた。すると

「まっしゅろしゅろすけ」

が解けた。加護が消えるとすぐに須賀京太郎は右手を握りこんだ。殴るためではない。自分の手のひらに爪を立てて、血を流すためである。

少し装備品が傷ついたがしょうがないことと納得していた。そして血でにじむ右手を須賀京太郎は竜の上にかざした。

すると流れ出す血液が竜の体に降り注いだ。竜の体に降り注いだ数敵の血液は素晴らしい酒の芳香があった。

また強烈な浄化作用が起き、石造りの部屋の邪悪な空気がうせた。ただ、血液を与えられた竜は苦しんでいた。

マグネタイトを血液で補給するというのは良くある方法だったが、須賀京太郎の血液の特性が身を焼いていた。しかし命はつないだ。

結合が確かになり竜に生気が戻っていた。

 須賀京太郎が血液で救って三分後復活した竜が話しかけてきた、この時の須賀京太郎たちの反応と竜が語った内容について書いていく。

それは竜が落ち着いてからのことである。大型犬サイズの奇妙な竜が四足歩行で立ち上がった。立ち上がったはいいが、まだふらついていた。

そしてふらついている奇妙な竜が須賀京太郎と姉帯豊音に対して会釈をした。頭が二回、ぺこっとしていた。竜に会釈された二人は反射的に頭を下げていた。

特に理由はない。会釈されたら仕返すという動作を体が覚えていた。


そして須賀京太郎と姉帯豊音が会釈をすると奇妙な竜がこんなことを言った。

「私の名前はムシュフシュ。古い友人の願いを叶えるために参上した。

 しかしまずはお礼申し上げる。ありがとう。助かった。

 お二人のお名前をうかがってよろしいかな?」

見た目よりかなり理性的だった。すると須賀京太郎が姉帯豊音に視線を向けた。姉帯豊音はうなずいていた。須賀京太郎はそれを見てこう言った。

「俺は須賀京太郎。今までお前を守っていたのが姉帯さんだ。お礼なら姉帯さんに頼む」

するとムシュフシュと名乗った大型犬サイズの竜は姉帯豊音に深めに頭を下げた。それに姉帯豊音が一礼で答えた。

誠実に対応されると誠実に対応する性質だった。

そんなことをしているところで須賀京太郎はこういった。

「自己紹介が済んだところで本題に入っていいか?

 お前が俺たちをここに呼んだのか? もしもそうならこの石造の部屋から出る方法を教えてほしい。やることが山積みであまり時間を取りたくない」

するとムシュフシュが首をうねらせた。グネグネとしている。考え事をしていた。そしてよく考えてからムシュフシュが答えた。

「ここに呼び寄せたのは私ではない。おそらくお二人を呼んだのは私の友人だ。

 ここから出たいというのなら私の友人と面会するのが一番の早道だろう。実のところ私も呼び出されたばかりで状況を完璧に把握できていない。

 わかっていることは私の友人が囚われているということ、そしてあなたたちを呼び寄せてほしいと私に願ったことだけなのだ。

 お互いにわからないことばかりのこの状況だが、いったん協力しないか? 私は友人のもとへ向かう道を開ける。あなたたちは私についてくる。

うまくいけば問題が解決するかもしれない」

するとマントになっているロキがこう言った。

「罠かもしれんけどな……しかしムシュフシュか、えらい古いところが出てきおったな」

ロキの呟きにムシュフシュが反応した。マントになっているロキに気付いて驚いていた。そしてこういっていた。

「おや、珍しい……智慧の完成者か」

須賀京太郎と姉帯豊音は何を言っているのかさっぱりわからなかった。しかし気にしないことにした。

石造りの部屋から出る方法と、須賀京太郎たちを呼び寄せたものの思惑を優先した。

 大型犬サイズの竜・ムシュフシュとの出会いから三分後須賀京太郎たちが提案を受けた、この時の須賀京太郎たちの考えについて書いていく。

それは、ムシュフシュの提案に須賀京太郎たちが軽く頭を悩ませた後のことである。悩んだ結果、ムシュフシュの提案を受けた。

須賀京太郎も姉帯豊音もロキも提案をのむ以外に道がないと理解していた。というのが場所が問題だった。須賀京太郎たちがいる石造りの部屋だが

「どこにあるのか」

さっぱりわからない。おそらく白骨の大地のどこかだとはわかっていたが、それ以外にはわからなかった。

白骨の大地のどこかと推測できたのは、ムシュフシュの友人が弱体化している可能性が高いからだ。

力が残っているのならばムシュフシュは死に掛けた状態で呼ばれなかったはず。そもそも断末魔を上げることもない。

カツカツの状態だと考えると地獄のどこかと考えるのが自然だった。

そうだったとすれば下手に行動して迷うよりも呼び寄せたものに元の場所へ戻してもらうのが安全と判断した。無茶なことをするのは最後でよかった。

須賀京太郎たちが提案をのむとムシュフシュは速やかに門を開いた。ムシュフシュが呼び出した門はレンガでくみ上げられていた。

二メートルほどの高さしかなく、玄関の風格しかなかった。ただ、須賀京太郎たちは何も言わなかった。大型犬サイズのムシュフシュである。

良く似合っていた。そして開かれた門を須賀京太郎たちは通り抜けた。この時ごく自然に須賀京太郎と姉帯豊音は手をつないでいた。また

「まっしゅろしゅろすけ」

が二人を包んでいた。こうすれば安全であるし安心だった。少しの恥ずかしさも二人にはなかった。

 ムシュフシュの門を潜り抜けた直後姉帯豊音が鼻を押さえた、この時の状況と須賀京太郎たちが感じたものについて書いていく。

それは、ムシュフシュの後を追って門を潜った直後だった。暗黒が須賀京太郎たちを出迎えた。門の向こう側が真っ暗だったのだ。

絵の具をぶちまけたかのような真っ暗加減。不自然なほど光がない。頼りになるのはマントになっているロキが放つ火花だけだった。

しかしその光も頼れるものではない。そんな真っ暗な空間に須賀京太郎たちは足を踏み入れたのだが、足場はあった。

足の裏から感じられる反発力から同じく石造りの部屋だと須賀京太郎は見抜いていた。そしてすぐに須賀京太郎は分析を始めた、しかしうまくいかなかった。

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護が強すぎるのだ。そうしていると、姉帯豊音が鼻を押さえ、須賀京太郎の手を強めに握った。何事かと姉帯豊音の方を須賀京太郎が見た。

すると姉帯豊音が泣きそうな顔で須賀京太郎を見つめていた。須賀京太郎と目が合うと首を横に振って吐き気を抑えるような動作をして見せた。

姉帯豊音は

「まっしゅろしゅろすけ」

から感じ取れる部屋の状況から、惨状を予想したのだ。この姉帯豊音のジェスチャーを見て須賀京太郎は小さな声でこう言った。

「ムシュフシュ、お前の友人だが……」

すると須賀京太郎たちから一メートルほど前にいたムシュフシュが悲しげな声でこう言った。

「どうやら……死んでいるようだ。しかも死んでから随分と時間がたっている。

 しかし不思議だ。時間の経過があるはずなのに、この腐臭。白骨化していてもおかしくないほど残留思念が薄れているのに……」

哀しげなムシュフシュの声をきいて姉帯豊音が顔を伏せた。ムシュフシュの悲しみに同調していた。しかしこの時須賀京太郎とロキは疑問を持った。

その疑問とは

「ならばなぜ自分たちはここにいるのか?」

である。須賀京太郎たちとムシュフシュを呼び出した存在がどこかにいるはずなのだ。まったく理屈に合わなかった。

そうしていると不自然な真っ暗闇が唸りだした。石造りの部屋で聞こえた断末魔と同じ声だった。これを聞いてムシュフシュが叫んだ。

「生きているのか! マルドゥーク!」

友人の名前を呼ぶムシュフシュだったが、答えたのはまったく別の存在だった。ムシュフシュの叫びの後、部屋の暗黒に緑色の光が複数出現した。

川辺の蛍の群れのように美しかった。しかしすぐに気持ち悪くなった。緑色の光を中心に闇が集まり粘菌のように蠢きだた。

集まった闇は、形を変えていった。造る形は人体骨格だった。頭蓋骨から始まって背骨が出てきて骨盤が生えて足首まで創り上げて完成である。

うっすらとマグネタイトの光を放つ骸骨は呪いの類、悪魔ですらなかった。

 大量の黒い骸骨が生まれた直後須賀京太郎にロキが話しかけていた、この時の須賀京太郎とロキについて書いていく。

それは緑色の光を放つ黒い骸骨たちが部屋を明るくした時のことである。

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護の中にいる須賀京太郎はつないだ手を離そうとしていた。この時、生まれてくる黒い骸骨たちをゴミを見るような目で見つめていた。

悪意があるわけではない。骸骨たちの群れが滑稽で痛ましかった。加えて骸骨たちが発する無念の感情が、須賀京太郎をいらだたせた。

ただ、どこからどう見ても悪意しかない相手であるから、やることは簡単に決まった。真っ黒な骸骨たちを部屋ごと抹殺すると決めた。

つないだ手を離すのは目の前の骸骨たちを滅ぼすためである。

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護から出なければ殴り殺せないのだから、しょうがないことだった。ただ、須賀京太郎が手を離しても姉帯豊音が手を離してくれなかった。また

「まっしゅろしゅろすけ」

も加護を消してくれなかった。加護に阻まれた須賀京太郎が姉帯豊音に視線を向けた。外してくれと目で訴えた。しかし姉帯豊音はうなずかなかった。

姉帯豊音の目は

「戦うべき相手ではない」

と言っていた。慈愛で包むべき相手だと。言いたいことはわかる。無念に共感しているのもわかる。

しかし須賀京太郎はうなずけなかった。壊すしか能がない男だと自覚しているからだ。そうしているとロキが語りかけてきた。

「小僧…これは我が娘ヘルの力じゃ……しかし暴走しておる。

 ムシュフシュの友人の呪いが原因じゃろう、無念を残して死んだ亡霊たちとかみ合って、呪いが具現しておる。

 小僧、わしの願いを聞いてもらえんか?」

マントになっているロキに問われた須賀京太郎はこのように答えた。

「内容による。俺にできることは敵をブッ飛ばすだけだ。それ以外は全く役に立たないから期待するなよ」

するとマントになっているロキがこう言った。

「血を流してくれ。小僧の血液の浄化作用でもって呪いを消し飛ばせるはずじゃ。ムシュフシュを助けた時のように。

 もちろん、わしも協力する! わしが空気中の霊気を集め、小僧に送ろう! そうすればいくらかましになるはずじゃ!

 頼む、娘の世界を汚したくない」

お願いをするときマントになっているロキは早口だった。慌てていた。合理的ではないとわかっていた。優しく解決せずとも、破壊すれば終わるのだ。

あえて血を流して浄化する意味が分からない。報酬もないのだ。当然納得しないとロキは考えた。だが、須賀京太郎は即答していた。

「よしやろう。それだけでいいならさっさとやるぞ。俺の血液が通用しなかったら、その時は覚悟しておけよ、全部壊すからな。

 姉帯さん『まっしゅろしゅろすけ』を外してください。ムシュフシュ、お前は下がってろ。病み上がりだろ」

嘘はない。須賀京太郎の顔を見ていれば間違いないと理解できる。それはもう、姉帯豊音が見惚れるほどさわやかな横顔だった。

合理的な解決方法ではない。須賀京太郎もわかっている。しかし、妙に気持ちの良い解決方法だった。拳をふるうよりも手間がかかるが、それでも良かった。

須賀京太郎自身、なぜうなずいたのかさっぱり分からない。わからないが、自分の衝動に従った。


 ロキのお願いの直後暗黒の部屋を須賀京太郎が浄化し始めた、この時の部屋の状況と須賀京太郎について書いていく。

それは姉帯豊音を守る湯気のような加護

「まっしゅろしゅろすけ」

が須賀京太郎を解き放った後のこと。加護から解き放たれた須賀京太郎は右手をぐっと握りこんだ。特に何の迷いも見えなかった。

それどころかむしろ爽やかで、血を流すのを良しとしていた。傷ついた右手からは血液がにじみ、滴り落ちていった。

血液が一滴落ちていくたびに、暗黒は退いた。真っ暗闇だった部屋は、須賀京太郎たちを中心にして白くなっていった。真っ暗なのは変わらないのだ。

しかし不自然な黒さは消えて、光のない白さに変わった。骸骨たちは浄化作用に巻き込まれてあっさりと消えてしまった。

現れるときにはうめき声をあげていた骸骨たちだったが、消えるときは静かだった。そして浄化を初めて数分後、闇は退き浄化が完了した。

床が少し血液で汚れているだけである。しかし、浄化が完了しても須賀京太郎は眉間にしわを寄せたままだった。腐臭が強くなったのだ。喜べなかった。

 部屋を完全に浄化した時須賀京太郎は握り拳をほどいた、この時に須賀京太郎たちが見たものと彼らの行動について書いていく。

それは呪いを完璧に浄化した時であった。光さえ飲み込む暗黒の部屋はただの薄暗い石造りの部屋に戻った。

ろうそくの光もないのに部屋の状況を確認できるのは、空気中の霊気をロキが集めているからである。

空気中にあって大した力を持たない霊気だが集めていくと青白い光を放つのだ。

マントになっているロキが須賀京太郎の援護のために集めているので懐中電灯程度の光が腐臭漂う部屋を照らしていた。


そして闇が晴れた時ムシュフシュを呼び出した

「何ものか」

の姿を確認できた。それは石造りの部屋の中心にあった。それは死体にしか見えない二体の悪魔の残骸だった。

かなりの部分が白骨化して、かろうじて肉らしきものがついていた。そして奇妙だった。この悪魔の残骸には鎖が絡み付いていた。

一本の鎖が二体の悪魔を縛り上げて動けないようにしていた。この鎖だが今も残骸を縛り上げ続けていた。生きているヘビのようだった。

鎖自体が呪物なのだ。この光景を見て須賀京太郎の目が冷えた。眉間のしわがなくなり、無表情になった。

そしてじっと鎖で締め上げられている悪魔の死骸を見つめた。ひどい虚無感が襲い、心臓が高鳴っていた。

この間に姉帯豊音は息を飲み、ムシュフシュは直視不能になってた。死してなお苦しめられている悪魔を憐れんだ。

また、須賀京太郎に張り付いているロキは、苦しんでいた。須賀京太郎の激しい感情から生まれるエネルギーがロキの体を焼いたのだ。

激しい感情が浄化の力を高めロキを苦しめていた。あわててロキはエネルギーを発散し始めた。すると部屋の明かりが青白いモノから激しい赤に変わった。

夕焼けの色だった。

 部屋の状況を確認して少し間をおいて悪魔の死体に須賀京太郎が近づいていった、この時の須賀京太郎と残骸ついて書いていく。

それは今も辱められている残骸を発見してすぐのこと。須賀京太郎が小さく舌打ちをした。目の前の惨状に対して揺れた自分を恥じた。

「こういう事は良く起きること。弱いものが虐げられるのはしょうがないこと。いちいち気にしてもしょうがない」

退魔士になってから何度も自分に言い聞かせた須賀京太郎である。この状況で自分の心を支配出来ずに怒りを感じたのは恥ずかしいことだった。

そんな須賀京太郎の舌打ちはムシュフシュに届いていた。この時ほんの好奇心で須賀京太郎をムシュフシュが見た。すぐに後悔した。

須賀京太郎の輝く赤い目が爛々としていた。輝く赤い目に乗る感情は激しい怒り。見ているだけで心臓が止まりそうだった。

そんなムシュフシュに須賀京太郎はこんなことを言った。

「一思いに楽にしてやるべきだと思うが……それでいいか?」

ムシュフシュに対しての須賀京太郎の問いかけは礼儀である。友人だと聞いていたので、ムシュフシュにたずねていた。

話しかけられたムシュフシュは答えられなかった。須賀京太郎の目におびえていたからである。しかしどうにか頑張って持ち直し、こういった。

「もう、助けられないだろう……私が見たところ魂のほとんどが消滅している。回復魔法も蘇生魔法も役に立つまい。

 おそらく私をここに呼んだのは苦しみからの開放を望んでいるからだろう。貴方なら苦しませずに送ってやるやれるはずだ」

すると須賀京太郎はうなずいた。そして何も言わずに鎖で締め上げられている二体の死体に近付いていった。特に警戒する様子はない。

そうして須賀京太郎が近寄っていくと、二体の死体を締め上げている鎖が須賀京太郎に飛び掛かってきた。

死体をいじめるのをやめて、須賀京太郎に向かって猛然と突撃してきた。獲物を狙う蛇のようだった。突然の攻撃であったため

「まっしゅろしゅろすけ」

は動かなかった。姉帯豊音には早すぎたのだ。またムシュフシュも対応できなかった。病み上がりである。

しかし須賀京太郎は無視して死体に近寄っていった。当然だが鎖は須賀京太郎の肉体を締め上げていった。全身にまとわりつくさまは蛇そのものである。

ただ無駄だった。須賀京太郎が一歩踏み込み、少し体を震わせるだけで鎖は砕けて散った。死体をいじめるだけしか能がない鎖である。当然の結末だった。

 須賀京太郎が鎖を粉砕した後死んでいるはずの悪魔が話しかけてきた、この時の須賀京太郎と死体について書いていく。

それは二体の悪魔の残骸にあと三歩というところだった。須賀京太郎に悪魔の残骸の一つが話しかけてきた。それはぎりぎり肉が残っている死体である。

しかし残っている肉は腐っている。そんな死体がこういったのだ。


「交渉をお願いしたい……どうか我らの魂を対価にアダム・カドモンを頂きたい。

 交渉をお願いしたい……どうか……我らの願いを……」

すると須賀京太郎は立ち止った。ブツブツとつぶやいている死体を見下ろして須賀京太郎はこういった。

「骨が口をしゃべるのは珍しいことじゃない。しかしお前はもともと骨ではなかったはずだ。

 一体誰がお前たちをこんな目に合わせた?
 
 教えてくれよ。お前たちをこんな目に合わせた憎いやつが、俺の標的になるかもしれないんだ」

語りかけながら須賀京太郎は右手を差し出した。そして頭蓋骨の上に右手を持って行って、右手を握りしめた。

すると血液がにじみ出ししずくになって頭蓋骨に落ちた。滴り落ちた血液は死体の頭蓋骨に落ち、すぐに蒸発した。すると一瞬だけ死体に活力が戻った。

死体は頭蓋骨を震わせてこんなことを言った。

「わからない。わからないし、どうでもいい。

 我々が望むのはアダム・カドモンだけだ。アダム・カドモンさえあればいい。譲ってくれるのならば我ら二人は汝の下僕になると誓う。

好きなように扱うがいい。犬のように従順になって働こう。死後の安寧を捧げよう。

 しかしアダム・カドモンを頂きたい。どうか、お願いする」

一気にまくしたてていた。ただ、これが最後の輝きであった。須賀京太郎が何度も血液を垂らしてみたが反応しなくなった。何度も何度も

「交渉をお願いする」



「アダム・カドモン」

を繰り返すだけの壊れた残骸になった。

 死体が同じ文句を繰り返すようになるとムシュフシュが話しかけてきた、この時の須賀京太郎ムシュフシュそしてロキの会話について書いていく。

それは同じ文句を繰り返す残骸が出来上がったすこし後である。須賀京太郎は首を横に振った。ため息が自然と出ていた。胸が重たくなっていた。

まったく死体の言いたいことがわからないからだ。無念を酌んでやりたかった。ただ、

「アダム・カドモン」

という言葉には引っかかっていた。というのが須賀京太郎、この

「アダム・カドモン」

かも知れないものを持っている。それは須賀京太郎が使用している斜め掛けのカバンの中にある。今も背負ったままである。

マントになっているロキがいるので見えないが、今も一緒に行動していた。つまり十四代目葛葉ライドウが返してくれた

「変異したドリー・カドモン」

ではないかとあたりをつけた。しかし差し出すつもりは全くなかった。なぜならこれは遺品である。渡せるわけがなかった。

ただ、須賀京太郎の顔色から何かを察したムシュフシュが黙っていなかった。話しかけてきたのだ。

「少しわからないところがある。『アダム・カドモン』を求めるというのならば、注入する魂があるはずだ。

アダム・カドモンというのは器だから、そそぐものがあるはず。

 私はてっきり友人の魂を入れるために呼び寄せたと思ったが、違うだろう。

 なぜなら友人たちは滅びるさだめにある。アダム・カドモンに注入できないほど弱っている。

 しかしそれでも求めた……どういう事だ?」

ムシュフシュの独り言のような語りかけに、須賀京太郎が興味を持った。確かにムシュフシュの指摘する通りだった。

そして須賀京太郎の視線が再び二体の悪魔の残骸に向かった。だが、須賀京太郎の目には何も映らなかった。

そうしていると今まで黙っていた姉帯豊音が少し大きな声を出した。こんなことを言っていた。

「須賀君! 死体と死体の間! 小さな魂が隠れてる!」

姉帯豊音が指摘するが須賀京太郎はまったく分からなかった。須賀京太郎は非常に困った。


須賀京太郎の困惑を察しマントになっているロキがこんなことを言った。

「いやいや、わしにも見えんぞ? いったいどこにある? ムシュフシュお前は見えるか? 死体と死体の間じゃと」

するとムシュフシュはこういった。

「いいや。さっぱりわからない。小さな魂? どこにある?」

ムシュフシュもロキもかなり困っていた。本当にまったく何も見えなかった。しかし姉帯豊音には見えているらしく死体と死体の間を指差して

「そこにいる。今も生きている!」

と叫んだ。須賀京太郎たちは非常にあせった。姉帯豊音の真剣さから察するに真実だろうから余計に困った。何がどうなっているのかわからなかった。


 須賀京太郎たちが困っていると姉帯豊音が死体に向かって歩き出した、この時の須賀京太郎たちと姉帯豊音について書いていく。

それは小さな魂が隠れていると姉帯豊音が指摘した後である。須賀京太郎、ムシュフシュ、ロキは困り果てていた。

それもそのはずでいくら五感を鋭くしても感知の網を広げてみてもさっぱり何もわからない。

須賀京太郎はもちろんだが、ムシュフシュもロキも結構な使い手である。

須賀京太郎の五感は修業の積み重ねで音速の世界での行動を可能にし、ムシュフシュとロキは六感を手に入れるに至っている。

小さな魂の波動を感じ取れないというのはおかしなこと。しかしそれでも姉帯豊音は

「ある」

といって指摘し続ける。しかも明らかに見えているようで、理解できない須賀京太郎たちにやきもきしていた。須賀京太郎たちは非常に困った。

そうしていくら指摘しても動かない須賀京太郎たちにいよいよ苛立って、姉帯豊音は自分から小さな魂を迎えに行った。

この時の移動は驚くほど堂々とした移動だった。ムシュフシュの横を通り過ぎ須賀京太郎のそばまであっという間に歩いてきた。

姉帯豊音が平気で歩いてくるものだから、須賀京太郎たちは非常にあせった。

今この部屋にいて一番戦闘能力の低い姉帯豊音が壊れた残骸に近寄ってゆくのだ。よくない光景だった。ただ、姉帯豊音に迷いはなかった。

死体と死体の間にあるという小さな魂しか見ていなかった。

 残骸に姉帯豊音が近づいて来ると須賀京太郎が止めた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音そしてロキについて書いていく。

それは姉帯豊音が平気な顔で壊れた残骸に近寄ってきてからのことである。姉帯豊音を須賀京太郎が手で止めた。そして姉帯豊音の目を見てこう言った。

「近付かないでください。こいつらが何を考えているのかわからない状況で近寄るのはいいことじゃない」

すると姉帯豊音が須賀京太郎を押しのけようとした。姉帯豊音の細い腕は須賀京太郎に触れたが、少しも動かせなかった。

しかしそれでもあきらめずに姉帯豊音は動かそうとしていた。そしてこういっていた。

「邪魔しないで。須賀君たちには見えていないかもしれないけど、そこにあるの。

 『まっしゅろしゅろすけ』で包めばまだ生きられるかもしれない。

 私のマグネタイトを与えれば命をつなぐことだって……だからどいて、死んじゃう前に助けたいの!」

するとマントになっているロキがこう言った。

「やめておいた方がええと思うぞ嬢ちゃん。この残骸たちを見よ。魂というコアが九割以上損傷しているこの状態でなお耐えておる。

 もしもお嬢ちゃんの言うように小さな魂があるというのならばじゃ、その小さな魂とやらのためにこいつらはここで耐えておるということになるじゃろう。

 悪魔にここまでさせる魂というのは普通の魂ではなかろうよ。

 『大慈悲の加護』を持っておるだけのお嬢ちゃんにそんな魂を扱えるのかの? 思い出せよ、わしらの置かれておる状況を。

わしらは地獄に落とされ、ジリ貧なんじゃぞ? 何もかもがイレギュラーじゃのに、これ以上は背負えんじゃろう」


すると、須賀京太郎が一瞬目をそらした。姉帯豊音の目が須賀京太郎を射抜いたからだ。そして目をそらした時、須賀京太郎の胸が高鳴った。

護衛中に見た夢を思い出した。奇妙な老人と少女の夢である。須賀京太郎は一瞬しか目をそらさなかった。

しかし須賀京太郎の迷いを姉帯豊音は見逃さなかった。須賀京太郎の腕の下を通り抜けて、残骸と残骸の間に手を突っ込んだ。

「まっしゅろしゅろすけ」

は姉帯豊音を守ったままであった。

 姉帯豊音が残骸に手を突っ込んだ後須賀京太郎は重大な選択を迫られた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音そしてロキについて書いていく。

それは姉帯豊音に隙を突かれた後の話である。須賀京太郎は慌てて姉帯豊音に駆け寄った。そして姉帯豊音を残骸から引き離そうとした。

小さな魂などどうでもよく、姉帯豊音のことが心配だった。しかしそんなことをするよりも早く姉帯豊音は目的を達成していた。

腐臭漂う悪魔の残骸の間から何かを見つけて両手で包み込んでいた。この時奇妙なことが起きた。

今まで同じ文句を繰り返していた悪魔の残骸がぴたりと動きを止めたのだ。そして何とか形を保っていた二つの残骸が崩れた。

二体分の骨の山になって、腐臭を漂わせるだけになった。これを見て須賀京太郎たちは姉帯豊音の言い分が真実だったと理解した。

そして悪魔の残骸が本当の残骸に変わった後のことである。姉帯豊音が須賀京太郎にこんなことを言った。

「須賀君! どうしよう、この子私のマグネタイトを受け取ってくれない! 受け取るだけの力がないみたい!」

姉帯豊音は泣いていた。というのが彼女の両掌の上にある小さな魂は蛍の様に点滅しているだけでまったく生気がない。

そこら辺の浮遊霊の方がよっぽど生気があるだろう。これを見て須賀京太郎は眉間にしわを寄せた。そして感知できなかった理由を察した。

弱すぎるのだ。魂が弱りすぎていて魂と認識できない状態だった。須賀京太郎と同じ分析をロキも出していた。そしてこういった。

「こりゃあもう無理じゃろう。小僧の浄化に巻き込まれて消えんかったのが不思議なくらいじゃ。

 たとえアダム・カドモンに移したところで無事に生きられるかはわからん。そもそも何の魂なのかさえ分からん……小僧よ、どうする?

 もしかすると非常に危険な悪魔の残滓かもしれん。いや、ほぼ間違いなかろう。

残骸になってまでも悪魔が守りたいと思う魂、ここでつぶしておく方がええかもしれんぞ?」

すると姉帯豊音の両手が

「まっしゅろしゅろすけ」

で覆われた。まったく何も見えないほど強く加護が発動していた。姉帯豊音は無言だった。しかしじっと須賀京太郎のことを見つめた。

何が言いたいのかよくわかった。涙にぬれた姉帯豊音の目に見つめられた須賀京太郎は、睨み返していた。しかし悪意からではない。

目を背けそうになったから、睨むしかなくなった。そして須賀京太郎は下唇を噛んだ。ロキの提案に乗りたかった。

合理的で目的を達成するにふさわしい手段である。

しかし異様なほど胸が高鳴るのだ。心臓が

「助けてやれ!」

と叫んでいるようだった。そして須賀京太郎はいよいよ、決断を下した。須賀京太郎はこういった。

「わかりました……おそらくこれが『アダム・カドモン』でしょう。これに姉帯さんが保護した魂を入れましょう」

須賀京太郎の退魔士としての理論が不合理に負けた。しかし気分はよかった。そして須賀京太郎は

「変異したドリー・カドモン」

を姉帯豊音に差し出した。須賀京太郎が差し出したアダム・カドモンを見て姉帯豊音は喜んだ。涙で潤んだ目で須賀京太郎に微笑みをくれていた。

 須賀京太郎がアダム・カドモンを差し出した後姉帯豊音が動き出した、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それはアダム・カドモンを差し出した直後である。姉帯豊音を守っている加護

「まっしゅろしゅろすけ」

が須賀京太郎を包み込んだ。須賀京太郎と姉帯豊音を一緒に包み込んだ真っ白い加護は優しかった。この加護に包まれた時、誰かが褒めてくれているような気がした。


不思議なことだった。そうしていると須賀京太郎が差し出すアダム・カドモンに消えかけている魂を姉帯豊音がそっと注ぎ込んだ。

するとアダム・カドモンに蛍のような光が吸い込まれていった。魂が吸い込まれた後、アダム・カドモンが急激な変化を迎えた。

卵が急に力を帯び始め、卵の中の元型が急成長を始めた。この時アダム・カドモンを手の平の上においていた須賀京太郎は非常にあわてた。

それもそのはず、今まで熱のなかった物体に熱がこもり、鼓動を始めた。どう対応すればいいのかさっぱりわからなかった。

そうしていると姉帯豊音がアダム・カドモンに両手をかざした。すると姉帯豊音の身体からマグネタイトが抜けていった。何をしているのかすぐにわかった。

急成長するアダム・カドモンにエネルギーを与えているのだ。須賀京太郎は何もできないのでただ気合を入れてアダム・カドモンを支えていた。

地面を支えるように全力を出していた。しかししょうがないことである。須賀京太郎の手のひらの上で急成長する卵は新しい命である。

生まれてくる命があるのならば守りたい。遺品を憑代にして生まれてくるのならばより一層守りたかった。

そうして卵はバスケットボールほどの大きさになり、卵の中の元型が胎児の形になった。もうほとんど人の形であった。

そこからさらに十分間マグネタイトを注ぎ込んだ。そしてようやくアダム・カドモンの殻が割れた。

殻が割れた後、須賀京太郎の腕の中で赤ん坊が鳴いていた。女の子だった。へその緒がついていたが問題なかった。須賀京太郎が指先で切り裂いた。

 アダム・カドモンが孵化すると姉帯豊音がふらついた、この時の須賀京太郎たちと姉帯豊音について書いていく。

それは須賀京太郎の腕の中に新しい命が生まれた直後である。アダム・カドモンにマグネタイトを注ぎ込んでいた姉帯豊音が大きくふらついた。

このとき、姉帯豊音を守っている

「まっしゅろしゅろすけ」

がかなり薄くなっていた。須賀京太郎は慌てて姉帯豊音を支えに向かった。腕の中に赤子を抱いているので非常に難しかったが、どうにかなった。

赤子を片腕で支え空いた手で姉帯豊音を支えた。赤子を抱いた経験がない須賀京太郎である。一連の動きが非常にぎこちなかった。

須賀京太郎が姉帯豊音を支えるとマントになっているロキそしてムシュフシュがほっとしていた。それほどぎこちなく、下手くそな動作だった。

 姉帯豊音と赤子を須賀京太郎が支えている時ムシュフシュとロキが提案してきた、この時にムシュフシュとロキが語った提案とそれに対する二人の反応について書いていく。

それは須賀京太郎が所持していた

「変異したドリー・カドモン」

が赤子に変わってから数分後のことである。どうにか姉帯豊音が持ち直してきた。血色が悪くなっていたが徐々に良くなり、目に力が戻っている。

須賀京太郎の腕の中で泣いている赤子を見て

「抱かせて?」

と言える所を見ると大丈夫そうだった。須賀京太郎から赤子を受け取ると

「まっしゅろしゅろすけ」

を展開して赤子を包み込んで守った。赤子は真っ白な布に包まれているように見えた。そうすると赤子は泣き止んだ。

「まっしゅろしゅろすけ」

と姉帯豊音が良いらしかった。この状況になると須賀京太郎はどうでも良くなっていた。なるようになればいいと若干やけになっていた。

何がどうなっているのか理屈をつけるよりも、目の前の現実に立ち向かい続けることにした。そうしないと目の前が真っ暗になりそうだった。そうして

「なんでも来い」

の心境になっている須賀京太郎にムシュフシュがこんなことを言った。

「名前を付けないのか? 危険な魂かもしれないと心配しているのならば、今ここで新しい名前を付けて縛り付けてしまえばいい。

あれだけ損傷していた魂だ、人間が名付け親になり人間の子として育てれば、人間のように育つだろう。

 我が友人が何を思い二つに分かれ、何を思いこの魂を守ったのかは私もわからない。

しかし今がチャンスだ。誰もこの子の本当の名前を知らない今、真実の名前が祝福になり呪いになる」

するとマントになっているロキがこう言った。

「生まれてしもうたのなら、しょうがねぇわな。さすがにワシも鬼じゃぁねぇ。殺せとは言わん。

 小僧、さっさと父親として名前を付けちゃれよ。良い名前を付けるんじゃぞ。

わしらが立ち会い真実の名前じゃと認めるわけじゃからな、阿呆な名前をつけんなよ」

父親として名前を付けろと言われた須賀京太郎は唸った。顔を伏せて胃のあたりに手を当てていた。思った以上に精神的な圧力があった。

一方で赤子を抱いている姉帯豊音は随分真剣になっていた。

生まれてきたこの赤子にできるだけ良い名前を与えて幸せな人生を歩いてもらいたいと考えたからだ。

 須賀京太郎がプレッシャーを感じて胃を抑えているところで姉帯豊音が名前を付けた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは須賀京太郎が悩み初めてすぐのこと。悩んでいる須賀京太郎が名前を付けるよりも前に姉帯豊音がこんなことを言った。

「『未来』でどうかな……」

赤子を抱いている姉帯豊音の呟きは小さかった。しかし須賀京太郎たちに届いていた。姉帯豊音がつぶやいて少し間を開けて須賀京太郎は肯いていた。

プレッシャーから解放されて、まじめな顔になっていた。ストレートに良い名前だったので、文句が一切なかった。

また、ムシュフシュとロキは名前の意味を考えて問題ないと判断し同じくうなずいていた。

満場一致で名前が決まっていたが、須賀京太郎たちが無言で肯くので姉帯豊音は困っていた。姉帯豊音の腕に抱かれている赤子はいつの間にか眠っていた。

そんな赤子を覗き込んで須賀京太郎はこういった。

「それじゃあこれからお前は『未来』だ。必ずこの地獄から連れ出してやる。必ずな」

話しかけていたが非常に小さな声だった。赤子・未来に話しかける須賀京太郎はやわらかい表情になっていた。

 赤子に名前が決まった直後滅びた悪魔たちが形を変えた、この時に生まれてきた武具について書いていく。

それは姉帯豊音が繰り返し赤子の名前を呼んでいる時だった。完全に滅び去ったはずの悪魔の残骸が動き出した。

カタカタと骨と骨がぶつかり合い、かちゃかちゃと石畳を叩いた。残骸たちが動き出すと須賀京太郎が一番に反応した。

何のためらいもなく姉帯豊音と赤子を背中に隠した。そうして須賀京太郎が戦闘態勢に入ると、二体分の悪魔の残骸が融けていった。

白骨が解けて肉片が解けて、一つになっていった。融けていった残骸は徐々に武具の形になった。この変化を須賀京太郎たちは黙って見守った。

礼であると察していたからだ。そして数分をかけて籠手が二つ生み出された。それは実に奇妙な籠手だった。まずデザインが奇抜だった。

不思議なレリーフが刻み込まれているのだが、ただのレリーフではない。右の籠手と左の籠手を合わせてると一枚の絵になるレリーフである。

このレリーフがまたおかしなデザインだった。というのが四つの目と四つの耳を持つ奇妙な神のデザインなのだ。

美しいというよりは禍々しい感じが強かった。また、悪魔の白骨を使って作ったものだからなのか、生々しい白さがあった。

そんな籠手が出来上がるとマントになっているロキがこう言った。

「小僧。これはお前のものじゃ。ありがたく使わせてもらえ。

 ムシュフシュの言うところが本当ならばあの残骸はマルドゥーク。たとえ滅び去った残骸であったとしても、その力は本物じゃろう。

これからのことを考えればありがたい限り……」

すると神妙な面持ちで石造の部屋の中心に須賀京太郎が向かっていった。そして部屋の中心に到着すると、正座をして一礼してから二つの籠手を受け取った。

そして受け取ると、須賀京太郎は籠手を身に着けた。悪魔の白骨で創られた籠手をバトルスーツに押し合わせると、水と水が溶けあうように一つになった。

 須賀京太郎が武具を身に着けたその時不思議な幻を見た、この時に見た幻影と須賀京太郎について書いていく。

それは須賀京太郎が奇妙な籠手を手に入れた直後である。薄暗い石造りの部屋に赤いスーツを着た老紳士と黒いスーツを着た老紳士が現れた。

この時須賀京太郎は幻だと気付かなかった。あまりに現実味がありすぎた。そのため須賀京太郎はあわてて立ち上がり構えを取った。

そして有無を言わさず拳を幻たちに叩き込んだ。ただ、全く無意味だった。幻だったからだ。しかし須賀京太郎自身は幻ではない。

拳をふるえば空気が割れ、部屋が揺れた。


また背負うものが増えた須賀京太郎の拳は威力を高め、空気を伝って部屋の壁をぶち抜いた。そうしてようやく、幻を見ていると気付いた。

影がなかったのだ。

この時、赤いスーツの老紳士がこう言った。

「存分に我らの力を使ってくれ。

 幸運なことだ。我々の願いは君たちの下で叶えられる」

これに黒いスーツの老紳士が続けた。

「運命とは奇怪なもの。まさか新人類を生む母となる彼女が魔人によって守られるとは……寂しくはある。しかし子はいつか巣立つのが自然の摂理。

 『アリスの魂』が新しい旅を始められると思えば、これまでの苦難は報われる」

そして赤いスーツの老紳士と黒いスーツの老紳士は一礼して、消えていった。

赤いスーツの老紳士と黒いスーツの老紳士の幻が消えた時、須賀京太郎の目から涙がこぼれていた。須賀京太郎は悲しくもなんともない。

しかし両手を守る籠手から感情が流れ込んでくる。この感情が須賀京太郎の胸に響いて涙になってあふれていた。


 赤いスーツの老紳士と黒いスーツの老紳士の幻に須賀京太郎が錯乱した後マントになったロキが道を見つけていた、この時の姉帯豊音とムシュフシュ、そしてロキについて書いていく。

それは石造りの部屋の壁に向かって突然須賀京太郎が拳を振りぬいた後。薄暗い石造りの部屋にいる姉帯豊音たちは非常に困っていた。

それもそのはず、一体何に対して須賀京太郎が攻撃したのかわからなかった。

これは須賀京太郎からエネルギーを受け取っているロキも何が起きているのかわからなかった。しかし状況は変わっていた。

というのが須賀京太郎が全力で拳をふるったことで石造りの部屋の壁は崩れ、その向こう側の硬い岩盤も砕けたのだ。そうして道が切り開かれた。

須賀京太郎が崩した壁の向こう側には膨大なマグネタイトの流れと巨大な樹の根っこが四方八方に広がる景色が見えた。

駆け下りていた地獄の光景と同じものだった。この光景を感知してロキがこう言った。

「力技で異界をぶっ潰したんか!? 無茶苦茶しよるな!」

するとムシュフシュがこう言った。

「いやぁ、単純な腕力で異界に穴をあけるとか……魔人は基本的に強いとは聞いていたが、ここまで来ると悪夢だな」

悪魔たちにひどい評価を須賀京太郎がもらっていると姉帯豊音が赤子を抱いたまま近づいてきた。壁が壊れたのならば、移動すると理解していた。

自分から近づいていったのは須賀京太郎がいつになっても近寄ってこないからである。そうして須賀京太郎に近付いた姉帯豊音は目を見開いた。

須賀京太郎の両目がオロチとそっくりな赤い目に変わっていた。戦闘終了から一秒ほどあれば人間の目に戻っていたのだ。今は完全に赤で動かない。

しかし取り乱さなかった。両手の籠手のせいだろうと察した。また、涙にも気づいていたが見て見ぬふりをした。そうするものだとわかっていた。


 壁を破壊した直後須賀京太郎に話しかけてくる者がいた、この時に行われた会話について書いていく。

それは須賀京太郎に姉帯豊音が近寄ってきた数秒後のことである。何処からともなく表れた幽霊に

「なぜ泣いているのですか?」

と問われた。問いかけられた須賀京太郎は大慌てで頬をぬぐった。色々と油断しすぎていた。

そうして須賀京太郎が問いかけを無視していると、何処からともなく表れた幽霊が壁の穴を通って須賀京太郎たちの前に進んできた。

半透明な幽霊は男なのか女なのかさっぱりわからなかった。ぎりぎり人間の形をしているだけで、それだけだ。

そうして現れた幽霊は須賀京太郎にこういった。

「申し訳ありません。こちらにロキ様がいらっしゃるとお聞きしたのですが……どなたでしょうか?

 いけ好かない老人と聞いているのですが……貴方ではないですよね、青年って感じですし。そっちの貴女はどう見ても女性です。

赤ちゃんは論外、そっちの犬っぽいドラゴンさんは違いますよね?

 あの、私の主人ヘルが助けを求めているのです。助けてもらえませんか? ロキ様に頼めばきっと助けてくれると私を派遣したのです。

どうかお姿をお見せください」


丁寧なのか失礼なのかわからない幽霊だった。ただ、味方らしかった。

 若干失礼な呼び出しの後須賀京太郎に張り付いているロキが答えた、この時の半透明な幽霊とロキの会話について書いていく。

それは半透明な幽霊が失礼な呼び出しを行って十秒ほどしたところだった。須賀京太郎の背中に張り付いていたマントが翻った。

風もないのに、元気だった。そして翻りつつマントになっているロキがこう言った。

「わしがロキじゃ。今はこの小僧に張り付いておるが、おそらく『わしが知るヘル』の父親じゃ。

 一応確認させてもらうが、おぬしが仕えておるヘルというのは身長がそこそこ高く、無表情で少女趣味な上に年齢を考えない女のことかな?」

すると半透明な霊体が答えた。

「その通りです。

 娘さんと同じで結構な趣味をお持ちなのですね、マントになるなんて」

霊体が答えた後、ロキが震えた。喜びと怒りがわいていた。しかし押さえた。大人だった。ロキはこう言った。

「間違いない。わしの娘じゃ。小僧、落ち着いたのならばヘルの救出へ向かおうぞ。

 我が娘を助け出せば『ナグルファル』を利用できるはずじゃ。そうすればこの地獄からの脱出も容易いはず」

マントになっているロキが希望を語ると姉帯豊音の目が輝いた。腕に抱く赤子・未来の重さが力を与えてくれていた。未来を守れると思うと奮い立てた。

「まっしゅろしゅろすけ」

も同意して強度を増していた。

 ナグルファルを利用するという計画をロキが語った直後須賀京太郎がおかしなことを言った、この時の須賀京太郎とロキについて書いていく。

それは脱出の足掛かりをロキが語った直後である。ほとんど間をおかずに、須賀京太郎が鼻声でこう言った。

「無事でよかったなと言っておくよ」

優しい言葉だった。娘との再会が喜ばしい。須賀京太郎も祝福していた。ただ、次にこういった。

「で、信用してもいいのか?

 なんていうのかな……今の俺は高揚している。今の俺の心理状況からするとちょっとしたことで爆発しそうなんだ。

自分でも可笑しいと思うくらいにコントロールできていない。

 おそらくこの籠手のせいだろう。材料になった悪魔たちの感情が俺の心を震わせている。

不思議な気持ちだが、悪い気はしない……ただ、だからこそ問題なんだ。

 『冷静でなければならないと叫ぶ俺』と『喜んでいいという俺』がいるんだ。

 大丈夫、狂ったりしていない。理屈はしっかり理解できている。

 だが、それを踏まえて答えてほしい。

 もしも、この誘いが罠の類ならば俺は嬉々として暴れる。喜びも悲しみも増幅されているが、怒りも激しく増幅されているんだ。

 ムシュフシュを助けた時のような温情は見せられそうにない。喜んで籠手の力を試すだろう。

 ロキはどっちだと思う? もしも罠だと思うなら俺を止めたほうがいい」

鼻声の須賀京太郎の話を聞いてロキが一瞬固まった。須賀京太郎から流れてくるエネルギーに真剣さが含まれていたからだ。

また物騒な話をした須賀京太郎自身も不安げだった。コントロールできない自分がいるという事実自体が怖かった。

「いっそ狂人のように振舞えたのならば」

と考えるほど怖かった。しかし須賀京太郎にはできなかった。狂人としてふるまうことが、どうしても許せなかったからだ。

須賀京太郎自身はさっぱり説明できないが、狂人のごとく振舞う自分を思い描いて、汚らわしいと思ったのである。

 須賀京太郎が自分の状況を説明した後半透明な幽霊が問題ないと答えた、この時の須賀京太郎たちの反応と半透明な幽霊が語った内容について書いていく。

それは須賀京太郎が感情を持て余していると正直に告白した後のことである。須賀京太郎の前に浮いている半透明な幽霊が少しおびえながら手を挙げた。

かろうじて人の形を保っている幽霊であるが、許可を求めた挙手であるのは間違いなかった。須賀京太郎はそれを見てうなずいていた。

「発言どうぞ」

のうなずきである。須賀京太郎がうなずいた後半透明な幽霊がこのように語った。

「あの……おそらくヘル様は何の策略も練っておりません。

 今のヘル様にあるのは一畳分の領地と魂の波長が合う部下一人だけです。つまり私のことですね。それ以外には何も持っていないのです。

 貴方が私たちのことを疑っているのはわかります。しかし私たちにはそもそも罠を仕掛けるだけの余力がありません。

 私がここに顔を出せたのもヘル様の封印が一つ解けたからです。もしもここの封印が解けなければ、私を派遣することさえ不可能だったでしょう。

 信じてもらえませんか?」

半透明な幽霊の話を聞き終わると須賀京太郎は黙った。目をつぶってじっくり考えた。考えている間須賀京太郎の両手が震えていた。

須賀京太郎のまとう雰囲気からして邪悪なことを考えているのがわかる。しかし抑え込んだ。そして深呼吸を三回行ってから答えた。

「わかった。行こう。

 たとえ道中で何かが邪魔をしたとしても、何かしらのトラップがあったとしてもそれらは一切ヘルからの攻撃ではないと俺は判断する。

 そういう事だと納得することに決めた」

半透明な幽霊に自分の考えを伝える須賀京太郎はずいぶん興奮していた。口調が冷静なだけに非常に恐ろしかった。

須賀京太郎が何とか理性的な答えを出すと姉帯豊音たちはほっとした。思った以上に須賀京太郎の動きに冷静さが欠けているからだ。

特に姉帯豊音はわかりやすい。インターハイが始まってずっと一緒にいる姉帯豊音である。感情を高ぶらせている須賀京太郎が別人に見えて不安だった。

 須賀京太郎が何とか自分を抑え込んだ後ムシュフシュが助言をくれた、この時のムシュフシュの助言と須賀京太郎の反応について書いていく。

それは半透明な幽霊に対して須賀京太郎がどうにか冷静に対応して見せた後のことである。ムシュフシュが須賀京太郎に助言をした。こういったのだ。

「心を落ち着かせたいのならば一度感情を解放したほうがいい。魔人殿は自制心が非常に高い様子。

下手に抑え込んで爆発するよりは適度に発散することでコントロールするほうがいいだろう。

 おそらく魔人殿の心を高ぶらせているのは未来ちゃんを救えたという悪魔たちの喜びなのだ。

 その喜びを一度言葉にして発散すれば落ち着くのではないかと推測するわけだが、どうか?」

爬虫類が助言をすると須賀京太郎はぴたりと動きを止めた。今まで落ち着かない様子だった須賀京太郎が嘘のように冷静になっていた。

須賀京太郎が急に落ち着いたのでムシュフシュ以外の者たちがあわてた。不吉な行動の前触れに思えた。

しかし、これもまた感情が増幅されているからなのだ。熱くなりやすくなっているが、冷える速度も速かった。もともと自制心は高いのだ。

そしてムシュフシュの提案を採用した。須賀京太郎はバランスをとりたかった。

 ムシュフシュの助言を受けてすぐ須賀京太郎が胸の内を告白した、この時に行われた告白と告白を聞いた者たちについて書いていく。

それは助言のすぐ後のことである。高揚してしょうがないという須賀京太郎が口を開いた。普段の冷静沈着なふるまいが全くなくなっていた。

動作に無駄が多く見え、呼吸も乱れ気味だった。正直に告白することが怖かったのだ。しかしどうにか頑張ってこういった。


「お礼が言いたい。魔人である俺を軽蔑せずに一緒にいてくれる姉帯さんに礼が言いたい。

 ムシュフシュ、ロキがいてくれてよかった。お前たちが何を思っているのかはわからないが、心強く感じている。

 お前たちがいてくれてよかった。お前たちがいてくれるから俺は前に進める。諦めずに戦える」

告白している間須賀京太郎は視線を泳がせていた。姉帯豊音の方を見ることもなくムシュフシュを見ることもなくあさっての方向を見ていた。

自分らしくないと思ったからだ。ただ、かなり落ち着いていた。正直に告白することで自分の内側にあった爆発するような歓喜の念は失われていた。

そうして須賀京太郎が恥ずかしげもなく胸の内を告白すると姉帯豊音は赤くなった。普段の不機嫌そうな須賀京太郎を知っている。

そうなって今の様に告白されるとたまらなかった。またムシュフシュとロキも若干悶えていた。

ムシュフシュとロキが須賀京太郎に感じていた印象は蛇である。疑り深く無慈悲な怪物だと思っていた。

だから心の内を正直に告白され、温かいものを見せられると厳しかった。須賀京太郎の告白は半透明な幽霊にも届いていた。

半透明な幽霊はわかりやすいくらいに悶えていた。青臭くて耐え切れなかった。こういうのが大好きな幽霊だったのだ。

 須賀京太郎が感情を吐き出した後半透明な幽霊の先導で須賀京太郎たちはヘルの下へ向かった、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それは、須賀京太郎の告白からすぐのこと。恥ずかしげもなく心を吐き出した須賀京太郎が落ち着いていた。完全に冷静沈着で無慈悲な退魔士に戻っていた。

眉間にしわが寄って射殺すような目になった。しかしまだ両目は赤いままだった。そんな須賀京太郎を見て半透明な幽霊が驚いていた。

急に冷徹な存在に変わってしまったからだ。温度差が激しすぎた。そんな須賀京太郎が現れると半透明な幽霊はこういった。

「そ、それでは……我が主ヘルの屋敷へご案内いたします。

 地獄の底の底、ニーズヘッグが見張り続ける小さな牢獄です。

 私の力で門を開きます。どうぞお通り下さいませお客様方」

このように語った後、半透明な幽霊がお辞儀をした。すると悲鳴が聞こえてきた。女性の悲鳴だった。この悲鳴を聞いて須賀京太郎はあわてた。

不吉なものを感じたからだ。須賀京太郎が戦闘態勢を整えたが、半透明な幽霊が制した。こういったのだ。

「あっ、申し訳ありません。今のは門を開く合図です。仕様がホラーチックなままなんです。

 封印がとけたら可愛い感じに変えるってヘル様が言ってました」

須賀京太郎は困った。そしてこういった。

「今のもしかして呼び鈴っすか?」

すると間をおかずに半透明な幽霊がこう言った。

「そうですよ?」

そうして須賀京太郎が困っている間に門が姿を現した。地獄の門というイメージそのものだった。中々豪華で見栄えがした。

そして現れた地獄の門の扉を半透明な幽霊が叩いた。すると扉の向こう側から女性の声で返事がきた。

「どうぞぉ」

気の抜けた声だった。同時に扉が開いた。扉が開くとムシュフシュが一番に門をくぐった。次に須賀京太郎と姉帯豊音が門をくぐった。

門をくぐる時須賀京太郎に姉帯豊音が無言で寄り添っていた。門と扉はそれなりに大きいので寄り添う必要はない。しかしぴたりと寄り添っていた。

また赤子未来を抱く姉帯豊音の顔は赤かった。須賀京太郎の話の影響である。姉帯豊音が寄り添ってくると須賀京太郎の表情が柔らかくなった。

自分の感情を吐き出したことで嫌われたのではないかと心配していたのだ。また、姉帯豊音に受け入れられて、嬉しく思っていた。

それを少し恥ずかしく思った。

「らしくない」

と思った。そんな須賀京太郎と姉帯豊音の様子を後ろから見ていた半透明な幽霊が最後に門をくぐった。半透明な幽霊だが門をくぐるその時まで悶えていた。

くねくねしながら門をくぐっていた。客観的にみると奇妙としか言えない幽霊だった。須賀京太郎たちが門を潜り抜けると禍々しい門が姿を消した。

そして二体の悪魔を封じ込めていた石造りの異界も間をおかず消滅した。


 半透明な幽霊が創りだした門を潜り抜けた瞬間に須賀京太郎たちはひどいことになった、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは幽霊の創る門を潜った直後である。須賀京太郎たちは失敗したと思った。そして冷静さを取り戻さなくてはならないと戒めた。

というのが、半透明な幽霊の言葉をすっかり忘れていた。半透明な幽霊は間違いなくこう言っていた。

「ヘル様にあるのは一畳分の領地」

だけだと。これは狭い領地という比喩でなかった。本当に一畳分しかなかった。門をくぐった先には畳一畳分の独房があったのだ。

畳一畳というと須賀京太郎が一人横になるとぎゅうぎゅうである。ここに須賀京太郎、姉帯豊音、ムシュフシュが門をくぐって入ってきた。

当然これほど狭いとは思っていないので独房の中で事故が多発した。

ムシュフシュとヘルがぶつかり、須賀京太郎と姉帯豊音が未来をかばって倒れこんだりして最悪の状況だった。幸い

「まっしゅろしゅろすけ」

が自動展開してくれていたので怪我をする者はいなかった。ただ狭いところで絡み合ってしまったので立て直すまでに五分ほど必要だった。

持ち直した時須賀京太郎も姉帯豊音もムシュフシュも死にそうな顔になっていた。狭いうえに熱い。その上空気が少ない。地味な地獄だった。

 グダグダとやってからマントになっているロキがヘルに話しかけた、この時の親子の会話について書いていく。

それは須賀京太郎たちが狭い独房に腰を下ろした後のことである。須賀京太郎の背中に張り付いているロキが封印されているヘルに話しかけた。

かなり喜んでいた。

「我が娘ヘル。よくぞこの十年を耐えきった。再び我が子に会えたこと嬉しく思う」

マントになっているロキが話しかけると独房のヘルが反応した。独房にいたヘルなのだが、見た目は裸の女性だった。

黒い髪の毛で身長が百八十センチを超えている。髪の毛の長さはオロチと良い勝負。肌は死体の様に真っ白だった。ただ、非常に整っていた。

年齢は二十に届くか届かないかといったところで無表情が印象的な美人だった。この時ヘルから一番遠くに須賀京太郎が座っていた。

視線もヘルに一切向けていない。直視していたのは女性陣だけだった。そんなヘルだが、ロキに話しかけられて喜んでいた。

無表情なまま体を揺らして喜びを表現している。小さな少女がするような動きだった。そしてこういっていた。

「あぁお父様。以前よりもずっと男前になりましたね。持ち運びも便利だし加齢臭もしない。

 無駄口を叩けるのが残念ですけれど、全然気にしませんわ。

 本当に再会できてうれしいです、お父様」

するとマントになっているロキが黙った。須賀京太郎と姉帯豊音も黙った。するとムシュフシュがこう言った。

「再会できてうれしいらしいぞ。良かったなロキ」

マントになっているロキがこう言った。

「こやつは昔からこんな感じじゃい。なぜこうなったのか今でもわからん」

するとヘルがこう言った。

「成長したということです。教育プログラム以上の成果を出したと喜んでほしいですわ」

十年近く独房に放り込まれていたというのに元気そうだった。良い傾向だった。

ただ、時間が過ぎるにつれて部屋の空気が熱くなり、酸素も少なくなっていった。そもそもヘルを封じ込めるだけの独房である。

生身の一般人が入り込むという想定がされていなかった。

 マントになっているロキとヘルが会話を初めて三分後須賀京太郎が物理的に独房を破壊していた、この時の須賀京太郎とロキたちについて書いていく。

それは父親と娘が再会を喜んで会話を楽しんでいる時だった。この時須賀京太郎は黙って成り行きに任せていた。

じっと黙って、二人の会話に耳を傾けていた。マントになっているロキから流れ込んでくる喜びの感情を受け取っていたからだ。邪魔をしたくなかった。


しかしそれも数分間のことである。須賀京太郎が視線を激しく動かし始めた。なぜなら須賀京太郎のすぐ近くにあった姉帯豊音の呼吸が乱れ始めたのだ。

須賀京太郎はすぐに異変に気付いた。そして若干顔色が悪くなっている姉帯豊音と未来に気付けた。それは小さな変化であった。

しかし見逃せない変化だった。そうして気付いた時、視線を動かして理由をさがした。原因はすぐに見つかった。換気扇もない独房である。

すぐに理解できた。そうして理解すると、須賀京太郎の目の動きが止まり、立ち上がった。立ち上がって独房の壁に向かって構えた。

須賀京太郎が立ち上がって構えた時には

「まっしゅろしゅろすけ」

が姉帯豊音たちを包み込んでいた。加護がいきわたったのを確認してから須賀京太郎は拳を振り上げた。この時須賀京太郎の両手が輝いていた。

赤い光だった。奇妙な神のレリーフに赤いエネルギー・マガツヒが通ったのだ。そして振るわれた輝く赤い拳は一瞬で独房の四方を粉砕した。

 須賀京太郎が独房の壁を破壊してから数十秒後独房の内側にいた者たちが大慌てした、この時の須賀京太郎とヘルについて書いていく。

それは姉帯豊音と未来が酸欠状態になりつつあると察した須賀京太郎が独房の壁を破壊した後のことである。壁の向こう側に痩せた大地が発見できた。

痩せた大地というのはそのままの意味である。地面以外に何も見えない。

痩せた大地の中心に独房がポツンとあるだけで、草も生えない土地が浮いているだけ。しかも狭い。

土地の一番端から端を測ってみても百メートル程度しかなかった。地獄の女王ヘルの領地と呼ぶには寂しすぎた。ただ、見上げると美しい景色が見えた。

痩せた大地の頭上にはマグネタイトとマガツヒと霊気がまじりあったエネルギーの海が見えた。

そしてエネルギーの海の中に巨大な樹の根っこが四方八方に伸びているのが見える。空を見上げた深海魚が見る光景に違いない。

そうして地獄の最深部に到着し壁を須賀京太郎が粉砕し、状況を確認している時である。裸のヘルが大きな声を出した。こういったのだ。

「あぁなんてことを! ニーズヘッグがこっちに来ます!」

大きな声を出しているヘルだが、まったく表情が変わっていなかった。ただ身振り手振りから焦っているのはよくわかった。

ヘルの叫びを聞いて須賀京太郎はすぐに戦闘態勢に入った。しかし後悔はなかった。ヘルを味方につけるためには独房から出る必要があるのだ。

時間の問題なのだから、何の問題もない。そうして須賀京太郎が感覚を研ぎ澄ませていた時だった。須賀京太郎は敵の気配を察した。

ただ、気配を察した須賀京太郎は冷や汗をかいた。尋常ではない範囲に敵の気配を感じたからである。

これはマントになっているロキもムシュフシュも同じである。自分の感覚を疑うほど敵の気配が大きすぎた。これは腕力の話ではない。範囲の話である。

須賀京太郎たちがやや混乱しているところでニーズヘッグの攻撃が行われた。ニーズヘッグの攻撃はただの噛みつき攻撃だった。

良くある獣らしい噛みつきである。ただ、須賀京太郎たちはまったく回避できなかった。攻撃範囲が非常に広かったのだ。

というのが一口で痩せた大地が喰われて消えていた。逃げるも何もなかった。

痩せた大地を喰らったのは超巨大な黒いドラゴン、世界樹の根をかじる存在ニーズヘッグである。

いかにもドラゴンといった威風堂々の姿は規格外、分厚い鱗で守り、鋭い爪と牙で喰らう恐ろしい怪物。

しかし何より恐ろしいのは全長一・五キロメートルの巨体である。まぎれもない霊的決戦兵器級の怪物だった。



 世界樹の根をかじる黒いドラゴンに飲み込まれた後も須賀京太郎たちは生きていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それはニーズヘッグに飲み込まれてすぐのことである。ニーズヘッグの食道を通り抜けた須賀京太郎たちは胃袋に到着していた。

胃袋には痩せた大地の残骸や世界樹の根っこの破片が散乱していた。

ただ、須賀京太郎たちから見ると破片というよりも瓦礫で、胃袋の中は産業廃棄物の集積場といった趣である。

この産業廃棄物の集積場に到着した須賀京太郎たちはまったくの無傷であった。誰一人として傷ついていない。


それを成し遂げた立役者は

「まっしゅろしゅろすけ」

と姉帯豊音である。ニーズヘッグの攻撃が広範囲に及ぶと察したその時に須賀京太郎たちを一まとめにして包み込んだのだ。

「下手に離れ離れになるよりも一緒にいたほうが良い」

との姉帯豊音の判断の結果である。そして胃袋に着地したところでようやく姉帯豊音の加護が薄らいだ。薄らぐと須賀京太郎たちは少しばらけた。

かなり無理な姿勢で一塊になっていた反動である。坂から転がるような調子で、コロコロと二メートルほど転がっていた。

しかしこの時も須賀京太郎と姉帯豊音そして未来は離れることはなかった。須賀京太郎が両腕で捕まえていたからだ。

そして加護が薄らいで動けるようになると須賀京太郎たちは神経を研ぎ澄ませた。周囲の状況を確認するためである。

須賀京太郎は五感を使って周囲を警戒し、ムシュフシュとロキは魔術で網を張っていた。そうして須賀京太郎たちが周囲の状況を確認している時だった。

姉帯豊音にヘルが話しかけてきた。当然だがヘルは裸のままである。服はない。

 須賀京太郎たちが状況を確認している時に姉帯豊音とヘルが会話をしていた、この時の二人の会話について書いていく。

それは須賀京太郎とムシュフシュとロキが良いコンビネーションを発揮している時の話である。

赤子・未来を腕に抱いて加護を発動させている姉帯豊音に向かって裸のヘルが近寄ってきた。素っ裸なのだがまったく恥じるところがない。

優雅に歩いて近づいてきた。身長百八十センチを越えている上にスタイルがいいヘルである。威圧感がすごかった。

ただ、姉帯豊音に話しかける口調は女子高校生かそれ以下であった。姉帯豊音を見上げながら裸のヘルがこういっていた。

「まだ自己紹介をしていませんでしたよね? ヘルです。よろしくお願いします」

そして軽く一礼した。これもまた優雅だった。自己紹介を受けた姉帯豊音は一瞬黙った。素っ裸でフレンドリーに自己紹介をされたからだ。

しかしすぐに自己紹介で返した。姉帯豊音はこういった。

「姉帯豊音です。よろしくお願いします。
 
 灰色の髪の男の子は須賀京太郎君で、この子は未来です。須賀君は見た目に反してシャイだからあまりからかわないであげて?」

姉帯豊音が自己紹介で応えるとヘルが喜んだ。無表情のままだが身振り手振りで理解できた。そして喜んだヘルはこんなことを言い出した。

「嬉しい! まともに会話が成立した! 自然体で私をいじめたりしない人って最高だわ! 普通の会話がこんなに心を穏やかにしてくれるなんて!」

ヘルの話を聞いて姉帯豊音がやさしい笑顔を浮かべた。半透明な幽霊に舐められていると確信できた。

姉帯豊音がやさしい笑顔を見せているとヘルが続けてこんなことを言った。

「ねぇ豊音ちゃん、あっ、豊音ちゃんって呼んでもいい?

 私のことは『ヘルちゃん』って呼んでもいいから」

無邪気にはしゃいでいるヘルのお願いに姉帯豊音が答えた。

「いいよ。ヘルちゃん」

特に何の問題もなかった。姉帯豊音だが結構な器の広さがあった。人嫌いのオロチにくっつかれるだけのことはあった。

そんな姉帯豊音が許可をくれるといよいよヘルが大喜びした。もちろん身振り手振りだけだが、非常に喜んでいるのがわかった。

喜んでいるヘルを見ていると姉帯豊音の心にも喜びがわいてきた。ただ、全力で喜んではいない。

なぜならここはニーズヘッグの胃袋の中、そしてヘルは裸である。同性ではある。しかし目のやり場に困った。
 
 姉帯豊音とヘルが自己紹介を終わらせたところで須賀京太郎たちも周囲の状況を確認し終わっていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは姉帯豊音とヘルが現状に合わない緩い会話をしている時である。

五感を研ぎ澄ませた須賀京太郎と魔術で網を張っているムシュフシュとロキが仕事を終えていた。わかったことは一つである。

須賀京太郎がこう言った。

「ニーズヘッグの体の中には異界が展開されている。三つか四つの階層に分かれているっぽいな……」

須賀京太郎の呟きに対してマントになっているロキが応えた。

「特殊な調整を加えられた悪魔じゃな……悪魔一匹でここまで繊細な異界のコントロールは不可能なはずじゃ。

 戦闘にも能力が割り振られておるようじゃから、複数の悪魔が協力しておるか機械化しておるかのどちらかじゃろう」

ロキの答えに対してムシュフシュがこう言った。

「どちらも正解のような気がするな。サイボーグであり複数の悪魔の協力があるタイプ。確かこういうタイプの悪魔は『超力超神』だったか?

 この国ではそう呼ばれているのではないか?

 何か情報は?」

ムシュフシュの問いかけに対して須賀京太郎がこう言って答えた。

「俺みたいな下っ端に伝えられている情報はほとんどない。『十四代目が一体所有している』くらいだな……詳しい仕組みに関しては何も知らない」

須賀京太郎の答えを聞いてムシュフシュがこう言った。

「超力超神は優れた兵器だと聞いているが広まらなかったのか? 

 攻略方法くらい出来上がっているだろう?

 大正二十年の段階で鹵獲したはずだ。試すチャンスも攻略する機会もあったはず」

須賀京太郎の前にロキが答えた。

「無理じゃろう。維持費も開発費も阿呆みたいにかかる。何より制御ソフトを作るのが難しかろう。

 ボディを創るのは簡単じゃ。骨格と悪魔を用意すりゃあええ。しかし制御ソフトは段違いじゃ。

 この時代の人間に異界を制御するソフトなんぞ作れんよ。いや、不可能じゃろう。

 十四代目の超力超神も奇跡の産物じゃねぇか? 大正二十年の技術レベルじゃあ絶対に創れんからな」

マントになっているロキの答えを聞いて、須賀京太郎は難しい顔をした。そしてこういった。

「良くわかるなロキ。

 大正二十年に手に入れた超力超神は、装甲をはり変えただけで中身は昔のまんまだそうだ。

同じようなものを創ろうとしても制御ソフトのレベルが全く追いつかないって言ってたよ。

 ただ、肉体の創り方自体は簡単だから、建造方法が流出して大変なことになったと聞いている。

 特に世界大戦では決戦兵器が作りやすかったらしくてな、粗悪品が世界中で大量に出回ったそうだ。

ただ、御しきれないことが多く、中途半端になりがちだった。

 神降ろしの異能を持った一族が駆り出されたり、大卒の兵士が制御ソフトとして組み込まれたりしてな。

人の命が安い地域では悲惨なことになったみたいだ、異能力者狩りをしたせいで内乱が起きるほどにな」

するとロキがこう言った。

「まぁ、猿まねで霊的決戦兵器は動かせん。

人間を制御ソフト扱いするという発想も前時代的じゃな……それに、制御ソフトだけでは異界を完全にコントロールできん。

異界を支配するために必要なんは、司令塔。強大な支配者じゃから」

とロキが若干早口で説明をしようとしたところであった。須賀京太郎とムシュフシュが警戒を強めた。

須賀京太郎とムシュフシュが警戒を強めたのに気付いてロキも警戒を強めた。須賀京太郎たちの警戒範囲に敵意を持つ何かが現れようとしていた。

 須賀京太郎たちが警戒心を強めて二秒後のこと亡霊の塊が攻撃を仕掛けてきた、この時に現れた亡霊たちと彼らの攻撃について書いていく。

それは須賀京太郎たちが奇妙な気配を感じて戦闘態勢を取った所で起きた。突然、胃袋の中にあった大量の瓦礫が動き始めたのだ。初めは小さな揺れだった。

集中しなければ気付かないほど小さく揺れていた。しかし徐々に強まって横に揺れ始めた。

瓦礫の揺れは足場に伝わり、足場が揺れ始めるとヘルが小さな悲鳴を上げた。そして悲鳴を上げたヘルは姉帯豊音にしがみついた。

そんなことをしている間に揺れはさらに強まった。


横揺れから縦揺れに変わり視界が定まらなくなった。そして十秒後。足場が急浮上した。

もともと須賀京太郎たちがいたのは飲み込まれた時に立っていた痩せた大地である。これが胃袋の天井ぎりぎりまで上がっていた。

完全に足場が天井に触れていないのは、上昇しきったところで須賀京太郎が拳で攻撃したからだ。

思い切り拳を打ち上げて浮上した痩せた大地の勢いを完全に相殺していた。しかしそうするととんでもない勢いで痩せた大地は落下した。

落下した時の衝撃で痩せた大地が完全に砕けた。土煙が大きく上がった。しかし須賀京太郎たちは無事である。

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護が守ってくれていた。須賀京太郎たちが落下した時ニーズヘッグの胃袋が鳴いた。可愛らしいものではない。うめき声である。

胃袋全体からうめき声が聞こえていた。正体はすぐに見破れた。須賀京太郎の拳を叩き込まれた天井を見れば一目瞭然である。

拳を叩き込んだ所に亡霊たちが顔を出していた。人間の亡霊もいれば獣、神の亡霊もいた。統一感がないが、一つだけ共通点があった。

みな目が死んでいた。亡霊たちは奴隷だった。そして奴隷たちは必死になって働いていた。須賀京太郎が思いきり殴った胃壁を修復し始めたのだ。

しかしうまく修復できていなかった。というのが須賀京太郎の攻撃の被害が深く広かったからだ。

拳での攻撃だったはずだが、攻撃地点から波紋のように衝撃が広がって胃袋全体を傷つけていた。

そしてその傷を直すために亡霊たちがわらわらと姿を現して、呻きながら働きはじめた。哀れな光景だった。

 土煙が消えた後須賀京太郎が嬉々として攻撃を仕掛けた、この時の須賀京太郎の行動と考えについて書いていく。

それは黒い竜ニーズヘッグの胃袋を修復するために亡霊たちが姿を見せた時のことである。土煙の中で須賀京太郎は、口角を上げていた。

赤い目を輝かせて、ニヤリと笑った。というのもニーズヘッグの正体を見抜き対処法を導いていた。

それができたのは、土煙の中で胃袋を修理する大量の亡霊たちを見逃さなかったからである。胃袋そのものが亡霊に変化したことで

「超力超神タイプ」

と判断がついた。超力超神タイプは、複数の悪魔を制御してどうにかボディを創るのだ。コアをぶち抜けば終わりと理解していた。

そして攻略の糸口を見つけた須賀京太郎は土煙が消えるのを待ってから動き出した。姉帯豊音に

「少し離れますけど加護は維持したままでお願いします。

 ムシュフシュ、お前は姉帯さんと未来を死守しろ」

と言い、姉帯豊音から三メートルほど離れた。須賀京太郎が動き出した時胃袋の修理も完了していた。それと完了と同時に亡霊たちの攻撃が始まった。

胃袋全体から呪いの言葉が聞こえ、再び瓦礫が震え始めた。しかし、須賀京太郎の行動が早かった。

雄たけびをあげて須賀京太郎は拳を地面にたたきつけた。須賀京太郎の攻撃を目で追えたものはいなかった。

ただ、その威力はよく理解できた。というのもの地面にたたきつけられた拳から放たれた衝撃は胃袋全体を震わせた。

それだけにとどまらず衝撃だけで胃袋を崩壊させた。胃袋だけで済めばよいが肉体を足がかりにしてニーズヘッグの脳に衝撃が届いた。

音速を超えて熱の壁さえ力づくで突破する怪物が心を震わせて全力で拳をふるうのだ。威力は悪夢的領域に突入していた。

須賀京太郎の一発目が終了した直後、ニーズヘッグが大きな声で鳴いた。また須賀京太郎たちを飲み込んだことを心底後悔した。

一発目から数えて三分間延々と痛みが続いたからである。痛みを感じなくなったのは心臓と脳みそを叩き潰されたからだ。

胃袋を徹底的に叩かれて弱まったところであっさり獲られていた。


 ニーズヘッグの心臓部分を須賀京太郎が破壊した後マントになっているロキがナグルファルの建造を提案してきた、この時の須賀京太郎とロキとについて書いていく。

それはニーズヘッグの胃袋に拳を叩き込んでから少し後のこと。つぶれたニーズヘッグの心臓の前に須賀京太郎が立っていた。

バトルスーツが汚れていたが、特に問題は見えなかった。こ須賀京太郎の前にある心臓というのは、生々しいものではない。

機械のフレームと悪魔を混ぜた発電機である。制御が難しい物質を悪魔と融合させることで安全な発電機として運用していたのだ。

当然重要な部分であるから沢山の警備兵がいた。

上級悪魔たちである。白血球のように須賀京太郎を排除しようとしていた。しかし相手にならなかった。

須賀京太郎の基本的な能力と両手の籠手の力、そしてロキのサポートが上手くかみ合いすぎていた。両手の籠手の試し切りに使われて終わりである。

こうなってしまったのは、相乗効果が起きているからだ。須賀京太郎の持つ心と悪魔たちの心が重なりあり、共鳴し出力が跳ね上がっていた。

しかし須賀京太郎は歓迎していない。なぜなら自分の感情が全くコントロールできないからである。

冷静であることが勝利への道と信じている須賀京太郎である。今の自分はどうしようもなく嫌いだった。ただ、勝利はもぎ取った。そんな時である。

マントになっているロキがこういった。

「聴け小僧」

すると須賀京太郎が答えた。

「敵か?」

須賀京太郎の答えを聞いてロキが少し笑った。冗談だと理解したのだ。というのも、重要機関をすべて破壊しているのだ。

しかも須賀京太郎のマグネタイトを注入して浄化作用を起こしている。すっとぼける須賀京太郎がおかしかった。

しかし咳払いをしてすぐに本題に入った。ロキはこういった。

「ニーズヘッグの死体を使ってナグルファルを創ろうと思う。小僧には許可をもらいたい。

 一応小僧がリーダーじゃからな」

ロキの提案を受けてすぐに須賀京太郎はこういった。

「もちろんやってくれたらいい。

 だが、俺がリーダー? 大丈夫か? 感情のコントロールに難があるリーダーなんて欲しくないだろ? 俺なら嫌だ」

するとマントになっているロキがこう言った。

「自分で難があるとわかっておるのなら十分じゃ。ちょっとヘルのところへ行ってくれ。異界を展開させる」

そうして須賀京太郎とロキは再び胃袋に戻っていった。帰りは素早かった。胃袋から心臓まで一直線にトンネルができているのだ。楽々だった。

 ニーズヘッグの胃袋に戻って来た須賀京太郎は非常に驚いた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それはニーズヘッグの心臓を叩き潰して須賀京太郎が戻って直ぐのことである。胃袋に到着した須賀京太郎は目を見開いた。

大きく目を見開いて、驚いていた。というのも到着した胃袋が青い光で満ちていたのだ。しかし強い光ではない。

蛍のような弱弱しい光がいくつも浮かんで胃袋を満たしていた。中々幻想的な光景である。何事かと思った。しかし驚きはすぐに失せていった。

なぜならこの弱弱しい青い光の正体を知っているからだ。この青い光の正体は霊魂。彷徨っている魂である。

ニーズヘッグのコアを潰したことで自由になったのだと察した。

 須賀京太郎たちが胃袋に戻って直ぐムシュフシュが話しかけてきた、この時に行われた会話について書いていく。

それは須賀京太郎が大量の霊魂を見て驚いている時である。須賀京太郎たちの帰還を察してムシュフシュが大きな声を出した。こう言っていた。

「魔人殿! こっちです! こっち!」

大きな声を出すムシュフシュはうれしそうだった。青白い霊魂が大量にありすぎてまったく姿かたちがわからなかったが、声だけで喜んでいるのがわかった。

そんなムシュフシュの声を頼りにして須賀京太郎が歩いていった。そうして声がする方に歩いていくと加護に包まれている姉帯豊音と未来、そしてヘルがいた。

加護で包まれている三人に傷はない。しかし少し問題が発生していた。姉帯豊音にヘルが

「豊音ちゃんお願いだから加護を解除して。この子たちを支配してあげないとだめなの」

とすり寄っていた。かなりべったりくっつかれていた。普通なら折れても良い状況に見えた。

しかし姉帯豊音は

「だめだよ。須賀君が戻ってくるまで加護は解かないからね」

といって頑として肯いていなかった。ヘルが拝み倒しても顔色一つ変えないあたり姉帯豊音はすさまじかった。

ただすぐそばで番犬の役目を果たしていたムシュフシュは非常に苦しそうだった。ヘルが味方してくれと目線で訴えるからだ。

そんなところで須賀京太郎たちが戻ってくるのだから非常にうれしかった。そうして須賀京太郎たちを発見するとヘルがはしゃいだ。

拝み倒すのをやめてこういったのだ。

「京太郎ちゃん! 京太郎ちゃんよ豊音ちゃん! これで解除してくれるでしょ? ねぇいいでしょう?

 この子たちは囚われていた可哀そうな子たちなの。私が守ってあげないと消えて行ってしまうだけの魂なのよ。

ハチ子ちゃんみたいに私の中に入れてあげないと消えちゃうわ」

無表情なままでヘルは必死に訴えていた。しかしそんなヘルを無視してロキがこう言った。

「それじゃあ、小僧。ニーズヘッグを材料にしてナグルファルを建造するという方向でオーケーか?」

この時まったく娘の問題などロキは気にしていない。娘の扱いに慣れていた。そんなロキに須賀京太郎が苦笑いを浮かべた。

そして苦笑いを浮かべたままロキに答えた。

「オーケー」

するとマントになっているロキがこう言った。

「それじゃあ、小僧。ヘルの分の加護を解くようにお嬢ちゃんに言ってやってくれ。

 そして我が娘ヘルよ。きいておったな、ニーズヘッグを材料にしてナグルファルを建造せぇ。

 『異界・ヘルヘイム』の展開を小僧が許したぞ」

するとヘルがはしゃいだ。無表情な顔のまま、しかし目がきらきらと輝いていた。ヘルにへばりつかれていた姉帯豊音は怪訝な顔をしていた。

ロキを信じていなかった。すぐに須賀京太郎に視線を送ってきた。須賀京太郎はうなずいてこういった。

「大丈夫、だと思います。ヘルの分だけ解除してください」

須賀京太郎の答えを聞いて姉帯豊音は

「まっしゅろしゅろすけ」

を部分的に解除した。ヘルを包んでいた白い雲が消えて、ヘルは自由になった。

 ナグルファルを創り上げたのはヘルが自由になってすぐだった、この時に生まれたナグルファルと乗組員たちについて書いていく。

それは

「まっしゅろしゅろすけ」

の鉄壁の守りがとけてすぐだった。無表情なヘルが腹の底から声を出した。ヘルはこういっていた。

「『広がれ永遠の私が統べる世界! 集まれ私の亡霊たち!』」

須賀京太郎には届いていたが、姉帯豊音には届いていなかった。まったく聞いたこともない呪文にしか聞こえなかった。しかし変化は間違いなく起きた。

呪文の後、胃袋に集まっていた霊魂たちがヘルに殺到した。そして胃袋を埋め尽くしていた青い光があっという間にヘルに取り込まれた。

すると弱弱しかったヘルの体に力が満ちた。力が満ちると同時にマグネタイトを操ってヘルが服を創りだした。可愛らしい白いドレスだった。

二十代のヘルが身に着けるにはきついデザインだった。天江衣あたりでなければ似合わないだろう。そんなヘルはすぐに次の動きに入った。

両手をくねくねと動かしてこういった。

「さぁ、我が子たちよ! ニーズヘッグを創り変えナグルファルを生み出すのだ!」

すると亡霊たちが動き出した。ヘルの身体から無数の霊魂が飛び出してきて、動かなくなったニーズヘッグに飛び込んでいった。

すると一瞬の静寂が訪れた。しかし一瞬である。一瞬の静寂の後さまざまな音が聞こえ始めた。

骨の位置が変わる音、肉がうねる音、電子音。建築現場で聞こえるような音まで聞こえてくる。

聞こえてくる音が思っていた以上に建築現場チックな上に人力臭いので須賀京太郎と姉帯豊音は困っていた。

そうしていると可愛らしいドレスを着たヘルがこんなことを言った。

「さぁ、あとは完成まで待つだけです。

 ハチ子ちゃん! ハチ子ちゃん!? どこです!? 京太郎ちゃんたちを玉座の間に案内してあげて!」

ヘルが大きな声を出すとどこからともなく半透明な幽霊が現れた。呼ばれて飛び出してきた半透明な幽霊だが、少し人に近付いていた。

前よりも輪郭がはっきりとしていてどんな人物だったのかが分かった。年齢がヘルと同じくらいで身長は百六十センチほど。

不機嫌そうな顔で冷たい目をした女性だった。このハチ子と呼ばれた女性は主人であるヘルにこう言っていた。

「自分で案内すればいいじゃないですか。

 私は今権力争いで忙しんです。調子に乗っている新参者どもをボコらないと。

 門なら呼びますから、あとは頑張ってください。それと玉座の間はまだ未完成です。今気合を入れて創っていますから完成をお待ちください。

 『我が王』、我らを地獄から救い出して頂けたこと感謝の極み。ヘル様をどうかよろしくお願い致します」

このように伝えてハチ子は姿を消した。ハチ子が姿を消すとヘルがうつむいた。無表情なのは変わらないけれどもへこんでいるのは間違いなかった。

ハチ子が「我が王」といった時、視線が須賀京太郎に向いていたからだ。明らかに女王と認められていないのが悲しかった。

しかし門を開くといったハチ子はやることはやっていた。須賀京太郎たちの前に禍々しいデザインの門が現れていたのだ。

この門が現れるとマントになっているロキがこう言った。

「どんだけ舐めらとんじゃ? まぁ、ハーフみてぇじゃから、しゃあねぇかもしれんが」

マントになっているロキが責めると須賀京太郎が小さな声でこう言った。

「愛情表現だろ、たぶん。

 俺の上司も自分のいとこにはあんな感じだぞ。へこんだ姿が可愛いと」

するとマントになっているロキがこう言った。

「屈折しとんなぁ、小僧の上司。ストレートに愛情を伝える方がこじれんでええと思うけどな、わしは。

 まぁええ小僧。お嬢ちゃんを連れてさっさと移動しようじゃねぇか。工事が終わるまで大人しくしとこうや」

そうして須賀京太郎たちは門をくぐり胃袋から移動した。移動したところで須賀京太郎たちはげっそりとした。

門の向こう側は五畳程度の独房だったからだ。しかし文句を言ってもしょうがないのでナグルファルの完成まで大人しく待った。

待っている間姉帯豊音がへこんでいるヘルを慰めていた。慰められたヘルは少し気分を良くしていた。そんなことをしているとナグルファルが完成した。

独房の壁がパタンパタンと外側に外れたのだ。そうして独房が崩壊しすると、須賀京太郎たちは驚いた。船の甲板にいたからだ。

船の大きさは中型の漁船程度で全体が真っ白だった。超巨大なニーズヘッグを材料にして創られた船のはずである。非常に小さかった。

また乗組員もねじり鉢巻きをした半透明な老人と不機嫌そうなハチ子だけであった。無数の霊魂の光はどこにもなかった。

 今日はここまでです。

少し早いですが始めます。

 中型の漁船ナグルファルが完成して数分後のことハチ子が自己紹介をしていた、この時行われたハチ子の自己紹介ともう一人の亡霊について書いていく。

それはナグルファルが完成してすぐのことである。状況確認をしている須賀京太郎たちに半透明な幽霊ハチ子が近づいてきた。

不機嫌そうな顔をしていたが足取りは軽やかだった。権力争いでぶっちぎりの一位を獲得したからである。

そして足取り軽やかなハチ子はヘルを無視して須賀京太郎の前に立った。姿勢を正してこういった。

「自己紹介遅れまして申し訳ありません。

 私、女王ヘルの第一の配下ハチ子と申します。気軽にハチ子とお呼びくださいませ」

半透明な幽霊ハチ子は軽く一礼していた。主人のヘルに似て優雅だった。するとハチ子にならって、ねじり鉢巻きの老人が動き出した。

いかにも職人的な空気をまとったお爺さんで、頑固そうに見えた。ただ、ハチ子と同じくぼんやりとした輪郭しか持たない幽霊だった。

そうして動き出した老人の幽霊はハチ子の横に立って、同じく自己紹介をした。老人はこういっていた。

「お初にお目にかかる。

 亡霊たちを仕切らせてもらっている棟梁だ。本名ではないが、こっちの方がわかりやすいと思ってな。

 今は忙しいときだ。すべてが落ち着いた時にゆっくり話しましょうや。そっちの方が流儀に合う。

 ヘル様には亡霊たちを代表してお礼申し上げる。いまだ力を取り戻せていない我らは貴女がいなければ自我を取り戻せなかった。

貴女に非常に感謝している。協力は惜しまない」

このように自己紹介をした棟梁であるがヘルよりも風格があった。腕っぷし一本で歩いてきた男の自信と後進を導く指導者のふるまいが一挙一動即に見える。

そんな棟梁とハチ子の挨拶に須賀京太郎が応えた。

「俺は須賀京太郎。ヤタガラスの退魔士です。王様ってのは俺のことでいいんですか?」

すると不機嫌そうなハチ子が一層不機嫌になった。当たり前のことをきくなと目で語っていた。しかし答えた。こう言っていた。

「もちろんです。ヘル様は私の主ですが王としての器量はありません。

この場にあって数十万の亡霊を率いて行動できる意志力を持つのはあなたくらいでしょう。棟梁と私もそれなりの統率力を持っていますが、それだけです。

獣と神の亡霊たちを従わせるほどの輝きがありません。

 それに、
『ニーズヘッグに使用されていた亡霊たち』

が自由になっただけです。

『この地獄を構成する魂達』は解放されていません。

 またこの地獄から脱出するためは六つの支配権を奪い返す必要があります。奪い返すのは貴方でしょうから、誰が何と言おうとあなたは王になります」

半透明な幽霊ハチ子が須賀京太郎が王で良いと言い切ると老人の亡霊棟梁もうなずいた。須賀京太郎は少し首をひねった。

気になる情報が二つ三つ追加されたからだ。特に支配権という言葉が気になった。ただ、須賀京太郎が質問をする前に、姉帯豊音が自己紹介をした。

ニコニコ笑って自己紹介をしていた。毒気が一切なかった。彼女はこういっていた。

「私は姉帯豊音です。それで、この子は未来です」

自己紹介をするついでに腕の中で眠っている赤子の自己紹介もしていた。自己紹介に対して自己紹介で返す。姉帯豊音らしい発想だった。

そうして姉帯豊音が未来を紹介している時甲板の上が温かい空気に包まれた。姉帯豊音の腕の中で眠っている赤子を見ていると、希望があるように思えた。

人間の本能が力をくれるのか、それとも神秘的な理由なのかそれはさっぱりわからない。しかしこの場にいた者たちの心に火がついていた。

この良い空気で武具も喜んでいた。

 中型漁船ナグルファルの甲板が温かくなった奇妙な声が地獄に響いた、この時に聞こえた奇妙な声について書いていく。

それは姉帯豊音が自己紹介をした直後である。暖かい空気の中で須賀京太郎が支配権について質問しようとした、その時である。

ナグルファルのはるか上空から男と女の声が聞こえた。ナグルファルは地獄の底の底、世界樹の根っこさえ届かない異界ぎりぎりのところに浮かんでいる。

声が届くわけがない。しかしそれでも男と女の声はしっかりと須賀京太郎たちに届いていた。一番に聞こえたのは男の声だった。こう言っていた。

「何という事だ! ニーズヘッグが殺された!」

男の声が聞こえてきた瞬間に須賀京太郎は頭上を見上げた。頭上には世界樹の太い根っこが広がってエネルギーの海の光を遮っているだけであった。

しかし間違いなく声は上から聞こえていた。須賀京太郎が位置を確認したのは始末するためである。魔力を練り上げて稲妻を撃ち込もうとたくらんだ。

しかしその前に女の声が聞こえてきた。


「すぐに報告しなければ! でもどうしたらいいの? ベリアルとネビロスの反応も消えている! それにどうして封印されていたヘルが自由に!?

 あぁ、嫌だ……この大事な時期にどうしてこんなことが……責任問題になるわ」

女の声もまた遥か上空から聞こえていた。この時世界樹の異変に皆が気付いた。ものすごく薄い白い膜が世界樹の根っこにへばりついていた。

これを見つけて

「あのつるつるした膜はいったいなんだ? 巨大な樹の根っこを完全にコーティングしてやがる」

と須賀京太郎が不思議がった。また、

「まっしゅろしゅろすけと似ている」

とも思った。そうして不思議に思っていると男の声がこういった。

「問題ない。報告などせずとも内々に処分してしまえばいい。

 いかにヘルが恐ろしい悪魔でも支配権を六つに分けた今、大した力は出せまい。

 小型霊的決戦兵器を出撃させ事に当たらせて終いにするのだ」

すると女の声がこう言った。

「しかし報告の義務が……」

報告の義務を主張している女の声だったが、乗り気だった。報告して叱られるよりも静かに対応して終わらせたいのが見え見えだった。

そしてそんな女の心を理解しているのか男の声がこう言っていた。

「この時期にお手を煩わせる方がずっと問題だ。

 『天国の最終点検』をしているこの時にこのような些末な問題にかかわっている時間があると思うのか?
 
 既に計画は八割達成しているのだ。葦原の中つ国の塞の神によって帝都侵略は失敗したが、九頭竜の姫・天江衣は呪いにかかり我らの手に落ちた。

人形の呪いも広範囲に拡散している。海外の勢力も無事現地入りできた。

 帝都を滅ぼせなかったのは確かに痛い。しかし、首都機能が落ちた今ヤタガラスは混乱の極み。我らを見つけることはできない。

 すべては、最終点検を残すだけなのだ。我々だけでやるしかあるまい」

すると女がこう言った。

「わかりました。私も覚悟を決めましょう。ほかの四名にも小型霊的決戦兵器を出すように通達しておきます。

 『霊的決戦兵器・トール』の出撃準備をしておいてください。私も『イズン』を用意してすぐに向かいます」

そうして男と女の会話は聞こえなくなった。同時に世界樹を覆う薄い白い膜の震えが止まった。

 どこからともなく聞こえてきた男女の会話の後マントになっているロキがうめき声をあげた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音たちについて書いていく。

それは男女の会話が終わってすぐのことだった。須賀京太郎の背中に張り付いているマントになっているロキがひどいうめき声をあげた。

尋常ではない苦しみ方で、死にそうだった。周囲にいた者たちはすぐに視線を向けた。視線を向けた時、誰もが息をのんだ。

というのも激しく火花を散らす赤いマントがあった。マントに起きた異変もおかしなことだが、両手の籠手も火花を散らして赤く染まっていた。

理由はだれの目にも明らかである。マグネタイトの過剰供給だ。激しく散る火花はどうにか適応しようともがくロキのあがきであった。

一方ロキが苦しむ原因である須賀京太郎は、黙って空を見つめていた。赤く輝く目は爛々としているが、無表情に近かった。

少なくとも怒っているようには見えなかった。しかし姉帯豊音たちは話しかけられなかった。身振り手振りと表情は穏やかだが怒りの匂いがすごかった。

有無を言わさない激怒の匂いが姉帯豊たちを黙らせた。


 須賀京太郎の激怒から数十秒後のことマントになっているロキが次の進路を提案した、この時に行われた会話について書いていく。

それは須賀京太郎が若干落ち着いてきたところであった。ようやくロキのうめき声が聞こえなくなった。

しかし非常に苦しそうな呼吸音が船の甲板に響いていた。このときようやく須賀京太郎はロキの異変に気付いた。そしてこういった。

「ごめん。

 話を聞いていたら、怒りがわいてきた。信じたくない言葉がいくつも聞こえてきて、どうにも抑えられなくなった。

 しかし今不思議なくらい頭がすっきりしているんだ。激しい怒りだったはずなんだが不思議だ。静まり返っている。

 それに抱えていた問題がどうでもよくなった。退魔術をつかえない不甲斐なさとか、俺の前に現れた呪いを吐く影とか……もうどうでもいい。

 心の底から目の前のことだけに集中できる。全身全霊をすべて、目の前の戦いに注ぎ込める。

 『皆殺し』だ。皆殺しにしてここから出ていく。日常から奪われたものをすべて奪い返してやる。

 だが、本当に悪かった。ごめん」

須賀京太郎が謝るとロキは許した。呼吸が荒かったが怒っている様子はなかった。むしろ少し元気になっていた。こんなことをロキは言っていた。

「マグネタイトの質が急に上がりよったから、対応できんかっただけじゃ。もう大丈夫」

そしてこのように続けた。

「しかし小僧。状況は良くないぞ。聞くところによると『小型』の霊的決戦兵器がこっちにくるみてぇじゃねぇか。

 ニーズヘッグとは違って警戒心も強かろう。それに小型化に成功しとるっちゅーのがこえぇな」

すると冷静を手に入れた須賀京太郎がこう言った。

「そうだな。しかも話ぶりから察するに最低六体は確実に存在している。戦術を練ってくる相手となると正直無傷では済まないだろう。

 俺としては一対一の状況を作り各個撃破が望ましい。が、おそらく無理だろう。数の有利が相手の有利だからな。

一匹ずつやってくるなんてことはないはずだ。

 こっちも手数が必要だ。ナグルファルは足にしかならんだろうし」

するとマントになっているロキが提案してきた。

「それならばええ考えがある。地獄に落ちてきたときのことを覚えておるか?

 小僧は焦っておったから気づいておらんかもしれんが、地獄にはわしの息子たちの残骸が眠っておった。

 地獄の周囲を囲む山脈のごとき白骨、あれこそ我が息子たち、ヨルムンガンドとフェンリルよ。

 おそらく残骸しか残っておらんじゃろうが……利用させてもらおう。ヘルの力で骨を操り駒にしよう。

 そうすりゃあ、小僧と息子たちで前衛が三つ。ナグルファルとお嬢ちゃんの大慈悲の加護で移動要塞が一。

 ガタガタの六対四の形じゃが、ここまで持って行ければどうにかなるじゃろう?」

マントになっているロキの提案をきいた須賀京太郎は少し考えた。かなり厳しい戦いになるのは間違いなかった。ただ、希望があった。

すると須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。

「それで行こうか。手が多いことはいいことだ。

 すみませんけど姉帯さんナグルファルとの連携お願いします」

すると亡霊のまとめ役二名と姉帯豊音がうなずいた。ただ三人とも顔色が悪かった。修羅場のど真ん中で踊る経験がなかった。

三人とも心は一般人のままなのだ。確かに厳しい場面を乗り越えてきた。命がけの場面も見てきた。

しかし、命を奪うことが当たり前で、修羅が乱舞する戦場は初めてだった。震えるのも仕方がなかった。

この時やることがないムシュフシュとヘルは世間話をしていた。なぜだかファッション談義で盛り上がっていた。随分なリラックス振りである。

しかししょうがない。出来ることが少ないからだ。出来ることが少ないからこそ、自分の仕事に集中できた。そして逆にリラックスできた。


 ロキの提案で次の一手が決まった数分後ナグルファルに乗った須賀京太郎たちは地獄のふちに到着していた、この時に彼らが見たものについて書いていく。

それはヨルムンガンドとフェンリルの残骸を利用すると決まって数分後のことである。

亡霊のまとめ役半透明な幽霊・棟梁の運転によってナグルファルは地獄のふちに到着していた。

世界樹が貫く地獄は普通の世界とは違って古代の世界観(世界が平たい)で出来上がっている。

そのためヨルムンガンドとフェンリルの残骸がある世界の果てに移動するのは簡単なことだった。

地の底からみえる浮遊大陸の端っこを目指せばいいだけだからだ。

そうして世界の果て・ヨルムンガンドとフェンリルの残骸が山脈を作るところに到着すると須賀京太郎は目を見開いた。

地獄に落とされた時世界の状況を確認していた須賀京太郎である。世界の果てが白骨の山脈で囲まれているのは覚えていた。

しかし実際に近付いてみてみると恐ろしい力を感じた。この恐ろしい力とは単純なパワーではなく、激しい感情のエネルギーである。

特に山脈の大部分を占めているヨルムンガンドの白骨とフェンリルの白骨はすごい。悲しみと怒りのエネルギーは近づくだけで須賀京太郎の心を震わせた。

また世界の果てから見える真っ白な大地と天を突く世界樹は雄大で見事あった。

しかし感受性が高まっている須賀京太郎からすれば哀しく怒りを沸かせる光景だった。

「退魔士は冷静沈着でなければならない。同情していたら身が持たないと学んだはず」

しかし雄大な光景が哀しかった。

 ヨルムンガンドとフェンリルの残骸が作る山脈にたどり着いて数分後マントになったロキが呪文を唱え始めた、この時に起きた異変について書いていく。

それは白骨の山脈に到着してすぐのことである。須賀京太郎は姉帯豊音とヘルを下がらせた。この時に須賀京太郎はハチ子にこういった。

「ハチ子さん、ナグルファルの中に姉帯さんたちを案内して。何かあったら危ないから棟梁さんとハチ子さんも一緒に下がって」

すると半透明な幽霊ハチ子がこう言った。

「よろしいのですが? 棟梁も私もそれなりにお役にたてると思いますが……」

そうすると須賀京太郎はこういった。

「ありがとうございます。でも何かあったら呼びますよ。姉帯さんたちの護衛よろしくお願いします」

このように語ると須賀京太郎はハチ子から視線を切った。そしてハチ子が何か言うより早く、須賀京太郎はロキにこう言った。

「それじゃあ、始めようかロキ。

 しかしヨルムンガンドとフェンリルは協力してくれるかな? 俺はそこまで人望があるタイプじゃない」

するとマントになっているロキがこう言った。

「どうじゃろうな。

わしの息子たちはそこまで馬鹿じゃねぇから、わしが呼んでおると気付けばすぐに味方になってくれるじゃろうよ……魂が残っておるのならば、じゃけどな。

 まぁ、小僧を利用して復讐をたくらむかもしれんが、しかしそれは小僧の器量でどうにかせぇよ」

すると須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。おもしろそうだった。そうしているとロキが呪文を唱え始めた。

ロキが呪文を唱え始めるのに合わせて、ナグルファルの内部に慌てて姉帯豊音たちが移動を始めた。この時ムシュフシュも一緒に移動している。

須賀京太郎の戦いぶりからして自分の戦力では邪魔にしかならないと理解していた。そうしてロキが呪文を唱え始めたところで二つ異変が起きた。

一つは地獄を囲む白い山脈に。もう一つは須賀京太郎にである。非常にわかりやすい変化は地獄全体に起きた変化である。

というのが世界を取り囲む白い山脈が震え始めたのだ。グラグラと揺れて地震が起きているようだった。これは間違いなくロキの呪文の仕業である。

もう一つの変化はわかりにくかった。なぜなら須賀京太郎の心の中で起きた変化だったからだ。

ロキの呪文が進むにつれて三つの感情が強烈に渦を巻き始めたのだ。一つは怒り。一つは悲しみ。もう一つは責任感である。

この三つが同時に渦を巻いたことで須賀京太郎は一瞬ふらついた。


この場に姉帯豊音が残っていたのならロキの呪文を止めていただろう。なぜなら須賀京太郎の顔色は非常に悪かった。

死人のように真っ白だった。赤く輝く目と白い肌が合わさって幽鬼にしか見えなかった。

 ロキの呪文が完了した後地獄のふちを囲んでいた白骨の山脈が姿を消した、この時の地獄の状況ついて書いていく。それはロキの呪文が完了した時だった。

今まで震えていた白骨の山脈が重力に負けて完全につぶれた。

もともと狼と蛇の巨大な骨格が地獄のふちを囲んでいる状態だった。重力に負けてつぶれていない状態の方がおかしかったのだが、ついにそのおかしさが正された。

すると地獄に真っ白い骨片が舞い上がった。崩れ落ちた白骨の山脈が大地の表面でぶつかり合い砕け散った。

そして細かくつぶれた骨片は空に舞い上がって雪のように散った。

そうして骨片の雪が舞う地獄になったのだが、この光景を一人で眺める須賀京太郎は苦しんでいた。そして苦しんだ挙句、膝をついて甲板にうなだれた。

しかもうめき声まで上げていた。このとき須賀京太郎と一緒にロキがうめき声をあげていた。

それもそのはず、須賀京太郎の胴体そして両足に新しい武具が装着されている。籠手と同じく白骨が素材になっていてバトルスーツと一体化していた。

ヨルムンガンドとフェンリルの情報がロキを経由して須賀京太郎に流れ込んだ結果だった。

そして流れ込んできた情報によって須賀京太郎の内側にある悲しみと怒りの感情が激しく振れた。そうなってロキを苦しめた。

供給されるマガツヒの質が一層良くなった結果である。そうして須賀京太郎の背中に張り付いているマントは余剰マガツヒの放出によって火そのものに見えた。美しかった。


 ロキの呪文が完成した後も須賀京太郎は動けなかった、この時の須賀京太郎の状態について書いていく。

それはヨルムンガンドとフェンリルの魂が須賀京太郎へ注ぎ込まれて四分後のことである。ロキの思惑とは全く異なった状況が生まれていた。

本当ならば地獄に放り出されている巨大な残骸をよみがえらせて小型の霊的決戦兵器との戦いに利用するつもりであった。

しかし呪文の後に出来上がったのはチューニングされた白骨の鎧と白骨のすね当てである。望んだ結果ではない。

しかし間違いなくヨルムンガンドとフェンリルの力である。なぜなら鎧とすね当てにはわかりやすい特徴があった。

鎧の背骨にあたる部分に蛇の背骨が、すね当てには狼の毛が生えていた。また材料となった悪魔を示すレリーフがある。

すね当てには狼の、鎧には蛇のレリーフである。これだけでも想定外だが、問題はもう一つあった。儀式が終了しても須賀京太郎がまったく動かなかった。

ナグルファルの甲板で膝をついてうなだれたまま呻いていた。敗北者のようだった。しかし悔しいわけではない。

新しい力が備わったことによって猛烈な勢いで腹が減っていた。感情のエネルギーは恐ろしいほど湧き出してくるのだ。

喜怒哀楽余すことなく激しく振れている。しかしそれをどうでもいいと思えるほど肉体が乾いていた。スペースシャトルのような状態である。

重力を振り切る出力を持つが、消耗が激しすぎた。そして須賀京太郎はただ耐えるだけになった。

「何でもいいから食べたい」

というところまで既に追い込まれているのだ。何か食えば済む話。だが動かない。下手に動けば自分が彼女を喰らうと確信していた。

抑え込めるのは強烈な責任感を持っているからだ。姉帯豊音と未来を喰らうくらいなら、餓死で結構だった。

 ロキの呪文が完成して七分後ナグルファルを六体の霊的決戦兵器が取り囲んだ、この時に姿を現した六体の霊的決戦兵器について書いていく。

それは地獄から白骨の山脈が失われ骨片の雪が舞い散る地獄が出来上がって数分後のことである。

めまぐるしく変わっていく状況の中で死者たちの船ナグルファルは地獄のふちで命令を待っていた。

なぜなら須賀京太郎とロキがナグルファルの支配者だから。命令もなしには動けない。

しかし当然のことだが、何もない地獄のふちでぽつんと浮かんでいるナグルファルはわかりやすい目標になった。

どうにか出撃準備を完了した地獄の管理者たちは霊的決戦兵器に乗り込んですぐにナグルファルを取り囲んだ。

小型の霊的決戦兵器は当たり前のように空を飛び、当たり前のように音速で行動していた。ナグルファルを取り囲んだのは六体の霊的決戦兵器は小さかった。

一番小さいもので五メートル。一番大きいものでも十メートルに届くか届かないかというところであった。


十四代目の所有する超力超神が三百メートルクラスであるから、小人サイズである。しかし超力超神よりも洗練されている。

そのため何も知らない状態で出会えば巨大なサイボーグとしか思えないだろう。

サイボーグという印象を受けるのは霊的国防兵器たちが生きているような動きを見せるからだ。身振り手振りもそうだが呼吸と間合いの測り方が人間臭い。

またモチーフがわかりやすかった。北欧神話の神それも有力な神を狙ってデザインに取り入れていた。

一番わかりやすいのはハンマーを持った大きな体の霊的決戦兵器だ。どこからどう見ても「トール」だった。

そしてナグルファルを囲んだ六体の霊的決戦兵器だが、なかなか攻撃を仕掛けてこなかった。

囲んだはいいが弱弱しいナグルファルを見つめているだけになった。攻撃を仕掛けない理由は甲板にいた。

それは敗北者のように膝をつき、うつむいている須賀京太郎である。霊的決戦兵器を駆る者たちは不吉と死の空気を察して近寄れなくなっていた。

 霊的決戦兵器六体がナグルファルを取り囲んで数秒後管理者たちは動き出した、この時の管理者達の心境と須賀京太郎の状態に書いていく。

それは地獄の管理者たちがナグルファルを取り囲んですぐのことである。ようやく地獄の管理者たちが覚悟を決めた。

囲むだけ囲んで数秒間を無駄にしたけれど何とか心を決めて攻撃を仕掛けに行った。

「恐怖を乗り越えなければ天国の時は来ない」

と心を決めたのだ。そして

「やってやる。自分たちならばやれる」

と心を硬くしていた。しかし虚勢である。本当は近寄りたくなかった。ナグルファルから放たれている禍々しいオーラを感じて怯えていた。

しかし絶対に排除しなければならない異物と、回収したい存在がいる。理由が理由であるから、どうにか頑張っていた。

そして各々が魔力を高め、攻撃を仕掛けようとした。しかし攻撃を仕掛けようとした瞬間である、須賀京太郎が顔を上げた。

須賀京太郎が顔を上げた時霊的決戦兵器トールを駆る者が

「しまった」

と心の中でつぶやいた。須賀京太郎の「金色の目」が輝いているのを見て罠と覚った。

「恐怖に駆られて冷静さを忘れていた」

油断しきったタイミングで須賀京太郎が顔を上げたのだ。見透かされたのは間違いなかった。しかし反省する必要はない。一番最初に喰われたからだ。

トールを駆る者が最後に見たのはコックピットをぶち抜いて現れた禍々しい金色の目の怪物。

断末魔の瞬間に感じたのは、戦友たちが散り散りになって逃げる気配であった。


 小型霊的決戦兵器トールを撃ち落とした後須賀京太郎は白骨の大地に立っていた、この時の須賀京太郎の状態について書いていく。

それは小型霊的決戦兵器の一つを落としてすぐのこと。須賀京太郎が白骨の大地に着地していた。白骨の大地に着地した須賀京太郎は無事だった。

特に怪我をしている様子はない。少し汚れているだけある。また少し変化があった。

須賀京太郎の装備である。バトルスーツと融合した両足のすね当て、鎧、そして籠手。この三つが赤く染まっていた。血液ではない。

赤い精神エネルギーマガツヒが須賀京太郎から過剰供給されていた。マントになっているロキも同じである。

特に激しく供給されているために火そのもののように見えた。このようになってしまったのは須賀京太郎と白骨の武具たちが共鳴しているからだ。

喜怒哀楽の感情が武具たちと共鳴し制御不能になっていた。また、問題があった。出力が跳ね上がっているため消費が激しかった。

満腹になったその時から既に腹が減り始めていた。しかし、まだ大丈夫だった。白骨の大地に立つその姿はいつもと変わらない。

目が金色に染まっただけである。

須賀京太郎のすぐそばにコックピットが破壊された小型霊的決戦兵器トールが転がっていたが、パイロットの姿はどこにもなかった。

血まみれのコックピットがあるだけだった。


 須賀京太郎が食事をしていた時マントになっているロキが分析を行った、この時行われたロキの分析について書いていく。

それは小型の霊的決戦兵器トールが落ちている間のことである。須賀京太郎が食事をしている間にマントになっているロキが「トール」の分析を行った。

これから須賀京太郎と一緒に地獄を突破してシギュンを目指すロキである。邪魔になる霊的決戦兵器の分析は必須だった。

霊的決戦兵器の分析が進めば進むほど、攻略は簡単になる。また分析の結果がナグルファルへ応用出来るかもしれない。

何が利用できるのかはわからないが、まったく何もしないのはロキの性格上難しかった。

「できることはする。応用できるものはする。発展できるものは先に進めていく」

それがロキだった。そうして分析をしていくロキだが、小型霊的決戦兵器の大きな仕組みをほとんど理解した。

というのがそれほど難しくない造りだったのだ。ロキはこのように見極めていた。

「これはパワーアーマーのようなものじゃな、強化外骨格とでもいえばええか。

拡大された人体の一部……普通のものと違うのは明らかにモチーフが決まっておるところとパイロットにも同じモチーフが強制されておること。

 この小型霊的決戦兵器『トール』の場合ならば、外骨格自体に『トール』の情報を入れることでいったん入れ物として完成する。

 しかしそのままでは動かない。動いてもらう必要がない。悪魔は信用ならん存在じゃから、器として利用するだけにとどまる。

 しかしこのままでは兵器として運用が不能。じゃからパイロットとしての『トール』を組み込むことで脳みそのかわりとし、霊的決戦兵器を動かす。

 同じ『トール』の情報を持つものじゃから、拒否反応は出ない。しかもパイロットは訓練された兵士じゃから、信用できる。

 問題があるとすれば、パイロットを落とされたら即終了ということだけじゃな。

パイロットの育成に時間がかかるが、下手に悪魔を駒にするよりはずっとええじゃろう。しかも大量に生産することも可能。

チューニングしやすい悪魔を見つけさえすれば霊的決戦兵器級の軍隊も夢じゃねぇな。

 しかし今回のトールのパイロットは運が悪かったのぅ。おそらく専用機もちの優秀な兵士じゃったろうに。

こんな地獄に霊的決戦兵器を喰らう怪物がおるとは夢にも思わんかったかな?」

このように見極めたのだが、口には出さなかった。口に出しても応えてくれる存在がいないからだ。流石に一人で結果をつぶやくのはさみしい。

しかしそれほど待つ必要もないだろう。そろそろ食事も終わるからだ。


 霊的決戦兵器「トール」を落として数分後ナグルファルが降りてきた、この時のナグルファルと姉帯豊音について書いていく。

それは小型の霊的決戦兵器の攻略方法と利用方法について須賀京太郎とロキが語り合っている時のことである。

須賀京太郎とロキから離れていたナグルファルがようやく白骨の大地に降りてきた。ゆっくりと空を飛びゆっくりと降りていた。

何か恐ろしいものがあるような動き方だった。しかし須賀京太郎もロキも特に気にしなかった。

戦闘能力の低いナグルファルである。霊的決戦兵器を恐れていると解釈した。

そうして須賀京太郎たちの下へ降りてきたナグルファルだったがなかなかヘルたちが顔を見せなかった。一番に姿を見せたのは姉帯豊音と未来である。

「まっしゅろしゅろすけ」

で身を守りつつ、船の甲板に姿を現していた。彼女に従ってムシュフシュが姿を見せていたがしょんぼりしていた。へこんだ犬のように見えた。

そうして現れた姉帯豊音を見て須賀京太郎は速やかに甲板に飛び乗った。この時姉帯豊音が須賀京太郎の顔を見て引きつった笑みを浮かべた。

須賀京太郎は首をかしげた。なぜひきっつているのかわからなかった。そうして須賀京太郎が困っているとゆっくりとヘルが姿を現した。

背後に棟梁とハチ子が従っている。この時のヘルたちは怯えていた。須賀京太郎をまっすぐに見ていない。露骨に視線を外していた。

須賀京太郎は不思議に思った。そんな須賀京太郎に姉帯豊音がこう言った。

「須賀君、血が……」

流石に察した。するとナグルファルの船員たちは余計に須賀京太郎から目をそらした。血液が恐ろしいのではない。倫理観のない須賀京太郎を恐れていた。


そんな亡霊たちを見て須賀京太郎はこういった。

「何が気に入らない? お前たちを閉じ込めていたのはこいつらだろう? 友達だったか?」

この時の須賀京太郎に冷淡さはなかった。分かりやすくいらだっていた。目的を達成するためには必要な手段だった。少なくともそう考えている。

褒めてほしいわけではない。しかし心がささくれた。普段は違うのだ。普段なら

「自分は納得している。他人が何を思おうと関係ない。離れたいのなら離れて行け」

と割り切れる。しかし感情が増幅されている今は無理だった。自分を制御できていなかった。ポーカーフェイスは完全に失われた。

 須賀京太郎の問いかけから少し後地獄に異変が起きた、この時に起きた変化について書いていく。それは須賀京太郎が苛立ってすぐのことである。

質問を投げられた者たちは黙った。また視線を向ける事もない。これは自然なことだった。なぜなら今の須賀京太郎はあまりにも禍々しい。

もともと魔人であるが、具足をそろえたことで一層強まっている。また金色の目の輝きも常軌を逸した狂気を感じさせ恐怖をあおる。

霊的決戦兵器のコックピットの惨状が視界に入っているのだ。須賀京太郎の正気が疑わしかった。正直に

「霊的決戦兵器を瞬殺したうえに同族を食い殺す怪物が目の前にいるから」

などと答えられるわけもなかった。正直に答えたらたちまち殺されるに決まっている。そうなると無言になるだけである。

しかし無言というのはそれだけで答えになる。質問に対して無言で返された須賀京太郎は悲しげな顔をしてナグルファルに背を向けた。

感情が激しく振れている須賀京太郎だが、理性は失っていない。むしろ理性も同じく高まり冷静になるのも早かった。

そして冷静になれば、責めることはない。ナグルファルの船員たちと姉帯豊音の言いたいことはよくわかった。

そうしてナグルファルに須賀京太郎が背を向けた時だった、マントになっているロキが大きな声を出した。

「小僧! シギュンの気配がする!」

すると須賀京太郎の気配が鋭くとがった。五感を研ぎ澄ませて周囲の状況を探った。しかし何も感じ取れなかった。

須賀京太郎がより深く集中しているとロキがこう言った。

「上じゃ小僧! 上を見よ!」

ロキに促されて須賀京太郎は暗黒の空を見上げた。するとそこには巨大な卵を抱いた巨大な老婆のミイラが浮いていた。

この卵と老婆だが比較対象は世界樹がふさわしい。地獄のど真ん中に生える世界樹の隣に立つと普通の人間サイズに見えるほどの大きさであった。

須賀京太郎などアリにしかならない大きさである。暗黒の空に浮かぶ老婆のミイラと卵は徐々に高度を上げていた。そして急に姿を消した。

幻のように消えたのだ。これを見てロキがこう言った。

「一瞬だけじゃが門が開いたな……」

すると須賀京太郎はこういった。

「あぁ、おそらく現世に移動したはずだ。ちらりとだが、夏の大三角形が見えた。

 どこに移動したのか特定するのは難しいな。範囲が広すぎる。もう少し夜空の星を見上げておくべきだった」

須賀京太郎の話を聞いてロキが小さく笑った。感情が増幅されている須賀京太郎がやや詩人になっているのがおかしかった。

しかしできるだけ抑えてロキはこう言った。

「現世への帰還が急がれるのう。小僧もそうじゃろう? 相手はかなり練度の高い組織体。帝都どころか日本がどうなっておるのかさっぱりわからん。

 急ぎ帰還を果たさねば」

すると須賀京太郎はこういった。

「そうだな。しかしどうやって現世へ帰還する?

 支配権がどうの言っていたが……?」

するとロキが笑った。そして

「心配するな、わしに考えがある」

といった。須賀京太郎は軽く微笑んだ。頼りになった。まったく二人は離れるつもりがなかった。

須賀京太郎の目的は姉帯豊音を守ること、ロキの目的はシギュンの解放。この二つの目的は重なり合っている。離れる理由がかけらもなかった。


 須賀京太郎とロキがこれからの話を始めた時、老婆が話しかけてきた、話しかけてきた老婆と須賀京太郎の会話について書いていく。

それはマントになっているロキが次の行動について提案しようとした時であった。

ナグルファルに背を向けている須賀京太郎に見知らぬ老婆が話しかけてきた。年を取った乾いた声だったが、威厳があった。また少し強い口調だった。

背を向けて先に進もうとする二人を引き留める強さがあった。老婆はこう言っていた。

「よろしいですか、お二人とも?」

声をかけられた須賀京太郎はかなり驚いていた。というのも気配が全くしなかったからだ。

あわてて振り向いてみるとヘルの一歩前に着物を着た老婆が立っていた。若干透けているがほとんど人間にしか見えなかった。

身長が百五十センチほどで髪の毛が真っ白。老舗旅館の女将さんのような雰囲気があった。身長の高いヘルの前に立つ老婆は堂々としていた。

背筋がピシッとしていて、おびえているヘルと並ぶと余計に際立った。この老婆を見て須賀京太郎は一歩引いた。

須賀京太郎をじっと見つめる老婆の目に威圧されていた。染谷まこのようだった。見た目の問題ではない。老婆のまとう雰囲気の問題である。

相性の問題でかなわないと悟った。一歩引いた須賀京太郎だが、受け答えはできていた。こういったのだ。

「なんでしょう」

すると老婆が軽く頭を下げて自己紹介をした。

「ナグルファルのまとめ役の一人に選ばれました、『梅』と申します。よろしくお願いいたします」

自己紹介を受けた須賀京太郎は少しあわてた。動揺が隠しきれていなかった。叱られると思ったからだ。しかしすぐに自分を律して自己紹介で返した。

「須賀京太郎です。よろしくお願いします」

このようにして霊的決戦兵器トールの残骸の近く、ナグルファルの甲板で自己紹介が行われたのだった。妙な感じだった。

 自己紹介が終わってすぐ後のこと須賀京太郎の身なりを梅がただした、この時の須賀京太郎と梅について書いていく。

それは須賀京太郎が自己紹介を終えて直ぐのこと。須賀京太郎の顔をじっと見つめていた梅が小さく首を横に振った。若干機嫌が悪くなっていた。

これを見て須賀京太郎は少しおびえた。特に理由はない。須賀京太郎がおびえていると幽霊の老婆・梅がこう言った。

「口元がというより顔が返り血で真っ赤ですよ。すぐに拭いたほうがよろしい。手ぬぐいは?」

老婆の梅に問われると須賀京太郎は首を横に振った。小さく何度も振っていた。すると須賀京太郎の様子を見て幽霊の老婆・梅が手ぬぐいを差し出してきた。

そして梅はこういった。

「これで拭くといいでしょう。それではレディーの前に立てません、男前が台無しです」

そうして差し出された手拭いを須賀京太郎は

「ありがとうございます」

といって受け取った。手ぬぐいを受け取る時の須賀京太郎はただの少年に戻っていた。自分に優しくしてくれる梅が嬉しかった。

また、手拭いを貸した梅だが微笑んでいた。須賀京太郎のポーカーフェイスが消滅しているため、心境が読みやすかった。

そして須賀京太郎は返り血を綺麗にしていった。手ぬぐいが真っ赤に染まっていたが、それはしょうがないことだった。

 手ぬぐいで返り血を綺麗にした後須賀京太郎はひどい頭痛に襲われた、この時の須賀京太郎とロキについて書いていく。

それは須賀京太郎が梅の手拭いできれいになった直後ある。真っ赤に染まった手拭いを須賀京太郎が梅に返していた。

血液が大量に染み込んだ手ぬぐいである。ひどいシミになって使えないような気もするが、一応は返していた。

これはだれの目から見ても明らかな惨状だった。洗っても使う気にはなれないだろう。ただ、梅は違った。

手ぬぐいを受け取ると、軽く指を振って血液のシミを飛ばしていた。そして血液のシミがなくなった手拭いを懐にしまっていた。

梅の行動を見て須賀京太郎は目を大きく開いた。見事なマグネタイト操作術だったからだ。須賀京太郎が驚いていると梅が教えてくれた。


「私の母はいわゆる『悪魔』だったのです。戦う技術はさっぱりでしたけれど、こういう技術はたくさん教えてくれました。

 昔は今よりもずっと不便でしたからね。教えてもらった技術は役に立ちましたよ。日露戦争が終った頃ですからそれはもう助かりました」

梅が教えてくれると須賀京太郎は何度かうなずいた。非常に感心していた。梅のように日常生活に根差して、しかも見事な技術は須賀京太郎の世界を広げた。

「こういう使い方もあるのか、しかも見事な技量。ハギヨシさんたちも相当な技量だが、全く負けていない。

 世界は広い。こういう応用もあるのか」

と思うと胸がわく。ただ、この時であった。須賀京太郎の昂ぶりに合わせてひどい頭痛が起きた。痛みを感じた瞬間から、脂汗が止まらない。

かろうじて両足で立っていたけれど強く押されたら簡単に倒れてしまうだろう。須賀京太郎が苦しみ始めるとロキがあわてた。ロキはこういっていた。

「まずいっ! 共鳴がきつすぎる! ヘル! ちょっとこっちへ来い! 小僧を抑えよ!」

この時のロキのあわて方というのはひどかった。大きな声でとげがある。しかししょうがないことだった。

このまま共鳴が高まれば、須賀京太郎が武具に飲まれる可能性があった。それは避けたかった。


 激しい頭痛から数分後須賀京太郎の調子が戻ってきた、この時の須賀京太郎の状態について書いていく。

それは須賀京太郎の共鳴が治まってからのことである。須賀京太郎の頭痛は消え去った。脂汗が出てくるほどの痛みだったが、嘘のように引いていた。

これで何の問題もないとなればよかったが、ほんの少し変化が起きていた。頭痛が引いた後須賀京太郎は焦っていた。視線が定まらない。

呼吸も若干乱れている。というのが、頭痛が治まってから狼と蛇の幻影が見えるようになったのだ。

大型犬サイズの狼の幻影と、十メートルクラスの蛇の幻影である。しかしどちらも幻影で間違いない。

なぜならナグルファルの船員たちと幻影がまったくぶつからない。須賀京太郎にもぶつかっていたがまったく何の痛みもなかった。間違いなかった。

しかし幻だとわかると余計に自分の正気を疑いたくなった。頭の痛みを経験してからの幻である。

しかもヨルムンガンドとフェンリルの力を手に入れてからの幻影だ。楽観視するのは難しくただ焦りがわいてきた。

須賀京太郎に異変が起きているとほかの者たちもすぐに察した。ポーカーフェイスなどどこにもないのだ。バレバレだった。

 須賀京太郎が焦り始めると姉帯豊音が声をかけてきた、この時に行われた須賀京太郎と姉帯豊音の会話の様子について書いていく。

それは狼の幻影と蛇の幻影が須賀京太郎の足を通り抜けてみたり、ナグルファルを駆けて遊んでいる時のことである。須賀京太郎は深呼吸を繰り返していた。

何度も深呼吸を繰り返して心を落ち着かせようとしていた。しかし深呼吸を繰り返してみたところで幻影は消えなかった。

そうしていると未来を抱いている姉帯豊音が話しかけてきた。須賀京太郎をまっすぐに見つめてしっかりとした口調だった。こう言っていた。

「大丈夫? 顔色が悪いよ?」

話しかけられた須賀京太郎は視線を逸らした。一瞬姉帯豊音と目が合ったが、目を合わせていられなかった。

そして深呼吸をやめてナグルファルの船員たちに背を向け、こういった。

「大丈夫です。ちょっと気分が悪くなっただけです」

このように答えるとナグルファルの甲板に須賀京太郎は座り込んだ。そして白骨の大地をじっとにらんだ。自分の異変を覚らせたくなかった。

すると姉帯豊音がこう言った。

「でも、すごい汗だし……あのね須賀君。ムシュフシュちゃんとヘルちゃんが少しなら回復魔法を使えるらしいから、使ってもらったら?」

誰の目から見ても問題が発生している須賀京太郎である。姉帯豊音は心配していた。しかし甲板に座り込んでいる須賀京太郎はこう言った。

「ありがとうございます。でも大丈夫です。後、申し訳ないんですけど、ナグルファルの内部で加護を発動させて待機しておいてください。

さっきは楽に倒せましたけど次は警戒してやりにくくなるでしょうから」

まったく姉帯豊音を見もしなかった。というのも姉帯豊音たちは護衛対象であって、戦友ではない。情報の共有は必要なかった。


すると姉帯豊音はこういった。

「うん……それなら、未来と一緒に隠れてるよ。邪魔してごめんね」

このように答えた時姉帯豊音は非常に悲しげだった。親しくなった須賀京太郎の心が離れつつあるのを察した。

ナグルファル内部に引っ込もうとする姉帯豊音にムシュフシュがしたがった。肩を落として歩く姉帯豊音に従うムシュフシュも元気がない。

姉帯豊音同様に肩を落として歩いていた。役に立てないことを悲しんでいた。姉帯豊音と一緒である。

そして彼女らが甲板から姿を消そうとした時須賀京太郎がこんなことを言った。

「信用してもらえないでしょうが、任務はやり遂げます。

 確かに俺は怪物です。しかし退魔士としての自負心があります。数か月間の修業と先輩の教えが俺に誇りと自覚をくれたんです。

 言葉だけで信用してもらえるとは思っていませんが、必ず姉帯さんを帝都に連れ帰り、日常へ送り届けます。

 それだけです……ですから、もう少しだけ大人しくしておいてください。帝都に帰還できれば信用できるヤタガラスに引渡し、俺は離れて護衛につきます。

それまで辛抱してください」

須賀京太郎はそれ以上語らなかった。そしてじゃれついてくる狼と蛇の幻影を眺めた。須賀京太郎の言葉を聞いた姉帯豊音は振り返った。

振り返ってみたはいいが口が動かなかった。

「違う、そういう事じゃない。仲間として頼って欲しい」

言いたかったが出てこなかった。須賀京太郎の性格をほとんど把握できている姉帯豊音である。仲間と認めない限り頼ってこないと知っていた。

だから何も言えなかった。そして何も言えない姉帯豊音は亡霊のまとめ役老婆の梅に促されて甲板を後にした。この時の梅は優しかった。

須賀京太郎のようなタイプをよく理解していた。そして姉帯豊音のような子の願いを叶える方法も。

 ナグルファルの内部に姉帯豊音たちが引っ込んだ後須賀京太郎とロキが作戦会議をした、この時に行われた作戦会議の様子について書いていく。

それは姉帯豊音と未来、そして番犬ムシュフシュがナグルファルの内部に引っ込んですぐのことだった。微妙な空気を無視して、ロキが話しかけてきた。

ロキはこう言っていた。

「では小僧、地獄を脱出するための計画を伝えよう。まず必要なのは『力』じゃ。これがなければ地獄を突破することは出来ん。

小僧もワシも現世に通じる門を開くほどの力はない。おそらくハチ子の門も同じじゃろう。

 そこでじゃ、わしらはヘルの支配権を取り戻さねばならん。今のヘルは支配権を奪われておる状態。

この地獄自体がヘルの力を利用して作られたものじゃから、奪い返せば返すほど我が娘の力は強大となるじゃろう。

この地に眠る亡霊たちがそのまま娘のモノになるわけじゃからな。

 そうなれば、現世への門を開くのも容易い」

空気を無視して話すロキの口調には力があった。少しも自分の作戦を疑うところがない。須賀京太郎に気を使ってくれていた。

須賀京太郎と姉帯豊音の間に微妙な空気が流れているのを察して、無理に力を込めたのだ。下手に首を突っ込んでも悪化するだけだと理解していた。

ここはあえて無視して進めることが必要だと知っていた。話しかけられた須賀京太郎はこういった。

「支配権を取り戻すのは了解……だが取り戻すというのは、落下中に見つけた六つの砦を落とすという事か? それとも力を持つ悪魔を始末する方向か?」

少しだけ元気が戻っていた。ロキの優しさを受け取っていた。対等な優しさがうれしかった。

そうして須賀京太郎の気分が変わってきたと見抜くとロキがこう言った。

「一番ええのは両方じゃな。

 じゃが、武器を壊すだけでも構わんじゃろう……おそらくな。地獄の支配権は、わしが見たところ王権の象徴として物質化されておる。

そこに転がっておる『トールのハンマー』のように。

 欲を言うとな砦もぶっ壊すのがええ。ナグルファルの材料になる。しかし何にしても残りの霊的決戦兵器を始末する必要があるじゃろう。

もしもわしならば一番安全なところに支配権を配置するじゃろうからな。安全な場所というのがあるとすれば、そりゃあもう砦の内部、霊的決戦兵器の近くじゃろ? 

 作戦は簡単じゃな。わしらはこれから六つの砦に攻め入り王権を奪い返す。抵抗するものは倒す。倒したら現世へ帰還する」

ロキの計画を聞いて須賀京太郎が少しだけ笑った。小さな笑い声だった。しかし楽しそうだった。わかりやすくて好みだった。そして元気を取り戻した須賀京太郎はこういった。

「それなら一番は『トール』からだな。既に霊的決戦兵器は始末している。王権とやらを奪い返せばおわりだ。さっさとやろう」

するとロキが笑った。須賀京太郎が元気になってきたのがうれしかった。

 計画を決定して数分後須賀京太郎はハンマーをぶっ壊した、この時に起きた変化について書いていく。

それは計画に須賀京太郎がうなずいてすぐのことである。地獄の支配権を奪い返すと決めると須賀京太郎とロキは速やかに動き出した。

ナグルファルの甲板から飛び降りて、小型の霊的決戦兵器の残骸へ須賀京太郎は進んでいった。一番に始末したトールの支配権を奪い返すためである。

巨大なハンマーが奪われた支配権だとロキがいうので、それを獲りに向かったのだ。そうして残骸の近くに落ちていたハンマーの前に須賀京太郎がたった。

目の前に立ってみるとわかるが、ハンマーの大きさが尋常でない。ハンマーの柄の部分だけで須賀京太郎よりも太く高い。ハンマーの頭部もまた大きく太い。

おそらく頭部の重さだけで乗用車を薄くできるだろう。そんなハンマーの前に立った須賀京太郎はこんなことを言った。

「本当に壊せばいいんだよな? これが壊れたらヘルの力もなくなる、みたいなのは勘弁だよ?」

するとロキはこういった。

「壊してくれたらええぞ。これは代理印みてぇなもんじゃからな。失われたらそれで終わりよ」

ロキの答えを聞くと須賀京太郎は右足でハンマーを蹴り上げた。特に気負うことはなかった。思い切りけり上げていた。

打ち上げられた巨大なハンマーはサッカーボールのように空中に飛んでいった。そして空中で塵に変わった。打ち上げられてようやく衝撃が伝わったのだ。

このようにしてハンマーが塵に変わった瞬間だった。地獄が割れた。白骨の大地が六つに割れたのだ。板チョコがパキッと割れるような軽い勢いだった。

そして割れた大地はそれぞれ別方向に向かって浮かび上がっていった。

昔と変わらない位置にあるのは須賀京太郎たちがいる大地と天を貫く世界樹だけである。上昇を始めた五つの大地の断片は、空中で球体に変わった。

卵のような形だった。もともと白骨の大地は無数の残骸で出来上がった物。これが一つにまとまると真っ白な卵そのものだった。

そして砕かれた大地は卵のような形をとると上昇をやめて動かなくなった。こうなると異界はより奇妙である。暗黒の宇宙が上にあり、輝く海が下に広がる。

空と海の狭間に世界樹があり世界樹の周りには五つの卵が浮かぶ。しかも卵は白骨の集合体。世界樹だけが北欧神話の名残である。

この世界を見て地獄だったと理解できるものはいないだろう。

 地獄の形が大きく変化した後、須賀京太郎たちに向けて五つの卵が攻撃を仕掛けてきた、この時に行われた攻撃について書いていく。

それは地獄が変化して十秒ほど後のこと。世界樹の周囲に浮遊していた巨大な卵が動き出した。今までは黙って浮遊するだけだったのだ。

しかしそれが急ににぎやかになった。五つの卵のどれもがドンチャン騒ぎを始めている。音楽が鳴り響き、歌声が聞こえてくる。

しかも結構な大音量だった。相当距離があるはずのナグルファルと須賀京太郎にも聞こえていた。

また、目を凝らすとわかるが白骨の卵たちの周りの空間に異変が起きている。景色がゆがんでいるのだ。蜃気楼のようにぼんやりと歪んでいた。

ただ、歪んでいるだけならば問題ないのだ。歪みの中でありえない現象が起きていた。

たとえば火が噴き出ていたり、水が生まれたり、稲妻がとどろいたりしている。これが巨大な白骨の卵の周辺で連続して起こる。一つの卵だけではない。

すべての卵の周りで起きていた。まったく奇妙な卵としか言いようがなかった。しかし攻撃なのは間違いない。なぜなら悪意ある魔力が垂れ流しになっていた。

隠す気が全くなかった。徹底抗戦の構えであった。


 巨大な五つの卵が攻撃準備を始めてすぐ須賀京太郎とロキが迎撃準備を始めた、この時に須賀京太郎とロキが選んだ迎撃方法について書いていく。

それは大人数での呪文詠唱を巨大な白骨の卵が始めてすぐのことである。ナグルファルの甲板に帰還していた須賀京太郎がヘルたちに命令を出した。

須賀京太郎はかなりあわてていた。こういっていた。

「急いでナグルファルを動かせ! この大地ごと大魔法でぶっ壊すつもりだ!」

須賀京太郎の命令が飛んだが、ナグルファルの船員たちは動けなかった。命令を受けてかなりあわてていた。

それもそのはずで、状況判断が全くできていなかった。地獄の状況ががらりと変化したこと、支配権が戻ってきたこと、須賀京太郎があわてる理由。

問題が多すぎて処理しきれていなかった。乗組員の中で一番素早く情報を処理していたハチ子でさえ、支配権が戻ってきたところまでしか理解できていない。

急に逃げろと言われても困るだけだった。そうして船員たち以上に須賀京太郎が困った。動きが鈍すぎた。そしてすぐに青くなった。

「戦い慣れしていない」

と思い出していた。そして須賀京太郎は下唇をかんだ。船員たちが戦いに向いていないと思い出して須賀京太郎は二択を迫られたのだ。

二択とは、ナグルファルを見捨てて姉帯豊音と未来だけを守るか、それとも期待できない奇跡を起こすか。実質一択である。

しかしこの決断を下すよりも早くロキが妙案をくれた。こう言っていた。

「小僧! 共鳴を高めろ! 心をふるわせろ! わしが撃つ!」

ロキの声は力強かった。ロキの力強い声をきいて須賀京太郎は上を見た。須賀京太郎の視線の先には膨大な魔力をたぎらせる巨大な五つの卵がある。

あと数秒もすれば大地を消滅させるほどの魔法が四方八方から放たれるだろう。大切なものを持って逃げるのが一番のはず。しかし須賀京太郎は目を閉じた。

賭けてみることにした。ロキが何をするのか須賀京太郎にはわからない。しかし全て見捨てて逃げるよりはましな結末と考えた。そして目を閉じて

「守るのだ」

と念じた。すると集中力が高まった。心の中の無駄なものが削がれていった。激しく振れる喜怒哀楽が失せた。しかし力は満ちてくた。

不思議だったが、心がまとまる理由を考えなかった。今はただ、利用できると割り切った。さらに集中力を得るため、より具体的に守りたいものを念じた。

「自分の背にはナグルファルと姉帯豊音と未来の命がかかっている」

すると空腹が忘却の彼方へと消え去った。あらぶっていた感情は完全に統一された。

というのが、精神集中を完了し目を開けた時須賀京太郎の目の色が「赤く」輝いていた。須賀京太郎の出力は過去最大に高まっていた。

 須賀京太郎の精神集中が完了して数秒後五つの卵とロキの魔法がぶつかり合った、この時の地獄の状況について書いていく。

それは強烈な責任感をバネにして須賀京太郎が精神集中を完成させた直後である。地獄の空に浮かぶ五つの卵たちが攻撃準備を完了させた。

というのが、五つの卵の周辺に数えきれない半透明な球体が浮いていた。半透明な球体の内部には小さな粒らしきものが高速で移動しているのが見えた。

巨大な卵と比較すると小さな球体にしか見えないが、一つの球体がナグルファルよりも大きかった。

この小さな弾丸の集まり、この魔法の正体とは一切の情報を分解する「メギドラオン」という魔法である。

この魔法に晒されれば肉体を構成する情報は解かれて消える。上級悪魔の中でも力を持つものでなければ使えない魔法であった。

これが数えきれないほど卵の周りに生み出され、ナグルファルを狙っていた。普通なら生きていられない状況。しかしこれに対する者がいた。

ナグルファルの甲板で集中を完成させている須賀京太郎とロキである。そしてぶつかり合いの時が来た。

きっかけは戦場の空気におびえたヘルが息をのむ音だった。もしくはもっとどうでもいいようなものが引き金になった。しかし間違いなく引き金は引かれた。

引き金が引かれると巨大な五つの白骨の卵から至高の弾丸の雨が発射された。これに対してロキが一発の弾丸で応えた。

撃ち出す前にロキはこういっていた。

「『ラグナロク』」

雨あられのように降り注いでくる弾丸に対するロキの弾丸は一発。どう考えても勝てるわけがない。

しかし、雨あられのように降り注ぐ弾丸は一発たりともナグルファルに着弾しなかった。ロキの生み出した魔法がナグルファルを球状に包み込んだのだ。

薄い火の膜のように見えるロキの魔法だが、一発たりとも弾丸を通さない。むしろ薄い火の膜に触れた弾丸がダメになっていた。

火の膜に触れたその場で焼き滅ぼされていた。しかし、ナグルファルが着地している大地はダメになった。

雨あられのように降り注いだ弾丸が大地を食い荒らし消し飛ばした。守れたのはナグルファルだけだった。また、ゆっくりもできなかった。

すぐに移動する必要があった。数発は「ラグナロク」で焼き滅ぼしたが生きている弾丸が多すぎた。

しかもあと十秒ほどで「ラグナロク」はエネルギー不足で消えるだろう。須賀京太郎とロキのマグネタイト容量の問題である。できるだけ素早く次の動きに入る必要があった。


 須賀京太郎とロキが追い込まれた時ナグルファルが動き出した、この時に操縦を担っていた者について書いていく。

それは至高の弾丸と弱い火の膜がぶつかり会っているさなかである。須賀京太郎たちはほぼ詰んでいた。

というのが須賀京太郎とロキは弱弱しい「ラグナロク」を発動させるので精一杯である。

須賀京太郎は極限の集中状態にあり、ロキは呪文の詠唱を止められない。確かに「ラグナロク」の威力はすさまじい。

メギドラオンの弾丸を滅ぼすほどである。ただ、相手も馬鹿ではない。大量の弾丸がエネルギー切れを待ち始めた。勝負を急ぐ必要がない。

地獄のマグネタイトはいまだ彼らのモノなのだ。ゆっくりと追い詰めていけばそれで終わる。すぐにナグルファルが動き出せるのならば良い。

しかし残念なことに動けない。ナグルファルを創ったヘル、側近のハチ子たちは状況を理解するので精一杯で、どう動けばいいのかがわからない。

これがゆっくりと話し合える状況ならば良い。時間の許す限り話し合えば良い。しかし須賀京太郎たちがいる戦場は数秒の読み間違えで即死の場。

須賀京太郎が命令を出せるのならばいいが、集中状態を維持するので精一杯、ロキもまた同じ。ほとんど詰んでいた。

マントになっているロキもこの状況になると予想していた。しかし自分の娘ヘルが機転をきかすと期待していた。

しかし戦い慣れしていないのと須賀京太郎とロキへの信頼感からヘルの判断力は鈍っていた。だが、この場にあって冷静に状況を把握できていたものがいた。

姉帯豊音である。須賀京太郎たちが集中状態になって迎撃を始めた時にはすでに、ナグルファルの操縦桿へ走っていた。

「まっしゅろしゅろすけ」

を変形させて未来を背負い駆ける姿は凛々しかった。須賀京太郎とロキが魔法を発動させて二秒後のことである。姉帯豊音が操縦かんを握って叫んだ。

「ナグルファル! 全速全身! 目標、骨の卵!」

叫ぶ姉帯豊音の声に普段の優しさはない。命令を部下に打ち込む力強い意志があった。この姉帯豊音の命令にナグルファルがしたがった。

力強い声、迷いのない目標が亡霊たちの尻を叩いた。そうして最後まで残っていた白骨の大地からナグルファルは飛び立った。

運転はこれ以上ないほど荒々しかった。

 ナグルファルが飛び立って数秒後ナグルファルの船員たちが呆けていた、この時のナグルファルの船員たちと姉帯豊音の様子について書いていく。

それはナグルファルが動き出してすぐのこと。須賀京太郎とロキの「ラグナロク」の守りが徐々に薄く弱くなっていった。

集中している須賀京太郎の顔色も同時に悪くなっている。それもそのはずで、須賀京太郎の消費してもいいエネルギー量を越えている。

肉体を構成するエネルギーさえも魔法に回していた。やりすぎれば死ぬだろう。ただそれでも魔法を維持していられるのは責任感からである。

ここで発動を止めれば即座にナグルファルはハチの巣になる。何としても守り抜くと心に決めて集中を行った須賀京太郎である。退路はなかった。

たとえ滅び去ったとしても維持し続ける決意があった。そしてこの決意に報いるものがいた。姉帯豊音である。

ナグルファルの操縦桿を握った姉帯豊音は浮遊する卵の一つに舵を取った。何の迷いもなかった。そして当たり前のように加速を始めた。

全く止まる気配がない。何を狙っているのか誰にでもわかった。ナグルファルを使っての体当たりだ。狙われた卵は逃げようとした。

「ラグナロク」の守りがあるナグルファルである。ただの体当たりではない。逃げなくてはならなかった。しかしナグルファルの方が素早かった。

船として創られた分だけ素早かったのだ。そして浮遊する卵の一つにナグルファルが衝突した。そしてそのまま卵のど真ん中へ侵攻していった。

卵の殻である白骨たちは少しもナグルファルを止められなかった。「ラグナロク」の威力とナグルファルの勢いのためである。

こうして特攻を決めた姉帯豊音は操縦桿を握りしめたまま、膝をついた。そしてうつむいた。非常に息が荒かった。震えていた。

自分の賭けが成功してほっとして力が抜けたのだ。そしてそんな姉帯豊音を見てナグルファルの船員たちがかたまっていた。

目を大きく見開いて全く動けない。未来をあやしてほほ笑んでいる姉帯豊音しか知らなかったからだ。


 巨大な卵の中枢にナグルファルが侵攻して数秒後須賀京太郎とロキが魔法を止めた、この時の須賀京太郎とロキの状態について書いていく。

それは姉帯豊音の操縦によってナグルファルが巨大な卵の中枢に侵入して三秒後のことである。

ナグルファルを包み込んでいた「ラグナロク」の火の膜が失われた。

これはナグルファルが中枢部に突入したのを察したロキが、これ以上必要ないと判断した結果である。

しかしこの判断がなかったとしても須賀京太郎とロキは魔法を維持できなかった。須賀京太郎とロキを見ていればわかる。

マガツヒの循環がなくなっているのだ。今の須賀京太郎とロキはからからに乾いて死に掛けだった。ナグルファルを窮地から救うために無理をし過ぎた。

しかし必要な対価だった。そして魔法の維持をやめた須賀京太郎は膝をついて動けなくなった。上半身は起き上がっている。

しかし須賀京太郎の頑張りではない。ヨルムンガンドの鎧が須賀京太郎の背骨を支えているのだ。須賀京太郎を呼吸させるためである。

 須賀京太郎が動けなくなってすぐ姉帯豊音が助けに向かった、この時の姉帯豊音について書いていく。それは須賀京太郎が膝をついてすぐだった。

操縦かんを握っていた姉帯豊音が顔を上げた。とんでもない賭けに勝利した興奮と恐怖の中にあった姉帯豊音だったが感覚は冴えていた。

ナグルファルの甲板から聞こえてきた金属の擦れる音と、骨のきしむ音から何が起きているのか予想できていた。

そして顔を上げた姉帯豊音は操縦桿を支えにして立ち上がった。立ち上がった姉帯豊音は動けなくなっている須賀京太郎を見つた。

見つけるとすぐに、駆け寄っていった。無理やりな侵入を行ったせいでナグルファルが若干傾いていたが、姉帯豊音は無事に走り切れていた。

そして走り切ってたどり着いた姉帯豊音は須賀京太郎の肩をつかんだ。そしてこういった。

「私のマグネタイトを須賀君に分ける。

 私だって幹部の娘。大幹部の血脈は伊達じゃない。

 それと、ちょっと見た目が怖いからって嫌いになるなんて思わないで」

須賀京太郎の肩に触れている姉帯豊音の手からエネルギーが注ぎ込まれていた。流石に大幹部の血脈、簡単に須賀京太郎のエネルギーを補充して見せた。

補充が完了すると須賀京太郎から手を離した。須賀京太郎ひとり分のエネルギーを分けたというのに姉帯豊音はびくともしていなかった。

エネルギーの補充を受けた須賀京太郎は黙っていた。うつむいて何も言わなかった。強烈な喜びのためだ。自分の味方でいてくれることがうれしかった。



 姉帯豊音が補充し終わってすぐ須賀京太郎の姿が一瞬ぶれた、この時に須賀京太郎が行った戦闘行為について書いていく。

それはほんの一瞬の出来事である。須賀京太郎が感動でうつむいている時のこと。

ナグルファルの真上約百五十メートルのところに小型の霊的決戦兵器が白骨に紛れて隠れていた。

隠れている霊的決戦兵器はトールよりも小さく全長八メートル。巨大なサイボーグという印象はトールと変わらない。

これは基本骨格と設計思想が同じためである。しかし目に特徴があった。両目がうっすらと光を放っていた。ただ、須賀京太郎のような輝きではない。

サーチライトのような光具合だった。この白骨に紛れる霊的決戦兵器はライフルのような武器を構えていた。照準は既に須賀京太郎をとらえている。

すでに引き金に指がかかっている。後は引くだけだった。しかし出来なかった。須賀京太郎の姿が照準から消えたからだ。

一番の標的がいなくなると隠れている霊的決戦兵器はあわてた。すぐに探そうとした。しかし無意味だった。

探そうとした瞬間にパイロットの命が刈り取られ、武器のライフルが砕け散ったからだ。須賀京太郎の仕業である。

ナグルファルの甲板から霊的決戦兵器の殺意を察した須賀京太郎が飛び上がり、コックピットを殴りぬけた。

そしてパイロットを打ち抜いた勢いのまま、武器の破壊に赴いた。そして問題なく完了したのだ。これが瞬きの間に行われた。

姉帯豊音が与えてくれたエネルギーと感動のおかげである。


 巨大なスナイパーを始末した後須賀京太郎と姉帯豊音が会話をした、この時の二人の会話について書いていく。

それは白骨の中に潜んでいた敵を倒してすぐのことである。ナグルファルの甲板に須賀京太郎が戻ってきた。

甲板に戻ってきた須賀京太郎は二本の脚でしっかりと立っていた。また、姉帯豊音をしっかりと見ていられた。

しかし須賀京太郎は非常に恥ずかしそうだった。気を使わせたのが恥ずかしかった。そうしていると「金色の目」の禍々しさも和らいだ。

そうして須賀京太郎に見つめられている姉帯豊音だが、ほほ笑んでいた。まっすぐに自分を見つめる須賀京太郎が戻ってきたからだ。

そして戻ってきた須賀京太郎に姉帯豊音はこんなことを言った。

「あんまり『姉帯』の娘を舐めないで。いざとなれば私だって役目を果たすよ。

 全部を一人でやる必要はないんだよ。分担できるところは分担しよう?」

すると恥ずかしそうにしていた須賀京太郎が申し訳なさそうな顔をした。自分の失敗を自覚していた。

自分の失敗を認めるのは難しかったが、受け入れていた。もっと頼ればよかったと思った。そして須賀京太郎はこう返した。

「はい。すみませんでした」

しょんぼりとする須賀京太郎である。年相応に見えた。またあまりにもわかりやすいしょんぼり具合のため、ナグルファルの船員たちは驚いた。

そんなしょんぼりしている須賀京太郎に姉帯豊音がこう言った。

「いいよ。私も強く言わなかったし……でも、次からは私に……私たちに頼ってね。『まっしゅろしゅろすけ』は須賀君を好いている。

しっかり守ってくれるはずだよ。

 ナグルファルだってしっかり指示してあげれば動いてくれるよ。みんな初めて戦うみたいだからおびえているだけ」

このように姉帯豊音が語ると須賀京太郎は黙って何度もうなずいた。この時の須賀京太郎は嬉しそうだった。

前向きに一緒に戦ってもらえるのがうれしかった。それがたとえ上っ面だけのモノでもよかった。

「嫌われる要素しか自分にはない」

強大な暴力に強烈な思想。修羅場を切り抜けるためなら同族を喰らうことも良しとする怪物。仲良くしたい相手ではない。

わかっているからこそ一緒に戦うと言ってくれるのがうれしかった。

 巨大な卵の中に突入してから十分後ロキがヘルに命令を出した、この時のロキの命令とヘルの対応について書いていく。

それは須賀京太郎に姉帯豊音が一緒に戦うと伝えてからのことである。マントになっているロキが咳ばらいをした。ゴホンゴホンと非常にわざとらしかった。

そうして咳ばらいをしたロキは威厳たっぷりにこう言った。

「さて、小僧とお嬢ちゃんが落ち着いたところで、わしらの仕事をやらんとな。

 我が娘ヘルよ! 小僧によって二つ目の封印が破壊された。『ヘルヘイム』の能力も強化されナグルファルはさらなる段階へ進められるはずじゃ!

 これからの激戦に備えナグルファルを強化せぇ!」

マントになっているロキが命令するとヘルがビクついた。表情は無表情のままだが、かなりおびえていた。当然で、自分たちが失敗したと理解していた。

自分たちというのはナグファルの船員たちという意味である。絶対に叱られると思っていた。ただ、それがなかったのでほっとした。

そんなヘルだが命令を受けると動いた。心をすっと切り替えてナグルファル強化に向けて動き出した。失敗したと思っている事もあり、

「次こそは」

という気持ちになっていた。そうしてやる気を見せたヘルは両手を天に向けた。そしてこういった。

「私の奪われた子供たち、かわいい私の子供たちよ。

 今こそ再会の時! 屈辱の時は過ぎ去った!

 我が王のもとに集い、ナグルファルとなり、最終戦争の場へ赴くのだ!」


すると白骨の卵全体が震え始めた。特にナグルファルのいる中枢部分の揺れがひどい。ぐらぐらと揺れた。揺れ始めると姉帯豊音は立っていられなくなった。

しかしすぐに須賀京太郎が支えたので問題はなかった。このように白骨の卵が震え始めるとマントになっているロキが大きな声を出した。

「小僧! ヘルが強化を完了するまでナグルファルを死守するぞ! わしらが支配権を奪い返していると奴らも気づいておるはずじゃ!

 六つのうち二つ奪い返した今、奴らも必死になるぞ!」

マントになっているロキはそれはもう大きな声を出していた。怒っているわけではない。周囲がものすごくうるさいのだ。

ぐらぐらと揺れる白骨の卵自体がまずうるさい。骨と骨がぶつかり合って四方八方マラカス状態である。

そしてナグルファル自体も建築現場のような音が鳴り響いている。復活してくる亡霊たちの歓喜の叫びも相まって自分の声も聞こえない。

そんな状態なものだから、マントになっているロキはかなり大きな声を出していた。

 五つあった白骨の卵の一つがヘルの支配下に置かれて数秒後地獄の勢力が対応を始めた、この時に行われた管理者たちの対応について書いていく。

それはナグルファルが警戒を強めている時であった。暗黒の空に浮かぶ四つの白骨の卵が動き出した。

須賀京太郎たちに奪われた卵から距離を取ろうとしていた。空を飛ぶシャボン玉のようにふわふわとした移動だったが、それなりに素早かった。

そしてそこそこに距離をとると四つのうち一つが動きを止めた。ぴたりと動きを止めて動かなくなった。

残りの三つはそのままふわふわと飛んでゆき、世界樹の影に隠れてしまった。直径五百メートルの卵であるが、世界樹の太さなら何の問題もなく隠れられた。

三つの卵が隠れると、隠れなかった一つが姿を変え始めた。巨大な卵から、鳥への変化であった。もともと巨大な卵は白骨の集合体である。

卵の形をしていただけで鳥の形に変わるくらい何のこともなかった。そうして生まれた白骨の鳥は、巨大な鷲(ワシ)の姿を取っていた。

卵から鳥への変化を遂げると、大きく鳴いてみせた。そして両方の翼を広げて悠々と暗黒の空を飛んだ。卵のころとは全く違い高い機動性があった。

そして鋭いくちばし、恐ろしいかぎづめを備えているのは非常に恐ろしい。全長八百メートルほどである。ただの怪物だった。

そうして生まれた鳥の怪物は速やかに須賀京太郎たちの下へ急いだ。この時、鳥の怪物の身体に薄い皮膜が張られていた。氷のような透明な皮膜であった。

ナグルファルが行ったのと同じ戦法をとったのだ。異界を体にまとわせて特攻を決める。須賀京太郎たちも必死だったが、彼らもまた必死だった。

 巨大な鳥が卵から生まれた直後ナグルファルの甲板にいる須賀京太郎に幻影が話しかけてきた、この時に話しかけてきた幻影と須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それは巨大な鳥が暗黒の空を滑空し始めた時のことである。須賀京太郎の視界に幻影たちが現れていた。

狼と蛇は当然であるが、これに牛の幻影がくっついていた。狼と蛇もかなり大きいのだが、牛はその一回りほど大きい。

バッファローのような見た目でサイの重量感があった。ただ幻影なのは間違いない。なぜなら牛の幻影にすり寄られている姉帯豊音が少しも視線を向けない。

この幻影たちを見て須賀京太郎は少しだけ驚いた。しかしそれほど困らなかった。自分のバトルスーツに憑依している悪魔たちの情報と予想がついたからだ。

ただ、牛の幻影が見え始めてすぐのこと。須賀京太郎は驚いた。三体の幻影たちが同じ方向を見て、同じことを言ったからだ。こう言っていた。

「敵が来るぞ、我が主。我らの宝を奪うために敵がやってくる。

 我が主よ、我らの牙と爪をもって敵を引き裂き屠り喰らえ」

このように幻影が語ると白骨で創られた巨大な鳥のビジョンが須賀京太郎の脳裏に浮かんできた。見えないはずの位置にある敵の姿がはっきりとイメージできた。

流石に須賀京太郎も驚いた。幻影は幻影でしかない。そう思っていたからである。この時須賀京太郎はほんの少しだけ恐怖を感じた。

自分にとりつく具足たちが自分の知らない力を持っている。しかも自分に干渉する能力がある。これは恐ろしかった。支配されるような気がした。

しかし恐怖は抑え込まれた。そんなものよりも遥か彼方から襲い掛かってくる巨大な鳥の方が問題だったからだ。


 巨大な鳥のビジョンを見てすぐに須賀京太郎が対応した、この時に行われた巨大な鳥と須賀京太郎のやり取りについて書いていく。

それは須賀京太郎の脳裏に奇妙なビジョンが浮かんですぐのことである。須賀京太郎は大きな声でこう言った。

「姉帯さん! 敵襲!」

姉帯豊音が反応するのとほぼ同時に、巨大な鳥が攻撃を仕掛けてきた。しかし派手ではない。

猛烈な勢いでヘルが支配する白骨の卵に接近して、すれ違っただけである。だが被害は甚大だった。

というのがすれ違った瞬間にヘルの支配する卵が斜めに切れたのだ。翼が触れたわけでも爪で切り裂かれたわけでもない。

しかし間違いなく切り裂かれ、強化中だったナグルファルに被害が出ていた。だが、人的な被害はゼロである。

敵の攻撃が来ると察していた須賀京太郎によって攻撃の軌道がずらされていた。しかし須賀京太郎に若干のダメージが出ていた。

須賀京太郎の両腕の籠手が切り裂かれて、バトルスーツの下まで届いていた。

突然の攻撃にナグルファルの船員たちはもちろん姉帯豊音も何をされたのかさっぱり理解していなかった。

乗組員たちのほとんどは不安そうな顔をして須賀京太郎の方を見つめていた。一方で攻撃方法を理解できる須賀京太郎は非常に苦い顔をしていた。

攻撃を防いでみたものの思った以上に攻略しにくい戦法をとっていたからである。須賀京太郎は小さくつぶやいていた。

「距離を保って延々刃で攻撃を仕掛けるつもりか……」

この呟きの間に巨大な鳥が攻撃準備に入った。暗黒の空で宙返りをして余裕のアクロバットを決め、白骨の卵のど真ん中を切り裂く軌道を描いた。

超巨大な鳥の怪物が暗黒の空で宙返りを決めると非常に絵になる。優雅だった。巨大な鳥自身、自分の力に酔っていた。

それもそのはず、身にまとう刃の異界を体感してしまった。距離を取って安全に切り裂けるのだ。すれ違うだけで敵を切り裂けるのなら最高である。

しかも身体の大きさという有利と音速で移動できる有利を完璧に利用できる。無敵だった。

ただ、この余裕ぶった宙返りも須賀京太郎の幻影たちには見え見えだった。

 巨大な鳥が余裕を見せた二秒後のこと須賀京太郎が攻撃を仕掛けた、この時に起きた須賀京太郎と巨大な鳥の格闘戦について書いていく。

それは二度目の攻撃を巨大な鳥が仕掛けようとした時のことである。ナグルファルの甲板で血を流している須賀京太郎が、深呼吸を行った。

大きく息を吐いて、大きく息を吸う。一回だけだった。しかし十分だった。「守る」と念じたのだ。

須賀京太郎の乱れた精神が一気に統一され、敵対者の絶命だけに全てが集中した。

須賀京太郎の精神集中が完成した時ナグルファルの真上から刃の異界が侵攻を始めた。そうして白骨の卵の頂点に刃が入ったその時である。

ナグルファルの甲板を踏み抜いて、須賀京太郎が跳躍を行った。すさまじい勢いで飛び出した須賀京太郎はあっさりと卵の殻をぶち抜いた。

そして卵の殻をぶち抜いたその勢いのまま、卵の殻を足場にして巨大な鳥に向かって二度目の跳躍を果たした。

この時足場にした卵の殻が、粉々に砕けて散っていた。須賀京太郎に飛び掛かられた巨大な鳥は目を大きく見開いていた。

ばれていないと思っていた。白骨の卵の殻が視界をふさいで邪魔をしているのだ。

「未熟者に察知されるわけがない」

とうぬぼれていた。ただ、反省したところでもう遅い。巨大な鳥の首根っこに須賀京太郎がしがみついてしまった。

当然巨大な鳥は振り落とそうともがいたが、なかなか難しかった。巨大な鳥は全長五百メートルの怪物である。しかも白骨で創られた鳥である。

つかむ場所は非常に多い。また音速の世界を自在に動き回る須賀京太郎がとりついているのだ。簡単に振り落とせるわけもなかった。

そうして巨大な鳥は必死になった。何とかしようと暗黒の空を乱舞した。死の化身を振り落とすためである。

中途半端に切った卵はどうでもいい。死にたくなかった。


 須賀京太郎と格闘戦を始めて十秒後巨大な鳥は世界樹に突進した、この時の巨大な鳥の状態と考えについて書いていく。

それは幻影たちの助力によって須賀京太郎が巨大な鳥に飛びついてすぐのこと。

マントになっているロキが魔法「ラグナロク」を発動させて須賀京太郎を火の膜で包み込んだ。巨大な鳥にしっかりと組みついている須賀京太郎である。

さっさと滅ぼす算段だった。一方で組みつかれている巨大な鳥は悲惨だった。

須賀京太郎が触れている部分から火がついて、あっという間に全身に火が侵食していった。巨大な鳥は何とか逃げようとした。

例えば宙返りをしてみたり、自分の体を分離して火から逃れようとした。しかしどれもうまくいかなかった。須賀京太郎の判断力と腕力が邪魔をした。

宙返りをしてみても腕力で押し込まれ、須賀京太郎ごと白骨を分離してみても、あっという間に飛び移られてしまった。

距離をとってじわじわと切り殺せるのが巨大な鳥の有利な点だった。須賀京太郎も当然理解している。離れる気はなかった。

そんな空中戦を行って数秒後である。いよいよ巨大な鳥の肉体がぼろぼろになった。

分離してみたり宙返りをしてみたりと小技を仕掛けていたのだが、須賀京太郎とロキには通じなかった。しかし巨大な鳥もあきらめなかった。

須賀京太郎を始末するために特攻を決意した。世界樹への特攻である。そして覚悟を決めた巨大な鳥は躊躇わず世界樹に突撃していった。

幹の太さが直径十キロメートル、宇宙に届くほどの高さがある世界樹である。その硬さは白骨とは比べ物にならない。突撃して砕けるのは巨大な鳥だろう。

しかしそれがよかった。衝撃で白骨で創った巨大な鳥は崩れ落ちる。コアになっている霊的決戦兵器がむき出しになる。

しかしそうなれば須賀京太郎は足場を失い不安定になる。須賀京太郎が空中戦を行えないのは既に見ぬいている。

小型の霊的決戦兵器で距離を取ったまま戦えば勝利の可能性が残っていた。そこに巨大な鳥は賭けたのだ。

そして須賀京太郎にくみつかれたまま巨大な鳥は世界樹にぶつかった。白骨で創られた巨大な鳥は世界樹を軽く揺らした。しかしそれだけだった。

突撃した衝撃で巨大な鳥は骨に還り、コアになっている霊的決戦兵器が露出した。同時に須賀京太郎は暗黒の空に放り出され、手も足も出なくなった。

 巨大な鳥が崩壊してすぐ霊的決戦兵器が攻撃を仕掛けてきた、この時の須賀京太郎の状態と霊的決戦兵器について書いていく。

それは世界樹に特攻を決め巨大な鳥が崩壊してすぐのことである。巨大な鳥を操っていた小型の霊的決戦兵器が姿を現した。

小型の霊的決戦兵器は全長九メートルと少し。ほかの二体と同じく骨格は同じものを使っていた。

しかしほかの二体と違って若干美術品よりの装甲で身を固めていた。ヘルから奪い取った支配権は剣の形になって霊的決戦兵器の手にあった。

須賀京太郎と同じく暗黒の空に放り出された形なのだが、特にあわてる様子がない。翼などないが、問題ない。

自分のマグネタイトを操作して、暗黒の空を飛んだ。そもそも巨大な鳥を操作していたのは霊的決戦兵器である。

翼などなくともエネルギーを支配してうまく操作すればいいだけのことだった。一方で暗黒の空に放り出された須賀京太郎は非常にあせっていた。

というのもまったく自分を制御する技術がない。確かに音速の世界を自在に動ける筋力がある。耐久力もスタミナもある。

しかしマグネタイト操作はお粗末なのだ。エネルギーを操って空を飛ぶことは不可能な領域で、足場ひとつ作ることさえできない未熟者だ。

そもそも葛葉流の刃さえ創れずに頭を抱える下手くそである。足場のない空中に放り出されてしまうと、着地するまで無防備である。

巨大な鳥の中から現れた霊的決戦兵器の狙いなどすぐに見抜ける須賀京太郎だ。焦るばかりであった。

そして焦っている須賀京太郎に対して遠距離攻撃が仕掛けられた。

二人の距離は二百メートルほど、充分に距離を保った状態で霊的決戦兵器が剣を何度も振った。すると須賀京太郎の体に傷がついた。

普通なら届かない距離である。しかし白骨の卵を切り裂いた刃の異界がある。これで遠くから切り刻んで終わらせるつもりだった


 霊的決戦兵器の攻撃を受けた後須賀京太郎は反撃を行った、この時に行った反撃について書いていく。それは空中に投げ出されて三秒後のことである。

須賀京太郎は反撃の準備を始めた。準備といっても派手なことはなかった。一番にしたことが防御だった。体をダンゴムシのように丸めて攻撃に耐えた。

そして防御の姿勢をとってすぐに、精神集中を始めた。それ以外にすることがなかったのだ。少なくとも空中にあって須賀京太郎は手も足も出ない。

これはどうしようもない。しかし諦める必要もない。なぜなら遠距離攻撃も使えるのだ。というのが須賀京太郎、雷の異能力がある。

稲妻の魔法「ジオダイン」である。これを使えば手が届かない所にも手が届く。

「格闘に持ち込めないのならしょうがない。近寄ってこないのならしょうがない」

と覚悟を決めて、反撃の準備を始めた。外側にマグネタイトを送り出すのが下手くそな須賀京太郎である。

しかし閉じ込めて激しく加速させるのは得意だった。そしてダンゴムシのような姿勢のまま、二十と少し斬撃を喰らった。肉体は間違いなく損傷していた。

バトルスーツも武具たちもボロボロになっていく。しかし気にしなかった。血が噴き出し、体がぬれる。しかし気にしなかった。

そんなことよりも目の前の敵を殺すことが重要だった。そして集中が完成した時、須賀京太郎は防御の姿勢を解いた。

そして爛々と輝く赤色の目で剣を持つ霊的決戦兵器を見つめた。須賀京太郎の視線の先にある霊的決戦兵器は剣を振りかぶっている最中だった。

それを見て須賀京太郎は迷わずに呪文を唱えた。

「ジオダイン!」

須賀京太郎の内側で超加速していた魔力が一気に外へ放たれ稲妻となって敵を襲った。この時須賀京太郎は少しだけ驚いた。

稲妻の中にバッファローのような牡牛の姿があったからだ。ただ、詳しく見る暇はなかった。稲妻の流れに乗って霊的決戦兵器に突撃していったからだ。

 反撃から数秒後須賀京太郎は暗黒の空を落下し続けていた、この時の須賀京太郎の状況について書いていく。

それは霊的決戦兵器に稲妻を打ち込んですぐのことである。須賀京太郎は暗黒の空を落ち続けていた。まったく重力に抵抗せず落ちていくばかりである。

全身全霊を込めたことでエネルギーが底をついていた。しかし攻撃は受けていない。須賀京太郎の放った稲妻の魔法によって霊的決戦兵器が先に落ちたのだ。

須賀京太郎の出力が上がっていることも原因の一つではある。しかしそれ以上に稲妻と一緒に現れた牡牛が強かった。

稲妻と一緒に現れた牡牛が突撃を決めてあっさりと片付けてしまった。

その勢いはすさまじく霊的決戦兵器は原形をとどめないほどバラバラにされていた。

しっかりと剣をかみ砕いていた牡牛だったが、妙に可愛らしく印象的だった。ただ、霊的決戦兵器を滅ぼすとすぐに消えてしまった。

しかし何にしても霊的決戦兵器は滅びた。そうして落下するだけになった。落下するだけになってみると須賀京太郎は逆に落ち着いた。

やれることが全くないので落下しながら周囲の状況を確かめていた。

「何かの役に立つのではないか」

という発想である。

 落下中に須賀京太郎は奇妙なものを見つけた、この時見つけたものについて書いていく。それはエネルギーの海に落ちている時のことである。

須賀京太郎は奇妙なものを見つけた。それは世界樹の影に隠れている三つの巨大な卵の姿である。

この三つの卵だが実に奇妙だった。というのが三つの卵は融合しつつあった。三つの卵が寄り添って、巨大な白骨の塊が生まれようとしているのだ。

巨大な鳥を始末した後の須賀京太郎は嫌な予感しかしなかった。嫌な予感がしていても何もできなかった。しかし希望はあった。

エネルギーの海まであと五メートルだったからだ。エネルギーの海で腹ごしらえをしてから残りを潰す計画を立てたのだった。


 エネルギーの海に落下して十秒後暗黒の空で三つの卵が完全に一つになっていた、この時に生まれた巨大な卵について書いていく。

それは膨大なエネルギーの海に須賀京太郎が落下して、ロキの助けを借りながらマグネタイトを補充している時のことである。

世界樹の影に隠れていた三つの卵が完全に一つになっていた。

もともと材料が白骨であることと、地獄を守るという目的があるため全く問題なく一つになっていた。

三つが一つになったが、特に見た目の変化はない。大きくなっているだけである。世界樹と比べてみるとダチョウの卵サイズというところ。

今までがニワトリの卵といったところであるから、かなり大きくなっていた。このダチョウの卵も当たり前のように空に浮かんでいた。

暗黒の空にダチョウの卵が浮いているのはファンシーである。

しかし内包しているエネルギーの量と卵の材料が放つ怨念によって非常に気持ちが悪い卵になっていた。無念のうめき声が地獄に響くのだ。

天と海とでは一キロメートルほど離れているのに須賀京太郎にも届くうめき声である。いよいよ地獄らしくなっていた。

このようになってしまったのは、共鳴が起きているからだ。

須賀京太郎と武具たちが共通する感情を持ち合うことで力を生み出しているように、それと同じことが卵に起きていた。

一つ一つの卵だけだとそれほど大した共鳴は起きないのだ。何せ力を搾り取られた残骸たちである。小さすぎて震えない。

しかし三つが一つになると弱弱しい無念の感情も共鳴を起こしてしまう。

そうなって材料どもが反旗を翻してくれるのなら助かるが、残念なことにエネルギーに善悪はない。見る見るうちに巨大な卵の圧力が高まった。

そうなってついに、臨界に達した。そして臨界ののち暗黒の空が赤く染まった。太陽が生まれた。

 暗黒の空が赤く染まった後地獄に巨人たちが現れた、この時の地獄の状況と巨人たちについて書いていく。

それは残骸たちの無念が共鳴し合い、巨大な卵を満たした後のことである。暗黒の空に太陽が生まれていた。しかし本物の太陽ではない。

白骨の卵が輝いているだけである。しかし本物の太陽とそれほど違いはない。強く輝いて広大な暗黒を照らしていた。

今まで世界樹から漏れ出すマグネタイトの光とエネルギーの海の輝き以外に光源がなかった地獄である。随分雰囲気が変わった。

ただ、空に輝く太陽は邪悪である。無念の叫びも同時に届けてくれるからだ。この邪悪な太陽が世界を照らしたあと、エネルギーの海が震え始めた。

おかしなことだった。エネルギーの海にいる須賀京太郎もすぐに異変を察知していたが、何もできなかった。無理もない。

なぜならエネルギーの海自体が形を変え始めたからだ。この時に起きたエネルギーの海の変化は劇的だった。太陽の光に照らされて輝く海が白く染まった。

綺麗な白色ではない。濁った白い海である。しかしすぐに黒に反転した。墨のような色だった。

そして黒の海が出来上がるとそこに白骨の太陽から赤いしずくが落とされた。赤いしずくが注ぎ込まれると、黒の海が固定された。

赤いしずくを基点にして、波紋が広がり黒い海は大地に変わった。そして生まれた黒の大地からは瘴気が発生した。瘴気は空に昇り雲になった。

夏の積乱雲のようだった。そうして生まれた瘴気たちも固定された。固定されると怪物の姿を取り始めた。怪物たちはみな巨大だった。

世界樹が普通の大木に見えた。また皆奇形だった。頭が大量にある者、腕がたくさん生えている者、獣の形をしたもの。神と混じった形のもの。

共通点は巨大であるということと、理性がないこと、そして目が死んでいることである。これが黒の大地を埋め尽くしていた。

広大な地獄の大地の下にあったエネルギーすべてが敵になったのだ。

 暗黒の大地が生まれると地獄の管理者たちはほっとしてた、この時に行われた地獄の管理者たちの会話について書いていく。

それは暗黒の大地が出来上がり瘴気から怪物たちが出現した直後である。白骨の太陽の中で額を突き合わせている管理者たちが大きく息を吐いていた。

こわばった顔が緩み、肉体の緊張が失われていった。真剣さも薄らいでゆく。というのも、これで終わったと信じている。

そして緊張から解放された緩みからこんなことを言った。


「ようやく終わった。魔人の小僧がここまで厄介だとは思わなかった。まさか初期化する羽目になるとは……」

すると緩みきった管理者に対して注意をするどころか

「未熟者なんぞどうでもいい。そんなことよりも『姫』だ。どうやって回収する? 時間をかけるわけにはいかないぞ」

と乗ってきた。当然のように須賀京太郎は終わったという前提で話していた。最終的には

「説得、出来るのではないでしょうか。

 あの下劣畜生の魔人と『姫』の相性は悪いと私は見ています。戦いしかできない野蛮人の思想と貴人の思想がかみ合うわけがありません。

 恐らく嫌々旅路を共にしていらっしゃるだけ。我々の理想をお伝えしさえすればお戻りになるはず。

 確かに窮屈でしょう。しかし、きっとうなずいてくださいます」

といって計画と妄想半分の提案をするのだった。須賀京太郎の首をはねたわけでもないのに、終わったようなことを言うのは不安が強いからである。

六体の霊的決戦兵器で襲い掛かった管理者たちである。知覚できない速度で戦友が喰われて心がへし折れていた。

自分たちもそういう死に方をするのだと思うと震えが止まらなかった。


 会話を初めて十分後のこと管理者たちが青ざめた、この時に彼らが見たものについて書いていく。

それは地獄にいる「姫」を取り戻す作戦会議をしている時のこと。警告音が鳴り響いた。

この警告音は霊的決戦兵器に備え付けられている警告音で、被弾を教えるものである。この警告音が同時に三つ鳴り響いていた。

これが鳴り響くと管理者たちは真っ青になった。というのが警告音と同時に霊的決戦兵器が敵対者の姿を目の前に映し出したからである。

眼球を飛ばして直接脳みそに映像が届いていた。そして届いた映像には魔人・須賀京太郎の姿があった。

管理者たちのはるか下、地獄の底で魔人・須賀京太郎が本物の地獄を作り上げていた。それは血の気が引くような光景だった。

暗黒の大地で生まれた巨人たちを須賀京太郎が屠っていたのだ。暗黒の大地に立ち、当たり前のように巨人たちの命を奪っていった。

戦いになどならないはず。大きさを比べれば人間とアリの違いがある。勝つのは人間であるはず。それが道理のはずなのに、巨人たちは死んでいく。

拳を振り上げている間に、呪文を唱えている間に、一陣の風が吹いて命が消えていった。瘴気から生まれた巨人たちは瘴気に還ることさえなかった。

死んだ瞬間に、燃え上がっているように見えるマントが、瘴気を奪い取り宿主に注ぎ込むからだ。

そして巨人たちが死に、倒れていく間に空に向かって稲妻が昇る。昇った稲妻は狼と牡牛そして蛇の姿となり太陽に喰らいついた。

稲妻の狼も牡牛もヘビも爛々と輝く赤い目で太陽を狙っていた。だが太陽の殻は分厚く中々砕けなかった。

しかしエネルギーを使い果たすまで稲妻の獣たちは止まらず、分厚い殻を砕きながら徐々に中枢に近づいていた。

この光景を脳裏に見て、管理者たちは震えた。信じられなかった。心臓が止まりそうになっていた。

 暗黒の大地で戦う須賀京太郎を見て管理者たちは青ざめた、この時彼らが青ざめた理由について書いてく。

それは、瘴気から生まれた巨人たちが圧倒されている時のことである。禍々しい太陽の中枢部で管理者たちは死にそうな顔をしていた。

映し出される光景が信じられないと嘆いてしまう。それというのもしょうがない。絶対に勝てると思っていたのだ。負けるとはかけらも思っていなかった。

これは巨人たちを見ていればわかる。天を突くという言葉がまったく嘘ではない巨体。そして暴力性。

ニーズヘッグもそうだが体長一キロメートルに近い怪物というのは正真正銘の怪物である。普通の攻撃は届かない。魔法も通らない。

巨体を創る大量のマグネタイトがあるということはそれだけ強力な悪魔であるということ。普通なら圧勝である。雪玉の理屈だ。

沢山雪を使ったほうが硬くて強いという発想。スカスカなら話にならないが、地獄にはエネルギーの海ができるほどの蓄えがあった。中身も備わっている。

普通は負けない。しかし負けた。信じられないという気持ちでいっぱいになる。最悪なのは誰かが須賀京太郎をサポートしていることである。

未熟者の須賀京太郎は葛葉流の退魔術を使えないはずである。これはつまりマグネタイトを補給するすべがないということである。直接喰らえば話は別だ。

しかし巨人たちの肉体は瘴気へ還る。喰らうのは難しい。となって須賀京太郎の運動量を見ればスタミナ切れを起こすはずだった。

霊的決戦兵器を三つ落としているのだ。ぎりぎりだろう。しかしそれなのに動き回っている。その上、魔法を撃ちまくっている。

「誰かが補給のサポートをしている」

と判断するのはたやすかった。最悪だった。自分たちの切り札が無残につぶされたうえ、超音速の世界で対応できる優秀なサポーターがいるとわかったのだ。

気がめいる。


 暗黒の大地が出来上がって約三分後のこと白骨の太陽が対応に打って出た、この時に行われた対策について書いていく。

それは巨人たちを始末しながら空に浮かぶ太陽に向けて稲妻を須賀京太郎が打ち込んでいる時のことである。

青ざめていた管理者たちは須賀京太郎を封印することに決めた。

真正面から戦っても勝ち目が薄い上に悪魔を差し向けてもエネルギーに変えるサポーターがいる。

単純な武力で須賀京太郎を抑え込めないとわかった以上、封印の決定は自然だった。

そうして封印を決定すると地獄の管理者たちは暗黒の大地に向けて命令を出した。管理者はこういったのだ。

「『須賀京太郎』を封印しろ」

すると暗黒の大地に生まれた巨人たちが一斉に須賀京太郎めがけて駆け出した。四方八方から巨人たちが駆けてくる光景は絶望的だった。

しかし駆けだしてきた巨人を見て須賀京太郎は拳を握りこんだ。諦める様子はかけらもなかった。また拳を握りこむと手の平の傷が開いた。

傷口から血液がにじみ出た。にじみ出た血液は黒の大地に滴った。すると血液は大地を溶かした。たった数敵だが、黒い大地を白く染め清めた。

手の平が傷ついたまま須賀京太郎は拳を解いて構えた。何度でも巨人たちを始末する覚悟と用意があった。しかし必要なかった。

巨人たちは須賀京太郎めがけてボディプレスを仕掛けてきたからだ。恐るべき光景だった。

四方八方からボディープレスを仕掛けてくるものだから、須賀京太郎の周りだけ夜になっていた。須賀京太郎はあっさり潰された。よけきれなかった。

また追い討ちがかかった。須賀京太郎が逃げ出す前に、十人二十人と巨人が積み重なっていった。山のようなというよりも、山が出来上がっていた。

そして山が出来上がると速やかに、封印が施された。大地の瘴気から生まれた巨人たちが山積みになったまま融け合って本当の山になった。

ガチガチに固まったマグネタイトの山である。ガチガチのマグネタイトの山が出来上がって数秒後、黒の大地が大きく揺れた。

マグネタイトの山の真下が震源である。揺れは激しかったが、数秒後に収まった。災厄は巨人たちによって封じ込められたのだ。

 須賀京太郎が封印されて数分後ナグルファルに管理人たちが提案してきた、この時のナグルファルと管理者の交渉風景について書いていく。

それは黒の大地に巨大な山が出来上がり静かになった後のことである。暗黒の空に浮かぶ白骨の太陽が移動を始めた。

ずいぶんゆっくりと移動しているように見えた。しかし実際のところはかなり早い。時速二百キロオーバーである。

比較対象になる物体が世界樹しかないためスピード感がなかった。空に浮かぶ雲がゆっくり動いているように見えるのと同じである。

そんな白骨の太陽が目指すのはナグルファルである。そうして白骨の太陽が目指すナグルファルだが、ずいぶん大きくなっていた。

今は全長六十メートル級の海賊船といった風貌である。外敵を打ち払うための大砲が備わって、亡霊の乗組員たちが甲板で働いていた。

ただ棟梁やハチ子、梅さんたちとは違って半透明だった。そんなナグルファルだが白骨の太陽が近づいてくるとすぐに動き出した。

暗黒の空を海を渡る船のように移動した。須賀京太郎とは違ってマグネタイト操作をきちんと行えているので空を飛ぶくらい容易いことだった。

しかしかなり遅かった。音速の領域に到達するのは夢のまた夢、法定速度ギリギリで乗用車に煽られるレベルだった。

そんなナグルファルに対して白骨の太陽はじわじわと近寄っていった。

そしてじわじわと近寄っていつでも落とせるのだと見せつけてから、船と星の距離を少し開け並走した。そして拡声器を使ってこんなことを言った。

女性の声だった。


「降伏してください。

 我々は貴女を傷つけません。我らの計画については後程説明いたします。ですから、どうかお願いいたします。

 その偉大なる力を天国のために使用していただきたいのです」

するとゆっくりと暗黒の空をゆくナグルファルから女性の声で返事が来た。甲板を見てみるとわかるが、亡霊のまとめ役の一人梅さんだった。

こう言っていた。

「片腹痛いわ!

 我らの無念を吸い上げておいて天国!?

 お前たちにくれてやるものなんぞ一つもない!」

結構な気迫であった。甲板の乗組員たちは震えあがっていた。そうして啖呵を切ると白骨の太陽から返事が返ってきた。同じく女性の声だった。

こう言っていた。

「落ち着きましょう。いったん落ち着いて考えてください。

 私たちは貴方たちを殺したわけではありません。思い出してください。貴方たちがここに来たのは事件、事故、病などで命を失った天命からなのです。

確かにあなたたちの遺体を地獄に放り込みました。倫理的に許されないことをしたと自覚しています。

 しかしそれだけでしょう?

 エネルギーを奪い取りはしましたが痛くなかったはずです。むしろ無念が晴れて成仏できた人もいらっしゃるはずです。

 今回のいざこざは相互理解の欠如からくるものです。

私たちの目的を理解していただけたのならば、あなたたちの犠牲が正しいと納得してもらえるはずです。

 正直に私たちの目的をお伝えしましょう。私たちは天国を創るつもりです。この地獄を土台にして天国を創り全人類を幸せにしたい。それだけなのです。

その暁には地獄で苦しんだ貴方たちの苦しみもすべて報われるでしょう。

 これは妄想ではありません。そのように『なったらいいな』ではなく『なる』という計画なのです。魔人に協力するのは苦しみを台無しにする行為です。

 どちらにつくことが正義なのか、あなた達ならわかるはずです」

するとナグルファルの船員たちが黙り込んだ。啖呵を切った梅さんも眉間にしわを寄せて黙っていた。悪い提案ではなかった。ナグルファルは敗北必死だ。

冷静に考えれば、悪い提案ではなかった。一度死に亡霊としてよみがえったのは奇跡。二度目の命が惜しかった。そんな時だった。

まとめ役の一人不機嫌なハチ子が大きな声でこう言った。

「上から目線でものを言ってんじゃないですよ! 長い間私たちを縛りつけておいて、なんですかその言い草!

 貴方たちが何をしようとしているのかなんて興味ないんです! 私たちは奪われたものを奪い返しに行く!

 私たちの感情は私たちのものだ! 私たちの無念は私たちだけのものだ! 勝手に話を進めんな!」

不機嫌なハチ子が大きな声で主張した。するとナグルファルの船員たちの目に光が灯った。諦めの感情が消えた。

徐々に消えて往く恐怖を思い出し、自我を取り戻した喜びを思い出した。そうすると降伏などナンセンスだと言い切れる。二度と操り人形に戻りたくなかった。

そうしてナグルファルに生気が宿ると白骨の太陽がこう言った。

「バカですね……でも、構いませんよ別に。

 重要なのは貴方たちの納得ではありませんから。

 『姫様』をお迎えできればそれで良い。さよなら亡霊たち」

捨て台詞を吐くと白骨の太陽が輝きを強めた。夏の太陽のように強烈な光線を放ち地獄を照らした。しかし輝きはすぐにおさまった。

白骨の太陽から一匹の怪物が生まれたからだ。


 白骨の太陽から怪物が生まれると地獄の女王ヘルが悲鳴を上げた、この時にヘルが見たものと心情についてい書いていく。

それは管理者が捨て台詞を吐いて直ぐ後のことである。暗黒の空に霊的決戦兵器が現れた。

白骨の太陽を内側から破って、身長十五メートルの霊的決戦兵器が現れた。

頭からつま先まで鎖帷子のように編みこまれた魔鋼の皮膚で守られて、マグネタイトを操って空に浮いていた。

この霊的決戦兵器が姿を現すと、ナグルファルの甲板にいたヘルが悲鳴を上げた。無表情ながらも悲しんでいるのがよくわかった。

彼女の悲鳴が響いている間に、十五メートル級の霊的決戦兵器の両脇に狼と蛇が姿を現した。

この狼と蛇もまた鎖帷子のように編みこまれた魔鋼の皮膚で守られていた。これを見て更にどうしようもない苦痛をヘルが感じていた。

目の前に現れた三つの怪物から届く臭いは家族の匂いとそっくりだった。間違えるわけがなかった。

つい先ほどまでヨルムンガンドとフェンリルとロキの匂いを感じていたのだから間違えるわけがない。

父親と兄弟の肉体がどのように再利用されているのか察してヘルは耐え難い苦痛を感じた。見ているだけで辛かった。

 ヘルの悲鳴が止んだ後地獄の管理者が語りかけてきた、この時に管理者が語った内容について書いていく。それはヘルが悲鳴を上げている時のことだった。

「まっしゅろしゅろすけ」

がヘルを包み込んだ。自動的ではない。包み込んだのは姉帯豊音であった。空に生まれた十五メートル級の霊的決戦兵器と、狼と蛇を見て事情を察せた。

「まっしゅろしゅろすけ」

に包み込まれたヘルは少しだけ落ち着いた。大慈悲の加護に包まれると心がとても落ち着いた。そして姉帯豊音が手を握ってくれている。

どうにか耐えられそうだった。そしてヘルの手を握る姉帯豊音だが、霊的決戦兵器を睨んでいた。ものすごく怖かった。

しかししょうがない。趣味が随分悪かったからだ。そうしていると姉帯豊音が不機嫌になったのを察して、背負われている赤子・未来がぐずりだした。

そんな時だった。地獄の管理者が語りかけてきた。こう言っていた。

「最後にもう一度だけお願いしますね。諦めてこちら側についてもらえませんか?

 無駄に血を流すことはないはずです。

 ナグルファルの速力では私たちを振り切ることも、傷つけることもできませんよ?

 戦いに向いていない魂で組み上げた船なんぞ、足代わりにしかなりませんからね。

 それはそちらが一番わかっているはずです。『ヘルヘイム』に留まる魂は弱者の魂。そんなものがいくら集まったところで我々は倒せません。

 もしも貴女が愛着を感じていらっしゃるのならばナグルファルを見逃しても構わないと考えています。

地獄での裁量は私たちに任されていますから、できるのです。

 どうでしょうか。大人しくこちらに来てもらえませんか?」

語りかけてくる管理者は非常に優しかった。まったく攻撃する雰囲気がなかった。それもそのはず、須賀京太郎という凶悪なアタッカーがいない。

しかも目の前のナグルファルは格下。支配権を奪い返されてもどうにでも出来る雑魚の群れと判断していた。実際その通りであった。

この余裕が、穏便に目的を達成できると考えさせてしまった。そんな考えだから、このような言葉をヘルにぶつけられた。

「絶対にいや! 私の家族を傷つけた貴方たちに協力してやるものか! 失せろ外道ども!」

すると十五メートル級の霊的決戦兵器が一瞬震えた。怒りのためである。そして女性の声でこう言った。

「あまり調子に乗るなよ、悪魔風情が。貴様らなんぞ我々の道具に過ぎない、何を考えて魔人の小僧が貴様を解放したのかは知らん。

しかしお前がおさまるべき場所はそこではない。

 『独房だ』

 失礼しました。しかしご理解ください。

 ナグルファルを破壊して目的を果たさせていただきます!」

冷静を装ってはいた。しかし我慢の限界だった。

「力づくで片付ける」

そう宣言すると十五メートル級の霊的決戦兵器と狼と蛇がナグルファルに襲い掛かった。


 戦いが始まって数秒後ナグルファルは追い込まれた、この時のナグルファルの状態について書いていく。

それは地獄の管理者たちが攻撃を仕掛けて五秒ほど後のことである。六十メートル級のナグルファルはボロボロになっていた。

それなりに頑丈な造りになり美しく整えられていた船体も見る影がない。狼にかじられ蛇に締め上げられ魔法を浴びてひどいことになっていた。

しかしそれでも何とか耐えられるのは姉帯豊音の守りがあるからである。戦いになると理解していた姉帯豊音が

「まっしゅろしゅろすけ」

を展開していた。

しかし姉帯豊音の技量の問題によって船全てを守りきることができなかった。

姉帯豊音が背負う未来を中心にして強く加護が発動し、遠くに行くにつれ弱くなっていた。

そのため操縦桿周りはほぼ無傷で、船首近くが悲惨な状態になっている。たった数秒の間に船首付近がごっそり持っていかれているのは絶望的だった。

そしてボロボロになったナグルファルは黒の大地に引きずり降ろされた。

「まっしゅろしゅろすけ」

の守りごと狼と蛇が一生懸命引きずりおろしたのだ。黒の大地でゆっくりと解体するためである。

獲物を空中で分解してもいいが、まな板の上でやる方がきれいに捌けるという発想だった。

そうして黒の大地に引きずり降ろされたナグルファルは狼と蛇に抑え込まれた。狼と蛇の力がナグルファルの上をいっていた。

抑え込まれたナグルファルを見て十五メートル級の霊的決戦兵器が剣を持ち出してきた。力強い剣だった。この剣を振りかざして思い切り振り下ろした。

しかし

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護が受け止めた。ナグルファルにダメージはない。メギドを防ぎきる加護は伊達ではない。ただ一時間持てばいいところだった。

攻撃を受けるたびにマグネタイトが消費されていくからだ。そうして剣が何度か振り下ろされた。等間隔で、何度も振り下ろされた。

攻撃のためというよりは、精神的に追い込む手段として剣を使っていた。そうして剣が何度か加護に阻まれた時、ヘルが小さく悲鳴を上げた。

不吉なビジョンが浮かんできたからだ。殺されるビジョンである。ただ、姉帯豊音は責めなかった。同じく不吉なビジョンが浮かんでいたからだ。

 ヘルが小さな悲鳴を上げてすぐに十五メートル級の霊的決戦兵器が震えた、この時の霊的決戦兵器の震えとその理由について書いていく。

それは不吉なビジョンがナグルファルを包んだその時である。剣を振り下ろしていた十五メートル級の霊的決戦兵器が攻撃をやめた。

そしてその場から飛びのいた。飛びのいた十五メートル級の霊的決戦兵器は暗黒の空で浮遊していた。

ナグルファルから三百メートルほど上空で静止していた。そして上空で静止すると、速やかに周囲を見渡した。

見渡して異常がないと判断するとほっと一息ついていた。

というのも苛烈な意志の熱風と不吉を感じたからである。ナグルファルと一緒にいたくないと心の底から願うほど強烈な寒気だった。

そしてナグルファルから霊的決戦兵器が飛びのいた直後である。直感が正しかったと理解する。

というのも、浮遊する霊的決戦兵器は山が爆発するのを見たのだ。山とは、巨人たちの死体を積み上げて創った山である。

これが根元から吹っ飛んで瘴気に還るのを見た。暗黒の空が正気で汚れたが、すぐにきれいになった。噴き出した瘴気は山の根下に集中していった。

瘴気が集中する先に視線を向けると人間の姿があった。灰色の髪の毛に金色の目を持つ須賀京太郎である。この須賀京太郎は火に包まれているように見えた。

しかし燃えているわけではない。赤いエネルギー・マガツヒが具足に過剰供給されて、火のように見えているだけである。

この須賀京太郎を見た霊的決戦兵器はたじろいだ。須賀京太郎の気配が一層鋭くなっていたからだ。そして金色の目を見て狂人だと確信した。

目的のために合理性を追求した結果の純粋さがあった。そしてかなう相手ではないと覚った。

どうにもならないとあきらめた時、気付かれる前に逃げようとした。合理性だけしかない魔人など相手にしたくなかった。

しかし、無駄だった。モニター越しに目が合ったからだ。
 


 十五メートル級の霊的決戦兵器と狼と蛇が残骸になった後ナグルファルの下へ須賀京太郎が戻ってきた、この時に起きていた変化について書いていく。

それは十五メートル級の霊的決戦兵器が須賀京太郎と武具の怒りに触れた十秒後のことである。全ての支配権がヘルの下へ戻ってきた。

そして同時にナグルファルの甲板に須賀京太郎が戻ってきた。戻ってきた須賀京太郎を姉帯豊音が迎えてくれた。

長期間離れ離れになっていた恋人のような迎え方だった。大げさだった。しかし姉帯豊音が迎えてくれると須賀京太郎は喜んだ。

守りたいものが守れたと思った。須賀京太郎が喜んでいるのを見て姉帯豊音もまた喜んでいた。護衛期間中は厳しい顔をしていた須賀京太郎である。

喜んでいるのを見るとうれしくなった。そんなことをやっているとマントになっているロキがこう言った。

「小僧、ようやった。これですべての支配権を取り戻せた。

 それに、小型の霊的決戦兵器の仕組みもわかってきた。小型の霊的決戦兵器は変化の得意な悪魔を、材料にして繋ぎにしておるようじゃな。

 パイロットとフレームの間を取り持つためのワンクッションじゃよ。

 腹立たしいことじゃ」

ロキがこのようなことを言うと須賀京太郎と姉帯豊音が少し沈んだ。ロキがどういう目にあったのかよくわかったからだ。そんな二人にロキがこう言った。

「許せよ二人とも。別に水を差すつもりはなかったんじゃ。わしが言いたかったのは利用できるということじゃよ。

 ちょっと小僧、試してぇことがある。やってええかな? バトルスーツがダメになるかもしれんが」

須賀京太郎はこういった。

「オッケー。でも裸になるみたいな失敗の仕方は勘弁してよ」

するとロキがこう言った。

「心配すんな。小僧の一物なんぞ見ても興奮せんから」

須賀京太郎は苦笑いを浮かべた。そうしているとロキが呪文を唱え始めた。随分軽やかな呪文だった。呪文はとんとん拍子で進んでいった。

そしてとんとん拍子で呪文が終わると十五メートル級の霊的決戦兵器の残骸がナグルファルに近付いてきた。

風船のようにふわふわとやってきて、甲板の上で停止した。そして停止した残骸は四散した。基本フレームと神経と肉に分かれたのだ。

そして四散した部品が須賀京太郎に飛んできた。須賀京太郎は非常に嫌そうな顔をした。気色悪かった。ただ、しょうがないので黙って受けた。

そして十秒ほど我慢した。するとロキがこう言った。

「ええぞ小僧。完成じゃ」

ロキがいいというので須賀京太郎は自分の体を確認した。するとそこには魔鋼の装甲を手に入れた具足があった。

具足とスーツの間には神経が生まれ、須賀京太郎と具足たちが一層近いた。マントになっているロキにも魔鋼のコーティングが追加されている。

しかし柔軟性は失われていなかった。魔鋼の装甲を手に入れた須賀京太郎を見て姉帯豊音がこう言った。

「かっこいいー! 鎧の隙間から赤い光が漏れてる感じとか、完全に悪役だよ!」

須賀京太郎は少し照れた。マントになっているロキは口をへの字に曲げていた。褒めているのかけなしているのかわからなかった。

 六つの支配権を奪い返して三十分後ナグルファルの強化が完了した、この時の地獄の状況とナグルファルの変化について書いていく。

それは須賀京太郎と姉帯豊音が難題を解決して一息ついている時である。亡霊のまとめ役棟梁の指揮の下でナグルファルが強化工事を行っていた。

今回の強化工事は非常に大規模なものであった。地獄全体が騒がしくなり、ものすごくうるさかった。

しかも亡霊たちがこれでもかといって現れて、死者の国が出来上がっていた。というのも広大な地獄を船の中にしまうつもりなのだ。

もともと地獄は女王ヘルのものである。支配権を奪い返した今ならばたやすいことだった。ただ、入れ物を大きくする必要があった。

地獄がでかすぎるからだ。そうして地獄を収納するためにナグルファルを巨大化していった。既に七割ほど完成して、一見すると豪華客船である。

それもまさかの一キロメートル級だった。

骨格にはニーズヘッグの残骸やら霊的決戦兵器の残骸が利用され、船型の霊的国防兵器と称してよい仕上がりである。ナグルファルの外壁は黒が基調だった。

これは黒の大地の創り方を応用した結果である。ナグルファルの分析班が頑張ってくれた。

須賀京太郎には無意味だが、そこそこの攻撃なら防げると装甲に採用していた。そうしてナグルファルが完成に近づいていくと地獄が狭くなっていった。

外側から少しずつ白い世界が迫ってくるのだ。初めはゆっくりと迫っていたのだが、七割がたナグルファルが完成するころにはものすごい勢いで地獄が圧迫されていった。

これは地獄という異界が消滅しかけているという証拠である。異界が不安定になり泡のように消える前兆だった。

しかしナグルファルの船員たちは焦らなかった。ナグルファルには現世へ続く門を開く力があり、白い世界に耐える強度があるからだ。

そして亡霊たちを導く王もいる。まったく不安などなかった。


 ナグルファルの強化が始まって三十五分後須賀京太郎と姉帯豊音が船首に立っていた、この時の二人について書いていく。

それは地獄の店じまいが始まってから三十五分後、もうそろそろ豪華客船ナグルファルが完成するというところである。

完全に実体化している船員たちの間を抜けて須賀京太郎と姉帯豊音は船首で遊んでいた。姉帯豊音が背負っている未来は楽しげに笑っていた。

豪華客船のにぎやかさと、気持ちのいい風を感じて喜んでいた。これは須賀京太郎と姉帯豊音も同じだった。

須賀京太郎と姉帯豊音が船首にやってきたのは、姉帯豊音が

「タイタニックごっこしてみたいなー……してみたくない?」

と言い出したからである。そして須賀京太郎が

「いいっすねー」

と答えたことで実現した。豪華客船の船首から落ちたとしても無事で済む能力を二人とも持っているので何の問題もなかった。

そうして船首で見事なタイタニックの再現をして二人は遊んでいた。この時背中に背負われている未来が

「きゃっきゃ」

とうれしそうにしていた。未来が笑っているのを見て須賀京太郎も微笑んだ。戦った意味があったと確信できた。

そして白い世界にのまれつつある地獄を眺めて須賀京太郎はこういった。

「地獄に落とされた時はどうなることかと思いましたけど、どうにかなりましたね。

 姉帯さんを守り切れるかどうかさえ不安でしたけど……杞憂でした。姉帯さんがいてくれてよかった」

するとタイタニックごっこを堪能している姉帯豊音がこう言った。

「私もやる時はやるんだよー?

 いざとなったら私を頼ってね。守りに関して『まっしゅろしゅろすけ』は完璧なんだから。それとナグルファルのみんなももっと頼ってあげて。

 確かにみんな戦闘に向いていないけど知識や技術は光るものがあるんだから。ムシュフシュちゃんとヘルちゃんと同じでね」

姉帯豊音に対して須賀京太郎はこういった。

「ムシュフシュちゃん?」

少し笑っていた。爬虫類をちゃん付けはなかなか面白かった。すると姉帯豊音がこう言っていた。

「一応女の子だって言ってたよ?」

須賀京太郎は驚いた。中性もしくは性別なしのタイプだと思っていたからだ。悪魔は大体このタイプなので、そうだと思い込んでいた。

そうしてタイタニック状態のまま会話をしている時だった。老人が声をかけてきた。しわがれていたが力のこもった声だった。こんなことを言っていた。

「ようやく見つけた。

 豊音ちゃん、迎えに来たぞ。一緒に帰ろう」

 老人の声が聞こえてきたとき須賀京太郎は青ざめていた、この時の状況について書いていく。

それは、しわがれた老人の声が背後から聞こえてきてすぐのことである。須賀京太郎は動けなくなった。

そして青ざめた。全身の肉体は間違いなく動かせる状態にあるのだが、動かせなかった。というのが須賀京太郎の全感覚が動けば死ぬと教えてくれていた。

しかし青ざめたのは命の危険を感じたからではない。姉帯豊音と未来を守れないことに絶望を感じたのだ。

しかしそんな須賀京太郎を知らずに姉帯豊音が動き出した。ナグルファルの船首の上、須賀京太郎の腕の中でゆっくりと一回転して、背後の老人と向き合った。

そしてこういった。


「おじいちゃん? 本当におじいちゃん? 偽物じゃない?」

少し嬉しそうだった。しかし不思議なことではない。姉帯豊音に殺気は向いていないのだ。向いているのは須賀京太郎にだけである。

姉帯豊音に話しかけられると老人がこう言った。

「もちろん。本物さ。

 本物でなければここまで来ることはできない。弱い退魔士ならここまで来ることさえ出来なかっただろう。

 ここに私がいる。それだけで十分だろう?

 さぁ、こっちに来て、一緒に帰ろう」

すると姉帯豊音は少しためらった。本物にそっくりな偽物の可能性があったからだ。そのため本物かどうか姉帯豊音は確かめることにした。用心深かった。

そうして確かめるために姉帯豊音は一つ質問をした。こう言っていた。

「姉帯に伝わる秘伝を見せて。そうしたら信用する」

姉帯豊音が無茶なことを言うと老人は嫌そうな顔をした。からかわれるのが嫌だった。しかし孫にねだられるとしょうがなかった。

嫌々ながら秘伝を披露した。自分の口元に手を持って行って、笑って見せた。秘伝を老人が披露したのを見て、姉帯豊音はこういった。

「本当におじいちゃんだ! やったね須賀君! これでみんな現世へ戻れるよ!」

ものすごい喜びようだった。須賀京太郎も頼りになるが、一層頼りになる存在が現れたからだ。須賀京太郎と祖父が一緒に動くというのなら完璧だった。

何が起きても絶対に大丈夫だと言い切れた。

 姉帯豊音が喜んでいる時老人に須賀京太郎が質問をした、この時の質問の内容と答えについて書いていく。

それは姉帯豊音がほっとしている時のことである。タイタニックごっこをやめて甲板へ姉帯豊音が向かおうとした。

甲板に立っている信用できる家族の下へ向かうためである。しかしできなかった。須賀京太郎が邪魔をしていた。

姉帯豊音の腰に手を回したままで全く動かない。姉帯豊音が不思議に思っていると背中を老人に見せたまま須賀京太郎がこういった。

「質問してもよろしいですか?」

すると背後の老人が答えた。

「構わないよ」

少し笑っていた。答えに喜びの感情が乗っていた。そんな老人の声を聞いて姉帯豊音がほほ笑んだ。機嫌の良い祖父を見るとうれしくなった。

須賀京太郎との仲がこじれていないので、余計にうれしく思った。そうして質問を許されると須賀京太郎はこういった。

「姉帯さんが人形化の呪いを受けた時、一番に助けを求めたのは貴方ですか?」

すると姉帯豊音の祖父がこう言った。

「そうだよ」

すると姉帯豊音が困った。意味がさっぱりわからなかったからだ。その間に須賀京太郎はこういった。


「力試しの時結界をはっていた悪魔が居ましたけど、貴方の仲魔ですか?」

これをきいて姉帯豊音が青くなった。その間に姉帯豊音の祖父がこう言った。

「そうだよ。君にあっさりと殺されてしまったけれどね。

 驚くべき腕力と技量だった。腕力だけならヤタガラスで一番でいいんじゃないか? お母さんとお父さんに感謝するべきだ。

肉体の素質と修行の成果だろう」

二人のやり取りが終わった時、船首近くが静かになった。周囲の亡霊たちもおとなしくなっている。しょうがないことだった。空気がよどんでいた。

張りつめているのに熱くて冷たい。最悪の空気だった。原因は船首近くにいる退魔士二人。空気の出所に気付いた時姉帯豊音の血の気が完全に引いた。

未来と出会う前ムシュフシュと出会ったあの時、あの悪魔を見て姉帯豊音が感じた

「おじいちゃんの仲魔にそっくり」

という感想が蘇ったのだ。そして蘇ってしまえば誰が何をしたのかすぐに当たりをつけられた。姉帯豊音が震えている間に須賀京太郎がこう言った。

「地獄を創ったのは貴方だな『二代目葛葉狂死』」

すると須賀京太郎の背後に立つ老人が笑った。そして肯いた。楽しそうだった。

「その通り。その通り!

 良くわかったね。あぁ、でも勘のいいものならわかるか。北欧神話で飾り付けてはいるが、基本が陰陽道と神道だからね。

 それに霊的決戦兵器を分析すれば超力超神の発展形だと気付いたはずだ。見た目が北欧神話『風』になっているだけで、モノに魂を宿らせるという発想は『葦原の中つ国の塞の神』に近いのだから。

 それにどういう事か、ベリアルとネビロスにも出会ったようだ。気づかれてもしょうがないか。

 しかしそれがどうした?

 私が地獄を創った張本人だからどうする?

 背後をとられている君がどうやって対処する? 自分をコントロールできていない君なんぞ、楽に始末できるというのに」

背中を見せたまま須賀京太郎は黙った。そして苦い顔をした。一度手合わせをして相手の力量を把握している須賀京太郎だ。

背後をとられているうえに一枚も二枚も上手の相手。姉帯豊音と未来を守ることは不可能だと理解していた。

今日はここまでです。

少し早いですが始めます。


 須賀京太郎が頭をフルに回転させている時姉帯豊音が祖父に質問をした、この時に行われた祖父・二代目葛葉狂死と姉帯豊音の会話について書いていく。

それは須賀京太郎が必死になって対応策を練っている時であった。青ざめている姉帯豊音が震えながら口を開いた。

若干目がうつろになっていたが、意識はあった。姉帯豊音はこういっていた。

「私をさらったのはおじいちゃんだったの?

 私のことが嫌いになった? 人形にしてしまいたいくらいに……それにヘルちゃんたちをここまで苦しめていたのがおじいちゃん?

 天国を創るためになんて……妄想のために?」

祖父に話しかける姉帯豊音の声は非常に震えていた。鼻声になっていて、聞き取りにくかった。あまりに調子を崩している。

それこそ頭をフルに回転させていた須賀京太郎が、いったん考えるのをやめるほど。

そして一旦考えるのをやめた須賀京太郎は姉帯豊音をしっかり抱きしめた。姉帯豊音がバカなまねをしないようにしっかりと腰に腕を回した。

また、背中に背負っている未来が落ちていかないように気を配った。そんなことをしている須賀京太郎を二代目葛葉狂死が睨んだ。

可愛い孫娘に悪い虫がついたと思った。しかし自分を抑えた。そして二代目葛葉狂死が答えた。

「誓っていうが、私は豊音ちゃんのことを大切に思っている。私の妻に誓ってもいい。私のかあさんにも、娘にも誓おう。

 豊音ちゃんのことは本当に大切に思っている。大切に思っていなければ、あわてて地獄に降りてきたりしなかった。

 人形化の呪いについては言い訳はしない。怖がらせたことを今も後悔している。しかし理由があってのことだった。

 あれは豊音ちゃんを無事に人形化できるかどうかの実験だった。『大慈悲の加護』は鉄壁の加護だ。

もしも計画実行時に豊音ちゃんだけ人形化できず、転送不可能状態になったらそれこそ問題だった。だから人形化の呪いが仕掛けられるか試した。

 怖がらせたことは今も本当に悔やんでいる。いくらでも謝ろう。すまなかった。おじいちゃんを許してくれ」

そして二代目葛葉狂死は深く頭を下げた。完全に須賀京太郎から視線を切っていた。背後で二代目葛葉狂死が頭を下げていると須賀京太郎も察していた。

しかし動けなかった。目の前の姉帯豊音がかなりまいっていたからである。自殺を選びそうな顔色だった。そうしていると姉帯豊音はこういった。

「なら、天国は?」

すると二代目葛葉狂死は頭を上げて答えた。

「異界を創るということだ。大規模な異界を創りだして全人類を救済する。

 人形化した帝都の住民たちを九頭竜の姫の能力でもって統一し、普遍的無意識の天国を呼び出し、人類をそこに放り込む。

 普遍的無意識の天国はすべてを受け入れる。理想郷があらゆる願いを叶えるのだ。

そして理想郷の住民となれば苦しみは永遠に消え去り、人類が夢見た天国が完成する」

答える二代目葛葉狂死は本気だった。まったく嘘偽りが見えなかった。じっと自分の孫を見つめて揺らがない。見つめられた姉帯豊音は祖父を睨み返した。

赤い両目に光が宿っていた。つい先ほどまで見せていた意志薄弱ぶりはない。未来を背負っているのだ。この重さがすべてだった。

そんな孫の変貌に祖父が驚いた。幼き日の母を思い出していた。そうして驚いていると姉帯豊音が別れを告げた。

「世迷言だよ! 人類抹殺と何が違うの!?」

しっかりと自分の足で立てる孫に祖父が答えた。

「しかし幸せだ。全てがそこにあるだろう。無意識の海にはすべての可能性が眠っているのだから」

このように答えた祖父・二代目葛葉狂死は殺気を放った。しわだらけの老人から冷たい空気が流れ出した。冷たい空気に触れた亡霊たちは縮みあがった。

二代目葛葉狂死は自分の殺意に孫娘が耐えられないと考え、心を折に来た。力強い心を持っているとは認める。

しかし修羅場の空気には耐えられないと知っていた。そういう孫娘だと知っている。しかし姉帯豊音は全く動じなかった。

むしろ殺気を感じてより一層堅固になった。修羅場で踊った経験が彼女を立たせた。そして姉帯豊音はこういった。

「京太郎!」

自分を抱きしめる須賀京太郎の名前である。戦闘開始の合図だった。

 姉帯豊音が名前を読んだその瞬間に二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦闘が始まった、この一瞬のうちに行われた双方の一撃目について書いていく。

それは姉帯豊音が須賀京太郎を選んだ瞬間だった。姉帯豊音の残響が消える間にナグルファルの船首が崩壊した。

かなり頑丈に創られたはずのナグルファルだったが、藁の家のように砕けて散った。破片はすべて下方向に向かって飛んでいた。

須賀京太郎が踏み抜いて破壊したからである。そうなって船首が崩壊すると、かろうじて残る黒の大地に姉帯豊音と未来は落下していった。

ただ、全く恐れの色が見えない。すでに「まっしゅろしゅろすけ」が展開して姉帯豊音と未来を包んでいる。

しかし落ちて行くはずの姉帯豊音と未来だがすぐに空中で静止した。これは二代目葛葉狂死が助けに向かったからだ。

空中で孫娘をキャッチしてその場で浮いていた。積極的に助けに向かったわけではない。

本当ならば、背中を見せている須賀京太郎に正拳突きを撃ち込んで始末してから孫を迎えるつもりだった。

しかし須賀京太郎が船首を踏み抜いて姉帯豊音を落したものだから、あわてて考えを変えた。加護のすさまじさは理解しているのだ。

大丈夫だと言い切れる。回復魔法の用意もあるのだ。しかし孫が傷つく可能性を考えると守らずにはいられなかった。達人の二代目葛葉狂死である。

空中の霊気を固定して孫娘を助けるくらいなんてことはなかった。ただ、戦闘という視点で考えると失敗である。無駄な行動だった。

 二代目葛葉狂死が孫娘を助けた時須賀京太郎は攻撃を仕掛けなかった、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは姉帯豊音が餌になり二代目葛葉狂死の両腕を封じた時のことである。須賀京太郎はナグルファルの甲板に立っていた。立っているだけで攻撃をしない。

船首がなくなった今、須賀京太郎は今、船の最先端にいる。この時の位置取りは完璧だった。

落下する姉帯豊音と未来を守るために二代目葛葉狂死が駆けて行ったのが見えていた。

また姉帯豊音ごと魔法を打ち込めば間違いなく始末できるべストポジション。

霊的決戦兵器たちを下し具足を手に入れた須賀京太郎の出力ならできるはずだった。格上の二代目葛葉狂死を始末するのなら千載一遇のチャンスであった。

しかし須賀京太郎は集中できなかった。まったく集中できなかったのだ。心が乱れていた。下唇を噛んで悶えていた。

必死で集中しようとしたがどうしてもできなかった。

「退魔士としてやらねばならない」

いくら言い聞かせてもダメだった。強烈な罪悪感が集中を乱していた。

退魔士としての役目、日本を守るという大義よりも姉帯豊音と未来が優先されていた。

この強烈な罪悪感が一体何を支えにして現れたものなのか、須賀京太郎はわからなかった。

しかし何にしても須賀京太郎は絶好のチャンスを罪悪感というあやふやなもので台無しにしてしまった。ダメな行動だった。

 二代目葛葉狂死と須賀京太郎の一撃目のあとナグルファルが騒がしくなった、この時の姉帯豊音と船員たちについて書いていく。

それは二代目葛葉狂死と須賀京太郎が「らしくない」失敗を重ねている時のことである。ナグルファルの船員たちが慌て始めた。

大きな声で状況を確認し合ったり、まとめ役を呼びにいったりしている。今までの和やかな雰囲気は完全になくなっていた。

特に須賀京太郎が踏み壊した船首付近にいた船員たちの混乱はすごかった。なぜなら、目の前で地獄を創った張本人と自分たちの王が戦いを始めた。

しかも壊れるわけがない船首が簡単に壊された。意味が分からなかった。

そんなナグルファルから少し離れたところで二代目葛葉狂死に助けられた姉帯豊音が怒っていた。

自分を受け止めた二代目葛葉狂死に向かって平手を見舞ってみたり、最大のチャンスを見逃した須賀京太郎に対して

「撃ちなさい!」

と怒鳴っていた。先ほどの一瞬が二代目葛葉狂死を倒せる最大のチャンスと姉帯豊音は考えていたのだ。

「まっしゅろしゅろすけ」

の加護がある以上傷つくわけがないと姉帯豊音は考えている。

祖父・二代目葛葉狂死が選択を間違えて助けに来たのなら、須賀京太郎はまとめて撃つべきである。

今まで合理的に戦ってきた須賀京太郎ならば撃つべきだった。また、地獄を創り天国に人類を収容するという祖父に対しては単純に怒っていた。

背負っている未来がいるのだ。自分たちの世代で人類を終わらせるわけにはいかなかった。


 ナグルファルが混乱の極みに入った時二代目葛葉狂死と須賀京太郎が会話をした、この時に行われた会話内容について書いていく。

それはナグルファルが状況の確認を急いでいる時、姉帯豊音がさっさと魔法を撃てと怒鳴っている時のことである。

二代目葛葉狂死が須賀京太郎に話しかけてきた。二代目葛葉狂死と須賀京太郎は距離があったので声をはっていた。こう言っていた。

「須賀君。なぜ攻撃しなかった。敬老精神に目覚めたか。

 それとも、豊音ちゃんと赤ちゃんが心配だったか? 

 ん?……赤ちゃん?」

話しかけていた二代目葛葉狂死はようやく背負われている未来に気付いた。大慈悲の加護に守られている赤子である。感知できなかった。

かわいらしい赤ちゃんが二代目葛葉狂死を見つめていたのだが、これを見て眉間にしわが寄った。可愛いのは間違いないのだ。

ただ、二代目葛葉狂死の頭に嫌な言葉が大量に浮かんできた。昨今の社会問題を憂う老人である。まさかうちの孫娘がという気持ちでいっぱいになった。

しかしすぐにふり払った。背負われている赤子から血縁を感じなかったからだ。血縁を感じるというのはマグネタイトの個性のことである。

姉帯にも若干の個性があるのだが、それが見えなかった。そのためすぐに血縁でないと見破れた。ただ少しあわてていた。

そんな二代目葛葉狂死に須賀京太郎がこう言って答えた。

「姉帯さんには『まっしゅろしゅろすけ』の加護がある。俺が攻撃を仕掛けたところで姉帯さんを盾に使えば、攻撃は通らない」

出来るだけ冷徹な魔人を演じていた。しかし無理があった。姉帯豊音と未来を見つめる須賀京太郎の目が弱くなっていた。

感情が具足たちによって増幅されているのだ。ポーカーフェイスは無理だった。そんな須賀京太郎の答えを聞いた時二代目葛葉狂死はニヤリと笑った。

嘘だと見抜いていた。当然姉帯豊音にもばれていた。

「お前たちが大切だから心が鈍った」

と、須賀京太郎の目が教えていた。そんな須賀京太郎に二代目葛葉狂死がこう言った。

「なるほど私の作戦をよく理解している。可愛い孫娘を盾にすれば、間違いなく君の攻撃を防げるだろう。『大慈悲の加護』は自動的に豊音ちゃんを守る。

間違いないだろう。

 しかし、君のことが少しだけ好きになった。ほんの少しだけだがね。

 だが処刑する。君は邪魔だ」

すると須賀京太郎がこう言った。

「処刑したいのなら、処刑すればいい。できるものならな」

二代目葛葉狂死に対応する須賀京太郎は嬉しそうだった。好きになったと言われたからではない。殺しに来るというのなら殺し返せば良くなるからだ。

簡単な状況になる。目の前の修羅場に集中すれば考えずに済む。姉帯豊音と未来を優先し大義を捨てた自分を無視できた。

 会話が終わった後二代目葛葉狂死が甲板に向かって歩き出した、この時の二代目葛葉狂死とナグルファルについて書いていく。

それは二代目葛葉狂死と須賀京太郎が軽い会話を終えた後のことである。姉帯豊音をしっかり抱えたまま、二代目葛葉狂死は黙り込んだ。

孫娘から思い切り平手打ちを喰らっていたがまったく気にしていなかった。というのも須賀京太郎を心の中でほめていた。

孫娘の信頼を勝ち取り、部下たちを始末したその強さを喜んだ。二代目葛葉狂死にとって強者は望むところだった。

力を持つ者は邪悪ではなくステキなものだった。そうして喜び褒めた後、ポーカーフェイスのままゆっくりと甲板に向かっていった。

階段を上るようにゆっくりと甲板を目指した。足場はマグネタイトを操って、楽々の移動だった。お互いのための大切な時間だった。

そうして近付いてくる間に須賀京太郎にハチ子が駆け寄ってきた。随分慌てていた。実体を手に入れたハチ子は、美しかったが今は五割減である。

戦闘が始まったと聞いて慌てふためいて青ざめていた。須賀京太郎のところへ駆けてきたのは命令をもらうためである。

そうしてやってきたハチ子に対して須賀京太郎はこういった。


「ナグルファルはヘルの防衛に重点を置け。

 もしも俺が敗北したら即座に現世へ移動し、『葦原の中つ国の塞の神』を頼れ。助けてくれるだろう」

須賀京太郎の命令を聞いてハチ子はためらった。霊的決戦兵器を雑魚のように扱い苦境を力づくで突破した我らの王が死を覚悟していたからである。

しかし口応えは出来なかった。ハチ子はすぐにヘルの下へ駆けだした。やるべきことをやるためである。

そうしてハチ子が駆けて行ってようやく二代目葛葉狂死が到着した。この時も姉帯豊音が平手打ちを仕掛けていたがまったく動じていなかった。

二代目葛葉狂死の目は須賀京太郎の目とそっくりだった。獲物を狙う退魔士の目である。

 二代目葛葉狂死が甲板に到着すると須賀京太郎が深呼吸を始めた、この時の二代目葛葉狂死と須賀京太郎について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が甲板に現れてすぐのことである。須賀京太郎は深呼吸を始めた。大きく息を吐いて、吸い込む。

誰にでもできる簡単な深呼吸だが、これを須賀京太郎は丁寧に行った。目的を達するため、自分を支配する必要があった。

姉帯豊音と未来を守りたいという願いと退魔士としての大義の間で揺れる不安定な心を何としてもおさめなければならなかった。

この時二代目葛葉狂死は静観していた。少し距離をとったままで動かない。普通に考えると合理的ではない行動。しかし必要だった。

二代目葛葉狂死も仕切りなおす必要だったのだ。姉帯豊音の成長を喜ぶ心と須賀京太郎をほめる心を鎮める時間である。

二代目葛葉狂死も須賀京太郎の実力を認めているのだ。心を統一する必要があった。

 須賀京太郎が深呼吸を四回完成させたところで二代目葛葉狂死が動き出した、この時の二代目葛葉狂死と須賀京太郎について書いていく。

それは須賀京太郎が精神集中を行った後のことである。

乱れていた心をたった一つに集中させた須賀京太郎の前に、戦いの覚悟を決めた二代目葛葉狂死が現れた。

孫娘を甲板に静かにおろし何処からともなく剣を取り出していた。孫娘に対する二代目葛葉狂死は良いお爺さんにしか見えなかった。

しかし須賀京太郎を見る目は退魔士の目のままだった。そんな二代目葛葉狂死は孫娘に対して封印術を仕掛けた。

軽く指を振って六芒星・カゴメの模様を描いた。すると甲板に下された姉帯豊音と未来の姿が消えた。姉帯豊音を中心にして球体上に空間が失われていた。

切り取られた球体の直径二メートルほど、ヘルを縛った牢獄サイズだった。

「まっしゅろしゅろすけ」

の干渉を鬱陶しがった結果である。姉帯豊音と未来の姿が消えたが須賀京太郎は冷静だった。姉帯豊音と未来の気配を嗅ぎ取っていた。

そんな須賀京太郎に二代目葛葉狂死がこう言っていた。

「驚かないな。ベンケイあたりが見せていたか? それとも十四代目の糞狸か?」

世間話をするような気軽さだった。そんな二代目葛葉狂死に須賀京太郎はこういった。

「ハギヨシさんが」

同じく世間話の調子だった。須賀京太郎の返事を聞いて二代目葛葉狂死がこう言った。

「ハギヨシ? 封印術は下手だった気がするが」

冗談らしい口調だった。目は笑っていなかった。この口調を受け止めて須賀京太郎はこういった。

「部屋の片づけに使っていました。異界を創りだしてそこに衣さんのゴミを放り込んで……」

本当のことだったが冗談のように語って見せた。精神統一は済んでいる。焦れたりしない。すると二代目葛葉狂死が大きくため息をついた。そしてこういった。

「まったく何を考えているのか……衣ちゃんもずいぶんだらしない。ハイテクな時代だ。少し頑張ればいいだけのことなのに」

すると須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。

「同感です。見た目はいいのに」

すると二代目葛葉狂死も肯き返した。なかなか気が合うようだった。ただ、気が合うからこそ戦いが避けられないとお互い理解できた。

説得や交渉は無駄だった。


 会話が終わって一秒後二代目葛葉狂死と須賀京太郎は殺し合いを始めた、この時の二代目葛葉狂死と須賀京太郎のぶつかり合いについて書いていく。

それは二代目葛葉狂死と須賀京太郎がわずかな会話で目の前の退魔士をバカと見抜いた後のことである。二代目葛葉狂死は剣を構えた。派手さは一切ない。

正眼の構えである。ただ構える武器は両刃の剣。しかし陰陽葛葉と同じ種類の存在だった。魔鋼を大量に使用して神々を生贄に創る呪物。

そこにあるだけで弱い悪魔を消滅させる力を持つ魔剣・陰陽葛葉である。魔剣の登場とほぼ同時に須賀京太郎の肉体が「ラグナロク」の火の膜で包まれた。

須賀京太郎の皮膚の上に薄く表れた火の膜は青かった。皮膚に張り付くように展開されているため須賀京太郎は青い皮膚を持つ怪物のように見えた。

灰色の髪の毛に金色の目が合わさるとアスラの類にしか見えなかった。そうして向き合った二人だがわかりやすい殺意はかけらも見えなかった。

眉間にしわがよることも、目が鋭くなることもない。呼吸も整っている。こうなると、剣を構える老人と拳を構える青年がむき会っているだけに見えた。

ただ、それは見た目だけの話。二代目葛葉狂死と須賀京太郎の周囲はひどい瘴気で満ちている。凶悪な殺意のぶつかり合いで周囲の空気が傷ついた。

このようになってしまったのはお互いに抹殺だけが目的になっているからだ。いらないものをごっそり捨てて、二人とも穏やかに見えた。

見事なものだったが、すぐに崩れた。構えが完成した時点で問答無用の一撃をお互いが撃ち込んだからだ。特にいう事はない。

剣を構えたのだから振り下ろして切り裂く。拳を固めて構えたのだから、打ち込んで砕く。これだけである。後のことはかけらも考えていなかった。

「どうすれば目の前の存在を抹殺できるのか」

という自問に対しての答えがこれだった。だから実行した。全身全霊をかけて一発を撃ち込む。

仮にカウンターを仕掛けられようが構わないという心構えで打ち込んだ。そうしてお互いに傷を負った。

二代目葛葉狂死の剣は須賀京太郎の左の鎖骨を砕き肋骨まで届いた。一方須賀京太郎の拳は二代目葛葉狂死の左胸を撃った。

この打ち合いの結果、足場になっているナグルファルの甲板が吹っ飛んだ。船首から半径五十メートルが、余波で崩れたのだ。

二人の圧力に耐えられなかった。しかしナグルファルも広大な地獄を取り込んでいる。内部に無数のひびが入っただけである。

あと二回は耐えられる。二回を越えて打ち合えば砂の城のように崩れ落ちるだろう。

 仕切りなおしてからの一撃目が終了して二代目葛葉狂死と須賀京太郎は動かなくなった、この時の二人の様子について書いていく。

それはナグルファルの甲板が台無しになり、内部構造に致命的な被害が出てからのことである。

べコリとへこんだ甲板のど真ん中で二代目葛葉狂死と須賀京太郎がにらみ合って動かなくなっていた。

しかし二人とも健在である。呼吸もしているし鼓動もしている。抹殺の意志もある。だが動けなかった。お互いがクサビになっているのだ。

これは攻撃の結果である。須賀京太郎の肉体には剣が深く入り込んでいる。「ラグナロク」の青い皮膜を切り裂いて、肉体に剣が食い込んだままだ。

「ラグナロク」の青い火が剣を徐々に削っていたが、剣が崩壊するまで数分はかかるだろう。

また、二代目葛葉狂死の左胸には須賀京太郎の右拳が撃ち込まれている。胸の肉を貫いて、肋骨で拳は止まっている。

須賀京太郎の腕力ならば撃ち込めたはずだが、剣が邪魔をしてあと数十センチを打ち抜けなかった。こうなるとお互いに動けなくなってしまう。

下手に動けばお互いの攻撃が心臓に到達するからだ。獣二体が喰い合ってかみ合ったは良い。しかし殺しきれなかった。

しかも牙が食い込んでいるため、引くに引けない。そうなって二人は微妙なバランスの上でどうするかと悩むことになった。ただ逃げる方法ではない。

殺す方法を考えた。目の前の男が一番の障害物だと確信した結果だった。

 二代目葛葉狂死と須賀京太郎がにらみ合いを初めて五秒後二人に変化が起き始めた、この変化について書いていく。

それはお互いの抹殺を企んだ結果動けなくなった獣二匹がにらみ合っている時のことである。

にらみ合っている二代目葛葉狂死と須賀京太郎の顔色が悪くなっていった。

須賀京太郎は火の膜で包まれているためわかりにくかったが、明らかに呼吸が乱れていた。この変化が起きた理由はお互いの武器にある。

というのが、二人の武器が毒になっていた。まず須賀京太郎の肉体に食い込んでいる剣。

普通でもよくない状態だが、二代目葛葉狂死の剣には大量の悪魔の魂が使用されている。魔鋼というのは悪魔の魂から創る物質である。

良質の魔鋼を大量に使用した剣は大量の悪魔の集合体。二代目葛葉狂死の剣を見るだけで心身喪失状態になる人間もいる。

そうなって魔剣・陰陽葛葉が肉体を切り裂いて肉体内部でとどまっているというのは良い状態ではない。

そして須賀京太郎。須賀京太郎を包む火の皮膜というのはロキの火である。こんなものが肉体の中にあり続けるというのは良いわけがない。

メギドだろうと触れれば焼き尽くすのだ。貫かれて生きているのが不思議だった。二人の顔色が悪くなったのは、お互いの毒のためだ。

動けない今だからこそ、じわじわと効いていた。


 二代目葛葉狂死と須賀京太郎が削り合いを初めて十秒後横やりが入った、この時に入ってきた横やりについて書いていく。

それはお互いがお互いの毒で死に向かっている時のことである。二代目葛葉狂死と須賀京太郎はこの期に及んでまったく引こうとしなかった。

顔色は非常に悪くなっていたが、命を奪うという目的は全く消えていなかった。

むしろ自分の毒が相手に届いていると察してからは、我慢比べを良しとしていた。策略は一切ない。じわじわと削り合っていれば確実に難敵が死ぬ。

ならば我慢するだけだった。しかし、耐久戦を良しとしたのは本人たちだけだった。

そうして横やりが入ったのが削り合いが始まって十秒後、二代目葛葉狂死と須賀京太郎があと少しで死ぬというところだった。

一番に横やりを入れたのは二代目葛葉狂死の部下だった。ナグルファルから少し離れたところで待機していた小型の霊的決戦兵器たちが一気に近寄ってきた。

小型の霊的決戦兵器は全部で十二体。北欧神話をモチーフとしていない簡素な装備の部隊だった。

この小型の霊的決戦兵器が現れると亡霊のまとめ役ハチ子が須賀京太郎の命令を実行に移した。

ナグルファルの崩壊した船首付近に禍々しい門が一瞬にして現れた。ハチ子が呼び出したのは現世への門である。須賀京太郎の命令は

「敗北したら、逃げ出せ」

であるからタイミングが早かった。また、須賀京太郎を巻き込む形で現世へ逃げようとしている。

命令に反しているとハチ子もわかっていたが、何のためらいもない。双方の関係者は命令よりも「王」が大事だった。

 部下たちが横やりを実行した直後姉帯豊音の封印が解けた、この時の状況について書いていく。

それは限界を知らない我慢比べに部下たちが止めに入った時のことである。極小の異界に封じられていた姉帯豊音と未来がナグルファルの甲板に戻ってきた。

切り取られていた甲板ごと帰還した姉帯豊音は帰還と同時に転がることになった。

戻ってきた甲板が大きくへこんでいて、帰還と同時に二代目葛葉狂死と須賀京太郎の方へずり落ちたのだ。

「まっしゅろしゅろすけ」によって守られている姉帯豊音と未来であるから怪我はない。しかし夢の中で溝に落ちるような驚きがあった。

そうして姿を現した姉帯豊音と未来である。すぐに状況確認を始めた。というのが二代目葛葉狂死によって封じられたと理解している姉帯豊音である。

封印が解けたということは勝負が決したということと解釈していた。

二代目葛葉狂死も須賀京太郎も良く似たタイプの人間であるから、中途半端なことはしないと覚悟していた。

ただ、そうして確認を進めていった姉帯豊音は生きている退魔士二人を見つけた。

べコリとへこんだ甲板の中心で我慢大会をしている二代目葛葉狂死と須賀京太郎の姿を見つけたのだ。これを見つけて姉帯豊音は呆気にとられた。

何が起きているのかわからなかった。しかし問題が起きていることはわかった。

そんなところに十二体の霊的決戦兵器が現れ、現世へ向かうための門が現れた。この二つの変化に対して姉帯豊音は冷静だった。

「おじいちゃんと須賀君なら自分が負けた時の命令も決めているはず」

と納得がいった。二代目葛葉狂死と須賀京太郎の性格を理解できていたので特に困らなかった。

十二体の霊的決戦兵器は祖父の作戦で巨大な門は須賀京太郎の作戦だと判断していた。

特に巨大な門についてはハチ子が呼び出していた門とそっくりだったので予想がつきやすかった。

このようにして状況を確認していると、べコリとへこんだ甲板がついに包囲されてしまった。

十二体の霊的決戦兵器に囲まれて、須賀京太郎の終わりの時が近づいていた。また、現世へ続く門だが、これはほんの少ししか開いていなかった。

術者の技量の問題である。全長一キロメートルのナグルファルが通る門である。大きくなりすぎて開くのに時間がかかっていた。

 十二体の霊的決戦兵器がナグルファルの甲板を占拠した後姉帯豊音が大きな声を出した、この時の霊的決戦兵器たちと姉帯豊音について書いていく。

それは強大な力を持つ霊的決戦兵器が十二体も現れて甲板を占拠したすぐ後のことである。状況を確認した姉帯豊音が大きな声を出した。

普段の彼女なら全く出せないような大声だった。

「オロチちゃん! 私はここにいる!」

怒声としか言いようがなかった。しかししょうがない。自分の祖父がとんでもない事件を引き起こした挙句

「今からでも遅くないからやめて」

と頼んでも全く聞かない。また自分を守るといった須賀京太郎は何を考えたのか命がけの我慢比べに興じている。

背負っている未来の重さを感じている姉帯豊音からすれば、この二人の行動はただ腹が立つ。

そうして姉帯豊音が大きな声を出している間に、二代目葛葉狂死の肉体は完全に回復していた。肉体の損傷は消え、毒もどこかへ去っていった。

顔色も良くなっている。当然である。霊的決戦兵器達が最高の回復魔法を仕掛けたのだ。一方で須賀京太郎は死に掛けたままだった。


剣は肉体に食い込んだまま、呼吸は苦しいままである。状況は悪化の一途をたどっている。しかし拳を緩めることはなかった。

むしろ逆境が火の出力を上げていた。

 姉帯豊音がオロチの名前を呼んだあと二代目葛葉狂死が須賀京太郎の腕を切り落とした、この時の二代目葛葉狂死と須賀京太郎について書いていく。

それは二代目葛葉狂死の肉体が再生された後のこと。須賀京太郎の身を包む「ラグナロク」の火が出力を上げた。絶体絶命の状態である。

しかしそれは追い風になり、火力を上げた。今まで青かった火は徐々に白くなり、火が白くなるにつれ周囲の温度を上げた。

火が出力を上げていく間に、二代目葛葉狂死は須賀京太郎を蹴り飛ばした。肉体が再生し活力が戻ってきている二代目葛葉狂死である。

死に掛けの須賀京太郎を蹴り飛ばすくらい容易いことだった。

そうなって蹴り飛ばされた須賀京太郎はナグルファルの甲板ぎりぎりのところまでふっとばされた。ぎりぎりのところで柵に助けられた。

だが受け止めた柵は衝撃でへこみきしんでいた。しかし蹴り飛ばした二代目葛葉狂死も無傷ではない。蹴り飛ばした右足が重度の火傷を負っていた。

蹴り飛ばすその瞬間も須賀京太郎の火の温度が上がっていた。だが蹴り飛ばされたところで須賀京太郎の温度の上昇は止まり冷え始めていた。

左鎖骨から深く切り込まれた傷跡が蹴られた衝撃で開き、出血多量からくる意識混濁を起こしたのだ。

須賀京太郎のサポートをしているロキ、具足たちが傷口を必死で塞ごうとしていた。しかしうまくいかなかった。剣の毒のためである。

そんな須賀京太郎だが、戦いの姿勢を崩さなかった。転落防止用の柵を支えにして立ち上がって構えていた。

「ラグナロク」の火も使用できない上に回復魔法もない状態であるけれど、やる気だった。

意識混濁状態にあって須賀京太郎を立たせたのは意地とも呼べない本能であった。理由はまったくわからないけれども

「立ち上がり戦え」

と叫ぶ自分がいた。そうして立ち上がった須賀京太郎を見て二代目葛葉狂死は攻撃を仕掛けた。剣を振りかぶって唐竹割を狙った。油断はなかった。

全身全霊で殺しにかかった。しかし当てられなかった。強い衝撃がナグルファル全体を襲ったからだ。衝撃のため須賀京太郎が吹っ飛んで狙いがそれた。

結果、右上腕二頭筋あたりを剣が通過していた。ただ剣は間違いなく通過したため須賀京太郎の右腕はなくなってしまった。

 須賀京太郎の右腕が切断された後二代目葛葉狂死の部下たちが撤退を進言した、この時の状況について書いていく。

それは須賀京太郎が右腕を持っていかれた直後である。二代目葛葉狂死の部下たちが大きな声で撤退を進言した。彼らはこういっていた。

「オロチ出現!」

部下たちの必死な声が響いていた。それもそのはずである。開きかけだった門が完全に開き切り、門の向こうから怪物が現れていた。

巨大な門を軋ませながらあらわれたのは、巨大な蛇。葦原の中つ国の土台になっているオロチの化身である。これが地獄に現れていた。

そうして現れるだけなら構わないが現れた瞬間から霊的決戦兵器たちに対して敵意を隠さない。輝く赤い目がギラついて恐ろしい。

また、この巨大な蛇だが一匹だけではなかった。ナグルファルの甲板に須賀京太郎と姉帯豊音の姿を確認すると、ナグルファルの周囲に複数の門が現れた。

そして門が現れると同時に乱暴に開かれて、そこから次々と巨大な蛇が現れた。初めに現れた蛇と同じく超巨大なうえに、敵意で満ちた目を向けていた。

ナグルファルとニーズヘッグよりもはるかに大きく、世界樹さえ締め上げられるサイズの蛇である。

流石の霊的決戦兵器たちでもこれを相手にするのは難しかった。しかし複数の巨大な蛇が現れても二代目葛葉狂死は撤退を選ばなかった。

一瞬だけ巨大な蛇に視線を向けていたが、須賀京太郎にしか興味がなかった二代目葛葉狂死は須賀京太郎を殺すと決めたのだ。

そのため何が何でもやるつもりだった。

 二代目葛葉狂死と霊的決戦兵器たちが一瞬目を離している時須賀京太郎は幻覚を見ていた、この時に須賀京太郎が見ていたモノについて書いていく。

それは巨大な蛇たちが進撃を始めた時のことである。右腕を切断されて死に掛けの須賀京太郎が甲板に転がっていた。

もともと大量の出血で意識があいまいになっていた須賀京太郎である。右腕を失った今意識を保つのも難しかった。しかし両目だけは動いていた。

この時の両目の動きは不規則だった。また焦点があっていない。現実を見ていないように思えた。実際、甲板に転がっている須賀京太郎は幻覚をみていた。

転がっている須賀京太郎の顔を覗き込む、真っ黒い人の幻覚である。須賀京太郎の視界にある狼と牡牛、そして蛇のようにはっきりした幻覚ではない。

影が肉体を持ったような気持ちの悪い幻だった。須賀京太郎を覗き込んでいる黒い影は何か伝えようとしていた。

声ではなく身振り手振りで伝えようとしている。声はまったく発さない。しかし黒い影の言いたいことは伝わった。すると須賀京太郎は小さな声でこう言った。

「やるよ。右腕ならくれてやる」

黒い影に対する返答を聞いていたのはロキだけだった。独り言だと理解した。

黒い影の存在を知らないロキにとって須賀京太郎の返事は妄言にしか聞こえなかった。しかし須賀京太郎の返事の後黒い影に変化が起きた。

肉体を持たない黒い影に人間の右腕が生えたのだ。須賀京太郎の右腕に見えた。

 黒い影に右腕が生えた後二代目葛葉狂死が須賀京太郎にとどめを刺しに来た、この時の二代目葛葉狂死と周囲の状況について書いていく。

それは姉帯豊音の呼び声に応えてオロチの化身が次々姿を現している時のことである。

二代目葛葉狂死は平然と剣を構え、死に掛けの須賀京太郎の下へ歩き出した。

ナグルファルの周囲を取り囲む超巨大な鋼の蛇たちなどよりも、死に掛けている須賀京太郎を殺しておきたかった。

「殺すと決めたから」

というのもある。それ以上に生かしておくと巨大な障害になると直感が叫んでいた。しかし二代目葛葉狂死が動き出すと巨大な蛇たちも黙っていなかった。

数えきれない触角を生み出して二代目葛葉狂死の下へ送り出した。触角は、長い黒髪を持ち輝く赤い目を持つ人間の少女の形をとっていた。

産みだされた触角たちは可憐な少女である。しかし上級悪魔相当のエネルギーを秘めていた。そうなって産みだされてきた触角たちはかなり頑張っていた。

とくに小型の霊的決戦兵器達に優勢だった。数の有利で押していた。一方で二代目葛葉狂死には手も足も出なかった。

単純に二代目葛葉狂死がオロチの戦術と武術を上回っていた。オロチの触角たちなど二代目葛葉狂死からすれば可憐な少女扱いで十分だった。

そのため、須賀京太郎の下へ簡単に二代目葛葉狂死はたどり着いた。もともと百五十メートルほどしか離れていなかったのだ。

襲い掛かってくる健気な少女たちを切り捨てながらでも三秒と掛からなかった。しかし須賀京太郎の姿を見て二代目葛葉狂死は後悔した。

もう少し急げばよかったと思った。右腕を失ったはずの須賀京太郎に新しい右腕が生えていたからである。
 
 須賀京太郎の新しい右腕を発見した時二代目葛葉狂死は全身全霊で攻撃を仕掛けた、この時の二代目葛葉狂死の攻撃と、老人が見たものについて書いていく。

それは須賀京太郎まであと八メートルというところまで近づいた時である。二代目葛葉狂死は奇妙なものを見た。須賀京太郎の銀色の右腕である。

その腕は細かった。骨のように細い。一応肉がついていた。しかし有刺鉄線を固めて創った歪な肉であった。また長かった。

健在である左腕と比べると三十センチほど長い。骨のように細く異様に長いというだけでも目を引くが、最も特徴が表れているのは指先である。

病的な細さの指先に刃が生えていた。それも日本刀のような鍛造された刃である。これが五本ぎらついているのは不吉だった。

またこの右腕の持ち主に視線をずらしていくと持ち主に大きな変化が起きているとわかる。肌の色が褐色に変わっていた。

この変化を遂げた須賀京太郎が起き上がろうとしているのを見て、二代目葛葉狂死は全身全霊の一撃を撃ち込んだ。

自分を取り囲んでいるオロチの触角たちを完璧に無視したまま、須賀京太郎の命だけを狙って切り込んだ。

この時二代目葛葉狂死の剣にはマグネタイトの刃が付け加えられていた。マグネタイトの輝きを放つ緑色の刃は葛葉流の退魔術。

一度切り損ねたのだ、油断はなかった。

 二代目葛葉狂死の攻撃の後須賀京太郎が動き出した、この時の二代目葛葉狂死と須賀京太郎のやり取りについて書いていく。

それは二代目葛葉狂死が攻撃を仕掛けたその時におきた。今までゆったりと動いていた須賀京太郎が攻撃を回避して見せたのだ。

須賀京太郎の回避の仕方は獣としか言いようがなかった。両足両手背中の筋肉をすべてを利用して獣のように飛び跳ねていた。

武術の気配が全くない回避の仕方であるから、非常に不格好だった。しかしその素早さは驚異的だった。一瞬二代目葛葉狂死の視界から外れる速度があった。

そうして二代目葛葉狂死の攻撃を回避した直後須賀京太郎は無表情だった。二代目葛葉狂死に静かな表情のまま金色の目を向けていた。

この時須賀京太郎と見つめあった二代目葛葉狂死は

「畜生になったか」

と思った。須賀京太郎の変貌をみて、悪魔に堕ちた人間と重ね合わせた。しかしすぐに間違いだと教えられた。

二代目葛葉狂死の目を見て須賀京太郎がこう言ったのだ。

「さぁ、第二ラウンドだ。

 続きをやろう、二代目葛葉狂死」

すると二代目葛葉狂死は小さく笑った。可笑しかった。そして小さな笑いは大きな笑いに変わっていった。

この間にもオロチの触角たちが襲い掛かっていたが軽々と捌いていた。笑いながらオロチをさばくので、遊んでいるように見えた。

突如笑い始めた二代目葛葉狂死を見て須賀京太郎は困った。笑うところは一つもなかったからだ。

お互い真面目に戦っていたのだから、笑うのはおかしかった。そうして須賀京太郎が気を悪くしていると二代目葛葉狂死はこういった。


「この土壇場で『上級退魔士』の領域に足を踏み込んだのか。

 本当に土壇場に強いな……魔人に転生した時も驚いたが、そういうところはものすごく厄介だ。

だが、まだ未熟。完全に自分を支配できていない」

このように語っている間にも大量のオロチの触角が襲い掛かっていた。しかしまったく傷つけられなかった。一方で須賀京太郎は膝をついていた。

かろうじて上半身を起こしているがぎりぎりの状態だった。左鎖骨から切り込まれた傷がまだふさがっていないのだ。

具足とロキがどうにか応急処置を行っていたが、剣の呪いと回避の衝撃で傷がまた開いていた。そんな須賀京太郎だが、諦めていなかった。

二代目葛葉狂死もしくは霊的決戦兵器が近寄ってきた瞬間に一太刀くれてやろうと考えていた。殺されるとしても一撃食らわさなければ死にきれなかった。

 最後の瞬間を思い描き自分自身を須賀京太郎が激励している時二代目葛葉狂死が助言してきた、この時の二代目葛葉狂死の助言について書いていく。

それはナグルファルの甲板で須賀京太郎が必殺の空気を放っている時である。

この期に及んでまだあきらめていない須賀京太郎を見て二代目葛葉狂死は上機嫌になった。圧倒的に格上の相手に対してまったく諦めない。

その上逆境を糧にしてさらに強くなろうとするというのは素敵だった。二代目葛葉狂死にとっては最高に喜ばしかった。そんな二代目葛葉狂死である。

最後の一撃を狙う須賀京太郎を見て、こんなことを考えた。

「十四代目が弟子をとったのはこういう未熟で面白い小僧を見つけたからか。

 正直、豊音ちゃんの護衛を男に任せるのは気に入らんが、今は許そう。そしてその可能性に賭けて、俺の奥義を見せ、導いてやろう。

 もしかするとこの小僧に俺が殺されることがあるかもしれんが、それもまた一興」

そうしてこの結論に至った二代目葛葉狂死は須賀京太郎にこう言った。

「一つ、上級退魔士として手本を見せてやろう。

 須賀君は私と同じで自分を変化させる異界創造に適正がある。今は右腕だけしか変えられないようだが、完成すれば戦闘特化形態に変じることが可能だ。

 このように」

意味がさっぱりわからなかった。オロチもわからなかった。そうして困っている間に、二代目葛葉狂死の身体をマグネタイトの炎が包み込んだ。

緑色の炎が老人の身体から湧き出して、あっという間に火だるまにしてしまった。そうして一秒ほどしたところで緑色の火が消えた。

火が消えたところには身長二メートル三十センチほどの人型の悪魔が立っていた。一見すると緑と銀と白基調にした鎧武者のように見える。

しかし無駄なスペースが一切みえない。これは具足がすべてが生体装甲だからだ。

また頭部には牛のような角が二本生えているのだが、鎧武者風の生体装甲と合わさると悪魔の角にしか見えなかった。腰には剣を携えている。

魔剣・陰陽葛葉である。しかし、少し長くなっていた。身長がかなり伸びているのでそれに合わせて伸びていた。忠義者の剣だった。

この形になった二代目葛葉狂死だが、すぐに元の姿に戻った。手本を見せることが目的だからだ。これで十分だった。

 二代目葛葉狂死の奥義を見た後須賀京太郎は息をのんでいた、この時の須賀京太郎とロキについて書いていく。

それは葛葉流異界操作術の近距離戦闘応用編を見た直後である。須賀京太郎はただ驚いていた。目を大きく開いて、じっと二代目葛葉狂死を見つめている。

というのも思っている以上に二代目葛葉狂死が高いところにいたからだ。そして大幹部というのはすさまじい力を持っているのだなと感心した。

強い強いとは思っていたが、実際に目の前で見せつけられると格の違いを感じてしまう。ただ諦めはなかった。

須賀京太郎が驚いたのは目の前で見せられた技術の素晴らしさを理解できるからなのだ。ここにあるのは単純な称賛の気持ちしかない。

「ものすごくておどろいた」

これだけである。折れる理由がなかった。一方でマントになっているロキは小さく震えていた。

二代目葛葉狂死が須賀京太郎の上位互換だと見抜いたからである。須賀京太郎の勝っているところなど身体操作のセンスと腕力くらいしかないだろう。

あとは完全に負けていた。組織力で負けカリスマ性で劣る。異界操作の技術は比べるまでもない。熟練者と入門者の差がある。

全てを踏まえて勝負に挑めば確実に敗北する。これは非常につらい現実だった。

シギュンを解放するという目的を達成するためには目の前の二代目葛葉狂死を斃さなくてはならない。

最大の標的が須賀京太郎の上位互換なのだから、たまらなかった。ただ震えてしまう。しかし須賀京太郎と同じくロキも諦めはなかった。

須賀京太郎から流れ込んでくる精神エネルギーを受け止めたからだ。

死に掛けの小僧がやる気満々なのに、相乗りしている自分があきらめるわけにはいかなかった。意地があった。


 須賀京太郎とロキが戦意を見せた後二代目葛葉狂死たちは撤退した、この時の二代目葛葉狂死と部下たちについて書いていく。

それは圧倒的な力量差を見せつけられたにもかかわらず須賀京太郎とロキが立ち向かう意志を見せた少し後のことである。

全く心が折れていないところを見て二代目葛葉狂死はうなずいた。そしてオロチの触角たちをいなしながらこういった。

「今回は私の負けだ。横やりを入れたのは私の部下だ。だから私の負けで良い。

 しかし必ずもう一度やろう。今度は一対一で、お互い全力で最後までだ。今度は最初から全開でやってやろう。

 心配せずとも私たちの目的は交わることがない。私は人類を救済するために天国を創る。君は豊音ちゃんを守りたい。

この二つの目的は絶対に同居できない。必ずぶつかり合う。

 君が自分を御しきれるのならば、そして勝ち抜けるのならばチャンスはあるだろう」

このように二代目葛葉狂死が語ると須賀京太郎は小さく笑った。そして肯いた。血の気が失せていたが金色の目の輝きは強まっていた。

これを見て二代目葛葉狂死はこういった。

「それではな須賀君。

 次に顔を合わせるまで豊音ちゃんを預けておく……節度ある付き合いを私は望んでいるぞ。十四代目もそうだろう。

 さらばだ。みんな退却するぞ!」

このように語ると、二代目葛葉狂死と部下たちは宣言通り撤退した。巨大な蛇たちが邪魔していたが、簡単に逃げられた。

二代目葛葉狂死の異界操作術が上手だった。逃げられた時巨大な蛇たちは非常に悔しがっていた。輝く赤い目がぎらぎらしていた。

 二代目葛葉狂死と部下たちが撤退した後須賀京太郎に異変が起きた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音の行動について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が力の差を見せつけて部下たちを率いて撤退した後のことである。死に掛けだった須賀京太郎がいよいよ倒れこんで動かなくなった。

肉体に負っているダメージはもともと即死級。左鎖骨から深く切り込まれている上に右腕を切り落とされ、我慢比べをやった時に剣の毒を受けている。

また異形の右腕が生まれているのもマグネタイトの消耗を激しくさせて、いよいよ須賀京太郎を追い込んでいた。

そうして須賀京太郎が動かなくなると甲板を埋め尽くしていたオロチの触角たちがあわてだした。

今まで元気そうにしていた須賀京太郎が急に動かなくなったからだ。そうしているとマントになっているロキが大きな声で叫んだ。

「ムシュフシュ! ムシュフシュを呼んで来い! ヘルもこっちへ来い! おらんよりましじゃ!」

マントになっているロキも具足たちも頑張ってはいた。しかし回復魔法を使えない彼らである。マグネタイトを操って傷をふさぐのが限界であった。

ただ、ナグルファルの船員たちがヘルたちを呼び寄せるよりも姉帯豊音が駆けつけるほうが早かった。

オロチの触角たちに守られていた姉帯豊音が戦闘終了と同時に動き出していたのだ。大幹部の祖父と戦って無事でいられるわけがないと理解していた。

そうして須賀京太郎の下へたどり着いた姉帯豊音は須賀京太郎の肩に手を触れた。自分のマグネタイトを譲ろうとしていた。

この時、マントになっているロキがこう言った。

「あぶねぇぞお嬢ちゃん! 小僧はかなり不安定じゃ! わしらに任せて下がっとけ!」

意地悪のためではない。須賀京太郎の状態が不安定になっていることを理解したうえでの警告だった。

感情の揺れが非常に激しくなっていると身を持って実感しているロキである。もしものことを考えて本心からの忠告だった。

しかも二代目葛葉狂死が大切にしている孫娘なのだ。須賀京太郎が八つ当たりに、凶行に走る可能性も考えられた。ただ姉帯豊音は引かなかった。

「まっしゅろしゅろすけ」

を一応展開しておいて須賀京太郎にマグネタイトを注ぎ込んだ。まったく引かずにエネルギーを注ぎ込む姿を見てロキは黙り込んだ。

二代目葛葉狂死と同じく決めたらやる強さがあったからだ。

そして姉帯豊音が注ぎ込むのはしょうがないと認めて具足とロキは須賀京太郎の応急処置を再開した。

マグネタイトを注ぎ込み始めて十秒ほどでムシュフシュとヘルが姿を現した。ハチ子が門を開いてからの登場だった。人間並みの力しかヘルは持たないのだ。

門を開く必要があった。しょうがなかった。ナグルファルは広いのだ。

 
 二代目葛葉狂死たちが撤退して直ぐ後須賀京太郎はどうにか持ち直していた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それはどうにか戦いを切り抜けた後のことである。ようやく須賀京太郎の容態が安定した。

甲板に現れたムシュフシュとヘルが必死になって回復魔法をかけてマグネタイトを注ぎ込んだ結果である。

思った以上に時間がかかったのは、我慢比べの後遺症があったからである。二代目葛葉狂死の剣の毒が思った以上に須賀京太郎の体を蝕んでいた。

ムシュフシュとヘルは回復魔法の専門家ではない。そのため、毒素の浄化に時間がかかったのだ。

そうして回復した須賀京太郎なのだが、完全に元通りとはいかなかった。まず肌の色と右腕が戻らなかった。骨のように細い銀の右腕は今もそこにある。

肌の色も褐色のままだ。戻らない。金色の目も同じくである。バトルスーツも具足も状態が悪い。ズタズタになっていた。

ただ、須賀京太郎自身は特に問題がなさそうだった。右腕が異形のものへ変わっていたが、動じていなかった。

神経は通っていたし自分の肉体だと確信できたからだ。しかし本調子ではなかった。そんな須賀京太郎を見て姉帯豊音がこんなことを言った。

「少し休んだほうがいいよ」

すると須賀京太郎はこういった。

「大丈夫っす。俺のことよりも二代目葛葉狂死ですよ」

自分のことはどうでもよさそうだった。回復魔法を受け終わったのだ。戦える。問題ないと判断していた。

そうして落ち着いてくるとオロチの触角を須賀京太郎が見つめた。というのも沢山いた触角だが一人だけになっていた。

今まで甲板を埋め尽くしていたのだ。いなくなるとさみしかった。このたった一人の触角は連絡用に残された触角である。

そんな触角は切断された右の腕を拾って、持ってきてくれた。異形の銀色の腕と交換させるつもりだった。異形の右腕より人の右腕の方が好きだった。

この長い黒髪を引きずるオロチに須賀京太郎はこういった。

「ありがとうオロチ。助かった。お前がいてくれなかったらどうなっていたことか。

 ここで起きたことをヤタガラスに伝えてくれるか? オロチが信頼できる退魔士たちに伝えてくれ。情報の伝達は出来るだけ正確にお願いしたい」

すると髪を引きずるオロチがうなずいた。赤い目が力強く輝いている。いつも不機嫌そうにしている須賀京太郎が自分を敬っていたからだ。

ポーカーフェイスが消えているので普段は隠している敬意が透けていた。そうしてオロチにお願いをした須賀京太郎だが、大きくふらついた。

甲板を吹き抜けた風に押された。強い風だった。しかし普通ならふらつくような風ではない。

これを見て、風で翻るスカートを抑えながら姉帯豊音がこう言った。

「ヘルちゃん、休めるところはある? 貸してほしいんだけど」

すると回復魔法を撃ち込んで疲れているヘルがこう言った。

「もちろん大丈夫ですよ。ハチ子ちゃん、門を開いてあげて」

するとヘルの側で成り行きを見守っていたハチ子が門を開いた。門が開くと須賀京太郎はこういった。

「いらないって言ってるっしょ」

少し怒っていた。大丈夫だといった手前引けなかった。そんな須賀京太郎を姉帯豊音は無視した。そしてこう言った。

「オロチちゃん、須賀君を運んであげて。それじゃあ、ゆっくり休ませてもらうね」

すると須賀京太郎にオロチが襲い掛かった。切断された右腕は放り出していた。須賀京太郎は当然抵抗した。しかしあっさりオロチにつかまって転ばされた。

肉体と精神がかみ合っていなかった。チューニングが必要だった。抵抗できないとわかると、しょうがないとあきらめた。

そしておとなしくオロチの肩に担がれた。情けない格好だった。そうして情けない格好のまま担がれると、姉帯豊音たちは門に直行した。

そしてヘルが用意してくれた部屋に到着するとすぐに須賀京太郎はベッドに放り込まれた。放り込まれると同時に

「まっしゅろしゅろすけ」

によって拘束されてしまった。調子が良くなるまで封印だとベッドの横で姉帯豊音が笑っていた。放り出された右腕はハチ子が回収していた。

右腕自体はどうしようもないが、右腕の籠手を王に渡すべきだと考えたのだ。


 姉帯豊音によって須賀京太郎が封印された後ヘルたちが姿を現した、この時に行われた作戦会議について書いていく。

それは須賀京太郎が大人しく封印されている時のことである。須賀京太郎たちが利用している部屋にヘルたちが現れた。

ハチ子の門からヘルたちがぞろぞろと入ってきたのだ。入ってきたのはムシュフシュ、ハチ子、ヘルの三人だった。

須賀京太郎が封印されている部屋はかなり広かったので全く問題なかった。三人が姿を現すと未来をあやしていた姉帯豊音がこう言った。

「良い部屋だね。見晴らしもいいし」

するとヘルがこう言った。

「そうでしょう、そうでしょう。一番いい部屋ですもの。京太郎ちゃんは私たちの王様。一番良い部屋にするのは当然です」

ヘルが王様というと横になっている須賀京太郎が嫌そうな顔をした。面倒くさかった。

須賀京太郎の嫌そうな顔は同じくベッドに寝転がっているオロチしか見ていなかった。

「まっしゅろしゅろすけ」

の拘束の上にオロチが寝転がっているのだ。オロチが寝転がっているのは、特に理由はない。姉帯豊音に接する調子で接していた。

須賀京太郎が嫌そうな顔をしているところで、ロキがこんなことを言った。

「ナグルファルは後どのくらいで動けるかな我が娘よ。地獄を創った存在の名が明かされ、目的が知れた今この世界にこだわる理由はない。

 小僧の回復を待って行動しても構わんが……安全のため葦原の中つ国へ移動するくらいはしておいた方がいいじゃろう。

 見たところ葦原の中つ国はこちらの味方じゃ、二代目葛葉狂死の力を身をもって知った今、どこにいても安心はできんが、出来るだけ安全なところで立て直しを図りたい」

すると亡霊のまとめ役の一人ハチ子が答えた。若干不機嫌だった。須賀京太郎の右腕が原因である。右腕から漂う血液の良い匂いに発狂しそうだった。

しかし何とか自分を保っていた。ハチ子はこういっていた。

「あと十分もあれば動き出せます」

ハチ子の答えを聞いてロキはこういった。

「ならば準備が完了と同時に葦原の中つ国へ向かうということでええな小僧」

すると須賀京太郎はこういった。

「もちろん喜んでと言いたいところだが、オロチに許可を取らないとだめだ。

 なぁオロチ、葦原の中つ国へお邪魔しても構わない? 何かお土産が必要だったりする? 使用料とかは」

須賀京太郎が問いかけると寝転がっていたオロチがこう言った。

「特に何もいらないぞ。ナグルファルは京太郎の部下だろ? 葦原の中つ国の利用は構成員ならば無料だ。当然部下にも適応される。

 私の機嫌を取りたいというのなら、いくらでもお土産をくれていいぞ。お菓子でもジュースでもマグネタイトでも受け取ろう」

すると須賀京太郎はこういった。

「後でマグネタイトを渡すよ。

 ナグルファルはデカいから、賄賂を渡しておかないとな」

このように須賀京太郎が冗談を言うとオロチが驚いた。感情の揺れが大きくなっている須賀京太郎はただの好青年だった。新鮮だった。

マントになっているロキと寄生している具足たちそして金色の目は気に入らないがこれは大満足だった。

 次の目的地が葦原の中つ国に決まってすぐのこと須賀京太郎にハチ子が質問をした、この時の質問と須賀京太郎に起きた異変について書いていく。

それはナグルファルの次の行き先が決まってすぐのことである。亡霊のまとめ役の一人ハチ子が、須賀京太郎に質問をした。こう言っていた。

「あの、右腕はどうされますか? 右腕はその……生えているから不要かもしれませんが、右腕の籠手は再利用できそうだったので」

するとベッドに封印されている須賀京太郎がはっとした。そしてこういった。

「ありがとうハチ子さん。そういえばそうだったわ。完全に忘れてた。

 なぁロキ、右腕の籠手なんだけどどうにかできない?」

するとマントになっているロキがこう言った。

「んん? 右腕自体はどうしようもねぇが、籠手くらいならどうにかなるかもしれんな。

 すまんがお嬢ちゃん、『大慈悲の加護』を少し緩めてくれんか。上半身を起こせるように頼むぞ」

すると姉帯豊音が軽く指を振って封印を緩めた。腕の中で笑っている未来を見つめながらの解除だったが、きっちり上半身だけ封印が解けていた。

そうして須賀京太郎の上半身が自由になると、マントになっているロキがこう言った。

「良し、それじゃあ右腕をこっちに持ってきてくれ。籠手を左腕に移す。

 そんで、移植が終わったら右腕はどうする小僧? 銀色の右腕を引っこ抜くわけにはいかんじゃろう?

 引っこ抜いてもまた銀色の右腕が生えてくるだけじゃろうし」

ロキがこのように語っている間にハチ子が右腕を持ってきた。そして血液が滴る右腕を須賀京太郎に差し出した。

差し出された右腕を受け取って須賀京太郎はこういった。

「どうするって言われてもな、俺の血が呪物扱いになるから下手に廃棄できねぇし。後で焼却処分だろ」

そうして答えている間に、右腕の籠手が左腕に移動した。ロキが軽く呪文を唱えるだけで二つの籠手は一つになった。

ただ、二つの籠手が一つになると模様が変わった。四つの目と耳を持つ奇妙な神のレリーフはそのままだが、牡牛に狼そして蛇のレリーフが加わった。

同時に須賀京太郎の肉体を守っていた鎧、すね当てからレリーフが消えうせて、力を失った。力を失った鎧とすね当ては白い砂に変わった。

具足の変化に皆がすぐに気付いた。上半身を起こしていたので鎧が砂に変わるのがわかったのだ。分かりやすかった。

こうなるとバトルスーツのボロボロ加減がよくわかる。特に二代目葛葉狂死との戦いで負った傷、またラグナロクの火をまとうことのリスクを教えてくれる。

というのがバトルスーツの魔鋼は崩壊寸前だった。

修行中に集めた魔鋼を材料にして創ってもらった装備品なので、崩壊寸前になっているのを見ると心が痛んだ。

愛車のフロントガラスがダメになり落ち込んでいたディーの気持ちを今なら百パーセント理解できた。

須賀京太郎ががっくりしていると、マントになっているロキがこう言った。

「そんなにへこむなや小僧。ちょっと待っとけ治しちゃる。小僧の切断された右腕を使えばええ」

このように須賀京太郎を慰めるとマントになったロキは呪文を唱えた。

すると須賀京太郎の生身の右腕がマグネタイトへと変換されはじめ、緑色の光の粒に変わった。そうして呪文が進むにつれて右腕の影も形もなくなった。

生み出された緑色の粒たちはうねりながらバトルスーツに染み込んでいった。染み込んでいくとバトルスーツの魔鋼が脈を打った。

ボロボロなのは変わらないが、崩壊は食い止められた。また若干の変化があった。バトルスーツに血管らしきものが浮かび上がったのだ。

心臓から血管らしきものが四方八方に伸びていて、全身に赤いラインを描いていた。これを見て姉帯豊音はこういった。

「うわぁ須賀君。どこからどう見ても悪役だよー! このままアメコミに殴り込みをかけても大丈夫だよ!」

このように姉帯豊音が評価すると須賀京太郎は照れた。褒めているとは思えなかったロキは困っていた。これはほかの面々も同じだった。

ただ須賀京太郎も姉帯豊音も喜んでいたし褒めていた。

 周囲の者たちが須賀京太郎と姉帯豊音の美的センスを疑っていた時ベッドに寝転がっていたオロチがお願いをしてきた、この時のお願いについて書いていく。

それは須賀京太郎の新しいバトルスーツを姉帯豊音がほめている時のことである。

ベッドに寝転がっているスタンダードなオロチが須賀京太郎に這いよっていった。這いよってくる様は天江衣とよく似ていた。

這いよってきたオロチは須賀京太郎の腹に衝突した。そして衝突した後に須賀京太郎を見上げてオロチはこういった。


「なぁ京太郎。いつになったらその目をやめるんだ? 私の赤い目は気に入らないのか?

 京太郎は私のことを嫌いになってしまったんだな」

すねている天江衣のような調子であった。

「面倒くさいことを言い出したな」

と思いながら須賀京太郎は困った。目がかなり泳いでいた。というのがオロチの言っていることがわからなかったのだ。

「目の色のパターンは、普通の色と赤色以外にない」

と須賀京太郎は思っていた。押し付けられた赤い目も落ち着いていれば表に出てこないと実証している。

今は落ち着いているのだから普通の人の目をしているに違いないというのが須賀京太郎の認識である。当然だが金色の目になっているとは思っていない。

なぜなら鏡を一度も見ていない上に誰も指摘していない。だから困った。須賀京太郎が困っていると姉帯豊音がはっとした。

姉帯豊音がはっとした時にはほかの面々もはっとしていた。一度指摘するタイミングを逃した上に、問題が続出したため忘れていた。

そうして周囲の者たちが可笑しな反応を見せると須賀京太郎は不安げにこう言った。

「えっ? もしかして俺の目の色変わってんの? 赤色じゃなくて? まじで? ちょっといいオロチ、今の俺の目何色?」

不安でいっぱいといった調子の須賀京太郎を見てオロチが困った。まさか自分の状態を理解していないとは思っていなかった。オロチはこういった。

「目は金色で、肌は褐色……前に京太郎とディーがつれていた女の肌と同じ色」

これを聞いて須賀京太郎はふらついた。結構な衝撃だった。一つ一つの衝撃は小さいが重なると痛かった。怪物の右腕というのはそれほどショックではない。

それほどショックではないのだ。ヤバいとは思うが、騒ぐほどではない。また目の色が変わっているというのもそれほどショックではない。

オロチから押し付けられた時も何とかした経験が生きている。肌の色もまた同様にそれほどショックではない。

褐色というのならば、健康的な肌色になったと笑える。しかし三つ重なるときつかった。流石にふらついた。

須賀京太郎がふらつくところを見てオロチは心配した。感情が見えやすくなって心配しやすくなっていた。

 須賀京太郎が微妙にショックを受けている時まとめ役の一人梅さんが鏡を持って現れた、この時の須賀京太郎と梅さんについて書いていく。

それはオロチに指摘されてようやく自分の容姿に変化があると理解した時である。部屋にチャイムの音が響いた。

チャイムの音にヘルが応えると実体を手に入れた梅さんが鏡を持って現れた。実体を手に入れた梅さんは一層迫力が増していた。

普通のおばあさんにしか見えないが立ち振る舞いに年長者の切れがあり、逆らうのが難しい空気だった。特に須賀京太郎は完全に抵抗の気配がない。

実体を手に入れた梅さんから漂う頼れる年長者の風格に打倒されていた。そうして現れた梅さんは足音を立てずに部屋の中へ入って、ヘルに手鏡を渡した。

そしてこの時ちらりとベッドの上を見た。視線は須賀京太郎に一瞬だけ向かいすぐに寝転がっているオロチに集中した。

この視線の動きを見て須賀京太郎はまずいと思った。天江衣を説教するハギヨシの目とそっくりだった。

梅さんから手鏡を受け取ったヘルはすぐに須賀京太郎に渡してくれた。手鏡を受け取った須賀京太郎はこういった。

「ありがとう」

そしてすぐに自分の変化を確かめた。そして確かめて呆然とした。思った以上に人相が悪くなっていたからだ。灰色の髪の毛に輝く金色の目に褐色の肌。

どう言い訳しても日焼けではごまかせない色合いだった。一番無理だろうと思ったのが金色の目である。

言葉通り輝いているうえにどう見ても畜生の目だった。実際に確認してみるとかなりのショックだった。そうして

「悪魔よりも悪魔らしい」

などと須賀京太郎が落ち込んでいる時寝転がっているオロチを梅さんが見つめていた。

梅さんは少しも視線を隠す気配がなく、周囲のものは完全に威圧されていた。見つめられているオロチも気づいていた。しかし動けなかった。

天江衣と一緒にいた時の経験「コカジスコヤ」との出会いが、警報を鳴らしていた。ただ、警報がいくらなってもどうしようもなかった。

梅さんが動き出したからだ。落ち込んでいる須賀京太郎に梅さんが話しかけたのである。こう言っていた。

「王様。この少女はいったいどういう事ですか?」

かなり怒っていた。怒気百パーセントの声だった。オロチが震えた。


 オロチが震えて数分後のことナグルファルは葦原の中つ国へ移動を始めた、この時の須賀京太郎たちの動きとオロチについて書いていく。

それはスタンダードなオロチを梅さんが引っ張っていった数分後のことである。いよいよ二代目葛葉狂死が創った地獄すべてがナグルファルに収容された。

今まであった暗黒の空も黒の地面もなくなり、真っ白い空間と世界樹だけが残った。

そうして地獄のすべてがナグルファルに収容されると巨大な蛇が口を開いた。

山のように大きな頭が思いきり口を開くと軽々とナグルファルを飲み込める広がりができた。

この蛇の口の向こうにはぬらぬらとしたヘビの舌と暗黒の食道が待ち受けていた。巨大な蛇が口を開くとナグルファルは浮かび上がった。

十メートルほど浮かび上がってゆっくりと蛇の口の中へ入っていった。ヘビの口の中を通りぬけ葦原の中つ国へ移動するためである。

全長一キロメートルの巨大な船ナグルファルを楽々呑み込める巨大さは

「さすがにオロチ」

の一言に尽きた。飲み込まれていく途中須賀京太郎たちは特にすることもないのでのんびりしていた。

須賀京太郎はベッドの上で上半身を起こしたまま、ベッドのそばに姉帯豊音が椅子に座り未来をあやしている。

ムシュフシュとハチ子は未来に赤ちゃん言葉で話しかけていた。実に穏やかな京太郎たちだった。

ここにいない梅さんとヘル、そしてオロチは着替え中である。梅さんがオロチを見て

「軽々しく肌を見せるものではありません。破廉恥ですよ」

と言って叱り、どこかへと引っ張っていった。オロチも逆らおうとした。しかし思った以上に梅さんの力が強く逆らえなかった。逆らえない上にヘルが

「それなら私がいい服を見繕って……いや、創ってあげる!」

といって乗ってきたので、余計に止められなかった。怪物たちの闘う戦場を経験したことでヘルのストレスがひどいことになっていたのだ。

ただやはり無表情だった。しかしジェスチャーは激しかった。

そうして別室に連れて行かれオロチが色々されている間に、蛇の口を通ることになったのだった。

ナグルファルが完全に呑み込まれてしまうと、蛇の頭たちも姿を消した。蒸気機関の門も消えて後に残ったのは白い空間と世界樹だけになった。
 

 巨大な蛇の食道をナグルファルが通り抜けている時須賀京太郎に姉帯豊音が話しかけてきた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音について書いていく。

それはムシュフシュとハチ子がオロチの着替えのために呼び出された後のことである。須賀京太郎とロキ、姉帯豊音と未来だけの部屋が出来上がった。

静かな部屋だった。須賀京太郎は上半身を起こしてベッドで休み、姉帯豊音はベッドの近くの椅子に座り、未来をあやしていた。二人とも無言だった。

しかし無言を二人とも問題としていなかった。ただ、須賀京太郎も姉帯豊音も凪いでいるので部屋の空気は妙だった。

こうなった時一番苦しかったのがマントになっているロキであった。この空気の中に取り残されるのは拷問だった。空気が読めるからこそ苦しい時間だった。

なにせ須賀京太郎と姉帯豊音の関係性が大きく変わっている。今までは単なる護衛の関係、踏み込んでみてもせいぜい友達以上恋人未満といったところ。

しかし今は二代目葛葉狂死の孫娘と、二代目葛葉狂死を狙う退魔士。地獄を創った張本人の大切な孫娘と、地獄を創ったものに激怒した魔人である。

となって、無言でいる理由を想像してロキは苦しくなった。

須賀京太郎と姉帯豊音がそれなりに良い関係性であると知っているロキであるから、余計に苦しかった。

そうしてマントになっているロキが苦しんでいると未来を抱いている姉帯豊音が須賀京太郎に話しかけてきた。姉帯豊音は穏やかな口調でこう言った。

「ごめんね」

誰に対しての言葉なのか、どういう意味での言葉なのか、非常にあいまいだった。視線は未来に向いている。しかし口調は須賀京太郎のためのもの。

この一言の意味を言葉だけで理解するのは難しい。実際

「ごめんね」

と言われた須賀京太郎も難しい顔をしてしまった。眉間にしわを寄せて、視線をあさっての方向へ向けていた。

しかしすぐに須賀京太郎は真面目な顔になった。姉帯豊音が何を言わんとしているのか理解できた。そして少しの間目を閉じて、思いを巡らせた。

自分の心を伝えられる言葉を探していた。無骨者であるから、時間が必要だった。そして数秒の沈黙を持って須賀京太郎はこういった。


「未来を任せます」

これまたどうにでも取れる言葉であった。しかしどうにでも取れる謝罪にはふさわしかった。実際

「未来を任せます」

と返事をきいて姉帯豊音はほほ笑んでいた。須賀京太郎の一言が姉帯豊音の存在を許し、そしてその先まで認めていることを察したのである。

そして須賀京太郎らしい答えだと思い、喜んでいた。ただ、微笑みはすぐに陰った。

今の一言を放てる須賀京太郎だからこそ、一層自分がふさわしくないと思えてしょうがなかった。何せ大罪人の孫娘。ふさわしいわけがない。

この時マントになっているロキは悶えていた。須賀京太郎と姉帯豊音の切り合いがロキには耐えがたかった。

ジョークの一つでも飛ばしたかったが、そんな勇気はなかった。


 須賀京太郎と姉帯豊音が妙な空気になってから十分後のこと上機嫌なヘルが部屋に入ってきた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音そしてヘルについて書いていく。

それは巨大な蛇の食道をナグルファルが進み始めて十分ほど経過したところである。須賀京太郎が休んでいる部屋の扉をヘルが乱暴に開いた。

無表情なのは一切変わらない。しかしかなり興奮している。身のこなしが荒々しかった。

そして乱暴に扉を開いたヘルはこんなことを言いながらベッドに近寄ってきた。

「いやぁ素材がいいと創作意欲がワクワクさんだわ! 良いわねぇ非常にいいわぁ!
 
 京太郎ちゃんもそう思わない!?」

よほどうれしかったのかドレスの裾をまくって大股で歩いていた。

梅さんに見つかったら間違いなく嫌味を言われるだろうヘルだが、ベッドを視界に入れると動きを止めた。ベッドの上を見たからである。

特におかしなものを見たわけではない。姉帯豊音がベッドに腰掛けて須賀京太郎と談笑していた。それだけである。やましいことは一切ない。

妙に距離が近いだけで、本当にやましいことは須賀京太郎にも姉帯豊音にもない。なぜなら須賀京太郎に未来を抱かせるために近寄っただけだからだ。

何せ須賀京太郎は右腕は怪物の右腕である。やわらかいものを抱きしめるのは難しい。

そうなってしまうと姉帯豊音と須賀京太郎の距離はどうしても近くなる。どうしようもなかった。

であるから非常に合理的な発想で姉帯豊音と須賀京太郎は近づいただけである。ただ、他から見ると非常にやましい光景に見えた。

イチャついているようにしか見えなかった。十年近く独房で過ごしたヘルにとっては刺激が強すぎた。固まるのもしょうがないことである。

 ヘルが固まって数秒後ドレスアップしたオロチが部屋に戻ってきた、この時の須賀京太郎と姉帯豊音そしてオロチについて書いていく。

それはベッドの上でいちゃついている須賀京太郎と姉帯豊音を見てヘルが固まっている間のことである。須賀京太郎と姉帯豊音が少しだけ距離を取った。

姉帯豊音が未来を腕に抱いて、椅子に座りなおしていた。この時須賀京太郎も姉帯豊音も平然としていた。やましさは一切見せなかった。

というのも、礼儀作法の問題として距離を取っただけなのだ。

一対一なら近づいていても問題はないが、流石にヘルたちが戻ってくるとわかればヘルたちがいるときの距離間で動くのが須賀京太郎と姉帯豊音の流儀だった。

流儀なのだから、やましさはない。そうして二人が自然と距離をとっているところで、部屋の扉が開かれた。入ってきたのはオロチたちだった。

一番に入ってきたのはオロチ。二番目はムシュフシュで三番目はハチ子、最後に梅さんである。一番見た目が変わっていたのはオロチだった。

髪の毛をツインテールに変えてバトルスーツ風のワンピースを着て、足元はロングブーツを履いていた。

髪の毛だが非常に長いのでドリルのように巻いていた。バトルスーツ風のワンピースは須賀京太郎の着ていた物をベースにデザインされている。

上半身に鎖帷子のような装飾、背中に丈の短い赤いマント。牡牛と狼と蛇をイメージした銀の飾りが胸元で光ってチャーミングだった。

ロングブーツもまたバトルスーツのデザインを女性向けに変えた物である。全体としてみると奇抜な仕上がり。

上半身のラインが出やすい黒い変形ワンピースを着て黒いブーツを着たツインテールの少女である。普通なら「なし」のコーディネートである。

しかし成立していた。モデルがよかった。このオロチが現れると須賀京太郎と姉帯豊音がはしゃいだ。姉帯豊音は未来を抱えたままこういっていた。

「可愛い! 可愛いよオロチちゃん! 裏社会のドンの娘っぽい!」

すると須賀京太郎もはしゃぎながらこういった。

「こういうのも似合うんだなオロチ。超巨大なスナイパーライフルとか担いでそう」

二人に邪心はない。本心からの超高評価である。ただ褒められたオロチは少し困っていた。素直に喜べない単語が転がっていたからだ。

ただ、須賀京太郎も姉帯豊音も本当に褒めてくれているので悪い気はしなかった。


 葦原の中つ国へあと少しで到着するというところで、須賀京太郎にオロチが状況を説明した、この時にオロチが須賀京太郎に語った内容について書いていく。

それは須賀京太郎と姉帯豊音がオロチを褒めちぎった後のことである。ツインテールのオロチがベッドに腰掛けて、須賀京太郎にこんなことを言った。

「そろそろ、葦原の中つ国の最表面、高度三百メートル地点に到着する」

すると須賀京太郎がこのように答えた。

「そうか。割と長く時間がかかったな……で、帝都は……日本はどうなっている?」

この時、須賀京太郎は厳しい顔をしていた。眉間にしわがより、目が鋭くなっている。悲惨なことになっていると察してのことである。

須賀京太郎が厳しい顔つきになると、オロチが黙った。そして視線を姉帯豊音に向けた。ためらっていた。風当たりが強くなるのではないかと考えた。

二代目葛葉狂死の直系、たった一人の孫娘だと知っているからだ。親類縁者まで罪人扱いされるのはナンセンスだとオロチは思っている。

しかし、人の心は合理的ではない。それを心配した。オロチが視線を向けると姉帯豊音はうなずいた。大丈夫だと伝えていた。

オロチたちがいない間に行ったやり取りで、大丈夫だと言える距離まで近づいていた。姉帯豊音がうなずくのを見てオロチは少し驚いた。

知らないうちに強いつながりができていたからだ。しかし、問わなかった。今問いただすような問題ではない。そうして納得したオロチは質問に答えた。

こう言っていた。

「現在帝都の機能は停止中。しかし帝都自体は無事だ。

 人形化の呪いと転送の術式が発動する前に、葦原の中つ国の『最深部』と入れ替えた。

 そのため帝都本体は葦原の中つ国の『最深部』に存在している。しかしライフラインは完全に断絶。

 国内外の情報統制に龍門渕の血族を総動員している。現時点で帝都の異変は海外に漏れていない。ただ太陽が昇るまでが限界だ。

『治水』の能力者たちの限界だと思えば良い。精神的に擦り切れて太陽が昇るころには潰れるだろう。

 また、『何処にも属していないふり』をした諸外国のサマナーたちが日本に対して攻撃を始めている。

現在葦原の中つ国の塞の神である私と、地方の退魔士、フリーの異能力者とサマナーたちと連携して迎撃にあたっている。

 幸い敵本体は帝都跡地で封じ込めているから、それほど苦労していない。重軽傷者がかなり出ているが死者はない。

 これは私の触角たちがサポートに入っているからだ」

オロチの報告を聞くと須賀京太郎が困った。思った以上に面倒くさいことになっていたからだ。特に帝都全体が機能停止状態になっているのはまずかった。

また、気になるところがあった。そのため、須賀京太郎は次の質問を投げた。こう言っていた。

「『人形化の呪いと転送の術式が発動する前に』ということは結局発動したのか?」

するとオロチが短く答えた。

「そうだ。京太郎と豊音の姿が消えて一秒くらい後のことだった。

携帯電話やテレビを媒介にして呪いが発動、同時に転送の呪いが発動し大量の住民が連れ去られた」

答えを聞いて須賀京太郎は次の質問をした。

「敵の本体というのは?」

オロチは答えた。

「本場のメシア教会とガイア教団だ。呪い発動の直後に帝都めがけて転移を仕掛けてきた。国外の二大勢力が霊的決戦兵器を送り込んできたのだ。

ただ、私の方が素早かったから、すぐに封じ込めたがな」

須賀京太郎はうなずいた。そしてこういった。

「まぁ、何が居てもいいさ。

 さらわれた人たちは奪い返しに行くだけだ。好き勝手に暴れているのなら、消すだけのこと。

 だが、誰もが呪いにかかったわけじゃないだろう? 電波に乗る程度の呪いでは熟練の退魔士は止められない。

 何人くらい無事だ?

 それと、衣さんが連れ去られているらしいな。アンヘルとソックはどうなった?」

須賀京太郎が質問するとオロチが腕組みをした。そして少しうつむいた。天江衣を助けられなかったことを後悔していた。この時ヘルが少し動揺していた。

目が泳いでいる。気になる単語がいくつかあった。しかし割り込めなかった。邪魔をしたくなかった。そうしている間にオロチは意を決した。

オロチは質問に答えた。こう言っていた。


「帝都にいたデジタル式の退魔士以外は問題なく任務にあたっている。

 アンヘルとソックも無事だ。二人にちゃちな呪いは通じなかった。ただ、周囲にまで気が回っていなかった。

京太郎が奪われた動揺で、うまく動けなかった。

 今は衣の奪還作戦を行っている。

 『決戦場』に生える巨大な樹に衣がとらわれていることがわかっている。これはアンヘルとソックの手柄だ。

 衣たちが人形化の呪いを受けてさらわれた瞬間にアンヘルとソックが追跡の術式を撃ち込んで、追跡し、さらわれた人たちを見つけた」

オロチの答えを聞いてヘルが少し反応した。無表情が一瞬だけ崩れた。ただ、すぐに元に戻った。心臓の高鳴りを抑えようとしていた。

期待して絶望するのは嫌だった。そんなヘルの変化には全く気付かずに須賀京太郎はこういった。

「決戦場とは?」

オロチが答えた。

「帝都と入れ替えて現世に出現させた『最深部』のことだ。ヤタガラスの司令部はここを決戦場と呼んでいるから、私もそれにしたがっている。

実際決戦場というにふさわしい戦いが行われている」

続けてこう言った。

「帝都に出現した霊的決戦兵器二体とハギヨシたちがぶつかっているのだ。

 ただ、上手くいかない。衣の異能力『支配』が邪魔をしている。人形化の呪いで異能力を吸い出されているのだろう。

こちら側の能力が打ち消されて、肉弾戦を強制されている。

 京太郎、おそらく葦原の中つ国へ帰還したお前は霊的決戦兵器二体との決戦に駆り出されるだろう。かなり難しい戦いになると思うが、大丈夫か?」

すると須賀京太郎はうなずいた。何の問題もなかった。そうして話をしている間にナグルファル船首が光を浴びた。いよいよ葦原の中つ国に到着したのだ。


 葦原の中つ国へナグルファルが到着した時ツインテールのオロチが焦り始めた、この時の須賀京太郎たちとオロチについて書いていく。

それは葦原の中つ国の光をナグルファルが浴びた時のことである。今まで平然としていたツインテールのオロチが焦りの表情を浮かべた。

眉が跳ねて、口がへの字に曲がった。額に汗もわいている。この様子を見て何事かと思い須賀京太郎が質問をした。

「どうした? 何かあったか?」

この時須賀京太郎は姉帯豊音に視線を投げていた。戦いの可能性を姉帯豊音に伝えたのだ。視線を向けられた姉帯豊音は言いたいことを理解した。

須賀京太郎を封じている

「まっしゅろしゅろすけ」

を完全に解き、腕に抱いている未来と自分を加護で守った。そうしているとオロチが震えながらこういった。

「葦原の中つ国が乗っ取られている……乗っ取られつつあると表現するのが正しいか」

これを聞いて須賀京太郎が驚いた。不可能だと思っているからだ。葦原の中つ国の塞の神は日本の領土内にある道が本体の九十九神である。

つまり本体は道なのだ。道を洗脳したり支配するのはどうやっても無理のはず。しかし乗っ取られつつあるという。不思議なことだった。

そうして不思議に思っているとロキが大きな声でこう言った。

「小僧! 『天江衣』じゃ! なぜあいつらが天江衣に拘っておったのかわかった。これが狙いじゃろう。

 どういう力を持っておるか詳しくは知らんが、『支配する』能力なのじゃろう?

 小型の霊的決戦兵器の応用じゃろう。世界樹の枝に取り込まれておるというのなら、『世界樹のパイロット』扱いにしておるはずじゃ」

ロキの言葉を聞いて須賀京太郎が青ざめた。ちらりとオロチを見つめてみると小さく肯いていた。そしてオロチはこういった。

「間違いない。決戦場に生えている世界樹から侵食されている……衣の力が私の世界を奪いに来ている。

 すでに七十パーセント近く持っていかれている。

私に残されているのは最表面の薄い世界だけ……乗っ取られていることに全く気付かないなんて……ナグルファルの中に触角を置いていなければ、たぶん私も気づけなかった」

このように語るツインテールのオロチは冷静な口調だった。しかしカタカタと震えていた。乗っ取られる恐怖のためである。

自分の心が奪われるというのは、肉体を傷つけられるよりも恐ろしかった。気付かないうちにというのも恐怖をあおる。

もともと無敵に近い存在である。耐えられない重さだった。


 ツインテールのオロチが震え始めた後須賀京太郎が一つ質問をした、この時の須賀京太郎と姉帯豊音そしてオロチについて書いていく。

それは精神の死を感じオロチが震えている時のことである。封印を解かれた須賀京太郎がベッドから抜け出した。

そして抜け出した須賀京太郎が体をほぐしながらこんなことを言った。

「支配率が一番高いところはどこだ?」

この時須賀京太郎は窓の外を見ていた。窓の外はヘビの内臓である。ナグルファルの船首は葦原の中つ国へ到着しているが、全体が抜けていなかった。

全長一キロである。時間差があった。そうして窓を見つつ体をほぐしている須賀京太郎にオロチが震えながら答えた。

「最深部……」

オロチの答えを聞いて須賀京太郎は肯いた。そしてロキに質問をした。

「最深部に何かが隠れていると思うが、どうだ?

 衣さんの支配は本人を中心にして放射状に広がっていく。

衣さんの異能力が利用されているとしたら、本来ならば決戦場とやらが一番強く支配されるはずだが、最深部。おかしな話だ」

するとマントになっているロキが翻った。少し怒っていた。オロチが怖がっているのを見て、怒りを感じていた。見た目少女のオロチである。

ロキとしては気に入らないやり方だった。そんなロキはこういった。

「何かおるじゃろうよ。力を伝播するための兵器か、悪魔か。

 じゃが、すぐにおらんなる。わしらが殺す」

体をほぐしている須賀京太郎が軽く笑った。そして動きを止めてこういった。

「その通り。俺たちが殺す」

このように応える須賀京太郎は異形の右腕を軽く動かした。右に揺らしてみたり左に揺らしてみたり、くねらせてみたりもした。

関節を無視した動きを強制してみたが、これもうまく動いてくれた。見た目通り、人間の右腕とは別物だった。

須賀京太郎に命令される右腕は喜んでいるように見えた。銀の腕を創っている有刺鉄線のようなものが、鈍い輝きを見せていた。

また、この右腕だがかなり融通が利いた。指先の爪まで命令が届くのだ。骨と皮しかない銀の右手。

この指先に生える五本の刃の爪が須賀京太郎の命令通り伸び縮みして、便利だった。

須賀京太郎が肉体の支配率を上げていると、マントになっているロキが姉帯豊音にお願いした。

「姉帯のお嬢ちゃんよ。オロチのお嬢ちゃんを加護で包んでやっておくれ。

 『大慈悲の加護』ならば、オロチのお嬢ちゃんを守り切ってくれるじゃろう。

 本当ならわしが唱えてやってもええが、肉体を失った今、『聖音』を体現するのは難しい」

ロキのお願いを聞いた姉帯豊音はすぐにオロチに近付いていった。抱いていた未来は背中に背負っていた。

そうして近づいてツインテールのオロチの手を握った。すると姉帯豊音を守る「まっしゅろしゅろすけ」がオロチを包み込んだ。

包み込まれるとオロチの顔から恐怖の色が消えた。内側から変質する恐怖が柔らかさと熱で溶けたのだ。

 姉帯豊音がオロチを包み込んだ後須賀京太郎が動き出した、この時の須賀京太郎とヘルたちについて書いていく。

それはオロチから恐怖が去った後のことである。窓の外を見つめていた須賀京太郎がヘルたちに向き直った。

須賀京太郎が向き直った時ヘルたちは息をのんだ。つい数十分前に死に掛けていた須賀京太郎が完全に息を吹き返していたからである。

また、見惚れた。不思議なことだが全てが調和していた。一つ一つは間違いなく禍々しいモノたちが調和していた。

ボロボロのバトルスーツとマント、奇妙な左手の籠手に異形の銀の右腕。灰色の髪の毛に金色の目、褐色の肌。どれもこれも不気味で、不調和である。

しかし全てがそろうと秩序立っていた。美術品のような美しさはない。自然美だった。

そうして不思議な感覚にヘルたちが魅せられている時、須賀京太郎がこう言った。

「俺は先に葦原の中つ国の状況を確認してくる。

 ハチ子さん、ナグルファルの船首への門を開いてください」

特に気負ったところはなかった。そんな須賀京太郎の命令を聞いてハチ子が少し戸惑った。調査の名目でどこかに消えてしまいそうだった。

しかし門を開いた。二メートルほどの高さで一人用だった。状況を確認するというのは必要な行為だった。そうして門が現れると須賀京太郎は歩き出した。


 須賀京太郎が門をくぐろうとした時ロキにからかわれた、この時に行われた須賀京太郎とロキの会話について書いていく。

それは須賀京太郎があと一歩で門を潜るというところだった。須賀京太郎の背中に張り付いているロキがこう言った。

「ナグルファルを率いる王が自分勝手な行動はせんよなぁ」

完全にからかっている口調だった。実際からかっていた。王と呼ばれると機嫌が悪くなるのを見抜いているので、あえて突いて遊んでいた。

このようにからかわれると須賀京太郎は門の前で立ち止まった。眉間にしわが寄っていた。怒ってはいなかった。少しイラついているだけである。

立ち止まったのは落ち着くためだ。感情の増幅効果は今も健在である。ちょっとしたからかいでかなり心が揺れていた。

そして感情が大きく揺れると理解している須賀京太郎だ。自分を落ち着けるために立ち止まった。そうして立ち止まった須賀京太郎にロキがこう言った。

「二代目葛葉狂死を打倒すならよう。自分を御しきれんといかんぞ。

 今の小僧は自分の心を御しきれておらん。

異形の右腕がその証拠じゃ。完全に自分を律することができたのならば、このような無様な状態に陥ることはなかったじゃろう。

 わしらの目的を思い出せるか?」

ロキに語りかけられた須賀京太郎は、大きく深呼吸をした。深呼吸をすると心が落ち着いた。しかし一度では足りなかった。何度か繰り返した。

そして十分に落ち着いてからこういった。

「姉帯さんを守りきる。そのためにはシギュンさんの解放が必要で、二代目葛葉狂死は最大の障害物」

須賀京太郎の答えを聞いてロキがこう言った。

「シギュンの異界を器にしてエネルギーを蓄え天国を創るという算段じゃろうからな。

 巨大な異界を創るためには大量のエネルギーが必要じゃが、とどめ置くためには頑丈な器が必要じゃ。

大量の水をせき止めるために頑丈なダムが必要なように、マグネタイトとマガツヒそして霊気を大量に集めて留めるためにはシギュンが必要なのじゃ。

 となれば、姉帯のお嬢ちゃんを守りたい小僧は、シギュンを狙わねばならん。

土台が消えれば、エネルギーは流れ出して消えていくだけ、天国なんぞ形になりゃあせん。

 当然、二代目葛葉狂死が出張ってくるじゃろう。計画の要はシギュンの異界じゃろうからな。しかし排除は難しい。

 なぜならあの化け物は小僧の上位互換、自分を完全に律し異界創造の力を御しきるヤタガラスの上級退魔士。

 このまま進めば間違いなく敗北じゃろう。小僧が勝っておるのは腕力だけじゃからな。

 じゃから、わしは勝つために必要なものを教えよう。小僧に今必要なのは、異界創造の技術、その中でも特に必要なのがコントロールする術じゃ」

ロキが語り終えると須賀京太郎は黙った。眉間に深くしわができていた。事実を指摘されると痛かった。

 門の前で須賀京太郎が立ち止って数分後、再びロキが語りかた、この時に行われた二人の会話について書いていく。

それは、事実をロキが指摘した後のことである。真実を指摘された須賀京太郎は、黙ってしまった。眉間にしわを寄せて、口をゆがませて動けない。

悔しさと怒りが一緒に湧いていた。当然である。二代目葛葉狂死が撤退した時須賀京太郎は敗北を認めていた。

二代目葛葉狂死は優しいことを言ってくれたが、須賀京太郎の心は負けたと認めていた。

そうして須賀京太郎が悔しい気持ちを思い出して黙り込んでいるところで、ロキがこう言ったのだ。

「星を見つけよ小僧。自分を導く正義の星を見つけるんじゃ。

 修行を積み、人の枠を超えて往くと神と人の境界はあやふやになる。そうなってもなお人間であり続けることができるのはなぜか。

悪魔にも頼らず、神にも頼らず、社会にも頼らず、他人にも頼らない。なぜか。

 それでも歩けるのは自分自身の星を見つけておるからじゃ。

 小僧も見つけねばならん。自分を導く星を見つけ、正義と名付けよ。そして正義に殉じ自分を完全に律するのじゃ」

マントになっているロキの話は分かりやすいようでわかりにくかった。

側で話を聞いている者たちを見ればわかるが、なんとなくわかったような顔をしている。ただ、須賀京太郎は違った。困惑でいっぱいである。

なぜなら須賀京太郎は既に答えを持っている。そもそも

「戦うためにヤタガラスに入った。自分は戦いが好きなだけ」

と考えている。ヤタガラスに入る時に受けた面接でも

「戦いたいから」

と答えた。そうなって須賀京太郎を導く星はどこにあるかと言われたら

「修羅道だ」

となるだろう。しかしこの答えは間違いらしいから困る。異形の右腕を見ていればわかる。正しいのなら右腕は人間の形へ変えられるはずだ。

二代目葛葉狂死が悪魔の姿へと変わり戻ったように。しかし須賀京太郎はできない。つまり自分を導く星ではない。これは困る。

間違いないと思ったら大間違いだったのだ。最悪だった。そうして困り切って須賀京太郎はため息をついた。そしてこういった。

「戦いながら異界の操作方法を学ぶか……最悪、悪魔堕ちだな。まぁ、今も悪魔とそうかわらないが」

葛葉流の退魔術の初歩で躓く須賀京太郎である。異界の操作術など考えもしない領域の話だった。流石に心が折れそうになる。ため息も出る。

そうして弱気になっているところでロキがこう言った。

「悪魔に堕ちるのが怖いか?

 本当に怖いものを小僧は知っておる。本当に怖いのは大切なものを守れないこと……できんとは言わんよな?」

挑発していた。しかし激励でもあった。先駆者特有の優しさである。この激励はしっかりと須賀京太郎に届いていた。すると須賀京太郎の目の色が変わった。

金色の目が失せて輝く赤い目になった。輝く赤い目は明々と燃えていた。須賀京太郎のトリガーをロキの挑発が引いたのだ。不安はもちろんある。

しかしそれ以上に挑戦者としてのやる気で満ちていた。そうして目の色を変えた須賀京太郎は不敵にほほ笑んだ。そしてロキの挑発に乗った。

こう言っていた。

「そうだな。やるだけだ」

輝く赤い目の須賀京太郎は門を潜り抜けた。この時マントになっているロキがニヤリと笑っていた。挑発に乗った須賀京太郎が素敵だった。

内心おびえているのに見事な強がり。ロキの趣味に合った。


 須賀京太郎とロキが門をくぐった後姉帯豊音にヘルがお願いをしていた、この時に行われたお願いの内容と姉帯豊音の対応について書いていく。

それは須賀京太郎とロキが状況確認のために姿を消してすぐのことである。二人を送り届けた門が姿を消した。

そうして門が消えると無表情なヘルが動き出した。姉帯豊音とオロチのところへ優雅に向かっていった。

そして一メートルほどの距離まで近づいて、二人をじっと見つめた。すると姉帯豊音が困り顔になった。ヘルが何か言いたげだったからだ。

しかしなかなか動き出さなかった。じっと見つめて動かない。そうして見つめあって十秒後ようやくヘルがこんなことを言い出した。

「豊音ちゃん。

 京太郎ちゃんに王になってもらえるようお願いしてもらえないかしら」

すると姉帯豊音が難しい顔になった。手を握られているオロチも同じく難しい顔になった。二人とも無理だと思ったからだ。

そのためストレートに姉帯豊音は伝えた。

「無理だと思うよ。須賀君は権力に興味ないみたいだし」

続けてツインテールのオロチがこう言った。

「衣が部屋を片付けるようなもんだぞ」

するとヘルがこう言った。

「王様がいないと不安定なの……みんな不安みたいだし」

これにツインテールのオロチがこう言った。

「ヘルが女王だろう? 北欧神話のままを再現できるのなら、そのまま役を引き継げばいい」

するとヘルが黙り込んだ。そしてうつむいた。うつむいたままヘルはこういった。

「正直な話をすると、今のナグルファルは私の手に負えるような集団ではないの。

 超巨大な亡霊たちのネットワークというだけでも仕切るのが難しいけど、今のナグルファルは人間だけのネットワークじゃない。

 京太郎ちゃんが壊した地獄には獣と神の残骸もたくさんあったわ。

本来なら私が受け持てない領域の魂たちなんだけど、みんな一緒についてきちゃったのよね。

京太郎ちゃんを王だと思っているからよ。

 確かにナグルファルは私が展開している異界よ。所有権は確かに私が持っている。でもね、かじ取りをするのは京太郎ちゃんとお父様でしょ?

 このまま放り出されると非常に困るのよね。別に王様として仕切ってほしいわけじゃないの。ネットワークの安定のために玉座に座ってほしいのよ。

ただ『王になる』といってくれさえすれば良いの。そうすれば獣と神のネットワークは納得してくれる」

すると姉帯豊音とオロチが唸った。言いたいことがよくわかった。しかし簡単にうなずけなかった。

須賀京太郎の性格と、日本の混乱した戦場を合わせるとどうにもいい案が浮かばなかった。特に須賀京太郎はロキと共に修行でも始めるような勢いだった。

須賀京太郎の性格上やると決めたら間違いなくやり通す。となって、ナグルファルの話などしたところで全く意味がない。

地獄から出た以上、利用する意味がないからだ。ただ、姉帯豊音とオロチは必死になってヘルの願いを叶えようとした。

地獄の女王ヘルは二人にとって既に友人だった。また、単純に見捨てるのは心が痛んだ。そして無言が数分続いたところでいよいよ姉帯豊音がうなずいた。

姉帯豊音がうなずくのを見て、オロチも小さく肯いた。二人とも失敗を前提でうなずいていた。顔に自信が一切なかった。

そうして肯いた姉帯豊音がこういった。

「わかった。須賀君に話してみるよ。でもあまり期待しないでね」

するとヘルは喜んだ。無表情なまま、体を使って喜びを表現していた。可愛らしいドレスのスカートがふわふわしていた。

本当にうれしいらしく、姉帯豊音とオロチも見ていてうれしくなった。

ただ、可愛らしいドレスを着てものすごい勢いではしゃぐので、梅さんの目が鋭くなった。オロチを見て叱り付けた時の目と同じだった。

なかなか恐ろしかった。

 ナグルファルの船首に到着した時須賀京太郎は薄く笑っていた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それはハチ子が用意してくれた門を潜り抜けてから数秒後のことである。

葦原の中つ国の上空三百メートル地点ナグルファルの船首に須賀京太郎は立っていた。

二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いで傷ついた甲板も今は完全に元通りである。船首も復元されていた。

前回は姉帯豊音と未来と一緒に遊んでいた須賀京太郎だが、今回はロキと二人きりだった。そうして船首に立った須賀京太郎は薄笑いを浮かべた。

葦原の中つ国を見下ろした結果である。何せひどかった。葦原の中つ国がほぼ完全に支配されていたからだ。

「ほぼ完全に支配されている」

という表現は侵略が完了していないという意味ではない。

ナグルファルと須賀京太郎たちという異物を支配できていないという意味で完全でないということである。

そして支配というのは苦しみを伴ったものでもない。何も気づかないまま、手のひらの上で踊らされるという支配の仕方だった。

見下ろすだけでそのように判断したのは、葦原の中つ国に大量の異物がうごめいていたからだ。この異物はいわゆる影のようなものである。

幻覚の類ではなく夢魔の類。どれもこれも形が定まらない不気味な影たちが、葦原の中つ国を徘徊していた。

これが異物だと判断がつくのは、この異物どもが葦原の中つ国を好き勝手に変化させているからだ。

葦原の中つ国の最表面は煉瓦で舗装された道が延々と続き、蒸気機関たちが雲を創る世界である。しかしそれが今では、ファンシーなものへ変わっている。

青い空にお菓子の家。可愛らしい小人に可愛い妖精たちが歩き回る。小さな子供たちが望む可愛い世界が出来上がりつつある。

しかしヤタガラスの関係者たち、サマナーたちはまったく気にしない。怯えているオロチを見ている須賀京太郎にとって、これだけで十分だった。

そうして須賀京太郎は薄笑いを浮かべた。状況が悪すぎた。そして、須賀京太郎は素直な感想をつぶやいた。

「これが衣さんの全力か……ヤバすぎる。『治水』の異能力者たちさえ欺く『支配』の力。ここまでとは。

 染谷先輩、マジで尊敬しますよ」

 須賀京太郎が独り言を言っているところでマントになっているロキが作戦をくれた、この時のロキの作戦について書いていく。

それは葦原の中つ国の惨状を見て染谷まこの精神力を須賀京太郎が褒めている時だった。須賀京太郎の背中に引っ付いているマントのロキが唸った。

唸り声だけをきくと獣のようだった。しかし好意的に解釈すると学者が難問に向かっているようにも聞こえる。

そうして唸り声をロキが上げるものだから、須賀京太郎は先輩を称えるのをやめた。そして、ロキに聞いた。

「どうしたよ。敵か?」

絶望的な状況を前にしているはずだが、明るかった。目の前で起きている惨状よりも、自分の先輩の精神力の素晴らしさに心が震えていた。

目の前の惨状について悩むところはほとんどない。それはやることが決まっているからだ。

地獄を創った者の関係者であるのなら、日常を奪った者の関係者ならば、皆殺しである。決めたことである。揺れない。

そんな須賀京太郎に対してロキはこういった。

「作戦を考えておっただけじゃ。すぐに最深部に向かうつもりじゃったが、変更じゃな。

 まずは、オロチのお嬢ちゃんの触角を探そう。生き残っておる触角じゃ。こいつを姉帯のお嬢ちゃんの加護で守る。侵食率が思った以上に高けぇからな。

小数点以下でも守っておかんとヤバかろう」

作戦の変更を伝えるロキの口調は苦しげだった。また口調に迷いが見えた。分からないことが多すぎるからだ。しかし止まれない。

動かなければ二代目葛葉狂死に圧倒され続けるだけだ。ただでさえ後手に回っているのだ。動かないとあっという間に追い込まれる。

そのため悩みながらも確かな方法を選んだ。そうして作戦を受け取ると須賀京太郎が小さく肯いた。異論はなかった。

完全に支配された葦原の中つ国は見たくなかった。


 葦原の中つ国の状況を確認し作戦を若干変更した後須賀京太郎の気配が鋭くなった、この時に須賀京太郎が見つけた異変について書いていく。

それは葦原の中つ国が思った以上に侵食され、オロチ自体の認識さえ操られていると須賀京太郎たちが判断した後のことである。

ナグルファルの船首の上に立つ須賀京太郎の気配が尖った。今までの楽観的な空気は一切ない。

一気にまとっている空気が鋭くなり、戦いへ望む退魔士のものに変わった。そして赤い目が爛々として燃え上がっているように見えた。

これというのも葦原の中つ国に蠢いている幻影のような夢魔たちが、ナグルファルを見上げ始めたのである。もともとナグルファル自体が目立つ存在である。

全長一キロメートル、見た目は豪華な客船でしかも空を飛んでいる。嫌でも目を引く。当然のことだと解釈できる。

しかし、須賀京太郎はそのように解釈しなかった。須賀京太郎はこう考えた。

「衣さんの能力に支配されていない異物を見つけたって感じだな。

地獄を内側に持つナグルファルが邪魔だと思っているのか、それともオロチの目を持つ俺が鬱陶しいのか」

そうして二つの予想を立てて須賀京太郎は戦闘態勢に入った。どちらにしても戦いになるのは間違いなかった。

そうして須賀京太郎が戦闘態勢に入ると、バトルスーツに火が入った。

心臓をスタート地点にしてエネルギーが生まれ、全身に広がるエネルギーの供給ラインが激しく脈を打ちを始めた。

すると須賀京太郎の全身が赤い光で包まれた。燃え上がっているように見えた。

 須賀京太郎の身体がマガツヒの光に包まれて燃え上がっていると、葦原の中つ国の空の色ががらりと変わった、この時の変化の具合と変化の理由について書いていく。

それは須賀京太郎のバトルスーツに火が入り戦いの緊張感で船首あたりの空気が冷えた時のことである。

ナグルファルの乗組員たちが大慌てで連絡を取り合っていた。須賀京太郎の気配が変わったのを察して戦いが始まるとナグルファル全体に伝えていた。

二代目葛葉狂死と須賀京太郎が亡霊たちの自信作ナグルファルをあっさりと破壊したこともあって、亡霊たちの対応は素早かった。

そうしてナグルファルが防御の姿勢をとっているところで、葦原の中つ国の空の色が変わった。今までの葦原の中つ国の空の入りは綺麗な青空だった。

それが奇妙な空に変わった。広い空が雲で覆われたのだ。それだけならよいが雲の向こうに巨大な光の塊がある。太陽のように光の塊が地上を照らしていた。

しかし、本物の太陽ではない。本物の太陽ならば一瞬で地上を焼く近さにあるからだ。しかし、この分厚い雲と光の塊の空の形は自然だった。

自然というのは葦原の中つ国の最表面が正しく運用されている状態である。つまり青空がおかしかっただけである。

そうして空が元の形に戻った時、なぜ空の色が戻ったのか須賀京太郎が察した。青い空を創っていた夢魔たちがナグルファルを襲いに来たのである。

薄っぺらな影のような夢魔たちが形を変えながらナグルファルを取り囲み、へばりつこうとしていた。

ただ、攻撃の意志が弱かった。というのも須賀京太郎を無視していた。

一番邪魔になるだろう須賀京太郎を無視して甲板に降り立って、ウロウロと歩き回るのだからおかしなことだった。ただ不気味な光景なのは間違いない。

ナグルファルの甲板に無数の夢魔たちが降り注ぎ、うろつくのだ。しかも乗組員たちを無視して歩き回る。

甲板に出ている亡霊たちはそんな夢魔たちを気味悪がっていた。意味がさっぱりわからなかった。

 大量の夢魔たちが甲板をうろつき始めるとマントになっているロキが須賀京太郎に話しかけてきた、この時に行われた二人の会話について書いていく。

それは大量の夢魔たちに囲まれ、ナグルファルの甲板が占拠された後のことである。船首付近も同じく夢魔たちでいっぱいになっていた。

不定形の夢魔たちである。同じ形の夢魔はほとんどいなかった。時々同じような形に変化する者もいたが、すぐに別の形に変わっていた。

そんな夢魔たちを見てマントになっているロキがこう言った。

「異能力を伝播するためだけにこいつらは存在しておるのかもしれんな。

 じゃが、うっとうしい限りよ」

ロキが語りかけてくると須賀京太郎は右腕を軽く振った。軽くスナップをきかせていた。すると前方二十メートルの範囲にいた夢魔たちが切り裂かれて散った。

甲板が少しきれいになった。綺麗になったところで須賀京太郎はこういった。


「柔らかいな。しかも攻撃されて逃げないし隠れもしない。

 異能力が通じない相手にはとことん弱いのか?」

須賀京太郎が語っている間に、周囲を取り囲んでいた夢魔たちが甲板に飛び乗ってきた。そして飛び乗ってきて甲板を埋め尽くすと再びうろつき始めた。

喜怒哀楽はまったく見えず、ただうろつくだけだった。再び補充された夢魔たちを見て、ロキがこう言った。

「腕力で勝負するタイプじゃねぇということじゃな。

 しかし効果的な戦略じゃねぇか。実際ヤタガラスの大部分はこれで認識をいじられとるじゃろう。

ナグルファルがおらんかったら、大慈悲の加護がなかったら、オロチでさえ理解できずに終わっておったじゃろう」

このようにロキが語ると須賀京太郎は再び右腕を振った。先ほどと同じように右腕を軽くしならせて甲板の上を薙いだ。

そして間を置くことなくナグルファルを取り囲む夢魔たちに攻撃を仕掛けた。全身と右腕をしならせて空を切った。

すると周囲を取り囲んでいた無数の影たちが切り裂かれて散った。そうしてナグルファルの周囲がきれいになるとロキがこう言った。

「小僧よ、あまり夢魔どもにかまうな。こいつらはいくらでも出てくるじゃろう。

ここまで薄っぺらじゃと、ほとんどエネルギーを使わんで生産できるじゃろうからな。

 それよりも、触角を見つけてやろう。一人より二人、二人より三人じゃ。小数点以下の数字でも味方であってくれた方がええ」

すると須賀京太郎はこういった。

「で、当てはあるのか? 葦原の中つ国は白骨の地獄よりもはるかにデカい。数十倍か数百倍か。

日本の領土全体をいくつか重ねてようやく葦原の中つ国の大きさになるんだぞ。運任せになるなら、さっさと最深部に向かったほうが良い」

須賀京太郎がこのようなことを言うと、ロキは少し怒った。そしてこういった。

「わしを誰じゃと思っておる。

 言われずとも探知し終わっておるよ。といっても見つけられたのは二つだけじゃがな。案内しちゃろう。

 行けるか小僧? ナグルファルからダイブせんとおえんけど」

すると須賀京太郎はうなずいた。まったく恐れはなかった。

 ナグルファルから飛び降りて数分後須賀京太郎は懐かしいものを見つけた、この時に須賀京太郎が見つけたものについて書いていく。

それはナグルファルの甲板から葦原の中つ国へ須賀京太郎が飛び降りて三分後のことである。

夢魔たちが蠢いているファンシーな世界を須賀京太郎は駆け抜け、楽々目的地に到着していた。

というのも、大量の夢魔たちがうごめいていたのだが邪魔をしてこなかったのだ。

お菓子の家を創る仕事やジュースの海を管理する仕事で夢魔たちは忙しかった。

時々ヤタガラスの構成員やフリーのサマナーとすれ違ったが、彼らもまた忙しく働いていた。盗み聞きしたところによると普通に作戦行動をとっていた。

しかし、やはりというべきか葦原の中つ国の状況は理解していなかった。そんなところを駆け抜けてロキの案内で到着した目的地だが、駐車場であった。

車が何百台と止まり、にぎやかだった。ただ、街灯がお菓子だったり、光源が妖精だったりしてファンシーだった。

この駐車場に夢魔たちが近寄れないバスが四台あった。バスはものすごく豪華で、金がかかっているのがわかる。

葦原の中つ国のファンシー具合からすると、いかにも現代的なデザインで浮いていた。ここにオロチの触角の生き残りがいるとすぐにわかった。

またこのバスを見て須賀京太郎は目を大きく開いた。須賀京太郎はこういった。

「龍門渕の移動司令室! 流石龍門渕! 金の使いどころがわかっている!」

須賀京太郎が見つけたバスはインターハイのために龍門渕が用意したバスである。何もかも支配されていると思ったところで見つけたものだから、心が弾んだ。

 流石龍門渕だと須賀京太郎が喜んでいる時周囲の退魔士とサマナーから攻撃を受けた、この時の退魔士とサマナーたちについて書いていく。

流石に龍門渕は一味違うと須賀京太郎が喜んでいる時である。

「さてオロチの触角を探し出してナグルファルへ連れてゆこう」

と考えていると、四方八方から魔法が飛んできた。稲妻が飛び、火が降った。風が吹き荒れて岩石が撃ち込まれた。

重力が何十倍にも膨れ上がり、情報を分解するメギドの輝きが周囲を照らした。魔法は周囲の退魔士たち、サマナーたちが撃ち込んでいた。

取り囲んでいる者たちは総勢十八名。それぞれが仲魔を呼び出して総勢三百と少しの軍団を作っていた。

あらゆる神話から選りすぐられた仲魔たちは屈強ですごい。しかし仲魔たちと彼らのマスターは不安の色でいっぱいだった。

それもそのはずで、未確認の魔人が目の前に現れたからである。ただ恐ろしい。彼らは確かに見たのだ。身長二メートル、鎧武者のような魔人の姿を。

しかしずいぶんおかしなシルエットだった。というのが鎧に遊びが一切なかった。防具と肉体との間に余裕がなかったのだ。

肉体に防具がぴたりと張り付いていて、頭の先からつま先までが洗練されていた。

また赤く輝くマントを羽織っているのが赤い目と合わせて印象に残っていた。まったく情報のない存在である。

そんな奇妙な魔人が現れたものだから、退魔士とサマナーたちは不安になった。確かに全力で攻撃魔法を撃ち込み続けた。しかし相手は魔人である。

しかも情報処理の要になっている龍門渕を真っ先に狙っていた。只者ではないのは明らかで、魔法を何十発と打ち込んだだけでは安心できなかった。

 ヤタガラスの構成員たちが大量の魔法を撃ち込んで数秒後龍門渕のバスから悲鳴が上がった、この時に悲鳴を上げた者たちについて書いていく。

それは大量の魔法の雨に鎧武者の魔人が撃たれて十秒ほど後のことである。龍門渕のバスの一つから大きな悲鳴が上がった。悲鳴は少女のものだった。

三つほど重なっていて聞くものを震え上がらせた。周囲にいたヤタガラスの構成員たち、龍門渕の血族たちはあわてて悲鳴が聞こえたバスへ向かった。

さすがにヤタガラスの構成員である。デスクワーク中心の龍門渕の血族でも金メダリスト級の勢いで駐車場を駆けた。

また、悲鳴が上がったバスとは違う龍門渕のバスから、龍門渕の当主にして幹部である龍門渕信繁が退魔刀を持って飛び出していた。目が血走っていた。

悲鳴の一つが娘のものだと察したからだ。さてそうしてバスに到着したヤタガラスたちだが、バスに乗り込んですぐ恐ろしいものを見た。

悲鳴が上がったバスの中に先ほどあらわれた鎧武者が立っていたのだ。まったくの無傷でバスの通路に立っていた。

しかも背中をヤタガラスの構成員たちに見せている。振り向きもしない。これをみて、龍門渕信繁は

「上の位の退魔士が必要だ」

と判断した。しかし撤退はしなかった。なぜなら鎧武者のすぐそばにはメイド服を着た少女が三名とワンピースを着た龍門渕透華がいた。

見殺しにはしたくなかった。さて悲鳴を上げていた少女たちだがしっかりと戦う意志があった。メイド服の三人が龍門渕透華を守るようにして構えていた。

しかしほとんど心構えだけである。というのが鎧武者が距離を詰めるたびに後ろに下がっている。

仲魔を呼び出そうとしてはいたが、震えてうまく召喚機を操作ができなかった。しかししょうがないこと。至近距離で鎧武者を見ると恐ろしい限り。

遠くから見ると鎧武者のように見える。これは間違いない。しかし実際のところ具足など身に着けていないのだ。

ヘビの鱗や魚のうろこのように肉体が変形し鎧のように見えているだけで、無機物に見える生体装甲が脈を打ち生きている。頭からつま先までこの調子。

見ていられないグロテスクである。しかも魔人警戒アプリが警告し続けているところから察して、魔人である。

ただでさえ不吉な存在が、戦いのためだけに研ぎ澄まされている様は少女の心を折るのに十分だった。召喚機の操作などできるわけがなかった。

 龍門渕信繁たちがバスに乗り込んできて三秒後鎧武者がつぶやいた、この時の鎧武者の呟きと龍門渕の対応について書いていく。

それは龍門渕信繁が覚悟を決めた時のことである。鎧姿の魔人がこう言った。

「オロチ……オロチ……」

小さなつぶやきだった。ほかにもブツブツ言っていたのだが、何を言っているのか周囲の者たちにはさっぱりわからなかった。

鎧姿の魔人がブツブツ言っていると赤いマントが翻った。そしてマントから声が聞こえてきた。マントはこう言っていた。

「結界……じゃ……ナグ……」

マントが翻ると、鎧武者の魔人はこういった。

「アン……ソッ……?」

するとマントが翻ってこういった。

「隠……じゃ、こ……」

声はしっかりと聞こえているのだが、鎧姿の魔人とマントが何を言っているのか周囲にいる者たちはさっぱりわからなかった。

そうして鎧姿の魔人とマントが話をしている間ヤタガラスの構成員たちは動かなかった。

背中を見せている鎧姿の魔人に攻撃を仕掛けようとするのだが、すべて不発に終わっていた。攻撃をしようと体を動かした瞬間に、殺気が飛んでくるのだ。

娘を助けたい気持ちでいっぱいの龍門渕信繁もまた同じである。完全に動きを殺気で制されていた。

この魔人と真正面で向かい合っているメイドたちは生きた心地が全くしなかった。そして

「なぜ自分たちがまだ生きているのか」

もわからなかった。

 鎧姿の魔人がマントと会話を初めて一分後龍門渕透華が魔人に話しかけた、この時の龍門渕透華と魔人の会話について書いていく。

それは鎧姿の魔人が悠長に会話を始めて一分後のことである。バスの後部座席に追い込まれていた龍門渕透華が動き出した。

自分を守るメイドたちを押しのけて前に出ようとしたのである。当然メイド三人組は止めようとした。それはもう必死で止めようとした。

なぜなら自殺行為にしか思えない。しかし龍門渕透華は前に出ていった。恐怖で震えているメイドたちの腕力では彼女を止められなかった。

そして少女たちを押しのけて鎧姿の魔人の前に彼女は仁王立ちした。腕組みをして背の高い魔人を威圧していた。ただ、顔色は悪かった。

目の前の存在が恐ろしかった。龍門渕透華が前に出てくると鎧姿の魔人がマントと相談するのをやめた。

輝く赤い目を少女に向けて、口を開いてモゴモゴ言った。それなりに大きな声だったが、モゴモゴとしか聞こえなかった。

この鎧姿の魔人に対して龍門渕透華はこういった。

「何を言っているのかさっぱりわかりませんわ!」

周囲のヤタガラスが青ざめた。悪い方向にしか転がらないと思った。しかし魔人が反応した。そして肯いた。やはりそうだったかと言いたげな肯きだった。

そして声ではなく身振り手振りで意思を伝える方向で魔人は動いた。そうして身振り手振りで伝えると決めた魔人は自分の両目を指差した。

そして龍門渕透華の目を指差した。これを交互に繰り返した。このジェスチャーを見てハッとしたものが数名。メイド服の三人と龍門渕透華である。

そしてハッとしたところを見て、魔人は指を六本立てて見せた。そして自分を指差した。これを繰り返した。すると龍門渕透華の顔に血の気が戻ってきた。

メイド服の三人組の震えも消えた。正体がわかったからである。龍門渕透華はこういった。

「もしかして、須賀君?」

恐る恐るだった。しかし希望もあった。すると鎧姿の魔人が大きくうなずいた。

パンと手を打ち鳴らして、その通りとでも言いたげな大げさなジェスチャーを取った。須賀京太郎の名前を呼ぶとようやくバスの中の空気が穏やかになった。

龍門渕信繁も退魔刀を鞘に納めた。なぜ魔人が攻撃を仕掛けないのか納得がいっていた。ただ、謎も増えた。龍門渕透華の一言がすべてだった。

彼女はこういった。

「何その姿?」

今日はここまでです。

用事があるので早めに始めます。

 龍門渕の血族と合流してから数分後龍門渕透華は鎧姿の魔人を案内していた、この時の龍門渕透華と鎧姿の魔人について書いていく。

それは鎧の魔人の正体が明らかになって五分後のことである。龍門渕透華の案内で薄暗くて細い道を鎧の魔人が歩いていた。

龍門渕透華が先頭を歩き、二番目にメイドたちが、三番目に鎧の魔人である。彼女らが歩いているのは龍門渕の避難所に向かう道だ。

四台のバスを決まった形に配置することで呼び出される豪華な門から通じていた。ちなみに彼女らが通ってきた門だが、既に消えている。

筆談によって鎧の魔人が伝えた内容が嘘だった場合、娘もろとも封印するためである。

この薄暗くて細い道を歩く彼女たちだが、元気なのは龍門渕透華と鎧の魔人だけだった。自分の判断を信じているため龍門渕透華にはおびえがない。

また正体を見抜いてもらえて鎧の魔人は嬉しく思っている。大変なのははさまれている者達だ。いくら須賀京太郎だといわれても

「はいそうですか」

で済ませられる胆力はい。ただ、足はしっかり動いていた。龍門渕透華に追いつくためである。

龍門渕透華が速いのだ。鎧の魔人との筆談によって貴重な情報がもたらされ、テンションが上がっていた。

 薄暗くて細い道を進んで三分後鎧の魔人は目的のものを発見した、この時鎧の魔人が見つけたものと見つけられた者たちについて書いていく。

それは薄暗く細い道を早足で駆け抜けた後のことである。龍門渕透華達の前に分厚い扉が現れた。現代科学によって制御されている扉のように見えた。

しかしよく見てみると普通の扉ではないとわかる。例えば臭い。近付いてみると生き物特有の臭いがする。そして無機物の冷たさがない。

また、退魔士ならば扉が話しかけてくることに気付くだろう。人の言葉ではない言葉で、人間に対して語りかけていた。

龍門渕特製の扉の形をした悪魔である。そうして目の前に龍門渕透華が来ると扉が話しかけて来た。
 
「あらあら、透華ちゃん。どうかした? この避難所は使用中よ?

 七十一番のお部屋と五十三番のお部屋は予約も入っていないし、使ってもらって構わないわぁ。門を開いてあげましょうか?」

すると龍門渕透華がこう言った。

「用事があるの。奪還作戦はいったん中止。

 アンヘルさんとソックさんにマスターが戻ったと伝えて。オロチ様たちには場所を移動すると伝えて」

すると扉がこう言った。

「わかったわぁ。でも、聞こえないと思うわ、すごく集中しているもの。

 それと、本当にいいの? 衣ちゃんの奪還作戦中なんでしょう?」

龍門渕透華はこういった。

「状況が変わったわ。衣の力が強すぎる。

 急いで組織の再編を行わないとまずいわ。決戦場よりも先に日本が潰れる」

すると扉はこういった。

「了解したわぁ。それではどうぞ透華ちゃん。第九十七番避難所へ」

すると現代風の扉が開いた。この扉の向こうには座敷があった。十畳ほどの座敷で、畳のいい匂いがした。この座敷に四人の悪魔がいた。

ポニーテールとジャージのオロチ、ワンピースと三つ編みのオロチ、アンヘル、そしてソックである。この四人の悪魔は手をつないで輪になって座っていた。

四人が四人とも目をつぶって集中していた。しかし龍門渕透華が扉を潜ったその瞬間四人の集中が切れた。

龍門渕透華の存在が集中を乱し、須賀京太郎の匂いで完全に糸が切れた。糸が切れた四人は非常にあせった。天江衣の奪還作戦についていたからだ。

失敗すればそれだけ奪還が遠のくと考えているのだ。集中が切れるのは不味かった。さらわれた人たち、天江衣を助けたかった。


 座敷にいた四人の集中力が切れた直後龍門渕透華が大きな声でメモを読み上げた、この時に読み上げられたメモの内容と四人の反応について書いていく。

それは扉を潜ってすぐのことである。鎧の魔人から受け取ったメモを龍門渕透華が読み上げ初めた。大きな声でこう言っていた。

「速やかにナグルファルへの移動をお願いしたい。

 衣さんの力によって私を須賀京太郎と認めるのは難しいだろう。しかし間違いなく私である。

 しっかりと説明したいところだが、今は時間が惜しい。私のことを信じてナグルファルへ移動してもらいたい。

 私が須賀京太郎だという証明のために私の血をオロチに捧げようと思う」

龍門渕透華が大きな声で読み上げると、遅れて入ってきた鎧姿の魔人が自分の左掌を見せた。そして右手で軽く左掌を傷つけた。

するとほんの少しだけ皮膚が切れて血がにじんできた。血がにじんでくると芳醇な酒のにおいが漂った。強烈な酒の性質が血液に乗っていた。

しかも数か月前よりも素晴らしいものに変わっていた。ほんのすこしに香りだけでオロチたちは心がほぐされ、夢見心地になった。

状況を理解していないアンヘルたちだが血の匂いを嗅いで須賀京太郎なのだと確信した。そして見た目が変わったが無事に戻ってきたことを喜んだ。

 
 龍門渕の避難所で須賀京太郎と仲魔たちが再会した時だった現代風の扉が大きな声を出した、この時に現代風の扉が伝えてくれた情報と須賀京太郎たちの行動について書いていく。

それは須賀京太郎にへばり付いているマントをアンヘルとソックがはぎ取ろうとしている時のことだった。

避難所の扉が大きな声で龍門渕透華の名前を呼んだ。

「透華ちゃん! 信繁ちゃんから連絡よ!

 移動司令部に対して夢魔たちが攻撃を仕掛けて来たって! 須賀君をよこせだって!」

すると龍門渕透華が驚いた。そしてこういった。

「侵食行為が私たちにばれたと察して、潰しにかかってきたのね。

 須賀君、殲滅してきて。存分に力をふるってちょうだい」

龍門渕透華は冷静だった。受け取った情報からこうなると予想できていた。

特に天江衣の異能力と龍門渕の異能力というのは規模と深さが違うだけで同じ能力である。

一度操作がばれてしまえば認識をいじるのは難しく、となれば直接排除しに来るのは当然だった。

そうなって龍門渕透華に命じられた須賀京太郎は瞬きの間に姿を消した。残されたのは須賀京太郎の血液の匂いだけである。

龍門渕透華達の髪の毛を揺らす風さえなかったのは見事な移動術だった。そんな鎧姿の魔人を見てメイド服の三人組の一人がこんなことを言った。

「ねぇ透華。ちょっと前よりも強くなってない?」

続けてもう一人がこう言った。

「だな、殺気だけで動きを制されたのはハギヨシさん以来だ」

これに最後の一人がこう言っていた。

「異界操作術に手を突っ込んでいる感じがする。昔倒した上級悪魔の気配に近くなってる」

メイド三人組の感想はそれぞれだった。ただ三人とも鎧姿の魔人を恐れていた。そんな三人の感想を聞いた龍門渕透華はこういっていた。

「人間は見た目ではありません。中身です。

 それにあの格好、良いじゃない。すごく派手」

そんなことを言いながら龍門渕透華達は避難所から出ていった。アンヘルとソック、二人のオロチも一緒に部屋を出た。

この時アンヘルとソックがオロチたちの手を握っていた。アンヘルとソックがオロチの手を握ったのは、安心させるためだった。

命令されたわけではない。数日間一緒に過ごしたオロチである。放り出すことはなかった。そうして龍門渕透華とメイド三人組の後を追った。

避難所から彼女らは葦原の中つ国へ向かうのだが、不安の色は薄い。怖いが頼りになる魔人が味方に付いている。言葉通り百人力なのだ。安心だった。


 鎧姿の魔人が姿を消してから五分後龍門渕透華達は葦原の中つ国へ戻ってきた、この時の葦原の中つ国の状況と彼女らの感想について書いていく。

それは龍門渕透華達が気持ちゆっくりと戻ってきた時のことである。四台のバスをカギにして開く門を潜りぬけた彼女らはすぐに

「不思議だな」

と思った。なぜなら門を潜ったら夜のように暗かった。しかしすぐに理由がわかった。少し目を凝らすと夜が動いているのがわかった。

そして夜を押し戻す鎧姿の魔人がいるのが見える。つまり四方八方から迫っている夜とは、大量の夢魔の軍勢であった。

影のような存在が四方八方から押し寄せて夜を創っていた。

ただ、幸いなことで夢魔たちの戦闘能力というのが低く一般人並みの構成員でも簡単に倒せていた。しかし状況を理解して龍門渕透華達は焦った。

なぜなら長くはもたないとわかったからだ。鎧姿の魔人よりも前にほかの構成員たちのスタミナが切れかけていた。

いくら攻撃を仕掛けて倒してみても新しい夢魔がいくらでもわいてくる。そのうえ龍門渕の関係者はインドア派が多い。

はっきり言って事務職ばかりである。こういう修羅場はきつかった。

 龍門渕透華達が戻ってきてから十秒後に夜が明けた、この時の変化とその理由について書いていく。

それは龍門渕透華達が絶望的な光景に呆けている時のことだった。龍門渕のバスを取り囲んでいた夜が明けた。それは劇的な変化だった。

今までいくら打倒しても消えなかった夢魔たちが、あっという間に退散していった。退散していく理由は空にあった。

空に浮かんでいた全長一キロメートル級の船ナグルファルである。今は駐車場の高度三十メートルのところで停止して、事の成り行きを見守っていた。

ナグルファルは夢魔たちを攻撃する気配がない。ゆったりと浮遊しているだけである。

それもそのはず、ナグルファルが接近するだけで夢魔たちは一目散に姿を消して、いなくなるのだ。ゆったりと構えているだけでよかった。

ナグルファルの接近によって夢魔たちが退却したのは、ナグルファルの所有者であるヘルが地獄を広げたからだ。

「葦原の中つ国が乗っ取られているのならば、奪い返せばいい」

という発想でナグルファルを中心に地獄を二百メートルほど広げヘルの勢力下においていた。もともと力の弱い夢魔たちである。

ナグルファルの圧力に締め出されてしまった。そして締め出された夢魔たちはナグルファルから距離をとった。そして空に昇り青空を創りなおした。

次の一手に備えて身をひそめたのだ。

 ナグルファルが到着して三分後須賀京太郎がオロチの触角を連れて姉帯豊音の下へ戻ってきた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それはナグルファルによってバス周辺の支配率がぐんと下がった後のことである。ナグルファルの甲板に鎧姿の魔人が帰還した。

この時鎧姿の魔人はオロチの触角を両脇に抱えていた。オロチの触角は大人しかった。状況をよく理解した結果であった。

そうしてナグルファルの甲板に到着した時、鎧姿の魔人は消えさった。ナグルファルの影響下である。本来の姿が戻ってきた。

異形の右腕を持った須賀京太郎の姿である。天江衣の支配から脱した結果である。

そうして本来の姿に須賀京太郎が戻ったところで、アンヘルとソックが甲板に到着した。アンヘルが翼を創り、ソックを運んでいた。

アンヘルに抱き着く形で移動していた。飛ぶのが下手くそなのでアンヘルに任せていた。そうして甲板に降り立った時アンヘルとソックは目を見開いていた。

須賀京太郎の異形ぶりを確認したからだ。流石に驚いていた。

異形の右腕はそれほど驚いていないのだが、肌の色の変化と左腕の籠手に関してかなり驚いていた。

そうしてアンヘルとソックが驚いていると甲板に到着した須賀京太郎たちをハチ子が出迎えた。

マグネタイトを完璧に操り肉体を取り戻した不機嫌なハチ子だった。また何時の間にやらバトルスーツ風のワンピースに着替えていた。

出迎えてくれたハチ子はこういった。

「お帰りなさいませ。我が王」

すると須賀京太郎がこう言った。特に嫌な顔はしていなかった。

「ハチ子さん、ツインテールのオロチがいる部屋の門を開いてもらえます?」

須賀京太郎がお願いをするとハチ子はうなずいた。しかし少し困っていた。須賀京太郎の命令が変だった。

遠回しなことを言うのは須賀京太郎らしくないと思った。ただしっかりと門は開いた。そうして門が開くとオロチを引き連れて須賀京太郎は門を潜っていった。

アンヘルとソックも同じく門を潜ったのだが、複雑な顔をしていた。自分たちが知らない須賀京太郎の一面が増えていたからだ。

しかし嫌な気持ちにはなれなかった。須賀京太郎が強くなった結果だからだ。


ただ、自分たちが知らないというのが気に入らない。そうしてもやもやしながら門を潜ったアンヘルとソックだが門を潜ってすぐに驚いた。

ベッドに腰掛けて赤子をあやす姉帯豊音を見つけたからである。
 
 姉帯豊音がいる部屋に到着した後アンヘルとソックは非常に驚いた、この時に彼女らが驚いた理由について書いていく。

それはアンヘルとソックが姉帯豊音がいる部屋に着いてすぐのことである。アンヘルとソックは茫然としていた。

目を大きく見開いて、口をぽかんとあけている。そして須賀京太郎と姉帯豊音を交互に見て、どういう事なのかという空気を放っていた。

それもそのはずである。龍門渕透華の話からすると姉帯豊音は「行方不明」だからだ。葦原の中つ国へ戻る道すがら龍門渕透華が説明してくれたのだ。

彼女はこういっていた。

「帝都全域に警報が鳴り響いた時、須賀君はシギュンなるミイラによって地獄に落とされた。

 地獄に落とされた後、マントになっているロキを発見。ロキとの対話によってロキの目的がシギュンの解放であることを知った。

そして速やかに協力関係を結んだ。

 『地獄に落とされているかもしれない姉帯豊音』の探索には優れた協力者の存在が必要で、しょうがなかったそうです。

 しかし地獄を巡ってみても姉帯豊音は見つからなかった。その代わり二代目葛葉狂死の計画と目的が把握できた」

つまり姉帯豊音は行方不明で、ナグルファルの内部にいてはならないのだ。だからアンヘルとソックは困ることになった。

そして困ってしまって姉帯豊音と須賀京太郎の間で視線が泳ぐのだった。

 アンヘルとソックが困っている間に姉帯豊音が二人のオロチを呼び寄せた、この時の姉帯豊音とオロチたちについて書いていく。

それは須賀京太郎の報告を信じていた二人が困惑している時のことである。腕の中で笑っている赤子を見つめながら姉帯豊音が二人のオロチを呼んだ。

姉帯豊音はこういっていた。

「さぁ、こっちに来て。『まっしゅろしゅろすけ』で包んであげる。少しはましになるはずだよ」

姉帯豊音に声をかけられたポニーテールのオロチと三つ編みのオロチは少し戸惑った。なぜならこのオロチたちも報告を信じていた。

そうして困っているオロチたちに、ツインテールのオロチがこう言った。

「早くこちらに来い。豊音がせっかく守ってくれるというのだ。衣のように甘えようじゃないか」

ツインテールのオロチだがバトルスーツ風のワンピースを着たままベッドに寝転がっていた。

まとめ役の一人梅さんが席を外しているのでやりたい放題だった。そんなツインテールを見てポニーテールと三つ編みが動き出した。

自分が大丈夫だというのなら大丈夫だと納得した。そうしてすぐそばまで近づいてくると姉帯豊音の願いを聞いて「まっしゅろしゅろすけ」が二人を包んだ。

すると二人のオロチの中にあった侵食される恐怖が消え去った。顔色もずいぶんよくなった。ただ、恐怖が消えた分だけ謎がはっきりと頭に浮かんだ。

「姉帯豊音は行方不明だ」

と須賀京太郎が嘘をついた謎である。

 葦原の中つ国の塞の神の弱弱しい触角を保護して完全な支配を食い止めた後須賀京太郎がのんきなことを言い出した、この時に語られた内容と周囲の反応について書いていく。

それはナグルファルの内部に触角を保護し終わってすぐのことである。須賀京太郎が姉帯豊音に近付いていった。そして笑っている赤ちゃんを見つめた。

そして微笑んで、こんなことを言い出した。

「なぁアンヘル、ソック。未来のために粉ミルクとか赤ちゃん用品を揃えたいんだが……どこかに売ってないかな?

 あ、未来ってのは姉帯さんが抱いている赤ちゃんのことね。マグネタイトで代用しているけど、やっぱりしっかりしたものを食べさせてあげたいじゃない?

 姉帯さんの加護があれば万全だけど、服を着せてあげたい。

 流石に龍門渕も赤ちゃん用の粉ミルクとか用意してないと思うし、この辺に買えそうなお店ないかな?

 葦原の中つ国の休憩所にはそういうのもありそうだしさ、何なら『デパート』にナグルファルを移動させてもいい。あそこなら確実にあるだろう?」


この時の須賀京太郎に緊張はない。嘘をついているにもかかわらず、須賀京太郎の表情は平然として動かない。

それこそ輝く赤い目と褐色の肌、そして異形の右腕だけが普段とは違っているだけで、あとは完全に日常の須賀京太郎だった。

そうして須賀京太郎が赤ちゃんのことを心配した直後、アンヘルが口を開いた。まだ目線が泳いでいた。マスターの考えがわからなかった。

口を開いたアンヘルはこういった。

「あの、マスター……姉帯さんは行方不明になっているはず……」

未来を見つめたまま須賀京太郎は素直に答えた。

「嘘だよ。地獄に落とされた時から姉帯さんとは一緒に行動していた。

 ヤタガラスから姉帯さんを隠したかっただけだ。

 二代目葛葉狂死が事件を引き起こしたとわかった今、姉帯さんは良い餌になる。あの爺さんは姉帯さんのことを溺愛していたからな。間違いないだろう。

 だから、嘘をついた。姉帯さんを利用させないために嘘をついたんだ。それだけだよ」

須賀京太郎は軽い口調で語っていた。大した嘘ではないと思っているからだ。しかし答えをきいた周囲の者たちは固まった。

この部屋にいる三人のオロチそして姉帯豊音。そしてアンヘルとソック。須賀京太郎の言葉を聞いて固まっていた。

特に姉帯豊音の血の引き具合はひどく真っ白である。ここまで馬鹿だとは思わなかったのだ。覚悟を決めている姉帯豊音である。

生餌にされるくらいしょうがない、八つ当たりされてもしょうがないと思っていた。しかしかじ取りをする須賀京太郎がこれである。

須賀京太郎がここまでするとは思っていなかった。そうして姉帯豊音が真っ白になると腕の中の未来がぐずりだした。

未来がぐずりだしたのを見て、須賀京太郎が未来のほほを撫でた。左手で優しく撫でると未来が喜んだ。喜んでいる未来を見て須賀京太郎はこういった。

「俺の目的は『姉帯さんと未来』を守り抜くこと、ヤタガラスに忠義を尽くすことではない。

 報告なら後でやり直せばいい。『急いで筆談』なんてしたから、情報交換がうまくいかなかった。そうだろう?

 慣れないことはするもんじゃない。左手で書いたから書き間違いも多いだろうな」

するとマントになっているロキが笑った。楽しそうに笑っていた。こういうバカは大好物だった。そしてこういった。

「小僧の上司とやらは大変じゃなぁ。こんな部下がおったら胃が痛くてしょうがなねぇわ。

 ソックちゃんも見る目があるのう! こりゃあ拾いもんじゃぞ!」

ロキは笑っていたが周囲のものは笑えなかった。姉帯豊音の処遇次第ではヤタガラスも敵として処理すると須賀京太郎は言っているのだ。笑えなかった。

 ロキが笑っている時須賀京太郎の部屋にヘルたちが顔を出した、この時のソックとヘルについて書いていく。

それは目的を達成するためならヤタガラスも敵にすると言い須賀京太郎とロキが笑っている時のことである。部屋の扉が開いた。

須賀京太郎と姉帯豊音は誰が入ってきたのかすぐにわかった。おしゃべりをしながら入って来たからだ。話をしているのはムシュフシュとヘル。

そして時々相槌を打つ梅さんとハチ子である。

会話の大体の内容は、ファンシーな葦原の中つ国をほめるヘルと趣味が悪いと否定するムシュフシュの論戦であった。

ハチ子がヘル寄りで、ムシュフシュに梅さんが寄っていた。

そうしておしゃべりをしながら入ってきたヘルたちなのだが、部屋に入って来てすぐに可笑しなことになった。ヘルが固まったのだ。

時間が止まったようにぴたりと止まっていた。何事かとハチ子たちが困っていると、ヘルの目から涙があふれてきた。

滝のように涙が零れ落ちて、鼻水まで流れていた。もともと非常に整っているので見ていられるが、すごいことになっていた。

そんなヘルを見て須賀京太郎と姉帯豊音が驚いていた。身振り手振りが大きいヘルだが無表情が崩れることはなかった。

それが今劇的に変化してさすがに驚いた。そんな大泣きのヘルだったがついに動き出した。

かかとの高い靴を履いているのも気にせずに全力で走り、アンヘルの隣に立っているソックめがけて飛びかかった。ソックは回避できなかった。

須賀京太郎を見ていたからだ。そして思い切り押し倒された。タックルを受けたレスリングの選手のようだった。

また、倒れた時思い切り床に額をぶつけていた。研究者と料理人の間を行ったり来たりしているソックである。不意打ちのタックルはきつかった。

そうして結構な勢いで床に頭をぶつけたソックのためにアンヘルが回復魔法を撃ち込んだ。

例えシロクマ並みの耐久力があるとしても痛いものは痛いからだ。アンヘルが魔法を撃ち込んでいる間ソックの背中にヘルが顔をうずめていた。


 ヘルがタックルを決めて三分後須賀京太郎にソックが説明をした、この時に行われたソックの説明とベッドルームの状況について書いていく。

それはヘルの不意打ちによってソックが頭を強打した後のことである。回復魔法を受けたソックが椅子に座っていた。須賀京太郎たちに説明するためである。

また椅子に座っているソックにヘルがしがみついていたが、誰も止めなかった。しがみついたまま泣いていたからだ。

ソックの説明を聞くにあたってほかの面々も落ち着ける場所に腰を下ろしていた。

ベッドルームには椅子が少ないのでアンヘルとハチ子そして梅さんはマグネタイトを操作して椅子を創っていた。

三人のオロチは姉帯豊音と同じようにベッドに腰掛けていた。行儀よく座っているのは梅さんに睨まれたからである。

須賀京太郎とムシュフシュは特になかった。もともと犬っぽいムシュフシュは、犬のように丸くなって待機。

須賀京太郎はソックから見て正面の壁にもたれていた。そうして話を聞く体勢に入ったところで、ソックが説明をしてくれた。ソックはこういっていた。

「ヘルは古い友人で、この世界に来た後も一緒に暮らしていました。

そのころはロキの爺さんやシギュン先生も健在で、犬畜生と蛇野郎も日本での生活を楽しんでいました。

 十年くらい昔だったと思います。襲撃を受けました。あの時シギュン先生とヘルが私を逃がしてくれて、どうにか逃げ延びました。

しかし逃亡中に攻撃を受け人形化の呪いを受け、結局マスターと出会うまで身動きが取れませんでした。

 マスターに出会った後もヘルたちの行方を調べてはいたのですが、手掛かりがなく……」

すると須賀京太郎はこういった。

「普通の捜査でヘルの居場所を発見するのは不可能だろう。

 様々な偶然が重なった結果出会えただけだからな」

するとソックがこう言った。

「マスターの話を聞いた時は、『まったく別のヘル』だと思いました。奇跡などない。期待したら辛くなると思って……」

須賀京太郎にソックが答えていると泣いているヘルがこう言った。

「私もよソックちゃん! 『まったく別のソックちゃん』だと思ったわ! でも、この感じは間違いなくソックちゃんよ!

 お父様と間違われて、男言葉を使いだしたソックちゃんに間違いない! 研究室に閉じこもって研究ばっかりしていた独身女のソックちゃんに間違いない!

 だって懐かしい独身の臭いがするもん! ソックちゃんお手製の虫よけの匂い! 香水の一つでも作ればいいのに! だからモテないのよ!」

ソックにしがみついて泣いているヘルは非常にうれしそうだった。間違いなく自分が知っているソックだったからだ。

ただ、公にしてほしくない情報を大量に漏らしたのでソックの怒りを買った。須賀京太郎がおびえた。ソックの顔がすごくこわかった。

 ソックがヘルを処刑している時須賀京太郎にハチ子が報告をした、この時の須賀京太郎の対応について書いていく。

それは友人と再会した喜びでヘルの口が滑りまくっている時のことである。

ソックの怒りを買ってヘルが処刑されているのを横目に見ながらハチ子が動き出した。壁にもたれかかっている須賀京太郎に近付いて、こういったのだ。

「我が王。ヤタガラスの皆さんが情報交換の場を設けたいそうです。

 しかし問題があります。

 情報交換を行うのは問題ありません。喜んで情報を提供しようと思います。問題は私たちの所属についてです。

 私たちはヤタガラスに所属するのでしょうか。それとも協力者という立場で振舞えばよろしいのでしょうか」

すると壁にもたれかかっている須賀京太郎が黙った。そして少し考えてこういった。

「……ヤタガラスの協力者として対応してくれませんか?」

するとハチ子が少し眉を動かした。若干顔色がよくなっていた。喜んでいるように見えた。そんなハチ子はこう返した。

「つまりどういう事でしょうか」

壁にもたれている須賀京太郎ははっきりと答えた。

「ナグルファルの支配者は俺だ。ヤタガラスの命令に従う必要はない」

続けてこう言った。

「これからはアンヘルとソックが協力するようにヤタガラスと協力してください。

 後、今この瞬間から『姉帯さんと未来』は極秘事項として扱ってください。

もしも姉帯さんがここにいると知られたとしても、『いない』といって突っぱねてください。当然、通すことも許可しない」

壁にもたれかかっている須賀京太郎の口調に迷いはない。自分の目的を達成するためならば王になることも苦にならなかった。


 須賀京太郎が王だと宣言した後ハチ子が一瞬跳ねた、この時の梅さんとハチ子の様子について書いていく。

それは空位になっていたナグルファルの玉座に自分が座ると須賀京太郎が宣言した後のことである。ハチ子が少し跳ねた。跳ねたとしか言いようがない。

小さな女の子が喜んで跳ねるような仕草で跳ねていた。ただ、一瞬のことだったのでほとんどのものは気付かなかった。

気付いたのは姉帯豊音と梅さんだけである。この時の梅さんだがハチ子を叱らなかった。むしろかなりほっとしていた。

無作法を咎めるよりもほっとする気持ちの方がはるかに大きかった。というのがナグルファルの地獄は人間と獣と神が混じっている地獄。

安定のためには須賀京太郎が必要だった。進んで王になってくれるのなら幸いである。この時、ヤタガラスに面従腹背を決めることに禁忌感はない。

なぜならナグルファルはヤタガラスに興味がない。ヤタガラスが滅びたとしてもナグルファルが困ることは一つもない。

ナグルファル自体が一つの世界なのだ。人間の問題にかかわる必要がない。玉座に王が座った今、何の問題もナグルファルには存在しなかった。
 
 ナグルファルの玉座に須賀京太郎がついて数分後情報交換の場が開かれた、この時にヤタガラス側の代表として現れた龍門渕とヘルの代理として働いたハチ子達について書いていく。

それはナグルファルの玉座に須賀京太郎が座って五分ほど後のこと。ナグルファルの代表たちとヤタガラスの代表たちが会議室に集まっていた。

ナグルファルの内部にある少し広めの会議室である。詰めて座れば三十人は座れるだろう。そんな会議室に龍門渕の血族が代表として出席していた。

龍門渕の血族は情報処理能力が高い。その上、幹部級の龍門渕信繁がこの場にいた。となって自然と龍門渕が代表になっていた。

この状況において最高責任者は間違いなく龍門渕信繁なので、当然と言えば当然だった。龍門渕の血族は信繁を含めて十名で現れた。

血族たちはそれぞれ書類を抱えていたり、ノートパソコンを持ち込んでいた。婿養子の信繁を除き血族はみな金髪で華奢だった。

信繁も線が細いが、彼と比べても一層細い。また信繁もそうだが、死にそうな目をしていた。精神的に参っている目である。

徹夜明けのプログラマー、締め切り前の漫画家、それに近かった。これに対応するのはナグルファルをまとめる六人の亡霊たちである。

不機嫌そうなハチ子、ねじり鉢巻きの棟梁、着物を着ている梅さん。そして須賀京太郎が知らない三名。一人は女性。

二十五才前後で眼鏡をかけて白衣を着ていた。眼鏡の下の眼光は鋭く威圧感がすごい。

身長は百七十五センチほどで、スタイルが良いためモデルのようだった。

もう一人は男性。三十代後半でいかにもサラリーマンといったスーツ姿であった。身長は百八十センチあたりで、がっしりしていた。

肉体だけを見ると格闘家のようにも見える。しかし面構えが非常にほんわかしているので違和感があった。

最後の一人は少年である。身長百十センチほどで、細かった。ただ聡明な顔つきをしていて、若干不機嫌だった。

このナグルファルの代表たちとヤタガラスの代表たちは会議室で出会い、お互いの目的のために情報交換をした。

この時に行われた情報交換は二代目葛葉狂死の計画に関係したことばかりだった。ヤタガラスの目的は日本を守ることである。

彼らは職務に忠実だった。ナグルファルのまとめ役たちは丁寧に答えていった。王のためにしっかりと働いた。

 ナグルファルとヤタガラスの情報交換が始まって十分後須賀京太郎の秘密の部屋に物資が運び込まれた、この時の部屋の状況と須賀京太郎たちについて書いていく。

それはナグルファルのまとめ役たちとヤタガラスの代表たちがピリピリしながら情報交換をしている時のことである。

姉帯豊音と未来が隠されている部屋に須賀京太郎が段ボールを運び込んでいた。この時の須賀京太郎は実に良い顔をしていた。

上機嫌としか言いようがない顔で生気で満ちていた。上機嫌にしたのは段ボールの中身である。

須賀京太郎が運ぶ段ボールの中には赤ちゃんのために必要なものがいろいろと詰まっていた。

この段ボールの中身は葦原の中つ国のサービスエリアで購入できるものばかりである。

混乱している葦原の中つ国であるが、現世から運び込んだものが消滅するわけではない。

実体化して力づくで支配しようとする夢魔どもを始末しながら集めてきた。そんな須賀京太郎である。上機嫌になってしまう。

正しく食べ物で未来を満たしてやりたかった。そうして戻ってきた須賀京太郎は段ボールをテーブルの近くに置いた。

するとソックに抱き着いているヘルがこう言った。


「京太郎ちゃん。報告よ。ナグルファルの周辺に大量の退魔士とサマナーたちが集まっているわ。

 みんな夢魔たちから逃げてきたみたいね。保護を求めているわ……どうするの?」

ヘルの話を聞きながら、段ボールに詰め込んだ品物を須賀京太郎が取り出していた。平然としていて、話を聞いていないように見えた。

そんな須賀京太郎に続けてヘルがこう言った。

「どうするの? 受け入れてあげるの?」

ヘルの口調が少し強くなっていた。表情は変わらないが、ヤタガラスを助けてやりたいと思っているのがわかった。人が良かった。

そんなヘルがいるのだが、須賀京太郎は動じなかった。それどころか手に入れた粉ミルクの缶を姉帯豊音に見せている。非常に上機嫌だった。

そんな須賀京太郎をみて、姉帯豊音がつられて笑った。そうしてようやく須賀京太郎はヘルに答えた。

「もちろん。受入れる。

 葦原の中つ国が乱れている時だ、みんなで助け合わないとダメだ。じゃんじゃん受け入れよう。俺たちは仲間だ、同胞だ。仲良くしよう。

 それと、退魔士とサマナーたちだが、もう少し増えると思う。赤ちゃん用品を探す時にナグルファルに向かうように扇動しておいた」

須賀京太郎の答えを聞くとヘルがうなずいた。そのすぐ後であった。須賀京太郎にヘルがきいた。

「良かったの? ヤタガラスと戦うつもりだったのに」

須賀京太郎は笑った。これまた上機嫌だった。笑った後粉ミルクの缶からヘルに視線を移した。ヘルを見る目は凪いでいた。おぞましい目だった。

須賀京太郎はその目のままこういった。

「まさか。姉帯さんの処遇で揉めると思ったから隠しただけ。

 内輪でやりあってどうする? 俺だってそれくらいわかるよ。

 確かに組織に対して忠誠心は薄い。愛着もそんなにない。

 でもやることはしっかりやるよ。給料分はしっかりやる」

須賀京太郎がこのように答えると姉帯豊音だけがほっとした。意見の相違からくる問題をクレバーに解決したと解釈すれば確かに納得がいった。

ただヘルは納得しなかった。別の目的があると思った。須賀京太郎の目に人権意識がかけらもなかったからだ。

となってマントになっているロキがこう言った。

「まぁ、ナグルファルにも餌が必要じゃからな。

 退魔士とサマナーが乗船すればナグルファルに余剰エネルギーが落ちる。普通の人間とは違って零れるエネルギーも多いから、乗せる価値がある。

恩も売れる。組織からの信頼も獲得できる。ええことずくめじゃな。

 後、乗船した者たち相手に商売も始めるぞ。装備の修理、回復、休憩所。道具の買い取り、幅広くやる。

 我が娘よ、人選を急げよ。商売に適した魂をナグルファルから選び出し働かせよ。小僧が王になった今、獣と神の魂たちも協力してくれることじゃろう。

技術系の神々、芸能系の神々、つかえそうなら何でも使え。

 人身売買と麻薬以外は好きにやってええぞ。上手くやれ」

ロキがこのように語ると部屋にいた者たちの視線が須賀京太郎に向かった。

「ロキの話を受けてよいのか? 王はお前だろう?」

と視線が問うていた。この視線に対して須賀京太郎は反応しなかった。粉ミルクの缶と未来を見つめてにこにこ笑っているだけである。当然である。

発案者は須賀京太郎だからだ。目的のためなら手段を択ばないのは二代目葛葉狂死も須賀京太郎も同じだった。


 須賀京太郎がニコニコしている時秘密の部屋にハチ子の門が開いた、この時に行われた須賀京太郎とハチ子の会話について書いていく。

それは須賀京太郎が上機嫌になっている時のことである。ヘルの頭上に小さな門が開かれた。禍々しい地獄をモチーフにした門だった。

ハチ子のひらく門である。この小さな門が開くと門の向こうからハチ子の顔が出てきた。

ヘルの頭上にハチ子の顔だけが現れるものだから、須賀京太郎と姉帯豊音は変な声を出した。生首にしか見えなかった。

そうしているとヘルの頭上に顔だけ出しているハチ子がこう言った。

「王! 敵襲です!」

非常にあわてていた。するとすぐ須賀京太郎はこういった。

「門を開け。敵の目の前でいい」

須賀京太郎の命令を聞いてすぐにハチ子は第二の門を開いた。第二の門は須賀京太郎の一歩前に現れている。

須賀京太郎は門が現れると即座に飛び込んだ。粉ミルクの缶はしっかり秘密の部屋に残していった。未来のために用意したものだからだ。

そして須賀京太郎が門を潜ると、第二の門が消えた。門が消えると同時にハチ子も首をひっこめた。ナグルファルのまとめ役として仕事があるからだ。

秘密の部屋に残された者たちは、とりあえずやるべきことをやった。荷物を整理してみたり魂の選別をしてみたり、呪物を創ってみたりである。

残された者たちは不安になっていた。しかし絶望はなかった。色々なものがそろい始め、できることが増え、味方が増えたからだ。

 ハチ子の門を通り抜けた直後須賀京太郎は後悔していた、この時須賀京太郎が見たものと後悔の理由について書いていく。

それは門を潜ってすぐのことだった。須賀京太郎は自分の言葉を後悔していた。特に

「敵の目の前」

という言葉を後悔し深く反省した。それもそのはず門の向こう側に足場がなかった。門を潜り抜けたはいいが、足場がなかった。

しかしハチ子が間違えたわけではない。ハチ子は正確に敵の目前に門を開いていた。ただ、敵の目の前というのが高度五百メートルの位置だっただけである。

そうして須賀京太郎は後悔しつつ落下することになった。しかし落下しているというのに恐怖も不安もなかった。

五百メートルくらい何の問題もなかったからだ。問題があるとすれば、須賀京太郎の目と鼻の先にいる巨大な蛇。

真っ黒な蛇がじっと須賀京太郎を見つめているだけである。この真黒な蛇だが頭が山ほどもあり、胴体は河のように太かった。

須賀京太郎はすぐに正体を見抜いた。鋼の鱗が見えなくなっているが、どう見てもオロチの化身だった。また避けられない戦いだとも理解できた。

鱗のかわりに夢魔で身体が覆われている。操られているのは間違いなかった。すぐに覚悟は決まった。

 須賀京太郎が落下している時真っ黒な蛇が攻撃を仕掛けてきた、この時の真っ黒い蛇の攻撃と須賀京太郎の対応について書いていく。

それは無防備に須賀京太郎が落下している時のことである。落下している須賀京太郎めがけて巨大な蛇が頭突きを仕掛けてきた。

大きな頭を大きく振りかぶって、思い切り叩き下ろしていた。単純な頭突きであるが、すさまじい威力があった。山のような頭を、音速で叩きこむのだ。

被害もすごかった。須賀京太郎から離れたところにいたナグルファルに台風のような風が吹き付け、近くにいた退魔士たちとサマナーが吹っ飛ばされていた。

頭突きの直撃を受けた須賀京太郎は、冗談のような勢いで地面にたたきつけられた。

何の技術もない頭突きだが桁外れの質量が音速で打ち込まれた結果恐ろしい威力になっていた。

ただ、強大な頭突きを食らわされた須賀京太郎だが平気な顔をして立ち上がっていた。しかし右腕がぐしゃぐしゃになっている。

頭突きの直撃を避けるために右腕を犠牲にしたのだ。ぐしゃぐしゃになっている右腕だが動いていた。痛みもあった。マガツヒも流れている。

しかし武器として使うのは難しい状態だった。

 支配されたオロチの化身の攻撃の後須賀京太郎は苦笑いを浮かべていた、この時の葦原の中つ国の状況と須賀京太郎について書いていく。

それは巨大なオロチの化身が須賀京太郎の右腕をぐしゃぐしゃにした直後である。右腕がぐしゃぐしゃになっている須賀京太郎は顔をゆがめていた。

目の前に広がっている光景が顔をゆがませて、歪な笑顔を作らせた。というのも、オロチの化身が次々に姿を見せている。

目に見えている葦原の中つ国の地面がうねり、形を変えて蛇になっていった。すでにオロチの化身は百を超えている。今も増え続けて、絶望的な光景だった。

なにせ須賀京太郎とナグルファルのすぐそばに現れたオロチの化身でさえ、ナグルファルよりもはるかにデカい。頭が山ほどあり、胴体は終わりが見えない。

そんなオロチの化身たちが葦原の中つ国全体から次々と現れてくる。そんな奴らが一斉にナグルファルの方を向いている。

そしてナグルファルの方を向いて威嚇を始めるのだ。たまらなかった。

どのオロチの化身も真っ黒な蛇にしか見えない所から、夢魔たちにとりつかれているのは明らかであった。

一匹だけでも面倒くさいのに目に見える範囲すべてに現れると気が遠くなった。

ただ絶望的な光景を見て須賀京太郎は強がった。苦笑いをニヒルな笑顔に変えて、呼吸を整えた。姉帯豊音と未来を思い浮かべた。

彼女らのことを思うと、胸が高鳴った。同時に、共鳴が強まる。背負っている者のため、この程度の苦境で折れるわけにいかなかった。

そして苦境を笑って見せた須賀京太郎はオロチの化身に挑みかかった。地面をけり巨大な蛇に突っ込んでいった。

ラグナロクの青色の火の膜が須賀京太郎を包んでいた。

 須賀京太郎が強がって数分後ナグルファルの甲板に退魔士とサマナーたちが集合していた、この時の葦原の中つ国の状況とヤタガラスの構成員たちについて書いていく。

それは須賀京太郎がオロチの化身に挑みあと少しで三分といったところ。ナグルファルの丈夫で広い甲板にヤタガラスの構成員と協力者たちが集まっていた。

協力者たちというのはヤタガラスに正式に所属していない退魔士もしくはサマナー、異能力者の類である。

葦原の中つ国で商売をしていた人たちはおとなしく引っ込んでいる。

日本防衛の大仕事のため葦原の中つ国から人が消えている状態だったが、それでも五百人近く甲板に戦闘員たちが集まっていた。

彼らが甲板に集まっているのは状況に対応するためである。誰もがここが正念場と理解しているのだ。葦原の中つ国の支配権を夢魔たちに奪われた。

葦原の中つ国を構成するオロチの化身たちが敵として襲い掛かってくる。大きな体を利用して空を飛ぶナグルファルを叩き潰そうとする。

ナグルファルが高度を上げても平気でオロチたちは追い突いてくる。しかも頭突きを喰らわせようとしたり、体当たりをしようとする。

しかも飽きることもなく延々と繰り返してくる。敵は強い。増援はない。ならば自分たちが頑張るしかない。

この巨大な蛇たちを防ぐために、彼らは甲板に集まっていた。彼らもまた意地があるのだ。

 強烈な攻撃にさらされても彼らは生き延びた、この時にしのぎ切れた理由について書いていく。それはオロチの化身たちが襲い掛かってきてすぐのことである。

ヤタガラスと協力者たちは魔法を使った。使った魔法は物理攻撃を確実に跳ね返す魔法「テトラカーン」である。

この魔法を利用してオロチの化身をしのぎ切った。手段自体は非常に簡単である。

物理攻撃ならば確実に反射する魔法の壁を上手く張り、巨大な質量をもつオロチの化身をいなし続けた。しかし運用方法は独特だった。

ナグルファルに魔法の壁をはるのではなく、彼らの仲魔に魔法をかけてオロチの攻撃にぶつけていた。

オロチの化身が頭を振りかぶりぶつけようとしたら、軌道上に仲魔を配置して、魔法をかける。そして反射する。これを繰り返した。

本当ならばナグルファルにテトラカーンをしかけたい。それが一番楽である。しかしナグルファルは船の形をした異界。

上手くテトラカーンの結界が構築できず、止む負えずの特攻戦術だった。しかしこれが思いのほか上手くいっていた。

というのがオロチの行動はワンパターンの上、予備動作が読みやすい。身体が大きいため仲魔を配置するのが簡単だった。

確かに葦原の中つ国の塞の神は膨大なスタミナを持つ。しかし瞬発力がない。攻撃のバリエーションがない。

少し戦い慣れている者ならどうにかできる状態だった。

 乗っ取られたオロチからの攻撃が始まって五分後ナグルファルの甲板に乾いた笑いが響いた、この時甲板にいた者たちが見た光景について書いていく。

それはオロチの化身たちをどうにか撃退し続けている時のことである。支配された葦原の中つ国からナグルファルが現世へ退却しようとしていた。

ナグルファルの前方百メートルの位置に巨大な蒸気機関と鋼の門が出現していたのだ。

葦原の中つ国全体が夢魔たちの支配下に置かれた今、留まり続けるのは危険と判断し撤退を決定し実行していた。

しかし門を開くのにずいぶん時間がかかっていた。葦原の中つ国が支配されているからだ。保護した三体の触角だけでは速やかな移動は難しかった。

ただ門を呼び出すことは可能で、ゆっくりと時間を駆ければ開ききることも不可能ではなかった。

しかし、葦原の中つ国を支配している夢魔たちは許さなかった。何としてもここで封じ込めるとの意気込みで無茶苦茶なことをやった。

それはもう少しで門が開くというところであった。葦原の中つ国が少しずつ暗くなっていった。太陽が沈んでいくように、少しずつ光が失われていった。

すると、ヤタガラスと協力者たちは苦笑いを浮かべ、乾いた笑い声を出した。というのも、無茶苦茶なことを夢魔たちが行ったと理解できた。

無茶苦茶なこととは異界の操作である。夢魔たちは

「世界の順番を変えた」

のだ。


順番というのはそのままの意味で順番である。葦原の中つ国というのは複数の巨大な異界が重なって出来上がっている。

ヘビが脱皮するように世界は脱皮を重ねて、今も巨大化を続けている。最表面の世界が最も新しい肉体で、レンガブロックの道。

二番目の世界は叩いて固まった土の道。三番目は人が歩いて作っただけの獣道。四番目は何もない大地だけがある。これを入れ替えた。

何としてもナグルファルを現世に返したくない夢魔たちは、この世界の順番を変えたのだ。劇的な変化だった。

最表面の世界が徐々に薄暗くなり、ついには真っ暗闇に包まれた。世界から光が消えて行くにしたがって、オロチの化身たちも消えていった。

一番下の階層に叩き落された時、ナグルファルの甲板にいた者たちは笑うしかなくなった。夢魔たちが何をしたのか凡そ察して

「ここまでやるか」

と笑ってしまった。しかしあきらめた者はいなかった。次の戦いに備えて動き出していた。

ナグルファルの甲板から最表面「だった」世界を見下ろすと、沢山の光があったからだ。同胞の光だと彼らは考えた。

光の数は膨大で天の川でも見ている気分だった。美しかった。これを見てしまったら、諦めるわけにいかなかった。

 
 葦原の中つ国の最表面が最下層に落とされて一分後ナグルファルの会議室に須賀京太郎の姿があった、この時の会議室の状況と須賀京太郎について書いていく。

それは夢魔たちが無茶苦茶なことをやってすぐのことである。ナグルファルのまとめ役ハチ子の案内で須賀京太郎が会議室に到着した。

ナグルファルの甲板に須賀京太郎が着地した後、ハチ子がすぐに迎えに来たのだ。ハチ子だが、服装がグレードアップしていた。

バトルスーツ風のワンピースが一層豪華になり、マントが増えていた。ハチ子が身に着けているマントだが赤い布地の良いマントだった。

マントには刺繍が施されている。マントのど真ん中に銀糸の白骨の船、その船を抱くように魔鋼の糸でヘルらしき女性が刺繍されていた。

ハチ子の案内で会議室に向かっている時、須賀京太郎は

「派手だなぁ」

と思った。しかし口にはしなかった。ハチ子を見て、

「似合ってますね」

といって終わらせた。人のファッションにケチをつけるとひどい目に合うと龍門渕透華で知っていた。

修行しているときに超ド派手な私服を着ているのを見て

「歌舞伎っすか?」

と正直な感想を伝えて、ボコボコにされた思い出が思慮を与えた。

そうしてハチ子の案内の下須賀京太郎は会議室に到着したのだが、扉を開いて嫌な顔をした。

会議室で話し合っている代表者たちが死にそうな顔をしていたからだ。ヤタガラスの代表者は龍門渕。

ナグルファルはまとめ役たちがやっているのだが、どちらもほとんど顔が死んでいて覇気がなかった。

そして扉を開いた瞬間視線が一斉に須賀京太郎に向いたものだから、須賀京太郎はすぐに嫌になった。


 須賀京太郎が会議室に到着してすぐヤタガラスの代表である龍門渕信繁が話しかけてきた、この時の龍門渕信繁と須賀京太郎のやり取りについて書いていく。

それはハチ子に引っ張られて須賀京太郎が会議室に到着してすぐのことである。須賀京太郎が席に座るよりも前に龍門渕信繁が話しかけてきた。

普段から死にそうな顔をしているおっさんなのだが、今は一層死にそうな雰囲気であった。三日ほど徹夜している中間管理職の風格である。

よれよれの黒い髪の毛を指でいじりながら龍門渕信繁はこういっていた。

「須賀君。まずは連携を組んでくれたことにお礼を言っておく。ありがとう。

 私たちの負担がずいぶん減った。ナグルファルの亡霊たちが事務処理にあたってくれたおかげだ。

ヤタガラスの構成員たちも、協力者たちもほぼ無傷で船に乗れたのは幸運だった。

 本当に渡りに船だったよ」

軽い冗談を飛ばす龍門渕信繁であったが、目が死んでいた。日本を背負った重責のためである。


帝都の住民たちが人形化した上にさらわれた。加えて外部勢力から霊的決戦兵器が帝都に送り込まれた。

一応、送り込まれた霊的決戦兵器は現世で抑え込んでいる。しかし頼りのオロチがほぼ完全に乗っ取られている。

しかも今回の事件を引き起こしたのはヤタガラスの大幹部二代目葛葉狂死。そして彼に心酔するヤタガラスたち。最高に厳しい状態であった。

流石に目も死ぬ。そんな龍門渕信繁からの礼を須賀京太郎は軽く受け取っていた。ハチ子に引っ張られ、上座に向かいながらこんなことを言ったのだ。

「まじっすか。やっぱ結構ヤバかったんですね。

 みんな無事でよかったです。ヤタガラスの同胞たちが元気で仲良くしてくれるのが一番ですから」

須賀京太郎の返事をきいた六人のまとめ役たちの顔が若干引きつった。梅さんとハチ子経由で目的をきいているまとめ役たちである。

よく言えたものだと思った。すると龍門渕信繁がこう言った。

「地獄に落とされた時姉帯さんとはぐれたみたいだね」

この時龍門渕信繁は自然体だった。少しも怒っていない。ほんの少しだけ事実確認がしたいだけ、といった調子で語りかけていた。

これに対して須賀京太郎も自然体で返した。

「申し訳ありません。俺の力不足です」

このように返すと、申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。須賀京太郎が頭を下げるのを見て龍門渕信繁はこういった。

「須賀君の技量でだめなら、誰でも無理だろう。それこそ十四代目、義輝、義経、千歌辺りじゃないと対応できない」

この時、龍門渕信繁は残念そうな顔をしていた。話の分かる上司の対応だった。この時若干会議室の空気が緩んだ。

お互いのボスが仲良くしているのは良い光景だった。最後まで仲良くしてほしかった。そんなところで龍門渕信繁が続けて質問をした。

「それで、何時ごろになったら姉帯の娘さんは見つかる予定?」

この時龍門渕信繁が須賀京太郎をじっと見つめていた。異能力「治水」を持たない男だが、何もかも見通す冷たい目だった。

ヤタガラスの幹部・龍門渕に実力だけで婿入りするだけあった。そんな龍門渕信繁の目に射抜かれた須賀京太郎であったが、自然体のままだった。

龍門渕信繁ならあっさり見破ると予想していた。だから焦らずに

「何時、ヤタガラスに姉帯豊音を引き渡すのか」

という質問に答えられた。こう言っていた。

「二代目葛葉狂死を殺した後でしょうね」

須賀京太郎の答えを受けて龍門渕信繁は軽くうなずいた。少し笑っていた。こうなるとわかっていた。そういう性格だと知っていた。

そして須賀京太郎から視線を切って、こういった。

「なるほどわかった。なら、そういう事にしておく」

肯いている龍門渕信繁を見て須賀京太郎はこういった。

「はい。よろしくお願いします」

良い笑顔だった。邪念がなさ過ぎて邪悪だった。
 
 龍門渕信繁と須賀京太郎のやり取りが終わってすぐ会議室の色々なところからため息が聞こえてきた、この時のため息の正体について書いていく。

それは龍門渕信繁と須賀京太郎が一触即発のやり取りを終えた後のことである。出席者の一人が小さくため息を吐いた。静かな会議室である。

よく響いていた。しかし誰も咎めなかった。むしろ一つ目のため息をきっかけにして、と色々なところからため息が連発した。

最後の方になると龍門渕透華がわざとらしくため息を吐いていた。そしてため息の後に自分の部下と父親を睨んだ。

睨まれた父親と部下は気まずそうに視線をそらした。それだけ龍門渕透華の眼力が強かった。しかししょうがないことである。

なぜなら、日本がどうなるかわからない状況で味方同士の喧嘩が起きかけたのだ。ため息も出る。睨みたくもなる。

そして睨むだけ睨んで龍門渕透華はこういった。


「お父様、須賀君は姉帯さんを見失ったと私に報告したのです。それがすべてです。彼の報告を信じます。

 須賀君、お父様は『何時見つけに行くのか』と質問をしただけです。姉帯さんがいなくなったというのに少しもあせっていない貴方が悪いのよ?

 喧嘩腰にならないで。

 それよりも、やることがあるのでは? やることが山ほどあるからお互いの最高責任者をここに集め円滑に進めようとしたのでしょう?

 さぁ、まじめに始めましょう。良いですか? まじめにやるのですよ。お父様も須賀君も!」

龍門渕信繁と須賀京太郎は叱られてうなずいた。一気に肩身が狭くなった。完全に正論だった上に、正義は彼女にあった。

そうしてしょんぼしりたボス二人を放っておいて会議が始まった。会議が始まったがボス二人はへこんだままだった。復活には時間が必要だった。

思い切り正論をぶつけられると痛かった。

 ナグルファルとヤタガラスの会議が始まって十分後警報が鳴り響いた、この時のナグルファルの状況と会議室の動きについて書いていく。

それは最高責任者である龍門渕信繁と須賀京太郎がしょんぼりしつつサボっている時のことだった。会議室に大きな警報音が響いた。

それまで和気あいあいとしていた会議室が一気に緊張で引き締まった。警報が鳴り響くと同時に龍門渕信繁と須賀京太郎の気配が研ぎ澄まされた。

しょげていた二人が一気に力を取り戻したのを見て、出席者たちは委縮した。この二人が本気になる時は、命がけの修羅場である。恐ろしかった。

そうして警報が鳴り響いた後、ナグルファル全体に女性の声でアナウンスが流れた。ヘルの声だった。こう言っていた。

「葦原の中つ国最深部に対して強大な圧力がかかっています!」

すると龍門渕信繁が目を細めた。何か考えているらしかった。この時須賀京太郎の背中に張り付いているロキが大きな声を出した。

かなりあわてていた。こう言っていた。

「あわてるなヘル! 現世への門を開け!」

そうするとヘルの声がすぐに帰ってきた。こう言っていた。

「やっているけど無理なの! 現世との距離が離れすぎていて門が届かないの!」

ロキとヘルのやり取りを聞いていた出席者たちの顔色が悪くなった。

ナグルファルが開く大きな門で現世に届かないのならば、普通の瞬間移動の魔法では到底逃げられない。死が見えていた。

そんな時に須賀京太郎がこう言った。

「あとどのくらいで潰される?」

するとヘルの声が答えた。

「あと三十分!」

ヘルが答えると龍門渕信繁と須賀京太郎がうなずいた。お互い諦める気配はなかった。お互い諦めていないと確認すると龍門渕信繁はこういった。

「最深部にいる同胞たちをすべてナグルファルに乗せよう。甲板にいるヤタガラスと協力者たちの力を使えばどうにか間に合うだろう」

続けて須賀京太郎がこう言った。

「保護しているオロチたちに『世界の壁が薄いところを教えてくれ』と伝えてほしい。

 葦原の中つ国は重なり合った異界。ならば異界の壁を突破してこの危機を回避する。

 後、力自慢がいたら船首に来いとヤタガラスたちに伝えてほしい。世界をぶっ壊せるチャンスだと言ってやれ」

最高責任者である龍門渕信繁と須賀京太郎が方針を決定した。二人とも特に動じるところがなかった。大した問題ではないからだ。

やることをやるだけだった。行動方針が決定すると龍門渕の血族たちは急いで会議室から出ていった。

ヤタガラスたち協力者たちに最深部に残っている同胞を探す手伝いをしてもらうためである。また、ナグルファルのまとめ役たちも速やかに動き出した。

速やかにナグルファルのネットワークに命令を飛ばし、船員たちの尻をたたいた。窮地に追い込まれているはずだが諦めている者はいなかった。

強い意志を持つ指導者がいることは幸福だった。

 葦原の中つ国の最深部に巨大な圧力がかかり始めて十五分後ナグルファルの船首に須賀京太郎が立っていた、この時の葦原の中つ国の状況とナグルファルそして須賀京太郎について書いていく。

それは警報が鳴り響いて十五分後のことである。人気の引いたナグルファルの甲板を須賀京太郎が歩いていた。

異形の右腕を軽く揺らしながら悠然と船首に向かって歩いている。船首に向かっているのはオロチから教えてもらったポイントを正確に狙うためである。

オロチたちから直接教えてもらったのだ。三つ編みのオロチがこう言っていた。

「私の石碑を見つけて。あの石碑があるところが世界と世界を分ける場所。

 世界の境界を切り裂けるのなら、私たちの力で広げられる。でも葦原の中つ国の境界は分厚い。ちょっと強いだけの魔法や攻撃では到底世界は揺らがない」

オロチの助言はすぐにナグルファル全体に行き届いた。ヤタガラスたちにも協力者たちにも伝わった。真っ暗闇の最深部にナグルファルはいるのだ。

見つけるための人手が必要だった。石碑探しは数分で終了した。仲魔を使っての人海戦術である。退魔士もサマナーも恐ろしく多いので楽々であった。

そうして石碑が見つかるとナグルファルはゆっくりと移動をはじめ、須賀京太郎も移動に合わせて船首に向かった。

船首に到着した須賀京太郎は沢山の光がナグルファルに向かってくるのを見た。沢山の蛍が飛んでいるような光景だった。

ナグルファルに向かって飛ぶ光はすべて悪魔と人だった。全てのヤタガラスと協力者たちが取り残された人たちを助けるために働いていた。

ナグルファルの船首に異形の右腕を持ち恐ろしい装備品で身を固めている須賀京太郎が立っているので、ためらう人も多かった。

しかしヤタガラスと協力者たちに話を聞くとすぐに甲板に足をつけた。今はぼんやりとした魔人の恐怖よりも、はっきりと迫る圧死の恐怖が強かった。

 葦原の中つ国の最深部に巨大な圧力がかかり始めて二十五分後須賀京太郎の下にアンヘルとソックが到着した、この時のナグルファルの状況とアンヘルとソックについて書いていく。

それはナグルファルに避難する人が少なくなって来た頃のこと。

真っ暗な世界を船首で見据える須賀京太郎の下にバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが現れた。

まとめ役の一人ハチ子が着ているものとよく似ていた。しかし製作者のこだわりなのか、現在のバトルスーツに寄せたデザインだった。

須賀京太郎のバトルスーツは心臓から全身に向かってエネルギーの供給ラインが巡っているのだが、それをまねていた。

しかしモチーフにしているだけで輝く太陽が胸にあるようにしか見えなかった。バトルスーツ風のワンピースに着替えた二人が現れるとロキがこう言った。

「ジャージでもよかったんじゃぞ? お嬢ちゃんたちに求められておるのは

『小僧のサポートをするわしのサポート』

じゃからな」

真面目なことを言っていたが、声の調子がからかっていた。するとソックがこう言った。

「大仕事なのにジャージでやれるかよ。

 それよりもしっかり働けよ。俺のマスターにおかしなことをしたら許さないからな」

ソックの声はなかなか怖かった。須賀京太郎の背中に張り付いているロキに苛立っているのだ。

自分たちこそが須賀京太郎の一番の仲魔という自負があるのだ。しょうがないことだった。ただそうするとロキにからかわれる隙になる。

見逃すはずもなくロキがこういった。

「ひゃー! 怖い怖い! 小僧とわしの相性は抜群じゃのに、おかしなことなんぞあるもんかい!」

すると須賀京太郎が小さく笑った。ロキの言い方が面白かった。少し緊張がほぐれた。

ただ須賀京太郎が小さく笑った時、アンヘルとソックが眉間にしわを寄せた。背中を見せている須賀京太郎は気づかなかった。

しかし気づかないほうがよかった。アンヘルとソックの顔はロキが引くほど怖かった。顔を見ればいいたいことが分かった。

「私のマスターに馴れ馴れしくすんな」

である。須賀京太郎たちがそんなことをしている時、ナグルファルの甲板はぎゅうぎゅうになっていた。

真昼の東京、スクランブル交差点のようなにぎわいである。しかし人間よりも悪魔が多かった。

これは、探索用の悪魔やら移動用の悪魔が大量に召喚されているからだ。残されている人がいないか最後の点検を行っていた。

葦原の中つ国はかなり広いので迷子になると大変である。しかし千人規模で退魔士とサマナーが集まればそれほど難しい仕事ではなかった。

特にデジタル式のサマナーが多いご時世である。デジタルの強み、数の暴力がうまくかみ合っていた。

ただ、そのために恐ろしく広い甲板もぎゅうぎゅうで大変だった。


 葦原の中つ国の最深部に圧力がかかり始めて三十分後ナグルファルの船首で須賀京太郎が仁王立ちしていた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎について書いていく。

それはそろそろ完全に最深部が潰れる時間。葦原の中つ国の最深部、かつて最表面にあった蒸気機関の世界は広がりを失い一カ所にまとまろうとしていた。

一カ所にまとまるというのは、沢山のごみを大きな圧力でプレスするような調子だった。

四方八方の空間が縮まるのはなかなか絶望的で、世界が軋む音は心を折に来る。しかし良いこともあった。

最深部が一カ所に圧縮されてゆくので、救助が楽だった。もちろん問題もあった。どうやって突破するのかである。

ナグルファルの甲板には腕自慢の退魔士や協力者たちが準備万端で集まっている。しかし皆不安だった。葦原の中つ国は巨大な異界の複合体。

しかも一つ一つの世界が異様にでかい。少し頑張ったくらいで、壁を壊せるとは思えなかった。

しかも圧力を加えるために世界の壁は分厚くなっているだろうから、余計に不安だった。

そんなナグルファルの甲板の先、堂々と立つのが異形の銀の右腕を持つ須賀京太郎である。船首に立ち目を閉じて精神集中を行っていた。

そんな須賀京太郎の背中には呪文を唱える奇妙なマント・ロキがいた。唱えている文言からして「ラグナロク」で間違いない。

しかし唱える呪文と微妙に違っていた。そしてそのすぐ後ろにバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが構えていた。

この二人も呪文を唱えていた。アンヘルとソックは同じような呪文を唱えていた。しかし微妙に文句が違っていた。

そんな仁王立ちする須賀京太郎たちをヤタガラスの構成員と協力者たちは見守っていた。魔人の力を信じていた。

揺らがない須賀京太郎の立ち姿が、彼らの心を静めていた。

 葦原の中つ国の最深部が終わりかけている時、須賀京太郎は黙って動かなかった、この時の須賀京太郎と仲魔たちについて書いていく。

それはあと数十秒もすればみんな潰れて終わりというとき、天と地が狭くなって息苦しくなったころである。

目前に終わりが迫っているというのに、須賀京太郎は仁王立ちのまま変わらない。これは須賀京太郎に起死回生の妙案があるからではない。

須賀京太郎の頼れる仲魔たちが提案してくれた作戦に全力で応えるために精神を統一していた。

そもそも核兵器級の魔法を撃ち込まれても揺らがないの異界である。

これはどれだけ小さな異界でも同じことだが、異界を潰したいのなら異界操作術で潰さなければならない。

いくら核兵器を撃ちまくっても宇宙が消えないのと同じである。

これがわかっている須賀京太郎だから信頼できる者たちの提案に乗って自分にできることをすることにした。

そして信頼できる仲魔の提案だが、簡単な作戦だった。マントになっているロキがこう言ったのだ。

「わしらが異界操作術で刃を創る。オロチのお嬢ちゃんが教えてくれた目印に合わせて小僧が全力で振りぬく。ナグルファルがそこを通る。以上じゃ」

本当にこれだけだった。

マントになっているロキ、背後に立つアンヘルとソックが呪文を唱えているのは須賀京太郎の暴走している異界を制御するためである。

暴走している異界というのは須賀京太郎の異形の銀の右腕のことだ。これに働きかけて整えて刃を創る算段だった。

 詠唱が終わった直後須賀京太郎が全身全霊をかけて右腕を振りぬいた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは頼れる仲魔たちが長い呪文を完全に唱え切る少し前のことである。ナグルファルの周囲を見回っていた仲魔の一団が悲鳴を上げた。

悲鳴が聞こえると甲板にいた退魔士たちサマナーたちが視線を向けた。同時に光源代わりになっている光り輝く悪魔たちが暗黒の空を照らした。

すると甲板にいた者たちが青ざめた。四方八方から大量の蒸気機関が迫ってくるのが見えた。考えてみれば自然なことだった。

広い世界が一カ所に集まろうとしているのだ。蒸気機関も建物も一カ所に集まってまとまるのは自然である。

ただ、ものすごく広い世界がたった一点に集まろうとしているので、集まり方がド派手だった。天高くそびえる瓦礫の壁が四方から迫る。

空も落ちてくる。地面もせりあがる。逃げ場はない悪魔が悲鳴を上げ退魔士たちの心が折れるのもしょうがないことだった。

そうして完全に終わりが見えた時須賀京太郎の仲魔たちが呪文を完成させた。一番にロキがこう言った。


「ラグナロク」

続けてアンヘルがこう言った。

「来たれアシャ。二つの私がお前を呼んだ」

同時にソックが小さな声でこう言った。

「創造主が命じる。ヤドリギよ主のために形を変えろ」

四方八方から瓦礫の山が迫っているためロキの声は須賀京太郎だけが拾い、アンヘルとソックはお互いの声しか聞こえなかった。

ただ、感覚を研ぎ澄ませている須賀京太郎には充分な音量だった。

三人の呪文の完成を受け取った須賀京太郎は右腕を大きく振りかぶり思いきり振り下ろした。大量の命を背負っているが何の不安もなかった。

自分はやるべきことをやる。この一点に集中したことで須賀京太郎の心から迷いが消えていた。そうして異形の右腕を振りぬいた時、世界が切れた。

ナグルファルの船首から十メートルほど離れたところに真っ白い線が生まれていた。この真っ白い線は非常に弱弱しかった。

長い髪の毛が垂れているようで広がりがない。しかしすぐに広がった。須賀京太郎が二発目を放ったのだ。縦ではなく横に右腕を振りぬいた。

そうしてナグルファルの前方十メートルの所に巨大な十字傷が生まれた。須賀京太郎が生み出した十字傷はあれよあれよという間に燃え上がった。

しかし突如として火が消た。大量の水が噴き出したからだ。

 須賀京太郎の仕事が終わった後ナグルファルが動き出した、この時の葦原の中つ国の状況とナグルファルについて書いていく。

それは異形の右腕を須賀京太郎が振るった直後である。須賀京太郎がつけた十字傷から大量の水が噴き出してきた。

この大量の水だがダムの放水のような勢いであったため、巨大なナグルファルが若干揺れた。甲板にいたヤタガラスと協力者たちが少しあわてた。

しかしすぐに彼らが対処した。ナグルファルの船首から甲板にかけての広範囲を結界で包んでみせた。

魔法攻撃を止めるには不十分だが、水の浸入を防ぐには十分だった。大量の水が侵入してくるのに合わせてナグルファルが汽笛を鳴らした。

するとナグルファル前方の傷跡が巨大な門で拡張された。ハチ子の地獄をモチーフにした門とオロチが創る蒸気機関の門を合わせたような門である。

この門が出来上がると水の侵入が止まった。そうなってナグルファルから女性の声が聞こえてきた。

「移動準備完了いたしました。皆様ナグルファル内部へ移動してください。門の向こう側は水中の可能性があります。

 突入までのカウントダウンを始めます。十、九、八」

かなり若い女性の声だった。ヘルではない。しかし聞き取りやすい話し方と声だった。カウントダウンが始まると甲板にいた者たちが動き出した。

さっさと仲魔を消して、速足でナグルファルの中へ入っていった。ナグルファルの亡霊たちが誘導してあっという間に甲板がさみしくなった。

須賀京太郎もおとなしく避難勧告に従った。少しあわてていた。急なカウントダウンは心臓に悪かった。

ただ、アンヘルとソックをしっかり自分で運んでいた。アンヘルとソックを肩に担いで走る姿は面白かった。

しかし担がれているアンヘルとソックは複雑な顔をしていた。気にかけてくれるのはうれしいが、服装がワンピースなので担ぐのは良くなかった。


 カウントダウンが終了した後ナグルファルは巨大な門を潜り抜けた、この時にナグルファルが行き着いた世界とナグルファルについて書いていく。

それはナグルファルのカウントダウンがついにゼロになった時のことである。カウントがゼロになると蒸気機関と地獄が混じった門が開き始めた。

すると巨大な門が開くに合わせて大量の水が流れ込んできた。しかし大量の水圧に門は負けなかった。しっかりと自分の力で世界と世界を繋げていた。

ただ完全につながったことで、驚くほど大量の水が最深部に流れ込んできた。ただでさえ小さくなっている世界である。

一秒足らずで二メートルほどの高さまで水がたまっていた。ただ大量の水が門の向こうから流れ込んできてもナグルファルは動じなかった。

来るとわかっていたのだ。ナグルファルの中で眠っている神々の力を使い大量の水を操った。

巨大な船体を水に浮かせて、飛び出してくる水を割るくらい何のこともなかった。そして行けると確信してナグルファルは汽笛を鳴らした。

大きく長い汽笛の後ナグルファルは巨大な門に突入していった。全長一キロメートルのナグルファルが完全に潜り抜けるには時間がかかった。

通り抜けるまでにかかった時間は約三十秒。しかしナグルファルだけで成し遂げたことではない。力ではない。迫ってくる瓦礫に尻を押されたのだ。

そうして巨大な門を潜りぬけた先にあったのは、大量の水だった。ナグルファルは水中に飛び出していた。しかも結構な深さにあった。

水圧でナグルファルの船体がギシギシ言っていた。ただ、問題はない。水を操った要領で取り囲んでいる水を操った。すぐに軋みはなくなった。


 葦原の中つ国の最深部からナグルファルが脱出した時須賀京太郎たちは秘密の部屋にいた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それはナグルファルがうまい具合に水を操っている時のことである。姉帯豊音と未来がいる秘密の部屋に須賀京太郎たちが戻っていた。

秘密の部屋に戻ってきた時には、アンヘルとソックも自分の足で歩いていた。そうして戻ってきたところで姉帯豊音が話しかけてきた。

未来にミルクをあげながらこんなことを言っていた。

「三人ともビチャビチャだね……須賀君はいいけど。アンヘルさんとソックさんはすぐに着替えたほうがいいかも」

そんな姉帯豊音にムシュフシュが続いた。ミルクを飲んでいる未来の匂いを嗅ぎながらこんなことを言っていた。

「魔人殿は男だからいいが、流石に二人はまずい。梅さんに見つかったら説教されるぞ。破廉恥だと言われて教育される」

このようにムシュフシュがからかうと姉帯豊音が小さく笑った。またムシュフシュの言葉を聞いたツインテールのオロチは苦い顔になっていた。

強烈な教育を思い出したのである。そうしているとマントになっているロキが提案してきた。こういったのだ。

「低温のラグナロクでも発動させちゃろうか?

 三十秒くらいあったらカラカラに乾かせるぞ。梅雨の時期には大活躍じゃったからな、今でもコツを覚えておるぞ」

ロキがこのように提案するとアンヘルとソックの視線が動いた。そして口がもごもごとして落ち着かなくなった。頼みたかったが頼みたくなかったのだ。

確かに乾かしてほしいと言いたいところである。水浸しの状況は良くなかった。しかもワンピースである。よくない。ただ、ロキに頼りたくなかった。

 アンヘルとソックが迷っている時ヘルが秘密の部屋にやってきた、この時の須賀京太郎とヘルの会話について書いていく。

それはアンヘルとソックが迷いに迷っている時のことだった。秘密の部屋の扉をノックしてヘルが入ってきた。部屋に入ってきてすぐヘルはこういった。

「京太郎ちゃーん! すごかったわー! ほんとすごかったー! 私感動しちゃったわ!」

秘密の部屋の出入り口とベッドルームとの間には距離があるので、姿は見えない。しかし声だけでなとなくヘルの身振り手振りが予想できた。

そうしてヘルが感想を語っている間に足音が二つ三つと増えた。足音が聞こえると須賀京太郎の目が少し細くなった。知らない足音があったからだ。

足音からハチ子と梅さんがいるとはわかったのだ。しかしもう一つがわからなかった。さて誰が来たかと構えていると、ベッドルームにヘルたちが現れた。

部屋に入ってきてすぐヘルはこういった。

「京太郎ちゃん! ハグしてあげます!」

よほど昂っているのか勢いがすごかった。しかし須賀京太郎にヘルはたどり着けなかった。ソックがヘルを捕まえたからだ。

真正面からヘルのハグに立ち向かっていた。ヘルの身長が百八十センチクラスなので、抱きつかれたソックは身動きが取れなくなっていた。

ソックが犠牲になったところでベッドルームに梅さんとハチ子が入ってきた。その後から見知らぬ白衣の女性が入ってきた。

二十代後半で、髪の毛は肩あたりまでの黒髪。身長が百七十センチほどで高いヒールをを履いていた。白衣を着た女性を見て須賀京太郎は困った。

どこかで見たような気がしたからだ。須賀京太郎が困っているとマントになっているロキが動き出した。須賀京太郎が忘れているので気をきかせたのだ。

こう言っていた。

「我が娘よ。ソックのお嬢ちゃんを窒息させるのはええんじゃが。何か用事があってここに来たんじゃろ?

 そっちの白衣を着たお嬢ちゃんは会議室におったな。ナグルファルのまとめ役か?」

するとソックに抱き着いたままヘルがこう言った。

「その通り。琴子ちゃんって言うのよろしくね。

 生きていたころはお医者さんで、何と『ヤタガラス』だったの。未来ちゃんの健康診断をしてもらった方がいいと思って呼んだの。

未来ちゃんは特殊な体質の子でしょう? 見てもらっておいた方が安心できるかなって。

 後、京太郎ちゃんたちが水浸しになったって船員の子たちが教えてくれたから、お風呂の案内に来たの。

京太郎ちゃんはいいかもしれないけど、アンヘルちゃんとソックちゃんは厳しいでしょ?  二人は女の子なわけだし。

 男湯は棟梁さんとナナシさんが増設してくれているから少し待ってね。公衆浴場も同時に建設中だから、出来上がったら使ってみて」

上機嫌にヘルが説明していると梅さんがバスタオルをどこからともなく取り出した。そしてびしょ濡れの三人に渡した。

タオルを受け取った須賀京太郎はお礼を言った。そしてこんなことをヘルたちに言った。


「ありがとう。助かるよ。

 アンヘル、ソック。俺はいいから着替えておいで。俺は右腕の調子を確かめたい」

このように須賀京太郎がお礼を言うとヘルたちが喜んだ。風呂の増設は名案だと思っていたからである。

そうしてお礼を言った後、須賀京太郎は自分の右腕を見つめていた。異形の右腕に大きな変化が起きていたからだ。

 びしょ濡れの三人娘が梅さんに連れ去られた後須賀京太郎は秘密の部屋の椅子に座って右腕を眺めていた、この時の須賀京太郎の右腕の状態と秘密の部屋の様子について書いていく。

それはびしょ濡れになっているアンヘルとソック、そして濡れてしまったヘルを梅さんが引っ張って部屋から出ていった後のことである。

若干濡れている須賀京太郎に対してロキが呪文を唱えていた。ラグナロクである。ロキの呪文が完成すると須賀京太郎の肉体を火が包み込んだ。

しかし派手に燃えることはなかった。ほんの一瞬のこと。一瞬だけ須賀京太郎の肉体が橙色の火の膜で包まれた。

しかしすぐに火は消えて褐色の肌の須賀京太郎が現れていた。ただ効果は抜群で完全に装備が渇いていた。

そうして装備品が乾いたところでベッドルームの椅子に須賀京太郎が座った。ミルクを飲んでいる未来を見るのに良い位置に椅子があったからだ。

須賀京太郎が椅子に座ると三人のオロチが近づいてきた。そして須賀京太郎を囲んで銀色の右腕をじろじろ観察し始めた。

三人のオロチが右腕を見つめているのを須賀京太郎は黙ってみていた。見られてもしょうがない変化の仕方だった。というのも右腕に肉がついていた。

この肉というのが生き物風の肉ではない。有刺鉄線を骨にぐるぐると巻きつけて、肉体らしくみせているだけに見えた。人間には間違いなく近づいている。

しかし下手に人の形に似せた結果、グロテスクになっていた。そんな異形の銀色の右腕を三人のオロチは触ってみたり観察して遊んでいた。

そうして三人のオロチが須賀京太郎で遊んでいる時、姉帯豊音と未来の所へまとめ役の一人医者の琴子が近寄っていった。

まとっている雰囲気が刺々しいので姉帯豊音は萎縮していた。須賀京太郎も同様である。冗談が通じないタイプに見えた。

 
 葦原の中つ国の最深部から脱出して十五分後ナグルファルの甲板に須賀京太郎が立っていた、この時に須賀京太郎が見た景色について書いていく。

それはナグルファルのまとめ役琴子が

「あらあらぁ。かわいい赤ちゃんでちゅねぇー?」

と未来に話しかけてから数分後のことである。ナグルファルの甲板に須賀京太郎が立っていた。

須賀京太郎と同じく外の景色を見るために出てきたヤタガラスの構成員や協力者たちもちらほら見えた。

そんな彼らから少し離れたところで一人きりで景色を見た。須賀京太郎が甲板に出てきたのはナグルファルが水中から水上に移動したからである。

一体何が起きているのか確認する必要があった。まとめ役の琴子の診断が終わるまで一緒にいてもよかったのだが、姉帯豊音が

「私だけでも大丈夫だから」

というのでムシュフシュとオロチ、そしてハチ子に護衛を頼んで一人で甲板に上がってきた。この時須賀京太郎が

「姉帯さんと未来のことよろしくな。お前たちだけが頼りなんだ」

とお願いしていた。するとムシュフシュとオロチたちがものすごく張り切って肯いていた。

とんでもない事件に巻き込まれているのに明確な仕事がない彼女らである。何かしたかった。それに気もまぎれる。

そうして姉帯豊音と未来に護衛をつけて須賀京太郎は甲板に出てきたのだが、出てきてすぐにこう言った。

「嘘だろ」

それもそのはず、須賀京太郎の目の前には大海原が広がっていた。太陽が真上に照っていて、すこし雲があるだけで他は何もない。

青い海と青い空が会って水平線が続いているだけ。これは須賀京太郎の知る世界ではなかった。しかも潮の香りまでする。

何が起きているのかさっぱりわからなかった。

 葦原の中つ国の最深部から脱出して三十分後ナグルファルの甲板に人が集まっていた、この時のナグルファルの状況と乗客たちの様子について書いていく。

それは水中からナグルファルが浮上して三十分後のことである。今まで寂しかったナグルファルの甲板がたくさんの人で賑わっていた。

甲板にいるのはヤタガラスの構成員と協力者たち、そしてナグルファルの乗組員である。

この時人型の仲魔が呼び出されていたり、大きな獣のような仲魔たちも呼び出されていてかなり騒がしかった。彼らが甲板に上がってきた理由は二つである。

一つは葦原の中つ国の情報収集のため。環境が激変している状況で優雅に船旅を楽しめるわけもなく、龍門渕の血族は情報収集を第一の目的に設定していた。

二つ目の理由は気分転換のためである。最深部で圧殺されそうになった経験が彼らの心を深く傷つけていた。

得に葦原の中つ国で働いている人達はサポート要員として働いていることが多く、修羅場の空気に折れかけていた。

これはナグルファルの亡霊たちも同じで、気分転換が必要だった。

そうして情報収集の名目で甲板に出てきた。圧殺される気配のない広大な青い空とどこまでも続く海に癒されるのだった。

 情報収集をしつつナグルファルが大海原を進んでいる時女性と少年が商売を始めた、この時に行われた商売の様子について書いていく。

それは

「これからどうなるのだろうか?」

とか

「家族は無事だろうか?」

などと考える余裕が生まれた時のことである。

ナグルファルの甲板に大きなリュックサックを背負った少年とバトルスーツ風のワンピースを着たハチ子が現れた。

リュックサックを背負っている少年だが、かなり幼かった。身長は天江衣とほとんど同じ。白いワイシャツを着て半ズボンを履いている。

足元を見るとバトルスーツ風の靴を履いていた。髪の毛はきれいに切りそろえられていて、聡明な顔立ちをしていた。

身体よりも大きなリュックサックを背負っているためなのか、非常に苦しげで呼吸も荒い。そんな少年の一歩前に上機嫌なハチ子が立っていた。

海風でマントが翻っているのは絵になったが、少年が苦しそうなので邪悪な印象が強くでていた。

何事かと視線が集中したところで、上機嫌なハチ子がこう言った。

「皆様ぁ! 私はヘルヘイム商店から参りましたハチ子と申しますぅ!

 ヤタガラスの構成員の皆様。そして協力者の皆様。そして運悪く巻き込まれてしまったあなた!

 我々ヘルヘイム商店と取引きしてみませんか!?

 武器の売買、呪物の売買は当然として回復、客室のグレードアップ、ダウンまで一手に私たちが取り仕切っておりますぅ!

 下取りはもちろんのことマグネタイトエネルギーでも品物の交換が可能でーす!

 これが売りたい。これが買いたいというものがあれば、どうぞご相談くださいませぇ!あなたの持っている情報・知識でも喜んで買取させていただきます!

 ナグルファル上での一切の取引はナグルファルの王に許可され保護されております!

 皆様、人身売買と麻薬取引以外は可能だと思ってくださいませぇ!」

甲板にいた人たちを上機嫌なハチ子が誘っていた。見た目美しいハチ子である。上機嫌な状態だとさすがに目を引いた。

ただ完全に歓迎されることはなかった。男性の一割、女性の三割が眉間にしわを寄せている。原因は巨大なリュックサックを背負っている少年である。

上機嫌で好意をまき散らしているハチ子であるから、一歩引いたところで苦しそうにリュックサックを背負っている少年が不憫にしか見えなかった。

そうして甲板が若干の不愉快と熱気に包まれた時リュックサックを背負っていた少年が動き出した。

ハチ子の説明が終わるとゆっくりとリュックサックを下ろした。リュックサックが甲板に下された時重そうな音がしていた。

リュックサックを少年が下すと周囲の人たちの目が少しだけ優しくなった。不愉快な熱気が少しだけ弱まった。

そんなところで少年が荒い呼吸のままで、声をはった。こう言っていた。

「お菓子やジュースの販売もしてます! あの、よろしくお願いします!」

セールストークとしては甘かった。ただ引き込むには十分だった。見ている人々の目がやさしくなった。


するとすぐそばにいたがっしりとした男性が少年に話しかけた。こう言っていた。

「頑張れよ。俺も頑張るからさ。

 何があるのか見せてくれるか?」

この男性に少年は満面の笑みで答えた。これが呼び水になって甲板の人たちが動き出した。取引をするためである。

すぐに二人では手が足りなくなり、商売に適した船員たちが仕事を引き継いだ。少年とハチ子が姿を隠したと気付くものは少なかった。

 商売が始まった数分後ナグルファルの会議室に代表者たちが集まっていた、この時の会議室の様子について書いていく。

それはナグルファルの甲板上で商売人の魂達がヤタガラス達とぶつかり合っている時のことである。ナグルファルの会議室に不機嫌なハチ子が入ってきた。

数分前までの上機嫌なハチ子は完全に消え去っていた。演技の必要がないからだ。

また、ハチ子の到着のすぐ後疲れ気味の少年とがっしりとした男性が同時に入ってきた。

ナグルファルの甲板で満面の笑みを浮かべていた少年だったが、今は死に掛けだった。純真無垢を気取るのはつらかった。

そんな少年をがっしりとした男性が慰めていたが、あまり効果はなかった。この三人が会議室に戻ってくるとまとめ役の梅さんが迎えてくれた。

梅さんはこういっていた。

「お帰りなさい。上出来かしら?」

するとハチ子が答えた。

「もちろんです。我が王はどちらに? 成果をご報告したいんですけど」

すると梅さんがこう言った。

「すぐに戻られるわ。お手洗いにね」

まとめ役の女性陣が会話をしている間に、少年と男性が自分の席に着いた。少年の席は、少年サイズに調整されていたがまとめ役が座る良い椅子だった。

まとめ役六名が戻ってくると龍門渕の血族たちがそわそわし始めた。冷静沈着な一族のはずだが、今はものすごく落ち着かない。

というのも、会議室に龍門渕信繁がいないからだ。しかもいない理由が

「須賀君と連れションしてくる」

だったので血族は生きた心地がしなかった。特に娘・龍門渕透華の挙動不審ぶりはすごかった。須賀京太郎の性格と父親の性格を熟知しているからだ。

彼女はこう思っている。

「あの二人は合理的な性格を装っているだけの理想家。

 しかも理想を現実に変えるために努力を惜しまない嫌なタイプ。

 仮に、お互いの理想がぶつかり合い、潰しあいになれば決して譲らない。お父様が守りたいのは日本。そしてヤタガラス。

須賀君が守りたいのは姉帯さん。そして日本。微妙にかみ合っていないのがものすごく恐ろしい。

 あぁ、ここにお母様がいてくれたら、お父様も折れてくれるのに……あぁ、染谷さん。

貴女がここにいてくれたら、きっとかじ取りが楽になったでしょうね。あなたの話をするとき須賀君は本当にうれしそうに話してましたから。

 考えてもしょうがないこと……私がどうにかしなければ。頭が痛いですわ。

 理想よりも実利だと割り切ってくれたらどんなに楽か。ここで葦原の中つ国が取り戻せなければ日本は完全に持っていかれる。

あの二人もわかっているはずなのに……本当、男って馬鹿ですわ。

 お母様、帰ったらお父様に折檻してあげてください。染谷さん、後輩の指導をお願いします。

 お金払いますから、私の犬になるように躾けてください」


確実に最高責任者二人よりもまじめだった。そして真面目ゆえに挙動不審になるのだ。ろくなことにならないという予感が彼女の心を揺らしまくっていた。

 龍門渕透華が不安でいっぱいになっている時ナグルファルの警報が鳴った、この時に響いたナグルファルのアナウンスについて書いていく。

それは会議室の龍門渕透華がそわそわしている時に起きた。ナグルファルの警報装置が大きな音を出したのだ。大きな音は一秒ほど続いた。

音がおさまるとどこからともなく女性の声が聞こえてきた。聞き取りやすい話し方だった。こう言っていた。

「ナグルファルに向けて正体不明の船が接近中。船の数は十五。船の形状は帆船タイプ。悪魔の護衛が複数確認。

 非戦闘員はナグルファル内部へ避難してください。

 戦闘員は警戒態勢をとり指示を待て」

このようにナグルファルからアナウンスが流れると会議室は慌ただしくなった。これから忙しくなると確信していた。

 アナウンスが流れた時龍門渕信繁と須賀京太郎は甲板にいた、この時の龍門渕信繁と須賀京太郎について書いていく。

それはナグルファルにアナウンスが響く少し前の事である。疲れ果てている龍門渕信繁と須賀京太郎が甲板で海を眺めていた。

海を眺めている二人は特に何の話もしなかった。どこまでも広がる青い空と青い海を見つめて黙っているだけだった。甲板に出てきたのは

「ちょっと話でもしないか」

と龍門渕信繁が誘ったからだ。断る理由などなく須賀京太郎は誘いに乗った。そして甲板に出てきた二人は人気のないところまで移動した。

そして海を眺めて黙った。お互いなかなか口を開かなかった。そして空の青さと海の青さを堪能してようやく、龍門渕信繁がこう言ったのだ。

「龍門渕と娘が守れるのなら、あとはどうでも良い」

海を見ながら口を開いた龍門渕信繁の声は水分を失っていた。寝不足と年齢のためである。おっさんだった。しかししっかりと須賀京太郎の耳に届いていた。

龍門渕信繁の一言を聞いた須賀京太郎は動揺した。受け入れがたい一言だった。龍門渕の活動内容を知っている須賀京太郎である。

ヤタガラスを尊重していると思っていた。想定していないセリフは動揺させるのに十分な威力があった。そんな須賀京太郎はこのように返した。

「幹部がそんなこと言っていいんですか?」

少し茶化していた。交渉術の一つだと考えた。龍門渕の実質的なトップが信繁である。このくらいのことは簡単にやってのけると考えられた。

すると海を眺めたまま龍門渕信繁が答えた。少し恥ずかしそうだった。

「もともと大義なんて持たずに働いてきた。金になると聞いたから退魔士の世界に足を踏み入れて、金になるとわかったから努力した。

努力していたら先代の当主に気に入られた。

 婿入りしろと言われた時は玉の輿だと思ったよ。龍門渕に婿養子に入ってから頑張ったのも、龍門渕の権力をより強固にしたのも、金のためだ。

まぁ、退魔士として仕事をするよりも成果が出やすかったから、楽しかった。

 花田や愛宕と一緒になって日本のために戦っていたのも、ため込んだ金を守るためだ。日本がなくなったらせっかく集めた権利や債権がただの紙切れになるからな」

このように語って龍門渕信繁は須賀京太郎に視線をやった。須賀京太郎が聞いているのを確認した。一瞬で姿を消せる須賀京太郎である。

独り言になっていたら気付けない。そうして確認すると続けてこう言った。


「もともとヤタガラスに忠誠なんて誓っていない。

 娘が、透華が生まれてからはいよいよどうでもよくなった。まぁ、この国に対する愛着はあるがな。国がなくなっちまったら金を稼いだ意味がなくなる」

このように龍門渕信繁が語ると須賀京太郎が質問した。こう言っていた。

「なぜそんなに金を? 正直、真面目に退魔士として働いていたら、よほどのことがないと苦労しませんよね?」

すると龍門渕信繁がこう言った。

「退魔士になったのは親父が死んだから。一般人で何のことはない……病死だった。俺は四人兄弟で、一番上だった。その時は俺が中学に入ったばかり。

 母もまともに働けるような状態ではなかった。気弱な人で親父が死んで滅入っていた。

そんな時に、母方の祖父から退魔士にならないかと話を持ちかけられた。退魔士になり働けるのならば、家族を養うことができると。

 まぁ、そこからはとんとん拍子だな。悪魔を始末すればするだけ、金がたまる。金がたまれば生きていける。そこからは特に意味はない。

いつ死ぬかもわからない世界だから、出来るだけたくさんの金を残してやりたいと思って働いた。

そしたらいつの間にか幹部になって、今はナグルファルに乗って船旅をしている。

 『そういう事だ』

 俺にとっての一番は娘だ。そういう事だと頭に入れて須賀君も動いてくれ。こっちも須賀君の事情を酌んで動くんだ……いざというときは、わかるだろ?

 花田と愛宕の二人と付き合って、あいつらみたいなタイプはこういうやり方が一番効くと知っているんだ。

 仲良くやろう」

海を眺めながら語る龍門渕信繁だった。少し恥ずかしそうだった。しかし嘘は言っていなかった。そんな龍門渕信繁を見て須賀京太郎は困惑した。

自分がわからなくなっていた。

「悪くない」

と思ってしまったからだ。幹部の立場にいる信繁である。個人を優先するような発想はダメなはず。退魔士としては良くないはずなのだ。

幹部として組織を優先してほしいのが本当である。なぜなら幹部なのだから。ただの退魔士とは違って責任があるのだ。組織に忠実であるべきだと思う。

しかし、悪くないと思ってしまった。そんな自分が須賀京太郎はわからない。みんなのためにあるべきだと思うのに、悪くないと思ってしまう。

これは困る。そうして須賀京太郎が困惑していると龍門渕信繁がにこっと笑った。若いころの自分たちを見ているようで懐かしかった。



 ナグルファルの甲板の上で爽やかなワンシーンを繰り広げている時ヤタガラスの構成員たちが慌ただしく動き始めた、この時のナグルファルの状況とヤタガラスの働きについて書いていく。

それは死にそうな顔をしているおっさんと灰色の髪の少年が海を眺めている時のことである。

ナグルファルの周辺をパトロールしていた仲魔の一人が不思議なものを見つけた。

パトロールをしていた仲魔は鳥の悪魔たちで編成されていて、編隊を組むことで何が起きても対応できるようにしていた。

この編隊を組んだ仲魔たちの群れは十近くナグルファルの周辺をぐるぐると周回しているのだが、その一つが異変を見つけていた。

見つけたものは空飛ぶ船の編隊だった。いわゆる帆船タイプの船が十五船。かたまって飛んでいた。

明らかに怪しい空飛ぶ船の船団はナグルファルに舵をとり、じりじりと距離を詰めてきた。

ナグルファルまでの距離があと六キロというところまで来ると、大量の悪魔を放出してきた。目を凝らすとわかるが光をまとう妖精だった。

この船の姿を仲魔が見つけて数十秒後、ナグルファルの甲板に情報が伝わり、その情報は速やかに会議室に上がった。

会議室に情報が上がったころにはナグルファルの甲板に戦闘可能な退魔士とサマナーたちが集まっていた。皆やる気満々だった。

なぜなら甲板に一番戦果を挙げた灰色の髪の魔人の姿がある。しかも異形の右腕は一層たくましくなっている。葦原の中つ国の壁を突破する力があるのだ。

頼りがいがあった。


 ナグルファルの甲板が臨戦態勢に入った直後龍門渕信繁と須賀京太郎が話していた、この時の二人の会話について書いていく。

それはナグルファルの甲板に戦闘員たちが集まった直後。甲板できれいな空と海を眺めていた龍門渕信繁が須賀京太郎に話しかけた。

非常に軽い調子でこんなことを言っていた。

「何か来たようだ。

 須賀君、君の出番だ。私には武将としての才能がない。策略を練るのは好きだが前線で戦うのは性に合わない。

 可愛い娘と一緒に引っ込んでいるから、君の好きにしたらいい。今この甲板にいる者たちは君に従うだろう」

すると青い空の向こう側を須賀京太郎が睨んだ。六キロほど離れていたが青い空と海のはざまに浮かぶ敵の姿がよく見えた。

そして敵の姿を見つけると少し間をおいて龍門渕信繁に答えた。

「とりあえず倒します。

 でも、これだけ時間があって何の作戦もなしに突っ込んできたと考えるのは無理があるでしょう。

人海戦術をまた始めるのか、オロチの化身をけしかけてくるのか、それともまったく別の……例えば海の中から攻撃を仕掛けてくるのか……どう思います?」

すると龍門渕信繁がこう言った。

「そうだね、色々可能性を考えて一層防衛に力を入れておこうか。

 ナグルファルの警備体制について口を出しても構わない?」

須賀京太郎はこういった。

「どうぞ。透華さんだけ重点的に守っても構いませんよ」

須賀京太郎の答えを聞いて龍門渕信繁が会議室に向かって歩き出した。少し早足であった。また疲労困憊の両目に力が戻っていた。

須賀京太郎の挑発が龍門渕信繁の心に火をつけたのだ。身の上話をしてすぐに煽られたのだ。幹部の意地を見せる以外に道はなかった。

そして須賀京太郎から数メートル離れたところで龍門渕信繁は足を止めた。足を止めた龍門渕信繁は須賀京太郎の顔を見もせずにこう言った。

「外は頼んだぞ」

おっさんからの挑発だった。これに須賀京太郎は小さく肯いた。嬉しそうだった。

 龍門渕信繁が甲板を去った後大海原と青空の間で戦いが始まった、この時のナグルファルと帆船の攻防について書いていく。

それはナグルファルの内部に龍門渕信繁が引っ込んでいって三分後のことだった。大海原と青空の間で十六船の空飛ぶ船とナグルファルが戦っていた。

ナグルファルも帆船も当たり前のように空を飛び、大量の悪魔をぶつけ合わせていた。

ナグルファルの甲板からは空を飛べる仲魔たちが次々に飛び立ち、帆船たちからはかわいらしい妖精たちが次々と生み出されていた。

第三者目線で判断するとナグルファルの方が悪役だった。なぜなら帆船から生み出される妖精たちは実にファンシーで、愛らしい。

しかも何を考えているのか、女の子としか言いようがない造形で統一されていた。一方空中で迎え撃つナグルファルの仲魔たちは恐ろしく見える。

巨大な鳥。羽根を持つ怪物。大きな昆虫らしき悪魔。なぜ飛べるのかわからない奇妙な物体もある。甲板を見れば余計に悪役にしか見えない。

ナグルファルの甲板など悪魔の見本市状態である。ちょっとした地獄だった。ただ妖精たちも愛らしいのは見た目だけだった。

きっちりと魔法も使うし銃弾も打ち込んできた。魔法のバリエーションもかなり多彩で、面倒な相手だった。

しかし遠距離での打ち合いはナグルファルが優勢だった。さすがに大量の退魔士たちを収容しているだけあって、弾幕の密度が桁違いだった。

しかしお互いの距離が縮まってくると、押され始めた。今まで分厚く張られていた弾幕が弱くなり、仲魔たちが押され始めた。

甲板の士気が落ちたのだ。理由は簡単である。自分たちが撃墜させていた敵が、ものすごく愛らしい少女姿の妖精だったからだ。

もちろん悪魔だとわかっている。敵だと割り切っている。しかし母性本能ないし父性はどうしようもなかった。


 ナグルファルと帆船の距離が二百メートルの位置まで近づいた時魔法の打ち合いが止まった、この時の甲板の様子について書いていく。

それはお互いの顔がよく見えるようになった時のことである。ナグルファルと帆船たちが行う魔法の打ち合いが弱まっていった。

そしてついに魔法合戦が終了した。ナグルファルも帆船もまだ空を飛んでいるのに、全く意味が分からない状態だった。

この時ナグルファルの甲板に集まっている退魔士たちサマナーたちは固まって震えていた。男も女もみな動けなくなっている。それもそのはずである。

敵対者たちの姿をしっかりとみてしまった。退魔士たちとサマナーたちが見たものとは、これ以上ないほど愛らしい少女たちの船団だった。

今までは空を飛ぶ妖精の少女たちとしか思っていなかった。

しかし、近寄ってきた船を見てみるとドレスを着た少女や、天使のような翼をもつ少女、犬の耳を持った少女やらが見える。

ちらりと見ただけでもとんでもない集団であることがわかるが、詳しく見ていくとバリエーション豊富でしかも年端のいかない少女ばかり。

そしてこの少女たちが非常におびえた目でナグルファルを見つめているのだ。まるで

「殺さないで。あなた達にはかなわない。降伏する」

と訴えかけているように思えてならない。そうなって罪悪感である。強烈な罪悪感が退魔士たちサマナーたちの思考力を鈍らせ、仲魔を棒立ちにさせた。

異様な状態である。ただ、大量の退魔士たちサマナーたちが罪悪感に苦しんでいる時、甲板で腕組をして仁王立ちする須賀京太郎がいた。

この時、帆船の集団を輝く赤い目が冷静に観察していた。どれの船がリーダーで、何が目的なのか探っていた。

本当なら、敵影を発見した時点で稲妻を撃ち込みたかった。しかしヤタガラスの仲魔が射線に入っていたので観察に力を割いていた。

そして周囲の退魔士たちが動きを止めると動き出した。腕組みをやめて、ロキにこう言った。

「なぁロキ。この世界にもオロチの石碑があるはずなんだが、何か感じないか?

 こいつらを始末した後探しに行こうぜ。もしかしたら海の底にあるかもしれないからさ」

すると須賀京太郎にロキがこう言った。

「オロチのお嬢ちゃんの石碑は多分隠されておるぞ。わしも結構頑張って探しておるが、さっぱり見つからんからな。

 まぁ、いざとなったら海に潜るのもありじゃろうけど、その前に何匹か捕まえて情報を抜き取るのが先じゃ。

 しかしずいぶん性格が悪い作戦を練って来おったな。弱者を装って気勢を削ぐとは……子供を使った兵器はいくつも見てきたが、なかなか気分がわりぃ。

 じゃが、潰してしまいじゃ」

ロキの提案を聞いて須賀京太郎はうなずいた。ロキの提案がもっともだったからだ。

このすぐ後にナグルファルの甲板を軽く踏みきって、須賀京太郎は敵の帆船に飛び移った。須賀京太郎もロキも揺れなかった。敵だとわかっているからだ。

葦原の中つ国はほぼ完全に乗っ取られている。夢魔たちがオロチの化身を操っているのも見た。潰されそうにもなった。

そんな状況で現れた空を飛ぶ船団、そしてかわいらしい少女たち。揺れるわけがなかった。

 須賀京太郎が帆船に飛び移って数秒後ナグルファルの甲板に須賀京太郎が戻ってきていた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎の持ち物について書いていく。

それはナグルファルの甲板から須賀京太郎が姿を消して五秒ほどたった時のことである。

ナグルファルのすぐそばに浮いていた空飛ぶ帆船たちが大海原に落ちていった。どの船もバラバラに切断されていた。

須賀京太郎の異形の右腕によって刻まれた攻撃跡だった。空飛ぶ船の乗組員たちも同じく海に落ちていった。しかし死の恐怖におびえることはない。

すでに終わっているからだ。全てを終わらせた須賀京太郎はナグルファルに戻ってきていた。この時、両脇に少女たちを抱えて戻っていた。

右に三人。左に二人。情報を引き出すというロキの提案に従った結果である。この少女たちを選んだのは最後に沈めた船に乗っていたからである。

それ以外に理由はない。そもそも顔さえ見ていない。頭の中身がほしいだけだからだ。


 ナグルファルの甲板に須賀京太郎が戻ってきた直後マントになっているロキが叫んだ、この時ロキが見ていたモノと叫んだ理由について書いていく。

それは須賀京太郎がナグルファルに着地した瞬間である。ロキが叫んだ。これ以上ないほど声を張り上げて警告を出していた。

マントになっているロキはこういった。

「逃げよ小僧!」

ロキの警告を受けた須賀京太郎は即座に回避行動に移った。ナグルファルの甲板をへこませて、思い切り前方めがけて転がった。

熱の壁を突破してさらなる段階へ到達している須賀京太郎である。ほんの一瞬であったとしても楽々数メートルを移動できた。しかしロキは舌打ちをした。

マントになっているロキは須賀京太郎の影にへばりつく、顔のない怪物たちを見ていたからだ。それはかつて美しい少女の姿をとっていた悪魔である。

今はもう可愛らしさはない。なぜなら顔の部分が黒いゴムのような仮面で覆われているからだ。そして肉体の愛らしさもない。

黒いゴムのような名状しがたい触手の集合体に変化しているからである。中途半端に少女らしい服装を保っているのが非常に不愉快だった。

この不愉快極まる存在が、須賀京太郎の影にへばりついていた。

マントになっているロキはナグルファルの甲板に着地してようやく、この愛らしい少女たちの正体に気付いた。

「糞厄介な術を使いやがった。これは貌(かお)を持たない神の力。

 わしが気付かねばならんかった。これは二段構えの作戦。

 このままでは小僧が奪われる。影にとりつかれて持っていかれてしまう! 星を持たない小僧に貌を持たない神の誘惑は劇薬にしかならん!」

このように見抜いて即座に回避を須賀京太郎の命じたのだ。しかし命じたところで遅かった。音速で動こうが影は何処までも憑いていくのだから。

 ロキの叫び声が甲板に響いた二秒後須賀京太郎は自刃を敢行していた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎について書いていく。

それはロキの指示で回避を行ったすぐ後のことである。自分の影に憑りついている五つの影を須賀京太郎は見ていた。

高い集中力が須賀京太郎に考える時間をくれたのだ。そして憑りつかれたと判断した時、ゆっくりとした時の流れの中で須賀京太郎の輝く赤い目が揺れた。

大切なものを思い出していた。家族のこと。そして友人たちのこと。姉帯豊音と未来、もう一度会いたいと思った。しかし輝く赤い目の揺らぎが止まった。

大切なものを思うと、胸が高鳴り覚悟が決まった。そしてロキの叫び声から二秒後、異形の右腕の刃で自分の首を切り裂いた。ためらいはなかった。

皮膚を切り裂き、血管を割いて骨まで刃の爪は到達した。となって、首の皮一枚だけ残して頭部と胴体がつながっていた。

また高速で切り裂いているため刃に血液が付かなかった。流石の切れ味と腕前である。あっさりと自刃を敢行した須賀京太郎だが、このような考えがあった。

「乗っ取られる可能性があるのならば、死ぬべきだ。

 ナグルファルに俺を止められる武力がないのだから、一層潔く」

またこうも考えた。

「任務失敗は初めてだな。

 ごめんなさい姉帯さん、未来」

合理的でかつ思い切った行動だった。須賀京太郎の影が奪われたとして、何が起きるのかは正直なところわからない。

なぜなら「まだ」完全に乗っ取られてはいないからだ。しかしおおよその結末は予想がつく。なぜなら天江衣の能力は「支配」である。

オロチさえ支配されたのだ。出来ないわけない。結果を待ってもいいがそれでは遅い。そして今がチャンスだと判断して、自分の首を切り裂いた。

死んでしまえば支配されたとしても使い物にならない。もしかすると魂が失われる前に蘇生魔法をかけてくれるかもしれない。賭けるのには十分。

何の問題もなかった。

 須賀京太郎が自刃を敢行して一秒後マントになっているロキが変化を遂げた、この時のロキの行動について書いていく。

それは支配されることを良しとせず須賀京太郎が死を選んだ直後のことである。マントのロキが動き出していた。

須賀京太郎の鮮血を浴びながら、雄たけびを上げつつ、マントからマフラーへ変化を行った。言うまでもなく、須賀京太郎の命を助けるためだった。

須賀京太郎の鮮血を浴びた瞬間に須賀京太郎の考えを察して、ロキは救命活動に入った。ただ、救命活動を行っているロキは

「愚かなことをしている」

と思っていた。なぜなら須賀京太郎の行動が理にかなっているとわかっていたからだ。

仮に須賀京太郎がオロチと同じく乗っ取られたのならば、確実にナグルファルは全滅する。

音速の世界で戦えるサマナーもちらほら見えるが、その先へ到達している実力者がいない。乗っ取られるくらいなら死を選ぶというのは実に理にかなっていた。

しかし、死なせたくないと思ってしまった。一瞬だけ、失った家族の姿が脳裏に浮かび、須賀京太郎と姉帯豊音、そして未来の姿が重なった。

そして重なると、動かなければならないと思ってしまった。

 須賀京太郎の首をロキがつなげている間に貌を持たない悪魔たちが門を開いた、この時のナグルファルの船員たちと貌を持たない悪魔たちの行動について書いていく。

それは須賀京太郎が突然の自刃を敢行し、救命活動にロキが入った時のことである。ナグルファルの甲板にいた退魔士そしてサマナーたちは動揺していた。

問題が連発しすぎていた。須賀京太郎が担いで戻ってきた少女たちの姿が、名状しがたい奇妙なものに変化した。

そして影を奪われつつある須賀京太郎が即座に自刃を敢行した。これに加えてロキの変化。まったく対応できなくなっていた。

「回復魔法を撃てばいいのか。撃たないほうがいいのか」

というところまで頭が回っていても、決断が遅かった。ただ、須賀京太郎のサポートのために甲板に出ていたハチ子は即座に門を呼び出していた。

門の先にいるのは姉帯豊音、用事があるのは「まっしゅろしゅろすけ」である。オロチの触角を守れる力があれば、須賀京太郎を守り切れると考えた。

修羅場で一度失敗した経験があるのだ。二度目は対応できた。流石にナグルファルの亡霊たちのまとめ役だけあって、能力が高かった。

しかし門を開き加護を発動してもらうよりも早く、用事を済ませたものがいた。貌を持たない五体の悪魔たちである。

須賀京太郎が自刃を敢行するとほぼ同時に影に完全に潜入。同時に影を門に変えた。須賀京太郎の影そのものが門になりここではないどこかへと運び去った。

それはハチ子の門から「まっしゅろしゅろすけ」が飛び出してくる一秒前のことだった。ハチ子の門の向こう側には、未来を腕に抱いた姉帯豊音がいた。

目がつりあがり鬼の面構えだった。甲板に飛び散った大量の鮮血から須賀京太郎の結末を察し、激しい怒りを沸かせていた。しかしすぐに取り繕われた。

腕の中で未来が泣き出したからだ。泣いている未来に姉帯豊音は優しげにこういっていた。

「大丈夫だよ。きっと戻ってきてくれるから」

須賀京太郎がさらわれると直ぐにハチ子の門が消えた。姉帯豊音と未来の姿を隠すためだ。

たとえ須賀京太郎がいなくなったとしても、須賀京太郎の命令に忠実だった。そうしてハチ子は青い空を見上げた。顔色が悪かった。とても心細かった。


 須賀京太郎が自分の首を切り飛ばしてから数分後ベッドの上で須賀京太郎は目を覚ました、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

これは異形の右腕の刃でもって首を切り飛ばした直後である。首を切り飛ばし即死したはずの須賀京太郎が目を覚ましていた。

目を覚ました須賀京太郎は上半身を勢いよく起こした。そしてきょろきょろと周囲の状況を確認し始めた。

部屋の状況を確認した須賀京太郎は眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた。そのままの顔で須賀京太郎は自分の体をなでまわした。

足を撫でてみたり肩を撫でてみたり「人間の右腕」を撫でてみたり、いろいろと確かめた。

何度も何度も自分の体をなでまわしているので不審者にしか見えなかった。しかし須賀京太郎は不審者ではない。というのもしょうがない状況だった。

目を覚ましてみたら病院の個室に放り込まれていたからである。

病院の個室だと判断がついたのは病院独特の扉、枕元に備え付けられている医療器具たち、そして病院特有の臭いがあるからだ。

また身に着けている服装が病院患者用の浴衣だったので、間違いないと思えた。

アンヘルとソックに出会ったころ一週間ほど入院していたのだが、そのころの経験が判断を助けていた。

ただ、病院だとわかってしまったので、須賀京太郎は困った。意味が分からなかった。そして自分の肉体に起きた問題。なぜロキがいなくなっているのか。

なぜ魂を預けてくれた武具たちがいなくなっているのか。そしてなぜ数か月の間に鍛え上げた肉体が元に戻ってしまっているのか。

これらが重なって楽しい気持ちにはなれなかった。そうして自分の肉体を調べまくった後、こうつぶやいた。

「今までの出来事は夢だったのか? それとも時間が戻ったか? 俺が見ている走馬灯? それともシンプルに地獄か?」

どれが答えにしてもいい状況ではなかった。

 須賀京太郎が状態を確認し終わって少し後病室に良く知った面々が入ってきた、この時病室に入ってきた面々との須賀京太郎のやり取りについて書いていく。

それは須賀京太郎が推理している時のことである。病室の扉を乱暴に開いて小さな女子高校生が入ってきた。

背の低い女子高校生で、かわいらしい顔をしていた。目がきらきらしていて邪念がなかった。小学生で十分通じた。

この女子高校生の後からぞろぞろと四名の女子高校生が入ってきた。入ってきた面々を見て須賀京太郎は目を見開いた。分かりやすい驚きがあった。

ポーカーフェイスはない。そんな須賀京太郎を見て一番初めに入ってきた小さな女子高校性がこう言った。


「よう京太郎! 『今日も』見舞いに来てやったじぇ! 看護士さんに聞いたら食事制限はないって話だったから、タコス買ってきたぞ!」

するとそれに続けておどおどしている女子高校生がこう言った。

「週刊少年跳躍も買ってきたよ。暇つぶしに読んでね」

そしてテーブルの上にコンビニの袋に入った雑誌を置いた。これを見て須賀京太郎は軽く深呼吸をした。随分心が乱れていた。

そんな須賀京太郎を見て、胸の大きな女子高校生がこう言った。

「それと、課題を預かっています。しっかり勉強してくださいね」

すると雑誌の上に課題が積まれた。これを見て須賀京太郎は眉間のしわを一層深くした。そしてこういった。

「なぁ咲、プリントを取ってもらえるか? ちょっと見てみたい」

するとおどおどしている女子高校生が須賀京太郎にプリントを手渡した。少しおびえていた。プリントを受け取ると須賀京太郎は日付を確認した。

事故にあった直後の日付だった。須賀京太郎の眉間にしわが寄った。それを見て、自信ありげな女子高校生がこう言った。

「あらぁ、やる気満々じゃない。事故にあって考え方変わっちゃった?」

軽い冗談は気遣いからのもの。須賀京太郎が知る彼女らしい行動であった。そんな冗談を受けて須賀京太郎はこういった。

「かもしれないですね。

 インターハイの予選、勝てそうですか?」

少し冷たい口調だった。コミュニケーション能力が低いためだ。会話よりも推理を優先していた。すると見舞いに来た女子高校生たちがひるんだ。

妙に冷えた空気と態度である。気に障ったと思った。同年代の少年には思えなかった。少し怖かった。

そんな空気を察して若干ウェーブがかかった女子高校生がこういった。

「実際に戦ってみんとわからんな。

 それにしても、どうした京太郎? 機嫌悪いんか? 眉間にしわが寄ったままじゃぞ」

髪の毛が若干ウェーブしている女子高校生に問われて須賀京太郎はプリントを見るのをやめた。そしてしっかりと目を見て答えた。こう言っていた。

「いいえ。調子はいいです。ちょっと鏡を貸してもらえませんか。ケータイでもいいんですけど」

すると小さな女子高校生が一番に答えた。ポケットの中から手鏡を取り出して、須賀京太郎に差し出した。須賀京太郎は手鏡を受け取って、

「ありがとう」

といった。すると小さな女子高校生がひるんだ。暖かさが見えなかった。悪い人間に見えた。そんな須賀京太郎は手鏡を使って自分の顔を見た。

髪の毛を見た、そして目を見た。そこにあったのは数か月前の須賀京太郎の顔だった。金色の髪の毛、人間の目の須賀京太郎だった。

これらを確認すると須賀京太郎は手鏡を返した。礼を言うのも忘れなかった。ただ、彼女らに興味はなかった。謎に興味があるのだ。

須賀京太郎はこの世界が偽物だとほとんど確信していた。鏡に映った自分の両目だ。自分の両目に光が見えた。赤い光でも金色の光でもない。

歩き出した人間の意志の光である。旅に出て同類と出会い光を見出したのだ。自分を信じられた。


 須賀京太郎が病院で目覚めて一週間後須賀京太郎が退院した、この時の須賀京太郎と両親の様子について書いていく。

それは須賀京太郎が病院で目を覚ましてから一週間経過した時のことである。私服に着替えた須賀京太郎が病院の出入り口に向かって歩いていた。

片手に小さな鞄を持っていた。着替えが入っているカバンである。軽いカバンだが、父親が代わりに持つといってうるさかった。そんな須賀京太郎に母親が

「持ってもらえばいいじゃない」

といって笑うので、須賀京太郎は

「大丈夫だって」

と返して笑っていた。何の陰りもないいい笑顔だった。ただの少年のように見えた。そうして病院の出入り口に到着すると、父親が

「車をとってくる」

といって姿を消した。須賀京太郎と母親は出入りの邪魔にならないところで待った。そんな時に母親がこう言った。

「車に引かれたって聞いた時、お父さんひっくり返って怪我をしたのよ? あんたには話すなって言われたけどね。

 みんな心配したんだから、無茶したら駄目よ」


こう言われると須賀京太郎は母親を見れなかった。視線をそらして、あさっての方向を見た。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

しかし嬉しい気持ちもあった。自分を大切に思ってくれる人がいる。うれしいことだった。

病院で目を覚ましてからすでに一週間、須賀京太郎は浸り切っていた。目の前の父親は父親であって、母親は母親であると信じていた。

偽物だとか悪魔との戦い、またヤタガラスというのは存在しない夢だったと納得しつつあった。目を覚ました直後には強固な確信があったのだ。

しかし今はない。しょうがないのだ。なぜなら今まで身に着けた一切の異能力、技術が使えなくなっている。そして

「もしも夢の世界ならば都合よく世界は回るはずだ」

と考えて試して、ダメだった。ためしにウェーブ髪の先輩にさまざまなお願いをした。しかしあえなく断られてしまった。

「段階を踏め!」

といって叱られて教育された。となって

「もしかしたら今までの数か月が夢でこの世界こそが本当なのではないか」

と思うようになった。ヤタガラスで過ごした数か月は非現実的ある。あの体験の連続が嘘だったと言われた方が筋が通る。

具体的な敵が現れず、平穏な日常が延々と続くのだ。確信も揺らいだ。時間である。ゆっくりと穏やかに考える時間が自分の確信を狂信と解釈させた。

となって心が揺れた。まともになろうと努力し始めていた。彼女らと同類になりたがっていた。
 

 退院から数週間後大きな会場に須賀京太郎たちの姿があった、この時の須賀京太郎たちの様子について書いていく。

それはそろそろ熱くなり始めた六月のことである。沢山の荷物を背負って須賀京太郎は大きな会場にいた。この須賀京太郎だがすごかった。

退院後よりも肉体が仕上がって、非常に厳しい眼光で会場を睨んでいる。一般の男子学生とは到底呼べない仕上がりである。

それもそのはず、この須賀京太郎、再び世界を疑い始めている。原因は修業である。というのが退院直後から須賀京太郎は日課の修業を行っていた。

病院では場をわきまえて行わなかったが、まじめに修行を積み重ねた結果精神が修行を忘れなかった。何度も何度も繰り返した修業である。

忘れられなかった。そして退院と同時に修業を再開し、あれよあれよと肉体が追い付いてきた。そんな須賀京太郎に対して部員たちの反応はいろいろだった。

「麻雀部員なのに何その筋肉」

だとか

「またハンドボール始めたの京ちゃん?」

だとか

「いい仕上がりじゃなぁ京太郎。太ももパンパンじゃが」

等である。そうして仕上がりつつある須賀京太郎は一種独特の気配を放っていた。

肉体が仕上がりつつあることも一つあるが、全身から放つ退魔士独特の鋭い空気が戻っていた。

この空気をまとう須賀京太郎は部員たちであっても近寄りがたく、他校の生徒たちは視線さえ向けられない有様であった。

ほんの少し前まで牙を抜かれた犬っころだった。今は猛犬どころか竜か鬼である。

こうなってしまえば、修行の日々を信じてしまう。そうして須賀京太郎は厳しい顔で会場を睨む。

この会場には龍門渕がいてハギヨシがいるはずだからだ。なにかヒントがあるのではないかと須賀京太郎は考えていた。
 


 徐々に仕上がりつつある須賀京太郎が会場に姿を現した時夢の世界の創造主は頭を抱えて悩んでいた、この時の創造主の悩みについて書いていく。

それは須賀京太郎が強烈な不信感を持って会場に現れた時のことである。インターハイ予選会場の客席で天江衣とそっくりな少女が頭を抱えて呻いていた。

パッと見天江衣なのだが少し様子が違った。まず肌の色が白かった。数か月間地道に家庭菜園をして健康的な肌色になっている天江衣だ。

真っ白なのはおかしなことだった。また、髪の毛もストレートのままである。

「家庭菜園で作業するには長い髪の毛が邪魔だ」

といってポニーテールにして

「動きやすいからこれで暮らす」

といってそのまま固定していたのが戻っている。髪の毛のケアもしっかりしているらしく、つやつやである。寝落ちしている天江衣にはない艶だった。

また、ジャージではなく上等なワンピースを着ていた。白いワンピースで高級な質感だった。

「ジャージの方が暮らしやすい。汚れも目立たんしな」

というダメな理由でお気に入りのジャージで過ごしている天江衣だ。お高いワンピースはおかしかった。

くたびれたジャージを着てポニーテールのまま家庭菜園に赴きゲームをしながら寝落ちする少女ではなかった。会場にいる天江衣はただのお嬢さんである。

そんな明らかにお嬢さんな天江衣は客席でうなだれて頭を抱えていた。それというのも須賀京太郎の支配に失敗したからである。

葦原の中つ国を侵略するにあたって魔人を自分のものにするつもりで動いていたのだ。

「一番の障害物を自分の手ごまにして動かす」

オロチを支配できたのだからできるはずと考えてやっていた。

しかしいくら支配の力を強めても夢の力で心をほぐしても、ちょっとしたきっかっけで硬さが戻ってくる。

しかも夢の世界にいるというのに自分を鍛え始め徐々に変化をもたらす始末。どうしたらいいのかわからなくなっていた。

 夢の世界の創造主が頭を抱えて唸っていると男子高校生に声をかけられた、この時に行われた会話について書いていく。

それはどうにかして須賀京太郎の心をへし折って支配してやろうと創造主が考えている時のことである。

うなだれて頭を抱えている創造主の隣の席に誰かが座った。しかし音がほとんどなかった。しかししっかりと気付いた。

うつむいて下を向いていた創造主であるから、隣に座った人物のズボンと靴が見えた。そうなると創造主は青ざめた。

視界に入ったズボンが清澄高校の制服にそっくりだった。嫌な予感がした。すぐに隣に座った人物を確認しようとした。しかしできなかった。

眼球を動かして確認することさえ恐ろしかった。なぜならこのタイミングであえて隣に座ってくる学生など須賀京太郎以外存在しないからだ。

そして恐れ震えている夢の世界の創造主に対して、男子高校生が話しかけた。こう言っていた。

「大丈夫ですか? 気分が悪いようなら係りの人を呼んできますけど」

男子高校生の声をきいて創造主は震えた。間違いなく須賀京太郎だったからだ。しかし創造主は動揺を抑えた。

人形化されている民衆の情報によって、夢の世界の質は現実と変わらない。

「演技を続けろ。たとえ怪しい行動をとっていたとしても、偽物だと須賀京太郎は判断できない」

と考えたのだ。そして実行に移した。夢の世界の創造主は頑張ってこういっていた。

「試合のことを考えたら不安になってしまってな。

 心配してくれてありがとう。名も知らぬ学生よ」

もちろん俯いたまま創造主は話をしていた。すると俯いているままの創造主に対して須賀京太郎がこう言った。


「選手の方だったんですか。俺も個人戦で参加することになっているんですよ。あなたはどこから?」

すると夢の世界の創造主が答えた。

「龍門渕からだ。残念だが、この大会は私たちの独壇場になる。この天江衣がいるからな。清澄『なんぞ』には負けんぞ」

天江衣らしい挑発だった。これに須賀京太郎が笑った。ポーカーフェイスはない。随分楽しそうだった。目が笑っていない。須賀京太郎はこのように返した。

「すごい自信ですね」

声は優しかった。すると創造主も軽く笑った。須賀京太郎の声がやさしかったからだ。騙しきれたと思った。ただ須賀京太郎が

「ハギヨシさんはどこに?」

と質問をすると創造主の動きが止まった。そして震えだした。嘘がばれる可能性が高い質問だった。なにせ夢の世界にハギヨシは存在しない。

人形化の呪いを回避している。これはほかの龍門渕のメンバーも同じである。天江衣が会場にいる以上、龍門渕は存在しなければならない。しかしいない。

「龍門渕が勝つ」

と言って、すぐに矛盾はまずかった。偽物を用意するにも下手に動けば怪しまれ、攻撃されると思った。隣に座る怪物が怖かった。

しかし震えを隠しつつ創造主はこういった。

「ハギヨシの知り合いか? ハギヨシなら透華のお付きをしているぞ」

これに対して須賀京太郎は残念そうな顔をした。そしてこういった。

「そうなんですか?

 うわぁ、タイミング悪かったかも。

 あっそれなら『撫子さん』はどこに?」

非常に残念そうな声で質問をしていた。震えの理由に気づいた様子はなかった。これをきいて創造主は喜んだ。上手く誤魔化せたと気をよくした。

そしてそんな気持ちのまま須賀京太郎の質問に創造主が答えた。

「撫子は……手洗いだ。女子トイレは混み合っているからな、なかなか帰ってこないと思うぞ」

須賀京太郎がにやりと笑った。非常に悪い顔だった。撫子真白(なでしこ ましろ)通称ディーはアラサーのおっさんである。女子トイレにはいかない。

 夢の世界の創造主と会話を終えた須賀京太郎は目を閉じた、この時の須賀京太郎の状態について書いていく。

それは偽物との会話が終わってすぐのことである。隣の席でうつむいている創造主を無視して須賀京太郎が目を閉じた。そして深呼吸をはじめた。

精神集中のための深呼吸で「ラグナロク」を撃つための集中であった。深呼吸は四回行われた。

一呼吸で外部が気にならなくなり、二呼吸目には自分の肉体をすべて支配下に置けた。三呼吸目で心臓の鼓動をとらえ、四度目で意志を決定できた。

慣れたもので、乱れなかった。この時決定した意志は

「至福の日常を破壊する」

である。ラグナロクならできると確信していた。隣の席に座っている何者かを攻撃しないのは、意味がないと見抜いているからだ。

世界を崩壊させるためには異界操作術が必要なのだ。葦原の中つ国の最深部で壁を切り裂いた経験が生きていた。偽物だとわかった今ためらいはない。

名残惜しく思う気持ちはある。普通の高校生として生き、大人になって死んでいく。今はもう決して叶わない夢であるから、もったいないと思ってしまう。

だが、偽物だとわかったのなら行かねばならない。行かねばならないという気持ちだけがあれば、歩いてゆけた。

 須賀京太郎が精神集中を始めた時隣の席でうつむいていた創造主が顔を上げた、この時の創造主の行動について書いていく。

それは須賀京太郎が猛烈な勢いで集中を行っている時のことである。夢の創造主が顔を上げた。かわいらしい顔がゆがみ、青ざめていた。

というのも、葦原の中つ国の第三階層に封印している須賀京太郎の肉体からすさまじい魔力の集中を感じ取っていた。

この魔力の昂ぶりからしてとんでもない威力の魔法が撃ち込まれると予想がついた。ここから須賀京太郎の目的を察するのはたやすい。

須賀京太郎との会話の後なのだ。夢の世界の破壊と察するのはたやすかった。そして終わりが目の前に迫っていると感じて創造主は青ざめた。

また信じたくなかった。最高の天国を創ったはずなのだから、嘘だと思った。

須賀京太郎が求めた日常を再現し、人形化された本人を接続して完成度を高めた。心がほぐれていたのも見た。しかし壊そうとしている。最悪だった。


信じたくない。そして信じたくないから夢の創造主は須賀京太郎の首を締めにかかった。夢の中で殺したところで意味はない。

だが殺さずにはいられなかった。しかしそれもすぐに失敗した。須賀京太郎が望んだ天国に

「ラグナロク」

と老人の声が響いたからだ。しわがれた老人の声と同時に、須賀京太郎を中心に火が放たれた。

水面に現れる波紋のように火が走り、天国を飲み込んだ。自分の天国を自分で焼いたのだ。

 二度と取り戻せない日常が火に包まれた数秒後須賀京太郎は目を覚ました、この時の須賀京太郎がいた場所と須賀京太郎の状態について書いていく。

それは夢に見るほど焦がれている日常を自分の手で崩壊させた後のことである。須賀京太郎は目をさまし、大きく咳き込んだ。

これは喉の奥に大量の血液が詰まっていたからである。咳き込んだときに飛び散った血液は、地面に散らばった。

地面に散らばった血液はすぐに蒸発して消えた。臭いさえ残さなかった。地面が熱々なのだ。原因は須賀京太郎である。

地面に寝転がっている須賀京太郎を中心にして弱弱しい火の波紋が生まれていた。生まれてきた火の波紋はどこまでも広がって行く。

ものすごく弱弱しく可憐な波紋である。すぐに消えそうに見える。ほんの少しの障害物も乗り越えられないように見える。しかし、決して消えることがない。

邪魔されることもない。なぜなら弱弱しい火の波紋に舐められた障害物は問答無用で灰に変わるからだ。

この尋常ならざる火の波紋こそ魔法「ラグナロク」の攻撃形態である。この魔法の発動によって目を覚ました須賀京太郎だが、ずいぶん状態が悪かった。

目が覚めたのは良い。生きているのも良い。しかしギリギリのラインだった。全身の力が抜けているうえに、頭と首が非常に痛い。意識ははっきりしている。

しかしそれは首の痛みがもたらす覚醒で、歓迎されるものではなかった。修行を繰り返し痛みに慣れた須賀京太郎でも脂汗をかくほどのものだった。

ただ、ひどい痛みを感じても須賀京太郎は暴れなかった。動くだけの力がなかった。

 強烈な首の痛みで須賀京太郎が悶えている時ロキが話しかけてきた、この時にロキが語った内容について書いていく。

それは強烈な首の痛みで須賀京太郎が苦しんでいる時のことである。マフラーになっているロキが話しかけてきた。かなり大きな声だった。

ロキはこういっていた。

「よく目覚めた小僧! 良く戻ってきた!」

かなり心配していたのがわかった。しかし須賀京太郎は応えられなかった。痛みがひどすぎて声が出せなかった。

そんな須賀京太郎にロキが続けてこう言った。

「ええか小僧。今の小僧は戦える状態じゃねぇ。首の皮一枚でつながっておったところを、わしが変化して繋ぎ止めておる状況じゃ。

 どうにか『ラグナロク』を発動して取り囲んでおった眷属たちを滅ぼしてやった。じゃが直接首を取りに来られたらどうしようもねぇ。

 ええか小僧。無茶はするな。三分もあれば少しは動けるように繋げちゃるからな!」

すると痛みで呻いていた須賀京太郎は下唇を噛んで耐えた。首を動かすことはなかった。痛みがひどすぎて動かしたくなかった。ただ、正解だった。

下手に動けば首が落ちるからだ。今の須賀京太郎の首を繋いでいるのはマフラーになったロキだ。

「ほんの数秒前に」須賀京太郎の危機を察し、自分の肉体を変化させて応急処置を行った状態のままなのだ。動きは少ないほうがよかった。

 須賀京太郎が目覚めて一分後魔法「ラグナロク」の力が失せた、この時の葦原の中つ国の状況と夢の創造主について書いていく。

それはロキが首を繋いでいる時のことである。ようやく魔法「ラグナロク」の火の波紋が落ち着いた。もともと弱弱しい波紋である。

消えるときも静かに消えていた。そうして火の波紋が消えた後には大量の灰と荒野と煙だけが残った。

葦原の中つ国の第三階層にあった大量の廃墟や踏み固められた道はことごとく火の波紋に触れて姿を消した。

また須賀京太郎の精神を乗っ取るために派遣されていた貌を持たない神の眷属たちもことごとく滅ぼされていた。

もともと精神を乗っ取るためだけに生まれた存在である。須賀京太郎から放たれる世界崩壊を望む火に敵うわけもない。

しかしこの荒野になった世界には須賀京太郎たち以外に生存者がいた。夢の世界を創る創造主である。ただ無事ではなかった。

数百メートルほど離れたところでひどい火傷を負って呻いていた。死にそうだった。肉体の半分近くが灰になっていた。直視できる状態ではない。

しかし生きている。それは肉体のほとんどが機械だからだ。魔鋼の骨格を持ついわゆるサイボーグだった。意識をどうにか保ち、大量の灰に埋もれていた。

この死に掛けのサイボーグはかろうじて残った指を小刻みに動かしていた。図形である。途切れそうな意識を繋いで図形を描いていた

。描いているのは門を呼び出す図形だった。夢の世界の創造主は逃げようとしていた。一刻も早く須賀京太郎から離れたかった。

普遍的無意識から抽出した天国を否定する怪物が怖かった。


 魔法「ラグナロク」の火が消えて数分後壊れかけのサイボーグが図形を描き切った、この時のサイボーグについて書いていく。

それは火の波紋が消えて三分後のことである。大量の灰に埋もれながらサイボーグは門を呼び出す図形を描き切った。

このサイボーグはとても苦しそうだった。図形を描いただけだというのに息切れしていた。しかたがない。身体のほとんどを火で焼かれている。

サイボーグだからどうにか機能停止になっていないだけで、ほとんど死体なのだ。図形を書くだけでも精一杯で門を発動させるのは命がけの大仕事だった。

そしてここからさらに頑張った。細かい模様の図形に魔力を注ぎ込んだ。門を開きたかった。意識が途切れかけたがやらねばならなかった。なぜなら

「逃げなければならない。天国を拒絶する怪物と付き合っていられない」

という確固たる意志があるからだ。

魔鋼の骨格を手に入れ超小型の霊的決戦兵器といっても良い夢の世界の創造主だが、天国を焼き滅ぼす怪物とは戦いたくなかった。

この強い一念に機械仕掛けの門が応え姿を現した。この門を見た時壊れかけのサイボーグは喜んだ。

半分以上灰になってしまった体を一生懸命に動かしてもがいた。動くだけで肉体が崩壊していたが、気にせずに門を目指した。門を潜れば復活できるからだ。

なにせ門の向こう側には葦原の中つ国の最表面の世界が待っている。夢の世界の創造主が完全に支配する「最深部だった」世界である。

自分の呼び出した夢魔たち、支配下に置いたオロチの化身たちがいる。肉体など簡単に回復できる。そう思うと無理もできた。
 
 魔法「ラグナロク」の火が消えて五分後壊れかけのサイボーグは逃げ延びていた、この時にサイボーグが到達した世界とサイボーグの喜びようについて書いていく。

それは第三階層が荒野と灰の世界に変わって五分後のことである。壊れかけのサイボーグが門を潜り抜けていた。

しかし門を潜りぬけたのはいいが、肉体はほとんどだめになっていた。逃げ延びることを最優先して動いた結果、八割ほどが塵に変わっていた。

しかし門を潜りぬけたサイボーグは笑っていた。なぜなら門を潜り抜けたところに夢魔たちがいたからだ。自分に忠実な仲魔たちだ。

すぐに回復魔法を命じられる。死を回避できたと確信した。そして笑ってからサイボーグは命令を出した。

「俺を回復しろ!」

すると夢魔たちが一斉に回復魔法を放ってきた。回復魔法がサイボーグに降り注ぐと壊れかけていた肉体が完全に回復した。

魔鋼の骨格も元通りになっている。魔鋼とは鋼であって鋼ではない。この骨格は悪魔の魂を材料に創った呪物なのだ。

回復魔法を仕掛ければ肉体と同じように回復する便利な骨格である。そうして回復したサイボーグは立ち上がった。

そして大きく息を吐いた。やれやれと首を横に振って、葦原の中つ国の最表面の世界を眺めた。

サイボーグ目の前には大量のオロチの化身たち、大量の夢魔たちが列をなして命令を待っている。壮観な光景だった。

特に目を引くのは黒い皮膜で包まれた巨人。

これは超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプである。

超ド級の霊的決戦兵器・ニャルラトホテプは身長五十メートル、黒いゴム質の体表面には色とりどりの仮面が張り付いていた。

数々の仮面のグラデーションで気味の悪いまだら模様を創っていた。

どこまでも続く大地の上にずらりと並んでいる異形の大群と霊的決戦兵器がそろった軍隊は壮観である。

サイボーグの武力の象徴で、プライドそのものだった。復活してきたサイボーグはこの兵器たちをじっくりと眺めた。そうすることで自分の心を慰めたのだ。

「この兵器たちがあれば勝利できる。勝利するために撤退したのだ」

そのように自分に言い聞かせていた。魔人の恐怖に屈服し逃亡した自分を認めたくなかった。

 サイボーグが自分の心を慰めていた時何者かが攻撃を仕掛けてきた、この時に攻撃を仕掛けてきた者とサイボーグについて書いていく。

それは悪夢の軍勢を眺めてサイボーグが自分の心を慰めている時だった。突如としてサイボーグの身体が持ち上がった。魔鋼の骨格を持つサイボーグである。

三百キロ近い重さがあるのだが、軽々と持ち上げられていた。何事かとサイボーグが状況を確認すると、異形の銀の腕が腹から生えている。

そして振り返ってみると口から血を流している須賀京太郎がみえた。輝く赤い目が燃え上がっていた。

須賀京太郎を見つけるとサイボーグの顔色が悪くなった。そして自分の失敗を覚った。

「門を開きっぱなし」

反省するよりも前に、須賀京太郎の肉体から稲妻が放たれた。サイボーグの肉体から煙が上がった。しかしサイボーグは生きていた。

須賀京太郎の稲妻が弱体化していた。腕力も衰えている。首を切り飛ばした後遺症である。万全の須賀京太郎ならサイボーグなど一瞬で刈り取っていた。

胴体を狙った所からもわかることだが、首を狙えるほどの体力がなかった。そんな須賀京太郎の放つ稲妻などサイボーグを絶命させるには至らない。

動きを止めるのが精いっぱいである。当然だが二発目などない。となって稲妻を撃ち込まれ腹部を貫かれているサイボーグは復讐を敢行した。

須賀京太郎がぎりぎりのところにあると見抜くと、大きな声でこう言ったのだ。


「こいつをやっつけろ! できるだけ痛めつけてから殺せ! それと俺の回復もだ!」

死の恐怖が翻って大きな勝利の喜びで一杯になっていた。須賀京太郎の消耗具合ならば自分でも勝てると確信できた。

そして獲物をいたぶっても構わないと思ってしまった。これはしょうがないことである。屈辱を晴らすチャンスだ。しかも獲物は死に掛けである。

暗い恨みを晴らしたかった。
 
 サイボーグの命令から五分後須賀京太郎は夢魔たちによって磔にされていた、この時の須賀京太郎とサイボーグの様子について書いていく。

それはサイボーグが勝利を確信した五分後のことである。

葦原の中つ国の最表面にある超ド級霊的決戦兵器ニャルラトホテプにサイボーグが乗り込んでくつろいでいた。

ニャルラトホテプのコックピットは液体で満たされていた。モニター的なものは一切なく暗黒の空間だった。

しかしここに乗り込んだサイボーグには周囲の様子がよく見えていた。超ド級霊的決戦兵器ニャルラトホテプと一体化することで外の世界と繋がっていた。

脳みそで直接見るのだ。モニターは必要なかった。そうしてニャルラトホテプの感覚器官で見ていたモノは須賀京太郎だった。

夢魔たちによって四肢をもがれ眼球を奪われた須賀京太郎の姿を楽しく見ていた。須賀京太郎からもがれた手足と眼球はもうない。

オロチの化身たちに食わせた。流れ出した血液に触れた夢魔たちが蒸発してしまったので、オロチに食わせて処理した。

そうして眼球を奪われ四肢を失った須賀京太郎は黒い十字架に磔にされていた。磔にしたのは罪を償わせるためだ。

罪とは天国を否定したことそして自尊心を傷つけたことである。罰を受けている須賀京太郎はどう見ても終わりであった。

肉体は激しく損傷し、肉の塊としか言いようがなかった。そんな須賀京太郎を見てニャルラトホテプが意地悪く笑った。心地よかった。

磔になり血の涙を流す須賀京太郎を見ていると屈辱が晴れた。しかし至近距離で観察する予定はなかった。

魔人須賀京太郎ならば首だけになっても命を取りに来ると信じられた。動物園の猛獣を観察するように安全な場所で終わりを見届ける算段である。

適切な判断だった。そんな時、黒い十字架に磔にされている須賀京太郎が笑ってみせた。

「心は折れていない」

と言っているような笑顔だった。

 磔にされている須賀京太郎が笑った少し後ニャルラトホテプが話しかけた、この時にニャルラトホテプが語った内容について書いていく。

それは四肢をもがれ両目をえぐられた須賀京太郎が不敵に笑った直後である。須賀京太郎をじっと観察していたニャルラトホテプが苛立った。

ニャルラトホテプの肉体を飾っている大量の仮面も怒り顔になっていた。ニャルラトホテプは泣き喚いてほしかったのだ。

天国を壊した後悔を叫んでほしかった。申し訳ありませんと言ってほしかった。しかし須賀京太郎は笑っている。手も足も出ない状態なのに心が折れていない。

腹立たしかった。そして静観をやめた。完璧に精神を屈服させ屈辱と絶望の中で殺すと決めた。

自分が上の立場なのだから、そうする権利があると信じた。そして決心すると威圧的に話しかけた。こう言っていた。

「お前の作戦はわかっているぞ。お前が笑っているのは、油断を誘うためだ。

 そうだろう? 弱り切った魔人など俺の手でもひねりつぶせると『思わせたい』、だから笑ったのだ。

 むかつく野郎だ。天国を焼き滅ぼした罪人の分際でまだあきらめないのか。なぜ二代目様の天国を否定するようなまねをし続ける」


ニャルラトホテプが語りかけてきても須賀京太郎は応えなかった。応える必要と元気がなかった。

両手両足をもがれ眼球を奪われたことでほとんど血液が残っていない。首も痛んでいる。少しだけ残ったエネルギーで無駄話をする意味がなかった。

また少しだけがっかりしていた。挑発の意図が完全にばれていたからだ。小物臭かったから乗ってくると思っていた。

そんな須賀京太郎にニャルラトホテプが語りかけてきた。

「お前がそこまで調子に乗るならよぉ。良いものを見せてやるぜ。

 天国に行かせてくれってお前が言いたくなるような地獄を見せてやる。

 なぁに心配しなくていい。ちょっと夢を見せるだけだ。

 お前の家族が、友人が、宝物が全部台無しになる夢を、繰り返し繰り返し、逝っちまうその瞬間まで楽しませてやるよぉ!」

下種な一面を見せた直後、須賀京太郎を黒い十字架が包み込んだ。黒いゴムのような触手が絡み付いて須賀京太郎を抱きこんだのだ。

抱き込まれた須賀京太郎は夢の中に引きずり込まれていった。死に掛けの須賀京太郎である。抵抗は出来なかった。

 須賀京太郎が黒い十字架に飲み込まれた後二代目葛葉狂死にサイボーグの男が報告していた、この時の二代目葛葉狂死とサイボーグの会話について書いていく。

それは須賀京太郎が悪夢の世界に放り込まれて二十分後のことである。

ニャルラトホテプのコックピットの中でサイボーグの男が二代目葛葉狂死と話していた。サイボーグだが、非常にかしこまった様子でペコペコしていた。

二代目葛葉狂死が目の前にいるわけでもないのに、かなり緊張していた。そうして報告を初めて五分後に、須賀京太郎の結末を伝えることができた。

サイボーグの男はこのように報告した。

「地獄の予行演習として須賀京太郎を利用して実験を行いました。

 実験を開始して三十分ほどですから、夢の中では一年ほど経過しているはずです。徹底的に絶望するように世界をくみ上げました。

家族に裏切られ、友人に裏切られ、何もかもが敵になる。そんな世界です。

 須賀京太郎は日常を大切に思っているようでしたから、効果は抜群でしょう」

このように報告した時二代目葛葉狂死が一瞬黙った。ぬるい対応だと思った。須賀京太郎を始末するのならば、首をはねて灰にするべきと考えていた。

しかし責めなかった。部下がそれでよいと判断したのなら成り行きを見守るだけだった。そして胸の内を隠しつつ二代目葛葉狂死はこういった。

少し残念そうだった。

「なるほど。

 残念だが、須賀君はここで終わりか。

 そうなると……・ナグルファル内部にかくまわれている豊音ちゃんを保護せねばならん。君にも手伝ってもらおう」

そしてサイボーグが新しい任務を受けようとした時だった。強制的に通信が終了した。ブツンと通信が切れてしまった。正常な切れ方ではなかった。

するとサイボーグは非常にあわてた。二代目葛葉狂死に失礼をしたと考えた。ニャルラトホテプの管理はサイボーグの仕事である。これは不味かった。

すぐに通信を再開しようとした。しかし無駄だった。超ド級霊的決戦兵器ニャルラトホテプが怪物に喰われていた。
 

 今回はここまでです。

用事が早めに終わったので、早めに始めます

 ナグルファルの甲板から須賀京太郎が連れ去られてから四十分後秘密の部屋のオロチたちが呻き始めた、この時の状況とオロチたちの様子について書いていく。

それは須賀京太郎が連れ去られた後のことである。どこまでも続く大海原と青い空のはざまをナグルファルがゆっくりと移動していた。

フラフラと空と海の間を移動して、脱出の手掛かりを探していた。このナグルファルの周囲には空を飛べる悪魔たちの警備がある。

種族が違う悪魔たちだが気にせずに集団となって周囲を警戒していた。集団は全部で四つ。

遠くから見ると鳥の群れがナグルファルの周囲をくるくると飛んでいるように見えた。ナグルファルの甲板にはたくさんの退魔士とサマナーがいた。

龍門渕から命令を受けて周囲の警備と情報収集の任務にあたっていた。ナグルファルの甲板には船員たちの姿も見えた。

マグネタイトを手に入れて肉体を手に入れていたが、皆ふさぎ込んでいた。ナグルファルの王・須賀京太郎を心配していた。

ナグルファルのまとめ役ハチ子からもたらされた情報によって、須賀京太郎の窮状を理解していた。

そんなナグルファルの秘密の部屋には姉帯豊音たちがいた。未来を抱いている姉帯豊音がベッドに腰掛け、そのそばにオロチたちがいる。

ムシュフシュは犬のように寝転がっていた。少し離れたところにバトルスーツ風のワンピースを着たアンヘルとソックが椅子に座って目を閉じている。

誰も口を開かない静かな空気だった。ただ、穏やかな空気ではない。爆発寸前の静かな空気だった。そんな中で急に三人のオロチたちが呻きだした。

三人のオロチたちはお腹を押さえて青ざめていた。非常に苦しそうに呻くので秘密の部屋にいた者たちが大慌てした。

オロチの触角たちというのは人の形をしてはいるが人ではない。最新式の戦車よりも遥かに頑丈なのだ。

そんなオロチが呻きだすのは可笑しなことで不安をあおった。そうしてオロチたちが苦しみ始めるとアンヘルがこう言った。

「豊音さん! 大慈悲の加護を部分的に解除してください! お腹の部分だけでいいです!」

アンヘルに従って姉帯豊音が部分的に加護を解除した。三人のオロチのお腹あたりの加護に穴が開いた。そうするとアンヘルが状態回復の魔法を撃ち込んだ。

するとオロチたちの顔色がよくなったのだが、すぐにまた青ざめた。アンヘルはあきらめずに魔法を打ち込み続けた。

すると三つ編みのオロチがお腹を押さえたままこういった。

「お腹が焼けるように熱い……食あたりだ……」

三つ編みのオロチが口を開いたその瞬間だった。部屋にいた者たちが眉間にしわを寄せた。驚くほどオロチの吐息が酒臭かった。

 オロチが苦しみ始めて五分後ナグルファルの会議室に三人のオロチが現れた、この時に行われたオロチの報告について書いていく。

それは三つ編みのオロチの口から酒臭い吐息が漏れた五分後のことである。ナグルファルの会議室で会議をしていたハチ子が突然大きな声を出した。

不機嫌な顔がなくなるほど驚いていた。ハチ子はこういっていた。

「んなぁっ! 本当ですかオロチ様!?」

今まで不機嫌な顔をしていたハチ子が素っ頓狂な声を出したものだから龍門渕の血族たちもまとめ役たちも目を丸くした。

須賀京太郎のかわりに会議に出席しているヘルは無表情のままであるが、身体で驚きを表現していた。そんな所で龍門渕信繁がきいた。こう言っていた。

「何か問題でも? 敵襲? それとも完全に支配権を奪われた? 追加戦力が投入されたとか?」

肝が据わっている龍門渕信繁である。何が起きたとしても乗り切る覚悟があった。龍門渕の血族たちもまた同じである。

須賀京太郎がいないからこそ、油断せずに戦わなければならないと心を決めている。と、そんなところでハチ子が阿呆のようにこう言ったのだ。

「あの……葦原の中つ国、奪還完了したそうです」

ハチ子の報告を聞いて会議室にいる者たちが飛び上がった。意味が分からなかったからだ。そうしているとハチ子がこう言った。

「オロチ様たちをお呼びします」

そして秘密の部屋と会議室を繋ぐ門を開いた。門が開いた時「まっしゅろしゅろすけ」に包まれた三人のオロチが会議室に飛び込んできた。

この時門の向こう側にベッドに腰掛けている姉帯豊音の姿がちらりと見えた。しかし龍門渕の血族たちは見ていないふりをした。

龍門渕信繁と須賀京太郎のやり取りから理解しているのだ。そうして三人のオロチたちが現れると、三つ編みのオロチが一番に口を開いた。

上機嫌で、顔が真っ赤だった。彼女はこういっていた。


「やーってくれたぞ! 京太郎がやりやがった!」

続けてポニーテールのオロチが口を開いた。同じく上機嫌で顔が真っ赤だった。彼女はこういっていた。

「葦原の中つ国は大いに荒れてしまっているが問題ない! 問題ないぞ! もう一度創ればいい!

 あぁそうだとも、ぶっ壊されたものが多いが、もう一度創ればいい! もう一度な!」

続けてツインテールのオロチが口を開いた。ツインテールのオロチも上機嫌だった。彼女はこういっていた。

「日本全体の防衛網の再構築を行っている! 心配せずとも私たちが一生懸命サポートしてやるぅ!

 龍門渕の血族たちよ充分に治水を発揮するがよいぞっ! 日本防衛の頭だ! がんばれっ!」

姉帯豊音の持つ加護によって守られているオロチたちだがどう見てもベロベロに酔っぱらっていた。ただ、ものすごく幸せそうだった。

 酔っ払いの報告の後龍門渕信繁が話を進めた、この時に龍門渕が語った内容について書いていく。

それはべろべろに酔っぱらっている三人のオロチたちからの報告が終わってすぐのことである。

酔っぱらって呂律が回らなくなっているオロチたちを梅さんとハチ子とヘルが介抱し始めた。

呂律どころか足元が怪しかったので、さっさと椅子に座らせていた。

ただ椅子に座らせようとしてもグネグネする上に絡んでくるのでなかなかうまくいかなかった。そんなことをしている間に龍門渕信繁がこんなことを言った。

「須賀君がやったって聞こえたんだけど、具体的にどういうこと?」

この時龍門渕信繁は開きっぱなしの門の向こう側に話しかけていた。門の向こうには未来を抱いている姉帯豊音とアンヘルとソックがいた。

龍門渕信繁の質問に答えたのはアンヘルだった。アンヘルは興奮を抑えながらこういっていた。

「私たちも要領を得ません。オロチが言うには、葦原の中つ国の最表面に存在していた外敵をマスターが倒したとしか……」

するとアンヘルに続けてソックがこんなことを言った。

「オロチが酔っぱらっているのはマスターのせいだろう。マスターのマグネタイトには酒に似た性質がある。

どうして大量のマグネタイトがオロチに注がれたのかはわからないが、なってしまったのもはどうしようもない。

 葦原の中つ国を奪還した今、速やかに最表面への門を開くことを提案したい。マスターの状況は非常に悪いはずだ。

オロチが酔っぱらうほどマグネタイトを消耗したんだ、無事でいられるわけがない」

このようにアンヘルとソックが語ると龍門渕信繁がこう言った。

「……悩んでいてもしょうがないか。

 ではこれからナグルファルを葦原の中つ国の最表面へ移動させる。

何が起きているのかわからないから、すべての退魔士たちサマナーたちはナグルファル内部へ退避。ナグルファルもまた同じく防御重視でお願い。

魔法と物理両面に気を付けて。

 オロチ様、葦原の中つ国の最表面への門を開いてください。須賀君を回収しに行きます」

このように龍門渕信繁が話をすると、龍門渕の血族たちまとめ役たちが慌ただしく動き出した。そしてベロベロになっているオロチの触角たちも働いた。

上機嫌で超巨大な門を召喚した。三つの蛇が尻尾をかみ合って大きな円になっている不思議な門だった。

 龍門渕信繁が進路を決定して一分後葦原の中つ国の最表面にナグルファルが到着した、この時にナグルファルが見た最表面について書いていく。

それは龍門渕信繁が進路を決定してすぐのことである。ナグルファルに乗っている者たちはあわてて防御の陣形に移った。

空を飛んでいる仲魔たちを呼び戻して、ナグルファル内部に駆けこんでいった。甲板に人がいなくなるとナグルファルは出入り口を完全に封鎖した。

すると三人のオロチが創った門をナグルファルは通り抜けて行った。速やかな移動であった。十秒もかからなかった。

というのもナグルファルと巨大な門がすれ違うように動いていた。一キロメートルもお互いが動けば短い距離になった。

そうして三人のオロチが創る門を潜り抜けたナグルファルは、葦原の中つ国の最表面の世界に到着した。そうして到達した世界にはたくさんの残骸があった。

それはオロチの化身たちだったもの。山のような頭を持ち河を飲み込めるほど太い胴体をもつ巨大な蛇たちが、ずたずたに切り裂かれて倒れていた。


一つや二つではなく、何もない最表面の大地を蛇の死体が埋め尽くしていて、数十では足りない化身が命を奪われていた。

そんな大量の蛇の死骸の中に、巨人の死体が転がっていた。全身を黒いゴムの被膜で覆われた巨人である。

かつて超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプと呼ばれた巨人の残骸だった。

この巨人の残骸には四肢がなく、また眼球にあたる部分が深くえぐり取られていた。この巨人の残骸の上に奇妙な怪物が立っていた。

怪物としか言いようがなかった。身長三メートル、一見すると人型。しかし人間とは呼べない姿形をしている。

まず頭がおかしく、両腕がおかしく胴体がおかしく両足がおかしかった。頭だが牡牛の頭蓋骨のような兜をかぶっているように見えた。

しかし実際は、牡牛の頭蓋骨が頭から生えている状態だった。そうなって視線を下ろして、両腕だが良くわからない状態だった。

たくましい人間の腕のように見えるのだが、肩あたりまで奇妙なラインが走っている。奇妙なラインというのは五本ある。

五本ある指の先からまっすぐに肩まで伸びていた。エネルギー供給のためのラインでも模様でもなかった。傷跡だった。だが血は流れていなかった。

そうして両足なのだが狼のような足だった。人間とは全く違う獣の両足が怪物の体を支えていた。

この怪物に肌色の部分はない。銀色か黒色のどちらかだった。

両手両足、そして牡牛の頭蓋骨が銀色の輝きを放ち、頭部と胴体は黒いゴムの被膜で包まれていた。この怪物が、巨人の残骸の上に立っていた。

それだけである。ほかには何もなかった。

 葦原の中つ国の最表面にナグルファルが到着して五分後会議室で問題が発生した、この時に発生した問題について書いていく。

それは最表面に帰還を果たした直後のことである。ナグルファルの会議室に異形の怪物の姿が映し出された。

すると龍門渕の血族まとめ役たちは首を横に振った。顔から血の気が完全に失せて必死で首を横に振った。

というのもナグルファルが観測している怪物からとんでもなく不吉な気配が放たれているからである。

数キロ先に存在している怪物であるというのに、姿を見てから震えが止まらなかった。たとえ須賀京太郎だったとしても絶対に近寄りたくなかった。

そうなって特に変化も見せないのが龍門渕信繁とオロチたちであった。龍門渕信繁は映像を見てこう言っていた。

「こりゃあ、須賀君でいいのか?」

悪魔になったのか人のままなのかと考えていた。これは大切な問題だった。しかし特に震えることはなかった。幹部の胆力があった。

そうしていると三つ編みのオロチがこう言った。

「間違いない。あれだ! あれが京太郎だ! さぁ、さっさとナグルファルを近づけて、京太郎をここへ招くのだ!」

やはりベロベロのままだった。しかし特に変わった様子はなかった。そうすると龍門渕信繁がこう言ったのだ。

「そうですね。須賀君から直接何が起きたのか聞けば終わりでしょうから。

 さぁ、ナグルファルを須賀君の所へ。

 ここからが忙しいところだ。日本の防衛網を創りなおさなくちゃならないし、決戦場も片付けなくちゃ二代目葛葉狂死を追えない。
 
 ほら、みんな急いで急いで」

するとナグルファルのまとめ役たちと龍門渕の血族が嫌がった。ものすごく嫌そうな顔で震えた。絶対に近寄りたくなかった。

しかしナグルファルは怪物の下へ進んだ。龍門渕信繁のプレッシャーもさることながら、秘密の部屋で未来を抱いている姉帯豊音の圧力がすさまじかった。

ハチ子の門を通じて姉帯豊音がこんなことを言ったのだ。

「早く、須賀君を迎えに行きなさい」

特に何の問題もない一言だった。しかし非常に強い一言だった。

姉帯豊音の一言をきいて十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死の顔を龍門渕信繁は思い出していた。血はしっかり受け継がれていた。

 龍門渕信繁と姉帯豊音にせかされて怪物の手前までナグルファルは移動した、この時のナグルファルの恐慌具合と奇妙な怪物について書いていく。

それは龍門渕信繁のプレッシャーと姉帯豊音のプレッシャーにナグルファルが屈した数十秒後のことである。

かなりおびえつつもナグルファルのまとめ役たちは船を先に進めた。ナグルファルの所有者であるヘルも嫌々船を動かしていたが、止めなかった。

門の向こう側にいる姉帯豊音の気配が恐ろしかった。無理に船を止めることもできるが、ここで船を止めようものなら何をされるかわからなかった。

この時龍門渕の血族がすがるような目で龍門渕信繁を見つめていたが、すべて無視していた。娘のすがるような目さえ完全に無視している。

龍門渕信繁が弱気な視線を無視するのもしょうがない。怯えることなど一つもないからだ。巨大な残骸の上に立つ怪物が須賀京太郎だとオロチが言う。

アンヘルとソックも異議を唱えない。葦原の中つ国の支配権が確立した。一体どこに問題があるのか龍門渕信繁にはわからなかった。

むしろ

「良くこの窮地を切り開いた」

と須賀京太郎をほめたい気持ちでいっぱいだった。何せ帝都の混乱に乗じて大量の外国勢力が侵入してきたのを知っているのだ。

帝都自体も問題ありだが、防衛についても考えなくてはならない。そうなってオロチを取り戻してくれた須賀京太郎に龍門渕信繁が放つ言葉はたった一つ。

「よくやった」

以外になかった。当然、ナグルファルを止めるという選択肢はない。そうして巨大な船ナグルファルが須賀京太郎らしき怪物に接近したその時だった。

身長三メートル、牡牛の頭蓋骨のような兜をかぶり、狼の両足を持つ怪物が力をため始めた。攻撃のための動作ではなかった。ジャンプの予備動作だった。

ナグルファルの会議室にその様子はしっかりと映っていた。この怪物の動作を見て会議室にいた誰かが小さな声で、

「きれい」

といった。

牡牛の頭蓋骨なのか五本のラインが刻まれた両腕のことなのか、狼の両足のことなのか、それとも銀色と黒色のコントラストのことを言っているのかはわからなかった。

しかし本心らしいのはわかった。ただ、いつまで見とれてはいられなかった。予備動作を終えたその時、須賀京太郎らしき怪物が大きくジャンプしたのだ。

足元の残骸を踏み抜いて塵に変え、天高く舞い上がっていた。どこに着地しようとしているのかナグルファルの会議室にいたものはすぐにわかった。

ナグルファルの甲板である。これはジャンプの軌道から簡単に推測できた。

このいきなりの行動にナグルファルの会議室にいた者たちは驚いたが、さらにもう一度驚くことになる。

というのが、甲板に怪物が着地を決めたその瞬間、怪物の肉体が砕けたのである。丁度ガラスがぶっ壊れるような勢いだった。

着地を決めた両足が粉々になり、胴体を包む黒い皮膜が消えた。その勢いで両腕が砕け、衝撃が頭部に到達した。

衝撃がいきわたると頭部を包み込んでいた黒い皮膜が剥がれ、牡牛の兜も雪のように散った。残ったのは四肢と両目を失った須賀京太郎だけである。

須賀京太郎の肉体だけしか残らなかった。バトルスーツ、装備品の一切が失われていた。当然ロキの姿もなかった。

 須賀京太郎が帰還を果たしてすぐ龍門渕信繁が命令を出した、この時に行われたヤタガラスたちによる救命活動の様子とナグルファルの混乱具合について書いていく。

それは須賀京太郎がナグルファルに帰還してすぐのことである。

須賀京太郎の肉体があっさり崩壊していったのを見て、龍門渕信繁が大きな声で命令を出していた。こう言っていた。

「待機させている医療班を即時展開! 甲板へ続く扉の解放を急げ!」

龍門渕信繁が大きな声を出すと会議室の空気が緊張した。急に訪れた修羅場でビクついた。

しかしまとめ役の一人頭領と、がっしりとした青年が対応して見せた。速やかにナグルファルの甲板へ続く道を開き医療班を送り出した。

命令もしっかりと伝えた。命令から三秒ほどで須賀京太郎に医療班が到達していた。このあたりさすがの本職である。非常に手際が良かった。

須賀京太郎の状況を目視で確認すると細部を調べるため状況分析の魔法と回復魔法を同時に発動させ、見事にやっていた。

医療班が到着した時会議室がほっとしていた。回復魔法が撃ち込まれたのならば確実に復活できると信じていたからだ。

しかしこの時ナグルファルのまとめ役の一人、不機嫌な顔の少年が医療班の焦りに気付いた。そして焦りの理由に感づいた不機嫌な顔の少年はこういった。

「我が王のマグネタイトが極端に不足しているのだな。

 頭領、ナナシ、僕が門を開くから集中治療室に王をお連れして」

不機嫌な顔の少年が提案すると棟梁とナナシがうなずいた。頭領とナナシがうなずくのを見て不機嫌な少年は軽く指をはじいた。

するとナグルファルの甲板に石造りの白い門が呼び出された。少年が呼び出した門には牡牛と狼と蛇のレリーフがあった。

この門が現れると医療班が須賀京太郎を連れて門を潜りぬけた。この時、会議室には不穏な空気が流れた。

須賀京太郎の奇妙な肉体がしっかり映し出されていた。回復魔法によって人間らしい造形の両手両足がそろっていたのだが、質感と色合いがまずかった。

どう見ても黒い銀でできた芸術品で、生き物の手には見えなかった。


 集中治療室に須賀京太郎が放り込まれて数分後まとめ役の一人ハチ子が報告をした、この時に行われた報告の内容と会議室の反応について書いていく。

それは須賀京太郎がどうにか無事に戻ってきて会議室がほっと一息ついている時のことである。上機嫌なハチ子が口を開いた。かなり嬉しそうだった。

こう言っていた。

「我が王の容体が安定したようです。ただ、両手両足の異常は『異常』ではないとのこと。また、両手両足と合わせて両目も変化しているようです」

ハチ子の報告を聞いて龍門渕信繁が素直に喜んだ。酔いが醒めてきたオロチたちも喜んでいた。

門でつながっている秘密の部屋にも情報は伝わって、姉帯豊音が大いに喜んでいた。しかし未来を抱いていたのでかなり抑えて喜んでいた。

そうして空気が和むと龍門渕透華が一つ質問をした。特に力を入れていなかった。何となくの質問で、こう言っていた。

「両手両足のほかに、両目もですの? どう変わりましたの?」

ちょっとした好奇心からくる質問だった。この質問に対してまとめ役の一人ハチ子が答えた。映像つきでの説明だった。彼女はこう説明した。

「両手両足と同じく両目も黒い銀らしき物質に変化していました。

 映像を見てもらえるとわかりますが、白目の部分が黒色に、目の色が金色といった具合です」

ハチ子の説明に合わせて会議室のスクリーンに須賀京太郎が映った。ただ、映像を見た瞬間に龍門渕透華が目をそむけた。

というのが須賀京太郎、素っ裸だった。マグネタイトで満たされたビーカーのような設備に素っ裸で放り込まれて、誰かと話をしているところだったのだ。

顔見知りの素っ裸を直視するのは厳しかった。しかし巨大なビーカーの中で元気そうにしている須賀京太郎を見て龍門渕信繁が笑った。そしてこういった。

「いやいや、元気そうで何より。

 須賀君に少し大人しくしておくようにと伝えてくれる?」

するとまとめ役のハチ子がうなずいた。上機嫌なままである。無事に戻ってきてくれたことがうれしくてしょうがなかった。

そうしていると龍門渕透華がこう言った。

「そろそろ映像を切ってもらえませんか? 何というかその、須賀君の、その、丸見えだし」

チラチラと映像を見ながら気まずそうに指摘していた。そんな龍門渕透華の指摘の直後、須賀京太郎の映像が消えた。

この時申し訳なさそうな顔をハチ子が浮かべていた。失敗したと反省した。

 須賀京太郎の映像が消えてすぐ龍門渕信繁がヤタガラスとして働き始めた、この時の龍門渕信繁の仕事ぶりについて書いていく。

それは須賀京太郎の映像が消えて妙な空気が会議室に残っている時のことである。幹部・龍門渕信繁が口を開いた。

妙な空気になっていたが、一瞬で払う力がこもっていた。彼はこういっていた。

「では、ここからが本番だ。

 まず第一にヤタガラスは正式にナグルファルに協力を要請する。

葦原の中つ国を須賀君が奪還してくれた今、我々ヤタガラスは大量の仕事を処理する必要がある。人の手が欲しい。

 もともと私たちには重要な任務が二つ与えられていた。

 一つはヤタガラスの司令塔としての役割。

 二つ目は葦原の中つ国を通して全国のサマナーをサポートする役割だ。

 葦原の中つ国のコントロールを奪われていた結構な時間、間違いなく問題が多発している。

恐らくナグルファルに乗船しているヤタガラスだけでは処理できない。

 だから、我々ヤタガラスは正式にナグルファルに協力を求める。前線での戦いではなく、情報処理と物資の運搬に力を借りたい。

報酬については後ほど交渉したい。出来る限りそちらの要望に応えるつもりだ」

特に駆け引きらしいものは一切なかった。足元を見られてもしょうがない話の切り出し方だった。

「ここで駆け引きをしてもしょうがない」

と龍門渕信繁は考えたのだ。下手に交渉で時間を使うよりも、日本防衛が大事だった。金よりも時間が大事だった。

しかしこれに対してナグルファルの陣営は肯きで返した。非常に好意的だった。ストレートに無茶なことをやっている人間は好きだった。

自分たちの王の姿を思い出すからだ。そうしてまとめ役たちがうなずくのを見てヘルが正式に答えた。

「もちろん喜んで。オロチちゃんとは仲良くしたいもの。報酬については後で京太郎ちゃんと話をしてね。

 私たちは何を求めているわけでもないから」


すると龍門渕信繁がうなずいた。喜んでいた。葦原の中つ国の塞の神とナグルファルが連携すれば素晴らしい力になると見抜いていた。

そんな龍門渕信繁を見て血族が驚いていた。まさかの駆け引き無し、契約書なしで話が決まったのだ。驚きだった。

 協力関係が正式に結ばれる数分前、須賀京太郎の前に戦友たちが現れた、この時に現れた戦友たちについて書いていく。

それは龍門渕信繁の思い切った交渉術が完璧に決まる数分前のことである。

巨大なビーカーの中にぶち込まれている須賀京太郎の前に幽霊のような老人が姿を現していた。

須賀京太郎の入っているビーカーの周りには誰もいないはずであるから、おかしなことだった。警備の都合上医療班すら簡単に近寄れない仕様だからだ。

しかし幽霊のような存在は目の前に現れていた。この時現れた幽霊のような老人はリゾート気分な服装だった。

アロハシャツに半ズボン。足元はビーチサンダル。髪の毛と髭が長く白い、身長は百七十五センチほど。華奢だった。年齢はわからない。

肌がしわしわなのでお爺さんとしか言いようがない。髪の毛とひげが伸びているのも合わさって仙人のようだった。

この老人を見て須賀京太郎は驚いたのだが、さらに驚くことになった。次々と半透明な連中が姿を見せたからである。

二番目に現れたのは紳士たちだった。仙人のような老人の少し後ろに二人の老紳士がいた。背の高い老紳士と背の低い老紳士の二人組である。

二人とも外国人で聡明な顔つきをしていた。背の高い老紳士は赤いスーツを、背の低い老紳士は黒いスーツを着ていた。

リゾート気分の老人と同じく半透明だった。そしてこの紳士たちから若干離れたところで大きな犬と蛇が寝転がっていた。

大型犬をさらに一回り大きくさせたサイズで、真っ白。優しげな眼をしていた。蛇はかなり大きく全長十メートルオーバーの特大サイズ。

両目に知恵が宿っていた。この犬と蛇も老人同様に半透明だった。そうして姿を見せた半透明な連中は須賀京太郎を見て微笑んだ。

ビーカーの中に浮かんでいる須賀京太郎が元気そうだったからである。

 半透明な連中が姿を現した直後須賀京太郎に半透明な老人が話しかけてきた、この時に行われた会話について書いていく。

それは突如として姿を現した連中を見て須賀京太郎が驚いている時のことである。半透明な連中の先頭に立っている仙人のような老人が話しかけてきた。

不敵な微笑を浮かべこう言っていた。

「小僧、こっちを見よ。わしじゃ。ロキじゃ」

ビーカー越しに話しかけられた須賀京太郎は肯いていた。驚いてはいた。しかしやわらかい表情だった。そんな気がしていた。

そうして肯いているところで半透明なロキがこう言った。

「小僧。随分無茶をしたな。星も見つけておらんのに自分の肉体を戦いに特化させたな。

 異界操作の力が暴走してしもうとる。その証拠が両手両足、そして両目じゃ。その肉体は小僧が未熟であるという証拠。

星を持たないのに分不相応な領域へ手を出した代償。

 もしも自分の異界を制御できんままなら、永遠にそのままじゃろう」

このように半透明なロキが語りかけると須賀京太郎は目を伏せた。そして黙り込んだ。見抜かれていたからである。

ロキが言う通り、何もかも破壊するためにすべてをささげた。それでいいと思って暴れた。言い訳などできなかった。

そんな須賀京太郎を見てロキが少し笑った。まだまだ未熟だと思った。そして笑い終わってこういった。

「じゃが、その選択で大正解じゃったといっておく。

 新たな段階へ進むためには危険がつきものじゃ。高く飛ぶためには長い助走が必要で、新しい力を手に入れるためには再生と死が必要じゃ。

 そもそも無茶をせねばどうにもならんかったんじゃから、わしには責められん。

 よくやったな小僧。悪夢の世界で心を壊さず、よくぞやり遂げた」

半透明なロキがにやりと笑っていた。笑っているところを見ると飄々とした爺だった。ただ、須賀京太郎には救いになった。

そんな須賀京太郎にロキが続けてこう言った。

「じゃが、姉帯のお嬢ちゃんやアンヘルちゃんやソックちゃんに殴られる覚悟はしておいた方がええぞ。

 自刃したところ、完全に見られたからな。何を言われるかわからん。

 判断が早すぎるといわれるか、命を粗末にし過ぎといわれるか、それとも自分たちを信頼しろと言われるのか、わしにはわからん。

じゃが、覚悟しておけよ。

 とりあえず黙って肯いて謝っとけ、そうすりゃ何とかなる。わしがそうじゃった」

すると須賀京太郎が笑った。これを見てロキたちも笑った。

そしてひとしきり笑いあった後、半透明な存在たちが次々に自己紹介をした。半透明な存在たちが短く名前を名乗っていった。赤い老紳士が

「ベリアル」

と名乗り、黒い老紳士が、

「ネビロス」

と名乗った。これが終わって大きな犬が

「フェンリル」

と言い、続けて大きな蛇が

「ヨルムンガンド」

といって終わらせた。自己紹介など必要ないだろうと言いたげにほほ笑んでいた。そうして自己紹介を受けた須賀京太郎だが、驚きはまったくなかった。

半透明なロキを見た時点で分かっていた。半透明な幽霊たちは須賀京太郎にとりついていた悪魔の残骸。

そして須賀京太郎の無茶に付き合って巻き込まれた悪魔たちだった。詳しくはロキが教えてくれた。

「ナグルファルの理屈と同じじゃ。ナグルファルとはヘルが創る世界。ヘルの世界では亡霊たちは肉体を持って動き回る。

しかしそれは亡霊たちの力じゃねぇ。ヘルが創る世界の力じゃ。

 わしらも理屈は同じじゃな。

 暴走した小僧の異界に取り込まれたことで、わしらは再び姿を現した。小僧の性質を考えれば、イレギュラーじゃが、しょうがねぇ。

自分を御しきれるようになるまでは、このまんまじゃな。

 心配するなよ小僧。わしらは小僧が死なんかぎりサポートしちゃる。死んだら一緒に川を渡っちゃろう。船頭を選ばせてやるぞ?

 あぁじゃけど、半透明なままじゃとタバコが吸えんな……コーヒーもじゃ!」

ロキの説明を聞いてほかの半透明なメンツが笑った。悪魔的爆笑ポイントだった。須賀京太郎は困っていた。笑いどころがさっぱりわからなかった。

 半透明な連中と会話を始めて数分後集中治療室にスタッフがものすごい勢いで走ってきた、この時にスタッフがあわてた理由について書いていく。

それは半透明なロキたちと須賀京太郎が軽い日常会話を楽しんでいる時のことである。今まで穏やかだった集中治療室が急に慌ただしくなった。

バタバタと足音が聞こえ、ガチャガチャと金属が擦れる音がしていた。足音が一つや二つならいいのだが、二十人近くがバタバタと走っている。

あまりに騒がしいので須賀京太郎たちは警戒した。一応集中治療室があるセクションである。騒がしくなる可能性もある。

しかし、いくらなんでもうるさすぎた。そうしていると須賀京太郎の部屋の扉が開かれた。扉を開いたのはナグルファルのまとめ役の不機嫌な少年だった。

全身から魔力をたぎらせて、殺意に満ちた目をしていた。扉を開いてすぐに半透明な連中を見つけて、睨んでいた。

不機嫌な少年の背後には武装した仲魔たちが隊列を組んで待っていた。呪物で武装したガチガチの部隊だった。しかし不思議ではない。

なぜなら半透明な連中は、ナグルファルに認められていない。実力を、ということではない。その存在である。

となって、須賀京太郎しかいない部屋から半透明なロキたちの声が聞こえてくるのは非常にまずかった。二代目葛葉狂死の刺客だと思われてもしょうがない。

ただ、すぐにお互いの勘違いは解消された。この不機嫌な少年の登場をもって、須賀京太郎がこういったからだ。

「えっ? 」

マグネタイトで満たされたビーカーの中で見せた須賀京太郎のアホ面は見事だった。不機嫌な少年を一発で悟らせた。


 須賀京太郎がアホ面を見せた直後不機嫌な少年が落ち込んだ、この時に行われた不機嫌な少年と須賀京太郎の会話について書いていく。

それはナグルファルのまとめ役の少年が仲魔を引き連れて外敵を排除しに来た直後である。須賀京太郎のアホ面をみた不機嫌な少年が急に表情を崩した。

今まで眉間にしわが寄って眉がつりあがっていたのだが、今は眉が下がって肩が落ちてしょんぼりしている。

それというのも半透明な連中の正体がわかってしまった。特にリゾート気分のロキと大きな犬と蛇を見て間違いないと思えた。

半透明であるけれど、間違いなくヘルの家族たちだった。そして何が起きているのか察して随分な失敗をしたと自分を責めた。

そんな少年を見て半透明なロキが須賀京太郎にこう言った。

「どうやら小僧。随分と大事にされておるようじゃな。

 あの小さな忠義者は小僧とわしらの話声を異変と判断したらしい」

半透明なロキはニヤニヤしていた。面白がっていた。すると須賀京太郎はこういった。

「あっ……あぁーっ! そりゃ慌てるわ!

 ごめんなさい、ちょっと色々とあってロキたちが幽霊になったっていうか……なんて説明すればいいのこれ?

 あれだ、その、俺が異界操作でミスってロキたちの魂が巻き込まれて、それであれだ、幽霊化した?」

須賀京太郎は頑張って説明していた。しかし早口で聞き取りにくかった。あわてすぎだった。頑張って仕事をしている少年である。

邪魔をしてしまったことを本当に申し訳なく思っていた。そんな須賀京太郎を見て半透明なロキがこう言った。

「説明はせんでもええぞ小僧。

 ナグルファルの亡霊たちならわしらの状態がどういうもんなのかすぐにわかる」

このように語って半透明なロキは少年い視線を向けた。するとしょんぼりしている少年がうなずいた。

そしてしょんぼりしている少年は部屋から出て行こうとした。ここにいなくてもいいとわかっているからだ。

そうして部屋から出て行こうとしたところを須賀京太郎が止めた。こう言っていた。

「ちょっと待って! 

 もうここから出ても構わない? マグネタイトなら補充できたから」

するとしょんぼりしていた少年がじっと須賀京太郎を見つめた。そして肯いた。マグネタイトも肉体もしっかり回復していた。

しょんぼしていた少年がうなずくと須賀京太郎はビーカーをよじ登って外に出てきた。窓ガラスに張り付くトカゲのようだった。

そうして外に出てきた須賀京太郎だが、動きにキレがなかった。両手両足が完全に支配できていなかった。

ぎこちない。そんな須賀京太郎だが特に不安は見せなかった。異形化したが、自分の肉体である。慣らしていけばいいと考えた。

そうして素っ裸の須賀京太郎が現れるとしょんぼりしていた少年がこんなことを言った。

「あっ……龍門渕信繁様から我が王へ贈り物がございます。

 ヘル様が代理としてお受け取りになり、私たちが保管しております。

 ナグルファルへの前払いとのことです」

すると素っ裸の須賀京太郎はこういった。

「前払い? 良くわからないけど、まぁいい。

 それよりも何か着る物ないですか?」

恥ずかしそうだった。文化的に考えて素っ裸は不味かった。そんな須賀京太郎を見て年が首をかしげた。恥ずかしがることなど一切ないからだ。

しかしすぐにこう言った。


「お召し物をお持ちします」

するとすぐに白い門を呼び出した。門の向こう側にはたくさんの物資が見えた。倉庫のようだった。少年は元気を出して、門を潜ろうとした。

失敗を取り戻そうとした。しかしそれを須賀京太郎が止めた。須賀京太郎がこう言ったのだ。

「ついて行ってもいいですか? 何つーか、落ち着かないんで」

すると少年が一瞬喜んだ。しかしすぐに平静を装い肯いた。少年がうなずいたので須賀京太郎は白い門を一緒に潜った。

須賀京太郎が門を潜ると半透明な連中の姿も消えた。用が済むと門が消えた。

これとほぼすれ違いでアンヘルとソック、そして三人のオロチがヘルと一緒にやってきた。須賀京太郎がいないと理解して彼女らは非常にあせった。

不機嫌な少年が報告を上げていなかった。

 不機嫌な少年が創った門を潜り抜けて数分後須賀京太郎は服を着ていた、この時の須賀京太郎の服装について書いていく。

それは不機嫌な少年の門を潜り抜けて十分後のことである。素っ裸の須賀京太郎はいかにも好青年的な服装に着替えていた。

白いワイシャツに黒いスラックス、黒い靴下をはいて黒い革靴、どこからどう見ても好青年風だった。

鍛えられた肉体をしているうえに身長が高いので非常に見栄えがした。須賀京太郎が着替えている時不機嫌な少年は

「こっちの方がいい」

とか

「もっといいものを用意する」

といって別のものを着せようとしていた。しかし須賀京太郎が

「安物でいいよ。戦うし、壊れても大丈夫な安物でさ」

といって断っていた。服を選んでいる時須賀京太郎の表情は暗かった。専用のバトルスーツが失われたのが悔やまれた。

時間と手間がかかっているので須賀京太郎でもショックだった。そうして若干ショックを受けている須賀京太郎は、大きな鏡の前に立った。

おかしなところがないか確認するためである。ルックスなんぞどうでもいいと思っている須賀京太郎だが、一応確認だけは行っていた。

 姿見の前に立った時鏡の向こう側に須賀京太郎が立っていた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それは好青年状態になっている須賀京太郎を見て半透明な連中が

「馬子にも衣装」

といって笑っている時のことである。姿見の前に立った須賀京太郎は目を見開いていた。異形の両目が大きく泳ぎ、呼吸がひどく乱れた。

鏡に映った自分の姿にショックを受けたのだ。これはショックだった。なぜなら鏡には

「金髪の髪の毛、人間の両目、人間の両手両足を持った須賀京太郎」

が映っている。ありえないことだ。驚かずにはいられなかった。しかしすぐに冷静になり、確認を始めた。

鏡から視線を切って自分の異形の両手をみて、肌の色を確認した。するとそこには黒い銀製の両手があった。肌の色は今も褐色のままである。間違いない。

確認した後、再び鏡に視線を向けた。しかし鏡には人間の須賀京太郎が映っていた。意味が分からなかった。

そうして困っていると鏡の中の自分が口を開いた。とても苦しげだった。こう言っていた。

「罪を償いたい

 俺はとんでもないことをしてしまった。葦原の中つ国を奪還するために大切な人たちを殺してしまった。

 父さんと母さんを殺した。先輩たちを咲たちを殺した。大切な者たちを友人たちを殺してしまった。

 悪夢の世界から抜け出すためには必要なことだった。悪夢の世界に俺の味方はいなかった。戦わなければ殺されていた。

 必要なことだったからやった。夢の中でのことだ。現実には何の影響も及ぼさないだろう。

 だが……」

さらに続けて鏡の中の須賀京太郎が口を開いた。こう言っていた。


「殺したことが罪深いわけじゃない。

 『何も感じない自分が罪深い』

 大切な者たちをことごとく殺したのに、『何も感じていない』。

 何も感じていない自分が何よりも罪深く、『許しがたい』

 大切なものを守るために戦っていたはずなのに、自分可愛さに皆殺しにした。挙句、呵責がない……俺はただの悪魔だ。何の理想も思想も持たない怪物だ。

 俺は苦しまなければならない。

 この何もない自分に罰を与えなければならない。奪い取った者たちに報いなければならない」

このように語ると鏡の中の須賀京太郎は姿を消した。幻のように消えた。幻覚の須賀京太郎が消えうせると異形の須賀京太郎が鏡に映った。

灰色の髪の毛褐色の肌。黒い白目と金色の瞳。両手両足は黒い銀でできている。白いワイシャツを着てスラックスを履いて黒い革靴を履いていた。

間違いなく須賀京太郎の今の姿だった。こうなって須賀京太郎は緊張を解いた。しかし呼吸が非常に乱れていた。

この須賀京太郎の異常をみて、半透明な連中や不機嫌な少年が話しかけてきた。彼らは

「どうかしたのか?」

と問い、須賀京太郎は

「大丈夫だ」

と答えた。罪悪感で苦しんでいるとは口が裂けても言えなかった。幻覚を見たとも言えなかった。

ここで告白することは何よりも罪深い行為だと直感していた。楽になることを須賀京太郎は拒否したのだ。

 須賀京太郎が自分の姿を確認した後不機嫌な少年が贈り物を持ってきた、この時に少年が持ってきた贈り物について書いていく。

それは須賀京太郎が呼吸を整えている時のことである。不機嫌な少年が日本刀を持ってきた。門を創りさっと贈り物をつかんで戻っていた。

この時不機嫌な少年は普通の少年のように見えた。不機嫌さは消えてドキドキしているのがわかった。

というのが、須賀京太郎が気分を悪くしているようなので、贈り物で機嫌を取ろうとした。

喜んでもらえるかどうかわからないことから生まれるドキドキだった。そうして日本刀を持ってくると須賀京太郎はこういった。

「信繁さんの陰陽葛葉?

 えっ、本当に?」

すると贈り物を少年が差し出した。そしてこういった。

「はい。

『これから事務処理で忙しくなるから持っておいて』

と」

須賀京太郎は軽く笑った。そして退魔刀・陰陽葛葉を受け取ってこういった。

「信繁さんらしいな。

 それじゃあ、しっかり受け取らせてもらいます」

そうして年季の入った陰陽葛葉を須賀京太郎が受け取った。陰陽葛葉を受け取った須賀京太郎は機嫌をよくしていた。

龍門渕信繁が面白いことをしてくれたからだ。そんな須賀京太郎を見て少年は内心ガッツポーズを決めていた。機嫌が取れて本当にうれしかった。

そうなって須賀京太郎は少年に質問をした。かなり申し訳なさそうな顔をしていた。こう言っていた。

「あのところで。お名前は? たぶん聞いてなかったと思うんだけど。

 あっ、もしも俺が忘れているだけだったらごめんなさい!」

すると不機嫌な少年が目を見開いた。そして一瞬須賀京太郎を見つめて、目を伏せた。ショックを受けているように見えた。須賀京太郎はあわてた。

やってしまったと思った。こういう失敗は心臓に悪かった。しかし須賀京太郎は失敗していなかった。少年はこういったのだ。


「僕に名前はありません。生前は『あれ』とか『それ』としか呼ばれませんでしたから」

失敗ではない。もともと名前がないわけだから失敗も何もない。ただ少年の答えを聞いて須賀京太郎は余計にあわてた。

コミュニケーション的には大失敗だった。心臓が張り裂けそうだった。

 須賀京太郎がとんとん拍子でコミュニケーションを失敗した時半透明なロキが機転を利かせた、この時に行われたロキの提案と結果について書いていく。

それはコミュニケーションで大失敗した須賀京太郎の目がとんでもない勢いで泳いでいる時のことである。

完全に取り乱している須賀京太郎を見て半透明なロキが提案をした。須賀京太郎とは違って冷静だった。ロキはこういったのだ。

「なんじゃい。そりゃあずいぶん不便じゃのう。これからナグルファルのまとめ役をやるっちゅーなら、名前が必要じゃろう。

 なぁ小僧よ。一つ『コードネーム』を考えてやれ。そうすりゃあよ、何の不便もなかろう。

小僧が思い浮かばんのなら、わしが名前を付けてやってもええぞ」

すると半透明な連中がロキに乗ってきた。それぞれの趣味が混じったコードネームがどんどん飛び出してきた。例えば、

「ムシュフシュ好み」

とか

「一飲みサイズ」

とか

「骨付き肉」

とか

「人間四分の一(クォーター)」

などである。面白がってやっているので、格好よさはまったくなかった。そんな半透明な連中を無視して名前のない少年がロキの提案に乗った。

不安げに須賀京太郎を見つめてこう言っていた。

「我が王、まともなコードネームをよろしくお願いします」

須賀京太郎の呼吸がものすごく乱れた。コードネームといわれてパッと思いつくような須賀京太郎ではなかった。しかし、逃げなかった。

必死で頭を回転させた。半透明な連中が考えたコードネームを名乗らせるのは不憫だった。そして必死に考えて須賀京太郎はコードネームを発表した。

「『セリ』で! セリでお願いします」

須賀京太郎だがビビりながらの発表だった。自分のネーミングセンスを試されているのだ。ドキドキした。すると半透明なロキが大きく反応した。

ほかの半透明な連中も同じである。かなりざわついていた。まさか花の名前が出てくるとは思わなかった。半透明な連中がざわつくと須賀京太郎が俯いた。

恥ずかしくなっていた。自分でもらしくないとわかっているのだ。ただ、しょうがなかった。自分の先輩たちが花由来のコードネームを名乗っているのだ。

いざとなって飛び出すのは日常に関連している単語だった。さてそうして飛び出してきた「セリ」というコードネームだが、がっちりと少年が受け取っていた。

目を輝かせて、うなずいていた。

 名前のなかった少年にコードネームがついた数秒後ハチ子の門が現れた、この時に行われた騒々しいやり取りについて書いていく。

それは不機嫌な少年が上機嫌なセリに変わった直後である。須賀京太郎たちのすぐそばにハチ子が創る門が現れた。門が現れると上機嫌なセリがハッとした。

そして目を泳がせた。言い訳を必死に考えていた。言い訳とは報告のし忘れについてである。

須賀京太郎を倉庫に連れてきたことを全くナグルファルに報告していなかった。それを思い出してセリは慌てた。

ほかのまとめ役たちから文句を言われるのが見えていた。

そうしてセリが必死に言い訳を考えていると、門の向こう側から少し酔いが醒めた三人のオロチたちが駆け込んできた。

酔っぱらっているため足元がふらついていたが、ものすごい勢いだった。そうして駆け込んできた三人のオロチたちはすぐに須賀京太郎をロックオンした。

そして飛びついてきた。ためらいはなかった。集中治療室から何の連絡もなく消えた須賀京太郎である。龍門渕信繁も姉帯豊音も

「見つけ次第捕獲しろ」

と本気で動く許可を与えている。手加減などなかった。


しかし須賀京太郎の両目はオロチをとらえていた。三人のオロチたちの表情までしっかり見えた。しかし対応しなかった。やりたいようにやらせた。

酔っぱらっているのがわかったからだ。相手をするだけ無駄だと知っていた。そうしてものすごい衝突音と共に須賀京太郎がオロチにつかまった。

蝉が木にしがみついているような調子で三人のオロチがしがみついていた。愉快な状態だった。

須賀京太郎が愉快な状態になったところでアンヘルとソックが門を潜ってやってきた。少し怒っているようだった。そのあとからハチ子とヘルがやってきた。

ハチ子は不機嫌な顔のまま、ヘルは無表情のままである。ただヘルの身振り手振りからかなりおびえているのがわかった。理由はわかりやすかった。

アンヘルとソックである。二人の怒気におびえた。そうして現れた彼女らなのだが須賀京太郎たちの集まりを見て様々な反応を見せた。

須賀京太郎を見つけて喜ぶ者、家族を見つけてはしゃぐもの、報告を怠ったまとめ役を見て怒る者。いろいろだった。ここからさらに倉庫が騒がしくなった。

半透明な肉親に飛びついていく奴がいたり、須賀京太郎からオロチを引きはがそうとしたり、コードネームを高らかに名乗る者がいたりで収拾がつかなかった。

落ち着いたのは十分後のこと。ひとしきり騒いでからのことだった。

 葦原の中つ国がヤタガラスの支配下に戻って二十分後ナグルファルの甲板が騒がしくなっていた、この時の葦原の中つ国の状態とナグルファルの状態について書いていく。

それは超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプを須賀京太郎が破壊して約二十分後のことである。葦原の中つ国の最表面の世界に大量の門が現れていた。

この時に現れた門というのは葦原の中つ国と現世を結ぶための門である。

蒸気機関を利用した門で、高さ六メートル、横幅四メートルほどの中型サイズである。これは一般ヤタガラス仕様の門である。

この門が大量にナグルファルの周辺に開いていた。大量に蒸気機関の門が現れたので温泉街チックになっていた。

このようになったのは葦原の中つ国の最表面が崩壊しているからである。

物資自体はナグルファルに積み込まれているがかつてあった蒸気機関とどこまでも広がる道の世界はない。今の最表面の世界は何もない大地と青い空。

そして青い空を独り占めしている巨大な光の塊があるだけだ。補給のためにはどうしてもナグルファルを利用する必要がある。

それがわかっているので葦原の中つ国の塞の神オロチは門の出現地点をナグルファルの甲板に設定した。

ただ、かなり長い時間葦原の中つ国が利用できなかった事で、利用者が恐ろしく多かった。

加えて情報収集のために駆け込んでくる関係者もいたりしてまったく落ち着く暇がない。しかし甲板にいる者たちは元気だった。

外国のサマナーたちが攻撃を仕掛けている現状も帝都の問題も全く解決していない。しかし喧噪が元気をくれていた。五月蠅いのがよかった。また

「甲板にいる沢山のヤタガラスは同じ目的のために戦っている同志だ」

そう思うと心が奮い立つのだ。そんなヤタガラスたちの高揚はナグルファルに流れ込んでいた。流れ込んできたマグネタイトの集計は会議室で行われていた。

仕切っているのは不機嫌だった少年セリである。また屈強な男性ナナシと老人の頭領も部下を従えて一生懸命働いていた。

ここぞとばかりにヤタガラスたちと取引を行ったのだ。ヤタガラスの最低限の補給とは別に、サービスの提供で稼いでいるのだ。

例えば須賀京太郎が利用した集中治療室。まとめ役の一人琴子が管理・運営している医療機関。姉帯豊音たちが利用しているような客室。

料理の提供から、非戦闘員の保護も請け負ってみたりして忙しかった。商売に精を出すものがいる一方で龍門渕の仕事に手を貸す者もいた。

まとめ役の梅さんとハチ子である。混乱した情報を部下たちと一緒にまとめて分析して、司令塔である龍門渕を助けていた。

暇そうなのは、ヘルくらいのものだった。いないものとして扱われている姉帯豊音の部屋で騒いでいた。


 葦原の中つ国とナグルファルが忙しくなっている時須賀京太郎が部屋で苦しんでいた、この時の部屋の状況について書いていく。

それは葦原の中つ国の運営をナグルファルがサポートしている時のことである。

ナグルファルの奥の奥にある王のための秘密の部屋に須賀京太郎の姿があった。大きな椅子に座ってじっと何かに耐えていた。

非常に苦しげで、みていられない。しかし誰も助けない。というのが目の前の椅子に姉帯豊音が座っていた。

須賀京太郎をじっと見つめる姉帯豊音の目は非常に怖かった。冷えに冷えていて目を合わせるのが怖い。

また姉帯豊音の腕には未来が抱かれていて、不機嫌な顔をしていた。少し刺激を与えたらすぐに泣きだすのが見えていた。

そんな未来を抱いている姉帯豊音は何も言わずに須賀京太郎をじっと見つめ続けていた。

「じっと見つめている」

だけである。特に怒っている様子もなく責めている雰囲気もない。冷えているだけである。そんな姉帯豊音と向き合っている須賀京太郎も頑張ってはいた。

何度か視線を姉帯豊音に向けていた。しかしすぐにそらし、また合わせるを繰り返した。姉帯豊音を見てこう思ったのだ。

「めっちゃ怒ってるパターンだわ、これ」

明らかに窮地だった。追いつめられていた。しかし誰も助けてくれなかった。半透明な連中は家族や友人との再開で忙しかった。三人のオロチも今はいない。

葦原の中つ国が動き出した以上ヤタガラスの一員として働く必要があった。今は触角の数を爆発的に増やして情報伝達にいそしんでいる。

情報伝達は三つの段階の繰り返しである。一番に日本全体に触角を再出現させる。二番に収集した情報を会議室に集める。

三番に会議室での結論を触角を通して全国に伝える。以下繰り返しである。帝都を襲撃された時点で日本の情報網がかなり麻痺している状態である。

オロチの触角を使えば情報伝達のタイムラグはない。触角を通じてオロチは一つだからだ。非常に役立っていた。

 視線で責められ初めて数分後未来が泣き出した、この時に起きた葦原の中つ国の変化について書いていく。

それは姉帯豊音の視線に須賀京太郎が耐えかねて

「とりあえず謝っとこう。謝ればどうにかいけるってロキが言ってたし」

と危険な賭けに出ようとした時のことである。ナグルファルの外の景色が赤く染まった。しかし穏やかなものではない。激しい赤色、爆発のようだった。

少なくとも夕焼けではない。そのためナグルファルの窓から赤い光が入ってくるとだれもが

「異変だ!」

と思った。また、光だけならばよいがナグルファルが若干揺れた。この揺れを感じると部屋にいた者たちは慌てた。尋常ではないことが起きたと理解できた。

というのもナグルファルというのは見た目が船なだけで中身は一個の世界である。広大な地獄を船の形にしているだけで船ではない。

そのためよほどのことがないと船が揺れたりしない。実際今まで海を渡ろうが空を飛ぼうが船の内部に影響はない。なぜなら船の形をした異界だから。

異界を切り裂くために須賀京太郎が苦労したように、世界を揺らすためには世界を揺らす技術が必要なのだ。

となるとナグルファルを動かせるものというのは非常に少ない。しかし今ナグルファルは揺れた。とんでもなかった。葦原の中つ国を奪い返した今

「いったい何事?」

となるのは自然だった。そうなって姉帯豊音の腕の中で不機嫌になっていた未来がついに泣き出した。

ただでさえ姉帯豊音の機嫌が悪いのに信頼できるナグルファルが揺れるのは恐ろしかった。未来が泣き出すと姉帯豊音があわててあやし始めた。

須賀京太郎はこの時窓にへばりついていた。何が起きているのか確認しようとしていた。そして確認して須賀京太郎は驚いた。

葦原の中つ国の空に大きな火柱が出現していた。火柱は天に上り勢いが少しも弱まらなかった。しかしすぐに消えた。パッと幻のように消えたのだ。

煙も残さなかった。不思議な火柱だった。そうして火柱が消えると須賀京太郎は泣いている未来の所へ近寄っていった。そしてこういった。

「もう大丈夫だぞぉ。怖いものは消えたからなぁ」

部屋にいた者たちが驚くほど猫なで声だった。しかし未来には面白かったらしく機嫌がよくなった。未来が機嫌を良くすると姉帯豊音がこう言った。

「無茶しないでね」

目が怖かったが声は優しかった。須賀京太郎が戦いに行くと姉帯豊音は直感していた。心配だった。そんな姉帯豊音に須賀京太郎は小さく肯いた。

全肯定は無理だった。火柱を見て戦いと死の臭いを感じ取っていた。

 葦原の中つ国の空に巨大な火柱が発生して五分後秘密の部屋にハチ子の門が現れた、この時に行われたハチ子のお願いについて書いていく。

それは半透明な連中とその関係者が宴会を開こうと準備している時のことであった。いまいち緊張感のない連中に対して須賀京太郎が

「お前らよそでやれ。未来の機嫌が悪くなる」

と文句を言い、これに対してヘルが

「いいじゃない京太郎ちゃん! みんなで騒ぎましょう! パーティーナイトよ!」

と無表情のまま応えていた。この時、未来を抱いている姉帯豊音は嫌な顔をしていなかった。秘密の部屋の喜びに満ちた連中を見て彼女もまた喜んでいた。

それもそのはず

「まっしゅろしゅろすけ」

の鉄壁の守りによって未来に悪影響は出ない。

「騒ぎたいのなら騒いで結構」

と心が広かった。そんなところで秘密の部屋にハチ子の門が現れた。門が現れても誰も驚かなかった。何度も見たハチ子の門である。

しかし暗い雰囲気になった。秘密の部屋にハチ子の門が現れるのならば須賀京太郎、もしくはヘルに用事がある場合以外にない。

火柱が出現した後のことである。戦いの時間である。そうなると再会を祝してのパーティーは出来なくなる。

半透明な連中は須賀京太郎を基点にして行動している。須賀京太郎が戦場に赴けば彼らも一緒に戦場へ行く。

そうなると再会を祝っている者たちからすれば悲しいだけだった。そんな暗い雰囲気の部屋に飛び込んできたハチ子は大きな声でこう言った。

「我が王! ヤタガラスからの脱退を!」

大きな声でヤタガラス脱退を勧めたハチ子だが、ひどくあわてていた。門を潜り抜けたところでこけていた。ゴテゴテとした門の装飾に足を引っ掛けている。

ただならぬハチ子の慌てように秘密の部屋がざわついた。協力の証しとして龍門渕信繁の退魔刀・陰陽葛葉が部屋に飾られているのだ。

ハチ子の提案は意味が分からなかった。

 ハチ子が飛び込んできた直後須賀京太郎がおかしなことを言い出した、この時に行われ奇妙なやり取りについて書いていく。

それはハチ子が大慌てで門を閉じている時のことである。慌てているハチ子を見て、須賀京太郎がうなずいた。冷静そのもので動じていない。

しかしハチ子の提案に乗ることはない。またハチ子を見続けることもなかった。ハチ子が創る門が消えるとすぐに天井に目を向けた。

誰かがそこにいるような視線の動かし方だった。部屋にいる者たちが不思議がっていると、こんなことを言い出した。

「お久しぶりです。ハギヨシさん。ディーさん。

 何日ぶりっすか? 一週間くらい?」

須賀京太郎が口を開いた時間違いなくハチ子の門は閉じていた。閉じていたはずである。しかし秘密の部屋にハギヨシの声が聞こえた。少し気が立っていた。

こう言っていた。

「そんなもんだな。

 しかし少し見ない間に男前になったな。それに一国一城の主になったらしい。しかも部下たちに好かれている。うらやましい限りだ。

 本部の面倒くさいアホ共と交換してほしいくらいだ」

ハギヨシの声が聞こえてくると秘密の部屋の空気が一変した。暗い雰囲気から一気に熱くなった。良い熱ではない。焦りの熱である。

どこから干渉しているのかわからなかったのだ。ナグルファルはいわゆるホームグラウンド。好き勝手にされるのは意味が分からない。

また魔法科学の専門家たちばかりだ。感知できない角度から侵入されるのは恐ろしかった。


 秘密の部屋が焦りに包まれた直後須賀京太郎とハギヨシが話をした、この時の須賀京太郎とハギヨシの会話内容について書いていく。

それは異界・ナグルファルの内部にあって断トツのセキュリティーを誇る秘密の部屋にハギヨシの干渉を許した直後である。

姉帯豊音に抱かれている未来を見つめながら須賀京太郎が口を開いた。静かな口調だった。こう言っていた。

「それで、『決戦場』はどんな感じで?」

須賀京太郎が質問するとハギヨシの声が答えた。この時には非常に冷静になっていた。ハギヨシはこのように答えた。

「かなり劣勢だ。超ド級霊的決戦兵器とでも言うべき存在が二体。

こいつらに加えて、衣が取り込まれている世界樹のサポートが入ってとんでもなく厄介なことになっている。

 具体的にはいくら首をはねても速攻で復活してきやがる。

 攻略方法をいくらか考えてみた。しかしどれも超高難度。一番現実的な方法が『超ド級霊的決戦兵器二体と世界樹を同時に始末する』だからな。

 葦原の中つ国のサポートが消えてからも粘ってみたが、ジリ貧だ。超力超神のフレームがやばいことになっている。

 しかも三十分くらい前から攻撃が激化してな。マグネタイトを奪うよりも使用量が増えてきて、あと一時間くらいで潰される。

俺とディーは大丈夫だが運動不足の年長者どもが音をあげだしてな」

須賀京太郎に応えるハギヨシは少し笑っていた。しかし追い込まれているのは間違いなかった。そうしてハギヨシの話を聞いた須賀京太郎は目を見開いた。

驚いていた。ハギヨシたちが乗り込んでいる超力超神がエネルギー不足になりつつあるというのだ。どんな地獄なのか想像できなかった。

須賀京太郎が驚いているとハギヨシの声が続けてこう言った。

「それでここからが本題だ。決戦場の劣勢をひっくり返すために十四代目葛葉ライドウは超力超神を放棄することに決めた。

 正確には『葦原の中つ国の塞の神・オロチに供物として捧げる』と決定した。

 つまり十四代目葛葉ライドウの所有物から葦原の中つ国の所有物に変更することで、大量のエネルギーを共有しようという作戦だ。

 超力超神を触角にするつもりなのさ。

 オロチの触角たちが桁外れのエネルギーを利用できるのは、『触角』だからだ。多少劣化するだろうが、しょうがない。

 既に超力超神内部で儀式の準備が整っている。ただ一つを除いて完璧に……何が足りないかわかるな?」

ハギヨシの声に須賀京太郎が答えた。

「『オロチの触角』が必要。捧げものを受け取ってもらう必要がある。

 そして、俺に話が来たということはオロチの触角をハギヨシさんたちだけでは無事に送り届けられない可能性が高いから。

 オロチの触角を運ぶ役目を俺にやれと? ほんの少しの余波でナグルファルが吹っ飛びそうになった火の中をゆけと?

 さっきの火柱は決戦場の様相そのままでしょう?」

するとハギヨシの声が即答した。

「俺たちはお前にオロチの運搬役を任せたい。

 師匠が適任だと言っていたよ。

『火の海を駆け抜ける体力、戦場を見極める技量、そして高い使命感を持つ者。この条件に当てはまってすぐに覚悟を決められるのは須賀君だけだろう』

とな。

 もしも任務を受けてくれるのなら相当の報酬を用意すると言っていた。

 喜べ京太郎。幹部の座がお前を待っている。かなりの離反者がいるみたいだから結構現実的だ。

 しかしここまで説明すれば、お前なら自分から飛び込んでくると『俺』は予想している。ディーも同じだ。師匠は報酬で釣れと言っていたが俺たちは

『必要ない』と言って笑ってやったよ。『年を取りすぎて鈍ったな』と挑発もくれてやった。報酬の話なんぞしたら興醒めになる。そうだろう?

 お前はそういう奴だ。

 どうだ? 俺たちの予想は正しかったか?」


ハギヨシの答えを聞いて須賀京太郎が小さく笑った。須賀京太郎につられて半透明な連中も笑った。半透明な連中と須賀京太郎が笑うとハチ子が青ざめた。

ムシュフシュも姉帯豊音もアンヘルもソックも同じく青ざめていた。そんな時に須賀京太郎ははっきりと答えた。

「正しいです。大正解です」

このように須賀京太郎が答えると、ハチ子が顔を伏せた。そしてうめいた。生きて戻れないと思った。一瞬現れた火柱の余波でナグルファルが揺れたのだ。

望んで飛び込んで生きていられるわけがなかった。

 ハギヨシからの依頼を受けた後秘密の部屋に門が現れた、この時に現れた門の向こうで側で待っていた者たちついて書いていく。

それは決戦場に出陣すると決定した直後だった。秘密の部屋に門が現れた。ハチ子やセリが創る門と比べると非常に質素な門だった。

どことなく天江衣の別館の玄関と似ていた。この門が現れるとナグルファルのまとめ役ハチ子が須賀京太郎を引き留めようとした。

しかし姉帯豊音に目で制された。姉帯豊音に見つめられたハチ子は顔を伏せた。姉帯豊音の言いたいことが分かったからだ。

そうしている間に須賀京太郎は一人で門を潜った。何の緊張もなかった。すると秘密の部屋がさみしくなった。半透明な連中が消えていた。

一方で、門の向こう側は騒がしかった。門の向こう側は会議室だ。かつては三十人で限界であったが、増築されて広くなっていた。

現在余裕をもって三百席であるから、かなり増えている。そんな会議室で龍門渕の血族とナグルファルのまとめ役たちが働いていた。

会議室の奥には龍門渕信繁と娘の透華が陣取っていた。頭に冷却シートを張って、うつろな目で働いていた。責任者だから忙しいわけでない。

会議室にいた者たちすべてが忙しかった。問題が山積みになっていて、解消に時間が必要だった。そんな会議室で龍門渕のメイドたちが頑張っていた。

軽食を持って駆け回ったり、仲魔を呼び出してサポートしていた。頭を激しく使う「治水」の異能力者集団龍門渕である。栄養補給が重要だと知っていた。

人間と悪魔が駆け回る会議室だが一際目を引くのがハギヨシ達だった。武闘派の雰囲気をまとった彼らは浮いていた。

会議室にいるヤタガラスたちが事務系なので余計に際立った。この時のメンツはハギヨシ、ディー、そして見知らぬ女性である。

この時の三人の装いはまったく統一感がなかった。ハギヨシは大鎧で身を固め、ディーは龍門渕製のバトルスーツを着ていた。

見知らぬ女性はジーパンと普段着で、若干服が焦げていた。邪魔にならないように会議室の隅っこで三人でかたまっていた。居心地が悪そうだった。

 須賀京太郎が会議室に現れるとハギヨシが迎えた、この時に行われた須賀京太郎とハギヨシたちとの会話について書いていく。

それはいつの間にか増改築されている会議室に須賀京太郎が圧倒されている時のことである。大鎧を着たハギヨシが須賀京太郎に近付いてきた。

近付いてくるハギヨシハ非常にフレンドリーだった。居心地が悪かったのもあって近づいてくるのが早い。しかし流石に身長体格ともに良いハギヨシである。

大鎧を着て近寄ってくると威圧感があった。また腰に下げている陰陽葛葉が禍々しい気配をまとっている。近寄りがたい空気だった。

そうして上機嫌なハギヨシが近づいてくると見知らぬ女性とディーも動き出した。ハギヨシと同じく早歩きだった。ハギヨシと同じ理由からである。

そうして近寄ってきた武闘派の三人だが、須賀京太郎を見て少しだけためらった。

というのも今の須賀京太郎は灰色の髪の毛に加えて、褐色の肌と異形の目。両手両足は黒い銀製に変わっている。

服を着ているので足は見えないがワイシャツからのぞいている両手の可笑しさは見逃せない。

付き合いのあるハギヨシとディーでも「禍々しい」と思う仕上がりである。ためらうのもしょうがなかった。三人のためらいは須賀京太郎にも届いていた。

須賀京太郎は少し悲しげになった。しかし頑張った。頑張って先に話しかけた。須賀京太郎はこういった。

「それじゃあ、行きましょうか。

 できるだけ早い方がいいですよね?」

するとためらっていた三人の意識がすぐに切り替わった。見た目の激変なんぞ今は重要な問題でないと切り替えたのだ。

そうして切り替えたハギヨシがこう言っていた。


「あぁ。もちろん早い方が良い。だが、準備が整ってからだ。

 超力超神に必要な物資を揃えてもらっているところだ。スコヤが受け取り次第、出発する」

このようにハギヨシが答えると須賀京太郎は見知らぬ女性に視線を向けた。須賀京太郎の視線に気づいてハギヨシが笑った。そしてこういった。

「俺の元・巫女だ。小鍛治健夜(こかじ すこや)。見たことくらいあるだろう? あとでサインでも貰っとけ」

ハギヨシの紹介をきいて須賀京太郎が驚いた。そしてバトルスーツを着ているディーに視線を向けた。

ディーに向ける須賀京太郎の視線は尋常なものでなかった。

「この人に命を狙われているの?」

と、無言の視線に須賀京太郎の心が乗っていた。須賀京太郎の視線に気づいてディーが

「黙ってて」

と視線で伝えてきた。須賀京太郎の目が泳いだ。状況を把握するのが難しかった。そうして困っていると小鍛治健夜が口を開いた。こう言っていた。

「初めまして。須賀君。この人の元・巫女で婚約者の小鍛治健夜です。

 今回はサポートに回るから、頑張ってオロチ様を運んでね」

自己紹介をする小鍛治健夜は良いお姉さんに見えた。撫子真白(なでしこ ましろ)ことディーの命を狙っている人間には見えなかった。

そんな小鍛治健夜の自己紹介の直後、ナグルファルの船員たちが大量のダンボールを運び込んできた。手押し車に段ボールを三段に乗せて、十台分である。

結構な量で会議室の邪魔になるはずだが、問題なかった。運び込まれたその時に小鍛治健夜が異界に収納したからだ。

収納の仕方は簡単で、門を潜らせるだけだった。小鍛治健夜が創る門は、玄関のような形をしていた。須賀京太郎が潜った門であった。

 物資を受け取っている間に突入準備をハギヨシとディーが行った、この時に行った準備について書いていく。

それは小鍛治健夜がどんどん物資をしまいこんでいる時のことである。バトルスーツを着たディーと大鎧を着たハギヨシが須賀京太郎に近付いてきた。

ずんずんとおっさん二人が近寄ってきたので須賀京太郎は嫌な顔をした。威圧感がすごかった。

そして近寄ってきたハギヨシとディーだがこんなことを言い出した。一番にハギヨシがこう言ったのだ。

「異界操作術を中途半端に使っておかしなことになっているな。

 だが、ちょうどいい。オロチを運搬するために利用させてもらおう」

これにディーが続けてこう言った。

「もしかしてあれをやるつもりか? やめとけよ。

 六年前は中途半端なことになってこじれたろ? 予定通り俺がやる」

止めるディーだったが、ハギヨシは知らん顔だった。そしてこういっていた。

「六年前の話だろ? 前はお前も俺も未熟だった。スコヤもいなかった。今は違う。そうだろう?

 京太郎の方が戦闘に傾いているんだ、適材だろ?」

するとディーが嫌な顔をした。あまりリスクをとりたくなかった。須賀京太郎を試すのが嫌だった。

そんな二人の会話を聞いて須賀京太郎がこんなことを言った。

「あの……何をするつもりで?」

これにハギヨシが答えた。

「京太郎を変身させようと思ってな。

 信繁さんから聞いたが、『変身』できるようになったんだろ? これを少しいじくって運搬に適した形態に変えてやろうと思ってな。

 変身ってのは異界操作術の初歩の初歩だ。足を踏み入れているのなら、いじくるのはそう難しいことじゃない。

 それで、どうする京太郎? 俺たちに身を任せてみるか? 大丈夫だ死んだりしない」

悪い科学者みたいなハギヨシだった。須賀京太郎は少しためらった。怪しかったからだ。しかし、うなずいた。ハギヨシのことは信頼していた。

そうして須賀京太郎がうなずくとハギヨシがディーに合図を送った。これにディーがうなずいた。しぶしぶだった。

そうして渋々うなずいた直後ディーに異変が起きた。ディーの肉体が黄色の火に包まれたのだ。

ディーの身体の内側から黄色の火が噴きあがり、あっという間に呑み込まれてしまった。ディーが黄色の火で包まれるとハギヨシが呪文を唱えた。

短い呪文だった。呪文が終わるとディーの黄色の火が須賀京太郎に移った。須賀京太郎はあわてた。しかしすぐに落ち着いた。熱くなかった。

須賀京太郎の体を包んだ黄色の火はすぐに見えなくなった。消えたのではない。須賀京太郎の肉体に沈み込んでいったのだ。


そして火が消えた後ハギヨシがこう言った。

「はい完了。楽勝だったな。

 スコヤの方も終わったみたいだしそろそろ移動しようか。甲板でオロチが待っているはずだ。

 甲板に到着したら京太郎は変身。俺が門を開き、決戦場へ突入。突入後、超力超神へ向かい師匠たちと合流する。

 以上終わり」

ハギヨシの計画をきいて須賀京太郎がうなずいた。問題はなかった。ただ不安があった。一体何が変わったのかさっぱりわからなかったのだ。

須賀京太郎が不安そうにしているとディーがこう言った。

「変身したらわかるさ。

 まぁ、なんていうか。先に言っておく。ごめん」

余計に不安になった須賀京太郎だった。そんなことをしている間に荷物の運びこみが終了していた。準備が完了すると甲板に移動することになった。

移動は小鍛治健夜の門で行われた。便利な技術だった。

 ナグルファルの甲板に到着した時須賀京太郎にオロチの触角が飛びついてきた、この時のオロチの触角と須賀京太郎について書いていく。

それは小鍛治健夜の門を潜り抜けて数秒後のことだった。

甲板を埋め尽くしている仲魔と人の群れの中から須賀京太郎めがけてオロチの触角が突っ込んできた。触角であろうと上級悪魔の位にあるオロチである。

ナグルファルの甲板を踏み込んで突っ込んでくると弾丸並みの速度が出ていた。しかし須賀京太郎は簡単に受け止めた。

受け止めた時バチンといい音がしていたが甲板の騒がしさに負けていた。そうして須賀京太郎に飛びついていた触角は素の状態だった。

黒い髪の毛を伸ばしたまま、ボロ布をまとっただけのオロチである。三つ編みのオロチ、ポニーテールのオロチ、ツインテールのオロチではない。

というのが、この三体のオロチは自分を惜しんでいた。

これは命を惜しんでいるというよりは自分が身に着けている装飾品、髪型のことを考えての判断だった。もともとオロチの触角に能力の差はない。

そのため新しい触角を派遣するのは自然だった。しかし素の状態のオロチの触角に飛びつかれた須賀京太郎は首をかしげていた。

ほんの少しだけだが三人のオロチよりも幼かったのだ。目の輝き、身振り手振り、飛びつき方。本当に微妙にだが経験の差が見えた。

しかし須賀京太郎は何も言わなかった。全ての触角が同じ性能だと思っていないからだ。

人間に利き手、利き目があるように触角にも微妙な違いがあると解釈した。

 ナグルファルの甲板に必要なメンバーがそろった後須賀京太郎が驚異的な変身を見せた、この時のナグルファルの状況と須賀京太郎の反応そしてアラサーたちについて書いていく。

それは素の状態のオロチが合流してからのことである。大鎧を着たハギヨシが大きな声をだした。甲板にいる者たちに向けて警告を発したのだ。

こういっていた。

「今から我らは『決戦場』へ向かう! 移動は門を利用して行う!

 先ほど葦原の中つ国の空に火柱が出現したが、あれがもう一度出現するだろう!

 申し訳ないが衝撃に備えてくれ! できるだけ離れたところに門を呼び出すつもりだが、どの程度の余波がこちらに及ぶかわからない!」

ハギヨシが大きな声で警告を出すと甲板にいた仲魔と人が移動を始めた。恐ろしい衝撃から逃げるためだ。ほとんどはナグルファルの内部へ移動していた。

しかし何が起きるのか見届けようとしている変わり者たちもいた。酔狂なもので携帯電話を構えてムービーの準備もばっちりだった。

この中に随分興奮している者たちがいた。これは得に酔狂な輩で、ハギヨシとディーのファンである。

九頭竜と戦う二人の姿を見たことがあったので、すぐにそれとわかっていた。そうして人が去り酔狂な輩が残った後、須賀京太郎にハギヨシがこう言った。


「それじゃあ、始めようか。

 京太郎、『変身』して見せてくれよ。

 出来るようになったんだろう? それともまだ慣れていないか?」

からかっている口調だった。しかし目が鋭かった。異界操作術をコントロールできていないと見抜いているからである。そうなって須賀京太郎は困っていた。

見抜かれている通りだからだ。須賀京太郎は、なぜ変身できたのか全く分かっていない。

超ド級霊的決戦兵器・ニャルラトホテプの時は気づいたら全てが終わっていた。意識があるのは悪夢の世界で父と母を殺したところまで。

あとはさっぱり覚えていない。気付いたら巨大な肉塊の上に立っていた。変身してみろと言われても困るだけだった。

そんな須賀京太郎を見てハギヨシが確信した。そしてこう言った。

「気にするな。慣れれば自在に操れるようになる。

 だが、今は俺たちが手を貸そう。時間が惜しい。ディー頼む。スコヤ、補助を」

すると須賀京太郎の周りにバトルスーツのディーと普段着のスコヤが移動した。ハギヨシを頂点にして三角形を作り須賀京太郎を中心に置いた。

そうして三角形が出来上がるとハギヨシがこう言った。

「ちょっと痛いかもしれないが、我慢してくれ。

 痛かったら手を挙げてくれよ」

これをきいて不安になった。手を挙げても絶対にやめてくれない表現は勘弁である。そうして不安になっているところで須賀京太郎の肉体が燃え上がった。

須賀京太郎の体から黄色の火がこぼれだし、一気に全身を包み込んだ。黄色の火が現れると奇妙なフルートの音色が甲板に聞こえ始めた。

フルートの音色は風を呼び聴く者の心をざわつかせた。フルートの音色には奇妙な呪文が乗っていた。

呪文の正体を知るためには耳を澄ませるだけでよかった。

このフルートの音色、呪文の正体とは遥か遠くフォーマルハウトに幽閉された神またカルコサの王に捧げられた讃美歌である。

このフルートの音色と黄色の火の中で須賀京太郎は奇妙なビジョンを見た。それは暗黒の中で行われる太陽たちの交信。

無限の暗黒を一人旅する太陽たちがお互いを励ます姿が見えた。奇妙なビジョンだった。そうしてビジョンを見終わった時須賀京太郎は異変に気付いた。

目線がかなり高くなっていた。また感じたことがない器官を肉体の内部に感じた。両手両足を見てみると黒い蛇の鱗に包まれていて、人のものではなかった。

須賀京太郎が自分の肉体を確認しているとハギヨシがこう言った。

「いい感じの仕上がりだ。帰り道は楽そうだな。京太郎の背中に乗って行こう」

これに続けて小鍛治健夜がこう言った。

「うわぁ、すごい。邪竜だわ。でも、結果オーライだと思う。これだけ大きければ私たちを乗せても大丈夫だろうし」

直後に、ディーがこう言った。

「ごめん須賀ちゃん。ここは堪えて。穏便に」

アラサーたちの反応を見て須賀京太郎は非常にあわてた。何がどうなっているのか教えてほしかった。


 須賀京太郎が変身を遂げた後ナグルファルの甲板が騒がしくなった、この時の状況について書いていく。

それはアラサー連中だけが納得している時のことである。ナグルファルの甲板にハチ子の門が開かれた。そして開いたその瞬間にハチ子が転がり出てきた。

そして大きな声でこう言った。

「我が王! もう一度お考え直しを! 王がいなくなったら未来様はどうなるのです!」

門から転がり出てきたハチ子なのだが、すぐに口をふさがれた。口をふさいだのは

「まっしゅろしゅろすけ」

である。白い雲のようなものがハチ子の口をふさぎ、そのまま門の中に引きずり込んでいった。

引きずり込む勢いが結構すごかったので、若干ホラーな光景であった。ハチ子が門の向こうに吸い込まれていった後、門の向こう側からヘルが出てきた。

門から出てきたヘルは非常に驚いていた。無表情なのはわからないが、肉体の動きでわかった。驚くのはしょうがないことである。

ナグルファルの甲板に十五メートル級の黒い竜が構えていたのだ。誰でも驚く。この甲板にたたずむ黒い竜は実に竜らしかった。

牛のような角を持ち、黒い蛇の鱗で武装し、狼のような四本の足を持っている。刃のような爪が生え、背中にはぼろぼろの翼がある。

禍々しい金色の目に知性があり、これぞ竜という風格だ。ただ、すぐに黒い竜の正体をヘルは見破った。黒い竜がこう言ったからだ。

「別に死ににいくわけじゃないから。

 それと未来の事を軽々しく口に出さないようにハチ子さんに言っておいて」

須賀京太郎の声色と口調だったので間違いないと思えた。そんな黒い竜に対してヘルはこのように返事をした。

「京太郎ちゃんが無茶ばかりするからハチ子ちゃんが心配するのよ……目の前で首を切断したシーン、トラウマになっているみたいだから。

 あまり無茶しないでね。未来ちゃんのことは私からもしっかり言っておくから、気を付けて」

そうしてハチ子の門を潜ってヘルが門を閉じた。もともと開く力はヘルのもの。開くのも閉じるのも素早かった。

 ヘルが門を閉じてすぐのこと須賀京太郎にハギヨシが質問をした、この時に行われた会話について書いていく。

それはハチ子の門をヘルが閉じてすぐのことである。須賀京太郎の背中からハギヨシの声が聞こえてきた。こう言っていた。

「未来って?」

興味はなさそうだった。しかし少し気になったのできいていた。そんなハギヨシに須賀京太郎は答えた。

「俺の娘です」

特に隠さなかった。姉帯豊音のこともとっくの昔にばれているのだ。須賀京太郎に配慮して

「見つかっていない」

という体裁で動いているだけで周知の事実である。隠す意味がない。そんな須賀京太郎の返事を聞いてハギヨシが少し驚いた。そしてこういった。

「なるほど。ディーと同じくお前も俺を置いていくのか」

娘ができた件について特につっこまなかった。込み入った話になりそうだったので、あえて避けた。面倒を嫌った。

ただ自分の後輩に追い越されたという気持ちで驚きが生まれていた。修行ばかりの数か月を知っているハギヨシである。ビックリである。

そんなどこか抜けている会話をしていると竜の背中からディーの声が聞こえてきた。至って真剣な口調だった。こう言っていた。

「全員乗り込んだぞ。

 ハギちゃん、さっさと結界をはってくれ。

 出来るだけ早く超力超神に戻らないとまずい。そうだろう?」

するとハギヨシのため息が聞こえてきた。そしてこういった。

「わかってるって。ただ、後輩が子持ちになっていよいよ俺の肩身が狭くなったと思っただけだ。さぁ、結界をはるぞ。スコヤ。手伝ってくれ」

すると背中の上で小鍛治健夜の声が聞こえてきた。少し怒っていた。こんなことを言っていた。

「なんて緊張感のない……まぁオロチちゃんみたいにガチガチになられても困るけど。

 いいわ、さっさと任務を遂行しましょう。

 後、須賀君少し注意があるの、しっかり聞いてね。これから私たちが結界をはるわけだけどできるだけ無茶をしないでほしいの。

 具体的に言うと敵に攻撃しないで欲しいの。私たちの結界は外側からの攻撃を防ぐには有利なんだけど、内側からの攻撃を防ぐのは難しい。

守りに力を置いているから、攻撃に適さないのよ。だから、須賀君が攻撃を仕掛けようものなら、即座に内側から結界が崩壊する」

すると須賀京太郎がこう言った。


「攻撃せずに回避だけで超力超神まで向かえばオッケーですか?」

これにハギヨシが応えた。

「その通り。それじゃあ、門を開くぞ。ナグルファルから東に一キロメートルのところだ。そこに開く。

 京太郎、飛べそうか? 無理そうなら足場を創るが」

ハギヨシに対して須賀京太郎は飛行で答えた。ボロボロの翼を広げて、軽く羽ばたいて飛んでみせた。難しさはまったくなかった。

自分の肉体と意識すれば自由自在だった。そうして黒い竜が空を飛ぶとナグルファルの甲板を強風が襲った。羽ばたきの威力だった。被害はなかった。

そうして黒い竜が飛ぶとハギヨシが軽く指を振って門を開いた。東に一キロメートル離れたところに宣言通り門が現れた。

門が現れるとすぐに葦原の中つ国の空めがけて火の柱が昇って行った。火の勢いは全く変わらなかった。ゴウゴウ唸って空に昇っていた。

しかし黒い竜・須賀京太郎は門めがけて飛んでいった。あっという間に一キロを詰めて、軽く旋回してから火の中に飛び込んでいった。

火柱の中は結界を張っていても熱かった。須賀京太郎の黒い鱗が熱くなり小鍛治健夜の普段着が焦げ始めた。

しかし火を切り裂きながら黒い竜は門を潜り抜けた。門を潜り抜けるとすぐハギヨシが門を閉じた。門が閉じられた後葦原の中つ国は穏やかになった。

しかしすぐに騒がしくなった。ナグルファルの甲板に人があふれ出していた。商売を始めたり動画の交換をしたり目的はそれぞれあった。

ただ、それぞれの目的を果たすために一生懸命だった。

 決戦場に続く門を潜り抜けた直後黒い竜の背中に乗った幼いオロチが震えあがった、この時にオロチが見た世界について書いていく。

それは黒い竜に変じた須賀京太郎が火の柱の中を進み決戦場に突入したその時である。

結界によって守られている黒い竜の背中で幼いオロチの触角が震えていた。すぐそばにいる小鍛治健夜にしがみついて全く離れようとしない。恐怖である。

現世に展開している決戦場という特殊な異界をしっかりと観測して、恐怖を感じた。

しかしこれは三つ編みのオロチたちであったとしても同じようにおびえ震えただろう。そもそも決戦場のありさまを見て震えないものはほとんどいない。

なぜなら決戦場は火の海であった。これは言葉通り火の海しかない状況だった。

上下左右が火なのだ。海に潜ると上下左右が塩水になるが、それがすべて火の状態だと考えて問題ない。また決戦場には超巨大な存在が四つあった。

超巨大な存在というのは超ド級霊的決戦兵器級の存在が四つということである。一つは味方である。

超力超神と呼ばれる巨人。身長約三百メートル、鋼の装甲をまとった武人のような立ち姿。武器は一切持たず徒手空拳。

十四代目葛葉ライドウが所有する決戦兵器である。二つ目は世界樹。

超力超神が横に並んでも巨木としか言いようがないその大きさは、比較対象のない火の海にあっても偉大であった。三つ目と四つ目は姿がよく似ていた。

身長が約五百メートル。いわゆる天使の姿をとっていた。しかし細部を見ると全く違った思想で生み出されていた。

片方はいかにも機械、ロボットのような作りで生気がない。一方で片方は明らかに生身、生気のある男性として存在していた。

この四つの存在だが、超力超神を除いた三つが祈りを歌に込めて放ち続けていた。綺麗な歌声なのだが、妙に不吉な気配がして不気味だった。

ただでさえ絶望的な光景なのに三つの祈りの歌が響き続けているのだ。オロチが震えるのもしょうがない。


 決戦場に黒い竜が出現した直後超ド級の霊的決戦兵器たちが黒い竜に対して攻撃を仕掛けた、この時の決戦場の変化について書いていく。

それは黒い竜の背中でオロチが震えている時のことである。決戦場を火の海に変えている超ド級の霊的決戦兵器たちが一瞬攻撃の手を緩めた。

決戦場に邪魔者が現れたと察していた。決戦場とは東京を丸々飲み込むサイズのリングである。

黒い竜も激戦地から離れたところから侵入していたのだが、全く問題なく察知していた。しかしこれは当然のことである。

なぜなら決戦場の火の海とは霊的決戦兵器たちが生み出している世界である。オロチの世界ではオロチが全知であるのと同じことが起きていた。

そうして黒い竜の出現を察して

「どうするか」

と考えたのだった。答えはすぐに出た。超ド級の霊的決戦兵器たちの答えはシンプルだった。

「黒い竜から殺す。弱い奴から殺す」

目の前で死に掛けている超力超神よりも黒い竜を始末しやすいと評価しての判断だった。

そうして決断した超ド級の霊的決戦兵器たちは速やかに黒い竜に攻撃を仕掛けた。といって派手なことはしなかった。

決戦場を満たしている火の海の圧を上げただけである。水圧を一から十にあげるような調子で、世界の圧力を上げたのだ。


自分たちにも圧はかかる。しかし問題ないと考えた。自分たちが耐久力でも体力でも勝っているからだ。

このように超ド級霊的決戦兵器たちが黒い竜に攻撃を仕掛けた時も超力超神は攻撃を続けていた。

超巨大なマグネタイトの刃を生み出して、世界樹を切り裂き、魔弾をもって霊的決戦兵器たちを射抜いていた。

ただ、超ド級霊的決戦兵器たちと世界樹は全く動じていなかった。恐ろしいダメージを即座に回復できるからだ。彼らには膨大なマグネタイトがある。

葦原の中つ国からかすめ取ったマグネタイトと地獄で搾り取ったエネルギーである。これを利用して延々と戦い続けられた。

 超ド級の存在たちが攻撃を仕掛けてきた直後黒い竜は火の海を泳いだ、この時の黒い竜について書いていく。

それは超ド級の存在たちが火の海の圧力を上げた後のことである。ハギヨシたちを背負う黒い竜が火の海を泳ぎ始めた。

ボロボロの翼をはばたかせて、勢いをつけていた。その姿、実に優雅で余裕があった。しかし間違いなく火の海の圧力は上がっていた。

今なら余波だけでナグルファルの装甲をえぐるだろう。それでも何の関係もないと黒い竜は火の海を泳いだ。しかも一直線に超力超神を目指して泳いでいた。

天使の形をした超ド級霊的決戦兵器たちも世界樹も取るに足らぬ存在と驕っているようだった。しかしこれは意地を張っているだけであった。

攻撃はしっかりと受けている。火の海の圧力が上がったことで体に受けるダメージ量は増えている。熱量も馬鹿みたいに跳ね上がった。

呼吸するだけで肺が焼けた。ハギヨシたちのサポートがなければ泳ぎきれない世界である。しかし平然としてやった。

決戦場にいる超ド級の存在たちが気に入らなかった。特に祈りの歌声がどうしても気に入らなかった。あまりにも気に入らなかったため、無視してやった。

「お前たちの祈りなんて知ったことではない」

無視に戦術的な意味はない。むしろ挑発にしかならない。しかし苛立ってしょうがなかったから平然と泳いでやった。

「攻撃をしてはならない」

という約束を守る黒い竜である。これくらいしか意地を通す方法がなかった。バカな竜だった。ただ、バカな竜が余裕を見せたところ決戦場が変化した。

余裕ぶった態度に超ド級の存在たちが反応した。といって大したことではなかった。さらに火の海の圧力を上げるだけである。一から十、十から百。

決戦場を仕切っている者たちでも若干熱い領域だった。そうして決戦場は火の海からマグマの海へ変わった。しかしそれでも黒い竜は止まらなかった。

 決戦場がマグマの海へ変貌して数秒後超力超神の元へ黒い竜が到着した、この時の超力超神と黒い竜の状態について書いていく。

それは黒い竜を始末するために超ド級の存在たちが本気を出した後のことである。火の海がマグマの海に変わったというのに黒い竜は生きていた。

肉体を包む黒い鱗が解け、翼がもげたが生きていた。回復魔法のサポートはあったのだ。マシンガンのように回復魔法を仕掛けてくれていた。

しかし微妙な隙間は存在する。魔法を準備して打ち込む時間、これがどうしても省けなかった。

この微妙な隙間が積み重なって、数秒のうちに黒い竜は銀の竜へ変わってしまった。しかしそんな状態でも竜の心は折れなかった。

むしろいっそう心を震わせて超力超神めがけて駆け抜けて、見事に任務をやり遂げた。

「この程度の逆境で心折られる退魔士はいない」

と自分に言い聞かせていた。決戦場に登場してわずか八秒で超力超神へ到着。本来ならばもっと素早く到着できただろう。

八秒もかかってしまったのは超ド級の存在たちから妨害を受けたからである。マグマの海のことではない。超ド級の存在たちが物理的に邪魔しに来たのだ。

マグマの海でさえ関係なしに突っ込んでくる黒い竜を脅威と認めての行動だった。これをうまく切り抜けるために数秒必要だった。

しかし何にしても身を溶かしながら黒い竜は目的地に到着した。だが深い傷は無視できない。

黒い鱗がすべて融け落ちて、残っているのは銀色の肉体と金色の目だけである。しかし満足気だった。背負った者たちが無事ならば満足だった。


 黒かった竜が目的を達すると超ド級の霊的決戦兵器たちがいよいよ本気で仕掛けてきた、この時に起きた変化について書いていく。

それは超力超神に到着した直後である。突如として決戦場のマグマの海が消えうせた。

今までの地獄絵図が嘘のように一瞬にして真っ白な世界に決戦場が変わった。今までと変わらないのは不気味な祈りの歌と世界樹だけである。

世界が真っ白になった時一番早く原因に気付いたのは黒かった竜である。

「攻撃だ」

超ド級の霊的決戦兵器たちが魔法の発射準備を行っているのが見えた。ご丁寧に十字砲火を行える位置取りをしていた。

ハギヨシたちが超力超神へ移動を始めてからの行動である。超力超神と竜の間をハギヨシたちが移動するわずかな隙をチャンスと理解して仕掛けていた。

そして自分たちの窮状を理解した黒かった竜は迎撃を決定した。受け入れ態勢の超力超神と移動中のハギヨシたちを守る役目を果たすつもりである。

そして迎撃に魔法「ラグナロク」の使用を決めた。二方向に撃ち込むつもりである。しかし難しい選択だった。ロキの助けがない。しかしできる道理である。

須賀京太郎とロキは今も一つなのだから。

 葦原の中つ国から決戦場へ突入して九秒後超ド級霊的決戦兵器二体が超力超神に魔法攻撃を行った、この時に行われた魔法攻撃と魔法攻撃の産んだ余波について書いていく。

それは世界が真っ白に変わってすぐのことである。十字砲火の位置についた霊的決戦兵器二体がほぼ同時に魔法を撃ち込んできた。

天使のような姿をした怪物たちから放たれたのは光であった。大げさな光ではない。蜘蛛の糸のようなか弱い光である。

しかし怪物たちから放たれた光には恐ろしい力があった。魔法が発動した直後、葦原の中つ国の最表面の世界ナグルファルが陣取っている世界が軋んだ。

また決戦場の外、現世の日本に対しても影響が出ていた。帝都周辺の力の弱い悪魔たちが苦しみ始め、路傍の亡霊たちの姿が消えた。

現在決戦場となっている帝都を中心にしてその効果は広がり、千葉県あたりまで影響が出ていた。恐るべきか弱い光の威力。

しかしその本当の威力を体験するのは黒い鱗を失った銀色の竜と超力超神である。

 葦原の中つ国から決戦場に突入して九秒後銀色の竜が迎撃を行った、この時に行われた迎撃と迎撃による変化について書いていく。

それは天使のような姿をした霊的決戦兵器たちが光を生むのと同時だった。超力超神をかばうように銀色の竜が立ち

「ラグナロク」

と呪文を完成させた。呪文と共に魔法は完成し、形になった。ロキの助けがなかったがしっかりとやり遂げていた。しかし思ったように発動しなかった。

発動こそしたものの、迎撃の形にならなかった。かつてロキが見せたように大きな球体の形で現れたのだ。橙色の弱弱しい火の膜が生み出されていた。

この火の膜は銀の竜を中心にして大きく広がりしっかりと超力超神を包み込んでいた。また天使のような姿をした怪物たちからの光も防ぎぎった。

須賀京太郎の放った「ラグナロク」の威力はそのまま須賀京太郎の責任感の強さである。

自分の背中に背負っているモノの重さをよく理解している須賀京太郎である。強烈なプレッシャーを自分の集中力に変えて魔法の威力を跳ね上げていた。

しかし問題もあった。エネルギー不足である。もともと須賀京太郎のマグネタイト容量が少ない。

その上、超力超神(身長三百メートル)を守るためにかなり大規模な「ラグナロク」を展開して消耗が激しい。

ほんの一瞬だけ魔法を防ぐだけなら全く問題ないが超ド級霊的決戦兵器二体が魔法をやめない。

当然銀色の竜は魔法を発動し続けなければならないわけで、そうなって問題になるのはエネルギー不足であった。この時敵側のエネルギー切れは期待しない。

なぜなら世界樹が補充しているからだ。しかし銀色の竜は出し切ることを決めた。最後まで守り続けると決めた。それが未来へ進む道だと信じられた。

そしてハギヨシたちに期待した。期待する以外にできることがなかった。


 攻撃を銀色の竜が防いでいる時超力超神内部でハギヨシたちが大慌てしていた、この時のあわてようについて書いていく。

それは銀色の竜が無謀な持久戦に臨んでいるときのことである。超力超神に帰還したハギヨシたちは大慌てで動き回っていた。

小鍛治健夜とハギヨシは超力超神内部の祭壇へ急ぎ、ディーは即座に戦闘態勢を整えた。この時幼いオロチの触角はハギヨシに担がれて移動していた。

音速で行動するオロチよりもハギヨシの方がはるかに速いからである。

また大慌てしているのは銀色の竜・須賀京太郎が時間稼ぎを行っていると理解しているからである。須賀京太郎を鍛えたのはハギヨシとディーである。

そのため須賀京太郎のマグネタイト容量に問題があると十分承知していた。

ただでさえ「変身」しているのに魔法を併用すればどうなるか、考えなくともすぐにわかった。また須賀京太郎が仲間を背負った状態では

「逃げられない」

性格と知っているので余計に急いだ。またハギヨシたちがオロチを連れて帰還したその時、超力超神も戦闘態勢に移行していた。

超力超神内部には十四代目葛葉ライドウを筆頭にベンケイ、そして義手の男が乗り込んでいる。

異変に気づかないわけもなく、ハギヨシたちが帰還すると同時に動き出していた。行動再開までにかかった時間は一秒に満たない。

しかし、彼らにとっては非常に長い時間に感じられた。

 葦原の中つ国から決戦場に突入してから十秒後銀色の竜が落された、この時の決戦場の状態と銀色の竜について書いていく。

それは超力超神が再起動して

「さて、反撃だ」

とマグネタイトの刃を創りだした時のことである。魔法「ラグナロク」を持って攻撃を防いでいた銀色の竜が撃ち落とされた。

しかし撃ち落としたのは世界樹である。決戦場の空を覆う大量の枝からマグネタイトの弾丸を撃ち込んでいた。

このマグネタイトの弾丸自体は大したものでない。霊的決戦兵器が撃ち込んでくる光のような特殊な力はまったくない。

単純に大量のマグネタイトを押し固めて創った弾丸である。実際撃ち込まれた銀色の竜もそれほどダメージを受けていない。

しかし銀色の竜にはこれで十分だった。「ラグナロク」を維持するために肉体を構成するマグネタイトも使っているのだ。

ラグナロクの火膜を貫いて減衰した弾丸でも、銀の竜を十分撃ち落とせた。銀色の竜があっさりと直撃を受けたのは集中のためである。

ラグナロクを発動させるために高い集中力を発揮した結果、世界樹という存在が頭から消えていた。

「たとえ戦いに特化していなくとも攻撃しようと思えばできるのだ。それこそオロチのように」

これがすっぱり消えていた。そうして銀色の竜が落とされるとラグナロクの火が消えた。

火が消えると超ド級霊的決戦兵器たちの弱弱しい光が超力超神に直撃した。超力超神の装甲が削げた。しかし構わず超力超神が動いた。

弱弱しい光を受けながら大きく構えている世界樹を狙った。狙われた世界樹は大慌てで硬化した。しかし遅かった。

大きく伸びたマグネタイトの刃が世界樹の半ばまで切り込んだ。

すると世界樹に切り込んだマグネタイトの刃がチューブの役割となってマグネタイトを奪い取っていった。

そして奪い取ったマグネタイトをそのまま超力超神は自分のものとして、自己回復自己強化を行った。

そのままの勢いでマグネタイトの刃で世界樹を切り裂き、チューブを創りまくった。するとマグネタイトを全身からふきだしながら世界樹が悲鳴を上げた。

歌は聞こえなくなった。悲鳴を上げた世界樹は自分を守るために自己再生に入った。超ド級霊的決戦兵器たちへの援護がなくなった。

 葦原の中つ国から決戦場に突入して十一秒後超ド級の霊的決戦兵器に対し超力超神が攻撃を仕掛けた、この時の超力超神について書いていく。

それは撃ち落とされた銀色の竜がゆっくりと落下している時のことである。

世界樹を大きく切り裂いた超力超神を見て超ド級の霊的決戦兵器二体が逃げの姿勢をとった。

サイボーグのような天使も、男性のような天使も戦意が消えていた。それもそのはずである。

今まで超ド級の霊的決戦兵器たちが優勢を保てていたのは世界樹の援護があってこそである。

膨大なマグネタイトを頼りにして延々と自己再生を続けていたから戦えた。

しかしマグネタイトの有利が失われた今超ド級の霊的決戦兵器に戦闘続行は不可能である。だから逃げようとした。しかし逃げられなかった。

超力超神が見逃してくれなかった。逃げ出そうとした瞬間にサイボーグのような天使に攻撃を仕掛けていた。

数キロをあっという間に詰めて、巨大なマグネタイトの刃で斜めに切り裂いた。すると機械の天使の祈りが途絶えた。

祈りの歌が止まるとそのままの勢いで生身の天使に超力超神が向かっていった。この時生身の天使が奇妙な動きを見せた。

虚空めがけて右手を伸ばしたのである。何かをつかもうとしていた。超力超神の乗組員たちはすぐに合点がいった。


右手の先にはゆっくりと落下していく須賀京太郎がいた。変身が解けてただの須賀京太郎に戻っていた。人質に使うつもりなのは明らかだった。

しかし超力超神は攻撃を続行した。攻撃モーションに入っていたからだ。刃を降りぬく以外に道がなかった。

そうして超力超神が予想した通り生身の天使が須賀京太郎をつかんだ。右手でしっかりとつかんでいた。しかし超力超神も早かった。

生身の天使を切り裂いた。マグネタイトの刃が天使の首を切り取った。敵を行動不能にすれば何の問題もなくなる躊躇いはなかった。

 葦原の中つ国から決戦場に突入してから十一秒後世界樹に異変が起きた、この時の超力超神と世界樹について書いていく。

それは瞬く間に決戦場を超力超神が片付けてしまった後のことである。決戦場のど真ん中に生えている巨大な樹・世界樹に変化が起き始めた。

といって初めの変化は目に見えるものではなかった。世界樹の内包しているエネルギーが少し失われたのだ。普通なら気づけない。

しかし超力超神の乗組員たちは即座に感じとった。乗組員たちの体感からすると世界樹が内包する三十分の一ほどのエネルギーがあっという間に消えたのだ。

さすがに見逃さなかった。この変化を喜ぶ者は一人もいなかった。エネルギーが減った原因に思い当たったからである。原因とはこのようなものである。

「世界樹から膨大なエネルギーは抜け出したのではない。世界樹のコントロールに利用されていた天江衣がどこかに移されたのだ」

天江衣自体のマグネタイト容量は桁外れである。この仮説を立てるのは難しいことではなかった。ただ、そうなって問題が起きた。

世界樹から奇妙な音がし始めた。奇妙な音とは何かが崩れる音。硬いものにひびが入る音。血管を超スピードで流れる血液の音。不気味で不吉だった。

また、不安になるだけならばよいが、一秒過ぎるごとに世界樹の内部から聞こえるエネルギーの唸り声が大きくなっていく。

そうなって超力超神内部にいた者たちは青ざめた。

「もしかして世界樹内部のエネルギーが司令塔を失って暴走しているのでは?」

嫌な仮説が頭に浮かんでいた。確証はない。しかし一番ありそうな仮設である。そんな時である。

超力超神のコックピットで十四代目葛葉ライドウが叫んでいた。

「オロチよ! 決戦場を葦原の中つ国へ移動させろ! 世界樹の爆発で本土が焦土化するぞ!

 最深部だ! 最深部に移動させ、被害を集中させよ!」

かなり焦っていた。しかし当然のこと。十四代目葛葉ライドウはマグネタイトの暴走で引き起こされる被害をよく知っていた。

かつて自分の仲魔を銃弾代わりに使っていた退魔士がいたのだ。十四代目葛葉ライドウはこの退魔士と縁が深く、術の構成も良くわかっている。

そのため世界樹規模のマグネタイト量でマグネタイトの暴走が起きれば、どの程度の破壊が起きるのか想像がついた。

世界樹規模なら本土焦土化は間違いなく、それどころか星に穴が開く可能性さえあった。流石の十四代目葛葉ライドウもあせる。

すると十四代目葛葉ライドウの命令を幼いオロチが速やかに実行に移した。葦原の中つ国の最深部かつて最表面だった滅びた世界に決戦場を滑り込ませた。

この時幼いオロチの触角があわてた。決戦場から超ド級の霊的決戦兵器二体が逃げ出したのがわかったからだ。

しかしあわてた原因は逃げられたからではない。須賀京太郎も一緒に連れ去られたことである。

 決戦場から二体の霊的決戦兵器が姿を消して四十分後修道服を着た女が奇妙な男を看護していた、この時の修道服の女そして奇妙な男について書いていく。

それは二体の霊的決戦兵器を機能停止に追い込んでから四十分後のことである。薄暗い広場の隅っこで修道服を着た女が負傷者を看護していた。

修道服を着た女は日本人ではない。年齢は日本人の感覚からすれば二十才前後、ヨーロッパ・中東系の顔立ちだった。

修道服を着て負傷者を看護している修道女にしか見えないが、修道服の規格からメシア教会関係者であると推察できる。

黒基調ではなく青と白の修道服で、メシア教会に対する知識が深ければテンプル騎士見習いであると見抜けるだろう。

このメシア教会の修道女の周りには同年代の女たちが多くいた。また女たち以上に子供たちの数が多かった。

薄暗い広場の隅っこに大量の女と子供が集まっている光景は異様な雰囲気をつくるが、それ以上にサマナー関係者ならばおかしいと思うところがいくつかある。

というのが彼女らと子供たちの服装である。彼女らを見てほとんどのサマナーが同じことを言うだろう。

「なぜ、ガイアとメシアが一緒にいるのだ?」


偶然ならありそうだ。しかし薄暗い広場の隅っこで身を寄せ合って子供たちを守っている姿はどう見ても協力しているようにしか見えない。

これはおかしな光景だった。メシアとガイアの陣営は決して交わらない思想集団なのだ。ありえない光景だった。

しかしそんな集団にあっても異様なのがテンプル騎士見習いの修道女が看病している男である。灰色の髪の毛に褐色の肌。そして銀製の四肢をもつ怪物。

眠って大人しくしているのに禍々しい気配を放ち続けていた。眠る男は須賀京太郎。薄暗い広場にあってこの男ほど奇妙な存在はない。

 テンプル騎士見習いの修道女に看病されている間に須賀京太郎は奇妙な夢を見た、この時に出会った影について書いていく。

これは世界樹によって撃墜された須賀京太郎が目覚めるまでの出来事である。深い眠りの中にあった須賀京太郎は自分の声をきいた。

自分自身の声はこんなことを言っていた。

「あぁ、俺はなぜこんなに罪深いのか。

 たくさんの命を奪ってきたのに、何の罪悪感もない。たくさんの悪魔たちを殺し、たくさんの人間を殺してきたのに全く罪悪感がない。

 悪夢の世界で父さんと母さんを、先輩を友達を殺したというのに全く何も悪いと思っていない。

口では申し訳ないことをしたと言えるのに、心の底ではどうでもいいことだと思っている。

 人を喰った。マグネタイトを補給するために人間を喰った。許されないことだ。この現代においてこれほどおぞましい行為があるだろうか。

 なのに俺は一切の罪悪感がない。誰もが眉間にしわを寄せる行為を行ってきたというのに、俺自身は何の罪も感じていない。

 そもそも戦い自体が罪深いと『されている』のに俺は嬉々として踊り出ていく。それどころか戦いを求め自分を強くするものと歓迎している。

 そんな自分が嫌だ。ただ無秩序に暴力を振るい奪うだけしかできない自分の浅ましさよ。

 これでは奪い取った者たちに申し訳ない。一体どうすれば彼らに報いられるのか」

随分疲れた声だった。しかしはっきりと須賀京太郎自身に届いていた。そうして声が届いた後、場面がパッと変わった。

すると目の前に二つの須賀京太郎が現れた。一つは十字架に磔にされた須賀京太郎。もう一つは四つん這いになって頭を下げている須賀京太郎である。

この二つの須賀京太郎が口を開いた。一番に口を開いたのは十字架に磔にされている須賀京太郎である。

「いっそ神の法に従って生きようか。

 思想も心情もない俺を神の法が救済してくれるかもしれない」

これの後に四つん這いになってうなだれている須賀京太郎が続けた。こう言っていた。

「自然にしたがって生きよう。

 弱肉強食こそ世界の真実。暴力をふるい、暴力で奪う。思想や信条など何の価値もない。強い者が好き勝手に行動すればそれでいい。

 一々悩む必要はない。なぜなら奪われる方が悪いからだ。奪われたくないのならば、強くなればよい。それができない無能が死んだ。自然なことだ。

俺は胸を張って生きればいい。

 そして俺も殉じよう。弱肉強食に身をゆだねれば心は穏やかだ」

このように語ると二つの須賀京太郎は姿を消した。二つの須賀京太郎が消えた後、金髪の須賀京太郎が目の前に立っていた。

金髪の須賀京太郎はこういっていた。

「重苦しい責任から逃れたい。何もかも一切合切投げ出してしまいたい。

 なんで俺だけ苦しい目に合わなければならない? 魔人だからか? 命を奪ったからか、それとも倫理に反したからか?

 何もかも理由があっての行動だった。しかしなぜおれだけ背負わされる……あぁ、もういやだ。何もかも捨ててしまいたい。

何もかも忘れて、自由に暮らしたい。自由に暮らせるのなら、神様に頭を下げるのも、暴力に生きるのも受け入れよう。

 『誰か俺のかわりに俺の責任をかぶってくれないだろうか』……かかかっ!」

随分芝居がかっていた。ただ、灰色の須賀京太郎は何も言い返せなかった。夢の中では有りがちなことだが、身体の自由がきかなかった。

ただ、自由であったとしてもまともな返答は出来なかっただろう。内側でくすぶっている須賀京太郎の悩みそのものだったからだ。

 決戦場から二体の霊的決戦兵器が姿を消して一時間後眠っていた須賀京太郎が目を覚ました、この時の薄暗い広場の状況と須賀京太郎について書いていく。

それは薄暗い広場が出来上がって一時間後のことである。広場の隅っこで修道女に看病されていた須賀京太郎が目を覚ました。

目を覚ますとすぐに須賀京太郎は体を起こした。そして周囲を見渡した。薄暗い広場だが、須賀京太郎にとってはただの広場だった。

太陽の下にあるのと何も変わらなかった。ただ、周囲にいた者たちを見て首をかしげた。女子供しかいない上にガイアとメシアの構成員がまじりあっている。

非常に仲が悪いと知っている二大勢力である。不思議だった。しかしすぐにどうでもよくなった。非常に腹が減っていた。何か食べたかった。

ただ、動かなかった。自分が生きている理由に察しがついたからだ。そうして須賀京太郎が状況を把握している時のことである。

テンプル騎士見習いの修道女が近付いてきた。子供たちの相手をやめて、慌てて駆け寄ってきた。

そうして駆け寄ってきて須賀京太郎の近くで修道女が膝をついた。須賀京太郎と目線を合わせるためである。

そうして近寄ってきたテンプル騎士見習いの修道女はこんなことを言った。

「良かった。ずっと眠っていたんですよ?

 痛いところはありますか? 回復魔法をかけたのですが、どうしても両手両足が治らなくて……」

かなり丁寧な対応だった。また、須賀京太郎の異形の目を見ても怯える様子がない。そんな修道女に須賀京太郎はこんなことを言った。

「外国のかた? 日本語上手っすね。

 えっと、それでここはどこですか? 俺の記憶だと日本にいたはずなんですけど」

するとテンプル騎士見習いの修道女が申し訳なさそうな顔をした。須賀京太郎から視線を切って答えるのをためらった。須賀京太郎は彼女を見て困った。

答えられない問題とは思わなかった。

 須賀京太郎が目覚めて五分後テンプル騎士見習いの修道女が状況を語った、この時のテンプル騎士見習いの修道女と須賀京太郎の会話について書いていく。

それは須賀京太郎が

「ここはどこだ?」

と質問して数秒後のことである。テンプル騎士見習いの修道女がためらいながら答えた。こう言っていた。

「霊的決戦兵器アフラマズダとメタトロンの中です」

このように答えた後テンプル騎士見習いの修道女は震え始めた。そして全く須賀京太郎と視線をあわせなくなった。

このテンプル騎士見習いの修道女は須賀京太郎がヤタガラスだと気付いていた。そして黒い竜だったことも知っていた。だから震えた。

日本のヤタガラス、特に帝都を守っているヤタガラスは狂気じみた存在しかいないと情報が出回っている。

その上、不意を打って帝都に乗り込んでにもかかわらずボコボコされた。恐ろしいのもしょうがなかった。

たとえマグネタイトをほとんど失っている須賀京太郎であっても恐ろしかった。しかしテンプル騎士見習いの修道女が思っているようなことは起きなかった。

「ここは霊的決戦兵器の中だ」

と答えた後も須賀京太郎は平然としていた。怒るわけでもなく眉間にしわを寄せることもない。事実を受け入れているだけだった。

そして受け入れてこう言っていた。

「なるほど……決戦兵器の中。

 帝都に攻め入ってきた二体の霊的決戦兵器の名前か……ちょっと待って、わからない。

 質問しても?」

須賀京太郎がたずねると修道女が驚いていた。普通に対応されるとは思っていなかった。そして少し驚きながら彼女はこういったのだ。

「あっはい。どうぞ」

修道女がうなずくと、須賀京太郎はこういった。

「質問は二つ。

 一つ目は、なぜおれを助けたのか。俺を助ける理由がわからない。

 二つ目はアフラマズダとメタトロンの中という言い方。俺が見た時、霊的決戦兵器は二体いた。

アフラマズダもしくはメタトロンの中にいるという表現なら納得がいく。言い間違えだったら、間違いだったといってほしい」

すると修道女は簡単に答えてくれた。はっきりとこういった。


「一つ目の質問の答えは貴方を助けたかったからです。死にそうな状態でしたから救いたいと思いました。たとえ異教徒であったとしても同じ人間ですから。

 二つ目の質問は……その、両陣営のリーダーが起死回生の手段として二つの霊的決戦兵器を一つに合体させたのです。

アフラマズダとメタトロンは親戚みたいなものですから。原典も技術も合わせやすかったのです」

この答えを聞いて須賀京太郎は驚いた。大きく目を見開いて、口をぽかんとあけていた。一つ目の答えを聞いて驚いたのだ。ビックリするくらい甘い判断だ。

メシアとガイアの陣営からすれば須賀京太郎など怨敵である。殺して当然の存在。それを治療したり助けたりするのは意味が分からなかった。

まったくメシア教徒らしくない。しかし笑えなかった。その甘さで助かったのだから。

 テンプル騎士見習いの修道女と須賀京太郎が会話をしている時豪華な服を着た女性が割り込んできた、この時に割り込んできた豪華な服を着た女性とテンプル騎士見習いの修道女の会話について書いていく。

それは

「メシア教徒の中にも狂っていない人間がいるのだな」

と須賀京太郎が驚いている時のことである。須賀京太郎たち所へ豪華な服を着た若い女性が走りこんできた。しかしかなり足が遅かった。

また訓練もしていないのがわかる。足音がバタバタ言っていた。驚くほどバレバレな移動だったので須賀京太郎は視線を動かすことさえしなかった。

そうして走ってきた女性だが、非常に豪華な服を着ていた。この豪華さというのは民族衣装的、宗教的に豪華さである。

須賀京太郎は一瞥さえしていないが、ヨーロッパと中東の民族衣装をうまく混ぜたドレスを着ていた。全体的な色合いは鮮やか。

ガイア教の思想に寄った配色だった。須賀京太郎と会話をしていた修道女と同じくらいの年齢、そして人種だった。

その豪華な服の女性だが駆け寄ってきて一番にこう言ったのだ。

「マリアヤバイわ! 爺ちゃんたちがいよいよ動き出すみたい!
 
 さっさと逃げる手段を見つけないと!」

外国の言葉だった。須賀京太郎にはさっぱりわからなかった。ただ、何となく問題が起きているとわかった。ものすごくあわてていたからだ。

そんな豪華な服を着た女性にマリアと呼ばれた修道女がこう言った。

「その時が来ただけのことです。私たちは初めからそのために集められたのです。

 我々は罪深いことをした。そして今罰を受ける。十字軍を気取って帝都に侵略に来た、その報いです。

 あきらめて心穏やかに祈りましょう」

この言葉もまた外国の言葉だった。非常に静かな口調だった。このマリアの言葉を聞いていた須賀京太郎だが眉間にしわを寄せていた。

意味はさっぱりわからない。しかし若干気に入らなかった。須賀京太郎が眉間にしわを寄せていると豪華な服を着た女性が口を開いた。

かなりあわてていた。こう言っていた。

「嫌よ! こっちは無理やり連れてこられたんだからね! こんなところで死んでたまるもんですか!

 あんたは覚悟してあの女についてきたのかもしれないけどね、女子供はさらわれたも同然なのよ!
 
 あぁ、これだからメシア教徒は嫌なのよ!」

すると豪華な服を着た女性が地団太を踏んだ。ドレスの裾が翻っていたがまったく気にしていなかった。そんな地団太を踏む女性にマリアが口を開いた。

機嫌が悪くなっていた。彼女はこういった。

「ファティマさん、少し黙ってください。みんなおびえているではないですか。

 そもそもガイア教団は弱肉強食を信条としているはず。強いものに食われるのはあなたたちの望むところでしょう?

 今がその時なのです。黙って死になさい」

この時須賀京太郎はさっぱり会話の内容を理解できなかった。しかし二人の関係性は良くわかった。にらみ合っている二人の顔がものすごく怖かった。


 ファティマとマリアがにらみ合っている時薄暗い広場に変化が起きた、この時に起きた変化と須賀京太郎の対応について書いていく。

それは豪華な服を着たファティマと修道服を着たマリアが殺意丸出しのにらみ合いをしている時のことである。薄暗い広場が明るくなりだした。

薄暗い広場のど真ん中に光がさして、光が徐々に広場全体に広がっていったのである。曇り空が一気に晴れていくような爽快な光景だった。

しかし明るくなった広場にいた女子供たちは真っ青になっていた。というのもこれから何が起きて、自分たちがどうなるのかよく承知していたのである。

そうして広場全体が光で満たされた時、女子供たちは一層身を寄せ合い始めた。もともと広場の隅っこに集まっていたのが、今はもっと密集している。

具体的には体を起こしている須賀京太郎のすぐ近くに逃げ込んでいた。女子供たちは何も考えていない。

この広場にあって戦える年齢の男性が須賀京太郎ただ一人だけだった。

たとえマグネタイトが底をついている上に不気味な風貌であったとしても、頼れるのが須賀京太郎だけだった。だから近付いてすがっていた。

そうして女子供たちが広場の隅っこに集まった時、男性の声が天から降ってきた。老人の声だった。老人はこういっていた。

「皆、許しておくれ。我々が生き延びるためにはこれしかない」

老人の言葉は枯れて震えていた。外国の言葉だったので須賀京太郎にはさっぱり何を言っているのかわからなかった。

ただ、広場にいた者たちには理解できた。そして理解して女たちが悲鳴を上げた。呪いを吐く者もいた。子供たちは特に叫ぶこともなかった。

信頼できる大人たちに行く末を任せるしかなかった。ファティマとマリアは声をきいて眉間にしわを寄せている。また震えてもいた。

どのような目にあわされるかこの場にいる誰よりも理解しているからだ。そんな広場にあって須賀京太郎は困っていた。自分のわからない言葉。

よくわからない嘆きである。何事かと思うばかりであった。

 老人の声が降ってきた後広場にヤギ頭の悪魔たちが降ってきた、この時の広場の状況と悪魔たちについて書いていく。

それは須賀京太郎が頭を回転させている時のことである。光が降ってきた天井からヤギ頭の悪魔たちが次々に降りてきた。

ヤギ頭の悪魔の背中にはカラスの翼があった。身長は二メートルほどでいかにも悪魔といった風貌だった。このヤギ頭の悪魔たちが十五匹投入された。

すると広場にいた女子供たちが大きな声で叫びだした。今まで静かにしていた子供たちも異形の悪魔の姿を見て恐れおののいていた。

子供たちは恐怖によって震えていた。ただただ悪魔それ自体が恐ろしかった。しかし女たちは別の心配をしていた。悪魔の下半身を見たからである。

このヤギ頭の悪魔たちだがしっかりと働いていた。というのが広場に降り立った後速やかに陣形を組んだのだ。といっても戦うための陣形ではない。

逃がさないための陣形である。既に広場の隅っこに集まっている女子供たちである。必要のない配慮だが、しっかりと命令に従っていた。

そうなって女子供たちがいたぶられるのは間違いない未来になった。なぜなら女子供たちに戦う術はない。泣き喚き嬲られるのを待つだけである。

しかし本当に不運だったのはヤギ頭の悪魔たちである。なぜなら女子供たちにあと少しで手が届くというところで須賀京太郎が立ちふさがったからである。

だが、女子供たちを背中にして立った須賀京太郎はふらついていた。軽く押せば簡単に倒れそうだった。しょうがないことである。

マグネタイト不足はどうしようもなかった。普通なら勝てる勝負とみる所。しかし須賀京太郎と対面した時ヤギ頭の悪魔たちは

「終わった」

と思った。須賀京太郎の姿を見たからである。禍々しい金色の目。肩あたりまでが口のように開き、刃の舌をチラつかせる銀色の両腕。

自分たちの結末が見えた。心が簡単に折れた。実際、悪魔たちが予想した結末が訪れた。逃げる暇はなかった。空腹の魔人に近寄りすぎた。

 哀れな悪魔たちの悲鳴が消えた後半透明なロキが須賀京太郎の前に姿を現した、この時に行われた須賀京太郎とロキの会話について書いていく。

それはヤギ頭の悪魔たちがマグネタイトエネルギーに分解吸収された後のことである。須賀京太郎は自分の両腕をじっと見つめていた。

そして自分の両腕を見つめてニヤついている。というのも銀色の両腕が非常に便利だった。両腕で獲物を喰えば自分のエネルギーになってくれる。

人間の口で喰らいエネルギーに変えるのは非効率的と思っていた須賀京太郎である。両腕が捕食器官になったのは嬉しいことだった。

そうしてニヤついている須賀京太郎にロキが話しかけてきた。須賀京太郎の斜め後ろに立って、天井を見上げていた。ロキはこう言っていた。

「また面倒臭いことになったのう。

 どうする? 前回と同じように壊しながら喰らうか?」

すると自分の両腕を見つめながら須賀京太郎がこう言った。


「難しいよ、それは。

 別に俺は構わないけど、あの子供たちと女性たちは間違いなく死ぬ」

このように須賀京太郎が答えると、ロキがこう言った。少し笑っていた。

「助けてどうする? メシアとガイアの関係者じゃろう?

 ヤタガラスは慈善団体じゃなかろう?」

ロキの指摘を受けて須賀京太郎は笑った。小さな笑いだった。ロキの指摘はその通りだった。そうして笑ってから須賀京太郎はこういった。

「意識を失っているときに看病してもらったんだよ。ダメか?

 メシアとガイアの賞金首になっている俺をわざわざ助けてくれたんだ、少しくらいいいだろう?」

須賀京太郎がこのように答えると、ロキが首をかしげた。そしてこういった。

「小僧を助けた娘か……胸がでけぇから助けたと答えるほうが説得力があるのう。

 まぁ、無抵抗の女子供を見殺しにするのはわし的にもよろしくない。ほかの連中もそうじゃろう。

 じゃが難しい道になるぞ。女子供に配慮して紳士的に脱出するのならコントロールを奪って支配下に置く必要がある。

 この『異界』を丸ごとぶった切れば間違いなく全体が連鎖崩壊するじゃろうし、面倒じゃな」

ロキのもっともな指摘に対して須賀京太郎はこういった。

「『簡単じゃない』ってだけだろ?

 霊的決戦兵器のコントロールを握っている奴を見つけて、丁寧に頼めばいい。きっと貸してくれる」

須賀京太郎が答えると、ロキはこういった。

「そこまでのカリスマは小僧になかろう? 敗軍の将をあっさり説得できるのは洗脳能力者くらいじゃよ」

当たり前の反応だった。しかし須賀京太郎は動じなかった。説得する気などないからだ。間をおかずにこう言っていた。

「説得するとは言ってない。『丁寧に頼む』だけだ。すぐに肯かせる。

 ちょっと前にもメシア教徒の婆に無茶なお願いをしたが見事に説得して見せたよ。孤児院を経営している婆だったんだが、権利のすべてを譲ってくれた。

 斡旋先や卸し先まですべて教えてくれたんだ、ここにいる奴らもそうなる」

そんな須賀京太郎を見てロキが笑った。楽しそうに笑っていた。須賀京太郎と深くつながっているロキである。説得の方法を察して面白がっていた。

そうすると半透明な連中もわいてきた。そしてロキと同じく笑い出した。話を聞いていて楽しくなりそうだった。

敵の兵器を奪い取って自分のものにするというのはワクワクする。そんな物騒な半透明な連中がわいてくると須賀京太郎も軽く笑った。

特に楽しいわけではない。楽しそうに笑っている連中に誘われて笑ってしまった。そんな須賀京太郎たちを見て女子供たちが引いていた。

ヤギ頭の悪魔達を撲殺した挙句、素っ裸のままで笑っているのだ。奇妙だった。どう見ても不審者だった。


 ヤギ頭の悪魔たちが消え去った後広場に老人の声が降ってきた、この時に起きた変化について書いていく。

それは半透明なロキと須賀京太郎が効率的な支配権の奪取について考え始め時のことである。老人の声が天井から降ってきた。

非常に枯れた声でかなりあわてていた。こう言っていた。

「一体どういう事だ!」

老人の声が響くと女子供たちが震えた。老人の声に込められている怒気が恐ろしかった。しかし降ってきた声に対して須賀京太郎は答えなかった。

外国の言葉で話されてもさっぱりわからないからだ。日本語で話してほしかった。そうして声が降ってくると須賀京太郎は天井を見上げた。

自分に対して文句を言っているのだと予想がついた。そうして須賀京太郎が天井を見上げると老人がこういった。

「なぜ生きている! 殺せと言ったはずだぞファティマ!」

またもや外国の言葉であった。さっぱり意味が分からないので須賀京太郎は困った。日本に来るのなら日本語でお願いしたい。

そうして須賀京太郎が無視していると老人の声が再び降ってきた。しかし今回の声は声というより叫び声だった。一瞬

「ぎゃっ!」

という声が聞こえて、それから何も言わなくなった。天井から降ってきていた声をきいていた者たちは、すぐにおかしいと思った。須賀京太郎も同じである。

何か問題が起きたようにしか思えなかった。そうして広場にいる女子供たちがざわついていると、女性の声が降ってきた。若い女性の声だった。

こう言っていた。

「一体貴方が何者なのか、なんてどうでもいいことです。

 今ここで重要なのは私の霊的決戦兵器にエネルギーが必要だということだけ!

 マリア! 今謝るのなら許してあげます! 再び神のしもべとなり私と共に異教徒どもを滅ぼすのです!」

この女性の声が降ってきた後天井から悪魔が降りてきた。いわゆる四大天使と呼ばれる高位の悪魔たちだった。

高い実力がある存在だが、いまは顔がこわばっている。四大天使を出迎えて微笑む須賀京太郎を見たからだ。あまりにも不吉だった。

銀色の両手両足に異形の目。そして見え隠れしている刃の舌。嫌な予感しかしなかった。

 空から女性の声が降ってきた後修道服を着た女性マリアが返事をしていた、この時の広場の状況とマリアの答えについて書いていく。

それは天使たちが降りてきてから三十秒後、須賀京太郎が食事を終えた時である。荒れ果てた広場の中心にマリアが立っていた。

しっかりと自分の足で立って、天井を見上げていた。そしてマリアは口を開いた。こう言っていた。

「アンナさま。我々はもう敗北したのです。

 神の法も力の法もヤタガラスの前に敗北したのです。我らにできることがあるとすれば、本国に逃げ帰る事だけです。

 二代目葛葉狂死の寝首をかくなんて到底できることではありません。冷静に状況を把握すれば、撤退こそ正しい道です」

声が完全に諦めていた。しかし正しい判断であった。世界樹の援護のない霊的決戦兵器二体はあっさりと超力超神によって惨殺された。

世界樹は既に滅び去っているのだ。勝利の目はない。また、戦う決定を下したところで広場にとんでもない怪物が紛れ込んでいる。戦いはない。しかし

「命を救ってもらった恩を返したい」

と怪物がほのめかしている。生き延びるための判断としてはマリアが大正解だった。しかしアンナと呼ばれた女性はまったくうなずかなかった。

天井から降ってきた声がこう言っていた。

「逃げる!? 龍門渕信繁も愛宕義経も花田義輝もぶっ殺してないのに!? 十四代目葛葉ライドウは!? 二代目葛葉狂死は!? 萩原千歌は!?

 私たちが成り上がるためにはこいつらの首が必要なのよ!? ここで逃げ帰っても私たちは殺されるだけ!

 いやよ! そんなのは絶対にいや! あの豚どもに殺されたくない!」


この女性の悲痛な叫びに修道服のマリアがこう言った。冷えた声だった。

「諦めなさいアンナ。

 私たちはそれだけのことをしたのです。我々は将としての責任を果たし、非戦闘員を本国に送り届けてから十字架にかけられる。

 日本を潰すつもりでここに来たのですよ。敗北は死。しょうがないでしょう?

 霊的決戦兵器を任されたということはそういう事です。二人で仲良く神の下へ向かいましょう」

すると女性の怒鳴り声が返ってきた。こう言っていた。

「絶対に嫌! 絶対に嫌だから! あんたは何時だってそう! 神様神様五月蠅いのよ! なんでもかんでも神様のせいにして!

 神の下!? そんなものあるわけないじゃない! 私はこの世界で生きていたい! 成りあがって、幸せになってやる! 死んでやるもんか!」

この言葉を最後に天井から声が降ってくることはなくなった。また光も振ってこなくなった。

広場の外側から徐々に暗くなり十秒もしないうちにほとんど真っ暗になってしまった。ほとんどというのは、すこしだけ光があったのだ。

発生源は須賀京太郎である。広場の中心で満腹になっている須賀京太郎が光っていた。

須賀京太郎の銀色の四肢がマグネタイトとマガツヒのエネルギーによって輝いて見えた。ただ全てを照らす光ではなかった。

真っ暗闇にぼんやりと浮かぶ蛍の光のようなもの。だが不安がっている人たちを呼び寄せるだけの力があった。須賀京太郎の異形ぶりは恐ろしい。

その暴力も恐ろしい。しかし守ってくれる存在だと彼女ら、彼らは知っていた。

 光が失われた後須賀京太郎たちを広場が殺しにかかってきた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは広場を照らしていた光が失われて、須賀京太郎の放つエネルギーだけが頼りになった時のことである。広場全体がギシギシときしみ始めた。

このギシギシという音は非常に不吉な音だった。誰がきいても何が起きるのかわかった。これから広場が壊れるとわかりやすく予告していたからだ。

少なくとも広場にいた者たちは嫌な予感で頭がいっぱいになっていた。この時不安を感じていないものがいた。半透明な連中と須賀京太郎である。

こうなるとわかっていた。女子供をいたぶって精神エネルギーを生み出そうとしていた連中である。本来ならじわじわと嬲るつもりだったろう。

長く嬲ればそれだけエネルギーが生み出されるからだ。しかし須賀京太郎が邪魔でいたぶれない。だがエネルギーは欲しい。

となって異界を潰すという方法になったのだ。つまりじっくり絞り取るのをやめてとりあえずのエネルギーだけ手に入れようとした。

この追いつめられた者たちの思考を須賀京太郎たちは読んでいた。そのため、おびえることはなかった。

「そうなるだろう」

としか思わなかった。そして実際にそれは起きた。広場の中心に集まってきている女子供たちめがけて、じわじわと天井と壁が迫ってきた。

すると女子供たちが悲鳴を上げた。真っ暗闇の中から気配だけが襲ってくる。それが恐ろしかった。

か弱い光しかない広場であるから、実際に迫ってくるさまは確認できない。しかし、迫ってくることは空気でわかる。徐々に狭くなっていく空間。

軋む天井と壁。一カ所に人が集まっていることで生まれる熱気の渦。何もかもが恐ろしかった。

こうなってしまうと修道服を着たマリアも、豪華な服を着ているファティマも青ざめて震え始めた。だが、かろうじて悲鳴をこらえた。

それは覚悟が出来ているからだ。しかし悲鳴をこらえるので精一杯だった。死の覚悟はしていたがその時が来ると恐ろしかった。

か弱い光を放つ異形の須賀京太郎にすがりつきたい気持ちにさえなった。一人きりで死ぬよりも人間の暖かさに抱かれたいという欲求であった。

そうしていよいよ弱気になった者たちの耳に須賀京太郎の声が届いた。か弱い光を四肢から放つ須賀京太郎がこういったのだ。

「薄い!」

この声が広場に響いた後のことである。迫っていた天井と壁が切り裂かれて消えた。切り裂いたのは異形の両腕である。

銀の腕に隠された刃の舌が迫ってきた天井と壁を切り裂いて喰ってしまった。葦原の中つ国を切り裂いた須賀京太郎である。

エネルギー不足の異界などデザートにしかならなかった。
 

 
 弱弱しい壁を須賀京太郎が切り裂いた直後豪華絢爛な会議室で女性と老人が会話をしていた、この時に会議室にいた者たちについて書いていく。

それは異形の四肢をもつ須賀京太郎が薄っぺらい異界を切り裂き喰らった直後のことである。

宮殿と見間違うような会議室でしわだらけの老人と若い女性が頭を抱えていた。

若い女性は日本人ではない。ヨーローッパと中東を混ぜたような人種であった。また青と白を基調とした修道服を身に着け、黒い髪の毛を長く伸ばしていた。

老人も日本人ではない。おそらく中東あたりである。髪の毛とひげが伸びっぱなしなので、正確にはわからなかった。鮮やかな服を身に着けていた。

若干宗教的なにおいが感じられる装飾が多いが、機能性を優先している風であった。この二人以外には護衛の悪魔がいるだけである。

人間は二人だけだった。この女性と老人の正体であるが、今回の帝都侵略に参加しているメシア教徒の元締めとガイア教徒の元締めである。

女性の名前はアンナ。老人はアルスランである。この二人が会議室で頭を抱えているのは、須賀京太郎のせいである。

異界をぶった切って見せたのがきいていた。もともとボロボロになった霊的決戦兵器をニコイチにしてもう一度挑むつもりだったのだ。

そのために再起動にエネルギーが必要で、犠牲を払った。非人道的な方法で手に入れようとした。しかし自分たちの目的のために心を鬼にした。

そんな覚悟を須賀京太郎が台無しにした。あっさりと悪魔たちを屠り喰らい、異界を切り裂いて喰った。

こうなってしまうと再度ヤタガラスに挑む計画は台無し。それどころか異界を切り裂く怪物から逃げ延びる必要がうまれた。

決死の覚悟で日本に乗り込んできてこのありさまである。頭を抱えたくもなる。後悔の念でいっぱいになった。そんな時である。

頭を抱えていたアンナがこんなことを言った。

「許してもらえないかしら……あの日本人たぶんヤタガラスでしょ? 必死になって謝れば」

これに対して老人アルスランが頭を抱えたままこういった。

「ありえん。

 ヤタガラスの上位陣は政治に口を出さん傾向が強いが、気位が高いものが多い。二代目さまを見ていればわかるだろう。

 異界を切り裂くほどの技量を持つ退魔士ならば、間違いなく同じような性質を持っているはず。下手な対応をすれば即座に殺されるぞ。

若い女だろうと関係なしにな」

すると頭を抱えているアンナが勢いよく顔を上げた。美しい顔が恐怖でゆがんでいた。しかし両目が希望の光を見つけていた。彼女はこう言った。

「でも! 見た感じ十代後半辺りでしょ!? 色仕掛けとか!」

これに対してしわしわのアルスランが首を横に振った。そしてため息を吐いた。その勢いでこう言った。

「やめておけ。

 わしらの前に現れる退魔士を二代目さまだと思って行動せよ。色仕掛けなんぞした日には生きていることを後悔するような拷問にかけられるぞ。

 わしらに残されておる道は大人しく首を落とされるか、戦って死ぬかの二択だ。子供らを守っているところからして優しい退魔士だろう。

 こちらの心意気を酌んで一撃で葬ってくれるかもしれんな」

老人アルスランの見立てをきいて会議室のアンナが顔を伏せた。そして静かに泣き出した。上位退魔士の情報をよく承知しているアンナである。

強い退魔士たちの共通点にも気付いている。そしていよいよ逃げ道が無くなったと理解した。戦いに備える気配はなかった。

力量差は歴然で、諦めの心しかなかった。

今日はここまでです。

用事が終わったので始めます

名前がわかっている人。

花田義輝(ベンケイ) 愛宕義経(右腕が義手の男) 萩原千歌(ハギヨシ) 撫子真白(ディー) 菅原梅 (梅さん) 


 老人アルスランとアンナが絶望でいっぱいになっている時須賀京太郎はトンネルを歩いていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは天井と壁を須賀京太郎が破壊した後のことである。須賀京太郎と女子供たちは長いトンネルを歩いていた。

天井と壁を破壊したあと、半透明なヨルムンガンドとフェンリルが

「このトンネルの向こうに大量のマグネタイトがある」

といって導いてくれたのだ。異界を切り裂いた後の空間は不安定な構造であったから非常に助かった。

そうして頼れる戦友の導きでトンネルを見つけ入っていった。

高さ一メートル七十センチほど、幅一メートルの狭いトンネルだったが、特に恐れることはなかった。

二代目葛葉狂死を始末する前のひと仕事をさっさと片付けたかった。そうして須賀京太郎がトンネルに入っていくと女子供たちも一緒についてきた。

中腰になって歩く須賀京太郎の後をぞろぞろとついてきた。この時須賀京太郎のすぐ後ろに修道服を着たマリアがいた。

この時マリアは小さな子の手を握って歩いていた。この小さな子は、また小さな子の手を握って、それが延々と続いていた。

最後にトンネルに入ったのは豪華な服を着たファティマで、取り残された者がいないことを確認してトンネルに入った。彼女もまた手をつないでいた。

光が全くない状態であるから、誰かが手を引かなければ歩けなかった。そんな彼女らのことを須賀京太郎は特に気にしていなかった。

トンネルをずんずん進んでいる。看病の恩を感じている須賀京太郎である。しかし積極的に守るつもりはなかった。何せ人数が多すぎる。

女子供あわせて百人前後。いちいち気を配っていられなかった。ただそんな須賀京太郎背中をしっかりマリアは追いかけた。必死で追った。

須賀京太郎の背中を追いかければ生き延びられる気がした。不思議なことで大人しく死ぬ気持ちはなくなっていた。


 狭いトンネルに入って十分後須賀京太郎たちは居住スペースに到着した、この時の居住スペースの状況と須賀京太郎たちについて書いていく。

それは腰を曲げながら無駄に長いトンネルを歩ききった後のことである。須賀京太郎は居住区画に到着していた。

トンネルを抜けてすぐに扉があったのだが、その扉を開くとその先が居住区画だったのだ。居住区画だとわかったのは生活の匂いがしたからである。

単純に生活のための備品が視界に入ったのもそうだが、人の臭いが非常に強かった。人混みの匂いではなく、生活臭である。

また須賀京太郎のすぐ後ろからついてきていた修道服のマリア、そして手をつないで現れる子供たちがほっとしているところからも察せる。

ただ、この居住区画に到着しても須賀京太郎は動きを止めなかった。ヨルムンガンドとフェンリルの案内に従った。

なぜなら大量のマグネタイトの反応があると半透明な連中が教えてくれた。大量のマグネタイトが人間のものなのか悪魔のものなのかはわからない。

しかし何かがあるのは間違いない。そうなって須賀京太郎は気を抜けない。この場所にあって須賀京太郎は敵対者、外敵である。

生活臭くらいでは緩まなかった。そうして須賀京太郎が

「いったい何が大量のマグネタイトを生んでいるのか、保有しているのか」

と探索に向かおうとした時であった。修道服のマリアが須賀京太郎に声をかけてきた。これは日本語で語りかけていた。彼女はこういっていた。

「あの! 服を!」

居住区画には電気がしっかり通っている。トンネルと広場では光がなかったが今はあるのだ。となると非常にまずい状況だった。

須賀京太郎のすぐ後ろを歩いている修道女マリアには特に厳しかった。

そうして日本語で話しかけてきたマリアの手には鮮やかなローブと青と白のストライプ柄のズボンが握られていた。

かなり大きめなローブとズボンで外国サイズだった。修道女マリアに服を差し出された須賀京太郎は服を黙って受け取った。何とも言えない顔をしていた。

服を探す手間が省けたと思う一方で恥ずかしさが勝っていた。

 須賀京太郎が鮮やかなローブとズボンを身に着けた後修道女マリアが話しかけてきた、この時に行われた会話について書いていく。

それは須賀京太郎が素肌に直接ローブをまとい、下着も履かずにズボンを身に着けた後のことである。

あとからトンネルに入ってきた女子供たちが居住区画にたどり着いた。最後にトンネルに入ったのは豪華な服を着た女性ファティマ。

居住区画に到着すると同時に子供たちを励ましていた。ただ日本語ではないのでさっぱり何を言っているのか須賀京太郎にはわからなかった。そんな時である。

着替え終わった須賀京太郎に修道女マリアがこんなことを言った。


「貴方に協力すれば、私たちを助けてもらえますか?」

着替え中の須賀京太郎から視線をそらしていたマリアだったが、今はしっかり見つめていた。両目に力がこもっていた。

そんなマリアに話しかけられた須賀京太郎は首をひねった。そしてこう返した。

「どっちの意味か分からないです。

『俺に殺されたくない』という意味なら

『もちろん。心配するな、危害を加えるつもりはない』と答えます。

もしも

『ヤタガラス全体にメシアとガイアの残党を見逃してほしい』という意味なら

『よほどのことがない限りは不可能』と答えます。

 どっちの意味ですか?」

この時須賀京太郎の言葉は居住区画によく響いていた。居住区画が静かだった。しょうがないことである。光の下にさらされた須賀京太郎廃業である。

この須賀京太郎を前にして自由にふるまえる胆力は女と子供にはない。そんな須賀京太郎に対して修道女のマリアが震えながら答えた。こう言っていた。

「私たちは『不可能』を『可能』にして欲しいです」

大人しく死ぬべきだと語っていた修道女はもういなくなっていた。かなりの勢いで頭を回転させて生き延びられる道を探していた。これは自然なことだった。

なぜなら今までは完全に詰んでいたのだ。何をやろうとヤタガラスに滅ぼされる結末が見えていた。

しかし今乗り越えなければならない障害は須賀京太郎一つだけ。目の前に生き延びる道があるのならば足掻かずにはいられなかった。

そんなマリアのお願いを聞いて須賀京太郎は首をひねった。かなり困っていた。不可能を可能にするのは難しかった。意味がない。

利用価値のない敵対勢力の構成員である。さっさと処分するのが正解だった。メシアとガイアは帝都に侵略してきた勢力である。

自分を看病してくれた恩を感じて直接的な破壊工作を行わないだけ。優しく接する気は一切なかった。

 須賀京太郎がマリアのお願いに困っている時豪華な服を着たファティマが割り込んできた、この時のファティマとマリアについて書いていく。

それは須賀京太郎が

「どうやって諦めてもらうか」

と頭を回転させている時のことだった。女子供たちを慰めていた豪華な服を着た女性ファティマが須賀京太郎とマリアの所へ割って入ってきた。

結構な勢いで駆け寄ってきてまったく足音を隠す気がなかった。そうして駆け寄ってきたファティマは須賀京太郎に外国語で話しかけた。こう言っていた。

「サンキュー! あんた、なかなか懐が深いじゃない! ヤタガラスって頭のいかれた連中だって聞いていたから私たちを助けてくれるなんて全く思わなかったわ!」

この時須賀京太郎の銀色の両腕をファティマが握っていた。本当ならば簡単に回避できたのだが、須賀京太郎は黙ってつかまれていた。

外国語で語られているのでさっぱり意味は分からない。

しかし「サンキュー!」はしっかり聞き取れていたし、にこにこ笑っている顔からしてお礼を言っているのだと思った。そして黙ってお礼を受け取った。

この時黙ってはいたものの須賀京太郎の口元が緩んでいた。普段お礼を言ってくれる人なんて全くいないのだ。嬉しかった。

本当ならポーカーフェイスで隠すのだが、今は難しかった。ロキたちの魂が須賀京太郎の心を増幅しているからだ。

そんな須賀京太郎を見て修道女マリアが鋭い目になった。鋭い目になったマリアは

「押せばいけるかもしれない」

と思ったのだ。しかしすぐに考え直した。半透明なロキが悪い顔をしていたのが見えたからである。

そしてそのそばにいる半透明な老紳士たち、狼と蛇もクスクスと笑っている。何か自分の内面を透かされているように思えて強くお願いできなかった。

ちなみに半透明な連中が笑っていたのは須賀京太郎が面白かったからである。チラチラと女の胸元に視線が言っていたので

「あとで女性陣の前で暴露してやろう」

などと考えていた。そうして須賀京太郎が弱みを握られた時豪華な服のファティマが外国語でこんなことを言った。


「あんたを男と見込んでお願いしたいことがあるの。

 私たちを助けて。私たちは敗北を認める。これ以上戦ったとしても絶対勝てないと認める。だから私たちを助けてほしい。

 この霊的決戦兵器の所有権も、何もかも全部あげるから私たちを助けてほしいの。あんたが私のことを好きにしたいというのなら好きにしても構わない。

 でもほかの子たちに手を出さないであげて。あの子たちは本当に連れてこられただけだから」

このように語りかけてきたファティマに須賀京太郎は押された。非常に戸惑った。

急に真面目な雰囲気になったのもそうだが、外国語でまくしたてられたので非常に困った。須賀京太郎が困っているとファティマがマリアに視線をやった。

そしてこういった。

「マリア、通訳してよ。正確にお願いね」

するとファティマの視線を受けて修道女マリアが少しためらった。訳していいものか怪しい内容だった。

しかし須賀京太郎とファティマに見つめられてどうしようもなくなって通訳した。彼女は出来るだけ正確にファティマのお願いを伝えた。

すると須賀京太郎の眉間にしわが寄った。明らかに不機嫌になっていた。それを見て半透明な連中が軽くうなずいた。当然のことだった。

無関係な人間を巻き込んだと知れば、異形の怪物は怒るのだ。そういう性格だと知っていた。そして状況をほぼ正確に理解した須賀京太郎はこういった。

「いいだろう。

 だが、両陣営のトップがどうなるかは保証しない」

この時須賀京太郎の答えはすぐにマリアによって訳された。居住区画にいた者たちの耳にしっかりと彼女の言葉が届いた。しかし大喜びする者はいなかった。

須賀京太郎が放つ激怒のオーラがあまりにも恐ろしかった。

 ファティマのお願いをきいた後ヨルムンガンドとフェンリルの後を須賀京太郎が追いかけていた、この時の須賀京太郎たちの様子と目的について書いていく。

それは豪華な服を着たファティマのお願いを須賀京太郎が受け入れて数分後のことである。

ヨルムンガンドとフェンリルの後を須賀京太郎たちが追いかけていた。この時ヨルムガンドもフェンリルもゆっくりと歩いていた。

半透明なので足音もなく疲れもないのだが、ゆっくりだった。そんな半透明な二人の後ろを鮮やかなローブとズボンを身に着けた須賀京太郎が追いかけた。

しかし非常にゆっくり歩いている。今までの恐ろしい速度はまったくない。人並みかそれ以下であった。

そんな須賀京太郎たちの後を修道服を着たマリアと子供たちがついてきていた。

子供たちの手を女たちが握っていて、最後尾にはファティマと半透明な老紳士たちとロキがいた。

この時半透明な老紳士たちとロキは周囲に対して警戒網をはっていた。須賀京太郎から

「護衛の手伝いをしてほしい」

とお願いされたからである。半透明な連中に攻撃力はまったくない。しかし見張りはできた。

須賀京太郎たちが向かっているのは、大量のマグネタイト反応がある場所である。

「霊的決戦兵器の支配」

が目的の須賀京太郎は支配権を持つものに出会いたかった。エネルギーをたくさん持っているのだから、支配者だろうという発想である。

女子供たちが被害者とわかった今、霊的決戦兵器の奪取は決定事項になっていた。この時のヨルムガンドとフェンリルはなかなか楽しそうだった。

須賀京太郎の決定が好みのものだった上に、小さな子供たちにチヤホヤされる。生きていたころの記憶を思い出していた。

そうなると足取りがゆっくりになるのもしょうがなかった。あまり早いとだれも追い付けないとわかっていた。

 大量のマグネタイト反応を目指して数分後須賀京太郎は奇妙な部屋にたどり着いた、この時に行く手を塞いだ扉と須賀京太郎の対処法について書いていく。

それは半透明なヨルムンガンドとフェンリルが女子供に配慮して道案内を行った後のことである。須賀京太郎たちはがっしりとした扉の前に立っていた。

居住区画の扉とは違って厳重にロックされていた。いかにもな厳つい扉であった。そうして扉の前に須賀京太郎が立った時、修道女マリアが話しかけてきた。

怯えはかなり消えていたが非常に下手に出ていた。こういっていた。


「この扉を開くには管理者の許可が必要です。現在の状況なら、両陣営のリーダーの許可です。

 下手にこの扉に触れば警備システムが作動するでしょう」

このようにマリアが語ると須賀京太郎は黙って息を吐いた。そんな須賀京太郎を見て半透明なヨルムンガンドとフェンリルがニヤリと笑った。

修道女がいちいち面白かった。そうしてヨルムンガンとフェンリルが笑っていると修道女マリアが口をもごもごとさせた。

またチラチラと須賀京太郎に視線を送っていた。チャンスだと思ったのだ。須賀京太郎の役に立てば活路があるかもしれない。頑張りどころだった。

ただ、彼女がもごもごとしている間に問題は解決した。須賀京太郎が厳つい扉を取り外した。

重厚なロックを粘土のようにギュッと握りしめて、そのまま引き抜いた。引き抜いた勢いで厳つい扉がひしゃげ壊れた。扉を外すと警報が鳴り響いた。

また扉の向こうから冷えた空気が流れ出してきた。あまりに冷えた空気だったものだから修道女は咳き込んでいた。

しかし須賀京太郎はそのまま部屋の中に入っていった。須賀京太郎は平然としていた。半透明な狼と蛇が冷たい部屋の奥へと進んでいくからだ。

さっさと霊的決戦兵器を奪い取りたい須賀京太郎である。足を止める理由がなかった。そうして須賀京太郎が部屋に入っていくのを修道女マリアが見送った。

この時彼女は引きつった笑みを浮かべていた。自分を売り込めないと確信できたからである。まったく住んでいる世界が違っていた。

 ちゃちな扉を破壊した後冷えた部屋で須賀京太郎は答えを見つけた、この時に見つけた残骸と答えについて書いていく。

それは修道女マリアが引きつっている間の出来事である。大量のマグネタイトがあるという冷えた部屋に須賀京太郎は入っていった。

この時須賀京太郎はずいぶん不機嫌になっていた。銀の指で鼻をつまんで口で呼吸しているところを見ると、これ以上の不機嫌顔はなかった。

というのも冷えた部屋に入った瞬間から生ゴミのようなにおいが鼻を突いている。しかもこのゴミのような臭いは部屋の奥に近付くにつれて強くなる。

半透明な狼と蛇は平気で部屋の奥へと進んでいくのだから、須賀京太郎はたまらない気持ちになった。しかしどうにか我慢して数秒ほどで最深部に到着した。

この時の須賀京太郎は無表情だった。鼻を抑えることもやめていた。それというのも、大量のマグネタイト反応の正体を見つけてしまった。

半ミイラ化した大量の死体が保存されていたのだ。死体はいろいろな種類があった。人種はいろいろで、死に顔もいろいろ。ただ共通点があった。

これを見て須賀京太郎は

「なるほど」

といった。そして続けてこういった。

「こうするつもりだったか」

須賀京太郎の呟きの後半透明な連中が呻きだした。激しい怒気によって純化したマグネタイトが供給され体が熱くなっていた。

 半透明な連中が呻きだした時冷えた部屋の外から悲鳴が上がった、この時に部屋の外で起きた問題について書いていく。

それは女性と子供のミイラが部屋いっぱいに収納されているのを見て須賀京太郎が心を乱した時のことである。

須賀京太郎たちを見張っていたメシアとガイアの戦闘員たちが一斉に駆け出していた。半透明な連中が苦しみ始めたのをチャンスと見た。

なかなか素早い判断と身のこなしである。優秀な戦闘員だった。そうして一斉に駆けだしてきた戦闘員たちは一気に女子供たちを囲い込んだ。

囲い込んだときには仲魔を呼び出していて万全だった。計画通りである。そうして悪魔たちに取り囲まれた女子供たちは突然の襲撃に戸惑いおびえた。

肉食動物のような身のこなしで二十名ほどの屈強な戦闘員たちが現れたのだ。その上悪魔まで目の前にいる。恐ろしい。

しかも戦闘員たちの目はぎらついている。女子供たちの肉体をなめまわして遠慮がない。須賀京太郎の怒気とは違う不愉快な恐ろしさがあった。

これに対して拳を作っている女性、睨みつける子供もいた。しかし身体は震えていた。力の差が歴然だった。

そんな状況で、戦闘員のリーダーらしき男がこんなことを言った。


「私たちと一緒に来なさい! 保護しに来た!」

しかし動く者はいなかった。それもそのはずで、戦闘員のリーダーらしき男の目が異様な輝きを宿していた。獣の輝きである。近付けば喰われると思った。

そうして誰も動かないでいると豪華な服を着ているファティマに戦闘員が近付いていった。戦闘員の目が血走っていた。また呼吸が荒かった。

ファティマは逃れようとしたが無理だった。あっさりと捕まって服を引き裂かれた。紙を破くような勢いで豪華な服はボロボロにされてしまった。

服を引き裂かれたファティマは真っ青になった。何をされるのか予想がついた。

そうしてファティマを皮切りにほかの女子供たちにも戦闘員の手が伸びていった。この時一人の子供が戦闘員に食ってかかった。

手を繋いで導いてくれた女性を助けようとした。男気を見せた。すぐに女性の悲鳴が上がった。食ってかかった子供が弾き飛ばされたからである。

間違いなく精神的に勝っていたが、力量差は覆らなかった。ただ怒り狂っている魔人をさらに燃え上がらせるには十分だった。

 怒る狂っている魔人が現れた後半透明なロキが口を開いていた、この時須賀京太郎に対して半透明なロキが語った内容について書いていく。

それは冷えた部屋の前の通路を須賀京太郎が血で染めた後のことである。血だまりの中に須賀京太郎が立っていた。足元には人間の残骸が転がっていた。

少し腹が減っていたが、喰らうことはなかった。ゴミだからだ。そんな須賀京太郎から少し離れたところに女子供たちが一塊になっていた。

肉体的な被害は少年が擦り傷を負った程度である。しかし、服を破かれてしまったものが多い。流石に若い女性ばかりである。

須賀京太郎の視線から逃れたかった。ただ、ほとんど裸になってしまった彼女らだが、不思議と不安の色が少なかった。

恥じらうところはあるが、恐怖はない。桁外れの暴力が偉大な守護の力に感じられた。

そうして女子供たちから信頼を受けている須賀京太郎だが、表情が暗かった。敵を屠って作った血の池でため息を吐いてばかりいる。

怒りにまかせて敵を殺した後、暗黒に心が包まれた。暗黒である。怒りが去った冷静の中に言葉にできない暗闇が生まれていた。

この暗闇は陰鬱で、ため息ばかりを生んでくれた。そんな須賀京太郎に半透明なロキが話しかけた。優しげな口調で語っていた。

須賀京太郎の動揺を見抜いたのである。助けになりたかった。ロキはこういっていた。

「救えなかった事を悔やむのなら、やめておけ。

 小僧にはどうすることもできんかった」

ロキが語りかけてくると須賀京太郎はこういった。

「……マグネタイトはエネルギーだ。

 苦痛を与えれば与えるほど楽に手に入る……こういう下種なまねをする賞金首は何匹もいたよ。

手が届かなかったことも、心が沸き立つのも初めてのことじゃない……処刑するのもな。

 合理的な方法だと思う。利用できるものは何でも利用する。この姿勢は俺も同じだ。やり方こそ違っているが、いざとなれば俺もそうするかもしれない。

 責める立場にない事も理解している。俺はもっと外道な方法……この戦いの中で人を喰らって力に変えている」

するとロキがこう言った。

「全く違う。

 戦う力のない女子供をさらってマグネタイトの供給源にすることは卑しい行為じゃ。小僧の怒りは正しい」

ロキが指摘したが、須賀京太郎のため息は止まらなかった。表情はなおも暗いままである。須賀京太郎の沈んだ顔を見てロキが首を振った。

横に何度か静かに振っていた。今の須賀京太郎に助言は逆効果だと見抜いた。そして何も言わずに須賀京太郎から離れていった。

答えを見つける邪魔をしないためである。ロキ自身迷った経験があるのだ。こういう時には一人になる必要があると知っていた。


 半透明なロキが去った後須賀京太郎は奇妙な声をきいた、この時に須賀京太郎が聴いた声と、みたものについて書いていく。

それは半透明なロキが須賀京太郎から離れてすぐのことだった。溜息を吐いていた須賀京太郎が足元に視線をやった。視界にチラチラと入る女性の肌。

そしてすがりつくような子供たちの視線が原因である。暗黒が心を覆っている今、彼女らの視線はあまりにも重たい。内側の暗黒のためである。

自分自身の内側にある形容しがたい奇妙な闇が配慮する余裕を奪っていた。しかしそうして視線を下に向けてみると足元は血だまりである。

暴徒たちを始末して出来上がった血の池は須賀京太郎の銀の両足を汚している。ひどい光景ひどい臭いだったが落ち着いた。

戦いの道に殉じる安寧を思い出した。戦って死ぬ。単調だが楽な考え方は、ほっとさせる。そんな時だった。

「血だまりに映った須賀京太郎」

が突如として自由を手に入れた。血だまりに移っていた銀色の四肢をもつ須賀京太郎が急に口を開いたのである。

血だまりに映った須賀京太郎はこんなことを言った。

「あぁ、彼らがうらやましい。俺も彼らのようになりたい。彼らのように欲望のままに生きてみたい」

血だまりに映った自分が語り始めた時、須賀京太郎はパッと顔を上げた。魔法攻撃を受けていると思った。

「敵がいるかもしれない」

そう考えて周囲を見渡した。しかし気になる物はなかった。一塊になっている女子供たちがいるだけだった。

この時服を破られたファティマと目が合ったが、すぐにそらした。すがりついてくる視線に耐えられなかった。そうして再び視線を下に向けた。

視線の先には笑っている須賀京太郎がいた。邪悪な笑みを浮かべてこんなことを言っていた。

「俺が彼らに怒りを抱いたのは、『羨ましかった』からだ。

 俺がこんなにも我慢しているというのに、彼らは欲望のままに行動した。女と子供をいたぶって楽しもうとしていた。

 羨ましい限りだ。『欲望のままに生きる!』『責任を捨て去って獣のように!』

 なんて人間らしい生き方なのか!
 
 俺なら欲望のままに生きることもできるのに……あぁ、彼らには悪いことをした。俺にはできなことをやってのけた彼らが羨ましくて俺は嫉妬したのだ。

そして無残な最期を遂げさせた」

邪悪な笑みを浮かべている須賀京太郎は大げさな演技を加えながら語っていた。この時須賀京太郎は静かだった。黙って血の池を眺めるだけである。

また驚くほど穏やかな顔をしていた。俯いて血の池を眺める須賀京太郎は聖職者のように見えた。しかし、近くにいた女子供たちは怯えた。

須賀京太郎の身体から怒気が放たれ始めたからである。半透明な連中も苦しげであった。そんな時に血の池に映っている須賀京太郎がこんなことを言った。

「今からでも遅くない。欲望のままに生きよう。欲望のまま、好き勝手生きてやろう。
 
 俺ならできるはずだ。知略が暴力が欲望を満たす手伝いをしてくれる。

 まず手始めにあの女たちで遊んでやろう。

 あぁそうしよう! 彼らのように! 俺が羨んだ彼らのように!」

このように血の池に映る須賀京太郎が語った直後である。血の池が蒸発した。須賀京太郎が原因である。

須賀京太郎の肉体から赤い火が噴きだして、足元の血の池を消し飛ばした。突然の発火は激怒のため。

自分自身の口から放たれた言葉に激しい嫌悪感を抱いた。論理的なものはない。生理的に受け付けなかった。しかしすぐに治まった。

子供達の泣き声が聞こえたからである。幸い服は燃えなかった。不思議なことで制御がきいていた

 子供たちが泣き出して数分後須賀京太郎たちは居住区画を探索していた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは奇妙な幻覚を見た五分後のことである。半透明な連中が護衛につきながら居住区画の中を須賀京太郎たちがうろついていた。

須賀京太郎が先頭に立って居住区画を進み安全を確認してから女子供たちが移動していた。

この時須賀京太郎のすぐそばに修道服を破かれたマリアと同じく服を破かれたファティマがしたがっている。

というのが先ほどの暴徒の襲撃で女性たちの服がほとんど破かれてしまっている。

須賀京太郎は素っ裸で移動しても問題ないのだが女性たちにはつらい状況であった。

そのため内部構造をそれなりに理解しているファティマとマリアに道案内を頼んだ。服を調達するためである。

服の調達ついでに管理者の居場所も探していたが、見つからない。


「巨大なマグネタイト反応があるところに実力者がいる」

という理屈で探索しているからであった。服を探索している時女子供たちは出来るだけ須賀京太郎の近くに居ようとした。

どこから人知を超えた怪物が襲い掛かってくるかわからないからだ。自分たちを守ってくれる存在と一緒にいたかった。

 居住区画を探索し始めて二十分後須賀京太郎たちは食堂で休憩していた、この時の食堂の様子と須賀京太郎たちの会話について書いていく。

それは居住区画を探索しそれなりの成果を上げた後のことである。ファティマとマリアの案内で須賀京太郎たちは食堂で休んでいた。

須賀京太郎の体力はまったく問題ない。まだまだ戦える。しかしほかの面々の体力が尽きかけていた。特に子供たちの体力が怪しかった。

無理やり歩かせるわけにもいかないので、食堂で休憩ということになった。ついでに食べるものが見つかれば良いなとも思っていた。

居住区画にあった食堂はそれなりに広かった。女性と子供が全員座っても問題なかった。乗組員の姿はなかった。

女性と子供が休憩を始めると食堂が少し騒がしくなった。ほっとして口を開き始めていた。そんな食堂の隅っこに須賀京太郎が座っていた。機嫌が悪かった。

そんな須賀京太郎の周りには服を着替えたファティマとマリアがいた。二人とも顔色が悪かった。須賀京太郎の苛立ちが怖かった。

半透明な連中は女性と子供の相手をしていた。一番人気はフェンリルで二番人気が赤い老紳士、三番目が黒い老紳士だった。

フェンリルは見た目で一番に、老紳士たちはマジックで人気を得ていた。やたらと子供慣れしていた。

そうして食堂で休憩を初めて数分後のこと、須賀京太郎がこんなことを言った。

「責任者ってどんな奴よ」

かなり困り果てていた。それもそのはず、管理者の姿が一切見えない。しかも異物である須賀京太郎を排除しようとしない。意味が分からなかった。

そうして須賀京太郎が質問をするとマリアが答えた。少し声が震えていた。彼女はこういった。

「私たちのリーダーはアンナ、私の幼馴染です。

 私と同い年で、悪魔の使役と魔法の腕を認められて今回の任務に選ばれました。熱心なメシア教徒ではありません。

どちらかといえば上昇志向の高い娘です」

マリアが答えると続いてファティマが口を開いた。彼女は少しおびえながら須賀京太郎に答えた。こう言っていた。

「こっちのリーダーは私のおじいちゃん。名前はアルスラン・チャンドラ。

 二代目葛葉狂死に心酔していて前回の反省から霊的決戦兵器アフラマズダの建造を指揮したわ。今回の進軍もおじいちゃんが指揮したわ。

 作戦を練るのが得意で個人としての武力に自信があるわけじゃない。地元では魔王なんて呼ばれていたけど、普通のおじいちゃんよ。

周りがバカだっただけ」

この時ファティマの言葉をマリアが訳して伝えていた。二人の話の後須賀京太郎は大きく息を吐いた。そしてうなだれた。

二人の人物評をきいていると今の状況が信じられなかった。仮に須賀京太郎が霊的決戦兵器の管理者であれば、絶対に異物の侵入を許さない。

被害が出るだろうし乗っ取られる可能性もある。今のように自由自在に動き回れるのは意味が分からなかった。

そしてあまりにもわからないものだから、須賀京太郎は机に突っ伏してしまうのだった。この問題は面倒だった。

 須賀京太郎が困り果ててしまった時半透明なロキが話しかけてきた、この時に提案されたロキの作戦と結果について書いていく。

それは須賀京太郎が

「どうしたら隠れている管理者を引きずりだせるのか」

と考えている時のことである。子供たちと遊んでいたロキが近寄ってきた。この時半透明なロキに

「もう少し遊んでほしい」

と子供たちが目で訴えていたが、女たちが制していた。半透明な連中が守護者の頼れる仲間であると見抜いていた。

そうして子供たちを振り切ってやってきたロキは軽い口調で話しかけてきた。こう言っていた。

「どうした、どうした? だらけよって」

そんなロキに須賀京太郎はこういった。

「管理者の居場所を突き止められねぇ。

 何かいいアイデアがあれば、教えてお願い」

ほとんど須賀京太郎はあきらめていた。実際どうやって女子供たちを守りつつ異界に潜んでいる管理者をあぶりだせばいいのかさっぱり思いつかなかった。

そんな須賀京太郎を見てロキが黙った。顎に手を当てて、ブツブツつぶやいた。そうして数秒後ロキはこういった。


「『全ての力を放棄して捕虜になるのならば命だけは助けてやる』

と大きな声で、胸のでけぇお嬢ちゃんたちに叫ばせてみたらええ。きっと向こうからお誘いが来るじゃろう」

このロキの提案をきいて須賀京太郎は笑った。軽く鼻で笑っていた。バカにしているようだった。須賀京太郎はこういった。

「自分の力を放棄する奴がいるかよ。曲がりなりにもメシアとガイアの集団を率いている人間だぞ?
 
 自分の命可愛さに捕虜になるわけがない。女子供を嬲ってエネルギーを絞ろうとするほど戦いたがっているんだ。絶対にありえない」

するとロキが笑った。大きく短く笑った。そして落ち着いてからこういった。

「なら試してみるがええ。

 じゃが順番が大切じゃ。まずは小僧が大きな声で叫ぶ。そしてそのあとにお嬢ちゃんたちが訳して叫ぶ。

 もしも失敗したところで何の損もなかろう」

すると須賀京太郎は首を横に振って見せた。絶対ありえないと顔に書いてある。そんな須賀京太郎を見て半透明な連中が笑っていた。

須賀京太郎が驚く顔が目に浮かんだからだ。そうして半透明な連中が笑っている間に、須賀京太郎は大きな声でこう言った。

「全ての力を放棄して捕虜になるのならば、命だけは助けてやる!」

これに続いてマリアが叫んだ。そしてマリアが叫んだあとファティマが続いた。三人が叫んだあと食堂は静かになった。しんとなると誰も音を立てなかった。

須賀京太郎は満足げにうなずいていた。自分の推測が正しかったと喜んだ。しかしすぐに喜びは失せた。食堂に綺麗な門が現れたからである。

これを見て半透明な連中が笑った。須賀京太郎がこれ以上ないほど驚いたからだ。面白い顔だった。
 
 綺麗な門が食堂に現れた直後管理者たちが語りかけてきた、この時に語られた内容と食堂の様子について書いていく。

それは豪華絢爛な門が食堂に現れた直後のことである。半透明な連中が苦悶の表情を浮かべていた。苦しみの原因は須賀京太郎である。

食堂にいる須賀京太郎だが、無表情のままで大人しく座っている。しかし、過去最大規模の激怒だった。須賀京太郎は気に入らなかった。

「命を助けるから武装を解除しろ」

という提案をあっさり飲んだ管理者たちが気に入らなかった。そうしてあまりに激しい怒気のはずだが、心は落ち着いていた。

騒ぐことはなく奇妙な冷静がある。頭の中からスッと何かが抜け落ちていた。この須賀京太郎の変化に半透明なロキが気付いていた。

しかし何も言わなかった。良い傾向、良くなった証しと受け取っていた。そうして須賀京太郎が一層良くなった時である。若い女性の声が食堂に響いた。

若い女性の声はアンナのもので、かなり震えていた。彼女はこういっていた。

「私たち……霊的決戦兵器メタトロンの乗組員はヤタガラスに降伏します。全乗組員は武装を解除して捕虜の身分を受け入れます」

外国の言葉で語られたがすぐに須賀京太郎に訳された。マリアが正確に訳したのだ。そうして数秒の沈黙が食堂を包み込んだ。

沈黙を破ったのは須賀京太郎だった。穏やかな口調でこう言っていた。

「貴女たちの降伏を受け入れます。今からそちらに向かいますので、霊的決戦兵器のコントロールを受け渡せるように準備しておいてください」

須賀京太郎の答えを聞いてマリアがほっとした。何とか命がつながったと考えた。しかしすぐに働いた。須賀京太郎の言葉を訳して伝えた。

訳してすぐに嬉しそうなアンナの声が食堂に響いた。こう言っていた。

「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」

この時アンナの言葉を須賀京太郎は無視していた。アンナが口を開いている間に席を立って、豪華絢爛な門に向かって歩き出していた。

マリアの通訳も必要としていなかった。どうでもいいことだったからだ。


 アンナの降伏から数分後豪華絢爛な会議室に須賀京太郎の姿があった、この時の会議室の様子と須賀京太郎たちについて書いていく。

それはアンナの降伏から五分後のことである。豪華絢爛な会議室に三つの陣営のトップがそろっていた。三つの陣営とはメシア教会。ガイア教団。

そして須賀京太郎である。メシア教会の陣営は約三十名。マリアと同年代の女性アンナが席に座り、その背後に武装したメシア教徒たちが隊列を組んでいた。

メシア教徒たちは男女の区別がなかった。ただ、全員が外国人らしく日本人は一人もいなかった。ガイア教団は二十名ほど。

老人アルスランだけが椅子に座り、背後に武装したガイア教徒たちが隊列を組んでいた。ガイア教団も男女の区別がない。また日本人の姿もなかった。

この二つの陣営に対しているのが須賀京太郎と半透明な連中、そしてついてきたファティマとマリアである。須賀京太郎だけが席に座っていた。

半透明な連中は会議室を好き勝手に歩き回っていた。ファティマとマリアは須賀京太郎の斜め後ろに立って自分たちの陣営をじっと見つめていた。

しかし彼女らが語りかけることはなかった。須賀京太郎が口を開いていないからである。豪華な会議室はほとんどがメシアとガイアの陣営で埋まっている。

しかし場を支配しているのは須賀京太郎個人だった。須賀京太郎の一挙一動即に会議室にいる者たちが注目し従っていた。


豪華な会議室に須賀京太郎が到着してからメシアとガイアの両陣営は許可を求めるようになった、この時両陣営に起きていた変化その理由について書いていく。

それは須賀京太郎が姿を現して椅子に座ってからのことである。三つの陣営は黙って動かなかった。

呼吸の音さえ煩わしく感じるほどの静寂で会議室が満たされるほどであった。というのも須賀京太郎が動き出すのを待っていた。

捕虜として延命を願う立場である。しょうがないと言えばしょうがない。しかしそれを遥かに超えたへりくだり方で、第三者が見ればあまりに哀れであった。

メシアとガイアの強者たちを追い込んだのは間違いなく須賀京太郎である。透徹した意志を秘めた須賀京太郎がそうさせた。脅したわけではない。

ただ椅子に座って眺めただけである。しかし十分だった。これだけで誰が支配者で被支配者なのかはっきり分けた。

ここにあるのはナグルファルの王とそれ以外というシンプルな形だけである。激しい激怒と嫌悪の念が問答無用の王を生み出してしまったのだ。

「ゴミのような存在がいる。穢れそのもの、殺すことさえ躊躇われる」

かろうじて残っていた性善説への憧れが失せていた。そしてたった一つの確信が須賀京太郎を暴君に変えた。優しさはない。

 激怒によって優しさを捨てた須賀京太郎が視線で会議室を支配している時半透明なロキが場を動かした、この時の須賀京太郎の対応とロキの提案について書いていく。

それは須賀京太郎が暴君として君臨している時のこと。半透明なロキが須賀京太郎に近付いてきた。上機嫌だった。

ぴょこぴょこスキップしながらやってきた。というのも、求道者として須賀京太郎が成長した。今まで残っていた甘さが消えて、ずいぶん厳しくなった。

心が硬くなり鋭くなかった。うれしいことだった。そうして近寄ってきた半透明なロキが口を開いた。少しからかっているような調子があった。

こう言っていた。

「さて、そろそろ始めるか。

 皆落ち着いておるようじゃし、話が丸く収まると信じておるよ。

 捕虜になるといっても扱いについて条件があるじゃろう、お互いにじっくり話し合おう。

 じゃが、手加減してくれぇよ。わしらのリーダーは口下手じゃからなぁ」

このようにロキが語ると半透明な連中が大きな声で笑った。須賀京太郎も笑っていた。なぜならロキが冗談を言ったのだ。しかも面白かった。

笑うに決まっている。しかしメシアとガイアの陣営は笑わなかった。一言でも声を発せば殺されるとわかっていた。この状況でさらにロキはこういった。

「小僧、さっさと済ませて二代目葛葉狂死を始末しに行こう。色々と問題を解決してきたが、まだ真の目的は達成できておらんのじゃから」

非常に冷たい声だった。須賀京太郎と同じである。ゴミを視界におさめておくのが辛かった。大量の女子供のミイラを作っておいて命乞いをした。

女子供を嬲って生き延びようとした。二代目葛葉狂死に協力しておいて捕虜になりたいと許しを請うた。弱者を装った。全て許されないことだ。

半透明な連中も頭に来ていた。須賀京太郎の怒気が強すぎて見えないだけである。そんなロキに須賀京太郎は微笑みを浮かべてうなずいた。

同等のものへ向ける素の笑顔だった。ほほ笑んだ後、須賀京太郎の心が少しだけ爽やかになった。半透明な連中は須賀京太郎にとって救いだった。

 三つの陣営が会議室で会して十分後メシアとガイアのリーダーの道案内で須賀京太郎は霊的決戦兵器の中枢部へ向かっていた、この時の須賀京太郎たちについて書いていく。

それは豪華絢爛な会議室で支配権が須賀京太郎に移った後のことである。霊的決戦兵器のコアに須賀京太郎が向かっていた。

この時須賀京太郎の前を歩いているのはメシアの陣営を率いているアンナ。そしてガイアの陣営を率いているアルスランである。

この二人の後を須賀京太郎が歩いていた。須賀京太郎の少し後ろにマリアが控え、そのさらに後ろにファティマがいた。

半透明な連中はロキを残して引っ込んでいる。必要なかったからだ。すでに霊的決戦兵器内部は須賀京太郎によって武装解除状態である。

しかも桁外れの怒気を持って狂気的な理性を手に入れた須賀京太郎である。半透明な連中はサポート必要なしと判断した。

狂気的な理性でもってどんな地獄も乗り越えてくれると確信できた。

そうして霊的決戦兵器のコアに向かう一団であるが口を開けるものは須賀京太郎とロキ以外にいなかった。というのも須賀京太郎が許さなかった。

はっきりと

「口を開くな」

と命令したわけではない。しかし須賀京太郎から漂う暴君の空気が許していない。許可されていない行動は死を招くと思わせ、行動を支配していた。

そうなって霊的決戦兵器のコアに案内するメシアとガイアのリーダーたちの表情に浮かぶのは死相。断頭台に向かう罪人の顔だった。須賀京太郎は

「許す」

と口では言っていたがどれだけ楽観的に見ても生き残れる気がしなかった。苛烈な意志力を持つ暴君である。ただ恐ろしかった。

しかし仕事はしっかりと行った。忠実に命令をこなせば生き延びられるかもしれないからだ。


 霊的決戦兵器へ向かう途中須賀京太郎とロキが首を傾げいてた、この時に須賀京太郎とロキを悩ませた理由について書いていく。

それは霊的決戦兵器を奪い取るために中枢部・コアと呼ばれている場所へ向かっている時である。須賀京太郎とロキはいい匂いを嗅いだ。

これは突然のことだった。綺麗な廊下には廊下しかない。これは不思議であった。また匂いが良い臭いなのもおかしい。沢山の花の匂い。

花畑の匂いがしたのだ。匂いの原因はすぐにわかった。マグネタイトの香りである。香水ではない。しかし、だから困る。

実際匂いを嗅いですぐに須賀京太郎とロキが首をひねった。納得できなかった。一体どういう理屈で花畑の匂いがするのかわからなかった。

マグネタイトの匂いなのはわかる。これはわかるのだ。花畑の匂いとして完成しているのかがわからなかった。それもそのはずで、普通なら無理だからだ。

マグネタイトというのは個人個人で微妙に違いがある。しかしすぐに消えてしまう。

須賀京太郎のマグネタイトには強烈な酒の特性があるがこれも空気中の霊気と混じるだけであっさり消える。

霊的決戦兵器のエネルギーをどのように調達しているのか「十分把握」してしまっている須賀京太郎とロキである。ありえないとしか思えなかった。

しかし花畑の匂いがしている。となって、須賀京太郎とロキは困ってしまうのだ。この時不思議に思っていた須賀京太郎とロキだが、すぐに違いが現れた。

というのが須賀京太郎はすぐに考えるのをやめた。一方でロキは謎を解こうとした。ロキは興味のため、須賀京太郎は目的を達成するためである。

 須賀京太郎たちが中枢部に到着した時両陣営のリーダーが助言を行った、この時に行った助言について書いていく。

それは半透明なロキが花畑のなぞに挑んでいる時のことである。須賀京太郎たちの前に厳重に守られた扉が現れた。

扉は魔鋼で創られていて、扉自体が生きていた。須賀京太郎という異物を察したのか禍々しい気配を放っていた。しかしそんな禍々しさもすぐに失せた。

両陣営のリーダーが扉に触れたからである。アルスランとアンナが扉に手を触れてマグネタイトを流し込むと魔鋼の扉はすぐに大人しくなった。

禍々しさは失せてただの扉に変わった。ただの扉に変わるとアルスランとアンナが扉を開いた。二人とも非力で一生懸命やっていた。

そうして中枢への道が開かれるとロキが推理をいったん止めた。そして口を開いた。こう言っていた。

「中枢に侵入しさえすれば、あとはこっちでどうにかしちゃる。

 支配権を奪えばどうにでもできるからのう」

すると須賀京太郎がうなずいた。少し微笑んでいた。頼りになる戦友の存在が心を軽くした。そして中枢へ入っていこうとした。

この時にアンナが口を開いた。少しあわてていた。彼女はこう言っていた。

「中枢には警備システムがあります!」

当然外国の言葉である。しかし警告しなければならなかった。保身のためである。しかし須賀京太郎には届かない。

外国の言葉である上にアンナ自体に興味がない。そうして須賀京太郎が無視を決め込んで進んでゆくと老人・アルスランが大きな声で繰り返した。

こう言っていた。

「警備システムです! コアそれ自体があなたを排除する!」

これにも取り合わなかった。老人にも興味がなかった。そうしている間に須賀京太郎は中枢に侵入していった。ためらいがなかった。

そんな須賀京太郎の背中にマリアが助言をした。大きな声でこう言っていた。

「警備システムが動いています! 気を付けて!」

マリアはしっかりと日本語で伝えていた。しかし須賀京太郎は躊躇わずに中枢へ入っていった。振り向きもしない。何の問題もないのだ。

警備システムはあって当然排除すればよい。地獄に落とされてから須賀京太郎にとってのイレギュラーはたった一つ。指導者の命乞いだけである。

 中枢に侵入した直後須賀京太郎はコアと対面していた、この時に見つけたコアについて書いていく。

それは半透明な連中を引き連れて須賀京太郎が中枢へ足を踏み入れた直後である。部屋の中央に浮かんでいる歪な球体を発見した。

中枢部は真っ白い部屋だった。上下左右に広がり終わりが見えなかった。終わりはもちろんあるだろう。

しかし全体が真っ白いうえに蜃気楼のように歪んでいる。これが錯覚を起こさせて無限に続いているように見えた。

そんな部屋のど真ん中、入り口から八メートルほど離れたところに歪な球体が浮いていた。この球体は二つの卵を合体させたものだった。

直径二メートルほどの卵である。卵の中身はわからない。なぜなら半透明な殻で遮られている。からだ。しかしコアなのは間違いない。

エネルギーが歪な卵を中心にして循環していた。この歪な球体を見つけると、須賀京太郎は近づいていった。足取りはしっかりとして呼吸も乱れない。

霊的決戦兵器を奪うためにここに来たのだ。近付かない理由がない。


 霊的決戦兵器のコアを奪うために近付いた時警備システムが動き出した、この時に動き出したシステムについて書いていく。

それは霊的決戦兵器を完全に支配するために須賀京太郎が動き出した直後であった。歪な卵の足元から天使が二体現れた。二体の天使は男性型である。

一人は燃え上がる翼をもった男性。もう一人は機械の天使だった。燃え上がる火の翼を持つ男性は屈強で身長が三メートル近い。

憤怒の形相で須賀京太郎を睨んでいた。もう一人の天使は機械そのもの。全高三メートルで、フレームが細い。翼が機械で肉体も機械。

感覚器官まで機械である。ただ人の形をしていたため感情が少しだけ読み取れた。読み取れた感情は怒り。

聖域に足を踏み入れてきた須賀京太郎への怒りである。そうして現れた二体の天使を前にして須賀京太郎がにやりと笑った。いい笑顔だった。

そして小さな声でつぶやいた。

「それでこそだ……そう在って欲しかった」

この呟きの後警備の天使たちが滅びた。須賀京太郎である。蹴りを放った結果である。蹴りの余波で霊的決戦兵器の内部に亀裂が走った。

このすぐ後、外で待っている指導者たちが悲鳴を上げていた。異界が壊れかけたからだ。須賀京太郎も手加減をするつもりだった。

霊的決戦兵器と真正面からぶつかって勝利する実力があるのだ。警備システムなんぞに負けるわけがない。ほどほどで終わらせるつもりであった。

しかし出来なかった。やる気満々の悪魔たちが素敵で、抑えられなかった。

 霊的決戦兵器の警備システムを排除して数十秒後半透明な連中がコアをいじり始めた、この時に行われた調整について書いていく。

それは警備システムを片付けてすぐのことである。霊的決戦兵器のコア・歪な卵を半透明な連中がいじくり始めた。

今まで引っ込んでいた半透明な連中も姿を現して働いていた。中心になって動いているのはロキであった。どういう調整を行うのか事細かに伝えていた。

離れたところで見ていると奇妙な光景だった。

なぜなら半透明な連中が歪な卵に向かってどの国の言葉でもない言葉で呪文を唱えているようにしか見えないのだから。しかし須賀京太郎は動じなかった。

奇妙な呪文がしっかり理解できたのだ。呪文が日本語に聞こえていた。須賀京太郎にはこのように聞こえていた。

「『霊的決戦兵器アフラマズダとメタトロンの管理者を須賀京太郎に変更。

 管理者変更に伴って基本フレームにインストールされている武装プログラムを消去。

 武装プログラムの消去が終了と同時に管理者須賀京太郎の情報を入力。基本フレームの神話体系に従って再構築を開始。再構築時に縮小化を決定』」

この呪文が進んでいくと真っ白い部屋がガラス張りの部屋になった。そしてにぎやかになった。ガラス越しに大量の光が見えるようになったのである。

万華鏡のようで、さまざまな色が飛び出しては消えていった。万華鏡のような輝きはエネルギーの輝きである。

緑のマグネタイト赤のマガツヒそして青の霊気。これらが再構築のために激しく動き回っていた。

 霊的決戦兵器の調整中に須賀京太郎は奇妙な体験をした、この時に須賀京太郎が見聞きしたものについて書いていく。

それは霊的決戦兵器が須賀京太郎のために調整されている時のことである。万華鏡のように輝いている部屋を眺めている須賀京太郎の背後に気配が生まれた。

すると須賀京太郎は慌てて振り返った。奇襲攻撃だと思った。しかし間違いだった。背後には金髪の須賀京太郎が立っていた。

金髪の須賀京太郎は学生服を着て微笑を浮かべていた。数十分前よりも血色がよくなっていた。半透明な連中はまったく反応していなかった。

須賀京太郎だけが見ている須賀京太郎の幻影だった。金髪の幻影を見て須賀京太郎は溜息を吐いた。小さな溜息だった。須賀京太郎はこう思ったのだ。


「またか」

血だまりに映った自分の影を憶えていた。不愉快な気持ちも一緒に思い出していた。そうして須賀京太郎が溜息を吐くと金髪の幻影が口を開いた。

大げさな演技をしながらこう言っていた。

「もったいないことをした。メシアとガイアの賢者たちがいたというのに俺は彼らに助言を求めなかった。

 彼らに一つ質問してみるべきだった。

 『どうすればお前たちのようになれるのか?』と」

このように金髪の須賀京太郎が語ると灰色の須賀京太郎は眉間にしわを寄せた。また口元が引きつった。そうしていると幻影が続けた。

大きな演技を加えつつこう言っていた。

「胸の中にある罪の意識を彼らに告白すればよかった。彼らなら俺の苦しみを解決できたかもしれない!

 俺は人を殺した。俺は人を喰らってここまで来た。夢の中で父親と母親を殺し、友人知人を殺した。だが、欠片の後悔もない。

 悔やみ、苦しまなくてはならないはずなのに、苦しんでいない。この怪物には罰が必要だ。十字架を背負って、苦しんでやりたい。

 そして自由になりたい。牧畜になれば苦しみから解き放たれるのに なぜ彼らに学ばないのか……」

このように金髪の須賀京太郎が語ると灰色の須賀京太郎は顔をゆがめた。そして自分自身から目をそむけた。隠している願いだったからだ。

そうして自分に須賀京太郎が目をそむけたとき、金髪の須賀京太郎はさらに畳みかけてきた。こう言っていた。

「人間であることをやめて、楽になりたい。いっそすべて捨ててしまおうか。

 力に酔って悪魔のように、法に従って神のように……そうすればきっと俺の悩みは消えるだろう。

自分自身を大きな存在にゆだねてしまえば、責任から逃れられる。

 あぁ、そうだとも。メシアとガイアの賢者たちのように何もかもゆだねてしまいたい。

自分で考えるのをやめて悪魔の理論と神の法に従って楽に生きてみたい。

 『弱肉強食だから仕方がない』

 『神の法に従ったのだから仕方がない』

 良いじゃないか。心は常に軽やかだ。

 彼らから学べばいい。プライドのない生き方だが、楽な生き方だ。

見た目もほとんど悪魔みたいなものだし、中身まで悪魔になったところで誰が困るものか。

 いいじゃないか悪魔になれば、誰かの思想に身を任せて生きていけば。

 自分で考えるのをやめた牧畜のように……きっと幸せだ」

このように語った後金髪の須賀京太郎はいなくなった。霊的決戦兵器の再構築が完了したからである。

万華鏡のような部屋は消え失せて真っ白な部屋に戻っていた。真っ白な部屋の中心にあった歪な卵はもうない。

二つの卵は一つになり少し大きな卵になっていた。金髪の幻影が消えた後須賀京太郎はうつむいていた。口びりをかみしめて両手を握りこんでいる。

耳まで赤くなり非常に悔しげだった。自分の内側から発せられた偽らざる本音をきいて恥じ入っていた。しかし

「なぜ恥ずかしく思ったのか」

と問われても須賀京太郎は答えられない。恥の感情が強すぎるのだ。恥の感情が強すぎて冷静に分析できない。そうして半透明なロキに

「小僧、再構築が完了したぞ。さっさとナグルファルと合流しよう。ヘルあたりが心配しとるじゃろう」

と語りかけられるまでうつむいたままだった。
 
 霊的決戦兵器を須賀京太郎が奪い取った直後外部からの攻撃が始まった、この時の外部の状況について書いていく。

それは霊的決戦兵器の調整が完了して数秒後のことである。須賀京太郎が奪い取った霊的決戦兵器に対して外部からの攻撃が始まった。

攻撃を仕掛けているのは小型の霊的決戦兵器達である。

かつて地獄で見た北欧神話をモチーフにした者、そして金剛力士をモチーフにした霊的決戦兵器たちである。攻撃を始めたのは異変を察したからだ。

というのもメシアとガイアの霊的決戦兵器だったものが、予想していない変形を見せた。今までは歪な肉の塊だったのだが、それが異形のカラスへ変形した。

これを見て、警備していた小型の霊的決戦兵器たちはすぐに敵になったと理解できた。なぜなら、異形のカラスは三本足のカラスであった。

二代目葛葉狂死が誰と戦っているのか考えれば、これほどわかりやすい敵対行為もなかった。

そうして敵だと判断すると速やかに大量の魔法を撃ち込んでいった。異形のカラスを取り囲んでいる小型の霊的決戦兵器は全部で八体である。

死に掛けの霊的決戦兵器の残骸などたやすく屠れると思われた。実際四方八方からの魔法の弾丸によって三本足のカラスは容易く削られ、動かなくなった。

翼がぼろぼろになり肉体に穴が開いた。もともと死に掛けだったのだ。不思議はなかった。

 外部からの集中砲火を受けた時須賀京太郎にロキが提案していた、この時に提案された作戦について書いていく。

それは再構築された霊的決戦兵器に大量の弾丸が降り注いだ後のことである。霊的決戦兵器の中枢部が揺れていた。

そして立っていられないほどの振動が十秒ほど続いた。すると中枢部の外で待っているメシアとガイアの勢力が悲鳴を上げた。

そんなところで半透明なロキが提案した。こう言っていた。

「さぁ小僧。さっそく二代目葛葉狂死の陣営が攻撃してきたぞ。

 新たな霊的決戦兵器を操り、外敵を排除しようじゃねぇか」

このように須賀京太郎を誘うとロキが手を叩いた。すると中枢部に門が生まれた。この門は非常に質素で

「移動できればそれでいい」

というロキの趣味が前面に出ていた。この門が現れると須賀京太郎は歩き出した。しかし不安の色もあった。なぜなら霊的決戦兵器の操作は初めてだった。

そもそも車の運転もしたことがない。流石に不安だった。そんな須賀京太郎を見て半透明な連中がくすくす笑っていた。

無用の心配をしているのが面白かった。すると須賀京太郎が少しむくれた。マグネタイト操作の技量が低い須賀京太郎なのだ。

こういう場面では致命的である。失敗すると読めていた。命がけなのだから、心配なのは当然で笑われると腹が立った。

そんな須賀京太郎に対してロキが助言した。笑っていたが、安心させようとしていた。こういったのだ。

「心配せんでもええ。わしらが小僧のために調整したんじゃぞ、小難しい操作なんぞあるわけなかろう。

 まぁ、実際にやってみりゃあええ。すぐに納得がいくじゃろうからな。ホレ、むくれておらんでさっさと行くぞ。死んだふりがばれるかもしれん」

すると須賀京太郎の機嫌が直った。半透明な連中の心遣いに感謝した。しかしまだ不安だった。

葛葉流の退魔術の初歩で躓いている経験が強烈な苦手意識になっていた。

 ロキが呼び出した質素な門をぬけた直後須賀京太郎たちが慌てた、この時に半透明な連中と須賀京太郎が見た光景について書いていく。

それは質素な門を潜り抜けてコックピットに到着した直後である。半透明な連中と須賀京太郎が大慌てした。

今まで冷静だった須賀京太郎も半透明な連中も目を大きく見開いている。特に驚いているのは須賀京太郎だった。

というのも霊的決戦兵器のコックピットに移動した瞬間目に入ったのが「地球」。そして小型霊的決戦兵器の群れと巨大な悪魔の残骸だった。

須賀京太郎たちが見た光景はどう見ても宇宙戦争後の光景で、須賀京太郎からすれば思いもよらない状況だった。

しかし須賀京太郎たちを大慌てさせた原因はこれだけではない。小型の霊的決戦兵器たちが隊列を組んで地球めがけて魔法を撃ち込んでいた。

小型の霊的決戦兵器は五人組で行動し、視界にある限りでは十組存在していた。

死んでいるふりをしている須賀京太郎たちを取り囲んでいる八体と合わせると全部で五十八体。

こいつらが地球に向けて「マハマグダイン」という魔法の弾丸を撃ち込んでいたのだ。この「マハマグダイン」の弾丸は一言でいえば隕石だった。

十メートル級の岩石の弾丸でぶつかればひとたまりもない。しかもこれが宇宙の暗黒に数えきれないほど浮いている。

それが雨のように地上に向かって落ちていく。突入角度の問題で無傷で地上に到達するものは少なかった。しかしほとんどが地上に到達して被害を与えていた。

十メートルといえば大型バスレベルである。流石に半透明な連中も須賀京太郎も大慌てした。須賀京太郎たちがいるのは低く見積もっても衛星軌道上。

そんな位置から十メートル級の弾丸が雨あられのように降れば被害は甚大である。速やかな排除が求められていた。


 須賀京太郎がコックピットに到着して数秒後三本足のカラスが形を変えた、この時に新生した三本足のカラスとその戦いぶりについて書いていく。

それは状況を確認して数秒後のことである。衛星軌道上でボロボロになっている三本足のカラスが突如として火に包まれた。

肉体の内側から火がにじみ出て、あっという間に全身を包み込んでいった。

三本足のカラスの死体が燃え上がると周りを囲んでいた小型の霊的決戦兵器たちが距離をとった。大量の魔法を撃ち込んだ結果暴走したのだと考えた。

しかしこれは間違いであった。火に包まれた三本足のカラスは新生して見せた。

カラスのかわりに現れたのはマガツヒの赤い輝きに包まれた赤い鎧武者である。全長二十メートル、頭からつま先まで無駄が一切ない。

緊張しきったバランスの中にある鎧武者は機能美としか言いようがない完成度だった。

これは須賀京太郎の能力を十分に発揮させるためロキが出来る限り努力した結果である。

このマガツヒの赤い輝きに包まれた鎧武者に対して小型の霊的決戦兵器が攻撃を仕掛けた。まったく迷いはなかった。

鎧武者が現れたその時に攻撃が行われた。地球に向けて放つはずだった岩石の弾丸を鎧武者に打ち込んできたのだ。

既に攻撃準備が整った状態であったから、打ち込んで到達するまでコンマ一秒を切っていた。

しかし小型の霊的決戦兵器八体の攻撃はすべて宇宙の暗黒に消えていった。また次のチャンスも与えられなかった。

なぜなら生まれたばかりの鎧武者がたやすく回避して攻撃を仕掛けてきたからである。鎧武者が残す赤い残像を最後に見て彼らの命が闇に消えた。

 小型の霊的決戦兵八体を始末した後鎧武者は次の獲物を狙っていた、この時の衛星軌道上の様子について書いていく。

それは瞬く間に小型の霊的決戦兵器八体が捕食された後のことである。大量の悪魔の残骸で汚れている宙域から鎧武者がゆっくり出ていこうとしていた。

全身を覆うマガツヒを利用してゆっくりと飛んだ。しかし怯えているわけではない。三百六十度どこからでも攻撃可能な衛星軌道上である。

「目に見えている敵がすべての戦力ではない」

という考えで警戒しながら移動した。しかし残りの五十体から逃げる気はなかった。小型の霊的決戦兵器八体を喰らった後である。やる気満々だった。

しかしそれは向こうも同じである。味方が食い殺されたと理解して、地球への攻撃をやめていた。そして隊列を組んで襲い掛かってきた。

あらゆる角度からから攻撃できる環境を利用して、部隊を四方八方に広げて迫ってきた。しかも用心深かった。

一キロほど離れて鎧武者に近寄ろうとしなかった。魔法で削り始末する算段である。地上から昇って来た悪魔たちと同じように袋叩きにするつもりなのだ。

 鎧武者が生まれて三分後衛星軌道上に巨大な樹を見つけた、この時に鎧武者が見つけたものについて書いていく。

それは小型の霊的決戦兵器の部隊が鎧武者に正面突破された後のことである。衛星軌道上を悠々と鎧武者が移動していた。

ボディーを包むマガツヒを利用して優雅に移動していた。特にこれといった損傷はない。またかなり移動に慣れたらしく随分滑らかに飛んでいた。

鎧武者を取り囲んでいた五十体の小型霊的決戦兵器たちは宇宙のごみになっている。特に理由はない。鎧武者は魔法が使えた。

その上一キロ程度なら簡単に詰めるポテンシャルがあった。時間がかかったのは逃げ出した者を追いかけていたからである。追いかけっこはだるかった。

宇宙のごみを少し増やした鎧武者だが気分は上々だった。とりあえずの脅威を取り除けたからである。

そうして衛星軌道上を飛びつつ日本へ帰還しようとしている時のこと、とんでもないものを衛星軌道上に見つけた。それは超巨大な樹である。

世界樹よりも若干小さいがそれでもキロ単位の大きさだった。大きさ以外にも奇妙な点がある。奇妙な点は三つである。

一つは超巨大な樹はひっくり返っていた。地球に根を伸ばしているのではなく、宇宙に向けて根っこが広がっていた。

そして根っこからはきれいな青いラインが大量に伸びていた。二つ目は半透明な殻につつまれているところ。

超巨大な樹を包み込む半透明な殻はとんでもなく大きい。半径数キロ単位で展開されていて、頭がおかしくなりそうな大きさだった。

しかし問題は大きさではない。


この半透明な殻が姉帯豊音の

「まっしゅろしゅろすけ」

とよく似た雰囲気でしかも妙にいい匂いがした。この匂いは花畑の匂いとそっくりだった。

そして奇妙な点の三つ目、最後の問題は巨大な樹に取り込まれている巨大な女性のミイラである。

正確に表現すれば女性のミイラから巨大な樹が生えている状態だった。この女性のミイラだが見覚えがあった。

須賀京太郎と姉帯豊音を地獄に落としたミイラそっくりだった。この巨大な樹、そしてミイラの女性を見つけた時須賀京太郎は自然とつぶやいた。

眼球の奥が熱くなっていた。須賀京太郎はこういった。

「シギュンさん?」

誰も応えなかった。しかし責めなかった。半透明なヨルムンガンド、フェンリル、そしてロキの動揺が伝わっていた。

 須賀京太郎の呟きの直後鎧武者が地球の引力に引かれて落ちていった、この時に鎧武者が落ちた理由について書いていく。

それは衛星軌道上に浮かぶグロテスクな樹に須賀京太郎たちが衝撃を受けている時のことである。鎧武者が大きく揺れた。

すると須賀京太郎は状況を確認した。そうして確認をして鎧武者の右腕が吹っ飛んでいることに気付いた。綺麗に付け根から吹っ飛んでいた。

そして確認した直後、ようやく須賀京太郎は敵を見つけた。巨大な樹の根っこに敵が立っていた。

全長十五メートルがっしりとした鎧武者のような霊的決戦兵器である。真っ白い装甲で包まれた美しい鎧武者だった。

こいつが、マグネタイトで創った槍を振りかぶっていた。この霊的決戦兵器を見て須賀京太郎が笑った。搭乗者に思い当たる人物がいた。

二代目葛葉狂死。変身して見せた時とそっくりなのだから、間違いないと言い切れた。

そうして須賀京太郎が敵の姿を確認し終わった時二発目の槍が放たれた。簡単に音速に乗って壁を突破していた。しかし二発目の槍は簡単に防がれた。

一発目は動揺していて気付かなかったが、今は目視できている。直撃の瞬間に左腕で叩いて砕いた。しかしこれが間違いであった。

二発目の槍をたたき折ったのは良い。しかし一発目が今頃になって戻ってきた。

つまり右腕を切断した槍は今も無傷のまま生きていて、いまだに命を狙って動いていた。二発目を迎撃した隙を狙って動き、脇腹を軽くかすめていた。

背骨を狙ったのだが速度がないので外していた。そうして不意打ちを食らった次の瞬間である。鎧武者は地球の引力に引かれて落ちていった。

三発目で撃ち落とされた。左足が撃ち抜かれて、その勢いのまま地球に落ちていった。もともと無駄なものを省いた設計である。いざというときに弱かった。

鎧武者は海に向かって落ちていた。幸いなことで周囲には全く何もなかった。そうして海に叩き落とされている時である。海から巨大な蛇が現れた。

そして口を開けて鎧武者を待ち構えた。そしてあっさりと鎧武者は蛇に食われてしまった。抵抗する力がなかった。

鎧武者が蛇に飲み込まれた瞬間、四発目の槍が海に着弾した。しかし被害は産まなかった。葦原の中つ国の塞の神が防衛しているからである。

槍は異界に吸い込まれ被害はオロチが被った。
 
 衛星軌道上に展開していた部隊が壊滅した後葦原の中つ国に鎧武者が運び込まれた、この時の葦原の中つ国の状況と鎧武者について書いていく。

それは霊的決戦兵器に乗り込んだ二代目葛葉狂死によって太平洋上に須賀京太郎が撃ち落とされた五分後のことである。

右腕と左足を失った二十メートル級の鎧武者が葦原の中つ国に運び込まれていた。鎧武者を口の中に入れたままナグルファルに向かっていた。

二十メートル級の鎧武者をオロチの化身が助けたのは須賀京太郎の匂いがしたからである。

鎧武者の全身を包む赤いマガツヒ、血液のように流れるマグネタイトから漂ってくる香りは間違いなく須賀京太郎のもの。

行方不明になっている須賀京太郎に関係があると考えてオロチの化身は捕獲したのであった。

そうしてオロチの化身が移動する葦原の中つ国だが、ずいぶんボロボロだった。最表面の何もない世界に月面よろしくクレーターが生まれていた。

クレーターが数えきれないほど生まれているのは衛星軌道上から大量の隕石が降り注いだ結果である。

須賀京太郎が姿を消してから今までの約二時間の間に、これでもかというほど隕石が降り注いだのだ。しかも世界中に。

しかし現世の日本に直撃した弾丸は一発もなかった。オロチが本領を発揮して自分の身で受けた結果である。

この時、オロチの化身の口の中にいる鎧武者は非常に大人しくしていた。オロチの舌に舐められているが頑張って耐えていた。

右腕と左足が吹っ飛んだ事で完全に故障していた。もともと無駄を省いて造った機体である。高威力の攻撃を受け続ければ故障やむなし。当然だった。


 鎧武者が五分近く耐えたところでナグルファルにオロチの化身が到着した、この時のナグルファルの状況について書いていく。

それは鎧武者が動けないのをいいことにオロチの化身が舐めまくった後のことである。

全長一キロメートルの巨大な船ナグルファルにオロチの化身が到着した。ナグルファルの長い甲板には大量の門があった。

それぞれ日本全国に繋がっているようで、たくさんのヤタガラスとサマナーが出入りしていた。門をいちいち閉じることもせずに開けっ放しになっている。

これは忙しい証拠である。ナグルファルのすぐそばに天を突く巨人・超力超神が立っていた。

葦原の中つ国の最表面には比較対象になるものがないため大きさがいまいちわからない。しかし、東京タワーと比べてもいい勝負をする大きさだった。

超力超神だが若干女性的になっている。魔鋼の骨格と装甲で身を包んでいる超力超神なのだが、シルエットが女性的なのだ。どことなく丸い。

これは十四代目葛葉ライドウが超力超神をオロチに捧げた結果である。そのため近くに寄ってみてみるとオロチの特徴が超力超神にも表れている。

輝く赤い目、両手両足に見える蛇の鱗のような模様。そして黒い髪の毛。ほとんど装甲で隠れているが間違いなく触角だった。

そんなナグルファルと超力超神にオロチが近寄っていくと全体が騒がしくなった。ナグルファルよりも大きなオロチの化身が現れたのだ。

何事かと驚いていた。

 オロチの化身が到着した直後ナグルファルの甲板に鎧武者が吐き出された、この時の甲板の状況と鎧武者について書いていく。

それはナグルファルの甲板がざわついている時のことである。何処からともなくナグルファルの船員たちと三つ編みのオロチが現れた。

ナグルファルの船員たちはそろいの制服を着た男性と女性の集まりで男が三人、女が二人の構成だった。

三つ編みのオロチは目を大きく見開いてニコニコしている。それもそのはず鎧武者が須賀京太郎と関係している可能性が高い。

鎧武者が捕獲される数秒前から隕石が止んだこともあって、間違いないだろうと三つ編みのオロチは考えていた。つまり

「きっと京太郎が何かしら頑張って困難を打ち破ってくれたのだ」

と信じて疑っていない。しかしナグルファルの船員たちはいまいち信用していなかった。むしろ須賀京太郎が

「ひどい目に合っているのではないか」

と不安でしょうがなかった。しかし三つ編みのオロチの命令されてしまえば彼らは逆らえない。

「京太郎を迎えに行く」

と言われて

「ついてこい」

と命令されてしまったらついていく以外になかった。そうしてナグルファルの甲板に三つ編みのオロチと船員たちが集まると、人が引いていった。

というのがオロチの化身が首を振って

「危ないからどいて」

とジェスチャーをしたからである。口の中におさめてある鎧武者は二十メートル級である。しかも魔鋼の塊で出来ている。

退魔士とサマナーしかいないとしても危ないことにかわりはなかった。そうして人を退かせるとオロチの化身は鎧武者を吐き出した。

吐き出された鎧武者はまったく動かなかった。マガツヒの赤い輝きも失われて魔鋼色の鎧武者である。それもそのはず、エネルギーが完全に切れている。

またひどい見た目だった。右腕と左足の問題ではない。ベタベタだった。この鎧武者を見て甲板にいた何人かが

「あれ?」

と思った。彼らの頭に浮かんだのは幻影として現れた魔人・須賀京太郎の姿である。あの鎧姿にそっくりだった。


 ナグルファルの甲板にベタベタの鎧武者が降ろされた後鎧武者の中から須賀京太郎が姿を現した、この時のナグルファルの混乱具合について書いていく。

ナグルファルの甲板に鎧武者が降ろされて数秒後のことであった。ナグルファルの甲板に質素な門が現れた。質素な門は

「移動できればいい」

というロキの趣味で創られていた。そうして現れた門を須賀京太郎が潜り抜けてきた。鎧武者のコックピットから出てきた須賀京太郎は晴れやかだった。

コックピットが狭いのだ。手足を伸ばせるところへ出てこれるのは幸いだった。そうして姿を見せた須賀京太郎に三つ編みのオロチが飛びついてきた。

ナグルファルの甲板をへこませるほど踏み込んで、弾丸のように突っ込んできた。弾丸のように突っ込んできた三つ編みのオロチを須賀京太郎は受け止めた。

体術を見事に使ってオロチを捕まえてヌンチャクよろしくぐるぐる回転させて、勢いを殺していた。そんな須賀京太郎とオロチを見て甲板がわいた。

鎧武者を見た時点で

「まさか?」

と思っていた。そこに、異形の須賀京太郎を見て

「やっぱりお前か!」

と歓声を上げたのだった。しかしこの時に大騒ぎしていたのは退魔士とサマナーだけであった。ナグルファルの船員たちは慌てて上司に報告していた。

「決戦場で行方不明になった」

というのが須賀京太郎の今までの扱いなのだ。すぐに上司に報告して王の帰還を知らせる必要があった。

特にナグルファルのまとめ役たちの中に気落ちしている者が多く、報告が急がれた。

 ナグルファルの甲板に須賀京太郎が現れて数秒後まとめ役のハチ子が姿を現した、この時に行われた須賀京太郎とハチ子の会話について書いていく。

それは三つ編みのオロチと須賀京太郎が戯れている時のことである。ナグルファルの甲板に禍々しい門が現れた。禍々しい門の向こう側には会議室が見えた。

会議室ではたくさんのヤタガラスと船員の姿が走り回っている。この禍々しい門の向こう側からハチ子が不機嫌な顔をしてやってきた。

すこし目元が赤くなって充血していた。そうして現れたハチ子は須賀京太郎の前に進んでいった。須賀京太郎の前にやってきたハチ子はこんなことを言った。

「お帰りなさいませ。我が王」

話しかけてきたハチ子の顔を見て須賀京太郎は少し黙った。動きも止まった。ハチ子の雰囲気が恐ろしかったのだ。

暴力的な怖さではなく、染谷まこを怒らせた時の怖さだった。そうして少し黙っていた須賀京太郎だが、なんとか口を開いた。こう言っていた。

「はい。戻りました。

 それで、さっそく仕事を頼みたいんですけど良いですか? 俺が奪ってきた霊的決戦兵器の中に一般人と捕虜がいます。

女性と子供は一般人扱いでナグルファルで保護。ほかは全員捕虜扱いで捕らえておいてください。後で処理します」

このようにお願いをするとハチ子はうなずいた。そしてじっと須賀京太郎を見つめた。見つめられた須賀京太郎はたじろいだ。

この時三つ編みのオロチも半透明な連中も助けてくれなかった。緊張した空気を察して隠れていた。

そうして一対一になっている須賀京太郎とハチ子は息苦しい数秒間を過ごした。甲板にいた退魔士たちも助けてくれなかった。見て見ぬふりである。

そして数秒後ハチ子がこう言った。

「豊音様が心配していましたよ。

 未来様もなかなか泣き止んでくれませんでした……」

須賀京太郎は申し訳なさそうな顔をした。そして黙ってうなずいた。須賀京太郎がうなずくとハチ子はこういった。

「会議室へ向かいましょう。

 ヤタガラスの皆様がお待ちです」

そうして禍々しい門を通りハチ子は会議室へ向かった。ハチ子が消えた後、須賀京太郎は空を見上げた。葦原の中つ国の綺麗な空があった。

気持ちのいい空だった。青い空とデカい光の塊があるだけ。見ているだけで心が落ち着いた。しかしすぐに前を向いて歩きだした。

だが会議室へ向かう須賀京太郎の足取りは重い。幻影の言葉が今も頭で反響していた。だが足は動いた。鍛え上げた肉体が背負い込んだ荷物を運ばせてくれた。

迷いはある。間違いない。しかしやるべきことはわかっていた。


「二代目葛葉狂死を倒し、日常を取り戻す」

分かっているのならば、行く以外に道はない。たとえ不安であっても駆け抜けるだけだった。

禍々しい門を須賀京太郎が潜った直後会議室が静まり返った、この時の会議室の状況について書いていく。

それは須賀京太郎が不退転の覚悟を決めて禍々しい門を潜った後のことである。今まで忙しく働いていたヤタガラスたち船員たちの動きが止まった。

ぴたりと動きを止めて、呼吸をするのに精いっぱいになった。また会議室で話し合いをしていたヤタガラスの実力者たちの動きも悪くなった。

身体は普通に動くのだ。しかし一つ一つの動作にいつも以上に力が必要だった。まるで水の中にいるような不自由さで、深海にいるような苦しさだった。

しかしさすがに百戦錬磨の怪物たちである。実力者たちは一呼吸で圧力から脱して見せた。原因は須賀京太郎である。

禍々しい門を潜り抜けて姿を現した須賀京太郎が圧力を放っていた。しかしワザとではない。

メシア教徒とガイア教徒によって暴君として覚醒した結果である。

 須賀京太郎が用意された席に座って数秒後半透明なロキが軽く手を叩いた、この時のロキの行動によって起きた変化について書いていく。

それは須賀京太郎が

「いつになったら話が始まるんだろう」

と大人しく椅子に座って待っている時のことである。須賀京太郎のすぐ後ろで半透明なロキが軽く手を叩いた。

やる気のない拍手のような動きだったが、いい音がした。あまりにいい音だったので須賀京太郎がびくついた。いきなり頭の後ろでいい音がするのだ。

半透明なロキの不意打ちはかなり効いた。そうして須賀京太郎が驚いている時である。停止していた会議室が動き出した。今までの緊張が嘘のようだった。

あっと言う間に生気が戻ってきた。ただ、かなり異様な光景が出来上がっていた。

実力を持っている者は少し呼吸を乱す程度で済んでいるのだが、実力のない者たちがふらついている。顔色が悪くなっている者もいた。

青白い顔ばかりである。そうして青ざめている者たちを見ると須賀京太郎が反応した。眉間にしわを寄せて、口をゆがめた。怒っているのではない。

状況が読めていなかった。そうしてきょろきょろと周囲を観察し始めた。置いてけぼりはつらかった。

そうしてきょろきょろしていると十四代目葛葉ライドウと目が合った。すると十四代目葛葉ライドウがニコリと笑ってみせた。楽しそうな顔だった。

しかしこれに対して須賀京太郎はあいまいな笑みを浮かべた。歪な笑顔だった。十四代目葛葉ライドウの目に力がなかった。

疲れ切っていると見抜いてしまった。寂しかった。

 須賀京太郎の禍々しいオーラが弱まったところで十四代目葛葉ライドウが口を開いた、この時に十四代目葛葉ライドウが語った内容について書いていく。

それは半透明なロキの不意打ちによって須賀京太郎の不退転の覚悟が薄まった直後である。

須賀京太郎と目を合わせて微笑んでいる十四代目葛葉ライドウが口を開いた。疲労の色が非常に濃く顔に出ていたが、平気なふりをして語りかけてきた。

十四代目葛葉ライドウはこういっていた。

「よく戻ってきてくれた。

 しかし再会を喜んでいる暇はない。まずはお互いの情報を共有し、最終局面に備えたい。

 まず、私たちは須賀君の身に何が起きたのかを知りたい。またナグルファルの甲板上にある霊的決戦兵器らしき物体についても説明をお願いしたい。

一から十までお願いしよう」

十四代目葛葉ライドウが語りかけてくると須賀京太郎はすぐにうなずいた。かなり長い時間ナグルファルから離れて行動していたのだ。情報交換が必要だ。

しっかりと説明をしなければ揉めると思った。そうして肯いた須賀京太郎は会議室の実力者に聞こえるように大きな声で答えた。こう言っていた。

「まず、おおざっぱに説明させていただきます。というのも、ナグルファルを離れている間に経験した出来事は私自身不思議な体験でした。

ですから一度大雑把に説明し、そののち協力者であるロキと私の詳しい説明を加えることで説明不足を補います」

このように須賀京太郎が答えると、十四代目葛葉ライドウを含めた実力者たちがうなずいた。ベンケイ、ハギヨシ、ディー。

そして右腕が義手の男と龍門渕信繁。実力者たちは聴く体勢になっていた。この時

「えっ、まじめに報告できるの?

 いつもは『犯人始末しておきましたよ。ハイ、これ証拠』としか言わないのに?」

とでも言いたげな目で龍門渕透華が睨んでいたが須賀京太郎は無視した。

そうして龍門渕透華の眼光を無視している須賀京太郎に十四代目葛葉ライドウがこう言った。


「分かった。では説明をお願いしよう。

 分からないところが出てきたら、話し終わったところで質問することにするよ。霊的決戦兵器級の物体は協力者の皆さんに聞いたほうがいい?」

すると須賀京太郎がすぐにうなずいた。これ見て十四代目葛葉ライドウがこう言った。

「了解了解。

 悪いんだけど先に撫子君とハギに霊的決戦兵器の詳しい説明をしておいてもらえないかな。最終局面につかえそうなら使いたいんだ。

 正直何が起きたのかは大体予想がつくから……ごめんね?」

十四代目葛葉ライドウのお願いに須賀京太郎は快くうなずいた。須賀京太郎が生きて戻ってきているのだ。しかも新しい霊的決戦兵器を手に入れて。

話が早いのは好ましかった。そして肯いた須賀京太郎は半透明なロキにこう言った。

「ロキお願い」

すると半透明なロキがうなずいた。そうしてロキがうなずくのを見てハギヨシたちが動き出した。

ハギヨシとディーが立ち上がりロキと一緒に会議室の隅っこへ向かった。三人とも見てくれが怪しいので、闇取引をしている売人そのものだった。

 須賀京太郎がこれ以上ないほど真面目に経緯を説明した後十四代目葛葉ライドウが現在の状況を教えてくれた、この時に語られた現状について書いていく。

それは龍門渕信繁と龍門渕透華が

「これだけ真面目に報告できるのなら普段もまじめにやれよ」

という目で須賀京太郎を見つめている時のことである。十四代目葛葉ライドウが大きなため息を吐いた。

疲労困憊といった様子で、見た目通りの老人にしか見えなくなっていた。須賀京太郎の報告が原因である。ものすごく厄介なところに標的がいるのだ。

たまらなかった。そんな十四代目葛葉ライドウに須賀京太郎が質問をした。十四代目葛葉ライドウが辛そうにしていたが、必要だったのでためらわなかった。

須賀京太郎はこういっていた。

「それで、今のヤタガラスの状況はどうなっているのですか?

 かなり長い間じっとしていたみたいですけど……」

須賀京太郎が質問をすると十四代目葛葉ライドウはあいまいな笑みを浮かべた。そして十四代目葛葉ライドウはこういった。

「ビックリするくらい大量の隕石が日本全国に降ってきてね、止むまで待っていた。

 隕石自体は葦原の中つ国で防御したが……外国勢の動きが厄介でね。須賀君の報告にもあったけど、衛星軌道上に大量の残骸があったでしょ?

 それはね外国のサマナーたちが送り込んだ悪魔だと思う。衛星軌道上から降り注いだ隕石は日本だけじゃなくて地球全体に降り注いだんだよ。

 でも被害自体は非常に少なかったんだ。

 『ピンポイント』で海外の霊的な施設がぶっ壊されたり、有名な施設が吹っ飛んだりしただけだから。
 
それで、何というか須賀君がいない間に二代目葛葉狂死対全世界のサマナーみたいな構図が出来上がって、結果は衛星軌道上の残骸。

 二代目葛葉狂死と手を組んでいたから、裏切られたとすぐにわかったみたいだね。

宇宙に上がる手段もすぐに用意していたから世界樹爆破からの流れも知っていた。

 二代目葛葉狂死の寝首をかくつもりだったんだろうが、見透かされてあっさり殺された。

 邪魔をしたら悪いと思ってね、手を出さなかった。隕石も降っているからその間に掃除をしていた。日本に入り込んだゴミを丁寧に」

十四代目葛葉ライドウの話を聞いて須賀京太郎が笑った。小さな笑いだった。しかしとても楽しそうだった。それもそのはず、二代目葛葉狂死が面白かった。

全方面にケンカを吹っ掛けて勝つ。しかも徹底的につぶし続ける。油断も隙もない。二代目葛葉狂死は面白かった。

 須賀京太郎が面白がっていると十四代目葛葉ライドウが最終決戦について話し始めた、この時に十四代目葛葉ライドウが語った作戦と須賀京太郎の反応について書いていく。

それは会議室の隅っこで会話をしていたハギヨシたちが戻ってきてからのことである。十四代目葛葉ライドウが咳ばらいをした。小さな咳払いだった。

しかし効果は抜群だった。騒がしくなっていた会議室が一気に静かになった。というのも十四代目葛葉ライドウから支配者のオーラが発せられていた。

流石に大幹部である。風格がある。しかも須賀京太郎の暴君のオーラとは違って優しかった。

そんな空気を発した十四代目葛葉ライドウは須賀京太郎の目を見てこう言っていた。


「我々ヤタガラスは準備が整い次第、二代目葛葉狂死を討伐に向かう。

 討伐隊は実力者のみで構成し『二代目葛葉狂死の討伐』を最優先とする。

衛星軌道上の本拠地へ討伐隊を送り届けるためにナグルファルとオロチを使用する」

支配者として十四代目葛葉ライドウは語っていた。その圧力はすさまじく問答無用でしたがわせる力強さがあった。

この力強い支配者のオーラを身に受けた半透明なロキは顔をゆがめていた。というのも半透明なロキの心を屈服させるのに十分な圧力があった。

気位の高いロキである。屈服することを良しと思わなかった。顔も歪む。そんなロキを無視して十四代目葛葉ライドウが続けた。こう言っていた。

「ナグルファルの王は須賀君だと聞いている。

 君の許可がほしい」

この時十四代目葛葉ライドウの圧力は最高であった。交渉以上の念がこもっていた。それこそすぐ近くにいた実力者たちが苦笑いを浮かべるほどである。

二代目葛葉狂死に振り回されて機嫌が悪くなっていると彼らは察していた。と、そんな十四代目葛葉ライドウに対して須賀京太郎は軽く答えた。

「ダメです。

 葦原の中つ国からナグルファルは出しません。討伐隊は自力で上がってください」

須賀京太郎の答えの後周囲の空気が完全に固まった。十四代目葛葉ライドウはもちろん、実力者たちも固まっていた。

ナグルファルの船員そして会議室にいた退魔士たちも同じである。完全に虚を突かれ固まった。驚いたのだ。そして全員が耳を疑った。

ナグルファルとオロチを利用して衛星軌道上の本拠地へ向かうというのは理にかなっていた。まったくおかしな選択肢ではない。

しかし須賀京太郎はダメだという。意味が分からなかった。

 十四代目葛葉ライドウのオーラを無視して須賀京太郎が断った直後半透明なロキが笑った、この時にロキが笑った理由について書いていく。

それは須賀京太郎が断った直後である。完全に止まっている会議室で半透明なロキの笑い声が響いた。

それはもう大きな笑い声であったから、広い会議室はロキの独り占めだった。この時のロキの笑い声というのは非常に楽しそうだった。

笑い声を聞いた人がつられて笑いそうになるほどご機嫌である。しかし笑えなかった。

なぜなら十四代目葛葉ライドウの苛立ちが簡単に察せられたからである。そして笑い終わった後、大きな声でこう言った。

「小僧は姉帯のお嬢ちゃんと娘のことを心配しておるんじゃよ。二代目葛葉狂死の最新の武力は小僧が一番よく知っておる。

ナグルファルの装甲なんぞ頼りにならん。大慈悲の加護も通用せん可能性がある。

 じゃから、小僧は断ったんじゃ。

 そういえば、姉帯のお嬢ちゃんは十四代目の曾孫じゃったな。小僧を納得させてぇならよ、十四代目、お前がこの船に残ると言えよ。

疲労困憊の爺が役に立つとは到底思えん。若いもんに任せておとなしくしとけ。

 そうすりゃあ、小僧は提案をのむじゃろう。ほかのメンツも爺がおらん方が、やりやすかろう?」

ロキの説明についての反応はいろいろであった。苦笑いを浮かべる者。頭を抱える者。楽しそうに笑っている者。何度もうなずいている者。

当の十四代目葛葉ライドウは驚いていた。ポーカーフェイスを崩して完全に驚きを表に出していた。というのが、ナグルファルの王を少しなめていた。

二代目葛葉狂死の配慮が曾孫の命を繋いだと信じていた。

姉帯豊音のことを宝物のように扱う二代目葛葉狂死だから、傷つけるようなまねはしないと確信していた。

しかし須賀京太郎の反抗的な態度とロキの話から

「違う。須賀君たちが自力で守りぬいたのだ」

と確信できた。そして確信できたからこそ驚いた。須賀京太郎の意志が強いとは知っていたが、ここまで強いと思っていなかった。

 半透明なロキが対案を出した少し後十四代目葛葉ライドウが答えを出した、この時の十四代目葛葉ライドウの答えと須賀京太郎の反応について書いていく。

それは半透明なロキの対案が飛び出してきて十秒後のことであった。驚いていた十四代目葛葉ライドウがいよいよ動き出した。

ポーカーフェイスになり余裕の雰囲気をかもした。ただ、ベンケイとハギヨシからすれば明らかに動揺していた。

肉体的には落ち着いているがエネルギーの揺らぎであっさり看破できた。そんな十四代目葛葉ライドウはこんなことを言った。

「……豊音ちゃんの無事が保障されればナグルファルを作戦に組み込んで構わないのかな? 心配せずともあいつは豊音ちゃんを傷つけるようなまねはしない」

この十四代目葛葉ライドウに対して須賀京太郎はこういった。

「そうでしょうね。 で、十四代目は討伐隊に参加せずナグルファルの護衛についてくれるのですか?」


これを受けた十四代目葛葉ライドウは苦笑いを浮かべた。苦しげだが楽しげでもあった。随分成長したと思った。

そして少し睨み合ってから十四代目葛葉ライドウが折れた。プレッシャーをかけても須賀京太郎が微動だにしないのだ。諦めた。

そして十四代目葛葉ライドウは須賀京太郎にこう言った。

「どうして私の周りには我の強いバカばかりが集まるのか。

 良いだろう。

『十四代目葛葉ライドウはナグルファルの護衛につく』

これでいいか? 須賀京太郎。ナグルファルの王」

若干投げやりになっているが柔軟な対応だった。ベンケイとハギヨシという糞面倒くさい弟子を育成し終わっている十四代目である。慣れたものだった。

そうして十四代目葛葉ライドウが譲歩すると須賀京太郎がいい笑顔でうなずいた。この笑顔を見て龍門渕の親子が胃を抑えた。

十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎のやり取りは胃に悪かった。

 二代目葛葉狂死との最終決戦にナグルファルの参加が決まった直後十四代目葛葉ライドウが将来の話をした、この時二十四代目葛葉ライドウが語った将来の話と須賀京太郎の反応について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウがナグルファルの護衛につくと決まったすぐ後のことである。会議室の空気が少しだけ緩んだ。

今までの緊張感はなくなって、徐々に騒がしくなっていった。特に退魔士たちが騒がしくなっていた。ほっとして、喜んでいる。

特にナグルファルの正式参加は非常にうれしいことだった。なぜなら衛星軌道上へ戦力を無事に送り届けるという任務はナグルファルでなければ難しかった。

ナグルファルとオロチの連携がなければ衛星軌道上の残骸にヤタガラスも変わるだろう。であるからナグルファルの正式参加はうれしいことだった。

そうなって空気が緩んだとき十四代目葛葉ライドウが須賀京太郎に話しかけてきた。

「しかし須賀君もずいぶんと立派になった。初めて出会ったときはただの高校生だったのに、今はナグルファルを従える王になった。

 二代目葛葉狂死の討伐が終わったら、私たちで『推薦』しよう。

 希望地があれば考慮するが、どこがいい?」

須賀京太郎に語りかけてくる十四代目葛葉ライドウはいいおじいさんといった雰囲気を出していた。そんな十四代目葛葉ライドウに須賀京太郎はこういった。

「何の話ですか?」

これに十四代目葛葉ライドウが軽く答えた。

「この戦いで生き残れば君を幹部にするって話さ。

 霊的決戦兵器級のナグルファルを従え、メシアとガイアの霊的決戦兵器を奪ってみせた。

もともと龍門渕においておくには強すぎる武力だったが、今回の一件で龍門渕が抱え込める退魔士としての限界を超えてしまった。

 幹部になってもらうしかないだろう。もちろん生きて帰ってこれたのならば、だけれども」

この時である。今まで全身を覆っていた須賀京太郎の禍々しいオーラが完全にしぼんだ。

同時に須賀京太郎の異形の目から光が消え、十四代目葛葉ライドウから視線がそれた。逸れた視線は机に向かい、誰とも目を合わせようとしなかった。

口元には曖昧な笑みが浮かぶだけで、明らかにしぼんでいた。この須賀京太郎を見て会議室にいた者たちは驚いた。

今まで桁外れの生命力で他者を圧倒していた魔人がただの高校生以下に落ちたのだ。また周囲の者たちは困った。

いったい何が原因でしぼんだのかさっぱり理解できない。これは十四代目葛葉ライドウはもちろん須賀京太郎を鍛えたハギヨシとディーも同じである。

高い洞察力を持つロキであっも完全な理解はできなかった。しかし会議室で唯一ロキだけが

「迷っている」

と察せられた。


 強力な暴君からただの高校生へ須賀京太郎がしぼんだ直後に人さらいが発生した、この時に現れたポニーテールとツインテールと三つ編みの人さらいについて書いていく。

それは須賀京太郎の激変を会議室にいる人たちが不思議がっている時のことである。会議室の扉を勢いよく開け放つ者がいた。

覆面をかぶった背格好がそっくりな三人組である。突入してきた三人は自信満々であった。三人とも

「ばれていない」

と確信していた。なぜなら会議室全体が驚きの感情でいっぱいになっている。これを

「正体不明の三人組に驚いた。つまりバレていない」

と理解していた。そうして現れた三人組を見て会議室にいた者たちはことごとく首をかしげた。そしてざわついた。

「えっ?」

という呟きがあちらこちらから漏れ

「何やってんだオロチ様」

などと突っ込む者もいた。しかしその一切を無視して覆面をかぶった三人組が会議室を駆けぬけた。

邪魔にならない程度の速度で走り、須賀京太郎に近付いた。そして須賀京太郎が

「えっ、なになに!? 何事!?」

と騒いでいる間に椅子ごと持ち上げて連れ去ってしまった。連れ去られている間、須賀京太郎は椅子に座ったままだった。大人しかった。

覆面の三人組の真意を知るためである。この一大事にあって、バカなまねはしないと信じていた。ただ、少し恥ずかしそうだった。

神輿状態で視線が集中していたからだ。そうしてさらわれていく須賀京太郎をヤタガラスと船員たちが見送った。止める気配は一切なかった。

龍門渕信繁と透華の親子などは

「作戦はこっちで考えておくから休んでおいて。口出されると話し進まないから」

といって追い出す始末であった。重要な話はまとまっているのだ。止める必要がない。

覆面の三人組が須賀京太郎を会議室から連れ去った後、静かに会議室のドアが閉まった。扉が閉まった後バタバタと足音が聞こえ、同時に

「ソックちゃん、作戦完了よ」

という女性の声が聞こえてきた。そうして須賀京太郎の気配は完全に消えた。このようにして史上類を見ない完成度の誘拐が発生した。

そして覆面の三人組の正体と協力者の正体は遂につかめなかった。

 
 覆面三人組にさらわれて数分後須賀京太郎は秘密の部屋にいた、この時の秘密の部屋について書いていく。

それは覆面の三人組とその協力者によって須賀京太郎がさらわてからのことである。須賀京太郎は秘密の部屋に運び込まれていた。

秘密の部屋とはナグルファルの王のための部屋。姉帯豊音と未来を守るためにしか使われていない部屋である。

この部屋に須賀京太郎が運び込まれると覆面の三人組が正体を現した。覆面を脱いだ三人を見て須賀京太郎は驚いた。

ニヤリと笑う三人のオロチがいたからである。まるで

「気づかなかっただろう? 正体は私たちだ」

とでも言いたげだった。どうして自信満々でいられるのか須賀京太郎にはわからなかった。

「覆面ひとつで騙しきれるわけがないだろう?」

と思った。しかし口には出さなかった。下手なことを言うとオロチが傷つくように思えた。そんなことを考えているとアンヘルとソックが駆け寄ってきた。

須賀京太郎を見つけてほっとしていた。須賀京太郎に色々と言いたいことがあるらしく口をもごもごさせていた。しかしなかなか言葉が出てこなかった。

そんな二人の背後にムシュフシュがいた。須賀京太郎に視線を向けて、ニコリと笑っていた。

行方不明になってからアンヘルとソックが仕切りにつぶやいた

「生きている」

という言葉をムシュフシュは信じていた。そんなムシュフシュのさらに後ろに姉帯豊音が未来を抱いて椅子に座っていた。

ほかの面々とは違って顔色が非常に悪かった。血の気が完全に引いている。その上完全に目の光が失せていた。

アンヘルとソックたちの隙間から見える姉帯豊音を見た須賀京太郎は困った顔をした。こう思った。


「あの淀み方は、自分自身に対する嫌悪感……なんで?」

見抜くのは簡単だった。かつての自分の目とよく似ていた。しかしなぜそうなったのかの理由がさっぱりわからなかった。

 須賀京太郎が姉帯豊音の異変に気付いた時ヘルが大きな声を出した、この時ヘルについて書いていく。

それは姉帯豊音の内面に変化が起きていると須賀京太郎が察した時のことである。須賀京太郎の背後にいたヘルが震えていた。

無表情なのは無表情なのだが、肉体が震えている。震えから察するにあわてていた。眼球の動きを見れば間違いないとわかる。

というのも姉帯豊音の心の中に生まれた闇をヘルは正確に把握できている。姉帯豊音とは相性が良いのだ。

姉帯豊音の変化を見ていれば何を考えているのか予想がついた。そうして察しがついたものだから、非常にあわてた。

須賀京太郎に覚らせてはならないと考えた。そうしてあわて始めて二秒後のこと秘密の部屋に用意されている

「ある物」

をヘルが見つけた。すると何のためらいもなく、大きな声でこう言った。

「京太郎ちゃん! 服ボロボロがぼろぼろだわ! 着替えなくっちゃ! これから最終決戦なんでしょう!?

 アンヘルちゃんとソックちゃんが京太郎ちゃんのためにバトルスーツを創ったの! もちろんナグルファルも協力させてもらったわぁ!」

これに須賀京太郎が驚いた。完全にビビっていた。声がでかすぎた。あまりに大きな声だったもので、姉帯豊音の腕の中で眠っていた未来が目を覚ました。

そして泣き出した。未来が泣き出すと姉帯豊音があやし始めた。未来はすぐに泣き止んだ。そして笑い始めた。須賀京太郎の気配を感じ取っていた。

 未来が笑い始めると三人のオロチが須賀京太郎をせかした、この時の三人のオロチについて書いていく。

それはヘルの大きな声で未来が目を覚ました後のことである。椅子に座っている須賀京太郎の服を三つ編みのオロチがつまんだ。そしてこういった。

「さぁ京太郎。このボロボロの服をさっさと脱いで私たちが創った服を着るのだ」

続けてポニーテールのオロチがズボンをつまんでこう言った。

「普通の布で作られた服なんて霞を身に着けているようなものだろう? ナグルファルと我々が協力して創ったバトルスーツを着てみるがいい。

素晴らしい着心地でほかのものが着れなくなるぞ」

これに続けてツインテールのオロチが胸を張ってこういった。

「ナグルファルの武器防具店で量産型の発売も決定している。頭からつま先まで込々で五百万円。マグネタイトでのお支払いも可能だ。

 二代目葛葉狂死の技術を応用した生きている鎧は所有者のマグネタイトを吸って成長する。使えば使うほど味が出る良い防具だ。

既に龍門渕から大口の注文が入っている」

そうして三人のオロチがせかすと須賀京太郎が口を開いた。

「なるほど。

 だが、着替える前にちょっと風呂入ってきていいかな。決戦前の準備をしておきたいんだわ」

すると須賀京太郎の背後にいたヘルがうなずいた。そして大きな声でこう言った。

「もちろんよ京太郎ちゃん! 門を開くわね!」

再び須賀京太郎がびくついた。声のボリュームがすごかった。これと同時にファンシーな門が秘密の部屋に現れた。

おとぎ話に出てきそうなファンシーかつ少女趣味なデコレーションでいっぱいの門だった。必要もないのにいい匂いがするあたりこだわりがすごい。

この門が現れると須賀京太郎は椅子から立ち上った。そして一人で門を潜りぬけた。オロチたちがついて行こうとしたがアンヘルとソックに阻まれた。
 


 ヘルの門を潜った後須賀京太郎は浴槽でのんびりしていた、この時の須賀京太郎とロキについて書いていく。

それはファンシーなヘルの門を潜り抜けて十分後のことである。驚くほど広い風呂場で須賀京太郎が寛いでいた。

豪華客船風のナグルファルの風呂場だが完全に和風だった。風呂場には須賀京太郎と半透明なロキしかいない。

ほかの連中は須賀京太郎の中でおとなしくしていた。決戦前だとわかっているので空気を読んで引っ込んでいた。

そうして須賀京太郎がくつろいでいると、半透明なロキが話しかけてきた。少し真面目な口調だった。

「小僧。何を迷っておる。

 二代目葛葉狂死は迷ったままで倒せるような雑魚とは違うぞ。

 小僧の性格は大体把握しておる。プライドが邪魔をしてわしに相談できんかもしれん。しかし、ここは裸の付き合い。

 目的のためと割り切って正直に教えてくれんか?」

このように語りかけられた須賀京太郎は天井を見上げた。そして少し間を開けてこう言った。

「自分でもよくわからないから……説明なんて」

するとロキがこう言った。

「一から十まで語って聞かせぇ。地獄に落とされる前から、今までのことをわしに語って聞かせぇよ。そうすりゃあ、わしが考えるけぇ」

力強い声だった。半透明なくせに生気で満ちているように思えた。これを受けて須賀京太郎が笑った。随分頼りになったからである。少し気が楽になった。

 ロキに促された後須賀京太郎は語り始めた、この時に須賀京太郎が語った内容とロキの反応について書いていく。

それは頼りがいのある言葉をロキが放った少し後のことである。天井を見つめながら須賀京太郎が語り始めた。

「俺はもともとただの学生だった。退魔士になったのは偶然だ。異能力に目覚めたのも偶然だった。

友人の頼みを聞いて人探しをしている時にソックと出会って異能力を手に入れた。

 人探しをしている時に俺は異界に迷い込んで人さらいと戦うことになった。今でもあのゴミの山を鮮明に思い出せる。

 人さらいとの戦いで髪の色が灰色に変わった。もともとは金髪だった。だが、心臓に指輪を叩き込んだ副作用で色が変わったと、俺は考えている。

 退魔士になったのはアンヘルとソックと出会ってちょっと後のことだ。葦原の中つ国に用事があってその時にオロチに絡まれた。

そしてヤタガラスの裏切者に目をつけられた。

 裏切り者は小物でイラつかせるだけだったが、オロチと出会えたのは良かった。全力で戦うことの楽しさを教えてもらったからな。

全身全霊を振り絞って限界を超える。その先を目指す楽しさはオロチと出会えなければ確信できなかった。

 それで戦いのチャンスが多いだろうヤタガラスに所属することにした。修羅の道だとはわかっていたが、楽しく生きたかった」

このように須賀京太郎が語るとロキが黙ってうなずいた。疑問に思うところは数々あった。しかし口に出すことはなかった。須賀京太郎の語るのに任せていた。

後で質問すれば十分だった。そうしていると須賀京太郎が続きを語った。


「姉帯さんと出会ったのは帝都に来てからだ。姉帯さんと結婚させるために十四代目が引き合わせた。

 だが、俺は断った。そもそも結婚なんて聞いていなかったし、俺は未熟者だ。他人の人生なんて背負えない。

 そうしたら次は護衛の任務をあてがわれた。

透華さんいわく護衛期間中にハニート-ラップを仕掛けるためだとか……まぁ、そんな心配をする必要はないと俺は思っていたが、そういう事らしかった。

 透華さんから動機を知らされたが……誰が何を企んだところで関係ないと思った。

その時の俺は葛葉流の退魔術の初歩で躓いていて、ハニートラップとか権力争いに興味がわかなかった。

 今もその気持ちは変わっていない。俺は負けず嫌いなんだ。退魔術の習得をあきらめる気はない。

 で、護衛任務中に二代目葛葉狂死がヤタガラスを裏切った。護衛中にシギュンさんらしきミイラに襲われて、ロキを押し付けられた。

 そして地獄に落とされて、俺は怒りに任せて何もかもぶっ壊した。敵を倒すためなら人食いだってためらわなかった。

その時は懺悔の感情があったが、今はない。

 不思議なことだが、全くないんだ。命を奪い取ったこと倫理から脱したこと、そして支配者として君臨していることに罪悪感がない。

 むしろ『当然そうあるべき』という気さえしている。

 この気持はメシアとガイアの陣営と出会ってからはっきりしてきた。自分でもよくわからないが、それまでは曖昧だった。

むしろ苦しい気持ちでいっぱいだったが、自覚が湧いてくると心が一気に楽になった。

『苦しまなくてはならない』という気持ちがなくなって俺は俺のことを享受し始めた。

 しかし、わからない。こうなっても俺はまだ迷っている。

支配者として、強いものとして好き勝手にふるまって良いと確信しているのに、『ダメだ』と心が叫んでいる。

『好き勝手に行動したくない』と俺自身を『俺が』制し続けている。

 そして不思議なことに『二代目葛葉狂死と決着をつけなければならない』と俺自身が確信している。

 好き勝手にしていいのだから、逃げてもいいはずだ。ナグルファルは俺に従い、喜んで受け入れてくれるだろう。逃げる理由ならいくらでもある。

姉帯さんと未来を守るためとでもいえば誰も責めないだろう。

 自分を大切にして何が悪い? ここで逃げたとして俺を責められる奴がいるか? 異界が暴走を始めてから今までずっと幻影が誘うんだ。

『何もかも捨てて逃げろ。責任を誰かに擦り付けろ』

ってな。俺の目の前に現れ続ける幻影が俺の本心だという確信がある。多分俺はずっと逃げたかった。ただの高校生で在りたかった。

 でも可笑しく聞こえるだろうが、ここでも俺の心は

『逃げるな』

と言っている。

『戦え』

と言って五月蠅いんだ。そして俺もそれでいいと思っている。

 これだ……これなんだよ。俺がわからないのは。一体なんなんだこの衝動は。本当は逃げたいはずなのに、逃げるなというこの俺は」

語り終わった須賀京太郎は一息ついていた。


そして天井から水面に視線を向けた。水面には苦しげな金髪の須賀京太郎が映っていた。これを見て須賀京太郎は眉間にしわを寄せた。

この水面に映る自分の姿こそ、真の自分だと思った。そんな須賀京太郎の語りから数秒後、ロキが答えを出した。ロキはこういっていた。

「小僧を突き動かす衝動、言葉にできないその感情こそ求道者の星。いわゆる正義というもんじゃ。

 小僧は暴君として君臨できる素質がある。しかしそれをあえてしない。それは、小僧の正義が許さんからじゃよ。

 今の小僧ならば、自分の異界を制御できるんじゃねぇか? その不完全な四肢も星の導きに従えば自在に操れようになるじゃろう」

ロキがこのように語ると須賀京太郎は大いに驚いた。同時に水面の須賀京太郎は掻き消えた。須賀京太郎が大きく動いたからである。

 水面に映る幻影が消えた直後須賀京太郎とロキは短い会話を行った、この時の須賀京太郎とロキの会話について書いていく。

それは半透明なロキの答えが浴場に響いた後のことである。須賀京太郎が勢いよく立ちあがっていた。そして浴槽の縁に腰掛けていたロキに寄っていった。

そして半透明なロキに向かって疑問を投げかけた。

「正義? これが? 」

この時の須賀京太郎は必死だった。今までにない焦り具合である。そして恐れおののいている。しかししょうがない事である。

頭の中にある善悪の基準が大きく揺さぶられた。そして大きく揺さぶられた価値観が崩壊していく音が聞こえる。怖かった。

この恐怖は小さな子供が迷子になるような、大人が異界に迷い込むような未知への恐怖である。

久しぶりに感じる全存在を揺るがす体験を前に須賀京太郎は震え縮み上がった。そんな須賀京太郎の目をしっかりと見てロキが答えた。

「正義以外になにがあるというんじゃ? 自分自身を律する確かなルール。自分自身が良しと思う判断基準を何と呼ぶか、誰でも知っておるぞ。

 それは『正義』と呼ぶんじゃ。小僧の場合は『善』といったほうがニュアンス的には正しいじゃろうけどな。

 弱肉強食の論理から離れ、神の法を打ち破って自分のルールで世界を支配する。それは正義、善の発想じゃ」

このように語られた後須賀京太郎はたじろいだ。めまいすら起きている。須賀京太郎の表層にへばり付いていた善悪の基準が完全に崩壊した。

ロキによって無明に光が当たった。となって今までの価値観を

「間違いだった」

と捨て去る以外に道が無くなり、強烈な衝撃を受けたのである。そうしてそれを思った時心臓が高鳴った。

「これを待ち望んでいた」

と心臓が叫んでいるようだった。ただ、あまりに強く心臓が叫ぶものだから足元が危なくなった。倒れてしまいそうだった。

そんな須賀京太郎に対してロキが追い打ちをかけた。澄み切ったまなざしでこういった。

「現代において小僧のような思想を持つことは難しいじゃろう。なぜならこの時代で主流になっている思想は『人類は平等だ』という思想じゃから。

 おそらく小僧はこう考えておったはずじゃ。

『正義とは悪ではない者のこと』

そして

『悪とは恐ろしい者、強い者、害を与える者のこと』

じゃとな。

 この時代において『これが正義と善』と言い張るのならば結構なことじゃ。おそらくこの世界の大多数の人間はこの発想で生きていて全く問題がない。

なぜなら

『その者たちにとっては正しい理論』

じゃから


 しかし小僧、小僧には適しておらん。なぜなら小僧は強者。才能を持ち努力を積み重ね、運命に立ち向かい続けた生命体。

 この生命体にあるのはまったく別の基準じゃ。このような存在においての正義と善は

『自分そのもの、もしくは自分を強くする全て』

じゃろう。自分以外を頼りにして行動することはありえん。となって、この立場からすれば悪とは

『正義でも善でもないすべての存在』

じゃろうな。どうでもいい存在といってもええ。毒にも薬にもならん奴らを、小僧は見もしない。

いわゆる聖人と呼ばれるような人間であっても小僧にとっては取るに足らない路傍のごみと変わらない。

 わしが知っておる強者共も同じじゃったよ。小僧が逃げ出さんのも、結局のところ自分自身の正義に従っておるからじゃ。

 強くなるために難しい道に挑み続けるのも特徴の一つじゃな……逃げるなんて出来るわけがねぇじゃろう?」

このようにロキが語ると須賀京太郎はうつむいた。そして水面を睨んだ。二つの感情がぶつかり合っていた。一つは確信。一つは疑念。

ロキの話を聞いているとその通りだと思う須賀京太郎がいた。ロキの話を先達からの激励と受け取ることさえできる。一方で信じられない気持ちもあった。

この信じられないという感情は、ロキを疑ってのものではない。本当にその理屈が正しいのかどうか

「もしも間違えていたらどうしたらいい?」

という気持ち。これらが須賀京太郎を押しとどめていた。そうしてこの感情を処理しきれずに須賀京太郎は小さく唸った。獣のようだった。

この須賀京太郎を見てやさしげな視線をロキが投げていた。すぐに答えに飛びつかない須賀京太郎が好ましかった。

ヘビのような疑り深さが知恵の結実に繋がると知っていた。そしてそれ以上ロキは語らなかった。半透明な連中と同じく姿を消して、須賀京太郎に任せた。

須賀京太郎の悩みを晴らすために必要なのは証明の時間だと見抜いていた。かつての自分を重ねていた。

 ロキとの対話から十分後須賀京太郎は新しいバトルスーツを身に着けていた、この時の須賀京太郎について書いていく。

それは半透明なロキが須賀京太郎に答えを与えた少し後のこと。須賀京太郎は脱衣所で体をふいていた。この時の須賀京太郎の顔に迷いはなかった。

迷いどころか穏やかになっていた。それというのも名前のない衝動に正義という形を手に入れた結果である。しかし安寧を手に入れたわけではない。

確信がないのだ。証明の時間が必要だった。そんな須賀京太郎は体をタオルでふくと新しいバトルスーツに着替えた。

龍門渕が作ったバトルスーツによく似ていた。しかし、細かいところでデザインの変更がある。

背骨に沿って蛇の骨のようなサポートがついていたり、狼の牙のようなスパイクがブーツについている。

両腕には牡牛をかたどった飾りがついて、背中には赤いマントがついていた。そうしてバトルスーツを身に着けた須賀京太郎は鏡の前に立ってポーズをとった。

有りがちなヒーローのポーズだった。ヒーローのポーズはすぐに解除された。やってみたら思った以上に恥ずかしかったからである。

そして着替え終わった須賀京太郎は脱衣所から出ていった。汚れは落ちていた。

 須賀京太郎が風呂場から出てきた直後まとめ役の一人セリが姿を現した、この時の須賀京太郎とセリのやり取りについて書いていく。

それは風呂場から須賀京太郎が出てきてすぐのことである。風呂場の入り口付近で待ち構えていたまとめ役のセリが話しかけてきた。

ゆだっている須賀京太郎にセリはこういっていた。

「我が王! 準備完了いたしました!」

非常に高揚していた。不機嫌さは一切ない。それどころか目が輝きで満ちている。というのも須賀京太郎と再会できたからである。

須賀京太郎が行方不明になっているときは非常に落ち込んでいた。もう戻ってこないのかと思い不安になった。しかし霊的決戦兵器を奪って王が戻ってきた。

うれしくてしょうがなかった。そんなセリに対して須賀京太郎はこう言った。

「早いっすね……ということはもしかしてみんなを待たせている感じだったり?」

対応する須賀京太郎は顔をゆがめていた。二代目葛葉狂死との決着は早い方がいい。なにせ天国を創ると二代目葛葉狂死は言っていた。

しかし須賀京太郎は具体的な方法を知らない。察しもついていない。そうなると時間が過ぎて往けばそれだけ相手に有利である。

時間が過ぎればそれだけ相手は計画を完了させてゆくのだから。そうなって無駄に待たせたかもしれない。最悪だった。

そうして須賀京太郎が嫌な顔をしていると、セリがこう言った。


「いいえ! 全然問題ありません! 

 ナグルファルを宇宙仕様に変更する必要がありますし、討伐隊の皆様も準備が終わっていません。作戦会議が思った以上に揉めたのです。

 ですが、あと五分ほどで出発可能になるでしょう。それと十四代目が

『ナグルファルの甲板で待つ』

と。

 よろしければ、門をご用意します」

そうすると須賀京太郎は少し考えた。そしてこういった。

「甲板への門をお願い……あと質問なんだけど、なんで揉めたわけ? 揉めるようなことあったっけ?」

これに対して門を呼び出しつつセリが答えた。

「さらわれている人たちをどうするかという問題で揉めました。

人形化の呪いを受けて転送された大量の国民たち、そして九頭竜の姫こと天江衣……ヤタガラスの関係者も呪いを弾けなかった人たちがたくさんいるそうです。

 『いざというとき彼らをどうするのか。見捨てるのかそれとも助けるのか』

 これで揉めたのです」

そうして語っている間に甲板への門が生まれた。すると須賀京太郎はセリに聞いた。

「結局どっちに?」

須賀京太郎を見つめながらセリが答えた。

「『柔軟に対処する』そうです」

答えをきいて須賀京太郎が小さな声で笑った。討伐隊の意思統一が出来なかったと理解した。しかし当然だと思った。

そして門に足をかけた状態で、少しだけ足を止めた。

「自分はいったいどうするだろう?」

このように考えた。そしてまたしても小さく笑った。悪夢の世界を思い出した。するとこの時、一瞬だけ須賀京太郎の姿が変化した。

しかしすぐに元の須賀京太郎に戻った。本人は平然として、自分が変身したと気付いていなかった。そんな須賀京太郎はセリを置いて門を潜った。

少し遅れてセリも門を潜った。門を潜った時のセリの顔は赤らんでいた。目も輝いている。須賀京太郎がさらに成長したと察したからである。

ニャルラトホテプを屠った怪物の姿はセリの心を捕らえて離さなかった。

 須賀京太郎が門を潜り抜けて数十秒後十四代目葛葉ライドウが力試しを提案してきた、この時の状況と十四代目葛葉ライドウの提案について書いていく。

それはセリが創りだした門を須賀京太郎が潜ってすぐのことである。門を潜り抜けた須賀京太郎が足を止めた。

というのもナグルファルの甲板にあった壊れてしまった霊的決戦兵器が立っている。驚きである。ぶっ壊れたはずなのにしっかり直されている。

また若干デザインが変更されていた。今までは

「戦えればそれで良い。むしろそれが良い」

の精神であった。しかし今は遊びがある。むき出しの骨格に装甲が付けられて、鎧武者風の霊的決戦兵器として完成しつつある。

この鎧武者風の霊的決戦兵器の周りにはヤタガラス達が集まっていた。見物人である。

ただでさえ珍しい霊的決戦兵器、その中でもさらに珍しいパイロット搭乗型である。流石に目を引いた。

また霊的決戦兵器という珍しさを抜いても機能美を備えているので美術品としての鑑賞に堪えられた。

この鎧武者風の霊的決戦兵器の前には討伐隊が装備を整えて出発の時を待っていた。討伐隊は五名。ベンケイにハギヨシ。小鍛治健夜とディー。

そして右腕が義手の男。討伐隊が放つ空気は研ぎ澄まされていた。冬の朝のような気持ちのいい空気だった。

この討伐隊の前に十四代目葛葉ライドウが仁王立ちし、須賀京太郎を待ち構えていた。優しげに笑っていたが闘志で満ちていた。

須賀京太郎に闘志をぶつけているのだが、隠す気はなかった。闘志を向けられている須賀京太郎はもちろん気づいていた。

しかし問題になるとは思わなかった。なぜならこれから決戦に向かうのだ。闘志で満ちているのはおかしなことではない。むしろ良い傾向である。

また少し遅れてきたと自覚しているのだ。しょうがないことだと思った。ただ、この考えが間違いだとすぐに理解することになった。

というのも須賀京太郎が霊的決戦兵器に近寄っていくと十四代目葛葉ライドウがこんなことを言った。


「須賀君。少し君の実力を測りたい。これから相手にする二代目葛葉狂死は生半可な相手ではない。

個人の武力も驚異的だが『念には念を入れてくる執念深さが厄介な男』だ。今回の計画も突発的なものではない。

となれば我々が一致団結したとしてもかなり難しい戦いになる。

 そんな戦場に『未熟者』を連れていくのは、どうかという話だ。

 もしも足を引っ張るような技量しか持たないのならば、ここであきらめてもらう。ナグルファルの警備を私と一緒にすると良い」

十四代目葛葉ライドウの言葉には力がこもっていた。まったく反論の隙がない。するとナグルファルの甲板が一気に静まり返った。

十四代目葛葉ライドウ、そして討伐隊の面々が本気だった。

このような行動を十四代目葛葉ライドウが起こしたのは須賀京太郎がしぼんだ姿を会議室で見たからである。暴君の気配が消えてしぼんだ高校生になった。

あの変化を十四代目葛葉ライドウと討伐隊のメンバーは見逃さなかった。それが力試しを必要とした。

精神的に動揺するような退魔士はあっさり二代目葛葉狂死にのまれ足を引っ張ると断言できたからである。

 力試しが提案された直後霊的決戦兵器の足元に須賀京太郎が立った、この時の須賀京太郎の状態と討伐隊の面々について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが力試しを提案した直後のことだった。十四代目葛葉ライドウと討伐隊のメンバーが勢いよく振り返った。かなりあわてていた。

それもそのはず、須賀京太郎の姿が忽然と消えた。同時に討伐隊の背後から禍々しい空気が噴き出した。

背後から放たれた禍々しい空気は不吉と死のオーラそのものだった。

そうして振り返ったところ霊的決戦兵器の足元にニャルラトホテプを屠った怪物が立っていた。身長三メートル。

牡牛の兜をかぶり蛇の背骨を持ち狼の足を持つ怪物である。前回とやや違っている所がある。目だ。黒い皮膜に隠されていた目が現れて、赤く輝いていた。

この怪物の正体は魔人・須賀京太郎である。

「一つ試してみるか」

と自分の衝動を全開にして、変身した結果だ。ロキによって導かれた今ならできると信じて行っていた。

実際の手段については黒い竜に変じた経験が助けになっていた。討伐隊の背後に回り込んだのは機能テストである。

変身を完了させたついでに先輩たちで行った。しかしこの機能テストが大慌てに繋がった。

禍々しい空気を放っているのも加わって、なかなかスリリングなテスト結果だった。

 討伐隊が驚いた後須賀京太郎の力試しが終わった、この時の須賀京太郎と討伐隊について書いていく。

それは討伐隊相手に須賀京太郎が力試しを行った後のことである。変身を解いた須賀京太郎が討伐隊に話しかけた。

霊的決戦兵器を見上げながら魔人・須賀京太郎はこういっていた。

「『葛葉流の退魔術で力試し』なんて言わないでくださいよ。

 マグネタイトの操作は今も下手くそなんですから……」

この期に及んで十四代目葛葉ライドウの力試しを受けるつもりだった。しかし当然である。須賀京太郎の変身は自分のために行った証明なのだ。

十四代目葛葉ライドウのテストではない。しかし須賀京太郎の姿を見て十四代目葛葉ライドウと討伐隊はなかなか口を開けなかった。

というのも須賀京太郎の放つオーラが一層凶悪になっている。ヤタガラスに所属していなければ間違いなく討伐対象だった。

数十分前までしぼんでいた須賀京太郎なのだから、これはおかしかった。口はなかなか動かない。

そうして十四代目葛葉ライドウと討伐隊がためらっている時、須賀京太郎が口を開いた。

「それで、何をすれば認めてもらえるんです?」

霊的決戦兵器を眺めている須賀京太郎は少し不機嫌になっていた。また悲しげでもある。というのも十四代目葛葉ライドウたちが応えてくれない。

至近距離にいるのに無視されるのはきつかった。そんな須賀京太郎にどうにか対応したのが十四代目葛葉ライドウだった。

緊張を残したまま、こう言っていた。


「今ので十分だ。まさかあっさり背後をとられるとは思わなかった。

 須賀君、君が一番槍だ。討伐隊のメンバーが君を補助してくれるだろう」

すると須賀京太郎の視線が十四代目葛葉ライドウに向かった。そしてニヤリと笑ってみせた。認めてもらえてうれしかった。

 十四代目葛葉ライドウが認めた数秒後須賀京太郎の肩にオロチの触角が降ってきた、この時に姿を現したオロチについて書いていく。

それは須賀京太郎の討伐隊入りが認められて甲板の空気が緩んだ時のことである。鎧武者風の霊的決戦兵器の胸の部分がパカッと開いた。

そして周囲のヤタガラスたちが、

「えっ?」

と思っている間にコックピットからオロチの触角が飛び降りてきた。そして飛び降りてきたオロチの触角は須賀京太郎の肩に着地した。

着地を決めた時ドンという音がした。着地を決められた須賀京太郎は微動だにしなかった。しかし非常に困っていた。肩に着地してくるとは思わなかった。

そうして現れたオロチなのだが見た目が随分変わっていた。ポニーテールでもツインテールでも三つ編みでも素の状態でもない。ショートヘアである。

また服装も須賀京太郎と同じタイプのバトルスーツであった。マントもしっかり身に着けている。

須賀京太郎と同じく真っ赤なマントだが、背中に大きく「大蛇」と刺繍されていた。

そうして須賀京太郎の肩に着地したショートカットのオロチはそのままの勢いでこう言った。

「さぁ、京太郎。霊的決戦兵器酒天(しゅてん)に一緒に乗るのだ! 葦原の中つ国の塞の神とリンクした今、エネルギー切れの心配はほとんどない!

 私に身をゆだね、崇め奉るがいい!」

須賀京太郎の肩に乗っているオロチはものすごく上機嫌だった。またものすごく上から目線だった。しかし、周囲のヤタガラスたちは温かく見守っていた。

須賀京太郎の肩の上でものすごく胸を張っていたからである。小さな子供が調子に乗っているようにしか見えず、かわいらしかった。

そんなショートカットのオロチに対して須賀京太郎はこういっていた。

「いつの間にか名前決めちゃった感じ?」

着地については動じていなかった。どちらかと言えば霊的決戦兵器に名前がついていることがショックだった。

頭の中にいくつか良い名前が浮かんでいたのだ。いかにもロボット的な風貌の霊的決戦兵器である。ロマンがあった。

ワクワクするのはしょうがないことだった。そんな須賀京太郎に対してショートカットのオロチがこう言っていた。

「私が直々に決めてやった。

 私の髪の毛を組み込んだんだ、名前くらい決めてもいいだろう?

 ダメか京太郎? 私の綺麗な髪の毛はもう二度と戻ってこないのに、名前も決めさせてもらえないのか?」

しょんぼりしているオロチの問いかけに須賀京太郎はすぐに答えた。ほとんどかぶせ気味にこう言っていた。

「良い名前だなぁって思っただけ。全然問題ない。

 いやぁオロチが味方でよかったなぁ。頼りになるしネーミングセンスもある。流石超ド級の霊的国防兵器! 隕石でも動じない異界の創造主!」

この時の須賀京太郎はものすごく焦っていた。変な汗が額に浮き心臓が高鳴っていた。というのも周囲から飛んでくる視線が非常に痛かった。

特に女性からの視線がきつかった。怖い怖いと恐れられる須賀京太郎だが、この類の視線は不味かった。流石に変な汗が出た。

そんな須賀京太郎の露骨な対応を受けて、ショートカットのオロチはものすごく喜んだ。肩の上で跳ねていた。褒められるとうれしかった。そして

「そうだろうそうだろう! やはり姉妹の中でも私が一番だろう!」

と言い切って胸を張って、その勢いに任せて

「さぁ京太郎。コックピットに向かうのだ

 ナグルファルの連中が頑張って二人乗りに改造してくれている。

 そして、よく見て良く褒めてやれ。あいつらは私ほどではないが非常に頑張っている。褒美の一つでもくれてやれ」

といった。この直後須賀京太郎は小さな声で笑った。可愛らしいことを言うからである。しかしすぐに霊的決戦兵器酒天のコックピットに乗り込んだ。

肩の上のオロチがせかしたのだ。


 鎧武者風の霊的決戦兵器「酒天」に乗り込んだ後ショートカットのオロチが須賀京太郎に語りかけてきた、この時に行われたショートカットのオロチと須賀京太郎の会話について書いていく。

それは二人乗りように改造されたコックピットに須賀京太郎とオロチがおさまった後のことである。須賀京太郎が前の席に座り、オロチが後ろの席に座っていた。

霊的決戦兵器「酒天」のコックピットはかなり改造されて、いかにもロボットのコックピットといった状態になっている。

コックピットの中にあるのは球状のスクリーン。そして

「どこをどう操作すれば動くのかわからない」

操縦席が二つである。二つの操縦席は縦に並んでいて、若干後ろの席が高い位置にある。そして小さ目だった。

この後ろの操縦席にはショートカットのオロチが座っている。オロチのための席らしく体にぴったり合わさっていた。前の席に座ったのは須賀京太郎である。

須賀京太郎のために調整されていて、しっかりと体に合っていた。そうして準備が整うと開いていたコックピットの出入り口が閉じた。

するとコックピット内部が真っ暗になった。しかしすぐに明るくなり球状のスクリーンに周囲の状況が映し出された。

スクリーンには退魔士たちが大慌てで準備を行っている様子が映されている。これから衛星軌道上に殴り込みに行くのだ。

それぞれ覚悟を決める必要があった。そうしている間に、後ろの席に座っているオロチが話しかけてきた。少し震えていた。オロチはこういっていた。

「なぁ京太郎。

 質問したいことがある。怒らないで答えてほしい」

すると須賀京太郎はこういった。

「遠慮なくどうぞ」

このように須賀京太郎が対応するとオロチは思い切って質問をした。

「なぜ二代目葛葉狂死を殺そうとする?

 私は人間ではないからなのか……いまいち二代目葛葉狂死が悪いとは思えないのだ。話を聞くところによれば、二代目葛葉狂死は天国を創るといっている。

メシアとガイアのリーダーたちから搾り取った情報から考えていけば、手段こそ残酷だが誰もが幸せになれる世界が生まれるだろう。

 なぜなら普遍的無意識下にある個々人のイメージを全人類に送り届けるのだから。

 確かにその過程で全人類は死滅する。天国に取り込まれてナグルファルと同じような状態となるだろう。

 しかし、それの何が問題なのだ? 痛みも苦痛もなく気づいた時には天国にいる。日常の延長として天国に連れ去られるものも多くいるに違いない。

輪廻さえも再現することができるらしいではないか。

 いったい何が気に入らないのだ? この星が天国に包まれることの一体何が気に入らない?

 私には全く分からない。幸せを追求した結果の天国は間違いなく二代目葛葉狂死の下にある。なぜおまえたちは戦うのだ?

 豊音のためか? それともあの赤子のためか?」

このオロチの質問に須賀京太郎はためらった。難しい質問だった。しかし答えて見せた。こう言っていた。

「正直に答えれば、『気に入らないから』だろう。

 俺の中にある……ロキに言わせれば『正義』と『善』の感覚が気に入らないと叫んでいる。だから二代目葛葉狂死の計画を叩き潰す。

 ただ、『悪』ではないと感じている。計画それ自体ではなく、二代目葛葉狂死に対する印象は悪ではない。むしろ『善』に非常に近い。

 だからもしも今回の討伐の理由を人前で問われれば『姉帯さんと未来を守るため』と答えるだろう。貶める気持ちがないし、納得してもらえないだろうから。

 望んでいた答えとは違うだろう。しかし許せよ。俺に高尚な理念はない」

静かな声で穏やかに答えていた。須賀京太郎にぶれはない。正直な告白だった。しかし不真面目だととられてもしょうがない答えだった。

一大事にあってこの愚直さは罪深い。だがオロチはうなずいていた。須賀京太郎が真実を語っていると信じた。

飾り気のない言葉が須賀京太郎の肉体の雰囲気と重なって信じさせていた。今までの荒れ狂った魔人の空気ががらりと変わり凪いでいるのだ。

理由が正義と善という形を手に入れた結果ならば、信じられた。そうして語り合っている間にすべての準備か終了した。

ナグルファルの甲板が静かになり、葦原の中つ国に変化が起きた。地面が震え、直後に天に上る巨大な螺旋階段が現れた。

螺旋階段は巨大な蛇の身体であった。
 


 
 巨大な螺旋階段が生まれた少し後ナグルファルが移動を始めた、この時にナグルファルが利用した螺旋階段とその先にある物について書いていく。

それは全ての準備が終わって三分後のことである。全長一キロメートルのナグルファルと全長三百メートルの超力超神が螺旋階段を昇り始めた。

先陣を切るのは超力超神である。そのあとをナグルファルが追いかけた。

恐ろしく巨大なナグルファルと超力超神であるが、オロチの創った階段と比べると小さく見えた。気合が入りすぎたのだ。

二代目葛葉狂死との決戦のための大切な仕掛けである。気合も入る。しかしこの螺旋階段は衛星軌道上に到達していない。

須賀京太郎が見つけた逆さの樹には届かない。それもそのはず、葦原の中つ国は現在日本が所有している空の道までしか体を伸ばせない。

高さ一万キロメートルが安全に移動できる限界であった。そこから衛星軌道上、高度約三十六万キロメートルまでは自力で移動する必要がある。

二代目葛葉狂死に頭上を抑えられているという状況で三十五万キロメートルの移動を行うというのは絶望的である。

しかし、葦原の中つ国が利用できるヤタガラスは外国の勢力よりもずっとましな状態だった。

なぜならほとんどの外国勢力は空から降る隕石と槍での狙撃で一方的に破壊された。ぜいたくは言えなかった。

そうなって三十六万キロメートルの旅路に向かうヤタガラスたちであるが、やる気で満ちていた。それだけにととまらず徐々に勢いを上げていった。

螺旋階段をゆっくりと昇っていた超力超神は早歩きから駆け足に、駆け足から全力疾走に入る。

それに負けずと炉心を回転させて速度をガンガンあげてナグルファルが追いかけた。

目指すのは螺旋階段の終着点、日本の上空高度一万キロメートルに接続された巨大な門。

一万キロメートルの螺旋階段を発射台として、一気に駆け抜ける計画であった。しかし、問題があった。葦原の中つ国と現世を繋いだ結果、二代目葛葉狂死に察知された。

既に、高度三十六万キロメートルから二代目葛葉狂死が乗る霊的決戦兵器が弾丸の発射準備に入っている。門を潜ったその瞬間に狙撃して終わらせるつもりであった。

 超力超神とナグルファルが加速を初めて数秒後衛星軌道上から二代目葛葉狂死が狙撃を行った、この時に行われた二代目葛葉狂死の狙撃とヤタガラスの対応について書いていく。

それは超力超神とナグルファルが加速を初めて約十五秒後のことである。現世、日本の上空一万キロメートルのところに超力超神が姿を現した。

短距離走のランナーのようなフォームで空を駆けあがっていた。また巨大な蒸気機関の門を潜り抜けてきた超力超神は無防備であった。

まったく警戒せずに、移動にのみ力を注いでいた。そうして現れた超力超神めがけて高度三十六万キロメートルから二代目葛葉狂死の駆る霊的決戦兵器が狙撃を行った。

かつて須賀京太郎を撃ち落としたように、槍を創りだして思い切り打ち込んできた。また一発では済まなかった。

一発目が着弾する前に二発目が発射され、二発目が着弾する前に三発目が、という調子で次々に槍を撃ち込んだ。

一発目が着弾するまでにかかった時間は三秒。この間に打ち込んだ弾丸の数、千五百発。見事な速射と精度だった。

撃ち込まれた側の超力超神だが、一切の防御を行わなかった。迫る槍の雨の中を短距離走のランナーのように華麗なフォームで駆け抜けていった。

二代目葛葉狂死の狙撃を防いだのは霊的決戦兵器「酒天」である。二代目葛葉狂死が攻撃を仕掛けてきたと察し、速やかに四肢を用いて迎撃を行った。

撃ち込まれた弾丸のすべてを砕いて、無力化したのである。回避するという選択肢はなかった。二代目葛葉狂死の槍は砕かなければ何度でも襲ってくると学習していた。

ショートカットのオロチが同乗していることで「酒天」にエネルギー切れの心配はない。桁外れの弾丸も余裕を持って打ち砕けた。

小回りの利かない超力超神とナグルファルである。二十メートル級の「酒天」の存在は大きかった。

 そうして日本の上空一万キロメートルで超音速の攻防が行われた後二代目葛葉狂死が大きく状況を変化させた、この時に引き起こされた変化について書いていく。

それはすべての槍が砕かれて一秒後のことである。衛星軌道上に陣取っている二代目葛葉狂死の攻撃がぴたりと止まった。

今まで雨のように降っていた槍が完全に止んだ。そしてその直後であった。日本の衛星軌道上で膨大なマグネタイト反応が生まれた。この次の瞬間である。

全世界の衛星軌道上でマグネタイト反応が発生した。一番大きな反応は日本の衛星軌道上だったが、ほとんど誤差のような状態であった。

この時にもしも空を見上げることができたのならば、地球の空を埋め尽くす大量の花々を発見できただろう。

色とりどりの花達が美しいものも醜いものも異形のものも集まって花畑を創っているのが見えたはずだ。

しかし、この奇妙な光景を体験できた人間はほとんどいない。

なぜなら、全世界の衛星軌道上でマグネタイト反応が発生した瞬間ほとんどの人間の意識が天江衣の「支配」によって制御されたからである。

幸いヤタガラスたちのほとんどがこの光景を体験する機会に恵まれた。ただ、恐ろしいと思うものが多かった。予兆にしか思えなかった。

二代目葛葉狂死が創る天国の予兆である。そしてこの予想は正しかった。地球の衛星軌道上が花畑で埋め尽くされた後、大量の天使たちが現れたのだ。

しかしアンヘルのような親しみやすさはない。人のシルエットをかろうじて残しているだけの異形の集まり、いわゆる悪魔人間たちの軍勢だった。

老若男女関係なしに集まって、自信ありげに笑っていた。また興奮しているものばかりで、いかにも狂戦士といった仕上がりである。

地上からでも観測できる程度の大軍で、絶望的な光景だった。そんな悪魔人間たちの中に全長六メートルクラスの霊的決戦兵器がちらほらと見えた。

しかしずいぶん数が少なかった。十体といったところで、肩身が狭そうに見えた。そうして地球の状況と戦場の様子が変化した後、二代目葛葉狂死は姿を消した。無数の軍勢の影に隠れて見えなくなった


 二代目葛葉狂死が姿を消した直後衛星軌道上の狂戦士たちが雄たけびを上げた、この時に行われた雄叫びの被害と返答について書いていく。

それは二代目葛葉狂死の乗る霊的決戦兵器がどこかへと姿を消す直前のことである。

超力超神とナグルファル、そして「酒天」は高度三十六万キロメートル地点を目指して駆けていた。まったく迷いがなかった。

地球の状況が激変している事にも無数の軍然にも気づいていたが、全く関係なしに空を駆けた。二代目葛葉狂死を始末するという目的があるのだ。

いちいち地球の変化に構っていられなかった。既に高度三万キロメートルまで来ているのだ、地球の様子が変わった程度で足は止まらない。

数秒迷うだけで数万キロ無駄になるのだ。突っ走るだけだった。そうしてためらわないヤタガラスたちが駆けあがってくると無数の狂戦士たちが一斉に大声を出した。

雄叫びである。同時に全員が腹の底から叫んでいた。無数の軍勢が全身全霊を込めて叫ぶと強烈な衝撃波が生まれた。

衝撃波はゆっくりとヤタガラスたちに迫ってきた。衛星軌道上にあるごみを巻き込みながら迫ってくる衝撃波は壁のように見えた。

これに対応したのは霊的決戦兵器「酒天」とナグルファルだった。攻撃が来たと察した「酒天」はナグルファルの甲板に着地した。

そして着地と同時に集中を開始して、限界まで魔力を練り上げた。

そうしてあと数秒でゴミを伴った衝撃波が着弾する状況になって、霊的決戦兵器「酒天」が魔法を撃ち込んだ。それは稲妻の魔法「ジオダイン」である。

しかしずいぶん変わった稲妻だった。稲妻の獣たちを従えていたのだ。従っていた稲妻の獣は狼、牡牛、蛇である。

超力超神を一飲みにできそうな狼、世界樹を絞め殺せる蛇、大群を押しつぶせる牡牛は恐ろしかった。

稲妻とともに現れた獣たちは込められた魔力が消えるその時まで悪魔人間たちを喰い続けた。衛星軌道上を埋め尽くしていた軍勢に大きな穴が開いた。

しかし霊的決戦兵器「酒天」の攻撃の後、悪魔人間たちは次なる攻撃の準備を始めた。まったく顔色一つ変えずに、狂戦士のふるまいを崩していなかった。

少なくない被害が出たのが、全く気にしていない。それもそのはず、喰われた戦友たちは復活すると知っていた。死なないとわかっているのだ。

まったく恐れはない。恐れがあるとすればただ一つである。二代目葛葉狂死の命令に背くことである。

 再生する無数の狂戦士たちがやる気を見せた時ヤタガラス達は高度十万キロメートルに到達していた、この時の霊的決戦兵器「酒天」とヤタガラス達について書いていく。

それは「酒天」の放った稲妻で衛星軌道上に展開している狂戦士の群れに穴が開いた少し後のことである。ヤタガラス達は順調に高度を上げていた。

既に高度十万キロメートル。

葦原の中つ国から供給されるエネルギーを頼りにして全力疾走する超力超神と、ナグルファルは尋常ではない速度で天国への階段を駆け上がっていく。

そんな彼らの一歩前を当たり前のように霊的決戦兵器「酒天」が駆けていた。

全長二十メートルクラスの霊的決戦兵器「酒天」であるけれど、その移動速度は超力超神とナグルファルよりも一段階上を行っていた。

それこそ背後の超力超神とナグルファルを気遣うことができるほどである。この速度の違いはコンセプトの違いである。

霊的「決戦」兵器「酒天」は徹底的に戦いにだけ特化した機体。霊的「国防」兵器超力超神は外敵との戦いと国民保護のための機体である。

追いつけるわけがない。ナグルファルはそもそも戦いに持ち出すものではない。地獄をそのまま船の形に変えているだけでなのだ。

超力超神と「酒天」について行けるだけで十分すぎる。当然移動速度に差が出る。敵の妨害があるというのなら一層差は大きくなる。

そうなって霊的決戦兵器「酒天」は戦友たちを気遣った。そうして気遣った後である。

「酒天」のコックピットで操縦桿を握るショートカットのオロチが大きな声でこう言った。

「『先に行け!』」

このオロチの叫びの後霊的決戦兵器「酒天」は独走態勢に入った。瞬きの間に一万キロメートルを縮め、一秒経過するあたりで高度二十万キロメートル地点に到達した。

超力超神とナグルファルは完全に置いてけぼりになっていたが、パイロットの須賀京太郎は振り返らなかった。オロチの叫びは超力超神内部で起きた叫びと判断した。

現在討伐隊が乗る超力超神はオロチの触角と化している。そのためすんなりと討伐隊の意思を確認できた。

 霊的決戦兵器「酒天」が二十万キロメートルに到達した時衛星軌道上で歌が流れ始めた、この時に流れてきた歌の効果とヤタガラスたちの対応について書いていく。

それは霊的決戦兵器「酒天」が独走態勢に入り、あと数秒で天国に到達するという時の出来事である。衛星軌道上で歌うものがいた。歌は合唱であった。

十人二十人という単位ではない、数万、数千、数億の単位で声が重なっていた。まったく美しい音色ではない。

声はまったく調和せず、不気味な音楽になっている。また詩らしいものも全くなく、リズムだけがあった。このリズムはなかなか気持ちがよかった。

エイトビートで落ち着く。しかし、これに大量の声が合わさると完全にホラーだった。

この不気味な歌が聞こえてくると衛星軌道上に幻影が現れるようになった。それはいかにも天国といった風景である。

酒池肉林から平穏な生活までがコロコロと幻影となって表れていった。この幻影が現れると狂戦士たちの動きが鈍った。

またナグルファルの速度も若干落ちた。しかし霊的決戦兵器「酒天」と超力超神は勢いを保ったまま、それどころか加速していた。

この差は、もちろん幻影のせいである。衛星軌道上に現れた天国の幻影、みる者の心に潜んでいるどうしようもない天国への渇望が心に作用したのだ。

いかに狂戦士であったとしても亡霊の群れだったとしても天国への渇望には逆らえなかった。そんな中で一層加速した者たちは振り切った者たちであった。

超力超神を駆る者たちは精神的動揺を誘う策略だと見破り、幻影を弾き飛ばした。「酒天」に乗る男は

「未練だ」

といって自分を笑い、成すべきことを成すために天国の階段を上り切った。

 天国の幻影を振り切った直後二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いが始まった、この時に行われた二人の戦いについて書いていく。

それは日常への未練を須賀京太郎が振り切った直後のことである。宇宙に向かって根を張る巨大な樹から大量の槍が降ってきた。

大量の槍はことごとく一撃必殺を狙っていた。

大量の槍は雨と表現するのがふさわしい密度で迫り、周囲に展開している狂戦士たちを気にせずに放たれていた。

打ち込んできたのは巨大な樹の根っこに立つ鎧武者風の霊的決戦兵器である。乗り込んでいるのは二代目葛葉狂死。

天国を創り上げる大仕事の最高の障害を排除するつもりである。迎え撃つのは霊的決戦兵器「酒天」である。

雨のように降ってくる大量の槍を前にしても動じることはない。それどころか、ここまでの苦難を力に変えて、禍々しいオーラを放ってみせた。

こうして衛星軌道上で出会った巨大な鎧武者二体だが、誰がパイロットなのか確信があった。

名乗らずとも機体に現れる微妙な肉体の動きで、二代目葛葉狂死であると、須賀京太郎であると理解できたのだった。

そうしてお互いが確信を得た時、雨のように降る槍の中を霊的決戦兵器「酒天」が駆け抜けていった。自殺志願者ではない。

隙間がない弾幕をロキと共に放つ

「ラグナロク」

の火の膜によって突破していった。この時の霊的決戦兵器「酒天」は美しかった。白い火の輝きは太陽のようで、何時までも見ていたかった。

そうして輝く「酒天」は槍の雨を突破し、いよいよ二代目葛葉狂死の目の前に現れた。

そうして二代目葛葉狂死の前に現れた「酒天」須賀京太郎は即座に抱きしめにかかった。槍の雨を突破した勢いのままをそのままに使っての抱擁である。

つまりタックルであった。二代目葛葉狂死は回避行動をとっていた。しかし避けられなかった。

高度三十六万キロメートルを駆け抜けるにあたって勢いをつけてきた須賀京太郎である。

槍の雨を降らすためにどっしり構えていた二代目葛葉狂死が慌てて回避したところでどうにもならなかった。

そうして抱き着いた瞬間に二代目葛葉狂死の乗る機体に火が燃え移った。燃え移った弱弱しい火は尋常ならざる世界終焉の火「ラグナロク」である。

オロチのエネルギーサポートがある今「ラグナロク」に制限はない。勝利は間違いなかった。と、その時だった。

敗北不可避と覚った二代目葛葉狂死がコックピットから脱出した。瞬間移動でもってあっさりとこの危機を切り抜けて、姿を消したのだ。

二代目葛葉狂死が脱出したと須賀京太郎はすぐに気付いた。抱きしめている霊的決戦兵器の力が失われたからである。

この時須賀京太郎は判断を一瞬だけ誤った。二代目葛葉狂死が居なくなった時

「どこへ行った?」

と考えたのである。一秒にも満たないこの思考は、普段なら足を引っ張るものではない。追跡者としては当然の思考である。

しかしこの追跡者としての本能が与えたほんの一瞬の隙間は二代目葛葉狂死にとって絶好のチャンスになった。

「当たればもうけもの」

程度の発想で用意した仕掛けを発動させたのだ。具体的には二代目葛葉狂死の霊的決戦兵器が爆散したのである。この爆発は火薬を使ったものではなかった。

決戦場にあった世界樹が爆発した原理と同じ、

「『初代』葛葉狂死」

が好んで使った技術それを二代目葛葉狂死は霊的決戦兵器で再現してみせた。

そうして至近距離で爆発を喰らった「酒天」は両手を全損、胸部装甲の八割を失っていた。

かろうじて両足と頭部が残っていたが、まともに戦える状態ではなかった。


完全に「酒天」が壊れていないのは、須賀京太郎がぎりぎりで回避行動を行ったためである。しかし爆発半径から逃れるためには時間が足りなかった。

このようにして二代目葛葉狂死の霊的決戦兵器と須賀京太郎の駆る「酒天」は相打った。

 衛星軌道上で大爆発が起きた直後宇宙に根を張る巨大な樹が奇妙な動きを見せた、この時の巨大な樹のふるまいについて書いていく。

それは霊的決戦兵器二体が相打った直後のことである。宇宙に根を張っている巨大な樹が突如として震え始めた。

そして震え始めると樹の樹皮がぼろぼろと崩れ始めた。そうして樹皮が崩れ始めるといよいよ木の形を保てなくなってしまった。

この光景を見て超力超神とナグルファルは二代目葛葉狂死を須賀京太郎が始末したのだと思った。

どう見ても崩壊しているようにしか見えず、作戦の根幹を担っている二代目葛葉狂死が撃たれたと考えればおかしな光景ではなかった。

ただ、すぐにその考えは否定された。考えている間に宇宙に根を張る樹から巨大な老婆のミイラが這い出してきたのだ。

巨大な老婆のミイラは全長五百メートルほど。生前の面影をミイラから察するのは難しかった。

そうして巨大な樹から生まれた老婆のミイラは速やかに両手を虚空に掲げた。するとミイラの両手に大きな白い皿が生まれた。

大きな白い皿は陶器のような質感と「まっしゅろしゅろすけ」とそっくりな雰囲気があった。

そうして巨大な皿が掲げられると全世界からマグネタイトの収奪が始まった。人工衛星と携帯電話を使ってのマグネタイト収奪である。

本来なら不可能であるが、老婆のミイラに組み込まれている天江衣の異能力が可能にしていた。

すると巨大な白い皿の上に大量のマグネタイトが恐ろしい勢いで集まってきた。人工衛星を通じて全人類から奪い取るマグネタイト量は一秒間に八十億近い。

八十億のエネルギーとなるとヨーロッパの退魔組織が一か月に使うエネルギーとほぼ同値であるから、とんでもない状況であった。

しかし何よりもとんでもないのは、膨大なエネルギーを完全に受けきる老婆のミイラの真っ白な皿である。

 巨大な老婆のミイラが収奪を初めた直後超力超神が奇妙な行動をとりはじめた、この時に超力超神が行った奇妙なふるまいについて書いていく。

それは巨大な老婆のミイラが大量のマグネタイトを白い皿の上に集め始めた時である。

須賀京太郎からやや遅れて現場に到着した超力超神が廃棄された巨大な樹めがけて飛び込んでいった。躊躇いは見えなかった。救出に向かったのだ。

本当ならば巨大な老婆のミイラを何としても破壊するべきである。なぜなら明らかに怪しい行動をとっている上に、大量のマグネタイトを用意している。

なにかあると考えて潰しにかかるのが正しい行為である。しかし超力超神はためらいもなく廃棄された巨大な樹に飛び込んでいった。

なぜなら廃棄された巨大な樹の中に大量の人形が見えたからである。これを見てしまうと、いてもたってもいられなくなった。

人形化されているだろう家族の扱いでギリギリまで揉めたヤタガラス達である。二代目葛葉狂死がいないこの状況ならば、救助を優先するのは当然だ。

超力超神に乗る退魔士たちは世界よりも国家、国家よりも家族が大事だった。

 人形化されている国民たちの救助に超力超神が向かった時ナグルファルの腹に二代目葛葉狂死が穴を開けていた、この時に二代目葛葉狂死によってもたらされた被害について書いていく。

それは人形化されている国民たちの救助に超力超神が入った瞬間である。高度三十六万キロメートルに到着したナグルファルの横っ腹に穴が開いた。

穴の大きさは三メートルほどで、綺麗な円になっていた。穴をあけたのは霊的決戦兵器を放棄した二代目葛葉狂死である。

高度三十六万キロメートルにあって完全に生身のまま、剣を使って侵入を試みていた。二代目葛葉狂死の侵入だが気付いたものは一人もいなかった。

ナグルファルの所有者であるヘルもまとめ役たちも穴をあけられたことにすら気づいていない。

これは二代目葛葉狂死の卓越した技量のためとしか言いようがない。そうして侵入してきた二代目葛葉狂死は迷いなく孫娘の下へ向かった。

地獄そのもののナグルファルであるが、全く迷う様子がなかった。白骨の大地を駆け抜けて隠された部屋を見つけた。血を分けた孫娘である。

マグネタイトの匂いを追えた。そうして一気に駆け抜けた二代目葛葉狂死は侵入から数秒後、姉帯豊音が隠れている秘密の部屋に到着した。

そしてノックもせずに部屋に入ってきた。ノックもなしに部屋に入ってきた二代目葛葉狂死は椅子に座って未来を抱いている姉帯豊音を見つけた。

この時、二代目葛葉狂死に姉帯豊音が鋭い目を向けていた。二代目葛葉狂死の接近に気づいていた。

接近してくる血縁の香りを予感としてとらえ、行動していた。秘密の部屋にいる者たちに纏わりつかせている「まっしゅろしゅろすけ」が証拠である。

この真っ白な蒸気に満ちた部屋を見て二代目葛葉狂死がこう言った。


「さぁ、迎えに来たぞ豊音ちゃん。

 須賀君に迷惑をかけるのはやめて、お家に帰る時間だ……おじいちゃんに『脅し文句』を言わせないでくれよ」

二代目葛葉狂死が優しく語りかけた時であった、十四代目葛葉ライドウが天井をぶち抜いて奇襲を仕掛けてきた。

退魔刀・陰陽葛葉を抜き放って四体同時召喚を維持して現れた。ほぼ完璧な十四代目葛葉ライドウの奇襲であった。

仲魔たちの連係も完璧で文句のつけようがない。しかし阻まれた。奇襲を防いだ二代目葛葉狂死がこう言った。

「すまんな十四代目……私はもう人をやめている」

そうして姉帯豊音と未来が二代目葛葉狂死に連れ去られた。

幸い死者は出なかった。しかし十四代目葛葉ライドウの陰陽葛葉がたたき折られ、装備のいくつかが壊れた。

十四代目葛葉ライドウと二代目葛葉狂死の戦いから得られた情報は三人のオロチが討伐隊と「酒天」に伝えた。伝えた情報は

「二代目葛葉狂死が若返りを果たしている」

という情報、そして

「桁外れのマグネタイトの供給を受けている」

という情報そして

「姉帯豊音と未来がさらわれた」

という情報である。

 ナグルファルから姉帯豊音と未来がさらわれた後二代目葛葉狂死は姉帯豊音と未来を天国の中心に運び込んでいた、この時の二代目葛葉狂死と姉帯豊音の様子について書いていく。

それは二代目葛葉狂死がナグルファルに侵入して一分後のことである。

巨大なミイラの老婆の掲げる白い皿の中心部へ向かう道に二代目葛葉狂死と姉帯豊音と未来がいた。

二十代あたりまで若返った二代目葛葉狂死が姉帯豊音と未来を抱えて走っていた。お姫様抱っこの形で姉帯豊音を運び、姉帯豊音が未来を抱える形であった。

目指しているのは真っ白い皿の中心部、大量のマグネタイトが集まる天国の中心である。この時の二代目葛葉狂死はかなりゆっくり走っていた。

マラソンランナー程度の速度である。これは孫娘に配慮した結果だ。未来に対しては「まっしゅろしゅろすけ」が展開されているのだが、姉帯豊音は生身のままである。

本来なら加護を展開するべきだ。しかし姉帯豊音は命がけで足を引っ張っていた。

「加護を展開しなければおじいちゃんは私のためにゆっくり走る」

と見抜いていた。時間稼ぎだ。一秒でも稼げば逆転の可能性がある。なぜなら一秒あれば上級悪魔の群れを一掃できる須賀京太郎がいる。

十四代目葛葉ライドウたちもいる。瞬間を稼ぐことは無駄ではないと確信していた。ただ、そんな孫娘の考えを二代目葛葉狂死は見抜いていた。

そのため孫娘とその娘を抱えて走る二代目葛葉狂死は楽しげだった。流石自分の血を引く可愛い孫だと思った。賢く強く育ってくれてうれしかった。

そうして駆け抜けていく二代目葛葉狂死に姉帯豊音が叫んだ。こう言っていた。


「おじいちゃん! 今からでも遅くないからこんなことはやめて!」

本心からの言葉である。自分の祖父がとんでもない被害を生んだことは理解している。しかしまだ家族の命が大切だった。心のどこかで

「どうにか丸くおさまるのではないか?」

と考えていた。そんな孫娘に対して二代目葛葉狂死はこういった。

「いいや、もう遅い。私の計画は『あと少し』で完成する。

 悪いがね豊音ちゃん、私はあきらめないんだ」

すると姉帯豊音がこう言った。

「意味が分からないよ! 全部説明してよ!」

これに対して二代目葛葉狂死はこういった。

「豊音ちゃんは私が『天国を創りたがっている』と信じてくれたらいい。天国のためだけに全人類を犠牲にしようとした狂人だと思ってくれたらいいよ」

すると姉帯豊音がこう言った。

「だからそれだけじゃわからないって言ってるの!」

姉帯豊音はかなり大きな声を出していた。大きな声を出すものだから未来が泣き出した。そうすると二代目葛葉狂死の勢いが徐々に弱まっていった。

そしてついに歩き出した。そうすると姉帯豊音は少し戸惑った。そしてこういった。

「おじいちゃん? 考え直してくれるの……?」

これに対して二代目葛葉狂死が答えた。

「いいや。目的地に到着したってだけのことさ……そして待たせて申し訳ない須賀君」

既に孫娘を見ていなかった。そしてとうの孫娘も祖父を見なかった。真っ白い世界の中心に須賀京太郎がいたのだ。しかもたった一人で。

しかし視線を独占したのは一人で現れたからではない。須賀京太郎が放つ空気が変わっていた。禍々しいオーラが鳴りを潜めていた。刺々しさもない。

静かで穏やかな空気だけがある。二代目葛葉狂死も姉帯豊音も知らない須賀京太郎だった。孫娘と祖父は初めて見る須賀京太郎に驚いたのだ。

 二代目葛葉狂死と姉帯豊音が驚いている時須賀京太郎は成り行きを待った、この時の須賀京太郎の様子と変化の理由について書いていく。

それは二代目葛葉狂死と姉帯豊音が須賀京太郎の変化に驚いている時のことである。二代目葛葉狂死と姉帯豊音を眺めていた。

自然体で立ったままで、全く動こうとしなかった。集中も全く行わずに、ただいつも通りに立っているだけである。また、流れ出す空気も静かで穏やか。

全く戦いに臨む態度ではない。しかしこれでよかった。すでに準備は完了している。先に進む覚悟もできている。

というのが姉帯豊音と未来がさらわれた時に隠れていた自分の一面を須賀京太郎は見た。といって重大な側面ではない。

須賀京太郎が見た自分の側面とは破壊者としての側面である。オロチの報告を聞いた須賀京太郎はこう思ったのだ。

「あぁ、奪われたか。となると姉帯さんと未来が盾に使われるかもしれない。

 しかし今の俺を止められるとでも?」

オロチの報告を聞いて即座に頭に浮かんだ考えであった。この考えが浮かんだ時姉帯豊音と未来が守護者としての須賀京太郎を

「与えてくれていた」

のだと気付いた。二人がいてくれたから守護者として退魔士としてふるまえたのだと確信できた。そして確信によって自身の性根が破壊者であると気付いた。

気づけばすべてがかみ合った。すると荒ぶる魂は穏やかになった。自分の正体を知ったからだ。

そうなって二代目葛葉狂死の前に立ったとしてもあわてる必要がない。やるべきことが目の前にある。自分の正体も知った。ぶれはない。

自分自身を享受して正義に殉じるだけである。


 二代目葛葉狂死が姉帯豊音と未来を連れて現れた後須賀京太郎が口を開いた、この時に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が行った会話について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が姉帯豊音と未来を連れて中枢部に到着してすぐのことである。

非常に穏やかな空気をまとった須賀京太郎が二代目葛葉狂死に話しかけてきた。

「遅かったな……」

雰囲気も口調も穏やかである。恐ろしい魔人であるなどとはだれも思わないだろう。しかし目が笑っていなかった。

そんな須賀京太郎に対して二代目葛葉狂死が答えた。

「豊音ちゃんを迎えに行っていた。

 そんなに怒るな。天国の時は近いんだ、今はこの幸運に感謝しよう。

 このシギュンの杯の上に『王』はたった二人。世界中の実力者たちもヤタガラスの実力者たちも、時間内に到達できなかった。

 見るがいい。大慈悲の加護を手に入れてシギュンの杯は『宇宙卵』の生成に入った」

二人が向き合っている間に巨大な老婆のミイラ・シギュンの持つ皿の上に三十メートルクラスの卵が生まれようとしていた。

卵の殻から発するオーラは間違いなく「まっしゅろしゅろすけ」のオーラである。そうして卵の殻が生まれると二代目葛葉狂死がこう言った。

「生贄を用意しよう。

 新しい世界のために価値あるものを捧げよう」

すると卵の殻の内側に三つの十字架が現れた。三つの十字架には三人の少女が磔にされていた。一人は天江衣。一人は神代小蒔、もう一人は石戸霞である。

三人はまったく意識がなかった。ただ生きているのはわかる。夢を見ている時のように眼球が激しく動いていた。

三つの十字架と三人の少女が現れると須賀京太郎が鼻で笑った。そしてこういった。

「人質のつもりか?」

すると二代目葛葉狂死が首を横に振った。そしてこういった。

「まさか。

 須賀君を脅すのなら豊音ちゃんとこの赤ちゃんを使うさ。

あれだけ厳重に守ってくれていたんだ、豊音ちゃんたちを傷つけるといえば、間違いなく君は屈するだろう」

すると須賀京太郎が鼻で笑った。

「俺より先にあんたが音を上げる。

 覚えているぞ、初めて出会った時のことを。

 姉帯さんのボディーガードだって言っているのに、本気で殺しに来てたよな?

 そんなに悪い虫に見えたか?」

すると二代目葛葉狂死が笑った。そしてこういった。

「当たり前だろう、私からすれば世の男なんぞすべて狼だ。

豊音ちゃんを視界にとらえることさえ罪深い……まぁ、豊音ちゃんを脅しに使うつもりなんて初めからない。

 心配せずとも直接殺してやろう。若返った今、力は全盛期を遥かに超えている」

続けて真面目中をしてこう言った。

「『ヤタガラス序列第二位 浄階特級退魔士 二代目葛葉狂死』

 魔人・須賀京太郎よ。闇の中で生まれた魔人よ。地獄で育んだその力私に見せてくれ」

このように語ると二代目葛葉狂死は姉帯豊音を下ろした。久しぶりに地面に着地した姉帯豊音は魔人と祖父を交互に見つめた。未来を抱く腕に力がこもった。

同時に姉帯豊音の顔が大きくゆがんだ。

「死んでほしくない」

と思ったのだ。当たり前の考えだが、これが彼女の心を暗くした。何せ、この期に及んで祖父の心配をしているのだから。

そんな姉帯豊音を見て須賀京太郎が笑った。姉帯豊音が祖父を心配しているのが良くわかったからである。分かったけれど悪い気はしなかった。

むしろ良いと思った。家族愛が強いこと、簡単にぶれない心は美しい。そして一切の結末に納得してから須賀京太郎はこういった。


「『ヤタガラス序列第六位 龍門渕支部所属 三級退魔士 須賀京太郎』

 姉帯さんと娘を返してもらう」

宇宙卵の中で名乗り合った二人はじっと相手を見つめあった。不思議なことで二人とも静かな雰囲気だった。

これから殺し合いをする二人には見えず、年の離れた友人のように見えた。この二人を見て姉帯豊音は日常に帰りたいと願った。

祖父・二代目葛葉狂死も失わず須賀京太郎も失わずに日常へ帰りたい。それだけが彼女の願いであった。

 宇宙卵が生まれた直後二代目葛葉狂死と須賀京太郎の戦いが始まった、この時に行われた一瞬の戦いについて書いていく。

それはお互いが名乗りあった直後、姉帯豊音が瞬きをする間の出来事である。二人の戦いは初手「変身」から始まった。

このとき二人はほぼ同時に戦闘特化の形、悪魔の姿へと変化していた。そして現れた異形が二体。異形の怪物と白い鎧武者である。

身長二メートル三十センチほどの鎧武者は二代目葛葉狂死。剣を携えていた。頭からつま先まで生体装甲によって包まれた姿は異形。

しかし白と青を基調にしているため神聖な印象があった。対峙する怪物は魔人須賀京太郎である。

変身と共に白い火をまとう身長三メートルの異形へと変化を遂げた。牡牛の頭蓋の兜に蛇の背骨。狼の両足に太い腕。

黒と銀を基調にした生体装甲で身を包んでいる。まさしく悪魔、魔人といったところ。徹底的に無駄を省いたその肉体は日本刀が放つ妖しい美しさがあった。

また肉体を包む白い火が一層神秘的に見せた。そうして自分自身を戦闘に特化した形に変えた二人は、同時に攻撃を仕掛けた。

攻撃を見ることも待つこともなかった。戦術も一切練っていない。らしくない二人である。

しかしこれはお互いの技量が一撃必殺を可能にしていると見破った結果である。

戦術を練る時間さえ命取りになると理解して、即座に早打ち勝負に入ったのだ。と、早打ち対決となって先に攻撃を成功させたのは二代目葛葉狂死であった。

静止した世界で、二代目葛葉狂死が抜刀した剣が須賀京太郎の右腕に一足先に到達していた。剣を持つ分だけリーチで勝ったのがきいていた。

しかし攻撃が到達してもなお、須賀京太郎は止まらなかった。それどころかさらに一歩踏み込んで見せた。

二代目葛葉狂死が剣を持っていると須賀京太郎は知っている。剣の切れ味も効果も体験している。となって積み重ねた経験と本能が活路を前に見出した。

須賀京太郎は自分の本能に従って先に進んだ。本能に従い無茶な踏込を行った須賀京太郎だが迷いはない。星に殉じる覚悟が迷いを切り裂いていた。

そして斬撃を受けつつ懐に踏み込むと同時に左腕で腹部へ一撃を見舞った。心技体が一体になった完璧な一撃だった。

この腹部への一撃で二代目葛葉狂死の肉体のほとんどが消滅した。腹部はもちろん消滅、下半身も吹っ飛んだ。無事なのは胸から上だけである。

しかし須賀京太郎も無事では済まなかった。右腕は肩ごともぎ取られ、衝撃で内臓の位置が変わり、頭蓋骨に亀裂が入り、脳みそが揺れた。白い火も失せた。

しかし立っていた。これが瞬きの間に起きたすべてである。結果は須賀京太郎の勝利、二代目葛葉狂死の敗北である。

しかし勝敗が決しても二代目葛葉狂死と須賀京太郎は生きていた。だが、二人とも時間の問題だった。

二代目葛葉狂死も須賀京太郎も肉体が大きく損傷している。その上、血液が流れ出している。数分の間に死ぬだろう。

 二代目葛葉狂死と須賀京太郎の血で真っ白な世界が汚れた後姉帯豊音が大慌てで二人の手当てを始めた、この時に二代目葛葉狂死が須賀京太郎に語った内容について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が血の池でおぼれている時のことである。未来を背負った姉帯豊音が手当のために動き出していた。アンヘルとソックから

「もしものときの医療キット」

と言って渡された異次元医療キットを展開して二人の命を助けようとした。血の気が失せていたが、頭はしっかり働いていた。こうなるとわかっていたのだ。

あらかじめ覚悟があればどうにかなった。また、二人とも生きている。生きているとわかれば頑張る理由になった。

この時一番に向かったのは祖父・二代目葛葉狂死だった。一番状況が悪かったからだ。

右腕を奪われているだけの須賀京太郎はどうにかなりそうだったから、後回しである。

そうして何とか手当をしようと試みている間に、二代目葛葉狂死がこう言った。

「いやぁ、強い強い。前にあった時よりも強くなっていやがる」

すると右腕を綺麗に失っている須賀京太郎がこういった。

「これで終わりだな……大人しく諦めてくれよ」

すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「敗北は認めるよ。十字架にかけた娘たちを解放してやろう」


そうしていると十字架にかけられていた三人の少女が解放された。十字架がパッと消えたのだ。丁寧な仕事ではなかった。

すると放り出された衝撃で少女たちが目を覚ました。十字架からの解放が結構な勢いだったので天江衣は思いきり額を撃っていた。

神代小蒔と石戸霞は頭ではなく首を抑えていた。放り出された時胸が一番に当たり首に衝撃が行ったのだ。

そして目を覚ました少女たちを見て須賀京太郎が笑った。元気そうで何よりだった。

目を覚ました天江衣は何が起きたのかさっぱりわかっていない様子だった。状況確認を行って、なんとか把握しようと努めている。

そんな中ですぐに須賀京太郎たちの下へ駆け寄ってくる少女がいた。笑顔の石戸霞である。次に動いたのが神代小蒔であった。

笑顔の石戸霞を必死で追いかけていた。必死の形相で走っていたがいかんせん足が遅かった。最後に天江衣が困惑した表情で動き出した。

何が起きているのかさっぱりわかっていなかった。ただ、須賀京太郎の姿を見て、周囲を警戒しつつ近寄ってきていた。

須賀京太郎がぼろぼろになっているのだ。なにかあると考えるのが自然で、駆け寄るのは無謀な行為だった。

そうして三者三様の行動を見せる少女たちを見て二代目葛葉狂死がこう言った。

「残念だ……天国を須賀君に見せてやれない」


すると二代目葛葉狂死を見て須賀京太郎が小さく笑った。この期に及んで余裕ぶっている老人が面白かった。この時だった。

神代小蒔が大きな声でこう言った。

「京太郎ちゃん! 避けて!」

神代小蒔に反応して振り返った時、須賀京太郎の目の前に笑顔の石戸霞がいた。そして棒立ちの須賀京太郎は押し倒された。

思い切り押し倒されたので須賀京太郎の肉体から血液があふれた。しかし笑顔の石戸霞は気にしなかった。押し倒したままで動かない。

この直後須賀京太郎に覆いかぶさる石戸霞を姉帯豊音が引きはがした。石戸霞を引きはがす姉帯豊音は鬼の形相であった。

眉間にしわが寄って赤い目が爛々と輝いている。未来が見たら泣き出すだろう。しかしそれも致し方ないこと。

須賀京太郎が石戸霞に腹を串刺しにされたのだ。二代目葛葉狂死の剣が凶器だった。


 須賀京太郎が串刺しにされた直後宇宙卵に変化が起きた、この時に二代目葛葉狂死が語った内容について書いていく。

それは笑顔の石戸霞が須賀京太郎を串刺しにした後のことである。二代目葛葉狂死の肉体が完全に崩壊した。

若返った肉体がぼろぼろと崩れ落ちてマグネタイトの粒になって消えた。

そうして二代目葛葉狂死の肉体がマグネタイトの粒になって消えると、卵の内側に飛び散っていた大量の血液がマグネタイトに変換された。

これは現在進行形で流れ出している須賀京太郎の血液も同じである。

あふれ出した瞬間からマグネタイトへ変換されて、恐ろしい勢いでエネルギーが失せていく。切断された右腕は既にミイラ化してカラカラであった。

この状況になって姉帯豊音は須賀京太郎をしっかりと抱きしめていた。血液が何者かに奪われていくと察して「まっしゅろしゅろすけ」でもって包んだ。

しかし、負傷自体が非常に重く、長くもたないのは明らかであった。須賀京太郎を姉帯豊音が守っていると息を切らせて神代小蒔と天江衣が到着した。

高々五十メートルほどの距離だったはずだが、神代小蒔は汗びっしょりになっていた。そんな神代小蒔はこんなことを言った。


「はぁ、はぁ、はぁ……鈍りすぎだわこの子……はぁ、はぁ、マジで運動不足……えっ、なにこれ……京太郎ちゃんは……大丈夫そう?」

息切れが激しい神代小蒔に姉帯豊音は首を横に振ってこたえた。そんな時である。何処からともなく二代目葛葉狂死の声が聞こえてきた。

二代目葛葉狂死はこういっていた。

「これで天国は完成する。今この時、最高の生贄が誕生し天国に捧げられた。

 礼を言うぞ、智慧の完成者であり実践者であるロキよ、我が孫娘を守る大慈悲の守護者よ。お前たちの存在が私にヒントをくれたのだから。

 制御システムに重要なのは『質』だ。魂の質が重要なのだ。それも純粋な魂の強さが……『私たち』のように初めから強かったのではなく!

 すべての地獄は、戦いはこの時のためにあった。あらゆる犠牲は『蠱毒の王』が生まれるこの瞬間のためにあったのだ。この私、二代目葛葉狂死でさえも。

 さぁ、生贄に選ばれた魔人・須賀京太郎よ。『蠱毒の王』よ。天の座につき衆生を救済し給え」

すると宇宙卵の中が真っ暗になった。しかしすぐに白くなり、白と黒がまじりあって灰色になった。

灰色の中から海が生まれ、ほとんどの灰色が海に飲み込まれた。残った灰色は砂浜に変わり、いつの間にか星空が生まれていた。

須賀京太郎は砂浜に一人残された。「まっしゅろしゅろすけ」の加護も失われ、須賀京太郎はあっという間に新鮮なミイラになった。

そうして須賀京太郎の血がほとんど失われた時天国は完成し、宇宙卵が割れた。

ここまでです。
 
次回最終回とエピローグです。

 用事が終わったので始めます。
 
 最終回とエピローグの後に文章量の都合で削った補足説明(ネタバレと設定)を入れます。

 続編ですが、あと二部の予定です。多分二部あれば行けると思うので。


 高度三十六万キロメートル彼方で宇宙卵が割れた直後人工衛星を通じて全世界に天国が伝播した、この時に宇宙卵から流れ出した天国と天国の作用について書いていく。

それは二代目葛葉狂死の蠱毒計画が完成に至った直後である。宇宙卵のひび割れから別の宇宙が流れだしてきた。

流れ出してきた宇宙は真っ黒な液体に見えた。この真っ黒な液体の中に沢山のあぶくが浮かんでいた。このあぶくの中にたくさんの光が見えた。

沢山の光はすべて太陽で、太陽の周りには星が浮いていた。宇宙卵自体が宇宙よりもずっと小さく弱い。しかし間違いなく新しい世界が流れ出していた。

この流れ出してきた宇宙は人工衛星を利用して地球全体を取り囲んでいった。そしてあっという間に地球を包み隠してしまった。

地球全体が宇宙の膜で包まれると、すべての命が眠りについた。それは深い眠りであった。死んではいない。心臓はしっかりと動いている。呼吸もしている。

しかし深く眠っていた。これは有機物無機物を一切問わない。地球にあるすべての存在が根幹から支配されて、深い夢の世界に旅立っていた。

そうして夢の世界に旅立った者たちは素晴らしい世界を体験することになった。それは苦痛のない世界。それは争いのない世界。平等な世界。

そして酒池肉林で天国としか言いようのない世界。しかし争いも起こり憎しみもまた湧き出す天国であった。

というのがこの夢の世界は見るものによって万華鏡のように姿を変えた。地球を覆う天国が「思想を叶えるための天国」だからだ。

そのため酒池肉林を望む者には酒池肉林が、艱難辛苦を求める者には艱難辛苦が与えられた。またこの夢はあまりにも現実的で夢だと察せない。

なぜなら夢を見ている全存在は天国に接続され、お互いのイメージを助ける役割を果たしているからである。

そのためたとえ自分が知らない知識、現実であっても損なわれることがない。この夢の世界に放り込まれた者たちは現実が素晴らしいものになったと感じ

「この世界が永遠であればいいのに」

と願った。そしてその願いに対して

「わかりました」

と答える神の声があった。神の声は女性のもので優しい声だった。代償として支払ったのは約束だった。

「あなたを傷つけない」

これだけを求められた。そうして数分の間に天国は完璧に近づいていった。人間以外の存在も永遠に続く理想の世界を認めてくれた。ただ、全存在が

「天国と認める。永遠であれ」

と願っても反逆を企てる男がいた。その男は今宇宙卵の中心で干からびている男である。名前を須賀京太郎といった。職業は高校生で退魔士。

夢の世界は三度目である。簡単に心は折れなかった。

 地球全体が天国に同意した後夢の世界を須賀京太郎は一人で歩いていた、この時に須賀京太郎が感じたものと見たものについて書いていく。

それは有機物も無機物も一切関係なく天国に取り込まれてしまった後のことである。金髪の須賀京太郎が荒野を一人で歩いていた。

肌の色もすっかり元通りである。異能力といわず「力」のすべてを奪われた結果であった。しかし、幸い夢の世界である。

何もかも奪われてもなお残る衝動を頼りに自分を動かせた。だが、荒野を歩く須賀京太郎は、自信なさ気に歩いていた。足は動いていたけれど力強さがない。

それもそのはずで、荒野には何の目印もない。また目的もない。すでに結構な時間荒野を一人で歩き回っている須賀京太郎である。

二代目葛葉狂死の天国が完成したのだと悟っている。そして自分が取り込まれてしまった自覚もある。足に力はこもらない。ただ足は止まらなかった。

足を止めることもできるのだが、一度足を止めたら二度と動けなくなるような気がして止まれなかった。二代目葛葉狂死に敵対していた須賀京太郎である。

「罰だろうな」

と考えて笑った。そして変化のない荒野を感覚がおかしくなるほど歩き続けた時、須賀京太郎の心が孤独に支配された。

どうにか荒野を歩いているが、目的などなく

「屈伏して成るものか」

の一念だけで動いた。これが刑罰なら随分残酷な手法だった。心が死に掛けていた。

 須賀京太郎が荒野を一人で歩いている時石戸霞が話しかけてきた、この時に行われた須賀京太郎と石戸霞の会話について書いていく。

それは須賀京太郎が

「終わりがないのはつらいなぁ」

などとブツブツ言いながら歩いている時のことである。須賀京太郎の前に石戸霞が現れた。

荒野を歩く須賀京太郎から少し離れて三メートルほどの所に突如として現れたのである。服装はかつて出会った時と同じく巫女服を着ていた。

そして凶行とは無縁のかわいらしい笑顔を浮かべている。石戸霞が姿を現すと、須賀京太郎は足を止めた。そして曖昧な笑みを浮かべた。

怒っているのか喜んでいるのか怪しい笑顔だった。孤独が原因だ。たった一人で延々と歩き回った経験が心にわずかな隙間を生んでいた。


味方も敵もいない荒野を一人でふらふら歩くのは流石に心を弱くする。構えるべきだった。石戸霞に攻撃されたのを覚えているのだから。

しかし久しぶりに自分以外の誰かと出会えたことで喜んでしまった。無様としか言いようがなかった。

そうして無様な姿をさらした須賀京太郎に優しく石戸霞が話しかけた。彼女はこういっていた。

「天国は気に入りましたか?」

この一言に対して須賀京太郎はこのように答えた。

「いや、全く気に入らない。

 澄んだ空気に足跡のない大地は魅力的だが、退屈すぎる」

言葉が出てきたことさえ奇跡的なかすれ具合であった。久しぶりの会話なのだ。しょうがないことである。すると石戸霞がこう言った。

「そうですか……それは残念です。

 では、どのような天国を望むのですか?」

このように問われて須賀京太郎は少し笑った。捨ててしまった日常が浮かんでいた。未練だった。すると須賀京太郎の答えを待たず、石戸霞がこう言った。

「その『光景』を求めるのですか? すぐに用意します」

すると荒野が失われ、須賀京太郎の故郷の風景が構築された。故郷の街並みが構築され、そこに生きる友人たち知人たちそして家族が現れた。

これを見て須賀京太郎は泣きそうな顔をした。真に迫っていて本物にしか思えなかった。

 故郷の風景が再現された後須賀京太郎の手を引いて石戸霞が町の中を案内した、この時の二人の様子と会話について書いていく。

それは石戸霞によって真に迫った世界が構築された直後のことである。泣きそうな顔をしている須賀京太郎の手を取って石戸霞がこう言った。

「ここがあなたの生きる世界です。貴方が心の底から望んだ、貴方が望む日常がここにあります。

 今はきっと信用できないでしょう。貴方を傷つけ無理やり血を奪ったのですから。

 しかし、信じてもらいたいのです。私たちが創ったのは天国で、あらゆる存在の欲求にこたえるものであると」

すると須賀京太郎は手を振り払おうとした。意味がさっぱりわからない上に、心が叫んでいた。

「これは偽物の世界で、長居していい世界ではない。たとえ滅び去ってしまうとしても最後の最後まで意地を張り続けなければならない」

しかし須賀京太郎は石戸霞を振り払えなかった。力を振り絞っても手も足も出なかった。心が弱くなっていた。何もない荒野を歩き続ける孤独は毒だった。

格好だけでも意地をはれるだけましだった。そんな須賀京太郎が必死になってもがいているのだけれども、石戸霞はニコニコと笑っているだけだった。

須賀京太郎が随分弱くなっているからだ。うれしかった。そしてギュッと手を握った。これから心の底まで天国の虜にするつもりなのだ。

手を離すわけがなかった。そうして優しい笑顔をはりつけたまま、石戸霞は須賀京太郎を引っ張っていった。

引っ張られていく須賀京太郎は必死で抵抗した。しかしまったくどうにもならなかった。ただ、いつまでもあきらめなかった。

須賀京太郎がもがきだして十分後須賀京太郎と石戸霞は学校の前に到着した。学校の前に到着すると石戸霞はこういった。

「この高校にはたくさんの学生たちが通っています。貴方もその一人です。説明する必要はありませんよね?」

この時須賀京太郎の抵抗が少しだけ弱まった。自分が通っている高校を目にして脳裏にたくさんの良い思い出と悪い思い出が湧き出してきたのである。

そしてたくさんの思い出が湧き出してくると、心が急にさみしくなった。自分の居場所が「あった」と思うと心がくじけそうだった。

 須賀京太郎の心がくじけそうになった時石戸霞が動き出した、この時石戸霞が目指した場所と理由について書いていく。

それは須賀京太郎の抵抗が弱まった直後であった。須賀京太郎の手を握っている石戸霞が急に移動を始めた。急に手を引っ張られた須賀京太郎は驚いていた。

しかし心がくじけつつあったので大人しく従っていた。そうして須賀京太郎が大人しく従っていると石戸霞は十字路で立ち止まった。

石戸霞が立ち止ると須賀京太郎も立ち止った。そして立ち止まって周囲を見渡して須賀京太郎は青ざめた。というのが連れてこられた十字路に見覚えがあった。

須賀京太郎が青くなっている間に石戸霞がこう言った。

「『ここでは何も起きませんでした。交通事故も人さらいも起きませんでした』」


石戸霞はにこにこ笑っていた。優しい笑顔だった。特に意味のない説明であったが、真実だった。この天国の十字路にあって事故は一度も起きていない。

人さらいも起きていない。人さらいと須賀京太郎の戦いも、魔人になった事件も起きていない。だから嘘ではない。

ただ何も起きていないという事実を伝えただけのこと。しかしこれだけで須賀京太郎の心はほとんど折れた。唇をかみしめて、顔を伏せた。

石戸霞の言葉は須賀京太郎が何度も夢見た言葉だった。そして貌を伏せたままで石戸霞につぶやいた。

「人生をもう一度やり直せるのならば、やり直したい。

 もしも自分の望むままの人生をやり直せるのならば……それはきっと幸福だ」

重すぎる責任を背負ってここまでやってきた。暖かさに心をくじかれつつあった。北風と太陽の教訓そのものだ。

人の心をへし折るのは「厳しさと逆境」ではない。「暖かさと優しさ」である。問答無用の優しさが荒野を歩いてきた須賀京太郎の心を殺しつつあった。

そんな須賀京太郎を見て石戸霞がやさしげな視線をくれた。そして須賀京太郎の手を優しく包み込んだ。慈母のようだった。

須賀京太郎がいよいよ善人になったと思った。牧畜に堕ちて支配できると思った。そして地球すべての存在が永遠の停滞に沈むと確信した。

これこそ天国の時で、待ち望んだ瞬間であった。

 あと一歩で天国の時が来るというところで須賀京太郎に石戸霞が契約を持ちかけた、この時の二人の会話について書いていく。

それは天国の十字路で須賀京太郎の心が死に掛けている時である。須賀京太郎を優しく見つめている石戸霞がこう言った。

「天国は気に入りましたか?

 ここには貴方が望むすべてが存在しています。三大欲求を満たすことはたやすく、苦しみを求めれば苦しみが手に入り、快楽を求めれば快楽が手に入る。

 あなたが『私』を望むのならば喜んでお相手しましょう。嫌がる私を望むのならばそれもまた与えましょう。

 天国にはすべてが存在しています。安寧も冒険も成長も停滞もここにある。生まれ変わることさえできるのです。

 貴方が望むのならば天国を……永遠を与えましょう」

すると天国の十字路に立つ須賀京太郎が目をつぶった。暗黒があった。しかし暖かかった。自分の手を握る美しい女性の体温を感じていた。

心はもう折れていた。天国に飲み込まれてしまえばよいと思った。しかし、安易に答えを出さなかった。確証が欲しかった。

そして黙り込んで、自分自身に問いかた。

「このまま天国の一部となっていいか?

 完璧な世界がここにある。俺がうなずけばそれで終わるのなら享受すれば良い。悪いことじゃないだろう?」

しかし無駄な質問だった。なぜなら答えはほとんど出ている。天国に取り込まれ手も足も出ない状態。

しかも目の前の存在は自分を優しく扱ってくれるという。答えは当然イエスのはず。しかし須賀京太郎の口からは

「お断りだ」

と拒絶の言葉が飛び出していた。この時、俯いていた須賀京太郎は驚いていた。自分の声をきいてあわてて顔を上げていた。

大きく目を開いて、ポカンと口を開いている所に演技はなかった。それもそのはず、なぜ拒絶したのか自分でもわからなかった。気付いたら口が動いていた。

この時、須賀京太郎も驚いていたが、一番驚いていたのは石戸霞だった。須賀京太郎の拒絶と、驚いている顔を見て、こめかみをひきつらせた。

この時須賀京太郎の手を握る彼女の手は非常に熱くなっていた。怒りのためである。須賀京太郎が全く理解できなかった。

全存在の普遍的無意識を掌握しつつある石戸霞、正確には彼女にとりついている存在からすれば死に掛けの須賀京太郎の抵抗は非常に腹立たしかった。

力の差は歴然で、抗ったところでどうなるわけもない。しかしあきらめない格下の存在。腹立たしい限りである。

 立場をわきまえずに須賀京太郎が反抗的な態度を示した直後石戸霞にとりついているモノが強硬手段をとった、この時にとられた強硬手段について書いていく。

それは完璧な天国に服従しないと須賀京太郎が無意識に答えた直後である。須賀京太郎の手を包み込んでいる石戸霞が須賀京太郎に顔を近づけてきた。

そしてこういった。


「貴方の心はどこまでも私たちに抵抗するようですね。心の底まで魔人なのでしょう。

きっとあなたは私たちの願いを、人類の永遠を望む気持ちを理解できないのです。

 しかしあなたを見捨てたりはしません。この天国が何よりも素晴らしいものだと身を持って教えて差し上げます。

 心配しなくていいですよ……お互い融けていくだけですから……」

すると須賀京太郎の手を離した。手を離された須賀京太郎は、五メートルほど後退した。目の前の存在がおぞましく見えた。

交代する須賀京太郎だが、随分身体能力が取り戻せていた。動きにキレが出て獣のようだった。しかし力を取り戻しても喜ばなかった。

須賀京太郎は困惑していた。というのも、岩戸霞が巫女服に手をかけていたからである。

そして何事かと思っている間に、石戸霞はあっさりと服を脱ぎすててしまった。すると須賀京太郎があわてた。女性の裸を目にしたからではない。

着地を決めた地面と足が溶けつつあった。足場が解けて、足と融合しつつある。また、十字路も徐々に崩れ始め青空は暗黒へ染まっていった。

目の前の石戸霞らしき存在が原因なのは間違いなかった。そして数秒前の発言

「お互いに融ける」

を思い出し、冷や汗をかいた。足元で起きている現象が石戸霞との間に起きると察せられた。須賀京太郎は何度か抵抗を試みていた。

心が生き返ったせいか、かなり力を取り戻していた。しかし拘束は振り切れなかった。抵抗を試みている間に石戸霞に抱き着かれてしまったのだ。

 強硬手段が行われた直後邪魔が入った、この時に行われた妨害行為と犯人について書いていく。

それは身動きが取れなくなった須賀京太郎に石戸霞が抱き着いた直後である。天国の十字路に老婆の声が響いた。厳しそうな声で

「よく耐えたわね京太郎ちゃん。

 さぁ、『バルドル』お仕置きの時間よ」

と言っていた。何事かと須賀京太郎が視線を向けると十字路に人が立っている。十字路に立つ人は三人で、一人は老人一人は老婆、一人は少女であった。

老人はいかにも修行者といった風体でしわだらけのお爺さん。杖を持っているが体を支えているわけではない。

その隣には日本人形のような格好の少女が立っている。見たところ五才くらいで聡明な顔つきをしている。

そしてど真ん中に立つのがジーパンとTシャツ、スニーカーで決めたおばあさんであった。すらっとしたおばあさんで身長が百七十を超えている。

髪の毛は短く切りそろえられた白髪で、元気で満ちた目が印象的だった。そうして現れた三人組は速やかに行動を開始した。

一番初めに動いたのはお爺さんだった。元気なおばあさんが口を開いている間に杖で地面をこつんと叩いた。

すると今まで須賀京太郎を拘束していた地面が解け、世界自体が大きく揺れた。

これに合わせて日本人形のような格好をした少女が須賀京太郎と石戸霞を引きはがしにかかった。

五メートルほどの間合いを一息で詰めて、切れのいい柔術を使って石戸霞を引き倒した。そうして石戸霞が引きはがされた時、元気なおばあさんが

「二人ともありがとうー! 私、直接戦闘は苦手なのよぉ」

と言いながら、真っ白い拘束具で石戸霞を包んでしまった。真っ白い拘束具は「まっしゅろしゅろすけ」の放つ雰囲気とそっくりだった。

これを見て須賀京太郎はつぶやいた。

「シギュンさん?」

すると元気なおばあさんはこういった。

「大正解! そうよ私がシギュンおばあちゃん。

 よろしくね京太郎ちゃん」

すると須賀京太郎は小さく笑った。シギュンが元気そうでほっとしたのである。ただ、すこし謎もあった。

修行僧のような老人と日本人形のような少女である。見覚えがあったのだが、どこであったのかさっぱり思い出せなかった。

 石戸霞の拘束が完了すると須賀京太郎にシギュンが提案をした、この時に行われたシギュンの提案について書いていく。

それは身動きが取れなくなっている須賀京太郎をシギュンたちが助けた直後のことである。日本人形のような少女が須賀京太郎に駆け寄ってきた。

そして須賀京太郎をじっと見つめてこう言った。


「よくぞご無事で。バルドルの誘惑に耐えかねて取り込まれたのではないかと心配していたのです。

 もう少し早くに来れたらよかったのですが、邪魔が多くて」

すると見つめられた須賀京太郎は恥ずかしそうに笑った。なぜならほとんど心は折れていた。

今、須賀京太郎が自分を保っていられるのは内側に潜んでいる自分の声をきいた結果である。それこそ偶然か奇跡。

「敗北していたが運命に助けられた」

と思い笑うしかなかった。そんな須賀京太郎の笑顔を見て日本人形のような少女と修行僧のような老人が冷や汗をかいた。かなり危なかったと理解した。

そうして須賀京太郎が笑い少女と老人が冷や汗をかいているとシギュンが大きな声でこう言った。

「さぁ京太郎ちゃん!バルドルの本体へ向かうわよ!さぁさぁ!」

すると須賀京太郎が困った。意味がさっぱりわからなかった。その上シギュンが思った以上に騒々しい。

声がでかいということ以上に身振り手振り、表情がコロコロ変わるのだ。腕力では間違いなく勝っている須賀京太郎だが、生気でまけていた。

そうして須賀京太郎が困っているとシギュンがこう言った。

「天国をぶっ潰すんでしょ? なら天国のコアをやっちゃえばいいのよ。巨大なダムを壊すには小さなひびを入れるだけで済む。

言いたいことはわかるでしょ?

 道なら心配しないでいいわ。私が開いてあげるから。たとえ支配されていたとしてもこのくらいのことは出来ちゃうのよねぇ私」

この時のシギュンは非常にまじめだった。見た目相応の落ち着きで語っていた。そうすると須賀京太郎は圧された。緩急が付きすぎてついて行けなかった。

そんな時日本人形のような少女が須賀京太郎の手を握った。須賀京太郎は驚いた。すぐに日本人形のような少女に視線を向けた。二人の目が合った。

すると少女がこういった。

「大丈夫ですよ。きっと大丈夫。ここまで歩いてこれたのならば、きっとこれからも歩いて行けます」

そういわれると須賀京太郎の心が温かくなった。背中を押されていると思えた。そんなことをしている間にシギュンが十字路に門を呼び出した。

十字路に呼び出された門はいかにもSFチックなメカメカしいデザインだった。そして門を呼び出したシギュンが問いかけてきた。

「準備はいい?」

須賀京太郎は少女の手を握り返し、こういった。

「助けてくれてありがとう。

 大丈夫……心が折れても、その先があるとわかった。

 これが、星を見つけるということだと確信できた。きっと今なら灰色の荒野を歩いて行ける」

須賀京太郎の答えをきいて少女がほほ笑んだ。そして須賀京太郎の手を離し、送り出した。送り出された須賀京太郎はゆっくりと門へ歩いていった。

この時須賀京太郎はこういっていた。

「俺は目的を達成する。姉帯さんと未来を守り抜いて、日常へ送り返す。

 そのために天国を崩壊させる必要があるのならば、往くだけだ」

須賀京太郎の言葉をきいて、修行僧のような老人がほほ笑みかけた。しわだらけの笑顔の中にたくさんの歴史が見えた。ほほ笑んだ老人は旅の無事を祈った。

そしてシギュンのわきを通り抜けて須賀京太郎は門を潜った。門を潜った時須賀京太郎は灰色に変わっていた。灰色の髪の毛に異形の目。

全生命体が望む天国を破壊する異端の怪物であった。そうして力を取り戻した灰色の須賀京太郎は最後の戦いに赴いた。
 


 シギュンが創りだした門を潜った後須賀京太郎は一人で道を歩いていた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それはシギュンのメカメカしい門を潜ってからのことである。須賀京太郎は胸を張って光の中を歩いていた。

須賀京太郎の足元には影が張り付いていて、これ以外に友はいない。シギュンの門の向こう側は光で満たされていて、目も開けられないほどであった。

だが、須賀京太郎の足取りに迷いはない。まっすぐ歩いていた。しかし道が見えているわけではないのだ。目印を見つけたわけでもない。

目を閉じて自分の内側で鼓動する衝動にしたがって光の中を進んでいた。まったく頭のおかしな行動をとっているのだが当の本人はまったく迷いがない。

むしろ誇らしげである。確信があった。確信とは天国の中であるという確信と、異界操作術である。簡単なのだ。

二代目葛葉狂死が生み出した天国は突き詰めていけば異界でしかない。いくら天国と言ってみても異界である。現世ではない。

となればこの世界を歩くために必要なのは羅針盤ではなく、強い意志。自分が世界を支配するという強い信念だけである。

異界を崩壊させるのは異界操作術だけ。この世界を進むために必要なのは現世の理屈ではなく、中枢へ進むという強い意志なのだ。

それを須賀京太郎は旅の経験から導き出し、実行していた。そして実行できるからこそ光の中をどんどん進み最深部に近付いて行けた。

 須賀京太郎が自分の光を信じて天国の最深部へ進んでいくとき、たった一人の友人が話しかけてきた、この時にたった一人の友人が語った内容について書いていく。

それは須賀京太郎が胸を張って歩いている時のことである。須賀京太郎の足元から伸びている真っ黒な影が語りかけてきた。

この時の影は今までにないほど大きく黒くなっていた。何時の間にやら光で満ちた世界を半分以上包み込んで、須賀京太郎よりもずっと大きくなっていた。

しかしこれは自然なことだった。太陽の周りに無限の暗黒が存在していることを承知できるのならば、須賀京太郎の影の成長も納得がいく。

そして今までにないほど大きくなり深くなり強くなった影が語った。

「何が永遠だ。何が天国だ。

 この天国が最上のものだと? 誰もが納得している天国だと? 全く気に入らない。俺は俺の法に基づいてすべてを破壊してやろう」

須賀京太郎にもしっかりと影の声は聞こえていた。しかし須賀京太郎の歩みは止まらない。須賀京太郎自身から発する光も弱まることはない。

むしろ自分の影が語りかけてくる間に、光は一層強くなった。そして一層強くなったことで影もまた濃くなった。影はさらに続けた。

「さぁ、どうしてくれようか。二代目葛葉狂死を始末するのは当然として、この天国をどうしてくれようか。

 天国を奪い取って地獄に変えてしまおうか。

天国に浸りきっている者たちを地獄にことごとく叩き落として、俺好みの存在に、修羅になるよう仕向けてみようか。

 それとも、欲望のままに楽しんでみるか。天国を支配してしまえば、一切の欲望が叶うのだ。

敵からぶんどった物は、好き勝手に使っても構わないだろう?

 霊的決戦兵器を奪い取った時のように、俺好みに改造して、飽きるまで楽しんでみるのも一興だ!」

するとさらに須賀京太郎の光がました。須賀京太郎の放つ光は今や苛烈としか言いようがない。最深部を彩る天国の光を滅ぼすほどである。

そうして須賀京太郎以外に光を放つ者はいなくなると、須賀京太郎は目を開くことができた。まぶたの向こうにあった光が失せたのがよくわかった。

真っ暗になると須賀京太郎は目を開いた。目の前に気配を感じていた。目の前には影がいた。真っ暗な空間を占めている須賀京太郎自身の影だった。

影は金髪の須賀京太郎の形をとっていた。不敵に笑うその笑みは間違いなく須賀京太郎本人のものだった。

 天国の最深部まであと一歩というところに来て須賀京太郎は影と対話を果たした、この時に語られた内容について書いていく。

それは金髪の須賀京太郎が目の前に現れた直後のことである。真っ暗闇の中で須賀京太郎が足を止めた。

かつての自分を視界にとらえて、三メートルほどの距離をとっていた。この時の二人は良く似ているが違っていた。

金髪の須賀京太郎は不敵な笑みを浮かべているのだが、灰色の須賀京太郎は無表情であった。

金髪の須賀京太郎の目には光がないが、灰色の須賀京太郎の目には赤い輝きがあった。どちらも間違いなく須賀京太郎だった。しかしどこか違っていた。

そうして出会った須賀京太郎と影はじっと見つめあった。すると金髪の須賀京太郎が口を開いた。


「ようやく俺は自分を律する法を手に入れた。

 しかし何とバカな話なのか。俺が俺を支配できなかったのは、正直になれなかったからだとは。『この胸の中にある衝動に従う』

 こんなバカな話があるか? しかし考えてみれば当然だ。俺には力がある。暴力がある。誰かの顔色をうかがって小さくなる必要なんてない。

この胸の衝動に従って好き勝手に行動すればいい。昔の俺ならば恥知らずな行為だと赤面するだろう。しかし今なら胸を張れる。

 なぜなら好き勝手に行動することは、俺の正義だからだ。俺だけが納得していればそれでいい。弱者たちは俺に従っていればいい!

 さぁ、どうする俺よ。天国を奪い取ってどうするよ? どうやって楽しむ? 何でもできるぞ。何でもだ。この胸の奥にある正義に従ってどう楽しむ?」

このように金髪の須賀京太郎が語りかけてくると灰色の須賀京太郎は少し黙った。そして答えた。

「どうもしない。

 俺の目的は姉帯さんと未来を取り戻すこと、そして日常を取り戻して任務は終了だ。

 天国で遊ぶ必要はない。天国は廃棄処分だ」

すると金髪の須賀京太郎が大きな声で笑った。灰色の須賀京太郎が可笑しなことを言うからだ。そして笑い終わってからこういった。

「ヤタガラスとしての話をしているんじゃないんだ。

 天国を奪い取ればよぉ……何もかもを支配できる。

 人類の苦しみを取り除けるかもしれねぇ。

 お前だってわかっているだろう? この天国にあって残酷な現実の影はどこにもない。誰もが笑って暮らせる世界がここにある。

すくなくとも俺は確信している。

 二代目葛葉狂死を始末したとして、ハイそうですかで理想郷を捨てられるものか。
 
 思い出せ……俺は友人のために歩き出したはずだ。それは友人の苦しみを和らげたかったからだ。

 ゴミどもを始末して回ったのも、苦しめられた者たちへの手向けだったからだ。

 天国を放棄するなんて出来るわけがないだろう? 二代目葛葉狂死の手段は残酷だった。しかしそれに見合う成果がある。

犠牲に見合う成果がここに用意されているんだ。天国を奪い取ったのなら、それを正しく運用しなければならない」

すると灰色の須賀京太郎が肯いた。そしてこういった。

「お前は間違いなく俺の影だ……その優しさは間違いなく俺のもの。何の言い訳もしないよ。

 しかし、破壊する。

 心のどこかに優しさがあったのは否定しない。

 残酷な戦いは誰かのために行っていると自分を慰めていた。悪人どもがいるから俺は戦うのだと自分を直視しない言い訳にしていた。間違いないよ。

だが、今は違う。

 俺は俺に従って戦いに赴いたと答えられる。命を奪ったのも非道な行為を行ったのも自分が望んだ結果だと答えられる。誰かのせいにはしない。

優しさのせいじゃない。

 だからこそ破壊する。いかなる犠牲の上に築かれた天国だろうと関係ない。ぶっ壊して終了だ」

このように灰色の須賀京太郎が答えると金髪の須賀京太郎が距離を詰めてきた。一歩二歩と距離を詰めて、射程距離に入ると灰色の自分の首に手をかけた。

そして思い切り首を締め上げた。首を締め上げられた灰色の須賀京太郎は苦しんだ。金髪の須賀京太郎は灰色の須賀京太郎を殺すつもりであった。

そんな金髪の須賀京太郎はこういった。


「俺が俺を支配する!

 苦しみのない世界、優しい世界が生まれるのなら、祝福するべきだ! たとえ自分の正義を曲げたとしても!

 失せろ魔人! 幸福な世界を邪魔しているのはお前一人だ!」

金髪の須賀京太郎の両目は涙でにじんでいた。涙でにじんだ両目には灰色の須賀京太郎の顔がしっかり映っていた。

 金髪の須賀京太郎が殺意をむき出しにして襲い掛かってきた直後、灰色の須賀京太郎がにやりと笑った、この時に灰色の須賀京太郎が見つけたものと、それからの行動について書いていく。

それは金髪の須賀京太郎が正義を名乗り魔人の討伐を始めた直後である。首を絞めてくる金髪の須賀京太郎を灰色の須賀京太郎がじっと見つめていた。

この時ずいぶん冷えた目で灰色は金髪を見ていた。首を絞められて殺されかけているというのに、全くあわてない。

それどころか首を絞めている金髪を威圧する眼力があった。それもそのはずである。灰色の須賀京太郎は影は影以上の存在になれないと見抜いてしまった。

当然、支配者になれないという事もまた見抜いていた。そして支配者としての一番初めの仕事は「自分自身を支配すること」だと確信した。

ここまでくれば、自分の思想を見出すのもたやすかった。首を絞められていた須賀京太郎は自分自身に告げた。

「芝居は終わりだ。

 『全ての命よ、生きて死ね』」

答えと同時に影の胸に大穴があいた。灰色の須賀京太郎の右腕が影の胸を貫いていた。胸を貫かれた影は苦しんだ。そして首から手を離した。

何とか腕を引き抜こうとしたが灰色の須賀京太郎はびくともしなかった。そしていよいよもがくのをやめた。諦めたのだ。

諦めた自分の姿を見ても須賀京太郎はピクリとも反応しなかった。正義と善を持たずただ操られるだけの影である。くいしばれないと知っていた。

 須賀京太郎が自分の影を貫いた直後貫かれた影が恨み言を吐いた、この時に放たれた影の呪いと須賀京太郎の答えについて書いていく。

それは須賀京太郎の影が徐々に崩壊していく間に起きた。須賀京太郎に胸を貫かれている影が口を開いたのである。

非常に悔しそうで、必死の形相を浮かべていた。そんな影がこういっていた。

「『生きて死ね?』 イカレてんじゃないか?

 永遠に変わらない日常を求めて何が悪い、幸せを夢見て何が悪い。

 お前はただの悪鬼羅刹だ。人を喰らう怪物だ。お前に人類の素晴らしさは永遠に理解できない。

理解できないから壊すんだ……全部台無しにして人類を地獄に放り込もうとする」

貫かれた影はしゃべればしゃべるほど崩れていった。崩れ落ちていく影の欠片は須賀京太郎に取り込まれていった。

自分の影を取り込んでいく須賀京太郎は落ち着いていた。影を取り込むにつれて内面が充実する感覚を味わった。滅んでゆく影に須賀京太郎はこういった。

「何も悪くない。永遠を望む心も幸せを求める心も悪ではない。人類の望むものが天国にはあるだろう。

 しかし生きて死ね。

 たとえ現世が地獄に見えても、生まれたのなら生きて死ね。たとえ全人類が天国に身をゆだねようと、俺が現世に引きずり降ろしてやる。

 責任を放り出して天国に丸投げするような中途半端な命の終わりなど認めるか」

まったく迷いがなかった。心の底からそうあるべしと信じていた。そうして須賀京太郎が思想を得て

「先に進む。

 感謝しているよ、また一歩先に進めた」

と伝えると、最後にこう言って影は消えていった。

「自己中心的……とんでもないエゴイスト……しかし、わかっていたとも。

 終着点は見えている……足を止める理由はどこにもない。俺たちは自分を頼りにして道をゆく。

 そうとも……行けばいいさ、誰も頼りにできない荒野を一人で行けよ。悪魔も神も頼れずに孤独に滅びるその日まで」

すると須賀京太郎の足元に一人分の影がうまれた。影が生まれた後闇が消えた。闇が消えたところに白い空間がうまれ、扉が一つ残された。

自分の影さえ支配した須賀京太郎は扉の前に立った。そして呼吸を整えてから扉を開いた。扉の向こうは天国の最深部、終着点である。
 


 終着点にたどり着いた須賀京太郎は二代目葛葉狂死と対面していた、この時に須賀京太郎が見たものについて書いていく。

それは自分の影を支配して天国の最深部へ須賀京太郎が到着した直後である。

天国の最深部につながる扉を開いた須賀京太郎は椅子に座っている二代目葛葉狂死を見つけた。天国の扉の向こうはきれいなビーチだった。

人気が全くなく、綺麗な波打ち際があった。空は快晴で穏やかな空気で満ちていた。波打ち際のすぐ近くに椅子が二つ。

椅子は海に向けられていて、横並びになっていた。この椅子の一つに二代目葛葉狂死が座っていた。

須賀京太郎から見ると二代目葛葉狂死の後頭部しか見えないのだが、すぐに二代目葛葉狂死だとわかった。

また須賀京太郎が到着したことを察したのか二代目葛葉狂死は右手を挙げて振って見せていた。これを見て須賀京太郎は微笑んだ。

何が面白かったわけでもないが、自然とほほ笑んでいた。微笑みを浮かべたまま須賀京太郎は砂浜を歩いた。

そして二代目葛葉狂死の隣の席に座った。須賀京太郎が質素な椅子に座ると、椅子が軋んだ。かなり体格のいい須賀京太郎である。

質素な椅子が耐え切れなかった。しかし気にせずに須賀京太郎は穏やかな海を眺めた。二代目葛葉狂死も同じく海を眺めていた。

天国を創った老人と天国を壊そうとする青年だったが、とても穏やかだった。

 終着点の椅子が埋まった後二代目葛葉狂死が語りかけてきた、この時に二代目葛葉狂死と須賀京太郎が行った会話の内容について書いていく。

それは青年と老人が海を眺めて数分後のことであった。

質素な椅子に座っている老人・二代目葛葉狂死が口を開いた。老人とは思えないほど力に満ちていたが、少し喉が渇いていた。

二代目葛葉狂死はこういっていた。

「良いところだろう? 『バルドル』が言うには普遍的無意識の最深部だそうだ。目に見えている海は全平行世界の心に繋がっているらしい」

すると須賀京太郎は海を眺めながら答えた。須賀京太郎の声には信じられないほどの穏やかさがあった。心が凪いでいた。

これから何が起きようと乗り越えられるという確信が、心の平穏をつくった。須賀京太郎の凪いだ心は二代目葛葉狂死にもすぐに察せられた。

爽やかで涼しい空気をまとっていたからである。そんな須賀京太郎はこういっていた。

「スイカでも持ってくればよかった」

すると二代目葛葉狂死が笑った。そしてこういった。

「そういえば豊音ちゃんたちと海に行ったらしいな。楽しかったか?」

これに須賀京太郎が答えた。

「みんなが遊んでいる間、まじめに護衛を」

すると二代目葛葉狂死がかぶせ気味にこう言った。

「ほう? 真面目に?

 『豊音ちゃんと仲良くなっていた』と熊倉から報告が来ていたんだが?」

慌てて須賀京太郎が答えた。

「姉帯さんは人当たりがいいから、そういう風に見えただけっしょ。

 つーか、任務中にナンパする奴いないでしょ。ナンパすらしたことねぇですけど」

すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「本当かね? 見た限りでは随分信頼されていたじゃないか」

これに須賀京太郎は答えた。

「その辺はまぁ、俺の頑張りと評価してくださいよ……」

そうして答えていると二代目葛葉狂死が笑った。須賀京太郎もつられて笑った。


 談笑している間二代目葛葉狂死は須賀京太郎を観察していた、この時に二代目葛葉狂死が見つけた変化について書いていく。

それは命を奪い合っていた二人が和やかに談笑を続けている時のこと。波打ち際の椅子に座っている二代目葛葉狂死は須賀京太郎を観察していた。

二代目葛葉狂死と須賀京太郎は同じ方向を向いて海を眺めている。観察などすればすぐにわかるようなものだが、これはさすがに年の功。

須賀京太郎の一挙一動足まとっている空気、二代目葛葉狂死に対する対応から須賀京太郎の変化を分析していた。しかし分析自体は誰にでもできただろう。

難しいのはこっそりやる所だけである。それこそ須賀京太郎との付き合いが長い人物、例えば染谷まこのような数か月間の付き合いであっても、変わったとわかるのだ。

霊的に変化したなどと仰々しいことを言わずとも顔を見ればわかる。今の須賀京太郎に重苦しさはない。鋭い目は失われて優しげ。

作り笑いばかりだったが、今は自然な笑顔を浮かべている。これを見れば

「あぁ、何か答えを見つけたのだな。背負っていた重圧から解放されたのだな」

と察せるだろう。そうして二代目葛葉狂死は当たり前のように須賀京太郎の変化に気付き、変化の理由にまで至った。

あっさりと理由にまで到達できたのは二代目葛葉狂死も同じような悩みを抱えた経験がある。そして克服した人間だったからだ。

須賀京太郎の変化と理由に納得がいったとき、二代目葛葉狂死の心にあった戦いの意思が消えていった。

無防備に椅子に座っている須賀京太郎を狙う気持ちが失せて、ただ海を眺めるだけでいいと思うようになってしまった。

これは天国を維持するという目的よりも、難しい問題に対面しそれを乗り越えてきた後輩に対する祝福の念が勝った結果である。

修行を積んだ退魔士たちが倫理や道徳の枷に縛られ、自分自身を神に任せる事例をよく見てきたからこそ祝福の念が強かった。

そして天国を創ったことで目的を失っている二代目葛葉狂死は維持するという仕事を簡単に放棄してしまった。つまり

「お前が天国を壊すというのなら壊せばいい。

 お前も俺と同類なのだ。天国を創った俺が手段を選ばなかったように、お前もそうするのだろう?

 いいさ。俺はもう天国を創った。自力でここまでやってきたお前が壊すというのなら、やればいい。邪魔はしないさ」

という考えなのだ。天国を創った責任は完全に放棄している。しかし何の不思議もなかった。椅子に座る老人は須賀京太郎の同類、先輩なのだ。

目的のためなら手段を択ばないが、終わってしまえば虚無が残るだけ。目的を達成するためならば自分の生命にさえ頓着しない強さが特徴だ。

しかしそれ以外はどうでもいい。目的は天国を創ることであって、維持することでも人類を幸せに導くことでもない。

「創る」

ことだけが重要なのだ。達成された今、譲るにふさわしい相手が現れたのなら好きなようにさせるだけだった。

 二代目葛葉狂死が分析と覚悟を決めた後、二代目葛葉狂死が語りかけてきた、この時に二代目葛葉狂死が語った内容と須賀京太郎の反応について書いていく。

それは二代目葛葉狂死と須賀京太郎が笑いあった後のこと。少しの静寂が生まれて波の音を楽しんだ後であった。

須賀京太郎の変化と理由を覚った二代目葛葉狂死が真剣な顔でこんなことを言った。

「豊音ちゃんのことをよろしく頼む」

すると須賀京太郎がこう言った。

「まるで天国がダメになるみたいな言い方ですね」

これに二代目葛葉狂死が答えた。

「『ダメになった』が正解だ。天国を創りだしたはいいが、王がいない。超巨大な異界・天国を支配する存在がいないのだから、ダメになるのは当然だ。

 見ろ、変化が起き始めている。普遍的無意識の海が荒れ始めた。

 君の信念に共感する者たちが天国を否定し始めたのだ。君と同じように強力な信念を持つ者たちが夢を見ていると理解した。

 きっと天国の破壊を目指すだろう。そうしなければならないサガを持って生まれた者たちだから、必ずやる。
 
 しかし天国を崩壊させるよりも早く、天国に侵されている人々が目を覚ます。

君たちの鼓動はあまりにもうるさく、ゆっくりしていられるものではないからな」


二代目葛葉狂死が語るにつれて凪いでいた海が少しずつ荒れてきた。青空に雲が見え始め、風が強く吹き始めた。すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「天国も悪くなかっただろう?」

そんな二代目葛葉狂死に須賀京太郎がこう言った。

「退屈だった。それにサービスが悪い。海辺で喉が渇いている爺さんにお茶も出さない」

すると二代目葛葉狂死がこう言った。

「同感だ」

二代目葛葉狂死と須賀京太郎が笑った。可笑しかった。

 普遍的無意識の海が荒れ始めた時二代目葛葉狂死が再び語りかけてきた、この時に二代目葛葉狂死が語った内容について書いていく。

それは雨が降りだした時のことである。椅子に座っている二代目葛葉狂死がこう言った。

「須賀君、君に一つ伝えておきたいことがある。私が今まで秘密にしてきたことだ。

 今この時、君にだけ伝えておきたい。何というか未練という奴だ。重すぎる秘密を抱えたまま消えるのはつらい」

すると須賀京太郎が肯いた。そしてたずねた。

「なんです?」

二代目葛葉狂死はこういった。

「天国を創ろうと思ったのはね、『妻との約束』を果たすためだ。数十年前に妻が語った夢を、今になって実現しようと思った。

『すべての人が幸せになれる世界を見てみたい』

と私に願った妻、彼女との約束を遂げただけ。

 まぁ、妻も本気で言ったわけではないだろう。ご機嫌伺いをした私をからかっただけに過ぎない。

 私もわかっていたからな、冗談だと。しかし約束した。

 彼女の責任だというつもりは一切ない。そういう感じじゃないんだ。思いつくきっかけが妻との約束だったというだけのことで、それだけのこと。

『きっかけはそうだった』とだけ思ってくれたらいい。

 つまり『約束した以上果たさなければ気分が悪かった』。

天国を創れるかもしれない実力を持っている私からすれば、若き日の約束を果たさないのはどうにも落ち着かなかった。

 チャンスがあったからな、思い切りやってみたのさ」

とこの時の二代目葛葉狂死はまったく嘘偽りがなかった。二代目葛葉狂死の告白をきいた須賀京太郎は固まった。随分な爺だったからだ。

しかしすぐにうなずけた。二代目葛葉狂死にとって家族との約束は大切だったのだ。たとえ世界が敵に回ったとしても構わないと思うくらいには。

昔の須賀京太郎ならば納得できなかっただろう。龍門渕信繁の話を聞いた時のように困ったはずだ。

しかし今の、正義と善の感覚を手に入れた須賀京太郎なら、納得できた。二代目葛葉狂死を突き動かしていた衝動が、それだったのだと信じられた。

そして須賀京太郎はこういった。

「そりゃあ、重大な秘密ですね……黙っておきます。

 『二代目葛葉狂死は全人類の苦難を憂いて救世を行おうとした』とでも言っておきますよ」

すると二代目葛葉狂死が笑った。面白い冗談だったからだ。そしてこれに須賀京太郎も笑って答えた。最高の冗談が受けたからだ。

二代目葛葉狂死の笑顔が嬉しかった。できれば別の場所で出会いたかった。そして二人が笑い終わった時、いよいよ嵐がやってきた。

雨が猛烈な勢いで須賀京太郎たちの体を叩いた。風は何もかもを吹っ飛ばそうとした。そんな時に二代目葛葉狂死がこう言った。

「須賀君、『三代目葛葉狂死』を名乗れ。

 今の君になら、この名を継ぐ資格と意味がある。

 さらば須賀京太郎。闇の中で稲妻と共に生まれた魔人よ。

 豊音ちゃんによろしく言っておいてくれ」

この提案に須賀京太郎は答えられなかった。天国の最深部で起きた嵐が二人を飲み込んだからだ。何も見えなくなっていた。声も届かなかった。

嵐は何もかもを引っ掻き回していった。嵐のど真ん中にいた須賀京太郎たちも無事ではいられなかった。

肉体は裂け、血が噴き出し、激しい痛みの中でのたうちまわった。嵐の中で須賀京太郎は二つの歌をきいた。一つは天国を惜しむ合唱。

もう一つは地獄を喜ぶ合唱である。どちらも美しい歌だったが、二つが合わさると不気味だった。しかし目を覚ますのにはちょうどよかった。


 普遍的無意識の海で嵐が発生して数十秒後宇宙卵の中心で須賀京太郎が目を覚ました、この時の須賀京太郎と宇宙卵の状態について書いていく。

それは普遍的無意識の浜辺で嵐に見舞われた後のこと。須賀京太郎は絶叫と共に目を覚ました。絶叫と共に目を覚ましたのは強烈な痛みを感じたためである。

この痛みは右腕を失った痛みと腹部を貫かれた痛みであった。そうして絶叫と共に目を覚ました須賀京太郎だが、身動きが全く取れなかった。

身体を動かそうと思ってみても、全く動かない。動かせるのは眼球と喉くらいのもので、ほかはさっぱり動かなかった。しかしそれも当然のこと。

須賀京太郎が生きている事さえ奇跡なのだ。須賀京太郎の肉体に潤いがない。傷口から血液が流れ出してマグネタイトが枯渇している。

「今も」血液が流れ出している途中で、見た目はほとんどミイラ同然である。痛覚があること、目をさませたこと自体が奇跡であった。

また須賀京太郎と同じくらいにひどい状態なのが宇宙卵だった。というのが大量のマグネタイトが目的を失って暴走を始めている。

宇宙卵の内部にあった大量のエネルギーが徐々に調和を乱し始め、好き勝手に動き始めている。

かろうじて穏やかな流れを維持しているが、それも数分以内に激流に変わりただの暴力の渦へ変わるだろう。

須賀京太郎の運命はじわじわ命を流れ出して死ぬか、それとも天国の崩壊に巻き込まれて死ぬかの二択になっていた。

 宇宙卵の抱える膨大なエネルギーが暴走を始めようかというところで須賀京太郎の下へ姉帯豊音が一番に到着した、この時に行われた姉帯豊音のちょっとした凶行について書いていく。

それは崩壊しつつある宇宙卵の中心部で須賀京太郎が死に掛けている時のことである。須賀京太郎から少し離れたところで姉帯豊音が目を覚ましていた。

姉帯豊音の周囲には囚われていた天江衣、神代小蒔そして石戸霞が眠っていた。

この三名は眠りから目覚めようとしていたが、姉帯豊音のように素早く目を覚ますことはできなかった。

というのも、天国から一足先に覚醒できたのは姉帯豊音の背中で泣いている未来のおかげである。

「まっしゅろしゅろすけ」

によって守られている未来が、恐ろしい状況を肌で感じて泣いている。この泣き声は

「まっしゅろしゅろすけ」

を通じて姉帯豊音にだけ届き、意識を覚醒させていた。そして誰よりも早く目を覚ました姉帯豊音は須賀京太郎を見つけた。

この時周囲の状況を確認した姉帯豊音の視界がにじんだ。鼻の奥が熱くなり、呼吸が荒くなった。周囲の状況から何が起きたのか推察できた。

姉帯豊音は立ち上がりながらこう言っていた。

「おじいちゃん、負けちゃったんだ……」

そして滅びつつある須賀京太郎に向かって歩き出した。須賀京太郎を見つめる姉帯豊音の両目には深い憎しみの色があった。

姉帯豊音にとって二代目葛葉狂死は大切な祖父である。世界を引っ掻き回し、迷惑をかけたのは間違いない。彼女もわかっている。大罪人だ。

しかしそれは二代目葛葉狂死に向ける家族愛を損なうものではなかった。むしろ、祖父らしい以上の感想が出てこない。

そうして二代目葛葉狂死を始末した須賀京太郎は姉帯豊音にとっての憎悪の対象で間違いなかった。

ヤタガラスとしての須賀京太郎を理解していたとしても、それが家族愛を鎮める理由にはならなかった。

そして朽ちかけている須賀京太郎に憎悪の目で近づいてきた姉帯豊音は須賀京太郎に馬乗りになった。

馬乗りになった姉帯豊音は須賀京太郎の首に手をかけた。そして首を絞め始めた。

必死の形相で須賀京太郎の首を絞める姉帯豊音だが、須賀京太郎は中々死ななかった。姉帯豊音の手に力が入っていないからだ。

首を撫でているような状態で、これでは虫も殺せない。憎しみは深いがそれ以上に憎しみが正当ではないと理解しているからである。

二代目葛葉狂死に踊らされて戦い続けた須賀京太郎を知っているのだ。

「報われなければおかしい」

と姉帯豊音は確信していた。だからあと一歩が踏み込めない。しかし憎しみは消えない。そうして喉を撫でるような絞殺を続けるだけになった。


 姉帯豊音があと一歩を踏み出せないでいるとき須賀京太郎が自由を取り戻した、この時に須賀京太郎が復活できた原因と理由について書いていく。

それは未来の大きな泣き声を無視して姉帯豊音が須賀京太郎の首を絞め続けている時のことである。痛みで呻いていた須賀京太郎がぴたりと大人しくなった。

急な変化で今までの絶叫が嘘のように思えた。しかし肉体は枯れ果てたまま。違いがあるとすれば両目である。両目に力が戻っていた。

この変化を起こさせた原因は姉帯豊音である。須賀京太郎の首に触れている彼女の両手からマグネタイトが流れ込んでいた。

ただ、この復活に対して姉帯豊音は驚きを見せた。生気を取り戻しつつある須賀京太郎を見て、呼吸を荒くした。その上首にかける力を若干強めた。

須賀京太郎を助けようと思ってマグネタイトを注いだわけではない。全ては矛盾した心が原因である。

「助けたいけれど殺したい」

また

「恨むべきではないが恨まずにはいられない」

という理屈。結果、姉帯豊音が予想出来ない現象が起きてしまう。

二代目葛葉狂死・自分の祖父が完全に奪われた衝撃で一方が目立たないのが余計に彼女を困らせた。

しかし何にしても姉帯豊音の行為で須賀京太郎はわずかなマグネタイトを手に入れることができた。そして考えることと覚悟ができた。

 姉帯豊音からすれば奇妙な復活劇が起きた後、須賀京太郎が口を開いた、この時に須賀京太郎が伝えたメッセージとその考えについて書いていく。

それは、姉帯豊音にとっては奇妙な復活劇が起きた直後である。馬乗りになって首を絞め続ける姉帯豊音に死に掛けの須賀京太郎が視線を向けた。

この時、姉帯豊音としっかりと目が合った。須賀京太郎と目が合った瞬間、姉帯豊音が苦悶の表情を浮かべた。殺意が鈍った。

また、姉帯豊音は須賀京太郎の変化を見つけていた。変化とは須賀京太郎の両目である。人間の両目に戻っていた。異形でもない。赤でも金でもない。

人間の目だった。これを見て須賀京太郎が異界創造の技術を習得したと見抜いた。そして須賀京太郎が一歩前に進んだ理由を察した。

すると姉帯豊音は一層強く首を絞めた。というのも、二代目葛葉狂死を踏み台にしての成長だと見抜いたからだ。許せなかった。しかしひどい顔をしていた。

ポロポロと涙を流して苦悶の表情を浮かべている。それこそ被害者のようで、復讐を果たそうとする孫娘には到底見えなかった。

そんな姉帯豊音に須賀京太郎がこう言った。

「『豊音ちゃんによろしく』……だそうです」

首を絞められているはずだが、発した言葉は優しかった。また一切の抵抗を放棄していた。須賀京太郎に問えば

「こうなるような気がしていた。二代目葛葉狂死を斃せば恨まれるとわかっていた。愛情深い人だから……こうなってもしょうがないと思っていた。

 それは正当な権利だから……うまく俺を殺せるようなら殺されようと思う。姉帯さんの加護があればどうにか切り抜けられるだろうから、これでいいさ」

と答えるだろう。後悔などあるわけがなかった。残っている用事があるとすれば、二代目葛葉狂死から受け取った遺言を伝えるくらいのもの。

天国の最深部で二代目葛葉狂死がそうしたように須賀京太郎もまた、そうするつもりだった。既に目的は達している。日常は戻ってくるのだ。

たとえ自分が日常へ帰還できずとも。

 死に掛けている須賀京太郎が遺言を伝えた直後姉帯豊音が救助活動を行った、この時に行われた救助活動とその理由について書いていく。

それは最後の仕事として二代目葛葉狂死の遺言を須賀京太郎が伝え終わった後のことである。

目的をほぼ達成し未練を失った須賀京太郎からいよいよ生気が失われていった。もともとカラカラに乾いていた須賀京太郎である。

死んでいないのが不思議なくらいで、今まで何とか生きていたのも精神力の後押しがあったからである。しかしそれも無くなった。

天国を崩壊させた。目的は達成できた。頑張る必要はない。インターハイが始まってからまともに眠っていないのだ。そろそろゆっくり眠りたかった。

そうして須賀京太郎が死を受け入れた時、首を絞めていた姉帯豊音の心臓が跳ねた。

頭からつま先までが一気に氷ついて、何もかもが闇に包まれたように思われた。須賀京太郎の首を絞める両手から死の気配が伝わっていた。

須賀京太郎を失う予感は姉帯豊音にはあまりにも恐ろしかった。恨んでいる相手だというのにおかしなことだが、失いたくないと心の底から願った。

そしてこの時姉帯豊音は祖父の声をきいた。


「『三代目葛葉狂死をよろしく頼む』

 さようなら、豊音ちゃん。爺のわがままに巻き込んですまなかった」

一体どこから、いったい何が作用して起きた現象なのかさっぱり姉帯豊音にはわからなかった。しかしこの一言の後、須賀京太郎の唇を姉帯豊音が塞いだ。

若い男女の接吻であるから昂るものがあるはずだが、一切なかった。

馬乗りになっている姉帯豊音の目に宿っている矛盾の火、須賀京太郎から放たれる静寂の気配、二つが混じると奇妙な光景にしか見えない。

天国から解放された三人の少女たちがその場面を見ていたが、須賀京太郎が喰われているように見えた。しかし実際は真逆であった。

姉帯豊音は須賀京太郎に大量のマグネタイトを送り込んでいた。両目の憎しみの火は消えていない。しかし同じくらい須賀京太郎を守りたかった。

 姉帯豊音の救助活動によって須賀京太郎が復活を遂げつつある中、宇宙卵の中に霊的決戦兵器「酒天」が飛び込んできた、この時に現れた「酒天」と宇宙卵の状況について書いていく。

思った以上に長い時間救助活動が続いている時のことである。半壊状態になった二十メートル級の霊的決戦兵器「酒天」が宇宙卵に侵入してきた。

宇宙卵の不安定な殻を突破してきた「酒天」はひどい状態であった。両腕が失われて、胸部装甲はない。両足もかろうじてくっついている状態である。

幸いコックピットは無事らしくショートカットのオロチが半泣きで操縦桿を握っていた。半分といったがほとんど泣いている。

鼻水も出ているし、ひどい顔だった。というのも心が不安でいっぱいになっていた。

数十秒間本体である葦原の中つ国から切り離されたうえ、須賀京太郎と離れて行動した結果である。もともと臆病なオロチである。

たった一人になった上、衛星軌道上で一人きりになるのは生きた心地がしなかった。

それでも宇宙卵に突入してこれたのは、葦原の中つ国の塞の神の触角として、使命を全うするためである。

超力超神もナグルファルも機能停止状態であるから、たった一人で責任を果たそうとしていた。

このタイミングだったのは、この責任感に加えて、須賀京太郎たちの気配を感じ取れるようになったからだ。二つが合わさった今、どうにか頑張れた。

またショートカットのオロチが宇宙卵の中に飛び込んでこれたのは、天国の崩壊がいよいよ確実になったからである。

今や「まっしゅろしゅろすけ」の加護もシギュンの杯も天国の支配下にない。かろうじて形を保ってはいる。しかし形があるだけである。

壊れそうな霊的決戦兵器「酒天」でも突破できるほど殻は柔らかく薄かった。 

 霊的決戦兵器「酒天」が宇宙卵に突入してきた数十秒後ショートカットのオロチが目的を達していた、この時の須賀京太郎たちとオロチについて書いていく。

これは半泣きになっているショートカットのオロチが宇宙卵の中心部に落下するように現れた直後である。

霊的決戦兵器「酒天」のコックピットから半泣きのオロチが飛び出してきた。この時のオロチの勢いはなかなかのもので、最速のオロチといってよかった。

ただ、最速をたたき出せたのは須賀京太郎と姉帯豊音を見つけた安心感と、二人に慰めてもらいたいという気持ちがあってのものだった。

そうして過去最高速をたたき出したショートカットのオロチは奇妙な空気の須賀京太郎と姉帯豊音のど真ん中に突っ込んでいった。

すると待ってましたとばかりに「まっしゅろしゅろすけ」が展開し、オロチを包み込んでしまった。

大慈悲の加護に包まれたオロチは手足をばたつかせていたが、どうにもならなかった。

しかしそんなオロチだが、しっかりと須賀京太郎と姉帯豊音に影響を与えた。

というのもショートカットのオロチが現れたと察すると須賀京太郎と姉帯豊音が急に熱を失ったのである。

そして若干復活してきた須賀京太郎と姉帯豊音の距離が離れた。

馬乗りになっていた姉帯豊音があわてて須賀京太郎から降りて、いまだ動けない須賀京太郎の傍らで正座した。

ゼロ距離から五十センチほど離れたのである。するとようやく「まっしゅろしゅろすけ」の加護が薄まった。

加護が薄まるとショートカットのオロチが姉帯豊音に抱き着いた。非常に恐ろしい体験をしたせいで若干精神年齢が下がっていた。

しかし姉帯豊音は特に悪い顔も見せずに対応した。ただ須賀京太郎をかたくなに視界に入れなかった。色々と思うところが多すぎる上に、邪魔が多い。

須賀京太郎と語り合いたい気持ちはある。しかし目を覚ました三人の少女たちが邪魔だった。

特に須賀京太郎の首を絞めてからの救助活動の流れを見られているだろうから、非常に面倒くさかった。


 ショートカットのオロチを姉帯豊音が慰めている間に須賀京太郎に神代小蒔が話しかけてきた、この時に彼女が提案してきた脱出計画と須賀京太郎の反応について書いていく。

それはショートカットのオロチの相手をしつつ姉帯豊音が須賀京太郎の手を握った時のことである。

天国から解放された三人の少女が須賀京太郎たちに近付いてきた。三人の少女とは天江衣。神代小蒔。

そして何が起きたのかさっぱりわかっていない石戸霞である。この時の三人の少女はなかなか面白い顔をしていた。

とんでもないものを見てしまったという顔をしている天江衣に、若いっていいわねぇとでも言いたげな神代小蒔、そして海水浴後から全く記憶がない石戸霞。

統一感が全くない三人であるから、みている分には面白い。ただ、少女たちからすれば理解に苦しむ状況であるから、悲劇的であった。

そんな面白い顔をしている三人の少女だが、一番に口を開いたのは神代小蒔だった。須賀京太郎たちのところまで来ると一番にこう言ったのだ。

「いちゃいちゃしているところ悪いけどぉ、そろそろ脱出しませんこと? お二人がぁ、いちゃいちゃしている間にぃ、宇宙卵がぁ壊れそうよぉ?」

神代小蒔が口を開くと天江衣と石戸霞と姉帯豊音が変な声を出した。そして神代小蒔を疑いの目で見つめた。

なぜなら神代小蒔という少女を彼女らはよく知っている。須賀京太郎と姉帯豊音を恐ろしい勢いでからかったりはしないと知っていたのだ。

だから非常に驚き、操られているのではないかと考えた。この時姉帯豊音に手を握られている須賀京太郎は特に動じなかった。

マグネタイトが全く足りていない状態で、肉体も損傷したままである。遊んでいる暇がなかった。そのため平然としたまま、こう言っていた。

「シギュンさん……回復魔法つかえたりしません? マグネタイトは姉帯さんが注いでくれるんですけど、腕痛くて……」

すると神代小蒔はこのように答えた。

「使えないわ。でも血を止めるくらいならできるわよ。ちょっと待ってなさい」

と須賀京太郎の右肩の切断面に真っ白い包帯のような加護が現れた。姉帯豊音の加護とは違ってツヤツヤしていた。

この加護が現れると須賀京太郎の流れ出していた血液が止まった。また、腹部にも同じように加護が現れて出血を止めた。すると須賀京太郎はこういった。

「ありがとうございます。マグネタイトをもらっても漏れ出すばっかりで……」

これにシギュンが返した。

「また豊音ちゃんにチューしてもらえばいいじゃない」

すると須賀京太郎が恥ずかしそうに笑った。同時に姉帯豊音の顔が真っ赤になった。耳まで赤かった。ただ、須賀京太郎も姉帯豊音も言い返せなかった。

実際そういう状態になっていたのだ。嘘ではないのだから対応が難しかった。そうして二人が困っているとシギュンがこう言った。

「さぁ、冗談はこれくらいにして。このロボットっぽいやつでさっさと脱出しましょうよ。

 京太郎ちゃんもそろそろ動けるでしょう?」

すると須賀京太郎が答えるより前にオロチが答えた。

「悪いが無理だ……無理して宇宙卵を突破してきたからな、全身がぼろぼろでまともに動ける状態じゃない」

これにシギュンが応えた。

「んー?

 全然問題ないわ。だってコアがきれいなままだもん。創ったのはロキでしょ?

 仕組みに無駄がなさ過ぎる。遊びがなさ過ぎて張りつめてる感じがロキっぽいわ。

 そうでしょロキ?

 さっさと京太郎ちゃんの中から出てきて修理しなさいよ。何時までもへばり付けるもんじゃないんだし。

 私も手伝ってあげるから」

するとどこからともなく肉体を持った老人のロキが現れた。ロキはこういっていた。

「一言目がそれか?

 どれだけ苦労してお前を助けたと思うておるんじゃ。もう少しわし等をいたわらんかい」

これにシギュンがこう答えた。

「あとでね。

 さぁ、始めましょう」

すると老人ロキがこう言った。

「もちろんじゃ。小僧は少し休んどれ。四十秒で仕上げちゃる」


 シギュンとロキがギャーギャー言いながら霊的決戦兵器「酒天」を仕上げている間に須賀京太郎が動き出した、この時の行為とその理由について書いていく。

それは霊的決戦兵器「酒天」をシギュンとロキが楽しそうに弄っている時のことである。

カラカラになって死に掛けていた須賀京太郎が体を起こせるまでに回復した。

カラカラになっていた肉体も姉帯豊音から注がれた大量のマグネタイトによってかなり良くなっている。マグネタイトはエネルギー。

一番良いのは回復魔法をかけて食事をとって休むことなのだが、マグネタイトだけでもどうにかなった。

そうして何とか動けるようになった須賀京太郎は、ふらつきながら落し物を拾いに行った。この時須賀京太郎を誰も止めなかった。

なぜなら須賀京太郎が向かう先には二代目葛葉狂死の剣が落ちている。

そして須賀京太郎の顔に浮かんでいる静かさを見れば、何のために剣を求めているのかすぐにわかった。

ふらつきながらも剣の下へ到達した須賀京太郎は、軽く頭を下げた。二代目葛葉狂死の剣を姉帯豊音に渡すためである。

これは二代目葛葉狂死を誇るべき敵と認めたからこその配慮である。今まで出会ったどんな敵対者よりも自分を強くしてくれた相手である。

最大限の敬意を持って事に当たっていた。そんな須賀京太郎の姿に魔人の荒々しさはない。成熟した精神を宿した静かな人間がそこにいるだけだった。

敬意を払った後抜身の剣を須賀京太郎は左手で拾った。この時須賀京太郎の両目から涙がこぼれた。哀しいわけではない。

ただ、剣を拾った時持て余すほどの感情が湧いた。この時に湧き上がった感情は複雑であったが清らかだった。

そんな須賀京太郎の涙は誰にも見られることはなかった。すぐに涙は静まった。

 二代目葛葉狂死の剣を須賀京太郎が引き継いだ後霊的決戦兵器「酒天」は宇宙卵を脱出した、この時の霊的決戦兵器「酒天」の様子と周囲の状況について書いていく。

それは二代目葛葉狂死の剣を須賀京太郎が拾った後のことである。

宇宙卵の中心部でシギュンとロキにいじくられていた霊的決戦兵器「酒天」が奇妙な爆発音を立てた。爆発音に奇妙も何もないはずだが、実に奇妙だった。

というのも「酒天」から聞こえてきた爆発音には獣の声と人の声がまじりあっていた。すぐに須賀京太郎が「酒天」に振り向いた。

爆発音を失敗のしるしだと考えた。しかしその時である須賀京太郎は誰かにつかまった。何事かと慌てていると、コックピットに無理やり座らされた。

二代目葛葉狂死の剣も一緒に放り込まれていて、「まっしゅろしゅろすけ」が鞘になっていた。

須賀京太郎を引きずり込んだのは後部座席で操縦桿を握っているロキである。

二人乗りのコックピットの後部座席にロキが座って、マグネタイトで創った質素な腕で須賀京太郎を操縦席に座らせていた。

このコックピットだが快適とは言い難かった。なぜなら狭かったコックピットが一層狭く改造されている上に、姉帯豊音たちがいる。

天江衣と神代小蒔、そして石戸霞にオロチに須賀京太郎。肉体を取り戻したロキまでいるのだから、ぎゅうぎゅうでひどかった。

姉帯豊音は未来を背負った状態であるから余計にきつかった。ただ、状況が状況なので誰も文句を言わなかった。

コックピットに須賀京太郎が放り込まれるとロキがこう言った。

「よっし! 準備完了!
 
 シギュンよ、『酒天』を覆え!

 我が同胞たちよ、今こそ本領発揮の時!」

このようにロキが号令をかけると須賀京太郎の肉体から複数の魂が抜けだしていった。抜け出していった魂はボロボロの「酒天」のボディーを駆け抜けた。

同時に須賀京太郎は寒気を催した。この寒気は青ざめるほどのものだった。急に心がさみしくなったのだ。

地獄を駆け抜けた戦友たちがいなくなったと確信した。そうして須賀京太郎が寒さに震えている間に、「酒天」の四肢が復活した。

復活した四肢は非常に荒々しかった。狼のような両足、牡牛が彫りこまれた太い両腕。そしてしなやかな蛇の背骨。ロキが産みだした機能美が損なわれた。

しかし非常に生命力に満ちていて、美しかった。そうして復活を果たした「酒天」のボディーをシギュンの加護が覆い隠した。

全身が白い布のようなもので固められて、修行僧のような姿になった。そうして準備万端となったところで、ロキがこう言った。

「行くぞ小僧!

 ここからが正念場、わし等が脱出すれば宇宙卵の均衡は完全に崩れ、崩壊が始まるじゃろう。宇宙卵の崩壊によって何が起きるかわしにはわからん。

しかし乗り越えねば地球へ帰還することは出来ん!

 覚悟はええか!」
須賀京太郎は少しだけ震えた。恐怖のためである。たった一人になったという不安が須賀京太郎の心を震わせた。

そんな時須賀京太郎の右側から姉帯豊音が手を伸ばしてきた。そして操縦桿の右側を握った。操縦桿を握った姉帯豊音は須賀京太郎を見た。


須賀京太郎は見つめ返して、うなずいた。須賀京太郎は

「救われた」

と思った。少しだけ心のさみしさを忘れられた。そして姉帯豊音が背負っている未来を見た。走り切らなければならないと自分を奮い立たせた。

自分を激励した須賀京太郎は操縦桿の左側を握ることで、姉帯豊音に答えた。そして待ち構えているロキにこう言った。

「もちろん、いつでもいいぞ」

すると霊的決戦兵器「酒天」は宇宙卵の底を蹴り、薄くなった殻を突破した。

 霊的決戦兵器「酒天」は宇宙卵を突破した後戦友たちの導きで嵐を抜けた、この時のヤタガラスと霊的決戦兵器「酒天」について書いていく。

それは須賀京太郎とロキが操る霊的決戦兵器「酒天」が宇宙卵の殻を突破した直後のことである。コックピット内部でうめき声が聞こえてきた。

うめき声は少女たちのものである。というのもコックピット内部にある三百六十度表示のスクリーンがすべてエネルギーの嵐で埋め尽くされている。

しかも霊的決戦兵器「酒天」がエネルギーの嵐に遊ばれているらしく、視界が全く定まらない。

コックピット内部はそれなりにぎゅうぎゅうであるから、たとえコックピット内部が微動だにせずとも視界の暴力と人の熱気で気分が悪くなっていた。

この時操縦桿を握っているロキが大きな声でこう言った。

「小僧! 超力超神とナグルファルに向けて信号を出す!

 『ラグナロク』を発動させよ! わしが調整しモールス信号化しちゃる!」

すると操縦桿を握っている須賀京太郎が躊躇わずに呪文を唱えた。迷いのない声でこう言った。

「『ラグナロク』!」

このように須賀京太郎が呪文を唱えると、霊的決戦兵器「酒天」のボディーを火の膜が覆った。火の膜は橙色で弱弱しい。

しかも、火の膜は小刻みに点滅している。あまりにも頼りない。しかしその光は嵐を突き抜けて戦線離脱している超力超神とナグルファルに届いていた。

嵐の外で輝く光を見た超力超神とナグルファルは驚いた。なぜならマグネタイトの嵐を突き抜けて届く点滅のパターンはモールス信号。

しかも届くメッセージは

「二代目葛葉狂死、須賀京太郎が討つ」

である。須賀京太郎たちの生存は絶望的だと思っていたヤタガラスとナグルファルである。これはさすがに驚いた。しかし驚いている時間は少なかった。

モールス信号で届くメッセージから即座にロキの考えを察したからだ。

この時一番にロキの考えを察したのが十四代目葛葉ライドウ、一番早く対応したのがハギヨシとディーだった。

そのためナグルファルよりも先に超力超神が灯台の役目を果たした。

マグネタイトの嵐から離れたところ、高度三十四万キロメートル付近で超力超神が強烈な光を呼び起こした。

この光はハギヨシとディーが連携して放った奥義で、超力超神で拡大されたものだった。この光の名前は「天命滅門」葛葉流退魔術の奥義の一つである。

この奥義を発動させた直後、嵐の中にいた霊的決戦兵器「酒天」が一気に嵐の中心から脱出して見せた。

超力超神のそばにある霊的決戦兵器「酒天」の姿を見て、まとめ役の何名かが悔しげに唇を噛んだ。役に立ちたかったのだ。

 霊的決戦兵器「酒天」が脱出した後ナグルファルとヤタガラスたちは嵐がおさまるのを待って地球へ帰還した、この時のナグルファルについて書いていく。

それは宇宙卵の中から須賀京太郎たちが脱出して数分後のことである。ナグルファルの甲板に霊的決戦兵器「酒天」の姿があった。

しかしずいぶんひどい状態になっていた。ナグルファルの甲板に到着した瞬間に、「酒天」の両手両足、そしてしなやかな骨格が失われたのである。

同時に「酒天」を守っているシギュンの守りが消えうせて、ナグルファルの甲板には頭部と胴体だけの「酒天」が残った。

ナグルファルの甲板には大量の船員たちの姿があった。

ほとんどが医療関係の船員たちで激戦を経て重傷を負っているだろう須賀京太郎たちに対応するために集まっていた。

ただ医療関係者よりも早くコックピットに飛び込んでいったのはアンヘルとソックで、回復させたのも二人だった。

ナグルファルの船員たちとは違い、須賀京太郎に遠慮がない二人である。須賀京太郎が這い出してくるのを待つことも、命令を待つこともない。

助けにいくぞと決めれば一気にあらわれて、一気に回復させていた。そうして須賀京太郎の肉体を回復させたのだが、全く満足しなかった。

「もしかすると何か問題が隠れているかもしれない」

と、須賀京太郎を集中治療室へ引っ張っていった。マグネタイトが激減している上に須賀京太郎の穏やかさが原因である。

しかも姉帯豊音と距離が近い。

集中治療室に連れて行くべきだった。


この時に引っ張り出された須賀京太郎であるが嫌な顔はしなかった。肉体は万全だが精神的に疲労しているのは間違いなかった。

また心配してくれるのが素直にうれしい。問題があるとすれば、首根っこをつかんで移動する事だけである。いくらなんでも扱いが悪かった。

そんな須賀京太郎だが、二代目葛葉狂死の剣はしっかり確保していた。

須賀京太郎が引っ張られていった後、コックピットにいた少女たち、ショートカットのオロチと姉帯豊音、肉体を取り戻したロキが甲板に降りてきた。

甲板に少女たちが降りてきたが、すこしも問題なさそうだった。それもそのはずで、現在のナグルファルは宇宙仕様。

ナグルファルの半径五十メートルは生存可能領域である。問題などなかった。そうしてナグルファルとヤタガラスたちは嵐がおさまるまでその場で待機した。

嵐は三十分ほどでおさまった。嵐がおさまるとナグルファルと超力超神は地球へ帰還した。

この時超力超神もナグルファルも次の戦いに向けて意識を切り替えていた。次の戦いとは後始末。日常生活を始めるために頑張る戦いである。

この時龍門渕信繁と透華の親子が同じようなポーズで頭を抱えていた。

夜明けが来るまでに処理しなければならない案件が、細かいものを合わせて十万件オーバー、大きいもので一千件近く発生したからである。

討伐完了と同時に復興任務が開始され、司令塔の役割を果たしている龍門渕にそのまま仕事が流れ込んできだ。ただ逃げるわけにはいかない状況である。

事務処理系のヤタガラスたちはここからが本番だった。何はともあれ、超力超神とナグルファルは葦原の中つ国へ帰ってきた。

高度一万キロメートルに展開したオロチの門を潜って、とりあえずの終わりを迎えたのである。


 夜が明けるまであと一時間太陽系第三惑星地球上にある日本国の東京で沢山の人たちが必死になって働いていた、この時に大都会東京で必死になって働いている人たちについて書いていく。

これは地球全体に大量の隕石が降り、地球上のいくつかの建造物が壊れる事件が起きた夜明けの話である。

あと少しで夜明けを迎える東京でヤタガラスの紋章を身に着けたたくさんの人々が一心不乱に働いていた。紋章の基本は三本足のカラス。

この三本足のカラスに足される形で龍の刺繍が施された紋章を持つ人がいたり、鋼の右腕の刺繍が施された紋章を持つ人がいる。

また三本足のカラスが船に乗っているような紋章、三本足のカラスに赤い目の蛇が絡んでいる紋章もある。

今にあげた微妙な違いはかなりバリエーションがあり、すべて把握するのは難しい。

そんな紋章を身に着けている人々はヤタガラスの構成員、もしくはヤタガラスの協力者である。

東京・帝都に集まっている彼らはヤタガラスの構成員の約半分。彼らが駆り出された理由は帝都の復旧作業と情報操作を行うためである。

帝都自体はほとんど無傷なのだ。しかし一度現世と切り離されているので、送電線や水道管などのライフラインの復旧が必要だった。

また数時間にわたって日本の機能がほとんど停止した状態であったことを隠ぺいする必要がある。これは経済に対する配慮である。

海外のサマナーたちにはとっくの昔にばれているけれども、一般人相手にはごまかしがきく。

なぜなら二代目葛葉狂死が引き起こした事件を事細かに文章に起こしたところで、信じる者は一人もいないからだ。

たとえ映像を残していたとしても良くできた映像作品以上の評価は得られない。それがわかっているからこそ、ヤタガラスたちは全力で情報を操作した。

ヤタガラスたちは必死で働いた。不思議なことで高揚しているものばかりだった。派手な戦いの後である。まだ胸が熱かった。


 夜が明けるまであと五十分須賀京太郎とロキが談笑していた、この時に行った会話の内容について書いていく。

それは夜が明けるまであと数十分というところ、夜明け前の涼しい空気の中での出来事である。

さみしい路地にある自動販売機の前で須賀京太郎とロキが談笑していた。この時の須賀京太郎はすっかり普通の人の姿に戻っている。

髪の色は相変わらず灰色のままだが目の色も肌の色も腕の形も人間である。自分自身を律する星を見つけたことで暴走していた異界操作術を支配したのである。

さみしい路地の自動販売機の前にいるのは、

「缶コーヒー飲まねぇか?」

と集中治療室でロキが誘ったからである。これに須賀京太郎が乗った。

そうしてアンヘルとソックの目を盗みナグルファルの警備をあっさり抜けて、現世にやってきた。

寂しい路地に引っ込んでいるのはヤタガラスたちに見つかるのを防ぐためである。黙って抜け出してきたので、密告されるのを恐れた。

缶コーヒーのために脱走してきた二人は、自販機の前でくだらない話をしていた。缶コーヒーを片手にロキがこう言うのだ。

「あぁ、この感じじゃ。このやっすい感じ懐かしい」

するとボロボロのバトルスーツ姿の須賀京太郎がこう言った。

「もうちょっと砂糖欲しい」

これにロキがこう言った。

「それじゃあ、甘すぎるじゃろう。これでも甘すぎるくらいじゃぞ」

すると須賀京太郎がこう言った。

「これで甘いってマジかよ……」

嫌そうな顔を須賀京太郎が見せた。するとロキが笑った。そしてポケットから煙草を取り出してこういった。

「年取ると味覚も変化すんじゃよ」

煙草をくわえたロキだが、急にあわてだした。ズボンのポケットに手を突っ込んでみたり胸ポケットに手を突っ込んでいた。そしていよいよこう言った。

「ライターねぇわ」

須賀京太郎が笑った。困った爺だと思った。そしてこういった。

「ホイ、『ラグナロク』」

須賀京太郎の指先に小さな火が現れた。何もかも焼き尽くす弱弱しい火「ラグナロク」であった。これを煙草の先端に持っていった。

弱弱しい火はたばこの先端だけを燃やした。見事に制御できていた。そして煙草に火が着くとロキがこう言った。

「世界を焼く火でたばこを吸った男はわしが初めてじゃろうな」

須賀京太郎が小さく笑った。笑顔に影はない。眉間のしわも消えている。凪いだ空気をまとって、魔人といわれても信じる者は少ないだろう。


そんな須賀京太郎をみて、ロキが黙った。そして真剣な顔をしてこう言った。

「シギュンが謝っておったぞ、それと礼もな。

『地獄に放り込んで済まなかった、助けてくれてありがとう』

じゃとよ」

このように語るとゆっくりとタバコを吸った。煙草の先端がチリチリ焼けて、灰色になった。すると須賀京太郎はコーヒーを一口飲んでこう言った。

「気にしないでと伝えてほしい。

 不思議に聞こえるかもしれないが、感謝している。この戦いを経て俺はさらに強くなった。見えなかった自分の姿を見て、足りなかったものを手に入れた。

 きっとシギュンさんとロキに出会わなければここに立っていなかった」

須賀京太郎が答えるとロキが煙を吐き出した。勢いのまま缶コーヒーを一気に飲み干し、空き缶をゴミ箱に放り込んだ。

そしてこういった。

「出会ったころよりもでかくなったな……良い夢を見た。もう少し夢を見ていたいと思う。

 じゃが、往かねば。生命の理に従って太陽が昇る前にわしも往かねばならん。シギュンと息子たちが待っておる。

 元気でな、京太郎。お嬢ちゃんと仲良くやれよ。浮気はするな、一途であれ」

寂しい路地にある自動販売機の前に須賀京太郎がただ一人立っていた。須賀京太郎の隣には、一本しか吸っていない煙草の箱が落ちていた。

須賀京太郎は残っている缶コーヒーを飲み干した。飲み干した缶コーヒーはゴミ箱に放り込んだ。そして落ちている煙草の箱を拾い上げて、夜明けを待った。

夜明けはいつもと何も変わらない。静かに太陽が昇った。この世界すべての命に光が降り注いだ。朝日を浴びて少しだけ目を細めた。

旅の始まりを思い出していた。そして今の自分を思い、微笑んだ。ずいぶん変わったと思った。しかし悪いとは思わなかった。

はばかられる戦いばかりだったが、駆け抜けた旅路は誇らしかった。そしてしばし朝日の祝福を受けてから、須賀京太郎はタバコ片手に歩き出した。

寂しさで胸がいっぱいになっていても止まることはできなかった。それが須賀京太郎が見出した光で呪いだからだ。


 高度三十六万キロメートルで発生した天国が消失した二日後、ヤタガラスの幹部会が開かれていた、この時に集まっていた幹部たちの様子そして集まった理由について書いていく。

それは二代目葛葉狂死が生み出した天国が須賀京太郎によって滅ぼされた二日後の昼の話である。

ヤタガラスのお茶会が開かれた宴会場にヤタガラスの幹部たちが集まっていた。席順は前回とほぼ同じである。

違いは大幹部の一人が消えたこと、幹部が数名消えていること、そして青ざめて震えている幹部が半数以上存在しているとことである。

また青ざめていないにしても調子を崩している幹部が非常に多く、病人の集まりに見えた。この時覇気に満ちていたのは四名。

大幹部十四代目葛葉ライドウ、そして幹部花田義輝、ハギヨシ、右腕が義手の色男だけである。龍門渕信繁も出席しているのだが、目がうつろだった。

目の下に大きなクマがある。一緒に出席している娘の透華も同じく大きなクマがあり、目の光が失われていた。残業である。後始末を必死になって片づけた。

復興作業とあぶり出しの残業だった。あぶり出しとは二代目葛葉狂死の作戦に乗った裏切り者のあぶり出しである。

であるから、顔色が悪い幹部というのは炙り出されたと考えて間違いない。顔色の違いは深さの違いである。

深さとはどれだけ積極的に二代目葛葉狂死と連携したのかという深さである。青ざめている者たちは積極的に手を貸した。

調子が崩れている者たちは消極的に手を貸した者たちである。そうなって大事件から二日後に開かれた幹部会とは処刑会場である。

証拠が得られた段階で粛清もできたが、「幹部」である。手順を踏んで始末する流れとなった。良い趣味とは言えない幹部会の開催である。

しかし組織の運営をルールに殉じて行うことはとても大切だった。

退魔士というのは個性的なタイプが多いので、こういう時こそルールに殉じるべきという発想があった。ただ、なかなか処刑が始まらない。

重苦しい空気が会場全体を覆い、呼吸すらはばかられる沈黙が生まれていた。これは幹部会に出席するべき最後の一人を待ち構えているのだ。

そうして約束の時間ピッタリに黒のスリーピース・スーツを身に着けた須賀京太郎が現れた。二代目葛葉狂死の剣を左手に持ち、たった一人で現れた。

数日前の須賀京太郎を知っている者たちは目を見張った。

お茶会時にはなかった静かな迫力を須賀京太郎に感じ、あるものは若き日の二代目葛葉狂死の姿を重ねていた。

そうして重苦しい幹部会に到着した須賀京太郎に十四代目葛葉ライドウがこう言った。

「若きヤタガラスの幹部よ、同胞たちの前で名乗りたまえ」

するとスリーピース・スーツを身に着けた須賀京太郎が答えた。

「『ヤタガラス 姉帯支部総長 直階三級退魔士 三代目葛葉狂死』」

すると幹部会がざわついた。三代目葛葉狂死の襲名について一切聞いていなかった。一方で全く驚いていない幹部が十名近くいた。

それもそのはず、三代目葛葉狂死襲名は既に知らされている。驚くわけもなく、ざわつくわけもない。

そして落ち着いている十名近くの幹部を見てようやく会場が静かになった。これからヤタガラスとして生きていく者と、粛清される者の違いだと理解した。

 ヤタガラスの幹部として三代目葛葉狂死が認められた直後十四代目葛葉ライドウが粛清を始めようとした、この時に行われた十四代目葛葉ライドウと須賀京太郎の会話について書いていく。

それはスリーピース・スーツを身に着けた須賀京太郎が末席に座った時に起きた。

堂々としたふるまいの須賀京太郎をまっすぐに見つめて十四代目葛葉ライドウがこう言った。

「気骨のある退魔士が幹部の座についたのは何時振りか……喜ばしい。

 本当なら祝いの席を設けるべきだが、先に片付けなくてはならない問題が多い。申し訳ないが三代目葛葉狂死殿、またの機会に……」

すると穏やかな空気をまとった須賀京太郎がこう言った。

「お気になさらず。十分承知しております」

このように答えると、十四代目葛葉ライドウが肯いた。そしてこういった。

「そういってもらえるとこちらも助かる」

そして少し言葉を区切ってから十四代目葛葉ライドウが切り出した。

「では、粛清を始めようか。

 儀礼に乗っ取り一人ずつ、白か黒か判断していこう。ヤタガラスの長い歴史でも幹部級が一度に四十名近く粛清される事はない。

しかし丁寧にやっていこう。

 粛清対象者には拒否権がある。もしも粛清が不当と思うのならば、この場で私たちを始末すれば良い」


このように会場にいる幹部たちに語りかけた十四代目葛葉ライドウは冷えに冷えていた。それもそのはず、幹部たちの質の悪さに苛立っていた。

ヤタガラスに反逆したことに苛立っているのではない。二代目葛葉狂死に頼りきりになり、天国に逃げようとしたその性根に苛立っていた。

この時十四代目葛葉ライドウの隣に座っている大幹部・壬生彩女は何も言わなかった。悲しげな眼をしてうつむいている。

力をもつ老婆であったが、今は普通のおばあさんに見えた。これから起きるだろう大量粛清を思い悲しんでいた。口を出さないのは資格がないからである。

大幹部であるけれども、早々に人形化の呪いを受け繋がれていた。十四代目葛葉ライドウたちにやめてくれとは言えなかった。

しかし粛清が始まるというところで、末席に座っている須賀京太郎がこんなことを言った。

「少しよろしいでしょうか十四代目」

すると十四代目葛葉ライドウが答えた。

「何か問題でも?」

間をおかずに須賀京太郎はこういった。

「粛清やめませんか?」

これに十四代目葛葉ライドウが眉間にしわを寄せて答えた。

「急にどうした?」

そんな十四代目葛葉ライドウに須賀京太郎がこう言った。

「有効活用しましょう」

十四代目葛葉ライドウに対する須賀京太郎は堂々としていた。まったく迷いがなく爽やかだった。

 十四代目葛葉ライドウが大量粛清を始めようとした少し後須賀京太郎が語り始めた、この時に語られた有効活用方法について書いていく。

それは十四代目葛葉ライドウが粛清の手を止めた時のこと。今まで大人しくしていたハギヨシが良く通る声でこんなことを言った。

「いったい何を思いついた?

 エグイ話じゃないだろうな……勘弁してくれよ、面倒事が山ほどあるんだ。

 後腐れしないようにさっぱり終わらせてくれ」

これにベンケイが続いた。

「まぁ、有効活用が本当に有効なのかが重要だよな。

 いいぞ須賀君、じゃなくて三代目。きかせてくれよ。

 いいだろう師匠。若いヤタガラスがやる気になっているんだ。心意気を酌んでやろうぜ。

 コデマリと信(のぶ)ちゃんもいいだろう?」

すると右腕が義手の色男と目の下にクマがある龍門渕信繁がうなずいた。この時右腕が義手の男コデマリは上機嫌だった。

この修羅場で提案してきた須賀京太郎を面白がっていた。そしてニコニコしながら右腕が義手の色男コデマリがこういっていた。

「もちろん構わないわぁ。

 良いところ全部持ってかれちゃったし、頑張ってもらっちゃったもん。

 おっさんたちのことなんて気にせずに、思い切っちゃって! 男は度胸よ!」

右腕が義手の男コデマリが大きな声で応援してくれていた。しかし須賀京太郎は少しひるんだ。

視界にチラチラ入っていたが、そういう感じとは思っていなかった。ただ、どうにか平静をよそって、須賀京太郎は自分の考えを語った。こう言っていた。

「粛清対象になっている幹部の皆さんを、討伐隊の皆さんで管理しましょう。

 別に粛清対象者たちを生かしておけとは言いません。気に入らなければ即座に始末すればよろしい。

 現在の日本の混乱具合からして下手に幹部の首を飛ばせば大きな隙になります。

我が先代・二代目葛葉狂死が外国勢の勢いも削いでいますから、今のところは問題ないでしょう。しかし隙は少ないほうが良い。

 ですから今のうちに備えるべきです。今回の一件で世界にケンカを売った形になっていますから、これから揉めるはずです。

 外国でくすぶっている弱小勢力も動くでしょうし、世界情勢を考えれば三回目の世界大戦、しかも悪魔と神を使った派手な戦いが始まる可能性もあります。

 なら、備えるべきでしょう?」


至って普通の提案であった。今回の事件で頑張った幹部たちが、裏切者の権力を奪い取って支配する。

そして全く内乱など起きていないように見せかけて対外勢力に備える。

二代目葛葉狂死の作戦に乗せられて日本に攻め込んできた勢力が複数存在していた以上、特に問題のある発想ではない。王道も王道。

ビックリするくらいまともな提案だった。

 須賀京太郎の提案をきいた後討伐隊に参加していた幹部たちは沈黙した、この時の幹部たちの表情と考えについて書いていく。

それはビックリするくらいまともな、日本のためになるだろう提案を須賀京太郎が飛ばした直後である。十四代目葛葉ライドウを含めた幹部たちが黙った。

怒っているのではない。討伐隊に参加している幹部のほとんどが

「面倒くせぇ」

と思ったのである。これは十四代目葛葉ライドウも同じである。それもそのはずで、領土が増えれば増えるほど仕事が増える。頭を悩ませる問題も増える。

担当する領土が少し増えるなら構わないのだ。緊急避難的に管理することはある。しかし今回は裏切っていない幹部のほうが少ない。

四十近い領土を六名で分けることになる。六名とは十四代目葛葉ライドウ。龍門渕信繁、ベンケイ、コデマリ、ハギヨシ、そして須賀京太郎である。

となって約六倍の権力と責任と仕事が転がり込むわけで、それは討伐隊のメンバーからすれば地獄だった。当然、

「面倒くせぇ」

という顔にもなるし、呟きにもなる。そうなって拒否もできるはずだが、できなかった。一応ヤタガラスの退魔士である。国益を守る義務がある。

粛清するよりも使い潰したほうが絶対に有益なのだ。何せ幹部である。裏切り者だろうがそれだけの実力はある。そのため

「面倒くさいから却下」

とは言えなかった。ただ、この時

「面倒くせぇ」

と思っていたのは須賀京太郎も同じだった。であるから、討伐隊のメンバーが黙っている間に須賀京太郎がこんなことを言った。

「領土の分け方で悩んでいるのなら、討伐隊のメンバー『五名』で話し合ってもらって結構ですよ。

 あっそうだ。姉帯支部なんですけど、龍門渕に管理してもらう方向でお願いします。

信繁さんから陰陽葛葉を預かっていますから、やっぱり義理を通したいっていうか」

すると討伐隊のメンバーたちの目線がとんでもない速度で須賀京太郎に集中した。この時十四代目葛葉ライドウがこう言っていた。

「えっと、討伐隊に参加した幹部は『六名』だ。

 私に義輝、ハギに義経、そして信繁に京太郎……そうだろう?」

かぶせ気味に須賀京太郎が答えた。

「落ち着いてください十四代目。

 俺は魔人で、しかも幹部経験ゼロです。どう考えても管理される側でしょう。

 もう、十四代目はこんな時でも冗談を言う。日本のことを考えたら俺は管理される側ですよ。そうですよね、信繁さん?」

といって須賀京太郎の視線が龍門渕信繁に向かった。視線の先には胃を抑えている龍門渕信繁と透華がいた。

そんな龍門渕の親子を様子を見て討伐隊が若干優しい目をした。こんな扱いにくい幹部の管理なんて死んでも嫌だった。

 須賀京太郎の提案から十分後幹部会が終了した、この時に幹部会を終了させた大幹部・壬生彩女について書いていく。

それは須賀京太郎の無茶振りで龍門渕の親子が悶絶している時のことである。静まり返っていた大幹部壬生彩女が口を開いた。

この時の壬生彩女は必死の形相で、喉もずいぶん乾いていた。意見できる立場にはないと理解しているのだ。

しかしここしか大量粛清を止めるタイミングはないと感じて力を振り絞っていた。壬生彩女はこういっていた。

「良い考えじゃないか! これからのことを考えれば、大正解だろう!

 粛清の手間も省ける!

 よかったねぇあんたたち! 十四代目達に感謝しな! 十四代目達はあんた等が使える間は殺さないでくれるんだ!

 精々尻尾を振ってご機嫌をとるんだね!」


壬生彩女が大きな声を出した後討伐隊のメンバーの目が一瞬鋭くなった。これは龍門渕信繁と須賀京太郎も同じである。

大幹部・壬生彩女の狙いを見抜いていた。研ぎ澄まされている者たちからすれば演技にもなっていない。しかし誰も指摘しなかった。

裏切者の幹部たちよりも、壬生彩女の慈悲の心を立てた。もともと面倒くさい以上の問題がなかったのだ。

関係のない壬生彩女にここまでさせてしまったのなら、やるしかなかった。そうして壬生彩女の頑張りで幹部会は穏やかに終了した。

ほとんど須賀京太郎が狙ったように進行し、血が流れなかった。奇跡的な仕上がりである。しかし領土の配分はうまくいかなかった。

胃を抑えていた透華がこう言ったからだ。

「幹部としての実力を備えるためには領土の運営経験が必須。

 勉強だと思ってあなたも領土を管理しなさい。龍門渕の管理下に入ると自分で言っていたわよねぇ?
 
 いやだとは言わせませんよ」

結局四十近い領土は六等分された。六等分にすると決まった時、討伐隊のメンバーが透華をほめまくった。

特に父親である信繁は今までにないほど上機嫌で娘の頭を撫でていた。徹夜明けの頭で最高の答えを導いたからだ。褒められている娘も上機嫌だった。

とんでもなく仕事に厳しい父親が初めて褒めてくれたからだ。

 幹部会が終わった直後須賀京太郎と熊倉トシはタクシーで移動していた、この時にタクシー内部のピリピリした空気とその理由について書いていく。

それはヤタガラスの幹部会が和やかに終了して十五分ほど後のことである。

ヤタガラスの構成員が運転するタクシーの後部座席に須賀京太郎と熊倉トシが座っていた。

助手席には不機嫌そうなハチ子が座っていて、じっと進行方向を睨んでいた。この時のタクシーの空気はピリピリとしていて、運転手も緊張していた。

この運転手だが、数日前に須賀京太郎たちをお茶会に載せていった運転手さんである。運転手さんが緊張している原因は須賀京太郎である。

失敗を恐れているのだ。普通のお客さん相手でも失敗は良くないが今の須賀京太郎はヤタガラスの幹部。

失敗が死につながる可能性も無きにしも非ずで、さすがに緊張していた。ただ、運転手さんの緊張は空気をピリピリさせるものではない。

ピリピリさせているのは後部座席の熊倉トシである。じっと黙って後部座席に座っているのだが、妙に怖い。

というのも考姉帯豊音の今後について考えていた。考えずにはいられないのだ。当然と言えば当然で、姉帯豊音はかなり危うい立場にいる。

もともと姉帯の陣営というのは弱小陣営。幹部として認められていたのは姉帯豊音の血縁者が大幹部だったからである。

父方の曾祖父が十四代目葛葉ライドウ。母方の祖父が二代目葛葉狂死。

この二人が現役でいる間は姉帯の座が崩れる心配はなく、姉帯豊音もどうにか生きていけるはずだった。しかし二代目葛葉狂死の守りはなくなった。

それどころか地球全体に対して攻撃を行って多数の被害を出している。ヤタガラスはもちろんだが、海外の勢力からも目をつけられてしまっている。

そうして二代目葛葉狂死は須賀京太郎に討たれたが、恨みはまだ消えていない。

つまり血縁者に向かう可能性が非常に高く、そもそも私刑すらあり得て、どうにかする必要があった。

となって、須賀京太郎がどう対応するのかというのは熊倉トシにとって非常に大切で、空気がぴりつくのもしょうがなかった。

 ヤタガラスの幹部会が終わって三十分後須賀京太郎と熊倉トシは宮守女子高校が利用するホテルに到着した、この時に須賀京太郎たちを出迎えたオロチたちについて書いていく。

それはピリピリした空気のまま、一切声を発することなく移動している時のことである。

姉帯豊音たちが利用しているヤタガラスのホテルの入り口で、五人のオロチが待ち構えていた。五人のオロチはそれぞれに特徴があった。

一人目は三つ編みとワンピースのオロチ。二人目はポニーテールとジャージのオロチ。三人目はバトルスーツ風のワンピースを着たツインテールのオロチ。

四人目は髪の毛を上げて和装に合うように調整したオロチ。五人目はバトルスーツにマントを合わせたショートカットのオロチ。

この五人のオロチの触角たちはタクシーが到着するとホテルの出入り口付近の物陰から飛び出してきて、それぞれにファイティングポーズをとった。

このファイティングポーズも微妙に違っていて、上手だったのはショートカットのオロチ一人だけだった。

微妙に統一されていない五人のオロチたちだが、目の輝きは同じであった。いつもは弱弱しい赤い輝きが今は爛々としている。

というのも五人のオロチは須賀京太郎が姉帯豊音を始末しに来たと考えている。これは、姉帯豊音が正直に告白した結果である。

姉帯豊音が口を割ったのはオロチがしつこく問いただしたからだ。原因は事件が解決した後一向姉帯豊音が未来に会いに行かなかったから。

地獄を旅している間未来のことばかりを心配していた姉帯豊音である。オロチたちは、すぐに異変に気付いた。

そしてどうにか二人の仲を修復しようと頑張り始めた。その始まりが須賀京太郎を止めることだった。

初めこそ葦原の中つ国に引き込むために二人をくっつけようとしたオロチであるが、今はもうない。今はただ二人が仲良くしてくれることだけが望みだった。

地獄の一夜がオロチを変えたのだ。そして須賀京太郎の考えを変えるために必死になって邪魔をしに来た。オロチの触角程度で須賀京太郎が止まらないのは知っている。しかしそれでも挑まなければならなかった。守りたいものが沢山ありすぎた。


 ヤタガラスの幹部会が終わって約三十五分後姉帯豊音の部屋に須賀京太郎が到着した、この時に行われた姉帯豊音と須賀京太郎の会話について書いていく。

それはヤタガラスのホテルの一室で姉帯豊音が一人で落ち込んでいる時のことである。

ベッドに寝転がって天井を眺めていた姉帯豊音の耳にノックの音飛び込んできた。ノックの音は三回だった。姉帯豊音は体を起こしてこういった。

「だれー? オロチちゃん?」

すると扉の向こうから須賀京太郎の声が聞こえてきた。こう言っていた。

「須賀です。ちょっと開けてもらっていいっすか」

すると、ベッドからあわてて姉帯豊音が飛び起きた。そしてこういった。

「須賀君? なんで?」

なんで、とは言っていた。しかし予想はついている。始末しに来たのだ。

そうして察しが付くと姉帯豊音は少し青くなり、ほほ笑んだ。直々に始末されるのならそれは幸福だと思った。

そんなことを考えていると、扉の向こうから須賀京太郎がこんなことを言った。

「これからの話をしようと思いまして。

 扉越しでもいいっすけど……その、何というか……内密な話なんで、できれば入れてほしいっていうか」

すると姉帯豊音が表情を緩めた。須賀京太郎の声がやさしかったからだ。しかしすぐに引き締めた。

二代目葛葉狂死の孫娘で、須賀京太郎を殺そうとした姉帯豊音である。姉帯豊音が何を考えていようと、客観的には一番厳しいところで裏切ったのだ。

見逃されるわけがない。ただ、表情はやはり緩む。普通に話してくれるのがうれしかった。だがどうにか緩んだ心を引き締めて彼女はこういった。

「そっか……」

すると扉の向こうが少しざわついた。姉帯豊音の声の調子が非常に不吉だった。消え入りそうな雰囲気で、まったく安心できない声だった。

すぐに姉帯豊音の考えを察した須賀京太郎があわてた。そしてこう言った。

「姉帯さん? 姉帯さん?

 落ち着いてくださいよ。俺がここに来たのは本当にそのままの意味で、『これからの話をしよう』ってことなんです。

 どこから説明したらいいかわからないですけど、上手いことまとまりそうなんです。

 あの姉帯さん? 返事してもらえませんか? ドアぶち破りますよ?」

すると須賀京太郎の話をきいていた姉帯豊音がこう言った。

「ドアを壊すのはやめてほしいなー」

応えるとドアの向こうの雰囲気が落ち着いた。そして落ち着いたところで須賀京太郎がこう言った。

「あの、詳しい話はあとでいくらでもしますからとりあえずドアを開けてもらえませんか?

 あの場所で起きたことについて気にしているのなら、俺はどうすることもありません。

むしろ安易に流されなかった姉帯さんの精神力を好ましく思っています。どちらかといえば好きな部類です。

 で、俺はもう次のことを考えています。次のことというのは領地の経営とか『未来』についてとか、姉帯さんのことです。

 つまり姉帯さんと俺の結婚の話がしたい。

 嘘くさいのはわかります。しかし、信じてもらえませんか」

このように語っている須賀京太郎の口調は恐ろしく弱弱しかった。須賀京太郎自身嘘くさすぎてびっくりしていた。そんな須賀京太郎に対して姉帯豊音がこう言った。

「怒ってないんだ……すごくひどいことをしたのに?」

すると須賀京太郎がすぐに応えた。

「はい。全然怒っていないです。

 ですから、扉を開けてください。信用できないというのなら誓約書を書いてもいいです。十四代目に立ち会ってもらって……ハギヨシさんとベンケイさんにも」

これに姉帯豊音がこう言った。

「大丈夫、わかるよ。須賀君は本当に気にしていない」

須賀京太郎の考えがわかると彼女は言った。しかし本当のところは怪しかった。

二代目葛葉狂死を打倒した須賀京太郎の凪いだ心で嘘をつかれたら、見破れないと思っていた。


しかし、嘘なら嘘でよかった。信じたまま殺されるのならば、それはそれで幸せだからだ。そんな姉帯豊音の薄暗い考えを知らずに須賀京太郎がこう言った。

「だったら、ドアを開けてもらえませんか?」

これに姉帯豊音が答えた。

「私の問題なんだよ。須賀君がいい人なのはわかってる。

 私だって幹部の娘だからね、それなりに観察力はあるんだよ? 須賀君が知らない須賀君だって私は知っている。

 例えば、須賀君は自分のことが嫌い。なぜなら目的のためなら手段を択ばないから」

すると須賀京太郎が扉の向こうで笑った。そしてこういった。

「正解ですね。今はどうにか納得してますけど」

これに姉帯豊音が続けた。

「ほらね、『自分のことがわかってない』。目的のためなら手段を択ばないと自分では思っている。でも、実際の行動は誰よりも手段を選んでいる。

 下種な手段をとることを嫌い、自分が良しと思える手段だけを選ぶ。その結果自分の首をはねる結果になろうと全く気にしない。

 今回の一件だって私を利用すればすぐに終わったかもしれないのに……」

これに須賀京太郎が黙った。扉の向こう側にいる須賀京太郎は眉間にしわを寄せていた。見透かされていたからだ。しかし、悪い気はしていない。

見透かされてしまったが、第三者からの視点は新鮮な気分にしてくれる。

考え方を変えれば、それだけ姉帯豊音が注目していたということで、それも悪い気はしなかった。

ただ、状況が状況なので安易に喜べずに眉間にしわを寄せていた。そうして須賀京太郎が黙ると姉帯豊音が続けてこう言った。

「そういうところ、おじいちゃんとそっくり。

 だからこそ、須賀君には言っておきたいの。

 私はおじいちゃんのことを忘れない。無茶苦茶な事件を起こしたおじいちゃんだけど、やっぱりおじいちゃんだから変わらない。

 それでもいいのなら須賀君に運命をゆだねるよ。もともと須賀君のことは好きだから、須賀君がうなずいてくれるのなら、すごくうれしい。

 須賀君のことだから、きっといい『お父さん』になってくれるし、私もいい『お母さん』になれると思う」

これに扉の向こうの須賀京太郎が黙った。顔が真っ赤になり、呼吸が荒くなった。姉帯豊音の口を塞ぎたかった。

そんな須賀京太郎に気付いているのかいないのか姉帯豊音はこういった。

「子供はたくさんほしい派なんだ。私が一人っ子だから余計にね……きいてる?」

これに須賀京太郎が答えた。

「きいてます」

すると姉帯豊音がこう言った。

「何人くらい欲しい?」

この質問に扉の向こう側がざわついた。質問を受けた須賀京太郎は強行突入を試みていた。しかしあと少しのところで出来なかった。

扉に手をかけたところで震えている。良識が止めたのだ。正義と善の感覚を自覚したことによって、自制心が一層強くなっていた。

そうして数秒ほど耐えてから須賀京太郎はこういった。

「三人くらい? 俺も一人っ子なんで、最低でも二人……姉帯と須賀の名前を継いでもらいたいですし。未来がいるし、あと二人?」

この時扉を挟んで会話をしている姉帯豊音は眉間にしわを寄せていた。少し怒っていた。当然である。子供の数が少なすぎた。姉帯豊音はこういった。


「ダメ。全然ダメ! 

 家族で野球ができるくらい欲しい!」

すると須賀京太郎が素っ頓狂な声で答えた。

「はっ!?」

素っ頓狂な声にかき消されていたが、扉の向こう側はざわついていた。そんなことは無視して姉帯豊音はこういった。

「『はっ!?』ってなに? 真剣な話だよ?」

この時の姉帯豊音は仁王立ちである。扉を挟んで須賀京太郎を見下ろしているようだった。ただ、耳まで真っ赤だった。

自分でもとんでもないことを言っている自覚があった。しかし譲れなかった。そんな姉帯豊音に須賀京太郎が答えた。こう言っていた。

「お前絶対後悔するぞ……」

すると姉帯豊音がこう言った。

「後悔なんてしないよ。姉帯の女には男を見る目があるんだから。

 私のおばあちゃんもお母さんも身体は弱かったけど男を見る目があった。それは私にも引き継がれている」

須賀京太郎はこういった。

「そういう……わかったよ。わかった。頑張るよ。頑張るから扉をあけてくれ」

このように答えた須賀京太郎はうなだれていた。地獄を旅してきた退魔士には全く見えなかった。二代目葛葉狂死と殴り合いをしている方がずっと楽だった。

すると姉帯豊音がこう言った。

「面倒くさいことをしてごめんね。

 やっぱり面と向かって、話しにくいことだからこの機会にしておこうって……ごめんね?」

などと言いつつ、姉帯豊音はドアを開けた。この時の彼女はピンク色で少し真剣だった。会話をしても結局判断がつかなかったのだ。

しかしドアを開けた。粛清されるとしても後悔がなかった。心はしっかり満たされている。もしも今この時に消されるのならそれでよかった。

しかしすぐにドアをしめた。扉の向こうに須賀京太郎の姿があったのだが、それ以外にも人がいた。宮守女子高校の面々、熊倉トシ五人のオロチ。

ハチ子にヘル。天江衣とアンヘルとソックまでホテルの廊下で待機していた。

これは姉帯豊音の身を心配して集まったメンバーで、須賀京太郎を止めるために集まっていた。

二十分ほど前まで、決死の覚悟で満ちていたのだが今は、何とも言えない顔で須賀京太郎と姉帯豊音を見つめていた。

それもそのはず、命がけで須賀京太郎を止めようと集まってみたら、全力でイチャイチャしている。死にそうだった。

ただ、扉を閉めた姉帯豊音も死にそうだった。あまりにも恥ずかしすぎて、視線が定まらず、呼吸も乱れていた。

明日からどんな顔で友人たちに接すればいいのかわからなかった。十五分ほど時間を巻き戻したかった。

 姉帯豊音の部屋の扉が開いた一時間後ホテルのレストランで須賀京太郎たちは食事をとっていた、この時の須賀京太郎たちの様子について書いていく。

それは姉帯豊音が真っ赤な顔で扉を開いてから一時間後のことである。ホテルのレストランの二人席に姉帯豊音が座っていた。

ほんの少しだけ顔色が悪く、伏し目がちだった。それもそのはず、内々で処理したい話を、自分で暴露する失態を犯した後である。

精神的には結構な強度がある姉帯豊音であったが、さすがに一時間で持ち直すのは難しかった。

そんな姉帯豊音の目の前の席にはスリーピース・スーツを着た須賀京太郎が座っている。手元にはレストランのメニューがあり、視線は肉料理に向いていた。

スリーピース・スーツを身に着けている須賀京太郎は爽やかな青年に見えて、少年と呼ぶには風格を持ちすぎていた。

この時周囲のものが気をきかせて、二人席にしてくれていた。ほかの面々は少し離れた家族向けの席に座っておとなしくしている。

大人しくしているが、聞き耳を立てているのが明らかだった。その中でも露骨に楽しんでいるのが天江衣でニヤニヤが止まらなかった。

宇宙卵の中心で馬乗りシーンを目撃しているので、ほかの者たちよりも余計に楽しめた。

ただ、あまりにニヤニヤしているので機嫌の悪いアンヘルとソックにいじくりまわされていた。

須賀京太郎とは一心同体の関係だと胸を張るしているアンヘルとソックである。姉帯豊音を受け入れるのは難しい。

ただ、姉帯豊音が悪い人間ではなく、アンヘルとソック基準からすると結構好きなタイプである。そのため嫌いになれずイライラするだけで済んでいた。

この時宮守女子高校の面々と熊倉トシそして五人のオロチもかなり近い席に座って状況を見守っていた。

宮守女子高校の面々と熊倉トシは一応メニューを見つめていたが心ここに非ず。ここが姉帯豊音の未来を決める大切な場面だと理解しているためである。

一方で天江衣たちと五人のオロチは普通に料理を頼んでいた。昼過ぎである。お腹がすいていた。結果も見えているのだから楽しく昼食で問題なかった。このグループ間の差は須賀京太郎に対する理解度の差である。こればかりは付き合いの長さがものを言った。


 少し遅めの昼食が始まった時姉帯豊音に話しかけた、この時に行われた須賀京太郎と姉帯豊音の会話について書いていく。

それは注文していた料理がテーブルに並んでからのことである。身内にものすごい勢いで恥をさらした姉帯豊音が顔を上げた。

若干目が死んでいたが、しっかりと手を合わせてこう言っていた。

「いただきます」

かなり小さな声だった。そのため須賀京太郎にしか聞こえなかった。この姉帯豊音に合わせて須賀京太郎も小さな声で

「いただきます」

と言っていた。姉帯豊音よりも若干崩れた礼だった。空腹のためである。須賀京太郎からすればかなり遅い昼食である。できれば早く食べたかった。

そうして食事を始めた二人だがほぼ無言だった。姉帯豊音は考えることが山ほどあり、須賀京太郎は目の前の料理に集中していた。

沈黙が苦しい関係ではないので、あえて口を開かない二人である。そのため近くで聞き耳を立てている者たちは世間話を始めていた。

沈黙に耐えかねたのだ。そうして食事が八割終了したところで、須賀京太郎がこう言った。

「幹部会で決まったことなんですけど、ヤタガラスを裏切った幹部たちの粛清は一旦回避されました。

 『十四代目の采配』で討伐隊に参加した幹部で粛清対象者たちを管理することになったんです。

ヤタガラスが混乱するのは外国勢にチャンスを与えること……妥当な判断だったと思います」

すると姉帯豊音がこう言った。

「……須賀君が提案したでしょ?曾おじい様はそんな面倒くさい采配をとったりしないよ。お弟子さんたちも同じ。

あの人たちは権力に興味がないから、積極的に面倒事から離れようとする。

 今回だとすごい勢いで龍門渕に権力が集中したんじゃない? 多分須賀君も龍門渕に、丸投げしようとした」
 
これに須賀京太郎は答えた。

「その通りっす。良くわかりますね」

すると姉帯豊音が悲しげに笑った。そしてこういった。

「おじいちゃんがいつも言ってたから。

 『どういうわけなのか、実力を持つ退魔士は他者を省みない。特に政治なんて知ったことではないと言って組織運営を放り出す。待った困ったものだ』

 まぁ、おじいちゃんも人の事は言えないけどね。

基本的に自分の考えで動き回っていたし、隠し事もものすごく多かった……バレた時は龍門渕とか神代とかの事務系の人たちに頼み込んでどうにかしてたから……」

すると須賀京太郎は難しい顔をした。胃を抑えている龍門渕信繁と透華の姿を思い出したからである。もう少し労わろうと思った。

そして若干罪悪感を感じつつこう言った。

「提案したのは間違いなく俺です。その通りです。そうですけど、決定したのは十四代目ですから。

 それはもういいでしょう? 重要なのはここからです。今回二代目の計画に乗った幹部たちは、形式上は許されたことになります。

となると、姉帯の勢力も当然安堵される。なぜなら、実際に計画を手伝ったわけでもなければ、知らされてもいない。

 裏切り者のゴミどもが許されるわけですから、姉帯さんたちに石を投げることは許されないわけです。

 そうなって、より姉帯さんの安全を求めるのなら、縁談だろうという話なんです」

このように須賀京太郎が伝えると姉帯豊音がこう言った。


「私のために幹部たちの粛清さえ回避させちゃうんだ?」

須賀京太郎はこういった。

「そういう事です。ナグルファルも協力してくれますから、ちょっと無理をするくらいなら問題ありません。

 それで、おとなしく結婚の話を受けてもらえませんか?

 どうしてもいやだって言うなら、まぁ、その時は葦原の中つ国で生活してもらうことになると思います。

 妻になってもらうことで、より確かに守る計画ですからね。結婚が嫌ならオロチの目が届くところで暮らしてもらうしかないでしょう。

現世への通行は許可をとって、みたいな感じで」

これに姉帯豊音がむっとした。須賀京太郎が情けないことを言うからだ。客観的に見ればよい関係の二人である。お互いの秘密を知り、受け入れている。

友達とは到底呼べず恋人か家族あたりがふさわしい。少なくともその自覚が姉帯豊音にはある。お前が欲しいと一言くれれば、それでよかった。

というかそういってほしかった。ただ、それは望み過ぎだと姉帯豊音は自覚していた。ロマンティックな回路は須賀京太郎にないと見抜いていた。

しかし惜しい気持ちもある。そんな彼女だからこんな意地悪をした。こう言ったのだ。

「須賀君のことは好きだって言ったよね。須賀君がうなずけば結婚してもいいと思ってるって」

すると須賀京太郎がほっとした。ただすぐに曇った。姉帯豊音がこう言ったからだ。

「でも、一つだけ条件があるよ。本気の本気で私を奥さんにしたいのなら、今すぐに私を笑顔にして」

この時の姉帯豊音はどう見ても怒っていた。眉間にしわが寄って、首をへの字に曲げている。本心から怒っているわけではない。

怒っている風のポーズである。明らかに試している格好で、実際須賀京太郎の理解力を試していた。それは誰が見てもわかりやすかった。

立場を考えるとありえない行為である。しかしこの時不思議なことで須賀京太郎に味方がいなかった。

姉帯豊音を良く思っていないアンヘルとソックでさえ、

「しょうがないだろう」

と目で語っていた。ここまで来たのなら、ストレートに

「結婚してくれ」

の一言がききたかった。

 姉帯豊音が結婚の条件を提示した直後ヘタレていた須賀京太郎が見事な答えを提示した、この時の須賀京太郎の答えについて書いていく。

それは怒っている姉帯豊音が

「私を笑顔にしてくれ」

と言った直後である。若干不機嫌になっている姉帯豊音の顔を須賀京太郎がじっと見つめた。

この時の須賀京太郎は本当にじっと見つめるだけで、それ以外に何もしなかった。じっと姉帯豊音を見つめて、何か考えているようだった。

そうして須賀京太郎が見詰めてくると姉帯豊音は視線をそらした。笑いそうになったからである。

須賀京太郎がストレートな文句を言うまで笑わないと決めている姉帯豊音である。笑う気はない。

しかし笑ってはいけないと心に決めている分だけ、笑いの沸点が下がっていた。この時周囲からため息が漏れた。

「笑顔にしてくれ」

と言われて、睨めっこを始めるとは思わなかった。戦いに特化した存在であるとは知っていたが、まさかここまで女心がわからないとは思わなかった。

流石にがっかりだった。そうして周囲の空気がものすごく冷たいものになった時、須賀京太郎はすっと立ち上がって、姉帯豊音の顔に両手を伸ばした。

周囲の者たちは何事かと思った。意味が分からなかった。そんな中で須賀京太郎の両掌が姉帯豊音の両ほほに触れた。

そして掌が触れたあと、姉帯豊音の口角を親指で押し上げた。すると姉帯豊音は笑顔になった。そうして笑顔になった姉帯豊音に須賀京太郎はこういった。


「また海に行きましょう。今度は未来もつれて、みんなで」

周囲の女性陣、従業員たちは首をかしげて困っていた。こんな子供だましの手段で、うなずく女性がいるとは思えなかった。

しかし姉帯豊音には大正解だった。須賀京太郎が心から自分を求め、理解する努力を行っていると納得がいった。

そして本当に笑顔になった姉帯豊音は須賀京太郎にこう言った。

「貴方が造る八重垣のうちで生まれる子供を連れて、貴方と何度も海へ往く。

 憶えていてくれたんだ……ビックリしちゃった」

すると須賀京太郎が両手を離して席に着いた。そしてすぐに料理を食べ始めた。できるだけ姉帯豊音を見ないようにしていた。

顔が赤くなっている自覚があった。そして食事を再開した直後、須賀京太郎はこう言った。

「これからもよろしく……『豊音』」

少し声が震えていた。気恥ずかしかった。柄じゃないとわかっていた。大きな勇気が必要で心臓は高鳴っていた。そんな須賀京太郎に、姉帯豊音が答えた。

「うん、『京太郎』」

少し声が震えていた。須賀京太郎が可愛かった。

 そうしてどうにか話が丸くおさまった時、一部始終を見守っていた天江衣がもぞもぞとし始めた、この時の天江衣と周囲の様子について書いていく。

それは冷えに冷えた空気が一瞬にして真夏の空気に変わった後のこと。料理を食べていた天江衣が鳥肌を立てていた。

料理を口にはこぶ手はまったく勢いを弱めない。しかし間違いなく鳥肌を立てている。というのも嫌な予感に襲われていた。それは

「……そういえば最近異性と話した覚えがない……最後に会話をしたのは『レシートはいりません』だったような……あれ、まじか?

 いやいや、いやいや。私ほどのルックスがあれば、より取り見取りのはず……何で牌のお姉さんが頭にちらつく? 不吉だ」

というものであった。結婚適齢期なんぞ気にしたことがない天江衣である。

しかし目の前で同年代の女性が結婚して、子供の話をし始めるとさすがに嫌な未来予想図が描けて心がさみしくなっていた。

もちろんただの予想図で、本当にそうなるかはわからない。ただ、ものすごくありそうな未来だったので、鳥肌が立った。

そうして鳥肌を立てている天江衣がいる所、周囲は祝福で満ちていた。

宮守女子高校の面々、熊倉トシ、彼女らに負けない勢いでナグルファルのハチ子とヘル。五人のオロチが祝福を送っていた。

勢いが弱いのはアンヘルとソックである。それもそのはずで、オロチでさえ嫌がる二人である。自分たち以外の女が寄ってくるのは嫌だった。

しかしそれでも祝福は送っていた。嫌だ嫌だとは言っているが変わってゆく生活も悪くないと思っているのだ。自分の契約相手を独占したい気持ちはある。

しかし天江衣と遊んだりオロチと遊んでいる間に、そういうのも悪くないと思うようになっていた。

実際、変化があったからこそ奇跡的な再会と成長があった。嫌いになれない。また言葉通り「一心同体」なのだから、余裕もあった。

 姉帯豊音との話し合いが終わって十分後まとめ役のハチ子が口を開いた、この時に伝えられた問題について書いていく。

それは須賀京太郎と姉帯豊音がうまい具合に収まってから十分後のことである。

今まで大人しく食事をしていたハチ子が突如として立ち上がり、須賀京太郎に近付いていった。そして耳元に顔を近づけて須賀京太郎にこう言った。

「問題が発生しています」

今まで若干不機嫌そうな顔をしていたハチ子であったが、今は完全に不機嫌になっていた。

それもそのはず、良い話がまとまったのにナグルファルから厄介ごとの報告が飛んできた。いい気はしない。

この時ハチ子は耳打ちをしていたのだが、ばっちり周囲に聞こえていた。ホテルのレストランがかなり静かなうえ、騒がしくしている者もいない。

そんなところでハチ子が立ち上がって行動したものだから、聞き耳も立てる。

そうなったとき、耳打ちをされた須賀京太郎は、姉帯豊音を見つめながらこういった。


「裏切り者の幹部たちか?」

すると周囲の空気が張り詰めた。須賀京太郎がかなり無茶なことをしたと知っている彼女らである。とんでもないことが起きたのだと察した。

しかしそんな空気も気にせずにハチ子がこう言った。

「姉帯以外は面従腹背を決めるようです。絶対服従をすすめたのですが、曖昧に断られました。

 これからの活動方針は龍門渕の決定に従うとのことです」

すると周囲の空気が一層冷えた。ヤタガラスの幹部として早速、侮られていると察したからだ。

 周囲の空気が冷え切っている中で須賀京太郎が答えを出した、この時に須賀京太郎が出した答えについて書いていく。

それはレストランの空気が完全に冷え切った直後。須賀京太郎が視線をハチ子に向けた。そして静かな調子でこう言った。

「そりゃそうだろうな。

 俺は幹部の初心者。しかも表だって権力をふるったことがない。

 海千山千の幹部連中からすれば、暴力だけが能のバカにしか見えまい。

 幹部会で『利用』を提案したことが、政治力に不安ありと思わせたか……」

すると姉帯豊音がこう言った。

「ごめんなさい」

これに須賀京太郎がすぐに答えた。

「気にしないでください。予定通りっす。すでに準備は出来ています」

この時レストランの空気が一瞬熱くなった。姉帯豊音は目を大きく開き、アンヘルとソックは耳を疑っていた。五人のオロチなど驚きすぎてむせている。

脳みそまで筋肉になった退魔士だと思っていたのだ。流石に驚いた。そんな熱い空気は無視して須賀京太郎は、こういった。

「では予定通り進めて」

ハチ子に命じる須賀京太郎は静かなものだった。全くぶれがない。地獄で誓った通り、やり遂げるつもりである。

須賀京太郎の静かな命令を受けてハチ子がうなずいた。満面の笑みを浮かべていた。綺麗な笑顔だった。しかし若干邪悪だった。

というのも亡霊と獣と神を支配する蠱毒の王・須賀京太郎が目の前にいる。

「これが自分の王なのだ。ナグルファルを導く……私たちだけの偉大な王」

この気持ちが邪念を生んでいた。そうして満面の笑みを浮かべたハチ子であるが、すぐに不機嫌な顔に戻った。緩んだ心を引き締めたのだ。

そして命令を受けてから数秒後軽く一礼してレストランから姿を消した。ハチ子が姿を消すと、須賀京太郎に姉帯豊音が質問をした。不安げだった。

ハチ子の笑顔が不安にさせていた。彼女はこう言っていた。

「大丈夫? あの……」

須賀京太郎は答えた。ハチ子の邪念に気付いていたが自然体だった。心は乱れていない。まったく大した問題でない。

問題があるとすれば目の前にいる姉帯豊音の心が乱れていることだけ。須賀京太郎はこういった。

「ご飯が終わったら、未来に会いに行きましょうか。

 姉帯……じゃない、豊音がいないと愚図るんですよ」

すると姉帯豊音が小さく笑った。そして肯いた。須賀京太郎らしい気遣いだった。そんな二人を見て周囲の人々がお似合いだと思った。

若干、尻に敷かれそうな雰囲気を須賀京太郎が放っているのも、いい具合にかみ合っていた。夏の暑い日、何事もない昼過ぎのこと。

ヤタガラス達の生活にも日常が戻ってきていた。

 エピローグ 

 龍門渕の別館に染谷まこが到着してから四時間後天江衣が語り終わっていた、この時の天江衣たちの様子について書いていく。

それはそろそろ午後三時というところ。一夜の間に起きた長い話を天江衣が語り終えた。語り終えた天江衣はひどい状態であった。

ふかふかの絨毯に寝転がりつつ、亡者のように呻いていた。可愛らしい声も今は失われてガラガラだ。そんな天江衣に負けないのがアンヘルとソックである。

天江衣の話にチョイチョイ割って入って補足説明をしていた二人である。それなりに疲労していた。

そうして三人と同じくらい苦しそうなのが染谷まこであった。口はほとんど開いていないのだが、話をまじめに聞いていたため、疲労がたまっていた。

夢物語であれば話半分に聞けるのだ。しかし自分の後輩が駆け抜けた旅路で被害を受けた染谷まこである。真剣に聞いた。

そんな少女たちから少し離れたところで背の高い女性ヘルが椅子に座ってくつろいでいた。

ヘルの前には豪華なテーブルがあり、テーブルの上には昼ごはんが用意されていた。デザートまである。ナグルファルのまとめ役の一人梅さんが用意したものであった。

 二代目葛葉狂死の事件を語り終わった直後天江衣が口を開いた、この時に天江衣が語ったことについて書いていく。

それはようやく話が終わったとみんながほっとしている時のことである。亡者のように呻いていた天江衣がこんなことを言った。

「さぁ、話は聞いたな。それでは私の宿題を手伝ってもらおうか。

 京太郎たちの頑張りでどうにか事件は収束に向かったが、事後処理の仕事が残っていてな……夏休みの宿題をする余裕がなかったのだ」

この時の天江衣は見た目が可愛いだけの亡者だ。どうにか話術で染谷まこを言いくるめて自分のお願いをきかせようとたくらむ地獄の亡者だった。

長い時間話をして疲労している。その上、腹も減っている。人の手を借りねば気持ちがおさまらなかった。効率の問題ではない。意地の問題である。

ダメな高校生だった。

 天江衣が亡者化して十秒後、染谷まこが答えた、この時の染谷まこの答えと天江衣の反応について書いていく。

それは染谷まこに宿題を肩代わりしてもらおうと天江衣が企んでいる時のことである。天江衣と同じくらい疲労している染谷まこがこう言った。

「まぁ、そこまで頑張ったんなら、宿題の一つくらいは手伝ってやってもええかな……じゃが、あんまり長くは手伝えんぞ。

 わしも明日から学校じゃけぇな」

この時の染谷まこは非常に優しかった。天江衣が語って聞かせた話を真摯に受け止めて、敬っていた。またキラキラと輝いていた。

非常に難しい仕事を成し遂げたヤタガラスとその構成員たちをいたわる気持ちが表情に輝きを生んだ。この輝きは美しく、清らかだった。

そんな染谷まこを見て天江衣がうめき声をあげた。完全に亡者のうめき声であった。当然である。やましいところが山ほどあるのだ。浄化されそうだった。

そうしてうめき声をあげた天江衣は絨毯の上で悶えた。顔を手で押さえて、ごろごろ転がった。

ジャージがめくれて腹が出ていたがまったく気にせずもだえ苦しんだ。正直に告白したかった。

「仕事自体はすぐに終わりました。ナグルファルとオロチが手伝ってくれたんで速攻終わりました。

 夏休みのほとんどはゲームで遊んだりマンガ読んだりアニメ見たりしてました。宿題は終わったと思っていたのです。

 センター試験の過去問なんてすっかり忘れてました。だって大学受験なんて考えていませんもの。多分無意識に排除していたのでしょうね」

しかし告白できなかった。染谷まこ以外に手伝ってくれそうな関係者がいないのだ。龍門渕の関係者にお願いしようものなら即座に実家に連絡が飛ぶ。

ナグルファルとアンヘルとソックは見て見ぬふりをしてくれるが、それでも梅さんの視線は厳しくいつ須賀京太郎に告げ口されるかわからない。

となって、一人で宿題が終わるかといえば、絶対に無理で力が必要だった。そして天江衣はもだえ苦しむのだ。

普段ならポーカーフェイスで押し切れるが、本日は脳みそが疲労しハイになっている。そのため何時もより一層残念な少女になっていた。


 天江衣が罪の意識で悶えていると別館に須賀京太郎と美しい少女が現れた、この時の須賀京太郎と染谷まこの会話について書いていく。

それは天江衣が罪悪感に耐えかねて絨毯の上で悶えている時のことである。天江衣の別館に須賀京太郎が現れた。

数時間前と同じく黒地のスリーピース・スーツを身に着けて、いかにも好青年といった具合である。

そんな須賀京太郎の斜め後ろにナグルファルが販売しているバトルスーツ風のワンピースを着た美しい少女が立っていた。

年齢は十代後半で、びっくりするくらい整っていた。笑顔がかわいらしい少女で、ハチ子によく似ていた。

そうして須賀京太郎と美しい少女が現れると、染谷まこが一番に話しかけた。

「話は全部聞いたぞ京太郎。

 とんでもない冒険を繰り広げたっちゅーのなら男前になるのもうなずける。

 いや、もう京太郎とは気軽に呼べんな。三代目葛葉狂死と呼んだ方がええか?」

すると須賀京太郎はすぐに答えた。

「いやいや先輩。いつも通り名前を呼んでくださいよ」

この時の須賀京太郎はとても嬉しそうだった。過去の自分をよく知っている染谷まこに成長をほめられるとただ嬉しかった。

そんな須賀京太郎を見て染谷まこはこういっていた。

「ホンマにええんか? わしは何の地位も持たん一般人じゃ。変に馴れ馴れしくしたら、京太郎が困るんじゃねぇか?」

すると須賀京太郎は首を横に振ってこういった。

「何言ってんっすか。そんなこと気にしないでいいんですって。

 そもそも俺の名前はこれから完全に消えていきますから、出来れば憶えていてほしいっていうか」

このように須賀京太郎が語ると染谷まこは悲しげな顔をした。寂しいことを言うからである。しかし押さえた。

須賀京太郎の頑張りを無駄にする気はなかった。そんな染谷まこはこういった。

「そうじゃな……ヤタガラスの幹部になって、ナグルファルの王様になって、もう普通には生きられんわな。

 名前が消えるっちゅーのは、わし等を守るためか? 天江が言うておったが、わし等が京太郎の弱点なんじゃろう?」

すると須賀京太郎は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。周囲の人たちに迷惑をかけるのが心苦しかった。そんな須賀京太郎は申し訳なさそうにこういった。

「すみません先輩。これからは先輩に護衛をつけさせてください。俺の家族にも友人にも護衛を隠してつけています。

 当然ですが先輩に護衛をつけないというわけにはいきません。

先輩は特に微妙な立場にありますから、葦原の中つ国の塞の神・オロチに直接護衛を頼んであります」

これに染谷まこが笑って答えた。

「そんなかしこまらんでええよ。むしろありがとうの気持ちしかねぇわ」

すると須賀京太郎がほっとしていた。罵倒されたり嫌味を言われる覚悟があったからだ。そんな須賀京太郎に染谷まこはこんなことを言っていた。

「あぁ、そうじゃ。言い忘れておった」

すると須賀京太郎が動きを止めた。何かなと思った。そうしていると須賀京太郎をまっすぐ見つめて染谷まこがこう言った。

「守ってくれてありがとう。この世界でもう一度出会えたことを本当にうれしく思います」

らしくない口調だった。しょうがないことだ。緊張していたのだ。しかし言いたいことは伝わっていた。

 染谷まこの感謝の言葉の直後須賀京太郎の動きが止まった、この時に須賀京太郎の動きが止まった理由について書いていく。

それは染谷まこのストレートな言葉が届いた時のことである。余裕を保っていた須賀京太郎が急に天を仰いだ。そしてそのまま動かなくなった。

軽く両手がゆらゆらと揺れているので、意識はある。しかし天を仰いだまま動けなかった。声も出せない。言うまでもなく染谷まこである。

染谷まこのたった一言の感謝の言葉、これが須賀京太郎の胸を打っていた。染谷まこの感謝の言葉に特別な力は一切ない。

魔力がこもっているわけでも特殊なテクニックが詰まっているわけでもない。ただの感謝の言葉があっただけである。しかし須賀京太郎には十分だった。

なにせ感謝の言葉に慣れていない。ヤタガラスに入り数か月、たくさんの任務をこなしてきた須賀京太郎である。

しかしその任務で「ありがとう」と言われることはない。

なぜなら須賀京太郎が駆り出される場面は常に戦いの現場であり、被害が起きた後であり、どうしようもない悲しみが生まれた後だから。


たとえ完璧に仕事をこなしたところで感謝の言葉などあるわけもなく、魔人だと分かればそれだけで距離をとられる。

もちろん感謝されるために任務に赴いているわけではない。それは須賀京太郎の頭の中に何時もあった。それでよいと割り切っていた。

二代目葛葉狂死の事件でさえ

「自分がやるべきだと思ったからやった。それ以外の理由はない」

と答えるだろうし、それが真実と胸を張る。実際その通りである。しかし、須賀京太郎が何を考えていようと、心は疲弊する。どんな靴でも歩けば削れる。

二代目葛葉狂死を斃し、幹部を粛清し、今まで休まず動いた須賀京太郎である。染谷まこの感謝の言葉は非常に効いた。

天を仰いで動けなくするくらい簡単だった。

 天を仰いで十秒後須賀京太郎が別館から出ていった、この時に須賀京太郎が行ったお願いについて書いていく。

それは感謝の言葉が須賀京太郎の胸に突き刺さって十秒後のことである。天を仰いでいた須賀京太郎がこう言った。

「あの……ちょっとトイレに行ってきます。

 すみませんけど衣さん。アゲハさんについて説明をお願いします。
 
 申し訳ありません先輩。ちょっと時間を下さい」

この時の須賀京太郎はどうにかこらえている状態だった。声は震えているし、鼻声だ。そんな須賀京太郎のお願いに天江衣がすぐにうなずいた。

そしてこういった。

「おう、行って来い」

力強い声だった。ハギヨシとディーを見ている天江衣である。自分以外に頼れるものがない退魔士の孤独を承知していた。

承知しているからこそ須賀京太郎にとっての日常である染谷まこの一言が染みると理解できた。

そして理解できていたからこそ、茶化しもせずにさっさと行かせた。そういうものだと先達たちを見て学んでいた。

そうして須賀京太郎は天江衣たちに染谷まこを任せて別館から姿を消した。

 須賀京太郎が姿を消した後アゲハと呼ばれた女性の説明を天江衣が行った、この時に行われたアゲハの説明について書いていく。

それは須賀京太郎が姿を消して三十秒後のことだった。天江衣がアゲハの説明を軽く行った。天江衣はこういっていた。

「前に話したと思うが、京太郎の影武者候補のアゲハだ。インターハイに行くときにちょっと話をしたよな。

 夏休みが終わったら京太郎のかわりにアゲハが影武者として潜入する。二代目葛葉狂死や京太郎とは別方向の

『変化』

が使える。早い話が擬態だが、よほどのことがない限りばれないだろう。

 染谷にはアゲハのサポートをしてほしい。積極的にする必要はないぞ。口裏合わせをしてくれるだけでいい。あとはこっちでどうにかするからな。

 アゲハ、何か言いたいことがあるなら言っておけよ」

天江衣に話しかけられた時アゲハの顔が少し怖くなった。いかにも不機嫌そうな顔で、かわいらしさが失せている。天江衣に苛立ったわけではない。

演技をやめただけである。そんな不機嫌な顔だがハチ子にそっくりだった。これを見て天江衣がびくついた。急にアゲハの顔が怖くなったからである。

そうして怖い顔になったアゲハがこう言っていた。


「特に報告すべき問題はありません。

 三代目葛葉狂死様の影武者を精一杯務めさせていただきます。

 染谷様、アゲハと申します。未熟者ですが精一杯努めますのでご協力お願いいたします」

すると染谷まこがこう言った。

「こちらこそよろしくお願いします。

 つかぬことお伺いしますが、アゲハさんはハチ子さんとご家族かなにかで? 顔がそっくりじゃけど」

これにアゲハが微笑みで返した。幸せそうだった。そしてはっきりと答えた。

「……母です」

すると椅子に座ってお茶を楽しんでいたヘルが咳き込んだ。十年近く地獄で過ごしたハチ子であるが、娘がいるとは知らなかった。

一度もそんな話をしてくれなかったからだ。ただ、納得もしていた。最近妙に機嫌がいいハチ子がいたのだ。合点がいっていた。

 アゲハの自己紹介が終わった後ようやく天江衣の課題が始まった、この時に手伝ってくれたメンバーとその頑張り具合について書いて終わりにする。

それは須賀京太郎が姿を消してから十分後のことである。天江衣の別館が静かになっていた。聞こえるのは時計の音と、シャーペンが走る音だけである。

シャーペンを動かしているのは天江衣にアンヘルとソック。染谷まこにヘル。そして台所で洗い物をしていた梅さんと、勢いで参加することになったアゲハ。

本来なら手伝う義理のないアゲハまで手伝っているのは天江衣が

「ハチ子の仕事が終わるまで暇だろう?」

といって引きずり込んだ結果である。梅さんとヘルが手伝っているのは特に理由がない。あえて理由を挙げるとすれば知的好奇心となるだろう。

生前から勉強熱心な梅さんとロキの気質を継いでいるヘルである。ちょっと腕試し程度の気持ちでプリントの束に挑んでいた。

センター試験仕様の宿題であるから、マークシートを塗りつぶすだけでいいのもハードルを下げていた。

となって分厚いプリントの束はあっという間に消化されていって、一時間ほどで完全に終了した。

最後の最後まで頑張っていたのは染谷まこで、一番素早く終えたのが天江衣だった。速度の差はやる気の差である。

マークシート形式のいいところと悪いところがバッチリあらわれていた。宿題が終わった後、天江衣たちは別館でゆったり過ごした。

夏休み終了まであと数時間、問題は解決され穏やかだった。しかし問題への取り組み方で未来は激変する。問題を解決することで生まれる問題もある。

それはヤタガラスも須賀京太郎も天江衣も同じだった。


京太郎「鼓動する星 ヤタガラスのための狂詩曲」 お終い。

 補足説明(ネタバレ)

 話の都合上削った部分をざっくり箇条書きにしておきます。

 一 葛葉流退魔術についてソックが曖昧な対応をした理由

 (マグネタイト操作を難しくしている原因が京太郎の心臓だと見抜いているから。

 ロキたちのことを知っているソックはもしもバルドルが現れた時の切り札にしようとしていた。

魔人と共に生まれた金属とも植物とも動物ともいえない心臓は最高の武器になると考えていた)

 二 冒頭で京太郎が叱られていた理由。

(情報操作が間に合わないレベルの惨劇を起こしたから。姉帯さんと出会ったとき、タクシーの運転手さんがしたお話の実行者が京太郎。

 タクシーの運転手さんが気遣っていたのは姉帯さんではなく京太郎。京太郎が暴いた事件の内容を知っているのでためらった。

捜査完遂というのは顧客情報から卸先まで完全に暴いたうえ、メシアとガイアを恐慌状態に叩き落としたから)

 三 姉帯さんがオロチに選ばれた理由。

(大慈悲の守護者がオロチをそそのかした。大慈悲の守護者とは姉帯さんがまっしゅろしゅろすけと呼ぶ存在のこと。京太郎の前に現れた修行僧のお爺さん。おじいさんは少女に提案された。少女は大慈悲の守護者ではない)

 四 シギュンが京太郎を選んだ理由

(姉帯さんと同様、大慈悲の守護者と少女からの提案。大慈悲の守護者が操る力とシギュンの力が同じソースから生まれているので可能だった)

 
 五 ハチ子の本名 

 (実験体八号 ハチ子と命名したのはヘル。神と人のハーフ。娘と一緒に逃亡したが呪いによって死亡)

 六 梅さんがやたら優しい理由

 (京太郎が惨劇を起こした孤児院の初代理事長。二代目理事長によって殺されてから怨霊となっていた。

須賀京太郎によって被害を受けていた孤児たちが救われたのを見ているので、やたらと優しい)

 七 霊的決戦兵器ニャルラトホテプ

 (六年前に起きた九頭竜事件の残党)

 八 アンヘルの正体

 (ゾロアスター教の善神アムルタートと悪神ザリチュの化身。
 
 中東で呼び出されて日本まで逃げてきた。二代目葛葉狂死によってとらえられ罰として人形(霊的決戦兵器の実験体)に詰められていた。

京太郎に火属性が現れたのはアンヘルと混じったため。雷はソック。京太郎本来の才能は身体操作だけ)

 九 撫子真白ことディーがすこやんに命を狙われている理由

(ハギヨシとディーが前世からの因縁で結ばれているから。正確には九頭竜との決戦でハギヨシがディーのことを相棒と呼んで、すこやんを省いたのが原因)

 十 ハギヨシとディーの関係。

(六年前に再開した幼馴染。九頭竜事件に巻き込まれた二人は人為的にペルソナ能力を身に着ける。この時フィレモンと出会い前世の自分を宿す。
 
 現在の二人はペルソナ能力を持っていない。九頭竜事件の果てに因縁を越えた結果)

 
  
 十一 京太郎がメシアとガイアにやたら厳しい理由。


 (孤児院の事件が尾を引いている。孤児院の経営が良くなったのは全うとは到底呼べない方法で金を稼いでいるから。

老人アルスランが色仕掛けをするなと忠告していたが、色仕掛けをしたら物語冒頭で京太郎が起こした惨劇が確実に起きていた)

 十二 バルドルは死んでいない。天国もあきらめていない。

 
 
 以上です。 また、ここで よろしくお願いします。

 構想だけはあるので、一年かからないと思います。
  
 文体もほぼ完成しているので、たぶん大丈夫ですきっと。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年09月13日 (火) 23:17:30   ID: zwH2KoTp

なにこの変な文体。
はっきり言って読みづらいし、気持ち悪さすらあるわ…

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